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102-1
第1章
"誠実"、なんと言う、悲しい言葉なのだろう・・・
− ビリー・ジョエル −

「もう少し掛かりそうなんです・・・」

足元を照らす薄明かりのみが光る暗い地下駐車場。そこにポツンと停車している
ワゴン車。彼女は関係者専用の出口から小走りに近寄ってくると徐にドアを開け
後部座席で本を読んでいる彼の姿を確認し、言葉をかけた。

「あと1時間程度なんですけど・・・」
「・・・」

彼はほんの一端彼女に視線を送ったが、気持ちだけ首を傾け了解の意思を示した。
彼女は何か言いたそうに、彼を見遣ったが、一つ小さな溜息をつくと、ドアを閉
め、もと来た所へ帰っていった。彼は、車内の時計を確認した。午前1時。いつ
もの時間、今日も深夜までこの場所で、いつもの体勢で「相手」を待っている。
ただいつもと違うのは、いつも金魚のフンのように付きまとっている片割れの男
がいない事だった。

「結局、こんな時間になっちゃって・・・。真希は、局の側にあるホテルで泊まる事
になりましたので・・・」
「・・・」

午前3時、街中は静まり返っている。結局待つべき「相手」は現れなかった。運
転席でハンドルを持つ彼女の背中は憔悴の色を感じ取るのが容易であった。靖国
通りを抜け左にカーブを切って見えてくる赤色の信号機をそのまま通り過ぎたか
と思うと、キキキッ、という激しいいブレーキ音を立て、ワゴン車は急停止した。
誰もいない交差点の先、再び周囲には静寂が訪れている。彼女はハンドルに頭を
もたげ、苦しそうにうめいた。

「・・・すいません。今信号・・・」
「・・・運転替わりましょう」

彼は後部座席からピョンと降りると、手振りで彼女に降りるように即し、改めて
運転席側から座席に飛び乗った。彼女は促され、そのまま助手席に乗り込んだ。
ワゴン車は再び、静かに走り出した。
112-2:2001/05/24(木) 03:47 ID:ueS3lckc
「あなたの家は?」
「・・・江古田です。ご存知ですか?」
「江古田、池袋の先の?大丈夫、知っていますよ。昔知り合いが住んでいました
から・・・」
「そうなんですか・・・。それじゃ、お願いします。」

車は先程抜けた靖国通りに戻ると、新宿方面に進路を変えた。昼間の喧騒はウソ
のようなその町並みを見遣りながら、珍しく、いや初めて彼のほうから話し掛け
た。

「お仕事大変ですね」
「そんな事も無いですよ。そうしえばこの間、真希と楽しそうに話してましたね」
「楽しそうでしたか?そうでもありませんでしたが・・・」
「何を?」
「たいした話じゃないですよ。」
「だったら、教えてくださいよぉ(笑)」

「何の本読んでるの?って・・・」
「やっぱり?貴方いつも読んでるから・・・それに様子がおかしいものね(笑)」
「わたし、おかしいですか?」
「ええ。だって大きな体を猫みたいに丸めて、裏のシートで隠れるようにして読
んでるんだもの」

「そうですかね(笑)」
「そうですよぉ。それから真希は、なんて?」
「いや別に・・・何も言ってませんでしたよ。それに彼女は私には余り興味は無いよ
うですから」

「それはウソ。あなたが聞いてる音楽とか、本の事とか、やたらに私に聞いてく
るもの」
「そうですかね・・・」
「あなたみたいな感じの人に真希は会ったこと無いんじゃないかな?だからかも
・・・」

「・・・そんなにわたしは、変わった感じがしますかね?」
「そうよ、変わっている人ほど、自分では気づかないってよく言うから(笑)」

一気に打ち解けた彼女と彼はその他愛のない話を楽しんでいた。今まで数週間の
間、義務的な会話しかしていなかったのがウソのように、車内には楽しげな会話
が弾んでいた。緊張の解けた彼女に、再び眠気が襲ってくる。そして小さく欠伸
をした。
122-3:2001/05/24(木) 03:52 ID:ueS3lckc
「・・・お疲れのようですね。」
「えっ?ええ。そうでもないんですけど・・・。今日はあいつがいなかったから、
特別で・・・」
「でも、彼のいない方が、精神的には楽なんじゃないですか?」
「!?」

