いわゆる「日本国憲法」は憲法としては完全に無効だ!第五条

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前スレ → http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1149265841/

南出喜久治氏の新無効論掲載サイト・http://www.meix-net.or.jp/~minsen/index.html
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mukou.htm
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mondou/framepage1.htm
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/ap.htm
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/souko.htm
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/kokutai/kokutai6/kokutai6.htm
引き続き「新無効論」の論理面と戦略面の優秀性を説明してゆきます。憲法無効論には2種類あります。

 まず、憲法無効論と聞くと最初に疑問に思うのがこの点でしょう!?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
・日本国憲法の無効宣言を国会が決議すべきだと主張しているところがアホじゃないの?
・国会は憲法に基づいて設立されている国家機関なわけだから、国会が日本国憲法の無効を宣言する
なら、自分自身の存立根拠を否定することになり、論理的な背理となる。
・国会議員が自己否定の議決をやるはずがないし無効な国会の無効宣言がなんで有効なのよ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「新」「旧」無効論の論理のちがいによって、この質問に対する答え方が大きく違ってきます。

●旧無効論による説明
 実際に無効確認決議をするまでは有効の推定をうけるからと説明されます。
−−− 「有効の推定」の意味とは−−−
 事実関係及び法律論として無効な憲法でも、形式的な外観を整えていったん公布されると、それが真
に有効なものかどうかを問わず一応「有効」のものと「推定」されることになります。それが「公定力」です。
これを公的な無効確認行為により現実に人心を帰一するまでは、あたかも有効であるかのようにまかりと
おることも事実です。事実上の拘束力をもつということです。この拘束力は仮定的なものであって、究極
的な「確定力」を意味するものではないけれども、とにかく一応の拘束力を有するものです。
 憲法の効力の有無を冷厳に究明することは、学問の任務であるけれども、この学問的判断によって、直
ちに一国の憲法の効力の有無得喪が決定されるのではなく、それには公の認定を必要とします。この公
の認定が行われるまでは「日本国憲法」は一応有効の推定を受けるものとされます。
 このことは「本来の有効」とは区別されます。   (つづく)
2ウヨ叩きw ◆i5VkHjNJ.A :2006/08/24(木) 23:11:25 ID:SEQ9hga5
2ゲット!!3は呪われろ
31:2006/08/24(木) 23:11:36 ID:YLGUxqlV

 小山氏の著書には、
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html
<「日本国憲法」無効確認とは、様々な意味をもつ。何よりも一つ目の意味は、「日本国憲法」が憲法とし
て無効な存在であり続けたことの確認である。二つ目の意味は、有効だと推定されていることの確認であ
る。三つ目の意味は無効確認の効力は将来に向けてのみ発生するのであり過去に遡ることはないという
ことである。実際、無効確認の効力を過去に遡らせようと主張する「日本国憲法」無効論者は、誰一人存
在しない。にもかかわらず、世の中の憲法学者は、「日本国憲法」無効論をとれば、戦後五十九年間「日
本国憲法」に基づき日本国が行ったことは全て無効であったことにされてしまうから、無効論をとるわけに
はいかない、と述べたりする。四つ目の意味は、「日本国憲法」の無効確認は必然的に明治憲法の復原
をもたらすということである。>
との意味が書いてあります。

 従って旧無効論によれば「日本国憲法」が決議成就までは有効の推定を受けるのだから、国会も議決の
権限があります。そして無効確認の効果は将来にむけてのみです。心配なら「将来へ向けてのみ効力を
生ずる」ことも含めて議決すればいいのです。また、実際に行う議決内容も、単なる無効事実の確認行為
です。これは実質無効な議決機関によって新たな法律環境を創設する形成的なものでもありません。
法的な事実を後追いで追いかけ確認するだけのことです。万一、議決しなくとも、法的事実としては、有効
の推定をうけるも無効の状態が永続するだけの話です。無効確認行為のできる始期はあっても終期はあ
りません。改正しても終期は到来しません。
41:2006/08/24(木) 23:15:29 ID:YLGUxqlV

●新無効論による説明
「日本国憲法」は帝国憲法13条にもとづき締結されたもので帝国憲法を暫定的に制限や停止をする講和条
約です。講和条約であろうと現在の国会は結局、帝国憲法に則った合憲の機関であり有効な議決機関です。
有効な議決機関が法的事実を確認する議決を行えないはずがありません。
 ただし、<【憲法体制の図解】下記リンク>にあるように13条の講和大権よりも上位に位置する国家の同一
性に関わる部分について、講和条約たる「日本国憲法」が帝国憲法を制限や停止しようとする内容を含んで
いる場合にはその内容は無効です。13条にも、締結権限に限界があるからです。
 この制限以外については、「日本国憲法」は帝国憲法の下位規範(講和条約)として完全に有効で、かつ、
憲法としては絶対無効です。先行している下記の事実を現国会で確認するだけです。
1,「日本国憲法」は憲法ではなく講和条約であること。(憲法として無効、講和条約として有効と確認宣言する)
2,帝国憲法が厳存していること。
これをやったからといって、ほかに何も起こりません。社会混乱もおこりようがありません。
無効宣言とはなんとアッサリした手続でしょうか?論理にあわせて事実をつくるのではなく事実を確認するだ
けです。このように新無効論の場合は旧無効論のように「実際に公的に無効確認されるまでは有効の推定を
受ける」などという説明は不要なのです。
 ここからが、最重要な点です。政治的に優れている点があるのです。新風などとの方法論と違う点です。
 この論理の優れている点は、旧来の無効論なら無効確認前に「日本国憲法」に変わる憲法案だとか帝国憲
法改正案を事前に準備することが必須条件となりそうに思い込まれがちであるが、そういう固定観念にしばら
れないのです。今日明日、いきなり無効確認議決(上記1,2)をしても法的安定は失われないとする点です。
 帝国憲法改正案を具体化まえに、たとえば今すぐにでも無効確認をやれば現行法秩序になんらの変動を
あたえないままに、改憲論の対象は帝国憲法しかないというように基本路線が固定されてしまうのです。
この過半数決議さえ勝ち取れば戦後ホシュ派は別としても伝統保守派は勝利です。
だれが考えても異様な戦争犯罪である「日本国憲法」を合法扱いしてきた左翼マルクス憲法学が転覆して次
の改憲論に口が出せなくなります。
 ゆえに、現段階でやるべきは要は国民が法律的に「日本国憲法」の憲法としての無効なること(憲法ではな
いこと)を周知徹底理解することが先決なのです。

http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/kokutai/kokutai6/page2.pdf
51:2006/08/24(木) 23:18:41 ID:YLGUxqlV
【新無効論の全体像】
    ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ||||||||||||||||||ii        |  1.日本側の自由意思がゼロ→法律論議なんかするまでもなく事実関係からいって明確に無効。
    ,,||||||||||||||||||||         |  2.帝国憲法違反(75条)。
   i||||||||||||||||||||||||||||i      |  3.上記2ゆえに追認等後発的理由での有効論はこれからも不成立。
  i|||||||||||||||||||||||||||||||||||||i   |  4.有効とは「妥当性」+「実効性」のこと。
 ||||||||||||||||||||||||||||||||||| !||.   |  5.通用(まかりとおる)状態をもって「有効」というは、憲法効力論議上は言葉の誤用。
 |━-  -━━━ |||||||| |||   |  6.4の妥当性には合法性も含まれるので帝国憲法違反の「日本国憲法」は憲法としては永久に無効。
 ,・=-|  -=・=-   / ̄||| ,||||   |  7.なんらの立法行為としての有効要件を満たしていない、逆に憲法違反が明白な「日本国憲法」を、
 |  /         _!|||||!!  <    天皇の公布という行為一事に法創造の源動力を認めて有効と認定することは、帝国憲法3条、無答責
. | (_,       ̄|||||       |    条項「神聖にして侵すべからず」に完全に違反する憲法運用になる。
 | ━__━      ||||     |  8.「日本国憲法」が憲法であれば国家の行為に[宣戦→戦闘→講和]を予定していないがゆえに、サン
  ヽ、 `~ ,,,;;;;;;;__   ||||     |    フランシスコ講和条約締結・独立回復・戦後の到来の説明が不可能になる。
   ||||||||||||              |  9.ここで、憲法二重階層論(新無効論)の出番。
    !|||||||!!            | 10.大東亜戦争の宣戦布告(戦争開始)→ポツダム宣言受諾→降伏文書調印→「日本国憲法」発布
    !||||!             |    →「同」施行 →サ講和条約締結→同発効(戦争終結)
                   | 11.上記はすべて帝国憲法13条に基づく国家による国際法上の法律行為である。
61:2006/08/24(木) 23:20:20 ID:YLGUxqlV
                   | 12. 「日本国憲法」はポ宣言〜サ条約の一連講和条約群の中間段階に位置する。73条による改正では
                   |    なく、13条による講和条約として有効なのである。
                   | 13.不文憲法(国体法)>帝国憲法>「日本国憲法」(憲法的な講和条約)>法律  という序列の完成。
                   | 14. これなら昭和27年4月28日の「本当の終戦」も帝国憲法13条の講和大権の発動によると説明される。
                   | 15.帝国憲法を復元するまでもなく帝国憲法は「日本国憲法」がみずからの存在根拠とする上位規範とされる。
                   | 16.帝国憲法の下位に「日本国憲法」という帝国憲法に競合、帝国憲法を制限する規範が異常な占領期
                   |   に押し込まれたままの異常状態が継続している。 これを整序するとはこの時代に生きた者の使命である。
                   | 17.この異常状態を本筋に戻すことは簡単。新無効論によれば単なる過半数の法的事実確認決議により法的
                   |    安定を確保したまま異常状態を整序できる。これで皇室・歴史認識・靖国等の問題が整序される。
                   \_______________
7日出づる処の名無し:2006/08/24(木) 23:20:22 ID:4z6r1+BC
    ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ||||||||||||||||||ii        |  1.ナチス政権誕生時のドイツと、現在の日本はそっくり
    ,,||||||||||||||||||||         |  2.最初はドイツ後は日本     
   i||||||||||||||||||||||||||||i      |  3.・敗戦国である            ・敗戦国である
  i|||||||||||||||||||||||||||||||||||||i   |  4.・その結果帝政が崩壊した     ・その結果皇国が崩壊した
 ||||||||||||||||||||||||||||||||||| !||.   |  5.・資本主義で経済格差が広がる  ・小泉改革で経済格差が広がる
 |━-  -━━━ |||||||| |||   |  6.5の結果・失業者が続出            ・失業者やニートが続出
 ,・=-|  -=・=-   / ̄||| ,||||   |  7.・在独ユダヤ人が跋扈し、さらに  ・在日朝鮮人が跋扈し、さらに
 |  /         _!|||||!!  <     経済、政治を支配          経済、政治を支配
. | (_,       ̄|||||       |  
 | ━__━      ||||     |  8.・生真面目だが            ・生真面目だが
  ヽ、 `~ ,,,;;;;;;;__   ||||     |      乗せられやすい国民性       乗せられやすい国民性
   ||||||||||||              |  9.・背後にひかえる米国の思惑    ・背後にひかえる米国の思惑
    !|||||||!!            | 10.下が加わるまさに日本はファシズム独裁国家
    !||||!             |    
                   | 11.・ワイマール憲法は無効だ     ・日本国憲法は憲法として無効だ
   憲法無効論は       | 12. 憲法無効論者は馬鹿
    気違いの論理      |   憲法無効論者は阿呆
                   | 13.日本国憲法は憲法として完全に有効
  東京裁判は天皇陛下も  | 14. 憲法改正は憲法96条で
   認めてるよ         | 15.憲法無効論者は昭和天皇の権威を傷付ける朝敵
   認めないやつは      | 16.憲法無意味論、無効論というのは1920年代、30年代にフランス革命を嫌悪する
  17条憲法3条違反      |    ドイツの実定法学者たちによって賞揚されてましたね。この流れがナチスを準備する
                   |    恣意的国権絶対主義として実を結んだのは言うまでもない事。
  少なくとも国民主権で   |    当時のドイツ語圏実定法学の最高峰、ハンス・ケルゼンがこの流れに身を以て抵抗し、
  法治主義の今の方が   | 米国への亡命を余儀なくされたということも銘記しておきましょう。
 天皇主権の昔よりも良い  |  
                   | 17.天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員で
                   |    日本国憲法無効論者がいたら憲法99条違反により逮捕すべき
                   \_______________
81:2006/08/24(木) 23:31:30 ID:YLGUxqlV

「新」「旧」どちらも先行している事実、無効の事実を確認せよと主張する論理だという点では同じです。
この点、「憲法破棄論」「憲法廃止論」とまったく異なる論理です。
「無効論」は「破棄」や「廃止」などのように、無効に<する>との意味の国会決議を求める主張でなく、
先行事実たる無効で<ある>事実に即して、その事実確認を国会決議せよと主張しているのです。
再度、しつこく「新」「旧」を比較してまとめてみました。

【旧無効論】
1,現行憲法無効論で「日本国憲法」無効論。
2,無効確認によっても公法という性格から効果の遡及はないと考える。
3,実際に無効確認されるまでは有効の推定を受けるのは当然の法理であり法的安定上も問題が
ないと説く。
4,しかし、片方で無効の事実を主張しながら、片方で「確認行為をするまでは有効と推定される」
と説明されるのならば、有効論との区別が実際上つきにくいし、世間への説得力も欠けるものとも
いえる。
5,又、この論理に実際に賛同する側にたっても無効確認国会決議をする時点までに、その先の見
通しがなくては誰も不安で賛成ができない。具体的には、差し替え用の帝国憲法改正案(内容)が明示
されて、いなくてなならず、ある程度実現する方向性までも明らかになってなければそう簡単に無効
確認国会決議に賛同が出来ないものともいえる。
6,無効の最大根拠として知れ渡っているのはハーグ条約違反。



91:2006/08/24(木) 23:32:42 ID:YLGUxqlV

【新無効論】
1,現行憲法無効論でありながら、憲法有効論者にひけをとらないほどの「日本国憲法」有効論。
その有効の根拠は帝国憲法13条。通常の条約ではなく講和大権に基づく憲法的講和条約。
2,「日本国憲法」を有効とかたづけるのが現在の憲法業者(犯罪者)であり、「日本国憲法」を
無効とかたづけるのが旧無効論である。それにくらべて、新無効論は「日本国憲法」というひとつの
対象を憲法レベルでは有効か無効か、講和条約レベルではどうか、その他の規範としてはどうか
を考察する。
その結果「日本国憲法」は憲法としては絶対無効であるが、13条にもとづくポツダム宣言受諾から
開始された一連講和条約の中間講和条約として成立し変遷をへて有効なまま現在に至っている
とする論理。
3,帝国憲法を復元するまでもなく帝国憲法は「日本国憲法」がみずから存在の根拠とする上位
規範であり当然に現存する。帝国憲法に対し「日本国憲法」という下位ではあるが帝国憲法に競合
制限する規範が異常な状況において押し込まれた一種の異常状態が継続していると考えられる。
この異常状態は憲法改正論議の際には治癒され正常状態にもどされなければならない。
101:2006/08/24(木) 23:34:02 ID:YLGUxqlV
4,過去から現在までの法秩序の説明に旧無効論のように「確認するまでは有効の推定をうける」
などという説明は不要である。
新無効論によればもともと「日本国憲法」は帝国憲法の下位規範として当初から有効なままなので
あるから。
そのことは、これから事実確認たる無効確認決議をやったとしても変わらない。無効確認決議前後
において法的秩序にまったく変化がないのである。
「日本国憲法」が憲法として無効。帝国憲法の下位規範として有効。の秩序のまま。
したがって、憲法改正論の対象は帝国憲法しか出てこないし、占領典範たる法律は、帝国憲法と並
び立っていた皇室の家法たる正統皇室典範と衝突することとなるから法律たる占領典範の方を廃
棄手続きされることとなる。
5,上記説明でわかると思うが、新無効論においては、事前に帝国憲法の改正案を明らかにしてから
でなければ無効確認に賛同できないというものではない。やったからといって、現行法秩序にはなん
ら変動はない(すでに憲法として絶対無効でありながら下位規範として有効である事実状態である)
からである。【このへんの論理は、現在の放射能保守のいう改憲論よりも圧倒的に政治的に有利で
ある、それでいて単なる事実確認の行為によって「日本国憲法」を将来にむけて温存することが確実
に不可能となるのである】
6,旧無効論のいう無効原因はすべて採用されるが、最大で単純な無効の根拠は帝国憲法75条違
反。これが重要。
111:2006/08/24(木) 23:40:35 ID:YLGUxqlV
【新無効論による憲法体系の図解】

(規範国体)
            ┌──────────帝  国  憲  法──────────┐
            │                                          │
(憲法の根本規範)│           制憲権の所在、統治の基本原則等         │
            │                                          │
(講和大権)    │                   13条                   │ 
            │                                          │
            │  ┌─────────────-────────────┘
            │  │
121:2006/08/24(木) 23:41:21 ID:YLGUxqlV
            │  │    降伏条約群
(憲法的条約)   │  │ ┌  (入口条約)  ┬ (中間条約) ┬ (出口条約) ┐
            │  │ │ポツダム宣言受諾│→現行憲法  │→講和条約  │
            │  │ │・降伏文書調印  │          │ │
            │  │ └──────-─┼─────―-┼──────┘
(通常の憲法律)  │  │       ・    │  人権規定  │    ・
            │  │       ・      │  制限緩和  │    ・
            │  │       ・      │(非常大権)  │    ・
            │  │       ・      │ 統治機構   │    ・
            │  │       ・      │(技術的規定) │    ・
            │  │       ・      │地方自治制度 │    ・
            └─-┘       ・      └─―──-──┘    ・
(一般の条約)               ・           ・        安保条約
                        ・           ・           ・
(法律)                    ・        地方自治法    防衛関連法
                        ・
(緊急勅令)              ポツダム緊急勅令
131:2006/08/24(木) 23:49:25 ID:YLGUxqlV

【一、新無効論の目的】
 1、戦後保守思想から脱却した伝統保守思想にもとづく憲法を確立。(改正論という方法では内容的に左翼
との綱引きが待っているからこれは保障されない)
 2、それを成就させるに「確実」な方法。(多数決で迫るのではなく論理の正しさで迫る)
 3、政治的にもより現実性のある方法で。(過半数確認決議で可能)
 4、暴力的でもクーデターでもはない方法。(実力による支配をやめて法(正義)による支配を希求する)
 5、戦後保守の日本人を覚醒させる方法。(改正なら被占領言論の延長になるので自虐はつづく、改正されると
東京裁判史観は余計に必要になる)
 6、先人からのまなざしにも耐えうるような方法。(国体が明らかな帝国憲法と正統典範をひきつぐこととなる)
 7、歴史に断絶をおこさないような方法。(唯一の正統憲法と正統典範の世襲となる)
 8、現実生活にも断絶や混乱をあたえない方法。
 9、左翼思想の充満した体制側が完全に去勢されるような方法。(帝国憲法違反の存在を合法扱いして学問を冒涜
してきた犯罪者集団左翼似非学問界を一掃する)
10、皇統護持には「国民主権」というカルトを完全粉砕しなければならないが、それがかなう方法。(思想的に
も正統皇室典範の回復および皇室自治が可能となり平成の大政奉還となる)
11、目の前の国際問題処理(拉致問題等)にもすぐ対処できる方法。
12、日本国憲法史観・東京裁判史観から完全脱却できる方法。

 これらの条件を同時に成就させるのは「新無効論」という名の「日本国憲法」有効論によるのである。
ただ、この論理は一度理解すれば簡単な理屈なのであるが、その一度の理解に至るのがなかなか既成概念に縛ら
れて大変なところなのである。
 新無効論という過激な言葉からくる先入観をとっぱらってしばらくお付き合いください。何がどう無効なのが現行
憲法無効論でかつ「日本国憲法」有効論なのかをよく確認してから批判してください。
141:2006/08/24(木) 23:54:22 ID:YLGUxqlV

【二、無効論の論理概略】

【戦前の憲法体制】
●不文憲法(国体法)>帝国憲法>法律>政令

元々、上記の体系であった我国が

【占領期の憲法体制】
■不文憲法(国体法)>帝国憲法>「日本国憲法(講和条約)」>法律>政令

との体系に実質的にはなっただけであるのに、それより進んだ異常な共同幻想としての次の

【戦後幻想体制】
▼「日本国憲法(最高法規)」>法律>政令

の認識がまかりとおっているが、この理解(「日本国憲法」が憲法として有効なこと)には根拠がないし、我国固有
の国体に反する理解でありかつ帝国憲法違反の解釈であるとの主張である。そして、この場合の無効確認(=無
効宣言)をすべきとの主張の中身は、「日本国憲法」と通称されているものの実体は講和条約として有効で、憲法
としては元々無効な存在である【←相対的無効説】との主張である。
(▼の認識は根拠のない幻想であるから■の認識に改めよとの主張)

 占領政策による●から■への変形は「日本国憲法」の発生が帝国憲法に交代する形で出現したのではなく、帝国
憲法13条に基づきその下位に講和条約たる「日本国憲法」が出現したとの認識になっているのである。
 この■が現在に至る国法体系の真の実体であるのに、被占領期に▼の体系を実体であるかのように「民主主義
をありがとう」とやってしまったため、占領解除後から現在に至るまで、占領洗脳と敗戦利得者(マスコミ・歴史業者
・憲法業者など)を含めて国家規模での自己欺瞞をつづけ▼の体系を根拠のない幻想といえども手放せなくなって
いるのである。
 ■の現況認識が正しいことが判明すれば正しい憲法論はどうなるかといえば次の自然な主張となる。
151:2006/08/24(木) 23:58:35 ID:YLGUxqlV

1、「日本国憲法」は憲法として無効である。
2、「日本国憲法」は講和条約(憲法的条約)として有効である。
3、帝国憲法は現存している。
4、講和条約(憲法的条約)たる「日本国憲法」上の国会の過半数決議により1や2や3の事実の確認行為を
やったとしても、それはすべて■の認識を再確認しているだけであって「日本国憲法」59条を成立手続きとする法律に
支えられている国会議員や政治家の地位に議決前後に於いてもなんらの変動もあたえないし国民生活にもなんら
の支障も生じさせない。

 このように、1〜4をみてわかるとおり新無効論による手続きはなんら新しい法律(立法)行為をせよと主張している
のではないのである。確認行為たるゆえんである。
 事実は事実として正確に知覚せよ、そのとおり確認決議せよ、と言っているだけである。

すでに実体が■に先行しているものを後追いで事実確認したからといって現実社会に問題があるはずがないのである。

又、この論理の優れている点は、旧来の無効論なら無効宣言前に「日本国憲法」に変わる憲法案だとか帝国憲法改
正案を事前に準備することが必須条件となりそうに思い込まれがちであるが、そういう固定観念にしばられないので
ある。今日明日、いきなり無効確認議決をしても法的安定は失われないとする点である。
 ゆえに、事前の段取りは不要で要は国民が法律的に「日本国憲法」の憲法としての無効なること(憲法ではないこと)
を周知徹底理解することが先決なのである。
161:2006/08/25(金) 00:02:48 ID:ccrfB7yC

【三、新無効論に基づく現実対処法】

◆A.日本国憲法(最高法規)>法律>政令

◆B.不文憲法(国体法)>帝国憲法>講和条約たる「日本国憲法」>法律>政令

◆C.不文憲法(国体法)>帝国憲法>暫定基本法たる「日本国憲法」>法律>政令

◆D.不文憲法(国体法)>帝国憲法(正統典範回復)>暫定基本法(前文・2条・9条を削除した状態)>法律>政令

◆E.不文憲法(国体法)>改正版帝国憲法(正統典範との二元憲法方式)>法律>政令


改正論や廃止論や破棄論のように無理に意味もなくむつかしい「日本国憲法」の改正規定に従う必要がない。
過半数議決で「日本国憲法」の憲法として無効かつ講和条約として有効の確認決議と帝国憲法の現存確認を行う(B)。
続いて帝国憲法の単なる下位法であるとの正体の確定した講和条約たる「日本国憲法」を改めて暫定基本法に格付ける(C)。
続いて暫定基本法の前文と2条と9条の全面削除を通常決議でおこなう(D)。

この(D)の法序列体系を保持しながら短期的半島問題などに対処しながら帝国憲法改正審議にこれから10年でも20年で
もかければよい。なんなら50年でもいいが。
帝国憲法の改正と同時にに暫定基本法を廃止すればいいのである(E)。
(A)は戦後の共同幻想体制であるがこれには根拠がなく実体は(B)だというのが新無効論主張側の法秩序の現況認識である。
(B)を(A)だと錯覚させるのが力を背景とした占領政策である。
171:2006/08/25(金) 00:05:24 ID:ccrfB7yC
 戦後はずうっと(A)という偽物の体系、いかがわしい出自のモノを憲法とし、それにひきこもるために最高法規だとしな
がら 国家規模での欺瞞をやっているからいつまでたっても東京裁判史観が必要なのである。東京裁判史観を必要としている
根源には「日本国憲法」を憲法としている自己欺瞞が存在するのである。日本国憲法史観に立ったときすべてが歪曲され
問題化していくのである。

 我国には靖国問題などという問題はないのである。今後も国に殉じた人々はどうどうと靖国神社に祀られなければならない
のである。「日本国憲法」を憲法としているかぎり、憲法として否定しないかぎり、そういう歴史観には永久に立てないのである。
我国には歴史教科書問題などないのである。すべて戦後の社会問題は無効憲法を正当化し憲法扱いしている国家規模での
自己欺瞞から発している。

それゆえ(B)の法序列が単なる過半数の議決で公認されればもう東京裁判史観とともに帝国憲法体制の戦前を暗黒に描写
する教育も教科書も必要ではなくなるのである。 歴史教育もまっすぐなものになり国民が国家観を自然と身に着けることが
可能となるのである。

いいですか?この段階(D)でもう9条の縛りや念仏のような前文が削除され皇室自治も認められるのですよ。
総議員の3分の2や国民投票の手続きもいらないのである。無効なものは無効だという事実の確認手続きだけでルソー主義
の謝罪憲法の縛りはとけるのである。北朝鮮への拉致被害者奪還の為の実力行使を妨げる条件がこれで解除される。
そして帝国憲法の改正審議に入る。審議に10年20年かけたってよい。
国家の憲法の正統性と国民の精神を回復する。これなら、短期的問題も長期的問題も両方かたづくのである。
181:2006/08/25(金) 01:02:55 ID:ccrfB7yC
  天皇  <昭和から平成へ>  葦津珍彦著 神社新報社 1000円  第三章 神聖をもとめる心
−−−祭祀の統治への影響−−−
人間は、だれでもが神聖なるものを求めてゐる。高貴なるものを求めてゐる。それは、人間が、自らが神聖でなく、崇高で
なく、心中にいつも罪とけがれのさけがたい存在であることを深く知ってゐるからである。
人間は、だれでも生物的な官能的欲望を感じ、その欲望に動かされてゐる。だがそれだけでは、自ら安ずることができない。
その低俗なる欲望から生起して来る罪とけがれを祓って、神聖に近づきたいとの精神的欲求を固有してゐる。この精神が高
められれば、やがては生物的本能の中で、もっとも根強い生命保存の本能にすらも打ち克って、高貴なる精神のために自ら
の生命すらも捧げようとの心となる。この絶ちがたき生物的本能と、神聖なるものをもとめてやまぬ精神との間を往来して
ゐるのが人間である。この二つの心理の一端が、まったく無くなってしまった時には、それは人間が人間たることをやめて、
神聖そのものと化するか、野獣となってしまふほかにないであらう。
 日本では、遠く悠久の古代から祓ひが行はれ、祭りが行はれて、民族の中にこの「神聖をもとめる心」が保たれて来た。
(略)
この祭り主たる天皇、祭祀大権者を日本では天下統治の大君と仰いで来たのである。この祭祀権と統治権とを一つにする考
え方は、シナの王道などでも同じである。天下統治の目的とするところ(民安かれと祈る)が、祭祀の目的とするところと
同じであるからである。だが統治(政治)ということの作用法則は、祭祀とは著しく異なる趣きがあり、その間の関係につ
いては、とくに深く心得ておかなくてはならないことがある。
 政治といふものは、その目的においては、神聖・高貴なものであるにしても、それを現実的にこの地上に具体化し実現し
て行くのには、そのための手段・政策がなくてはならない。政策だけでなく、いかなる勢力または人物が、その政策を担当
するか、端的に言えば権力の行使者についての問題が必要である。しかも政策の選定・権力帰属の決定ということになれば、
人間の知性は相対的なものであるから、どうしてもその間に意見の対立がおこりやすい。
しかもさらに問題なのは、その政策なり権力担当者を選ぶのに、その目的とし精神とするところは、無視公平であっても、
現実の結果としては、国民の中のだれかが利を得たり、損することをまぬかれない法則が作用する。
(略)
・・・その結果一方が利を得て、一方が利を失ふこととなる。それで政治といふものは、古くから対決闘争の場となり、権
謀術策の場となることをまぬかれない宿命をもってゐるとすらいっていい。さきに人間は、もともと罪けがれをまぬがれが
たい存在であるといったが、政治の場こそは、その罪けがれがもっとも激しく、いちじるしく現はれるところなのである。
しかして近代の政治といふものは、そのことをはっきりと認めて、政策の対立、権力の対立を、徹底的に表に露出させ、一
定のルールのもとに自由に闘争させ、その闘争の結果を待って、政策も権力の帰属も決定させようとするのである。
そこに自由なる近代政治の本質があるといってもいい。自らがいいと信ずる政策の勝利をもとめ、自ら適切といとめる政権
担当者を選ぶためには、大いに自由であったがいい。だが当然、そこには対決闘争と謀略が生ずる。しかしそれはしかたが
ない。けれども、それを仕方がないからと言って、ただそれだけに放任しておけば、国民の精神はただ分裂して統合すると
ころを知らず、謀略闘争のみに終始して、罪けがれの泥沼におちて、人間の神聖感を失ってしまふであらう。
191:2006/08/25(金) 01:05:04 ID:ccrfB7yC
 そこで政治に対して、常にその点をきびしく反省させる必要がある。政治の第一目的とするとこをは、本来は天下を安ら
かにするとの神聖なる祭祀の目的と同一なのであって、闘争と謀略の生ずるのは、目的のための手段から生ずるのであるか
ら、手段のために目的が失はれるところまで行ってはならないとの反省をさせねばならない。この反省をきびしく要求する
ところに、日本国の祭政一致といふ精神なり、制度の存する理由がある。(略)
立法、行政のことにしても、とくに裁判のごとき場においては、人々の利害は相反し、対決闘争の修羅場と化しやすい場所
である。国家統治の場は、常に人々の利害相反し、修羅場となりやすいところである。それをただ自然の勢ひだと放任して
おけば、一国は分裂して崩れて行く危機をさけがたい。人間は、ただ権謀をもって衆を集め、力をもって敵を圧倒すること
のみを志とするやうになる。それでは人心の胸中ふかくに浴する神聖をもとめる心は、抹殺されてしまふ。
 それを救ふのが、天皇統治の大権というものである。統治権を総攬されるからといって、天皇が、立法、行政、司法その
ほか複雑雑多な統治の作用に直接的に介入なさるのではない。それぞれの国家の公的な機関があって、その責任と権限とに
おいて統治に参与する。しかして、その国家機関の権限や責任については、社会政治情勢の推移によって、変遷し対応して
行かねばならないであらう(政体の改正または変革)。しかしながら、その統治の大権そのものは、天皇に帰属するとの理
義を明確にしておくことによってのみ、日本国の統治そのものをはてしのない対決闘争と罪けがれから守り、日本の民心に
「神聖をもとめる心」を保全し得ると信じたからである。
 天皇こそは、日本人に対して、神聖感を授け得る唯一にして共通の存在と信ぜられた。しかしてその神聖感のもとづくと
ころは、天皇が、日常不断、この国の始祖たる皇祖に対して、ただひたすらにお祭りをなさる方である、といふところから
生ずる。
 しかるに、今やその国体は大きくゆがめられてゐる。国の統治の上では、天皇は象徴として、最高の儀礼を執行される地
位に止まっておられるけれども、ことさらに国政上の権能なきものと明記したのが今の憲法である。しかして、天皇の祭祀
大権なるものを今の国家の法は、まったく無視してゐる。
 これでは日本国の政治が紊乱し、対決闘争にのみ終始して統合するところを失ふにいたるのは、やむをえないであらう。
日本人の心中ふかくに求める神聖感は抹殺され、人心はただ官能的欲望のみに支配されて行くほかにないであらう。
 日本国を憂ふべき現状から救ひ出すには、天皇の祭祀大権を確立し、皇位の重きことを再確認するよりほかにない。
これは日本が講和独立していらいのわれわれの信条であり主張であるが、現下の国情は、いよいよそのことの緊急なるを痛
感せしむるものがある。
−−追記−−
祭祀大権と統治大権とが表と裏になって統合されるといふところに、日本の国体がある。この理義が、憲法と皇室典範とに
よって確保されるのでなくては、日本国の神聖は回復されない。もっとも統治大権といっても、それは必ずしも天皇が統治
権を直接に行使されることを意味しない。・・・・・(略)・・・・・・・・・・
統治権がいかなる国家機関によって行使されるかといふことは、政体の問題であり、国体の問題とは区別されるを要する。
それは国家社会の変遷とともに、フレキシビリティ(柔軟性)をもって改変されて然るべきもので、萬世不易の国体とは異
なる。
201:2006/08/25(金) 01:36:43 ID:ccrfB7yC
神道神学論考  上田賢治著  大明堂  2700円   第三章 実践・応用神学

T 天皇論       はじめに
 キリスト教の信ずる神は、我々の知る、或は将来知るであろう一切の存在世界を、絶対無において創造した神である。神は
既存者であり、何の素材(物実・モノザネ)を持つこともなく、世界を創った。人間もまた、特別に創造(つく)られたとは
言え、一被造物に外ならない。このようにキリスト教の神は、存在世界からの<超越性>をもって、その根本属性の一つとし
ている。勿論、キリスト教の神学史において、神の内在性を説く神学者は、確かに存在した。しかし、そこで説かれる内在性
は、現実に存在する如何なる具体とも同一化されることを拒否する性格のものであり、たかだかそれは、この世界の存在が神
の御手に成り、或は御手の及ぶものなる故に尊い、とされるに過ぎぬ性質の論であったと思われる。イスラエルの族長モーセ
への啓示(いわゆる十戒)の第二戒「汝、われの為に如何なる偶像をも造るべからず」の信仰は、まがりなりにも、今日まで
生きて伝承されて来ているのである。このような宗教的価値を<権威>とする立場は、この世界に造られた如何なる政治権力
をも、これと並ぶ権威として位置づける事はありえない。それはせいぜいこのような超越を権威とする権力を、他の権力に比
して優位に置く可能性を持つだけである。ヨーロッパにおいて<教権>が<政権>を従属せしめ得た歴史のあるのは、この原
理に発している。しかしその歴史も、決して永続きはしなかった。そこで闘われた血みどろの戦い、即ち教権支配の非現実性
・非生産性が、<政教の分離>という特殊西洋的、宗教対政治の妥協政策を生み出したのだと言ってよいだろう。

 神道の場合、その根底にある価値の体系は、キリスト教と根本的に異なるものである。そこでは存在が先行し、これが<所
与>として認識されている。従って<カミ>は本来、存在に内在する<ちから>、働き・生命力として感得されていた。<自
ずから>なるものそのものの中に、神を見ていたのである。従って宗教的活動は、単なる物、法則としての自然を支配し、啓
示によって与えられた超越者からの「汝かくあるべし」という戒律に従うこと、教誡の実践にその指針があるのではなく、個
別自(おの)ずからなるののの<いのち>の成長・育成・展開に置かれて来た。
存在世界、個別生命力への感謝と畏敬、感動と自(おの)ずからなるものの躍動とは、<まつり>となって表われ、その意志
(生命意志)は、日常なるものの整序、より大いなる力へ向けての政治となって結実される。この意味で、<祭政>は本来、
一つであることが最も自然だったのである。

 しかし不幸な事に、科学的・分析的な発想は、自然を<物>、法則の世界として捉える存在世界理解の世界、即ち<超越>
を立てる西洋において成長発展し、その文明が世界を現実的に支配することとなった。或はそこに、生命(いのち)の自然が
あるのかも知れない。しかし他方、西洋の没落、科学による人類滅亡の危機が叫ばれている現実をも、我々は無視することが
出来ない。
211:2006/08/25(金) 01:38:17 ID:ccrfB7yC
 戦後の日本は、占領権力による強制、敗戦による民族的自己嫌悪、及び本来神道(日本民族の持つ価値志向性)に備わる実
利傾向に動かされ、一切を西洋的価値(キリスト教文化を前提とする)によって律し、方向づける教育を行って来た。当然、意識
の西洋化(これは現在の日本人大多数は、普遍真理の受容展開として、殆ど疑っていない)と伝統的な生活実践との間に、多く
の矛盾・乖離を生じている。日本語版現憲法は、その一つの表象だと言ってもよい。

 従って今日、天皇問題についての議論も、日本人一般の意識のレヴェルにおける西洋化を前提とし、その思考・発想の相対
化と共に、我が国伝統文化の根底にある価値志向性を浮上させ、その自覚、再評価の途を踏む手順で行われるのでない限り、
何らかの稔りを齎すとは言い難い。以下の論旨展開は、その意味で、強く応用神学の性格を、その内に蔵しているものである。
221:2006/08/25(金) 01:39:52 ID:ccrfB7yC

一、 先行する二・三の課題
 まず、現行憲法における象徴天皇と国民主権との関係、延いては民主主義原理理解の問題について、論じておかなければな
らない。
 キリスト教文化圏、それが最初に成立したいわゆる西洋では、すでに述べた通り、不変の実在、即ち価値の本体を<超越>
に見る真理観を展開し、その故に被造物たる存在世界は、有限相対、究極において<無>に帰するが故に、本質的には、それ
自体として価値たり得ないもの、とする現存在理解の方向を生み出した。たとえ被造物であるとしても、絶対者による創造に
かかるもの、その故にそれがそのあるがままにおいて良きものとする志向を、その発想の本源においては内包しながらも、こ
の方向での存在理解が十分成長し得なかったのは、それが、西洋における歴史の現実であったと言う外はない。(これを悲劇
と見るかどうかは、評者の立脚点、その視点によって異なる)。同じ超越を立てるインド、その文化圏に成立した印度教或は
後期仏教が、<一即多>の論理によって、むしろ後者の展開を示し、日本文化と習合し得たのも、歴史の現実として、直接的
な評価は避けておきたい。

 何れにしても、超越としての<一>、即ち絶対と、有限なる相対的存在とを峻別するキリスト教的発想は、当初、神による
選別信仰、或はインカーネイション(受肉)信仰に基づく専制・独裁の政治形態を成立させ、後、この非現実性から結果され
た批判を受けて、絶対の前に相対の相対的差異を本質的に否定する相対の平等観を生むに至った。

戦後我が国が手本としたアメリカの民主主義・人権思想は、正にこのようなキリスト教(プロテスタンティズム)の人間被造
物信仰を根幹としている。政治が君主制を認めず、国民主権、投票による大統領、而も任期を持つ大統領制を理想とするのは
当然である、と言ってよいだろう。法の前に平等という人権思想も、超越者(神)の啓示によって与えられた律法の前におい
ては、如何なる被造物も本質的に区別される理由はない、という思想に基づいているのである。

 このような戦後民主主義思想は、当然、日本の伝統的な天皇観、特に明治以降、意識的に強調せられた天皇神聖観と対立す
る。従って天皇制の復活は、民主主義の否定、人権の抑圧に直接すながってくる、というのが、現行憲法擁護、いわゆる擁護
派の共通した天皇制理解であり、民主主義理解であるように思われる。果たしてそうした理解が正しいのかどうか、その論を
抜きにして、今日の天皇論は、戦後教育を受けた世代に、有効性を持ちうるとは考えられない。
231:2006/08/25(金) 01:44:03 ID:ccrfB7yC

1 天皇は神か人間か
 昭和二十一年の元旦、昭和天皇が、いわゆる<天皇の人間宣言>とジャーナリストによって命名された、詔書をお出しにな
った。護憲派・天皇象徴論者によると、この詔書は、正しく、天皇が戦前<神>とされていた事実を雄弁に物語る絶好の証拠
であり、かつその神聖を天皇自(みず)からが否定されたのであるから、戦後の天皇の戦前のそれと本質的に異なるものであ
ること、また異なるものでなければならぬことも明らかだとされる。

一年遅れた昭和二十二年一月、恐らく詔書を受けての事であろう、国文学者・古典学者、詩人であり同時に神道学者としても
著名であった折口信夫が、<天子非即神論>を夕刊「新大阪」に発表する。詔書については、占領軍による工作、若しくは日
本政府による迎合として、悲憤の涙を飲んでいた当時の神社神道界にとって、この論は変節裏切りと取られ、大きな衝撃であ
った。それ以降の天皇論が、戦前の否定を前提とするようになり、従って神道理解に基づく天皇論さえ、反動の名によって一
蹴されるようになったのも、時の勢いとしか評しようはない。

 しかし、天皇が神であられるのか、それとも単なる人間に過ぎない御存在であるのかの論は、すでに決着済みとなっている
のでもなく、また現状のまま放置しておいて良いわけのものでもない。そもそも一般におけるこの問題理解に関しては、まず、
日本語(大和言葉)における<カミ>とは何か、について論議しておく必要があろう。それについて、近世国学の大成者と評価
されて来た本居宣長は、その著『古事記伝』三之巻で、次のように述べている。

 さて凡て迦微(カミ)とは、古御典(ミフミ)に見えたる天地(アメツチ)の諸(モロモロ)の神たちを始めて、其を祀れる社(ヤシ
ロ)に坐御霊(スミタマ)をも申し、又人はさらにも云ヮず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其の余(ホカ)何にまれ、世常(ヨノツネ)
ならずすぐれたる徳(コト)のありて、可畏(カシコ)き物を迦微とは云なり。(中略) さて人の中の神は、先ヅかけまくもかしこ
き天皇(スメラミコト)は、御世々々みな神に坐(マシマス)こと、申すもさらなり、其は遠つ神とも申して、凡人(タダビト)とは遥
に遠く、尊くか可畏く坐ますが故なり、かくて次々にも神なる人、古も今もあることなり、又天下に浮けばりてこそあらね。一国
一里一家の内につきても、ほどほどに神なる人あるぞかし云々(『本居宣長全集』第九巻・125頁・筑摩書房)

これによれば、天皇を神として説くことに、何の不思議もありはしない。そして筆者は、古今、神道、日本人の中に生きて来た
<神>に関する限り、これに勝る定義はないと考えている。しかし残念な事に、宣長によって自覚的に正されたこの神観念も、
明治四年、日本のプロテスタント・キリスト教徒が、新約書を初めて邦訳し、その信ずる造物主を、大和言葉<カミ>を用いて
表現したことにより、再び中世の混乱同一化の状態に引戻されてしまった。
241:2006/08/25(金) 01:45:37 ID:ccrfB7yC
 我が国において、教養を身につけるということは、悲しい事ながら、有史以来、常に海外に学び、海外からの知識を身につ
ける事に外ならなかった。明治以降、そして敗戦後もまた、それは欧米から学び、欧米を学ぶことを意味している。かつて国
学の興起を見るまで、万葉の歌が仏典・漢籍を典拠として解釈されたように、戦後は、自国文化を西洋キリスト教文化の価値
基準、規範をもって理解・説明する事が、何の不思議もなく行われている事実が、その事の深刻さを、雄弁に物語っている。
<カミ>と聞いて、意識に浮かぶその属性が<絶対>であり、<唯一>であり、<全知全能>であるのも、その一つの代表例
である。

 このような神理解、意識の上での神感覚から言えば、天皇が神であることなどありえない。それを敢えて神と信ずるよう教
育し、或は強制したとされる戦前の在りようが、異常であり、間違っていたと断定するのも、決して無理ではないと認められ
よう。勿論、少し注意深くさえあれば、我が国の民間で、今日もなお多くの<生神様>が活動している事実を見落とすことは
ありえない。いや更に、神話に伝承され、現実神社に奉祀されている神々でさえ、我が国には、絶対の神、創造神、全知全能
なる神格が、存在された事のないのも、言うまでもない。国生みの祖神、伊邪那岐・伊邪那美の大神たちも、その営みの最初
に過ちを犯され、つまずきを経験しておられる。最高至貴と記紀が伝える天照大御神も、その御弟須佐之男命の御心を誤解さ
れ、誓約(ウケヒ)に負ける姿を示しておられるのである。その御孫としての天皇(崇神)は、天照大御神の御霊代(ミタマ
シロ)(八咫の御鏡)と、同じ殿、御床を共にしていますことを恐れられ、それが伊勢神宮の創祀につながった事実を、我が
古典は伝えている。天皇が絶対神であられよう筈は、はじめから有りえないのである。

 昭和二十一年元旦の詔書は、国民の間にあったと思われるこのような天皇の神聖性に対する理解の混乱、それを前提として
理解されなければならない。まして時は、連合軍による軍事占領下である。アメリカ人、キリスト教を前提とする宗教理解、
神の観念を持つ人たちが、日本人の天皇に対する態度、特に自殺攻撃と評された特攻隊攻撃が、神たる天皇の御名において命
令され、その天皇のいます国を護る行為として強制されたと説明されていた時の事である。
再び日本が戦うことを不可能にする、それを勝者として確実にしたいと願っていた占領軍の支配下に、我が国が置かれていた
事実を忘れてはならない。「現御神(アキツミカミ)」を「架空ナル観念」と述べられた詔書を楯として、天皇(スメラミコト)を神と称え
ごと申す日本人の信仰伝統を否定するのは、日本人が自ら日本文化の伝統を放棄し、民族ごとキリスト教に改宗することを宣言
したことにさえなりうる。事の重大さを、我々は日本人として自覚しなければならないであろう。
251:2006/08/25(金) 01:47:02 ID:ccrfB7yC

2 天皇制と民主主義
 先にも述べたように、キリスト教の如く、超越を立て、価値の本質・本源を<永遠>にのみ求める信仰の下では、地上的具
体存在の一切は、超越との関係においてのみ、第二義的に相対的な価値を認められる。民族宗教の性格を持つユダヤ教には存
在し、今日もなお生きている「汝、父母を敬え」(十戒の第五戒、倫理戒律の第一条)が、普遍宗教となったキリスト教では、
「福音書」にイエスの言葉によっても教えられているに拘らず、実践面で欠如している事実は、注目に値いしよう。信徒から
の強い要請を受けて、仏教流先祖供養に参加することを認めた日本のカトリック(プロテスタントは、今なお強く反対し批判
している)は、仏前で、彼らの<神>を祈れと教えているのである。
地上における人間関係は、あくまでも第二義的なものとされ、一人一人が個人として信仰的に神と結ばれる時、救われるのだ
と、彼らは信じている。従って、神の前にすべての人間は平等であり、差別されてはならない。

 もし右のような意味で民主主義が理解されるのなら、天皇がキリスト教徒となられぬ限り、天皇制と民主主義とが矛盾する
と考えられるのは、事の自然だと言って、恐らく間違いはないであろう。
しかし、民主主義思想の起源は、一つではない。人間の人間としての権利が保障され、その自由な成長が可能な限り促進され
る道は、キリスト教的発想以外にも、存在するからである。
 日本人は、個別・具体の中に、生命(いのち)の本質を見、感得して来た。神道に八百万(ヤオロズ)の神々の信仰が生き
続けている事実は、こうした真理観の生命力を如実に物語っている。八百万が字の示す数としての八百万に限定されるのでは
なく、本居宣長の説くように、弥万(いやよろず)であることは、極めて重要な意味を持っている。神(真理)は、人間の生
の営み、その在りように応じて、これを支え成長させる力として、弥増しにその数を増してゆかれるのである。

日本人は、真理が唯一であり、<一>に限られるとは考えて来なかった。対立する両者が存在した場合、一方が正しければ他
は不正であるとするのが、唯一真理主義の立場である。しかし日本人は、喧嘩両成敗、三方一両損の現実的・具体的問題処理
方法を発想し、実践して来ている。具体には常に言い分、部分的な真理があると、考えているのである。絶対なる真理の具現
は、現実には在りえない。それぞれが欠点、弱点、誤謬を含みながらも、生きた力として存在し続けている。その具体にこそ、
存在の真実、人間が最も大切にしなければならぬ価値があるのだと考えて来た。
人間の魂に神を見、人間の生命(いのち)を生命たらしめている自然、ぞして祖宗以来の生命(いのち)の営みに、神を感得
して来た歴史が、その真理観の在り処(か)を物っている、と言いえよう。個々人の生命(いのち)、その存在価値に畏敬の
念を持つ民主主義が、このような思想・信仰伝統の中に有り得ない筈はない、と言って間違いはない筈である。
261:2006/08/25(金) 01:50:47 ID:ccrfB7yC
 右のような信仰、発想の在り方は、日本人が自(みず)からを神の生みの子、神々の子孫として自覚し、神話に登場する神
々、そして祖先代々の霊(ミタマ)を、神霊として祭祀して来た歴史によっても確認することが出来る。国家祭祀としての天
皇祭祀の成立は、歴史的に部族祭祀として行われてきたものの統合、その基盤の上に成立し、その祭祀を構造的な原型とする
ものであることは、否定し得ない。日本の国家成立が、部族連合であり、その統合、相互共存の中心に天皇家を持つ形になっ
ている事実と、問題の在り方は整一なのである。天皇家は、権力によって成立したのではない。むしろ権力によって求められ、
権威として成立したのである。

しかし、何故そのような形がありえたのか。それを問うてみることも忘れてはならないであろう。恐らく、真実は極めて単純
明解である。即ち、個々真理を内包する神としての具体は、それ自身決して完全なものでは有りえない。その故に、歴史的に
蓄積され、継承された智慧、更には、具体相互による補完と協力によってしか、自己の資質・能力の発揚・成長を期し、これ
を促すことは出来ない。規制なき自由が現実にありえないのと同理である。然も、個別は個別の真理、力を内包している。自
然に放置すれば、相対の争いを生じ、常に遠心力として働く性格を備えている。中心、即ちこれを統合する力を求めなければ
ならないのが、理の当然である、歴史の必然であった。と見ることが出来る。日本の歴史が、この事実を物語っており、現在
の世界が、その方向への必要に迫られていることも、或は否定し得ないであろう。事実、我が民族は、大陸から離れた列島に
成立し、国を建てた。民族の持つ価値観、生活への姿勢、その必然の帰結が、天皇制なのである。民主主義と天皇制とは、我
が国において不可分であり、神道の原理であったと言いえよう。

 かつて日本の政体を現す言葉として、<一君万民>という表現を用いられた事がある。今日も、諸外国の眼から見て、我が
国が君主国であることに変化はない。国民の間に、相互を本質的に差別する原理は存在しなかったのである。歴史を顧みて、
我が国ほど、階層上の可変性、移動性の頻繁であった共同体も少ないのではないか。貴族社会から武家時代、そして明治にお
ける近代への脱皮。新しい時代は、常に当代権力とは無縁の階層によって生み出されて来た。
そして、それらの権力が権力として国民の納得を得られたのは、天皇の権威によって、それが認証されたからに外ならなかっ
た。各時代に於ける権力の交代のみならず、それは敗戦後の変革においてさえ、同様であった。超越にではなく、具体の世界
内存在、天皇に、日本人は現実を受容し、現実を改革向上せしめる基軸、生の営みの本質、その意味(それは超越を立てぬ故
に、自己否定によってではなく、自己同一性の確認によってのみ得られる)を求めて来たのである。天皇家が一系であること
は、基本的な国民の要請であった、と言ってよい。
(略)
271:2006/08/25(金) 01:52:30 ID:ccrfB7yC

二、 天皇論の神学的基礎
 前章において筆者は、現憲法下、而も占領権力によって普遍的真理として強制され、かつ教育を通じて定着せしめられた価
値観の下、我が国伝統の天皇問題を論じようとする時、必ず配慮しなければならぬ幾つかの論点について、私見を述べた。し
かし勿論、これによって天皇論が完結するわけではない。この問題は本来、神道信仰の本質から説き起こされ、護教論として
よりは、むしろ宣教論としてあるべき性質の課題であるからである。以下、多少の重複を恐れず、その神学的基礎について論
じておきたい。

1 天皇は天孫邇々藝命に坐す
 天皇の御本質を説くためには、まず、我が民族の信仰、<神国>思想について論じておかなければならない。この要語は、
すでに『日本書紀』に初見するが、その後、平安朝の公卿日記にも登場し、中世では伊勢神道五部書の一、『倭姫命世記』に
現れ、南北朝の北畠親房が『神皇正統記』で強調して以来、広く人口に膾炙した用語となった。即ち、我が国の歴史を通じて、
失われることの無かった信仰なのである。その意味、信仰本質は、勿論、古伝神話によって表明されている。

 悲しむべきことに、現在日本のジャーナリストは、自国の神話を知らず(?)ヘブライの伝承神話を、人類普遍の神話の如
く取扱い、宗教的には、世界(存在世界一般)が神によって造られたもの、人類の始祖はアダムとイヴとするのが、正しい知
識であるかの如く認識しているようである(日々のテレビを観察してみよ)。しかし、我が国の伝承は、これと全く異なる。
それは、一方が、神による天地の<創造>を説くのに対して、他方が、天地の<開闢>と国生みとを伝えているからである。
一体何が違うのかを、我々は真剣かつ深刻に考えてみなければならぬと、筆者は考える。

まず前者、ユダヤ・キリスト教の文化伝統では、繰返し述べて来たように、世界も人間も、神によって造られた被造物にすぎ
ない。それらは、有限で相対的なものなのである。特に存在世界、即ち自然は、法則によって支配された<物>の世界だと理
解されている。その故に、生命(いのち)ある唯一の存在(神によって特別に造られた)人間が統御すべきものなのである。
しかしその人間も、自己自身が被造物であることを忘れる(原罪にある)存在に過ぎない。従って、人間のこの世界での営み
は、贖罪による神からの赦し、<神の国>への復活・新生、即ち救い(サルベイションは、本来無価値な存在世界からの救出
を意味する)に、その目的を置く。不完全で罪深い人間が造る世俗の<社会>、権力機構としての<国家>など、自己及び人
間の救済にとっては、飽くまでも、第二義、第三義問題であるに過ぎない。キリスト教が神道の現存在世界・世俗の国家を神
聖視する姿勢、天皇を現御神(アキツミカミ)と仰ぐ信仰を、許すべからざる偶像崇拝だと断ずる根底には、このような<神
(ゴッド)>信仰、現存在世界の理解が隠されているのである。
281:2006/08/25(金) 01:58:06 ID:ccrfB7yC
 或は今日、世界を支配し、従って日本人の心をも支配している自然理解や人間観が、もはやこうしたキリスト教の基盤の上
にあるのではなく、早くそれから絶縁した人間主義、科学的自然理解に根差すものだとする観察も、成立しうるに違いない。
それを否定する必要はない。しかし、神道の立場から、次の事実を指摘しておく必要は不可欠であろう。
即ちその第一は、例えば共産主義思想によって説かれる理想主義、人間理解が、キリスト教を前駆として成長展開したもので
あるように、西欧近代に成立した思想原理が、多くキリスト教的発想の印影を留め、思惟の形態として、同型に属するという事
実、極限すれば、神なきキリスト教に外ならないということである。
そして第二は、もし純粋に科学的(方法論的価値中立に非ず、価値選択拒否型の)世界観・人間観、それに基づく人生観があ
りうるとしても、それは、日本の伝統的な文化価値観からすれば、矢張り戦わなければならぬものだということである。何故
なら、そこには、やはり個別存在における意味の成就、或は終結を説く発想が顕わにされているからである。

 さて、我が国の神話では、民族共同体(国家)が、伊邪那岐・伊邪那美、二柱の大神の美戸能麻具波比(ミトノマグハヒ)
によって生み成されたと伝えている。国土(自然)と青人草(人間)とは、共に神の生みの子だというのである。この意味で、
<神国>思想は、決して思い上った狂信的イデオロギーなどではない。何故ならそれは、自然も人も、神の子、神と本質的に
異なるものではない、という信仰、換言すれば、現実存在の中に生命(いのち)の本質、存在の価値を観る生への態度・姿勢
の表明であるに他ならないからである。共同体生みの親である岐美二神でさえ、神話によれば、存在に内在する生命力の顕現
(成る神)として語られているのである。

独立自存、永久不変、絶対超越の神を信ずる立場、それ以外を<神>と認めない発想からすれば、神道を偶像崇拝、有限相対
なるものを絶対化するものとの、解釈が成立しうるかも知れないが、それは明かな曲解である。何故なら、すでに述べた通り、
神道に絶対神は存在しないからである。国生みの祖神さえ、その初めに過ちを犯され、正しい方法を天津神に問うておられる。
その際、天津神は<御卜(ミウラ)>に問うことを教えられた。それは天津神諸々の意志に問われたのであって、決して、見
えざる絶対者に対してではない。神道が多神教であるのも、絶対神が坐(イマサ)ぬからで、尋常(ツネ)ならず勝れた働を
示された可畏(カシコ)き存在こそ、<神>と呼ばれ、祭られて来たのである。我々の生命を養い培う自然は、神霊の宿る所、
大いなる働きをもって我々の生命(いのち)を支えている。その意味では、神の力を持つものとして、自然は神なのである。
神国思想の基盤は、ここに発していると言ってよい。
291:2006/08/25(金) 02:00:38 ID:ccrfB7yC
しかし、勿論それだけではない。岐美二神の国生み・神生みの果てに、三貴子の長(オサ)、日神・天照大御神が出現(成り
ます)される。太陽の育む生命力は、殆ど無限に近い。その生命力を受けた天孫天孫邇々藝の命が、地上における生命の営み
に、弥栄の祝福を受けて天降られた。而も人間の食いて生くべき生命の根(稲)は、天照大御神が、高天原において自ら育ま
れたもの。それを天孫に授けておられる。天孫は、その名も日子穂(ヒコホ)の饒(ニギ)しき神なのである。我々の祖先
(日本人)が生命(いのち)というものをどう理解し、受け止めていたのかを、我々はこの神話を通じて、痛いまでに、心に
感じ取ることが出来ると言ってよいだろう。

 天皇は、この邇々藝命の直系の御子孫であられる。根底に信仰があることは、申すまでもない。しかし、歴史に明らかな限
り、天皇家の系譜、その一系を疑う決定的な証拠はないのである。日本民族国家の成立は弥生時代、そしてその成長発展は、
稲作の普及と軌を一にしている。民族の連合国家が、天皇家の稲作祭祀を国家祭祀として、その統一を維持して来た事実も否
定し得ないであろう。天皇は即位大嘗祭を通じて、生命(いのち)の根源に帰一される営み(その意味体現)を、歴代続けて
来られた。神道の信仰視点から見て、国は<神国>、天皇は<神>であられるのが当然、それこそ、我が国の歴史を経た信仰
本質の表白に外ならない、と言ってよい。

 しかし、戦勝によって、我が国を占領統治した軍政府は、神道のこのような信仰を、軍国主義、超国家主義の温床だと断定
し、その廃絶を条件にして、天皇制の存続を認めた。キリスト教的存在理解に基づく認識、それを中核とする西洋文化圏に育
った人間にとっては、或はそれが当然の発想(事実、西洋の東洋侵略はその手法で行われて来た)であったとしても、客観的
には、明らかに一文化による他文化の政治的圧殺行為に外ならない。科学文明の終焉、人間の主体性回復、東洋における生命
信仰への憧憬・再評価が、真剣に問われている現代、日本人は、今こそ、自からの文化伝統に生きる価値を自覚し、そのアイ
デンティティーを確立しなければならないであろう。
301:2006/08/25(金) 02:03:25 ID:ccrfB7yC

2 継承による意味の成就
 神道の信仰を構成する中軸要素として、西洋に発する宗教学は、従来、自然崇拝と祖先崇拝とを挙げて来た。これは、キリ
スト教者が理解するように、<物>に過ぎない自然を神格化し、或は人間をさえ神格化して礼拝するものと規定するのでない
限り、(事実日本人は、神でないものを神として礼拝して来たのではない。そう見るのは、キリスト教流の創造神を、発想の
前提とする者に限られている)決して誤りではない。しかしより正確に言えば、この二要素は、原理的に相互に分離独立した
信仰であるのではない。記紀以下の古典を見れば明かなように、日本人は、神話に登場する人格神(その多くは、同時に自然
神でもある)を祖先神とし、祭祀して来ているからである。

 天皇家もまた、その例外ではない。言うまでもなく、皇祖天照大御神は、同時に、自然神(太陽)でもあられるからである。
そこで、今もし、<信仰>が、人間の生命(いのち)、生の営みに対する価値的姿勢、或は意味的認識の表出であるとすれば、
我々は疑いもなく、日本の神話を通じて、我々の祖先が、何を価値とし、どのように生きて来たのかを、知ることが出来る、
と言ってよい筈である。それが、本稿の主題、天皇信仰、天皇の御存在とどうつながるのか、最後にこの問題を論じておきた
い。

