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第11章

あなたの瞳の奥は、いつも愁いを帯びた悲しみで彩られているのね・・・、そう、私は今、愛すべき人を見つけたの・・・

― ジョニ・ミッチェル ―


夜は深まり、街は静まる。これから下されるであろう、その鉄槌の果てが
心に重くのしかかる。それでも彼の気分は、苦いままだった。

急坂の途中、辛うじて止まる車の中、全くの無音に包まれたその中で、彼
は、ある人物の到着を待っていた。
31817-2:2001/07/05(木) 04:33 ID:E.xS1FB2

漸くと夏の熱気が収まる夜。街を見下ろす様に聳え立つ高層マンションの
前で、彼女は脚を竦めていた。胸の奥底にしまわれた切なる想いを確かめ
る為に、彼女はこの道を選んだ。

例え得られる答えが哀しくても、それを受け入れると決めたのだ。静寂の
玄関先、吉澤は意を決して、鈍く銀色に光るキーパットにその人が住んで
いる部屋番号を刻んだ。
31917-3:2001/07/05(木) 04:34 ID:E.xS1FB2

遠くから聞こえてくる、砂浜に打ち寄せる波の音が優しく耳を刺激する。
人影のない街路樹に一人佇む少女。憂いを帯びた瞳が哀しげに光る。たど
たどしくその歩みを進めても、彼女の待つ人の姿は一向に見えなかった。

主のいない古びた家の庭先。誰もいないベランダに置かれた椅子に少女は
腰を下ろした。

その少女は、小さなバッグから一通の手紙を取り出すと、それを何度も何
度も読み返した。そしてそれを読み終える度に、小さな溜息をつくと、や
るせなくその視線を辺りに巡らせた。

しかし彼女が待ち焦がれている人の気配は、既にこの家にはなかった。梨
華の瞳から悲しい雫がポトリと落ちる。梨華は、もうその人に逢えないと
は分っていても、この場を離れる勇気がもてなかった。
32017-4:2001/07/06(金) 02:54 ID:yGC7ySGo

「わりぃね!、ちょっと遅れたわ。それじゃ、早く行ってよ!」

後部座席のドアが乱暴に開かれたかと思うと、コンサバティブなスーツ姿
にその身を包んだ少年が、慌しく飛び込んできた。

少年の言うがまま、その車は静かに動き出す。但しその行き先は、少年が
望んだ場所ではなく、前部座席で息を殺している運転手の思うその場所で
あった。

冷たい鬼気に包まれたその黒塗りの外車は、静かに街並みに消えていった。
32117-5:2001/07/06(金) 02:55 ID:yGC7ySGo

「どうしたのぉ、よっすぃ〜?」
「ごっちん、ゴメンネ。突然来ちゃって」
「ウウン、そんな事ないよぉ。でも部屋ん中、汚いんだよねぇ〜、怒んないでね?」
「大丈夫。こっちこそ、突然来たんだから・・・、入ってもいいかな?」
「ウン!入って!」

吉澤は、未だ収まらぬ胸のざわめきを抑え切れずにいた。しかし真希の微
かな笑顔を見た瞬間に、その迷いは遥か彼方に吹き飛んだ。

伝えたい事を伝えに、そう、自分の気持ちを振り切る為に。重い言葉を携
えて、吉澤は真希の家の玄関をくぐった。
32217-6:2001/07/06(金) 02:56 ID:yGC7ySGo

「ホントだ・・・、わたしみたい。この人なのね・・・」

梨華は、主のいないその家に足を踏み入れていた。静寂に包まれた木造の
家、綺麗に片付けられている、と、言うよりも何かの決意を感じるような
身奇麗な部屋の中をゆっくりと歩く。

綺麗に畳まれた毛布の置かれた寝室、そこの入り口付近にあるローチェス
の上に飾られた写真に写る女性の姿に梨華の視線は釘付けになっていた。

まるで自分の中学時代と見間違うかの様な顔をしたその微笑む女性が、今
梨華が待ち焦がれている人の肩にしな垂れて写っていた。写真の淵には、
ボールペンで書かれたメモが記されていた。

「かすみの15回目の誕生日に・・・。永遠に刻む」

梨華は、か細いその指で写真に写る一組の男女の顔をなぞった。その微笑
む女性に自分の姿をダブらせて思いを馳せる。いつの間にか窓の外から雨
音が聞こえ出していた。

その雨は、夏の終わりを告げ、秋の到着を知らせる、季節の時計であった。
32317-7:2001/07/07(土) 02:27 ID:UL3IYML.

