65 :
神も仏も名無しさん :
2010/04/12(月) 17:47:35 ID:VOJ5qSZC 隠居の言う生命は【生命】と表記することにします。
□「目に見えない【生命】が存在すると言えるか?」
■「【生命】が存在しないなら、なぜ君が生きているのかね」
□「あなたが【生命】ではない、と言った諸々の生命の機能によってです。」
■「生命の機能、ということは生命についてる機能というわけだから【生命】はあるのだよ」
□「それは霊魂やらアートマンみたいなもんですか?」
■「全く違うのである。そのような宗教患者の妄想とは違うのである」
□「心なしか設定がかぶってますよね(
>>60 )生物の生存そのものを語る上では想定する必要が無い点も同じ」
■「【生命】なしで、どうやって生命の機能が存在しうるのかね」
□「生命(器官・組織・骨格etcとその機能)と、その活動を支えるエネルギー源と環境です。」
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/694 >現代人に有用なところだけをピックアップされて
論理の穴を、省略とは言いません。
66 :
神も仏も名無しさん :2010/04/12(月) 17:54:07 ID:6bxKImcO
>>60 >さすがヤージニャヴァルキヤは隠居よりもっとカッコエエでw
確かにかっこいい。文章で読ませているフシもあるがw。
古代人は、そのひたむきな生存努力のなかで、本質を把握していた。旧約聖書も
かっこいいぞ。「神とは、在りて在るもの(全実在)」「聖霊とは、人間の生命」。
その本質を理解できず、生存との関係を切断してしまったのが、釈迦やイエスのような、
精神障害による知能低下の盲信者たちである。信者とは、その精神障害の感染者に過ぎ
ない(感応精神病)。
釈迦は、五蘊はどこから発生し、生存にどんな役割を果たしているかが、全く理解でき
なかった。
67 :
神も仏も名無しさん :2010/04/12(月) 18:27:27 ID:6bxKImcO
>>52 >ってのは、具体的には【どういう文言で】龍樹は述べているんですか?
中論の頌1:1は、「もろもろの存在は」という言葉で始まる。
どなたか、「存在」のサンスクリット語の辞書的意味を教えてください。
以前に誰かが、仏教の文脈における「ある」用法の 表を貼った際に、「こまけぇことはいいんだよ!(意訳」と言って 意義を否定していた人が、原語でのニュアンスを気にするようになった。 善い兆候です。
>>54 の補訂。
*>「一般に存在者には固有の性質はないが、かかる存在者には<実在性>は属していない。」(1:10)
1-10ってことはこっちか・・。 (
>>54 は梵文の1-3、青目釈では1-4。)
梵10(漢12):
諸法無自性 故無有有相 >諸法は自性無きが故に、有の相あることなし。
bhAvAnAM nis-svabhAvAnAM na sattA vidyate yatas,
「(凡そ)“ある”もの/存在」は「自性無きもの」である故に、「“実に(真に)存在する”もの」が「ある」ということはない。
説有是事故 是事有不然 >(よって)“是の事〈有る〉が故に是の事〈有り〉”と説くは然らず。
sati idam asmin bhavatI iti etam na eva upapadyate.
その故に、「これある時、それ(「“ある”ということ」)がある」という、このこと(そのように言われること)は成り立たない。
Sktは私訳&直訳だが、(そこから敷衍しても)平川訳とは大きな距離がある。
(誰かデキル人、梵文和訳の差し替えヨロw m(_ _)m )
おそらく、二行目は略して一行目のみが提示されているのだろうが、「飛躍した読み」という印象が拭えない・・。
(捲っているのが三枝レグルス文庫なんで、正確さに欠けるとはいえ、
平川訳の内容と被るものを探すのに苦労した。だから最初は〈梵3・漢4〉のことだと勘違いした。)
71 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 00:51:01 ID:zNXKCBZX
>>70 >平川訳とは大きな距離がある。
意味的には、「大きな距離がある」とは、ちっとも思えませんが。
2行目は、引用者が省略したものです。2行目は、釈迦の「これがあるから、
あれがある」の命題を、明らかに否定していますね。
72 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 01:07:17 ID:zNXKCBZX
>>70 2行目の平川訳は、次のとおり。
「(実在性のないものに)これが有るときに彼があるというこの(法則)は、
得られないのである。」
いずれにせよ、「これがあるから、あれがある」は、単なる「因果関係」であり、
竜樹の「空」とは、むしろ対極にあるものです。
それから、
>>67 今
>>70 の作文中に出会った語だけでも、該当する(≒(文脈によって)そのように訳し得る)語としては、
bhAva、bhavatI、sattAがある。(na) vidyateも、作文上(構文上)「存在する(しない)」と訳されることもあろう。
その他にも、dharmaが、そう訳されることもある。もっとも多いのは、勿論『 bhava 』だが。
bhavaとbhAvaをモニエル(
ttp://www.sanskrit-lexicon.uni-koeln.de/monier/ )で見比べると、(ニュアンスとして)、
bhavaが、主に〔即物的・具体的存在、特に「人間としての(生物としての)存在」〕を指すのに対して、
bhAvaは、もっと抽象的・概念的に、〔性質や抽象的存在〕を指すようだ。概念、思考、感情、等をも指すように見える。
が、もとより両者の境界は曖昧だ。 (特にSktなれば)、韻律の関係で互換性を持つこともあろう。(?w)
*(当然、人間存在であれば、「五蘊としての存在」を指すことになるわけだが・・。
そう。《「色」だけでなく【「受想行識」を含めた】》、ねw)
もっとも、bhavaの方は「(〜によって)生じたところのもの」というニュアンスを強く持つわけだが・・。
>>71 (
>>72 )
残念ながら、初期仏教のそのフレーズには「bhava(bhAva、bhavatI)」の語は無いんだな・・w
たまには自分で調べてみ?w
阿含の(≒パーリの)フレーズがどういうものであるか・・。
75 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 01:34:04 ID:zNXKCBZX
釈迦の「これがあるからあれがある」の命題から、多くの仏教者は、「縁起」を 「因果関係」と誤解・混同しているのではないか。「因果関係」は、「実体的な 一方的依存」であり、「空」などちっとも成立しない。「空」は、竜樹の「相互 依存・相対性(すべてのものが、「お互い」に他から「受する」)」によって初 めて成立する。
「ある」の表の領域を、御隠居自身が区分し切れてないんだな・・・w なるほどw
77 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 01:49:43 ID:zNXKCBZX
>>73 古代人にとって、「存在」とは、あくまで「物の存在」のことだったと想像
するね。生存にはクソの役にも立たない「概念・思考」の存在などの「哲学」
をやってる暇など、ある訳がなかろうw。現代でも、「哲学」は役立たずだw。
専ら、暇人のやること。
bhava m. ( √ bhU) 【coming into existence 】,【 birth 】,【 production 】, origin (= bhAva ,《 with f(A). = 【 arising or produced from 】,【 being in 】,【 relating to】》) becoming , turning into (comp.) 《being , state of being , existence 》,【 life (= sat-tA ) 】 worldly existence , the world (= saMsAra ) 【 (with Buddhists) continuity of becoming (a link in the twelvefold chain of causation) 】 well-being , prosperity , welfare , excellence (= zreyas ) obtaining , acquisition (= Apti , prA*pti) a god , deity. name of agni / of a deity attending on rudra and frequently connected with zarva (later name of ziva or a form of ziva ; or nameN. of a rudra , and as such of the number 11 or of the 11th lunar mansion Gol. Var. Sch. ; du. bhavau = bhava i.e. ziva and his wife bhavAnI BhP. ; cf. Va1m. v , 2 , 1) AV. &c name of the 1st and 4th kalpa / name of a sAdhya / name of a king / name of a son of pratihartR / name of viloman / name of a rich man / name of an author
79 :
1/2 :2010/04/13(火) 01:56:36 ID:3tl8f+by
bhAva m. ( √ bhU) becoming , being , existing , occurring , appearance turning or transition into (loc. or comp.) continuance (opp. to cessation ; eko*ti-bhAva , 【continuity of the thread of existence through successive births ;Buddhist literature. 】, wrongly translated under eko*ti-bh°) state , condition , rank (with sthAvira , old age ; anyam bhAvam Apadyate , euphem. = he dies ; state of being anything , esp. ifc. e.g. bAlabhAva , the state of being a child , childhood = bAlatA , or tva ; sometimes added pleonastically to an abstract noun e.g. tanutA-bhAva , the state of thinness) true condition or state , truth , reality (ibc. and °vena ind. really , truly) manner of being , nature , temperament , character (eko bhAvaH or eka-bh° , a simple or artless nature ; bhAvo bhAvaM nigacchati = birds of a feather flock together) manner of acting , conduct , behaviour any state of mind or body , way of thinking or feeling , sentiment , opinion , disposition , intention (yAdRzena bhAvena , with whatever disposition of mind ; bhAvam amaGgalaM- √kR , with loc. , to be ill disposed against ; bhAvaM dRDhaM- √kR , to make a firm resolution) (in rhet.) passion , emotion (2 kinds of bhAvas are enumerated , the sthAyin or primary , and vyabhicArin or subordinate ; the former are 8 or 9 according as the rasas or sentiments are taken to be 8 or 9 ; the latter 33 or 34) conjecture , supposition purport , meaning , sense (iti bhAvaH , " such is the sense " = ity arthaH or ity abhiprA*yaH , constantly used by commentators at the end of their explanations)
80 :
2/2 :2010/04/13(火) 02:00:41 ID:3tl8f+by
love , affection , attachment (bhAvaM- √kR , with loc. , to feel an affection for) the seat of the feelings or affections , heart , soul , mind (parituSTena bhAvena , with a pleased mind) that which is or exists , thing or substance , being or living creature (sarva-bhAvAH , all earthly objects ; bhAvAH sthAvara-jaGgamAH , plants and animals) (in dram.) a discreet or learned man (as a term of address = respected sir) (in astron.) the state or condition of a planet / an astrological house or lunar mansion name of the 27th kalpa (s.v.) / name of the 8th (42nd) year in Jupiter's cycle of 60 years (in gram.) the fundamental notion of the verb , the sense conveyed by the abstract noun (esp. as a term for an impersonal passive or neuter verb having neither agent nor object expressed e.g. pacyate , " there is cooking " or " cooking is going on ") name of the author of the bhAvaprakAza (= mizra-bhAva) / wanton sport , dalliance birth / place of birth , the womb / the world , universe / an organ of sense / superhuman power / the Supreme Being / advice , instruction / contemplation , meditation (cf. -samanvita) あ゛〜、改行とか整理とかめんどくせぇ!w つか、(岩波辞書が《入り口》でも構わんからw)、たまには自分で調べてみようやw
81 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 02:10:24 ID:zNXKCBZX
>>78 Thanks.
中論の頌1:1の冒頭の言葉「もろもろの存在」のサンスクリット語もお願い
します。中論の中心テーマですから。
「もろもろの存在は、どこにおいても、いつでも、決して自己より生じたもの、
他者より、両者より、さらに無因より、生じたものとして存在するのではない。」
(1:1)
83 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 02:35:15 ID:zNXKCBZX
>>82 ご教示に感謝。
申し訳ないが「死語」のサンスクリットまでやる暇はない。現代外国語の勉強
で精一杯。本来の専門は「英語学」です。「宗教」じゃないw。
「縁起」は「causation」と訳していますね。この英語の意味は「因果関係」。
「空」とは一切関係ない。
Thank you very much and good night!!
84 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/13(火) 07:39:36 ID:+iTvo9kw
>>75 >釈迦の「これがあるからあれがある」の命題から、多くの仏教者は、「縁起」を
>「因果関係」と誤解・混同しているのではないか
そうですね。
縁起(空)があるから因果(色)が成立する。→空即是色です。
つまり縁起において「これ」と「あれ」が分別できる。
縁起がなくば「これ」と「あれ」はない。
無自性空ですね。
中論解釈には、この理解が最低必要です。
85 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 08:29:11 ID:v3xhmHJb
鎌倉の人、よかったな。目的達成!
86 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 12:59:22 ID:wlUJXcgk
カルトを憂いて、撃退のためにスレにいる、と書いてた人が 暇がないのでやらない、と言い訳をするのはおかしい。 それはつまり本気ではないということです。 そのために時間をやりくりするつもりすらないということです。 楽出来れば自分で探り当てなくても自分で確かめなくてもいい、と考えているということです。
87 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 13:30:06 ID:wlUJXcgk
これはマナーの問題です。 いまの状態では、相手が紹介を止めても文句は言えませんよ。 相手の善意に寄り掛かりつつ、相手の薦めは顧みない これはどうなのでしょうね。
89 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 16:15:05 ID:v3xhmHJb
>>2 あの、これ
>>3 以降にレスがないんで、誰も答えようがないと思います。
仏教は輪廻を前提として、その苦から解脱を求める道です。
以下、輪廻を否定する主要な日本仏教学の論とその反証です。
1.無我だから輪廻できない。主要論者:和辻など。
反証:現在、諸法が無我でも縁起しているように、無我でも死後も輪廻する。 死後、輪廻しないというのは、断見である。
2.輪廻は、信じる蒙昧な古代人のための方便説である。主要論者:和辻など。
反証:輪廻説がなかった、ギリシャ、シナ、チベットなどに思想抵抗にあいながらも、
必ず説いているので方便説ではない。聖者が獲得する宿命通からも方便説でないことが分かる。
3.十/十四無記で死後が不問にされている。主要論者:桜部健など。
反証:水野弘元先生以下が論証したようにタターガタを人、有情と注釈するのは、ジャイナでも
タターガタという語を使うからで、十/十四無記のタターガタは、解脱者の意味で解脱者は死後どうなるのか答えられないという意味である。
4.釈尊の仏教では輪廻は否定された。主要論者:並川考儀など。
反証:輪廻は否定したという意味が異なる。輪廻は仏教で一貫して厭離され解脱することが目的である。
その意味をすり替えたただの詭弁であり、話にならない。
5.三世輪廻は部派のみのもの。主要論者:梶山雄一先生など。
反証:『雑阿含』『スッタニパータ』『小四十経』『量評釈』『タルカバーシャー』に明らかなように
原始仏教も大乗仏教も三世輪廻、というか輪廻は始まりはなく、終わりは解脱するまで続くもので、
例え、現在の識相続が輪廻だと言うとしても、それが死後相続しないで、断滅するなどと言う説は伝統仏教ではありえない。
6.輪廻は現世の因果で転生ではない。主要論者:常識論
反証:経典の用例は明らかに前世・来世を想定したものであり、現世のみの因果であれば、
始まりと終わりがあることになり輪廻ではなく他ならぬ断見である。
7.輪廻や神々、地獄、餓鬼などは譬喩または、象徴表現としてとかれた。主要論者:望月海慧
反証:方便説のヴァリエーション。仏典では譬喩は、かならず譬喩と説かれる。 古今東西の文献・口伝の両伝承に譬喩であるという解釈はみつけられない。
90 :
? :2010/04/13(火) 16:50:58 ID:8ut8Iv8s
>>89 様から!
>仏教は輪廻を前提として、その苦から解脱を求める道です。
>以下、輪廻を否定する主要な日本仏教学の論とその反証です。
>1.無我だから輪廻できない。主要論者:和辻など。
> 反証:現在、諸法が無我でも縁起しているように、無我でも死後も輪廻する。 死後、輪廻しないというのは、断見である。
雑阿含経 仙尼経 断見について!
現世において、アートマン(常住不変の自我)を、認めて、
死後(来世)については、知らない、分からないとする、考え方である!
雑阿含経 応説経
「たとえ私(釈尊)の弟子だとしても、三十七道品、
(四念処 四正勤 四如意足 五根 五力 七覚支 八正道) を
修行しない者は、輪廻の輪を、断ち切る事は、出来ないのである!
(彼の比丘は終に漏尽解脱を得ること能はず)」
方便を修し随順成就せずして而も心を用いて我れをして諸漏尽き
心に解脱するを得せしめんと求むるも当に知るべし
彼の比丘は終に漏尽解脱を得ること能わず
所以は何ん修習せざるが故なり何等か修習せざる謂ゆる
念処、正勤、如意足、根、力、覚、道、を修習せざるなり
91 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 17:00:51 ID:wlUJXcgk
7,は宝珠さんも以前に言っていたような。 たとえなのは神々でしたが。
92 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 17:01:47 ID:v3xhmHJb
>>90 あなたの場合は、人の言葉の何に対して、自分自身が何を言いたいか、
それが人に上手く伝わりません。
一般的に、相手がこういった、それに対して、私はこう思う。
理由はこのような根拠があるから。というような論の組み立てがないので、
分かりません。
>>90 では私の挙げた文に対して、根拠を挙げているようですが、
反論しているのか、賛同しているのか、それとも微妙に違うのかさっぱりわかりません。
>>2 に対して
>>3 の反応があった。それに対して貴方が何も言わないので、誰ももう貴方が問いを発しているとは認識してないのです。
そこらへんの基本的なやりとりをまず身につける努力をされてはいかがでしょう?
93 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 17:03:21 ID:v3xhmHJb
>>91 それはないでしょう。譬喩なら、譬喩というのが仏典の形式です。
94 :
? :2010/04/13(火) 17:09:12 ID:8ut8Iv8s
>>90 の続き!
> 2.輪廻は、信じる蒙昧な古代人のための方便説である。主要論者:和辻など。
> 反証:輪廻説がなかった、ギリシャ、シナ、チベットなどに思想抵抗にあいながらも、
> 必ず説いているので方便説ではない。聖者が獲得する宿命通からも方便説でないことが分かる。
雑阿含経 仙尼経 常見について!
現世においても、アートマン(常住不変の自我)を、認めて、
死後(来世)においても、アートマン(常住不変の自我)を、認める、考え方である!
バラモン教などは、前世から現世へと、現世から来世へと、続いて行く、
アートマン(常住不変の自我)を、認めている!
95 :
? :2010/04/13(火) 17:28:33 ID:8ut8Iv8s
>>92 様から!
>
>>90 では私の挙げた文に対して、根拠を挙げているようですが、
> 反論しているのか、賛同しているのか、それとも微妙に違うのかさっぱりわかりません。
>
>>2 に対して
>>3 の反応があった。それに対して貴方が何も言わないので、
> 誰ももう貴方が問いを発しているとは認識してないのです。
御免なさい!
お経の解説書の中から、根拠を探すのが性一杯で、
まだ自分の考えが、分かりません!
> そこらへんの基本的なやりとりをまず身につける努力をされてはいかがでしょう?
ここで議論をする事によって、自分の考えを、まとめて行きたいと、思っているので、
もう少し、お付き合い、お願い致します!
ちなみに、今現在は、「輪廻は有る!」と、思っています!
96 :
? :2010/04/13(火) 17:44:40 ID:8ut8Iv8s
>>95 の続き!
> 3.十/十四無記で死後が不問にされている。主要論者:桜部健など。
> 反証:水野弘元先生以下が論証したようにタターガタを人、有情と注釈するのは、ジャイナでも
> タターガタという語を使うからで、十/十四無記のタターガタは、
> 解脱者の意味で解脱者は死後どうなるのか答えられないという意味である。
如来(tathaagata、タターガタ)について!
「真理のままに歩む者」という意味で
現実のありのままの姿(実相)を観じていく事を意味している。
雑阿含経 仙尼経 如来応等正覚について!
現世においても、アートマン(常住不変の自我)を、認めない
死後(来世)においても、アートマン(常住不変の自我)を認めない考え方!
この如来応等正覚の法によって渇愛を断じて欲を離れて滅尽し涅槃を得る!
97 :
? :2010/04/13(火) 17:58:12 ID:8ut8Iv8s
>>96 の続き!
> 4.釈尊の仏教では輪廻は否定された。主要論者:並川考儀など。
> 反証:輪廻は否定したという意味が異なる。輪廻は仏教で一貫して厭離され解脱することが目的である。
> その意味をすり替えたただの詭弁であり、話にならない。
マッジマ・ニカーヤ(中阿含経)
「その時、私(釈尊)の心は、一点のけがれもなく、清く明るく、絶対不動であった。
そして私(釈尊)の心の眼は、おのずから前世の光景に向けられていった。
それは一生だけではなく、二生、三生、十生、二十生、
そして無限の生涯の、生きかわり、死にかわりした、光景が展開してきた。
これが第一の智慧である。」
雑阿含経 応説経
「たとえ、私(釈尊)の、弟子だとしても、三十七道品を、修行しない者は、
輪廻の輪を、断ち切る事は、出来ないのである!
(彼の比丘は終に漏尽解脱を得ること能はず)」
98 :
? :2010/04/13(火) 18:26:38 ID:8ut8Iv8s
>>97 の続き!
> 5.原始仏教も大乗仏教も三世輪廻、というか輪廻は始まりはなく、終わりは解脱するまで続くもの
大乗仏教 瑜伽師地論(ゆがしじろん)
人がまさに、死せんとする時に、過去の長い間の経験により、蓄積された、
我愛が現起して、その力に、促(うなが)されて、
自己に愛着し、無始の時、以来、続いて来た、執着された、戯論と善悪業により、
中有(死から次の生存に至る中間の状態の意識)を、形成する!
その、中有(死から次の生存に至る中間の状態の意識)が、
次に、生まれるべき処を、求めて、母胎に入り、
ここで、父母の、精子と卵子が、結合する時に、
中有(死から次の生存に至る中間の状態の意識)が、
滅すると同時に、生有が生じて、
一切種子たる、阿頼耶識(あらやしき)が、結合して、
胎児を形成して、出生に至るのである!
99 :
? :2010/04/13(火) 18:35:28 ID:8ut8Iv8s
>>98 の続き!
大乗仏教 チベット死者の書
バルドゥ(死から次の生存に至る中間の状態の意識)から生まれて来る時の様子について!
もし男性として生まれる時は自分自身が男性であるとの思いが現われる!
そして交歓する父母の父に対しては激しい敵意を生じ
母に対しては嫉妬と愛着を生ずる思いを持つであろう!
もし女性として生まれる時は自分自身が女性であるとの思いが現われる!
そして交歓する父母の母に対して激しい羨望と嫉妬を生じ
父に対しては激しい愛着と渇仰の気持ちを生ずるであろう!
100 :
? :2010/04/13(火) 18:57:22 ID:8ut8Iv8s
>>99 の続き!
雑阿含経 仙尼経
慢について!
うぬぼれ・自慢・傲慢の、慢ではなくて、根本的な、我執の事!
我執が様々な物に、執着を起こし、タンハー(渇愛)になる!
人間が根本的に持っている、生への執着(根本煩悩)を、
喉の渇きに、たとえて、渇愛(タンハー)という!
タンハー(渇愛)の元は、我執で、その我執の事を、慢という!
人間は、五陰(五蘊)が、仮合(仮和合)して、この世に、存在している!
死を迎えると、現在の自分を構成している、五陰は散り々になる!
寿命が尽きて、この世の命が、終わる時に、慢(我執・執着)が残る!
その慢によって生じる、タンハー(愛欲・渇愛)がある!
このタンハー(愛欲・渇愛)が、陰と与に相続して、再び再生して現れる!
慢によって、タンハー(愛欲・渇愛)が生じる為に、
五陰が散り々になっても、又、新たに五陰が再び集り現れる!
101 :
? :2010/04/13(火) 19:32:22 ID:8ut8Iv8s
>>100 の続き!
増一阿含経 善聚品
三十七道品(さんじゅうしちどうぽん)の、五根の、定根について!
定(瞑想状態)に入る、修行を積んで、滅尽定よりも、さらに深い定に入ると、
自分の前世も、他人の前世も、分かる様になる!
人が死んでから、どこに、どの様になって、生まれて行くのか、
来世についても、分かる様になる!
滅尽定よりも、さらに深い定根の修行によって、その様な力が得られる!
102 :
? :2010/04/13(火) 19:43:51 ID:8ut8Iv8s
>>101 の続き!
皆様、大変、お疲れ様でした!
今日(きょう)は、この辺で、とりあえず、終了致します!
有り難う、御座いました!
103 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 19:57:54 ID:v3xhmHJb
>>102 何が知りたいのか? それを言ってくれ。
>>103 色鮮やかな小石を見つけた子供が
「ねぇ、ママ!見て!見て!」と言ってるようなもの。
言わせとけば宜しい。
構いたければ、
「わぁ!すごぉい。きれいだねぇ。大事に持って帰って、仕舞っとこうね。」
とでも言ってやればいい。
105 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 20:08:56 ID:v3xhmHJb
>>104 それなら、いいんだけど。
なんか、混乱してるように見えるのは気のせいか?
>>105 そうかい?
ワシはまだ、「無知(≒初心者)を装ってる」ようなイヤラシさを感じるが・・・w
107 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 20:28:48 ID:v3xhmHJb
>>106 彼かと思ってるってことね。
確信がないかぎり善意で解釈するのが基本でしょ。
>>107 いや、彼でなくとも、
こういうやり方で書き込んでくる人は多いから。(特に宗教・哲学系w)
大概、顕示欲に負けて(或いは偽装スキルの限界を超えちゃって)、すぐに露呈してしまうが・・w
それに、今は違うと思ってるよ。(キ教系スレにお邪魔してるようだしw)
そういう意味で、(知識の隠蔽に綻びが垣間見えるという点で)「臭う」ってこと。
109 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 21:04:11 ID:v3xhmHJb
110 :
神も仏も名無しさん :2010/04/13(火) 21:29:08 ID:cKms86l3
ん? 彼って誰?
111 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 08:58:32 ID:0GAD9mNn
言いたいことを引っ掻けるフックを見つけると 隠居は飛び付かずにはおれないんですね。 はじめにフックを出したのは相手のほう、 ってことで彼の中では大義名分がたっているのか。 質問箱でせずに、こちらに誘導してやりゃあいいのに。
112 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 09:10:32 ID:rtP8+wEl
>>111 我々は生命教に対して認識があるけど、それがない人には注意してあげるしかないでしょう。
それでも話したい人は、ほっとくしかない。
>>111 きちんと釣り針になってないどころか、
ほんのちょっと出っ張ってるだけの所に、ガシっと手を掛けてくるからねぇ・・w
その辺のいっちょかみ具合は机と双璧だな。
114 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 10:26:10 ID:fRUV0rfr
ご隠居は
>>62-63 と
>>65 もスルーしてはいけません。
少なくとも、次の【生命】談義まで設定を固めておかないと
またグダグダになりますよ。
115 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 10:41:42 ID:BHJzFf0n
116 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 10:50:38 ID:rtP8+wEl
>>115 自演は確証がないと言った方が負けだと思うけど。
117 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 10:56:42 ID:8O9SxTxu
>>114 生命は、思考や議論の対象にはならない。ただひたむきに生きる以外には、
方法がない。思考も議論も、生命の機能の極一部に過ぎないからだ。
>>115 まず、自演か自演ではないかを見抜く知性と批判力を養うことが必要だ。
その質問は、佛教の本質に関するまっとうな質問だ。
質問に回答する場合には、その実質的理由を必ず述べることが必要。「経典に
書いてある」からでは、実質的理由には全くならない。ここは、先生から言われた
ことをそのまま鵜呑みにする、幼稚園の「お勉強」ではないぞ。
118 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 11:04:32 ID:BHJzFf0n
現実問題として、どうする? 隠居が質問者を偽装して、お題をふり、それを取っ掛かりにして 生命教の布教を始める。 これは必ず起こると思うがな。 質問自体が、隠居の可能性があるものはスルーで、他の質問者らしき ものは回答していく。 これしかないか? あっちのスレの「煩悩」に関する問いと、740の書き込み見ても このパターンを繰り返すのは、目に見えてると思うぞ。
119 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 11:16:11 ID:BHJzFf0n
>>117 お〜隠居か。 こっちのスレならいくらでも相手してやるぞ。
それでは、回答保留で逃亡した、先の質問から答えてもらおうか?
「お前のいう」『生命』とは、いったいなんだ?
お前が言っているのは、ただ「生命現象を引き起こすもの」
これだけだ。 お前のいう『生命』とは、何だ?
物質か? 現象か? 概念か? それとも、魂、霊、アートマン
などのような神秘的存在か?
さあ、答えてもらおうか? ついでに、同種の質問だが
>>114 さんの問いにも答えてくれ。 俺の理解の助けになるんでな。
120 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 11:26:31 ID:8O9SxTxu
>>118 生命とは、人間が対象化できない唯一の存在。従って、思考や議論の対象には
ならない。ただ「今ここ」にあり、ひたむきに生きるだけのもの。
宗教を含む、人間のすべての営みは、生命(生存本能)の機能、生命の応用問題に
過ぎない。
君のその書き込み自体が、君の生命の証明と説明だ。君が死ねば、君の書き込みは
ピッタリと止む。
121 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 11:31:37 ID:fRUV0rfr
>>117 >生命は、思考や議論の対象にはならない。
自分の【生命】は無理だが、釈迦のような他人の【生命】ならできる、という設定を
語っておられます。この違いはどんなもので、どうして出てくるんですか?
>生命は、思考や議論の対象にはならない。ただひたむきに生きる以外には、
>方法がない。思考も議論も、生命の機能の極一部に過ぎないからだ。
「方法がない。」と「思考も議論も、」の間には「なぜなら」という語が入るでしょうが、
「なぜなら」の前後が論理的につながっていません。何かしらの機能やら部位がある、ということは
本体や全体にあたる部分が眼に見えるものとして存在するはずだからです。
どこにも見当たらない以上、隠居の言う【生命】なんて存在しないんじゃないでしょうか。
想定しなくても生命の存在やその活動に説明がつくことは
>>65 で既に書いたとおりです。
123 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 11:37:56 ID:8O9SxTxu
>>121 知覚可能な他者の生命「現象」から、他者の生命を推定できる。しかしその「生命
そのもの」とは何か、については、誰にも判らない。
124 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 11:42:54 ID:fRUV0rfr
隠居教のことは、「生命教」ではなく「【生命】教」と呼ぶのがより適切ですかね。
>>120 >君のその書き込み自体が、君の生命の証明と説明だ。
それはそうですが。【生命】のようなどこにも無いものがある日突然消えたところで
ID:BHJzFf0nさんは全く気にしないでしょう。
>>123 >知覚可能な他者の生命「現象」から、他者の生命を推定できる。
自分の場合も「推定」できますよね。他人のと同程度には。
>しかしその「生命そのもの」とは何か、については、誰にも判らない。
ご隠居風にいえば、具象を離れたなんたらかんたら、な用法をしているからです。
125 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 11:57:50 ID:8O9SxTxu
>122 デカルトは、人間やその他の動物の本質としての「共同体性」に思い至っていない。 いかなる動物も、独りでは絶対に生存できない。デカルトがいくら「我思う、故に 我あり」と言ってみても、他者が自分の身体を知覚してくれなければ、「我」はない。 西洋哲学の誤謬の発端である。 彼は、「我あり、故に我思う」と言うべきであった。 仏教的には、人間も縁起の産物。従って、「無自性・空」である。釈迦もイエスも 例外ではない。「空」である開祖・教祖に執着しまくる宗教は、全くの矛盾と倒錯 の塊である。
126 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 12:09:48 ID:rtP8+wEl
>>125 あ〜、なんも分かってないわ。
それじゃ素朴実在論的前提から抜け出してない。
>>125 いや、そうじゃなくて、「我思う、故に我あり」とは、
「私が考えているという事まで疑ってしまうと、全ての論理が成り立たないから、
とりあえず、”考えている私”は存在すると考えて論理を進めていこう」
という事じゃないんですかね?
前にも誰かが言っていましたが、この世界がコンピューターの中のヴァーチャルリアリティーでないかという疑いは、否定できない訳です。
それを疑ってもしょうがないというのが、「我思う、故に我あり」だと、私は理解してるんですが。
こんな理解で良いですかね?
>>126 さん
128 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 12:52:24 ID:rtP8+wEl
>>127 まあ、それを言い出すと仏教に関係ないし、脱線に脱線を重ねそうなので、
今はおいときましょう。
129 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 14:41:43 ID:+jb5CXPj
>>127 デカルトが、人間及びその他のすべての動物の本質としての共同体性を見落として
いるだけ。
「個は、他との関連においてのみ存在し得る」。これが竜樹の、そして大乗佛教の
中心思想である。「人間」とは、その言葉の示すとおり、「人と人との間」の
関係である。
130 :
ID違うが :2010/04/14(水) 18:50:31 ID:IkKGsfR5
>>129 (
>>125 )
(原点としての)【発想】及び【考察の方向性】が【構図として】そっくりだということさw
細部の問題、或いは語義の定義・解釈の問題じゃない。
勿論、君が「129(125)で触れている点以前」のことだw
131 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 20:11:32 ID:TFqPIT5+
>>130 デカルトは、生命などという言葉は、口にしていないの思うがw。
それに、「すべてを疑え」と言いながら、結局、肝心の神は疑えなかったw。
「神の誠実に期待する」などと言っている。その発想は、むしろキリスト教や
原始仏教ではないか。
133 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 21:32:04 ID:TFqPIT5+
>>132 私は、「自分が疑う(考える)から、私(という物質?)があるのではなく、
『共同体』において、他者が私の肉体を知覚するから、私(という物質)が
実在する。思考は、知覚されたその物質としての肉体から生じるものに過ぎない」
と言っている。原始仏教(釈迦佛教)は、どちらの考えに近いかね。
下らんことはどうでもよいから、もっと竜樹を論じてみませんか。中論1:1の
サンスクリット原文をお願いします。
昨日、「大乗とは何か」(三枝著、法蔵館発行)を買って一読した。私は中論の
解説書などまともに読んだことはなく、平川訳一本だが、竜樹の「空」に関する
三枝氏の解釈は、私と全く同じ。彼は「竜樹は、釈迦の縁起を換骨奪胎した」と
のべている。私がいう「コペルニクス的転回」です。
134 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 21:52:33 ID:hP94n4NH
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1267693697/4 >ウパデーシャ・サーハスリー (シャンカラ著/前田専学訳) より引用
>韻文篇 第十二章 三節
>
>〔一〇人の少年たちが川を泳ぎ渡ってから〕
>自分自身がその第一〇番めであった〔一人の少年〕が、
>自分自身も〔他の〕九人のうちにいる、と考えて、
>〔「一人足りない」と判断し、別の少年から、
>「君が第一〇番目だ」と言われるまで、そのように理解していたように〕、
>この混迷に陥った世人は、〔アートマンを統覚機能などのような〕
>認識対象のうちにある、〔と考えて〕、それとは別様には〔理解して〕いない。
アートマン=【生命】
135 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 22:07:56 ID:hP94n4NH
どこにも無いものは「他との関連」によって出来ることも見出されることもない。 どこにも無いものは「他との関連」の一部として他のなにかを生み出したり、何かを起こしたりしない。 もしアートマンみたいな「霊的」なんじゃらかんじゃらでないのなら、認識できたり評価出来ないほうがおかしい。 「生命(そのもの)とは何か」という問いは、生物や非生物の違いや境界線、 また生命の起源は何なのか、という疑問・思索を指すと思われる。 こうした場合も、わけわからん原理っぽいのがとにかく存在していて とにかくフィーリングで俺にはわかる、という話はありえないだろう。 それは何も言っていないのと同じである。哲学めかした放言でしかない。
wwwww
>>133 >私は、
>『共同体』において、他者が私の肉体を知覚するから、私(という物質)が実在する。
>思考は、知覚されたその物質としての肉体から生じるものに過ぎない」
>と言っている。
だから、【構図】がそっくりなんだと言っとろうがw
(最後に、《消去しきれない(→縁起・空によって解体できない、しない)『生命』》が残るところなんざ・・・w)
今回は「>私(という物質)(>が実在する)」という言い方(=「私、自我」の求め方)になってるが、
(―それでも十分相似形だが・・・。また、個々の単語(の異同)は関係ないw―)、
君の、《「生命」を根源とする根拠(及びその論証・解説)》に至ってはシンクロ率が甚だしいw
いっぺん君の言葉で『「生命」が根源であること』をまとめて(一括で)説明してごらんよ。
改変してあげるからw
これまで目にした、君の解説の仕方(或いは説明の表現等)が、デカルトの「我」を彷彿とさせたから「野次」ったまで。
明らかに違うなら、(私の思い違いであれば)、潔く謝罪するさw
>サンスクリット原文をお願いします。
だから自分でs (ry
大正蔵経DBで、中論偈頌頭部分の foot note はカーソル当てれば梵文(KH)が出る。
クリックすればコピペもできる。 この程度の作業をも惜しむか?www
そのくらい、てめぇでやれやw
(つか、それほど重要な偈であるにもかかわらず、
註や解説に於いて梵文提示(或いは、せめて単語の提示くらいは)がされてないのか?その平川訳は・・。
一つもないということは考えられんのだが・・・。(しかも、漢訳からの現代語訳でなく梵文からの和訳なんだろ?)
あれか?新書版とかムックとかPHP文庫とかそういう類の本か?w)
ノシ
137 :
神も仏も名無しさん :2010/04/14(水) 23:46:50 ID:TFqPIT5+
>>135 >それは何も言っていないのと同じである。
だから、生命については、人間が対象化できない唯一の存在だから、何も語れ
ないと、初めから言ってるでしょ。生命とは、語ったり、考えたり、崇拝したり
するものではなく、ただその指示のままにひたすらに生きるものです。
>>136 縁起・空を考えているのも生命。しかし、その生命も、相互依存・関係性の産物
です。
そんな冷たいこと言わないで、サンスクリット語を教えてくださいよw。
CD付きの入門書はないのですかねw。「サンスクリット語の構文と語法」という
本を買ってきたが、「格」がやたらと多過ぎて、手がでない。
私が持っている唯一の仏典は、「大乗仏典」(中村元編、2008年5月30日
筑摩書房 初版第20刷発行)です。主だった大乗仏典が殆ど収録されていて、
4000円とは安い。同じく中村元編の「小乗仏典」もちゃんと買いましたよw。
読んではいないがw。
138 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 00:07:31 ID:t1H/1mZY
>>137 >だから、生命については、人間が対象化できない唯一の存在だから、何も語れ
>ないと、初めから言ってるでしょ。
…という「設定語り」で終わっているんですよ。字面ではスゴイ設定だけが一人歩きしている。
存在する根拠も論証も無い。ただただ貴方が在る、在る、と連呼しているだけです。
神みたいなもんですよ。人知でははかれないのであ〜る、と逃げを打っているだけ。
139 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 00:15:39 ID:pX1ahb7n
>>138 あなたのその書き込み自体が、あなたの生命の存在の動かぬ証拠。死者には、
書き込みはできない。
それともあなたは、あの世から書き込んでいるのかねw。
140 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 00:21:17 ID:y402MmRt
対象化出来ないなら、なぜあなたは知ってるんですか?
宗教なら簡単です。人間が自力でわからないなら、
いろいろと超越した神に啓示させればいい。
>>139 例えば自分や他人がいるのをみて「推測」できるのは一般的に言う生命であって(
>>65 >>124 参照)
神やアートマンのような(あなたのいう)【生命】ではない。
生命の機能や機能を持つ肉体は【生命】ではない、と書いていますね。
141 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 00:24:52 ID:pX1ahb7n
>>138 >神みたいなもんですよ。人知でははかれないのであ〜る、と逃げを打っているだけ。
神など信じている宗教者たちは、人間には計り知れないはずの神について饒舌に語り、
神の意図について詳しい解説までしてくれますよwww。
>>139 生命教は、【生命】⇒神 と置換しても、全く違和感ないなw
神は存在する!
神が居なければ我々は存在し得ないからだ。
我々が存在するという事自体が、創造神としての神の存在の動かぬ証拠。
神が居ないというのなら、そうしてあなたは2CHに書き込めると言うのだね!?
神を定義する事は出来ない。
なぜなら、神は、人間が対象化できない唯一の存在だから、何も語れない。
神とは、語ったり、考えたり、崇拝したりするものではなく、ただその指示のままにひたすらに生きるものです。
>>141 逆に、「神を信じる人たちの言動」を、神⇒【生命】に置換しても違和感ないなw
【生命】など信じているご隠居は、人間には計り知れないはずの【生命】について饒舌に語り、
【生命】について詳しい解説までしてくれますよwww。
144 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 00:33:04 ID:y402MmRt
「生命の機能や機能を持つ肉体、がある。よって、【生命】もある」
という場合、両者にはつながりがあることになります。それだけでなく、
両者間にある具体的なメカニズムも説明出来ると言っていることになります。
>>141 そこで「あれ?俺の書いたことって宗教家連中の言ってることと構造がまんま同じだぞ。
……奴らのような愚かな論法を使うのは止めよう」とならないのが不思議です。
>神など信じている宗教者たちは、人間には計り知れないはずの神について饒舌に語り、
>神の意図について詳しい解説までしてくれますよwww。
ええ、そこで「神が啓示して教えてくれる」という設定が活きるのです(
>>140 )。
【生命】教の場合はどう処理してるんですか?
145 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 01:37:29 ID:aBLjfmHh
しかし、こうやって突っ込んでみると隠居の理解力のなさが本当によくわかるな。
>>139 >あなたのその書き込み自体が、あなたの生命の存在の動かぬ証拠。死者には、
書き込みはできない。
それともあなたは、あの世から書き込んでいるのかねw。
これ何? お前本当に論点がわかってないだろう?
「書き込み」は生命現象だろ? 死ねば生命現象が消滅するのは当たり前。
誰もそれを否定する者はいないの。
問題はお前が設定する、その生命現象を引き起こす【生命】という、認識不能?なわけの
わからんものの存在。 お前はそれについて一切説明していない。
【生命】というのは、『人間には認識できない超越的存在』と繰り返すだけ。
他のものも指摘しているが、それでは「神はあらゆる人間の試みを超越した
存在で認識不能」と言っている宗教者と全く変わらん。
そこが【生命】「教」 と言われる所以なんだよ。
お前は「神」のかわりに【生命】というお前が作り出した妄想を信仰しているだけ。
わかった?
146 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 02:00:51 ID:pX1ahb7n
>>144 神とは異なり、生命は人間の「汚れた」肉体内のみに存在している点で、大違い。
生命の指示とは、肉体的生存本能という指示。聖書も経典も一切不用です。お金も
掛からず、人間に外在する神や霊による脅迫で、一部の人間が他の人間を支配する
という現象も生じません。
生存本能(生命)は、独りでは絶対に維持できないことを、これも本能的に知って
いるから、それから、共同体形成維持本能、自他の死への恐れ、他者への思いやり
という本能や自然の感情が派生します。だから、組織的に他者を殺したり、傷つけ
たりすることは、原理的に不可能です。
生命に最大の価値を置かれると困るのは、宗教団体だけ。他者の支配や金儲けがで
きなくなるからです。
147 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 02:11:09 ID:aBLjfmHh
>>144 >神とは異なり、生命は人間の「汚れた」肉体内のみに存在している点で、大違い。
お前これじゃあ、【生命】って、オカルト、スピリチュアル系の定番の
「霊」「魂」「アートマン」と何ら変わらんだろ?
あいつらが言うには「肉体は単なる入れ物で本体は霊魂である。」
その霊やら魂やらによって、肉体が生命的機能を果たす。
全く変わらん。 お前、実はオカルトマニアか?
148 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 02:35:10 ID:aBLjfmHh
結局のところ、隠居の言う【生命】ってのは、人間の肉体の中にのみ あって、「生命現象」を引き起こすもの。そして、それは人間には 認識不能なもの。 これって、オカルト、スピリチュアル系の者が主張する「霊」「魂」 「アートマン」と全く変わらんな。あいつらの言うところでは、 「肉体は単なる入れ物で、本質は魂である。(呼称は様々) これは非物質であり、観測、認識不能であり、特殊なエネルギーみたい なものである。そして、これによって人間は、様々な生命活動を行って いる。」 これって隠居の言う【生命】そのまんまだな。唯一の違いは オカルト系は、死後もそれが存続すると主張するのに対して 隠居のは死で終了の一回限り。 つまり死によって消滅する アートマンってわけだ。
149 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 09:46:25 ID:Q1xxM/A3
146って一神教の論法でしょ。 異教の偶像と違って、我らの神はとにかく実在するのであーる。 その根拠として、世界(生命)の成り立ちや存在をあげる。 しかし、世界・生命は神や【生命】ではない、という。 同列の存在ではなく隔絶した何かであるらしい。 そのため、人間ごときに創造のみわざを直接知ることはできない。神の玉座から被造物に回線がつながってるのとか、 【生命】と肉体は神経や血管でつながっているのか、とか 言えない。とにかく実在物(自然や肉体、そのはたらき)の向こう側に 配置して両者の関係を言い張り続けるだけ。
150 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 15:28:23 ID:RP+DuBkD
>>147 >>148 生命を「思考し」「論じる」ことは無意味。いずれも、生命現象、生命の機能
に過ぎないのだから、生命の存在を、さらに証明しているだけ。
生命が肉体に「宿る」というと、いささか誤解を招く。肉体は、無数の細胞で
構成されており、その一つ一つが生命現象を現す。生命の起源は、「単細胞
生物」である。その意味で、生きた肉体そのものが生命である。
アートマンの原義は「生命」である。「死によって消滅するアートマン」とは
言語矛盾。
151 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 15:43:34 ID:Q1xxM/A3
生命現象、機能で証明されるのは通常の意味での生命であって あなたの言う【生命】ではありませんが? 何度も何度も強調し説明したのにまだ区別できないのですか?
152 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 15:56:40 ID:RP+DuBkD
>>151 生命には、二種類はありませんよ。生命とは「生物的生命」だけです。
宗教者は、「生命」と「いのち」とを使い分ける人がいるが、これは誤り。
153 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 15:59:31 ID:Q1xxM/A3
「死によって消滅するアートマン(生命)」のどこが言語矛盾なんですか? そもそも宗教的言辞を皮肉って「アートマン」の語を使った文章です。 ま、それは置いといて 生命なのに死んでも消滅しないんですか? 屍を生命(【生命】)とは言いませんよね。 土に帰ったり、食べられるプロセスも対象化でき、 【生命】と違って具体的に説明できるのですから。
154 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 16:03:57 ID:RP+DuBkD
>>153 「生命の消滅」を「死」と呼ぶ。それは、「生命現象の停止」から、客観的に
判断される。
155 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 16:04:59 ID:Q1xxM/A3
152 もちろん、実際にあるのは一つです。 人間には認識できない、という設定の 同名の紛い物が貴方によって捏造されているだけです。
>>150 神を「思考し」「論じる」ことは無意味。
いずれも、神の奇跡、神の創造物に過ぎないのだから、神の存在を、さらに証明しているだけ。
神が肉体に「宿る」というと、いささか誤解を招く。
肉体は、無数の細胞で構成されており、その一つ一つが神の創造物である。
人間の起源は、「神の似姿」である。その意味で、生きた肉体そのものが神の存在証明である。
違和感ねえなw
157 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 16:16:50 ID:Q1xxM/A3
154 別に矛盾はしてませんよね?言い回しの違いです。 それとも【死】という実体があってそれが作用して 生命が消えるわけじゃない、という批判ですか? それなら【生命】も同じです。物質の塊のある種の有り様を、生命がある、 と称しているだけです。そしてその構成物や機能は 実際にあるものであり、 対象化できるものです。
158 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 18:38:08 ID:Z7rQvYBG
>>156 キリスト教では、「すべての人間の肉体(生命)=神」という考えは絶対に
許容できない。イエスの面子が丸潰れになるし、肉体とは、エゴの発生源と
しての「汚れた物質」に過ぎないからだ。
これは、釈迦佛教についても、かなりの程度に当てはまるのではないか。
>>158 別にキリスト教だけを特別視して想定してない。
「神」を、エルカンターレにしようと、エホバにしようろ、ヤハウエにしようと、違和感なかろう?w
その辺の適当な新興宗教の教義にそっくりだってだけ。
ご隠居の主張ってのは、その程度だって事さw
160 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 18:52:54 ID:EbzXBWHh
>>159 ほとんどすべての新興宗教には、キリスト教の影響がある。「すべての人間の
肉体(生命)=神」という宗教は、新興宗教ばかりではなく、伝統宗教にも
「皆無」である。
163 :
神も仏も名無しさん :2010/04/15(木) 19:32:55 ID:Q1xxM/A3
つまり隠居もキリスト教の影響をうけているのか・・・ ていうか、返答が的外れですよ? ここで問題になってるのは、 論理展開の仕方・構造が「キリスト教やその影響を受けた新興宗教」 とまんま同じだということでしょ。 ご同類をコケにしても自説のフォローにはなりませんよ。
164 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/16(金) 09:40:38 ID:mRYMIxzF
「仏教@質問箱」が容量オーバーなので、
真言アジャリ氏に、こちらのスレで教示申す。
>>818 だから、空なる因が空なる果として縁起することが分かることが、
仏教の基本なんだ。
無実体なるものが生起するから縁起なわけで、
縁起に因とか果とかの方向性はない。
(もちろん、空にも因果という意味は全くない)
縁生は縁滅と等価であって、縁生即縁滅です。→勝義空性経・根本義
>それを受けて『中論』『因縁心論』が説かれる。
因縁心論というのは因果の成り立ちを解説したものであって、
「勝義→縁起」と、因果は全く別もんです。
つまり、因果というのは原因から結果という時制を含むものでして、
「空⇔勝義⇔縁起」においては時制は全く意味がない。
何故なら、縁生は縁滅ですから、縁生という仮説と縁滅という仮説においての仮称に過ぎんからです。
165 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 09:54:19 ID:BLZBydvS
机さんには読書から仕入れた知識のみで、魂が感じられない。 机さんは普段なにやってる人なの? 世間と断絶されたニートが仏教説いたところで誰の心にも響かないのはわかるよね? 中論の文字上の解釈なんか重要じゃない。 中論が机の人生にどう活かされているのかが重要だろ
166 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 10:02:31 ID:NfKtP4r6
そうですね。
167 :
テンプレ :2010/04/16(金) 10:42:50 ID:rvbLvO3H
仏教に関するよろず質問スレッドです。
知識を有する有志によって仏教に関する疑問・質問に答えます。
主に参学の途にある方々の知識によって対応しますので、明確な答えは出ないかもしれません。
皆で協力しあって何かの参考になるスレッドを作っていきましょう。
初心者にはやさしく接してあげてください。
良ければ出典などを示してください。質問する人がどんな本を読めばいいかの目安になります。
明確な出展なく自説を述べる場合は、その旨はっきりさせると無用な議論の紛糾の防止になるでしょう。
無駄な荒廃や議論の紛糾防止のため、皆様のご協力をお願いいたします。
*「議論の白熱化、専門化」「話題の拡散、変異」「売り言葉に買い言葉のような応酬」
等の事態が生じましたら、関係各位は“自発的に”速やかに
他スレ・該当スレへ移るか、ふさわしい新スレを建てるかなどして、
『質問し易い雰囲気』作りに御協力ください。
前スレ
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/ 【過去ログ・関連スレ・補足は
>>2-5 辺り】
168 :
テンプレ :2010/04/16(金) 10:43:48 ID:rvbLvO3H
169 :
テンプレ :2010/04/16(金) 10:44:32 ID:rvbLvO3H
170 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 10:54:11 ID:ztWcoOOZ
>>169 テンプレさん。
>尚、机龍之介、生命教などの荒らしは放置してください。
この一文が抜け落ちていますよ。
俺としては、質問箱の機能正常化のためにも、その理由も詳細に説明する
べきだと思うのですが。
171 :
テンプレ :2010/04/16(金) 11:06:43 ID:rvbLvO3H
>>170 前スレ表記の仕方を変えれば可能だが、
考えるのめんどくさいんで、通常のものを貼った。
あとは任せるw
172 :
血祭り魔王 :2010/04/16(金) 11:06:48 ID:ElsJSQ3N
隠居を追い詰める能力がない なあww 知識オナニーの巣だなあw相変わらずww 一応、ワシの隠居への質問、追及論法は中論風なんですけどねw 隠居は仕事や日常生活、行動する時に、生命云々と思考するのかね? と、これ中論風ww 釈迦仏教、南方仏教とオウムとつなげる妄想は理解できないねw 南方仏教のずっと続ける修行、ヴィパサナーの場合、 自己の認識、思考、判断、行為を自覚する修行なのだが、 その自己の認識、思考、判断、行為を自覚できるのが、マインドコントロールなんですかね? その自己の認識、思考、判断、行為を自覚できるのが宗教戦争を引き起こすのかね? そこが、南方仏教の実用的側面、 情報処理の実際面では隠居の生命教の判断よりも実用的ではないかね? 隠居の「宗教」ていう意味は、 ある意味、このスレの連中がアホな面を射抜いているw 隠居にいわせれば「宗教」は現実界(これも現実じゃないがW)を失わせる妄想である、 と言うところだろうなあw
173 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 11:17:34 ID:ztWcoOOZ
『この人物は、回答者を装い、およそ仏教とは無関係の偏向性の 強い独自の宗教の教義を語りだします。よって、質問箱の機能維持 のためにもレスをつけることは差し控え、完全スルーでお願いします。 (尚、この人物は名無しでIDを一レスごとに変えてきますので、慣れて いない人には判別が困難かと思われますが、心ある有志が指摘してくれ るものと思います。)』 こんなもんでどうかな?
