alone

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1名無し娘。
♪alone〜僕らは〜
2名無し娘。:2001/05/18(金) 13:35 ID:EFviw6MQ
君は強いから大丈夫だよ なんて
そんなこと言われたら 弱さ見せられない

by 岡本真夜「Alone」
3名無し募集中。。。:2001/05/18(金) 13:41 ID:Gz8PPGnY
I'm alone again without you

by Dokken「Alone Again」
4名無し娘。:2001/05/18(金) 13:44 ID:iMe0a1..
5名無し娘。:2001/05/18(金) 16:38 ID:26cU9XYM
邦楽板て知ってる?
B'z好きだけどさぁ・・・
61-1:2001/05/23(水) 04:46 ID:onDfaAi6
−凍える太陽−

序章
スペアパーツと壊れた心が、この地球を動かしている
−ブルース・スプリングスティーン−

「そういう事だ、な、来てくれるだろう。」

その台詞は断言だった。俯いている彼に言葉を投げ込むとその男は返事を
聞かずそのまま去っていった。彼の選択は1つしかない。もちろん、従う
以外に道はなかった。雨の降りしきる午後、壊れかけたビニール傘をさし、
町並みを彷徨っていた。

「・・・・・・」

まだ冷たい雨の残る早朝、この町の全てを威圧するかの様に聳え立つ真新
しい高層マンションの前に立ちすくむ彼がいた。

「おう、やっぱりきてたな(笑)」

男は、軽やかな足取りでシルバー色の大きなワゴン車から出てきた。する
と大学生風の容姿をした男女2人を引き連れ、その要塞に消えていく。マ
ンション前のやや細い道は、漸くと人の影がまばらに増え始め、そして暫
くして引いていく。さすがに雨の冷たさは幾分和らいだが、それに反し雨
粒は次第に大きくなっていくようだった。
71-2:2001/05/23(水) 04:49 ID:onDfaAi6
時が滞る。

雨音が町中に静かに伝わる。苛立ちが彼の心に芽生え始めたその時、その
要塞の門から漸くあの男が一人スゴスゴと出てきた。

「すまない、・・・ちょっとあってな。それよりお前が帰ったんじゃ
ないかと思って心配したよ」

男の言葉を待つまでもなく少し遅れて先程の2人に引きつられて来た、そ
の「相手」の態度を見れば、何かがあったのは一目瞭然だった。
大粒の雨の中、ワゴン車の前でイラつく「相手」に、慰めだとは知りなが
らも、彼は自分の傘を差し出した。

「さすがのお前だって、この娘の名前くらい知っているだろう?」
「・・・・・・・・・」

男の問い掛けに彼は困惑した。その「相手」の顔を見た事はあったが、正確
な名前までは知らなかった。ただ今の彼にとっては、彼女が何者であるかな
ど、そんな事はどうでもいい事でもあった。彼は漠然と頷くと「相手」に対
し軽い会釈した。しかしその「相手」は、彼に一瞥もくれず、纏わりつく男
女の腕を振り払い、ワゴン車の中に消えていった。

「まぁ、話はついているから安心してくれ。後でおって連絡する」

男はそういうとワゴン車には乗らず、小走りに200b程度先にある大通り
へ向かった。どうやらそこに車を待たせてあるらしい。走りながら、せわし
なく携帯電話に向かい大声で叫んでいる。その場に残されたのは、連れの2
人と彼、そして車内にいる「相手」だった。
81-3:2001/05/23(水) 04:52 ID:onDfaAi6
「じゃぁ、あなたも乗ってください、急ぎますから」

連れの片方である女性にせかされ、彼も「相手」が乗り込んでいるワゴン車
の後部座席に座った。運転席では連れのもう片方である学生風の男が慌てて
エンジンをかけている。そしてブツブツと小言を口走りながら、ワゴン車を
走らせ始めた。助手席に座った女性は、せわしなくどこかへ電話を掛けてい
るようだ。そうした前部座席の忙しなさとは対照的に、後部座席では、白け
きった「相手」と沈黙を保つ彼との二人の間に、何ともいえない重苦しい空
気が醸造されていた。

彼は車窓の外に眼を遣り、ただこの沈んだ空気に身を沈めていた。激しさを
増し降りしきる雨音は、車体を、そして車窓を強く叩いた。

(確か、あの日もこんな天気だったな・・・)

彼は、半年前のあの日を思い出していた。忘れる事の出来ないあの日。彼の
人生の全てが一瞬にして消え去ったあの日を、彼は生涯、いや例え自らの死
を迎え、魂が天に昇華しようとも、決して忘れる事はないであろう。そう、
あの日こそが全ての「終わりの始まり」であったのだ。
91-4:2001/05/23(水) 04:55 ID:onDfaAi6
「やっぱり嫌!私には関係ないじゃない!」
「何をいっているの!ここまできて!もういい加減にしてよ!」

突如、目の前に座っている「相手」と女性が座席越しに口論を始めた。しか
し彼の耳にはその内容は入ってこなかった。遂にはその口論に運転手役の男
までもが加わり、車内は激しい言葉の洪水と化していた。にも関わらず彼の
耳には3人の話は何一つ届きはしなかった。唯一、彼の耳に届いていたのは、
彼らの喧騒にまぎれながら、かすかながらに聴こえてくるFMラジオからの
物憂げな音楽だった。

(ビリー・ジョエル・・・)

車内には、彼とは無関係の3人の人間が口々にわめき散らす罵声と、車体を
叩きつける雨音、そして悲しいピアノの音色が溢れていた。

「・・・・・」

激しい雑言の飛び交う車内。猛狂うかのごとく降りしきる雨音。彼の心は重
く沈んだままだった。あれから何も変わらない、いや変われない。彼の心は
深遠なる虚無感が支配していた。悲しげな曲が終わり、明るいダンスナンバ
ーが流れ始めた。彼の心はその曲を聞く事を拒否した。彼だけに再び沈黙が
訪れようとしていた。彼は悲しげな微笑を一瞬浮かべ、そして静かに目を閉
じた。
102-1:2001/05/24(木) 03:45 ID:ueS3lckc
第1章
"誠実"、なんと言う、悲しい言葉なのだろう・・・
− ビリー・ジョエル −

「もう少し掛かりそうなんです・・・」

足元を照らす薄明かりのみが光る暗い地下駐車場。そこにポツンと停車している
ワゴン車。彼女は関係者専用の出口から小走りに近寄ってくると徐にドアを開け
後部座席で本を読んでいる彼の姿を確認し、言葉をかけた。

「あと1時間程度なんですけど・・・」
「・・・」

彼はほんの一端彼女に視線を送ったが、気持ちだけ首を傾け了解の意思を示した。
彼女は何か言いたそうに、彼を見遣ったが、一つ小さな溜息をつくと、ドアを閉
め、もと来た所へ帰っていった。彼は、車内の時計を確認した。午前1時。いつ
もの時間、今日も深夜までこの場所で、いつもの体勢で「相手」を待っている。
ただいつもと違うのは、いつも金魚のフンのように付きまとっている片割れの男
がいない事だった。

「結局、こんな時間になっちゃって・・・。真希は、局の側にあるホテルで泊まる事
になりましたので・・・」
「・・・」

午前3時、街中は静まり返っている。結局待つべき「相手」は現れなかった。運
転席でハンドルを持つ彼女の背中は憔悴の色を感じ取るのが容易であった。靖国
通りを抜け左にカーブを切って見えてくる赤色の信号機をそのまま通り過ぎたか
と思うと、キキキッ、という激しいいブレーキ音を立て、ワゴン車は急停止した。
誰もいない交差点の先、再び周囲には静寂が訪れている。彼女はハンドルに頭を
もたげ、苦しそうにうめいた。

「・・・すいません。今信号・・・」
「・・・運転替わりましょう」

彼は後部座席からピョンと降りると、手振りで彼女に降りるように即し、改めて
運転席側から座席に飛び乗った。彼女は促され、そのまま助手席に乗り込んだ。
ワゴン車は再び、静かに走り出した。
112-2:2001/05/24(木) 03:47 ID:ueS3lckc
「あなたの家は?」
「・・・江古田です。ご存知ですか?」
「江古田、池袋の先の?大丈夫、知っていますよ。昔知り合いが住んでいました
から・・・」
「そうなんですか・・・。それじゃ、お願いします。」

車は先程抜けた靖国通りに戻ると、新宿方面に進路を変えた。昼間の喧騒はウソ
のようなその町並みを見遣りながら、珍しく、いや初めて彼のほうから話し掛け
た。

「お仕事大変ですね」
「そんな事も無いですよ。そうしえばこの間、真希と楽しそうに話してましたね」
「楽しそうでしたか?そうでもありませんでしたが・・・」
「何を?」
「たいした話じゃないですよ。」
「だったら、教えてくださいよぉ(笑)」

「何の本読んでるの?って・・・」
「やっぱり?貴方いつも読んでるから・・・それに様子がおかしいものね(笑)」
「わたし、おかしいですか?」
「ええ。だって大きな体を猫みたいに丸めて、裏のシートで隠れるようにして読
んでるんだもの」

「そうですかね(笑)」
「そうですよぉ。それから真希は、なんて?」
「いや別に・・・何も言ってませんでしたよ。それに彼女は私には余り興味は無いよ
うですから」

「それはウソ。あなたが聞いてる音楽とか、本の事とか、やたらに私に聞いてく
るもの」
「そうですかね・・・」
「あなたみたいな感じの人に真希は会ったこと無いんじゃないかな?だからかも
・・・」

「・・・そんなにわたしは、変わった感じがしますかね?」
「そうよ、変わっている人ほど、自分では気づかないってよく言うから(笑)」

一気に打ち解けた彼女と彼はその他愛のない話を楽しんでいた。今まで数週間の
間、義務的な会話しかしていなかったのがウソのように、車内には楽しげな会話
が弾んでいた。緊張の解けた彼女に、再び眠気が襲ってくる。そして小さく欠伸
をした。
122-3:2001/05/24(木) 03:52 ID:ueS3lckc
「・・・お疲れのようですね。」
「えっ?ええ。そうでもないんですけど・・・。今日はあいつがいなかったから、
特別で・・・」
「でも、彼のいない方が、精神的には楽なんじゃないですか?」
「!?」

彼女はとめどなく饒舌に語る彼にも驚いたが、急所を突くようなその質問へ更に
驚きを禁じえなかった。

「・・・そう言う風に見えますか?」
「誰だって分かりますよ。あれくらい露骨ならね。」
「やっぱり・・・。そうかな・・・。」
「・・・彼は年下?」
「ええ。」
「失礼ですが、あなたは?」
「24歳です。」
「そうですか・・・そうは見えない(笑)」

車は青山通りを横切ると、進路を変えて小道を通りながら脇道を走り抜け、や
や車の数も多い大通りにでた。すると先程まで暗闇に包まれていた空が、白み
がかってきた。

「そうは見えません?ふけてるかな(笑)」
「いえ。その逆ですよ。20そこそこにしか見えなかったので。」
「ホンとに?・・・それは喜んでいいのかな?(笑)」
「さぁ・・・。どうでしょう・・・」
「でもね、こう見えても私もタレントにならない、て言われた事もあるんです
よ。」
「へぇ、タレントにですか?」
「そう・・・見えません?」
「・・・そんな事は無いです。十分にお綺麗ですよ(笑)」

彼は少し返事に窮しながらも、彼女の話に合わせていた。(意外だな。こんな
にしゃべる人なんだ。)彼女は眠さを忘れ彼との会話を続けた。
132-4:2001/05/24(木) 03:58 ID:ueS3lckc
「チーフは・・・」
「その呼び方は止めて貰えません?本城さん」
「えっ?あぁ、じゃあ、どういう風にお呼びすれば?」
「後藤で結構ですよ。・・・それより本城さん?」
「えっ?アッ、はい、なんでしょう?」
「フフフ。・・・本当の貴方の名前はなんて言うんですか?」
「本当の名前って・・・?」
「だってあなた、本城さん、て呼んでも返事しない事多いですもん。」
「いや、それは私がうっかり・・・」
「それはウソ。(笑)それ位私にだってわかりますよ・・・」
「・・・そうですか」
「フフフ。言いたくなければいいですよ。誰にも言いたくない事はあるもの・・・」

車はサンシャインビルを通り抜け、そろそろ彼女の住まいに近づいてきた。白ん
でいる空は、昇りきろうとする朝日に照らされ、赤みを帯びている。彼女は過ぎ
ていく景色に目を遣りながら独り言のように呟いた。

「私も・・真希みたいになりたかったなぁ・・・」
「・・・」
「でも、世の中にはなれる人となれない人がいるんだもんね。しょうがないか・・・」
「どうにもならない事ばかり、世の中はそんなもんですね、確かに・・・」

彼女は再び彼に目を遣った。その表情に自分と似たような感覚を感じ取っていた。

「・・・あなたは?」
「何ですか?」
「何かになりたい、とか、そういうのあるのかしら?」
「わたしですか・・・。別に・・・。まぁ、昔だったら私も同じような希望もありまし
たけど・・・」

「へぇ。じゃあ俳優さんか何かに?」
「いや、音楽関係でね、飯を食えたらよかったんですけど・・・」
「でもまだ若いんだし・・・。もう諦めたわけじゃないんでしょ?」
「そうですけど。でも個人の力では、どうにもならない事もありますから」

「どういうこと?」
「こういう世界では特にね。それに・・・消したくても、消せない事っていうのも
あるでしょう?」
「そうだね。私もそう。でも、私のせいで真希にはもう迷惑かけたくないんだ」
「・・・」
14稲葉浩志:2001/05/24(木) 11:18 ID:5cysZ0Oo
コッソリ小説頑張ってください。
描写とかうまいし、行替えもキレイで見やすいです。
あ、こんなHNだけどこのスレの1じゃないよ。
152-5:2001/05/24(木) 15:45 ID:ueS3lckc
車は江古田駅の前に差し掛かった。彼女の案内で、狭苦しい路地を抜け細い道を
何度もくねる。すると漸く少しばかり広い通りに出たかと思うと、こじゃれたマ
ンションが視界に入ってきた。

「あそこなの。意外に立派でしょ。」
「そうですね・・・」
「でも、こういうとこに住めるのも真希のおかげなの(笑)」
「・・・」

建物の裏側にある車庫に車を入れ、二人は朝焼けの眩しい、マンション前に降り
立った。

「・・・少し休んでいって。汚いけど・・・」
「・・・いえ。帰りますよ。駅まで歩いていけば、もう始発が出ているでしょう」
「じゃあ駅まで、送っていくから・・・」
「大丈夫ですよ。それよりもう寝たほうがいいですよ。今日もこれから早いんで
しょ?」
「ウン・・・、でも・・・」
「それじゃ。これからもよろしく。」

静かに別れを告げると、彼は今車で来た道を戻っていった。すると一度はマンシ
ョン消えた彼女が歩みを替え、再び後を追うように、彼を呼び止めた。
162-6:2001/05/24(木) 15:48 ID:ueS3lckc
「お願い。・・・があるの・・・」
「なんですか?」

「真希の事・・・これからもお願いしますね。」
「お願いといっても・・・。私はただ彼女の護衛をしろと言われているだけで・・・」

「護衛じゃないでしょ。監視でしょ?」
「ええ。まぁ・・・そうですが・・・」

「だから、お願いしたいの」
「何を、ですか?」

彼女は改めて彼の前に立つと彼の眼を見つめた。彼は180cmを雄に超えるその
体を丸め、彼女を見つめ返した。

「もう、これ以上真希に苦しんで欲しくないの。」
「・・・それは?」

「真希は今、付き合っている男の子がいるの。知っているでしょう?あなたも・・・」
「・・・」

「・・・いいわ答えなくても。でもあの男の子以外ともね、あるのよ・・・」

彼は厳しい視線を彼女に投げかけた。そして重くなった口を漸くと開いた。

「この間のあの男とも・・・ですか?」
「・・・違うの。あれとはそういうんじゃないんだけど・・・。あなたも、これだけ一
緒にいたら分かっているでしょ。なんとなくは・・・」

「・・・。確かに何も知らないとはいいません。ですが、これは私の様な部外者が
関われる話ですか?」
「部外者だから出来るんじゃない?だって会社の人は勿論、私なんかのいう事、
真希が聞く訳ないでしょ」

彼女は思わず彼から眼をそらした。そして俯きながら搾り出すように話し続けた。
172-7:2001/05/24(木) 15:55 ID:ueS3lckc
「こういうことに関しては私の言う事は・・・説得力なし、だし(笑)」
「・・・」

「とにかく、もうこれ以上、自分を傷つけるような真似はしないで欲しいのね。」
「・・・傷ですか」

「そう。結局ね、馬鹿見るの、女なのよね(笑)」
「・・・」

「まぁ真希なら、体の関係になっても、心は大丈夫だとは思うんだけど。でも・・・」
「・・・でも?」

「でも、いつの間にか心もおかしくなっちゃうの。だから怖いの。経験者には分
かるのよ(笑)」
「・・・」

彼女は乾いた笑顔と哀しい言葉を残したままその場を立ち去った。彼は返す言葉
もなく、ただ彼女の姿を見送る他は無かった。駅へ向かう道すがら、眩しい程の
朝日が彼を照らしていた。思い立った様にふっと後ろを振り返ると、その朝日の
中に彼女の住むマンションが溶け込んでいた。遠くから列車の走る音が聞こえて
くる。彼は踵を返すと、重い足取りで駅へ向かった。

彼女はだれもいない自室に戻ると、洋服のままベッドに横たわった。そして天井
を見やりながら、空虚な気持ちが波の様に襲ってきているのを感じていた。(こ
のままで、いいのかな・・・)消せない想いを残しつつ、彼女はいつの間にか眠り
についていた。
182-8:2001/05/25(金) 02:00 ID:JVDoKgPE
「フフフフゥ」

そう笑う彼女の顔には、悪魔の影が潜んでいた。彼は、そうした彼女の態度に努
めて無関心を装った。

「あの男、きっと誰かに言いふらすよぉ、バカだよね〜」
「いきましょう・・・」

彼女の刺のある台詞が耳に響き渡る。つい先程まで背後で繰り広げられた醜悪な
音が車内にこびりついていた。男女の舌と舌が絡み合い纏わりつく、官能的で厭
らしいあの音がまだ車内に、残っていた。

「今日は、あなた一人?」
「ええ。お二人とも、今は大変みたいですから」
「そうぉ?やっぱネ・・・。私のせいなんだぁ(笑)」
「・・・」

彼女は無邪気に笑って見せた。そして手足をパタパタさせながら、まるで子供の
ように話を続けた。

「ねぇ、さぁ。今の事もやっぱ報告するのぉ?」
「・・・いえ、別に。それは、私の仕事じゃないですから。」
「ウソぉ〜。じゃぁさぁ、どうしてあいつとの事バレたのよぉ〜。あなたが言っ
たからでしょ?」
「・・・別に私が言わなくて、あれだけ大騒ぎになれば、誰だって知るんじゃないで
すか?」
「そうかぁ。そりゃそうだよね〜(笑)」

彼女の乾いた笑い声が響いた。彼は、何事もなかったかのように、機械的に黒塗
りの大き目のワゴン車を静かに走らせた。あの要塞のような彼女の自宅に向かっ
た。暫くすると、耳障りな笑い声も消え、静けさが車内を支配し始めた。多分、
彼女は寝ているのだろう。湾岸線を新宿方向へ向かう。この道は、彼の一番好き
なコースだった。彼は徐に内ポケットからMDを取り出し、コンポに差し込んだ。
車内には、先程までの殺気立った空気から一転し、切ないピアノに縁取られた甘
い女性の歌声が満たし始めた。
192-9:2001/05/25(金) 02:01 ID:JVDoKgPE
「これ誰の歌?」
「!!」

後部座席からの不意な呼びかけに、彼はギクッと身を硬直させた。バックミラー
越しに様子をうかがうと、寝ていたものとばかり思っていた彼女が横になりなが
ら、脚をパタパタさせている。

「起きていましたか・・・。消しましょうか?」
「いいよ、そのままで」

彼は、慌ててMDをEJECTしようとデッキに手を伸ばした。すると彼女は後
部座席から身を乗り出し、か細い腕で彼の手を制してみせた。

「いいから、そのままでいいよ」
「・・・・・・・」

彼女は彼の左手をキツク握り締めて囁いた。バックミラー越しに見える彼女の表
情は妖しく光っている。

「いつも一人でいる時、洋楽聞いているよね〜。これは誰なの?」
「・・・サラ・マクラクラン、という人です。」
「ふ〜ん、そうなんだ。この人の事好きなの?」
「えぇ。」

少し激しめのナンバーが終わり、再び静かなピアノのイントロが流れ始める。
"I Will Remenber You"と囁きながらリフレインするサラの
歌声が車内に響き渡った。

「けっこう、いい歌じゃん、でも、英語じゃ意味がわかんないや、」
「そうですね、確かに歌詞の意味がわからなきゃ、つまらないですね・・・」
「うん。でも、別に、つまんなくはないよ」
202-10:2001/05/25(金) 02:14 ID:JVDoKgPE
ワゴン車は、他の車影もまばらな高速道路の上を静かに走っていた。夜も深ま
り刻々と時が流れる。彼女は、唐突に核心をつく問いを投げかけた。

「あなたは、なんでさぁ、こんな仕事やってるの?お金いいの、やっぱり?」
「・・・」
「それとも、やっぱモー娘。の傍にいたいんだぁ?」
「・・・」
「いつもこの車、運転しているのいるじゃん。あいつさぁ、いつも私をみてんの
よね〜。エロい眼してさぁ。バレバレなんだよね。あんたも同じ?」

彼女は問を止めなかった。ただ、いつもなら彼は彼女の投げかける言葉をそのま
ま流すのだが、今日に限ってはその先の言葉を継ぐ“何か”があった。

「真希さんには、私もそう見えますか?(笑)」

真希は気持ちシートに背をもたれかけると、窓の外に目を遣った。そして少し間
隔を開けその問いに答えた。

「・・・ううん。そうは見えないけど・・・。じゃあ・・・、どうして・・・、この仕事?」
「・・・頼まれましてね。暇を見込まれて・・・。」
「誰に?会社のエライ人?」
「いや、あなたが知らない人です。」
「ふ〜ん。難しいね。」

車内には変わらずサラの歌声が響いている。車はジャンクションを抜け、漸く下
の幹線道路に降りた。車内の時計は12時を回っている。彼は静かに話し続けた。

「真希さんは、毎日が楽しそうですね」
「・・・そういう風に見える?」
「えぇ、忙しくて大変でしょうけど、楽しそうですよ」
「そうかな・・・。あんな、つまらない男と、ああいう事していても?」

彼女は、窓の外に顔を向けながら言葉を投げた。その眼は冷たかった。先程彼の
背後で晒した醜態の時にミラー越しに見えたあの眼と同じ温度をしていた。彼は
言葉を一つ飲み込んだ。
212-11:2001/05/25(金) 02:20 ID:JVDoKgPE
「・・・そうですね。人の気持ちなんて、誰にも分かりはしないですね。」
「・・・」
「分かったふりして・・・すみませんでした。」
「・・・別に、いいよ・・・。」
「自分のホントの気持ちなんて、誰にもわかりやしないから・・・」

彼の呟きが車内にこだました。知らぬ間に、MDは演奏を終えていた様だ。沈黙
が再び車内を支配する。彼は、もう一度MDのプレイボタンを押した。再びスピ
ーカーから流れる曲は、地上のどこかにいるという秘密の天使に、魂の救いを求
める悲しい人の事を歌っていた。車はいつの間にか彼女の家に近づいていた。

「そういえば明日は、9時だそうです。いつもの二人が来るそうですから」
「うん。分かってる。・・・あなたは?」

「私は休んでいいみたいですね。まぁ家で本でも読んでますよ。」
「遊びとか、いかないの?友達とか彼女とかと一緒に・・・。誰もいないの?」

「友達や彼女ですか?アハハ、いないですよ。休みの日くらいは一人でね。
それに一人が好きなんですよ。」
「・・・ふ〜ん。そうなの・・・」

彼は、静かに車を止めると運転席から降り、後部座席の引きドアを開けた。彼女
の大きなショルダーバッグを一緒に持って、外で待ち受けていた。

「他に荷物はないですか?」
「・・・大丈夫。ありがとう。」

真希は彼からバックを受け取ると、重たそうに肩にかけてマンションの中に消え
ていった。彼は何気なく上を見やると、暗闇の空の中、月の光だけが妖しく光っ
ていた。一つ溜息をつき、そして運転席に戻りエンジンをかける。するとマンシ
ョン内に消えた筈の真希が運転席の傍らに小走りに駆け寄ってくる。何かを話し
たそうなのは分かった。彼はウインドウを下げ、彼女の言葉を待った。
222-12:2001/05/26(土) 01:55 ID:88UNKPQk
「・・・どうしました?」
「・・・さっきはゴメン。なんか言い過ぎちゃった。」
「何を・・・ですか?別に気にすることなんか無いですよ。」
「うん、ありがと・・・。じゃあ、さよなら。」
「さようなら。」

真希は別れ際俯きながら、彼に名残の言葉を告げた。

「・・・ねぇ、寂しくないの?」
「寂しいのかな・・・。でも、・・・虚しくはないですよ。だから笑ってられのかな。」
「・・・」
「それじゃ、また会いましょう。」

投げられた言葉は置き去りにして、エンジンが再び響き、彼は車と共に夜の街に
消えていった。重い足取りで自分の部屋に戻った真希は、そのままベッドに寝転
び、先程の彼の言葉を心の中で反復していた。

(虚しくないって・・・。私に言っているのかな・・・)
232-12:2001/05/26(土) 01:57 ID:88UNKPQk
真希は、ベッドの脇にあるチェストから一冊の本を取り出した。先日ちょっとし
たイタズラのつもりで、助手席においてあった彼の本をくすめたまま、そのまま
にしていた。仰向けになりながら、パラパラと読むとなく、ただ漫然とページを
めくっていた。一気に最後のページまで捲り終わると、そのまま胸において焦点
をぼかしながら、ただ天井を見つめていた。(やっぱり、返さなくっちゃ、マズ
イかな・・・)

「ピンポーン」

物思いに深けている真希の耳に、金属音が伝わる。しかし真希は、その音に何の
反応を示さず、相変わらず天井を見遣っていた。(あの人、ホントはどんな人な
のかな・・・)

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」

真希の想像を消し込む様にベルはなり続けた。そしてガチャガチャとドアのノブ
がこねくり回される音も重なって聞こえてきた。真希は、しょうがないな、とい
う表情を浮かべながら、気だるそうに立ち上がり、玄関に向かった。ドアの向こ
うからは、聞きなれた男の声が聞こえてくる。

「何だよ、真希。鍵、空けとけよ。早く開けろよ!」
242-13:2001/05/26(土) 02:01 ID:88UNKPQk
忙しない音が冷たい鉄板の向こうからこだまする。(あ〜あ、今日もやるのかぁ
あいつって、暇なんだな。たるいよ)真希は、体全体で倦怠感を醸し出しながら
歩き出す。漸くと施錠を外し、玄関のドアを開放した。

「おい、開けとけよ。となりに部屋の奴にばれそうになったよ」

挨拶も程々に、その男、というより男の子は、ズカズカと真希の部屋に入ってき
た。(いつの間にか、ずうずうしいじゃん)真希はドアを閉めながら、振り返っ
た。既にその"男の子"は、Tシャツを脱ぎ捨て、上半身を晒していた。

「え〜何よ!もうやるの?」
「いいじゃん、最近してないジャン。我慢してたんだからさ・・・」

その"男の子"は、獰猛な欲望を剥き出しにして真希に襲い掛かってきた。真希は
やるせなくその行為を受け入れた。そして静かに目を閉じた。
253-1:2001/05/29(火) 02:15 ID:yHGQFmJQ
第2章
もう、ここで終わりなんだ。そう、無邪気なままでいられるのは、ここまでなんだ・・・。
−ドン・ヘンリー−
「やめてください・・・」
「なんでさ、いいじゃないか・・・」
「・・・やめて!」

梨華は、怪しげに笑い絡みつくその男を激しく振り払った。そして目に涙を一杯と
浮かべ、走り出した。(絶対に・・・イヤ!)梨華は心の中で叫んでいた。暗く冷た
い地下駐車場を走り抜け、緩やかなループを昇り切ると漸くと地上に出た。

しかしその外は、激しい雷雨が鳴り響いていた。梨華は思わず立ち竦み、躊躇した。
すると背後から黒塗りの高級車が近づいたかと思うと、梨華の右横に停車した。ウ
インドウが静かに下りる。先ほどのニヤケタ中年男がヒョッコリと顔を出した。

「ホラ。この雨の中、どうする?いいから乗りなさい。」
「結構です。タクシー呼びますから・・・」
「ハハハッ。こんな時間にしかもこんな雨で直ぐに来る訳ないだろ。いいから乗りなさい」
「いいです。大丈夫です。」
「いいから心配するな、今日は何もしないよ(笑)家まで送るから、ホラ乗りなさい。」
263-2:2001/05/29(火) 02:21 ID:yHGQFmJQ
男は笑いながら梨華の手を取った。その手の強さに梨華は萎縮した。

(また・・・あの時みたい・・・。イヤ・・・)

心で幾らそう叫んでも、その叫びは声にならなかった。男は梨華のそうした態度
を見透かすように、ドアを開けるといやらしい手付きで梨華の腰に手を回し、そ
の身を自分に寄させた。梨華は、本当に聞こえないような位の小声で抵抗をしめ
すのが一杯だった。

「・・・イヤです。一人で帰ります」
「いいじゃないか。何も知らない訳でもないだろ」

梨華はその男の、喋り方も、匂いも、そしていやらしい顔付きもその全てが嫌い
だった。いや今は、但し書きが必要なのだ。なぜならば、あの時、そうではない
自分が少しだけいたのだから・・・。だからこそ梨華は、あの時の自分自身が嫌い
だった。

あの時の嫌悪感とそして恐怖感、耐え切れないこの気持ちを精一杯の抵抗で示そ
うしたが、、その脂ぎった中年男は、造作なく引きずる様にして易々と梨華を助
手席に連れ込んもうとしていた。か細い梨華の抵抗は、その全てが無駄に終わろ
うとしていた。漆黒の暗闇の中、土砂降りの雨は止まず、そして雷は鳴り響いて
いく。梅雨の終わりを告げ、夏が来た事を知らせる夜だった。
273-3:2001/05/29(火) 02:23 ID:yHGQFmJQ
「・・・もう一つ、お願いしたいんだけど、いいかなぁ?」
「・・・なにをですか?」

スタジオの前、降りしきる雨、車内には今日も真希と彼が二人きりだった。
一つ目の真希の願いは、家に帰る時間を遅らせて欲しいという希望だった。
彼はこの豪雨の中、むやみに車を走らせるのを諦め、この場で時が過ぎるの
をやり過ごしていた。真希の二つ目の願い・・・。彼には何となくはわかって
いた。多分、通りの向こうにて繰り広げられている、この騒ぎの事なのだろ
う・・・。

「あのバカオヤジ・・・、早くやめさせて。」
「・・・あの二人の事、ご存知なんですか?」
「そうよ。当たり前じゃない!とにかくお願い、早く!どんな事してでもいいから!」

真希のせかす声が車内に鳴り響いた。彼の眼がバックミラー越しに真希の
眼と合った。その眼は心なしか潤んでいるようであった。彼は了解した。

「分かりました。何してもいいんですね?・・・で、彼女の名前は何て言うんですか?」
「ホントに知らないの?もう・・・。んとね、石川梨華ちゃん。」
「男のほうは?」
「それはわかんないけど・・・とにかく早くして」
283-4:2001/05/29(火) 02:28 ID:yHGQFmJQ
何気なく真希が言葉を濁した事を彼は聞き逃さなかった。しかし敢えてそれを
咎めず言葉を継いだ。

「分かりました、石川さんですね・・・」

彼は助手席に置いてあった英国製の大き目の傘を取り、そして自分のキャリン
グバッグにしまわれていたキャップを取り出し目深に被ると外に出た。そして
その傘をささず、帽子ひとつだけの格好で土砂降りの雨の中を歩き出した。人
影の無い大きな通りを横切ると、彼の眼には全身で嫌悪の感情を爆発させてい
る梨華をどうにかしてコントロールしようと、もがいている男の姿を鮮明に捉
えた。

(ナニ!)

彼の心はそう叫び、心の奥底で感情の何かが大きく弾けた。彼の眼に飛び込ん
できた男・・・。彼は今、自分自身に運命を感じていた。全身を貫く衝撃、しかし
彼はそうした気持ちを敢えて完全に密封し、一切の表情を変えずに近づき、そ
して梨華に向けて言葉を告げた。

「石川さんですか?」
「・・・ハイ、何ですか?」

梨華は見知らぬ男の問いかけに困惑したが、今の状況を抜け出せる一筋の光を
その男の登場に見い出した。
293-5:2001/05/29(火) 02:31 ID:yHGQFmJQ
「真希さんが一緒に帰ろうと、言っているんですが。どうですか?」
「え・・・」
「何だ、お前誰だ!」

中年男は、訝しげに彼を見ると、声を荒げて威嚇した。しかし彼は表情を
変えず、言葉を続けた。

「どうしますか。あちらの車に真希さん、いますけど・・・」

豪雨の中、視界も侭ならないその先に、大きな黒いワゴン車の中から顔を出
し、手を振る真希の姿を梨華は見つけた。それまで硬直していた石川の顔が
一瞬緩んだ。

「・・・うん。それじゃあ、私も帰ります。それでは・・・」

そういうと梨華は渾身の力を振り絞り男の手を振り払うと、彼のもとに近づ
いた。邪険にされた男は怒りを見せながらその後を追おうとすると、彼は手
にしていた傘の先をふいに男の眼前に突き出した。男は勢い余り、躓きそう
になりながらも、どうにかして体を捻りそれを避けた。一瞬の間の後、怒り
の矛先を彼に向かわせようと思った刹那、彼の無表情でいて、冷たく光るそ
の眼の鋭さに恐れをなし言葉を飲んだ。そして改めてその彼の顔を見据える
と、「アッ」と小さく驚嘆の声を上げ、その表情を怒濤の驚愕へと変化させた。

「お前は・・・」
303-6:2001/05/29(火) 02:37 ID:yHGQFmJQ
「石川さん。傘を。」

彼は男の言葉を遮り、その眼前に差し出されていた傘を開いて、梨華に手渡
した。

「どうぞ、お先に・・・」
「でもあなた、ぬれちゃいますよ・・・」
「いいから、早く。」

彼は語気を強め、梨華に車へ向かわせた。そして中年男を眼だけで制した。
彼の背後から豪雨の音に混じりワゴン車後部座席の閉まる音が聞こえたかと
思うと、彼はニコリと笑い、男に告げた。

「周防さん、ここで会うとは思わなかったな(笑)」
「何でお前が・・・」
「また、お会いしましょう(笑)」

彼は妖しい笑顔を残し、雨の中に姿を消した。男は呆然とその場に立ち尽く
したままだった。
313-7:2001/05/29(火) 02:53 ID:yHGQFmJQ
「真希ちゃん・・・アリガトネ。」
「ううん。でも梨華ちゃんダメだよぉ。ああいう男と一緒じゃ・・・」
「うん。デモネ・・。うん、わかってるの。・・・とにかく本当にありがとうね。」
「私は大丈夫。それより、この人のおかげだよぉ。ねぇ?」
「うん。本当にありがとうございました」

梨華は、頭からバスタオルを被りながら、ハンドルを操る彼のその背中越しに、
深々とお辞儀をし感謝の念を伝えた。彼はバックミラー越しに、その梨華の健
気な姿を見ていた。その時、彼は初めて梨華の顔をハッキリと確認した。そし
て彼はその顔立ちに息を呑んだ。(似ている・・・)彼は、明らかに動揺してい
た。が、そうした心の"ゆらぎ"は一切表に出さず、ただ漫然と車を走らせていた。

「・・・真希ちゃん。今日の事、みんなに言わないでね。」
「もちろんだよぉ。いわないよ」
「ありがとうね」
「それより、アイツとは関わっちゃダメだよ。」
「真希ちゃん、知ってるの、あの人のこと?」
「ウン、まあね。・・・本当に嫌な男。」

真希は吐き捨てるように言葉を投げた。梨華はその語気の強さに驚いたが、
自分と同じ気持ちを共有している仲間を見付けた嬉しさを感じた。しかしそ
の瞬間、やるせない気持ちが頭を擡げた。

(もしかしたら、真希ちゃんも、あの男に・・・)

荒れ狂う窓の外を漫然と見やる真希の眼は、いつに無く虚ろだった。ここ最
近、真希の心を襲い続ける投げやりな空しい気持ちが覆い被さってきた。

(忘れかけていたのにな・・・。アイツも、それから・・・。もう・・・どうでも良くなってきちゃった・・・)

彼の顔には、まだ拭き切らない雨の雫が頭からポタポタと落ちていた。そ
してフロントウインドウに絶え間なく叩き付けられる雨を睨み付けながら、
心の中で呟いた。

(ここで会えたな、漸くと・・・。)

彼の心は乾き始めていた。そしてその両眼が冷たく光っていた。3人の重
く、切なく、そして虚ろな気持ちを載せたまま、車は夜の東京の街を走り
抜けていた。
323-8:2001/05/29(火) 02:56 ID:yHGQFmJQ
「本当にありがとうございました。」
「いえ。御気になさらずに・・・」

梨華は改めて深々とお辞儀をした。今春越して来たばかりという真新しい
マンションの前、未だ止まぬ雨の中、梨華は何度も何度も運転席の彼に頭
を下げた。彼はウインドウをあけその都度、梨華を制していた。

「早く中に入ったほうが・・・」
「真希ちゃんもアリガトウネ。」
「ウン。梨華ちゃん、わかったから早く入って。風邪引くから。」
「ウン。本当にアリガトウ・・・」

梨華の眼から大粒の涙がこぼれていた。彼は慌てて運転席のドアを開けると
胸のポケットからやや大きめのハンカチを差し出した。梨華はそのハンカチ
で自分の顔を拭った。

「・・・アリガトウゴザイマス。」
「いいですから。明日もお仕事でしょう?ですから早くお入りに・・・」
「そうだよ、梨華ちゃん。また明日会おうね!」
「ウン・・。」

すると梨華は、後部座席でしきりに手を振る真希に近づいたかと思うと、
何気なく彼に問い掛けた。

「そういえば・・・貴方のお名前はなんていうんですか?」
「え!?」
「梨華、まだお名前教えて貰ってないです」
「・・・そうでしたね。」

梨華の唐突な問いに彼は一瞬たじろいたが、直ぐに体勢を立て直した。

「・・・本城といいます。」
「アハハ、梨華ちゃんそれウソ(笑)」
「ウソって?」
「だってそれウソの名前だもん。ね、ほんじょうさん(笑)」

真希がちゃかして彼を見遣った。すると彼は黙って梨華に一礼をしてすぐ
さま運転席に戻り、エンジンをかけ直した。後部座席の窓際では、梨華と
真希は何事か笑いながら話していたが、それも終わると、窓越しに肩と肩
とを抱き合い、別れを惜しんでいた。彼は、梨華が名残惜しそうに手を振
りながらマンションの中に消えるのを確認すると、静かに車を走らせた。
333-9:2001/05/29(火) 02:58 ID:yHGQFmJQ
「彼女、優しくていい子ですね。あの子もメンバーなんですか?」
「・・・ホントに何も知らないんだね。テレビとかあんまり見ないのぉ?」
「いや、見ているほうだと思うんですけどね・・・」
「ウソぉ〜。どうせニュースとかばっかでしょ。」
「いえ、ニュースなんか殆ど見ませんよ。」
「じゃあ何みてんの?」
「・・・そうですね。見てる、て言うより眺めているのかなぁ」
「それって、どう違うのぉ?」
「さぁ(笑)わかんないですね」

車はいつもの見慣れた通りに差し掛かると、あの要塞の様なマンションに
近づいた。先ほどまで荒れ狂ってた空は落ち着きを取り戻し、雷鳴は消え、
漸くと雨も小ぶりになっていた。

「明日は9時です。お二人が来られますから」
「ウン。・・・あなたは休み?」
「ええ。」
「ふ〜ん。」

「・・・そうだ。この間の本、読まれましたか?」
「ウン。面白かったよ。それに絵も可愛かったよぉ。」
「ああいうのなら、本読むのも楽しいでしょ?」
「そうだね。よっすぃ〜にも貸してあげたんだよぉ。面白かったっていったよぉ」
「そうですか、それは良かった。」

彼は“よっすぃ〜”というのが誰なのかは分かってはいなかったが、話の
流れを折らずにそのまま言葉を続けた。
343-10:2001/05/29(火) 03:02 ID:yHGQFmJQ
「それじゃ、今日はこちらを・・・」

そういうと彼は助手席に置いてあったバッグの中から、シンプルな包装紙に
包まれた少し大きめな書物を取り出して、真希に手渡した。

「これはぁ?」
「写真集ですよ」
「写真集?女の人の?」
「まさか(笑)猫のですよ。世界中の猫が写ってますから。可愛いですよ。」
「ふ〜ん。あなたホントに猫が好きなんだね!」
「そうですね。でも、まぁ暇な時とかにでも見てください。」
「ウン。アリガトネ。」
「いえ。」

真希は自分でショルダーバッグを持ち出すと、彼がドアを開けるのを待つ
までも無く、自分でドアを開けて外に出た。

「すいませんでした。大丈夫ですか?」
「自分の荷物くらい自分で持つもん。大丈夫だよぉ」

真希は重たそうにショルダーバッグを抱えてマンションに消えていった。
彼は運転席に戻り、ハンドルを握りなおした。すると真希がマンションの
入り口でくるりと回転して、車のほうに向きを直した。そして少し大きめ
な声で彼に問い掛けた。

「ねぇ!・・・あなたはいつまで、この仕事するの?」
「・・・前にも言いましたけど、秋になったら消えますから、安心してください」
「そうなの・・・。別にさぁ、私は迷惑じゃないから、他に仕事なけりゃいてもいいよぉ。」
「大丈夫ですよ(笑)もうすぐしたらやめますよ。あなたを監視するのは(笑)そうなったら好きに遊んでください」

「・・・それまでに。・・・だったらさぁ、それまでにあなたのホントの名前、教えてね?」
「ハハハ。私の名前は本城です。そうでしょ(笑)」

彼は今まで真希に見せた事のないような底抜けに明るい笑顔を残し、夜明けを
静かに待つ町の中に消えていった。真希は一つ溜息をつくと、静々とマンショ
ンの中に消えていった。
353-11:2001/05/30(水) 03:23 ID:oGhR4ato
「ンンン・・・」

真希は、少年に胸を揉みしだかれながら、虚ろな眼で天井を見やった。もはや、
どうにも興奮を押さえ切れない少年は、乱暴な手付きで真希の衣服を引き千切
ろうとした。

「破んないでよ、この服気に入ってるんだから!」
「ああ。うん・・・」

少年は、声にならない返事をして、真希の衣服を脱がすことに集中していた。
とにかく真希の全てを見たがっていた。彼女の静止は、全く耳に入らなかった
らしい。少年は赤いワンピースのボタンを無造作に引き千切り、その豊かなバ
ストにむしゃぶりついた。ブラジャーのフックも外さず、そのまま剥がしにか
かった。ナカナカ思い通りにならない自分自身に苛立ち、手付きはさらに乱れ
た。

「やめて、て言ってるじゃない、聞こえてんの、ねぇ?」
「あぁ、チクショウ。どうなってんだよ!」

真希は的を得ない返事の応酬に、どうでもよくなっていた。(もう、いいや)
虚ろな気分はさらに増していた。
363-12:2001/05/30(水) 03:24 ID:oGhR4ato
「ヒュー!やっぱデカイネ!真希の胸は」

力づくでブラジャーを剥ぎ取る事に成功した少年の眼には、薄く赤く色づいた
乳首、そして大きすぎず、小さすぎず、それでいて弾力性のある真希の乳房が
飛び込んできた。漸くと目標を達せられ、少年の興奮はレベルを上げた。

「ハァハァ・・・、どうだいいだろ?」
「・・・」

少年は、乱暴に乳房をもみし抱きながら、両方の乳首に交互に吸い付いた。真
希にとって、快感というよりもむしろ苦痛を伴うような愛撫が続いた。暫くす
ると少年の乳房への興味は薄れ始め、いよいよ真希の股間を弄り始めた。乱暴
にパンティーを剥ぎ取ると、いきなり陰部に食らいついた。

「ア、ンンン・・・」

真希は声を上げた。が、それは、義務感を伴う、儀礼めいたものであった。そ
れでも、真希の下半身を舐め回し続ける少年の感情を揺さぶるには十分だった。

「何だよ、もう感じてんのかよ、やっぱおまえ厭らしいな」

真希の演技に疑うことを知らない少年は、更に激しく陰部をなめ続けた。漸く
陰部の中に埋もれていた柔らかいひだを自身の舌で探し当てると、今度はそこ
ばかりを集中して責め続けた。そしていきなり秘部に2本ばかり指を挿入して
きて、激しくその指を上下させ始めた。
373-13:2001/05/30(水) 03:25 ID:oGhR4ato
「うぉー、お○んこの中、もうびしょびしょジャン。もう一本入れるぜ」

少年はその指使い同様、言葉使いも荒さを増してきた。(やっぱ、コイツも同じ
なんだ・・・)真希の心は、いつもと同じ虚無感に包まれていた。確かにそこは濡れ
始めていた。でも真希にとってそれは、あくまでも条件反射の一種のようなも
ので、歓喜の表現ではなかった。

「ン、あぁ、んんん・・・」
「おぉ、お前ホントエッチだな、ほらこの音、聞こえんだろ、お前の汁だぜ」

真希の愛液と少年の唾液の絡み合う音がジュルジュルと響き渡る。少年の興奮
はピークを迎えていた。もはや極限まで膨張したそのペニスは、既に短パンの
脇からその先を覗かせていた。当然ながら真希の眼にも入ってきたその陰茎は、
その少年の容姿には似つかわしくない程グロテスクで、肉棒自身も意外なほど
の大きさを備えていた。(ふ〜ん、意外にデカいじゃん)真希は、その客観的
事実に感心したが、かといって、それ以上の興味は湧かなかった。
383-14:2001/05/30(水) 03:26 ID:oGhR4ato
「今度は、俺のを舐めろよ」

命令口調になった少年は、我慢できず自分でパンツを脱ぎ捨てると、両手で真
希の肩を押さえつけその場に跪かせた。真希は少し躊躇した。いや躊躇という
よりも、何もかも、あなたの言う通りにはならない、という意思の表明でもあ
った。

「・・・・・・・」
「頼むよ、ねぇ、お願い」

チッポケな真希の抵抗だったが、効果は覿面だった。いきなりに彼の口調を優
しくさせ、そして彼女に同調を求めてきた。この男は、もう私に逆らえない、
真希は結論付けると、言われるがまま、少年のペニスに食らいついた。そして
ジュルジュルと厭らしい音を立て扱き始めた。

「うぉー、いいぞ」

少年は少し興奮気味に叫んだ。真希は舌を巧みに操り、肉棒に絡ませた。彼女
は一口加えた瞬間に、少年が仮性包茎である事を見抜いた。赤づいたカリ頭に
ただ唾液を絡ませるだけで、少年のペニスは激しく真希の口の中で上下した。
少しの刺激でも、十分すぎるほどの反応が返ってくる。割れ目に舌を這わせて、
厭らしい音をわざと立てながら、口を上下させる。もうイキそうなのは明白だ
った。
393-15:2001/05/30(水) 03:28 ID:oGhR4ato
「あぁ、もう駄目だ・・・」

瞬間、少年のペニスが真希の口の中で激しく屹立した。真希はペニスから口を
離すと、傍においてあったティッシュボックスに手を伸ばした。すばやく右手
でティッシュを数枚取ると、彼の亀頭に軽く押し付けた。すると亀頭の先から
白い上バミ液が出たかと思うと、一気に大量の白濁色の液が放出された。

真希は冷静に少年のスペルマを拭き取ると、サービスだと言わんばかりに、早
くもうなだれた少年のペニスを咥えた。そして、まだ肉棒の中に残る残液を吸
い取った。この行為が彼にとっては至福の喜びを与えたようだ。ペニスから真
希が口を離すと、少年はその場にペシャンと座り込み、一人で感慨に浸ってい
た。

「やべーよな、モー娘のゴマキとフェラしてもらったなんてバレタラ。殺されちゃうよ」

少年には、達成感と征服感がみなぎっている様だった。そうした態度に真希は、
何の関心も示さなかった。暫くすると真希はイキナリ彼の上にまたがり、耳元
で囁いた。

「どうする?いれなくてもいいの?」
「えっマジで?・・・ちょっと待ってよ、少しタイム、タイム」

少年は、よろめきながら立ち上がると、体勢を整えるために台所へ向かった。
真希は、静かに立ち上がり、身体にまとわりついていた衣装をその場に脱ぎ捨て
全裸でベッドに横たわった。そして虚ろな目で天井を見つめた。

(今ごろ、あの人はどうしているのかな・・・)

若く青く、そして苦々しいスペルマの匂いが充満している部屋の中で、真希は
「彼」の事を思っていた。
403-16:2001/05/30(水) 03:31 ID:oGhR4ato
真希は絵本をベッドの横に置きなおし、再び天井に目を遣った。何故か悲しくな
った。そして涙が零れそうになった。その刹那、漸く体勢を整えてきた少年が上
に乗りかかってきた。

「よ〜し、やろうぜ!」

徐に電気を消し、薄暗闇の中で、少年は真希の全身を貪り始めた。真希の顔、
唇、肩、乳房、下腹部、そして秘部、脚先の指の間まで、その不作法な愛撫
は続いた。

「いいだろ!真希!」
「ン・・・アン・・・」

条件反射的に真希は喘ぎ声を出した。その声に反応し、更に愛撫は激しくな
った、そして真希の陰部を執拗に舐め続けた。割れ目を探し、懸命に舌を入
れてくる。「俺がいかせてやるぜ」という少年の自己満足感だけは真希にも
伝わった。少年の舌の動きに合わせる様に、わざと喘ぎ声を重ねて見せた。

少年には、そうした真希の反応が心地よかった。頼んでもいないのに、肛門
の穴まで舌を入れようとする。さすがの真希もそれは拒否した。腰をあげ両
手で少年を少しだけ突き上げた。
413-17:2001/05/30(水) 03:32 ID:oGhR4ato
「ちょっと待って。ゴム、用意するわ」
「何だよ、ゴムかよ。生でヤラセテよ」
「駄目だよ、絶対」

真希は頑なに拒んだ。しかし少年は早くも極限まで屹立したペニスを立たせ
ながら、頑強に自己主張を繰り返していた。

「いいじゃん、大丈夫だよ、外に出すからさぁ」
「駄目、ゴムつけないんじゃ、今日はここまでだよ!」
「いいじゃん、大丈夫だよ、じゃぁさ、取りあえず、生で入れさせてくれるだけでいいから」

少年はとにかく真希の中にそのままの形でペニスを入れようとした。しかし真
希は、断固拒否した。そしていきり立つペニスを振り払うかのように、パンと
起き上がると窓際に駆け寄り、少し大きめな声で少年に言った。

「駄目!もし、いれるんならやめるよ。外にいる人呼ぶから」
「そんな・・・」
「どうする?私マジだよ」
「・・・分かったよ。じゃあさぁ、今度は口に出させてよ。それ位ならいいだろ?」
「・・・まぁ、いいよ・・・」

少年は余程、先程のティッシュへの放出が不本意のようだったらしい。真希は少
年の申し入れを許諾した。そして洗面所の一番上の棚奥からゴムを取り出してき
た。ベッド上で呆けていた少年を寝かせて、二、三回、肉棒を口で扱いて唾液で
ペニスを湿らせてると徐にそのペニスにゴムを装着させた。
423-18:2001/05/30(水) 03:34 ID:oGhR4ato
「ぴったりだね」
「ウッ。そうでもねえよ。チョット痛て〜な」

真希は、少年の上にまたがり自分で少年の陰茎を陰部に導いた。あわてて腰を
動かそうとする少年を嗜めた。

「ゆっくり!だから、そんなに急がないで」
「分かってるよ!・・・どうだ?」
「ウン。いいけど・・・、もう少し優しくしてよ」

明らかに少年のテクニックは稚拙であった。きっとこういう男に遣られること
のみを生きる糧にしているような、取り巻きの女の子相手への自己中のセック
スしか経験がないのだろう。彼女たちは、この少年のペニスを受け入れただけ
でオルガズムを迎えるような単純思考の人間なのかしら・・・。

でも真希は違う。

いや、逆にいえば、いまベッドの上で必死の形相で真希の胸にむしゃぶりつき、
乳首を摘み、乳房を揉みしだき、絶叫を上げているこの男こそが、モー娘とや
れる、というだけで頂点に達している単純思考の人間に他ならなかった。

「すげ−よ、真希、すげーよ」

もはや少年には、同じ言葉を何度も繰り返すしか術はなかった。少年は、何度
も挿入しなおしながら、騎乗位からバックに回り、真希を突き上げた。なまじ
陰茎が大きいだけに、真希の奥まで、ペニスが到達する。さすがに喘ぎ声がも
れてきた。

「あぁ〜ン。アァ・・・。ウ〜ン」
「真希、真希!中に出して−よ!」
433-19:2001/05/30(水) 03:36 ID:oGhR4ato

少年のその声に我を取り戻した真希は、すかさず体勢を入れ替え、正常位にな
った。そして自ら腰を動かし、少年が絶頂を迎えるのを早めた。両手で少年の
上半身を愛撫し、上胸のあたりを軽く舐めた後、乳首に軽いキスをした。少年
の顔から判断するに、その時を迎えるのは時間の問題であった。

「駄目だ・・・、もうイクよ!」
「・・・約束だもんね。口でして上げる」

少年は言うがままにピストン運動を止め、限界までに勃起したペニスを真希の
目前に差し出た。すると真希は、ゴムの上から肉棒をさすり続け、裏筋にキス
を重ねた。そして、その下の袋にもそのキスを移すと、優しく袋を揉み出した。

少年は絶叫に近い叫び声で真希の名前を呼び続けた。そのまますれば精子が出
るのはわかっていたが、真希はさっきの約束を果たすべくゴムを剥いだ。そし
て亀頭の先の割れ目をチロチロと数回舐めた。更に陰茎を激しく扱き上げペニ
スの赤みを増長させつつ、いよいよ口に含もうかと構えた瞬間、割れ目から液
が数滴垂れたかと思うと、勢いよく白濁色のスペルマが真希の身体にシャワー
された。

「ちょっと〜、顔に出していいなんていってないよぉ〜」
443-20:2001/05/30(水) 03:37 ID:oGhR4ato
「ハァハァ、ハァハァ・・・」

少年は荒々しいうめき声を発し、その場に倒れこんだ。そしてペニスの先から
は、まだ残るスペルマがニョロニョロと噴出していた。

「ハァハァ・・・。よかっただろう?真希」
「・・・」

真希はその問いには答えず、顔にかかったスペルマを落としに洗面所に向かっ
た。石鹸、そして洗顔液で、入念に何度も何度も洗った。それでも少年の精液
の匂いが消えなかった。

「シャワー浴びるから」

真希はベッドの上に座り込んだままの少年に声をかけ、そのままバスルームに
入った。ボディシャンプーで何度も身体を洗い流し、髪の毛にもシャンプーを
施した。その様は、スペルマの匂いだけでなく、肉欲の塊だった少年自体の匂
いを消すかの如く、執拗であった。バスルームに備え付けられている鏡に、そ
うした自分の姿を見つけた時、真希の心に物凄い嫌悪感が棲み付いた。そして
鏡の中の自分を見つめた。

(この女、ブス)

心の中で真希は呟いた。そして浴槽につかりながら呆然としていた。煙にくも
り、鏡の中の自分が消えていく。何故か無性に悲しくなった。

(もう・・・ダメかな?)

ふいに真希の眼から涙が零れた。家族にも、事務所の人間にも、仕事の仲間に
も、そしてあの「下らない男」にも見せた事のない「心の叫びの涙」であった。

(もう、疲れたよ・・・)

蒸気で煙るバスルームの中、そして彼女は、静かに目を閉じた。
45稲葉浩志:2001/05/30(水) 10:44 ID:NmPm3/ZY
シュールでよいね・・・。描写がウマイなぁ。
ただあんまりエロ系にいってほしくはないです。
心理的な今の感じがすごく(・∀・)イイ!!
464-1:2001/05/31(木) 03:28 ID:XwFKAHgc
第3章
天使の胸に抱かれて、ここから遠く飛び立って。そして安らぎが得られる事を祈りましょう
―サラ・マクラクラン―

「真希ちゃん・・・ちょっといい?」
「な〜にぃ〜」

いつものように深夜にまで渡ったTV番組の収録も終わり、メンバーのそれぞれ
が帰路に着く中、梨華はスタジオの入り口で半身を傾けながら、前室の片隅で吉
澤と楽しげに話している真希に声をかけた。

「おっ、梨華ちゃん、今日は白なんだぁ(笑)」
「そうなんだよぉ。最近梨華ちゃん、ピンクあんまり着ないんだよね」

吉澤と真希は珍しく白いワンピースを着ている梨華の服装にチャチャを入れた。
梨華は恥ずかしそうに笑っていると、手招きをして真希を呼び寄せた。

「何よぉ!わたしは仲間はずれ?」
「よっすぃ〜違うの。ちょっとお仕事の事なの、ディレクターさんが呼んでるの」
「な〜にぃ〜。めんどうくさいなぁ〜。タクシー着ちゃうよぉ」

真希はやや不服そうながら梨華の元に近寄った。そして言われるがままに、梨華
の待つスタジオへ足早に向かった。しかしスタジオの中には誰もいない。真希は
首を傾けながら辺りを見回した。すると大きな照明機器が無造作に置かれている
その片隅で、梨華がぽつんと立っていた。
474-2:2001/05/31(木) 03:30 ID:XwFKAHgc
「なによ梨華チャン。誰もいないじゃない」
「ウン。実はね、私なの、話があるは・・・」
「・・・ふ〜ん、で何の用なの?」

梨華はもじもじとしてナカナカ言葉を言い出せなかった。すると真希は梨華
の傍らに近づき、優しく梨華の髪を撫でながら言葉を即した。

「な〜に、梨華ちゃん」
「ウン・・・。真希ちゃん、この間の男の人って、会社の人なの?」
「え?あ、あの人?そうね、そうみたいな、そうじゃないみたいな・・・」
「真希ちゃんもよく知らないの?」
「うん。自分の事、よく喋らない人だし。一応雇われているみたいなんだけど・・・。でもさぁ、名前だってわからないしぃ。」
「あの人って、普段はどんな事してるの?」
「送り迎えの運転とか、今私についてるマネージャーさんのお手伝いとか・・・。そんなトコかな。」
「そうなんだ・・・」

梨華は首を傾けて、モジモジと言葉を選んでいるようだ。真希は少し悪戯っ
ぽい笑顔をみせて梨華の顔を覗き込んだ。

「な〜に、梨華ちゃん。あの人に興味あるのぉ?」
「違いますよぉ。違うんです。そうじゃないんだけど・・・」

「じゃあ、なあに?」
「・・・ウン。なんかね、あの人と、それから・・・あの男の人・・・とね、知り合いみたいなの」

「えっ?それホントぉ?」
「ウン。・・・あの時そんな感じがしたんだけど・・・」

真希は意外そうな顔付きで思案を投げた。(どういう事なのかな・・・)梨華は、
俯きながら、話を続けた。
484-3:2001/05/31(木) 03:33 ID:XwFKAHgc
「それでね。・・・ちょっと真希ちゃんにお願いがあるんだけど・・・」
「・・・ん?何?」

真希は考えを一時止め、梨華の顔を見つめ直した。そして言葉を繋げた。

「・・・梨華ちゃん。まだあの男となんか関係あるの?」
「ウン・・・。」

梨華は言葉を濁した。しかし真希は、そこにある何かを感じ取っていた。
とっさに梨華の手を握った。

「梨華ちゃん、お願いって何?」
「ウン。あの人に会わせてくれないかな?それでね、もう私に構わないでって、あの男に人に言って欲しいの・・・」
「梨華ちゃん・・・」
「真希ちゃんね思い切って言うね・・・実はね、私・・・、あの男の人にね・・・」

梨華はその美しい瞳に涙をため、少し嗚咽を漏らした。真希は華奢な梨華の
体をぎゅっと抱きしめた。

「もういいよぉ、梨華ちゃん・・・。わたしもね・・・同じだもん・・・」
「真希ちゃん・・・誰にも言わないでね・・・」
「当たり前だよぉ」
「・・・アリガトネ、真希ちゃん」

普段は見せない真希の優しさに梨華は浸っていた。そして最近感じていな
かった、安らかな気持ちがその心を覆っていた。
494-4:2001/05/31(木) 03:35 ID:XwFKAHgc
「・・・梨華ちゃんも頑張ってね。あの人いい人だから心配しないで話してみても大丈夫だよ」
「うん。実はね、この間、レコーディングの帰りにちょっとだけ話したの。」

梨華は恥ずかしそうに話し続けた。真希は笑顔で聞き返した。

「ホントぉ?それでどうだったの?」
「うん。最初は話し掛け辛かったんだけど、優しくて安心したの。」
「でしょ?だから大丈夫だよ。きっと梨華ちゃんの話聞いてくれるから。」
「ウン。そうだといいなぁ」

誰もいないスタジオ、薄暗闇の中、二人は抱き合いながら互いの傷を慰め
合っていた。その二人の様子を入り口の大きなドアに隠れて見つめる吉澤
の姿があった。

(ごっちん・・・)

吉澤の眼には真希の姿しか捉えていなかった。ふっと大きな溜息をつくと、
先程までいた前室の長椅子に腰掛けた。上を向き必至に目から零れてくる
物をこらえていた。

(ごっちん・・・、どうして私だけを見てくれないのかな・・・)

吉澤は、哀しい気持ちを抱えたままその場に竦んでいた。
504-5:2001/06/01(金) 04:01 ID:kgWWLrWc

「・・・で、わたしに何を?」
「ここに貴方の名前を・・・お願いします。」

彼女は土下座をせんとばかりに、テーブルの上に頭を押し付けた。机の上には、
細々とした言葉が書き込まれた一枚の書類が置かれていた。この書類が持つ意
味の大きさは、彼にも、そしてこの紙切れを持ってきた彼女にもよく分かって
いる。だからこそ、言葉はより簡潔なセンテンスに凝縮された。

「真希の・・・為なの・・・」
「それは、担当マネージャーとしてですか、それとも姉としてですか?」

彼の言葉には、いつになく力があった。彼女は彼の言葉に押されたかのように
押し黙った。沈黙は続いた。階下にあるコンビニエンスストアから聞こえてく
る騒がしい有線の音楽とそれに被さって来る人の喧騒とが部屋中の空気を支配
した。

パイプ椅子と会議用のテーブルが狭しなく並ぶ室。まるで予備校の教室の様な
その部屋の一室で、二人は細長いテーブルを挟み、対峙していた。漸くと彼女
が呻いた。
514-6:2001/06/01(金) 04:03 ID:kgWWLrWc

「・・・両方よ。だからあなたしか頼めないの・・・」
「・・・」
「だって言えないじゃない?こんなこと・・・。会社の人にだって、
それに母にだって・・・。私・・・」
「・・・ごめんなさい。あなたを責めたわけではないですから・・・」
「いいの。私の責任だもの。こうならない様にって、母や会社の人が真希に私をつけたのに・・・」
「後藤さん・・・」

「やっぱりダメね(笑)これで私もクビだね。」
「それじゃあ、もうこの事は皆さん知っているんですか?」
「ううん。真希と私、そしてあなただけよ・・・。そこは大丈夫。」

彼女は俯き言葉を殺した。彼は黙って立ち上がると、部屋を出た。廊下からガ
タガタッ、という音がしたかと思うと、手に同じ種類のお茶の缶を2つ持ち帰
ってきた。黙って彼女の前に一つ置くと、もう片方のタブを引き、それを自ら
一気に飲み干した。

「相手の男は、こうするって事は知っているんですか?」
「・・・わからないわ。」
「分からないって・・・。確認していないんですか?」
「・・・男が知ってても、知らなくても、結論は同じでしょ!」

彼女は苛立ちを隠さなかった。そして目の前に置いてあったその缶を乱暴に手
に取り、飲み干した。そして少し落ち着きを取り戻した。
524-7:2001/06/01(金) 04:03 ID:kgWWLrWc

「・・・ごめんなさい。少し興奮して・・・。そうね、うん、多分彼は知っているとは思うわ。」
「そうですか。で、彼の答えは・・・。まぁ聞くまでもないか・・・。」
「・・そういうことね。」

彼女は立ち上がると彼の横に座りなおした。そして少し椅子を動かし、二人の
肩と肩が当たるほどにその間隔を詰めた。彼の顔色が少しだけ変わったのを彼
女は見逃さなかった。彼はかすかに一つ息を整えると話し続けた。

「それで真希さんは?」
「・・・もう答えは出ているの。」
「そうですか。なるほど。」

彼は目の前にある書類を手前に寄せ、今一度眼を通した。そして胸の内ポケッ
トからボールペンを取り出した。聞こえるか聞こえないか分からない程度に、
軽く息を一つついた。
534-8:2001/06/01(金) 04:04 ID:kgWWLrWc

「・・・で、サインはどちらに?」
「男性の同意欄に・・・。保護者欄は、私の名前を書きますから・・・」

「偉そうな事を言う様ですが、ここに名前を書くだけなら、彼に頼んでもいいんじゃないですかね・・・」
「・・・」

「それも彼は・・・ダメなんですか?」
「・・・そういう事なの。お金は出すみたいだけど。仕様がないよ、真希もそうだけど、彼も子供なんだから。」

「・・・そうですか。で、手術はいつ?」
「ええ。今度の火曜日オフなの。だから月曜日の夜に。それで一晩入院する形になるかしら・・・」

「なるほど・・・」

彼女は、重い口向きを更に重くさせて、彼に話し続けた。

「出来ればね・・・」
「・・・出来れば、何ですか?」

「あなたにも、来て貰いたいんだけど・・・。いいの、無理に、とはいわないから。これ以上は迷惑・・・」
「・・・いいですよ。この欄に名前を書いた責任がある。行きましょう。」

「ありがとう。助かるわ・・・。私も一人じゃ何かと心細くて・・・」
544-9:2001/06/01(金) 04:07 ID:kgWWLrWc

彼は、自分の名前を書くと彼女に渡した。彼女はその紙を眼に通すと微笑を浮
かべるとその紙を丁寧にバッグにしまった。

「何かおかしいかったですか?」
「フフフ・・・。貴方の名前、本当はこうなんだ・・・」
「・・・おかしいですか?」
「ウウン。でもなんか変な感じ(笑)」

彼女は、立ち上がると、うろうろと部屋中を歩き回った。そして片隅において
ある古びたピアノの前にある椅子に腰掛けた。そして造作なくパラパラと鍵盤
を弾いてみた。

「ここであなたは何しているの?楽器とか教えてるの?」
「いや・・・話を聞くだけですよ。」

「生徒たちの?」
「生徒、と言う訳でもないですが・・・。まぁそんなところですね。」

「どんな話?技術指導とか、進路指導とか?」
「まさか(笑)単なる世間話みたいなもんです。愚痴を聞くみたいなね・・・。」

「ふ〜ん。それじゃあ私もあなたに相談しようかな(笑)」
「アハハ、私に何をですか?」

彼女は鍵盤から手を離し、彼に正対した。そして寂しそうな表情を俯きながら
隠し、ポツリポツリと言葉を繋げた。
554-10:2001/06/02(土) 02:36 ID:f4psHp2k
「・・・もうね、真希の傍にいるのやめようと思うの。
やっぱり、私にはダメみたい・・・」
「・・・どうして?」
「だって・・・つらいもの。真希の姿みていると・・・。
でもね、結局最後は・・・真希に頼ってる自分が嫌なの。」
「・・・」