「おい?どうした?道玄坂て、こっちだっけ?」
「・・・」

少年を乗せた黒塗りの車は、大きな通りをくぐり抜け、大きな木々が生い
茂る公園の中を走っていた。車内では、少年の不服そうな意義申し立てが
続いていた。

「おい!きいてんのかよっ!!このボケ!」

少年は苛立ちを隠さず、いきなり運転手の座席を何度も蹴り出した。そう
した少年の怒りは、運転手にはまるで無反応でいる様に、車のスピードを
変えなかった。
32417-8:2001/07/07(土) 02:30 ID:UL3IYML.

「いい加減にしろよ!渋谷に行けっていってんだよ!!」

少年は、後部座席に置かれていたティッシュボックスを運転手の頭に目掛
けて勢い良く叩きつけた。叩きつけられたその箱は勢い余ってフロントガ
ラスに激しくあたる。それでも運転手は、完全に少年の行為を無視し続け、
車を走り続けさせていた。

「この野郎!ナメンナヨ!」

少年は、体を起こすと運転手の肩に手を掛けた。そして激しく揺すったが、
相変わらず反応はない。

遂に少年の怒りは頂点を迎えた。運転手の肩を掴んでいたその手を離すと、
そのまま運転手の頬を目掛けて拳を下ろそうとした、と同時に、その車は、
キキキッという激しい音を立ててブレーキがかかると、その場に急停止し
た。
32517-9:2001/07/07(土) 02:33 ID:UL3IYML.

少年はその勢いで、やおら運転席横にあるシフトレバーにしたたか顔を強
打した。少年が怒りとその痛さに対し、身を捩らせんばかりに激しく怒鳴
ろうとした刹那、今まで沈黙を守り続けていた運転手の口が、遂に開いた。

極めて冷静な平坦な口調で繰り出された言葉は、少年の耳の奥底までこび
り付く程、冷酷でいて、しかも全身に戦慄を貫かせた。

「・・・お楽しみは、ここまでだ、坊や。ゲームセットだよ。」
「!」

記憶の片隅にあった聞き覚えのあるその声に少年は、鋭く反応した。ゆっ
くりと顔を上げ、その運転手の顔を見る。少年の眼には、忘れる事の出来
ないその顔が飛び込んできた。
32617-10:2001/07/07(土) 02:35 ID:UL3IYML.

「あんた、いや・・・あなたがなんで」
「君と最後に別れた時、言った言葉を覚えているかい?」
「・・・いや、忘れた・・・かな」
「そうか。それは残念だった。それじゃあ、思い出してもらおう」

彼は冷たい笑顔を見せると、懐から素早く拳銃を取り出して、寝転ぶ少年
のこめかみにその先を当てがった。彼のまさかの行動に、少年は先程まで
の怒りなど当に忘れ、恐怖の為に完全に凍てついていた。

「思い出したかい?」
「えっ?ううん、なんだったけ・・・」

今や少年と彼の関係は完全に逆転していた。こめかみに拳銃に当てがわら
れ、怯え切る少年は、まるで捨て犬が見せる様な憐憫の眼差しで、彼を見
遣っていた。
32717-11:2001/07/07(土) 02:37 ID:UL3IYML.

「俺は、こう言った。君とは二度と会わないだろう・・・でも、もし今度会う時があるとするならば、
それは俺が君を殺す時だとね・・・」

すると彼は、何の躊躇いも無く拳銃の引き金を引いた。「カチッ」という
乾いた音が車内に響き渡った後、そのリボルバーは、無造作に回転した。
少年の溜息が漏れる。それと同時に、彼の冷たい笑い声がこだました。

「どうした?喜べよ、もっと(笑)・・・さて、次は出るかな?どう思う?」
「やめて下さい・・・」
「やめて下さいか・・・。その言葉、真希さんも吉澤さんも、君に言わなかったかな?」

彼は、再び拳銃の引き金を、事も無げに引いた。「カチッ」という乾燥音
が再び車内に響く。リボルバーは二度、空しく回転した。
32817-12:2001/07/07(土) 02:38 ID:UL3IYML.

「俺を殺すのか・・・。何でだよ、どうしてだ?」
「どうして?君もなかなか笑わせてくれるなぁ。・・・一言で言えば、
無垢な心を引き裂いた、その罰だよ。」

「・・・無垢な心?・・・あんた、何言ってるんだよ。ひとみは、ともかく後藤なんか、
誰にだって足を広げるヤリマンだぜ。現に俺以外とだって、やっていたじゃねえかよ。
別に無理やり犯した訳でもねえしさ・・・。吉澤だってあいつからやられに来たんだぜ。」

「それにしちゃ、写真送ったり、脅したりと、君も忙しそうじゃないか。」
「あんただって同じだろ。・・・あんただって、あいつらとやったんだろ?・・・そうか、
俺が横取りしたのが気に召さなかったんだったなら、それは謝るよ。もう手出ししないから・・・」

「君は変わらず悲しいね。自分の物差しでしか、相手を見る事が出来ないのだから」
「・・・クソ、いい加減にしろよ!さっきから下に見た物の言い方しやがって。
なんだよ、別にいいじゃねえか、あんなバカ女とやるのが、いけねえのかよ!」

少年は、精神と肉体の両方を彼に押さえつけられている現状に我慢できず、
遂に感情を爆発させた。彼は少し妖しげな笑顔を見せると、今までの様な
茶化すような口調を抑え、やや語気を強めて言葉を放った。
32917-13:2001/07/07(土) 02:39 ID:UL3IYML.

