仏教 議論 14

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1神も仏も名無しさん
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2神も仏も名無しさん:2011/05/14(土) 22:52:28.12 ID:82pAQTaB
とりあえず、前回と同じに。
これでいいか?
3神も仏も名無しさん:2011/05/14(土) 22:53:27.50 ID:0TIMkgnN
極めて乙
4神も仏も名無しさん:2011/05/14(土) 22:56:12.71 ID:rgaINDc4

自分はスレを立てる時にレベルがどうの、と弾かれてしまったことがある。
>>1は●とかを消費して立ててくれたのか?
5神も仏も名無しさん:2011/05/14(土) 22:57:59.40 ID:82pAQTaB
いいや、普通に作れたw
ただし「スレッド」の文字入れ忘れたww
ごめん、m(_ _)m
6神も仏も名無しさん:2011/05/14(土) 22:58:40.63 ID:0TIMkgnN
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【最終】日本仏教はこのままでいいのか?!【決着】2
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1257855450/l50
7神も仏も名無しさん:2011/05/14(土) 23:29:13.82 ID:wBlnljPh
感謝
8てすと:2011/05/15(日) 01:12:38.45 ID:fwU4VEPH
>>1おつ

結局、質問箱って機能してるの?
9神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 01:38:41.33 ID:CkUe6oKs
しかし
釈尊を非難する異教徒外道はお断りしたいものだ
10神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 06:10:54.95 ID:OO0KewPo
>>8
このスレの存在如何にかかわらず、
宗教板自体の人口が減ってるからね・・。
大規模規制が頻発してライトユーザーの多くは離れちゃったんじゃないかな。
11神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 06:14:56.09 ID:OO0KewPo
いや、隠居と戯れた自分らにも責任はあると思うけどさw
12てすと:2011/05/15(日) 10:27:13.46 ID:fwU4VEPH
とりあえず、前スレのまとめだけど

仏教=大乗を含んだもので中国で翻訳された言葉。

長老の教え、ダルマ=大乗からみて上座仏教と呼ばれる。パーリ3蔵全て含む。

ゴータマ教=パーリ3蔵からゴータマの発言のみを抽出する。マガタ語なまりや祇園精舎建設前の発言を重視。長老や高僧の教えは重視しない。


これでいいんだっけ?
13神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 11:24:21.76 ID:kINcatGY
いいのか?w
14神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 11:39:23.60 ID:fHZX8Uia
仏教は仏(ブッダ)の教え

そしてブッダは釈尊た(ゴータマ)だ一人。

他の覚者は阿羅漢と呼ばれる。もちろんブッダと阿羅漢にそのさとりにおいて
差はないけど、釈尊だけがブッダと呼ばれるのは、第一発見者に特別な敬意
を払うから。

それは別に釈尊を「絶対化」しているわけではない。科学の世界でも、同じことを
独立に再発見した人がいれば、第一発見者と能力に差はないだろうが、再発見者
でなく、先行する第一発見者が特別に尊敬されるのは当然のこと。

だから仏教=釈尊の教え、というのが正しい定義で、
釈尊以外の仏(ブッダ)を次々にでっちあげる大乗は、釈尊への敬意を失った反仏教
なのです。
15神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 11:40:25.36 ID:fHZX8Uia
>>14
>そしてブッダは釈尊た(ゴータマ)だ一人。

挿入位置を間違えた

そしてブッダは釈尊(ゴータマ)ただ一人。
16神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 11:48:34.40 ID:OO0KewPo
>>14
暖簾分けって言葉知ってるか?w
17神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 11:51:16.37 ID:fHZX8Uia
>>16
暖簾分けした店の店長が「元祖」とか「創始者」と名乗ったらダメだろ。
飲食店でもそういうトラブルは実際多いが。世の中嘘つきが多いからね。
18神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 11:55:13.91 ID:KYF3Vtr2
ブッダって如来十号をフルコンプした人のことだっけ。

女性はアラカンにはなれるが正等覚者にはなれないので
ブッダたり得ない。

でもユイマ経でのシャーリプトラと天女とのよくわからん会話を読んでみると
そうでない気もしてくる。
19神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 11:57:38.11 ID:MwL/9ocs
いいえ
ブッダは宇宙に無数、無限に存在します
そしてわたしら大乗は上座部をナマ温かい「冷笑」とともに観察しています
そしてわたしは未来世において、やはりブッダとなります
ところで話題はまったく変わりますが
インドを知りたければ、ジャータカを読みましょう
一言で言えば、悪い人ばかり登場します。ホントに悪い動物、人間、神々、化け物ばかりが登場します
それはあたかもダイバダッタのように悪い人です
インドにはダイバダッタばかりたくさんいます
怖い国です
まともな神経の持ち主には歯が立たないでありましょう
インドへご旅行の際にはぜひジャータカで前知識を体得しておきましょう
善意を装い嘘をつく。善意を装い悪の道。善意を装いだまし盗る
阿鼻叫喚の地獄がそこにある
しかし、ボーディサッタはそこでめげてはなりませぬ
ブッダのさとりを開くその日まで・・・
20神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 11:59:00.52 ID:fHZX8Uia
>>18
そんなわけのわからん差別は大乗の発想で、
本来ブッダのさとりと阿羅漢のさとりに違いはない。
女性もさとれるし、原始経典にはいくらでもさとった女性が
出てくる。
21神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:01:01.69 ID:KYF3Vtr2
釈迦はディーパンカラ仏からの暖簾分けか。
22神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:05:04.86 ID:KYF3Vtr2
正等覚者にはなれない云々は
増支部一集に書いてある、
と日本テーラワーダ協会の佐藤さんが言ってた。
彼自身は注釈が本文に流入したという立場。
23神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:15:57.13 ID:fHZX8Uia
正等覚者とはブッダについてのみ使われる言葉で、要するに
ブッダ=正等覚者という言い換えでしかない。
それは阿羅漢の中の第一人者(真理の第一発見者、教えを最初に説いた人)という意味。
24神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:17:24.29 ID:OO0KewPo
>>13
釈尊在世時は政党
原始仏教はサークル
初期仏教は同好会
大乗仏教は非組織的○○の会
大乗論書・アビダルマは学界
密教は医学部、法学部
浄土教は後援会
上座部は文化会、文化部
禅は体育会系、運動部
真言宗は吹奏楽部、合唱部
真宗はファンクラブ
日蓮宗系は社会運動系
天台宗は学習塾

仏教は、三法印及び縁起・四諦八正道をベースとする思想


>>17
「元祖」とか「創始者」とか名乗ってる分家はありませぬw

で、元祖は既にお亡くなりです。
文字通り、『分家同士が本流を争っている』が如きですw


>>21
巧いこと言うねw
25神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:17:35.38 ID:fHZX8Uia
次男がどう頑張っても長男になれないように、
再発見者はどう頑張っても第一発見者にはなれない。
だから釈尊以外は正等覚者にはなれない。
26神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:20:52.48 ID:KYF3Vtr2
つまり女性は先行する教えに触れることが出来れば悟るチャンスがあるが、
釈迦のように前情報なしで自力で悟るのは無理。

というのが上座部・大乗の共通見解か。
27神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:22:39.39 ID:MwL/9ocs
だがケンシロウは末弟であるが
ラオウをたおした
ディーパンカラがブッダであってもスメーダ青年はブッダになりたいと
思い
やはりブッダシャーキャムニになれた
俺は必ずブッダとなってそれを証明するなり
それからこのスレでテーらわーだなんてクソな連中を持ち出さないでくれ
28神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:24:28.59 ID:fHZX8Uia
>>26
そんなことないよ。自力でさとれますよ。
29神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:28:25.86 ID:OO0KewPo
>>25>>15
バリバリ上座部やんw (って、大乗も一緒だけどwww)

上座部:凡夫―比丘―阿羅漢―|―ブッダ(釈尊&過去七仏)
 大乗 :凡夫・比丘―阿羅漢―菩薩―|―ブッダ(釈尊&諸仏諸如来)


>>27
最終対決時、ケンシロウもラオウも、ともに無想転生を会得していた。
その会得手段、機会はさておき、
ともに北斗神拳を究めし二人の、勝敗を分けたものは何だったのか・・。
30神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:33:53.79 ID:OO0KewPo
あ、・・・・・・
過去七仏だとお釈迦さん込かw
31神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:34:25.64 ID:fHZX8Uia
>>29
ブッダが第一発見者だという意味は、
ブッダ>阿羅漢 ということではなく、単に時間的に先行しているという意味だよ。
後から来た人は第一発見者にはなれない。それだけの話。

>ともに北斗神拳を究めし二人の、勝敗を分けたものは何だったのか・・。

主人公か主人公でないか。
32神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:39:11.39 ID:OO0KewPo
>>31
>主人公か主人公でないか。

馬鹿野郎!w 「主人公補正」かよw
身も蓋もないこと言いやがってwwww
33てすと:2011/05/15(日) 12:42:08.37 ID:Ab6pn4hJ
>>31

時間に先行してるだけなら、後から阿羅漢になった大乗の僧侶とゴータマのレベルは同じって事だけど。
34神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:45:05.65 ID:fHZX8Uia
>>33
> 時間に先行してるだけなら、後から阿羅漢になった大乗の僧侶とゴータマのレベルは同じって事だけど。

理屈としてはそうだよ。大乗の僧侶に限らず誰でもだけど。

で、「阿羅漢になった大乗の僧侶」って一体誰?
35神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:47:34.63 ID:fHZX8Uia
大乗の僧侶が阿羅漢になるには、その前に必然的に大乗を捨てることになるだろうね。
嘘をつき続けながら執着を捨てることはできそうもない。矛盾する。
36てすと:2011/05/15(日) 12:47:42.70 ID:OoP3jBkm
>>34

大王どん
37神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:49:37.66 ID:OO0KewPo
>>35
大学で仏教概論でも勉強して来いw
38神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 12:51:24.35 ID:fHZX8Uia
>>37
学んでますが?
39てすと:2011/05/15(日) 12:57:34.71 ID:OoP3jBkm
上座=ニュートン
大乗=アインシュタイン

どちらが偉いとか馬鹿みたい。

観察の視点と説明が変わっただけで現象そのものは変化してないのに。
40神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:01:06.92 ID:OO0KewPo
>>39
巧いこと言うねw
41神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:01:54.10 ID:fHZX8Uia
>>39
> 観察の視点と説明が変わっただけで現象そのものは変化してないのに。

それなら存在しない仏をでっちあげたり、偽の経典創作したりして
嘘八百の偽りで塗り固める必要はないはずでしょう。

嘘をつくこと自体、ブッダの教えに反している。

人を騙して、仏という権威を悪用して布教しているのが大乗であり、
その点でカルトである。
42神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:03:47.73 ID:4HIh23No
嘘のレベルにもよるのではないか?
テラワダやゴータマの発言も現代の知見からみれば迷信と呼べるものがある
43神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:04:54.74 ID:DiFA67qp
大乗教徒は瞑想体験から経典を作ったので嘘ではありません
44神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:05:04.22 ID:OO0KewPo
あ〜
何か、怪しくて香ばしい匂いがしてきたw
45神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:05:58.20 ID:fHZX8Uia
アインシュタインが新しい知見を公表する場合、「ニュートン如来がそう言った」などとは
言わず、「自分の考え」とし発表するのです。

「ニュートン如来がそう言った」などと言えば、嘘つきであるばかりか、ニュートンの威を借りる
権威主義者になってしまう。

大乗がやっているのはそういうことです。
46神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:06:56.61 ID:DiFA67qp
ブッダの悟りは「疑わしい」と評価されても上座部は否定するでしょう。それと同じように大乗は上座を価値有るものとはみなさない
47神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:13:06.00 ID:fHZX8Uia
>>46
> ブッダの悟りは「疑わしい」と評価されても上座部は否定するでしょう。

ブッダの悟りは自分で確認すればいいのです。
一方、大乗のは検証可能ではありません。妄想を語っているだけなので、
その真偽を問うこと自体ナンセンスです。
48神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:21:30.86 ID:OO0KewPo
>>47
ふ〜ん・・
確認ね・・。 で、“それ”が「ブッダの悟り」であると、どうやって確認できるので?
49神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:25:16.46 ID:fHZX8Uia
>>48
内容が同じかどうか
50神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:27:03.20 ID:OO0KewPo
>>49
内容が同じかどうか、どうやって判るの?(´・ω・`)
51神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:27:46.78 ID:KYF3Vtr2
>>43
護教論っぽさは否めないなあ。
龍宮や鉄塔で発見される、ってことは
書物として既に書かれていた、っていう主張なわけだ。
人目のつかないところで保管されてただけ。
経典そのものも、釈迦在世の説法の記録という形だ。だからこそチギさんが五時八教ってしまう。
じつは前は馬鹿にしていたが、今は少し評価している。
もし歴史上の釈迦が説いたことにしなければ、
握り拳を設けない、という釈迦本人の言葉と整合性を持たせられなくなる。
52神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:28:07.32 ID:fHZX8Uia
>>50
え? 内容は経典に書いてあるじゃん
53神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:31:20.39 ID:OO0KewPo
>>52
( ´,_ゝ`) プ

原型(在世時そのままの言葉・内容)をとどめた経典なぞ一つもないというのに?w
54神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 13:34:31.62 ID:fHZX8Uia
>>53
原始仏典の中では思想の大筋や本質は大体共通している。

細かい部分では、表現に揺れがあるとか、迷信じみた描写が後世に追加
されたとか、釈尊の神格化の兆しが現れているとか、色々相違はあるが、
全て些末なこと。
55てすと:2011/05/15(日) 13:46:03.09 ID:OoP3jBkm
>>41

アインシュタインが思考実験をしていたのは有名な話なんだが。

大乗僧が嘘の思考実験してようが、最後につじつまが合えばいい。

結果として上座よりも大乗の方が救われた人の数が多いんだから、文句言えないだろ。
56てすと:2011/05/15(日) 13:54:12.54 ID:OoP3jBkm
>>45

アインシュタインの言う「相対」というのはニュートンの絶対座標の拡張だから、ニュートンが開祖でいいんだよ。

ユークリッドはバラモン教。
57神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 14:01:24.84 ID:4HIh23No
南都六宗の倶舎宗は原始仏典と思想面で大筋共通している
奈良時代以後は元興寺と興福寺を中心とする法相宗の付宗として伝統が伝えられた
58神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 14:40:41.22 ID:kINcatGY
>>54 お前さんの言う「思想の大筋」って、具体的に何?
そして、それは大乗経典にはないのかな?
59神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 15:19:38.89 ID:OO0KewPo
>>54
> 細かい部分では、表現に揺れがあるとか、迷信じみた描写が後世に追加
> されたとか、釈尊の神格化の兆しが現れているとか、色々相違はあるが、
> 全て些末なこと。
程度の問題でしょう?w そうでないというなら、その線引きを明確にしてごらんなさい。
どの程度揺れたら大乗なのか(嘘なのか)、
どの程度の迷信じみた描写が、どの程度追加されていたら大乗なのか(嘘なのか)、
どの程度神格化されていたら大乗なのか(嘘なのか)、

些末なことと言いながら、そこに主眼を置き、そこを(仏教かどうかの)分水嶺にし、
(俺様)基準を適用してらっしゃるようにしか見えませんw


>思想の大筋や本質は大体共通している。
ほうw
どうして共通していると判る? いや、訊き方を変えた方がいいか・・。
何が共通しているんだい?

> 原始仏典の中では・・・・・・大体共通している。
また、半歩譲れば当たり前でしょうw
系譜(≒系統)が同じなのですから。(ここで貴方が想定しているのはパーリの系統でしょう?)
60てすと:2011/05/15(日) 21:49:42.21 ID:OoP3jBkm
みんなして、いじめるなんて酷いよ!

だれか味方してあげて!
61神も仏も名無しさん:2011/05/15(日) 23:02:43.09 ID:OO0KewPo
>>60
998 神も仏も名無しさん sage 2011/05/14(土) 18:45:32.96 ID:npF176UK
>> 994
基本的に私はパーリサイドだし、大乗仏教の変遷の全てを是認するわけではない。
だから、最初から貴方の陣営で論を張っても構わなかったんだがw、
大乗サイドの大物論客が不在なんで代わりにやってる感じなんだよ。
ま、だからといって貴方のスタンスに全面賛成はしないし、奈良さんの「仏教風呂敷論」にこそ賛同するわけだが・・。
62神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 00:17:34.99 ID:kqKs8ykk
釈尊て今のインド人みたいに
黒かったんだろか
手でカレーくってたんかな
63不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/16(月) 06:16:49.72 ID:cqINRroa
>>41(その1/2)
なんというか、御隠居の言動に逆影響されていませんか?
「大乗」というキーワードに対する「目のカタキ」ぶりの文章ぶりが
御隠居の「釈迦」というキーワードに対するそれに対応するような……

閻魔大王というハンドル名の人がいて、御隠居どのに(私が思うに)名言を述べましてね。
御隠居のいつものアンチ釈尊シュプレヒコールに対し、
「黒くないものを勝手に黒く描いておいて、その黒さを批難する」
といったような感じのものでした。個人的に「大魔王ナイス!」と思った瞬間でしたね。

私自身は大乗とは直接関係がありませんが、大乗を生み出したガンダーラのあたりの仏教
では阿含を基礎(OS)としてその上の発展形(応用ソフト)として大乗思想(経典)をも
伝持していたのであって、そのスタンスは大乗に関して不勉強な私が瞥見するに、例えば
チベット仏教の実態は、「密教の本家」という世間で通っている先入観からすると意外な
ことにそういった傾向がはっきりしているように思われます。ただし、中国〜日本の仏教
では、どうなってしまったのかわかりません。
64不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/16(月) 06:18:57.49 ID:cqINRroa
>>41(その2a/2)
阿含経典に含まれている思想を軽視して大乗経典特有の思想のみという“根無し化”(セ
ブン氏の表現では「先鋭化」、彼による「民主党」の例えもこの典型例としての扱いでし
ょう。御隠居の反釈尊スタンスも先鋭化の一例。いわばOSなんてアプリケーションの一種
であるエミュレーター(空の思想)上で走るのだから、「OSはそもそも要らない」「むし
ろ邪魔・有害」という天地逆(下剋上)の主張。また「空だから苦も根底から消滅、が仏
教一般」というのは仏教一般の思想像がそのような天地逆のものであると誤解していると
考えます)は大乗系宗派の問題として必ずしも一般化できるものではないという気はしま
す。
ですから「大乗」と言った場合に、大乗系「宗派」自体に対する批判と、大乗「思想」が
孕む問題に対する批判とは、慎重に区別するべきだと思います。大乗思想の、たとえば法
華経に対する批判については、控え目ながらもセブン氏が以前から呈しており、自分もそ
の点には同意するところであり、その点では(“天帝”を守護する“北斗三兄弟”たる間
柄であっても)件の縁起氏とは多少意見・立場の相違が見られるところです。
つまり、より進んだ“エッセンス化”の試みの半面、将来的な“根無し化”を許してしま
いかねない、「脇の甘さ」を一方で孕んでおり、その「脇の甘さ」の有無について、完成
度の高い阿含経典との間に違いが感じられるというものです(そういえば“ラオウ”は積
極的に他流派の伝承者から奥義を吸収しまくってましたね。保守的な伝承者“ケンシロウ”
とはその点で対照的でした)。
65不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/16(月) 06:20:14.40 ID:cqINRroa
>>41(その2b/2)
また、あなたの言う禅宗の問題が本当に世間的に一定レベル以上の一般性があるのであれ
ば、自然とその暴力問題が社会問題化するのではないかと思いますが、あまりそういった
評価は他に聞かないので、全体としてはむしろ体育会系のノリは、そのリスクに見合うメ
リットがあるもの、合法的なリスクとして参加者側の人々から認められているというのが
現状の総合的な評価ではないかと思います。
私自身はそう思うので、どちらかというとあなたの個人の体験した不幸なケースとして評
価・処理したくなりますね。これが、金とか風俗遊びだとか、そういった方面の批判でし
たら、必ずしもあなたから聞かなくてても、それなりに珍しくもなく聞かれる日本仏教界
の腐敗・俗化の問題なのでそれなりの有意な確実性はあるかもしれないとは思いますが。
66神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 17:26:53.49 ID:c0dQxz6F
いぇ
67神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 17:39:00.67 ID:ZoQf/7Nr
>>58
> >>54 お前さんの言う「思想の大筋」って、具体的に何?

現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと。

> そして、それは大乗経典にはないのかな?

大乗は正反対でしょう。

>>59
以上の説明を読めば分かるでしょう。釈尊と大乗とではベクトルが真逆です。
相対的な違いではありません。

>>65
> また、あなたの言う禅宗の問題が本当に世間的に一定レベル以上の一般性があるのであれ
> ば、自然とその暴力問題が社会問題化するのではないかと思いますが、あまりそういった
> 評価は他に聞かないので、全体としてはむしろ体育会系のノリは、そのリスクに見合うメ
> リットがあるもの、合法的なリスクとして参加者側の人々から認められているというのが
> 現状の総合的な評価ではないかと思います。

まず、閉鎖的ですから、社会問題化しにくいのです。閉鎖的という意味は排他的ということではなく、興味のある人(許容性の高い人)だけが
来て、興味の無い人は来ないことによって、自然に閉鎖的になるのです。そのため暴力
を嫌う人は近づかないのですから、社会問題にはなりません。そして参加者は全てを受け入れ、暴力でさえ「参加者側の人々から認められている」というのがまさにカルトの特徴です。

それに暴力以前にそもそもその身分すら偽っています。大乗の僧侶は出家と偽っていますが、本物の出家なんていないでしょう。


> 私自身はそう思うので、どちらかというとあなたの個人の体験した不幸なケースとして評
> 価・処理したくなりますね。これが、金とか風俗遊びだとか、そういった方面の批判でし
> たら、必ずしもあなたから聞かなくてても、それなりに珍しくもなく聞かれる日本仏教界
> の腐敗・俗化の問題なのでそれなりの有意な確実性はあるかもしれないとは思いますが。
68神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 17:40:45.93 ID:ZoQf/7Nr
>>65
> 金とか風俗遊びだとか、そういった方面の批判でし たら

そんな僧侶の個人的な非を言っているのではありません。
大乗の本質についての話なのです。
69神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 18:43:52.93 ID:frfcvYg4
>>68
なぜ>>64を飛ばした?w
70神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 18:45:49.58 ID:ZoQf/7Nr
>>69
長いし何言いたいのか要領を得ないから。
71神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 18:47:00.25 ID:frfcvYg4
>>67
>現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと
これは、様々な学問、様々な分野であり得る【姿勢】だが、
そうした「世の種々の学問や思想」は(すべて)「大乗でない仏教」なのかい?w
72神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 18:54:07.10 ID:ZoQf/7Nr
>>71
>そうした「世の種々の学問や思想」は(すべて)「大乗でない仏教」なのかい?

そんなことは言ってませんよ.。

しかし様々な学問(たとえば自然科学)との違いは、学問は「人の生き方」を扱いませんが、
仏教は「人の生き方」についての教えだということです。

まあ学問の中でも倫理学や哲学などは人の生き方を扱う部分はありますが、形而上学的議論
も多く、客観性・現実性・再現性を重視する自然科学などとは違い、学問としても異質です。
(歴史的には哲学が西洋の学問の父ですが)
73神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:00:39.46 ID:frfcvYg4
>>67
>以上の説明を読めば分かるでしょう。
いいえ。【短い文章で】【要領を得ているのに】まったくわかりませんwww

>釈尊と大乗とではベクトルが真逆です。
お釈迦さんが菩提樹下から立ち上がったことをどう受け止めてんだ?w
この「受け止め方」の部分こそ、釋子たる資格の有無だぜ?

>相対的な違いではありません。
いやいやw
どう考えても相対的な違いでしょうwwwww


>>72
>しかし様々な学問(たとえば自然科学)との違いは
大乗仏教は >「人の生き方」を扱 っていないのかい?
大乗仏教は >「人の生き方」についての教え ではないのかい?

>そんなことは言ってませんよ.。
この時点で既に、自分の>>67>現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと
が、重要な差異・相違ではなくなってることに気付かんか?w
74神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:06:19.15 ID:ZoQf/7Nr
>>73
> お釈迦さんが菩提樹下から立ち上がったことをどう受け止めてんだ?w

何が言いたいんですか?

> >相対的な違いではありません。
> いやいやw
> どう考えても相対的な違いでしょうwwwww

片や「現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと」を
旨とする思想と、
片や「考えるなといい、膨大な量の仏や菩薩をでっちあげ、南無阿弥陀仏と念仏唱えたら
浄土へ行けると言ったり、南無妙法蓮華経とお題目を唱えなさいなどと言う宗教」とが
どうして相対的な違いなんですか?

> >>72
> 大乗仏教は >「人の生き方」を扱 っていないのかい?
> 大乗仏教は >「人の生き方」についての教え ではないのかい?

「現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと。」
を旨とする教えでは明らかにありませんね。

> >そんなことは言ってませんよ.。
> この時点で既に、自分の>>67>現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと
> が、重要な差異・相違ではなくなってることに気付かんか?w

意味が分かりませんが。
75神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:12:06.71 ID:Xi1Q8WZF
う〜ん、ここまで徹底して大乗非仏説を主張するのも、
このスレでは珍しいなw
76神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:16:55.32 ID:Xi1Q8WZF
こういう時こそ、縁起一代が出てきて得意の
「全て仏説だよ〜ん」論を展開すれば面白いのだがw
77神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:19:04.18 ID:frfcvYg4
>>74
>何が言いたいんですか?
ほんと、噛み砕かんと駄目か・・w
貴方は、
「菩提樹下から立ち上がった」という逸話に、どのような意味を見出し(或いは込めて)いらっしゃいますか?
ということだw

>片や「現実的な・・・・・・違いなんですか?
だから、仏教概論を学んで来いと言っているw
そんなものは「大乗の本質」じゃない。皮相的な部分だw

>「現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと。」
>を旨とする教えでは明らかにありませんね。
だから何?wwwww

>意味が分かりませんが。
今、上の文の内容をAとしよう。「人の生き方を扱う」ということをBとしよう。
「大乗仏教はAでない。だから仏教じゃない。」というのが貴方の意見です。
ですから、「Aでないわけではない或る種々の学問は仏教ですか」と聞いた。
すると「種々の学問はBでなく、仏教はBだ」と貴方は言う。
だから、「大乗仏教をBだとは考えないのですか?」と問うた。
この問いの連鎖が見えないか?w
78神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:20:44.01 ID:frfcvYg4
>>76
日蓮宗もか?w
79神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:26:54.34 ID:ZoQf/7Nr
>>77
> 「菩提樹下から立ち上がった」という逸話に、どのような意味を見出し(或いは込めて)いらっしゃいますか?ということだw

教えを説いて衆生を導こうと考えたってことだけど?
そんなこと聞いてどうすんの?

> だから、仏教概論を学んで来いと言っているw

学んでますが?

> そんなものは「大乗の本質」じゃない。皮相的な部分だw

皮相的な部分でも人を騙しちゃダメでしょうw
僕は本質も同じだと思いますけど。

「お前は知らないから分からないんだ。勉強しろ」と言い張られるばかりでは
これ以上話になりません。具体的なことをあなた自身書かないのですから。

> >「現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと。」
> >を旨とする教えでは明らかにありませんね。
> だから何?wwwww

だから大乗は釈尊の教え(仏教)ではない。

> 今、上の文の内容をAとしよう。「人の生き方を扱う」ということをBとしよう。 「大乗仏教はAでない。だから仏教じゃない。」というのが貴方の意見です。
> ですから、「Aでないわけではない或る種々の学問は仏教ですか」と聞いた。 すると「種々の学問はBでなく、仏教はBだ」と貴方は言う。
> だから、「大乗仏教をBだとは考えないのですか?」と問うた。 この問いの連鎖が見えないか?w

トンチンカンなことを言う人ですね。Aは仏教であるための必要条件です。十分条件では
ありません。Bも仏教であるための必要条件です。十分条件ではありません。

801/11:2011/05/16(月) 19:30:38.12 ID:frfcvYg4
全てが被るというわけではないが、大きく関連するので以下連投コピペ。
支援ヨロシクw >>ALL


417 23(9-1)/36 sage 2010/10/28(木) 23:03:14 ID:aBU6yKXv
> 9 仏教に、「根本分裂」が起こらざるを得なかった理由は、どう考えるか。
ほんとに貴方は何も知らないんですね・・。 orz

貴方は、根本分裂が「教義の根幹に於ける考え方の違い」から起こったとでも思ってるんですか?
いったい仏教史の何を見ているんでしょう?
岩波仏教辞典「部派分裂」の項2〜4行目、
『 > マウリヤ王朝のアショーカ王(阿育王)の治世に、仏教教団は【教義の解釈をめぐって】 云々 』
とあるのを言っているのかもしれませんが、それ以降その項のどこにも、【教義の違い】であったとは記されていません。
  *(だから、「岩波辞書といっても、たいしたことないw」と私も言うのです。)
寧ろ、(14行目に)ちゃんと『 > 戒律に関する10の新しい意見をめぐって 』とあります。
これは、「十事」という、南伝が伝える【最初の分裂原因】です。
  *(岩波辞書が、従来の漢訳・北伝寄り(中国仏教的)ではなく、
   南伝も視野に入れたインド仏教寄りへシフトした辞書であることを示す事例の一つといえます。)
同様に北伝が伝えるのが、「大天の五事」と言われるものです。 これは、
≪「阿羅漢の悟り」は、《五つの理由(事象或いは生理現象)によって『完全ではない』》という主張であり、
 これにより最初の分裂が起こった≫ とされるものです。
実に大乗的(【既に「阿羅漢」よりも上位の存在が希求されている)な気もしますがw、意味する所は、
≪【悟りのレベル(達成度)と、その証左】に於いて【阿羅漢はそれを満たしていない】、
 【「阿羅漢」と「仏陀」(如来)とは違う】≫ というものです。
81神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:30:51.62 ID:Xi1Q8WZF
>>78 そうだったww
日蓮だけは嫌ってたなw
822/11:2011/05/16(月) 19:31:21.64 ID:frfcvYg4
418 24(9-2)/36 sage 2010/10/28(木) 23:04:23 ID:aBU6yKXv
いずれにしろ、【どちらも】、(貴方が期待するようなw)【《根本的教義の違い》ではない】のです。
まだその時代は、仏陀の教えは大きく共有されていたのです。
「大天の五事」にしろ、それは、《「阿羅漢」にだってこうした欠点があるじゃないか》という疑義であるだけです。
それは、【「仏陀観(如来観)」に於ける完全性の導入、希求】ではあっても、
(各種)「おしえ」(≒教義)の差異とはなっていないのです。
 *(ちなみに、「完全性への希求」は、以降、大乗仏教に於ける「仏陀像」「如来像」を決定付けていきます。)

また、その後の分裂に於いても、多くは確かに
《「教義面」(→「おしえ」の解釈)の食い違い及び「発展の仕方」「援用のさせ方」の差異》 によるものですが、
それとて(一部を除き)瑣末なことでしかありません。
(かなり突っ込んで仏教学を学んでも微妙な差異だったりするわけです。)
 *(一部とは、勿論「無我(非我)」を巡ってのことです。勿論、宝珠氏ほどの主張は存在しませんが・・w)
「三法印」「縁起」「四諦」「業果」「禅定」「持律」、これらを欠いている仏教は近代に到るまで存在しませんでした。
仏教を教理的に研究する場合(→「律」(或いは戒)に注視するのでなければ)、
根本分裂より、寧ろ多数出現してからの差異を見ることの方が人気があるわけです。(特に「中観vs有部」あたりがねw)
833/11:2011/05/16(月) 19:32:04.34 ID:frfcvYg4
419 25(9-3)/36 sage 2010/10/28(木) 23:05:23 ID:aBU6yKXv
> 「小乗」と「大乗」との根本的相違は何か。
まず、「小乗」「大乗」というのが、【便宜上の呼称である】ということを理解していますか?
《「大乗」とは自称であり、「小乗」とは相手に対する蔑称》である。これはいいですね?

《【「大乗」を自称する潮流】があり、【「小乗」と揶揄される潮流】があった》、このことは事実です。
だから現在でも、学者は
・《その研究領域によって【そのような潮流の別】を指し示さねばならない時》、
・《潮流の【別、差異がテーマとなる時】》
には、「大乗」「小乗」という呼称を用います。
或いは、
・《「それぞれの潮流」と【同じ要素を有する】ものに、それぞれ「大乗的」「小乗的」と冠する》こともあります。
或いは、
・《歴史的にそれぞれの潮流の【系譜に連なっている】ものには、それぞれの呼称を用いる》こともあります。
 *(別に、「場面場面による語の使用」自体については、特段良し悪しはないのです。)
844/11:2011/05/16(月) 19:37:29.26 ID:frfcvYg4
422 26(9-4)/36 sage 2010/10/29(金) 00:02:33 ID:3pweFwBx
さて、問題はこの後ですw
勿論、大乗経典群に於いて、それ以前の教えは全て小乗と括られています。
しかし、それは、「大乗」と自称する以上当然の帰結で、内容や歴史的推移は考慮されません。
自分達の内容以外は、全て小乗なのですから。
しかし、後代の私達は(或いは学者は)そうは見ません。
大乗仏教運動が起こっていた時点での、【当時の対論相手の一群のみを】「小乗仏教」と称するのです。
当然、「初期仏教・原始仏教・根本分裂以前の仏教」に対して「小乗」の語を用いることはありません。
 *(これは龍樹に於いても同様でしょう。)
また、時代が下って分派後期のものに対しても、
(系譜に大きなズレがあれば、或いは時代が下り過ぎていれば)用いません。(たとえば現行上座部がそうです。)
また、歴史性を重視するならば、根本分裂直後についても、用いることはあまりありません。
 *(だから、その辺のコンセンサスが取れていない場合、文脈上まだ明らかになっていない場合、
  『「小乗仏教」という語で何を指しているのか』が不透明になるのです。)

以上は「大乗」「小乗」を対比させて語る際のTPOについてです。
その使用が適切な場合とはどういうものか、ということです。
貴方が、《「かつて大乗を自称し小乗と皮肉った潮流」の末席を自負し、その信念の下、
対論者に対して「小乗」とラベリングする》のであれば、そのこと自体を責めるつもりはありません。
往時の大乗仏教徒達も同様であったろうと思うからです。
しかしながら、もし、多少でも歴史的視座を導入する気があるなら、その使用には慎重であるべきです。
上で述べたように、但し書き(及び揶揄・侮蔑の意図)無きところに「小乗仏教」と出てきたら、
【通常は】、【《説一切有部》及び《その、時代的周縁の部派仏教》のこと】だと受け止めるのです。
(特に教理面に於いては・・・。)
85神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:38:14.54 ID:ZoQf/7Nr
>>79
> 教えを説いて衆生を導こうと考えたってことだけど?

正確には、自分から教えようと思い立ったというより、
人に頼まれたんだと思いますね。ぜひ教えて下さいと。
仏典では神々が頼んだというメタファーになっているけど。
865/11 ☆:2011/05/16(月) 19:41:19.66 ID:frfcvYg4
423 27(9-5)/36 sage 2010/10/29(金) 00:03:23 ID:3pweFwBx
さて、問いそのものに戻りましょう。
> 「小乗」と「大乗」との根本的相違は何か。
小乗は hIna-yAna、大乗は mahA-yAna、文字通り「小さな乗り物、劣った乗り物」「大きな乗り物、優れた乗り物」
ということです。 ま、聞きたいのはこういうことではないのでしょうw
この呼称の導入時の意味・意義は、
彼らの(=これまでの)教えは、
「学問的で、難解で、学び理解した者だけを悟りへ導く」『小さな【一人乗りの】乗り物』である、
対して、我々の(=この)教えは、
「平易で、誰もが理解し得、分け隔てなく悟りへ導く」『大きな【大勢の乗れる】乗り物』である、というものです。
そして、「教えの【働き】」に着目した場合、次のような対比となります。
彼らの(=これまでの)教えは、「学び、理解した【自分だけを】悟りへ導く」『小さな【一人乗りの】乗り物』である、
我々の(=この)教えは、「他者、【自分以外の者をも】また悟りへ導く」『大きな【他の者も乗せる】乗り物』である、
というものです。
 *(これが発展すると、『自分は乗らず、他者を乗せる』というところまで向かいます。)
このような点が、基礎的意味、差異となります。
人口に膾炙している定型的謂いをすれば、

《「小乗」は「自利」》(→「自分を悟らせるもの」、「自分だけを悟らせるもの」)。
《「大乗」は「利他」》(→「自分以外も悟らせるもの」、寧ろ「自分以外【をこそ】悟らせるもの」)。

という【自負】と批判が、大乗小乗という呼称の骨子となります。

一応、これが問いへの簡潔な答えとなります。
 *(また、「根本分裂」の所で触れた「仏陀観如来観の神格化」に着目すれば、
  『「超人的存在として仏陀や如来を扱う」というのが大乗仏教の特色だ』という説も成立します。
  『仏陀を、人間から遠い存在へ押し上げる形で変革した、換骨奪胎した』とも言い得るわけですw)
  **(当然、着目する要素が変われば、また違った『変革の意味』を見ることができます。)
876/11:2011/05/16(月) 19:42:36.46 ID:frfcvYg4
424 28(9-6)/36 sage 2010/10/29(金) 00:04:11 ID:3pweFwBx
最初に、この呼称は『「一方からの」自称と蔑称』だと言いました。
特に部派仏教が、(或いは上座部の源流にも言い得ることですが)、
哲学的に煩瑣になり、学問的探求、考察が主軸となり、その整理・理解が至上とされ、
「エリートのみが(この場合「聡明な者のみが」という意味に特化します)近付き得る」
「自己の悟りを、まず第一とする、優先・最上とする」傾向を持ったということは
事実として認めて構いません。これは、釈存在世時でさえも有していた傾向です。
 *(上記「エリート」の今一つの意味は、『豊かで、考察の機会・時間を多く持つ者』、
  『心理的不安・苦悩に注視する余裕のある者』が、門を敲くことが多かった、ということです。
  これは、隠居の指摘に適切な側面があることを意味します。)
 *(聡明な者が多くなるということは、「教えの整理」等に際して中心となってゆく、ということでもあります。
  それは、学問仏教・アビダルマ仏教への流れに棹を差すこととなります。)
ですから、ここに対して「自利」(或いは「哲学的傾向」)という批判を当てることは、必ずしも100%不当なことではありません。
寧ろその視点からは、大乗仏教の興起は、起こるべくして起こった、歴史的にも必要だったムーブメントと言えます。
88神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 19:45:01.91 ID:w6uAd9mL
大乗仏典は全部テルマ論、が日本仏教にも徹底されてればなあ。
歴史あるカトリックや正教会が説いているが故に、そうした教派の信者たちが「マリアは終生処女
だった」(福音書の記述単体なら、そう受け取らなくてはならない理由は皆無)を信じることができるように、
「大乗仏典も一応仏説(きちんと仏の教えを押さえているという意味にとどまらず
久遠常住の本仏なり身仏の説法を感得した、という意味でも)」と俺も信じることができたかもしれない。

強引に歴史上の釈迦がそのまま説いたことにするもんだから……
時系列語ってしまってる時点でもう言い逃れできない。
それとも天台智は、「あくまでこれはそういう形式のモデルだよ」と
言ってくれてばいいのだが……
897/11 ◎:2011/05/16(月) 19:45:50.30 ID:frfcvYg4
426 29(9-7)/36 sage 2010/10/29(金) 00:34:11 ID:3pweFwBx
しかし、決してそれだけではありません。部派仏教といえども、在家による多くの帰依を受けなければ、
その存続はありません。そして、法施を軸として、外への働きかけが欠けるということもありません。
「利他」のない仏教なぞ無いのです。
また、「自利」無き「利他」もまたありえません。なんとなれば、自身の理解や頷き、或いは強い「信」がなければ、
他者への薦めもないからです。「自身で確かめた(≒信じた)信頼性」の無い推奨ほど無責任なことはないからです。
その意味で、「自利」と「利他」は不即不離でもあります。傾向の差異こそあれ、蔑称は所詮蔑称であり、
大乗側による、自説(自群)を優位にする為のテクニックであった側面を忘れてはなりません。
初期仏教に於いても小乗仏教(部派仏教に於いても、或いは上座部に於いても)、
「利他」の側面はそこかしこに見られます。ただ、大乗仏教のように、
それが「前面に押し出され」、「看板・スローガンとして掲げられ」、「一押し商品とされ」てはいないだけです。
 *(ここ(看板とされていること)こそが、大乗仏教の特徴と言うこともできます。)
908/11:2011/05/16(月) 19:47:09.97 ID:frfcvYg4
427 30(9-8)/36 sage 2010/10/29(金) 00:35:15 ID:3pweFwBx
そこで、貴方の次の問い(9三行目)とリンクした話となります。
この意味で、大乗仏教は、
≪それまでの《「自己を救うこと」「自己の苦悩の解決」に特化した(【それを幹としていた】)仏教の在り方》を
 《「他者を救うこと」「他者の苦悩の解決」を至上とした(【それを幹とした在り方】》へと転換させた≫ もの、
と言えるわけです。その意味で、初期仏教と比しても、【変容があった】とは言い得るわけです。
或いは、
≪《精舎(僧窟)に腰を据え、「教理の玩弄」に目を奪われた在り方》を、
 《市井に出て、「衆生へ視線を注ぐ」在り方》へと転換させた(回帰させた)≫ もの、と言えるわけです。
【「換骨奪胎」(→教えの本質を「自利」から「利他」へシフトさせたという意味で)】という評も、頷ける部分があるのです。

問題は、奈良・三枝両氏の謂いが、上のようなことなのか、貴方の言うような、
《(初期仏教までも含めて!w)、「否定、離脱し、新基軸を打ち出した」ものなのかどうか》ということです。
 *(もし、上記TPOで触れたように《「小乗仏教」が、有部を始め各種部派仏教を指す》ものなれば、
  『否定的換骨奪胎』がなされたとの言明は、私がこんなレスをする必要も無くw、当を得ているでしょう。)

> 「この二つは異なった宗教」「大乗は小乗を換骨奪胎した」という、奈良氏や三枝氏の指摘にどう反論できるか。
おそらく下記二つのことを言っているのだと思いますが、
違っていたら、改めて、ソースと共に提示お願い致します。
919/11:2011/05/16(月) 19:54:47.68 ID:frfcvYg4
428 31(9-9)/36 sage 2010/10/29(金) 00:36:39 ID:3pweFwBx
仏教議論スレッド 5
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1278424122/454
ttp://mimizun.com/log/2ch/psy/1278424122/454
> >> 452
> 竜樹が釈迦の「空・縁起」という「言葉」にヒントのヒントを得たことを否定するものではない。
> しかし竜樹は、それを「換骨奪胎」した(三枝)。これに尽きる。
仏教 議論スレッド
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/417
ttp://mimizun.com/log/2ch/psy/1270867654/417
> 仏教学者三枝氏の「大乗とは何か」(2001年6月20日法蔵館発行)において、
> 著者は、「竜樹は、釈迦の縁起を『換骨奪胎』した」と喝破している。
 *(ちなみに、原文を見るまでもなく言えることは、
  この発言は、《初期仏教における「空」及び「縁起」解釈を新たにした》ということであり、
  上のTPOの所で触れたように、
  〈大乗仏教が小乗仏教(=部派仏教)を換骨奪胎した〉ということとは、また別の話ですね。
貴方のこの引用文からは、
《「空」及び「縁起」という言葉の意味を、【最初期のものとは違う形で】再提示した》ということになりますが、
(私自身、「変容はあった」と見る一人でもあるので)、その引用(三枝氏の発言)自体を否定することには
二歩三歩踏みとどまるものですが、(明らかに、語義として意味する所に差異のある)「空」についてならまだしも、
「縁起」に関しても・・となってくれば、「初期の意味を抹消する形での換骨奪胎」であるならば、
やはり、まずは異を唱えておかねばなりません。 ということで、すぐ上のレスに
「大乗とは何か」(三枝充悳/法蔵館/2001年6月)p154とあったので確認。
9210/11:2011/05/16(月) 19:56:40.11 ID:frfcvYg4
429 32(9-10)/36 sage 2010/10/29(金) 00:57:26 ID:3pweFwBx
>> 338
なるほど。確かに言ってるわw
引用文のみ見れば、その一文は貴方と全く同じ考え方ということになりますね。
(それ以降の文は、貴方の意見と真っ向対立するものですが・・w)
で、私としては、やはり、
≪ >【完全なる相依にもとづく縁起説】として ≫に異を唱えることとなります。
それは、「中論がそうであるかどうか」ではなく、(縁起一代は一蹴しましたがw)、
その考え方は『改悪』である、と見るわけです。(勿論、貴方は『改善』と見ているのでしょうが・・・w)
理由は、>> 327、★>> 328-329、(>> 325)(>> 345)に尽きます。

≪「完全なる相依性、相互依存」のみであるなら、それは「縁起」ではないし、
 【また、「縁起」である必要もありません】≫。
なぜなら、
≪「時間的因果」こそが「縁起」の【定義】であり、【原義】であるから≫です。
貴方は、そして多くの学者は、初手に於いて「そこを見落とし、見誤っている」のです。
9311/11 ○:2011/05/16(月) 19:59:05.95 ID:frfcvYg4
430 33(9-11)/36 sage 2010/10/29(金) 00:58:20 ID:3pweFwBx
奈良さんの発言に関しては、ソースの提示がされてなかったようですね。
ログで辿れる一番古いものは↓だが、
 【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】U
 http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1254219116/530
 ttp://mimizun.com/log/2ch/psy/1254219116/530
 > 奈良氏も「釈迦佛教と大乗仏教は違った宗教」という趣旨のことを言っていましたね。
貴方の書き方から推察しても、
「違っている(→変容している)」ということを言ってるだけで、「換骨奪胎」ということではありませんね。
ましてや「否定」なんて意味合いは、「釈尊シンパの奈良さん」wに於いて、あろう筈も無い発言ということになりますw
確かに述べていたと言うならば、複数でも構わんのでw、ソース提供を宜敷w

また、上で述べてきたように『所謂「大乗」の特色』というものを考えるならば、
それは明らかに初期仏教(貴方の言う「釈迦仏教」)とは、大きく違ったものとなっていますが、
以上のようなことを考慮すれば、奈良さんが、
「【貴方の意図するような意味で】それを言った」ということにはなりません。
 *(だから、釈尊マンセーでもあるw奈良さんは、「大乗仏教は釈尊の教えから随分と変容しているけれども
  しっかりと、そのスピリッツを継承している。」として、「仏教風呂敷論」という語を用い、
  「エッセンスの共通性」を、仏教か仏教でないかの線引き基準の一つにしているのです。)

また、(奈良さんに関しては、原文がどういうものであったかわかりませんので憶測にしかなりませんが)、
もし「小乗」という語を用いていたなら、上のTPOの所で触れたように、
【両氏ともに、原始仏教(初期仏教(→釈迦仏教))を視野に入れていない】ことは明らかです。
寧ろ、【所謂「部派仏教」「学問仏教」、「衆生を置き去りにした感のある歴史的一群」を指して、
そこからの変革であった】、という意味だと読むべきでしょう。
さらに言うならば、(小乗仏教という呼称を用いて対比するならば余計に)、
《龍樹は、原点回帰、初期仏教(≒阿含への回帰)、即ち、釈尊への回帰であった》
というのが、学界仏教界共通した見方でもあります。
94神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 20:07:38.62 ID:2VUSEEo2
>福音書の記述単体なら、そう受け取らなくてはならない理由は皆無
マリアの処女性に限らず「原罪」や「三位一体」すら、聖書から無理に
読みとらなくて良いからね(というか、普通に読めばそんな解釈出てこない)。
「聖書」と「聖伝」を尊重すると語り、文献学的に都合が悪くなると
「使徒伝承が〜」と言い訳できる旧教は賢いというか、悪賢いと言うか……

仏教徒はそれほど智恵がまわらなかったってことだね。
不妄語戒があるのに、歴史上の釈迦がそのまま説いたことにするなんて……
まあ、どこの馬の骨かもわからぬ奴が説いたことにするより、
お釈迦さん御大が説いたことにした方が、金も人も集まるからね。
95神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 21:10:10.18 ID:w6uAd9mL
>>94
三位一体は、そう解釈しなければならない理由がある。

イエスは神だと書いてあるし、それでいて、父なる神とは別個体として書かれてるから。
新約聖書が唯一神論と矛盾しないことにするには三位一体の教えがあると想定するしかない。
「原罪」にも必要はある、と言えなくもない。イエスの処刑法は、木に吊るされるという
旧約では不浄とされる死に方に引っ掛かる。そのままではただの敗北になる。
だから、イエスの死を旧約で説かれる生贄になぞらえ、生贄によって償われるべき何かを想定する必要があった、と予想される。
じつは神の御計らいだったということにすることで、教祖の死を処理しようとした。

「どれもこれもテルマ説」は三位一体説にこそ対応するのかもしれない。
もしテルマでなく、歴史上の釈迦が説いているのなら、どうして部派側に法華経や浄土三部経が無いのか、
アーガマに観音菩薩や文殊菩薩が出てこないのか、という問題が生じる。
法華経で退席した人々もいる、と書いてあるが、同席した全体から見れば一部分に過ぎず、
しかも残った大部分に仏弟子の皆さんが全員残っている。
これで部派側に大乗仏典や菩薩たちの記録が残らない方がおかしい。
96神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 21:24:40.04 ID:frfcvYg4
たく・・w
誰も支援してくれないから、夜中まで掛かるかと思ったじゃないかw

>>79
>そんなこと聞いてどうすんの?
(お釈迦さんの出家の決意(動機)は勿論だが)、
成道後の45年間に、どれだけの想いを馳せることができるか?
という、“釋子にとっての踏み絵”が如きエピだからだよ。

>皮相的な部分でも人を騙しちゃダメでしょうw
お釈迦さんは、キサーゴータミーに、
「死人を出したことのない家から芥子粒を貰ってきなさい。そうすれば子供を生き返らせてあげましょう」
と言ったそうだが、この件についてはどうだい?w

>トンチンカンなことを
ハァ?(゚∀゚)
単純な短文を積み重ね、手順を踏んだ流れと思いますが?

>Aは仏教であるための必要条件です。十分条件ではありません。
>Bも仏教であるための必要条件です。十分条件ではありません。
ですから、(論理学・論理記号のことはよくわからないのでアバウトな謂いになりますが)、
大乗≠A、学問=A、仏教=A と来たから、学問=仏教ですか?と問うた。
学問≠B、仏教=B と来たから、大乗仏教にはBは無いのか?と問うた。
どこがトンチンカンなんでしょう?
仏教=A∧Bというのは、79で初めて出てきたのですよ?
しかも貴方は、大乗=Bを反証していない。 貴方以外の者は「大乗≠A」としていない以上、
(「仏教=B、大乗=B」という図式がある以上、或いは、仏教⊃(A、A´)、大乗=A´を許容する以上)、
異論が生じるのも已む無しでしょう?w
全ては、「大乗≠A、仏教=A(…仏教=A∧B)」及び「大乗≠B」の妥当性が示されてからの話です。
 ※記号の使い方が合ってるかどうかは知らんwww
   少なくともイコールは、こういう使い方をしてはいけないもののようだが・・w
97神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 21:27:09.91 ID:frfcvYg4
>>96
>という、“釋子にとっての踏み絵”が如き

いや、踏み絵じゃないな・・。 「リトマス試験紙」とでも脳内変換しといてくれw
98神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 21:51:27.49 ID:ZoQf/7Nr
>>96
> 成道後の45年間に、どれだけの想いを馳せることができるか?
> という、“釋子にとっての踏み絵”が如きエピだからだよ。

踏み絵とかやっぱり何言ってるか分からんw


> >皮相的な部分でも人を騙しちゃダメでしょうw
> お釈迦さんは、キサーゴータミーに、
> 「死人を出したことのない家から芥子粒を貰ってきなさい。そうすれば子供を生き返らせてあげましょう」
> と言ったそうだが、この件についてはどうだい?w

どうだいってw

彼女は「死人を出したことのない家」なんて存在しないことは頭では重々分かっている。
でも頭では分かっていても、感情的にはなかなか納得いかないものだし、自分は今現に苦
しんでいるのだから、「他人もそうだよ、あなただけではないよ」、などと口先で言われても、
それが自分に何の関係があるのかと、自分の不幸で心が満たされてしまう。

だけど直に一つ一つ家庭を訪ね歩き、故人の思い出話を聞いたり、遺族の悲しみを聞いたり、
時には慰められたりもしながら、だんだんと落ち着きを取り戻していったんだよ。

「芥子種」は、他人の家を尋ねるためのアイテム。用もないのにいきなり他人の家に
行って「故人の話を聞かせて下さい」なんて言っても警戒されるだけでしょ。
だけど「こういうわけで、お釈迦様から芥子種を貰ってくるように言われて訪ねて来ました」
と言えば訪ねやすいし、相手もお釈迦様の意図を察して、適切な応対ができるでしょ。

そういうエピソードです。

ちなみに、論理学的に言っても、「死人を出したことのない家から芥子粒を貰ってきなさい。そうすれば子供を生き返らせてあげましょう」は
偽にはならない。なぜなら、前提が成立しない命題は全て「真」だから。
99神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 21:51:40.23 ID:ZoQf/7Nr
> >Aは仏教であるための必要条件です。十分条件ではありません。
> >Bも仏教であるための必要条件です。十分条件ではありません。

> ですから、(論理学・論理記号のことはよくわからないのでアバウトな謂いになりますが)、
> 大乗≠A、学問=A、仏教=A と来たから、学問=仏教ですか?と問うた。

=ではないのです。

> 仏教=A∧Bというのは、79で初めて出てきたのですよ?

それも違います。

仏教⊆A∧B です。
はじめてでてきたのでもありません。

「Aでなければ仏教ではない」という命題は、仏教⊆A と同値だからです。
Bについても同様です。

> しかも貴方は、大乗=Bを反証していない。 貴方以外の者は「大乗≠A」としていない以上、

僕は大乗⊆Bに反論していません。当然です。それは間違っていませんから。
しかし大乗⊆Bだからと言って、ブッダの教えということにはなりません。それはAの条件を
満たしていないからです。
100神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 21:52:19.31 ID:ZoQf/7Nr
>>97
すれ違いで見落としてましたが、リトマス試験紙と言われても
やっぱり分からんw
101神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:11:03.39 ID:frfcvYg4
>>99
>それはAの条件を満たしていないからです。
だから、貴方と私は絶対に相容れないw
私は、Aの条件を満たすことを必須と見ないのですから。
寧ろ、Bであることこそが必須であると見るのですから。
先の長文レスを読んでも、私のスタンスの把握と貴方の視野狭窄ぶりへの気付きが無いとしたら、
これ以上の対話に意味はありませんね。
私は、奈良さんの「仏教風呂敷論」を許容する、貴方は一分一厘たりとも認めない。
この平行線が交わることは無いでしょう・・。
論理学的謂いや記号を用いるのはやめましょう。私では貴方の正確さを満たすことはできません。
 *イコール記号はよく使いますが、それとて論理学或いは数学での厳密な用い方にはなりません。
  あくまでも図式的にということです。不正確なのは御容赦を。

一言弁明するなら、
>はじめてでてきたのでもありません。
そういう「初めて」(→貴方の主張に最初から内包されていたことを否定するもの)ではありません。
今の>>71以降の問いの重積についてですよ。
ま、最初の大前提の置き方が正反対である以上、どれだけ意見を出し合っても無駄なことに変わりはないが・・。


>>100
↑の如き素養があって「リトマス試験紙」の喩えが通じないとは・・orz
102:2011/05/16(月) 22:14:24.50 ID:frfcvYg4
因     果     応     報part2
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1161605177/773
773 名無しさん@3周年 sage 2006/11/16(木) 17:03:40 ID:YX/dL9md
> >> 752
> 一 とっつきにくい考え方ではあるが、聞く耳を持つものも居よう。(b語る喜び)
> 一 聡い者は、聞いて理解することもあろう。
> 一 聞くことにより安心(あんじん)を得る物が一人でもいれば、その人のためにもなろう。(d貢献する喜び)
> 一 もし、より多くの者が理解したならば、社会はずっと良いものになろう。(d貢献する喜び)
> 以上、慈悲の観点。
>
> 一 この考え方は、果たして普遍性を持ちうるだろうか?独りよがりなものでないだろうか?
>    誰もが理解できることであろうか?私以外理解できないのではないか?(思考内容・手法の普遍性)(d貢献する喜び)
> 一 外部へ発信することにより、内容が整理・洗練される。(多少結果論ではあるが・・)(b語る喜び)
> 以上、悟りの論理的側面。
>
> 一 自分以外の者と思考を共有することにより、孤独が緩和される。
>    (勿論、お釈迦さんが寂しがったわけではないが、そうした側面も1%位はあるだろう)(a孤独の解消)
> 一 この(悟りの)喜びをわかってほしい。分かち合いたい。この(悟りの)喜びを味わって貰いたい。(c与える喜び)
> 以上、心理的側面。
>
> abcdどれも、心理的に「人間釈尊」を見た場合のもの。
> 勿論、孤独を厭うたり、喜びを求めるような、言葉通りのものではないが、
> シッダッタ本人に聞いても、そうした側面を否定はしないだろう。
> ゴータマ・シッダッタも、仏である前に人間なのだから・・・。

(※abcdそれぞれや本文について訂正したい所もあるが、面倒なので原文ママw)
103:2011/05/16(月) 22:16:07.07 ID:frfcvYg4
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】10
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/505
505 初代スレ7 sage 2009/02/21(土) 23:45:32 ID:7kKAE2Dn
>> 503
四門出遊全否定ですかw
また、
慈悲の正式発動は梵天勧請以降と思われますが?


【最終】仏陀はアートマンを説いた!?【決着】14
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1251941580/310
310 3/3 旧7 sage 2009/09/06(日) 17:57:46 ID:KCrhKsPv
その意味で、様々な生き方の中の一つとして、
自らを一つの事例として、45年間「それ」を示し続けたのがゴータマ・シッダッタであった、と言えると思う。
(そして、他のどの教えよりも最上なる楽であるという自負、自信もあったろうと思う。
 菩提樹下から立ち上がった理由の一つとなっていると思う。)
だから、ウダーナ8となるのだろう。牛飼ダニヤ&魔との対話となるのだろう。
 〜後略〜


【最終】仏陀はアートマンを説いた!?【決着】2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1242183617/513
513 旧7 sage 2009/05/23(土) 13:08:25 ID:j/BaFA8w
>> 466
孤独かぁ・・。

菩提樹下に於ける逡巡理由の一つとして、それもありそうだね・・。
「あれ、もしかして、これ、誰も解ってくれないかも・・・ (´・ω・`) 」とw
だから、「aJJAsi vata bho koNDaJJo!aJJAsi vata bho koNDaJJo!」だったのかもしれない・・・。
104:2011/05/16(月) 22:17:53.85 ID:frfcvYg4
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】11
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1235556630/682
682 初代スレ7 sage 2009/03/07(土) 21:40:07 ID:MTHwq+9q
>> 676
もし、今回の私の書き込みを「顛倒だ」「理(理屈)に惑っている」と切り捨てるなら、
それは、
『仏教は、世俗(≒時代の変化、都度都度の“現代”)に対する言葉を持ち合わせていない』という敗北宣言と同じだ。

世俗へ(≒『今』へ)届く言葉のない仏教は、梵天勧請を断わったも同然であり、
釈尊が菩提樹下から立ち上がらなかったに等しい。
105神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:24:31.61 ID:ZoQf/7Nr
>>101
> 私は、Aの条件を満たすことを必須と見ないのですから。

どんなデタラメ嘘八百言ってもいいわけだ。
まあ当然そうでしょう。そういういい加減な人間でなければ、大乗を仏教などと呼べるはずはないのですから。

あなたは、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱え続け、極楽浄土への往生を信じて死んでいく
おばあさんをどう思います? こういう人はたくさんいますよね?
あなたは大乗にも現実に即した教えがあると言うけれど、そんなことは一度も教えてもらったこと
がなく、ただ騙されて死んでいくことをどう思いますか?

