alone

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464-1
第3章
天使の胸に抱かれて、ここから遠く飛び立って。そして安らぎが得られる事を祈りましょう
―サラ・マクラクラン―

「真希ちゃん・・・ちょっといい?」
「な〜にぃ〜」

いつものように深夜にまで渡ったTV番組の収録も終わり、メンバーのそれぞれ
が帰路に着く中、梨華はスタジオの入り口で半身を傾けながら、前室の片隅で吉
澤と楽しげに話している真希に声をかけた。

「おっ、梨華ちゃん、今日は白なんだぁ(笑)」
「そうなんだよぉ。最近梨華ちゃん、ピンクあんまり着ないんだよね」

吉澤と真希は珍しく白いワンピースを着ている梨華の服装にチャチャを入れた。
梨華は恥ずかしそうに笑っていると、手招きをして真希を呼び寄せた。

「何よぉ!わたしは仲間はずれ?」
「よっすぃ〜違うの。ちょっとお仕事の事なの、ディレクターさんが呼んでるの」
「な〜にぃ〜。めんどうくさいなぁ〜。タクシー着ちゃうよぉ」

真希はやや不服そうながら梨華の元に近寄った。そして言われるがままに、梨華
の待つスタジオへ足早に向かった。しかしスタジオの中には誰もいない。真希は
首を傾けながら辺りを見回した。すると大きな照明機器が無造作に置かれている
その片隅で、梨華がぽつんと立っていた。
474-2:2001/05/31(木) 03:30 ID:XwFKAHgc
「なによ梨華チャン。誰もいないじゃない」
「ウン。実はね、私なの、話があるは・・・」
「・・・ふ〜ん、で何の用なの?」

梨華はもじもじとしてナカナカ言葉を言い出せなかった。すると真希は梨華
の傍らに近づき、優しく梨華の髪を撫でながら言葉を即した。

「な〜に、梨華ちゃん」
「ウン・・・。真希ちゃん、この間の男の人って、会社の人なの?」
「え?あ、あの人?そうね、そうみたいな、そうじゃないみたいな・・・」
「真希ちゃんもよく知らないの?」
「うん。自分の事、よく喋らない人だし。一応雇われているみたいなんだけど・・・。でもさぁ、名前だってわからないしぃ。」
「あの人って、普段はどんな事してるの?」
「送り迎えの運転とか、今私についてるマネージャーさんのお手伝いとか・・・。そんなトコかな。」
「そうなんだ・・・」

梨華は首を傾けて、モジモジと言葉を選んでいるようだ。真希は少し悪戯っ
ぽい笑顔をみせて梨華の顔を覗き込んだ。

「な〜に、梨華ちゃん。あの人に興味あるのぉ?」
「違いますよぉ。違うんです。そうじゃないんだけど・・・」

「じゃあ、なあに?」
「・・・ウン。なんかね、あの人と、それから・・・あの男の人・・・とね、知り合いみたいなの」

「えっ?それホントぉ?」
「ウン。・・・あの時そんな感じがしたんだけど・・・」

真希は意外そうな顔付きで思案を投げた。(どういう事なのかな・・・)梨華は、
俯きながら、話を続けた。
484-3:2001/05/31(木) 03:33 ID:XwFKAHgc
「それでね。・・・ちょっと真希ちゃんにお願いがあるんだけど・・・」
「・・・ん?何?」

真希は考えを一時止め、梨華の顔を見つめ直した。そして言葉を繋げた。

「・・・梨華ちゃん。まだあの男となんか関係あるの?」
「ウン・・・。」

梨華は言葉を濁した。しかし真希は、そこにある何かを感じ取っていた。
とっさに梨華の手を握った。

「梨華ちゃん、お願いって何?」
「ウン。あの人に会わせてくれないかな?それでね、もう私に構わないでって、あの男に人に言って欲しいの・・・」
「梨華ちゃん・・・」
「真希ちゃんね思い切って言うね・・・実はね、私・・・、あの男の人にね・・・」

梨華はその美しい瞳に涙をため、少し嗚咽を漏らした。真希は華奢な梨華の
体をぎゅっと抱きしめた。

「もういいよぉ、梨華ちゃん・・・。わたしもね・・・同じだもん・・・」
「真希ちゃん・・・誰にも言わないでね・・・」
「当たり前だよぉ」
「・・・アリガトネ、真希ちゃん」

普段は見せない真希の優しさに梨華は浸っていた。そして最近感じていな
かった、安らかな気持ちがその心を覆っていた。
494-4:2001/05/31(木) 03:35 ID:XwFKAHgc
「・・・梨華ちゃんも頑張ってね。あの人いい人だから心配しないで話してみても大丈夫だよ」
「うん。実はね、この間、レコーディングの帰りにちょっとだけ話したの。」