「無駄話はここまでだな。あんまり成算が無いのに強がるなよ。それに、もう俺の
この銃の弾丸には、空きは無い。」

彼は握られている銃の撃鉄を静かに引いた。少年の耳にはその音が確実に
大きく届いた。それと同時に、少年はその音を聞き終えると、度重なって
襲ってくる余りの恐怖の為に、軽く失禁をした。

そしてワナワナと小刻みに身体を震わせ、懇願するような眼差しで彼を見
遣ると、か細い声を振りしぼった。

「・・・許してくれ。いや、許してください。確かにあの写真の事はやり過ぎたよ。冗談だから・・・」
「冗談ね。それでネガは?」
「部屋に帰ればあるよ。今から一緒に取りに行こうか・・・」
「黒いサイドボックスの一番下か?」
「!!」

少年の眼には更に驚愕色が浮かんだ。その瞬間、もはや自分に切り札が消
え去った事を自覚した。後は来るべき時が来るのを待つだけになったのを
認めざるを得なかった。少年は、自身の意識が次第に遠のいていくのを感
じていた。
33017-14:2001/07/07(土) 02:43 ID:UL3IYML.

「申し遅れたが、先程君の家に寄らせてもらったんだよ」
「しかし、部屋には確か・・・」
「ああ、あの男は、君の友達だったんだね。顔つきはいい男だが、少し騒ぎ過ぎるのが、
頂けないね。」
「えっ?だったのか、って・・・。まさかあんた・・・」

彼の顔が軽くニヤケた。その顔色を見て少年は、事の全てを理解した。

そして心の中では、酒の勢いに乗って二人でしたバカ話の弾みだったと
は言え、真希に写真を送りつけた事、そして吉澤との行為をビデオに収め
て、それを強請の材料にしようとした事、退屈紛れに始めた馬鹿げた遊び
の数々を悔い始めていた。

しかし今の状況を見れば、言うまでもなく、それは遅きに失していた。
33117-15:2001/07/07(土) 02:44 ID:UL3IYML.

「あの写真の事は、あの男の子と一緒に考えたんだってね」
「ああ、・・・ホント言えば、俺はあんまり乗り気じゃなかったんだよ」
「同じ事を、あの子も言ってたよ。今の君と同じ様に、唇を青くしてね」
「・・・本当なんだ。信じてくれ」

「大人をからかうのはよくないな。ウソは一度まで。2度目のウソに愛嬌はないんだよ。
・・・ま、これからは、あちら側でふたり揃って楽しんでくれや」
「・・・あちら側?それって何処だよ」
「ここでない、あちらだよ。わかるだろう?」

彼の醒めた笑顔が少年の眼に焼きついた。その冷徹な顔に少年の心は、凍
てつく。誰もいない公園の遊歩道。その端に止まり続ける、黒塗りの車の
中、静まり返るその暗闇に紛れて死のゲームが漸く終わろうとしていた。
33217-16:2001/07/09(月) 03:50 ID:HNCGyrNg

「もう、よっすぃ〜、遅いよっ」
「うん、ごめん!うわぁ、本当に大きいね。旅館みたい・・・」

既に真希はその大きな浴槽に身体を沈めて、吉澤を手招きした。吉澤はそ
れに即され、置いてあるタオルで身体を湿らせると、それを身体に巻きつ
け、真希のいる浴槽に身体を預けた。

既に真希は、一糸纏わぬ姿で浴槽に漂っている。吉澤はその姿態を見るの
を避けるかのように、真希から少し離れて座った。

「う〜ん、丁度いい温度だね。気持ちいいなぁ〜」
「そうでしょ。このお風呂、全部自動なんよ。ビックリするでしょ。」
「ホントぉ?」
「・・・よっすぃ〜こっちに来なよ。ホラ・・・」

真希は、少し泳ぐような素振りを見せつつその身を広げた。そして吉澤の
直ぐ横に身を寄せた。そして首を傾け、吉澤の肩にうな垂れた。
33317-17:2001/07/09(月) 03:51 ID:HNCGyrNg