ちゃんとした教えに触れていたら、苦を滅し解脱するチャンスもあったかもしれないのに、
その機会を奪われたわけです。酷いと思いませんか?
僕なら騙されて死ぬなんて嫌だす、無念です。

あなたの言う、大乗にもそういう教えがあるという部分は、もしかしたらどこか密室の
中でこそこそと坊さん同士の間で実践されているのかもしれませんが、それこそ大乗が
小乗として非難した態度そのものでしょう。一般の修行者や信徒に説かれなければ、
そんなものは何の意味もないのです。存在しないのと一緒。
だから大乗はブッダの教えとはベクトルが正反対で、程遠いものなのです。
一般信徒を騙して、迷わせ、解脱の邪魔をし、解脱できないようにしているのです。
これが僕の大乗に対する怒りの理由です。

大乗は、みんなで馬鹿になろう、という足の引っ張り合いの教えなのかと最近は疑っています。
ブッダの教えを理解できなかった落ちこぼれが、自分だけ理解できず解脱できないのは悔しいものだから、
みんなを解脱させないように工作した姑息な新興宗教だったのではないでしょうか。
106てすと:2011/05/16(月) 22:33:59.36 ID:5lEGxpbu
死にそうな婆さんや、母親を亡くした子供に「死んだら終わりだ」と真実を話して解脱できるのか?
107神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:34:40.75 ID:frfcvYg4
>>98
>そういうエピソードです。
だから何w  『「嘘」ではない』 と?

>ちなみに、論理学的に言っても
そういう視点で、「大乗の徒は嘘つき」と仰ってたんですか?
『論理学的な「偽」』かどうかだったんですか?
「如是我聞」という表明、「多様な仏菩薩」「各種神通」などの荒唐無稽な描写、という
(個別の)単純な形式的虚偽かと思ってました。


>>105
なんだw やっぱり無知から来る私怨じゃないですかw

>どんなデタラメ嘘八百言ってもいいわけだ
誰もそんなことは言っていませんし、過去古の大乗の徒も、
「現状に嘆き、憂い、釈尊への回帰」を目指したからこその「如是我聞」でしょう?
一体何を勉強してきたのですか?
そこに貴方が書いたこと全てが、実際を的確に描写し得ていません。

まあいいですw
この105は、重要な(貴方の特徴・動機をよく示している)レスなので、
一言一句、ゆっくり反駁していきましょう。
108神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:36:07.05 ID:ZoQf/7Nr
大乗を全否定していると誤解されたくないので付け加えておきますが、
釈尊と何の関わりもない教えだと白状すれば、独立した宗教として存在
するのは別に問題ありません。

「お釈迦様とは何の関係もなく、デタラメに作られた経典に基づいたいい加減
な話で、何の根拠もないから、南無阿弥陀仏と唱えて本当に極楽へ行けるのか
そんなことは知らん」
と坊さんが正直に言うなら、信徒も勘違いしないで、自分で判断するチャンスが
与えられます。
親鸞聖人はそれに近いことを言っていたので、数少ない立派な坊さんだと思います。
109神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:37:56.45 ID:frfcvYg4
あ、そうそう

>>100
>やっぱり分からん
>>98
>何言ってるか分からんw

ヒントですw
>>102-104
110てすと:2011/05/16(月) 22:39:01.17 ID:5lEGxpbu
>>108
大乗こそ、釈迦の系譜。

小乗は偽物。
111神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:39:42.25 ID:ZoQf/7Nr
>>107
> だから何w  『「嘘」ではない』 と?

そうです。嘘はないですね。

> >ちなみに、論理学的に言っても
> そういう視点で、「大乗の徒は嘘つき」と仰ってたんですか?

もちろん、真か偽かは論理の話ですから。

> 「如是我聞」という表明、「多様な仏菩薩」「各種神通」などの荒唐無稽な描写、という
> (個別の)単純な形式的虚偽かと思ってました。

それも虚偽でしょう。

> >どんなデタラメ嘘八百言ってもいいわけだ
> 誰もそんなことは言っていませんし、過去古の大乗の徒も、
> 「現状に嘆き、憂い、釈尊への回帰」を目指したからこその「如是我聞」でしょう?

全然回帰してないじゃないですか。そもそも釈尊へ回帰するのに嘘をつく必要はないでしょう。
騙されて死んだおばあさんにどう説明するんですか?
その説明を聞きたいので、ちゃんと説明して下さい。
112てすと:2011/05/16(月) 22:43:14.74 ID:5lEGxpbu
南無阿弥陀仏と唱えたら極楽浄土へ行けるに決まってる。

だって、釈迦がそう言ってたし。
113神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:44:23.33 ID:ZoQf/7Nr
>>106
> 死にそうな婆さんや、母親を亡くした子供に「死んだら終わりだ」と真実を話して解脱できるのか?

現実に引き戻すのにも、言い方やプロセスがあるでしょう。
荒療法でも騙し続けるよりはマシですが。

しかし「死んだら終わりだ」なんてのは真実ではありません。
それでは断滅論です。
死後のことについては無記です。
114てすと:2011/05/16(月) 22:45:31.07 ID:5lEGxpbu
>>111

死んだ婆さんが説明聴けるわけねーじゃん。

ばーか。
115神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:45:40.47 ID:2VUSEEo2
>三位一体は、そう解釈しなければならない理由がある。
でも外野の無責任な視点で見ると「聖霊」くっつける必要はないんじゃね?
ヨハネの第一の手紙の翻訳時の付加とか考えるとなおさらさ。

>「原罪」にも必要はある、と言えなくもない。
キリスト教としてはあったほうが都合が良いね。
ユダヤ教側から見れば奇天烈な解釈だけれども。
実際、ユダヤ教徒は原罪に慄くとかしないようだからね。

まあ何にせよ仏教と違って「使徒伝承云々」で糊塗可能なのは強みだね。
いざとなれば神学的屁理屈総動員して、公会議で路線変更とかすれば良いし。
あきらかに変な伝統を、歪なまま固守しないといけない仏教って不便だね。
116神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:46:02.23 ID:frfcvYg4
>>108
あのな・・w
ワシだって、厳密なカテゴライズをしていけば
片足突っ込んでる禅だって「仏教ではない」と表現することはあるし、
日本の仏教は、(かなりの昔から)、或る意味バラモン教だと表現することはあるし、
大乗の諸経典が創作経典であることも認めているし、
貴方の意見と7・8割は同じなんですよ。
けど、それは、諸々の経典や伝承、或いは「教えそのもの」をも
機械的に、マークシート的に選別することを避けた上で言及されねばならない。
貴方は原理主義的に考えるあまり、大乗仏教運動というものの本質を見失っている。
(だから、勉強し直して来いと言う。)
大乗の諸経典で、「何が言われているか」「何を言おうとしたのか」「何が継承されているのか」、
ここへの視線の無い者に、仏教云々する資格なぞあろう筈もない。
減点方式しか採用しない貴方の姿勢を、私はずっと批判し続けているんですよ・・。
117神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:52:00.29 ID:ZoQf/7Nr
>>116
> 貴方は原理主義的に考えるあまり、大乗仏教運動というものの本質を見失っている。
> (だから、勉強し直して来いと言う。)

そんなこと信徒には関係ないでしょうw
信徒にとっては、彼ら一人一人の救いが大事なはずです。
「大乗仏教運動というものの本質」なんて信徒にとってはどうでもいいし、
そういう観念論的な議論に拘泥していること自体が、信徒の方を向いてなくて、
大乗の理想なるものが机上の空論であることを示しています。

大体なんですか、「大乗」なんて尊大で傲慢な名前をつけて喜んでいるw
その時点で既に仏教徒としての姿勢として歪んでいます。
だから彼らが「小乗」と蔑み自分たちを「大乗」と持ち上げて威張ったことを
逆手に取って、僕は「大乗w」と皮肉っているのです。
それが分からず、未だに大乗大乗威張っているのですから滑稽なことです。

> 大乗の諸経典で、「何が言われているか」「何を言おうとしたのか」「何が継承されているのか」、
> ここへの視線の無い者に、仏教云々する資格なぞあろう筈もない。

だって実際何もないんですから。内容は空っぽです。

字面や体裁だけは立派なので、文学的価値は否定しませんが。
118てすと:2011/05/16(月) 22:57:54.07 ID:2ZfjekFa
まあ、ダライラマとスマナサーラどっちか選べっていわれたら、普通ダライラマだと思うよ。

はい、小乗の負け。
119神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 22:59:19.76 ID:2VUSEEo2
>大乗の諸経典で、「何が言われているか」「何を言おうとしたのか」「何が継承されているのか」、
>ここへの視線の無い者に、仏教云々する資格なぞあろう筈もない。

いや、あるでしょ?
ZoQf/7Nrさんはそこらへん踏まえたうえで「継承されていない」と主張
されているように見えますよ。

自分らの宗派に共感を持たないものを、議論からあらかじめ排除しよう
のは“甘え”ですよ。
120神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:06:00.46 ID:2VUSEEo2
>ダライラマとスマナサーラ
スマナサーラとかの名前出すのやめようよ。
ここで名前を出すとしたらパユットーさんとかだろ普通。
121神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:06:08.51 ID:frfcvYg4
なんか、本音(というより思想背景か?w)が垣間見えてきたなw


>>119
お互い様だから良いでしょう?w

つ「 >>117>逆手に取って、僕は「大乗w」と皮肉っているのです 」

また、貴方も「大乗仏教は >>117>信徒の方を向いて いない」とするお立場ですか?
122神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:07:55.30 ID:frfcvYg4
>>120
なぜ?
一応、上座部(≒小乗)代表でしょw(日本ではw)
123てすと:2011/05/16(月) 23:10:22.34 ID:2ZfjekFa
>>120

小乗は、身から出た錆、因果応報。
敵失で大乗うまー
124神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:12:04.36 ID:ZoQf/7Nr
縁起思想を理解している人なら分かるはずです。

「大乗」という概念は対になる「小乗」と表裏一体です。
差別用語を用いることに対する反省からか、最近は
「小乗」と言うことは減りましたが、「大乗」は相変わらず
使い続けています。しかし「大乗」は単独で存在し得ず、
あくまで「小乗」と相依関係(縁)にある概念なので、
「大乗」を使うごとに差別を起こし、罪を重ねていることになります。

大乗は教えの中身だけでなく、名前から存在から全てがことごとく「非仏教的」なのです。
125てすと:2011/05/16(月) 23:14:02.91 ID:2ZfjekFa
ブータンとスリランカどちらに行きたいかと言えばブータンでしょ。

はい、小乗の負け。
126神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:14:46.06 ID:2VUSEEo2
>一応、上座部(≒小乗)代表でしょw(日本ではw)
なんじゃそりゃ?
彼にまともな布教実績、学問的業績ってあったっけ。
日本テーラワーダ仏教協会の事務局員の宣伝を真に受けすぎじゃないの?
127神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:19:03.98 ID:ZoQf/7Nr
「教えの中身は空っぽでいいのだ。空なのだから、それでいいのだ」
とバカボンのパパみたいに脳天気に言ってれば、いかにも大乗的で微笑ましいですね。
何の役にも立ちませんが。
128てすと:2011/05/16(月) 23:22:59.82 ID:2ZfjekFa
>>127

ちゃんと苦を取り除いてるじゃないかw

大乗役に立ちすぎw
129神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:23:00.22 ID:frfcvYg4
>>126
そう思うなら、例の彼の言辞が
同じ位相でおかしいことも指摘なさったらどうですか?w
130神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:24:02.37 ID:frfcvYg4
孤軍奮闘四面楚歌になりそうな悪寒w
131神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:24:35.77 ID:ZoQf/7Nr
>>128
>ちゃんと苦を取り除いてるじゃないかw

どこがだよw
132てすと:2011/05/16(月) 23:27:36.10 ID:2ZfjekFa
>>131

あなた本当はすでに大乗で解脱してるんじゃないのか?w
133神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:30:15.16 ID:ZoQf/7Nr
「大乗を解脱」はしたよ
134神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:31:20.21 ID:A9WKRCud
>>115
>でも外野の無責任な視点で見ると「聖霊」くっつける必要はないんじゃね?

いや、聖霊にも神しか持ってはいけない属性を持たせてしまってる。
永遠性(ヘブライ人への手紙9章14節)、全知(コリント人への第一の手紙2章10節)。
135てすと:2011/05/16(月) 23:34:36.12 ID:2ZfjekFa
>>133
本当に大乗やってたんだw

すぐに意味ないって気付けよw

あほやw
136てすと:2011/05/16(月) 23:48:12.33 ID:2ZfjekFa
ていうか、お前らマジでお勧めの宗教は何か教えろ。

どれもこれも帯に短し襷に長しなんだ。

まじよまじ。
137神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:52:59.92 ID:A9WKRCud
一時・一仏・一世界の原則。
一世界に一仏陀→ブッダになったら釈迦の座すこの娑婆世界を離れないといけない
→なのでこの世界で利他活動するならあえて悟らず菩薩の状態を保つ必要がある。

一世界一仏陀がアーガマからの伝統だとしても、大乗の発想はアクロバティック極まりない。
だが、それがいい。
138神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:56:22.47 ID:ejIAF/qO
なんか論点がぼけてるなww
>>131 に聞くが、「仏教すなわち釈迦の教え」と言える『条件』は具体的に
何かな?
「迷信の排除」なんてのはだめだろ?
初期仏教にも迷信はてんこ盛りだw
「形而上的な側面の排除」もだめだろ? お前さんがよしとした
竜樹などそれこそ、その代表格だw

おまえさんは、一体何があれば「仏教」と認めるの?
まず、それを最初にはっきりさせようや。
そこが明確になれば「・・・・は仏教か否か?」が判別できるわなw
139神も仏も名無しさん:2011/05/16(月) 23:59:49.98 ID:ejIAF/qO
>>136 てすとにピッタリなのは「立川流」ww
140神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:02:25.64 ID:dxH0eLwh
>>138
> 初期仏教にも迷信はてんこ盛りだw

たとえば?

> 「形而上的な側面の排除」もだめだろ? お前さんがよしとした
> 竜樹などそれこそ、その代表格だw

竜樹にも非大乗的なとこがある、と言っただけだ。

> おまえさんは、一体何があれば「仏教」と認めるの?
> まず、それを最初にはっきりさせようや。

だから「釈尊の教え」が仏教だよ。
141神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:05:07.97 ID:ejIAF/qO
>>140
>たとえば?

スッタニパータやダンマパダにある「地獄」

>だから「釈尊の教え」が仏教だよ

だからその「釈尊の教え」ってのは具体的に何なのかって聞いてるのw
142神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:06:28.86 ID:Sa2PotKH
キェェェェェェアァァァァァァパリッタァァァァァァァ!!!
143神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:17:37.68 ID:dxH0eLwh
>>141
> スッタニパータやダンマパダにある「地獄」

メタファーや土着信仰の混入

> >だから「釈尊の教え」が仏教だよ
> だからその「釈尊の教え」ってのは具体的に何なのかって聞いてるのw

経典を読みなさい。
どうしても簡単にまとめて欲しいなら、アッサジの言葉がいいかも。
「もろもろの法は因によって生ずる。如来はその因を説きたもう。
もろもろの法の滅についても、如来はそのように説きたもう。」
144神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:25:12.52 ID:BNNCA2F/
>>143
>メタファーや土着信仰の混入

つまり、初期仏教の中にも「迷信が入り込んでいる」わけだから、
大乗に迷信があるからと言って、それは「仏教ではない」とは言えないねw

>経典を読みなさい

これじゃあダメでしょ?何の回答にもなってないw
お前さんは「仏教とは釈尊の教え」というが、大乗側は勿論、自分らの
教義も「釈尊の教え」であると言ってるぞ。
しかし、お前さんは「大乗」は釈尊の教えではないと言うんだろ?
だったら、まず、「釈尊の教え」とは・・・・・であるとはっきりと
提示しなければね。
145神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:32:24.58 ID:dxH0eLwh
>>144
> つまり、初期仏教の中にも「迷信が入り込んでいる」わけだから、
> 大乗に迷信があるからと言って、それは「仏教ではない」とは言えないねw

え? どういう理屈だ?
僕は「大乗に迷信がある」から「仏教ではない」と言っているわけじゃない。
よく読み返してください。

> お前さんは「仏教とは釈尊の教え」というが、大乗側は勿論、自分らの
> 教義も「釈尊の教え」であると言ってるぞ。

あなた本気で法華経や阿弥陀経や無量寿経や金剛般若経や大梵天王問仏決疑経
が「釈尊の教え」だと思ってるの?
そんな主張する人は大乗の中にも昨今見ませんよ。
146神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:32:48.34 ID:7KjJXBXE
あれだなw
例の彼は、
西鉄ライオンズ→西武ライオンズは認めても、
ロッテオリオンズ→千葉ロッテマリーンズは認めないって立場だな、多分w

いや、それすらアウトか。読売ジャイアンツや阪神タイガースくらい無変化でないと駄目か・・w
さて、ロッテファンとは何ぞや?



まさに、御隠居の逆バージョンだなw >>143
ここまで見事に鏡像だと、感嘆に堪えんな・・w

>メタファーや土着信仰の混入
大乗仏教はまさにその延長線上にありますが?

>経典を読みなさい。
www
>>79
>「お前は知らないから分からないんだ。勉強しろ」と言い張られるばかりでは
>具体的なことをあなた自身書かないのですから
などと言いながら、その口で他人には
「 >経典を読 め」かw  「 >「お前は知らないから分からないんだ。勉強しろ」 」かw

どんだけ自己中だよw
やっぱり、最初の見立ては間違ってなかったようだ。
お前は、隠居や在家に並ぶ人間の屑だよ・・。
147神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:36:19.69 ID:BNNCA2F/
>>145
>僕は「大乗に迷信がある」から「仏教ではない」と言っているわけじゃない。

はい、わかりました。つまり「迷信の有る無しは仏教であるかどうかに
関係ない」ということですね?ww
了解です。

>あなた本気で法華経や阿弥陀経や無量寿経や金剛般若経や大梵天王問仏決疑経
が「釈尊の教え」だと思ってるの?
そんな主張する人は大乗の中にも昨今見ませんよ。

俺の見解は全く関係ないですなw
『貴方の見解』を聞いているわけw

「何をもって、『釈尊の教え』とするのですか?」
148神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:41:33.03 ID:dxH0eLwh
>>146
> 大乗仏教はまさにその延長線上にありますが?

あなたこれに答えてみなさい。

>>105
> あなたは、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱え続け、極楽浄土への往生を信じて死んでいく
> おばあさんをどう思います? こういう人はたくさんいますよね?
> あなたは大乗にも現実に即した教えがあると言うけれど、そんなことは一度も教えてもらったこと
> がなく、ただ騙されて死んでいくことをどう思いますか?
> ちゃんとした教えに触れていたら、苦を滅し解脱するチャンスもあったかもしれないのに、
> その機会を奪われたわけです。酷いと思いませんか?
> 僕なら騙されて死ぬなんて嫌だす、無念です。

なぜかみんな避けて誰も答えないんだよね。

これが「その延長上?」完全に最初から最後まで騙し通したら、「ちょっと迷信が混入した程度」とは
とても言えないでしょう。

そしてこれは例外的なことですか? 違うでしょ? まさにこれが大乗の信仰の実態じゃないですか。

> 「 >経典を読 め」かw  「 >「お前は知らないから分からないんだ。勉強しろ」 」かw
> どんだけ自己中だよw> やっぱり、最初の見立ては間違ってなかったようだ。 お前は、隠居や在家に並ぶ人間の屑だよ・・。

釈尊の深淵で膨大な教えをここに完結に書けるわけがないでしょう。
そんなことができるくらいなら釈尊も一言ですましたでしょうし、
それを書けたら僕自身がとっくに解脱してますよ。

釈尊の教えは経典全体を通して説かれているのであって、何か
ひとつを書けば十分ということはないのです。
だからどうしても「経典を読みなさい」ということになる。無理に要約するなら、
あのアッサジの言葉になるのです。
149神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:42:37.70 ID:7KjJXBXE
>>145
>僕は「大乗に迷信がある」から「仏教ではない」と言っているわけじゃない。
ハアアアアアアアアアア?(゚∀゚ ;)
どのレスを読んでも、【それしか書いて】ありませんが?www

>そんな主張する人は大乗の中にも昨今見ませんよ。
んなこたぁないw タモリAAは(ry

>が「釈尊の教え」だと
だからwww
金口でないと駄目なのか?直筆でないと駄目なのか?
そうじゃないんだろ?で、>>77のAが仏教の本質なのかい?
それがあることが、仏教の仏教たる所以
(→これは逆に言えば《「他の思想」は“それ”を持たないが故に仏教ではない》ということなんだが)なのかい?
仏教の独自性は一体どこへ行ってしまったんだい?先のAは仏教以外のあちこちにも溢れてるわけだが・・。
150神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:44:36.02 ID:dxH0eLwh
>>147
> はい、わかりました。つまり「迷信の有る無しは仏教であるかどうかに
> 関係ない」ということですね?ww
> 了解です。

もちろんそうです。しかしその迷信を教えの中心にしたり、嘘をついて信徒を騙しては
いけません。経典への迷信の混入は避けられませんが、釈尊自信が迷信を否定したように、
きちんと迷信を排除して指導するのが仏教的態度です。

> >あなた本気で法華経や阿弥陀経や無量寿経や金剛般若経や大梵天王問仏決疑経
> が「釈尊の教え」だと思ってるの?
> そんな主張する人は大乗の中にも昨今見ませんよ。
> 俺の見解は全く関係ないですなw
> 『貴方の見解』を聞いているわけw

僕の見解は当然、それらの経典は全て偽の経典で、でっちあげられたものです。

> 「何をもって、『釈尊の教え』とするのですか?」

釈尊が説いた教えです。
151神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:48:30.57 ID:BNNCA2F/
>>148  ん? 何を言ってるのかな?

誰が、釈尊の教え全てを提示しろ などと言ったかな?
俺が言ったのはあくまでも
「仏教であるか否か?の判断材料としての教え」だよ。
お前さんは「大乗」を釈尊の教えではないとした。それは何故ですか?
と聞いているわけ。例えば「・・・・を説いてない。」あるいは「
・・・・・を説いている。」
このように基準となるものがあるわけでしょう?

それとも、そのようなものはなく「唯、自己の恣意的な判断」を下してきた
のかな?
152神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:52:43.97 ID:dxH0eLwh
>>149
> >僕は「大乗に迷信がある」から「仏教ではない」と言っているわけじゃない。
> ハアアアアアアアアアア?(゚∀゚ ;)
> どのレスを読んでも、【それしか書いて】ありませんが?www

あなたの思い違いですね。「大乗に迷信がある」ことがいけないのではなく、
その迷信がほとんど大乗の全てだからですよ。大乗経典では存在しない
如来や菩薩を何万体もでっちあげ、存在しない浄土やら極楽やらを騙り、
具体的な解脱への理論もなく、いたずらに観念的で空想的な描写と
妄想に始終している。

禅は禅で蓮華微笑という逸話をでっちあげ、存在しない教外別伝を根拠としている。
根拠が嘘なのですから、その教えには何の意味もないわけです。

「迷信が混入してしまった」というレベルの話ではなく、
大乗教えの根拠自体が迷信なのです。


> 仏教の独自性は一体どこへ行ってしまったんだい?先のAは仏教以外のあちこちにも溢れてるわけだが・・。

AをB(人の生き方、苦からの解放)と結びつけたことが、仏教のユニークなところなのです。
仏教以外では知りません。
153神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:53:39.10 ID:BNNCA2F/
>>150
だからねえww
「・・・・・を仏教であるか、そうでないか判断するのは、『釈尊の教え』
であるか?そうでないのか?」によるわけでしょ?

だから、俺は聞いてるのw
あなたが「判断の基準」として用いている『釈尊の教え』ってどれですか?ってねw
154神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:55:56.03 ID:dxH0eLwh
>>151
> 「仏教であるか否か?の判断材料としての教え」だよ。
> お前さんは「大乗」を釈尊の教えではないとした。それは何故ですか?

あれ、僕のレス読んでないのかな?
>>67から読んだら分かると思います。
155神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 00:58:55.20 ID:BNNCA2F/
>>154
読んでるよ。しかし、具体的な記述は全くない。

単に「私が仏教でないと思ってるから」だけなの?
156神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:00:48.88 ID:dxH0eLwh
>>155
え?具体的な記述が全くないって、一体どこを読んでるの?

「現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと」という条件が
満たされてないから、と具体的に書いてるけど?
157神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:01:49.40 ID:7KjJXBXE
>>148
>経典全体を通して
あれ? スッタニパータすら新層古層に分けた貴方が、結局一括扱いですか・・w

>なぜかみんな避けて誰も答えないんだよね。
ゆっくりと言ったでしょう?w

>そんなことは一度も教えてもらったことがなく、
チュッラパンタカのエピを知らない貴方でもないでしょう?
おばあちゃんに百メートル全力疾走させる必要はないんですよ。(勿論、本人が走りたいと言えば別ですが・・www)

>ただ騙されて死んでいくことをどう思いますか?
「騙されて」とは、誰による判断ですか?誰による評価ですか?何をもってして「騙されている」とするのですか?
そもそも、「騙される」ということは、対になる「本人に知らされるべき真実がある場合」です。
そのおばあちゃんは騙されて死んでいくわけではありません。(この辺の日本人的機微が理解できないのかもしれませんが・・。)

>その機会を奪われたわけです
いやいや、今の日本の僧侶に深意の説法のスキルが無いせいもありますが、
(だから、貴方のは「現代日本仏教批判」でしかない、と指摘するのですがw)、
機縁は常に結ばれているわけです。

>僕なら騙されて死ぬなんて嫌だす、無念です。
この一文に、貴方の自我或いは執着、こだわりが仄見えるわけです。
「もっといい玩具があるのに、何で俺にはこれなんだ・・」というねw(それはもはや恨み言でしかありません。)
 *以前、宝珠がこんなことを言ってました。
  「転生しての次の生に於ける修行が無いならば、死の直前に教えを聞いても意味が無い!」とね。
  或いはこうも言う。「次の生が無ければ、悪人が報いを受けないまま(断滅して)終わりになる。それは公平ではない!」とね。
  似てるだろw 貴方のベクトルと・・。


ま、細かいところは追々やっていこう。
一文ずつレスするのは得意なんでね。焦らず気長に待てやw
158神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:06:16.43 ID:BNNCA2F/
>>156
だからw
もうすでに「迷信の有無」など関係ないでしょw
自分で迷信の混入、認めたでしょ?ww

「現実的な思考」?
具体的に何?  唯、「現実的な思考」だけでは、道徳や人生論など
全て仏教になっちゃうよw
159神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:10:45.39 ID:BNNCA2F/
あ〜〜と、セブンに聞くが「六神通」って何に乗ってた?
「サムユッタ・二カーヤ」だったっけ? 違った?
160神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:15:43.13 ID:dxH0eLwh
>>157
> >経典全体を通して
> あれ? スッタニパータすら新層古層に分けた貴方が、結局一括扱いですか・・w

スッタニパータの最古層に全ての教えが説かれているわけではありません。

> おばあちゃんに百メートル全力疾走させる必要はないんですよ。(勿論、本人が走りたいと言えば別ですが・・www)

おばあちゃんに聞いたのですか? チャンスも与えず、「どうせできない」と決めつけ、騙し続けたわけでしょう。
大乗は信徒を馬鹿にし愚弄しています。
ちゃんと修行すればしただけ成長するし解脱に近づきますよ。アホみたいに南無南無言ってるより百万倍マシです。
それに走るわけでも体力使うわけでも高度な学が必要なわけでもありません。
仏道の実践は寝たきりの老人にでもできることです。
しかし大乗はそのような指導は一切しません。こんなものは仏教ではないのです。

> 「騙されて」とは、誰による判断ですか?誰による評価ですか?何をもってして「騙されている」とするのですか?

釈尊が「やみくもに南無阿弥陀仏と唱えなさい」などと言ったわけでもなく、そんな発想自体
存在しないのに(釈尊の教えと矛盾する発想)、それが「騙されてない」とは詐欺師でもそんな
恥ずかしい強弁はしませんよ。



161神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:16:04.38 ID:dxH0eLwh
>>157
> いやいや、今の日本の僧侶に深意の説法のスキルが無いせいもありますが、
> (だから、貴方のは「現代日本仏教批判」でしかない、と指摘するのですがw)、

そういう技量の問題の話ではなく、大乗は根本的によって立つ根拠、土台が「嘘、迷信」
なんですよ。たとえば禅の蓮華微笑の逸話は創作なので、教外別伝の以心伝心など
不可能で(なぜ不可能かというと、釈迦の入滅の前後に摩訶迦葉はその場にいなかった
からです)、それ以降の以心伝心は全て存在しないからです。
今の坊さんは一体何を以心伝心しているんでしょうねw

> 機縁は常に結ばれているわけです。

縁ってのはそういう迷信的な目に見えない赤い糸みたいなものではありません。

> >僕なら騙されて死ぬなんて嫌だす、無念です。
> この一文に、貴方の自我或いは執着、こだわりが仄見えるわけです。

これは酷いw
騙されて死ぬのは誰でも嫌でしょう。 それを人を騙しておいて、騙されて文句言うのは
「自我或いは執着、こだわりが」があるからと。
あんたの言ってることは詐欺師より酷いw カルトもここまで酷いのは珍しい。
162神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:21:08.26 ID:dxH0eLwh
>>158
> もうすでに「迷信の有無」など関係ないでしょw

大乗は「迷信が混入」したというレベルではなく、寄って立つ根拠が
全て迷信なのです。だから大乗は仏教ではないのです。
同じ話はID:7KjJXBXE氏としてますからそちらを参照下さい。

> 「現実的な思考」?
> 具体的に何?  唯、「現実的な思考」だけでは、道徳や人生論など
> 全て仏教になっちゃうよw

これも同じ話をDID:7KjJXBXE氏としました。
163神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:24:05.41 ID:7KjJXBXE
>>159
ニカーヤの至る所にw
ただ、例の彼が支持する古層には僅か。また、あっても六つ揃ってはいなかったかも。

少しずれるが、この流れだと長老偈・長老尼偈とかの記述を拾っていくのも面白いかもしれん。
岩波青で出てるし。



彼の取捨選択の仕方は、文献学的新古に依るというより宝珠的或いは在家的なんだよなぁ・・。
その点では、以下の彼の方がまだ筋が通っていて説得力も大きいw

〔マハーカッサパ教(或いはスコラ部派)という指摘(by閻魔)〕
【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1259369908/355
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1259369908/356
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1259369908/357

【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1260569824/174

【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】1
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/729
164神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:27:36.91 ID:7KjJXBXE
355 閻魔大王(1) sage 2009/12/06(日) 17:38:31 ID:Q9U87tGN
帰ってみれば、やっぱり進行が速いなw

>> 311 宝珠
前述のように俺は『仮説』として、理念型として二つの潮流を読み取っている。
このような仮説を持っているのは少数派だが、俺だけではない。
(たとえば、http://ime.nu/web.kyoto-inet.or.jp/people/shiunji/yowa/yowa25.html
増谷博士や中村元博士の示唆については前述した。

@ブッダ→サーリプッタ・スプーティ→アーナンダ⇒ナーガールジュナ(大乗)
 :非アーリア系超合理主義、智慧(無分別智)を磨くことによる「悟り」:縁起=空(あえて)の思想
 :新興ゲゼルシャフト社会における人間の生き様
Aブッダ⇔マハー・カッサバ⇒アビダルマ部派(上座部、説一切有部など)
 :アーリア系溶暗非合理信仰宗教系、オカルト苦行による輪廻からの「解脱」:業報輪廻転生論
 :変容ゲマインシャフト共同体における人間支配

理念型としてアーリア=バラモン系と非アーリア系の民族的にも文化・思想的にも異質の権力闘争的潮流があるのだ。
165神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:28:29.71 ID:7KjJXBXE
356 閻魔大王(2) sage 2009/12/06(日) 17:42:28 ID:Q9U87tGN

>> 311 宝珠
>それ以外では特にマイナス要因となる部分についての批判を私は知りません。
Aの潮流はアーリア=バラモンのオカルト苦行主義の残滓を色濃く残す潮流であり、
原始仏典中の苦行者文学(フィクション)を真実とし、@の潮流を可及的に排斥して
仏典を編集してゆく潮流だ。Aによってバラモン至上主義者ヤーニュージャヴァルキア的業報輪廻転生論「類似」が説かれる。
アーリアの民族意識は強烈だ。
(余談だが、これが第二次大戦でのヒトラーによるユダヤ民族抹殺へと繋がる)

>経文の記述そのものは説一切有部の創作という意味にはならない。
宝珠はAを(単に経典に書かれているという理由で)ブッダの真説と誤解強弁しているのであって、
Aによるブッダ言説の「恣意的歪曲編集」という現実無視の仏典概念主義でしかないのだ。
その源流はマハーカッサバによる第一次結集歪曲にある。

>こんな珍説
いかにも、保守的概念権威主義らしい論評だが、
たとえ少数派であっても梶山雄一博士の論は上記の流れを見通した理念型のものであり、結論的に支持する。
Aによる恣意的編集歪曲仏典などいくら積み上げても無効なのであって、批判としての意味がない。
すべて、世の中はこのような仮説による縁起的試行によって進化してゆくという現実を無視するものだ。

このスレでのオカルト転生主義者連中の低レベル論議にはマハーカッサバも苦笑するだろう。
166神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:32:38.95 ID:7KjJXBXE
357 閻魔大王(3) sage 2009/12/06(日) 17:51:10 ID:Q9U87tGN
>>311
原始仏典中でAによるアーリア=バラモンのオカルト苦行主義の残滓を色濃く残すヘタクソな編集例を適当に見繕うと・・
(1)スッタニパータ1-8-152までの冷静な叙述から突然同1-9-153からのオカルト叙述への落差!
その他もろもろのオカルト表現。
(2)大パリニッバーナ経でもヘタクソな笑える編集ぶりを2・3・・
 たとえば、@ブッダが、自身の寿命を自在に延ばしえたにもかかわらず、
待者たるアーナンダが彼にそうするように懇請しなかったと、ブッダが弟子を非難するくだりがある。
「これはお前の罪である」と激しくかつ執拗に愛弟子を叱責するこのシーンのサディスティックな異常さ!
 非バラモンのアーナンダ潰しの意図丸出しだ。(大パリニッバーナ経3‐10‐4〜5,3-12-40〜47)

また、A明らかに矛盾し混乱しているのは、ブッダの自身の入滅後の問題だ。
まずアーナンダにたいして「自分の遺骨の供養にかかわるな」と命じる。
そんなヒマがあれば「正しい目的に向かって怠らず、勤め、専念しておれ」といういかにもブッダらしい言葉であって、
そこまでは納得できる。(大パリニッバーナ経5-18-10)

ところが、その中身たるや、「世界を支配する帝王(転輪聖王)の遺体を処理するようなしかた」で処理すべきであるという。
なんじゃこれ!完全にズッコケルではないか。アホか!
さらに、入滅後には自分の「ストゥーパをつくって、これを拝むべきである」とも命じている。(同上5-18-11〜12)
この部分はいかにもオカルト溶暗宗教主義者らしい(ブッダへの事実上の侮辱)が、
この経を彼の神格化(要するにインチキ権威主義)へ向けて再編集するという意図がむきだしにされている。
こんな叙述をやらかしていては『葬式仏教化』はやむをえんだろう。

悦べ!日本の葬式仏教徒よ!
おまえらの葬式仏教はマハーカッサバ様のお墨付きだぞw
167神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:36:32.43 ID:7KjJXBXE
174 139(1) sage 2009/12/26(土) 15:36:44 ID:Igr5j6uE
>> 161 もうそろそろ業報輪廻批判には秋田県。もっと重要な問題が多数ある。
それにしても、宝珠はキチンとした的確な反論には、ご都合主義的に無視するね。
以前からのご都合主義パターンだから、もうどうでもいいけどね。

>共通、同一の真理を把握してる証拠ですよ。
 そうではない。ジャイナ教には釈迦仏教を釈迦仏教たら占めている『縁起の思想』はない。
ブッダ没後〜スコラ部派までを原始仏教というなら、原始仏教は釈迦仏教とジャイナ教の混雑させられたいわば雑種雑交宗教だ。
これを俺はオカルト苦行の『マハーカッサバ教』と呼んでいる。
スコラ部派はマハーカッサバ教の後裔であって、それを釈迦仏教と誤解して必死で抗弁しているのである。
宝珠も外教の輪廻転生主義者としてマハーカッサバ教に乗っかって利用しているだけだ。

原始経典の混雑・矛盾ぶりはこの『視点』で読めば、容易に理解しうる。
たとえばスッタニパータなどは、釈迦仏教的思想とジャイナ教的溶暗苦行者文学の典型的な混雑経典だ。
業報輪廻論(ジャイナ教)VS無我・縁起・中道の思想(釈迦仏教)を無理やり矛盾なく統一的に理解しようとするから、
ほとんど詭弁・こじつけに陥ってしまうのだ。
 俺は釈迦仏教を抽出し、知り血肉としたいと思う。
無常=無我=縁起=空=中道だ。
もっとも、釈迦仏教も混雑をまぬかれない。
社会基盤としてゲゼルシャフト的古代商業資本主義の勃興を背景とする
サマナたちの思想影響だ(たとえばサンジャヤの不可知論)。
168神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:38:13.70 ID:7KjJXBXE
729 神も仏も名無しさん sage 2009/11/12(木) 10:45:56 ID:kHYJdWyU
>> 722>> 723
>「通常の人間を超えて、すべてを支配する「絶対的な神秘的要素」」を
>認めないと、 「「宗教」や「救済」が成り立たない」という事なんです。

「宗教」の定義はゴマンとあるが、その最低の条件はカミであれホトケであれウンコであれ、
とにかく「超越的存在」を前提とし、検証抜きの迷妄「信仰」を前提とていることだろう。
その意味では純粋仏教は宗教ではない。

たしかにブッダもまた、古代人としての超えがたい限界や、多くの制約をもっている。
しかし、そういう超越的存在に依拠することだけはしなかったことだけは確かだ。
ブッダが生涯かけて戦わねばならなかった相手は、四姓の最高位に君臨するバラモン階級が奉じる、
壮大にして鉄壁のヴェーダ哲学の体系に裏づけられたバラモン教であり、
宇宙の根本原理を体現する、その最高神ブラフマンだったのである。

その戦う最高の武器が『縁起の思想』だったのだ。
ゲマインシャフト(封鎖的原始共同体)からゲゼルシャフト(商品交換自由社会)への歴史的状況を背景とし、
個人不在の迷妄溶暗宗教性から 、個人的独立合理主義精神(ある意味で疎外精神)への革命である。

仏教の歴史は、ブッダの鋭い『縁起の思想』を愚昧な連中が迷妄溶暗宗教性へと
変節堕落させてきた愚かな過程だったといえる。
その始まりは第一次結集のプロデューサーがマハーカッサバだったことにある。
彼はブッダの合理主義が判らなかった苦行主義者だったのであり、溶暗宗教性体質を色濃く持っていたのだ。
『仏教』という名の「宗教」を開始した宗祖はマハーカッサバだったというよう。

サリープッタがプロデューサーだったなら、まったく違った『仏教』があったであろう。
169神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:38:40.09 ID:BNNCA2F/
>>162
>同じ話はID:7KjJXBXE氏としてますからそちらを参照下さい。

いや、だからねw お前さんのレスを見ても「具体的な基準」というものが
全く書いてないわけよ。
大乗だって、三法印を説くわけだよね?w
依って立つ根拠は同じでしょ?

「現実的思考」「迷信」の有無について言えば、
輪廻転生を初期仏教は否定しているかい?
(俺個人の見解としては、「釈尊自信は少なくとも積極的には説かなかった
のでは?」と考えるが、伝統的にはそうは考えられてないわけだ。)
初期仏教から現代まで、輪廻転生を前提としてるのが仏教という宗教なわけだw
否定してるのは、禅宗の一部とアベンードガルくらいのもんだろ?
170神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:41:55.33 ID:BNNCA2F/
>>163
>少しずれるが、この流れだと長老偈・長老尼偈とかの記述を拾っていくのも面白いかもしれん

あれ? テーラー・ガータやテーリ・ガータを認めていたっけ?
171神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:44:44.87 ID:7KjJXBXE
>>170
誰が?


つか、眠い・・w
172神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:46:13.82 ID:BNNCA2F/
>>169 の
>大乗だって、三法印を説くわけだよね?w
依って立つ根拠は同じでしょ?

は、ちょっと誤解を招くかもしれんが、まあ、言いたいことはわかるっしょw
173神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:46:52.50 ID:dxH0eLwh
>>169
> いや、だからねw お前さんのレスを見ても「具体的な基準」というものが
> 全く書いてないわけよ。

何度も書いてますが、「現実的な思考をすること、迷信や形而上的なことがらにかかずらわないこと」
がひとつの基準です。
あなたは意味を分かってないかも知れませんが、それは単に「迷信の混入の有無」を言っているのではなく、
教えの思想として、迷信を信仰することを認めるか認めないかってことです。

迷信を信仰することを認めたら、それは仏教ではありません。

> 大乗だって、三法印を説くわけだよね?w
> 依って立つ根拠は同じでしょ?

違います。釈尊の教えに三法印はありません。
大乗の三法印は諸行無常印、諸法無我印、涅槃寂静印ですが、
釈尊の教えでそれに似ているものは、一切は無常である、一切は我に非ず、ニルヴァーナ
は安楽である、というものです。字面は似ていると思うかも知れませんが、似て非なるものです。
特に諸法無我と一切は我に非ずは全く別の概念です。

174神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:48:06.40 ID:BNNCA2F/
>>171
>誰が?

例の「20年坐った君」
彼の挙げた経典(認めている経典)に、それがあったかな? という意味w
175神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:52:16.53 ID:dxH0eLwh
>>174
もちろん参考にしてるよ
176神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 01:55:48.69 ID:BNNCA2F/
あれ? そうなのかい?

『雑阿含経』などの古い経典では

「一切行無常」(sabbe-saMkhaaraa-aniccaa、sarva-saMskaaraa-anityaa)
「一切法無我」(sabbe-dhamma-anattaa、sarva-dharmaa-anaatmaa)
「涅槃寂滅」(nibbaana-vuupasanna、nirvaaNa-vyuupasaama)
という三つの事柄は明らかに説かれている・・・・

これが三法印の元かと思ったが違ったか?
177神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 02:07:07.50 ID:dxH0eLwh
>>176
それはその漢語訳がおかしい。
無我では断滅論になってしまう。

ブッダは「あれは我ではない」「これは我ではない」と言っているだけなので、
非我と訳すべきなのです。

大乗は観念論的に「無」や「無我」という形而上的な概念を創出してしまい、
それゆえ断滅論に陥ったのです。
178神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 02:09:39.40 ID:7KjJXBXE
>>169>>173
とりあえず。

Dhp.277  sabbe saNkhArA aniccA.
Dhp.278  sabbe saNkhArA dukkhA.
Dhp.279  sabbe dhammA anattA.

ウダーナ8:1〜4


寝るw  ノシ

>>176
すごいなw
どうしちゃったんだwww
諸説あって、その流れもそう。で、大乗で四法印となる際に、
「それ+一切行苦」という説と、「Dhpの三偈+涅槃寂静」という説。
(だったと思う・・w)

ノシ
179神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 02:11:11.25 ID:7KjJXBXE

|
|つ「文言上は非我であり、文脈上は無我」
|

|
|彡サッ
|
180神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 02:11:17.02 ID:BNNCA2F/
>>177
>それゆえ断滅論に陥ったのです

え〜〜〜〜?
お前さんの嫌いな真宗など、むしろ常住論よりだろ?ww
「死後は極楽浄土でハッピ〜〜」なんてww
181神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 02:13:46.09 ID:BNNCA2F/
俺もオヤスミ〜
続きはまたね〜ww
182神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 02:19:12.73 ID:dxH0eLwh
>>176>>178>>180

英訳は正確です

Anatta
n Buddhism, anatt? (P?li) or an?tman (Sanskrit: ????????)
refers to the notion of "not-self." In the early texts, the
Buddha commonly uses the word in the context of teaching
that all things perceived by the senses (including the mental
sense) are not really "I" or "mine," and for this reason one
should not cling to them.

"not-self" つまり「我ではない」という意味であり、「無我」ではないのです。

> >>177
> お前さんの嫌いな真宗など、むしろ常住論よりだろ?ww
> 「死後は極楽浄土でハッピ〜〜」なんてww

別に嫌いではありませんが(嘘をつくなと言っているだけ)、真宗は本当のところ
はどうなんでしょう。魂か何かが極楽浄土へ行くと考えているなら常住論になりますが、
もともと滅茶苦茶な話なので、どう整合性つけてるのか不明です。
ちょっと研究してみます。
183神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 02:25:44.14 ID:7KjJXBXE
興味深い流れになりそうなんで、寝る前に一言ツッコミw

>>182
>つまり「我ではない」という意味であり、「無我」ではないのです。
では、どこかに「我」はあるのかい?
「我」を認め得る(知覚認識し得る)機会があるのかい?


宝珠よ、お仲間が来たぞw (って、本人だったりしてな・・w それは流石に無いと思うが・・)
184神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 02:37:27.83 ID:dxH0eLwh
>>183
> では、どこかに「我」はあるのかい?
> 「我」を認め得る(知覚認識し得る)機会があるのかい?

探しても見つからないのです。これは経験知です。

185不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/17(火) 03:20:47.11 ID:LSRdb/GM
>>105
>大乗は、みんなで馬鹿になろう、という足の引っ張り合いの教えなのかと最近は疑っています。
>ブッダの教えを理解できなかった落ちこぼれが、自分だけ理解できず解脱できないのは悔しいものだから、
>みんなを解脱させないように工作した姑息な新興宗教だったのではないでしょうか。

なかなか刺激的なアジテーションですね。(^^;
声聞道からあぶれた人々が、開き直って、「菩薩道」なんぞを説いて自己正当化を目論んだ
たのが「大乗」というアイデアの発端ではなかろうかと、正直、私も歴史フィクション的仮
説の一つとしては考えることはありますね。
186不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/17(火) 03:46:22.93 ID:LSRdb/GM
>177
>それはその漢語訳がおかしい。

>大乗は観念論的に「無」や「無我」という形而上的な概念を創出してしまい、
>それゆえ断滅論に陥ったのです。

「無」の観念は大乗の問題かもしれませんが「無我」は大乗の問題ではなくおっしゃる通り漢訳の
問題ですよね? 細かい揚げ足取りみたいですみませんが……。

どちらにしても、漢訳以前(サンスクリット)では大乗経典でも anatman は anatman だと思う
ので、歴史慣用的に(中国由来にして)日本の仏教用語としての「無我」は anatman のことだ
と考えて用いられているのだという許容幅はあってもいいと思います。本来的に「非我」の方が
適切だとは思いますが、即、「無我」=「断滅論の動かし難い証拠」というのは苛烈な主張に思
われます。
187神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 10:29:37.79 ID:mFgg+jbk
>>183
>宝珠よ、お仲間が来たぞw (って、本人だったりしてな・・w それは流石に無いと思うが・・)

わーい!!
ホントだぁ。仲間だ仲間だ-嬉しいな^^


「無我」=「断滅論」というのとは、ちょっと違うとは思いますが、
どちらにせよ、ニルヴァーナにおいても(真実の)自己がないならば無意味で無価値です。
それ(その教え)が「空(性)」であることの意味だとするのならば、
結局、無価値で空カラっぽなお話に過ぎない。

であるから、
本場インドではズーと誰にも相手されなかった・・・。
“現象界は無常/空で、つまりコレが無我”というまではいい、と。
そのことが「非我」(自己ではない)という意味だからです。
188宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/17(火) 10:32:46.36 ID:mFgg+jbk
>>187
は、私(宝珠)です。

トリップ消えてました...
189神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 11:03:57.43 ID:C+URzovY
>>186
> どちらにしても、漢訳以前(サンスクリット)では大乗経典でも anatman は anatman だと思う

同じような単語を用いていても、同じ意味かどうかは文法・文脈を見なくては分かりません。

釈尊の教えでは、「これは我ではない」「これも我ではない」と確認していくのですが、
「これ」は何を指しているかというと、五蘊です。
つまり、「色は我ではない。受は我ではない。想は我ではない。行は我ではない。識は我ではない」
"Rupam anatta. Vedana anatta. Sanna anatta. Sankhara anatta. Vinnanam anatta"
というのが本来なのです。

ところが、たとえば般若心経では「無色無受想行識」と「色受想行識」自体を否定し、それらが
無いと言ってしまっています。これも漢訳における間違いなのでしょうか?

サンスクリット語の般若心経でも、"Na Rupam, Na Vedana, Na Samjna, Na Sam-Skana, Na Vijnanam"と
色受想行識自体を否定してしまっていて、「色は我ではない、受は・・・」という表現にはなっていないのです。
色自体を否定しているのですから、これは無色と訳すのが正しいでしょう。非色なら、他に主語が必要
だからです。「〇〇は色に非ず」と。しかし〇〇に当たる部分がないので、無色と訳すしかないのです。
(釈尊の教えでは「色は我に非ず」で全く意味が違うのです)

般若心経に無我という表現はありませんが、五蘊が全部無いと言っているのですから、当然我も無いので、
思想的にも「無我」でつじつまが合っています。それどころか「無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、
乃至、無意識界。無無明、亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道」と何もかも無いと言ってしまいます。

つまり、漢訳時に間違えたのではなく、サンスクリット語の時点で既に間違っていて、それを正しく訳したので結果的に漢語訳もおかしいのです。
「それはその漢語訳がおかしい」と書いたのはそういう意味です。
190神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 11:04:13.80 ID:C+URzovY
>>186
つづき


> 歴史慣用的に(中国由来にして)日本の仏教用語としての「無我」は anatman のことだ と考えて用いら
れているのだという許容幅はあってもいいと思います。

文法も意味も異なるのです。「非我」なら必ず「何が非我」なのか主語が必要ですが、「無我」は単独で完結しており、
我自身が主語で、その我が「無い」という意味なのです。「許容幅」で誤魔化せるような違いではありません。
191絶対神:2011/05/17(火) 11:04:18.64 ID:RJVAoKnx
「そうそう、そもそも「我」がないのなら、「我」と認識している「我」はなんだってこと」

 『単に、「完全」とか「絶対でない」とかいうだけの話であって』

        「物質も自我も存在している」

所謂、哲学で言う「永遠的で完全な本当の自分」とかいう神のごとき
幻想がないだけの話

「実在する殆どすべてのものは(神でもなんでもないので)完全でも
 絶対でもない」

         『でも、実在しているのは確か』(確か、原子だか
なんだかの状態で、理論上、「永遠に実在している」んじゃなかったっけ?)
192絶対神:2011/05/17(火) 11:06:50.54 ID:RJVAoKnx
        「仏教って結局言葉遊びだと思う」

          『そこが仏教の限界さ』

 「誰でも理解できる平易な教え以外は結局、一般には広まらないよ」
193神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 11:07:47.46 ID:C+URzovY
>>187
> 「無我」=「断滅論」というのとは、ちょっと違うとは思いますが、

確かにそれは違いますね。不正確でした。
釈尊が退けた極端論のひとつ、と言うべきでした。
194絶対神:2011/05/17(火) 11:10:42.84 ID:RJVAoKnx
          「宗教は、小学生でも思いつくような」

          『素朴な疑問には永久に答えられないよ』

       「だからこそ、「宗教」は、「宗教」なんだけどね」

たとえば、神がいるなら、どうしてこんなに世は乱れるんだとか
そういう単刀直入で素朴な疑問
195神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 11:33:33.36 ID:dxH0eLwh
>>186
>本来的に「非我」の方が 適切だとは思いますが

決定的な問題は、大乗の「無我」を「非我」で置き換えればすむかというと、そうはいかないのです。
上述したように、「非我」という表現の意味・根拠は色受想行識それぞれが我ではないということですが、
大乗では無色、無受、無想、無行、無識と言ってしまっているので、「無我」を「非我」と置き換えたのでは
つじつまが合わないのです。それでは他もということで、非色、非受、非想、非行、非識、と置き換えたら
解決するかというと、余計に意味不明になるのです。

もともと「色は我ではない」という明快な表現だったのが、「色は無い」→「色に非ず(何が?)」と
迷走してしまいます。

だから大乗の「無我」を「非我」と置き換えることはできません。

字面が似ているだけで、釈尊の思想とは相容れないのです。


196神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 12:36:07.67 ID:Ch2tx20u

「無常」と「非常」

「無人」と「非人」

「無礼」と「非礼」

うん、確かに違うかな?
まあ大乗は老荘思想の『無』の影響受けてるからしゃあねえな。
197神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 13:39:08.70 ID:mW3QLvYM
大乗の無は(〜という実体は)無いのカッコ付きだよん。
有部のような常住不変の基体はないという意味での。
でも、般若心経程度でも中道(有無の二辺を離れる)を
読み取れないのってどうなのかなあw
198神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 14:00:50.14 ID:dxH0eLwh
>>197
> 大乗の無は(〜という実体は)無いのカッコ付きだよん。

無色は「色という実体は無い」と解釈できますが、釈尊の教えはそうではないのです。
釈尊は「色は我ではない」と言っているのです。

それは決定的な違いです。なぜかと言うと、色の実体の有無については言及していませんが、
「仮に色が実体であっても、それは我ではない」というのが釈尊の主張だからです。

> 有部のような常住不変の基体はないという意味での。

有部も釈尊の教えを誤解していますが、一概に「常住不変の基体はない」と言ってしまうのも間違いです。

> でも、般若心経程度でも中道(有無の二辺を離れる)を 読み取れないのってどうなのかなあw

般若心経の一体どこに「有無の二辺を離れる」などと書いてあるのですか。
逆に、「あれも無だ、これも無駄、全ては無だ」と無を繰り返しているだけです。

それに対して、あなたのような人は、「それは読みが浅い、書いてなくても、本当の意味は
「有無の二辺を離れる」なんだとか、行間を読めば見えてくる」とかいい加減なことを言いますが、
>>195に書いたような矛盾を避けられないので、結局「何も書かれてもいないこと、主張されていないことを
読み取れ」と言っているに等しいです。

「釈尊の教えは書かれておらず、釈尊の教えでないものばかりが書かれているが、それは
見ないことにして、釈尊の教えが書かれていると思い込め!」(なぜなら大乗を仏説と信仰しているから)ということです。

完全に論理破綻した、ただの信仰なのですから、大乗が一生懸命「考えるな」と言う気持ちもよく分かります。
信徒が自分で考えたら、すぐ矛盾に気づいてしまうからです。

そもそも「有無の二辺を離れろ」というのもおかしな話です。最初から誰も「無」だなんて思ってないのに、さもありがたい
真実の教えであるかのように「無」を言い続け、その後で「有無の二辺を離れろ」と言うのですから、人を馬鹿にするにも程があります。
199神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 14:10:09.95 ID:mW3QLvYM
>般若心経の一体どこに「有無の二辺を離れる」などと書いてあるのですか。
無智亦無得  以無所得故

>一概に「常住不変の基体はない」と言ってしまうのも間違いです。
仏教的にも、現代科学の領域をもってしても、常住不変の基体は無いです。
200神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 14:30:48.33 ID:dxH0eLwh
>>199
> 般若心経の一体どこに「有無の二辺を離れる」などと書いてあるのですか。
> 無智亦無得  以無所得故

智も無く得も無いので所得も無いと言っているだけです。
それのどこが「有無の二辺を離れる」なのですか。

> >一概に「常住不変の基体はない」と言ってしまうのも間違いです。
> 仏教的にも、現代科学の領域をもってしても、常住不変の基体は無いです。

あなたは、あらゆるものを調べたのですか? 宇宙の果てまで調べたのですか?
我々の宇宙の外まで調べたのですか?

現代科学も釈尊も「常住不変の基体は無い」なんて主張はしていません。
自分の調べられるごく狭い範囲のものは変化している(無常)と述べているだけです。

面白いのは、近代科学は、物質の変化は原子の運動によるもので物質が常住不変でない
ことは認識していましたが、原子は常住不変だと長く考えていたのです。
しかし、原子も崩壊することが発見されました。その次は原子核を構成する陽子や
中性子こそは常住不変だろうと考えましたが、それも崩壊することが発見されました。
さらにその構成要素であるクオークはさすがに常住不変なのかと思うと、
クオークも崩壊することが発見されました。そしてクオークには内部構造は知られて
いないので、今のところ物質を作っている要素として知られているものは全て常住不変ではありません。
しかし調べていないものやまだ知られていないものまで一概に「常住不変の基体はない」などと言うことは
できないのです。

科学も昔は「原子は常住不変かもしれない」と思った時代があり、反例が見つかって
はじめて違ったと言えるのです。ある時代にそういう候補があるかないかは発見のタイミングの
問題であって、一概に「常住不変の基体はない」などという主張がなされることは
ありません。
201神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 14:45:04.53 ID:Nm8A8qt1
もしアートマンがないのなら、悟りを得るだか、成るだか、する対象は誰なのさ。涅槃に行くのはなんなのさ
202神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 14:52:15.87 ID:dxH0eLwh
>>201
私やあなた
203神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 15:26:38.15 ID:mW3QLvYM
みなさん、わたしは「一切」について話そうと思います。
よく聞いて下さい。「一切」とは、みなさん、いったい何でしょうか。
それは、眼と眼に見えるもの、耳と耳に聞こえるもの、
鼻と鼻ににおうもの、舌と舌に味わわれるもの、
身体と身体に接触されるもの、心と心の作用、のことです。
これが「一切」と呼ばれるものです。

誰かがこの「一切」を否定し、
これとは別の「一切」を説こう、と主張するとき、
それは結局、言葉だけに終わらざるを得ないでしょう。
さらに彼を問い詰めると、その主張を説明できず、
病に倒れてしまうかも知れません。何故でしょうか。
何故なら、彼の主張が彼の知識領域を越えているからです。

(Sanyutta-Nikaya 33.1.3)

204神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 15:35:49.62 ID:dxH0eLwh
>>203
それはとても大事な教えです。>>200で書いた「自分の調べられるごく狭い範囲のもの」が「一切」に当たります。
205神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 15:43:31.96 ID:mW3QLvYM
>>204
そうだね。
だからこそ
五蘊の領域(認識の及ぶ範囲)では無い、
となり、
それ以外は有無の二辺を離れる、となるのですよ。
206神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:02:20.88 ID:dxH0eLwh
>>205
それは釈尊の本来の教えを知っているから言えることで、
般若心経など大乗経典読んでもそんなことは書いてませんよ。
むしろそういう解釈をすれば、上に書いたような矛盾を生じる。
大乗では明らかに、「五蘊が無く、無我である」と説いています。

それは真意ではないのだ、と言い張るのなら、こんな紛らわしいことを書く方が
悪い。しかも正しい方の教えは書かれていない。だから大乗が仏教を学ぶ上で
あてにならず、役に立たないことに変わりはありません。
207神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:23:08.69 ID:mW3QLvYM
>>206
我が無かったら悪いのかい?
208神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:25:34.04 ID:dxH0eLwh
>>207
そんな話はしてないw
209神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:28:22.74 ID:mW3QLvYM
>>208
へえ。正しいほうの教えは何?
210宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/17(火) 16:28:53.47 ID:mFgg+jbk
>>203
「六根」も五蘊同様に現象界のことをいい、それらを「一切」だと定義しています。
五蘊で認識できないものや事柄については説くことができない。
であるから、修行者は形而上学の議論には走らず修行の実践に専念しなさい、
とゴータマは説いたわけです。

五蘊で認識できないものや事柄は“無い”と説いたことは一度もありません。
ニルヴァーナとは、その五蘊では認識できない境地/状態のことですから、
これだけが「無為」と表現されます。

真我としてのアートマン(仮和合の自己ではなく)も同様、
こちらも最初から五蘊で客観的に捉えられるものではないから、
一切の範囲外のものです。
従って、ニルヴァーナを無我、
アートマンを無我などということはできません。
ただ、五蘊は非我(これらは自己ではない)としかいっていない。

結果的に、真我としてのアートマンを否定もできないし、
否定していることにはならないのです(客観的実在として得くならば、それらは実在ではないと)。
つまり、真我としてのアートマンの話は仏教とも矛盾しない。
ニルヴァーナと如来は一切を超越しているので、
当然、ニルヴァーナ及びその境地にある如来を無我などということもできない。

>>207
それは、論理矛盾しているということです。
論理矛盾では仏教にはならない。

211神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:33:13.86 ID:mW3QLvYM
>>210
>ニルヴァーナとは、その五蘊では認識できない境地/状態のことですから、
www
安らぎも無いんだw

>論理矛盾してることです。
説明して。
212神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:33:55.02 ID:dxH0eLwh
>>209
今まで何度も書いてるんだから、同じことばかり聞かないで下さいよ。

釈尊の教えは、「五蘊は無であるから、無我である」ではなく、
「五蘊は我ではない」という非我の教えです。
213神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:35:51.17 ID:mW3QLvYM
>>212
ああ、サマタの事ね。
それ以外は?
214神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:38:35.60 ID:dxH0eLwh
>>213
>サマタの事ね

サマタの事?

