【初心者】スレッド立てる前に質問をPart16【歓迎】

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1日本@名無史さん
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【初心者】スレッド立てる前に質問をPart15【歓迎】
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2日本@名無史さん:2006/03/05(日) 02:00:09
3日本@名無史さん:2006/03/05(日) 09:30:16
現代の話し言葉でどの時代まで通じますか?
4日本@名無史さん:2006/03/05(日) 09:59:31
>>3江戸初期〜中期じゃない?
5日本@名無史さん:2006/03/05(日) 17:13:39
元寇のときに、元軍によって虐殺された対馬島民は何人くらいですか?
6日本@名無史さん:2006/03/05(日) 18:26:04
日光東照宮に秀吉が祀られているのは何故?
7日本@名無史さん:2006/03/05(日) 20:19:56
伊勢の慶光院は維新のときに尼寺を廃され男子が入り「慶光院」と名乗ったと聞きました。
そのあたりの詳しい事情が乗っている論文や本はありますか?
8日本@名無史さん:2006/03/06(月) 00:12:43
>>3>>4
江戸初期は新しく与えられた領地に初めて入国するとき、通訳を雇ったとものの本に書いてある。
それに、年寄りに方言だらけでしゃべられると、今でもわからないからね。
だから、結構最近なんじゃない?
まぁ、なにをもって「通じて」いることにするかだが。
9日本@名無史さん:2006/03/06(月) 14:35:45
質問ですが東南アジアの華僑達は太平洋戦争のとき
何を考えて抗日運動やったんですか?
架橋はいわばヨソモンですよね?
祖国中国のため?
それとも単なる半日感情から?
10日本@名無史さん:2006/03/06(月) 14:36:16
【昭和の謎】下山事件、解決へ。警視庁、殺人容疑で旧国鉄の組合員の孫らを聴取へ
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news7/1141616992/l50

>戦後最大のミステリーの一つである「下山事件」が解決へ向かっている。
>旧国鉄の組合員の孫らが日記を公開したからだ。その日記の中には当時
>の犯行の経緯を示す記述や、GHQの「レッドパージー」に対する憤りが
>明記されていた。又後々下山総裁に対する懺悔、苦しみなども明記され
>ていた。この日記を5年前に発見した孫らが周りと相談、警視庁へ情報
>の公開を行った。
11日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:06:06
史記の記述に徐福について
219年男女3000人に五穀の種と百工をともなえ旅立ちその地で王となり戻らず
とあるんですが、『史記 秦始皇帝本紀』『史記 淮南衡山列伝』
山東半島から旅立ち有明海に上陸したといわれています。

穀物の種と鉄器を持った3000人の先進文明が219年に有明から上陸し王となったとしたら
おそらくかなり強大な国を造れたと思うんですが、それについて史記以外の資料をどなたかご存知ありませんでしょうか。
12日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:07:23
もうすぐVIPのやつらがつりにくるよー

架空の武将作って日本史板のやつ釣ろうぜwww
http://ex14.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1141634824/

13日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:13:34
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/03/06(月) 19:13:11.25 ID:01utrR6r0
12 名前:日本@名無史さん :2006/03/06(月) 19:07:23
もうすぐVIPのやつらがつりにくるよー

架空の武将作って日本史板のやつ釣ろうぜwww
http://ex14.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1141634824/
14日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:14:08
20 名前:1 ◆njsK9r1FDk [] 投稿日:2006/03/06(月) 19:11:19.46 ID:OE3t3DTY0
名前:入陶大威(イリス タケキミ)
出身:旧蝦夷
武器:投石(投石部隊)
性別:男
嫁:列姫
城名:筒城(つつじょう ?)
誕生年:1192年
逝去年:詳細不明
仕えた主君:葉佐川安信
幼名:筒丸
幼少期に幕府による、蝦夷地に対する過剰な接収を見てきた入陶は、生涯打倒幕府を掲げ生きてきた。
しかし、本土に渡り貧困にあえいでいる時、葉佐川安信よって拾われ、忠君を近い、幕府の人間となる。
その後入陶は、蝦夷地と本土との行使として活躍したが、蝦夷一揆に幕府側で参戦し、戦死したと言われる。没年不明。

これでどうだwwww
15日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:14:16
もうすぐVIPのやつらがつりにくるよー