「あ〜気持ちいいね!」
「そうだね・・・」

明らかに吉澤の体温は、上昇を始めていた。しかしそれはこの風呂のせい
ではない。真希の裸体が自らの肩に寄せられたからに他ならなかった。

(どうしよう・・・ドキドキが止まらないよ・・・)

吉澤と真希は、久し振りの楽しい語らいの後に、二人で浴槽に浸かり、そ
の楽しい時間を更に味わっていた。吉澤は高まる気持ちを逸らす為、真希
へ話し掛けた。
33417-18:2001/07/09(月) 03:52 ID:HNCGyrNg

「久し振りだね、こうし二人で入るの」
「ソウダネ!海外に行ったときだっけ?あれ以来だよねぇ〜」
「そうだったっけ?そんなになるかな?」
「そうだよぉ。まだあの頃は、よっすぃ〜の事、よく知らなかったもん」

「そうだよねぇ〜、私もだよぉ。」
「こんなに仲良くなれるなんて、思わなかったもん。」
「私もだよぉ〜。ちょっとごっちんて人見知りジャン。だから尚更だよ。」
「そうかなぁ。みんなにそう言われるんだけど、ホントは、そうでもないんだよぉ」

無駄だった。いくら言葉を繋げ様とも、吉澤の身体は醒めなかった。逆に
時折眼に入る真希の豊かな裸体が更に心の奥を刺激した。

(ゴッチン、きれい・・・)
33517-19:2001/07/09(月) 03:53 ID:HNCGyrNg

月が変わったというのに、未だ蒸し暑い夜が続く。過日、漂っていた秋の
気配は影を潜め忘れかけていた夏の記憶が甦る様な熱気がこの街を覆い尽
くしていた。

今秋に行われる最後のツアーの為に連日行われていた激しいリハーサルも
漸く一段落し、真希と吉澤の二人は、つかの間の休息として与えられた少
ない休日を思い切り楽しんだ。

その夜、真希の新居で食事を楽しんだ後、二人は久し振りに風呂に入って
いた。何気ない真希の誘いに心を乱された吉澤であったが、断れる術もな
く素直に従う以外に道はなかった。いや従ってのではない、心の奥底でそ
れを望んでいたのだから。

吉澤は依然心を乱されたまま、湯船の中に身を沈めていた。少しの沈黙が
怖い、吉澤はいつもより饒舌に真希に語り掛けていた。沈黙を消し去る為、
そして心の隙間を埋める為に。
33617-20:2001/07/09(月) 04:00 ID:HNCGyrNg

「ごっちんさぁ、リハ疲れない?元気だよねぇ。私なんかもうダメだよぉ」
「そう?意外に平気かも。・・・あっそうか、その前に一杯、休んでたからかなぁ?」
「ごっちん」
「これ終わったらお終いだしね、どうせ。なんかまた、どうでもよくなっちゃった」

吉澤は、思わず真希の顔を見つめた。真希はその様に気付くと笑いながら
吉澤に正対した。吉澤の目には、一糸纏わぬ真希の艶やかな裸体の全てが
飛び込んできた。

「何ぃ〜、よっすぃ〜たら。もう、大丈夫だよ。あんな事しないから・・・」
「ホントに、ごっちん?」

「大丈夫だよ。あの時はどうかしてたんだぁ。あのバカに変な事言われてさ、
自分でもどうかしてたの」
「ごっちん・・」
「よっすぃ〜、心配かけちゃってゴメンネ・・・。もう大丈夫だから。ありがとね!」
「うん。でも、私の事なんか気にしないでね。お礼なんかいいから、ね?」

吉澤は、思わず真希の髪の毛を優しく撫でた。そして今まで胸の奥底に閉
い、深く心に沈めていた自分の気持ちの一端を吐露した。
33717-21:2001/07/09(月) 04:03 ID:HNCGyrNg

「私はいいの。ゴッチンが好きだから。大好きだから・・・。だから気にしないでね。」
「私もよっすぃ〜の事、大好きだよ」

吉澤には分かっていた。自分の「好き」と、真希の「好き」は、違うとい
う事を。それでも「好き」といわれた事を本当に素直に喜んだ。

(いいんだ、気持ちは伝えたんだから。いいんだ・・・)

真希は、甘く囁くような吉澤の声に酔っていた。そして自ら吉澤の首に華
奢な両腕を絡めて、間近に顔を寄せた。そして蕩ける様な眼差しで吉澤を
見つめた。

「よっすぃ〜の気持ちはネ・・・分かってるの。でもね・・・、今までゴメンネ。」
「えっ?ごっちん、それって・・・」
「ウウン。いいよぉ、何も言わなくても。分かっていたんだけど・・・」