「それにね、考えてみれば私の存在は真希にとって迷惑なのよ。だってね、
・・・分かるでしょ?」
「・・・」
「会社だって分かっているから、逆に私を雇ったんだもの。私の事を監視
しておきたかった訳だしね・・・」
「・・・」

彼は押し黙ったまま、彼女の言葉を待った。

「だって、あなたの役目ってホントは真希じゃなくて、私の監視でしょ(笑)
それ位わかってるわ・・・」
「・・・」

「でも大丈夫よ。辞めたからって、マスコミの人間にペラペラじゃべったり
しないから・・・」
「私は後藤さんがそんな人だとは思っていませんよ。少し自分を責めすぎな
んじゃないですか?」

「そうかもしれないかな・・・。」
「あなたはあなたで素敵な人です・・・と思いますよ」

彼は彼女の座るピアノの前にたった。そして彼女の横にピョコンと腰掛けた。
何気なく彼女は、たどたどしくながらも鍵盤を奏でた。部屋の中に不器用な
がらも優しいメロディーが響き渡った。
564-11:2001/06/02(土) 02:39 ID:f4psHp2k

「下手でしょ(笑)小学生の頃にチョコッとやってたくらいだから・・・」
「上手い下手は関係ないですよ。楽しければいいんですよ。」

彼女は楽しげにピアノを引き続けた。彼も横で彼女に合わせて鍵盤を奏でた。
乾いた部屋の中で連弾が鳴り響いていた。

「・・・この間あなたに紹介して貰った先生に私、会ってみようかな。」
「そうですか。とてもいい人ですから、是非。その気になったら、遠慮なく
いつでも言って下さい。」
「うん。ありがとう・・・。」

夜は深けいつのまにか階下のざわついた音も消えていた。その部屋の中は、哀
しげなメロディーのみに包まれている。演奏を終え、彼女は静かに立ち上がる
と、彼とキツク握手を交わした。

その最後、互いに何かを伝えたかったが、敢えて二人とも何も語らなかった。
彼女は、外に待たせてあったタクシーに乗り込むと、ぶっきらぼうに行き先を
告げ、後部座席にその身を沈めた。暑く蒸す街並みを冷え切った車内から見遣
る。

(この先、わたし、どうなるのかな・・・)

消せない不安を小さな胸に抱えたまま、そして彼女は静かに目を閉じた。
57稲葉浩志:2001/06/04(月) 13:51 ID:FprDkRTU
保全しマッスル
58作者:2001/06/05(火) 03:29 ID:YQrX012I

感謝。
595-1:2001/06/05(火) 03:30 ID:YQrX012I
第4章

そう、いつまでだっても、この世の全ては、何も変わらない。これが現実さ・・・
― ブルース・ホーンズビー ―


「お久し振りです。」

いきなりの呼び掛けに彼は驚いて振り返った。そこには、あどけない笑顔を
浮かべ、微笑みかける女性がいた。眩しくなる様な鮮やかな白のワンピース、
肩からはピンク色の可愛らしいバッグを下げている。

薄い橙色のサングラスを掛け、麦わら帽の様なキャップを被っていても、そ
の容姿を瞬間に見て誰かがすぐに分かったのは、やはり彼女が、常に人の目
に晒され続ける職業を生業にしているからであろう。

「こんにちはっ」

彼女は、可愛らしくペコリと頭を下げた。その振る舞いは彼の眼に、とても
愛くるしく見えた。人影もまばらな昼下がりの砂浜。久し振りに見るその女
性は、もう少女とは呼べないような佇まいであった。
605-2:2001/06/05(火) 03:31 ID:YQrX012I
「こんにちは・・・。しかし・・・?」
「今日は午後オフなんですよぉ〜。・・・もう解散も近いから、最近は
お仕事少ないんですよぉ。」

「そうですか。それにしても・・・。今日は・・・一体?」
「あっ!わんチャンだ。かわいいなっ」

彼女は彼の問いには直接答えず、彼らの足元に近づいてきた子犬に戯れた。
彼女は、懸命にじゃれ付く犬を相手に楽しそうにはしゃいでいた。彼は傍ら
においてあった軟式ボールを彼女に手渡した。

「これはなんですか?」
「投げたらみたらどうです?こいつは、こう見えても利口なんですよ(笑)」

「ホントに。じゃぁワンチャン、これを拾ってきてね」

彼女の手から離れた白球は、白波が打ち寄せる海岸に消えていった。子犬は、
キャンキャンと鳴きながら、そのボールを追いかけた。暫くして彼女もそれ
を追いかけた。波打ち際で白球とじゃれ付く子犬と彼女の姿が、彼の目に焼
きつく。
615-3:2001/06/05(火) 03:32 ID:YQrX012I
水平線は果てしなく遠く、高く広がるその空は、どこまでも青かった。それ
なのに吹く風は、何処となく冷たく感じ、そして太陽は低く傾いていた。盛
る夏の日が過ぎようとしていた。

「わ〜、つかれちゃった!」
「・・・元気ですねぇ、石川さんは。」
「そんな事無いですよ。ねぇ、わんちゃんの方が元気だもんね。」

彼女は息を切らせながら彼の横に座った。一緒に戻ってきた子犬は、未だ尻
尾を振りながら、じゃれたがっている様だった。彼は何の躊躇いも無く自分
の横に座る彼女をみて、ニコニコと笑みを浮かべた。

「何が可笑しいんですか?」
「いや・・・。こうして男性の横に座れるようになったんですね。」
「えっ!いや・・・そんな事無いです!」

梨華は顔を真っ赤にして、恥かしそうにしながら、慌てて少し彼との間を広
げた。するとその間に子犬が座り、二人の顔を交互に見比べて始めた。

「ハハハ。お前はちゃっかりしているなぁ」
「アハハハ!」

楽しそうに笑顔を振り撒く横顔。体中で喜びを表現している彼女の姿は、彼
の心を和ませた。
625-4:2001/06/05(火) 03:33 ID:YQrX012I

「元気そうで良かったです・・・」
「・・・大丈夫ですよ、私は。いつも元気ですから・・・」
「そうですね・・・」
「うん・・・。ありがとうでした。」

梨華はペコリと頭を下げた。彼は静かに波打つ海を見遣った。

「それにしても、よくこの場所が分かりましたね?」
「真希ちゃんに聞いたんです。それで神楽坂にある音楽教室にいったら・・・」

「コンビニの上の?」
「ええ。そしたら体の大きな人がいて、その人がお家を教えてくれました。」

「朝倉かァ・・・。でも、ここにいるのはよく分かりましたね?」
「お家の前で待ってたんですけど、そしたら斜め前にある食堂の伯母さんが教
えてくれました。」

「食堂?あぁ、加藤のおばやんか・・・。でも、随分歩き回って大変だったでしょ」
「ウウン。そんな事無いですぅ。大丈夫です。」

相変わらず健気に答える梨華の姿は沈み行く夕日に溶けて、一段と輝いて見
えた。彼は言葉を続けた。
635-5:2001/06/05(火) 03:34 ID:YQrX012I

「・・・真希さんは元気にしていますか?」
「えっ?・・・大丈夫ですよ〜。前と同じですよぉ。相変わらず弾けてますよぉ(笑)」

「そうですか・・・。それは良かった・・・。あなたも元気そうで何よりです。お仕事も順調なんでしょう?」
「フフフ。相変わらず、TV見てないんでしょう?」

「いや、なるべくあなた方が出ている時は見るようにしていますよ・・・」

石川は彼の顔を覗き込んだ。眼と眼が合うとイタズラっぽく笑った。

「ホントですかぁ?」
「いや、なるべく・・・。ちゃんと見る時はみていますよ・・・」

「フフフ。いいんですよ。別に。」

いつの間にか、地平線のすぐ上に太陽は傾きかけていた。鮮やかな橙色に空
一面が覆われ始めていた。間も無く日が落ちる。砂浜を吹き抜ける風は冷た
さを増し、優しく二人を包んでいた。彼は、二人の間でお座りをしていた子
犬の首に鎖を掛け直し、立ち上がった。

「石川さん、ここはもう冷たくなるから、いきましょうか」
「・・・ハイ。」

彼は彼女の砂を払ってあげると、その二人と一匹は、夕陽の中、帰り道を急
いだ。
645-6:2001/06/06(水) 02:11 ID:aWX1iFBY

「石川さん・・・」

歩きながら、彼は彼女に話し掛けた。

「なんですか?」

彼女は、彼の少し後ろを俯きながら歩いていた。彼女は少し身構えた。

「今日は、・・・。私に何か用があったんじゃないのかな・・・」
「・・・」

彼は歩みを一団とユックリとさせた。そして梨華の言葉を待った。梨華は重
い足取りで逡巡していた。しかし、意を決したように、顔をあげ、彼の背中
めがけて言葉を投げた。

「実は・・・。またあの人に・・・」
「!!」

彼は歩みを止め、そして振り返った。その急の動作に石川は対応しきれず、
思わず彼にぶつかってしまった。
655-7:2001/06/06(水) 02:15 ID:aWX1iFBY

「あっ、ごめんなさい」
「梨華さん、誰ですか、相手は」

「あのぉ・・・。前に雨の日・・・」
「また・・・あいつか」

彼は、苦々しく吐き捨てた。梨華はその語気の強さに改めて驚いた。

「それで、もしかして、また変な事を?」
「ううん。大丈夫です。されてないです・・・。でも・・・、怖くって・・・」

彼女は彼の胸に少し寄りかかった。珍しく彼女が男性に対して、身体を預け
ていた。彼は優しく彼女に問い掛けた。

「石川さん。事務所は無理としても・・・。ご両親には、どうしても、
・・・やっぱり言えないかな?」
「それはやっぱり・・・。言ったらお父さん怒るし。それにお母さんは・・・」

「そうですか・・・」

暮れなずむ町並みに、夕陽が溶け込んでいる。緩やかに下る少し長めの坂道
の中途で二人は立ち尽くしていた。
665-8:2001/06/06(水) 02:18 ID:aWX1iFBY

「でも、もういいんです。解散したら、私、もう芸能界は、辞めますから。」
「・・・辞めてしまうの?」

「うん。決めました。」
「・・・その事は、みんな知っているんですか?」

「ううん。自分一人で決めました。だってお父さんやお母さんに言ったら、
また怒られちゃう」

悲しげな梨華の横顔。彼は、彼女のこんな物憂げな表情を見たくはなかった。
無意識に梨華の方に自分の体を少し寄せた。

「本当に・・・、いいのですか?あなたの夢だったんでしょう?歌手になるのは・・・」
「・・・この間、言ってくれましたよね。もっと違う景色を楽しんだほうがいいよって・・・」

「・・・」
「・・・それからこの間くれた本。よく見てるんですよぉ。写真だけじゃなくて、実際、
この眼でああいう世界中の夕陽を見に行きたいなあって」

「・・・」
「ゴッチンも私も・・・。それにみんなも・・・。みんな、みんな苦しくて・・・。でももう終わりなんです。
いい事も悲しい事ももうみんな終わりなんです・・・」
675-9:2001/06/06(水) 02:28 ID:aWX1iFBY

彼は、改めて彼女の顔を見つめた。少し潤んだその瞳の美しさに、息を呑ん
だ。そして彼の心にいる人にその姿を重ねていた。彼は胸のポケットから手
帳を取り出し何やら書き込むと引き千切ってその紙切れを差し出した。

「石川さん・・・。何かあったら、ここに電話を下さい。直ぐに飛んでいきますから。」
「うん、・・・。ありがとうございます・・・」

「・・・とにかく何かあったら、今日みたい来て下さい。俺がいなくてもあいつに言ってくれれば、大丈夫ですから。
いつでも、どんな時でも、何時でも、大丈夫ですから・・・ね?」
「うん。ありがとうございます。」

二人はどちらともなく互いの身体を寄せあった。夏の風が二人の間を吹き
抜ける。海から伝わるその風は心なしか、まだ暖かさを保っていた。そう
した二人の様子を喜ぶかのように足元で子犬がキャンキャンと鳴いていた。
685-10:2001/06/06(水) 02:31 ID:aWX1iFBY

「もうお前はしょうががないなぁ(笑)お腹がすいたのかい?じゃあ急ごうな!」

彼は彼女から離れると、子犬を引き連れ、走り出した。梨華は、ゆっくりと
その後を追った。

(この気持ちは、なんなのかな・・・)

梨華は昂ぶる気持ちを持て余し気味に走り出した。そして急に立ち止まると
胸に手を当てて、深呼吸をした。

(ドキドキしてる・・・)

この気持ちは走ったからなのか、それとも・・・。

彼女は、初めて感じる自分の気持ちに戸惑っていた。徐に空を見上げ息を吐
いた。太陽はもう落ちていた。暗闇が迫る。暑く長い夏も、残りの半分を余
すだけとなっていた。
695-11:2001/06/06(水) 02:43 ID:aWX1iFBY

「・・・久しぶりですね。」
「・・・」

2階のベランダで漂っていた彼の眼に、紺色のブレザーに身を包んだ彼女の
姿が飛び込んだ。いつものように短めの格子柄のスカートがまぶしげであっ
た。昼下がりの午後、あの日から早くも二週間が過ぎようとしていた。

「どうですか、そこにいても・・・。こちらに来られては?」

穏やかな口調で彼は彼女を招きいれた。二階のベランダからティーカップ片
手に立ち上がり、右手を振った。

(やっぱり・・・、でも・・・)

彼女は少し躊躇していた。しかし意を決し漸く歩を進めた。鬱蒼と木々が茂
る庭先を抜け、古びた木製の階段を上がる。そこは意外にも、4畳半程度の
広さがある開けたスペースだった。

こじんまりとしたテーブルと二組のチェアーが空間の中央にある。そしてそ
の片隅には猫の餌箱らしき器が小奇麗に置いてあった。
705-12:2001/06/06(水) 02:45 ID:aWX1iFBY

テーブルの上には、飲みかけの紅茶と、数冊の本が置いてある。彼女の眼は
彼の姿を探したが、どうした事かその場で見当たらなかった。暫くすると彼
は、ようやく部屋の中からロココ調のチェアーを持ってその姿を現した。

「真希さん、そちらに座って下さい。私はこの椅子で・・・」
「でも、二つあるよ・・・、あれ?」

彼は、久しぶりに真希の声を聞いた。前と何一つ変わらない、少しかすれ気
味のか細い声だった。彼女の前に持ってきた椅子を腰掛けた。

「その椅子には、先約がいるんです(笑)」
「アッ!ホントだ!(笑)」

手作りと思われるパッチワークされた座布団の上に、真っ黒な仔猫がスヤス
ヤと音を立てて眠っていた。その仔猫は、小さく丸くなり気持ち良さそうに
何度かあくびを繰り返した。

「フフ、かわいいね」
「こいつはネ、猫のくせにイビキかくんですよ、変わっているでしょう」

「ふ〜ん、ホントに?」

真希は寝ている猫に手を伸ばし、顔を撫でた。すると猫は、反り返り、逆方
向に体を反転させ再び丸くなった。
715-13:2001/06/06(水) 02:47 ID:aWX1iFBY

「名前はなんていうのぉ?」
「クロです」

「クロ?何だ、そのまんまじゃん」
「いいじゃないですか、だって黒いんですから。ねぇ、クロ。ほら喜んでる」

そういいながら彼は「クロ」の首を撫でた。すると「クロ」は、ゴロゴロと
喉を鳴らして、彼の腕に纏わりついてきた。彼は今まで真希に見せた事のな
いような表情と声色でおどけて見せた。自宅にいる開放感からなのか、今ま
での彼との違いに真希は驚き、そして少し嬉しくなった。

「ほら。嬉しいんだよね、クロ」
「バ〜カみたい」

「だってバカだもんね、クロ」
「アハハハ」

「クロ」を間にしての、彼のおどけた口ぶりは、饒舌さを増した。2人の間
にどことなく、ほのぼのとした空気が醸成された。それは最後に別れた際の
あの痛々しい時間のそれとは、余りにも対照的であった。そうした暫くの団
欒が落ち着くと彼は座り直して、真希に向き直った。
725-14:2001/06/06(水) 02:49 ID:aWX1iFBY

「・・・お体の具合は如何ですか?」
「ウン。大丈夫だよ」

真希は少しの微笑を浮かべながら答えた。

「それより・・・私のせいで、また迷惑かけちゃったみたいだね。お姉ちゃんも
あなたも辞めちゃって・・・」
「・・・別にそれと、これとは関係ないですよ。私が辞めたのも、あの事とは関係ないですから」

「でもお姉ちゃん・・・。」
「多分、それも関係ないですよ。本人が言っていませんでした?」

「ウン・・・。でもね・・・」
「でしょう?それに多分、あの事は私たち以外誰も知らない話ですから。大丈夫ですよ」

「ウン・・・本当にアリガトウ。」

真希はペコリと頭を下げた。真希は募る想いをやんわりと吐き出していた。
言葉はたどたどしかったが、彼女の優しさは十分伝わってきた。
735-15:2001/06/06(水) 02:52 ID:aWX1iFBY

「アリガトウ、ってそれをね、言いに来たの。・・・だけどね、聞いたんだぁ。
あの後、アイツのトコに行ってあなたがね、アイツを殴ったみたいな話をね・・・」
「いや、それは今回の事とは直接関係無いですよ(笑)違う用件でちょっとした
のがありまして・・・」

「どうせあのバカ・・・なんか変な事言ったんでしょう?きっと・・・」
「・・・あれから彼とは、連絡は取られていないんですか?」

「・・・ないよ。でも、また、したくなったら言ってくるんじゃん」

真希は吐き捨てるように言葉を放り投げた。沈む気持ちを持て余す様に真希
は、言葉を繋いでいった。

「でもね、折角何か、してもらってこんな事言うのもなんなんだけどね、真希は
アイツにさぁ、責任取れとか、男らしいところ見せて、とか別に思ってないんだよね」
「・・・それは私も了解しているつもりです。だから関係ないですよ。気になさらないで下さい」

「・・・だってさぁ、最初から産むなんて事は無理ジャン。お互いの仕事考えたらさぁ、マズイじゃん」
「そりゃあそうですね。仰るとおりだと、私も思います。」

彼は直ぐに同意を示したが、明らかにその気が薄いのは真希の心にも届いて
いた。
745-16:2001/06/06(水) 02:56 ID:aWX1iFBY

「・・・何か怒っている?」
「私が?・・・何で私が怒るんですか。それこそおかしな話ですよ。でしょう?」

「まぁね・・・。そりゃそうだけど・・・。」
「良かったじゃないですか。事務所にもマスコミにも、誰にもバレずに何事もなく
全てが終わったんですから。」

「そうだけど・・・」

真希はやや不服そうに頷いた。彼がなるべく興味なさそうに語っているのが
逆に彼女の心を不安定にさせていた。

「姉ちゃんに聞いたんだけど・・・、父親は一応あなた、て事になっているんだってね」
「ええ、そうです。でも、それも良かったんじゃないですか。結果的には・・・」

生命を宿しそして堕とす、という事が、この若すぎる女の子に、しかも彼女
の様な有名人にとって、たった一人で抱え込むには余りにも厳しい現実だっ
たのであろう事は、さすがに男の彼にも良くわかった。

大丈夫な訳はないだろうし、身体も心も未だ癒えていないのは当たり前の話
だろう。彼の心は重く沈んでいた。しかし真希は、話を止めなかった。
755-17:2001/06/07(木) 02:21 ID:HSce77Uw

「あのね・・・あの部屋でね、一人でいる時、何か変な感じだったんだぁ・・・」
「・・・」

「なんかね、空に浮かんでいるみたいな、夢見ているみたいな感じだったの・・・」
「・・・そうですか」

「でもね、何か気分が悪くなって・・・。それからあなたに部屋に入ってもらって、
手を握って貰ったでしょう?」
「・・・そうでしたね。」

「そしたら、何かね、急に寂しくなって、怖くなって・・・、なんか泣きたくなったの」
「・・・」

「でもね、あなたが傍にずっといてくれたでしょ。
・・・そしたらだんだん、怖くなくなったんだァ。・・・大丈夫になったの。」
「そうですか。・・・でも別に、私は何もしてませんよ」

「ウウン、あなたは傍にずっといてくれたの。・・・私ね、いつも誰かにいて欲しいな、って思う時にね、
誰もいてくれないんだ。でもね・・・あなたはいてくれたの。真希がいて欲しいって、いわなくても。
ずっと、ずっといてくれたの・・・だから嬉しかったの・・・」

彼は真希の眼を見つめ直した。いつものように陰のある眼差しの中にキラリ
と光るものを見た。彼はやや普段より甲高い声で話し出した。
765-18:2001/06/07(木) 02:23 ID:HSce77Uw

「・・・少しお互いに話し過ぎましたね。喉も渇きましたから、なんか飲みましょうか。
チョット待っていてもらえますか?」

すると彼は席を立ち、再び部屋の中に消えていった。曇天模様の静かな午後。
いつもなら気分の晴れない空模様だが、それでも真希にとって、これだけの
開放感を味わうのは、退院後、いやその前から含めてみても随分と久しぶり
の事だった。

真希は大きく一つ背伸びをし、立ち上がってぐるりと庭を見渡した。遠くか
ら波の打ち寄せる音が聞こえるものの、辺り一面は静寂に包まれていた。と
ても都会に程近い場所だとは思えなかった。

(ホント、しずかだなぁ・・・)

彼女は心の中で呟いた。そしてこの静寂に身を委ねた。何時の間にか、さっ
きまで熟睡していた「クロ」も、彼の後を追うかのように、部屋の中に消え
ていったようだ。時間を持て余し始めた彼女も好奇心を押さえ切れず部屋の
中を覗いてみたくなった。
775-19:2001/06/07(木) 02:25 ID:HSce77Uw

(いいかな?入っちゃっても・・・)

「クロ」の後を追うようにして、彼女も部屋に入ってみた。そこは、若い男
の一人暮らしとは思えない程、小奇麗に整理されている。壁一面は、丸太材
で組み込まれ、天井は黒がかった板材で覆われている。部屋の中は、まるで
森の中にいる様な位、木の香りが強烈に漂い、そこの空気もどことなくひん
やりとしていた。

(いい匂いだなぁ・・・)

ここはリビングルームらしく、部屋の真ん中にはオフホワイトのフワフワし
てそうな大き目のコーナーソファーと手作りらしい木製の丸いテーブルが置
かれている。

(ふ〜ん、きれいにしてるんだぁ。私の部屋とは大違いだね)

自分の部屋の汚さと思い比べ真希は苦笑した。そして部屋の中を隈なく見渡
した。ベランダから向かって左側には、いかにも安物のコンポからが置いて
あり、微かに曲が聞こえていた。

(やっぱ、洋楽なんだね)
785-20:2001/06/07(木) 02:26 ID:HSce77Uw

その横に置いてあるCDラックを見渡すと、彼女の知らないCDばかりが整
頓されていた。そして彼女の眼は、そのラックの後ろ側に埋まれている物体
に集まった。

(ボクシングやってた、ていうのはホントなんだ)

埃を被ったボクシンググローブとテーピングらしき物がそこには置き去りに
してあった。そして右側の壁面には、これまた彼女が見慣れてない幾何学模
様の絵画が飾ってある。彼女は首の向きをイロイロと変えてその絵を眺めて
いたが、その理解を中途であきらめた。

(わかんないや、むずかしいね。)

彼女は、所作なく部屋中を歩き続けた。部屋の突当たりには、階下への階段
がある。彼女は手すり越しに下を覗いた。どうやら一階では彼が忙しなく動
いているようだ。手すりを伝って左側に歩を進めると、もう1つ部屋がある
ようだ。半開きのドアからベッドか見える。どうやら寝室らしい。彼女はそ
の部屋に入ってみた。

(大きなベッドだね)

彼女はベッドに腰掛けるとぴょんぴょんとその場で弾んでみた。揺れる度に
ベッドのきしむ音が鳴り響いた。

(まず〜、壊れちゃいそうだね)

彼女は立ち上がり、部屋の中を再び回り始めた。すると古びたローチェスト
の前で彼女の歩みが止まった。

「これ、誰だろう?」
795-21:2001/06/07(木) 02:41 ID:HSce77Uw

その木目調のローチェストの上にある2つの写真立てに彼女の興味は集まっ
た。片方の写真には、40歳くらいの女性の姿があった。

(病室だな・・・。彼のおかあさんなのかな?)

そして残る1つには、まだ高校生くらいに見える彼の横に、かわいく微笑み
かけている美しい少女がいた。真希はその顔を見て驚きを隠しえなかった。

(梨華ちゃん?・・・いや少し違うか、でもホントにソックリ)

真希は、改めてその写真立てに収まっている梨華に良く似た少女の姿をマジ
マジと見つめ直していた。

「オヤ?オット、つまらないものを見つけない様に、」
「え!」

真希の背後から彼の声が聞こえてきた。驚いて後ろを振り返ると、ドアの向
こう側からその後姿が見えた。右手にティ−カップ、左手にティーポットを
持って、足早にベランダの方に向かっていった。
あわてて真希は写真立てをその場におき、ベランダに戻った。彼は美味しそ
うに紅茶を飲んでいた。
805-22:2001/06/07(木) 02:42 ID:HSce77Uw

「うん、マズマズだ。」

彼は以前と変わらず、紅茶には何もいれずに飲んでいる。彼女は彼と正対し
て座った。そしてそのカップに一口つけた。それは相当な甘さを保っていた。
多分普通の人が飲んだら、怪訝な顔つきになるのは間違いない。でも、そう
やって紅茶の苦味を砂糖で麻痺させて飲むのが彼女の好みだった。

「どうですか?」
「うん、おいしいよ〜」

「そう、良かった。砂糖は足りていますか?」
「ううん。ちょうどいい、バッチリだよ。」

「それは良かった」

彼女は彼が自分の好みを覚えてくれていたのが素直に嬉しかった。ゆっくり
とした時間が過ぎてゆく。彼女にはさっきから気になっていてどうしようも
ない、胸のつかえがあった。

(あの写真の女の子、誰なんだろう?)

覚悟を決めて、彼女は切り出してみた。

「あの写真の女性は・・・?」
「ああ、母ですよ・・・。亡くなる前に取ったんですよ」

「ふ〜ん、そうなの・・・。きれいな人だね」
「そうですかね(笑)・・・ありがとうございます」

真希は、敢えて彼が触れなかった本当に知りたいもう一枚の写真に写るあの女
性の事を聞きだしてみたい衝動が消せなかった。

「うんと・・・もう一枚のほうは?」
「まぁ、そんなもんですよ(笑)」

要領を全く得ない彼の返事。彼の言葉が重くなったのは彼女にも分かった。

(誰なのかしら・・・)

真希は紅茶を飲み干した。でも・・・。きちんと聞いてみたい気持ちは止められな
かった。
815-23:2001/06/07(木) 02:44 ID:HSce77Uw

「・・・梨華ちゃんに似てるね、あの人・・・」
「そうですね。」

「・・・彼女なの?」
「え?・・・いや・・・。」

いかにも何気ない風を装いながら、真希は核心をついた。彼は、黙って紅茶
を飲んでいた。そいてカップをテーブルに置くと、目を伏せた。所作のない
様な彼の手はカップから離れなかった。

「・・・真希さんは、今おいくつですか?」
「えっ?17だけど・・・」

「そうですか・・・。じゃもう大人ですね」
「そうかな。この前は、まだ子供なんだから、なんて言ってたんじゃない?」

「そうでしたっけ・・・」

返事に窮した彼は、徐に立ち上がり、先程持参したティーポットに手を伸ば
した。そして真希の空になったティーカップになみなみと紅茶を注いだ。そ
して再びリビングルームに消えると直ぐに大量のステッィクシュガーを手に
してベランダに戻ってきた。
825-24:2001/06/07(木) 02:45 ID:HSce77Uw

彼は椅子に座り直すと、真希のカップにシュガーを入れ、スプーンでかき
混ぜた。彼女への味付けが終わると、自らのカップにも紅茶を注ぎ込んだ。
砂糖も入っていないのにスプーンでカップを攪拌させ続ける。暫くの沈黙
の後、途切れた会話を続けた。

「実はね、あの娘、私の妹なんですよ」
「ホントに?へぇ、妹いるんだぁ。」

真希の言葉が急に明るくなった。それに反し彼の言葉は重くなった。言わな
ければならない事を前に気持ちは竦んでいた。

「・・・でも3年程前に、亡くなりましてね・・・」
「・・・そうなの」

真希は質問をした事への後悔を重ねた。身内を亡くした事の辛さや重さは人
一倍分かっているから・・・。真希は彼から目をそむけ、ティ−カップをただ
見つめるだけだった。

彼も同様に眼をおとし空のティーカップをスプーンで攪拌させている。そし
てその重い空気を破り割く様にユックリと言葉を紡いだ。
835-25:2001/06/07(木) 02:47 ID:HSce77Uw

「火事でしてね・・・。耳が聞こえないもんだから・・・逃げ遅れてましてね」
「・・・」
「私たち家族がいれば・・・。あいにく私も母もその日は不在でしてね。」
「そうなの・・・。そんな事があったんだ。」

「ええ。でもね火事というよりも・・・正確に言うとね・・・放火、
いや・・・殺人でしたね。今にして思えば・・・」

彼の吐き出した言葉の強さに真希の全身になんとも言え難い戦慄が走った。
彼の顔は、今までに真希が見たことのない様な、冷たい鬼気が掘り込まれて
いた。

「あの雨の日・・・石川さんに、手を出していた男がいたでしょう?」
「え?・・・ウン。」

「実はアイツのオヤジってのはね、ある芸能関係の会社やっている社長なんですよ。
でもねそいつらは土地転がし、あぶく銭稼いで・・・。裏でヤクザとつるんで、
金を漁っているんだ・・・。」
「・・・」

「昔、俺たちの家族が住んでいた場所には、今は大きなファッションビルが建っています。
・・・勿論、今はあいつらの持ち物ですがね。」

彼は一つ言葉を区切った。そして真希を凍えさせるような冷徹なる独白を続
けた。
845-26:2001/06/07(木) 02:49 ID:HSce77Uw

「私たちの家族の様な存在は、この世から消えたとしても彼等には大した問題じゃない
んでしょう。私らの家族みたいな、社会の掃溜めにいる、スペアパーツはね。」

冷たく、そして殺気を帯びながら語る彼の言葉を遮るかのように、真希はそ
こへ言葉を重ねた。

「・・・ゴメンなさい。」
「え?何でですか・・・真希さんが謝るなんてオカシイですよ。」

「でも、こんな話させちゃって。それに・・・」
「・・・それに?」

「あいつと私、昔ね・・・」

強い語気をして彼は真希の話を制した。

「その話はいいです、しなくても。どうせあいつらの事だ、上手くごまかして
真希さんや石川さんを嵌めたんでしょう。それに、あいつの裏には疵物がいるから、
あなたの会社だって何も言えないのを見越しているんです。そういう汚い奴等なんだ、
あいつらは・・・」

彼は一気呵成に言葉を連ね、吐き捨てた。そして気分を落ち着かせるように
互いの空になったティーカップに並々と紅茶を注いだ。そして今度は、いつ
もの声のトーンに戻り、優しく静かに話し始めた。
85名無し娘。:2001/06/07(木) 17:26 ID:HtPmlfto
土曜に読んでみるか
86作者:2001/06/07(木) 23:50 ID:HSce77Uw

暇な時にでも、怒らずに、読んでくださいな。
元々はモー娘。用の話ではないので。
875-27:2001/06/07(木) 23:52 ID:HSce77Uw

「・・・真希さん、人間には知らなくてもいい事っていうのもあるんですよ。」
「どういう事?」

「半年前に母が病気で死にましてね。その葬儀の時、この話を初めて聞かされたんですよ。」
「・・・」

「何となくは、感じていたんですけどね。でもね・・・」
「・・・」

「本当だと知らされると、こう、なんて言うのかな、気持ちがね・・・」
「・・・」

真希は彼の告白をただ黙って聞くより他は無かった。辛く寂しくそして悲し
い彼の告白は続いた。

「すみませんでした。関係の無い話を長々と・・・。ごめんなさいね。」
「そんな事無いよ・・・。」

「今までこういう話を出来る相手がいなかったものだから、つい・・・。
本当にすいませんでした」
「ウウン。謝らなくてもいいよぉ。あなたの事が知れて、真希も良かったから」

「いやぁ、恥ずかしいですね。こんな話して。申し訳ない。」

彼は、わざと明るめのトーンで言葉を繋いだ。真希は彼を静かに見据えてい
た。悲しげな笑顔が心に刺さった。思わず真希の口から言葉が漏れた。

「・・・寂しくない?」
885-28:2001/06/07(木) 23:55 ID:HSce77Uw

彼女の問いに、彼は言いかけた言葉を一瞬飲んだ。彼女は、物憂げな表情を浮
かべながらも、一切彼から視線を動かさない。あれから、そしてあの後から・・・。
彼女に起きた様々な出来事をその表情が全てを物語っていた。

彼は彼女を静かに見据えた。ひんやりとした風が二人の間に吹いた。何時の
間にか空は、黒く覆い尽くされ、遠くから雷鳴が聞こえてきた。

「確かにそう言われれば寂しいですね。でも、人間は所詮一人きりですから・・・。」
「・・・友達はいないの?」

「まぁ入るといえばいますし、いないと言えばいないですかね。」
「ツラくないのぉ?」

寂しげな表情をした真希は言葉を重ねる。眼を下に落しそしてカップをスプ
ーンで混ぜている。彼は言葉を選びながら会話を続けた。

「そうですね・・・。でもね、真希さん。人間って、寂しさには耐えられても、
虚しさには耐えられないもんです
「・・・・・」

「寂しさを紛らわすために、そんなに大して相性の会わない、どうでもいい人と
一緒にいたって、だんだん虚しくなるだけでしょう?」

彼の惰性に攪拌するスプーンとカップのこする音が空しく響いた。先程まで
遠かった雷鳴が徐々に近づいてくる。そして、空からは雨粒がポツリポツリ
と落ちてきた。
895-29:2001/06/07(木) 23:57 ID:HSce77Uw

「例え恨む相手がこの世から居なくなっても、この心は何一つ鎮まらないし
そして全て何一つ、何も元には戻らないですから・・・」

彼は、独り言を呟くようにその場に言葉を放り出した。続けざま、彼は真希
に話し掛けた。

「真希さんは、どうなんですか。・・・寂しいですか?」
「・・・」

真希は俯いたまま、言葉を返さなかった。でも彼はそれでよかった。返らな
い返事で全てを把握した。

「17歳か・・・。妹と同じ歳なんだなぁ・・・。」

彼はこう呟くと、徐に立ち上がった。そして真希に背を向けて庭先を見つめ
た。

「どうしても・・・、寂しさに耐えられなくなったら、逃げれば、・・・いいんですよ」
「何処にぃ?・・・じゃあさぁ、そういうあるんならさぁ、逃げさせてよ!ねぇ!」

叫び声に近い真希の言葉が辺り一面に響いた。真希はくるりと振り返えると
いきなり立ち上がった。そして彼の背中に向け、更に精一杯な大きな声で叫
んだ。

「そんな場所があるなら、今すぐ・・・連れてってよ!今すぐに・・・」
「・・・」
905-30:2001/06/07(木) 23:59 ID:HSce77Uw

「もう、限界だよ・・・」

真希の声は濡れていた。そしてスコールの様な雨が二人の身体に叩き付けた。
雷鳴と閃光が共鳴し、辺り一面に響き渡った。

「濡れてしまう。入りましょう。」

彼は彼女を部屋の中に招きいれた。しかし真希は微動だにしなかった。その
場に立ち尽くし、彼を見据えた。

「返事してよ!あなたも・・・、あなたもあいつらと同じな訳?言葉だけなの?
・・・ねぇ何とかいいなさいよ!」

叫び続ける真希の手を彼は力強く押さえた。そして、強引に部屋の中に引き
入れ、そし静かに語りかけた。
915-31:2001/06/08(金) 00:01 ID:D4TpyH46

「真希さん。もう少しだけ、あともう少しだけ・・・。そうしたら、きっと大丈夫ですよ」

無人となったベランダには、激しい雨が叩きつけられていた。真希は、彼の
腕にしがみ付いた。そして、その身を委ねた。彼は真希を受け入れた。二人
立ち尽くす部屋の中、真希は彼の胸に抱かれ、安らかな温もりを感じていた。

「このまま、こうしていてもいいかな?」
「いいですよ・・・。もう少しすれば、この雨もきっと止む筈ですから・・・」

雨なんか止まなくてもいいのに・・・。真希は久しぶりに味わう安らかな気持
ちに酔いしれていた。彼の胸に抱かれ、そして静かに目を閉じた。
926-1:2001/06/08(金) 01:42 ID:D4TpyH46
休章

甘く切ない音楽は、悲しみに酔う為のものなのだろうか。光よ、満ち溢れたまえ・・・
― イアン・マクドナルド ―


わからない。

意識が消え、記憶が擦り切れる。そして右手を見つめる。この手は誰の手なの
だろう?俺の名前は、なんなのだろう?勝手に、この手が書き始めたあの名前
は、一体誰の名前なのだろう?

わからない。

自分の中で動き始めた時計の針が、静かに時を刻む。それは、精神の静寂を突
き破り、心の安らぎを掻き乱す。証は何か?存在の証は何なのか?活きている
と言う証は何なのか?
936-2:2001/06/08(金) 01:43 ID:D4TpyH46

わからない。

思い出せない歳月の積み重ね。消えた筈の痛みだけが残り、有るべき筈の喜び
は失せ、憎悪だけが支配する。全ては終わったはずなのに、何故か、今、俺は
ここにいる。どうしてなのか?

わからない。そう、わからないのだ。

午前4時、昨日の夜から続く、蒸し風呂のような熱気は未だ冷めていない。彼
は一人、洗面所の鏡の前で屈みながら自分の顔を見つめていた。
カチカチカチ・・・、リビングに備え付けられた古びた大時計が危なげに時を刻む。
何故か彼には、自分に与えられた時間の残りが少ない事だけは分かっていた。

そうか・・・。俺は・・・。そうなのか・・・。
946-3:2001/06/08(金) 01:44 ID:D4TpyH46

彼は自分で自分の頬を張った。何度も何度も、強く張った。そして口の端から
一筋鮮血が流れた。彼はTシャツを脱ぎ、それで口を拭った。

鏡には剥き出しの上半身が晒される。その左胸の上には、何かがはめ込まれた
ような生々しい傷跡が数点残されていた。彼はその傷跡を改めて見直すと指で
その跡をなぞった。

秋まで・・・。そう、あと少し、・・・。

彼は、蛇口を捻り温い水で顔を洗った。そして冷ややかな微笑を残し、静かに
目を閉じた。
95吉澤梟:2001/06/08(金) 11:17 ID:vxz10Ysc
えっ?!休章ってなんですか?終わりじゃないですよね?

僕は吉澤すきなんですがこれ読んでると後藤がすごい良く見える。
部屋のシーンはカッコいいです。前も書いたけど、描写がリアル
でわかりやすいです。

作者さん頑張って!!
96作者:2001/06/09(土) 02:57 ID:TUjU3u0Q

残念ながら・・・続きます(^^;長くてゴメンナサイ。

飽きずに適当なお付き合いの程を。
977-1:2001/06/09(土) 03:00 ID:TUjU3u0Q

第5章

効かない薬ばかり転がっているけど、ここに声もないのに・・・、一体何を信じればいいの?
                            −鬼束ちひろ−

「どうしよう、どうしよう・・・ウゥ・・・」

ひとみは、完全に我を忘れ取り乱していた。冷たさと静けさが支配する深夜の
一室。50人は優に座れるであろうソファーが整然と並ぶその広々とした空間
で、唯一人、取り残されたひとみは、自分を見失っていた。

「とにかく、ああ、まだ誰にも・・・。それは大丈夫だよ・・・。ウン、わかった。
頼む、早く来てくれ・・・」

その広い空間の奥の方から、明らかに動揺している声が鳴り響いていた。受話
器を置く音が聞こえる。ひどく重い足取りで彼が帰ってきた。

「どうしよう・・・、ごっちん・・・。どうしよう・・・」

ひとみは、手をバタバタさせてその場に座り込んだ。彼は介抱するように抱え
上げるとその長椅子に座らせた。

「大丈夫ですから。心配しないで。」

彼は、なるべく刺激を増やさないように優しく語りかけながら、ひとみの傍ら
に座った。ひとみは泣きじゃくりながら、彼の腕にすがった。そして嗚咽を出
して泣き崩れた。彼はひとみを抱えながら、奇妙な感覚にとらわれていた。

(この光景。あの時と同じだ・・・)

彼の瞼の裏に映る光景は、今のひとみと同じ様に泣きじゃくっていた母をこう
して慰めていた、あの時と同じだった。
987-2:2001/06/09(土) 03:02 ID:TUjU3u0Q

「おい、ちょっとコッチこい・・・」

廊下の奥から彼を呼ぶ声がする。その男は白衣を纏っていたが、その"衣"は白
と呼ぶにはもはや遠く、真っ赤に染抜かれているありさまだった。その様子を
みたひとみは、更に大きな声で泣き出した。彼は、どうにかひとみを宥めてそ
の男の元に向かった。

「おい・・・杉原さん、その格好どうにか、ならないか?」
「どうにもならないよ、仕方ないだろう。いちいち着替えてられるかよ。」
「まぁそれはそうだが・・・、それよりどうなんだ?」

急かす彼の言葉を押し留め、男はさりげなく言葉を返した。

「状況は、五分五分だな。でもどうにかなるだろ。」
「そんなに軽く言うなよ。ホントに大丈夫なのか?」

「正直分からんね。ここから先は心臓が持つかどうかだな。ショック性の発作が起きないことを祈るよ」
「そんな。頼むよ・・・」

彼は頭を下げて、医師である杉原の手を握った。杉原は照れ臭そうにその手を
払うと、歩き出した。
997-3:2001/06/09(土) 03:03 ID:TUjU3u0Q

「しかし珍しいな。お前にこれほど頼まれるとは・・・。」
「頼むよ、ホントに。」
「ああ、分かっているさ、それよりも・・・」

杉原は、診療室の脇にある狭い一室に半身を傾け、彼を寄せると声のトーンを
落して問いを投げた。

「それよりも・・・、彼女、自殺だな?」
「・・・・・」

「黙っていたって分かるよ。あれだけのカットだ、割れたコップで傷つけました、
なんて訳ねぇだろう?医者を舐めんなよ(笑)まぁ、それより自殺だと、警察に届けないとな・・・」
「それはマズイ。それだけは勘弁してくれ。」

彼は杉原の言葉を遮り、叫んだ。そして更に身体を寄せて囁いた。

「規則なのは、分かっている。が、事情を察してくれ。な、それだけは・・・勘弁してくれ」
1007-4:2001/06/09(土) 03:05 ID:TUjU3u0Q

「なんだよ事情というのは・・・」

「おい、わかるだろう?彼女は・・・。芸能人でこうなったなんてバレたら、世間がどえらい騒ぎになる。」
「えっ、芸能人なの、あの娘?いったい誰よ?」

彼は、あきれて顔を振った。

「・・杉原。相変わらずだなぁ。あんたモーニング娘。て知らないかい?」
「あぁ、何となく。で、そのモーニングて娘なの、あの子は?」

「いや、そうじゃないさ。彼女の名前は後藤真希。モーニング娘。ていうのはグループ名だよ。
まぁ、とにかくそんな事は、どうでもいいから、警察だけは、頼むよ。」
「しかしだなぁ、院長にバレルと俺がな・・・そろそろ本当にやばいんだよ」

彼は、更に一段と声のトーンを落として、彼に聞こえるか聞こえないか判らな
い様な声で、かすかに語り掛けた。

「こんな事、この場で言うのも大人気なけど、杉原さん。あんたは俺に大きな
貸しがあるのを忘れてはないよね?」
「お前なぁ・・・。何だよ、脅迫かい?それとこれとは・・・。」
「何が、違うかい?」
「・・・んったく、分かったよ。但し、これで貸し借りはゼロだからな。分かってくれ」
「ああ、判っている。大丈夫だ。とにかく彼女の事頼むよ。」

彼は厄介な懸案を片付け終えて、軽く一つ息をついた。杉原はやや声のトーン
を戻し、話を続けた。
1017-5:2001/06/09(土) 03:06 ID:TUjU3u0Q

「・・・で、理由は何よ?自殺の?」
「いや、それがね・・・俺もまだ良くは分かっていないんだ。」

「そうなの。思い当たる節は?」
「何となく今までの事が積もりに積もって、ていう感じだとは思うんだが・・・」

「・・・子供堕ろしたのも関係あるんじゃないか」
「!」

彼は驚愕の表情を浮かべ、杉原の顔を凝視した。すると微笑を浮かべ杉原は返
した。

「何度も言うが、俺は医者だぞ。舐めんなよ(笑)誰だ、相手は。まさか、お前か?」
「違うよ。・・・とにかく意識が戻ってからだ、その話の先は。とにかく命だけ、頼むよ」

彼は再び頭を下げると、杉原は、分かったよ、と手を上げて隣室の救命室に戻
った。そのドアが開けられた刹那、彼の眼にはベッドの上で真っ赤に染まった
ジャージを身に付け、意識を白濁とさせて漂っている真希の姿が入った。

「おい、そこ閉めろ。部外者は入るな。傷口にバイ菌でも入ったらどうする」

杉原は、年老いた感じのする看護婦に手を洗浄させながら叫んだ。彼はその
語気に押され、慌ててドアを閉めた。
1027-6:2001/06/09(土) 03:07 ID:TUjU3u0Q

「おいっ!」

杉原は、その場を辞そうとする彼を呼び止めた。そして質問を、ぶつけた。

「この娘は、お前の・・・彼女なのか?」
「いや、それも違う。」
「そうか・・・。それなら、いい」

杉原は彼の言葉の外にある意を汲み取りかね、その後の問いを心に閉った。そ
して再び真希の治療に取り掛かった。病室には杉原と、看護婦が二人、僅か三
人のスタッフで真希の処置にあたっていた。

「心拍数は。瞳孔反応は?よし、後10c、エピを用意。それからビート測るから・・・」

杉原の張り詰めた声を背後で聞きながら、彼は再び待合室に戻った。そこでは
目を真っ赤にして泣き腫らしているひとみがしょげ返っていた。

「・・・大丈夫ですか。ごっちんは?」
「心配しなくていいですよ。ああ見えても、あの医者はナカナカの名医ですから」

彼はひとみの横に腰掛けた。ひとみは、未だ感情の高ぶりを押さえ切れないよ
うだった。
1037-7:2001/06/09(土) 03:10 ID:TUjU3u0Q

「今ね、・・・圭ちゃんからごっちんの携帯に電話があって・・。ごっちん大丈夫かなて・・・」
「えっ!?ほかに知っている人いるんですか?」

「ううん。何か最近ごっちんの様子おかしいから・・・って心配して。あなたも、それから圭ちゃんもわかっていたのに、それなのに・・・。
いつも私は、傍に居るのに全然気付かなくて・・・・」
「そうですか・・・」

ひとみは相変わらず自分を責め続けていた。彼は横でどうしたらいいか分から
ず、ただ座り続けていた。でもこれ以上彼女に責めを負わせてはいけない。彼
は、言葉を繋いだ。

「吉澤さん。余り自分を責めない方がいいです。それにどうやら命に別状はないそうですから・・・」

彼は、気休めとは知りつつも嘘をついた。

「えっ!ホントですか!ごっちん、大丈夫なんですか?もう会えます?」
「だからさっきから言っているでしょう、大丈夫だって。ただ、会うのはもう少ししてからね。
今、最後の処置をしている最中だから・・・」

「良かった・・・ごっちん・・・」

彼の言葉を聞いて少し落ち着きを取り戻した様だった。このウソは厳しいな、
自分が吐いた言葉を巡り彼の心は逡巡していた。それに反し状況を漸く把握
しかけ自分自身を取り戻したひとみは、ずっと握り締めていた彼の腕から漸
く手を離した。

「あっ、ごめんなさい。こんなに赤くなっちゃった・・・」
「いえ、私の事はいいですから・・・」
1047-8:2001/06/09(土) 03:11 ID:TUjU3u0Q

彼が、遠く旅先から後藤の姉が隣に座る吉澤ひとみなる女性に真っ先に助けを
求めようとした、その判断の確かさに感心せざるを得なかった。

そして、この少女への好奇心が急速に高まった。真希の為にここまで嘆き、悲
しみ、自分を責め続けるのは、何故なのか?沈黙に耐えられない、という気分
もそれを後押しさせたが、彼は吉澤に話し掛けた。

「吉澤さんは、後藤さんとは仲がいいんですね」
「ウン。・・・でも、電話したりとか、仕事の合間に喋ったりとか・・・。そんな程度ですよぉ」

「それを、世間では友達というんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど・・・真希ちゃんは、どう思っているのかはわかんないし」

彼女の井手達がカッターシャツにチンパンという如何にも女性という感じでは
なかったセイもあるが、凛とした佇まいとその発せられる言葉の弱さとのアン
バランスさが彼の心に強く印象付けられた。
1057-9:2001/06/09(土) 03:12 ID:TUjU3u0Q

「そういえば・・・前に後藤さんがメンバーの中にカッコイイ女性がいるって、
おっしゃってましたけど、それはあなたの事だったのかな?」
「それって、わたしじゃないですよ。多分・・・」

やや自嘲気味に吉澤は言葉を返した。彼は、敢えてそのトーンには反応せず話
を続けた。

「ヨッシーって、あなたの事でしょ」
「ヨッシー?・・・あ、よっすぃ〜ですね。」

「あっ、よっすぃ〜ね。ゴメンナサイ。・・・後藤さんとの会話の中でしょっちゅう
出てきますもの。これはよっすぃ〜が好きだといってた、とか、この事よっすぃ〜にも
話してもいいとか・・・」
「そうですか・・・」

表情や言葉のトーンには表さなかったが、彼から初めて聞かされた真希のそう
した反応の数々に、吉澤は心の奥で素直に喜んでいた。

「それに、あなたは根性がいい(笑)」
「それってどういう意味ですか?」

「いやね、ああいう状況だとは言え、女の子があんな啖呵切れないですよ(笑)
それが証拠にあの男の子、何も言い返せなかったでしょ・・・」
「そうかな・・・」

吉澤は、恥ずかしそうに顔を背けた。彼は彼女の気分が解れたのを見て、少し
ちゃかしてみた。

「ナカナカの男前でしたよ、あなたは(笑)」
「それって、私のこと、褒めているんですか(笑)?」
「勿論ですよ(笑)しびれましたね。」

先程までの見せていた吉澤の激しい動揺は漸く収まり、少しずつながらも平穏
な気持ちを取り戻しているようだった。彼は、少し安堵の表情を浮かべつつも
まだ終わらぬ懸命な治療の行方を案じていた。
1067-10:2001/06/09(土) 03:15 ID:TUjU3u0Q

「よっ!」
「なんだ、朝倉か・・・、意外に早かったな。それよりなんだい、その格好は?」
「スパーリングの最中だったんだ、しょうがないだろう」

彼は立ち上がってその男が歩いてくるのを待った。朝倉は彼同様長身だったが
明らかに細身の彼に比べれば見事な程の恰幅であった。そしていかにもこの場
に不釣合いな小さめの短パンと薄汚れたTシャツというラフな格好で現れた。

「おい、たった今、廊下で杉原にあったぞ。どうやら峠は越えたらしいてさ。これから病室に移すって」
「本当か?・・・よかったわ・・・」

「意識もある程度はあるみたいだし、顔色も案外良さそうだったし。それにこれ以上、
輸血もいいってさ。せっかく駆けつけたのになぁ。無駄足になったかな・・・」

朝倉は不服そう歩みを止めた。しかしその表情には安堵の感情に裏打ちされた
微笑が刻み込まれていた。彼は朝倉の歩みを制すと、語りかけた。

「そんな事より、お前、彼女にあったのか?」
「あぁ、何でも集中治療室じゃなくて最上階にある個室に移動するらしいぞ」

その言葉を聞くや否や、長椅子に座っていたひとみは、やおら立ち上がり朝倉
が来た方向へ消えていった。
107作者:2001/06/09(土) 06:21 ID:TUjU3u0Q
推敲をせずに上げたので、今回分は恥ずかしいほどに誤字脱字多し。
申し訳ない。以後気をつけます。
108Mr.吉澤:2001/06/09(土) 18:02 ID:7fwH2c9I
よかったよかった、続けてくだされ。

誤字脱字は気になりませんでしたよ。むしろセリフ中の(笑)は
必要ないかも、って思いました。情景が頭に浮かびやすい文体なので。

とはいえ、僕は読んでるだけですので自分で納得したカタチであれば
いいと思います。 頑張ってくださいネ。
109Mr.吉澤:2001/06/09(土) 18:18 ID:7fwH2c9I
〜ここまでの目次〜

 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24(>>14除く)
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91(>>85-86除く)
 休章・・・>>92-94
110:2001/06/10(日) 02:56 ID:ecwn/6ho
まとめて頂き、感謝です。
1117-11:2001/06/10(日) 02:57 ID:ecwn/6ho

「おい、走るなって・・・彼女は、誰よ?あの娘の妹かなんかかい?」
「ホントにお前らは・・・。彼女もメンバーだよ、モーニング娘。の。」

「へぇ、そうなの。」
「・・・まぁ、とにかく助かったよ。お前に聞いて施した応急処置のおかげだって。
さっき杉原、褒めてたよ」

「あの男に褒められてもねぇ。まぁいいや。とにかく良かった。」

彼は座って取りあえず一息を入れた。朝倉もその横に腰掛け、懐から取り出し
た煙草に火をつけた。彼にもそれを勧めたが、その中途で、思わず引っ込めた。

「あぁ、そうだった。煙草はやめたんだったな」

朝倉はゆっくりと煙を燻らせながら、大きく息を一つ吐いた。

「それで・・・。病院関係者以外で最終的に知っているのは誰?」
「俺と、さっきの彼女。それから相手の男と元のマネージャーそれだけだ」

「家族には?」
「いや、・・・一応、未だ知らされてない事になっている」

「一応?知らされてない事?よく判んないけど、どういう事よ?取りあえず
家族くらいには、知らせておかないとまずいんじゃないのか?」
「あぁ。まぁそれはそうだが・・・」

「て、事は、・・・何かあるのか?」
「まあね。事情が事情だから・・・察してくれ」

「事情ね。・・・まぁ、別れた相手の男の家でリストカットて言う話は、
幾らどう聞いてもまともじゃないわな」

男はあきれた様に笑いながら、吸い終えた煙草を胸ポケットから取り出した携
帯灰皿にしまった。そして一息つくと灰皿ケースを胸ポケットにしまい直すと
改めて彼の向かいに座りなおした。
1127-12:2001/06/10(日) 03:02 ID:ecwn/6ho

「じゃあ、事務所にも言ってないのか?」
「あぁ。まぁね。」

「でも、何れは言わないと、ならないだろう?」
「もちろんだ。そんな事は分かっている。」

彼は立ち上がり一通り辺りを見回すと、壁際に立ち、一つ息を吐いた。
朝倉は、また煙草に火をつけた。

「・・・で、本題。俺を呼んだ理由はなんだい?」
「うん。・・・ある程度の処置が終わったら・・・彼女をどこかにかくまって欲しい。」

「かくまう?って・・・。何だいそれは。どういうこと?」
「自殺未遂なんてことが世間にバレたら、いや事務所にだってバレたら、今の彼女には大変だよ。
どうにか、便りはあるけど居所知れず、て事して、穏便に済ませたいんだ・・・。」

「・・・俺には、よくわかんないけど、現段階でもかなりのヤバイ話なんじゃないの?
どの道、最後まで隠しおおせられるもんではないだろ?」
「それはそうなんだが、幸いにも、まだ誰にも知られてないから。少しだけ・・・
僅かなチャンスがあるのも事実なんだ。そこに賭けたい。」

「チャンスね・・・」
「そうだ。少ないけれど、可能性はまだ残ってる。だから手を貸して欲しいんだ」

「それは構わないが・・・。それにしても、一体何があったんだ?」
「いや、説明を始めると長くなるから・・・」

「いや、まぁいいよ。どうせ今聞いても何がなんだかわかんないから。
後で機会があれば全て話せや。な?」
「スマナイ。後でキッチリ話すから・・・」

朝倉は一息つくと、自ら燻らせた煙に眉をひそめながらも、それでも煙草をふ
かしながら、留まることなくしゃべり始めた。
1137-13:2001/06/10(日) 03:08 ID:ecwn/6ho

「それにしても・・・。お前も本筋から離れて・・・どえらい事に首を突っ込んでいるな」
「好き好んでこうなったんじゃないさ。仕方がないさ」

「まぁ、そりゃそうだな。」
「とにかく彼女のことを考えれば、ここに長居するのは危険だ。何よりマスコミの目だってあるだろう。
とにかく人目につかない場所で彼女を休ませたいんだ・・・」

「なるほど・・・それで俺の出番か。まぁいいよ、それは構わないんだが・・・」
「構わないんだが・・・?」

「聞きたいことが一つあるね。」

朝倉は煙草の火を消した。そして立ち上がり、彼の横に居並んだ。

「お前が、そこまでして、あの娘にこだわる理由はなんだ?別に、
ここまで面倒見ろって頼まれた訳じゃないだろう?」
「行きがかりだよ・・・仕方ないだろう」

「行きがかり?それだけの訳、ないだろう?明らかに限度を超えてるんじゃないか。」
「そうかもしれないが・・・」

「何か、・・・彼女に特別な感情でもあるのか?」
「それはない。それはないさ。ただ・・・」

彼は強く否定した。朝倉はそれを受け入れたが、言葉の最後に含まれてたニュ
アンスには鋭く食いついた。
1147-14:2001/06/10(日) 03:44 ID:ecwn/6ho

「ただ、何だ?」
「・・・昨日の夜、俺のところに電話があってね」

「彼女からかい?」
「ああ。大した内容じゃなかったんだが・・・。何かね、その感じが・・・」

朝倉は壁際にもたれつつ、また煙草に火をつけた。彼は静かに話を続けた。

「何かね、感じてね・・・」
「なるほど。それでかい。でも早めに気付いてよかったな、ホントに」

「でも、あの光景は一生忘れないよ。・・・あのホテルの風呂場での光景は。」
「何?男の部屋じゃなかったのか」
「まぁね、ああ、電話じゃ混乱していて、上手く伝わらなかったかな・・・」
「・・・それで、男のほうは?」

「結局はビビッて逃げちゃったよ。まぁ仕方ないだろ、子供なんだから。」
「とは言え、これで2回目だろ?そいつがらみのトラブルは・・・」

「まぁね・・・」
「どうにかならんのかい。でも好きなもん同士なんだから仕方ねえのか・・・」

「・・・好きなものね。・・・そういう関係じゃないから、話が難しいんだよ。」

彼は、遠い眼をして、思案を投げた。朝倉は、何も言わずただ煙草を燻らせて
いる。まるで独り言を呟くように彼の言葉が始まった。
1157-15:2001/06/10(日) 03:46 ID:ecwn/6ho

「さっき見たら・・・俺の携帯にメールが彼女から一通入ってたよ。」
「・・・何て?」

「・・・ありがとう、って、それだけだけどね」

朝倉は再び携帯灰皿を胸のポケットから出し、ゆっくりと歩き出した。彼もそ
れに追随した。吸殻をしまうと真新しい煙草に火をつけた。沈黙を保ち、相槌
程度の言葉しか挟まない朝倉に比して、彼の語りは止まらなかった。

「まぁ、いまさら死にたくなった理由を詮索しても仕方ないさ。朝倉、とにかく頼むよ。
彼女の体調の事もあるが、なるべく早くここから移りたいんだ」
「・・・よし、分かった。」

「助かるよ。取り合えず、峠は越えたみたいだし、本当に良かったよ。」
「まぁそうだな。」

彼の言葉に安堵感を感とった朝倉だったが、何気なく心の奥底に埋まっていた
想いを誰となくに向かい吐き出した。

「・・・でも、彼女は、本当に見つけて欲しかったのかなぁ?」

彼は歩みを止め、少し先を行く朝倉の背中を凝視した。朝倉はその視線を感じ
ると、クルリと体を反転させ向き合った。
1167-16:2001/06/10(日) 03:50 ID:ecwn/6ho

「おい、そんな怖い顔するなよ。そういうつもりでいったんじゃないよ。すまなかった。」
「いや・・・、そうだな。確かに生きている事がいいとは限らないな。
俺は、余計な事をしたのかもしれない」

「オイオイ、そんな深い意味じゃないんだよ。気にするなよ。」

朝倉はそういって彼の肩をポ〜ンと軽く叩いた。そして出来うる限りの明るめ
のトーンで彼に言葉を投げかけた。

「それに、そんなつもりなら、お前に電話なんかしてこなかっただろう?最後の瞬間の前に、
お前に電話をよこしたって事はさ、きっとお前に助けて欲しかったんだよ」
「・・・そうかな。」

「そうだよ。彼女は自分の運命を決める最後のルーレットのダイスをお前に託したんだよ。」
「・・・どうして俺に?」

「さぁ・・・。それは俺には良く分からないが・・・。その答えは出す必要があるかい?」
「・・・ないな、確かに。それに・・・終わった事だ。・・・とにかく頼むよ、今後の事。」

そういって彼は頭を下げた。朝倉はもう一度彼の肩を叩いた。今度はさっきよ
りも少し強めだった。

「構わないさ。俺にだけは気を使うな。」
「すまない」
「いいよ、お互い様だ。任せておけ。」

朝倉は踵を返し、そして再び歩き出した。彼もそれに従った。
1177-17:2001/06/10(日) 03:55 ID:ecwn/6ho

「それにしても・・・本当にすまないな。無理言って・・・」
「いつもの事だろ。キッチリ片付けておくよ。安心せい。」

朝倉は、誇張気味に自分の胸を叩いた。そして勢いよく話し出した。

「杉原にも俺から話をつけておくから。・・・ただ事務所や家族の関係の事は俺知らんぞ。
そこの辺はお前が処理しておいてくれ。」
「ああ、わかっている」

「人生は繰り返すな・・・」
「えっ?なんか言ったか?」

「いやね、いつかこういう時が来るんだよ。人生っていうのは分からないもんだな、て思ってね。」

何かを達観したように朝倉は笑顔を浮かべた。彼は軽く頷くと二人で既に真希
のいないその救命室へ向かった。朝倉は引き続いて歩きながら彼に話し掛けた。

「ところであの子、いくつだい?」
「ん?あぁ、17歳だ・・・」

「そうか17か・・・。あ、そうだ、とにかくここはもういいから、早く病室行ってこいよ。彼女、そろそろ目が覚めるかもしれないからな。
誰かしら大人がいないと、何かと大変だろう。」
「うん、そうだな。分かった、じゃあ後は頼むよ。」

彼は、朝倉に一礼をすると、真希の居る病室へ足早に向かった。その急ぐ足音
を背中で聞きながら朝倉は思った。

(17歳・・。同じ歳か・・・)

救命室で“真っ赤な白衣”を付けたまま、片付けをしている杉原の前に歩を進
めた。

「杉原さん、お久しぶりで」
「なんだ、脅かすなよ、またお前か・・・」
「頼みがあるんだけど、いいかな?」

「もう無理な話は、よしてくれよ、オヤジにバレタラ、ボチボチ俺の首も危なくなるんだから・・・」
「まぁまぁ。一度は互いに死んだ身でしょ?」

「・・・ったく。で今度はなんだよ。頼みというのは・・・」

杉原は無駄な抵抗は止め、朝倉の話を受け入れた。朝倉は笑いながらその傍に
寄った。そして話し始めた・・・。
1187-18:2001/06/10(日) 03:56 ID:ecwn/6ho

「ごっちん、眠っているみたいなんですよ。」
「ホントだ・・・取り合えず、安心だね。」

腕に点滴を受けながらも、真希は何事も無かったかのようにスヤスヤと眠って
いた。ただ、もう片方の腕には、痛々しく白い包帯がグルグル巻きにされてい
た。ひとみは、その包帯の巻かれた左腕さすりながら、真希の顔を撫でていた。

その病院の最上階ある特別個室は、12畳もある病室と、キッチンやトイレバ
ス等が個別に用意されている、さながらホテルのスイートルームの様な環境で
あった。窓の外には瞬く星屑が一面に広がり、闇の夜を薄明るく照らし出して
いる。

吉澤は甲斐甲斐しく真希に話し掛け、そして何度も何度もその愛くるしい寝顔
を愛でていた。

「ごっちん、痛くない?・・・ごっちん・・・、大丈夫だよ。・・・」

彼は、病室の隅にあるパイプ椅子に腰掛けその様子を静かに見守っていた。運
命の時は近い。彼は今、意を決して、全てを清算する覚悟を決めていた。

優しく囁くように言葉をかけ続ける吉澤の声を聞きながら、彼は静かに目を閉
じた。
1198-1:2001/06/11(月) 02:16 ID:XEeOC9.2

第6章

太陽の下で輝き、月の光に凍てつく海よ、振り向くな、眼を逸らすな、私はここで待っている・・・
― ジム・カー(シンプルマインズ) ―


「彼女の具合は、いいようだね。」
「そうですね。」

「あなたは、お疲れではない?」
「ええ。大丈夫です。」

「そう、そりゃ良かった。元気そうで何よりだ」

遠くに江ノ島が見える入り江の奥にある、こじんまりとしたその砂浜には、車椅
子に座る少女とそれを引率する少女と、そして大柄な男の3人の影しかなかった。
彼らは、少し小高い丘のような所で団を取っていた。

浜辺には打ち寄せる波が静かに響いている。車椅子に座る少女は小首をかしげ、
スヤスヤと静かな寝息を立てている。残された男と引率の少女は、漠然と目の前
に広がる大海原を眺めていた。
1208-2:2001/06/11(月) 02:19 ID:XEeOC9.2

「あいつは、まだ来てない?」
「ええ。でも、さっき電話があって、夜には戻るって。」

「あ、そう。それにしてもアイツ・・・何処いってんのかな?」

男はポケットから携帯電話を取り出すと、何やらいじっていたが、中途で作業を
放り投げた。引率の少女は、車椅子で寝入る少女の脚にタオルケットを掛け直し
た。少しだけ夏の熱気は冷め、凪いだ風が彼等を包んだ。

「ダメだ。つかまんねぇや。何処にいるんだ、しかし・・・」
「朝倉さん?真希ちゃんは、いつまでここにいてもいいんですか?」

「え?・・・別に、いつまででも良いよ。でもさ・・・長居は禁物だろ、早く戻んないとな。」
「ウン。そうですね。」

「えっと、吉澤さんだっけ、あなた?」
「ハイ。」

「あんたは、大丈夫なの?毎日ここに来てて?仕事は?」
「来週まではオフが多いんです。再来週から、ライブのリハーサルとか始まるんですけど・・・」

「あ、そう。・・・じゃあ、それまでには、この娘も戻んないとマズイのかな?」
「・・・イヤ、もう戻りたくない。」

突如、車椅子で寝入っていた筈の少女が口を開いた。
1218-3:2001/06/11(月) 02:20 ID:XEeOC9.2

少女の言葉に吉澤は、慌てて問い返した。

「気持ちはわかるけど・・・でも、ごっちん。そこで戻らないと、皆に知れちゃうし、それにタイミングなくなっちゃうよ・・・」
「・・・でも、イヤ。もういいジャン、十分ジャン。やる事やったしさ・・・」

「そうだけど・・・でも、リハも始まるしさ。・・・それとも、まだ身体のほうダメ?」
「違うよ。身体はもうぴんぴんしてるよ。ホラ。」

そういうと真希は徐に車椅子から立ち上がり、海辺の方に歩き出した。そして波
打ち際で立ち止まると大きく背伸びをしてその場でクルリと一回転した。

「ホラね。もう大丈夫。さっき来たお医者さんだって、そう言ってたじゃん。みんなオーバーだよ」
「でも・・・。」

「ホントじゃない。大丈夫だ(笑)これ見て安心したよ。」

朝倉は胸から煙草を取り出し、火をつけユックリと煙を燻らせた。遠くで真希は、
朝倉が連れてきた犬と一緒に波と戯れている。吉澤は楽しげに戯れる真希を遠い
目で見つめていた。
1228-4:2001/06/11(月) 02:22 ID:XEeOC9.2

