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第5章

効かない薬ばかり転がっているけど、ここに声もないのに・・・、一体何を信じればいいの?
                            −鬼束ちひろ−

「どうしよう、どうしよう・・・ウゥ・・・」

ひとみは、完全に我を忘れ取り乱していた。冷たさと静けさが支配する深夜の
一室。50人は優に座れるであろうソファーが整然と並ぶその広々とした空間
で、唯一人、取り残されたひとみは、自分を見失っていた。

「とにかく、ああ、まだ誰にも・・・。それは大丈夫だよ・・・。ウン、わかった。
頼む、早く来てくれ・・・」

その広い空間の奥の方から、明らかに動揺している声が鳴り響いていた。受話
器を置く音が聞こえる。ひどく重い足取りで彼が帰ってきた。

「どうしよう・・・、ごっちん・・・。どうしよう・・・」

ひとみは、手をバタバタさせてその場に座り込んだ。彼は介抱するように抱え
上げるとその長椅子に座らせた。

「大丈夫ですから。心配しないで。」

彼は、なるべく刺激を増やさないように優しく語りかけながら、ひとみの傍ら
に座った。ひとみは泣きじゃくりながら、彼の腕にすがった。そして嗚咽を出
して泣き崩れた。彼はひとみを抱えながら、奇妙な感覚にとらわれていた。

(この光景。あの時と同じだ・・・)

彼の瞼の裏に映る光景は、今のひとみと同じ様に泣きじゃくっていた母をこう
して慰めていた、あの時と同じだった。
987-2:2001/06/09(土) 03:02 ID:TUjU3u0Q

「おい、ちょっとコッチこい・・・」

廊下の奥から彼を呼ぶ声がする。その男は白衣を纏っていたが、その"衣"は白
と呼ぶにはもはや遠く、真っ赤に染抜かれているありさまだった。その様子を
みたひとみは、更に大きな声で泣き出した。彼は、どうにかひとみを宥めてそ
の男の元に向かった。

「おい・・・杉原さん、その格好どうにか、ならないか?」
「どうにもならないよ、仕方ないだろう。いちいち着替えてられるかよ。」
「まぁそれはそうだが・・・、それよりどうなんだ?」

急かす彼の言葉を押し留め、男はさりげなく言葉を返した。

「状況は、五分五分だな。でもどうにかなるだろ。」
「そんなに軽く言うなよ。ホントに大丈夫なのか?」

「正直分からんね。ここから先は心臓が持つかどうかだな。ショック性の発作が起きないことを祈るよ」
「そんな。頼むよ・・・」

彼は頭を下げて、医師である杉原の手を握った。杉原は照れ臭そうにその手を
払うと、歩き出した。
997-3:2001/06/09(土) 03:03 ID:TUjU3u0Q

「しかし珍しいな。お前にこれほど頼まれるとは・・・。」
「頼むよ、ホントに。」
「ああ、分かっているさ、それよりも・・・」

杉原は、診療室の脇にある狭い一室に半身を傾け、彼を寄せると声のトーンを
落して問いを投げた。

「それよりも・・・、彼女、自殺だな?」
「・・・・・」

「黙っていたって分かるよ。あれだけのカットだ、割れたコップで傷つけました、
なんて訳ねぇだろう?医者を舐めんなよ(笑)まぁ、それより自殺だと、警察に届けないとな・・・」
「それはマズイ。それだけは勘弁してくれ。」

彼は杉原の言葉を遮り、叫んだ。そして更に身体を寄せて囁いた。

「規則なのは、分かっている。が、事情を察してくれ。な、それだけは・・・勘弁してくれ」
1007-4:2001/06/09(土) 03:05 ID:TUjU3u0Q

「なんだよ事情というのは・・・」

「おい、わかるだろう?彼女は・・・。芸能人でこうなったなんてバレたら、世間がどえらい騒ぎになる。」
「えっ、芸能人なの、あの娘?いったい誰よ?」

彼は、あきれて顔を振った。

「・・杉原。相変わらずだなぁ。あんたモーニング娘。て知らないかい?」
「あぁ、何となく。で、そのモーニングて娘なの、あの子は?」

「いや、そうじゃないさ。彼女の名前は後藤真希。モーニング娘。ていうのはグループ名だよ。
まぁ、とにかくそんな事は、どうでもいいから、警察だけは、頼むよ。」
「しかしだなぁ、院長にバレルと俺がな・・・そろそろ本当にやばいんだよ」