彼女はとめどなく饒舌に語る彼にも驚いたが、急所を突くようなその質問へ更に
驚きを禁じえなかった。

「・・・そう言う風に見えますか?」
「誰だって分かりますよ。あれくらい露骨ならね。」
「やっぱり・・・。そうかな・・・。」
「・・・彼は年下?」
「ええ。」
「失礼ですが、あなたは?」
「24歳です。」
「そうですか・・・そうは見えない(笑)」

車は青山通りを横切ると、進路を変えて小道を通りながら脇道を走り抜け、や
や車の数も多い大通りにでた。すると先程まで暗闇に包まれていた空が、白み
がかってきた。

「そうは見えません?ふけてるかな(笑)」
「いえ。その逆ですよ。20そこそこにしか見えなかったので。」
「ホンとに?・・・それは喜んでいいのかな?(笑)」
「さぁ・・・。どうでしょう・・・」
「でもね、こう見えても私もタレントにならない、て言われた事もあるんです
よ。」
「へぇ、タレントにですか?」
「そう・・・見えません?」
「・・・そんな事は無いです。十分にお綺麗ですよ(笑)」

彼は少し返事に窮しながらも、彼女の話に合わせていた。(意外だな。こんな
にしゃべる人なんだ。)彼女は眠さを忘れ彼との会話を続けた。
132-4:2001/05/24(木) 03:58 ID:ueS3lckc
「チーフは・・・」
「その呼び方は止めて貰えません?本城さん」
「えっ?あぁ、じゃあ、どういう風にお呼びすれば?」
「後藤で結構ですよ。・・・それより本城さん?」
「えっ?アッ、はい、なんでしょう?」
「フフフ。・・・本当の貴方の名前はなんて言うんですか?」
「本当の名前って・・・?」
「だってあなた、本城さん、て呼んでも返事しない事多いですもん。」
「いや、それは私がうっかり・・・」
「それはウソ。(笑)それ位私にだってわかりますよ・・・」
「・・・そうですか」
「フフフ。言いたくなければいいですよ。誰にも言いたくない事はあるもの・・・」

車はサンシャインビルを通り抜け、そろそろ彼女の住まいに近づいてきた。白ん
でいる空は、昇りきろうとする朝日に照らされ、赤みを帯びている。彼女は過ぎ
ていく景色に目を遣りながら独り言のように呟いた。

「私も・・真希みたいになりたかったなぁ・・・」
「・・・」
「でも、世の中にはなれる人となれない人がいるんだもんね。しょうがないか・・・」
「どうにもならない事ばかり、世の中はそんなもんですね、確かに・・・」

彼女は再び彼に目を遣った。その表情に自分と似たような感覚を感じ取っていた。

「・・・あなたは?」
「何ですか?」
「何かになりたい、とか、そういうのあるのかしら?」
「わたしですか・・・。別に・・・。まぁ、昔だったら私も同じような希望もありまし
たけど・・・」

「へぇ。じゃあ俳優さんか何かに?」
「いや、音楽関係でね、飯を食えたらよかったんですけど・・・」
「でもまだ若いんだし・・・。もう諦めたわけじゃないんでしょ?」
「そうですけど。でも個人の力では、どうにもならない事もありますから」

「どういうこと?」
「こういう世界では特にね。それに・・・消したくても、消せない事っていうのも
あるでしょう?」
「そうだね。私もそう。でも、私のせいで真希にはもう迷惑かけたくないんだ」
「・・・」
14稲葉浩志:2001/05/24(木) 11:18 ID:5cysZ0Oo
コッソリ小説頑張ってください。
描写とかうまいし、行替えもキレイで見やすいです。
あ、こんなHNだけどこのスレの1じゃないよ。
152-5:2001/05/24(木) 15:45 ID:ueS3lckc
車は江古田駅の前に差し掛かった。彼女の案内で、狭苦しい路地を抜け細い道を
何度もくねる。すると漸く少しばかり広い通りに出たかと思うと、こじゃれたマ
ンションが視界に入ってきた。

「あそこなの。意外に立派でしょ。」
「そうですね・・・」
「でも、こういうとこに住めるのも真希のおかげなの(笑)」
「・・・」

建物の裏側にある車庫に車を入れ、二人は朝焼けの眩しい、マンション前に降り
立った。

「・・・少し休んでいって。汚いけど・・・」
「・・・いえ。帰りますよ。駅まで歩いていけば、もう始発が出ているでしょう」
「じゃあ駅まで、送っていくから・・・」
「大丈夫ですよ。それよりもう寝たほうがいいですよ。今日もこれから早いんで
しょ?」
「ウン・・・、でも・・・」
「それじゃ。これからもよろしく。」