 我々日本人は、歴史を通じて、いわゆる<自然>の中に神を見て来た。それは、自然に対して、人間の生命(いのち)、そ
の存続に不可欠な、生命(いのち)の営み(働き)を感得して来たからに外ならない。自然は決して、人間と異質な<力>と
して認識されていたのではない。だからこそ、自然と人間とは、共に神の生みの子であるとする信仰、神話伝承を成立せしめ
得たのである。しかし他方、我々人間個人の生命(いのち)は、我々自身の親たちから直接的には授けられ、かつその生命は、
小は家族共同体から始まる各種共同体の存立によっても支えられているのである。日本人のこうした生命(いのち)の存続に
ついての認識は、各種共同体を単位母体とする自然神及び祖先神に対する祭りによって、遺憾なく表明されている。即ち、生
命(いのち)を支える根源的な<力>は、三つあると、認識されて来たのである。

 更に、次の事実は、特に注意を払う必要があろう。それは、日本人の祖先祭祀が、何を目的とするものであったのか、とい
う点である。今日、最も一般的な認識は、恐らく、仏教流の理解、即ち死者供養のため、ということになろう。祖先(死者)
は、煩悩に基づく多くの悪事を為し、或はその業報を受けるべき立場にあるのかも知れない。煩悩は怨念となって、この世に
執着し、或は成仏(浄土往生、久遠の実在に帰一)し得ていない可能性も強い。そうした怨念・業報を断ち、完全に人間の生
から解脱させるために行うのが、布施行である。しかし、大多数の日本人が行って来た死者祭祀は、このような仏教信仰に基
づく供養ではない。中心の営みは、むしろ新年の神迎えと同じく、祖霊を迎え、<ハレ>の供膳を共食し、親族と共に、現世
の幸せを和楽享受し、弥栄を寿ぐことに在る。即ち、この国における生の営み、その<継承>の確認儀礼だと言いうるのであ
る。
311:2006/08/25(金) 02:06:38 ID:ccrfB7yC
 戦後の日本に支配的刹那的享楽主義、人間の生を現世に限定して、それ以上の問いを放棄する姿勢、そしてそれとは裏腹に、
死の不安の克服のため、心を常に<超越>或は<来世>に向ける態度。神道が教学を説かぬ故の、現実に対する伝統的な価
値観の混乱は、目に余るものがあると言ってよい。家庭の崩壊が進み、都市社会での共同体喪失が、こうした傾向に拍車をかけ
ている事実も、否定し難いであろう。しかし他方、日本人の文化伝統が、全く失われたとも、することは出来ない。すでに縷説した
通り、日本人は、全体生命との<つながり>の中で、自己の生命(いのち)を見詰めて来たのである。

<個>による生命(いのち)の完結など、本来ありもせず、また有りえもしない、というのがその信念であった。神話伝承に
よると、青人草(人間)の死は、国生みの祖神・伊邪那美大神(伊邪那岐大神によって拒否された死)の呪いによる。皇孫で
さえ、大山津見神の祈念を拒否された結果、生命短かき御存在になられたという。日本人にとって、死は、神々の意志に基づ
くのである。しかし、その同じ神話は、皇孫(スメミマ)による中津国での営み、青人草の生の営みを治らす御業(ミワザ)
が、天地と共に窮りなく、生み成し栄えて行くことを、生成力の神・高御産巣日神と、生命の恵み・天照大御神との言祝ぎに
よって、予祝されている、とする信仰を伝えている。個人の生は、時間的・空間的にも限られたものであるが故に、個に生命
(いのち)の成就、存在の意味の完結を求めることは、はじめから空しいのである。神道は、人間を共同体の成員として<人
間>でありうる、と理解して来た。親を祀り、親の命(いのち)を受け継いで、次の世代に受け渡す。生命の営みの環、その
一環としての自己の自覚と営みに、生命(いのち)の本質、存在の意味の成就を見て来たのである。天皇(スメラミコト)も
また、民族共同体(それこそ家々の生の営みを支える基軸の力)の祭りを、祖宗の祭りとして、継承して来られた。初代神武
天皇が、その即位四年春二月に、「可効祀天神用申大孝」、「祭皇祖天神」玉うたとする『日本書紀』の伝承は、こうした信
仰、民族の精神を、余すところなく表現している、と言ってよいだろう。そしてこの信仰こそ、正しく民族国家・日本の文化
的自己同一性に外ならないのである。 

日本の民族宗教である神道、つまり日本人の生活には、極めて現実に即した価値選択の姿勢が窺われる。それが活力となって、
我が国の発展に寄与して来た事実も疑えない。歴史を回顧すると、神道はまた、常に国家的危機の時代に、国民の民族的意識
を覚醒させ、文化的自律性、自己回復力として働いて来たように思われる。天皇の御存在が、常にその中心にあったことは、
指摘するまでもない。しかし、この神道が持つ求心力は、個別特殊原理の強調をその本質的性格とする故に、一方、極端に走
れば極めて危険な自己破壊力ともなり、他方、普遍的なるものへの強い希求を、同時に内包して来たとも言いえよう。神仏習
合をはじめとする多様な神道思想の盛行は、その否定し難い証左である。
しかし、葛藤こそ、普遍的な生の与件であるに外ならない。我々の務めは、動く時代の中で、あるべき限りのわざを為し、皇孫の
治(シラ)しにお応えすることなのである。
32日出づる処の名無し:2006/08/25(金) 08:25:06 ID:JlDUEpBw
俺はこのスレが日本を救う事に気づいている。
33日出づる処の名無し:2006/08/25(金) 11:05:30 ID:tLPVA+Vj
ここって1がコピペしてるだけのすれなの?
34船虫Jr ◆.Tg2yBtH66 :2006/08/25(金) 11:43:41 ID:wFIz9Fmm
これは愛国心スレを超えたな。
騒ぎが収まっていきいきしてきたんじゃないのか?
とはいえ、オレはコピペ擁護派だけどね。
35日出づる処の名無し:2006/08/25(金) 11:45:04 ID:/ZtnfOI9
リーバイ・ストラウス ジャパン株式会社
代表取締役社長 パク・チャンクン
http://www.levistrauss.com/japan/message/message.html
イメージキャラクター キム・スンウ
http://japanese.chosun.com/site/data/img_dir/2006/04/06/200604060000441insert_1.jpg

36日出づる処の名無し:2006/08/25(金) 21:45:04 ID:voxq23VL
嫁さん、息子、娘、甥、姪、姉、義兄・・・・みんな無効論者なんだがな・・・
おいらの一族はいまのところ珍しいのかな・・・・・
37日出づる処の名無し:2006/08/26(土) 04:20:01 ID:cxWanmqG
>>36
こんなところで聞かないでも自分でわかるだろ
381:2006/08/26(土) 14:22:32 ID:G7L2UMr1
「国家についての考察」 佐伯啓思著 飛鳥新社1800+税

 戦後民主主義の「主体」の擬装
 ここでもう一度丸山真男の議論に戻ってみると、丸山の議論がその基本的な認識において、アメリカ占領政策と全く同一の
認識に立っていることは明らかだろう。むろんだからといって、丸山がアメリカ占領政策の影響下にこの論文を書かされたと
いうわけでは全くないし、丸山が占領軍と結託したというわけでもない。ただ丸山の日本ファシズム批判の諸論文が書かれた
時期は、連合国、とりわけアメリカによる日本占領期であり、基本的に文学も思想論文も占領軍の「検閲下」にあったのである。
だからこそ四五年の八・一五をもって「終戦」そしてそれ以降を「戦後」とするわけにはいかないのである。
桶谷秀昭(1932〜。文芸評論家)の言い方を借りれば次のようになる。

意識的ないし無意識的に、占領下を即戦後として受け容れてゐる作品は、すべてこの時期を代表することができないといふ
 のが私の考へである。日本国家の言論統制はいつさい占領軍によつて撤廃された。そこに生まれた言論空間を何でも自由
 にものがいへる時代が来たと考へ、その考へを発想の基盤とする作品形成は、日本国家を支配してゐる占領軍権力の言
 論の拘束を自覚しないゆゑに、文学が本来もつている筈の時代への抵抗を失つてゐる。(『昭和精神史・戦後編』文芸春秋)

 要するに、占領下においてはアメリカの検閲が隠然と行われていた。だから「終戦」によって言論が全く自由になったと考
えるのはとんでもない間違いだ、というのである。敗戦後に出現した状況はあくまで「占領」なのである。それは、戦闘は終
了したが、真に敵対状態が終了したわけではないということである。この事実に対して全く無自覚なままで、終戦によって自
由と民主主義の「戦後」が到来したとする言論を信じることはできない、と桶谷は述べている。

 これは文学だけのことではない。あらゆる思想的・社会科学的言説にも当てはまることであろう。丸山真男に代表される進
歩主義的言説が、はたしてこの事実にどこまで鋭敏であったのか、わたしはそれを大いに疑問に思う。ファシズムと民主主義
の抗争という構図、天皇と軍国主義者の引き起こした侵略戦争。こうした認識が何もアメリカから示唆されたわけではなく、
丸山個人の、あるいは当時の進歩主義者たち自身の考えであったという抗弁は十分可能だろう。それはそれでかまわない。
だがそれでも彼らが、例えば「太平洋戦争史」などによってアメリカにより「公式化」された歴史観が何であったかを知らなか
ったわけはない。彼らの立場とアメリカ占領政策の立場が基本的に同一のものであることを知らなかったはずはない。当然、
その前提のもとで書いているのである。だからこそ、例えば丸山真男の議論の骨格は、基本的に占領軍の対日占領政策の思
想と全く符合しているという指摘はやはり必要なのだ。
391:2006/08/26(土) 14:24:05 ID:G7L2UMr1
 言い換えれば、丸山と占領軍の関係如何ということは別としても、丸山の論文は占領政策に対する日本側からの見事な思想
的レスポンスとなっているのである。そしてそのゆえにこそ、これは当時多くの知識人に受け入れられ、戦後日本の思想上の
「公式的言説」を作り上げることとなった。これは重要なことである。つまり戦後日本は、それ自身を表現する「公式的言説」
を、ただ占領軍のプロパガンダやアナウンスメントから受動的に受け取ったのではなく、まさに日本側からの「主体的な」翻
案によって生み出したからである。いや少なくとも、そのように自己暗示にかけるぐらいの効果は確実に持ったのであった。
これは戦後憲法が事実上アメリカによって作成されながら、日本人の手で作られたかのように装われたのといくぶん似ている。
重要なことは、ここに日本という「主体」が存在するかのように見なされねばならなかったということである。

 どうしてであろうか?それは、そのような「主体」の構成こそが戦後日本の「民主化」に不可欠な作業だったからである。
それなしでは民主主義は基礎づけられないものであったからである。しかも問題は、この民主主義の基礎づけが、実際にはア
メリカによって与えられたという点にあり、それにもかかわらずそのことが隠蔽されたという点にある。
 確かに日本の国民あるいは人民を「主体」とする戦後民主主義がアメリカから植え付けられるというのはどう見てもなさけ
ない話である。アメリカによってさずけられた「主体」という欺瞞の上にはたして民主主義などというものがありうるのか。
これは大きな問題であろう。いかにこの「主体」を、アメリカという「見えざる手」から救済するか、いかに日本の中に主体
を再生させるか、これが戦後民主主義の立ち上げにおける火急の、しかも最重要なテーマであったことはまちがいない。ここ
にこそ、アメリカがあの図式、「軍国主義者に支配され騙されていた国民」という図式を持ち出さざるをえなかった理由もあ
る。日本を民主化するためには、民主主義の「主体」がなければならなかったのである。日本の国民が最後の一人に至るまで
も軍国主義者や天皇主義者では困るのだ。「国民(人民)」は無傷でなければならなかった。「国民」はどうしても反軍国主
義的でなければならなかった。さもないと、戦後日本に民主主義など立ち現れることは不可能なのである。こうして「軍国主
義者」の手から「国民」を救い出さねばならなかった。そこでアメリカがその思想的なお膳立てを提供し、例えば丸山真男に
象徴される進歩派知識人がそれを「日本の文脈」に翻案して唱えたのである。
401:2006/08/26(土) 14:25:53 ID:G7L2UMr1

 ファシズムvs.民主主義というフィクション
 そもそも、「あの戦争」を軍国主義・ファシズムと民主主義の戦いと見る考えにはアメリカの立場が色濃く反映されている
ことはいうまでもない。さらにいえば、それはアメリカだからこそ打ち出すことのできる立場であった。そのことを改めて強
調しておくことは重要なことである。なぜなら、第二次世界大戦を、ドイツ、イタリア、日本の軍国主義・ファシズムに対す
る世界的な民主主義の防衛線として見る思考は、「自由と民主主義のために参戦した」アメリカの立場をそのまま正当化する
ものだからである。
 だが例えば中国にとってはどうか?日中戦争はあくまで日本帝国主義に対する中国人民の解放戦争であった。ソ連にとって
は、第二次世界大戦は資本主義国(帝國主義)の間の矛盾の表出であり、また来るべき冷戦への準備でもあった。イギリスに
とってはいささか事情は複雑である。対独戦はヨーロッパにおけるドイツの覇権に抗する戦いであり、アジアにおける対日戦
は、イギリス植民地に対する日本の侵略(!)に抗する戦争ということになる。
 つまり、「あの戦争」を「第二次世界大戦」とひとくくりにして、明確に軍国主義・ファシズムに抗する世界の民主主義の
ための戦いと宣言して何の痛痒も感じることのなかったのはアメリカだけであった。むろん今となっては、これさえもいささ
か善意に過ぎる理解というべきものであろう。ルーズベルトが部分的には、日本を追い込んだことは今日ではよく知られてい
るし、戦争末期にはアメリカは明らかに戦後の冷戦体制、つまりソ連との対決を予定した上でその布石を打っていたのだから、
民主主義の防衛でさえ一つの宣伝であり、またイデオロギーであったことは明らかである。だがしかし、対日戦争が軍国主義
に対する民主主義の戦いであったことを強調するために、例えばマッカーサーは次のように述べる。「日本民族は太平洋地域
の他の民族-------中国人、マレー人、インド人、白人------と異なり、何世代にもわたって戦争技術と武士階級の忠実なる
信奉者であった。彼らは太平洋で武力をふるうべく生まれついた民族であった」(1946年9月2日)。GHQは、日本人は本性
上、侵略的で拡張主義的な民族であることをことさら強調するが、この前提のもとで初めて、日本をそして日本人を「民主化」
するというプログラムも意味を持ったのであった。

 このプログラムが、つまり日本を「民主化」するというプログラムが最も功を奏したのは、教育改革であた。軍国主義者・
天皇主義者によって洗脳されて封建的道徳と独善的神話に毒されている国民を「民主化」するために、教育を通じた日本人の
精神の改革が占領政策の最も重要な軸の一つとなった。四五年の暮れにはGHQは日本史や地理、道徳の授業の中止を命じ、
教科書を回収した、その上で「民主教育」を唱える教育基本法の制定を指導した。これについてもミアーズは書いている。

仮に歴史の正確さを求める私たち自身の基準が完全であるにしても、占領軍が被占領国民の歴史を検閲することが、本当に
民主的であるかどうか。アメリカ人はもっと議論する必要がある。私たち自身が日本の歴史を著しく歪曲してきた。だから
政治意識の高い日本人からみれば、日本の教科書の「民主的改革」は、私たちが意図しているようなものではなく、単に日
本人の国家意識とアメリカの国家意識を入れ替えるにすぎないことなのだ  前出『アメリカの鏡・日本』)
411:2006/08/26(土) 14:41:26 ID:G7L2UMr1
「民主的教育」の名のもとに、アメリカはアメリカの歴史観を日本に押しつけようとしている。と彼女は述べているのである。
問題は「日本の教科書を検閲し神話を追放することだけではない。わたしたち(アメリカ)は日本人にどういう近代史と現代
史を教えようとしているかである」という点にある。むしろ、アメリカが教えようとしている近代史・現代史とは、繰り返し述べて
いる進歩主義的歴史観であり、全体主義・ファシズムに抗する民主主義という歴史観であった。結局これはまた別の思想
統制であり洗脳である、とミアーズはいう。

私たちは、どうやらそうとは気づかないまま、占領国日本に「思想統制」を敷いているようだ。私たちの制度は確かに私た
ちが「嘆かわしい」とする日本の制度とは違う。いままでの日本人の思想は日本政府の見解を反映すべく統制されていたが、
これからは、アメリカの公式見解を反映させていく。そこが変わった点だが、思想統制であることは以前と変わらない。
(同前)

 ミアーズは明瞭に占領政策がファシズムに抗する民主主義というフィクションにささえられていることを知っていた。だが、
このフィクションこそが戦後日本の民主主義を可能とするものだったのである。このフィクションによってかろうじて、日本
の「民衆」を罪責から救い出すことができたからである。民主主義は普遍的なものである。それゆえ、軍国体制下の日本にも
民主主義は潜在的には存在する。それは弾圧され、民主的であるはずの民衆は一部の軍国主義者に支配されているだけだ
ということになる。だから、国家を動かしてした一部の軍閥の支配を取り除けば、民主主義は復活するわけである。民主主義の
担い手である民衆は、本当は無傷のままでそこにあるのだ。これが、「軍国主義VS.民主主義」、そして「軍国主義者VS.国民」
という図式の意味であった。
421:2006/08/26(土) 14:46:57 ID:G7L2UMr1

 「戦後」を立ち上げる欺瞞
 ここに、戦後という時代経験の根幹にかかわる「欺瞞」があったといってようだろう。もしそれが「戦後」を立ち上げるた
めに必要だったというならば、「不可避の欺瞞」といえばよいかもしれない。いずれにせよ、そこには、ある「ごまかし」が
あった。
 というのも、戦時中に国民(と総称していえば)は、決して潜在的な民主主義者などではなく、天皇主権を信じ、軍国日本
を支持したからである。むろん、一人一人の心中を眺めれば、ことはそれほど容易ではなかったろう。声に出して表明はしな
いものの、反戦論者もいただろうし、厭戦的気分を持つ者も多かっただろうし、「天皇陛下万歳」も表面的な擬装だったとい
う者もいただろう。だがそれにもかかわらず、少なくとも額面上は大衆は天皇を絶対的な存在だと見なし、国家主義者として
ふるまったことはまちがいない。丸山真男が「超国家主義の論理と心理」を書いたのと同じころ(1946年)、大熊信行は
次のように書いていた。
 「軍国主義というものは、一部少数の軍人の中にのみあったのではない。われわれ日本人のほとんどすべてにおいてあった
ものなのだ」(「戦争体験における国家」)、それゆえ「これまでの日本的な超国家主義の一切を分析したり、批判したりする
ことで自足することは、わたしには許されていない」(「精神の革命とは何か」)。
 この丸山の方法に対する批判の中から大熊が辿りついたものが、国家への忠誠義務、つまり「愛国心」という根本問題だと
いうことであった。すべての日本人の思想の公約数をなしたものは「戦争となった以上は国家に殉ずるよりほかはない。応分
の働きをするのだ」というひとつの想念ではなかったか。天皇主権でもなければ、日本主義でもない。ただ国家に奉仕すると
いう義務感。論理的にいえばやはり国家至上主義。(「個における国家問題」1947年、『国家悪』<潮出版社>所収)
 大熊は、「すべての日本人の思想の公約数をなしたものは『戦争となった以上は国家に殉ずるよりほかはない。応分の働き
をするのだ』というひとうの想念」だったという。個々人の内面・本心にはさまざまな偏差はあろうものの、これが「国民」の基
本的な態度であったろう。
 そもそも戦前の天皇主権国家とは、天皇があたかも絶対君主のように権力を占取した独裁体制ではない。むしろ天皇制度の
意味は、天皇という存在が大衆の心理の奥底にまで投錨していたところに意味がある。それゆえ、軍部が仮に天皇を独占的に
活用して大衆操作を行ったと主張するにしても、大衆が天皇を中心とした国家体制を支持し、天皇の名をもって遂行した戦争
を支持したことはまちがいない。それが軍部によって支配されていたというのはせいぜい事態の一面に過ぎないし、「騙され
ていた」かどうかはここではさして問題ではない。しかも「天皇制ファシズム」といったときには、すでに天皇へ向けて求心
的に収斂する全体的な意志が存在することが前提となっている。だからマッカーサーも、日本民族は好戦的で侵略的だなどと
平気で述べたのであった。丸山真男は、大衆は「騙されていた」ということと「日本はファシズム国家だった」ということを
調和させるために、日本のファシズムは「上から」のもので、西欧のそれは「下から」のものだったといういささか奇妙な論
理を持ち出したが、このとき丸山は、日本の国家体制をファシズムと呼びうるようなものではないことに気づいていたはずで
はなかっただろうか?
431:2006/08/26(土) 14:48:47 ID:G7L2UMr1
 だがこのような論理が欺瞞に過ぎないことに大衆は気づいていた。それが知識人の辻褄合わせに過ぎないことに。なぜなら
大衆は基本的にあの戦争を支持したからである。この戦争支持は、内心はいやだとか本心は反戦であるといったこととは決し
て矛盾するものではない。むしろ渡辺京二がいうように、この国の「基底的住民」は戦争に取り憑かれていたとさえいってよ
いのかもしれない。「戦争という憑きもの」は決して一部の軍国主義者にのみ取り憑いたのではない。「義勇公に奉じる熱誠」
は「部族共同体に対する古風な義務感」を持った基層大衆のものであったからである。

一兵卒として出兵する兵士にとって死は究極の平等である。国家もしくは天皇のための死という一点においてあらゆる死は対
等であり、ここに死を媒介にした共同体が成立するのである。この共同体の一員として認められること、名誉ある存在として
承認されること、そしてその裏返しとしての不名誉に対する恥の意識、それが一平卒としての大衆を動かした。したがって、
ここにわれわれが見るのは、民主主義の潜在的担い手である「市民」などでは決してない。さしあたり「日本的」としか名づ
けようのない心情を抱いた基層大衆であり、ひとつの共同体に住む住人なのである。

 したがって、大衆の側からいえばこういうことになろう。

自分たちは戦争の一翼を担っていた。国家のために応分の働きをしたはずだ。そしてその働きを称賛されたはずだ。ところが
敗戦後、お前たちが遂行した戦争は誤った戦争だったといわれる。自分たちの行動は間違いだったとされる。もしそうなら自
分たちは免責されるものではないだろう。ところがその次に、お前たちは「騙されていた」のだから悪くはない、と免罪され
る。そして最後に、お前たちこそが戦後民主主義の担い手だといわれる。
 これが戦後民主主義の「主体」なるものの実相というほかない。この奇妙な論理、幾十かに重なり合った方便の上に民主主
義が構成された。丸山真男はそこに立ち戻れというのである。だが「復初」にわれわれが見出すのはこの無残な光景である。
 この無残な光景はまた次のような所にも見出される。それを(実際には日本の地に足を踏み入れたことのなかった)ルース
・ベネディクトは確かに見て取っていた。
441:2006/08/26(土) 14:56:37 ID:G7L2UMr1

 ベネディクトと「無気力」な日本
 ルース・ベネディクトは、『菊と刀』において、日本人のあまりにも原則をもたない変わり身の早さについて驚きを隠そう
とはしていない。最後の一平卒に至るまで戦うといっていた日本人が、八月十五日を境にして、全く従順な国民に変身してし
まった、という事実についてである。戦いに敗れたヨーロッパ人は、戦争が終わってからも地下活動を続けたり、連合国に対
する抵抗を続けた。ところが戦後のアメリカ人は、単独で日本国内を歩いても何の危険も感ぜずに、それどころか「道端に子
供達が並んで『ハロー』、『グッバイ』と叫び、自分で手を振ることのできない小さな赤ん坊の場合には、母親がその手を持
ってアメリカ兵に向かって手を振ってやる」(『菊と刀』長谷川松治訳、現代教養文庫)、こういう光景を目撃するのである。

 これはアメリカ人には理解できない態度であった。昨日までの敵に対するこの全く手のひらを返した親善ぶり、これは西欧
では考えられないことである。西欧人は「主義」に熱中する。戦争はこの主義の発動の結果である。したがって、たとえ負けた
としても、決して考えを変えることはなく、依然として前と同じ考えを抱き続ける。ところが日本人は、この「主義」を持たないよ
うに見える。「主義」の代わりに日本人は天皇に対する「忠」を持っていた。それゆえ、天皇の命令で戦争をはじめ、天皇の命
令で戦争をやめ、天皇の命令で占領軍を受け入れた、というのは一つのよくなされる解釈である。しかし赤ん坊を抱いた母親
は、まさか天皇の御真影を思いうかべて子供の手を振ったわけではあるまい。天皇の命令で戦争をやめたとしても、その後
の進駐軍に対する、かなり広範に見られた好意的態度はとても天皇の命令では説明はつかない。

 もう一つのよくなされる説明は、これとは正反対のもので、そもそも大衆は、実際には天皇に対する忠義というほどのもの
も持たず、戦争もいやだった。アメリカが憎いわけでもない。要するに軍国主義者の手によって戦争に引きずりこまれただけ
であって、それゆえ進駐軍の与えてくれた平和と民主主義を心底歓迎したのである、というものである。わたしは、戦後すぐ
の状況で、その種の説明に多くの人が飛びついたとも思わないし、それで得心できたとも思えない。繰り返し主張しているよ
うに、これは一つの「与えられた解釈」であり、事後的な説明であった。しかし、年月がたつにつれてこの種の解釈がほとん
ど唯一のものであるかのように横行し出したのも事実である。
451:2006/08/26(土) 14:59:17 ID:G7L2UMr1
 ベネディクト自身は、日本人の態度のこの大転換について次のように述べている。日本人の行動原理を最も深いところで規
定しているものは「名誉」の観念である。とりわけ名誉が汚されたとき、日本人は行動する「義」が発生すると考える。名に
対する義理である。こうして名誉が汚されたと感じたとき(実際、戦争前の日本人は、国際は制裁などにより国家的名誉が汚
されたと感じていた)、日本人はきわめて熱狂的で攻撃的となる。しかし、こうしたモチーフがなくなったとき、日本人は全
く無気力になる。この熱狂と無気力のいささか突然の交替、これはアメリカ人には、きわめて無原則で非道徳的にうつる。し
かし、名誉や義理を軸にした日本人の思考からすればこれは別に変なことではない。そして、日本の国際的名誉という「義」
のかかった戦争が終わるやいなや、日本人は、「名に対する義理」の対象を失ってしまい、たちどころに無気力になってしま
った。こうベネディクトは述べる。さらにベネディクトは、日本人の無気力を裏づけるべく、ある日本人の次のような言葉を
引用する。「戦争がすむと、まるで目的がなくなってしまった。みんなぼうっとしていて、物事をうわのそらでやっている。
・・・・国民全体が入院患者のようだ」(同前)。

 この入院患者になってしまったような状態は「名誉」を失った日本人の放心だとベネディクトはいうのだ。だから進駐軍に対
する一見歓迎と見える態度も、心底からの歓迎というよりは、むしろほとんど放心状態での現実への適応といった方がよいで
あろう。あるいはベネディクトがいうように、日本人は、終戦後、「敗戦国としての名誉」を擁護することに意を注いだ。そして連
合国に対して友好的態度をとることによってこの名誉は達成されると考えた。「その必然的結果として、日本人は何事によらず、
あなたまかせの態度をとることが目的達成の最も安全な道であると考えている」(同前)。こうしてますます無気
力が広がってゆく。
461:2006/08/26(土) 15:02:20 ID:G7L2UMr1

 宮沢俊義の憲法観
 さて、事態がベネディクトのいうように、「敗戦国としての名誉」を擁護するためにとられた意図的な恭順であればまだしも
よかったかもしれない。いや、突然の国民的目的の喪失からくる虚脱感であればまだしもよかったであろう。だが、いずれ
「敗戦国としての名誉」などというものは、たとえあるとしても不健全な転倒したものでしかないし、また戦後の、連合国へ
の変節ともいうべき友好的迎合に意図と目的があったとすること自体が、西欧的解釈というべきものであろう。
 だから事態がもっと深刻だったのは、この種の無気力、思考停止、その上での連合国への恭順、こうしたことが、ただ敗戦
国の儀礼として執り行われたのではなく、戦後の「体制」を作りあげるための不可欠の作業だったということである。言い換え
れば、この種の無気力は一時的な虚脱感や敗戦後の半ば無自覚な戦略だったのではなく、戦後体制の支柱そのものだとい
ってよい。ベネディクトが見て取ったような、国民全体が入院患者にでもなってしまったかのような無気力の中でこそ、「戦後」
が打ち立てられたのである。「倦怠」と「無気力」が戦後体制を支配している。これは敗戦がもたらした結果などではなく、
戦後体制を打ち立てるまさにその作業の中で礎石にした、という種類のものであった。戦争に敗れ、無条件降伏という「不名
誉な」降伏を余儀なくされたから「無気力」になったのではなく、戦後体制が「無気力」を礎石としてその上に打ち立てられ
ざるをえなかったということなのである。

このことをもっとも象徴的に表しているものが、まさに戦後体制の中心ともいうべき憲法の成立にまつわるプロセスである。
憲法成立に至るプロセスには多くの研究もあるし、今では、GHQ主導の憲法成立がどのように進行したのかははぼ明らかに
なっており、ここでそれを持ち出すことはしない。ただ、述べておきたいことは、この憲法成立に加わった日本の法学者の多
くが(特に東大の美濃部達吉の弟子たち)、もともと明治憲法の若干の手直しで事足りると考えていたということである。その典
型が、本来の日本案である松本(蒸治)案の作成の中心人物であった宮沢俊義(1889〜1976。憲法学者)で、彼の考えでは、
新憲法は基本的に明治憲法の多少の手直しですむはずであった。昭和二十年九月二十八日に外務省で行われた宮沢俊義の
講演で、彼はポツダム宣言の受諾による憲法改正は、基本的にはわずかな手直しですむとの考えを披露している。ここでは、
軍隊の解消の結果、統帥権を持たない天皇大権の維持が考えられており、要するに天皇主権と民主主義は決して矛盾するもの
ではない、と理解されているのである。この天皇主権制の維持という点は、宮沢の先生であった美濃部達吉(1873〜1948。憲
法学者)も同様であり、美濃部は憲法(明治憲法)の改正さえ不必要だと考えていた。「私は、民主主義の政治の実現は現在
の憲法(明治憲法)の下において十分可能であり、憲法の改正は決して現在の非常事態の下において即時に実行せられねばな
らぬほどの窮迫した問題ではないと確信する」と彼は書いた(『朝日新聞』昭和二十年十月二十日)。この「天皇統治の本体」
を維持しつつ民主主義を実現するという基本的な考えは、矢部貞次(1902〜67。政治学者)や高木八尺(1889〜1984。アメリ
カ史家)によっても述べられており、天皇統治という明治憲法の基本構造の維持は、松本委員会の提出した憲法改正案にまで
つながる一貫した態度であった。
471:2006/08/26(土) 15:07:24 ID:G7L2UMr1
 むろんこれはGHQの基本的態度とは異なるものであった。マッカーサーはすでに憲法改正を指示するに当たって幣原喜重
郎首相に対して次のように述べていた。「『ポツダム宣言』の実現にあたりては日本国民が数世紀にわたり従属せしめられて
きたる伝統的社会秩序の是正せらるるを要する。右は疑いもなく憲法の自由主義化を包含すべし」(江藤淳『占領史録』講談
社学術文庫)。日本社会の天皇主権を含む伝統的(封建的)構造を是正することが新憲法の目的であったことはいうまでもな
い。興味深いことに、このマッカーサー・幣原会談の中で、幣原は次のように述べている。「民主主義化と称し、自由主義化
と称する意味はいかなるものなりや。民主主義自由主義の適応は各国それぞれ異なる所ありと考える。例えば米国の『デモク
ラシー』は英国の『デモクラシー』と異なれり。『ソビエト』が主張する『デモクラシー』は更に異なれり。従って、もし貴
下が日本に対し米国と同様のデモクラシーを期待せらるるならばその実現の時期を期すること容易にあらずと認められる。し
かるに一般大衆の意志を尊重し、これを反映する政治上の主義を意味せらるるならばこれは既に十数年前に萌芽をみせたるこ
とあるものにして、これが実現を見るは敢えて遠き将来にあらずと考える」(同前)。そして、デモクラシーの目的は民意の
反映にあるが、その「形成は日本的『デモクラシー』となるものと考える」という。そしてマッカーサーもこれに対して「右
はしごくもっともなり」と答えているのである。
 こうしたやりとりを、つい、「日本には真のデモクラシーがない」という近年のアメリカの強硬な言い方と比べてみたくも
なるのだが、それはここでのテーマではない。本論に戻れば、明らかに、日本側は、明治憲法の基本構造である天皇統治を保
持しつつ、民主主義化をはかることを考えていた。そして周知のように、『毎日新聞』が明治憲法の修正である松本委員会案
をスクープしたのをきっかけに、日本案の保守性に危機感を抱いたマッカーサーは、GHQ民生局に新憲法案の作成を命じる
のである。『毎日新聞』がスクープした草案は、宮沢案とほぼ同一であり、そこでは(1)日本国は君主国である、(2)天
皇は君主であり統治を行う、と述べられていた。マッカーサーがこの日本案を到底受け入れられるものではないと考えたのは、
GHQの立場からすれば当然であろう。

ところで宮沢は新憲法の草案の提示後に次のように語ったという。「憲法全体が自発的にできているものではない。重大な
ことを失った後でここで頑張ったところで、そう得るところなく、多少とも自主性をもってやったという自己欺瞞にすぎない」
(西修『日本国憲法を考える』文春新書)。「重要なこと」とはいうまでもなく、天皇君主制であろう。したがって宮沢はこ
の時点で、天皇主権の維持こそが最も重要な課題だと考えていたのである。ところがGHQ案を受け入れ、しかもそれを日本
国民の総意であるかのように擬装して公布する、このことは自己欺瞞にすぎないという。だがそ意味は、ただ、GHQの「押
しつけ」憲法を自主制定のように装ったというだけのことではない。天皇主権の廃止を国民の総意であるかのように装ったと
いうことである。言い換えれば宮沢はこのとき、天皇主権の維持は国民の願望であると見なしていた。ところが、その国民の
名において天皇主権を廃止するのが新憲法だったのである。そして、いうまでもなくその後、宮沢は新憲法の最も啓蒙的な擁
護者となる。いわば戦後の護憲主義の元祖となるのである。
48日出づる処の名無し:2006/08/26(土) 15:08:15 ID:BX8PR8xr
1の執念には病的なものを感じる
491:2006/08/26(土) 15:09:00 ID:G7L2UMr1
 「無垢な民衆」という擬装
 その後の護憲派はこの「押しつけ」について、例えば次のように述べる。家永三郎(1913〜。歴史学者)は、憲法を「押しつけ
られた」のは国民ではなく支配層であるという。そもそもの戦争終結が国民の自発的な意志ではなく、「戦争勢力」の戦術転
換によってなされたものであり、したがって「国体護持、いいかえれば帝國憲法的支配体制の維持のために降伏の道を選ん
だ権力者たちが、降伏後も帝國憲法的支配体制の温存のために全力を傾倒し」て、憲法の改正に反対したという(『憲法読
本』岩波新書)。だから、新憲法を押しつけられたのは一部の支配層だというのだ。言い換えれば、国民は新憲法を待望して
いたということになる。そして、この背景には次のような考えがあった。務台理作(1890〜1974。哲学者)は書いている。

「現代においては国民自身が相手国に戦争を仕掛けることは絶対ない。戦争は常に政府の行為として始められる。どのような
名において始められようと、戦争の行為は国民のものではない。なぜかというと、戦争の惨禍とその犠牲とはまちがいなく国
民におわされるからである」(同前)

 ここにあるあまりに素朴な政治論や安易なヒューマニズムの浅薄を指摘しても仕方がない。いかに浅薄であろうと、このよ
うな欺瞞が必要とされたということこそが重要なことである。この必要な欺瞞にイデオロギー的な同調を持ちえたからこそ、
家永のような教条的な左翼主義が戦後の歴史観をリードできたのであった。そして、「戦後」を成り立たせるためには、この
欺瞞が不可欠であることに気づいたために、宮沢は態度を一変させて、新憲法護持にまわったのであった。

 その欺瞞の根底にあるものは、「戦後」を民主主義としてスタートさせるとするならば、「無垢な民衆」が存在しなければ
ならない、ということである。「戦後」を画する新憲法が成立しうるためには、この憲法が謳い上げ、この憲法を支持する大
衆(国民)がいなければならない。この国民大衆が、昨日まで熱狂的に天皇を崇拝し戦争を支持していたということでは困る
のである。だから、国民はいやいやながら戦争を強制されたのであって、喜んで戦場に行ったかに見える場合にも、天皇イデ
オロギーに「騙されて」いたというのである。「国民はいつでも戦争を避けようと念願している」(務台理作)というわけである。
宮沢は、国民が実際に天皇を支持していたことを知っていた。だから、国民は天皇君主制を望んでいると考えていたのであ
る。しかし、それでは「戦後体制」はありえない。国民は、天皇主義者ではなく民主主義者でなければならなかった。そうでな
ければ「戦後」という時代が開始されないのである。
501:2006/08/26(土) 15:13:33 ID:G7L2UMr1
 そして、その結果、ここにひとつの矛盾を抱き込むことになる。「本当は」平和愛好的だが、権力に脅かされて好戦的とな
ったか、あるいは権力に騙されて好戦的となったか、いずれにせよこの二つの可能性を取るしか、「無垢な民衆」という神話
を保持する方法はないのである。ここに描き出された民衆像はあまりにお粗末なものである。あるいは「無気力」なものとい
ってもよいかもしれない。少なくとも西欧の歴史の中で民主主義を勝ち取ったと宣伝される「市民」なるものに比べれば、あ
まりにお粗末である。だが、そのお粗末な大衆をこそおだて上げ、ヒューマニズムの砂糖をまぶし、進歩主義のイデオロギー
で装飾したもの、このこしらえものの世界こそが「戦後」の体制となってしまったのである。

 いうまでもなく、これは欺瞞であった。大多数の大衆は内心はいやいやながらであれ、一度戦争となれば恐怖をおし殺し
て戦場へ向かい、戦果を上げれば名誉を得られたと喜んだであろう。これはごく当然のことで、このことこそ、わたしにはむ
しろ、日本だけではなく、普遍的に見られる大衆と戦争の関係だと思われる。しかし、欺瞞は、まずそのことを罪とし、次に大
衆にはその罪はないとし、「国民大衆は決して戦争を望まない」として「無垢な民衆」の主人公に仕立て上げようとしたことに
ある。戦前に大衆の名を騙ったのは軍部だとすれば、戦後に大衆の名を騙ったのは進歩派知識人であった。
 しかし大衆とは一体何であったのだろうか?戦後体制の礎石に据えられた大衆(国民)とは、権力に弱く、すぐに騙される存
在である。そう戦後民主主義者は考えたわけである。いかに彼らが「主体的市民」とやらを待望したとしても、彼らが想定した
のは、右のような国民大衆であった。これは彼らの意図というより論理の問題である。

 ただしここでいう戦後民主主義者とは、左翼進だけではなく、保守的な現実主義や穏健な現状肯定派も含めて戦後体制信
奉者である。そして奇妙なことに、この、権力に弱く、すぐに騙される(と彼らが見なしている)大衆なるものに民主主義を託す
ことになったのであった。ここに戦後の「無気力」の基本的な原因があった。
 だが問題は、この「欺瞞」の下で、大衆も含めて戦後日本が、ことごとくこの擬装の無謬を問うことをやめてしまった点に
ある。民主主義のためにアメリカによって免責された大衆も、この擬装をかつぐこととなった。この擬装の上に民主主義の担
い手としての「大衆」という神話が作り出された。そこに「欺瞞」がある。そしてこの「欺瞞」を暴き出すことをタブーとす
ることによって戦後の「公式的な言説」が成立したのであった。
511:2006/08/26(土) 15:17:42 ID:G7L2UMr1

 戦後の「疚しさ」
 この「欺瞞」は心理的にいえば、一種の「疚しさ」の感覚を植えつけるものだといえるであろう。民主主義を唱える知識人に
せよ、民主主義の担い手であるはずの大衆にせよ、ここにある種の「疚しさ」を覚えるほかない。それは決して明白に意識
されたものでもなく、また論理的に説明できるものでもないだろう。しかし意識の下を絶えず流れ、音にならない音を奏して、
戦後という時間の暗底に滞っているものである。それは時に聞き取れないぐらいの不協和音を響かせ、われわれの無意識にえ
もいえぬ不安をさざめかせる。その結果、どこまでいってもわれわれは戦後思想を、戦後民主主義を確信することができない。
それを確信できるような「主体」が存在しないのである。
 この「疚しさ」をもたらすものは何か?それはフロイト的な用語を借りて来て説明するのがわかりやすいと思われる。
 いうまでもなく、この「疚しさ」を引き起こしたもの、それは、フロイト的にいえば「父殺し」にアナロジーできるもので
ある。戦後民主主義へとなだれをうった知識人、大衆は、かつての自分たちの支配者もしくは指導者に侵略戦争の罪を帰し、
いわば彼らを見捨てたといってよいだろう。戦犯として処刑された者たちは、その後ほとんど犯罪者扱いを受け、ほとんど弔
われることさえなくなってしまった。それは必ずしもA級戦犯だけではない。特攻を初め戦死した兵士たちも侵略戦争という誤
った戦争の実行者であった。こうして戦後という時代は、戦死者たちを丁重に弔うことすら忘却しようとしたのである。戦争
を戦った次の世代の者にとり、そして戦後民主主義の中で育った世代にとってはこれはほとんど「父殺し」もしくは「父の見
殺し」といってもよい。彼らはむろん直接の下手人ではないものの、心理的な「疚しさ」という点から見れば、彼らの内心で
「父殺し」に手を貸していることになる。この「父殺し」あるいは殺された「父」を放置し死者をほとんど野晒しにするとい
う仕打ちは、戦争世代に続く民主主義世代にある「疚しさ」あるいは「不安」心理を植えつけることとなった。
 その結果として何が生じたのか?それを次に述べてみたい。
 戦争を指導し、もしくは戦場で戦った「父」を殺した後、われわれは新たな「父」を持ちえたのか、というとそうではない。
むしろ「父」を持たないことこそが戦後の決意であった。あらゆる「父」的なものを脱色化し脱力化しようとしたのである。
民主主義とは「父」(強力な権力)を持たない政治体制であり、平和主義によって軍事力という「父」を追放した。国家にあ
っては天皇という「父」は脱権力化され象徴の地位へと「切り下げられ」、家族にあっては家父長的な意味での「父」の権威
は失墜し、政治の場では「父」の役割を果たす強力な権力者は出現しえない。こうして、戦後の経験とは「父」を追放し「父」
を「公式」の世界から排除したといってよい。あらゆる場所で「父」なるものを追放していったのが戦後であった。「父」を
排除すれば、自由な個人による民主的で平和主義的な社会が実現できるというのが戦後の希望であり楽観であった。だがしか
し、それはそもそも矛盾をはらんだ実験であったというべきである。
 なぜなら「父」が存在しなければ確固たる自我も形成されないからである。強力な父を殺すというフロイトのいうエディプ
ス・コンプレックスは、自我形成において重要な役割を果たす。象徴的に「父を殺す」ことによって子供はその自我を確立し
てゆく。この場合、「父」が強すぎてもまた弱すぎても自我は適切には構成されえない。エディプス・コンプレックスは強す
ぎても困るが、またそれがなくても自我は形成されない。
521:2006/08/26(土) 15:22:35 ID:G7L2UMr1
 では「父」が存在しない場合にはどうなるのか?「父」とは、まずは外的な力として子供の前に立ち現れる。言い換えれば、
この外的な力に自分をぶつけ、また自分をそのような力に投影することによって、われわれが自己というものを知るようにな
る。この「父」をもう少し一般化していえば、子供が直面する現実の世界そのものといってよい。だから「父」に直面し、「父」と
確執を持つことは、現実社会において自我を形成する基本となっているのである。
 ところが「父」が存在しなければ、この意味での自我を形成することができない。現実社会に直面することができない。あ
るいは、現実に対してリアリティ(現実感)を持つことができない。その結果、彼は自閉的な自己のみの空想的世界にとどま
るか、あるいは現実の中で、そのつどそのつどの「自我」の代理を求めて分裂症的に行動するだろう。いずれにせよ、ここに
は確かな自我が存在しないのであり、この行動にはリアリティがないのである。
 これがおおよそ戦後日本に生じた心理的傾向ではなかったろうか?民主主義という制度は作り出したものの、その「主体」
を作り出すことができない。「主体」つまり「自我」(セルフ・アイデンティティ)は、ただ自由で脱権力化すれば作り出さ
れるのではない、一切の拘束を逃れれば主体が成立するのではない。過度な拘束が主体を破損するのは事実だとしても、
だからといって拘束を除去すれば主体が成立するわけではない。主体(セルフ・アイデンティティ)は、ある程度の権力、権
威、拘束、規律といった「父」なるものを必要とするのである。
 「父」を追放した戦後日本で、実際に「父」の代理を行ったのはアメリカである。それは一種の「父」なるものではあった。
だが、その支配は、占領期においてさえ決して目に見えて直接的なものではなく、アメリカは常に日本という国家の背後に控
える大きな「影」と意識された。それは日本という国家の上に覆いかぶさる何か大きなものの「影」であって、それが明確に
姿を現して、日本という国土の中にいるわれわれに働きかけてくることはない。その結果、二重に不幸なことが生じた。一方
では、日本という「国家」がこの影に覆われてしまい、国家としての姿を見極めることが困難となったのであり、他方で、アメリ
カの「父性」が決して明瞭に意識されるには至らなかったことである。こうして、日本の「国民」という立場でいえば、それは「日
本国家」という「父」も、たま「アメリカ」という「父」も事実上、切迫した意識の表面に立ち現れることは全くなかったことになる。
かくして日本という「国家」は、その自我形成をうまく果たすことに失敗した、つまり国家意識あるいはナショナル・アイデンティ
ティを持つことができなかった。これが戦後生じたことである。
 さらにいえば、ほとんど「父」なるものと直面することなく、自由な社会環境の中で育てられた戦後世代のされにその子供
たちが、自我形成に大いに不安をもっていることも、国家意識の喪失ということと決して無関係ではない。エディプス期をう
まく通過できなかった者が自我形成においてうまくいかなかったということは、したがって、ただ個々の問題ではなく、戦後
日本そのものへの問いかけである。自我(セルフ・アイデンティティ)とはすでに述べたように、ただ、拘束から自由になれ
ば自己完結的に成立するようなものではない。それは他者と、権威や社会的ルールと、言語や文化と、自己を切り結ぶこ
とによって初めて可能となるのである。その意味での自我意識(セルフ・アイデンティティ)を持ちえないことが、今日の、とり
わけ若者たちの問題となっている。そしてこれは、因果関係においてではないが、戦後日本の国家意識の崩壊と決して別
のことではない。同じ事態の二つの現れというべきなのである。

53ウヨ叩きw ◆i5VkHjNJ.A :2006/08/26(土) 15:24:53 ID:irRbsVUy
母子家庭をバカにした文だなw
54日出づる処の名無し:2006/08/26(土) 20:45:02 ID:MJObCBqA
来年の参議院選挙は「憲法は無効か有効か」で争うべき!
55日出づる処の名無し:2006/08/26(土) 20:47:30 ID:BX8PR8xr
1は何がしたいの?
56ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/26(土) 21:10:45 ID:PRptzQJX
【WGIP】日本人の洗脳は解けるのか?【継続中】7
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1154788250/198
>>193  無効論スレの1です。
>スレにカキコありがとうです。
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1149265841/
>でも、ちょうど容量オーバーになったみたいですw 今知りました。
>カキコ内容についてのレスは次スレに書きます。
ということだったので、レスしてくれるのを待ってるんですが、、、
今は、まだスレ立ての途中?(w
あえて解釈すれば、前スレには無かった?文章を貼ってくれているのが、一種のレスとか?

前スレの最後のレス3つ(737-739)をもっかい貼っても良いだろうか?
571:2006/08/27(日) 05:43:39 ID:8ZiKb3kD
>>56

どうも。
いつも新スレたてる場合、納得するところまで、連貼ってみるのが癖になってるw
結局、新無効論を説明しようとすると前に貼った論理説明調のが利用しやすいので、
同じのを貼ろうかとも考えたのだけど、それも、つまらないなと思いなおして
こんなことやってる。

>前スレの最後のレス3つ(737-739)をもっかい貼っても良いだろうか?
どうぞ。
58日出づる処の名無し:2006/08/27(日) 07:56:32 ID:fzf6YpJv
上記にスレ読ませてもらいました。確かに、現行憲法には無効論にいわれるとおりの側面があると思います。
ですから、それを踏まえて現実に対応し、将来の日本のためになる改正をするべきだと考えます。
いたずらに、無効論だ、憲法を破棄せよといった価値のない議論を避け、早急に
憲法改正のための国民投票法を制定すべきです。
59日出づる処の名無し:2006/08/27(日) 08:51:54 ID:ioZw3Hkw
>>56
前の疑問だけど
憲法的条約の関連は
ここの主頁の
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mondou/framepage1.htm
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mondou/mondou3.htm
上級編問4〜に説明されてゐる
60日出づる処の名無し:2006/08/27(日) 09:05:52 ID:tzf0p4V4
>>58
>憲法を破棄せよといった

・・・・・・。無効論を理解してませんね・・・

憲法改正なんかできるわけないじゃんw考え方過激すぎるおw
61前スレ737(ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/27(日) 14:57:37 ID:Pxn1HhF2
こちらのスレでは、初めまして。>1さん、先日はWGIPスレへのカキコ、どうもです。

 WGIPスレに書きましたように、私は、憲法無効論も否定するつもりはなく、
また、多くの人が無効論を理解するようになって欲しいと願いますが、そのうえで、
あえて、新旧の無効論について、(全部は読み切れていませんが)いくつか疑問点を
書かせていただきたいと思います。(まず、大まかには、2点、対外的視点と国内的視点)

 まず、憲法を考える場合、国を取り巻く国際情勢への対応戦略という観点からも
考えざるを得ないと思います。

 そして、現在必要なことは、アメリカとの同盟関係の有効性を高めつつ(もしくは保ちつつ)、
いかに自主防衛に必要な国防力を高めていくかという視点だと考えています。

 この点、新旧の無効論は、アメリカとの同盟関係への影響をどのように考えてい
るのでしょう?

 また、新無効論では、日本国憲法を憲法的条約として有効と解釈するようですが、
条約であれば、国内法に優先するとは考えられませんか?
 そもそも憲法的条約というのは成り立つのでしょうか?
 条約であれば、それこそ相手国の意向も確かめなければなりません。
 憲法的条約とは呼ばずに、条約締結過程において必要性のあった国内法と呼ぶべき
では?
 そして、アメリカがこの位置づけを認めてくれるかどうか、そのための交渉も必要
だと思います。

(WGIPスレでも紹介された『SHOWDOWN』のようなシナリオも想定される現状では、アメリカを無視できないのです。)
62前スレ738(参照レス番修正(ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/27(日) 14:59:46 ID:Pxn1HhF2
>>13
> 2、それを成就させるに「確実」な方法。(多数決で迫るのではなく論理の正しさで迫る)

> 4、暴力的でもクーデターでもはない方法。(実力による支配をやめて法(正義)による支配を希求する)
 明治から現在にかけての歴史観を取り戻していれば、無効論も受け入れられるが、
単に国会決議をするだけでは、心情的に受け入れられない国民も多数居るでしょう。
(歴史認識問題を一挙に解決したいというお気持ちは分かりますが、)
(残念ながら楽観的に過ぎると思います。)

 大勢の国民が歴史観を取り戻すためには、多くのきっかけが必要で、そのため
には、地道な議論や宣伝活動と、何度かの法改正(とそれに伴う議論)が必要だ
と考えます。

 また、国民が取り戻す必要のあるものは、歴史観という言葉だけでは足りない
かもしれません。
 明治憲法の時代においては、憲法と道徳的規範(教育勅語)が、ひとつのペア
のようなもので、制度と、それを機能させるべき国民に不可欠な徳目を表してい
たと考えられるのですが、戦後は、歴史観が失われると同時に、道徳的規範も徐々
に失われてきていると思います。
 この道徳的規範の中心には天皇観があると思うのですが、それを失ったままで
は、やはり明治憲法もすんなりとは受け入れられないでしょう。

 ここで、さらに言えば、天皇観というのは、天皇と国民とが共に協力して国家
を築いてきたという歴史(あるいは物語)に求められると考えており、天皇観も
歴史観を取り戻すことで、その延長として取り戻せると考えています。

 ただ、いずれにせよ、多くの国民がすんなりと受け入れられるような下地を整
えなければ、単に国会決議だけでは混乱が起こるのではないか、と心配せざるを
得ません。

 「論理の正しさで迫る」というのは、議論においては正しい姿勢だと思います
が、それだけで体制が動くというのは、我が国の国柄ではないと思うのです。
63前スレ739(ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/27(日) 15:01:24 ID:Pxn1HhF2
「国柄ではない」と書いてしまったので、より説明するために、あえて、引用さ
せてください。

まずは、聖徳太子の十七条憲法の一条目から、あえて冒頭を省略して、

(前略)
人、皆な党(たむら)あり。また達(さと)れる者は少し。
(中略)
然れども上和(やは)らぎ、下睦(むつ)びて諧(ととの)へば、
事を論(あげつ)らはむに、則ち理(ことわり)自ら通(かよ)へり。
何事か成らざらむ。
http://www.j-texts.com/jodai/17joah.html#chap02

また、明治憲法と教育勅語の起草において中心的な役割を果たした井上毅の
文章から、

「国は徳義により成立するものにして、法律より成立する者に非ざるなり。……国は法律よ
り成立するものとするは、羅馬(ローマ)の流儀にして、余の取らざる所なり。国は情愛に本つき、
人と人との自然の交際及び進化より密合したりと云ふこそ、国の名称に就て取る可き定義
なるべけれ」
(こっちは、『「憲法神話」の呪縛を超えて』(伊藤哲夫 著)P.64〜P.65より引用)

上記のような引用文に示される国柄は、今も続いており、また、それに則した活動が
必要だと思うのです。


WGIPスレに書いた↓このあたりの文も見てもらえるとうれしかったり。(^_^;

【WGIP】日本人の洗脳は解けるのか?【継続中】7
(『「現人神」「国家神道」という幻想』(新田均 著)P.35〜P.37より引用)
憲法・教育勅語の思想
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1154788250/193-194
64ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/27(日) 15:12:27 ID:Pxn1HhF2
>>57
>どうぞ。
では。と、いうわけで、>>61-63に貼らせていただきました。

>>59
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mondou/mondou3.htm

>問八 憲法と条約とでは、どちらの規範が優位になるのですか。

>これに対し、「条約及び確立された国際法規」は、通常の憲法律に優位するとの見解があります。

>また、一般の「条約」は、その締結手続が通常の憲法律の改正よりも簡易であることから、
>憲法に優位する地位に置くことはできないのです。
現行憲法の、締結手続は簡易ではない(武力が必要だったから)という理由から、
「憲法に優位する地位」ということにはなってしまわないのか?
651:2006/08/27(日) 16:31:05 ID:8ZiKb3kD
>>61 ゆっくり、返事してゆきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
http://www.nishimurajuku.com/jukutyou-syutyou.html
 国家を成り立たせるもの
現在は、国家という共同体が国内統治と国際政治の単位である。この国家を存続せしめる要素を、共同体の成り立ちに即して指摘しておきたい。
 それは、
 1,「存立の価値」を持っていること。
 2,「経済力」を持っていること。
 3,それらを「守る力」(国防力)を持っていること。
 の三つである。
 この三要素は相互不可分であり、どれが欠けても国家は存立できない。
 まず、経済力とは、つまり食っていけるということであるが、国民が食えなければ、国家は存続できない。構成員は離散して空洞になる。しかし、
守る力のない経済力も、公園におかれた札束のように消えて無くなり無意味である。さらに、守る価値の無いものを守ることはできないし、価値
のない経済力も、猿が金を持っているようなもので、守っても仕方がない。つまり、守ることができない。
 従って、人間が猿でない以上、経済力も守る力も、根底に「価値」をもっていて初めて意味を持つ。したがって、この三要素は不可分に国家を
成り立たせているのである。
 その中で、「価値」というものは、根底では普遍性をもちながらもそれぞれ固有のものとして各国の個性を形作っている。経済力と守る力は、
世界共通の論理と組織によって運営されている。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私は基本的に先人の手になる正統憲法や正統典範が上記の1の「存立の価値」のうちのもっとも大事なものと考えています。
正統な憲法も守れない(世代をこえて伝えられない)ようでは、国家存立の大きな意義が欠落した国家になってしまうと考えてます。
改憲か無効宣言かは、そういう大きな「国家存立の価値」に関わる問題だと考えています。
憲法は単なるルール規範としての性格以外に、「自分たち種族が何者か」「だれから生まれたのか」「どこへ行くのか」を表現していると捉えてい
ます。一般に言われる「国を守る」とはどういうことかというと、突き詰めれば1の「存立の価値」を永遠に世代を超えて伝え守ることです。
人間の身体は有限です。ほっておいても滅びます。したがって2,3を手段にして子孫を繁栄させて永久不滅の価値存続(永遠の世襲)をめざす
のです。2や3は人間の身体を守るための空間的な手段です。その手段(身体維持や世代交代)で守る目的は1で、これは時間的です。
国家には、空間的国家と時間的国家があります。どちらが本質かというと時間的国家だといえます。



661:2006/08/27(日) 16:32:25 ID:8ZiKb3kD
以下の論点は、2や3と同列の手段の部類(ヒト科の延命)の話だと解釈します。

>まず、憲法を考える場合、国を取り巻く国際情勢への対応戦略という観点からも考えざるを得ないと思います。
>そして、現在必要なことは、アメリカとの同盟関係の有効性を高めつつ(もしくは保ちつつ)、いかに自主防衛に必要な国防力を高めていくか
という視点だと考えています。
>この点、新旧の無効論は、アメリカとの同盟関係への影響をどのように考えているのでしょう?