架空の武将作って日本史板のやつ釣ろうぜwww
http://ex14.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1141634824/
■次スレ
http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/entrance/1141538427/
16日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:20:04
>>15
次スレって・・・・
この一連の流れが釣りですか?
17日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:25:36
くはっ、そういう釣りかw
VIPの釣りって、なんか最近のは凄いんだなw
18日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:27:46
昔のほうがぜんぜん面白かったよ
今じゃがきがくだらないことして楽しんでるだけ
19日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:31:25
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/03/06(月) 19:30:40.68 ID:DtUyfzda0
じゃあ昔は真面目なことして楽しんでたんだなwwwwww

こういうやつが増えてつまらなくなったんだよ^^^^^
20日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:32:10
下らない事を下らなく楽しんでてもいいとオモ
最近のお笑いなんて一部除いてほとんどそんなもんでしょ
21日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:33:16
くだらないの意味をはきちがえてる
22日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:36:36
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/03/06(月) 19:35:21.45 ID:AMntjAt+0
19 :日本@名無史さん :2006/03/06(月) 19:31:25
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/03/06(月) 19:30:40.68 ID:DtUyfzda0
じゃあ昔は真面目なことして楽しんでたんだなwwwwww

こういうやつが増えてつまらなくなったんだよ^^^^^

通じてるなw
23日本@名無史さん:2006/03/06(月) 19:38:13
84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/03/06(月) 19:37:45.97 ID:UeD42u9z0
22 名前:日本@名無史さん[sage] 投稿日:2006/03/06(月) 19:36:36
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/03/06(月) 19:35:21.45 ID:AMntjAt+0
19 :日本@名無史さん :2006/03/06(月) 19:31:25
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/03/06(月) 19:30:40.68 ID:DtUyfzda0
じゃあ昔は真面目なことして楽しんでたんだなwwwwww

こういうやつが増えてつまらなくなったんだよ^^^^^

通じてるなw
24日本@名無史さん:2006/03/06(月) 23:06:19
自衛隊は警察予備隊から発展してきたわけですが、自衛隊の活動範囲、憲法9条
の解釈はどんなふうに変わっていったか説明していただきたいです。
日米新安保条約、湾岸戦争、PKO協力法、テロ対策特別措置法、イラク復興支援
特別措置法 に関連付けて下さると助かります。
25日本@名無史さん:2006/03/07(火) 02:15:57
>>24
宿題は自分でやれ、カス
26日本@名無史さん:2006/03/07(火) 10:37:57
日本仏教史に詳しい方、歓迎します。

【史的】日本仏教はどこで間違ったか?【検証】
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1141689794/
27日本@名無史さん:2006/03/07(火) 15:44:42
 日本の歴史は何年ですか?

 エジプトや中国の歴史と比べると、余りにも短すぎると思うのですが。
28日本@名無史さん:2006/03/07(火) 15:46:26
シュメール文明はウリナラ起源なる、奇妙奇天烈な珍説もあるらしい。
29日本@名無史さん:2006/03/08(水) 03:32:07
織田信長は、移動のとき何故法華経の寺にばかり宿泊していたのでしょうか?

妙顕寺とか妙満寺とか。
30日本@名無史さん:2006/03/08(水) 15:38:15
本能寺も法華宗
31日本@名無史さん:2006/03/08(水) 15:56:01
前スレがまだ生きてるヨン
32日本@名無史さん:2006/03/08(水) 17:56:11
法華は真宗と仲が悪いから、敵に敵は味方なんじゃね?
33日本@名無史さん:2006/03/08(水) 20:15:31
信秀が信者で寄進ばっかしてて
縁が深かったからじゃねーの?
34日本@名無史さん:2006/03/08(水) 21:07:29
四月から高三となります受験生です
センターは教科書の範囲内から出題されるとのことなので良いのですが、早稲田の過去問を見ていると、
教科書に載っていないようなことがたくさん出題されていて不安になりました。
現在、中公文庫の「日本の歴史」全26巻を読んでいるのですが、いかんせん量が多いため復習しにくく、
その上読み終わるとすぐ忘れてしまいます。

冊数が少なく、かつ受験から逸脱していないような日本史の概説書はないでしょうか。
ご教示よろしくお願いいたします。
35日本@名無史さん:2006/03/08(水) 21:32:29
>>34
受験対策は受験版に行け。そっちのほうが実践的だ。