「しかしあんたも・・・大変だねぇ。よっぽど彼女の事、好きなんだねぇ。でなきゃ出来ないわ。」
「好きって・・・それってどういう意味で・・・」

「イヤイヤ。別に変な意味じゃないよ。それとも、そういう気アンの、あんた(笑)?」
「ないです!そんな訳ないです。」

吉澤は強く言下に否定した。浜辺では変わらず真希がはしゃいでいる。

「しっかし、ホントに元気そうじゃない?病院で見たときはこりゃだめかと思ったけど、
あれなら、2・3日もすれば大丈夫だなぁ。」
「ホント。良かった。」

「帰ってきたらさ、この事、アイツにも言っておいてよ、」
「ハイ」

漸く遊びつかれた真希が息を荒げて戻ってきた。相変わらず相手の犬の方は、波
打ち際をピョンピョンと弾けていた。

「久し振りにこんなに動いたから、疲れちゃった。」
「ごっちん、ホラ、座って。元気なのは分かったけど、まだ、病み上がりなんだから。」

「ウン、よっすぃ〜〜、ありがとう」

真希は吉澤の話を素直に聞き入れ、車椅子にピョコンと座った。朝倉は携帯灰皿
に吸殻をしまうと、再び煙草に火をつけた。
1238-5:2001/06/11(月) 02:24 ID:XEeOC9.2

そして朝倉は、立ち上がると真希の服に纏わり付く砂を懸命に払っている吉澤
に話し掛けた。

「それじゃあ、俺は帰るわ。アイツによろしく言っといて。」
「分かりました。・・・そう言えば朝倉さん。あの人って、ホントはどんな人なんですか?」

吉澤は、前から思っていた、胸のつかえを吐き出してみた。朝倉は、やや不思議
そうな顔を見せながら、聞き返した。

「えっ?・・・なにか、アイツとあったのかい?」

朝倉はやや首を傾げ吉澤の顔を覗き込んだ。すると吉澤は、向きを直して、話を
続けた。

「ウウン。そんな事ないけど、本当によくしてくれて。真希ちゃんも私も、それから梨華ちゃんとも、
なにかあったみたいで・・・。優しい人なんだなぁって。」
「そう?ああいうタイプが一番危ないんだよ。騙されるなよ。(笑)」

「そんな・・・」
「まぁそれは冗談だけど、優しいのと、口数が少ないのは昔から同じだけどね」

「でも、意外におしゃべりだよぉ、あの人」

車椅子に座り静かに二人の会話を聞いていた真希が、朝倉の答えに異議を唱えた。
そしてそれに吉澤も同調した。

「そうですよ。よく冗談なんかも言ってくれるし」
「そう。あんま面白くないけどね!」
「ソウソウ。」

朝倉は物憂げな表情で煙草を燻らせる。そして何か言いたそうな表情をしていた
が、敢えて言葉は飲み込んだ。

「それって、朝倉さんの知っているのとは違いますぅ?」
「いや、そうでもないけど。まぁ本来は、あのまんまの、男の筈なんですけどね・・・」

「・・・筈なんですけど?って、なんか意味ありそう・・・」
「それが分からないんだよね・・・。」

朝倉はその場にもう一度、座り直してた。そして興味を持ってその場に座り直し
た、吉澤へ向かい話し続けた。
1248-6:2001/06/11(月) 02:25 ID:XEeOC9.2

「・・・後藤さんは知っているかもしれないけど、奴にはチョイ昔にイロイロありましてね。」
「・・・わたしも、聞きました。この間、ごっちんから・・・」

「あ、そう。・・・ただね、どうも俺には、最近のアイツが良く分からないんだよ」
「どういうふうに分からないんですか?」

朝倉は再び携帯灰皿を取り出すとそこへ吸殻をしまった。そして間髪いれずに再
び新たな煙草に火をつけた。

「いやね、3ヶ月前に姿を消した時にねぇ、と、いうかね、・・・まぁイロイロねぇ。」
「何かあったんですか?」

真希がすかさず言葉を挟んだ。吉澤も促している。

「ええ。まぁぶっちゃけて言うと、・・・死んだ筈なんですよ、あの男は。」
「えっ!?」

真希と吉澤は思わぬ朝倉の告白に驚きを隠せなかった。
1258-7:2001/06/11(月) 02:27 ID:XEeOC9.2

「いや、脅かしているわけじゃなよ。それに確かに誰も完璧に遺体を
確認したわけじゃないんで、そうだと決め付けちゃ、いけないんだが・・・」
「なんか、言っている事が良く分からない・・・。」

「そりゃでしょう。だって、俺も良く分からないんだから。」

朝倉は煙をユックリと燻らせる。そして話を続けた。

「なんかね、狐に抓まれた感じなんだよ。暫くしたら、行旅死亡人といってね、
身元不明の行き倒れ人扱いで遺骨だけが戻ってきたんだ・・・。
しょうがないから、俺たち近しい奴等で葬式まで出したんだよ」
「!!!」

「ホントなのよ、この話・・・。それから半年位経った頃かな・・・。
急によ、アイツがひょっこり現れてね。俺は死んでいない、訳あって身を隠してた、
なんて、尤もらしい事言われたもんだから、俺もその気になって信じたんだけど・・・。
冷静になって考えると・・・なんかね」

「それじゃ・・・、もしかしたら・・・あの人は朝倉さんが知っている人と別人なんですか?」
「いや、それはないだろ。整形したってあそこまでは似ないだろうし、喋り方とか
仕草とか、何も変わっていないし。そりゃないと思うけど。」

朝倉は言葉を一つ区切り、改めて煙草を燻らせる。そして話し続けた。
1268-8:2001/06/11(月) 02:28 ID:XEeOC9.2

「ただ・・・こんな事言ったら、お二人には、笑われると思うんだけどね・・・」
「何ですか?」

「いや何かね、ちょっとした感覚ていうかな、ほんとにアイツ生きてんのかな、
て思う時があるんだよね。」
「????」

ただただ、驚きを隠せない二人を取り残して、朝倉の話は続いた。

「いや、本気にしないでね。そういう風に思える位、無茶な事したり、
突拍子もない事を言って見たり・・・。なんかおかしいのよ。あれ以来・・・」
「・・・」

「まぁ、俺の思い過ごしだと思うんでね・・・、おい二人ともそんな顔しないでよ。
気にしないでくれや」

朝倉は笑いながら立ち上がると砂を払いつつ、その場を後にした。残された吉澤
と後藤はキョトンとして砂の上をぎこちなく歩く朝倉のその後ろ姿をただただ見
送っていた。
127プッチ( ´∀`):2001/06/11(月) 21:28 ID:2uVu7K.Q
すいません、毎回のぞくと、章の切れ目じゃなくて。
ホントは途中にレスするとみにくくなるからヤなんだけど。
でもちょっとしばらくこれないので保全。
128作者:2001/06/12(火) 02:21 ID:E7QgKR3s
>>127

保全、感謝。今後はある程度、章で切ります。
1298-9:2001/06/12(火) 02:23 ID:E7QgKR3s

「もう来ないで下さい・・・、お願い、止めて・・・」

梨華は一人頭を抱え、まるで雨に打たれる子猫のように部屋の片隅で小さく蹲っ
ていた。鳴り止まぬドアチャイムの音に今にも梨華の心は狂いそうだった。

けだるい午後、まだ蒸し暑さが残る夏の夕暮れ、部屋中にはクーラーから放たれ
ている冷気が充満しているというのに、梨華の体には、厭な汗が全身に纏わりつ
いていた。

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン・・・」
「・・・分かりました。だから、もう鳴らさないで・・・」

意を決した梨華は、小走りに玄関まで走ると、ドアノブの鍵を解除しドアを開放
した。漸く鳴り響いていたチャイムは止み、静寂が訪れた。しかし梨華は完全に
降伏したわけではなかった。チェーンロックを外すという、最後の砦は残してい
た。

「早くそうすればいいんだよ。梨華ちゃん・・・あれ・・・なんだよ、チェーンが外れてないよ。」
「お話があるなら、ここで聞きます。何ですか?」

「梨華ちゃん。ふざけちゃ困るよ。コレを外してくれないと話せないよ。」
「お部屋の中、汚いんです。だから今日は帰ってください・・・」
「いいじゃない。そういう所も見たいな」

梨華にしたら、思わず吐き気を催すほど、その中年男の笑顔は見苦しい事、この
上なかった。次第に男のガチャガチャとドアノブを回す音が大きくなる。明らか
に苛立ちを隠せないその男は、乱暴な手付きでドアノブを回し続けた。そしてそ
の手付き同様、声の調子もだんだんと荒くなってきた。

「おい、いい加減にしないか。早くそのチェーンを外しなさい。」
「お話があるなら、早く、ここで、話してください・・・」
「・・・ホントにいいのかい?じゃあ、そうするよ・・・」

男はドアノブから手を離すと、冷笑を浮かべ、そして大声でそのドアに向かい、
叫びだした。
1308-10:2001/06/12(火) 02:24 ID:E7QgKR3s

「おい、やらせろよ。梨華!(笑)この間みたいにさぁ、恥ずかしげもなく足を
一杯に広げてさぁ、俺にやられてみろよ・・・」
「やめて!お願い、やめて!!」

梨華は、泣き叫びながらチェーンを外して、その男の手を取ると部屋の中に入れ
た。

「なんだよ、やっぱり梨華もやりたかったの?」
「やめて、もう・・・やめて・・・」

梨華の哀しげな顔が部屋の中に吸い込まれていく。バタンと閉まるドアの音は、
梨華にとって悪夢が再び始まる事を知らせるチャイムだった。
1318-11:2001/06/12(火) 02:27 ID:E7QgKR3s

「また長くなりそうだな。」
「うちの社長もホントに好きだよなぁ。」

「そんなに好きなら、風俗とか、いろいろあるんだけどなぁ」
「やっぱり、そういうんじゃ興奮しないんだろ。」

「社長ってさ、中途半端にロリだから困るのよ。」
「でもさ、内の商品には手をつけないんだから、いいじゃない」

「いや、そうじゃないよ、手をつけてから内の商品にするんだろ」
「さすが(笑)おやっさん、そっくりだな。血は争えないね・・・」

坂道の途中、細いくねったその道には不釣合いとも思える、黒塗りの外車が一台
止まっている。前席には退屈そうに足をフロントボードに乗せ時間を持て余して
いる若い男が二人いる。彼等は、くだらなく、どうでもいいような話を、止め処
なくただただ垂れ流していた。

「どうせなら、俺たちにもおこぼれとかないのかな?」
「だよな。あっそうだ、事の後の写真とか撮っておいてさ、あとでさ、あの子脅してみる?」

「おっ!それいいアイデアじゃん。・・・でも社長にばれたらボコられるな〜」
「そうだな。でもさ、社長も少しは気を利かせてさぁ、俺たちにも回してくれればいいのになぁ。」

「そうだよ。でも飽きたら、俺達にくれるかも?」
「いいねぇ。でも、ホントだったらゴマキの方がいいんだけどなぁ。」

「贅沢いってんなよ。石川でも十分でしょ。」
「まあね。でもやっぱゴマキがいいな。なんかエロそうじゃん。」

ふざけきった会話を楽しんでいた若い男たちの眼には、残念ながらバックミラー
越し見えている青年の姿を捉える事は出来ていなかった。

黒いTシャツと白いスラックス姿という如何にも夏らしい装いのその青年は、そ
の長身を持て余し気味にパイプ製のガードレールに脚を架けその車を凝視してい
た。薄いサングラス越しに鈍く光る妖しい眼差しは、冷たい笑顔と共に、ミラー
の中でひと際目立っていた。
1328-12:2001/06/12(火) 02:31 ID:E7QgKR3s

「何か、無性にやりたくなったきたなぁ」
「俺もだよ、このあと、風俗でも行くか」

相変わらずバカな話を繰り返す若き男達には、ミラーに写る青年が醸し出す妖気
を感じ取れる感性が欠落していた。
青年は時計を見やると、耳に宛がわれていたイヤホンを無造作に取った。露骨に
嫌悪の表情を見せると、徐に立ち上がり、くるりと踵を返しその場を歩いて立ち
去った。

「今日は、梨華から見せてくれるかな・・・」
「・・・」

梨華は胸の奥底で泣き叫んでいた。今日も、そして明日も・・・。これから延々と続
くかもしれない、悪夢の日々の始まりに梨華の心は崩れ去ろうとしていた。
1338-13:2001/06/12(火) 02:32 ID:E7QgKR3s

「ホラ、まずブラウスを脱いで・・・」

脂ぎった男の要求は、直情的にエスカレートさを増した。男は、先程梨華が差し
出したグラスに入っている麦茶を一気に飲み干すと、乱暴にテーブルの上に置く。
そして、だらしなく脚を崩すと、早くも自らの手でネクタイの結び目を緩め、ワ
イシャツのボタンを外しに掛かった。

(もう・・・イヤ。こんな事・・・)

梨華の眼から一筋の雫が流れ落ちた。怒りと悲しみ、そして恐怖に彩られたその
悲しい雫は、梨華の頬を伝い、ぽとりと床に置いてあった世界中の夕陽を集めた
写真集に落ちた。

(お願い、助けて・・・)

押さえ切れない欲望をあからさまに露呈しているその男は、小刻みに全身を震わ
せ泣き出す梨華の様子をみて、逆に興奮をましていた。

「梨・華・ちゃん。ホラ。俺はもう脱いだよ。今度は梨華ちゃんの番だよ。早く・・・」

猫なで声で梨華を急かすその男の声に、ずっとずっと心の奥の、そのまた後ろに
隠し続けていた、悪魔の衝動が少しだけ、突き動かされた。

(今日が終わっても・・・。明日も・・・。そうだっら、・・・この人を・・・そして・・・私も・・・)

梨華は悪魔の囁きを心にしまい込み、勇気を振り絞って、男に言葉を投げた。
1348-14:2001/06/12(火) 02:34 ID:E7QgKR3s

「・・・約束してください」
「何をだい、梨華ちゃん?何か欲しいものがあれば、買って上げるよ。マンションでもなんでも・・・
ここより広いところに住みたい?」

「違います・・・。今日は・・・何でも言う事を聞きますから・・・だから、もうこう言う事は
今日で止めてください。お願いします。」
「そうだなぁ。どうしようかなぁ?それは梨華ちゃん次第だなぁ(笑)」

男は二ヤついた笑顔を更に深め、梨華の体を舐め回す様に見やった。梨華は思わ
ず眼をそむけたが、口を真一文字に結び、その視線に耐えた。

「何でもします・・・だから・・・今日だけで、今日で終わりにしてください・・・」
「そう?じゃあ分かったよ梨・華・ちゃん。じゃあ、こう言う事は、今日でお終いにしようね。約束するよ。」

彼は即座に同意した。梨華にだってこれがどうせ嘘かもしれない事位は分かって
いる。でもこれで最後、という僅かな望みがあるのなら、今はそれに縋りたかっ
た。

「それじゃ今日は、なんでもしてくれるのかな?」
「・・・ハイ。梨華、頑張りますから。」

「そう(笑)それじゃ、頑張って貰おうかな・・・」

彼は、グラスに残る氷の欠片を口に含んで、厭らしく笑った。その様子を見て梨
華は背筋が寒くなるのを感じた。
渡っていけない橋を今自分が歩いているのを実感している。そして、もう後戻り
が出来ない事も悟っていた。梨華は震える手で自らブラウスのボタンに手をかけ
た。段々と遠のいてゆく意識の中で、戻れない道を歩み始めていた。
1358-15:2001/06/12(火) 02:35 ID:E7QgKR3s

「♪♪♪〜」

その瞬間、ソファーに無造作に置かれていた男のジャケットから携帯電話の鳴る
音が部屋中に響いた。男はその音を無視し、梨華の所作振る舞いに集中していた。

しかし、いつまでも止まない音楽に業を煮やし、イライラを募らせながら電話を
取り出した。画面を見て、相手が誰だか確認すると、ぶっきらぼうに、その電話
に応えた。

「なんだ、バカヤロウ。煩いな。何か用か?・・・、ウン、そうだが・・・。お前たちで何とかできないのか・・・、
ったく、よし分かった。チョット待ってろ。」

彼は粗雑に電話を切ると、慌てて脱ぎ捨てたYシャツを着て、投げ出したネクタ
イを改めて締め直した。そして徐に立ち上がると、急ぎ足で玄関に向かった。

「梨華、悪いな。ちょっと下で何かあったみたいだから・・・。直ぐに戻ってくるから・・・。
このままで待っててよ」

男は急いで靴をはくと、玄関のドアを乱暴に開閉し、慌てた様子で部屋から立ち
去った。戻ってなんかこなくていいのに・・・。梨華は、全身の力が抜けたように、
パタッとその場に崩れ落ちた。止め処なく流れ落ちる涙を拭おうともせず、ただ
ただその場で泣き尽くしていた。
1368-16:2001/06/12(火) 02:45 ID:E7QgKR3s

(もう、ダメ。もう、イヤ・・・)

梨華の心は、もはや粉々に崩壊しそうな所まで追い詰められていた。その小さな
胸の中で、恐怖と絶望、そして虚無が梨華の精神を侵食し始めていた。
その刹那、梨華の眼に足元に置かれていた眩しく光る夕陽の写真が入った。梨華
は、条件反射のようにその写真集を抱きしめると、声にならない声で、嗚咽を漏
らした。

(助けて・・・、お願い・・・、梨華を助けて・・・)

梨華はその心を、そして体を、自身の全てを傷つけ、力尽きていた。全身を襲う
虚無感に苛まされながら蹲る。浅い眠りを感じながら、虚ろな目でいつまでも、
いつまでもその写真集をただ、ただ抱きしめ続けていた。

梨華は今、沈黙の部屋の中、孤独に耐えながら、そして静かに目を閉じた。
1379-1:2001/06/12(火) 02:56 ID:E7QgKR3s

邂逅 その1

朝一番の光が差し込み、自分の思いに確信を抱いた時、自分の蒔いた種を刈り取る時が来るのだ。

― ジャクソン・ブラウン ―


その緩やかな坂を登りきると、都内では珍しい針葉樹が生い茂る公園が視界に入
ってくる。今度は、そこを右に折れると、細長い下り坂の道を挟み閑静な街並み
の中、至る所に高級マンションが点在していた。

その中でも、ひと際高いビルディングの影がやや傾きかけた太陽の光を遮り、周
りにある建物全てを闇の中に封じ込めている。まるで何かを威圧するかのように
聳え立っているその建物の前には、一台の黒い高級外車が止まっていた。

車の中には、まるでその車の外見には不釣合いの容姿をした若い男二人が互いに
足を投げ出し、退屈そうに暇を持て余していた。
1389-2:2001/06/12(火) 02:58 ID:E7QgKR3s

間も無く日が暮れようかという時刻であるにも拘らず、未だ熱気に溢れている路
上に人影はなく、猫の姿すらも見当たらない。ジリジリと鋭く照らし返す、夏の
太陽の放射熱だけがその町の中を支配していた。

坂上にある公園も然り。ただ、照り付ける様な強烈な照射から木々の影により免
れた一角にあるベンチに一人青年が腰を掛け、誰かしら相手に携帯電話をかけて
いる光景だけが際立っていた。

青年は漸く話を終えると、軽く笑顔を浮かべながら公園の入り口に止めてあった
小型自動車に乗り込み、徐にエンジンをかけた。そして車は、ウインドウを下げ
たままクーラーもかけずにその場所から急いで立ち去った。

暫くすると、先程の高層マンションから、中年の男が、慌ただしく飛び出してき
た。男は、車内で時間を持て余していた若者をどやし付けると、急いで後部座席
に乗り込んだ。直ぐにその高級外車はエンジンを架け、走り出す。

ただ、彼等一行に異変が起きたのはその直後であった。公園の前のT字路に差し
掛かった所で、急にその車はそのスピードを緩め、そして停止した。
1399-3:2001/06/12(火) 03:00 ID:E7QgKR3s

公園の東側にある喫茶店では、年老いた男性が、いつもの様に珈琲を飲んでいた。
いつもの時刻に、いつもの場所で、いつもの苦みばしったその店自慢のブレンド
を飲むのが、リタイア後の、その男性の習慣であった。

窓の外に広がる針葉樹を眺めながら、いつものように2杯目の注文をウエイトレ
スに注文する。店内にはその男性とバイトの若い高校生風の女性とカウンターの
中で豆を落としている初老の男の3人しかいなかった。

二杯目のカップが眼の前に置かれる。老人はいつもの様に砂糖を入れず、ミルク
だけを入れ、よく攪拌すると、芳しい香りを楽しんだ後カップに口をつけた。い
つもと同じ味の珈琲が老人の舌を魅了する。

ただいつもと違うのは、その瞬間、窓の外に広がる針葉樹の間から、静寂を突き
破る突然の大音響と共に、物凄い火柱が上がった事だった。

「なな、なんだぁぁぁ!」
「!!!キャー!!!」

バイトの女の子の悲鳴が店内にこだまする。彼等3人の視界に入った恐るべき光
景は、夢と現実の境目を怪しくさせるに十分なものであった。
1409-4:2001/06/12(火) 03:01 ID:E7QgKR3s

何処までも青く高いその空から、その破壊によって様々な物が降り注ぐ。その光
景が余りに異常だったのは、大小様々な金属の破片と共に、人の腕と思しき欠片
がテラスにあるパラソルにのしかかったからであろう。

声にもならない絶叫が店内に響き渡る。そして店前にある大きな松の木の枝には、
人間の足と思われる欠片が引っ掛かり、プラプラと垂れ下がっていた。その一帯
の全ての時間が止まったかのように景色が凍てついている。

皮肉にも、パラソルの上に落ちている片腕に嵌められている高級時計のみがその
時を正確に刻み続けていた。

「キャー!!!」

屋外では大音量によって気付かされた住民たちの絶叫の嵐が始まっていた。店前
にある白かったはずのパラソルは真っ赤に染め抜かれ、喫茶店のウインドウには
凄まじい量の赤い斑点が刻み込まれていた。
1419-5:2001/06/12(火) 03:03 ID:E7QgKR3s

正に地獄絵図と化した、その場所から離れる事、100b。幹線道路と重なる交
差点の手前で信号を待つ車の中、満足そうな笑顔を浮かべている青年の姿があっ
た。

青年は、掛けていた薄いオレンジ色のサングラスを外し、サイドミラー越しに空
高く立ち上る黒煙を見ていた。その眼差しの奥が妖しく光る。そして胸のポケッ
トからなにやら紙切れのような物を取り出すと、それをジッと見つめていた。そ
れは古ぼけた写真のようだった。

(これから、始まるんだ・・・)

信号が変わる。スロットルを静かに回し、青年は写真を持ちながら左に大きくハ
ンドルを切った。小さな車はまるで眩しく光る太陽の中へ溶けていく様にその姿
を都会の喧騒の中に消していった。

青年はハンドルを握り締め、車を何処までも遠くに走らせる。漸くたどり着いた
赤信号を前にスピードを緩めると、外していたサングラスを再び掛け直した。

青年は、可愛らしく微笑む少女が映えるその写真を再び胸のポケットにしまうと、
信号が替わるのを待ちながら、そして静かに目を閉じた。(後編に続く)
142漢、吉澤:2001/06/14(木) 00:24 ID:XfTgMDok
いそがくて読む暇が・・・。

結構沈みましたな・・・、保全してるが、たまに一気に飲み込まれる
ことありますんで、気をつけてください・・・。
143作者:2001/06/14(木) 02:35 ID:gYNRQ2s2
>142

感謝
14410-1:2001/06/14(木) 02:38 ID:gYNRQ2s2

― 凍える太陽  後編 ―



第7章

あなたは翼を広げ、大空に高く飛び上がるのよ。天国に向かって、あの朝が来るまでに・・・

― ジャニス・ジョップリン ―


「もう少し、矯めて、取れていないわよ。そう!」
「ハイ・・・」
「違う!。そこからは、アンダンテじゃないんだから、アダージョでしょ!・・・そう!」

真新しい木々の香りが至る所に漂うそのホールの舞台では、懸命に鍵盤に向き合
う少女と、それに厳しく対峙する壮年の女性が対峙していた。

気高いピアノの音に包まれたその空間の中、観客のいない静寂に包まれた客席で
は、一人眼を閉じて、その音に身を任せている彼の姿があった。
14510-2:2001/06/14(木) 02:43 ID:gYNRQ2s2

「そうね、今日はここまで。どう、慣れた?本番も、この調子。わかった?」
「ハイ。今日はありがとうございました。」

お下げ髪が似合うその少女は丁寧に頭を下げ、女性に一礼をすると楽譜をしまい
始めた。一仕事を終えたその女性は、会場を見渡すと客席にいる彼の姿を見つけ
ると舞台上から声を掛けた。勢いよく遠くまで良く通るその声色は、先程までの
厳しさは影を潜め、やや憂いのある優しい声であった。

「彼女の演奏どうだった?あなたの感想を聞かせて貰えるかしら?」
「感想なんて私に言う資格は・・・。それより彼女の名前は何て言うんですか?」

少女は、彼に向きなおし、丁寧に一礼をすると自分の名前を大きな張りのある声
で彼に告げた。

「山崎 愛、と言います。」
「そう愛ちゃん?元気がいいね。・・・そうだ!」

彼は彼女の健気な姿勢に胸を打たれた。すると徐に自ら舞台の上に駈け上がり、
その少女の下に駆け寄った。そして少女の目線の高さに自分の視線を合わせた。

「愛ちゃんは、本番もここで演奏するの?」
「ハイッ。」
「今日は落ち着いて演奏できた?」
「ハイッ」

彼は立ち上がると辺り一面を見回した。そしてホールの側壁面に飾りつけられて
いる時計を見つけると指差した。
14610-3:2001/06/14(木) 02:45 ID:gYNRQ2s2

「今、愛ちゃんは緊張していないよね?」
「え?ハイッ、してません。」
「そうだよね。じゃあさ、あの時計を見てごらん。」
「ハイ」

再び彼は彼女の前に膝まづき、時計に向かい視線を合わせた。

「そう、見てるね。それじゃそのまま時計を見ながら深呼吸して見ようか」
「深呼吸ですか?」
「そう。僕もやってみるから」
「ハイッ」

少女は楽譜を椅子に置くと背伸びをし、大きく深呼吸をした。彼も彼女に合わせ
て深呼吸をして見せる。

「愛ちゃん。演奏会の日もね、チョットだけ早く来て、今と同じような事、してみてね。」
「時計を見ながらですか?」
「そう。それから本番の時もね、演奏を始める前にあの時計を見るんだよ。
そして心の中で深呼吸をしてみるといいんだ」
「そうするといいんですか?」

「うん。今と同じような、とても楽な、自然な気持ちで演奏できるよ」
「本当ですか?」
「本当さ、騙されたと思って、やって見てね」
「ハイッ!ありがとうございます」

「よかったわね、愛。それじゃあ、控え室で先に待っていて。直ぐに私も行くわ」
「ハイッ!」

少女は壮年の女性に即されると、自分の荷物を素早くまとめ、弾ける様な足取り
で舞台の袖に消えていった。
14710-4:2001/06/14(木) 02:49 ID:gYNRQ2s2

彼はグランドピアノの前に置かれた椅子の上に腰掛けると、今まで少女がしきり
に練習していたその曲を弾き始めた。その曲は荘厳なアンダンテで始まると、一
拍の休止の後に、憂いを帯びた旋律を奏で始めた。彼の演奏が中盤の極に向かう
時、女性の声がホールに鳴り響いた。先程のあの厳しい声色だった。

「重い・・・、あなたは昔からどの曲でもアレグレットが重いのよ。特にこの曲は向いていないわ・・・」
「・・・昔と同じで厳しいな、先生は。」

「それが私の仕事よ。無条件に褒められたかったら、他の誰かに頼む事ね。」
「嬉しくなるくらい、相変わらずだなぁ。・・・でも、さっきの彼女には、随分優しいじゃないですか」

「あなたと違って、あの娘は頭ごなしに貶したり、しかってはダメよ。自信をなくしてしまうと
同時に自分も無くしてしまうタイプだから。少し自分を否定的に捉えている面があるから・・・」
「先生が生徒相手に教え方変えるなんて、信じられないですね」
「そうかしら?私は何も変わっていないわよ。あなたも歳を重ねたから、そういう風に感じるのよ。」
「先生、それはお互い様でしょう?」
「失礼だわ。怒るわよ(笑)」

彼はその女性を先生と呼ぶ事に懐かしさを感じていた。彼は楽しげに鍵盤を叩き
続けた。そして時を惜しむかのように、何度も何度も同じ旋律を繰り返し演奏し
ていた。

「そう・・・。かすみちゃん・・・亡くなってから、もう3年もたつのね」
「ええ。早いもんですよ。」
「・・・あなたは元気なの?何か大変みたいだったけど・・・」

召電の落とされたホールの中央部分の座席に彼とその"先生"は席を隣にして、身
を沈めていた。昔話の落ち着く所は、結局彼の妹の話になる。それは仕方のない
事だった。人間は、想い出を抱えながら生きていくのだから。
14810-5:2001/06/14(木) 02:55 ID:gYNRQ2s2

「ええ。まぁどうにか、なりました。それより・・・、彼女、どうですか?」

彼はさり気なく話を変える。この間、先生に紹介した“ある女性”の行く末を案
じていた。この先生の気性をよく知る彼にとって、頼んでは見たものの、果たし
て上手くやっているのだろうか、気掛かりでならなかった。

「ああ、あの娘の事ね。意外に骨のある子なんで私としてはかなり面白いわね。」
「面白いですか(笑)それはどういう意味で?」

「いろいろとあったみたいね、彼女。少し理屈っぽい所もあるけど、いいんじゃない?
何より卑屈じゃないのがいいし、それに叩けばしっかり返って来るから。」

彼は、意外にも先生が彼女の事を気に入ってくれた事に少し安堵した。自然と彼
の口も滑らかにすすんできた。

「そうですか。それは良かった。それで、今、彼女は何処に?最近、連絡がないものですから・・・」
「それはそうだわ、暫くの間スイス行ってもらっているから。」

「スイスですか??何でまた?」
「今度、ローザンヌであるコンクールの下見にね。いろいろと手配して貰っているのよ」

「そうですか・・・。芸能プロダクションにいたから、そうした所は得意かな?」
「さぁどうかしら。とにかく今は、勉強中ね。それに直ぐに使い物になるとは思ってなんかいないわ」

「・・・相変わらずなぁ」

彼は昔と変わらない先生の態度に思わず笑みがこぼれた。そして小さく背伸びを
すると、徐に席を立った。

「しかし急に無理言って、スイマセンでした。そこまで良くして貰って・・・」
「あなた、前にも言ったでしょう?謝るなら、頼まない。無理だと思うなら、しない。忘れた?」

その女性の言葉は、昔同様、変わらぬ短いセンテンスに凝縮されている。彼は彼
女の前で萎縮し続けていたかつての昔の自分を思い出していた。
14910-6:2001/06/14(木) 02:56 ID:gYNRQ2s2

「・・・そうですね。スイマセンでした」
「直ぐに謝る癖も良くないわ。早く直しなさい・・・。ああそうだ、そういえば彼女から聞いたけど、
あなた、あの子の妹がいるアイドルたちの付き人みたいな事してたんだってね?」

「・・・えっ?なんですか?」
「人の話を聞いていないの?」
「いや聞いてましたよ。ただちょっと、想いに・・・。いやいや、別に付き人なんかじゃ、ないですよ」
「じゃあ、ピアノでも教えていたの?あなたが?」
「いやいや、違いますよ。そういう話ではないです。」

「まぁ、そうね。それに彼女等の仕事には、古典的な音楽的素養など、必要ないわね。」
「相変わらず、バッサリですね。確かに、周りの取り巻き連中はそう考えているみたいですけど。
でも・・・彼女等自身はそれなりに頑張っていますよ。」

彼の言葉を聞き終えるや否や、その女性はやや厳しい表情を見せながら、彼に向
き直し、言葉を繋いだ。

「でも、それはプロなら当たり前の話だわ。頑張ったからって、偉いわけじゃないの。
それがプロ、そうでしょう?結果が、全てなんですからね。
もっと言えば、そう信じなければ、苦しい練習なんか出来ないわ」
「でも、彼女等の場合は特殊でしょう?ああした状況の中では、自分たちの意思なんか
何一つ通らないんですから」

珍しく彼はその女性の言葉に反駁した。その思わぬ抵抗に女性は戸惑いよりも喜
びを見せていた。

「おや、あなたも変わったわね。」
「えっ?何処がですか?」
「おかしいいわね(笑)一昔前までは、ああいった子達を一番毛嫌いしていたんじゃないの?」
「・・・嫌いだから認めない、好きなものしか、愛さない、というのは止めたんですよ。」

女性は優しい笑顔を見せながら、彼の顔を覗き込んだ。そして、一つ息を整える
と、先程来の刺のある口調は影を潜め、普段と変わらぬ優しい語り口でで話し始
めた。
15010-7:2001/06/14(木) 03:00 ID:gYNRQ2s2

「驚いたわ。成長したわね、あなたも。」
「そうですか」

「嬉しいわ。あなたのそういう姿が見えて。」
「先生、・・・でもですね、あの子達の中でも本格的に音楽の勉強をしたい、
という子もいるんですよ。いつかそういう時が来たら、お願いしてもいいですか?」

「いいわよ。相手が誰であろうと、やる気があるのならね。いつでも、言いに来なさい。」

いつの間にか、そのホールのある大きな公園は、漆黒の暗闇に覆われていた。彼
は、入り口の前にある、木製のベンチに腰掛けると、その暗黒の空を見上げてた。
彼の眼は、ポツリポツリと点在している星影を捉え切れず、焦点なく宙を彷徨っ
ていた。

誰もいないその空間で、彼は一人孤独を噛み締めている。時は流れる、残された
時間の切なさをどうしても消せないでいた。
15110-8:2001/06/14(木) 03:06 ID:gYNRQ2s2


「ご苦労様だったな」
「・・・」

「しかし、スイスかよ。悪いな、そこまで手を回してもらって」
「違うよ。彼女の意思だ。俺は関係ない」

「まぁいい。どっちみち、日本から消えてくれたってのは、助かる話だよ。
お前を宛がったのは大正解だったな。やっぱり俺の人を見る眼は、他人とは
違うんだよ、ハハハッ。」

「・・・」

夜の都会を一概に見下ろせるそのホテルの48階は、エグゼブティブ専用に宛が
われたスイートルームが、居並んでいた。しかし、部屋の中にいる「その主」は、
残念ながら元来その部屋が持っている品位や格調には全く似使わない風体を晒し
ていた。

男の自己満足に終始する話を聞きながら、彼の気持ちは深く沈み、その奥底で妖
しく潜行していた。憎悪の海の中、その心は、冷たい鬼気で覆われて始めていた。
男はそうした彼の気持ちに気付かぬまま、ただひたすらに、早口でまくし立てて
いた。窓の外には闇夜が迫る。街は、今から浅い眠りにつき始めようとしていた。
15210-9:2001/06/14(木) 03:10 ID:gYNRQ2s2

「とにかく、よくやってくれた。あの子達は、俺たちの大事な金づるなんだ。
まだまだ、絞りきらんとな」
「・・・」

「あそこの事務所の社長もお人よしだからな、脇が甘いよ。うちのオヤジさんに比べると、
マダマダだな」
「・・・」

「あの娘らは、意外に上玉もいるし、アイドルで売れなくなっても、いろんな使い道もあるしな」
「・・・楽しそうなお仕事だね。」

沈黙を破り彼が発したその言葉は、多分に皮肉がこめられていたが、男はそうい
う人の心を感じ取れる程、繊細な神経の持ち主でもなかった。額面通りその言葉
を受け取って、一人悦に入っていた。

「ああ、楽しいよ〜。ガキ相手の楽しい仕事さ。ヤクザ家業と違って、おいしく金は儲けられるし、
いい女とはやりたい放題だしな!」
「・・・あの子達にも手をつけたのか?」
「心配スンナ。あの子達は商品だぞ。今が旬だ、売れ線には手をつけないってのが、
この商売の鉄則だよ。まぁそのうち何れどうなるかは、わからんが・・・」

「そうかね・・・。ちょっと小耳に挟んだが、そうでもなのが、いるらしいじゃないか?」
「えっ?・・・ああ、オヤジさんの息子さんの事いってんのか?・・・お前、よく知ってるな。」

「そりゃそうさ、あれだけ派手にしてりゃ、あの子達の傍にいれば分かるさ。」
「まぁな。そうなんだ。ちょっとな、手加減しないと。まぁ、立場が立場だから、
俺らからは言いづらいんだが・・・」

「いいのかい?そんなんで。それこそトップが率先して、大事な商品に手をつけてて、いいのかい?」
「・・・おい、お前!そこらへんには、あんまり首突っ込むな。調子にノンなよ!」

男は少し声を荒げて彼を威嚇した。彼はその男の恫喝などなんとも思わなかった
が、その言外に含まれた意味を感じ取れただけで、納得していた。彼の推測通り、
梨華や真希が彼等の餌食になっていたのが判ればいい、それだけの事だった。
15310-10:2001/06/14(木) 03:13 ID:gYNRQ2s2

「まぁいいや。それにしても、今度は、下のお子ちゃまが心配だな。」
「お子ちゃま?」
「いるだろ?大阪弁の子。あれも、もう中三だ。・・・家庭的にもいろいろあってな。それこそ後藤の所と良く似ててな、
どうも危ないんだよ。身内含めて何をしでかすか、わからんからな。」
「・・・」
「ま、俺たちは、そうしたトラブルがあればあるほど、儲かるんだがな!」
「・・・」

男は、いつもながらの冷笑を浮かべながら、手元のグラスに並々とブランディを
注いだ。そしてそれを一気に飲み干すと、今度は彼にも勧めた。しかし彼は、そ
の誘いをぶっきらぼうに断ると、そそくさと立ち上がり、窓際に身を寄せた。

窓の下には、大小様々な灯りが次第に消え始め、街に深い眠りが近づいてきた事
を感じさせていた。

「もう直ぐか・・・」
「ん?何か言ったか?」
「いや、別に・・・」

「それよりどうだ、お前。今度は・・・あの子の面倒を見るってのは・・・」
「いや、もういいさ。遠慮しておくよ・・・。それに、次の仕事も決まったんでな。」
「そうか、そいつは、惜しいなぁ。お前の事は、オヤジさんも随分評価しているんだがな。
・・・何でも、後藤の男と手切れさせたのも、お前らしいじゃないか?」

男は茶化すように首をすくめて彼に語りかけた。やや酔いが回ったようで、やや
呂律も回らなくなってきている。彼は、男のそうした態度に敢えて無反応に問い
返した。

「・・・そんな事した覚えはないがな。」
15410-11:2001/06/14(木) 03:23 ID:gYNRQ2s2

男は、止まらない酒の勢いに乗せて気分良くし、止め処なく話を進めた。

「よく言うわな。確か相手のガキは、喜多川の所だろ〜。下手すりゃ、エライ事になってたんじゃない〜、
関係者を代表して、感謝いたしておりますよ、ハイッ・・・」
「知っていたのか、相手の事?」

「あぁ、もちよ。それでも最近だけどな聞いたのは・・・。まぁガキの方は、何でもペナルティーて事で、
退社扱いになったがな。まぁどこかのモデル事務所に拾われたらしいから、よかったんじゃない・・・」
「そうかい・・・」

男は顔を真っ赤にしながら、空になったクラスにもう一度ブランディを注ぎ、今
度は少しずつ、嘗める様に味わった。そして滑る様に話し続けた。

「それより、どうやって切れさせた?教えろや。写真なんかも上手く処分したんだろやぁ?
全く欠片の一つも出てこなかったもんな・・・」
「・・・何度も言うが、俺は、別に何もしてないさ。」

彼は手術後、真希の姉と共にあの男の家に行き、男の部屋中を隅々まで掻っ攫い、
その関係を示すもの全てを強引に取り払い、彼の家の庭先で燃やし尽くした事を
思い出していた。

しかしどうやら彼等は、真希の度重なる自傷にすら、未だ気付いていない様だっ
た。彼はそれが確かめられた事だけでも大きな意義を感じていた。
15510-12:2001/06/14(木) 03:24 ID:gYNRQ2s2

「それとも、誰か使ったのか?」
「いや、何もしてないさ。・・・じゃあ聞くが、あんただったらどうした?」

白々しく彼は答えつつ、ある興味をもって逆に男へ問い掛けた。男は、あっけな
く彼の要求に応える答えを提出した。

「俺だったらか・・・、まぁ、若いもん使ってガキの事務所に脅しかけるか、赤坂の
桜井経由で手を回させるか・・・」
「赤坂の桜井?」

「あぁ、お前もそこまでは知らないか?桜井って言うのは、赤坂署の刑事だ。」
「刑事?、警察かい?」
「表は裏という事だ。お前も知っておくといい。赤坂署の防犯2課といったら俺ら専門の"抜け穴"だからな。
あそこ通せば、大概の事は手が回せる。お前も覚えておけよ」

「そうか、知らなかったな、そんな話は。」
「そりゃそうさ、世間に知れたら意味がない。それにああいう便利屋は、一人でも多くいてくれる事に越した事はないからな。
俺たちからバラス事もないし。」
「なるほどね・・・。」

彼は満足そうに頷いた。そして今、長い間、頭の中で結びつかなかった最後の線
が、結ばれたのを感じた。すると手短に荷物をまとめ上げ、足早に部屋を辞そう
とした。男が彼を呼び止めた。
15610-13:2001/06/14(木) 03:25 ID:gYNRQ2s2

「おい、何だよ。もう帰るのか?もう少しいいだろ?これから、店の子も来るんだ、お前も楽しんでいけやぁ。」
「いや、急ぎの用があるんで、失礼するよ。」

「そうか。・・・近々、東京建物の進藤さんらと宴会があるんだ。お前も来ないか?
進藤さんもお前に会いたがってたし、今後の事も含めて、紹介したいんだがなぁ」
「・・・賑やかなところは、不得手だからいい。遠慮しとくよ。」

「お前、駄目だぞ。そういうんじゃ。こういう世界は、どれだけエライさんに顔を売っておくかで、
先々の事が決まるんだ。人見知りなんかしている場合じゃねえぞ」
「・・・いいよ。それに俺は、あんたらの世界で生きていくつもりはないから・・・」

「そうかな?それはどうかな(笑)出来るかね・・・、一度脚を突っ込んだヤツが・・・」
「・・・」

彼は無言の返事をし、足早にその部屋を出た。すると広々としたその廊下の向こ
う側から甲高く賑やかな声が聞こえてくる。その声に彼は即座に反応すると、踵
を返し廊下の反対側になる非常階段の方へ向かった。

彼等の声が男のいる部屋の中へ消えていくのを自身の背後で聞きながら、金属が
剥き出しになっているその階段を早足に下った。

彼は息を乱さず一気に数階を下り切ると、視界の開けた踊り場で立ち止まった。
そこは金網越しながら、外界の空気を感じられる空間であった。ひんやりとした
風が彼を包む。夏の終わりが近づくのを肌で感じさせる、優しい風だった。
15710-14:2001/06/14(木) 03:28 ID:gYNRQ2s2

彼は、その金網に手を掛けると、しがみつく様な感じで、外界を眺めた。地上の
明るさと反比例するかのような、真っ暗な夜空が印象的だった。なんとなく金網
越しに夜空を見遣っていたその瞬間、無機質な振動音が彼の胸ポケットで響いた。

彼は訝しげに胸ポケットからその音の大元を取り出した。その液晶の画面に、可
愛らしい絵文字が見える。それを見た彼の表情は一変し、優しい笑顔に包まれた。

「もしもし、真希さんですか?」
15810-15:2001/06/14(木) 03:30 ID:gYNRQ2s2

「もしもし?聞こえるぅ?」
「ハイ、聞こえますよ。」

「今何処にいるの?」
「外にいます。」

「外って何処ぉ?」
「東京ですよ。新宿です。それより・・・真希さんは、今何処に?」

「今?リハーサルの帰り。これから家に帰るトコなんだよね〜。」
「そうですか。じゃあ、車の中ですか?」

「ううん。今ね、よっすぃ〜と一緒なの。今日はね、よっすぃ〜の家に泊まるの」
「そうですか。良かったですね。」

「うん。それより、この携帯使ってる?」
「ええ、まぁ・・・」

「あ〜、ウソついてるぅ!そんなんじゃあ、ダメだよぉ。折角、真希があげたんだからさぁ。」
「でも、使い道があんまり・・・」

「だったら真希に掛けなよぉ。いつでも良いからさぁ、それにメールだってあるんだし。
使い方ワカンナイ?」
「いや、それは大丈夫ですけど・・・」

「そう、だったらいいじゃん!あっ、もう直ぐ着くから、じゃあね!」
「ハイ・・・、さようなら。」

「バイバイッ!」

真希は一方的に話しかけ、そして一方的に電話を切った。彼は切られてしまった
電話を見続けながら、きょとんとして、少しの間その場に立ち尽くしていたが、
時が経つにつれ、声を出して笑ってしまっていた。
15910-16:2001/06/14(木) 03:31 ID:gYNRQ2s2

彼は、ひとしきり笑い終えると、真希が施してくれたその電話の待ち受け画面に
映る可愛らしい猫の写真を見ながら、彼は大きく息をはいた。

彼はその時、暫くの間無くしていた切なく、哀しく、そして胸を締め付けるよう
なあの奇妙な感覚が、胸の奥底で少しだけ目覚めたのを感じていた。

今、決着の時が来た事を察知した。眼下に広がる夜の街並みを眺めながら、心、
靜に落ち着ける。そして、その焦点を遠くを定めた。そして心の中で全てを誓っ
た。彼は安堵の表情を浮かべると、安らぐ風に身を任せ、静かにその目を閉じた。
16011-1:2001/06/15(金) 03:21 ID:X89r3al.

邂逅 その2

戦争とは、継続しない、ただ一回の決戦から成るのではない

― フォン・クラウゼヴィッツ ―

その河は、そこの辺りで急激にその幅を狭くした。花火見物でごった返す人並み
を両岸に見遣りながら、河の中央を進む大きな屋形船はユックリとその体を川下
へ向かわせていた。

地鳴りの様な爆音と共に、夏の夜空に、大きな炎の宴が繰り広げられている。そ
の船の舳先では、何人かの男が歓声を上げその様子に興じていた。

河岸には、その宴の見物客と家路を急ぐ者とで、誰しもが行き場を失う程の人の
数が溢れている。船の上で興を昂じているその男たちは、そうした人々の蠢く様
を鼻で笑いながら、より一層、その饗宴の度合いを高めていた。
16111-2:2001/06/15(金) 03:25 ID:X89r3al.

川縁にいる人々は口々に語り合い、そしてその場で動き犇きあう。夜空に舞う宴
の爆音が重なり、静かの淀む河の流れとは対照的にその音量は増していった。

喧騒と騒音と爆音の中、群衆の中からは、あちらこちらで耐え切れなくなった子
供達の泣き叫ぶ声が聞こえて出していた。

「ホラ、我慢しなさい。ターチャン」
「ぎゃあああああ!いやだよ、お家に帰るよぉ」
「もう少ししたら、広いトコ出るからね。・・・ホラ、あそこにお船がいるね。」

泣き叫ぶ我が子を抱えた母親は、橋の欄干越しに河の情景を説明し始めた。

「きれいなお船だね・・・。ターチャン、見える?」
「ぎゃああ、・・・もうやだよ帰ろうよ。」
「もう少しだから。我慢しなさ・・・あれ?」

母子が見ていたその屋形船の後尾から突如、白煙が上がった。その瞬間、夜空に
は5寸玉の大花火が連発した。夜空を劈く大爆音と共に、濃紺の空に色取り取り
の火薬の華が咲き乱れていた。あちらこちらから歓声が上がり、宴は今、最高潮
に達していた。

その時、川面ではこれから繰り広げられようとしている惨劇の幕が静かに切って
落とされていた。
16211-3:2001/06/15(金) 03:33 ID:X89r3al.

「あれ?・・・キャー!」

母親の叫び声が、喧騒の中にこだましてかき消される。母子の目に映ったその信
じがたい光景は、まるで紙芝居のの様に細切れの如く、繰り広げられた。

白煙を上げた屋形船の中央部分から突如、空高く火柱が上がったかと思うと、船
全体が一瞬にして炎に包まれる。同時に大音量の爆破音を上げ、船の中央にある
櫓が木っ端微塵に吹き飛ぶと、その船は中央から完璧に真っ二つに折れ曲がった。
粉々に飛び散った木々の塊は、あっという間にその深く淀んだ流れの中に沈んで
いった。

花火の爆音にかき消され、その状況に気付かなかった多くの人々も、数秒後、空
から降ってきた異物によって初めてその異常事態を感じ取った。

「キャー!」
「コレ、なんだよ!」
「助けて!!!」

たった今まで繰り広げられていた絢爛の宴の空から真っ赤に染まる血の雨と、バ
ラバラになった人の肉片が辺り一面に降り注いだ。あちらこちらから絶叫が鳴り
響いている。阿鼻叫喚の修羅場と化した川縁は、さながら得体の知れないモンス
ターに襲われる群集の如く、パニック状況に陥っていた。
16311-4:2001/06/15(金) 03:36 ID:X89r3al.

「キャー!」
「コレ、なんだよ!」
「助けて!!!」

たった今まで繰り広げられていた絢爛の宴の空から真っ赤に染まる血の雨と、バ
ラバラになった人の肉片が辺り一面に降り注いだ。あちらこちらから絶叫が鳴り
響く。

阿鼻叫喚の修羅場と化した川縁は、さながら得体の知れないモンスターに襲われ
る群集の如く、パニック状況に陥っていた。

ガソリン臭が強烈に漂い、炎の影が色濃く残る川面の上、錆付いた鉄橋の上を定
刻通りに登り電車が通り過ぎていく。電車の中に客にもこうした異常事態は伝わ
り、我先にと窓際に走り、その様子を眺めていた。

「何があったんだろ?」
「事故かね?うわぁー凄いや」
「おい船が燃えてるぞ!誰か乗ってたのかな?」

電車内の乗客が思い思いに叫ぶ中、夜だというのに薄いオレンジ色のサングラス
を掛け、一人押し黙っている青年がいた。

その青年は、口元にうっすらと笑みを浮かべ、文庫本を読んでいる。そして徐に
本を閉じると、その本を胸のポケットにしまい込んだ。そしてジーズンのポケッ
トから写真を取り出した。

「・・・まだまだ、これからだ。」

写真をしまうとその青年は、サングラスを外した。そこに現れた冷酷な目のその
奥は、妖しく鈍く光っていた。秋が近づく。自分に残されて時間を噛み締めなが
ら、その男は次なる衝動に突き動かされていた。

夢うつつの時間が過ぎる。青年は静かな笑みを顔一杯にたたえながら、静かに目
を閉じた。
16412-1:2001/06/16(土) 04:19 ID:9OVduxDA

第8章

何も聞かないで、何も見ないで・・・、君を悲しませるもの、何も見ないで・・・。

― 小田和正―


「わざわざ、すまなかったわね」
「そんなことないよぉ〜」
「あんたに言ってるんじゃないわよ・・・荷物ありがとう」

彼女は、真希の返事をさり気なく受け流すと、彼から大きなトランクケースを受
け取った。今や国際空港とは名ばかりの狭苦しい第2ターミナルは、平日だと言
うのに、人の波でごった返していた。唯でさえ狭いセキュリティーチェックの前
には、別れを惜しむ人々が折り重なるように立ち尽くしている。

彼女は、最近漸く着慣れたスーツ姿で旅立ちを迎えようとしていた。引き換え真
希は、薄いサングラスを掛け、目深にキャップを被り、ケミカルジーンズにジー
ジャンといういつも着ないような伊達達であった。

彼は彼女の替わりにセキュリティチェックから帰ってきた。いつも彼にしては珍
しく、オフホワイトのスラックスに薄い水色のYシャツと薄いブラックのネクタ
イというコンサバティブな服装で佇んでいた。
16512-2:2001/06/16(土) 04:21 ID:9OVduxDA

「随分重かったですが、何が入っていたんですか?」
「生活用品一式よ(笑)だってもう当分、日本には帰ってこれないんだから。」

「そうなのぉ〜?そんなに長いのぉ?どのくらい?」
「そうね、最低でも1年間は行ったきりよ。」

「そうなんだぁ・・・」

彼は、真希がほんの一瞬だけ寂しそうな顔をしたのを見逃さなかった。しかし真
希はそうした表情をすぐに消し去り笑顔を見せて、何故か傍らにいた彼の腕にじ
ゃれついて、離れなかった。

空港へ向う間中、いや彼女の家からずっとの間、真希は彼のそばから離れなかっ
た。真希は彼との暫くぶりの再開に心を躍らせている様であった。勿論彼女にも
そうした真希の気持ちは口に出さずとも良く分かっていた。
16612-3:2001/06/16(土) 04:22 ID:9OVduxDA

「何よ、真希、随分嬉しそうな顔してるんじゃない?」
「そんな事ないよぉ〜」

「そういえば真希。あなたも、もうすぐソロになるんだから、今までと違ってね・・・」
「ハイハイッ。分かってるよぉ。いちいち皆で同じ事言わないでよぉ〜。」
「真希、そんな言い方しなくたっていいでしょ、だいたい、・・・」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。後藤さんも。ネ?」

二人の声がやや上ずって来たのを察知し彼はそこで話を収めた。少々ながら人目
を気にしていたのは彼の方だった様だ。彼は、上手く会話を断ち切る事に成功す
ると、徐にチケットを手渡した。彼女は中身を確認すると小さく頷いて改めて彼
に会釈をした。

「ありがとうね。何もかも任せちゃって」
「いえ、いいですよ。」
「そうだよぉ〜、それくらい自分でやんなよぉ〜」

「もう真希ね・・・。まぁいいか。私はあんたとは、もう関係ないんだしね」
「そうだよぉ。姉ちゃんには関係ないじゃん。」
「・・・そろそろじゃないのかな?ホラ、時間ですよ」

彼は珍しくしている自分の腕時計を差して、彼女を即した。そして南口2と書か
れているゲートのほうに歩き出した。すると背後から真希の声が聞こえてきた。

「じゃあね、姉ちゃん!元気でね!」
「あんたもネ。」

彼女は敢えて後ろを振り向かず、右手を小さく上げて手を振った。彼女からは見
えなかったが、真希もそれに応じて、手を振り返していた。
16712-4:2001/06/16(土) 04:28 ID:9OVduxDA
「真希はあなたの事、好きみたいね」
「・・・そうかな。それはないでしょう。久し振りにあったから、
ちょっとハシャいでいるんじゃないですか。」

彼女の意外な話に彼は困惑の色を隠せなかった。彼女は言葉を繋いだ。

「それが証拠じゃないかしら。今までのあの子なら人前で絶対あんな風にしないもの・・・。」
「・・・そうかな。」
「そうよ。前にあなたにも話したと思うけど、真希はね、小さい頃に父親を亡くして、
母もそれから店に掛かりきりになってしまって・・・、他人に甘えた経験が少ないの・・・。」
「・・・」

「ホントだったら私達がね、それを受け止めなきゃいけなかったんだけど・・・。でも私らも当時は
自分らの事で精一杯だったから・・・。真希は、ずっと自分を押し隠して人に甘える事出来なかったの」
「・・・」

「だからその時の分を今になって取り返すみたいに、あなたへ甘えているみたいだわ。
だって男の人相手に、あんなに甘える真希見たの初めてだもの・・・」
「そうですか・・・。」

彼は振り返り真希の姿を探した。てすりにもたれて退屈そうにしているその姿を
見つけると、心の奥が少しだけざわついたのを感じた。彼は、慌てて視線を逸ら
し、何事も無かったかのように、彼女と話を続けていた。
16812-5:2001/06/16(土) 04:32 ID:9OVduxDA

「でもね、だから心配なの。また、ツマラナイ男に引っかかるんじゃないかって・・・」
「いや、後藤さん、それは大丈夫ですよ。真希さんは、もう大人ですよ。我々が思っている以上にね。」

「そうかな」
「そうですよ。我々も17、8歳の時、そうだったじゃないですか。
周りの大人が考えている以上に、いろんな事、考えてましたでしょう?」
「ウン、そうだったかもしれない・・・。」

場内のアナウンスが彼女の乗る便を盛んに連呼していた。忙しなく人々がゲート
を行き交い、人波の流れの中で二人は居場所を無くしていた。彼等は少し入り口
の隅に寄り、別れを惜しむかのように更に話を続けた。

「後藤さん、それじゃあ。・・・くれぐれも先生によろしくお伝えください。」
「もちろん。・・・本当なら真希の事、あなたに頼めればいいんだけど・・・」

「大丈夫ですよ、真希さんの事は。」
「でも・・・。ウン、そうね。あの子の人生だものね、私たちは何もして挙げれない物ね。
それにしても、本当にあなたには、二人してお世話になったわね。」

彼女は小さく首を傾け、彼に謝意を表した。かれはややオーバーな手振りで、そ
れを打ち消した。

「そんな事ないですよ。それよりどうですか、先生とは上手くやれてますか?」
「そうね、何かと大変だけど。でも毎日が楽しいわ、いろんな国いけるし、
いろんな人にも会えるし、好きな音楽も聞けるし。」

彼女の笑顔を見られて彼は少し安心した。そして安堵の表情を浮かべながら話し
を続けた。
16912-6:2001/06/16(土) 04:34 ID:9OVduxDA

「それは良かったなぁ。でもあの先生は難しい所があるから、大変でしょう?」
「そうね。でも逆に、取り繕わなくて助かる、って言う部分もあるのよ。」

「そうだなぁ。子供だろうが大人だろうが、どんな人にも同じ態度ですからね。」
「そうなの。私もいつかああいう風な素敵な人になりたいわ・・・」

「いやいや、まだ後藤さん。あなたはまだ先生みたいに枯れてないでしょう?」
「あ、そんな事言って!言い付けちゃうわよ」

「そんな・・・。冗談ですよ、勘弁して下さいよ。・・・あっ!もう時間だ」

彼は先程来持っていた彼女のショルダーバッグをその華奢な肩に掛けてあげた。
彼女は、彼へ静かに一礼するとその手を強く握った。彼もそれに応え握り返す。
二人は頭の中でいつかの光景と同じ絵を描いていた。その握手はキツク、とて
も強かった。彼は、その手を握り返しながら呟く様に囁いた。

「さよなら、ですね。」
「そんな言い方、いやだわ。なんか永遠に別れるみたいで・・・」

「・・・お元気で」
「また、会えるわよね。必ず」

「・・・そうですね。いつか、どこかで、きっと・・・」

彼女は何かをいいたげに暫くの間、彼の顔を見つめていたが、首を小さく振り、
手を離した。そして彼に背を向けて、セキュリティーチェックの中へ消えてい
った。
17012-7:2001/06/16(土) 04:36 ID:9OVduxDA

彼は彼女の姿が見えなくなるまでそこにいた。そして完全に見えなくなると、少
しだけ顔を上に傾けた。そして一言二言呟くと、真希のいる場所に漸く帰ってき
た。真希はすかさず彼の腕に纏わりつき囁くような声で質問をした。

「姉ちゃんと何話していたの?」
「え?・・・さようならの挨拶ですよ」

「ふ〜ん。それにしちゃ、長かったんジャン?・・・そんな感じしなかったけど」
「そうですか?・・・さぁ、行きましょうか?この後6時からお台場でしょう?
急がないとね。お送りしますよ」

「アリガト。久し振りだね、あなたに送って貰うの」
「そうですね」

「・・・退院した時、以来だね。」
「・・・いきましょうか。」

「ウン」

真希は子が父にする様に彼の腰に手を回し、その身を預けて歩いた。彼は人目を
気にして、やんわりと真希のそうした行動を制したが、真希は止めなかった。

団体客がどっと押し寄せるそのターミナルの中、まるで兄弟を装うかの様に二人
は、誰にも気付かれず、そのまま駐車場に止めてあるいつもの彼のローバーまで
歩を進めた。
17112-8:2001/06/16(土) 04:39 ID:9OVduxDA

だだ広い高速道路の上でバラけた車の間を縫うように、彼のローバーはスピード
を速めていた。するとその車の遥か上、空高くジャンボジェットが爆音を轟かせ、
西の空へと旅立っていった。

「お姉ちゃん、いっちゃったね・・・。」
「そうですね。・・・寂しいですか?」
「・・・ウン、ちょっとだけね。」

彼は助手席で頷く真希の顔を横目で見た。少し物憂げで寂しそうな眼差しが彼の
心を射抜いた。真希は、彼の視線に気付き、眼を合わせた。彼は反射的に眼を背
け、前方の誰もいない道路の先を見遣った。

「そんなに急がなくて言いよぉ」
「でも、いいんですか?時間に間に合わせないと。最近、湾岸線は混んでますから・・・」
「いいから。もう少し、一緒にいたいの・・・」

真希はそういうと彼の腕にしな垂れた。彼はどうしていいか判らず、唯ひたすら
に車を走らせた。暫くして漸く真希のほうを見ると、彼女はスヤスヤと静かな寝
息を立てて、眠っていた。

彼は一つ溜息をつくと、シフトに掛けてあった手で、優しく真希の髪を撫でた。
車内には、強烈な輝きを増す太陽の光が差し込んでくる。鮮やかな橙色に包ま
れたその車は、幾分スピードを緩め、その進路を西へと向わせていた。
17212-9:2001/06/17(日) 03:45 ID:exjaG3zY

「いいんですか、」
「だって時間まだジャン。大丈夫だよぉ。」
「でも、早めに行かないと・・・」
「いいんだよぉ〜、別に。」

近くに大きな観覧車が見える、人口砂浜の波打ち際で真希は一人波と戯れていた。
彼は車のボンネットに腰をおろし、その様子をぼんやりと眺めていたが、次第に
時間が気になり、しきりに真希へ話し掛けていた。

「本当に大丈夫なんですか」
「もう、心配しないでよぉ〜。それに、もうあなたの仕事じゃないんだからさぁ〜」
「そうですけど・・・」

太陽の傾きが大きくなる晩夏の浜辺。人影のない砂浜で一人遊ぶ真希の弾ける様
な姿が彼の目に強烈に焼きついていた。暫くすると漸くはしゃぎ疲れて帰って来
た真希が車の側に寄ってきた。

彼は先程買っておいたソフトドリンクを真希に差し出した。

「ありがとう。飲んでいい?」
「どうぞ」

真希は彼の隣に座り、そしてジュースに口をつけた。真希の口から少しだけジュ
ースの雫が落ちる。彼の眼に入る真希の横顔は、いつになく輝いて見えた。
17312-10:2001/06/17(日) 03:46 ID:exjaG3zY

「ここはさぁ、夜になると恋人ばっかになるんだって」
「そうなんですか」

「うん、こないだ加護が言ってたんだよね〜。ねぇさぁ、何してんのかな、ここでねぇ?」
「さぁ・・・なにしているんですかね」

真希は意地悪な質問を重ねて、彼の顔を覗き込んだ。彼は、質問に答えている時
は、上手く真希から眼を逸らしていたが、覗き込んできた真希の眼と遂に合った。
彼は恥かしそうに再び眼を逸らすと、ジュースを飲み出した。真希は更に質問を
重ねた。

「あのさぁ、今まで、好きになった人とかってさぁ、いるわけ?」
「ハイ?私がですか?」

「そうだよぉ。・・・付き合った人とかいないの?」
「・・・え、何人かは、いますよ、」

「へ〜、いるんだぁ。何人くらい?」
「・・・2人かな」

「少ないね。最初の人はいくつの時ぃ?」
「高校の時かな。」

真希は彼の腕にしがみ付くと、その質問の勢いを増させて、彼に食いついてきた。

「も一人はいつぅ?、教えてよぉ〜、年上、年下?」
「・・・私の付き合っていた人の話なんか聞いて、面白いですか?」
「面白いよっ!ねぇいいじゃん、聞かせてよぉ。」
「・・・年下ですよ」
「へぇ、いくつ?あなたが何歳の時?」

真希はさらに食い入るように質問を重ねてきた。彼は、呆れる様に真希の顔を見
つめると、真希はニコニコと満面の笑顔で彼の顔を見つめ直して来た。
17412-11:2001/06/17(日) 03:48 ID:exjaG3zY

「ねぇ、教えてよぉ」
「私が21の時、相手は1つ下です。」

「どんな人だったの?」
「学生ですよ。バイオリン奏者で・・・」

「へぇ〜凄いネ。あれ?確か昔、音大の人とかいってたあの女性の事?
あなたも同じ学校だったの?」
「いやいや、確かに彼女は音大ですけど。私は大学なんか行ってませんよ。
高校だって中退ですから」
「ふ〜ん、じゃあ、私と同じだね」

彼は真希のさり気ない一言にやや感情を乱された。そしてやるせなく、ただ遠く
を見つめていた。海の向こうには大きなタンカーがユックリと進むのが見える。
真希は先程までの急かす様な口調は潜め、彼の話し出すのを待っていた。彼はそ
うした静かな真希の意を汲んで漸くと話し出した。

「そうですね、付き合っていたのは3年位かな。・・・実はネ1年ほど、
同棲なんかもしてたんですよ」
「うっそー!本当に?凄いね〜」

彼は余計な事を言ったかなと思ったが、ここまで来て、必要以上に自分を隠すの
が辛くなってきたのも事実であった。全てを曝け出してきた真希に対して、それ
では自分の気持ちが収まらなかった。彼は真希の話に出来うる限り合わせる意を
固めた。
17512-12:2001/06/17(日) 03:52 ID:exjaG3zY

「凄いですかね?そうかな」
「同棲までしてどうして結婚しなかったの?浮気でもしたの?あ、それとも振られたとかぁ?」

「どっちも違いますよ。それに恋愛と結婚は違うんですよ」
「そうかなぁ、それってお母さんも言ってたけど・・・、でもさぁ・・・」

「違うんですよ。そうなれば判りますよ・・・。」
「そうなの。ふ〜ん、難しいね・・・。でも浮気でもないんでしょ・・・じゃあ、どうして別れたのぉ?、
どっちが悪かったの?」

「どちらも悪くない時だってありますよ・・・」
「そんなのウソっぽいよぉ。やっぱり、他に好きな人出来たんでしょう・・・」
「・・・そうじゃなくて。彼女の仕事が見つかったんですよ。それで、です」
「どうして?それで何で別れるのぉ?」

真希は尚、問いを止めずに言葉を重ねてきた。彼は求められるまま真希の質問に
答えていた。

「海外のオーケストラのオーディションに受かったんですよ。
学校推薦でね・・・。だから彼女はそこに行き、私は日本に残った訳です」
「それで・・・なんで?」

「だって私がついていく訳行かないでしょう。」
「そんなのおかしいよ、だって好きなんでしょう?」

「でも彼女の夢が漸く叶ったんですよ。それで良いじゃないですか。」
「でもさぁ、そんなの変だよ。・・・いくな!て言えば、良かったのに・・・。もし、彼女があなたの事好きなら、
きっと残ってくれたよ。・・・だって真希なら、行かないもん・・・。好きな人の事、とるもん。」