彼は、更に一段と声のトーンを落として、彼に聞こえるか聞こえないか判らな
い様な声で、かすかに語り掛けた。

「こんな事、この場で言うのも大人気なけど、杉原さん。あんたは俺に大きな
貸しがあるのを忘れてはないよね?」
「お前なぁ・・・。何だよ、脅迫かい?それとこれとは・・・。」
「何が、違うかい?」
「・・・んったく、分かったよ。但し、これで貸し借りはゼロだからな。分かってくれ」
「ああ、判っている。大丈夫だ。とにかく彼女の事頼むよ。」

彼は厄介な懸案を片付け終えて、軽く一つ息をついた。杉原はやや声のトーン
を戻し、話を続けた。
1017-5:2001/06/09(土) 03:06 ID:TUjU3u0Q

「・・・で、理由は何よ?自殺の?」
「いや、それがね・・・俺もまだ良くは分かっていないんだ。」

「そうなの。思い当たる節は?」
「何となく今までの事が積もりに積もって、ていう感じだとは思うんだが・・・」

「・・・子供堕ろしたのも関係あるんじゃないか」
「!」

彼は驚愕の表情を浮かべ、杉原の顔を凝視した。すると微笑を浮かべ杉原は返
した。

「何度も言うが、俺は医者だぞ。舐めんなよ(笑)誰だ、相手は。まさか、お前か?」
「違うよ。・・・とにかく意識が戻ってからだ、その話の先は。とにかく命だけ、頼むよ」

彼は再び頭を下げると、杉原は、分かったよ、と手を上げて隣室の救命室に戻
った。そのドアが開けられた刹那、彼の眼にはベッドの上で真っ赤に染まった
ジャージを身に付け、意識を白濁とさせて漂っている真希の姿が入った。

「おい、そこ閉めろ。部外者は入るな。傷口にバイ菌でも入ったらどうする」

杉原は、年老いた感じのする看護婦に手を洗浄させながら叫んだ。彼はその
語気に押され、慌ててドアを閉めた。
1027-6:2001/06/09(土) 03:07 ID:TUjU3u0Q

「おいっ!」

杉原は、その場を辞そうとする彼を呼び止めた。そして質問を、ぶつけた。

「この娘は、お前の・・・彼女なのか?」
「いや、それも違う。」
「そうか・・・。それなら、いい」

杉原は彼の言葉の外にある意を汲み取りかね、その後の問いを心に閉った。そ
して再び真希の治療に取り掛かった。病室には杉原と、看護婦が二人、僅か三
人のスタッフで真希の処置にあたっていた。

「心拍数は。瞳孔反応は?よし、後10c、エピを用意。それからビート測るから・・・」

杉原の張り詰めた声を背後で聞きながら、彼は再び待合室に戻った。そこでは
目を真っ赤にして泣き腫らしているひとみがしょげ返っていた。

「・・・大丈夫ですか。ごっちんは?」
「心配しなくていいですよ。ああ見えても、あの医者はナカナカの名医ですから」

彼はひとみの横に腰掛けた。ひとみは、未だ感情の高ぶりを押さえ切れないよ
うだった。
1037-7:2001/06/09(土) 03:10 ID:TUjU3u0Q

「今ね、・・・圭ちゃんからごっちんの携帯に電話があって・・。ごっちん大丈夫かなて・・・」
「えっ!?ほかに知っている人いるんですか?」

「ううん。何か最近ごっちんの様子おかしいから・・・って心配して。あなたも、それから圭ちゃんもわかっていたのに、それなのに・・・。
いつも私は、傍に居るのに全然気付かなくて・・・・」
「そうですか・・・」

ひとみは相変わらず自分を責め続けていた。彼は横でどうしたらいいか分から
ず、ただ座り続けていた。でもこれ以上彼女に責めを負わせてはいけない。彼
は、言葉を繋いだ。

「吉澤さん。余り自分を責めない方がいいです。それにどうやら命に別状はないそうですから・・・」

彼は、気休めとは知りつつも嘘をついた。

「えっ!ホントですか!ごっちん、大丈夫なんですか?もう会えます?」
「だからさっきから言っているでしょう、大丈夫だって。ただ、会うのはもう少ししてからね。
今、最後の処置をしている最中だから・・・」

「良かった・・・ごっちん・・・」

彼の言葉を聞いて少し落ち着きを取り戻した様だった。このウソは厳しいな、
自分が吐いた言葉を巡り彼の心は逡巡していた。それに反し状況を漸く把握
しかけ自分自身を取り戻したひとみは、ずっと握り締めていた彼の腕から漸
く手を離した。