しかし、早稲田の歴史なんて、オタク問題は無視して残りを確実に解くのが
王道だろ。
36日本@名無史さん:2006/03/08(水) 21:41:02
>>34
細かい所に気をとられてその辺もちゃんと解答できるようになると
肝心の英語が足りなくて落ちる
37日本@名無史さん:2006/03/08(水) 22:48:18
>>34
夏までに用語集まで完璧にやっておけ。
それからマーチ以上の過去問を分析してみろ。
そうするとそのレベル以上からは用語集を完璧にすれば8割は獲れることが分かる。
あとは重箱の隅問題で、満点獲ろうなんて事実上不可能。
そんな無駄な努力するなら他教科勉強するのが合格への近道。
38日本@名無史さん:2006/03/09(木) 03:31:31
すいません
以前日本史版に
昭和初期の政治家、軍人、思想家、活動家等の
要人について語るスレがあったと思うのですが
近代史板に移動したわけでもなさそうです
スレ名を覚えている方がいらっしゃったら
教えていただけませんか?
39日本@名無史さん:2006/03/09(木) 10:27:15
>>38
スレ建てちゃいなよw
40日本@名無史さん:2006/03/10(金) 15:38:47
スレ立てるなら近代史板でな
41日本@名無史さん:2006/03/11(土) 01:25:21
江戸時代の設定で、秋田・佐竹家の家紋が「源氏紋?」でした。
別の、いわゆる普通の家紋だったように記憶しているのですが、2つあったのですか?
42日本@名無史さん:2006/03/11(土) 12:27:47
ない
43日本@名無史さん:2006/03/11(土) 13:16:05
>>37
そもそも山川の用語集を「完璧」に覚えること自体、常人には不可能だろ。
英数国やって、日本史にそこまで時間も労力もさけるか、普通?
44日本@名無史さん:2006/03/11(土) 13:20:47
つまらない質問で
すいませんm(__)m
領地でいう一石とは
どの程度の敷地?を
指すのでしょうか?
45日本@名無史さん:2006/03/11(土) 13:31:05
つまらん
46日本@名無しさん:2006/03/11(土) 13:44:25
一石とは米量の単位であって、敷地の広さではない。
領主にとっては收入が重要なのだから、米(収穫)量でみるのが合理的なわけだな。
一石(150kg)=二俵半=十斗=百升=千合。
だが管理上、土地の広さで收入を考えたほうが都合がよいんで、一石取れる田圃を
一反とした。太閤検地以降では〇.一町=一反=十畝=三十歩(三十坪)が基準。

従って、領地の一石≒一反(991.74平方メートル)≒10アールと考えてくれ。
47日本@名無しさん:2006/03/11(土) 13:45:37
×三十歩(三十坪)
○三百歩(三百坪)
48日本@名無史さん:2006/03/11(土) 13:47:09
49日本@名無史さん:2006/03/11(土) 15:46:32
 初歩の質問ですいません。

 戦国時代や江戸時代初期には米を常食している人間の割合は極端に低かったんですよね。
 するとたとえば100万石の国には、200万人も300万人も住んでいたということでしょうか?
50日本@名無史さん:2006/03/11(土) 21:58:54
>>49
一石とは一人の人間が一年間に消費される量と定義されている。
しかし、昔は米は「お金」として扱われていた為、一石で2人も3人も養える。
よって100万石の国では200〜300万の人口がある。

って、質問なの?もしそうなら、その考えは凄まじい勘違いだよ。考え方が逆。

まず、「石」って単位は>>46が詳しく書いてくれている通りの値の事です。
その一石を決める為に国の偉いさんが勝手に一人の人間が一年間に消費する量は150sだ!
と決めたわけ。
つまり「勝手に決められた値なので」実際は違う。
人ひとりが一年間に生活できる量と考えるのは間違い。

次に石高の意味合いだけど、江戸時代では米を売った金と思って欲しい。
つまりは税収。江戸時代初期では一石あたり一両と言われているので、
100万石の国とは100万両の税収がある国と思って欲しい。

なので石高から人口を割り出すのは単純には無理だって事です。
もっとも石高が大きい国(税収が多い国)ってのは大きな国なので人口は多いですが。
(人口が多いから税収も多い、とも言える。)