「いや、だったら尚更言えないですよ。私の為に残ってくれなんて。まぁ、最初から言う気は
なかったですけどね」
「何で?どうしてよぉ?」

真希は問いを重ねた。彼は出来る限り平穏にその話を進めた。
17612-13:2001/06/17(日) 04:03 ID:exjaG3zY

「私なんかは、彼女の夢と引き換えられるほどの人間じゃありませんよ。」
「そんなのおかしいよ!・・・あなたはその人の事、ホントは好きじゃなかったんだよ」

真希はやや不服そうに彼に異議を唱えた。彼は優しく言いくるめるように真希に
説き聞かせた。

「真希さん・・・。ある程度歳月を重ねるとネ、本当に人を好きになると、
自分の事よりも相手の事が大切になるんですよ。
「・・・」

「自分の幸せより、相手の幸せをね、大切に思える様になるんです。・・・それに、
俺みたいな男なんて何処にでもいますよ・・・。」
「・・・」

「彼女が俺の性で自分の夢を掴むチャンスを壊されたとしたら、それこそ彼女も
辛いし私も辛いじゃないですか。」
「でも、それで・・・良かったの?」

真希は、沈黙を破り問いを重ねた。彼は変わらずそのままのトーンでその問いに
答えた。

「いいんですよ。人生なんて、そんなもんですよ。特に、男と女の事はね。そうでしょう?」
「・・・」

真希は彼の問いにはあえて答えなった。真希は少し歩き出した。そして再び誰も
いない浜辺に向かった。そして誰に言うでもなく、言葉を呟いた。

「優しすぎるね・・・。」
「えっ?何かいましたか?」

真希は、くるりと身体を半回転させ、彼に向き直った。そして、彼の眼から自分
の眼を離さずに、言葉を投げた。

「質問があるの。だったらもし、あなたが私の彼だったら、どうだったのかな?」
177プチ( ´∀`):2001/06/17(日) 09:56 ID:WXxpvasg
保全、保全。

下のほうになくなっちゃってたから一瞬あせったけど、
知らない間に上がってたみたいですね?よかったよかった。
17812-14:2001/06/18(月) 01:15 ID:AsQorxKU

「・・・」

「私の言う事、何でも聞いてくれる?私の傍にずっといてくれる?」

「・・・」

彼の沈黙は続く。しかし真希は、俯きながら片足をばたつかせ、更に質問を重ね
てみた。

「ねぇ?どうなのぉ?何か言ってよぉ・・・。ねぇ・・・」

「・・・」

「そっか。でも、やっぱり同じだよね。あなただって、しちゃったらお終いだよね、
男の人だもんね・・・」

彼は吐き捨てるように言葉を投げた真希の元に、返事の替わりに無言で近づいた。
そして両手を自分の頭の上で組みながら真希の耳元で呟くように囁いた。
17912-15:2001/06/18(月) 01:17 ID:AsQorxKU

「私は、真希さんと話をするのが好きですよ」
「・・・」
「セックスをするしないは、関係ないですよ。それとも私もそういう男に見えたかなぁ?
だったら、俺も彼らと同じで、今の真希さんには、邪魔なだけですね・・・」

「・・・ゴメンネ、そんなつもりで言ったつもりでいったんじゃないんだよ」

「いいんですよ。こんな短い間に、悲しんでいる真希さん、怒っている真希さん、いろんな真希さんを知る事が出来て、
嬉しかったですよ。私は笑っている真希さんが一番好きだなぁ。こうして、外で、はしゃいでいる真希さんの姿が
一番好きですよ。・・・あなたに出会えて良かったです。」
「・・・」

真希は今にも泣きそうに瞳を潤ませ押し黙ったまま彼を見つめていた。彼はその
視線を避ける様に遠く海の彼方を眺めていた。
18012-16:2001/06/18(月) 01:21 ID:AsQorxKU

「もう、夏が終わってしまうなぁ。こうして会えるのも、最後ですね・・・」
「・・・どういう事?」

「それこそ、もう真希さんには僕は必要ないでしょう?」
「そんな事ないよぉ」

珍しく彼は自分の事を「僕」と表した。咄嗟に真希は、彼の腕を掴んだ。潤んだ
瞳から一滴、涙が零れた。そして、溢れる想いを制しながら言葉を紡いだ。

「ありがとね・・・。今まで・・・」
「お礼を言うのは、僕のほうです。」

彼はそう言うと真希の手を握り締めた。そして満面の笑顔を浮かべ最後の言葉を
投げた。

「さようなら、真希さん」
「・・・何でなの。そんな事いわないで・・・。真希の事嫌いになったの?」

「いつまでもあなたの傍には入られないのは、最初に会った時から分っていたのにね。
いざ、こうなると、苦しくなるのは何故なのかな。」

「また会えるよね?、会おうね!」
「・・・ええ、いつかね。」

「いつかじゃなくて、すぐに会えるよね!」
「もう、秋が近いね。太陽の色が違うなぁ・・・。もう一度、一緒に見たいですね・・・
もしそれが許されるなら・・・。」

彼の言葉は、宙に浮かんだまま、その場に残された。柔らかな潮風が浜辺に佇む
二人を優しく包んでいた。晩夏の太陽が水平線の彼方に沈みかけていても、真希
は強く握られたままの彼の手を離すことはなかった。
18112-17:2001/06/18(月) 01:24 ID:AsQorxKU

彼の小さな車は、夜の湾岸道路を唯ひたすら西へ向っていた。助手席には先程ま
で乗せていた真希の残り香がやんわりと漂っていた。

壊れかけているスピーカーからは、重量感のある女性の物憂げな声で歌われる英
語の曲が鳴り響いていた。
182time after time:2001/06/18(月) 01:26 ID:AsQorxKU

♪♪ ベッドに寝転がり時計の音を聴くの。

貴方を想う戸惑う気持ちの渦に巻き込まれて、この先に進めないの。

過ぎていった暖かい夜が想い浮かぶわ。

想い出一杯のスーツケースに詰まったまま・・・。

何度も、そう何度でも、私の事を想い出してね。

私が遠くへ歩き過ぎて、あなたが呼んでくれても、

何を言ったか聞こえなくなってしまったの。

あなたはゆっくり歩こうと言ってくれるけど、今度は私が遅れてしまうわ。

つないだ手がほどけて、彷徨ってしまったら、また私に会いに来てね。

何度あなたが倒れても、私は待っているからね。

眠れぬ夜、何度も何度も夢から覚めて、夜が明けるガラス越しに貴方を見たの。

互いの気持ちを確かめたいの。そう、分かり合えないことなんて無いわ。

ドラムが私達の時を刻むのだから・・・♪♪♪
18312-18:2001/06/18(月) 01:27 ID:AsQorxKU

彼はシートを倒し、車の中で、何度も何度も、この曲をリプレイして聞いていた。
そう、何度も、何度も・・・。


車外からは、防波堤に打ち寄せる波の音が微かに聞こえている。


漆黒の夜空には、月がその身を半分隠したまま、妖しく光り続けていた。彼はそ
の悲しげなバラードに身を沈め、一人静かシート蹲りに眼を閉じた。
18413-1:2001/06/19(火) 04:42 ID:9kl0LRXE

邂逅 その3 <回答編>

正しい者はいない。一人もいない。悟る者もなく、神を探し求める者もいない。
皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。

― 聖書 パウロの書簡 第3章より ―


まだ学生の風体を色濃く残しているその青年は、無機質なコンクリートに壁一面
を囲まれた廊下を急ぎ足で通り抜けた。

そして息を切らせながら、その廊下の突き当たりにある大きな観音開きのドアを
勢い良く体全体で押し開けた。大きなベッドと大小様々な金属の機器が散乱して
いるその部屋の中には、やや髪の毛を白くした白衣を着た男が、片隅にある事務
用の椅子にもたれかかり、デスクの上に散在している書類を眺めていた。

「すいません。お客様です」
「俺にか?誰だ?」
「それが・・・、これを」

初老の男は、青年が差し出した名刺を受け取ると、怪訝そうな顔つきで、顔を見
遣った。

「なんで・・・、俺に何の様だ?」
「さぁ、とにかく話がしたいそうです。2階の先生の研究室でお待ちですが・・・」
「部屋に通したのか?」
「ハイ・・・、いや済みませんでした。でも、何せ・・・」
「・・・まぁいい。分った」

初老の男は散在する書類をまとめるとそれを小脇に抱え、デスクの上にあった、
もはや冷め切っているコーヒーカップを手にして、自室へ向かった。
18513-2:2001/06/19(火) 04:43 ID:9kl0LRXE

古びた窓枠がカタカタと鳴り続ける回廊を通り抜ける。そこから見える外の景色
は、間も無く来るという嵐の予感を感じさせるに十分な空の色と風の香りを運ん
でいた。

その男は、軽く半開きになっていた自室に到達すると何も言わずにドアを押し開
ける。部屋の中では助手の女性がソファーに腰掛けている客人に対しコーヒーを
入れている所だった。

初老の男は、客人の男に軽く会釈をすると、対するソファーには座らず、デスク
に書類とコーヒーを置き、デスク前にある大きなリクライニングチェアーに腰掛
けた。

コーヒーを入れ終えた助手がそのまま、自分のデスクに向おうとすると男は指先
で指示を与え、彼女に部屋を辞させた。

嵐が近いとは言え、まだ夏が終わり切っていないと言うのに、その客は、薄いブ
ラウンに統一されたスーツに上下を包んでいた。ブランド物と思われるネクタイ
やシューズ、そして時折チラリと見える高級そうな腕時計は、名刺に刻まれてい
た肩書きに相応しい物であるな、と男は確認していた。

その客が出されたコーヒーに口をつけると、男も自身でコーヒーを入れ直した。
冷めたコーヒーに継ぎ足すように、カップに注ぐ。そして入り口付近にあるクー
ラーのスイッチをオンにした。すると客はカップを置いて立ち上がり、男に対し
て改めて自己紹介を始めた。

「・・・警察庁の高森といいます。お忙しいところ済みません。」
「山村です。こちらこそ、よろしく」
18613-3:2001/06/19(火) 04:44 ID:9kl0LRXE

二人の男は儀礼的に握手を交わした。山村は客に座るように即すると、自身の椅
子に再び腰掛けた。そしていきなり核心をつく質問を発した。

「警察庁というよりも、外事二課の刑事が私に何の用ですか?こんな検死局なんかに・・・」
「この間の爆破事件です」

刑事の答えは簡潔であった。無駄な装飾語を省く、如何にも冷徹な警察官僚とい
う趣を一層強く感じさせていた。刑事は言葉を続けた。

「あなたの検死報告書、といいますか、報告書に添えられていた付箋紙について
お話を伺いにきました」
「・・・何かまずい事でもありましたか」

刑事は外国製と思われる黒い鞄から、分厚いファイルを取り出しページを手繰り
始めた。男はその様子を窺いながらまずいコーヒーを飲みつつ思い返していた。

「どちらの件で?確か、二件とも私は担当ではないはずだが・・・」
「えっと・・・、あっ、ここだ。これはどういう意味ですかね?」

刑事は問題の部分を指差しながらその箇所を読み上げた。

「担当官としては推論通り過失、事故の可能性に重きを置く。但し補足意見として
山村検死官が唱えた謀殺、故意による過失の可能性も有り得るとの見解も付記して
おく・・・。山村さんというのは、勿論あなたですね。」
「ええ。それがどうかしましたか?」

「故意の過失、というのは分るが、謀殺というのはどういう意味です?」
「ですから、補足意見です。そういう可能性もあるかもしれないということです。
・・・しかしこの件は、書類にあるように私が担当したのではないので」

「山村さん。捜査は各所轄と本庁二課でやっていますし、既に地検も共同で動いてます。
今日ここに来たのは、あくまで私個人の興味からです。教えて貰えませんか?」

刑事は執拗に食い下がった。山村はいやな胸騒ぎを抑えながら、努めて冷静を装
い、質問に答えていた。
18713-4:2001/06/19(火) 04:45 ID:9kl0LRXE

「外事のあなたが、個人的な興味で?そんなバカな。私も一応は警察の端くれですよ。
そんな訳ない事ぐらい分かりますよ。それに本体の捜査はもう大詰めなんでしょう?」
「一応組同士の抗争、てことになりましたがね。」

「なりました?・・・それはどういう」

刑事は男の問い掛けを無視し、言葉を進めた。

「それから・・・ここだ。2件目に関するあなたの見解です。これも補足意見だが・・・、
食い違う目撃証言や困難を極めた現場保全やその検証の等、不確定要素が多いのを
考慮した上で、単純に事後に判明、確定した要素を除けば、あれだけの爆薬及び
未だ解明できない発火装置の仕掛け等・・・」、
「・・・」

「えっと、ここには注意の印があるな・・・え〜、山村監視官の私見では、現見解では
今回の爆破に関して、担当官は物証が見当たらない事から見て発火装置はなかったと
仮定しているが、爆破量やその破壊の構造からみると、その推定にはやや無理がある・・・。」

「あくまでも私の私見ですよ。彼の見解を否定したわけではありません。」

刑事は、山村の答えを無視し続け、言葉を重ねた。

「続き、読みますよ。・・・推測できる使用されたダイナマイトの種類や、仮定されるべき
発火装置の構造を考えると、単純な結論を導き出すのは危険である。」

「聞きたいんだが、この補足意見は提出しなかったはずだと思ったが・・・どうして」

刑事はファイルを閉じて、煙草に火をつけると、ユックリと煙を燻らせた。
18813-5:2001/06/19(火) 04:50 ID:9kl0LRXE

「あなたみたいな素晴らしい経歴の持ち主が閉職に追い込まれているのは、何故ですかね?」
「そういう話はしたくないな。それに、あなたの立場ならご存知のはずだ。」

「そういえば、ここを来月には辞められるそうですね」
「ええ。地元の大学にお呼びが掛かりましてね。・・・」

「助教授だそうですね。出世だ。」
「出世かどうかは、わからないが・・・」

刑事は鞄の中から別のファイルを取り出して、テーブルの上に置いた。

「こちらを読んで貰いたい。そして、あなたの見解を聞かせて欲しい。」
「これは?」

「ある交通事故の実況見分と供述調書です」
「交通事故?何でまた・・・」

「まぁいいから、読んでくれませんかね」
「・・・このペーパーは?」

山村はファイルに挟まれている分厚い用紙を見つけると、それを手にして刑事に
聞いた。

「それは、ある調査の報告書です。これと合わせて読んで下さい」
「いいのかい?警察を辞めていく人間にこんなものまで読ませても・・・。それにこれには
外事の部外秘マークがあるが・・・」

「あなたを信頼していますから。構わないですよ」
「あなたは、外事の人間にしちゃ、お人よしだね。」

男はやや皮肉をこめて問うたが、刑事は悠然と問い返した。

「あなたを信頼はしているが、信用まではしてませんよ(笑)」
「なるほど・・・。まぁいいでしょう。どうせ暇なんでね。」

「お願いします。これで一式です」

男は差し出されたファイルを丹念に読み始めた。先程入れ直したコーヒーが冷め
ていく。窓の外の雲行きはさらに怪しくなっていった。
18913-6:2001/06/19(火) 04:53 ID:9kl0LRXE

男は度々頷きながらページを手繰る。刑事は、所作なく部屋中をうろついていた。
そして窓際に立つと焦点なくぼんやりと外の景色を眺めていた。いつの間にか、
雨粒が古びたこの建物全体をたたき始めていた。

「・・・。こんな話を外部の人間に知られても本当にいいのか?」
「あくまで個人的な用件だと、言ったでしょう?」

山村は読み終えたファイルをテーブルに置くと、冷え切ったカップに口をつけた。
苦味だけが残るコーヒーを顔を顰めながら飲み干した。

「それで・・・、何を知りたい?」
「不気味なほどの共通点・・・。あなたも2枚目の補足意見のところで触れているでしょう・・・、
え〜と、どこだっけな・・・。あっ、ここだ」

刑事は鞄から再び先ほどの報告書を取り出すと、その書類を丹念に捲った。そし
てその箇所を見つけると、指を差しながら山村に示した。

「ここですな、読みますよ。・・・ここから先は検死で得られる判断とは直接関係ないが、
不明な点を列記して置く。この事件が過失ではなく、故意によるモノであるとすれば、
その事件に関与したと思われる第三者は、かなり特殊な性質があるといわざるを得ない。
必要以上の爆薬量、それを完璧に制御する技術力と精度の高い工作力・・・。」

刑事はここで一回区切り、息を整えると、直ぐに続けて読み始めた。

「それに何より特殊なのは、被害者の遺体の損壊が極めて激しい点である。
殺害のみを目的とするならば、これ程までの爆破は必要であったのか?
そして被害者の何れもの死因が、重度の火傷による点なども着目すべきである。

爆破前に被害者の何れもが、火炎を放射、または浴びておりその段階で
既に致命傷を負うほどの傷を負っているにも拘らず、最終的に劣化弾を使用したのではないか、
と思える様な激しい爆破にまで至らしめる因は何か?・・・。」
19013-7:2001/06/19(火) 04:55 ID:9kl0LRXE

刑事は書類をテーブルの上に投げ出すと男の眼を見据えた。

「ここです。ここを聞かせて欲しい。何だと思いますか、その原因は?
それこそ、あなたの私見では、どうだと思うかい?」

刑事の長い音読を静かに聞いていた山村は、如何にも使い古していると思われる
コーヒーメーカーのスイッチをオンにした。グツグツとコーヒーが熱せられる音
が部屋中に響く。そして苦みばしったその香りが部屋中に充満していた。

男は深く息を吸い込むと、徐に話し始めた。

「恨み以外ないだろうな。しかも深く沈んだ・・・、重い恨みではないかな・・・。
ここまでの物証から見て、証拠隠滅、というだけでは、つじつまが合わないから」
「・・・さっき読んでもらった交通事故については、どう思う?」

「その脈絡で読んだのならば、この事故もそうだろう。単なる自損事故にしては
おかしな点がありすぎる」
「例えば?」

「ブレーキ痕についてはここに書いてあるので触れないが、タンクローリーに衝突しただけで、
半径10キロ圏内にまで、破壊痕が飛び散るというのはね・・・。タンクの中の揮発油の量にもよるが
常識で考えても、そこまでは、と思うのが筋だ。ただ実際、検証するといっても難しいがな。
予算が下りそうもないし・・・。ただ、」
「ただ、何だ?」

「ただ、この件は捜査を進めているのだろう?ここまで明白に検死官や担当管理官が
事故以外の可能性を指摘しているのだから・・・」
「それはない。いや、あり得ない」
19113-8:2001/06/19(火) 04:57 ID:9kl0LRXE

刑事は彼の正面のソファーに座り対峙した。そして徐に煙草に火をつけると、大
きく息を吸い込み、そして吐いた。

「捜査は終わっている。いや、終わらせた。単なる事故で終了だ。」
「何故だ?ガイシャが警官だからか?そんな事は関係ないだろう?」

「いや、それこそがポイントだ。そうだから、われわれが動いている・・・」

いつの間にか窓の外は、強風と共にスコールのような雨が建物全体に叩き付けて
いた。瞬間吹き抜ける強風の度に、建物の軋む音が響く。まだ夕方だというのに、
辺り一面は暗闇が支配していた。暗闇に落とされたその一室で、男たちの邂逅は
続いていた。


「あなたの報告書の最後には・・・、また関係者と思われる人物以外に被害者がいない点や
ニトログリセリンの大量使用痕など先週あったA−138の事件・・・これは例の車の事故だな
、この事件との酷似点を指摘しておきたい。と書いてあるが・・・。
ここが急所だ、山村さん。今回の事故もその延長線上にあるとは思えないかね?」

「だったら何だ、というんだ?芸能プロの御曹司、不動産屋の社長たちと、警官。
一体ガイシャ達に何の繋がりがあるというんだ?」

山村は苛立ちを隠さぬまま、テーブルの上に置かれていた刑事の煙草を取ると、
一本抜き取り、火を点した。そして忙しなく煙を燻らせた。その様子を静かに眺
めながら刑事はユックリと話し始めた。

「これから話すのは、昔話だ。そう思って聞いてくれ」
19213-9:2001/06/20(水) 05:04 ID:tfRWVhGw

「昔話?」

山村は小首をかしげながら、刑事の話に聞き入った。

「そうだ。昔話と思ってくれ。バブルが弾けて、みんな損した。法律も出来て、裏のやつらも
何かと息苦しくなった。そんな時だ。いろんな所が尻つぼみになって行くのに、そうじゃない
ショバがあった。」
「・・・どこだい?」

「芸能、つまりは興行の世界だ。奴等にしてみれば、昔からのよしみの世界だからな。ただ、今の時勢は、
何かと煩い。裏との繋がりがあからさまになると、商売が成り立たない。そこで考えた」

「何をだ?」

「道をさ。どうにかこうにか危ない橋を渡りながら大きくなりかけて来た会社があった。
何せそこの社長は、昔から裏の世界とは顔なじみだ。そこと手を結んだ。金はある。
バブルで地価は下がった。仕掛けどころだ、土地屋にしたって願ったり叶ったり、
新しい金づるが出来るんだ。」

「なるほどね・・・」
19313-10:2001/06/20(水) 05:05 ID:tfRWVhGw

「ビジネスとして手を結んだのが正解だった。しかも時代が味方した。CDが簡単に
100万枚売れる時代になった。裏の奴らも巡業を仕切って稼いでいた時代じゃなくなった。
チャカさばくより、こっちのほうが安全だ。それに奴らも助かる。タレントのスキャンダル
不始末のもみ消し、過去の洗濯・・・。お互いがお互いを欲しがった・・・」

「それで・・・」

「当然、ヤバイ橋を渡っている状況には違いない。手を広げれば、厄介な事は増えるばかりだ。
そうなると"理解者"が必要になる。しかもその理解者が"天下御免"だったら言う事はない。」

山村は話が区切られたのを見計らって立ち上がり、グツグツに煮えたぎるコーヒ
ーメイカーのスイッチをオフにした。そして自らの空のカップに並々と注ぎ込ん
だ。そして刑事のカップにも同様に注いだ。
19413-11:2001/06/20(水) 05:30 ID:tfRWVhGw

「面白い話だ。」

「しかし問題が起きた。彼等の理解者への依存の度が過ぎた。便利なだけに使う回数も増える。
そうなれば。当然目立つ。出る杭は、打たれるんじゃない、引っこ抜かれるのが常だ」

「何処の世界も同じだな」

「そこで止めておけばいいものを、止めらないのが人間の愚かな所だ。事務所に弾丸
打ち込まれても、縄張り争いが起きても、仲間内で、どうにかごまかしてきたが・・・。」

「ごまかしきれない、何かが起きた」

刑事の独白は続く。雨音が際限なく鳴り響く。いよいよ嵐がやって来た。
19513-12:2001/06/20(水) 05:35 ID:tfRWVhGw

「理解者は仮にも公僕だ。俺たちの仲間だ・・・。クスリに博打に女に金、
ここまで来ると身内で庇い切れない程のエゲツナサだよ。後は時間の問題になる。
おこぼれに預かれない奴らの内部告発、下らないお決まりのパターンだよ。」

「なるほどね。そこで、あんたら外事の出番になる訳か・・・。それじゃあ、
今度の事は、奴ら同士の醜い内輪揉めかい?」

「いや・・・、ここで歯車が狂うんだな。何せ利益に群がっていためぼしい奴らが
車ごと、船ごと、皆片っ端から吹き飛んだ。何だ何だか・・・」
「と、なるとショバ争いか・・いや、それとも、まさか我々身内の?」

「いや多分、両方とも違うだろう。最初は我々もそう思ったんだが、あなたの報告書を
読んで確信したよ。その理由でなら、違うさばき方がいくらでもある筈だとね・・・。
あいつ等をただ殺すんでは気の済まない、あんたの言う所の、深く沈んだ恨みを持つ誰かが・・・」
「なるほど・・・」

重く淀んだ空気の中で山村は微かに頷くと、ユックリと煙草を燻らせ、薄汚れて
いるソファーに身を沈めていた。
19613-13:2001/06/20(水) 05:37 ID:tfRWVhGw

「で、この先はどうするんだ。捜査の方は?」
「さぁね。昔話はここでおしまい。当事者はみな消えた。だからきっと何も起きないし、
何も始まらないさ・・・」

山村は吸い終えた煙草を灰皿に押し付けると、静かな笑みをたたえて語りかけ
た。

「・・・高森さん、あんたがここにきた理由が漸くわかったよ。心配しないでくれ、
この事は誰にも話さんさ。例え話したとしても、誰も信じまい・・・」
「・・・そうだな。俺も信じられない。だから昔話なのさ。それに・・・あっと、失礼」

刑事は、胸ポケットの奥からけたたましく鳴り響く携帯電話を取り出し話し始め
た。ストラップも装飾も何一つない、無機質な電話に向かい、声を潜めて話して
いた。

「高森だ。・・・ああ、こちらは大丈夫だ。えっ?、それで・・・。そうか。全員?
そうか・・・。よしわかった。いや、もういいだろう。どの道、これで終わりだ・・・」

刑事はぶっきらぼうに電話を切ると、やるせなく窓の外を眺めた。相変わらず、
激しく吹き荒れる雨風が容赦なく建物に叩き付けられていた。刑事は、重い口
を開き、今の電話の説明をし始めた。

「関係者で唯一生き残っていた大物だった御曹司の親父が死んだそうだ・・・」

「どこで?・・・いや、どういうふうに?」
19713-14:2001/06/20(水) 05:44 ID:tfRWVhGw

「一昨日、奴等一行は成田で出国手続きしててね。慌ててマークしたんだが・・・。
間に合わなかったよ。・・・スイスの山奥でドカンだとさ。」
「スイス?どういうことだ?」

「乗っていたチャーター機が墜落したそうだ。山にぶつかって、そのまま・・・。
乗ってたのは全員日本人、操縦していたのも連れだったらしいがね。山に激突、
爆破して炎上、関係者以外死亡者ゼロ・・・、条件はぴったりだな」
「しかし・・・、スイスまでとは凄い執念だな・・・。あんたは、そいつが誰なのか、
興味はないのかい?刑事でない私ですら物凄い興味が湧くがね」

山村の質問を聞きながら、刑事は煙草を燻らせていた。目を閉じて暫くの時、沈
黙を保つ。そして静かに語り始めた。

「誰なんだという“警察的な”興味はないが、ここに至るまでの過程を知りたいね。
そいつが何故ここまでするのか・・・、衝動の動機が知りたい。一人の人間としてね」
「しかし、もはや真相は藪の中だな。」

「そう、多分永遠にわからないままだろう。・・・例え、捜査を続行してもな。」
「・・・でも、これで、砂糖に群がる蟻どもは駆逐されたわけだな」

「それは違うな。腐るほどいる奴等の分身が、新しい蜜を見つけ、それに群がり食い尽くす。
そして新たな悲しみが生まれるのだろう・・・。結局は、何も変わらないのさ」

止まぬ嵐が吹きぬける中、二人の男は沈黙の時を過ごしていた。苦みばしったコ
ーヒーの香りに包まれたその一室で、やるせない時を過ごす男たちが佇んでいた。
19814-1-1:2001/06/21(木) 17:27 ID:isw2z.XI

第9章 前編

これまでの歳月の為に、そして喜びと涙の為に。君よ、一緒に歌ってくれないか・・・
― エアロスミス ―


「いいから…」
「本当にいいのかな…」

「私としたくないの?」
「そりゃあ・・・、したいさ!」

少年は、がむしゃらにその華奢でありながら艶めかしい美しい肢体を弄った。
彼女はされるがまま、ワンピースを乱暴に脱がされ、ベッドに押し倒された。

はちきれんばかりの欲望を剥き出しにして、少年は彼女の短く切り揃えられ
たばかりの髪の毛を獰猛に掻き毟り彼女の全身を手繰り始めた。
19914-1-2:2001/06/21(木) 17:28 ID:isw2z.XI

「あああ・・・、いいよ・・・、」
「・・・、もっと、いいよぉ!好きなようにしていいから・・・」

彼女の叫びに敏感に反応した少年は、自ら着ていたシャツを脱ぎ去り、そして
彼女のブラジャーをも剥ぎ取った。

小振りながら弾むような柔らかさを保つその乳房にムシャブリツク。早くもツ
ンと勃っている乳首を指でつまみながら、舌腹で貪り付いていた。

「ア・・・、ウン・・・」
「ひとみ・・・、ひとみ・・・」

少年は呪文のように彼女の名前を呟きながら、彼女の体に食らい付いていた。
吉澤は、視点の定まらない眼差しを宙に浮かせながら、今自分の体を犯してい
る男とは違う、他の誰かを頭の中に思い浮かべていた。
20014-1-3:2001/06/21(木) 17:29 ID:isw2z.XI

「アンッ!」
「いいかい、ひとみちゃん?ほら、ここはどう?」
「ンンンッ!アアアッ!」

吉澤はその想いとは裏腹に、体だけは少年の行為に反応していた。いつの間に
か全裸にされた吉澤の体を脚の先から舐め回す。彼女は、やるせない顔で天井
を眺めていた。

次第に獰猛に、貪欲になる少年の愛撫の感覚が、意識から鈍く遠ざかっていく。

「あっ、あっ、どうだ・・・」
「アン、アッ!・・・ウン、ウン、ウン・・・」

吉澤の体は、少年の稚拙なだけの激しく行為に犯されていた。体の芯に彼のペ
ニスが到達し、むやみに突くだけの虚しい時間が過ぎていく。

吉澤は身も心も壊されていく・・・。後は、自分勝手な欲望の放出をただ待つだけ
だった。
20114-1-4:2001/06/21(木) 17:30 ID:isw2z.XI

その時、吉澤の瞳からこぼれ落ちた美しい雫が赤く染まる頬を伝った。しかし、
少年はそうした吉澤の気持ちを置き去りにしたまま、ただただ彼女の身体を貪
っていた。そのあまりの稚拙な激しさに吉澤の凛とした端正な顔が歪んだ。

「イヤッ!イタイ・・・」
「ハァハァ・・・、いいぞ、あっ・・・。ひとみ、どうだいいだろ・・・」

少年は喘ぎながら自分だけの快楽に浸りきっていた。吉澤はあまりの激しさに
耐えかね、思わず自分の指を噛んだ。

すると一筋の鮮血が腕を伝い、激しく揺れる乳房に垂れた。それを見た少年は、
さらに興奮を増し、乳房に落ちた血を舐め、そしてそのまま乳首を頬張った。

「ヤメテッ、・・・。もう・・・。」
「あっ!出るよ、出るよ・・・。出すからね・・・」

「イヤッ!イヤ・・・」
「いいじゃん・・・、あっ!出る!」

「ダメ!、イヤッ!!」
20214-1-5:2001/06/21(木) 17:31 ID:isw2z.XI
吉澤は渾身の力を振り絞り、腰を浮かせながら脂ぎっていた少年の身体振り払
った。漸く二人の身体が離れた刹那、大量の白濁色の液体が、彼の先から弾け
て、こぼれ出た。

その様子を眺めながら吉澤は、呆然とベッドの下にうつ伏してその場で泣き崩
れていた。ベッド上では欲望の放出を漸く終えた少年が、息を乱しながら、ま
るで痴呆の老人の如く腰を抜かした様に座り呆けていた。

「私には、やっぱ出来ないよ・・・、」

吉澤は嗚咽の中で、愛する人に語りかけていた。夜が明ける前に、急がなくち
ゃ・・・。

吉澤は、全裸のまま立ち上がると、窓際に歩み寄り、窓の外を眺めた。高層ビ
ルの隙間から輝く朝日が眠りから覚めつつある町並みを静かに照らしていた。
きっとこの街のどこかにいる筈の愛する人へ向け、吉澤は心の中で叫んでいた。

「会いたいよぉ・・・。」

暦の上では秋を告げたと言うのに、まだ暑苦しい夜が続いていた。明日も、明
後日も・・・。まだこの苦しさは続くのだろうか・・・。吉澤は一人、自分に問い掛
けていた。
20314-1-6:2001/06/22(金) 02:28 ID:74Uom01U

「何だよ・・・これ?、土産って・・・」
「文句があるなら返せよ。」
「いやいや。でも・・・こんなの貰ってもねぇ」

テーブルの上には、猫の形をした時計が大小様々に並べられていた。それぞれ
がぜんまい仕掛けになっており、時が丁度を告げる度に、リングの代わりに猫
の鳴き声が騒がしく鳴り響いた。

「おいおいっ、勘弁してくれよ。時報の度にこんなんじゃ堪らんよ。」
「まぁ、まぁそう言わずにさ。可愛がってよ、あれだろ、タイマー切れば大丈
夫だろ。貸してみてよ・・・。これかな・・・、あれ?どうなってんのかな・・・」

「もういいよ。一個だけ置いて、後は引き取ってくれ。」
「何だよ、野良猫捨てるみたいに言って。悲しいなぁ・・・」

彼は不服そうに頬を膨らませると、シブシブと言った感じで、並ばれた時計を
片付け始めた。

朝倉はヤレヤレという表情を見せながら、部屋の奥にある台所に姿を消した。
20414-1-7:2001/06/22(金) 02:29 ID:74Uom01U

「おいっ!何色の猫がいい?」
「何でもいいよ!鳴かないんなら」
「そうぉ?じゃ、黄色にするかな?」
「いやいや、黄色はイヤだ。他のにしてくれ!」

「何だよ、希望があるなら言えよ・・・。じゃあ、青はどうだ」
「青?。ああ、それでいいわ・・・」

彼は久し振りに朝倉のジムに来ていた。かれこれ半年振りになるだろうか?古
びた、いや錆び切った室内の様子に変化は無く、今にも切れ落ちそうなサンド
バッグが所狭しと吊るされている。リング自体も相当の年季モノであり、そこ
でスパーリングでもすれば、忽ち部屋中に埃とミシミシという残響が覆い尽く
られるのが目に浮かんでくるようだった。

彼は昔を思い出し、ユックリとサンドバッグにパンチを放った。鈍い音が部屋
中に響き渡る。

彼はその拳に、かつでは感じ得なかった鈍痛を味わった。曇り切った一面張の
ガラスの向こうには、これから夕食の支度に忙しない主婦らの姿が散在してい
る。曖昧な季節の夕暮れが今、過ぎていた。
20514-1-8:2001/06/22(金) 02:31 ID:74Uom01U

「ホイ。まぁ飲めや。」
「何だよ、昼間から酒か?」
「違うさ。根性ジュースだ」
「何、それ?」

「いいから、飲んでみろ。意外に美味いんだ」
「そうかな。とても美味そうには、見えないがな・・・」
「騙されたと思って飲んでみろ。うちの練習生なんか1日3杯飲むのが日課だ
からな」

彼はおそるおそるグラスに口をつけると、小首をかしげつつ、そのまま勢いよ
く飲み込んだ。段々と顰めた顔になる彼の顔を見て朝倉は高く笑った。

「どうだい!美味いだろ」
「・・・完全に騙された。飲めるか、こんなの」
「だから根性ジュース。これ飲んで根性つけるんだよ」
「そんなんで、ボクシング勝てるんだった苦労しねえよ。」

「当たり前だ。だから苦労してるんだよ(笑)」

ひとしきりの団欒が終わると、二人の男は緩んだロープにもたれかかり、リン
グ上で佇んでいた。

朝倉は相変わらず煙草の火を絶やすことなく、煙を吐き続けていた。彼は漫然
とウインドウ外の行き交う人々を眺めていた。
20614-1-9:2001/06/22(金) 02:32 ID:74Uom01U

「・・・それにしても、海外に行っていたなんて、知らなかったな」

朝倉がポツリと呟いた。クーラーの調子が悪いのか、外の冷めやらぬ熱気が部
屋中の冷気を押し出していた。彼は頷きながら、遠い眼をしたまま、答えを探
していた。

「・・・小杉先生の生徒がローザンヌでコンクールに出てね。その応援だよ」
「そうなのか。・・・教室での仕事、本決まりになったのか?漸く堅気の仕事につ
いたのは良かった。」
「いや、そうじゃないさ。単なる応援だよ。それに会いたかった人もいたしね」
「ああ。あの子の姉さんか?」

「うん。元気そうにしていたよ。」

朝倉はややハスに構えながら更に質問を続けた。
20714-1-10:2001/06/22(金) 02:34 ID:74Uom01U

「・・・お前、彼女に何かあるのかい?」
「いや、そうじゃないさ。何となく気になってね。それに妹の事を報告したか
ったし」

「そうか。そうならいいが・・・。ところで、ローザンヌて、何処にあるんだ?
ガキの頃から地理が苦手なんでさ・・・。」
「ヨーロッパのど真ん中、まぁイタリアの傍だな。ジュネーブとかあの辺だよ。」

「そうか・・・。と、いうと国で言えば、スイスかい?」
「ああ。よく知っているじゃないか?」

朝倉は、逡巡していた気持ちを押さえ込み、いよいよ用意していた確信の問い
を放った。

「まあね。そういえばお前が出かけている間に、そこいらで事故があったんだよ。
知らなかったか?」
「いや・・・。そうかい。どんな事故だい?」

一切眼を合わせずに会話を続ける彼に対し、朝倉は言葉を投げ続けた。
20814-1-11:2001/06/22(金) 02:35 ID:74Uom01U

「日本人が乗っていたチャーター機が、山の中で吹き飛んだらしいよ・・・」
「そんな事があったのかい。あっちじゃ、あんまりニュースは見ていなかったからな。」

彼の返事を上手く流しながら、朝倉は核心をつく言葉を続けた。

「乗っていた人間、誰だと思う?」
「・・・死人には興味無いね」

彼の返事には冷酷な意思を感じさせた。朝倉は彼を見遣る。そしてうめく様に
呟いた。

「この間の公園、屋形船、タンクローリー、そしてチャーター機・・・。みんな
消えた訳だ・・・」
「何度でも言うが、死んでいった人間に興味は無いよ」

「そうかい。実は俺の知り合いに奴等に身内を殺された奴がいてね。そいつが
復讐の為に、やったんじゃないかな、て思ったんだがね・・・。」
「・・・」

朝倉はここで言葉を区切り、大きく息を吐いた。そしてリング上に腰をかけ、
とっくに灰が落ちきってしまっていた煙草を投げ捨てると、新たな一本に火を
つけ、話を続けた。
20914-1-12:2001/06/22(金) 02:36 ID:74Uom01U

「一つ疑問があるんだよ。公園で木っ端微塵に吹き飛んだ男、あいつは何でかなってね?
あいつだけは、その男の身内が殺された時は、まだアメリカから帰ってきてなかったんだ。
奴等に限りなく近い人間だが、関係は無かった。何んでだろうな?」
「・・・」

「どうしてなのかな・・・。俺の心当たりにある奴は、無駄な殺生をする男じゃない筈なんだ。
それなのに・・・、いや、違うんだよ。まず最初に吹き飛んだのはそいつだったんだからな・・・。
最初に奴からだったというのがね・・・」

絶え間なく問い掛ける朝倉に対し、彼は返事をする替りにその横に座ると、彼
の手から煙草箱を取り出した。

そしてそれから一本取り出すと徐に口に咥えた。朝倉は、黙ってその煙草に錆
びたジッポのライターで火をつけた。

「まずいね・・・。久し振りに吸うと。」
「何故、俺に頼まなかった?何で、一人で片付けた?俺が反対するとでも思ったか?」

朝倉の言葉は遂に直情に走った。熱い眼差しで彼を見つめる。しかし熱気を帯
びる朝倉に反し、彼の言動は終始静かで穏やかさを保っていた。漸く彼が話を
始めた。しかしその口振りは、まるで他人事のように冷静さを保ち続けていた。
21014-1-13:2001/06/22(金) 02:37 ID:74Uom01U

「さっきから、どうして、とか何でとか、疑問ばっかりだな。お前が何の話しをしているのか、
俺には判らないよ。」
「いいだろ、もう。終わったんだから。全て話してくれてもいいんじゃないのか・・・」

「朝倉。俺はお前に何も話すことなんて無い。」

彼は断言すると煙草を燻らせながら立ち上がった。そしてリングのコーナーサイ
ドにある丸椅子に腰掛けると、対角線のコーナーを見遣った。

「懐かしいね。血が騒ぐよ」
「・・・一人で全部抱え込むな。誰も褒めてはくれないぞ。」

彼は朝倉の言葉を飲んだ。そして俯きリングのマットを眺めた。そこは汗で汚れ
たシミや飛び散った血の跡など、このジムで積み重なった歴史が刻み込まれてい
た。彼は、軽く呼吸を整えると、朝倉を見て語り始めた。
21114-1-14:2001/06/22(金) 02:46 ID:74Uom01U

「・・・お前、1・2週間前に会った後藤さんと同じグループにいる女の子、覚えているか?」
「確か・・・吉澤さんとかいったけ、あの子かい?」
「いや、その子の事じゃない。神楽坂の教室で俺を訪ねに来た子だよ。」
「・・・!ああ、覚えているよ。かすみちゃんにそっくりな子だろ?」

「彼女の家の傍なんだよ。あの爆破のあった公園はね。」
「それが?」
「お前の疑問が、何なのかは知らないが、俺が知っている答えもあるな・・・。
あの公園で死んだ男達は、生きている価値の無い、屑のような人間だ、て事さ」
「・・・」

朝倉にとって彼の告白は、少しの驚きとやるせなさを、感じさせずにはいられ
なかった。辛く哀しい告白は、なおも続いた。

「自分の欲望の為に、何の罪の無い子を傷つけて、辱める様な、最低の人間だ。
この世に神様なんていないのは身に染みて分かっている。生き死にの順番が不
平等だって事もよく知っている。

彼は、ここで1回言葉を区切った。そして最後に言葉を吐き捨てた。

「・・・だが、あんな男たちが、のうのうと生き晒す様を見るのはゴメンだ。」
「・・・お前。」
21214-1-15:2001/06/22(金) 02:48 ID:74Uom01U

「少なくても、生きている内にああいう男の死に目を見られて、俺は幸せだね・・・。
良かったよ、自分の命が間に合ってね・・・。」
「・・・」
「朝倉よ・・・。お前がいつか言っていた、恨む相手が消え去っても、結局は何も
鎮まらないという話は、本当だったな。・・・結局復讐なんてのは、自己満足でし
か無いんだな・・・。結局は何も変わらない。虚しさだけが残るんだ・・・」
「そうかい・・・。」

朝倉は冷徹に刻まれた彼の独白を黙って聞くより他に道は無かった。暮れなず
む街並みを行き交う人の群れがジムの前に淀み始めていた。

「でも、そうじゃない気持ちがあるって事も良く分かったよ。俺は今、少しだ
け幸せなんだ。・・・悲しい顔を見ないで済む、ていう、安心した気持ちが残って
いるんだ。」
「・・・」
「あの子の悲しい顔だけは、見ないで済む。それだけで俺はもういいんだよ。
かすみの事も、俺の事も、もういいんだ、終わったんだよ・・・。」
「・・・」

「だから、俺はもう帰るよ。・・・」
「どこにさ。そんな場所あるのかよ。・・・それより、お前、死ぬ何て言うなよな。
それは俺が許さんぞ。」

「・・・お前が許してくれなくても、もう神様は許してくれているよ」
21314-1-16:2001/06/22(金) 02:49 ID:74Uom01U

ジムの裏にある自動販売機では、ロードワークを終えた練習生二人が喉を潤し
ていた。するとその一人が、裏口にあるベンチで膝を抱えて蹲る少女の姿を捉
えた。

薄いピンク色の麦わら帽子と白のワンピースが彼の眼を射抜く。小汚いジムの
外見に全く不釣合いなその端麗な容姿は、その場で際立っていた。

「ん?何か用ッスカ?」
「・・・なんでもありません!」

少女は、突然の練習生の呼びかけに驚き、飛び上がるような仕草を見せると、
少し潤んだ甲高い声色を残しその場を立ち去った。

「・・・どっかで見たことある顔なんだよな〜」
「そう?」

「帽子被ってたんでよく顔見えなかったんだけど、雰囲気がね・・・」
「誰だろうな?」

「誰だっけなぁ・・・」

細長く曲りくねる、如何にも下町らしいその裏道を少女は、懸命に駆け出して
いた。人込みの中、激しくその波に飛び込んで、掻き分け、懸命に走っていた。

(やっぱり、あの人が・・・助けてくれたんだ・・・。でも、でも・・・)

少女の眼から流れる涙は、喜びのものでもあり、そして悲しみ、悔恨の涙でも
あった。台風が過ぎたというのに、未だ残る夏の残像の暑さだけが、街の中を
支配していた。そして一人走る少女の姿がそのまま沈み行く夕陽の中に溶けて
いった。
21414-1-17:2001/06/24(日) 04:14 ID:bHLbeZB2

「どうしたの梨華ちゃん?」
「ううん。なんでもないよぉ」

吉澤の前で懸命に台詞を読んでいる梨華の姿は、誰の眼で見ても明らかな位、
憔悴感が漂っていた。

台詞の読み方が余り上手くない梨華は、その事を心配した吉澤を相手にして、
グループ自体に"卒業"を記念して撮られる今度の映画の台本を何度も何度も
読み返していた。

梨華と吉澤は、久し振りに二人きりの時間を過ごしていた。テレビ番組の収
録の帰り道、引っ越したばかりだという梨華の新居に吉澤は立ち寄っていた。

梨華は、最近覚えたという手作りのクッキーと吉澤が大好きなベーグルを用
意して迎えていた。
21514-1-18:2001/06/24(日) 04:15 ID:bHLbeZB2

「梨華ちゃん、もう止めようよ。疲れているみたいだし」
「ううん。よっすぃ〜、大丈夫だよ。もう1回本読みしよう」
「・・・ダメ、梨華ちゃん。今日はここまでだよ」

吉澤はそう言うと自分の台本を閉じ、そしてその勢いで梨華の台本も閉じだ。
そして、ひときわ大きな声で語りかけた。

「ホラ、梨華ちゃん食べよ!クッキー焼いてくれたんでしょ?」
「ウン・・・」
「オイシィ!梨華ちゃん上手だね!いつ覚えたのぉ〜」
「ウン・・・」

梨華はせっかくの吉澤の優しさに応えられなかった。俯きながら眼を合わせる
事無く、自分の焼いたクッキーを一つ摘んだ。吉澤は悲しげに梨華を見つめる
とテーブルの上に置いてあるティーポットを空のカップに注いだ。
21614-1-19:2001/06/24(日) 04:17 ID:bHLbeZB2

「梨華ちゃん、砂糖は?」
「ウン。ありがとう・・・」
「・・・」

吉澤は、的を得ない梨華の返事に少し窮した。そして何かを決した様に立ち上
がると、徐に梨華の正面に座り直し、両手を梨華の肩に置いた。

「梨華ちゃん、話して。何かあるなら」
「・・・」
「黙っているんじゃ分らないよぉ。梨華ちゃん、はなし・・・」
「よっすぃ〜、どうしたらいいのかな・・・私」

梨華は堰を切ったように泣き崩れ、吉澤の身体に倒れ掛かった。吉澤は一瞬だ
け梨華の重さによろめいたが、しっかりとその身体を抱き抱えた。

「どうしたの、梨華ちゃん?」
「わたし、私のせいで・・・、どうしよう・・・」
21714-1-20:2001/06/24(日) 04:18 ID:bHLbeZB2

吉澤には、訳もわからず泣き崩れている梨華を、ただただ抱き締めて慰めるよ
り他になかった。吉澤は梨華の髪の毛を手で梳くと、そのまま梨華の顔を優し
く撫でた。

「梨華ちゃん。良かったら私に話して・・・。」
「でも・・・」
「いいから。何でも聞いてあげるから、ね?」
「ウン」
「梨華ちゃん私に甘えてみて。構わないから・・・」

梨華は吉澤の胸に埋めていた顔を漸くと上げて、潤んだ瞳で吉澤の顔を見つめ
た。そしてまるで子猫が親猫に甘えるような甘えた仕草で吉澤の身体に纏わり
ついた。

「いいの?よっすぃ〜」
「いいよ、話してみて」
「ウン。でも、どこから話せばいいんだろう」
「梨華ちゃんの話したい順番でいいんだよ。夜は長いんだから・・・」
21814-1-21:2001/06/24(日) 04:20 ID:bHLbeZB2

梨華は思い切り吉澤にその身を投げて寄り掛かっていた。吉澤はそうした梨華
の身体を優しく撫でながらまるで昔話を子供に聞かせるような母親の様に、優
しく梨華を包んでいた。

「半年前なの・・・。レコーディングの帰り道だったかな・・・」

梨華の哀しくそして辛い告白が始まった。吉澤は、その驚くべき話を聞きなが
ら何度も何度も慟哭せずには入られなかったが、なるべく態度には示さぬよう
に細心の注意を払っていた。しかしそれでも、梨華の話は余りにも強烈で、悲
しく、また痛々しいものであった。

「・・・それで、気付いたら私、裸にされていたの・・・。そしたら、その男の人も裸で・・・。ウウッ・・・」
「梨華ちゃん、大丈夫?」
「ウン。少しだけ思い出してしまって・・・。でも、いいの。」
「梨華ちゃん・・・」

たどたどしくも、引き続かれて話される、聞くに堪えない梨華が受けた辱めは、
吉澤の眼に大粒の涙が溜めさせ、それは今にも零れ落ちそうになっていた。吉
澤は梨華の顔を、そして髪の毛を何度も何度も手で梳きながら、一生懸命慰め
ていた。
21914-1-22:2001/06/24(日) 04:21 ID:bHLbeZB2

「でもね、それを最初に許してしまった私がいけなかったの・・・」
「梨華ちゃん、違うよ。そいつが、そいつだけが悪いんだよ。梨華ちゃん全然悪くない!」
「そんな事ないよ・・・。やっぱりわたしが・・・」
「そうじゃない、・・・あの時、私が先に帰ってなかったら・・・ゴメンネ、梨華ちゃん。」

「いいの。だって私じゃなかったら、よっすぃ〜やののとかあいぼんだったかも・・・」
「許せないね。絶対許せない!」
「だってね、あの男、私の前はごっちんも・・・。」
「ホントなの!梨華ちゃん!!」

「ウン・・・。」

梨華の告白を聞く吉澤の心の中には、強烈な憎悪の気持ちが沸々と湧き上がり、
その狂おしいまでの殺意に似た感情が体全体を支配し渦巻いていた。最近、梨
華と真希が何かにつけて一緒の行動が多かった事が思い出される。吉澤は、そ
うした気配に何一つ気付かない自分の感覚の鈍さに腹立たしさを覚えていた。
22014-1-23:2001/06/24(日) 04:22 ID:bHLbeZB2

「梨華ちゃん。それで・・・。もしかしたら、また・・・」
「違うの・・・。違うの・・・」
「どうしたの、何が違うの?」
「・・・、私がいけないいの。だから・・・、」

いつまでもいつまでも、梨華の涙は止め処なく流れていた。しかし涙を枯れ果
てさせた後に待っていた梨華の告白は、吉澤にとって驚愕以外の何物でもなか
った。

「えっ?どういう事なの、梨華ちゃん?・・・あの人が人殺しだなんて」
「ウッウッ・・・わたしの為に・・・あの人を悪い人にしてしまったの・・・私のせいなの」
「よくわかんないよ、梨華ちゃん!もっと上手く説明して」
「わからないのは、私も同じなの!・・・でも・・・でも・・・」

彼女の胸中に流れる複雑な想いを乗せ、時が過ぎていく。梨華の話は途切れ途
切れに続き、その気持ちだけが上滑りし、空しい想いだけが積もっていった。
22114-1-24:2001/06/24(日) 23:43 ID:6G4PY1UY

「大丈夫です?、ねえ、ホントに・・・、あの・・・」
「もう・・・ただの風邪よ。そんなに心配しないで。」
「本当ですか?疑う訳じゃないんだけど、食事もしないし、水だって飲まないし・・・」
「私を信じないのぉ?」
「いや、そういう訳じゃ・・・。でもね・・・」

薬品や金属機器が所狭しと並ぶ一室。白衣の女性が忙しなく動き回る中、彼は
ベッドの上に横たわる愛猫の様子を見守っていた。いつもの様な元気はなく、
シュンとしておとなしく寝ている愛猫に話し掛けていた。
22214-1-25:2001/06/24(日) 23:44 ID:6G4PY1UY

「ゴメンネ、クロ。こんなになるまで放っておいて。ゴメンよ」
「本当だわ。大体、一人暮らしの癖に、海外旅行なんかに行くからいけないのよ!
ちゃんとホテルに預ければ良かったじゃない?」
「そうなんだけど、緊急な用で・・・」
「とにかく入院させるわね。点滴しないと。ねっ?・・・えっとこの子名前なんだっけ?」

「クロだよ」
「あ、そうだった。そのまんまだったわね(笑)はい、クロちゃん、大丈夫ですよぉ〜」

この動物病院の院長でもあり、唯一の医師でもある淺川は、誰もいない待合室
で落ち着きなくうろつく彼の様子を事務室で眺めながら呆れた様に笑っていた。
22314-1-26:2001/06/24(日) 23:45 ID:6G4PY1UY

(猫の事になると、こうなのね・・・。昔から変わらないわね)

10数年来の友人としての関係を振り返っても、彼のこうした戸惑う表情はナ
カナカ見られない。妹の死、そして母の死。その時ですら、いつもの様な冷静
で毅然とした態度で臨んでいた彼の唯一の例外が、飼い猫に関しての事だった。
この猫の親でもある母猫が数年前に死んだ時、彼がこの待合室で人目を憚らず、
声を上げて泣き崩れたのを思い出していた。

「はい、じゃあ、これお釣り。」
「どうも。それじゃあ、お願いしますね。明日も来た方がいいかな?」
「もう・・・。別に来たければ、何時でもいいわよ」
「そう?朝は、何時からやってるんだっけ?」
「11時からだけど・・・。外来もあるんだから、勘弁してよぉ。そんなに前に来ないで。」

彼女は不服そうに異議を唱える。彼もまた不服そうに同意する。他愛のない言
葉のキャッチボールが続いていた。
22414-1-27:2001/06/24(日) 23:46 ID:6G4PY1UY

「分かりましたよ。それじゃあ、昼過ぎにでも・・・」
「何かあったら電話するから・・・」
「何かあったらでは遅いよ。ありそうな前に電話を・・・」
「言葉のあやよ。何もないから安心してっ!」
「分かったから怒るなよ。くれぐれも・・・頼むよ。」

彼はそういうと彼女の方をポンと叩いた。彼女は笑いながら、外まで見送るた
めにスリッパからサンダルに履き替えた。改めて彼の横顔を見る。最近まで良
く見かけていた陰のある笑顔ではなく、昔と何も変わらない、明るい表情でだ
った。
22514-1-28:2001/06/24(日) 23:47 ID:6G4PY1UY

「・・・それにしても、何も変わらないわね、あなたは」
「えっ?何が?」
「ううん。昔と同じだなって」
「そうかな?随分変わった気がするけどね、お互いに」

「失礼だわ(笑)外見は変わったわよ。でも中身は変わんないでしょ、お互いにね」
「・・・そうかな。」
「そうなのよ」
「そうだな。人間って、そうは簡単に変えられるものじゃないよね、確かに」

彼は少し神妙な面持ちで彼女の問いに答えた。彼女は少し口調のトーンを変え
て次の話を始める。少し茶化すような口ぶりで、彼の背中に言葉を投げてみた。

「・・・そういえば、この間、そこの海岸で楽しそうに女の子と遊んでいたんじゃない?だれよぉ?」
「えっ?・・・そんな事あったかな。」

驚いて彼が振り返る。彼女は更にオドケテ問いを続けた。
22614-1-29:2001/06/24(日) 23:48 ID:6G4PY1UY

「ウソ。何で隠すのよぉ。彼女なんでしょ?随分若かったみたいだけど」
「ああ、彼女の事か。あれは、違うよ。仕事関係の人さ」
「仕事?本当に?」
「本当さ。・・・この間までちょっと芸能関係の仕事していたから」
「モーニング娘でしょ?」

「!!」

意外な彼女の答えに彼は困惑した。マジマジと彼女の顔を見つめる。すると
彼女の方は、そうした彼の軽くいなして、先程来と全く変わらぬトーンで話
していた。

「そんなに驚かないでよ。・・・加藤のオバサンに聞いたの」
「そうか・・・。ったく・・・、だから言いたくなかったんだよなぁ」
「アハハ、大丈夫よ。私が無理やり言わせたんだもん。他の人には言ってないって」
「・・・君も頼むよ。それに、もう今はそこで仕事してないんだよ」

「そうなの。ピアノかなんか教えてたの?」
「えっ?・・・うん、まぁ、そんなもんだよ」

少し語尾がよどんだ彼の言葉を流したまま、彼女は茶化したままの口調で言
葉を続けた。
22714-1-30:2001/06/24(日) 23:49 ID:6G4PY1UY

「いいじゃない、教え子と教師。何かありそうじゃない?」
「おいっ!よせよ、そんなんじゃないよ」
「何で、いいじゃない?恋愛は自由でしょ(笑)」
「だから、そういうんじゃないよ。・・・敢えて言えば、飼い主と猫みたいな関係だよ」

「どっちが飼い主なの?」
「向こうだよ。当たり前じゃないか」
「そうかしら。だったら何度も家までくるのよぉ。おかしんじゃない?
オバサン曰く、一人だけじゃないらしいじゃない?」
「加藤のオバヤンめ・・・。ペラペラしゃべりやがって・・・」

「それに今日だって来てたわよ、朝方・・・」
「えっ!今日?」

彼は驚いたと同時に、少し嫌な胸騒ぎを覚えた。しかしその感情を押さえつつ
彼女の言葉を待った。
22814-1-31:2001/06/24(日) 23:50 ID:6G4PY1UY

「ウン・・・、今日も家の前で待ってらしいわよ。オバサンがいってたわ、さっき」
「そう。誰だったのかな・・・」

「何でも、前に会った事ある娘だったらしいわよ。朝倉君の名前出したら
知っていたらしいから」
「そうか。・・・それでその子は、どうしたのかな?」

「何でも、朝倉君のところに行ったみたいだけど・・・。あなた出かける前にオバサンに
言ってたんでしょ。何かあったら朝倉君に、て・・・」
「でも・・・それじゃ、どこかですれ違ったのかな・・・。まぁいいや・・・。
それよりもオバハン、そういうどうでもいい事は、チャッカリ見ているくせに、
クロの事を忘れてもらっちゃ困るんだよね。出先から電話までしたのに、全く・・・」

「しょうがないでしょ。オバサンだって忙しいんだし。人にお願いしておいて、
それはナインじゃないの〜」
「だってさ・・・。まぁ、もういいや。とにかく頼むよ。クロの事」
「ハイ。分かりました。まぁお土産も貰っちゃったし、しっかりと見てあげるわよ」
「当たり前だよ。それが君の仕事だろ!」
「ハイハイ。それじゃあね」
「ああ・・・ホントに頼むぞ!」

彼は少しだけ不安を残したまま、病院を出た。いつもの通りなれた街路樹を
潜る。そして先程淺川に言われた言葉を反復していた。
22914-1-32:2001/06/24(日) 23:51 ID:6G4PY1UY

(誰がきていたのかな・・・。しかし何れにせよ、一体俺に何の用だったのか・・・)

彼はやや早足で自宅への帰路を急いだ。真上の空は、月の明かりだけが妖しく
光り、辺り一面をおぼろげに照らしていた。やや勾配の厳しい坂道を登りきる
と、彼の自宅が見える。

玄関前に立つ電信柱に備え付けられている街灯の電球は壊れかけているのかイ
ライラが増すように点滅していた。

するとその街灯の下で佇む人影を見た。歩を近づけるたびに、その影がはっき
りと捕らえられる。灯りが燈る度にその影の輪郭がクッキリとする。彼の眼は
その影の主が女性である事を確認した。

少し長めの薄ブラウン色の髪の毛を首の後ろ辺りで結わき、縦縞ボーダーで半
袖のカッターに膝上までの短めのスカート姿が映える。彼女は、片脚で曲げ靴
先で道路でコンコンと鳴らし、退屈そうに時をやり過ごしているようだった。
23014-1-33:2001/06/24(日) 23:52 ID:6G4PY1UY

その時、けたたましい音を響かせ彼の横を一台の単車が通り過ぎた。彼女の俯
き加減のその横顔に単車のヘッドライトが照らされる。彼は、漸くその女性が
誰であるのかを理解した。

あっという間に過ぎてゆく単車の音が次第に遠ざかる。再び静寂に包まれたそ
の場所で、彼は徐に声をかけた。

「真希さん。どうしたのですか?」
「・・・」

彼の呼び掛けに真希は、振り向いた。少し憂いを帯びた瞳が彼の眼を射抜く。
深く淀む暗闇の中、月灯りと壊れかけの街灯だけが二人の事を照らし出して
いた。
23114-2-1:2001/06/26(火) 04:01 ID:NM4c2Snk

第9章 後編

敗れたことない誰かがまた裸の負け犬を叱る。嘘っぽい真実よりもインチキな現実の方が暖かい

− 篠原 美也子 −


「よっすぃ〜・・・。何で・・・」
「いや?梨華ちゃん」
「ウウン。でも・・・」
「じゃあ、もう一回・・・」

吉澤は、小首を傾げながら梨華の顔を覗き込む。そしてもう一度その唇に触れ
てみた。今度は、長くしなやかに伸びる腕を梨華の体に巻きつけてみる。更に
は、梨華の縮こまる掌に指を絡めて押し開けてみた。

吉澤の巧みな指使いで梨華の指がゆっくりと解ける。そして一杯に広がったそ
の手に、吉澤の指が悩ましく絡んだ。
23214-2-2:2001/06/26(火) 04:03 ID:NM4c2Snk

「梨華ちゃん・・・。」
「ウッ・・・、よっすぃ〜・・・」

吉澤は、一度梨華の唇から離れた。そしてその華奢でか細い梨華の指先に
唇をつけてみる。すると梨華の空いた手が吉澤の髪の毛に伸びて優しく手
櫛をはじめた。

吉澤は、少しだけ大胆になる。指先へのキスから舌先を伸ばし梨華の掌全
体を舐め回してみた。梨華は恥かしそうに身を縮めたが、吉澤の舌技に酔
いしれ次第に自分の中の意識が違うレベルに入った事を感じていた。

「よっすぃ〜、ダメだよ。」
「こういうの、いや?梨華ちゃん?」
「・・・そうじゃなくて。女の子同士でこういう事・・・」
「そんな事無いよぉ。じゃあ、こうしちゃお」

吉澤は一転して、少し力を込めて梨華の体を抱きしめてみた。梨華は、され
るがままその身を吉澤に預ける。すると吉澤は、梨華の顔を両手で支えつつ、
鼻先に唇で一度だけ軽く触れると、今度は舌先で上唇を少しだけ舐めてみた。

梨華の眼が蕩けるに潤み出したのを見て取ると、吉澤の唇は、勢いと激しさ
と厭らしさを見せながら梨華の咥内に容易く侵入し始めた。
23314-2-3:2001/06/26(火) 04:06 ID:NM4c2Snk

梨華は、吉澤のそうした欲望を容易く受け入れていた。身体を少し硬直
させてはいるものの、抵抗せず、むしろ自ら能動的な気持ちを見せなが
ら吉澤の唇に合わせていた。

吉澤は、触れ合う肌の感覚からそうした気持ちを汲み取り喜びを感じて
いた。

そして少し焦らすようにわざと唇を外し、もう一度梨華の顔を見つめる。
少し潤んだ梨華の目が吉澤の心に侵入してくる。梨華の鮮やかな髪の毛
を梳きながら優しく語りかけた。

「・・・梨華ちゃんは悪くないよ。」
「でも・・・」
「それに・・・良かったじゃない。もう怖くないでしょ?」
「ウン・・・。もう、大丈夫だよ」

「だったら、いいじゃない。・・・それとも梨華ちゃん、あの人の事、警察の人に
言うの?」
「ウウン!そんな事言わないよ!言う訳ないよ、よっすぃ〜。だって私の事を
助けてくれたのに・・・」

「それなら梨華ちゃんが苦しむ事ないよ・・・。それに・・・、もう終わった事だよ、
梨華ちゃん」
「よっすぃ〜・・・」

吉澤は話し終えると、再び梨華の唇を貪った。ピチャピチャと、梨華と
吉澤の唾液の混ざり合う音が部屋中に響き渡る。吉澤は、梨華の舌に自
らの舌を絡め始めた。

もはや吉澤は、貪欲な自分の欲望を隠さなかった。梨華の顔を支えてい
た両手を離し、その艶やかな肢体に伸ばし始めていた。
23414-2-4:2001/06/26(火) 04:07 ID:NM4c2Snk

「元気そうでしたよ…」
「…」
「年明けには一度帰ってくるって…」
「…」

「…髪の毛少し、切ったのかな?」
「えっ?ウン…」

二人は木で覆われたリビングルームの一室で対峙していた。間もなく日付
の変わる時刻を迎えようとしているにも関らず、先程から掴み所のない会
話を続けている。薄明かりのライトの下で、彼は真希の心を探っていた。
23514-2-5:2001/06/26(火) 04:08 ID:NM4c2Snk

「今日はお休みですか?」
「…」
「…どうしたのかな?何か私のせいで迷惑な事でも、…ん?」

真希は彼の言葉をさえぎり、ポケットから小さな茶封筒を取り出し、テー
ブルの上に置いた。彼は即されるようにその封筒を開ける。

「今日、これを渡しに来たの」

真希は、脇に置いてあったキャリングポーチの中から大きめな白い封筒
を差し出した。その中には、封の切られた手紙が一通、そして鈍く輝く
シルバーのリングが入っていた。
23614-2-6:2001/06/26(火) 04:10 ID:NM4c2Snk

彼はそのリングを大切そうに握り締めながら、手紙を黙読した。そして
やや顔を上にあげ何か想いに耽ったかと思うと、手紙をその封筒に戻し、
握り締めていたリングを真希に差し出した。

「えっ?」
「これは、返しておきます」
「・・・なんで?だって逆でしょ?」
「?」

真希は唐突に言い返した。するとやや顔を斜めに傾けて、言葉を続けた。

「・・・ごめんなさい。私宛に来たから、中身読んじゃったの」
「そうですか」
23714-2-7:2001/06/26(火) 04:12 ID:NM4c2Snk
「姉ちゃんには、こんな大事なリング、合わないよぉ。自分でも手紙で
書いてあるジャン。それにさ、そのリングは・・・あなたが最初のコンクールで
成績が良くて先生から貰ったものなんでしょ。だったら・・・」

「いいんですよ。それにこれは貰ったんじゃなくて、預かっていただけ
なんですから。・・・真希さんの方から、返しておいて貰えますか?
一度あげたんだから、ね?」

「でも・・・」
「いいから。お願いしますよ」

彼はそういうと立ち上がり、ワゴントレーの上に載せてあったティー
ポットを取って、真希の前に置かれたカップに並々と注いだ。その時、
居間の時計が大きく鐘を打った、と同時に、寝室からケタタマシイ猫
の鳴き声と思われる機械音が鳴り響いた。

「何の音?」
「しまった。切ってなかったんだ・・・」

彼は慌てて寝室に駆け込んでいった。その様子を可笑しそうに眺めな
がら真希は手紙とリングをバッグにしまう。その時、その奥に仕舞わ
れていた忌々しいもう一枚の封筒が顔を覗かせた。

その封筒を見た瞬間、真希の顔は強張った。そして乱雑にその封筒を
バッグの奥に再び仕舞い込んだ。
23814-2-8:2001/06/26(火) 04:20 ID:NM4c2Snk

「いや、ごめんなさい。タイマーを切ってなかったんで・・・。
そうだ、真希さん入りますか?お土産なんですよ。よかったら・・・」
「いいよ、別に。気にしないで」

真希は何事も無かったかのように彼に言葉を返した。彼はそうした真希
の変化に気付かないように話を止めなかった。

「いやね、朝倉に買って来たんだけど、入らないって、言われましてね。
でも可愛いんですよ。見てください」

彼は急いで寝室に戻ると、手に乗る様な位の大きさの猫の形をした時計を
3個ほど持って来た。
何れも色違いで、しかもその表情が微妙に違っている。真希は、それを手
にとると、喜んで眺めていた。

「アハ、ホントだ、可愛いね。全部表情なんかも違うんだぁ」
「でしょ?やっぱり、分かる人には分かるんですよ。それ全部あげますから・・・」
「全部?そんなにいいよぉ」
「小さいから場所もとらないし、それにこれなら簡単に誰かにあげられるでしょ?
今ケース持ってきますから・・・」

再び彼は寝室に戻り、意外にしっかりとした木製のドールケースの様な
箱を持ってきた。そしてその中に時計を入れて真希の横に置いた。
23914-2-9:2001/06/26(火) 04:22 ID:NM4c2Snk

「ほら。こうすると何か凄そうでしょ?」
「ホントだね。」
「よかったな、お前たち!可愛い女性のトコにいけて!」

相変わらず猫になるとそれが生きていようが、置物であろうが、擬人化
して話し掛ける彼の態度に変わりはなかった。その様子に真希は、少な
からずの喜びを感じていた。

「そういえば、ネコちゃんいないね?」
「・・・ええ。そうなんですよ。風邪を引いっちゃってね。今さっき、
病院に預けてきたんですよ」
「そうなの。大丈夫なの?」
「ええ。医者は大丈夫だと言っているんですがね。まぁ、何か合ったら唯じゃおかないですけど(笑)」

「そんなぁ。でも、直るといいね」
「そうですね。ありがとうございます。」

真希は変わらない彼と、そして彼との会話を楽しんでいた。しかし、心
の奥に淀んでいる漆黒の闇を払いきる事は出来ずにいた。

時間は過ぎていく、真希の心は揺らいでいた。再び一人であの闇の中に
戻るのか、それとも・・・。

しかしその闇を取り除ける人こそ、今、真希の眼の前にいる、彼以外に
ないのも事実であった。
24014-2-10:2001/06/26(火) 04:30 ID:NM4c2Snk

真希は今、彼に全てを預けてしまいたい衝動に駆られていた。しかし今
までは、そうした気持ちを押さえ込む事が自分の生き方でもあった。

変わりたいけど変われない、脆い自分の心を一人抱えて、真希は時が過
ぎさるのをやり過ごす。

大時計が鐘を打つ。彼は応接間で忙しなく電話を掛け、タクシーを呼ん
でいる。真希の気持ちを整えきるには、余りに時間が少なかった。

(どうしよう・・・、でも・・・。会えるのはこれが最後かもしれないのに・・・)

生まれて初めて自分の弱さを見せられるかもしれないのに・・・。真希の心は
千地に乱れていた。
24114-2-11:2001/06/26(火) 04:31 ID:NM4c2Snk


「梨・・・華・・・ちゃ・・・ん」
「イヤッ・・・、ダメよ、よっすぃ〜。キスだけ・・・」
「気持ちよくない?」
「アッッ・・・、でも・・・ダメなの」

トレーナーの上から探る梨華の体は、それだけで吉澤に伝わる程、豊かで
いて、悩ましかった。吉澤は梨華の首筋に舌を這わせながら、その肢体を
さすり続けた。

膝を崩し座り込む梨華の下半身にその手が伸びる。トレーナー越しに梨華
の臀部を優しく愛撫する。梨華は高まる自分の鼓動を必死に抑えながら、
その身をくねらせて、叫んでいた。
24214-2-12:2001/06/26(火) 04:32 ID:NM4c2Snk

「ダメ!・・・よっすぃ〜、もうやめようね。もう、ダメだよぉ」
「梨華ちゃん。私の事嫌い?」
「ウウン。そんな事ないよぉ。でも、そういうのと違うの。だから・・・アッ!」

言葉で吉澤の行為を拒絶する梨華。しかし吉澤の掌がジャージ越しとは
いえ、梨華の秘めた部分の上に置かれている。吉澤が厭らしくそこをさ
すり続けると、梨華の口からは、喘ぎ声しか伝わらなくなっていた。

「アッアッ・・・。よっすぃ〜、・・・アン」
「脱がしてあげる」

吉澤はいきなり立ち上がると梨華のトレーナーを一気に脱がし、その
まま部屋の片隅に放り投げた。
24314-2-13:2001/06/26(火) 04:34 ID:NM4c2Snk

「よっすぃ〜止めて!・・・ダメ、見ないで。・・・恥かしい」
「そんな事ないよぉ。梨華ちゃん、キレイ・・・」

吉澤は、天井にぶら下がる電燈のスイッチを数回引っ張り、豆電球だけ
を燈した。

部屋の中は、暗闇に薄オレンジ色が混ざり、視界を曇らせる。梨華の眼
には、自分の前で立ちすくみ、着ているカッターシャツのボタンをユッ
クリと外している吉澤の姿をどうにか捉えていた。

吉澤は、全てボタンを外し終わると、そのシャツを梨華のジャージ同様、
部屋の片隅に放り投げた。肩紐の無い白いブラジャーが梨華の眼を射抜
く。
梨華は必死に自らの両手で自分の乳房を隠していた。しかし吉澤の眼に
は、薄紅色のブラジャーの下で激しく息づいている梨華の豊満な乳房を
しっかりと捕らえていた。

< 以下、描写が詳細な為、自粛/第9章 後編の後半に続く >
244名無し娘。:2001/06/27(水) 03:43 ID:9V16mn9A
保全
24514-2-14:2001/06/28(木) 02:49 ID:6EnYqJMs

「梨華ちゃん、もう忘れられたよね?」
「ウン・・・。もう全部忘れたもん・・・。何も知らない。何も聞かなかったの・・・」
「そうだね、私もみんな、忘れたからね。」
「ねぇ、よっすぃ〜。もう少し、こうしていてもいい?」
「勿論だよ、梨華ちゃんがいいと思うまでね」

「よっすぃ〜。・・・今日は私の事、さっきみたいに梨華って呼んで。お願い・・・」
「わかったよぉ。・・・梨華、いつまでこうしていて、いいよ」
「ウン、ひとみちゃん・・・」

互いに傷を舐め合う二人の饗宴は、朝日が昇るまで続く。街が漸く目
覚め起き始めた時、全裸の少女二人は、互いを抱き合いながら、湿り
きった床の上でスヤスヤと眠りに落ちた。

<ここまでが自粛部分/以降 9章 後半へと続く。*この部分は、最終的には補完の予定アリ。>
24614-2-15:2001/06/28(木) 02:50 ID:6EnYqJMs


「今日はすいませんでしたね。こんな遅くまで」
「ウウン。」

二人は少し大きな通り沿いでタクシーが来るのを待っていた。3ヶ月
前に初て会って以来、彼は真希のいろいろな顔を見てきている。

今、彼の横で口数少なく俯きながら、時を過ごしている彼女を見れば
何かを感じぜずにはいられないは明らかだった。

それに先程、部屋の中で少しだけ横目に入った真希の乱雑な素振りも
彼の心に引っかかっていた。彼は、動揺を鎮めながら何気なく真希の
真意を探ってみた。
24714-2-16:2001/06/28(木) 02:51 ID:6EnYqJMs

「そういえば・・・、真希さん、朝方に来ましたか?」
「えっ?ウウン、いってないよぉ。どうして?」

「いや・・・なんでもないですよ。」

(あれ?真希さんじゃなかったのか・・・。じゃあ、誰だろう?)

