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第8章

何も聞かないで、何も見ないで・・・、君を悲しませるもの、何も見ないで・・・。

― 小田和正―


「わざわざ、すまなかったわね」
「そんなことないよぉ〜」
「あんたに言ってるんじゃないわよ・・・荷物ありがとう」

彼女は、真希の返事をさり気なく受け流すと、彼から大きなトランクケースを受
け取った。今や国際空港とは名ばかりの狭苦しい第2ターミナルは、平日だと言
うのに、人の波でごった返していた。唯でさえ狭いセキュリティーチェックの前
には、別れを惜しむ人々が折り重なるように立ち尽くしている。

彼女は、最近漸く着慣れたスーツ姿で旅立ちを迎えようとしていた。引き換え真
希は、薄いサングラスを掛け、目深にキャップを被り、ケミカルジーンズにジー
ジャンといういつも着ないような伊達達であった。

彼は彼女の替わりにセキュリティチェックから帰ってきた。いつも彼にしては珍
しく、オフホワイトのスラックスに薄い水色のYシャツと薄いブラックのネクタ
イというコンサバティブな服装で佇んでいた。
16512-2:2001/06/16(土) 04:21 ID:9OVduxDA

「随分重かったですが、何が入っていたんですか?」
「生活用品一式よ(笑)だってもう当分、日本には帰ってこれないんだから。」

「そうなのぉ〜?そんなに長いのぉ?どのくらい?」
「そうね、最低でも1年間は行ったきりよ。」

「そうなんだぁ・・・」

彼は、真希がほんの一瞬だけ寂しそうな顔をしたのを見逃さなかった。しかし真
希はそうした表情をすぐに消し去り笑顔を見せて、何故か傍らにいた彼の腕にじ
ゃれついて、離れなかった。

空港へ向う間中、いや彼女の家からずっとの間、真希は彼のそばから離れなかっ
た。真希は彼との暫くぶりの再開に心を躍らせている様であった。勿論彼女にも
そうした真希の気持ちは口に出さずとも良く分かっていた。
16612-3:2001/06/16(土) 04:22 ID:9OVduxDA

「何よ、真希、随分嬉しそうな顔してるんじゃない?」
「そんな事ないよぉ〜」

「そういえば真希。あなたも、もうすぐソロになるんだから、今までと違ってね・・・」
「ハイハイッ。分かってるよぉ。いちいち皆で同じ事言わないでよぉ〜。」
「真希、そんな言い方しなくたっていいでしょ、だいたい、・・・」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。後藤さんも。ネ?」

二人の声がやや上ずって来たのを察知し彼はそこで話を収めた。少々ながら人目
を気にしていたのは彼の方だった様だ。彼は、上手く会話を断ち切る事に成功す
ると、徐にチケットを手渡した。彼女は中身を確認すると小さく頷いて改めて彼
に会釈をした。

「ありがとうね。何もかも任せちゃって」
「いえ、いいですよ。」
「そうだよぉ〜、それくらい自分でやんなよぉ〜」

「もう真希ね・・・。まぁいいか。私はあんたとは、もう関係ないんだしね」
「そうだよぉ。姉ちゃんには関係ないじゃん。」
「・・・そろそろじゃないのかな?ホラ、時間ですよ」

彼は珍しくしている自分の腕時計を差して、彼女を即した。そして南口2と書か
れているゲートのほうに歩き出した。すると背後から真希の声が聞こえてきた。

「じゃあね、姉ちゃん!元気でね!」
「あんたもネ。」

彼女は敢えて後ろを振り向かず、右手を小さく上げて手を振った。彼女からは見
えなかったが、真希もそれに応じて、手を振り返していた。
16712-4:2001/06/16(土) 04:28 ID:9OVduxDA
「真希はあなたの事、好きみたいね」
「・・・そうかな。それはないでしょう。久し振りにあったから、
ちょっとハシャいでいるんじゃないですか。」