「あっ、ごめんなさい。こんなに赤くなっちゃった・・・」
「いえ、私の事はいいですから・・・」
1047-8:2001/06/09(土) 03:11 ID:TUjU3u0Q

彼が、遠く旅先から後藤の姉が隣に座る吉澤ひとみなる女性に真っ先に助けを
求めようとした、その判断の確かさに感心せざるを得なかった。

そして、この少女への好奇心が急速に高まった。真希の為にここまで嘆き、悲
しみ、自分を責め続けるのは、何故なのか?沈黙に耐えられない、という気分
もそれを後押しさせたが、彼は吉澤に話し掛けた。

「吉澤さんは、後藤さんとは仲がいいんですね」
「ウン。・・・でも、電話したりとか、仕事の合間に喋ったりとか・・・。そんな程度ですよぉ」

「それを、世間では友達というんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど・・・真希ちゃんは、どう思っているのかはわかんないし」

彼女の井手達がカッターシャツにチンパンという如何にも女性という感じでは
なかったセイもあるが、凛とした佇まいとその発せられる言葉の弱さとのアン
バランスさが彼の心に強く印象付けられた。
1057-9:2001/06/09(土) 03:12 ID:TUjU3u0Q

「そういえば・・・前に後藤さんがメンバーの中にカッコイイ女性がいるって、
おっしゃってましたけど、それはあなたの事だったのかな?」
「それって、わたしじゃないですよ。多分・・・」

やや自嘲気味に吉澤は言葉を返した。彼は、敢えてそのトーンには反応せず話
を続けた。

「ヨッシーって、あなたの事でしょ」
「ヨッシー?・・・あ、よっすぃ〜ですね。」

「あっ、よっすぃ〜ね。ゴメンナサイ。・・・後藤さんとの会話の中でしょっちゅう
出てきますもの。これはよっすぃ〜が好きだといってた、とか、この事よっすぃ〜にも
話してもいいとか・・・」
「そうですか・・・」

表情や言葉のトーンには表さなかったが、彼から初めて聞かされた真希のそう
した反応の数々に、吉澤は心の奥で素直に喜んでいた。

「それに、あなたは根性がいい(笑)」
「それってどういう意味ですか?」

「いやね、ああいう状況だとは言え、女の子があんな啖呵切れないですよ(笑)
それが証拠にあの男の子、何も言い返せなかったでしょ・・・」
「そうかな・・・」

吉澤は、恥ずかしそうに顔を背けた。彼は彼女の気分が解れたのを見て、少し
ちゃかしてみた。

「ナカナカの男前でしたよ、あなたは(笑)」
「それって、私のこと、褒めているんですか(笑)?」
「勿論ですよ(笑)しびれましたね。」

先程までの見せていた吉澤の激しい動揺は漸く収まり、少しずつながらも平穏
な気持ちを取り戻しているようだった。彼は、少し安堵の表情を浮かべつつも
まだ終わらぬ懸命な治療の行方を案じていた。
1067-10:2001/06/09(土) 03:15 ID:TUjU3u0Q

「よっ!」
「なんだ、朝倉か・・・、意外に早かったな。それよりなんだい、その格好は?」
「スパーリングの最中だったんだ、しょうがないだろう」

彼は立ち上がってその男が歩いてくるのを待った。朝倉は彼同様長身だったが
明らかに細身の彼に比べれば見事な程の恰幅であった。そしていかにもこの場
に不釣合いな小さめの短パンと薄汚れたTシャツというラフな格好で現れた。

「おい、たった今、廊下で杉原にあったぞ。どうやら峠は越えたらしいてさ。これから病室に移すって」
「本当か?・・・よかったわ・・・」

「意識もある程度はあるみたいだし、顔色も案外良さそうだったし。それにこれ以上、
輸血もいいってさ。せっかく駆けつけたのになぁ。無駄足になったかな・・・」

朝倉は不服そう歩みを止めた。しかしその表情には安堵の感情に裏打ちされた
微笑が刻み込まれていた。彼は朝倉の歩みを制すと、語りかけた。

「そんな事より、お前、彼女にあったのか?」
「あぁ、何でも集中治療室じゃなくて最上階にある個室に移動するらしいぞ」

その言葉を聞くや否や、長椅子に座っていたひとみは、やおら立ち上がり朝倉
が来た方向へ消えていった。
107作者:2001/06/09(土) 06:21 ID:TUjU3u0Q
推敲をせずに上げたので、今回分は恥ずかしいほどに誤字脱字多し。
申し訳ない。以後気をつけます。
108Mr.吉澤:2001/06/09(土) 18:02 ID:7fwH2c9I
よかったよかった、続けてくだされ。