174 :
テンプレ :2010/04/16(金) 11:23:34 ID:rvbLvO3H
>>173 長文にするなら、1の中に入れるのは避けたほうがいいかも。
(永いスレだけあって、1本文の完成度は結構高い方だと思うし。)
175 :
血祭り魔王 :2010/04/16(金) 11:25:52 ID:ElsJSQ3N
173の指摘もそりゃいいだろうが、 妄念読得文献病君やセブンが、隠居を挑発しながら相手せず、とかえって煽るな、とでも書けw まあ、実用的に仏教をマスターできれば、隠居も追及してこれないがねw ワシには来ないけどねw 中論風論法が身についているからw
176 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 11:29:19 ID:cBMo0CdK
>>173 ごくろうさまです。生命教はそれでいいと思います。
机を含めるため以下のようにしてはいかがでしょう。
机龍之介と生命教と呼ばれる者は、回答者を装い、
およそ仏教とは無関係の偏向性の強い独自の宗教の教義を語りだします。
よって、質問箱の機能維持のためにもレスをつけることは差し控え、
完全スルーでお願いします。
生命教は名無しでIDを一レスごとに変えてきます。
慣れていない人には判別が困難かと思われますが、
心ある有志が指摘してくれでしょう。
177 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 11:33:20 ID:ztWcoOOZ
>>174 >長文にするなら、1の中に入れるのは避けたほうがいいかも。
これは確かにそうかも。
テンプレの下に(例えば2や3に)載せるようにして
すぐ初心者を誘導して理解してもらうようにすれば良いかな?
178 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 11:42:50 ID:ztWcoOOZ
>>176 なら【警告】 とでも表題して、2か3にあげといてもらえば
良いかな?
さらに、隠居、机氏の見解に異論反論を述べたい人用に
議論スレへのリンクも張っておくとベターですな。
179 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 11:54:52 ID:cBMo0CdK
>>178 それがいいのではないでしょうか。
賛成です。
181 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/16(金) 13:53:46 ID:mRYMIxzF
>>180 >「男女交合において受胎し、そして生誕し、それから人間は没する」のは「俗的なこと」だよね。
十二因縁というのは、縁起の連関を説明している。
「因縁」だから「連関」だろ?
人間の経験則において因果を時系列的に纏め上げたものに過ぎない。
ところがだね、
輪廻転生というのは、いまだかつて人間は経験則には到っておらんだですよ。
こういうのは何というか?
観念論と一般的には言うております。
人間が経験則において理解できるものと、
それとは全く別次元の観念論では、論理の土壌は全く違う。
この分別を世俗智と言ってだな、これは勝義諦において導き出される。
般若波羅蜜多ざます!!
182 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 14:30:49 ID:xrMm8qe2
即死者の、生存時最後の知覚・認識は、「一枚の静止画」である。人間は、「常に」即死 する可能性がある。生存時における「無数の静止画」の連続から、「動き」が生じる。 これが、質問箱における「static」「dynamic」の意味である。
183 :
? :2010/04/16(金) 15:39:30 ID:B1h210Pw
>>104 様から!
> 色鮮やかな小石を見つけた子供が
> 「ねぇ、ママ!見て!見て!」と言ってるようなもの。
> 言わせとけば宜しい。
私は、つい最近まで、
1華厳時 2阿含時 3方等時 4般若時 5法華涅槃時
の五時教判が、正しいと、思い込んで、いました!
阿含経の、解説書を読んで、
阿含経典の一部が、他の経典よりも、古形を保持している、可能性が高い、
と言う事を、初めて、知った、時には、
色鮮やかな、小石(宝石)を、見つけて、
「ねぇ、ママ!見て!見て!」と言う、
まるで子供の時の様な、純粋な、気持ちに、なりました!
> 構いたければ、
> 「わぁ!すごぉい。きれいだねぇ。大事に持って帰って、仕舞っとこうね。」
> とでも言ってやればいい。
これからも、気合いと、根性で、頑張って行こうと思うので、
皆様、宜しく、お願い、申し上げます!
184 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 15:47:46 ID:cBMo0CdK
>>183 じゃ、この順番で読むといいと思う。
1.古坂紘一『宗教史地図 仏教』最も簡明で最も広範な仏教通史、しかも地図が豊富で、インドおよび日本については優れた知見を盛り込んでいます。
2.片山一良『パーリ仏教入門』日本人学者によるパーリ仏教概観、
日本仏教との対比がなされている。
3.ダライラマ『智慧の眼をひらく』チベットの高僧が書いた大乗仏教入門書。本来、チベット語から訳すべきなですが、英語からの重訳なのが惜しまれます。
4.水野弘元『仏教要語の基礎知識』日本人学者で最も権威の高い著者が、原始仏教を中心に記述したもの、簡明でありながら見解も高い。索引が充実しているので辞典としても使用できます。
5.パユトー『仏法』テーラワーダの明解な入門書
185 :
? :2010/04/16(金) 15:53:48 ID:B1h210Pw
>>105 様から!
> なんか、混乱してるように見えるのは気のせいか?
例えば、断見の、現世において、アートマン(常住不変の自我)を、認めて、
死後(来世)については、知らない、分からないとする、考え方と、
如来応等正覚の、現世においても、アートマン(常住不変の自我)を、認めない、
死後(来世)においても、アートマン(常住不変の自我)を、認めない、考え方の、
違いについて、私、自身、正しく、理解していないので、
多分、間違い無く、混乱してると、思います!
186 :
? :2010/04/16(金) 16:05:24 ID:B1h210Pw
>>184 様から!
> 1.古坂紘一『宗教史地図 仏教』最も簡明で最も広範な仏教通史、
> しかも地図が豊富で、インドおよび日本については優れた知見を盛り込んでいます。
レス、有り難う、御座います!
さっそく 1).古坂紘一『宗教史地図 仏教』最も簡明で最も広範な仏教通史
を読んで見たいと思います!
187 :
? :2010/04/16(金) 16:17:27 ID:B1h210Pw
>>106 様から!
> ワシはまだ、「無知(≒初心者)を装ってる」ようなイヤラシさを感じるが・・・w
私は、
2ちゃんねると、お経については、初心者の中の初心者です!
これは本当に、初心者なのです! 本当です! 嘘では有りません!
188 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 16:21:50 ID:OL2vx9fp
前27スレ>734 >鼻水が出なくなったらふく必要がなくなる。 食欲・性欲・睡眠欲・休息欲・金銭・物質欲・健康欲・・・ 体も衣服・住居も不要でどうやって解脱者は生きていける? 前27スレ>743 >生きとし生けるものすべてに、滅びあれ。 解脱すると皆、平安に滅びるのですか? どうも今一、訳分からんw 病的では?・・ 納得できんなぁ、滅亡主義、マイナス思考w
189 :
? :2010/04/16(金) 16:27:41 ID:B1h210Pw
>>107 様から!
> 彼かと思ってるってことね。
【彼】って、誰ですか?
> 確信がないかぎり善意で解釈するのが基本でしょ。
有り難う、御座います!
私が、2ちゃんねると、お経について、初心者だと言う事を、
信じて、もらえなくても、何とか、一生懸命に、頑張るので、
これからも、宜しく、お願い、申し上げます!
190 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 16:36:41 ID:OL2vx9fp
<カルト教団・集団自殺事件> 1978年、南米ガイアナで起こった米下院議員レオ・ライアンの殺害と 900人以上の集団自殺の惨劇を、米政府の公式発表、関係者の証言、 記録映像などを元に再現ドラマで振り返る。 カルト宗教、人民寺院教祖ジム・ジョーンズに率いられ、ガイアナの ジャングルに移り住んだ数百人の信者は、ジョーンズタウンという拠点を建設。 次第にその狂喜を加速させ、社会問題化した人民寺院を調査するために、 ライアン氏が調査団を率いて訪れた。
191 :
? :2010/04/16(金) 16:49:14 ID:B1h210Pw
>>108 様から!
> いや、彼でなくとも、
> こういうやり方で書き込んでくる人は多いから。(特に宗教・哲学系w)
> 大概、顕示欲に負けて(或いは偽装スキルの限界を超えちゃって)、すぐに露呈してしまうが・・w
私には、初心者の偽装を、する程の技量は、有りません!
> それに、今は違うと思ってるよ。(キ教系スレにお邪魔してるようだしw)
> そういう意味で、(知識の隠蔽に綻びが垣間見えるという点で)「臭う」ってこと。
知識に、綻びが、垣間見えるのは、実際に、
私、自身の能力に、問題が有る為、だと思います!
例えば、断見と、如来応等正覚の、違いについて、
私、自身、正しく、理解していなとか、その他、色々、有ると思います!
私は、頭が悪い(文章を理解する能力が低い)ので
私には、初心者の偽装を、するなどと言う、
高度な事は出来ないと思います!
192 :
? :2010/04/16(金) 17:07:45 ID:B1h210Pw
>>103 様から!
> 何が知りたいのか? それを言ってくれ。
今でも 1華厳時 2阿含時 3方等時 4般若時 5法華涅槃時
の五時教判が、正しいと、思い込んでいる人が、
沢山いると思うので、そう言う人に対して、
阿含経典の一部が、他の経典より、古形を保持している
可能性が高いと言う事を、説明したいのですが、
「五時教判の考えは、間違いだった!」
と言う事で、良いんですよね?
193 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 17:16:27 ID:cBMo0CdK
>>192 いや、それはやめた方がいいよ。
歴史を持ち込んでもしょうがない。
五時教判は、五時教判という言語習慣として受け入れ、
日蓮のような天台教学からも逸脱しているものは、
間違いだとするのは意味があると思いますが。
信じている人に間違いだと言っても無駄だと思うよん。
194 :
? :2010/04/16(金) 17:44:54 ID:B1h210Pw
>>193 様から!
> いや、それはやめた方がいいよ。
> 歴史を持ち込んでもしょうがない。
そうなんですか?
> 時教判は、五時教判という言語習慣として受け入れ、
> 日蓮のような天台教学からも逸脱しているものは、
> 間違いだとするのは意味があると思いますが。
> 信じている人に間違いだと言っても無駄だと思うよん。
創価学会の信者の方々から、
五時教判の折伏を受けましたが、
その時は、五時教判の意味が分かりませんでしたが、
今ならはっきりと、五時教判は間違いだと言う事が、出来る、
と思ったのですが「やめた方が良い!」と言う事であれば、
創価学会の信者の方々の、五時教判の折伏に対して、
反論、出来なくて残念だと思います!
195 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 18:41:24 ID:cBMo0CdK
>>194 それなら、尚更止めた方がいいです。
そんなことしてもトラブルだけですから。
敬って遠ざけるのがベストだと思います。
196 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/16(金) 19:22:46 ID:mRYMIxzF
>>165 >世間と断絶されたニートが仏教説いたところで誰の心にも響かないのはわかるよね?
本来は如来清浄禅でありますから、世間と断絶した空間が望ましい。
むかし方丈記を読みまして、私は草庵に憧れたものです。
この夢は実現するのでありますが、非常に快適でした。
ニートの歴史は古くからありまして、中国では仙人などと言われたりします。
その後、草案は改築しまして茶室として現存しております。
茶室ですから世間とは隔離しておりませんが、
まあ、茶室ってのはそれ自体が世間から隔離しておるものなのです。
>机さんは普段なにやってる人なの?
晴耕雨読を理想としておりますが、なかなかそうも逝きませんですね><
むかし景気の良かった時代に、その業界においては前衛的な人材が私を訪ねてきたりします。
ただただ和敬清寂なのでありまして、ひと言ふた言が心に突き刺さる場合もございます。
これが一期一会でありますね。
おやおや、こんなとこに一輪の花びらが・・・
<机龍之介・花押>
197 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 19:29:51 ID:BLZBydvS
>>196 言いたいことをわかりやすく言うと、
机さん、みんなに嫌がられてるよね。
人の気持ちや、世間の実情がわからない人が、
本当に困っている人を助けられるわけがない。
机さんのは、机上の空論。
机さんは、ここで仏教説いて、誰かに感謝されたことある?
>>196 >おやおや、こんなとこに一輪の花びらが・・・
一輪の花、一片の花びらだろw
茶人を装ってるようだが、馬脚が出てるぞw
199 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 19:33:39 ID:EC4cwZLP
>>136 茶器(茶碗)の研究をしていますが、机師は、どのような茶碗の、どのような
特色を好まれますか。
200 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/16(金) 20:04:49 ID:mRYMIxzF
>>197 >机さん、みんなに嫌がられてるよね。
嫌がられてはおらんですね。
私は風俗関係(エロではない)や教育関係の人材に好かれるようです。
付き合いは、この業界が多い。
まあ、つまり、ノウハウが豊富ということだよ。
>>199 私は利休じゃないので、井戸茶碗にはそう拘りはない。
むかし新聞拡張員が置いていった茶碗が頗る気に入ったことがあった。
ヒビが入ってからも大事に使っておったよ。
茶碗というのは粗雑な作りでも、使いこなすとワビ・サビになってくる。
>>200 なんとも予想通りのレスwww
茶と聞いて利休しか出てこないあたりも、哀れさを誘う。
「粗雑なつくり」と、「安物」は別物なんだがな。
もっと言えば、ひびが入った茶碗をそのまま使うとかありえない。
せめて、「ヒビが入ったんで、金継ぎして使ってます」ぐらい言って欲しかったw
202 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 20:54:00 ID:gbS1VPAP
あああ
203 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 20:59:22 ID:cBMo0CdK
セブンは茶人なのか。粋だね〜
>>203 私の事を言ってるなら、セブン氏じゃないぞw
205 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/16(金) 21:04:04 ID:mRYMIxzF
>>201 >「粗雑なつくり」と、「安物」は別物なんだがな。
井戸茶碗てのは、安物で粗雑なんだが・・・(笑
では、おやすみ。
206 :
神も仏も名無しさん :2010/04/16(金) 21:10:10 ID:cBMo0CdK
>>204 これは失礼。あらためて粋だね〜
オイラも抹茶は好きだよ。上手い人が煎れると美味い
>>205 せめて、「金継ぎより、燻した味の出てくる銀継ぎの方が好みです」くらいの返しを期待してたんだがw
欠けたままで味が出るとは、「葉手奈の茶碗」かね?w
>井戸茶碗てのは、安物で粗雑なんだが・・・(笑
「井戸茶碗=高麗の生活雑器だった」ってどこかで聞きかじって、
「井戸茶碗=安物で粗雑」と言ったんだと思うが、粗雑なら良いってもんじゃない。
雑器の中でも、素朴さと力強さのある物に限るんだがね?
新聞の販促でもって来る程度の数茶碗が、そのような物だとは、とても思えないんだが。
それに、井戸茶碗は、高麗の生活雑器に似せて受注生産したものも多いから、もとから高価なものも多い。
>>206 ”粋”と言われると微妙に違う気もするw
209 :
ID違うが :2010/04/16(金) 23:07:50 ID:coU38qos
>>181 ついでに、778引用文の中で関連するポイントは以下だw (読み下しは我流w)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/765 >衆生癡所覆 爲後起三行 衆生は痴の覆う所(のもの)なり。為に、後に三つの行を起こす。
>以起是行故 隨行墮六趣 この行を起こすを以っての故に、(その)行に随って六趣に堕す。
>以諸行因縁 識受六道身 諸行の因縁を以って、識は六道の身を受く。
>以有識著故 増長於名色 識著の有るを以っての故に、名色を増長する。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/766 >凡夫爲無明所盲故。以身口意業。爲後身起六趣諸行。隨所起行有上中下
凡夫は無明が為に盲せらる(所の)故に、身口意の業を以って後身と為し、
六趣の(に於ける)諸行を起こす(なす)。行を起こす所に随って上中下(上品・中品・下品)あり。
梵文は「“六”道」「“六”趣」「六道の“身”」とは言ってないが、「趣(gati)」或いは
> T1564_.30.0036c05: 是謂爲生死 諸行之根本 の対応箇所で「saMsAra」とは述べている。
(今度は「語義の解釈(→三世に跨るものか、一つの生の中の流転か、
心的在り方の様相の謂いか)」になってくるがwww)
少なくとも、訳者の羅什は『輪廻を当然の前提としていた』ということだ。
ここで(gatiに対応させて)“六”を付すということは、明らかに六道輪廻を想定している。
註した青目もそうであろう。そしてそれは、世俗諦のことである。
世俗に於ける輪廻を認めた上で、註され訳されているわけだ。
君は、ここに反旗を翻しているわけだ。
※(ここへ(世俗諦の領域に留まったまま)楔を打ち込むには、
「gati」や「saMsAra」の語義を「三世に跨らせない」形で礎定する必要があるw)
211 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 01:53:57 ID:/ducjmdf
>>207 「井戸茶碗の謎」(申翰均著、バジリコ株式会社 2008年3月30日発行)
では、韓国の陶芸家である著者は、井戸茶碗は朝鮮の祭器だったと言っている。
212 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 09:01:19 ID:73PDrtCZ
>>200 >私は利休じゃないので、井戸茶碗にはそう拘りはない。
茶道史的に見れば、井戸茶碗の否定は、茶道の否定ですね。
213 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 09:16:11 ID:CyVuuNPy
>>209 輪廻転生論は、いい加減で止めましょう。マトモな現代人でそんなものを信じる
人はいないし、悪質なカルトの洗脳手段となっているだけ。釈迦が輪廻転生に
さかんに言及しているのは、バラモン教の洗脳から離脱し切れない彼の無明を
証明しているだけ。
それから、勝義・世俗諦の2項対立的二分法も止めるべき。世俗諦には、「衆生の
生活」という確固たる根拠があるが、勝義にはない。開祖・教祖の妄想以外の何物
でもない。
214 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 09:32:45 ID:P5BtoK8D
>>213 賛〜成!! ヽ(^。^)ノ
人間の生命と自然に重点をおくから、<生活者全て>が対象となる。
【生命と自然】がなければ生活者は生きていくことが不可能。
それが理解できないのは、このスレの仏教者達だが、カルトを信仰
するとそれで頭が一杯になり他の見解が入る余地が無くなってしまう。
生命教等と名付けたのは、そんな人達の苦しいこじつけ・足かきの表れ。
既に生活者ではなくなっている。残〜念でしたw(笑
215 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 09:35:21 ID:hTCjqtMb
>>172 小乗仏教のどこに実用性、有用性があるというんだねw
現状をよく見てみるがいい。生命を忘却し、観念的仏や涅槃と言う境地に惑わされ
ているから、多くの現実問題を解決できない。解決できないどころか、混乱を助長
しているだけではないかね。タイでは暴動が起き、死者まででている
ではないか。小乗仏教が現実を見失わせている証拠だ。
大昔の釈迦などという鬱病患者に、まさに「現を抜かしている」から、一番大切な
生命の尊重がなされない。治政者も民衆も釈迦の鬱症状に感応して、優先順位の
付け方を誤っている。釈迦由来の南方仏教なぞ害悪そのものでしかない。
これ以上の証拠があろうかw
東南アジア諸国も、早く日本のように釈迦仏教を脱却し互いに相互依存の関係に
あることに気付くとよい。
216 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 09:51:48 ID:P5BtoK8D
217 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 10:20:30 ID:Gxrgzoe0
>>215 同じく小乗仏教国のスリランカの情勢もひどい。殺し合いが絶えない内戦状態。
釈迦佛教と一神教との思想的類似性と親和性を、いみじくも証明している。
「日本の」仏教質問箱に、小乗仏教徒が群がってくる異常さはどうだ。
小乗仏教の中心思想とは、一体何か?それが「苦」であれば、釈迦の精神病の
症状に過ぎないのだから、初めから問題にする必要はない。現代では、精神医学
による治療の対象に過ぎない。
キリスト教の「罪概念」の植え付けと、小乗仏教の「苦の概念」の植え付けは、
同一種類の悪質な布教手段である。いずれもそこには、「あるがままの人間に
対する愛(思いやり)」は皆無である。
218 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 10:26:20 ID:8T4xIN9E
>>210 セブンども。まあ、これでも無慚無愧な花王石鹸は、泡のような屁理屈をがなりたてるんだろうが。
少なくとも『中論』輪廻否定説はもはやありえないというわけだ。
なんか、昔、本文は使えないと思ってそれっきりだったは。
恐らく26-27章否定説だったと思うんだが、もう忘れた。(^^)
机が26-27章否定説の尻馬に乗ってテキスト論を宣ったら笑うが
219 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 10:41:56 ID:/p/RHGif
>>217 隠居よ、お前が何を喚いても、お前の生命教の根本となる
【生命】が何であるかの説明もできずに逃げ回っているようでは
全ての主張が無意味。
まずは、お前が大事である大事であるとう繰り返す【生命】が
何であるのかをきちんと説明してから喚け。
220 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/17(土) 10:42:16 ID:V8jH3QNX
>>207 >雑器の中でも、素朴さと力強さのある物に限るんだがね?
たしかに素朴さはありますね。
力強さとかは・・・さほどないかと思います。
>新聞の販促でもって来る程度の数茶碗が、そのような物だとは、とても思えないんだが
たしかのその通りかと思います。
しかし、その茶碗を作った職人は、よもや販促に使われるとは思っておらんだろ?
販促ってのは、あまり考える必要性は全くないですね。
竹光で人を斬ることもできましょうし、
村正でも人を斬れないこともある、
道具を使いこなすのは、その人に依ります。
>井戸茶碗は、高麗の生活雑器に似せて受注生産したものも多いから、もとから高価なものも多い。
茶の湯とは、絢爛豪華な安土桃山文化の対極にあります。
つまり質素のなかの美学を見出すものでして、金子において推し量るられるものではごじゃらんせん。
221 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/17(土) 11:31:46 ID:V8jH3QNX
>>209 >だから、(仏がニ諦を説くものなれば)、当然「輪廻」について触れることになるし、
これ↑と
>何度も言うが、『勝義に於いて否定される』という点では、『世俗の一切がそうである』ということだ。
これ↑が矛盾する。
輪廻というのは、五蘊の想蘊でして、貴殿の書いた『世俗の一切がそうである』に含まれている。
(五蘊は現象だから、世俗の一切が現象なのだ)
『勝義に於いて否定される』→『世俗の一切がそうである』ならば、
「世俗の一切」に分別はなかろ?
どうよ?
こんな簡単なことも解らんのか?
222 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/17(土) 11:46:07 ID:V8jH3QNX
>>209 >「輪廻」のみが、勝義に於いて否定されるのではない。 解るか?
輪廻について詳しく説明してやるよ。
自分だアタマに拳骨くれれば「痛い」って感じるだろ?
これが受蘊と言われるもんだよ。
「痛い」ってのは、直ぐ消えるもんだろ?
想蘊というのも、これと同じなんだよ。
心に想うことはあっても、それは直ぐに消えるもんさ。
「輪廻」っていうのも、その時点では輪廻はある。
しかしリアルにあるのか?ってったら、それはない。
色蘊・受蘊・想蘊・行蘊・識蘊、一切が諸行無常であり、諸法無我・涅槃寂静なんだよ。
輪廻だけ別枠ではない。
223 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 12:23:01 ID:e0Bjkk71
>>217 >キリスト教の「罪概念」の植え付けと、小乗仏教の「苦の概念」の植え付けは、
同一種類の悪質な布教手段である。いずれもそこには、「あるがままの人間に
対する愛(思いやり)」は皆無である。
賛〜成!! ヽ(^。^)ノ
■<宗教の正体>
http://www.geocities.jp/sonomama_da/gaikann.html から抜粋
↓
ありのままの真理こそ問題とすべきであり、教祖や神への崇拝なども「迷妄」である。
自己を燈明とし、自己を拠り所として、他人を拠り所とせず、真理を燈明とし、
真理を拠り所として、他を拠り所とせず、生きていきなさい。
(ディッガ・ニカーヤ 16:2.25-2.26)
言ってる傍から経典を引用するのは知障(笑)?
225 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 12:26:18 ID:e0Bjkk71
■ 宗教者を初め、人間がいくら思考、議論、信仰しようとも、それは<人間の生物的生命の機能。>※
■ 死者には、いかなる営みも不可能である。生命を以って、「死後の生命」など思考することは、矛盾の塊。※
■ カルトは き・え・ろ!!
|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
|| 輪廻転生・苦・ ∧_∧ いいですね。
|| 罪・・は有害!★ \ (゜Д゜,,)
||________ ⊂⊂ | |
∧ ∧ ∧ ∧ ∧ ∧ | ̄ ̄ ̄ ̄|
( ∧ ∧ ( ∧ ∧ ( ∧ ∧ | |
〜(_( ∧ ∧ __( ∧ ∧__( ∧∧ ̄ ̄ ̄
〜(_( ∧ ∧_( ∧ ∧_( ∧ ∧ は〜い、先生。
〜(_( ,,)〜(_( ,,)〜(_( ,,)
〜(___ノ 〜(___ノ 〜(___ノ
■
http://video.google.com/videoplay?docid=1431037135738418803 ■
226 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 12:32:53 ID:e0Bjkk71
>>219 相も変わらず屁理屈こねてw 笑止!
こんなことも分からないのは、カルトに洗脳されている証拠w
君が呼吸してカキコしているのは、君の生命
に生かされPCを作ってくれた他者の生命のお陰
根本の生命を軽んじるなかれ!
■<宗教の正体>
http://www.geocities.jp/sonomama_da/gaikann.html から抜粋
■カルトは「正統な流れに沿わないと悟れないんだよ」「伝統だ」
と言い張り、その中身は詐欺の集積の場合が多いですから、
外面や謳い文句ではなく、ちゃんとその構造中身を見ましょう。■
オチ
己が生命をもって生命を説いてるんだろうが(笑) それとも死んでるのか(笑)
228 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 12:49:00 ID:e0Bjkk71
∧@∧ (,, ・∀・)ヾ〜o ☆ドーン!!! ■オウムが、原始仏教、チベット仏教、キリスト教、一神教類似のヒンドウー教 から発生したことを、片時も忘れてはならない。■
中国からの共産党活動、 お疲れさまです。 売国は楽しいですか?
230 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 13:10:01 ID:JbHHUUlZ
>>226 通常の意味での生命が否定されてるわけじゃないんよ。
隠居曰く、人間には対象化・認識・評価できないらしい、
得体の知れない原理としての「生命」が
否定されてる。これを通常の意味での生命と区別して
【生命】と表記しとるわけよ。
で、そのレスで君が挙げたようなものは隠居の言葉によると
生命そのものではないんよ。
隠居はこのスレッドでは55 57 120
137でその旨を書いてるよ。これらのレスについた反論も参照。
231 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 16:18:09 ID:YT4urO9s
>>230 今、帰ったところ。全然ロムってないし、忙しいから返レスはあとでねン
でもご隠居氏のことだから変なことは書かれないとオモ
君達、悪く言い過ぎ〜、理解出来てるのにわざと絡んでばかりいて
いじめっ子集団?ロムってる人達には君達のレスの愚劣さが分かる筈w
一体、どんな理由が君達の心に隠れているか自問してみたら?(笑
仏教徒ならお得意分野でしょw
ID変えずに自演でなければ信用できる程度の人格ですね。
確かにやり方が必死に隠蔽しようとしている中国人風に見える
234 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/17(土) 17:13:42 ID:V8jH3QNX
>>210 >(今度は「語義の解釈(→三世に跨るものか、一つの生の中の流転か、
> 心的在り方の様相の謂いか)」になってくるがwww)
>少なくとも、訳者の羅什は『輪廻を当然の前提としていた』ということだ。
凄いですね、貴殿の解釈は。
仏教がいかに我見&妄信が明智の妨げになるか?
私はそういうふうには解釈せんですね。
>以諸行因縁 識受六道身 諸行の因縁を以って、識は六道の身を受く。
>以有識著故 増長於名色 識著の有るを以っての故に、名色を増長する。
「三世に跨る」のでもなく、「一つの生」でもなく、
心的在り方ってぇのは、時系列じゃないだろ?
その瞬間にしか、心的在り方ってのはなく、
心的在り方ってぇのは・・・
法華経における一念三千ざます。
よくよく吟味なされば、貴殿の解釈がdでもなのが解せるだろ?
六道に身を受くも、名色を増長するも、縁起でありますね。
過去に罪障があれば、それは瞬時に身に受く、でありましょうし、
犯罪者がオバケを見るのは、名色を増長するもんだろ?
このオバケは、今しか見ることは出来ない。
まあ、これは私が真言アジャリのお題を頂いて既に論破済みでありますが、
簡単に説明すると、こういう具合になりますね。
235 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 18:16:37 ID:QdVcrg0a
>>230 さん。 そいつにレス付けるのは止めてもらえないでしょうか?
隠居や机氏はたとえそれがトンでも理論、誤読、ウソであっても、まがりなりにも自己の見解を自己の言葉で語っています。
即ち、反面教師としての役割はありますが、そいつはAAや隠居の書き込みのコピーばかりで、
荒らし以外の何者でもありません。よって、ほとんどの者がレスを付けることをしません。(荒らしの相手をすることも荒らしになるからです)
以後、了解いただけないでしょうか?
>>221 > >だから、(仏がニ諦を説くものなれば)、当然「輪廻」について触れることになるし、
> これ↑と
> >何度も言うが、『勝義に於いて否定される』という点では、『世俗の一切がそうである』ということだ。
> これ↑が矛盾する。
ハァ?(゚д゚)
どこが矛盾するんですか?w
前者は「肯定だろうが否定だろうが、言及せざるを得ない」という意味だし、
後者は、「勝義に於いては(仏の目線では)捨象しうる事柄である」ということだ。
まったく矛盾せず成立してると思うが?www
> 「世俗の一切」に分別はなかろ? > どうよ?
ハァ?(゚д゚)
だから、そう言ってるじゃないですかwww
≪【勝義で言えば】、他の事象との分別無く「空」である≫んでしょ?w
今は(今の流れは)、
≪勝義(の視線)に於いてでなく、【世俗(の視線)に於いては】、
「衆生は(三世に)輪廻する」ことが「前提とされている」。『世俗の在り様とはそのようなものである』≫
と中論(≒龍樹)では言及されている、と。
少なくとも、我々が触れ得る資料からは、そう読むしかない。 解る?w
> こんな簡単なことも解らんのか?
それは貴方自身のことでしょwww
>>222 > 輪廻について詳しく説明してやるよ。
随分と語調が荒くなりましたねw (ま、私も人のことは言えませんが・・w)
> 輪廻だけ別枠ではない。
ハァ?(゚∀゚)
だから、そう言ってるじゃないですかwww
別枠でないから、
『輪廻は勝義に於いて否定される』という言明は、《輪廻だけに適応するものではない》ということです。
勝義を持ち出せばそうならざるを得ないのでしょう。
だが、中論に限らず多くの仏典が、
「勝義ではこうだが、衆生(凡夫)は世俗としてこのように見るから云々」とあるように、
世俗としての在り様は世俗としての在り様として《ある》わけですw
或いはまた、パーリ大般涅槃経等に於いて、臨終間際
「私は老い衰え、古い車が巻き布で支えられているようなもの」と言われるように、
『老い』も『死(般涅槃)』も《ある》とされているわけだ。 (中論的【勝義に依れば】、これらもまた否定されるのだろうw)
《世俗に於いては、「ある理由(≒根拠)によって、“ある・ない”“肯定或いは否定される”」ことがある》わけです。
ならば、(特に中論をベースにするなら)、【世俗のことが述べられている】ならば、
このように≪『老死』が《ある》とされることと同様に、【世俗として】『輪廻』もまた《ある・ない》と言われねばなりません≫。
そして「輪廻」は、中論はおろか数多の仏典に於いて、
《衆生の(生(生存)の)在り様として当然の前提とされている》わけです。
それを否定する方向性をとるならば、決着シリーズの初代へ回帰するほかありませんw
239 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 18:36:42 ID:QdVcrg0a
隠居や机氏の書き込みを質問箱でやるとすると、スレの趣旨から大きく逸脱する ので、やはりダメだろうがこのスレなら、多いに語って貰いたいね。 ただ、一言要望を言えば、机氏の書き込みはもう少し、文献的な裏付けをあげてもらえないかね。 今のままでは、単なる個人の思い込みにしか見えないのだが。 縁起一代はテクスト提示はいいんだが、その解説も付記してくれないと 正直わからん者も多いのでは? と思う。 せめてセブンくらいの解説を付記してくれると有難い。
240 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 18:45:00 ID:QdVcrg0a
俺自身は仏教徒ではないので『仏教ないにおける』輪廻論争には、あまり関わらないように心がけているが 大変興味深く読ませてもらっている。 龍樹と輪廻についての諸説を拝見できることを希望する。
241 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 18:54:30 ID:tqrnhz2m
>>240 >俺自身は仏教徒ではないので『仏教ないにおける』輪廻論争には、あまり関わらないよう>に心がけているが
>大変興味深く読ませてもらっている。
どの点で興味深いのですか。生物学的にみても、現代人が論議すべきことではないと思うが。
242 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 18:58:51 ID:QdVcrg0a
特に、龍樹は輪廻及びそれに付随する業報も「積極的に」肯定していたのか? 即ち、当時の社会常識を越えて正しく「真実の法」として確信していたのかい?方便などではなく、正にこれは真理の法であると説いたのかい?
>>237 >【世俗として】『輪廻』もまた《ある・ない》
あなたの言っている>『輪廻』とは肉体滅後の「生まれ変わり」のことですか?
たとえば
『ブッダによって説かれた<「業は消失しない」という(不失の)原理>は、
業は畢竟空そのもの(空性)であって、しかも断滅ではなく、輪廻であって
しかも常住ではない、というものである。』(中論 17-20)
・ここでの「輪廻」は世間(生死の世界)のことですか、肉体滅後の「生まれ変わり」の
ことですか?
・この偈は龍樹の偈だと思いますか?
ちなみに三枝・中村元・チャンドラキールティは当然論敵の偈である、としています。
244 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 19:03:08 ID:QdVcrg0a
>>241 もちろん、「仏教という宗教内」においてどのように語れているかだ。生物学とは全く関係ないフィールド での話だよ。
245 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 19:03:48 ID:AfZMQRtL
>>229 意味不明・・・よく返答に窮するとこの手を使うが頭確かか・・・?
>>232-233 悪口も饒舌に作る、正に【言葉の商売】だw
君達の妄想仏陀が教えてくれたのかい〜? 大したもんだw
来世でお口がひん曲がってても知りませんょw(笑
■ご隠居氏など、君らのような低俗な批判?は一切しません〜、御立派!!(笑
>>235 アラシではないけど構いませんょw ご隠居氏に賛同してるだけですからね
ヽ(^。^)ノ
246 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 19:05:11 ID:AfZMQRtL
>>230 残念ですが
>>163 までロムったが、ご隠居氏論は明快・簡潔・完璧で〜す!!ヽ(^。^)ノ
スバラシイ!!ヽ(^。^)ノ
>>55 のレスのどこがおかしい?
君が呼吸してカキコしていること → の認識は、「すべて自己の生命の機能」である
PCを作ってくれた他者の生命のお陰→の認識は、「他者の生命の機能としての生命現象」である。
>しかし、自己の生命を以って、自己の生命そのものを認識することはできない。
認識主体と認識対象とが同一だから、認識は初めから成立せず、ナンセンスで不可能だからである。
↑ の自己の生命=君達の言う【生命】ということでしょ?
厳密に用心深く丁寧に言われてるだけ。
>>57 >>120 >>123 >>129 レスもおかしくないでしょw
247 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 19:07:44 ID:AfZMQRtL
<
>>246 の続き>
>>137 >だから、生命については、人間が対象化できない唯一の存在だから、何も語れ
ないと、初めから言ってるでしょ。生命とは、語ったり、考えたり、崇拝したり
するものではなく、ただその指示のままにひたすらに生きるものです。
↑
も、おかしくない。つまり、生命教という宗教団体のようなものはないということ。
私は一般人だし、ご隠居氏の素性も何も不明。没交渉でネット上のみ、今もねン(笑
>>139 >>141 >>152 >>154 >>158 ・・・レスもおかしくない
>>142-143 >>145 >>148 >>156 >>159 ・・・・は、遂に馬脚を現し強引に曲解して結論にしてる。
人格悪い宗教盲信者の醜い馬鹿丸出し・傲慢なエゴの心情を遂にレスで暴露w o(><)o
↓
これがカルトの正体で〜す。醜いですねン!!インテリ達のすることはw (・∀・)ノ
>>146 >>150 は、完璧。宗教にはならない根拠の提示と生命の説明 ヽ(^。^)ノ
宗教者達の急所を突いたレス、露骨な醜いこじつけ反論レスが続くw(爆笑
疲れたのでこの件はあとスルー、のらりくらり悪質上祐の暇人達には付き合えません。
オチ
248 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 19:16:34 ID:QdVcrg0a
>>243 今、ざっと三枝レグルスをめくってみたが、
(畢竟)、17-33(及びその青目註)ってことなんじゃないのかな? (´・ω・`)
つか、ワシは、ほとんど初めて中論を読んでるようなもんだから、
あまり微妙な所はツッコむなw
(文献学的異同、真偽についてはお手上げだw あくまで、羅什訳(&三枝レグルス)ベースだよ。)
17-20が反対者の偈であっても、17-33で良いんじゃなかろうか。
(少なくとも、縁起馬鹿が一貫して依拠しているスタンスは、これの相似形(或いは“まんま”)じゃないかな?)
>>247 >のらりくらり悪質上祐
ワロタw
自己紹介乙。
250 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 19:20:36 ID:QdVcrg0a
>>241 隠居よ、お前は当然、龍樹は輪廻など認めていなかったと主張するんだろ?
それをここで論証してくれ。
251 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 19:37:39 ID:JbHHUUlZ
248 これからはそうします。 最初から相手にすべきではありませんでした。 具体的に隠居のレスのどこに整合性があったのか 反論側のレスの「どこが」「どのように」不適切だったのか 自分なりに意見を述べるかと思えば・・・ 具体性のカケラもなくいつも通りのマンセー書き込みを連ね、逃げの言い訳を残して終わるだけとは。 「これはひどい」としか言い様がない・・・
>>243 追記:
>・ここでの「輪廻」は世間(生死の世界)のことですか、肉体滅後の「生まれ変わり」のことですか?
梵文もsaMsAraなれば、決着シリーズ初代の時のように、その語義解釈に踏み込まざるを得ないでしょう?w
そして、他の仏典の【各種記述との連関】を鑑みれば、そう解するのが【オーソドクスな】姿勢というものでしょう。
中論の各種記述に於いて、《(【世俗諦に於いても】)【そうではない】と言われている》ならば、
それが示されねばならないと思います。
今のところ、(机氏のようにw)《【勝義では】そのような分別は虚妄である》ということしか
言い得ていないような印象を持っています。
>・この偈は龍樹の偈だと思いますか?
わかりませんw いや、「業(力)の存続(或いは継承)」を認める点で、中論(龍樹)の主張ではないのかもしれませんね。
(ただ、「業が“実体”“実在”として存続し、或いは継承される」とまで言っているかどうかはわかりません。
上座部やパーリは、力(影響)・関与という意味での、(まさに「因・縁」としての)
そうした「業の存続」は認めているかもしれません。 対論者として想定されているのは、やはり有部でしょうか・・?)
あ、
>>252 3行目の >そう解するのが の「そう」は、
「世間」でもあり「肉体滅後の(新たな)生・後有を受けること」の両者共にということです。
254 :
神も仏も名無しさん :2010/04/17(土) 21:12:29 ID:QdVcrg0a
隠居よ、お前は龍樹については、その思想に詳しいんだろ? 俺個人は龍樹が輪廻業報を説いていようが、いまいが、どっちでも構わんが、 お前は当然、否定説だろ? 縁起一代は言うまでもなく肯定派だ。 お前の論証で縁起一代を論破してみてくれ。期待してるぞ。 合わせて26、27章が龍樹の見解ではないとの論証もしてくれると有難い。 どのような論立てでくるか興味深いところだ。
255 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/17(土) 21:37:34 ID:V8jH3QNX
>>237 >このように≪『老死』が《ある》とされることと同様に、【世俗として】『輪廻』もまた《ある・ない>》と言われねばなりません≫。
>そして「輪廻」は、中論はおろか数多の仏典に於いて、
>《衆生の(生(生存)の)在り様として当然の前提とされている》わけです。
>それを否定する方向性をとるならば、決着シリーズの初代へ回帰するほかありませんw
大変興味深く読まさせて頂きました。
つうか、どこから突っ込んだらいいか?
やはりキーワードは時制ですよね。
>、【世俗として】『輪廻』もまた《ある・ない》と言われねばなりません≫。
これなどは非常にいいお題でして、
明日にでも丁寧に解説いたします。
ラッキーでしたね(笑
256 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/17(土) 21:51:02 ID:V8jH3QNX
>>237 >、【世俗として】『輪廻』もまた《ある・ない》と言われねばなりません≫。
セブン氏よ、どう考えてもオカシイだろ?
そう思わんかね?
では、おやすみ。
>>220 言葉を重ねるだけ、恥の上塗りになるだけだぞw
>>256 思わんねw
つか、机さんよ。 君がやっているのは、ちょうど
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/495 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/496 の鏡像だよw
「勝義と世俗の二諦(≒二つの視線)が立てられ、
“一方(勝義)では一切が苦であり”“一方(世俗)では楽のあること、楽であることを否定しない”」事に対して、
隠居は
「勝義は妄想。“一方(世俗)の価値観のみが有効”である。“楽は確実に〈ある〉”」とする。
これの鏡像になってるんだよ。 老婆親切で変換しておけば、
「勝義と世俗の二諦(≒二つの視線)が立てられ、
“一方(勝義)では一切が「空」であり”“一方(世俗)では「衆生は輪廻する」ことを否定しない”」事に対して、
君は、
「世俗は無視。“一方(勝義)の価値観(或いは言辞)のみが有効”である。“衆生は輪廻しない”」とする。
どうだい? そっくりだろ?w
昔から君に対して指摘している、『勝義しか口にしない。室内言語を路頭で語る』姿、の定型だろ?w
返レスするつもりのようだが、もう他に言う事も無いし、この件からは手を引くわw
あとは他の誰かに任せるw ノシ
259 :
243 :2010/04/17(土) 23:32:40 ID:ApT4HRuf
>>249 >>252 >>253 セブンさん、ご教授ありがとうございます。
いろいろ勉強になりました。
もちろん、全面的に賛同するということではありません。
では、明日余裕があれば、(批判的に)参加させていただきます。
徹底批判すれども、否定せず。
おやすみなさい。
>>259 あのな・・w
あんなのは教授とは言わない。(単なる一意見だw)
そこは、「“ご返答”ありがとうございます」くらいにしとけwww
261 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 00:04:09 ID:h7aCbPvU
>>254 「過去世に我は存在しなかったという(見解)は妥当ではない、なんとなれば、
過去の生にあったものと異なったこれがあるのではないからである。」(27:9)
「もしこれが(過去の我と)異なってあるならば、それと断絶してあるであろう。
しからばそれは、そのまま住するであろう。あるいは不死にして生まれるであろう。」
(27;10)
「(かく前世の生存との断絶を許すとすれば)しからば、断絶、業の滅失、および
他者の作った業を、別の人が受ける等、このような過失が付随して起こるであろう。」
(27:11)
「未来世において、我はあるであろうか、あるいはないであろうか、というこの
見解は、過去世の場合と同様である。」(27:14)
上記の通り、竜樹は、「過去世に我は存在したとしても(この過去世の我の存在の
有無は妥当ではないとしている)」、「現世の我」と同一であるとして、輪廻転生
は完全否定している。従って、少なくとも、中論の頌から見る限り、「竜樹は輪廻
転生を肯定した」というのは、完全な誤り、または誤読。
中村元氏は、「『中論』は「頌」だけがナーガルジュナの著である」として、中論
の頌全27章のうち「重要な章」として第27章を含む17章の平川彰氏訳を、
筑摩書房の「大乗仏典」に収録している。従って、中論の頌全27章は、すべて
竜樹の著である。
262 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 00:19:25 ID:g5+2JvYM
>>261 ん〜〜〜?
その引用は、輪廻を肯定してるのでは?
それが輪廻を否定している論拠なのか?
263 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 00:29:15 ID:eqoPoaMv
>>262 過去世の我と現世の我とが全く同一なら、「現世の我」がすべてである。
「輪廻」、ましてや「輪廻転生」の概念を容れる余地はない。
中論の頌第27章を熟読されたし。
264 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 00:58:05 ID:ybX79J8u
中論の頌における竜樹の表現は極めて難解であるが、理解すればするほど深い。 そして、論理的な矛盾は皆無である。 「釈迦は法を説かなかった」として、実質上は釈迦と決別している。
265 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 01:52:55 ID:g5+2JvYM
>>261 >上記の通り、竜樹は、「過去世に我は存在したとしても(この過去世の我の存在の
有無は妥当ではないとしている)」、「現世の我」と同一であるとして、輪廻転生
は完全否定している。
「過去世に我が存在している」→「その我は現在の我と同一である」
まさに輪廻の構造そのものだろ?
これがなんで『輪廻の完全否定』になるわけだ?
266 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 02:14:27 ID:SezJ+GRr
>>265 過去世の我と現世の我とが同一であれば、現世の我がすべて。過去世の我を
考える意味は無い。
267 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 02:22:51 ID:XqgYC0om
>>265 「かくの如くに、過去世に我はなかりき、ありき、無にして有なりき、無にも
あらず有にもあらざりき等のこれらの見解は、すべて妥当ではない。」(27:13)
268 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 02:25:12 ID:g5+2JvYM
>>266 >過去世の我と現世の我とが同一であれば、現世の我がすべて。過去世の我を
考える意味は無い。
何言ってんだ?
「現世の我と同一である過去世の我の存在」を認めた時点で
輪廻の肯定だろうが?
「その過去世の我を考える意味がない」→「意味があるかないか?」
は二次的なもの。
「現世と同一の過去世の我などない」 このように主張するのであれば
「輪廻の否定」として、それはそれで一つの見解である。
しかし、お前はそのように主張するのではないわけだな?
269 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 02:29:22 ID:g5+2JvYM
その13は「勝義における、輪廻の肯定と否定の両方の排斥」と 俺は理解しているのだがね。 少なくとも『輪廻の完全否定』とは 程遠いと思うがな。
270 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 02:37:12 ID:g5+2JvYM
どうした?隠居。 もう詰まってしまったのか? 期待してるんだから、がっかりさせるなよ。 まさか仏教徒でもない俺に論破されるなんてことはないだろ?
271 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 02:50:02 ID:4/m1iL4X
>>268 >>269 私の主張ではなく、大昔の竜樹の主張である。
「世俗的なことにもとづかなければ、第一義は説示され得ない。」(24;10)
現代の世俗的なことにもとづいては、輪廻転生は説示され得ない。従って、輪廻
転生は、現代人が問題にすべき事柄ではない。
そもそも、竜樹の思想の基調は「空」である。過去世の実体的存在など認めたら、
竜樹の思想・論理は、根底から破壊される。
272 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 03:16:57 ID:g5+2JvYM
>>271 >「世俗的なことにもとづかなければ、第一義は説示され得ない。」(24;10)
確かちょっと前にもこれが問題になっていたが、いったい何が問題なわけだ?
「第一義を分からない者に説明しようとするとき、お互いの共通認識により
意思疎通を行う。最も有効な手段は言語による伝達であろうが、それが
不可能な場合においても、代替的な方法によりそれが行われるであろう。
いずれにしろ、その説示は現在、我々が存するこの世俗において使用可能な
方法においてなされるという、ごく当たり前のことを言ってるに過ぎない
だろう?」 隠居はもしかして、この第一義を「世俗における知見」に
よって、その正誤を判断するべきであると誤読してるわけか?
>現代の世俗的なことにもとづいては、輪廻転生は説示され得ない。従って、輪廻
転生は、現代人が問題にすべき事柄ではない。
おい、仏教の範疇を逸脱しているぞ。
現代の科学的知見による判断は全く違う話になる。
>そもそも、竜樹の思想の基調は「空」である。過去世の実体的存在など認めたら、
竜樹の思想・論理は、根底から破壊される。
お前、これじゃあ、「釈迦の無我の思想からして、過去世の実体的存在など
認められない。」 という論理展開と全く変わらん。
しっかりせえよ、隠居。
273 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 03:23:59 ID:g5+2JvYM
やっぱり、隠居じゃ無理か? セブンは中論、ほとんど知らんというし、これじゃあ縁起一代の一人 勝ちか? 「中論は輪廻を否定している」と主張する専門家はいないのか?