>それ以外は?

それ以外って?
直近の一連の流れは「無」や「我」を巡るものでしたから、これに関しては
それだけですけど。
215神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:43:31.64 ID:mW3QLvYM
>>214
まあいいや。
非我の思いって「気付き」だよね。
だから「サマタ」かなあ?

で無我のほうはどうなってんのかなあ?って。
216神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:47:14.34 ID:mW3QLvYM
まさか「我は無い」と「気付くこと」とか
ご冗談をおっしゃられないでしょうがねw
217神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 16:49:22.27 ID:dxH0eLwh
何をおっしゃってるのか分かりません。
218神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 17:21:40.81 ID:mW3QLvYM
般若心経って、観音菩薩様が行深般若波羅蜜(観)の行に
入られた時だから、サマタ(止)とは違うと思うんだ。
それについてどうかなあって。
219神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 17:21:59.45 ID:d6145Otg
釈迦が、己の「我」を以って「無我」を説いた瞬間から矛盾している。それは
むしろ「我」の存在を証明するもの。
単に、釈迦の「論理矛盾」で片付ければよいこと。その論理矛盾に執着するから、
苦が生じる。釈迦が苦の原因。
220神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 17:23:15.20 ID:mW3QLvYM
行深般若波羅蜜(観)の行に
→深く般若波羅蜜(観)の行に
221てすと:2011/05/17(火) 17:27:09.49 ID:yXyCTuW4
サマタよりスマタの方が好きです。

ニルバーナに達します。
222神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 17:30:38.80 ID:V4bzidJi
全てについて、「これ」と指し示すものが「我」ではない状態はある。
この状態はなくはない。 が、話すのはタブー。
後進の者に悪影響がある
223神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 18:22:37.36 ID:V4bzidJi
誰かによると体験知としてある、そうだし
あるいは後得智の前提、唯識の出発点となっているのだから
話してもいいような気もするが、、、如何
224神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 18:45:49.75 ID:ANeFPfdb
うまい事言うな…そうだ、釈迦なぞ苦悩の原因にすぎない
225神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 18:47:06.43 ID:ANeFPfdb
それより俺は俺の道を歩む。釈迦が悟った「証拠」もない
226神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 18:52:53.23 ID:DOOOJ4Vp
>>195
>だから大乗の「無我」を「非我」と置き換えることはできません。

「無我」では釈迦の論理矛盾になってしまうから、「非我」にでも訂正して
あげないと、釈迦が可哀想だろ。
227神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 18:54:58.32 ID:dxH0eLwh
>>226
> 「無我」では釈迦の論理矛盾になってしまうから

釈尊ではなく大乗の論理矛盾です。釈尊はそんなことは説いていません。
228神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 19:04:19.95 ID:DOOOJ4Vp
>>227
そうやって、釈迦の「無謬性」に執着するのが、苦の原因。大乗は、釈迦の多くの
誤りを是正した。

「自灯明」という言葉こそ、他の世界宗教のどの開祖もいえなかった価値ある教え
だと思うが、如何?
229神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 19:08:56.15 ID:dxH0eLwh
>>228
いや別に「無謬性」にこだわってるわけではなく、実際に経典に書いてあるそのままを
言ってるだけだが。

>大乗は、釈迦の多くの誤りを是正した。

誤りがあるなら訂正するのは結構だが、それなら「釈尊の教え」などと偽ってはいけない。
オリジナルだ(釈尊の教えではない)と正直に言うべき。

で、その「多くの誤り」って具体的に何?
230神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 19:10:41.98 ID:Y+GluIwB
超常的な視点を導入した>>200が上座部(又はアーガマに見られる信仰)、というネタを考えた。
上座部的には釈迦は仏陀となり、超常的な感覚を得たけど、
そのうちで永遠不変なアートマンたりうるものを見出せなかった。
釈迦は超常的な感覚を持っていたが、それでも自分の目で確認できないことには沈黙を守った。
これが「文言上は非我」。ニルヴァーナが五蘊でないのは、六趣における生存(とその原因)を脱した状態だから。
つまり消滅。消滅したものを認識することはできないし、その無とは、
「五蘊で認識されるような一切」における「無」とは異なるので、それと同じ言葉で説明することはできない。
ニルバーナに達したことによる慈悲も、単なる人情のような優しさも超越しているとみなされ、この意味でも言葉では語りきれない境地。
釈迦が対となる論としてヒンドゥーのように至高の原理・主宰神を説くこともしていない以上、
それがあると想定する理由もないし、説かれていないものをあえてニルバーナと同一視する理由もない。
これが「文脈上では無我」。
231神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 19:17:10.36 ID:Y+GluIwB
大乗仏教では、輪廻を脱した仏が浄土という領域を持って何かしている、と語られるようになった。
輪廻を脱し、生まれることも無く存在している、ってまるでブラフマンとか、
ギーターのクリシュナみてーな凄い絶対者だなー、と人々の目には映ってしまう。
ニルバーナに至る、というのは、我たり得ないこの世のあれこれを超えた「我たり得るもの」になるってことじゃないの?と思われてしまう。
そういうわけで「文言上も無我」と断りを入れる必要が生じた。

アーガマでも、過去七仏(釈迦以外)が浄土みたいな領域を持って輪廻脱出後も何かしてる、という記述があったら御免なさい。
232神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 19:24:00.46 ID:dxH0eLwh
>>230
> 釈迦は超常的な感覚を持っていたが、それでも自分の目で確認できないことには沈黙を守った。

沈黙していたのに、なぜ「超常的な感覚を持っていた」なんてことがあなたに分かるのですか?
沈黙していたはずのことをなぜあなたが知っているのですか?

> これが「文脈上では無我」。

そんな根拠は何もありません。
無我が真理なら、無我と説きますよ。

修行の段階説で説明する人も多いですが、未熟な者にはまだ理解が難しい場合でも、
その人に対してちゃんと解脱を真摯に説いていますし、無我が真理なら、
「まだあなたには理解するのは難しいでしょうが、無我が真理なんですよ」と教えるはずです。
解脱より無我の方が難しく理解しがたいなんてこともありません。
無我を説かなかったということは、「無我は釈尊の教えではない」と素直に受け止めればいいのです。

いずれにしろ、「自分の目で確認できない」以上、釈尊であれ誰であれ、「無我である」などとは言えません。
233神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 19:28:40.54 ID:Y+GluIwB
>>232
>沈黙していたのに、なぜ「超常的な感覚を持っていた」なんてことがあなたに分かるのですか?
>沈黙していたはずのことをなぜあなたが知っているのですか?

「超常的な視点を導入した>>200が上座部(又はアーガマに見られる信仰)、というネタを考えた」
234神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 19:30:08.98 ID:dxH0eLwh
>>233
なるほど、理解しました。
僕の読解不足でした。

しかしそれが本当に上座部の考え方なのかは、当事者に確認してないので
分かりかねます。
235神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 20:01:41.04 ID:hROJ2Iiq
>>234
このスレには、上座部信者が溢れている。別に、外部者に聞く必要はないw。
236神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 20:11:26.62 ID:hROJ2Iiq
>>229
>オリジナルだ(釈尊の教えではない)と正直に言うべき。

釈迦が恥をかくだけだから、気を使ったのだろう。

釈迦は、君たちのような極端な「オリジナル信仰」を教えたのかね。
237神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 20:19:29.21 ID:dxH0eLwh
>>236
別に釈尊の教えを信仰する必要はないが(むしろ「信仰」してはいけない)、
釈尊の教えでないものを「釈尊の教えだ」と偽ったらダメでしょうw

238神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 20:23:05.90 ID:dxH0eLwh
>>236
> 釈迦は、君たちのような極端な「オリジナル信仰」を教えたのかね。

むしろ大乗がことあるごとに「仏説」とつけたり、釈尊を登場させて釈尊にフィクションを
語らせたりすることが、釈尊が否定した「信仰」や「神格化」「権威主義」そのものでしょう。
しかも偽物を釈尊のオリジナルと偽った上でのオリジナル信仰という滅茶苦茶なシロモノです。
239神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 20:48:34.93 ID:7KjJXBXE
VS隠居かw
これは結構面白そうだwww
240神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 20:59:34.58 ID:s07fM6zY
隠居、ファイトだ〜〜
>>238 はお前の大好きな大乗を批判してるぞ。
おまけに釈迦を肯定してる。
これは許せんな?
噛みつけ、隠居!
241てすと:2011/05/17(火) 21:14:10.90 ID:1pj+fb82
ご隠居はまちこに負けたからなぁ、、

まあ、あれは仕方ないけど。
242神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 21:46:27.94 ID:V4bzidJi
ニーチェは超人を提示するのに畜群の存在を不可欠とした
負の基準としての基盤(大衆)しか持たないニーチェは結果として狭矮独善なナチに利用された
大乗(格義仏教)に比較して上座部の優位性を主張するのは下手をすると
既存仏教が担っている社会的メンタルケアの面により多くの商人を招き入れることになるかもしれない
2431/5:2011/05/17(火) 22:35:59.61 ID:7KjJXBXE
>>105
> どんなデタラメ嘘八百言ってもいいわけだ。
だから、線引きの問題、程度の問題だと指摘したでしょう?
(『>>143>メタファーや土着信仰の混入』と答えた)貴方も同じだ、と。

貴方のような排他的スタンスとは別に、ここには二つのスタンスが取り得ます。
一つは、(乱暴な言い方をすればw)「結果良ければ全て良し」というものです。
貴方の批判する多くの点が、この部類でしょう。特に(鎌倉以降の)日本仏教に顕著です。
(だから、実際、反論に苦心するわけですがw)
一例を挙げれば、「本人に癌と告げず、胃潰瘍と告げる」ような、そうしたベクトルと強さのものです。
仏典中で言えば「浄土」や「仏国土」といった類があたります。
もう一つは、揺れ幅の範囲内、最近の言葉で言えば「インスパイア」「オマージュ」といったベクトルと強さのものです。
一例は、(仏典中から拾えば)「各種諸如来」「大日如来」といった方向性と言えます。
或いはまた(一部を除いた)諸菩薩なども。
これらが、【概念や理想、自然界の種々の“力”“在り様”“要素”の擬人化】というアニミズムの派生系と
共通の根っこを有することは推測してよいと思います。
(『>>143>メタファーや土着信仰の混入』とは、このような「ヒトという生物の持つ本来的な志向性」だということです。
 貴方が143で自認されたものと、同じ根っこ、同じベクトルで、その程度・強さが違うだけ、ということです。)
だから、どう線引きをしているのか?と何度か問うたのです。
>>146>延長線上にあ る」と言ったのです。

一切認めないなら、貴方が依拠する多くの仏典もまた批判対象でなければなりません。
抽出作業は、物凄い精度で爲されなければなりません。
2442a/5:2011/05/17(火) 22:37:43.73 ID:7KjJXBXE
>>105
何でも(どんな嘘でも)よい、とは誰も言っていません。
上記2種ともに、ゼロから、そして詐称して利益誘導することから出発しているわけではないことも重要です。
どちらも、アーガマ的伝承を踏まえた上で、その『枠』の中という制限がかかっているわけです。
(これが掛かっていないのが新興宗教系と言うことも可能ですが、今は措きます。)
大乗諸経の編纂者達は、アーガマ的伝承を踏まえた上で、その「表現の仕方」「伝達の仕方(説き方)」、
或るいは「強調(デフォルメ)」といった方向性を採った、ということです。
その方向性が上記「ヒトという生物の持つ本来的な志向性」と同調したもの、或いは意図的に利用された、
という点もまた、「>>146>延長線上にあ る」理由の一つです。
歴史的推移、文化的変遷、地域的特色・風土等を無視して、「変化自体の全面否定」をするから、
それは縁起の否定(いや、「諸法の縁起することへの好悪・選り好み、願望投射としての分別」か?)でしょう?と言ったのです。

また、少しポイントが横へずれますが、>>80>>93を読まれましたか?何の感想もありませんか?
【『貴方の言う』大乗】が、歴史的に見ても、内容的に見てもピント外れあることを示唆できていると思いますが?で
2452b/5:2011/05/17(火) 22:38:43.83 ID:7KjJXBXE

> そういういい加減な人間でなければ、大乗を仏教などと呼べるはずは
上で少し触れたように、詐欺師が暴利を騙し取るような虚偽行為とは訳が違います。
彼ら編纂者達には、自らこそが「釈尊の真意を抽出し、継承し、精製して世に出している」という自負があった筈です。
「慈悲」「市井への布教」の積極性だけでなく、
(―それは、上で触れた「ヒトの志向性」や「民間信仰・土着文化」との融合を余儀なくされるわけですが―)、
先のコピペ11レスでは触れていませんが、内容面でも、特に中観、般若経典群に於いての自負は
相当なものがあったろうと推察できます。 勿論、>>64不説氏が指摘するように、
「>脇の甘さ」「>根無し化(…私は「本筋からの逸脱」と表現したい所ですが)」を必然的に含んではいます。
ですから、貴方の批判のベクトル自体は、(原典批判的研究と同じ位相で)必要であり続けるものです。
しかし、『「イイカゲンな人間」が、ただ権威付けの爲だけに仏教と称した』というのは、
あまりにも仏教史が見えていないと言わざるを得ません。
2463a/5:2011/05/17(火) 22:46:54.43 ID:7KjJXBXE
>>105
> あなたは、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱え続け、極楽浄土への往生を信じて死んでいく
> おばあさんをどう思います?
良いではないですか。そのおばあさんに何か【不利益】がありましたか?
 *(教科書的大乗節(ぶし)で言えばw、「仏教との出会い」と「それまでの信仰・善行」とで、
  十分なほどの功徳を積んでいますし、そのことによる「充実・満足、そして安心(あんじん)」が
  そこにあるわけです。それだけでも大きな利益でしょう?w
  更に言えば「来世の在り方も良くなり、修行の進みともなる」わけです。 貴方の大嫌いな言辞でしょうがwww)
たとえば、貴方の隣の鈴木さんが、会社の急成長で昇進・高給になったとします。鈴木さんは大きな利を得ました。
この時【同時に】貴方は不利益を被ってますか?違うでしょう?それは不利益ではありません。
また【本来受ける《べき》(必須の)】利益の喪失でもありません。
貴方は貴方なりの環境・状況(→諸縁)の中で、その努力(→精進・修行)によって、将来的に利を得ることはありえますし、
その可能性は常に開かれているわけです。そのおばあさんにも、です。可能性が秘匿隠蔽されているわけではないからです。
仮に、「原始仏教」が最上の教えだとしましょう。しかし、(たとえ、和尚のスキルや担当領域の限界により)、
それに触れ得なかったからといって、それが「直ちに不利益である」とするのは
あまりにも世間知らずなお花畑脳と言わざるを得ません。
「人の生」(→一日一日の積算)を「機械的に」、「外野から」、「評価・ランク付け」しているようなものです。
これが当人(個々人)にとってどれほど不遜なことか、想いを馳せてみてはいかがでしょう。
2473b/5:2011/05/17(火) 22:47:54.63 ID:7KjJXBXE

> こういう人はたくさんいますよね?
いますね。 つか、世の大部分の人はそうでしょう。
貴方は「一億総ブッダ」「一億総阿羅漢」「一億総出家」が理想ですか?www
野球人全員がイチローである必要はありません。(究極の理想としてそれを念頭に置くこと自体悪いことではないですが・・。)
二丁目の草野球で良しとする人もいるわけです。第2第3のイチローを目指す人もいるわけです。
【貴方が】【そこに対して価値付けをする必要(いや、権利・資格か、この場合は・・)はありません】。
つか、これもまた不遜な行為・思いです。
2484a/5:2011/05/17(火) 22:51:14.22 ID:7KjJXBXE
>>105
> あなたは大乗にも現実に即した教えがあると言うけれど、そんなことは一度も教えてもらったことがなく
> ただ騙されて死んでいくことをどう思いますか?
だからwww
ここで「>騙されている」と表現するところが、既に外野からの不遜な価値付けだと言っているのです。
「>教えてもらったことがなく」というのを、『「秘匿隠蔽されたが故の」「不利益』とする視点が歪んでいる、と指摘するのです。
【貴方自身の】【これまで触れ得なかったという悔恨】【20年を無駄に費やしてしまったという後悔・損失の想い】、
そして、【自分のそのような境遇への繰言の反映】、と外からは見えるのです。
以下↓のようにね・・。
> ちゃんとした教えに触れていたら、苦を滅し解脱するチャンスもあったかもしれないのに、
> その機会を奪われたわけです。酷いと思いませんか?
> 僕なら騙されて死ぬなんて嫌だす、無念です。
2494b/5:2011/05/17(火) 22:52:02.45 ID:7KjJXBXE

> あなたの言う、大乗にもそういう教えがあるという部分は、
> もしかしたらどこか密室の中でこそこそと坊さん同士の間で実践されているのかもしれませんが、
(近代)禅限定の話ですか?www
これは流石に、“アジ”としてもオーバーすぎるでしょうw

> それこそ大乗が小乗として非難した態度そのものでしょう。
「一億総弁護士」「一億総医師」「一億総科学者」「一億総・・・」etc.etc.であるべきとでも?w
専門領域及び育成現場には専門領域及び育成現場の言語や手法があるわけです。
 *(この「領域の壁」の撤廃が、大乗ムーブメントの一翼であったことは事実でしょう。そして、
  それを失った流れも存在することは認めねばなりません。鎌倉仏教の興起興隆はその反流とも言い得ます。)

> 一般の修行者や信徒に説かれなければ、そんなものは何の意味もないのです。存在しないのと一緒。
仰る通りです。ですから、「噛み砕いて」「解り易く」言葉を紡ぐ、ということが重要なのです。必要とされるのです。
仏典(→カノン)以外に、一体どれほどの言葉が紡がれ、溢れ返っているか。
普通は、これら枝葉()を指して大乗(諸派)批判は爲され、仏教という樹木の幹自体は認可されています。
貴方は、幹自体を「植え替えてしまった」と批判するので、多くの者は「ちょいと待てw」となるわけです。
2505/5:2011/05/17(火) 22:57:39.96 ID:7KjJXBXE
>>105
> だから大乗はブッダの教えとはベクトルが正反対で、程遠いものなのです。
そのベクトルを含有していることは不説氏も触れる通りですが、
果たして、『それが「大乗の本質」かどうか』に疑義が呈されているわけです。

> 一般信徒を騙して、迷わせ、解脱の邪魔をし、解脱できないようにしているのです。
これも煽りとしては直裁的過ぎるでしょうw
> これが僕の大乗に対する怒りの理由です。
上で触れた通り、貴方の悔恨と恨み言が、偏った観察と評価に繋がっている(→生じさせている!)というわけです。

> 大乗は、みんなで馬鹿になろう、という足の引っ張り合いの教えなのかと最近は疑っています。
> みんなを解脱させないように工作した
これは流石にジョークとしか思えませんがw、
> ブッダの教えを理解できなかった落ちこぼれが、自分だけ理解できず解脱できないのは悔しいものだから、
この視点は面白いと思いますよ。真面目に研究考察する意義があると思います。
特に浄土系などは、そうした「『別種の安心(あんじん)』提供」だと見ることも可能かもしれません。
 *(勿論、「自分らが」ではなく「比丘となれない者、なかなかスキルのつかない者、成長の遅い者」
  或いは「低知識層」等へのものとして、「上から目線でw」編み出されたもの、と見ることも・・。)

> 姑息な新興宗教だったのではないでしょうか。
姑息かどうかは判りませんがw、新興宗教であったことは事実でしょう。
勿論、釈尊自身もねw
251神も仏も名無しさん:2011/05/17(火) 23:17:53.93 ID:V4bzidJi
浄土宗の宗には世親菩薩がいらっしゃる
如来と仏国土の教理的関係を踏まえた上での浄土なので論理に悖るものでは、、、
上座の人が来た上は、浄土系のカッチリした人がきたら楽しいのにね
誰かスカウトして来て
2521/8:2011/05/17(火) 23:53:58.89 ID:7KjJXBXE
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1230651094/150
150 宝珠愚者 2009/01/02(金) 01:23:31 ID:F3GjMLzD
 で、以前のQ3.仏教の話や書物に出会えない人はどうしたらよいか?(アフリカ未開の地の住民や数年
で死去する幼児などについて )という問題についてです(Q1-2.「空」に対する私の見解はすでに繰り返し
述べた)。

 断滅論では、これに対する仏の救いを示すことはできないのです。いくら仏教がこんなに素晴らしい教
えなんだ。「これを知りさえすれば!」といったところで、仏教とは出会えない未開の地の人々やすぐに死
去してしまう幼児の存在を忘れてはいけないのです。これをどう説明するのか?断滅論を救いどころか、
これらについてのまともな説明すらもできない。そこにはやはり、ただの偶然とあきらめしかない。
 しかし、輪廻の真理からすれば、これらは非常に残念ながら、何かしらの過去世からの理由によって仏
縁ができなかった。という、まずは現状把握から始まって、そして彼らが悪業を控えて慎ましくあり、できれ
ば更に善きことをなしたならば、次かまたはその次の人生では、きっと仏縁を生じることができるという見
解に立つことができるのです。
 もしも更に、例えば死亡する直前に仏縁が得られた者であれば、それは尚更のこと。彼は次の生では、
人生のもっと長い時間において仏教に関わることができる良縁を得たことになるのです。ここに大きな救
いがある。
 断滅では死に際に偶然、仏縁ができても残念ながらそれを学ぶ時間がない。死んで終わりです。しかし、
輪廻の真理に立脚するならば、彼のその想いは決して無駄とはならず、肉体無き後にも、そして来世にお
いても仏道を歩むことが保証されるものといっていいのです。四向四果の教えを見れば、そのことは明ら
かで一目瞭然です。
2532/8:2011/05/17(火) 23:55:29.20 ID:7KjJXBXE
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】8
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/125
125 宝珠愚者 2009/02/01(日) 14:41:25 ID:7Yp/x8/s
>> 102-103
 もちろん、あなたのように今生だけの唯一の人生だから、自己を大切にしたいというのは確かにありで
しょう。しかし、自暴自棄という言葉がありますが、自分の人生は好きにするという言い分の中では、自己
を大切にする必要がないという主張もまた可能なのです。しかし、本当の意味で自己を大切にするとは来
世に繋がるからですよ。今やこの人生だけでは済まない。だから、もっと永いスパーンで考える必要が出
るから、その時だけの思いつきでは失敗する。

 幼少期からの教育の重要性については全く同意します。7さんの教育方針には肝心なことが抜けていま
す。自己の行為の結果が自分に返って来るというものであり、そこに本来は他は無く一であるという教えで
す。来世というのは、これの延長上として必然的に導かれるものです。

 7さんのは断滅論。死んだら終わりであり、本人にとってはどんな人生を過ごしても死ねば同じ結果なの
です。人命を救った殉教者も殺人鬼も同じです。残された周囲の評価と反応が異なるだけで、それは死ん
だ本人には確認の術もないというもの。
 輪廻転生は違う。自分の行為の結果は確実に自分が受け取るのです。それは他人のせいではない。全
て平等に作用している。
 人の生まれつきの境涯の違い。これも他人のせいではないいし、根本的に偶然の結果などといった考え
方は仏教にはない。縁起について再確認して下さい。

 以前、枯葉剤の奇形の話が出て、それは枯葉剤による縁起だという意見がありましたが、何故、自分は
枯葉剤の地域に出生したのか?同じ地域でもA夫婦にはなく、B夫婦には奇形が出た。何故、自分はA夫
婦の下に生まれなかったのか?この原因と縁起を思考して下さいな。「それは偶然です」なんていう言葉は
仏教ではありません。
2543/8:2011/05/17(火) 23:58:09.12 ID:7KjJXBXE
 更にもう一つ。スレ4/150を再読して頂いて、
http://mimizun.com/log/2ch/psy/gimpo.2ch.net/psy/kako/1230/12306/1230651094.dat
 今度は7さんが回答してみて下さい。仏教と出会えない人と死期が迫った人間はどうしたら解脱成仏でき
るのか?ゴータマの教えとは万人成仏道?それとも?そもそも仏陀になるには何年の修行が必要ですか?

◇◇◇◇◇
かなりカッと来てた時の応酬なんで今更気まずいんだがwww、参考の爲致し方ない・・w
◇◇◇◇◇
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】10
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/803
803 9/10 初代スレ7 sage New! 2009/02/24(火) 19:48:12 ID:s5TTtdmg
> ここに
> どんな境遇の人間であれ、救われる前途が閉ざされているわけではないことを意味するのです。
「ここに」?
「無限的組合せであること」に? 「予め予測が不可能であること」に?

縁起し、無常であるが故に、向上があり、進歩があり、救いがあるのではありませんか?
これ以上何が不足なのか?
 ※貴方の言いたいことが、
  http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1230651094/150
  及び
  http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/125
   > 仏教と出会えない人と死期が迫った人間はどうしたら解脱成仏できるのか?
  にあるように、
  ≪「仏教と出遭っていない人、まさに死を目前としている人、出遭わずに死んだ人」は、
    どのようにして救われるのか?救われなくてもよいのか?≫
  というものであることは解ります。
  今レスでは蛇足部分なので、簡潔に(大胆に)言い切ってしまいますが、
  それこそ、「仕方ない」でしょう?(だから、クールで冷酷だと評するのです。)
  梵天勧請を思い出してください。
  (また、死に面した人でも、そこで教えを聞き、頷き、納得し、安心して死を迎える可能性はゼロではありません。)
     ※だから、人身受け難し仏法聞き難しなのでしょう?
2554/8:2011/05/18(水) 00:08:32.95 ID:MKIJvUOF
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/811
811 宝珠愚者 2009/02/24(火) 20:55:47 ID:5UVs2gim
>> 803
>(また、死に面した人でも、そこで教えを聞き、頷き、納得し、
>安心して死を迎える可能性はゼロではありません。)

 死んで断滅なら、安心の意味すらも不明ですが・・。安心しようが不安でイッパイだろうが、死んだらそれで
終わりなら何の価値があるのか?そんなもん、早く死んだほうがいいだけでは!!
 無価値ですよ!生存している意味すらもない。

*しかし、あなたほど仏典に精通していて・・何故?としか思えませんが・・。
ま〜無記の教えも在るわけですから、それを中心姿勢として、
その他、輪廻の教えや神通力の話などは勝手に無視/放置すればいいのですよ。
すみませんが---7さんを納得させられる説明など、この私には無理です。

他の肯定者の皆さんからのご意見なども聞いてみて下さい。
また違った意見や説明があるのかもしれないし、阿闍梨さんもいることですし^^

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/815
815 初代スレ7 sage 2009/02/24(火) 21:12:26 ID:s5TTtdmg
処置無しだな・・・w
特に>> 811などは・・・。

;´ー`)y━~~



あらためて罵倒しよう。

お前のような下種が仏教を口にするな!
2565/8:2011/05/18(水) 00:11:30.41 ID:MKIJvUOF
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/816
816 宝珠愚者 2009/02/24(火) 21:53:54 ID:5UVs2gim
>> 815
>お前のような下種が仏教を口にするな!
はいはぃ、どう致しまして!!
無知な人間からの罵倒など慣れっ子で、そんなもん屁でもないわw
死んだら終わりなら、安心して死去することの価値すら不明---非論理的だということ。

死んで終わりなら、生存する意味すらもない。
生まれてきた意義もない。一体、人は何しに生まれてくるや??

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/819
819 初代スレ7 sage 2009/02/24(火) 22:01:06 ID:s5TTtdmg
>> 816
三世とか幾百幾千の生とかクソ永いスパンばかり見てないで、
一瞬一瞬の積み重ねに目を向けてみろ。
>> 811>> 816への言葉はこれだけだ。

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/825
825 宝珠愚者 2009/02/24(火) 22:09:27 ID:5UVs2gim
>> 819
違います!
今生を無視するのではない。
一瞬一瞬の積み重ねを大切らすべく、その指標の確認が必要だといってるのです。
指標なしで目先の事柄に対処するが、非仏教徒の姿です。
三世を見通した指標を見据えた上で、
目の前の一瞬一瞬の出来事に対処していくのが仏教徒の理想的姿勢。

仏教は唯物論ではありません。
勘違いは辞めるべきです。
2576/8:2011/05/18(水) 00:14:30.53 ID:MKIJvUOF
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/828
828 初代スレ7 sage 2009/02/24(火) 22:21:39 ID:s5TTtdmg
>> 822

>> 811
>  死んで断滅なら、安心の意味すらも不明ですが・・。安心しようが不安でイッパイだろうが、死んだらそれで
> 終わりなら何の価値があるのか?そんなもん、早く死んだほうがいいだけでは!!
>  無価値ですよ!生存している意味すらもない。
>> 816
> 安心して死去することの価値すら不明
> 死んで終わりなら、生存する意味すらもない。
> 生まれてきた意義もない。一体、人は何しに生まれてくるや??
こんな台詞を冷静に読めと?w

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/831
831 宝珠愚者 2009/02/24(火) 22:38:53 ID:5UVs2gim
>> 828
>こんな台詞を冷静に読めと?w

その通り-理論的に宜しくどうぞ!

人の「生」というものが今生1回限りのものであるなら、
殺戮を繰り返す人生を過ごした人間と善意の生涯を過ごした人間との違い(価値)は、
一体どこにあるのです?その後の果報(つまり、次の生存)がないのならば、意味が見出せませんが・・。
是非、ご回答を宜しくお願いします。

宗教とはこれらの問題・議論に回答するものです。
仏教は宗教なのです(宗教とは科学では認めない領域を説くもの)。
それは社会道徳や唯物的哲学などではない。
2587/8:2011/05/18(水) 00:18:37.31 ID:MKIJvUOF
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/832
832 初代スレ7 sage 2009/02/24(火) 22:44:21 ID:s5TTtdmg
>> 825
>一瞬一瞬の積み重ねを大切らすべく、その指標の

死の直前にも一瞬一瞬は積み重ねられているんだよ。

お前の姿勢は一瞬一瞬を大切にしたものではない。
指標を至上のものとするあまり、そうした一瞬一瞬を捨象し、無価値なものと切り捨てている。

それは、>> 811の
>安心しようが不安でイッパイだろうが、死んだらそれで終わりなら何の価値があるのか?
という台詞に如実に表れている。(気付いてないのかもしれんが・・・。)

《「次の生」に目を奪われ、捉われ》、
死を迎えた人が《まさに積み重ねている一瞬一瞬への視線が欠落している》。

意図的に捨象しているなら、余計に性質が悪い。

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/833
833 宝珠愚者 2009/02/24(火) 22:49:37 ID:5UVs2gim
>> 832
>お前の姿勢は一瞬一瞬を大切にしたものではない。
>指標を至上のものとするあまり、そうした一瞬一瞬を捨象し、無価値なものと切り捨てている。

それは違います。
一瞬一瞬について、その対処の在り方を学ぶということをいってるのです。

>意図的に捨象しているなら、余計に性質が悪い。

それはすみませんね。
意図するところのものは、>> 831です。
2598/8:2011/05/18(水) 00:27:34.06 ID:MKIJvUOF
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1234594095/838
838 451KB  初代スレ7 sage 2009/02/24(火) 23:24:45 ID:s5TTtdmg
>>831
>殺戮を繰り返す人生を過ごした人間と善意の生涯を過ごした人間との違い(価値)は、一体どこにあるのです?
>その後の果報(つまり、次の生存)がないのならば、意味が見出せませんが・・。
まさしく、
 >>801
 >《今生で》「【その行為の“報い”としての】果」を受けていない(受けられないだろう)と感じられる時、
 >その慰めとして(或いは報復・罰として)来世での果の受領が期待される
 >>802
 >(「報復」や「罰としての報い」、或いは「褒美」「甲斐としての報い」、或いは「対価としての報い」
 >そうした「希求」「願望」
そのまんまだなw

>>833
>それは違います。
どこが違うもんかwww
 >>811 >死んで断滅なら、安心の意味すらも不明ですが・・。
ほらw
一瞬一瞬の積み重ねの流れに見られる、瞬きのような安心が見えていないw

 >>811 >死んだらそれで終わりなら何の価値があるのか?
ほらw
(人生何十年か知らないがw)、
一瞬一瞬が膨大に積み重なった(ひと区切りのスパンの)「生」に見られる、
明滅する電燈のような、価値の煌きが見えていないw
260神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 00:31:20.49 ID:MKIJvUOF
261不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/18(水) 00:35:30.28 ID:Qi3eeSFo
>>189
ああ了解です。「anatman」の訳語としての「無我」の話ではなくて、大乗に表われた「無我の思想」
を指してあなたは「無我」「無我」とおっしゃっているわけですね。

スレではずっと以前に「anatman」という一つの用語の解釈について色々と論議されたことがあるので、
「無我」を話題にされたらその件と同様のことについて論じられているかと思ったのです。「我」とい
う用語が入ると、このスレでは、普通はアートマン atman を前提に(その否定の接頭辞によって修飾
した概念で)他の人は受けとめるのが自然かもしれません。

「無五蘊」と言えば一番いいのでしょうかね。確かにそれは、パーリでは言いませんね。

そもそも実体論・客体論的に「有る」「無し」を云々するのがパーリ≒釈迦仏教ではないです。その点
についてはあなたのおっしゃることに私の方としては異論はありません(大乗を否定することの方には
私はあまり関心がありませんが)。
262神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 00:36:13.10 ID:/EG9LyjN
>殺戮を繰り返す人生を過ごした人間と善意の生涯を過ごした人間との違い(価値)は、
>一体どこにあるのです?その後の果報(つまり、次の生存)がないのならば、意味が見出せませんが・・。

善意・善行そのものには意味や価値が無い、と言っているに等しい。
善意・善行の価値とは、天国やラッキーな来世での待遇と交換できるか、
換金アイテム足り得るかに尽きる、と言っている。
宗教どころか、世俗ドップリの発想ではないか。

善意・善行から無償なもの、それ自体の尊厳を抜き取れば
後は社会道徳、それどころか気分的な満足や社交辞令しか残らない。

「唯物的哲学」にどういう価値観を想定しているのか正確には知らないが、
おそらく宝珠の中で「霊的哲学」と名付けられ得るものと、発想上で根本的な違いは無い。
世界の広さと住人の種類が量的に増えているだけで、唯物論の延長線上にある。
263神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 00:48:18.18 ID:o4JHy11R
>>229
>で、その「多くの誤り」って具体的に何?
 
10項目まで書いたが、長すぎて書き込めない。大乗と小乗の仏典を虚心に
比較されたし。要するに、釈迦の鬱病の症状としての「一切皆苦」。
264神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 01:09:47.99 ID:GZjCW6XO
>>237
>釈尊の教えでないものを「釈尊の教えだ」と偽ったらダメでしょうw

証明された「釈尊の教え」などどこにもないよ。その「釈尊個人崇拝」こそが
最も醜悪。
265神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 02:58:09.98 ID:UU19vfkG
ちょっと、聞いておくかw >「20年坐った君」

お前さんは、『三世に跨る』輪廻転生、業報論を肯定するのかい?
すなわち、「悲惨な境遇に生まれついたのは、過去世の悪行が因であるとか
言うやつだ」

このお題が、そもそもこの一連のシリーズの始まりなんだw
俺個人の見解は、「仏教という一宗教内の教義としてのみ語るなら、まだしも
それが普遍性を有する客観的事実、真理であると、このような公の場で語るなら、
『ふざけんな、バカタレが!なら実証してみろや』とこうなるw
今まで散々やってきたわww。(残念なことに、未だに上から目線で、「それが真実
なんだよ。それがわかってない、あんたが愚かなだけ」と語るアホ仏教徒が
このスレにもよく登場するんだw)
266神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 02:58:58.40 ID:UU19vfkG
さて、ここで問題だ。
この輪廻転生が、「初期仏教から、現代まで続く全ての仏教の前提である」
と主張する仏教徒が非常に多いわけだ。(ちなみにこのスレで、『三世に
跨る輪廻転生論』に疑義をはさんだ仏教徒は、今、お前さんが盛んに対論
しているセブンだけじゃないかな?w)

お前さんは、初期仏教もこの輪廻転生を前提としていることを認めるかい?
すると、今までのお前さんの主張とかなり食い違いが出ることになるよな?
「現代的思考」「迷信の排除」これがお前さんのスタンスだろ?
『初期仏教が、輪廻転生を前提としている』ことを認めてしまえば、
今までのお前さんの主張が吹っ飛んでしまうわな?ww
とても「現代的思考」とは言えず、まさに(現代的視点からは)「迷信」
そのものと言える『輪廻転生』論を前提に、初期仏教が成立してるとすれば、
今までお前さんが大乗を批判してきた、大きな論拠が崩れてしまうな?

どうする? 釈迦はそんなこと説いてない。あるいは、言及することは
あったかもしれないが、それは倫理的要請からくる比喩として語った。
または、それは後世の増稿、挿入である。
こういう認識かい?  それとも、伝統的仏教徒の主張するように
「勿論、釈迦は輪廻転生を説いたし、それが仏教の前提であり、そこを
否定しては仏教は成立しない。」
こういう見解かい?
267神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 08:50:03.90 ID:W75ukBYF
>>263
>要するに、釈迦の鬱病の症状としての「一切皆苦」。

「鬱病の症状としての『一切皆苦』」なんて書くところを見ると、
「苦」(duHkha)の意味を誤解しているのではないでしょうか。単純に「苦しみ」と。
僕は大乗的解釈は全て疑ってかかっていて、いちいち原典に当たらなければ
気がすまないのですが、原典を読めば読むほど、単純に「苦」=苦悩・苦しみ、ではありません。

もちろん「苦悩・苦しみ」に繋がることはありますが、常に苦しむ(現代日本語的意味で)とは限りません。

「人生楽ありゃ苦もあるさ」が一般的な感覚だと思います。
単純に「苦しみ」という意味に捉えてしまう人が感じる違和感の原因はそこにあります。だから釈尊を鬱病的とかニヒリストと誤解してしまうのでしょう。

268神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 08:50:15.48 ID:W75ukBYF
>>263
つづき

しかしduHkhaの意味は、近い日本語に訳すなら、「迷い、不安定」という意味なのです。

「迷い」というのは、心がゆらゆら揺れ動き安定しない状態です。つまり無常です。
だから「苦」と「無常」が繋がるのです。その不安定な状態に対し、心が平安となり安定した境地が涅槃なのです。

また、「一切皆苦」という四字熟語も間違いです。一切が苦なのではなく、五蘊が苦(不安定)
なのです。だから「五蘊皆苦」と言う方が正確でしょう。不安定な五蘊を因として貪りが生じ、貪りを因として狂喜や苦悩が生じるのです。(縁起)

「大徳よ、苦、苦と仰せられますが、大徳よ、いったい、いかなることを苦というのでありましょうか」
「ラーダよ、色(肉体)は苦である。受(感覚)は苦である。想(表象)は苦である。行(意志)は苦である。
識(意識)は苦である。
ラーダよ、そのように観じて、わたしの教えを聞いた聖なる弟子たちは、色を厭い離れ、受を厭い離れ、
想を厭い離れ、行を厭い離れ、識を厭い離れる。厭い離れることによって、貪りを離れる。
貪りを離れることによって、解脱するのである。そして、すでに解脱するにいたれば、ああわたしは解脱
したとの智が生じて、<わが迷いの生活はすでにおわった。清浄なる行はすでに成った。
作すべきことはすでに弁じた。もはやかような迷いの生活に入ることはあるまい>と知る
ことができるのである」』(saMyutta-nikaaya)
269神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 09:07:03.13 ID:RUSfRhCP
はいはい、
何もかもが苦しいんだと了承したら
修行も議論も終了ですw
解散、解散。
270神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 09:08:03.32 ID:W75ukBYF
>>265
> お前さんは、『三世に跨る』輪廻転生、業報論を肯定するのかい?
> すなわち、「悲惨な境遇に生まれついたのは、過去世の悪行が因であるとか
> 言うやつだ」

もちろん肯定しません。

> 『ふざけんな、バカタレが!なら実証してみろや』とこうなるw

その通りです。

>>266
> この輪廻転生が、「初期仏教から、現代まで続く全ての仏教の前提である」
> と主張する仏教徒が非常に多いわけだ。

ほとんどがそうと言っても過言ではありませんね。

> お前さんは、初期仏教もこの輪廻転生を前提としていることを認めるかい?

初期仏教が何を指すかによりますが、大乗運動が起こる遥か以前の部派仏教時代に
輪廻転生が前提とされるようになったことは認めますよ。

> すると、今までのお前さんの主張とかなり食い違いが出ることになるよな?

そんなことはないと思います。

> そのものと言える『輪廻転生』論を前提に、初期仏教が成立してるとすれば、
> 今までお前さんが大乗を批判してきた、大きな論拠が崩れてしまうな?

誤解があると思いますが、僕は大乗VS上座部で上座部が正しいと主張しているのではなく、
上座部の中の迷信も同様に批判対象です。(大乗はほぼ全てが迷信ですが)
271神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 09:08:15.06 ID:W75ukBYF
>>266
つづき


> どうする? 釈迦はそんなこと説いてない。あるいは、言及することは
> あったかもしれないが、それは倫理的要請からくる比喩として語った。
> または、それは後世の増稿、挿入である。
> こういう認識かい?  

大体そういう認識です。アンベードカルや中村元先生に近い考えです。
僕は本当はもっと言語学的問題だと思っていますが。上で「苦」の定義、解釈が
違うという話をしましたが、輪廻(sa?s?ra)も「走りまわる」という意味で、duHkhaと
同様、不安定な状況を表しています。苦悩が生まれたり消えたりを繰り返す状態です。
それが後に(でも釈尊の死後わりと早い時期に)転生というような意味に拡張され、さらに
過去世や来世に拡張されたのが現在一般に知られている輪廻という言葉です。

言葉の解釈には慎重にならなければなりません。
たとえばテストで悪い点数を取ったときに「死んだ」と表現することがあるでしょう?
後世の人がそれをそのまま受け取って、昔の人はテストで失敗する度に死亡していたのだと解釈したら
大変な間違いでしょう。言葉は、文脈の中でどういう意味で使用されているのか慎重に
判断しなくてはいきません。
272神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 09:31:35.82 ID:3wa/4b9E
>>270-271
何でそういう解釈ができるのに、セブンの言う事が理解できないんだろうなw
やはり、「20年間を無駄にした」という恨みで目が曇ってるのか?w
273神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 09:50:11.40 ID:W75ukBYF
セブンって誰です?
274神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 10:08:46.17 ID:UU19vfkG
>>273
>セブンって誰です?

お前さんが、最も多く対論してる相手。
過去のレスをコピペしてる人。
真近でいうと>>259
275宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 10:27:03.67 ID:zF/E8uwG
>>238>>152
>あなたの思い違いですね。「大乗に迷信がある」ことがいけないのではなく、
>その迷信がほとんど大乗の全てだからですよ。大乗経典では存在しない
>如来や菩薩を何万体もでっちあげ、存在しない浄土やら極楽やらを騙り、
>具体的な解脱への理論もなく、いたずらに観念的で空想的な描写と
>妄想に始終している。
>
>禅は禅で蓮華微笑という逸話をでっちあげ、存在しない教外別伝を根拠としている。
>根拠が嘘なのですから、その教えには何の意味もないわけです。
>
>「迷信が混入してしまった」というレベルの話ではなく、
>大乗教えの根拠自体が迷信なのです。

http://mimizun.com/log/2ch/psy/1302158994/229
フムフム...まさにパーリのこの経文のことですね!

経典を制作した弟子達が自分たちのことをこんな具合にいう筈はないから、
これは、まず間違いなくゴータマご自身によって、
未来の弟子たちの姿を見透かした上で述べられた警告です。
それがそのまま伝承されて残ったという、あまりにも貴重な言葉です。
276宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 10:28:22.13 ID:zF/E8uwG
>>180 >>182>>231
後世の弟子らは、
ゴータマの教えを誤解していって「無我」(アートマンは無いという教え)論を展開しだした・・・。

ところが、
救世主的に活躍して衆生を救ってくれる諸仏を謳って信者の獲得をするためには、
どうしても永久に渡って常住するホトケという存在を打ち出さなければならず、
結果的には、ヒンドゥー真我同様のアートマン/ブラフマン宜しく、
ニルヴァーナに常住するホトケは“唯一の自性なり(自性輪身/自性法身、等々)”という理論へと至った
(そこから変化身をとって救済に向かう)、ということでしょう。

ですから私は、
ニルヴァーナに常住されている如来を無我である、
などというのは全く馬鹿げた話だというのです。


>>211
そんなことはいってないですよ。
涅槃は「安穏」とは表現されます。
ですから、安穏を感じるのは誰なんだといってるのです。

>>論理矛盾してることです。
>説明して。

ズーと説明している通りです。
我が無いならば、如来とは何?
如来も流転変滅するだけの無常存在?
納得いかないトンチンカンな話です。

理路整然とした理論以外、仏教とはいえないでしょう。
277宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 10:29:46.24 ID:zF/E8uwG
>>230
>上座部的には釈迦は仏陀となり、超常的な感覚を得たけど、
>そのうちで永遠不変なアートマンたりうるものを見出せなかった。
>釈迦は超常的な感覚を持っていたが、それでも自分の目で確認できないことには沈黙を守った。
>これが「文言上は非我」。

「見出せない」「確認できない」のは凡夫と、及び未完の修行者たちのことです。
五蘊の中にはないようであり、五蘊によっては捉えられないということは述べた。
五蘊の認識領域外にはないとは一度もいってない。

>釈迦が対となる論としてヒンドゥーのように至高の原理・主宰神を説くこともしていない以上、
>それがあると想定する理由もないし、説かれていないものをあえてニルバーナと同一視する理由もない。

はい、それは認めます。
説かれていないのに同一視する必要性はありません。
その姿勢を通すのはまったくのご自由です(敢えて、仏教徒としては特に)。

私は、個人的には「説かなかっただけで同じ事」だと解するのでそうしています。
これを仏教徒にゴリ押しする意図はまったくありません。
ただ、無我(アートマンはない)などいう教えは説いてはいないので、
これは正しい頂きたい、ということ。
仏教徒ならば・・・。
278宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 10:34:13.75 ID:zF/E8uwG
>>232
>そんな根拠は何もありません。
>無我が真理なら、無我と説きますよ。 ---中略---
>無我を説かなかったということは、
>「無我は釈尊の教えではない」と素直に受け止めればいいのです。

その通り。
100%同意します!!!
279宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 10:35:48.91 ID:zF/E8uwG
>>157
>*以前、宝珠がこんなことを言ってました。
>「転生しての次の生に於ける修行が無いならば、
>死の直前に教えを聞いても意味が無い!」とね。
>或いはこうも言う。「次の生が無ければ、悪人が報いを受けないまま(断滅して)終わりになる。
>それは公平ではない!」とね。
>似てるだろw 貴方のベクトルと・・。

そりゃ〜そうですよ!

三世に跨る業報を認めない考え方というのは道徳を破壊する見解だからです。
ゴータマは、これを単に道徳的な理想論として述べたのではなくて、
ご自身の大いなる超常的な視力で以ってこのことが真実であると確認した上で、
「これこそが真実、真理である」と、明言したのですから。
業報論というのは救いでもあり、また絶対的平等論でもあるわけです。
これを差別理論などというのは、とんでもない誤解ですから....。

そして、水野氏はこうもいっています。

 『仏教においても常識的な穏健説として業報思想を採用した。この常識的な業報説を受け
いれないならば、仏教独自の四諦や縁起の教えに入ることはできないとして、仏教独自の学
説に入るための準備として業報説が用いられたのである。三世因果の業報説を疑ったり否
定したりすることを、仏教では邪見といっている。仏教では邪見がもっともいけないものであっ
て、これがあるかぎりは、決して仏教信仰に入ることはできないとされる。邪見は善も悪も否
定し、善悪の報果も認めないものである。』(水野 弘元著『仏教の基礎知識』)
280神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 10:54:10.62 ID:UU19vfkG
>>279
>業報論というのは救いでもあり、また絶対的平等論でもあるわけです。
これを差別理論などというのは、とんでもない誤解ですから....。

クソバカタレがww
全く進歩しとらんな、オカルト宝珠がww
「重度の障害をもって生まれた赤ん坊、およびその家族に
『この子がこのように生まれついたのは、過去世において、・・のような
悪行を積んだからである』ということのどこが、『救い』なんだ?
どこが絶対的平等だ?  どこが『差別理論でない』んだ?」

お前は以前、業報思想は差別思想ではない といい
「んなら、論証してみろ」と俺が言ったのに対して、「わからない人にはわからない
でいい」と言って逃げ出したな?

やってみろや、ww
きっちり、「業報思想は差別理論ではない」と論証してみろや、クソ宝珠。
今度は逃げるんじゃねえぞ。 
281神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 10:57:59.55 ID:UU19vfkG
>>279 さらに、お前は「輪廻転生が現実における客観的現象であること
を実証すると10氏に約束してたな? あれから、時間をくれとグズグズ
と引き伸ばし、も1年以上が過ぎた。」

さすがに、もうできてるな?
ここにあげてみなww
282神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 11:09:03.63 ID:UU19vfkG
ちなみに
>三世に跨る業報を認めない考え方というのは道徳を破壊する見解だからです

これは、今まで何ども何ども何ども、繰り返し言ってきたが
「現世」→「来世」のみを見てる「アホ見解」
「過去世」→「現世」の差別的断定を全く見ていないw
今まで現実に起こってきた、差別事例をきっちり勉強し直してから
書き込め、バカタレがw
283宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 11:14:59.35 ID:zF/E8uwG
>>280-281
>さすがに、もうできてるな?
>ここにあげてみなww

ごめんなさーい。
定年退職まで待ってm(__)m m(__)m m(__)m
あっ、資料は集めているよぉ(涙)

>>282
>今まで現実に起こってきた、差別事例をきっちり勉強し直してから
>書き込め、バカタレがw

もちろん差別は宜しくない。
業報論を根拠にして差別扱いする人間がいますが、
トンでもないことです。
284宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 11:20:04.07 ID:zF/E8uwG
>>277
>ただ、無我(アートマンはない)などいう教えは説いてはいないので、
>これは正しい頂きたい、ということ。
>仏教徒ならば・・・。

訂正:
 ×「正しい頂きたい」
 ○「正して頂きたい」
285神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 11:22:25.66 ID:UU19vfkG
>>283
またそうやって逃げるか?

>もちろん差別は宜しくない。
業報論を根拠にして差別扱いする人間がいますが、
トンでもないことです。

「差別が良いか?悪いか?」なんて誰が聞いてるか?
『業報論自体が、差別思想を内包した思想』だから、公の場で語るなと
何度言ったら・・・・・
286神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 11:47:11.20 ID:F4w11SpC
>>277
>五蘊の認識領域外にはないとは一度もいってない。

『釈迦は超常的な感覚を持っていたが、それでも自分の目で確認できないことには沈黙を守った。 』
いくら超常的に認識できる範囲が拡張されたところで、認識圏外のことを確認することはできない。
認識圏外のことを確認する、とは言語矛盾。

>私は、個人的には「説かなかっただけで同じ事」だと解するのでそうしています。

「ないとは言っていない」ことは「あると考えている」こととは異なる。
対となる論が同時に説かれるかで、言葉が置かれる文脈は変わってくる。
287神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 11:52:26.92 ID:MKIJvUOF
この部屋にはリンゴが無い。

この部屋には原発が無い。
神奈川県には原発が無い。

この部屋にはバルタン星人がいない。
神奈川県にはバルタン星人がいない。
日本にはバルタン星人がいない。
地球にはバルタン星人がいない。
宇宙には・・?
288神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 11:56:30.77 ID:F4w11SpC
>>285
前科者に全く偏見や嫌悪感や見下す想いを感じずにいられますか?と聞いてみたら?

前世来世にまたがる業報論も、信ぜられ、肌で感じる程の原風景になればなるほど、
「前科者への視線」に近づいていくはず。
289宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 12:09:06.77 ID:zF/E8uwG
>>286
>対となる論が同時に説かれるかで、言葉が置かれる文脈は変わってくる。

私は神智学徒です。
真我についての知識を持ちます。

>>288
双方はまったく異なります。

「前科者」は基本的に、犯罪の記憶があります。
明確に意図や動機を本人が自覚していることが多いわけです。

対して、前世の悪業の記憶はないのですから、
そのことを今の本人に責めても仕方ないことです。
業報理論は責めてるということではないのです。

業報理論の意味を正しく理解することによって、
何故、悪事をなしてはならず、善行をなすことの必要性が理論的に開示されるからです。
今、苦境に遭っている人々こそ、更に良き境涯へと移行していくよう心より願いこの教えは示されているのです。


>>285
>『業報論自体が、差別思想を内包した思想』だから、公の場で語るなと
>何度言ったら・・・・・

これは差別思想などではない。

差別を行う人間が悪いのです。
差別を支持賛成などはしていない。
290宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 12:11:26.26 ID:zF/E8uwG
こちらに訂正:
>>286
>「ないとは言っていない」ことは「あると考えている」こととは異なる。

私は神智学徒です。
真我についての知識を持ちます。

仏教にはこの知識がないから、仕方ない・・・。
291神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 12:11:54.31 ID:MKIJvUOF
あまり大きなニュースにならないが、
犯罪者の更正施設建設は大きな住民問題となる。
また、保護観察処分や、処分保留、或いは出所後の生活場所・住所等、
ひとたび噂が流れれば、地域住民の間で大きな不安が広がる。(特に小さな子供のいる家庭では・・。)
或いはまた、精神病関連施設も同じような住民の反応を生む。

群れを作り(→【共同体として】)生活するヒトなれば、避けて通れない(→抜き難く、【生来的に含有する】)性質だ。
業報思想は、「好・悪(願望・忌避)」「対価の希求」と並んで、こことの親和性が極めて高い。
292神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 12:19:05.62 ID:F4w11SpC
>>289
>私は神智学徒です。
>真我についての知識を持ちます。

釈迦は神智学徒ではない。ある人の考えは、本人の発言と周囲の証言からのみ割り出すのが妥当。

>明確に意図や動機を本人が自覚していることが多いわけです。

前科者は出所した時点で罪を償っている状態にある。法的には。
罪を償った人間に、権限も持たない一般人が差別していい、とはなっていない。

>業報理論は責めてるということではないのです。

犯罪歴を指摘するのは、それ自体では業報論と同じく単に「事実の説明」。
「事実の説明」にとどまらず、差別になるのは、凡夫がそこに感じ取るスティグマ的な面のため。
聖者ならあらゆる差別感情がないだろうが、凡夫は異なる。
>>290
釈迦にもその知識はないし、前提としていない。
293神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 12:20:31.23 ID:MKIJvUOF
>>289
>そのことを今の本人に責めても仕方ないことです。

www

業報思想が抱える最も重要な問題が見えていないな・・。


また、それが「社会によるものか」「自身によるものか」を問わず、
《そこに、「責め」(現状への知覚・自覚)が無ければ、「報い」にならない》のでは?
294宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 12:29:28.81 ID:zF/E8uwG
>>291
まったくの誤解ですね。

現在、苦境に立たされている人(過去世の悪しき果報だとして)が、
今再び、悪事をなすということではありません。
また逆に、現在、恵まれている環境の人(過去世の善き果報だとして)が、
今まさに悪事をなさんとすることは往々にしてあるのです。

本当に正しく業報理論の意味を理解するならば、
今、苦しい環境に置かれている人々を毛嫌いすることは間違っており、
手を指し伸ばすべき大切な人々であるという意味を解するでしょう。
差別行為をする人こそ、咎められて批難されるでしょう。

業報理論を認めない考え方こそ、道徳を破壊する見解です。
これは悪因悪果/善因善果を絶対的に保証するものです。
ゴータマは、“確認の上”これを真理として語りました。
>>279を再読のこと)
295神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 12:39:22.50 ID:MKIJvUOF
>>294
誤解ではなく、【「人間という生物」の思考・感情として】の現実だよ。
そして、「再犯を重ねる」者が多いのも現実だ。
「危機管理」「リスクマネージメント」という言葉がある。

「再犯の可能性を有する者が近所にいる」
この時、保護者の脳裏に浮かぶ危機管理の方法はどのようなものがあるだろうか。

再犯の可能性を加味して、地域社会(或いは各家庭)は動かざるを得ない。
これを「差別」と見做すか否か。再犯可能性を危惧し、対処策を備えることは差別的事象か否か。
(特亜や解同の連中なら、狙いすましてツッコミを入れてくる点だが・・w)
296宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 12:41:50.60 ID:zF/E8uwG
>>293
>《そこに、「責め」(現状への知覚・自覚)が無ければ、「報い」にならない》のでは?