梨華は恥ずかしそうに話し続けた。真希は笑顔で聞き返した。

「ホントぉ?それでどうだったの?」
「うん。最初は話し掛け辛かったんだけど、優しくて安心したの。」
「でしょ?だから大丈夫だよ。きっと梨華ちゃんの話聞いてくれるから。」
「ウン。そうだといいなぁ」

誰もいないスタジオ、薄暗闇の中、二人は抱き合いながら互いの傷を慰め
合っていた。その二人の様子を入り口の大きなドアに隠れて見つめる吉澤
の姿があった。

(ごっちん・・・)

吉澤の眼には真希の姿しか捉えていなかった。ふっと大きな溜息をつくと、
先程までいた前室の長椅子に腰掛けた。上を向き必至に目から零れてくる
物をこらえていた。

(ごっちん・・・、どうして私だけを見てくれないのかな・・・)

吉澤は、哀しい気持ちを抱えたままその場に竦んでいた。
504-5:2001/06/01(金) 04:01 ID:kgWWLrWc

「・・・で、わたしに何を?」
「ここに貴方の名前を・・・お願いします。」

彼女は土下座をせんとばかりに、テーブルの上に頭を押し付けた。机の上には、
細々とした言葉が書き込まれた一枚の書類が置かれていた。この書類が持つ意
味の大きさは、彼にも、そしてこの紙切れを持ってきた彼女にもよく分かって
いる。だからこそ、言葉はより簡潔なセンテンスに凝縮された。

「真希の・・・為なの・・・」
「それは、担当マネージャーとしてですか、それとも姉としてですか?」

彼の言葉には、いつになく力があった。彼女は彼の言葉に押されたかのように
押し黙った。沈黙は続いた。階下にあるコンビニエンスストアから聞こえてく
る騒がしい有線の音楽とそれに被さって来る人の喧騒とが部屋中の空気を支配
した。

パイプ椅子と会議用のテーブルが狭しなく並ぶ室。まるで予備校の教室の様な
その部屋の一室で、二人は細長いテーブルを挟み、対峙していた。漸くと彼女
が呻いた。
514-6:2001/06/01(金) 04:03 ID:kgWWLrWc

「・・・両方よ。だからあなたしか頼めないの・・・」
「・・・」
「だって言えないじゃない?こんなこと・・・。会社の人にだって、
それに母にだって・・・。私・・・」
「・・・ごめんなさい。あなたを責めたわけではないですから・・・」
「いいの。私の責任だもの。こうならない様にって、母や会社の人が真希に私をつけたのに・・・」
「後藤さん・・・」

「やっぱりダメね(笑)これで私もクビだね。」
「それじゃあ、もうこの事は皆さん知っているんですか?」
「ううん。真希と私、そしてあなただけよ・・・。そこは大丈夫。」

彼女は俯き言葉を殺した。彼は黙って立ち上がると、部屋を出た。廊下からガ
タガタッ、という音がしたかと思うと、手に同じ種類のお茶の缶を2つ持ち帰
ってきた。黙って彼女の前に一つ置くと、もう片方のタブを引き、それを自ら
一気に飲み干した。

「相手の男は、こうするって事は知っているんですか?」
「・・・わからないわ。」
「分からないって・・・。確認していないんですか?」
「・・・男が知ってても、知らなくても、結論は同じでしょ!」

彼女は苛立ちを隠さなかった。そして目の前に置いてあったその缶を乱暴に手
に取り、飲み干した。そして少し落ち着きを取り戻した。
524-7:2001/06/01(金) 04:03 ID:kgWWLrWc

「・・・ごめんなさい。少し興奮して・・・。そうね、うん、多分彼は知っているとは思うわ。」
「そうですか。で、彼の答えは・・・。まぁ聞くまでもないか・・・。」
「・・そういうことね。」

彼女は立ち上がると彼の横に座りなおした。そして少し椅子を動かし、二人の
肩と肩が当たるほどにその間隔を詰めた。彼の顔色が少しだけ変わったのを彼
女は見逃さなかった。彼はかすかに一つ息を整えると話し続けた。

「それで真希さんは?」
「・・・もう答えは出ているの。」
「そうですか。なるほど。」

彼は目の前にある書類を手前に寄せ、今一度眼を通した。そして胸の内ポケッ
トからボールペンを取り出した。聞こえるか聞こえないか分からない程度に、
軽く息を一つついた。
534-8:2001/06/01(金) 04:04 ID:kgWWLrWc