274 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/18(日) 08:32:53 ID:m/C55Ghk
>>256 のつづき
>【世俗として】『輪廻』もまた《ある・ない》と言われねばなりません≫。
先ず中論解釈で重要なのが「序章」です。
これは中論の中核をなす八不が書かれておりますが、
輪廻についても序章を理解できれば、全て解決です。
輪廻とは未来を想定した概念です。
未来とか過去は現時に想起しますが、それは現時における未来・過去です。
この時点においては輪廻がある人もいれば、輪廻のない人もいる。
(注意:龍樹は現時も含む三時否定です)
つまり輪廻とは、普遍性であるものではなく、あくまでも個別問題です。
三世(つまり三時)を時系列的に捉える御仁と、そうでない御仁がここで判断が違ってきます。
中論は八不ですから、この後者が正解になりますね。
(つづく)
275 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/18(日) 08:34:04 ID:m/C55Ghk
(つづき) 現時とは何か? 瞬間に過去とか未来を想起することが出来ます。→想蘊 それを時系列的に排列することも出来ます。→これを世俗諦という。 あくまでも世俗諦でありますから、 中論は全くこのベクトルは含有しておりません。→時制はない。 (中論解釈の難しいとこはここです) 有部は三世でありますね。そうすると困ったことに存在も認めることになる。 そこで有部が論を立てたのが刹那滅論です。 これは苦心の論でありますが、それでも一応は体系として成り立つ? しかし恒常なる時制は、十無記と矛盾がありますね。 もし輪廻を認めるなら、時制も認めなければなりませんし、 そうなる中論・序章が全く無意味になります。 先ず、「現時における輪廻とはなにか?」を考える必要がありますし、 カラスが「カァ〜〜〜」っと鳴いた時、一休が悟ったのは、 まさに現時における輪廻なのです。
>>273 私見だが、
仮に、中論が
≪勝義のみについて述べられ、《世俗(の在り様)、凡夫の見解》について触れられていない≫ ならば、
『中論は《世俗の○○について述べていない》或いは《世俗に於いての○○は問題とされていない》』
と言い得るだろう。
また、《世俗(の在り様)、凡夫の見解》について触れられていても、
≪《世俗に於いては(これこれの理由で)「○○(この場合なら輪廻)はない」》と述べられている≫ ならば、
『中論は《世俗の○○は、世俗(の在り様)としても誤ったものだ》と述べている』
と言い得るだろう。
前者の亜種として、『勝義こそが「主題、学ぶべきこと、受持すべき事、世俗の事は全て捨置すべき。」』
【と読む】のが、一人の名無し(おそらく閻魔)であり、これの劣化版が机と言える。(274-275などもそうだ。)
後者の誤読として『勝義の方が妄想であり、世俗の諸々を用いて(その内容(真の在り様→相互依存・関係性)を)示し、
世俗の真実性(≒優位性)を説いている』とするのが隠居と言える。
だが、【(少なくとも)テキスト上は】そうではない。
≪勝義と世俗の二諦が立てられ≫、
≪勝義に於いて、《世俗(の在り様)、凡夫の見解》見解が「空」により否定及び肯否・有無を超えて排斥される≫。
≪しかし、「《世俗(の在り様)、凡夫の見解》は《世俗(の在り様)、凡夫の見解》として」、
(衆生の無明・無知に拠るが故に)【それとして】許容される。(【それこそが世俗の世俗たる所以として・・・】)≫。
(
>>274 で「八不」がまた触れられているが)、
《「世俗に於いて凡夫が見るところはこうである」と述べられている》ことを捨象するなら(無視するなら)、
勝義のみに言及するなら、説示に於いて世俗諦に触れないならば、
それ(→八不のみ、或いはこのレス初段の前者)でも構わないだろうが、
それは、24-8・9・10に抵触することになる。
この意味で、≪中論では、人の生(生存)の在り様として(世俗の在り様として)輪廻は前提とされている≫
と言い得るのだろう。 と、一連のやりとりを通して(今のところ)私は解している。
補:
「世俗の在り様として肯否がどうか」を問うならば、仏教の枠を逸脱せねばならない。
それは、決着シリーズの“初代”及び“どう扱う”において、仏教外から出された疑義、
或いは saMsAra、punabbhava、pavatta、antimA jAti 等etc.の(文脈も含めた)語義解釈に
メスを入れてゆくことになる。
参:
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】6
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1232162229/363 ↑は、当時、「輪廻」「転生」という訳語があるからといって、それが必ずしも「三世に跨るもの」を意味するわけではなく、
原文としては(若干以上のw)ニュアンスの違いがあるよ、と、
(寧ろ否定派としてw)、疑義を投ずる為に投下したレスだが・・・www
この場合、(無我の時と逆の位相で)、
≪ 文言・原義・語源としては単なる「変転」、或いは「流れ」だが、
文脈として「三世に跨る衆生の生(生存)」のことである ≫
というのが、スタンダードな、伝統的解釈となるのだろう。
278 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 10:13:04 ID:EloonpfC
我々凡人が良い所に生まれたいのであれば、布施をするしかない。 また、座禅などをする隙がないのであれば、南無阿弥陀仏を唱えればいいんだ。
279 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 10:14:12 ID:EloonpfC
悟りを開くためには座禅をせよ。 良い生活を得るには布施をせよ。 浄土に行きたければ南無阿弥陀仏を唱えよ。
280 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/18(日) 10:37:46 ID:m/C55Ghk
>>276 >『中論は《世俗の○○は、世俗(の在り様)としても誤ったものだ》と述べている』
>と言い得るだろう。
中論は、八不以外は全て世俗論理で語ちてますね。
例えばですが、
生起しつつ生滅する、というのは瞬間に時制が生起してるわけで、
・・・・ということは、生起以前は時制はない。という論証をしている。→無自性ですね。
(実有論への批判としての論拠)
何かの切っ掛け(縁)において過去の記憶が蘇った時、この瞬間に自我が発生する。
この自我というのは、過去から現時における時制においての自己同一性ですね。
これは未来(つまり輪廻など)でも同じく、現時から未来への時制においての自己想定です。
中論は、八不であっても個別には時制を否定はしてない。
しかしこれは普遍性ではないから、第一義は八不であっても・・・・
第二義としての世俗諦においては、縁生・縁滅でちゃんと説明してます。
これをもっと簡単に言うと、
時制はなく、瞬間・瞬間においては時制は発生する。
(つまり、非連続ではあるが、瞬間・瞬間は連続している)
これがつまり勝義諦(非連続)と、世俗諦(連続)の意味ですね。
連続っても、つまり縁起(瞬間)ですから・・・
この瞬間において輪廻はあったり、輪廻はなかったりする。
(中論においての輪廻は、このレベルですね)
281 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 10:53:10 ID:TCZGpuLk
>>272 >>273 >「世俗的なことにもとづかなければ、第一義は説示され得ない。」(24;10)
この訳文の解釈は、前レスでのサンスクリット語原文の辞書的意味から、すで
に解決済み。「説示」するのに、「言語習慣」によるのは当たり前。竜樹は、
そんな分りきったことを繰り返すようなアホではない。辞書にも、「言語」と
いう言葉は1語も出てこなかったw。
「世俗的なこと」とは、「世俗のありよう」のことである。「俗諦常住 (世俗
的なありようそのまま永遠であること)」を参照のこと。
283 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 11:07:33 ID:sKIL+cZy
>>276 「世俗諦」は、「衆生の生存」という確固たる根拠があるが、「勝義」は、一体
何を根拠としているのか、答えてくれ。開祖・教祖の、「根拠皆無な妄想」以外の
何物でもないのではないか。
「勝義・世俗諦」という2項対立的二分法は、廃止すべきもの。
284 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 11:19:47 ID:9bMlRjxq
竜樹の思想は、古今東西並ぶもののない、優れた「論理実験」である。その 論理が、現実界にもそのまま適用できるからである。
285 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 11:30:34 ID:cogYY3L0
>>281 だからそれはお前の勝手な思い込みによる誤読だろうが。
「世俗」を上位に設定し、勝義をそれに帰属させるとどこに書いてあったか?
あくまでも、その趣旨は「世俗に存在する我々に」勝義を説明するには、(我々に理解出来るように)世俗の方法によらなければならない と言っているだけだろうが
286 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 11:36:33 ID:cogYY3L0
それから隠居。 「龍樹は輪廻を否定した」の論証が全くできてないが降参か? 逃げ出すのには、まだ早かろう。 もう少し、がんばれや。
287 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 11:44:40 ID:II3Pe4Dc
>>285 人間界の存在は、専ら、世俗によって維持されている。宗教者も例外ではない。
どこにも「書いてなくとも」、現実界そのものに書き込まれているではないかw。
ちっぽけな大昔の経典からなどではなく、「人間と自然」という「一大経典」から
学べ。
>>281 >「説示」するのに、「言語習慣」によるのは当たり前。竜樹は、
>そんな分りきったことを繰り返すようなアホではない。
>>13-14 、
>>4 > 100歩譲って「言語行為に限定しない」として、vyavahAraを
> どう日本語になさいますか?w
言い換えれば、
「説示するのに、言語習慣よるのが当たり前」で、且つ重ねて「世俗の慣行によって」と言われるとき、
それは『どのような説示』を指すのでしょう?
いいか、(ここが重要な所だがw(
>>285 ))、
《世俗のみを真実として、「世俗のこと」を示す「世俗が真の姿であり基盤であること」を示す》ものではない、ということだ。
《様相としての事象が利用される》、ということだ。(モチーフとして個物(≒広義のrUpa)が用いられていたとしてもだ。)
《勝義を差し置いて、世俗(諦)のみが真実である》ということではない。(
>>283 )
《勝義を示すにあたって、世俗諦が利用される》ということだ。
それを(平川氏も)『もとづかなければ』と表現しているのではないのか?
また、
《譬喩表現を使用する》としても、それは、《世俗の在り様に【仮託して】》《主題が(≒勝義が)示される》、ということだ。
※(当然、譬喩表現(≒世俗の在り様への仮託)も、『世俗(の慣習・慣行)にもとづいている』ことにほかならないw)
そして何より、「説示が言語によるしかない」とすれば、
(ジェスチャーやパントマイムなら話は別だがw)、譬喩表現だろうが、個物の利用・引用だろうが、
全て『言語によってなされる』わけだ。
それは、最大の括りとして(全ての表現・説示のラベルとして)『世俗の言説による』と一括して言われることになる。
※(それは、「一切皆苦」と言われる時の構図と相似形をなす。)
諸註は、まさにそのように解しているのではないのか?
289 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 12:00:59 ID:cogYY3L0
>>283 おい、隠居。
そうやって「勝義」を完全否定していいのか?
お前がよく言う「無自性」による「相依性」による存在論は正に「勝義の視線からのアプローチだろうが?」
290 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 12:04:30 ID:SoMtN/1/
>>288 >《世俗のみを真実として、「世俗のこと」を示す「世俗が真の姿であり基盤
>であること」を示す》ものではない、ということだ。
君の言う「真実」とは具体的には何か?その「真実性」を「検証」する根拠は
何か?
君の書き込み自体が、宗教者の、「人間が現に生きている現実から遊離した、
根拠皆無な観念の遊戯、倒錯、狂気」に他ならない。
「世俗的なことに基づかなければ」とは、「世俗の一般的な考え方、社会常識」
ということ。それらに合致しなければ、即ち世俗に理解され得なければ、「勝義」
も存在し得ない、ということ。
291 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 12:10:15 ID:cogYY3L0
>>290 おいこら、隠居。
相依性による存在論は「世俗による一般的な考え方、社会常識」とは、程遠いぞ。
お前の論理は全く整合性がない。
292 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 12:12:54 ID:5mb6jejS
>>289 アホですか。相互依存性こそ、万物に適用可能な、世俗がそれに依存して毎日
を生きている基盤そのものではないか。
293 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 12:19:43 ID:cogYY3L0
>>292 ホントにバカだね。まるで理解力というものがない。
いいか?
「相依性による認識論」のスタンスに立つことを否定しているのではないの。
その視点を是とするなら、「勝義」を否定できないだろ?
って言ってるの。
そのくらいも、読み取れないほど読解力がないのか?
294 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 13:34:38 ID:cogYY3L0
>>276 少しわかりずらかったんだが、セブン
要は「勝義、世俗の二諦をて、輪廻に関しての否定的記述がみあたらないこと」より、中論では輪廻を前提としているという論理か?こういうこと?
295 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/18(日) 13:45:55 ID:m/C55Ghk
>>276 >これの劣化版が机と言える。(274-275などもそうだ。)
では、もう少し中論について書かせて頂きます。
つまり時制というのは、普遍性なものではなく個別的なものであり、
「瞬間においての時制」は、それで生滅しますが、
またそれが何かの縁において生起する場合がありまして、
これを人間が時系列的捉え方ができる説明になります。
因果関係というのは、この時系列的捉え方に依る理解であります。
(これは非常に重要です)
しかしこれは法とは全く違う次元ですね。人間の五蘊の問題ですから。
(法とは普遍性である)
中論における十二支因縁は、世俗諦における解釈です。
しかし何故人間は、このような解釈が出来るのか?ってのは疑問ですね?
(疑問と感じなければ・・・それまでなんですが)
疑あって、その疑をもってして、ついに到達したのが彼岸でして
この彼岸の位相こそ勝義諦になります。
よって、疑なくば八不解釈は至難なり。
『偉大な聖者(ブッダ)は、(生死の輪廻の)前の究極(本当のはじまり)は知られないと説かれた。 実に生死(いわゆる輪廻)は無始無終であり、それら(生死=輪廻)には、 始まりも無く終わりも無いからである。』(中論11-1) ⇒生死には時間的順序はない。ということは実を言うと生死の輪廻もありえないのである。 『このように、三つの時(過去・現在・未来)にわたって生存が連続するというのは正しくない(理に合わない)。 そうであるならば、どうして三つの時にわたっての生存の連続がありうるであろうか(ありえない)。』(同21-21) ⇒輪廻はありえないのである。
>>294 もう少し踏み込んで、
「勝義、世俗の二諦を立て、
《無明なるが故に、顛倒妄想に捉われている故に、衆生は【世俗に於いて】輪廻する》という記述」に見えるから。
また、その記述の仕方も、否定していないどころか、
寧ろ、(他の仏典の記述同様)【世俗の当然の在り方】として言及されているように見えるから。
>>280 >>12 >>290 >「世俗的なことに基づかなければ」とは、「世俗の一般的な考え方、社会常識〔に基づかなければ〕」ということ。
>それらに合致しなければ、即ち世俗に理解され得なければ、「勝義」も存在し得ない、ということ。
*(〔 〕は引用者が挿入)
今度は、「合致したら」とまで言い出すかwww
「理解されること」と「合致すること」は違うぞw
いいか、よく聞け。
Cさんの顔を
「(Cの)右側から見れば」「見る人Aにとっての右側に」「鼻が出ている」ことになる。
「(Cの)左側から見れば」「見る人Bにとっての左側に」「鼻が出ている」ことになる。
そして、
「【その人にとっては】」「鼻は前に出ている」。
ここで、前二者を世俗諦(世俗の“真実”)に、
三者を勝義諦(仏の目線の“真実”、諸法の実相としての“真実”)に比すようなものだ。
そして、
Aさんにとっては、決してCさんの鼻は左側には出ていない。(これがAさんの真実だ。)
Bさんにとっては、決してCさんの鼻は右側には出ていない。(これがBさんの真実だ。)
Cさんにとっては、決して自分の鼻は左や右に出ているわけではない。(これがCさんの真実だ。)
これらは決して、互いに「合致しない」。
※人の顔は云々、鼻の位置は云々、AとBが位置を交代すれば云々とか言い出すなよ?w
【視線のとり方の《構図》】を【譬喩的に】示しているだけなんだからw
ブッダの説かれる悟りの世界とは、縁起に身を任せ一枚となる世界の謂いだろう(随縁且従容:良寛)。 ゆふがた、空の下で、身一點に感じられれば、萬事に於いて文句はないのだ。 (中原中也・「羊の歌・いのちの声」より)
301 :
? :2010/04/18(日) 14:44:55 ID:JdBb+X/g
>>195 様から!
> それなら、尚更止めた方がいいです。
> そんなことしてもトラブルだけですから。
> 敬って遠ざけるのがベストだと思います。
そうですか? とりあえず、了解、致しました!
今ならはっきりと、五時教判は間違いだと言う事が、出来る、
と思ったのですが「尚更やめた方が良い!」と言う事であれば、
創価学会の信者の方々の、五時教判の折伏に対して、
反論、出来なくて残念な事だと思います!
302 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 14:53:25 ID:aNM1QOaa
>>235 >>248 そんなレスわざわざ付けなくても、レスは不要で〜す!(笑
ご隠居氏のコピーは当たり前、賛同してるからねン
君達も原始仏典の賛同者だからず〜っと仏経典のコピーマン、
クリ達はず〜っと聖書のコピーマン、ゴピベマン〜
コピーの歴史がず〜っと古〜〜い君達に言われたくはないねw
■まがりなりにも自己の見解を自己の言葉で語って下さ〜い。(笑
【 人の振り見て我が振り直せ 】でつw (^O^)/
303 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 14:56:12 ID:aNM1QOaa
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ ■ 原始仏典に「書いて」あっても、それが仏陀の言葉である「保証」はゼロである。 ■ 原始仏典を「書いた」のは、仏陀では絶対になく、そのはるか後世の<弟子>であることには間違いない。 ■ 弟子はあくまで「伝聞」で書いたのだから、原始仏典の証拠価値は「ゼロ」。 弟子たちの考えを書いたに過ぎない可能性は、大いにある。 ■ ならば、「仏教」ではなく、「原始仏典」の作者である弟子たちの名を冠するべきだろう。 ■ いずれにせよ、原始仏典の「言葉」を「釈迦の言葉」として拘るのは、全く無意味。 ■ 「証拠価値はゼロだから、経典としての価値は皆無」。その経典としての価値が皆無な「原始仏典」 を至上の価値として議論しているのが、このスレの姿。 作者が明らかな大乗仏典のほうが、原始仏典よりもはるかに信頼できることは、明らかだろう。■ (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪
>>303 あのね、失礼だけども、はやそーゆー低レベルな話じゃありません。
そのレベルの方はもとの質問箱ででもわめいていてください。
305 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 15:08:30 ID:PJXR1jdy
>>296 Cさんの顔を「全体的に」見ているのが世俗人。
ライオンの優しい顔だけ見てうっとりとし、その牙を見なければ、食い殺され
てしまうから。
人間の「現実に対応した生存のための努力」には、常に真実がある。
その真逆が、「生存努力を忘れた」宗教者たちである。
狂気とは、「現実との接触の喪失」と定義される。
>>305 そうw
だから、
>ライオンの優しい顔だけ 見るのが世俗諦(世俗の視線、見解)。
>その牙を も見るのが勝義諦。
307 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 15:32:01 ID:431cITPG
>>306 人間の心身は、その生存に必要な対象だけを知覚し、思考するように、プログラム
されている。「ありとあらゆるもの」を知覚し、思考すれば、人間は間違いなく
気が狂うからだ。余計なことは、「考えてはいけない」のだ。
開祖の精神病の感染により、「生存努力を忘却し」「生来的なプログラムを狂わ
された」宗教者が、後者の典型である。
308 :
? :2010/04/18(日) 15:33:02 ID:JdBb+X/g
>>303 様から!
> 原始仏典に「書いて」あっても、
> それが仏陀の言葉である「保証」はゼロである。
たとえ、
「仏陀の言葉である、保証はゼロである!」としても、
仏陀に、一番近くて、一番初期の、
根本仏教の聖典(例えば、阿含経とか)について、
こだわる事、 そして、 その根本仏教の聖典が、
「仏陀、本人の説法!」に、
どれだけ近付く事が出来るのか、と言う事について、
こだわる事は、かなり重要の事であると、私は、考えています!
310 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 15:46:11 ID:HrLWhEKt
>>308 >「仏陀、本人の説法!」に、どれだけ近付く事が出来るのか、と言う事につ
>いて、こだわる事は、かなり重要の事であると、私は、考えています!
その「現代的理由」は何?「皆無」ではないのかね。
ブッダ以降の無数の人々の思索は、どこへ行ったのか。
鬱病患者に過ぎないブッダに、何時までも付き合う必要はあるまい。一度きりの
貴重な人生を、欝状態で、酔生夢死に過ごすことになってしまう。
311 :
? :2010/04/18(日) 15:50:44 ID:JdBb+X/g
>>303 様から!
> 作者が明らかな大乗仏典のほうが、
> 原始仏典よりもはるかに信頼できることは、明らかだろう。
大乗仏典のほうが、作者が明らかなのですか?
例えば、
法華経「観世音菩薩普門品第二十五」(観音経)
は、誰が創作したのですか?
312 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 16:06:16 ID:cogYY3L0
>>311 302 303 は例の荒らしです。
レスを付けないように。
>>235 >>248 参照。
レスを付けることは荒らしに加担することになります。
313 :
? :2010/04/18(日) 16:06:43 ID:JdBb+X/g
>>310 様から!
> その「現代的理由」は何?「皆無」ではないのかね。
> ブッダ以降の無数の人々の思索は、どこへ行ったのか。
仏教は、
仏陀、本人に、
どれだけ近付く事が出来るのか、
と言う事が、重要な事なのです!
> 鬱病患者に過ぎないブッダに、
> 何時までも付き合う必要はあるまい。
仏陀は、鬱病患者だったのですか?
知りませんでした!
> 一度きりの貴重な人生を、欝状態で、
> 酔生夢死に過ごすことになってしまう。
私、個人に限って言えば、すでに、
「欝状態で、酔生夢死に過ごしている!」
と言えます!
>>312 議論スレだから別にいいだろ!
と、思ったけど、過去レス読んだら確かにこりゃ議論じゃなくて、単なる荒らしだわw
315 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 16:11:27 ID:jFglT5sA
>>313 鬱病患者の釈迦に近づけば、君のうつ状態、酔生夢死状態がさらに悪化するのは
確実なので、これ以上近づかないよう、要注意。
>>315 と、カルトに近づいて、自分がカルトになっちゃったご隠居が申しております。
317 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 16:14:25 ID:cogYY3L0
>>311 あと
>>254 の人のレスも参照に
>>314 そう、その通り。議論スレなのだから、机氏や隠居の書き込みはぜんぜんOK
しかし、そいつは議論以前の荒らしにしか過ぎません。
よって、みなさん完全スルーでお願いします。
318 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 16:17:03 ID:cogYY3L0
319 :
? :2010/04/18(日) 16:18:31 ID:JdBb+X/g
>>312 様から!
> レスを付けることは荒らしに加担することになります。
御免なさい! そうだったんですか? 知りませんでした!
出来るだけ、返事を、書き込みしたいと、思ったのです!
320 :
? :2010/04/18(日) 16:31:54 ID:JdBb+X/g
>>315 様から!
> 鬱病患者の釈迦に近づけば、君のうつ状態、
> 酔生夢死状態がさらに悪化するのは確実なので、
> これ以上近づかないよう、要注意。
鬱病患者の釈迦に、近付いては、いけないのですか?
今日は御隠居デーということで続けていこうw
>>290 >>288 の
> > 100歩譲って「言語行為に限定しない」として、vyavahAraを
> > どう日本語になさいますか?w
> 言い換えれば、
> 「説示するのに、言語習慣よるのが当たり前」で、且つ重ねて「世俗の慣行によって」と言われるとき、
> それは『(具体的に)どのような説示』を指すのでしょう? (一部改訂)
への返答求むw
また、
>>288 での、貴方のスルーした重要部分を再掲。 (後段も重要部分ではあるが・・w)
>《勝義を示すにあたって、世俗諦が利用される》ということだ。
>それを(平川氏も)『もとづかなければ』と表現しているのではないのか?
>>305 >Cさんの顔を「全体的に」見ているのが世俗人
そのように「スタンス(視線)」の種類を拡げるなら、対応させて改訂しようw
>>298 > Cさんの顔を
> 「(Cの)右側から見れば」「見る人Aにとっての右側に」「鼻が出ている」ことになる。
> 「(Cの)左側から見れば」「見る人Bにとっての左側に」「鼻が出ている」ことになる。
> 「Cさんにとっては」「鼻は前に出ている」。
> 「Cさんの(或いは自分の)顔の如実な在り様を全体的に(メタ的に)見れば」
> 「前も右も左もなく」「ただ突出しているのみ」。
> そして、
> ここで、前三者を世俗諦(世俗の“真実”)に、
> 第四者を勝義諦(仏の目線の“真実”、諸法の実相としての“真実”)に比すようなものだ。
どうだ?w
322 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/18(日) 17:01:59 ID:m/C55Ghk
>>296 で中論の引用がありますから、この流れで続きを書いてみます。
>しかし何故人間は、このような解釈が出来るのか?ってのは疑問ですね?
>>295 時系列で捉えるのは、人間の記憶の残滓に起因する。
記憶は世俗に生きるためには重要ですが、それはまた無明の根本因でもある。
>『このように、三つの時(過去・現在・未来)にわたって生存が連続するというのは正しくない(理に合わない)。
>>296 縁起においてしか自己認識はできない。ということは、
生死は二義(世俗諦)になる。→生死・輪廻は無問題。→世俗の範疇は問題になる(人もいる)。
つまり、縁起があるか、縁起がないか、でしかない。→三時は二義になる。
ようするに、第一義空をもってしか、この迷妄からは解脱はできんのです。
何が戯論であって、何が戯論でないのか?ってのは、
第一義でしか推し量ることは困難です。
「生存が連続する」が正しくないという理由はここにあります。
323 :
? :2010/04/18(日) 17:16:55 ID:JdBb+X/g
>>89 様から!
> 6.輪廻は現世の因果で転生ではない。主要論者:常識論
> 反証:経典の用例は明らかに前世・来世を想定したものであり、
> 現世のみの因果であれば、
> 始まりと終わりがあることになり輪廻ではなく他ならぬ断見である。
私は、個人的に「輪廻は有る!」と考えているけど、
なぜ? 仏教の中に輪廻を否定する人が居るのか?
その理由が分かりません!
324 :
? :2010/04/18(日) 17:44:06 ID:JdBb+X/g
>>184 様から!
> 1.古坂紘一『宗教史地図 仏教』最も簡明で最も広範な仏教通史、
> しかも地図が豊富で、インドおよび日本については優れた知見を盛り込んでいます。
本屋さんに注文したら「在庫が有りません!」と言われたので、その替わりに
図説 地図とあらすじで読むブッダの教え (大型本) 高瀬 広居 (監修)
初期仏教キーワード (単行本) 星 飛雄馬 (著)
アビダンマ講義シリーズ〈第5巻〉
業(カルマ)と輪廻の分析―ブッダの実践心理学 (単行本)
アルボムッレ・スマナサーラ (著), 藤本 晃 (著),
Alubomulle Sumanasara (原著)
↑ この解説書を読んで勉強している所で御座います!
この度は、御教示、頂きまして、大変、有り難う、御座いました!
325 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 18:15:05 ID:BjdOf3AP
>>325 今までの経緯を見れば明白だろw
相手(ご隠居)のレベルに合わせてドンドン分かり易くしていった結果、
幼稚園レベルに落ちたんだろうがw
327 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 18:32:32 ID:BjdOf3AP
ははは・・・(笑 責任転嫁がお上手でw モノは言いようですなw
328 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 18:45:36 ID:BjdOf3AP
>>311 >>303 は、ご隠居氏の過去レスの引用です。
>>307 氏のレスのご指摘通りなので、宗教本は一切手元には
置かないようにしています。ですからスルーの方が好都合w
あなたも ↓
>私、個人に限って言えば、すでに、「欝状態で、酔生夢死に過ごしている!」
と言えます!
>鬱病患者の釈迦に、近付いては、いけないのですか?
なんて言われて後悔なさいませんように。
オチ
329 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 18:47:06 ID:ooAQpSAa
>>321 > > > 100歩譲って「言語行為に限定しない」として、vyavahAraを
> > どう日本語になさいますか?w
「言語行為を含む」と言ったのは、譲歩し過ぎたw。辞書には、「言語」という
言葉はないし、「説示」という語で「言語」はむしろ同義反復して排除される。
「言語」を指す場合には、ずばり、「言語を使用して」「言語によって」(by
the use of the secular language, as contrasted to the religeous or sacred language)と言うべき
だろう。「言語に基づいて」「言語に従って」とは言わない。
世俗に説く場合には、世俗の生活経験、感情、慣行、考え方と一致しない限り、世俗は
納得(理解)できないということだ。
(
>>277 へ更に補。)
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】6
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1232162229/449 >素晴らしい情報ありがとうございました
素晴らしくも何ともない。ちょっと調べればわかることだ。
363のレスを入れた真意は、314さんへの情報提供の他に、もう幾つかある。
それは、
・あれらの訳語は、編纂当時の担当者達が既得の語句、解釈でもってあてはめたものであること。
そして、それは、とりあえず形にする必要性・緊急性から、
思案の結果の(「よくわからないけども、この方向で良いだろう」という)見切り発車でもあるということ。
・個々の翻訳担当者のスキルレベル(或いは思想背景・基盤)に大きな差があるということ。
・当時の翻訳スタイル(解説スタイル)は、(二字或いは四字等の)熟語形式であったということ。
これは今でも生き続けているし、漢字かな混じり文化である日本の強力な武器でもあるわけだが、
デメリットの面―ニュアンスや微妙な色合いを削ぎ落とし、字面や各字の有する
既得の語義・イメージで該当語句を縛る―が色濃いということ。
こうした点は、南伝大蔵経とは言いながらも、
漢訳にどっぷり依存した、既存の日本仏教(或いは中国仏教)による再解釈の経という性格を付与することになる。
(勿論、全てではない。が、そうした面もあるということは留意されていていいと思う。)
その意味で、(且つ手軽に買えるという意味で)、中村さんの岩波文庫による試みは高く評価されていい。
偈を訳す際は、漢訳的熟語の方が(七五調にもし易く)良いのかもしれない・・。
中村さんも苦労したと述べている。(片山さんも頑張ってると思うw)
(
>>277 へ更に補。)
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】6
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1232162229/450 南伝大蔵経の訳が「輪廻」や「転生」であるからといって、底本の意味もまたそうであるとは限らない。
相違する一例として、(四諦を知り)漏尽智を得るシーンでの定型句とでも言うべきものがある。
≪ vimuttasmiM vimutti amhIti JANM hoti ), khINA jAti , vusitaM brahmacariyaM , kataM karaNIyaM ,
【 nAparaM itthattAya. 】 ≫
南伝律蔵大品のコンダンニャ以外の四比丘の部分は次のように訳されている。(ちなみに訳者は渡辺照宏)
・『(解脱せば即ち“我已に解脱せり”という智生じ)、
生已に尽き、梵行已に立し、所作已に弁じ、【更にまた有を受けず】』
というものだが、片山さんは訳し方を変えている。(長部2-99節)※律蔵大品ではないが、同様の文句なので比較。
・『(解脱した時には解脱したという智慧が生じます)。
生まれは尽きた。梵行は完成された。なすべきことはなされた。【もはや、この状態の他にはない】』
と。
* * * * * *
450↑への御尤もな指摘は
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1232162229/470
333 :
? :2010/04/18(日) 19:10:50 ID:JdBb+X/g
>>322 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様、 御久し振りで、御座います!
【?】で御座います! 【般若心経の原点を、見つけました!】
シッダールタ(釈迦)は、
アーラーダ・カーラーマ仙の、心を、しずめて、徹底した、
無執着の境地、【無所有処】を、実現する為の技法を、
短期間で習得した!
ウドラカ・ラーマプトラ仙の、
何かを、心の中に思って、いるのでも無く、
思って、いないのでも無い境地、
【非想非非想処】を、
定(瞑想)によって、体得する技法を、
短時日のうちに修得した!
334 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 19:10:56 ID:cogYY3L0
>>329 > むしろ同義反復して排除される。
ハァ?(゚∀゚)
レトリックとして重複表現はアリですが?w (龍樹がそれを意図したかどうかは別にして。)
(つか、「同義反復」「重複表現」ですらないと思うが・・・www)
> 世俗に説く場合には、世俗の生活経験、感情、慣行、考え方と一致しない限り、世俗は
> 納得(理解)できないということだ。
中論(中頌)は偈頌で述べられていますよね。
それが、どういう制限となるかわかりますか?
『韻の数が限られている』ということだ。語調が重視されるということだ。
特にSktなれば、『その〈形式〉の尊重され具合』はパーリ(≒俗語)の比ではないw
そうした制限の中で、龍樹は言葉を紡いでいる。
当然、「短く、一語で済み、且つ包括的な語義となれば」、上のように【冗長になることを避ける】意味でも、
採用されて不思議はないw (中論が読み解き難い理由の一つはここにもあるw)
しかし、
>>288 後段を、まったく読んでないようですねw
> また、
> 《譬喩表現を使用する》としても、それは、《世俗の在り様に【仮託して】》《主題が(≒勝義が)示される》、ということだ。
> ※(当然、譬喩表現(≒世俗の在り様への仮託)も、『世俗(の慣習・慣行)にもとづいている』ことにほかならないw)
>
> そして何より、「説示が言語によるしかない」とすれば、
> (ジェスチャーやパントマイムなら話は別だがw)、譬喩表現だろうが、個物の利用・引用だろうが、
> 全て『言語によってなされる』わけだ。
> それは、最大の括りとして(全ての表現・説示のラベルとして)『世俗の言説による』と一括して言われることになる。
> ※(それは、「一切皆苦」と言われる時の構図と相似形をなす。)
> 諸註は、まさにそのように解しているのではないのか?
337 :
? :2010/04/18(日) 20:10:19 ID:JdBb+X/g
>>333 の続き!
増一阿含経 善聚品 三十七道品の五根の
【定根】
滅尽定入って、さらに、その修行を積んで、
前世も、来世も、見通す力を、身に付ける!
【慧根】
定(瞑想)によって、
四諦(苦集滅道)の理を悟る為の、
智慧を獲得して、体得させる!
須陀洹→斯陀含→阿那含
へと修行の段階が進んでやがて
【如来応等正覚の法】によって
渇愛を断じて欲を離れて滅尽し涅槃を得て、
阿羅漢に成る!
338 :
? :2010/04/18(日) 20:33:21 ID:JdBb+X/g
>>337 の続き!
【無所有処】
心を、しずめて、徹底した、無執着の境地を、修得して、
【非想非非想処】
何かを、心の中に思って、いるのでも無く、
思って、いないのでも無い境地、修得して、
【定根】
滅尽定によって、前世も、来世も、見通す力を、身に付けて、
【慧根】
瞑想によって、苦集滅道の理を悟る、智慧を獲得して、
【如来応等正覚の法】によって、
渇愛を断じて、欲を離れて滅尽し、涅槃を得る!
↑ これが般若心経の原点だと思いますが、
>>322 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. さんは、
どう思われますでしょうか?
339 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 21:39:26 ID:7NTiQllC
>>336 申し訳ない。ロムってなかったので・・・
しかし、クリスレやオウムの熱狂的・陶酔的な狂気の信仰を見ると
>>305 氏の言われるのは ↓
>ライオンの優しい顔だけ見てうっとりとし、→ 宗教者=勝義諦(観念)
>その牙を見なければ、食い殺されてしまう → 生活者=世俗諦(現実)
とすぐに思いましたがw
オウムの信徒は、美しい原始仏教の教え(観念)にうっとりと盲信し、教祖
に絶対服従のオウムの信徒になり、出家し、修行に励んでいたが為に、サリン事件
や殺害事件に巻き込まれ多くの人達に悲惨な恐怖と後遺症を残したのではないですか?
>レベルの高さが解らんってのが、君の限界さw
世俗諦と勝義諦のレベルの高さを比べる基準は一体何ですか?
お先にオヤスミン☆
340 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 23:20:41 ID:g5+2JvYM
みなさん、
>>339 は例の荒らしです。
くれぐれもレスを付けない様に。
完全スルーでお願いします。
341 :
神も仏も名無しさん :2010/04/18(日) 23:38:32 ID:g5+2JvYM
>>296 おい隠居、お前これで反論してるつもりか?
>『偉大な聖者(ブッダ)は、(生死の輪廻の)前の究極(本当のはじまり)は知られないと説かれた。
実に生死(いわゆる輪廻)は無始無終であり、それら(生死=輪廻)には、
始まりも無く終わりも無いからである。』(中論11-1)
⇒生死には時間的順序はない。ということは実を言うと生死の輪廻もありえないのである。
11ー1は、単に輪廻の無限性を語っているだけ。
いったいどう読んだら、これが輪廻の否定に繋がるわけだ?
>『このように、三つの時(過去・現在・未来)にわたって生存が連続するというのは正しくない(理に合わない)。
そうであるならば、どうして三つの時にわたっての生存の連続がありうるであろうか(ありえない)。』(同21-21)
⇒輪廻はありえないのである。
はいはい、これは21章の「生成と壊滅」の最終ね。
お前は当然、1〜20までを読んだ上での引用なんだろうな?
これは12に明示されているように、『全てを否定しきることによって
勝義の視線を示す、中論特有の否定論法』だろうが?
何も『世俗における輪廻の否定』が趣旨でないことくらい、中論初心者の
俺にもわかるぞ。
というより、隠居。お前、本当に今まで中論に詳しいようなこと書いて
いたが、正直、お前の読みは素人以下だぞ。
さあ、がんばって俺に論破されないような、すばらしい論証をしてくれ。
>『世俗における輪廻の否定』が趣旨でないこと 『世間(生死の世界)には、ニルヴァーナといかなる区別もありえない。 ニルヴァーナには、世間(生死の世界)といかなる区別もありえない。』(中論25-19) 『ニルヴァーナの究極なるものは、すなわち世間(生死の世界)の究極でもある。 両者の間には、もっとも微細なるいかなる区別(間隙)もありえない。』(同25-20) ⇒『世俗における輪廻の否定』にいかなる意味がありえようか。 >11ー1は、単に輪廻の無限性を語っているだけ。 『一切のもの(諸法)は空なのであるから、なにものが無限なのであろうか。 なにものが有限なのであろうか。なにものが無限にして且つ有限なのであろうか。 なにものが無限でもなく有限でもないのであろうか。』(同25-22) ⇒勝義から世俗を還減する境地に達し得ないものには、ついにニルヴァーナをみることはない。
343 :
神も仏も名無しさん :2010/04/19(月) 00:33:01 ID:ufaLQ10R
>>297 >もう少し踏み込んで、
「勝義、世俗の二諦を立て、
《無明なるが故に、顛倒妄想に捉われている故に、衆生は【世俗に於いて】輪廻する》という記述」に見えるから。
また、その記述の仕方も、否定していないどころか、
寧ろ、(他の仏典の記述同様)【世俗の当然の在り方】として言及されているように見えるから。
なるほどね、セブンは龍樹が「輪廻をごく当たり前のこととして認識
していたと考えるわけか。現代人が地動説を何の疑いもなく受け入れて
いるように。」 俺には正直、「竜樹が輪廻をどのように考えていたのか
わからんわ。」 特に業法の連鎖システムについてだがな。中論を読んで
みても、あれほど徹底的に「有部」の実有を否定してるわけだから、
「連鎖基体」を認めるとは、とても考えられず、結局、中論だけでは
わからず、竜樹の他の著作を参考にするしかないように思うが。
結局、中論からわかることは(輪廻に関しては)
『勝義においては輪廻の有無自体を超越し、問題とならない。
世俗においては、無明→輪廻 という構図が当たり前のものとして
語られていても、その詳細が語られていないので、竜樹自身が
自説の中で業報輪廻をどのように位置づけていたのかわからん。』
例えば、「空だから輪廻などない」「相依性によるのだから輪廻などない」
という論立ても可能だろうが、それだと「無我だから輪廻はない」という
前シリーズのお題と同じになる。
まあ、龍樹自身は、少なくとも「輪廻を説く」ことが、自己の主題とは
考えていなかったような印象を受けるが、『業報システム』の詳細を竜樹が
語った記述というものは残されているのかい?
344 :
神も仏も名無しさん :2010/04/19(月) 00:38:05 ID:ufaLQ10R
>>342 隠居か? 何だ? 何を言いたいのかわからんぞ。
はっきり言えや。 論点をはっきりさせると即座に論破されるんで
うやむやな言い方で誤魔化す作戦に変更か?(笑)
345 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/19(月) 07:28:53 ID:MIm1x4D5
>>297 のセブンの書込みと・・・
それに対する>>
>>343 の書込みを非常に興味深く読まさせて頂きました。
>>343 >特に業法の連鎖システムについてだがな。
>『業報システム』の詳細を竜樹が 語った記述というものは残されているのかい?
勝義と世俗の二諦にて鑑みなされば、明らかにその意となすものは中論から読みとれる。
我の生起というのは、同時に時制の生起でありますから、一切はそこに含有する。
業報の連鎖というのも勿論例外ではなくて生起するだろ?
(注意・世俗諦だから普遍性ではなく、生起の有無は個別問題)
縁生・縁滅ってのは、そういう意味だから、
それに関して中論においては「縁生しつつも縁滅してる」って記述がある。
これが全てであろうし、
やはりこれを理解するには、どうしても勝義と世俗の二諦をもってしか解釈は困難。
だから「中論・序章」は非常に重要になる。
勝義諦では連鎖はしない。
じゃあ、何故連鎖するのか?ってのが世俗諦になる。
連鎖してるのは業報じゃなくて「生起の連鎖」であろう?
っほっほっほ。
347 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/19(月) 11:28:44 ID:MIm1x4D5
>>337 >須陀洹→斯陀含→阿那含
>へと修行の段階が進んでやがて
>【如来応等正覚の法】によって
>渇愛を断じて欲を離れて滅尽し涅槃を得て、
>阿羅漢に成る!
禅では修行の段階というのはあるが、それによって何らかの法を得るのではないですね。
むしろそういった一連の「修行の段階」というのが崩壊する。
結局、原初に戻る。ってことですね。
原初ってのは、つまり禅にいう「父母未生以前の本来の面目」ってことです。
これを「空性」などともいう。
これが勝義諦になりますね。
だから勝義諦というのは非常に原始的でありますね。
道元の「眼横鼻直」ってのは、上手いこと言いますよね。
沢庵などは「花は紅 柳は緑」などと言ってますが、
つまり単純の極ですね。
なかなか人間、こう単純になるのは難し。
父母未生以前で「眼横鼻直」や「花は紅 柳は緑」など 言えるわけないだろうが。 それこそ生まれ変わりで記憶が残っていないと無理だろう。 メチャクチャだな。
349 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/19(月) 11:56:17 ID:MIm1x4D5
>>348 父母未生以前も、現時も、不死も、全く意味は同じですね。
これが勝義諦です。
しかしながら、世俗諦では、それぞれ意味は違うが・・・
どうか二諦にて御解釈なされまし。
350 :
神も仏も名無しさん :2010/04/19(月) 11:58:58 ID:mohiU6uS
>>346 おもしろかった?
それでは、きちんと論証してくれよ、隠居。
お前は、中論くわしいんだろ?
俺みたいな素人にやられていたんじゃ、恥ずかしいだろうが?
さあ、頑張ってくれ。
まず、勝義諦の定義が間違ってるから。 涅槃に至るのに亡くすのは「認識」じゃなくて「無明」
352 :
神も仏も名無しさん :2010/04/19(月) 12:06:31 ID:mohiU6uS
>>346 というか、お前ホントに隠居か?
隠居はトンでも理論なりにまだ、その主張内容はわかったが、ここ二三の書き込みはそれさえも、わからんくらいひどいものだ。
劣化したのか?
353 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/19(月) 12:10:49 ID:MIm1x4D5
>>351 >まず、勝義諦の定義が間違ってるから。
勝義に定義はない。
定義が通用するのは世俗諦。
間違ってる、間違ってない、の、分別はできない。
無思考は悟りでもなんでもないから。 寝てて苦しくないのはあたりまえ。 普通に覚醒していて苦しくないから仏教の教えは価値があるのだよ。
355 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/19(月) 12:28:35 ID:MIm1x4D5
>>354 中論は「無思考」とか、そんなチンケなことが書かれている訳ではなくて、
そこには時空を超えたる法が記述されている。
中論・序章というのは、その登竜門であろうし、
その内容たるやhigeレベルです。
中論研究の第一人者でもある真言アジャリ氏が誤読するくらい難解です。
どうか当該著書の中枢に到られんことを祈念申しあげ候。
仏教で法といえば、普通は五蘊の認識からなる縁起の法をさすのですよ。 時空を越えるのではなく、認識するときに時間の概念を抜いているといってるだけのこと。
諸行は無常であるのだから、認識に時間を入れれば、 答えが2つも3つも出てきてしまうからね。
358 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/19(月) 12:41:43 ID:MIm1x4D5
>>356 認識に迷いがあるんじゃ〜ないですか?
ないんだったら問題にもならんし。
じゃあ、何で迷いがあるのか?
それを机龍之介が語ちてます。
>認識するときに時間の概念を抜いているといってるだけのこと。
認識する時に、時間の概念を抜いたら、
セブンはこんなに迷わんでしょ?
何でセブンは迷ってるのか?
それを解説しております。
認識そのものは迷いじゃないですよ。だから、空が成り立つ。(無自性)。認識という本体は無いから。 認識ではなく、「認識をする主体」について疑いを入れないから迷いが生ずるのです。
360 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/19(月) 12:56:07 ID:MIm1x4D5
>>359 >認識そのものは迷いじゃないですよ
五蘊だから、死んだ後はどうなるか?ってのは迷いでしょ?
別に心配しないなら、迷いではない。
しかし心配する御仁は多し。
貴殿は「認識する主体」は、どうなってもいいんですか?
地獄と極楽の、どちらがいいと思いますか?
よく知らんがセブン氏は断見論者だから迷ったりしないだろ。 地獄へ行くのは本人でも他人でもないヤツがいくらしいがそんなヤツ知らん。
362 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/19(月) 13:19:58 ID:MIm1x4D5
>>361 セブン氏は断見論者ではない。常見論者だよ。
それを板に書かないだけ。
ただ確証がないから、その確証的なものを模索してるんだよ。
こういう人間は多い。
アホダラ氏もそう、板には書かないけど常見論者だよ。
常見論者というのは、そもそも中論には興味を示さない。
興味を示してるのは、真言アジャリ氏だけ。
_, ,_ ( ゚∀゚ ) //\ ̄ ̄旦\ // ※.\___ \ \\※ ※ ※ ※ ※ ヽ \`ー────── ヽ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
364 :
神も仏も名無しさん :2010/04/19(月) 19:55:55 ID:0nC89FAL
●お釈迦様や歴史上の悟り開いた人達は、何を悟ったのでしょうか? ●
まずお釈迦様について。
何をもって悟ったというのかと言えば、これは間違いなく「縁起」ということです。
縁起というのは狭義には「これあるによってかれある」と説明されるような、物事や
現象の時間的な関係性を説明する言葉です。この世に絶対不変にして普遍恒常なる物も
現象も存在せず、すべては関係性のなかに存在するのである、という立場を指すものです。
初期の経典ではこの「縁起」そのものがダルマ、つまり法そのものと認識されていて、
例えば中阿含経という原始経典には、「縁起を見るものは法を見る、法を見るものは
縁起を見る」と示されています。また、スッタニパータという経典には「比丘たちよ、縁起
とは何か。(中略)縁起とは如来が世に出ようと出まいと定まっている『これによって生じる
という関係性』であり、如来はこれを覚り、これを知ったのである」と示されています。
すなわち、お釈迦様は自分も含めたこの世界を動かす根本的な原理を、縁起という名の関係性
に求めたのです。お釈迦様にとっては、この縁起こそがお覚りの中核をなすものだったのです。
しかし、この「縁起」というお覚りの内容があまり全面に打ち出されておらず、一般的にさほど認知されて
いないことは重要なことです。縁起は関係性において世界を見ることであり、絶対普遍なる存在を否定
することであるだけに、この「縁起」を絶対なるドグマとして掲げること自体が一個の固定的な観念に固執
することであり、すなわち縁起の法を踏み外すことに他なりませんから、これを強く打ち出すことは極力
はばかられたのです。お釈迦様は十無記などといって、「魂は存在するのか」などいくつかの形而上的
な質問にはイエスともノーとも回答しなかったことがよく知られていますが、これも同様に果てしない論争
を避けるための、つまり縁起を身をもって実践するための方法であったと言えるでしょう。・・・・・・ry)
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa550238.html から抜粋
365 :
神も仏も名無しさん :2010/04/19(月) 22:44:57 ID:GkNIfjui
どうも古語の経典はマドロッコシクてレスをロムらずスルーしてしまう。
机氏のレスも神経質で興味ワカナイシ・・w
まぁ、
>>339 ですが、
>>305 氏の解釈をミスったかもしれん・・w
寝たら急にヒラメイタが、もうめんどうくさ〜い・・(笑
正誤は
>>305 氏にお任せで・・・でも書くだけ書きますねン
>>305 氏は、
>Cさんの顔を「全体的に」見ているのが世俗人。→ 生活者=世俗諦(現実)
(なぜならライオンの優しい顔だけ見てうっとりとし、その牙を見なければ、
食い殺され てしまうから。 )ということでしょうか?
>その真逆が、「生存努力を忘れた」宗教者たちである。↓
>ライオンの優しい顔だけ見てうっとりとし、→ 宗教者=勝義諦(観念)・・となりますか?
>その牙を見ないで、食い殺されてしまう → 宗教者=勝義諦(観念)・・となりますか?
あとは、↓
オウムの信徒は、美しい原始仏教の教え(観念)にうっとりと盲信し、教祖
に絶対服従のオウムの信徒になり、・・・・・と続くのですが。
どちらにしろ、スルーですから関係ないか〜、ああ、めんどくさw(笑
オヤスミン☆
>>343 すまん。そこから先はわからんw
>>276 は、あくまでも(今回の種々のやりとりに際して読み直した範囲内での)私見に過ぎない。
自分で(少しツッコんで)読んでみて見えたものを記しただけ。
ただ、私見ついでに感想を述べれば、
>それだと「無我だから輪廻はない」という前シリーズのお題と同じになる
という疑義は尤もだと思う。
たとえ中観といえども、(また、業報だろうが無我にして輪廻だろうが)、
以前貴方に対して(横からwww)解説したような形でもってしか説明の仕様が無いのでは?