全然、違うと思います。
不慮の事故等々もそうです。
誰も責めたり自覚せずとも遭遇します。


>>292
>釈迦は神智学徒ではない。ある人の考えは、本人の発言と周囲の証言からのみ割り出すのが妥当。
>>>290 釈迦にもその知識はないし、前提としていない。

もちろんそうです。
ただこの私には、ゴータマが何故、アートマンを説かなかったか?
或いは何故、バラモン聖典にあるような内容をそのまま肯定しなかったのか?
についての、理由を推察(説明)することができますから・・・。

>前科者は出所した時点で罪を償っている状態にある。法的には。
>罪を償った人間に、権限も持たない一般人が差別していい、とはなっていない。

そんな話はしていません。
捕まることなく、結果的に法治社会から処罰されずとも
業報の果報はこれを見逃すことはありません。

>聖者ならあらゆる差別感情がないだろうが、凡夫は異なる。

正しく説いて教える習慣が社会にないからです。
教育の問題です。
297宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 12:50:19.69 ID:zF/E8uwG
>>295
勘違いしてますよ。

犯罪者というのは(多くの場合には)本人の自覚があります。
その習慣的な趣向なり、
または抑圧され捻じ曲がった深層心理が再び犯罪へと駆り出すのです。

しかし、過去世の悪事の場合には記憶はありませんから、
その人が今生で犯罪を繰り返しやすい意味としては私は述べていません。
むしろこれは逆であって、今の苦境を受けたことによって
過去世の悪業としてのカルマが消化(清算)されたのだ、
という場合も多々あるでしょうね。
298宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 12:55:11.98 ID:zF/E8uwG
まず・・・
業報理論の“意味が分らず”にコレを批難しているのがアリアリですね。
これでは話が噛合う筈もありませんから、取り合えず終了にします。
299神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 12:55:19.10 ID:F4w11SpC
>>294
それは前科者にもそっくりそのまま当てはまるんだよ。
前科者だからって犯罪を犯すとは限らない。
犯罪の原因に貧困もあるが、その意味でも前科者に仕事を提供することはいいことだ。
行き場を無くしてまた犯罪に手を出したり、犯罪組織の鉄砲玉としないためにも
世の中で受け入れていくことは大切だ。

でも「だが断る」となってしまう。凡夫たるもの「汚いもの」にはなるべく触れたくないからだ。
他人事の場合はきれいなことを言えてもね。
>>296
>についての、理由を推察(説明)することができますから・・・。

[「説かなかっただけで同じ事」だと解する]のは推察ではなく投影。

>そんな話はしていません。

いや、そんな話だよ。(業報論上の)今苦境にあってる人にも、前科者にも虐げていい理由が無い点では同じなのに、
両者は差別の対象となってしまう、という話。

>正しく説いて教える習慣が社会にないからです。
>教育の問題です。

釈迦の慈悲も同時に説いてきたはずの仏教国でこのざまなんだよ。業報論上、
悪行が悪い結果を生む、とわかってても別の悪行(苦境にある人をかえって虐げる)を行ってしまう。
凡夫をなめてはいけない。
300神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 12:56:38.43 ID:MKIJvUOF
>>296
>正しく説いて教える習慣が社会にないからです。 教育の問題です。
まさしくその通りだ。
そして、報いへの恐れと回避のみを強調し、
その背景となる(依って立つ)「理」と「(普し)慈悲」の側面が疎かであった点は、
反省と改善がなければならない。(特に日本仏教に於いて・・))

しかし同時に、「人間という生物」の【自然な】思考・感情と相関しているということも
併せて抑えておかねばならない。(それは、正当防衛を許容するが如きベクトルと言ってもいい。)

だから、最終的には「自覚」や「頷き」ということになる。
親鸞の台詞は秀逸だ。

「卯毛羊毛の先にいる塵ばかりも、つくる罪の宿業に非ずと云ふこと無しと知るべし」
301神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 13:03:03.27 ID:MKIJvUOF
>>300
勿論、重要なのが語末の「〜と知るべし」であることは言うまでもない。
302宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/18(水) 13:26:52.98 ID:zF/E8uwG
>>299
>>正しく説いて教える習慣が社会にないからです。
>>教育の問題です。
>
>釈迦の慈悲も同時に説いてきたはずの仏教国でこのざまなんだよ。

以前、セブンをはじめ数名より提示があって、
その種の過去の出来事の事実資料を拝見しており、確かにこの私も驚かされました。
仏教の教義として差別扱いが堂々と組み込まれていたりして、
これでは平気で衆生が差別イジメをしてしまう環境になっていました。

けれども、これはゴータマの教えが悪いのではなく、
単に馬鹿僧侶どもの恥ずるべき行為と社会教育の問題です。

三世業報は絶対/善因善果-悪因悪果を理論付けし、
そして、人間の善に向けての直向な努力の結果を完全に保証するものです。
“仏教徒ならば、これを信じ説き続ける義務があります。
一部、南方諸国の仏教徒らの愚業をゴータマの教えにしないで頂きたい。”

そして、
今、苦境に喘いでいる人は助けるべき相手であって、
実は、そこに慈悲修行の実践の場(その機会)が他の者に提供されているのだということ。
過去世の犯罪者のように扱ったり、記憶がない本人を責めたり、
差別イジメするなどというのは正にとんでもないことです。

そのように人は幼少の頃から教育されていくべきなのです。
つまり、三世業報理論の理解と共に苦しんでいる人を助ける実践行についてです。
303神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 16:19:51.29 ID:UU19vfkG
>>289
>これは差別思想などではない

差別なんだよ。お前はホントニ何度言ってもわからんなあw
いいか?
「この赤ちゃんが障害をもって生まれてきたのは、「過去に悪行を働いたから」
と『見られるのが』嫌なの。何の根拠もないのに、『勝手にそうだと規定される』のが
嫌なの。責める責めないの問題ではないは、バカタレが。(ここでは、業報論が
持つ、「だから善行をつめ」と言う方向性は触れないが)
わかるか?
勝手に外から、「・・・なんだ」と決めて欲しくないわけなんだよ。
そして、規定される方からすれば、それがたまらなく不快であり、たとえ
お前が「差別ではない」と言っても「言われる方がそのように受け取る
限り」差別なの。
『黒人は汚い』 → これを事実なんだから差別ではないよ。私は「差別」を
してるつもりは全くありません。真実を言ってるだけです。
これが通用するか?バカタレが。 そう言わいれることによって、黒人が
不快に感じれば差別なんだよ。
これは差別ではなく、『事実の告知』であると主張するなら、きっちりそれを
実証しろと繰り返し言ったが、今までお前は全くそれをせずに、ただ、「差別
ではない」と繰り返すばかりw
だからクソ野郎だっていってんだ。さあ、やってみな!
1。輪廻転生が客観的現象であることの実証
2。業報論が「差別ではない」ことの論証
304てすと:2011/05/18(水) 17:08:35.29 ID:H5U1JUJT
>>303

人は差別なしに生きて行けないのさ。

ブスよりも可愛い子が得するのは当たり前。

ブスに「あなたの前世は美しいヨーロッパの貴族で、庶民を馬鹿にした罪でブスに生まれた」と言ってごらんなさい。受け入れるから。

差別がクソなんじゃない、この世界がクソなんだ。
305神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 17:09:45.27 ID:+ijEk5no
みんなの好きな仏教の教えを教えて
おれは諸行無常の世界観が好きとか言う漠然としたものから、あの問答が好きとか
なんでもいいよ
306神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 17:16:06.55 ID:G/BCy2wz
(ID変わるが) よく聞けよ、業論指示者ども

「悲惨な境遇にあるものに手を差しのべる」か、どうかなんて関係ないんだよ。
それ以前の問題なの。障害をもって生まれてきた赤ちゃん
の家族は、その原因を医学上の問題か単なる確率上の問題として自己解決してるの。
それに対して、外から勝手に「原因はこの赤ちゃんの過去世の悪行にある」
と見なして欲しくないの。いいか? そのように思われたくないわけ。
現実にその家族に言う言わない、責める責めない、以前に「そのように考えてほしくないんだよ。」
だから、差別だと言ってるわけ。
業論は悪行を行うことを抑止する。だから良いなどとほざくバカは、過去世→現世の側面が生み出す問題を全く理解
出来てないアホなんだよ。
307てすと:2011/05/18(水) 17:23:14.97 ID:Vh+LyiMR
キリスト教のキャッチコピーが凄い。

「貧乏な人、不幸な人ほど神に近く偉い。」

こんな事言われたら、みんな入るさ。
人は優越感がなければ生きられないのだから。

仏教がたち悪いのは「真理を知ってるものほど偉い」と、否定しにくいものを持ってくるところ。

そんなもん知らなくたっていいじゃない。仏教徒は他人を馬鹿にしないと生きられない、結局みんなと同じさ。
308神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 17:35:02.39 ID:G/BCy2wz
更に「教育」に関しては
「〜ちゃんは、今・・・・のような障害をもってるけど、
それは〜ちゃんが過去世でいけないことをしたからなの。
でも、〜ちゃんは、それを全く覚えてないし、責めたりしてはダメよ。
みんなで助けてあげましょうね。」
こういうことを子どもらに言い聞かすわけか?
309てすと:2011/05/18(水) 17:37:42.53 ID:if8dTkDo
>>306
自己解決はしてないだろ。
運が悪かっただけだけど、それじゃ、納得しない。
運ってなんだ?なぜうちの家庭なんだ?と悩みながら生きてゆく。

答えがないのに、答えを出そうとして自滅するのが宗教というクソ。

宗教なくなればいいのに。
悩んで苦しんで何が悪いのか。
310神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 17:46:02.86 ID:G/BCy2wz
>>308 の話には当然、
「だから皆も、悪いことすると来世で酷い境遇に生まれつくかも知れないよ。
悪いことしないようにね。」という意味があるわな。ここで〜ちゃんは、「悪いことをした結果」と規定されてるわけだ。
たとえ、「本人は覚えてないから責任はない」と言われようが、「悪いことをした結果」と見なされることが嫌なわけ。
わかるか?
そんな教育など、差別される側からすれば、「まっぴらごめん」なの。
求められるのは「おかしな意味づけなどない支援」
これなんだよ。
311神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 17:49:30.02 ID:G/BCy2wz
>>309 自己解決という言葉がわるければ「受容」でも良し。
納得はいかんでも、仕方ない とはなる。
312神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 18:51:10.99 ID:SycwBqPU
どんなに自分からみて幼稚で勉強嫌いなダメな子だなぁ…と思っても自分の娘はかわいい
313神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 18:53:15.88 ID:SycwBqPU
将来的に娘がブスになろうがどうなろうが自分の子はいつまでもかわいいのです。差別するならしてもいい…パパが守ってあげると子供を見守ってやれば納得するでしょう
314神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 19:37:52.33 ID:al/NUix8
輪廻転生という「脅迫」と、解脱という「甘言」に基づいてなした善は、善では
なく、自己の欲望に基づくエゴの行為である。その脅迫と甘言を行った張本人
である開祖は、地獄に墜ちるに値する極悪人である。

輪廻転生も解脱も、バラモン教の教義。もともとはバラモン教徒であった釈迦
が、その教義に呪縛されていただけ。
315神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 19:56:38.96 ID:zss+vby3
>>314
  
いい加減な妄想を書き込んでいないで、ちゃんと勉強しなさいね!
  
316てすと:2011/05/18(水) 20:01:36.94 ID:DhAgtDyW
お前ら認めちゃえよ。

仏教が「面白い」からやってるんだろ?

でなきゃ、わざわざこんなスレ来るものか。

解脱とか真理とかうぜー。
「仏教が好き」と素直になぜ言えん。

趣味と馬鹿にされるのがそんなに嫌か?
いいじゃないか、仏教が趣味でも。
317神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 20:13:14.80 ID:G/BCy2wz
>>316 俺は始めから、「趣味」だと公言してるぞ、てすとwww
ただ、仏教的認識論にちと興味があるのと、隠居からかうのが楽しいから
居ついてるw
318神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 20:44:14.29 ID:MKIJvUOF
知的パズルとしての、思索の素材としての仏教は無茶苦茶面白い。
しかし、その「理」を(自らの)「行」に転換すること、実践すること、
自らの生き方を、その「理」に沿ったものとすることは無茶苦茶難しい。
319神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 20:52:36.72 ID:G/BCy2wz
「宗教をリアルの人生に役立たせる」みたいな発想ではなく
「宗教を実践、信仰するために人生がある」
みたいなとこまでいかんとダメなんだろう。

俺は即座に「お断りします。」だがww
320神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 20:59:19.28 ID:MKIJvUOF
大乗仏教(特に諸仏諸菩薩の登場や彼らへの讃たる諸経)は、
まさに、そうした点(>>318)への第1歩第2歩、初手として編み出されたし、機能してきた。
そうした部分に特化した領域と言える。
子供達に野口英世の業績と伝記を提示・伝承するのに、註や参考書籍満載の大部の書物でなく、
絵本が用いられるように。
小学生に、いきなり詳細な専門書を読ませても意味がない。そこには下地が必要だ。

例の彼が批判するような(絵本的w)経典が多数ある中、同じように、
詳細緻密で難解な経典や論書が膨大な数残されているのも大乗仏典の姿の一つだ。

そうした中で、「『絵本』なぞ無くていい」とは決して思わない。
これが、今回、例の彼の反対陣営に席を置いた理由のひとつでもある。
321神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 21:02:20.03 ID:MKIJvUOF
>>319
AA省略するなら、その旨明記しろw
322神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 21:08:22.62 ID:G/BCy2wz
今携帯なんで、AA使えんw
323てすと:2011/05/18(水) 21:27:30.78 ID:Vozy2quE
>>318

面白さでいえば、やっぱ大乗だと思うんだよね。
チベット大蔵が全訳されるとまたネタが出来るね。

「行」の話したいけど、みんな理に走るんだよね。2ちゃんだから仕方ないけど、理なら間に合ってるんだよなー。

>>320
また戻ってくるんじゃない?
上座じゃもの足りなくなるでしょ。
324てすと:2011/05/18(水) 21:38:49.52 ID:Vozy2quE
性欲や食欲はなんとか制御出来るけど、体温や呼吸の調整はむずいんだよねー。

自律系はもっと修行しないとなー
コツとかあるのかなー、、
325神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 21:51:01.32 ID:G/BCy2wz
>>323 え〜〜〜〜〜?
ネタじゃなくて、ホントに「行」を実践してるのか?てすとw

なんか一番「らしくない」んだがwww
326神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 22:13:00.71 ID:G/BCy2wz
「20年座った君」に聞きたいんだが、
座禅ってのも、基本、「思考の停止」を要求するだろ?
20年のうちに、それに成功したと思ったことはあったかい?
それとも、数分でそこに至れるほど習熟してるとか?
どんな?
327神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 22:30:21.98 ID:MKIJvUOF
>>297
> その習慣的な趣向なり、または抑圧され捻じ曲がった深層心理が再び犯罪へと駆り出すのです。
それって、まさしく「業(力)」「業の形成力」であり「習慣づく」ということであり、
「繰り返す」ということであり(【ミニマムな輪廻】であり)、縁起じゃないかい?w
> 犯罪者というのは(多くの場合には)本人の自覚があります。
自覚の有無に関わらず(…これを先に言い出したのは貴方ですが・・w)、業果は必ず熟す。
であるならば、
未達な住民による冷遇もまた、業果の一つじゃないかい?報いの一形態じゃないかい?
それを取り除くことは、当該人の受けている「公平な報い」を反故にし、報いを受けないという不公平への加担とならないかい?w

勿論、これ以上とない厚遇を受け、
「その巨大なギャップ故に、却って自己の行為の悪性を“自覚する”」
という報いの受け方もあるだろうが・・w
 *(だから、業果の価値付け・評価は恣意的にならざるを得ないし、親鸞のあの台詞に集約されるしかないわけだ。)

> 今の苦境を受けたことによって
> 消化(清算)された
だから、《近隣住民の冷たい視線、差別待遇が、業果としての苦境である》と見做すことも可能だろ?
それを排除することは、報いを放免することにならないのかい?
328てすと:2011/05/18(水) 22:42:11.23 ID:uy7q1QbP
>>325

行って程でもないけど、あとは人体の神秘ぐらいしか不思議な事ないじゃん。

議論はどうせ言葉の意味合戦にしかならないし、近代言語学が大乗に追い付いた以上仏教にこだわる理由もないし。比較は面白いとしても。

どうせ2ちゃんは言語に依存するんだら、公案ぐらいしかやる事ないんじゃない?
329神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 22:51:41.34 ID:MKIJvUOF
若謂一切法不生是第一義諦不須2ch者是亦不然。何以故、
 >もし、一切法の不生は是れ第一義諦なり、2chを須(もち)いずと謂わば是れまた然らず。何を以っての故に、

10:若不依俗諦 不得第一義  >もし、【2chに依らざれば、第一義を得ず】。
  不得第一義 則不得涅槃  >【第一義を得ざれば、則ち涅槃を得ず】。

第一義皆因言説。言説是2ch。
 >第一義は、皆な【言説に因る】。【言説は是れ2chなり】。
是故若不依2ch。第一義則不可説。
 >この故に、もし【2chに依らざれば】【第一義は則ち説くべからず】。
330てすと:2011/05/18(水) 23:05:58.70 ID:jYJUGYTz
存在論は飽きた。

そういえば仏教的時間論の話題ってあまりでないね。
331神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 23:20:54.86 ID:UU19vfkG
>>330
>そういえば仏教的時間論の話題ってあまりでないね。

以前、中論絡みでちょっとやったw
332神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 23:21:48.53 ID:W75ukBYF
>>326
思考の停止なんて座禅初めて数週間目くらいには簡単にできるようになったよ。
しかしただそれだけのことで、どうってこともない。
心を無にしたからって何だと言うんだ。仏教(釈尊の教え)とは何の関係もない。

> それとも、数分でそこに至れるほど習熟してるとか?

習熟というより、単に慣れだから。意識の働きをストップしているのだが、
そのこと自体も意識していない感じ。ボーッとしている状態とは違うのは、
頭がものすごくクリアなまま、意識の働きがストップしている。
ボーッとしている時というのは、何も考えいていないんだけど、霧がかかって
何も見えないような感じだからね。それとは感じが違う。
333神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 23:27:49.11 ID:UU19vfkG
>>332  んで、そこから先は? 「観」に行くんだろ?
それはどんな?
334神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 23:29:06.75 ID:W75ukBYF
>>326
>>332

ちなみに、「思考の停止」自体は難しいことでも何か神秘的なことでもない。
実は誰でも日々経験している。
思考と思考の合間にある一瞬の空白が、思考が停止した状態。ボーッとしてるわけでも
なく、脳はクリアなまま。人間は連続で思考し続けることはできないから、一瞬一瞬
思考が停止しているんだよ。それを意図して長時間に伸ばすのは、慣れないとできない。

痛みを観察すると分かりやすい。強い痛みに集中していると、同じ痛みを連続で感じ続ける
ことはできないから、波のように痛みが引いたり復活したりを繰り返すようになる。
その振幅がだんだん大きくなって、痛みが完全に消える瞬間がある。
思考の消える瞬間というのもそういう現象に近いね。
335神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 23:32:23.62 ID:W75ukBYF
>>333
止と観をわざわざ分けて考える必要はなくて、>>334に書いた痛みの観察のように、
表裏一体だよ。無理やり分析するなら分けることもできるけど、そんなことにこだわる
必要はない。

食事する時にタンパク質と炭水化物を分けて食う必要はない。一緒に食えばいい。
分析は栄養士に任せておけばいい。
336神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 23:34:55.81 ID:UU19vfkG
>>335 そうかw  それで結局、得るものはなしとw

別の体験者の感想も聞いてみたいなw
337神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 23:39:44.85 ID:W75ukBYF
>>336
> >>335 そうかw  それで結局、得るものはなしとw

そう。坐禅フリーク、瞑想フリークになるだけ。
釈尊の思想や理論を理解しなければ、因を滅することはできないし、
正しく理解するためには、正しく思考・思索しなければならない。

もちろん何の観察もないさとりはあり得ないだろうけど、正しく思索した人が
そんなことも分からないってはずはないから、余計な心配だw
338神も仏も名無しさん:2011/05/18(水) 23:59:23.69 ID:5XaAbk41
どうせ瞑想するなら、スヴァヤム・バガヴァーンと合体したい……
339神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 00:38:40.78 ID:QllXd5uL
>>337
釈尊が悟ったなどとは、一切証明されていない。ご本人の自画自賛。
340神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 09:09:53.01 ID:dsZg2frr
正しい思考、八正道。
オウムも幸福の科学もアゴンも八正道の本来の
仏教に戻れなんていう。
ありきたりだな。
341宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 10:29:19.22 ID:BlXMVAGO
>>283
>あっ、資料は集めているよぉ(涙)

追記:
最近、書店を見てみたら、
“転生が証明できた事例”とする書籍が発刊したようですね。

たぶん、TV『アンビリーバボー』だったかでやった
チベット語を語る主婦の追跡検証のことだろうと思う。
チベット語など普段は喋ることもできないごく普通の主婦が
催眠療法によって前世の記憶を呼び起こすと、これを喋り出す。
しかも現地民族しか知らない筈の単語も飛び出して、方言訛りまでも再現されており、
これを現地の村人に確認したところ、現地人しかしなない筈
のものであり、尚且つ完全に正確な発音で合っている、
といって驚かれた事例のことですね。
そして、様々な前世の記憶を語る・・・。
342神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 10:36:17.42 ID:PbLlSiK0
釈迦の「八正道」は、説得力は「皆無」だな。「正しい」「正しい」と8回も唱えて
いるが、「正しさとは何か」「正しさを決める基準は何か」については何の説明も
出来ない。釈迦の、自分でも具体駅意味を理解しない、無意味な「脳内観念」にしか
過ぎない。
343宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 10:44:54.80 ID:BlXMVAGO
>>303
>「この赤ちゃんが障害をもって生まれてきたのは、「過去に悪行を働いたから」
>と『見られるのが』嫌なの。何の根拠もないのに、『勝手にそうだと規定される』のが嫌なの。

 それはあなたの見解と発言に過ぎない。「当然、嫌がるに決まっている」というのもあなたの決
め付けです。これは内省と自覚の問題であって、仏教をさほど知らずも自然とそのように自ら受け
入れている人たちも大勢います。

 現に、神智学の理解も殆ど同一の見解に立つものなのですが、そして、私たちのグループでは
「原因と結果の法則」と呼称していますけれど、あなたのように、「それは酷いじゃーないか!」と
いったクレームがつく事態が起こったことなどはただの一度もありません。
 毎年、数千人もの聴衆を集めて講演活動も開催されますが、一般聴衆からそのような批難や苦
情、疑問を投げかける質疑も起こったことはありません。ですから、ある意味でこの私は楽観視し
ていますよ。

>勝手に外から、「・・・なんだ」と決めて欲しくないわけなんだよ。
>そして、規定される方からすれば、それがたまらなく不快であり、たとえ
>お前が「差別ではない」と言っても「言われる方がそのように受け取る
>限り」差別なの。 ---中略---
>
>これは差別ではなく、『事実の告知』であると主張するなら、きっちりそれを
>実証しろと繰り返し言ったが、今までお前は全くそれをせずに、ただ、「差別
>ではない」と繰り返すばかりw

 ゴータマが当時、ご自身がこれを確認をして更に周囲に証明してみせたのです。その教えが今
日まで継承されている、と。

 第一、あなたは「可哀想だ」「差別はいかん(という正義感ですね)」というよりは、そもそもが、た
だの唯物論者なのでしょう?つまり、それは正義感からではなくて、ただただ科学常識を超えた話
は信じない。とても信じられないから、というだけでしょう。
 超常的な事実を認めてこれを受けつつ・・・けれども前世の業を持ち出すのは差別に繋がるから、と
いうのなら取り合えず、あなたの主張の意味としては私も筋が通っているものとして認めますよ!
344宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 10:46:41.37 ID:BlXMVAGO
>>306
>その原因を医学上の問題か単なる確率上の問題として自己解決してるの。

確率論だの偶然の産物だの・・・
といった見解は仏教にはありません。
仏教はすべてを必然性として主張するのです。

それが縁起です。「コレ在るに拠りてコレ生ず」です。
この見解から外れるものは一切ないのです。
Bさんではなくて、何故Aさんだったのか?には、
Aさんであるべき必然性として、これが説かれます。

業報輪廻と縁起は如来が現れる以前からそこにあった
絶対的な自然界の法(秩序)です。
345宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 10:47:38.02 ID:BlXMVAGO
>>308
名指しで語るようなことではないのですよ。

これは考えるためのヒントとして提供される理論であり、
自分の場合についてはどうかという問題は、
自分自身がそのことを考えることです。
認めないことも、もちろん自由なのです。
346宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 10:52:31.48 ID:BlXMVAGO
>>341
ごねん...ネパール語でした(苦笑)
http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/485/p485_1.html

>>324
>自律系はもっと修行しないとなー
>コツとかあるのかなー、、

ヨーガの技法を学び実践することですよ。
仏教側はヨーガをヒンドゥー教だといって嫌悪する傾向があるから、
結果的に仏教は技法のまったく乏しい状態になったのではないか・・・。

ヨーガの技法を修得して、
まずは心拍機能の制御を得る段階に達するべきです。
つまり、心臓も呼吸も停止できるようにです。
これを動かしている内は、肉体の維持機能の方に余分なエネルギーが費やされてしまうので
絶対に完全集中状態には達しないのです。。
そして、次の段階からは自己の魂(輪廻の主体)との合一に入っていきますW
(これもまだ中間点ですが・・・)
347宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 10:54:00.07 ID:BlXMVAGO
>>327
>未達な住民による冷遇もまた、業果の一つじゃないかい?報いの一形態じゃないかい? ---中略---
>だから、《近隣住民の冷たい視線、差別待遇が、業果としての苦境である》と見做すことも可能だろ?
>それを排除することは、報いを放免することにならないのかい?

生まれつきの生涯やら、人さまの突然の悲劇を見て、
もし、それが当人の前世の業によるものであったとしても、
だからといってその人を捕まえて批難したり、軽蔑したり、
差別扱いしていいことには全然ならないですから。

セブンも、
いい加減にそういう視点は如何なものか・・・と思いますよ。
一体、大学で何を学んできたのです?
業報輪廻を否定しては縁起の法は成立しませんから。
人間の輪廻する姿が三世の転生であり、これがまさに縁起している状態そのものを示すものですから。

この悲劇からの真実の救いが輪廻からの解脱というものです。
仏教はこれを目指しており、大衆をそこへと導かなければならないのです。
そんな世俗の感情論に流されていては、真実の救済を与えることは不可能ですよ。
ある意味で仏教は、冷徹にして非情でなければならない。

シッダッタの出家によって彼自身はブッダとなり、人類を救世する法を説いて導くことができた。
結果的にこのことを家族も感謝しており、心から敬意と尊敬の念を捧げているのです。
ところが、ご隠居のような視点に立つならば、
釈迦は妻も子も捨てた人間で大変な悪業を積んだ者だ、という見方になってしまう・・・。
世俗の感情論ではこういう出家もやはり悪事になってしまうでしょう。

(まっ、ちなみに神智学では出家を説かず、
これを推奨もせず、インド教のような“出家至上主義”は採らないけれどW
本人の希望であるから、強く望む者には止めないけれども、
できれば、出家などはせず社会生活の中で霊性を磨く道を推奨するのが神智学徒の歩みです。)
348神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 11:58:14.52 ID:mxErxd4b
>>343
> それはあなたの見解と発言に過ぎない。

ふざけるなよ、クソ宝珠が。こっちは「実際に障害をもって生まれた子の
父親との話の上での発言だ」バカタレが。

>そして、私たちのグループでは
「原因と結果の法則」と呼称していますけれど、あなたのように、「それは酷いじゃーないか!」と
いったクレームがつく事態が起こったことなどはただの一度もありません。・・・

当たり前だ、w
お前はアホか?「業論」を支持するグループの集まりで、(信者の会合で)
異論が出るわけないだろうが? 馬鹿か? 

349神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 11:59:04.84 ID:mxErxd4b
>ゴータマが当時、ご自身がこれを確認をして更に周囲に証明してみせたのです

それは「仏教という一宗教内で信じられている話」に過ぎないのw

> 第一、あなたは「可哀想だ」「差別はいかん(という正義感ですね)」というよりは、そもそもが、た
だの唯物論者なのでしょう?

俺がこの「業論」の差別について特に敏感なのは、リアルで身近にその事例を
見てきているから。
「唯物論者」?   これは罵倒語のつもりか?ww
妄想患者のオカルトバカどもよりは、よっぽどましだと思うがなw

> 超常的な事実を認めてこれを受けつつ・・・

現時点で全くその「超常的な事実」は実証されていませんなあww
350神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 12:04:33.18 ID:mxErxd4b
>>344
>確率論だの偶然の産物だの・・・
といった見解は仏教にはありません。
仏教はすべてを必然性として主張するのです。

お前は真正の馬鹿か?w
「仏教という一宗教内の話」なら、誰も文句いわんわい。
その「業論」をもって、仏教徒以外に干渉してくるのが問題なんだと
何度言ったらわかるんんだ?ボケがw
「その業論ってのは、仏教徒限定か?  仏教徒以外の者には適用されないのか?」
バカがww  仏教徒以外の者にも妥当するというなら、きちんと客観的に実証してから
喚けやw
351神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 12:11:26.30 ID:mxErxd4b
だからお前はクソだと言うんだよw
「輪廻転生が客観的事実であると実証してみせる」と言いながら
1年以上放置。そのくせ、輪廻転生は真実であり、信じないのは
「唯物論者」であるとか喚いて中傷。
差別は「勝手な思い込み」。

死ね、クソが!
352絶対神:2011/05/19(木) 12:25:25.18 ID:/VFBPPPu
       「仏教と科学は対立しないとかいう人がいるけど」

それは単に、近代科学がキリスト教陣営で発達したからであって

      『寧ろ、激しく対立しだすのはこれからだと思うよ』(まだ、仏教国は、
その段階にすら言っていないんだよ)
まあ、日本の場合、仏教と言っても、本気で信じる人はあまりいなくて、世俗化している
から
「19世紀のキリスト教国ほど、宗教と科学が対立する事はないかもしれないがね」
(元々、信じていないような宗教の為に戦う奴はいないからな)

353神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 12:40:58.97 ID:3DL1V36m
>>349
横レスですが

> それは「仏教という一宗教内で信じられている話」に過ぎないのw

仏教ではなく、偽仏教と言ってください。釈尊の教えにそんなものはありません。

> 俺がこの「業論」の差別について特に敏感なのは、リアルで身近にその事例を
> 見てきているから。

過去世の行いにする考えそのものは差別ではないでしょう。
差別とは一般に「年齢、性別、人種、民族、家柄」など
を理由に、不当な扱いをすることですが、「その人自身の行い」が理由であれば、
差別とはされないからです。普通は現世における行いなのですが、過去世に
拡張しても、本人の行いを理由とする点は変わらず、「年齢、性別、人種、民族、家柄」
を理由とするような「差別」とは考え方が違います。

そして、そう言われ人がどう感じるかという点も、
「あなた自身の行いのせいであり、血筋や家柄や人種のせいではないよ」と言われるのは、
血筋や家柄や人種などで差別されるよりはずっとマシかもしれません。行いのせいであれば、
行いを改めること、過去の業であれば、善行を積んで悪業をキャンセルすることができますが、
「血筋や家柄や人種」はどうにもならないからです。

したがって差別そのものではありませんが、証拠もなく過去世の行いのせいにすることは、
それが「差別の正当化」であるという点で認めわけにはいきません。思想信条の自由の範囲を逸脱しています。
354神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 12:47:17.89 ID:3DL1V36m
>>344
> それが縁起です。「コレ在るに拠りてコレ生ず」です。
> この見解から外れるものは一切ないのです。

その通りですが、障害を追って生まれたことの因は、たとえば、
遺伝子に異常があったこと、遺伝子に異常があった因は、遺伝でもともと
異常があった可能性や生殖細胞の分裂時のDNAコピーエラーなどです。
DNAのコピーエラーが起こるのも、さまざまな因があります。コピーの仕組
が完璧ではないのです。

過去世など持ち出さなくてもちゃんと説明できますし、縁起は成立しています。
355宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 12:57:42.39 ID:BlXMVAGO
>>353
>仏教ではなく、偽仏教と言ってください。釈尊の教えにそんなものはありません。

過去にそれを論証できた人は皆無でした。
では、あなたがそれをして下さい。
逆に、業報輪廻を前提としなければ、あらゆる仏教理論は成立し得ないことは論証されました。
過去スレ参照のこと。


>>354
>過去世など持ち出さなくてもちゃんと説明できますし、縁起は成立しています。

違います。
それは何故、彼だったかの理由とはなりませんね。
356宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 13:15:32.36 ID:BlXMVAGO
>>353
>仏教ではなく、偽仏教と言ってください。釈尊の教えにそんなものはありません。

以下、これが仏教というものです。
認められない人は信奉しなければいい。自由ですからね。

 『仏教においても常識的な穏健説として業報思想を採用した。この常識的な業報説を受け
いれないならば、仏教独自の四諦や縁起の教えに入ることはできないとして、仏教独自の学
説に入るための準備として業報説が用いられたのである。三世因果の業報説を疑ったり否
定したりすることを、仏教では邪見といっている。仏教では邪見がもっともいけないものであっ
て、これがあるかぎりは、決して仏教信仰に入ることはできないとされる。邪見は善も悪も否
定し、善悪の報果も認めないものである。』(水野 弘元著『仏教の基礎知識』)

 『ブッダと同時代の自由思想家の中には、プーラナ・カッサパやアジタ・ケーサカンバリンの
ように、業の因果応報を積極的に否定したものもあった。彼らは善悪の行為が後に安楽と苦
しみの果報をもたらすことはないと考えた。またマッカリ・ゴーサーラのように運命論を説く人
もいた。さらに、業の因果応報思想の中には、前世での行為(業)を宿命のようにみなす決定
論的な考えもあった。現世での行いは、善であれ、悪であれ、すべて前世の業によって規定
されているというのである。この説によれば、意志の自発による行為は認められない。
 これらに対し、仏教やジャイナ教は、このような人間の行為の効力を認めない説を行為否
定論(akiriyavA da, akriyAvAda)と呼び、道徳を破壊する説として非難した。』
(インド思想史略説)
357神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 13:20:37.46 ID:3DL1V36m
>>355
> 過去にそれを論証できた人は皆無でした。

僕はこれまでに何度も、釈尊はそんなことは説いていない、ということを説明してきました。
もし説いたとすると、大きな矛盾が生じるのです。

> 逆に、業報輪廻を前提としなければ、あらゆる仏教理論は成立し得ないことは論証されました。
> 過去スレ参照のこと。

過去スレと言われてもどれのことか分からないし、今まで見たものはどれも論証になっていません。

> >>354
> 違います。
> それは何故、彼だったかの理由とはなりませんね。

それは問自体が間違いなのです。問が成立していません。

「なぜ彼だったのか」というのは、彼が生まれる前に彼の魂(か何か)がもともと
存在していて、彼が生まれる時に彼を「選んで」彼に入ってきた、とぃうようなことを
前提にして考えるから、そのような「なぜ彼だったのか」というような誤った問を
立てるのです。
しかしそのような前提は妄想にすぎず、現実は、現にそのように生まれてきた彼が
「彼」なのです。様々な「生物学的」因によって障害をもって生まれてきた(縁起)その彼
が「彼」なのです。「なぜ彼だったのか」というのは問自体が誤謬なのです。
そもそも障害というのは相対的なもので、人間の平均(健常者と呼ばれる)と違う
ところがあるというだけのことです。平均付近の人もいれば平均から外れた人も
いるというのは、統計的に当たり前のことです。
358宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 13:23:50.17 ID:BlXMVAGO
>>354
>遺伝でもともと異常があった可能性や生殖細胞の分裂時のDNAコピーエラーなどです。
>DNAのコピーエラーが起こるのも、さまざまな因があります。コピーの仕組が完璧ではないのです。
>過去世など持ち出さなくてもちゃんと説明できますし、縁起は成立しています。

そういう説明は仏教では無意味です。
肉体は過去世の業によって形成されます。それが縁起の考え方。
これが仏教見解です。

 『かようにわたしは聞いた。ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祗陀)林なるアナー
タビンディカ(給孤独)の園にましました。その時、世尊は、比丘たちに説いて仰せられた。
 《比丘たちよ、この身は汝たちのものではない。また他のものでもない。比丘たちよ、これは過去世の
業によって造られたものであり、過去世の業によって考えられたものであり、また過去世の業によって
感受せられたものであると知るがよい。比丘たちよ、だから、わたしの教えを聞いた聖なる弟子たるも
のは、縁起の理法をよくよく思念するがよいのである。
 それは、これあるがゆえにこれがあり、これ生ずるがゆえにこれが生ずるのであり、これなきがゆえ
にこれがないのであり、これ滅するがゆえにこれが滅するのである。すなわち、無明によって行があり、
行によって識があり、・・・かくのごときが、このすべての苦の集積の生起である。また、無明を余すとこ
ろなく滅することによって行の滅があり、行の滅によって識の滅があり、・・・かくのごときが、このすべ
ての苦の集積の滅尽である》』(サンユッタニカーヤ12-37/我がものにあらず)
359宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 13:24:52.40 ID:BlXMVAGO
業報輪廻の教えは、
大いなる超常的視力を持つゴータマご自身によって確認され説かれたものです。

 『心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、けがれなく、やわらかで、たくみで、確立し
不動になったときに、多くの人々の死と生を知ることに心を向けた。すなわち、わたしは清浄で
超自然的な天眼によって、多くの人々が死にまた生まれるのを見た。すなわち、卑しい人と高
貴な人、美しい人と醜い人、幸福な人と不幸な人という多くの人々がそれぞれの行為に従って
いるのを見た。
 「じつにこれらの人々は身体で悪い行為をし、ことばで悪い行為をし、心で悪い行為をし、多く
の聖者を非難し、よこしまな見解をもち、よこしまな見解にもとづいて行為をする。かれらは身体
が壊れ死んだ後、悪い所、苦しい所、地獄に生まれる。また、他のこれらの人々は身体で善い
行為をし、ことばで善い行為をし、心で善い行為をし、多くの聖者を非難せず、正しい見解をもち、
正しい見解にもとづいて行為をする。かれらは身体が壊れ死んだ後、善い所、天界に生まれる」と。
 わたしは、このように清浄で超自然的な天眼によって、多くの人々が死にまた生まれるのを見た。
すなわち、卑しい人と高貴な人、美しい人と醜い人、幸福な人と不幸な人という多くの人々がそれ
ぞれの行為に従っているのを見た。バーラドゥヴァージャよ、これが夜の中間の部分において得ら
れた第二の明知である。
 ここに無明が滅び明知が生じたのである。暗闇は消滅して光明が生じたのである。それはつと
め励み、努力している人に現れるのである。』(『マッジマ・ニカーヤ100/サンガーラヴァ経』)
360宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/19(木) 13:33:31.73 ID:BlXMVAGO

 『けだし何者の業も滅びることはない。それは必ずもどってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。
愚者は罪を犯して、来世にあってはその身に苦しみを受ける。』(スッタニパータ666)
361神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 13:36:45.60 ID:3DL1V36m
>>358
> 肉体は過去世の業によって形成されます。それが縁起の考え方。
> これが仏教見解です。

それはあなたがそう決めつけているんだから、そのような前提から出発すれば、
あなたにとっては「業報輪廻を前提としなければ、あらゆる仏教理論は成立し得ない」という結論に
なるのは当たり前です。循環論法です。


> 『ブッダと同時代の自由思想家の中には、プーラナ・カッサパやアジタ・ケーサカンバリンの
ように、業の因果応報を積極的に否定したものもあった。彼らは善悪の行為が後に安楽と苦
しみの果報をもたらすことはないと考えた。

もちろん、釈尊によれば、善悪の行為は後に安楽と苦しみの果報をもたらします。
ただしそれは生きている間の話です。

>>356
>『仏教においても常識的な穏健説として業報思想を採用した。』

水野先生がそこで言っている仏教とは、偽仏教のことです。
釈尊が採用したとは一言も言っていません。釈尊の教えでないものを、後の
偽仏教徒(自称仏教徒)たちが勝手に採用したのです。



>  《比丘たちよ、この身は汝たちのものではない。また他のものでもない。比丘たちよ、これは過去世の
> 業によって造られたものであり、過去世の業によって考えられたものであり、また過去世の業によって
> 感受せられたものであると知るがよい。

ここで言っている過去世の業とは、あなたが想像しているようなものではありません。
今の瞬間から見れば、昨日も過去世です。1秒前も過去世です。
362神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 13:49:20.21 ID:3DL1V36m
>>360
スッタニパータの古層と言われる部分(4章・5章)では、来世という言葉は2ヶ所だけ出てきます。

801 かれはここで、両極端に対し、種々の生存に対し、この世についても、来世についても、願うことがない。諸々の事物に関して断定を下して得た固執の住居は、かれには何も存在しない。

864 「世間において、愛し好むものは何にもとづいて起るのですか。また世間にははびこる貪りは何にもとづいて起るのですか? また人が来世に関していだく希望とその成就とは、何にもとづいて起るのですか?」
865 「世の中で愛し好むもの及び世の中にはびこる貪りは、欲望にもとづいて起る。また人が来世に関していだく希望と成就とは、それにもとづいて起る。」

これを見れば分かるように、「来世」などというものは、相手にする対象ではないのです。
人が来世に対して抱く妄想が、その人に悪影響を及ぼすというのが本来の意味なのです。

ですからあなたが引用した

『けだし何者の業も滅びることはない。それは必ずもどってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。
愚者は罪を犯して、来世にあってはその身に苦しみを受ける。』(スッタニパータ666)

の「来世にあってはその身に苦しみを受ける」も、来世などについて妄想している人に対して、
悪いことしてると自分にふりかかってくるよ、と言っているのです。

時代が経つにつれ、だんだんとこの「来世」に関する戒めを、「本当に来世が存在していて、来世に行ってから苦しむ」
というように誤解する人が増えて今に至るのです。
363神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 14:54:01.81 ID:Yn2Jq4hC
>>352
既に仏教は科学と対立しています。長部経典の「起源経」で、
釈迦は世界の成り立ちを説明していますが、全く外れてしまってます。

他の宗教のように象徴として処理すれば信仰上は問題ないのでしょうが。
364神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 15:45:56.00 ID:Yu4nfUBZ

『世界の成り立ちの説明が、全く外れている』と言う事を
「今の現代科学では、証明する事は出来ない」ので

『全く外れている』かどうかは、
「今の現代科学では、わからない」と思うけど?
365神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 15:59:23.91 ID:UeSGPUGQ
 __          〆 ⌒ ヽ
| ● | サッ      i.   ^、,^ i
  ̄ |         (6- (III)(III)
c~~⌒ )       ノ⌒ヽ 、 '◇〉 此処で一旦、駒ー斜瑠でぇーす
  ̄| |   ,____/  \ \⌒\) 
   i ゝ_/ i i      \ノ`\丿 
   ヽ__|  ヽ ヽ    ノ      ノノ
       ゝ  _\ 二ノ
        \. ヽ
          ) )
        / /
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          ̄
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368神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 16:45:56.29 ID:AYgwoDNc
理稲転生も業報も、バラモン教の教義。バラモン教徒であった釈迦が、その教義
から離脱できなかっただけの話。

いずれにせよ、現代科学で証明されない、科学については無知蒙昧だった古代人
の妄想は、経典からすべて削除すべきもの。

現代科学は、世界の成り立ちは殆ど証明している。宗教は、全く証明できては
いない。
369神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 16:49:06.58 ID:AYgwoDNc
>>368の訂正
×理稲転生
○輪廻転生
370神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 16:56:11.51 ID:Yu4nfUBZ

『「今の現代科学は、絶対に間違い無い」と言う、

 思い込みが、間違いである』と思うけど?
371神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 16:56:16.62 ID:gvQYJ5/9
「20年座った君」の参入で新しい論証がでるかな?
輪廻転生を釈迦は説いたか?スレの最後って、どうただったかいね?
あの頃、確か俺は離脱してて、気がついたら、新しいシリーズになってたような記憶があるがw
「釈迦は説いてたよ」派が勝利宣言して終了だったっけ?
372神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:03:26.95 ID:Yn2Jq4hC
>>370
ああ、そうですね。人類はイラクで土をこねられて生まれたのかもしれませんし、
原人プルシャの体から分かれて四つのカーストが生まれたのかもしれません。
373神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:08:01.81 ID:Yu4nfUBZ

『バラモンなどの概念が、すべて間違いである』と言う事を

「今の現代科学では、証明する事は出来ない」と思うけど?
374神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:14:53.34 ID:Yu4nfUBZ

プルシャ

サンスクリットで『私、人間、男性』を意味する語で、
世界の最初に存在したとされ、『リグ・ヴェーダ』においては、
プルシャの身体から太陽や月、神々や人間など世界の全てが生れたという。

 − − −

プルシャを

「今の現代科学では、証明する事は出来ない」ので

『完全に間違い』かどうかは、
「今の現代科学では、わからない」と思うけど?
375神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:15:28.09 ID:AYgwoDNc
>>370
科学では、多くの人々が現実を対象として、観察と実験を繰り返すことにより
検証するから、誤りであれば即時に訂正が可能である。

宗教は、大昔の開祖の「思い込み」だけが、数千年間、無批判で通用するから、
誤りを訂正する余地が無い。

科学上の真理は、検証されれば、全人類的な合意が容易に達成されるが、宗教上の
真理は、常に争いの原因となるだけ。
376神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:25:59.87 ID:Yn2Jq4hC
ええ。別にすべて間違いであると証明できる、と言っているわけでは最初からありませんから。

間違いであると証明できる部分を紹介しただけです。
377神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:28:49.10 ID:Yu4nfUBZ

> 検証

『今の現代科学では、「検証する事」は出来ない』」ので

『絶対に間違いである』と

「きめつける事は出来ない」と思うけど?
378不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/19(木) 17:36:57.38 ID:wCueXnH6
>>361
>ただしそれは生きている間の話

>>357
>現実は、現にそのように生まれてきた彼が「彼」なのです。
>様々な「生物学的」因によって障害をもって生まれてきた(縁起)その彼が「彼」なのです。

それは「五蘊」を「彼」とした上での話で、宝珠愚者氏は、五蘊自体がそうなることについては
過去の発言においても認めています。論点は、五蘊が「一切」なのかとか、五蘊が「彼」(のす
べて)なのかとか、そういう線引きのあたりです。
379神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:41:37.63 ID:Yu4nfUBZ

『今の現代科学(現代物理学)原理主義の人達は

  今の現代科学(現代物理学)によって「証明する事」の出来ない事は

  すべて「インチキ」である

  今の現代科学(現代物理学)によって「説明する事」の出来ない事は

  すべて「マヤカシ」である』と言う、強い思い込みがある、と思うけど?
380神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:43:15.64 ID:Yn2Jq4hC
>>374
プルシャが単に天界にいる超常的な存在、なら科学で(厳密には)否定することはできません。
認識の範囲外であり、まな板に載せることができないからです。

ですが、この物質世界にあらわれる説話になるとそうはいかないのです。
我々のいるこの世界のことであり、判断材料を得られる状況であればなおさらです。

プルシャ神話の場合、現代科学の知見で得られている人類や天体の起源とは矛盾し、
仮説として採用し検討に値する程の証拠もありません。
カースト分けされているインドの諸民族と、他のホモサピエンスが別種の生物という事実もありません。
よってプルシャ神話の記述は完全に誤りと判断されます。

天体や人類の起源の説明としては、
プルシャ神話には「タイムスリップできる黄金の象の耳垢から生まれた」という
今私が思いついた神話と同じ価値しかありません。
科学は絶対でない、ということは糞も味噌も同様に扱えるということを意味しません。
381神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:50:59.02 ID:Yu4nfUBZ

時間に余裕が有れば

もう一度

「間違いであると証明できる部分を紹介」して頂けますか?

時間に余裕が有れば、で良いですが…
382神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:53:30.67 ID:NDEoItEt
>>379
如何なる宗教の奇跡も及びも付かない科学の発達に鑑みれば、科学で証明できない
ものはすべてマヤカシと考えてもよい。宗教がその典型。宗教は、この数千年間、
一体何を見出し、何を解決したか。「ゼロ」であるばかりか、絶え間ない殺し合い
と争いの原因となっているだけ。科学教などと呼ぶ者がいるが、科学教と宗教
とでは、「ご利益」の程度が桁違い。
383神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:55:46.75 ID:3DL1V36m
>>378
仏法は「一切」についての教えであり、特に人間に関しては「五蘊」が対象です。
>>203で説かれている通りです。それが全てです。

「これとは別の「一切」を説こう、と主張するとき、
それは結局、言葉だけに終わらざるを得ないでしょう。
さらに彼を問い詰めると、その主張を説明できず、
病に倒れてしまうかも知れません。何故でしょうか。
何故なら、彼の主張が彼の知識領域を越えているからです。」

384神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 17:58:14.69 ID:Yu4nfUBZ

> プルシャ神話の場合、現代科学の知見で得られている人類や天体の起源とは矛盾し、
> 仮説として採用し検討に値する程の『証拠もありません。』

『架空の、作り話である』と言う『証拠もありません』、と思うけど?
385神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:05:07.36 ID:Yn2Jq4hC
>>384
言い出した本人が「架空の」「作り話」という意識を持っていたかは問題にしていません。
創作であるにせよ、古来から伝わっていたものがいつのまにか超常的な出自であると言われるようになったにせよ、
実際にものすごい超常的存在が吹き込んであげたにせよ、

内容は間違っています。その話をしています。
386神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:07:38.13 ID:3DL1V36m
>>385
桃から人間が生まれることはないから桃太郎の昔話は間違っている!
というのと同じだなw
そんな主張して何か意味があるのかね?
387てすと:2011/05/19(木) 18:08:38.59 ID:CSrxqMLS
宗教の醍醐味は、説明できない事柄に物語を提供する事。

だから科学とは住み分けが出来る。

無記などというのは、怠慢でしかない。

内容なんて間違っていていいのに。
388神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:14:05.66 ID:Yu4nfUBZ

古代エジプト文明などの土着民族の宗教も含めて

これを、原点として

今の現代科学(現代物理学)に到達したけど

今の現代科学(現代物理学)原理主義の人達が

『理屈に合わないから』と言う理由で、勝手に

「土着民族の宗教などを、切り捨てた」、と思うけど?
389神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:16:57.71 ID:Yn2Jq4hC
>>386
確かにフィクションや民話なら、ただ野暮なだけです。
ですが、宗教の場合、これは事実であり真理であると主張されます。
信仰するかどうかを判断するのに、重大な点だと思います。
私は起源経を見たとき、少なくとも仏教を信仰する宗教として受け入れることはやめました。
390神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:20:45.03 ID:op5CNfOW
>>361
>ここで言っている過去世の業とは、あなたが想像しているようなものではありません。
>今の瞬間から見れば、昨日も過去世です。1秒前も過去世です。

上座部すら大乗扱いw素敵過ぎる
391神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:21:40.51 ID:Yu4nfUBZ

>>385
> 内容は間違っています。その話をしています。

例えば、どのように「内容は間違っている」のか?

具体的なものを、お願い致します
392神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:25:09.24 ID:Yn2Jq4hC
>>391
>>380
あとは自分で検索して下さい。
393神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:28:56.88 ID:3DL1V36m
>>389
> 私は起源経を見たとき、少なくとも仏教を信仰する宗教として受け入れることはやめました。

ジャータカ物語と同じで、どう見てもただの「物語」や「説話」だけどね。
しかも説話に仮託して伝えたいことが、非常に分かりやすく表現された面白い説話だと
思うけど。人や社会がどのように悪に染まり堕落していくのか、その過程を物語
の形式で解き明かしている。

たとえばルソーの社会契約論も、もともとは自然状態であった人間が、それぞれの
欲望が衝突して障害が生じ、それを解決するために協力しはじめ、社会的な
約束が形成され、社会契約の枠組みに従って国家が形成されるという国家論を
提示しているが、これは明らかに国家成立の史実とは異なります。
実際は権力者が強引に国を統一して国家が形成し、その後に市民民主革命が
起きて民主化する(国民が国をのっとる)わけだからね。

史実とは異なるけど、国家の意義の説明としてはルソーの「物語」も悪くない。
物語とはそういうものです。
394神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:34:43.23 ID:Yn2Jq4hC
>>381
以下、起源経の創世神話です。

仏教の世界観では、人間とか生き物が死んで生まれ変わるだけでなく、
世界(宇宙)も滅びた後に、また生成されます。
古い世界が滅びるとき、そこにいた生き物は、光音天という別世界に
生まれ変わり、そこでけっこう長く過ごします。

で、新しい世界が生まれます。光音天に転生した生き物たちは
精神からなる存在で空中を歩いたり自分で光ったりする凄い存在になってます。

で、新しい世界ですが、全部水の状態です。原初の水からはじまる創世神話は他にもあります。
しばらくするとその水面に「大地の精髄」なるものが熱した牛乳を覚ました時にできる膜の
ようなかたちで浮いてきます。新鮮なバターのような色形をしていて極上の蜂蜜のようなすばらしい味だったそうです。
これは何だろうと思った光音天の住人の一人が味見します。他のメンバーも食い始め、
光音天の住人のからだから輝きがなくなります。
輝きがなくなった途端。太陽と月が出現し、太陽と月が出現すると、星宿や星の光が出現しました。こうして昼夜が生まれます。
395神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:35:31.00 ID:Yu4nfUBZ

>>389

仏教を、教学として勉強した事が無いのに
仏教を、頭ごなしに否定、批判する人が多いいけど

仏教を、教学として勉強した後に
『信仰する宗教として受け入れることはやめた』

「仏教を、教学として勉強した」
これが重要な事である、と思います
396神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 18:46:18.73 ID:Yu4nfUBZ

◎精神からなる存在

意から成るもの(意成身)
 物質としての身体を伴わない
 意識だけの存在
397神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 19:14:56.26 ID:djAvHf/F
>>396
意識は、身体の一部としての思考器官・記憶器官・感覚器官から生じる。
これは科学によって検証済み。

火葬場で拾う白骨の、一体どこから意識が生じるのかね。

思うに、人間は、その普遍の本質としての「生存本能」から、死を最も恐れ、
死により自己のすべてが無になると考えることに耐えられなかったのだろう。

一切皆苦などといった釈迦が、死後の生など考えているのもその一例。驚くべき
釈迦の生存本能と生への執着である。
398神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 19:19:14.95 ID:sFE2gbaF
>>397
>意識は、身体の一部としての思考器官・記憶器官・感覚器官から生じる。
>これは科学によって検証済み
心が脳の随伴現象だと科学的に証明されたってことか?
399神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 19:24:38.84 ID:djAvHf/F
>>398
死体に意識や感覚があるとでも?仮にそうなら、火葬の火の熱さに
狂い回らなければならないよ。あまり非常識なことを言ってはならない。
400神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 19:33:28.67 ID:sFE2gbaF
>>399
聞くやつを間違ったみたい
ごめんね
401神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 19:45:55.16 ID:djAvHf/F
>400
それ以外に、どんな回答を「期待」していたのかねw。
402てすと:2011/05/19(木) 20:06:35.43 ID:2ep9BlBm
>>398

でなきゃ、脳外科や心療内科が成り立たないのでは?

脳をいじれば心はかわるのだから、
脳>心でしょ?
403神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 20:11:17.40 ID:1Fg+T9D0
>>397

>一切皆苦などといった釈迦が、死後の生など考えているのもその一例。驚くべき
>釈迦の生存本能と生への執着である。

お釈迦さんは死後の生など考えておられないよ。もっと、きちんと勉強してからカキコしなさい!!
あまりに、馬鹿丸出しだよ!!
  
404てすと:2011/05/19(木) 20:12:20.35 ID:2ep9BlBm
まあ、仏教と西洋医学のどちらが人類の役に立っているかといえば圧倒的に西洋医学でしょ。

仏教は趣味でやるのが丁度良い。
医学に勝とうなんて思わない方がいいよ。
405神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 20:15:45.01 ID:1Fg+T9D0
>>404
仏教と西洋医学は扱う対象が違う。 書店と食料品店の違いのようなものだ。
勝ち負けの問題ではない。
  
406神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 20:21:42.19 ID:djAvHf/F
>>403
「輪廻転生」やそれを逃れるための「解脱」はどうなのか?

釈迦も、輪廻転生を逃れたい一心で、解脱に努めたのだろ?

