alone

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邂逅 その4

叶えると決めたから、行けるのさ思うがまま、吹き荒れる嵐すら太陽の下だから・・・
― シング・ライク・トーキング ―

その周辺は高層のビルディングが林立する一角とはいえ、そのビル
ディングだけは、余りの大きさ故に威圧感さえ漂わさせて、周りの
全てを威嚇しているようであった。

何の季節感も感じさせない玄関を通り、幾度かのセキュリティーチ
ェックを潜り抜けると、中一階に広がる吹き抜けのホール奥に数台
のエレベーターが待っている。

ただ一番右端のエレベーターは、他の基とは違い、20階までノン
ストップで上がることが出来るのが大きな特徴だった。他のエレベ
ーターが止まることさえ許されない21階から25階まで階段を使
わずに昇るには、そのエレベータに乗るしか道はなかった。

そのエレベーターを利用できる人間の数は、言うまでもなく少ない。
更に通常の通行パスと同時に、特製のICカードがなければ、乗る
事すら出来なかった。
26615-2:2001/06/30(土) 03:03 ID:mxNdWCJ6

しかしだからと言って、そこの空間一帯が特別に豪華に飾られてい
るわけではない。逆に何の装飾もなくただ白く塗られただけの無機
質なコンクリートに覆われ、むしろ窓が極端に少ないせいか息苦し
ささえ覚えるようなところであった。

特に22階は更に他の階に比しても狭苦しい箱部屋のような区切り
をされた空間が所狭しと居並んでいる。

そうした部屋が鎮座している廊下を通り抜けると、やや広めの空間
に踊り出るが、かといって窓がある訳でもなく、その密閉間が解消
されたわけではなかった。

人影もまばらな静かな回廊。空間の奥には、更にその先に通じる少
し広めの廊下がある。その最奥にある小部屋は、珍しく窓のある"人
間らしい時間"を過ごせる場所である。

他の部屋と違い、壁は完全な白ではなく、ややつや消しと思われる
色で塗られ、重厚なデスクの横には、少し小さめの観葉植物が居並
んでいる。

そしてホワイトボードの横には大きな出窓が据え付けられ、夜の街
を展望する事が出来た。遠くに見える東京タワーの明かりが、今日
に限っては鮮明に見える。未だ窓の外は、台風が過ぎていったと言
うのに熱気は冷めず、既に数え切れない位になった熱帯夜を迎えて
いた。
26715-3:2001/06/30(土) 03:05 ID:mxNdWCJ6

デスクの椅子には、およそこの建物には似つかわない様な精悍な顔
つきをした男が座っていた。その男に対峙するように、部屋の真ん
中にある黒色の硬めのソファーでは、やや白髪交じりの中年男性が
煙草を燻らせ、膨大な量になる書類を今、正に、読み終えようとし
ているところであった。

「ご苦労だった・・・」
「いえ。」
「これで終わりか?」
「ええ。何かご不満でも?」

「いや、それはないが・・・。ただ、最後の一行がね。お前、ホントは
目星が立っているんだろう?」
「・・・」

椅子に座る男は、テーブルの下にある引き出しから封筒を取り出す
と、何枚かの写真を中年の男に差し出した。

「これか?随分若いな・・・、というか、まだこいつはガキだな?まさか、こいつか?」
「いえ、そうじゃありませんよ。・・・多分ですが、次にやられる奴でしょう」
「!どういう意味だ?」
「どうも、他の眼でこの事件を見直すと、違う構図もあるかな、と思いましてね」
「他の眼?」

「ええ。つまり、"刑事の眼"で、という事です」
26815-4:2001/06/30(土) 03:13 ID:mxNdWCJ6

男は立ち上がるとホワイトボードの前に歩き出した。そしてペンで
何やら様々な図形や文字を書き連ねた。そして真ん中に「赤坂」と
大きく書いてその文字に丸をつけた。

「当然ですが、我々は例の赤坂署の内部告発から端を発した、業者との癒着、
いわゆる収賄事件の内偵という形でこの件に取り掛かりました。

・・・それからですよ、地上げ屋まがいの不動産屋やチンピラもどきの芸能プロ
ダクションへの口利き、更にはヤクザとのもたれあい、そこから派生しての
銃器や薬物の横流し・・・というか、斡旋ですがね・・・。

こうした膿んだ部分が続々と出てきてのは・・・。最後はご丁寧に、総合商社ま
で出てきて、武器輸出まで話が飛びましたがね・・・」

男はここまで一気に話し終えると、一旦ここで言葉を区切りデスクの上にあっ
たミネラルウォーターを取って喉を潤した。中年男性は静かにその話を聞いて
いたが、男の話に一応の賛同を示していた。