国際情勢も同盟関係も自主防衛も「何かを守る」というところから論じているのであれば、何を守るのかをハッキリさせないとダメだと思います。
日本の問題は2や3以前のところに問題があると考えています。
簡単にいえば、「自分が何者かわからない」という問題です。ということは、「国防で守るもの」「教育で伝えるもの」も分かっていないということです。
自分達の「存立の価値」「どこからきたのか」「われわれは、だれ?」が分からないとヒト科の生命を守っても意味がありません。
「国家の存立」の意義とはけっして自分たちで創設するものでもないはずですし歴史のなかに発見するものだと思います。
正統なものを伝えられた子孫だけが先人に対し感謝の念をもち、そこから国を滅ぼしてはならぬとの義務心へと動機づけられるのだと思います。
感謝の心と義務心は一体のものですから。ですから子孫から感謝されるような正統な憲法を伝えましょう。それが最大の国防の基と考えます。
67ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/27(日) 17:33:28 ID:Pxn1HhF2
>>65
>>61 ゆっくり、返事してゆきます。
はい、ゆっくりで。(当方も、適宜レスいたしますが、タイミングによっては1日空いたり、、、

>私は基本的に先人の手になる正統憲法や正統典範が上記の1の「存立の価値」のうちのもっとも大事なものと考えています。
「存立の価値」というものは、(>>16に即して言えば)不文憲法(国体法)にこそあるのであって、
正統憲法も正統典範も先人が「存立の価値」を守るために残してくれた「手段」であると考えます。

とはいえ、「手段」のなかでも特別に大事なものだとは考えますし、
出来れば現行憲法改正ではなく、憲法無効宣言の方がすっきりしたやり方ですが、
残念ながら、国外的にも国内的にも、そんなにすんなりと事が運ぶような
情勢ではなく、時間と手間をかけて(何度もの法改正や議論)回復していく
しかないと考えています。

>国際情勢も同盟関係も自主防衛も「何かを守る」というところから論じているのであれば、
>何を守るのかをハッキリさせないとダメだと思います。
守るべきものは、伝統や歴史観であり、その中心には、万世一系の皇統があります。
先の大戦でも、危ういところでなんとか皇統は守られたわけですが、
終戦(この終戦をいつとするにせよ)後、60年程度経ち、見方によっては、
さらに危険な状況になってしまっています。

そして、この危機を乗り越えるためには、近道(無効論)でいければよいのですが、
残念ながら、60年とは言わずとも、それなりに長い道を行かざるを得ないと考えます。


現行憲法改正をすることが致命的だとの考えを持っておられるようですが、
私は、日本という国は、憲法によって成り立っているわけではなく、
従って、現行憲法改正も致命的なことではない、と考えます。
681:2006/08/27(日) 18:12:26 ID:8ZiKb3kD
>>61
>また、新無効論では、日本国憲法を憲法的条約として有効と解釈するようですが、条約であれば、国内法に優先するとは考えられませんか?
簡単にいえば「日本国憲法」は帝国憲法下「ポツダム宣言」が有効であったような論理構成で有効であると考えるとわかりやすいです。
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/kokutai/kokutai6/kokutai6.htm
「占領憲法の国内的効力」のところに、規範序列が書かれています。これを縦型に図示したのが(>>11-12)です。
●國體>根本規範>講和大権≧講和条約群(憲法的条約)≧通常の憲法律(=憲法改正権)>一般の条約(=条約大権)>法律≧緊急勅令
南出氏は説明箇所によって異なりますが「日本国憲法」を憲法的条約とも講和条約とも説明されています。
講和条約の方が理解しやすいと考えます。通常の憲法律に対する序列の優劣がハッキリするからです。
■帝国憲法 13条 天皇は戦を宣し和を講じ及び諸般の条約を締結す
・戦を宣し=宣戦布告
・和を講じ=講和条約(講和大権)
・諸般の条約=一般の条約(条約大権)
南出氏の論理のポイントはこの   1、講和大権に基づく講和条約     2、通常の条約   をキッチリ区別して認識することです。
貴殿の問いのように、いずれをとっても国内法(法律)に優先するのは両者同じですが、帝国憲法中の通常の憲法律を制限や停止できるかどうか
が違ってきます。

>そもそも憲法的条約というのは成り立つのでしょうか?
>条約であれば、それこそ相手国の意向も確かめなければなりません。
GHQの意向で制定された「日本国憲法」を立法行為による成立とみることは議事録の公開により不可能となりましたが、合意締結による講和条約
の成立とみることは出来ます。GHQ草案は、ポツダム宣言になぞっていうと、「日本国憲法」東京宣言です。

>憲法的条約とは呼ばずに、条約締結過程において必要性のあった国内法と呼ぶべきでは?
>そして、アメリカがこの位置づけを認めてくれるかどうか、そのための交渉も必要だと思います。
まず、「国内法」は無理です。憲法として無効の理由と同じく「立法」行為の実質がありません。(自由意思が皆無)
ですから、次に他の規範へ転換は可能なのかというところから「締結」行為は存在するのかどうか着眼することになります。

たとえば、ポツダム宣言は条約か?講和条約か?といえば、上記の規範序列で考えると講和条約のレベルに入る規範ということになります。
なぜなら、帝国憲法の条項(通常の憲法律)を制限する条約だからです。4条11条12条が制限されました。
ポツダム宣言の受諾根拠条項は帝国憲法13条のうちの講和大権以外にみつかりません。これを条約大権で受諾しても、帝国憲法を制限する
ことができません。このポツダム宣言が帝国憲法の通常の憲法律を制限した理屈と同じように、現在は「日本国憲法」が帝国憲法を制限している
と考えるとわかりやすいと思います。「日本国憲法」もポツダム宣言やサ講和条約と同レベルの序列をもつ規範だと理解できます。
その一部9条はのちの条約たるサ講和によって講和条約改正されています。
69日出づる処の名無し:2006/08/28(月) 08:39:34 ID:QAzWV9bk
ひとりでも多くの日本人が無効確認を1日も早くします様に。
70Juliet:2006/08/28(月) 10:05:30 ID:9kOSW217
Juliet
711:2006/08/29(火) 01:46:17 ID:0XFsyJOn
>>62

>明治から現在にかけての歴史観を取り戻していれば、無効論も受け入れられるが、
>単に国会決議をするだけでは、心情的に受け入れられない国民も多数居るでしょう。

逆の着想が必要じゃないでしょうか?
歴史観を取り戻すために留意しなければならないのが「さて?現行憲法こそが歴史忘却の元凶ではなかったか?」
という視点だと思います。東京裁判史観・自虐史観の発信源は「日本国憲法史観」です。
偽憲法は偽造された歴史でないと正当化できません。教科書問題は原因(偽憲法)に即した現象(偽歴史)となっ
たまでです。ゆえに、偽憲法を改正(=承継)しても歴史偽造の必要性は今までどおり変わりません。
改正しても「日本国憲法」は「日本国憲法」です。「日本国憲法」の出自はいつまでも被占領下のものとして説明
教育されます。そこには正統性も合法性もない。帝国憲法違反、国際法違反、戦争犯罪性が明らかです。
議事録に明らかなように「事実の上でも」又、帝国憲法に明らかなように「法律理論の上でも」もともと「日本国憲法」
は憲法として無効なのですから無効論は生き続けます。論理的には無効論が正しいということが継続します。
つまり、無効な憲法には無効確認が可能となる「始期」(いつから)はあっても「終期」(いつまで)というものはありま
せん。無効憲法は無効確認による消滅の運命を、実際に消滅するまで自らの内に胎んでいるのです。
消滅の運命を約束されているのです。
改正論者には、この「消滅の運命を約束されている」ことを本当に文字通り理解してもらいたいです。
さらには、無効論という正論に対抗して被占領下の憲法制定史について「国民が圧倒的に支持した」とか「戦前は
天皇制絶対主義の国家であった」などとウソをつきつづけなければならないことは今と変わりません。
偽憲法は東京裁判史観や自先祖虐待史観と相性がぴったりです。
このとおり、改正することによって歴史観回復は余計に困難になります。
721:2006/08/29(火) 01:51:17 ID:0XFsyJOn

「東京裁判」を正当な裁判と受容しながらの歴史観の回復は不可能です。これならすぐ納得できるでしょう。
放置すれば、先に行けば行くほど、真実を知っている人々が居なくなり歪曲された歴史観が強固になっていくこと
が想像されるでしょう。そうであれば「日本国憲法」を正当(有効)な憲法と受容(=改正)しながらの歴史観の回復
についても同じく不可能です。

「東京裁判」を裁判として無効と主張することに抵抗がないのに、「日本国憲法」を憲法として無効と主張することに
は抵抗が出るというのは、いったいどこがちがうのでしょうね。
 東京裁判については、これが過去の事実であり日常生活とは直接関係がありませんから、これを無効であると主
張しても、その社会的地位に何ら影響を及ぼさないのですが、「日本国憲法」については良識派でさえ不覚にもこれ
を有効だという前提で長年論陣を張ってきた(護憲論者でなくても改正論者全員がここに入る)ことから、いまさら絶
好の解決策が表出されたところで、すぐさま賛同するわけには行かないのです。なぜならどちらも実はマックの手の
ひらの上でおどる護憲派であって、その中に被占領期のうちに護憲論と改正論という対立構図が用意され、それぞ
れに張り付く憲法学者も被占領期に配役されて、それを今日まで継承しているからでしょうね。
論壇村の人々がわかったような、わからないような拒否反応をするのはこれまた当然の現象でしょうね。
表面は「押し付け憲法」といいながら実は護憲派だったのですから当然です。
ほとんど護憲派しかいないところへ表れたのが新無効論ということです。

>(歴史認識問題を一挙に解決したいというお気持ちは分かりますが、)
>(残念ながら楽観的に過ぎると思います。)
上記のような加減で改正論者が最大の敵だと認識していますw
73日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 02:46:59 ID:2DjcID6p
ながいな〜
741:2006/08/29(火) 11:54:23 ID:0XFsyJOn

これだけは譲れない 歴史教科書10の争点・藤岡信勝+「新しい歴史教科書をつくる会」 徳間書店・1500円
 第6章・大日本帝国憲法とは何か(p145〜)   大月短期大学教授・小山常実
【第一部】

明治維新の意味

 明治憲法をどう捉えるかという場合、これを三つに分けて考えてみたいと思います。
@まずは明治憲法の成立過程に関して。A次は明治憲法自体の検討です。Bそして明治憲法ができて以降の政治について。こ
のなかでも二番目の部分が中心で、私自身の研究に基づいてお話しさせていただきます。
 最初の「成立過程」に入る前に、明治維新の意味に関して簡単に触れて起きます。明治維新は革命か改革かという問題です。
私自身は最近「公民国家革命」または「国民国家革命」と位置づけるのがいいのではないかと思いはじめています。なぜかと
いうと、権威に関して、権力に関して、明らかに江戸時代までの体制から転換しているからです。
 まず権威に関してですが、日本の最高権威は一貫して天皇であったと見ることができますが、しかしそれには少し留保がつ
く。たとえば江戸時代には天皇の権威の代わりが幾つかありました。関白があるし、院があった。院というのは天皇のお父上
です。権威は、天皇、院、関白と三つあった。それからもうひとつ大きいのは将軍です。
 将軍と天皇の関係はどうだったかというと、必ずしも天皇が上ではなかった。天皇の勅使が江戸城に向かったときの会い方
にしても、将軍のほうが威張っているところがありました。また、対外的にも「日本の国王」は将軍でした。そうすると日本
の権威に当たるものが四種類ぐらい考えられたわけです。明治維新はこれを天皇一本に統一した。これはものすごい転換です。
 次に権力編成原理も変わりました。江戸時代は、政治家にしても官僚にしても軍人にしてもすべて武士でしたが、明治に入
ると、これが全国民から選ばれるようになります。
 権威の面でも権力の面でも大いなる転換があった。これはひとつの革命と見ることができるだろうと思います。
 さらに天皇に権威が集中してくると同時に、公議による政治という考え方が広がっていきます。もともとはペリーの来航を
受け、幕府が武士を中心に「どうしたらいいか」と意見を聞いたことにはじまって、だんだんと政治に口を出す人間が増えて
いき、公議に基づいていろいろなことを決定していこうという規範が幕末維新期に広まっていったわけですが、この延長上に
あるのが明治憲法だといえます。
751:2006/08/29(火) 11:55:51 ID:0XFsyJOn

明治政権と自由民権運動の憲法草案はほぼ同じだった

 このあたりのことを踏まえて、明治憲法の成立過程を見ておきます。
 明治政権の正統性を支えたものはいったい何だったのか。これには二つあるのではないか。
 ひとつは、明治政権は明治天皇によって信任されているということ。幕末以来、佐幕派も含めて明確に尊皇思想があったこ
とが基盤になっています。もうひとつは下から迫られたことでもありますが、天皇を含めて公議による政治を拡大させないと
正統性が疑われてしまうということです。だから自由民権運動も盛り上がった。@天皇の信任を得ているということ、A公議
政治を拡大するということ、この二つを満たすことによって明治政権が支えられていくという構造がありました。
 そこで明治政権はまず地方議会をつくって議会政治の練習をしました。そのうえで帝国議会をつくった。現実にもそういう
流れになっています。
 いわば、自由民権運動とは関係なしに、明治政府は明治政府で帝国憲法を起草し、議会を開くことを考えたわけですが、そ
うした事実について中学校の教科書はいっさい記さずにきています。また、自由民権運動と明治政権の考え方はずいぶん違う、
対立的であると強調してきたわけですが、ところが両者の草案を検討してみると、じつはすべてが立憲君主制の草案です。両
者、基本的には同じなのです。教科書がしばしば挙げる植木枝盛の草案や「五日市憲法」にしても、明らかに立憲君主制です。
それにもかかわらず「対立的である」と書くのはデマゴギーです。教科書はそういうデマを昔から流し続けてきた。これは是
非とも指摘しておかなければなりません。
 実際は明治政権も自由民権運動も、尊皇思想と公議による政治を打ち立てようとしていたのです。「公議」は立憲制に行き、
「尊皇思想」は君主制に行きました。明治政権も自由民権運動もほぼ共通性をもった草案を立てていたということになります。
 ところが教科書は「国民は内容も知らずに憲法を祝っている。何て馬鹿な国民だ」といった意味のドイツ人の医者ベルツの
日記をしばしば紹介しています。つねに三社ぐらいの教科書にこの日記が引かれています。というのも、当時の国民は憲法を
歓迎したというのが現実だからです。自由民権運動の活動家もほぼ高い評価をしています。だから教科書を鵜呑みにすると間
違ってしまう。教科書の明治憲法評価はほとんど嘘っぱちだといってもかまいません。
761:2006/08/29(火) 11:57:52 ID:0XFsyJOn

独立国を目指した明治憲法

 では明治憲法とはどういう特徴を持った憲法だったのか。憲法自体の話に移ります。ここが私としてはいちばんお話しした
い部分です。詳しくは拙著『天皇機関説と国民教育』(アカデミア出版会)、『「日本国憲法」無効論』(草思社)を参照し
ていただければと思いますが、まず明治憲法は「独立国を目指す憲法だった」と位置づけることができます。
 ご承知のように当時の日本は不平等条約によって半独立国の位置に立たされていました。それに由来する屈辱的な出来事は
いくつかあります。あとえば「ノルマントン号事件」(1886年)です。イギリスの汽船が紀州沖で難破したとき、イギリス人
の船員たちは日本人乗客をまったく助けようとしなかった。それで日本人乗客は二十五人全員が溺れ死んでしまった。これは
まさしく殺人罪に該当するわけですが、当時はイギリスが裁判権を持っていましたから船長は、最初は無罪でした。これに日
本人は怒った。そこでもう一度裁判をやり直しますが、三ヶ月前後の罪でした。
 そういう不平等条約を結んでいたから屈辱的なことはいっぱいありました。災難もいろい降りかかってきた。そういうなか
で憲法を持たなければいけないという機運が高まった。憲法を持った国になることが独立国になる道である、というわけです。
 軍事力の問題もあります。十九世紀後半は軍事力がものをいう時代でしたから、それなりに軍事力を持たないかぎり独立で
きない。ということで軍事力と憲法、その他の法律を整備することによって独立を達成しようとした。その意味で、明治憲法
は独立国を目指す憲法だといえる。
 それから自由主義・立憲主義の憲法である。これが明治憲法の二つ目の特徴だといえます。自由主義的であるという意味合
いは「権力分立」ということです。もうひとつは国民代表の「議会を持つ」ということ。主にこの二点によって自由主義的な
色彩が出ています。
771:2006/08/29(火) 12:06:07 ID:0XFsyJOn
 明治憲法の正式名称は「大日本帝国憲法」ですが、なぜ「大日本帝国」なのか。当時、つまり明治十年代の国家のリーダー
たちは、自由民権派も含めて、みな大国路線でした。もちろんどの国をモデルにするのか、ロシアなのかイギリスなのか、あ
るいはフランスなのかドイツなのか、そういう違いはありますが、みんなが大国路線を選択したことははっきりしています。
それが「大日本帝国」という名前に表れています。日本国は現実としては小国にすぎないけれども、念願としては将来的にイ
ギリスやプロシア(ドイツ)並の大国になっていくのだという意志がここに込められている。注意すべきは、自由民権派も大
国路線を選択したということです。大国でなければ独立を維持できない時代だったから、これは当然です。
 それから、政権側の井上毅と中江兆民などが結構仲がよくて、いろいろ意見交換をしていることも面白い。国家権力に近い
人と左翼及び反体制派の人たちが大逆事件あたりまでは話し合いをしていた。それも一応指摘しておきたいと思います。
 ただし「大日本帝国」と称しながら、対外的には「日本国」としか称さなかったことも大事です。条約を見るとつねに「日
本国」となっています。天皇と称さないで「皇帝」です。これを変えたのは昭和十一年です。昭和十年に天皇機関説事件があ
りましたが、その影響で大日本主義的な色彩が強まってきて、岡田(啓介)内閣が条約でも「天皇」と謳おう、「大日本帝国」
と謳おうという閣議決定をした。それ以降は「大日本帝国天皇」です。
 ついでにいっておきますと、日本がほんとうの意味で独立国になったのは昭和十七年です。それまでは外国人の旧居留地に
おける特に不動産をめぐる特権が生き残っていた。日本はまあ、明治四十四年に独立国家になったといえないこともないけれ
ども、じつは完全な独立国家だったのは世界を敵に回した三年間だけなのです。
781:2006/08/29(火) 12:08:37 ID:0XFsyJOn

国体・政体の二元構造

 さて、この憲法は国体・政体の二元構造になっています。国体論と政体論は分けて考えるのが戦前の常識だったからです。
 国体は「和魂」の部分、政体は「洋才」の部分といえば分かりやすいかと思います。和魂洋才思想が国体・政体という二元
構造をつくったと言い換えても同じです。
 具体的にいうと、私は明治憲法の一条から四条前半までが国体論と考えています。一般的には、戦前の憲法学者は第一条か
ら三条までが国体論の部分で、五条以下を政体論の部分と捉え、国体の部分は変えてはいけないと見ていたようですが、私は
四条の前半までが国体論だと考えています。
 国体論の部分を見ますと、天皇の意思で国家意思を決定していくと書いてあります。一条には「大日本帝国ハ万世一系ノ天
皇之ヲ統治ス」と書いてあるし、四条には「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ・・・・」とあります。政治の主体は明らかに天
皇です。これは一応、歴史や伝統を保守する部分だと理解できます。そのいちばん端的な表現が「万世一系ノ天皇」という言い
方です。
 ついでにいっておきますと、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラズ」という三条はのちに現人神に関係づけられますが、少なく
ともつくられたときはまったく関係はありません。これはあくまでも大臣責任論とのセットで、天皇は無答責であるという意
味です。天皇は責任を問われない。ということは逆に、大臣が責任をもって政治を行うということです。そういう天皇無答責
の規定として三条は読むべきだし、そういうつもりで明治政府もこの条項を入れたわけです。
 五条以下が政体論になります。国家権力を行使する、あるいは国家の意思を形成するものとしての内閣、天皇、議会に関わ
る規定です(裁判所の問題は脇に置いておく)が、この三者のなかで誰(どこ)が力を持っていたのか、ということが重要な
問題になります。
791:2006/08/29(火) 12:10:14 ID:0XFsyJOn

天皇機関説をめぐって

 国体・政体の二元構造を押さえると、じつはなぜ美濃部達吉が二回にもわたって迫害されたのか、そして彼はなぜ敗れたの
かということが分かってきます。結論からいえば、「天皇」のライバルとして「議会」を登場させてしまったことが美濃部の
失策でした。天皇と権威を争う存在として議会を登場させてしまった------これが美濃部が迫害された大きな理由だと見てい
ます。それは当時の学説を分類してみるとよく分かります。
 当時の学説は五種類存在します。
 @国体・政体二元論の天皇主権説。ここには穂積八束、上杉慎吉、清水澄、佐藤丑次郎といった錚々たる憲法学者がいます。
 A国体・政体二元論の天皇機関説。これがじつはいちばん安定的な学説でした。私はこれがいちばんオーソドックスな学説
だと思います。美濃部がこの学説を取っていたら、歴史は相当変わったのではないか。この国体・政体二元論の天皇機関説に
は、副島義一、佐々木惣一、市村光恵、金森徳次郎がいる。それから、論理的にいうと筧克彦さんも機関説です。
 Bそして国体・政体二元論を維持しており、国体論では天皇主権説を取るけれども、政体論の上では天皇機関説だというや
やこしい学説。これは有名な国際法学者・有賀長雄さんです。有賀さんに関してはみなさんまったく間違って理解しておりま
して、片一方だけ捉えて天皇機関説に入れたり、片一方だけ捉えて天皇主権説に入れたりしていますが、そうではなくて、国
体論と政体論を分けて考えればすっきりとその学説を捉えられます。
 C政体一元論の天皇主権説。これは、井上密、末岡精一。
 Dそして政体一元論の天皇機関説。これが一木喜徳郎。美濃部達吉のお師匠さんです。さらに美濃部達吉や野村淳治がここ
に入ります。これは政体一元論をとり、天皇を最高機関と捉えます。美濃部さんを例にしていうと、政体一元論では天皇を機
関だとする。議会も機関です。国民と天皇を原始的直接機関という言葉で平等に扱い、議会を国民の代表機関とする。最高機
関はどちらかといえば天皇だというわけですから明確に「国体違反」とはいえないけれども、「国体違反だ」と攻撃される可
能性を持った学説です。
801:2006/08/29(火) 12:21:28 ID:0XFsyJOn
 美濃部さんの説をさらに進めると北一輝になります。北一輝は、最高機関は天皇と議会だといいます。天皇プラス議会が日
本の最高機関だという。北一輝は美濃部達吉の講義を受けた上で、自分の天皇機関説をつくっていますが、明治三十九年に
『国体論及び純正社会主義』が発禁処分になる。それがなぜ当局の逆鱗に触れたかといえば、最高機関を天皇と議会とすると、
では天皇と議会とどちらが上だという問題が出てくるからです。前にも触れましたように、明治国家は天皇を最高権威として
統一したはずなのに、議会が前面に出てきてしまう。そこが許せないというわけです。美濃部もそれに近いところが少しあり
ます。
 天皇機関説論争は、明治四十五年から大正二年にかけて行われますけれども、そのとき美濃部と上杉をたしなめて浮田和民
さんは、「上杉は国体論に偏している、美濃部は政体論に偏している」といったわけです。そして美濃部に関して「国体・政
体二元論を認めないのはおかしい」と批判しています。
 一般的に、天皇機関説論争は美濃部の勝利に帰したといわれていますが、必ずしもそうではありません。天皇機関説か天皇
主権説か、という問題では美濃部が勝った。しかし国体・政体二元論か政体一元論かの問題では国体・政体二元論が完全に勝
ったわけです。
 美濃部はこれと同じことを昭和十年にもう一回繰り返して、結局追放されます。だから私は、副島義一さんあたりが東大の
憲法学を教えて、最高の権威者であったなら相当歴史が変わったのではないかと思っています。
811:2006/08/29(火) 12:23:12 ID:0XFsyJOn

なぜ二元構造なのか

 ではなぜ国体・政体の二元構造なのか、なぜ天皇なのか、という問題に移ります。
 まず指摘しておきたいのは、明治政権がとったヨーロッパ化・文明化に対するスタンスです。これは「制限的欧化論」とで
もいえるような立場でした。
 制限的欧化論といわれてもピンとこないかもしれませんが、一方には完全欧化論というものが論理的に考えられます。
 完全欧化論とはどういうものかというと、日本が西洋諸国の親族になれば独立国に上昇できると考えるものです。宗教もキ
リスト教にしたらいいじゃないかという。あるいは白人種の「優秀」な血を入れて日本人を白人化する。また日本語で演説も
なかなかうまくできないから英語にしてしまおうという議論もありました。最初の文部大臣・森有礼は明治初期に「英語国語
化論」を述べています。そして明六社のなかで福沢諭吉と論争しています。森有礼は、日本語は劣弱な言語だから、これでは
文明化できないといった。それに対して福沢諭吉は見事に反論しています。福沢諭吉は、「いや、日本語でも演説できる」と
いって日本語で論理的な議論をきちんとやってみせます。私は、福沢諭吉は嫌いだったのですが、その話を知ってからある程
度好きになりました。
 ともかく、そういう完全欧化論がありました。そうすれば、ヨーロッパのほうも自分の親戚と考えて独立国にしてくれるだ
ろうという議論です。
 それに対して井上毅は----------それではだめだ。法律をヨーロッパ風にすることでヨーロッパと対等な条約を結んで独立
国になるのだといった。日本をどう変えるかというときに、保守すべきところは保守する。変えるべきところは変える。簡単
にいっていまえば、制限的欧化論というのは和魂洋才論で、基本的にその立場を取ろうといったわけです。そこから二元構造
が出てきます。
 つまり一方では政体論のレベルで、政治の自由、思想の自由、信教の自由を認める。しかし国家がバラバラになってしまっ
たら、いくらきれい事をいったって人権は奪われる。だからもう一方では、国家をきちんと統合しなければいけない。そのた
めに国体論を利用する。これが第一のポイントです。
 二番目のポイントは、「日本のキリスト教」としての国体論という意味合いがあります。ヨーロッパやアメリカを見ると、
国王や大統領はキリスト教の神からの委任によって国民を支配している。国民主権国家になってもそこは変わらない。国民主
権になろうが、その上にはつねに神がいる。これはいまでも完全には崩れていません。七割がたは生き延びています。欧米で
は国民のほとんどがキリスト教徒ですから、キリスト教が国民統合の役割を果たしている。それから国民の道徳教育の役割も
果たしてきた。これが愛国心にもつながっていくと捉えた。そこで日本でも「キリスト教」に相当するものを探したわけです。
821:2006/08/29(火) 12:25:36 ID:0XFsyJOn
 いちばん信徒が多いのは仏教ですが、しかし仏教にはそんな力はもはやない。そうやっていろいろ探した上で辿り着いたの
が「万世一系ノ天皇」です。井上毅が森文部大臣のために代書した文書があります。これは両者の意見が一致している点です
が、次のようなことを書いています。「我国万世一王天地と与(とも)に限極なく、上古以来、威武の輝く所、未た曾て一た
ひも(いまだかつてひとたびも)外国の屈辱を受けたることあらす(中略)、為に無二の資本至大の宝源にして・・・・・」。
万世一系の天皇が続いてきているから外国に侵略されたことが一度もない。これは無二の資本であると捉えたわけです。こう
いった考えが国体論を生み出し、さらに明治憲法のなかにも入ってきます。
 そして三番目に、これはある意味でいちばん本質的な点だと思いますが、文明化学習の主体形成の根拠としてどうしても天
皇が必要だったということがある。当時、明治四年から六年にかけて岩倉遣欧使節団がヨーロッパとアメリカに行っています。
そこで日本が後れていることを痛感する。そんな感覚が明治一桁から十年代の日本人一般を支配していた。ある種の劣等感で
すが、それを克服していくとき「万世一系ノ天皇」という観念はかなり強力に作用したわけです。われらは道徳的な国民だか
ら王を殺してこなかった。だから天皇家も連綿と続いている。それは日本人が忠義という道徳を守ってきた証明だと考えられ
ていくわけです。
 先生と生徒の関係を思い浮かべていただいたら分かると思います。生徒が先生に対して「先生に比べたら何をしても負ける
よな」と、そう思っているようではだめです。それでは結局、あまり成長しない。やはりどこかで「この点は先生より勝って
いるよな」というふうに思えなければいけない。基本的に尊敬していても、どこかで自分のほうが上だというところを一点で
も二点でも持っていないと学習は成立しない。同じことが日本とヨーロッパとの関係でもいえるわけです。日本という弟子が
文明化に成功するためには、どこかの一点でヨーロッパに勝っているというプライドが必要だ。それが文明化を進めていく根
源になる。それが「万世一系ノ天皇」という国体論だったのではないか。私自身は、この三点目が二元構造の背景としては大
きいのではないかと思っています。
 結局、国体論はある種の欧化論なのです。欧化学習を進めていくためには、どうしてもこういう学習主体形成の根拠として
の国体論が必要であったということです。じっさい、ヨーロッパの人も、もう少し日本的なものを残さないと大変じゃないの
かという感想を持っていたようです。そこで、明治政権も、やはり日本的なものを残していかないとだめだというふうに思っ
て残していった。それが憲法論では国体論というかたちで表れているわけです。
831:2006/08/29(火) 12:36:10 ID:0XFsyJOn

明治憲法における国体法

 次は、国体法それ自体を見ておきたいと思います。
明治国家においては「国体法」というものが明確にありました。これは矛盾的なのですが、国体法には二つの側面がありま
す。ひとつは「天皇親政」の建前、もうひとつは「天皇を政治に巻き込んではいけない」という規範です。天皇のご親政なの
だけれども、しかし天皇を政治に利用してはいけない。そういう両面がありました。
 天皇親政という建前は、それまでの摂関政治、幕府政治、そして院政を一掃したわけですから、この建前はずっと生き続け
ます。これは消すわけにはいかない。
 戦前だけではなく、日本の歴史を通した国体とは何だろうかと、私自身よく考えるわけですけれども、するとやはり「天皇
が国家のなかで最高の存在であった」ということの行き着きます。きわめて曖昧で、ある意味でどうにでも解釈できるものし
か残らないのではないか。ただし、これを破るのは大変なことであろうと思います。
 そうした天皇親政の建前を一方で持ちながらも、天皇を政治に利用してはいけない、天皇を政治に巻き込んではいけないと
いう規範があった。それは当時の人たちの常識だったという側面があるわけです。
 ひとつだけ例を挙げて置きます。昭和三年の五月、水野錬太郎文相優諚問題が起きています。「優諚」というのは「天皇の
思し召し」です。田中義一内閣のときの出来事ですが、久原房之助が入閣した。それに水野文相が怒って辞表を提出した。す
ると田中首相は天皇から水野に対して「国務のために尽瘁せよ」という言葉を引き出したわけですが、これが大問題になった
わけです。天皇を政治に利用したというわけです。それはけしからんと、轟々たる非難に晒された。このとき面白いのは、先
に触れた上杉慎吉と美濃部達吉、明治四十五年に論争し合った二人が三宅雪嶺、高柳賢三、新渡戸稲造といった錚々たる学者
たちとともに声明を出していることです。田中義一首相を批判する声明です。この声明は、上杉と美濃部が共同起草していま
す。昭和期というのは上杉と美濃部がいっしょに行動する局面も相当あったのです。
 ともかく国体法はそうした矛盾的な側面を持っていました。ただし憲法学では、この二つの側面を常識として持ちながら、
うまくそれを統合した論理をつくった人はいません。昔の憲法学も戦後の社会科学系の学問もやはりヨーロッパのモノマネか
ら抜けられないから、日本独自の現実をどう理論化するかというときに失敗してしまうのです。
 ここで天皇の位置づけに関していっておけば、「統治権の総攬者」という規定が妥当かなと思います。あるいは単に「元首」
でもいいでしょう。天皇機関説が多数派で、天皇主権説はあくまでも少数派です。ところが戦後の教科書は、この少数派の学
説に基づいて戦前の天皇を位置づける。憲法学者もそうです。そういう変なところがあります。
 ただし、明治憲法が、権威は天皇だけである、日本国家の権威は天皇だけなんだという考え方に基づいてつくられているこ
とはたしかです。
841:2006/08/29(火) 12:40:04 ID:0XFsyJOn

明治憲法における政体法

 次に政体法について説明したいと思います。
 まずは戦前においても三権分立であったことを指摘しておきたいと思います。
 司法権に関しては五十七条で「司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ」とありまして、裁判に関しては裁判所
に完全委任しています。一応天皇の権限だけれども完全に裁判所に委任していて天皇の知るところではない。
 立法権は、五条に「天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ」、三十七条に「凡テ法律ハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス」
とあって、議会は天皇(実際には内閣)とともに立法権を担うということになります。
 ただし、実際をいえば天皇が法律を裁可しない例はありません。不裁可権は一応持っていると考えられるわけですが、裁可
しなかったら今度は国体に違反してしまうわけです。したがって不裁可という例は結局生じませんでした。つまり法律を制定
する権限に関しては完全に議会に一任していました。
 そういうかたちで、天皇の権限とされたものはどんどん他のところに持っていかれたのが実際です。軍事に関してもそうで
す。軍事は天皇が直接やったのだというイメージを持たれておりますけれども、けっしてそうではない。最近の研究では、軍
事に関してもじつはやはり下に降りてしまっているといわれています。十一条に「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」とあるけれども、
実際は陸軍の場合は参謀総長、海軍の場合は軍令部長に完全に任されている。
 行政権も、実際上は国務大臣に任されていた。したがって「大臣責任論」の問題になります。大臣責任論に関しましては五
十五条に「国務大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス」と書かれています。これは「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という三条
とセットになっています。天皇に責任が及ばないように、大臣が責任を取るということです。そして責任を取る代わりに、責
任を持って政治をやる。天皇が政治の主体ではなく、大臣が政治の主体としてやっていくのだということです。そういうかた
ちで、立法・行政・司法に関しては下の機関に任せるという構造ができ上がっていたわけです。そしてこの大臣責任論を根拠
にして政党内閣がでてくる。
851:2006/08/29(火) 12:44:54 ID:0XFsyJOn
 一般的には、大臣責任は天皇に対する責任であると説明する憲法学者もいるし、教科書もそう書いています。しかし伊藤博
文の『帝国憲法義解』を見てください。大臣は「君主に対して直接に責任を負ひ又人民に対し間接に責任を負ふ」と書かれて
います。この「人民に対し間接に責任を負ふ」というときの「人民」とは何か。これは「議会」と読み替えられます。人民の
代表としての議会、です。そして「人民に対し間接に責任を負ふ」というところから超然内閣、挙国一致内閣、政党内閣のす
べてを認めるのが明治憲法の立場であるというのが私の理解です。最近この理解はある程度広がってきているようです。
 その上で、副署の拒否は可能であるということになります。法律でも勅令でもいいですが、何かを出すときに大臣はそこに
副署しないといきない。その副署がないと有効な国家行為にならない。したがって大臣が拒否すれば、法律でも何でも出せま
せん。そこに大臣の主体性が生まれてくる。大臣がこの政治行為には反対だというときは副署を拒否できるということです。
 副署の拒否の仕方ですが、例えば副島義一さんの場合は、違憲違法の国家行為に対しては、在職したまま拒否できると考え、
違法ではないが政治的に同意できない行為に対しては、辞任によって拒否できると考えています。これに対して、例えば森口
繁治さんの場合は、辞職を通じて副署を拒否する自由はあるとしています。辞職する必要があるかないかは別として、副署拒
否可能論は、美濃部や有賀、一木等多数の学者の支持する所でした。この多数派学説においては、大臣は主体性をもって、か
つ大臣が責任をもって政治を行う。したがって無責任領域は発生してこないというわけです。
 井上密さんの意見はちょっと微妙で、本来はこの立場に立ちたいのだけれども、条文上それはむずかしいといって副署拒否
不可論を唱えており、辞職の自由も認めていません。ただし、いやいや副署をしたとしても大臣責任は発生するといって無責
任領域をなくしています。ところが穂積八束さんの副署拒否不可論は、副署拒否はできないけれども、いやいや副署したもの
に関しては大臣が責任を取る必要がないという。この場合は誰も責任を取らない無責任領域が発生します。
 こんなふうに分かれていますが、先に申し上げたように「辞任せずに又は辞任することによって副署を拒否できる」という
のが多数派の見解でした。ですから、前に述べた〈天皇を政治に巻き込んではいけない〉という国体上の規範と、さらに今述
べてきた多数派の大臣責任論によって、二重に天皇は政治権力から遠ざけられていたのです。
 さて、三権分立、大臣責任論に続く政体論の三番目の特徴は、代議制−間接民主主義です。これは参政権が規定されている
ことによって広がってきます。
 以上を踏まえて、政治の総体的なあり方について見ると、政党内閣が発生してくるわけですから、内閣中心政治であっても
いいし、議会中心政治でもあっていいということになります。明治憲法をつくったときはこの二つぐらいしか考えていません
でした。だんだん内閣中心政治から議会中心政治に移っていくだろうと捉えていたわけです。この流れを見事に体現している
のは上杉慎吉です。
861:2006/08/29(火) 12:50:02 ID:0XFsyJOn
 ほとんどの学者は上杉慎吉と穂積八束を同列に論じていますけれども、それはじつは無茶苦茶です。この二人はまったく違
います。初期の上杉慎吉は内閣中心政治です。そこから出発して昭和初期に至って政党内閣制を承認するようになる。だから
こそ、先ほどいったような美濃部との共同行動も出てくるわけです。どうしてそうなるかというと、上杉は大臣責任を「すべ
ての人に対する責任」といい出します。それを踏まえて、政党内閣制を承認するというステップを踏んでいく。でも天皇主権
説は変わらない。ここは間違えないでください。国体・政体の二元論に立った天皇主権説は維持する。しかも「天皇は現人神
だ」というわけです。天皇=現人神説だから立憲政治ではない、ということではありません。間違えないようにしてください。
天皇主権説でも立憲政治論は出てくるし、逆に天皇機関説でも極めて専制的な解釈は出てくる。ところが、世の学者たちはこ
の点をまったく無視している。ここが私自身いちばんなさけなくなる所です。
 これに対して穂積は「天皇親政」「大権政治」といいます。簡単にいえば、天皇は臣下たちに邪魔されないで自由意志で行
動できる領域があるという説です。しかしこの議論は、三条(天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス)と五十五条(国務各大臣ハ天
皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス)の趣旨からすると完全に成り立たない。それにもかかわらず戦後の歴史学者と憲法学者は、穂積八
束の学説に基づいて戦前の体制を規定しているわけです。明らかに間違っています。
 次に、権利・義務について見ておきます。これは「法律の範囲内での自由権」とされています。
 これに対して現行の「日本国憲法」は、法律による制限を明確化していません。しかも「人権」の上に神がいない。ヨーロ
ッパでは人権の上に神がいます。だから無軌道になることをなんとか抑制できるわけです。現実にそういう事態が生じたのが
戦後五十年、といったらいいすぎでしょうが、少なくとも一九八〇年代以降ではないかと思います。
 ヨーロッパの場合はさらに「人権宣言」を見ても法律による制限はたくさん出てきます。人権を制限する言葉が出てくるこ
とはたしかです。その意味で現在の憲法学者も現行「憲法」に関して、人権は法律によって制限できるとしています。これが
通説です。だから「法律の範囲内における人権とか権利というのは、非人権的であるとか権利無視的である」という非難の仕
方はちょっとおかしいというべきです。
 このようにして、明治憲法の政体論における権利には自由権と参政権、裁判を受ける権利がありました。時代的な制約があ
りますから、生存権・教育を受ける権利といった社会権は存在しない。これはまあ当然でしょう。
871:2006/08/29(火) 12:54:57 ID:0XFsyJOn

 大正・昭和初期の憲法体制

 最後に、大正・昭和初期の憲法体制に関して見解を述べておきたいと思います。
 大正七年に原敬内閣ができて、大正十三年以降、政党内閣制が「憲政の常道」であるという規範が成立する。自由主義・立
憲主義という立場からすれば、これは米騒動や普通選挙法、あるいは治安維持法よりもはるかに重要な出来事であろうと思い
ます。ところが教科書を見ると、重要度の捉え方が逆転してしまっている。米騒動こそが重要なんだということで米騒動の見
出しが躍っている。
 それから政党内閣制、すなわち憲政の常道という見方は、いままで解釈改憲だといわれてきたわけですが、前述の『憲法義
解』の文言から知られるように、これは解釈改憲ではないと私は思います。
 そして治安維持法ですけれども、ソ連が崩壊してみると改めて、治安維持法をつくったときの日本の位置が少し見えてくる。
ソ連の間接侵略に日本は最前線で晒されていたわけです。日本はソ連の共産主義という史上最悪の体制と戦う最前線に位置し
ていた。そのなかでつくられたのが治安維持法です。そうだとすれば、それ自体は悪法かもしれないけれども、そうした背景
を踏まえて治安維持法の評価をしなければいけないのではないでしょうか。それから何よりも腹が立つのは、治安維持法を招
き寄せた系譜の人たちが治安維持法批判の歴史学を築いたことです。治安維持法は明らかにコミンテルン日本支部としてつく
られた日本共産党をいちばんの敵として設定しているわけですが、その系譜の人たちが戦後歴史学会で多数派だったから、そ
うなってしまったのです。
 それから四番目のポイントとしては、明治憲法の体制が昭和十年から十三年の過程で崩壊していったということを指摘して
おかなくてはなりません。直接のきっかけとなったのは天皇機関説事件です。この事件によって立憲主義の憲法論がすべて放
逐された。そして昭和十三年には国家総動員法が布かれた。政府に対して広範な委任をしてしまい、議会の意味合いがほんと
うになくなってしまった。この指摘は一九八九年に書いた私の論考が最初ではないかと思います。それ以前は、昭和六年以降
の「ファシズム」体制は明治憲法の当然の帰結だとされていたのです。それが私の論考の影響ではありませんが、一九九〇年
代以降まったく変わりました。
 明治憲法が実質をなくしていくことによって全体主義的な体制ができ上がったのだというふうに変わってきました。
881:2006/08/29(火) 13:00:18 ID:0XFsyJOn

【第二部】

教科書の問題点はどこにあるか

藤岡■大変中身の濃いお話で、会場のみなさんも久しぶりに大学の講義を拝聴したという気分ではないかと思います。私自身
も目から鱗が落ちるような思いでうかがいました。
 さて次は、いまのお話を踏まえて教科書の現状を分析していただきたいと思います。
小山■教科書の方も明治憲法の制定過程、明治憲法それ自体、それから憲法体制と、三つに分けて見ていきたいと思います。
 明治憲法の制定過程に関しては、これは昭和二十年代から一貫して変わりません。多くは、政府は自由民権運動に迫られて
仕方なしに憲法をつくったと位置づけています。
 したがって、政府と民権派との思想を対立的に捉える。これは一貫しています。自由民権運動は素晴らしく、明治政府は憲
法さえ考えていなかったという。しかし、そう書くのは明らかに歴史の偽造です。
 それから、当時の世の中に知られていなかった五日市憲法案を重視するものが多い。先ほど挙げました植木枝盛の案にして
も、じつはこれは未発表に終わっているわけです。未発表に終わったものと一地方のほとんど知られなかった憲法案で自由民
権運動の憲法草案を代表させてしまう。これはとんでもない話です。
 また、先ほどもいいましたように、「憲法制定の祝い方」ではベルツの日記を引く。ベルツの日記そのものは事実ですが、
わざわざ外国人の目の借りて自国の憲法と自国民を揶揄している。そんな教科書は普通どこの国でも考えられません。
 次に明治憲法に関してですが、単に教科書だけではなく戦後の学説全体の問題があります。国体・政体二元論だったことは   (←ココから注目!)
百も承知なのに、それをまったく無視する。そして少数派だった美濃部らの「政体一元論」を採用する。
 なぜそうなったのかというと、ひとつには国体・政体二元論を唱えていた人たちが戦後不遇になったということがあります。
戦後は美濃部達吉の弟子たちが圧倒的だった。つまり、宮沢俊義さんの系統が憲法学の世界において大きな力を持ったから、
政体一元論になっていった。
891:2006/08/29(火) 13:06:47 ID:0XFsyJOn
 それより大きい理由としては、国体・政体二元論だと「日本国憲法」無効論になってしまうことがあります。政体一元論で
あれば何でも変えてしまえばいいじゃないかといえるわけですが、国体と政体を分けて考えると、不変の部分である国体は変
えるのはむずかしいということになる。そこから、国体までも変えてしまった「日本国憲法」は無効じゃないかという議論が
出てきてしまうわけです。だから「日本国憲法」無効論を防ぐためにも政体一元論しかなかったのだという側面があるわけで
す。これはまあ私がずいぶん前から、十二、三年ぐらい前からいっているのですが、ほとんど省みられることがありません。
 結局、「日本国憲法」および戦後の言語空間というのは、明治国家が苦労した点、それから近代化に成功したポイントを全
部無視するわけです。なぜ日本が近代化に成功したかといえば、和魂洋才論があったからです。つまりは国体・政体を分ける
考え方です。和魂洋才論こそが近代化の成功のポイントだったわけですけれども、その苦労のポイントをまったく切り捨てて 
しまうわけです。
 今回、歴史教科書を見て以外だったのは、天皇=主権者という歪曲が思ったより少なかったことです。これが公民教科書に
なると全部、天皇=主権者と書いてあります。
 じっさい、戦前で主権者といえばむしろ国家です。国家が主権者であるというのが多数説でした。学説からいうと、天皇は
最高機関である。
 次に政体法に移りますが、「アジア初の立憲国家」と書いているのが完全に多数派です。ところが、その実体についてはど
う書いているかというと、天皇は権力者で大臣はその下僚であるというイメージをつくっている。そもそも「大臣責任」を書
かない教科書が大多数です。大臣責任を書いても、天皇に対して責任を取るのだということしか書かない。
 そして代議制の問題ですが、「アジア初の立憲国家」と褒めておいて、しかし選挙権は限定されていたと書く。たしかにこ
れは嘘ではない。この通りなのですが、限定された選挙権から始まって、わずか三十数年で普通選挙まで実現してしまうわけ
ですから、このように揶揄的に書くのはおかしいのです。
 次は、政治の総体的なあり方について。ここがいちばんおかしな所です。全社が「天皇親政論」なのです。軍隊の指揮も天
皇が行うと読めます。子供たちは、戦争も勝手に天皇がはじめられるんだと、そういう読み方をしてしまいます。
 ということで、最後にまとめさせていただきますと、教科書はいまいいましたように、一方では立憲国家だといいながら、
実際には天皇制絶対主義論が展開されているのです。
901:2006/08/29(火) 13:13:28 ID:0XFsyJOn

きわめて政治的な「日本国憲法の三大原則」

藤岡■個人的な体験を思い出しますと、私は一九五〇年代の後半に中学生だったわけですが、先生は黒板に「明治憲法」と
「日本国憲法」と書いて、表をつくりました。そして「主権」と書いて、明治憲法で主権は天皇にあったが、日本国憲法では
国民にあると書いた。そして「国民の権利」は、明治憲法では法律の制限のもとでしか認められなかったと書いたのを覚えて
います。
 今日ご指摘があった古色蒼然たるそういう図式が戦後かなり早い時期に確立して、それが今日まで続いているということな
のでしょうか。
小山■明治憲法に関してはそうだと思いますけれども、「日本国憲法」に関してはちょっと違います。私はこの一年くらい公
民教科書の研究を続けているのですが、いわゆる「日本国憲法」の「三大原則」というのは新しく出てきたものです。三大原
則というのは「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」だといわれているわけですが、これが一般化したのは昭和三十
年前後以降の公民教科書です。それ以前は「日本国憲法」の三大原則などということはいってこなかった。公民教科書にそう
出て、その後を追い駆けるようにして憲法学会でも三大原則といい出したのではないかと思います。昭和二十年代の憲法学説
を読んでも三大原則などまるっきり出ていません。これはちょっとびっくりしました。今でも憲法学会では、決して定説では
ありません。
 しかも、「日本国憲法」の柱は三大原則ではありません。「日本国憲法」に一番に出てくるのは何かというと、間接民主主
義です。国民主権ももちろん入っていますけれども間接民主主義が最初です。
 前文を見ると、五つぐらい原則が挙がっています。その他では、第一条を見ると、象徴天皇制を説明するために国民主権が
使われていますから、象徴天皇制が六つ目になる。七つ目は三権分立です。その社の公民教科書を見ても、三権分立と国民主
権は民主主義の原理だと書いている。ところが、とくに「日本国憲法」に入ってくると国民主権が残って、三権分立が消える。
 先ほどの間接民主制の話ですけれども、昭和二十年代の公民教科書は、国会が最高機関だということを強調していました。
これは間接民主主義の強調です。ところが国会が最高機関だというテーマがだんだん消えていく。昭和三十年ぐらいからそう
なります。これは、間接民主主義をやめて直接民主主義にもっていきたいという希望が教科書の執筆者にあるからだと思いま
す。教科書の執筆者たちは直接民主主義が好きだから間接民主主義を捨てたのです。それから三権分立も捨てた。
 しかし三権分立と間接民主制は自由主義的な民主主義のいちばん大事な点です。それに対して、平等主義とか全体主義的な
民主主義は何を強調するかというと、何よりも直接民主制です。直接民主制を導き出すために国民主権という論理はものすご
くいいわけです。それで三権分立と間接民主制を捨てていく。戦後の公民教科書の歴史のなかで起きたことはそういうことで
す。
911:2006/08/29(火) 13:17:51 ID:0XFsyJOn
藤岡■明治憲法の話に戻りたいと思いますが、じつはこいう話があります。コミンテルン史観の流れを汲む教育史の人たちが
ある時プロジェクトをつくって自由民権運動の教育論を一所懸命研究しはじめた。彼らの頭のなかには「保守反動の自民党」
対「革新進歩の社会党・共産党」という対立があります。その対立とまったく同じ図式で「明治政府」対「自由民権派」とい
う講図を考えた。講座派理論は全部そうです。つまり、明治維新は封建制を克服したわけではないという思い入れを持って教
育史を再構築しようとした。ところが、それは簡単に挫折してしまった。調べていくと、自分たちの期待したのとはまったく
反対に、じつは自由民権派のほうが対外強硬路線だったのです。政府よりもはるかに対外強硬路線を主張しているので非常に
困ってしまった。それで途中でやる気をなくして挫折したという話があるわけです。
 そういうことを私は近くで見てきたものですから、この講座派理論というものがいかにデマゴギーであるか、インチキであ
るかということはよく分かります。自由民権派と明治政府を対立させることはデマゴギーだとおっしゃったのはまったくその
通りだと思います。それにもかかわらず教科書が依然として講座派理論の枠を守っているのは、先生のお考えではなぜだと思
われますか。
小山■それはやはり現場の先生なり「進歩的な大衆」にとっては昔教わった理論がそのままに残っているわけです。先生格の
人たちは変わったとしても、その弟子たちはまだ新しい理論を聞いていないわけですから変わりようがないわけです。それが
採択という場でも表れてしまうのだと思います。
921:2006/08/29(火) 13:23:51 ID:0XFsyJOn
藤岡■そこで思うのですが、各教科書の執筆者を徹底的に洗い出して、これは誰が書いたのかということをどんどん暴露して
いくことが必要だと思います。いずれ来年(二〇〇五年)の三月末には文部科学省が検定結果を発表して、それ以降は教科書
を見ることができるようになりますので、徹底的な言論戦というか批判活動をやらなければいけないと思っています。そのと
きは是非先生にも有力な一翼を担っていただきたいと思います。
 ここでひとつ付け加えておきたいのは、大学入試センター試験もまさに講座派理論そのものの押し付けだということです。
今年(二〇〇四年)の日本史Bの入試にこんな問題が出されました。
――――大正期からマルクス主義の影響が日本社会に現れはじめて、そして日本社会を科学的に分析するようになった。その
例として『日本資本主義発達史講座』を正解として選ばせているのです。マルクス主義という枠のなかでいっても労農派とい
う、戦後でいえば社会党系の理論家がいたにもかかわらず、講座派を選ばせる。きわめてセクト的な見解を全国の受験生に強
要することになっているわけです。
 じつは昨日、いまは大学一年生で、今年の一年生で、今年の入試問題でそれを強制された学生たちが全国で七人ほど現れま
して、東京地裁に入試センターを相手取って裁判を起こしたところです。
 それから、これは何年か前のことですが―――マッカーサーはいろいろな民主化を行って日本人民を解放してくれたけれど
も、ひとつだけやり残したことがある、それは何かという問題がありました。そして、正解として「天皇制の廃絶」を選ばせる。
天皇制の廃絶を政治綱領に掲げているのは、日本の政党のなかでは日本共産党だけですから、これは明らかに共産党史観
の押し付けです。いったい大学入試センターはどうなっているのか。まさに共産党、それも共産党内の頑固なセクトが牛耳っ
て組織的にこれをやっているといわざるをえない。それが実情です。
 教科書や大学入試をめぐっては、このようにあまりにひどい現状があります。これをやはり改善していかなければならないと
思います。                                                (二〇〇四年七月十一日)
93日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 15:21:27 ID:0o0QnYnh
>>77こと1さん
明治四十四年に何があったのでしょうか?
94日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 16:32:26 ID:o/7XNhFH
1はここでやらずにブログにでも貼り付けてたほうが良いと思うよ
95日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 16:58:47 ID:0o0QnYnh
ここでやる事に大変意義がありますね。ありがたい事です。
96日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 17:03:18 ID:o/7XNhFH
前スレとか見れなくなるし、制限も多い。見てくれる人の数も少ない。デメリットだらけ。
97日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 17:18:12 ID:Oy2Di1uP
日本兵はフィリピンとかで現地人やアメリカ兵を殺して食ってた
現地人は黒ブタ、アメリカ兵は白ブタと呼んでいた
そして、それさえなくなると
くじ引きしたり、階級の低い者、軍規を乱した者など
仲間の日本兵も殺して食っていた
http://homepage3.nifty.com/cinema1987/moviecritic/review12.html
辺見庸の「もの食う人々」にも日本軍の人肉食の話が出てくる

手塚治虫のお父さんはフィリピンの奥地に行って、
空腹の毎日を暮らしていたが、
本当に何もなくなると誰かがちゃんと「野豚」を捕まえてきて食べさせてくれたという。
お父さんは何かを見てしまった、そしてそれを隠しているような怯えをみせたという。
それが「ゆきゆきて神軍」を観て何だか答が分かったというのです。
http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/cinema/singun.html

「また太平洋戦線の島嶼等で日本軍が各地で食料が尽き苦戦していた際、
戦死した兵士の死体の肉を奪い合って食べ、軍上層部でも問題となった。
これに対し、1944年12月にニューギニア戦線の日本軍第十八軍は「友軍兵の屍肉を食す事を罰する」とし、
これに反した4名が処刑された(但し、敵軍の死体は食べても罰するという記述は無く、
フィリピンのミンダナオ島では非戦闘員を含む住民が日本兵に殺害され、
食べられるという事件が起こっている)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

戦後、マニラ東方山地にこもった振武集団の参謀長だった少将が、
集団で人肉を食べた兵たちを銃殺刑にした事実を暴露した。
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2005/0509/photogallery.html

世界にこの真実を知らせよう!
981:2006/08/29(火) 19:21:16 ID:0XFsyJOn
>>93
わかりませんw
わかったらおしえて。
99日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 20:03:23 ID:0o0QnYnh
関税自主権の回復だと思いますが・・・
100日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 20:07:43 ID:XGV3ZTuc
倭=ヤマト朝廷は出雲人が建てたのよ。
日向国のニニギ天皇の時代から、出雲人は朝廷内に入り込んでいたようだ。

ヤマトの京(みやこ)を、北九州から近畿に移したのも出雲人。
日向人にまったく相談しないで、出雲人の独断で強行したらしい。
とうぜん、日向人は怒って、「京を北九州に戻せ!」と要求したが、
そもそも、近畿に遷都した目的は、天皇がいる京を日向から遠ざけることで、
日向勢力の朝廷への影響力を排除するためだから、出雲勢力は拒否した。
だから、神武天皇が崩御した後、ヤマトは日向圏と出雲・大和圏という
二つの地域に分裂してしまった。
いわゆる欠史八代と呼ばれている時代は、この分裂時代のことだよ。
神武天皇の時代から国の統一が始まった、というのが日本古代史の建前だが、
実はウガヤフキアエズ時代以前に(日向と出雲は)すでに統一されていたのだが、
神武東征(近畿への遷都)が原因で、大八島国が分裂してしまったのだ。
ヤマトタケル時代になっても、日向国(九州中南部圏)の出雲=大和圏への憎悪は収まらず、
日向国と出雲=大和連合との対立は続いていた。

大和地方は、もともと出雲の支配下にあった(神武天皇時代から)。
つまり、出雲=本家、大和=分家、という関係だったのだが、
興味深いのは、ヤマトタケル時代になると、分家だった大和のほうが強くなり、
出雲が大和に対し反発して、出雲−大和の関係も断絶していたらしいことだ。
だから、ヤマトタケルが出雲タケルを殺したわけだ。

101ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/29(火) 22:42:49 ID:VBMYEAvH
>>68
>●國體>根本規範>講和大権≧講和条約群(憲法的条約)≧通常の憲法律(=憲法改正権)>一般の条約(=条約大権)>法律≧緊急勅令
なるほど、南出氏の論では、講和大権に基づく講和条約(憲法的条約)が、
帝国憲法の一部を制限もしくは停止しているという解釈なのですね。

(同ページの「無効規範の転換」というところも読まないと理解しづらい。(^^;

アメリカとの同盟関係への影響をどのように考えているのかについても、
南出氏の考え方が、同ページの「講和条約群の破棄」に書かれてますね。

> それには、国際法に基づいて対処する必要があり、まづ、考へられる方法としては、
>これらの講和条約群を一括して一方的に破棄通告をする方法がある。すでに講和条件は
>全て履行されたのであるから、将来に向かつて破棄通告しても、現在の国際関係には
>何らの影響もない。とりわけ、日米間においては旧安保条約は・・・
(中略)
> 筆者とすれば、これで充分と思料するが、もし、そのことが諸般の事情で許されない
>と判断されるのであれば、安政条約の改正に向けた先人の努力を範として、その破棄に
>向けた努力を惜しんではならないことになるが、その場合には、直接の適用はなくても、
>条約法条約の趣旨に則つて以下の手法によることにならう。
> まづ、就中、占領憲法(占領基本条約)については、その実質的当事者はアメリカで
>ある。もし、アメリカがこれを講和条約ではなく、我が国の憲法であると主張するので
>あれば(当然そのやうに主張してくると思はれるが)、条約法条約第62条・・・(後略)

やっぱ私としては、「安政条約の改正」並みの覚悟をしておく必要があると思うなぁ。
まぁ、「安政条約の改正」よりは、まだましな方だと思うが、それでも、普通に国防力を
強化して等の背景が必要だと思うので、そういった考えからも、無効宣言の前に、
現行憲法を改正して国防力を高める努力をしておかなければならないと思う。
102ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/29(火) 22:54:04 ID:VBMYEAvH
>>71
>ゆえに、偽憲法を改正(=承継)しても歴史偽造の必要性は今までどおり変わりません。

>さらには、無効論という正論に対抗して被占領下の憲法制定史について「国民が圧倒的に支持した」とか「戦前は
>天皇制絶対主義の国家であった」などとウソをつきつづけなければならないことは今と変わりません。
だから、何度かの改正と議論を経ることによって、多くの国民が歴史の偽造に気付き、
そして、憲法の正統性に気付くようになるまでの手順として、改正も必要だと
考えているのです。
「ウソをつきつづけなければならない」なんてことはなく、より現行憲法の正統性の欠如を
訴えていけばよいのです。

井上毅の言っていたように、日本は憲法によって成り立っている国ではないのです。

>>72
>そうであれば「日本国憲法」を正当(有効)な憲法と受容(=改正)しながらの歴史観の回復
>についても同じく不可能です。
不可能ではなく、順を追って回復していけます。

>「東京裁判」を裁判として無効と主張することに抵抗がないのに、「日本国憲法」を憲法として無効と主張することに
>は抵抗が出るというのは、いったいどこがちがうのでしょうね。
だから〜、最初から言ってるように、私個人は無効論も否定しないし、抵抗は無いよ。

>上記のような加減で改正論者が最大の敵だと認識していますw
上で既に書いているように、改正論者を敵視する必要はない。
103日出づる処の名無し:2006/08/29(火) 23:19:55 ID:0o0QnYnh
憲法改正なんかできるわけないじゃん。現実を見てごらん。
無効確認した方が簡単で正当じゃん。日本人はいつか必ず目覚める。
俺は信じている。
104ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/29(火) 23:46:33 ID:VBMYEAvH
>>103
国会の半数とはいえ、無効確認の方が難しいという、現状認識でいます。

無効確認の方が簡単という現状認識ができるならば、よろこんで無効確認を支持します。

ここの1氏との↓下記スレでのやりとりに始まり、
下記スレで書いてるように、現状では無効論を訴えている政党として有望な党が
見当たらないので、まずは、憲法改正でいくしかないと考えています。

【WGIP】日本人の洗脳は解けるのか?【継続中】7
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1154788250/143-
105日出づる処の名無し:2006/08/30(水) 00:28:06 ID:lXEiSQAA
国民の皆さん、このスレは常時アゲて行きましょう。
106邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2006/08/30(水) 09:09:59 ID:0ck4qEs0
>>100
基本的に同意。イスケヨリヒメの息子たちと手研耳命の争いは、双方の文化圏の争いとみるべきだからね。
でも、

>実はウガヤフキアエズ時代以前に(日向と出雲は)すでに統一されていたのだが、
>神武東征(近畿への遷都)が原因で、大八島国が分裂してしまったのだ。

これはどうだろう。
北九州文化圏・熊襲文化圏・吉備文化圏・出雲文化圏・大和文化圏に分裂していた
と、思うんだが。
1071:2006/08/30(水) 18:33:43 ID:HferEJC5
>>62

>大勢の国民が歴史観を取り戻すためには、多くのきっかけが必要で、そのためには、地道な議論や宣伝活動と、何
>度かの法改正(とそれに伴う議論)が必要だと考えます。

 歴史観を取り戻すことには大賛成です。そのための地道な議論や宣伝活動をやることにも賛成です。しかし、その次
のはいただけません。「何度かの法改正」や「それに伴う議論」を、<そのため〜必要だと考えます>の中に含めるのは、
論理が飛躍しているか、いいかげんすぎます。言うのなら、(「日本国憲法」を叩き台にした)法改正が歴史を取り戻すた
めに役に立つこと、(「日本国憲法」を叩き台にした)それ伴う議論が同じく歴史を取り戻すために役に立つこと、これらの
「なぜ役に立つのか」を説明しなければ意味がわかりません。
 論理を飛躍させて「改正」が自分たちにプラスに働くことを強調しておられるようですが、そこに飛躍があります。

「〜改正」「〜議論」が歴史を取り戻すきっかけになる可能性があるが、逆に歴史を忘却するきっかけになる可能性もある
と正直にいうべきでしょうし、私の立場からいえば、「日本国憲法」を叩き台にした法改正や議論は歴史を忘却するきっか
けになる可能性が圧倒的に大きいです。

歴史を回復することは、その妨げとなっているものを排除しながら進んでゆくことです。何が妨げているかといと、ニセモ
ノの歴史観が本来の歴史観の回復を邪魔しているのです。ニセモノの歴史観の支柱とはなんでしょうか?
「日本国憲法」と「東京裁判」でしょう?したがって、良識派が既に「東京裁判」批判を続けているように、「日本国憲法」に
対峙してそれを正面から否定しなければならない場面は絶対に来ます。