静かに別れを告げると、彼は今車で来た道を戻っていった。すると一度はマンシ
ョン消えた彼女が歩みを替え、再び後を追うように、彼を呼び止めた。
162-6:2001/05/24(木) 15:48 ID:ueS3lckc
「お願い。・・・があるの・・・」
「なんですか?」

「真希の事・・・これからもお願いしますね。」
「お願いといっても・・・。私はただ彼女の護衛をしろと言われているだけで・・・」

「護衛じゃないでしょ。監視でしょ?」
「ええ。まぁ・・・そうですが・・・」

「だから、お願いしたいの」
「何を、ですか?」

彼女は改めて彼の前に立つと彼の眼を見つめた。彼は180cmを雄に超えるその
体を丸め、彼女を見つめ返した。

「もう、これ以上真希に苦しんで欲しくないの。」
「・・・それは?」

「真希は今、付き合っている男の子がいるの。知っているでしょう?あなたも・・・」
「・・・」

「・・・いいわ答えなくても。でもあの男の子以外ともね、あるのよ・・・」

彼は厳しい視線を彼女に投げかけた。そして重くなった口を漸くと開いた。

「この間のあの男とも・・・ですか?」
「・・・違うの。あれとはそういうんじゃないんだけど・・・。あなたも、これだけ一
緒にいたら分かっているでしょ。なんとなくは・・・」

「・・・。確かに何も知らないとはいいません。ですが、これは私の様な部外者が
関われる話ですか?」
「部外者だから出来るんじゃない?だって会社の人は勿論、私なんかのいう事、
真希が聞く訳ないでしょ」

彼女は思わず彼から眼をそらした。そして俯きながら搾り出すように話し続けた。
172-7:2001/05/24(木) 15:55 ID:ueS3lckc
「こういうことに関しては私の言う事は・・・説得力なし、だし(笑)」
「・・・」

「とにかく、もうこれ以上、自分を傷つけるような真似はしないで欲しいのね。」
「・・・傷ですか」

「そう。結局ね、馬鹿見るの、女なのよね(笑)」
「・・・」

「まぁ真希なら、体の関係になっても、心は大丈夫だとは思うんだけど。でも・・・」
「・・・でも?」

「でも、いつの間にか心もおかしくなっちゃうの。だから怖いの。経験者には分
かるのよ(笑)」
「・・・」

彼女は乾いた笑顔と哀しい言葉を残したままその場を立ち去った。彼は返す言葉
もなく、ただ彼女の姿を見送る他は無かった。駅へ向かう道すがら、眩しい程の
朝日が彼を照らしていた。思い立った様にふっと後ろを振り返ると、その朝日の
中に彼女の住むマンションが溶け込んでいた。遠くから列車の走る音が聞こえて
くる。彼は踵を返すと、重い足取りで駅へ向かった。

彼女はだれもいない自室に戻ると、洋服のままベッドに横たわった。そして天井
を見やりながら、空虚な気持ちが波の様に襲ってきているのを感じていた。(こ
のままで、いいのかな・・・)消せない想いを残しつつ、彼女はいつの間にか眠り
についていた。
182-8:2001/05/25(金) 02:00 ID:JVDoKgPE
「フフフフゥ」

そう笑う彼女の顔には、悪魔の影が潜んでいた。彼は、そうした彼女の態度に努
めて無関心を装った。

「あの男、きっと誰かに言いふらすよぉ、バカだよね〜」
「いきましょう・・・」

彼女の刺のある台詞が耳に響き渡る。つい先程まで背後で繰り広げられた醜悪な
音が車内にこびりついていた。男女の舌と舌が絡み合い纏わりつく、官能的で厭
らしいあの音がまだ車内に、残っていた。

「今日は、あなた一人?」
「ええ。お二人とも、今は大変みたいですから」
「そうぉ?やっぱネ・・・。私のせいなんだぁ(笑)」
「・・・」

彼女は無邪気に笑って見せた。そして手足をパタパタさせながら、まるで子供の
ように話を続けた。

「ねぇ、さぁ。今の事もやっぱ報告するのぉ?」
「・・・いえ、別に。それは、私の仕事じゃないですから。」
「ウソぉ〜。じゃぁさぁ、どうしてあいつとの事バレたのよぉ〜。あなたが言っ
たからでしょ?」
「・・・別に私が言わなくて、あれだけ大騒ぎになれば、誰だって知るんじゃないで
すか?」
「そうかぁ。そりゃそうだよね〜(笑)」