「確かに、これが表に出れば、我々警察関係者が全てひっくり返る様な
大事件だったからな。震源地が赤坂だというのは間違いない」
「ええ。でもそうなると一連の殺し、敢えて殺人と断定しますが・・・、
ここの説明がつかなくなる・・・」

「どうしてだね?これを読んでいても思ったのだが、そこの理屈がわからないね」
「それはですね。正式な報告書には書き辛い話だからですよ。もしそうだと仮定す
ると、我々警察関係の中に犯人がいることになりますよ・・・。残念ながら、ヤツラ
の間には深刻な問題は起きていなかった様ですから。」

「しかし、マル暴の内輪もめという線は消えないだろう?・・・まぁ、この報告書で
君は真っ先に消しているが・・・」
「確かに最近、府中であった小さな組の組長の頭打ち抜かれた事件や、飛行機で吹
き飛んだヤツの自宅に弾丸が打ち込まれていた件は、それが原因でしょうがね・・・」
「そうだろう?それなのに、どうしてその可能性を否定するのかね?」

ソファーに腰掛ける中年男性の声色に熱が帯びてきた。男は、その
ソファーの向こう側に腰掛けると、手に持っていたミネラルウォー
ターの残りを飲み干した。
26915-5:2001/06/30(土) 03:15 ID:mxNdWCJ6

「だからですよ。やつらが一連の件の星なら、そこまでが限界です。
やるんだった府中みたいに同じ穴のムジナしかやらんでしょう。みん
なバラしちゃったら、そこで御終いじゃないですか。おこぼれには与れない。」
「すると・・・我々身内か?」

「身びいきするわけじゃないですか、それも薄いですね。第一、ニトロだ、
火薬だって・・・。我々の仲間だったら、もっと上手い事してやり逃げますよ。
こんな衆人環視の中でバラせる出来る度胸のある奴なんか、いやしませんよ」
「じゃあ、誰だ?誰なんだ?・・・この事件が殺人なら。この報告書には、
奴らではない、という否定の事ばかりしか書いてないぞ。」

中年の男性はやや声を荒げながら、書類を指で叩きながら、男に詰
め寄った。しかし男は慌てず騒がず、悠然とした態度でその問いを
かわした。

「ここから先は、あなた方の一存ですよ。私の出る幕じゃない。」
「含みのある言い方だな。どういう意味だね?」
「ここで真犯人を見つけて、一連の事件を白日の下に晒すか、それとも、
事故として終了させて、この腐敗の構図をここで幕引きとするのか・・・、
これは捜査の問題じゃない。政治の問題ですよ。」

「なるほど。それがこの最後の一行か。・・・サイは、まだ投げられていない。
確かにそうだな」

白髪交じりの中年男は、手元にあったファイルを勢いよく閉じた。
そして持ってきていたスーツケースの様な、大きいバッグの中にし
まった。そして軽く息を吐き、一呼吸を置くと、既にデスクの方の
椅子に座って残された書類を片付けている男に体を向け話し掛けた。
27015-6:2001/06/30(土) 03:16 ID:mxNdWCJ6

「ここから先は、お前と俺の個人的な話だ。」
「なんでしょう?」
「さっき出した写真のガキ。あれは何だ?、お前、星は分からんのに、
次のガイシャは分かるというのか?」
「いや、可能性を指摘したまでです。確証はありませんよ」

「いいだろう。・・・それならお前のいうところの"可能性"の先の話を
聞かせてくれないか?」

男は、手に持っていた安手のボールペンでテーブルをイライラと突
いていたが、意を決した様に立ち上がり、デスクの横にある、小さ
なクーラーボックスを開けた。その中にある良く冷えたミネラルウ
ォーターを取り出すとタブをくるりと引きちぎり喉を湿らせる。

そして再びホワイトボードの前に立つと、真ん中に書かれていた
「赤坂」の文字を消して、デスクの上に乱雑に置かれた残された
書類の中から一枚の写真を取り出す。そして静かに話し出した。
27115-7:2001/06/30(土) 03:17 ID:mxNdWCJ6

「ここからの話は何の証拠もないし、何の立証できる手立てもありませんが・・・」
「かまわない。"可能性"の話だからな」

「なら続けましょう。・・・さっきも言いましたが、この件を、赤坂署を中心軸
にして見ると、さっきのトコロにしか落ち着かない。結局は袋小路です。
真犯人を探すにしても、ヤクザの同士討ちというのが行き着く先でしょう・・・。
しかしそんな訳がある筈がない。」
「断言だな。何故だ?」