彼女の意外な話に彼は困惑の色を隠せなかった。彼女は言葉を繋いだ。

「それが証拠じゃないかしら。今までのあの子なら人前で絶対あんな風にしないもの・・・。」
「・・・そうかな。」
「そうよ。前にあなたにも話したと思うけど、真希はね、小さい頃に父親を亡くして、
母もそれから店に掛かりきりになってしまって・・・、他人に甘えた経験が少ないの・・・。」
「・・・」

「ホントだったら私達がね、それを受け止めなきゃいけなかったんだけど・・・。でも私らも当時は
自分らの事で精一杯だったから・・・。真希は、ずっと自分を押し隠して人に甘える事出来なかったの」
「・・・」

「だからその時の分を今になって取り返すみたいに、あなたへ甘えているみたいだわ。
だって男の人相手に、あんなに甘える真希見たの初めてだもの・・・」
「そうですか・・・。」

彼は振り返り真希の姿を探した。てすりにもたれて退屈そうにしているその姿を
見つけると、心の奥が少しだけざわついたのを感じた。彼は、慌てて視線を逸ら
し、何事も無かったかのように、彼女と話を続けていた。
16812-5:2001/06/16(土) 04:32 ID:9OVduxDA

「でもね、だから心配なの。また、ツマラナイ男に引っかかるんじゃないかって・・・」
「いや、後藤さん、それは大丈夫ですよ。真希さんは、もう大人ですよ。我々が思っている以上にね。」

「そうかな」
「そうですよ。我々も17、8歳の時、そうだったじゃないですか。
周りの大人が考えている以上に、いろんな事、考えてましたでしょう?」
「ウン、そうだったかもしれない・・・。」

場内のアナウンスが彼女の乗る便を盛んに連呼していた。忙しなく人々がゲート
を行き交い、人波の流れの中で二人は居場所を無くしていた。彼等は少し入り口
の隅に寄り、別れを惜しむかのように更に話を続けた。

「後藤さん、それじゃあ。・・・くれぐれも先生によろしくお伝えください。」
「もちろん。・・・本当なら真希の事、あなたに頼めればいいんだけど・・・」

「大丈夫ですよ、真希さんの事は。」
「でも・・・。ウン、そうね。あの子の人生だものね、私たちは何もして挙げれない物ね。
それにしても、本当にあなたには、二人してお世話になったわね。」

彼女は小さく首を傾け、彼に謝意を表した。かれはややオーバーな手振りで、そ
れを打ち消した。

「そんな事ないですよ。それよりどうですか、先生とは上手くやれてますか?」
「そうね、何かと大変だけど。でも毎日が楽しいわ、いろんな国いけるし、
いろんな人にも会えるし、好きな音楽も聞けるし。」

彼女の笑顔を見られて彼は少し安心した。そして安堵の表情を浮かべながら話し
を続けた。
16912-6:2001/06/16(土) 04:34 ID:9OVduxDA

「それは良かったなぁ。でもあの先生は難しい所があるから、大変でしょう?」
「そうね。でも逆に、取り繕わなくて助かる、って言う部分もあるのよ。」

「そうだなぁ。子供だろうが大人だろうが、どんな人にも同じ態度ですからね。」
「そうなの。私もいつかああいう風な素敵な人になりたいわ・・・」

「いやいや、まだ後藤さん。あなたはまだ先生みたいに枯れてないでしょう?」
「あ、そんな事言って!言い付けちゃうわよ」

「そんな・・・。冗談ですよ、勘弁して下さいよ。・・・あっ!もう時間だ」

彼は先程来持っていた彼女のショルダーバッグをその華奢な肩に掛けてあげた。
彼女は、彼へ静かに一礼するとその手を強く握った。彼もそれに応え握り返す。
二人は頭の中でいつかの光景と同じ絵を描いていた。その握手はキツク、とて
も強かった。彼は、その手を握り返しながら呟く様に囁いた。