吉澤は予期せぬ真希の言葉に驚愕した。それ以上に驚きを隠せなかったの
は、真希が吉澤の体をキツク抱きしめた事だった。吉澤は真希の腕に抱か
れ、心は千路に乱れていた。
33817-22:2001/07/09(月) 04:04 ID:HNCGyrNg

「ごっちん・・・、私の気持ち・・・。それって・・・」
「いいの・・・。何も言わないで。」
「ごっちん、違うよ。何か誤解しているよぉ。私はね、別に、なにも・・・」
「私もよっすぃ〜の事好き。大好き。・・・だから、ここまま一緒だよ・・・。」

「・・・ごっちん」

真希は、さり気なく吉澤の胸に頭を沈めた。そして腕を少しキツク掴み、
その身体を密着させてきた。吉澤は迸る真希の求めに一瞬躊躇したが、自
分の気持ちに逆らう事無くその要求に応じた。

吉澤は、真希の体に腕を回し、柔らかくしなる背中を優しくなぞった。そ
して互いの顔を見つめあう。吉澤のしなやかに伸びる腕が、真希の顔を優
しく撫でた。真希は吉澤の胸に抱かれ、久しく味わっていない安らぎを得
ていた。

「こうしていると、心が落ち着くよ・・・」
「ごっちん・・・」
33917-23:2001/07/09(月) 04:05 ID:HNCGyrNg

吉澤は真希の顔を両手で支えた。すると吉澤の身体に巻きつけていたタオ
ルが外れ、その引き締まった裸体が露になった。真希は、小振りながらピ
ンとした弾力のある吉澤の胸に顔を埋めた。

その瞬間、吉澤の感情は、遂に完全に爆発した。虚ろな表情をしている真
希の顔を抱えると、可愛く赤く色づいているその唇に自らの唇を重ねた。

その口付けは、今まで真希が経験してきた様な、ただ貪るような欲望のは
け口ではなく、心と心を重ねる優しいキスだった。

「わたし、ごっちんの事好き・・・。でも、いいの。気持ちが伝わっただけでいいから。
これからも好きでいて、いいかな?」
「うん、勿論だよ、よっすぃ〜。ずっと、ずっと、こうしていようね・・・」
「ウン・・・」

甘く切ない会話が途切れる。立ち込める蒸気の中で、彼女たちは、再びキ
スを交わした。

(この時が永遠に続けばいいのに・・・)
34017-24:2001/07/09(月) 04:07 ID:HNCGyrNg

吉澤は、真希の身体をキツク抱き締めた。真希もそれに呼応した。そして
吉澤の耳元で囁いた。

「よっすぃ〜、私の事嫌いにならないでね。ずっとずっと、傍にいてね・・・」
「もちろんだよぉ。ずっとずっと・・・わたしもいたいもん。」
「よっすぃ〜。・・・今夜は一緒だよね」
「いいの?」

「ウン。最後まで・・・ね?」
「うん。ごっちん、ウウン、真希チャン・・・」

「よっすぃ・・・、ウウン、ひとみちゃん」

まるで子猫がじゃれ合うように、二人の少女が時が経つのを忘れて身体を
重ねていた。時は流れ、積み重なる。しかし、この浴室の二人には、そん
な瑣末な事は関係なかった。熱気の消えない夜が更に深けいった。
34117-25:2001/07/11(水) 01:04 ID:gFB4XWnk

「あら?あなた、この間の娘ね?」
「えっ?」

梨華は、ポツポツと空から落ち始めてきた雨粒に打たれながら、傘も差さず
暗闇の中を一人彷徨い歩いていた。すると、その背後から白衣を身に纏った
可愛い子犬を引き連れた大柄な女性に声を掛けられた。梨華は戸惑いなが
らも振り向くと、その声に応えた。

「どなたですか・・・」
「私、覚えていない?ほら、この間、海辺で・・・」
「あっ!・・・すみません暗くて・・・。あの時は、どうも・・・」

梨華は、その声の主の顔に見覚えがあるのを確認すると、少しほっとした
表情を浮かべた。彼女は、梨華の顔を覗き込むようにしてその顔色を窺う
と、少し口調を和らげて話を続けた。
34217-26:2001/07/11(水) 01:11 ID:gFB4XWnk

「今日は、いや今日も、あの人に会いに来たのかな?」
「・・・」
「返事はないのかな?・・・でも彼、いなかったでしょ?」
「ハイ・・・」

幾分強まる雨粒に梨華の体が濡れ始める。彼女は自分の差していた傘で
梨華の体を覆った。

「濡れちゃうよ。そんな格好じゃ」
「すみません」
「そうだ、ちょっと、よっていかない?少し雨が落ち着くまで。汚いところだけど」
「・・・いいんですか?」
「もちろん。遠慮しないで」