死後の世界や輪廻転生を信じる人々は、来世も、再来世も、「一切皆苦」を
味わいたいのだろうかw。
407てすと:2011/05/19(木) 20:24:33.86 ID:2ep9BlBm
>>405

医学に喧嘩を売っては自滅するのは、仏教側なんだけどね、、

もうやめなよ、、
408神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 20:26:01.62 ID:3DL1V36m
仏教がいつ医学に喧嘩売ったの?
409不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/19(木) 20:29:56.72 ID:wCueXnH6
>>383
五蘊に関しては、私は(おそらく宝珠愚者氏も)あなたが一々引用されている語句は肯定しています。

しかし、縁起を「一つの肉体生」を生きている「間」に限定すると、断滅論者になるしかないと思います。
410てすと:2011/05/19(木) 20:31:04.66 ID:2ep9BlBm
>>408

はいはい、苦は仏教で取り除いてね〜。
411神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 20:31:58.68 ID:1Fg+T9D0

>>406

君はまともに仏教の勉強をしたことがないんだね。

「輪廻転生」 はバラモン教の教えですよ。

「一切皆苦」 というのは 四聖諦の一つの 「苦(聖)諦」 のことで、これは

<人生は苦であると思うことが 「覚り(覚醒)」 に至る出発点ですよ!> という意味です。

つまり、「人生には楽しみも結構あるよ。苦しいことばかりではないよ!」 と思っている間は、

まだ、仏道には縁がありませんよ! という意味なのです。
  
412神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 21:15:55.10 ID:3DL1V36m
>>409
> しかし、縁起を「一つの肉体生」を生きている「間」に限定すると、断滅論者になるしかないと思います。

いえ、そんな限定はしてませんよ。
自分が生まれる因は自分の生前にありますし(両親の出会いなど)、
自分が生きたことが因となって、その結果は自分の死後にも残ります。
(自分の子孫や、自分が遺した遺産など)。したがって、縁起は自分の生きている
間だけに限定されません。しかし五蘊は自分の色受想行識の働きですから、
五蘊は自分が生きている間の話です。
413神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 21:23:12.54 ID:8uppRqf1
>>341
少なくとも仏典中には、【そのような意味での(≒顕れ方での)】「転生」は存在しません。
*「そのような」とは:
 「前世での“性格的特徴”“肉体的特徴”」、「前世での傷が“痕”として表れる」、
 「前世での記憶が保持されている(…宿命通などでの想起は、今は別しておく)」 などのこと。



>>347
>生まれつきの・・・・・・全然ならないですから。
アングリマーラ経を百億回読み直せw  >>327という「一般的にあり得る疑義」への答えになっていない。
老婆親切で、ポイントだけ箇条書きしといてやるw
・釈尊は、アングリマーラを「罵倒し」「暴行する」人々を責めていない。諌めていない。
 彼らの行為の悪性について述べていない。その業果の報いに言及していない。
・釈尊はアングリマーラに対し、人々の「そうした行為(罵倒、暴行、(或いは差別))」が
 「汝への報いである」と明言している。
・(この場合は関連が直接的で判り易いものではあるが)、アングリマーラは
 「そうした被害(≒受苦)」を、【自らの業果】であると【受け止め、知り、自覚し】、それでも
 「(新たな)、聖なる生まれの者」であるという釈尊の言葉を信じ、妊婦に接する。

>ある意味で仏教は、冷徹にして非情でなければならない。
まさにその通り!www
だから、業報思想は、(というか貴方方の思考はw)、
【そうした冷徹さに耐えられず】、【見返りや褒美、及び報復】を希求する姿勢だと何度も指摘して差し上げたでしょう?w
勝義に於いては「果」の公平性など問題外なのです。(縁に隨って事象が生起し或いは滅しているだけです。)
414神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 21:25:16.68 ID:8uppRqf1
415神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 21:44:13.70 ID:8uppRqf1
>>362
「輪廻(saMsAra)」「来世(彼世para-loka?)」等といった
【単語自体の有無】及び【(その単語固有の)語義】だけの問題ではないのです。
直裁的当該単語が用いられていようが別の単語が用いられていようが、
《【そこで】【どのような文脈なのか、どのような内容が言われているか】》が問題なのです。
直裁的単語が用いられていずとも、或る内容が示されていることは、仏典中至る所に見られます。
また、語義のニュアンス・雰囲気・イメージ・の近似性により、
既存の(歴史的・世間的に用いられてきた)「語」が援用されることも多々あります。
(特に、韻文中の(歴史的)固有名詞等。)この時、どこに着目されたから援用されたのかも結構重要です。
いずれにしろ、単語の抽出だけなら検索エンジンと変わりません。
416神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 21:46:36.46 ID:8uppRqf1
>>415

【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】6
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1232162229/363
363 初代スレ7 sage 2009/01/19(月) 20:42:32 ID:GapY43ay
>> 314
南伝大蔵経総索引より。
転生〔abhinibbatti / uppatti=upapatti / punabbhava〕
再有〔upapatti-bhava / punabbhava〕
再生〔abhinibbatti / uppanna〕
後有〔punabbhava〕
後生〔pacchAjAta〕
流転〔pavatta / saMsAra〕
輪廻〔saMsAra / vaTTa〕
輪転〔vaTTa / pavatta〕
流転輪廻〔sandhAvita-saMsarita〕
輪廻転生〔saMsAra / saMsAra-vaTTa〕
生の流転〔jAti-saMsAra〕
生死輪廻〔jAtimaraNa-saMsAra〕
生(死)輪廻〔jAti-saMsAra〕(生の流転)
生起@〔upapatti〕
生有〔upapatti-bhava / uppatti-bhava / pANabhu^ta〕

水野辞書より。(puna絡みで目についた所)
puna-abhinivatti〔再生〕、puna-Agamana / puna-nivatti〔再帰〕、puna-AvAsa〔再生、再住〕、
pANabhu^ta〔生物となれる、生物〕
417神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 22:11:31.52 ID:uRgJR9kZ
【芸能】笑い飯の哲夫、東大で「おもしろ仏教講座」
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1305598156/

 昨年のM‐1グランプリを制したお笑いコンビ・笑い飯の哲夫(36)が、
芸能人史上初めて東京大学で講義を行うことが16日、分かった。

 28日に都内の東大本郷キャンパスで行われる
「東京大学仏教青年会」主催の「笑い飯・哲夫のおもしろ仏教講座」に登場し、1時間熱弁をふるう。
偏差値王者の東大生と、漫才王者・哲夫との異次元のやりとりが注目される。
また、“チャラ男”として人気のオリエンタルラジオ・藤森慎吾(28)は、25日に早稲田大学で恋愛講座を行う。

 M‐1王者が天下の東大生相手に「仏教」を語ることになった。
学園祭「第84回五月祭」内の「笑い飯・哲夫のおもしろ仏教講座」で“教壇”に立つ。
東大では09年に漫画家でイラストレーターのみうらじゅん(53)が、同じ仏教をテーマに開催しているが、
芸能人では哲夫が東大史上初となる。当日は経済学部の教室で学生ら500人を相手に1時間講義を行う予定。
哲夫は「こいつ何言うとんねん、あほと違うか、と思っていただけるように頑張ります」と意気込みを語った。

 奈良県桜井市出身の哲夫は、趣味は写経と公言し、
スケジュール帳には般若心経がメモしてあるほどの仏教好きとして知られる。
09年には初めての著書「えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経」を発売し、5万部を売り上げた。
同年には都内で仏教講座を開催するなど“普及”に力を入れてきた実績もある。

 奈良県屈指の進学校である奈良高校、
関西の名門・関西学院大出身の哲夫だけに赤門にもひるむことはない!?
対峙(たいじ)する偏差値最上位の学生に対しても、「どうせ面白いことしか言えませんが、
ぜひおちょくりに来てください」とペースに引き込む自信を見せた。
昨年は歌手・矢沢永吉(61)がライブを行った東大で、今年最大の注目は哲夫に集まりそうだ。

http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/05/17/0004072450.shtml

418神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 22:22:28.13 ID:gvQYJ5/9
なんかまた論点がボケてきているなw

まず「業論が真実であることが実証されたことはない。(勿論、三世に跨がるやつね)」つまり、仏教と言う宗教のフレームを超えたら問題外ね。
また、所謂、伝統仏教の多くがそれを説いてきた。これも歴史的事実。
要は「釈迦と言う歴史上の個人」が、果たしてそれを(教義の主要な部分として)説いたか?
ポイントはここね。
419神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 22:35:45.79 ID:djAvHf/F
>>418
釈迦自身の論点がボケているからだよ。

釈迦は頭が悪い。
420神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 22:41:06.03 ID:8uppRqf1
>>418
「解脱の理由・動機」「縁起の断裂回避&業の継続」といった面で必須。
ここで、「業」「業の影響力・形成力」の継続を媒体不在のまま証することができるかどうかが課題。
「識」と言おうが「我」と言おうが「魂」と言おうが、「爲し手と受け手を繋ぐライン」の明示が要請される理論ではある。
421神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 22:43:20.76 ID:8uppRqf1
>>420補。

【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】6
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1232162229/446
446 初代スレ7 sage 2009/01/20(火) 18:19:44 ID:HI7fFWH9
>> 397
《西洋的な(西洋における)「生まれ変わり(→)」という概念とは違う》
ということなんでしょうね。
(これは、「転生」や「生まれ変わり」という概念とも違うことを示唆しますが・・・。)
 ※そのWebなんちゃらでは“reincarnation”は、どう解説されてるんでしょう?
   また、それってアメリカ人の一般的(≒大衆的)理解と見ていいんでしょうか。
   てか、意外に安いなw 買っとくか・・・。

破壊と創造が繰り返されるインド思想に於いて『次の生を受ける』ということは、
『現代日本や、そうした西洋的生まれ変わり(→過去のあらゆるもの(様々なもの)を引き継いだ生)』
ではないのだろう。
ここに於いて【業果の相続(≒行為の報い)(のみ)】を前面に押し出した点に、
仏教の特異性があったのかもしれない。
「次の生を受けるに際し、何を引き継ぐのか?」が重要なのかもしれない。

勿論この時、「次の生」とは(宗教学的に言う“再生”“宗教的再適応”という意味での)
「新たな、心の在り様の誕生」を意味する、と読む(解釈する)ことも可能だろう。
(それがブッダの本意であったかどうかは別にして。)そう、まさにアングリマーラのように・・・。
 〜後略〜
422神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 22:55:42.53 ID:op5CNfOW
原因を求める思考法は、子供を見れば判るとおり生来的なものだ。人間が社会込みの存在であるように。
それは衝動としか見られない。無為を方法とする禅では畜生以前に辿るのは稀だ。畜生でも足りているから。
大乗では技術的に煩悩を追求して、倶生の障得まで辿りついた。これは正しく龍樹が指摘していたモノ。
ただ是によって禅の重要性が少しでも損なわれるものではない
423神も仏も名無しさん:2011/05/19(木) 23:53:09.62 ID:mxErxd4b
要は、「Aさんは、過去世のaさんの生まれ変わりである。」と言えるのは
なぜか?  この問いに対する回答がないことだろ?
この一体一対応を担保するものが明確でない。そこが問題なわけだ。
そこで、仏教徒は「それは業のエネルギー」とか「縁起によって担保されてる」
とか言うが、「んじゃ、それは何?」と突っ込むと回答不能になる。
オカルト路線で「霊」とか「魂」みたいのを設定すれば、話は早いがそれでは
「我」とぶつかるw

結局は「因果応報(善因善果、悪因悪果)は生きてる間のみ。死後は、体験者なしにて『無記』。」
これしかないでしょ?  違うかい?ww
424不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/19(木) 23:54:39.88 ID:wCueXnH6
>>412
>縁起は自分の生きている間だけに限定されません。

では(いわゆる)三世を超えて(というか三世という区分の有無に関わらず)縁起は有効という考え方でよろしいのですね。
仏教ではそれをつまり「輪廻」と呼んでいると思います。
425神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 00:01:56.56 ID:mxErxd4b
例えば、死後、肉体を構成していた粒子が分解し、また別の何かの
構成粒子となる。(それは、石ころだったり、水、鉄などの無生物
である可能性が高いがw)
これは確かにそうだわなw
これが仏教で言う輪廻かい? なら、俺は「輪廻肯定論者」だ。
ただし、これには「業論」は全くないなww
俺が悪行を積んだ後、死んで、その肉体の一部が石っころになったとして、
その石っころは、如何なる「果」を受けるか?
もしかして、自動車に踏まれて砕けるとかか?wwww
426神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 00:14:46.14 ID:z92NOjIw
>>425
粒で考えちゃ駄目なんだ
縁起だもの
                  相田せぶむ
427神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 00:19:04.37 ID:WKuK4OL+
>>424
それは別に生まれ変わりとかそういう超常現象的なことではなく、
自分が生まれる前のこの「現実の世界」や自分が死んだ後のこの「現実の世界」のことです。
428不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/20(金) 00:21:15.93 ID:Eadcob8s
>>425
まあそれは確かにその通りですが、あとは、「縁起」という言葉で対象としているも
のが「唯物」なのかどうかという点が残されてはいます。>>412の内容で肯定されて
いる内容は唯物的な物事にしか言及されていませんので、彼の考えが仏教に適合する
かどうかはあの書き込みだけではまだ確定的ではありません。一方、あなたがそこで
述べているのは「ただの」唯物断滅論。「仏教の」輪廻ではありません。
429神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 00:24:26.77 ID:WKuK4OL+
>>428
> 「縁起」という言葉で対象としているも> のが「唯物」なのかどうかという点が残されてはいます。>>412の内容で肯定されて
> いる内容は唯物的な物事にしか言及されていませんので、

「唯物」ではありませんよ。仏教は心を扱います。

「ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される」
430神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 00:29:00.40 ID:mbZ3O7rH
唯物論が唯心論の反対語だけではなく、超常的なものを認めない立場をさすようになったのは
いつからでしょうか。
431神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 00:51:10.53 ID:z92NOjIw
>>428
何が、或いはどこが、途切れるから(途絶えるから)「断滅」となるのでしょう?
432神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 00:51:12.99 ID:BojmH82I
>>428
>・・「ただの」唯物断滅論。「仏教の」輪廻ではありません。

ほ〜〜、ならば「三世に跨って輪廻するもの」ってなんだ?
それを仏教は「業のエネルギー」とか説明不能な訳の分からんものを設定
するのではなく、ちゃんと解説できるのか?
そこを縁起一代は「説明不能。ただ、そういうものがあると『信仰』するしかない。」
と言ったから、俺はそれ以上突っ込まなっかった。」
お前はちゃんと説明できるわけか?w
433神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 00:58:44.97 ID:BojmH82I
輪廻転生論者ってのは、必ず「それは唯物論です。それは仏教ではない。」
と言いながら、「んじゃ、何が転生するの?」って聞いたら、答えられないw

業論語るなら、まず、それに対する回答を用意してから語れや、バカタレが!
434神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 01:12:30.23 ID:z92NOjIw
>>433
「物」(rUpa)であろうが「物でない何ものか」「物でない何ごとか」(arUpa、viJJAna(識)或いはnAma))であろうが、
状況(≒構図)は一緒なんだけどね・・w

「同一性」という言葉が受け入れられないのであれば、「連続性」という言い方でも良いが、
それが担保されて初めて、三世に跨った際にも「継承される」「異熟する」「業が引き継がれる」「果報がある」
と言い得るわけで・・。
435神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 01:16:30.46 ID:z92NOjIw
あ、パーリ語部分、消そうと思って忘れてた・・。
436神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 01:23:04.75 ID:BojmH82I
1。「輪廻業報論というのは、特定の宗教内における教義であり、それを信仰
  する信者たちの間においてのみ真実であるに過ぎない。すなわち、その宗教
  のフレーム飛び越えて、普遍性を有する客観的真実であるという根拠は全く
  なく、現時点においてそれが真実であると実証されたことは勿論ない。」

2.「以上のように、一部宗教内においてのみしか妥当しない、極めて普遍性の
  欠如している教義を、(それを信仰しない)他者にまで適用し、本人の好まない
  断定、規定をなし不快感を引き起こさせることは決して許されることではない。
  さらに、被差別部落民に対する差別を正当化させる理論的支柱となってきた
  歴史的経緯もあり、このような思想は公の場では決して(それが真実であると)語られるべきではない。」

以上、  反論ある奴はかかってきな。
437絶対神:2011/05/20(金) 01:25:35.16 ID:HSdoJQkM
>>430
君の言う意味で言うなら
         「科学が発達してから」

『物質的な事柄が超常的な事を生まないし認めない事がはっきりしたからなんです』

438絶対神:2011/05/20(金) 01:27:06.61 ID:HSdoJQkM
恐らく、釈迦は古代人なので、ある程度、超常的な事は信じていたんじゃないかと
考えられます
でも、時代は釈迦の時代より遥かに進んで

 「今は、科学の時代であって、超常的な事は一切認められていません」
439神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 01:32:59.95 ID:BojmH82I
宝珠も不説も、また逃げ出しやがったかww
まあ、いつものことだがw

こいつらは、「いや、それは唯の、唯物論ですから。それは、実体論
に過ぎませんから。」 と言っておきながら、
今まで一度も『唯物論でない、実体論でない、輪廻業報論』というものを
語ったことがないw

そのくせ「いや、貴方は分かってないんです。」「別に貴方に分かって
もらおうと思ってません。」  とくるww
何も説明できないなら、差別まき散らさんと森の中に引っこんでろ、バカタレが!
440不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/20(金) 05:57:11.87 ID:Eadcob8s
>>427>>429
了解しました。異論はありません。
441不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/20(金) 06:06:09.68 ID:Eadcob8s
>>439
不眠不休で張り付いているわけじゃないので。
あなたの「(誰かさん曰く)脳内認定」はあなたが抱いていればいいので、
私は付き合うつもりはありません。
442宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/20(金) 07:24:04.78 ID:/n49NpPi
とにかくセブン・・・。

しかし、あなたは大学で何を学んでいたのか?
あなたの話は断滅(論)/断見というものですよ。
業報輪廻論の否定見解は「邪見」ともいう。

人間の死後は何も残らず、転生もない・・・というのは・・・。
水野氏も、仏教では転生の媒体としての魂を仏教は説いていると解説してるでしょう(仮設として)。
で、大学では講義の最中、“六師外道”のところだけは寝てたのかな?
もし断滅論が正しければ、ゴータマはそのことを示していたでしょう。
けれど、そうではないということでこうして仏教があるわけです。
どんなにサンスクリットやパーリ語を云々したところで、そんなことでは無意味です。
仏教とは結局のところ、“知力”で歩むものじゃないのです。
学者になるなら必要な知識でしょうが、仏道の歩みとはそういうことじゃない。

まっ、こちらは友人の逝去の連絡が入ったので、
ちょっとまた後にします・・・。

“引導を渡す”という表現はただのパフォーマンスじゃないですからね。
葬儀の最中は当人は見ているともいわれています。
私も誠意を以ってお悔やみに参ります。

では・・。
443宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/20(金) 07:25:18.17 ID:/n49NpPi
参考資料:

 『「生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえた。もはや再びこの
ような生存を受けることはない」
 ところで、何に生まれ変わるかを決定する原因が何であるかについては、ブッダ時代の一般社会におい
て、さまざまに考えられていた。臨終に際しての意志によるとの考え、あるいは神の意志によるとの考えも
あったが、支配的な考えは、前世における業によるという考えであった。

 ブッダと同時代の自由思想家の中には、プーラナ・カッサパやアジタ・ケーサカンバリンのように、業の
因果応報を積極的に否定したものもあった。彼らは善悪の行為が後に安楽と苦しみの果報をもたらすこと
はないと考えた。またマッカリ・ゴーサーラのように運命論を説く人もいた。さらに、業の因果応報思想の中
には、前世での行為(業)を宿命のようにみなす決定論的な考えもあった。現世での行いは、善であれ、悪
であれ、すべて前世の業によって規定されているというのである。この説によれば、意志の自発による行
為は認められない。
 これらに対し、仏教やジャイナ教は、このような人間の行為の効力を認めない説を行為否定論(akiriyavA
da, akriyAvAda)と呼び、道徳を破壊する説として非難した。

 彼は唯物論を説き、業・輪廻の思想を否定した。善悪の行為の報いはなく、死後の生れ変りもない。人間
は地水火風の四要素からなるもので、死ねば、四要素に帰り消滅する。死後存続することはない。布施に
功徳があるとは愚者の考えたことであるとする。
 だから、宗教的な行為は無意味で、この世での生を最大限利用して楽しみ、そこから幸福を得るべきだと
いう。
 この思想は宗教や道徳の根本を破壊するものと恐れられ、他のインド思想諸派から激しく攻撃された。』
(インド思想史略説)
444神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 07:25:28.40 ID:4246OqGc
>不眠不休で張り付いているわけじゃないので。
>あなたの「(誰かさん曰く)脳内認定」はあなたが抱いていればいいので、
>私は付き合うつもりはありません。
いや、まったくだ。不説さん。
別に名もなき書き込み人と、同じ時間に起きていなければならない義理は無いし、
そもそも毎日2ちゃんねるを覘けるとは限らないからね。

「脳内××認定」と言えば、
そもそもコテハンのつかない人に対して、誤爆したりもする奴もいるしな。
間違いを指摘されても、そいつ前スレでは開き直っていたし。
そいでもってwwwとか草を生やして高みに立って勝ったつもりになる。
哀れなもんだ。
445宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/20(金) 07:40:03.12 ID:/n49NpPi
で、いつもの「逃げるなよw」の怒声を張る方というのは、
会話のレベルでは到底、理解できないようです
こういう時にこそお不動様の出番なのですねw

“持三昧索  縛難伏者
三昧の索を持して難伏の者を縛す”
(仏説聖不動経)

カンマン!!!
446神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 07:46:26.85 ID:7y/3XeXx
>>439
非難するなら、信者ではなく、誤解を生じるようなことを言った釈迦自身を
非難しろよ。信者は、ひたすら釈迦個人を盲信しているだけなのだから。

スッタニパータでも、釈迦は輪廻転生やそれからの解脱を説いているようにしか
読めない。バラモン社会の人間であった釈迦が、その教義の呪縛を離脱できた
と考えるほうが間違っている。

それが出来ないで、信者のみを非難するのなら、むしろ、君の方が悪い。

開祖は絶対に批判・非難できないで、その分、専ら信者同士で非難し合うのが、
宗教の最大の病理であることを自覚せよ。宗教に争いが絶えないのは、この
開祖個人崇拝が最大の原因である。
447神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 08:18:17.60 ID:7y/3XeXx
輪廻転生肯定論者も、「釈迦が言った、言わない」などには関係なく、現代に
通用しないことは「開祖の誤り」として切って捨てることだ。

そもそも、科学については無知蒙昧であった2000年以上も前の1個人の
考えが現代でも通用すると考えいるのが、根本的な誤り。宗教信者とは、
「開祖の精神病の感染の犠牲者」という結論が、如実に証明されているでは
ないか。

開祖から完全に離脱することにより、余計な苦は滅するのである。
448神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 08:52:29.65 ID:z92NOjIw
>>442
一代が、丁寧に縷々説明していたことが全く理解できてないんだな・・。
(私の意見への評定はともかくw)、貴方の考えは、仏教では明確に排斥されるものなんですよ。
伝承した弟子達の誤解なんかじゃない。
【根本的に】仏教の視線、スタンスに反するものなんだよ。
「三世に跨る」業報にしても、貴方の言うような跨り方ではない筈です。
継続(して存在)する基体(→真我でも魂でも名前は何でもいいが)なぞ設定してしまっては終わりです。
 ※(>>413への御感想は何かありますか?w)

また、>>414にURLを貼ったように、
「なぜ私だったのか」(≒〔「なぜ、《この私》は《この私》なのか?」「なぜ、《この肉体》に《この私》なのか?」)
というのは、実に西洋的(或いはデカルト的と言うべきか?)視線であり、
「縁起」「五蘊仮和合」「根境識の和合」という仏教の一歩手前なのです。
「自を世界の基点・中心とし、世界はそこから拡がらねばならない」という前提から出発する、
「俺が俺が」的価値観なのです。「まず私がいなければ始まらない」という基準取りから外れられないのです。
 *(だから貴方は【「一切」の外に“それ”を持ってきた】。
  “それ”無くしては成立しないので、【どこかに“それ”を存在せしめねばならなかった】。
  実に単純な思考手順です。)
 *(華厳の法界縁起と対極にある、とも言えるかもしれません。)
哲学界では、こういう考え方にも何かしら名前があるのかも知れませんが、
いずれにしろ、仏教は、そこよりもう一つ先を見据えるわけです。
449神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 08:56:12.67 ID:BojmH82I
>>441 はいはい、相手を中傷して逃げ出すのは、いつものこと
なんで別に驚きもせんわww
さすが、自分のことを「賢者」であるという、お人はお偉いもんですなあw

>>445  お前に関しては「逃げるな」というのは極めて妥当だと思うがな、宝珠w
なんせ、「輪廻転生を実証すると言っておきながら、資料集めに手間取っていると
もう1年以上逃げ回ってる奴なんだからな」
違うか?w

しかし、なんで業論支持者ってのは、こいつらみたいなクソばっかり
なのかね?
まともに反論は一切せず、相手を誹謗中傷して逃走。
まあ、そういうクソ野郎だから、億面もなく差別思想をまき散らし、
「自分は真実を語ってるんだよ〜」と喚くw
低俗な宗教馬鹿ってのは、ホントニ「社会の害悪」以外のなにものでもねえなw
お前ら見たいのがいるから、宗教者が世間から色めがねで見られるんだよ。
ちっとは自覚しろ、うすら馬鹿どもがw
450神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 10:34:40.13 ID:z92NOjIw
あまり護教的にならず、なるべく中立的にポイントを軽くまとめておこう。

今生に於ける業報(業報輪廻)は綻びなく成立する。ほぼ完璧に、だ。
しかし、三世に跨った場合、事情は少々異なってくる。
「行為者」と「業果の受け手」の連続性がぼやけるからだ。
勿論、幾つかの解決策はある。(複数選択も可w)
・縁起する諸法の連続性の上に、「識」なり「自己」なりを纏わせる(仮設させる)こと、
・下記論文を参照した言い方をすれば「五蘊の相続の上に」「自己(果の受け手)」を仮設すること、
  ※(勿論ここでは(この言い方のみでは)、今度は「五蘊の相続」という連続性が問われることになるが・・。)
・「業」という影響力を、五蘊の離散集積に関与する(物理学的に言えば?)「第5の力」として認めること、
そして、
・《「三世に跨って継続する自我」を(明確に)設定すること》 だ。
 これは、「霊魂、魂」だったり「意識(体)」だったり「真我」だったり「アートマン」だったり「プドガラ」だったり
 或いは「識、阿頼耶識」だったりする。バリエーションは各種あれど、基本は一緒だ。

また、業報を措いて「輪廻」そのものについても、「記憶の継承」という問題がある。
たとえ宿命通を受け入れたとしても、なぜ、想起(憶い出すことが)可能なのか?と。
(記憶と識を密接に関係付けるなら、「識」の継承(連続性)は必須となる。)
これも、上記同様
《「三世に跨って継続する自我」を(明確に)設定すること》で簡単に解決はできるw



参:
ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/archivesearch/Search_ja?search=%A5%D7%A5%C9%A5%AC%A5%E9&bar_go.x=28&bar_go.y=14
 ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=ibk1952&cdvol=54&noissue=2&startpage=1017
 ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=ibk1952&cdvol=33&noissue=1&startpage=140
 ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=ibk1952&cdvol=46&noissue=2&startpage=621


神智学は犢子部の発展的ポジションになるんかね・・w
451神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 11:20:57.81 ID:BojmH82I
>>450
> ※(勿論ここでは(この言い方のみでは)、今度は「五蘊の相続」という連続性が問われることになるが・・。)

科学的視点からいえば、「そのような『五蘊の相続』は確認されてない。」で終了。
また仏教の教義においても、まさに「その連続性が整合性をもって解説されてなければ
話にならんだろう?」

>・「業」という影響力を、五蘊の離散集積に関与する(物理学的に言えば?)「第5の力」として認めること、・・

これも科学的視点からは「そのような力は確認されてない。」で終了。
また仏教内で、そのような力の存在を語るのは自由だが、それなら仏教が
「超能力教」「神秘教」みたいなカルト宗教になるぞw

>・《「三世に跨って継続する自我」を(明確に)設定すること》 だ。
 これは、「霊魂、魂」だったり「意識(体)」だったり「真我」だったり「アートマン」だったり「プドガラ」だったり
 或いは「識、阿頼耶識」だったりする。バリエーションは各種あれど、基本は一緒だ。

仏教内で「設定」するのは勝手だが、それこそ「常住論」になるだろ?

452神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 11:21:49.19 ID:BojmH82I
以前にも何度も言ったが「業の作り手と、その引き受けて」という対応関係
を認めるなら、それは決定的に「無我あるいは非我(さらに常住論とも)」と矛盾を生ずる。
なぜなら、対応関係を担保する概念を導入しなければ「業論」自体が成立しない
からだ。それをなんとかしようと木村博士は「4次元的エネルギー」とかを
言い出したわけだw
木村と和辻の論争については、業論支持者は、和辻のことを「実体論者」と
規定し批判するが、それ以上の有意な批判を一切行えていない。
つまり、論理的反論ができないので「実体論者」というレッテルをはることで
その批判を退ける。  アホか?
このスレにもいるわなw
反論に詰まるとすぐに「唯物論者」だの「実体論者」だの言って逃げ出すバカがw
レッテル張りして、逃げ出すくらいなら初めから出てくるな、うすらバカがw
453神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 12:27:14.04 ID:z92NOjIw
>>451
最初の丸ポチ分への評が抜けてますよ?w
(まあ、スケールが変わっただけで構造は同じことですが・・。だから、貴方の指摘も同じものを用い得るわけで・・。)

>それこそ「常住論」になるだろ?
だから、アビダルマ仏教は発展せざるを得なかったし、
阿含(及びその註釈)だけでは対応しきれず、
大乗に於いても(いや、大乗に於いてだからこそ?)論書の量産は必須だったとも言えるわけで・・。

アビダルマ仏教は、文字通り「諸法とは何ぞや?」という方向性のものだが、五位七十五法にしても百法にしても、
その大半は「心」(受想行識、特に「識」)に関する領域で、色についてはツマミ程度の位置付けしかない。
唯識学派が誕生するのも当然といえば当然の帰結か・・。
そしてそこには、大きく二つの柱がある。
一つは煩悩論・煩悩についての考察、そしてもう一つが無我論・無我(非我)についての考察ということになる。
「心」或いは「識」に関する考察が主たるものとなるならば、
前者は「苦や迷い(の生存)の因」として避け得ないし、後者は「果の引き受け手(結実先)」として避け得ない。
宝珠(神智学)のように「真我」等根源的主体を想定してしまえば話は早い。
ここまで多岐に亘る考察や論争は不要だっただろう。
だが、阿含の系譜を無視できない以上、【その道を採ることはできない!】。
(宝珠は、阿含をこそ“その道にあるもの”としているわけだが・・。)
だから、「常住実在はしないけれども継続する何か」「果が(大きく)時(や場所)を異にして熟する理由」が探されることになる。
そして、大乗仏教もまた、このジレンマを避け得る立場にはない。
寧ろ、「恒常的主体の設置」を犯してしまう危険性は、諸経の濫造(ここでは敢えて「濫造」と表現してみるが)を経る中、
増大こそすれ、減衰することはない。
「常楽我浄」というフレーズが肯定的に用いられる(定着している)現実が、それを見事に物語る。

その意味でも、宝珠のスタンスは原始・初期仏教というより大乗的だ、と指摘し得るわけだ。
454神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 13:34:41.92 ID:JFsdWlQh
要するに、釈迦(原始仏教)の「無我」「五蘊の仮和合」「一切皆苦」「業報」
などの「思いつき概念」が、すべて矛盾で、誤りだったということだよ。

それらを認識・思考している主体は、一体誰(何)?w
455神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 13:45:00.83 ID:z92NOjIw
>>454
だからw

“五蘊に於ける「認識・思考」”があるのみ、なんだよw
強いて言えば、“それ”が「主体」なんだよ。
456絶対神:2011/05/20(金) 13:49:23.51 ID:HSdoJQkM
>>447
   「余計な苦は消えても人生そのものの苦は消えないねえ」

   『人を救えないのなら、その人の傷には触らぬがよい』w
これは原則だと思うぞ(笑)

つまりさあ、宗教の教義に突っ込むだけなら、いまどき小学生でも
出来るって事
時々は必要と思うけど、「君は多分やりすぎ」w
457絶対神:2011/05/20(金) 13:52:37.95 ID:HSdoJQkM
>>455
「だから、認識と思考があるという事じたいが、既に自我があるって事なんだって」

         『あ、俺もやっちゃったか』w
うん、確かに宗教って「思わず突っ込みたく」なるねw
それはいえてる(大笑)
458神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 13:59:52.26 ID:JFsdWlQh
>>455
すべては五蘊だから、それが主体なら、「仮和合」も「仮設」もへちまもない。
すべてが「主体」ということになる。

しかし、死ねば(死体には)五蘊はないから、結局は、生命のみが主体という
ことになる。
459宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/20(金) 14:02:20.76 ID:/n49NpPi
>>450
>神智学は犢子部の発展的ポジションになるんかね・・w

 今、ちょっと帰宅したw 「無我」(論)と矛盾無く両立できる“主体なしの輪廻”というのを説明で
きるか?この両者の関係性、云々について・・・。
 ハッキリいって、これらは全部は当時の仏教徒らの誤解と無知の産物に過ぎません。こういうの
は、議論そのものがトンチンカン状態に陥っているのです。

 輪廻の主体は水野氏の解説の通りに「魂」で問題がない。仮和合の自己がその次元では実在
していると同様、魂存在もその次元とレベルで実在します。
 要するに、空想の産物や妄想とは異なる。更に、この主体というのは“究極の自己ではない”の
で無我の教え(本当は非我なのでちょっと違うが・・・)にも抵触はしないのです。
 これは輪廻している間の仮の半永久的な自己媒体であり、輪廻からの解脱と共に消滅します。
その後に究極の自己たる真我が立ち顕れる、と。
 尚、この真我はまた一切法の適応外なので、“一切の中には我はない”(正しくは我ではない)と
いう教えにも抵触しない。

 まっ、あなた方の理解では到底、及ばないから、ゴータマもちゃんと説明をしないで辞めてしまっ
た・・・と。体験すれば分ることといって解説は中止してしまわれたのです。

 逆行催眠(催眠療法)で引き出される前世の記憶なる意識、普段は想起不可能なこの意識は、
脳内の深層意識の奥深くへと眠っているのです。過去世と現世の自己とを繋ぐものは三次元的
にはないけれども、転生の媒体たる魂が過去世のデータをすべて記録しており、これが転生した
現世の新しいパーソナリティーに鉤を降ろして、情報を脳内の奥々へと刻印するのです。

 神智学を使えば、不可知部分のメカニズムは殆どすべてが解説可能であり、仏典の記述の秘め
られた意味や“繋ぎ”(途切れ途切れとなった個々のパーツのような教えや出来事の記述の継接ぎ)
を解くことができます。

 また、時間ができたら、いろいろとレスします(たぶんね)。
460神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 14:19:25.14 ID:z92NOjIw
>>457
普通はそうなるねw
けど、その主体を消去するのが、仏教の仏教たる所以だろ?w
この手法を採っているのは仏教だけだろ?
だから、ありとあらゆる方面から、「この点」に関して疑義が呈される。
【<≪《『「私」を見ている私』を見ている私》を見ている私≫を見ている私>を・・・】
・・・・・・ 「!」 「主体が無きゃ駄目じゃん!」 と・・・。
この呪縛から距離を置けない限り、仏教の理解はないと思う。


>>458
玉葱を剥いていったら、どっかで「タマネギの本体」が出てくるのかい?
どこにもそんなものは無い。あるのは皮だけだ。じゃあ玉葱は無いのかといえば、「ある」。
そのように、五蘊和合した存在として、(五蘊上に顕現している思考(≒識)として)主体は「ある」のさ。

(ちょいと乱暴な謂いかもしれんが・・w)
461神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 14:20:20.94 ID:z92NOjIw
>>459
リンク先の3論文も読んどけよw
462宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/20(金) 14:37:44.82 ID:/n49NpPi
>>461
 (_ _)。oO○ ZZZzzz
463神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 14:48:25.04 ID:JFsdWlQh
>>460
そのたまねぎの皮をむくのは誰?見るのは誰?

釈迦がいくら屁理屈こいても無駄・無駄w。
464神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 15:08:31.51 ID:NJ+SUKAW
日本人や欧米人が何となく思い浮かべる霊魂はアートマンではありません。
知覚とか、記憶とか、人格に関わる部分ですらアートマンを構成しません。

ヒンドゥー的な視点からは、釈迦はバラモン教のアートマン論を
繰り返していただけに見えるでしょう。
釈迦がアートマンじゃないよ、と言っていたものは
実際にバラモン教でも我(アートマン)ではない。
このバイアスで釈迦を眺めたからこそヴィヴェーカーナンダは
釈迦を自分の考える宗教に組み込んだのでしょう。

仏教に圧倒されかかった歴史がなければ、伝統的ヒンドゥー教でも
釈迦を肯定的に描いていたかもしれません。
465神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 16:04:03.18 ID:z92NOjIw
>>463
ほんと、喩え話の通じん奴っちゃなぁ・・w

そこで『《皮を剥く人》を持ち出す(設定する)こと』は、
『「今まさに思考している、2chに書き込んでいる貴方」の一挙手一投足を
 「指示し、観察し、管理している」《別の誰か》がいる、そのような人物、《第三者》を持ち出す(設定する)こと』なんですよ?
466神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 16:09:00.07 ID:BojmH82I
> 神智学を使えば、不可知部分のメカニズムは殆どすべてが解説可能であり・・

これか?wwwwwww

 >良いケロヨンな私が人間に生まれ変わるって変じゃない?
>
動物から人間に転生したり、その逆が起こることはないです。
再生誕とは霊的進化の法則に拠っているのであって、下等生命から人間に転生したりはしません。

>なんで、人口が増加するの?
>
魂の数は600億あり、現在はその内の約56億人だけが転生しています(他は待機中)。

>地球が誕生する前の霊魂って何処で何していたの
>地球が滅亡したら何処で輪廻転生するの?
>
 この地球は太陽系の10在る進化系の一つで、一つの進化系にはそれぞれ7つの天体を抱えてい
ます(濃密物質天体、以外は通常の視力では捉えられない)。現在の地球に転生する以前には、同
進化系の他の天体において濃密物質体ではない体に転生していました。この太陽系での生命は約
20億年といわれています。地球が壊滅したり、人類が死滅しようとも、再び人類が発生する段階から
続きが始まるだけのことです。濃密物質界の外では時間は存在しないので何も問題はない。また或
いは、他の天体で発生(している)人類へと転生するかもしれません。
 何れにせよ、卒業できるまでは決して転生が止むことはありません。


腹いてええええええw
467神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 16:37:25.94 ID:WKuK4OL+
アホかこの女。
内部被曝なんて測定する方法は存在しないよ。
468神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 16:37:43.56 ID:WKuK4OL+
おっと間違えたw
469神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 16:58:10.35 ID:r97M6Oxd
>>468 (ID変わるが)

原発関連スレにも書き込みしてるのか?w

なんか、そのスレでは結構きつい、言い回しみたいだがw
470神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 17:12:57.84 ID:WKuK4OL+
原発関連では怒りがこみあげることが多いので
471神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 17:18:01.76 ID:r97M6Oxd
>>470 それは同意w
パニック防止のつもりなんだろうが、情報隠蔽はなんとかならんものかと。
472神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 17:22:58.54 ID:WKuK4OL+
>>471
パニック防止と称して、政府が、情報を出す、出さない、を操作するのは、
「どうせ民衆はアホだから難しい教えは理解出来ない」と決めつけて、
「方便」と称して嘘をついて民衆を騙すことを自己正当化する大乗の
姿勢と似ている。

どちらも、民衆を見下す傲慢さに起因している。
473神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 17:27:40.40 ID:r97M6Oxd
>>472 そこを大乗とリンクさせるかw
それについては、俺は意見保留だ。
セブンあたりが、きっとコメするぞw
474神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 17:30:45.22 ID:WKuK4OL+
>>473
> >>472 そこを大乗とリンクさせるかw

日本人の島国根性に馴染む考え方なんだろうね。
もちろん一番大きな要因は、政府と東電の単なる自己保身なのでしょうが。
475神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 17:40:58.85 ID:r97M6Oxd
ちなみに隠居の言いそうなこと
「大地震も原発事故も全て釈迦の責任。釈迦が全て悪い。」 ww
476神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 18:12:56.19 ID:z92NOjIw
>>463
「玉葱」「の皮を」「剥く人」・・・玉葱とは別存在
「貴方」「の思考を」「分析する人」・・・対応させるのであれば、当然、貴方とは別存在でなければなりませんw


>>473
www
相似した面はあると思うよ。
ただ、幼児向け絵本を描く際に、
当該年齢レベルの画力、(物語の)構成力、主題の把握、必要な情報の取捨選択でいいと思うかい?w

政府による情報統制に関して:
本当の本当の本当に、(タイミング含め)一切「操作」無しの方がいいと思うかい?
477神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 18:40:05.33 ID:r97M6Oxd
>>476 政府による情報統制は必要な限度において、最小限に押さえられるべきだと思うな。
例えば、その情報を公開することにより、パニックなどが起こり国民の生命等に危険が
及ぶ蓋然性が高い場合など。
しかし、現在の政府の姿勢は経済的損失の減少を重視するあまり、国民の選択の自由(例えば、他県における経済的基盤の再構築)を奪ってるようにしか見えないぞ。
478神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 18:42:20.59 ID:WKuK4OL+
>>476
> 本当の本当の本当に、(タイミング含め)一切「操作」無しの方がいいと思うかい?

例外がないわけではない。テロの危険に繋がる機密情報や、軍事機密、
情報提供者(告発)の身元隠匿など。
しかしそういう限定的なもの以外は、全て公開されるべき。
479神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 18:43:46.46 ID:z92NOjIw
>>477-478
だから、 >本当の本当の本当に というクドイ言い方をしたろ?w
480神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 18:45:29.78 ID:WKuK4OL+
>>477
> 例えば、その情報を公開することにより、パニックなどが起こり国民の生命等に危険が及ぶ蓋然性が高い場合

情報を正しく公開すれば(その情報の意味も解説しながら)、パニックになんかならないよ。
むしろ中途半端に隠すからパニックになる。
481神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 18:46:41.02 ID:3uKBN+LE
ここなんのスレだっけ
482神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 18:52:33.90 ID:r97M6Oxd
>>481 確かにw もうやめよう
483宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2011/05/20(金) 18:58:58.76 ID:/n49NpPi
>>466
>これか?wwwwwww

そう。
けどまだまだ、この100倍は出せますよぉ!
484神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 19:04:46.24 ID:r97M6Oxd
>>483 そうかw なら折を見て小出しに出してくれw
下手な漫才よりは、よっぽど笑えるww
485神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 19:11:37.83 ID:tEF7AiTX
>>476
>「玉葱」「の皮を」「剥く人」・・・玉葱とは別存在

別存在は主体だと認めるのかね。ならばすべての他者は主体。他者から見れば、
あなたは主体。

「自分は五蘊の仮和合」だと「考えている我」は主体。
486神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 19:33:22.17 ID:z92NOjIw
>>480
マジレスすれば、
情報だけじゃ済まないだろ?
たとえば、(某映画じゃないがw)巨大隕石の落下が予測されたとする。
地面への落下でなくとも、近海なら今回など比較にならない津波が来よう。
また、撃ち落すにしても、破片の問題はどうなるのか、などがある。
広域避難が絶対的に必要になった時、インフラ管理の準備をする時間無しで良いと思うか?
警察官や消防員、或いは自衛隊の動員も必須だろう。
ここでは、まずタイミングの操作が必須となる。
また、今回の関東圏での買占め騒動を見たろ?(愚民なんてあんなもんだw)
乳児を抱えた家庭が買えず、実際不要な馬鹿どもがそれを手にしている・・。(死ねよ、と思ったねw)
提供する情報の質や量は、吟味されねばならない場合もあるってこった。
今回は、その見極めがあまりにもあまりにもあまりにも稚拙であり、
下準備もゼロ、実際の対処も的外れ、負の連鎖の醍醐味を目の当たりにした感じだよw
だから、民主党員は全員くたばっちまえと言うんだw


>>485
>別存在は主体だと認めるのかね
ハァ?(゚∀゚)
そういう条件設定を持ち出したのは貴方ですよ?
それに対して批評しただけです。
もとより、そんなことはありませんw
487神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 19:37:44.25 ID:WKuK4OL+
>>486
> ここでは、まずタイミングの操作が必須となる。

いや、速やかに正しい情報を公開すべき。
488神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 19:47:21.36 ID:moMPCvdF
>>486
五蘊は相互に関連して働くね。その関連付けを行っているのは何か。
玉葱は、必ず皮が集合して1個をなす。その集合させているもの
は何か。皮だけで育つ玉葱はない。

死体には五蘊が生じないのは何故か。
489神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 19:51:17.20 ID:z92NOjIw
>>488
だからwww
そういう余計な条件を後から追加しまくるなよw

いいか、詳細な条件付けを許すと、譬喩表現ってのは成立しないんだよw
490神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 19:57:54.90 ID:teYtIqcL
>>489
「余計な条件」ではなく、玉葱や五蘊に内在する「要素」。

釈迦に代わって答えてみ。
491神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 20:02:26.25 ID:z92NOjIw
>>489
それが理想であることには異論は無い。
ただ、現実を直視した時、
どんなに正確な情報を出したとしても、「つまみ食い」しかしない奴はゴマンと居る。
(普段の会話、人付き合いでも痛感することってないか?この2chでもあちこちにいるだろ?w すぐ上にも居るかもしれんがwwwww)
そういう奴らの無分別な行動をどれだけ抑制できるか、ってのが上に立つ者の手腕が問われるトコだとは思うよ。
492神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 20:10:13.21 ID:z92NOjIw
>>490
だからw
そういう条件付けのてんこ盛りをするなら、
譬喩表現は成立せず、個別の事案をその個別の事案だけで述べることになり、
「比較」が不可能なんだよ。
譬喩表現ってのは、主に【構図を比較するもの】なんだよ。(それ以外の比較が無いとは言わないが。)
「構図を比較する」ってことは、「細部の差異・相違を捨象する」ってことなんだよ。
この時、敢えて捨象した要素を盛り込むなら、その比較は成立しない。

今回で言えば「剥く人」の存在の有無はどうでもいいんだよ。
【皮を剥くように、観察を掘り下げていった時、そこに何か現れるか?】という構図なのだから。
493神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 20:23:20.08 ID:z92NOjIw
まあいいか・・。今に始まったことじゃなし・・・w




     ん?
( ゚听)?



寝るなーっ!

       O
   _, ,_ガッ ili ガッ
 (#゚Д゚) ☆O☆
      (( ゚゚Д゚゚)) >>462
494神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 20:31:08.81 ID:r97M6Oxd
>>493 しかしね、セブン。
最近、机ちゃん見ないじやない。
この前来たとき、癌だとか言ってたが、具合悪いのかね?
復帰したら、またおちょくってやるんだがw
495神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 20:50:58.52 ID:z92NOjIw
>>494
マジかw 憶えてない・・w

ま、所詮2ch。所詮電子掲示板。
いろんな事情で顔を出し、いろんな事情で去っていく。
まさに「去る者追わず」で、事情の詮索をする必要もないし、登場時にもそれ無しで遣り取りしてこそ、の場ではある。
顔を出さなくなった者が居ても平常運転、がデフォであるべきなんだろう・・。
自分だって、どういう事情で書き込み急停止になるかわからない。

もしそうなら、千里の外から快癒安寧を願うだけさ。
(ま、隠居が戻ってきた時はホッとしたけどな・・w)
496神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 20:57:52.77 ID:r97M6Oxd
>>495 まあ、そうなんだが、シリーズの最初からいたキャラだし、
あの論点をわきまえず、いきなり勝義視点で語り出して、ボケかますとこが
好きだったんだがななw
497てすと:2011/05/20(金) 21:12:41.41 ID:P8GmAXEH
まあ、いつかみんな死ぬんだし、うちらが死ぬまで2ちゃんが残っている保証もない。
498神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 21:17:53.03 ID:hePD2JL+
仏教って無料の所はあるの?
499てすと:2011/05/20(金) 21:22:49.78 ID:P8GmAXEH
>>495

だからオフ会やろうって言ってるのに。

俺は宗教板は2006年からやってるから、ある意味リアル仲間より付き合い長いんだが。

mixiで連絡とれる人はいるけどさ。
500神も仏も名無しさん:2011/05/20(金) 21:29:24.72 ID:r97M6Oxd
>>499 俺はやだなw
「真正さん」にリアルでは会いたくないわw
宗教板にこれはガチだってのいるじゃん?
このスレにも、それっぽいのが時々、現れるがww
501てすと:2011/05/20(金) 21:33:26.01 ID:P8GmAXEH
宗教板なんて人口少ないんだから、顔見知りのチャットみたいなもんでしょ。

匿名だから言える事もあるのわかるけど、今更お互いの主張が違っても誰も気にしないでしょ。

>>500
殺したりはしないと思うけど、、
502てすと:2011/05/20(金) 21:41:28.71 ID:P8GmAXEH
大体、上座君みたいなネタが来ないと勢いいかないじゃん。

どうすんのよ、これから。
503ixtlan:2011/05/21(土) 00:45:14.02 ID:5olFRIls

> 輪廻転生肯定論者も、「釈迦が言った、言わない」などには関係なく、現代に
> 通用しないことは「開祖の誤り」として切って捨てることだ。

 その意図はOKとして、ヴァージニア大学で研究されている輪廻転生は、
 実証的だな。

 すごく地味でもある。
 
 仏教に関係しなくても輪廻転生の実証的話ができるということ。
 


504ixtlan:2011/05/21(土) 00:48:57.31 ID:5olFRIls
 
 五蘊非我と五蘊無我の違い

 五蘊非我と三法印の連続性

 どちらが古いか

 サンユッタニカーヤと龍樹言説の比較

 
505ixtlan:2011/05/21(土) 01:45:03.24 ID:5olFRIls

 五蘊非我とは

 律蔵大品や無我相経にある話で、私ではない、というのは「私の自由にならない」ということ。たとえば、体は私ではない、なぜなら病気になるから。

 こうなれと言って、そうはならないものは、全部私ではないし、私のものではない。

 これが仏陀の言った無我だった。つまり、仏陀というのはかなりの自己中である。冗談だが冗談ではない。
 



 
506てすと:2011/05/21(土) 02:20:38.25 ID:htzbPX+2
仏教でも苦は取り除けるんだけど、
老子の「上善、水の如し」でも十分取り除いけるし、分かりやすい。

自分本位で無茶するから辛いんであって、自分の能力や環境に合わせればそれなりにやって行ける。

仏教だけが答えじゃないさ。
507神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 02:53:43.69 ID:5zoktt8Z
>>506

>仏教でも苦は取り除けるんだけど、
>老子の「上善、水の如し」でも十分取り除いけるし、分かりやすい。

↑ なぜ、取り除けるって分かるの?

君はすべての苦を仏教や老子の教えで取り除いた経験があるの?

もう今後、人生で苦しむことはないの? 癌になっても、エイズになっても平気なんだね!

愛する家族や恋人を失っても苦しむことはないんだね!

あのね、人生も宗教も理屈ではないのだよ!

「〜〜〜のように考えれば苦しみはなくなります!」 なんてことは意味がないのだよ。

お釈迦さんは苦を解決したのではないんだよ。お釈迦さんは覚醒して普通の人間とは違う世界の住人に

なったのですよ。だから、ブッダ(目覚めた者の意)と呼ばれたのですよ。 お釈迦さんは苦から抜け出すための

考え方を教えたと思っているのなら、とんでもない間違いですよ!
   
508てすと:2011/05/21(土) 04:34:25.52 ID:8HxelufX
>>507

あんた、あほじゃないの。

癌やエイズの苦を取り除けなかったら別のを試せばいいじゃない。
509神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 07:20:12.37 ID:KRmVxfpc
「ウダーイよ。過去の蘊を多く思いだす人は・・・前世について私に問題を聞くがよい。
・・・あるいは私は前世の問題について、その人を満足させることができる。
死んだ者、生まれたものも含めて、多くの有情を天眼で見るものは・・来世について
私に問題を聞くことができる。・・あるいは私は来世の問題を解いて、その人を満足
させることができる。・・
ウダーイよ。 前世のこと(を言うのは)は止めなさい、来世のことも止めなさい
そなたに法を説こう「これあれば、これあり、これ滅すればこれ滅す・・」

輪廻転生など解りもせんくせにゴチャゴチャ言うな!
解んないんだからないのと同じ!それより今現在の問題に集中しろ ドアホ!・・ということw

510てすと:2011/05/21(土) 07:41:18.40 ID:8HxelufX
実は俺は釈迦よりも弟子達の方が好きなんだが、たまには仏弟子の話題も出してやって下さいね。
511神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 10:08:22.17 ID:noQLHVvu
512神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 10:12:59.05 ID:xhfRt41s

> だからオフ会やろうって言ってるのに

例えば、『てすと』さんと意見が対立して

激論になるかもしれない相手でも

『オフ会やりたい』のですか?


例えば、今の現代物理学の言葉によって

説明する事は出来ないかもしれないけど

私は輪廻の肯定派です
513神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 10:37:25.35 ID:xhfRt41s

> 意識は、身体の一部としての思考器官・記憶器官・感覚器官から生じる。
> これは科学によって検証済み。
> 火葬場で拾う白骨の、一体どこから意識が生じるのかね?

例えば

今の現代物理学などが説明できない事を

今の現代物理学などの代わりに

バラモンとか、仏教などが、説明をしている

と言う事で良いと思うけど?
514てすと:2011/05/21(土) 10:59:54.44 ID:8HxelufX
>>512

俺は基本的にノンポリだし。

生まれ変わるかどうかは死ねばわかるんだし、生きている間に結論出さなきゃいけないの?

輪廻があろうが無かろうが悪い事をしたら駄目でしょ。
515神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:03:13.92 ID:noQLHVvu
>>512
(記憶頼りで出典を示せないのが申し訳ないが)、
あまり日の目を見ないが、説法(説得)に失敗した(或いは出家まで至らなかった、
或いは入信まで至らなかった、意見交換のみで終わった)例は、幾つか伝えられている。
しかし、そのこと自体を、残念で(当人にとっての)悪しきこととはあまり言われていない。
 *(ましてや、その後(来世含)どうなったかについても、悪趣に堕ちるどころか、言及すらされていないケースもある。
  地獄に堕ちたり、すぐさま悪果を受けたりというのは、仏・仏弟子(或いは仏法)を汚く誹謗した場合、傷つけた場合に限られる。
  (しかも、文脈や経の構成上、付加の可能性がゼロになるものでもない。)
立ち去った後の当人についての軽い評はあっても、彼が自身の信仰のままにいることを批判したり責めたりということはない。
ただ、「涅槃には至らない」とするだけだ。一代がよく言っていた「諍わない」ということの一例だ。
つまり、仏教以外の思想・信仰を否定排除するわけではなく、
それはそれで、(社会的悪・害とならないならば)そのままあってもよい、ということだ。
輪廻云々は仏教内部の問題、教義上(或いは文献上)大きく関わることなので、争点として避け得ないことではあるが、
純粋に他宗間での議論なら、批判し合いながらも、「【相手の文脈に於いては】そうなんだな・・」と
互いに大人の対応をすればよいこと。(ま、なかなかそれも難しいわけだが・・w)

また、途上にある者にとっては、冷静さを失わない限りに於いて「激論」も必要かと思う。
それを経ることで、自身の言葉の紡ぎ方の工夫に繋がるから。
自身の論立ての綻びに気付くことができるから。
微温湯のような、半仲間内で語り合い同意し合うだけでは、自己満足の域を出ない。或る意味茶番だ。
仏典・諸註、解説書の引用ならサルでもできる。
「予備知識僅少或いは誤解に基づいている時、或いは明確に反意・異論に基づいている時、どのような言葉の紡ぎ方ができるのか」、
この工夫無き所に、これからの仏教もまた無いと私は思う。
516神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:05:50.38 ID:0oOkekh+
>>513 説明? 説明というからにはある程度の根拠も必要では?
何の根拠もなしに語るのであれば、それは妄想、よく言っても創作物語でしょ?
517神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:08:08.23 ID:xhfRt41s

今の現代物理学などが説明する事の出来ない

バラモンとか、仏教とか、瑜伽師地論(ゆがしじろん)などの説明

◎瑜伽師地論(ゆがしじろん)の場合は
  人は死ぬ時に
  過去の長い間の経験により、蓄積された、
  自己に愛着し、無始の時、以来、続いて来た、
  執着された、我愛と、戯論と、善悪業によって、
  中有身(死んでから次に生まれるまでの状態の意識)が形成される
518神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:17:30.26 ID:0oOkekh+
>>517 あのねえ、
>今の現代物理学などが説明する事の出来ない

こういう言い方は、まるで「ある現象が真実であり、現代物理学では
それを説明できないが、バラモンや仏教では説明できる。」
このように聞こえますよ。  違うでしょ?

正しくは 「バラモンや仏教では、『教義のなかで』・・・・のように
語られています。」
このように表現しないと誤解を招きますよw
519神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:19:33.86 ID:xhfRt41s

> 冷静さを失わない限りに於いて「激論」も必要かと思う。
> それを経ることで、自身の言葉の紡ぎ方の工夫に繋がるから。
> 自身の論立ての綻びに気付くことができるから。

ご教示、頂き真に有り難く存じ上げます
520神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:27:07.46 ID:xhfRt41s

> まるで「ある現象が真実であり、現代物理学では
> それを説明できないが、バラモンや仏教では説明できる。」
> このように聞こえます

他の人は、どうか、わからないけど、私の場合は


今の現代物理学などが説明できない事を

今の現代物理学などの代わりに

バラモンとか、仏教などが、説明をしている

と言う解釈をしています
521神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:36:46.30 ID:xhfRt41s

他の人は、どうか、わからないけど、私の場合は


過去の長い間の経験により、蓄積された、

自己に愛着し、無始の時、以来、続いて来た、

執着された、我愛と、戯論と、善悪業による、輪廻が有るから

悪い事をしたら駄目かも?


と言う解釈で、ございます
522神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:39:17.77 ID:0oOkekh+
>>520 うんうん、「自分がそのように思ってる」だけなら、いいと
思うよ。

でも、公の場で「輪廻業報は真実です。」などと、公言しないようにね。
間違ってそれが真実であると、勘違いしてしまう人がいるといけないので。
あくまでも、
「バラモン、仏教では」・・・・のように語られています。
あるいは、「私は・・・・であると信じています。」
このように表現には、気を付けてくださいね。
523神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 11:55:55.16 ID:xhfRt41s

> 生まれ変わるかどうかは死ねばわかるんだし、
> 生きている間に結論出さなきゃいけないの?

バラモンとか、ヒンドゥーとか、仏教などの

禅定(瞑想)などによって

前世を体験する事が出来るらしいので

いつかは、禅定(瞑想)などによって

前世を体験してみたいと考えています
524神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 12:09:46.89 ID:xhfRt41s

> 「自分がそのように思ってる」だけなら、いいと思うよ。

『私の場合は… …と言う解釈です』とか『バラモンとか』『ヒンドゥーとか』『仏教など』

の枕詞(まくらことば)が書いて無い場合でも『脳内変換で勝手に追加しておいて』下さい
525神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 12:19:12.82 ID:0oOkekh+
>>524
>・・の枕詞(まくらことば)が書いて無い場合でも『脳内変換で勝手に追加しておいて』下さい

いやいや、違うでしょ?
俺がそのような意味にとっても、「知らない人が、それを読んで勘違いすると
いけないので表現には細心の注意を払ってね。」という意味なんだがw

『「輪廻業報」ってホントのことなんだ。すると、〜さんちの・・・君が、あんな
風に生まれついたのも、過去世で悪いことしたからなんだ。』
こんなふうに思い込むバカが、出たら困るから言ってるの。
分かったかな?
526神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 12:24:15.41 ID:xhfRt41s

> 「【相手の文脈に於いては】そうなんだな・・」と

相手の立場に立って、そして、

『「相手の文脈に於いては」そうなんだな…』と


たとえ、自分の意見と対立する場合でも

『相手の立場に立つ』

と言う事は、とても重要である、と思います
527神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 12:30:34.33 ID:xhfRt41s

他の人は、どうか、わからないけど、私の場合は

> 『「輪廻業報」ってホントのことなんだ。すると、〜さんちの・・・君が、あんな
> 風に生まれついたのも、過去世で悪いことしたからなんだ。』

この考えで良いで、ございます
528神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 12:39:30.07 ID:Aws1Md/N
>>522
>でも、公の場で「輪廻業報は真実です。」などと、公言しないようにね。

そのような戒めなど絶対に守れなくなるのが宗教の本質だよ。もっと宗教の
「病理」を分析・解明・理解する必要がある。釈迦の「教え」に対し、
「肯定」と「正当化」ばかりで、「批判」が全くできてないからだ。
529神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 12:42:36.43 ID:xhfRt41s

> 説明? 説明というからにはある程度の根拠も必要では?

バラモンとか、ヒンドゥーとか、仏教など

それぞれの経典とか、口伝などが、根拠である

と思われる
530神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 12:44:15.02 ID:sSDWoS30
>>528の続き

スレがカルト化してきたが、その原因は、やはり釈迦佛教にある。釈迦の
「因果関係としての縁起」から、このような狂気が発生する。竜樹の「空」
なら、輪廻転生の観念など生じる余地はない。
531神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 12:54:12.99 ID:xhfRt41s

> 釈迦の「教え」に対し、「肯定」と「正当化」ばかりで、「批判」が全くできてない

だから、今の現代科学(現代物理学)原理主義の人達が、

『宗教などに対して、本当の正しい批判を、するのだ』と言う

思い込みとか、勘違いとか、しているんですよね?
532神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 13:07:37.03 ID:xhfRt41s

> 竜樹の「空」なら、輪廻転生の観念など生じる余地はない。

ウィキペディアには、竜樹(龍樹)は、

『南インドのビダルバの出身のバラモンと伝えられ、幼い頃から多くの学問に通じていた。』

と書いてあるけど

>>530 さんは、

『バラモン肯定派』って言う事で、良いのかしら?
533神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 15:33:38.26 ID:0oOkekh+
>>529
>バラモンとか、ヒンドゥーとか、仏教など

>それぞれの経典とか、口伝などが、根拠である

>と思われる

輪廻転生が、「普遍性を有する客観的現象であるとの根拠」には
全くなってないの。 それはあくまでも「宗教内」の話ねww
それぞれの宗教内で、どのように語られようと、それはそれでいいの。
しかし、それがその宗教のフレームを超えて、その宗教と関係ない人たちにも
妥当する真実ですよ  というのであれば、「その宗教の教義などではなく
客観的根拠を示しなさい。」と、いってるわけ。
それができないのであれば、「差別的側面を内包するそのような思想を公の場で
語るんじゃねえよ」   ってこと。
534神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 15:37:40.73 ID:0oOkekh+
>>527
>他の人は、どうか、わからないけど、私の場合は

> 『「輪廻業報」ってホントのことなんだ。すると、〜さんちの・・・君が、あんな
> 風に生まれついたのも、過去世で悪いことしたからなんだ。』

>この考えで良いで、ございます


そうだねw、  お前さんの場合はもう手遅れみたいだが、
何も知らない人が、上記のような誤った差別思想を持たないように
このような公の場での発言には注意を払え  と言ってるのw

535神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 16:05:38.48 ID:Bq5NsWNK
>>532
>『バラモン肯定派』って言う事で、良いのかしら?

180度違いますよ。佛教を口にするなら、少なくとも竜樹の「中論」や道元
の「正法眼蔵」は熟読して理解してください。内容的には、釈迦佛教とは全く
異なります。あなたのカルトなど、一発で吹っ飛ぶと思いますよ。
536てすと:2011/05/21(土) 17:08:56.65 ID:sysSQAfq
逆に考えれば、輪廻転生があるから仏教は宗教と呼ばれているのでは。

真理のみなら、おばあちゃんの知恵袋だし。

>>534

不愉快だけど、その方が仏教の衰退早くなるからw
外野が正す前に気付かなければあぼーんw
537神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 17:17:11.17 ID:uUJeUVug
「隠居」と「熟読」ほど不似合いな取り合わせはないな。
538神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 17:32:21.80 ID:48tNBq1S
>>536 実際に仏教側からも、この問題をどうするか?について問題意識をもっている坊さんも
出て来てるみたい。真宗の坊さんがサイト立ち上げて論じていた。
ただし、その坊さんによると、同僚たち、即ち、他の坊さんは「別にいいんじゃね?」的な意識で「臭いものにはフタ」みたいな感覚で触れないようにしてるみたい。
まぁ、それが実情なんだろう。
539神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 19:15:01.56 ID:48tNBq1S
真宗の教義と解脱との関係が実はよくわからん。
仏様を信じてただ、念仏を唱えれば、極楽浄土に行けるわけだよな?
この極楽浄土に行った人は解脱してるのか?
もし、してなかったら、輪廻転生から逃れられなくて、極楽浄土からまた何かに生まれ変わるのか?
極楽浄土=涅槃 というわけでもなさそうだし、そのあたりどうなってるのかね?
540神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 19:24:41.62 ID:xE+CTU7L
>>538
今時、輪廻転生などというナンセンスな教えを「本気で」信じているお坊さん
が、唯の一人でもいるのかね。例え、宗派が「建前上は」信じていると言って
も、個人的にはいないだろう。

「無我」や「一切皆苦」についても同様。
541神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 21:05:41.32 ID:5zoktt8Z
>>539

>仏様を信じてただ、念仏を唱えれば、極楽浄土に行けるわけだよな?

