alone

このエントリーをはてなブックマークに追加
1379-1

邂逅 その1

朝一番の光が差し込み、自分の思いに確信を抱いた時、自分の蒔いた種を刈り取る時が来るのだ。

― ジャクソン・ブラウン ―


その緩やかな坂を登りきると、都内では珍しい針葉樹が生い茂る公園が視界に入
ってくる。今度は、そこを右に折れると、細長い下り坂の道を挟み閑静な街並み
の中、至る所に高級マンションが点在していた。

その中でも、ひと際高いビルディングの影がやや傾きかけた太陽の光を遮り、周
りにある建物全てを闇の中に封じ込めている。まるで何かを威圧するかのように
聳え立っているその建物の前には、一台の黒い高級外車が止まっていた。

車の中には、まるでその車の外見には不釣合いの容姿をした若い男二人が互いに
足を投げ出し、退屈そうに暇を持て余していた。
1389-2:2001/06/12(火) 02:58 ID:E7QgKR3s

間も無く日が暮れようかという時刻であるにも拘らず、未だ熱気に溢れている路
上に人影はなく、猫の姿すらも見当たらない。ジリジリと鋭く照らし返す、夏の
太陽の放射熱だけがその町の中を支配していた。

坂上にある公園も然り。ただ、照り付ける様な強烈な照射から木々の影により免
れた一角にあるベンチに一人青年が腰を掛け、誰かしら相手に携帯電話をかけて
いる光景だけが際立っていた。

青年は漸く話を終えると、軽く笑顔を浮かべながら公園の入り口に止めてあった
小型自動車に乗り込み、徐にエンジンをかけた。そして車は、ウインドウを下げ
たままクーラーもかけずにその場所から急いで立ち去った。

暫くすると、先程の高層マンションから、中年の男が、慌ただしく飛び出してき
た。男は、車内で時間を持て余していた若者をどやし付けると、急いで後部座席
に乗り込んだ。直ぐにその高級外車はエンジンを架け、走り出す。

ただ、彼等一行に異変が起きたのはその直後であった。公園の前のT字路に差し
掛かった所で、急にその車はそのスピードを緩め、そして停止した。
1399-3:2001/06/12(火) 03:00 ID:E7QgKR3s

公園の東側にある喫茶店では、年老いた男性が、いつもの様に珈琲を飲んでいた。
いつもの時刻に、いつもの場所で、いつもの苦みばしったその店自慢のブレンド
を飲むのが、リタイア後の、その男性の習慣であった。

窓の外に広がる針葉樹を眺めながら、いつものように2杯目の注文をウエイトレ
スに注文する。店内にはその男性とバイトの若い高校生風の女性とカウンターの
中で豆を落としている初老の男の3人しかいなかった。

二杯目のカップが眼の前に置かれる。老人はいつもの様に砂糖を入れず、ミルク
だけを入れ、よく攪拌すると、芳しい香りを楽しんだ後カップに口をつけた。い
つもと同じ味の珈琲が老人の舌を魅了する。

ただいつもと違うのは、その瞬間、窓の外に広がる針葉樹の間から、静寂を突き
破る突然の大音響と共に、物凄い火柱が上がった事だった。

「なな、なんだぁぁぁ!」
「!!!キャー!!!」

バイトの女の子の悲鳴が店内にこだまする。彼等3人の視界に入った恐るべき光
景は、夢と現実の境目を怪しくさせるに十分なものであった。
1409-4:2001/06/12(火) 03:01 ID:E7QgKR3s

何処までも青く高いその空から、その破壊によって様々な物が降り注ぐ。その光
景が余りに異常だったのは、大小様々な金属の破片と共に、人の腕と思しき欠片
がテラスにあるパラソルにのしかかったからであろう。

声にもならない絶叫が店内に響き渡る。そして店前にある大きな松の木の枝には、
人間の足と思われる欠片が引っ掛かり、プラプラと垂れ下がっていた。その一帯
の全ての時間が止まったかのように景色が凍てついている。

皮肉にも、パラソルの上に落ちている片腕に嵌められている高級時計のみがその
時を正確に刻み続けていた。

「キャー!!!」

屋外では大音量によって気付かされた住民たちの絶叫の嵐が始まっていた。店前
にある白かったはずのパラソルは真っ赤に染め抜かれ、喫茶店のウインドウには
凄まじい量の赤い斑点が刻み込まれていた。
1419-5:2001/06/12(火) 03:03 ID:E7QgKR3s

正に地獄絵図と化した、その場所から離れる事、100b。幹線道路と重なる交
差点の手前で信号を待つ車の中、満足そうな笑顔を浮かべている青年の姿があっ
た。

青年は、掛けていた薄いオレンジ色のサングラスを外し、サイドミラー越しに空
高く立ち上る黒煙を見ていた。その眼差しの奥が妖しく光る。そして胸のポケッ
トからなにやら紙切れのような物を取り出すと、それをジッと見つめていた。そ
れは古ぼけた写真のようだった。

(これから、始まるんだ・・・)

信号が変わる。スロットルを静かに回し、青年は写真を持ちながら左に大きくハ
ンドルを切った。小さな車はまるで眩しく光る太陽の中へ溶けていく様にその姿
を都会の喧騒の中に消していった。

青年はハンドルを握り締め、車を何処までも遠くに走らせる。漸くたどり着いた
赤信号を前にスピードを緩めると、外していたサングラスを再び掛け直した。

青年は、可愛らしく微笑む少女が映えるその写真を再び胸のポケットにしまうと、
信号が替わるのを待ちながら、そして静かに目を閉じた。(後編に続く)