参考までに・・
100年ほど前の歴史家の吉田東伍(だったけな?うろ覚え。ゴメン)が
石高と人口は一致するという説をおったてたが、それは偶然であって
実際は違う。なので石高から人口を導くのはやっぱり無理です。
51日本@名無史さん:2006/03/11(土) 22:55:11
石高はそういう話で始まっているが、江戸時代も安定してくると大名の格付けに
使われるようになり、米が取れなくても○万石とかいうようになった。(例:
松前藩)

で、格付け競争が起こって、毛利藩は50万石にしてくれいと土井利勝に頼んだ
ら、軍役令とか大名行列とか物入りになるんで7掛けにしとけとか言われたと言
う話もある。実高と表高が異なり、ますます経済の原単位から乖離して行った。
52日本@名無史さん:2006/03/12(日) 00:28:04
小堀遠州の家は、松平定信のときに、大名としては潰されたそうですが、
その後は旗本とかで残っているのでしょうか?

茶道の家としては残っていますよね?
53日本@名無史さん:2006/03/12(日) 00:38:54
>>50
100万石=100万石の収穫量 だから実際の税収はそれより下でしょ?
たとえば5公5民なら、税率50%で50万石。
しかも、家臣に知行地(領地)を与えていたらその分は減るから
実際に大名家の税収はもっと低くなる。
54日本@名無しさん:2006/03/12(日) 01:08:40
>>52
文政十一年、改易された小堀正方(政方)の甥正優が三百俵扶持を与えられ家名を再興した。
家伝の品の多くは継承されたという。
系図を以下に示す。(通名には「政」も用いるが、下記に従い「正」で統一した)

1正一─2正之─3正恒┬4正房
              └5正峯=6正寿(小堀惟明次男、正峯外孫)─8正優─9正和─10正快─11正徳─12正明─13正晴(当代)
                   └7正方

遠州流のHP
http://www.enshuryu.com/
55日本@名無史さん:2006/03/12(日) 11:08:44
いきのいい質問はあるかな?
56日本@名無史さん:2006/03/12(日) 11:09:18
5.15事件を起こした三上卓って、禁固15年以上服役した後
どうなったんですか?
57日本@名無史さん:2006/03/12(日) 12:33:43
質問いたします。

信長公記、おどり御張行の事で『津島の堀田道空庭にて 一おどり…』とありますが、
まだ斉藤道三が健在の時期の出来事と思いますが、
斉藤家重臣の堀田道空が、信長支配地の津島になぜ屋敷があったのでしょうか?

よろしくお願いいたします。
58日本@名無史さん:2006/03/12(日) 15:37:55
>>56
戦後も懲りずに三無事件という反共クーデターに関わって逮捕されている。
自衛隊内の旧軍関係者も関与していたとも、大物右翼と繋がってた政治家も絡んでたとも言われるが、
何も真相はわからないまま破防法適用で封殺された。日本の戦後史の闇のひとつ。
5949:2006/03/12(日) 15:53:02
>>50>>51>>53
 dddです。

 1石と米を食べて生活した場合の一年の生活費用とのあいだに隔たりがあるのは分かりました。

 もちろん時代によって違ってくるとは思いますが、日本全土での米の総取れ高と総人口ってどれくらいなんでしょうか?
60日本@名無史さん:2006/03/12(日) 20:54:06
>>58
その後はいつまで生きたんですか?
61日本@名無史さん:2006/03/12(日) 22:12:19
5.15事件で逮捕された海軍将校は一人も処刑されていないのに
2.26で陸軍将校が処刑されたのは何故ですか?
62日本@名無史さん:2006/03/12(日) 23:17:51
>>59
下記など面白いんじゃない?
ttp://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1594303
63日本@名無史さん:2006/03/13(月) 07:31:30
質問です。
古語では、既婚女性のことを何と表現するのが一般的なのでしょうか?
ご教示いただければ幸いです。
時代区分については、特に指定はありません。
漠然と、「昔の言い方」みたいな感じで探しています。

自分で、ぐぐったり、ウィキを見たりして調べたのですが、
いまいちピンとこなくて、ここで尋ねさせていただくものです。

# あの・・・、質問の理由なんですが・・・、
# 俺ってエロSS書きなんすよ・・・
# 今、書こうとしてる話で使う言葉が分らなくて調べてるんです。
# 不愉快に思われたら、すみません。謝ります。ごめんなさい。
64日本@名無史さん:2006/03/13(月) 14:33:39
>>63
身分によって違う
65日本@名無史さん:2006/03/13(月) 23:43:03
大久保利通が残した借金八千円って、現在のお金に換算すると
どれくらいになるんですか?
6663:2006/03/13(月) 23:52:17
>>64 お百姓さんでは、どんな感じになりますか?
67日本@名無史さん:2006/03/14(火) 02:14:06
「大輔」は何と読むのでしょうか?