 改正などとぼかして、これを先のばしにしても意味はありません。
改正派は、その本来否定しなければならない「日本国憲法」を否定するために「日本国憲法」を叩き台にせよといってい
て論理無茶苦茶、ハチャメチャなのです。「日本国憲法」改正行為とは本来否定しなければならないものを、護憲論以上
に我が身に引きつけていることに他なりません。見方によれば、歴史観の取り戻しを先頭に立って妨害している勢力ともみ
えるものです。主観的にそういうつもりはなくとも客観的にはそうみられてもしようがありませんね。

 そうではないというのなら、(「日本国憲法」を叩き台にした)法改正が歴史を取り戻すために役に立つこと、(「日本国憲
法」を叩き台にした)議論が同じく歴史を取り戻すために役に立つこと、その理由を説明しなければ主張の意味がまったく
伝わりません。
 それと、こういう意見になんとなく相づちを打って、わかったつもりになるのは保守論壇の仲間うちだけです。
「改正派」には歴史などいらないと考えるものが大勢いるのです。
1081:2006/08/30(水) 18:40:48 ID:HferEJC5
 貴殿やたぶん伝統保守傾向にありながら改正を主張する者は「改正」という言葉を自分たちの都合の良いように、例え
ば<「日本国憲法」否定の意味>や<「日本国憲法」が本来的なものではないとしたうえで本来あるべき憲法への接近
の意味>をこめて「改正」という言葉をつかっているようであるがこれは大きな間違いです。
 改正とは本来は、さらなる理念の肯定です。その理念を「素晴らしいもの」「優れたもの」と認めたうえでのさらなる実現
や発展のための細部修正を行うことを意味を指します。改正は継承が主眼です。その継承のために修正することです。
言葉の認識としてはこれが自然な理解だと思います。
 被占領下においての我が国の特殊な歴史経過、帝国憲法から「日本国憲法」への革命的な変化についても「改正」と長
年説明されてきたことから、それに慣れてしまって、理念を否定する場合も「改正」、理念を肯定する場合も「改正」と使っ
てしまい麻痺しているのですが、これはおかしいのことなのです。
ですから「改正」の正常な言葉づかいを認識したうえで、伝統保守派からいわせてもらうなら、改正論に対しては以下の評
価になるのも当然なのです。

http://www.meix-net.or.jp/~minsen/

憲法改正を唱えながら東京裁判を否定する人がいます
矛盾しませんか?
現行憲法の理念は東京裁判の思想と歴史観と共に成立しています
憲法改正を言いながら
教育勅語の復活を訴える人がいます
何かおかしくありませんか?
教育勅語は現行憲法の理念から
悪しき物として排除されました
憲法改正は
現行憲法を正統なる憲法として認め
その理念をも認めることが前提です
今一度、既成概念を捨て
憲法というものを真剣に考えてみませんか?
美しき
歴史・伝統・文化の国
祖国 日本の為に
1091:2006/08/30(水) 18:44:58 ID:HferEJC5
 いいたいのは「改正」という言葉が、特殊日本では、理念を否定する場合も「改正」、理念を肯定する場合も「改正」
と使っているが、ここには互いに180度異なる思想的ベクトルを持つ者が含まれているのであって、伝統保守派の身内
同士では、改正を叫ぶことが<「日本国憲法」の理念の否定>であって盛り上がっていても、一歩外へ出れば、<「日
本国憲法」の理念の肯定である>と捉えるのが正常な感覚です。
「改正」とは正常感覚で換言すれば「修正しながら相続・継承する」ことです。「否定」ではないのです。
「相続・継承」が主で「修正」が従です。したがって、思想傾向が以下の3〜5であるならば「改正」に賛同しても思想と
手法にズレが無いといえます。

したがって数次の繰り返しであろうと「改正」で、「日本国憲法」否定(=本来憲法の回復)をねらう2は改正派としては
邪道です、やり方として正直ではありません、このことは他勢力との論戦上も論理破綻がきて信用されません。
その手法選択のレベルで矛盾が内包されている敗北勢力です。

2が3〜6よりも群を抜いた勢力になるためには、思想的健全性にプラスして論理的な主張の正しさを周りに理解しても
らわなければ勝てません。今の2〜6の間の勢力争いなら単なる政治的指向傾向のちがう者の間のつなひきにしか過
ぎませんが、本来われわれが是正しようとしている問題は、そういうレベル、多数決でつなひきして決着をつければよい
という問題ではないということをもっと自覚すべきです。多数決によっていつのまにやら曲がってしまったものなら、多数
決を繰り返すことで正常化もありうるかもしれないでしょうが、ことの発端はもっと根源的な国家の基軸をズラされたまま
だということでしょう?いまさらいうまでもなく被占領下の外国人の政策に起因するものです。多数決によるものではあ
りません。正邪を見極めて解決すべきものと多数決によって解決すべきものをゴッチャにしてはなりません。
正邪を見極めることを放棄し、多数決原理に逃げ込むことは敗北主義の奴隷です。そんな民主主義はニセモノです。

「戦争放棄をしている憲法で(戦争)終結講和したなんてごまかしをやるな」などと正気と正義を積み上げて、ボケたこと
言ってる3〜6に対抗するしかないでしょう。これこそが、おおきな、歴史回復のきっかけになると考えます。

【「日本国憲法」をどうみるかによる分類】

1.無効派−−−伝統保守思想による帝国憲法改正論
2.有効派−−−改憲論−−−伝統保守思想の改正論
3.有効派−−−改憲論−−−戦後保守思想の改正論
4.有効派−−−改憲論−−−9条のみの改正論
5.有効派−−−改憲論−−−左翼思想強化の改正論
6.有効派−−−護憲論−−−左翼的護憲論
1101:2006/08/30(水) 18:49:21 ID:HferEJC5
はじめからわかっていることですが、1のみによって恒久的な正統憲法・正統典範体制が確立できます。

2〜6は最終的に敗戦の責任をものいわぬ天皇と帝国憲法になすりつけてとらせることに確定する手法です。そのことにつ
いては意見が一致している勢力と言えます。敗戦直後に第三国人となった朝鮮人よろしく「国民主権」を憲法制定者に与え
られて精神的な第三国人(戦勝国民)となったまま洗脳が解けないがゆえに、自己をついつい良識派だと勘違いしたままや
ってしまった自画自賛、やっつけ仕事、やり逃げの手法です。
この反日兄弟のあとしまつは後日子孫によって無効確認決議によってリセットされます。

2は自らを伝統保守だと信じているが自らの振る舞いの(改正手法の)意味がわかっていない一番たちの悪い無自覚反日家
なのです。 出来ない目標、手法にあわない目的地を指差すが、今はこれで我慢しておけ、数次繰り返せば是正ができると、
根拠のない夢を持たせて先送りするというのが最大の反日手法です。結果的に5、6への助け船を出しているのです。

2は3〜5と思想的峻別をしないから外部からはひとかたまりの改憲論として一定の勢力にみえるだけで改憲論内の多数決
原理では結果のみえている敗北主義の論壇村の住人です。かつ、1のように正義を手にしていないから、これ以上世間に広
がる可能性、将来性がありません。
(伝統が大事だなどと言うしかないが説得力がありませんし、これを突き詰めれば1に軍配があがります)

逆に考えてみたらどうですか?
1が現れるまでは2の立場の者にとって一番の敵は5や6でしょう。
現在、5や6の者にとって一番困る相手はだれでしょうか?たぶん2〜4ではなくて1でしょう。
5や6からみれば、論理面で対抗されてくるならば2よりも1の方が敵として存在感は大きいはずです。一番困るのです。
2からみれば、あらたに1も敵にみえる動きかもしれませんが、5や6から見れば2の勢力が1の論理武装したケースが一番
困るはずです。2の地位のままでは、5、6とは単なる右か左かという思想的傾向、好き好みの問題に還元されますが、2の
背後に1の論理をくっつけて迫れば正論、正義が見方したことになります。5や6は必ず粉砕できます。
貴殿のいう「きっかけ」も正義に目覚めることからが始まりでしょう。
3〜6の勢力は、思想と手法にズレがないという意味で健全です。
1からみると護憲派とは6をいうのではなく2〜6の護憲派改憲論と護憲派護憲論の有効派を言うのです。
111日出づる処の名無し:2006/08/30(水) 21:15:11 ID:lXEiSQAA
2万枚「無効確認をしましょう」と書いたビラをポスティングしました。
効果があるかどうかはまず、9月3日にわかります。
112ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/08/31(木) 00:03:12 ID:F9I+DHbY
>>107
現在の情勢としては、改正という手順も「必要」だと言っているのです。
インターネットを見て、歴史認識問題についての話題を読んでいる国民ばかりではない
のです。残念ながら、いわゆるサヨクっぽい考えになってしまっている国民がまだ多数
居る以上、何度もの「きっかけ」として改正という手順も必要なのです。

>>109
> いいたいのは「改正」という言葉が、特殊日本では、理念を否定する場合も「改正」、理念を肯定する場合も「改正」
>と使っているが・・・(略)
現在の日本で、理念を否定する場合にも「改正」と使っているなら、それでも良いと思うが、
なんなら「改定」という言葉にしても良い。


>1.無効派−−−伝統保守思想による帝国憲法改正論
>2.有効派−−−改憲論−−−伝統保守思想の改正論
無効派だけど手順として憲法改定が必要という理論が抜けてます。


>現在、5や6の者にとって一番困る相手はだれでしょうか?たぶん2〜4ではなくて1でしょう。
>5や6からみれば、論理面で対抗されてくるならば2よりも1の方が敵として存在感は大きいはずです。一番困るのです。
残念ながら、論理の正しさだけでは、5や6の人達は存在感が大きいとは見てくれないでしょう。

5や6の人達の教科書?↓には、「理論オルグは正統派だが大衆向けではなく効果は薄い。」などと書いてあるようです。

オルグ学入門
http://homepage3.nifty.com/kazano/org.html
113日出づる処の名無し:2006/08/31(木) 08:39:34 ID:uMh8atkw
真の日本人になりましょうね。目覚めろ!日本人!
114日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 12:03:11 ID:nFvFw/d/
「改正、改正!」って言ってる奴が現行憲法無効論を知らない件について

まともな憲法論議しましょうね。
115日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 17:11:26 ID:jZiDt3Gu

必要悪だった国家神道という「カルト」
 http://www.abysshr.com/san/san_co06.html

 幕末から明治維新にかけての我が国は、列強諸国に植民地として侵食されない内に欧米列強に対抗できる国となるために、短期間の内に自国を封建国家から国民国家に作り変える必要があった。
 基本的に武士や騎士といった身分階級しか戦闘要員に動員できない封建国家は兵力動員能力において国民国家に対抗し得なかったのだ。(ナポレオンが示したように当時の戦闘様式では兵力動員能力が戦力を大きく左右した。)
 明治の元勲達は国民国家の仕組みの本質を良く理解していた。
 国民国家の兵力動員能力の高さは、適齢健康な成人男子全てを徴兵できる「民主主義」というシステムに依ること。(当時の民主主義は徴兵される立場にある成人男子にしか投票権が無かった。)
 「民主主義」を担保するものが「基本的人権」等の「万民の平等」であり、それを担保するものがキリスト教の「神の前での万民の平等」であること。
 当時の日本は身分制度が強く根付いており、明治の元勲はそれを排するためにキリスト教に代わるロジックを必要とした。そして、それが明治の元勲が作り出した「国家神道」であり「天賦人権」であり「天皇の前での万民の平等」であった。

 国家神道は日本古来からの神道から大きく逸脱している。
 古神道は万物の中に神を見る。だが、国家神道は天皇と国家が神の全てだ。
 古神道では仏教との結びつきをみた。だが、国家神道は廃仏毀釈を行った。
 古神道は敵をこそ手厚く祀る。それは無念の気持ちを持って死んでいった者達の祟りを畏れてのこと。
 だが、国家神道においては味方を手厚く祀り、敵の祀り方は非常に等閑なものだ。
 靖国には味方の戦没者しか祀られておらず、敵の戦死者は現地で細々と祀られればマシという程度。
 梅原猛氏が主張するように靖国は古来よりの神道の伝統に反する。
 国家神道は明治の元勲が作り出した新興宗教であり、天皇を現人神かつ絶対神とし、天皇への盲従を強いるカルトといえる。
 ある意味、明治の元勲は日本を短期間で国民国家に作り変えるために「カルト洗脳」を用いたといえよう。
 カルト洗脳は悪だが、短期間の内に人を作り変えるには有効な手段だ。
 国家神道は日本を欧米列強に対抗できる国民国家とするための必要悪だったといえる。
 しかし、戦闘様式が変化し(現代の戦闘では高度な技術を身につけた専門職の扱う高性能兵器により兵力動員能力の重要性が低下している)、民主主義が根付いた今はもう国家神道は必要は無い。
 必要悪から必要が消えればそれは只の悪だ。
 未だ国家神道にしがみつく連中は、自分たちに都合のいい統治のために天皇を利用したいだけにしか見えぬ。
 天皇に国家神道の象徴であることを求め、国旗国歌を強制することこそ天皇の御心に叛くことと知れ。
116日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 17:14:08 ID:jZiDt3Gu

http://www.abysshr.com/san/san_co06.html

付記
 戦前の日本が様々な判断を誤った理由は色々あるが、その理由の一つに国家神道を挙げてもいいだろう。
 国家神道を盲信する狂信的国家主義者によるテロ活動を恐れ、
 ある者は口を噤み、ある者は妥協した。また、ある者は天皇という看板に逆らえなかった。
 そして、ある者は天皇という看板を己が望むままの政策を実現するための道具として使った。民主主義を導入するために作られた国家神道が、民主主義を殺すために使われた。
 国家神道を恣意的に利用した者たちが日本という国に思考停止を招いた。
 かつての明治の元勲達が持っていた、欧米列強の意図を見抜いた上で
 それを逆利用して近代化を推し進めたような闊達さや臨機応変さは国家神道による天皇への盲従のもと、失われていった。
 (明治の元勲は、勢力支援をすることで幕府や薩長の指導層に付け入り、
 あわよくば日本を植民地化しようという欧米列強の意図を良く見抜いていたものだった。
 欧米列強が見込んでいた大規模内戦がおこらなかったが故に、日本に売り込むために大量の火器を準備していたグラバー商会は倒産した。)
 日本を立て直すためには日本人としての魂の回帰が必要かもしれない。しかし、少なくともその魂の回帰すべき場所は戦前の国家神道日本ではない。

大雑把な参考文献:井沢元彦氏の著作や梅原猛氏の著作・発言。まあ、井沢元彦氏の著作も山本七平氏や海音寺潮五郎氏の著作の恣意的な焼き直しに過ぎないわけだが。
117日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 17:23:17 ID:jZiDt3Gu

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/1-3

------------------------------------------------------------------------
1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/24(木) 00:52:39 ID:4amBdUEn0
明治憲法(大日本帝国憲法)は「聞きしに優る良憲法」なのか、それとも「天皇制絶対主義の憲法」なのか。制定〜運用〜崩壊過程を歴史学の立場から大いに語れ。
ウヨサヨ漫談は控え目にね。

2 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/24(木) 01:19:12 ID:4amBdUEn0
>>1
スレ立て乙! 聞きしに優る良スレの予感





と自賛してみる。寒すぎるので誰か来てね。

取り敢えず条文。
大日本帝国憲法(御署名原本・総天然色版)@国立公文書館
ttp://jpimg.digital.archives.go.jp/jpg_prg/jgmWeb.dll?TmpFileDisp?env=jpeg2k_images/document/goshomeigenpon/teikokukenpo/teikokukenpo.env

アドレス長いけど妖しいリンク先ではありません。

3 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/24(木) 23:46:25 ID:X6plcfvh0
憲法の内容について
国民の権利は天皇によって与えられた臣民の権利にしかすぎず、
いつでも天皇の名によって制限できるものでしかありませんでした
------------------------------------------------------------------------
118日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 17:29:40 ID:jZiDt3Gu

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/6-7

------------------------------------------------------------------------
4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/25(金) 00:38:33 ID:0eDN7mCY0
主語を省くなよ
「いつでも制限できる」って『誰が』制限するんだよ
法律は貴族院と衆議院を通過しなければならないし

7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/25(金) 13:44:23 ID:DtvtD0a50

>>4
「誰が」って? それは天皇。
法律を制定する主体は天皇。帝国議会は単なる協賛機関。

第五条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ


8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/25(金) 13:57:46 ID:DtvtD0a50

さらに言えば、
独立命令は、法律の定めのない事項について、帝国議会の協賛なしに「天皇が」人権制限できる。
緊急勅令は帝国議会の事後承諾が必要だが、それまでは「天皇が」勝手に人権制限できる。
信教の自由は法律の留保すらないので、法律によらずに「天皇が」制限できる。
非常大権は、実際には発動されなかったが、もし発動されれば戦時や事変に際してあらゆる人権を「天皇が」制限できる。

また、植民地には憲法は事実上施行されていなかったので、あらゆることに関して、法律によらず命令によって人権を勝手に制限できた。この命令は勅裁(天皇を許可)を経て植民地長官(総督等)が発する。

------------------------------------------------------------------------
119日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 17:40:46 ID:yJ2wxSOd

学問の自由
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1503/gakumon.html

一 学問の自由を保障するわけ

 学問の自由を保障する規定は、戦前の明治憲法にはありません。
 また、現在の諸外国の憲法においてもこれを保障する規定をおいている場合はまれである、といってよい状況にあります。
 それでは、なぜ日本国憲法は学問の自由を憲法の中に明らかにしたのでしょう。それは、やはり戦前の弾圧を反省してのことなのです。
 戦前は、とにかく天皇第一にものごとが動いていました。明治時代はそういう時代でした。tanashinの祖父も、天皇のことを崇拝に近い感情でみていました。
 いつも座敷には天皇・皇后の写真が飾られていました(陛下という敬称をつけないのは、天皇も私も同じ人間であることからへりくだる必要がない、と考えてのことです)。
 そんな時代ですから、学問の世界で天皇を少しでも批判するようなことを書いたら大変です。1935年には「天皇機関説事件」がおこりました。
 この事件は、天皇は国家におけるただの機関に過ぎないとした美濃部達吉氏の著書を発売禁止処分にし、同氏をすべての公職から追放した、というものです。
 また、1933年には「滝川事件」という有名な事件が起こりました。
 滝川事件とは、京都大学教授・滝川幸辰氏の刑法学説があまりにも自由主義的であることを理由として同氏が休職処分を命じられ、それに教授団が抗議をした、という事件です。日本史で学んだことがある、という方も多いのではないかと思います。
 このように、戦前の日本はとてもひどい有様だったのです。
120日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 17:52:17 ID:JhIXMjus

もしも日本国憲法がなかったら
http://kitanet.2ch.net/test/read.cgi/lobby/958908722/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

1 名前:ななしさん[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:32
2ちゃんえるにきてる連中はみんな治安維持法違反で逮捕されてるな・・・。
あと不敬罪ってのもありだね。

2 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:34
その前に匿名掲示板が存在できなくなると思う。

3 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:34
「2ちゃんえる」ってどこよ?

4 名前:2ch大事務局[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:35
あの、、、ものすごくっつこみたいんですが
やめておきます。

5 名前:茶K統[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:36
>1
ぎゃくに方違反自体が無くなってしまいませんか?

6 名前:ナナシ酸[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:37
「日本国憲法がない」=「治安維持法がある」「不敬罪」がある
っちゅーことじゃありませんぜ

7 名前:ななしさん[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:41
日本国憲法が存在している=治安維持法のような法律が制定できないってことではあるでしょ
121日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 17:53:17 ID:JhIXMjus

もしも日本国憲法がなかったら
http://kitanet.2ch.net/test/read.cgi/lobby/958908722/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

8 名前:ナナシ酸[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:47
ご存じのように、イギリスは成文憲法ないけど、
んな無茶な法は制定されたことはないですなぁ。

まあ、文化がぜんぜん違うけどね(笑)

9 名前:ナナシ酸[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:49
あとワイマール憲法は、その時代でもっとも民主的
な憲法だったけど、結局ナチスを生み出してしまいま
したし(笑)

10 名前:サザレさん[] 投稿日:2000/05/21(日) 20:51
たらちゃん、もう寝ないと。

11 名前:名無しさん [] 投稿日:2000/05/21(日) 20:56
まぁなんにせよ治安維持法とかがあったらインターネットもおちおちたのしめないよね。
122日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 18:02:21 ID:YVmes23h

【憲法】無効論に乗り換えよう2【無効確認】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/171
------------------------------------------------------------------------


171 名前:法の下の名無し[sage] 投稿日:2006/07/24(月) 20:22:56 ID:zfbS+Qhx

>> http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/170

 ブラックボックス「革命」が便利というのはおっしゃる通りですね。
多数説たる改正限界説に立てば国体破壊はどうやっても旧法からすれば有効とはなりえないのですから、
国体を破壊するためには無法者とならざるをえないでしょう。
その無法さを打ち消して、それを正当化する根拠のひとつが自然法思想ではないかと考えます。

最終的には、この世界があなたのいう「なんでもありの世界」ということを認めざるを得ないと思います。
今の時点で現存する規範が未来永劫世界を拘束しつづけるなんて妄想に過ぎませんし、
また未来永劫有効な規範なんて見出しようがないからです。

ただ、無法を合法とするための唯一の原理は戦力あるいは実力であると考えます。
たとえば、私が「今日から日本全国は俺様の国家、みんな俺様基本法に従え」と言ったところで、
それは革命としてはまったく意味がないでしょう。
それが正当なもの、有効なものとなるには、戦力・実力が伴い、権力を掌握しなければならない。
あなたの「帝国憲法も革命によって有効なのです」という言説が通用するためには、
その言説の支持者に戦力・実力が伴っていることが必要でしょうね。
123日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 18:03:34 ID:YVmes23h

【憲法】無効論に乗り換えよう2【無効確認】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/171
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171 名前:法の下の名無し[sage] 投稿日:2006/07/24(月) 20:22:56 ID:zfbS+Qhx

>> http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/170

もし仮にあなたが主張するように、国会の議決によって日本国憲法の無効が確認されて、
そのまま日本国憲法擁護者によるあらゆる暴動が鎮圧され、完全に国体が回復されたというような事態になれば、
日本国憲法を有効としていた立場からでも、「日本国憲法は復古革命によって終焉した」として、
帝国憲法が復活したものを説明できることになるでしょう。
私はそれを否定するつもりはありません。
ですから、ぜひがんばって、国会の議決から国家を掌握してください。
そうすれば、あなたの理論も「革命だから問題ない」ことになるでしょう。

さらに言えば、少なくともこのように戦力ないし実力によって権力が掌握されるまでは、
旧無効論だろうと新無効論だろうと、革命政府たる日本国憲法下の政府には意味を持たないわけです。
そうだとすれば、意味を持つ段階に至ったのならば、旧無効論で十分ではないか、というのが私の考えです。
「旧無効論に比べて」、明らかに新無効論は非立憲的であると考えます。
外交大権を定める13条のうち文理上例示列挙に過ぎない講和大権をことさら特別視し、
そこに非常大権としての性質を読み込ませて通常の憲法秩序の長期間の停止を許容させるなどというのは、
解釈が文理的に無理がありすぎる上に、あまりに立憲主義思想に反します。
素直に「無効」としてその後に追認しても何も問題が発生しないにもかかわらず、
わざわざこんな無茶な解釈をする意味がよくわかりません。

まあ、確かに有効論と新無効論のみを比較するのならば、
非立憲的法律構成だからと非難する資格はないという批判は正当なものでしょうね。
124日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 18:54:11 ID:nFvFw/d/
改憲派はもっと勉強して欲しいッ酢。無効確認したほうが早いお。
125日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 19:14:26 ID:ZbgxY3NG

日本国憲法の正統性について
<< 作成日時 : 2004/09/01 22:14 >>

http://dainagon-end.at.webry.info/200409/article_3.html

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ある国の政治体制が他の国の強制によって決定されべきでない、という主張は正しいか。
国にも「自己決定権」があるとすれば、この主張の正しさは自明にも思われる。しかし、
例えば、英国の名誉革命である。私が習った世界史の教科書には、議会が国王を追放し、
オレンジ公ウィリアムを国王に迎えたと書いてあった、と思う(ずいぶん昔のことだから)。
「迎えた」のかどうか。ウィリアムは当時フランスと戦争しており、イングランドの協力が必要であった。
そこで精鋭部隊を率いて、政情不安なイングランドに軍事侵攻し、
議会に城下の盟を誓わせた、というのがどうやら真実らしい。
ウィリアムの目的は対仏戦争であって、彼は大陸で戦争をしていたため
イングランドにいることはなく、国王不在の結果として議会権限が確立した。
たまたま、ウィリアムがイングランド統治に関心がなかったので、議会政が発達したという。

次に、ナポレオン戦争と戦争後の王政復古である。ナポレオン戦争自体は
フランス革命に干渉した周辺諸国とフランスとの戦争が、
ナポレオンという一代の「英雄」によってヨーロッパ規模に拡大したものといえる。
この段階で、ハプスブルグ家などの干渉があったわけだが、それはさておいても、
ナポレオンのヨーロッパ諸国への干渉は、フランス革命の「成果」(ナショナリズムと
ナポレオン法典、政治的には神聖ローマ帝国の解体など)をヨーロッパ中にを輸出した。
逆に、ナポレオン失脚後、フランスは王政復古するが、もちろん、フランス人の意思とは
関係ない。全く無いかは、また、問題なのだ、実は。皆が皆フーシェではなかったにしても、
革命と戦争はフランスに大きな犠牲をもたらしており、当時は「自由、平等、博愛」よりも
「平和」に価値があった。
126日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 19:16:32 ID:ZbgxY3NG

いずれのケースも「強制」を受ける側に「強制」を進んで受容するなにかがあったといえよう。
とすると、先の命題は命題自体が答えを導くことを拒絶しているというべきであって、
次のように修正されるべきだろう。

日本国憲法の正統性について
<< 作成日時 : 2004/09/01 22:14 >>

http://dainagon-end.at.webry.info/200409/article_3.html

ある国の政治体制が他の国の強制によって決定され、強制を受ける国がその強制を
受け入れる要素を欠くとき、そのような強制はされるべきでない。
とすれば、戦後日本と現在のイラクを単純に比較するが如き議論は、
あまり、できのいい議論とはいえない。

ついでいえば、明治憲法自体も、条約改正という外在的事情の下制定されたのであって、
維新政府の指導者たちが維新の当初から近代国家の設計図をもっていたかのような空想は
何の根拠もないのである。まして、明治憲法を制定したのが、日本人だから、
それは自主憲法で、現行憲法が占領軍に押しつけられたから「押しつけ憲法」だというのは、
文学的修辞以外の意味を有しない。現行憲法は形式的にせよ、制憲議会に比しうる
帝国議会における審議を経ており、まがりなりにも、日本国民が憲法制定に参画したといいうるが、
明治憲法の制定に関してどうであったか。そこにまがりなりにも、
民意の反映すべき余地はあったか。

憲法を「押しつけられた」のは、日本ではなく、日本の支配層でしかない。
日本人一般は、当時も今も現行憲法を支持している。

さりとて、憲法改正まかりならんという人たちの主張もさっぱりわからない。
主権者国民が憲法を改正すべきだというなら、改正してなにが悪いのか。
127日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 19:20:08 ID:UIINa2P0


>>124

新無効論者モナー♪
128日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 19:33:53 ID:nFvFw/d/
>>127
何を学べばよいでしょうか?教えてください。お願いします。
129日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 19:41:55 ID:UIINa2P0

>>128

総合案内>活動>教化活動>神と仏の精神史再考
ttp://www.shokoku-ji.or.jp/information/activity/shoseki/shoseki07.html

神道と古神道
ttp://www.21-civilization.com/bunmei/bunmei5.html

ワールドフォーラム04月例会 古神道の本質と天皇制のあるべき姿
ttp://www.worldforum.jp/report/2005/04.html
130日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 19:44:39 ID:UIINa2P0

>>128

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/
1311:2006/09/01(金) 21:59:43 ID:gNxp373c
>>123
マンドクセ・・・・・。でも気になったから書いておく。

>外交大権を定める13条のうち文理上例示列挙に過ぎない講和大権をことさら特別視し、
>そこに非常大権としての性質を読み込ませて通常の憲法秩序の長期間の停止を許容させるなどというのは、
>解釈が文理的に無理がありすぎる上に、あまりに立憲主義思想に反します。

条約大権と講和大権の区別の話、この話題は、そのスレ内で完結してるよ。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/185-187
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/189-191
これについて関わりありそうなのは、このスレでは、(>>68)が参考になる。

>わざわざこんな無茶な解釈をする意味がよくわかりません。
わからりたくないだけでしょ・・・・>>4
1321:2006/09/01(金) 22:51:24 ID:gNxp373c
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000146524.zip
皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000146524.zip
皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000146524.zip
皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
133日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 23:30:15 ID:UXrfHIEY

五箇条の御誓文 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E7%AE%87%E6%9D%A1%E3%81%AE%E5%BE%A1%E8%AA%93%E6%96%87


・・・戦後の御誓文

戦後、1946年(昭和21年)1月1日の新日本建設に関する詔書(いわゆる「人間宣言」)で、
御誓文の条文が引用されている。このことについて後に昭和天皇は、
「民主主義を採用したのは明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。
そうして五箇条御誓文を発して、それが基となって明治憲法ができたんで、
民主主義というものは決して輸入物ではないということを示す必要が大いに
あったと思います。」(1977年8月23日記者会見)と語っている。

1946年(昭和21年)6月25日、衆議院本会議における日本国憲法案の審議の初め、
当時の吉田茂首相は御誓文に言及して、「日本の憲法は御承知のごとく
五箇条の御誓文から出発したものと云ってもよいのでありますが、
いわゆる五箇条の御誓文なるものは、日本の歴史、日本の国情をただ文字に
現わしただけの話でありまして、御誓文の精神、それが日本国の国体であります。
日本国そのものであったのであります。この御誓文を見ましても、
日本国は民主主義であり、デモクラシーそのものであり、あえて君権政治とか、
あるいは圧制政治の国体でなかったことは明瞭であります」と答弁した。・・・

134日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 23:48:21 ID:vcXAKeyF

【憲法】無効論に乗り換えよう2【無効確認】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/227
------------------------------------------------------------------------


227 名前:凶気の桜[] 投稿日:2006/08/05(土) 20:11:11 ID:bk8vfAjx
現行憲法の正当性をめぐる議論の前提として、

@連合国に対する日本降伏の意義、したがってまたポツダム宣言の法的性格をいかに
見るべきか。
Aポツダム宣言の内容は当然にわが明治憲法の改正を要求するものであったと見るべきか
どうか。
B総司令部がいわゆるマッカーサー草案を作成し、これを日本政府に提示したことは、日本国民の
自由に表明される意思に反するものであり、日本政府および日本国民に対する強制であったと見るべき
かどうか。
C総司令部ないしマッカーサーが採った憲法改正の措置は、連合国ないし極東委員会の権限を侵すものであった
と見るべきかどうか。
D憲法議会における憲法改正案の審議も含めてこの憲法成立の全過程において日本国民の自由な意思は正当に
反映されたと見るべきかどうか。

という問題に今まで議論されてきたことであることは確かとはいえ、
再度触れておく必要があるだろう。
135日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 23:50:35 ID:vcXAKeyF

【憲法】無効論に乗り換えよう2【無効確認】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/228
------------------------------------------------------------------------

228 名前:凶気の桜[] 投稿日:2006/08/05(土) 20:21:25 ID:bk8vfAjx
まず@について。
この性格を国際法上の合意すなわち一種の実質的意味における条約と解すれば、
連合国と日本とは権利義務の関係に立つことになり、もし国際法上の一方的行為すなわち
戦勝国の戦敗国に対する一方的命令と解すれば、日本は文字通りの無条件降伏「抵抗すべからざる
力に対する屈服」であり、連合国の占領管理は「敵の完全な破壊および打倒」を意味するデベラチオ的
性格を持つ全面的支配の観念に立脚するものだという結論も導きうる。
とはいえ、もし降伏文書の条約的性質が認められるならば、連合国は占領中の憲法改正に対して、それが
ポツダム宣言の諸条項に合致することを要求する権利を持つし、反対に仮に降伏文書の条約的性質を認めることが
不可能だとしても、日本の「国家統治の権能は降伏条項の実施のためにその必要と認める措置をとる連合国最高司令官
の制限の下におかれ」、間接管理の方針も、もし日本の国家機関が「降伏条項実施上、最高司令官の要求を満足に果たさない
場合には、最高司令官が政府機構または人事の変更を要求し、ないしは直接行動する権利および義務のもとにおかれる
もの」であったのだから、連合国は「憲法そのものの改正を指令することも固より可能」だということになり、
いずれに解しようと、「日本の憲法制定に関連してはたいして問題にならない」ということもできる。
136日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 23:54:07 ID:vcXAKeyF

【憲法】無効論に乗り換えよう2【無効確認】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/229
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229 名前:凶気の桜[] 投稿日:2006/08/05(土) 20:34:11 ID:bk8vfAjx

ポツダム宣言・降伏文書を一種の休戦条約だと考えた場合、では果たしてそれが
明治憲法の改正を要求するものであったどうか、という問題が残る。つまり、日本が
ポツダム宣言の条項を実施すべき立場に置かれる以上、その基本となっている民主主義の
徹底、基本的人権保障の強化の要請は、明治憲法の再検討の契機を必然的に包蔵していた
ということができたとしても、そこに改正の要求まで当然含まれていたと解すべきかどうか、
ということである。

この点については見解が相違すると思われるが、ポツダム宣言を見ていくと、6項には
ポツダム宣言の言うところの軍国主義者の権力および影響力の排除、7項、11項に戦争
遂行能力の破砕、10項に、民主主義的傾向の復活強化、言論・宗教・思想ならびに基本的人権の
尊重、12項に日本国国民の自由に表明せる意思にしたがい平和的傾向を有し、かつ責任ある政府が
樹立されるまで占領が行われる旨がそれぞれ記されており、確かに直接改正まで要求する明文上の規定は
存在しないものの、憲法調査会の指摘する如く、これら条項は、「明治憲法をそのままにしておいて
できることではないことは明白」であり、憲法改正の要求は当然にポツダム宣言に包含されていたと解すべき
との解釈は十分に成立しえ、事実かかる解釈が一般的ともなっている。

というように、ポツダム宣言・降伏文書が一種の条約であり、そこに宣言の趣旨に沿う明治憲法改正の要求が含まれて
いたとするならば、連合国は日本の憲法が宣言の諸条項に合致することを要求する権利を当然に持つことになる。
137日出づる処の名無し:2006/09/01(金) 23:56:05 ID:vcXAKeyF

【憲法】無効論に乗り換えよう2【無効確認】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/230
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230 名前:凶気の桜[] 投稿日:2006/08/05(土) 20:50:15 ID:bk8vfAjx
ただし解決すべき問題が潜在していることも確かである。
ポツダム宣言12項、昭和20年8月11日付け連合国の日本政府に対する回答のかかげる
「日本国の最終的の政治形態はポツダム宣言にしたがい日本国国民の自由に表明する意思により
決定せらるべきものとする」という内政自己決定の原則との関係をどのように解するべきであるか
という問題である。

「各国はいかなる他国の国内事項にも干渉しない法的義務がある」という内政自己決定の原則は、
国際法上重要な原則であり、国際法は各国が享受すべきこの自由を保護しなければならない。
とはいえ、この原則には例外が存在する。
ストーウェルが指摘するとおり、広く国際社会の利益を防衛するために、一国の憲法の自立性を制約する
条約、それに基づく干渉は合法であると解することが十分可能なのである。
1944年に開催された国際法学者が発表した「将来の国際法」でも述べられているように、
内政自己決定の自由は、「国家の共同社会の利益を適正に尊重して行使されねばらない権利であり、
各国は国際法の下での義務を遂行する立場にあるという方針で、その制度を組織する義務が負う」からである。
「各国はその領土内にける状態が国際の平和と秩序を脅かさないよう注意する法的義務を負っている」以上、
国際の平和と安全に奉仕する条約に基づく干渉は、内政自己決定の原則に必ずしも矛盾しないと解するべきである。

主権国家であっても、一定の場合条約の定めるところにより憲法の自主性は制約を受け、しかもそれは
国際法上の内政自己決定の原則を侵すものとは考えられないとすれば、連合国が降伏によって完全な独立国家として
の地位を失った日本における憲法改正を指導し、日本の提議した改正憲法がポツダム宣言に言う民主的・平和的政治形態
樹立の義務の履行を怠っていると判断した場合、その遵守を適宜の方法で日本に対して要求すること自体は
「日本国の最終的の政治形態が国民の自由に表明する意思により決定せらるべきものとす」という条項に矛盾するものとは
言えないと判断できる。
1381:2006/09/02(土) 00:23:49 ID:auTvH4Z5
>>137  マンドクセ・・・・マンドクセ・・・・・
あんさんが登場しはじめたころのスレ。法学板の一番目の無効論スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1115205220/256   で、この話終わってるじゃん。しつこいなー。
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30684362&introd_id=Xmo46Wk2oo6A949ii81kiGX86kGk356X&pg_from=u6
(上記「正統憲法復元改正への道標」から引用)
問題はポツダム宣言は条約であるにも拘らず、連合国は何故にポツダム宣言に拘束されないのか、という点である。ポツダム宣言を条約だと解する以上、
これには締約国双方が拘束されるわけだから、連合国といえども、ポツダム宣言に定められた範囲以上のことを日本に強要してはならない国際法上の義
務が存する筈である。
 しかるに、事実は、ポツダム宣言に定められた範囲をこえて、それ以上のことを占領軍の権力を背景に日本に強要した。米国製憲法の押し付けは、その最
たるものである。私見によれば、米国製憲法の押し付けというこのおおうべからざる事実は、かの広島・長崎における原子爆弾投下と共に、米国の国際法違
反の行為として、大いに糾弾されなければならない性質のものであると信ずる。

 ところが、芦部教授は、ポツダム宣言が一種の実質的意味における条約であることを認めながら、これに拘束されるべき連合国の立場については一言もふ
れられないばかりか、今日国際法上の重要な原則として一般に承認されている内政自己決定の原則に関しても「国際社会の利益を防御するため、一国の
憲法の自立性を制約する条約、それにもとづく干渉は合法だといっていい」(芦部論文、45-46頁)
と述べて、憲法改正に際してとられた連合国側の強圧的行為を全面的に弁護されている。

 しかし、ここでも「何が国際社会の利益であるか」ということを、いかなる人・いかなる国・いかなる機関が判断し、認定するのかが問題であって、芦部教授
の説かれる如く、その判断を連合国(戦勝国)側が一方的になしうるというのであれば、そこには、法の問題はもはや最初から問題ではなく、唯「勝てば官軍」
式の現実の力関係のみが支配する法以前の問題だけが問題である、といわざるをえない。
もっとも、論者は、ポツダム宣言受諾の際に交わされた日本に対する連合国側の回答の中に「降伏ノ時ヨリ天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ降伏条項
ノ実施ノ為其ノ必要ト認ムル措置ヲ執ル連合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」とあったことを根拠として、ポツダム宣言の有権解釈が連合国側に
あったことを主張するであろう。しかし、ポツダム宣言の有権解釈権があるからといって、不当・不法なる解釈までも許されてよいものではない。法の有権解
釈権の問題と法の客観的正当性の問題とは、厳に区別されるべきである。   (引用終わり)
【さすがわウソ学問w】http://oncon.seesaa.net/article/7770767.html
 諸先生方に厚くお礼申し上げます。なお法曹関係者の間では有名な東大憲法学の芦部信喜、小林直樹両教授は、昭和三十八年に、帝国憲法擁護派の
小森義峯教授によって彼等の憲法論の誤謬を厳しく指摘され公開論争を挑まれたが、一言半句の反論もできず、沈黙を余儀なくされたことを付言しておきます。
  宮沢俊義によって捏造され、樋口陽一に継承されている東大法学部マルクス憲法学は、すでに論破され大敗北を喫した真赤なウソ学問なのである。
「正統憲法復元改正への道標」p35 では!
(24)・・・・・(一部省略)・・・なお、本論文発表当時、抜刷を送付した際、両教授から格別に「適当な機会に再反論をしたい」という趣旨のご返事を頂いたが、
結局、それがなされないまま、芦部教授は、平成11年6月に他界された。謹んで、ご冥福をお祈りする。
139日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 00:58:52 ID:+04klta4

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/9-11
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9 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/25(金) 14:02:27 ID:DtvtD0a50

「明治憲法の権利・自由は、「法律の留保」を伴うもので、法律によれば権利・自由を制限することが許されるという建前をとっていた。
明治憲法の権利宣言がプロイセン憲法のそれと同じく、「行政権に対する保障であり立法権を拘束するものでなかった」と言われるのは、このように、法律によっても侵されない権利・自由の保障がな
かったからにほかならない。それが日本国憲法によって「法律からの保障」という考え方に180 度転換したことは、まさに画期的と言ってよかろう。


10 名前:ワクワク・ルージュ ◆om/aEL/x6A [] 投稿日:2005/11/25(金) 14:09:37 ID:DtvtD0a50

法律によっても制限されない人権
アメリカ合衆国憲法修正第一条 連邦議会は、国教を樹立し、あるいは信教上の自由な行為を禁止する法律、または言論あるいは出版の自由を制限し、または人民が平穏に集会し、また苦痛の救済を求めるため政府に請願する権利を侵す法律を制定してはならない。


11 名前:ワクワク・ルージュ ◆om/aEL/x6A [] 投稿日:2005/11/25(金) 15:47:14 ID:DtvtD0a50

そもそも明治憲法は、人権思想の否定の上に成り立っているのよ。
帝国憲法における臣民の権利というものは、
その大元は天皇が民を宝物のように慈愛してきたという観念なのよ。
したがって、それは人権(=人が生まれながらにして持つ権利)の思想とは相容れないモノなのよ。
140日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 01:08:49 ID:ifZRZq6V

フォーラム平和・人権・環境
http://www.peace-forum.com/kenpo-proj/kenpou_iken_shu5.htm

@憲法史を見る基準
 近代憲法のとる法形式は、法律であったり慣行であったり、あるいは国によって、
時代によっていろいろであるが、法形式のいかんにかかわりなく、憲法の意味内容には、
国家の統治・組織原理として共通のものがある。その原理的な意味の憲法が、
ある時代のある国家に現実にあったかどうかということが、憲法の歴史を見る決定的な
基準になる。問題は、形式ではなく、実質的な意味の憲法すなわち憲法の中身が
問題になる。近代憲法に不可欠の中味は、まず人権の保障、次には権力分立など
国家権力をチェックする原理を持っているかどうか、第三番目に主権の問題、
国家主権の問題あるいは国民主権の問題がある。この三つの問題が憲法の実質的な
意味を決定している。主権とは、近代国家が成立したことを証明する概念であり、
国家権力が対外的に独立し、かつ対内的に最高の権力であるということを示すものである。
憲法の歴史を見る場合には、この主権があるかどうか、また最高の国家権力というものを
規制する組織原理があるかどうか、そしてさらには国民個人の自由と権利が
保障されているかどうかが基準となる。

 憲法の歴史を見るこの三つの基準が現実に達成されているかどうかということを、
今改めて考えなければならない。そして、この三つの基準につけ加えて、平和主義と
民主主義という二つの原理が、第二次大戦後の新しい憲法には共通の原則として
取り入れられている。よって、三つの基準に対してもう二つ加えて、五つの基準ということになり、
これらが現実に実現されているかどうかが憲法史を見る基準となる。
1411:2006/09/02(土) 01:17:39 ID:auTvH4Z5
>>140

おいおい、今日は川のようにコピペが流れていくけどw
「日本国憲法」売り込みしたかったら、別スレたてろや。
「日本国憲法」は憲法として有効だ!と主張するスレでもいいよ。おじゃまするからw
1421:2006/09/02(土) 01:19:22 ID:auTvH4Z5
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000146524.zip
皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000146524.zip
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http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000146524.zip
皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
143日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 01:24:25 ID:L2/qh4DI

A日本憲法史第一期:無憲法状態期
 日本の憲法史は第一期から第四期に分けることができる。
第一期は、徳川の幕藩体制が崩壊してから大日本帝国憲法の発布される、
大体二十年間。この二十年間というのは、実質的な意味における憲法というものは
全くなかった。第二次大戦後独立したアジア、アフリカ諸国では、独立後の一、二年、
あるいは同じ年に憲法をつくっているのが普通であるが、明治政府は明治憲法をつくるまでに
二十年かかっている。これは、無知のせいではなく、一定の政治的な理由があった。
明治新政権は、憲法のない二十年の間に、何の法的拘束も受けずに天皇制というものを
つくり上げた。しかし、この二十年の間にもヨーロッパの十九世紀の憲法事情というものは
把握されていたし、自由民権運動を通じて、ヨーロッパのいろいろな古典的な
自由主義思想、憲法の考え方が翻訳されて入ってきていた。
したがって、、二十年の無憲法状態の時から日本の憲法史は始まっていた。
144日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 01:28:54 ID:hkWKdTIR

B日本憲法史第二期:明治憲法体制期
 第二期は、大日本帝国憲法が発布されてから、太平洋戦争に負けて
ポツダム宣言を受諾し、それによって明治憲法の効力が停止された時期である。
明治憲法には、そもそも大変大きな問題があった。すなわち明治憲法というものが
果たして日本の国政全体を規制していたか、コントロールしていたかどうかという問題である。
明治憲法体制は、大日本国憲法と皇室典範という二つの内容から成っていた。
明治憲法は、日本の国の政治の中で、全部をコントロールするのではなく、
皇室のことはすべて自律的に皇室典範にゆだねられていた。よって、
明治憲法というのはそもそも国政の全体をコントロールするものではなかった。
それから、もう一つの問題点は、統帥権の独立ということである。要するに、
日本の軍隊というものは天皇に直属し、政治にはかかわらないということである。
そういう大原則が明治憲法でも前提になっていた。それと同時に、もっと不思議なことには、
明治憲法の条文のどこを見ても「内閣」という言葉は一言も出てこない。
明治憲法に出てくるのは、天皇を輔弼する、補佐する一人一人の大臣だけであって、
「内閣」という言葉が一言も出てこない。しかし、内閣はなかったのかというと、
そうではなく、明治十八年に、明治憲法ができる四年も前に、伊藤博文が
最初の首相になって内閣はできているのに、憲法をつくったときに、
どうしてか憲法には出てこなかった。すなわち、大日本帝国憲法という憲法典は、
せっかくつくった憲法典なのだけれども、明治の国政全体を規制するものではなかったのである。
そして、一九三五年に天皇機関説事件が起こってから後の十年間は、
ほとんど憲法に書かれていること自体が問題にならず、天皇制のファッショ化が行われた。
その十年というのはほとんど無憲法状態、明治憲法さえ棚上げされているような状況だった。
 そういう意味で、敗戦を経て憲法制定の経緯が始まる直前までは、
日本は全く無憲法状態であった。よく明治憲法から昭和憲法へとか、
明治憲法から新憲法へということを書いてある本があるが、よく見てみると、
明治憲法そのものが棚上げされて、軍部の中ではまさに改憲論が出ていた。
明治憲法を変えろという意見が出ていたぐらい、一般ではほとんど憲法なんというものは
だれも考えない状況で、憲法の第三期、一九四五年から五二年までの占領期が始まった。
145日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 01:32:47 ID:Pixs2Wv7

総合案内>活動>教化活動>神と仏の精神史再考
ttp://www.shokoku-ji.or.jp/information/activity/shoseki/shoseki07.html

神道と古神道
ttp://www.21-civilization.com/bunmei/bunmei5.html

ワールドフォーラム04月例会 古神道の本質と天皇制のあるべき姿
ttp://www.worldforum.jp/report/2005/04.html
146日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 01:53:35 ID:lMwk2zRk

マッカーサーによる「上からの革命」
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hakuzou/MacArthur.htm



3.マッカーサーは日本に何を残したか?

マッカーサーが去ってほぼ半世紀 彼は日本に何を遺したのでしょうか?

マッカーサーが連合国最高司令長官に着任した1945年は 日本の歴史の中で 疑いもなく分水嶺
となった年であり その重要性は 封建国家が廃止され新たに明治政府が樹立された1968年に
匹敵します。 マッカーサーの革命的諸改革は 今の日本を形作る上での最大の遺産として残され
ています。 アメリカの占領政策は 経済力を背景とした寛大なもので 賠償金を請求することもなく
逆に経済援助を与え 戦後の急速な復興と経済発展に寄与しました。

評価できる多くの遺産を残した一方で マッカーサーは色々な矛盾や問題を現在に残しています。

アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトの『菊と刀』は 対日戦争終結を目前にして 日本の
戦後処理政策決定のために アメリカ陸軍局の委嘱を受けて1944年に書かれたものです。 その
中で日本人は「権威に対して従順に反応」すると書かれていますが マッカーサーの「上からの
革命」により 権力を受容するという日本人の社会的態度は更に強いものになりました。

マッカーサーの統治下でもたらされた言論の自由は 公の表現活動の隅々いたるまで検閲を乱用
した官僚機構により 厳しく野放図に取締まられました。 民主主義を専制的な方法で実現した 
検閲民主主義とも言える思想統制は 圧倒的な権力に盲従することや 押し付けられた振る舞い
に順応することを戦後の日本人に教え 沈黙と大勢順応こそが賢いとする政治的知恵と集団的
諦念を助長しました。 連合国最高指令長官による新植民地主義的な上からの革命という変則的
な事態は 両刃の剣となり 進歩的な改革を推進した反面 権威主義による圧政も同時に行われ
ました。
147日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 02:09:48 ID:lMwk2zRk

日本メディア検閲史
http://www.u-shizuoka-ken.ac.jp/~maesaka/021226_contents/pdf_file/030626_media.pdf

3明治の新聞の誕生と言論恐怖時代の幕開け

ところで、日本での新聞の始まりは幕末の翻訳新聞、外字新聞である。
幕府の洋書調所にいた洋学者たちの翻訳によって新聞づくりがはじまった。
当時は新聞、雑誌の区別はなく、この洋書調所から雑誌も翻訳雑誌として生まれた。
当初、このように幕臣による新聞が多かったため、鳥羽伏見の戦い(1868年)、
江戸への薩長軍の進軍に対しては佐幕派の新聞が多数発行され、
官軍を攻撃する記事や虚偽の報道、風説を流し、幕府の味方をした。
柳河春三「中外新聞」、福地源一郎「江湖新聞」、岸田吟香「もしほ草」など多くの
佐幕派新聞″に対して、明治政府は、はじめて言論弾圧に乗り出した。1869(明治2)年2月、
政府はわが国で最初の新聞紙法である「新聞紙印行条例」を発布した。

発行を許可制にし、編集者の責任を定め、政治評論を禁止するなどの内容であった。
1874(明治7)年1月、江藤新平、板垣退助、後藤象二郎らが
『民撰議院設立建白書』を提出したことから、自由民権運動がまたたく間に全国に広がった。
新聞はこれを支持する民権派が多数を占め、そのなかで急進派と漸進派に分かれ、
これに反対の立場の官権派が入り乱れて激しい論戦を展開し、言論の黄金時代≠迎えた。
言論界では急進的民権派が圧倒的多数を占め、反政府運動と化したため、
政府は1875(明治8)年6月に「新聞紙印行条例」を大改定した「新聞紙条例」と、
新たに「讒謗律」をセットで公布した。讒謗律は名誉毀損罪と政治的誹謗罪が
一緒になったような法律で、天皇、皇族、官吏に対する誹謗を防ぐというねらいだが、
実際は反体制的言論を規制し、弾圧するのが目的であった。
言論界にとってこの両法は正に青天の霹靂であり、一大ショックを与えた。
まず「曙新聞」の末広鉄腸が、これに触れて罰金20円、禁獄 3 ヵ月に処せられたのをはじめ、
各社の記者が続々と処罰され、獄中は新聞記者や編集者であふれかえる事態となった。
宮武外骨の調査によると、5年間でこの両法によって記者、編集者約200人が禁獄されるという
一大言論恐怖時代″を現出した。しかし、これでも自由民権連動の
大きなうねりを止めることはできず、逆に高まる一方であった。
148日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 02:11:12 ID:lMwk2zRk

このため、翌76(明治9)年に政府は「国安ヲ妨害スト認メラルル者ハ、
内務省二於テ、ソノ発行ヲ禁止又ハ停止スヘシ」という太政官布告を出した。
この規定が「安寧秩序ヲ妨害」したものに対して「発売頒布禁止権」を行使するという
出版警察の中核的な行政処分権となり、敗戦までの約七〇年間にわたり言論の自由の生殺与奪となったのである。
[奥平、一九八三、137?138頁]。さらに、明治政府は帝国憲法の発布(1889年2月)に照準を合わせ、
1887(明治20)年に「新聞紙条例」、「出版条例」を改定し、取締法規を整備、強化した。
新聞紙条例では内務大臣の発行禁停止権、保証金制度、陸海軍両大臣の記事差止権、
その他掲載禁止事項などが定められ、一方、出版条例では発行10日前に
製本3部を内務省に届け出ることが義務づけられた。
149日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 02:29:13 ID:lMwk2zRk

http://www.seikyo.org/miyatake03.html
連載コラム 宮武外骨と現在 砂古口早苗 【3】

国家権力の言論統制との長き闘い
先人たちが切り開いた自由を浪費していないか (2000年10月31日付)
____________________________________________________________________________________________________________

 明治十九年、十九歳で『庇茶無苦新聞』を創刊し、昭和二十一年に『アメリカ様』
『大逆事件顛末(てんまつ)』を出版するまで、実に六十年もの間、外骨は言論著述活動者としての人生を歩んだ。
 その“言論著述活動者”を今風に言えば、ジャーナリストである。ジャーナリストとして
自らの自由な活動を広く大衆に伝えるために、外骨は自分で媒体を作った。

 ▼検閲・圧迫に抗しジャーナリスト活動貫く

 『滑稽新聞社』『雅俗文庫』『不二新聞社』『露骨雑誌社』『半狂堂』など、
いわば外骨自身が新聞・雑誌出版元というメディアだった。だが明治政府は検閲という形で、
外骨のジャーナリストとしての活動に執拗(しつよう)につきまとうことになる。

 近代国家統一を図る明治新政府は、中央集権的な国民意識を大衆に広く行き渡らせるために、
それまでにない近代的な情報媒体を誕生させ、それを利用することが必要不可欠だと考えた。
その意味で、国家権力がメディアを言論統制する側として圧倒的優位にあった。

 このために外骨は、ほぼ生涯、第二次世界大戦終結まで国家と闘わざるをえなかった。
外骨にとって国家とメディアとは、対立する以外のなにものでもなかった。外骨のみならず、
ジャーナリズムに身を置こうとする者は、大なり小なりこの問題を避けては通れなかったのである。
闘うか、屈伏するか。闘うにしても、一体どう闘うのか ……。

 明治二年に「新聞紙印行条令」が公布されて、新聞の発行許可・事後検閲制が実施される。
言い換えれば、言論弾圧政策の始まりである。この状況の中で、翌明治三年には日本で最初の
日刊新聞『横浜毎日新聞』が発行される。日本の近代新聞は誕生当初から、
民衆の自由な発想からうまれる批判精神をいちじるしく欠いたものとなった。
150日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 02:33:15 ID:lMwk2zRk

 ▼入獄約四年、罰金・発禁二十九回

 以後、ジャーナリストは、実に大きな制約のなかで奮闘せざるをえなかった。
 「新聞紙条目」「新聞紙条令」など次々に公布され、このような法律の前には
いかにペンの力といえども、あっけなかった。多くのジャーナリストが風俗壊乱、
秩序紊乱(びんらん)、官吏侮辱、治安妨害の罪といった理不尽な名目で、
発行停止・禁止、罰金、禁固刑に処せられる結果になった。

 外骨の筆禍史は自身の入獄四回約四年、罰金・発禁二十九回におよび、後にこう記している。
「官吏は国家の雇人なり、国民は悪官吏に攻撃を加える権利がある、真の経世憂国の情熱から
悪大臣、悪知事の収賄事実を攻撃すると、旧弊思想の悪吏どもは秩序紊乱を濫用して
我輩を禁固刑に処した、どちらが危険人物か」。国家にとって官吏と自分とどっちが危険人物か、
と憤慨している。その一方でこうも書いている。

 「三年八カ月の在獄は、予の一代の最大の苦痛であった。さりながら逆境に処して
その苦痛を他へ転換する方策を考え、精神の修養と身体の鍛練に注意し、不撓(ふとう)不屈、
過激執拗(しつよう)、官僚や軍閥を敵として始終かわらず(略)、予がもし三年八カ月入獄しなかったならば、
常時酒色に耽溺(たんでき)の放縦者、その後いかなる境遇の者になったかしれない」。

 ようするに、自分が真のジャーナリストになれたのは明治政府のおかげ、と言っているようなものである。

 こうして外骨ら先人たちが、文字どおり体を張って切り開いてきた日本のマスメディアは今、
歴史から学び取った教訓を生かしきれているだろうか。言論・表現・報道の自由を得ながら、その役割を見失うことなく、
市民や個人の人権を犯していない、と言いきれるだろうか。

(フリーライター)
151日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 02:41:21 ID:8OIp4Tu+

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/12-15
------------------------------------------------------------------------

12 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/25(金) 20:15:13 ID:soWf7kRWO
常備兵額ってなんですか?

13 名前:ワクワク・ルージュ ◆om/aEL/x6A [] 投稿日:2005/11/25(金) 20:32:45 ID:DtvtD0a50
>>12
常備兵額とは、普段から常備している兵力量のこと。金額のことじゃないので要注意。
帝国憲法では、常備兵額の決定は天皇大権事項であるので、議会の協賛は不要。
当時の立憲君主国の憲法では法律事項、即ち議会の同意を必要とする場合が多い。日本の帝国憲法は例外。この点、天皇の権限が強いといわれる所以の一つとなっている。
なお、常備兵額を増やすときには大抵軍事予算を増額することになるので、その場合は議会の協賛を必要とする。

14 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 00:43:06 ID:Ap8P31Ec0
人権が天皇から与えられたものでも
人が生まれながらにして持っているものでも
どっちでもよくね?そんな建前
つかどっちも嘘だし。

15 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 01:24:02 ID:5f56vx+40
>>14
単なる嘘というより神話ですね。
神話が人々の行動に影響を及ぼすことは多々あるわけですので、どうでもよいということはないと思います。

なお「人権」という言葉そのものが「生まれながらにして持つ権利」という神話を含意していますので、
「天皇が人権を与えた」という表現はちょっとおかしいと思います。
あくまで臣民の権利です。そして、それは日本国憲法の「国民の権利」に引き継がれています。
152日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 09:41:54 ID:tu8cPrEw
間違いなくアレは憲法でない。
153日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 10:05:04 ID:3kx0MR9E
こういう、表現が出来るのも今の憲法のおかげです。
154日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 10:41:13 ID:JHgtPPXY

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/16


16 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 02:22:13 ID:Zj872gv40

>>7
議会の協賛がないとなにも出来ないのが天皇。
>>8
>独立命令は、法律の定めのない事項について、帝国議会の協賛なしに「天皇が」人権制限できる。

できません、法律より下位なので、議会が法案を提出すれば、終わりです。

>緊急勅令は帝国議会の事後承諾が必要だが、それまでは「天皇が」勝手に人権制限できる。

できません。自分で言っているように、議会の承認がなければ、天皇自らそれが無効であると宣言しなければならない、
つまり自分の行動を自分で否定しなければならず、赤っ恥です。結局できるわけがない。

>信教の自由は法律の留保すらないので、法律によらずに「天皇が」制限できる。

出来ません。当然のことですが、議会の権限を上回るものではないですから。
むしろ信教の自由が保障されていないので、議会が自由に制限できる、というべきでしょうね。

>非常大権は、実際には発動されなかったが、もし発動されれば戦時や事変に際してあらゆる人権を「天皇が」制限できる。

イギリスや(第二次大戦)フランス(アルジェリア)では、実際に発動され、
人権が制限されました国がありますが、それについてはどう思われます?
>>9
当然のことですが、世界の何処の国でも、自由と権利を法律により制限できます。
制限できる限界は、それぞれ違いますがね。
155日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 10:42:05 ID:JHgtPPXY

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/17



17 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 02:32:57 ID:Zj872gv40

むしろ、戦前の日本は、イギリスの次くらいに、議会に強大な権限が与えられている国です。
憲法の条文が非常に簡素で、解釈しだいでいかようにもできます。
そして憲法が簡素であるため、自由に立法できますし、
国民の人権の制限だって容易です。
議会がその気になれば、憲法に規定が存在しない、内閣制度すらも、変える事ができます。
歴史が短いので、議会を縛る慣習などもろくにありませんしね。
ここまで広範かつ、強大な権限を与えている国はそうそうないですよ。
むしろ、議会が暴走したら、誰も止められないと言ってもいい。
1561:2006/09/02(土) 14:06:59 ID:auTvH4Z5
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
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157日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 14:17:27 ID:uZqs1MDg

総合案内>活動>教化活動>神と仏の精神史再考
ttp://www.shokoku-ji.or.jp/information/activity/shoseki/shoseki07.html

神道と古神道
ttp://www.21-civilization.com/bunmei/bunmei5.html

ワールドフォーラム04月例会 古神道の本質と天皇制のあるべき姿
ttp://www.worldforum.jp/report/2005/04.html
158日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 14:32:37 ID:ewlCWBMI

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/18
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18 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 03:26:53 ID:5f56vx+40

>> http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/16
>できません、法律より下位なので、議会が法案を提出すれば、終わりです。


? 法案を議会が提出するだけでは終わりにならず、両議院の議決と天皇の裁可を経て法律が成立しなければ終わりになりません。
実際に法律制定によって独立命令が無効になった事例は知りません(たぶんないと思います)。

>>信教の自由は法律の留保すらないので、法律によらずに「天皇が」制限できる。
>出来ません。

いえ。実際の運用として、法律によらずして信教の自由は制限されていました。
学説もそれを追認していました(美濃部ほか)。

>議会の承認がなければ、天皇自らそれが無効であると宣言しなければならない、
>つまり自分の行動を自分で否定しなければならず、赤っ恥です。結局できるわけがない。

実際に議会の承諾が得られず無効になった緊急勅令はいくらでもあります。
また、「赤っ恥」をかかないように、議会の承諾を得られなさそうな緊急勅令を事前に緊急勅令によって廃止している事例がたくさんあります。


>イギリスや(第二次大戦)フランス(アルジェリア)では、実際に発動され、
>人権が制限されました国がありますが、それについてはどう思われます?