<内側から 「ナムアミダブ」 と念仏が自然に出てくるようになれば> です。

>この極楽浄土に行った人は解脱してるのか?

そうです。 「釈迦に等しい境地」 になる、と親鸞聖人は言われています。

あくまで 「釈迦に等しい境地」 であって、「釈迦と同じ境地」 ではないそうです。

   
542神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 21:10:57.80 ID:48tNBq1S
>>541
釈迦に等しい境地と同じ境地の差異がわからん。
543神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 21:14:16.45 ID:5zoktt8Z
>>542

親鸞聖人が使い分けておられたのだそうです。


544神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 21:16:45.84 ID:5zoktt8Z
釈尊の 「覚り」 がどのようにして浄土系の仏教に繋がるかは、「真宗学」 として昔から多くの

学者・僧侶が研究して来ています。 禅を世界に弘めた鈴木大拙博士は、浄土真宗の末端の

門徒であった妙好人(みょうこうにん)の中には、祖師方と同じ境地に達した者が多いと絶賛

されていましたね。

禅の一休さんと浄土真宗の蓮如さんも、お互いの境地を認め合った親友でした。

親鸞聖人は、釈尊 → 龍樹 → 天親(世親) → 曇鸞 → 道綽 → 善導 → 源信 → 源空(法然上人)

の流れで説明されています。
545神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 21:17:33.64 ID:noQLHVvu
唯識系の論客が居ない・少ない(2ch全体としても)ってのは、以前感想として述べたことがあるが、
このスレ・このシリーズに関しては、真宗或いは浄土系も殆ど居ないよね・・。
真宗系は、2chでは一大勢力なのにね。
食指が動かないのかな?
546神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 22:36:11.97 ID:/x7nHvMA
正直このスレの「仏教の輪廻説は方便or混入物」っていう人の主張する
本当の「ブッダの思想」と
アジタ・ケーサカンバラの思想ってどう違うのか分からんわ

涅槃も何かエピクロス派みたいな理解だし・・・
547神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 22:43:28.82 ID:/x7nHvMA
アジタ・ケーサカンバリンの唯物論

彼は唯物論を説き、業・輪廻の思想を否定した。善悪の行為の報いはなく、
死後の生れ変りもない。
人間は地水火風の四要素からなるもので、死ねば、四要素に帰り消滅する。
死後存続することはない。布施に功徳があるとは愚者の考えたことであるとする。
548神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 22:58:34.48 ID:noQLHVvu
>>547
そういう主張は一度も出てきてないんだけどな・・w
549神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 22:59:28.04 ID:q2BfS32l
すべてスコラ溶暗マハー・カッサバ一派の陰謀なんだよ……

という仏教版ダ・ヴィンチ・コード。
550神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 23:03:14.94 ID:noQLHVvu
>>549
陰謀とは言わないけど、
滅後の教線をリードしたのが摩訶迦葉だってのは、留意に値するとは思う。
そして、もし、それが舎利弗だったなら・・と夢想しないこともない・・。
たられば言っても仕方ないけど・・。
551神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 23:25:06.25 ID:l4ciVACG
@Aさんが障害を持って生まれたのは前世で悪業を作ったからである(宿世因論=ジャイナ教)

AAさんが障害を持って生まれたのは神の為せること(自在天所変因論)

BAさんが障害を持って生まれたのは何の因縁もない(無因無縁論)


とりあえずこの3つは仏教では否定されています
552神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 23:37:13.83 ID:noQLHVvu
>>551
だから何?w
553神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 23:39:57.70 ID:/x7nHvMA
>>550
スマンここ笑うとこか?
大パリニッバーナ経が元ネタ?
554神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 23:42:20.83 ID:0oOkekh+
>>551 は?  伝統的に仏教が説いてきたのは、悪因悪果乗の1でしょ?
555神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 23:45:25.26 ID:35on8YLn
ゴータマは実はアジタ・ケーサカンバリンのマブダチだった。
二人の仲を妬んだマハー・カッサバは、それを否定しようと
アジタを六師外道とする説を仏伝に混入したのである。
556神も仏も名無しさん:2011/05/21(土) 23:46:39.81 ID:/x7nHvMA
>>555
カッサバってサバサバしてていいね
557神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 00:00:14.73 ID:noQLHVvu
>>553
ん?
摩訶迦葉が、釈迦入滅以前に歿したという話は聞いたことがないが・・。
558神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 00:05:05.73 ID:X3RaD9k2
>>554
悪因悪果には間違いないんですけど

「事実は。この場合一つの因から一つの結果が生じるのではない、
多様な結果でもない。多様な因から一つの結果でもない。
多様な因から多様な結果である。」

ということです 
559神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 00:11:08.94 ID:zvaMHkyE
>>557
いや、違うんならいい

マハー・カッサパはあくまで教団を統率しただけで
教学とかには深く関わってないってことを言いたかっただけで
560神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 00:48:03.20 ID:cdz2kfyL
>>558
人間中心主義をとらないということね
心を扱うのに当たってあえて焦点を絶対視しない立場
記述には向くけど、行動の指針として使うのは難しい
561神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 00:51:14.77 ID:fWU+cA0W
>>558 よくわからんね。 仏教が伝統的に説いてきたのは
「悪行を行うと、その果(悪果)を生じる。よって、悪行を積むべきではない。」
こういう視点だよね。逆に言うと、
「悪果を生じたのは、悪行が原因である。」こうだよね?
障害をもって生まれて来たからには、その因がたとえ多因であったとしても
その中に必ず悪因があったわけでしょ?
もし仮に生涯、善行しか行わない人がいたとして(勿論、そんなことはないが)
その人が来世で障害をもって生まれついたら、わりにあわないよね?
562神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 00:54:26.82 ID:fWU+cA0W
もし、「悪行」→「悪果」の対応関係を認めないならば、
それは少なくとも、伝統的に仏教で説いてきた「業報論」とは
全く別の思想になるけど。
563絶対神:2011/05/22(日) 00:57:58.27 ID:K4nbxR5u
>>558
        「それは悪因悪果とはいいません」

   『善悪は、ある程度、固定かされたひとつの価値観であり』

多様の価値観の事ではありませんので
564神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 00:58:17.84 ID:+WArcjVW
>>559
資料が残ってない以上、妄想にしかならないわけだが、
影響無しと言い得るかい?
政界が一番いい例だが、たとえば直近なら小沢一郎の影響無しに、今の菅下ろしがあると思うかい?
過去遡ってみても、ポジションが高い者の影響、或いは彼への配慮無しに組織や方針決定への影響がありうると思うかい?
ましてや(出家後の)年功序列が重視されるサンガに於いて・・。
事ある毎に釈尊から称賛された人物であるのに・・。

全ての伝承が、摩訶迦葉が法を嗣いだとしているわけだが、なぜ、阿難でなかったのか?
(勿論、周囲の者も本人も、未だ至っていないと見ていたということもあるだろうが。)
衣の委譲も、頭陀行第一とされるほどだから、「お前、それボロ過ぎるからこれ使えよw」なんてのは
史実としてあり得ないことでもないw  ま、半ジョークはともかく、
(実際は改変増広のオンパレードなわけだが)、経律の改変不可が建前とされたのはいつからか、とか
「理」よりも「行」重視という基軸の確立に寄与はなかったか、とか
舎利弗のスタンス・キャラで結集が行われていたらどうなってたのかな、もし目連だったら・・とか、
妄想の拡がるネタに事欠かないのも仏典の特徴でしょw
565絶対神:2011/05/22(日) 01:00:36.50 ID:K4nbxR5u
  「恐らく、縁起の理法という考えは当初からあったのではなく」

     『因果応報という考えが現実には通用しない為』

後に創りだされた苦肉の策の方便だと思います(釈迦自身にか、後の
時代の弟子にかしりませんが)

「多様な原因で多様な結果は、「当たり前の話」であり、そこでは善悪は
 相対的な一要因でしかありません」
無論、多様な物事を人間が予見できる訳もない為

      「まったく無意味な教えになってしまいます」(なにが
どういう結果をもたらすか一々洞察しようがない為、原因を除きようが
なくなります)



566絶対神:2011/05/22(日) 01:01:32.45 ID:K4nbxR5u
          「縁起の理法というのは」

『一見もっともらしいだけで、現実にはまったく役に立たない理屈です』
(さきの事は結局、神様にしか判りません)
567神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:02:33.54 ID:+WArcjVW
>>562
《「障害を持って生まれる」ことが「悪果」である》という認定(≒分別)そのものが
そもそも、「既存の(≒常識的、世俗的、好悪に縛られた)価値判断である」
という考え方はあり得ないかい?
568神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:04:26.13 ID:cdz2kfyL
上座部でも現代日本仏教でもウポーサタ布薩があります
懺悔の仕方を坊さんに習ったけど、善事を後悔するのはよくない事なんです
四断というのもありますね
対応関係はあるけど固定化されたものではない、そういうこと
569神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:11:17.23 ID:fWU+cA0W
>>567 だったら、何をもって『悪』という判断の基準とする?
悪因悪果というからには、それを説いた側に「悪」と認定する基準が
存在したわけだ。すなわち、仏教側で「悪」とした基準は?
それは、やはり世間一般で「悪」とみなされていること、『好ましくないと
考えられている状況を指示してる』のだろう?

殺人を犯しました。その結果、来世で大変裕福な家庭に生まれ、幸せな
一生を送りました。
この後半→「来世で大変裕福な家庭に生まれ、幸せな
一生を送りました。」
これを「悪果」とみなす人がいるかい?
570神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:26:01.65 ID:+WArcjVW
>>569
勿論その通り。
ただ、三世に跨った場合には、縁起にミッシングリングが生じるということさ。
その繋ぎ方に、妥当性を見れるかどうか、(→つまり、信じるか信じないか、に尽きてしまう)ということでもある。
多因多果であるならば(>>561で「仮にそうだとしても・・」という言い方をしていることを受ければ)、
そのうちの一つだけを抽出して「一意的な因→果」へ落とし込むことは、
或る意図の下の恣意的取捨選択に他ならない。 勿論それも「文脈」であるわけだが、
その文脈がTPOとしてふさわしいかどうか、は吟味の余地があるような気がするんだな。

また、後段( >殺人を犯し・・・・・・いるかい? )についても、
その次の生に於いて果が熟すのかもしれないじゃないw
571神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:30:29.55 ID:fWU+cA0W
「障害をもって生まれた赤ちゃんがいる」→この果の因を求めるとき
それは「無限の因の干渉の結果」としか言えない。
どのようにして両親が知り合ったのか?
どうのようにして結婚したのか?
また、どのようにして遺伝子異常が生じたのか?
・・・・
それこそ無限の因の連鎖の上に「障害をもった赤ちゃんが生まれた」という
事象があるわけだ。
ところが、「業報論」では、その因を「過去世」で悪行を積んだから
という何の根拠もない一因に帰結させるわけだ。
何の根拠もない「対応関係」をそこに持ち込むことが問題なの。
572神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:36:57.39 ID:X3RaD9k2
>>561
これかなあ・・

「前世における業により、殺生をなし、不興取をなし、非梵行をなし
妄語をなし、前世の業により邪見を持つのですね」と彼ら(ジャイナ教徒)に問う。
比丘たちよ。もし、前世における業が決定すると固執するとき「これらはなすべき
なすべきではない」という意欲も、精進も、当然のことありえない。」
573神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:39:58.20 ID:fWU+cA0W
>>570
>ただ、三世に跨った場合には、縁起にミッシングリングが生じるということさ。

そのとおり。

>その繋ぎ方に、妥当性を見れるかどうか、(→つまり、信じるか信じないか、に尽きてしまう)ということでもある。

ここが問題なんだよ。 この
>(→つまり、信じるか信じないか、に尽きてしまう

これがわかってないアホ宗教者が多過ぎるのw
そこは「信仰」しかないんだよ。それが、わからずに
「い〜〜や、それは真実なんです。」とくる。
信仰を飛び越えて、客観的現象であるとするなら、先ず実証してから
喚け、うすら馬鹿どもが!
574神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:51:45.40 ID:ZVGCnAjW
>>573
宗教とは、「開祖・教典の言のみが、唯一の客観的真実」という倒錯した心理
状態」のことだから、いくら言っても駄目ですよ。
575神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 01:55:55.28 ID:+WArcjVW
576神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:03:32.68 ID:fWU+cA0W
>>572 よくわかりません。
悪因悪果、善因善果の業報を説いたものとしては、初期仏典の中では
Sn661、666    Dhp177、240
Th882、304 などがありますね。
(釈迦が説いたか?否か?は、別にして)仏教は、伝統的に
悪因→悪果     善因→善果  の対応関係を認め、それを
倫理規範として説いていたことは事実でしょう?
(勿論、仏教が説いてきたということを言っているのであって、それが
真実の現象であるなんて言ってませんよ)
577神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:06:14.52 ID:fWU+cA0W
>>575
>とURLを貼ろうと思ったら、アンタかいwwwww  >>573
571まで気付かんかったわw

うっそ〜〜〜〜〜〜wwwwww
言ってることに変化はないはずだがw
578神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:14:15.14 ID:+WArcjVW
>>577
>>561>>562>>569は護教的スタンスからのレスとして通用するからさw
(それ以前の幾つかの単発レスとも被るしね。)
579神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:17:15.57 ID:ZVGCnAjW
宗教の開祖は「善悪」をさかんに語るが、その定義が出来た者は誰一人として
いない。自分でも意味の判らない「言葉」に陶酔しているだけ。従って、宗教と
善悪観念とは完全に無関係になる。

「善悪」とは、あくまで「世俗における共生のための行為概念」に過ぎない。
よって、勝義や信仰は無関係。

業報論では、善の意思を以って悪をなした者、悪の意思を以って善をなした者、
また善悪共になした者の来世はどうなるのか。これに回答できない限り、業報論
は完全に崩壊する。

よって、宗教は聊かでも善悪や道徳を語ることは出来ない。
580神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:17:45.10 ID:fWU+cA0W
んでさあ、セブン。 >>555 はどうなの?ちょっと奇説すぎるとは
思うが、以前、「大王」がよく言ってたじゃん?
カッサバによって、釈迦の教えが歪められたって。
俺は一概に否定できないもんがあると思ってたんだけどw
581神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:20:38.95 ID:fWU+cA0W
>>578 ああ、そういうようにも読めちゃうなw

しか〜〜〜〜し、俺は「業報論」は完全否定ですw
582神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:32:36.93 ID:ZVGCnAjW
>>581
君が釈迦教徒なら、「釈迦の教えは例外なく客観的真実」ではないのかねw。
何故、業報論だけは否定する?都合が悪いからかw。
583神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:35:29.98 ID:cdz2kfyL
悪因悪果ではなく悪因苦果だし
現実に本人の苦の元になる悪行はハッキリしていると思う
自ら悪行と薄々知りつつ行う部分があるからこそ、その悪行については見直しがきく
(自らと他に)操作できない苦果(天災など)をよぶ(自ら行う)悪行は仏教では問題にされないような
584神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:45:18.05 ID:fWU+cA0W
>>582
アホ隠居がww
お前はいったい何度言えば覚えるの?
俺は「仏教徒」でもなんでもないのwww
業報論だけ否定する?  何言ってるの? 
「神通力」も「その他、釈迦の神格化」も勿論、ぜ〜〜〜んぜん
信じてないぞw
業報論を特に否定するのは、それが現実に社会にとって有害だからw
いい加減に、覚えろ、ニワトリ隠居w
585神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:49:35.14 ID:fWU+cA0W
>>583
>(自らと他に)操作できない苦果(天災など)をよぶ(自ら行う)悪行は仏教では問題にされないような

実際にそうなら、喜ばしいが現実は違うだろ?
「障害をもってうまれつく」→このように自己ではどうしようもない事例を
過去世の悪行に結びつけて語ってきたのが、いわゆる伝統仏教なんだ。
586神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:52:59.13 ID:ZVGCnAjW
>>584
業報論は、宗教から発生したものだから、宗教そのものを否定しなければ
業報論の否定にはならない。片手落ちも甚だしい。

「宗教とは、開祖・教典の言をすべて客観的真実とする倒錯した心理状態
をいう」。
587神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:54:38.68 ID:fWU+cA0W
>>586  ば〜〜〜〜〜〜か、www
なら竜樹と道元を否定してみろwww
588神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 02:58:54.47 ID:cdz2kfyL
>>585
仏教内でも世界をどう視るかの世界観は色々ある
でも行動をできるのは今しかない、というのはどの仏教にも共通している
今、ある人がよりよく生きるのに必要ならある程度は嘘も許されると思う
人間は完全じゃないし、時代のほうもかわる。
封建時代の中ではしょうがなかったんじゃないの?
589神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 03:01:02.22 ID:ZVGCnAjW
>>587
竜樹も道元も開祖ではない。開祖は、釈迦一人のみ。

開祖を否定できて、初めて宗教の否定となる。逆に言えば、それが出来ないのが
宗教信者である。
590神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 06:21:42.50 ID:X3RaD9k2
>>589
ニガンタ「居士よ。あなたはゴータマを信じるか?無尋無伺の三昧はあるか
尋qの滅尽はあるか?」と。
チッタ「私は望めば。たちまち・・初禅に入る・・第二禅に入る・・第三禅に入る
第四禅に入る。このように私は知っている。だから私は、無尋無伺の三昧はあるか
尋伺の滅尽はあるか、についてゴータマを信じるかどうかについて固執しない」

これは「不信の徳」といいます 釈迦や竜樹 道元を信じない人というのは
同じ境地に立った人です あなたは「宗教否定教」の信者にすぎません


591机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/22(日) 07:42:52.98 ID:DjGpbX5y
>>546
>本当の「ブッダの思想」

悪因悪果→これをAとする
善因善果→これをBとする

AとBは相反した関係でなく、共存した関係である。→これが基本になる。
故に、Aであることはアリエナイ。
また、Bであることもアリエナイ。
こういう結論ですね。

まあ、よく考えてみればアタリマエのことなんですがね・・・
592神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 09:02:44.30 ID:bFbZ8Km7
>>590
>あなたは「宗教否定教」の信者にすぎません

「創唱宗教」は、「開祖」と「教典」がなければ成立しません。
あなたが言われる「宗教否定教」の「開祖と教典」は何ですか。
チッタの心境も、専ら「開祖」ゴータマを信じた、またその影響を受けた
結果ではありませんか。

宗教を語る以上、まずご自分でその定義を具体的に明確にしてから語って下さい。
私は、上レスで、また他レスで既に定義済みです。
593神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 09:30:45.27 ID:bFbZ8Km7
宗教の開祖は、善悪をさかんに語るが、その定義を出来た者は唯の一人もいない
ので、私が代わりに次のように定義しておく。

「善とは、自他の生存を助ける行為。悪とは、自他の生存を害する行為」。
594神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 09:36:29.08 ID:CUnN0Axr
善悪を分ける必要があるのは検察官くらいにしとけ。
現代人が獲得したもので一番素晴らしいものは思想も含めた自由である。
595机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/22(日) 09:59:43.44 ID:DjGpbX5y
「その時、歴史は動いた」。→NHK番組タイトル

この表記の間違いを記せよ。

これは既に皆様ご存知の如く、間違いだらけですね。
何箇所も間違いがあります。
しかし、この場合は「間違い」については問題にすることは野暮です。
感性で捉えれば意味は通じる。

まさに文脈の意図とは、これにあり。
596神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 10:05:09.94 ID:K75gLYtd
>>595 あっれ〜? 机ちゃんの登場w
癌なおった?
597机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/22(日) 10:23:29.34 ID:DjGpbX5y
>>596
ああそういえば昔、癌になったことがありましたね。
生死について考える切っ掛けにもなりました。
結果的には悪因善果かもしれませんね。

人間、一度は死んだ方がいいんですよ。
そうじゃ〜なければ何も分からんですからね。
人間には執着というもんがあって、
これは言うに容易き、実は一番至難であるんですが・・・

日々是好日。
598神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 10:34:30.99 ID:bFbZ8Km7
>>594
ならば、宗教は、意味も判らずに善悪を口にするな。
599神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 10:47:56.92 ID:bFbZ8Km7
>>594
善悪とは、共同体としての人間の共生のための技術概念。それなしには、人間
は一日たりとも共生できない。

検察官が語るのは「違法・適法」の概念。それも善悪概念に基づくが、それよりも
狭い。

思想は自由であるが、人間界が徹頭徹尾共同体である以上、行為は常に不自由
である。
600神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 11:04:55.54 ID:K75gLYtd
>>599
>思想は自由であるが・・・

またそうやって、すぐ嘘つくww
お前は、宗教絶滅させろ〜って、いつも喚いてるでしょ?
自分の言ってること、忘れちゃダメよ、ニワトリ隠居ww
601てすと:2011/05/22(日) 11:34:40.85 ID:7ZhWv2rf
>>599

善悪は共生じゃなくて支配のためなんだけど。

宗教が生かされてるのは支配するツールだから。

まあ、ローマは乗っ取られましたがw
602神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 11:39:00.06 ID:hzDGHlsS
>>600
内心の思想は、他者は知りえないから、他者の知ったことではない。釈迦や修行者が
悟ったかどうかも、同様である。外部に表示されない限り、他者には何の関係もない。
宗教は、内心の思想を外部に表示せざるを得ないという心理的特異性を有する(布教
しない宗教はない)から、問題を生じるのである。
603てすと:2011/05/22(日) 11:41:33.78 ID:7ZhWv2rf
ご隠居の共同体思想って結局共産主義でしょ?

自由主義陣営の私としては、支えあいよりも、奪い合いを支持します。

椅子取りゲームで椅子の数が足りないのに共生なんて出来るものか。

共生いうなら財の分配案を出してみなさい。

604神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 11:42:56.50 ID:CUnN0Axr
>>599
君は本末を転倒している。

組織の為に人があるのではなく、人の為に組織があるのである。
組織は個人が幸せになるためのツールである。道具が人の上に有ろうハズがない。
宗教も、政治も、経済も。全ては道具である。道具を人の上においてはならない。


605神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 11:48:48.25 ID:hzDGHlsS
>>601
人間の共生との関係における、善悪の本質的意味を定義している。それは単なる
「共生の技術」であり、それ以上でも以下でもない。
606神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 12:25:32.69 ID:cdz2kfyL
差別反対の人に聞きたいのだけれど
伝統仏教が社会内差別を補強する側面があったとして。過去あって今もあるとして。
その利権の受益者は今も居るわけでしょ?名家、財閥家とか
差別思想は止めてかなきゃいけないのはもちろんだけど、積極的に利権構造を残そうとする人もいるんだよね
それについてはどうよ
607神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 12:51:53.81 ID:K75gLYtd
>>606 おそらく、俺のことを言ってると思うのでレスするが、
「名家に言及しているので、非差別部落との絡みのことだね?
所謂、名家の者たちが、自分らの血統を守るために、非差別部落民との婚姻を禁ずる家訓などを
維持していても、それを外野がどうこう言えないよね?
そうゆう、差別意識、自己に対する特権意識の持ち主たちには、こちらから近ずかないようにするしかないよね?
ただ彼らがそれを公に公言し、非差別部落民たちを不快にさせるなら、それは当然、批判対象になるわな。」
問いの趣旨がいまいち、はっきりしないので、今できるレスはこんなもんかな。
608てすと:2011/05/22(日) 12:58:09.61 ID:7ZhWv2rf
部落じゃないが、千葉県民はなんで茨城、埼玉より千葉が上だと思ってるの?

東京神奈川は千葉より上だけどさ。
609神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 13:03:14.31 ID:K75gLYtd
>>608 何それ?wwwホントか?
もしかして、ねずみ〜ランドがあるからとか?w
610神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 13:06:23.65 ID:cdz2kfyL
>>607 了解
遠ざかるのね。専守防衛が成り立つようにするには超努力が常時要求されると思うが
それもしょうがないかもね。
悪人万歳ですねてすとさん。
これならてすとさんの来世が地獄でもしょうがないですw
611てすと:2011/05/22(日) 13:11:48.22 ID:7ZhWv2rf
>>610

天国より地獄の方が楽しそう。

力のない人間が善を語ったところで誰も守れないから無意味だし。
612神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 13:17:16.30 ID:cdz2kfyL
地獄があるかどうかはわからないけど、社会的な倫理基準の裏をかいて利益を得ようとするなら
リスクは引き受けなきゃ
過去に武士が殺人商売をしつつ浄土に行きたくて禅宗や浄土宗を場合によって使い分けすればいいしね
613神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 13:21:55.03 ID:K75gLYtd
っていうか、何が上とか下とか、基準がわかんないんだけどw
もしかして、人口がおおいぞ〜〜〜なんてのかい?ww
614神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 13:25:10.21 ID:cdz2kfyL
たしかに地獄のほうが刺激的で楽しいかもね
615神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 13:50:09.55 ID:bSjmz1do
>>614
涅槃も地獄も同じもの。苦楽併せ持つ現世が最も刺激的で楽しい。

釈迦は誤り。
616机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/22(日) 13:50:10.27 ID:DjGpbX5y
>>606
名家とか財閥家というのは、広義においてアイデンティティーの概念ですよね。
アイデンティティーと、仏教の思想である無我は相容れないかと思われますが、
これは共存関係です。
無我はそもそも、アイデンティティーにおける概念ですからね。
この双方の概念を醸成していったその末路において無我があるのが、
本来の無我の意味なんですが・・・

差別思想も同じですね。
差別をドンドン醸成していきますと消えますけど、
消える、というのは残ってるわけで、
無我という自己消滅においても、アイデンティティーは残ります。
つまり、アイデンティティーというのは広義において差別思想なんですよ。
617神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 14:18:07.70 ID:+WArcjVW
>>580
仏典中に、そうした親密性を示唆する記述はないだろうと思う。
(もしあれば、重要な事例であるので、論考がなされてこない筈もなく、また、赤沼辞典にも記載される筈。)
仏教外の文献・伝承に、何らかの示唆するエピソードが存在する可能性も無いわけではないが、
噂(授業中の雑話・脱線話)としても聞いたことは無い。

アジタの説が、(今で言う)《「所謂」唯物論》であるという断定自体はそれなりの妥当性を持つとしても、
特に他の三師(Mゴーサーラ、プーラナK、パクダK)のような無道徳無倫理へ直結するかは、疑問符が少し大きくなる。
アジタ説による「供儀」「祭祀」の否定(―それはいつも、「行為・業(果)」の否定へと躊躇なく直結されるわけだが―)は、
『【来世に対して】効力を持たない、【来世に於いて】果を結びはしない』という意味が主軸である点に目を向けてみてもいい。
勿論、敷衍して「現世に於いても」ということは必然的に導かれるわけではあるが、
「良き後生」が、一般的にも願われるものなれば、
少なくとも、「その行為が爲される目的(→皆が望む効果)としては無い」という性格がある。
彼の説が批判対象であるのは、専ら「今生のみの断滅であるから」に他ならない。(これは一代が指摘する通り。)
そして、それもまた業果の否定とともに他の外道にも見られる。
618神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 14:19:11.90 ID:+WArcjVW
>>580
断滅の立場も含め、他の外道と共通するにも関わらず、アジタ説がトピックとして言及されるのは、
批判対象となる考え方であると同時に、「共通要素を有すから」とも言える。
共通要素があるからこそ、相違部分を明記し、強調する必要があった、と。
アジタ説に関して言えば、「諸々の存在を構成要素の和合」として見る点だろう。
四大という要素の取り方は仏教でも排されていないし、五蘊(十二処十八界)といった分別は、
アジタ説の基軸と大きな親和性を持つ。この親和性は、サンジャヤの不可知論、ニガンタの防護論と並んで
六師中でも極めて高い。他の三師との共通点の少なさ・相違点の重大さからすれば、十分注目に値する。
 *(「経験的に知り得る範囲についてのみ、確かな言及ができる」という立場、と言うことも不可能ではない。)
釈迦批判として「六師の説をパクった」というものがあり得るようにw、六説それぞれのイイトコ取りをしたと見れないこともない。
 *(バラモン教的祭祀・供儀の無意味さは六師全てに共通する。)

そうした観点で言えば、>>555の方向性が見出される(妄想される)ことは、全くの奇抜なことではない。
「共通の考察法を有すなら、交流があったかもしれない」という想像は、極々自然な発想だ。
勿論、相違部分の重要性から、意気投合とはいかないだろうがw

ただ、それを示唆する資料が存在しない以上、仮説とするにしても根拠薄弱である点は否めないとは思う。

参:
ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=ibk1952&cdvol=5&noissue=1&startpage=180
ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=ibk1952&cdvol=9&noissue=2&startpage=434
ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=ibk1952&cdvol=43&noissue=1&startpage=423

ttp://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=ibk1952&cdvol=18&noissue=1&startpage=8
619神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 14:24:18.39 ID:+WArcjVW
>>580
六師の抽出に摩訶迦葉の作為があったかどうかについては、
さすがに根拠なしと言わざるを得ないんじゃないかと思う。
620不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/22(日) 15:13:31.95 ID:bpkMeRJD
>>619 セブン氏
ひろさちや氏の著作に「デーヴァダッタを悪者に祭り上げたのはマハーカッサパ」という
トンデモ(?)説が述べられていた記憶があります。その閻魔大王の珍説の元ネタかどう
かは知りませんけど。私がたまたまその本を読んだ時期に、大王がそういう説を言い出し
たので、私の中ではその二者の説がリンクした形で印象に残ったというわけです。
621神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 15:19:46.60 ID:+WArcjVW
>>620
デーヴァダッタの件は、
摩訶迦葉一人に帰するには無理があるとしても、
初期編纂時に於いて、長老達(≒保守派)にとって
「好ましくない」「負の」事例として伝承すべき事件だったとは言えると思う。
622神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 16:20:18.25 ID:0jssdim6
道元・親鸞・日蓮はそれぞれ悟ったのでしょうか
623机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/22(日) 16:59:52.15 ID:DjGpbX5y
>>622
悟ってますね。

水流に日本刀を立ててですね、上流から木の葉を流すのですよ。
日本刀が木の葉を避けるか・・・
あるいは木の葉が日本刀に吸い込まれて真っ二つになることもある。

この違いですね。
日本刀は名刀と言われておるもんですが、
それに惹き付けられてしまう場合もある。
この場合は、果たして日本刀が悟っておるのであろうか?
それとも木の葉なるや?
624神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 17:07:39.88 ID:vISF8SiA
>>623
>あるいは木の葉が日本刀に吸い込まれて真っ二つになることもある。

ねえ、シッタカ机氏よ、レスの内容に関係ない揚げ足取りだが、
「吸いつけて切れず」が名刀の条件じゃなかったっけ?
「吸い込まれて真っ二つ」じゃ、妖刀の条件だろw
625机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/22(日) 17:17:36.79 ID:DjGpbX5y
>>624
切れることを究極までに追求したのが、
いわゆる名刀と言われるもんですね。
ならば「切れない」といふことはアリエナイw

「切れる」ことを前提とする究極の精神世界にまで昇華させたのが
日本文化、いわゆる「道文化」ですね。

「悟る」も同じですね。
どうか「切れる」ことは、このさい忘れてもらって結構ですね。
そうじやなきゃ「悟る」ってことも意味がないじゃ〜ないですか。
626神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 18:08:46.15 ID:ZQFU6EPr
悟るてなんだよ
627神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 18:15:58.88 ID:vISF8SiA
>>625
>切れることを究極までに追求したのが、
>いわゆる名刀と言われるもんですね。
>ならば「切れない」といふことはアリエナイw

名刀に関するこの↓有名なエピソードを知らんのか?w
http://www.geocities.jp/ntooma/m-masamune1.html
628机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/22(日) 18:37:41.26 ID:DjGpbX5y
>>627
ようは、刀とは「切る」ために作られたものなんですが、
それをどう使いこなすか?だけなんですね。

道元・親鸞・日蓮を名刀に譬えたわけですよw
それぞれが鋭い切れ味の名僧(名刀)ですが、
それをどう自分なりに消化できるか?
これだけなんですよ。

どの名僧が悟っておるのか?それは・・・
それは如何に自分が消化できるか?ですね。

つまり、正宗も村正も、生かすも殺すも自分次第なんですよ。
どうか悟ってくださいまし。
629机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/22(日) 18:52:57.82 ID:DjGpbX5y
>>627
URLを読んでみました。

>いたずらに殺気を帯び凄気(せいき)を浮かべて剣の美を失うものは
>悪剣妖刀(ようとう)といって名刀とは言わぬものじゃ」
>(『講談全集」大日本雄弁会講談杜版)

あのですね、実際のところ妖刀も名刀も区分けできんのですよ。

>悟るてなんだよ >>626

このようなお答えで宜しいでしょうか?

630神も仏も名無しさん:2011/05/22(日) 19:07:28.45 ID:+WArcjVW
sageでレスする机ってのも、なんか違和感あるなw
(いつもの「らしさ」も今一つだし・・。 隠居も目欄に何か入れてるしw)


暫定的に一応「おかえり」とは言っておくが・・w
631神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 02:57:28.68 ID:E4MfRidA
20年学んださんは、ただの断見説にしか思えないが、

苦諦は認めますよね? もし、認めるなら、輪廻しないと確信するなら、なぜ自殺しないの?
あらゆる経験が苦で、かつ死んだらおしまいなのに?
632机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/23(月) 07:10:29.06 ID:oZcRH+Dk
>>630
ありがとうごじゃりまふ。
>>631
>輪廻しないと確信するなら、なぜ自殺しないの?
>あらゆる経験が苦で、かつ死んだらおしまいなのに?

横槍ですけど、貴殿のような主旨の発言をよく掲示板で散見されますね。
拙者はどうもこういう書き込みが不思議でしょうがない。
輪廻しない→→自殺する。
輪廻する→→自殺しない。
こういう流れになりますね。

東日本大震災を例にあげれば、既に輪廻はしてるんじゃ〜ないですか?
それは現実問題として輪廻はあるが、それは来世を意とするところではない。
こういうことを仏教では言っておるのかと思いますね。

負の遺産(放射能汚染など)は来世にあるのではなく、今ここにあり。
こういうことかと思います
633神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 08:53:03.01 ID:l5URNuFA
今ここにある負の遺産からおさらばできるぜヒャッハー!

でも正の遺産も楽しめない。というわけで自殺せず正の遺産を楽しむために
輪廻以外の仏教説も自己啓発・人生哲学に解釈し直される。

口当たりの良さの秘密もここにある。
634神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 09:16:15.90 ID:mqS23DS9
>>631
君が死ねば白骨になり、永遠の無となるからこそ、限りある生が輝き、よりよく
生きる意欲が生じる。 

「一切皆苦」など、釈迦の鬱病の妄想に何時までも執着すべきではない。一切
衆生は、その生存努力という大修行を通じて、「苦あれば楽あり、楽あれば苦
あり」という真理を悟っている。悟れなかったのは、その鬱病故の釈迦だけだ。

「一切皆苦」なのに再度の生を望むことこそ、生への執着、煩悩の塊ではないか。
完全に矛盾していることも覚れないのか。

死ねば無ではなく、再度の生など妄想するのなら、君こそさっと自殺して試して
見よ。「永遠の無」であっても、誰も責任は負わんぞ。仮に涅槃などあったら、
退屈で、それこそ自殺したくなるだろう。涅槃とは地獄の別名であることを覚れ。
635神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 09:25:38.57 ID:l5URNuFA
う〜ん、論点はそこじゃない。どう見ても。

(認めないならまだしも)苦諦を認め、なおかつ輪廻を否定するのなら、
自殺することこそが苦諦を解決する方法だ。なら自殺しないとおかしくね?
という話だ。

別に苦諦を認めないのなら、自殺しなくても整合性はある。

なぜ自殺しないかというと、凡夫が自殺しようとすれば
悪い感情が噴出して、かえってよからぬカルマになるとかそんな説明だったな。
釈迦も涅槃した人には別に自殺してもいいよ、って言ってた気が。
636神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 09:50:40.01 ID:E4MfRidA
そうそう。タヌポンと生命教はちょっと黙っててくれないかな、もう聞き飽きたよん。
20年学んできたって方の主張は、初期生命教とほとんど同じだと思うんだけど。
つまり、現代人の常識が根拠で適当にテキストを合わせてるだけだよね。過去スレみるといいんだけどな。
637神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 09:53:38.50 ID:mqS23DS9
>>635
釈迦がその心の病から生じた厭世観(苦諦)に苦しみながら、自殺せず、80年
以上もしぶとく生きた、あくなき生への執着こそ見習え。現代の精神医学では、
鬱病の自殺率は15%もある。釈迦は、内心では来世や涅槃の存在などちっとも
信じてはいなかったからだろう。大真面目に信じているのは、愚かな信者たちだけ。

鬱病患者が自殺するのは、「本当は生きたくてたまらない」のだが、その
脳内神経伝達物資の異常から生じる苦悩感に堪えられず自殺するのである。
すべてが人間、いやすべての生物に共通する唯一の普遍の事実としての生存本能
に基づく「生への執着」の故である。釈迦は「目覚めた」のではなく、その
心の病故に「迷妄」に陥ってしまったのである。
638神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:04:27.45 ID:hD5e2dsl
>>628-629
>つまり、正宗も村正も、生かすも殺すも自分次第なんですよ。
>どうか悟ってくださいまし。
ちげえw
確かに正宗の方は、「生かすも殺すも自分次第」だから「名刀」だが、
村正の刀は、「切ろうと思わなくても切れてしまう(=葉を吸い寄せて真っ二つ)」だから、「妖刀」なんだよw

>あのですね、実際のところ妖刀も名刀も区分けできんのですよ。
そうじゃないw
シッタカブッタの机氏が、>>623で、「水流で木の葉を切る」という、「受難の村正」の有名なエピソードを引用しながら、その話における名刀と妖刀の定義を逆にしているのを笑ってるんだよw

日本文化を語るなら、もう少し日本文化について学んでから語ろうね?w
639神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:08:10.30 ID:EI63fB17
おはようございます
20年の人は苦の定義についても揺らぎ不安定さ等の原義解釈を提示していた
そして禅定に楽があるのも条件付で暗に認めていた
従って苦の認識=自殺にはならない。諦も悟りにいたる一段階として認めていたようである
640神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:13:41.68 ID:E4MfRidA
マハーカッサパ説はフランケ、オルデンベルグ、和辻などが指摘したパーリ・ニカーヤが編集されたという常識と考えればそれほど可笑しくないかも?
小部とか雑部と、つまり、その他の経典として教義の中心から外されたスッタニパータやジャータカはもちろん、
大乗経典まで含めて釈尊の真意を体系付けたのが龍樹菩薩で、それを明解に再説したのが月称菩薩の『入中論自註』だから。
641神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:16:37.61 ID:nsgJ+vCE
仏典が非常識なのは、苦行主義を至高とし、
坊主を聖なるカースト化するための差別化のためだろ。
詐欺の片棒担いでるだけだし。
642神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:21:21.26 ID:E4MfRidA
>>639 適当な解釈だよね。「禅定の楽」ってのは壊苦に他ならず、
我々が食べたりセックスしたりして感じる楽と同じで一切皆苦の射程にすっぽり入ってるぞ。
しかも禅定体験を認めるなら、SN一切説が凡人の五感以外も含むと分かりそうなものですが
643机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/23(月) 10:22:53.84 ID:oZcRH+Dk
>>638
>「水流で木の葉を切る」という、「受難の村正」の有名なエピソードを引用しながら

っおっほっほ。

あのですね、何事においても、さようなエピソードがあるのは、
それなりの故事来歴というものがありましてね、
それを知ってしまえば、なんてことはないのですよ。

村正それ自体が妖刀な訳はごじゃらんせん。
妖刀としなければ“面子”が立たない御仁がおったから、
だから「妖刀」とした訳で、
そんな御仁の「でっち上げ」あげなどには騙されれてはなりませぬ。

妖刀としての村正は、その後市場には出回らなくなりましたが、
それでも武士には人気が高く、贋物村正が密かに売られておったそうじゃよ。
なんでかというと、鈴が森あたりでシカとその切れ味は実証されておったからな、
武士なら、一度は手にしてみたかったであろうのぉ。
644神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:25:20.93 ID:EI63fB17
>>641
デーバダッタがゴータマに非とされたのは、極端な苦行主義を非としたから
デーバダッタは釈迦以前の苦行者文花に回帰をのぞむ原理主義者だったという解釈もある
645神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:31:27.01 ID:EI63fB17
>>642
>「禅定の楽」ってのは壊苦に他ならず
師がまともなら絶対に指摘される。
しかし座るのが楽しくあるいは苦痛でなくなるのも世俗のありようとしてはある
成道後の釈尊の楽しみの一つに数え上げられている
646神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:33:19.38 ID:nsgJ+vCE
苦しみとみる、は
苦しみを感じている、という意味でもないし、
苦しみに身を投じよという意味でもばいからね。
647神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 10:34:06.43 ID:nsgJ+vCE
×苦しみに身を投じよという意味でもばいからね。
○苦しみに身を投じよという意味でもないからね。
648神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 11:07:57.15 ID:EI63fB17
むずかしい。
会えばそれなりに言えることもあるだろうが。
自分でわかる範囲で確実な物を積み上げてゆけば視界も開けてくるはず
回り道なようだがそれが一番確実
649神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 11:35:34.57 ID:ltpQhEX0
>>646
ことさらに「苦の意識」を健常者に植え付けて、信者を獲得しようとするのは、
必ず地獄に墜ちる悪業である。キリスト教が「罪の意識」を植え付けて信者を
洗脳して入信させ、営利を図る、極めて悪質な布教手段と全く同じ。

将来、宗教は、「精神に対する不法行為」として処罰の対象となることは確実。
650神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 11:41:08.64 ID:mNNqH88i
苦行主義に回帰したいってのは何なのだろう。

古くからの伝統であることに魅力があるのか。
苦しいことをやりとげる達成感がたまらないのか。
651神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 11:57:28.44 ID:EI63fB17
あることを苦と見たら、普通はそれから離れようとする
飲酒は最終的に人生のためにならない
とある人が思えば、その人は飲酒をやめるだろう。苦の意識とはそういうこと
飲酒をやめれば、飲酒にまつわる要素について、その人は労力を費やさなくなる
余った精力を熱タパスとして、それまでの状態を流出とする。苦行主義とはそういうこと
652神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 13:15:56.43 ID:hD5e2dsl
>>643
村正が妖刀か名刀かなんて話はしていないんだがw
引用元の逸話を正確に知っていればしない様な言動を机氏がしていると指摘しただけ。
要するに、机氏は、有名な「受難の村正」の逸話を知らなかったって事ね。
論点ずらしてごまかす暇があるなら、少しは勉強して教養を身に着けようぜw
653神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 13:28:40.39 ID:E4MfRidA
>>645 分かってないなあ。成道後は寂滅意楽・涅槃寂静の出世間・無為だから楽なんだぜ
禅定・三昧の楽は世間、つまり輪廻の中だから一切皆苦、言い換えれば一切の有為は苦なんだぜ。
だからこそ、禅定の楽に耽ることはオナニーと変わらないから、そんなものに執着するなと導くのが師匠なわけだ。
654神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 14:04:36.12 ID:EI63fB17
>653 20年氏は
>>337で >坐禅フリーク、瞑想フリークになるだけ。
と653と同様の指摘をしている。>332〜>337も参考に
しかし門外漢からみれば釈尊も禅定熟練者、悪く言えば瞑想フリークに分類されるだろう
外部から生活を記録したら短くない時間を禅定に費やしていたのではないだろうか
655神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 14:44:47.99 ID:E4MfRidA
そりゃ、慧の前提に定、定の前提に戒と説く、戒定慧の仏道から当然だけど、
とりあえず、>>645が誤解だというのか了解してもらえたかな? そして>>639 が可笑しいと?
涅槃以外一切皆苦な仏教は、死んでも輪廻するから、戒定慧の仏道しか涅槃できないと分かった?
656神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:00:09.01 ID:EI63fB17
645を言い換えすると
訓練すれば座るのも容易になる。
同一の座るという状態も修道者視点(指導者→途上者)と当事者視点(自足したその場の苦受楽受)は異なる
657神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:09:31.78 ID:UtFy6MJ7
それはそうだ
そうおもう
そうでないからといってそう思わないのはそうではない
だからといってこうだともいえないしそうだともいえない
だからああなのだと結論を急ぐとそうなるからやはりこうだ
658神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:10:33.81 ID:E4MfRidA
なるほど、倶舎の部派論師みたいに言葉の意味を変えて言い逃れるパターンね。
じゃ、君は一切皆苦を認めないのかい?
659神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:14:03.80 ID:EI63fB17
639について補足すると
日本では普通は禅でも密教でも行いから入る。
だから、論としては人生が苦(で悟りを拓いていないなら)なら自殺するはずといわれても
ピンとこない。それなりの足りている部分があると言外に示すのが大乗だから。
事実、足りているから大乗は崩壊しない。
660神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:22:12.54 ID:EI63fB17
韜晦するつもりはないが、
 文章の長さが制限されるので事例も書けない
 複数の異なる立場の読み手がいる
から、最小限誤解を受けないように書くとこのような文体ににならざるおえない
藁人形論法を使う気もないしね
661神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:23:53.85 ID:E4MfRidA
そんなことをいうのは君がただただ一切皆苦を全く認めてないだけのことだよ。
この「一切」は正に20年さんが引用した『サンユッタ・ニカーヤ』の「一切」と同じだよ。
つまり、六識で経験できる「一切」で、それは禅定体験も神通の宿命通も含まれるわけだ。
662机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/23(月) 15:24:33.50 ID:oZcRH+Dk
>>652
>引用元の逸話を正確に知っていればしない様な言動を机氏がしていると指摘しただけ。

逸話ってのはですね、講談話なんですが・・・><
「講釈師、見てきたような嘘をつき」。
こういうことなんですね。

つまり「嘘」が書いてあるだけでして・・(略

戦国時代の日本刀は、ただ合戦に都合のよいように作られたのですが、
やがて平時の時代になりますと、そこに美を見出してくる。
この派生として講釈師がネタのモチーフとして利用したに過ぎんのですよ。

村正も正宗も、切るためのツールに過ぎんのですよ。

野に咲く一輪の花に、どういう理由付けが必要なのか?
こういうことになろうかと思いますね。

          <机龍之介・花押>
663神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:33:03.89 ID:E4MfRidA
>>660 なるほど、オイラも三行しか書けない。ここではお互い困るから、以下をお借りするのはどう?
http://bbs1.nazca.co.jp/17/dirgha/
他でも結構だよ。まあ、いっとくが輪廻を認めずに仏教は成り立たないことは、明か。
664神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:43:05.30 ID:EI63fB17
>>661 一切について話すのはブレだと思うが少し付き合うと
661氏の定義する一切皆苦は20年氏の定義する其とは少し異なる
661の定義に従って6識で経験できる一切としても、それは今とその人に制限される
論争の上で、少なくとも言句上。実際に指差される一切は限定されている。
同時に実用上それで十分だとも思う
665神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 15:52:49.73 ID:E4MfRidA
おやおや、そこで徹底してやらないのかい? 引用したい放題だよ?
オイラは全くブレてないぜ。一切皆苦と輪廻の問題だ。
その一切が何を表すか、君が色々言ってるから、一切について20年さんが引用したSNを出しただけだ。
666神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 16:23:43.50 ID:EI63fB17
631からの流れで話せば
>苦諦は認めますよね? もし、認めるなら、輪廻しないと確信するなら、なぜ自殺しないの?
>あらゆる経験が苦で、かつ死んだらおしまいなのに?
苦諦は苦から離れるためのもの。苦諦を採用した上でダイバダッタのような極端な苦行主義にいたることもありえる
あらゆる経験が苦であるから(離れる事が可能な)一切から離れて独存に至る、そのような志向者もいる
667神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 16:39:03.22 ID:E4MfRidA
「苦諦は苦から離れるためのもの」この典拠は何? 始めて聞いたよ、こんな説。
「あらゆる体験・感受は苦」という果から、その因としての集諦で、縁起の順観、流転門。
その逆の「涅槃だけが楽」という果から、その因としての道諦が、縁起の逆観、還滅門でしょ。
668神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 16:48:59.79 ID:EI63fB17
悟りを求めるのは苦から離れるためのではないの?
典拠はだせない。
四諦の定義から引き出せなくもないかと思うが残念ながら手元に書籍ない
669神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 18:11:06.02 ID:gYOIoccP
とりあえず一言。
デーヴァダッタは苦行者主義ではない。少なくとも、当時の情勢(を現代から見た形)の中で言われる
ジャイナ教等に代表される「苦行主義」ではない。位置付けとしては、そうした苦行者集団と釈尊との間になる。
(極端に言えば、頭陀第一と言われた摩訶迦葉に毛が生えたようなものだ。)
成道前に釈尊が試みたようなものを目指したわけでもない。ましてや、その他の苦行と言われる行法を目指したわけでもない。
当時の遊行者界に於ける、行者の自らの律し方として、仏教は比較的緩かったからでしかない。
少なくとも、伝承(文献)の上からは、「苦行主義」「苦行者」と言ってしまうのは語弊がありすぎると思う。
670神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 18:27:12.59 ID:EI63fB17
釈尊を相対化するにあたり、
苦行者が単なるマゾヒストではなかった事実を知るのは無駄ではないし
一切皆苦の背景には苦行者の統覚行に共通するものがあるのを指摘するのも無駄ではないと思う
そうすれば一切皆苦だから自殺と短連しなくなると踏んでかきました
典拠出せないけどな
671神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 18:28:05.74 ID:E4MfRidA
典拠出せないって時点で、仏教が分かって無く、適当にぼんやりと捉えてるって自覚してくれよん。
そりゃ、仏教は「苦から離れるため」の道だから、間接的にはそういうこともできるが、
論証過程を飛ばして結論だけ言って、相手が納得すると思う? 「嫌だから嫌」って駄々っ子と同じでしょ。
672神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 18:34:51.03 ID:gYOIoccP
>>669
勿論ジャイナ教でさえ、その基軸は「『所謂』苦行」、今我々が「苦行ku・gyou」と聞いて一般的にイメージするものではない。
その意味を、(>>651五行目にあるように)
《「力の漏れ・拡散」を避け、寧ろ「蓄積・濃縮・凝縮、保持・護持・維持」》という部分で見るならば、
多少は首肯できる面もあるが、
それでも、デーヴァダッタの叛逆は、「(社会に於ける)具体的な在り方」(威儀、立ち居振る舞い)の側面にこそ
重きが置かれている。(これは、「(染汚・煩悩からの)感官の防護」という側面では、あらゆる苦行思想と通底するものだが・・。)
673神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 18:38:08.93 ID:EI63fB17
現実に御弟子を取らない一般人ならぼんやりでもいける
典拠レベルの議論をするとなると急激に手間隙が増えるのでご遠慮させていただきたい
プロじゃなくと台所がある以上料理くらいする
投資した時間的金銭的資源からいってプロにかなわないであろうことは認める
674神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 18:40:19.62 ID:E4MfRidA
そのレヴェルで、仏教はこうだとか言わない方がいいと思うよ。
おつかれさま〜
では、20年さんの登場を待ちますか
675神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 18:47:32.83 ID:EI63fB17
ご忠告ありがとう
じゃーね
676神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 19:02:01.86 ID:X8g8Gf+m
釈迦のいう「苦」「一切皆苦」は、彼の鬱病の症状だから、重要視しては
ならない。あまり執着すると、彼の精神病が伝染する。

要するに、基本思想が病理的だということ。
677神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 19:06:10.66 ID:+LIhfKw6
Aさん「俺は一切皆苦は同意するが、輪廻転生なんて信じてないな。」
Bさん「なら自殺すれば?」
Aさん「死ねば確かに、俺の苦を滅することはできても、周りの人間をかなしませるな。それは避けたいね。他に何かない?」
Bさん「なら解脱すればいい。」
Aさん「其がベストか。俺の苦も滅するし、周りの人間を悲しませることもない。」

これじゃダメなの?
強引に自殺に帰結させなくても、良い気がするが!
678神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 19:17:16.54 ID:+LIhfKw6
また、周りの悲しむ人間が一切いない場合でも
自殺による苦の消去
解脱による苦の消去
これを比較検討して
「死ぬのはいつでもできるし、まずをやってみるか」と考える人もいるのでは?
即ち、輪廻転生を否定しつつ、一切皆苦を認めても
必ずしも「自殺に帰結」するわけでもないと思うが?
679神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 19:20:34.98 ID:hD5e2dsl
>>662
だから、講談が嘘だとか、日本刀の美がどうのこうのなんて全く関係ないって。
自分が引用した話の内容すら正確に把握していない、机氏の教養のはみ出しっぷりを笑っただけだよw
もう、論点ずらして必死に取り繕わなくてもいいよ。
机氏に教養が無いってのは、みんな知ってるから。
ただ、これ以上恥をかきたくないなら、日本文化を語るときにはきちんと勉強してから語るようにしようね。
あ、もしかして、毎回言ってるのに、懲りずに教養をひけらかそうとして何度も恥をかいているのは、マゾだからなのか?w
680神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 19:49:06.23 ID:E4MfRidA
>>677-678 そう常識を基準に考察されても困るんですが? 
問題は、仏教とはどういうものかで、自分の妄想を仏教とし伝統仏教を偽仏教とするのが問題なんです。
各自が、仏教にどう向かうかはもちろん自由だし、伝統的にも少しでも苦が減少すればよしとしてきてるよ。
681神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 19:55:52.14 ID:+LIhfKw6
>>680 俺は伝統仏教がどのように説いてきたか?などについて話してるのではない。
「輪廻転生を否定しつつ、一切皆苦に同意しても、そこからの論理的帰結として自殺には結びつかないよ。」って言ってるだけ。
だから、一切皆苦を認める輪廻転生否定論者に「なんで自殺しないの?」と
問いかけることは無意味だよって言ってるだけ。
682神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:00:09.06 ID:E4MfRidA
>>681 一回目は、文が読めずにトンチンカンなこと言ってるのをやんわり指摘したんだけど
じゃ、勝手にしたら、オイラは君がどうしようとご自由にとしか言いようがないね
ここで問題になってるのは、文献解釈で、各自がどうするかなんてのは、問題になってないんだよ。
683神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:08:52.40 ID:EI63fB17
むかし原始仏教スレッドでアホダラさんが切れやすくなっていったのを思い出す
どちらが正統派かという議論に文献学は有効だが
追試検証を基本とした科学的な認定基準もあるし
現地に赴いて記録する紀行文的在り方もある。

つ旦
684神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:12:40.63 ID:+LIhfKw6
>>682 は?何言ってんだ?俺は>>631 さらに、>>635 の書き込みに対して、横レス入れてるわけだか、
どこがトンチンかんなわけだ?
論点ずれてる勘違いレスというならば、それをきっちり説明してもらおうか?
685神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:13:19.10 ID:E4MfRidA
と書いたが、「論理的帰結」と有ったのを読み落としていたので、きっちりしとこう。
君は一切皆苦という、意味が全く分かってないので、論理的に誤った前提から間違った帰結を導き出してるだけ。
一切の経験や感受が苦なんだよ。そこに選択とか妥協の余地はない。それが分からないのは君に論理性がないだけ。
686神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:20:53.29 ID:E4MfRidA
>>683 科学とは相容れない。文献学などの物理的・言語学的問題なら可能だけど
今の科学だとキリスト教の神の視点の世俗判である普遍妥当性を要求すると思うが、それは縁起と相容れない
観る生き物の意識状態によって縁起が変わり、普遍妥当性を持った現象などないというのが無我・空だから
687神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:22:12.49 ID:+LIhfKw6
>>685 それでは>>677 >>678 の反論に全くなってないね。
俺が言ってるのは「必ずしも自殺に帰結しない」
ということ。それを「論理的に」反証してくらはいw
688神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:31:00.86 ID:E4MfRidA
君は、文をキッチリ読むことができないで、恣意的な感情を文に読み込んでいるのが分からないだけ。
一切皆苦というのは、世間では楽しいこと、苦しいことなどいろいろあると思われてるが、
そんなことなく、すべては苦しみでしかないという意味以外ではないんだよ。文を読む訓練を五年くらい積んできてくれ
6891/4:2011/05/23(月) 20:35:59.92 ID:gYOIoccP
たとえ「輪廻する」ということが信じられたとしても、
必ずしも「自殺防止」(自殺へのブレーキ)足り得ない、ということを少し論証してみたいと思う。
(それは、図らずも「凡夫と聖者の間に横たわる壁」というものに突き当たるだろうが・・。)

今仮に、自殺への動機・後押し、躊躇・撤回の理由をそれぞれ図式化してみる。

 もう耐えられない        周囲への迷惑・後処理
 ここじゃないどこかへ     未練・希望・改善可能性
└───┬────┘    └────┬────┘
 . . . . .......└────────────┘
                △
ここで、左辺に「虚無感」や「罰としての自虐」を加えてもいいが、
理由の大勢としては、こうした感じかと思う。

で、人は輪廻するものであり自殺は意味がない、《「苦」の解決》にならない、
という時の天秤は以下のようになる。

 《【今ある、この苦】     《「幾世にも亘り総じて見られる
     の消去・解決》       【一切苦】」の消去・解決》
《次に生まれてくる時は…》     《次の生でも【同じ】》
  もう耐えられない        周囲への迷惑・後処理
  ここじゃないどこかへ     未練・希望・改善可能性
 └───┬────┘    └────┬────┘
  . . . . .......└────────────┘
                 △
この天秤が、左辺に傾き切った時、自殺は決行される。
(勿論、引き金を引かれるように、平均台でポンと肩を押されるように、
衝動的瞬間はきっかけとしてあるわけだが、それによって「傾きが一方に固定化される」までの
機の熟し・荷の累積は、そこに必ずあるだろうと思われる。(ちなみに、頓悟・漸悟の議論も同様だが。)
6902/4:2011/05/23(月) 20:37:26.74 ID:gYOIoccP
ここで重要なのは、墨括弧で記した
イ:【今ある、この苦】と【一切苦】の対比と、
ロ:「次の生でも【同じ】苦がある」と言われる時の、この【同じ】ということが意味するものだ。

中論等から聖俗二諦を持ち出すまでもなく、
《「苦」の解決》には、『聖者に於ける解決』と『凡夫に於ける解決』がある。
仏教が前者をこそ至上とし、前者をのみ説くものであることは論を待たないが、
凡夫にとっては、「一切苦」【の手前に】「今目の前の苦」があり、それこそが【まず】解決されるべきこととなる。
≪【解脱を待って(!)】【「今目の前の苦」に甘んじ続けられるかどうか?】≫ こそが重要なのだ。
「次の生でも【同じように】苦しむよ」とか「自殺という行為の悪果を受けるよ」と言われても、
「“今目の前の苦”よりは遥かにマシだ」「“今目の前の苦”でないなら、そのほうが良い」
というのが【自然な感情、発想】だ。
ここでいう【同じ】は【個別的な同じ】ではない。
あくまでも、【抽象的な】【図式的な】【理としての】《同じ》であり、【聖者の視点から見た《同じ》】であるわけだ。
つまり、『同じように苦を感受する(生を繰り返す)ということが頷かれ、ブレーキ足り得る』のは、
→『自殺の無意味さに気付く、知る』のは、【聖者の視線を獲得した上でのこと】ということだ。
聖者の視線で見ない限り、《「今目の前の苦」の除去》を優先順位から下げていくことは、なかなかにして困難だ。
(解脱を待たない限り、無根拠に聖者の言葉を信じるしかない!)
6913/4:2011/05/23(月) 20:39:11.08 ID:gYOIoccP
このお題の際(いや、別のお題(前世の業)だったか?)、
以前、綾瀬コンクリート事件に触れられたことがあったと思う。
一代は、拷問・苦難に涼しげに絶えたチベットの僧侶の例を出したりもしてたと思う。
  *(しかし、彼らは凡夫ではない。既に聖者の域にある。)
責め苦に遭いつつある彼女は、心の底から「死なせてくれ」と思ったろう。
もし、彼女が自殺を選んでいたとき、それは《苦の解決》であろうか?そうでないだろうか?
彼女が敬虔な仏教徒であり、輪廻を深く信じていたら、(前世の業故と納得していたら)
自殺の選択肢は頭をよぎらなかっただろうか?次の生に賭けるという選択は無かっただろうか?
(あの釈尊でさえ、幾劫もの生を重ねた末と言われているのに・・・。)
 *(今咄嗟には出てこないが、病に苦しむ比丘に対して自殺を許可したエピソードがなかったろうか・・。)
 *(ここで採り得るもう一つの理屈は、
  『彼女は、そのような目に遭わねばならないような悪業を前世で犯していた』というものだ。
  『だから、逃れようがなかった、受けねばならない責め苦だった』というものだ。
  これが一番スッキリするし、難しいことを考えることもない。理屈付けとしては実にお手軽で強力なものだ。
  どこかの誰かさんは、体中の血管をぶち切りそうだが・・www)

年若いとか関係なく、熱心に【学び】【行じ】れば速やかに悟り得る、とは理論上言い得ることだ。
彼女が、或いは、他の人々も、そのようにあることができれば、
全ての苦を甘んじて受け止め、自殺の選択肢はあり得ないだろう。
だが、現実問題として今の日本人が、というより「所謂衆生」が、
そのように熱心に仏道に専念できるだろうか? 良き師に就き、学び行ずることができるだろうか?
答えは否だ。 (だから、(20年君には悪いがw)御伽噺的大乗仏教の存在意義は厳然としてあるわけだ。)
692神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:41:20.34 ID:E4MfRidA
オイオイ、セブン、オイラがやってるのは帰謬だぜ。なにも、仏教は自殺を推奨してるとか、
輪廻がなくちゃ、みんな自殺しちゃうというわけじゃない。一切皆苦を真に受け入れたなら、
輪廻がなければ自殺が当然の論理的帰結だというだけ。実際、律に勘違いして殺しまくった話もあるし。
6934/4:2011/05/23(月) 20:43:16.93 ID:gYOIoccP
一代がいみじくも「良き師に就かねばならない」「良き師に遭うことは難しい」と言うように、
現実問題でのハードルは山積している。
理で持って、「輪廻しないなら、自殺すれば良い」「輪廻するから自殺は意味が無い」という論立てには無理がある。
ここで言う「意味が無い」は、『【聖者の視点で】意味が無い』のであって、
『【凡夫に於いては】大きな意味がある』。 NGだとするのは理の上(→勝義に於ける一切苦)でのことであって、
実際問題としては、次の生に賭けるのが凡夫の性向だ。
「施論戒論生天論から説かれる」という定型は実にリアルだ・・。

「理としてNGであること」と「それが防止策(ブレーキ)足り得るかどうか」は別の話だ。
それは同時に、「輪廻しないなら自殺すればいい」という言明が、
「勝義に於ける一切苦」の領域を踏み越えて、「ブレーキのかけ方」という【次元の違う領域】、
世俗に於ける様々なブレーキのかけ方の選択バリエーションの無視となっている点は指摘しておきたいと思う。

それは、「(仏教的)理に於けるNG」が、
必ずしも「非輪廻思想(仏教外)に於いては自殺が解決になる(→自殺しか解決法は無い)」
という結論を、【直接的に】導くものではない、ということだ。
694神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 20:44:26.47 ID:gYOIoccP
695神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:00:46.45 ID:gYOIoccP
>>692
勿論、言わんとするところは解るw
輪廻し、無始無終の縁起を基軸とする仏教なれば、
死(≒一度の五蘊の滅)で全てが終わるということなどあり得ず、
『そのような仏教の枠組で「一度の五蘊の滅」を言うなら、それが「一切苦の滅」となってしまう』矛盾を言っているのだろうw
「涅槃」の意味が無い、と。
だから、『仏教の枠組、文脈に於いては、「一度の五蘊の滅」(≒断滅)を認めることはあり得ない』 と。
だから、【仏教の枠組で】【断滅(→非輪廻)を語るな】 と。

こういことでしょ?
ただ、それが、自殺防止の手法のバリエーションを仏教の外へ放り出すことに繋げる必要はないし、
>【一切皆苦を“真に受け入れ”たなら】、輪廻がなければ自殺が【当然の論理的帰結】だと
は、>>690で触れた通り、前者の墨括弧は、悟ったあとの話(或いは一歩手前の話)だという点は留意していいと思うがな・・。
一切皆苦を真に受け入れることができたら、それはもう凡夫じゃないよw
696神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:01:19.13 ID:+LIhfKw6
>>688 そのくらいのことは、分かってるわ一代w

よし、ひさしぶりにきっちりやろうやww
総論的批判でなく、>>677〜678 を反証しろや。
697神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:05:16.93 ID:EI63fB17
>人身受け難し、今すでに受く。
>仏法聞き難し、今すでに聞く、この身今生に向かって度せずんば

 ↑だから自殺しないというはよく聞くね
698神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:15:31.29 ID:E4MfRidA
>>696 さっぱり分からんは? 一切皆苦の意味が、そうわかるなら、感情が入る余地はないだろ?
親類が悲しむ/悲しまないと判断するってことは、一切皆苦だと実感してないってこったろ、
君はこのスレで一番賢いと思ってたんだが、じゃ、そうじゃないという理由を分かるように説明してくれない?
699神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:15:33.97 ID:rDAQJLeP
>>677-678
  
<自殺による苦の消去> ・・・・・ ? 苦の消去と言うためには、その後で 「ああ、これで苦がなくなった!」 という自覚が

存在することが必須条件だ。 死んで断滅するなら(死後の世界がないなら)、その自覚が持てないから、<苦の消去> など

あり得ないということも分からんのか?
  