※その意味では、(文脈や使用の仕方に若干の歪さがあるにしてもw)
机の
>>345 >連鎖してるのは【業報】じゃなくて「【生起】の連鎖」であろう?
という「一文【だけ】は評価できるw
スレが止まっとるなw
また、一旦鎮火か?www
368 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/20(火) 07:26:08 ID:Yc6BqlM0
>>366 >机の
>>345 >連鎖してるのは【業報】じゃなくて「【生起】の連鎖」であろう?
> という「一文【だけ】は評価できるw
私は中論序章だけ理解してれば、第一章以降は読む必要はないかと思ってる。
真言アジャリ氏の決定的欠陥というのは、この序章を理解できてないことだ。
先ずアジャリが理解してるのは「空は概念である」。→これは大間違い。
概念とするから「仮設」という文字列が並ぶ。
これじゃ〜根本的に中論理解は無理です。
「仮設」と「仮説」は大違い。
中論は仮説です。
ですから論理整合性は世俗諦に依っているわけですから、
ある程度は無理があります。
例えば「生起しつつ生滅する」ってのは、
生起という仮説と、生滅という仮説ですから、→これが世俗諦
実際のところの解釈とすれば、
生起している訳ではなく、また生滅している訳ではない。という解釈。→これが勝義諦。
だから中論は、この二諦でもって解釈するのがベターなんですが、
真言アジャリは、元々このスキルがない。
まあ真言アジャリ氏は、現在「仏教@質問箱」を占拠している訳ですが、
眼が開くことは殆ど期待するは至難かと思いますね。
369 :
神も仏も名無しさん :2010/04/20(火) 17:02:56 ID:wdSdlTSV
>>367 >
>>298 ※印と
>>321 を百億回読んどけw
あらら、・・・お偉そうなレスが来てしまったぁ ┐(´ー`)┌
やはり、
>>296 →
>>298 のアンカーミスねン、気付いてたけど書くのめんどうだったからw
>>298 ※印と
>>321 を一回読んだけど変わらないなぁ、残〜念!(笑
>レベルの高さが解らんってのが、君の限界さw
■ 世俗諦と勝義諦のレベルの高さを比べる基準は一体何ですか?
>>339 ■
↑ この質問の方がレベルが高〜いかもン〜 ☆ヽ(▽⌒*)
>>213 >それから、勝義・世俗諦の2項対立的二分法も止めるべき。世俗諦には、「衆生の
生活」という確固たる根拠があるが、勝義にはない。開祖・教祖の妄想以外の何物
でもない。
↑ 賛〜成!! ヽ(^。^)ノ
370 :
神も仏も名無しさん :2010/04/20(火) 17:18:44 ID:wdSdlTSV
★彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆★彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆★彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆★彡☆彡☆彡☆彡★
お釈迦様の悟ったことは「諸行無常、諸法無我」ということです。
諸行無常とは、この世の全てのものはたえず変化し消滅するということ。
諸法無我とは、すべてのものはさまざまな原因・条件によって生じたものであって
それ自体で存在しているものはない、ということ。
■分かり易く言い換えると、悟りとは「正しいものの見方」が判ることであって、その結果、
様々なものごとに心を煩わされなくなることです。
なお、そうなったからと言って現在において「変人」扱いされることはないでしょうね。
なぜなら、自分のものの見方が他人に理解されなかったり、受け入れられなかったとしても、
そのこと自体も受容できるからです。
■しっかり悟っていない人は、自分の考え方の正しさに固執してそれを他人に押しつけようとしますが、
それこそが煩悩であって避けるべきことであることをも悟っているからですね。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa550238.html から抜粋
★彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆★彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆★彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆★彡☆彡☆彡☆彡★
371 :
神も仏も名無しさん :2010/04/20(火) 17:21:20 ID:wdSdlTSV
↑(
>>370 ) は、↓ ここが重要〜
■しっかり悟っていない人は、自分の考え方の正しさに固執してそれを他人に押しつけようと
しますが、それこそが煩悩であって避けるべきことであることをも悟っているからですね。■
>しっかり悟っていない人は、自分の考え方の正しさに固執してそれを他人に押しつけようと
しますが、→ このスレの
>>367 >>298 >>321 氏・・・・等々
>それこそが煩悩であって避けるべきことであることをも悟っているからですね。
↓
このスレの
>>283 >>284 >>287 >>290 >>281 のご隠居氏
オチ
>>369 真性のアホだったか・・・。昆布と間違えたことが昆布に申し訳ないwww
彼には、ちゃんと読解力があったよw
>■ 世俗諦と勝義諦のレベルの高さを比べる基準は一体何ですか?
ハァ?(゚∀゚)
誰が >世俗諦と勝義諦のレベルの高さを比べ てるんですか?w
夢でも見てるんじゃないでしょうか? 早く目を覚ました方がいいですよw
373 :
神も仏も名無しさん :2010/04/20(火) 23:22:31 ID:uI88jwpb
みなさん、
>>369 〜
>>371 は例の荒らしです。
完全スルーでお願いします。
セブンよ、構うの止めようや。
対話以前のバカってのは実際いるもんだ。
机氏や隠居は、まだしも対話が成り立つが、こいつはそれ以前の問題だよ。
>>370 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa550238.htm >縁起は関係性において世界を見ることであり、
>絶対普遍なる存在を否定することであるだけに、
↑↑↑
??????????????????
>この「縁起」を絶対なるドグマとして掲げること自体が一個の固定的な観念に固執することであり、
>すなわち縁起の法を踏み外すことに他なりませんから、
>これを強く打ち出すことは極力はばかられたのです。
新興宗教カルトの匂いがプンプンするなあ
絶対不変のエルカンターレ(笑)
なるほど、幸福の「科学」は宗教ではなく、 「科学」なのですなあ。 ご隠居のおっしゃること、了解しましたぞ。
中論は間違いなく勝義である。 それは八不で表されてるが如く、 全ての主張に対して「否定」を入れてあるということである。 否定を入れられるということは、如何なる価値にも束縛されない、 即ち執着を捨てられるということである。(中論26章での取の解説のとおり) 全てというのは、「Aであるもの」という概念を否定するのみならず、 対立する概念「Aでないもの」も直後に否定されてあるからである。
377 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 10:59:43 ID:1WukMIBO
test
378 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 11:58:42 ID:lyUF3oNY
皆さんは、大層、勝義が好きで、世俗がお嫌いなようだが、勝義は開祖・教祖の妄想 であり、無根拠だが、世俗には、衆生の生存努力という厳然たる根拠がある。すべての 宗教者も、世俗によって「生かされている」。托鉢しなければ、生きてゆけず、宗教も 修行も絶対にやれない。衆生の生存努力(世俗)においてのみ、一切の真実が存在し得る。 中論の頌において、竜樹は、「世間」「世俗習慣」「世間の一切」「そこで生きる生類」 その生存を支える「物理現象」を、「無条件の前提」としている。最も肝心のところをきっちりと抑えているのが、竜樹の類い稀な非凡さである。その極一例を下記に引用しておく。 「業報」については、第17章(業と果報の考察)で、完全に否定している。 「もし業が実体として存在するならば、疑いもなく常住であろう。またその業は、造られないものとなるであろう。常住の存在は、決して造られざるが故である。」(17:22) 「もし業が造られないものであるなら、作らないでそれを受けるという怖れがあるであろう。また(作らない業があるなら)非梵行に住する過失が付随するであろう。」(17:23) 「しかして一切の世俗習慣と、疑いもなく矛盾するであろう。さらに福と悪とを作する人を区別することが不合理となるだろう。」(17:24) 「物理現象は、物理現象(色)の原因を離れては得られない。物理現象の原因もまた、物理 現象を離れては見られない。」(4:1) 「世俗的なことにもとづかなくては、第一義は説示されえない。」(24:10) 「縁起と空性を破壊する汝は、世間の一切の慣習を破壊するのである。」(24:36) 「如来の本性であるもの、それがそのまま生類の本性である。」(22:16) 「如来の無自性である性格が、そのまま生類の無自性である。」(22:16)
379 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/21(水) 12:16:16 ID:KU3s6E3n
>>332 >既存の語句(既得の概念=より近い・妥当と思われる概念)を当てはめていくしかないようにも思えます。
なかなか難しいことが書いてありますねw
果たして既存の語句とは何か?
い〜あるさんすぅうーですね。
合理性もなく理論もない。
問いと一体になってこそ文字を体得す。
して仏道とは何か?
何も隠し立てはござらんだろう。
これ即ち了得なり。
380 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 12:23:40 ID:ioMkwQnz
>>341 >実に生死(いわゆる輪廻)は無始無終であり、それら(生死=輪廻)には、
> 始まりも無く終わりも無いからである。』(中論11-1)
その引用は、私ではない。私が持っている筑摩書房の「大乗仏典」には、中論
11章は、「重要でない」として所載されていない。
しかし、思うに、輪廻が無始無終であれば、それは「存在しない」ということ
だろう。「無始無終の対象」の「存在」を、どうやって判断するのかw。
なお、異種の存在への生まれ変わり(転生)は、前レスで引用した第27章
(邪見の考察)の10及び11で、きっちりと否定されている。
381 :
? :2010/04/21(水) 12:25:08 ID:2jonH8L2
>>368 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様から!
> 禅では修行の段階というのはあるが、それによって何らかの法を得るのではないですね。
例えば、私は、「【滅尽定】によって、前世を、見たい!」と、考えています!
> むしろそういった一連の「修行の段階」というのが崩壊する。
何故? どの様な力によって、
「一連の、修行の段階、というのが崩壊する」のですか?
> 原初ってのは、つまり禅にいう「父母未生以前の本来の面目」ってことです。
> これを「空性」などともいう。
「父母未生以前の本来の面目」って、何ですか?
> これが勝義諦になりますね。
> だから勝義諦というのは非常に原始的でありますね。
前にも、同じ質問をした事が、有ったと思いますが、
勝義諦(しょうぎてい)って、何でしたっけ?
382 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/21(水) 13:04:07 ID:KU3s6E3n
>>381 >何故? どの様な力によって、
>「一連の、修行の段階、というのが崩壊する」のですか?
【滅尽定】だから、滅する、崩壊するんじゃないですか?
>「父母未生以前の本来の面目」って、何ですか?
父母未生ですから、父母生誕以前という意味で、
簡単に言いますと「自分が存在していない、とする世界観」です。
>父母未生以前も、現時も、不死も、全く意味は同じですね。
>これが勝義諦です。
>>349 現時は、三世とか、輪廻転生とか、業報輪廻を含む(場合もある)。
つまり現時はなんでもアリですね。
(中論は三時否定ですが)
不死も同じく、不生ですね。
父母未生以前は、現時もなく、不死・不生であります。
だから
>例えば、私は、「【滅尽定】によって、前世を、見たい!」と、考えています!
滅尽定において、前世を見る必要性は、全く滅尽定してしまいます。
383 :
? :2010/04/21(水) 13:28:37 ID:2jonH8L2
>>184 様から!
> 2.片山一良『パーリ仏教入門』日本人学者によるパーリ仏教概観、
> 日本仏教との対比がなされている。
本屋さんに注文したら「在庫が無い!」と言われたので、その替わりに、
密教の本 ― 驚くべき秘儀・修法の世界
(NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 1) (単行本)
はじめての唯識 (単行本) 多川 俊映 (著)
仏陀の真実の教えを説く〈上〉 阿含経講義 (単行本)
桐山 靖雄 (著)
特に ↑ この、阿含経講義には、
輪廻についての考察が、豊富に記述されているので、
大変、勉強になっています!
有り難う、御座いました!
385 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 13:55:02 ID:Yiw00RGx
>>381 >「父母未生以前の本来の面目」って、何ですか?
一切の後天的・人為的観念を去った「生物的生命」の意味と解する。
宗教の書物など、すべて廃棄せよ、ということだ。
386 :
? :2010/04/21(水) 13:57:01 ID:2jonH8L2
>>382 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様から!
> 父母未生ですから、父母生誕以前という意味で、
> 簡単に言いますと「自分が存在していない、とする世界観」です。
自信、有りませんが、何となく、分かった様な、気が致します!
> 父母未生以前も、現時も、不死も、全く意味は同じですね。
> これが勝義諦です。
やはり、中論って、難しいですね!
> 中論は三時否定ですが
> 現時は、三世とか、輪廻転生とか、業報輪廻を含む、場合もある。
> つまり現時はなんでもアリですね。
そうなんですか?
> 滅尽定において、前世を見る必要性は、全く滅尽定してしまいます。
さすが、机さん! きょうも、ダジャレが、冴え渡っていますね!
>>385 >一切の後天的・人為的観念を去った「生物的生命」の意味
「アートマン」を言い換えたに過ぎない。
アプリオリな前提となっているのであって、なんらの証明もない。
隠居の反仏教=有我論からして当然だろう。
自らの「信仰」宗教性の自覚がないところが悲惨だ。
388 :
? :2010/04/21(水) 14:12:31 ID:2jonH8L2
>>384 様から!
> しかも、『パーリ仏教入門』は普通にアマゾンで買えるし。
或、諸々の諸事情によって、
銀行の口座が使えないので、
ネット通販が出来ないのです!
そして、実際に本屋さんに、お経の、解説書を、買う為の、
足を運ぶきっかけを、作ってもらったので、
素直に感謝の気持ちを、述べているので御座います!
389 :
? :2010/04/21(水) 14:18:20 ID:2jonH8L2
>>385 様へ!
>> 「父母未生以前の本来の面目」って、何ですか?
> 一切の後天的・人為的観念を去った「生物的生命」の意味と解する。
> 宗教の書物など、すべて廃棄せよ、ということだ。
レス、有り難う、御座いました!
390 :
? :2010/04/21(水) 14:53:20 ID:2jonH8L2
>>387 様へ!
>> 一切の後天的・人為的観念を去った「生物的生命」の意味
> 「アートマン」を言い換えたに過ぎない。
この場合の、アートマンは、
【常住不変の自我意識】と言う、解釈で良いのですか?
> アプリオリな前提となっているのであって、なんらの証明もない。
【アプリオリ】って、何ですか?
> 隠居の反仏教=有我論からして当然だろう。
隠居さんは、反仏教で、そして、有我論者なのですか?
> 自らの「信仰」宗教性の自覚がないところが悲惨だ。
「信仰」宗教性の【何の、どう言う所の】自覚が無いのですか?
391 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 15:13:18 ID:gCLWOJEz
>>390 >この場合の、アートマンは、
>【常住不変の自我意識】と言う、解釈で良いのですか?
「生物的生命」は、アートマンという観念も、自我意識も、すべての宗教も含めた、
人間のすべての営みの根源。君が死んだ途端に、それらは一切不可能になる。
>>388 更に意味が分からん。
代引きで買えば良いじゃないか。
それとも、国外に住んでるのか?
393 :
? :2010/04/21(水) 15:35:15 ID:2jonH8L2
>>382 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ!
> 禅では修行の段階というのはあるが、それによって何らかの法を得るのではないですね。
禅では、何らかの法を得る為じゃなくて、
何の為に、修行の段階というのは有るのですか?
例えば ↓ この、四如意足などのように、
四神足(四如意足)四つの自在力
欲(すぐれた瞑想を得ようと願う)
精進(すぐれた瞑想を得ようと努力する)
念(すぐれた瞑想を得ようと心を集中する)
思惟(すぐれた瞑想を得ようと智慧をもって思惟観察する)
やはり、私は、智慧を獲得する為には、
瞑想とか呼吸法などによる、実修が必要である!
と考えています!
394 :
? :2010/04/21(水) 15:47:39 ID:2jonH8L2
>>391 様から!
>> この場合の、アートマンは、
>> 【常住不変の自我意識】と言う、解釈で良いのですか?
> 「生物的生命」は、アートマンという観念も、自我意識も、すべての宗教も含めた、
> 人間のすべての営みの根源。君が死んだ途端に、それらは一切不可能になる。
【死んだら、その先の事は、理解する事が、出来ない!】
と言う、解釈で良いのですか?
395 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 15:55:17 ID:lUOdHMsn
>>380 なるほどね、やはり「隠居もどき」かい。
>なお、異種の存在への生まれ変わり(転生)は、前レスで引用した第27章
(邪見の考察)の10及び11で、きっちりと否定されている。
つまり、27-10および11 以外の中論をあげて、俺にレス付けてたアホは
隠居ではなかったわけだ。 確かに、お前の頭を10回くらい殴って、劣化
させたようなレスだったからな。
27−10および11に関しては、今は時間がないので、後ほど。
396 :
? :2010/04/21(水) 16:06:08 ID:2jonH8L2
>>392 様から!
> 更に意味が分からん。
> 代引きで買えば良いじゃないか。
私は、
【銀行の口座が使えない人は、ネット通販が出来ない!】
と思い込んでいました!
> それとも、国外に住んでるのか?
日本に住んでいます!
実際に本屋さんに、出かけて、
【何か良い本がないかな?】
と思っていた、ちょうど、その時に、
足を運ぶ、切っ掛けを、作ってもらったので、
感謝の気持ちを、述べたので御座います!
397 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/21(水) 16:20:26 ID:KU3s6E3n
>>382 >四神足(四如意足)四つの自在力
得ようと願う心とか、得ようと努力する心とか、
得ようと心を集中するとか、思惟観察するとか、勿論重要であります。
(注意:禅は如来禅ですから、心は集中させない)
しかしながら法は、そのベクトルから乖離しております。
故に、法は得るにあらずして棄却することを本義となす。
得ることと棄却することは同時にありまして、これを修証といふ。
つまり修める(おさめる)ことが証(悟り)でありますね。
398 :
? :2010/04/21(水) 16:52:07 ID:2jonH8L2
>>397 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様から!
>> 四神足(四如意足)四つの自在力
> 得ようと願う心とか、 得ようと努力する心とか、
> 得ようと心を集中するとか、 思惟、観察するとか、 勿論、重要であります。
有り難う、御座います!
> (注意:禅は如来禅ですから、心は集中させない)
> しかしながら法は、そのベクトルから乖離しております。
そうなんですか?
> 故に、法は得るにあらずして棄却することを本義となす。
> 得ることと棄却することは同時にありまして、これを修証といふ。
> つまり修める(おさめる)ことが証(悟り)でありますね。
まるで禅問答の様で、御座いますね?
私に、理解、出来るまでには、
まだ相当な時間が、掛かりそうで、御座います!
399 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/21(水) 17:15:05 ID:KU3s6E3n
>>398 >まだ相当な時間が、掛かりそうで、御座います!
簡単です。
>い〜あるさんすぅうーですね。
>>379 つまり、1、2、3、4、5です。
四神足の思惟観測です。
文字は、問いと一体になってこそ、その文意は体得できる。
(道元の、仏道とは己に習うなり、です)
> 現時は、三世とか、輪廻転生とか、業報輪廻を含む、場合もある。
> つまり現時はなんでもアリですね。
>>386 現時は、五蘊皆色です。つまり一切が現象である。
川の流れの一通過点でしかない。縁生して縁滅するだけ。
カラスの「カァ〜〜」を聞けば、幼少のころの「カァラアスゥ〜何故鳴くのぉ〜♪」
と連関(連鎖)するだけ。
ある人間は、カラスの鳴き声で、過去の殺人事件を思いだして悪夢を見るかもしれませんね。
これが業報輪廻の正体です。
思惟観察、思惟観察、思惟観察、思惟観察、思惟観察。
い〜あるさんすぅうー
400 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 17:46:29 ID:Gz+vfOrI
>>394 >【死んだら、その先の事は、理解する事が、出来ない!】
>と言う、解釈で良いのですか?
当たり前でしょう。人間の思考も認識も、その肉体の一部としての脳や感覚器官によって
行われます。あなたは、火葬場で、身近な人のお骨を拾ったことがありますか。残って
いるのは白いお骨と身体が燃え尽きた結果としての灰だけですね。お骨でさえも良く
焼けていて、箸で拾おうとするとボロボロ崩れてしまうことがあります。
一体どこで、「その先のことを考え、理解できる」のですか。
死によって、人間の感覚器官も、思考器官も、完全に無と成り、身体は元素に分解して、
母なる大地に戻り、元素として、自然を循環するのです。これがまさに「輪廻」です。
思考器官も感覚器官も灰になり、喜びも苦しみも一切消滅した状態を「涅槃」と呼び
ます。
そして、このような個体の死により、地球上に新たな生命の発生が可能になり、
「種属」としての人類の生命は、永遠に存続するのです。
401 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 18:31:25 ID:wGV+j6E9
>>400 さ〜すが〜、ご隠居氏!!
納得〜!!
ヽ(^。^)ノ
402 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 18:35:18 ID:wGV+j6E9
>>372-373 >誰が >世俗諦と勝義諦のレベルの高さを比べ てるんですか?w
ハァ?(゚∀゚)
>【
>>298 →
>>305 の流れ】を受けての
>>306 」というレベルの高さが解らんってのが ・・
↑
>>306 のレベルの高さを強調してるのは君なんだがw
夢でも見てるんじゃないでしょうか? 早く目を覚ました方がいいですよw
君たちの方こそ誤魔化して少しも答えられないジャ〜ン!(笑
>>374 >>374 氏のレスには仏教をキリスト教と結び付けようとする下心ミエミエ〜、
■このスレと仏教質問箱はオウム・アーレフや幸福の科学・・等のカルトに
占領されてますので宗教勧誘レスに、皆さん、お気をつけてくださ〜い!!■
ヽ( ・∀・)ノ
403 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 18:49:38 ID:wGV+j6E9
>>374 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa550238.htm >縁起は関係性において世界を見ることであり、絶対普遍なる存在を否定することであるだけに、
この「縁起」を絶対なるドグマとして掲げること自体が一個の固定的な観念に固執することであり、
すなわち縁起の法を踏み外すことに他なりませんから、これを強く打ち出すことは極力はばかられたのです。
↑ の意味が分からないのは、君がカルトに洗脳されているか、読解力がないかでしょうw
↓
>縁起というのは狭義には「これあるによってかれある」と説明されるような、物事や
現象の時間的な関係性を説明する言葉です。この世に絶対不変にして普遍恒常なる物も現象も存在せず、
すべては関係性のなかに存在するのである、という立場を指すものです
>>364
404 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 19:00:08 ID:wGV+j6E9
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ 解脱、涅槃、「清らかな境地」などを、「意図的に」求めることが、最 大の煩悩、執着である。「あるがままの現象界」と、その中に存在する 「あるがままの自己」を受け入れ、そのなかに精神の安定と平安を見出す ことが、「悟り」である。 ■ 宗教者は、すべて倒錯に陥っている。 (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ オチ
>>403 縁起を釈迦が説かなかったのは、
悪事を行ってもそれが無であるという馬鹿のために説かなかったのだよ。
つまり、キミみたいな基本的に常識に欠けた俗物に説くのが世俗諦であったわけだ。
実際、釈迦は経典では悪魔や外道と何度も対立し、論破しておるわ。
釈迦の後(竜樹は典型)も何度も議論を繰り返し、今の仏教があるんだよ。
リンク先はでたらめ。キリスト教徒か仏教を聞きかじりで知ったドシロウトカルトの作だな。
407 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 20:47:04 ID:Q7xcpXvI
皆、「皆さんのお陰で○○が達成できました」と世俗ではよく聞く言葉。 オリンピックやスポーツの選手も、「ディスカバリー」で無事帰還した 宇宙飛行士の山崎直子さんも皆にサンキュウーとお礼を言っている。 私たちは、他の人たちのお陰で生かされている、と。 世俗は関係性そのもの。それに皆、気が付いて生活している。 津波や地震などの天災に合った人達も皆のお陰で救助されて感謝している。 宗教者も例外ではあるまい。 観念の神のお陰で生かされているなどと言う人は余り聞いたことがない。
408 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 21:03:43 ID:sjFqNabi
>>403 >縁起というのは狭義には「これあるによってかれある」と説明されるような、物事や
>現象の時間的な関係性を説明する言葉です。
縁起を、このような「時間的な関係性」と解することから、仏教者が縁起を
因果関係や業報などと誤解することになるのではないか。
因果関係なら、因と果という「実体」を前提とするから、「空」は成立しない。
また、「無常」を「変化」と解するのも、誤りである。「変化」は、「変化し
ない実体」の存在を前提とするからである。
「これがあるから、あれがある」は、「これもあれもあるから、あれもこれもある」
と言うべきである。これにより始めて、「事物の相対性」が明らかになり、
「静止的な関係性・相互依存性」即ち、竜樹のいう「空」が成立する。
生命とは、一瞬・一瞬において機能する。例えば、2chに書き込んでいる
私が即死したとすれば、私の生命による最後の知覚は、書きかけ画面の静止画
である。
>>408 >因果関係なら、因と果という「実体」を前提とするから
相変わらずの馬鹿丸出し・・・w (;´ー`)y━~~
410 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 21:35:48 ID:bmT3ECPa
オウムの若い出家サマナは「教祖のことはどうでもいい。要は、僕が 解脱できればいいんだ。」と言ってた。 自分が目標に向かって努力し、何か達成出来たのは、皆の支えのお陰 と感謝するのと比較すると、質が高いのはどちらかな?・・ オウムのサマナは最後の審判で「永遠の命」を欲しがるクリ達と似てるw
だからワシは、《「無時間的相互依存、相依性」を縁起の「顔」にする》のが嫌いなんだよw 御隠居(系)の盲進ぶりを見る度に痛感するよ・・・w
412 :
神も仏も名無しさん :2010/04/21(水) 23:55:37 ID:Lr7R6v58
>>411 何故?要するに、釈迦に対する「感情的な個人崇拝」からだろ。そこに、原始
仏教とキリスト教との最も有害な類似性・親和性があるのだよ。現代のカルト
教祖とその信者との関係も、全く同じ。それが宗教の最大の病理なのである。
ダニヤの章から見る限り、釈迦は現代の胡散臭いカルト教祖と何らの相違も
ない。原始仏教から得るべき思想は皆無である。むしろその害毒のほうが、
はるかに大きい。小乗国タイ、スリランカ、ミャンマー、カンボジアなどの
混乱と政治的・経済的低迷が、そのことを如実に証明している。
414 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 00:16:33 ID:KJiHp98/
>>413 人間とは、100%具象に依存しない限り生存できないのだから、人間の心身
は生来的にその目的のためにプログラムされている。「具象を離れた精神性」は、
そのプログラムを破壊し、常に人間の狂気を招く。
竜樹は、「精神性」など語らない。専ら「もろもろの存在」の「構成原理」を語る。
彼にとっては、「世俗の習慣」や「人間」やその生存を支える「物理現象」が、
「無条件の前提」なのである。人間にとって最も重要な点をきちんと押さえている
ところに、釈迦とは本質的に異なる彼の「頭脳の冴え」がある。
精神医学的には、釈迦やイエスの「精神障害」とは異なり、竜樹は「健常者」であった。
415 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 00:21:58 ID:vBU6o9Wj
さて隠居、お前は「竜樹が輪廻を否定した」との根拠として、中論の 27章10と11をあげた。 それを以下、前後も補足して見て行こう。 九 「過去世において、われは存在しなかった」ということは、ありえない。 何となれば、前の生涯において有ったものは、【今のわれと】異なったもの ではないからである。 一〇 もしも【いま現在ある】この【アートマンが】【前世のそれと】異なった ものであるならば、以前の生涯におけるアートマンを捨てて存在するのであろう。 しからば、以前からのアートマンがそのまま存続することになるであろう。 あるいは、不死のものでありながら、また生まれるということになるであろう。 一一 しからば、個人存在の断滅、もろもろの業が果報を実現することなしに 滅びてしまうこと、また他人のなした業の報いを別の他人が享受することにな るなどの欠点が付随して起こるであろう。 一二 【アートマンは】以前には存在しないでいま生起したのではない。 何となれば【もしもそうだとすると】、欠点が付随して起こることになる。 あるいは【アートマンは】つくられた本性のものとなってしまうだろう。 あるいは原因がないのに生起したものとなってしまうだろう。 一三 このように「過去においてわれは無かった」とか「過去において われは有った」とか「われは両者であった」とか「われは両者ではなかった」 とかいうこの見解は成立しない。
416 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 00:22:52 ID:vBU6o9Wj
なあ、これのどこがいったい『輪廻の否定』になるんだ? 「九」などは、はっきりと輪廻の肯定に読めるな。 「十」「十一」も同様、輪廻の肯定。「十二」もそうだな。 「十三」に至って、輪廻の肯定と否定の両方の否定だ。 というより、「輪廻の否定」の根拠にあげるなら「三」だろうが? どういう読みをしてるんだ? 竜樹の主張の本旨は「十三」だよ。 『竜樹は全てを否定しきることによって、時系列における相依性を証した』 俺はこのように読むがな。 中論に詳しい人、どうかな?
417 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 00:52:38 ID:0/F9Db4v
仏教学者三枝氏の「大乗とは何か」(2001年6月20日法蔵館発行)において、 著者は、「竜樹は、釈迦の縁起を『換骨奪胎』した」と喝破している。つまり、私の いう「釈迦佛教のコペルニクス的転回」である。 竜樹は、表面上は釈迦を持ち上げているが、実質上は釈迦の完全否定であることを 看破する必要がある。釈迦の狂気の呪縛を逃れ、正気を回復したのである。 竜樹が発見した「空の原理(相互依存性・関係性の原理)」は、古今東西並ぶ者のない 普遍の原理であり、今後の人類の向うべき方向を明確に指し示す指導原理であると思う。 この意味で、「小乗仏教(釈迦佛教)」と大乗仏教とは、「本質的に異なる宗教」である。 小乗仏教は「開祖の鬱病の感染(感応精神病)による、開祖の感情的個人崇拝」に基づく、カルト宗教に過ぎない。
418 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:01:03 ID:vBU6o9Wj
>>417 おい隠居、それじゃあ、何の回答にもなってないぞ。
得意の論点ずらしか?
>>416 にあげた「十」と「十一」が、なんで「輪廻の否定」
になるのか? 解説してみな。
419 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:08:42 ID:YwqqGIFM
>>415 過去世の我と現世の我とは全く同一なのだから、「輪廻転生を語ることは無意味」と
言うことだよ。それが十三の意味である。
420 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:14:53 ID:vBU6o9Wj
>>419 本当に進歩というものがないな、お前は。
>過去世の我と現世の我とは全く同一なのだから・・
このように認めた時点で「輪廻を認めたこと」になるといっただろうが?
「語ることが無意味か否か?」などは、二次的なことに過ぎないと
前にも指摘したろ? そこで逃げ出したのに、また性懲りもなく
繰り返すわけか? 恥ずかしくないの?
さあ、がんばって解説してみ。
421 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:25:04 ID:Yejpr2FT
>>420 無意味なことを、いくら語ってみても無意味w。
竜樹は、君のようなアホを批判したのだよ。
それに、すべてを「空」とする竜樹が、「輪廻転生」などを積極的に認めたら、
彼の空の理論はたちまち崩壊する。竜樹は、そんな低脳者ではない。
竜樹には、論理的矛盾は皆無である。
422 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:32:23 ID:vBU6o9Wj
>>421 おい、それが反論か?(笑)
反証できないから「アホ」といって逃げ出すわけか?
みんな見てるぞ。
お前の言う
「過去世の我」=「現世の我」
これは輪廻そのものだろうが? おまえ自身が輪廻を認めてしまってること
にすら、気づかないの?
そんなにバカだったわけか? 情けない奴だな。
さあ、やってみ。
「過去世の我」=「現世の我」
これは輪廻ではないと論証してみろや。
423 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:43:36 ID:vBU6o9Wj
>>421 って言うか、隠居、お前ホントに中論読んだことあるのか?
27章前半に限って言えば
「一」と「二」で問題提議
「三」から「八」で輪廻の否定
「九」から「十二」で輪廻の肯定
「十三」でその両方を否定しきって、
『時系列における相依性を証する』 こういう構造だろうが?
424 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:48:50 ID:RQLnqFyt
>>422 私は、語って無意味なことを語り続けるような愚か者ではない。なすべきことは、他に
いくらでもある。
竜樹の真意を裏返しにすれば、「語っても無意味な過去世の我などを語ることは止め、
今ある我をすべてとせよ」ということだろう。彼は、「もろもろの(現)存在」自体は、
「無条件の前提」としていることは、前レスの通り。
425 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:55:40 ID:vBU6o9Wj
>>424 おいおい、もう逃走か?
答えられなくなったら、回答は「無意味」とか言って逃げ出すわけ?
これでは、お前が 「過去世の我」=「現世の我」 と輪廻を認めて
しまった事実だけが残ることになるぞ。
(龍樹ではなく)生命教は輪廻を認めるわけね?
426 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:57:23 ID:/IlUyR0c
>>423 『時系列における相依性を証する』 こういう構造だろうが?
果たしてそうか。過去を思考しているのは、竜樹の「今ここ」の生命である。
427 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 01:58:01 ID:R0bH2Vju
428 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 02:10:42 ID:vBU6o9Wj
>>426 ほ〜〜〜〜〜、時間論にお題をすり替えるか?
それでもいいぞ。だが時間論は、お前が言うような「今ここ」などと
いう単純な捉え方はできんぞ。 お前が「今」といった瞬間に「今」
はもう、過去のものとなっている。「過去を『思考』している間」に
もう「今」は過ぎ去っている。 それでは、「今」とは何だ?
429 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 02:37:02 ID:vBU6o9Wj
俺は中論しか読んだことはないし(それも精読したわけでもないので) 竜樹が時間をどのように捉えていたか、確信はないが よく言われる「竜樹は時間を否定した」というのは、「絶対時間」 仏教的に言えば「自性を有する時間」 こういうものの否定だろ? すなわち、「今」というものが、単独で存在するわけではなく「過去」 「未来」というものがあって、それに相依して初めて存在しうると。 過去、未来も同様。単独で存在しているわけではなく、それぞれ「現在」 に相依している。 時間軸を消去した、静止場面における相依性だけではなく、竜樹は 時系列にもこの「相依性」を適用したのでは? 因→果 という一方向性のみならず、 果→因 という双方向性を観たのでは? と思うが。 まあ、この辺は(隠居のような、「なんちゃって専門家」ではなく) まっとうな専門家 の解説を聞いてみなければわからんがな。 あくまでも、俺の推測の域を出んのでね。
430 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/22(木) 07:40:37 ID:jceAqunY
>>415 >九 「過去世において、われは存在しなかった」ということは、ありえない。
>何となれば、前の生涯において有ったものは、【今のわれと】異なったもの
>ではないからである。
過去世というのであれば、われわれは存在してた。ってことになる。
過去世に「存在」の意味が内在してるから。
前の過去世において有ったものなれば、それは現時においてあることであり、
過去世は即ち現時である。を論証しておる。
(注意:中論解読には、このスキルが肝心)
つまり、過去世も来世も現時に依存してある。
現時は刹那であり、刹那において、もはや時空を超越しておるではないか。
2500年前も、死んだ後も、同時に縁生し縁滅しておるではないか。
もはやこれ以上語ちる場合ではない!!
甚深なる法に巡り合えたことを礼拝す。
<机龍之介・花押>
431 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 16:32:01 ID:UCLXcwaX
>>408 >「これがあるから、あれがある」は、「これもあれもあるから、あれもこれもある」
と言うべきである。これにより始めて、「事物の相対性」が明らかになり、
「静止的な関係性・相互依存性」即ち、竜樹のいう「空」が成立する。
>「これがあるから、あれがある」は、「これもあれもあるから、あれもこれもある」
と言うべきである。→ どこかの前レスで読んだ記憶が・・・(・・?)
さ〜すが、ご隠居氏〜、ヽ(^。^)ノ 仏典も又、解釈がむづかしいんですね。
未熟な弟子達が伝聞で書いたものだから、誤解や後々、悪用される不備なところが沢山
あるとの認識を、宗教者・学者達も頭に叩き込んでおいて欲しいもので〜すw
やはり、科学の進んだ現代に合うように、順次解釈していくのが合理的で賢明な方法!
432 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/22(木) 17:42:53 ID:jceAqunY
>>431 「これがあるから、あれがある」について、中論で説明します。
仮に「これ」があるという前程をすれば「あれ」が成立する。ってことで、
中論においては、「これ」と「あれ」は対立した関係ではない。を
論証するために対立概念を仮説したものであり、
先ず「関係性」を第一義に論理実証するための世俗論理です。
・・・・ということは、関係性なければ自性はない。ってことになり、
ここに無自性(無我)の論理整合性が成り立つ。
カラスの「カァ〜〜」が無ければ、「これ」と「あれ」は生起しない。
カラスが鳴くから、自分は帰ろう。と、
「これ」と「あれ」が成り立つ。
地獄絵図を見て、自分は恐怖におののき、
「これ」と「あれ」が成り立つ。
カラスや地獄絵図がなければ、そもそも生起はしない。
これが仏教における死生観です。
しかし、机の自己顕示欲は凄まじいなwww
どうしても横レス入れなきゃ気が済まんらしいw
(
>>430 >>432 もそうだがw)、
332に
>>382 なんてレスがついたのを見たときは唖然としたね・・(^^;
ここまで馬鹿とは思わなかったよ・・w
机のレスの何がイラっとさせるかと言えば、
「ボクちゃんは、こんなに解ってますよ〜!」的なアピールが鼻について胸糞悪くなるからだ。
(それが適切な横槍ならまだしも、頓珍漢な別話題だったりするから滑稽極まりないw)
自覚ないんだろうな・・・ (;´ー`)y━~~
イラついてたらアンカー間違えたじゃねーかwww
>>332 への『
>>379 』だ。
ついでに一言返しておくわ。
>>379 いいか。
332(のその一文前後)は、『まったくもってそういう話じゃない』から。
当時の状況を鑑み、訳出作業における具体的制約、
(意識的にしろ無意識的にしろ)避け得ない「選択肢の制限」を挙げただけだ。
どこの誰が379のような話をしてるんだ?
難しくしてるのはお前さん自身だ。
435 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 18:42:45 ID:VKrntvg/
頭悪くて忘れっぽいから貼っておこうw (^-^;) ↓ >竜樹は、「素朴実在」の「構成原理」を見出したのである。「実在」でないの なら、その構成要素間の「相互依存」「相対性」などという概念は生じない。 竜樹の空は、「厳然たる実在」『でも』ある。 釈迦は、「世界を空と『観ぜよ』」と言った。従って、世界の実在を前提としている。 竜樹は、その世界自体が「相互依存性・関係性」により「空」だといっているの である。従って、両者の「空」の意味は異なる。 竜樹が「釈迦は空を説いていない」と言ったのは、両者の「空」の意味が根本的に 異なっているので、混同・誤解を避けるために、釈迦の口を封じたのである。 竜樹は、釈迦の盲信者ではなかった。批判すべきところは、的確に批判している。 竜樹は、釈迦の「空」という言葉をヒントとして「利用して」、釈迦佛教のコ ペルニクス的転回を行ったのである。従って、釈迦をいくら追っかけても、竜樹 の空は理解できない。奈良氏がいみじくも述べた如く、釈迦佛教と大乗仏教とは、 本質的に異なる思想である。 このことは、大乗起信論からもあきらか。釈迦佛教は、真如としての「衆生心」 などには思い至っていない。釈迦佛教では、「衆生心」は、煩悩という「排斥 すべき異物」に過ぎない。
437 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/22(木) 19:24:44 ID:jceAqunY
>>434 >どこの誰が379のような話をしてるんだ?
>難しくしてるのはお前さん自身だ。
それはすまなかった><
貴殿の書込み読んだら、若き頃の道元を思い出してな、
それでついつい書いてしまったのだよ。
私が書いたのは、道元が入宋して師匠を探してた頃の話だよw
この時の老僧との出会いは、今の永平寺に色濃く伝承されてる。
機縁というのは摩訶不思議ですね。
438 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/22(木) 19:40:08 ID:jceAqunY
>>434 道元、老僧との出会い。
「未だ弁道(仏道)を了得せず、未だ文字を知得せざることあり」。by典座教訓
439 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 20:34:53 ID:N4p9mgqJ
イライラついでに、もう一言書き殴っておくわw なあ、縁起馬鹿よ。見てるか? 隠居の中論の誤読っぷりを見ろ。 極限まで純化させた結果がこれだ。(当然「心経」も「純化の好例」の一つだw) (純化され、エッセンスのみとなったが故に、【誰でもが】【自分勝手に】引用することが可能となった。) 「相依性」「相互依存」「論理的同時性」等を否定はしない。 だが、『空』という概念の完成(及び心経・色即是空の濫用)により、 《それ》が突出し、≪「苦の生起」や「苦の滅」への視線が欠落した≫。 ≪《「苦の生起」や「苦の滅」は何のゆえなのか?》という問いが置き去られた≫。 そここそが、仏教の核ではなかったか? 違うか? ※(ちなみに、縁起には「相依性」の側面と「因果」の側面とがあるわけだが、 諸法が「名色(nAma-rUp)」で括り得るように、縁起もまた「nAma」の面と「rUpa」の面を持つ。 勿論、nAmaを「心的在り様」にあて、rUpaを「外的(物質的)在り様」にあてることができる。 別の言い方にすれば「内縁起」と「外縁起」ということだが・・。 ちなみに、御隠居には当然、「内縁起の欠片も無い」。「外縁起一色」だw しかも、そこでさえ「因果を見ない」w つか、彼のスタンスは『内縁起の全否定』だがなwww) 龍樹の縁起は、純化された、類稀な美しさを持っているだろうとは思う。 だが、肝心の、一番大切な、菩提樹の下に座した理由・動機が欠如していないか? ※(龍樹は菩薩と言われる。つまり『在家』だったということだ。 中論が理念のみであるのも、案外その辺に起因しているかもしれない・・。 私は寧ろ、(御隠居とは対照的にwww)中論こそが観念一色だと見ているが・・w) *後段は少し妄想&極論を入れてみたw が、(前段も含め)ROM者への“考える際の材料”的なものになることを密かに狙ってはいるw
>>440 >理由・動機が欠如していないか?
冒頭に書いてあるじゃん。
八不、戯論寂滅、釈迦への帰依
443 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 21:30:08 ID:PC+hXKQV
>>440 「釈迦佛教(原始仏教、小乗仏教)」の「精髄」を見事にまとめてくれましたね。
さすが、セブンさんw。
大乗仏教は、その精髄を根底から否定したものですよ。
まず、釈迦の「苦」へのあくなき執着は、彼の鬱病の症状に過ぎない。現代では、
精神医学や精神療法による治療の対象。現代人がまともに受け取るべきものではない。
精神の問題については、心理学的・精神医学的アプローチを忘れたら無意味です。
それに、「苦」は、ある程度までは(釈迦は明らかに病的)、生命の維持のために不可
欠ともいえる精神の作用です。「排除すべき異物」として否定すれば、苦は却って増大
する。
純粋に精神的な苦は、自己中心主義から生じるものです。苦を逃れるために自分に
はまり込んだら、却って悪化するのは当然のことでしょう。それよりも、自己が他
との相互依存性・関連性の中に存在しているという「悟り」こそが、釈迦の「苦」の
予防・軽減・除去のための、はるかに有効な方法です。
それから、他人の解釈を「誤読」呼ばわりすることは、ROM者に誤解を与える
から止められたい。私の解釈は、仏教学者三枝氏の解釈とも、寸分の違いもない。
あなたがたの釈迦個人に対するあくなき、生理的ともいえる強い愛着は、釈迦の
精神病の感染であるということを自覚し、精神医学による治療も試みられたほう
が良いと思う。
>>443 だから、貴方とは平行線だと言っているw
そして、貴方が誤読・誤解していることも明らかと思われますが?w
>>444 馬鹿でもわかる事がわからんお前が更に馬鹿だというだけの話。
>>445 ご隠居にとっては、誤読とは、「自分の意見に合っていないこと」なんだろw
よって、ご隠居の意見は(ご隠居にとって)誤読にはなりえないw
まことに都合の良い理論だw
>>446 みたいなのが、
【ちょうど御隠居の対極に位置する】馬鹿ということだ。
449 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 21:54:14 ID:MLPInp8S
>>447 セブン氏の、「世俗的なこと」を「言語習慣」に限定するという「誤読」は、
サンスクリット語原文との対比によって、既に証明されている。
451 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 23:01:16 ID:vBU6o9Wj
>>443 >それから、他人の解釈を「誤読」呼ばわりすることは、ROM者に誤解を与える
から止められたい。私の解釈は、仏教学者三枝氏の解釈とも、寸分の違いもない
ほ〜〜〜〜〜、隠居よ、お前の解釈は「三枝氏の解釈とも、寸分の違いもない」
わけか?
すると、三枝氏も「輪廻の根拠として27章の10と11をあげている」わけだな?
ちょっと、その部分を彼の著作の中からあげてくれ。
隠居は、自分が連呼する「関係性」が 「実在でない」、「(自分の言う)“存在”でない」、「“抽象的概念”である」こと に無自覚なんだよなぁ・・w >人間とは、100%具象に依存しない限り生存できないのだから だとさw 笑わしてくれるwww
453 :
神も仏も名無しさん :2010/04/22(木) 23:45:57 ID:vBU6o9Wj
>>452 確かに(笑)
相依性による存在を肯定しておきながら、それを「実体」とする自己矛盾が
認識できていない。いっそのこと、全てを実体と認識する「実体論者」になれば
すっきりするだろうに。
454 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 00:54:00 ID:YrYXFFGD
>>370 >お釈迦様の悟ったことは「諸行無常、諸法無我」ということです。
>諸行無常とは、この世の全てのものはたえず変化し消滅するということ。
「因果の法」と異なり「縁起の法」では、「変化」も「消滅」も無いのでは?
「八不」の証明は「机上空論(机上で空を論じた)」でしょうか。
リアル(現実)世界では粛々と「時間」は流れております。
嘘だと思うならば産婦人科で「不生」と唱えてみて下さい。
一度、告別式会場にて大声で「不去」と唱えてみて下さい。
精神が危うい人と看做されて追い出されるのが、現実世界でしょう。
「因果の法」を説いた方は大勢の弟子達に見送られて涅槃に入り、
「縁起の法」を説いた方は一人の弟子にも見送られず、彼の法では
不去ですからこの世に留まっているのでしょうか。
455 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 01:20:14 ID:10Z8KMNc
>>454 おろ? 在家復活か? それは構わんが、そいつに構うのは
止めてもらえんかな? そいつは対話成立以前の荒らしなんだ。
レスを付けてもスレ汚しになるだけ。
456 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 01:48:31 ID:mNAH0GLY
>>421 >竜樹には、論理的矛盾は皆無である。
私もまったく同感です。
机上(言語の論理世界)では、彼の論理的矛盾は皆無です。
数学の世界では時間軸や他の次元を加えることもあります。
同じく実数に対して虚数を定義することもできます。
だからと言って、現実世界に虚数が存在すると信じている人が
いれば、精神が危うい人と見做されるでしょうか。
もしかしたら勝義諦とは、バーチャル世界の住人のことかも
知れませんね。
もちろん世俗諦はリアル世界の住人の認識です。
PS
私は現在キリスト教板で復活しております。
仏教板に再生するのはもう少し後になるかと存じます。
>>443 >釈迦の「苦」へのあくなき執着は、彼の鬱病の症状に過ぎない。
なんという浅薄さだろう。
ゴータマ・シッダールタが『苦』即ち人間の有限性に由来する
自己が“ある”ことの不安または苦悩につき、根源的な存在の構造そのものにまで
突き詰めて追求せざるを得なかったことがまるで判っていない。
ハイデガー流にいえば In-der-Welt-sein=Mitseinの構造(法)を直覚することで成就された。
その解決の骨格は初転法輪で明らかにされている。
龍樹がブッダの本懐である『苦』の超克につき、
中論12章<苦の考察>に一章を割き、
また24章で<四諦の考察>で反対者の主張24-1〜6に徹底的に反駁している(24-7〜40)。
仏教のメルクマールは三法印なのだから当然だろう。
『縁起を見るものは、即ち苦・集・滅・道(四諦)を見る』(24-40)
龍樹の中論は、結局苦の超克(四諦=世俗諦)というブッダの本懐のために書かれている。
隠居は縁起が見えない外道だという以外に無い。
結局アキメクラが象を撫でて喚いているだけだろうw
458 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/23(金) 07:46:05 ID:cIa6iQ+c
>>440 >私は寧ろ、(御隠居とは対照的にwww)中論こそが観念一色だと見ているが・・w)
まあそうだろ、貴殿のアタマだと観念論一色になるのは、私は既にお見通しだよw
何で貴殿がそう解釈するのか?
それは貴殿に先入観が有り過ぎなんだよ。
(つまり我見が有り過ぎ)
「未だ弁道(仏道)を了得せず、未だ文字を知得せざることあり」。by典座教訓
中論は知識として理解するものではない。
リアルな自分自身に「問い」をぶつけてこなけりゃ駄目なんだよ。
そのノウハウ書。
まあ、一般的な理解だと、
「ことば遊びの書」と解釈されることもある。→机上の空論とか・・・
「文字を知得する」とは、こういう意味なんです。
(勿論これは、世俗の言語理解、という意味ではない)
459 :
素人A :2010/04/23(金) 07:54:06 ID:g9XUacnh
無門関・第4則 胡子無鬚(こすひげなし) 或庵(わくあん)いわく、「西天の胡子(ダルマあるいは仏陀)は、 どうしてヒゲが無いのか?」 どうしてといわれても?そんなの関係なくだるまはだるまか? あれ誤爆だあ失礼しました。
460 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 08:12:05 ID:5vmpu2Cu
>>457 釈迦が鬱病という「心の病」に侵されていたことは、現代の精神医学上、否定
できない。
「苦の超克=楽の追求」も、釈迦の言う「煩悩」に他ならない。
苦は、生に内在する、生の維持に不可欠な心理現象。苦の超克は、生の否定
である。苦とは、真正面から立ち向かい、乗り越えるべきもの。いたずらに排斥・
逃避すべきものではない。さもなければ、他者の苦を理解し、それに共感する
能力の向上(人間の成長)もない。
釈迦は、縁起とは、竜樹の言う「相互依存性・関係性」であることには、充分に
思い至っていない。「竜樹は、釈迦の縁起を『換骨奪胎』した。}(三枝)
他のすべての動物と同様、人間は独りでは決して生きられない。自我を離れて、
他者(一切衆生)へ心を移すことにより、自我の苦も、自ずから止む。それに
より、人間社会の維持が始めて可能になる。人間の本質が「共同体性(共生)」
である所以である。
「独りから一切衆生へ」。これが大乗仏教による、釈迦佛教のコペルニクス的
展開である。
ハイデッガーの「世界内存在」も、佛教からのヒントであろうが、しかしそれは
釈迦佛教からではなく、大乗仏教からのものであろう。
461 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 08:32:40 ID:rL1cBBNt
>>460 の訂正
×コペルニクス的展開
○コペルニクス的転回
462 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 08:45:51 ID:X1+dK0y1
>>440 >私は寧ろ、(御隠居とは対照的にwww)中論こそが観念一色だと見ているが・・w)
竜樹の思想は、「万物(人間を含むすべての現実界)」に適用可能である。
これは「観念」とは言わない。彼は、「もろもろの存在」の「構成原理」を
説いたのである(中論第1章)。裏返せば、「強い現実肯定」そのものである。
463 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/23(金) 12:24:19 ID:cIa6iQ+c
>>454 >「八不」の証明は「机上空論(机上で空を論じた)」でしょうか。
>リアル(現実)世界では粛々と「時間」は流れております。
時間というのは五蘊において掴みようがないですね。
果たして時間というのは、リアルにあるのでしょうか?