緊急勅令の制度のないイギリスは非常大権に頼らざるを得なかったでしょうが、日本の場合は緊急勅令や戒厳令で対応できます。これらの緊急権の上に更に非常大権を認めるのは明らかに過剰です。
仏領アルジェリアは植民地です。日本の植民地は憲法が事実上施行されておらず、いわば恒久的に非常大権が行われたとも解釈できる状態でした。
159日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 14:44:03 ID:ewlCWBMI

http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb//viewtopic.php?topic_id=623&forum=8&viewmode=flat&order=ASC&start=50

>何度陸,海軍大臣を出さないことで内閣は倒れましたか?

統帥権を利用した軍部の専横(軍部が大臣を出さずに議会を止めて
事実上独断専行する暴挙)という慣行は、実のところ明治憲法下においては55条2項違反の違憲行為でした。

いかんせん憲法制定以前から「軍部(参謀本部)が事実上の方針決定権限を持っていた」ため、
この慣行を修正できなかった(違憲状態を正せなかった)のは確かに明治体制下の不備であったでしょう。
ただし、明治憲法そのものはこの暴挙に対する抑止条項を備えていたことを付記しておきます。
1601:2006/09/02(土) 17:07:46 ID:auTvH4Z5
「ch-sakura」  あっちこっちコピペであらしまくり

http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=1140&forum=8&post_id=48640#forumpost48640
1611:2006/09/02(土) 17:08:58 ID:auTvH4Z5
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162日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 17:28:09 ID:CeHerZCn

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163日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 17:32:20 ID:Dmi0mUpK

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/19


19 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 03:48:35 ID:5f56vx+40

>>http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/17

>戦前の日本は、イギリスの次くらいに、議会に強大な権限が与えられている国です。

それは違うでしょう。
議会の権限を他国と比較してみましょう。と、
皇位継承法の改正に関する権限がないのは日本だけです。
外国条約に関する権限が皆無なのは日本だけです。
独立命令で法規を定めることができるのは日本だけです。
軍隊の編制に関する権限がないのは日本とポルトガルぐらいなものです。
天皇大権に基づく規定の歳出を政府の同意なしには削減できないのは日本だけです。
憲法改正の発案権がないのは日本(それと後のロシア帝国)だけです。

このように、当時の他国の憲法と比較すると、日本の議会の権限は頗る小さいのです。
1641:2006/09/02(土) 17:33:14 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、

私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、

たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども

議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、

これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。

で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、

で、そこははたしてどうなのか、

ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、

そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。

そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。

で、これは法律論議以前であると。

法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
165日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 17:50:02 ID:qyEixgwO

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/20



20 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 04:03:09 ID:Zj872gv40
>>18
>? 法案を議会が提出するだけでは終わりにならず、両議院の議決と天皇の裁可を経て法律が成立しなければ

???議会が法案を通してしまえば、終わりですよ、
天皇が議会を通した法案に拒否権を発動すれば、別ですが、
本当に拒否権があるのか、疑問ですし、そもそも使ったことはありません。
ついでに、独立命令は法律を無視できるものではありませんから、
議会にとってはなんでもありません。

>いえ。実際の運用として、法律によらずして信教の自由は制限されていました。

議会がね。

>実際に議会の承諾が得られず無効になった緊急勅令はいくらでもあります。

うん、そうですね、で、だから?
議会の権限を脅かすものではないんですが?
猶予を問題にしているなら、アメリカなんか独自に大統領が軍隊を動かす猶予だってありますがね。
166日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 17:51:30 ID:qyEixgwO

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/20

>これらの緊急権の上に更に非常大権を認めるのは明らかに過剰です。

何故?論理的な説明を求む。
というか日本は、そういった法整備が進んでいたから、イギリスと違い、
非常大権をつかわずにすんだというべきでしょう。むしろ誇るべきなのですが。
あらかじめ法により限界を定めておける、戒厳令などのほうが、はるかにいいんじゃないですかねえ?

ついでにフランスは、植民地の法整備ではなく、
戦後起った、アルジェリアの反乱の際に、フランス本国で行われた、人権の制限についていっているんですが?
なおそういう時の大統領には、検閲を敷き、言論の統制は当然できますし、
たしか強制収容所おくりにすることだってできるはずです。
流石に、アルジェリアでは、ここまでいってませんがね。

ついでに日本の植民地の制令は、本国の議会で認められたもののみを、
限定して布告する権利があるだけですよ、なに勝手に総督府の権限を強大化しているんですか。
まさか、天皇直属で好き勝手にできるとか思ってませんか?
167日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 17:53:06 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]

(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、

私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、

たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども

議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、

これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。

で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、

で、そこははたしてどうなのか、

ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、

そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。

そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。

で、これは法律論議以前であると。

法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
168日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 18:17:05 ID:ZHEta05A

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/21


21 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 04:34:10 ID:PIE4dOup0
 戦前の日本国は、立憲主義にもとづく政治体制ではない。
究極的な主権がだれにあるかと言えば、天皇と言うしかないからだ。
憲法は天皇の統治権を全体的にしばるものではなく、天皇の一方的
温情的政治宣言にすぎない。

 戦前の日本は、憲法の及ぶ内地と憲法の及ばない外地によって
成り立っていた。内地は例外的な制限はあれ立憲君主国に近い政治体制の国と
言えないことはないが、外地はあきらかに憲法秩序外の領域。
外地の設定や統治全般は、立憲的な憲法体制によらずに天皇の統治権によって
直接所管されていたと考えるしかない。
 もし戦前の政治体制が立憲主義にもとづく体制であるとするなら、憲法適用
除外された外地や植民地人としての二級市民を設定しえないことになる。
政治のあり方をきめるのが憲法であるとすれば、憲法から派生する権限なしに
憲法除外された国民・地域、政治領域を設定しえないからである。
日本国民でありながら憲法適用を広範に制限できる二級市民としての
台湾・朝鮮人が存在しえたのは、憲法に上位する統治権が旧日本国に存在し
えたからである。そしてその存在こそが、憲法に上位する天皇主権から
直接派生する統治権である。

 戦前の日本国は憲法の上に絶対的な天皇の統治権があり、一部の地域
(内地)、内地の部分的な領域だけ、天皇が統治権を恩恵的に謙抑することを
憲法を通して宣言した政治体制にすぎない。
1691:2006/09/02(土) 18:20:58 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]

(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、

私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、

たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども

議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、

これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。

で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、

で、そこははたしてどうなのか、

ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、

そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。

そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。

で、これは法律論議以前であると。

法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
170日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 18:28:21 ID:HA2onRA+
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22 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 04:44:00 ID:Zj872gv40

>皇位継承法の改正に関する権限がないのは日本だけです。

改正すればいいだけですが?つか日本国憲法に改正されるまえ、
つまり大日本帝国憲法下で皇室典範は、改正しております。
(正しくは法律として新たに作られた)
というか、他国でも憲法を改正して、やっと皇位継承権をかえれるわけなんですが?
皇位継承権が憲法にもりこんであり、議会の立法だけじゃ無理な国、無理だった国は少なくないんですけど。

>外国条約に関する権限が皆無なのは日本だけです。

同じく、議会の承認が必要なようにすればいいだけ、いくらでもできます。憲法に盛り込んでない国なら、当時としては、別に珍しくありませんし。

>独立命令で法規を定めることができるのは日本だけです。

法律に反しない限りの制令を認めている国は、当時では珍しくないんですけど。

>軍隊の編制に関する権限がないのは日本とポルトガルぐらいなものです。

イギリスも軍隊の編成に関して、口出しができるようになったのは戦後から。

>天皇大権に基づく規定の歳出を政府の同意なしには削減できないのは日本だけです。

いまいちなにがいいたいのかわかりませんが、国王の独立した大権を、議会が自由にできる国とはどこの国のことですが?

>憲法改正の発案権がないのは日本(それと後のロシア帝国)だけです。

審議権は議会にあるんだからいいじゃないですか。
1711:2006/09/02(土) 18:31:50 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]

(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
172日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 18:38:36 ID:KGEc4kRB

http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb//viewtopic.php?topic_id=808&forum=8&viewmode=flat&order=ASC&start=30

蒼穹のカシエル 投稿日時: 2006-5-26 2:32

登録日: 2005-8-5
居住地:
投稿: 523 No.35521:Re:突然以前の続きです。
棗さま


こんにちは。
ようやく、貴御投稿(No.33390よりの一連)にお応えできそうです。

結論から申し上げるに、
「大日本帝国憲法は、欠陥だらけ」
という事です。

これは、当然の事と言えます。
何故なら、それは野放図な性善説に基づいた、極めて悪い意味での「日本的な」、憲法典だからです。

結果、ありとあらゆる善意と野心と悪意によって、徹底的に蚕食されました。
当然の帰結として、極端な「硬性憲法」として出発してしまったという不幸な出自から予測される、最悪の経過を辿った、と言えるでしょう。

昭和帝は、軍に開戦の権利さえ簒奪され、暫定的かつ事後的な善後処理も儘ならぬまま、制御不能な戦線が単調に拡大の一途を辿る様を、刻々と御体験されました。
身の毛もよだつ、最上級の悪夢と言えましょう。

そもそも大日本帝国憲法が、純粋な「君主制」か、または純粋な「立憲君主制」として始まったなら、かかる惨劇は容易に防げたハズです。
不幸なことに大日本帝国憲法は、純粋な君主制と、純粋な立憲君主制との、最も悪いところだけを選りにも選って厳選し、最悪の比率で混合した、毒液でした。
混ぜるな、危険。
これは、その最たる典型です。
173日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 18:39:56 ID:KGEc4kRB

http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb//viewtopic.php?topic_id=808&forum=8&viewmode=flat&order=ASC&start=30


それでも、元老(元勲)達が健在なうちはまだ良かった。
しかし、元老も所詮生物ですから、早晩死滅します。
そして、負のフィードバックを失った悪夢の装置は、暴走を開始した。

ところで、貴方は以下のように結論しています。
即ち、
「従って、民主儀的傾向の障害とは明治憲法に不備があったのではなく、その下部にある条例や法に問題があったと言える。」

私は、この意見には、全く同意できません。
大日本帝国憲法に、或いはその立法者に、重大極まりない不備が初めからあったと考えます。

しかし、今日では、これは容易に修正可能です。
kyon様が、No.34022に於いて結論されたように、大日本帝国憲法は今日的な視点から見れば「駄目法」です。
しかし、それは当然の事。
当時と今とでは、何らかの判断を下すにあたって参照すべき「過去」の経過時間が、算術的に厳然と異なっているからです。
それは、異なる二点の時刻の、算術的な差としての「時間」として、そしてその間に経験した史実として、現代に生きる我々の目には映ります。

要するに、今に生きる我々の知識は、昔の人々に比べて増加している。
当然の事です。
万一減るような事があれば、それこそ一大事ですから。

ですから、今に生きる私たちのすべきことは、「日本国憲法」の無効を可及的速やかに確認し、真性憲法たる(そして悲しいまでに「駄目法」たる)大日本帝国憲法を然るべく修正し、それを一刻も早くリリースすること。

これにつきる訳です。
1741:2006/09/02(土) 18:40:13 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]

(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。


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再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
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再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
1751:2006/09/02(土) 19:11:06 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]

(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
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−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
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1761:2006/09/02(土) 19:57:42 ID:auTvH4Z5
160 名前:1 投稿日:2006/09/02(土) 17:07:46 ID:auTvH4Z5
「ch-sakura」  あっちこっちコピペであらしまくり

http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=1140&forum=8&post_id=48640#forumpost48640
1771:2006/09/02(土) 19:59:44 ID:auTvH4Z5

桜掲示板運営管理室御中

こんにちは。
いつも御世話になっております。

次のように、いくつかの投稿の削除と、当該投稿者に対するアクセス禁止措置の進言を致します。

■削除を進言する対象
以下投稿の、(一切の痕跡を残さない形式による)削除を進言します。

対象投稿番号
No.48650
No.48640
No.48641
No.48644
No.48645
No.48646

■アクセス禁止を進言する対象
同投稿をなした、以下投稿者のアクセス禁止措置を進言します。

投稿者ハンドル・ネーム:ch-sakura

■進言理由

対象投稿者の投稿内容は単なるコピーであり、健全なスレッド進行を妨げる「荒らし」であると、直ちに断定できるケースと判断します。

以上、御検討いただきたく、御願い申し上げます。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=324&forum=5&start=110
178日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 20:26:21 ID:KGEc4kRB

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/23


23 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 04:47:14 ID:PIE4dOup0

 立憲主義とは、国の活動を明示された憲法によってしばる政治体制を言う。
その意味で戦前の台湾・朝鮮を見れば、日本が立憲主義を採用していなかった
ことが実に明瞭に理解できる。

 日本が真に立憲主義に基く政治体制の国であれば、台湾・朝鮮を日本に
編入した時点で、両地域は日本の憲法秩序の下に置かれるべきである。
なぜなら、立憲主義とは自国の政治活動を憲法秩序の拘束の下に置く
政治体制であるのだから。
 台湾・朝鮮のように、自国でありながら憲法によらずに憲法秩序の
及ばない地域を設定できるのは、憲法に上位する憲法とは無縁の統治権が
存在する場合だけである。

 戦前の日本国は、憲法に上位し憲法に拘束されない絶対的な天皇大権が
存在した。憲法秩序によらない植民地支配を根拠付け、正当化する根本的な
権力とは天皇大権である。ただ内地においては、天皇大権は天皇の温情的譲歩
によって制限されることが憲法によって一方的に宣言された。
 戦前の日本は、台湾・朝鮮の法的取り扱いに見るように、憲法によって
制限されない政治領域の設定や地域・国民を天皇大権によって自由に設定できた
ことにみるように、立憲主義政体とは言えない。
 大日本帝国憲法から派生する憲法秩序自体から植民地の法的取り扱いが
根拠づけられることはなかったのだから、戦前の日本はやはり非立憲主義国と
結論づけるしかない。 
1791:2006/09/02(土) 20:27:46 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]

(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
1801:2006/09/02(土) 20:41:48 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000150034.wmv
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
181日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 20:47:37 ID:Bv73k4lr

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/24


24 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 04:49:43 ID:Zj872gv40

>> http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/21
君主がいる国では、主権は君主にあるのは当然です。

ついでに、欧州の国家でも植民地は国王の私有地であり、
議会とは無関係に自由にできたわけですが、
その場合、欧州の国家は憲法の上位の存在として、
国王の統治権が存在したと、仮定してよろしいのですかな?


【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/25

25 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 04:57:25 ID:Zj872gv40
>>23
つまり、当時植民地をもっていた国は全てアウトですね。
おお、列強はすべて非立憲主義国家になりますね。
1821:2006/09/02(土) 21:03:30 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000150034.wmv
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
183日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 21:07:35 ID:Bv73k4lr
【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/26

26 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 05:08:26 ID:PIE4dOup0
>> http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/24

 植民地を統治するにあたって、自国と完全に分離して
王の私有地にするか、憲法からダイレクトに差別的
取り扱いをすることを明記すれば非立憲国とは言えない。
もっとも後者は、立憲国であるかどうか疑わしいと言えなくもないが。

 日本の場合、台湾・朝鮮は法的に見て天皇の私領地ではない。
あきらかに日本国の一部。そこに住む住民も国民。であれば、
大日本帝国憲法の秩序におかれるなければおかしいことになる。
差別的取扱いをするにしても、その差別的取り扱いの法的根拠が
憲法に依拠するのでなければ、立憲主義とは言えない。
 そのような視点から見れば、戦前の台湾・朝鮮統治は立憲主義的な
ものであったとは言えない。なぜなら、台湾・朝鮮はどう解釈しても
大日本帝国憲法から根拠づけられて、憲法適用除外されそのように
統治されたとは評価できないから。むしろ台湾・朝鮮統治にあたっては、
憲法に上位する権限によって直接根拠づけられ、行われたと解釈する
のが自然である。

 欧米の植民地設定にあたっては、名目的であれ原則として憲法秩序
のもとで行われていたと解釈すべき。主権の一部を譲渡した保護領で
あれば現地の住民は本国の憲法外におけるわけだし、その場合の譲渡
された主権も本国の憲法秩序に組み込まれ運用される。日本の場合は、
保護領化ではなく内地化だし、本国に組み込まれた後も本国の憲法秩序外の
特殊領域として設定・運用されたのだから、欧州の一般的な植民地とはことなる。
 日本の植民地はあきらかに憲法秩序外の存在だし、それを可能にしたのは
憲法に上位する天皇大権が存在したから。つまり、戦前の日本は真の意味の
立憲主義国ではなかったと考えざるをえないのだ。
1841:2006/09/02(土) 21:47:18 ID:auTvH4Z5
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
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http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

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[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


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再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
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185日出づる処の名無し:2006/09/02(土) 22:52:35 ID:PUCescVf

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/27


27 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 05:19:03 ID:PIE4dOup0

>> http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/25

 本国と差別的取扱いをする植民地の存在が、憲法秩序から根拠づけられれば、
植民地を持っていても立憲主義国と言える。そのような政治体制の国が、
真の意味の立憲主義国と言えるかどうかはともかくとして。

 国家の主権の及ぶ領域でありながら、憲法秩序から除外された領域が
憲法によらずに根拠づけられ存在しうることが問題。そのような国家は、憲法秩序の
及ばない領域を広範に国家内に持っていることになる。そのような国家が
立憲主義国として定義づけられるかと言えば、やはり言えないと言うしかない。
 台湾・朝鮮など憲法適用除外される地域を憲法によらずに設定できたこと自体、
日本が非立憲国だった証拠。
 台湾・朝鮮が他の西洋植民地のように日本国によって主権が制限された保護領ではなく、
日本国の一部であった以上、そこの地域・住民の憲法適用を一方的に制限できる権限は、
憲法に上位する天皇大権を想定せざるをえない。
1861:2006/09/03(日) 00:31:46 ID:ojve8Oqi
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000150034.wmv
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
187日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 00:41:56 ID:9y5E/0Q1

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/28

28 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 06:21:19 ID:+UjL6dsY0
実際 台湾朝鮮は民度が低い事及び習慣が違うため内地と同じ法律を適応できない。
そのため総督の裁量権を広く認めなければならない。
そうなると、裁量権が憲法に抵触することがあり得る。
結果として憲法を外地では公布できない。
現地の習慣を無視すれば無用な軋轢を生むだけ。
それと差別的扱いは別物。
1881:2006/09/03(日) 10:51:54 ID:ojve8Oqi
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000150034.wmv
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
1891:2006/09/03(日) 11:01:36 ID:ojve8Oqi
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=324&forum=5&post_id=48838#forumpost48838
ch-sakura 投稿日時: 2006-9-3 10:44

No.48838:Re:桜掲示板運営管理室様への進言

管理者様より警告ございましたら当方で削除といたしますが

コピーがスレッド進行を妨げてしまうといふ論拠は???
1901:2006/09/03(日) 11:05:04 ID:ojve8Oqi
1911:2006/09/03(日) 11:45:13 ID:ojve8Oqi
有名なサイト!共産党が国会図書館の監修をやってはるわ。
http://www.ndl.go.jp/constitution/index.html
http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/aisatsu.html

高見勝利教授とは?
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000030958108&Action_id=121&Sza_id=C0
新田均著 「先生、もっと勉強しなさい!一刀両断」から引用

一、高見論文の基本的主張
この論文で高見教授が主張されていることを、私なりに要約すると以下のようである。
(1)天皇主権と国民主権は「原理的に」対立するものである。
(2)したがって、天皇主権を原理とする大日本帝国憲法と、国民主権を原理とする日本国憲法とでは、天皇制度は
全く異質のものである。
(3)それにもかかわらず、国民の深層心理の中では天皇制度は連続している。
(4)この国民の深層心理を改造しなければ、国民主権原理は実際に国民のものとはならない。
 このように要約できると考えられる根拠を、高見論文の記述の中から抜き出せば左のようである。
「天皇が統治権を総攬する明治憲法体制から国民主権の原理を採用し、天皇を国民統合の象徴とする日本国憲法
体制へと原理的に転換し、神格を備えた天皇から人間天皇に変わったにもかかわらず、上述のような神話に彩られ
た皇位継承儀式[大嘗祭―引用者註]が行われたのである。このことは、天皇という制度が、合理的な根拠によって
ではなく、ゆるぎない伝統に支えられたものであることを示している」(273頁)
(つづく)
1921:2006/09/03(日) 11:46:13 ID:ojve8Oqi
「憲法上、単なる象徴としての役割しか与えられていない天皇も、国民の深層心理の中では、戦前との連続の上に、
ある種の特別な存在として持続しているように思われる」(285頁)
「天皇の神格が否定され、天皇は『人間』になった現在でも、天皇に対して、一般国民に対すると等しい敬意を表する、
ということは、文字どおりには行われていない。日本人の社会生活に奥深くしみこんだ意識ないし習俗は、容易に変
わるものではない」(286頁)
「その批判なくしては、憲法が採用した国民主権原理は、実際に国民のものとはなり得ず、1945年8月に行ったはず
の君主殺し(regicide)も架空のものにとどまり続けるであろう」(287頁)
“日本国民は敗戦と共に「君主殺し」を行ったのだ”というのは尋常でない物言いだが、そのように言われる高見教授
の主張について、以下、いくつかの論点を取り上げて私の考えを述べて行くことにしたい。
(引用おわり)

「その批判なくしては、憲法が採用した国民主権原理は、実際に国民のものとはなり得ず、1945年8月に行ったはず
の君主殺し(regicide)も架空のものにとどまり続けるであろう」(287頁)
「その批判なくしては、憲法が採用した国民主権原理は、実際に国民のものとはなり得ず、1945年8月に行ったはず
の君主殺し(regicide)も架空のものにとどまり続けるであろう」(287頁)
「その批判なくしては、憲法が採用した国民主権原理は、実際に国民のものとはなり得ず、1945年8月に行ったはず
の君主殺し(regicide)も架空のものにとどまり続けるであろう」(287頁)

こんな異常(キチガイ)なのが、「日本国憲法」の成立過程の、それも国会図書館の監修やってていいの?!!!!
一番の不適切なのがやってるのじゃない?
193日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 12:09:32 ID:QBXUPY9p
1さんもななかのもんだと思いますよ^^:
1941:2006/09/03(日) 12:24:23 ID:ojve8Oqi
>>101
ここでは、貴殿は「「講和条約群の破棄」を、南出氏以上に難しそうに書いているが、
意味がわかりません。

>やっぱ私としては、「安政条約の改正」並みの覚悟をしておく必要があると思うなぁ。
>まぁ、「安政条約の改正」よりは、まだましな方だと思うが、それでも、普通に国防力を
>強化して等の背景が必要だと思うので、そういった考えからも、無効宣言の前に、
>現行憲法を改正して国防力を高める努力をしておかなければならないと思う。

意味がわからない。
1.講和条約としての「日本国憲法」を破棄したい。
2.これには国防力強化が必要。
3.そのために「日本国憲法」を改正しなければならない。
というのだが、
なぜ、1をするのに、2が必要なのですか?アメリカを武力で脅かしてでも条約破棄するつもりですか?
交渉で十分でしょ。
1951:2006/09/03(日) 12:25:54 ID:ojve8Oqi
>>193
何が?
1961:2006/09/03(日) 12:41:36 ID:ojve8Oqi
197日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 12:54:24 ID:MQrtoz1M

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/28

28 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 06:21:19 ID:+UjL6dsY0
実際 台湾朝鮮は民度が低い事及び習慣が違うため内地と同じ法律を適応できない。
そのため総督の裁量権を広く認めなければならない。
そうなると、裁量権が憲法に抵触することがあり得る。
結果として憲法を外地では公布できない。
現地の習慣を無視すれば無用な軋轢を生むだけ。
それと差別的扱いは別物。
1981:2006/09/03(日) 12:54:59 ID:ojve8Oqi
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=465&forum=8&start=60
南出喜久治著『現行憲法無効宣言問答集』
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mondou/framepage1.htm
[Lev:00,QaA:00]『現行憲法無効宣言問答集』へのお誘い
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=465&forum=8
[Lev:01,QaA:01]「現行憲法は押し付け憲法だから・・」という議論をどう思いますか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=513&forum=8
[Lev:00,QaA:00,Ses:16324]「蒼穹のカシエル」対「健次郎」
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=537&forum=8
[Lev:01,QaA:02]現行憲法が無効であるとする見解は今までありましたか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=561&forum=8
[Lev:01,QaA:03]現行憲法の制定はヘーグ条約に違反するのですか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=623&forum=8
[Lev:01,QaA:04]ヘーグ条約違反により現行憲法は無効ということになりますか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=758\&forum=8
[Lev:01,QaA:05]有効論の中に、「八月革命説」という学説がありますが、この見解についてはどうですか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=769&forum=8
[Lev:01,QaA:06]現行憲法の正式な法規名称は「日本国憲法」ですか、それとも「大日本帝國憲法(帝國憲法)」ですか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=808&forum=8
[Lev:01,QaA:07]帝國憲法と現行憲法とでは、形式的に見て連続しているのですか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=892&forum=8
[Lev:01,QaA:08]では、実質的に見て、帝國憲法と現行憲法とは連続しているのですか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=958&forum=8
[Lev:01,QaA:09]GHQによる完全軍事占領下での改正であることについて、旧無効論はどのように捉えるのですか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=1057&forum=8
[Lev:01,QaA:10]では、新無効論では、この点(*1)についてどのように捉えているのですか。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=1140&forum=8
[Lev:00,QaA:00,Index00]『現行憲法無効宣言問答集』へのお誘い:索引
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/\viewtopic.php?topic_id=1139\&forum=8
1991:2006/09/03(日) 13:14:46 ID:ojve8Oqi
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=51&forum=8&post_id=48867#forumpost48867
ch-sakura 投稿日時: 2006-9-3 13:12

No.48867:産経新聞で働いてみませんか!共に闘う国士を大募集中

産経新聞が、共に闘う国士を大募集中
http://news20.2ch.net/test/read.cgi/news/1157133087/



1名前:番組の途中ですが名無しです[]投稿日:2006/09/02(土)02:51:27ID:AEs2lr9l0●?2BP(102)

産経新聞で働いてみませんか!
「産経新聞社」編集局外信部、編集局管理部、夕刊フジ販売庶務。産経東京印刷センター(芝浦)。

●勤務地:産経新聞本社内(東京都千代田区大手町1-7-2)
●資格:高卒以上。パソコン多少できる方。
●待遇:時給1,100円
●身分:派遣社員

http://www.sankei.co.jp/pr/boshu/
2001:2006/09/03(日) 14:11:18 ID:ojve8Oqi
■再考 皇室典範改正 議論すべき五つの論点
−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−− 大月短大教授 小山常実

 小泉首相の五年余の政権が間もなく終わろうとしている。この二月初旬には、首相の勢いからして女系天皇を認める「皇室
典範」改正は必至かと思われた。だが、天佑かと思われた秋篠宮妃殿下御懐妊のニュースにより状況は一変し、「皇室典範」
改正への動きは一応収まった。しかし、男子ご誕生でなかった場合には、再び「典範」改正の動きは強まるであろう。
 昨年来、「皇室典範」改正問題を論ずる著書や論文がおびただしく出されている。それらの論稿では、女系天皇を認めるべ
きか否かという点にもっぱら焦点が当てられている。だが、天皇の存在意義とは何か、という点にまで遡って議論することは
余り行われていない。天皇という存在の本質論から「皇室典範」改正問題を論ずれば、論ずべき問題が少なくとも五点存在す
る。

●守べき国体の四つのポイント

 そもそも、日本国が建国以来、千五百年から二千年にわたって国家として継続性を保ってきたのは何ゆえか。また、戦後六
十年間こそ怪しいけれども、一貫して独立国であり続けたのは何ゆえか。島国のため外からの侵略が難しいという地理的要因
もあろう。しかし、最大の要因は、天皇を最高の政治的権威とする国体というものを維持し続けてきたことである。
 例えば、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康による全国統一は、三英雄の実力とともに、天皇という政治的権威の力によって成
し遂げられたものである。十六世紀末期から十七世紀初頭に日本全国を統一する政権がなければ、スペインの植民地になって
いたかも知れない。また、明治維新は、薩長土肥四藩の実力以上に、天皇という政治的権威の力によって成し遂げられたもの
である。幕府政権から維新政権への転換が一八七〇年代以降にずれこんでいなたならば、確実に日本は西欧か米国の保護国ま
たは植民地になっていただろう。日本人は、歴史を学びなおす中で、いかに天皇または国体というものが、日本国家の継続性、
独立性を保障してきたか、再認識すべきである。
 それでは、日本の国体とは何か。国体とは、<日本国家の歴史上、万世一系の天皇が国家最高の地位にあり続け、国家権力
の正当性・正統性を保障する最高の権威であり続けたこと>を意味する。その最も重要な第一のポイントは、天皇が国家最高
の政治的権威であり続けたことである。最高の政治的権威とは、日本国家の政治権力の正統性・正当性を究極において保障す
る、あるいは権威付けるものである。
 すぐれた政治的権威が生まれるためには、さらには政治的権威が幾久しく生き続けるためには、自ら政治権力を行使するこ
とはせず、いわば「天意」を受けたと思われる時々の実力者に政治権力を任してしまう方がよい。歴史上、日本の天皇は、
「宗教王」から出発したその出自からして、基本的に政治権力を握らず、政治的権威として純化することによって、<天皇を
政治に巻き込んではいけない>という国体上の規範が成立してきたのである。
 ついでに言えば、政治的権威と政治的権力の分離とは、西欧流近代民主主義の大きな構成要素である。この分離という点で
は、日本の天皇制は、世界の最先端を歩んできたことを忘れてはならない。
2011:2006/09/03(日) 14:12:23 ID:ojve8Oqi
 幾久しく生き残ってきたということは、それだけで、政治的権威として優れたものとなる。政治的権威は、古くて揺るぎが
無いほど、その機能をより果たすことができるからである。政治的権威が古くて揺るぎが無い存在であるためには、中国のよ
うな易姓革命や諸外国のような王朝の交代を否定することが必要であり、易姓革命や王朝交代の否定のためには、万世一系の
観念が必要である。
 戦後の左翼は、平民が皇帝に上りつめることもある中国の易姓革命と易姓革命を理論家した孟子の思想に魅力を感じてきた
が、易姓革命の思想がいかに中国の歴史を戦乱の歴史にしてきたか、というマイナス点を見ようとしない。江戸時代までの日
本の知識人は、圧倒的な中国思想の影響下にあったわけであるが、易姓革命の思想を否定するという思想的独創性を発揮する。
そして、基本的に万世一系が続いたという史実が存在し、その史実を基に万世一系の観念が生まれ且つ生き続けてきたからこ
そ、日本の歴史は、戦国時代を除けば、概して平和的な様相を呈してきたのである。さらに言えば、万世一系の観念が生き続
けていたからこそ天皇という政治的権威が大きく作用し、比較的わずかな犠牲で明治維新をやり遂げることができたのである。
 それゆえ、第二のポイントは、万世一系ということである。当然に、皇位の男系継承は絶対に守らなければならないものと
なる。男系か女系かは、本質的な問題ではない。これまで男系でもって万世一系が維持されてきたからこそ、男系継承の維持
が絶対命題となるのである。
 さらに第三のポイントとして、皇室自治主義ということを挙げなければならない。すぐれた政治的権威が成立するためには、
政治権力を自ら行使しないというだけでは足りない。政治的権威は、時々の政治権力によってその地位を左右されては、現在
及び将来の国民にとって「有り難味のない」、権威を感じられないものになってしまう。また、時々の政治権力は、時に、古
来の伝統に対する浅薄な理解から、皇室の在り方を無茶苦茶にする危険性がある。
 それゆえ、最低限、皇位継承のことは、日本歴史に基づきおのずから定められた皇位継承法に基づき、基本的に皇室の定め
るところに任せなければならない。そして、時々の政治権力者による皇室に対する圧迫を防ぐために、諸外国のように、或る
程度豊かな皇室の世襲私有財産を保障しなければならない。
 天皇が最高の政治的権威たること、万世一系ということ、皇室自治主義ということ、以上の三点は、日本歴史上戦前まで基
本的に守られてきた伝統であり、日本及び日本人が守り続けるべき国体の枢要点である。これは、政治学的観点から、最も優
れた政治的権威をどのように成立させるかという観点から考察を続ければ自明の要点である。
 さらに言えば、天皇は、「宗教王」として出発し、神道の最高祭主、あるいは神道におけるキリスト教のローマ法王と同じ
ような性格を持ち続けてきた。天皇を国家最高の政治的権威として成立させた根源は、神道の最高祭主という性格にある。皇
室の祭事を伝承していくこと、何らかの形でその祭事に国家的性格を持たせ続けることは、やはり日本の国体が求めるものと
いえよう。
2021:2006/09/03(日) 14:14:02 ID:ojve8Oqi

●四つのポイントを規定していた明治憲法・旧皇室典範

 右に見た四つのポイントは、戦前期には明確に守られていた。「大日本帝国憲法」は、第一条で「大日本帝国は万世一系の
天皇之を統治す」、第四条で「天皇は国の元首にして統治権を総攬し此の憲法の条規に依り之を行う」と規定していた。すな
わち、戦前においては第一に、天皇が国家最高の政治的権威として、元首として位置づけられていたのである。
 第一条や第四条の規定を見ると、天皇は自ら政治権力を行使する存在のように見えるが、実は、立法は帝国議会に(第五条)、
行政は国務大臣に(第五十五条)、司法は裁判所に(第五十七条)任せていた。しかも、明治憲法に規定されようがされまい
が、戦前期には、国体という観念が強力に生き続けており、先ほど述べた<天皇を政治に巻き込んではいけない>という規範
が生きていた。したがって、戦前期の天皇も、政治的権威としての性格を基本とし、基本的には政治権力を行使しない存在で
あった。
 戦前期においては、第二に、第一条に見られるように、万世一系という規範が明確に存在した。それゆえ、明治憲法第二条
は、「皇位は皇室典範の定むる所に依り皇男子孫之を継承す」と、男系継承を定めていた。明治憲法からの委任をうけて、旧
皇室典範第一条は、「大日本国皇位は祖宗の皇統にして男系の男子之を継承す」と規定している。皇室典範では、皇位継承者
を男系ばかりか男子に限定していることが注目される。だが、男系継承は憲法と典範の双方で規定され、男子による継承は典
範でしか規定されていないことに注目すべきである。つまり、明治国家は、男系継承のことを、男子継承と違って、何として
も守らなければならない国体上の規範として捉えていたのである。
 第三に、戦前期においては皇室自治主義が守られていた。そもそも皇室典範とは、国法であると同時に皇室の家法の性格も
有するものである。それゆえ明治憲法は、第二条により、国体上の規範たる男系継承ということを定めたけれども、皇位継承
の詳細については皇室典範に委任していた。また、第十七条@では、「摂政を置くは皇室典範の定むる所に依る」として、摂
政に関する規定も皇室典範に委任していた。
2031:2006/09/03(日) 14:32:56 ID:ojve8Oqi
 そして、第七十四条@は「皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要せず」と規定し、典範改正に、時々の区々たる政治情
勢に左右されがちな議会が関与することをしりぞけていた。皇室典範は、明らかに法律より上位の規範であり、明治憲法と同
格か否かについては憲法学上の争いがあったが、ともかく明治憲法と一体のものとして、共に日本の憲法の一部を成していた。
また、皇位継承を含めて皇室に関する法については皇室が基本的に決定する、という皇室自治主義の建前についても、憲法学
説上争いが無かった。
 この皇室自治主義の考え方から、戦前期には、宮内省は一応国家の機関から分離され、皇室の機関として観念されていた。
また皇室自治主義の精神から、皇室典範の改正については、皇族会議と枢密院の議論によって行われることになっていた。旧
典範第六十二条は、「将来此の典範の条項を改正し又は増補すべきの必要あるに当ては皇族会議及枢密顧問に諮詢して之を勅
定すべし」と規定していた。
 右の皇族会議は、天皇が主宰し、皇族の成年男子にメンバーとして表決権を与えていた。枢密院議長等五名も参加したが、
表決権を有していなかった。明らかに、皇族会議は皇室、それも天皇中心の機関であったことに注目されたい。皇族会議は皇
位継承以外にも、摂政設置などの事柄を(旧典範十九条)、枢密院とともに議論した。また、皇族の懲戒については皇族会議
だけで議論されていた(旧典範五十四条)。さらには、皇室の自立性を保障するために、「世伝御料」等の形で皇室の世襲財
産が保障されていた(旧典範第四十五条)。
第四に、明確に、旧典範下の天皇は、神道の最高祭主として祭祀大権を有していた。そして、践祚の際における神器継承や
「即位の礼」に続く大嘗祭はもとより(旧典範十、十一条)、皇室祭祀令によって定められた大祭や小祭には、公的意味が付
与されていた。
2041:2006/09/03(日) 14:34:07 ID:ojve8Oqi

●国体を毀損した神道指令と「日本国憲法」

 このように、戦前期までは、日本の国体は維持されてきた。ところが、敗戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって、国
体は大きく毀損することになった。まず、昭和二十年十二月十五日、GHQは神道指令(「国家神道、神社神道に対する政府
の保証、支援、保全、監督並に弘布の廃止に関する件」)を発表し、神道と国家の分離を命令した。その結果、戦後体制の下
では、天皇は国家最高の祭主の地位と祭祀大権を失い、皇室が行う祭事は皇室御一家の私事にとどまることになった。
 もともと天皇という存在は、諸外国のように「軍事王」ではなく、「宗教王」から出発した。それゆえ祭祀大権は、天皇の
政治的権威を大きく根拠付けるものであった。GHQは、祭祀大権を奪うことによって天皇の政治的権威を大きく毀損させた
上で、翌二十一年二月十三日、自ら憲法改正草案を作成し、日本政府に押し付けた。GHQ案第二条は、「皇位は、世襲のも
のであり、国会の制定する皇室典範に従って継承される」と規定していた。
 GHQ案は、皇室典範を単なる普通の法律の地位におとしこめ、戦前の皇室自治主義を真っ向から否定するものであった。
日本政府側は、GHQ案を元に「日本国憲法」初案を作成し、いろいろとGHQ案に修正を施そうとする。皇室関係に関して
はできるだけ皇室自治主義を形だけでも残そうと考え、GHQ案第二条の「国会の制定する皇室典範」から「国会の制定する」
を削った上で、第百六条@で「皇室典範の改正は天皇・・・・議案を国会に提出し法律案と同一の規定に依り其の議決を経べ
し」と規定する。すなわち、皇室典範は一般の法律と異なり、議員立法は許されず、あくまで天皇が内閣の輔弼により作成し
た原案に基づき改正しなければならないとしたのである。
2051:2006/09/03(日) 14:34:55 ID:ojve8Oqi
「日本国憲法」初案をめぐっては、三月四日から五日にかけて、日本政府を代表する者としては佐藤達夫法制局部長ただ一人
が、多いときにはGHQ側二十人と徹夜で法律論争をしながら修正案を決めていく。結局、日本側が施していた修正はほとん
ど否定され、元のGHQ案の内容に戻されてしまう。皇室典範に関しても、初案の第百六条は削除され、第二条に「国会の議
決を経たる皇室典範」と明記されることになる。すなわち、皇室典範は、議会が自由に制定・改正できる法律と位置づけられ
たのである。
 その後、六月下旬から十月まで帝国議会で憲法改正が審議されるが、議会の審議過程も、政府案作成過程と同じく、GHQ
によって完全統制されていた。極東委員会とGHQの強制により、七月から八月にかけて、帝国議会は、「すべて皇室財産は、
国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」(「日本国憲法」第八十八条)という
規定を決定する。つまり、世襲財産を含めた皇室財産の国有規定が設けられ、財政に関する皇室自治主義も完全に否定された
のである。
 さらに帝国議会は、極東委員会とGHQの強制によって、「日本国憲法」前文と第一条に「国民主権」を明記することを決
定する。すなわち、「日本国憲法」は第一条で「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主
権の存する日本国民の総意に基く」と、第二条で「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところに
より、これを継承する」と規定することになる。
 その結果、「日本国憲法」下では、国民が主権者と規定され、天皇ではなく、国民というものが国家権力の正当性・正統性
を保障する存在となった。天皇は、これまでの政治的権威から象徴に性格を一変させることになった。また、「大日本帝国憲
法」では、第一条で「万世一系」が、第二条で皇位の男系継承が規定されていたが、「日本国憲法」上では、「万世一系」も
皇位の男系継承も記されていないことに注目されたい。「日本国憲法」は、新「皇室典範」という名の法律に、女系を認める
自由を認めているのである。
 右に見てきたように、神道指令と「日本国憲法」は、国体の四ポイントのうち、天皇が最高の政治的権威たること、皇室自
治主義、神道の最高祭主たること、という三点を完全に否定し、残る「万世一系」及び男系継承についても、日本国が絶対に
維持していかなければならない規範としては認めなかったのである。
2061:2006/09/03(日) 14:46:33 ID:ojve8Oqi

●男系継承のみ認めた新「皇室典範」

 こうして、「日本国憲法」成立過程において、日本の国体を基本的に否定するという枠組みが、GHQと極東委員会によっ
て作られてしまった。また、GHQは「天皇財閥」なるレッテル貼りを行って徹底的に皇室財政を圧迫したので、もはや十一
宮家の臣籍降下は必至であった。
 この枠組みと臣籍降下を前提にして、新「皇室典範」が作られていく。「日本国憲法」の審議と併行して、六月、臨時法制
審議会が設置され、この審議会の第一部会で、七月から九月にかけて新「皇室典範」の立案が行われる。そして、十二月には
新「皇室典範」案が第九一帝国議会に提出され、簡単な審議の上、原案通り可決される。この間、第一部会の幹事たちは、少
なくとも一二回以上、GHQと連絡を取りながら、新典範の内容を決めてゆくのである。
 翌二十二年一月十六日、新典範は法律として公布される。その後、五月二日、旧典範が、皇族会議と枢密院の議を経て、天
皇の勅定という形で廃止される。翌三日、「日本国憲法」と新典範が施行される。そして十月十三日、新典範で作られた皇室
会議は、十一宮家の臣籍降下を決定していくのである。
 新典範の内容を見ると、皇室自治主義の精神は、かけらも存在しない。旧典範では、皇室の大事を審議する機関として、天
皇を主宰者とし皇族を中心メンバーとする皇族会議が存在した。これに対して、新典範では、皇族会議に代って皇室会議が置
かれることになった。皇室会議に天皇は参加できず、皇族は十名のメンバー中二名のみであり、残る八名は衆参両院の正副議
長や内閣総理大臣らで占められることになった。しかも、最高権力者の内閣総理大臣が議長を務めるのである。これでは、ま
さしく皇室は、時々の権力者によって圧迫される事態となろう。
 神道の最高祭主という性格も、宗教と国家の徹底分離を説いた神道指令に拘束され、否定されている。すなわち、旧典範に
あった大嘗祭や神器継承の規定が消えてしまうのである。
 ただし、万世一系だけは、新典範の規定によって守られることになった。新典範第一条は、万世一系という言葉こそ使わな
いが、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と規定し、男系継承を明確にしたからである。
2071:2006/09/03(日) 14:47:34 ID:ojve8Oqi

●議論すべき五つの論点

 以上のように、「日本国憲法」と新典範は、GHQの日本弱体化政策に基づき、国体の四ポイントのうち、万世一系=男系
継承=以外の三ポイントをことごとく否定した。そして平成に入って、国体を死滅させることを狙った共産党系の学者たちが、
女系天皇容認論を展開し、それに乗せられる形で政府による女系天皇容認論が展開されているのである。
 しかし、繰り返すが、日本国家が千五百年以上も国家として継続し、独立国であり続けた最大の理由は、国体を維持してき
たことである。戦後の日本国が、サンフランシスコ講和条約によって独立しながらも、実質的に米国や中国などの「属国」で
あり続けてきたのは、「日本国憲法」と新典範によって、自衛戦力を奪われたからであり、天皇が最高の政治的権威であると
いう国体を大きく毀損させてきたからである。日本国が自立し、実質的にも独立国になるためには、万世一系=男系継承=を
維持するとともに、憲法改正と皇室典範改正によって、毀損した国体の三ポイントを取り戻す必要がある。
 したがって、皇室典範改正論議は、憲法改正論議とセットで行わなければならない。また、男系女系論争だけでなく、政治
的権威か象徴か、皇室自治主義をどうするか、大嘗祭などの皇室祭事の位置づけ、といった三点についても行われなければな
らないと言えよう。
 しかし、皇室典範改正論議は、このような内容面に関する議論だけでは足りない。拙稿で見てきたように、「日本国憲法」
成立過程も、皇室典範の成立過程も、議会や政府の自由意思が基本的に存在しなかったし、GHQによって統制されていた。
さらに皇室典範成立過程について言えば、そもそも皇室典範が国法兼皇室の家法という性格を有しているにもかかわらず、天
皇及び皇室の自由意思は存在しなかった。そして、「日本国憲法」と新典範は、内容的にも、日本の国体を大きく毀損するも
のであった。それゆえ、両者は、本来、無効なものである。もしも無効だとすれば、「日本国憲法」と新典範の無効を確認し、
復原した明治憲法と旧典範を改正する形で、憲法改正と皇室典範改正を行わなければならないことになろう。
 それゆえ、皇室典範改正論は、憲法改正論議とともに行い、内容的な四点とともに、無効か有効かという形式的な点につい
ても行う必要があると言えよう。
2081:2006/09/03(日) 14:48:46 ID:ojve8Oqi

●明治憲法と国際法に反する新典範制定

「日本国憲法」については、多少とも無効か否かが議論されてきた。だが、新典範についてはほとんど議論されてこなかった。
そこで、特に重要と思われる無効理由を紹介しておこう。
 第一の無効理由は、明治憲法違反ということである。前に引用したように、明治憲法第七十四条@は、「皇室典範の改正は
帝国議会の議を経るを要せず」と規定していた。ところが、新典範は、議会の議決に基づき、法律として制定された。明らか
に七十四条@違反である。
「日本国憲法」の場合はまだしも、一番表面的なところでは、明治憲法七十三条の定める手続きにそって作られた。これに対
し新典範は、明確に明治憲法の定める手続に違反して作られたのである。
 また明治憲法第七十五条は、「憲法及皇室典範は摂政を置くの間之を変更することを得ず」と定めていた。第七十五条によ
れば、摂政を置く間さえも憲法と皇室典範の改正は禁止されるのだから、統治者の自由意思が完全に欠落する占領中には尚更、
憲法と皇室典範の改正は許されないことになる。それゆえ、明治憲法第七十五条違反で、「日本国憲法」も新皇室典範も無効
となる。
 第二の無効理由は、旧皇室典範違反ということである。旧典範第六十二条は、「将来此の典範の条項を改正し又は増補すべ
き必要あるに当ては皇族会議及枢密顧問に諮詢して之を勅定すべし」と規定していた。この条文には、改正や増補の言葉はあ
っても、廃止の言葉はない。そもそも旧典範からすれば廃止はできない。いくら「皇族会議及枢密顧問に諮詢して」廃止を決
めたとて、その廃止は無効なものである。それゆえ、あくまで旧典範が有効なものとして生き残っていることになり、新典範
は無効なものとなる。
2091:2006/09/03(日) 14:59:15 ID:ojve8Oqi
 第三の無効理由は、国際法違反ということである。国際法と言えば、ハーグ陸戦法規違反の問題もあるが、ここでは、ポツ
ダム宣言及びバーンズ回答違反ということを指摘しておこう。昭和二十年七月二十六日、ポツダム宣言が発せられるが、宣言
受諾過程で、米国のバーンズ国務長官によって日本側に対する回答が行われる。いわゆるバーンズ回答である。日本側は八月
十四日に至って、バーンズ回答を受け入れ、ポツダム宣言受諾を決定する。バーンズ回答は、第五項で「日本国の最終的の政
治形態は(The ultimate form of government of japan)、『ポツダム』宣言に遵い、日本国国民の自由に表明する意思に依
り決定せらるべきものとす」と述べ、「日本国国民の自由に表明する意思」による「政治形態」の決定を定めている。続いて
第六項で「聯合国軍隊は、『ポツダム』宣言に掲げられたる諸目的が完遂せらるる迄、日本国内に留まるべし」と占領撤退に
ついて述べているから、バーンズ回答第五項は、占領中に「政治形態」を決定することを定めた規定であるといえよう。
 では、「政治形態」(form of government)とは何か。「八月革命」説に立つ宮澤俊義によれば、form of governmentとは
国体と政体を併せたものと解することになる。しかし、八月十三日に米軍機が「日本の皆様」というビラを撒いているが、そ
こでは、第五項は「ポツダム宣言の条項に則り究極に於ける日本政府の政体が自由に表明された日本国民の意思に副つて定め
らるべきである」と訳されている。
 当時の日本人は、国体と政体を区別してとらえていた。米国でも、form of government(政府の形態)は form of state
(国家の形態)と区別されてとらえられていた。当時の日本の憲法学の用語にあてはめれば、form of state が国体、form
of government が政体に相当する。実は、宮澤自身も、元々は、国体と政体を区別してとらえていた。『憲法略説』(昭和十
七年)の中で、宮澤は次のように述べていた。
「天皇が国の元首として統治権を総攬し給うこと(「主権の体」)は、さきにのべられたように、わが国における固有且つ不
変の統治体制原理であるが、その行使の態様(「主権の用」)は時と共に変化し得る。国家における統治権行使の態様に関す
る原理はあるいは政体と呼ばれる。さきにのべられた国体が不変的・絶対的な性格を有するのに対して、この意味の政体はむ
しろ可変的・相対的な性格を有する」
 宮澤が傍線部のように、国体を絶対に守るべきものと考えていたことが注目される。宮澤を含めて、国体と政体を区別する
考え方は一般的なものだった。どう考えても、form of government は、国体と区別された政体のことを指しているのである。
つまり、バーンズ回答第五項は、国体の継続を認めており、国体と区別された意味の政体を「日本国国民の自由に表明する意
思」によって決定するようにと要求していたのである。
 しかし、GHQは、「日本国憲法」と新典範の作成を強制することによって、天皇が最高の政治的権威であるという国体の
根幹にさえも手を付けた。しかも、その際、日本政府の自由意思、議会に代表される国民の自由意思を顧慮することは全く無
かった。それゆえ、「日本国憲法」及び皇室典範は、ポツダム宣言及びバーンズ回答違反として、無効な存在なのである。
2101:2006/09/03(日) 15:00:12 ID:ojve8Oqi

●国体法と自然法に反する新典範

 第四の無効理由は、国体法違反ということである。日本国が絶対に守り続けなければならない国体の要点を整理しなおして
おこう。その一は、最も本質的な事柄であるが、天皇が国家最高の政治的権威たることである。その二は、万世一系というこ
と、そしてそのための男系継承である。その三は、皇室自治主義である。その四は、神器継承や大嘗祭等に公的性格を持たせ
た上で継続することである。この四点は、男系継承という点を除けば、全て「日本国憲法」と新典範によって無視された。男
系継承という点も、憲法の中で、又は準憲法的な性格を与えた皇室典範の中で規定すべきものである。単なる法律にすぎない
新典範で規定するなど、言語道断である。それゆえ、「日本国憲法」前文及び第一条と新典範は、国体法違反で絶対無効の存
在である。
 第五の無効理由は、自然法違反ということである。皇室典範とは、国法の性格を持つけれども、同時に皇室の家法ともいう
べき存在である。自然法の立場から言えば、皇室典範は―――仮に法律と称するにしても―――、通常の法律とは違った特別
の手続きを踏んで、制定及び改正されるべきものである。特別の手続とは、国家側と皇室側との相談・交渉である。
 ところが、新典範は単なる法律として作られたし、新典範を見ても典範改正のための特別手続きが定められているわけでは
ない。典範の改正は、天皇及び皇族の意見を全く聞かずとも、合法的にできることになっているのである。結局、新典範は、
完全に、一種の自然法違反の存在といえよう。
 しかも、前述のように、皇族会議の代わりに置かれることになった皇室会議の中には、皇室の家長ともいうべき天皇は入っ
ていないし、皇族はわずか二名しか入れない。新典範は、皇室自身の事柄を、皇室自身の意見は反映させない形で決めていこ
うという、極めて非人間的な立場をとっている。換言すれば、「日本国憲法」と新典範の下にある戦後日本は、皇室の衰微し
た武家政治よりもはるかに、天皇及び皇室を圧迫してきたのである。
2111:2006/09/03(日) 15:01:13 ID:ojve8Oqi
 以上五点の理由から、「日本国憲法」の場合以上に、新典範は無効な存在である。無効だとすれば、皇位継承問題について、
新典範改正という形はとるべきではないことになる。そして、新典範成立と一体の動きとして行われた十一宮家の臣籍降下も
本来無効なものとなる。とすれば、女系天皇を認める法をつくるべきだと仮定しても、新典範を改正する形ではなく、「日本
国憲法」と新典範の無効を確認した上で明治憲法と旧典範の復原改正という形で行うべきだろう(具体的な憲法の復原改正方
法については、拙著『憲法無効論とは何か』展転社、参照)。新典範の無効を確認すれば、十一宮家も原則的に復活すること
になるし、十一宮家には皇位継承候補たるべき男子が相当数存在する。それゆえ、新典範無効論の立場に立てば、女系天皇ば
かりか女性天皇さえも認める必要性はなくなるであろう。
 しかし、なぜ、万世一系否定、王朝交代肯定、ひいては易姓革命に道を開く女系天皇容認論が出てきたのであろうか。戦後
六十年間、「日本国憲法」という名の占領管理基本法を研究する学問である「憲法学」は、人権論ばかりに力を入れて、国家
論も天皇論も研究してこなかった。公民教育は、「憲法学」以上に、国家論や天皇論を教えてこなかった。例えば、今年度か
ら使用された中学公民教科書は、全八社中、東京書籍、日本書籍新社、教育出版、帝国書院の四社が、何の見出しも付けずに
「象徴天皇」について記している。天皇は「日本国憲法」第一条で規定されている存在である。にもかかわらず、採択率第一
位の東京書籍などは、極めて軽く天皇を扱うのである。(拙著『公民教科書は何を教えてきたのか』二〇〇五年、展転社)。
極めておかいなことと言わねばならない。
 戦後六十年間、日本国民は、このような非天皇教育、非国家教育を中学から大学まで受け続けてきた。したがって、戦後社
会では、元「優等生」の多い政治家、学者、教員とマスコミ関係者さえも、あるいは保守派さえも、天皇論や国家論に関する
基礎的な知識を欠くことになった。天皇及び皇室に関する国民的な規模での知識の欠如こそが、ムード的な女性天皇論、女系
天皇容認論を招き寄せたのである。
 天皇論や国家論の研究は、却って、天皇制廃止を狙う共産主義者や共産主義シンパによって行われてきた。前述のように、
彼らは、皇帝打倒の易姓革命にあこがれる傾向がある。しかし、易姓革命を否定したところにこそ、日本国家の発展があった
ということを忘れてはいけない。彼らは、女系天皇容認→王朝交代・易姓革命→天皇制廃止という筋道を考えている。彼らの
もくろみは、今の段階で砕いておかなければならない。そして、彼らのもくろみを砕くためには、天皇の本質について、前述
の五つの論点に関する議論を展開し深めることが必要となろう。

《主要参考文献剩濃部達吉『憲法撮要』大正12年初版、昭和7年改訂第5版、有斐閣剩濃部達吉『日本国憲法原論』1948年、
有斐閣剌ャ森義峯『天皇と憲法』1985年、皇學館大學出版部刪ー部信喜・高見勝利編著『日本立法資料全集1 皇室典範』
1990年、信山社剌ャ山常実『「日本国憲法」無効論』2002年、草思社剪川八洋『皇統断絶』05年、ビジネス社剩ェ木秀次
『本当に女帝を認めてもいいのか』05年、洋泉社剪|田恒泰『語られなかった皇族たちの真実』06年、小学館剌ャ山常実『憲
法無効論とは何か』06年、展転社》
212日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 15:07:26 ID:xNaAdj/J
キチガイwww
213日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 15:19:06 ID:LWSCUotq

半月城通信 No_072
http://www.han.org/a/half-moon/hm072.html


天皇の起源
「歴史会議室」(http://bbs2.otd.co.jp/mondou/bbs_plain)#1970
2000/05/28 半月城

  今度は森総理の「国体」発言が問題になっているようです。戦前であれ、
戦後であれ「国体」問題には天皇が関係するのはいうまでもありません。
  そこで今回は、天皇をすこしでも理解するために、神話に彩られた天皇の
起源をめぐる話題について書きたいと思います。

  天皇の起源については、天皇=現人(あらひと)神の信仰が否定された戦
後になってやっと議論が可能になりましたが、天皇の起源を韓国の加耶や百済
に求める人は、江上波夫氏をはじめとして今でもあとをたたないようです。
214日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 15:20:28 ID:LWSCUotq
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天皇の起源
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  RE:#1856
> このへん井沢元彦は「百済は天皇家のノルマンディ
>ではないか?」(註:旧イギリス王家の出が、フラン
>スのノルマンディだったことを例にしている)。また
>彼は、「賛否いずれにせよ、それを確かめるには天皇
>陵を発掘することだ」と主張している。まことにもっ
>ともだと言えよう。

  おっしゃるとおり、天皇家の起源を確かめるには天皇陵を発掘するのが一
番だと思います。ただ天皇陵といっても、きちんと天皇の陵墓と確定している
のはきわめてわずかで、天皇陵に指定された古墳の大部分は学問的裏付けがと
ぼしく、多くは皇国史観確立のため政策的に指定されたものでした。
  天皇陵を管理する宮内庁は、陵の発掘はおろか外観の調査すら許可せず、
戦前に適当になされた神武天皇陵、綏靖天皇陵・・・などの指定をそのまま踏
襲し、それに対する批判にはまったく耳をかさないようです。

  こうしたかたくなな姿勢がかえって憶測を呼び、事情通のあいだで「天皇
陵を発掘すると、天皇家と朝鮮半島との関係が明らかになるから、反対してい
るのだ」とか、「天皇家の祖先が朝鮮半島から渡来したことの証拠が出てくる
恐れがあるからだ」と、まことしとやかにささやかれているようです(注1)
  これには一理あります。過去、天皇陵から朝鮮半島とのかかわりを示す証
拠が実際に出たようでした。
215日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 15:23:00 ID:LWSCUotq

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  1872年、仁徳陵古墳が水害でくずれて内部が露出しましたが、そこか
ら出土されたとされる銅鏡や環頭太刀などがアメリカのボストン美術館に所蔵
されました。
  この鏡は、同心円上に丸い突起が七つあることから七子(ななつこの)鏡
とよばれますが、これが民族派の懸念(?)どおり、百済武寧王陵の宜子孫獣
帯鏡とそっくりなことが韓国でのコンピューター画像解析により最近判明しま
した。
  銅鏡の大きさはもちろんのこと、白虎や青龍など四神の紋様があることや、
全体の姿かたちなど瓜二つです。同志社大の森浩一教授によれば、それらはい
わば兄弟鏡で、日本か百済で作られたのだろうとのことでした(注2)。
  この史実に関係ありそうな記述としては日本書紀があります。神功皇后の
記事にはこう書かれました。
216日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 15:24:47 ID:MQrtoz1M

 「52年、秋9月10日、久テイらが、千熊長彦に従ってやってきた。そし
て七枝刀(ななさやのたち)一口(ひとふり)、七子鏡一面、それにさまざま
の重宝を献上した」

  この記事は、もちろんそのまま信用するわけにはいきませんが、ある程度
は何らかの史実を反映しているようです。たとえば、百済から贈られた七支刀
も実際に存在し、国宝として石上神宮に保管されています。不思議な形をした
この刀は、もちろん百済製です(注3)。
  同様に、七子鏡のほうも中国との関連は薄いので、かりにこの鏡が百済で
製作され倭に贈られ、最終的に仁徳陵古墳に埋葬されたとしても、とくに不自
然な点はないようです。
  さらに、同古墳から出たとされるもう一つの遺物の環頭太刀について記す
と、これは武寧王陵の遺物に比べれば装飾的にシンプルですが、ともかく似て
おり、森氏によれば、両者はいわば叔父・甥くらいの関係になるそうです。

  一方、仁徳陵古墳の近くには渡来氏族の船氏や飛鳥部氏など有力な豪族が
住んでいたことが知られており、同古墳周辺は百済の影響が絶大だったようで
す。
  その名残は現在でも地名などに残り、百済駅、百済大橋、南百済小学校な
どが現存します。おまけに百済姓を名のる人もいるくらいです。
  仁徳陵古墳の主が仁徳大王かどうかは別にして、ともかく天皇の陵墓と考
えられているので、当時、倭の天皇(大王)は百済王と特別な関係にあったよ
うです。井沢元彦がいうように、あるいは天皇の祖先は百済からきたとしても
荒唐無稽ではないようです。
217日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 15:27:18 ID:MQrtoz1M

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  もともと日本と韓国は、百済以前「同種」であったようですが、北畠親房
によれば、その記録は平安時代に燃やされたとのことでした(注1)。

 <「太平記」の時代、後醍醐天皇の側近・北畠親房の書いた『神皇正統記』
には「昔日本は三韓と同種也と云事のありし、かの書をば、桓武の御代に焼き
すてられしなり」と書いてある>

  北畠親房の記述が正しいとすれば、平安時代初期、韓国との関係を否定す
る歴史の隠蔽が大々的に行われたようです。しかし、隠蔽が桓武天皇の代にな
されたとはすこし意外で、私は疑問すらおぼえます。
  というのも、桓武天皇自身「朕の外戚は百済なり」と公言していたので、
むしろ百済との関係を肯定的にとらえていたのではないかと思われるからです。
実際、信仰面でいうと、このころの皇室は「韓神(からのかみ)」も崇拝の中
心にすえていました。
  この記録までは燃やされなかったようで、韓神のことは『広辞苑』にまで
残されました。
218日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 15:28:59 ID:MQrtoz1M

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から‐の‐かみ【韓神】
(朝鮮から渡来した神の意か) 守護神として宮内省に祀られていた神。大己貴
(オオナムチ)・少彦名(スクナビコナ)二神をさすという。

  一般にある民族が外来の神を受け入れるというのは、相当な抵抗があるも
のです。倭でも仏教を受け入れるかどうかをめぐって内乱が起きたくらいです
が、天皇家が韓神を受け入れるのにほとんど困難はなかったようでした。
  もともと、神社や神宮は韓国や中国からの借用であっただけに当然かもし
れません。井沢元彦流にいえば、韓神は外来の神というより、天皇家の出身地
そのものの神だったのかもしれません。それに加えて、当時、韓神は倭にすで
に深く浸透していたようでした。
  韓神を祀った園韓神社は、もともと藤原氏の創建になるものとされていま
すが、祭神の大己貴、別名、大国主(オオクニヌシ)命などは外来の神という
意識すら薄くなっていたのかもしれません。オオクニヌシ、少彦名はいうまで
もなく、新羅から出雲に渡ったとされる素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子孫
とされています。
  平安時代、この韓神とともに園神(そののかみ)も一緒に祀られていたよ
うでした。この神も渡来の神だったようです。井上正昭教授によれば「韓神と
は百済系の神、園神とは新羅系の神ということになる。ともにわが国に渡来し
てきた、いわゆる今来(いまき)の神であった」とされました(注4)。
219日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 15:47:02 ID:frE06kGy

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東山道:もうひとつの「国譲り」
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-86.htm
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磐坐のあった場所に社殿が造られ、磐坐そのものは公園に

 ・・・この日、手長神社の宮坂宮司から大変興味深い話を伺った。

諏訪大社(上社)の祭神である諏訪大明神というのは、出雲系の建御名方(タケミナカタ)神であるということは有名である。
高天原にいた天照大神(天孫族の首長)の命を受け、
建御雷(タケミカズチ)命と経津主(フツヌシ)命が出雲国を訪れ、この国(日本列島)を
営々と築いてきた大国主(オオクニヌシ)命に、「勅命であるからこの国を譲り渡せ」と迫る。
大国主の2人の息子の内、事代主(コトシロヌシ)神は、父神大国主命に、
国土の譲渡を奨めて自らも隠遁する。労せずして広大な国土と人民を譲り受けた天孫族(大和朝廷の先祖)は、
お礼として、大国主命のために日本一の大神殿(出雲大社)を建立し、顕界(この世)の大王を譲り、
冥界(あの世)の大王となった大国主命を祀ると約束した。しかし、もうひとりの息子である建御名方神は、
天孫族の侵略の理不尽を父神に説き、徹底抗戦を試みるが、遂にはこれに破れて、遠く信濃国の諏訪の地に隠遁した。

 もちろん、この物語は、先住民のいるところへ後から進入してきたより高度な技術や
強力な軍事力を持った集団が、先住民を"駆逐"して設立した政権の正統性を主張するために、
「(私利私欲ではなく)天命に従った行為だ」とか、「先住民の代表と話し合った挙げ句、
双方合意の下に、平和的に譲渡を受けた」とかという話を創作しただけのことである。
インディアンから土地を奪った白人が、「アメリカの建国は"新しいイスラエル"として神から祝福されたものだ」と自らの行為を正当化したように…。
第三者からは見えないテーブルの下ではピストルを相手に突きつけながら、
テーブルの上で握手してみせるようなものである。このようなことは、
世界中で行われてきたであろうし、また、21世紀の現在でも行われつつある。
出雲に日本一の大神殿を建てたのは、「お礼のしるし」ではなくて、
葬り去った大国主命一族の祟りを畏れて、これを鎮魂するため建立したに違いない。
このあたりの経緯は、1999年4月30日に上梓した『談合3兄弟:憲法十七条の謎』に詳しく論じているので参考にしてほしい。・・・
220ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/03(日) 16:54:13 ID:/ZiGMQVT
>>194
>>101
>ここでは、貴殿は「「講和条約群の破棄」を、南出氏以上に難しそうに書いているが、
>意味がわかりません。
意味が分からないって(w
分かってるじゃないですか、南出氏の文に対する感想ですよ。

ってか、(当然ながら私も含め)普通の一般人には、国際関係の本当のところなんて
分からないと思うけど(アメリカ政府に直接訊けるわけもないし)、
仮にアメリカ政府が破棄を認めないってことになれば、南出氏も(1さんも)破棄でき
るように、「安政条約の改正」並みに粘り強く努力するってことだよね?