彼女の乾いた笑い声が響いた。彼は、何事もなかったかのように、機械的に黒塗
りの大き目のワゴン車を静かに走らせた。あの要塞のような彼女の自宅に向かっ
た。暫くすると、耳障りな笑い声も消え、静けさが車内を支配し始めた。多分、
彼女は寝ているのだろう。湾岸線を新宿方向へ向かう。この道は、彼の一番好き
なコースだった。彼は徐に内ポケットからMDを取り出し、コンポに差し込んだ。
車内には、先程までの殺気立った空気から一転し、切ないピアノに縁取られた甘
い女性の歌声が満たし始めた。
192-9:2001/05/25(金) 02:01 ID:JVDoKgPE
「これ誰の歌?」
「!!」

後部座席からの不意な呼びかけに、彼はギクッと身を硬直させた。バックミラー
越しに様子をうかがうと、寝ていたものとばかり思っていた彼女が横になりなが
ら、脚をパタパタさせている。

「起きていましたか・・・。消しましょうか?」
「いいよ、そのままで」

彼は、慌ててMDをEJECTしようとデッキに手を伸ばした。すると彼女は後
部座席から身を乗り出し、か細い腕で彼の手を制してみせた。

「いいから、そのままでいいよ」
「・・・・・・・」

彼女は彼の左手をキツク握り締めて囁いた。バックミラー越しに見える彼女の表
情は妖しく光っている。

「いつも一人でいる時、洋楽聞いているよね〜。これは誰なの?」
「・・・サラ・マクラクラン、という人です。」
「ふ〜ん、そうなんだ。この人の事好きなの?」
「えぇ。」

少し激しめのナンバーが終わり、再び静かなピアノのイントロが流れ始める。
"I Will Remenber You"と囁きながらリフレインするサラの
歌声が車内に響き渡った。

「けっこう、いい歌じゃん、でも、英語じゃ意味がわかんないや、」
「そうですね、確かに歌詞の意味がわからなきゃ、つまらないですね・・・」
「うん。でも、別に、つまんなくはないよ」
202-10:2001/05/25(金) 02:14 ID:JVDoKgPE
ワゴン車は、他の車影もまばらな高速道路の上を静かに走っていた。夜も深ま
り刻々と時が流れる。彼女は、唐突に核心をつく問いを投げかけた。

「あなたは、なんでさぁ、こんな仕事やってるの?お金いいの、やっぱり?」
「・・・」
「それとも、やっぱモー娘。の傍にいたいんだぁ?」
「・・・」
「いつもこの車、運転しているのいるじゃん。あいつさぁ、いつも私をみてんの
よね〜。エロい眼してさぁ。バレバレなんだよね。あんたも同じ?」

彼女は問を止めなかった。ただ、いつもなら彼は彼女の投げかける言葉をそのま
ま流すのだが、今日に限ってはその先の言葉を継ぐ“何か”があった。

「真希さんには、私もそう見えますか?(笑)」

真希は気持ちシートに背をもたれかけると、窓の外に目を遣った。そして少し間
隔を開けその問いに答えた。

「・・・ううん。そうは見えないけど・・・。じゃあ・・・、どうして・・・、この仕事?」
「・・・頼まれましてね。暇を見込まれて・・・。」
「誰に?会社のエライ人?」
「いや、あなたが知らない人です。」
「ふ〜ん。難しいね。」

車内には変わらずサラの歌声が響いている。車はジャンクションを抜け、漸く下
の幹線道路に降りた。車内の時計は12時を回っている。彼は静かに話し続けた。

「真希さんは、毎日が楽しそうですね」
「・・・そういう風に見える?」
「えぇ、忙しくて大変でしょうけど、楽しそうですよ」
「そうかな・・・。あんな、つまらない男と、ああいう事していても?」

彼女は、窓の外に顔を向けながら言葉を投げた。その眼は冷たかった。先程彼の
背後で晒した醜態の時にミラー越しに見えたあの眼と同じ温度をしていた。彼は
言葉を一つ飲み込んだ。
212-11:2001/05/25(金) 02:20 ID:JVDoKgPE
「・・・そうですね。人の気持ちなんて、誰にも分かりはしないですね。」
「・・・」
「分かったふりして・・・すみませんでした。」
「・・・別に、いいよ・・・。」
「自分のホントの気持ちなんて、誰にもわかりやしないから・・・」

彼の呟きが車内にこだました。知らぬ間に、MDは演奏を終えていた様だ。沈黙
が再び車内を支配する。彼は、もう一度MDのプレイボタンを押した。再びスピ
ーカーから流れる曲は、地上のどこかにいるという秘密の天使に、魂の救いを求
める悲しい人の事を歌っていた。車はいつの間にか彼女の家に近づいていた。