またあったとして、それが粛々と流れるものでしょうか?
もし時間というのが流れているなら、森羅万象は存在していることになる。
つまり「存在」というのは「時間の経過」を意味しておりますからね。
仏教では非有非無ということになってますが、これは
「森羅万障は存在にして非存在である」と、簡単な説明だとそうなる。
時間と存在は不可分です。
(これが解ければ、八不が納得逝く)
>>458 机師のレスを要約してみた
「貴様の解釈は違う!」
(どこがどう間違っていて、どういう解釈が正しく、どうしてそう解釈できるかに関する既述なし)
465 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/23(金) 13:21:14 ID:cIa6iQ+c
>>464 セブン氏は駒澤出身らしく頭脳明晰、その分析力は私より優れている。
キャラ的には神秀に近い。
神秀は秀才らしかったけど、やはり自由な発想がどうしても疎外されてしまう。
つまり学者肌なんだよ。
学者でも、京都だと全然違ってくる。
これは学風の違いかもしれんね。
(この影響というのは大きいよw)
>「貴様の解釈は違う!」
中論というのは、解釈する、というより自分と一体になることだよ。
(中論と自分が対立関係にあっては駄目)
そこで初めて「自由な発想」ができる。
つまり観念からの開放。
道元が入栄して学んだことは、実はこれなんだね。
>>465 残念ながら、俺はセブンじゃないぞw
お前さんの方こそ、「先入観」がが有り過ぎだろw
(つまり我見が有り過ぎ)
そして、俺が言ってるのは、お前の発言は、議論じゃなく単なる落書きだと言う指摘。
465のレスもそうだが、議論スレなんだから、議論しろよw
467 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 17:04:05 ID:QRlCrzxi
>>15 >で、「存在するものには"名(nAma)"も"受想行識"も含まれる」んですよ。
「おしえ」も「言葉」も「想い・思い」も「考え(思想)」も『存在する』んですよ。
>>441 ■一度脳に焼きついた<観念>というのは、そんなに簡単に消えるものではなく、
やがてその観念において自己をコントロールされてしまう。 ■
■ 【宗教の恐ろしさ】とは、これに尽きますね。■
*'``・* 。
| 人 `*
|(__) `*。 ※∵☆☆★☆★☆★☆☆∵※
。∩__) * ■「永遠の生命」「極楽浄土」「輪廻転生」
+ (・∀・ ) *。+゚ 苦の滅尽・罪・・・など求めるのは
`*。 ヽ、 つ *゚* 究極の執着と煩悩で〜す。■
`・+。*・' ゚⊃ +゚ ※∵☆☆★☆★☆★☆☆∵※
☆ ∪~ 。*゚
`・+。*・ ゚
468 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 19:21:44 ID:3fASJvk/
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ 現実上の根拠皆無な、大昔の開祖や経典に、完全に騙されているのが、すべての宗教信者。 ☆ 「騙される」「妄想」とは、「現実と合致しない」という意味ですよ。 ☆ 宗教者は、開祖・教祖・経典の言葉の一つ一つを、「現実界」と照合して検証 し、合致しない要素は 躊躇無く放棄すること。 さもなければ、「騙される」ことになります。 「現実界」とは、「(必要な場合には観測装置を使って)五感で知覚できる世界をいうが、 知覚された人間の本能や自然の感情も含む」。 人間は、現実界を離れれば一瞬も生存は不可能なので、考えること自体が、初めから無意味です。 ☆ (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪
469 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 22:23:06 ID:qdXYiWBW
>>463 机氏 2010/04/23(金) 12:24:19
>時間というのは五蘊において掴みようがないですね。
>果たして時間というのは、リアルにあるのでしょうか?(中略)
>もし時間というのが流れているなら、森羅万象は存在していることになる。
>つまり「存在」というのは「時間の経過」を意味しておりますからね。
>>430 机氏 2010/04/22(木) 07:40:37
>>432 机氏 2010/04/22(木) 17:42:53
>>438 机氏 2010/04/22(木) 19:40:08
>>458 机氏 2010/04/23(金) 07:46:05
>>463 机氏 2010/04/23(金) 12:24:19
さらさらと「時」は流れておりますよ。
机上(ネット言語世界)でも五蘊(視覚と思考)で
認識できます。
>>458 机氏 2010/04/23(金) 07:46:05
>>432 机氏 2010/04/22(木) 17:42:53
>>438 机氏 2010/04/22(木) 19:40:08
>>463 机氏 2010/04/23(金) 12:24:19
>>430 机氏 2010/04/22(木) 07:40:37
このような「時」の流れは無いですね。
470 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 22:24:54 ID:qdXYiWBW
>>69 >>430 机氏 2010/04/22(木) 17:42:53
>>432 机氏 2010/04/22(木) 17:42:53
>>438 机氏 2010/04/22(木) 17:42:53
>>458 机氏 2010/04/23(金) 17:42:53
>>463 机氏 2010/04/23(金) 17:42:53
このように「同時」に起これば、私も縁起を認める
でしょう。
バーチャル世界のロールプレーイングゲームに
はまった少年達が仮想世界と現実世界の区別が
つかなくなったという話があります。
机上(言語世界)もまたバーチャル世界ですから、
その本質は「空」かと存じます。
「時間」はありんす。よって森羅万象もありんす。
471 :
神も仏も名無しさん :2010/04/23(金) 23:01:40 ID:10Z8KMNc
もう、このスレの住人も十分理解していることとは思いますが、念のため
>>467 と
>>468 は例の荒らしです。 レスはつけずに完全スルーで
お願いします。
>>470 >「時間」はありんす。よって森羅万象もありんす。
それでよければ、それでいいんですよ。
しかし、つくずく思うが、
執着(言語論理)の分際を、言語論理(世俗諦)で説得すること自体、
根本的に矛盾している。相が違う。
貪りと瞋りに焼かれている人々がこの法を悟るのは容易ではない。(相応部経典 六、一)
ここには超えられない溝がある。
時空の有無さえ問い得ない。
跳ぶしかない。
多くが跳ばずに判ったふうに御託を並べている。
たとえば中原中也は逆だ。
詩人の鋭い感覚で、言語論理とは別相の全体性を直覚していた。
しかし、詩という言語ではどうにもできない矛盾に苦しんだ。
だからー
『ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。』
(『いのちの声』(中原中也) 最終行)
「点」とは極限小であり無限に有無を掴みえない。
ただ世俗で観念・妄想(時系列時間)す。
微笑のうちに涙す
473 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 02:16:56 ID:zUJB8THC
>>472 中原も、精神障害者。家庭はめちゃくちゃ。
やはり、キリスト教と浄土真宗とが原因のようだ。
474 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 02:31:40 ID:aZuQVnkS
>>472 >貪りと瞋りに焼かれている人々がこの法を悟るのは容易ではない。(相応部経典 六、一)
「一切衆生」のことを指しているのか。若しそうなら、とんでもない人間蔑視と思い上がった
選民意識。宗教者としてばかりか、人間としての資格もない。そんな「経典」は、直ちに焼き捨てる
べきだ。
475 :
前世は一在家 :2010/04/24(土) 07:45:42 ID:ZUqO5Evx
>>472 >執着(言語論理)の分際を、言語論理(世俗諦)で説得すること自体、
>根本的に矛盾している。相が違う。
>貪りと瞋りに焼かれている人々がこの法を悟るのは容易ではない。(相応部経典 六、一)
>ここには超えられない溝がある。
リアル(現実)世界を言語論理(世俗諦)で説得すること自体、
無理があるかと存じます。
「貪りと瞋り」とは三毒の内の二つで、執着心が強い人が積む毒ですね。
執着心が強い人が法を悟るのは容易ではない、という自然な説法ではと
思料します。
476 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/24(土) 07:58:18 ID:GvAo/REh
>>469 >>470 >さらさらと「時」は流れておりますよ。
時が流れているんじゃなくて、そのコピペは5回の瞬間なんじゃないですか?
「川は流れている」ってのは、感覚的に知覚できる。→これなら、まあ分かる。
「時」は違う。
つまり「時」というのは対象化できない。
(まあ、簡単に言いますと、時が流れているなら自分も流れていることになる)
ならば流れていないことになる。→相対性理論と同じ
この前程で龍樹は中論・不去不来を説明してますけど、
(つまり世俗諦で)
やはりこれが中論の限界。
勝義諦だと、この論理自体が破壊されますね。
何故かと言いますと、中論そのものに言語といふ分別がある。
この言語分別概念を破壊することを、禅では透過などと言ってますが・・・
まあ、そこまで到れば彼岸ということになります。
いささかhighレベルなレスポンスになりましたけど、
また難題がありましたら、真摯に応えとう存じ上げ候。
(勝義諦だと、もっと難しくなる)
477 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 08:10:59 ID:mWMuE2Nv
478 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 08:25:20 ID:9pl5kPRI
>>475 >「貪りと瞋り」とは三毒の内の二つで、執着心が強い人が積む毒ですね。
自分の宗教と開祖に対して最も執着心(三毒)が強いのが、宗教者自身では
ないのかね。執着心のあまり、自分の家庭の平和や他者の生命まで犠牲にする。
生活者には、そんな執着心は皆無である。他人のことを批判する前に、宗教者は、
まず、己の宗教と開祖・教祖に対する執着心を捨てるべきだろう。
君の自スレでのイエスの神格化批判は、いい線行ってる。現行聖書が、若輩の
狂信者エイレナイオスの選択によるものであることは、私がかねてから述べている
通り。但し、君自身が、「イエス様」などと、イエスを神格化しないように注意が
肝要だろう。
釈迦の神格化批判は、私がここでやっているからw、君は、自スレでイエス批判を
続けてくれ。
27 Classical名無しさん sage New! 10/04/23 22:03 ID:XuBMxP12
>
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/417 >「竜樹は、釈迦の縁起を『換骨奪胎』した」
もちろん、三枝氏の間違いです。
何度も述べましたが、@可逆的相依は10章その他で論破されています。
A『中論』1.10については、此有故彼有が不可だというのは、無有性だからで、
それは諸存在が無自性だから。
そして、無自性なのは、縁って生じたものは何者も自性としては寂滅してるから(7.16)。
更に、1.13や『六十頌如理論』19を念頭すれば、つまりは、「此有故彼有」が自性としては不可ということと、
或はまた、逆観として説かれている。
480 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 08:57:49 ID:faQe83d6
>>479 >もちろん、三枝氏の間違いです。
また、宗教信者の開祖への執着(「貪りと瞋り」)か。いい加減でうんざり。
「可逆的相互依存」がなければ、「空」など成立する訳がないだろう。「此有故彼有」
は、単なる「因果関係」に過ぎない。釈迦が、竜樹の意味での「空の思想」などに
思い至れなかったのは確かである。また、肝心の「真如としての衆生心」にも
思い至っていない。
大昔の文献や他人の注釈にばかり縋らないで、もっと、現代人としての君自身の
知性と知識と批判力を以って考えなさい。
482 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 09:12:08 ID:qL2xRmhh
>>479 釈迦の言説のどこかに、「相互依存性・関係性ゆえの無自性」「無自性ゆえの
空」「中道=空」という思想があるかね。どこにもないだろ。
それに君は、三枝氏以上に学識のある方なのかねw。
483 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 11:23:18 ID:0b7QYCQl
>>480 大昔の人間に現代人の理想像を投影しても不毛なだけ。
あえて言うなら「異文化理解」の心得を持つべきといえる。
少なくとも「諸注」は龍樹の属した伝統と地続きではある。
「暇が無いから」「死語だから」と言い訳をしたりしない人々が
必死こいてテキストと向き合ったもの。
切り捨てる理由はどこにもない。
484 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/24(土) 13:00:20 ID:GvAo/REh
>>466 太宰治の愛人であった、太田静子の日記をモチーフとして書かれた太宰の文学作品があるのですが、
ここに登場するキャラは太田静子そのものを描いている訳ではないだろ?
それは太宰の憧憬・理想としての女像なのだ。
その女(上原和子:斜陽より))は、「革命的生き方をする」と言って家を飛び出す。
その女の「革命」とは自己喪失。
昔、東電OL事件というのがあってな、キャリアウーマンが売春して自己喪失しておったんだと。
そのOLにしてみれば、それが前衛的生き方なんだろうな?
しかしながら、私は男であって、本当には女の心など推測できんのだよ。
太宰もそうであった。
ここには越えられない壁がある。
>ここには超えられない溝がある。
>>472 同意。
つまり、原意とすれば、壁も溝も同じなんだよ。
太宰も机龍之介も
>>472 も、越えられない壁・溝は全てお見通し。
485 :
? :2010/04/24(土) 13:29:55 ID:b0yfT/vU
>>399 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様から!
> 四神足の思惟観測です。
四神足(四如意足)四つの自在力
欲(すぐれた瞑想を得ようと願う)
精進(すぐれた瞑想を得ようと努力する)
念(すぐれた瞑想を得ようと心を集中する)
思惟(すぐれた瞑想を得ようと智慧をもって思惟観察する)
【四神足の思惟観測】って ↑ これの事ですか?
> 現時は、三世とか、輪廻転生とか、業報輪廻を含む、場合もある。
> つまり現時はなんでもアリですね。
> 現時は、五蘊皆色です。つまり一切が現象である。
> 縁生して縁滅するだけ。 これが業報輪廻の正体です。
↑ そうなんですか?
やはり、私にとって【中論】は、
なかなか手ごわい相手の様な感じがする、
きょう、この頃で御座います!
486 :
? :2010/04/24(土) 14:33:03 ID:b0yfT/vU
>>400 様から!
> 一体どこで、「その先のことを考え、理解できる」のですか?
今の私には、分からないけど、
増一阿含経 善聚品
【三十七道品の 五根の 定根】
滅尽定に入って、さらに、その修行を積んで行くと、
自分の前世が分かる様になる!
と言う事の様なので、
【滅尽定】が、
どの様な、瞑想法、呼吸法、実修法、技術法なのか?
全然、分からないけど、
例えば、私は、「【滅尽定】によって、
前世を、見たい!」と、考えています!
487 :
? :2010/04/24(土) 14:49:52 ID:b0yfT/vU
488 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 15:28:09 ID:wdiEft1T
>>478 >自分の宗教と開祖に対して最も執着心(三毒)が強いのが、宗教者自身では
ないのかね。執着心のあまり、自分の家庭の平和や他者の生命まで犠牲にする。
生活者には、そんな執着心は皆無である。他人のことを批判する前に、宗教者は、
まず、己の宗教と開祖・教祖に対する執着心を捨てるべきだろう。
全く仰せの通り〜、
オウム信徒達にもキリスト教の歴史にも見事に当てはまりま〜す!!
ヽ(^。^)ノ
489 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 15:32:52 ID:wdiEft1T
∧@∧ ( ・∀・)ヾ〜o ☆ドーン!!! 【他人のことを批判する前に、宗教者は、 まず、己の宗教と開祖・教祖に対する執着心を捨てるべきだろう。】
490 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 15:38:20 ID:wdiEft1T
■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■☆☆☆ 【煩悩即菩提 】 いい言葉だw。ならば、修行も、解脱も、涅槃も、仏教そのものも不要。 圧倒的大多数の生活者は、既に悟っているだけでなく、他者に対する 慈悲もある。そうでないのは仏教者だけ、ということになる。 (*^。^*) ■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■☆☆☆
>>482 479引用文の投稿者ではないが、私個人の見解を一言。
龍樹が磨き上げた「相依性」「論理的相依性(≒同時性)」は、
(磨き上げることが可能であった如くに)、《その萌芽が初期縁起説にある》ということだ。
それが主眼でなくとも、(縁起という考え方・視線が持つ)その方向性は
既に原始仏教中に見出されるということだ。
勿論、中論のように「はっきりと」「先鋭化させた形」で説かれてはいない。
寧ろ、「時間的縁起」「因果の側面」で説かれている。
隠居が指摘するように、原始仏教は
《「果を結ぶに至った因・縁を見据え」「その経路(関係性)に楔を打ち込むことにより」「果の生起を止める」》、
《「苦の因・縁を見定め」「苦の生起を止める」》ことに主眼があるからだ。
徹底して「苦の滅」が主眼とされるからだ。
そして龍樹に至っても、(「論理的同時性」を先鋭化させたとき)、この点(因果の側面)が切り捨てられたわけではない。
四諦と直結しているからだ。そして、そこを外しては「仏教」足り得ない。
(440で「純化させた」と言ったのは、
《「時制」さえも抜いて》《「因」という分別・切り取りや「果」という分別・切り取りをも抜いて》、
「縁による生起の連鎖」(→それこそが『縁起』であるが)のみに特化して述べられている、という意味だ。)
水野要語のp.159〜p.165を読んでみるといい。(他、サーラ叢書4「原始仏教」p.131〜p.148)
ちなみに、p.157の章の初めの一節には
『これを此縁性idappaccayatA(「これに縁るということ」「相依性」)ともいう。現象の相互依存の関係を指す。』
とある。ここに相依性という語を当てることに俄かには賛成しないが、仮にその言い方を受容したとしても、
以降読み進めれば、隠居の理解が浅薄偏狭、わずかな一面しか見えていないことが解るだろう。
さすが水野要語、よくまとまっているw
再度言っておこう。
≪隠居は、rUpaの相互依存しか見ていない。それは縁起ではない≫。
参考に、略説された縁起のパーリ文と、水野要語にある図(p.164)を引用しておこう。 imasmiM sati idaM hoti , imassa uppAdA idaM uppajjati. imasmiM asati idaM na hoti , imassa nirodhA idaM nirujjhati. これある時 かれあり、これの生起の故に かれ生起す。 これなき時 かれなし、これの滅の故に かれ滅す。 (水野訳(サーラ叢書)) これあれば かれあり、これ生ずるが故に かれ生ず。 これなければ かれなし、これ滅するが故に かれ滅す。 (水野訳(要語)) .┌ .│これ生ずるが故に かれ生ず ..┐ 一般的縁起┤これ滅するが故に かれ滅す .┴ (時間的前後) ─── 諸行無常 (縁起一般)│これあれば かれあり ┐ .│これなければ かれなし .┴ (空間的、論理的) ─── 諸法無我 .└ .┌ .│無明によって行あり、行によって・・・ .┌ 苦(果) ┐ .│ 生によって老死等の一切の苦蘊生ず ─ 流転 ─┴ 集(因) ┴ 一切行苦 価値的縁起┤ (十二縁起 .│無明の滅の故に行滅す、行の滅の故に・・・ . ┌ 滅(果) ┐ ・四諦) │ 生の滅の故に老死等の一切の苦蘊滅す ─ 還滅 ─┴ 道(因) ┴ 涅槃寂静 .└
493 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/24(土) 15:56:18 ID:GvAo/REh
>>485 >【四神足の思惟観測】って ↑ これの事ですか?
いや違いますね。
シンプルに「自己に習う」ってことです。
自省とか自証とかいう意味です。
> 現時は、三世とか、輪廻転生とか、業報輪廻を含む、場合もある。
> つまり現時はなんでもアリですね。
> 現時は、五蘊皆色です。つまり一切が現象である。
> 縁生して縁滅するだけ。 これが業報輪廻の正体です。
私の書込みを「自分に照らし合わせ」て解釈することです。
これを禅では「直指人心」とか言いまして、
人間には仏性がありますから、必ずや答は返ってくるものです。
中論も、私はかように解釈して解読しております。
「未だ弁道(仏道)を了得せず、未だ文字を知得せざることあり」。by典座教訓
先ずもって、弁道の了得、および、文字の知得が肝要なるべし。
494 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 16:04:44 ID:xffTI5hC
はい、皆さん、また例の荒らしがひとりで騒いでおります。
(
>>488 >>489 >>490 )
わかっているとは思いますが、完全スルーでお願いします。
さらに、個人的予想。
セブン、隠居は絶対、
>>491 >>490 は、同意の以前に理解できないと
思うぞ。(笑)
さて、なにやら在家も復活の兆しが見えるし、賑やかになりそうでは
あるな。
495 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/24(土) 16:18:56 ID:GvAo/REh
>>492 う〜む、なるほど。
そぉすると十二縁起の逆観が即ち涅槃寂静なのですね?
>徹底して「苦の滅」が主眼とされるからだ。
>そして龍樹に至っても、(「論理的同時性」を先鋭化させたとき)、この点(因果の側面)が切り捨てられたわけではない。
>四諦と直結しているからだ。そして、そこを外しては「仏教」足り得ない。
般若心経では四諦を外しちゃってますが(ry
かなり難しいことが書かれておりますな。
496 :
? :2010/04/24(土) 16:49:52 ID:b0yfT/vU
>>493 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ!
> 私の書込みを「自分に照らし合わせ」て解釈することです。
【中論】は、
【勝義の言葉によって】説明しようとするから、
私に、【理解する事が出来ない】のだ、と思います!
> 人間には仏性がありますから、
【人間にも仏性が有る】と言う、正確な意味が、
私、自身、【正しく、理解していない】のだ、と思います!
> 必ずや答は返ってくるものです。
例えば、
【瞑想とか、呼吸法とかの技法による、実修によって、
正しい智慧を獲得、出来る】とか
私にも理解、出来る様な答えが、返って来れば、良いのですが!
497 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 17:20:58 ID:0EvIHqCD
>>494 >はい、皆さん、また例の荒らしがひとりで騒いでおります。
>(
>>488 >>489 >>490 )
>わかっているとは思いますが、完全スルーでお願いします。
自己の宗教や教祖に対する批判は、すべて「荒し」だと一人で騒ぎ立ている君こそ
こそ荒し。
正論に対しては、正論で反論したらどうか。反論できないのか。
他者が、思考と労力と時間を費やして行った書き込みを「スルー」するなどと
いうこと程の無礼な行為はないぞ。君は、宗教者の風上にも置けない卑劣な
人間であることを自覚せよ。
498 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 17:31:54 ID:euR4OM19
>>491 >>492 竜樹が釈迦の「空」の言葉一語に「ヒント」を得たことは、既に何度も述べて
いる。しかし、ヒントはヒントに過ぎず、「空の思想」の体系を構築したのは、
あくまで竜樹である。
そもそも、「空」であるはずの苦に、釈迦は何故それほどまでに執着したのかねw。
水野氏は、典型的な小乗信者である。一旦、小乗に嵌った者は、竜樹を本当に理解する
ことは、絶対に不可能である。
499 :
? :2010/04/24(土) 17:40:47 ID:b0yfT/vU
>>496 の続き!
瞑想とか、呼吸法とかについては、
【雑阿含経 安那般那念経】とか、
【中阿含経などの 三十七道品】とかを、
参照して見て下さい!
ちなみに、私は、
【瞑想とか、呼吸法とかの技法による、
実修については、全然、分からない】ので、
御了承のほど、宜しく、お願い致します!
500 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 17:58:28 ID:hjNX7mpj
>>492 ひたすら釈迦を「正当化」するための、苦し紛れの言い訳にしか思えないな。
「時間的前後」の概念など入れたら、「空」は成立しない。「これ」から「あれ」
が「生じる」のなら、それは、「これ」と「あれ」との実体性を前提とする因果
関係に過ぎない。竜樹は、「生起」という概念を否定する。「生じる」のではなく、
「関係性」として「既に」存在するのである。そして、「関係性」は常に変動する。
小乗信者の君は、中論が、全く理解できていない。
水野氏も、「これあれば かれあり これなければ かれなし」として、竜樹に
かなり接近せざるを得なかったのであるw。
「もろもろの存在」とは、基本的には「色」である。竜樹は、初めから百人百様の
「空」である「精神性」などは語っていない。
>>498 (
>>500 )
一方で
>>482 >それに君は、三枝氏以上に学識のある方なのかね
と、三枝氏の「見解」及び「学識・権威」を【無批判に】採用し、
一方で
>水野氏は、典型的な小乗信者である。一旦、小乗に嵌った者は、竜樹を本当に理解することは、絶対に不可能である
と、水野氏の「見解」及び「学識・権威」を【無批判に】却下する。
で、その基準は『【「俺様の見解」に】【合致するかどうか】』ときたもんだw
(宝珠そっくりだという指摘には、まだ反論を頂いておりませんでしたね・・w)
さぞや、お二人の専門領域やこれまでの研究成果、発言(≒著述)、或いは主張・見解・スタンスを
しっかり把握した上で判断してらっしゃるんでしょうねw
貴方は、水野さんと三枝さんとの間に「どういう違いを」見ておられるんですか?
何も知らない小乗かぶれの私に、是非御教示願いたいwww
>>500 爆笑もんだなw
>「既に」存在するのである
これが「反仏教」であることがどうして解らんかなぁ・・・w (;´ー`)y━~~
503 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 18:09:36 ID:iJRPG4xt
>>501 三枝氏も、水野氏も、「権威大好き」の君たちのために「参考」としてあげた
だけ。
私は「権威大嫌い」だから、常に批判しながら読む。すべては、現代人としての
「私自身」の考えである。
水野氏に関しては、上述の通り。
504 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 18:15:43 ID:IvooEt2m
>>502 「『関係性』として存在する」と言ってるだろ。「関係性」とは「抽象観念」
であり、「実体」ではない。まさに佛教の「空」ではないかw。
>>503 (゚д゚) ポカーン
>君たちのために「参考」としてあげただけ
貴方が水野さんを引用したことってありましたっけ?w
そういえば、スッタニパータの話の時も、岩波文庫版すら読んで無かったですよね?w
どうせ水野さんの著作も【一つも、一部分も】読んでないのでしょう。
読まずに知らずに一刀両断とは・・w
>>504 (゚д゚) ポカーン2
(「実体」云々もツッコミ所ですがw)、今のポイントは
>「既に」存在するのである
ってトコなんですが・・・w (それが「実体」か「抽象観念」かを問うてはいませんよ?w)
>「『関係性』として存在する」と言ってるだろ
と
>>500 の>「もろもろの存在」とは、【基本的には】「色」である
との整合性を、詳しく解説してほしいものですw
今夜は楽しくなりそうだw
507 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 18:44:57 ID:TPWGZR/v
508 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 18:57:15 ID:zxzp+hc1
>>506 (゚д゚) ポカーン・・・
まぁ、あれだ、
布施・献金なんかで暮らさず、世俗の人達のように
自分で生活費稼いでからやることだなw
>>508 敗北宣言乙w
で、その発言のソースは?
貴方は私の何を知っているというのでしょう・・(^^;
よしんば、推測が当たっていたとしても、
相手の人格やバックボーンを攻撃してしまったらおしまいですよ?w
「これ以上言い返せません」ってことだからw
2chには多いですよねぇ・・
言葉に詰まって、論題と無関係な人格攻撃を始める人w
>>478 >釈迦の神格化批判
>>489 >己の宗教と開祖・教祖に対する執着心を捨てるべきだろう
>>490 >ならば、修行も、解脱も、涅槃も、仏教そのものも不要。
あのね、それらの言語ゲームはすべて彼岸への筏なんだよ。
そのあたりのニュアンスは分かってる?
筏を神格化したり、筏に執着してどうする?
いずれ捨て去るべきなのは当然だ。
おたくらのよーに欲や煩悩にまみれた娑婆大好き!で居直るのもいいと思います。
もっとも、仏典フェチとか、純なブッダファンとか、龍樹大好き!なんてゆーよーな
仏教エンターテイメント趣味者もいるから、いろんな奴がいて面白い。
512 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 21:22:11 ID:Yb0rPBle
★********************************************★*********************************************★ ■ 知りえないことについて知っているかのように語られる あらゆることは物語である(池田晶子)■ ./)/) (・ー・)ノ 【宗教は阿片】・・なので止められません、止まりません〜 ☆ヽ(▽⌒*) ゚L-J やっぱり、宗教は<ボランティア>がいいね!☆ 狂ったように同じこと主張して24時間布教する哀れな宗教信者達が多分、減るからね 皆、安心して楽になり睡眠も取れ健康になり病気にならず長生きが出来るでしょ・・ ☆**********************************************☆********************************************☆ お先にオヤスミン〜☆
513 :
キララ☆ :2010/04/24(土) 21:51:50 ID:DKyiT7Xz
★********************************************★*********************************************★ ■いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪ いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪■ いんきょ尊師様の幸福実現指導、就職活動面接編♪ 入社合格するための面接で、こう答えるべし♪ 「仕事は生命がないと不可能なので、生命が大事ですう」 ./)/) (・ー・)ノ 【宗教は阿片】・・なので止められません、止まりません〜 ☆ヽ(▽⌒*) ゚L-J ■いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪ いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪■ ☆**********************************************☆********************************************☆ お先にオヤスミン〜☆
514 :
キララ☆ :2010/04/24(土) 21:54:42 ID:DKyiT7Xz
★********************************************★*********************************************★ ■いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪ いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪■ いんきょ尊師様の幸福実現指導、スポーツで勝利する編♪ スポーツで勝つためには、 スポーツは生命がないとできない、生命で勝利すべし♪ ./)/) (・ー・)ノ 【宗教は阿片】・・なので止められません、止まりません〜 ☆ヽ(▽⌒*) ゚L-J ■いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪ いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪■ ☆**********************************************☆********************************************☆ お先にオヤスミン〜☆
513-514 巧いなw 隠居も、自分のしている「生命」のゴリ押しが、 まさにこの通りであるという滑稽さを自覚できるといいんだが・・w
516 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 23:02:47 ID:extVzEGI
>>515 >513-514
>巧いなw
ITアドレスから、「宗教側の荒し」であることが一見して分るではないかw。
「生命のごり押し」って一体何?すべての人間は、既に生命を押し付けられて
いるのだから、それ以上のごり押しなど、ありえない。
私は、生命という、すべての人間の根源から、非根源的な宗教を批判しているだけ。
根源的な議論には、根源を以って反論して欲しい。
>>516 笑わしよるw
>>497 > 正論に対しては、正論で反論したらどうか。反論できないのか。
>
> 他者が、思考と労力と時間を費やして行った書き込みを「スルー」するなどと
> いうこと程の無礼な行為はないぞ。君は、宗教者の風上にも置けない卑劣な
> 人間であることを自覚せよ。
ハァ???(゚∀゚;)???
あのぉ・・、勿論、御自身のことを仰っているんですよね?
御自身の姿勢を反省して、自己批判されてるんですよね?
ね?w
しかし、 毎レス毎レス巧みにツッコミ所を配し、適度な煽り文句を付して・・・。 もし天然でないとしたなら、釣り師として達人の領域だな・・。 釣られたことを誇りにできるレベルだw 胸を張って「釣られて本望!w」、寧ろ清清しく思えるだろうw てか、ここで >ITアドレス とか・・・。 もしかして、ほんとにお年寄りだったりして・・・?(´・ω・`)
519 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 23:34:49 ID:xffTI5hC
>>497 おい隠居。
>自己の宗教や教祖に対する批判は、すべて「荒し」だと一人で騒ぎ立ている君こそ
こそ荒し。
なんだ?これは。 お前は認知症か? 今まで俺が繰り返し繰り返し
「俺は仏教徒でもないし、如何なる宗教の信者でもない。」と言い続けて
きたのをもう忘れたのか? お前を批判するのは全て宗教者だと思って
いるわけか?
>正論に対しては、正論で反論したらどうか。反論できないのか。
この「荒らし」はな、今まで、AAとお前の書き込みのコピーの貼り付けのみ。
反論されても一切、まともに答えず、相手をバカにするコメントのみで
逃げ出す。 いったいどこが「正論」なんだ? 議論以前なんだよ、バカたれが。
自分のコピペを張ってくれるからといって、「正論」扱いは、あまりにも
情けないぞ。
520 :
神も仏も名無しさん :2010/04/24(土) 23:37:22 ID:xffTI5hC
>>497 >他者が、思考と労力と時間を費やして行った書き込みを「スルー」するなどと
いうこと程の無礼な行為はないぞ。君は、宗教者の風上にも置けない卑劣な
人間であることを自覚せよ。
「思考と労力と時間を費やして行った書き込みを・・・」
→だから、AAとお前のコピペのどこが、思考と労力と時間を費やして
いるのか? アホか?
「・・「スルー」するなどと いうこと程の無礼な行為はないぞ」
→よく言った。お前がいままでしてきたことは何なの?
お前は、反論に詰まるとさっさと逃げ出して、こちらの問いかけ、指摘は
全て「スルー」してきたな?
1、「人間原理についての誤読」
2、「5分前仮説に関してのとんでも理論」
3、【生命】の説明、解説
4、「竜樹が中論27章の10と11で輪廻を否定していたというトンでも理論」
ちょっと、振り返ってもこれだけある。
全て反論できずに逃げ出して「スルー」だったな。
そこまで言い切るなら、やってみろや。 スルーせずに、きっちり答えて
みろ。 逃げるんじゃねえぞ。
521 :
前世は一在家 :2010/04/25(日) 00:31:57 ID:2IR610U7
>>491 >寧ろ、「時間的縁起」「因果の側面」で説かれている。
>隠居が指摘するように、原始仏教は
>《「果を結ぶに至った因・縁を見据え」「その経路(関係性)に楔を打ち込む
>ことにより」「果の生起を止める」》、
>《「苦の因・縁を見定め」「苦の生起を止める」》ことに主眼があるからだ。
>徹底して「苦の滅」が主眼とされるからだ。
>そして龍樹に至っても、(「論理的同時性」を先鋭化させたとき)、この点
>(因果の側面)が切り捨てられたわけではない。
>四諦と直結しているからだ。そして、そこを外しては「仏教」足り得ない。
仏教板で、久々に腑に落ちた感がしました。
多分、因果が四諦と直結するという法が使用されたからかも。
522 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 01:01:04 ID:ozix11n8
523 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 01:15:26 ID:uX3b27wt
>>522 おい隠居、どうした?
>他者が、思考と労力と時間を費やして行った書き込みを「スルー」するなどと
いうこと程の無礼な行為はないぞ。君は、宗教者の風上にも置けない卑劣な
人間であることを自覚せよ。
「スルー」は無礼な行為なんだろ?
はよ、答えろや。
524 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 01:18:18 ID:BtCmjrRS
>>520 私の書き込みを理解し、同意していただいた上で、綺麗な飾りまでつけてwコピペして
いただいたのだから、「思考と労力と時間」を費やされたことは確かではないのかね。
宗教に洗脳されて、理解できない人もいるのだからw。
君の指摘には、すでに充分に答えた。これ以上回答はしない。貴重な時間の無駄だ。
私の前レスから、君自身で、私の模範解答を作り上げてくれw。
君が宗教者ではないのなら、私の宗教批判に対して何故それほど必死に反発するのか、
摩訶不思議w。
525 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 01:26:47 ID:uX3b27wt
>>524 >君の指摘には、すでに充分に答えた。これ以上回答はしない。貴重な時間の無駄だ。
バカたれが。 これは、反論できなくて逃げ出すアホの常套句だろうが?
お前も2チャンがながいんだから
1「すでに答えた」
2「わからないらなら、まず〜を読んでからこい。話はそれからだ。」
これが逃げ出す奴の決まり文句だということくらい知っとろうが。
情けない奴だな。
答えたというなら、レス番あげてみろや。
>君が宗教者ではないのなら、私の宗教批判に対して何故それほど必死に反発するのか、
摩訶不思議w。
本当にわからんのか? 真からのアホだな。
今まで繰り返し、指摘しただろ?
お前のは「生命教というカルト宗教」 「教祖はお前自身」
俺はカルトが嫌いなの。 わかった?
526 :
前世は一在家 :2010/04/25(日) 01:46:38 ID:2IR610U7
>>522 >
>>521 >腑に落ちたのなら、腑に落ちない私の
>>498 と
>>500 に対して、
>セブン氏に代わって反論してみてくれw。
私の知識では、仏教板で反論などほとんどできませんよ。
ただ、龍樹の中論の土台が「八不」の証明にあり、その証明も
同時代の有部を当て馬にした否定の論理、机上(言語世界)で「空」を
論じた(証明した)だけだという認識は日に日にはっきりとして参ります。
この認識に至った「因」は中村元著の「龍樹」を読んだことであり、
「縁」は仏教板で机先生にお会いしたことでありんす。
527 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 01:51:19 ID:FXvhNqFX
>525 すべての生活者にとって最も大切なのは、自分と、自分の家族と、そして他者の「生命」 であることは自明。それが分らないのは、例外なく精神病者である創唱宗教の開祖や教祖 だけ。 君が、生命にそれほど反発するのは、生命という「根源」を持ち出されると、すべての 宗教が吹っ飛ぶからだ。 君は、宝珠愚者氏の「輪廻転生」に執拗に反論した人と同一人物か。若しそうであるなら、 それと同じく、いやそれ以上のカルトである、キリスト教の「復活」「再臨」「罪概念」 等については、なぜ少しも触れなかったのかね。
528 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 02:11:18 ID:I6P3Uq57
>>526 竜樹の「相互依存性・関係性」の原理は、単なる「机上の論理」かね。万物に適用可能な、
普遍の原理だと思うが。例えば、万物は、原子の関係的集合体に過ぎない。
「去る者は、去らず」は、確かに一つの論理実験だが、「去る」という行為は、「去らない」という状態との相対関係においてしか有り得ないね。
それとも君は、「唯一人格神」や「イエス様」が、相対化され、空になるのが恐いのかねw。
529 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 02:16:00 ID:uX3b27wt
>>527 ホントに何もわかってないね、お前は。
>すべての生活者にとって最も大切なのは、自分と、自分の家族と、そして他者の「生命」
であることは自明。
俺は「生命が大切でない」などと言ったことは一度もないな。「生命」は
大切だよ、それが誰のものであっても。ただし、俺が大切に思うのは
一般的言語表現における「生命」だ。 お前の言うような「生命現象でもなく
また、その生命現象を表す基体そのものでもなく、何やらわからんが
その背後にあるアートマンのような【生命】のことではないぞ。
>君が、生命にそれほど反発するのは、生命という「根源」を持ち出されると、すべての
宗教が吹っ飛ぶからだ。
全く反発してないな。俺が反発するのは、お前の言う【生命】だ。
530 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 02:17:53 ID:YJpMz3PW
隠居が捏造した【生命】と実際にある生命とは全く異なる。 でも【生命】を後者にすり寄らせようとすれば、近づけようとすればするほどに、はじめに 言っていた設定を翻す必要が出てくる。そこで毎度毎度、以前された指摘を無視することにしている。 たしかに、相手やギャラリーがいつのまにか何となく混同してくれるのを待つほかない。 わざわざ自分から論点を明確にすることは墓穴を掘るに等しい。
531 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 02:19:10 ID:uX3b27wt
>>527 >君は、宝珠愚者氏の「輪廻転生」に執拗に反論した人と同一人物か。
そのとおり。
>若しそうであるなら、
それと同じく、いやそれ以上のカルトである、キリスト教の「復活」「再臨」「罪概念」
等については、なぜ少しも触れなかったのかね。
アホか? あのスレで行ったのは、「この現象世界における普遍的現象
としての輪廻」および「仏教という宗教内における輪廻」が主題だったろうが?
「キリスト教の中での位置づけ」はテーマ外だったろうが?
(そもそもキリスト教の中に輪廻という教義があるとは思えんがな。
宝珠はしきりと主張していたが)
輪廻業報思想については、もちろん、「仏教という範疇を超えて、仏教徒
以外のものにも干渉してくる」なら、俺は誰よりも先鋭的な批判者に回る。
それは、今までのやり取りを見ても明らかだな。しかし、「仏教という
宗教内」の教義にあるものであるならば、俺は決してそれを否定しない。
これも今まで繰り返し言ってきた。他者に干渉しない限り、信仰は自由
だし、どの価値体系をとるかも自由だ。 お前はそれを認めずに全ての
宗教、信仰、(自己の見解にあわない)他者の価値体系を否定してしまう。
それがカルトと同じ思考の方向性だと言ってるんだ。
いい加減に悟れ、アホ。
532 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 02:32:15 ID:pu/meDV3
>>529 君の言いたいことはよく分るが、「一般言語表現」も、生命の機能だ。
生命を以って生命を知ることは、絶対に不可能。従って、生命は、人間が対象化
できない、唯一の存在。
それほど「得体の知れないもの」が嫌いなのなら、宗教の「神概念」こそ、最も
反発の対象になるはずだが。
533 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 02:47:54 ID:uX3b27wt
>>532 わからん奴だな。
通常「生命」とは、「生命現象、あるいは生命の機能」および
「それらを表す基体そのもの、すなわち生物」を指して用いる語彙だ。
その背後に「何やら得体のしれない霊魂やアートマンのようなもの」
が存在しているとは考えないの。つまりお前の言っているのは、
【生命】というように呼称だけを変化させているが、その実、オカルト
主義者が言ってる「霊、魂、アートマン、生態エネルギー」などと
全く変わらんわ。
>それほど「得体の知れないもの」が嫌いなのなら、宗教の「神概念」こそ、最も
反発の対象になるはずだが。
だから俺は「神」が実在してるなんて全く思ってない。ただし、
「神の存在」を信じてる者たちに、「そんなものいねえよ」とも
いう気はない。「信仰は自由だから。」
「全てのものは人間も含めて神が創造された。」と言う者がいても
「ああ、そうですか。あなたはそう信じてるんですね。」と言うだけ。
ただし、それが信仰の範疇を超えて、「〜だから、神は実在する。」
と主張するものがいれば、「それなら、証明してくれませんか?」
とは言うがね。
534 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 02:54:09 ID:f6ZqtdC3
>>531 >(自己の見解にあわない)他者の価値体系を否定してしまう。
>それがカルトと同じ思考の方向性だと言ってるんだ。
他宗教の価値体系を否定するのが、まさに宗教である。その意味で、すべての宗教は
「カルト」である。「根源としての生命」がすべての宗教を否定することになるのなら、
「生命」は、まさに「反カルト」「反宗教」ではないか。
それに、輪廻転生の論議では、私は、キリスト教の話題も たびたび持ち出したが、
君は、キリスト教の「カルト性」は、一度も批判したことはない。従って、君は、
少なくともキリスト教系のカルトだと推定される。
535 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 03:15:27 ID:uX3b27wt
>>534 何言ってんだ?お前は。
>他宗教の価値体系を否定するのが、まさに宗教である
お前、こう言ってしまうと自分の「生命教」が正に宗教であり、
かつカルトであると宣言してしまうことになるぞ。(笑)
>。「根源としての生命」がすべての宗教を否定することになるのなら、
「生命」は、まさに「反カルト」「反宗教」ではないか。
違うだろ? お前の言いたいのは「生命教だけが正しい宗教です。
他の宗教は全て間違ってます。」 と言うことだろうが。
正に「カルト」そのものだ。
>君は、キリスト教の「カルト性」は、一度も批判したことはない。従って、君は、
少なくともキリスト教系のカルトだと推定される。
バカだね、本当に。
俺はキリスト教には詳しくないの。仏教徒でもないから、勿論、仏教にも
それほど詳しくないが、キリスト教についてはそれ以上。
とおり一片の常識的な知識しかない。だから、言及しないわけ。
俺はお前と違って、「自分がよく知らないことを、さも詳しいように
知ったかしないの。」 それだけのこと。
それがなんで「キリスト教系のカルトだと推定される。」
こうなるわけか? 俺が一度でも、キリスト教について、肯定的な
発言をしたことがあったらあげて見てくれ。(笑)
536 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 03:22:10 ID:5Gcwi666
>>531 中東や東南アジアの惨状を目の当たりにしながら、宗教をどうしても否定できない君は、
「反生命のカルト」であることは断定できる。
「信仰は自由」だなどと言いながら、何故宝珠愚者の輪廻転生にはあれほど執拗に反発
したのか。少なくとも釈迦佛教では、「輪廻転生」はたびたび言及されている。
君は、殆ど毎日のように殺戮を続ける自爆テロリストたちも、「信教の自由」として
認める積りなのかね。カルトを「社会的に特に有害な宗教」と定義すれば、彼等ほどの
カルトはないだろう。
「根源としての生命」が、これらのカルトをすべて否定・撲滅するのなら、それはまさに
「反カルト」であり、カルトとは対極にあるものではないか。
537 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 03:22:17 ID:uX3b27wt
なんか、お前、何とかして「俺のことを宗教者」にしてしまいたいみたい だな? 自分に批判的な者は全て「宗教者」にして、否定したいんだろ? だが、それは無理だぞ。 俺は自分のことを「真摯な宗教者からは最も遠いところにいる者」と 認識しているんでね。 俺から見れば、お前のほうがよっぽど宗教者らしいぞ。 ただし、カルト宗教だが。
538 :
海空理のおっさん :2010/04/25(日) 03:25:21 ID:DtLGLxNf
何やら、難しそうな本格的議論みたいだけど、 一触即発の感じで白熱してるねぇ?
539 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 03:35:56 ID:uX3b27wt
>>536 >中東や東南アジアの惨状を目の当たりにしながら、宗教をどうしても否定できない君は、
「反生命のカルト」であることは断定できる。
その辺は、見解が異なるね。俺は自爆テロを始め、各種の悲劇の
第一原因が宗教観の争いであるとは思わないね。
「宗教をどうしても否定できない」のではなく、他者の内心の自由を
尊重するの。それは、別に宗教でなく、イデオロギーでも同じこと。
「それをもって他者に干渉しない限り、尊重する」
>「根源としての生命」が、これらのカルトをすべて否定・撲滅するのなら、それはまさに
「反カルト」であり、カルトとは対極にあるものではないか。
だから、「根源としての生命」ってのは「お前が設定してる、ただの
得たいのしれないもの」 それがどんなものかの説明もまったくないし、
ましてや、「それがカルトを否定、撲滅するもの」だなんてどうして
言えるのか? 「お前が全て、そういうものだと設定しているだけ」
だろうが?
540 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 03:39:14 ID:uX3b27wt
おや? 鬼和尚スレから出張か?
541 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 03:54:34 ID:uX3b27wt
いいか? 隠居。お前は、「自分と一緒になって宗教を批判してくれない 者は全て、カルト宗教の信者である」として批判したいのだろうが、 少なくとも、ここ日本では、俺のようなスタンスの者が大多数だ。 すなわち、積極的に特定の宗教を信仰しようとも思わないが、また、 積極的に否定しようとも思わない。 たとえ自分のまわりに「熱心な真宗の信者であるおばあちゃん」がいて、 しょっちゅう念仏唱えていても、「ああ、信心深いんだな。」って思う くらいだ。 お前のように「全ての宗教を撲滅せよ」なんて言ってるほうが、よっぽど 奇異に映る。 つまりお前の言葉でいうと「平均から乖離している」 わけだ。 ということで、病院に行け。
542 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 04:17:45 ID:uX3b27wt
もういっちょう補足しとくか。
>>536 >「信仰は自由」だなどと言いながら、何故宝珠愚者の輪廻転生にはあれほど執拗に反発
したのか。
理由は明快、単なる宗教の範疇を超えて、「輪廻業報は普遍的現象であり、
現実に存在している、我々もその干渉下にある」と主張したから。
>少なくとも釈迦佛教では、「輪廻転生」はたびたび言及されている。
これについては今まで散々、言ってきたので詳細は避けるが
俺は「釈迦は輪廻業報を少なくとも『積極的』には説いてなかった。」
という見解の持ち主。
まあ、これは縁起一代は真っ向から、否定するだろうがな。(笑)
543 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/25(日) 07:59:10 ID:2aLYqkuZ
面白い流れですね。
>>492 のセブン氏のレスに
>>500 氏が絡んでくる。
そこへ
>>521 在家氏が・・・
>仏教板で、久々に腑に落ちた感がしました。
との書込み。
じゃあ何で「腑に落ちたんでつか?」って
>>500 氏が問う。
(IDは違うが、たぶん500氏だろ?)
その回答が
>>526 在家氏。
>ただ、龍樹の中論の土台が「八不」の証明にあり、その証明も
>同時代の有部を当て馬にした否定の論理、机上(言語世界)で「空」を
>論じた(証明した)だけだという認識は日に日にはっきりとして参ります。
>この認識に至った「因」は中村元著の「龍樹」を読んだことであり、
>「縁」は仏教板で机先生にお会いしたことでありんす。
__________________________________
中論は机上理論でなく、リアルそのものを体系化しております。
>>500 氏が言うように
>「時間的前後」の概念など入れたら、「空」は成立しない。
>>500 ということなんだよ。
544 :
前世は一在家 :2010/04/25(日) 08:42:27 ID:/cjJUmzh
>>528 >竜樹の「相互依存性・関係性」の原理は、単なる「机上の論理」かね。万物に適用可能な、
>普遍の原理だと思うが。例えば、万物は、原子の関係的集合体に過ぎない。
それでは貴兄から見て立派な僧侶でしょうか?