雨粒にそぼろ濡れている子犬がキャンキャンと鳴きながら梨華の足元に
身を寄せる。その愛くるしい仕草に梨華の顔が少し緩んだ。

梨華は彼女の招きに素直に応じ、その目の前にある小さな動物病院に
入った。白衣の女性は、連れていた犬を診察室の方に連れて行く。梨華
は、待合室にあるやや小さめな長椅子に腰を掛けた。
34317-27:2001/07/11(水) 01:12 ID:gFB4XWnk

「これで拭いて。風邪引いちゃうわよ」
「ありがとうございます」

梨華は、彼女から花柄模様の白いバスタオルを手渡されると、少し湿った
髪の毛を拭いた。次に彼女は、小さな丸テーブルを持ってきた。忙しなく
動く彼女は、次いで奥の部屋から、湯気の出ているカップを二つ持って、
その待合室に帰ってきた。

「コーヒーでよかったかしら?熱いから気をつけてね」
「ハイ。すみません」

梨華はバスタオルを丁寧にたたんで長椅子の端に置くと、差し出されたカ
ップを手に取った。そして少し息を掛けながら、その熱いコーヒーに口を
つけた。

「苦くない?砂糖少なめだったかな?」
「大丈夫です。おいしいですよ」
「そう?それなら良かった」

彼女も梨華の横に座り、コーヒーを飲んだ。大人の女性らしいフレグランスが
梨華の鼻の奥を刺激する。腕に嵌められた時計や右耳に光るピアスなど、
彼女が身につけている装飾品の一つ一つが、年上の女性という雰囲気を醸
し出していた。
34417-28:2001/07/11(水) 01:15 ID:gFB4XWnk

梨華は自然と身を硬直させて、その横で畏まっていた。彼女は、自分で注
いだコーヒーをあらかた飲み干し一息をつくと、長椅子に置かれたバスタ
オルを手にとって梨華の髪の毛を丁寧に梳いた。

「まだ、少し濡れているよ」
「ごめんなさい。ありがとうございます」

彼女は梨華の髪の毛を拭き終わると自分の髪の毛も少し拭いた。長い髪が
すこし解れる。梨華の嗅覚は、その髪が醸し出すその柔らかな香りをとらえ
ていた。

「あなた、石川さん、だよね?」
「・・・ハイ」
「そうか、あなたが石川さんなのね・・・。本当にかすみちゃんソックリだわね」
「かすみさん?。妹さん、ですか?」

「ウン。もう3年になるわね、亡くなってから・・・。それから、半年前にはお母さまも・・・。
そして・・・彼もどこかに行っちゃったわ」
34517-29:2001/07/11(水) 01:18 ID:gFB4XWnk

梨華は、物憂げに話し続ける彼女の顔をまじまじと見つめた。彼女はその
視線に気付くと、すこし笑いながら、梨華に話し掛けた。

「石川さん、ゴメンネ。でもね、あの人はもう帰らないわ。ここにわね」
「・・・」
「3日前、手紙が届いたの。クロを頼むって・・・」

彼女は診察室に戻ると小さな黒猫を腕に抱いて戻ってきた。猫は彼女の腕
の中で、スヤスヤと眠りについていた。

「この子、彼の猫なの。彼ってバカみたいに猫が好きなの。知っている?」
「ハイ。会うと必ず猫の話してました。」
「そうだったの。でもそれって、あの人があなたに心を開いている証拠ね」
「どういう意味ですか?」

「あの人が猫の話をする人って、誰でもという訳ではないから」
「そうなんですか・・・」

彼女は再び梨華の横に腰掛けて、軽くその猫の頭を撫でた。

「あの人、・・・最近何か生き急いでいる感じがしたから。何かあったのね、きっと」
「・・・」
34617-30:2001/07/11(水) 01:21 ID:gFB4XWnk

梨華は、心の奥底で未だ消えぬ苦しみを感じていた。私のせいなの、と、
この女性に叫びたかった。しかし辛うじてその感情を剥き出しにせず、そ
の場で竦んでいた。

「あなた、あの人のこと好き?」
「!」

唐突な彼女の問いに、梨華は言葉を失った。視線は宙を泳ぎ、心の中は大
きくうねりその動揺を隠せずにいた。

「どうなの、好きだった?」
「・・・嫌いじゃありませんよぉ。」

梨華にとっては、その曖昧な言葉が精一杯の返事だった。彼女は悪戯ぽく
笑うと、梨華の顔を再び覗き込んだ。

「嫌いじゃない・・・。じゃあ、好きでもない?」
「えっ、・・・そんな事はないですけど・・・」
「けど?」
「えっと、でも・・・。私・・・、そういうんじゃ・・・ありません」
「別にいいのよ。誤魔化さなくっても(笑)あの人もあなたの事は好きだった筈だもの」
「どうして・・・」