「さよなら、ですね。」
「そんな言い方、いやだわ。なんか永遠に別れるみたいで・・・」

「・・・お元気で」
「また、会えるわよね。必ず」

「・・・そうですね。いつか、どこかで、きっと・・・」

彼女は何かをいいたげに暫くの間、彼の顔を見つめていたが、首を小さく振り、
手を離した。そして彼に背を向けて、セキュリティーチェックの中へ消えてい
った。
17012-7:2001/06/16(土) 04:36 ID:9OVduxDA

彼は彼女の姿が見えなくなるまでそこにいた。そして完全に見えなくなると、少
しだけ顔を上に傾けた。そして一言二言呟くと、真希のいる場所に漸く帰ってき
た。真希はすかさず彼の腕に纏わりつき囁くような声で質問をした。

「姉ちゃんと何話していたの?」
「え?・・・さようならの挨拶ですよ」

「ふ〜ん。それにしちゃ、長かったんジャン?・・・そんな感じしなかったけど」
「そうですか?・・・さぁ、行きましょうか?この後6時からお台場でしょう?
急がないとね。お送りしますよ」

「アリガト。久し振りだね、あなたに送って貰うの」
「そうですね」

「・・・退院した時、以来だね。」
「・・・いきましょうか。」

「ウン」

真希は子が父にする様に彼の腰に手を回し、その身を預けて歩いた。彼は人目を
気にして、やんわりと真希のそうした行動を制したが、真希は止めなかった。

団体客がどっと押し寄せるそのターミナルの中、まるで兄弟を装うかの様に二人
は、誰にも気付かれず、そのまま駐車場に止めてあるいつもの彼のローバーまで
歩を進めた。
17112-8:2001/06/16(土) 04:39 ID:9OVduxDA

だだ広い高速道路の上でバラけた車の間を縫うように、彼のローバーはスピード
を速めていた。するとその車の遥か上、空高くジャンボジェットが爆音を轟かせ、
西の空へと旅立っていった。

「お姉ちゃん、いっちゃったね・・・。」
「そうですね。・・・寂しいですか?」
「・・・ウン、ちょっとだけね。」

彼は助手席で頷く真希の顔を横目で見た。少し物憂げで寂しそうな眼差しが彼の
心を射抜いた。真希は、彼の視線に気付き、眼を合わせた。彼は反射的に眼を背
け、前方の誰もいない道路の先を見遣った。

「そんなに急がなくて言いよぉ」
「でも、いいんですか?時間に間に合わせないと。最近、湾岸線は混んでますから・・・」
「いいから。もう少し、一緒にいたいの・・・」

真希はそういうと彼の腕にしな垂れた。彼はどうしていいか判らず、唯ひたすら
に車を走らせた。暫くして漸く真希のほうを見ると、彼女はスヤスヤと静かな寝
息を立てて、眠っていた。

彼は一つ溜息をつくと、シフトに掛けてあった手で、優しく真希の髪を撫でた。
車内には、強烈な輝きを増す太陽の光が差し込んでくる。鮮やかな橙色に包ま
れたその車は、幾分スピードを緩め、その進路を西へと向わせていた。
17212-9:2001/06/17(日) 03:45 ID:exjaG3zY

「いいんですか、」
「だって時間まだジャン。大丈夫だよぉ。」
「でも、早めに行かないと・・・」
「いいんだよぉ〜、別に。」

近くに大きな観覧車が見える、人口砂浜の波打ち際で真希は一人波と戯れていた。
彼は車のボンネットに腰をおろし、その様子をぼんやりと眺めていたが、次第に
時間が気になり、しきりに真希へ話し掛けていた。

「本当に大丈夫なんですか」
「もう、心配しないでよぉ〜。それに、もうあなたの仕事じゃないんだからさぁ〜」
「そうですけど・・・」

太陽の傾きが大きくなる晩夏の浜辺。人影のない砂浜で一人遊ぶ真希の弾ける様
な姿が彼の目に強烈に焼きついていた。暫くすると漸くはしゃぎ疲れて帰って来
た真希が車の側に寄ってきた。