彼は真希の答えに拍子抜けし、やや気勢を削がれたが、気持ちの体
勢を立て直して、質問を続けてみる事にした。

「・・・真希さん、最近はどうですか?」
「どうですかって?」
「体調の方なんかは?」
「ウン。もう大丈夫だよぉ」

「そうですか・・・。それじゃあ、心の方は、どうですか?だいぶ楽に
なりましたか?」
「・・・」
24814-2-17:2001/06/28(木) 02:52 ID:6EnYqJMs

真希は言葉を返さなかった。質問が核心をついたからであろう。その
場には、やや気まずい空気が流れたが、それは承知の上で話をしたの
だ。彼は、そうした空気を引き裂くような鋭い言葉を投げ掛けた。

「今日は本当に、あのリングを届けに来ただけだったのかな?」
「・・・」
「何か、他に理由があったような気が・・・」
「・・・ないわ。何も。関係ない!」

断言だった。それは、短いセンテンスに凝縮された真希の強い意志を
感じさせる言葉であった。真希の横顔には、全てを決している気持ち
が滲み出ていた。

(そうだな。もういいんだね。それに俺には、もうこれ以上の時間はないのだから・・・)
24914-2-18:2001/06/28(木) 02:54 ID:6EnYqJMs

彼は、その決意を汲み取り、これ以上探るのを止め彼女の意思に従っ
た。すると闇の中から、拡散された光の集合体が近づいてきた。どう
やら待っていたタクシーが来たようだ。彼は、持っていた時計の入っ
た木製のケースを改めて真希に手渡した。

「これ、どうぞ。」
「ウン・・・」

彼は、真希に最後の言葉を言葉を掛けた。それは、永遠の別れを告げ
る最後の挨拶だった。

「そういえば、私も仕事の関係で、近い内にここを離れる事になりましてね。
ですから、真希さんとお会いするのもこれが最後になるかな・・・」

「・・・」
「今までありがとうございました。それじゃぁ、さようなら」

「・・・」

彼は、握手を求め右手を差し出したが、真希はそれに目もくれず、漫
然と道路を眺めていた。彼は、ひとつ軽く息を整えると差し出した手
を引っ込めた。

するとその手を上げて、大きく振る。近づきくる光に向い、自分たち
の存在を確認させた。
25014-2-19:2001/06/28(木) 02:55 ID:6EnYqJMs

次第に光は大きくなり、舗道に佇む二人の姿を照らし出す。車のヘッ
ドライトであるのが目視で捉えられる距離まで近づいてきた。その車
の運転手が漸くと彼ら二人を確認したらしく、寸前でハザードランプ
が点けて、キキッという音を立てて急停止した。

するとタクシーの後部座席のドアが何も言わずに静かに開いた。彼は、
車内を覗き込んで運転手に行き先を告げると、ポケットから財布を取
り出しお金を手渡した。

「これで足りるかな?」
「いやいや・・・。十分ですわ」
「そう?おつりはいいから・・・。その替り無事に届けてよ。大切な人なんだ」
「ハイ。もちろんで」

彼は、やや関西風の訛を持つその運転手の肩を軽く叩き謝意を述べる
と、体を起こして後ろを振り返った。
25114-2-20:2001/06/28(木) 02:57 ID:6EnYqJMs

しかし未だ真希は、舗道の端っこで時計の入ったケースを抱えたまま
立ち尽くしていた。彼は即するように真希を手招いた。

「真希さん。どうぞ。行き先も告げてありますから」
「・・・」
「どうしました?そんなにケース重かったかなぁ?・・・荷物持ちましょうか?」

彼は真希のもとに近づくと、先ほど渡したケースを持ち直そうとした。
すると真希が懸命に力を込めて、それを持たさせない。彼は、怪訝な
顔つきで真希の顔を見つめ直したが、その表情に大きな変化は見られ
なかった。

(さっきの余計な質問で怒らせてしまったかな・・・最後の最後で俺は何をやっているんだ・・・)

彼は、やや後悔の念を強くして、その場から少し遠ざかり、真希とタ
クシーから距離をとり、後退りをするような感じで、少し歩き始めた。
そして曲がり角の手前で立ち止まると、少し大きな声で真希に話し掛
けた。

「それじゃあ・・・、先に帰ります。お気をつけて!さようなら」
「・・・」
25214-2-21:2001/06/28(木) 03:00 ID:6EnYqJMs

彼は、そう言葉を残し、少し沈んだ気持ちのまま家路に着こうと体を
反転させた。その時、彼の背後から、真希のうめく様な声が聞こえて
きた。

「いつも、さよなら、さよならって・・・。そんなにわたしと別れるのが楽しいのぉ?」
「・・・」
「助けてよ・・・お願い・・・。あなたしか、いないんだから・・・」
「・・・真希さん」

彼は真希の告白を聞くや否や踵を返し、急いで真希の元に駆け寄った。
そして正面に立ち、真っ直ぐと真希の目を見つめた。真希は、少しだ
け瞳を潤ませながら、ポツリポツリと言葉を漏らした。

「助けて・・・。もう、いやなの、こういうことの繰り返しは・・・」
「何がですか、真希さん?」
「また、どうでもよくなって来ちゃった・・・。」
「どうしたの?」
「これよ。ホントバカみたいなんだけどね」

真希は抱えていたバッグの中から、先程奥まで押し込めた封筒を取り
出すと彼に手渡した。するとその中からポラロイドカメラで撮られた
と思われる安っぽいスナップ写真がハラリと落ちた。

彼はそれを拾い上げてその写真を見た。その刹那、今までの落ち着い
ていた彼の顔色が一瞬にして変わり、冷徹な厳しさを見せ始めた。
25314-2-22:2001/06/28(木) 03:01 ID:6EnYqJMs

「・・・あいつかい?」
「・・・」
「いつ?」
「・・・昨日。ポストに入ってたの」

「それで・・・」
「電話があって、雑誌に売ってもいいのか、だって」
「・・・何か言ってきたの?」
「ウン。何かお金みたい?・・・よくわかんないけど」

「・・・真希さん」
「でもね、あの人は、わたしに会いたい、ていうかやりたいだけなんじゃないの」

彼は、あの日の事を思い出していた。ここの庭で真希の姉と一緒に全
てを燃やし尽した筈だったのに・・・。どこで見落としたのか・・・。
彼は、自分の行動の落ち度を自覚し、悔恨のほぞを噛みしめていた。
25414-2-23:2001/06/28(木) 03:03 ID:6EnYqJMs

「別にいいんだぁ、あいつとやるのわね。それに別にお金あげんのも、
どうってことないし・・・」
「・・・」

「でもね、雑誌に売られるとか、実家に送りつけるとか言うのは・・・。わたしだけで
いいジャン。何であのバカは、みんなに迷惑をかけちゃう様なコトすんのかなぁ・・・」
「すいませんでした。あの時、全部片付けたと思っていたんだが・・・。」

「いいの。悪いのはあのバカとそれを好きになった私だし・・・」

彼は掛けるべき言葉を懸命に探していたが、ナカナカ見つからなかっ
た。それ程に、先程の写真が彼に与えたインパクトは強烈であった。

彼は暫く立ち尽くしていたが、漸く息を整えきると、タクシーに向い
運転手へ一言、二言言葉を掛け戻ってきた。するとタクシーは静かに
走り出し、再び闇の中にその姿を消し去った。

「後でもう一回きてくれ、て頼みましたから。少し話しましょうか?
・・・そこのベンチでいいですか?」
「・・・ウン」
25514-2-24:2001/06/28(木) 03:03 ID:6EnYqJMs

曲がり角の少し先にある古びたバス停の停留所に置かれた、木製の壊
れかけのベンチに二人は腰を下ろした。彼は写真を真希に返すと、荷
物となった時計を入れたケースを自分で持ち直した。

「それで・・・、どうしたいですか?」
「えっ?どうしたいって・・・」

「多分、また体を許せば、それを餌にしてまた要求は増すばかりですよ」
「・・・」
「話し合っても、分かり合えない時、どうするか・・・」

彼は独り言を呟く様に言葉をその場に投げ出した。そして立ち上がる
と、背伸びをして大きく深呼吸をした。そして体を真希の方に正対さ
せた。
25614-2-25:2001/06/29(金) 04:04 ID:Sd9JgRFM

「真希さん。私に時間をくれませんか?」
「いいのよ。別に・・・。何かしてくれ、いう話じゃないの。話を聞いてくれただけで
良かったんだから。」

「助けて、という言葉は?」
「あれは少しオーバーだったよぉ。そこまでの事じゃないから。また、あいつと
セックスするだけの事だもん。」

「それは真希さんの人生だから、私がとやかく言う気はないです。でもね・・・」

彼は一度そこで言葉を区切ると、少しだけ真希に近づいて囁く様に呟
いた。

「私も少しだけ、あなたの大事な人生の選択に関った責任がある。
あなたの為に、そして私の為に、ケリをつけなきゃいけない事です。
だから私に時間を下さい、少しだけでいいから・・・お願いします。」
「・・・でも」

「お願いします」

彼は、真希の瞳を見つめたまま、離さなかった。真希も同様に彼の瞳
を見つめたまま離さない。彼は、何かをいいかけたが、寸での所で思
いとどまった。

この間、真希と会った時、最後の別れの時に胸に襲ってきたあの感覚
が再び彼の胸を締め付ける。しかし彼はそうした気持ちをどうにか押
し止め、再び真希に話し掛けた。
25714-2-26:2001/06/29(金) 04:14 ID:Sd9JgRFM

「別に私が何をする訳じゃないですよ」
「・・・」
「ただ、これ以上、真希さんには迷惑はかけさせませんから」
「そんな事出来るのぉ」
「大丈夫ですよ。今までだって、真希さんの願いは、叶えてきたじゃないですか」
「でも無理しないでよぉ。大した事じゃないんだから・・・。それに・・・」

と言いかけて、真希は少し言い淀んだ。最近、身の回りで起き続
けた、不可思議な事故の話が頭をよぎる。もしかして・・・という気
持ちを閉じ込めて、真希は笑顔で話し掛けた。

「でも、いいの。あなたにはこれ以上、迷惑はかけ・・・」
「迷惑じゃない。全然迷惑なんかじゃない。大丈夫です」

彼にしては珍しく、声を大きくして真希に対して断言的な口調で
語りかける。真希は、少しだけ彼との間隔を詰めて、続く言葉を
待った。
25814-2-27:2001/06/29(金) 04:21 ID:Sd9JgRFM

「真希さん。私はあなたといて迷惑だ、何て思った事は一度もないですよ
今度も同じです。それに、もうあの男の子に言いように振り回されるのは、
止めましょうよ。もういい加減、いいでしょう?」
「ウン・・・そうだけど・・・」

「だったら、それでいいんです。」

彼は、再びいつも通りの優しい語り口で真希に話し掛けた。
そして真希の肩に手を掛けて頷いて見せた。真希も同様に
頷くとその手の上に自分の手を重ねた。

静かで穏やかな時が過ぎる。それは思いを決めた二人の間
にしか流れない濃やかな時の積み重ねであった。
25914-2-28:2001/06/29(金) 04:23 ID:Sd9JgRFM

いつの間にか通りの向こうには、先程のタクシーがハザードを出して
止まっている。彼は真希の手を取り立たせると、そこまで連れ添って
歩いた。

つながれた二人の掌は、どちらともなく知らぬ間に指と指とを絡ませ
て、きつく、きつく握られていた。真希は少しだけ彼に腕にしなだれ
て寄り添った。

交わされる言葉はないが、彼の心に真希の気持ちが痛いほど通じてい
た。彼はそれを確認するかのように、強く強く、真希の手を握り返し
ていた。

「心配しないで下さいね。」
「無理しないでね・・・。あんまり」
「大丈夫ですよ。無茶はしないですから」
「それならいいんだけど・・・。でも」

「大丈夫です。ご迷惑はかけませんから」
「・・・ホントに、今日はありがとね。」
「いえ、こちらこそ。・・・そうだな、確かにさよならは、未だ早かったですね。
・・・いい話を持って、近い内に必ず伺いますから。待っていて下さいね。」
「ウン、待ってるよ。ずっと、ずっと待っているから・・・」
26014-2-29:2001/06/29(金) 04:25 ID:Sd9JgRFM

微かにエンジン音を上げて、真希を乗せたタクシーは、静かに動き始めた。
その時、後部座席のウインドウが慌しく開けられると、真希が顔を出した。
彼は少し歩きながら、車に近づきつつ声を掛けた。

「どうしました?」
「忘れ物だよぉ」

一旦動き出した車が静かに止まる。彼は長い背を丸めて、車内を覗き
込むように身を屈めた。すると真希は、窓から身を乗り出して、彼の
顔の前に自分の顔を突き出した。

「何かほかに荷物ありましたか?」
「ウウン。そうじゃないの」

そういうと真希は眼を閉じて、自分の唇を彼の唇に静かに重ねた。彼
は驚きのあまり、微動だに出来ず、そのままの体勢で固まってしまっ
ていた。

「お礼だよぉ。私なんかのキスでゴメンネ。でもこれ位しか、ないんだもん」
「・・・」
「じゃあね!」
「・・・」

彼の驚きを残したまま、止まっていたタクシーが再び動き出した。真
希は、目一杯の笑顔を見せ、窓枠にぶつかりそうな位大きく手を振っ
て、別れを惜しんでいた。
26114-2-30:2001/06/29(金) 04:26 ID:Sd9JgRFM

彼は、呆然と立ち尽くしていたが、ハッとしてその様子に気が付くと
真希に合わせて、手を振った。そしてその姿が見えなくなるまで見送
っていた。

暫く遠くを眺めたままであった彼が、漸くと歩き出す。しかし帰路へ
向うべき曲がり角を曲がらず、そのまま前方を突き進んだ。そして真
っ暗に覆われた針葉樹の森の中にある遊歩道を抜ける。

すると眼の前には、漆黒の闇に覆われた海原が眼下に広がっていた。
激しく叩きつけられる波の音だけが、遠くから絶え間なく聞こえてく
る。その大きな波の波頭の白さだけが月明かりに照らされ、不気味に
光っていた。
26214-2-31:2001/06/29(金) 04:28 ID:Sd9JgRFM

彼は、誰もいない砂浜に腰をおろし、そして大の字で寝転んだ。夜空
は黒く覆われ、星屑の欠片さえも見れない。ただ、月の光だけが妖し
く夜空を、そしてこの砂浜を照らし出していた。

彼は自分に残された時間が少ない事を分かっていた。刻々と"許され
た日々"が過ぎていく中で、初めてその時間の短さを呪った。

しかしそれは、彼が再び生きる事への執着を感じていた事に他ならな
かった。

彼の頬に雫が伝う。母の死、そして妹の死・・・、あの時以来、失って
いた"心の痛さ"への感覚が全身を貫いていた。

「死にたくないよ・・・。神様、もう少しだけ、時間をくれないか・・・」

彼は流れる涙を抑えることなく、夜の砂浜で泣き尽くしていた。そし
てそのまま、波の音に包まれながら、そっと静かに目を閉じた。

いつかくる朝の為に・・・。

<第9章 了>
263名無し娘。:2001/06/29(金) 05:13 ID:Sd9JgRFM
凍える太陽 INDIX
<前編>
 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91
 休章・・・>>92-94
第5章・・・>>97-118
第6章・・・>>119-136
邂逅1・・・>>137-141
<後編>
第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
 前編・・・>>198-230
 後編・・・>>231-262
264名無し娘。:2001/06/29(金) 05:20 ID:Sd9JgRFM
indix→indexの間違い。恥かしい・・・
26515-1:2001/06/30(土) 03:00 ID:mxNdWCJ6

邂逅 その4

叶えると決めたから、行けるのさ思うがまま、吹き荒れる嵐すら太陽の下だから・・・
― シング・ライク・トーキング ―

その周辺は高層のビルディングが林立する一角とはいえ、そのビル
ディングだけは、余りの大きさ故に威圧感さえ漂わさせて、周りの
全てを威嚇しているようであった。

何の季節感も感じさせない玄関を通り、幾度かのセキュリティーチ
ェックを潜り抜けると、中一階に広がる吹き抜けのホール奥に数台
のエレベーターが待っている。

ただ一番右端のエレベーターは、他の基とは違い、20階までノン
ストップで上がることが出来るのが大きな特徴だった。他のエレベ
ーターが止まることさえ許されない21階から25階まで階段を使
わずに昇るには、そのエレベータに乗るしか道はなかった。

そのエレベーターを利用できる人間の数は、言うまでもなく少ない。
更に通常の通行パスと同時に、特製のICカードがなければ、乗る
事すら出来なかった。
26615-2:2001/06/30(土) 03:03 ID:mxNdWCJ6

しかしだからと言って、そこの空間一帯が特別に豪華に飾られてい
るわけではない。逆に何の装飾もなくただ白く塗られただけの無機
質なコンクリートに覆われ、むしろ窓が極端に少ないせいか息苦し
ささえ覚えるようなところであった。

特に22階は更に他の階に比しても狭苦しい箱部屋のような区切り
をされた空間が所狭しと居並んでいる。

そうした部屋が鎮座している廊下を通り抜けると、やや広めの空間
に踊り出るが、かといって窓がある訳でもなく、その密閉間が解消
されたわけではなかった。

人影もまばらな静かな回廊。空間の奥には、更にその先に通じる少
し広めの廊下がある。その最奥にある小部屋は、珍しく窓のある"人
間らしい時間"を過ごせる場所である。

他の部屋と違い、壁は完全な白ではなく、ややつや消しと思われる
色で塗られ、重厚なデスクの横には、少し小さめの観葉植物が居並
んでいる。

そしてホワイトボードの横には大きな出窓が据え付けられ、夜の街
を展望する事が出来た。遠くに見える東京タワーの明かりが、今日
に限っては鮮明に見える。未だ窓の外は、台風が過ぎていったと言
うのに熱気は冷めず、既に数え切れない位になった熱帯夜を迎えて
いた。
26715-3:2001/06/30(土) 03:05 ID:mxNdWCJ6

デスクの椅子には、およそこの建物には似つかわない様な精悍な顔
つきをした男が座っていた。その男に対峙するように、部屋の真ん
中にある黒色の硬めのソファーでは、やや白髪交じりの中年男性が
煙草を燻らせ、膨大な量になる書類を今、正に、読み終えようとし
ているところであった。

「ご苦労だった・・・」
「いえ。」
「これで終わりか?」
「ええ。何かご不満でも?」

「いや、それはないが・・・。ただ、最後の一行がね。お前、ホントは
目星が立っているんだろう?」
「・・・」

椅子に座る男は、テーブルの下にある引き出しから封筒を取り出す
と、何枚かの写真を中年の男に差し出した。

「これか?随分若いな・・・、というか、まだこいつはガキだな?まさか、こいつか?」
「いえ、そうじゃありませんよ。・・・多分ですが、次にやられる奴でしょう」
「!どういう意味だ?」
「どうも、他の眼でこの事件を見直すと、違う構図もあるかな、と思いましてね」
「他の眼?」

「ええ。つまり、"刑事の眼"で、という事です」
26815-4:2001/06/30(土) 03:13 ID:mxNdWCJ6

男は立ち上がるとホワイトボードの前に歩き出した。そしてペンで
何やら様々な図形や文字を書き連ねた。そして真ん中に「赤坂」と
大きく書いてその文字に丸をつけた。

「当然ですが、我々は例の赤坂署の内部告発から端を発した、業者との癒着、
いわゆる収賄事件の内偵という形でこの件に取り掛かりました。

・・・それからですよ、地上げ屋まがいの不動産屋やチンピラもどきの芸能プロ
ダクションへの口利き、更にはヤクザとのもたれあい、そこから派生しての
銃器や薬物の横流し・・・というか、斡旋ですがね・・・。

こうした膿んだ部分が続々と出てきてのは・・・。最後はご丁寧に、総合商社ま
で出てきて、武器輸出まで話が飛びましたがね・・・」

男はここまで一気に話し終えると、一旦ここで言葉を区切りデスクの上にあっ
たミネラルウォーターを取って喉を潤した。中年男性は静かにその話を聞いて
いたが、男の話に一応の賛同を示していた。

「確かに、これが表に出れば、我々警察関係者が全てひっくり返る様な
大事件だったからな。震源地が赤坂だというのは間違いない」
「ええ。でもそうなると一連の殺し、敢えて殺人と断定しますが・・・、
ここの説明がつかなくなる・・・」

「どうしてだね?これを読んでいても思ったのだが、そこの理屈がわからないね」
「それはですね。正式な報告書には書き辛い話だからですよ。もしそうだと仮定す
ると、我々警察関係の中に犯人がいることになりますよ・・・。残念ながら、ヤツラ
の間には深刻な問題は起きていなかった様ですから。」

「しかし、マル暴の内輪もめという線は消えないだろう?・・・まぁ、この報告書で
君は真っ先に消しているが・・・」
「確かに最近、府中であった小さな組の組長の頭打ち抜かれた事件や、飛行機で吹
き飛んだヤツの自宅に弾丸が打ち込まれていた件は、それが原因でしょうがね・・・」
「そうだろう?それなのに、どうしてその可能性を否定するのかね?」

ソファーに腰掛ける中年男性の声色に熱が帯びてきた。男は、その
ソファーの向こう側に腰掛けると、手に持っていたミネラルウォー
ターの残りを飲み干した。
26915-5:2001/06/30(土) 03:15 ID:mxNdWCJ6

「だからですよ。やつらが一連の件の星なら、そこまでが限界です。
やるんだった府中みたいに同じ穴のムジナしかやらんでしょう。みん
なバラしちゃったら、そこで御終いじゃないですか。おこぼれには与れない。」
「すると・・・我々身内か?」

「身びいきするわけじゃないですか、それも薄いですね。第一、ニトロだ、
火薬だって・・・。我々の仲間だったら、もっと上手い事してやり逃げますよ。
こんな衆人環視の中でバラせる出来る度胸のある奴なんか、いやしませんよ」
「じゃあ、誰だ?誰なんだ?・・・この事件が殺人なら。この報告書には、
奴らではない、という否定の事ばかりしか書いてないぞ。」

中年の男性はやや声を荒げながら、書類を指で叩きながら、男に詰
め寄った。しかし男は慌てず騒がず、悠然とした態度でその問いを
かわした。

「ここから先は、あなた方の一存ですよ。私の出る幕じゃない。」
「含みのある言い方だな。どういう意味だね?」
「ここで真犯人を見つけて、一連の事件を白日の下に晒すか、それとも、
事故として終了させて、この腐敗の構図をここで幕引きとするのか・・・、
これは捜査の問題じゃない。政治の問題ですよ。」

「なるほど。それがこの最後の一行か。・・・サイは、まだ投げられていない。
確かにそうだな」

白髪交じりの中年男は、手元にあったファイルを勢いよく閉じた。
そして持ってきていたスーツケースの様な、大きいバッグの中にし
まった。そして軽く息を吐き、一呼吸を置くと、既にデスクの方の
椅子に座って残された書類を片付けている男に体を向け話し掛けた。
27015-6:2001/06/30(土) 03:16 ID:mxNdWCJ6

「ここから先は、お前と俺の個人的な話だ。」
「なんでしょう?」
「さっき出した写真のガキ。あれは何だ?、お前、星は分からんのに、
次のガイシャは分かるというのか?」
「いや、可能性を指摘したまでです。確証はありませんよ」

「いいだろう。・・・それならお前のいうところの"可能性"の先の話を
聞かせてくれないか?」

男は、手に持っていた安手のボールペンでテーブルをイライラと突
いていたが、意を決した様に立ち上がり、デスクの横にある、小さ
なクーラーボックスを開けた。その中にある良く冷えたミネラルウ
ォーターを取り出すとタブをくるりと引きちぎり喉を湿らせる。

そして再びホワイトボードの前に立つと、真ん中に書かれていた
「赤坂」の文字を消して、デスクの上に乱雑に置かれた残された
書類の中から一枚の写真を取り出す。そして静かに話し出した。
27115-7:2001/06/30(土) 03:17 ID:mxNdWCJ6

「ここからの話は何の証拠もないし、何の立証できる手立てもありませんが・・・」
「かまわない。"可能性"の話だからな」

「なら続けましょう。・・・さっきも言いましたが、この件を、赤坂署を中心軸
にして見ると、さっきのトコロにしか落ち着かない。結局は袋小路です。
真犯人を探すにしても、ヤクザの同士討ちというのが行き着く先でしょう・・・。
しかしそんな訳がある筈がない。」
「断言だな。何故だ?」

「まずあいつらならこんな手の込んだバラしかたはしない。専門家にも
聞きましたが、これが事故じゃなく故意のものであるなら、そうとうな
科学的知識がなければ無理だという事です。それから遺体の損傷が酷い
という点も気になります。明らかにある意図を以って殺してます。
・・・この一連の件を我々の見方から一度離して、単純に連続爆破殺人事件として
みればどうなるか?」

男はそういうと先程取り出した写真をマグネットでボードの真ん中
に貼り出した。
27215-8:2001/06/30(土) 03:19 ID:mxNdWCJ6

「まだその深い理由は、皆目見当もつきませんが、この人物を中心にすると、
事件の違った形が見えてくる・・・」
「それがその写真の人物か・・・。女性のようだが?」
「ええ、そうです。・・・ある芸能人です」
「芸能人?で、名前は何ていうんだ?」

「後藤真希といいます。・・・この彼女を軸にすれば、ある程度の説明がつきます。
ただ・・・」
「ただ、どうした?」
「だからといって彼女が犯人だとか、犯人を知っているとは、思えないですがね」
「どういう事だ?よく分からないが・・・」

彼はひとつここで会話を区切るかのように、手にしていたミネラル
ウォーターに口をつけて、一気に半分程度まで飲み込むと、独り言
を呟くように言葉を漏らした。

「もし、さっきのガキがバラされたとしたら、その時になって彼女は、
初めて誰が犯人かを知るでしょうね・・・」
27315-9:2001/06/30(土) 03:21 ID:mxNdWCJ6

「オイ!なんだお前、それが誰だかわかっているような口振りじゃないか・・」
「いやそうじゃないですよ。そいつの正体は全くの不明です。まぁそれらしき
人物もいない事はないんですが・・・」

「足りないかい、その条件に?」
「全くですよ。冷静でいて、繊細で、しかも特殊な技術を兼ね備えていて
なんというのは無い者ねだりですがね」
「まぁいい。そこまでで構わないさ。それにこれ以上、進むかどうかは、
上次第だからな。」

男は一気に残りのミネラルウォーターを飲み干すと、暗闇の中に光
が点在する窓の外を見やっていた。その背後から席を辞そうとしな
がらも、最後の言葉を掛けてくる、中年男性の声を聞きとめた。

「・・・で、何でその殺人者が、あのガキを殺そうとしている、と思うんだ?」

「理由は分かりませんよ。ただ、何となく感じるんですよ。
そいつの気持ちがね・・・。殺人という手段で生きている事の証明をしている様な
気がね・・・。それも自分の為ではなく、勿論快楽の為でなく、誰かの為に・・・。
守るべき、いや守れなかった誰かの為にね・・・」
27415-10:2001/06/30(土) 03:23 ID:mxNdWCJ6

「その男は、これからも、殺し続けるのか・・・」
「いや、それはないでしょう。・・・むやみな殺生はしない筈です。
俺の読みに間違いがなければね・・・」
「そうか・・・。それで、そいつは今、どこにいるんだろうな」

中年の男が最後に声をかけた。男は窓の外を眺めながら言葉を返し
た。
「多分、この広い街の闇の中で、息を殺して潜んでいるんでしょう・・・。
次の標的を定めてね・・・。」

誰もいなくなった部屋の中で男は相変わらず窓の外を眺め続けてい
た。胸ポケットから煙草を取り出すとスラックスのポケットにしま
ってあった安物の100円ライターで火を点した。煙を燻らせ、遠
く一点を見つめる。

するとデスクの上に備え付けられていた黒い電話がケタタマシク鳴
り出した。
27515-11:2001/06/30(土) 03:25 ID:mxNdWCJ6

「もしもし?」
「高森か。俺だ、結論が出た。・・・ここまでだ。」
「そうですか。わかりました。、残りは片付けておきます」
「そうしてくれ。それから山岸の方が大変な事になっているらしいから、
そちらに回ってくれ」
「分りました。」

男は電話を静かに置くと、椅子に座り、デスク上に散らばっていた
書類を片付けていた。するとハラリと一枚の写真が落ちる。

男は、改めてその写真を見直すと、今ホワイトボードに貼られてい
る少女の背後に微かに写る男性の顔に赤ペンで丸が付けられていた。
彼はその写真を縦に引き裂いて、デスク脇にあるシュレッダーに通
す。そしてポツリと呟いた。

「結局は、こいつが何者なのか、何も分らぬままに終わってしまったな・・・・」

彼は、既に煙すら出なくなりつつある煙草を咥えたまま、大きな椅
子の中で身を沈めていた。
27616-1:2001/07/01(日) 03:33 ID:tauOER0w

第10章

神が死んだのなら 俺は何者なのだ。蝿の羽についた汚れの斑点が、空に開いた穴を通って、地球に衝突する時が近づく・・・

― ロバート・フィリップ ―

(なんでなんだ・・・、どうして・・・)

やるせなく、そして哀しい想いが胸を貫く。彼は、押し黙ったまま、車体
同様に小さくこしらえられているハンドルに頭を押し付けて蹲った。

この夜も街中が未だ冷めやらぬ夏の熱気を引きずったまま、今年に入って
から数え切れない程になった寝苦しい熱帯夜を迎えていた。高圧的に立ち
並ぶ高層ビルが近くに見える、やや高台の一角にそのマンションは立って
いる。
27716-2:2001/07/01(日) 03:40 ID:tauOER0w

近くには、都内で最大規模を誇る公園があり、曲がり角を過ぎると由緒あ
る寺なども点在している閑静な住宅街に彼は潜んでいた。

夜も深まると、近くを走る列車の走る音が聞こえてくる。今日の様に空気
が澄んだ日であれば、柔らかく北から吹いてくるそよ風に紛れて繁華街の
喧騒が微かに耳へ届いた。

彼は、その寺の境内にある無料駐車場の一角でエンジンを切って身を隠し
ていた。

エアコンが使えないせいで蒸し風呂の様な車内で汗だくになりながらも深
く深く、その存在を消しこんでいた。開けられた窓からは、境内にいると
思われる興梠の鳴き声が聴こえてくる。

まるで都心の中にあるオアシスの様な平穏であるその空間で、イキナリ彼
の眼に飛び込んできたのは、俄かに信じがたい光景であった。
27816-3:2001/07/01(日) 03:42 ID:tauOER0w

人通りもまばらな歩道を坂下から歩いてくる少年と少女。少年は、玄関口
でやや躊躇している少女の腕を強引に引っ張りこんで、そのままマンショ
ンの中に消えていこうとしてた。

その時、玄関先の街灯に照らし出されたその少女の顔を見た時、彼の顔は
一瞬にして青ざめ、そして次の瞬間、燃え滾るような憎悪の表情を見せて
いた。

「ほら、ここだよ。意外にデッカイだろ?」
「そうなんだ・・・立派なマンションだね・・・」

少女は、高く聳えるマンションを見上げると、身を縮めて少し後退りした。
自分について来ない少女に気付き、少年は声をかけた。

「ん?どうしたんだよ?早く来いよ」
「ウン・・・でも・・・」
「心配すんなよ。別に家で飯食うだけだからさ。」
「でも、今日はやっぱりよすよ。なんか少し疲れたし・・・」
27916-4:2001/07/01(日) 03:43 ID:tauOER0w

「何でだよぉ、ここまで来たんだからさぁ。イイジャン、遠慮すんなよ」
「でも・・・」
「いいから!こんなトコでこんな風にしてると、一般人にバレンジャン。なっ、早く、早く・・・」

少年の急いた気持ちに促され少女は、押し返す意思も見せられずにただ少
年の言いなりになってそのまま従うしかなかった。少女の心の中には、ど
うしようもないやるせなく切ない気持ちが入り混じっていた。

(・・・もう私は、この子の言うがままになるのかな?)

しかし少女にとっては、そんな事はどうでも良かったのだ。この少年と身
体を重ねる事が唯一、愛すべき人と繋がっていられることに他ならなかっ
たから。いや、そういう風に思い込まなければ、現状を肯定する事などは
出来ようも無かったのも事実であった。
28016-5:2001/07/02(月) 04:43 ID:rrHF6M5E

「・・・急がないと。」

彼はうめく様にひとり呟くと、漸くとハンドルに押し付けていた頭を上げた。
そして、再び冷酷な顔付きに戻ると、静かに車を動かせる。その車は、彼等
二人が消えた建物の前を静かに通り過ぎた。

彼は、止まりたい衝動に駆られながらも心を凍らせてそのままアクセルを踏
み込んでいた。今彼は四度、無表情な悪魔にその顔を変えようとしていた。
28116-6:2001/07/02(月) 04:46 ID:rrHF6M5E

(・・・やっぱりね。・・・こうなるんだ)

煌びやかに瞬く街の灯りが遠くに見えるその窓際で、彼女は一糸纏わぬ姿で
立ち竦んでいた。バスルームから盛りのついた少年がけたたましく叫ぶ声が
聞こえてくる。

「おいっ、ひとみ!お前も入れよ!!」

吉澤は、その美しい瞳から流れ落ちる雫の訳を知りたかった。悲しくも、ツ
ラクもないのに・・・。しかしウインドウに微かに写る自分の顔には、止め処
ない涙の跡が残っていた。

「どこにいるの・・・」

吉澤は今、自分が本当に愛している人の名前を心の奥底で確かめた。ウイン
ドウに写るその顔を指でなぞる。相変わらずバスルームからは、吉澤を呼び
つける貪欲な叫び声が続いていた。

吉澤は、意を決したように、掌でその雫を拭うと、まるで吸い寄せられる様
に、その声の方向へフラフラと歩き出した。再びこの部屋では、やるせない
気持ちと獰猛な欲望が交差していた。
28216-7:2001/07/02(月) 04:48 ID:rrHF6M5E

「これは、何に使うんだい?」
「・・・」
「答えなきゃ、売らないとは言わないけど・・・」
「・・・」

「それにしても・・・」
「あなたは、それをホントに知りたいのかい?」

若からず、それでいて老いてもなく、年齢不詳のその男は、商売相手となる
細身でありながら上背のある青年から鋭く返された言葉の勢いに完璧に飲み
込まれていた。

窓の外には、幾重にも重なり、網の目のよう道標が張り巡らされている日本
最大の首都高速のジャンクションが見える。暗闇の中に、時折光る車のライ
トと規則正しく並んでいる街灯の明かりが、儚くも美しく見えた。

時折走る大型トラックの騒音に邪魔をされながらも、男達の相談は極めて静
かに進んでいた
28316-8:2001/07/02(月) 04:50 ID:rrHF6M5E

「いや、別に。・・・ただ、」
「ただ、何だ?」
「いや・・・、でも、まぁいいか・・・」
「それが互いのために賢明だろ。それにあんたと会うのも、これが最後だよ。」

「・・・それにしても金のほうは、ホントにあれでいいのか?」
「昨日、指定の当座口座に外貨預金で振り込んでおいたが・・・。問題があったか?」
「いや、とんでもない。逆だよ。でも、あんなにいいのかい?かなり多かったが・・・」
「それは、俺からの謝礼だよ。随分とあんたには迷惑を掛けた訳だしな。それに、
俺にはもう金など、用がないんでね・・・」

「それならいいんだが・・・。それにしても金に用がないなんて羨ましい限りだね。
・・・となるとやっぱり、この間の・・・。いや、それは何でもない」

売る側の男は、少し言葉が淀んだ。それは、得も知れぬ恐怖がそうさせたの
かもしれない。長身の男は、冷たい笑いを浮かべ、その男の質問を制した。
28416-9:2001/07/02(月) 04:51 ID:rrHF6M5E

「そうさ。何でもないさ。そうだろ?」
「ああ・・・そうだな。」

怯え切った返事をするその男の振る舞いに、細身の男は少しだけ頬を緩めた。
そして徐に足元に置かれた桐製の大きなケースの一つに打ち込まれていた杭
をレンチで引っこ抜いた。

その中には、新聞紙と細かく切り刻まれた木片に塗れて、透明な液の入った
ボトルが何本も入っていた。

「これで全部か。で、どれくらいあるんだ?」
「ざっと、20缶だ。とにかくこれだけあれば、富士山が軽く吹き飛ぶよ」
「これはいい。それよりも・・・」
「分っているさ。注文された物はそっちの箱だよ、心配するな。」

売人は半ばヤケクソ気味に言葉を放った。そして、アルミ製の大きなケース
を指差し、注意した。

「今更だが全て信管は抜いているけど、持ち運びには、くれぐれも気をつけてくれよ」
「分かっている。それよりも物は大丈夫なのか?」
「任せろ。自衛隊をバカにするなよ。この間の富士宮での合同演習の時くすねてきた
奴だからな。ブツは上等だ」
「そうか。助かるな」
28516-10:2001/07/02(月) 04:52 ID:rrHF6M5E

「この間のより、数段物はいいから。なにせ対装甲戦車用だからな、
その破壊力は凄まじいぞ」
「・・・別に戦争をするわけじゃないんだ。そこまでのものは要らないさ。」
「いや、大サービスよ。それにこんだけのブツは、いつまでも手元に
置けないしな。引き取り手があって、こちらも助かったよ」

窓の外からは、車の走る音が消え、この夜に再び静寂が訪れようとしている。
忙しなく動いていた売り手の男の姿も消えた。

長身の男性は、自らが運転してきた小型トラックに荷物の全てを載せ終わる
と、荷台の上でそのケースを布団にして大の字に寝転んだ。そして満天の夜
空に広がる星屑を眺めていた。

「どうせあと、1回でお終いだ・・・」
28616-11:2001/07/02(月) 04:53 ID:rrHF6M5E

長身の青年は、謎めいた言葉を一人呟き、相変わらず夜空を眺めていた。川
の上を走ってきた少しだけ温い風が優しく吹き抜けた。これで今日を以って
全ての手筈が済んだ事を静かに喜んだ。

しかし、時間がない事も急がなければならない事に変わりはなかった。大き
く背伸びをし、真一文字に口を噤むと、その青年は、運転席に戻り、エンジ
ンを架けた。

その車は、止まる位慎重にユックリと真っ暗な砂利道を走り抜けると、シフ
トを変えスピードを上げた。そして闇から一転して眩しく光るその集団の中
へと溶け込み、消えていった。
28716-12:2001/07/03(火) 02:21 ID:7WGgZqeA

鬱蒼と木々が生い茂る、夜の公園。その北側の端にあるとうとうと横たわる
大きな池の真ん中には、人工的に仕切られたレンガで施された眼鏡橋が掛か
っていた。その頂上付近には、目新しいベンチが居並んでいる。

レトロ調の電燈に照らされて、一人、眼差しを宙に浮かせ、焦点なく漂って
いる少女がいた。

「こんな所に一人でいたら、危ないですよ・・・」
「!!!」

少女は聞き覚えのある声に驚き振り向いた。もう一つある電燈に照らされ、
橋の欄干に腰を下ろしている男性の姿が眼に入る。その人こそ、真希の事を
病院まで一緒に運んでいったあの人だった。
28816-13:2001/07/03(火) 02:26 ID:7WGgZqeA

「どうして、あなたが・・・」
「明日、仕事はないの?こんな時間までこんなところにいて・・・」

吉澤は困惑していた。何故?どうして?そして・・・。様々な想いが頭の中を
駆け巡り、今の状況が把握できずにいた。

彼は暗闇に紛れながらも戸惑う吉澤の顔色を確かに見て取り、イキナリ話を
切り出しす事にした。

「どうして、あの男の家に行ったんですか?」
「!!何で、知っているの・・・」

吉澤は不意を突かれた。知られてはいけない秘密を他人に知られてしまった。
もう後戻りは出来ない。しかしその事実をどうして知られたのか、そして何
故その事を私に伝えに来たのか・・・。吉澤の心に、悪魔の呟きが響いた。

(まさか・・・この人も・・・、そんなのウソだよね・・・。)

吉澤の心は絡まっていた。しかし彼は、そうした乱れる吉澤の想いに反し、
言葉を続けた。しかもその話は、吉澤に違った意味での大きな衝撃を与え
ていた。
28916-14:2001/07/03(火) 03:03 ID:7WGgZqeA

「昨日・・・アイツの家の前にいたんですよ・・・、あの男に用があってね」
「・・・」
「昨日も、そして今日も、あなたは来た。今日は一人で、でしたけど」
「・・・」
「そしてヤツのマンションには入らずに、今、あなたはここにいる。どうしてかな」
「・・・」

吉澤はただただ、続く彼の言葉を待っていた。彼は少し語気を強めながらも
優しく吉澤に語りかけた。

「何故なんですか?真希さんの哀しみを忘れた訳ではないでしょう?」
「・・・」
「返事をしてくれないんですね。別にあなたを責める気はありませんよ・・・確かに
男と女の話は、他人には分りませんからね。あなたがアイツの事を好きになったと
言うなら、それはそれで仕方が・・・」

「違うわ。そんなんじゃ、ありません」

吉澤は、彼の顔をしっかりと見据えて、確かな口調で否定した。彼は少し首を
傾けながら問いを返した。

「じゃあ、何故?」
「それが・・・分らないんです。何でこうなっちゃったのか・・・」

吉澤は苦しげにうめいた。小さく首を左右に振りながら、彼女の苦しい独白
は続いた。
29016-15:2001/07/03(火) 03:04 ID:7WGgZqeA

「偶然に会って、それから・・・。ごっちんに未だ付き纏っているみたいだから、
注意しに家まで行ったのに・・・」
「・・・もしかして、乱暴な事でもされたのですか?」
「ウウン。そうじゃないんだけど・・・。気付いたら・・・、」
「そうですか。でも、・・・どうしてだったのかな?」

「それが・・・わからないの。もしかしたら・・・私、ごっちんと繋がっていたかった
からなのかな。苦しみを分ち合いたかったのかもしれない。そうしないと、
ごっちんと一緒になれない気がして・・・」

彼は、吉澤の真意を測りかねていた。しかし、今吉澤が、苦しい状況に追い
込まれている事だけは、分っていた。今までのあの少年の行動を思い返せば
吉澤に何らかの力を加えているのは明白であった。
29116-16:2001/07/03(火) 03:05 ID:7WGgZqeA

「好きでもない。いや、むしろ嫌いな筈なのに、あなたはあいつの家に行って、
また、抱かれるのですか・・・」
「・・・そんな言い方しないで・・・欲しいな」
「セックスなんて難しい事じゃない、て、真希さんは言ってましたけど、
あなたも同じですか?」
「・・・」

「そうであるならば、それでも構わないですが。他人が自分の価値観を押し付けて
あれこれ言うべきではないでしょうからね。でも・・・」
「・・・でも?」
「でも、あなたの心は、今にも壊れそうなんじゃありませんか?」
「・・・」

彼は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。そして、吉澤の横に座った。そし
て優しく囁くように話し掛けた。
29216-17:2001/07/03(火) 03:06 ID:7WGgZqeA

「・・・真希さんは、もう壊れそうだと言っていましたよ。」
「ごっちんが?」
「私の最後の仕事は、その心が壊れてしまって欠片を拾い集めなきゃならない前に、
それを食い止める事ですから」
「・・・」
「吉澤さんも、もうあの男と会うのは止めた方がいい」
「でも、わたし・・・」

「私もよくは分らないが・・・、人を好きになるのに、苦しみまで背負う必要は
ないんじゃないですか・・・」
「・・・」

吉澤は少し潤んだ瞳で彼を見遣った。彼はその視線に気付くと照れ臭そうに再
び立ち上がり、一人暗闇の中へ向けて歩き始めた。
29316-18:2001/07/03(火) 03:08 ID:7WGgZqeA

「吉澤さん、お送りしますよ」
「・・・でも、今日はあの男の家に行く約束をしているの」
「それは約束とは言わないんです。脅迫というんです」
「・・・」

「ホラ、いいから行きましょう」

吉澤は、大きなストライドで歩き出した彼の後ろを追いかけた。公園の入り
口に見覚えのある小さな車が置いてある。彼は後部座席のドアを開け、そこ
へ吉澤を招きいれた。吉澤は言われるがまま、シートに身を沈めた。

「ご自宅はどこですか」
「でも・・・やっぱり・・・」
「いいから。もう、心配の必要はありませんよ。私が話をつけますからね・・・」

吉澤は、彼の冷徹な言葉を聞きながら、この間、夜を共にした梨華から聞い
た驚きの告白を思い出していた。

(やっぱり、本当だったのかしら・・・)
29416-19:2001/07/03(火) 03:09 ID:7WGgZqeA

吉澤は、運転席でハンドルを握りしめているこの男性に対し、一種の戦慄と
共になんとも言えない柔らかな気持ちが交差し混ざりあい、そして乱れてい
た。吉澤は、そうした想いを抱えきれず、言葉にして放り出した。

「あなたの噂話・・・、聞いたの」
「何でしょう?」
「この間の車の爆破事故・・・、あなたが関係しているかもしれないって・・・」
「そんな話・・・一体、誰から聞いたんですか?」

「梨華ちゃんから・・・」
「石川さん?」

彼はここで、初めてあの日の朝、自宅に来ていた訪問者が誰であるかを把握
した。

(そうか・・・彼女だったか)

彼の思いを横に置いたまま、吉澤の話は続いた。
29516-20:2001/07/03(火) 03:13 ID:7WGgZqeA

「この間、ボクシングジムでね、あなたと朝倉さんが話しているのを偶然聞いて
しまったんだって・・・」
「そうですか・・・」
「それって・・・本当なんですか?」

吉澤の問いは、かなり危険な賭けだった。もしそうならば、今現在、吉澤自
身への身の保障はないのも同じだ。それでも吉澤は聞いてみたかった。今ま
での彼が醸し出していたその優しさを信じたかった。もし違くてもいい、騙
されてもいい。もう一度だけ、誰かを盲目的に信じて見たかった。

しかしそれに続く彼の答えは、いささかの驚きと戸惑い、そして困惑を吉澤
の心に与えた。

「吉澤さんは、悪魔の存在を信じますか?」
「えっ?悪魔?」
「・・・私はね、悪魔に魂を売ったんですよ(笑)」
「・・・どういう?」

「失った時間は帰らない。でも魂を売る事で、その時間を少しだけ返して貰ったんですよ。」

彼は、悪戯っ子の様な笑顔を見せて楽しげに話し続けた。吉澤は、バックミ
ラー越しにその笑顔を瞳に捕らえていた。彼女の困惑は一層増していた。
29616-21:2001/07/03(火) 03:17 ID:7WGgZqeA

「私はその時間を、妹の為に、母の為に、そして・・・梨華さんの為に使いました
・・・あなたの聞いた話の通りにね」
「・・・」
「そして許された最後の時を、あなたと真希さんの為に使う事に決めました。」

彼の小さな車は静かに高速道路の上を走っていた。他の車の影もまばらなそ
の道路の上で、ゆっくりとエンジンは回転し、アクセルは静かに踏み込まれ
ていた。

「もし・・・、それを使い終わっちゃったら・・・、あなたは、どうなるんですか?」
「帰るんです」
「どこにですか?」
「帰るべき場所にですよ・・・」

「そういえば、吉澤さんから真希さんに伝えて欲しい事があるんですよ。
・・・私はこの間守れない筈の約束を真希さんにしてしまいました。」
「何を?」
「もう、何も心配することはないからって・・・、ありがとう、とね・・・」
「あなたは、この後・・・」

吉澤は、続く言葉を飲み込んだまま、思わず眼を伏せた。車は二人の沈黙を
載せたまま、静かに走り過ぎていた。
29716-22:2001/07/03(火) 03:18 ID:7WGgZqeA
彼の心には、今までにない平穏な風が吹き始めている。バックミラー越しに
見える吉澤は、いつの間にか、スヤスヤと眠りについていた。彼は、間もな
く明けようとする東の空を見つめながら、穏やかな笑顔を浮かべていた。

吉澤の家の前、気持ち良く眠り続ける吉澤を起こさずに、自らもシートをや
や傾けて、横になった。

車内には吉澤の静かな寝息のみが響いていた。彼はその音を子守唄にして、
静かに眼を閉じた。  <第10章 了>
29814-2/1:2001/07/03(火) 04:15 ID:7WGgZqeA

<これより第9章 後編における自粛部分の補完部分>

「梨・・・華・・・ちゃ・・・ん」
「イヤッ・・・、ダメよ、よっすぃ〜。キスだけ・・・」
「気持ちよくない?」
「アッッ・・・、でも・・・ダメなの」

トレーナーの上から探る梨華の体は、それだけで吉澤に伝わる程、豊かでいて、
悩ましかった。吉澤は梨華の首筋に舌を這わせながら、その肢体をさすり続けた。

膝を崩し座り込む梨華の下半身にその手が伸びる。トレーナー越しに梨華の臀部
を優しく愛撫する。梨華は高まる自分の鼓動を必死に抑えながら、その身をくね
らせて、叫んでいた。
29914-2/2:2001/07/03(火) 04:20 ID:7WGgZqeA

「ダメ!・・・よっすぃ〜、もうやめようね。もう、ダメだよぉ」
「梨華ちゃん。私の事嫌い?」
「ウウン。そんな事ないよぉ。でも、そういうのと違うの。だから・・・アッ!」

言葉で吉澤の行為を拒絶する梨華。しかし吉澤の掌がジャージ越しとはいえ、梨
華の秘めた部分の上に置かれる。吉澤は、その秘めた部分を厭らしくさすり続け
ると、梨華の口からは、喘ぎ声しか伝わらなくなっていた。

「アッアッ・・・。よっすぃ〜、・・・アン」
「脱がしてあげる」

吉澤はいきなり立ち上がると梨華のトレーナーを一気に脱がし、そのまま部屋の
片隅に放り投げた。

「よっすぃ〜止めて!・・・ダメ、見ないで。・・・恥かしい」
「そんな事ないよぉ。梨華ちゃん、キレイ・・・」

吉澤は、天井にぶら下がる電燈のスイッチを数回引っ張り、豆電球だけを燈した。
部屋の中は、暗闇に薄オレンジ色が混ざり、視界を曇らせる。梨華の眼は、自分
の前で立ちすくみ、ゆっくりと着ているカッターシャツのボタンを外している吉
澤の姿をどうにか捉えていた。
30014-2/3:2001/07/03(火) 04:22 ID:7WGgZqeA

吉澤はボタンを外し終わると、そのシャツを梨華のジャージ同様、部屋の片隅に
放り投げた。肩紐の無い白いブラジャーが梨華の眼を射抜く。梨華は必死に自ら
の両手で自分の乳房を隠していた。しかし吉澤は、薄紅色のブラジャーの下で激
しく息づいている梨華の豊かな乳房をしっかりと見つめていた。

「梨華ちゃん、私の身体、見える?」
「・・・」
「ほら、見て!」
「・・・ウン。見えるけど・・・」
「どうかな?梨華ちゃん、教えて?・・・ねっ!」
「・・・キレイだよぉ。よっすぃ〜の肌の色、透き通るみたいにキレイ。
それの比べて私なんか・・・。地黒だし、それに汚くて・・・」
「そんな事ない、梨華ちゃんもキレイだよぉ。でも嬉しいな、梨華ちゃんに誉めて
もらって!」

吉澤は膝まづき、梨華の顔を優しく撫でた。そして頑なに乳房を露にするのを
拒み続ける梨華の両腕を少し強引に押さえ込んだ。すると吉澤の眼には、ブラ
ジャー越しながらピンと張った豊かでいて弾力のありそうな梨華の乳房が飛び
込んできた。
30114-2/4:2001/07/03(火) 04:25 ID:7WGgZqeA

「どうして、隠すの梨華ちゃん。こんなに、おっぱいキレイなのに。」
「そんな事ないの。わたしの裸、キレイじゃないよ、よっすぃ〜みたいに・・・」
「そうかな?比べて見るぅ?・・・梨華ちゃん、見たい、私の胸?」
「えっ!?そんな・・・。いいの、そういう意味でいったんじゃないから」
「ふふふっ。いいから、私から見せちゃおう!」

そういうと吉澤は立ち上がり、自分でブラジャーを外し、更に着ていた赤の巻
きスカートのホックを取り、オフホワイト色のパンティー一枚の姿を梨華に晒
した。

「触っていいよ、梨華ちゃん」
「え?でも・・・」
「いいから、ホラ・・・」

吉澤は、再び膝まづくと梨華の顔の前に露になった自分の乳房を晒した。そし
て梨華の両手を引っ張り、その乳房に宛がった。梨華は、されるがままにその
ままの姿勢で吉澤の乳房の上に手を置き、心臓の鼓動を感じていた。

すると吉澤は、自分の掌を梨華の掌の上に置き、ゆっくりとその手を動かし始
めた。

「!!・・・よっすぃ〜」
「いいから・・・このままで」
30214-2/5:2001/07/03(火) 04:27 ID:7WGgZqeA

少しだけひんやりする梨華の掌の中で吉澤の乳房は、激しく息づいていた。乳
首は次第に大きく突起し、吉澤の口からは、唾液と共に歓喜の喘ぎ声が漏れ始
めた。

「アン、アン・・・。梨華ちゃん・・・、気持ちいいよ」
「よっすぃ〜・・・」
「もっと・・・。もっと強くぅ!ホラ、梨・・・華・・・ちゃん・・・」
「・・・どうしよう。よっすぃ〜。こうなの・・・」

梨華は、困った顔つきで吉澤の乳房をさすり続けていた。しかし次第に自分の
愛撫によって吉澤の身体が捩れ、くねり始めるのを目の当りにして、徐々に自
分が能動的になっていくのを感じていた。

いつの間にか梨華の上に置かれていた吉澤の手は、梨華の背中に回り、くすぐ
るようにその肌をさする。梨華は、自分の意思で吉澤の乳房を揉み始めていた。

吉澤は歓喜の表情を浮かべ、更に梨華の背中への愛撫を激しくする。その手が
良くくびれた腰の辺りに到達すると、堪らず梨華は叫び声をあげた。

「キャッ!、よっすぃ〜、ダメダメ!くすぐったいよぉ」
「梨華ちゃん・・・、もっとね・・・」
30314-2/6:2001/07/03(火) 04:30 ID:7WGgZqeA

吉澤の手は、次第に梨華の身体の前方に伝わる。吉澤は梨華の愛撫に激しく捩
らせながらも、今にも弾けそうな薄紅色のブラジャーで包まれている梨華のた
わわな乳房に視線を合わせていた。

吉澤は、その手の先を梨華の下腹部辺りに移した。指の先で触れるか触れない
か微妙なタッチでその辺りを吉澤は擦り続ける。じらすように、弄ぶ様に、吉
澤は指先だけで梨華の身体を犯していた。

たまらぬ刺激は、梨華の全身を激しく貫く。顔を左右に激しく振りながら梨華
は、快楽の喘ぎ声を出した。

「ウンッ!アアアッ!よっすぃ〜!」
「梨華ちゃん、どう?」
「よっすぃ〜・・・気持ちイイよぉ・・・もっとして」

梨華が初めてみせた歓喜の叫びを聞き終え、今まで辛うじて抑えていた吉澤の
欲望は遂に爆発した。我が手を梨華の下腹部から乳房に到達させると、いきな
りブラジャー越しに梨華の豊かな乳房を揉みしだき始めた。そしてそのブラジ
ャー越しながら梨華の乳房にむしゃぶりついた。
30414-2/7:2001/07/03(火) 04:33 ID:7WGgZqeA

ブラジャーごと激しく揉まれる梨華の乳房。そのあまりの激しい愛撫に、梨華
の身体は小刻みに震え、声にならない声を出し、吉澤の欲望を受け入れた。

「どう、梨華ちゃん・・・。気持ちいい?」
「ウン!もっとして、・・・もっと、もっと!」

吉澤の眼に妖しい光が満ちた。その瞬間、あっという間に梨華のブラジャーを
剥ぎ取り、投げ捨てると、その勢いのままジャージをも脱がしにかかった。

吉澤は敢えて乱暴に脱がそうと、梨華の身体を持ち上げず、そのままの体勢で
脱がしにかかる。

なかなか脱げない梨華のジャージを思い切り引っ張る吉澤。遂に梨華は自ら腰
を上げそれを即した。吉澤は梨華のそうした行動に興奮の度合いを高めていた。

すると脱がされる勢いに押され、同時に梨華の薄紅色のパンティーが少しずれ、
恥丘の部分を露にさせてしまった。

梨華は、慌ててパンティーを上げようとしたが、吉澤の手がそれを制止させた。

「いいよ、このままで・・・」
「恥かしいよ・・・、ダメだよ、よっすぃ〜」
「いいから、良く見せて・・・」

吉澤はその露になった恥丘に優しくキスを重ねた。梨華は、驚きのあまり、腰
を浮かせてのけぞろうとしたが、吉澤の両腕がそれを抑える。舌を這わせそこ
を舐め回すと、今度はパンティー越しにうっすらと見える秘めた部分に息を吹
きかけた。
30514-2/8:2001/07/03(火) 04:37 ID:7WGgZqeA

その息に激しく身悶える梨華。その反応を見てますます吉澤の行為は厭らしさ
を増してきた。舌をパンティーの淵沿いに這わせ、薄く茂る陰毛の生え際を唾
液でたっぷりと湿らせる。

そして微かに伝わる梨華の喘ぎ声を聞きながら、ゆっくりとパンティーを下ろ
した。しなやかに伸びる梨華の脚にキスをしながら、最後まで下げきると、そ
のまま投げ捨てた。

「梨・・・華・・・ちゃん。舐めるよ・・・」
「よっすぃ〜・・・、もう、どうにでもして・・・」

梨華はそう言い放つと、自分の意思で思い切り自分の両足を広げて吉澤に秘部
を晒した。梨華の喘ぐ声を聞き終えるな否や、吉澤は梨華の陰部に食いついた。

ピチャピチャと吉澤の唾液が梨華の割れ目に絡みつく厭らしい音が響く。梨華
はその音に合わせるかの様に、リズミカルに腰を動かし、吉澤の舌を受け入れ
ていた。

その舌先が梨華の割れ目の中に侵入する。舌腹でひだの一枚一枚を確認するか
の様に舐め回す。唾液まみれのその舌で梨華の陰部を貪る。

吉澤の舌は、ペロペロと割れ目の中を舐め切ると、今度は指先を陰部に押し当
ててそこを軽くパンパンと叩きながら、刺激を加えていた。

「アンアンッ!そんな事しないでぇ!!、おかしくなっちゃうから・・・」
「梨華ちゃん、オイシイよ・・・」
30614-2/9:2001/07/03(火) 04:38 ID:7WGgZqeA

妖しい吉澤の声が梨華の脳裏にこびりつく。堪らず梨華は身体を上下左右に大
きく振って、イヤイヤをした。しかしその刹那、梨華の割れ目の奥からジワッ
とした液が絡み出てきた。

その液は一筋の雫となって梨華の太腿を伝う。吉澤は喜色満面の面持ちでその
液を舌で掬った。

「梨華ちゃん・・・。感じているんだね。嬉しいな・・・」
「もう・・・よっすぃ〜。恥かしいから・・・。そんな事言わないで・・・」
「恥かしがる梨華ちゃん、可愛いから、もっと、もっと、しちゃうもん!」
「やめて、よっすぃ〜。もう私、おかしくなるの。だから・・・ウッ!」

吉澤はペロリと自分の指を舐めると、梨華の陰部にその指を差し込んだ。ジワ
ッとした感触が吉澤の指に纏わりつく。暫くその感覚に酔いしれた後、ゆっく
りと上下に動かして見せた。

梨華の身体は、指が挿入されたと同時に、腰がピクン!とさせ、自ら小刻みに
腰を上下させ始めた。

ハァハァ、という梨華の喘ぎ声が次第に大きくなる。声につられて吉澤の指は、
そのストロークを大きくさせて、梨華の膣内を撹拌させていた。梨華は、かつ
て経験した事のない快感を全身で味わっていた。
30714-2/10:2001/07/03(火) 04:41 ID:7WGgZqeA

梨華は今まで自分にとって苦痛でしかなかったセックスを楽しみ始めていた。
快楽に酔いしれ始めた梨華は、遂に自らの手で自分の乳房を揉み始め、乳首を
引っ張り、体全体で歓喜を表現し始めた。

「梨華ちゃん、気持ちいい?どう?」
「ウン!アッ、アアアン・・・。もう・・・」

吉澤は梨華の答えを聞き、満足そうな表情を浮かべると、更に激しく梨華の膣
内を掻き乱した。挿入する指の本数を3本に増やし、梨華の身体を壊し続ける。

梨華は、相変わらず自分で自分を愛撫し続ける。甲高い声で喘ぎ続ける梨華の
顔は、次第に紅潮し始めた。そして体全体の肌の色も赤味を増してくる。自分
の手で揉まれている乳房は赤く染まり、可愛らしく勃っている乳首は、少し大
きくなり始め、薄いピンクに色づき始めていた。

「よっすぃ〜、もっと・・・もっと・・・」
「梨華ちゃん。厭らしいね(笑)」
「だって・・・だって・・・」
「フフフッ。じゃあ、こうしちゃおう・・・」

吉澤は妖しい微笑を浮かべながら指の動きを早めた。上下に指を動かすごとに、
膣の中からは、ドクドクと愛液が滴り落ちる。梨華は一層甲高い喘ぎ声を出し、
快感に身を寄せていた。
30814-2/11:2001/07/03(火) 04:43 ID:7WGgZqeA