「わかるものよ。あなたと同じで、あの人もそういう気持ちを隠すのが下手だから」

彼女は黒猫を撫でながら、梨華の顔を見つめ直した。少し微笑みながら
再び梨華に語りかけた。
34717-31:2001/07/11(水) 01:24 ID:gFB4XWnk

「わたしたち、あの人には、多分・・・。もう会えないかもね」
「・・・」
「あの人は、かすみちゃんやお母さんのいる所に帰ったんだと思うの」
「!!」

梨華は、遂に信じがたくそして恐れていた事実を真横に座る女性に言わ
れた。どうしても受け入れがたい事実を眼の前に突きつけられていた。

「ゴメンネ、希望を砕くような言い方で」
「いいえ。私もわかっています。でも・・・」
「信じたくない?」
「いいえ。そうじゃないんです。私のせいで・・・、そう思うと・・・」

梨華の瞳から、大粒に涙が零れた。咄嗟に彼女は、脇に置いておいたバス
タオルを梨華に差し出した。梨華は、そのタオルで顔を拭った。

すると彼女の腕に抱かれていた黒猫が突然起き出して、ピョコンと梨華の
膝の上に乗った。泣き尽くす梨華がその猫の頭を撫でると、その猫はペロ
ペロと梨華の掌を舐めた。
34817-32:2001/07/11(水) 01:27 ID:gFB4XWnk

「くすぐったい・・・」
「クロは、わかるんだね?」
「何がですか?」
「あなたは悪くないよ、て、クロは言いたいんだよね?」

「・・・」
「多分、それは、あの人も言いたいんじゃないのかな?」

梨華は彼女の優しい言葉に胸の奥底を突き動かされた。梨華は、掌を舐め
続ける膝上にいる黒猫をきつく抱き締めた。そして声を出して、その場に
泣き崩れた。

彼女は、梨華の肩を優しく抱いて、慰めの言葉を探していた。しかし、さ
めざめと泣き続ける梨華へ差し出すべき言葉を見つける事が出来なか
った。

「大丈夫だよ、泣いていいから」
「わたし、好きでした。大好きでした・・・。もう一度、もう一度だけでいいから・・・
会いたい、声だけでもいいから・・・」

「あいつはバカだね。こんな可愛い女の子をこんなに悲しませて・・・。
石川さん、許してね。あいつの替わりに、私が謝らなくちゃね」
「ウウン。いいんです。いいんです・・・」
34917-33:2001/07/11(水) 01:28 ID:gFB4XWnk

都会では、未だに夏の熱気が残るというのに、海辺沿いのこの街には、秋
を知らせる夜の雨がやや勢いを増して、小さなその病院を叩きつけ始めて
いた。

微かに開いている窓の外からは、遠く響く波の音がさざなみのように聞こ
えていた。カタカタと窓を叩く風の音が耳に付き纏う。その風は、永遠に
届く事ない哀しみを乗せ、夜の海に流されていった。

梨華に抱かれた彼の分身ともいえるその黒猫は、その嘆きの渦の中、
膝の上で静かにその眼を閉じていた。
35017-34:2001/07/11(水) 04:46 ID:gFB4XWnk

「もしもし?」
「・・・誰だ?」
「なんだ、まだ生きていたのね。驚いたわ」
「君か・・・。どうかしたのか?」

「まぁね。それで今、時間いいかしら?」
「えっ?うん、まぁ、いいさ。それで、何の用だい」
「また来ていたわよ、あの子。いいの?」
「良くはないさ。そう思うなら、君から話してくれれば良かったのに」

「話したわよ。でも、あなたもいけないんじゃないの。もう会えないと分っているのに、
その気を持たせて・・・結局、彼女を弄んだのと同じじゃないのかしら?」
「・・・随分と厳しい言い方だな」
35117-35:2001/07/11(水) 04:48 ID:gFB4XWnk
「ズルイと言っているのよ。あなたは彼女たちの為に良い事をしている様な
気分かもしれないけど、実際にやっているのは人殺しよ。
その事実は忘れないで欲しいわ」

「分っているよ。自分がしている事を正当化しているつもりはない」
「本当にそう思っている?少なくても、あなたの思う正義は、私の正義とは違う。
それに絶対なんて事、この世の中にあるのかしら。」

「・・・ないよ。俺もそう思うよ。それに俺がしている事も間違っている。
それも良く分かっているよ」

「・・・だから死ぬの?いや、言い方が違ったわね。死ぬのが分っているからこそ、
そうしているの?そうならばあなたは、卑怯よ。死んでいった男達と同じだわ。
自分の欲望のために他の人の心を踏み躙っている。彼らはセックス、
あなたは自分のちっぽけなエゴの為。どちらも自分のことしか考えていないじゃない」