彼は先程買っておいたソフトドリンクを真希に差し出した。

「ありがとう。飲んでいい?」
「どうぞ」

真希は彼の隣に座り、そしてジュースに口をつけた。真希の口から少しだけジュ
ースの雫が落ちる。彼の眼に入る真希の横顔は、いつになく輝いて見えた。
17312-10:2001/06/17(日) 03:46 ID:exjaG3zY

「ここはさぁ、夜になると恋人ばっかになるんだって」
「そうなんですか」

「うん、こないだ加護が言ってたんだよね〜。ねぇさぁ、何してんのかな、ここでねぇ?」
「さぁ・・・なにしているんですかね」

真希は意地悪な質問を重ねて、彼の顔を覗き込んだ。彼は、質問に答えている時
は、上手く真希から眼を逸らしていたが、覗き込んできた真希の眼と遂に合った。
彼は恥かしそうに再び眼を逸らすと、ジュースを飲み出した。真希は更に質問を
重ねた。

「あのさぁ、今まで、好きになった人とかってさぁ、いるわけ?」
「ハイ?私がですか?」

「そうだよぉ。・・・付き合った人とかいないの?」
「・・・え、何人かは、いますよ、」

「へ〜、いるんだぁ。何人くらい?」
「・・・2人かな」

「少ないね。最初の人はいくつの時ぃ?」
「高校の時かな。」

真希は彼の腕にしがみ付くと、その質問の勢いを増させて、彼に食いついてきた。

「も一人はいつぅ?、教えてよぉ〜、年上、年下?」
「・・・私の付き合っていた人の話なんか聞いて、面白いですか?」
「面白いよっ!ねぇいいじゃん、聞かせてよぉ。」
「・・・年下ですよ」
「へぇ、いくつ?あなたが何歳の時?」

真希はさらに食い入るように質問を重ねてきた。彼は、呆れる様に真希の顔を見
つめると、真希はニコニコと満面の笑顔で彼の顔を見つめ直して来た。
17412-11:2001/06/17(日) 03:48 ID:exjaG3zY

「ねぇ、教えてよぉ」
「私が21の時、相手は1つ下です。」

「どんな人だったの?」
「学生ですよ。バイオリン奏者で・・・」

「へぇ〜凄いネ。あれ?確か昔、音大の人とかいってたあの女性の事?
あなたも同じ学校だったの?」
「いやいや、確かに彼女は音大ですけど。私は大学なんか行ってませんよ。
高校だって中退ですから」
「ふ〜ん、じゃあ、私と同じだね」

彼は真希のさり気ない一言にやや感情を乱された。そしてやるせなく、ただ遠く
を見つめていた。海の向こうには大きなタンカーがユックリと進むのが見える。
真希は先程までの急かす様な口調は潜め、彼の話し出すのを待っていた。彼はそ
うした静かな真希の意を汲んで漸くと話し出した。

「そうですね、付き合っていたのは3年位かな。・・・実はネ1年ほど、
同棲なんかもしてたんですよ」
「うっそー!本当に?凄いね〜」

彼は余計な事を言ったかなと思ったが、ここまで来て、必要以上に自分を隠すの
が辛くなってきたのも事実であった。全てを曝け出してきた真希に対して、それ
では自分の気持ちが収まらなかった。彼は真希の話に出来うる限り合わせる意を
固めた。
17512-12:2001/06/17(日) 03:52 ID:exjaG3zY

「凄いですかね?そうかな」
「同棲までしてどうして結婚しなかったの?浮気でもしたの?あ、それとも振られたとかぁ?」

「どっちも違いますよ。それに恋愛と結婚は違うんですよ」
「そうかなぁ、それってお母さんも言ってたけど・・・、でもさぁ・・・」

「違うんですよ。そうなれば判りますよ・・・。」
「そうなの。ふ〜ん、難しいね・・・。でも浮気でもないんでしょ・・・じゃあ、どうして別れたのぉ?、
どっちが悪かったの?」

「どちらも悪くない時だってありますよ・・・」
「そんなのウソっぽいよぉ。やっぱり、他に好きな人出来たんでしょう・・・」
「・・・そうじゃなくて。彼女の仕事が見つかったんですよ。それで、です」
「どうして?それで何で別れるのぉ?」

