alone

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16011-1

邂逅 その2

戦争とは、継続しない、ただ一回の決戦から成るのではない

― フォン・クラウゼヴィッツ ―

その河は、そこの辺りで急激にその幅を狭くした。花火見物でごった返す人並み
を両岸に見遣りながら、河の中央を進む大きな屋形船はユックリとその体を川下
へ向かわせていた。

地鳴りの様な爆音と共に、夏の夜空に、大きな炎の宴が繰り広げられている。そ
の船の舳先では、何人かの男が歓声を上げその様子に興じていた。

河岸には、その宴の見物客と家路を急ぐ者とで、誰しもが行き場を失う程の人の
数が溢れている。船の上で興を昂じているその男たちは、そうした人々の蠢く様
を鼻で笑いながら、より一層、その饗宴の度合いを高めていた。
16111-2:2001/06/15(金) 03:25 ID:X89r3al.

川縁にいる人々は口々に語り合い、そしてその場で動き犇きあう。夜空に舞う宴
の爆音が重なり、静かの淀む河の流れとは対照的にその音量は増していった。

喧騒と騒音と爆音の中、群衆の中からは、あちらこちらで耐え切れなくなった子
供達の泣き叫ぶ声が聞こえて出していた。

「ホラ、我慢しなさい。ターチャン」
「ぎゃあああああ!いやだよ、お家に帰るよぉ」
「もう少ししたら、広いトコ出るからね。・・・ホラ、あそこにお船がいるね。」

泣き叫ぶ我が子を抱えた母親は、橋の欄干越しに河の情景を説明し始めた。

「きれいなお船だね・・・。ターチャン、見える?」
「ぎゃああ、・・・もうやだよ帰ろうよ。」
「もう少しだから。我慢しなさ・・・あれ?」

母子が見ていたその屋形船の後尾から突如、白煙が上がった。その瞬間、夜空に
は5寸玉の大花火が連発した。夜空を劈く大爆音と共に、濃紺の空に色取り取り
の火薬の華が咲き乱れていた。あちらこちらから歓声が上がり、宴は今、最高潮
に達していた。

その時、川面ではこれから繰り広げられようとしている惨劇の幕が静かに切って
落とされていた。
16211-3:2001/06/15(金) 03:33 ID:X89r3al.

「あれ?・・・キャー!」

母親の叫び声が、喧騒の中にこだましてかき消される。母子の目に映ったその信
じがたい光景は、まるで紙芝居のの様に細切れの如く、繰り広げられた。

白煙を上げた屋形船の中央部分から突如、空高く火柱が上がったかと思うと、船
全体が一瞬にして炎に包まれる。同時に大音量の爆破音を上げ、船の中央にある
櫓が木っ端微塵に吹き飛ぶと、その船は中央から完璧に真っ二つに折れ曲がった。
粉々に飛び散った木々の塊は、あっという間にその深く淀んだ流れの中に沈んで
いった。

花火の爆音にかき消され、その状況に気付かなかった多くの人々も、数秒後、空
から降ってきた異物によって初めてその異常事態を感じ取った。

「キャー!」
「コレ、なんだよ!」
「助けて!!!」

たった今まで繰り広げられていた絢爛の宴の空から真っ赤に染まる血の雨と、バ
ラバラになった人の肉片が辺り一面に降り注いだ。あちらこちらから絶叫が鳴り
響いている。阿鼻叫喚の修羅場と化した川縁は、さながら得体の知れないモンス
ターに襲われる群集の如く、パニック状況に陥っていた。
16311-4:2001/06/15(金) 03:36 ID:X89r3al.

「キャー!」
「コレ、なんだよ!」
「助けて!!!」

たった今まで繰り広げられていた絢爛の宴の空から真っ赤に染まる血の雨と、バ
ラバラになった人の肉片が辺り一面に降り注いだ。あちらこちらから絶叫が鳴り
響く。

阿鼻叫喚の修羅場と化した川縁は、さながら得体の知れないモンスターに襲われ
る群集の如く、パニック状況に陥っていた。

ガソリン臭が強烈に漂い、炎の影が色濃く残る川面の上、錆付いた鉄橋の上を定
刻通りに登り電車が通り過ぎていく。電車の中に客にもこうした異常事態は伝わ
り、我先にと窓際に走り、その様子を眺めていた。

「何があったんだろ?」
「事故かね?うわぁー凄いや」
「おい船が燃えてるぞ!誰か乗ってたのかな?」

電車内の乗客が思い思いに叫ぶ中、夜だというのに薄いオレンジ色のサングラス
を掛け、一人押し黙っている青年がいた。

その青年は、口元にうっすらと笑みを浮かべ、文庫本を読んでいる。そして徐に
本を閉じると、その本を胸のポケットにしまい込んだ。そしてジーズンのポケッ
トから写真を取り出した。

「・・・まだまだ、これからだ。」

写真をしまうとその青年は、サングラスを外した。そこに現れた冷酷な目のその
奥は、妖しく鈍く光っていた。秋が近づく。自分に残されて時間を噛み締めなが
ら、その男は次なる衝動に突き動かされていた。

夢うつつの時間が過ぎる。青年は静かな笑みを顔一杯にたたえながら、静かに目
を閉じた。