700神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:19:03.35 ID:gYOIoccP
>>699
お前、真剣に悩んだり苦しんだことないだろ?w
701神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:23:26.00 ID:E4MfRidA
>>699 そりゃ、苦しいな〜 そんなこと言われて自殺止める人はいないと思うぞ
702神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:25:25.76 ID:UvXvKZyA
自殺はダメ
焼身供養はいいのです
ベトナムで死んだ僧侶は仏になった
703神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:25:36.85 ID:E4MfRidA
ところで、一番賢いとオイラが思ってる名無し氏が鋭く指摘した和辻/木村論争だが、
オイラは和辻のが可笑しいと思うよ。確かに木村先生の四次元も苦しいが。
和辻の主体がないと輪廻できないというのは、可笑しい。じゃあ、無我なのに今の我々の縁起は何か?
704神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:26:10.34 ID:EI63fB17
7さんの論証だと自然発生的に悟りを得る人は現れないことにならない?
凡俗から聖者に飛躍するのは難しいでしょ
怒りが苦に結びつくから怒りを捨てる、無駄な出費が苦に結びつくから、
飲酒が苦に結びつくから、、過度な刺激が苦に、、。
仏教以前かもしれんけど、個人の生活感に沿ってのほうが自然だと思うがなぁ
典籍がらみでググッタ上座部の見解も皆苦の了解が落ち着きに結びつくように表現されている
705神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:28:51.22 ID:X8g8Gf+m
>>688
>すべては苦しみでしかない

それが鬱病患者特有の症状としての「生存苦」「厭世感」。
健常者は、「生きていることは、喜びでしかない」と考えるもの。
いい加減で、釈迦の精神病理から離脱せよ。人間の精神に対する
害悪以外の何物でもない。

どんなに苦しんでいる人間でも、実はいま生きていること自体に最大の
喜びを感じていることを洞察できなければならない。だから人間も
その他のすべての生物も、数億年の長きに渉り、今日まで生存を
続けているのである。釈迦は、生命についての洞察力が皆無。
心の病だから致し方ないが。
706神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:31:28.88 ID:E4MfRidA
>>702 そこだよ。そこが難しい。要するに意識の違いが結果の違いになる。
現象や行為、つまり他人の見え方が同じようでも、意識が違えば結果も違うのが仏教。
だから、普遍妥当性なんかや、客観的再現可能性、検証可能性が成立しない、少なくともしにくい。
707神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:34:35.29 ID:rDAQJLeP
>>699 で書いたことは本当だぞ!

<苦の消去>をしたい人は、「ああ、これで苦がなくなった!」 という自覚が欲しいはずだ。

自殺しても、そのような自覚を得られない! 逆に、自殺した時の苦しみが死後もかなり長く続くのだ。

自殺するぐらいなら、命懸けで修行して 「さとり」 を得るように頑張るのだ!
  
708神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:35:26.17 ID:v6hvTGjM
一切皆苦というのは、どんなことも、失われたり損なわれたりする永遠なものはない。
そういう意味であらゆるものは苦を内包する。というわけではないのか。

この意味でも、終わりの無い輪廻を前提としないと一切皆苦にしにくいな。
最高の気持ちのまま死ぬ、というのはありうることだし。
一度の死で終わりなら、苦になりきらなかったものが残ってしまう。
709神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:37:14.30 ID:X8g8Gf+m
>>688
>>すべては苦しみでしかない

君のその文章は、「すべては喜びでしかない」と代えてもそのまま通用するなw。
釈迦の「苦」という言葉は、誤植として、すべて「喜び」に置き換えること。
そうすれば、釈迦佛教は一変できる。単なる誤植の問題として。


710神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:39:54.53 ID:EI63fB17
さすがに>>702>>707は皮肉だと思う
711神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:40:10.67 ID:v6hvTGjM
>>703
>和辻の主体がないと輪廻できないというのは、可笑しい。

それとは別に「自分が納得できないこと」と「相手が納得できないこと」
の区別がついていないのは、何気に学者として大きな欠点ではないだろうか。
俺は全く腑に落ちないのだが、彼はこう考えていたようである、
と分けて考える余裕はなかったんだろうか。
712神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:42:30.32 ID:rDAQJLeP
>>709

まだ自分勝手な解釈で乙に入ってるのか? きちんと仏教を勉強してから書き込みをしなさい!と
前に言ってあげただろ!
  
713神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:44:02.49 ID:E4MfRidA
行苦が近い。無常であるのに永遠を求めてしまう我々の永遠信仰こそ苦みたいな
例えば、老いるのに何時までも若くありたい。死ぬのに何時までも死にたくない。
別れるは来るのに何時までも一緒にいたい。などなど。
714神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:45:24.47 ID:X8g8Gf+m

>>711
>俺は全く腑に落ちないのだが、彼はこう考えていたようである、
>と分けて考える余裕はなかったんだろうか。

それが出来なくなるのが宗教である、ということくらいは理解せよ。
715神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:51:37.94 ID:E4MfRidA
>>711 先ずオイラは学者じゃないから
それと分からないことは分からない。間違いは認められるのが学者の条件だと思う。
しかし、和辻に関してはあからさまな常識による仏教学の破壊者と確信してるので。
716神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:54:02.42 ID:X8g8Gf+m
>>712
「きちんと佛教を勉強したら」、君たちのように気が狂うのだから、真っ平御免。
宗教には、決して近づかないのが一番。

ここの釈迦信者たちは、そろってメンヘルスレに集団移動すべきもの。

すべての創唱宗教は、開祖の精神病の感染(感応精神病)に過ぎないことを、
精神医学を学んで理解せよ。
717神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 21:57:41.80 ID:rDAQJLeP
>>716
医学部で精神医学を学んだの?
718神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:05:19.32 ID:m97BemvI
なぜ釈迦は常識の投影対象になるんだろう。

和辻氏から見て違和感のあるものでも、ヒンドゥーやイスラムなら
俺の常識に合う思想に違いない、とはならなかったのではないか。
719神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:06:19.08 ID:X8g8Gf+m
>>717
精神医学は、極めて文科的な学問だから、高い金をかけて医学部で学ばなくても、
最新の教科書を数冊読めば十二分に習得できる。君たちも、判りにくい教典など
読むのは止めて、精神医学を自分で学び、開祖を「精神医学的に」理解したほうが、
宗教の理解がはるかに深まると思うよ。
720神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:07:53.92 ID:UvXvKZyA
>宗教には、決して近づかないのが一番
確かに
貧乏人不幸な人挫折した人ほど宗教に頼る
もっとも私は
信心深い仏教徒ですが

721神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:13:26.54 ID:rDAQJLeP
>>719

精神医学は教科書数冊で済むだろうが、仏教は経典100巻、論書100冊が必要だ。

キミはきちんと仏教を勉強してから書き込みをしなさい!!
  
722神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:13:37.33 ID:JPncTG4l
自分で自分を「信心深い」と言ってしまう男の人って・・・
723神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:13:53.03 ID:X8g8Gf+m
>>720
>貧乏人不幸な人挫折した人ほど宗教に頼る

というよりも、「人の弱みに付け込んで」信者を勧誘するのが、宗教の最大の
特徴。その手段として、例外なく「脅迫」と「甘言」を使用する。

釈迦佛教における「苦」と「解脱」や、キリスト教における「罪」と「救い」が、
その代表例。
724神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:25:01.88 ID:+LIhfKw6
>>698 よし、きっちり説明するぜ。
ただし、今は携帯なので後でね。
725神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:25:45.52 ID:E4MfRidA
印象ね。和辻は丸山真男なんかと違って近代主義者だけど、西洋崇拝者じゃなく愛国者だったので、
西洋に対抗するものとして、西洋から合理宗教として恐れられていた仏教を見出したと思う。
そのために和辻の目的にかなった仏教に読みかえられた。これを下手にやってるのが生命教とか20年さんだとおも
726神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:27:17.82 ID:+LIhfKw6
>>703 そこも詰めていこう。(ただし、そこは簡単にはいかんと思うが)
727神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:30:43.57 ID:gYOIoccP
>>725
(詳らかにしてないので、概観として)「和辻的スタンス」と言っていいかどうかしらんがw、
そこまで極ではないにしても、そうした方向性をチャーマーズのようなアプローチ法と見ることは可能?不可能?
728神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:33:10.04 ID:u5SK/1Om
やっぱ研究対象で思想闘争するのはダメだな……
729神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:37:29.80 ID:u5SK/1Om
和辻ンベードカル大王スタンスというのはどうだろう。
730神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 22:48:27.13 ID:E4MfRidA
#724, 726 よろしくね       オイラは寝るね。おやすみ〜
#727 チャーマースってどんな手法でしたか?
#728 そうね。中観は批判や論争を行ったのではなく、寂滅への導き入れを行ったって知ってた?
731神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 00:15:07.88 ID:WSc/JT1V
さ〜〜て、それではやろうかねw
まず、論点をはっきりさせとくが、
「一切皆苦を了承しているが、輪廻転生を否定しているAさんがいる。この人に
『ならなんで自殺しないの?』という問いかけは妥当か?否か?」

これは一代が>>631 で
>苦諦は認めますよね? もし、認めるなら、輪廻しないと確信するなら、なぜ自殺しないの?
>あらゆる経験が苦で、かつ死んだらおしまいなのに?

と言ってる、この問いかけだ。これは、補足すると
「貴方は、全てが苦と考えているのでしょう?なら何故、自殺しないの?
仏教徒は普通、死んでもまた輪廻して、苦が死ぬことによって消滅するとは
考えない。だから、自殺による苦の消去など考えない。でも貴方は輪廻を否定してるわけ
でしょ?なら、死ねば苦から逃れられるでしょ?それなのに、なんで自殺しないわけ?」

と、まあ、こんな意味だ。
ここで最初に確認しておくことは、「一切皆苦」の射程だ。
この「一切」は、ここでは「涅槃を除く全て(来世、宿命通などを含む)の、最大射程ではない」
ということだ。なぜならば、Aさんは「輪廻転生自体を否定しているわけだから、来世などは
そもそも「苦」などの対象になり得ない。」また、「なんで自殺しないの?」と問いかける方も
Aさんが「来世を射程にしていない」ことを了承ずみだ。でなければ、この問い自体が意味を
なさない。この問いの発言者の意図は
「お前さんは来世など輪廻はないと思ってるんだろ?  さらに、全てが苦であるとも思ってる。
なら自殺が一番妥当な結論だろ?」 →こういうものだ。すなわち、一切皆苦から、来世、輪廻
などを除外したものが「苦」の対象だ。
732神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 00:15:53.89 ID:WSc/JT1V
以上が前提だ。
さて、それではこのAさんのとる行動は論理的に必ず、自殺に帰結するか?
確かに、輪廻を信じないAさんにとって、苦から逃れる方法としては、自殺は一つの選択肢だ。
死ねば全て終わり。よって、苦も消滅だ。しかし、もう一つ選択肢があるよね?
そう「解脱」だね。
これによっても苦を消去することはできる。さらに、これは周りの者を悲しませることもない。
なら、自殺して苦を消去するより、自分が解脱して苦を滅するほうがベストじゃん。
と、このように考えて悟りを目指す奴がいても、不思議じゃないわけだ。

さらには、「死んで苦を滅するのもいいが、死ぬのはいつでもできるし、まず、その前に
解脱による苦の滅ってのが、どんなものか体験してみるもいいなあ。」
こんなふうに考える奴もいるかもしれない。すなわち、
@「全て(勿論、一般的な意味での「楽」も含めて)が、苦であると考える(輪廻、来世などは
  苦の対象外だよ)」
A「輪廻転生、来世などは信じない」
この@とAの見解をあわせもつAさんが、必ず自殺するという結論には成り得ず、もしかしたら
悟りを目指して修行を始めるかもしれない  ってことだよ。
733神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 00:31:12.31 ID:p9efkr56
解脱できる人はいません
734神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 00:32:42.73 ID:WSc/JT1V
ちなみに補足しておくと
「一切皆苦」を最大射程にとって、三世に跨る全てと採ると、
『その一切皆苦を了解して、輪廻転生を否定する者』というのが、論理的に
有り得ない。なぜなら、苦の対象として、来世を認知してしまえば、
その時点で輪廻否定論者ではなくなってしまうからだ。
つまり「何故、自殺しないの?」と言う問い自体も意味をなさない。
このような問いを発するからには、Aさんの苦の対象は、輪廻、来世を
除外したものであるとの認識が必須であり、その認識が欠落した上での
問いであるならば、問いを発した方に責がある。
735神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 00:48:34.70 ID:WSc/JT1V
さらに補足
「周りの者が喜ぼうが、悲しもうが、そんなことは一切皆苦からすれば
全てが「苦」であって、そんなこと考慮する必要はなし。」
もしこのように考えるのならば、
これは勝義視点からの思いあがりだと思うぞ。
苦をどのように捉え、それにどのように対処するかは、あくまで
Aさん個人の問題だ。周りの人間が、仏教徒であるわけでもなし、
それをどのように傷つけても良しとはならないだろ?
悲しませないで済む選択肢があり、Aさんがそれを選択する可能性も
十分あるわけだ。
(ただね、Aさんが「解脱?出来るわけねえじゃん。そんなの目指して
苦しむよりは死んじまった方が早いじゃん。」と考える方が可能性としては
高いと思うが)
736神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 00:57:08.39 ID:Iz77S1pB
>>734
なるほど。そういやそうだな・・
と、言いたいところだがw、解脱へ向かうという困難(且つ遠大)な道と自殺という道を比べると、
明らかに(コストパフォーマンス的にw)自殺(による苦の消去)の方が、楽で近道だぞw
来世云々関係なく、「今目の前の苦」の解決法として、(それが切羽詰ったものなれば尚更)、
自殺の方が、より確実な方法だろ?

(こういう喩え方は不謹慎だが)、三日後に建つ仮設住宅と十年後の豪邸、
被災者にとって、どちらが望まれる?どちらが必要性が高い?どちらが「価値」がある?
737神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 01:02:03.12 ID:WSc/JT1V
>>736
だから、>>735の最後にも書いたが、「どっちを選ぶ?」
となったら、「自殺」を選択する奴が圧倒的に多いだろww
もし「半年、修行すれば、もれなく解脱出来ます。」ってんなら、
皆、修行するかもしれないwww
738神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 01:08:25.73 ID:Iz77S1pB
>>736

世俗に於ける苦と勝義に於ける一切皆苦に絡めて更に言えば、
「仮設住宅」は、丈夫さに難あり。或る程度以上の地震が起きたらまた倒壊する。
一方、豪邸は、核シェルター並みの頑丈さで、その安定度は桁違い、と。
輪廻を認め、一切苦を認め、その解脱を求めるということは、
「その場凌ぎの仮住まいを性急に求めるより、確固たる安全を求めるべき」という価値観だと言うこともできる。
739神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 01:16:41.24 ID:Iz77S1pB
>>737
勿論、美女によるレイとチューはあるんだろうな?w


ノシ
740神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 01:22:26.48 ID:WSc/JT1V
>>739wwww
しかし、「20年坐った君」はどうしたのか?
せっかく、一代が出てきたんだから、絡めば面白いのにww
確か「数日は、2ちゃんにいれるが・・」とか言ってたから、もう忙しく
なったか?
「大乗なんて仏教じゃねえし」って、また吠えれば面白いのになあw
741神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 01:26:21.96 ID:Iz77S1pB
>>738

だが、それ( >「その場凌ぎの仮住まいを性急に求めるより、確固たる安全を求めるべき」という )は、
確固たる安全が保障された豪邸が建つまでは、(たとえ何十年だろうと)【避難所生活で過ごせ】ということでもある。


この問題、「仏教という文脈」と「仏教に於ける理」に於いては、
ほぼ100%、一代始め何人かの者の謂いの方が『正論』だ。
「理屈(理論・論理)としては」、ね。
742神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 01:42:31.32 ID:WSc/JT1V
>>741 要は「断滅論をとる仏教徒への批判」なわけだろ?
「お前は一切皆苦は認めるわけだ?(この時点で推定仏教徒)
なのに断滅論を主張する。なら死ねばよかろう。さすれば、お前の言う
苦も消えてなくなる。さあ、死んでみせろ。」みたいなw

このときに
「んにゃ、死んでもいいけど、それより、解脱して苦を滅するってのが
どんなもんか試してみたいな。死ぬかどうかは、その後考えてみるわ。」
くらいのこと言った仏教徒はいないのか?w
743不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/24(火) 01:52:17.06 ID:6sjKDIvg
元の>>631の問い掛けは仏教者である20年坐禅氏に向けたものだから、脈絡からして、仏教者同士の対話
として「では、なぜ仏教では自殺が苦を滅するための解答の一つ、涅槃を得るための手段の一つとなって
いないの?」という主旨のものでしょう。

別に、「一切皆苦を認めるよ」という口振りをしている人(輪廻否定者)に向って「自殺がどうの」とい
う「問い掛け方が適切かどうか」という論点に持って行くべきものではないと思います。
744神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 02:53:43.18 ID:WSc/JT1V
>>743 またクソ不説が、偉そうに下らんちゃちゃいれてwww

>>631 は、「20年坐った君」を一代は「断滅論者」のように見えるといってるな?

「苦諦を認めますか? もし認めるなら・・」とあるように、一代は「20年坐った君」を
仏教徒、あるいは、仏教を学ぼうとする人との認識の上で問いかけてる。
そして「苦諦を認めるのに、断滅論をとるなら、自殺するのが妥当でしょ?」と
『一切皆苦を認めて、断滅論をとるのならば、自殺をしない方がおかしいですよ。』って意味だよ。
言い換えれば『仏教徒が断滅論をとったらいかんでしょ?」という批判だよw

バカタレが!論点も分かってないバカは黙ってろw
お前が言うように、もし一代が
「あの書き込みは、『自殺が涅槃に達する手段として認められてない理由を
20年坐った君に訪ねたものだよ』」というようなクソなら、これから先、
俺は全力で一代を叩くわいww
745神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 03:10:50.79 ID:WSc/JT1V
>>743 っていうかw
>「では、なぜ仏教では自殺が苦を滅するための解答の一つ、涅槃を得るための手段の一つとなって
いないの?」という主旨のものでしょう。

お前、本当に一代が、こんなこと聞いたと思ってるのか?
「仏教では輪廻を説くので、たとえ自殺しても来世で再び、苦を経験
することになる。よって自殺は苦の滅に関して何の解決法にもなっていない。」
はい、これが回答w
仏教徒でなくとも、皆知ってるわいw
お前、頭だいじょうぶか?w
746神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 05:28:07.61 ID:mMMV2I73
>>745
苦も煩悩も、生きていること(無明)から生じる。死ねば、完全に消滅する。
まさに涅槃ではないか。

「解脱」すれば輪廻から逃れられるメカニズムを具体的に説明してくれ。
釈迦が解脱したことは、誰がどうやって証明したのか。あくまで、釈迦の自称
だろ。

要するに、釈迦の苦概念を彼の鬱病の症状として除外すれば、釈迦佛教のすべて
の問題は解決する。「修行」や「解脱」よりはるかに簡単。

それにしても、無我・空・煩悩と欲望の滅を説いたはずの釈迦が、何故に来世の
我の生存や涅槃の存在を口にしたのか。全く矛盾しまくり。
747神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 05:29:16.60 ID:nU8jo9wY
名無し賢者、どうも。不説さんと仲良くしろとは言わないが、もうちっと感情を抑えられないものか?
二人とも貴重な人材だと思うのだが。オイラが20年さんに聞いたことを誰が答えてもいいが、
正に、その「仏教徒でなくても、皆知ってる」ことを20年さんが偽仏教としてることが問題だと思うから、なんだけど。
748神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 05:33:47.14 ID:nU8jo9wY
だから、セブンにも君にもそうじゃないっていったでしょ。言葉が足らなかったかもしれないから、補足すると。
釈尊は、なぜ、一切皆苦で、輪廻も認めないのに自殺しなかったか、一切智なのに。
これなら、いい?
749神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 05:42:00.05 ID:mMMV2I73
>>748
釈迦が自殺しないで涅槃に入れたのは、どういう手続きを執ったのか。
裏口入学かw。輪廻を免れて涅槃にはいれることを判断したのは、一体誰?
釈迦自身かw。
750神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 09:01:14.50 ID:357C2LL5
>>739
チューはわかるが
レイとはいったい?
751神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 09:47:21.90 ID:YWU6OZR4
>>631

忙しくてあまりリプライできませんでしたが、話が進んでいますね。

> 20年学んださんは、ただの断見説にしか思えないが、

そうではありませんよ。証拠もないのに、人は死後も存在すると断定するのが常見で、証拠もないのに、人は死後存在しないと断定するのが断見です。
釈尊はそのどちらも否定しています。

同様に、世間は恒常であると断定することも否定していますし、みなさん誤解していますが、なんと「世間は無常である」という断定も否定しています。

「友ゴータマよ、世間は常恒でありましょうか」
「ヴァッチャよ、<世間は常恒である>とは、わたしは言わない」
「しからば、友ゴータマよ、世間は無常でありましょうか」
「ヴァッチャよ、<世間は無常である>とは、わたしは言わない」
「しからば、友ゴータマよ、世間は有限でありましょうか」
「ヴァッチャよ、<世間は有限である>とは、わたしは言わない」
「しからば、友ゴータマよ、世間は無限でありましょうか」
「ヴァッチャよ、<世間は無限である>とは、わたしは言わない」
「しからば、友ゴータマよ、霊と身とは同一でありましょうか」
「ヴァッチャよ、<霊と身とは同一である>とは、わたしは言わない」
「しからば、友ゴータマよ、霊と身とは別々でありましょうか」
「ヴァッチャよ、<霊と身とは別々である>とは、わたしは言わない」
「では、友ゴータマよ、人は死後もなお存するでありましょうか」
「ヴァッチャよ、<人は死後もなお存する>とは、わたしは言わない」
「しからば、友ゴータマよ、人は死後はもはや存しないでありましょうか」
「ヴァッチャよ、<人は死後はもはや存しない>とは、わたしは言わない」
「しからば、友ゴータマよ、人は死してのち、なお存し、また、もはや存しないでありましょうか」
「ヴァッチャよ、<人は死してのち、なお存し、また、もはや存しない>とは、わたしは言わない」
「しからば、友ゴータマよ、人は死してのち、存在せず、また、存在せざるにもあらぬのでありましょうか」
「ヴァッチャよ、<人は死してのち、存在せず、また、存在せざるにもあらぬ>とは、わたしは言わない」
752机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/24(火) 09:58:02.81 ID:a8MXsoTb
>>652
>机氏は、有名な「受難の村正」の逸話を知らなかったって事ね。

村正の逸話などいくらでもある。
ようはその内容ではなく、その背景を把握すればいいだけのこと。
あとは感性で自分で創作したのが講談話ですね。

有名なフランス映画で、アランドロンがニッコリ女給と語ちる場面から、
画面が変わり、ヨットから海に長く伸びたロープを映す。
これでFIN になるんだけど、その先は感性で観てくれ。
という監督のメッセージになってる。
これが分からんの意味不明の映画でしかない。
(日本人が「フランス映画は意味がわからん」というのは文化の違い)

また、フランス映画で(ドヌーブ主演)クリスマスイブにガソリンスタンドで
ストーリーが展開され・・・
やがてカメラは現場から少しずつ遠ざかっていき、そこでFIN になる。
これもやはり監督のメッセージを発信してるんだが、
それをどう受信するかは観客の自由なんだろう。
(やはり芸術の国なんだねw)

アランドロンのパニクッタ場面は、絶対に世界の女性には観せられないだろうし、
ドヌーブのその後の人生は、絶対に想像させたくはないんだよw

輪廻転生とか、自殺とか、一切皆苦とか、それらもいつかはFINになるんじゃよ。
そのとき全てが明かされる。
753神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:00:11.08 ID:YWU6OZR4
つづき

「友ゴータマよ、あなたは、そのように問われて、それをことごとく否定なさるのは、いったい、いかなる
因(理由)により、いかなる縁(条件)によるのでありましょうか」
「ヴァッチャよ、外道の遊行者たちは、色(肉体)を我(が)と見る。あるいは、われは色を有すと思い、
あるいは、われに色ありと思い、あるいはまた、色に我ありと思う。また、彼らは、受(感覚)を我と思う。・・
・想(表象)を我と思う。・・・行(意志)を我と思う。・・・識(意識)を我と思う。・・・だからして彼らは、そのよう
に問われると、あるいは<世間は常恒である>とか、<世間は無常である>とか、・・・あるいは<人は死してのち、
存在せず、また、存在せざるにもあらぬ>などと答えるのである。
だが、ヴァッチャよ、わたしは、色(肉体)を我と見ない。あるいは、われは色を有すとも思わず、あるいは、
われに色ありとも思わず、あるいはまた、色に我ありとも思わない。また、わたしは、受(感覚)を我と思わ
ない。・・・想(表象)を我と思わない。・・・行(意志)を我と思わない。・・・識(意識)を我と思わない。・・・だからして、
わたしは、そのように問われても、あるいは、<世間は常恒である>とか、・・・あるいは、<人は死してのち、存在せず、
また、存在せざるにもあらず>などとも答えないのである」
754神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:03:06.96 ID:YWU6OZR4
つづき

> 苦諦は認めますよね? もし、認めるなら、輪廻しないと確信するなら、なぜ自殺しないの?
> あらゆる経験が苦で、かつ死んだらおしまいなのに?

釈尊が解説したように、「色に我ありとも思わない。また、わたしは、受(感覚)を我と思わ
ない。・・・想(表象)を我と思わない。・・・行(意志)を我と思わない。・・・識(意識)を我と思わない」ので、
死後も存するとか、死後も存しないとか、そのような問自体が成立しなくなるのです。

また、あなたの質問は、おそらく、「死後も何らかの形で存在し、自殺しても無駄だということ
にしないと、苦痛だらけの生存から逃げて自殺してしまうのではないか」という懸念なのではないか
と思います。しかしそれも誤解から生じた問ではないでしょうか。仏教の「苦」(ドゥッカ)は現代日本語
の意味する単なる「苦しみ」とは意味が違いますし、そもそもその「苦」を取り去る方法を教えている
のが仏教です。
755神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:04:54.21 ID:s2TtIUdU
>>750
馬鹿、レイといったら、これだろ!
http://evangelion-sp.up.seesaa.net/image/rei_2.jpg

いや、こっちか!
http://www.amiami.jp/images/product/main/091/FIG-IPN-0349.jpg



……ごめんw
マジレスすると、これ
http://www.alohagift.com/images/products/hula/LEI-EWL050.jpg
756神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:09:40.90 ID:s2TtIUdU
>>752
関係ない話を必死になってしても、恥の上塗りになるだけだぞw
757神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:12:20.48 ID:WSc/JT1V
お! 来たな、「20年」→(めんどくさいので、これからは、こう呼ぶ。OK?)
お前さんが来たので、俺は引っ込む。
しっかりと、縁起一代に噛み付いてくれww

>>747
>不説さんと仲良くしろとは言わないが、もうちっと感情を抑えられないものか?

無理www
見解の是非以前に、こいつは人間が腐ってるからw
それから、>名無し賢者、  
冗談でも、俺のことを「賢者」なんて言ったらダメよw
このスレで「賢者さん」は、不説一人なんだからww


>>746
>釈迦が解脱したことは、誰がどうやって証明したのか。

知らねえのか?隠居。
「釈迦が全ての穢れを取り去り、全てを如実に見たとき、ひとりの老婆が現れて
言った。『よく悟っただな。褒美にこれやるだ。』と3本の大根を釈迦に手渡した。」
(相応部、シッタカバカ・二カーヤ105)
わかったか? 裏のババアが証明したんだよ。よく読んどけwww
758神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:25:12.19 ID:WSc/JT1V
一代の回答予想

「違うでしょ? 如来の死後については、確かに無記だけど、それ以外の
輪廻に関しては経典のいたるところに説かれていますよ。」
に、3000点www
759机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/24(火) 10:27:49.94 ID:a8MXsoTb
>>756
そうか、そうだね、やはり感性の話は難しかったか・・・><
では、これはどうよ。
http://www.youtube.com/watch?v=nMdBwPCkXGk
非常に情緒的な作品に仕上がっておりますね。

イタリア映画は、日本人には理解しやすいです。
文化的にも日本に近い。
760神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:35:44.94 ID:WSc/JT1V
う〜〜〜〜ん、名刀の話がいつのまにやら、映画の話にww
机節、絶好調だねw
761神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:44:46.94 ID:nU8jo9wY
>>751 ども〜! 誤読だらけですね。「証拠もないのに」って典拠は? オイラはMN III, PTS72だけど。
十/十四無記、あるいは辺見ってのはそうでなく、まさに中観が説く意味なんだけど、これは後でね。
オイラの問いは「釈尊は、なぜ、一切皆苦で、輪廻も認めないのに自殺しなかったか、一切智なのに」だって。
762神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:47:07.61 ID:s2TtIUdU
>>759
だから、そんなに必死になって誤魔化そうとしなくたっていいってw
机氏に教養が無いのはみんなわかってるから、今更誤魔化しても、恥の掻き上げになるだけだぞw

羞恥心で頭に血が上っちゃった机氏には分からないかもしれないから言っておくが、
もし、誤魔化そうとして論点をずらしているなら、逆効果だぞ。
むしろ、「論点すら解ってない」と思われて、余計に恥をかくw
反論するなら、「試し切りとして、水流で木の葉を切る」というエピソードが「受難の村正」以外にも存在し、
かつ、「真っ二つに切れた方が名刀である」という結論である話であることを紹介するしかない。
まあ、仮にそんな話があったとしても、「受難の村正」の類型の方が圧倒的に多いだろうがw
763神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:52:31.72 ID:nU8jo9wY
MN III, PTS72要約:「業の報いなく、あの世なく、自らこの世とあの世を神通で認識して説く者はこの世にいない」というのが邪見である
「業の報いあり、あの世あり、自らこの世とあの世を神通で認識して説く者はこの世にいる」というのが正見である。
他にもパーリ・ニカーヤにも梵蔵漢のアーガマにもいたるところにあるよ。
764神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 10:52:34.63 ID:YWU6OZR4
>>761
> 「証拠もないのにって典拠は?

五蘊で知覚できる「一切」に含まれない、知覚領域外の事象であることです。


> オイラの問いは「釈尊は、なぜ、一切皆苦で、輪廻も認めないのに自殺しなかったか、一切智なのに」だって。

なぜ自殺しないといけないのですかw
765机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/24(火) 11:03:07.95 ID:a8MXsoTb
>机氏に教養が無いのはみんなわかってるから

っおっお〜っとw

まあ、教養の話が出ましたので、僭越ながら教養の話でもしましょうw
先ず工学の観点ならば、どんなに切れる刃物でも、水流に浮かぶ葉は切ることは不可です。
(これが教養ですね)
切れる日本刀を指で触ることもできます。
それでも指は切れませんけど、刃の切れ味は「触覚」で査定することは可です。

教養じゃないですよw
それだったら講談話など笑い話でしかないんですから。

講談のその話の裏筋をどうか読んでくだされまし。
話はそれからでつね。
766神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:03:41.68 ID:nU8jo9wY
「一切」って佐倉哲が引用する『サンユッタ・ニカーヤ』だよね。その一切に神通も含まれてるんだぜ。
そうじゃなきゃ、長部・中部経典に盛んに果として宿命通が出てくるが、それは一切に含まれないのかい?
そりゃ、あらゆる経験・知覚が苦で、死ねば終わりなら、死ねば涅槃でしょ。それが論理的帰結ってもんだ。
767神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:20:55.36 ID:YWU6OZR4
>>766
>長部・中部経典に盛んに果として宿命通が出てくる

迷信です

> そりゃ、あらゆる経験・知覚が苦で、死ねば終わりなら、死ねば涅槃でしょ。それが論理的帰結ってもんだ。

単に苦を感じ無くなることが涅槃なのではありません。
それなら気絶してるだけで涅槃だw

涅槃とは、意識があり、理法を悟ることによって苦の因を滅し、苦を滅した状態です。
768神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:21:03.66 ID:nU8jo9wY
それから、君の断見説は正にMN III, PTS72の邪見だって分かるよね。
賢い人は、自分が仏教を分かってないってここで分かりそうなもんだが。
さて、どうなるか?
769神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:29:34.94 ID:nU8jo9wY
つまり、自説に合わないものは全て迷信、混入だと。それなら、仏教を語らないでほしいなあ。
おいおい、そこで問題になってるのは涅槃は何かじゃなくて、輪廻しなければ死んだら終わりだろってことだ。
気絶では解決しない。なぜなら、再び意識が戻れば苦が始まるし、表層意識だけが苦ではないからね。
770神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:30:44.98 ID:YWU6OZR4
迷信を信じないことが邪見だと言うのなら、それこそが邪見なのです。
いくら経典に書いてあってもね。
経典には釈尊の教えでないもの(迷信や土着信仰)が色々混入してますから。
そのような異物にとらわれることこそが邪見です。
771神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:32:31.03 ID:YWU6OZR4
>>769
「自説に合わないから」迷信なのではなく、「知覚領域外の事柄だから」迷信なのです。


>気絶では解決しない。なぜなら、再び意識が戻れば苦が始まるし、表層意識だけが苦ではないからね。

では脳死で植物状態なら?
772神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:37:15.53 ID:nU8jo9wY
そういうの説は、和辻、松本、並川あたりのしょうもない凡人説だけど、
そうすると、釈尊の説は直弟子が誤解して伝え、その誤解を様々な形の伝統仏教が伝えてきたが、
上のような学者や君だけが、釈尊の説を発見したってことになるが。学者たちや君から学びたい人は少ないと思うぞ。
773神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:42:05.17 ID:YWU6OZR4
>>772
> そういうの説は、和辻、松本、並川あたりのしょうもない凡人説だけど、
> そうすると、釈尊の説は直弟子が誤解して伝え、その誤解を様々な形の伝統仏教が伝えてきたが、

直弟子や孫弟子くらいではまだ誤解してないでしょう。古層を見ると迷信の混入はまだほとんどありませんからね。
数代後だと思います。

> 学者たちや君から学びたい人は少ないと思うぞ。

そんなことは事実の正誤とは無関係w

ところで、>>764
> なぜ自殺しないといけないのですかw

に答えてください。なぜ一切皆苦で、死後も存するとしないと(輪廻を認めないということではない)、自殺しないといけないのですか?
774神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:42:42.19 ID:nU8jo9wY
「知覚領域外」ってのは凡人のってことだよね。
だから、サンユッタ・ニカーヤの一切は、凡人の意識対象、現象、知覚に限定されてないって。
それも分かってないんだから、ほとんど何も知らないって自覚してくれよん。
775神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:45:22.30 ID:YWU6OZR4
>>774
> 「知覚領域外」ってのは凡人のってことだよね。

凡人だろうと聖人だろうと、「知覚領域外」のことは知覚し得ません。
聖人は超能力者でもなければバケモノでもありません。
生物学的には全く同じ普通の人間です。
凡人との違いは、心(意識)が違うだけです。
776神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:46:25.43 ID:YWU6OZR4
その心の違いこそが、一番重大で、決定的な違いで、凡夫にはなかなか到達し難い
のだけれど。でも頑張って修行すれば誰でも到達します。
777神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:49:55.08 ID:nU8jo9wY
もう答えてるよ。君の考えは要するに常識に合った部分だけ仏教をつまみ食いするってことだ。
これだけ矛盾を指摘して納得できないなら、もう話ても無駄ですから。
生命教やタヌポン、宝珠と同じくスル〜します。恐らく、君がここに居てもしょうがないと思うよ。
778神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:57:00.83 ID:YWU6OZR4
君の考えは要するに、神智学だかなんだか知らないが、その信仰と(一見)偶然類似する
とこだけつまみ食いするってわけだね。
779神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 11:57:42.65 ID:nU8jo9wY
最後に以下のように『梵網経』で凡人、聖人、仏・アルハットの違いが述べられてるように。
仏教では知覚領域が心の違いで違うとされてきた。それが縁起、そうでなければ実在論になってしまう。
http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/22.html 
780神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:02:28.02 ID:8807QHF9
つまみぐい仏教でもいいじゃないか

よしお
781神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:03:16.42 ID:nU8jo9wY
すまん、リンク間違った。オイラらしい。
http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/16.html
凡夫はくだらないことしか分からないと吐き捨てるようにいってるでしょ。
782神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:04:56.26 ID:8807QHF9
778は若干straw man入ってますね
20年氏の悪い癖だ
783神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:21:14.98 ID:nU8jo9wY
藁人形というより、正確な文の読解ができず自分の思いで読んでしまうんじゃないかと。
オイラの考えは、伝統仏教の師匠により随分改めてもらったよ。
見解とか考えを捨てきることが、仏教だと思ってる。ただし、そこに行く道は伝統に添うべきだと。
784神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:24:47.97 ID:8807QHF9
>>783
でも20年氏の話は聞けないのね
785神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:24:54.07 ID:YWU6OZR4
>>783
> 見解とか考えを捨てきることが、仏教だと思ってる。

そのわりには特定の見解に固執してるねw
786神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:26:33.59 ID:YWU6OZR4
何回尋ねても、なぜ一切皆苦だと自殺しないといけないのか、という質問を
スルーし続けてるところを見ると、ここが彼のウィークポイントなんだろうね。
787神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:27:14.90 ID:TMJOe7iE
学者先生による「古層」の判断基準が「神格化や迷信の混入」とすると、

古層云々が論点先取だかトートロジーになるんじゃね。
788神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:34:16.41 ID:YWU6OZR4
>>787
もしそうだとすると、迷信がほとんど見られないまとまった部分の方が
後世の創作だということになりますが、
本来迷信の教え→一時期一部だけ迷信が取り除かれた→再び迷信に戻る
という妙な流れより、
迷信がもともとなかった→迷信の混入 という流れの方が、説得力があります。

それに経典のいたるところで説かれている、迷信を捨て去れ・妄想にとらわれるな
という主張や、凡夫が迷信好きで、すぐに迷信を混入したがる癖、などを鑑みて、
整合性のある解釈は、「仏教はもともと迷信否定だったが、後に混入した」という解釈
だろうと思われます。
789神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:35:45.18 ID:8807QHF9
>>787
二人はお互いに、相手の主張する都合の悪い部分について無視している
790神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:40:38.54 ID:YWU6OZR4
>>787
> 学者先生による「古層」の判断基準が「神格化や迷信の混入」とすると、

それに真面目に答えるなら、古層の判断は決して「神格化や迷信の混入」していない
から古層のはずだ、というわけではなく、言葉の用法や文法がより古いものを古層と
判断しているだけ。そしたら結果的にそこは迷信の混入がほとんどない部分だった。
791神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 12:49:16.32 ID:s2TtIUdU
>>765
>先ず工学の観点ならば、どんなに切れる刃物でも、水流に浮かぶ葉は切ることは不可です。
だから、「水流に浮かぶ葉が本当に切れるかどうか」なんて、まったく関係ない話だってw
「水流に浮かぶ葉で切れ味を試すと言うエピソードの元ネタを、机氏が知らなかった」と言うのが論点だよw

>切れる日本刀を指で触ることもできます。
>それでも指は切れませんけど、刃の切れ味は「触覚」で査定することは可です。
シッタカブッタの机氏は知らないようだが、普通、日本刀の刃を指で触ったりなんぞしないw
基本的に茎以外に触れることは禁忌だ。
まあ、触ることがあるとしたら研ぐときぐらいだが、日本刀は普通の人間じゃ研げないぞ。
包丁なんかと勘違いしてるんじゃないか?w

>教養じゃないですよw
>それだったら講談話など笑い話でしかないんですから。
もしかして、「教養」という言葉を誤解してないか?w

>講談のその話の裏筋をどうか読んでくだされまし。
今話題にしているのは、「本筋」を机氏が知らなかったという話なんだがw
まあ、有名な講談話の本筋すら知らない机氏が、裏筋をどうとらえているのか是非聞いてみたい気もするねw

俺が揚げ足取りから始めた一連のレスだが、いい加減スレ違いだから、もうやめとけよw
これ以上新しい恥をさらす必要は無いぞw
792神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 13:36:32.35 ID:nU8jo9wY
>>784 聞いたでしょ。その結果判断の根拠が常識じゃ。それじゃ、パーフィットとかヘアでも読んでればいいのに。
「聞く」って意味が受容するってことなら、そりゃ、納得できる人の話は受け入れ改められるが、
そうでない人の話など受け入れられないでしょ。妄想家の話を真剣に受け取れないように。
793神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 13:39:14.33 ID:nU8jo9wY
テキスト分析による新旧の層は広く学者に受け入れられてるよ。荒牧先生や村上先生の説がよい。
なにせ、荒牧説で中村先生は岩波文庫の訳を変えたようだからね。
ただ、松本、並川のような解釈は、ありえずほとんどの学者は笑っていると思う。
794神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 13:40:25.71 ID:YWU6OZR4
やっぱり聞いてないじゃない。
判断の根拠が「常識」だなんて一言も言ってないのに。
教えの整合性や、文献学的な成立過程が根拠だと何度も説明しているのに。
795神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 13:44:54.25 ID:8807QHF9
勝負ではなく正誤を競うなら一旦休んで頭冷やしたら?
ログ自体は逃げないし、お二人とも主張にブレはないみたいだから
落ち着けば新たに見えてくることもあると思う
力押ししても消耗するだけっしょ
796神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 13:51:24.75 ID:YWU6OZR4
せめてこれだけは ID:nU8jo9wY氏にちゃんと答えて欲しいな。
なぜ一切皆苦だと自殺しないといけないのかw
797机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/24(火) 13:51:25.67 ID:a8MXsoTb
>>791
>基本的に茎以外に触れることは禁忌だ。

どこかのお侍様のようですけど、
貴殿は刀を買うとき、刃付けを吟味しないのですか?
刃の付いてない贋物を掴まされるやもしれませんぞw

刀はどんな名刀であっても、そのままじゃ切れんのですよ。
ただ、扱い方が悪いと間違って切れてしまうことがある。
村正はこれですね。

刃が切れるカラクリを、拙者が工学を駆使して説明しとう存じます。
(まあ、拙者の専門分野ですけど)
後ほどに・・・
798神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 13:56:26.84 ID:nU8jo9wY
「教えの整合性」と言っても、説かれてる内容から客観的に読み取って整合性のある読みを提示するのではなく、
自分の常識に合わない文は、「一切」を凡夫の知覚と一方的に読み込んで、「迷信」と切り捨ててるでしょ。
それが、つまり、判断根拠が常識だってことなんだけど、君は分かんないでしょ。
799神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 13:58:10.65 ID:YWU6OZR4
「知覚」に凡夫の知覚も聖者の知覚も、違いはありませんよw
800神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:00:01.29 ID:nU8jo9wY
「教えの整合性」から、輪廻が要請される。
だからこそ、輪廻がないとするなら、なぜ、一切皆苦と認識するものが自殺しないのかと聞いたんだが、
この手合いは、文が読めないから、上が仮定・帰謬だと読めず、オイラの主張だと思ってるらしい。
801神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:00:11.81 ID:YWU6OZR4
それよりあなたは早く、「なぜ一切皆苦だと自殺しないといけないのか」に答えて下さい。
802神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:02:56.19 ID:nU8jo9wY
>>799 ほら、君の常識を仏教に投影してる。
そんな説は『梵網経』をはじめ仏教にはない。
それだと素朴実在論になるって、なんで分かんないかな。
803神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:04:49.32 ID:8807QHF9
>>796
一切皆苦だと自殺 というのは一種の定型句なんですよ
仏教概論を習うような人脈があるなら、どういう人たちが
この句を好んで口にするかわかりそうなものだが
>798
相手から見れば貴方もそう見えるわけだが

はい、一時解散、解散
804神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:06:17.00 ID:nU8jo9wY
>>801 分かんないのか。全ての経験・知覚が苦で、死んだら終わりなら、死ぬだろう。
ところが、仏教はそうではない死んでも解脱しないかぎり、輪廻してしまうから、解決にならないからだ。
そして、ヴァッカリやゴーティカのような解脱したものには自殺を認めている。明かだろう。
805神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:06:21.52 ID:YWU6OZR4
>>802
いえいえ、一切を説いている部分で、「凡夫の知覚と聖者の知覚は違うのだよ、
私は凡夫ではなく、聖者の知覚について説いているのだよ」などと述べている部分
はありません。そんな区別は存在しないのです。

あなたが、死後の事柄に関する妄想を無理やり経験知ということにしてしまわないと
都合が悪いが所以に、そういうアクロバティックな解釈を恥ずかしげもなく披露せざる
を得ないのです。お気の毒なことですが、破綻していますので諦めてください。
806神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:10:28.33 ID:nU8jo9wY
>>805 ばかか? だから適当に読み込んでるだって。
じゃ、聞くが、こそで「目の見えない人と、目の見える人では知覚に差がない」と書いてないから、
目の見えない人と、目の見える人では知覚に差がなくなるのか?
807神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:14:17.95 ID:nU8jo9wY
新旧の層も同じだ。フランケあたりから、いろんな層があることは学者に広く受け入れられている。
その研究の到達点が荒牧説や村上説だ。しかし、松本や並川のように古層では輪廻するとされてなかった。
なんて説は、ただの妄想だってのが、学会の趨勢だ。全然整合性のない妄想以外のなにものでもない。
808神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:15:25.81 ID:YWU6OZR4
>>804
> >>801 分かんないのか。全ての経験・知覚が苦で、死んだら終わりなら、死ぬだろう。

なぜ??

そもそも、現代日本人の多くは、生まれ変わりなど信じていない人は多いし、
死んだら無になると思ってる人もたくさんいます。彼らが自殺してますか?
大半は自殺してないでしょう。なぜ自殺しないと思いますか?

>そして、ヴァッカリやゴーティカのような解脱したものには自殺を認めている。明かだろう。

ヴァッカリは病苦による自殺です。安楽死は世界でも一般に末期医療で認められていることです。(日本は法的には
まだダメみたいですが)。そしてゴーティカは、渇愛を断つためにあらゆる努力をしても失敗し、最後は命を断つ意外
に方法がないと考えて命を断ってしまったのです。どちらも例外的事象で、一般に
「解脱したものには自殺を認めている」とは言えません。それに二人とも自殺以前に解脱はしていません。
809神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:16:52.27 ID:YWU6OZR4
>>806
> じゃ、聞くが、こそで「目の見えない人と、目の見える人では知覚に差がない」と書いてないから、
> 目の見えない人と、目の見える人では知覚に差がなくなるのか?

視覚という知覚は、その「目」によって生じるのだから、目が見えるか見えないかに
依存するのはいちいち言わなくても誰にとっても明らかでしょう。
810神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:17:27.69 ID:s2TtIUdU
>>797
>貴殿は刀を買うとき、刃付けを吟味しないのですか?
相変わらずシッタカしようとして、恥をさらす奴だなw
仮に日本刀を買いに行ったとして、切れ味を試そうと刃を素手で触ったりしたら、店から叩き出されるぞ。
ジュラルミン製の模造刀しか触ったことないのか?

>刃が切れるカラクリを、拙者が工学を駆使して説明しとう存じます。
>(まあ、拙者の専門分野ですけど)
だから、村正が切れるかどうかとか、村正が名刀か妖刀かなんて、議論してないだろうがw
(もっとも、これまでの会話を聞いていると、「切れるカラクリ」も、まともな説明は期待できそうにもないがw)

>後ほどに・・・
出たw ついにいつもの逃げ台詞がw
まあ、いい加減スレ違いだから、止めようや。
これ以上机氏に恥をさらさせるのも忍びなくなってきたしなw
811神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:17:32.53 ID:nU8jo9wY
ちょっと、考えてみろ。シュラマナと呼ばれる集団で広く受け入れられた輪廻。
釈尊のちょっと前から受け入れられている。同時代の外道のほとんども受け入れている。
後の仏教も受け入れている。なぜ、釈尊だけが特殊なのだ。それなら、仏教内外の文献に残るだろう。
812神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:21:10.83 ID:YWU6OZR4
>>811
>なぜ、釈尊だけが特殊なのだ。

それこそが仏教が特異な教えである所以ですよ。
当時の常識を覆したのです。

あなたは私を常識にとらわれていると言いますが、本当は逆です。

あなたの方が「生まれ変わり」という何千年も前からある「常識」にとらわれている。
あなたに限らず、世界中でまだその常識(妄想ですが)にとらわれている人々が
たくさんいるのです。

>それなら、仏教内外の文献に残るだろう。

もちろん残ってますよ。
813神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:27:12.58 ID:nU8jo9wY
>>808 なんでそう論理性ないかな〜現代人に一切皆苦の認識なんかないだろ。
ヴァッカリは解脱し涅槃に入ったとある。
http://homepage1.nifty.com/manikana/canon/vakkali.html
814神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:30:48.49 ID:nU8jo9wY
しかもそこで「意識」と訳されている部分を中村元『悪魔との対話』324頁19註で
「一種の魂、霊魂のようなものを考えていたのであろう」としている。
もちろん、「意識」といっても実体ではなく仮設だが。
815神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:31:32.95 ID:0g1KWVLh
覚者と凡夫の認識範囲が違う、というのは宗教の常識じゃないの?
816神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:34:01.97 ID:nU8jo9wY
>>812 並川「輪廻思想を否定した」か? 並川なんか非論理の塊なのに。
「もちろん残ってますよ」というなら、どこか指摘してくれよ。
全て、上のような適当な誤読だって論証しよう。
817神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:40:32.04 ID:YWU6OZR4
>>813
> >>808 なんでそう論理性ないかな〜現代人に一切皆苦の認識なんかないだろ。

あなたは一切皆苦を一体どう理解しているのですか?
全ては苦痛だという意味だとでも思ってる?

> ヴァッカリは解脱し涅槃に入ったとある。

ヴァッカリは自殺する前に解脱したのではありません。
自殺とともに涅槃に入ったと言っているのです。
まあこう言ってはもともこもないが、単に死んでしまった、という表現です。
苦痛を滅したという意味では涅槃と言えなくもないですが、理想は生きたまま
苦痛を滅することであって、自殺によってではありません。
818神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:47:35.81 ID:YWU6OZR4
>>816
> 全て、上のような適当な誤読だって論証しよう。

誤読と決め付ければ、それまでのことです。誤読と言い張れば何でも言えちゃうからねw

釈尊の教えとは無関係ですが、生まれ変わり教徒に聞いておきたいことがありましたが、
よい行いによって天界(天国でも何でもいいが)に生まれ変わるのなら、何も解脱目指さなくて
も、天界へ生まれ変わることを目指せばよいのでは?
これは解脱の否定ですから、紛れもなく反仏教です。
819神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:56:33.16 ID:nU8jo9wY
「全ては苦痛だ」に決まってるだろ。行苦ってことも知らないのか。
凡人に楽と感じることでも聖者には苦だって経典に沢山書かれてるぞ。
「単に死んでしまった」って、釈尊は慰めで比丘たちに「涅槃した」と言ったとでも言うのか。
820神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 14:59:28.04 ID:nU8jo9wY
上の呆れた読みといい。「誤読と言い張れば何でも言えちゃうからね」といい。
経典を適当に解釈していいと思ってるわけだ。ほんと呆れるは。
そのくせ、「人には経典よめとか」「偽仏教」とかよく言えるな。
821神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 15:02:45.09 ID:nU8jo9wY
天界なんか目指しても、一切皆苦だし、業が尽きれば、どこに輪廻するでしょ。
まさにナンダの教え、あるいはそれを題材とした『サウンダラ・ナンダ』よんでね。
ほんと、松本・並川に染まってるな〜   つかれた、脱力〜
822神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 15:06:36.06 ID:YWU6OZR4
>>819
> 「全ては苦痛だ」に決まってるだろ。

そんなことは釈尊は説いていないw
そもそも事実にも反するし。
やはりあなたは全ての概念を大乗のフィルターを通して見るから勘違いしているのです。
つまり洗脳されているわけです。

> 凡人に楽と感じることでも聖者には苦だって経典に沢山書かれてるぞ。

それは視点の違いです。物事の実体が凡夫にとっては楽で、聖者にとっては苦
だとかいうことではなく、同じ事象が、アホな凡夫の目から見れば楽で、冷静な
聖者にとっては苦だというだけです。

たとえばギャンブルとか、酒に溺れて狂喜して醜態晒すこととかを想像すれば分かりやすい
でしょう。アホな人には楽しく思えるのかもしれませんが、知的でそういうことに興味持た
ない人にとってはつまらないだけです。

> 「単に死んでしまった」って、釈尊は慰めで比丘たちに「涅槃した」と言ったとでも言うのか。

別に慰めではありません。現代人だって、人が死んだことを「成仏した」と言いますし、
死体を「仏さん」と言います。
823神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 15:14:39.96 ID:nU8jo9wY
間違いなく、そんな読みしてたら、何も分からん。君のように現代の常識に添って仏教を実践することは否定はしない。
だが、その理解を他人に仏教だと言うのは止めた方がいいぞ。
まあ、オイラが言っても無駄だろうけど。 じゃあね〜
824神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 15:16:13.83 ID:0g1KWVLh
現代日本人は「成仏」や「仏」に対して真理としての厳密な言葉の用い方はしてないでしょ。

世俗化した欧米人が「ビーナス」とか「天使」といった表現を女性や子供に使う程度の言葉遣いでしかない。
825神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 15:23:27.66 ID:YWU6OZR4
>>824
それは原始仏典でも同じです。

例えば、Atman(我)が常に「梵我一如」で言うところの「我」を意味すわけではありません。
単に「私」という一人称として使われているところもたくさんあります。

Samsara(輪廻)も本来単に「走りまわる」、という意味ですし、
Nirv??a(涅槃)は「吹き消された状態」を意味します。

生命の灯火が消えたという意味で、死んだことを涅槃に入ったと表現しますし、
煩悩が滅した状態も、煩悩が吹き消された状態という意味で、涅槃と言うのです。

経典中で具体的にどのような意味で使われているかは、文脈で判断するしかないのです。
826神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 15:47:11.00 ID:WSc/JT1V
よしよし、それでは、ここまでで第一ラウンド終了ということでいいかな?
第二ラウンドは、PM5:00開始だから。二人ともそれまで休息をとって
おくようにww

いいか? 一代。
この試合は15Rまであるからなww
827神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 15:50:30.17 ID:YWU6OZR4
残念ながら仕事があるので、今日はここまで。
828神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 15:54:11.88 ID:WSc/JT1V
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、せっかく、これから面白くなるところなのにぃ〜
仕方ない、 それでは解説者のセブンさん、第一ラウンドの両者の戦いぶりを
解説お願いしますww
829神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 16:02:18.05 ID:YWU6OZR4
最後にこのレスを忘れていた。

>>821
> 天界なんか目指しても、一切皆苦だし、業が尽きれば、どこに輪廻するでしょ。

いいじゃないですかw
生まれ変わりを信じる人の立場で言えば、
天界でも悪さしなければ、悪いところには生まれ変わらないでしょうから、天界だか
無色界だかをのんびりと輪廻し続けて永遠にハッピーに過ごせばよいことです。

わざわざ「一切皆苦(あなたの解釈では全ては苦痛)」などとマイナス思考しないで、
精一杯善い行いをして、永遠にハッピーな世界を輪廻し続ければこんなに幸福でいい
ことはないでしょう。楽しそうですねw
830神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 16:08:59.11 ID:YWU6OZR4
>>821
それとサウンダラ・ナンダは2世紀の創作ですよ。
そんなもの今更持って来られても・・・・
あなたが大乗思想に洗脳されているという僕の読みはどうやら正しそうです。
831神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 16:20:21.49 ID:nU8jo9wY
>>826 勘弁してくれよ。全然面白くない。この人は何もしらないし、頑固で全然変わりそうもないし。
ところで、セブン Atman/attan 〈「私」という一人称として使われ〉ることなんかあるんかい?
オイラは英語の self といった「それ自身」「それ自体」という意味を表す再帰名詞だと思うけど、違う?
832神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 17:28:03.96 ID:Iz77S1pB
833机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/24(火) 17:38:19.48 ID:a8MXsoTb
>>810
>仮に日本刀を買いに行ったとして、切れ味を試そうと刃を素手で触ったりしたら、店から叩き出されるぞ。

@先ず、鞘から刀身を抜き背を見ます。
A次ぎに刀身を横にして反りを見ます。
Bそれから刃を上にして、親指を刃に乗せます。
これが一応の手順ですね。

>ジュラルミン製の模造刀しか触ったことないのか?