本によって、ルビが「たいふ」「たゆう」「たいほ」などと違います。
また、中世と近代は読み方が違うのでしょうか?「兵部大輔」とか。
68日本@名無史さん:2006/03/14(火) 02:44:32
おもしろそうな歴史読み物的サイトありますか?
時代はいつでもいいです。
69名無し募集中。。。:2006/03/14(火) 04:27:43
大佛次郎の天皇の世紀は北越戦争で絶筆するようですがそうなると会津VS新政府軍のくだりは書いてないんですか?
70日本@名無史さん:2006/03/14(火) 04:38:27
>>68 こんなのはちょっと方向が違う? ↓
ttp://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/_floorB1F_nazis_X.html
71日本@名無史さん:2006/03/14(火) 06:18:40
72日本@名無史さん:2006/03/14(火) 10:43:42
江戸時代の武士の仕事ってどんなことしてたんですか?
73日本@名無史さん:2006/03/14(火) 11:21:13
傘張り
74日本@名無史さん:2006/03/14(火) 11:27:30
日本陸軍の暴走の直接的な原因を遡ると何時代までいけますか?
75日本@名無史さん:2006/03/14(火) 12:02:04
>>74
大日本帝国憲法成立による統帥権の独立条項
76日本@名無史さん:2006/03/14(火) 14:17:55
77日本@名無史さん:2006/03/14(火) 14:23:29
>>65
800万くらい
78日本@名無史さん:2006/03/14(火) 14:27:14
>>65
2億8500万

>>66
百姓にも、様々な身分がある
庄屋も百姓、四半百姓も百姓
79日本@名無史さん:2006/03/14(火) 17:27:41
日本の借金って一千兆円近くあるそうですね
一部の人に外国からの借金ではなく、日本国内から借金しているので問題はないと言う声があるのですが、
借金は借金なんでしょう?
外国ではなくて日本国内からのものだったとしても、
借金は返す必要性がありますよね?
日本の借金って桁外れに多いのですが、どうなっているのですか?
返す必要性とかあるのですか?大丈夫なのですか?
80日本@名無史さん:2006/03/14(火) 21:10:03
借金なんだからかえすひつようはあるにきまってるだろ
ほっといて大丈夫なわけないだろw
81日本@名無史さん:2006/03/14(火) 21:37:24
日本政府の借金=日本国民の借金。
一人頭600万円返せば大丈夫。
82日本@名無史さん:2006/03/14(火) 23:31:38
うちは3000万円かあ。税金も確かに大して払ってないが、通勤も自転車だし、
チラシの裏を子供の練習帳に使っていたり、幸い医者にも行かずに済んでいるが、
どこでそんな借金したんだろうな。親は年金貰わず死んだし。
子供の教育費かな。全員公立だもんな。
オレが3000万円もの所得税とか先々もう払えないから、子供に頑張るよう言っと
かないといけないな。子供のいない人はどうすんだろうな。
83日本@名無史さん:2006/03/14(火) 23:31:44
国民は国民でも「国債を購入した国民」。
84日本@名無史さん:2006/03/14(火) 23:53:36
国債沢山買った国民に貴族の位与えてちゃらにしようよ
85日本@名無史さん:2006/03/14(火) 23:57:26
>>82
そうか、あなたの家では公民館やら図書館やらもつかってなかったのか・・・・。
そういえばJRやNTTも民営化の時にかなりの税金つかって借金を払ったようだし。
電話や電車も使ってないんだね。
教育費だけねぇ・・・・・。
まぁいいんだけども。
86日本@名無史さん:2006/03/14(火) 23:57:49
明治生まれの人達や昭和初期の人達は痛いと言わないのはなんでですか?
現在も末期癌患者さんは痛いと頑に言わないひとがいるようです。
8768:2006/03/15(水) 01:14:58
>>70
日本史サイトを探していたのですが、そこもすごく面白そう。
ありがd。
88日本@名無史さん:2006/03/15(水) 07:56:54
大日本帝国時代の貴族院について質問です

不勉強でこれまで高額納税者議員というものを知らなかったのですが
この人たちの影響力というものはどれほどのもんだったんでしょうか?