僧1)産婦人科や告別式場で「不生不滅」と唱えれる僧。
(はい、立派)
・現代では非常識な僧として追い出されるでしょう。
(いいえ)
・龍樹が「不生不滅」を現実世界でなく机上(言語論理世界)で証明したでしょう。
545 :
前世は一在家 :2010/04/25(日) 08:50:28 ID:/cjJUmzh
>>544 (はい、立派)
・現代では非常識として追い出される僧を支持でしょう。
(いいえ)
・龍樹が「不生不滅」を現実世界でなく机上(言語論理世界)で証明
したことを内心ではご存じでしょう。
机氏もご回答いただいたら幸いです。
>>544 横レス。
産婦人科でいう奴はいないだろうが、
告別式(葬儀)では、寧ろふさわしい言葉だぞw
華厳系(或いは如来蔵・本覚系)大乗仏教なれば、
その系の言い回しが使われるケースは多いんじゃなかろうか?w
(勿論、その内容に関しては若干のニュアンスの違いを有すだろうが・・w)
547 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/25(日) 09:28:06 ID:2aLYqkuZ
>>544 >・龍樹が「不生不滅」を現実世界でなく机上(言語論理世界)で証明したでしょう。
中論においては、生滅を否定しているのではなく、言語論理そのものの否定でして、
その導入の為の理論体系ですね。
例えばですが「生じる」も「生じない」も双方において言語自体に矛盾がある。
よってこの二項そのものを否定する意味においての「不生」です。
その解釈が勝義諦になります。
世俗諦では、言語論理そのままの意味における「不生不滅」です。
私が「二諦において解釈せよ」ってのは、この勝義諦と世俗諦の二諦において解釈せよ。
ってことです。
ですから中論においては、先ず序章に書いてある八不への悟入という基本的ベースがありませんと、
ただ単なる世俗諦一本の論理で終始してしまいます。
(これだと、まあ、机上空論かもしれませんですねw)
「縁起の現観」というのは、現に観ずることなのでして、
(つまりそれだけなのです)
そこへ理論体系しますと、法から離れて逝きます。
(平常心是道)
それを了得するのが・・・
>「未だ弁道(仏道)を了得せず、未だ文字を知得せざることあり」。by典座教訓
これに繋がりますね。
弁道(仏道)において、そこに何らかの付与するものはない。ってことです。
隠し立てするものはない。です。
548 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 12:41:17 ID:Mk/UVPT5
>>539 >その辺は、見解が異なるね。俺は自爆テロを始め、各種の悲劇の
>第一原因が宗教観の争いであるとは思わないね。
宗教お決まりの「自己正当化」だが、すべての争いが、「異なった宗教間、異なった
宗派間」に生じているのは何故か?
>「宗教をどうしても否定できない」のではなく、他者の内心の自由を
>尊重するの。それは、別に宗教でなく、イデオロギーでも同じこと。
他者の内心に土足で上がりこんで、内心そのものを変容させようとするのが、まさに
創唱宗教ではないか。自爆テロリストの「内心の自由」は尊重するのか。
>「それをもって他者に干渉しない限り、尊重する」
史上そして現代においても、宗教紛争、宗教戦争は、「他者への干渉」そのもの。
「他者の生命を奪うこと」が、「他者への干渉」ではないのか。
宗教には、「布教」が付き物。これは「他者への干渉」ではないのか。
君は、宗教から生じる無数の害悪を直視できず、それから懸命に目を逸らそうと
している。これも、宗教による「内心の変容」から生じた、宗教の害悪である。
549 :
前世は一在家 :2010/04/25(日) 12:42:16 ID:/cjJUmzh
>>547 >中論においては、生滅を否定しているのではなく、言語論理そのものの否定でして、
>その導入の為の理論体系ですね。
>例えばですが「生じる」も「生じない」も双方において言語自体に矛盾がある。
やはり、よくご存じないですか。
多くの弟子達に見送られた釈尊。
一人の弟子にも見送られなかった龍樹。
私も後者のフォロー各位に対してお節介を焼き過ぎていたようです。
550 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 13:02:58 ID:MS4oFkTQ
>>549 >多くの弟子達に見送られた釈尊。
>一人の弟子にも見送られなかった龍樹。
>私も後者のフォロー各位に対してお節介を焼き過ぎていたようです
他者の内心を変容させた釈迦とは異なり、竜樹は「あるがままの現実」を
分析しただけだからだよ。そのため、竜樹には、狂信者は生じなかった。
同じユダヤ人でも、マルクスからは多数の狂信者が発生し、人類に大きな
害毒をもたらしたが、フロイトには、そのような事実は皆無であったのは
何故かを、じっくりと考えてみて欲しい。フロイトが無神論者で、優れた
臨床精神医学者だったからであろう。
551 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/25(日) 13:11:17 ID:2aLYqkuZ
>>549 >>例えばですが「生じる」も「生じない」も双方において言語自体に矛盾がある。
簡単です。
言語矛盾は、双方の言語は、対極を前程としなけれが成り立たない。
(生じる⇔生じない)
ならば論理的には双方が相互依存の関係であり、
言語そのものに論理整合性の前程がそもそも成り立たない。
これを先ず基本とし、
あくまでも論理整合性を追及したのが中論であります。
故に、
中論の骨子は言語概念を超克したとこに、その本義があり、
それは即ち、中論序章に始まり、中論序章において完結するのでありんす。
龍樹がぼっちって死んだとか言われてるのって、 居ない方がいいですか?みたいに他の僧に聞いたら、はいと言われたもんで死んだ みたいな伝説からきてるんですか
553 :
宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/04/25(日) 13:29:41 ID:pXFXRgeK
>>531 >そもそもキリスト教の中に輪廻という教義があるとは思えんがな。
>宝珠はしきりと主張していたが
私はあれから、
由緒あるカトリック系の某大学図書館に入る許可を得て、
ついに、やっとその証拠となるキリスト系研究者の記述をコピーして持ち帰ったところです。
当時のキリスト教徒たちに強く支持されていたオリゲネスの説く転生説が、
後に異端として教義から抹消された、というゆるぎない事実です。
コンスタンティポリス公会議(553年)でのことでした。
新約でイエス自らの言葉として記述されている通り、
転生の教えはイエスご自身からのものです。
こちらも後日、自分のウェブサイトのコンテンツとしてアップする予定です。
これでキリスト教徒らの言い訳は終わりです。
転生と業報を説かない聖者などもぐりです。
まだ完成途上でレベルが低いということです。
554 :
宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/04/25(日) 13:30:41 ID:pXFXRgeK
>輪廻業報思想については、もちろん、「仏教という範疇を超えて、仏教徒 >以外のものにも干渉してくる」なら、俺は誰よりも先鋭的な批判者に回る。 >それは、今までのやり取りを見ても明らかだな。しかし、「仏教という >宗教内」の教義にあるものであるならば、俺は決してそれを否定しない。 〜意味不明なり。 “すべての人間”が生まれ変わりを繰り返しているというのが、 仏教の説く輪廻業報思想(教義)でしょうが。 >「この現象世界における普遍的現象としての輪廻」 なにも辞めたわけじゃないので作業は進めていますよ。 申し訳ない・・亀のような歩行ですが・・・ まっ、とにかく〜お元気そうで何よりです^^ ちょっと挨拶がてらの投稿でした。
555 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 13:48:58 ID:uX3b27wt
>>548 本当にまあ、小学生並みの意見だな。恥ずかしくないの?
>宗教お決まりの「自己正当化」だが、すべての争いが、「異なった宗教間、異なった
宗派間」に生じているのは何故か?
お前は歴史上の全ての戦争が、いわゆる宗教戦争とでも言いたいのか?
アホか? んじゃ、関が原の戦いは、どの宗教とどの宗教の争いだったのか?
答えてみろや。 バカか。
> 他者の内心に土足で上がりこんで、内心そのものを変容させようとするのが、まさに
創唱宗教ではないか。自爆テロリストの「内心の自由」は尊重するのか。
他者の見解、思想の変更を求めるのは宗教に限らず、全てのイデオロギーの
もつ属性だ。要は、それを他者に強制するか否かだ。お前は全ての宗教が
それを行うと信じているが、お前の家のまわりの教会の信者たちは、お前に
入信を迫って毎日押しかけてくるのか?
さらに、
>自爆テロリストの「内心の自由」は尊重するのか。
当たり前だ。何言ってんだ?テロリストであっても「内心の自由」は
当然、尊重される。 テロリストは、好きなことを考えてはいけないのか?
いいか? どんな人間でも、心の中に限定するならば、「どのようなこと
を考えても」それ自体は問題ない。『考えるだけならな』
殺してやりたい奴を想像の中でどんなに酷い殺害方法で殺すことを
考えても「考えるだけなら」問題なし。 要はそれを実行に移すか
(当然、その準備も含めて)否かだ。
おまえ自身も確か以前にイエスが不謹慎な気持ちで女性を見ることを
戒めた事例を「アホカ」と非難してなかったか?
もう忘れたのか? お前、本当に認知症か?
556 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 13:50:13 ID:uX3b27wt
>>548 >史上そして現代においても、宗教紛争、宗教戦争は、「他者への干渉」そのもの。
「他者の生命を奪うこと」が、「他者への干渉」ではないのか。
別に「宗教」という冠をつけなくとも「紛争」「戦争」は他者への
干渉だが、それが何か?
>宗教には、「布教」が付き物。これは「他者への干渉」ではないのか。
これも見等はずれ。 単なる自己の宗教の紹介、勧誘であるならば、
「他者への干渉」にはあたらない。 布教をされた者が、拒否を表明して
いるにもかかわらず、何らかの強制力をもって自己の宗教への参加を
強いたときに「他者への干渉」となるな。
>君は、宗教から生じる無数の害悪を直視できず、それから懸命に目を逸らそうと
している。これも、宗教による「内心の変容」から生じた、宗教の害悪である。
これも全く偏向しまくりの独善論。
いいか? 俺は何も「宗教は完全な良いもの」などと言ったことはないの。
宗教にも当然、糾弾していくべき暗部は多数存在するわけ。
しかし、だからといって「宗教すべてをひっくるめて否定」するような
お前のような短絡思考にも同意しないの。わかった?
俺も含めた、現在の日本人の大多数のスタンスが、これなわけ。
お前はこの日本人の大多数のスタンスを否定するの?
「平均から乖離する思考」は精神病なんだろ?
お前は自ら「自分は精神病です。」と言ってるわけ。
反論できる?
557 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 14:00:50 ID:uX3b27wt
>>554 う〜〜〜ん、あいかわらず隠居並みのアホさかげんか。
進歩のあとが全く見られん。
>〜意味不明なり。
“すべての人間”が生まれ変わりを繰り返しているというのが、
仏教の説く輪廻業報思想(教義)でしょうが。
だから、それがどのような教義でも「自己の宗教内」にとどまって
いれば問題なし。 それをもって他者に干渉してくるから、
「やかましい。だまっとけ。」となるわけだ。
お前がカルトスレでしきりと「マイトレーヤが今に現われて、我々を
導いてくれるんだ。」などと、妄想を喚いていても、俺は全く干渉
しなかっただろ? いいんだよ、何を信じても。 だが、それをもって
「あなたたちは〜でなければならない。」とか「今、あなた達が〜なのは
・・・・・だからである。」などと喚きだしたら、「やかましい」と
なるわけだ。 わかったかい?ボクちゃん。
558 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 14:06:30 ID:uX3b27wt
>>554 >なにも辞めたわけじゃないので作業は進めていますよ。
申し訳ない・・亀のような歩行ですが・・・
早くしろよ。10氏も待ちくたびれてると思うぞ。
559 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 14:27:57 ID:trkCxlZA
>>553 該当箇所をまるっと引用してアップするだけなので、すぐ行われますよね。
これまでとは違い、イエスの教えとして輪廻説があったときっちり
研究・論証されている文献・記述を紹介するんですよね?
【オリゲネスの説には「生まれ変わり」が取り入れられていた、以上。】
ではないですよね?
560 :
宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/04/25(日) 14:53:09 ID:pXFXRgeK
561 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 14:59:41 ID:trkCxlZA
>>560 尋ねているのは、それらの(あなたがカトリック系図書館で見つけた)本に書いてある
記述・論証の内容なのです。
562 :
宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/04/25(日) 15:17:29 ID:pXFXRgeK
563 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 15:30:21 ID:trkCxlZA
「新資料」によっても進展は無いということですね。ただオリゲネス話を振るだけで終わり、と。
>>562 >あなたのいってることというのは、これとまったく同じ論調です。
大乗仏典の場合だと、あなたもリンク先と同様な考えだったかと記憶してます。
福音書は成立が仏典よりも教祖の死から近い、という事情もがあります。
伝承される、という営みについて考えれば、死生観という根底的な部分がなおざりにされるとは思えません。
この事に関して、あちらでさんざん論証しました。
>常識的な思考ができるかどうかですよ。
常識的に考えれば、聖書に基づく(我々と全く異なる)神観・世界観に則った人(々)の
応報観が、そうしたものに馴染みのない現代日本人とは食い違うのは当然です。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1269051985/585
564 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 15:52:03 ID:trkCxlZA
>>562 >ページは出来上がりしだいアップロードします。
無用。スレ違いのうえ、スレ汚し。
輪廻転生至上主義(激笑)は却下。
そんな『物語』妄想なら古代エジプトからある。
(神戸市立博物館で古代エジプト展やってま〜す!)
それに、ここは仏教スレ。キリスト教なんかどーでもいい。
566 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 17:02:20 ID:Ex5vzl9V
>>555 >>556 典型的な宗教者の「自己正当化」だな。
生存のための戦争と、生存に関係ない「架空の神」や「イデオロギー」のため
の戦争との、本質的相違を考えよ。前者では、生存本能というすべての人間が
有する肉体的本能が働き、生存のための計算が可能になるから(相手も皆殺し
にしたら、自己の生存にも不都合を生じる。また、自他の死に対する恐怖や
相手に対する憐れみの心もある)、適当なところで和解が可能であるが、
後者では、生存本能によるこの自動制御が作動しないから、相手をほとんど
皆殺しにするまでは、止めることができない。
「強制」には、「物理的強制」と「心理的強制」とがある。後者が、宗教に
よる「洗脳(人格の変換)」である。
「人を殺す」ような思想は、内心の段階においても否定すべきであろう。何事も
「予防」が重要である。イエスの「姦淫の罪」と「殺人」とでは、その重大性に
おいて格段の相違がある。
>>566 またこの話をむし返してるのかw
散々叩かれて、反論できなくて逃げ出したのにw
>相手も皆殺しにしたら、自己の生存にも不都合を生じる。
前にも聞きましたが、どういう状況を想定してるんですか?
親を殺されて怒り狂って銃を構えている相手を、殺すと不都合が生じるんですか?w
むしろ、生存本能に従えば、敵を皆殺しにする方向に向かうと思うんですがね。
あるいは、食料が10人分しかないときに、敵10人、味方10人いる場合は、どうですか?
生存本能とやらに従うと、敵を皆殺しにしないで半分生かし、そのかわりに味方を半分飢え死にさせるんですか?w
一般的に考えれば、生存本能に従って、敵10人を皆殺しにすると思いますがね。
結局、あなたの言う生存本能とは、一般的な生命存続本能ではなく、【生命】存続本能なんでしょ?w
568 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 19:41:54 ID:dNmUOyC5
>>567 >前にも聞きましたが、どういう状況を想定してるんですか?
そんなことも分らんのかw。相手を皆殺しにしようとすれば、こちらにも犠牲が出るし、
何よりも、相手が作り出す生存に必要な物資を交易によって平和的に取得するほうが、
はるかに有利ではないか。
食物が足りなくても、人間がいれば、食物を「作り出す」ことも出来るのだ。
自己または他者の「生命」を守るための正当防衛は致し方ないが、それ以上のこと、
即ち過剰防衛はやらない。
生存本能には、自他の死への恐れや他者への思いやりという「自然の感情」が内在
する。
宗教観念によって、この肉体的本能としての生存本能を制限、変容、破壊された
宗教者たちにあるのは、単なる「憎悪」のみであるから、人間が生来的に有する
「生存本能(生命)」によるこの「自動制御」が働く余地はなく、生存のためでは
なく、相手を殺すことが「自己目的」となってしまうのである。
島原の乱において、たびたび矢文を送って和解を呼びかけたのは、専ら世俗者と
しての為政者側であったが、イエスで狂ったキリシタンたちは、和解を受け入れる
ことは「心理的」に不可能であり、結局、老若男女、殆ど皆殺しにされた。
親の宗教エゴ(親たちもまた、宗教の犠牲者である)の犠牲となった、幼い子供
たちが哀れである。その惨状は見るに耐えないものであったことの記録が残って
いる。
569 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 20:40:13 ID:TfwWklBr
このスレを見て宗教に慈悲などないことがわかった。www
570 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 20:43:24 ID:TfwWklBr
宗教論議というのは自己の見解をぶつけ合い 相手を貶め誹謗中傷することに 終始する輩の集う場だということがわかった。
571 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 20:47:55 ID:uX3b27wt
>>566 なるほどね、「全ての争いは」異宗教間におけるものだ。という主張
は撤回して、今度は宗教の絡んだ争いと宗教の絡まない争いの違いを論点に
するわけ? 反論できなくなると論点ずらしする得意技か?(笑)
まあ、これは今までの経緯からして
>>567 の人に任せるのが筋というものだろう。
よって、それ以外の論点でやるが、
>「強制」には、「物理的強制」と「心理的強制」とがある。後者が、宗教に
よる「洗脳(人格の変換)」である。
だから何? 誰が「強制」を分類しろといったか?
たとえ「心理的強制」であろうと「私は一切興味がありませんし、お話を聞く
意思もありません。」 とはっきりと拒絶すれば良いだけのこと。それ以上
何かしてくるトンでもカルトならば、それなりの対応をとればよいだけのこと。
どっちにしろ、拒絶を表明している他者に強制的に干渉する以外は、内心の
自由は尊重される。
>「人を殺す」ような思想は、内心の段階においても否定すべきであろう。何事も
「予防」が重要である。イエスの「姦淫の罪」と「殺人」とでは、その重大性に
おいて格段の相違がある。
バカか? 心の中で、「人を殺すことは考えてはいけないが、窃盗なら
良いわけか? では詐欺は? 強姦は良いわけか? 横領は?」
アホか? 倫理的要請からすれば、たとえ「万引き」であろうと考える
べきではないだろ? 実際の法律の運用、適用ならば、殺人でも(考えるだけなら)
問題なしが現行の制度だ。 姦淫なら良いが殺人はダメ なんてのはお前が勝手に
した線引きにすぎんわ、アホが。
★変態番付☆ 【横綱】 ・磐田市内の県立高に侵入、女子生徒のスク水着て脱糞 ・女子高生の上履きを盗みコピーしたものを見て楽しみ、逮捕→大関昇進後、今度は女子中学生の上履きを盗みコンビニでコピーし、再逮捕。ついに念願の横綱に昇進を遂げる 【大関】 ・男子中学生に「マスターベーションだ。お前らも見せろ。100円やる」とオナニーを見せ付けた83歳の「マスターじじい」 ・19〜71歳女性に一瞬で精液をかける18歳少年「早撃ちマック」 ・「セーラームーン」のコスプレで女性に近づき網タイツ越しに下半身を露出 ・女性用下着を頭にかぶり「パンツ交換して」、女子中学生に下半身露出 ・釣り竿を改造して、500枚もの女性下着を引っぱり上げてきた釣りキチ助平 【関脇】 ・ブルマー持参で小学校侵入、「学校ではくと快感」 ・女性宅に侵入し何も盗らずPCのスクリーンセーバーをエロ画像に変えた男 ・女子高生に変装し高校に侵入の男 上履きでバレる ・男児4人をトイレに連れ込み、自慰行為見せた奄美大島の男性教諭 ・自分に浣腸をしてPAの排水溝に排泄を3年間続けてた北海道の男性教諭 ・女子中学生がランニング中、男が「パワーつけろよ」と言って下半身を露出して走ってきた ・三角フラスコとタッパーを持ち歩き、女子高生にチラシを配った男「おしっこ高価買い取り中」 ・下半身に直接黒いスプレーをトランクスの形に吹き付け街中を歩き回っていた男 ・約1400枚の下着を窃盗→お気に入りを○×で区別。鍋敷きなどにも使用 ・ズボンに穴を開け、そこからチンコを出してサイクリング ・自宅ベランダで全裸になって腰掛けのような台に乗りライトアップ[↑] ・オークションで購入した女性の衣服を着て撮影、出品者に「おはよう かっちゃんです」と送信。通称かっちゃん(45)[NEW!!]
【小結】 ・「大便もらしたので、拭くの手伝って」女子学生を車に連れ込み性器見せる ・Tシャツをまくり上げ、下に着用した女性用下着を小6女児に見せつけ ・「服を脱いで襲った方が興奮した」目出し帽をかぶり裸の男、40代女性を襲う ・船橋市内の小学校に侵入し、教室を徘徊して男児の体操着のにおいを嗅ぎまわった男 ・徒歩で通行中の女子中学生2名に対し男が「かゆいからけつの穴かいてくれ」と声を掛ける男 ・電車車両内にミールワームの幼虫数千匹をばら撒く、「女の子が虫をぶちっと踏み潰す姿に興奮」 ・女子高生に道を尋ねて教えてもらったお礼に下半身露出 食品製造販売業男 ・女性用下着売り場の試着室で下着を4枚ズボンの下に着込み、万引きの男 ・車から降りて「カルピス飲むか」「見せたろ。ソーセージ見せたろ。」と巧みな話術を駆使し、幼女に性器を露出 ・「みんなもこんなの着る?」と女子高生に声をかける小太りツインテールのスク水男 ・ふんどし姿を男子中学生に見せて『変態が来た』と思わせた男性職員懲戒[↓] ・「中学生なら男子でも女子でも…」下半身露出60〜80回の学習塾塾経営の男(27)。前科あり。[NEW!!] ・「おれは足フェチだ」などと言い女子中学生の左足ふくらはぎを触った公立高校1年の男子生徒(15)[NEW!!] 【前頭】 ・スーパーのトイレで小2男児の体をなめる自衛官 ・セミロングのカツラ・赤いワンピ・ロングコート、女装して陰部を露出。「びっくりする姿見たかった」 ・全裸に半透明の雨がっぱで公園をうろついていた男 ・「つばの曲がり具合に興味があった」ので野球帽398個、他グローブやジャージー、サッカーシューズ、テニスボール310点を盗んだ男2人[NEW!!] ・「水を出しっぱなしにすると興奮した」ので蛇口を盗んだ男 ・料金所を通過するたびに下半身を露出した運転手
574 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 20:51:42 ID:TfwWklBr
サマディに入ったこともなく、 真理に到達したこともない者が口を開くな! それこそがこの世を闇に導く。 でもそれこそがこの世の流れか・・。 今後この世界は混沌を極め・・・一旦崩壊する。 その後、また新たな創生がなされる。規模は数百年・・。
575 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 21:00:52 ID:TfwWklBr
>>574 >規模は数百年・・。
始まりは数百年だが、その完結は一億二千年後。
>>571 貴方の意見は基本的に私とほぼ同一のようなんで、ROMって居ようと思ってたんですがねw
毎度同じ事を繰り返すアホなご隠居にイラッとして、余計な事を言ったばっかりに、
議論(の一部)をまかされてしまうとはw
まあ、前にもやった議論で、しかも、同じ展開になると思うんで、
たいした手間でもないでしょうから、やりますか……w
>>568 >相手を皆殺しにしようとすれば、こちらにも犠牲が出るし、
だから、何度も指摘しているように、一度戦い始めたら、その開始の原因に関わらず、
戦いを止めても敵には憎悪が残り、むしろ犠牲が増えるのではないかと指摘しているんですがね?
>何よりも、相手が作り出す生存に必要な物資を交易によって平和的に取得するほうが、
>はるかに有利ではないか。
貴方が、親・妻・子供・親戚一同・友人・知人、果ては近所の人間まで打ち殺した、
敵の唯一の生き残りが居たとしましょう。
その状況で貴方は、【生存本能】に従って、敵に手を差し出して
「さあ、平和的に貿易しましょう^^」とか言うんですか?www
そうすれば、敵も「じゃあ、貴方が有利になるような貿易を始めましょう^^」
と言うとでも?www
貴方が言っている【生存本能】は、「生存本能」などではなく、
生存本能の対極にあるともいえる「理性による打算」です。
むしろ、生存の為の戦いでは、敵(自分の生存を脅かす者)を殲滅するまでは、
争いが終わらないと思いますがね。
>食物が足りなくても、人間がいれば、食物を「作り出す」ことも出来るのだ。
いやいやw
この世の争いの大部分は、資源が限られているから起こるんですがね。
人間がいれば、無限の食料が生産できるなんて、
貴方はどこの理想郷にお住まいなんですか?w
畑が10人分の食料を生産するだけの広さしかないのに20人居たら、
生存本能に従えば、むしろ争いが起こり、
食料が足りるようになるまで争いが続くと思いますが?
>>568 >生存本能には、自他の死への恐れや他者への思いやりという「自然の感情」が内在する。
荒唐無稽な貴方の【生存本能】ではなく、自然界の動物の生存本能の例を示しましょうか?
例えば、母ライオンと、子ライオンが居たとしましょう。
長期間獲物がとれず、飢え死に一歩手前の状況で、小動物を捕まえたとします。
貴方の【生存本能】によれば、子ライオン(他者)の事を思いやり、
その死を避ける為に獲物を分け与えるんでしょうね。
ですが、現実には、母ライオンが獲物を独り占めして、子ライオンには一切れも上げません。
なぜなら、母ライオンが飢え死にすれば、獲物の取れない子ライオンも飢え死にするのに対し、
子ライオンが飢え死にしても、母ライオンが生き延びれば、また子ライオンが産めるからです。
或いは、ライオンは普通数頭の子を生みますが、まれに一頭しか生まれないことがあるそうです。
その場合、貴方の【生存本能】に従えば、その一頭を大切に育てるんでしょうね。
ですが、現実には、母ライオンは育てるのを放棄します。
子ライオンの半数以上が死ぬのが普通であるサバンナでは、一頭では、ほぼ確実に死ぬから、
始めから無駄な努力を放棄して、次の妊娠に賭けるのです。
自然界における生存本能とは、あくまで自己の保存が第一であり、
次に、自己の遺伝子の存続があり、子供の生存など、その次に過ぎません。
ましてや、自己とは関係のない他人など……。
>島原の乱
前も言ったと思いますが、島原の乱は、宗教戦争と見るのは無理がありますw
むしろ、苛烈な年貢の取立てが主な原因であると見るのが普通だし、
宗教界でも、島原の乱は宗教弾圧に対する反乱ではないとして、
殉教とは認めていないはずですが?
島原の乱はむしろ、「生存のための戦い」だと思いますがね。
投降して万が一許されても、厳しい年貢による死が待ち構えていたから、
投降しなかったとは考えられないのですか?
579 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 22:41:30 ID:1+IJMNsN
>>571 君以降の、私に対するいくつかの反論は、典型的なカルトの論理。極端から極端に
走ることしかできず、その間に存在する無数のgradationが理解できない。
例えば、
>たとえ「心理的強制」であろうと「私は一切興味がありませんし、お話を聞く
>意思もありません。」 とはっきりと拒絶すれば良いだけのこと。
拒絶できない心理状態にしてしまうのが、宗教による洗脳やマインドコントロール。
釈迦を拒絶できる小乗仏教徒やイエスを拒絶できるクリスチャンが、唯の一人
でもいるかねw。
犯罪の種類によって法定刑に大幅な違いがあるのは、何故かね。現代の日本では、
姦淫罪は犯罪ではないw。
あと、島原の乱についての最近の研究では、従来の教科書的な為政者の横暴ではなく、
イエスで狂わされたキリシタンたちが、神社仏閣を破壊し、神官僧侶を殺害した
のが原因。
またまた爆笑レスを入れとるwww
っんとに、稀代の釣り師だなw
>>579 >極端から極端に走ることしかできず、その間に存在する無数のgradationが理解できない
貴方自身のことでしょうがwww
581 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 23:19:07 ID:uX3b27wt
>>579 おいおい、また論点ずらしか? いいか?
論点はあくまでも「内心の自由」 つまり人間は内心、すなわち
考えるだけであるならば、どのようなことを考えても良いし、どのような
思想をもっても良い。 これは日本国憲法で保障されている基本原理ね。
そして、これに異議を唱えているのは、お前くらいだよ、バカが。
>拒絶できない心理状態にしてしまうのが、宗教による洗脳やマインドコントロール。
釈迦を拒絶できる小乗仏教徒やイエスを拒絶できるクリスチャンが、唯の一人
でもいるかねw。
なんだこれは? 小乗教徒、クリスチャンが「自己の意思」でそれを
信仰していることのどこが悪いんだ?
彼らが「自己の意思に反して」強制的にその信仰を行わされているので
なければ何の問題もない。それこそ、それについて、ああだこうだ言うのは
よけいなお世話というものだ。
お前は宗教者全てが、マインドコントロールあるいは洗脳の犠牲者である
というわけ? 彼らはみな自由意志などないと? アホか?
お前のその独断によるきめ付けが、カルト思考だと言ってるんだよ。
>>579 gradationが理解できないのは、貴方の方だと思いますがねwww
>あと、島原の乱についての最近の研究では、従来の教科書的な為政者の横暴ではなく、
>イエスで狂わされたキリシタンたちが、神社仏閣を破壊し、神官僧侶を殺害した
>のが原因。
ソースの提示をお願いします。
583 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 23:20:40 ID:uX3b27wt
>>579 >犯罪の種類によって法定刑に大幅な違いがあるのは、何故かね。現代の日本では、
姦淫罪は犯罪ではないw。
何が言いたいんだ? 論点わかってるの?
俺の見解の趣旨は、倫理的要請を除外すると、「内心では、すなわち
考えるだけであるならば、どのようなことを考えてもそれは自由である。」
そこに、線引きを施して、ここまでは考えても良いが、これはダメという
ような判断は個人的にことなるので不可能。よって、考えるだけなら
たとえ殺人でも問題なしとするのが現代の世界中の法律なの。
できるものなら、お前が線引きしてみろや。どこまでは考えていいんだ?
窃盗か?強姦か?詐欺か? そして、そこで線引きする合理的理由は?
逃げずに答えろよ、カス。
倫理的要請を考慮するなら、万引きだろうがなんだろうが、全てダメだ。
法定刑の大小によって選別できない。すべて「やってはいけないこと」
だからな。 お前は子供に「窃盗はいいが殺人はダメ。」と教えるか?
健全な思考の持ち主は「犯罪はすべてダメ」と教えるがね。
お前のような「レイプ肯定論者」の見解では、法定刑の軽いものは
ってもよくなるわけか?
584 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 23:23:24 ID:Mk/UVPT5
>580 私は、この10年以上、カルト対策に従事している専門家ですよ。君たちカルトの 心情は、手に取るように分るw。
>>579 そのほかの指摘に対しては、またスルーですか?w
>他者が、思考と労力と時間を費やして行った書き込みを「スルー」するなどと
>いうこと程の無礼な行為はないぞ。君は、宗教者の風上にも置けない卑劣な
>人間であることを自覚せよ。
(
>>497 )
なんて仰ってた人がwww
>>584 (何の脈絡もない)過去の自慢話も、「敗北宣言」と同義ですよ?w
587 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 23:27:52 ID:uX3b27wt
>>584 「生命教というカルトの教祖」であるお前が、そのようなこと
を言っても全く説得力なし。 そんなごたくはいいから、早く聞かれた
ことにレスすれば?
588 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 23:37:31 ID:9ZY7X8Nu
>>587 「反生命」の宗教は、すべてカルトと断定してもよい。
このスレは、カルト信者の生態の観察に格好の場所だ。
やはり、薬物療法以外には治療法はない、というのが、カルト研究者としての
私の結論。
>>570 ここの人たちを一般的な仏教徒とおもわないでくださいw
ここに居る人たちはただの議論好きの人たちだよ。
題材が仏教の知識というだけのこと。
590 :
神も仏も名無しさん :2010/04/25(日) 23:53:09 ID:uX3b27wt
>>588 何の反論にもなってない。返答に詰まると、「お前たちはカルトだ。」
といって逃げ出す。いつものパターンだな。
「カルト宗教の教祖のお前が」他の宗教批判をしても、全く説得力
ないと言ったろ?
>このスレは、カルト信者の生態の観察に格好の場所だ。
カルト観察したいのならば、鏡をみて自己の思考をよく考えてみな。(笑)
>やはり、薬物療法以外には治療法はない、というのが、カルト研究者としての
私の結論。
だから、早く病院に行って薬もらってこいと言ったろ?
明日、行けよ。早いほうがいいぞ。
591 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 00:03:29 ID:uX3b27wt
>>589 >ここの人たちを一般的な仏教徒とおもわないでくださいw
これは「俺については」あたっている。
俺は、仏教徒でもないし、如何なる宗教とも無縁だ。
>ここに居る人たちはただの議論好きの人たちだよ。
他の人のことは知らないが、俺は議論は嫌いではない。
ただ、ここ最近の書き込みの動機は、隠居の「生命教というカルト」
を知らない人たちに注意を促すためだ。
ここ最近のやり取りで、生命教というのが、いかにとんでもない
カルトであるか、かなり明らかにされてきたと思うぞ。
592 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 00:20:43 ID:3oET86Aj
>>591 「反生命の宗教は、すべてカルトと断定してもよい。」
誰か、異論があるか。
>>592 いままで散々「異論」が出てきたのに、全て無視してるのは貴方でしょうがw
>>592 むしろ、「賛同者はいるか」と聞いた方が早いですよw
595 :
前世は一在家 :2010/04/26(月) 06:37:52 ID:3ajbyi7C
>>552 >龍樹がぼっちって死んだとか言われてるのって、
>居ない方がいいですか?みたいに他の僧に聞いたら、はいと言われたもんで死んだ
>みたいな伝説からきてるんですか
そうです、クマラージュ訳の「龍樹菩薩伝」です。
僧の言葉を聴いた龍樹は庵室に入り、幾日も経った後に蝉の抜け殻に
なっていたそうです。
「不去」、「不滅」ですから、この世を去らないことになりますかも。
596 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/26(月) 07:49:04 ID:2CqP84We
>>592 >「反生命の宗教は、すべてカルトと断定してもよい。」
例えば武士道というのは「死ぬここと見たり」などという。→葉隠れ
これは宗教ではないが、思想として確立しておってな、
人間、死ぬって覚悟をすると、あら不思議それで生命が漲(みなぎ)るんじゃよ。
それが闘争本能を刺激して、死への恐怖心よりも、自己アイデンティティーが優位になる。
やがて思想は昇華され「名誉」を重んじる思想と発展していく。
(これがうまい具合に儒教(忠)や、仏教(生死一如)ともドッキングされる)
武士は、死を覚悟することにおいて、そこに心の平安を得ることを経験的に学習する。
(これで利休が茶道を発展させる)→茶禅一味
やがて戦国時代より江戸時代になると、忠臣蔵になる。
浅野藩の武士の多くは「名誉」を選択して散っていったんじゃよ。
武士は何故散ったのか?
藩主への忠義か?
私は「名誉」かと思う。忠義は大義だろ?
(忠義は儒教文化圏にしかないが、名誉は世界共通なる文化)
>>596 論旨に関係ない横レスだが、葉隠って、そんな内容だっけ?
有名な一節だけから、適当に内容を想像してないか?w
少なくとも、儒学に反抗して書かれた書だから、
>これがうまい具合に儒教(忠)や、仏教(生死一如)ともドッキングされる
とはならないと思うんだが。
>>596 有名な一節を間違えている。
「葉隠」
武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり
死が名誉なのは忠義を尽くした結果だからですな。
仏教で命を懸けるのは仏と法のためだけ。→捨身
>>592 >「反生命の宗教は、すべてカルトと断定してもよい。」
仏教は時空際断ですから、反vs正の二項相対ではありません。
だから反vs正にこだわりまくるあなたはブッダおよび龍樹を掴んでいません。
>>598 >命を懸けるのは仏と法のためだけ。→捨身
そもそも懸けるよーなもんは、ありゃーせんぞな、もしw
日本の武士道などというもんが、
仏教をいかに御都合主義でインチキ・誤解していたかw
現世的価値観に固執しまくって居直った、それこそ反仏教でしかない。
>>598 >死が名誉なのは忠義を尽くした結果だからですな。
いやそうでもない。
古くはトロイア戦争(神話・BC1200年頃)などのも資料があるが、
アルキメデスは反権力だが、名誉のために闘ったようだし、
(ギリシャ軍は、アルキメデスを利用しただけ)
そもそもヨーロッパなどは忠義というより民族意識が行動原理だろう。
それは中世期にまで伝統としてあってな、
中世の王族などは、血族継承より権力が優先されてる。
(つまり、王を倒した側近が継承したりする)
つまり、強い者が民衆を統治する。というのは
大陸ではアタリマエのことだったようです。
(中国でも同じ)→ティンギスハーンの洗礼
601 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 12:06:59 ID:cEvyBioq
>>599 >仏教は時空際断ですから、反vs正の二項相対ではありません。
>だから反vs正にこだわりまくるあなたはブッダおよび龍樹を掴んでいません。
そのような思考を可能にするのも、生命の機能。ブッダも竜樹も、自己の生命を
以って教えを説いた。彼等がいくらあがいても、生命の呪縛だけからは逃れる
ことが出来なかった。
生命「のみ」が、人間のすべての営みの根源。人生とは、生命の応用問題に過
ぎない。生命を思考の基盤とすれば、いかなる問題に対しても「唯一の正しい
」解答が容易に得られる。
人間には、百人百様の思考や論理が可能であるが、それが「生命の維持」の
方向に向っている場合にのみ「正しい」という。それ以外には、正誤・正邪の
判断の客観的基準はないからである。
名誉も正義も、突き詰めれば、「他者の生命を救う行為」の属性である。
>>598 ご隠居も、机氏と一緒で、一節だけから内容を妄想してるだろw
葉隠って、「死が名誉〜」なんて内容だっけ?
大分前に読んだから記憶が曖昧だが、
あくびの止め方とか、ホモとか、酒の断り方とか、
ビジネスマン実践講座的なものだったと思うんだがw
>>601 >生命「のみ」が、人間のすべての営みの根源
これらはすべて二項相対概念・分節・名称と形態だ。
隠居の“いわゆる”「生命」とか「根源」とやらも言語ゲームなのだ。
「生命」(実質アートマン)とやらが“ある”とする観念にたいする幻想信仰でしかない。
だから煩悩執着(生命)教と揶揄される。
自己の言説の根本的な矛盾に気がついていない愚かさ。
だから壊れたレコードのように同じ言説を恥らいもなく繰り返す。
これでは、以下の言葉は掴み得ない。
『「これが手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる、
その手が深く感じられてゐればよい。
・・・・・・・・
―名辞以前だとて、光と影だけがあるのではない。
寧ろ名辞以前にこそ全体性はあるのである。』(中原中也 『芸術論覚え書』より)
そう、深く直覚するしかないのだ。
『名称と形態(明色)にたいする貪りを全く離れた人には、
諸々の煩悩は存在しない。』(スッタニパータ1100,756,909などなど)
『喜びが世の束縛である。思考が世人にとっての彷徨いである。
妄執を絶つことによって涅槃があるといわれる』(同上1108,1109)
煩悩執着(生命)教に幸あれ。
>>602 >葉隠って、「死が名誉〜」なんて内容だっけ?
そんなこと書いてある訳なかろう。
あくまでも死生観というのは個人レベル。
他言するものではなく、自らに秘めるもんだよ。
これがエキゾティックジャパンの伝統文化だ。
この精神構造は仏教から培われてきたもんだよ。
キリスト教文化圏では、愛は死を越える。とか・・・
中国では、種(の保存)が死を越える文化がある。
(優性思想とは違う)
それぞれに、風土の歴史が思想を発展させる。
605 :
? :2010/04/26(月) 14:37:26 ID:nnn9ntIl
>>604 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ!
【中論】の場合は、
例えば、仮に、
【白でも無くて、黒でも無い】とした場合に、
【白と黒の間を、とって灰色である】と言う解釈なのか?
それとも、
【白でも無く、黒でも無く、その間の灰色でも無い】
と言う解釈なのか?
【勝義諦の言葉によって】【般若心経】が出来た、と考えますが、
或いは、
【世俗諦の言葉によって】説明する事は、出来ないのか?
宜しく、お願い、申し上げます!
606 :
? :2010/04/26(月) 15:07:39 ID:nnn9ntIl
>>184 様へ!
やっと、本屋さんで、購入する事が、出来ました!
1).宗教史地図 仏教 (単行本) 古坂 紘一 (著)
最も簡明で最も広範な仏教通史、
しかも地図が豊富で、
インドおよび日本については
優れた知見を盛り込んでいます。
2).ブッダのことば パーリ仏典入門 (単行本) 片山 一良 (著)
日本人学者によるパーリ仏教概観、
日本仏教との対比がなされている。
御教示、頂きまして、大変、有り難う、御座いました!
607 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 16:17:20 ID:nN3zcd7n
>>603 生命は、それらすべての「余計なこと」は、一切「考えない」。
初めから、「すべてを知っている」からだ。
608 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/26(月) 16:43:22 ID:2CqP84We
>>605 白といふのは、あらゆるカラーにおいての一択ですよね。
だから白といふのは、あらゆるカラーの概念において「白」な訳ですよね。
(白とは別な、その他のカラーにおいての依存において成り立つ)
これは中論解釈において基本となるものです。
つまり、
言語全ては相対において、その意味が成り立つ訳でして、
だから龍樹は「生起」と中論には書いてますけど、
当然その相反する概念も含んでおる訳でして、
その意を抹消する意味においての「生滅」としておる訳です。
中論では「生起しつつ生滅」と・・・非常に微妙な表現です)
何故なら、「生起」とした瞬間にそれは自性になりますね。
(ここでセブン氏のように時間概念を入れると中論は台無しです)
勝義諦は、所詮は理論体系は無理である。ってことを前程としてください。
それをあえて龍樹が体系にまでした!!!
ここが重要でして、
>【世俗諦の言葉によって】説明する事は、出来ないのか?
説明は可能です。
しかしその前に「文字の知得」が肝要である。
<机龍之介・花押>
609 :
? :2010/04/26(月) 17:42:15 ID:nnn9ntIl
>>608 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ!
【中論】の解釈と言うのは、
例えば、仮に、
【人は五陰(五蘊)が仮合(仮和合)して、この世に存在している】
【因が、縁によって、果となって、報となる】
と言う、解釈で良いのですか?
610 :
? :2010/04/26(月) 18:16:45 ID:nnn9ntIl
>>609 の続き!
> 時間概念を入れると中論は台無しです
> 勝義諦は、所詮は理論体系は無理である。
> ってことを前程としてください。
私、個人としては、
【時間的、概念】とか、
【順序立てた理論体系】などが、
有る方が、理解しやすいのですが!
> しかしその前に「文字の知得」が肝要である。
【文字の知得】って何ですか?
宜しく、お願い、申し上げます!
611 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/26(月) 18:22:58 ID:2CqP84We
>>608 >【人は五陰(五蘊)が仮合(仮和合)して、この世に存在している】
文意のとおり解釈すりゃいいんじゃないですか?
五蘊が和合する訳はないので「仮和合」とし、論理展開する手法。
>【因が、縁によって、果となって、報となる】
因果律というのは、もともと印度の土着信仰にあった思想でして、
縁起はその思想をさらに進化させている。
つまり縁起的に、原因・条件において成立するから、自性が介在する必要性はない。
ということは・・・
因果律は踏襲したとしても、輪廻思想は否定した。といふ脈絡にも繋がる訳でして、
中論はそのバイブル的著作であろう。
612 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/26(月) 18:33:55 ID:2CqP84We
>>610 >【文字の知得】って何ですか?
例えば「因果」というのは語義自体が「時系列を含みます」。
それは間違いではないが・・・
>【時間的、概念】とか、
>【順序立てた理論体系】などが、
>有る方が、理解しやすいのですが!
法は、人間の思考システムに準じてあるのではない。
(理解できますか?)
「武士道は死ぬこととみつけたり」っていうのはね その次に続く文章があるんですよ 毎朝毎朝死に身になることによって一生無事に暮らせるという内容です 西行兼好は卑怯者とも言っています 「武士業がならざるゆえ抜け風をこしらえたるものなり」 武術など習っても何の役にもたたないとも書いています 武士の本懐は家老になって殿に意見申し上げることだそうです
614 :
? :2010/04/26(月) 18:47:54 ID:nnn9ntIl
>>610 の続き!
私、個人としては、例えば、仮に、
【前世→現世→来世】などの、
【時間的、概念】とか、
【瞑想とか、呼吸法とかの技法による、実修によって、
正しい智慧を獲得、出来る】などの、
【順序立てた理論体系】とかが、
有る方が、理解しやすいのですが!
それからもう一言いうと 「葉隠」は赤穂浪士を酷評しています 幕府の沙汰を待たずに目的を達したらすぐに腹を切るべきだったと 机さんていいかげんなこと書く人ですねw
616 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/26(月) 18:55:06 ID:2CqP84We
>>614 >【瞑想とか、呼吸法とかの技法による、実修によって、
> 正しい智慧を獲得、出来る】などの、
瞑想とか呼吸法とかやってると、それだけで時間概念は麻痺しますよ。
>【前世→現世→来世】などの、
などが一瞬に観じられたりする。
これを止観などは「空を観じる」とか言うんじゃないですか?
貴殿は瞑想とかしたことがあるのでつか?
617 :
? :2010/04/26(月) 19:10:30 ID:nnn9ntIl
>>611 >>612 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ!
>> 【人は五陰(五蘊)が仮合(仮和合)して、この世に存在している】
> 文意のとおり解釈すりゃいいんじゃないですか?
> 「仮和合」とし、論理展開する手法。
有り難う、御座います!
>> 【因が、縁によって、果となって、報となる】
> 因果律は踏襲したとしても、輪廻思想は否定した。
【輪廻思想】は、明確に否定されたのですか?
>> 【時間的、概念】とか、
> 例えば「因果」というのは語義自体が「時系列を含みます」。
有り難う、御座います!
> 法は、人間の思考システムに準じてあるのでは無い。
そうなんですか?
618 :
? :2010/04/26(月) 19:34:17 ID:nnn9ntIl
>>616 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様から!
> 瞑想とか呼吸法とかやってると、
> それだけで時間概念は麻痺しますよ。
そうなんですか?
>> 【前世→現世→来世】などの、
> などが一瞬に観じられたりする。
> これを止観などは「空を観じる」とか言うんじゃないですか?
そうなんですか?
> 貴殿は瞑想とかした事が有るのでつか?
いいえ! 無いです!
【滅尽定】が、
どの様な、瞑想法、呼吸法、実修法なのか?
【瞑想とか、呼吸法とかの、実修について】は、
【全然、分からない】ので、
御了承の程を、宜しく、お願い、申し上げます!
619 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/26(月) 19:49:03 ID:2CqP84We
>>617 >【輪廻思想】は、明確に否定されたのですか?
いや、明確には否定してませんけど、縁起との脈絡が繋がらない。
>> 法は、人間の思考システムに準じてあるのでは無い。
>そうなんですか?
人間の思考はパターン化されてますし、また、
パターン化されてませんと都合が悪いですよね。
合理的に考えるものです。
仏教は合理的ではないです。
では、寝ます。
620 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 19:56:37 ID:4Hbb0PBn
>>607 >初めから、「すべてを知っている」からだ。
これまたスゴイ設定が出てきたな。さすがは【生命】
621 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 19:58:04 ID:0IVDhw2L
>>569 >このスレを見て宗教に慈悲などないことがわかった。www
その通り、宗教団体や自分たちの欲・エゴばかりなりw
生活がかかってるから真剣そのものw
ナリフリ構わぬ宗教擁護w
>>570 >宗教論議というのは自己の見解をぶつけ合い相手を貶め誹謗中傷することに
終始する輩の集う場だということがわかった。
特に、宗教擁護の反論者は、宗教どっぷりのレスを書いているのに誰にも
分からないと幼稚に思い込み、恥ずかし気もなく無神論者だなどと嘘まで
平気でノタマッテ、罵詈罵倒の汚い言葉を使って茶番劇もいいところw
無神論者の風上にも置けぬものw
ロム者は、馬鹿ではないわw
622 :
? :2010/04/26(月) 20:07:04 ID:nnn9ntIl
>>619 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ!
>> 【輪廻思想】は、明確に否定されたのですか?
> いや、明確には否定してませんけど、
> 縁起との脈絡が繋がらない
え? そうなんですか?
【輪廻思想】と【縁起の思想】との
【脈絡が繋がらない】のですか?
> 人間の思考はパターン化されてますし、また、
> パターン化されてませんと都合が悪いですよね。
> 合理的に考えるものです。
はい! 私も、その様に考えている、所存で御座います!
>>> 法は、人間の思考システムに準じてあるのでは無い。
> 仏教は合理的ではないです。
そうなんですか?
> では、寝ます。
お疲れ様でした! おやすみなさい!
>>570 ですね〜。
生命教カルトのご隠居を見てると、なりふり構わぬ生命教擁護に、あきれるばかりです。
さらに、ご隠居は、生命教以外の宗教を貶め誹謗中傷することに終始する香具師ですから。
>>621 >宗教どっぷりのレスを書いているのに、誰にも分からないと幼稚に思い込み、
>恥ずかし気もなく無神論者だなどと嘘まで平気でノタマッテ、
>罵詈罵倒の汚い言葉を使って茶番劇もいいところw
>無神論者の風上にも置けぬものw
ホント、ご隠居のこと、そのものですね!
的確な表現、流石です!
でも、ID:TfwWklBrさん、こんなに酷いのは、ご隠居だけであって、
宗教者全てがこのように酷いわけではありませんので、勘違いなさらないようにして下さい。
624 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 20:21:41 ID:PxftNPKU
625 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 20:27:02 ID:PxftNPKU
◆ 『言葉』は、誰でも簡単に作り変えて言えるもの。 ◆ (*^。^*) <言葉は魔物>・・・詐欺はその常習犯 ☆★ 《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》 《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》 《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》 《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》 《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》《言葉は魔物》
626 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 20:37:44 ID:PxftNPKU
>>623 ちなみに
>>621 の
>無神論者の風上にも置けぬものw
とは、勿論「バカだのアホだのを多用するお馬鹿さんのことw」
当然、ご隠居氏のことではありません。
君は、図らずも
>>625 の証明をしましたね(笑
もう、君みたいに低レベルの相手はしたくないねン!
オヤスミン☆
>>625 またまた、ご明察!
【生命】とやらを、自分の都合の良いように言葉で定義する、ご隠居の言動は、
まさしく詐欺と呼ぶににふさわしい。
《言葉は魔物》とは、ご隠居の言動を反面教師として得られる至言ですな!
まあ、ご隠居本人は、魔物と言うには小粒すぎますがねw
>>626 というか、せっかくID変えて頑張ってたのに、ちょっと尻尾が見え隠れしてますよw
631 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 23:19:19 ID:x2jLOPUo
相手しようにも自分の言葉、具体論でもって隠居の主張を擁護するなんて不可能なんだから、 少なくともあと二年はロムに徹した方がいいだろう。
632 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 23:32:38 ID:Bn4ayDTW
>>621 >特に、宗教擁護の反論者は、宗教どっぷりのレスを書いているのに誰にも
分からないと幼稚に思い込み、恥ずかし気もなく無神論者だなどと嘘まで
平気でノタマッテ、罵詈罵倒の汚い言葉を使って茶番劇もいいところw
無神論者の風上にも置けぬものw
お〜〜〜〜、ついに自分が「生命教というカルトの教祖」であることを
隠し切れないとかんねんして自己批判を始めたか?