漸く吉澤は梨華の割れ目から指を引き抜くと、今度は唇で貪った。すでに愛液
でズボズボになったその中を舌先で掻き乱すと、ジュルジュルとわざとらしい
厭らしい音をたてて責め立てる。舌先で探し当てたクリトリスを甘噛みすると
同時に、梨華の体が宙に少しだけ浮いた。

「キャアアア!!!!」

梨華の甲高い声による絶叫音が部屋中にこだまする。その声と同時に、梨華の
割れ目からは勢い良く愛液が弾けとんだ。床上に、テーブルの上に、そして吉
澤の顔中に梨華の愛液が乱れ飛ぶ。梨華は、慌てて自らの秘部を手で隠したが、
それは無駄な抵抗に終わった。

「梨華ちゃん、凄いね!こんなに出るんだぁ?」
「イヤ・・・どうしよう・・・恥かしいよ」

梨華は顔を手で隠し、吉澤に背をむける様に体を横向きにして羞恥心を全身か
ら感じさせる様に身体を丸めた。吉澤は、梨華の背中越しに身体を密着させる
と、その赤みを帯び続けている肌に軽くキスを交わす。そして脇の下から梨華
の乳房に触れると、今だ勃ち続けている両方の乳首を摘んだ。

「イヤ!アン・・・!ダメ、よっすぃ〜」
「何で?梨華ちゃん可愛いんだもん!」

吉澤は梨華の肩を抱くと、その肢体を力強く身体を反転させた。梨華の身体は、
事も無げに吉澤の方へ向け正対する。プルプルと震える乳房と、息づく下半身
が吉澤の眼に飛び込んでくる。

吉澤は何も言わず梨華の唇にキスを重ねた。そして徐々に舌先を首筋に這わせ、
梨華の身体を舐め回した。
30914-2/12:2001/07/03(火) 04:46 ID:7WGgZqeA

吉澤の舌先が遂には乳房の辺りにまで及ぶ。一呼吸置いた後、今度は両手で梨
華の乳房を鷲掴みにして、その中央でツンと勃つ乳首目掛けて、獰猛に吸い付
いた。

唾液塗れにされた梨華の乳房は、激しく波を打つ。吉澤は前歯で、そして奥歯
で梨華の乳首を、乳輪を甘く噛みながら、両手で梨華の乳房を掻き乱していた。

「アンアン!よっすぃ〜!!もっと・・・もっと・・・」
「梨華ちゃん、どうして欲しいのぉ?」
「もっとね・・・もっと・・・強く噛んで!!」

吉澤はその返事に呼応し、乳首というよりも、乳房全体を噛んでみた。激しく
捩れる梨華の体。そしていつの間にか、梨華のか細い指が吉澤の秘部を弄り始
めていた。

「梨華ちゃん、私も・・・気持ち良くさせてくれるのぉ?」
「ウッ・・・アッアン!」

梨華は喘ぎながらも吉澤の秘部にスッと指を入れ、軽く上下に動かして見た。
既に吉澤の割れ目は、愛液で充満しており、その滴りが太腿付近に垂れ流れて
いる。

梨華は、揉まれ噛み続けられる自分の乳房への刺激を忘れるかのように、吉澤
の陰部への行為に没頭し始めていた。
31014-2/13:2001/07/03(火) 04:48 ID:7WGgZqeA

「よっすぃ〜・・・。わたしも舐めてあげる」
「梨華ちゃん・・・」

今まで全てにおいて受動的だった梨華が、立ち上がって身体を180度回転さ
せると一目散に吉澤のパンティーを脱がしに掛かった。そして早速、露にされ
た陰部へ食らいついた。当然ながら、吉澤の顔の付近には、まだビクツキが収
まらない梨華の割れ目が宛がわれている。

不器用なまでの梨華の陰部付近へのキスに吉澤は、かつて無い興奮と快感を味
わっていた。その気持ちのお返しとばかり、梨華の陰部に再び指を入れ、何度
も何度も出し入れを繰り返す。

「よっすぃ〜、ダメ、ダメなのぉ。今は私がする番だから・・・アン、ウッ!ウウウ・・・」
「いいの。もっと腰を動かして梨華ちゃん。そうすると奥まで見えるんだから!」

「やめて、そんなトコみないで・・・。私も見ちゃうよ!」
「いいよ、見て、もっと見て梨華ちゃん!そして、気持ち良くさせて!!」
31114-2/14:2001/07/03(火) 04:50 ID:7WGgZqeA

吉澤の呼び掛けに梨華の舌は応えた。細長い梨華の舌が膣の奥にまで到達する。
そして舌先を指の替わりに何度も何度も抜き差しさせる。その都度、吉澤は脚
を上げ、腰を浮かして応える。そして刺激が貫かれる毎に梨華の可愛らしい臀
部をパンパンと平手で叩いた。

梨華は叩かれる度に甲高い叫び声を上げたかと思うと、次第に厭らしさを増さ
せつつ、吉澤の陰部を堪能し始めていた。自分で舐めた指を入れ込む。その瞬
間、吉澤の口から小さな喘ぎ声が漏れた。

梨華は吉澤の体が自分の指先でコントロールされているのを実感すると、その
出し入れの速度を急速に速めた。

「よっすぃ〜、どうかな?」
「アアアアッ!梨華、やめて!」

吉澤は、梨華の事を呼び捨てにして、快楽を表現した。梨華は、その反応に満
足感を覚え、更に厭らしく吉澤を責め立てる。今度は挿入の本数を増やし、わ
ざと乱暴に膣内を掻き毟って見る。梨華の予想通り、吉澤は反応した。

「ダメだよ、梨華!・・・壊れちゃう〜」
「よっすぃ〜・・・。出てくるよ、凄い、凄い!」
「もう、凄いよ!アアア、初めて!こんなの初めて!!」
31214-2/15:2001/07/03(火) 04:52 ID:7WGgZqeA

今、吉澤の膣に梨華の指全てが挿入された。梨華はぎこちなくだが、その指を
ひたすら上下に動かして、吉澤の割れ目を、陰部を、責め続ける。そしてドク
ドクと流れ出る愛液を舌で掬いながら、うっすらと生え揃う陰毛をチロチロと
唇で梳いた。

「アン、ウン・・・アアア!出るぅ!!」
「よっすぃ〜、凄い、一杯、一杯・・・」

梨華の舌先がクリトリスに触れ、そこをやや強く噛んだ刹那、吉澤の割れ目か
ら愛液の塊が一斉に放出された。まるで噴水のように止め処なく流れる液を梨
華は顔面で受け止め、出切る限り飲み干そうと口を大きく開けていた。

「アウ・・・、」
「梨華・・・チャン・・・凄いよ・・・」

唾液と愛液で床一面がぐっしょりと湿る中、二人の少女は終わる事のない愛の
宴を繰り返していた。何度も絶叫をし、互いの陰部を弄りあい、互いに乳房を
寄せ集め、乳首同士を摺り寄せる。

その度に二人は愛液を飛ばし、卑猥な言葉を連発し、愛欲と快楽の海に身を沈
めていた。
31314-2/16:2001/07/03(火) 04:55 ID:7WGgZqeA

「もうダメ・・・もう・・・」
「よっすぃ〜、わたしも・・・」

吉澤は全裸で寝転ぶ梨華の身体全体を優しく撫でた。そして唾液塗れの口を舌
で舐め取る。梨華はまるで赤子のように、吉澤の乳房から顔を離そうとしなか
った。そして時折、母乳を欲しがる子供のように、吉澤の乳首に吸い付いた。

コロコロと舌先で吉澤の乳首を弄ぶ。吉澤はその度に梨華の髪の毛を擦りなが
ら、胸に抱き続けた。

「梨華ちゃん、もう忘れられたよね?」
「ウン・・・。もう全部忘れたもん・・・。何も知らない。何も聞かなかったの・・・」


「そうだね、私もみんな、忘れたからね。」
「ねぇ、よっすぃ〜。もう少し、こうしていてもいい?」
「勿論だよ、梨華ちゃんがいいと思うまでね」
「よっすぃ〜。・・・今日は私の事、さっきみたいに梨華って呼んで。お願い・・・」
「わかったよぉ。・・・梨華、いつまでこうしていて、いいよ」
「ウン、ひとみちゃん・・・」

互いに傷を舐め合う二人の饗宴は、朝日が昇るまで続いた。街が漸く目覚めて、
起き始めた時、全裸の少女二人は互いに抱き合いながら、湿りきった床の上で
スヤスヤと眠りについていた。

<自粛部分補完 了>
314作者:2001/07/03(火) 05:17 ID:7WGgZqeA
<凍える太陽 INDEX 前編>
 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91
 休章・・・>>92-94
第5章・・・>>97-118
第6章・・・>>119-136
邂逅1・・・>>137-141
315作者:2001/07/03(火) 05:19 ID:7WGgZqeA
<凍える太陽 INDEX 後編>

第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
 前編・・・>>198-230
 後編・・・>>231-262
邂逅4・・・>>265-275
第10章・・・>>276-297

補完章・・・>>298-313(第9章 後編自粛部分)
316プチ( ´∀`):2001/07/03(火) 13:45 ID:/tKXYQj6
>>314-315
みやすくていいですな。
最近みれなかったんで家に帰ってはじめからゆっくり読みます。
吉澤ヲタなんで自粛部分も複雑な気分で読ませていただきます(w
31717-1:2001/07/05(木) 04:33 ID:E.xS1FB2

第11章

あなたの瞳の奥は、いつも愁いを帯びた悲しみで彩られているのね・・・、そう、私は今、愛すべき人を見つけたの・・・

― ジョニ・ミッチェル ―


夜は深まり、街は静まる。これから下されるであろう、その鉄槌の果てが
心に重くのしかかる。それでも彼の気分は、苦いままだった。

急坂の途中、辛うじて止まる車の中、全くの無音に包まれたその中で、彼
は、ある人物の到着を待っていた。
31817-2:2001/07/05(木) 04:33 ID:E.xS1FB2

漸くと夏の熱気が収まる夜。街を見下ろす様に聳え立つ高層マンションの
前で、彼女は脚を竦めていた。胸の奥底にしまわれた切なる想いを確かめ
る為に、彼女はこの道を選んだ。

例え得られる答えが哀しくても、それを受け入れると決めたのだ。静寂の
玄関先、吉澤は意を決して、鈍く銀色に光るキーパットにその人が住んで
いる部屋番号を刻んだ。
31917-3:2001/07/05(木) 04:34 ID:E.xS1FB2

遠くから聞こえてくる、砂浜に打ち寄せる波の音が優しく耳を刺激する。
人影のない街路樹に一人佇む少女。憂いを帯びた瞳が哀しげに光る。たど
たどしくその歩みを進めても、彼女の待つ人の姿は一向に見えなかった。

主のいない古びた家の庭先。誰もいないベランダに置かれた椅子に少女は
腰を下ろした。

その少女は、小さなバッグから一通の手紙を取り出すと、それを何度も何
度も読み返した。そしてそれを読み終える度に、小さな溜息をつくと、や
るせなくその視線を辺りに巡らせた。

しかし彼女が待ち焦がれている人の気配は、既にこの家にはなかった。梨
華の瞳から悲しい雫がポトリと落ちる。梨華は、もうその人に逢えないと
は分っていても、この場を離れる勇気がもてなかった。
32017-4:2001/07/06(金) 02:54 ID:yGC7ySGo

「わりぃね!、ちょっと遅れたわ。それじゃ、早く行ってよ!」

後部座席のドアが乱暴に開かれたかと思うと、コンサバティブなスーツ姿
にその身を包んだ少年が、慌しく飛び込んできた。

少年の言うがまま、その車は静かに動き出す。但しその行き先は、少年が
望んだ場所ではなく、前部座席で息を殺している運転手の思うその場所で
あった。

冷たい鬼気に包まれたその黒塗りの外車は、静かに街並みに消えていった。
32117-5:2001/07/06(金) 02:55 ID:yGC7ySGo

「どうしたのぉ、よっすぃ〜?」
「ごっちん、ゴメンネ。突然来ちゃって」
「ウウン、そんな事ないよぉ。でも部屋ん中、汚いんだよねぇ〜、怒んないでね?」
「大丈夫。こっちこそ、突然来たんだから・・・、入ってもいいかな?」
「ウン!入って!」

吉澤は、未だ収まらぬ胸のざわめきを抑え切れずにいた。しかし真希の微
かな笑顔を見た瞬間に、その迷いは遥か彼方に吹き飛んだ。

伝えたい事を伝えに、そう、自分の気持ちを振り切る為に。重い言葉を携
えて、吉澤は真希の家の玄関をくぐった。
32217-6:2001/07/06(金) 02:56 ID:yGC7ySGo

「ホントだ・・・、わたしみたい。この人なのね・・・」

梨華は、主のいないその家に足を踏み入れていた。静寂に包まれた木造の
家、綺麗に片付けられている、と、言うよりも何かの決意を感じるような
身奇麗な部屋の中をゆっくりと歩く。

綺麗に畳まれた毛布の置かれた寝室、そこの入り口付近にあるローチェス
の上に飾られた写真に写る女性の姿に梨華の視線は釘付けになっていた。

まるで自分の中学時代と見間違うかの様な顔をしたその微笑む女性が、今
梨華が待ち焦がれている人の肩にしな垂れて写っていた。写真の淵には、
ボールペンで書かれたメモが記されていた。

「かすみの15回目の誕生日に・・・。永遠に刻む」

梨華は、か細いその指で写真に写る一組の男女の顔をなぞった。その微笑
む女性に自分の姿をダブらせて思いを馳せる。いつの間にか窓の外から雨
音が聞こえ出していた。

その雨は、夏の終わりを告げ、秋の到着を知らせる、季節の時計であった。
32317-7:2001/07/07(土) 02:27 ID:UL3IYML.

「おい?どうした?道玄坂て、こっちだっけ?」
「・・・」

少年を乗せた黒塗りの車は、大きな通りをくぐり抜け、大きな木々が生い
茂る公園の中を走っていた。車内では、少年の不服そうな意義申し立てが
続いていた。

「おい!きいてんのかよっ!!このボケ!」

少年は苛立ちを隠さず、いきなり運転手の座席を何度も蹴り出した。そう
した少年の怒りは、運転手にはまるで無反応でいる様に、車のスピードを
変えなかった。
32417-8:2001/07/07(土) 02:30 ID:UL3IYML.

「いい加減にしろよ!渋谷に行けっていってんだよ!!」

少年は、後部座席に置かれていたティッシュボックスを運転手の頭に目掛
けて勢い良く叩きつけた。叩きつけられたその箱は勢い余ってフロントガ
ラスに激しくあたる。それでも運転手は、完全に少年の行為を無視し続け、
車を走り続けさせていた。

「この野郎!ナメンナヨ!」

少年は、体を起こすと運転手の肩に手を掛けた。そして激しく揺すったが、
相変わらず反応はない。

遂に少年の怒りは頂点を迎えた。運転手の肩を掴んでいたその手を離すと、
そのまま運転手の頬を目掛けて拳を下ろそうとした、と同時に、その車は、
キキキッという激しい音を立ててブレーキがかかると、その場に急停止し
た。
32517-9:2001/07/07(土) 02:33 ID:UL3IYML.

少年はその勢いで、やおら運転席横にあるシフトレバーにしたたか顔を強
打した。少年が怒りとその痛さに対し、身を捩らせんばかりに激しく怒鳴
ろうとした刹那、今まで沈黙を守り続けていた運転手の口が、遂に開いた。

極めて冷静な平坦な口調で繰り出された言葉は、少年の耳の奥底までこび
り付く程、冷酷でいて、しかも全身に戦慄を貫かせた。

「・・・お楽しみは、ここまでだ、坊や。ゲームセットだよ。」
「!」

記憶の片隅にあった聞き覚えのあるその声に少年は、鋭く反応した。ゆっ
くりと顔を上げ、その運転手の顔を見る。少年の眼には、忘れる事の出来
ないその顔が飛び込んできた。
32617-10:2001/07/07(土) 02:35 ID:UL3IYML.

「あんた、いや・・・あなたがなんで」
「君と最後に別れた時、言った言葉を覚えているかい?」
「・・・いや、忘れた・・・かな」
「そうか。それは残念だった。それじゃあ、思い出してもらおう」

彼は冷たい笑顔を見せると、懐から素早く拳銃を取り出して、寝転ぶ少年
のこめかみにその先を当てがった。彼のまさかの行動に、少年は先程まで
の怒りなど当に忘れ、恐怖の為に完全に凍てついていた。

「思い出したかい?」
「えっ?ううん、なんだったけ・・・」

今や少年と彼の関係は完全に逆転していた。こめかみに拳銃に当てがわら
れ、怯え切る少年は、まるで捨て犬が見せる様な憐憫の眼差しで、彼を見
遣っていた。
32717-11:2001/07/07(土) 02:37 ID:UL3IYML.

「俺は、こう言った。君とは二度と会わないだろう・・・でも、もし今度会う時があるとするならば、
それは俺が君を殺す時だとね・・・」

すると彼は、何の躊躇いも無く拳銃の引き金を引いた。「カチッ」という
乾いた音が車内に響き渡った後、そのリボルバーは、無造作に回転した。
少年の溜息が漏れる。それと同時に、彼の冷たい笑い声がこだました。

「どうした?喜べよ、もっと(笑)・・・さて、次は出るかな?どう思う?」
「やめて下さい・・・」
「やめて下さいか・・・。その言葉、真希さんも吉澤さんも、君に言わなかったかな?」

彼は、再び拳銃の引き金を、事も無げに引いた。「カチッ」という乾燥音
が再び車内に響く。リボルバーは二度、空しく回転した。
32817-12:2001/07/07(土) 02:38 ID:UL3IYML.

「俺を殺すのか・・・。何でだよ、どうしてだ?」
「どうして?君もなかなか笑わせてくれるなぁ。・・・一言で言えば、
無垢な心を引き裂いた、その罰だよ。」

「・・・無垢な心?・・・あんた、何言ってるんだよ。ひとみは、ともかく後藤なんか、
誰にだって足を広げるヤリマンだぜ。現に俺以外とだって、やっていたじゃねえかよ。
別に無理やり犯した訳でもねえしさ・・・。吉澤だってあいつからやられに来たんだぜ。」

「それにしちゃ、写真送ったり、脅したりと、君も忙しそうじゃないか。」
「あんただって同じだろ。・・・あんただって、あいつらとやったんだろ?・・・そうか、
俺が横取りしたのが気に召さなかったんだったなら、それは謝るよ。もう手出ししないから・・・」

「君は変わらず悲しいね。自分の物差しでしか、相手を見る事が出来ないのだから」
「・・・クソ、いい加減にしろよ!さっきから下に見た物の言い方しやがって。
なんだよ、別にいいじゃねえか、あんなバカ女とやるのが、いけねえのかよ!」

少年は、精神と肉体の両方を彼に押さえつけられている現状に我慢できず、
遂に感情を爆発させた。彼は少し妖しげな笑顔を見せると、今までの様な
茶化すような口調を抑え、やや語気を強めて言葉を放った。
32917-13:2001/07/07(土) 02:39 ID:UL3IYML.

「無駄話はここまでだな。あんまり成算が無いのに強がるなよ。それに、もう俺の
この銃の弾丸には、空きは無い。」

彼は握られている銃の撃鉄を静かに引いた。少年の耳にはその音が確実に
大きく届いた。それと同時に、少年はその音を聞き終えると、度重なって
襲ってくる余りの恐怖の為に、軽く失禁をした。

そしてワナワナと小刻みに身体を震わせ、懇願するような眼差しで彼を見
遣ると、か細い声を振りしぼった。

「・・・許してくれ。いや、許してください。確かにあの写真の事はやり過ぎたよ。冗談だから・・・」
「冗談ね。それでネガは?」
「部屋に帰ればあるよ。今から一緒に取りに行こうか・・・」
「黒いサイドボックスの一番下か?」
「!!」

少年の眼には更に驚愕色が浮かんだ。その瞬間、もはや自分に切り札が消
え去った事を自覚した。後は来るべき時が来るのを待つだけになったのを
認めざるを得なかった。少年は、自身の意識が次第に遠のいていくのを感
じていた。
33017-14:2001/07/07(土) 02:43 ID:UL3IYML.

「申し遅れたが、先程君の家に寄らせてもらったんだよ」
「しかし、部屋には確か・・・」
「ああ、あの男は、君の友達だったんだね。顔つきはいい男だが、少し騒ぎ過ぎるのが、
頂けないね。」
「えっ?だったのか、って・・・。まさかあんた・・・」

彼の顔が軽くニヤケた。その顔色を見て少年は、事の全てを理解した。

そして心の中では、酒の勢いに乗って二人でしたバカ話の弾みだったと
は言え、真希に写真を送りつけた事、そして吉澤との行為をビデオに収め
て、それを強請の材料にしようとした事、退屈紛れに始めた馬鹿げた遊び
の数々を悔い始めていた。

しかし今の状況を見れば、言うまでもなく、それは遅きに失していた。
33117-15:2001/07/07(土) 02:44 ID:UL3IYML.

「あの写真の事は、あの男の子と一緒に考えたんだってね」
「ああ、・・・ホント言えば、俺はあんまり乗り気じゃなかったんだよ」
「同じ事を、あの子も言ってたよ。今の君と同じ様に、唇を青くしてね」
「・・・本当なんだ。信じてくれ」

「大人をからかうのはよくないな。ウソは一度まで。2度目のウソに愛嬌はないんだよ。
・・・ま、これからは、あちら側でふたり揃って楽しんでくれや」
「・・・あちら側?それって何処だよ」
「ここでない、あちらだよ。わかるだろう?」

彼の醒めた笑顔が少年の眼に焼きついた。その冷徹な顔に少年の心は、凍
てつく。誰もいない公園の遊歩道。その端に止まり続ける、黒塗りの車の
中、静まり返るその暗闇に紛れて死のゲームが漸く終わろうとしていた。
33217-16:2001/07/09(月) 03:50 ID:HNCGyrNg

「もう、よっすぃ〜、遅いよっ」
「うん、ごめん!うわぁ、本当に大きいね。旅館みたい・・・」

既に真希はその大きな浴槽に身体を沈めて、吉澤を手招きした。吉澤はそ
れに即され、置いてあるタオルで身体を湿らせると、それを身体に巻きつ
け、真希のいる浴槽に身体を預けた。

既に真希は、一糸纏わぬ姿で浴槽に漂っている。吉澤はその姿態を見るの
を避けるかのように、真希から少し離れて座った。

「う〜ん、丁度いい温度だね。気持ちいいなぁ〜」
「そうでしょ。このお風呂、全部自動なんよ。ビックリするでしょ。」
「ホントぉ?」
「・・・よっすぃ〜こっちに来なよ。ホラ・・・」

真希は、少し泳ぐような素振りを見せつつその身を広げた。そして吉澤の
直ぐ横に身を寄せた。そして首を傾け、吉澤の肩にうな垂れた。
33317-17:2001/07/09(月) 03:51 ID:HNCGyrNg

「あ〜気持ちいいね!」
「そうだね・・・」

明らかに吉澤の体温は、上昇を始めていた。しかしそれはこの風呂のせい
ではない。真希の裸体が自らの肩に寄せられたからに他ならなかった。

(どうしよう・・・ドキドキが止まらないよ・・・)

吉澤と真希は、久し振りの楽しい語らいの後に、二人で浴槽に浸かり、そ
の楽しい時間を更に味わっていた。吉澤は高まる気持ちを逸らす為、真希
へ話し掛けた。
33417-18:2001/07/09(月) 03:52 ID:HNCGyrNg

「久し振りだね、こうし二人で入るの」
「ソウダネ!海外に行ったときだっけ?あれ以来だよねぇ〜」
「そうだったっけ?そんなになるかな?」
「そうだよぉ。まだあの頃は、よっすぃ〜の事、よく知らなかったもん」

「そうだよねぇ〜、私もだよぉ。」
「こんなに仲良くなれるなんて、思わなかったもん。」
「私もだよぉ〜。ちょっとごっちんて人見知りジャン。だから尚更だよ。」
「そうかなぁ。みんなにそう言われるんだけど、ホントは、そうでもないんだよぉ」

無駄だった。いくら言葉を繋げ様とも、吉澤の身体は醒めなかった。逆に
時折眼に入る真希の豊かな裸体が更に心の奥を刺激した。

(ゴッチン、きれい・・・)
33517-19:2001/07/09(月) 03:53 ID:HNCGyrNg

月が変わったというのに、未だ蒸し暑い夜が続く。過日、漂っていた秋の
気配は影を潜め忘れかけていた夏の記憶が甦る様な熱気がこの街を覆い尽
くしていた。

今秋に行われる最後のツアーの為に連日行われていた激しいリハーサルも
漸く一段落し、真希と吉澤の二人は、つかの間の休息として与えられた少
ない休日を思い切り楽しんだ。

その夜、真希の新居で食事を楽しんだ後、二人は久し振りに風呂に入って
いた。何気ない真希の誘いに心を乱された吉澤であったが、断れる術もな
く素直に従う以外に道はなかった。いや従ってのではない、心の奥底でそ
れを望んでいたのだから。

吉澤は依然心を乱されたまま、湯船の中に身を沈めていた。少しの沈黙が
怖い、吉澤はいつもより饒舌に真希に語り掛けていた。沈黙を消し去る為、
そして心の隙間を埋める為に。
33617-20:2001/07/09(月) 04:00 ID:HNCGyrNg

「ごっちんさぁ、リハ疲れない?元気だよねぇ。私なんかもうダメだよぉ」
「そう?意外に平気かも。・・・あっそうか、その前に一杯、休んでたからかなぁ?」
「ごっちん」
「これ終わったらお終いだしね、どうせ。なんかまた、どうでもよくなっちゃった」

吉澤は、思わず真希の顔を見つめた。真希はその様に気付くと笑いながら
吉澤に正対した。吉澤の目には、一糸纏わぬ真希の艶やかな裸体の全てが
飛び込んできた。

「何ぃ〜、よっすぃ〜たら。もう、大丈夫だよ。あんな事しないから・・・」
「ホントに、ごっちん?」

「大丈夫だよ。あの時はどうかしてたんだぁ。あのバカに変な事言われてさ、
自分でもどうかしてたの」
「ごっちん・・」
「よっすぃ〜、心配かけちゃってゴメンネ・・・。もう大丈夫だから。ありがとね!」
「うん。でも、私の事なんか気にしないでね。お礼なんかいいから、ね?」

吉澤は、思わず真希の髪の毛を優しく撫でた。そして今まで胸の奥底に閉
い、深く心に沈めていた自分の気持ちの一端を吐露した。
33717-21:2001/07/09(月) 04:03 ID:HNCGyrNg

「私はいいの。ゴッチンが好きだから。大好きだから・・・。だから気にしないでね。」
「私もよっすぃ〜の事、大好きだよ」

吉澤には分かっていた。自分の「好き」と、真希の「好き」は、違うとい
う事を。それでも「好き」といわれた事を本当に素直に喜んだ。

(いいんだ、気持ちは伝えたんだから。いいんだ・・・)

真希は、甘く囁くような吉澤の声に酔っていた。そして自ら吉澤の首に華
奢な両腕を絡めて、間近に顔を寄せた。そして蕩ける様な眼差しで吉澤を
見つめた。

「よっすぃ〜の気持ちはネ・・・分かってるの。でもね・・・、今までゴメンネ。」
「えっ?ごっちん、それって・・・」
「ウウン。いいよぉ、何も言わなくても。分かっていたんだけど・・・」

吉澤は予期せぬ真希の言葉に驚愕した。それ以上に驚きを隠せなかったの
は、真希が吉澤の体をキツク抱きしめた事だった。吉澤は真希の腕に抱か
れ、心は千路に乱れていた。
33817-22:2001/07/09(月) 04:04 ID:HNCGyrNg

「ごっちん・・・、私の気持ち・・・。それって・・・」
「いいの・・・。何も言わないで。」
「ごっちん、違うよ。何か誤解しているよぉ。私はね、別に、なにも・・・」
「私もよっすぃ〜の事好き。大好き。・・・だから、ここまま一緒だよ・・・。」

「・・・ごっちん」

真希は、さり気なく吉澤の胸に頭を沈めた。そして腕を少しキツク掴み、
その身体を密着させてきた。吉澤は迸る真希の求めに一瞬躊躇したが、自
分の気持ちに逆らう事無くその要求に応じた。

吉澤は、真希の体に腕を回し、柔らかくしなる背中を優しくなぞった。そ
して互いの顔を見つめあう。吉澤のしなやかに伸びる腕が、真希の顔を優
しく撫でた。真希は吉澤の胸に抱かれ、久しく味わっていない安らぎを得
ていた。

「こうしていると、心が落ち着くよ・・・」
「ごっちん・・・」
33917-23:2001/07/09(月) 04:05 ID:HNCGyrNg

吉澤は真希の顔を両手で支えた。すると吉澤の身体に巻きつけていたタオ
ルが外れ、その引き締まった裸体が露になった。真希は、小振りながらピ
ンとした弾力のある吉澤の胸に顔を埋めた。

その瞬間、吉澤の感情は、遂に完全に爆発した。虚ろな表情をしている真
希の顔を抱えると、可愛く赤く色づいているその唇に自らの唇を重ねた。

その口付けは、今まで真希が経験してきた様な、ただ貪るような欲望のは
け口ではなく、心と心を重ねる優しいキスだった。

「わたし、ごっちんの事好き・・・。でも、いいの。気持ちが伝わっただけでいいから。
これからも好きでいて、いいかな?」
「うん、勿論だよ、よっすぃ〜。ずっと、ずっと、こうしていようね・・・」
「ウン・・・」

甘く切ない会話が途切れる。立ち込める蒸気の中で、彼女たちは、再びキ
スを交わした。

(この時が永遠に続けばいいのに・・・)
34017-24:2001/07/09(月) 04:07 ID:HNCGyrNg

吉澤は、真希の身体をキツク抱き締めた。真希もそれに呼応した。そして
吉澤の耳元で囁いた。

「よっすぃ〜、私の事嫌いにならないでね。ずっとずっと、傍にいてね・・・」
「もちろんだよぉ。ずっとずっと・・・わたしもいたいもん。」
「よっすぃ〜。・・・今夜は一緒だよね」
「いいの?」

「ウン。最後まで・・・ね?」
「うん。ごっちん、ウウン、真希チャン・・・」

「よっすぃ・・・、ウウン、ひとみちゃん」

まるで子猫がじゃれ合うように、二人の少女が時が経つのを忘れて身体を
重ねていた。時は流れ、積み重なる。しかし、この浴室の二人には、そん
な瑣末な事は関係なかった。熱気の消えない夜が更に深けいった。
34117-25:2001/07/11(水) 01:04 ID:gFB4XWnk

「あら?あなた、この間の娘ね?」
「えっ?」

梨華は、ポツポツと空から落ち始めてきた雨粒に打たれながら、傘も差さず
暗闇の中を一人彷徨い歩いていた。すると、その背後から白衣を身に纏った
可愛い子犬を引き連れた大柄な女性に声を掛けられた。梨華は戸惑いなが
らも振り向くと、その声に応えた。

「どなたですか・・・」
「私、覚えていない?ほら、この間、海辺で・・・」
「あっ!・・・すみません暗くて・・・。あの時は、どうも・・・」

梨華は、その声の主の顔に見覚えがあるのを確認すると、少しほっとした
表情を浮かべた。彼女は、梨華の顔を覗き込むようにしてその顔色を窺う
と、少し口調を和らげて話を続けた。
34217-26:2001/07/11(水) 01:11 ID:gFB4XWnk

「今日は、いや今日も、あの人に会いに来たのかな?」
「・・・」
「返事はないのかな?・・・でも彼、いなかったでしょ?」
「ハイ・・・」

幾分強まる雨粒に梨華の体が濡れ始める。彼女は自分の差していた傘で
梨華の体を覆った。

「濡れちゃうよ。そんな格好じゃ」
「すみません」
「そうだ、ちょっと、よっていかない?少し雨が落ち着くまで。汚いところだけど」
「・・・いいんですか?」
「もちろん。遠慮しないで」

雨粒にそぼろ濡れている子犬がキャンキャンと鳴きながら梨華の足元に
身を寄せる。その愛くるしい仕草に梨華の顔が少し緩んだ。

梨華は彼女の招きに素直に応じ、その目の前にある小さな動物病院に
入った。白衣の女性は、連れていた犬を診察室の方に連れて行く。梨華
は、待合室にあるやや小さめな長椅子に腰を掛けた。
34317-27:2001/07/11(水) 01:12 ID:gFB4XWnk

「これで拭いて。風邪引いちゃうわよ」
「ありがとうございます」

梨華は、彼女から花柄模様の白いバスタオルを手渡されると、少し湿った
髪の毛を拭いた。次に彼女は、小さな丸テーブルを持ってきた。忙しなく
動く彼女は、次いで奥の部屋から、湯気の出ているカップを二つ持って、
その待合室に帰ってきた。

「コーヒーでよかったかしら?熱いから気をつけてね」
「ハイ。すみません」

梨華はバスタオルを丁寧にたたんで長椅子の端に置くと、差し出されたカ
ップを手に取った。そして少し息を掛けながら、その熱いコーヒーに口を
つけた。

「苦くない?砂糖少なめだったかな?」
「大丈夫です。おいしいですよ」
「そう?それなら良かった」

彼女も梨華の横に座り、コーヒーを飲んだ。大人の女性らしいフレグランスが
梨華の鼻の奥を刺激する。腕に嵌められた時計や右耳に光るピアスなど、
彼女が身につけている装飾品の一つ一つが、年上の女性という雰囲気を醸
し出していた。
34417-28:2001/07/11(水) 01:15 ID:gFB4XWnk

梨華は自然と身を硬直させて、その横で畏まっていた。彼女は、自分で注
いだコーヒーをあらかた飲み干し一息をつくと、長椅子に置かれたバスタ
オルを手にとって梨華の髪の毛を丁寧に梳いた。

「まだ、少し濡れているよ」
「ごめんなさい。ありがとうございます」

彼女は梨華の髪の毛を拭き終わると自分の髪の毛も少し拭いた。長い髪が
すこし解れる。梨華の嗅覚は、その髪が醸し出すその柔らかな香りをとらえ
ていた。

「あなた、石川さん、だよね?」
「・・・ハイ」
「そうか、あなたが石川さんなのね・・・。本当にかすみちゃんソックリだわね」
「かすみさん?。妹さん、ですか?」

「ウン。もう3年になるわね、亡くなってから・・・。それから、半年前にはお母さまも・・・。
そして・・・彼もどこかに行っちゃったわ」
34517-29:2001/07/11(水) 01:18 ID:gFB4XWnk

梨華は、物憂げに話し続ける彼女の顔をまじまじと見つめた。彼女はその
視線に気付くと、すこし笑いながら、梨華に話し掛けた。

「石川さん、ゴメンネ。でもね、あの人はもう帰らないわ。ここにわね」
「・・・」
「3日前、手紙が届いたの。クロを頼むって・・・」

彼女は診察室に戻ると小さな黒猫を腕に抱いて戻ってきた。猫は彼女の腕
の中で、スヤスヤと眠りについていた。

「この子、彼の猫なの。彼ってバカみたいに猫が好きなの。知っている?」
「ハイ。会うと必ず猫の話してました。」
「そうだったの。でもそれって、あの人があなたに心を開いている証拠ね」
「どういう意味ですか?」

「あの人が猫の話をする人って、誰でもという訳ではないから」
「そうなんですか・・・」

彼女は再び梨華の横に腰掛けて、軽くその猫の頭を撫でた。

「あの人、・・・最近何か生き急いでいる感じがしたから。何かあったのね、きっと」
「・・・」
34617-30:2001/07/11(水) 01:21 ID:gFB4XWnk

梨華は、心の奥底で未だ消えぬ苦しみを感じていた。私のせいなの、と、
この女性に叫びたかった。しかし辛うじてその感情を剥き出しにせず、そ
の場で竦んでいた。

「あなた、あの人のこと好き?」
「!」

唐突な彼女の問いに、梨華は言葉を失った。視線は宙を泳ぎ、心の中は大
きくうねりその動揺を隠せずにいた。

「どうなの、好きだった?」
「・・・嫌いじゃありませんよぉ。」

梨華にとっては、その曖昧な言葉が精一杯の返事だった。彼女は悪戯ぽく
笑うと、梨華の顔を再び覗き込んだ。

「嫌いじゃない・・・。じゃあ、好きでもない?」
「えっ、・・・そんな事はないですけど・・・」
「けど?」
「えっと、でも・・・。私・・・、そういうんじゃ・・・ありません」
「別にいいのよ。誤魔化さなくっても(笑)あの人もあなたの事は好きだった筈だもの」
「どうして・・・」

「わかるものよ。あなたと同じで、あの人もそういう気持ちを隠すのが下手だから」

彼女は黒猫を撫でながら、梨華の顔を見つめ直した。少し微笑みながら
再び梨華に語りかけた。
34717-31:2001/07/11(水) 01:24 ID:gFB4XWnk

「わたしたち、あの人には、多分・・・。もう会えないかもね」
「・・・」
「あの人は、かすみちゃんやお母さんのいる所に帰ったんだと思うの」
「!!」

梨華は、遂に信じがたくそして恐れていた事実を真横に座る女性に言わ
れた。どうしても受け入れがたい事実を眼の前に突きつけられていた。

「ゴメンネ、希望を砕くような言い方で」
「いいえ。私もわかっています。でも・・・」
「信じたくない?」
「いいえ。そうじゃないんです。私のせいで・・・、そう思うと・・・」

梨華の瞳から、大粒に涙が零れた。咄嗟に彼女は、脇に置いておいたバス
タオルを梨華に差し出した。梨華は、そのタオルで顔を拭った。

すると彼女の腕に抱かれていた黒猫が突然起き出して、ピョコンと梨華の
膝の上に乗った。泣き尽くす梨華がその猫の頭を撫でると、その猫はペロ
ペロと梨華の掌を舐めた。
34817-32:2001/07/11(水) 01:27 ID:gFB4XWnk

「くすぐったい・・・」
「クロは、わかるんだね?」
「何がですか?」
「あなたは悪くないよ、て、クロは言いたいんだよね?」

「・・・」
「多分、それは、あの人も言いたいんじゃないのかな?」

梨華は彼女の優しい言葉に胸の奥底を突き動かされた。梨華は、掌を舐め
続ける膝上にいる黒猫をきつく抱き締めた。そして声を出して、その場に
泣き崩れた。

彼女は、梨華の肩を優しく抱いて、慰めの言葉を探していた。しかし、さ
めざめと泣き続ける梨華へ差し出すべき言葉を見つける事が出来なか
った。

「大丈夫だよ、泣いていいから」
「わたし、好きでした。大好きでした・・・。もう一度、もう一度だけでいいから・・・
会いたい、声だけでもいいから・・・」

「あいつはバカだね。こんな可愛い女の子をこんなに悲しませて・・・。
石川さん、許してね。あいつの替わりに、私が謝らなくちゃね」
「ウウン。いいんです。いいんです・・・」
34917-33:2001/07/11(水) 01:28 ID:gFB4XWnk

都会では、未だに夏の熱気が残るというのに、海辺沿いのこの街には、秋
を知らせる夜の雨がやや勢いを増して、小さなその病院を叩きつけ始めて
いた。

微かに開いている窓の外からは、遠く響く波の音がさざなみのように聞こ
えていた。カタカタと窓を叩く風の音が耳に付き纏う。その風は、永遠に
届く事ない哀しみを乗せ、夜の海に流されていった。

梨華に抱かれた彼の分身ともいえるその黒猫は、その嘆きの渦の中、
膝の上で静かにその眼を閉じていた。
35017-34:2001/07/11(水) 04:46 ID:gFB4XWnk

「もしもし?」
「・・・誰だ?」
「なんだ、まだ生きていたのね。驚いたわ」
「君か・・・。どうかしたのか?」

「まぁね。それで今、時間いいかしら?」
「えっ?うん、まぁ、いいさ。それで、何の用だい」
「また来ていたわよ、あの子。いいの?」
「良くはないさ。そう思うなら、君から話してくれれば良かったのに」

「話したわよ。でも、あなたもいけないんじゃないの。もう会えないと分っているのに、
その気を持たせて・・・結局、彼女を弄んだのと同じじゃないのかしら?」
「・・・随分と厳しい言い方だな」
35117-35:2001/07/11(水) 04:48 ID:gFB4XWnk
「ズルイと言っているのよ。あなたは彼女たちの為に良い事をしている様な
気分かもしれないけど、実際にやっているのは人殺しよ。
その事実は忘れないで欲しいわ」

「分っているよ。自分がしている事を正当化しているつもりはない」
「本当にそう思っている?少なくても、あなたの思う正義は、私の正義とは違う。
それに絶対なんて事、この世の中にあるのかしら。」

「・・・ないよ。俺もそう思うよ。それに俺がしている事も間違っている。
それも良く分かっているよ」

「・・・だから死ぬの?いや、言い方が違ったわね。死ぬのが分っているからこそ、
そうしているの?そうならばあなたは、卑怯よ。死んでいった男達と同じだわ。
自分の欲望のために他の人の心を踏み躙っている。彼らはセックス、
あなたは自分のちっぽけなエゴの為。どちらも自分のことしか考えていないじゃない」

「・・・じゃあ、聞かせてくれよ。君はあいつらが彼女たちや妹にした事を許せというのか?
俺は許せない。絶対に許せない。俺たちみたいな者が、強い者に叩かれたら、黙って
俯いていろと言うのか。ただ、ひたすら許しを請えというのか。・・・君なら分ってくれると
思って、思い切って話したのに・・・」
35217-36:2001/07/11(水) 04:56 ID:gFB4XWnk

「そうは言っていないわ。自分を正義の塊みたいに思っているのは止めてと
思っただけよ。あなたが話してくれた事の重さは私になり理解しているつもりだわ」

「もういい。踏み付けられた人間の痛みを、踏まれた事の無い人間にわかって
貰おうと思った俺が馬鹿だった。・・・最後にもう一度言っておくよ。
俺は正義の為だとか、復讐だとか、そんな気持ちでやってきたんじゃない。
殴られたら殴り返す、それだけの事さ。虫けらも殴り返す事があるだという
のを示したかった、それだけだった。」

「分ってる。分っているわ、だからなにもそこまで思い詰めなくても・・・」
「いい、話す事はもうないよ。どうせ君の言うとおり後は死ぬだけだしな。
卑怯者らしく、野垂れ死ぬんだから」
「ちょっと待って。そう言うつもりで・・・」
「この電話もキレイさっぱりぶっ壊しておくよ。どうせ遅かれ早かれお終なんだ、
・・・とにかく君にはクロの事頼んだよ。それじゃあ、さよなら・・・」

「ちょっと・・・」
「・・・」

彼女は慌ててリダイヤルのボタンを押したが、受話器の向こう側からの
反応は無かった。彼女は悔恨の表情を色濃く浮かべながら、受話器
をキツク握り締めたまま、その場に立ち尽くしていた。

誰もいない動物病院の待合室。時折聞こえてくる動物たちの鳴き声だ
けが、虚しく響いていた。
35317-37:2001/07/11(水) 04:57 ID:gFB4XWnk

鮮血に染まるウインドウが静かに下りる。彼は、電源の切られた携帯
電話を勢い良く外に放り投げた。チャポンという音と共にその電話は
港湾に深く沈んでいく。

漸く気持ちを鎮めると全身を血まみれにした彼は、一人静かに眼前に
広がる海を眺め続けていた。錆びた鉄を噛締める様な、ざらついた匂
いが充満する車内。至る所が真っ赤に染抜かれ、後部座席に横たわる
「物体」からは、未だ鮮血が止め処なく流れていた。
35417-38:2001/07/11(水) 04:59 ID:gFB4XWnk

彼は一息つくと、先程車の横にある小さなコンテナの中から木製の箱
を数個持ち出し始めた。そしてその中から出てきた大小様々な金属類
をその車のあらゆる場所に取り付け始めた。

なにやらコードを束ねて配線の作業を続けている。あらかたその作業が
終わったと見るや、今度は運転席に戻り助手席に置かれた精密機械に
その線を接続していた。

漸く一連の作業を終えると、最後にコンテナの一番奥にしまわれた少
し大きめな箱を持ち出しにかかる。

新聞紙や茶色の紙切れで何重にも包まれた"物質"をいくつも取り出す
と、ボンネットを開けてエンジンルームにそれを何十個も入れた。その"物質"
は、トランクにもそして車内にも数十個単位で満遍なく置かれていた。
35517-39:2001/07/11(水) 05:00 ID:gFB4XWnk

「♪ミャー、ミャー、ミャー」

突然、助手席のバッグの中から機械音らしき猫の鳴き声が鳴り響く。
それまで冷徹な鉄仮面のような表情で作業をこなしていたその顔色に
少しだけ変化がおきた。彼は少し笑みを浮かべながら、バッグの中を
探るとその音の主を取り出した。

黄色く塗られた小さな猫の時計がその大きさに似合わぬような大きな
音をかき鳴らしていた。彼は裏側のスイッチを押して音を止めると、そ
のままその時計をジャケットの内ポケッに大切そうにしまった。
35617-40:2001/07/11(水) 05:03 ID:gFB4XWnk

「やっと・・・、終わったな」

彼は後部座席に横たわる「物体」を弄ると、ポタポタと真っ赤な雫が
滴り落ちる煙草を取り出し、徐に火を点けた。そしてシートを静かに
傾けると目を瞑り、想いに耽った。長いようで短かったこの数ヶ月の
日々を振り返り、その時の流れを噛み締めていた。

血まみれの車内、錆びた鉄の匂いの充満する車内、非現実的なそ
の空間に身を沈めていた彼は、現実を遥か彼方に飛ばして、一人
静かにその眼を閉じた。

<第11章 了>
357作者:2001/07/11(水) 05:03 ID:gFB4XWnk

<凍える太陽 INDEX 前編>

 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91
 休章・・・>>92-94
第5章・・・>>97-118
第6章・・・>>119-136
邂逅1・・・>>137-141
358作者:2001/07/11(水) 05:05 ID:gFB4XWnk

<凍える太陽 INDEX 後編>

第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
 前編・・・>>198-230
 後編・・・>>231-262
邂逅4・・・>>265-275
第10章・・・>>276-297

補完章・・・>>298-313(第9章 後編自粛部分)
第11章・・・>>317-356
359名無し娘。:2001/07/11(水) 15:47 ID:gFB4XWnk
re start 2days after
360名無し娘。:2001/07/12(木) 02:38 ID:WYFS9sCk
保全
361作者:2001/07/12(木) 04:31 ID:8B89SH6Q
THANKS
362名無し娘。:2001/07/13(金) 13:47 ID:ol/UDW8M
なんでこんな凄い小説今まで見つからなかったんだろう。
小説総合スレにも出てないし・・・。
36318-1:2001/07/14(土) 03:39 ID:Y1olRm1k

第12章

もし、この世の中を変えることが出来るなら、僕は君の世界の太陽になる。

−エリック・クラプトン−


「♪♪♪・・・」

鳴り続ける着信音が、空しく響く。キャリングポーチの中の奥底にしまわ
れた携帯電話は、取られる事なく哀しげに響いていた。大きな引き戸を
挟んだ向こう側の部屋にいる二人には、この音は、この想いは、届かな
かった。



「よっすぃ〜、ごっちん・・・、何処にいるの・・・」

先程来の通り雨も止んだ誰もいない夜の海岸。梨華は一人蹲り、寂しさ
の中佇んでいた。手元の携帯電話を何度となく鳴らし続けるものの、そ
の先からは何一つ確かな手応えはなかった。
36418-2:2001/07/14(土) 03:42 ID:Y1olRm1k

「もう、誰もいないんだな・・・」

梨華はそうポツリと呟くと、すっと立ち上がり、所作なくふらふらと歩
き出した。湿った砂浜に脚を取られ、何度も何度も躓きながら、大きく
打ち寄せる波の方へと向かう。すっかりと砂まみれになったミュールを
脱ぎ捨て、素足のままでさ迷い歩く。

前方に広がる漆黒の雲の中からか、おぼろげに光る月に梨華の全身が柔
らかく照らされていた。

「ひとりなんだね・・・、わたし」

梨華はふらつきながら漸くと波打ち際にたどり着いた。夏が終わった海
の水は、ひと際の冷たさを湛えている。凍えるような冷たい海水が梨華
のつま先を刺激していた。
36518-3:2001/07/14(土) 03:43 ID:Y1olRm1k

傷ついた心を癒すのと引き換えに、大切な何かを失いつつある焦燥感が
梨華の小さな心を掻き毟る。濡れてゆく心の中とは裏腹に梨華の瞳は乾
いていた。焦点なく視線は乱れ、宙を彷徨い続けていた。

「ミャーン」
「!!!」

背後から聞こえてきたその鳴き声は、心の闇をさまい続ける梨華に、現
実の世界へ呼び戻すかの様な合図だったかもしれない。

先程の動物病院で愛でていた、「彼の分身」がいつの間にか、梨華の後
ろで鳴いていた。その「分身」は、腹をすかして餌を欲しがるかの様に梨
華の顔を見つめて鳴き続けた。
36618-4:2001/07/14(土) 03:44 ID:Y1olRm1k

「どうしたの、ネコちゃん。抜け出してきたのぉ?」
「ミャーン、ミャーン、ミャーン」

梨華は波打ち際から漸く離れると、この間の台風で打ち寄せられたらし
い流木の上にピョコンと座っているその黒猫の間に近寄り、しゃがみ込
んだ。梨華は恐る恐るその猫に手を伸ばし、頭に触れてみる。しかしそ
の黒猫は逃げずに梨華の手を受け入れた。

優しく頭を撫でる梨華の振る舞いに、その小さな身体を丸めて喜びを表
していた。

「おなかすいたのぉ?ネコちゃん・・・」
「ゴロ、ゴロ、ゴロ・・・」

黒猫は喉を鳴らして更に喜びを表現していた。すると丸めていた身体を
一気に伸ばすと、しゃがんでいる梨華の足元に近寄り、先程まで冷水に
浸されていたそのつま先をペロペロと舐め出した。
36718-5:2001/07/14(土) 03:45 ID:Y1olRm1k

「ダメだよぉ〜、くすぐったいから」
「ゴロ、ゴロ、ゴロ・・・」
「ネコちゃんも一人なの?・・・わたしと同じだね」
「ゴロ、ゴロ、ゴロ・・・」

梨華は、喉を鳴らし続けている黒猫を抱えると立ち上がり、毛に纏わり
ついている砂を手ではらった。黒猫の首輪に光るプレートが目に入る。
そこには手書で記された名前の欄に「クロ」と書かれていた。

「そうなんだ、あなたはクロっていうんだったね。あの人が教えてくれたんだ・・・」

梨華は思わずその黒猫に彼の姿を重ねてしまった。先程まであれほど乾
いていた筈の瞳に悲しい雫が溜まり始めた。梨華はそれを拭う事無く、少
しだけキツク猫を抱きしめる。

先程まで月光を隠し続けていた漆黒の雲が、柔らかく吹き続ける夏の終
わりの風に流され、辺り一面を妖しい月の光で照らし出されている。
36818-6:2001/07/14(土) 03:46 ID:Y1olRm1k

「クロちゃん、わたしのオウチに一緒くる?」
「ゴロ、ゴロ、ゴロ・・・」
「・・・いいよね、あなた。これくらいの我儘を聞いてくれるよね」

梨華は一人呟くとその猫を抱えたまま、歩き出した。返るはずの無い返
事だとは思いながら、どこからか聞こえてくるかもしれない「彼の声」を
探していた。当たり前に波の音だけが支配するその浜辺に、彼の声な
どある訳も無かった。

しかしそれでも梨華は今、再び僅かながらも充足された気持ちに満たさ
れ始めていた。なくした筈の絆の欠片が梨華の心を優しく包む。秋を告
げる優しい風に吹かれ、梨華は再び歩き始めた。
36918-7:2001/07/15(日) 02:28 ID:AX7G0EZM

「きれいだね、よっすぃ〜の身体って・・・」
「止めてよ、ごっちん。そんなに見つめないで・・・」

真希は、一糸纏わぬ姿で窓際に立っている吉澤の姿を見つめていた。
その真っ直ぐな視線を受ける吉澤は、恥かしそうに後ろを向いてし
まった。すると真希は吉澤にすっと近づき、その背中に顔を傾けた。

互いに全裸で立ち尽くす美しい少女たちの宴が今から始まろうとし
ていた。
37018-8:2001/07/15(日) 02:31 ID:AX7G0EZM

「よっすぃ〜の背中、柔らかいね・・・」
「アッ、ンンン・・やめて、真希ちゃん」

真希は、吉澤の背中を指でなぞった。その真希の指の動きに沿う
ように、吉澤は微かな喘ぎ声を漏らした。吉澤は、堪らず身体を
捩じらせつつ自らくるりと反転し、真希に正対してみせた。

しばらくの間、静かに見つめ合っていた二人は、どちらともなく
キスを求めた。その甘い口付けが終わると、吉澤は真希の顔を優
しくさすり、淡いブラウンに色を変えたその髪の毛を両手で優し
く撫でた。そして再び濡れている真希の唇にキスを交わす。

その口付けは、次第に首筋から耳たぶへと移行する。真希の透き
通る様な皮膚に少し長めの吉澤の舌が這わされた。
37118-9:2001/07/15(日) 02:33 ID:AX7G0EZM

「アッッ・・・。よっすぃ〜・・・」
「ごっちん・・・」

吉澤は真希の背中に手を回し、優しく撫で回すと真希の腕に手
を絡ませる。吉澤の舌は、その真希の華奢な腕に伝わった。上
腕部から肘、そして下碗にまでその舌は巧みに伸びていたが、
痛々しく傷ついた「あの箇所」に達しすると、その愛撫は止ま
った。

吉澤は真希の顔を凝視し一瞬の逡巡の後、その箇所に優しく口
付けを重ねた。更にその掌にも優しく唇を這わせる。その様子
を漫然と見つめていた真希の眼から、熱いものが零れてきた。
37218-10:2001/07/15(日) 02:34 ID:AX7G0EZM

「どうしたの?ごっちん?痛かった?」
「ううん、違うよ!!」

真希は激しく呼応するとそのまま吉澤を強く抱き締めた。そ
して自らの唇を吉澤の身体中に這わせ始めた。その唇は、吉
澤の可愛らしく勃った乳首、小ぶりながら弾力性を持ち、常
にツンと上向きになっている乳房へ、たゆらかにくびれた腰
へと優しく伝わっていく。

真希は、しなやかな両手で吉澤の乳房を揉みながら、腰をナ
ゾリながら、乳首を指でつまみながら、激しい愛撫を繰り広
げていた。
37318-11:2001/07/15(日) 02:37 ID:AX7G0EZM

「ゴッチン・・・」
「よっすぃ〜、好きだよ・・・」
「そこは・・・ごっちん・・・。恥かしいよ」
「いいの、力を抜いて・・・」

真希の唇が吉澤の首筋を優しく伝わる。吉澤はその耐え
難い快楽に呼応し真希の頭を掻き毟った。

真希の愛撫は吉澤の上半身全体へと進む。吉澤の少し火
照った体を優しくさすり続けていた。
しかしその愛撫が吉澤の右肩少し上の辺りで急に止まっ
た。

そこは過日、吉澤があの少年に貪られた時に出来た傷痕
が残っていた箇所であった。
37418-12:2001/07/15(日) 02:40 ID:AX7G0EZM

「ここどうしたの?よっすぃ〜?」
「なんでもないよ」
「・・・ウソ!どうしたの?私に教えて。」

真希の甘く優しい囁きに吉澤は心を許した。そしてツラク
哀しい告白が続いた。

「されちゃったの。そう、ごっちん、あの男の子に・・・」
「えっ?ウソでしょ・・・なんで、どうして!!なんでアイツなんかに・・・。
よっすぃ〜、ウソだよね?」

「ウウン。ホントなの、ゴメンネ」
「何で!訳を教えてよ、よっすぃ〜!!」

真希は吉澤の両肩を抱え激しく問うた。吉澤は真希の厳し
い眼差しを逸らし、顔をそむけた。しかし真希はその肩に
置かれた手を今度は顔に移し、自分の方に正対させた。
37518-13:2001/07/15(日) 02:41 ID:AX7G0EZM

「よっすぃ〜、見て。私の顔を見て。どうしてなの?なんでなの?」
「・・・ごめんね、ごっちん」
「何で、どうして。ウソだよ・・・そんなの・・・」
「・・・ゴメンネ」

「何で謝るの!よっすぃ〜・・・。どうしてなの!なんでアイツなんかと・・・」
「知りたかったの・・・」
「えっ、何を?よっすぃ〜・・・」
「ごっちんの事、知りたかったの。」

「だからって・・・それであいつとするなんて・・・」
「最初はそんなんじゃなかったの。でも、途中から・・・・」
「もしかして、あいつに乱暴な事されたの?」
「ウウン。心配しないで。ちょっと・・・、変な事言われただけ・・・」

「馬鹿だよ、よっすぃ〜。馬鹿だよ・・・」

真希はその美しい瞳に一杯の涙を浮かべ吉澤の顔を見つめた。
そして嗚咽を漏らしながら、その場に泣き崩れた。今度は吉
澤が真希の肩を抱きかかえる。

そして髪の毛を優しく梳きながら、語りかけた。
37618-14:2001/07/15(日) 02:42 ID:AX7G0EZM

「でも、わかったからいいの。ごっちんの事・・・。ホントに少しだけど、
辛さや痛さがね」
「よっすぃ〜。なんで・・・」
「いいんだよぉ。もう泣かないで。だって一番大切なことがわかったんだから」
「・・・」

「わかったの。心の中から、わたしがごっちんを好きだって事が。・・・好きなの、ごっちん」
「よっすぃ〜」

吉澤は、涙で濡れ尽くされた真希の顔を優しく撫でると、徐に
熱い口付けを交わした。その口付けは、どこまでも甘く、そし
てどこまでも獰猛だった。
37718-15:2001/07/15(日) 02:45 ID:AX7G0EZM

吉澤は巧みに真希の咥内に舌先を忍ばせると真希の咥内を舐
め回し、舌と舌とを上手に絡めた。ぴちゃぴちゃという厭ら
しい音が室内に反響する。

いつの間にか全裸の少女二人は、冷たい床の上に寝そべり、
互いの脚を絡ませながら、そして互いのか細い腕を巻きつけ
ながら、狂おしいまでの行為に耽っていた。

「やっぱ、ダメだった。好きな人とでなきゃ、ダメなんだね。気持ちがないと・・・。
男とか女とか関係ないの。好きな人と一緒にいたいの・・・」
「よっすぃ〜・・・。わたしも同じだよぉ。今日は一緒だね」
「ウン・・・」

<以下は描写が詳細な為、筋には直接関係はないと判断し自粛。以降12章後半へと続く>
37818-16:2001/07/15(日) 02:51 ID:AX7G0EZM

「ごっちん、これからも・・・一緒・・・」
「ウン。一緒だよ・・・よっすぃ〜」
「ねぇ、ごっちん。これから二人きり出会う時は、ひとみ、て呼んでね」
「ウン。わかった。ひとみ・・・ちゃん。よっすぃ〜、やっぱり呼び付けに
なんか出来ないよぉ」
「もう、ごっちんたら・・・」

二人は、宴の余韻を楽しむかのように、互いの顔を見つめあいながら、
どちらともなくキスをした。激しく続いた愛の行為に浸りながら、互い
の心をそして体を鎮めた。

力尽きた二人の少女は、全裸のままベッドの上で共に静かに目を閉じた。

<以上、自粛部分。ここから第12章後半部分続く。/自粛部分は何れ補完の予定あり>
37918-17:2001/07/16(月) 00:44 ID:n8wD6p3.

鮮烈な太陽の光に全身を照らされ、彼は目覚めた。背中を丸めた老婆が
なにやらぶつぶつと囁きながら大きな籠に巻かれた紐を解いているだけ
の静かな甲板の上で彼は漸く浅い眠りから覚醒した。

グルリと辺り一面を見回しても海以外に目に入るものは無い。少し強め
の北風に揺られながら、古びたフェリーは南へと進路を急いでいた。

「そんな格好で寝てたか。風邪、ひいちまうぞ」

安繕いのビーチチェアーの様な長椅子で寝転ぶ彼に、先程の老婆が語り
かけてきた。上半身裸のショートパンツという彼の姿を訝しそうに見な
がら、訛のある口調で畳み掛けてくる。彼は少々戸惑いながらも、人懐
っこいそのしゃべり方に絆され、話の調子を次第に合わせていった。
38018-18:2001/07/16(月) 00:46 ID:n8wD6p3.

「夏じゃあんめいし。さむくなかったかい?」
「そうでもなかったですよ。丁度いい具合でした」
「そうかいな。しっかし、あんた見かけない顔だけんど、島のもんじゃないな。」
「ええ。観光みたいなもんです」

「観光って、ああ、あんたも潜りにきたんかい?」
「いや、ちがいますよ」
「じゃあ、何しによ。あんたさん、あん島は、海以外に見るもんなんか
なかっとよ」
「アハハ。いや、何となく一人になりに来たんですよ。」

「一人にかい?かわっとね。でんも、旅館とかそんな立派なものなかっとよ」
「そうなんですか?」
「そうさな。あんたさんはどっか、泊まるとこ決めてっか?」
「いや、別に・・・」

「じゃあ、ウチのトコさ、来いな。狭いっけど、いいトコよ。」
「いや、いいですよそんな」
「遠慮なんかスンナ。勿論、タダって訳ねえど。内は民宿やってから」
38118-19:2001/07/16(月) 00:48 ID:n8wD6p3.

「そうなんですか・・・。おばあちゃん、商売上手いなぁ。それじゃあ、お願いしますよ」
「あいよな。そういやぁ、下の倉庫に止めてあった車はあんたさんのかい?」
「ええ。」
「島で車で使うんかい。そげな広い島じゃなかっとよ」

「そうですか。それじゃ、いらないかな・・・。まぁどうにかしますよ」
「そうかいな。とにかく、遠慮すんなや。」
「ハイ。そうだ、前払いでいいですか、お金の方は?」
「もちろん、いいわな。当たり前やがな。・・・そんでどれくらいいんのさ。」

「1ヶ月くらいのつもりなんですが、まずいですか?」
「構わないわな。いつまでいても結構さね」

老婆は手持ちの大きな籠を勢いよく背負うと、手を振りながら客室
の方へ戻っていった。彼は一晩中この甲板で海風に当たり、身体に
染み込んでいた「錆付いた鉄の香り」が、消え去った事を確認する
と、チェアーの横に置いておいた黒の大きなバッグから、デンバー
ブロンコスというロゴの入った大きめの黒のTシャツを取り出して
身に着けた。
38218-20:2001/07/16(月) 00:49 ID:n8wD6p3.

彼の短く刈り整えられた髪ですら、なびきそうな位の強風が甲板を吹き
ぬける。太陽の眩しさと反比例して、その空気は冷たかった。彼は大き
く息を吐き出すと、再びチェアーに寝転んだ。

雲一つない空を、漫然と眺めながらいつの間にか深い眠りについていく。
もう一度来る朝のために、彼は静かに目を閉じた。

<第12章 了>
383作者:2001/07/16(月) 00:53 ID:n8wD6p3.