「そういえば明日は、9時だそうです。いつもの二人が来るそうですから」
「うん。分かってる。・・・あなたは?」

「私は休んでいいみたいですね。まぁ家で本でも読んでますよ。」
「遊びとか、いかないの?友達とか彼女とかと一緒に・・・。誰もいないの?」

「友達や彼女ですか?アハハ、いないですよ。休みの日くらいは一人でね。
それに一人が好きなんですよ。」
「・・・ふ〜ん。そうなの・・・」

彼は、静かに車を止めると運転席から降り、後部座席の引きドアを開けた。彼女
の大きなショルダーバッグを一緒に持って、外で待ち受けていた。

「他に荷物はないですか?」
「・・・大丈夫。ありがとう。」

真希は彼からバックを受け取ると、重たそうに肩にかけてマンションの中に消え
ていった。彼は何気なく上を見やると、暗闇の空の中、月の光だけが妖しく光っ
ていた。一つ溜息をつき、そして運転席に戻りエンジンをかける。するとマンシ
ョン内に消えた筈の真希が運転席の傍らに小走りに駆け寄ってくる。何かを話し
たそうなのは分かった。彼はウインドウを下げ、彼女の言葉を待った。
222-12:2001/05/26(土) 01:55 ID:88UNKPQk
「・・・どうしました?」
「・・・さっきはゴメン。なんか言い過ぎちゃった。」
「何を・・・ですか?別に気にすることなんか無いですよ。」
「うん、ありがと・・・。じゃあ、さよなら。」
「さようなら。」

真希は別れ際俯きながら、彼に名残の言葉を告げた。

「・・・ねぇ、寂しくないの?」
「寂しいのかな・・・。でも、・・・虚しくはないですよ。だから笑ってられのかな。」
「・・・」
「それじゃ、また会いましょう。」

投げられた言葉は置き去りにして、エンジンが再び響き、彼は車と共に夜の街に
消えていった。重い足取りで自分の部屋に戻った真希は、そのままベッドに寝転
び、先程の彼の言葉を心の中で反復していた。

(虚しくないって・・・。私に言っているのかな・・・)
232-12:2001/05/26(土) 01:57 ID:88UNKPQk
真希は、ベッドの脇にあるチェストから一冊の本を取り出した。先日ちょっとし
たイタズラのつもりで、助手席においてあった彼の本をくすめたまま、そのまま
にしていた。仰向けになりながら、パラパラと読むとなく、ただ漫然とページを
めくっていた。一気に最後のページまで捲り終わると、そのまま胸において焦点
をぼかしながら、ただ天井を見つめていた。(やっぱり、返さなくっちゃ、マズ
イかな・・・)

「ピンポーン」

物思いに深けている真希の耳に、金属音が伝わる。しかし真希は、その音に何の
反応を示さず、相変わらず天井を見遣っていた。(あの人、ホントはどんな人な
のかな・・・)

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」

真希の想像を消し込む様にベルはなり続けた。そしてガチャガチャとドアのノブ
がこねくり回される音も重なって聞こえてきた。真希は、しょうがないな、とい
う表情を浮かべながら、気だるそうに立ち上がり、玄関に向かった。ドアの向こ
うからは、聞きなれた男の声が聞こえてくる。

「何だよ、真希。鍵、空けとけよ。早く開けろよ!」
242-13:2001/05/26(土) 02:01 ID:88UNKPQk
忙しない音が冷たい鉄板の向こうからこだまする。(あ〜あ、今日もやるのかぁ
あいつって、暇なんだな。たるいよ)真希は、体全体で倦怠感を醸し出しながら
歩き出す。漸くと施錠を外し、玄関のドアを開放した。

「おい、開けとけよ。となりに部屋の奴にばれそうになったよ」

挨拶も程々に、その男、というより男の子は、ズカズカと真希の部屋に入ってき
た。(いつの間にか、ずうずうしいじゃん)真希はドアを閉めながら、振り返っ
た。既にその"男の子"は、Tシャツを脱ぎ捨て、上半身を晒していた。

「え〜何よ!もうやるの?」
「いいじゃん、最近してないジャン。我慢してたんだからさ・・・」

その"男の子"は、獰猛な欲望を剥き出しにして真希に襲い掛かってきた。真希は
やるせなくその行為を受け入れた。そして静かに目を閉じた。