商工業経営者〜というくだりを見ると経済政策にそれ相応の影響力を有しているようにも思えるのですが、いまいちわかりません。
実態として彼らがどのようなものであったのか御教示ください。
89日本@名無史さん:2006/03/15(水) 10:20:43
>>84
それいいかもね。
無駄に金持っててるジジイなんかはそういうの好きそうだから。

百億で 「公爵」
五十億で 「侯爵」
一億円で 「伯爵」
五千万で 「子爵」
一千万で 「男爵」

なお、公爵・侯爵は世襲が許される。
公爵は特権としてJR乗り放題、全ての公共施設をVIP待遇で過ごせる。

以上、チラシの裏の妄想終了。
90日本@名無史さん:2006/03/15(水) 10:57:16
僕の出身地(佐渡)の家と京都の家の構造がよく似てたんで気になったんですが、間口税が適用されていたのはどんな地域なんですか?
91日本@名無史さん:2006/03/15(水) 15:26:19
>>89
お前バカだろ?w
92日本@名無史さん:2006/03/15(水) 16:40:39
>>90
京都
93日本@名無史さん:2006/03/15(水) 17:40:16
>>19
バァサンはどうするの?
94日本@名無史さん:2006/03/15(水) 17:40:46
>>11
219年はACですね。
書物ではないのですが日本各地に伝説があります。
新井崎神社という所には村長とのやりとりについての碑があるそうです。
文献のない時代なので伝承のある地を御自分で周って見たらよいのではないでしょうか。
95日本@名無史さん:2006/03/15(水) 17:56:57
>>92
京都と佐渡だけだったってことでOK?
96日本@名無史さん:2006/03/15(水) 18:12:41
>>94
徐福は紀元前だよ
97日本@名無史さん:2006/03/15(水) 19:41:55
 それ以前にACって何?
98日本@名無史さん:2006/03/15(水) 19:51:36
>>97
アダプターのことだろw

正しくはADだな。Anno Dominiの略。
ちなみに、紀元前はBefore ChristからB.C.
99日本@名無史さん:2006/03/15(水) 21:02:03
っていうか、徐福は確実にどこかの島にたどり着いたわけ?
当時の航海技術で東シナ海を渡海する事は可能なのか?万が一たどり
着いたとしてもそれは漂着じゃないのか?

っていうか、徐福伝説の発祥って何?
中国の歴史書が輸入される以前に徐福伝説ってあったの?
100日本@名無史さん:2006/03/15(水) 21:14:53
未だに日本人の起源が半島経由だと思い込んでいる香具師が居る事に

或る意味感動!
101日本@名無史さん:2006/03/15(水) 21:44:04
>>89
郵政公社公爵、○○銀行公爵





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



102日本@名無史さん:2006/03/15(水) 22:24:19
>>99
徐福は伝説ではないのだが?
103日本@名無史さん:2006/03/15(水) 23:11:49
(日本各地にある)徐福伝説

て言ってるんだと思のだが?
104日本@名無史さん:2006/03/15(水) 23:33:14
>>102
「日本史」の徐福は伝説じゃないの?
「中国史」での徐福は事実だろうけれど。
105日本@名無史さん:2006/03/16(木) 00:28:55
>>104
伝説ではない。
106日本@名無史さん:2006/03/16(木) 01:17:38
昨日の「視点・論点」中西進のやつの要旨教えて。
107日本@名無史さん:2006/03/16(木) 12:01:50
なんで徐福が日本で伝説になりえるの?
108日本@名無史さん:2006/03/16(木) 12:42:50
人が言い伝えたものが伝説。伝えた人がいたからしょうがない。