<凍える太陽 INDEX 後編>

第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
邂逅4・・・>>265-275
第10章・・・>>276-297

補完章・・・>>298-313(第9章 後編自粛部分)
第11章・・・>>317-356
第12章・・・>>363-382
384作者:2001/07/17(火) 03:45 ID:0sj43WkU
re start 2days after
385名無し娘。 :2001/07/18(水) 04:11 ID:Twn4uwGU
保全
38619-1:2001/07/19(木) 03:53 ID:1yBIv.Mo

邂逅 その5

回答は一つ。憎しみを捨てよ、そしてお互いを許したまえ

― ノーマン・クック ―


白々しい惜別の言葉が、無造作に並べられる。虚しい言霊が宙を彷
徨う。真新しい机の上に置かれた花束すらウソの様に思えてくる程
その男が放つ言葉は、悲しくも軽かった。山村にはその言葉を黙っ
て聞かざるを得ない立場にいるのが哀しくもあり、怒りでもあった。

ただ延々と続く上滑った話を聞く内に山村の心中は怒りを通り越し、
可笑しさすらが徐々に込み上げて来ていた。山村は苦々しい笑みを
浮かべながら、その部屋の一室で、時が経つのをやり過していた。

漸く自分よりも10歳は若いであろう「上司」からの惜別の言葉が
終わる。山村は通り一遍の謝辞の言葉を述べると、早々に部屋を辞
した。
38719-2:2001/07/19(木) 03:56 ID:1yBIv.Mo

山村は同僚や部下からの昼の会食の誘いを丁重に断ると、花束を抱
えて、足早にその忌々しい古びた建物から立ち去った。

早くも正面玄関の横に生い茂る桜の木が赤く染まり始めている。山
村は何気なく立ち止まると、ゆっくりと振り返り、短い間だが通い
続けたその建物を遠い目で感慨深く眺めていた。

「久し振りで」
「誰だね?」

山村は、唐突に呼びかけられたその野太い男の声に驚き振り返った。
そこには過日、山村の研究室を訪問してきた「刑事」が佇んでいた。
山村は即座にこの男が来た意味を理解した。そして語りかけてくる
であろう男の言葉をゆっくりと待った。
38819-3:2001/07/19(木) 04:00 ID:1yBIv.Mo

「・・・なんだ、君かね」
「お疲れ様でした。今日で退官ですか」
「まぁね、そんなところだ」
「しかし、あなたも頑固ですな。本当に辞めなくてもいいでしょうに」
「私の事は私が決める。それに・・・所長らとの事と私の進退は関係ない」

男は少し呆れた風に笑みを浮かべると、やや俯きながら言葉を繋い
だ。

「あなたが辞めなくても、そのうち彼らはここから消えるのに・・・」
「それは、どういう事かね?」
「あなたもご存知でしょう?あの所長が大阪の監察病院時代にやってくれた事を」
「ウン。しかし何となく、しか知らないのだが・・・」

男はやや冷たい視線を山村に投げかけながら、言葉を投げ捨てる
ような面持ちで話を続けた。
38919-4:2001/07/19(木) 04:04 ID:1yBIv.Mo

「大学の後輩だか何だか知りませんけど、医療過誤隠しの片棒担がされて、
勝手に民間病院の薬物検出を手伝って、その上結局それが刑事事件にまで
発展しましてね・・・。あなたもニュースで知っているでしょう?あの事件で
すよ。
しかも挙句にその試薬を全部捨てちまっと言い逃げたのが運の尽きですよ。
お陰で裁判は一審で完敗。慌てて控訴しましたけど見通しは限りなくゼロ
です。今では地検はおろか、最高検まで、上層部はカンカンですよ。審理
が終われば厳罰に処すらしいですから」

「まぁしかたのない事だろう。それもあの男の能力の内だからな」

「・・・実に達観されたお話ですな。しかし当事者にとっては堪らんで
しょうな。最近、我々の組織も勉強しすぎて馬鹿になったのばかりで。
使い物にならないのに限って、出世するから現場はたまったもんじゃ
ありませんがね」

快活に身内の批判を口にする男の喋りに山村は些か、たじろいたが
そうした気持ちを表には一切出さず、言葉を繋げた。
39019-5:2001/07/19(木) 04:05 ID:1yBIv.Mo

「何も君はここまで来て、私相手に警察批判をしに来たのではなかろう。
君相手に回りくどい話は無駄だろうから単刀直入に聞くが、一体用は何かね?」
「ハハハ。いきなりですな。・・・そういえば、お食事はお済みですか?」
「いや、まだだが」
「それならわたしと同じだ。どうですか、一緒に?」
「断っても、ダメそうだな。まぁいい、付き合おう」

「そんなに怖がらないで下さいよ。食事をするだけじゃないですか」
「そうかね」

山村は皮肉めいた笑顔を浮かべながらも、素直に男の招きに従った。
入り口の脇に止めてある大きな黒塗りの車の助手席にすごすごと乗
り込むとその車は静かに走り出す。

狭苦しい路地を巧みなハンドルさばきで掻い潜り、あっという間に
喧騒著しい街中へとその姿を消していった。
39119-6:2001/07/19(木) 04:09 ID:1yBIv.Mo

「意外だね。運転手なんかは、いないのかい」
「わたし程度の階級の人間には、そうした特典はつきませんよ」
「そんなものかね。警察庁の外事課なんていうと如何にもという気が
するからな」
「それは、偏った見方でしょう。その辺りが、公安と外事の違いですよ」

「そんなもんかね・・・。それで話は何かね」
「いきなりですか?お食事の後にでも、いいんじゃないかと」
「回りくどいのが嫌いでね。それにこの後、私用もあるので」
「そうですか・・・。それならいいでしょう」

男はいきなりと大きく左にハンドルを切り、大通りから外れて狭い
小道に入った。しばらくの間、狭い道を蛇行しながら進むと、やや
広い通りに出る。

そしてその通りを迷う事無く突っ切ると、その向い側にあったファ
ミリーレストランの駐車場に車を入れた。車影もまばらなその駐車
場を少しの間、ぐるぐると車を走らせていたが、周りに何の障壁も
ない一角を見つけると、やおらそこに車を止め、静かにエンジンを
消した。
39219-7:2001/07/19(木) 04:11 ID:1yBIv.Mo

「どうしますか?中に入りますか?それともここで?」
「ここで構わない」
「そうですか・・・」

男は助手席にある黒いバッグから分厚いファイルを取り出した。そ
してその中から書類を選りすぐると、数枚のレポート用紙を山村に
差し出した。

「これは?」
「・・・例の件です」
「やはりね。・・・しかしこの間、風の便りで聞いたが、ヤクザの同士討ち
みたいな感じで話は収束させたんじゃないのかね」
「そうですよ。お陰さまで捜査は終わりました。」

「じゃあ、何故かね?」
「個人的な興味です」
「興味ね・・・」
39319-8:2001/07/19(木) 04:13 ID:1yBIv.Mo

男はドアのウインドウを少しだけ下げると、徐に胸ポケットから煙
草を取り出し、安物のライターで火を燈した。小さく息を吸い出し
上手そうにその味をかみ締めると隣に座る山村にも薦めた。

「お嫌いじゃないでしょう、如何ですか?」
「いや、一日5本と決めているのでね。それに資料を読みながら吸うのは
主義ではないから」
「そうですか・・・」

男は差し出した箱を胸ポケットに再びしまいこむと、遠い目をしな
がら、フロントウインドウの外に広がる様子を漫然と眺めていた。

山村は胸から眼鏡を取り出すと、興味深くその資料を読み始めてい
た。暫くの間、時が滞る。いつの間にか男の煙草が4本目を数え始
めている。山村は疲れたのか何度か手で目頭を抑えながらも、その
ファイルを読み返していた。

そして大きく息をつくとパタンとファイルを閉じて男に返す。そし
て漸く両者の間に流れていた沈黙は破られた。
39419-9:2001/07/20(金) 02:28 ID:Fxs73wcU

「動機不明の連続爆破殺人事件か・・・。どれで君は、この後どうする気かね」
「・・・別にどうもしませんし、どうにもなりませんよ」
「そうかね。まぁいい。それでは、ずばり聞こう。犯人は誰かね?これを読む
限り、ある程度は犯人の目星がありそうだが?」
「ある程度ですがね。それでもハッキリした事は分かりませんしね。ただ・・・」
「ただ、どうしたかね?」

男はもう一度座りなおし、山村に身体を正対させ厳しい眼差しで身
構えた。山村もそれに呼応するかの様に身体を男の方に向け直した。
39519-10:2001/07/20(金) 02:30 ID:Fxs73wcU

「唐突ですが山村さんは、野球は好きですか?」
「野球かね。本当に随分唐突な話だな・・・・。申し訳ないが、特に興味はないね」
「そうですか。私は大好きでしてね、生まれが横浜ですからベイスターズ、
昔の大洋の大ファンなんですよ」
「そうかね。それがどうかしたかね」

「野球を見に行ったとしますね。例えば応援しているチームが10対0で負けていて、
8回裏の攻撃が終わったら、大概のお客さんは帰りますがね。でも私は帰らない。
9回裏の3アウト目まで見ないと気がすまないんですよ」

「それは、言い換えると奇跡を信じると、いう事かね?」
「いえ、そうじゃないですな。それとは違います。気が済まないというだけの話ですよ。
勝ち負けが問題なんじゃない、最後まで見ないと、とにかく気が済まないんですよ」
「・・・」
39619-11:2001/07/20(金) 02:32 ID:Fxs73wcU

「勝負は決してる。9回の裏、2アウト。しかし未だゲームは終わっていない。
この事件も状況は一緒ですよ。最後のアウトは、まだコールされていない・・・」
「その答えが、このファイルかね」
「そういう事です。個人的にね、最後まで追いかけますよ。こうなったら捜査の筋に立ち返りますわ。
動機とブツ。動機の解明はこれからですが、とりあえずブツから潰して行きたいと思いましてね」
「それで私に?」
「そう言う事ですね。これをあなたに調べてもらいたくて来た訳です」

男はそういうと、ファイルケースの底から真新しい書類と共にビニー
ル袋に入っている黒ずんだ屑の束を取り出し、山村の眼前に差し出し
た。
39719-12:2001/07/20(金) 02:34 ID:Fxs73wcU

「これは、何かね?」
「1発目の爆破現場にあったものです」
「?・・・こんなもの見分でも引継ぎの時にも見たことなかったがな・・・」
「そりゃあ、そうでしょう。この間現場から、そうですね3キロほどですか、
離れた所にある街路樹の木に引っ掛かっていたのを見つけたんです。
詳しい事は、こちらの実況見分に書いてありますから、読んで貰えますか?」

「ホウ。偶然とは言え凄いね。しかし良く見つけられたなぁ」
「偶然じゃありませんよ」
「君が見つけたの・・・かね?」
「ええ。随分時間が掛かりましたがね」

「ナルホド、執念だね。少し君の事を見直したな。外事とは言え刑事の勘は
未だ衰えず、ということかね」
「私は今でも刑事のつもりですよ。確かに今の担当部署は外事ですが、警官としての
スタートは外回りですからね。現場百回というのは捜査の基本と教えて貰った口ですよ」

山村は照りつける太陽にそのビニール袋を透かして丁寧に見つめて
見た。胸ポケットから小型のルーペを取り出すとその袋をいろいろ
と弄繰り回しながら、精査していた。運転席からながら、男もその
様子を窺う。そして尋ねた。
39819-13:2001/07/20(金) 02:37 ID:Fxs73wcU

「なんでしょうかね?」
「さぁ、なんだろうな。これだけ焦げ付いていながら、形状はくっきりしている。
随分と頑丈そうな繊維物質のようだがな」

「素人目なんですが、何かの紐だと思うんですがね。それにこの結び方も物凄く
特徴的でしょう?あまり普段はお目にかかれない結び方ですし。多分、起爆装置か
発火装置、いや原形を留めてますから、発火装置という事はないな。
・・・とにかく何かしらかを固定するために使われたと思うんですが、どうですかね?」

「そうだね。そうかもしれないが、まぁ検証前に予断を挟むのはよくないから、
この辺にしておこう。それよりふと思ったんだが、これくらいの鑑識作業なら、
君の部下に頼めばいいだろう?何故、私なのかね?」

「ですから、これは私の個人的な興味でしているんです。身内といえども頼めない話
でしてね。それに終わった事件の捜査をしているというのは、余り外事的には知られ
たくない、というのもありますので」

「しかし・・・いいのかね。だったら尚更の事、私のような部外者に話を持ちかける
のは、まずいんじゃないのかね?」

「いやいや。もはや、あなたは部外者ではないですよ」
「・・・上手いね、高森君。君はナカナカのやり手だ」
39919-14:2001/07/20(金) 02:38 ID:Fxs73wcU

高森の意味ありげな微笑を受け流すと山村は、胸ポケットからショ
ートホープを取り出し、火を探した。高森が先程来の安物のライタ
ーを差し出す。山村は即されたまま、火を借りた。

「それで?」
「作業は、大学に着任されてからで結構ですし、そんなには急ぎませんから、
キッチリと調べて貰えませんか。適度の謝礼も考えていますので」

「お金の事は構わないが、少し時間は頂くよ。着任早々、する訳にもいかないしな」
「それは承知しています・・・どうでしょう、何か食べませんか?そこで。お腹も空きましたし」
「そうだな。少し小腹に入れておくか」
「払いは私が持ちますよ。退官祝いという事で」

「ハハハ。祝いかね。随分こじんまりしたお祝いだね」
40019-15:2001/07/20(金) 02:40 ID:Fxs73wcU

「いいじゃないですか。いきましょう」

山村は、お得意の皮肉めいた口調で高森を茶化した。しかし高森は
少しも悪びれた様子を見せず、ファイルを片付け鞄にしまい込むと
車から飛び出しファミレスの入り口へ向け、足早に歩き出した。

少し遅れて山村も席を立つ。山村がドアを閉めた瞬間、オートロッ
クが掛かり、その黒塗りの車は完全に閉じられた。昼過ぎだという
のに平日のセイもあるのか、人影のまばらなその建物の中に二人は
消えていった。
40119-16:2001/07/22(日) 03:05 ID:ZvhAh2vU

「それで・・・動機は何だと思うのかね?」
「ポイントは遺体の損傷の仕方ではないかな、と睨んでいます」
「この間から、それは言っていたね」
「ええ。余りにも異常でしたから」

ありきたりな如何にも安手のハンバーグ定食を食べ終え、二人は食
後の一服を楽しんでいた。まだ昼下りだと言うのに、店内は客はお
ろか、店員の姿も見えない。その味が示す様に、店内の様子も閑散
さを極めていた。誰もいない空間で二人の男の邂逅は続いていた。
40219-17:2001/07/22(日) 03:07 ID:ZvhAh2vU

「この間、警視庁の爆破処理チームで副班長やっている男に調べを手伝って
貰ったんですが・・・」
「本庁の特殊2課かね?・・・確か副班は、安島君ではなかったかな?」
「そうです、よくご存知ですね」
「いやね彼の兄と私は、警察大学時代の同期でね。兄弟して優秀な技術者だよ。
君は弟と知り合いなのかね」

「ええ、安島と私は長崎県警時代の同期でして」
「そうだったのかね。それは奇遇だな。私も長崎にいた事があるんだよ」
「それも知っていました。・・・実を言いますと、山村さん、あなたの事を
聞いたのも安島経由でして。」
「なるほど・・・。そうだったのかね」

山村はまずいコーヒーを飲みながら、感嘆に耽っていた。思わぬ所
で繋がった友人との関係に少し驚いていた。高森は、言葉を切らさ
ず話を続けた。
40319-18:2001/07/22(日) 03:08 ID:ZvhAh2vU

「その安島が言うには、一連の件で使われた爆薬というのが、かなり
特殊だというんですね」
「だろうな。少なくても我々の研究所にはサンプルは無かったね。
一般じゃお目にかかれない代物だろう、多分」

「そうなんです。何でも・・・クラスター爆弾とかいったかな、その爆弾の
形式を模倣した変形らしいですけど」
「クラスター?オイオイ、いくら何でもそれはないだろう。
この日本で、まさか?」
「それがですね、詳しい話をここに書いてきたんだが・・・」

高森は、胸ポケットから手帳を取り出し書き留めておいた安島の解
説を読み始めた。
40419-19:2001/07/22(日) 03:12 ID:ZvhAh2vU

「えっとですね、掻い摘んで言いますと、安島の推測では、
クラスター爆弾の理論を応用して作られたものじゃないかと・・・。
小さな鉄球の固まりをジルコミューム合金というもので包んで着弾させる。
これは物凄い焼夷効果があるそうですわ」

「そりゃそうだよ。ベトナム戦争で使っていたぐらいだからな」

「らしいですね。さすがに私もこちらの知識は疎くて、初めて
知りましたよ。まぁ本来は飛行機かなんかで目標物に落下させる
ですが、今回の場合はそれら爆薬を、これを子爆弾というらしい
んですが、これをですね無数に仕分けしてある地点に仕掛けておく。

そこを対象物が通り過ぎる時に何らかののリモートコントロールで
それを着弾させるような刺激を与えると・・・。
この仕掛けだと、発火装置は入らないし、目標物に近づく必要が
無いらしいです」

「しかし、クラスターというのは・・・、じゃあ、現場に散乱していた
火薬はどうなんだ?」
40519-20:2001/07/22(日) 03:13 ID:ZvhAh2vU

「安島曰く、ダミーだろうと」
「ダミー?あのニトロもか?」
「ええ。こうした爆薬なんかの知識の薄い素人がマイトを仕掛けて、
ニトロ撒いて、という単純な仕組みに見せかけたんじゃないかなと
いう読みでしたが」

山村は、あごに手をあて暫くの間、沈黙を保ち考え込んでた。必死
になって検証の際における自分の記憶を手繰り寄せている。そして
少し目を瞑ると、振り絞るようにして声を上げた。
40619-21:2001/07/22(日) 03:14 ID:ZvhAh2vU

「そうか・・・。あの金属片の塊がなんだったか分らなかったが。
鉄球の破片と合金の化学反応で出来た物だとすると、
説明が確かにつくのな・・・」
「まぁ、私的にはそのクラスター爆弾的なものが科学的にどうなのか、
というのには興味は無いんですがね。この話のポイントは、その爆弾を
使った時に得られる効果ですよ」

「効果?」
「ええ。この形態の爆破方法をとった理由に、彼の動機が隠されていると
踏んでいるんです。ニトロも火薬も手元にありながら、これだけ変わった
方法を取ったからには、そこに必然がある筈だと」

「必然かね」
「そうです」
40719-22:2001/07/22(日) 03:16 ID:ZvhAh2vU

高森は冷えかけた苦味しか残っていないコーヒーを一口つけると、
歪んだ顔をみせて、カップをテーブルに置いた。その苦味を消す
ように氷が溶けかけている水を飲み干し一息をついた。そしてや
や厳しい目つきをしながら話し始めた。

「ズバリ焼夷、私は犯人が対象の人物を燃やし尽くす事に最大の
意義を感じていたのではないかなと、思うんですよ」
「焼き殺す、という事かね」

「そうです。特に2件目と3件目、スイスの一件もそうですが、
その傾向が色濃く出ています。生きたまま、焼き殺す。遺体を
焼くんじゃない、生きている人間を焼き殺す、という強い意志を。」
「・・・火の記憶か。確かに1件目は木っ端微塵という感じだったが、
2件目、それからタンクローリーの一件はその執念を感じるね」
40819-23:2001/07/22(日) 03:17 ID:ZvhAh2vU

「そうです。多分犯人は被害者の一味のせいで、近しい人間を火事で
失ったか・・・、いや、やつら同様に何らかの原因で焼き殺されたのか。」
「もしそうなると、未解決の放火事件を当たるべきなのかな。わたしは
所詮監察医だから、よく分からないが・・・」

「いや、いい線ついてますよ。勿論そこは重点的に洗っては見ますが、
それでは少し弱い気がするのも事実ですね。刑事としての勘を信じれば、
事件として扱われていない、単純な火事を探すべきかもしれない。
何せここまでの経緯を考えれば、単純な放火行為とあの被害者連中が
結びつくとは思えませんから」
「ナルホド、面白いな。まさにこれからだな、本筋は」

「ええ、下準備に随分手間取りましたがね。勝負はここからです。
まぁ一人でやる以上、長くなりそうですが。」
「君がこの間、言っていた第3者の関与の可能性はどうかね」

「無いとも断言は出来ませんが、あるとも言い切れないですね」
40919-24:2001/07/22(日) 03:18 ID:ZvhAh2vU

「ナルホド」
「特に1件目と・・・それから現在行方不明になっているある少年の一件を
合わせて考えると、更に動機の読みが難しくなる」

「行方不明?ああ、さっきのレポートの最後にあった事だな」
「ええ。この二人に共通する人物というのが、レポートの最後に写真を
貼り付けておいた女性です」

「ああ、あの子がそれか。なかなかの美少女だったね」
「ええ、まぁ芸能人ですから」

「そうなのかね。それは知らなかったな。それであの子とガイシャ達の関係は?」
「ありきたりな言葉でいえば、・・・肉体関係ですな」

「・・・あの子いくつ?」
「今年で17らしいですよ。もうじき誕生日かな、確か・・・」

「17ねぇ・・・」
41019-25:2001/07/22(日) 03:19 ID:ZvhAh2vU

山村はその年齢を聞き終えると少し嫌な表情を浮かべつつ、投げや
りに言葉を吐いた。山村の一人娘とその少女が同じ年であった事が
そうした気持ちを押し出したのは言うまでも無かったが・・・。

「つまるところ結局は男女の縺れかい、この事件の急所は?」
「いや、それが違うんですな。この点がですね、捜査の糸が縺れている
最大の点でして。一連の一件を同一犯だと仮定すると、どうしても
繋がらないんですよ」

「何がかね」
「動機が、です。つまり可能性が2つ出て来る事になる。同一凶器
を用いた犯人が二人いるか、もしくは一人の男が異なる動機により、
連続殺人を犯しているのか」
41119-26:2001/07/22(日) 03:21 ID:ZvhAh2vU

山村はやや顔を顰めながら、高森に問いを返した。

「その後者の場合は無差別、という事かね。犯人は異常者か?」
「その説を完全に否定はしませんが、多分そうじゃないでしょうね。
逆にいえば犯人は標的を選び抜いた上で明確にそれらを区別している
じゃないかな。」

「区別?」
「そうです。爆破事件は連続して起きたが、動機は連続していない、
つまり区別されている事になる。ただ果たしてそんな事が有り得る
のかどうか、あれだけ凄惨でいて考え抜かれた殺し方なのに・・・。
長い間、こうした仕事をしていますが、こういうパターンは聞いた事
が無いのでね」
41219-27:2001/07/22(日) 03:23 ID:ZvhAh2vU
「ナルホド、言う通りに難しいね。しかし君の話を聞いているうちに、
私も何だか事の真相を知りたくなってきたね。・・・あの燃えカス、
なるべく早く鑑定するよ」
「すいません。手間を取らせますが、お願いします」

「乗りかかった船だ。わたしも最後のアウトまでつき合わさせて貰うよ。」
「ありがたい。確かにまだゲームセットには、なっていないですからね」

高森は今一度煙草に火をつけ、美味しそうに煙を燻らせる。見果て
ぬゴールの先を思いながら、久しく感じ得なかった胸中に沸きあが
ってくる無邪気な好奇心を押さえ切れずにいた。

しかしそうした高森の昂まる想いとは裏腹に、遠く南海の小島で終
息の時を過ごしている男により、このゲームの最後のサイは既に振
られていた。

<邂逅 その5 了>
413作者:2001/07/22(日) 03:25 ID:ZvhAh2vU
<凍える太陽 INDEX 後編>

第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
邂逅4・・・>>265-275
第10章・・・>>276-297
補完章・・・>>298-313(第9章 後編自粛部分)

第11章・・・>>317-356
第12章・・・>>363-382
邂逅5・・・>>386-412
414作者:2001/07/23(月) 17:48 ID:Pwt6kv5g
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41520-1:2001/07/25(水) 02:19 ID:HTjGVu6s

第13章

むくわれない 束の間の夢ならば せめて偶然の時だけでも
はかない、うたかたの恋ならば、せめて君の声だけでも・・・

− 山崎まさよし −


「ウソなの?」
「・・・」
「それじゃ、ホントなの?」
「・・・」

「ねぇよっすぃ〜、どうなの?あの高森っていう人は、
よっすぃ〜は全部知っているかも、て言っていたよ」
「・・・」
「ねぇ?どうなの?教えてよぉ。何で黙っているの?」
「・・・」

吉澤は答えられなかった、いや答えたくなかった。苛立ちを
隠さない真希の問い掛けが胸に刺さる。遥か遠くに見える高
層ビル群の谷間に初秋の夕陽が沈んでいく。

遠浅の干潟の彼方、水平線の先から伝わる少し冷ややかな秋
の風が、浜辺に佇む二人へと優しく吹き抜けていた。
41620-2:2001/07/25(水) 02:27 ID:HTjGVu6s

いよいよ明後日から始まる娘。としては最後になるツアー
リハーサルが終わった。各々がそれぞれの想いを抱えて、
全てが終わり、そして始まろうとしている。

練習後、吉澤は意を固め真希に誘われるがままここへ立ち
寄っていた。この場所に来るまで、嫌な胸騒ぎが終始消え
ないでいたのは、リハーサルの最中から終始虚ろな眼をし
ていた真希の姿を見ていたからだった。

リハの合間、元気のない真希の事を気遣う保田の横で、吉
澤はただただ見て見ぬフリを決め込んでいた。私は知らな
い、知りたくない。吉澤は自ら心に鍵をかけて、眼の前の
現実から出来うる限り遠くへ逃げたかった。

しかしリハ終了後の帰りしな、地下の駐車場で不意の真希
の呼び掛けは吉澤にとって、現実を突きつけた瞬間であっ
た。予想されていた事とはいえ、遂に来るべき時が来た事
を告げる、苦しい瞬間であった。
41720-3:2001/07/25(水) 02:48 ID:HTjGVu6s

それは昨日の事だった。唐突に吉澤の家を訪れた高森と
いう名の男の話は余りにも生々しく、そして核心めいた
ところを突いていた。

その男は、吉澤の想像していた通りの事をそのまま反復
した。ただ最後まで、その男の最終的な目的が今一つ分
らなかっただけに、吉澤の不安感はより一層増していた。

当然あの男の話の内容から推し量れば、吉澤の家に来た
という事は、当然真希の所にも、そして梨華の所にも訪
ねてきたに違いない。

実際に梨華は、リハーサル中にそれとなく何度も何度も
吉澤の所に来ては、何かを言いたそうにしていた。多分
吉澤が少しでも水を向ければ、怒涛の勢いで話し始めた
に違いなかっただろう。
41820-4:2001/07/25(水) 02:49 ID:HTjGVu6s

そうした事を分りきった上で、あえて吉澤は、いつもの
ような他愛の無い話に終始した。吉澤の眼には落胆を隠
せない梨華の切ない表情を感じ取ってはいた。

思わず梨華を抱き寄せて、その華奢な身体を包み込みた
い感情が押し寄せる。しかし吉澤は心を鬼にして、その
気持ちを押し殺した。リハ終了後には自らの携帯電源を
わざとオフにし、梨華との接触を完全に断ち切った。

今だけは、そうしていなければ、吉澤は自分の心が耐え
切れなくなるのが分っていた。自分のツマラナイ邪な行
動のせいで、一人の人間を再び犯罪に走らせ、二人のか
けがえの無い「愛すべき人」を傷つけてしまったのだか
ら。

しかし現実は吉澤を逃避させてはくれなかった。鮮烈な
秋の夕陽の照射の中、吉澤の前には決断を迫る真希の姿
がある。

いつか伝えなければばならない事は永遠に残ったままだ
った。吉澤は心の鍵を解き、漸くとその重い口を開いた。
41920-5:2001/07/26(木) 05:40 ID:NujWNZok

「ごっちん、あの警察の人が言ってた事、多分ホントだと思う。」
「・・・」
「あの人に最後に会ったの、わたしなの。その時に・・・」
「その時に?」

「・・・話したの。今までの事、それからこれからの事を。」
「どんな話だったの?教えてよぉ」
「もう安心してていいよって。それから・・・」
「それから?」

真希は食い入るように吉澤を見つめ返していた。その激しい
眼差しが吉澤の瞳を貫く。その勢いに押され吉澤のたどたど
しい口調は、更に重さを増していた。しかし真希の追及は、
吉澤には抗し難い程、冷たくそれでいて厳しかった。
42020-6:2001/07/26(木) 05:45 ID:NujWNZok

「それから、よっすぃ〜、どうしたの?何を話したの?」
「今までした事。それからこれからする事・・・」
「何をしたのぉ?それで・・・何をするの?」
「・・・それから、ごっちんに伝えて欲しい事があるって」
「わたしに?」

吉澤はここで一度言葉を区切ると、呼吸を整え再び話し始め
た。

「ウソついてゴメンネ、真希ちゃんにはもう会えないって・・・。
わたしから、ごっちんには、さよならを伝えてくれって・・・」
「それってどういう意味?」
「もう一度ごっちんに会うと、・・・心が揺らいでしまうんだって。だから」
「だから、何よぉ?」

「だから・・・永遠にさようならだって・・・」
「ふ〜ん、それでよっすぃ〜は、あの人と最後に話したんだ。いつ?
それっていつの事?」

吉澤は答えに窮していた。それはあの日、真希と夜を共にしたあ
の日の前の日だったから。吉澤は、この事を隠し続けたまま真希
と肌を合わせていた、そうあの日の前夜だった。

消せない事実が眼の前に聳える。吉澤が真希を欺いてまで自らの
欲望を剥き出しにした事実は重く残った。
42120-6:2001/07/26(木) 05:47 ID:NujWNZok

「・・・あの日だったんでしょ?」

唐突に放たれた真希の冷たい言葉が吉澤の小さな胸に突き刺さる。
全ては真希に見透かされている様だった。しかし吉澤は敢えてそ
れに答えなかった。沈黙によってでしか、今の自分を肯定できな
かった。それでも真希は、容赦なく吉澤を責め立てた。

「ズルイ!よっすぃ〜ヒドイッ!そんな大事な話、何で今まで黙ってたの!」
「タイミングがね・・・なかったから」
「ウソだよぉ、そんなの。だってよっすぃ〜聞いたんでしょ?今までの
事を全部。だったら・・・分る筈じゃない!私とあの人の間にあったこと
・・・ねぇ、これって違う?私の言ってる事おかしい?」

「ウウン。でも・・・」
「でも何?」
「だって、あの人・・・。もう・・・その時に全て決めていたみたい
だったから」
「それだからって・・・。それに、そのままあの人のする事を止めない
のもおかしいよ。だって、あの人が何するか分っているでしょ。
それなのに」

「でも・・・ごっちん。大丈夫だよ。ていうか、もう・・・、」
「もう、どうしたの?もう何よ!あの人死んじゃうから、どうでも
いいって言うの?どうなの?ハッキリ言ってよ!」
42220-8:2001/07/26(木) 05:54 ID:NujWNZok

「多分あの人はもう、いないかもしれないから・・・」
「ねぇ、それって死んじゃったって事?ねぇ?そういう事なの?」

吉澤は今まで見た事の無い真希が見せるあからさまな怒りの
表情に対して、ただ途方にくれていた。

真希の厳しい視線が吉澤の身体を突き刺す。吉澤自身、真希
が「彼」との再開を心待ちにしていた事を知っていただけに、
その悲嘆に暮れる真希の様子は痛いほど心の奥まで伝わって
いた。

しかしそれ以上に吉澤にとっては真希との絆が大切であり、最
後の拠り所でもあった。幾ら身体を重ねても、吉澤の思う以上
の気持ちが真希に伝わらないのが哀しかった。夕陽の染まる浜
辺の際で、二人の少女のやるせない気持ちが激しくぶつかって
いた。
42320-9:2001/07/26(木) 05:55 ID:NujWNZok

「もういいよ。よっすぃ〜なんて、もういいから」
「ごっちん・・・」

真希はくるりと反転し吉澤に背をむけると、波打ち際の方へ
すたすたと歩き始める。その背中からは強烈な意思を感じ取
れずに入られなかった。

吉澤は真希のそうした態度につられるかの様にその後を追う。
まるで捨て猫が飼い主を探す様に、痛々しい姿を晒しながら
その後を必死に追っていた。
42420-10:2001/07/26(木) 05:56 ID:NujWNZok
「ごっちん、待って。わざと黙っていた訳じゃないんだよぉ。
お願い、わたしを信じて・・・」
「もういいの。いいよ、別に怒ってないから。別にいいよ」

言葉に反し明らかに真希の言葉は怒りに満ちていた。吉澤には
その真希の怒りが単純な苛立ちや衝動から来ているものではな
いのは痛いほど分っている。

吉澤は脱げそうなミュールを引きずりながら、絡みつく砂に何
度も脚を取られながらも、必死に真希の後を追いかけていた。
42520-11:2001/07/26(木) 05:59 ID:NujWNZok

「待って!ごっちん、そうじゃないの。違うんだよ。そうじゃ・・・」
「何が違うの?よっすぃ〜、ズルイ。こんな大事な事を黙っていて、
それで私としたんだ、あの日・・・」
「ごっちん・・・」
「それじゃさぁ〜、よっすぃ〜もアイツらと同じじゃん。セックスだけ
だったんじゃん」

「ごっちん!そんな事言わないで。あいつ等と一緒だなんて、
ヒドイよ!!」
「でも一緒じゃん。それじゃあ、どこが違うのぉ?違わないじゃん。」
「ごっちん・・・」

「・・・そういえばあの刑事みたいな人も言ってたよ。あの人は、
わたしとよっすぃ〜の為に間違いを犯したんだって。・・・多分、
アイツのこと、あの人殺しちゃったんだよ。私達のために、そして・・・
私達のせいであの人は死んじゃうんだよ」

吉澤の心は今にも張り裂けそうだった。真希から投げかけら
れる言葉の激しさよりも、ドンドンと遠ざかっていく真希と
の心の距離感に焦燥感を掻き立てられていた。
42620-12:2001/07/26(木) 06:03 ID:NujWNZok

「ごっちん、そう言ういい方良くないよ。そんな事ないから」
「何で?だってそうじゃない?どこか違う?・・・私があの人にどれだけ
会いたかったのか知ってたでしょ?。それなのに・・・」

「ごっちん・・・、わたしの言う事聞いて、ちゃんと説明するから・・」
「もういい、もう帰るから、もういいから。さよなら!」

真希は、うな垂れる吉澤をその場に残し、足早に立ち去って
いった。確かに吉澤は真希が「彼」の事を想い慕い続けてい
るのを知っていた。嫌というほど・・・それを知っていた。

夜を共にしたあの日以来、事あるごとに真希の口からは、
「彼」の話が途切れる事無く続いていたのも知っていた。だ
からこそ吉澤は言えなかった、いや言いたくなかったのだ。

しかしその邪な気持ちが結果的に自分と真希の間を強烈に引
き裂いてしまったのも事実だった。消せない事実と現実が、
吉澤に今、襲い掛かっていた。
42720-13:2001/07/26(木) 06:11 ID:NujWNZok

無邪気にじゃれ合っていた愛しい日々が脳裏に浮かぶ。ただ
一緒に入られただけで楽しかった時が懐かしく胸を焦がす。

吉澤にはそうした美しい想い出を手繰り寄せ、それに縋るし
か術はなかった。悔恨と虚無感が心の奥底に溜まり始めてい
た。

いつの間にか吉澤の凛とした表情は崩れ、その美しい瞳から
は透明な雫が流れ落ち始めていた。悲しい雫が吉澤の透き通
るような白さを保つ頬を伝った。

「ごっちん、わたしが悪かったの・・・だって、だって・・・」

その人工的に作られた砂浜には、強烈な西日が差し込んでいた。
一人取り残された吉澤の全身に容赦なく初秋の太陽が照らし出
す。

取り残された想いだけが募り、そして心の奥底に積み重なって
いく。吉澤は、どこかで狂ってしまった感情の歯車が虚しく心
の中で回転しているのを感じていた。

「もう終わっちゃう・・・、終わっちゃうのにな。わたしって、バカだな・・・」

吉澤の悲しい呟きが虚しく浜辺に響いていた。悲しみに包まれた
その姿のみが沈む夕陽の中に柔らかく溶け込んでいた。
42820-14:2001/07/27(金) 05:49 ID:ZSq7sLpQ

「お疲れ様でした!」

梨華の明るい口調がスタジオ内に響く。梨華は中年女性のマネー
ジャーに引きつられ深夜の撮影スタジオを小走りに駆け抜ける。
古びた銀色の大扉を開く。既に漆黒の闇に包まれていた屋外は、
ノースリーブの梨華には、幾分の肌寒さを感じられずにはいられ
なかった。秋が近づいたのを、肌身で感じさせる夜だった。

スタジオの裏側にある平面駐車場では、大きなワゴン車の前で更
にもう一人の若い女性マネージャーが梨華たちが来るのを待って
いた。小走りに駆け寄ってくる梨華の姿が見えてくる。その待ち
人は大きく手を振ると大きな声でそちらに向け叫んだ。
42920-15:2001/07/27(金) 05:52 ID:ZSq7sLpQ

「早く!早く!ラジオの収録間に合わなくなっちゃいますよ!」
「ほら、梨華急いで!」
「ハ〜イ。待ってくださいよ〜」

梨華の甲高い声が人影のまばらな駐車場に響く。梨華はヨロメ
キつつも息を切らしながらワゴン車の後部座席に急いで入った。
続いて中年の女性マネージャーが助手席に慌てて座る。その様
子を見届けた若いマネージャーは漸く運転席に戻ると、急いで
エンジンを回した。

車が少し動き始めると後部座席にいた梨華は、前部座席との間に
あるカーテンと更に車窓に備え付けられたカーテンその全て閉じ
た。

すると取っ手に吊るされていたダークスーツを手に取り、勢い良
く走り出すその車内で着替え始めた。カーテン越しに中年の女性
マネージャーの厳しい声が飛んでくる。
43020-16:2001/07/27(金) 05:54 ID:ZSq7sLpQ

「梨華!早く着替えて。そうだ、局に着いたら真っ先に雑誌の取材
があるからね。」
「ハイッ。何の取材ですか?」
「えっとね・・・。東京1週間かな?今度の映画の事だからね。それから
ツアーの事も話すのよ。ね、わかった?」
「ハイッ。」
「ちゃんと、頭の中でいいたい事まとめてから話すのよ!」
「ハイッ・・・わかってますよぉ〜」

梨華は激しく動く車内でどうにか着替え終わると、奥の席におい
てあった自分用の大きなバッグを引き寄せた。その中からブラシ
とハンドミラーを取り出し、少し乱れた髪の毛を梳いていた。
43120-17:2001/07/27(金) 05:57 ID:ZSq7sLpQ

その時だった。工事中の道路を走っていた為に激しく揺れたせいで
バックの中にしまわれていた一通の封筒がヒョコンと顔を出す。梨
華の眼がそれを捕らえるや否や、梨華は髪の毛を梳くのをやめ、そ
の封筒を即座に手に取った。

「・・・」

昨日の夜、その封筒は梨華の家に届いたものだった。それは一枚
の写真と共に・・・。綺麗なか細い文字が書き連ねてある便箋と共
に・・・。

封筒の裏側に書かれた差出人の名前は、浅川優子と記されていた。
可愛い動物の絵が施された便箋をゆっくりと取り出す。梨華はブ
ラシを置き、昨日来何度も何度も読み返していたその文面を改め
て黙読し始めた。
43220-18:2001/07/27(金) 05:58 ID:ZSq7sLpQ

「突然のお手紙、ごめんなさいね。驚いたかな?実はね、あの人から
あなたのお家の住所聞いていたの。それよりも梨華ちゃん、お元気で
すか?

お仕事大変そうだけど、無理をしていないかしら?そうだ、クロチャ
ンも元気にしているかな?

あなたが置いて行ってくれたお手紙読みましたよ。あの子もあなたの
トコロにいた方がいいかもね。何かあったら、私の病院に連れてきて
ね。ペットホテル代わりにも使ってくれていいから、遠慮しないでね。
43320-19:2001/07/27(金) 05:59 ID:ZSq7sLpQ

さて今回改めてお手紙を出したのは、他でもありません。あの人の話
で梨華ちゃんに言い忘れていた事があったからです。

それはね、あの人の病気の事。梨華ちゃんも何となく分っていたと思
うんだけど、あの人は命に関る大きな病を抱えています。

その病気はね、命を削るのと同時に、頭の中にある記憶すら徐々に薄
れてさせてしまう怖い病気です。悲しいことなんだけど、あの人は今、
もう自分の名前まで忘れているかもしれないの。

これは脳腫瘍という病気の大きな特徴。この病気は自覚症状が無くて、
着実に病理だけが進行していく。彼の場合も気付いた時には、レベル
で5という、引き返せない所まで進行していた。本当に残念だった。
43420-20:2001/07/27(金) 06:01 ID:ZSq7sLpQ

この間は言えなかったけれども、今あの人は、ある島でその病気と向
かい合っているみたいです。最後の時は、一人で静かで、というのが
あの人の希望みたいなんだ。

それに、何よりもそういう自分の哀しい姿を私たちに見せたくないと
いう気持ちも少なからずあると思う。

それでも梨華ちゃんが、どうしても会いたいと言うのであれば、朝倉
君のトコロに行ってみて欲しい。彼ならば、その島の場所を知ってい
ると思うから。

実はね、わたしは聞いてないの。いや、そうじゃないわ、聞きたくな
かったから、朝倉君とはそれ以上の話しなかった。

だって私には自分の名前も分らないかもしれない、今のあの人に、会
う勇気も、そして話す勇気も持っていない。あの人の事をこれ以上知
りたくない、というのが正直な気持ちだった。
43520-21:2001/07/27(金) 06:03 ID:ZSq7sLpQ

あの人が梨華ちゃんに宛てた手紙にも書いてあったと思うけど、もう
全ては終わった事だと思う。人間だから何事もなかった様に振る舞う
のは無理かもしれないけれども、時間が全てを解決する筈だと思うよ。

これは経験を踏んだ大人の意見だと思って、聞いて欲しい。あの人も
書いていたでしょう?傷付いた心は、時間以外に癒せないって。

もう済んだ事だもの。過ぎた日の想いではみんな捨ててしまうしかな
いわ。梨華ちゃんには、後ろを振り向きながら生きていて欲しくない。

それはあの人も言っていた事、梨華ちゃんには元気良く歌っている姿
が良く似合うって。結果的に心を乱す事も無くなった訳だし、辞める
必要はないでしょう?だから引退する何て言わないで、これからグル
ープは解散しても、元気に頑張って歌い続けて欲しい。それが彼から
預かった梨華ちゃんへの最後の伝言よ。
43620-22:2001/07/27(金) 06:07 ID:ZSq7sLpQ

梨華ちゃんが輝き続けている事、それが音楽が大好きだったあの
人への最高のプレゼントだと思う。

ミュージシャンになれなかったあの人の夢を、違った形だけれど
も梨華ちゃんが叶えてくれるのを私も陰ながら見守りたいと思っ
ています、楽しみにしているね。

何かあったら、いつでも話してくれると嬉しいです。長い手紙に
なってゴメンネ。これからも忙しいと思うけれども、体調に気を
つけて頑張ってね。今度またどこかで会いましょう、浅川でした。」
43720-23:2001/07/27(金) 06:08 ID:ZSq7sLpQ

梨華はその便箋を読み終わると、静かに眼を閉じた。便箋と共に
封筒にしまわれていた写真がヒラリと座席に落ちる。そこにはい
つの日か彼が撮った、朝倉の飼っていた犬を抱えている喜色満面
の梨華の姿が写っていた。

その写真の裏側には、須らく左に傾く癖のある彼の字でこう書か
れていた。

「ありがとう・・・さようなら・・・」
43820-24:2001/07/27(金) 06:11 ID:ZSq7sLpQ

ワゴン車は静かに走り続ける。静かに目を明けた梨華のその瞳は、
軽く潤んでいる様だった。どうしようもない悲しさや、胸の奥底
に迫り来る甘い記憶と、やるせない想いを乗せながら、車は夜の
東京を走り抜けていた。

梨華の心の奥底には、いままで感じ得ない様な奇妙な安息感が支
配し始めていた。梨華は、きっかりと目を見開くと、再びハンド
ミラーを手に取り、少し茶色がかった艶やかな髪の毛を梳き始め
た。先程まで潤んでいた瞳はすっかりと乾き、強い意志を感じさ
せる様な鮮烈な厳しさを漂わせていた。
43920-25:2001/07/28(土) 05:34 ID:XryCOD6Y

「どうした、ごっつあん?ホントに来たん?わたしんちに来るなんて
珍しいんじゃない?」
「さっきは急に電話してゴメンネ。」
「まぁいいから、ハインなよ」
「いいの?」
「いいよ、そのつもりで来たんでしょ?部屋ん中、ちょっと汚いけどね」

保田は戸惑いを隠しながら真希の事を迎え入れた。真希は勧めら
れるがままに、こじんまりとしたダイニングにある可愛らしい木
製のデザインチェアーにピョコンと座った。

真希は保田がキッチンで忙しなく動き回る姿を漫然と眺めていた。
その保田の姿を見ている内に真希の心には得も言えぬ安らぎが支
配し始め、それと同時に懐かしい無邪気な昔の自分の姿を思い出
していた。
44020-26:2001/07/28(土) 05:34 ID:XryCOD6Y

「コーヒーでいい」
「ウン」
「テキトーに何か出しといて。そこの棚にあるから」
「ここ?」
「そうだよ。ちっと待っててね〜、何か用意するから」

「へぇ、圭ちゃん、料理なんかできるのぉ〜。」
「後藤さん、何かいったぁ〜(笑)ちょっと、来なさい」
「ふふふぅ。何も言ってません〜。」
「ごっつあんもこっち来て、手伝いなさい。命令だわよ(笑)」
「ふふふぅ。わかりましたわ。圭さま〜」

今にして思えば、昨年の冬に保田が娘。をやめてから真希の彷徨
が始まったのかもしれない。甘えられる大切な女性。失ってから
気付いた保田の存在の大きさを真希は改めて噛み締めていた。
44120-27:2001/07/28(土) 05:35 ID:XryCOD6Y

何気ない息抜きの時間が日々の生活から欠落した時、人は日常の
中に非日常を求め、その魔力の力に吸い寄せられ、心の深遠まで
堕ちていくかもしれない。

真希にとって保田の存在こそが日常であり、心休まる場所だった
のかもしれない。久方に交わす他愛ない会話の一つ一つが真希の
心を鎮めていく。

今までの真希は、自分だけが取り残されたような疎外感だけが
心に棲み付き、心に、そして身体にも深い傷を追いながら、駆
け抜けていたのかもしれない。しかし漸くと真希は、自分の居
場所をこの場所に見つけていた。
44220-28:2001/07/28(土) 05:37 ID:XryCOD6Y

「圭ちゃん、からいよぉ〜」
「そう?そんな事ないじゃない・・・ゴホッ、ゴホッ」
「ほら〜、辛いんじゃない。こりゃあ奥様、失格だわねぇ〜」
「後藤さん、ウルサイワヨ!黙って食べなさい!食べられない事も
無いんじゃない?」
「ふふふぅ。わがっだ、わがっだよぉ〜、保田さま〜」
「もう、ごっつあんたら!あんたねぇ、バカにしてんのぉ?」

保田の作った料理をつまみながら、楽しい時間が過ぎていく。保
田は真希に突然の訪問の真意を敢えて何も聞かずに、ただただそ
の他愛のない楽しげな会話を続けていた。

夜の帳が落ち、時計の針が12時を回っても、二人の語らいは止
まる事が無かった。真希は尽きる事のない積もり続けていた想い
の全てをこの瞬間に重ねていた。
44320-29:2001/07/28(土) 05:39 ID:XryCOD6Y

「君は・・・吉澤さんだっけ?」
「・・・」
「久しぶりだねぇ。どう、元気?」
「・・・」
「そうじゃなさそうだな。どう?入っていく?」
「・・・」

「何かさぁ、ずっと黙られてちゃ、分かんないんだけどね」
「あの・・・あの人は、何処にいるんでしょうか?」

朝倉の眼の前には、黒のダークスーツに身を包んだ吉澤の姿があ
った。俯いていて、はっきりとは目視できなかったが、憔悴して
いるのは簡単に見て取れる。

朝倉は心配そうに顔色を窺うように吉澤の顔を覗き込むと、やや
諦めに近い口調で言葉を掛けた。
44420-30:2001/07/28(土) 05:42 ID:XryCOD6Y

「君もかい?あいつの何処がそんなにイイのかねぇ」
「君もって?」
「石川さんだっけ?それから後藤さん?彼女たちも最近来たわね。
まぁバラバラにだけどね・・・。あいつは何処にいるのかって」
「それで、みんなはどうなんですか?」

朝倉は奥にある古ぼけたチェストに置いてあった小物入れを指差し
ながら、吉澤に話し続けた。

「二人とも渡して欲しいものがあるからって。それだよ。昨日は後藤さんが
来てそれ置いてったけど。まぁね、今のアイツがそれらを見て、何の事だか
分かるかねぇ。・・・で、君は何の用?だって君は知ってるでしょ、あいつの病気の事は?」
「何となく・・・ですけど」

「それなのに、どうしたい?・・・な〜んか、嫌な事でもあった感じだねぇ?」
「・・・」
44520-31:2001/07/28(土) 05:44 ID:XryCOD6Y

朝倉は、遠慮せず吉澤の急所をつく言葉を放つ。吉澤は依然上手
く言葉を返せないでいた。

しかし朝倉は、そうした吉澤の態度にも少しの戸惑いを見せずに、
傍にあった小汚い壊れかけのベンチに腰掛けると、ポケットから
取り出した煙草に火をつけ、上手そうに吸った。

暫くその味を楽しんでいたが、意を決したように吸殻をテーブル
の上に置かれたちゃちな銀色の灰皿に押し付けると、立ち竦む吉
澤に向け、再び声を掛けた。
44620-32:2001/07/28(土) 05:48 ID:XryCOD6Y

「まぁいいよ。俺なんかに言わなくてもさ。それにしても、傍目で
見ている限りでは、君、しっかりしている様に思えたんだけどなぁ。
・・・それにしたってアイツ以外に君の悩みを相談できる人は、幾らでも
いるんじゃないの」
「・・・そんなんじゃないんです。何となく、話したくなって」

「何となくねぇ・・・。でもさ、もういいんじゃない?あいつの事はさ。
どうせまた会うと、同時に嫌な事も思い出すっしょ?あの子たちにも
言ったんだけど、アイツの事は、なるたけ早く忘れた方がいいよ。
まぁ交通事故にあったみたいに考えてさぁ」
「交通事故ですか?」

「そう。偶然アイツの人生と君たちの人生が瞬間だけ重なっちまった
だけよ。単なる事故みたいなもんだから」
「・・・」

「君も石川さんも、それから後藤さんも、みんな必死になって生きて
いる訳でしょ?人生なんちゅうのは、生きているだけで素晴らしい事
な訳よ(笑)
生きてるだけで丸儲けなんだわさ。それ以上の幸せは、幾ら探しても
この世にはないんだから。だってあいつを見ていたら、尚更そうは、
思わんかいな?」
「・・・」
44720-33:2001/07/28(土) 05:53 ID:XryCOD6Y
朝倉は笑いながら席を立つと、吉澤の肩をポンと叩いてリングに
向かった。そして後ろ向きながら吉澤に言葉を掛けた。

「人生はバランスだよ。生きてりゃ、次のチャンスが必ずやって来る
もんだわね。死んでるように生きたくないっつてカッコ付けても、そ
いつだって生きてるから言えるんだわね。そういキザな言葉がさ。
まぁ長い間生きてりゃ、いい事ありゃ、嫌な事もある、下り坂があれば、
必ず上り坂もある。せめてさ、上向いて生きようや、折角の一度きりの
人生なんだからさ。どうだい?」
「・・・」

「まぁいいや。あんたみたいなキレイな人に、こんな汚い場所は合わ
ないよ。早く帰りなや。それに俺も話す事なくなっちまったし」
「なんかゴメンナサイ。お邪魔してしまって。」
「ハイよ、気にすんな!元気でな。」
「ハイ」

「なんか声が小さいねぇ。もっと大きな声でさ」
「ハイッ!」
「そう。それでいい。これで安心だわね」
「ありがとうございました。さよなら・・・」

「ハイ、サイナラ」
44820-34:2001/07/28(土) 05:56 ID:XryCOD6Y

朝倉はゆっくりと部屋の奥に向け歩き出す。その背後で吉澤が立
ち去った気配を感じていた。朝倉は隣室にあるトレーニングルー
ムに向かいその中央に鎮座するリング上に登った。

そして唐突に相手なく素手でシャドーボックスを繰り返す。少し
の動きで朝倉の額には玉のような汗が吹き出ていた。朝倉のパン
チは、空を切りながら、鋭い音を立てて、その無人の空間にこだ
ましていた。

雑踏ひしめく夕暮れの街並みを吉澤は一人歩いていた。言葉には
表せない様な複雑な思いが胸の中を去来する。

しかし今の吉澤には、前に踏み出せる小さな勇気だけは芽生え始
めていた。迫り来る別れの日まで、悔いを残さない事を心に密か
に誓うとその顔付きはキリっとした凛とした表情に戻っていた。

幾分と歩みを速めながら、雑踏の中を掻き分けて進むその吉澤の
姿が鮮烈な夕陽の中に溶け込んで、そして消えていった。
44920-35:2001/07/28(土) 05:56 ID:XryCOD6Y

周囲を海に囲まれたその南海の孤島の南端にある誰もいない入り
江付近の平坦な砂浜では、粉々に散った車の破片を掻き集める彼
の姿が沈む夕陽に溶け込んでいた。

彼は、その破片を砂浜に停泊している中型のボートに詰め込んで
いる。あらかた大きな鉄屑を詰め込み終えると、自らそのボート
に乗り込み、その太陽の沈む方へ漕ぎ出した。
45020-36:2001/07/28(土) 05:57 ID:XryCOD6Y

水平線には燃え盛る太陽がその身を傾け、空には綺麗な星が瞬き
始める。鮮烈な太陽の橙と澄み切った夜空の藍とが交じり合い、
得も知れぬ不可思議な時間が過ぎていく。

誰もいない海原に漕ぎ出す彼は、その美しい様に見とれて深く溜
息をつき、櫓を静かに置いた。かすかな波の流れにボートはその
体を預ける。

全ての終わりの時を告げるように、海原の果ての方からは、渡り
鳥の嘶きが彼の耳に届いてきた。
45120-37:2001/07/28(土) 05:57 ID:XryCOD6Y

今までのやるせない日々の積み重ねを思い出し、残した想いを振
り切るかのように、彼は静かにその眼を閉じた。

夏が終わる。暑かった喧騒の夏の何もかもが今、終焉の時を迎え
ていた。

<第13章 了/次章・最終章へと続く>
452作者JM:2001/07/28(土) 06:01 ID:XryCOD6Y
<凍える太陽 INDEX 後編>

第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
邂逅4・・・>>265-275
第10章・・・>>276-297
補完章・・・>>298-313(第9章 後編自粛部分)

第11章・・・>>317-356
第12章・・・>>363-382
邂逅5・・・>>386-412
第13章・・・>>415-451
453作者JM:2001/07/28(土) 06:07 ID:XryCOD6Y

<凍える太陽 INDEX補足 前編>

 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91
 休章・・・>>92-94
第5章・・・>>97-118
第6章・・・>>119-136
邂逅1・・・>>137-141
454作者:2001/07/29(日) 02:16 ID:vc7/LxuU
re start 2days after
455名無し娘。:2001/07/30(月) 03:51 ID:dFn9jldE
保全
456作者:2001/07/31(火) 03:47 ID:kpcemc2c

最終章開始の前に補完。

<作者注>

この部分以外にも作者の自主的判断で省略した箇所は
ありますが、大勢に影響はないしと判断し、そのまま
にしました。

万が一、どこかで改定したものを発表する機会でもあ
れば、その時に完全版とい形で下ろします。
まぁそう言う需要はなさそうなので、多分ないと思い
ますが。

取り敢えず以降は、第12章自粛部分の補完になります。
描写が厳しいので注意を。
45718/-1:2001/07/31(火) 03:50 ID:kpcemc2c

「よっすぃ〜の背中、柔らかいね・・・」
「アッ、ンンン・・やめて、真希ちゃん」

真希は、吉澤の背中を指でなぞった。その真希の指の動きに沿う
ように、吉澤は微かな喘ぎ声を漏らした。吉澤は、堪らず身体を
捩じらせつつ自らくるりと反転し、真希に正対してみせた。

しばらくの間、静かに見つめ合っていた二人は、どちらともなく
キスを求めた。その甘い口付けが終わると、吉澤は真希の顔を優
しくさすり、淡いブラウンに色を変えたその髪の毛を両手で優し
く撫でた。そして再び濡れている真希の唇にキスを交わす。

その口付けは、次第に首筋から耳たぶへと移行する。真希の透き
通る様な皮膚に少し長めの吉澤の舌が這わされた。
45818/-2:2001/07/31(火) 03:52 ID:kpcemc2c

「アッッ・・・。よっすぃ〜・・・」
「ごっちん・・・」

吉澤は真希の背中に手を回し、優しく撫で回すと真希の腕に手
を絡ませる。吉澤の舌は、その真希の華奢な腕に伝わった。上
腕部から肘、そして下碗にまで舌は巧みに伸びていたが、痛々
しく傷ついた「あの箇所」に達すると、その悩めかしい愛撫は、
一旦休んだ。

吉澤は真希の顔を凝視し一瞬の逡巡の後、その箇所に優しく口
付けを重ねた。更にその掌にも優しく唇を這わせる。その様子
を漫然と見つめていた真希の眼から、熱いものが零れてきた。
45918/-3:2001/07/31(火) 03:53 ID:kpcemc2c

「どうしたの、ごっちん?痛かった?」
「ううん、違うよ!!」

真希は激しく呼応するとそのまま吉澤を強く抱き締めた。そ
して自らの唇を吉澤の身体中に這わせ始めた。その唇は、吉
澤の可愛らしく勃った乳首、小ぶりながら弾力性を持ち、常
にツンと上向きになっている乳房へ、たゆらかにくびれた腰
へと優しく伝わっていく。

真希は、しなやかな両手で吉澤の乳房を揉みながら、腰をナ
ゾリながら、乳首を指でつまみながら、激しい愛撫を繰り広
げた。
46018/-4:2001/07/31(火) 03:54 ID:kpcemc2c

「ゴッチン・・・」
「よっすぃ〜、好きだよ・・・」
「そこは・・・ごっちん・・・。恥かしいよ」
「いいの、力を抜いて・・・」

真希の唇が吉澤の首筋を優しく伝わる。吉澤はその耐え難い
快楽に呼応し真希の頭を掻き毟った。 真希の愛撫は吉澤の
上半身全体へと進む。吉澤の少し火照った体を優しくさすり
続けていた。

しかしその猛烈な愛撫が吉澤の右肩少し上の辺りで急に止
まる。そこは過日、吉澤があの少年に貪られた時に出来た
傷痕が生々しく残っていた箇所であったからだ。
46118/-5:2001/07/31(火) 03:56 ID:kpcemc2c

「ここどうしたの?よっすぃ〜?」
「なんでもないよ」
「・・・ウソ!どうしたの?私に教えて。」

真希の甘く優しい囁きに吉澤は心を許した。そしてツラク
哀しい告白が続いた。

「されちゃったの。そう、ごっちんの彼だったあの子に・・・」
「えっ?ウソでしょ・・・なんで、どうして!!なんでアイツなんかに。
よっすぃ〜、ウソだよね?」

「ウウン。ホントなの、ゴメンネ」
「何で!訳を教えてよ、よっすぃ〜!!」

真希は吉澤の両肩を抱え激しく問うた。吉澤は真希の厳し
い眼差しを逸らし、顔をそむけた。しかし真希はその肩に
置かれた手を今度は顔に移し、自分の方に強く引き寄せ顔
と顔を正対させた。
46218/-6:2001/07/31(火) 03:58 ID:kpcemc2c

「よっすぃ〜見て。私の顔を見て。どうしてなの?なんでなの?」
「・・・ごめんね、ごっちん」
「何で、どうして。ウソだよね、そんなの・・・」
「・・・ゴメンネ」

「何で謝るの!よっすぃ〜。どうしてなの!なんでアイツなんかと」
「知りたかったの・・・」
「えっ、何を?よっすぃ〜?」
「ごっちんの事、知りたかったの」

「だからって・・・、それであいつとするなんて・・・」
「最初は、そんなんじゃなかったの。でも、途中から・・・・」
「もしかして、あいつに乱暴な事されたの?」
「ウウン。心配しないで。ちょっとだけ・・・、だったから・・・」

「あのバカ!!・・・でも馬鹿だよ、よっすぃ〜。馬鹿だよ・・・」

真希はその美しい瞳に一杯の涙を浮かべ吉澤の顔を見つめた。
そして嗚咽を漏らしながら、その場に泣き崩れた。今度は吉
澤が真希の肩を抱きかかえる。そして髪の毛を優しく梳きな
がら、語りかけた。
46318/-7:2001/07/31(火) 04:00 ID:kpcemc2c

「でも、わかったからいいの。ごっちんの事・・・。
ホントに少しだけどね、あの時の辛さや痛さがね・・・」
「よっすぃ〜。なんで・・・バカ」
「いいんだよぉ。ごっちん泣かないで。だって一番大切なことが
わかったんだから」
「・・・」

「わかったの。心の中から、わたしがごっちんを好きだって事が。
・・・好きなの、ごっちん」
「よっすぃ〜」

吉澤は、涙で濡れ尽くされた真希の顔を優しく撫でると、徐に
熱い口付けを交わした。その口付けは、どこまでも甘く、そし
てどこまでも獰猛だった。
46418/-8:2001/07/31(火) 04:02 ID:kpcemc2c

吉澤は巧みに真希の咥内に舌先を忍ばせると真希の咥内を舐
め回し、舌と舌とを上手に絡めた。ぴちゃぴちゃという厭ら
しい音が室内に反響する。

いつの間にか全裸の少女二人は、冷たい床の上に寝そべり、
互いの脚を絡ませながら、そして互いのか細い腕を巻きつけ
ながら、狂おしいまでの行為に耽っていた。

「やっぱ、ダメだった。好きな人とでなきゃ、ダメなんだね。
気持ちがないと。 男とか女とか関係ないの。好きな人と一緒
にいたいのだけなんだよぉ」
「よっすぃ〜・・・。わたしも同じ。今日は、一緒だね・・・」
「ウン」

真希は自分から唇を離すと、今度は吉澤の全身を弄り始めた。
真希の少しひんやりとした掌の感触が、吉澤の全身を貫く。
波のように押し寄せる快感に吉澤はその身をくねらせ、喘ぎ
声が漏らした。
46518/-9:2001/07/31(火) 04:04 ID:kpcemc2c

その声を聞き遂げた真希は、いよいよ舌先を吉澤の芯に
到達させる。真希は軽く秘部に息を吹きかけ、うっすら
と生え茂る陰毛に軽くキスをした。そして太股との付け
根部分に舌を這わせる。

吉澤の身体は、そうした真希の愛撫を全面的に受け入れ
ていた。吉澤の手は自らの身体を愛撫し始める。か細く
しなる手で自分の乳房を揉み摩り、時折乳首を摘まむ。
そして自らの口で自分の指を湿らせると、その指で今度
は自分の乳輪を濡らし始めた。

「ごっちん・・・アァァァ、ダメだよ・・・」
「よっすぃ〜、ここなかなだね。・・・いいぃ?」
「アン!・・・ごっちん・・・ウッッ・・・」

真希の舌がいよいよ吉澤の割れ目に侵入をはじめる。真
希は、女性への愛撫はこれが初めて、とは思えないよう
な舌使いで吉澤の中に入ってきた。
46618/-10:2001/07/31(火) 04:06 ID:kpcemc2c

吉澤のヒダは、鮮やかなピンク色をしていた。早くも湿
り始めているその秘部に真希は舌先を奥深く入れ込んだ。
それを細かく振るわせると、その先はひだの一枚一枚へ
巧みに吸い付き、芯を熱くさせ続けていた。

「どう?・・・よっすぃ〜。いい・・・かな?」
「アッ!ウッッ・・・!ごっちん!、ダメ、ダメ!もう・・・」

予想通り、吉澤はこの愛撫に鋭い反応を示した。真希は
吉澤の引き締まり、それでいて、たゆらかなその臀部を
撫でながら、陰部を愛撫し続けた。そして遂に真希は、
自分の指をその割れ目に挿入した。

真希は少し焦らすかのように、内腿の辺りへその愛撫の
場所を替える。しかし吉澤はそうした真希の焦らしに痺
れを切らせ、知らぬ間に自ら求めを請うていた。
46718/-11:2001/07/31(火) 04:08 ID:kpcemc2c

「アッ・・・。いいの、ごっちん・・・、早く入れて・・・いいから」
「よっすぃ〜・、ホントに?」
「ウン、いいよ、早く・・・」

吉澤は喘ぎながら恥かしげも無く真希を欲しがっていた。
そう真希の指を。経験の少ない吉澤にとってこれは冒険
だったが、とにかく今は自分の感情に従いたかった。そ
して自分で腰を少し浮かして見せた。

真希にはそうした吉澤の行為が更なる刺激を呼んだ。そ
して徐に唇を秘部に宛がうと、恐る恐る、自分の指をそ
の芯へ近づけた。

「ごっちん、やさしく・・・してね」
「うん。よっすぃ〜。いれるよ・・・」
「アン!・・・ごっちん・・・ひとみって呼んで、私のこと・・・アッ!」

真希の指は唇で湿らせた後、ユックリと吉澤の中に入って
いく。その指に可愛らしく突起した吉澤のクリトリスが当
たる。そしてその部分を真希は唇で音を立てながら吸い込
み始めた。
46818/-12:2001/07/31(火) 04:10 ID:kpcemc2c

「アッ!ウウウウウン!真希ちゃん・・・もう・・・アッ、いいよ!」
「ピチャピチャしてるよ、ひとみちゃん・・・。ほら・・・」

真希は指腹で数回そのクリトリスを叩いて刺激を与えた。
その度に吉澤は身体を捩じらせる。その割れ目からはド
クドクと吉澤の愛液が零れ落ちてくる。

そしてそこに混ざり合う真希の唾液。ピヤピチャと厭ら
しい音が部屋中にこだまし、二人の五感を刺激する。

今度は真希が続いて恥丘の部分を優しく愛撫すると、割
れ目を舌で弄った。膣の奥にまで指を差し込むのは、さ
すがにかなり躊躇ったが、指を攪拌させるたびに聞こえ
てくる吉澤の叫び声に、真希は堪らず反応し、遂にそこ
へ達した。

瞬間、吉澤は体を大きく捩じらせて丸くなった。そして
全身をヒクヒクと震わせて、かすれた様な声で喘いでい
た。真希はそうした吉澤の様子に少し驚いたが、だから
といってその指の動きを止める訳ではなかった。
46918/-13:2001/07/31(火) 04:12 ID:kpcemc2c

「ひとみちゃん、どう?いい?、気持ちいい?」
「いい・・・凄く良いよ・・・ゴッチン・・・アッ!んんん!・・・」

吉澤は快楽に身を委ね、しきりに真希の名前を呼んだ。
真希はさらに激しく吉澤の陰部に食らいつく。真希の唾
液と吉澤の愛液が混ざり合う音が更に大きな音を奏でて、
部屋中に響き渡った。

吉澤は自ら腰を上げて、真希の動きを即し始める。真希
もその動きに呼応して挿入している指を2本に増やし吉
澤の膣内を更に掻き乱した。すっかりとクリトリスは突
起し、ヒダの一枚一枚が波を打ちながら、ジュワッと愛
液が絡んでくる。

吉澤は膣の奥に真希の愛撫による鋭い刺激が貫かれると、
その度に激しく腰を浮かして喜びを表現した。そして、
か細く華奢な脚を真希の身体に絡みつけ、そして締め上
げた。
47018/-14:2001/07/31(火) 04:14 ID:kpcemc2c

「よっすぃ〜、ひと・・・みちゃん。アン!」
「ごっちん。今度は私がしてあげる!」

そういうと吉澤は、むくりと起き上がり何の前触れもなく、
いきなりとその露になっている真希の陰部に食らいついた。
そして自分の唾液を真希の陰部に垂らし始める。

徐に真希の割れ目に唇を吸い付くと、割れ目や陰毛に唇を
這わせ唾液で湿らせ、クリトリスを指と唇で貪り、前歯で
そのヒダを食らい、そして舌先で膣内をかき乱した。

「アッ、ウッウゥ・・・ごっちん、どう?」
「アン!よっすぃ〜凄いよぉ」

真希は、まるで男の様な強烈な吉澤の愛撫に驚きつつも、
それを従順に受け入れた。吉澤は、真希の陰毛と割れ目を
唇で舐めまわすと、徐々に上半身へその愛撫を広げる。恥
丘を優しく撫で切ると、真希の身体をまるでいたぶるよう
に、チョットずつ上へ上へと唇を重ね始めた。
47118/-15:2001/07/31(火) 04:16 ID:kpcemc2c

そしてその愛撫が下腹部に達すると、ヘソの下辺りの柔
らかな部分を舌で、掌で、優しく愛撫した。その愛撫は、
真希が今まで経験した事ないような快感を与えてくれて
いた。

「アアアアッ!よっすぃ〜、凄〜いよ〜!」
「どう、ごっちん、気持ちいい?」
「うん、凄いよ。アッ、アン!ハァハァ・・・」
「ハァハァ・・・ごっちん、さっきみたいにひとみって呼んで!」

吉澤の厭らしい唇は、いよいよ真希の乳房を犯し始めた。
吉澤は舌先を乳房の周りに這わせ、徐々にその中央に向
わせる。そして乳輪に舌先が達すると一杯の唾液でそこ
に滴らせる。そして一息置くと、唐突に乳首を口一杯に
含ませた。ジュル、ジュル、ジュルという音をたてなが
ら、真希の乳首は、吉澤の唇の奴隷となったいた。

「アウ、アウ、ウンウン・・・」
「アンアンッ!よっすい〜!・・・もうダメだよぉ」

吉澤はわざと大きな音を立てて更に乳首を転がす。そし
て遂に真希の柔らかく、それでいて弾けそうな乳房を掌
で優しく何度も揉みだし始める。全体に赤みを帯びてき
たその乳房を唇で、舌で、そして掌で、交互に絶えず愛
撫を続けた。
47218/-16:2001/07/31(火) 04:18 ID:kpcemc2c

吉澤は、徐に勢いをつけて真希の上に馬乗りになった。
吉澤は見下ろす様に真希の顔を覗き込むと、顔から頭へ
そして首筋から再び乳房へとそのキスを素早く移行させ
ていた。

吉澤は、激しく身を捩りその行為に応えている真希を妖
しい笑顔で見届けると、遂にその指を真希の割れ目へと
侵入させた。

「どう?ごっちん?気持ちいい?」
「アアア!、もうダメ!・・・ウンウン・・・アッ!」

真希の甲高い叫び声は、更に吉澤を興奮させた。挿入さ
れた指を激しく出し入れを始め、真希の膣内を掻き乱す。
吉澤は、自分の愛液が自然と垂れ流れ真希の下腹部辺り
を湿らせているのを感じながら、一心不乱に上下運動を
繰り返していた。

真希の愛液、そして自分の愛液と唾液が完全に混ざり合
う。ピチャピチャという卑しい音をたて、二人の宴は続
いていく。吉澤はようやくその行為を終えると、やおら
真希の顔を抱え、やや乱暴に真希の咥内に舌を忍ばせた。
47318/-17:2001/07/31(火) 04:24 ID:kpcemc2c

二人の舌が再び絡みだす。そして互いに激しく貪りあう。
吉澤の脚が真希の下半身を優しく撫でる。そしてそのつ
ま先が真希の陰部に到達すると、やや乱暴な足使いでそ
の秘部を足先で掻き乱した。真希はその新たな刺激に身
を捩じらせながら、やや甲高い声で喘ぎ出す。

今、正に真希は上下一体となり吉澤に犯されていた。ペ
ニスやスペルマといった、男の欲望剥き出しの証がない
セックス。しかし、そうした女同士の愛の交歓を二人の
かわいい少女は、思う存分と堪能していた。

「ごっちん、気持ち・・・いいね」
「うん!ひとみちゃん上手だよ。驚いちゃった・・・アッそこは・・・。ン!」

吉澤は再び真希の陰部に顔を埋めると、真希自身の咥内
で湿られた自分の指を秘部の奥底まで差し込む。そして
唾液まみれとなった唇で真希の膣内や割れ目の周りを交
互に貪っていた。

先程から幾度となく絶頂を迎える真希は、もはや上げる
べき叫び声すら無くしかけていた。冷えた床は、今や二
人の愛液で水浸しになっていた。

腰を動かす度、身体を捩じらす度、その愛液が叩かれ、
ビシャビシャという弾ける音が立ち込める。二人は今、
獰猛な愛欲の海に溺れていた。
47418/-18:2001/07/31(火) 04:26 ID:kpcemc2c

「わたしね、ごっちんと、こうするのが夢だったの・・・」
「知ってたよ。ひとみちゃん。でも今まで・・・ごめんね・・・」
「ウウン。いいの。だから今日はもっと、ごッちんを・・・。もっと!」

吉澤の絶叫が二人以外に誰もいないこの新居のマンション
に響き渡っていた。饗宴は今が盛りと化していた。

二人は、互いの陰部を舐め合いながら、何度も体を反転さ
せて、愛撫を繰り返していた。互いの陰部に指を入れ、膣
内を掻き毟る。そして互いの乳房を揉みしだく。乳首を重
ねて擦りあわし、獰猛にキスを交わす。縦になり横になり
ながら、その愛撫は尽きる事が無かった。
47518/-19:2001/07/31(火) 04:27 ID:kpcemc2c

「ごっちん、一緒に・・・」
「ウン、もっと・・・」
「もっと早く、早く!動かして!」
「こう?ひとみちゃん、・・・どう?もっと腰を動かして!」

「アッ!イク!イッチャウ!!」
「ダメ、まだだよ!わたしはま・・・だ・・・んん!ダメダメ!
おかしくなるから!」
「もうダメ、ゴッチン、もう・・・アッ!イクッ!!!」
「アッ!私も・・・アゥ!」

「ひとみちゃん!」
「ごっちん!」

二人の淫獣はお互いに名前を叫び合いながら、同時に絶
頂に達した。弾ける愛液が互いの体に乱れ飛ぶ。その部
屋の中は、彼女らの愛液と唾液が混ざり合い、獣の香り
を漂わせていた。
47618/-20:2001/07/31(火) 04:29 ID:kpcemc2c

「ごっちん、これからも・・・一緒・・・」
「ウン。一緒だよ・・・よっすぃ〜」
「ねぇ、ごっちん。これから二人きり出会う時は、ひとみ、
て呼んでね」
「ウン。わかった。ひとみ・・・ちゃん。よっすぃ〜、やっぱ
だめぇ。呼び付けになんか出来ないよぉ」
「ごっちんたら・・・」

二人は、宴の余韻を楽しむかのように、互いの顔を見つ
めあいながら、どちらともなくキスをした。激しく続い
た愛の行為に浸りながら、互いの心をそして体を鎮めた。

力尽きた二人の少女は、全裸のままベッドの上で共に静
かに目を閉じた。

<第12章 自粛部分 補完 了>
477作者JM:2001/07/31(火) 04:37 ID:kpcemc2c

<凍える太陽 INDEX 前編>

 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91
 休章・・・>>92-94
第5章・・・>>97-118
第6章・・・>>119-136
邂逅1・・・>>137-141
478作者JM:2001/07/31(火) 04:39 ID:kpcemc2c

<凍える太陽 INDEX 後編>

第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
邂逅4・・・>>265-275
第10章・・・>>276-297
補完章・・・>>298-313(第9章 後編自粛部分)
第11章・・・>>317-356
第12章・・・>>363-382
邂逅5・・・>>386-412
第13章・・・>>415-451
補完章・・・>>456-476(第12章自粛部分・作者注含む)
479作者:2001/08/01(水) 03:13 ID:cmZrUw1w
Resumption two days after the last chapter

If there are comment, please enter unreservedly.
480名無し娘。:2001/08/01(水) 06:46 ID:be9FcFNA
保全
481名無し娘。:2001/08/02(木) 05:01 ID:KUp9gXew
hozen
48221-1:2001/08/03(金) 04:26 ID:gMhTjWg.