拙者は工学として勉強したことがありますから、勿論村正と家康の研究もしております。
日本刀は工学顕微鏡で拝見したこと数知れず。
何故、顕微鏡で見たかといいますと。
当時の学説を立証するためです。

日本刀といいますのは「引いて切る」訳なんですけど、
これを学術的に体系化した理論が当時ありました。
これは刃の形状について仮説を立てたのです。
この仮説こそ一般的には支持されておったのですが、
実際、顕微鏡で見た感じは学説を裏付けるものではありませんでした。
それどころか、日本刀は当時、鋭角刃をわざわざ潰してたようですね。
つまり切れ過ぎては良くない。ってのを経験的に知っておったようです。

まあ、こんな話を聞きたかったら、いくらでも情報を教えますけど、
日本刀といいますのは、剛と柔のコラボなんですよ。
これは刃付けにおいてもそうでありまして、
切れ過ぎは脆いのです。
834神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 17:38:36.33 ID:Iz77S1pB
>>828
俺に何をしろとwww

ボタンの掛け違いが如く、「(最初の)大前提が食い違っている」以上、
両者の意見が摺り合わされることはないw
おわり
835神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 18:04:04.82 ID:z/RlqWTx
(ID変わるよ)
んじゃ、前提の確認

一代に聞くけど、
「以前、一代は経典の記述は全て真実である。」みたいなスタンスだったろ?
それは今も変わってないのか?
つまり、後世の増稿、改変、などはないと?
「全て釈迦の教え、事例については全て実際におこったこと。」
これでいいのか?
例えば、維まのおっさんが起こした奇跡なんかも、実際にあった出来事である。
このスタンスくずしてないの?
836神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 18:16:45.66 ID:Iz77S1pB
>>835
第二ラウンドは5時からじゃなかったのか?w
一時間も遅れてるぞw
837神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 18:19:51.84 ID:z/RlqWTx
「20年君」がお仕事で離脱〜
838神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 19:17:13.84 ID:TMJOe7iE
大乗仏典は感得されたものだというが、
この「感得」という概念がよくわからない。
必ずしも「啓示」とピッタリ重なるものではないんだよな。
839机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/24(火) 20:04:49.14 ID:a8MXsoTb
>>810
>「切れるカラクリ」も、まともな説明は期待できそうにもないがw)

これを簡単に説明しましょう。

引いて切る。わけですから、理論的には鋸刃が整合性があったのです。
この理論は誰でも納得しました。

逆に言ったら、日本刀は引かないと切れないのです。
日本刀の刃を上に向けて、その上に乗ったとしても、皮膚を切ることはないのです。

日本刀は鋸刃ではありません。
鋭角刃でもなく、鈍角刃でもなく、独特の呼称があります。
(詳しいことは後ほど)

もう貴殿は分かったであろうか?
非常に難しい理論であります。
実は力学なんです・・・

いやはや、教養のあるレスポンスを、どうかカンベン願いとう存じあげます。
詳しいことは後ほど・・・
840神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 20:08:12.11 ID:nU8jo9wY
>>832 ども〜 オイラはやっぱ再帰名詞だと思うよ。それを一人称の代名詞と読んで「私」と捉えると混乱すると思う。
しかし、リンク先で名詞じゃないって指摘した彼とかできそうだよね。彼と話したかったんだけど。
規制になっちゃって、残念。もしかしたら、何か意図があったかもしれないけどね。
841神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 20:15:14.44 ID:nU8jo9wY
>>835 変わってないよ。ただ部派経典の場合、選択やまとめ、翻訳という意味での編集はあったことは確実。
大乗経典の場合は、基本的にテルマだと思うから感得した人がそれぞれ言語化した時に違いがあったと思う。
ユイマ経などの記述は受用身の感受を、現世的に翻訳して書いてると思う。もちろん、真実だと信じるよ。
842神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 20:21:11.79 ID:nU8jo9wY
>>838 セム的な啓示とは全く違う。啓示は創造主の意志で人に開示するってかんじでしょ。
感得ってのは、浄化された聖者の心に縁起して、法を聞くというかんじ。
ただし、必ずしも耳で聞くわけではない。聞いた時に言語化されると思う。
843神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 20:36:08.43 ID:z/RlqWTx
>>841 あとさぁ、仏教徒の中で、一代と同じスタンスの者って、実際、どれくらいいる?
現代の仏教徒って、維マの後半の奇跡は菩薩または如来の偉大さを示す「方便」と捉えているほうが多いのでは?
844神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 20:42:41.25 ID:TMJOe7iE
法を聞く。
なんとなくつかめるような気がするが
目には見えない領域にかかれた文章とか図案を確認して
くるというイメージが頭から離れないな。

感得された経典というのは、衆生(後輩とか)に教えるために
本来聖者にしかわからないことを
地上の言葉やシンボルの配置、
というかたちに「翻訳」するものなのか。
845神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 20:43:41.23 ID:Iz77S1pB
>>840
いや、純粋に名詞だと思うよ。
名詞・代名詞の表記は、引用で無い限り「語基の形」であるべきだから、189と返答した。

(日本語の「自分」と同様)、使用法として再帰的に用いられる可能性は無いでもないが、
「ahaM」と同様に用いられることは無い。(筈w 再帰的に用いられることも、無い、と言っていいんじゃなかろうか・・)
それは、日本語の「自己」と同じ。「自分は○○であります!」といった用い方はあっても、
「自己は○○であります!」という用い方は、歴史を遡っても無いと思う。
「自己」と言われる時は、常に「【対象化され】、【或る特殊な位置付けをされ】ている場合」に限られていると思う。
「attan」も同じだと思うよ。再帰(代)名詞的用いられ方は無いんじゃないかな?
846神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 21:05:00.18 ID:Iz77S1pB
>>840
英語の「self」への置き換えは単純すぎだと感じてるけど、
それを示唆する形で、(今見つけたんだがw)、
ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110004698134 のU(p35右段〜)が参考になるかな?

他にも「再帰名詞」「再帰代名詞」で検索すると、
ちにも、じゃーなる@も、面白そうなのが結構あるけど非公開が多いw
847神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 21:11:47.95 ID:Iz77S1pB
あ、そうか・・。
【対象化された】用い方、後段で「これこれである、そのような自分は・・」という形ならあり得るか・・。

この辺は全くチェックできてないんで、確かなことはやっぱ言えんわw
いや、でも、用例としては、「特別に対象化され、抽出された上での」
「(今ある自身との間に)明確に距離が置かれた上での」
「客体化された」存在として扱われてるかなぁ・・。 (自洲法洲もDhpの例の偈も・・。)
848神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 21:12:13.04 ID:nU8jo9wY
>>843 そこらへんはオイラの少ない出会いの印象だけど、チベット系だとほとんどみんな信じてると思う。
逆に日本人で信じてる人はほとんどいない。大乗経典は創作物だと思ってる人が多いんじゃないかな。
だけど、それじゃ縁起・空・仏教じゃなくて、実在・歴史・科学を信仰してると告白してるようなもの。
849神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 21:16:52.13 ID:nU8jo9wY
>>844 あんまり、そんな聖者にしか分からんこと、オイラのような凡夫にきかんといて。
チベットのニンマ・カギュの先生に聞くのがいいでしょ。
850神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 21:29:07.79 ID:nU8jo9wY
>>845 おい、オイラは逆によんじまったぜ。あの短文だと。ああ、わりい、名詞じゃなかったとよんじゃうと思うぞ。
もちろん、単純名詞の「自己」や「本質」という意味が中心だと思うが、再帰名詞を人称代名詞と誤読すんなという意味。
他言語の言語学分析はあんまあてになんないでしょ。生成文法の信奉者ならいざしらず。
851神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 21:32:32.82 ID:nU8jo9wY
こんな風に美しく指摘して貰っても、陳腐な自説を曲げない人は曲げないわけだ。
http://hpcgi1.nifty.com/manikana/bbsnew/wforum.cgi?no=12257&reno=12254&oya=12176&mode=msgview&page=0
852神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 21:50:59.07 ID:8807QHF9
石飛さんのところも311以降変化あったのかな
よいほうに転べばいいな
853神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 21:53:32.63 ID:Iz77S1pB
>>850
いや、あのレスが返ってきた時点で「誤読されたな・・」とは思ったがw、
脊髄反射で応えてたし、弁明するのも面倒だったんで、「(ま、解るっしょw)」と、放置した。
正直スマンかった。少し反省しているw
854神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 22:12:07.77 ID:8807QHF9
どんまい
855神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 22:29:07.26 ID:8807QHF9
311以降は我ながら厭らしいキャラになってしまった
名無しながら、図々しさは机さん並になってしまった
まっ 変ってしまったものはしょうがない
856神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 22:38:59.42 ID:Iz77S1pB
>>850
あ、勿論、人称名詞・人称代名詞として用いることはあり得ない筈。
その辺が日本語の「自分」「私」「我(われ)」「己(おのれ)」などと違うところ。
日本語の上記それぞれは、人称名詞としても、再帰名詞としても、名詞としても扱い得るから、
(訳語経由による理解が不可避な以上)、混線しがちなのは致し方ない面はあると思うよ。
 *ネイティブでない限り、どんな外国語も訳語としての理解から入るしかない。
  ましてや、古語ともなれば・・。


付記:
selfもまた同様に多義なる語なれば、自洲法洲、Dhp160偈などを始め「self」でいいのか・・。
>>846一行目は撤回しとく。
ただ、PTS辞書にも第二の語義として「oneself、himself、yourself」とあるが、
そうした「〜self」ではなく、唯「self」或いは「onself」の意だと見るべきかな・・と思ったりはする。
857神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 22:39:55.99 ID:nU8jo9wY
タヌポンに匹敵するにはまだまだ、二人とも、そんなこと、ええじゃないか、ええじゃないか。
ってことでおやすみ〜
858神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 22:42:42.60 ID:Iz77S1pB
>>857
ワシは典型的Bだからね。気になるところは細部まで気になるのさw
(そのかわり、興味ないことに関しては、徹底冷めてるけどw)

ノシ
859神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 22:44:48.27 ID:8807QHF9
おやすみなさい
860神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 23:25:49.30 ID:s2TtIUdU
>>833
まだやってたのかよw

>Bそれから刃を上にして、親指を刃に乗せます。

何度も言うが、日本刀を鑑賞する際に、刃に触れる事はあり得ない。
http://homepage.mac.com/tsurugi_t/katana-kansyo.pdf
「刀身(光っている部分)は絶対に素手でさわらないで下さい。」
http://www.iidakoendo.com/info/kansho2.htm
「刀身にじかに手を触れたり、唾がかかったりするとそこから錆が生じますので注意して下さい。」
http://www.geocities.jp/digi_hiro2000/mukusatou/toukennkannsyou.html
「刀の刀身を素手で触ったり、息を吹きかけてはいけない。」

素手で刀身に触れる様な馬鹿は店から叩き出されても文句も言えないと思うぜ。
さっきも言ったが、もしかして包丁の研ぎ方と間違えてないか?w

>それどころか、日本刀は当時、鋭角刃をわざわざ潰してたようですね。
>つまり切れ過ぎては良くない。ってのを経験的に知っておったようです。
あー、もしかして「刃引き」のことを言っているのか?
確かに現代の居合などでは、切れ味を落とすために刃に垂直に砥石を当てて、
切れ味を落とす作業をすることがあり、それを「刃引き」と呼んでいるが、
戦国時代に行われていた「刃引き」は、それとは別て、
「刀をわざと欠けさせて、微細な傷をつけて鋸状にしておく」事だぞ。
それも、机氏が妄想したように、「引いて切る為に鋸刃にする」訳じゃなくて、
人を切って血糊が付着したときに、脂が刃引きして欠けた隙間に溜まることで、切れ味が落ちにくいからだ。
所謂ステーキナイフと一緒だ。
つまり、「切れすぎが良くないから切れ味を落とす」ためじゃなく、
「最初から多少切れ味が落ちても、長期間戦えるようにする工夫」だよw
861神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 23:26:30.25 ID:s2TtIUdU
>>839
>引いて切る。わけですから、理論的には鋸刃が整合性があったのです。
だから、別に引いて切るから鋸刃なんじゃないってw
引いて切るという意味では、反りの方が重要だろ。

>日本刀の刃を上に向けて、その上に乗ったとしても、皮膚を切ることはないのです。
いやいや、乗ったら切れるってw
ナマクラしか見たことないの?w

>日本刀は鋸刃ではありません。
>鋭角刃でもなく、鈍角刃でもなく、独特の呼称があります。
まさかと思うが、「寝刃」の事だったら笑うぞw


それから何度も言うが、論点は「水流に浮かぶ葉で切れ味を試すと言うエピソードの元ネタを、机氏が知らなかった」であって、
刀の取り扱いの作法や、刀が切れる仕組みなんかじゃない。
(まあ、それすら間違いだらけなのが机氏クオリティなんだがw)
いい加減、誤魔化そうとして、さらなる恥をさらすのやめたら?w
862神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 23:30:28.84 ID:ZZzTYQqx
>>848
歴史上の釈迦が発言したものではない→創作、となるのは
大乗非仏説が出てきた時点で、
日本人に≪感得≫という考え方が普及していなかったためでは?
五時八教をもって、生前の釈迦がこの時系列で説いていた
という見方しかしていなかったので、五時八教の否定が即、
大乗仏典の創作扱いにつながってしまった。
>>841のような見方が日本人の間でも一般的だったら、
かなり違っていたと思う。
863神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 23:51:22.93 ID:ZZzTYQqx
両部神道の天地麗気記いがいで認められる日本のテルマってある?
864神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 23:53:53.19 ID:FzlMT39K
青山テルマ
865神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 00:27:36.76 ID:h5kwi66C
>>864 やるじゃないか、兄ちゃんwww
866神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 00:36:11.47 ID:8OIiJDg7
青ソバテルマ「山にいるね」

はネタです。
867不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/25(水) 01:32:39.44 ID:yuLjojvS
>>829
>天界でも悪さしなければ、悪いところには生まれ変わらないでしょうから、天界だか
>無色界だかをのんびりと輪廻し続けて永遠にハッピーに過ごせばよい

20年坐禅氏は、人間界(+畜生界)だけが現実で、地獄・餓鬼・天界(欲天・色界・無色界)は迷信の混入だと
考えているのでしょうか?

それはともかく、天界というのは「楽過ぎ」て、普通は気が弛みます。逆に緊張していて心が休まらないのだっ
たら、天界とは言えなくなります。気が弛んで、放縦になり、悪さをするから、今度は堕ちます。それがナンダ
経ですよね。輪廻の中で、悪処に落ちないように注意し続けることは可能ですけど、それは永遠に気を張り詰め
続けることであり、悪処の苦(世間の苦楽の内の苦)に勝る、大変な苦を輪廻そのものに感じることだと思いま
す。
868不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/25(水) 01:35:40.98 ID:yuLjojvS
ヴァッチャ経1/2

ヴァッチャ経というのは(アートマンを信仰する系統の)外道に説いた経であるというところもポイントだと思
います。対機説法が釈説(仏教)の基本ですから、どういう相手に対しての法話なのかということです。
ヴァッチャに対しての語りかけのセリフなので、「ヴァッチャよ、あなたのような、アートマン(素朴存在論)
に思考が囚われている人は、実在論・本質論の文脈で、様々な対象につき、《これはある》《これはない》とか
《これは常住である》《これは常住ではない(無常である)》とか捉える。一方、私(釈尊)はそもそもその文
脈に立たない思想の者だから、あなたの思考上の文脈で説くべき具体的な言葉(表現)はありません」というこ
とだと考えます。釈尊自身に本当に何も見解自体がない、というわけではないと思います。どう言葉を説いても、
相手が自分の思想の文脈で曲解して換骨奪胎して別物に再構築してしまうため、答え(真理)を知らないから言
わないわけではなく、ただ説かない。そして説かない理由をヴァッチャに納得させた経だと私は考えます。
869不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/25(水) 01:36:16.43 ID:yuLjojvS
ヴァッチャ経2/2

このレベルの邪見に対する囚われの強い人(潜在意識レベルで強固に凝り固まっている人)に対しては、外道で
なくともマールンキャ比丘のような釈尊の下で出家した人もいましたから、釈尊は対機的にこういう人たちに対
しては結局、何も具体的な法は説かず、まずは世間的な身口意の悪業を戒め、五欲に対する執着を捨てさせる段
階から始めさせたのでしょう。この最初の段階でまず最大限に重要なのは「信」ではないかと思います。今のそ
の人自身のレベルの見識では理解不能なことを曲解して勝手な思想像を自己満足的にインプットしてしまわない
ためには、自身が教えを教わる教えと人(すなわち「法」と「僧」の二宝)に対しても、「信頼」(信仰=精神
的により盲目的になること、とは違います。そんなことをしたら見解が余計に狭くなるだけです)がなければ、
教えの言葉を自分の現段階の狭い見識に矮小・歪曲化して捉えますので、何ら見識を広げることにはつながりま
せん(もしその人が独覚の機根のある人の場合は例外で、元々仏教の教えのあるなしに関わらず、たとえ偽経を
読んでも勝手に正しい見解を得ることもあると思いますが)。「法」と「僧」の二宝を通じて始めて、適正な「
仏」の思想像にアクセスできると思います。法(経典)や僧(仏弟子)に対する「疑(念)」のある状態ではそ
れが難しくなると思います。
870不説 ◆AnATTa/dJc :2011/05/25(水) 01:48:50.82 ID:yuLjojvS
「特定の思想を説かないし、実際に思想自体が具体的に頭の中にない」(禅定至上主義?)
というのは六師外道のサンジャヤ師で、二大弟子はそういう旧い師を捨てて、
「縁起の法を説き給う」
という釈尊の弟子入りしたわけです。

つまり無記について、その部分だけを取り出せば、サンジャヤ師との違いがありませんから、
そこには何も二大弟子が鞍替えをした、仏教固有の、重要かつ決定的な思想はないというこ
とが言えると思います。
871神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 05:45:41.52 ID:VSgMoLqC
>>863 日本國未来記、本覚門関係が思いつくけど、本覚門は完全に感得でしょう。
未来記は読んだことないので、真偽はわかりません。
872神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 05:59:25.82 ID:VSgMoLqC
>>867  そうです。美しいものへの執着が強い私には身につまされる教えです。
因みに「それを題材にした『サウンダラ・ナンダ』」と書いてるのに「創作」などというのは、
藁人形ではなく彼が文が読めないだけでしょう。
873神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 06:05:03.77 ID:VSgMoLqC
>>868-870 そうです。しかもそれが正に観、ヴィパシャナーに他なりません。
恐らくヴァッチャは三昧には入ることができた戒定慧の定の段階の行者だったと思います。
その段階で、観を説くことで、あらゆる見解を解き放ち戯論寂滅させて寂静の境地に導くのだと思います。
874神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 06:11:20.37 ID:VSgMoLqC
これは正に『中論』がそうです。しかも『中論』は『カーティヤーヤへの教え』など小乗経典を典拠にしています。
そしてSnやUVに同じ寂滅・離辺への道が説かれていることから、大乗から小乗経典の真意も照射して、
再構成し、美しい観の書として提示したのが『中論』でしょう。『リョウガ経』の預言は正に正しいのです。
875神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 06:16:15.48 ID:VSgMoLqC
『カーティヤーヤへの教え』は有無中道が説かれているので『中論』のタイトルはそこから取られているのでしょう。
以上は『入中論自註』にこれまた明瞭に説かれています。だから、中観は他の見解を批判して自分の見解を主張するのではなく、
あらゆる見解の解き放ちを目指すものです。それ故、清弁菩薩は中観から逸脱し、月称菩薩はそれを指摘したというわけです。
876机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/25(水) 07:59:59.77 ID:SPRMEJNZ
>>860
>確かに現代の居合などでは、切れ味を落とすために刃に垂直に砥石を当てて、
>切れ味を落とす作業をすることがあり、それを「刃引き」と呼んでいるが、

日本刀の研磨の素材は京都にありまして、私が勉強した当時でも採掘はしてませんでした。
しかしその採掘場において“屑の素材”はまだ手に入っておったのです。
(たぶん現在においても手に入るかと思います)

その研磨剤において実験を重ねたのです。
これは上手くいきません。
剛と剛は相性が悪いのです。つまり反発し合うのです。
刀身において、反発した方が良い部位と、反発しては駄目な部位があるのです。
刀工は、このことを良く知っていたかと思いますね。

砥石は剛でありますから刃付けは無理なんざます。
鋼の剛と、砥石の剛は相性が悪いのです。
じゃあ、何が相性が良いのかといいますと“柔”なんですね。
これを刀工が発見してたのは驚きです!!

柔がなんと!!剛を削るのです。
こういった一連の刀制作過程を経ますと、さすがに刀工も
刀自体に神秘性を感じずにはおられなかったのでしょう?

(つづく)
877机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/25(水) 08:01:00.86 ID:SPRMEJNZ
(つづき)
刀剣の研究は学会に発表しておりましたので、その研究に注目したのがメーカーでした。
メーカーは研究費を提供してくれました。
よって研究結果というのは、ある部分では企業秘密になっております。

柔とは何か?
これを拙者が掲示板に書いたら大変なことになってしまいます。
よって、これ以上は書けませんけど、
なるべく書ける範囲で説明します。
878机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/25(水) 08:25:01.65 ID:SPRMEJNZ
>>860
>何度も言うが、日本刀を鑑賞する際に、刃に触れる事はあり得ない。

あのですね、そもそも日本刀というのは鑑賞用に作られるものではないのです。
これを勘違いしておる輩が多い。

ツールです!!日本刀は。

>人を切って血糊が付着したときに、脂が刃引きして欠けた隙間に溜まることで、切れ味が落ちにくいからだ。

日本刀は、刃が欠けてる隙間などありませんですね。
あったとしても、それは刃こぼれで均等に鋸状になってる訳ではないのです。
刃先は顕微鏡でも綺麗に直線ですね。
(研磨した時点では)

現在における工業製品と殆ど変わりません。
工業製品は鋸刃ではありませんですね。
879名無し迷彩:2011/05/25(水) 08:33:21.38 ID:vKRc3GF4
880神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 10:58:37.02 ID:J1pjF4Ro
>>640
>マハーカッサパ説はフランケ、オルデンベルグ、和辻などが指摘したパーリ・ニカーヤが編集されたという常識と考えればそれほど可笑しくないかも?
>小部とか雑部と、つまり、その他の経典として教義の中心から外されたスッタニパータ
頭陀行第一のマハー・カッサパが
苦行者文学たるスッタニパータを教義の中心から外すのは納得できないな

あれほど大迦葉にふさわしい経典もない
881神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 12:13:26.44 ID:C0j9oUn8
>>876-878
懲りない奴だなw
もがけばもがくほど恥をさらすぞw

これから泊りがけの出張なんで、目立つとこだけ指摘。

>あのですね、そもそも日本刀というのは鑑賞用に作られるものではないのです。
当たり前だw
なんで素手で触れちゃいけないかを全く理解していないだろ。
まさに、実用する際に困るから、素手で触れちゃいけないんだよw
それとも机氏は、刀を触るたびに研ぎなおしているのか?www

>日本刀は、刃が欠けてる隙間などありませんですね。
日本語も読めなくなったのか?
通常の日本刀に欠けなどない(有ったら困るw)が、使用する前に「わざと」欠けを作る作業が、「刃引き」なんだよ。

>あったとしても、それは刃こぼれで均等に鋸状になってる訳ではないのです。
当たり前だろw
刃引きの作業で均等に欠けが出来るわけがないし、そもそもノコギリと目的が違うんだから均等にある必要は全くないw

>刃先は顕微鏡でも綺麗に直線ですね。
>(研磨した時点では)
当たり前だw
おそらく、刃引きしていない(もしくは現代の刃引きをした)日本刀を見て、「刃が欠けてない」と結論付けてたのだろうが、
刃引きしていない「通常状態の日本刀」は、常に「顕微鏡レベルでも綺麗で直線」だよw
机氏は、日本刀は研ぐと鋸状の刃に研ぎあがるとでも思ってたのか?www
刃引きは使用する直前にやらないと、刀が痛むに決まってるだろうがw


で、結局、「受難の村正」以外で、 「試し切りとして、水流で木の葉を切る」というエピソードがあって、
かつ、「真っ二つに切れた方が名刀である」という結論である話は見つかったのかい?w
必死に誤魔化しているところを見ると、見つからない様だなw
882机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/25(水) 12:34:21.34 ID:SPRMEJNZ
>>861
>>日本刀は鋸刃ではありません。
>>鋭角刃でもなく、鈍角刃でもなく、独特の呼称があります。
>まさかと思うが、「寝刃」の事だったら笑うぞw

刀は軟鉄に焼き入れして刃を付けるのですが、
実は軟鉄の方が柔軟性があっていいのです。
わざわざ“刃付け”をする為に・・・この柔軟性をある程度犠牲にしなければばらない。
といふ、宿命は付いて廻るのです。

日本刀の刃先は非常に硬くなってます。
硬い、ってことは脆いわけど、簡単に刃こぼれしますし、また、
刀身自体が折れる可能性もあるのです。

こんな訳ですから、例えば鋸刃の最先端部分は“非常に弱い”ということになりますし、
しいては刃全体が弱くなるのです。
(これは力学の法則です)

力学的には、直線的な刃の方が“圧力を分散”させる訳ですから、
直線がいいですし、また、
角刃においても、この法則により弱点であることは明白です。
角より丸に近い方が良いわけですね。

砥石(天然石)というのは粒子が粗くなってます。
よって、最後の仕上げの段階では、理想的な刃付けは無理なんです。
つうか、ミクロでは刃の状態はボロボロなんです(笑

・・・まあ、この辺で宜しいでしょう?難しい話ですから(笑
883机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/25(水) 12:59:32.43 ID:SPRMEJNZ
>>881
>なんで素手で触れちゃいけないかを全く理解していないだろ。
>まさに、実用する際に困るから、素手で触れちゃいけないんだよw

刃先は触らないと、どんな状態なのか分かりませんですね。
たとえ顕微鏡でも分からない。
(顕微鏡は平面画ですから)

古来から刃先は触覚で・・・感覚で学習したのです。
数多く触ってですね、経験で学ぶのですよ。
884 忍法帖【Lv=2,xxxP】 :2011/05/25(水) 14:54:36.03 ID:0JbBXyQO
仏教は間違っているスピリチュアリズムは正しいよねー!?♪。
885神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 17:20:17.46 ID:NWaTMJdj
机龍之介て前世は刀かね
どうでもいいことに詳しいな
886机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/25(水) 19:43:12.93 ID:SPRMEJNZ
>>861
>>日本刀の刃を上に向けて、その上に乗ったとしても、皮膚を切ることはないのです。
>いやいや、乗ったら切れるってw
>ナマクラしか見たことないの?w

刀の上に乗ったら切れるか?切れないか?
こんなことはいくらでも説明が出来るんですよw

刀の切れるカラクリは、圧力の重量に比例します。
重量は作用と反作用において決定されます。
これだけの法則なんですね。

ですから重量を軽減すれば良い訳ですね。
軽減する、といふのは瞬間数値を低く抑えればいいことなんです。
つまり作用・反作用の圧力を分散すれば良いだけのことです。
(刃とは、重量を最大限に集中させるツールです)

これがいわゆる「引いて切る」になる訳です。

理論的には鋸状の刃で引っ掻いて切る。ってのは間違いですね。
(従来はそのように考えられておりました)
現在における説明では、
ナタで切る理論に近い考えです。
887机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/26(木) 07:23:23.77 ID:AVyFVbHE
>>881
>で、結局、「受難の村正」以外で、 「試し切りとして、水流で木の葉を切る」というエピソードがあって、
>かつ、「真っ二つに切れた方が名刀である」という結論である話は見つかったのかい?

これについて御説明します。

その前に、刃を吟味する為に刃先に指をそえる話をしましたけど、
切れる刃と、そうじゃない刃について説明いたします。

切れる刃→指に吸い付いてきます。
     この感触は、刀の能動性つまり「人間の血を欲する」感覚です。<湿性>
切れない刃→指に反発してきます。<乾性>

こういった情緒的部分が、つまりは講談話の元ネタになったのかと思います。
名刀、つまり切れる刀は、それ自体が神秘的妄想を膨らます要素を含んでおるのです。

徳川家康も村正に嵌ったのは、こういった経験則に依るのかと推測してます。
つまり、オナニー状態で刃先など触っておったら乱心し
指などを怪我する場合もある。ってこってす。

「水流で木の葉を切る」。このことについて学術的に解説します。
理論的には極限の刃先を作ることは可能です。
しかし現実的には、そういった刃は布などで拭いただけで簡単に削げてしまいます。
究極なものは、そもそも鋼(はがね)では無理なんですね。
あくまでも講談話です。
888神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 13:31:48.38 ID:+SES35Z7
ニコ動の武田教授の話によると チェルノブイリ原子力発電所事故の事例から
今年の秋口くらいから食物連鎖による汚染がマグロまで到達する sm14487255
法治国家日本の一般国民はいよいよ魚も食えなくなって
仏教的には歴史上空前絶後の善男善女集団になるわけだ
889神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 14:36:43.21 ID:+SES35Z7
ヒンズーのヤマ・ニヤマは倫理基準が青天井。だから相対する者により正誤が変る
断・常の二見を避ける仏教の5戒・10戒では動機まで規範の対象とすることで
現実上での適応の行動選択と結果評価がより多様煩瑣になっている

それにしても実際上五戒を冒さない日本国民はもっと幸福でもいいような
たとえ消極的な形で守らされているのであっても。
890神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 14:41:43.10 ID:aM621VSd
浄土信者は南無阿弥陀仏を死後浄土へ行くために唱えるのか、
今この人生の辛さから救われたいから唱えるのか?
如何?
891神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 14:42:00.64 ID:+SES35Z7
今生きている人にとっての仏教を考え、上記の疑問に仮に答えをつけると

1、既に日本国民には幸福がある。後は自覚するだけ。
2、それとも仏教は自ら選択するもので、その意味において事実からの距離が科学技術より遠い
 仏教は恣意的な、基底的でない2次的な文花

両方間違いではないし、双方に見合った互いに相反しない対応法があるように思える
892神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 14:47:14.17 ID:+SES35Z7
それは、その浄土信者に聞いてみれば?

唱えた結果浄土に行くか行かないか Y/N
辛さから救われるか救われないか Y/N
なぜ信者が唱えるかとは別の問題。
893てすと:2011/05/26(木) 15:53:05.16 ID:k3oXCwKi
>>890

親しい人達が死後も生きてる間も安らかでいられるように唱えるんじゃないの?
894神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 16:04:45.47 ID:uB47DQ/J
仏教はタバコのようなもの
吸わない人にとっては迷惑もいいところ
また体によくない
 出来れば生産を禁止してほしいが
必要な人がいる以上仕方がない
895神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 19:56:50.79 ID:FbKLde6z
称える前から浄土はある教え。「称えたら」じゃない。そこはよく「胎生」に譬えられる。
題目の力を信じて手術を受けない盲腸患者の信者がいた。医者の言葉を拒みやがて死んだ。
問題の解決は既に与えられているのに、迷信に固執して自ら生命を断ってしまった。
真宗で言う病気は硬心「かたくななこころ」をいう。よって称えるだけでは救われない。
896神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 20:21:07.97 ID:+SES35Z7
895は真宗の味方なのだろう予想した
しかし>>895の文の内容だと
『カルト儲が迷信で手術拒否→死亡。教団は信者の死亡について関与を否定。』
みたいに読める。そもそも実話なの?
897神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 20:23:22.86 ID:aFxbPTVM
>>882
出張から戻って来てみれば・・・
机氏は、真性のマゾヒストか?w
何でそんなに恥ばかりかきたがるんだ?

>刀は軟鉄に焼き入れして刃を付けるのですが、
一行目からいきなり噴きだしちまっただろうがwww
一般に「軟鉄」とは、「炭素の含有量の低い鉄(0.3%以下)」の事を言う。
軟鉄をいくら焼き入れしても刃金に使っている玉鋼(≒炭素含有量の多い鋼鉄、0.3〜2%)にはならないし、
そもそも軟鉄では焼きを入れる事すら出来ないよw
焼き入れで起こるのは、鋼鉄の格子構造の相転移であって、軟鉄が鋼鉄になるわけではない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%BC%E5%85%A5%E3%82%8C

>わざわざ“刃付け”をする為に・・・この柔軟性をある程度犠牲にしなければばらない。
いやいやいやいやw
日本刀のすごい所は、全体の柔軟性を失わずに硬く脆い刃を作る所にあるんだがw
そのための、技術が鋼の組み合わせであって、硬く脆い刃金(炭素含有量が多い)を、
柔らかく粘りのある(炭素含有量が比較的少ない)心金で支えているんだ。
http://fjt.webmasters.gr.jp/hogehoge/katana1.html
まさか、全体が均一の素材でできているスプリング刀とかしか見たことないのか?w

>力学的には、直線的な刃の方が“圧力を分散”させる訳ですから、
>直線がいいですし、また、
>角刃においても、この法則により弱点であることは明白です。
おいおい、一体何を言いたいんだ?w
「“圧力を分散”させる」=「切れない」って事だぞw
現代の居合で使用する刃引きした刀は、まさしく「切れない」事と引き換えに「刃こぼれしにくい」様にしたものだが、
それと、普通の日本刀の刃や、古代の刃引きをした刀とは全く別物だぜw

>・・・まあ、この辺で宜しいでしょう?難しい話ですから(笑
「机氏にとっては」難しいのだろうが、別に難しくないぜw
898神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 20:30:47.51 ID:aFxbPTVM
>>883
>刃先は触らないと、どんな状態なのか分かりませんですね。
>古来から刃先は触覚で・・・感覚で学習したのです。
>数多く触ってですね、経験で学ぶのですよ。
机氏は、日本刀を見るたびに、その刀を研ぎに出させるのか?w
嫌な客だなw
それとも、触っても研ぎに出す必要もない模造刀しか触ったことが無いのか?

>>886
レス全般に意味不明の言葉が並んでいるが、この、
>ですから重量を軽減すれば良い訳ですね。
と言う発言から推測するに、重量が軽減されると切れるようになると考えているのか?
もしそうなら、小学校から物理を勉強しなおせw

>重量は作用と反作用において決定されます。
この発言も意味不明。「作用反作用の法則」と「重量」は関係ないぞw

>>887
>これについて御説明します。
全然「御説明」になってないんだがw

>切れる刃と、そうじゃない刃について説明いたします。
>「水流で木の葉を切る」。このことについて学術的に解説します。
だから、その話は今の議論に全く関係ないだろうがw(その説明自体も間違ってるがw)
「有名なエピソードを引用しながら、その元ネタを知らなかったばかりに、結論を真逆にしていた」事をいい加減認めろよw
それとも、「試し切りとして水流で木の葉を切り、真っ二つに切れた方が名刀である」という話が存在すること示せるのか?
899神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 20:35:52.00 ID:xfGnOMhs
>>890

ちゃんと勉強してから書き込みをしなさい。
「南無阿弥陀仏」 は <自力で唱えるものではない> のです。
「南無阿弥陀仏」 は <本願召喚の勅命> なのです!
  
900神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 21:05:59.89 ID:IHtRIrSG
>机氏は、真性のマゾヒストか?w
>何でそんなに恥ばかりかきたがるんだ?
そのうちジャズの話でもして逃走するんじゃない?
901神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 22:08:11.49 ID:aM621VSd
>>899
自力から発していない念仏までいきなりたどり着けるの?
南無阿弥陀と数を重ねた後に信心決定となるのか、
それとも南無阿弥陀と唱えれば即信心決定なの?
他力、他力って言うけど、他力ってなに?
902神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 23:33:33.28 ID:jiqqQmx1
自力以外が他力
903神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 23:58:18.53 ID:aM621VSd
イジメられっ子がイジメられるのは他力ですか?
904神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 23:58:54.48 ID:+SES35Z7
そのわりに煩悩手放しよね。有髪妻帯
905神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 00:51:12.49 ID:FjatXDqX
イジメられるのも南無阿弥陀仏
反撃するのも南無阿弥陀仏
お洒落をするのも南無阿弥陀仏
恋愛するのも南無阿弥陀仏
と言うなら全て他力のようにも思える。
浄土信者はどう考えますか?
906神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 04:00:46.69 ID:wJdczRBH
南無阿弥陀仏とは

阿弥陀仏に帰依いたします

という意味です。
907神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 05:54:38.03 ID:JOAQ8h1u
一宗教の浅い知識で世の中を語るのは
あまりにも傲慢
908神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 06:45:56.36 ID:off2f1OI
そういう君がいかに浅薄で傲慢だったか後で思い知るだろう。
ブッダ以上の智者は、どこにもいないと確信できる。
その抜きん出た存在論、認識論、論理性から明瞭である。これは凡百の概説書からでは分からないが。
909神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 06:49:48.21 ID:JOAQ8h1u
そういう君がいかに思い込みで浅はかだったかいつかわかるだろう
 この宗教がいかに社会に破綻を誘導してきたか
個人的な心の平穏を求めることだけが人間ではない
910机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/27(金) 07:21:25.79 ID:9US3XEk/
>>898
貴殿のレスポンスは矛盾だらけですが・・・><
先ず力学の基本的なことを伝授しますw

力学においての重量とは「力」のことですね。

>>重量は作用と反作用において決定されます。
>この発言も意味不明。「作用反作用の法則」と「重量」は関係ないぞw

この重量「力」も、対象に及ぼし合うってことで決定される。
ということです。

例えばですね、重量(力)があっても、対象が風船(反作用)とかだったら、
及ぼし合う力量が殆どないことになるでしょ?
(この意味が解せますか?)

あのですね、これは物理学の初歩の初歩ですから・・・
あまりにも簡単し過ぎて説明が難しいのですよ(苦笑

そもそもですね、拙者がアカデミックなレスポンスをしたとしても・・・
力学の基本が分からんと、拙者の書き込み自体の内容など分かるはずはないのです。

#、また、日本刀についても詳しく説明してあげますよw
           暇な時にですが・・・
911机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/27(金) 07:37:55.52 ID:9US3XEk/
>>897
>日本刀のすごい所は、全体の柔軟性を失わずに硬く脆い刃を作る所にあるんだがw

あのですね、そんなことは出切る訳はないのです。
柔軟性を失わないで硬く脆い刀を作ったらですね、それは村正に優る「天下の名刀」になります。

切れ味を度外視するなら、柔軟性のある刀は最高なんですよ。
しかしそんな刀が作れるはずはないのです。
これは刀工の夢なんですよ。

日本刀は切れますが・・・簡単に折れてしまいます。
合戦の時にですね、刀が折れてしまったら、命とりですよ。
しかしながら日本刀は折れるリスクは常にあるのです。

まあ、こういふ難しい話は後ほどに・・・(笑
912机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/27(金) 08:30:49.65 ID:9US3XEk/
>>897
軟鉄について御説明します。

軟鉄というのは純粋な鉄のことですね。
これは柔軟性がありまして柔らかい素材です。
日本刀はこの鉄で作ります。

刃付けをする為に、焼入れして炭素含有量の多い鉄にします。
これは素材(鉄)の表面が炭素量が多くなります。

つまり、刀の中心部(芯)は軟鉄なのです。
日本刀は、軟鉄と鋼鉄(表面)のコラボレーションなのです。
ようするに、日本刀の柔軟性とは軟鉄(刀の芯の部分)において成されておるのです。

しかしながら刀の表面部、これは鋼鉄なので柔軟性は失われます。
よって、あまり焼き入れし過ぎになりますと、硬いけど脆くなります。
柔軟性をなるべく失わないように、
しかも切れる日本刀が一番いい訳ですが・・・・

剛と柔のコラボは、日本刀のキーワードですね。
日本刀の「反り」は衝撃に強いように設計されてますし、
重量(力)をどのように集中させるか?というのも同時に兼ね備えている。
反作用(いわゆる対象物)に直角に刃を当てると強いです。
つまりですね、日本刀は
技量によって、生かすこともできるし、また殺すこともできるんじゃよ。
913神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 08:57:48.37 ID:lm+tvn50
>>908
>その抜きん出た

具体的に。
>>909
>この宗教がいかに社会に破綻を誘導してきたか

具体的に。
914神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 09:30:13.80 ID:off2f1OI
例えばパルメニデス・ソクラテスからクワイン・クリプキに至るまで有無や本質の探究に失敗してきた
西洋を始めとする諸思想に対して、その不可能性を指摘しながら、言語習慣としての因果関係が、
どのように提示できるかを簡明かつ深淵に明示した縁起、此縁性こそ賛辞の言葉が見つからないほどの見解。
915神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 09:35:21.20 ID:off2f1OI
明らかに偏狭で不当な前提に基づく誤認だろう。しかも、仏教が野蛮な暴力からいかに多くの人類を解放してきたか
という単純な歴史さえしらないらしい。アショーカ王、カニシカ王、シナ北方蛮族王朝、モンゴル、
日本の奈良時代、今もレッド・チャイナやロシア、欧米の蛮行をじわじわ和らげている。
916机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/27(金) 10:12:40.94 ID:9US3XEk/
>>897
http://fjt.webmasters.gr.jp/hogehoge/katana1.html
>まさか、全体が均一の素材でできているスプリング刀とかしか見たことないのか?w

あのね、拙者は工学部門においては専門家なんですぞ(笑
そのURLを見ただけで何が書いてあるかは一発で分かってしまうのでつw

>これが, 普及レベルの刀の構造. 断面図である.
>「甲ぶせ」というつくりかただ. 鉄の芯に, 刃の方だけ鋼をかぶせてある

このように書いてあるだろ?
ようするに「普及レベル}。
拙者はね、普及レベルの話をしとるんと違いまっせ(笑
あくまでも専門的レスポンスなんであります。

「甲ぶせ」ってのは、つまり着鋼(ちゃっこう)のことで、異質な鉄を接着する。という意味です。
日本刀というのは全鋼(ぜんこう)です。
つまり素材は単一なんです。→ここから加工が入ります。

着鋼というのは、工学においては二級品です。
普及レベルでは品質には差し触りがない。ってことですが・・・
プロレベルでは、やはり二級品になります。
この理由については、やはり専門的になりますが・・・

そもそも江戸時代には、着鋼って技術はありませんですね。
917神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 10:28:37.12 ID:lm+tvn50
別板に移動してくんね?
918神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 11:36:46.69 ID:JOAQ8h1u
奈良は仏教建築を作りすぎて
経済的に破綻した
919神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 13:30:27.64 ID:yityhAnE
>>910
何を言っているのか意味不明だが、
作用反作用の法則とは、「一方が受ける力と他方が受ける力は向きが反対で大きさが等しい」という経験則だぞ?
対象が何であれ、一方に10の力をかければ、その反作用は10になる。
まさか、物理の初歩の初歩すら誤解しているのか?

>例えばですね、重量(力)があっても、対象が風船(反作用)とかだったら、
>及ぼし合う力量が殆どないことになるでしょ?
もしかして「10kgの鉄アレイは、10kgの綿より重い」とか考えちゃう人?w

>>911
>あのですね、そんなことは出切る訳はないのです。
>柔軟性を失わないで硬く脆い刀を作ったらですね、それは村正に優る「天下の名刀」になります。
だから、日本刀はそれが「出来た」から、西洋の刀より工学的に優れていると評価されているんだろうがw

>日本刀は切れますが・・・簡単に折れてしまいます。
だから、どんだけナマクラ刀しか見たことないんだよw
「折れずに曲がる」が日本刀だよ。
(まあ、衝撃の方向性によっちゃあっさり折れるらしいがw)

>>912
>軟鉄というのは純粋な鉄のことですね。
これはその通り。炭素と言う不純物が少ないという観点から見ればね。

>これは柔軟性がありまして柔らかい素材です。
これもその通り。結晶格子の変形を妨げる炭素(≒不純物)が少ないから、良く変形する。

>刃付けをする為に、焼入れして炭素含有量の多い鉄にします。
ここが嘘。その炭素は一体どこから来るんだよwww
空中から湧き出してくるとでも思ってるのか?
前にも言ったが、焼き入れとは、鉄の結晶格子の相転移であって、炭素の含有量が変化する訳ではない。
920神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 13:30:52.97 ID:yityhAnE
>>916
>あのね、拙者は工学部門においては専門家なんですぞ(笑
とてもそうとは思えないなw

>このように書いてあるだろ?
>ようするに「普及レベル}。
下まできちんと読めよw
「ところで, ランクがもっと上の刀はどういう構造なのであろうか?その断面図が左である.
 これは「四方づめ」というもので, 実際に斬りあいをするときにわりかし具合が良い構造らしい.
 真中が軟鉄. 両脇がもっとも炭素含有量が多く, 刃の部分は意外と少ない. 峰にも鋼がはいっているところに注目である.」
このように、普及品ではない、高級品の構造も説明してあるだろうがw

>日本刀というのは全鋼(ぜんこう)です。
>つまり素材は単一なんです。→ここから加工が入ります。
だから、そういう刀は、焼き入れしたら、硬くても折れやすくなるか、折れないけど切れなくなるの二択になってしまうだろうがw
それを回避する技術が、甲ぶせや、四方づめの技法なんだよ。
(余談だが、室町以前の古代には無垢造りといって、単一素材で作りながら、焼き入れの加減によって甲かぶせと同じ効果を得た名刀が存在したらしいが、
 現代の精錬技術ではそれを完全再現するような鋼が作り出せないし、通常の日本刀に比べて焼き入れの難易度が跳ね上がるそうだ。
 まあ、所謂「日本刀」以前に存在したロストテクノロジーだね。)

>そもそも江戸時代には、着鋼って技術はありませんですね。
あー、着鋼の技術は平安時代からあるんだがw
http://www.uu-utsumi.co.jp/html/jp/smith_forging_01.html


で、結局、いつになったら、関係ない話を止めて、
「試し切りとして水流で木の葉を切り、真っ二つに切れた方が名刀である」
という話を紹介してくれるんだ?
921神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 13:33:08.46 ID:yityhAnE
>>917
正直スマン。
俺が余計な揚げ足取りしたばっかりに、スレに関係ない話題が続いてしまってるな。
机氏に新しい恥をかかせ続けるのも忍びなくなってきたんで、止めたいんだが、
トンデモ説を見ると、つい突っ込みたくなってしまうんだw
移転先のスレでも探してみる。
922神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 13:54:54.67 ID:off2f1OI
>>918 そりゃ、政治の問題だろ。たまたま、仏教が対象だっただけ。政治などが悪ければ破綻するだけのこと。
それより、仏教は国民性を平和にする。インドや日本が代表だが分かりにくいかもしれない。
しかし、野蛮な戦闘民族だったチベットやモンゴルを平和な民族に変えたことをみれば、その美点は明か。
923机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/27(金) 14:16:58.64 ID:9US3XEk/
>>920
>>そもそも江戸時代には、着鋼って技術はありませんですね。
>あー、着鋼の技術は平安時代からあるんだがw
http://www.uu-utsumi.co.jp/html/jp/smith_forging_01.html

小物の刃物には着工技術はあったかもしれませんけど、日本刀にはないですね。
そもそも着工技術の製法は50年くらい前にはあったかもしれません。
鋏ですと「狂い」が生じやすくなるため、現在はほとんど作られておりません。

現在は、鋼が使われてるプロ鋏製品は殆どありません。
合金が主流ですし、製法ももっとシンプルです。

日本刀を着工技術で作ったら、そりゃ簡単に出来てしまいますね。
しかし柔らか過ぎます。
発想は面白いですがね(笑



924神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:17:18.69 ID:lm+tvn50
日本以外でも日蓮みたいな人っているのかな。
925神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:17:39.47 ID:JOAQ8h1u
日本もインドも身分差別がいまだに残っている
目に見える野蛮さはないが
内向的になっているだけで
その陰湿さは尋常でない
926机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/27(金) 14:26:23.24 ID:9US3XEk/
>>919
>>例えばですね、重量(力)があっても、対象が風船(反作用)とかだったら、
>>及ぼし合う力量が殆どないことになるでしょ?
>もしかして「10kgの鉄アレイは、10kgの綿より重い」とか考えちゃう人?w

貴殿はセブン氏ですか?
彼なら、それなりに良識あるレスポンス付けるかと思ったけど・・
これじゃぁね(苦笑

あのですね、力の単位は何ざますか?
それは重量なんです。
つまりですね、重量と力はイコールなんですよ。

セブン氏は文系には強いけど・・・理系には弱い、ってこってすか?

927神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:27:08.04 ID:off2f1OI
おいおい、妄想もそこまでだろ。差別なんか世界中にあるし、仏教こそが明確に平等を説いた思想だとハッキリしてるだろ。
君の論理は、始めに仏教を否定したくて、適当にこじつけてるだけなのが、以上ではっきりしたろ。
偉そうに断定するなら、もうちっと論理性と知識ぐらい身につけるこった。これ以上は付き合ってられんよ。
928神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:30:02.87 ID:JOAQ8h1u
仏教がいいもの=妄想
929神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:31:04.37 ID:off2f1OI
日蓮みたいなのは、たくさんいるけど、あのような非仏教が仏教としてが長く信仰されてるのは日本だけなのではないかと思います。
930神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:33:19.90 ID:lm+tvn50
日本人一般の精神性や霊性は世界最底辺ということか……。
931神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:37:16.00 ID:lm+tvn50
>>929
例えば、どんな人がいますか?
932机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2011/05/27(金) 14:41:49.32 ID:9US3XEk/
>>920
スレ違いになりますから、あまり書きませんけど、
ネットで情報を得ようとしても無理ざます(笑

拙者もネット情報開示は初の試みですけど、
もし疑問がございましたら他のスレッドで情報開示しても宜しいんですよw
しかし専門的になります。

933神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:44:20.01 ID:lm+tvn50
>他のスレッドで情報開示しても宜しいんですよw

http://toki.2ch.net/knife/
こっちでお願いします。
934神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 14:56:04.93 ID:off2f1OI
>>930 最低とは思いませんが、そういう縁があるんでしょうね。オウムも残っちゃうかもしれませんよ。
オウムと日蓮は非常によく似てます。
外国の例は有名なとこではデーヴァダッタとマハーデーヴァでしょう。
935神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 15:01:14.30 ID:tgR/5/n4
>>928
その通り
原発はいいもの=妄想
結婚はいいもの=妄想
子供はいいもの=妄想
人生はいいもの=妄想
世界はいいもの=妄想
936神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 15:38:12.92 ID:yityhAnE
>>923
>小物の刃物には着工技術はあったかもしれませんけど、日本刀にはないですね。
いやいやいや、普通にある技術だよ。
室町以前の古代の刀は、無垢鍛えであったという説が最近有力になってきたが、
少なくとも、普通に言われる「日本刀」は、着鋼によって作られているよw

>現在は、鋼が使われてるプロ鋏製品は殆どありません。
>合金が主流ですし、製法ももっとシンプルです。
いやいや、普通に売られてるしw
まあ、大量生産するには着鋼技術は向かないし、鋼が手に入りやすいから全鋼の鋏もあるが、
柔らかさも必要になる握りばさみなんかは、いまだに着鋼で作ってたはずだぞ。
少なくとも、プロ向けの、着鋼のたち鋏は普通に売ってるぜw

>日本刀を着工技術で作ったら、そりゃ簡単に出来てしまいますね。
>しかし柔らか過ぎます。
なんか勘違いしてないか?
着鋼で作った刀の「刃は」鋼だから、非常に硬いんだぜ?
937神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 15:38:30.59 ID:yityhAnE
>>926
>貴殿はセブン氏ですか?
うんにゃ、全くの別人だw

>つまりですね、重量と力はイコールなんですよ。
おいおい、重量や力の定義すら知らんのか?w
例えば、N(ニュートン)の定義に「重量」は関係ないぜw

>>932
>スレ違いになりますから、あまり書きませんけど、
じゃあ、これ以上スレ違いの内容を書くなら、こっち↓に書こうぜw
「日本刀スレ 伍拾代目」
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/knife/1302531376/

是非、そのスレで「日本刀を買いに行ったら、まず素手で刀身をベタベタ触るべき」とか、
「焼き入れをすると、軟鉄に炭素が入って鋼鉄になる」とかトンデモ説を披露してくれよw

いい加減迷惑だから、次にこのスレに書き込むときは、
「試し切りとして水流で木の葉を切り、真っ二つに切れた方が名刀である」
と言う話が見つかった時にしてくれよw
938神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 16:31:48.13 ID:yityhAnE
>>933
誘導ありがとうございます。
机氏もあちらに移動したようです。
延々スレ違いの内容でご迷惑をおかけしました。

しかし、あちらでも、机節全開のようです。
日本刀スレなのに日本刀について語らず、ハサミとニュートン力学の話題から入るとかw
むしろ被害者を増やしてしまっただけの気がしてならない・・・・・・
939神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 17:27:10.14 ID:BryRdC+c
>>934
日蓮とオウムは似てますね。
強烈な誇大妄想・自意識過剰がそっくり
日蓮も”ポア”みたいな「反抗する者は殺せ」という論理をはっきりと持ってますし

あとオウムは残るでしょうね〜
ただ法灯・戒脈がないので
日蓮宗のように伝統宗派の一部とは成り得ないでしょうが
940神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 18:06:08.46 ID:d99E61cZ
941神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 18:19:44.42 ID:BryRdC+c
>>940
自説において護国を強調し、
さらに「彼等が頸をゆひのはまにて切らずば日本国必ずほろぶべしと申し候了ぬ」
と明言する
立派な殺人教唆ですね。
自ら手を汚さず、弟子にそれとなく実行を教唆する態度は、麻原のそれにまったく重なる。

これを積極的に明言してないというのは、日蓮マニアの身びいきでしょうね
942神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 18:27:47.50 ID:d99E61cZ
解釈しようとするなら
「本気」だったか、血気盛んな若者が「殺してやる!」と叫ぶようなもんだったかの二択を
とらざるを得ない、と。

ttp://mimizun.com/2chlog/koumei/society.2ch.net/koumei/pool/1071377103.html
一応人は殺してないみたいですが、なぜなんでしょう。
943神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 18:44:59.02 ID:BryRdC+c
>>942
口に出した以上、論理としてポアを持っているのは明らかでしょ
心にあることが口にでるのだから。
考えてもみないことは口に出ません。

実行されなかったのは、偶々そういう縁(条件)が揃わなかったからでしょ
論理を持っている以上、条件さえ揃えば麻原のように実行したと思いますね。
944神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 18:47:04.80 ID:2vVLMB/Q
>>939
>強烈な誇大妄想・自意識過剰がそっくり

それは、開祖である釈迦やイエスが最も著しい。彼等は、本質的には麻原と
同じか、それ以上。キリスト教や佛教が、その開教時にはどれほどのカルト
でったかを想像してみよ。

ところで、ここには、「日本最大の佛教宗派」である創価学会の方の書き込み
はないようなのは、何故だろう。人間がデキてるからかな。
945神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 18:51:57.53 ID:d99E61cZ
>創価学会については、創価板もしくは 創価スレ@心と宗教板と使いわけてね。

とローカルルールに書いてある。
946神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 18:52:54.25 ID:d99E61cZ
日蓮教徒が最初に宗教的な理由で人を殺したのはいつだろう。
947神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 18:56:52.99 ID:BryRdC+c
>>944
>キリスト教や佛教が、その開教時にはどれほどのカルトでったかを想像してみよ。
カルトかどうかを新しいか古いかで判断するのは適切ですかね?
カルトというなら動物を残酷に殺して盛大に祝い
功徳を積んだと大喜びするバラモン教の方がはるかにカルトでしょうね
948神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 19:24:28.65 ID:d99E61cZ
クリシュナ意識国際協会の創設者は、実はヴェーダ的には動物の犠牲はアウトで、
釈迦はそれを止めさせるために地上に降り立ったアヴァターラというひねくれた答えをしている。

ほかでも実はヴェーダはカースト制度を支持しないのよ、と言ったりして現代化をはかる。
フリーダムすなあ。
949神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 19:25:34.65 ID:OFGmisLA
たまたま島国でたぶんかとの交友が少なく
民衆を精神敵にまで支配しようとして
護国宗教として持ち込まれた宗教を
いまだに何の疑いもなく いいものとして
妄信しているのは ある意味能天気で幸せなことである
950神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 19:26:03.06 ID:WPkGM5jN
>>946
法華経成立当時まで遡るんでない
釈迦の檀家にはクシャトリアもいたから仏弟子の殺人は釈迦在世まで遡るだろう
出家ではマハーカッサパの弟子2人が復讐して教団追放にならなかったっけ
951神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 19:39:58.67 ID:WPkGM5jN
修正
×摩訶迦葉
○目連
952神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 19:40:47.08 ID:BryRdC+c
>>950
仏弟子が勝手に人を殺した記録は仏典にたくさんあるでしょう
問題は一度でもお釈迦様が人を殺せと言ったことがあるか?
答えは逆でしょ
953神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 19:42:15.64 ID:d99E61cZ
日蓮は涅槃経を典拠にしてたような……
954神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 20:16:09.78 ID:off2f1OI
日蓮って法灯・戒脈あるってことになるんですか? そりゃ、一応、天台とかで学んだのは知ってますが。
955神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 20:18:22.01 ID:WPkGM5jN
>>952
戒にもあるし原則的にはない
しかし本生譚まで記録に含めるのなら一度でもとは言えない
>>953
日蓮宗の依経ではなく典拠ね
956神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 20:22:44.39 ID:6LXNvFac
>>952
不殺生(アヒンサー))釈迦の唯一優れた教義だが、これはジャイナ教の影響
だろう。

なお、カルトとは、人を殺さなくても、薄気味悪い精神宗教も意味する。
957神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 20:27:45.59 ID:zkKNEeKe
>>901 >>906

自力の念仏 (「阿弥陀仏に帰依いたします!」) は入り口です。
禅宗で言えば、座り方・呼吸の仕方などを教えてもらったばかりのようなものです。
禅の本質が全く別にあるように、念仏の本質も全く別に存在します。
玄関を見ただけでは、内部の奥座敷は分かりません。 それと同じです。
958神も仏も名無しさん:2011/05/27(金) 20:33:35.22 ID:OFGmisLA
仏教の奥座敷は
思考の放棄 封建社会の擁護でしか過ぎない
959神も仏も名無しさん
はやめに次スレ立てときました

仏教 議論スレッド 15
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1306496038/