風説でも伝わるのは、たったこの前も起きたばかり。
109日本@名無史さん:2006/03/16(木) 18:21:02
もしも徐福が古代日本で王国を造ったのが事実だとしても
そんなの絶対に認められない。
イデオロギーだと言われようが絶対認めない。
110日本@名無史さん:2006/03/16(木) 22:04:07
>>109
そんなことをまともに信じてる日本人の方が少ないと思うが?
なんだか必死だなw
111日本@名無史さん:2006/03/16(木) 23:39:39
徐福の話がホンモノらしく聞こえると「ウマー」って言う人は誰よ。

町おこしで、楊貴妃の墓とかやるところはあるが。
112日本@名無史さん:2006/03/17(金) 01:41:11
質問です。
江戸時代、八戸の思想家だった安藤昌益は平等思想を謳っていましたが、
彼は天皇についてはいかなる思いをもっていたのですか?武士は否定していたようですが。

高校時代のブサヨ教師はことさら彼をマンセーし、「彼は天皇制を否定していたんだ!」と
必要以上に崇め奉っていて、鼻しろむ思いでしたね。
113日本@名無史さん:2006/03/17(金) 03:05:29
はなじろむ
114日本@名無史さん:2006/03/17(金) 12:29:20
天皇については語ってないが、農民以外は認めないんだから、
認めていないんだろう。
田舎育ちで、天皇の存在を知らなかったかもしれない。
115日本@名無史さん:2006/03/17(金) 13:21:39
はなじろむ【鼻白む】
(自五)
△興ざめた(気おくれした)顔つきをする。

Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997
116日本@名無史さん:2006/03/17(金) 17:53:19
安藤は津軽だっけ?
117日本@名無史さん:2006/03/17(金) 18:26:38
南部家の分家八戸藩の領地で医業を営む
118日本@名無史さん:2006/03/17(金) 18:33:52
八戸や下北半島は南部領だったような。
おかげで現在でも、津軽と下北は仲が悪い。
119日本@名無史さん:2006/03/17(金) 19:40:13
南部藩は津軽に秀吉の小田原攻めのとき抜け駆けされて以降遺恨になった。
最近の株買占めにボーとしている経営者に類似。
ま、津軽も後、血が絶えて知恵伊豆の子孫が継いでいるというのはある。
120日本@名無史さん:2006/03/17(金) 19:45:27
>>89
何で侯爵と伯爵の差がそんなに大きいのですか?
121日本@名無史さん:2006/03/17(金) 19:59:54
公爵 侯爵 伯爵 子爵 男爵
の五爵って、侯爵家は伯爵家を、子爵家は男爵家を、
見下したりとかあったのでしょうか?
また、公式の場では、席順とか決まっていたのでしょうか?
122日本@名無史さん:2006/03/17(金) 21:40:31
公爵と侯爵は自動的に貴族院議員。
伯爵以下は同格同士の互選によるってのはあったはず。
123日本@名無史さん:2006/03/17(金) 23:16:29
小倉藩の小笠原家は、15万石なのに侯爵じゃなく伯爵だった。
さぞ、悔しい思いをしたやろうねっちゃ。
124日本@名無史さん:2006/03/17(金) 23:21:32
http://tinypic.com/ih0ax0.jpg
これだれですか?
125日本@名無史さん:2006/03/17(金) 23:28:57
>>123
支藩が…
126日本@名無史さん:2006/03/18(土) 00:53:48
六十余州と言いますよね。その中に、佐渡や隠岐、対馬、淡路、五島は入ってるんでしょうか?
127日本@名無史さん:2006/03/18(土) 00:59:47
>>126
五島って長崎の?
これは入らない
128日本@名無史さん:2006/03/18(土) 07:29:14
>>123
宇部空港の鼻の先に、新北九州空港もできるんだ。
129日本@名無史さん:2006/03/18(土) 14:25:56
>>125
>支藩が…