だったら、その努力の一環としては、日本の自立度を高める方向の努力も必要になる
だろうとは予測できないか?
2211:2006/09/03(日) 18:17:37 ID:ojve8Oqi
>>220

その貴殿の考えだと、
1.講和条約としての「日本国憲法」を破棄したい。
2.粘り強く努力しなければならない。
3.これには国防力強化が必要。(自立度を高める方向で)
4.そのために「日本国憲法」を改正しなければならない。
というのだが、

講和条約としての「日本国憲法」を破棄するのには外国の了解が必要(の可能性大)であるが、
「日本国憲法」を改正するのには、日本が単独で出来ると考えているの?
2221:2006/09/03(日) 19:03:51 ID:ojve8Oqi
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000150034.wmv
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉 →  中身はココ>>200-211
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
223日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 19:22:32 ID:mgnR4mE9
うわあ、まだ半月城なんかソースにしてる鮮人がいるのか。
224ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/03(日) 19:51:37 ID:F0ETONOs
>>221
>講和条約としての「日本国憲法」を破棄するのには外国の了解が必要(の可能性大)であるが、
>「日本国憲法」を改正するのには、日本が単独で出来ると考えているの?
そりゃ、改正なら、普通は外国からの干渉を受けることも無いでしょ?
225日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 20:14:43 ID:mrtzzgXW

37 名前: 17(参考までに…) 01/12/26 00:11 ID:6DaQpWDc

>>17で紹介したホムペ↓
http://plaza25.mbn.or.jp/~hinode_kogei/antigo81.html
の作者に寄せられた感想のメールとその返事です。↓
http://plaza25.mbn.or.jp/~hinode_kogei/qanda.html#NO003
>> 悪いけどあなたの文章
>> 半月通信などを根拠にしているところから狂っていますね
>> あなたここが一般的にどのような評価されている場所だか知ってるんですかね
>> 一応忠告します
>> こんなとこ根拠になりません

>「半月城通信」を根拠なきものと断ずるほうが、どうかしてますね。
>おまけに、「根拠にならない」という根拠あるいは論理を示さないなんて、こん
>な「忠告」の方がよっぽど根拠になりません。
>根拠も示さず人を納得させることができると思っているあたり、「ゴー宣」読者
>によく見受けられる、思いこみの強さ、独善振りです。
>このまま終わるのも愛想がないので、「半月城通信」を根拠なきものとしている


>推測2:どこかのHPで「半月城通信」をこき下ろしていたから。
> 論外。自分で読んでみて、自分の能力で論破できるか試してみた方がい
> いですね。
>私の見た限り、「半月城通信」は非常に冷静な態度かつ豊富な資料の例示に基づ
>いた、信頼性の高い論述集になっています。
>難癖を付けることでしか否定することはできないでしょうね。
>また、そんな難癖でしか私のページにものを言えないのも寂しい限りです。
>それでは
2261:2006/09/03(日) 21:06:30 ID:ojve8Oqi
>>224
その改正の意味は、根本的な改正。たとえば、貴殿がまえに述べた
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1154788250/147
のような歴史観をふまえた「改正」も、ここでの可能な範囲に入ると考えているの?

それとも、ここで言う改正は、あくまで「破棄」をめざすものとして別の考え方で、
9条の処置あたりに限定した改正を考えての改正ですか?
227ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/03(日) 21:12:01 ID:+d1usPZX
>>226
一度の改正でそこまでいくのは難しいだろうから、さしあたり限定的な改正を想定してます。
2281:2006/09/03(日) 21:20:53 ID:ojve8Oqi
>>227

勢いなど、現実性があれば、やってもよいと、いわんばかりだけど。
どうも、貴殿の論はすっきりしないな。いいとこどり。

1.講和条約としての「日本国憲法」を破棄したい。
2.粘り強く努力しなければならない。
3.これには国防力強化が必要。(自立度を高める方向で)
4.そのために「日本国憲法」を改正しなければならない。

貴殿は、
1の場面では、「日本国憲法」を憲法として無効と考えている。且つ、講和条約として有効と考えている。
そして、4を論じるにあたっては、改正するのに外国の干渉はいらないと言う。
したがって、ここでは講和条約というより、ほとんど固有の憲法扱い。
(現実面で難しくなければ歴史観をふまえた改正まで勢いで走ってもよさそうな考え方)
229日出づる処の名無し:2006/09/03(日) 21:25:56 ID:z5LliL+q
平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50
平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50
平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50


平和憲法9条改正には軍靴の匂いがしますhttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1156254363/l5

平和憲法9条改正には軍靴の匂いがしますhttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1156254363/l5

平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50
平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50
平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50


平和憲法9条改正には軍靴の匂いがしますhttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1156254363/l5

平和憲法9条改正には軍靴の匂いがしますhttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1156254363/l5





230ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/03(日) 21:27:22 ID:+d1usPZX
>>228
>(現実面で難しくなければ歴史観をふまえた改正まで勢いで走ってもよさそうな考え方)
その通りです。何度か書いてるように、法律によって成り立っている国ではないので、法律よりも国民の歴史観の方が優先順位が上です。

それに、4の場面では、外国も日本の憲法を講和条約と考える立場に立っていないでしょうから、外国の干渉を受けることなく改正が出来ます。
2311:2006/09/03(日) 22:00:52 ID:ojve8Oqi
>>230

なるほど。

私は南出氏の論のうけうりですが、このページ
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/kokutai/kokutai6/kokutai6.htm
を読んだとき、この「講和条約群の破棄」という部分でかなり抵抗感がありました。
今でも、抵抗があるので思案中です。

貴殿のいうこの感覚。
>それに、4の場面では、外国も日本の憲法を講和条約と考える立場に立っていないでしょうから、外国の干渉を受けることなく改正が出来ます
というふうに、私も考えていたからです。
これを講和条約たる「日本国憲法」の破棄の場面で想定したのです。

上の貴殿の感覚があるから、「日本国憲法」を講和条約だと国内で整理する問題と、対外的な問題は切り離して考えることができると考えたからです。
万一、外国(聯合国)が、「日本国憲法」を日本の自由にするなと干渉することは、新無効論(国内的に講和条約と理解すること)が正しいということを証
明していることになります。
(干渉してくれることは新無効論にとって障碍にならないし、外国のその動きをみれば、国内的には新無効論が正しいことがゆるがなくなります。)

かつ、「日本国憲法」をあたかも自主制定の憲法と偽装させた張本人である外国(聯合国)が、現在に至って日本側が偽装の利益を受けることを妨
害することはできないと考えているからです。(連合国はいまさら憲法ではなかったなどと主張できない)

したがって、「筆者とすれば、これで充分と思料する」以降の部分は、ただ地道に合法的に正々堂々とに主張すべきは主張すればいいという意味だと
考えています。干渉は新無効論にとって好都合です。
この私の論なら、いいとこどりにはなってないでしょ。(国内的にはあくまで、一貫して講和条約。国際的にはあくまで偽装憲法。)
232ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/03(日) 22:20:44 ID:+d1usPZX
>>231
>これを講和条約たる「日本国憲法」の破棄の場面で想定したのです。
「日本国憲法」を講和条約として破棄するとアメリカに向けて言えば、
それは、アメリカの歴史観(正義のアメリカが日本を民主化したとか)とは
相容れないものとなるでしょう。
ですから、その場合はアメリカが文句を言ってくることは充分に想定される
と思います。
(たしかに、どういう理屈で文句を言ってくるのか、具体的には想定しづらいですが、、、(^^;
そして、日本側は「条約」という立場なので、その文句を無視するのは難しいと思います。

従って、同盟関係を維持したまま「破棄」を行うには、アメリカの歴史観が
変わるのを待つか、歴史観が相容れないということをアメリカ側が許容する
ように交渉する必要があります。
ですので、「簡単ではない」と想像するわけです。
2331:2006/09/03(日) 23:11:30 ID:ojve8Oqi
>>232

>「日本国憲法」を講和条約として破棄するとアメリカに向けて言えば、
>それは、アメリカの歴史観(正義のアメリカが日本を民主化したとか)とは
>相容れないものとなるでしょう。

作戦を考えましょうw 外から干渉してくるのを待って始めて反応すればいいでしょう。

干渉してきた時点で、新無効論が地球規模で論理的に正しいことが証明されたことになります。
もし、講和条約だとアメリカなどが主張する場合ですが、破棄といってもいろいろ、
「有益な講和条約であったが履行済みで用がなくなった。もはや無効である。」などでもいい。
相手国を立てて(歴史観を立てた)話し合いが出来る範囲の抵抗であれば、それなりの政治的なやり方はあるでしょう。
心底、日本の「自立自体を許容しない」といった抵抗なら、また、話は別でしょね。
こういう次元の抵抗が必要なら、無効確認によろうが、改正によろうが憲法そのものに干渉してくるでしょう。

まずは、新無効論によるなんら法的変動をきたさないところまではできますね。
(>>4)の範囲なら干渉されない。したがって、(>>16-17)の>>16 Aの共同幻想体制を、実はBが実体であったと事実確認します。
>>4のとおり無効確認しても実体に変動はありません。
ここまではゼッタイ!に国内の自由でしょう。

次に、BからCも「えーい」とやってしまいます。
ここでは、講和条約たる「日本国憲法」を、暫定基本法たる「日本国憲法」に再格付けをおこなうのですが、
(外国の反対や干渉があるのなら、このあたりの場面だけど・・・)こんなのどこかが、気にするでしょうか。
一番大きな思想的影響がある部分の上記AからBの手続には干渉できないし、以降に干渉してもなにか利益があるでしょうか。


3、CからDは、応急処置ですが、元講和条約上の害悪の大きい部分につき法律としての改正を過半数普通決議します。
(前文・2条・9条を削除)

さて、干渉といったって、外国側が「日本国憲法」は偽装憲法で実は国家間のとりきめ(=講和条約)だとほんとに主張などしてく
るでしょうか。
234日出づる処の名無し:2006/09/04(月) 00:47:30 ID:x8jadbdr

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/29


29 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 09:16:46 ID:7rNf9uzq0
>>20

>???議会が法案を通してしまえば、終わりですよ、
>天皇が議会を通した法案に拒否権を発動すれば、別ですが、
>本当に拒否権があるのか、疑問ですし、

拒否権はあります。
例伊藤博文「憲法義解」第六条の解説をお読みください。
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/kenpou_gikai.htm

>そもそも使ったことはありません。

これはその通りです。法律案が不裁可になった例はありません。
ただ、例がないということでは、法律制定により独立命令を無効にした例もありません。

>>いえ。実際の運用として、法律によらずして信教の自由は制限されていました。
>議会がね。

議会ではありません。
行政が行政命令で制限していました。

>>実際に議会の承諾が得られず無効になった緊急勅令はいくらでもあります。
>うん、そうですね、で、だから?

だから、「緊急勅令は帝国議会の事後承諾が必要だが、それまでは勝手に人権制限できる」のです
235日出づる処の名無し:2006/09/04(月) 00:48:52 ID:x8jadbdr

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/29



29 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 09:16:46 ID:7rNf9uzq0
>>20

>>これらの緊急権の上に更に非常大権を認めるのは明らかに過剰です。
>何故?論理的な説明を求む。

非常大権は実際に発動されなかった、つまり必要なかった。ということです。

>ついでに日本の植民地の制令は、本国の議会で認められたもののみを、
>限定して布告する権利があるだけですよ、

それは違います。
総督は制令(台湾では律令)の制定権を白紙委任されているので、天皇勅裁によって好き勝手にできます。

朝鮮の例:
朝鮮ニ施行スヘキ法令ニ関スル法律(明治44年法律第30号)
第一条 朝鮮ニ於テハ法律ヲ要スル事項ハ朝鮮総督ノ命令ヲ以テ之ヲ規定スルコトヲ得
http://www.geocities.jp/nakanolib/hou/hm44-30.htm

>むしろ誇るべきなのですが。

誇ったり虐げたりするのはゴー宣板などでお願いします。
2361:2006/09/04(月) 01:23:00 ID:n69nfGdd
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000150034.wmv
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉 →  中身はココ>>200-211
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
237日出づる処の名無し:2006/09/04(月) 01:33:26 ID:JHEhGIIm

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/30

30 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 09:30:13 ID:7rNf9uzq0
>>22
>つまり大日本帝国憲法下で皇室典範は、改正しております。
>(正しくは法律として新たに作られた)

違います。帝国憲法下の皇室典範は法律ではありません。
皇室典範は法律ではなく、その改正には議会は全く関与できません。

>というか、他国でも憲法を改正して、やっと皇位継承権をかえれるわけなんですが?

憲法改正は議会の権限ですが、日本の皇室典範は議会の権限が及びません。

>>外国条約に関する権限が皆無なのは日本だけです。
>同じく、議会の承認が必要なようにすればいいだけ、いくらでもできます。

議会の承認が必要なようにするためには、憲法改正が必要です。

>>独立命令で法規を定めることができるのは日本だけです。
>法律に反しない限りの制令を認めている国は、当時では珍しくないんですけど。

法規を定める独立命令(警察命令)は日本のオリジナルです。

238日出づる処の名無し:2006/09/04(月) 01:35:37 ID:JHEhGIIm

【立憲と国体】明治憲法【天皇と議会】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132761159/30



30 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/11/26(土) 09:30:13 ID:7rNf9uzq0
>>22

>>軍隊の編制に関する権限がないのは日本とポルトガルぐらいなものです。
>イギリスも軍隊の編成に関して、口出しができるようになったのは戦後から。

それは統帥権の間違いでは?

>天皇大権に基づく規定の歳出を政府の同意なしには削減できないのは日本だけです。
>いまいちなにがいいたいのかわかりませんが、

読んで字の如く六十七条費目のことをいっています。
憲法六十七条は日本のオリジナルですから。

>>憲法改正の発案権がないのは日本(それと後のロシア帝国)だけです。
>審議権は議会にあるんだからいいじゃないですか。

発案権があるかないかで大違いです。
2391:2006/09/04(月) 10:53:12 ID:n69nfGdd
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000150034.wmv
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html


http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉 →  中身はココ>>200-211
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−
2401:2006/09/04(月) 13:43:21 ID:n69nfGdd
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=324&forum=5&start=110
No.48981:Re:Re:桜掲示板運営管理室様への進言

ch-sakura様
こんにちは。

コピーがスレッド進行を妨げてしまうといふ論拠を挙げよ、という事なので私見を申し述べます。
コピーが直ちにルール違反であるとは思いませんが、貴方の場合は別です。
以下に論拠を列挙します。

・「目次」に特化させると宣言済のスレッドに対する、スレッド趣旨に反するコピーの貼り付け
・明確に終了を宣言しているスレッドに対する、コピーの貼り付け
・自身の主張を一切伴わない形での、コピーの貼り付け
・投稿の宛先を一切明示しない形での、コピーの貼り付け
・議論の進行と無関係な、コピーの貼り付け

これくらいで、十分でしょうか?
このような「コピーの貼り付け」が許容されてしまうのなら、実に簡単に、如何なるスレッドの進行も、効果的に妨害する事が可能になってしまいます。
つまり、特定の誰かにとって目障りなスレッドがあったような場合、その誰かは攻撃目標となるスレッドに対して、ベタベタとコピーを繰り返すだけでよい、
ということを意味します。

貴方のなさっていることが、正にそれであると、私は考えています。
これは、掲示板ルールの(4)に抵触する行為と考えます。
つまり、先にのべたような無節操なコピーは、
「個人の連絡」
に相当するものと考えられます。
街中に氾濫する
「営業用のポスター貼り」
と同様の行為だからです。
桜掲示板運営管理室様からの応答は未だになされておりませんが、非常に迷惑なので、直ちにお止めいただくよう、また、既に為されたコピー投稿の全
てを自発的に削除していただく様、強く要請します。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=324&forum=5&start=110
2411:2006/09/04(月) 13:59:03 ID:n69nfGdd
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/14481.mp3
(国家は時間である!天皇と雖も国体のもとにある)水島総・南出喜久治
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/14482.mp3
(現行憲法無効宣言)靖國を護るには・皇室典範問題:南出喜久治
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/14483.jpg
上記南出氏講演・靖國の説明図
2421:2006/09/04(月) 14:03:24 ID:n69nfGdd
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/15725.wmv
小堀桂一郎東大教授・富田メモ・靖国・東京裁判無効宣言 17.78MiB
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/15816.zip
皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/15784.jpg
昭和33年3月26日・A級戦犯措置 関係国と公文交換 個々に赦免、減刑
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/15782.jpg
昭和33年4月8日・A級十戦犯、赦免される
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/15202.wmv
戦犯赦免釈放決議・S33.4.8朝日新聞赦免報道 7.44MiB
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/15590.wmv
昭和天皇・終戦の詔書-1
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/15591.wmv
昭和天皇・終戦の詔書-2
2431:2006/09/04(月) 14:27:02 ID:n69nfGdd
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16266.wmv
(憲法無効論-前半)渡部昇一・小山常実
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16267.wmv
(憲法無効論-後半)渡部昇一・小山常実
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16268.wmv
(教育勅語論・憲法無効論)中村鋭一・西村眞悟
244日出づる処の名無し:2006/09/04(月) 14:52:14 ID:vyfn/Vup
維新政党新風も新無効論になって欲しいお
2451:2006/09/04(月) 15:11:03 ID:n69nfGdd

http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16279.unknown
上記の年表をよくにらんで下記をドラマを楽しみましょう。
ここで為されている行為が
「立法行為」か「締結行為」かをよく考えましょう。

また、政府案を聯合国側が、
「受諾できない!」
と拒否しているところに留意しましょう。

そうです。「日本国憲法」とは、受諾するかどうかの対象物だったのです。
このことは、>>4 の理論(新無効論・講和条約有効論)にピッタリです。

http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16269.wmv
(1)ドラマ 憲法はまだか 第1部・象徴天皇
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16272.wmv
(2)ドラマ 憲法はまだか 第1部・象徴天皇
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16274.wmv
(3)ドラマ 憲法はまだか 第1部・象徴天皇
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16276.wmv
(4)ドラマ 憲法はまだか 第2部・戦争放棄
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16277.wmv
(5)ドラマ 憲法はまだか 第2部・戦争放棄
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16278.wmv
(6)ドラマ 憲法はまだか 第2部・戦争放棄

尚、上記年表のとおり、帝国議会内の小委員会議事録の公開はなんと平成7年でした。
この公開によって下記の有効論のうち始源的有効論は事実を無視した虚構ということで
成り立たなくなりましたが、憲法業者はオマンマの為に沈黙しつづけています。

http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/kokutai/kokutai6/page1.pdf
「有効説と無効説」
2461:2006/09/04(月) 16:22:51 ID:n69nfGdd
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16284.wmv
(過半数決議で無効宣言→明治憲法改正)チャンネル桜代表水島総
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16283.wmv
(憲法無効論)渡部昇一・稲田朋美(衆議院議員・弁護士)
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16282.wmv
(過半数であっさり無効宣言しましょう!)渡部昇一
2471:2006/09/04(月) 16:53:03 ID:n69nfGdd
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16287.wmv
昭和27年4月28日が本当の終戦日・主権回復記念日法制化を説く:井尻千男
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16289.wmv
(改正反対!憲法廃棄論) 藤原正彦 「国家の品格」著者
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16290.wmv
(憲法無効論と教科書記述)小山常実
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16291.wmv
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16292.wmv
(私どもはGHQの子孫なんですか?)畠奈津子
2481:2006/09/04(月) 17:02:59 ID:n69nfGdd
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16293.wav
軍備の目的は文化体系護持、山田風太郎
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16293.wav
軍備の目的は文化体系護持、山田風太郎
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16293.wav
軍備の目的は文化体系護持、山田風太郎

>>65-66
2491:2006/09/04(月) 18:21:01 ID:n69nfGdd
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16281.wmv
「鎮守の里」作詞作曲:藤井フミヤ
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16281.wmv
「鎮守の里」作詞作曲:藤井フミヤ
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16281.wmv
「鎮守の里」作詞作曲:藤井フミヤ
250ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/04(月) 23:42:58 ID:Y7KtugIb
>>233
>干渉してきた時点で、新無効論が地球規模で論理的に正しいことが証明されたことになります。
>もし、講和条約だとアメリカなどが主張する場合ですが、破棄といってもいろいろ、
そんな直接的に憲法を講和条約だとアメリカが主張することはないでしょう。
むしろ、講和条約ではないので、「破棄」などと言われても受け入れられない、くらい
は言うかもしれません。
最悪の可能性としては、アメリカの「民主主義」とは相容れない国として敵対視される
可能性です。(この場合、一方的に通告すれば、破棄自体は受け入れてもらえるのかもしれません。

まぁ、考えるとすれば、破棄の通告後に、日米安保がどうなるかですね。
憲法改正なら良いけど、明治憲法復原というなら、安保条約に影響する、ってなことを
言ってくるかもしれません。
もちろん、(うまいぐあいに?)中国が現実的に脅威となってアメリカも日本との同盟
関係を優先してくれれば良いですが、アメリカ側は中国を脅威だとは感じてくれない、
(日本だけが中国の脅威を受ける)可能性だってありますよ。
(『ShowDown』という本にあるようなシナリオですな。

というか、現実的な手順としては、対外的なことよりも先に、国内世論を固めること
ですね。マスコミに反対キャンペーンされれば政権自体が危うくなるでしょうから。
2511:2006/09/05(火) 03:17:59 ID:KQXHXLiC
>>250

>そんな直接的に憲法を講和条約だとアメリカが主張することはないでしょう。
>むしろ、講和条約ではないので、「破棄」などと言われても受け入れられない、くらいは言うかもしれません。

あのーー???「外から干渉してくるのをまってから反応すればいい」と、何度いったら・・・・

直接、講和条約だと主張しない程度のやんわりか、じわじわやってくる干渉なら新無効論という手続の個性からくるものではないはずだから、
そんなに「破棄」段階にこだわって心配しなくていいでしょう。前に述べているように破棄など表明しなくて済むならそれで済ませばいいのだし。
貴殿は新無効論にまつわる問題のように重ねてみているようだけど、本来の干渉したい目的が出来上がる「憲法の内容」という場合は、ここ
でいう、新無効論という手続形式の個性からくる問題ではないでしょう。
貴殿がそのような方向に話をもってゆきたい気持ちは大変よくわかるが。
「破棄」など言われても、言われた相手が「受け入れられない」というのじゃないかと貴殿が予想するくらいの構えの相手(もともとの南出氏
の予想でも当然「貴国の憲法だ」と言ってくるはずであると書いてたはず)なのだから、わざわざ先に通告する必要がない。
正式な表のルートではね。
干渉があれば、そこで始めて、南出氏があげているような対処をすればいい。

>最悪の可能性としては、アメリカの「民主主義」とは相容れない国として敵対視される
>可能性です。(この場合、一方的に通告すれば、破棄自体は受け入れてもらえるのかもしれません。
>まぁ、考えるとすれば、破棄の通告後に、日米安保がどうなるかですね。
まあ、可能性だから無いとはいわないが、これも新無効論という手続の個性からくる問題ではないと思うなあ。(そんな心配は歴史観を取り
戻したい貴殿のいう改正手続でも起こりえる心配であって、きりがない)
ようは、アメリカが気にするのは「この先の憲法がどんな憲法か?」ってこと。あとは、自国に都合のよい「歴史観」くらいか。
改正ならいいが、新無効論によるならダメって貴殿の意見を読んでみて、ホントにあるとは思えないね。

本来の日本製の民主主義がアメリカの民主主義と相容れないことを理由として敵対してくるという話も可能性としては全面否定はしないが、
あったとしても、それも突き詰めれば、新無効論という手続からくる問題ではないですね。国家の価値観の問題。これは改正だって同じ。
2521:2006/09/05(火) 03:19:43 ID:KQXHXLiC
>憲法改正なら良いけど、明治憲法復原というなら、安保条約に影響する、ってなことを
>言ってくるかもしれません。
「かも」って、これはどんな風に言ってくる?どんな理由で?
これも、ようは「この先どんな憲法にするの?」ってとこでしょう。
「日本国憲法」→改正版憲法
帝国憲法→改正版憲法
外国から見たら改正元がどちらで、どちらから改正しようと本質的な問題ではないでしょ。
(アメリカの歴史観の問題があるから、日本国憲法から改正した方が無難とかいうの?)
まともな意見として言ってくるとしたら、「改正後の憲法が(あ)の内容なら良いけど、(い)なら安保条約に影響する」という言い方でしょ。
どっちにしても内政干渉だろうけど。
安保条約に影響があるかないか(内政干渉してくるの)は、その内容じゃなあい?

>もちろん、(うまいぐあいに?)中国が現実的に脅威となってアメリカも日本との同盟
>関係を優先してくれれば良いですが、アメリカ側は中国を脅威だとは感じてくれない、
>(日本だけが中国の脅威を受ける)可能性だってありますよ。
可能性の話ね。可能性のドラマがつづくねえ。なんか国際関係がうまくいかないと、憲法さえ自律的に考えられないというような話の展開をやるねえ。
この話も、新無効論という手続の個性に原因するものではないな。
そのように話を持って行きたいというのは、感じられるが。・・・・・きりがないなあ。
253日出づる処の名無し:2006/09/05(火) 08:58:58 ID:bv5GVIMq
よーし!パパは現行憲法無効論をひろめて、日本人の歴史観を取り戻すぞ!
2541:2006/09/05(火) 19:30:38 ID:KQXHXLiC
「日本国憲法」は米国の押し付けに非ず国民は熱狂的に支持したと言われたら? 小山常実《諸君7月号》
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16365.zip
「日本国憲法」は米国の押し付けに非ず国民は熱狂的に支持したと言われたら? 小山常実《諸君7月号》
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16365.zip
「日本国憲法」は米国の押し付けに非ず国民は熱狂的に支持したと言われたら? 小山常実《諸君7月号》
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16365.zip
255日出づる処の名無し:2006/09/05(火) 19:35:05 ID:kvONHiJv
日本の大宝律令とイギリスのマグナカルタを参考にして、

不文憲法体制を確立せよ!



256ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/05(火) 19:55:15 ID:IN9u4Y2T
>>251
>あのーー???「外から干渉してくるのをまってから反応すればいい」と、何度いったら・・・・
1さんが、レス>>233で「作戦を考えましょうw 外から干渉してくるのを待って始めて反応すればいいでしょう。」
って書いた次の行から、自分に都合良く推測を始めてるから、それに対する危惧を表明してる
だけですよ。

>>251-252
>ようは、アメリカが気にするのは「この先の憲法がどんな憲法か?」ってこと。あとは、自国に都合のよい「歴史観」くらいか。
>改正ならいいが、新無効論によるならダメって貴殿の意見を読んでみて、ホントにあるとは思えないね。

>安保条約に影響があるかないか(内政干渉してくるの)は、その内容じゃなあい?
日本がGHQ製の「太平洋戦争史観」から脱却することをアメリカが傍観するとは思えないんですよ。
だから、いかにアメリカの抵抗(妨害)をかわして歴史観を取り戻すかということも考えざるを得ないわけです。


>そのように話を持って行きたいというのは、感じられるが。・・・・・きりがないなあ。
というか、現実的な手順としては、対外的なことよりも先に、国内世論を固めること
ですね。マスコミに反対キャンペーンされれば政権自体が危うくなるでしょうから。
(最後の2行にも答えて欲しかったな。
2571:2006/09/05(火) 22:42:53 ID:KQXHXLiC
>>256
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1)干渉してきた時点で、新無効論が地球規模で論理的に正しいことが証明されたことになります。
もし、講和条約だとアメリカなどが主張する場合ですが、破棄といってもいろいろ、
「有益な講和条約であったが履行済みで用がなくなった。もはや無効である。」などでもいい。
相手国を立てて(歴史観を立てた)話し合いが出来る範囲の抵抗であれば、それなりの政治的なやり方はあるでしょう。
2)心底、日本の「自立自体を許容しない」といった抵抗なら、また、話は別でしょね。
こういう次元の抵抗が必要なら、無効確認によろうが、改正によろうが憲法そのものに干渉してくるでしょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
上記は私が>>233で書いたものに番号を付したのだが、この(1)と(2)をごっちゃにして私に新無効論を論難してくるから、
話がこんがらがってくるんだと思いますよ。
アメリカが干渉して日本を縛ろうとするもののうち(2)のレベルの問題なら、これは新無効論という手続論が背負うべき問
題ではないでしょう。
改正論でゆくとしても、根本的な是正を考えたらアメリカとぶちあたるかどうかの問題。逆に予測に反してあんがいすっと行
くのならいくかもしれないが、次元の違う問題。
その程度のことをわかっているはずなのに、それをあたかも新無効論固有の問題であるかのように、貴殿は述べるからな〜。
ある種、反対のための反対を上手にやる方ということだな。
憲法是正の手法を超えたところにある日米問題と、新無効論固有の問題とを区別しないとね。で、
2581:2006/09/05(火) 22:47:24 ID:KQXHXLiC
思い出した。そういえば、貴殿はこれ(>>233)私の想定に全然答えていなかったね。
日本側が新無効論を実行すると仮に想定したうえでの話だから気にせずにつきあってもらいたののだけども。

新無効論の論理といえば、(>>16-17)の>>16 Aの共同幻想体制を、実はBが実体であったと事実確認するところから
はじまり、順次B〜Eへと進んでいくわけで、南出氏の言う「講和条約群の破棄」はこちらの構想には、はじめから入れ
ていなかったのだが、米国などが干渉してくるとしたら、いったい、具体的にどの場面だろうね。
我が国としては外から干渉が来るまでは内政ということで「破棄」など一切表明しないとする。

1,A → B これは、単なる法的な事実確認。 Bが法的現況。
2,B → C 「日本国憲法」を講和条約から暫定基本法へ格付ける。
3,C → D 「日本国憲法」のうちの害悪のきつい法律部分を削除改正。(前文・2条・9条を削除)この削除と同時
進行で旧宮家の復活と占領典範を無効確認のうえ正統典範が回復され、皇室自治も復活。祭祀大権も復活。

ココまでが一連の流れで、このDの法序列体系を保持しながら軍事力整備や短期的半島問題処理など目の前の問題
に対処しながら同時並行して帝国憲法改正審議にこれから10年でも20年でもかければよいというのが新無効論の骨子。

4,あとは10年後〜20年後の帝国憲法改正実現と同時に暫定基本法たる「日本国憲法」を廃止すればいいのです。

1〜3の段階では憲法でないとされ変遷はあるものの「日本国憲法」は温存された形になっており、最後の4の段階で完
全に「日本国憲法」が消滅します。アメリカから見ても一応「日本国憲法」は存在しているわけです。
この流れを我が国が当然のこととして完全な内政のつもりで処理していくとして、アメリカがどの時点でどの程度干渉し
てくるだろうか?本当に干渉してくるだろうか?

もし干渉があるとした場合、
あ)新無効論という個性からくる障碍なのかどうか。
い)その障碍の程度は他の方法(改正論や廃止論)に比べてどうなのか。
う)憲法是正を超えた日米問題に含まれるものなのかどうか。
という整理が必要になるのだと考えるが・・・・。
2591:2006/09/05(火) 22:52:32 ID:KQXHXLiC
>日本がGHQ製の「太平洋戦争史観」から脱却することをアメリカが傍観するとは思えないんですよ。
これもある種、反対のための反対を上手にやる方という感想をもつなあ。
正統憲法を取り戻すことが米国に対抗することになるだろうとは一旦は認めるが、貴殿こそがもともと普段からそれに挑む
方向での語り部ではなかったのですか?是非、偽歴史観から脱却しなければならないと考えている方じゃなかったのですか?
正統憲法を回復しないで、ニセモノ憲法を何度もいじりたおしているうちに何時のまにか正統憲法になっているなんてことは
ないのだし、それによって歴史観回復が実現するわけでもなし、ダマシダマシやる手法は相手(米国)を騙しているつもりか
知らないが、そんなやりかたではいつのまにやら自分が騙されて、歴史回復がおぼつかなくて、結局なんにも手にすることは
出来ないのではないかと思いますね。
やってみないと米国の本当の反応なんてわからないでしょう。実際には傍観するかもしれないでしょう。

>だから、いかにアメリカの抵抗(妨害)をかわして歴史観を取り戻すかということも考えざるを得ないわけです。
結局アメリカがどう考えているかというこですね。
法的にどうであろうと、日本を属国だと考えていれば「日本国憲法」はアメリカにとって、表面的に「貴国の憲法だ」といおうが
いわまいが、実質は講和条約もしくは占領地基本法でしょう。そのいずれかであると、今でもアメリカが考えているなら、「改
正」によろうが「新無効論」によろうが日本の勝手にはさせないで干渉してくる。
ゆえに、このレベルの問題を新無効論にぶつけてもしょうがない。
だが、日本側は、こういう属国から脱却して本当の独立国になろうと考えるのであるなら、まずは、正統な憲法の回復が
一番の近道だということであり、新無効論が一番正統な手法だということになる。論理的にも、正統憲法の実現可能性の
ある手法といったらこれ以外にありえない。どこまで行っても正統憲法につきあたらない妥協策としての改正論が他に
あるだけでしょう。
憲法是正を正面からやって、独立国になるために解決しなければならない国際条件を全部露出させるのが一番近道では
ないだろうか?

>最後の2行にも答えて欲しかったな
論点が拡散するだけだよ。
2601:2006/09/06(水) 01:32:55 ID:7Nm4vyTr
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16409.wmv
GHQ占領政策と日本国憲法制定過程 伊藤哲夫
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16409.wmv
GHQ占領政策と日本国憲法制定過程 伊藤哲夫
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16409.wmv
GHQ占領政策と日本国憲法制定過程 伊藤哲夫
2611:2006/09/06(水) 12:17:54 ID:7Nm4vyTr
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/topic/rinframe.htm
皇室典範改正問題を悪用する「反日右翼」
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/topic/rinframe.htm
皇室典範改正問題を悪用する「反日右翼」
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/topic/rinframe.htm
皇室典範改正問題を悪用する「反日右翼」
2621:2006/09/06(水) 17:26:33 ID:7Nm4vyTr
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/minamide7.htm
現行「皇室典範」無効宣言
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/minamide7.htm
現行「皇室典範」無効宣言
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/minamide7.htm
現行「皇室典範」無効宣言


http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/15816.zip
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149950.zip
再考・皇室典範改正・議論すべき五つの論点・小山常実〈正論9月号〉 →  中身はココ>>200-211
−−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−−−

2631:2006/09/07(木) 10:54:04 ID:uXFFyEeD
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000150034.wmv]
(改憲派は「保守」派ではない!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000150034.wmv
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000149989.wmv]
(法律論議以前!事実関係から明確に無効!)小山常実
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000149989.wmv

私は、理屈は単純でして、
私が研究開始したのは今から15、16年まえですけれども、そのころの一般的な見方としては、
たしかに原案の成立過程ですね、日本国憲法の原案の成立過程は押し付けだったかもしれないけれども
議会の審議中はそうじゃないんだと日本が自由に修正したんだと言う風に、
これは保守派もなんというんですかね進歩派も全部おんなじだったんですよね。
で、まあ、たしかに議会審議中にですね、日本が自由があれば有効だと出来ないこともないと、
で、そこははたしてどうなのか、
ということで議会審議中に関して研究したわけですけれども、
そこに関しても全く日本側の自由意思が無かったですね。
そうするともうこれは日本国憲法有効という論理は立ちようがないという風に思ったんですね。
で、これは法律論議以前であると。
法律論議なんかするまでもなく事実関係から言って明確に無効であると。
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html

ドラマ「憲法はまだか」はココ >>245
264ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/07(木) 23:37:57 ID:EyMyT9kv
>>257-259
>アメリカが干渉して日本を縛ろうとするもののうち(2)のレベルの問題なら、これは新無効論という手続論が背負うべき問
>題ではないでしょう。

>ゆえに、このレベルの問題を新無効論にぶつけてもしょうがない。
そのような日本の自立に関する対処をどうするかは大事な問題だと思うが、
具体的な対処方針が新無効論には無い(or策定中)ということね。

>その程度のことをわかっているはずなのに、それをあたかも新無効論固有の問題であるかのように、貴殿は述べるからな〜。
>ある種、反対のための反対を上手にやる方ということだな。

>正統憲法を取り戻すことが米国に対抗することになるだろうとは一旦は認めるが、貴殿こそがもともと普段からそれに挑む
>方向での語り部ではなかったのですか?是非、偽歴史観から脱却しなければならないと考えている方じゃなかったのですか?
新無効論に対する危惧を表明して再考を促したい気持ちが半分、そして、憲法論議に
ついての自分自身の勉強が半分でカキコミをしている。

っというか、以前にWGIPスレでも書いていたように、無効論と改正論などという
対立軸を立てたくない(鮮明にしたくない)という気持ちだったのに、ここの1さん
に釣られてしまって、自分でも「なんだかなぁ(苦w」と思いながら議論っぽい
カキコミを続けてしまっている。orz

(つづく)
265ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/07(木) 23:47:13 ID:EyMyT9kv
(つづき)

>はじまり、順次B〜Eへと進んでいくわけで、南出氏の言う「講和条約群の破棄」はこちらの構想には、はじめから入れ
南出氏の「新無効論」と「旧無効論」(これは提唱者がいるわけじゃないよね)、
さらに、1さんの「こちらの構想」とあるのか、
どれがどんな論なのかよく見えてないな(^o^;


っというかね、憲法の正統性に関する議論は多くの人々にして欲しいんだけど、
例えば、南出氏の論は、様々な論点について考察されているようだし、そのこと
自体には敬服するけど、(ある意味、当然ながら)全ての点について完全に納得
できるわけじゃないし、氏のHPの個性も相俟って、少し賛同するのに躊躇して
しまう。

まずは、現行憲法の審議過程には日本側の自由意志は無かった、ということを
多くの日本人に知ってもらいたい。
ただ、それだけだと、既に明治憲法に悪いイメージを持っているような人には、
あまり意味がないので、同時に、昭和21年年頭の詔書にも示されているように、
日本の民主主義は、明治天皇の五箇条の御誓文から始まっており、それがもとと
なって明治憲法ができたんだということも思い出してもらいたい。
そして、その明治憲法を復原して、正統な憲法として改正する方法も色々ある
ということを知ってもらいたい。

以上のようなことから、方法論についての議論よりも、無効論をどうやって広め
るかという議論を期待したい、というのが私の本音かな。
(もちろん、方法論も大いに議論していただきたいのだけども。)
266ワヤ ◆3gf69duuf. :2006/09/07(木) 23:48:18 ID:EyMyT9kv
>>258
一応、答えておくと、
>この流れを我が国が当然のこととして完全な内政のつもりで処理していくとして、アメリカがどの時点でどの程度干渉し
>てくるだろうか?本当に干渉してくるだろうか?
最初の段階で干渉してくると思う。ただし、直接的な干渉じゃないとは思う。

ってか、アメリカとしては、日本が集団的自衛権も行使できるちゃんとした軍隊を持って
かつその軍隊をアメリカの指揮下に(間接的にせよ)おけるようにするというのが理想でしょうね。
そのために出来ることがあればするというスタンスじゃないかな?

>あ)新無効論という個性からくる障碍なのかどうか。
違う。
>い)その障碍の程度は他の方法(改正論や廃止論)に比べてどうなのか。
無効論は、いかにも直接的だから。
>う)憲法是正を超えた日米問題に含まれるものなのかどうか。
おおまかな戦略を予想してるだけだから、「憲法是正を超えた」でしょうね。
267日出づる処の名無し:2006/09/08(金) 09:58:40 ID:4nZnf795
1日も早く現行憲法無効確認を国民ひとりひとりがそれぞれしましょう。
268日出づる処の名無し:2006/09/09(土) 02:40:51 ID:tsyf468w
現憲法無効論あげ
2691:2006/09/09(土) 15:42:09 ID:i2AjpmNR
>>264

>>ゆえに、このレベルの問題を新無効論にぶつけてもしょうがない。
>そのような日本の自立に関する対処をどうするかは大事な問題だと思うが、
>具体的な対処方針が新無効論には無い(or策定中)ということね。
他の手続論(改正論、廃止論)にないのと同じく無いと言ってるだけ。憲法論を超えた問題を憲法論
が背負えないと言ってる。

しかし、憲法論どうし比較した場合、改正論よりも圧倒的に新無効論の方が学問的に正しいし
現実的だといいたい。今、現在は(ある種の言論統制によって)広まっていない(知らない)だけ
の話(左右マスコミにとってもタブー)。

結局、敗戦占領などである国家が傷ついた(価値観・歴史観破壊)場合、その国家の基軸である
正統憲法を近まわりで回復するのが一番の自立の近道になるのだという言い方をすれば、
改正論(←ハッキリ言えば正統憲法の回復を放棄している)には実現性がないが新無効論にはあ
るから、新無効論自体が「日本の自立に関する具体的な対処方針」ということもできる。
2701:2006/09/09(土) 15:44:15 ID:i2AjpmNR
>新無効論に対する危惧を表明して再考を促したい気持ちが半分、
ちょっと、このへんで整理しておこうと思って、貴殿の掲げた危惧?と思われるポイントを列挙してみた。
私との対話にかかわらず2つのスレッドの分をまとめてみたが「危惧」とは、貴殿のいうのは結局、改正
論と対立することを指しているのかもしれないね。
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1154788250/
1、現実的ではない(>>143
2、歴史観を取り戻してから(>>143
3、無効論の政党を知らない(いない)(>>145)
4、現実味を帯びているのは自民党が主導する形での現行憲法改正(>>150
5、対外的な危機に対応しなけらばならないのに無効論で改正論に反対していると間に合わない(>>150
6、現在の情勢的には、憲法改正して国防力の強化につなげていただきたい(>>181
7、かえって左翼運動方向に流れてしまうような国民も多数でるような恐れもありうるし、そういう心配
がある内は、現行憲法改正という手順でいくしかないんじゃないかと(>>206
2711:2006/09/09(土) 15:45:34 ID:i2AjpmNR
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1156428592/
8、憲法を考える場合、国を取り巻く国際情勢への対応戦略という観点からも考えざるを得ない(>>61
9、単に国会決議をするだけでは、心情的に受け入れられない国民も多数居る(>>61
10、楽観的すぎる(>>62)
11、論理の正しさで体制がうごくというのは我が国の国柄ではないと(>>62
12、〜国は徳義により成立するものにして、法律より成立する者に非ざるなり〜(>>63
13、正統憲法も正統典範も先人が「存立の価値」を守るために残してくれた「手段」にすぎない(>>67
14、国外的にも国内的にも、そんなにすんなりと事が運ぶような情勢ではない(>>67)=6
15、現行憲法改正も致命的なことではない(>>67
2721:2006/09/09(土) 15:59:01 ID:i2AjpmNR
16、講和条約群破棄に関し「安政条約の改正」並みの覚悟をしておく必要がある→国防力を高める努力が必要→要憲法改正(>>101
17、国会の半数とはいえ、無効確認の方が難しいという、現状認識(>>104
18、法律によって成り立っている国ではないので、法律よりも国民の歴史観の方が優先順位が上(>>230

上記も、以下の整理をしてみれば、どうなるかな・・・・今は、留保しておこう。
(あ)新無効論という個性に対する危惧なのか。
(い)他の手法(改正、廃止)に比べてどうなのか。
(う)憲法を超えた問題なのか。
2731:2006/09/09(土) 16:03:23 ID:i2AjpmNR
>そして、憲法論議についての自分自身の勉強が半分でカキコミをしている。
私も、ネットと本で無効論を独学しただけだが、理論の説明ならわかる範囲でいくらでも説明するから、
対話の流れと関連なくとも疑問に思った時点で質問してください。理解してもらうのが一番の近道。
無効論というのは、名称からくるイメージが先に立っている(憲法学者が変なイメージづくりをやってるし)、
理論を理解すれば「無効論観」が大きく変わるかもしれませんよ。

>無効論と改正論などという対立軸を立てたくない(鮮明にしたくない)
理論が完全に対立(片方は有効論、片方は無効論!)しているのだから、無効論支持の私とどちらかといえば
改正論支持の貴殿とでは主張が対立してくるのは当然です。よって本当に対立している内容について理論的に
説明してもらえるのなら(対立点としても、改正を採る理由としても)こちらも納得が出来るのですが、改正、
無効確認どちらにも当てはまることや、どちらをとっても難しいものや、どちらをとっても早くやりさえすれば
同じ程度のことや、憲法論を超えた範疇のものを取り上げてくるから、本当の対立にもなっていないと思いますね。

>南出氏の「新無効論」と「旧無効論」(これは提唱者がいるわけじゃないよね)
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1154788250/178-180
実は、私の知っている限りでは、南出氏が現実対処をどういう具体的手順でやるのかをハッキリ表明されたのは、
ネット上に公開された平成18年1月7日付の論文「条約考」が最初だとみています。
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/kokutai/kokutai6/kokutai6.htm   の「復原改正への道」

どの本を読んでも書いてなかったのです。論理体系が幅広いからかそれまでは最終的にどんな手続になるのか、
具体的手順にはふれてこられなかったのですが、
私なりに、南出氏の既発表の理論で法的安定を保ったまま具体的に処理するならこういう手順になるのではない
かなあと、勝手に以前から2chに書いていたのが

http://oncon.seesaa.net/article/16288333.html  188 :法の下の名無し :2006/01/15(日) 21:27:02 ID:CsVjdTyk

などの書き込みです。ただし「日本国憲法」を帝国憲法下の下位規範とし有効と扱うことは理解していても、この頃は
<占領基本法たる「日本国憲法」>と誤記しているように南出氏の論が講和条約有効論であることを自覚的に理解して
いなかったのです。これに修正(占領基本法→講和条約)したものが、「こちらの構想」(>>16-17)【三、新無効論に
基づく現実対処法】です。
2741:2006/09/09(土) 16:05:12 ID:i2AjpmNR
 憲法無効論関連書籍はこれくらいあります。
ところが講和条約有効論(新無効論)は南出氏のみです。
他はだいたい旧無効論と言っていいでしょう。
旧無効論の元祖(提唱者)は井上孚麿氏ではなかったでしょうか。この方の圧倒的な理論(以下の憲法研究)があったからこそ、
現在でも小山氏の無効論にしろ、南出氏の新無効論にしろ、生き延びてきているのだと勝手に納得しています。
今日までの憲法無効論関連書籍です。■がおすすめです。

■憲法研究 井上孚麿  神社新報社 昭和34.6.20発行 昭和46.3.20第15刷発行 1500円

■日本国憲法失効論 菅原裕 国書刊行会 1200円 昭和36.11.10初版発行
(著者は明治27年生まれ・昭和54年逝去)「東京裁判」弁護人
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4336044759

憲法調査会報告書付属文書第10号
憲法無効論に関する報告書 憲法調査会 大蔵省印刷局 昭和39.7.25発行 70円

日本を思ふ 福田恆存 文春文庫 514円(「当用憲法論」は昭和40年「潮」8月号)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167258048

日本国憲法について―若い人々のために― 渡辺正廣 昭和42.8.20発行 洋販出版梶@ 200円
http://noz.hp.infoseek.co.jp/kenpo/NihonkokukenpoYohan.html

憲法開眼 マッカァーサー憲法の足跡  森三十郎  昭和43.11.20発行 明玄書房刊 700円

真説・新憲法制定の由来 三枝茂智 憲法史研究会 昭和43.12.26発行 2000円

史料・日本再建法案大綱 <全三巻>片岡駿 8000円 (昭和45年6月発行分の再版あり)

マッカーサーと吉田茂を斬る ―真説・新憲法制定の由来・補遺― 三枝茂智 憲法史研究会 昭和47.5.10発行 1800円

メイドインUSA 日本国憲法 渡邊正廣 新人物往来社 780円 昭和48.12.10発行
2751:2006/09/09(土) 16:09:29 ID:i2AjpmNR
違憲憲法 日本国憲法の欺瞞を衝く 神守夫 新人物往来社 880円 昭和48.12.25発行

思想と憲法 森三十郎 昭和52.4.10発行 明玄書房 3800円

日本の将来 憲法のすべて 企画・監修 福田恆存 高木書房 1200円 昭和52.5.17発行

■井上孚麿憲法論集 神社新報社刊 昭和54.3.27発行 5000円  
http://www.jinja.or.jp/faq/shoseki.html
日本国憲法の系譜―回顧と展望― 飯塚滋雄 八千代出版 2900円 昭和57.2.20発行

戦後教育と「日本国憲法」 小山常実 日本図書センター 7000円 平成4.12.10発行
http://www.nihontosho.co.jp/renewal/sousho/education/index.html
■日本国家構造論 ―自立再生への道― 南出喜久治 2500円 平成5.12.8発行
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/index.html
■憲法正統論 相原良一  展転社 3800円 平成8.9.15発行
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai125.html
「祓庭復憲」第一集  萬葉社社員・弁護士・憲法学会会員 南出喜久治

■正統憲法復元改正への道標 小森義峯  国書刊行会 2800円 平成12.4.20発行
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4336042403/ref=sr_11_1/250-0246357-2737872?ie=UTF8
■「日本国憲法」無効論  小山常実 草思社  1900円 平成12.11.15発行
http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794211724.html
■現行憲法無効宣言 南出喜久治 萬葉社  平成13.5.3発行・平成16.5.3第二刷  500円 (これの中身はインターネット上に公開されています。)
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mukou.htm
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mondou/framepage1.htm
■公民教科書は何を教えてきたのか  小山常実 展転社 2000円 平成17.7.17発行
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai271.html
■憲法無効論とは何か−占領憲法からの脱却− 小山常実 展転社 1000円 平成18.2.11発効
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai280.html
2761:2006/09/09(土) 16:16:39 ID:i2AjpmNR
>以上のようなことから、方法論についての議論よりも、無効論をどうやって広め
>るかという議論を期待したい、というのが私の本音かな。
>(もちろん、方法論も大いに議論していただきたいのだけども。)
了解しました。
277日出づる処の名無し:2006/09/09(土) 16:19:53 ID:Q9fyNS/Q
違憲だろうが違法だろうが、
1:軍隊が内閣の管理下にある。
2:皇室以外の身分制度が無い。
この2点だけでもメイドインジャパンの大日本帝国憲法よりは上等だからな。
一分一秒でも旧憲法が復活するよりは現行憲法を受け入れていたほうがマシ。
278日出づる処の名無し:2006/09/09(土) 16:35:00 ID:Lwc34OlK
>>277
そんなこと言ったら1さんがまた長々とお答えしてくれますよw
279日出づる処の名無し:2006/09/09(土) 21:31:08 ID:o0TlqnGl
>>277
>軍隊が内閣の管理下にある

陸海空軍いかなる戦力も持ってないから
管理もなにもないでしょ

>皇室以外の身分制度が無い。

欧州の結構な国はだめって事?
皇族は良いのに華族がだめな理由は何?
280日出づる処の名無し:2006/09/10(日) 01:07:35 ID:wh/ON3kU
戦争する気か?
断固、絶対、反対〜!