そうだぞ、もう誰もお前のことを「無神論者」だとは思わない。
それを隠れ蓑にして生命教なんて馬鹿げたカルトを布教しようと思っても
ダメだぞ。
いっそのこと『生命教に入信しましょう』なんてスレでも立てたら
どうか? 少なくとも、例のAAバカ一人は入ると思うぞ。
633 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 23:33:43 ID:x2jLOPUo
伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』ちくま新書 ID:PxftNPKUにはこれをすすめておく。かなり参考になる。 時間をかけて読み込めば、半年ロムるだけでここでの議論で やっていけるレベルになる……かもしれない。
634 :
神も仏も名無しさん :2010/04/26(月) 23:34:57 ID:Bn4ayDTW
言うまでもないことですが、
>>624 〜
>>626 は例の荒らしです。
皆さん、完全スルーでお願いしますね〜。
635 :
前世は一在家 :2010/04/27(火) 07:03:17 ID:xXjYtMog
本スレでも所謂「生命教」について論じられております。 プランクトン、ゴキブリ、ニワトリ、お猿さん、人間のいづれにも「生命」 はございます。肉体の維持に必要なのが「命」でしょう。 釈尊が説かれた「再生」の主体は人間の「魂」(肉体ではない)のことですから、 「生命教」では精神性や知性は対象ではないのでしょうか。 以上、私見にて失礼します。
636 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/27(火) 07:50:11 ID:kzNQAyqH
>>622 >【輪廻思想】と【縁起の思想】との
>【脈絡が繋がらない】のですか?
縁起は、複合的要因・条件における同時存在的関係ですね。
これは非存在でもある訳です。
何故なら「同時にある」といふことは、「同時になくて」故に「同時である」ことが成り立つからです。
これを仏教では非有非無などと言いますが、
この理こそ普遍性を有しておるのです。
合理も非合理もなく、輪廻も転生もなく、ただただ普遍であるだけなのであります。
>>635 横から私見。
≪『○○が維持されていること』そのことを「生命」と呼ぶのではないでしょうか?
我々人間や動物植物等、世間一般的に【所謂】「生物」と言われるものは、
仰る通りに『【肉体が】維持されている状況』を『生命』『いのちがある』と呼んでいると考えられます。
翻って、
「針供養」や「刃物供養」といった伝統行事があるように、【所謂】「無機物」と言われるものは、
『その【機能・働き】(或いは【存在意義】)が維持されていること』を、『生命』『いのちがある』と呼んでいると言えます。
勿論、人を始め生物も『その機能を有することを「生命(いのち)がある」』と言いますが、
機能と肉体(等)(の活動)が直結している以上、通常、針や包丁と同じ言い方にはなりません。
(※そこに触れていくときは、「精神性」や「尊厳」、或いは「心」といった次元の話になってくるからです。)
また、針や包丁も、「その“色(rUpa)”≒或る形と質量」が存するだけでは「いのち(がある)」とは言わず、
その“色(rUpa)”をもってしての「はたらき(機能)」が見られるときに、その時、「いのちがある」と言い得るわけです。
このことが意味することは何か?
それは、『何かを維持させている根源的なもの、第一原因的なものをそこに設定する必要はない』ということです。
635の言い方に倣えば、
《肉体の維持のために「命」が必要なのではなく》(言い換えれば《【「命」があって】【それが維持させている】のでなく》)、
≪『○○(肉体)が【維持されていること】そのこと』を『生命』『いのちがある』と称する≫ということです。
ここで、第一原因的に『御隠居流「生命」』を設定することは、
(仏教的に言えば)、他の様々な宗教と同じく(始めに「言葉」や「光」があったが如く、「魂」や「アートマン」が想定されるが如く)、
夢想妄想されたものでしかないということです。
638 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 11:22:17 ID:O9vKlT43
>>635 >釈尊が説かれた「再生」の主体は人間の「魂」(肉体ではない)のことですから、
>生命教」では精神性や知性は対象ではないのでしょうか。
「魂(精神)」も精神性も知性も、人間のその他のすべての営みも、肉体から生じます。
死者からは生じ得ません。その肉体を維持し、それらの「生命現象」の発現の原動力となる
のが生命です。「生命とは何か」を知ることはできません。「知る」という行為も、生命の機能に過ぎないからです。
「精神(心、思考、感情、「魂」)」は、その肉体を維持するための「ソフトウエア」です。その逆ではない。そして、「精神」もまた、多数の生命現象の一つとして、生命から発生
します。
釈迦がそんなことを説かれたとしたら、彼は「本末転倒」に陥っていることになります。
「生命教」という言葉は、妥当ではない。生命は、宗教ではありません。宗教に先立つ
ものです。
>>637 生命は「設定する」ものではありません。既に設定されているものです。設定する行為は、
生命の多くの機能の一つに過ぎません。
五蘊も、生命から発生し、生命維持に必須の機能です。さもなければ、五蘊は一体どこから
発生するのですか。
生活者は、その生存努力を通じて、意識的・無意識的に、生命がすべての基盤であることを
知り、その基盤の上で、日々、その維持のための営みを続けています。
宗教の開祖たちは、「例外なく」、その精神障害の故に、すべての根源である生命を忘却するという「本末転倒」「倒錯」に陥ったものです。
639 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 12:07:31 ID:dINp2oGU
>>638 >その肉体を維持し、それらの「生命現象」の発現の原動力となる
のが生命です。
アホは何度言っても理解できないね。
通常、「生命」とは『種々の生命活動、機能および、それらの現象を
もたらしている基体そのもの、すなわち「生物」を指して用いる。』
お前が言うような「何やらわけのわからんもの」を設定したりしないの。
お前の言っているのは【生命】というように呼称を変えているだけで、
その実、在家の言っているような「霊、魂、アートマン」と全く同じ。
呼び方を変えても、ダメなの。その証拠にお前の言う【生命】がどのような
もので、それが「霊、アートマン」とどのように異なるかを聞かれても
全く答えられずに逃げ出したろ?
だから、「生命教はカルト」だと言われるんだよ。
「生命」という、人間全てがその価値を認めるものに呼称を変化させても
その実体が霊魂などと何ら変わることがないことはバレバレ。
いい加減にカルトの布教は止めな。
>>638 >「魂(精神)」も精神性も知性も、人間のその他のすべての営みも、肉体から生じます。
>死者からは生じ得ません。
『〜から生じます。 〜(死者)からは生じ得ません。』
証明してごらん。
龍樹は中論第一章冒頭で[不生]を断言する。
ヘーゲル的な生成(Werden)を否定する反弁証法論だ。
*(実はここがブッダと龍樹の根本的な差異だという疑問をもっている。)
つまり龍樹にとって、事物は“〜から生じる”のではなく(不生)、縁起によって現象(存在)しているのだ。
事物の生成プロセスを否認し、現在事物の内包するスタティックな縁起(観)のみにある。
だから、
>生命は「設定する」ものではありません。既に設定されているものです。設定する行為は、
>生命の多くの機能の一つに過ぎません。
>五蘊も、生命から発生し、生命維持に必須の機能です。さもなければ、五蘊は一体どこから
>発生するのですか。
上記文言は[不生]と[縁起]の矛盾が全く解っていない支離滅裂なはちゃめちゃ分節であり、
「本末転倒」「倒錯」デタラメ文言だといわねばならない。
馬鹿なくせに、他人(隠居)の矛盾モノマネ文言を繰り返すなんざ、アホすぎる。
僕ちゃん、顔洗って出直しておいでw
>>638 かなり馬鹿そうでかわいそうだから、俺って親切だから、念を押しておく。
・『設定するもの』(生成)⇔『既に設定されているもの』(不生?:おまえ)
・『発生する』(生成:おまえ)⇔『なにものも生じることなく』(不生:中論冒頭)
この矛盾について詳しい話を聴こうじゃないかw
642 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 13:00:16 ID:zd7ydV6L
>>640 >『〜から生じます。 〜(死者)からは生じ得ません。』
>証明してごらん。
君のその書き込み自体が、明白な証明。それとも君は、「あの世」から書き込んでいるのかねw。
>つまり龍樹にとって、事物は“〜から生じる”のではなく(不生)、縁起によって現象(>存在)しているのだ。
>事物の生成プロセスを否認し、現在事物の内包するスタティックな縁起(観)のみにある。
そのまま、生命にも当てはまる。竜樹がそう考えているのも、彼の生命の機能。
>上記文言は[不生]と[縁起]の矛盾が全く解っていない支離滅裂なはちゃめちゃ分節であり
>「本末転倒」「倒錯」デタラメ文言だといわねばならない。
生命を、「生命の機能」である書かれたものから演繹解釈するのは、まさに本末転倒。
それに竜樹は、生命維持の営みである「世俗習慣」や、生命を支える「物理現象」を、
「無条件の前提」としている。釈迦とは異なり、竜樹には精神障害はない。
さらに、
「如来の本性であるもの、それがそのまま生類の本性である。如来の無自性である性格が、そのまま生類の無自性である。」(22:16)
ここでいう「本性」が、生命に相当しないか。生命こそ、無数の関係性の集合として、無自性である。生命は、まず、両親の「関係」から始まる。その関係性は、無限の過去に遡り得る。
>>638 「魂(精神)」も精神性も知性も、人間のその他のすべての営みも、肉体から生じます。
死者からは生じ得ません。
その肉体を維持し、それらの「生命現象」の発現の原動力となるのがトンヌラです。
「トンヌラとは何か」を知ることはできません。
「知る」という行為も、トンヌラの機能に過ぎないからです。
「精神(心、思考、感情、「魂」)」は、その肉体を維持するための「ソフトウエア」です。
その逆ではない。
そして、「精神」もまた、多数のトンヌラ現象の一つとして、トンヌラから発生します。
「トンヌラ教」という言葉は、妥当です。トンヌラは、宗教です。
トンヌラは「設定する」ものではありません。既に設定されているものです。設定する行為は、
トンヌラの多くの機能の一つに過ぎません。
五蘊も、トンヌラから発生し、生命維持に必須の機能です。
さもなければ、五蘊は一体どこから発生するのですか。
生活者は、その生存努力を通じて、意識的・無意識的に、トンヌラがすべての基盤であることを
知り、その基盤の上で、日々、その維持のための営みを続けています。
ご隠居は、その精神障害の故に、すべての根源であるトンヌラを忘却するという「本末転倒」「倒錯」に陥ったものです。
うむ、トンヌラに変換してもなんら問題ないなwww
644 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 13:18:22 ID:hVLq35tA
>>641 生命が予め設定されていなければ、釈迦も、竜樹も、佛教もない。
そして、その設定も「関係的」である。
>>642 で述べたとおり。
「不生」とは、「関係的」の意味。
竜樹の真意につき、大きな誤解がある。
645 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 13:30:07 ID:WQdtc8fY
>>643 >うむ、トンヌラに変換してもなんら問題ないなwww
当たり前だ。言葉とは「事物を指し示す記号」に過ぎない。「記号」だから、「白」を「黒」と呼び、「黒」を「白」と読んでも、一向差し支えない。事物に対して、記号がある。その逆ではない。
仏典の言葉を、すべてその「反対語」に置き換えても、指示される事物には、聊かの変わりもないのである。
単なる記号に過ぎない言葉を「真実の事物」だと誤解しているのが、特に、宗教の倒錯である。
646 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 16:03:27 ID:i9ErKrPY
「事物を指示する記号」に過ぎない言葉を、事物そのものだと勘違いして、 踊り狂っているのが、宗教者の姿。抽象語・観念語に至っては、何らの事物 も指示しない、内容空虚な記号に過ぎない。 宗教の教典からこのような「内容空虚な抽象語・観念語」をすべて削除すれば、 教典自体が消滅する。 「不生」とは、「生じない」ことではなく、「関係性故に、自性として生じない」 の意味。誤解してはならない。
647 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 16:22:10 ID:c6ykQFzB
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「人間」が、何を、どのように思考し、議論し、信じようとも、それはすべて 人間の「生物的生命」の機能。死者には一切が不可能。そして、生命は、実在 界(自然)に100%依存することによって「のみ」、維持することが出来る。 この「生命・自然」という究極的基盤を、片時も忘れてはならない。問題や疑問 が生じた場合には、この根源に立ち帰ることにより、最も正しい解答や解決が、 容易かつ迅速に得られるものである。 ■この究極的基盤から離れた思考や議論は、百人百様、口から出任せに過ぎず、 全く無意味・時間の浪費であることを、自覚する必要がある。■ (*^。^*) ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
648 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 16:24:57 ID:c6ykQFzB
何の証明も力も無いから、論争しかない「宗教」とは・・やはり
>>647 のこれ〜、
↓
■この究極的基盤から離れた思考や議論は、百人百様、口から出任せに過ぎず、
全く無意味・時間の浪費であることを、自覚する必要がある。■
>>639 のような無礼でお馬鹿な者にも、ご隠居氏は
「彼らは本来善良な人間。宗教に嵌ったが故に洗脳・マイコンされ人格変容を
起こしこんなになってしまった。彼らには罪は無い・・」
とか言われるんだろうなぁw(>_<。)
649 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 16:28:31 ID:c6ykQFzB
>>550 >多くの弟子達に見送られた釈尊。
>一人の弟子にも見送られなかった龍樹。
なるほどw
そういう解釈が出来るとは、世の中複雑。
>>588 >やはり、薬物療法以外には治療法はない、というのが、カルト研究者としての私の結論。
正に
>>591 氏のようなメチャクチャを平気で語るのは、狂気としか言いようがない。
やはり、病院に行っていただきましょうw
>>632 アホかw 「生命教」等というものはないし、宗教者のレス見るだけで
宗教なんかもうお腹一杯で沢〜山だわw(笑
>>633 あはは・・・宗教議論なんて既にご隠居氏が解決・決着済み〜ですょン!(笑
オチ
650 :
ID違うが :2010/04/27(火) 16:29:56 ID:jzP5rnPC
自分こそが「宗教的」、 と言われたことが余程悔しかったと見えるw
651 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 16:34:41 ID:dINp2oGU
はい、皆さん、いつもの荒らしが湧いてきました。
(
>>647 〜
>>649 です。)
最近は皆さんも分かっておられるみたいで、レスつける者も
全くいなくなりましたが、念のため。
これからも完全スルーでお願いします。
バカを相手にして、バカが移ったりしたらたいへんですので。
>>646 さすが!またまた的確なご指摘!
ちょっと単語を変換すれば、ズバリご隠居そのものです!
↓
「生命活動を指示する記号」に過ぎない生命という単語を、生命そのものだと勘違いして、
踊り狂っているのが、ご隠居の姿。
ご隠居が羅列する抽象語・観念語に至っては、何らの事物も指示しない、内容空虚な記号に過ぎない。
生命教からこのような「内容空虚な抽象語・観念語」をすべて削除すれば、生命教自体が消滅する。
あなたの指摘は、ご隠居をボロクソニ貶しています。
最高です!!!
653 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 17:25:13 ID:ZgVBgLZz
>>652 「生命とは、生命現象発現の原動力」「生命そのものとは何かは、生命を以っては分からない。分ることも、生命の機能だから」と何度も言ってるでしょ。
「生命現象発現の原動力」であることは、死ねば、生命現象は一切発現しないことから、
充分に推測できる。
「如来の本性であるもの、それがそのまま生類の本性である。」(by 竜樹)
竜樹も「生命教」だった!!!
>>653 「アートマンとは、生命現象発現の原動力」「アートマンそのものとは何かは、生命を以っては分からない。分ることも、アートマンの機能だから」と何度も言ってるでしょ。
アートマンが「生命現象発現の原動力」であることは、死ねば、アートマン現象は一切発現しないことから、
充分に推測できる。
「神とは、生命現象発現の原動力」「神そのものとは何かは、生命を以っては分からない。分ることも、神の機能だから」と何度も言ってるでしょ。
神が「生命現象発現の原動力」であることは、死ねば、神は一切発現しないことから、充分に推測できる。
「魂とは、生命現象発現の原動力」「魂そのものとは何かは、生命を以っては分からない。分ることも、魂の機能だから」と何度も言ってるでしょ。
魂が「生命現象発現の原動力」であることは、死ねば、魂は一切発現しないことから、充分に推測できる。
だから、ご隠居の【生命】は、アートマン(魂、etc.)の言い換えに過ぎないって散々指摘されてるだろうにw
655 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 17:55:53 ID:NsA2R2V3
アートマンの原義は「呼吸」「生命」。ドイツ語では、「呼吸する」は、その ものずはり「atmen」。恐らくは、すべての印欧語で同じ。 旧約聖書でも「聖霊」は、ヘブライ語で「ルーアッハ」、ギリシャ語で「プネ ウマ」。いずれも、「息吹」「生命」の意味。 そのアートマンでさえも、「相互依存性・関係性」の産物であるとしたのが、 大乗仏教の最大の特徴であることくらいは、理解すべきである。 「生命現象発現の原動力」でないものは、「神」とはいえないことになる。
656 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 18:15:08 ID:kn1dwYXF
従って、多くの宗教者たちが熱心に信じる「人間を超越した神」は、「神」でも 何でもないことになる。イエスに始まる、トンデモ勘違い。
>>655-656 要約すると、ご隠居の言う【生命】は、
アートマンや聖霊と同義語で、
生命現象発現の原動力だから、「神」とも同義語で、
キリスト教などとは異なる、独自の「神」であるって事ね?w
生命教の設立宣言としか思えないんだが?www
658 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 19:04:50 ID:CyQikl7Q
>>651 >これからも完全スルーでお願いします。
ハア?(゚д゚)
その方が結構だとレスしてるのに、しつこくレスしてくるのはそちらさん〜(笑
君も完全スルーでレスを止めたらどうどす〜?
>バカを相手にして、バカが移ったりしたらたいへんですので。
ハア?(゚д゚)
それは、こちらのせりふw 宗教バカはなかなか治りそうもな〜いw
と言うと、ご隠居氏が「信者に責任はない。個人攻撃するな」とレスが入りそうw
悪いのは宗教・宗教団体・・と言われた気がする。
ご隠居氏は、<信徒達やご家族>に常に冷静で優しいねン!
>>657 生命教、生命教ってうるさいょン〜w
何か下心・策略・・・が隠れ見える感じ〜(笑
659 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 19:18:22 ID:CyQikl7Q
>>655-656 ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイもの!!
どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑
ヽ(^。^)ノ
660 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 19:28:04 ID:MoIwtRAd
★********************************************★*********************************************★
■そ、そ、そ、そ、そ、そ、そんしー♪
い、い、い、い、い、い、いんきょー♪
いんきょー、いんきょー、そんしーーー♪ ■
>>655-656 ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイもの!!
どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑
ヽ(^。^)ノ
ご隠居氏のレスで、
修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ
修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ
「人間」が、何を、どのように思考し、議論し、信じようとも、それはすべて
人間の「生物的生命」の機能。死者には一切が不可能。そして、生命は、実在
界(自然)に100%依存することによって「のみ」、維持することが出来る。
この「生命・自然」という究極的基盤を、片時も忘れてはならない。問題や疑問
が生じた場合には、この根源に立ち帰ることにより、最も正しい解答や解決が、
容易かつ迅速に得られるものである。
■この究極的基盤から離れた思考や議論は、百人百様、口から出任せに過ぎず、
全く無意味・時間の浪費であることを、自覚する必要がある。■
上記を応用した、いんきょ尊師様の幸福実現指導、就職活動面接編♪
入社合格するための面接で、こう答えるべし♪
「仕事は生命がないと不可能なので、生命が大事ですう」
ご隠居氏のレスで、
修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ
修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ
☆**********************************************☆********************************************☆
661 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 19:32:13 ID:WabsVoN7
>>657 生命は、宗教を超えるものだから、宗教ではない。すべての生活者の常識に
過ぎない。
「神」という語は、もはや「廃語」にすべきもの。精神障害の開祖の原義の
勘違いと妄想から生じたもので、ゴマンとある宗教ごとに、その概念はばらばら。
だから争いが起こる。ただ一人であるはずの世界の創造主が、無数に存在する
のだからw。
しかし、生命をも「相互依存性・関係性」の産物とし(「共生」の観念を
初めて導入し)、「絶対性」を排除した佛教の功績は、誠に偉大であると言わ
ざるを得ない。これが、キリスト教などの一神教とは異なり、佛教が2500
年間、殆ど人を殺さなかった理由である。
その意味で、釈迦が、形而上を「無記」として退けた功績は大きい。霊魂と肉
体との分離も、無記としている。若し、釈迦が、「人間を超越した神や霊」な
どを認めていたら、今頃はどうなっていたか。キリスト教と同様の大殺戮が生
じていたことは確実である。
釈迦の功績は、後世の大乗仏教の発展と確立を可能にしたところにあると思う。
小乗は、一神教との類似性や親和性が強すぎて、忌むべき一神教と同じ穴の狢で
ある。現在の小乗国の混乱は、中東の縮図ではないか。
662 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/27(火) 19:35:33 ID:kzNQAyqH
>>659 >ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイもの!!
ヘミングウェイの作品に、生命がカジキマグロと格闘する筋書きのものがあって、
たまにこういう作品など読まれたら宜しいかと思いますね。
さすれば「生命」でも、少しは考えも変わってくるやに思います。
ヘミングウェイは、ストーリー性は単調です。
インパクトはありません。
が、私は好きですね。
663 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 19:37:20 ID:MoIwtRAd
>生命は、宗教を超えるものだから、宗教ではない。すべての生活者の常識に 過ぎない。 ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイ!! どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑 ヽ(^。^)ノ ご隠居氏のレスで、 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ ★********************************************★*********************************************★ ■いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪ いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪■ >生命は、宗教を超えるものだから、宗教ではない。すべての生活者の常識に 過ぎない。 の内容を応用した修行法。 いんきょ尊師様の幸福実現指導、スポーツで勝利する編♪ スポーツで勝つためには、 スポーツは生命がないとできない、生命で勝利すべし♪ ./)/) (・ー・)ノ 【宗教は阿片】・・なので止められません、止まりません〜 ☆ヽ(▽⌒*) ゚L-J ☆**********************************************☆********************************************☆
664 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 19:47:15 ID:MoIwtRAd
■この究極的基盤から離れた思考や議論は、百人百様、口から出任せに過ぎず、 全く無意味・時間の浪費であることを、自覚する必要がある。■ どうだ、偉大なるご隠居氏の修行、ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイ!!
665 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 19:47:54 ID:n5qxCDvs
>>662 私は、へミングウエイは嫌いです。作品に何か「裏」、「わざとらしさ」、
「思い上がり」がある。人間的な感動を感じない。彼は確かサヨクですね。
マルクスに共感するようでは、初めからお話にならない。
666 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 19:56:27 ID:mfkNylWi
>>662 今Wikiで調べたら、へミングウエイは、鬱病で自殺していますね。彼のいう
「生命力」が、こけおどしに過ぎなかった、ということです。
>>665 >彼は確かサヨクですね。
>マルクスに共感するようでは、初めからお話にならない。
相変わらずの幼稚な類型的決め付け思考だな。
看板、ブランドですべてを判断する小役人的発想だ。
人間(生命)としての幅が狭小な人格なんだろう。
なぜもっと自由な思考と行動ができないのだろう?
空を悟った人間なら、もっと自由闊達なはずだ。
類型などとは無縁のはずだ。
『生命』『キリスト』『釈迦』『マルクス』etcなどというキーワードで類型的脊髄反射する。
まさに言語ゲームの世界での裸踊りの徒輩だな。
668 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/27(火) 20:08:58 ID:kzNQAyqH
>>666 私の好きな作家は、殆ど自殺してます。
結局、そのくらい繊細でないとイイ作品というのは出来ないんですよ。
>「生命力」が、こけおどしに過ぎなかった、ということです。
生命力を作品に注ぎ込むから、
ですから生命が弱り切るんですね。
これは万国共通です。
669 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/27(火) 20:14:12 ID:kzNQAyqH
>>665 ヘミングウェイの作品は、ある程度人生経験を積みませんと
なかなか良さは分かりませんね。
ストーリ性にインパクトがありませんし、
醍醐味もありません。
ようは感性の問題です。
>>661 要約すると、
・生命教は既存の宗教ではない!宗教を超えた存在である!
・既存宗教の「神」は、生命教における【生命】=「真なる神」に比べれば卑小なものである。
・キリスト教は、虐殺を行う邪悪な宗教である。信じてはならない!
・生命教は、2500年の歴史をもつ仏教を更に発展させたものである!
・釈迦も、所詮は偉大なる【生命】の前では、卑小な存在に過ぎない!
さすが、生命教。
言ってる事がその辺のカルト教団と一緒だw
671 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 21:18:02 ID:9U3SqkWj
>>667 大量殺戮に脊髄反射しない君こそ、異常ではないかな。それが、根拠皆無な
観念の遊戯で狂わされて、人間性を破壊された宗教者の姿だ。
672 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 21:21:27 ID:3Slzwc77
感情的になりやすい事柄だからこそ、冷静に考える姿勢が肝要。それが大人の態度というもの。
673 :
神も仏も名無しさん :2010/04/27(火) 21:24:27 ID:i6p34G1K
>>670 そんな教義を持った宗教が、唯の一つでもあれば挙げてくれw。
676 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 21:26:08 ID:MoIwtRAd
>大量殺戮に脊髄反射しない君こそ、異常ではないかな。それが、根拠皆無な 観念の遊戯で狂わされて、人間性を破壊された宗教者の姿だ。 ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイ!! どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑 ヽ(^。^)ノ ご隠居氏のレスで、 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ ★********************************************★*********************************************★ まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) 偉大なる我等の指導者、ご・いんきょー将軍様は言われた、 「偉大なる私ご・いんきょー将軍様の言葉に反するものは、 大量殺戮に脊髄反射しなくなるのである、異常ではないかな。それが、根拠皆無な 観念の遊戯で狂わされて、人間性を破壊された宗教者の姿だ。」 まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) ./)/) (・ー・)ノ 【宗教は阿片】・・なので止められません、止まりません〜 ☆ヽ(▽⌒*) ゚L-J ☆**********************************************☆********************************************☆
677 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 21:31:25 ID:MoIwtRAd
★********************************************★*********************************************★ まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍)♪ 偉大なる我等の指導者、ご・いんきょー将軍様は言われた、 「偉大なる私ご・いんきょー将軍様の言葉に反するものは、 大量殺戮に脊髄反射しなくなるのである、異常ではないかな。それが、根拠皆無な 観念の遊戯で狂わされて、人間性を破壊された宗教者の姿だ。」 偉大なる我等の指導者、ご・いんきょー将軍様はまた、こう言われる。 「偉大なる私ご・いんきょー将軍様の言葉に反するものは、 大量殺戮する危険な宗教者であり、強制収容所におくりこみ、生命主体思想を再教育されるべきである」 まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) ♪ ./)/) (・ー・)ノ 【宗教は阿片】・・なので止められません、止まりません〜 ☆ヽ(▽⌒*) ゚L-J ☆**********************************************☆********************************************☆
678 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 22:10:24 ID:MoIwtRAd
隠居を沈黙していただく腕がうまいしょw
>>678 ご隠居のことだから、賛同者だと思って悦に浸ってるのかもしれないぞw
680 :
前世は一在家 :2010/04/27(火) 22:36:38 ID:pWorbN3c
>>661 >釈迦の功績は、後世の大乗仏教の発展と確立を可能にしたところにあると思う。
>小乗は、一神教との類似性や親和性が強すぎて、忌むべき一神教と同じ穴の狢で
>ある。
「大乗=中論」も貴兄の固執でしょうか。
多分、中論よりも信者数が多い法華経を例示しましょう。
方便品では「全ての仏子はやがて仏になり得る」と説かれ、
如来寿量品では「仏は常住」と説かれております。
3段論法ですと「全ての仏子はやがて常住となり得る」で
しょうか。
次に、貴兄の忌むべき一神教の方も紹介致しましょう。
旧約の創生記では「人は神の似姿にて創られた」と説かれ、
エイレナイオスは「人は神化し得る」と説いております。
これは共通の法(真理)でしょう、という仮説を立てており、
検証の為に文献を調べております。
このように両教で共通な法(真理)として「因果の法」も
ございます。
681 :
前世は一在家 :2010/04/27(火) 22:37:35 ID:pWorbN3c
>>680 新約聖書に説かれた「因果の法」を一部紹介します。
(マタイ 13:24)
天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。
(ガラテア信徒への手紙)
人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです。
>キララ☆ おまえ、褒め殺しが上手いなw
683 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 22:48:05 ID:MoIwtRAd
前世は一在家は最悪、 偉大な隠居氏にキリスト教と言う餌。 君のスレへ連れてあげてくださいw 昔、偽者のキララ☆が、ご隠居氏を賛美していましたのw
684 :
てすと :2010/04/27(火) 22:51:32 ID:cLrHTvND
おおおー、御隠居まだやってるのか。 あれ?キララが御隠居攻撃してる。
685 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 23:08:44 ID:MoIwtRAd
てすと殿、おひさーー。 偉大なる。ご隠居氏は仏教愛好指導中ですう。
>>681 >新約聖書に説かれた「因果の法」
>天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。
マリアの膣に強姦射精したのはパリサイ坊主なんや。
で、その私生児がキリスト。
パリサイ坊主の強姦精子は『良い種』だったのか?
687 :
前世は一在家 :2010/04/27(火) 23:37:59 ID:3m7K905n
>>680 >「大乗=中論」も貴兄の固執でしょうか。
レスポンスから図星だったかと思料します。
688 :
前世は一在家 :2010/04/27(火) 23:47:21 ID:3m7K905n
>>680 >「大乗=中論」も貴兄の固執でしょうか。
>多分、中論よりも信者数が多い法華経を例示しましょう。
日蓮上人も人間の「生命」を見守る生命を持たない魂的な
存在を説かれております。
人間が誕生すると、同名天と同生天という名前の天が守護
することを、釈尊が華厳経で説かれたそうです。
(出典:「日蓮大聖人御遺文集」日蓮真筆)
689 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 23:55:20 ID:MoIwtRAd
690 :
キララ☆ :2010/04/27(火) 23:58:46 ID:MoIwtRAd
偉大なる、ご隠居氏は宗教自体を否定しているのに、文章を読む能力がありませんw
>>661 >釈迦の功績は、後世の大乗仏教の発展と確立を可能にしたところにあると思う。
>小乗は、一神教との類似性や親和性が強すぎて、忌むべき一神教と同じ穴の狢で
>ある。
の意見は偉大なる、ご隠居氏のものです。
前世は一在家は、スレの流れと読むに能力の欠如がひどい、し、偉大なる。ご隠居氏の言う宗教患者ぽいですね
691 :
前世は一在家 :2010/04/28(水) 00:08:44 ID:HmZ9LCvK
>隠居氏の言う宗教患者ぽいですね 自称ご隠居教の貴方に言われましても。。
692 :
キララ☆ :2010/04/28(水) 00:17:56 ID:FE265P65
>>692 キララ☆
はいキララ、ご苦労さんでした。
下がってよろしい。
みんながシラケテルやないか。
空気嫁。
694 :
神も仏も名無しさん :2010/04/28(水) 17:58:31 ID:Hbreoo5K
■■■■■■■■■■ 嵐・ペテン師・詐欺情報 ■■■■■■■■■
>>660 >>663-664 >>676-677 -678
>>683 >>685 >>689-690 >>692 ↑のレスで「キララ☆」の名を騙るアラシ・ペテン師めw
お主は犯罪を犯しておるんじゃ、自粛しなさ〜い!! (`o´)
「キララ☆」レスは君たちの降参の白旗の証拠〜w^0^
やはり宗教者は精神的に幼稚〜、可哀想w(笑
ご隠居氏、ご迷惑おかけしてごめんなさいねンo(_ _*)o
皆さ〜ん、騙されないでスルーして下さ〜い!!
ヽ(^。^)ノ
■■■■■■■■■■ 嵐・ペテン師・詐欺情報 ■■■■■■■■■
695 :
神も仏も名無しさん :2010/04/28(水) 18:03:36 ID:Hbreoo5K
だから、コテなんかつけるもんじゃないw 「キララ☆」は、過去の失敗例〜、廃止したw 宗教者が苦し紛れにもがいてナリフリ構わず、悪用するんだからw やはり、名無しが良い〜
696 :
神も仏も名無しさん :2010/04/28(水) 18:27:45 ID:Hbreoo5K
>>670 >さすが、生命教。
言ってる事がその辺のカルト教団と一緒だw
又、又、又、コジツケ論〜w(笑
>生命は、宗教を超えるものだから、宗教ではない。すべての生活者の常識に過ぎない。
>>661 ↑
「すべての生活者の常識に過ぎない。」のが何故、カルト教団と一緒と断定することになるのか?
具体的に説明ドゾー
(もう、忙しいから2ch止めようと思ってたところなのに、困ったもんだw)
オチ
>>694-
>>696 金魚の糞
はい金魚の糞、お前もご苦労。
下がってよろしい。
お前は完全にみんなから馬鹿にされている、
空気嫁。
2ちゃんねる止めるか、基地外病院行くかどっちか決めろ。
698 :
神も仏も名無しさん :2010/04/28(水) 20:43:23 ID:ggVvDu4R
>>673 ははは・・・
>>674-675 だってw
笑っちゃうほど低レベルの読解力で〜す!!
正論が理解出来ないのだから、ご隠居氏も大〜変!
って言うか分かってて受容出来ないのだから病院行きしかないっしょw
┐(´∀`)┌
な?
宗教家を説得すんの無理だろ?
■ どなたか頭脳明晰な方、応援お願いしま〜す!! ■
┐(´∀`)┌
700 :
神も仏も名無しさん :2010/04/28(水) 20:46:45 ID:ggVvDu4R
>>697 偉そうに〜名無しで言われると〜、むかつくなぁ〜w(笑
宗教者は、開祖や教祖のことは一言も批判できないのに、
アンチ宗教者というだけで、偉そうに上から恫喝する。
この矛盾に絶対に気が付かないのが盲信宗教者の実体〜w
<あるがままに>物事を見れず、ある面、実にイヤラシイ〜w ┐(´ー`)┌
アサハラも釈迦もイエスも大川○○も・・・食べ物が無くなれば死ななければ
ならない皆、同じ普通の人間〜、
長所・短所を合わせ持った完全な人間ではないし、完全な人間等いないでしょw
だから、
その調子で一度、親鸞・釈迦やイエス・アサハラ・大川○○・・を
批判してみんしゃ〜い!!(^O^)/
では、オヤスミン☆
>>698 しつこいなw
読解力無いのは君でしょwww
そんなに構ってほしいか?
一つマジレスしてやるよ。
私は、一貫して《【構図としての】「宗教性」》を、御隠居の姿勢に関してしている。
内容や対象の質や価値付けにはそれほど重要性はない。
今、「宗教」或いは「宗教的」と言われる時の『宗教』は、
≪【カテゴリーの大枠としての】【「宗教」という『ラベル』】≫だ。
君のレベルに合わせて言い換えれば、『定食』としてもいい。
*(御隠居自身が
>>645 で言うようにねw)
ここで【定義として】〔ご飯・おかず・汁・漬物〕というセットが『定食』と言われるとして、
皆が皆、一人の例外も無く、≪お前の主張は『定食』(宗教)だろ?と言っている≫わけだ。
この時、隠居が何と反論しているか?
≪いやいやw【おかずがスパゲッティだから】定食ではない≫というものだ。
この滑稽さが解らないから二人とも馬鹿だと言っているw
おかずの内容なぞ問題ではない。
【〔ご飯・おかず・汁・漬物〕というセット】になっていることを指摘しているんだよ。
ここで、その品揃えではないということを示し得れば、まだ違っても来るが、
隠居は、スルーするか話題を変えるだけ。
≪その品揃え(→主張の仕方、姿勢、根拠の設定の仕方)は、【構図として】宗教を通り越してカルトですよ?w≫
と言っているのさ。
解る?
解んないんだろうな・・・w (;´ー`)y━~~
700 神も仏も名無しさん New! 2010/04/28(水) 20:46:45 ID:ggVvDu4R
>>697 偉そうに〜名無しで言われると〜、むかつくなぁ〜w(笑
偉そうに〜名無しで言われると〜、むかつくなぁ〜w(笑
偉そうに〜名無しで言われると〜、むかつくなぁ〜w(笑
偉そうに〜名無しで言われると〜、むかつくなぁ〜w(笑
……( ゚д゚ )つ鏡
>>700 生命教信者は、ご隠居のことは一言も批判できないのに、
宗教者というだけで、偉そうに上から恫喝する。
この矛盾に絶対に気が付かないのが盲信生命教信者の実体〜w
<あるがままに>物事を見れず、ある面、実にイヤラシイ〜w ┐(´ー`)┌
アサハラも釈迦もイエスも大川○○も「ご隠居も」・・・食べ物が無くなれば死ななければ
ならない皆、同じ普通の人間〜、
長所・短所を合わせ持った完全な人間ではないし、完全な人間等いないでしょw
その調子で一度、ご隠居を批判してみんしゃ〜い!!(^O^)/
非生命の立場に立てば、生きることも生命教になる、それだけのことです。
生命の立場に立てば、安心(あんじん)を求めることも精神疾患になる、それだけのことです。
706 :
神も仏も名無しさん :2010/04/28(水) 23:03:16 ID:BEikyCju
>>701 セブンよ、無駄だ。あのAAバカには、そこに書かれていることの
1%も理解できないだろう。
ゴキブリに算数を理解させようとしても無駄だろ?
最低限、相手の言ってることを理解できるだけの知能が必要だ。
こいつにはそれが欠如している。
実際、対話の不可能な奴ってのはいるもんだ。
こういうバカは完全スルーするしかないぜ。
>>706 勢いも下火になってることだし、時々はイイっしょw
708 :
神も仏も名無しさん :2010/04/28(水) 23:44:46 ID:BEikyCju
>>707 セブンも言ってたが
>隠居は、スルーするか話題を変えるだけ。
これが典型的なカルト宗教者の特徴だと思うんだよな。
通常の判断認識力を有する者は、自説の瑕疵を指摘、批判され、
それに対して有意な反論ができないのであれば、当然、それを撤回、
あるいは修正するだろ? また、そうすることにより、より自説が
望ましいものとなる。 前にも言ったが、俺なら逆に「よく指摘して
くれた。間違った見解を修正することができた。」と感謝するがな。
ところが、輪廻スレから初め、現在まで登場した多くのカルト宗教者
ってのは、例外なく、反論できなくなるとスルーして逃げ出すか、論点を
ずらして誤魔化そうとする。 そうすることにより、自己の信じる宗教、
教義、さらには自分自身を貶めてる自覚さえもないわけだ。
「自分は正しい。相手は間違っている。」という思考を立ち止まって
再考するくらいの知恵ってものが、ないのかね?カルト宗教信者には。
(まあ、ないからカルトにはまっているんだろうが)
709 :
? :2010/04/29(木) 10:45:00 ID:20wz+wtu
>>636 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ!
> 縁起は、複合的要因・条件における同時存在的関係ですね。
> これは非存在でもある訳です。
> 何故なら「同時にある」といふことは、
> 「同時になくて」故に「同時である」ことが成り立つからです。
> これを仏教では非有非無などと言いますが、
> この理こそ普遍性を有しておるのです。
> 合理も非合理もなく、
まるで、
【勝義諦の言葉の様で】理解するのが困難であります!
> 輪廻も転生もなく、ただただ普遍であるだけなのであります。
【輪廻も転生も無い】のですか?
710 :
? :2010/04/29(木) 12:01:42 ID:20wz+wtu
711 :
龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/29(木) 13:15:47 ID:nlLe8I0m
>>709 >まるで、
>【勝義諦の言葉の様で】理解するのが困難であります!
これは特殊能力がないと、なかなか理解は困難かと思います。
私が今想起した・・・特殊能力の共通する人物というと、
山下清画伯とか、アインシュタインとか、その他多くおりますけど、
いわゆる「障害者」と言われております人物です。
私は、これらの人物と釈尊は、ある共通性があったと思います。
山下・アインシュタインは生得的に障害がありましたが、
釈尊については決定的なことは解かっておりません。
私はなにを隠そう、これらについては専門分野でして、
さんざん研究しておるんですよw
まあ、だから教育関係の人脈があるんですがね。
貴殿は、こういう話は好きなんですか?
それとも「生命」について語ちる方が良いと、お考えでつか?
712 :
龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/29(木) 13:23:16 ID:nlLe8I0m
(つづく) マイクロソフト社の、ビル・ゲインツも障害者で有名ですね。 アーリア人も非常に能力は優れておりますが、 これは記憶などは障害者と共通するものがございます。 アーリア人は、つまりゲルマン民族ですね。 現在この民族は、ヨーロッパでは混血状態が普通です。 それでも純血を思想として勃興しようとしたのが、 あの、ヒットラーですね。 いやいや、 話は尽きることはありゅらんですw
713 :
神も仏も名無しさん :2010/04/29(木) 19:13:34 ID:7iBwc3hc
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ ■ 宗教とは、本当に困ったものだな。 ■ (#/_ _)/ 現実上根拠皆無な、百人百様の妄想を、あたかも事実であるが如く、狂ったように主張する。 その妄想は、他者によって「植え付けられた」もの。★ 人間は、現実界に100%依存しない限り、その生命の維持は不可能で、信仰そのものが 存在し得ない、という自明の事実をすっかり忘れている。☆ 1個人に過ぎない開祖や教祖を、あたかも「完全な人間」であるように勘違いしてひたすら盲信する。 「すべての人間には、長所もあれば短所もある」のが、唯一の「真理」であるのに。☆★ この「根拠皆無な妄想」を一旦植えつけられると、それから離脱することは、殆ど一生不可能。 結局は、妄想の中で、酔生夢死の一生を送ることになる。 勿論、社会には、何の貢献もできない。 幸運にして離脱に成功しても、「のた打ち回る苦しみ」を味合わなければならない。 宗教は、古代人が生存するための「手段」の一つとして発生した。すべての人間に共通する唯一 の普遍の事実は生存本能(生命)である。古代人は、生存の「手段」である宗教を、生存の「目的」 とするような倒錯には陥っていなかった。彼らにとっては、生存のための精一杯の「合理性・現実性・ 科学性」の表れであり、現代の科学に相当するものだった。 宗教のいかなる奇跡も及ばない科学の発達により、宗教はすでにその役目を終え、現代では、 その多くの弊害故に、法律をもって廃止すべきものである。 (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪
御隠居も規制に巻き込まれたのか?w
715 :
神も仏も名無しさん :2010/04/30(金) 06:11:51 ID:cmxAWPpu
まだ、やってんだこのスレW 昨日だったけかな覗いてみれば肉体があるから五蘊があり、肉体が無いなら五蘊も無いだってさW なあにィ!やっちまったなぁ吉本W! 阿羅漢果を得て死と共に五蘊の消滅なら涅槃だが、涅槃ではなくて誰もが死後そのもが存在をしないという見解をしちまったなW それは断見外道であると仏教の親分、釈迦が戒めてるのになW 精神に体を化作して肉体から抜け出るのを仏教の親分、釈迦が説いてるのになW 否定者は仏道の看板を降ろして唯物研究論者として批判したほうがいいなW
716 :
キララ☆ :2010/04/30(金) 07:15:25 ID:iqD0LvV/
693は隠居を排除しようとして、隠居に餌をやるw 空気嫁、というのは、 隠居が食いつきやすいようにせよ、ていうことらしいが・・ ま、693は隠居がからんでくれるのを喜んでいるんだろうなあw 依存症の家族みたいだw アル中の隠居に世話する「スルーする」とわざわざ挑発して隠居に荒されて喜ぶ変態693の喜びw 君の喜びを奪って悪かったw 空気読めなくて、ごめんようw といいながらw 隠居で遊ぼうw 隠居遊びの喜びは693の独占物ではないw
717 :
キララ☆ :2010/04/30(金) 07:18:52 ID:iqD0LvV/
ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイ!! どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑 ヽ(^。^)ノ ご隠居氏のレスで、 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ ■いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪ いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪■ >現実上根拠皆無な、百人百様の妄想を、あたかも事実であるが如く、狂ったように主張する。 その妄想は、他者によって「植え付けられた」もの。★ 人間は、現実界に100%依存しない限り、その生命の維持は不可能で、信仰そのものが 存在し得ない、という自明の事実をすっかり忘れている。☆ の内容を応用した修行法。 いんきょ尊師様の幸福実現指導、スポーツで勝利する編♪ スポーツで勝つためには、 スポーツは生命がないとできない、生命で勝利すべし♪ (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪
718 :
偉大なるご隠居氏の教義の説明者・キララ☆ :2010/04/30(金) 07:23:40 ID:iqD0LvV/
ご隠居氏の教義説明を妨害する宗教患者スパイの694は信じてはいけません(*^。^*) ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイ!! どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑 ヽ(^。^)ノ ご隠居氏のレスで、 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) 偉大なる我等の指導者、ご・いんきょー将軍様は言われた、 「宗教のいかなる奇跡も及ばない科学の発達により、宗教はすでにその役目を終え、現代では、 その多くの弊害故に、法律をもって廃止すべきものであり、これに反する者は、強制収容所で生命主体思想を再教育されるべきだ。」 まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪
719 :
龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/30(金) 07:36:19 ID:gIbeoQVx
(つづき)
>まるで、
>【勝義諦の言葉の様で】理解するのが困難であります!
山下画伯は、スケッチしないで瞬間的に光景を記憶するらしい。
(これは一般的には障害者の特徴と言われる)→定型発達(健常者)には真似はできない。
・・・というか、
この分野にかけては、私は健常者はある意味障害者なのであろう?
という持論はある。
勝義諦については、先ずこのような感性もある。ってことを参考にすべきだろう。
根本的に思考システムが全く違う。ってことです。
これを釈尊は「我見と信仰から離れる」と言っておる訳です。
> 「同時になくて」故に「同時である」ことが成り立つからです。
>>636 有名な山下画伯の「花火」は、その瞬間においてが世界観なのである。
720 :
偉大なるご隠居氏の教義の説明者・キララ☆ :2010/04/30(金) 07:47:32 ID:iqD0LvV/
嘘之介 ◆8Z1PfzdK1は自己愛嘘つき平気人格障害かもなw
721 :
tukue 龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/30(金) 09:12:01 ID:gIbeoQVx
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/62 > そのような稚拙な思考と論理と文章では、誰も判らんw。
> 英語に直訳したら、本国人は皆首をひねるだろう。そもそも、論理的な文章でなければ、英語には訳せない。
ハァ?w (゚∀゚)
英訳する意味がどこにある?w
しかも、「直訳したら」と?www
馬鹿丸出しですなw
英文の譬喩表現を日本語に直訳したら、不可解な文章になることくらい
【専門家の貴方が】知らない筈はないでしょう?w
> 「宗教」の定義はさておき、
ええ、さておいて頂いて結構ですよw
A> 宗教も、人間の他のすべての営みと同様、生命の機能である。
はい。まったくその通りですねw
B> 死者には、宗教は出来ない。
はい。まったくその通りですねw
C> 従って、生命の機能(生命現象)と生命そのもの(機能の発生源)とは別個であり、別平面上にある。
はい? ( ゚∀゚;)
ここで『従って』という接続に意味はありませんが?www
AとBからCは導けませんよ?w 頭沸いてるんじゃないですか?wwwww
そして、ここが一番重要な所だが、
以前、哲板の最高位の例を他の引用と併せて示したことがある。(宝珠は両手で賛同していたがwww)
あの愚かさと全く同じ構図だw (だから「劣化版デカルト」だと言ったろ?www
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/62 > 分類とは、同一平面状において行うもの。
正確ではないなw
『【或る任意の】【共通項・要素】をもとに括られたもの』が『分類されたもの』ということだ。
『【或る任意の】【共通項・要素】をもとに括る』ことを『分類する』というのだ。
> 定食とスパゲティとは、「食物」という同一平面状にある。
はい。 それも、分類の際の共通項の一種ではありますねw
(私が採用したものではありませんがw)
> 尤も、この分類もおかしい。
どこが?www
> 定食にスパゲッティが添えられているものもあるのだからw、まともな分類にも、なっていない。
いやいやw
『 >定食とスパゲティとは、「食物」という同一平面状にある 』【という分類の仕方】を示したのは貴方ですよ?w
自分で条件付けて分類しておいて、それはおかしいとは・・w
痴呆が始まってるんじゃないですか?
おかしくなるのは、あなたが例示した分類基準が今回の譬喩表現に於いて適さないものだからです。
(「定食」という括りは、今回の表現に於ける分類の「最大枠」だからです。)
《「おかず」というカテゴライズの中に「スパゲティ」を含めるかどうか》ならば、
十分に意義のある反論となったでしょうに・・・w
ホント、詰めが甘いですねw
で、結局
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/63で言ってるのは 、
「スパゲティは断じておかずではない!スパゲティをおかずとすることはありえない!