誤字脱字は気になりませんでしたよ。むしろセリフ中の(笑)は
必要ないかも、って思いました。情景が頭に浮かびやすい文体なので。

とはいえ、僕は読んでるだけですので自分で納得したカタチであれば
いいと思います。 頑張ってくださいネ。
109Mr.吉澤:2001/06/09(土) 18:18 ID:7fwH2c9I
〜ここまでの目次〜

 序章・・・>>6-9
第1章・・・>>10-24(>>14除く)
第2章・・・>>25-44
第3章・・・>>46-56
第4章・・・>>59-91(>>85-86除く)
 休章・・・>>92-94
110:2001/06/10(日) 02:56 ID:ecwn/6ho
まとめて頂き、感謝です。
1117-11:2001/06/10(日) 02:57 ID:ecwn/6ho

「おい、走るなって・・・彼女は、誰よ?あの娘の妹かなんかかい?」
「ホントにお前らは・・・。彼女もメンバーだよ、モーニング娘。の。」

「へぇ、そうなの。」
「・・・まぁ、とにかく助かったよ。お前に聞いて施した応急処置のおかげだって。
さっき杉原、褒めてたよ」

「あの男に褒められてもねぇ。まぁいいや。とにかく良かった。」

彼は座って取りあえず一息を入れた。朝倉もその横に腰掛け、懐から取り出し
た煙草に火をつけた。彼にもそれを勧めたが、その中途で、思わず引っ込めた。

「あぁ、そうだった。煙草はやめたんだったな」

朝倉はゆっくりと煙を燻らせながら、大きく息を一つ吐いた。

「それで・・・。病院関係者以外で最終的に知っているのは誰?」
「俺と、さっきの彼女。それから相手の男と元のマネージャーそれだけだ」

「家族には?」
「いや、・・・一応、未だ知らされてない事になっている」

「一応?知らされてない事?よく判んないけど、どういう事よ?取りあえず
家族くらいには、知らせておかないとまずいんじゃないのか?」
「あぁ。まぁそれはそうだが・・・」

「て、事は、・・・何かあるのか?」
「まあね。事情が事情だから・・・察してくれ」

「事情ね。・・・まぁ、別れた相手の男の家でリストカットて言う話は、
幾らどう聞いてもまともじゃないわな」

男はあきれた様に笑いながら、吸い終えた煙草を胸ポケットから取り出した携
帯灰皿にしまった。そして一息つくと灰皿ケースを胸ポケットにしまい直すと
改めて彼の向かいに座りなおした。
1127-12:2001/06/10(日) 03:02 ID:ecwn/6ho

「じゃあ、事務所にも言ってないのか?」
「あぁ。まぁね。」

「でも、何れは言わないと、ならないだろう?」
「もちろんだ。そんな事は分かっている。」

彼は立ち上がり一通り辺りを見回すと、壁際に立ち、一つ息を吐いた。
朝倉は、また煙草に火をつけた。

「・・・で、本題。俺を呼んだ理由はなんだい?」
「うん。・・・ある程度の処置が終わったら・・・彼女をどこかにかくまって欲しい。」

「かくまう?って・・・。何だいそれは。どういうこと?」
「自殺未遂なんてことが世間にバレたら、いや事務所にだってバレたら、今の彼女には大変だよ。
どうにか、便りはあるけど居所知れず、て事して、穏便に済ませたいんだ・・・。」

「・・・俺には、よくわかんないけど、現段階でもかなりのヤバイ話なんじゃないの?
どの道、最後まで隠しおおせられるもんではないだろ?」
「それはそうなんだが、幸いにも、まだ誰にも知られてないから。少しだけ・・・
僅かなチャンスがあるのも事実なんだ。そこに賭けたい。」

「チャンスね・・・」
「そうだ。少ないけれど、可能性はまだ残ってる。だから手を貸して欲しいんだ」

「それは構わないが・・・。それにしても、一体何があったんだ?」
「いや、説明を始めると長くなるから・・・」

「いや、まぁいいよ。どうせ今聞いても何がなんだかわかんないから。
後で機会があれば全て話せや。な?」
「スマナイ。後でキッチリ話すから・・・」

朝倉は一息つくと、自ら燻らせた煙に眉をひそめながらも、それでも煙草をふ
かしながら、留まることなくしゃべり始めた。
1137-13:2001/06/10(日) 03:08 ID:ecwn/6ho