「はだしのゲン」、これをよく見ろよ。漫画で分かり易く表現している!
書店で買って読めよ。

動画でもある。 パソコン TV ギャオ
http://www.gyao.jp/

アニメである。子供、家庭や学校でも見せないと!
恒久的に名作だ!

http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/?login_from=shityou&contentsId=cnt0005878&rateId=bit0000002&chapterNo=&recommend=1&contents_id=cnt0005878
2811:2006/09/10(日) 05:19:09 ID:mo3L2Acq
世界一小さい新聞
http://blog.nikkansports.com/general/yoshida/2006/05/post_31.html
「日本国憲法は無効か?」
282日出づる処の名無し:2006/09/10(日) 06:17:00 ID:JBJiQZdy
>>277
アホ丸出しw
283日出づる処の名無し:2006/09/10(日) 06:23:31 ID:KcRYpk97
不安定な国で、
内閣が軍隊を完全に掌握できたら、
すぐ、一党独裁になっちゃうじゃん。
284日出づる処の名無し:2006/09/10(日) 06:29:08 ID:KcRYpk97
・・・まあ、逆に言うと、
軍隊がクーデターを起こして、
政権を乗っ取っちゃう可能性も、
あるわけだけどさ。

日本は、それでも、
うまくやったほうだと思うよ。

同じとこで、つまづいてる国が、
どれだけ多いかみれば、
わかるっしょ。
285日出づる処の名無し:2006/09/10(日) 07:04:19 ID:WjC/M12o
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して…
という憲法前文そのものが成り立って無い件について
2861:2006/09/10(日) 13:49:14 ID:mo3L2Acq
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16681.wmv
終戦の詔勅・一億の号泣
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16681.wmv
終戦の詔勅・一億の号泣
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16681.wmv
終戦の詔勅・一億の号泣
287日出づる処の名無し:2006/09/10(日) 18:27:12 ID:LDFyIDpk
>>277
>違憲だろうが違法だろうが、
>1:軍隊が内閣の管理下にある。
>2:皇室以外の身分制度が無い。
>この2点だけでもメイドインジャパンの大日本帝国憲法よりは上等だからな。
>一分一秒でも旧憲法が復活するよりは現行憲法を受け入れていたほうがマシ。

日本国憲法には、軍隊の不保持の規定はあるが
軍隊の管理・統制についての規定はない。

日本国憲法は成立過程のみならず、その内容においても欠陥だらけ。
288日出づる処の名無し:2006/09/10(日) 19:35:35 ID:LDFyIDpk
>>277
>違憲だろうが違法だろうが、
>1:軍隊が内閣の管理下にある。
>2:皇室以外の身分制度が無い。
>この2点だけでもメイドインジャパンの大日本帝国憲法よりは上等だからな。
>一分一秒でも旧憲法が復活するよりは現行憲法を受け入れていたほうがマシ。

日本国憲法には、軍隊の不保持の規定はあるが
軍隊の管理・統制についての規定はない。

日本国憲法は成立過程のみならず、その内容においても欠陥だらけ。
289日出づる処の名無し:2006/09/11(月) 03:17:30 ID:LawepB2J
いいねーこのスレ!
290日出づる処の名無し:2006/09/11(月) 21:43:23 ID:Ufnx6rLO

半端な愛国者気取りのウヨ厨が憲法9条改正!自衛せよ!とか最近言ってるのは愚の骨頂。
国際政治の場で狡猾に戦うすべを知らぬ外交音痴。国賊もいいところだ。

国際的に認知されまくりの平和憲法は、他国がいくら金かけても得られない最強の軍備である。
こんな便利なカードなんで自ら捨てるのよ?アホじゃねーの?
これさえあれば、戦争なっても国際的に正義側に必ずなるし、
わけのわからん同盟国の勝手な戦争へも「すまん!かかわれね!」とあっさりかわせる。
都度都度で便利に使えすぎなすげえ装備と認識せよ。
攻撃側にとってはミサイル防衛システムよりよっぽどやっかいな代物だ。

で、自衛権を日本は放棄していない。
麻生などが明確に日本を攻撃しようとするロケット発射基地を
先制破壊できるといって物議をかもしたがこんなもん当然です。
自衛権というのはそういうこと。
過去、日教組が幅利かせて言論統制しだす前の日本政府の見解もそうだし
国際的な防衛権の範疇に照らしても全く正論。
中東戦争時のイスラエルの先制攻撃が自衛権と認められる世界なわけで、
明確に証拠あげて叩くなら反論の余地は無い。
ノドン基地なんざ、北朝鮮政府の過去の攻撃の脅し発言の数々と、
日本上空飛んで太平洋に打ち込んだ時点で既に叩いてよろしい。

そして、そういった自衛権を現行憲法は全く否定していない。
そこんとこ、日教組系の印象操作でみんな誤解してるだけ。
解釈で無理やり曲解してる!と国賊層は言うが、違う。
曲解してるのは国賊ウヨクどもだ。

今の憲法のまま、自衛のために戦える用意をしっかりするのが一番正しい。
たっかい税金徴収しているのは国民を守るため。政府はちゃんとしないといかん。

憲法改正は必要なし、かつ自衛権の解釈を曲解から取り戻せ。
2911:2006/09/11(月) 23:41:02 ID:BheyThOb
>>290

改正せよ!?改正の必要なし!?
改正うんぬん・・・・
両方まちがってるよ。

・改正を必要とする護憲派
・改正を必要としない護憲派

無効なものを護憲しながら、マッカーサーの手のひらの上でおどるの、
いいかげん、やめなはれ。
292日出づる処の名無し:2006/09/11(月) 23:55:54 ID:46wv8EI5
安倍氏、5年後に新憲法制定(共同通信)

 安倍官房長官は11日、自民党総裁選候補者による公開討論会で、
今後5年で新憲法制定を目指す考えを明らかにした。
http://newsflash.nifty.com/news/tk/tk__kyodo_20060911tk018.htm
2931:2006/09/12(火) 00:56:26 ID:FLi1dAQG
あっち向いても、こっち向いても、憲法に対する言葉使いが実に変に聞こえるが・・・・。
●改正しろ。
●改正するな。
これは、護憲方法の意見の相違で争っているだけのマックファン。

●廃止しろ。
●破棄しろ。
って、言ったって、大半の耳には「日本国憲法」を憲法として有効と認識した上での意見としか聞こえない。そのとおり
だとすると、結局、実現するには「日本国憲法」の改正条項に従った手続を採ることになる。これらは内容をゼロにする
改正と考えられ、改正の一種。これもマックファン。これらは、似ているようで、このスレで言う無効論の「無効確認」と
は全く異なる手続である。中には、内心、無効と思考しているからこそ無効を原因として「破棄しろ!」と主張する人もい
るが、法律論的には正確さを欠く言葉使いといえる。それなら、はじめから「無効確認しろ!」と言うべきである。

●自主憲法制定しろ。
●新憲法制定しろ。
って、言ったって、それじゃあ、現在の「日本国憲法」をどうするの?という話になるでしょ。「日本国憲法」が憲法として
有効であるのなら上記の廃止や破棄をやってから、新憲法を樹立するという段取りになる。その新憲法に明治憲法改正
版を予定することも考えられるし、過去の憲法とは切り離して白紙の状態からの制定を考えることもできる。
しかし、結局、これら2つの主張には「日本国憲法」を有効と認める前提があるのだから、廃止や破棄をしないと、本命の
自主憲法も新憲法もありえない。ところが、大幅改正や自主改正のことを指して、新憲法、自主憲法といっていることもあ
り、言語明瞭意味不明な言葉である。
 さらに、この言葉の変なのは、自主憲法や新憲法という言い方は、それこそ国民主権の死人にくちなし、自分があるじ、
生きている人間の「意思」で法を「つくる」という発想をもつもので、憲法とは祖法を「ひきつぐもの」であり「つくるもの」では
ない、と考えている私からすれば、とても過激な言葉づかいなのである。なが〜い歴史を有する自然国家が本当の自主
の立場を与えられ、その時の人々が正気ならばきっと祖法(正統憲法)を引き継ぐという手法を採るはずである。
なが〜い歴史を有する国家にとっての自主とは祖法を引き継ぐことでからである。
いいたいことは、よっぽど「国民主権カルト」に毒されなければ、本来、憲法に新憲法なんてありえないということがわか
るはずなのである。また、自主憲法とは自先祖憲法(おきて)の継承にしかないのだから、論理的にも、実現可能性の高
さからも「廃止」や「破棄」ではなく「無効確認」+「帝国憲法改正」であることも明白である。

「改正」も「自主憲法制定」も「新憲法制定」も、一番の近道「無効確認」という手続の存在を気づかせないためのマスク
イデオロギーとしてはたらいてしまっているのである。
294日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 07:48:16 ID:X+8tKFL4
無効確認しようぜ。
295日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 07:57:50 ID:nYjvrGyT
>>290
>国際的に認知されまくりの平和憲法は、他国がいくら金かけても得られない最強の軍備である。

なら、なぜ特亜の国々は平和憲法を採用しないんだろうね?
北朝鮮に言ってやれよ。「平和憲法は最強の軍備だから採用せよ」って。

>これさえあれば、戦争なっても国際的に正義側に必ずなるし、

なら、日本が支援をしたイラク戦争は正義である、と。
平和憲法を持っている国は、必ず正義側になるんだろ?
296rothschild:2006/09/12(火) 08:07:28 ID:QQtNaWEk
正義?

       /::.__  .:::::::::::::  __   ヽ_
     / /  ヽ_ヽv /: / ヽ   ヽ                 _         ┌┐   __
    /   ̄ ̄ √___丶 ̄ ̄    |   ┌───────(〇)    ┌──┘└──しい
    |     / / tーーー|ヽ       |   └──────っ フ      └──┐┌──┘
    |     ..: |    |ヽ       |             //        ┌─┘└─┐
    |       | |⊂ニヽ| |      |            //          └─┐┌─┘              ┌────┐
     |      | |  |:::T::::| !      |          //              ││         ┌┐      └────┘
      \:     ト--^^^^^┤     丿         //               ││       ┌┘└─-っ     
      \::     / ̄ ̄^ヽ   丿        //                 └┘       └┐ T ̄フ/
             l       l             ̄                              └┘ ⌒
       _ /,--、l       ノ
   ,--、_ノ:: `ー'::   、ミー---‐,,l
  ,/   :::         i ̄ ̄  |
/          l:::    l:::    l
l   .   l     !::    |:::    l
|   l   l     |::    l:      l
|   l .   }    l:::::,r-----    l
ヽ  :l::::   ト:;;;;;;;/-/__...........  /
297日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 08:13:48 ID:/+vhFXBn
『無効確認』と言うのが事実上ただのセレモニーで、
その後に公布される『自主憲法』が『占領憲法』と一字一句同じあり、
憲法改正は『占領憲法と一字一句同じ自主憲法』を元に行われるのであれば支持するよ。

公布から30年くらいでコントロール不能になった前禍のある帝国憲法が一瞬でも復活するのは絶対反対。
純正日本製も恐ろしい。
2981:2006/09/12(火) 10:12:21 ID:FLi1dAQG
>>297

>30年くらいでコントロール不能になった前禍のある帝国憲法
もし、そうなら占領軍が改正名義で正統憲法(明治憲法)を廃棄させ戦争犯罪を犯す必要がなかったことになるな。
なぜなら、出来損ないの憲法を保持してくれているほうが、日本国は弱体化してゆくから連合国は都合がよかったはずだね。
それなのに、わざわざ廃棄させたということは、連合国に都合がわるく日本国にプラスの存在であったことは明白だと思うね。
貴殿にしたら、「占領軍が連合国にではなく、我が国にいいことしてくれた証拠が日本国憲法」なわけだね。
そんな歴史観をあたえて幸福回路全開にしてくれるのが、「日本国憲法」なんだから、これのほうが恐ろしいと思うがね。

>支持するよ
「日本国憲法」が有効か無効かは過去の成立経緯によって既に定まって存在する客観的な事実であり、後日の人々の
要望や欲求や支持、不支持にはまったく影響されません。無効とは主観ではなく客観、状態です。
だだをこねても、しょうがありません。無効の事実は事実、この事実は不動です。
よって、「無効確認」によって消滅するまで、「日本国憲法」若しくは「日本国憲法」の改正版には、無効宣言による消滅の運命
が延々ついてまわります。
今やってるのは、「日本国憲法」の無効の事実には、なんらの変動もあたえない自己満足の茶番。
改正!護憲!と言ってる人々の、いきあたりばったりの自己満足だということです。
所詮は、マックファン。
299日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 10:17:09 ID:hXdeBm48
革命が起きたんだよ!!

戦勝国によるクーデターと

戦後日本が自律的統治権を回復した

講和条約発効後も半世紀以上運用されてきた既成事実をもって

無血革命的に自然確立したんだよ。


   日本国憲法は    有効!!!
300日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 10:22:45 ID:/v9EnXGO
>>298
>もし、そうなら占領軍が改正名義で正統憲法(明治憲法)を廃棄させ戦争犯罪を犯す必要がなかったことになるな。
何で? 占領軍が日本政府を管理下に置いても日本軍は政府を管理している占領軍の管理下に置かれないのでは都合も効率も悪い。
ゆるゆると衰弱するのならともかく暴走自爆は誰にとっても迷惑千万だ。

>「日本国憲法」が有効か無効かは過去の成立経緯によって既に定まって存在する客観的な事実であり(ry
あー言ってなさい言ってなさい。
出来れば立候補して選挙カーの上か国会の中継カメラの前で主張しなさい。
3011:2006/09/12(火) 10:49:22 ID:FLi1dAQG
>>299

・立法行為が不存在です。(>>5-6)の1参照。
・革命?起きてません。
・戦勝国によるクーデター?起きてません。クーデターではなく占領政策でした。
・自律的統治権回復根拠には、帝国憲法13条が不可欠です。「日本国憲法」が憲法ならば、法的な統治
権回復が到来しません。(>>5-6)の8〜16参照。
これは、昭和27年当時「日本国憲法」が憲法でなかった証拠。当時帝国憲法が憲法であった証拠です。
・ウソ教育の虚構によって運用されています。あるのは「実効性」のみです。「妥当性」(合法性)をともなっ
た「実効性」ではありません(=帝国憲法違反)。まかりとおっているだけです。(>>5-6)4〜5参照。
・既成事実?ということは、貴殿は、それまでは無効だったと主張しているのですね。
・無血革命的に自然確立?ということは、確立するまでは無効だったと主張しているのですね。

それなら、先に、なぜ、既成事実によらなければならない対象なのかハッキリしてください。
つまり、当初「日本国憲法」が憲法として「なぜ無効だったのか」学問的に明らかにしてから後発的有効論
を説いてください。
有効のはじまりをどこに置くかは論理によって色々であっても、その有効のはじまりは一度だけですからね。
有効の始まりを後発的に「後日」に置くのなら、当初の無効の原因をあきらかに証明してからにしてください。

結局は貴殿の独特な始源的憲法無効論ですね。ごくろうさんだね。
無効論スレに書く前に、始源的有効論者に論争をいどまないとね。
先に、有効論者間で決着つけといてね。
3021:2006/09/12(火) 11:06:57 ID:FLi1dAQG
>>300

>占領軍が日本政府を管理下に置いても日本軍は政府を管理している占領軍の管理下に置かれないのでは都合も効率も悪い。
はて?我が国側の完全な武装解除が終わって、聯合国の完全な軍事占領体制になってから、「日本国憲法」が出現しているのですが?
さすがわマックファンw(>>245
303日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 11:22:45 ID:TiMNJXPU
大日本帝国はシビリアンコントロールと言う概念が無かったし、
おそらく自ら造り採用する事もできなかったろう。
知っている誰かが造っておかないとまた元の木阿弥だよ。

マックファンって何?
3041:2006/09/12(火) 11:27:27 ID:FLi1dAQG
>>303
マッカーサーのファン。
305日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 11:29:49 ID:TiMNJXPU
>>304
わかんねーよそんなのw
占領後にマッカーサー記念館を造ろうと言う世論が沸き立ち義捐金まで集まって、
「日本人は12歳だ」発言でぽしゃった。
って山田風太郎の人間臨終図鑑にあった。
3061:2006/09/12(火) 11:33:06 ID:FLi1dAQG
>>305
>山田風太郎


248 名前:1 投稿日:2006/09/04(月) 17:02:59 ID:n69nfGdd
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16293.wav
軍備の目的は文化体系護持、山田風太郎
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16293.wav
軍備の目的は文化体系護持、山田風太郎
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16293.wav
軍備の目的は文化体系護持、山田風太郎

>>65-66
307日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 11:37:17 ID:hXdeBm48
 戦争と天皇制攻撃強める
 “安倍改憲政権”の打倒へ
 教基法改悪阻止・共謀罪粉砕
 臨時国会闘争に全力決起を
 9月20日の自民党総裁選で極右・国家主義者の安倍が選出され、26日召集の臨時国会で“安倍改憲政権”が登場しようとしている。
これは戦後の歴史を戦争へと大転換させる重大事態だ。直後から国会審議も始まる。国会闘争に総決起し、教育基本法改悪案、共謀罪新設法案、国民投票法案
、防衛庁「省」昇格法案を絶対に阻止し、安倍を打倒しよう。同時に、暫定滑走路の北延伸9月着工阻止へ、9・17三里塚現地闘争に立とう。9・14〜16全学連大会を全国3
00万学生ゼネストに向け大成功させよう。9・23改憲阻止労働者集会の成功をかちとり、11・5労働者集会1万人大結集へ全力で突き進もう。
 戦争国家化へ歴史画す 「戦後体制からの脱却」
 安倍は、9月1日、広島市で記者会見し、自民党総裁選への立候補を表明した。同時に発表された政権公約は、安倍政権の戦後史を画する超反動性を示すものである。
 安倍は「新たな国づくり」「保守の再構築」という位置づけのもと、政策の柱として改憲=新憲法制定と「教育改革」を真っ向から打ち出し、それを「戦後体制からの脱却」と銘うっている。
 「戦後体制からの脱却」とは、戦後憲法体制を反革命的に転覆し、国家主義者やファシストがのさばる戦前型の「天皇の国」を再現し、侵略戦争―世界戦争への戦争国
家体制を構築するという大攻撃だ。時あたかも安倍政権の登場を前に、秋篠宮の男児誕生を契機とする「男系男子」「万世一系」という天皇制・天皇制イデオロギー攻撃の
大キャンペーンが巻き起こされている。この日帝と安倍の反動的策動を断じて許してはならない。
 安倍は著書『美しい国へ』で、戦後憲法前文に連合国への「詫(わ)び証文」「妙にへりくだった、いじましい文言」だと悪罵(あくば)を投げつけている。憲法9条については
、米占領軍が「自国の安全を守る戦争まで放棄させようとした」「戦力はもちろん交戦権までも認めるべきではないとした」「独立国の要件を奪った」と憤懣(ふんまん)をぶ
つけ、米占領軍のもとでの戦後憲法は“国辱だ”とまで言っている。
 安倍はまた、「国の骨格は、日本国民自らの手で、白地からつくりださなければならない」と、昨年10月28日に発表した自民党新憲法草案の前文さえ、早くも書き直すと公言している。
 安倍は改憲には「大変高いハードルがあり、そう簡単なことではない」と言いつつ、「まずは国民投票法の成立をめざしたい」と明言している。容易ならざる情勢だ。
 また安倍は教育改革に関する公約として、首相直属の「教育改革推進会議」の設置、教員免許更新制、学校評価制度、学校教育での社会体験活動の義務化などをあ
げた。その狙いは、日帝が戦争と帝国主義間争闘戦に勝ち抜くための愛国心強制とエリート教育に大転換し、国家主義で教育を塗り固めることだ。
 その最大の突破口として教育基本法の改悪がある。9月3日の自民党東北ブロック大会で、「大切なのは教育基本法の改正だ」と述べ、臨時国会では教基法改悪法案を最優先すると強調した。
 安倍は『美しい国へ』において、「教育の目的は志ある国民を育て、品格ある国家をつくること」にあると言いつつ、「戦後日本は、60年前の戦争の原因と敗戦の理由をひ
たすら国家主義に求めた。その結果、戦後の日本人の心性のどこかに、国家=悪という方程式がビルトインされてしまった」と嘆いている。
 戦前の教育勅語のもとでの教育は、すべての人民を天皇に忠実な臣民として育て、国や天皇のために侵略戦争に動員することが目的だった。
 だが戦後の教育基本法は教育勅語の国家主義教育を否定して、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」ことを前文に明記した。そして「教
育は、不当な支配に服することなく」と、国家による教育への介入を禁じた。この教育基本法に、安倍は反革命的な憎しみを抱いている。
 結局、安倍が理想とする「志ある国民」とは、特攻隊のように国のために命を投げ出す人間のことだ。「品格ある国家」とは戦前の大日本帝国のことだ。まさに戦前の大
日本帝国は、天皇を頂点に明治憲法と軍人勅諭・教育勅語を持つ「神の国」だった。
 この国が帝国主義諸列強との争闘戦を激化させながら、アジア植民地化と侵略戦争に突き進み、アジア人民2000万人を虐殺し、日本人民310万人を死に追いやった
。安倍はこの戦争の歴史を美化し、また新たに繰り返そうというのだ。
 断じて許しがたい。教基法改悪を阻止し、安倍を打倒しよう。
308日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 11:37:37 ID:TiMNJXPU
>>306
? これがどうしたの?
番組も見て録画もしたけど。
>>305 と何の関係が?
309日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 11:53:55 ID:hXdeBm48
これが国民の意思

憲法学コミュ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=4976858&comm_id=251730&page=all

7: アイカワ
はじめまして。
「9条以外全部改憲」です。
その上であらためて9条を1条に持ってくる、というのがいいと思うのですが…。
あと憲法の文面から「象徴」という語は抹消したいですね。

13: 半蔵
護憲です。
自衛隊の存在を否定することはもはやできないと思いますが、
憲法のいう積極的非暴力平和主義という崇高な理念をまげて
まで保障すべき存在ではありません。
現実を憲法の要求するレベルに引き上げるのは難しい。
だからといって、憲法を現実レベルに引き下げるのは短絡的
だと思います。金メダルが無理だとわかったとしても、現実
的な銅を目指すのではなく理想である金を目指し続けるべき、
という考え方です。特に憲法は究極的な理想を示し続けるべき
であると思います。
以上は9条。他に、国民投票を経ない憲法改正を容認すること
はできません。

14: TKT
天皇制については廃止の方向で構わないと考えています。
改正となると、下手にいじるよりも今のままで十分であると考えています。幼稚な言葉で申し訳ないのですが、、、
戦争放棄を掲げた今の憲法でも、有事法制が整備され戦争ができる国に日本は既になってしまったと私は考えてます。
それは怖いことなので、過去の戦争の反省を踏まえながら、今の政治にもっと批判的に見ていきたい。
アメリカが日本の参戦を望んでも、日本は戦争をする、なんて決定を政治過程では決めて欲しくない。
自衛隊のイラク派遣は合憲という考えるのは難しいですね。そもそも自衛隊が合憲かどうかもあやしいのに・・・。
310日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 11:57:40 ID:hXdeBm48
大分大学 「日本国憲法」小課題

その3(2003年度後期第1回小課題。2003年10月27日出題)
http://kraft.cside3.jp/aufgaben03a.htm

8.教科書22頁以下を参考にしつつ、押し付け憲法論について、あなたの考え方を5行以上で述べなさい(上限はなし。なお、教科書以外の本の参照も歓迎するが、その場合には、参考文献を明示すること)。


 

さあ 答えよ!
311rothschild:2006/09/12(火) 12:35:23 ID:QQtNaWEk
・明治憲法と日本国憲法との法的連続性の有無
  ・八月革命
  ・憲法改正限界の有無
・民定憲法か欽定憲法か
・憲法制定権力の確認
3121:2006/09/12(火) 17:46:04 ID:FLi1dAQG
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/cgi-bin/fondue.cgi?act=res&no=25
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/cgi-bin/fondue.cgi?act=res&no=25
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/cgi-bin/fondue.cgi?act=res&no=25


★もしも日本国憲法がなかったら by


 ↓理詰めでの反論に大変苦虜しとるので
   このままだと非常に恐いコトになってしまいそうでつ・・・orz ><。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

いわゆる「日本国憲法」は憲法としては完全に無効だ!第五条
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1156428592/138

138 名前:1[sage] 投稿日:2006/09/02(土) 00:23:49 ID:auTvH4Z5
>>137  マンドクセ・・・・マンドクセ・・・・・
あんさんが登場しはじめたころのスレ。法学板の一番目の無効論スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1115205220/256   で、この話終わってるじゃん。しつこいなー。
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30684362&introd_id=Xmo46Wk2oo6A949ii81kiGX86kGk356X&pg_from=u6
(上記「正統憲法復元改正への道標」から引用)
問題はポツダム宣言は条約であるにも拘らず、連合国は何故にポツダム宣言に拘束されないのか、という点であるもしも
日本国憲法がなかったら・・・・・・・・・・・・・・


313日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 20:49:24 ID:hXdeBm48
はあ??


芦部信喜、小林直樹両教授に小森義峯は反論できなかったの間違いだろ
314日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 22:10:24 ID:X+8tKFL4
友達に現行憲法無効論を広めよう。
3151:2006/09/12(火) 22:28:02 ID:FLi1dAQG
>>313
具体的にどうぞ。
316日出づる処の名無し:2006/09/12(火) 22:30:56 ID:xUYlBiBH
       /⌒γ⌒ ̄ ̄\
      /   人________ \
    /   /    ━━/::ノ
    i   //  ━━  -=・=- \
    i /ヽ _-=・=- ヽ―ヽ:::::: ヽ
    (⌒/     :::::::::/  。 /○|             
   h )    ○:::::人__人::::  |  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
    ヽ      / __  ヽ | < おいらは指示するだけ、後は知ら〜ん!
     \        |.:::: )    /   \____________
       \      |;::: ) /               
      r ―イ-_____/、__     ∩
    /      ̄ ̄ ̄ヽ/ ̄ ヽ )    ,,| |-
    / /  人        ヽ   ) ヽ  /  |
   /   丿 ヽ        )  /  ⌒ヽ|  /
   (    ヽ\\ \   ,, ノ\ 丿L___彡ミミミヽ ノ彡ミミ)))
   \ ヽ \) ヽ   ̄ヽ  | | |      ((彡ミミミミ))彡彡)))彡)
     ヽ   _ヽ  |    |   | | |      彡彡゛゛゛゛゛"゛゛""""""ヾ彡彡))
       ) 丿 \  ヽ ヽ  |丿|     ミ彡゛ .._    _   ミミ彡
   (((  巛      ヽ/ ̄ ヽ/ ̄ヽ ミミ彡 '´ ̄ヽ '´/ ̄  `,|ミ)))
   (((  |      /       \  | ミ彡  '。 ̄'  〈 ̄。 |ミミ))
   (((  ヽヽ    /           '((彡l   ) ) | | `( ( |ミ彡
        |    |           ヽ(彡|  ( ( -し`) ) ).|ミミ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        |    |   \     r――ゞ|  ) ) 、,! 」( ( |ソ <アメリカの人殺しマンセー!ブッシュ様マンセ〜〜!!
        |    |      ヽ  丿   \ヽ ( ( ̄ ̄ ̄' ) )/    \________________
        ヽ    |     /  ̄|/      |\、)    ' ( /
         )  ノ     /    /  /ヽ     .`──'´   ヽ
        |  /     /   /  /  |\_丿 |_ノ ヽ  \ 
3171:2006/09/13(水) 00:09:58 ID:cN1rgBRC

「戦 争 犯 罪」 を受け入れることは戦争犯罪です。
この意味で護憲派護憲論も護憲派改憲論も戦争犯罪人です。
おまえらのどんな資格で子孫達に敵国の戦争犯罪の記念物を承継させる資格がある?

本当の「戦犯問題」はこうすれば解決します。
×から○へ意識を変えれば解決します。

× 昭和20(1945)年 8月 終戦
○ 昭和20(1945)年 8月 停戦
      ↓
      ↓
この占領下、連合国側は国際法に反した裁判を偽装した戦闘行為「東京裁判」名義で捕虜を虐待し
虐殺した。 「いわゆる東京裁判」と「いわゆる日本国憲法」こそ 戦 争 犯 罪 である。
      ↓
      ↓
× 昭和27(1952)年 4月 サンフランシスコ講和条約発効 
○ 昭和27(1952)年 4月 終戦 (サンフランシスコ講和条約発効)


現在も、この占領軍という勝ち馬にのる敗戦利得者たちが我が国にはうようよしている。
「東京裁判」を裁判として承継するマスコミも 戦 争 犯 罪 に荷担している。
「日本国憲法」を憲法として承継する憲法学者も 戦 争 犯 罪 に荷担している。 

こいつらこそが本物の 永 久 戦 争 犯 罪 人 です!

交戦権を放棄した「日本国憲法」を憲法扱いした場合、国家の行為に[宣戦→戦闘→講和]を予定
していないがゆえに、サンフランシスコ講和条約締結・独立回復・戦後の到来の説明が不可能に
なります。これだけで、戦後空間の虚構性があきらかになります。国家規模での欺瞞が明らかに
なります。
ところが、この利権化した大嘘を隠蔽するために東京裁判史観を精一杯流用しているのがこれら
の戦争犯罪人達です。 敵の本丸は戦争犯罪たる「日本国憲法」です。
3181:2006/09/13(水) 00:17:28 ID:cN1rgBRC
1.日本側の自由意思がゼロ→法律論議なんかするまでもなく事実関係から
いって明確に無効。ようやく平成7年に帝国議会の小委員会議事録が公開さ
れた。 http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16279.unknown

2.帝国憲法違反である。さらに「東京裁判」名義での捕虜の虐殺と同じく
「日本国憲法」の施行強要は戦争犯罪である。
現憲法学者は戦争犯罪の承継人ゆえに犯罪者そのもの。

3.上記2ゆえに追認等後発的理由での有効論はこれからも成立しない。

4.有効とは「妥当性」+「実効性」のこと。

5.通用(まかりとおる)状態をもって「有効」というは、憲法効力論議上
は言葉の誤用。

6.4の妥当性には合法性も含まれるので帝国憲法違反の「日本国憲法」は
憲法としては永久に常に無効。

7.なんらの立法行為としての有効要件を満たしていない、逆に憲法違反が
明白な「日本国憲法」を、天皇の公布という行為一事に法創造の源動力を認
めて有効と認定することは、帝国憲法3条、無答責条項「神聖にして侵すべ
からず」に完全に違反する憲法運用になる。

8.「日本国憲法」を憲法扱いした場合、国家の行為に[宣戦→戦闘→講和]を
予定していないがゆえに、サンフランシスコ講和条約締結・独立回復・戦後
の到来の説明が不可能になる。

9.ここで、憲法二重階層論(新無効論)の出番。 これは実は「日本国憲
法」有効論なのである。
3191:2006/09/13(水) 00:18:41 ID:cN1rgBRC
10.大東亜戦争の宣戦布告(戦争開始)→ポツダム宣言受諾→降伏文書調
印→「日本国憲法」発布→「同」施行 →サ講和条約締結→同発効(戦争終結)

11.上記はすべて帝国憲法13条に基づく国家による国際法上の法律行為で
ある。

12.「日本国憲法」はポ宣言〜サ条約の一連講和条約群の中間段階に位置
する。73条による改正ではなく、13条による中間段階の講和条約のとして有
効なのである。

13.不文憲法(国体法)>帝国憲法>「日本国憲法」(中間講和条約)>法律  
という序列が完成。

14.昭和27年4月28日の「本当の終戦」も帝国憲法13条の講和大権に基づく
ものである。

15.帝国憲法の復元は不要。「日本国憲法」(講和条約)の上位規範(憲
法)としてゆるぎなく厳存する。
3201:2006/09/13(水) 00:24:39 ID:cN1rgBRC

16.帝国憲法の下位に「日本国憲法」という帝国憲法に競合、帝国憲法を
制限する講和条約が異常な占領期に押し込まれたままの異常状態が継続して
いる。これを正常化することは敗戦後に生れた者の使命である。
この異常状態を本筋に戻すことは簡単。
(あ)「日本国憲法」が憲法として無効、講和条約として有効。帝国憲法が
その上位に現存。これら先行している法的事実を国会過半数確認決議する。
(い)帝国憲法改正を実施。

17.なんなら、まず(あ)のみを先決するだけでもよい。法的安定はくずれない。
これだけでも「日本国憲法」を憲法扱いする戦後の国家規模の自己欺瞞から
解放される。皇室自治の復原、靖国政教問題、国防、歴史認識、教育、東京裁
判史観等、人倫にもとる戦後ソフトファシズム(死人にくちなし)国民主権カルト
の敗戦利得集団たるマスコミ等による空気のこわばりが解けることでしょう。




安倍晋三は、この末尾の17を主導するだけでもよい。歴史に名を残すだろう。




321日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 08:47:24 ID:gD29pf7Q
>>315
じゃあ、お前が
小森義峯に芦部信喜、小林直樹両教授が反論できなかった内容を具体的に言えよ
322日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 08:49:43 ID:gD29pf7Q
>>312
>宮沢俊義によって捏造され、樋口陽一に継承されている東大法学部マルクス憲法学

はあ?君はバカか間抜けか?
リベラルをマルクス主義と混同しているよ。
マルクス主義のテスクトのどこをどう読めばいいのだ?
あるいは宮沢憲法学、樋口憲法学のどこがマルクス主義なのだ?
マルクス主義者なら怒り出すぞ。
マルクス主義の立場から言わせれば、宮沢や樋口は典型的なブルジョアイデオロギー
ということになる。またとりわけ樋口の考えは、近代市民革命以後のリベラリズムの系譜に
属し、これはマルクス主義からすればブルジョアイデオロギーに他ならないわけで、
それらを同視するとは笑止千万。

レーニンの「国家と革命」でも読め。
マルクスの「ゴータ綱領批判」でも読め。
このたわけが。

【神】 芦部信喜だけど質問ある? 【通説】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1095252659/
323日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 10:14:16 ID:SHBsyPjp
>>1
これはあれだ。
自分自身の削除をオブジェクトが出来るのかってことだ。
Clearメソッド位実施できるだろ。
とプログラマにしか分からないジョークを振ってみる。
3241:2006/09/13(水) 12:12:14 ID:cN1rgBRC
>>321 あらためて書くのめんどうだから、コピペしよう。
法学板の無効論スレ1つ目の分ね。http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1115205220/
「正統憲法復元改正への道標」 小森義峯著
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30684362&introd_id=Xmo46Wk2oo6A949ii81kiGX86kGk356X&pg_from=u6
をネタもとにした書き込みは●
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
233 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/12(日) 15:38:00 ID:CdVxT8qX
例えば、「日本がポツダム宣言を受諾したのは、
連合国の圧倒的な武力の前に、渋々やったことであって、あれは無効だ」
と言ったなら、世の中の誰が、まともに取り上げてくれるであろうか?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
238 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/12(日) 20:58:48 ID:SrKivxdr●
>>233
>>236

なにボケたこと書いてるの?それともウソつきなのか?
この方は妄想壁でもあるのか?次々と妄想やってるし・・・
このスレッドのだれのどこを読んだら「ポツダム宣言の受諾の無効」を主張してるんだ?
番号あげて指摘してみなよ。ウソつき君。

ポツダム宣言に憲法改正(制定)要求があったかのような雰囲気づくりが狙いなのだろうがなw
そんなものは、要求してなかったぞ。

逆にポツダム宣言で要求していないことまで敵国がやったから問題がはびこっているのであって、
「日本国憲法」の強要は、占領軍側のポツダム宣言違反だったのである。その部分をひとことも
非難しないで、あたかもポツダム宣言に憲法うんぬんの要求があったかのようによそおう。

占領軍側がポツダム宣言の遵守さえしっかりやってれば、こんな憲法無効問題や、憲法の学問界が
犯罪者集団に成り下がるようなことなど起こりようがなかったのですよ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
3251:2006/09/13(水) 12:20:29 ID:cN1rgBRC
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
239 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/12(日) 21:35:24 ID:tmE4o3Ow
>ポツダム宣言に憲法改正(制定)要求があったかのような雰囲気づくりが狙いなのだろうがなw
>そんなものは、要求してなかったぞ。

ポツダム宣言にある
「日本國政府ハ日本國國民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ對スル一切ノ
障礙ヲ除去スベシ」「言論、宗教及思想ノ自由竝ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ」
という民主化および人権尊重の要求、さらには非軍備化の要求は、天皇と国民の間の君臣関
係を前提とし、軍の存在を当然のごとく認める帝国憲法の維持とは相容れないのでは?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
244 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/13(月) 00:38:53 ID:phtrst6P
>>239

ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4336042403/

(>>204)でもとりあげられているが、そんなウソ学問は小森義峯氏によって昭和38年の時点で論破されて、芦部や小林
は以降だんまりでそのまま一言も反論されてませんよ。
論破されたウソ学問を、長年、法の盗人(犯罪者)によって「なにもなかったように」教育されているのが、君らだよ。

それらの影響によるのだと思うが、貴殿のようにいまごろになっても「日本國政府ハ日本國國民ノ間ニ於ケル民主主義的
傾向ノ復活強化ニ對スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ」が憲法改正や制定を要求している箇所だという指摘は、テキストでも
やらなくなってるのじゃなかったかな。つっこまれるのがみえみえだからね。

論破されてしまったから、今度は、ほそぼそと「日本の政治形態」は「日本国民の自由に表明せる意思により決定」(バー
ンズ回答)されることになったのが、憲法改正の根拠だとあとづけ、こじつけでいいまわして逃げ回っているのが犯罪者集
団のはずだったがな。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
3261:2006/09/13(水) 12:24:30 ID:cN1rgBRC
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
245 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/13(月) 01:14:17 ID:NGtla6c/
>「日本國政府ハ日本國國民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ對スル一切ノ
>障礙ヲ除去スベシ」が憲法改正や制定を要求している箇所だという指摘は、テキスト
>でもやらなくなってるのじゃなかったかな。

ポツダム宣言が憲法改正を明示的に要求していなくても、ポツダム宣言にある連合国の
諸要求を受け入れるのであれば、憲法改正が不可避であるというのは明らかだったのでは?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
247 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/13(月) 01:33:07 ID:phtrst6P
>>245

>ポツダム宣言が憲法改正を明示的に要求していなくても<

明示的に要求していないということについて、双方争いがないようですね。

>ポツダム宣言にある連合国の諸要求を受け入れるのであれば、憲法改正が不可避
であるというのは明らかだったのでは?<

「不可避である」 ことが 「明らか」 だという理由は?

明示していないものが「明らか」だとはなw
通常なら、こんな大事(憲法うんぬん)は明示的に要求しなければならない。
(現に我国側にとって国体を護持しえたとの認識になっているから、「日本国憲法」的変革は明らかではない)

ポ宣言は、「条件列記」の形式になってますから、「明示外を要求する」=「条件外を要求する」です。
条件外(明示外)のものまで要求だと認めることは、有条件を無条件化することです。

なぜ、それほど敵国のカタをもちたいのかそのへんが一番異常だなあと感じる。
憲法教科書を読んだときと同じ異常なカオリがするw
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
3271:2006/09/13(水) 12:30:51 ID:cN1rgBRC
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249 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/13(月) 01:42:40 ID:NGtla6c/
>>247
>>239
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
250 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/13(月) 01:51:22 ID:phtrst6P●
>>249

ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4336042403/
まあ、キミのためには元の本を読んだほうが勉強になっていいと思うがよそに書いたのを
貼っておく。

>民主主義的傾向ノ復活強化ニ對スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ<

日本語の勉強からです。
「復活」は以前存在していたものが再びよみがえることです。
「強化」は弱いながらも存在していたものを一段と強くすることです。
全然前に存在しなかったものに対して「復活」とか「強化」とかいうことはありえません。
したがって、「復活」や「強化」からみて帝國憲法を除去する必要は認められません。
どちらかというと素直にみれば帝國憲法を生かす必要が読み取れます。
当時は国家規模での戦闘体制だったのですから、戦闘解除体制にもどればいいと
理解できます。

(つづく)
3281:2006/09/13(水) 12:32:16 ID:cN1rgBRC
次に、その前にある「民主主義的傾向」の民主主義の意味についてです。
「民主主義」という言葉は大別して2つの意味で用いられます。

 一つは、主権(国家意思の源泉)が何人に存するかという観点にたって国民主権と同義
に用いられる。他は政治が国民の民意尊重の政治形式をとる場合に用いられるから

1、主権の所在(国民主権)
2、民意尊重の政治形式

 この2つに大別されますが、ポツダム宣言での意味がこのどちらかといえば、そのあとに
つづく「復活強化」という文言と文意が整合するのは2の方となり、以前に存在していた「民
意尊重の政治形式の復活強化」を要求しているものと解釈されます。
 他の一方の1との結合である「国民主権の復活強化」という解釈は我国の経験した過去
の事実との整合上ありえないこととなります。
 このことは、ポツダム宣言の受諾によって「帝国憲法の原理が、そこで終局的に否定さ
れた(天皇主権→国民主権)ことは明瞭である」などという8月革命説が妄説たることの根
拠の一つにもなります。

 このようにポツダム宣言には、帝国憲法の改正を義務づける条項が全く存在しなかったの
です。また、ポツダム宣言は、日本軍の無条件降伏・武装解除と「民主主義的傾向の復活
強化に対する一切の障礙を除去すべし」として素直に読めば元々以前に存在した民主主義
的傾向たる帝国憲法秩序の「復活強化」を規定していたぐらいです。
連合国といえども、ポツダム宣言に定められた範囲以上のことを我国に強要してはならな
い国際法上の義務が発生するのです。

 ポツダム宣言に違反した「日本国憲法」の押し付けは広島長崎における原爆投下ととも
に、米国の国際法違反の行為として大いに糾弾されなければならない性質のものです。

(つづく)
3291:2006/09/13(水) 12:35:39 ID:cN1rgBRC
 占領側は憲法改正の要求をしないで停戦要求をしておきながら受諾国の武装解除が進
み完全軍事占領が整ったあとで占領側が明示した条件外の違反の要求をした。このよう
に始めから答えは出ているのです。

 誕生してしまった「日本国憲法」でメシを食っている人々が、自己保存本能(利権保護)の
ために単なる戦闘停止条件を明示しただけの「ポツダム宣言」の中に憲法の正統性を見出
すのが一番の得策であろうと必死に論法を開発、発明しているのでしょう。
 不純な動機、犯罪者、法の盗人の学問です。

又、ポツダム宣言を当時受諾した以降の人々の解釈はどのようなものであったのでしょうか。
 美濃部博士が当時朝日新聞紙上に<憲法を改正しなくてもポツダム宣言の要求する民主
主義の実現は可能である>と述べ(10月20日〜22日)次のように述べていたのです。

「私は、所謂「憲法の民主主義化」を実現するためには、形式的な憲法の条文の改正は必
ずしも絶対の必要ではなく、現在の憲法の条文の下においても・・・・・法令の改正及びその
運用により、これを実現することが十分可能であることを信ずるもので・・・・今日の逼迫せる
非常事態の下に於いて、急速にこれを実行せんとすることは、徒に混乱を生ずるのみで、
適切な結果を得る所以ではなく・・・・憲法の改正はこれを避けることを切望して止まないの
である。」

 また若手委員の宮沢教授も、同様の意見を「毎日新聞」に<明治憲法は民主主義と矛盾
するものではないと主張>しそれを発表していた。(10月19日)
 つまり、帝国憲法を「民主主義を否定するものではなく」、うまく解釈運用すれば、「十分民
主的傾向を助成し得るものである」との考えでした。
 このように「8月革命説」首唱者宮沢教授は昭和21年の4月頃革命説を発表されるまで、
すなわちポツダム宣言の受諾から相当長い間、帝国憲法改正不要論を一生懸命述べてお
られたのです。
 おそらく革命が起きたなどとは夢にも思っておられなかったのでしょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
3301:2006/09/13(水) 12:46:15 ID:cN1rgBRC
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256 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/13(月) 02:03:33 ID:phtrst6P●
>>239

>民主化および人権尊重の要求、さらには非軍備化の要求は、天皇と国民の間の君臣関
係を前提とし、軍の存在を当然のごとく認める帝国憲法の維持とは相容れないのでは?<

これらの価値の判断をする主体について述べられている部分を引用する。

*   *   *

問題はポツダム宣言は条約であるにも拘らず、連合国は何故にポツダム宣言に拘束されないのか、という
点である。ポツダム宣言を条約だと解する以上、これには締約国双方が拘束されるわけだから、連合国と
いえども、ポツダム宣言に定められた範囲以上のことを日本に強要してはならない国際法上の義務が存す
る筈である。

しかるに、事実は、ポツダム宣言に定められた範囲をこえて、それ以上のことを占領軍の権力を背景に日
本に強要した。米国製憲法の押し付けは、その最たるものである。私見によれば、米国製憲法の押し付け
というこのおおうべからざる事実は、かの広島・長崎における原子爆弾投下と共に、米国の国際法違反の
行為として、大いに糾弾されなければならない性質のものであると信ずる。

(つづく)
3311:2006/09/13(水) 12:49:30 ID:cN1rgBRC
ところが、芦部教授は、ポツダム宣言が一種の実質的意味における条約であることを認めながら、これに
拘束されるべき連合国の立場については一言もふれられないばかりか、今日国際法上の重要な原則とし
て一般に承認されている内政自己決定の原則に関しても

「国際社会の利益を防御するため、一国の憲法の自立性を制約する条約、それにもとづく干渉は合法だ
といっていい」(芦部論文、45-46頁)

と述べて、憲法改正に際してとられた連合国側の強圧的行為を全面的に弁護されている。

 しかし、ここでも「何が国際社会の利益であるか」ということを、いかなる人・いかなる国・いかなる機関が
判断し、認定するのかが問題であって、芦部教授の説かれる如く、その判断を連合国(戦勝国)側が一方的
になしうるというのであれば、そこには、法の問題はもはや最初から問題ではなく、唯「勝てば官軍」式の現
実の力関係のみが支配する法以前の問題だけが問題である、といわざるをえない。

もっとも、論者は、ポツダム宣言受諾の際に交わされた日本に対する連合国側の回答の中に「降伏ノ時ヨリ
天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ降伏条項ノ実施ノ為其ノ必要ト認ムル措置ヲ執ル連合国最高司令
官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」とあったことを根拠として、ポツダム宣言の有権解釈が連合国側にあった
ことを主張するであろう。しかし、ポツダム宣言の有権解釈権があるからといって、不当・不法なる解釈まで
も許されてよいものではない。法の有権解釈権の問題と法の客観的正当性の問題とは、厳に区別されるべ
きである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
3321:2006/09/13(水) 12:51:45 ID:cN1rgBRC
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
267 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/13(月) 02:21:34 ID:NGtla6c/
>全然前に存在しなかったものに対して「復活」とか「強化」とかいうことはありえません。

これは正しい。だが、だからと言って

>したがって、「復活」や「強化」からみて帝國憲法を除去する必要は認められません。

ということにはならない。

>どちらかというと素直にみれば帝國憲法を生かす必要が読み取れます。

さすがにこれは無理。冷静に自分の書いていることは読み直してみたら?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
268 名前:法の下の名無し 投稿日:2006/02/13(月) 02:26:29 ID:phtrst6P
>>267

267に書かれていることを、了承したとしても・・・

いずれにしても、貴殿が既述でみとめているように
ポツダム宣言には、「憲法うんぬん」の要求がしめされてなかったわけだ。
だから、日本側には改正義務も制定義務も生じていない。

ポツダム宣言を「日本国憲法」の正統性の根拠にもっていることは不可能。

本日はおしまい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
3331:2006/09/13(水) 13:04:44 ID:cN1rgBRC
>>321
>芦部信喜、小林直樹両教授が反論できなかった内容<

これの、全部じゃないの?全く反論しなかったのだから。
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000152829.zip] (戦争犯罪人)小林直樹・芦部信喜.zip
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000152829.zip

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000152829.zip] (戦争犯罪人)小林直樹・芦部信喜.zip
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000152829.zip