「まずあいつらならこんな手の込んだバラしかたはしない。専門家にも
聞きましたが、これが事故じゃなく故意のものであるなら、そうとうな
科学的知識がなければ無理だという事です。それから遺体の損傷が酷い
という点も気になります。明らかにある意図を以って殺してます。
・・・この一連の件を我々の見方から一度離して、単純に連続爆破殺人事件として
みればどうなるか?」

男はそういうと先程取り出した写真をマグネットでボードの真ん中
に貼り出した。
27215-8:2001/06/30(土) 03:19 ID:mxNdWCJ6

「まだその深い理由は、皆目見当もつきませんが、この人物を中心にすると、
事件の違った形が見えてくる・・・」
「それがその写真の人物か・・・。女性のようだが?」
「ええ、そうです。・・・ある芸能人です」
「芸能人?で、名前は何ていうんだ?」

「後藤真希といいます。・・・この彼女を軸にすれば、ある程度の説明がつきます。
ただ・・・」
「ただ、どうした?」
「だからといって彼女が犯人だとか、犯人を知っているとは、思えないですがね」
「どういう事だ?よく分からないが・・・」

彼はひとつここで会話を区切るかのように、手にしていたミネラル
ウォーターに口をつけて、一気に半分程度まで飲み込むと、独り言
を呟くように言葉を漏らした。

「もし、さっきのガキがバラされたとしたら、その時になって彼女は、
初めて誰が犯人かを知るでしょうね・・・」
27315-9:2001/06/30(土) 03:21 ID:mxNdWCJ6

「オイ!なんだお前、それが誰だかわかっているような口振りじゃないか・・」
「いやそうじゃないですよ。そいつの正体は全くの不明です。まぁそれらしき
人物もいない事はないんですが・・・」

「足りないかい、その条件に?」
「全くですよ。冷静でいて、繊細で、しかも特殊な技術を兼ね備えていて
なんというのは無い者ねだりですがね」
「まぁいい。そこまでで構わないさ。それにこれ以上、進むかどうかは、
上次第だからな。」

男は一気に残りのミネラルウォーターを飲み干すと、暗闇の中に光
が点在する窓の外を見やっていた。その背後から席を辞そうとしな
がらも、最後の言葉を掛けてくる、中年男性の声を聞きとめた。

「・・・で、何でその殺人者が、あのガキを殺そうとしている、と思うんだ?」

「理由は分かりませんよ。ただ、何となく感じるんですよ。
そいつの気持ちがね・・・。殺人という手段で生きている事の証明をしている様な
気がね・・・。それも自分の為ではなく、勿論快楽の為でなく、誰かの為に・・・。
守るべき、いや守れなかった誰かの為にね・・・」
27415-10:2001/06/30(土) 03:23 ID:mxNdWCJ6

「その男は、これからも、殺し続けるのか・・・」
「いや、それはないでしょう。・・・むやみな殺生はしない筈です。
俺の読みに間違いがなければね・・・」
「そうか・・・。それで、そいつは今、どこにいるんだろうな」

中年の男が最後に声をかけた。男は窓の外を眺めながら言葉を返し
た。
「多分、この広い街の闇の中で、息を殺して潜んでいるんでしょう・・・。
次の標的を定めてね・・・。」

誰もいなくなった部屋の中で男は相変わらず窓の外を眺め続けてい
た。胸ポケットから煙草を取り出すとスラックスのポケットにしま
ってあった安物の100円ライターで火を点した。煙を燻らせ、遠
く一点を見つめる。

するとデスクの上に備え付けられていた黒い電話がケタタマシク鳴
り出した。
27515-11:2001/06/30(土) 03:25 ID:mxNdWCJ6

「もしもし?」
「高森か。俺だ、結論が出た。・・・ここまでだ。」
「そうですか。わかりました。、残りは片付けておきます」
「そうしてくれ。それから山岸の方が大変な事になっているらしいから、
そちらに回ってくれ」
「分りました。」

男は電話を静かに置くと、椅子に座り、デスク上に散らばっていた
書類を片付けていた。するとハラリと一枚の写真が落ちる。

男は、改めてその写真を見直すと、今ホワイトボードに貼られてい
る少女の背後に微かに写る男性の顔に赤ペンで丸が付けられていた。
彼はその写真を縦に引き裂いて、デスク脇にあるシュレッダーに通
す。そしてポツリと呟いた。

「結局は、こいつが何者なのか、何も分らぬままに終わってしまったな・・・・」

彼は、既に煙すら出なくなりつつある煙草を咥えたまま、大きな椅
子の中で身を沈めていた。