「それにしても・・・。お前も本筋から離れて・・・どえらい事に首を突っ込んでいるな」
「好き好んでこうなったんじゃないさ。仕方がないさ」

「まぁ、そりゃそうだな。」
「とにかく彼女のことを考えれば、ここに長居するのは危険だ。何よりマスコミの目だってあるだろう。
とにかく人目につかない場所で彼女を休ませたいんだ・・・」

「なるほど・・・それで俺の出番か。まぁいいよ、それは構わないんだが・・・」
「構わないんだが・・・?」

「聞きたいことが一つあるね。」

朝倉は煙草の火を消した。そして立ち上がり、彼の横に居並んだ。

「お前が、そこまでして、あの娘にこだわる理由はなんだ?別に、
ここまで面倒見ろって頼まれた訳じゃないだろう?」
「行きがかりだよ・・・仕方ないだろう」

「行きがかり?それだけの訳、ないだろう?明らかに限度を超えてるんじゃないか。」
「そうかもしれないが・・・」

「何か、・・・彼女に特別な感情でもあるのか?」
「それはない。それはないさ。ただ・・・」

彼は強く否定した。朝倉はそれを受け入れたが、言葉の最後に含まれてたニュ
アンスには鋭く食いついた。
1147-14:2001/06/10(日) 03:44 ID:ecwn/6ho

「ただ、何だ?」
「・・・昨日の夜、俺のところに電話があってね」

「彼女からかい?」
「ああ。大した内容じゃなかったんだが・・・。何かね、その感じが・・・」

朝倉は壁際にもたれつつ、また煙草に火をつけた。彼は静かに話を続けた。

「何かね、感じてね・・・」
「なるほど。それでかい。でも早めに気付いてよかったな、ホントに」

「でも、あの光景は一生忘れないよ。・・・あのホテルの風呂場での光景は。」
「何?男の部屋じゃなかったのか」
「まぁね、ああ、電話じゃ混乱していて、上手く伝わらなかったかな・・・」
「・・・それで、男のほうは?」

「結局はビビッて逃げちゃったよ。まぁ仕方ないだろ、子供なんだから。」
「とは言え、これで2回目だろ?そいつがらみのトラブルは・・・」

「まぁね・・・」
「どうにかならんのかい。でも好きなもん同士なんだから仕方ねえのか・・・」

「・・・好きなものね。・・・そういう関係じゃないから、話が難しいんだよ。」

彼は、遠い眼をして、思案を投げた。朝倉は、何も言わずただ煙草を燻らせて
いる。まるで独り言を呟くように彼の言葉が始まった。
1157-15:2001/06/10(日) 03:46 ID:ecwn/6ho

「さっき見たら・・・俺の携帯にメールが彼女から一通入ってたよ。」
「・・・何て?」

「・・・ありがとう、って、それだけだけどね」

朝倉は再び携帯灰皿を胸のポケットから出し、ゆっくりと歩き出した。彼もそ
れに追随した。吸殻をしまうと真新しい煙草に火をつけた。沈黙を保ち、相槌
程度の言葉しか挟まない朝倉に比して、彼の語りは止まらなかった。

「まぁ、いまさら死にたくなった理由を詮索しても仕方ないさ。朝倉、とにかく頼むよ。
彼女の体調の事もあるが、なるべく早くここから移りたいんだ」
「・・・よし、分かった。」

「助かるよ。取り合えず、峠は越えたみたいだし、本当に良かったよ。」
「まぁそうだな。」

彼の言葉に安堵感を感とった朝倉だったが、何気なく心の奥底に埋まっていた
想いを誰となくに向かい吐き出した。

「・・・でも、彼女は、本当に見つけて欲しかったのかなぁ?」

彼は歩みを止め、少し先を行く朝倉の背中を凝視した。朝倉はその視線を感じ
ると、クルリと体を反転させ向き合った。
1167-16:2001/06/10(日) 03:50 ID:ecwn/6ho

「おい、そんな怖い顔するなよ。そういうつもりでいったんじゃないよ。すまなかった。」
「いや・・・、そうだな。確かに生きている事がいいとは限らないな。
俺は、余計な事をしたのかもしれない」