真希は尚、問いを止めずに言葉を重ねてきた。彼は求められるまま真希の質問に
答えていた。

「海外のオーケストラのオーディションに受かったんですよ。
学校推薦でね・・・。だから彼女はそこに行き、私は日本に残った訳です」
「それで・・・なんで?」

「だって私がついていく訳行かないでしょう。」
「そんなのおかしいよ、だって好きなんでしょう?」

「でも彼女の夢が漸く叶ったんですよ。それで良いじゃないですか。」
「でもさぁ、そんなの変だよ。・・・いくな!て言えば、良かったのに・・・。もし、彼女があなたの事好きなら、
きっと残ってくれたよ。・・・だって真希なら、行かないもん・・・。好きな人の事、とるもん。」

「いや、だったら尚更言えないですよ。私の為に残ってくれなんて。まぁ、最初から言う気は
なかったですけどね」
「何で?どうしてよぉ?」

真希は問いを重ねた。彼は出来る限り平穏にその話を進めた。
17612-13:2001/06/17(日) 04:03 ID:exjaG3zY

「私なんかは、彼女の夢と引き換えられるほどの人間じゃありませんよ。」
「そんなのおかしいよ!・・・あなたはその人の事、ホントは好きじゃなかったんだよ」

真希はやや不服そうに彼に異議を唱えた。彼は優しく言いくるめるように真希に
説き聞かせた。

「真希さん・・・。ある程度歳月を重ねるとネ、本当に人を好きになると、
自分の事よりも相手の事が大切になるんですよ。
「・・・」

「自分の幸せより、相手の幸せをね、大切に思える様になるんです。・・・それに、
俺みたいな男なんて何処にでもいますよ・・・。」
「・・・」

「彼女が俺の性で自分の夢を掴むチャンスを壊されたとしたら、それこそ彼女も
辛いし私も辛いじゃないですか。」
「でも、それで・・・良かったの?」

真希は、沈黙を破り問いを重ねた。彼は変わらずそのままのトーンでその問いに
答えた。

「いいんですよ。人生なんて、そんなもんですよ。特に、男と女の事はね。そうでしょう?」
「・・・」

真希は彼の問いにはあえて答えなった。真希は少し歩き出した。そして再び誰も
いない浜辺に向かった。そして誰に言うでもなく、言葉を呟いた。

「優しすぎるね・・・。」
「えっ?何かいましたか?」

真希は、くるりと身体を半回転させ、彼に向き直った。そして、彼の眼から自分
の眼を離さずに、言葉を投げた。

「質問があるの。だったらもし、あなたが私の彼だったら、どうだったのかな?」
177プチ( ´∀`):2001/06/17(日) 09:56 ID:WXxpvasg
保全、保全。

下のほうになくなっちゃってたから一瞬あせったけど、
知らない間に上がってたみたいですね?よかったよかった。
17812-14:2001/06/18(月) 01:15 ID:AsQorxKU

「・・・」

「私の言う事、何でも聞いてくれる?私の傍にずっといてくれる?」

「・・・」

彼の沈黙は続く。しかし真希は、俯きながら片足をばたつかせ、更に質問を重ね
てみた。

「ねぇ?どうなのぉ?何か言ってよぉ・・・。ねぇ・・・」

「・・・」

「そっか。でも、やっぱり同じだよね。あなただって、しちゃったらお終いだよね、
男の人だもんね・・・」

彼は吐き捨てるように言葉を投げた真希の元に、返事の替わりに無言で近づいた。
そして両手を自分の頭の上で組みながら真希の耳元で呟くように囁いた。
17912-15:2001/06/18(月) 01:17 ID:AsQorxKU

「私は、真希さんと話をするのが好きですよ」
「・・・」
「セックスをするしないは、関係ないですよ。それとも私もそういう男に見えたかなぁ?
だったら、俺も彼らと同じで、今の真希さんには、邪魔なだけですね・・・」