最終章

愛しさを聞かせてよ、恋しさを聞かせてよ、他人じゃないなら、なおさら・・・

− 中島みゆき −


「キレイなところだわ」
「本当ですね」

高々と聳え立つ山脈の中をその列車は幾分と速度を緩めながら
走っていた。ガタンと大きな音を立てながら左にカーブを切る。
味わい深い色彩を帯びた木製の車体が大きく傾いた。

左手直下には、遠くアルプスの彼方からいづる清流が脈々と流
れるのが鮮やかに見える。その清流の遥か遠くに見える山々の
頂きには、永遠に消えないであろう白い結晶の塊が残っている。
その列車は、大きく左に曲がりながら長いトンネルに入った。
48321-2:2001/08/03(金) 04:29 ID:gMhTjWg.

人影まばらな車内では、愛想なく無言でワゴンを押すウエイ
トレスがやる気なさそうに狭い廊下を何度も往復している。
トンネルに入ると直ぐに天井に備え付けられた薄暗いライト
が燈った。

このトンネルを越えれば違う国に入るというのに、何ら煩雑
な手続きは要らない。この事は、今いる場所が緩やかな統合
を目指すヨーロッパである事を改めて感じさせる瞬間でもあ
った。

国境をまたぐトンネルにより眼の前に広がっていた壮観な景
色を奪われてしまった二人は、手持ちぶたさに辺りを見回し
ていた。するとどちらともなく目が合い、しばらく見詰め合
う。すると壮年の女性のほうが声を出して笑い声を上げて、
その気まずい空気を掻き消した。
48421-3:2001/08/03(金) 04:31 ID:gMhTjWg.

「後藤さん。そういえば、あなたは今度日本に帰るのはいつの予定?」
「お正月過ぎた頃に一度帰ろうかなと思っています」
「そういえば、あなたの妹さんのいるグループ、解散するらしいわね」
「そうらしいですね。私もこの間、聞いたばかりで・・・」

「そうなの。ところであなた事務所の方に戻らなくていいのかしら?」
「いけませんか?私、先生のところにいては・・・」
「そうじゃないわ。あなたが良くやってくれているのは、スタッフから
聞いています。私の都合じゃなくて、あなたの都合を聞いているの。
本当にいいの?妹さんの事、心配じゃないのかしら?」
「いいんです。もうあの子も大人ですから。」

「そうなの?まぁ、あなたが良いというならいいけど。それに
その方が私たちの学校としても、助かるから。これからも頼むわね」
「ハイ。こちらこそ、これからもお願いします。それに・・・」
「そういえば・・・、あなたに渡したいものがあるの、忘れていたわ」
48521-4:2001/08/03(金) 04:33 ID:gMhTjWg.

「先生」と呼ばれているその壮年の女性は、後藤が言いかけ
た言葉を押さえ込む様に、手元にあるバッグから一つのカセ
ットテープを取り出すと彼女の眼の前にそれを差し出した。

「これ、あなたにあげるわ」
「なんでしょう?練習生の誰かですか?」
「いいから。後で聞いてくれたらいいわ。感想を聞かせて。」
「そうですか。・・・それなら、今でもいいですか?」
「えっ?フフフッ、別に構わないけど」
「それでは・・・」

後藤はウォークマンをバッグから取り出すと、そのテープを
セットしてイヤホンを装着して耳を澄ました。そこから聞こ
えてくる音楽は後藤の意に反して、クラッシックのそれでな
く、ポップスチックなピアノの調べであった。

メロディアスに流れるバラードの調べに心が鎮まる。彼女は
そのテープが入っていたケースを見詰めた。そのケースには
特徴的な文字で「LIFE IN A ONCE TIME」
と書き込まれていた。
48621-5:2001/08/03(金) 04:38 ID:gMhTjWg.

「ライフ イン ア ライフタイム・・・。これがタイトルかな?
見覚えのある字だけど・・・。それにしてもきれいな曲」

壮年の女性は、後藤が独り言を呟きながら満足そうにその曲を
聞き入っている顔を眺めながら、笑みを浮かべて窓の外に目を
移した。いつの間にか列車は、長いトンネルを抜けていた。

まっすぐに走り続けるその列車の前に広がる風景は、トンネル
を抜ける前とは一変して、雲一つない快晴の空の下、牧歌的な
田園風景が眼前一面に広がっていた。

「いい曲ですね。これは先生のオリジナルですか?」

彼女は5分少々のその曲を聞き終えるとイヤホンを取り、の
どかな風景を愉しげに眺めている「先生」に声を掛けた。
48721-6:2001/08/03(金) 04:43 ID:gMhTjWg.

「聞き終えた?なかなか面白い曲でしょう?」
「面白いというよりも・・・。本当にきれいな曲だと思います。
でも、どちらかというと、ポップスに近い感じがしますね。」
「誰の曲だと思う?」
「さぁ・・・先生ではないのですか」

「まさか、私はピアノの弾き方を教えるだけ。曲を書くなんて出来ないわ。
そうね、それじゃあ、ヒントを上げましょう。あなたの知っている人よ」
「えっ?今の生徒なんですか?誰かしら・・・」
「今の生徒じゃ、ないわね」
「でもそれでは、わたしには、分かりませんよ。」
「そうかな?分からないかな?」
48821-7:2001/08/03(金) 04:45 ID:gMhTjWg.

壮年の女性は、珍しく悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、彼
女の顔を眺めていた。太陽が傾き始めた午後。日本のそれ
と違い、太陽の眩しさは鮮やかに彩られ、目の奥を刺激す
る。

そしてその鮮烈な輝きを増す太陽へ向うかのように依然と
して列車のスピードは、速まる事無く広がる景色同様、緩
やかに進んでいた。

談笑を続ける二人の日本人女性を乗せながら、その列車は
進路をやや南西に変えて、深まる広葉樹の中を潜り抜けて
いた。日本より遥か西の彼方、安らいだ空気を乗せて、二
人の邂逅は続いていた。
48921-8:2001/08/04(土) 03:33 ID:4w1zncCg
「なんか、もったいない気もするね」
「それじゃ、あなた住む?」
「えっ?・・・いや、それはやめとくよ。・・・余りにもこの家には、
ヤツの思い出が多すぎる」
「・・・そうね。ホントに」

朝から続いていた業者による査定と見積もりも漸く終わり、
再び辺り一面は静けさに包まれていた。遠くから波が砂浜に
打ち寄せる音が聞こえ、カッコウの鳴き声が背後に聳える小
高い山中から聞こえてくる。

夕暮れの刹那、がらんどうの一軒家、2階のコテージに唯一
残されたテーブルと椅子が2つ。そこには、手持ち無沙汰に
座っている男女が二人佇んでいた。
49021-9:2001/08/04(土) 03:35 ID:4w1zncCg

「朝倉君、そういえば・・・、今の彼は?具合、相当悪いの?」
「あぁ、この間電話したら、地元の病院に入院したらしいよ。
どうも少し記憶のほうも・・・曖昧になっているみたいだわ。」
「そうなんだ・・・。もう寝たきりなのかしら」
「いや、そうでもないらしいよ。何でも暇な時には、小児病棟の
子供達相手にオルガン弾いて遊んでいるらしいから」

「そんな元気あるんだ。・・・ねぇ、それで手術の話、した?」
「えっ?・・・いや、してない」
「何で?杉原君の紹介、効いたんでしょ?割り込み成功したって・・・」

朝倉は胸ポケットから煙草を取り出すと、安物のライターで
その先を燈した。忙しなく煙を吸い込むと、少しむせた様に
咳き込んだ。
49121-10:2001/08/04(土) 03:44 ID:4w1zncCg

「大丈夫?少し吸う量減らしたらぁ?」
「大丈夫だよ・・・ゴホッ。ウッウン。少し痰が絡んだだけだから。」

「それで。・・・何で言わなかったの」
「前に言ってたんだよ、アイツのお袋さんが死ぬ前だったかな、
母さんに悪い事したって。お袋さんの希望も聞かないで、
医者に言われるまま、スパゲッティみたいなチューブで
グルグル巻きにされて・・・。どうせなら、お袋さんの自由に
させてやりたかったって・・・」
「・・・」
「そんな話聞いたら、俺には何もいえんよ」
「・・・」

彼女は、朝倉の言葉に何も返す言葉もなくただ俯いたまま
だった。朝倉は彼女の沈黙を受けながらも話を続けた。
49221-11:2001/08/04(土) 03:49 ID:4w1zncCg

「これはあいつが選んだんだから、俺たちにはどうにもできんだろ。
それに生き残ったら、生き残ったでどうするよ?最近だけど、
警察も動いてんだし。お前のトコにも来ただろ?」
「ウン。でも、何か変な感じだったけど、あの人。刑事って感じ
しなかったし、上手く言えないんだけど、」

「それは確かに俺も思った。何か変な男だったが・・・。
まぁそれは、それで良いとしてさ、とにかく、これがあいつの
希望なんだから、それはそれでOKだろ」
「でも、何かそれって・・・。彼を見殺しにするみたいな感じが
するんだけど・・・。少し嫌な気分が残るわね」

「それはね、君が例え動物相手でも、医者に違いがないからさ。
まぁ、あんまり気にすんなや」
「でもあなた、気にならないの」

「それは聞くな。忘れる事にしたんだ」
「朝倉君・・・」
49321-12:2001/08/04(土) 03:51 ID:4w1zncCg

彼女は立ち上がると手摺に寄りかかりながら、庭先を眺めた。
主を失ったその場所は雑草が生い茂り始め、綺麗に生え揃え
ていた芝生の姿を覆い隠していた。

彼女は溜息を一つつくと大きく背伸びをして、振り返る。長
い月日を感じさせる深い味わいが漂う木製の壁面。悲しげな
気持ちが少し押し寄せては消えていく。彼女の眼差しは宙を
浮き始めていた。
49421-13:2001/08/04(土) 03:53 ID:4w1zncCg

「この次ここには、だれが住むのかね?」
「エッ?・・・ウン、そうね、どんな人かな?」
「もう、ここにくる事もなくなるわな」
「そうだね、寂しくなるね」

「そうだわね。・・・人生は出会いと別れの繰り返しですか」
「中島みゆき?古いわよ(笑)」
「古くて悪かったな。それしか知らないんだから、仕方ない」
「あなたも可笑しいわね。男の癖に中島みゆきしか聞かないなんて」

「いいじゃない、別に。好きなんだから仕方ないだろ」
「まぁ、いいわ。わたしも嫌いじゃないんだから」
49521-14:2001/08/04(土) 03:54 ID:4w1zncCg

少し前までは、太陽の光が眩しかった時刻だというのに、高
く広かるその空に太陽の影はなく漆黒の闇が覆い始めていた。
妖しく光る月の影がうっすらと見える。光と闇の狭間に懸命
に煌く星たちが点在する秋の空が高く広がる。過ぎていく想
い出を掻き集める様に、他愛のない会話を交わす二人に海か
らの風が優しく包んでいた。

海から押し寄せる季節の気配は、最早夏のそれではなく、そ
の冷たさと共に改めて秋の気配を感じさせる。秋の風に支配
され、空一面が暗闇に覆われようとも、その二人の会話は尽
きる事無く続いていた。
49621-15:2001/08/05(日) 02:55 ID:jP/Lry.k

「よっすぃ〜、こっちだよぉ」
「梨華ちゃん、待ってよ!」
「ねぇ、これって、似合うかな?」
「ん〜、似合うんでないかい。梨華ちゃん、かっけーよ!」

「ホント?じゃあ、かっちゃおう。すいません、これ3つ・・・」

梨華は店員を呼ぶと、手に持っていたシャツを差し出して会計
を頼んだ。

「エッ?梨華ちゃん、3つも買うのぉ?」
「ウン。だって、よっすぃ〜が似合うって言ってくれたんだもん。
ダメかな?」
「ダメじゃないけど・・・。いいのぉ」
「いいの。インナー替りに着るから。いいんだもん」

梨華はそういうと人目もはばからず吉澤の腕に寄り添った。吉
澤は少し照れくさそうにしながら梨華の身体を押し返しつつ、
声を落として梨華の耳に囁いた。
49721-16:2001/08/05(日) 02:56 ID:jP/Lry.k

「梨華ちゃん、嬉しいけど・・・。マズイよぉ。他の人も見ているから」
「そうかなぁ」
「そうだよぉ。ちょっとマズイよぉ」
「それじゃあ、手をつないぐのわぁ?それならイイ?」

「もう、梨華ちゃんたら・・・。しようがないなぁ、いいよぉ、」

吉澤はそういうと梨華の手を強く握り締めて少し振りながらレ
ジまで歩き出した。少し遅れて付いて歩く梨華の眼には、青系
に彩られたボーダーのシャツを着こなす吉澤の背中姿が入る。

オフホワイトのパンツを巧みに着こなす吉澤の姿は梨華のとき
めきは増すばかりだった。
49821-17:2001/08/05(日) 02:57 ID:jP/Lry.k

会計の最中にも、梨華の直ぐ背後で佇んでいる吉澤の姿、そし
てその柔らかく漂うその香りに、梨華の心は奪われていた。か
さばる梨華の荷物を吉澤が半分引き取る。そして梨華は、空い
たその掌を吉澤の腕に絡ませた。

「梨華ちゃん。ダメダヨ。皆、見てるから・・・」
「いいから、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよぉ」
「いいの。わたしは大丈夫!」

梨華の佇まいは、少し薄めのピンクのワンピースに身を包みな
がら、これまた桃色の帽子を目深にかぶり、薄い橙色のサング
ラスをかけて芸能人らしく雑踏の中にその存在を消し込もうと
していたが、凛とした風情の吉澤と一緒にいる事で、尚更辺り
にいるその他の人々とは明らかに一線を画す輝きを増させ、自
然と周りの視線がこの二人に集まっていた。
49921-18:2001/08/05(日) 02:59 ID:jP/Lry.k

しかし梨華はそうした周囲の眼を一切気にする事無く、純粋に
吉澤と手を繋いで歩いているこの時間を楽しんでいた。吉澤も
また、そうした時を共に楽しんでいた。

「よっすぃ〜は、この後どうするの」
「実はね、梨華ちゃんごめんね。実はこの後ボイトレなの。
だから、お昼一緒に食べられないんだよぉ」

「ウウンいいよ。こうして、お買い物に付きあってくれただけで。
私もこの後、ラジオあるから」
「また今度だね・・・。そうだ、今度は私の買い物付き合ってくれる?」
「勿論!!いつでも言ってね?」
「ウン。梨華ちゃんにこうしてまた会えるのいつになるかな?」

「今日の・・・夜はダメ?ボイトレの後・・・」
「よる〜?夜に会って梨華ちゃん何したいのかなぁ(笑)」
「そんなんじゃないの、違うよ。お話したいなって・・・」

梨華は顔を真っ赤にして「否定」したが、吉澤には「誘い」以
外にその言葉の意味を取れなかった。吉澤は少し笑いながら梨
華の腕を少し強く握り返して言葉を続けた。
50021-19:2001/08/05(日) 03:00 ID:jP/Lry.k

「フフフッ、いいよ!それじゃ、今夜、梨華ちゃん家、行っていいかな?」
「勿論だよっ!待ってるから。何か食べたいものとかあるぅ?」
「なんでもいいよぉ。梨華ちゃんが作ってくれるなら」
「ホント?最近ね、少しずつだけど料理とか覚えてるの」

「そうなのぉ〜。梨華ちゃんは、いいお嫁さんになるねッ!」

吉澤の言葉に思わず梨華は反応した。俯きながら、囁くように
してながらも、ついその口から出た言葉は、心の奥底で眠って
いた本心だった。

「よっすぃ〜のが・・・いいな」
「ウン?梨華ちゃんなんか言った?」
「ウウン、何でもないよぉ」

二人は互いも垂れあうように、ショッピングモールの中を歩い
ていた。するとその出口付近で自然に足が止まる。そこには、
透明なガラス張りの部屋があり、その中には可愛い子猫たちが
所狭しと駆けずり回っていた。
50121-20:2001/08/05(日) 03:01 ID:jP/Lry.k

二人は思わずガラスケースの前にしゃがみ込んでその猫たちの
遊ぶ姿を眺めた。

「かわいいな!」
「ホントだね!」
「そういえば・・・梨華ちゃん今、猫飼ってるんだよね?」
「ウン。そうなの・・・。実はね」
「ウン?実は?」

梨華は少し息を整えると吉澤の顔を見つめ直した。吉澤も梨華
の気配が少し変わったことに気付き、その眼を見つめ返す。徐
に梨華の口が開いた。

「あの人の猫なの。・・・私が替りに預かってきちゃったの。」
「そうだったの・・・。あの人は今・・・どうしているのかな」

梨華は吉澤の問いにただ首を振るだけだった。吉澤は少し目を
落とすと、梨華の腕を少しだけ強く握った。梨華は思わず吉澤
の顔を見返す。俯き続けている吉澤の口が少し開いた。
50221-21:2001/08/05(日) 03:04 ID:jP/Lry.k

「そうなんだ。でもね梨華ちゃん。わたし嬉しかった、この間の
梨華ちゃんの電話。あの人もいなくなって、それからごっちんと
喧嘩しちゃって。何か世界中で独りぼっちみたいな気になっちゃって。
嬉しかった。梨華ちゃんの声聞いた時、涙が止まらなかった」

「梨華も同じだよ。私のせいでみんなに迷惑かけて・・・。あの時、
もしよっすぃ〜が電話に出てくれなかったら、どうなっていたか、
分からないから」

「でも梨華ちゃんも私も・・・。迷惑かけちゃったね」
「ウン。でもそれじゃ、ダメだって。動物病院の先生に言われ
ちゃった。元気出してって」

「梨華ちゃん強いな。わたしなんか全然ダメ」
「わたしも同じだよぉ。でもね・・・、前にあの人に言われたの。
いい事だけの人生なんてつまらないよって。悲しい事があるから、
いい事があった時、嬉しさも倍になるって。
だから辛い時ほど前向いて、笑っていなきゃダメだよぉって。
嬉しい時は、自然に笑顔になるんだからって…」
50321-22:2001/08/05(日) 03:05 ID:jP/Lry.k

「そっか。ポジティブだね。わたしもそうなんなくちゃ」
「ウン、ポジティブ。泣いてばかりいたら、あの人も悲しむだけだもの」
「そうだね。何か今日の梨華ちゃんは、カッコイイナ!」
「そんな事ないよぉ。カッコイイのはよっすぃ〜だもん」

忙しなく行き交う人々が彼女らの後ろを通り過ぎる。しかしそ
うした周囲の喧騒は今の二人の少女には、全く届いていなかっ
た。二人は愉しそうにじゃれあいながら、ウインドウガラスの
前で、はしゃぐ猫たちをいつまでもいつまでも見続けていた。
50421-23:2001/08/07(火) 02:26 ID:2gbmAsSo

島の西端にこんもりと浮き上がるその丘は、山と呼ぶには
いささか大げさな感じが漂うが、島の人から鬼山と呼ばれ
るにふさわしい歴史を持っている事に違いはなかった。

数千年前にこの島で起きた大噴火は、辺りの地盤をことご
とく砕き散らし、その大半を海の底に沈めさせた。今、島
として姿を現している部分は、あくまでも沈みいった地盤
の欠片の一角に過ぎない。鬼山の数千年の沈黙は、この島
に新たな生命と文明を齎せたが、その沈黙の限りを知るも
のは誰もいなかった。
50521-24:2001/08/07(火) 02:28 ID:2gbmAsSo

鬼山の中腹までは、なだらかな坂が続く。その周囲には島
の人々のたゆまぬ努力により、火山灰が堆積するその地に
緑をもたらせた。

その努力の結晶である高々と生い茂る木々のトンネルを抜
けると、この島で、と言うよりも、この辺りの島々一帯で
唯一の3階建ての総合病院が眼に入ってくる。

ただ総合病院といっても、ベッド数は10に満たず、専門
の医師も片手に足らない有様であるが、本土並みの診療が
受けられるのはここしかなかった。

その病院の3階にある個室病棟の端には、小児患者専門の
遊戯室があった。その一室の中央に置かれている小さなオ
ルガンを前にして、数人の子供たちが椅子に座りながら、
その音に合わせ大きな声で歌っていた。
50621-25:2001/08/07(火) 02:30 ID:2gbmAsSo

そして鮮やかな手付きでオルガンを弾きながら、やや疲れ
た表情を見せながらも愉しげに子供たちの歌う姿を眺めて
いる彼の姿がそこにあった。

その部屋の片隅では、笑顔を絶やさず見届けていた白衣を
着た女性が佇んでいる。彼女は漸く子供たちの唄える歌が
一巡したのを見計らうと、手を叩きながら、その子供たち
に声をかけた

「さ、みんな、時間ですよ。戻りましょうね」
「えっ〜、もうぉ?」
「ハイ、お昼寝の時間ですよぉ〜。早く寝ないと注射しちゃうぞぉ」
「それはいや〜!」

バタバタと音を立てながら子供たちが病室に戻っていく。
彼は目を細めながらその姿を眺めていた。若い女医は、子
供たちがいなくなるのを確認すると、彼の横に近づきやや
心配そうな口振りで話し掛けた。
50721-26:2001/08/07(火) 02:37 ID:2gbmAsSo

「大丈夫ですか、具合の方は?食欲もないみたいですし。
余り無理しないで下さい。」
「無理はしてしていないですよ。それにベッドで寝ているだけでは
ツマラナイですし。いい息抜きなんですよ」
「そうですか。あなたも病人なんですからね。お気をつけて・・・」
「いいんですよ。どうせ直ぐ死人になるんですから。
それで検査の結果は?」

彼は自嘲気味に彼女に問い掛けた。女医は、彼のその問いに返す
べき言葉を失い言いよどんでしまった。

「それは・・・。あの・・・、そうですね・・・」
「入院した時、正直にとお願いしましたよね?」

彼の鋭い問い掛けが耳をつく。彼女は苦しげに言葉を返した。

「・・・あまりよくは、ないみたいです・・・」
「そうですか。ありがとう。・・・いつまで、かな」

彼はそういうと寂しそうに窓の外を眺めた。彼女は少し俯
きながら掛けるべき言葉を失っていた。彼女は場の空気を
変える様に少し咳き込みながら、本来伝えるべき事を彼に
話そうと、言葉を放った。
50821-27:2001/08/07(火) 02:38 ID:2gbmAsSo

「そういえば、あなたにお客様が来ているみたいなんですよ」
「私に?」
「ええ。とっても綺麗な女性ですよ。驚いちゃいました。
もしかしたらあなたの恋人かしらなんて・・・医局でも持ちきりですよ」

「いやいや。そんな人、私にはいませんよ。いったい誰かな?」
「それが、あっ・・・もう来ているんだ?」

彼女はそう言うと、廊下の片隅に佇んでいる少女の姿を見
つけ、こちらに手招いた。その少女は、少しの間逡巡して
いるようであったが、息を整えるように軽くその場で弾む
と、俯き加減にゆっくりと歩を進め部屋の中に入ってきた。
50921-28:2001/08/07(火) 02:40 ID:2gbmAsSo

大きく開いた窓から秋の風が柔らかく吹き抜ける。少女の
少し明るめの茶髪がその風に吹かれて優しくなびいた。青
系統に統一されたチェックのロングスカートに白いカッタ
ーシャツが眩しく光って見えた。

彼は、最近とみに落ちてきた視力のせいで掛け始めた眼鏡
を胸ポケットから取り出し、その少女の顔色を窺った。オ
ルガンのハス向かいに少女が近づく。手を伸ばせば届く位
置まで少女が近づいた時、漸くそこで初めて薄橙色のサン
グラス越しながら互いの眼と眼が合った。

彼は自分の視界がままならない瞬間から、その少女が誰で
あるか本能で確認していた。薄れ行く記憶の中ですら、彼
の本能が彼女の事を忘れる筈などあり得なかった。

鮮烈な夏の記憶が彼の脳裏に蘇る。彼はそうした想いに後
押しされる様に、静かに口を開いた。
51021-29:2001/08/07(火) 02:42 ID:2gbmAsSo

「こんにちは。」

敢えてよそよそしい口調が二人の間に流れた日々の積み重
ねを感じさせる。少女は一度合わせた眼を外しながら言葉
を返した

「こんにちは。」
「久し振りで・・・」
「ホントに・・・」

言葉が続かない彼らを見かねて、女医はそこに言葉を挟んだ。

「それじゃあ、何かあったら下の医局にいますから呼んで下さい。
私は戻りますので・・・」

そういうと医者は、少し足早に部屋を立ち去り階下にある医局へ
戻っていった。残された二人は、何もする事も、言う言葉もなく、
その場に竦んでいたが、医師の姿が完全に消えたのを確認すると、
彼はその少女に椅子を勧めた。少女は彼に示されたまま、その差
し出された椅子に腰を下ろした。
51121-30:2001/08/07(火) 02:43 ID:2gbmAsSo

「朝倉に聞いたのですか」
「・・・」
「そうですか・・・。随分と遠かったでしょ。すいませんね、気を使わせて」
「・・・」
「わたし痩せましたでしょ。いや、痩せたと言うより、やつれたのかな」
「・・・」

少しダルそうに話す彼の言葉が少女の耳に悲しげに届く。
少女は何も言わず立ち上がると、彼の真横に置かれていた
パイプ椅子に腰掛けた。

軽やかな香水の香りが彼の鼻を刺激する。その香りは、今
までの彼女のそれとは違い、やや大人びた高貴な香りを漂
わせていた。彼は少し戸惑いながらも言葉を続けた。
51221-31:2001/08/07(火) 02:45 ID:2gbmAsSo

「香水替えられたのですね?」
「えっ?」
「替えましたでしょう?違いますか?」
「ウン。圭ちゃんに言われて・・・替えてみたの」

「そうでしたか。少し大人びた香りですね」
「そうかな」
「似合ってますよ。」
「ありがとう」

「そういえばですね・・・」
「もういいよ」

やや苦しげに言葉をつつけようとする彼の表情を横目で見な
がら、少女は彼の言葉を遮り、話し掛けた。

「もう無理して話さないでいいよ。・・・今日はこれを渡しに来たの」
「?」

少女はそう言うと、手にしていた英国製のこじゃれたバッ
クからカセットテープを取り出し彼に差しだした。
51321-32:2001/08/07(火) 02:46 ID:2gbmAsSo

「これ・・・。あなたに」
「ライフ イン ア ワンスタイム・・・。どこかで見覚えが・・・。これは?」
「お姉ちゃんが貴方にって」
「お姉さんが?彼女がどうしてこれを俺に・・・。わからないな」

「聞いてみれば・・・」
「そうだね。今ここで聞いてもいいかな?」
「私は別に」
「そう。それじゃ・・・」

彼は立ち上がり、部屋の片隅に置かれている古びたコンポ
にそのテープを入れて、再生ボタンを押した。暫くの沈黙
の後、スピーカーからは優しいピアノの調べが響き渡って
きた。
51421-33:2001/08/07(火) 02:47 ID:2gbmAsSo

彼はコンポの前に立ち竦みながら、頭を擡げてその曲に聞
き入っている。懸命に記憶を手繰っている様がパイプ椅子
に座る少女にも伝わってきた。彼女はそうした彼の様子を
やるせなく見つめるしかなかった。

ピアノの調べがAメロを数度リフレインし中途に来る最初
の盛り上がりの部分に差し掛かると、少女は自分から彼に
声をかけてきた。

「この曲、あなたが作ったんだって。覚えていない?」
「私が?ホントに?・・・しかしそれを何で君のお姉さんが?」
「杉村先生て言う人から貰ったみたい。」
「そうなの。・・・あっ、そうか、君のお姉さんは・・・そうか、いや、何で・・・」

彼は混乱し続けている頭の中を懸命に整理していたが、ど
うやら答えは見つけられそうもなかった。

首を横に小刻みに振りながら、オルガン前の椅子に戻る。
ピアノの調べが再びAメロをリフレインする。彼は溜息
をつきながら、独り言を呟くようにうめいた。
51521-34:2001/08/07(火) 02:49 ID:2gbmAsSo

「何も思い出せないよ・・・。何にも・・・何一つ。」
「・・・」
「もう少しすれば、私は君の事も忘れてしまうのかな・・・。」
「・・・」
「そんな事、耐えられないね。そうなら死んだほうがマシだよ・・・」
「・・・」

少女は何も言葉を返せなかった。俯いたまま、ただじっと
膝に置かれた自分の手を見つめ続けるだけしかなかった。
彼は彼女の沈黙に耐え切れず、再び立ち上がると窓際に佇
み、眼前に広がる広大な海を眺めていた。

ピアノの調べが静かに消えて、部屋の中に沈黙が流れる。
彼は少し息を整え振り返ると、少女に声をかけた。
51621-35:2001/08/07(火) 02:51 ID:2gbmAsSo

「そうだ、海を見に行きませんか?」
「えっ?」
「裏からいくと意外に近いんですよ。どうですか?」
「でも、大丈夫・・・」
「いつも散歩している道だから・・・。この島の海は透き通る様に
綺麗なんですよ。見に行きませんか?」
「ウン。」

彼はやや重い足取りながら、自力で歩く事は出来ていた。
ゆっくりと彼女の横を通り過ぎる。その時、少女は思わず
彼の手を掴み、まるで彼を支えるように力強く握り締めた。

「ありがとう」
「ウウン」
「いきましょうか」
「ウン」

彼は少女に引率されるように、一緒に歩き出す。少女の掌
のひんやりとした感覚が心地よかった。彼の脳裏には、彼
女と最後に会った時の感覚が鮮明に蘇っていた。

しかしあの時の自分と今の自分を比べるには、余りにも自
身の存在が軽くなった事を認識せざるを得なかった。彼は
情けない今の自分を半分受け止め、半分認められずに、少
女の後を歩いていた。
517作者:2001/08/07(火) 03:37 ID:2gbmAsSo

A series is the schedule of an end by the end of tomorrow.
51821-35:2001/08/08(水) 01:53 ID:Pld5.r2A

「綺麗でしょ。ちょうど太陽が傾きかける時間だから、尚更だよ」
「ホント。」
「ここに座ろうか?」
「ウン」

彼はずっと浜辺に放置されて錆び付いている軽トラックの
荷台に腰を掛けると、真横の空いたスペースを手で砂を払
い少女が座るのを即した。少女は即されるままその場に座
る。

眼の前には水平線以外は何も見えない、大海原が視界一杯
に広がっていた。少女は遠い眼をしながら、その大海原を
眺めていた。横に座る彼は、その横顔を優しく見つめてい
た。
51921-36:2001/08/08(水) 01:55 ID:Pld5.r2A

「元気そうでよかった。それだけが気になっていたのでね」
「それだけって?」
「貴方の事が、とても心配だったので」
「人の心配している場合なのぉ?」

彼は少し笑みを浮かべながら、言葉を引き継いだ。

「確かにね。でも、もういいんですよ。後は来るべき時を
待つだけですから。それよりも、大丈夫?仕事の方は?」
「ウン。今は大丈夫」
「そう。それならいいんだ。」

「そうだ。これ・・・持ってきたの」

彼女は慌てたようにバッグの中から一枚の写真を取り出し
た。そのフレームの中には、可愛らしい黒猫の姿が溢れて
いた。
52021-37:2001/08/08(水) 02:01 ID:Pld5.r2A

「クロだね!久し振りだなぁ。」
「朝倉さんが、渡してくれって」
「そう?これは嬉しいな」

彼はニコニコと笑いながら、飽きる事無くその写真を見つ
めていた。少女はその様子を愉しげに見つめている。彼は
そうした彼女の様子に気付くと、少し照れ笑いをしながら
話し続けた。

「そうだ、海の水、触ってみます?まだね、ここいら辺りは
そんなに冷たくないんですよ」
「ホントにぃ?」
「ホントですよ。波打ち際まで言って見たら?暖かくて驚きますよ」
「へぇ〜、じゃあ、見てみようかな」

そういうと彼女は、ピョンピョンと跳ねるように波打ち際
まで歩いていった。彼はネコの写真をポケットにしまう。

彼女のはしゃぐ後姿を遠い眼で眺めなていると、今朝同様、
波のように襲って来始めた激しい頭痛に耐えながら、うめ
く様にポツリと一つ言葉を呟いた。
52121-38:2001/08/08(水) 02:02 ID:Pld5.r2A

「本当は・・・俺は・・・」

彼はポケットから財布を取り出すと、カード入れの奥に入
れてた母と妹の写真を差し抜く。そしてそのまた奥に大事
そうにしまわれている一枚の写真を取り出した。

そこにはベッドの上でパジャマ姿で物憂げな眼差しをしな
がら笑顔を取り繕う少女の姿があった。その少女こそ彼の
眼の前にて、波打ち際で海水と戯れるその少女の姿だった。
52221-39:2001/08/08(水) 02:04 ID:Pld5.r2A

「真希さん・・・ありがとう」

彼の呟きは空しく浜辺に残された。遠く水平線に夕陽が傾
き始めると海の藍と空の橙が妖しく混ざり溶け込む。間も
なく訪れる闇が迫り来ることを予感させていた。

ロングスカートをたくし上げながら波打ち際を飛び跳ねる
真希の姿が暮れなずむ浜辺にて一際鮮明に輝いている。は
しゃいでいる真希の弾む声が浜辺に響いた。

「ホントだ、暖かいね!・・・あれ?・・・ウソ・・・だよね・・・?」

真希の声にならない絶叫が夕闇迫る海岸に鳴り響いた。砂
の上に蹲り、尽き果てている彼の横には、真希の写真が落
ちていた。浜辺を柔らかく吹き抜けた風に乗りその写真が
空高く舞い上がった。
52321-40/♪君住む街へ:2001/08/08(水) 02:05 ID:Pld5.r2A

そんなに自分を責めないで
過去はいつでも鮮やかなもの
死にたいくらい辛くても
都会の闇へ消えそうな時でも

激しくうねる海のように
やがて君は乗り越えていくはず

その手で望みを捨てないで
すべてのことが終わるまで
君住む街まで 飛んでゆくよ
ひとりと 思わないで いつでも

君の弱さを恥じないで
みんな何度もつまづいている
今の君も あの頃に
負けないくらい 僕は好きだから

歌い続ける 繰り返し
君がまたその顔を上げるまで

あの日の勇気を忘れないで
すべてのことが終わるまで
君住む街まで 飛んでゆくよ
ひとりと 思わないで いつでも
52421-41:2001/08/08(水) 02:06 ID:Pld5.r2A

長い人生の上で、人には必ず忘れられない夏が来るという。
真希は水平線に沈む凍える太陽の照射を浴びながら、生涯
忘れ得ぬであろう過ぎ去っていったこの夏の日々を胸に抱
きとめていた。秋の太陽に包まれながら・・・。

< 完 >
525作者JM:2001/08/08(水) 02:07 ID:Pld5.r2A

<凍える太陽 INDEX 前編>

 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91
 休章・・・>>92-94
第5章・・・>>97-118
第6章・・・>>119-136
邂逅1・・・>>137-141
526作者JM:2001/08/08(水) 02:09 ID:Pld5.r2A

<凍える太陽 INDEX 後編>

第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
邂逅4・・・>>265-275
第10章・・・>>276-297
補完章・・・>>298-313(第9章 後編自粛部分)
第11章・・・>>317-356
第12章・・・>>363-382
邂逅5・・・>>386-412
第13章・・・>>415-451
補完章・・・>>456-476(第12章自粛部分・作者注含む)
最終章・・・>>482-524
527最後に・・・:2001/08/08(水) 02:18 ID:Pld5.r2A

数人の方のようですが、長い間、私のツマラナイ文章に
付き合っていただき感謝しております。

本来は前半部分にもう少し章があるのですが、ややエロ
の描写が激しい為にそこは切りました。
更にそこを切った為に、文脈の乱れが生じたので、邂逅
という新たな章を作って、ややシツコクて雑なクドイ説
明調な章を設置しましたが、後から読み返すと、この部
分はいらなかったな、と反省しております。

こうして人目に晒した以上、手厳しい批判を受ける覚悟
は、出来ております。厳しくても結構ですので、感想や
質問等があれば、レスして頂ければ幸いです。

また今後、このスレ自体に何事もおきなければ、ここで
次回作を発表したいなと思っております。
長い間の御精読、まことにありがとうございました。JM
528名無し娘。:2001/08/08(水) 07:10 ID:LhVpxg7U
作者さんへ

長らくおつかれさまでした。スレ汚しになりそうなので
カキコし(でき)ませんでした。他の読者さんもそうだった
んじゃないかなと思います。

次回作も期待してますので頑張ってください。
529名無し娘。:2001/08/09(木) 03:00 ID:iDwfdsN2

It decided to write a short story between the series starts of new work.

It is the schedule of updating to every two days fundamentally.
530作者:2001/08/10(金) 02:43 ID:be1u61G6

スレの保全替りに散文形式の短編を書いてみます。
明日から更新したいと思います。
5311-1:2001/08/11(土) 03:39 ID:KzdCVHjw

− もう歌は作れない −


プロローグ


想い出を掻き集め、人は手紙を書く。それが文字にならずとも、
届ける相手がいなくても。

苦しい時、悲しい時、嬉しい時、寂しい時、その気持ちを誰か
に伝えたくて、未来の自分に伝えたくて。

眠れぬ想いを残しながら、人は唄を歌う。それが曲にならなく
ても、一人も聴衆がいなくても。

辛い時、楽しい時、可笑しい時、虚しい時、その気持ちを誰か
に刻みたくて、そして今の自分の証にしたくて。

聞こえない歌を曲に載せ、見えない手紙を詩に替えて、少女た
ちは歌い続ける。
532カムジン:2001/08/11(土) 13:41 ID:6be4aI9g
a
533名無し娘。:2001/08/11(土) 15:38 ID:zgUd8WGs
保全
534名無し娘。:2001/08/12(日) 00:04 ID:NpVNGMjg
hozen!
535名無し娘。:2001/08/12(日) 02:58 ID:iAF8ySL.
小説スレを保全している方々へ
最近の超早いdat逝きのシステムを少し説明しておきます
ここでは、スレ数が600を超えると「600→400」へと圧縮が行われるようです
で、その不運な200程度のスレが選ばれる基準ですが、その時点でのスレの順位ではなく
最終書き込みの古いスレから数えて約200番目までとなってます
今まではこれを考慮しても2日に一回書き込んでれば安全だったのですが、ここ最近は
夏厨のせいか、1日に1回の書き込みがあっても運が悪いとdat逝きになってます
5361-2:2001/08/12(日) 04:12 ID:fzx1PPxQ

−Chapter1−

嬉しさや切なさや悲しみや喜びを、遥か遠く北の大地に残した
まま、夢の為、自分の為、置き去りになった想い出の欠片を集
めながら、ただひたすらに歩いていく。

都会の風に吹かれながら。悩み傷つき立ち止まる。言われ無き
中傷と嘲笑の嵐の中、夢の為、自分の為に、ただ歌う。

何かを失い、何かを得て、そして傷つき倒れる。それでも前を
見つめながら、見えないゴールを見つめながら。

小さな頃の自分を見つめながら。
537名無し娘。:2001/08/12(日) 23:51 ID:2aY.1/2U
ほぜん。
5381-3:2001/08/13(月) 02:08 ID:ubU0Lohk

♪小さな頃から 叱られた夜は
いつも 聞こえてきてた あの小さなじゅもん
静かに流れる 時にいつの日か
あたしは 眠れぬ森に 連れ去られてた
5391-4:2001/08/13(月) 02:09 ID:ubU0Lohk

♪小さな頃から 見えない力で
あたしを強くさせる あの小さなじゅもん

たくさんの傷と 争う夜にも
抱きしめるたびに いつも震えて響く

すりきれた 言葉達の かけらさえも もう
どこかへ 消えたわ
5401-5:2001/08/13(月) 02:10 ID:ubU0Lohk

♪壊れそうなのは 夢だけじゃないの
窓から差し込む光 もう行かなくちゃ・・・・・

かわいた風に ゆきづまっても
こわくはないわ 1人じゃない

すりきれた言葉達を きっといつかまた
愛せる時がくるかしら

少し眠ったら 朝はまたくるわ
窓から差し込む光 もう行かなくちゃ・・・・・

ただ 歩く ひとごみにまぎれ
いつも なぜか 泣きたくなる
541稲葉:2001/08/13(月) 21:30 ID:Y3wmpbKA
もうなくなっちゃったかと思った。

よかった、残ってて。

はじめのほう忘れてるんで最初からゆっくり読ましていただきます。
542名無し娘。:2001/08/14(火) 00:02 ID:I3OCpduY
hozen
5431-6:2001/08/14(火) 02:30 ID:eA3PU34w

ライバルとは、憎まなければならないものだと決めたのは、
一体誰なのだろう。私もそうだと思い込んでいたんだ。

でも、それって本当は違うんだね。その事を教えてくれた
この歌を胸に抱きながら、私は私と言い聞かせ、好きな唄
を歌い続ける。

それだけの事なんだ。心が通う、心が通じ合う、何も言わ
なくても、分かってくれる筈だと思っているんだ。

私は今、少しだけ大人になった。
5441-7:2001/08/14(火) 02:31 ID:eA3PU34w

♪もっと遊んで 指を鳴らして 呼んでいる声がするわ
本当もウソも 興味が無いのヨ
指先から すり抜けてく 欲張りな笑い声も
ごちゃ混ぜにした スープに溶かすから

夜に堕ちたら ここにおいで……
教えてあげる 最高のメロディ
あなたはいつも 泣いてるように笑ってた
迷いの中で 傷つきやすくて
地図を開いて いたずらにペンでなぞる
心の羽根は うまく回るでしょ

音に合わせて 靴を鳴らして
あたしだけの 秘密の場所
走る雲の影を 飛び越えるわ
夏のにおい 追いかけて
あぁ 夢は いつまでも 覚めない
歌う 風のように……

夜に堕ちたら 夢においで……
宝物を 見つけられるよ……信じてるの
愛しい日々も 恋も 優しい歌も
泡のように 消えてくけど
あぁ 今は 痛みと ひきかえに
歌う 風のように……

走る雲の影を 飛び越えるわ
夏の日差し 追いかけて
あぁ 夢は いつまでも 覚めない
歌う 風のように……
5451-8:2001/08/14(火) 02:33 ID:eA3PU34w

私は唄う。その歌を、ただ好きな唄を歌い続けると、心に
決めた。前を向いて、ただひたすらに前だけを見つめて。

<−Chapter1 end/ for ×××− >
546参照:2001/08/14(火) 03:54 ID:eA3PU34w

Thanks for J&M
547名無し娘。:2001/08/14(火) 11:16 ID:UGRR2/C6
hozen
548名無し娘。:2001/08/14(火) 11:20 ID:80YcHtsY
hozen
549名無し娘。:2001/08/14(火) 23:58 ID:mWneDN7U
保全
5502-1:2001/08/15(水) 03:52 ID:58qVG6bY



夕暮れのプラットホーム。通り過ぎる人並み。重なる人影。
悩み、戸惑い、喜び、悲しみ、全ての想いが積み重なって
は消えていく。追憶の日々は過ぎ、時が流れる。

あの日。希望へのチャンスを掴んだ瞬間。あの日からの追
憶が鮮やかに甦る。共に泣き、共に笑い、同じ場所で、同
じモノを、そう同じ夢を目指し追い求めていた彼女との出
会いが蘇る。

クタクタになりながらの帰路の中。一緒に電車に乗り、同
じ景色を眺めては、夢を掴もうともがいていたあの時を。
5512-2:2001/08/15(水) 03:53 ID:58qVG6bY

悩み躓く日々の積み重ねの中で、漸く辿り着いた一筋の絆。
一緒にいることだけで安らぎを得られた筈のその絆も今は
もう見えなくなってしまった。

いとも容易く切れてしまった絆の向こうに、私の「朝」が
見える。今の私には、確かな現実が目の前に広がる。そし
て失った筈の絆も、新たな繋がりが出来た。

その日々の鮮烈な記憶は、美しい想い出へと変わっていく。
時の流れは残酷に二人の運命を分かつ。しかし私はただ一
人、前を見つめて歩く。

幾重にも重なる想い出を抱きしめながら、今日もこの駅の
プラットホームに一人佇む。優しい秋の風に吹かれながら。
5522-3:2001/08/16(木) 02:43 ID:GBhJ0P5Q

♪改札を抜けて いつもの 電車を見送る
もう何度も 迎え慣れた 朝もやの中で
友達は みんなもう この街を出た

私だけがひとり まだ 夢を見てる
もう戻れやしない あの頃と 同じ夢を

生活に追われているのに 慣れていくこの頃
諦めかけてた夢を 拾い集めながら
薄紅の花びらが 散るのを眺めていた

走り続けてきた 夢を追いかけて
すてきな現実 嘘はもう つきたくない

改札を抜けて いつもの電車を見送る
もう何度も 迎え慣れた 朝もやの中で
噛み締めていた 悲しみの向こうに 朝が来る

戦う事を避けて 何を守るというの?
もう一度戻るよ あの頃と同じ夢に
553名無し娘。:2001/08/17(金) 04:01 ID:qtVzaYn2
hozen
5542-4:2001/08/17(金) 04:08 ID:4oSSSd9s

あなたはいつも誤解をされているね。本当のあなたは、
元気で、素直で、明るくて、そして真面目に仕事に取
り組んでいる素敵な女の子。そう私にはない特別な輝
きを持っている、女の子。

そんな本当の貴方を私は知っている。私の前では、本
当の自分を見せてくれる。みんなの前とは違うあなた
の顔。そんな貴方を見ているだけで、私はあなたを守
ってあげたいと思う。心の底から・・・祈りを込めて。
5552-5:2001/08/17(金) 04:09 ID:4oSSSd9s

♪You don't have to worry, worry,
守ってあげたい
あなたを苦しめる全てのことから

初めて 言葉を交した日の
その瞳を 忘れないで
いいかげんだった 私のこと
包むように 輝いていた

遠い夏 息をころして トンボを採った
もう一度あんな気持で
夢をつかまえてね

So, you don't have to worry, worry,
守ってあげたい
あなたを苦しめる全てのことから
'Cause I love you, 'Cause I love you.

このごろ沈んで 見えるけれど
こっちまで ブルーになる
会えないときにも あなたのこと
胸に抱いて 歩いてる

日暮れまで土手にすわり レンゲを編んだ
もう一度 あんな気持で
夢を形にして

So, you don't have to worry, worry,
守ってあげたい
他には何ひとつできなくてもいい
'Cause I love you, 'Cause I love you.
556作者:2001/08/17(金) 04:12 ID:4oSSSd9s

<−Chapter2 end/ for ××− >

歌詞参照

thanks for homeless heart & yuming
557作者:2001/08/17(金) 04:15 ID:4oSSSd9s

次週後半より新作の連載を開始を予定しております。
(このスレが残っていればの話ですけど・・・)
558名無し娘。:2001/08/18(土) 00:29 ID:haWHIRI.
このスレが残るように保全
559作者:2001/08/18(土) 04:12 ID:gI1.2u1c
スレ保全替りの短編 -もう歌は作れない- INDEX

プロローグ >>531
chapter1  >>536-546
chapter2  >>550-556
560名無し娘。:2001/08/18(土) 06:55 ID:Lb/aAheY
>>558
同意、保全
561名無し娘。:2001/08/18(土) 14:02 ID:624XErvs
保全 
562名無し娘。:2001/08/18(土) 19:59 ID:i.nIWLTE
hozen
563名無し娘。:2001/08/18(土) 23:19 ID:J325YNC2
ほぜん
564作者:2001/08/19(日) 06:31 ID:2uP9EKt2
The short novel for preservation will be
the schedule of updating tomorrow.
565名無し娘。:2001/08/19(日) 07:50 ID:fVJph1Ss
hozen
566名無し娘。:2001/08/19(日) 23:57 ID:ODMICh46
hozen
5673-1:2001/08/20(月) 03:02 ID:RbgPBho.

chapter3

本当の私。本当の自分。分からないし、分かりたくもない。
それなのに見たことのない人が私の事を語り出す。私の全
てを知っているというような口振りで、TVで、雑誌でそ
して街中で、私の知らない誰かが、思い思いに私の事を語
っている。

でも違う。そんな私は本当の私じゃないのに。あなたには
分かって欲しい。そんな言葉に耳を貸さないで、本当の私
に気付いて欲しいのに…。

私の心が叫んでいる。声にならないその心が…。やるせな
い私の心が…。
5683-2:2001/08/20(月) 03:03 ID:RbgPBho.

♪一日中ぼんやりと テレビばかりを眺めてた
世の中はあれこれと 辻褄合わせのパレード
深い椅子の中から 正義の味方が叫んでる
君の為 君の為 命さえも賭けるとわめいてる

走ったことない誰かがまた 裸足のランナーを語る
誰が嘘で どれが本当 そんなことは もうどうでもいい

いい人はどこか照れ臭い 悪ぶってばかりは青臭い
目を閉じてるだけじゃせつなすぎて 声にならずに うつむいてるだけ

幸福は様々に 不幸は一様に与えられ
薄い壁を隔てて 辻褄合わせのパレード
似たようなトーンで 正義の味方が叫んでる
負けないで 負けないで 本音で生きなさいと わめいてる

敗れたことない誰かがまた 裸の負け犬を叱る
嘘っぽい真実よりも いんちきな現実の方が暖かい
大きな声は聞きたくない ヒステリックなのも好きじゃない
本当のことだけじゃ恥ずかしくて 声も立てずに うつむかされてる


白か黒 ○か× 勝ちか負け 善か悪
そんなものじゃ計れない それだけじゃ選べない
そんなことじゃもう決めたくはない

正義の使者は信じ難い やたらすねてるのも趣味じゃない
本当のことだけで生きて行けば きっと誰かをうつむかせてしまう
いい人はどこか嘘臭い 悪ぶってばかりじゃしょうがない
目を閉じてるだけじゃ せつなすぎる
うつむかせたくない、うつむきたくない
569名無し娘。:2001/08/21(火) 03:15 ID:HUd5RdiI
The short novel for preservation will be
the schedule of updating tomorrow.
570名無し娘。:2001/08/21(火) 20:34 ID:bK.s3iYY
凍える太陽最初から読ませていただきました。
娘。解散というのはちょっと引きましたが(ワラ
ラストのほうは思いっきり泣きました。

ありがとうございました。
5713-3:2001/08/22(水) 03:13 ID:OJfUzq1.

悲しい時、辛い時、涙を流すその前に、わたしは必ず歌っ
ていた。小さな頃、屋根の上に寝転んでは、満天の夜空に
向かい、一人唄を歌っていた。

寂しいんだ、一人ぼっちなんだ。でも今は眼の前に、そし
て私の横で、いつもわたしを見ていてくれる人がいる。時
にはメールで、そして電話で、いつも一緒にいてくれる家
族の次に大切な人。

時折思う、地球上で1人きりになったみたいに感じる時、
いつもその人の声が心に届くの。だからわたしは甘えてし
まうのかな。

でもいつか、私も唄を歌わなくなる時が来るのかもしれない。
でも、その時が来るまで、私は歌い続ける。もう、自分への
歌が作れなくても。
5723-4:2001/08/22(水) 03:13 ID:OJfUzq1.

♪私にとって ほんのささいな 言葉のやりとりも
いつも先のことばかり 考えていたから

あなたにしてみれば 離れてゆくように見えたの
なんにもしてあげられない なんにもしてあげられないから
あなたの口ぐせ

今だから あなたの やさしさがわかる
私には もう歌は唄えない
私には もう歌は唄えない

一枚の絵の中の 老人のように 木立の中で
あなたのくれた メールを読んで 午後の光を浴びながら

今 私は あなたのことを 思い出しています
なんにもしてあげられない なんにもしてあげられないから
あなたの口ぐせ

今だから あなたの やさしさがわかる
私には もう歌は唄えない
私には もう歌は唄えない
5733-5:2001/08/22(水) 03:14 ID:OJfUzq1.
三人の長い夏がようやく終わろうとしている。それぞれが
それぞれに思い思いの唄を口ずさみながら、そしてこれか
ら続く長い道を見据えながら・・・。

私たちに出来る事、それをみつめて、それを祈って。それ
だけの事。その思いを静かに込めて・・・。

<−Chapter3 end/ for ××− >

歌詞参照

thanks for miyako shinohara & kazumasa oda

<END>
574作者:2001/08/22(水) 03:18 ID:OJfUzq1.

スレ保全替りの散文短編 -もう歌は作れない-
  INDEX

プロローグ >>531
chapter1/ABE NATSUMI >>536-546
chapter2/YASUDA KEI >>550-556
chapter3/GOTOU MAKI >>567-573
575作者:2001/08/22(水) 03:25 ID:OJfUzq1.
来週水曜辺りから新作の連載を予定しておりますが、
最近のスレの消化数が異常になっているので、
このスレが残っていれば、との前提です。
もし、なくなった場合は、どこかの「死にスレ」を再利用したいと。
タイトルは「壊れた時計」というのを予定しております。

>>570
たいした小説ではないですが、読んで頂き感謝です。
先に触れましたが本来はもう少し長いのですが、事情があって切りました。
数ヶ月しましたら、完全版をどこかのスレで発表できればと。

解散に関しては、ヲタの皆さんに謝らないといけませんね。
最初に1年後の夏、来年の12月31日解散と言うのを設定してしまったので
こうなりました。どうもすいません。では。
576570:2001/08/22(水) 11:52 ID:7JTCEKMo
>>作者JM様
こんなに素晴らしい作品なのに完全じゃないんですか!
完全版是非読んでみたいです。
このスレが残っていたらリンクはっていただけると助かります。

解散のことはそういう意味で言ったんじゃないので謝らないで下さい。
ただ、いつか来るんだよなぁ、と思いドキッとしただけですので。

次回作も期待してます。 頑張って下さい。
577名無し読者:2001/08/22(水) 21:43 ID:repOXXW2
偶然見つけて一気に読了。いや、マジで凄いわ。
最後、娘。たちに微妙なしこりが残った点が残念と言えば残念だけど。
完全版があるのなら、是非どこかのあぷろだにでも上げて欲しいところ。

歌の使い方が絶妙。Spare PartsとかThe End of The Innocenceとか。
Time After Time のところは泣きそうだった。
古いアルバム引っ張り出してきて聴き直したりして。
確実に同世代を感じる(w。

LIFE IN A ONCE TIMEって架空の歌?
ONCE IN A LIFE TIMEなら数曲思い浮かんだけど。

「壊れた時計」激しく期待。
Weather ReportのDream Clockとか使って欲しい。
インストじゃはめ込みようがないか(w。隠し味で。
578作者:2001/08/23(木) 03:57 ID:.ZN4yLrc
>>577
読んで頂き感謝です。ありがとうございました。

因みに「LIFE IN A ONCE TIME」 は、ジャーニーという
アメリカンロックバンドのキーボードプレイヤーである
ジョナサン・ケインのソロアルバム「LIFE IN A ONCE TIME」
のタイトルチューンにあたるインストナンバーを念頭においてます。
大変美しいピアノソングですので、機会があれば是非どうぞ。
579577:2001/08/23(木) 05:19 ID:0pesGtIw
>>578
ジョナサン・ケイン!見つかるかなぁ。
スティーブ・ペリーとかニール・ショーンのプロジェクトなら押さえてたけど。
探して聴いてみます。ありがとうございました。
580577:2001/08/23(木) 10:56 ID:J2mKzc2o
スレ汚しになるかもしれないと思って聞かなかったけど、
やっぱり気になるので追加質問。

某スレのエロシーンって、この小説から削除した部分ですよね?
ストックしてあるというシークエンスも。
だとすると、話が微妙に、というか、かなり変わってくるんですけど。
ますます完全版が読みたくなってきた。お願いだから読ませて。(w
書き込みを読む限り、封印したいというわけでもなさそうだし。
どこかのあぷろだにこっそりとでもうぷしてくれると嬉しいっす。
581名無し娘。:2001/08/23(木) 12:28 ID:.ZN4yLrc
>>580
よくお分かりになりましたね。その通りです。
あれは途中で放棄した部分をある程度改変し転載したものです。
なんとなくこのままゴミ箱行きというのも、もったいないかな?と
思いまして。やめろ!と言われれば即退散するつもりでした。
どうせ捨てるつもりでしたから。

最初はああいうシークエンスを相当数織り込んで書きあげたのですが、
描写が激しい事もあり、そこに引きつられ過ぎると全体の説得力が
薄くなるかなと判断し、中途でそれらを全部捨てて再構成し直しました。
あの部分を全部載せたバージョンは完全版というより推敲版という
感じでしょうか?
それでも、というご希望があればそれはそれで、いつかどこかで
発表したいと思います。では。
582577:2001/08/23(木) 21:05 ID:xIhRmGVI
>>581
あら、あまり乗り気でないご様子。
途中で廃棄したということであれば、整合性に関して感じた疑問も解消かな。
でも、向こうと併せて読むことで、なるほどと思わせる描写もありますね。

確かに、このクオリティなら、あんなに濃厚なシーンは不要とも思えるけど、
あの事実が夢オチでない限り、「彼」のキャラがかなり変わってくるはず。
ここのキャラも悪くないけど、格好良すぎといえないこともないので。
実用性も高いし。(w

是非推敲板をお願いします。
面倒ならストックを別スレで大放出でも可(結局それ目的かよ)。
脳内で編集します。

スレ汚しで申し訳ないと思ったけど、結果として大粛正を逃れられたみたいな
ので、お許しを。
583作者:2001/08/24(金) 03:39 ID:6HASRBds
>>582 保全感謝します。
夢落ちではないですよ。理由を述べると長くなりそうなので
省きますが、構成上の問題という事でご納得を。
まぁいつか推敲版も完全版もひっそりと出したいなと
思っています。ただ今は、板の状況が・・・なので当分
そのタイミングを待ちたいなと思っております。

ストック放出はいつでも構わないんですけど、どうせ捨てる
予定のものですから、ただエロを余り好まない人もいるよう
なので、状況を見て判断したいと思います。
584577:2001/08/24(金) 05:30 ID:NdkXCaDE
>>583
ラジャー。待ってます。
585577:2001/08/24(金) 22:43 ID:sEZhb5dg
向こうとどっちに書くか迷ったけど、こっちの方が客が少ないみたいなので、
保全も兼ねて。

早速リクエストに応えてくれてありがとうございます。どこにはめ込まれるべ
きシークエンスだったのか妄想しつつ読ませていただきました。
今後もよろしくお願いします。

作者さんとしては、ここの存在はメジャーにしたくはないのですか?
例えば小説総合スレにリンクして貰うとか。
隠れた名作スレには一回名前が出たようですが。

相変わらずdat逝き基準がハッキリしない現状ではもう少し人がいる方が良い
ような。万が一消えてしまったらあまりに惜しいので。
586名無し娘。:2001/08/25(土) 03:39 ID:UNakR4cc
>>585
保全感謝します。
あちらに放出するのは、あそこまでにしておきました。
やはり少々度が過ぎたようで、ちょっと筆が滑りましたね。
でも、捨てる筈の文章をあそこまで出させて貰っただけでも
自己満足しております。

リンクの件ですが大した話じゃないですから、このままでいいんですよ。
datに消えてしまうのもそれはそれで、止むを得ません。
そうなったらなったで、また忘れた頃に何処かのスレを再利用しますから。
587名無し娘。:2001/08/25(土) 05:43 ID:5Of5e/dQ
ほぜん
588577:2001/08/25(土) 07:39 ID:5XTmxMJ6
>>586
あの程度の煽りに負けなくても。いくつか応援レスついてたし(俺じゃないよ)。
思わずここにリンク貼りそうになりました。(w

もう少し自信を持ってくださいな。勿論あっちだけじゃなくて。
有名な作品は大抵読んだけど、今のところ、ここの作品は今年の俺的ベスト10
入りしてるんだから。2ch以外のを含めても。
つーことで次回作の方もよろしく。

あ、この週末は嵐の予感なので、万が一消えてもどこかで開始宣言してくれる
と助かります。ポジテブに。(w
589名無し娘。:2001/08/25(土) 08:32 ID:dlfT2ym6
hozen
590保全:2001/08/25(土) 18:05 ID:wdl8kfHg

<凍える太陽 INDEX 前編>

 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91
 休章・・・>>92-94
第5章・・・>>97-118
第6章・・・>>119-136
邂逅1・・・>>137-141
591保全:2001/08/25(土) 18:06 ID:wdl8kfHg

<凍える太陽 INDEX 後編>

第7章・・・>>144-159
邂逅2・・・>>160-163
第8章・・・>>164-183
邂逅3・・・>>184-197
第9章・・・>>198-262
邂逅4・・・>>265-275
第10章・・・>>276-297
補完章・・・>>298-313(第9章 後編自粛部分)
第11章・・・>>317-356
第12章・・・>>363-382
邂逅5・・・>>386-412
第13章・・・>>415-451
補完章・・・>>456-476(第12章自粛部分・作者注含む)
最終章・・・>>482-524
592保全:2001/08/25(土) 18:07 ID:wdl8kfHg

スレ保全替りの散文短編 -もう歌は作れない- INDEX

プロローグ       >>531
chapter1/ABE NATSUMI  >>536-546
chapter2/YASUDA KEI  >>550-556
chapter3/GOTOU MAKI   >>567-573
5931-1:2001/08/26(日) 03:57 ID:4fiIOX.A

−壊れた時計−


プロローグ Prelude


私が初めてその少女に出会ったのは、暑かった夏が漸く終わり
を告げた頃だった。

今にして思う。

私の記憶の中から永遠に消える事がないであろうその秋の記憶
の始まりは唐突に訪れた。
5941-2:2001/08/26(日) 03:58 ID:4fiIOX.A

クーラーの効き過ぎた喫茶店の片隅で、私の前に座っている少
女は、写真で見たとおりに掛け値なしに美しかった。

端正な顔付きに反比例して、少し憂いを帯びた瞳が妖しく光る。
少し茶色がかった髪の毛が私の眼に眩しく映えていた。彼女の
隣に座る中年の男が話している最中、肩まで伸びているその髪
を幾度か手で梳く仕草が、私の心の奥底をやんわりと刺激する。

久しく鈍っていたあの感覚が、少しだけ心の奥底で目覚めてい
くのを感じていた。
5951-3:2001/08/26(日) 04:29 ID:4fiIOX.A

「大変な事をお願いしているのは承知していますが、そこを
是非ともお引き受け願いないでしょうか?」

「申し訳ないです。理由はともかく残念ですが電話でもお話したとおり、
お断りさせて頂きます。それでは・・・」

それとこれとは別の話だった。受けいれられないものは、受けい
れられない。例えその少女が私の心を乱そうとも、それとは何ら
関係はなかった。

私は即座に男の申し入れを断ると、伝票を持って席を立ち、会計
を済ませた。こういう時は、後腐れのないほうがいい。極めて事
務的な態度で接するのが礼儀と言うものだと勝手に解釈している。
5961-4

しかし男の立場にしてみれば、そうはいかないのも分かっている。
彼も私への依頼完了までが仕事なのだから、当たり前の話だ。当
然の如く、必死の形相で私の直ぐ後を追う様にして付いて来た。

私は、その中年男が息を切らしながら背後に近寄ってくる気配を
感じつつも、喫茶店を出ると眼前に広がる大通りに出て、流しの
タクシーが来るのを待ちながら、その気配に気付かぬ振りをして
いた。

「ちょっと待ってください。もう少し、私の話を聞いて頂けませんか」

男が声をかけてくる。私は無視を決め込んだ。それでも尚、男は
私に縋ってきた。

「お願いします。もう貴方達にしか頼む他ないんです」

明らかに私のほうが年下だと言うのに、その男は終始敬語で私に
語り掛けてくる。立場上とは言え、その男の心中を慮れば、心苦
しいのも事実だった。

しかし男の頼みを素直に聞き入れる訳にはいかない事情が私には
ある。故に無視を続けていた。