>>452 竜樹が釈迦の「空・縁起」という「言葉」にヒントのヒントを得たことを否定
するものではない。しかし竜樹は、それを「換骨奪胎」した(三枝)。これに
尽きる。
釈迦は、生を「一切皆苦」としたことで終わっている。これは彼の鬱病の症状
以外の何物でもない。
一切衆生(健常者)はそのようには考えない。
「苦あれば、楽あり、楽あれば、苦あり」という「真理」を悟っている。
釈迦が、「真如としての衆生心」を見出しえなかったことが、釈迦の限界。
竜樹は、「世間」を無条件の前提とする。
なお、水野氏は、小乗教徒に過ぎない。