だから、私の主張は“定食(宗教)”ではない!」
ということそのものなのに・・・w
724 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/04/30(金) 13:22:31 ID:gIbeoQVx
机のレスって、 近所のおっさんが横から入ってきて自慢話を始めるような風情があるなwww
>>723 スパゲッティーと言うから理解できないんじゃない?w
ご隠居がやってるのは、単なるラベルの張替えなんだから、
同じ「ご飯、味噌汁、焼き魚」のワンセットなのに、「ライス、ミソスープ、ローストフィッシュ」と呼んで、
「だから、定食じゃない!」と言っているようなものだろ。
>>725 そりゃ、本質的に、おっさんの自慢話なんだからしょうがないw
>>727 なるほど、解り易い。
が、「ご飯、味噌汁、そしてスパゲティ」という違和感も残したいw
なんとなれば、「『生命』という呼称を用い、それを(一切の根源として)定規とする」姿勢は、
《ご飯や味噌汁、漬物等はそのままで、そこに『生命』(→スパゲティ)を捻じ込んでいるにもかかわらず
「これはセットじゃない!」と叫んでいる》滑稽さだからw
スパゲティと言えば、一見(→【一般的には】)単品物であり、定食(≒セット)とされることはない。
彼は、《そこ》(「スパゲティ」と「定食」についての一般的通念→「生命」と「宗教」についての一般的通念)
を利用して、自分の主張が宗教ではないという論拠としている。
自分が≪「定食」(→宗教)として『生命』を提示している≫ことを忘れてね・・。
・ここに参るはおりんでござる しょうじるてんの苦界の人が ろく字のあみにかがられて みだの浄土にひきよせられる おりんご恩をよろこばしゃんせ ご恩うれしや南無阿弥陀仏 ・この世の苦労という苦労の、一切をひきうけなされて、 み仏さまの代身ごと生きておられまする。 その六十六部、ごぜさまの、心美しい旅があればこそ、 おららのような者もこのように息災に生きておられまする。 さて、生きているのは何か
訂正 × さて、生きているのは何か 〇 さて、生きているとは何か
731 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/05/01(土) 13:19:03 ID:8gFgNLU1
732 :
神も仏も名無しさん :2010/05/01(土) 16:41:47 ID:pLeZ5dSv
test
733 :
神も仏も名無しさん :2010/05/01(土) 17:04:02 ID:IuqCB0ey
>>723 >『【或る任意の】【共通項・要素】をもとに括る』ことを『分類する』というのだ。
君の「定食(ランチ)」「スパッゲッティ」の分類における「或る任意の共通項・要素
」は何かね。
レストランのメニューは「分類学的な」分類ではないよw。
「料理の種類」を「或る任意の共通項・要素」とすれば、定食(ランチ)に添えられた
スパゲッテイ」は食べないで、取り除かなくてはならなくなるw。
料理を宗教に喩えようとしているのなら、生命は、宗教を作り出した存在だから、
君の分類では、「料理人」もメニューの一部となるw。
734 :
神も仏も名無しさん :2010/05/01(土) 17:13:06 ID:kwLNj4NU
>>723 その調子で、開祖の言動の矛盾も批判したらどうかね。それだけは絶対に出来ない
のだろ。それが開祖・教祖の盲信・狂信という、「精神の病理」なのだよ。
精神医学の対象以外の何物でもない。
>>733 あのなw
君は、
≪「スパゲティは《おかず》ではない!」と言いながら、《定食》の形でスパゲティを客に出してる≫のさw
別に、スパゲティでなく「お好み焼き」でも「オムライス」でも「焼きうどん」でもいいぞw
733がまったくの的外れであることが自覚できんとは・・。 重症だなw
ゆっくり考えてごらんw 解らなければ、また解説してあげるよwww
分類の仕方のバリエーションを洗い出してみるとかwwwwwwwwww
(大概の人は、経験的に気付くんだけどね・・・(^^;) )
しかし、つくづく譬喩表現の通じん奴だなw
ここまで酷い理解力に出会ったのは初めてだ。
>>734 既に言及済み。
いつも通り、君がスルーしてるだけさw
一つ、曖昧だったことをはっきり言えば、(縁起馬鹿が顔を真っ赤にしそうだがw)、
「三世に跨る輪廻に関しては、お釈迦さんも、所詮その時代の人だったんだな」
と思ってるよ。俺はw
(あくまでも、『裏読みせず、現存仏典の記述に従えば』、ということだがw)
736 :
神も仏も名無しさん :2010/05/01(土) 22:53:51 ID:WmUrsLcb
>>735 生命は、「唯一の根源」だから、「おかず」はないw。空気がなければ、人間
が生きられないのと同じ。だから、アートマン(の原義)であり、ルーアッハ
であり、プネウマなのだ。
おかずが必要なのは、「唯一の根源」に基づかない、すべての宗教である。
宗教は、おかずがなければ食えない(維持できない)からである。
>>736 いやいやいやいやw
>生命は、「唯一の根源」だから という言い方が【《おかず》的】ですよ、とw
738 :
神も仏も名無しさん :2010/05/01(土) 23:05:04 ID:jr0rScrg
アートマンやルーアハからみて息はイメージ元にあたる部分。 【生命】からみた(通常でいう)生命も同じ。アイデアの元にすぎない。 具体的に「唯一の根源」からどのようにして体内組織や機能が沸いて出てくんの?
ま、2丁目(2chyoume)の御隠居食堂の定番メニューは 「生命定食」ということでw
740 :
神も仏も名無しさん :2010/05/01(土) 23:25:54 ID:3CXPig63
>>737 ならば、「唯一の根源」はどう表現すればよいか教えてくれw。
食堂の親父なら、「申し訳ありませんが、今日は飯しか残っていないのですが」
と言うだろう。しかし、本当に空腹な客なら「飯だけでもくれ」と言うだろう。
飯だけでも、よく噛んでいれば、甘味が出てくるものだ。
>>738 空気がなければ、体内組織(生命)やその機能の発生は不可能。
>>740 ほうwww
では、≪喩えとして【「ご飯」が「生命」に該当する】≫ということで宜しいので?w
ならば、それに合わせて改訂致しますが?
>>740 >空気がなければ、体内組織(生命)やその機能の発生は不可能。
揚げ足取りだが、嫌気性の生物が山ほどいるんだが?w
そもそも、人間だって、体内じゃ空気に触れてないぞ?w
744 :
神も仏も名無しさん :2010/05/01(土) 23:33:51 ID:jr0rScrg
>>740 >空気がなければ、体内組織(生命)やその機能の発生は不可能。
でもプネウマやらルーアハやらアートマンはいらない。
同じように【生命】も不要。不可欠だと言うなら、「唯一の根源」たる【生命】から
からどのようにして体内組織や機能が沸いて出てくんのか、きちんと説明すること。
746 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 00:39:26 ID:wZswh231
だからなあ、隠居よ、お前も「生命現象、機能および、それらの基体」の背後に 【生命】などというわけの分からんものを設定せずに、 「生命現象、機能等は、その基体の有機体の化学変化の帰結にすぎない。」 と、機械論的見解に立てばいいんだよ。 そうすれば、少なくとも、それに 対する批判は「唯物論」に留まり、「カルト宗教」であるという批判は、減ると 思うがな。 お前が、「その主張するところが極めてカルト的である。」と批判されている 原因の一つがそこであることも理解できないのか?
747 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 00:43:04 ID:wZswh231
お前が繰り返し喚いている「唯一の根源」という【生命】ってのは、 呼称を変えただけで、「魂、霊、アートマン」などと何ら変わらんと 何度も指摘されただろ? だから「生命教」などと言われるんだよ。 いい加減に分れや、隠居。
748 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 00:49:40 ID:wZswh231
お前が、そうやって【生命】みたいな霊的なものに固執するのは、 まだカルトの洗脳から抜けきってない証拠だぞ。 お前は、統一で酷い目にあって、その反動から「反宗教」を唱えて いるんだろうが、おまえ自身がまだ、その洗脳から抜け出していない。 とにかく、一日もはやく、統一の洗脳から完全に抜け出すことだな。 そうすれば、【生命】なんてものに縛られることもなくなるだろう。
749 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 01:34:54 ID:yn6NhBpC
>>743 >そもそも、人間だって、体内じゃ空気に触れてないぞ?w
アホですか。体内には、空気中の酸素が血液によってくまなく運ばれる。
何故嫌気性生物が存在し得るのか、正直言ってよく分らん。誰か教えてくれ。
これらはもはや「生命」とは呼ばないのかも知れない。「生物と無生物との
間」だろう。
>>748 統一は、キリスト教系だから、生命のセの字も言わないw。
750 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 01:47:55 ID:mRkmlN59
「反生命の宗教」は、すべてカルトと断定できる。生命を以って生命を否定する という矛盾と倒錯に陥っているからである。まさに「嫌気性生物」である。 嫌気性生物は、しばしば、猛毒を発生する。
751 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 01:53:20 ID:wZswh231
>>749 >統一は、キリスト教系だから、生命のセの字も言わないw。
ホントにバカだね。「読解力」というものが皆無だね。
だから。セブンの言うことも全く分からず、ピントのずれたレス
ばかり繰り返すんだよ。 お前、小学生に戻って「国語のお勉強」
から、やり直して来い。
いいか?【生命】などという「呼称」はどうでもいいの。
ネーミングは関係ないの。
それを、「神」と呼ぼうが「霊」「精霊」と呼ぼうが、あるいは
お前のように【生命】と呼ぼうがどうでもいいの。
現実に「観測、検証不能なもの」を設定し、それに絶対的価値観を
認めることが全く方向性において等価であるといってるわけ。
そこが「生命教というカルト」と言われる所以なんだよ。
お前は小学生か? そのくらいのことも理解できないわけか?
752 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 02:02:39 ID:zF7QN+5/
>>747 >「魂、霊、アートマン」などと何ら変わらんと
それらも、原義は、すべて「生命」である。古代人の生命観は正しかった。
それを、精神障害の宗教の開祖たちが、何やら「人間の肉体の外部に存在
する得体の知れないもの」と誤解してしまったのである。
釈迦も、霊魂と肉体との分離を「無記」として戒めているではないか。
イエスに至っては、「聖霊が、どこか人間の外部から鳩のように舞い降りた」
などと言っている。まさに統合失調症患者の妄想そのもの。笑うしかない。
753 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 02:07:35 ID:wZswh231
>>750 >「反生命の宗教」は、すべてカルトと断定できる。
ここがお前の最も姑息なところ。まさにカルトの手法だ。
自分が信じる「霊魂てきなわけのわからんもの」に、
ほとんどの人間が最大の価値を認める「生命」という呼称を用いる。
「霊」「魂」「アートマン」などという呼び方をすると、反オカルトの
人間の反発を招くため、誰もが受け入れやすい「生命」という呼び方を
する。そのようにして正体を隠し、自己の見解をじわじわと浸透させて
いくやり方は、まさしくカルトだな。
これは「統一」で学んだか? そのときの経験がしっかり役にたって
いるではないか。(笑)
しかし、初見の者はともかく、このスレに古くからいる住人はだませないぞ。
754 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 02:15:58 ID:wZswh231
>>752 >それらも、原義は、すべて「生命」である。古代人の生命観は正しかった。
それを、精神障害の宗教の開祖たちが、何やら「人間の肉体の外部に存在
する得体の知れないもの」と誤解してしまったのである。
つまり、「霊、魂、アートマンなどの原義は「生命」であった。
だから、呼び方を元に戻したわけか? ならば、呼称を変化させた
だけで、それの指示する内容は全く変わらないわけだ。つまり、生命教
の教義は、霊、魂、アートマンをなどのわけの分からんものを認める
宗教と何ら変わることはない。」
お前、自分で認めているわけだ(笑)
755 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 02:15:59 ID:tYaiWHqH
>>753 君は統一の教義に詳しいようだな。元信者か?そうでなくても、同じようなカルトだろ。
私は、統一には詳しくない。ただ、文鮮明が若い頃、「イエスの啓示を受けた」こと
だけは知っている。
統一については、元信者の机師に聞いてくれw。
756 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 02:24:01 ID:wZswh231
>>755 >君は統一の教義に詳しいようだな。元信者か?そうでなくても、同じようなカルトだろ。
また認知症が始まったか?
何度も言ったろ? 俺は仏教徒でもないし、如何なる宗教とも関わったことはない。
(唯一、宗教との関わりは親戚の葬式に出たくらいだ)
自分を批判する者は、どうしてもカルト信者にしたいわけか?
統一に言及しているのは、以前、お前がそれにはまって酷い目にあった
経験があると聞いたから。 少し前のレスで机氏も触れてたぞ。
>統一については、元信者の机師に聞いてくれw。
ほ〜、机氏もそうなのか。ならば、元の仲間ではないか?
それで仲がよかったのか?
757 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 02:47:12 ID:5fUJcHse
>>756 己の生命を以って、生命に狂気のように反対する君には、統一と同じく、一神教系の
宗教の臭いがぷんぷんする。生命を持ち出されると、少なくともキリスト教系の宗教
は、イエスの立場がなくなり、崩壊せざるを得ないことを、死ぬほど恐れているからだ。
己の生命を以って生命に反対することは、生命を肯定しているに過ぎないことを知れ。
生命をカルト呼ばわりしているのは、他ならぬ君である。
758 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 03:11:33 ID:wZswh231
>>757 またそうやって誤魔化す。それも何度も指摘したろ?
俺は「生命」は大切に思ってますよ。否定したり、反対したことなど
今まで一度もない。「生命」は大事ですよ。一般的意味での「生命」ならね。
俺が >・・生命に狂気のように反対する君には・・
したレスを一つでよいからあげてみな。
あげることができたら、俺は今までの俺の発言を全て撤回して、お前に
謝罪するわ。(笑)
いいか? 俺が否定してきたのは、お前が言う【生命】
わかるか? 呼称だけ変化させて、その実体は「霊」「魂」「アートマン」
などと全くかわらない「わけのわからんもの」
> ・・統一と同じく、一神教系の
宗教の臭いがぷんぷんする。生命を持ち出されると、少なくともキリスト教系の宗教
は、イエスの立場がなくなり、崩壊せざるを得ないことを、死ぬほど恐れているからだ。
どうしても。俺をキリスト教信者にしたいの? (笑)
キリスト教の信者には悪いが、俺はイエスがどのように批判、中傷されようとも
全く構わないんだがな。 聖書など、生まれて此の方、一度も手にしたことが
ない。(笑) だから、正直、何が書かれてあって、どのような教義であるか
も知らないので、キリスト教の話題には参加しなかった。
シッタカは嫌いなんでね。お前のような。
これ、ちょっと前に書かなかったか?
>生命をカルト呼ばわりしているのは、他ならぬ君である
だからね、「生命」をカルト呼ばわりしたことなど一度もないよ、俺は。
「生命」は、十分その価値を認め、それを尊重する者を決して「カルト」
などと読んだりはしないよ。
俺が「カルト」と呼ぶのは、お前の言う【生命】だ、アホ。
同じことを何度も言わすな。
759 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 04:01:53 ID:wZswh231
さて、机氏は
>>731 で
>ちょうど隠居氏が統一で活躍してる頃かと?
はっきりとこのように言ってるな?
また隠居は
>>755 で
>統一については、元信者の机師に聞いてくれw。
と、このように言っている。
はて? これはどうなのか? 隠居は「自分は統一に関わったことはない。」
と、言ってるが、すると机氏の発言はウソか? また、机氏が「元統一信者」
だったとの隠居の発言は本当のことか?
机氏よ、そこんところ、どうなの?
760 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 04:02:38 ID:dK1f0Ead
>>758 >俺が「カルト」と呼ぶのは、お前の言う【生命】だ、
君にとっては、「生命」には2種類あるのかね。
私のいう生命とは、文字通り、生物としての人間のすべてが共通に有する
「生物的生命」のみ。その存在は、万人に認識可能な「生命現象」によって
のみ判断される。すべての生活者が、意識的・無意識的に、その指示に従って
生存を続けているもの。肉体の死によって消滅する。
カルト信者鳩山総理のような、「いのち」「いのち」と言いながら、国民
の「生命」は危険にさらしているのとは違うよ。
人間の生物的生命に最大の価値を認められると困るのは、宗教信者だけだと思うが。
761 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 04:28:17 ID:wZswh231
>>760 >私のいう生命とは、文字通り、生物としての人間のすべてが共通に有する
「生物的生命」のみ。その存在は、万人に認識可能な「生命現象」によって
のみ判断される。すべての生活者が、意識的・無意識的に、その指示に従って
生存を続けているもの。肉体の死によって消滅する。
バカたれが。何度も何度も何度も繰り返し、言ってきたろうが?
通常、我々が「生命」という語彙でもって指示することは
「いわゆる生命現象、機能、そして、それらを現す基体すなわち
生物そのもの」のことだ。 生命現象を起している「何やらわけの
わからん霊的なもの」など設定しないの。そういうものの存在を認め
生命現象をそれに帰結させるのは典型的な「オカルト」「スピリチュアル」
の考え方。
俺はね、実証派なのよ。現時点において、その存在が実証されてないもの
または有意な仮説により、将来、その存在が実証される可能性が高いもの
以外は、とりあえず現時点においてはそのようなものは、存在しないと
見なすわけ。(要は蓋然性の問題)
そして現時点においては、お前の言うような生命現象をコントロールしているような
メタな存在は全く確認されておらず、その存在を示唆する如何なる証拠も
提示されていなわけ。つまりお前がしきりと主張する【生命】など、極めて
蓋然性の低いたわ言にしかすぎんわけだ。
医学、生物学において細胞レベルによる解析によっても、お前の言う
【生命】など発見されておらず、もちろん考慮されたこともない。
お前の言う【生命】とは、お前の嫌うオカルト、スピリチュアル、
宗教の分野においてしか認められてないの。
だからお前は「生命教」だと言われるんだよ。
何回言ったらわかるの?
762 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 04:30:51 ID:DUfyVSJM
>759 机師は、はるか昔のレスで(このスレではない)、統一信者だったことを告白 しておられたと記憶する。記憶違いであれば謝る。だから現在でも、宗教その ものは、否定されていないのだと思う。 しかし、机師が、禅により統一の洗脳を離脱されたとすれば、それはむしろ 尊敬に値すること。統一の洗脳は、そんな生易しいものではないことを、私は カルト宗教一般に対する対応から、よく知っている。 そもそも、神仏を否定し、人間の生物的生命に最大の価値を認める宗教信者が いるかね。頭を冷やしてよーく考えてくれ。 私は、人間である限り、いくらあがいても、その生物的生命から逃れることは 不可能だという事実を述べているだけ。一般の生活者は皆知っていることだが、 このスレは、カルトが群がっているから、事実を指摘して、反省を促している のである。本来なら、生命という自明なものを語る必要は、全くないのだ。 生命とは、説くものでも、語るものでもなく、その指示に従って「生きる」 だけのもの。これ以上、自明で平凡なものはないのである。宗教者だけが、 宗教観念により、その自覚を人為的に「失わされている」に過ぎない。
>>749 前にも、「生命とは心臓のことである」とか、訳の分からん事いってたが、
今度は、「生命とは酸素である」とか言い出すのか?w
>アホですか。体内には、空気中の酸素が血液によってくまなく運ばれる。
それなら、「空気」じゃなくて、「酸素」と言えよw
もしかして、その区別も付かないのか?
そして、その上で、「酸素」を必要としない嫌気性生物が存在する事をすでに指摘しているんだがね?w
>これらはもはや「生命」とは呼ばないのかも知れない。「生物と無生物との間」だろう。
おーいwww
嫌気性『生物』を、生き物じゃないって?www
斬新な定義だなwwwww
そもそも、地球上の全ての生命は、嫌気性生物として誕生した祖先から進化したんだがな。
まさか、「地球上の全ての生物は【生命】を持っていない!」とでも言い出すのか?www
>>750 オイオイw
自分の都合の悪い生物は、「猛毒を発生する悪い奴」か?www
嫌気性生物だって、役に立つものは非常に多いぞ?
たとえば、身近な所で、酒を造るのも、嫌気性生物だ。
あるいは、善玉菌なんていわれているビフィズス菌も嫌気性だ。
764 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 04:43:23 ID:wZswh231
>>762 しかし、ホントに分からん奴だな(笑)
>生命とは、説くものでも、語るものでもなく、その指示に従って「生きる」
だけのもの。
誰も生命を軽んじたり、否定したりしてないの。
みんな「生命」は大切に思っているわけ。一般的「生命」はね。
お前が言うような その指示に従って「生きる」 ような【生命】を
否定してるの。 そんもの今まで一度も観測されたことありませんよ ってね。
「生命現象」が観測されても、それを引き起こしている「何やらわけのわからんもの」
などの存在を認知しないんだよ。 その「わけのわからんもの」をある者は
「霊」と呼んだり、またある者は「生態エネルギー」などといかにも「科学っぽく」
呼んだりしているだけ。 そして、お前はそれに【生命】というネーミングを
したわけ。 それだけのこと。呼称を変えても実態は、「霊」と全く同じと
何回言ったか?
765 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 04:57:31 ID:QO6nfuA6
>>763 例の如く、「極端から極端に走る」カルトの論理だな。
義務教育を受けた現代人なら、生命維持に不可欠なのは、「空気中に含まれる
酸素」だということを知っている。心臓は、その酸素を、血液をcarrierとして
全身に送るための必須の器官。これも、誰でもが知っている。
生命を以って「生命そのものとは何か」を理解することは不可能であることも、
既に繰り返し述べた。
生物学者ではないから、嫌気性生物のことは、よく分らないことも、述べている。
嫌気性生物が「役に立たない」とは言っていない。「しばしば猛毒を発する」
とだけ、言っている。ほとんどすべての薬剤には、副作用がある。
「反生命の宗教」は、すべてカルトだと断定してよい。その理由も、前レスで
述べた。
766 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 04:59:53 ID:wZswh231
>>762 おい隠居
>・・だから現在でも、宗教その
ものは、否定されていないのだと思う。
お前、これって「机氏はまだ統一の洗脳が抜けきってないから、
宗教そのものを否定できない。」 てことか?(爆笑)
いいのか? そんなこと言って。 お前の「元統一仲間」なんだろ?
自分はもう完全に洗脳から抜けたと言いたいわけか?
767 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 05:08:00 ID:gJ5o13F+
>>764 決定的相違は、宗教者は、神や霊は、人間の肉体を離れて存在するものと「信じ
込まされている」。しかしそれは、「人間の生物的生命」ではない。
人間の一挙手一投足、生命の指示である。死者には、手も足も動かせない。
768 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 05:17:29 ID:wZswh231
>>767 >決定的相違は、宗教者は、神や霊は、人間の肉体を離れて存在するものと「信じ
込まされている」。しかしそれは、「人間の生物的生命」ではない。
ほ〜、そうなのか? 「魂」っての肉体の外部に存在するのか?
背後霊みたいなのか? 頭の上あたりにあるわけか?
それって、なんていう宗教の教義だ?
>人間の一挙手一投足、生命の指示である。
違うだろ? 通常の場合なら、それは「生命の指示」ではなく
「脳からの指令伝達」によると言うな。
人間の生命現象をそういうわけの分からんものに帰結させるから
「生命教」っていうの。
お前の【生命】ってのは、死ぬと消滅する霊魂、つまり
オカルト主義者の主張する霊の劣化版だよ。
>>765 >例の如く、「極端から極端に走る」カルトの論理だな。
いやいやいやw
「別の生命の形態もある」と言う私の発言に対して、
「こういう生命の形態を持つものしか【生命】とは呼ばない」とする貴方の方が極端だと思うがね?w
>生命維持に不可欠なのは、「空気中に含まれる酸素」だということを知っている。
ある種の生命にとって、生命維持に酸素は不可欠じゃない(むしろ酸素が有ると死ぬ)って指摘してるんだが?
>心臓は、その酸素を、血液をcarrierとして全身に送るための必須の器官。
これも、前に「必須の器官じゃない」と指摘したと思うんだが?
>「しばしば猛毒を発する」とだけ、言っている。
>>750 では、生命教に逆らうやつを、嫌気性生物に喩えて、そういう奴がしばしば猛毒を発するといっているんだろ?
それに対して私は、嫌気性生物は、有益なやつも多いと指摘しているんだ。
さらに指摘しておくと、嫌気性生物じゃない生物も、しばしば猛毒を発するんだがね?
つまり、貴方の論法で行けば、生命教徒も、しばしば猛毒を発すると言う事になるな?w
>「反生命の宗教」は、すべてカルトだと断定してよい。
皆に散々言われているが、貴方のいうの【生命】は、「全ての生き物がもっている生命」とは別物だ。
つまり、貴方の生命教こそ、「反生命の宗教」であって、カルトである事になるぞ?w
>義務教育を受けた現代人なら、
これまでの言動を見てると、本当に義務教育を受けたか怪しいもんだ。
仮に受けたとしても、教育の成果は現れてないなw
770 :
? :2010/05/02(日) 11:57:46 ID:EsS/o+eC
>>731 机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 様へ!
アビダンマ講義シリーズ〈第5巻〉
業(カルマ)と輪廻の分析―ブッダの実践心理学
【非想非非想処定の上の段階として滅尽定が有る】
仏陀の真実の教えを説く〈上〉阿含経講義 桐山靖雄(著)
増一阿含経 善聚品 【三十七道品の 五根の 定根】
【滅尽定は最高位の瞑想とされている】が
【さらに深い定(瞑想状態)が有る】
【滅尽定に入って、さらに、その修行を積んで行くと】
【自分の前世が分かる様になる】
そして、更に上の段階の【慧根】の
【四諦の理を悟る智慧】による
【定(瞑想)によって苦集滅道を体得する】
そして、更に、その後に、
【勝義諦】の【中論 般若心経】が有ると考えます!
771 :
? :2010/05/02(日) 12:21:50 ID:EsS/o+eC
>>770 の続き!
私は、【般若心経】の境地には到達して無い!
その前段階の【慧根による苦集滅道も体得して】無い!
そして、さらに、その前段階の【定根の滅尽定も体得して】無い!
そして、さらに、その前段階の【非想非非想処定も体得して】無い!
そして、さらに、その前段階の【状態も体得して】無いので、
【勝義諦 中論 般若心経】が理解出来ないのです!
私は、呼吸法とか瞑想などの実修によって
修行の段階をひとつひとつ進めて行きたいと考えていますが、
【滅尽定】が、
どの様な、瞑想法、呼吸法、実修法なのか?
【瞑想とか、呼吸法とかの、実修について】は、
【全然、分からない】ので、
【御了承の程を、宜しく、お願い、申し上げます】
>>769 いつまでこの凡議論は続くのかなあ。
多くの人が示唆しているように、隠居はニーチェのかなりの劣化コピーをやっているのだよw
ニーチェは信仰対象としての神を殺すことによって、真正の神を生き返らせたかったのだ。
<隠居も(一応内心は)このスタンスをとっている。本人が(馬鹿だから)自覚していない?だけだ。>
しかし、ニーチェのガラスの神経では虚無=二十億光年の孤独には耐えがたい。
だから、現に「超人」すなわち「神人」という、明らかに汎神論的な主張を繰り出した。
隠居の「生命」=真正の神の名称なんか、アートマンでもなんでも言い。
しかし、考えてみれば、神とは超越的存在なのだから、
それの超越的認識によってなを認識できない神は、認識できないのだから、存在していないともいえる。
だって認識できないのですから、「信仰」とならざるをえないパラドックスとなる。
このパラドックスを解く鍵は結局、仏教の非相対 空=中道の直覚しかないではないかw
どうしてこんな意味不明なことを平気で言えるのか? これで他の人が理解できるとでも思って言ってるのだろうか
774 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 15:07:02 ID:wZswh231
>>773 アンカーをふらなければ、どの書き込みに対しての見解なのか
不明。 さらに、どこが何故「意味不明」なのか指摘しなければ
意味のない独り言になってしまう。
775 :
キララ☆・いんきょ生命幸福の科学布教 :2010/05/02(日) 15:15:50 ID:5Baj5VHw
ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイ!! どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑 ヽ(^。^)ノ □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ ■いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪ いんきょー、いんきょー、いんきょ、いんきょ、いんきょ♪ あーさーはら、いんきょ♪■ >決定的相違は、宗教者は、神や霊は、人間の肉体を離れて存在するものと「信じ 込まされている」。しかしそれは、「人間の生物的生命」ではない。 人間の一挙手一投足、生命の指示である。死者には、手も足も動かせない。 生命幸福の科学の隠居総裁の生命幸福実現講座♪人間関係編♪ 人間関係は生命がないと不可能♪ 故に人間関係を築くには、「生命が大事」と唱えるがよい♪ ご隠居氏のレスで、 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪
776 :
キララ☆・いんきょ生命幸福の科学布教 :2010/05/02(日) 15:21:13 ID:5Baj5VHw
ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイ!! どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑 ヽ(^。^)ノ ご隠居氏のレスで、 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) 偉大なる我等の指導者、ご・いんきょー将軍様は言われた、 「そもそも、神仏を否定し、人間の生物的生命に最大の価値を認める宗教信者が いるかね。頭を冷やしてよーく考えてくれ。 私は、人間である限り、いくらあがいても、その生物的生命から逃れることは 不可能だという事実を述べているだけ。一般の生活者は皆知っていることだが、 このスレは、カルトが群がっているから、事実を指摘して、反省を促している のである。本来なら、生命という自明なものを語る必要は、全くないのだ。 生命とは、説くものでも、語るものでもなく、その指示に従って「生きる」 だけのもの。これ以上、自明で平凡なものはないのである。宗教者だけが、 宗教観念により、その自覚を人為的に「失わされている」に過ぎない。 こういう偉大なる私に反抗する宗教者は強制収容所に送り、生命主体思想を再教育されるべきだ。」 まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪
777 :
キララ☆・いんきょ生命幸福の科学布教 :2010/05/02(日) 15:25:35 ID:5Baj5VHw
ご隠居氏のレスは一言の無駄もないスバラシイ!! どこかのだれかさんとは比べ物にもなりません〜(笑 ヽ(^。^)ノ ご隠居氏のレスで、 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ 修行するぞ。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪ まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) 偉大なる我等の指導者、ご・いんきょー将軍様は言われた、 「科学で例え心の重要性や、脳の認識、人間の脳の大脳新皮質や前頭葉を仕組みを語られようとも、 生命がないと、何もできないので生命に還元されるべきだ。 この考えに賛同できないものはカルト宗教者であり、 こういう偉大なる私に反抗する宗教者は強制収容所に送り、生命主体思想を再教育されるべきだ。」 まんせー、まんせー、ごーいんきょ、ちょんぐー(将軍) (*^。^*) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪
778 :
キララ☆・いんきょ生命幸福の科学布教 :2010/05/02(日) 15:33:35 ID:5Baj5VHw
隠居総裁によれば、{生命}とかの言語の記号と意味内容の問題、 精神、心、人間の脳の大脳新皮質や前頭葉を仕組みですら、 生命に還元して生活者として、 幸福実現が可能と、いつも言われておられます。
779 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/05/02(日) 16:04:07 ID:bNPOP3XJ
>>762 >机師は、はるか昔のレスで(このスレではない)、統一信者だったことを告白
>しておられたと記憶する。記憶違いであれば謝る。だから現在でも、宗教その
>ものは、否定されていないのだと思う。
いやいや、私は統一の「統一原理」に興味があったが、信者ではない。
ぶ厚い「原理講論」という本があってな、それの研究者だったのだよw
その時を同じくして、
私は左翼系のグループに所属してましたから、
左翼系(代々木系の青年組織)からはスパイ扱い?のような待遇を受けた。
少年期でありましたから、多感な時期で何でも興味津々だったのだよw
統一協会(統一教会の前身)の草創期の食口(信者)は、今は団塊世代以上の年代でして、
その殆どは現在は退会してます。
(統一二世もいる家庭もありますけど、それは極少数)
食口にとっては、統一原理そのものがアイデンティティーになってますので、
退会したとしても“その原理に成り代る”何らかのアイデンティティーを確立しなければ、
精神の虚無感に自身が耐え切れないのです。
よって、隠居氏のような人格形成をするようになる。
(これは退会者の一般的な傾向です)
心の深層には「青春を返してくれ」って後悔の現れ。と見るのが深層心理学の見解。
まあ実際、草創期の食口には青春は全くなかったからね。
隠居氏も「生命教」をやってるうちは、そのことを少しでも忘れることはできる。
隠居氏よ、先ず私に相談すれば、その呪縛から何らかの方法で逃れることは可です。
いつでも話は聞きます。
780 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 17:11:01 ID:wZswh231
>>779 なるほど、机氏が「元統一」信者であるとの、隠居の情報は間違い
であったわけだ。 まあ、それは隠居自身、不確かな記憶に基づくものである
と言っていたから、そうなのであろう。 さて? 机氏は、やはり
「隠居は初期の統一信者である」との認識であるが、隠居本人は
「自分は統一のことは全く知らない。文鮮明という名ぐらいしか知らない。」
と、かつて統一信者であったことをはっきりと否定しているが?
すると、机氏の言はウソか? それとも隠居が自己の過去を知られたくなくて
ウソをついているのか? どっちだ? 机氏よ、あなたがそのように
言うソースを聞きたい。
781 :
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2010/05/02(日) 17:28:45 ID:bNPOP3XJ
>>780 >「自分は統一のことは全く知らない。文鮮明という名ぐらいしか知らない。」
>と、かつて統一信者であったことをはっきりと否定しているが?
信者かどうかは信仰の度合いによるから決定つけられない。
しかし書込みの内容は、キリスト教に詳しいとか・・・
>生命とは、説くものでも、語るものでもなく、その指示に従って「生きる」
>だけのもの。これ以上、自明で平凡なものはないのである
>>762 とかの書込みは、原理講論の「予定論」に影響されたのではないか?
予定論では、「人間は神の指示に従って全て予定されている」。
歴史は神によって創られ、また未来も神によって予定されている。
この流れがあるんじゃないか?
間違ってたらスマソ。
また、暇な時にカキコする。
782 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 18:43:36 ID:DHecs9jE
>机師へ 宗教者から見れば、私の性格は大変悪い(釈迦もイエスも、精神医学の対象として、 コテンパンに批判するから)かも知れないが、左翼や宗教に嵌るような「愚か者」 ではありませんよw。彼等のような「現実上の根拠皆無な観念の遊戯」を排除する、 生まれながらの人間主義者です。 大学中が全共闘の狂気で狂いまくっているころ、彼等に詰問状を突きつけて、生命 の危険さえあった。その後の結果は、私の予言どおり。 サヨクと宗教との共通点は「具象を離れた無意味な精神性」です。マルクス主義が、 「擬似宗教」と呼ばれる所以です。「宗教は阿片」などというのは、宗教お決まりの 宗教間・教派間紛争。マルクスも、ユダヤ人ながらクリスチャンです。ヒットラーも スターリンもクリスチャン。私の宗教批判は、左翼とマルクス主義との共通点を 発見したことから始まった。「予定説」は、これもイエスで狂ったカルヴィンなど の典型的な妄想。 人間は、その生存のために、具体的な現実状況に適応して自由に変化しうる存在。 殺されても変化できないのが、他者から後天的に植え付けられたに過ぎない宗教観念 の奴隷となった宗教者たちです。 人間を超越した架空の神と、人間の生命とは、対極的なもの。統一には、「生物的 生命」などと言う概念が存在しますか。「文鮮明は、イエスの啓示を受けた」。 このことが極めて重要。 私は日本人だから、神社くらいはお参りしましたよ。神社の豊かな自然と、共同体 としての人間の重視(お祭りなど)は、人間性に合致していると思う。 それにしても、「生命」に対する宗教者の狂気のような反発には、改めて驚きます。 己の生命を以っていくら生命に反発してみても、それは生命を肯定しているだけだ という自己矛盾に思い至っていない。宗教に起因する殺戮や争いが「必然的」な ものであることが、いみじくも証明されています。宗教者が生命に反発するのは、 宗教に先立つ生命を持ち出されると、すべての宗教が崩壊するからです。
783 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 18:49:36 ID:/YNddAau
>>782 の訂正
×左翼とマルクス主義
○宗教とマルクス主義
784 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:07:58 ID:wZswh231
>>782 >それにしても、「生命」に対する宗教者の狂気のような反発には、改めて驚きます。
ほらまた、こうやってウソを書く。
このスレで「生命」に反発している人などいなかったでしょ?
皆が反発しているのは、お前の言う【生命】
そうやって自分の都合の良いように事実を捻じ曲げるから、「カルト的」
と言われるんだよ。 いい加減に悟れや。
785 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:17:18 ID:ZjpLlXQz
>>753 >そのようにして正体を隠し、自己の見解をじわじわと浸透させて
いくやり方は、まさしくカルトだな。
カルトは宗教ということを隠すのでは?
生命教という宗教団体があるか調べてみたらよいw
>>764 >そして、お前はそれに【生命】というネーミングを したわけ。 それだけのこと。
呼称を変えても実態は、「霊」と全く同じと何回言ったか?
【生命】というネーミングをしたのは君達でしょw
>呼称を変えても実態は、「霊」と全く同じと何回言ったか?
「霊」と↓ がどこが一緒?「霊」とは肉体の死によって消滅しないんでしょw
■私のいう生命とは、文字通り、生物としての人間のすべてが共通に有する
「生物的生命」のみ。その存在は、万人に認識可能な「生命現象」によって
のみ判断される。すべての生活者が、意識的・無意識的に、その指示に従って
生存を続けているもの。肉体の死によって消滅する。■
>>760
787 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:24:18 ID:wZswh231
>>785 え〜と、お前は隠居か?
コメントが全くポイントずれていて
普段のレスをさらに劣化させたような
バカっぽさがにじみ出ているんだが?
もしかして例のAAバカか?
ならばスルーするんだがな。あいつは対話成立以前の知能しかないので
時間の無駄。 隠居ならレスするが、お前隠居か?
788 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:28:53 ID:ZjpLlXQz
>>769 >皆に散々言われているが、貴方のいうの【生命】は、「全ての生き物がもっている生命」とは別物だ。
つまり、貴方の生命教こそ、「反生命の宗教」であって、カルトである事になるぞ?w
↓
つ→
>>760 >>782 >彼等のような「現実上の根拠皆無な観念の遊戯」を排除する、生まれながらの人間主義者です。
>己の生命を以っていくら生命に反発してみても、それは生命を肯定しているだけだ
という自己矛盾に思い至っていない。
>宗教者が生命に反発するのは、 宗教に先立つ生命を持ち出されると、すべての宗教が崩壊するからです。
賛〜成!!ヽ(^。^)ノ
ご隠居氏の鋭く秀でた洞察力に脱帽!!
ヽ(^。^)ノ
789 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:35:35 ID:wZswh231
なんだやっぱり、例のAAバカの荒らしかい。 正に隠居の頭を100回くらいなぐって、劣化させるとこのような レスをし出すのだろうな。 ということで皆さん、お分かりとは思いますが、完全スルーで お願いします。
790 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:37:43 ID:ZjpLlXQz
>>749 >それを、「神」と呼ぼうが「霊」「精霊」と呼ぼうが、あるいは
お前のように【生命】と呼ぼうがどうでもいいの。
ふん。結果的に君は、「神」「霊」「精霊」という宗教はカルトと認めたなw
>>701 >一つマジレスしてやるよ。
だったら、偉そうに喩えで逃げないでご隠居氏のように真正面からレスすべしw
(君達の論法を真似ると、↓に続く)
どうせ、できないんだろw
>>701-
>>708 宗教者は、暇人の証拠〜w
宗教は、昔の暇人達が作ったもののようですw
>>706 ご隠居氏の簡潔平易な論が理解できない君達が何を言うかw(笑
791 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:39:32 ID:ZjpLlXQz
宗教批判者って、かつて戦争反対を叫んだ少数の人達と似てるかも・・・
仏陀・親鸞・イエス・アサハラ・大川○○・・・・等々、
宗教の信者は皆、金魚の糞〜〜(笑
ご隠居氏、
>>689 でキララの偽者が敗北宣言してますよw(笑
もう、すっかり仏教も論破されたからねン、
忙しいのでオチ
792 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:41:37 ID:tnGgIyOB
>>787 君たち、そんなに「宗教」が嫌なのなら、さっさと宗教止めたらどうかねw。
人間の生命に最大の価値を認めて困る人間が、唯の一人でもいるのかw。
人間の生命に最大の価値を認めることは、君たち人間界の成員一人ひとりの
至高の義務だとは思わないのかね。他のすべての動物と同様、人間も「独り
では絶対に生きられない」ことくらいは、自覚すべきだろう。他の動物たちは、
ちゃんと自覚してるぞw。恥ずかしくはないのか。
う〜ん・・・ やっぱり昆布なのかなぁ・・w この辺のイヤラシさが被ってくるなぁ・・(^^;
794 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:47:39 ID:wZswh231
>>792 お、隠居か。
>君たち、そんなに「宗教」が嫌なのなら、さっさと宗教止めたらどうかねw
だから、俺は宗教とは無関係と何度言ったら・・・・・
>人間の生命に最大の価値を認めて困る人間が、唯の一人でもいるのかw。
だから皆、全員、全ての人が「生命の価値」を認めているの。
皆、十分に大切に思っているし、尊重しているの。
批判しているのは、「お前の言う」【生命】
何度言ったら・・・・
795 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:53:29 ID:wZswh231
そろそろ、このスレも落ちそうでないか? 次スレ誰か立ててくれないかね? できればテンプレに例のAAバカの荒らしに対する注意書きものせて くれるとありがたいな。
796 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 19:58:52 ID:ZjpLlXQz
797 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 20:08:13 ID:FgsuYr7q
>>794 >だから皆、全員、全ての人が「生命の価値」を認めているの
それは真っ赤な嘘。生命以上に大切なものがあるのが、まさに宗教。
中東や東南アジア諸国や共産国の惨状を、目を逸らさずによーく見よ。
生命の至上性を説いた宗教の開祖が、唯の一人でもいるか。
宗教戦争については、岩波キリスト教辞典に簡潔にまとめられているから、
基本的な知識として頭に入れておくこと。
君が、生命を二義的に解するなら、忌むべき宗教に陥る。
798 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 20:19:03 ID:6lMTBBZC
文脈からして「このスレにいる」皆だと思うけどな〜
799 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 20:37:46 ID:wZswh231
>>797 あのなあ、そりゃ世界中の宗教者を見てみれば、中には
自己の生命よりも信仰に価値を認める者もいるだろう。
しかし、世界中の宗教者が
1。信仰をすてその後、望む生活を与えられる
2。あくまでも信仰をとり自己の命を捨てる。
この二者択一を選択しなければならなくなったとき(まあ、現実に
そんなことはありえんがね。)ほとんどの者が2を選択すると思うがね。
俺個人としては、1を選択する者の気持ちはわからんわ。
ところで聞くが生命の上位に「神」を設定するのはいいとして、
それに対して「個人の生命」を指しだすように強制する宗教というのは
あるのか? そのような教義をもち、実際にそのような強制を行って
いる宗教があるのであれば、俺はそんな宗教は断固「カルト」として
排斥するように主張するわ。
『全ての』宗教が、お前の言うように「神に対する信仰を深めるための
方便」としてではなく、「現実に個人の生命差し出すような強制」を
行う宗教であるのか? もしそうであるなら、俺はそんなカルトは
認められないので、「反宗教」に回るわ。
さあ、教えてくれ。いったいどの宗教が「実際に個人の命の犠牲」を
強いるようなことをしているのだ?
800 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 20:51:35 ID:wZswh231
>>799 ミス
>ほとんどの者が2を選択すると思うがね。
俺個人としては、1を選択する者の気持ちはわからんわ。
これは1と2が逆。
信仰に自己の命をささげる信者は、そう多くはないと思うわ。
そういう人に対しては(俺にはとても出来ないので)ある種の尊敬の
念をもつがね。
801 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 21:09:15 ID:wZswh231
いいか?隠居。 実際に個人の生命以上の価値を設定し、それに対して生命も含む全てを 捧げるように強制する宗教もあるわな。いわゆるカルトという奴だ。 しかし、お前はそこから帰納して『全ての』宗教がそうであると 断定するわけだ。そして宗教は全て撲滅せよと論理を飛躍させる。 通常の人間は、宗教の負の面も当然、認めるが、それのみを見て 「宗教を全て撲滅せよ」などとは言わないの。 世界中の人間を対象に見てみると、多くの人間が宗教の正の面を 評価し、それに参加しているな。 日本に限定すると、俺みたいに積極的に宗教と関わりを持とうとも 思わないが、また、同時に積極的に否定しようとも思わない。 まあ、ほとんどの人間が俺みたいなスタンスだ。 隠居よ、お前の思考は「一般的人間の思考から著しく乖離している」 いい加減に分れ。
802 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 23:01:28 ID:OEqspmsN
返事はどうせ「この宗教擁護の隠れクリスチャンめ〜ッ」でおわり。 世の中が隠れクリスチャンだらけになってしまうけど、 一旦ここで話を打ち切って、仕切り直すためならやむなしだ。
>>799 あまり関係ないけど、
自分の命より宗教への忠誠を重んじて命を捧げ、
殉教することを、スエーデンボルグ的には
女で表象されるとする
殉教は女のために恍惚として死ぬのと本質的には同じ
だが彼女はこの上なく醜かった・・・・
残念ながら殉教者は必ずしも霊界のいいとこには行けないそうだ
イエスも地獄でもがいていることだろう
>>799 >いったいどの宗教が「実際に個人の命の犠牲」を
>強いるようなことをしているのだ?
『強いる』とまでいえるかは問題だが、
日本の場合でいえば、
法華経の狂信者である宮沢賢治は、
『銀河鉄道の夜』で明確に、「一部の犠牲による全体幸福」の理念を賛美し、提示している。
これが後に、北一輝の思想とあいまって、天皇制絶対主義下における国家テロリズム、
特攻隊を現実化してきた。
わが国の歴史事例としてあげておく。
おそらく<べつに隠居のチンケ唯物論の肩を持つわけではないが>、世界を見渡せば、
このような事例は膨大だと思われる。
狂信宗教の負の遺産といえる側面だということは、誤魔化してはならないと思われる。
>>803 >殉教は女のために恍惚として死ぬのと本質的には同じ
その事例は、ワーグナーのオペラの主要主題だ。
愚かな男または英雄のために、清らかな乙女が自己犠牲を実行するという
モチーフは、ワーグナーが舌なめずりして描きこんだテーマだ。
アーリア民族の清純性、優秀性を称えるヒトラーは恍惚の中で絶賛し、
ニーチェは絶望のうちに激情的に批判・攻撃した。
ワーグナーはニーチェを冷笑して評する。
「あいつはマスターベーションのやり過ぎだ。
ほどほどにしておけと忠告してやったんだが、
とうとう、狂ってまいやがったw」
806 :
神も仏も名無しさん :2010/05/02(日) 23:37:30 ID:wZswh231
>>804 世界中にいわゆる「カルト宗教」が存在していることは皆が認識
している。アメリカでもカルト宗教の集団自殺があったしな。
しかし、そこから『全ての』宗教は撲滅せよ。と論理を飛躍させるのが
隠居のバカなところなんだよ。
「〜は、カルトであるから撲滅せよ。」と個別に判断して主張するので
あれば、それはわかる。その『特定の』の宗教に関して「カルト性」を
検証し、それに間違いなければ法的手段をとることも可能だし、一般市民に
注意を促すことも可能である。
隠居のバカは、個人の内心の自由も否定し、全ての人間は宗教に関わっては
ならないという独善的な思想を他者に強制するところに問題がある。
このバカはそれが理解できないんだよ。
807 :
不説 :2010/05/02(日) 23:52:52 ID:yimx0Lj4
(投稿規制により代行)
----------------------------------
・創価学会は「宇宙生命論」というのを説くそうですね。
(参考までにgoogleで「創価学会」と「宇宙論」というキーワードで検索してみてください)
・そして「釈迦仏の否定」と「僧侶の排除」。
・最後に「折伏」(自称「カルト狩り」)です。
「御隠居草加説」はかのカラス氏が唱えていた説ですが、事実の白黒は別にして 、
以上の点において、「折伏のために学会の思想を一方的に主張する」学会員を相手
にするのと、実質上違いはないと思います。こういう(折伏モードの)人に対して、
何を言っても無駄ですよ。
>>791 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/791 >仏陀・親鸞・イエス・アサハラ・大川○○・・・・等々、
791の書き込みの列挙に、日蓮や池田大作氏の名が含まれていないことに着目して
みてもいいかもしれません。
>>804 質問箱を、ROMったりたまにアンサー書き込んでいる人間だが、次スレ検索してここが候補になった
ので、ROMってて気になったんだが。
>『強いる』とまでいえるかは問題だが
>法華経の狂信者である宮沢賢治は、
『銀河鉄道の夜』で明確に、「一部の犠牲による全体幸福」の理念を賛美し、提示している。
これが後に、北一輝の思想とあいまって、天皇制絶対主義下における国家テロリズム、
特攻隊を現実化してきた。
宮沢賢治の作品が、戦前に影響力があったとは聞いた事がないが?特攻隊を現実化したなど、
いいがかりも甚だしいね。ソースが欲しい!左翼臭がするよ。法華への偏見による脳内ソースでそw
また、程度にもよる(独裁政権の政治支配にイデオロギー的に利用される等あればだめだが)が、
「一部の犠牲による全体幸福」を完全否定すれば、大乗の要である、菩薩道が成り立たないね。
聖徳太子の玉虫の厨子にも描かれる捨身飼虎が、宮沢賢治の発想の元とおもわれ。
特に、グスコーブドリの伝記を読んだときにはそう感じたよ。
809 :
神も仏も名無しさん :2010/05/03(月) 01:04:32 ID:1nbKHqsO
>>801 >いわゆるカルトという奴だ。
カルトと伝統宗教とを、原理的に区別することは不可能。すべてのカルトは、
伝統宗教を母体として発生し、その教義や宗教的テクニックをそのまま「利用」
している。
カルトというなら、キリスト教こそ、最大・最悪のカルトだろう。そして、
原始仏教は、キリスト教と極めて高い類似性と親和性とを有する。
どの宗教でも、熱心に信じれば信じるほど、人間や社会から逸脱し、カルト
となる。宗教は、いい加減な信者が人間としては最もマトモであるのは、皮肉
である。宗教は、根本が間違っているからである。
人間の生命やあるがままの人間の営みに至上の価値を認めた開祖は「皆無」
である。創唱宗教が、例外なく、開祖の精神障害から発生したことが、その
原因である。創唱宗教とは、開祖の精神病の信者に対する感染にほかならない
(感応精神病)。
810 :
神も仏も名無しさん :2010/05/03(月) 01:37:54 ID:JtZUmGd6
>>809 隠居よ、お前のその独善的な極めて偏向性の強い持論に賛同するのは
AAバカくらいだ。 すなわち平均的な一般人の見解とは著しく乖離している。
この場合は確か「精神病の治療対象である」というのがお前の見解だったな?
すぐ精神病院に行け。
>>808 >
大谷栄一『近代日本の日蓮主義運動』(法蔵館)、寺内大吉『化城の昭和史』など参照。
もちろん、宮沢賢治の法華経狂信主義が特攻隊を「直接」実現したなどというお馬鹿をいっているわけではない。
しかし、これらの『ソース』に明らかなように、宮沢賢治をはじめとする法華経=日蓮狂信主義運動が
戦前の天皇絶対国家神道主義というカルト運動により日本国民および世界に膨大な犠牲を生みだしたことは歴史的事実である。
現在の創価学会もカルトであることは識者なら周知の事実である。
聖徳太子は本来の釈迦仏教について、その歴史的状況から、無知であったのは仕方が無い。
>>808 >「一部の犠牲による全体幸福」を完全否定すれば、大乗の要である、菩薩道が成り立たないね。
おまえのいう『大乗仏教』とやらは、世俗的二項相対主義まるだしのベタベタ俗物主義だ。
顔を洗って、出直して来い。
813 :
神も仏も名無しさん :
2010/05/03(月) 01:55:49 ID:ibMTLrUW >>810 平均的一般人は、開祖について、また、宗教戦争やカルト被害について充分に知らず、
信者は、開祖の欠点を絶対に認められない心理状態にあるからである。
聖書でも、イエスを身近に知る家族、郷里の人々、そしてユダヤ教徒は、彼が基地外
であったことを証言している。ムハンマドも、中年期に発病して、山篭りした。
釈迦が、苦をいたずらに苦にする鬱病患者であったことは自明。しかし、大乗仏教は、
釈迦の病気を克服した。