「・・・じゃあ、聞かせてくれよ。君はあいつらが彼女たちや妹にした事を許せというのか?
俺は許せない。絶対に許せない。俺たちみたいな者が、強い者に叩かれたら、黙って
俯いていろと言うのか。ただ、ひたすら許しを請えというのか。・・・君なら分ってくれると
思って、思い切って話したのに・・・」
35217-36:2001/07/11(水) 04:56 ID:gFB4XWnk

「そうは言っていないわ。自分を正義の塊みたいに思っているのは止めてと
思っただけよ。あなたが話してくれた事の重さは私になり理解しているつもりだわ」

「もういい。踏み付けられた人間の痛みを、踏まれた事の無い人間にわかって
貰おうと思った俺が馬鹿だった。・・・最後にもう一度言っておくよ。
俺は正義の為だとか、復讐だとか、そんな気持ちでやってきたんじゃない。
殴られたら殴り返す、それだけの事さ。虫けらも殴り返す事があるだという
のを示したかった、それだけだった。」

「分ってる。分っているわ、だからなにもそこまで思い詰めなくても・・・」
「いい、話す事はもうないよ。どうせ君の言うとおり後は死ぬだけだしな。
卑怯者らしく、野垂れ死ぬんだから」
「ちょっと待って。そう言うつもりで・・・」
「この電話もキレイさっぱりぶっ壊しておくよ。どうせ遅かれ早かれお終なんだ、
・・・とにかく君にはクロの事頼んだよ。それじゃあ、さよなら・・・」

「ちょっと・・・」
「・・・」

彼女は慌ててリダイヤルのボタンを押したが、受話器の向こう側からの
反応は無かった。彼女は悔恨の表情を色濃く浮かべながら、受話器
をキツク握り締めたまま、その場に立ち尽くしていた。

誰もいない動物病院の待合室。時折聞こえてくる動物たちの鳴き声だ
けが、虚しく響いていた。
35317-37:2001/07/11(水) 04:57 ID:gFB4XWnk

鮮血に染まるウインドウが静かに下りる。彼は、電源の切られた携帯
電話を勢い良く外に放り投げた。チャポンという音と共にその電話は
港湾に深く沈んでいく。

漸く気持ちを鎮めると全身を血まみれにした彼は、一人静かに眼前に
広がる海を眺め続けていた。錆びた鉄を噛締める様な、ざらついた匂
いが充満する車内。至る所が真っ赤に染抜かれ、後部座席に横たわる
「物体」からは、未だ鮮血が止め処なく流れていた。
35417-38:2001/07/11(水) 04:59 ID:gFB4XWnk

彼は一息つくと、先程車の横にある小さなコンテナの中から木製の箱
を数個持ち出し始めた。そしてその中から出てきた大小様々な金属類
をその車のあらゆる場所に取り付け始めた。

なにやらコードを束ねて配線の作業を続けている。あらかたその作業が
終わったと見るや、今度は運転席に戻り助手席に置かれた精密機械に
その線を接続していた。

漸く一連の作業を終えると、最後にコンテナの一番奥にしまわれた少
し大きめな箱を持ち出しにかかる。

新聞紙や茶色の紙切れで何重にも包まれた"物質"をいくつも取り出す
と、ボンネットを開けてエンジンルームにそれを何十個も入れた。その"物質"
は、トランクにもそして車内にも数十個単位で満遍なく置かれていた。
35517-39:2001/07/11(水) 05:00 ID:gFB4XWnk

「♪ミャー、ミャー、ミャー」

突然、助手席のバッグの中から機械音らしき猫の鳴き声が鳴り響く。
それまで冷徹な鉄仮面のような表情で作業をこなしていたその顔色に
少しだけ変化がおきた。彼は少し笑みを浮かべながら、バッグの中を
探るとその音の主を取り出した。

黄色く塗られた小さな猫の時計がその大きさに似合わぬような大きな
音をかき鳴らしていた。彼は裏側のスイッチを押して音を止めると、そ
のままその時計をジャケットの内ポケッに大切そうにしまった。
35617-40:2001/07/11(水) 05:03 ID:gFB4XWnk

「やっと・・・、終わったな」

彼は後部座席に横たわる「物体」を弄ると、ポタポタと真っ赤な雫が
滴り落ちる煙草を取り出し、徐に火を点けた。そしてシートを静かに
傾けると目を瞑り、想いに耽った。長いようで短かったこの数ヶ月の
日々を振り返り、その時の流れを噛み締めていた。

血まみれの車内、錆びた鉄の匂いの充満する車内、非現実的なそ
の空間に身を沈めていた彼は、現実を遥か彼方に飛ばして、一人
静かにその眼を閉じた。

<第11章 了>