「オイオイ、そんな深い意味じゃないんだよ。気にするなよ。」

朝倉はそういって彼の肩をポ〜ンと軽く叩いた。そして出来うる限りの明るめ
のトーンで彼に言葉を投げかけた。

「それに、そんなつもりなら、お前に電話なんかしてこなかっただろう?最後の瞬間の前に、
お前に電話をよこしたって事はさ、きっとお前に助けて欲しかったんだよ」
「・・・そうかな。」

「そうだよ。彼女は自分の運命を決める最後のルーレットのダイスをお前に託したんだよ。」
「・・・どうして俺に?」

「さぁ・・・。それは俺には良く分からないが・・・。その答えは出す必要があるかい?」
「・・・ないな、確かに。それに・・・終わった事だ。・・・とにかく頼むよ、今後の事。」

そういって彼は頭を下げた。朝倉はもう一度彼の肩を叩いた。今度はさっきよ
りも少し強めだった。

「構わないさ。俺にだけは気を使うな。」
「すまない」
「いいよ、お互い様だ。任せておけ。」

朝倉は踵を返し、そして再び歩き出した。彼もそれに従った。
1177-17:2001/06/10(日) 03:55 ID:ecwn/6ho

「それにしても・・・本当にすまないな。無理言って・・・」
「いつもの事だろ。キッチリ片付けておくよ。安心せい。」

朝倉は、誇張気味に自分の胸を叩いた。そして勢いよく話し出した。

「杉原にも俺から話をつけておくから。・・・ただ事務所や家族の関係の事は俺知らんぞ。
そこの辺はお前が処理しておいてくれ。」
「ああ、わかっている」

「人生は繰り返すな・・・」
「えっ?なんか言ったか?」

「いやね、いつかこういう時が来るんだよ。人生っていうのは分からないもんだな、て思ってね。」

何かを達観したように朝倉は笑顔を浮かべた。彼は軽く頷くと二人で既に真希
のいないその救命室へ向かった。朝倉は引き続いて歩きながら彼に話し掛けた。

「ところであの子、いくつだい?」
「ん?あぁ、17歳だ・・・」

「そうか17か・・・。あ、そうだ、とにかくここはもういいから、早く病室行ってこいよ。彼女、そろそろ目が覚めるかもしれないからな。
誰かしら大人がいないと、何かと大変だろう。」
「うん、そうだな。分かった、じゃあ後は頼むよ。」

彼は、朝倉に一礼をすると、真希の居る病室へ足早に向かった。その急ぐ足音
を背中で聞きながら朝倉は思った。

(17歳・・。同じ歳か・・・)

救命室で“真っ赤な白衣”を付けたまま、片付けをしている杉原の前に歩を進
めた。

「杉原さん、お久しぶりで」
「なんだ、脅かすなよ、またお前か・・・」
「頼みがあるんだけど、いいかな?」

「もう無理な話は、よしてくれよ、オヤジにバレタラ、ボチボチ俺の首も危なくなるんだから・・・」
「まぁまぁ。一度は互いに死んだ身でしょ?」

「・・・ったく。で今度はなんだよ。頼みというのは・・・」

杉原は無駄な抵抗は止め、朝倉の話を受け入れた。朝倉は笑いながらその傍に
寄った。そして話し始めた・・・。
1187-18:2001/06/10(日) 03:56 ID:ecwn/6ho

「ごっちん、眠っているみたいなんですよ。」
「ホントだ・・・取り合えず、安心だね。」

腕に点滴を受けながらも、真希は何事も無かったかのようにスヤスヤと眠って
いた。ただ、もう片方の腕には、痛々しく白い包帯がグルグル巻きにされてい
た。ひとみは、その包帯の巻かれた左腕さすりながら、真希の顔を撫でていた。

その病院の最上階ある特別個室は、12畳もある病室と、キッチンやトイレバ
ス等が個別に用意されている、さながらホテルのスイートルームの様な環境で
あった。窓の外には瞬く星屑が一面に広がり、闇の夜を薄明るく照らし出して
いる。

吉澤は甲斐甲斐しく真希に話し掛け、そして何度も何度もその愛くるしい寝顔
を愛でていた。

「ごっちん、痛くない?・・・ごっちん・・・、大丈夫だよ。・・・」

彼は、病室の隅にあるパイプ椅子に腰掛けその様子を静かに見守っていた。運
命の時は近い。彼は今、意を決して、全てを清算する覚悟を決めていた。

優しく囁くように言葉をかけ続ける吉澤の声を聞きながら、彼は静かに目を閉
じた。