「・・・で、サインはどちらに?」
「男性の同意欄に・・・。保護者欄は、私の名前を書きますから・・・」

「偉そうな事を言う様ですが、ここに名前を書くだけなら、彼に頼んでもいいんじゃないですかね・・・」
「・・・」

「それも彼は・・・ダメなんですか?」
「・・・そういう事なの。お金は出すみたいだけど。仕様がないよ、真希もそうだけど、彼も子供なんだから。」

「・・・そうですか。で、手術はいつ?」
「ええ。今度の火曜日オフなの。だから月曜日の夜に。それで一晩入院する形になるかしら・・・」

「なるほど・・・」

彼女は、重い口向きを更に重くさせて、彼に話し続けた。

「出来ればね・・・」
「・・・出来れば、何ですか?」

「あなたにも、来て貰いたいんだけど・・・。いいの、無理に、とはいわないから。これ以上は迷惑・・・」
「・・・いいですよ。この欄に名前を書いた責任がある。行きましょう。」

「ありがとう。助かるわ・・・。私も一人じゃ何かと心細くて・・・」
544-9:2001/06/01(金) 04:07 ID:kgWWLrWc

彼は、自分の名前を書くと彼女に渡した。彼女はその紙を眼に通すと微笑を浮
かべるとその紙を丁寧にバッグにしまった。

「何かおかしいかったですか?」
「フフフ・・・。貴方の名前、本当はこうなんだ・・・」
「・・・おかしいですか?」
「ウウン。でもなんか変な感じ(笑)」

彼女は、立ち上がると、うろうろと部屋中を歩き回った。そして片隅において
ある古びたピアノの前にある椅子に腰掛けた。そして造作なくパラパラと鍵盤
を弾いてみた。

「ここであなたは何しているの?楽器とか教えてるの?」
「いや・・・話を聞くだけですよ。」

「生徒たちの?」
「生徒、と言う訳でもないですが・・・。まぁそんなところですね。」

「どんな話?技術指導とか、進路指導とか?」
「まさか(笑)単なる世間話みたいなもんです。愚痴を聞くみたいなね・・・。」

「ふ〜ん。それじゃあ私もあなたに相談しようかな(笑)」
「アハハ、私に何をですか?」

彼女は鍵盤から手を離し、彼に正対した。そして寂しそうな表情を俯きながら
隠し、ポツリポツリと言葉を繋げた。
554-10:2001/06/02(土) 02:36 ID:f4psHp2k
「・・・もうね、真希の傍にいるのやめようと思うの。
やっぱり、私にはダメみたい・・・」
「・・・どうして?」
「だって・・・つらいもの。真希の姿みていると・・・。
でもね、結局最後は・・・真希に頼ってる自分が嫌なの。」
「・・・」

「それにね、考えてみれば私の存在は真希にとって迷惑なのよ。だってね、
・・・分かるでしょ?」
「・・・」
「会社だって分かっているから、逆に私を雇ったんだもの。私の事を監視
しておきたかった訳だしね・・・」
「・・・」

彼は押し黙ったまま、彼女の言葉を待った。

「だって、あなたの役目ってホントは真希じゃなくて、私の監視でしょ(笑)
それ位わかってるわ・・・」
「・・・」

「でも大丈夫よ。辞めたからって、マスコミの人間にペラペラじゃべったり
しないから・・・」
「私は後藤さんがそんな人だとは思っていませんよ。少し自分を責めすぎな
んじゃないですか?」

「そうかもしれないかな・・・。」
「あなたはあなたで素敵な人です・・・と思いますよ」

彼は彼女の座るピアノの前にたった。そして彼女の横にピョコンと腰掛けた。
何気なく彼女は、たどたどしくながらも鍵盤を奏でた。部屋の中に不器用な
がらも優しいメロディーが響き渡った。
564-11:2001/06/02(土) 02:39 ID:f4psHp2k

「下手でしょ(笑)小学生の頃にチョコッとやってたくらいだから・・・」
「上手い下手は関係ないですよ。楽しければいいんですよ。」

彼女は楽しげにピアノを引き続けた。彼も横で彼女に合わせて鍵盤を奏でた。
乾いた部屋の中で連弾が鳴り響いていた。

「・・・この間あなたに紹介して貰った先生に私、会ってみようかな。」
「そうですか。とてもいい人ですから、是非。その気になったら、遠慮なく
いつでも言って下さい。」
「うん。ありがとう・・・。」

夜は深けいつのまにか階下のざわついた音も消えていた。その部屋の中は、哀
しげなメロディーのみに包まれている。演奏を終え、彼女は静かに立ち上がる
と、彼とキツク握手を交わした。

その最後、互いに何かを伝えたかったが、敢えて二人とも何も語らなかった。
彼女は、外に待たせてあったタクシーに乗り込むと、ぶっきらぼうに行き先を
告げ、後部座席にその身を沈めた。暑く蒸す街並みを冷え切った車内から見遣
る。

(この先、わたし、どうなるのかな・・・)

消せない不安を小さな胸に抱えたまま、そして彼女は静かに目を閉じた。