「正統憲法復元改正への道標」p35 末尾に  に書いてある↓↓↓

・・・なお、本論文発表当時、抜刷を送付した際、両教授から格別に「適当な機会に再反論をしたい」という趣旨のご返事
を頂いたが、結局、それがなされないまま、芦部教授は、平成11年6月に他界された。謹んで、ご冥福をお祈りする。


```````````````````````````````````````````````````````````````````````````````````

知ってる人は知ってるゾ!このとおり。
http://oncon.seesaa.net/article/7770767.html
正統憲法復元改正への道標(小森義峯著/国書刊行会、これは憲法学徒の必読書です)、

 諸先生方に厚くお礼申し上げます。なお法曹関係者の間では有名な東大憲法学の芦部信喜、小林直樹両教授は、
昭和三十八年に、帝国憲法擁護派の小森義峯教授によって彼等の憲法論の誤謬を厳しく指摘され公開論争を挑まれ
たが、一言半句の反論もできず、沈黙を余儀なくされたことを付言しておきます。
 
 宮沢俊義によって捏造され、樋口陽一に継承されている東大法学部マルクス憲法学は、すでに論破され大敗北を喫
した真赤なウソ学問なのである。
3341:2006/09/13(水) 13:07:22 ID:cN1rgBRC
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/cgi-bin/fondue.cgi?act=res&no=25
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/cgi-bin/fondue.cgi?act=res&no=25
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/cgi-bin/fondue.cgi?act=res&no=25
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/cgi-bin/fondue.cgi?act=res&no=25
http://kyuen.ld.infoseek.co.jp/cgi-bin/fondue.cgi?act=res&no=25

★もしも日本国憲法がなかったら by もしも日本国憲法がなかったら

 ↓理詰めでの反論に大変苦虜しとるので
   このままだと非常に恐いコトになってしまいそうでつ・・・orz ><。
335日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 15:29:58 ID:gD29pf7Q
>>333
公開論争の根拠は?
その論争で小森に反論できなかったという証拠は?

本人の本は根拠にならんよ
実際は逆でも
嘘を100回言えば事実になると思っているのが
日本国憲法無効論者なんだし

あと引用

>宮沢俊義によって捏造され、樋口陽一に継承されている東大法学部マルクス憲法学

はあ?君はバカか間抜けか?
リベラルをマルクス主義と混同しているよ。
マルクス主義のテスクトのどこをどう読めばいいのだ?
あるいは宮沢憲法学、樋口憲法学のどこがマルクス主義なのだ?
マルクス主義者なら怒り出すぞ。
マルクス主義の立場から言わせれば、宮沢や樋口は典型的なブルジョアイデオロギー
ということになる。またとりわけ樋口の考えは、近代市民革命以後のリベラリズムの系譜に
属し、これはマルクス主義からすればブルジョアイデオロギーに他ならないわけで、
それらを同視するとは笑止千万。

レーニンの「国家と革命」でも読め。
マルクスの「ゴータ綱領批判」でも読め。
このたわけが。

【神】 芦部信喜だけど質問ある? 【通説】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1095252659/

捏造で攻撃するのか!マルクス主義とは関係ないぞ
336日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 16:46:00 ID:Jm0CzjEM
>はあ?君はバカか間抜けか?
>リベラルをマルクス主義と混同しているよ。
我が国のリベラルってこんなもんでしょ。
337芦部信喜、小林直樹両教授に小森義峯は反論できなかった。:2006/09/13(水) 17:45:34 ID:MXpbHgXY

412 名前:日ごろ各種選挙でお世話になっているので、日ごろ,, :2006/09/05(火) 08:45:23 ID:B2Nm56A0
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-10-31/03_01.html
http://esashib.hp.infoseek.co.jp/abe06.htm
勝共連合の「集い」に自由民主党幹事長・安倍晋太郎が出席
(1988年2月20日 朝日新聞 朝刊 )
国家秘密法(スパイ防止法)の制定運動などを進めている国際勝共連合 (久保木修己会長)が主催する
「新春の集い」が19日昼、都内のホテル で開かれ、自民党の安倍晋太郎幹事長、渡辺政調会長らが来賓として出席、祝辞 を述べた。
安倍氏周辺は「日ごろ各種選挙でお世話になっているので、そのお礼の意味をこめて出席した。
国家秘密法制定とは直接、関係はない」 としている。
http://members.at.infoseek.co.jp/YaYa/system.htm
338日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 19:36:19 ID:8xSLdM0n
戦争する気か?
断固、絶対、反対〜!

「はだしのゲン」、これをよく見ろよ。漫画で分かり易く表現している!
書店で買って読めよ。

動画でもある。 パソコン TV ギャオ
http://www.gyao.jp/

アニメである。子供、家庭や学校でも見せないと!
恒久的に名作だ!

http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/?login_from=shityou&contentsId=cnt0005878&rateId=bit0000002&chapterNo=&recommend=1&contents_id=cnt0005878
3391:2006/09/13(水) 19:42:58 ID:cN1rgBRC
>>335
>嘘を100回言えば事実になると思っているのが
>日本国憲法無効論者なんだし
これの根拠は?かならず示してくれよ。
一度もろくな有効論を書き込んだことがないのに、100回言えば有効になると思って何ヶ月も粘着しているのが貴殿だろう?
成功例は一度もないけどな。
>公開論争の根拠は?
「正統憲法復元改正への道標」 小森義峯
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30684362&introd_id=Xmo46Wk2oo6A949ii81kiGX86kGk356X&pg_from=u6
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000152829.zip] (戦争犯罪人)小林直樹・芦部信喜.zip
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000152829.zip
凾アの画像ファイルのp9〜10の書き出し、p33の結語、p35末尾( )内に書いてあるのを読めばいいのに。
p9)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16905.jpg
p10)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16906.jpg
p33)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16907.jpg
p35)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16908.jpg

剳ハ人による当時の論争の状況が少し書いてある。
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai125.html
「憲法正統論」 相原良一
p219)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16909.jpg
p220)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16910.jpg
>その論争で小森に反論できなかったという証拠は?
反論できていたら教科書に載ってるでしょ。したがって貴殿が反論に困るはずがないがなw
芦部や小林が反論できたという証拠でもあるならみせて!
>リベラルをマルクス主義と混同しているよ。
あっそ、どうでもいいけどね。そんなの。活発なつっこみできるのは、これくらいか?

あっそうそう、>>313 もいつになったら具体的に書いてくれるのかな?
3401:2006/09/13(水) 20:17:26 ID:cN1rgBRC
>>335

ねえねえ、国会図書館の監修者、高見勝利などは?どっち?
「その批判なくしては、憲法が採用した国民主権原理は、実際に国民のものとはなり得ず、1945年8月に行ったはず
の君主殺し(regicide)も架空のものにとどまり続けるであろう」(287頁)
とか、論文に書いてるらしいけど。とっち?(>>191-192

マルクス?リベラル?どっちに分類されるの?
341日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 20:50:04 ID:gD29pf7Q
>>340
引用って書いてあるだろ
書いた奴に聞け

反論できないとすぐ逃げるな

>>公開論争の根拠は?
>「正統憲法復元改正への道標」 小森義峯
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30684362&introd_id=Xmo46Wk2oo6A949ii81kiGX86kGk356X&pg_from=u6
h>ttp://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000152829.zip] (戦争犯罪人)小林直樹・芦部信喜.zip
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000152829.zip
凾アの画像ファイルのp9〜10の書き出し、p33の結語、p35末尾( )内に書いてあるのを読めばいいのに。
p9)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16905.jpg
p10)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16906.jpg
p33)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16907.jpg
>p35)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16908.jpg

日本国憲法無効論者=憲法99条違反の犯罪者
の嘘を100回言えば事実になると考えている人間の
本人の著書は無効です
3421:2006/09/13(水) 21:18:01 ID:cN1rgBRC
>>341
>引用って書いてあるだろ
>書いた奴に聞け
引用であろうと、貴殿の主張の趣旨に合致しているから引用しているんだろ。
だったら、少しは意味を理解して引用しているんだろ。
だから、(>>350)は参考に聞いてみただけだ。
  わからないのなら、「わからない」と書きなさい。
全然、答えられないようなものは、引用するな。
自分が不案内な引用に「反論できないとすぐ逃げるな」だと?どういう思考回路してんのかねえ。

>日本国憲法無効論者=憲法99条違反の犯罪者
>の嘘を100回言えば事実になると考えている人間の
>本人の著書は無効です
以下の数行だけ都合よく見えなかったのですか?
当時の状況がわかるじゃないの。みざる?きかざる?
以下の著書記述は本人じゃあありませんよ。
(別の無効論者本人のでも無効ですか?貴殿の頭では無効論者のいうことは無効?w)
☆にも答えてもらいたいのだけどね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(>>341)
剳ハ人による当時の論争の状況が少し書いてある。
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai125.html
「憲法正統論」 相原良一
p219)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16909.jpg
p220)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16910.jpg
>その論争で小森に反論できなかったという証拠は?
反論できていたら教科書に載ってるでしょ。したがって貴殿が反論に困るはずがないがなw
☆芦部や小林が反論できたという証拠でもあるならみせて!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
仮にこっちが100回言えば事実になると考えている無効論者の立場だとして、
貴殿は1回くらいまともな有効論を述べたらどうですか?
貴殿は、まともな論を言わないでも憲法として有効になると考えている有効論者ですか?
3431:2006/09/13(水) 21:20:08 ID:cN1rgBRC
>>342

アンカーまちがい。(>>350)は(>>340)が正しい。
3441:2006/09/13(水) 21:22:30 ID:cN1rgBRC
有名な憲法制定過程を紹介するサイト!<共産党>が国会図書館の監修をやってはるわ。
http://www.ndl.go.jp/constitution/index.html
http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/aisatsu.html
高見勝利教授とは? (>>191-192
リベラルかな?マルクスかな?

345日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 21:25:33 ID:3gdwj5ei
平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50


平和憲法9条改正には軍靴の匂いがしますhttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1156254363/l5

平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50


平和憲法9条改正には軍靴の匂いがしますhttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1156254363/l5

平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50


平和憲法9条改正には軍靴の匂いがしますhttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1156254363/l5
平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50


平和憲法9条改正には軍靴の匂いがしますhttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1156254363/l5

平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくないhttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1156418757/l50

346日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 21:31:14 ID:Pmkc9+jZ
バカチョンが暴れてます。

一度日本人が韓国人に虐げられるのもいいと思います。やられないと被害者の立場なんかわからないでしょう。
今に在日韓国人の数が増え、日本人の数が減り日本は大和民族だけの国家ではなくなりますので韓国人に気を使わなければならなくなる。そのとき韓国人が日本人を許さなければ民族抹殺の目にあいます。
勿論天皇も同じです。

http://9007.teacup.com/omusubimaru/bbs?OF=20&BD=10&CH=5
347日出づる処の名無し:2006/09/13(水) 23:26:40 ID:gD29pf7Q
 こんにちは、私ども民間の「日本国憲法2.0開発部」は情熱を込めて、未来の憲法「日本国憲法 2.0」を開発し、この2006年2月6日に発表致しました。

 戦後現在まで、社会は大きな変化を遂げ、さまざまな事件が起こりました。テロだ、地球温暖化だ、社会保障の破綻だと、大問題だらけの社会になってしまいましたね。
 憲法解釈が分かれて繰り返される裁判。
 解釈改憲や国際条約の軽視など、憲法の主旨をないがしろにした立法・施策・判例の数々。
 この国の既成の国家機関は、日本をどっちへ連れていこうとしているのでしょうか。

 そこで、思い切って国家システムの規定である憲法に手を入れてみたらと試作したところ、とても面白い憲法草案ができたというわけです。

「これだ!」
「ここまで憲法にちゃんと書いてあったら世の中もっと良くなりそうだよね!」
と嬉しくなるような各種対策が満載です。

 「日本国憲法 2.0」の特徴として、今の日本国憲法の国民主権、自由平等、基本的人権をしっかり補強し、新しく「人々がもっと助け合えて、もっと楽しませ合える国にしよう!」という理念を提案しています。

 私どもは自民党さんの案とは違って、人権明記を軍拡とセットにするようなことはしていません。むしろ、各国がこうした平和憲法で同時軍縮を進めるという未来ビジョンを掲げております。
 自衛隊から国際救助隊へ、天皇制から儀礼官(ぎれいかん)制度へ、18歳成人として選挙権付与など、多くの方にご納得いただけると思う変更を提案しています。
 しかも、一票の平等や安全保障や国歌・国旗強制問題など、従来解釈が分かれて国と個人の間などで永年争いになっていた事項や、今は法律条文だけれど国民のために規定している
国家システムの大原則、また、小学生から知っておいて欲しい法の基本原則も、憲法に書き込んですっきりと解決しました。
(なお、巷で改憲案に上がっていても効果、コスト、副作用の議論が不十分な、大統領制、首相公選制、道州制、憲法裁判所および参議院廃止は、採用しませんでした。)

この結果、現行憲法全103条が155条に増え、文字数で約3倍の量になりました。でも、未来の憲法としては適切ないしやや多めの量と考えております(2.03版現在)。
 本来、これほど具体的に憲法で国家システムをガチガチ決めなくても、憲法の精神どおりに立法、行政、司法で運用してくれる国であったらいいのですが……情けない思いです。

いま自民党さんの新憲法草案をきっかけに改憲か護憲かの論争が起こっており、国民ひとりひとりに、
「外国からの攻撃に備えて軍隊明記・戦時の人権制限明記の“改正”をすべきか?
 それとも今の憲法の軍縮主義・人権重視を守ってじっくりいくべきか?」
http://blog.goo.ne.jp/nihonkoku_kempou/e/6a8833880d11ebd1fae76eabea76e725

という選択の刃が突きつけられています。
 この「日本国憲法 2.0」をきっかけに、日本国民諸賢に広い視点でご議論賜れるようになりましたら、私どもは最高の幸せでございます。
日本国憲法2.0開発部
3481:2006/09/14(木) 10:07:25 ID:8p+drOxJ
>>321
>芦部信喜、小林直樹両教授が反論できなかった内容
これの、全部じゃないの?全く反論しなかったのだから。
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000152829.zip] (戦争犯罪人)小林直樹・芦部信喜.zip
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000152829.zip

http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000152829.zip] (戦争犯罪人)小林直樹・芦部信喜.zip
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000152829.zip

>公開論争の根拠は?
「正統憲法復元改正への道標」 小森義峯
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30684362&introd_id=Xmo46Wk2oo6A949ii81kiGX86kGk356X&pg_from=u6
http://www.uploda.net/cgi/uploader1/index.php
[upload10000152829.zip] (戦争犯罪人)小林直樹・芦部信喜.zip
http://aploda.com/dl.php?mode=pass&file_id=0000152829.zip
凾アの画像ファイルのp9〜10の書き出し、p33の結語、p35末尾( )内に書いてあるのを読めばいいのに。
p9)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16905.jpg
p10)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16906.jpg
p33)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16907.jpg
p35)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16908.jpg

剳ハ人による当時の論争の状況が少し書いてある。
http://tendensha.co.jp/syakai/syakai125.html
「憲法正統論」 相原良一
p219)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16909.jpg
p220)http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16910.jpg

>その論争で小森に反論できなかったという証拠は?
反論できていたら教科書に載ってるでしょ。したがって貴殿が反論に困るはずがないがなw
349日出づる処の名無し:2006/09/14(木) 10:21:18 ID:91uOE5dm
憲法論的にはその通りだと思う。
でも現実的にはアレでよかったんじゃない。
今更天皇主権ってわけにもいかんだろ。
こんな議論したって、革命が8月じゃなくなるだけ。
それより現行憲法改正した方がいいよ。
3501:2006/09/14(木) 10:59:07 ID:8p+drOxJ
>>349

「日本国憲法」が有効か無効かは過去の成立経緯によって既に定まって存在する客観的な事実であり、後日の人々の
要望や欲求や支持、不支持にはまったく影響されません。無効とは主観ではなく客観、状態です。
だだをこねても、しょうがありません。無効の事実は事実、この事実は不動です。
よって、「無効確認」によって消滅するまで、「日本国憲法」若しくは「日本国憲法」の改正版には、無効宣言による消滅の運命
が延々ついてまわります。
今やってるのは、「日本国憲法」の無効の事実には、なんらの変動もあたえない自己満足の茶番。
改正!護憲!と言ってる人々の、いきあたりばったりの自己満足だということです。
所詮は、マッカーサーの手のひら(戦争犯罪)の上。
日本民族がGHQの子孫として生きていてはずかしくないのですか?

尚、ここでの憲法論は、「日本国憲法」も有効だと言ってるだけです。
かつ、「日本国憲法」とあわせて帝国憲法も有効だと言っているだけです。

又、天皇主権だったかどうか自分の頭でよく考えたらどうですか?

351日出づる処の名無し:2006/09/14(木) 16:05:42 ID:G7fy0B9K

>>350
> >>349
> 後日の人々の
> 要望や欲求や支持、不支持にはまったく影響されません。

まったく影響されぬという主張の論拠は???
352日出づる処の名無し:2006/09/14(木) 16:08:49 ID:jvXDtIV8

http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20060813/p2

■[憲法]統帥権の独立について
統帥権についてささやかなメモ(極東ブログ8・13)

このなかでfinalvent氏は、統帥権、輔弼という難解な法学用語を定義のうえでなぞり返しながら、
字義通りに受け取ってもコアの部分で理解することはできない、とする。そのうえで、
小室直樹の以下の発言を考えるヒントとして引用する。

 ではそのコアとはなにかなのだが、私の理解は小室直樹と山本七平の対談集「日本教の社会学」に
べたに寄っている。なお、同書は復刻されているのだろうか?

 小室直樹は日本の軍というものに触れて、こう続ける。

小室 ですからそういう意識があればこそ「統帥権の独立」というものは徹底的に誤解されたんですよ。
「統帥権の独立」とは、まず、軍隊を国民から隔離することであると。それからさらに、
軍部が勝手なことをしてもよろしと、そこまで誤解したんだから、どうしようもないんですね。
「統帥権の独立」ということが意味をもつための第一の必要条件は、政府と軍部とのあいだの
密接な協同(コーディネーション)にあるのです。

 ちょっと聞くと違和感があるかと思うが。これを小室は詳しく解説している。

小室 歴史的にいいますと、統帥権の独立とは、ビスマルクとモルトケと
ウイルヘルム一世の関係から出てきたのです。ビスマルクは鼻っ端が強いから、
用兵の内容までもいちいちくちばしを出すんだそうですよ。ところがモルトケは、
「おまえは外交の天才かもかもしれないけど、戦争のほうはおれにまかせとけ」と。
いっさい作戦内容には容喙させなかった。しかしながら、国家的見地に立った大国策、大戦略に関しては、
モルトケはビスマルクに絶対服従。
3531:2006/09/14(木) 16:27:42 ID:8p+drOxJ
>>351

赤信号をみんなが渡り続けたからといって青信号にはならんだろう。
354日出づる処の名無し:2006/09/14(木) 18:17:28 ID:SSPT0tRn

>>353

クルマの側も皆の横断を
容認してきたワケだから・・・
3551:2006/09/14(木) 18:26:53 ID:8p+drOxJ
>>354

赤信号をみんなが渡り続けたりクルマの側も皆の横断を容認してきたからといって青信号にはならんだろう。

356占領憲法:2006/09/14(木) 20:48:53 ID:v6r3W8u/
まったく、↑の通りです。矛盾だらけの「現憲法」!!

「根無し草憲法」で60年、いまじゃアメリカが「憲法改正」を「熱望」(爆笑)
357日出づる処の名無し:2006/09/14(木) 21:03:47 ID:k+uOyODx
暴走に歯止めをかけられなかった欠陥憲法よりはズットマシ。
氏素性による階級がいくつも存在していた憲法よりはズットマシ。
無効確認やらなんやらは俺が死んだ後にやってくれ。
現在の平均寿命で考えるのなら後70年くらいはこの憲法を元にしてくれなければ困る。
大日本帝国憲法には一瞬たりとも戻してなるものか。
358日出づる処の名無し:2006/09/14(木) 23:27:34 ID:WQyZmwE2
げんかうけんぱふはくわんぜんむかう!
たうぜんながらせんりやうじにつくられたはふりつはすべてむかうとすべきであらう

あくのごんげん
にほんのかなづかひのみだれのぐゑんいんたる
いはゆる「げんだいかなづかひ」もくわんぜんむかうだ
「げんだいかなづかひ」をつかふものは
ジーエッチキュー、マックにてをかすせんぱんである!
せんぱんのなかまをしせんぱんにてをかすかうゐもせんさうはんざいだからだ!

みなみできくじせんせいがれきしてきかなづかひをつかふのはそのかんがへも
もとにはあるであらう

だがまつてほしい!
なぜかんじなとをつかふのだ?
かんじはシナのもじである

わがくににはかなといふすばらしいこゆうのもじがある
なにもかんじをつかふひつえうはないのだ

ここでだんげんする
かんじをつかふのはシナのいぬになるかうゐである!!
しんににほんをあいするのなら
かんじはいしをおしすすめるべきだ!!

すくなくともジーエッチキューのくわいらいとしてげんだいかなづかひをつかふことは
ぜったいにしてはいけないことである

また、かんじをつかひシナのいぬとなることもどうやうであらう
359日出づる処の名無し:2006/09/14(木) 23:31:27 ID:iRmS5ILS
真剣な意見です。

北朝鮮が核実験したら、その放射能でどれだけの犠牲者がでるんだろう。
魚が食べれなくなり、水も飲めなくなるかもしれない。
日本ももちろんの事、中国、韓国、ロシア、モンゴル、そして北朝鮮自身で、
どれだけのガンや白血病で死ぬ人たちがいるんだろう。
日本やアメリカが経済制裁をしていることで、
どれだけの北朝鮮の子どもたちや弱者たちが餓えて死んでいくのだろう。

日本からプライドを捨てて頭を下げればいいじゃないか。
国交正常化をしようと、握手を求めればいいじゃないか。
そうすれば、北朝鮮はきっと良い国になる。拉致問題も解決に向かうかも知れない。
人の命や、私たちの未来の子どもたちの幸せ、それより大切なものなんてない。

私たちは、生きて、生きて、生きのびなければならない。
私たち人類が平和に幸せに生きていくのが何より大事。
そのためなら、日本人のプライドを曲げてでもこちらから折れたってかまわないじゃないか。
愛する者の笑顔が何より大事じゃないか。

そのことを、私は日本と北朝鮮の政治家や軍人たちに伝えたい。
メディアや政治家を動かすのは私たち国民の声だ。
私たちが声高に叫ぼうじゃないか。

360日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 00:13:54 ID:43gAPYHb

>>355

赤信号を渡り続けたというより

むしろそれまでの信号機自体に問題ありと皆が感じたから

「舶来物信号機でも
  かなりマシである」 と判断して

    ひき続き運用してきたワケ。
361日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 00:58:28 ID:VMbE4bWC
>>4
>2,帝国憲法が厳存していること。
ガタガタブルブル。
362日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 01:24:04 ID:I3Es3r79

>>361

新無効論ではそうなるらスィ・・・
くわばらくわばら・・・



治安維持法
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1147004196/

【平成版】人権擁護法案【治安維持法】
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1111526970/
3631:2006/09/15(金) 01:57:02 ID:NMCTGQZM
>>360
>赤信号を渡り続けたというより
>むしろそれまでの信号機自体に問題ありと皆が感じたから
>「舶来物信号機でも
>かなりマシである」 と判断して
>ひき続き運用してきたワケ。
そんなこと、だれも論点にしとらんだろw
まったくわかってないね論点を。信号機の発端はコレ↓(>>351
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
> >>349
> 後日の人々の
> 要望や欲求や支持、不支持にはまったく影響されません。
まったく影響されぬという主張の論拠は???
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「客観的に存在する法的な無効の事実が、後日の人々の要望、支持不支持によっても影響されないのな
らその論拠をしめせ」

それに対し、>>353 で、
>赤信号をみんなが渡り続けたからといって青信号にはならんだろう。
と書いたが、これの意味は、
「そんなのあたりまえでしょ。違法の事実継続でもって違法性の消滅は説けないでしょう」と言っている。
 細かく説明すれば、
「赤信号をわたりつづける」という違法継続は、いくら続けても、「赤信号を渡ってはいけない」という規範を
無効化(青信号化)できないでしょう。わたってもわたっても当初のまま「赤信号をわたること」は違法のま
までしょ。(青信号にならないでしょ)これを、憲法論におきかえると、
「仮に後日の国民の要望や支持があるからと、それを背景に無効な憲法による国家運営を継続したとして
も、それは、単にさらなる違法のうわぬり、違法事実の連鎖的継続状態が出現しているだけであって、違
憲や立法行為不存在を原因として無効な憲法を、まかり通らせる違法継続の根拠にはなっても、無効の
治癒にはなんらの足しにもならないだろう。違法の継続事実が違法性の消滅をもたらさないからです。」
(つづく)
3641:2006/09/15(金) 01:57:58 ID:NMCTGQZM
又、この違法継続で治癒できなという違法の種類ですが・・・・
「日本国憲法」が憲法として無効という場合、その性格として無効の原因には2種類あります。
(あ)そもそも法創造(立法)が行われていないから有効と言いようがない。>>5-6 の1
(い)既存(先行)の規範に反しているから無効。>>5-6 の2

一つでも無効なのに「日本国憲法」の場合は、これらの両方に該当して無効なのです。これらを理由に無
効状態は客観的な事実として確実に出現しました。既存です。
又、(あ)(い)とは別に、無効な「日本国憲法」を憲法として扱って国家運営をやっていること自体が、日々
違法の連鎖的継続状態であることも確かです。

この状況にある無効を「後日の人々の要望や欲求や支持、不支持」によって変更(有効化)できるでしょうか?
(あ)の無効原因を治癒するには「後日の人々の要望や欲求や支持、不支持」が立法行為に匹敵するもの
でなければなりません。規範を創造する原動力に匹敵するものでなければなりません。
(い)の場合に無効ではないというためには、あっさり言うと「憲法なんて守りません」と言わなければなりま
せん。帝国憲法よりも「後日の人々の要望や欲求や支持、不支持」を尊重するのなら憲法を明文化し立憲
国家となった意味がありません。

また、根本的におかしいのが「後日の人々の要望や欲求や支持、不支持」によって先行している無効の事実
に対し影響をおよぼすためには、「後日の人々」が「日本国憲法」が無効なこともその理由も既知でなければ
なりません。効力につき両論併記の教育を受けたわけでもなく、憲法無効論の存在とか、効力に疑義がある
こと自体認識していない人々をして、その外観から無効の事実に対し影響をおよぼすような「支持」の有無を
計測することなど出来るでしょうか?
365日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 01:59:09 ID:DIxivxGP
\\\\\\\   i::::::::/'" ̄ ̄ヾi              //////////
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\        ,____/ヽ  ー== ;       ,-、   ( ィ j   /    \
        r'"ヽ   t、   \___ !      (Y _)、 / /     | ^     |
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      / ヽノ  j ,   j |ヽ           / /\      !ニ=- ノ  _!_
     |⌒`'、__ / /   /r  |         / / \ \    ヽニ´/ ̄  `ヽ
     {     ̄''ー-、,,_,ヘ^ .|         / /     \ \    〉/        }
    ゝ-,,,_____)--、j         / /        \ \  / i,、_,   , ,',;:',i
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      |    "'ー‐‐---''     / /              ヽ ン´ヽ   ,';','i
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  ,〃  _l:::::`ー,=-'(   / /                    /,',',';;"  /i ,;',/
 /     ´ゞ._;;;:r';二二二´__ノ                    ,' 、  / /  \
 l    ,.''"  `'(:::)、::    ` 、                   〈   <    {////
 ;    ,'"      `ー、__  `l                  i;,;、  !    ´´´
 l   ;'       /::::::::::::::::ノ                   !,;;   i
 |  ._i'       ヽ`''「 ̄ ̄                      |,','、 i
(__ )'       \_\                      !;;', |



366日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 02:01:13 ID:VMbE4bWC
>>364
2.帝国憲法違反(75条)。

第七十五条
 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス

摂政って誰の事?
3671:2006/09/15(金) 02:03:17 ID:NMCTGQZM
>>366
だれだろね
368日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 02:06:51 ID:VMbE4bWC
なんだ迷信か。
3691:2006/09/15(金) 02:08:26 ID:NMCTGQZM
>>366 >>368 マンドクセ、前スレからコピペだ。
【法律論議としての無効理由】
 日本国家全体が大きな強制収容所になっている時期に天皇大権を侵害して、実質、外国勢力によって発議され、
審議及び議決が全過程において強要され、全過程において日本人の自由意思がなかったような憲法の制定や改
変は万一、帝国憲法に憲法や典範の変更禁止規定がなくとも無効である。

 上記は正常な感覚があれば了解できるはずであるが、そうではない不自由な方の為に、帝国憲法上にズバリ憲
法と皇室典範の改変の<禁止を規定>している条項が存在するので、ここに明示することにする。

帝国憲法75条
 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス

「置くの間」とあるように、これは禁止する「期間を設定」した条項である。日本国がこれに該当する状況におかれて
いる時期には憲法の改変は禁止される。条文を表面的に読めば、もちろん摂政をおく間の改変を禁止しているが、
その本質を理解するに天皇と摂政との権能のちがいを考えればいい。
摂政は「憲法改正発議」以外のあらゆる大権については「天皇の名において」大権行使できるが「憲法改正発議」
については例外として75条によってわざわざ禁止しているわけです。
つまり、

【75条は天皇一身専属にかかる天皇大権「憲法改正発議」の円満な行使が行えない期間の憲法と皇室典範の変更
を禁止している】

ことは明瞭です。
帝国憲法発布の『勅語』及び帝国憲法第73条第1項にあるとおり憲法改正の発議権は天皇に専属し、帝国議会及
び内閣などの機関、ましてや外国勢力の介在や関与を許容するものではなかった。
被占領下の天皇の上にマッカーサーが絶対君臨し、かつ国土全土が完全軍事占領下で国民が人質にとれられて
いる中、「日本国憲法」の起草が連合軍によって実行され帝国憲法第73条で定める憲法改正発議権そのものを侵
害するまでにいたった事実は帝国憲法75条にいう【期間】「通常の変局時」をはるかに上回る「異常な変局時」という
【期間】に該当し、この禁止を侵しておこなわれたこの異常期間内における憲法や典範の改変は帝国憲法に完璧に
違反して絶対無効である。という話になるわけです。
370日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 02:14:19 ID:VMbE4bWC
>【75条は天皇一身専属にかかる天皇大権「憲法改正発議」の円満な行使が行えない期間の憲法と皇室典範の変更
>を禁止している】
俺様解釈なわけね。
了解した。
371日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 02:17:09 ID:4SKd+khS
鉄砲玉…って居ますよね。
自分でやるのは嫌だけど、こいつなら代わりにやらせられる。
懲役にも行ってくれる。
ちょっと組織の速さに随いていけない、忠実だけどちょっと能力が…、ってな人が多い。
企業にとっては、派遣やパート。フリーターの人たちも同じ。
多くない? 自分を苦しめる原因を作っている人たちに優しい振りしてもらうだけで、自分は違うんだ、俺は目を掛けて貰ってる、って感じる人。
もう一回考えようよ。兄貴がホントに君のために言ってるのか、それとも自分の身を保つために言ってるのか。
優しい言葉に用心。この人だけは俺のことを分かってくれてる、って思うのがマインドコントロールの最初の段階だよ。
世の中そんなに簡単に(だれかに随いていけば絶対大丈夫)なんてことはないよ。
ホントに損している、あなたに是非伝えたくって、元鉄砲玉の妄言です。
ゴメン長くて。
372日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 02:25:47 ID:DIxivxGP
            , ─── 、      
            /         ヽ
            /     _      ⌒ヽ   すぐ準備します
            /    /__)       l
          (( |    /   , −、フ ノ )__ノ
         __ 〉−v   / ,‐/  ̄ ,-、 lノ ))
         /  | )  u ヽ (ノ    /、 //     
       /   _ノヽ_         〈ノノ/  っ
        ̄ __ /\   _  ゝ  l  っ
        /´       ヽ ( _ /   ノ l     
      /      `ヽ  _ ` ー、− ´ヽ,ノ ヾ,−、
     /   /        l   l       (    )
     l  l/  、      l  !       `ー '
  (( |  |   `ー     ノ,  |
     l  l         //   ノ
    /  _〉、__  ,  _/´  / ノノ
     iヽ_、_j    ̄ ̄ |  l´
     l/ ⌒ \    /^| ノ
    ヽ    ヽ/  l
     ヽ     |    |
      l      |    l
        |     l   !

373日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 02:26:58 ID:selk7Atg
1さんはニートなのですか?
374rothschild:2006/09/15(金) 02:27:22 ID:NngFErTt
>>371

多   北
も   も
優 ⇒ 優
世   生
ホ   保
ゴ   護
375日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 05:10:49 ID:I3Es3r79

>>363

仮にそうだとしても、ある事実継続が
従前の法体系において違法であるとすること自体の
完全な妥当性・正当性については説けないでしょうがね・・・。
376日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 08:00:53 ID:Kkl10Una
げんかうけんぱふはくわんぜんむかう!
たうぜんながらせんりやうじにつくられたはふりつはすべてむかうとすべきであらう

あくのごんげん
にほんのかなづかひのみだれのぐゑんいんたる
いはゆる「げんだいかなづかひ」もくわんぜんむかうだ
「げんだいかなづかひ」をつかふものは
ジーエッチキュー、マックにてをかすせんぱんである!
せんぱんのなかまをしせんぱんにてをかすかうゐもせんさうはんざいだからだ!

みなみできくじせんせいがれきしてきかなづかひをつかふのはそのかんがへも
もとにはあるであらう

だがまつてほしい!
なぜかんじなとをつかふのだ?
かんじはシナのもじである

わがくににはかなといふすばらしいこゆうのもじがある
なにもかんじをつかふひつえうはないのだ

ここでだんげんする
かんじをつかふのはシナのいぬになるかうゐである!!
しんににほんをあいするのなら
かんじはいしをおしすすめるべきだ!!

すくなくともジーエッチキューのくわいらいとしてげんだいかなづかひをつかふことは
ぜったいにしてはいけないことである

また、かんじをつかひシナのいぬとなることもどうやうであらう
377日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 09:16:58 ID:yrwDB7Ge
>>376

×あくのごんげん
○あくのごんげ
だな。

悪の権現て何?W
378日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 09:34:17 ID:Kkl10Una
>>377
ごん‐げん【権現】
「ごんげん」を大辞林でも検索する

1 仏・菩薩(ぼさつ)が人々を救うため、仮の姿をとって現れること。

2 仏・菩薩の垂迹(すいじゃく)として化身して現れた日本の神。本地垂迹説による。熊野権現・金毘羅(こんぴら)権現などの類。

3 仏・菩薩にならって称した神号。東照大権現(徳川家康)の類。

ごん‐げ【権化】
「ごんげ」を大辞林でも検索する

1 仏・菩薩(ぼさつ)が人々を救済するために、この世に仮の姿となって現れること。また、その仮の姿。化現(けげん)。権現(ごんげん)。化身。

2 ある抽象的な特質が、具体的な姿をとって現れたかのように思える人やもの。「美の―」「悪の―」

まちがひだつたな
すまない
だが、ごぐゑんはおなじのやうにもおもへる

きみもシナのいぬでないのならば
かんじをつかふのはやめなさい
379日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 09:56:21 ID:Kkl10Una

にほんこくけんぱふはむかう

げんだいかなづかひをつかふやつはジーエッチキューのいぬ
かんじをつかふやつはシナのいぬ
3801:2006/09/15(金) 15:28:48 ID:NMCTGQZM
天皇  <昭和から平成へ>  葦津珍彦著 神社新報社 1000円  第三章 神聖をもとめる心 >>18-19

神道神学論考  上田賢治著  大明堂  2700円   第三章 実践・応用神学 >>20-31

「国家についての考察」 佐伯啓思著 飛鳥新社1800+税 >>38-52

これだけは譲れない 歴史教科書10の争点・藤岡信勝+「新しい歴史教科書をつくる会」 徳間書店・1500円 >>74-92
 第6章・大日本帝国憲法とは何か(p145〜)   大月短期大学教授・小山常実

■再考 皇室典範改正 議論すべき五つの論点
−−天皇制廃止のもくろみをうち砕くために何をなすべきか−− 大月短大教授 小山常実 >>200-211
3811:2006/09/15(金) 15:29:41 ID:NMCTGQZM
動画又は音声ファイル
>>241-249
>>260
>>286

文書(画像)ファイル
>>254
>>262
>>348
3821:2006/09/15(金) 18:55:33 ID:NMCTGQZM
>>375
>仮にそうだとしても、ある事実継続が
>従前の法体系において違法であるとすること自体の
>完全な妥当性・正当性については説けないでしょうがね・・・。
なに言ってるの?・・・わかりやすくしてみよう。
>仮にそうだとしても、赤信号を渡り続けることが、
>従前の交通法規体系において違法であるとすること自体の
>完全な妥当性・正統性については説けないでしょうがね・・・。
こういうことをいいたいのかな。
>この仮にそうだ
は、先の「赤信号うんぬん・・・」のはずだから、
>赤信号をみんなが渡り続けたからといって青信号にはならんだろう。
>仮にそうだとしても、赤信号を渡り続けることが、
>交通法規体系において違法であるとすること自体の
>完全な妥当性・正統性については説けないでしょうがね・・・。
とのつながりの文章になるはずだが・・・・・なんで、説けないの?「赤信号を渡ってはいけない」という意味の明文規定く
らい探せばあるはずだよね。交通法規を読めばおしまい。完全な妥当性・正統性についてすぐ説けますね。
 この調子で、このスレの憲法論に引き直すと、「・・・してはいけない」という規定くらい帝国憲法にすぐみつかりますよね。
まず、「日本国憲法」が無効である根拠となる条項をさがせばいい。そうすれば、それに基づいて無効な「日本国憲法」の
使用継続も当然「・・・・してはいけない」の部類の「ある事実継続」に該当することになりますね。そんなことくらい帝国憲
法を読めばおしまい。完全な妥当性・正統性についてすぐ説けますね。(帝国憲法75条)>>369  
75条だけで不足ならまだまだありますが・・・・
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/kokutai/kokutai3.htm
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mukou.htm
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1146506301/1
また、法律など知らなくとも、そもそも政府案にも帝国議会審議にも全ての過程において日本側の自由意思がなかった
というポイントさえ押さえておけば、立法行為自体が不存在といえるので法律判断の必要な専門的論議以前の段階で無
効が明白なのですから、「日本国憲法」の無効の完全な妥当性・正統性はすぐにだれでも説けます。
 憲法業者だけが死んでも説くわけにはいかないだけです。
このように「日本国憲法」の無効の完全な妥当性・正統性はすぐだれにでも説けることであるように、その無効な「日本国
憲法」によって国家運営を継続することも違法であることの完全な妥当性・正統性くらいはすぐにだれでも説けます。
 なーんも、むつかしくないw
3831:2006/09/15(金) 18:59:25 ID:NMCTGQZM
>>382  一部訂正。
正統性と書いたのは ×
正当性が ○
384日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 20:42:07 ID:Kkl10Una
>>382
なぜ、ジーエッチキューおてせいのげんだいかなづかひをつかふのだ?
にほんのかなづかひのみだれのぐゑんいんたる
いはゆる「げんだいかなづかひ」もくわんぜんむかうだ
「げんだいかなづかひ」をつかふものは
ジーエッチキュー、マックにてをかすせんぱんである!
せんぱんのなかまをしせんぱんにてをかすかうゐもせんさうはんざいだからだ!

みなみできくじせんせいがれきしてきかなづかひをつかふのはそのかんがへも
もとにはあるであらう
385日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 20:46:42 ID:bFoEJoRN
朝日新聞の記事は他新聞と比べて一番まともではない
だろうか日本が右傾化しないように社説で繰り返し述
べているはき違えた愛国心を煽るようなマスコミを信
じてはいけない売れさえすればいいという軽薄な商魂
の論説ばかりが国を危うくするのは太平洋戦争で懲り
たであろう機会ある毎に日本の過去の過ちに対する反
省を促し関係諸国との友好を深めようとしているのが
朝日新聞であるなまじ知った歴史の一部で全てがわか
った顔をすると恥をかくだけだのうのうと生きていら
れるのは平和憲法のおかげであることは間違いない
できもしない自主防衛を唱えていては過去の過ちを
繰り返すだけである不利なことがわかっていなが国
民を煽って戦争に突入し買い物も切符が無ければ買
えもしないような生活をさせながら運用される資
金はすべて軍事行動向け動力になるべき燃料も
く資源も無い日本が何の大義もない戦争を
推し進めるのは狂気の沙汰としか言い様が無
い進軍ラッパをもう一度聞きたいのか?

3861:2006/09/15(金) 22:10:34 ID:NMCTGQZM
┏━━━━━━━━━━━━┓   ,
┃ (^。^;)<ここまで読んだ   ┠〜'´
┃     俺専用しおり         ┃
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387日出づる処の名無し:2006/09/15(金) 22:36:20 ID:odm/BDaz
今中学生のいとこ(♀)が風呂に入っているのだが
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/tanka/1157611729/l50
3881:2006/09/16(土) 11:12:57 ID:ttcNS8r4
【現行法も認める人間のクズ思考】
日本憲法 回顧と展望−−−−−−−−大石 眞
http://www.yuhikaku.co.jp/shosai/20c/19990101.html
(抜粋) 
 日本側の自主的な検討成果を保守的だとして却けた総司令部民政局は, アメリカ本国政府の日本統治
改革案に依拠しつつ, 自ら憲法制定会議と称してマッカーサー草案を作成する。 これが以後の憲法制定
史を決定的に支配し, 日本政府の検討作業も帝国議会の審議も, 文言の修正を含めて, すべて総司令部
の指示を仰ぎつつ行われる。 こうした舞台裏の様子は各種の資料からすべて明るみに出され, 今日すで
に公知の事実になっているが, だからといって, 自由意思によらない現行憲法は無効であるといった議論は
成立しない。 およそ瑕疵ある行為を当然に無効と解すべきかは問題で, むしろ一定の追認行為によって瑕
疵は治癒されるとするのが, 現行法も認める法思考だからである。  (抜粋おわり)

上記を分析すると、これは、>>363-364 に真っ向から反対のことを言ってますね。
こちらの「赤信号をみんなが渡り続けたからといって青信号にはならんだろう」と言っているのに対し、「赤
信号をみんなが渡り続けたら青になる」と言ってます。自分の属する業界の側から、「今、赤ですよ」とみん
なに告知したこともないくせに・・・・。逆に赤信号であるのに青だと言いつのって、さんざん業界こぞって隠
蔽してきた犯罪人のくせにね。

>だからといって, 自由意思によらない現行憲法は無効であるといった議論は成立しない。

このの一行はすごいねえ。「自由意思によらない」の内訳は、この方がそれより上の4行に記述しているよ
うなものにである。これは、立法行為(=国家の単独行為)が行われていなかった証拠。自由意思がどこ
にもなかったということ=日本側の意思がどこにもなかったということである。立法(議会審議)の自由意思
と、契約(講和条約)など相手(それも占領軍)の出方を考慮した自由意思とはまったく種類がちがうからね
え。やはり立法行為ではなく「しぶしぶの受諾行為」(講和条約)といったほうが適切。
3891:2006/09/16(土) 11:15:01 ID:ttcNS8r4
>およそ瑕疵ある行為を当然に無効と解すべきかは問題で, むしろ一定の追認行為によって瑕疵は治癒さ
>れるとするのが, 現行法も認める法思考だからである。
これには、2つのおかしい内容が含まれています。
1、違法性を読者に悟られないようにして、結局、違法性の消滅を説いていること。
2、瑕疵でないものを瑕疵と言っていること。
1は(い)を乗り越えるため。2は(あ)を乗り越えるため。そのためのごまかしです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
>>364
(あ)そもそも法創造(立法)が行われていないから有効と言いようがない。>>5-6 の1
(い)既存(先行)の規範に反しているから無効。>>5-6 の2
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1、まともなら「赤信号をみんなが渡り続けたからといって青信号にはならんだろう」 と正常な感覚なら思考す
るところ、「赤信号みんなで渡れば青になる」といいまわしてます。そのため、あたかも違法性(帝国憲法違
反など)が存在しないかのような語り口になってます。しかし結局(い)の無効原因に対抗して違法性の消滅
を説いたのと同じことです。

2、「追認行為」が立法行為(法創造)に匹敵するとは言えないことから、無効原因の方を「瑕疵(キズ)」だと
設定しなおしているのです。実体を語れば、そもそも「日本国憲法」は立法行為不存在なのであるという事実
をかくしています。小山氏のように「有効といいようがない」とするのが正常です。>>222

(あ)(い)を原因として無効なものを治癒するためには、>>364 でいうように、
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(あ)の無効原因を治癒するには「後日の人々の要望や欲求や支持、不支持」が立法行為に匹敵するもの
でなければなりません。規範を創造する原動力に匹敵するものでなければなりません。
(い)の場合に無効ではないというためには、あっさり言うと「憲法なんて守りません」と言わなければなりま
せん。帝国憲法よりも「後日の人々の要望や欲求や支持、不支持」を尊重するのなら憲法を明文化し立憲
国家となった意味がありません。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
これらを、どのように説明するのだろう?この方のいう<現行法も認める法思考>とは「一定の追認行為」
によって(あ)(い)が治癒されるらしいが、違法の継続が違法を治癒するとはどういう法思考だろう。
アホ思考とか人間のクズ思考としかいいようがないな。
390日出づる処の名無し:2006/09/16(土) 11:34:32 ID:bVbIV/Dp
>>389
なぜ、ジーエッチキューおてせいのげんだいかなづかひをつかふのだ?
にほんのかなづかひのみだれのぐゑんいんたる
いはゆる「げんだいかなづかひ」もくわんぜんむかうだ
「げんだいかなづかひ」をつかふものは
ジーエッチキュー、マックにてをかすせんぱんである!
せんぱんのなかまをしせんぱんにてをかすかうゐもせんさうはんざいだからだ!

みなみできくじせんせいがれきしてきかなづかひをつかふのはそのかんがへも
もとにはあるであらう
391日出づる処の名無し:2006/09/16(土) 12:56:03 ID:mt99Fgyi
1さんはニートなの?
3921:2006/09/16(土) 13:55:45 ID:ttcNS8r4
┏━━━━━━━━━━━━┓   ,
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動画又は音声ファイル
>>241-249
>>260
>>286

文書(画像)ファイル
>>254
>>262
>>348
>>380
3931:2006/09/16(土) 19:10:19 ID:ttcNS8r4
>>390
 我が国が主権論の国家ではなく国体論の国家(主権という言葉を使うとするなら国体主権=国柄主権)たることを熟知し
ておられる方なら、憲法は帝国憲法、仮名づかいは正統仮名づかいが正解と主張されることはもっともなことだと思います。
しかし今の自分には正統仮名づかいをする能力がありません。今後の課題です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
教室から消えた「物を見る目」、「歴史を見る目」  小柳陽太郎著  草思社
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4794209762/ref=sr_11_1/
P7
[付記]
 本書の仮名づかいについては、出版社からの強い要請によって引用文以外はすべて「現代かなづかい」によることにした。
しかし本書中の「戦後の国語改革で奪われた『日本語のいのち』」においてふれたように、元来「現代かなづかい」は、日
本語のローマ字化を狙う占領軍の方針と、それに呼応する一部の勢力によって昭和二十一年、当用漢字の制定とともに、当
時の権威ある国語学会の意向さえまったく無視したまま施行されたものであった。もっとも、従来の仮名づかいをそのまま
改める必要がないとはいいがたく、よくいわれるように、「蝶々」を「てふてふ」とふるがなをつけるような「字音仮名遣」
など考慮すべき問題は残っているだろうが、少なくとも藤原定家、契沖以来、見事に整えられた五十音図を基礎にした正確
な文法体系は、美しい日本語を後世に残すために是非とも保持すべきであろう。もって今後の課題としたいと思う。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
P17
戦後の国語改革で奪われた「日本語のいのち」
 一八七一年、普仏戦争に敗れたフランスはアルザス、ロレーヌをドイツに割譲することになった。フランスの作家ドーデ
はその著『月曜物語』の中で、この領土を奪われるという深刻な悲劇を背景にした一少年の大権を『最後の授業』という有
名な短篇で描いている。いよいよ祖国と別れなければいけないというその朝、村の小学校のアメル先生はフランス語の最後
の授業に立つ。
「みなさん、私が授業をするのはこれが最後です。アルザスとロレーヌの学校では、ドイツ語しか教えてはいけないという
命令が、ベルリンから来ました。・・・・・新しい先生が明日見えます。今日はフランス語の最後のおけいこです、どうか
注意してください」
(つづく)
3941:2006/09/16(土) 19:11:27 ID:ttcNS8r4
 先生の言葉に愕然として、いつもとはまったく違った真剣なまなざしで耳を傾ける子供たちの前で、先生はフランス語に
ついて話を始める。その中で「フランス語が、世界中でいちばん美しい、いちばんはっきりした、いちばん力強い言葉であ
ること」や「ある民族が奴隷となっても、その国語を保っている限りは、その牢獄の鍵を握っているようなものだから、私
たちの間で、フランス語をよく守って決して忘れてはならないこと」などを話していく。

「とつぜん教会の時計が十二時を打ち、続いてアンジェリュスの鐘が鳴った。と同時に、調練から帰るプロシア兵のラッパ
が私たちのいる窓の下で鳴り響いた・・・・。アメル先生は青い顔をして教壇に立ちあがった。これほど先生が大きく見え
たことはなかった。
『みなさん』と彼は言った。『みなさん、私は・・・・・私は・・・・・』
しかし何かが彼の息を詰まらせた。彼は言葉を終えることができなかった。そこで彼は黒板の方へ向きなおると、白墨を一
つ手にとって、ありったけの力でしっかりと、できるだけ大きな字で書いた。
『フランスばんざい!』
そうして、頭を壁に押しあてたまま、そこを動かなかった。そして、手で合図をした。
『もうおしまいだ・・・・・。お帰り』」

 小説はここで終わるのだが、この感動的な場面は、国のいのちと、国語にこもるいのちとの分かちがたいつながりが、こ
れを読むすべての人の心を打つのである。国語を失った民族の悲劇―――とともに、国語を保つ限りは、よしや奴隷となっ
ても、その牢獄を脱出する鍵を手にしているのだという揺るぎない確信、それに胸打たれない者はいないだろう。

 だが、ふりかえって、日本敗戦の日を思い浮かべてみると、このフランスの一教師の感慨とはあまりにもかけはなれた、
無惨な姿が浮かびあがってくる。
 終戦よりわずか三ヶ月、占領軍に国語表記をローマ字化しようとする動きありと見るや、いち早く読売新聞はその社説に
おいて「漢字を廃止せよ」というローマ字採用説を掲げたが、翌昭和二十一年三月来日した「米国教育使節団」がその報告
書に正式に「国語の改革」を打ち出しローマ字採用を勧告するに及んで、文部省は国語審議会を中心に、急速に占領軍迎合
の態勢をかため、勧告後わずか七ヶ月という驚くべき短期間に国語改革の作業を完了、十一月十六日に内閣訓令第七号「当
用漢字表の実施に関する件」と同第八号「現代かなづかいの実施に関する件」が、内閣総理大臣吉田茂の名で発令されたの
である。しかもこの「国語審議会」の委員は戦前からその機をうかがっていたローマ字論者、カナ文字論者によって占めら
れ、当代一流の国語学者も、日本を代表する文学者もすべて含まれていなかった。彼らはまさに好機至れりとして、自らの
主義主張のために、アメル先生のいう「牢獄の鍵」をいち早く占領軍の手に委ねるという挙に出たのである。それは日本軍
隊の軍事的敗北以上に痛恨極まる民族的敗北であった。
3951:2006/09/16(土) 19:12:46 ID:ttcNS8r4
 もちろん、その間における占領軍の圧力がいかに大きく作用したかは想像できないではない。昭和二十一年十一月といえ
ば、十一月三日には日本国憲法が公布されており、東京市ケ谷の極東軍事裁判所の法廷では、いわゆる「東京裁判」が着々
と進行しつつあった。その間において占領軍の指示は文字通り至上命令であっただろう。その難局に処する文部当局の苦慮
も察せられないこともない。だがそれを差し引いても、この戦後の国語改革の経緯を見れば、それが日本の国民として実に
恥ずべき敗北であったことは誰の目にも明らかだといわざるをえない。
 私事にわたるが昭和二十四年、大学を出て国語の教壇に立った私がいちばん最初に直面した問題は、この戦後の国語改革
に従った漢字や仮名づかいを覚えなければいけないことだった。それまでこのような国語に対する改革が行われたことは一
応知ってはいたが、正直なところそれほどの関心もなく、その日まで従来の漢字仮名づかいを当然のこととして守っていた
のである。
 ところが、教壇に立ったところ、そうはいかない。「コ」は「徳」と書かなければいけなかったし、「涙」は「涙」と書
かなければ叱られた。このあまりにも人を馬鹿にした改革には驚くより前に耐えがたい憤りを感じた。だがそれより真実、
情けないと思ったのは、この改革に対する全国の国語教師の全面的な屈伏であった。この呆れ果てた文部省からの指示に従
うために、夜も日もあけぬごとき風潮が教育界を支配していた。もちろん、いかに占領下とはいえ、法で制定された以上、
それを守べきはやむをえないことであろう。だが、教育行政その他のことについては、あれほど反権力を叫ぶ教育界、言論
界の闘士たちが、こと国語表記については、一点一画、文部省の指示に従わんとして鞠躬如(きつきゆうじよ)としてこれ
を信奉する姿は、私にとってむしろ異様でさえあった。
 もちろん、国語表記が従来のままでいいか否かについては、当然論議があってもいいだろう。しかし、そのためには一国
のすぐれた叡智を集めて、長い期間にわたる研究と討議が、しかも国民のすべての面前で、それこそ「民主的」に行われる
べきだろう。
 聞くところによればフランスでは十七世紀前半からフランス語のすぐれた伝統を守り、進歩をはかるため、当代最高の文
化人四十名を選んで「アカデミー・フランセーズ」という国立の言語研究機関を設けているという。しかもその会員は「不
朽の四十人」と呼ばれて、この会員になることは、フランス人最高の名誉になっているそうであるが、この国語に対する真
摯な態度と、敗戦日本の国語審議会との距たりについては多言を要しまい。

 このように見てくれば、この戦後の国語改革をおしすすめたもの、それは、占領軍の圧力もさることながら、その元凶は、
この国語に対するあまりにも手軽な、あまりにも安易な、便宜的な文部当局の態度であることは明白だろう。占領軍の干渉
を差し引いても、それが日本の国民として実に恥ずべき敗北であったと書いたゆえんである。それは決して力による敗北で
はなかった。それはいわば文化的敗北であった。われわれは祖先が残してくれた尊い遺産に対する敬虔な態度をいかに見失
ってしまったか、その日本国の恥を、天下にさらしたといっても過言ではない。日本はあれだけの痛恨極まる敗北を経験し
ながら、遂に一人のアメル先生を生むことができなかったのか。私はそうは思いたくないし、人知れぬところに必ずそうい
う先生がおられたにちがいないことを信じたい。しかし遺憾ながらそのような切実なおもいはほとんど歴史の表面に現れる
ことなく、今日に至っている。
3961:2006/09/16(土) 19:23:04 ID:ttcNS8r4
 言葉に対する愛情を失ったときその民族は滅ぶ。それはアメル先生の言葉をまたずとも、歴史の鉄則であった。ナポレオ
ンの鉄蹄に蹂躙されつつあったベルリンにおいて、全生命を傾けて祖国ドイツのため、学生に訴えつづけたフィヒテの「独
逸国民に告ぐ」の不朽の講演を支えていたのもドイツ語に対する不動の「信」であったし、次に掲げるツルゲーネフの「ロ
シア語」と題する散文詩の中にもスラブ民族の不屈の魂を見るのである。
「疑いの日にあっても、祖国の運命を思い悩む日においても―――汝だけが我が杖であり、我がささえである。おお偉大に
して力強く、真実にして自由なるロシア語よ。もし汝なかりせば、国の内に行われているすべてのものを見るにつけ、どう
して絶望におち入らずにいられようか。だが私には、このような言葉が偉大なる国民に与えられないとは信じられないのだ」
 ここに見る母国語に対する深々とした愛情と信頼感、このように偉大なる言語を与えられていることは自らの民族の偉大
さを証明する、といい切ることのできる強烈な母国語への誇り、もしそれが、敗戦時の日本人の心の中に奥深くたたえられ
ていたなら、いかに占領軍の威圧があろうとも、かくも易々としてその指示に従わなかっただろうし、もし、文部省が占領
軍の意図のままに動いたとしても、国民すべてがこれを許さなかったと思う。
 だが、実際はそうはならなかった。それはこれまで述べたように日本語に対する信頼感や愛情がたしかに希薄になってい
たことに起因するだろう。しかし、そのような信頼感や愛情を希薄ならしめたもの、それをもう一つたぐりよせていけば結
局は国全体の「文化が病んでいた」からではなかったか。そこには恐るべき文化感覚の頽廃がある。文化が病むとき、人々
は過去を見失う。過去を実に手軽に扱ってしまうのである。

 小林秀雄氏は、その著書『私の人生観』の中で、この漢字制限や新仮名づかいの問題にふれて、「日本の言葉の難しさか
ら来る学生の負担を幾分でも軽くしようとする仕事に反対する理由はない」としながらも「さういう運動の合理性の陰に、
まことに軽薄な精神が隠れてゐる」として、次のように述べておられる。
「文部省のお役人は、恐らくエンヂンを直す手つきで、国語の修正をやつたのでありませう。恐らく、現代日本語を易しく
すれば、日本歴史も易しくなると言つた顔附きでやつたでありませう。多くの文学者が尻馬に乗つて、文学者たる事を止め
て、エンヂニアになりました。あわただしく、又憐れな敗戦国風景であります」
 これ以上つけ加えることはあるまい。ただ「エンヂンを直す様な手つき」を改めぬ限り日本語の生命も、歴史の生命も、
そして祖国日本の真の独立も永久に蘇る日がないことを銘記すべきだと思う。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
憲法も国語も問題のありかは同じですね。文化が病んだままだということですね。
「エンヂンを直す様な手つき」で改憲や自主憲法を樹立してもしようがありません。
その手つき(国民主権=生存者主権)をさっさとやめて本筋(国体主権)にもどるしかありません。
以下の「主体の姿」に出会わなければなりません。
3971:2006/09/16(土) 19:25:16 ID:ttcNS8r4
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
P186
もう一つ、小林氏の言葉を引こう。
「宮本武蔵の独行道のなかの一条に『我事に於て後悔せず』といふ言葉がある。・・・・・これは勿論一つのパラドックス
でありまして、自分はつねに慎重に正しく行動して来たから、世人の様に後悔などはせぬといふ様な浅薄な意味ではない。
今日の言葉で申せば、自己批判だとか自己精算だとかいふものは、皆嘘の皮であると、武蔵は言つてゐるのだ。そんな方法
では、真に自己を知る事は出来ない、さういふ小賢しい方法は、寧ろ自己欺瞞に導かれる道だと言へよう。さういふ意味合
ひがあると私は思ふ。昨日の事を後悔したければ、後悔するがよい。いづれ今日の事をを後悔しなければならぬ明日がやつ
て来るだらう。その日その日が自己批判に暮れる様な道を何処まで歩いても、批判する主体の姿に出会ふ事はない。別な道
が屹度(きっと)あるのだ。自分という本体に出会ふ道があるのだ。後悔などといふお目出度い手段で、自分をごまかさぬ
と決心してみろ、さういふ確信を武蔵は語つてゐるのである。それは、今日まで自分が生きて来たことについて、その掛け
替へのない命の持続感といふものを持て、といふことになるでせう。そこに行為の極意があるのであつて、後悔など先に立
つても立たなくても大した事ではない、さういふ極意に通じなければ、事前の予想も事後の反省も、影と戯れる様なものだ、
とこの達人は言ふのであります」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
398日出づる処の名無し:2006/09/17(日) 00:53:13 ID:IoQ6+igA
3人無効確認してくれますた。
399日出づる処の名無し:2006/09/17(日) 02:26:57 ID:ZnDJV1pd
憲法9条は、日本を破壊する目的に利用されている。
昔日の「非武装中立論」や最近の「無防備地域宣言運動」とは、自衛隊解体と安保破棄
=米軍撤退により日本列島の防衛能力をゼロにして、ソ連・中共等の共産国の日本進駐
を可能ならしめ、その後ろ盾で日本で共産主義者・社会主義者が政権を奪取するという
昔からの革命戦略であり、それに憲法9条が利用されているのだ。
日本国内の都市が無防備都市宣言をする相手とはジュネーブ条約の要件からして「日本
国内に侵攻してきた敵国」に対してであり、自分がただ単に宣言してもなんの効果もない。
日本国内に侵攻されていない状態でいったい誰に対して宣言するのだろう?
また、国内に既に中共とか北朝鮮が侵攻してきている状態で無防備都市を宣言した場合
にはその都市から我が国の国民を守る自衛隊などをその都市から退去させることが要件
となり、逆に「自衛隊を排除しないと攻撃される」などとの敵国協力言説を流布させる
ことになる。つまり反自衛隊のための道具、即ち敵国誘い入れ策動そのもなのだ。
非武装中立論の構造と同じく、日本国民の生命・財産を日本国内に侵攻してきた相手に
ゆだねることになるのだ。「日本人の生命・財産などは無視する」という恐ろしい日本
人軽視の考え方の別の表現が「憲法9条を守れ」という言葉なのです。
4001:2006/09/17(日) 10:37:04 ID:AT29YE8r
動画又は音声ファイル
>>241-249
>>260
>>286

文書(画像)ファイル
>>254
>>262
>>348
>>380
4011:2006/09/17(日) 13:03:17 ID:AT29YE8r
【日本国憲法】どっちが有効?【帝国憲法】
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/mass/1158465695/
402日出づる処の名無し:2006/09/17(日) 14:03:23 ID:LBhg5BaX
1さんはニートなの?
403日出づる処の名無し:2006/09/17(日) 21:13:49 ID:IoQ6+igA
ドゴールがやった事を教えてください。日本の参考になるような気がします。

ドイツは憲法改正を50回ぐらいやっているのですが、ドイツと日本の違いを教えてください。
404日出づる処の名無し:2006/09/17(日) 22:29:59 ID:RVqzWRFV
日本国憲法自体なんの知識もない米兵が3日だかで作った代物って西部タンな習ったけど、どうなの?
405日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 00:16:31 ID:Nrr+0zK8
406日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 00:54:51 ID:ob/bbASJ
>>404
それでも大日本帝国の元勲やらが知恵絞って推敲して作った大日本帝国憲法よりはズット安定している。
GHQが作りました。ってのに目を瞑って9条以外で不満有る?
4071:2006/09/18(月) 01:13:02 ID:ISFIgLRZ
>>405
このスレで主張しているこちらの代表的な無効理由を理解しておられますか?
(あ)そもそも法創造(立法)が行われていないから有効と言いようがない。>>5-6 の1
(い)既存(先行)の規範に反しているから無効。>>5-6 の2
長いだけでこちらがポイントと考えている(あ)(い)の無効原因になんら触れられていませんね。
よって「日本国憲法」は憲法として無効、講和条約として有効、とのこちらの主張はなんらゆらぎませんね。
408日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 01:19:00 ID:GiGx4PS0
1はニート?
409日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 01:31:15 ID:3iefj7VW
憲法論議する時には有効か?無効か?確認しましょうね。
4101:2006/09/18(月) 01:58:18 ID:ISFIgLRZ
>>405
http://www.asahi-net.or.jp/~MI6M-FRYM/kenpou/cons_2_2.htm
>しかし、ハーグ陸戦条約の前文を読むと、
>・・・交戦者相互間ノ関係及人民トノ関係ニ於テ、交戦者ノ行動ノ一般ノ準縄タルヘキモノトス
>と書いてあります。つまり、この条約の適用範囲が現に交戦中の占領軍に対してであることは、明白です。
>「押しつけ改正論者」は、本来検討すべき前述のような国際情勢などの込み入った考察が苦手なのかもしれません。
>だから、形式論を振り回したがるのでしょう。それにしても、法文の適用条件を確認しない主張はあまりにも迂濶な話、
>「木を見て森を見ない」たぐいで、これでは「視野狭窄」だと笑われても仕方ないでしょう。

貴殿は上記のようなこと書かれていますが、大丈夫ですか?
以下の反論はどうおもわれます?
http://www.meix-net.or.jp/~minsen/mondou/newpage1.htm
 問答3から一部抜粋
ところで、この点について、ヘーグ条約は、交戦中の占領に適用されるものであり、我が国の場合は、交戦後の占領で
あるから、ヘーグ条約は原則として適用されず、適用されるとしても、ポツダム宣言・降伏文書という休戦条約が成立し
ているので、「特別法は一般法を破る」という原則に従い、休戦条約(特別法)がヘーグ条約(一般法)よりも優先的に適
用されるとする見解による反論があります。
 しかし、このような見解は、根本的に誤っています。第一に、「交戦中」と「交戦後」とに区分する基準とその意味が不明
であり、ヘーグ条約は、そのような区別をせず、むしろ主として停戦後に適用されることを予定しているものです。
交戦中に相手国の憲法や法律を変えることなど通常あり得ないことです。第二に、「特別法は一般法を破る」という原則
自体は肯定できますが、あくまでもこれは、特別法と一般法とが同じ事柄についてそれぞれ異なる規定を設けていると
きに、どちらの規定を適用するのかが問題となる場合のことです。しかし、ポツダム宣言と降伏文書には、ヘーグ条約を
排除する規定もなければ、占領下において憲法改正を義務づける規定もないのです。それどころか、「民主主義的傾向
の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし」(ポツダム宣言第十項)として、帝國憲法秩序の「復活強化」を規定して
いたぐらいです。ですから、ポツダム宣言と降伏文書は、ヘーグ条約と同様、帝國憲法の改正についてはこれを肯定し
ていなかったので、やはりヘーグ条約違反が問題となるのです。
http://oyaji.room.ne.jp/~sam36/opinion/shihou-4.html
なるほど、喧嘩の最中に「俺の言うことを聞け」というのは無茶だが、一方が他方をのしたあとは好きにしていいということ
だね。


411日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 06:44:43 ID:maOFfBdX
>>406
不満とかじゃなしに、そういった人に作られた憲法に何か危うさみたいなものは無いのかなぁと思っただけなんだ。
まあ、変な奴らに侵略されないで日本人が安心して暮らせるなら別に不満なんてないよ。でもより良く出来るんなら改正もいいことなんじゃないの?
412日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 07:13:01 ID:aKJ770L0
>>403
お国柄でしょ。
日本は素晴らしい平和ケンポーなんですよ、って小さい頃に散々叩き込まれるから
割と憲法に関しては不可侵と見るところがあるんじゃない?

左翼が隠したがってたいろんなこと知っちゃった人たちでも
憲法改正まではしなくていいと思ってる人は多いみたいだし。
ただ、捨民党が9条だの憲法だの叫んでるのをみると「改正してもいいかもw」とか思えてきちゃうな。
あいつらは自分たちに支持されるのがそのものに対して不利益に働くってのがわかってないのかなw
4131:2006/09/18(月) 10:10:34 ID:ISFIgLRZ
┏━━━━━━━━━━━━┓   ,
┃ (^。^;)<ここまで読んだ   ┠〜'´
┃     俺専用しおり         ┃
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>>380
414日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 11:56:34 ID:h/zt4H8A
415日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 13:50:33 ID:3ZRTC3B6
>>406
社会権は、ある人の自由権を一部簒奪することによって初めて成立する。
言い換えれば、社会権によって対処する結果の平等と自由とは両立しえない。
であるのに、日本国憲法では自由権と社会権、自由と平等が並べて書かれている。

自由が原則であり、社会権規定は例外であると明記するか、社会権規定はいっそのこと削除すべし。
416日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 21:16:34 ID:3iefj7VW
おいらは今日3人無効確認してもらったよ。話せばわかるよ!日本人ならね。
417日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 23:39:31 ID:tgzlhbpE
現憲法は、完全に有効だよ。
特に、第九条。
日本は、戦争しない。
代わりの手段を選ぶ。

アメリカに与えられた憲法を、
自分から捨てることはない。

合衆国大統領が、土下座して頼むなら、
考えてやってもいい。
418日出づる処の名無し:2006/09/18(月) 23:58:24 ID:tgzlhbpE
・・・ねんのために言っとくが、
単なるイヤミだぞ。w
419日出づる処の名無し:2006/09/19(火) 00:05:50 ID:DL9692IO
俺は今日4人に有効確認してもらったよ。
420日出づる処の名無し:2006/09/19(火) 00:08:01 ID:QPZglL8+
>>419
4人とも日本人じゃないだろw
421日出づる処の名無し:2006/09/19(火) 03:59:58 ID:h817iksV

↓↓「事実無根の捏造!!!」との指摘が返ってきそうだが一応コピペ・・・

http://www.asahi-net.or.jp/~MI6M-FRYM/kenpou/cons_3.htm

・・・「押しつけ憲法論」は成り立ち難い

 「押しつけ憲法論」を構成するいくつかの論点について考えてみましたが、
そもそも「押しつけ憲法だから改正すべきだ」という議論そのものが、
ある歴史的な事実を無視したものなのです。

 結論を先に書くと、

GHQは日本政府に、施行後2年以内に、新憲法を日本国民が見直しするよう
伝えていたということ、そして、

日本政府も国民も、施行後2年目の1949年5月3日までに、
憲法の改正をしなかったこれが歴史的な事実なのです。・・・
422日出づる処の名無し:2006/09/19(火) 04:02:10 ID:6L936Rz4
意味が分からん。

だったら、
改正手続きは、
なんなんだ。

アホか。
4231:2006/09/19(火) 12:44:43 ID:lX6kb0xY
>>421
この方は押し付けであるかどうか(情緒的な話)と、有効であるかどうか(法律論議)とは全く別次元だと分かっているのだろ
うか。
1、押し付けであり無効である。
2、押し付けであるが有効である。
3、押し付けではないが無効である。
4、押し付けではなく有効である。
色々あるだろうな・・・・・・。
まあ、講和条約として有効と新無効論からすれば、押し付けられる講和条約というのは当然の話だし、押し付けられてなくと
も講和条約なら有効になるのだし、あんまり関係ないと思いますね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
http://www.asahi-net.or.jp/~MI6M-FRYM/kenpou/cons_3.htm
親愛なる総理
 昨年一年間の日本における政治的発展を考慮に入れ、新憲法の現実の運用から得た経験に照らして、日本人民がそれ
に再検討を加え、審査し、必要と考えるならば改正する、全面的にしてかつ永続的な自由を保障するために、施行後の初
年度と第二年度の間で、憲法は日本の人民ならびに国会の正式な審査に再度付されるべきであることを、連合国は決定
した。もし、日本人民がその時点で憲法改正を必要と考えるならば、彼らはこの点に関する自らの意見を直接に確認するた
め、国民投票もしくはなんらかの適切な手段を更に必要とするであろう。換言すれば、将来における日本人民の自由の擁
護者として、連合国は憲法が日本人民の自由にして熟慮された意思の表明であることに将来疑念が持たれてはならないと
考えている。
 憲法に対する審査の権利はもちろん本来的に与えられているものであるが、私はやはり貴下がそのことを熟知されるよう、
連合国のとった立場をお知らせするものである。
 新年への心からの祈りをこめて
敬具     
ダグラス・マッカーサー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
>>245の元NHKドラマでも出てきます。終わりの方で。(18m30sあたり)
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/16278.wmv
(6)ドラマ 憲法はまだか 第2部・戦争放棄
4241:2006/09/19(火) 12:47:36 ID:lX6kb0xY
やはりこの通知も「日本国憲法」が立法行為(国家単独行為)によるものではなかった証拠で、相手のある行為(講和条約)
として有効だと論理展開する新無効論を補強する材料にしかなっていませんね。
このサイト書いている本人にはそんな自覚はないだろうけどね。

これは以前>>101あたりから始まるワヤ氏との意見交換で出た話で「講和条約群の破棄」に関する米国側の了解の必要性
に関わる文面だと思いますね。http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/bunko/kokutai/kokutai6/kokutai6.htm
「日本国憲法」に関し連合国から通知がくること自体が、連合国との講和条約であった証拠だし、その講和条約の変質、つ
まり我が国に「貴国単独の法律行為たれ」と申し込んできているわけだから・・・・
「日本国憲法」はもともと講和条約だけれど、講和条約を押し付けた側が講和条約締結者としての地位の離脱を通知してき
ている。ゆえに、我が国が「日本国憲法」無効宣言(講和条約有効宣言)するにあたり外国に破棄通知する必要は、なおさら
ないといえる。(>>258
4251:2006/09/19(火) 14:08:45 ID:lX6kb0xY
http://www.asahi-net.or.jp/~MI6M-FRYM/index.htm
> さて、タイトルの「帝国憲法からの継続性」あるいは「現行憲法の合法性」の件ですが、もし、ここに問題が
>あるとするなら、考えられることとしては、

>GHQ案の受け入れに際して、なんらかの「脅迫]があったか、否か
>改正作業を進めた当時の日本政府なり、国会に法的正当性があったか、否か

>ということでしょう。

1,政府への脅迫があったかなかったか。
2,政府と国会の法的正当性。
この方の設定する条件たる上記が有効論者に有利な方向で両方満点でも、
(あ)そもそも法創造(立法)が行われていないから有効と言いようがない。>>5-6 の1
(い)既存(先行)の規範に反しているから無効。>>5-6 の2
に関しなんらの説明もされていない。有効とはいえないね。どうしようもないね。

又、この方のは平成7年に議事録が公開されたことはまったく考慮されていない議論だねえ。
「どこにも日本側の自由意思がなかった」これを理由とする無効論ほど簡単な論議はないのだけどね。
我が国の憲法論議は事実をおさえてない論議ばっかりが氾濫しすぎる。
4261:2006/09/19(火) 14:58:06 ID:lX6kb0xY
【「原爆が落ちた」と同じ相手の存在の欠落した発想】

被洗脳のはなしになるかも。
原爆による攻撃を受けたのに、「原爆が落ちた」と自然災害のような言葉づかいをする方がいるよね。
これは敵の存在が意識から欠落している・・・・・。
昨今の戦争関連のテレビドラマなども全部そうだよね。
ところが憲法論に関してはこの史観がほとんどなのですね。
右を向いても左を向いても、蛸壺史観ばかりなんだよね。

原爆は自然災害ではなく敵の「投下」という攻撃だろう?
この落下と投下は大違いで間違ってはならないだろう?
そもそも「日本国憲法」は単独行為ではなく双方行為だろう?
「日本国憲法」は単独行為ではなく敵との(早期独立回復を目的とした)講和条約だろう?
それなのに、敵(連合国)との講和条約を憲法(=単独行為)だと言い張るのは「原爆が落ちた」と言ってるの
と同じ現象、精神構造だろ。

産経文化人が「押し付け憲法」などというのは押し付ける相手がいることが前提でしょ。押し付ける相手がいる
行為がなぜに、単独行為(立法行為)なんだ?文化人は国語もわからないのかな?
この世の中には押し付ける「講和条約」は存在しても、厳密には押し付ける「憲法」なんぞ存在しないでしょ。
押し付けた段階で憲法ではないでしょう。
いや、「押し付ける憲法」はありえるという意見が聞こえてきそうだが、それは自らが対象物に対して主体的な
法的判断をすることを放棄しているからいえるのであって蛸壺史観でいる間だけの話であろう。
講和条約の中に憲法的な特徴を見出して通用しているだけの話ではないだろうか?
「日本国憲法」受諾という「(押し付け)講和条約」の中に憲法的な性質を見出して「憲法」と言っているだけの話
である。
「原爆攻撃」という「戦闘行為」の中に自然災害と共通な性質を見出して「落ちた」と言っているだけの話である。
敵の攻撃なのに意識から敵の存在を欠落させれば、原爆攻撃も自然災害になる。
敵との約束(講和)なのに意識から敵の存在を欠落させれば、講和条約も憲法(立法)になる。

なんたる自虐。
「押し付け憲法」とはなんたる自虐用語。
完全に洗脳されている。
427日出づる処の名無し
日本国憲法公布の勅語

本日、日本国憲法を公布せしめた。
この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、
国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、
自由に表明された国民の総意によつて確定されたものである。
即ち、日本国民は、みづから進んで戦争放棄し、
全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、
常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、
ここに、明らかに定めたものである。

朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、
節度と責任を重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに
努めたいと思ふ。