【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】6
南伝大蔵経の訳が「輪廻」や「転生」であるからといって、底本の意味もまたそうであるとは限らない。
相違する一例として、(四諦を知り)漏尽智を得るシーンでの定型句とでも言うべきものがある。
≪ vimuttasmiM vimutti amhIti JANM hoti ), khINA jAti , vusitaM brahmacariyaM , kataM karaNIyaM ,
【 nAparaM itthattAya. 】 ≫
南伝律蔵大品のコンダンニャ以外の四比丘の部分は次のように訳されている。(ちなみに訳者は渡辺照宏)
・『(解脱せば即ち“我已に解脱せり”という智生じ)、
生已に尽き、梵行已に立し、所作已に弁じ、【更にまた有を受けず】』
というものだが、片山さんは訳し方を変えている。(長部2-99節)※律蔵大品ではないが、同様の文句なので比較。
・『(解脱した時には解脱したという智慧が生じます)。
生まれは尽きた。梵行は完成された。なすべきことはなされた。【もはや、この状態の他にはない】』
と。
さて、この訳し方の違いを、皆さんはどう見るだろうか・・・。
(手許の資料が豊富で、他にも正確に比較できるエロい人求むw)