「・・・ゴメンネ、そんなつもりで言ったつもりでいったんじゃないんだよ」

「いいんですよ。こんな短い間に、悲しんでいる真希さん、怒っている真希さん、いろんな真希さんを知る事が出来て、
嬉しかったですよ。私は笑っている真希さんが一番好きだなぁ。こうして、外で、はしゃいでいる真希さんの姿が
一番好きですよ。・・・あなたに出会えて良かったです。」
「・・・」

真希は今にも泣きそうに瞳を潤ませ押し黙ったまま彼を見つめていた。彼はその
視線を避ける様に遠く海の彼方を眺めていた。
18012-16:2001/06/18(月) 01:21 ID:AsQorxKU

「もう、夏が終わってしまうなぁ。こうして会えるのも、最後ですね・・・」
「・・・どういう事?」

「それこそ、もう真希さんには僕は必要ないでしょう?」
「そんな事ないよぉ」

珍しく彼は自分の事を「僕」と表した。咄嗟に真希は、彼の腕を掴んだ。潤んだ
瞳から一滴、涙が零れた。そして、溢れる想いを制しながら言葉を紡いだ。

「ありがとね・・・。今まで・・・」
「お礼を言うのは、僕のほうです。」

彼はそう言うと真希の手を握り締めた。そして満面の笑顔を浮かべ最後の言葉を
投げた。

「さようなら、真希さん」
「・・・何でなの。そんな事いわないで・・・。真希の事嫌いになったの?」

「いつまでもあなたの傍には入られないのは、最初に会った時から分っていたのにね。
いざ、こうなると、苦しくなるのは何故なのかな。」

「また会えるよね?、会おうね!」
「・・・ええ、いつかね。」

「いつかじゃなくて、すぐに会えるよね!」
「もう、秋が近いね。太陽の色が違うなぁ・・・。もう一度、一緒に見たいですね・・・
もしそれが許されるなら・・・。」

彼の言葉は、宙に浮かんだまま、その場に残された。柔らかな潮風が浜辺に佇む
二人を優しく包んでいた。晩夏の太陽が水平線の彼方に沈みかけていても、真希
は強く握られたままの彼の手を離すことはなかった。
18112-17:2001/06/18(月) 01:24 ID:AsQorxKU

彼の小さな車は、夜の湾岸道路を唯ひたすら西へ向っていた。助手席には先程ま
で乗せていた真希の残り香がやんわりと漂っていた。

壊れかけているスピーカーからは、重量感のある女性の物憂げな声で歌われる英
語の曲が鳴り響いていた。
182time after time:2001/06/18(月) 01:26 ID:AsQorxKU

♪♪ ベッドに寝転がり時計の音を聴くの。

貴方を想う戸惑う気持ちの渦に巻き込まれて、この先に進めないの。

過ぎていった暖かい夜が想い浮かぶわ。

想い出一杯のスーツケースに詰まったまま・・・。

何度も、そう何度でも、私の事を想い出してね。

私が遠くへ歩き過ぎて、あなたが呼んでくれても、

何を言ったか聞こえなくなってしまったの。

あなたはゆっくり歩こうと言ってくれるけど、今度は私が遅れてしまうわ。

つないだ手がほどけて、彷徨ってしまったら、また私に会いに来てね。

何度あなたが倒れても、私は待っているからね。

眠れぬ夜、何度も何度も夢から覚めて、夜が明けるガラス越しに貴方を見たの。

互いの気持ちを確かめたいの。そう、分かり合えないことなんて無いわ。

ドラムが私達の時を刻むのだから・・・♪♪♪
18312-18:2001/06/18(月) 01:27 ID:AsQorxKU

彼はシートを倒し、車の中で、何度も何度も、この曲をリプレイして聞いていた。
そう、何度も、何度も・・・。


車外からは、防波堤に打ち寄せる波の音が微かに聞こえている。


漆黒の夜空には、月がその身を半分隠したまま、妖しく光り続けていた。彼はそ
の悲しげなバラードに身を沈め、一人静かシート蹲りに眼を閉じた。