何か不始末でもあったのですか?
130日本@名無史さん:2006/03/18(土) 16:13:22
未使用時に甲冑を掛けておく台座みたいなやつ、あれはなんというのですか?
131日本@名無史さん:2006/03/19(日) 00:15:34
>>130
鎧櫃の隣にあるのがそうなんじゃない?
http://www.rakuten.co.jp/yoroi/118275/146287/
132130:2006/03/19(日) 01:52:57
「鎧立」なのね・・・・・・サンクス。
133日本@名無史さん:2006/03/19(日) 12:31:42
緒方洪庵の適塾にかかげてある、福沢諭吉の書である
「適々あに唯風月のみならんや」で始まる詩は「荘子」が出典ですか?
それともオリジナルですか?
134日本@名無史さん:2006/03/19(日) 15:00:34
>>126
正式には66州2島ね。
2島は壱岐と対馬。
佐渡・隠岐・淡路は66州に含まれる。
五島は肥前国松浦郡の一部であって国名ではありません。
135日本@名無史さん:2006/03/19(日) 15:02:17
現在までに発刊されている全国の都道府県史・市町村史などを全て簡単に検索できるようなところってないですか?
136日本@名無史さん:2006/03/19(日) 21:40:07
猶子とは何ですか?養子より格落ちですか?
137日本@名無史さん:2006/03/19(日) 23:40:49
同じじゃね。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%CD%B1%BB%D2&kind=jn

言葉は法律的な、定義されて使われる場合の他、同じ言葉を使わないのが
美しいという使い方もある。それではなかろうか。
138日本@名無史さん:2006/03/19(日) 23:52:43
>>136-137
猶子と養子は別物だ。
養子は基本的には家を相続させるためのもので
実質の親子関係が発生するが
猶子は家格による制約を回避するために
親子関係を擬制した、つまり仮に子として扱うものだ。
139日本@名無史さん:2006/03/19(日) 23:56:24
鳥取県議会に提出されている県人権救済条例という条例案をご存知ですか?
この条例は名前こそ人権救済ですが、実はとんでもない条例です
(一言で言えば人権擁護法案と類似)

何が人権侵害なのかはルールなし!知事が選んだ委員会が判断します!
法律の素人でも、日本国籍が無くても、知事が選べば委員です!
他県民も訴えられますが、訴える事はできません!
ウソや勘違いの通報をしても罰は無いのでお気軽に!匿名も大歓迎!
やってない証拠が出なければ、処罰の対象!
通報がなくても調査を始める事があります!
まだ人権侵害してなくても、これから侵害しそうな人は取り締まります!
密室、非公開、弁護士なしで処罰が決まります!
調査を拒否すれば5万円!氏名を公表する事もあります!
子供も対象、ネットも対象です!
人権意識が改善するまで、研修所で人権の研修を受けてもらいます!

もっと詳しく知りたい方は
「鳥取のココロと未来」 http://heart●jinkenhou●com/

こんな条例を通したくない方は
鳥取人権条例反対のネット署名にご協力下さい!!

http://heart●jinkenhou●com/signature/
http://shomei●jinkenhou●com/signature/
(●を.に変えてください)

140日本@名無史さん:2006/03/20(月) 09:58:39
■真珠湾やんなきゃ今の日本ど〜なのさ?■

かの昔、日本軍が真珠湾攻撃をしたのをきっかけに太平洋戦争に突入した訳だが、

その時点で攻撃を中止し非好戦的スタンスに転換していたとしたら、今の日本の

社会はどのようになっていたのだろうか? 語ってみましょう。


141日本@名無史さん:2006/03/20(月) 10:57:58
甚だしくスレ違いだ包茎
142137:2006/03/20(月) 12:34:19
>>138
や、浅学の身がばればれだな。ぐぐったら、「猶子の儀」とかある。
継ぐ財産も系図もない下世話では、思いもつかない世界だな。

嫁に出すとき、養女としててのがあるが、「養女の儀」ってあったんかな。
143日本@名無史さん:2006/03/20(月) 17:21:57
>>140
一つだけ間違いないのは「陸軍によるクーデター」
144日本@名無史さん:2006/03/20(月) 18:53:33
>>141
スレ立てる前に質問してるんだから、スレ違いじゃないだろ?
145日本@名無史さん:2006/03/20(月) 19:06:24
足利尊氏の正式な名は源尊氏とウィキペディアに書いてありますが、
足利義満や足利義輝も源義満とか源義輝が正しい名なのですか?
聞いたことないんですが…

あと源氏の子孫なら誰でも源〜と名乗っていいんですか?
146日本@名無史さん:2006/03/20(月) 20:19:07
源は氏
足利は名字

当の本人たちも氏を使ったのは公式文書の時くらいのもん
147日本@名無史さん:2006/03/20(月) 20:46:47
ヲシテ文献について教えてください。どのくらい信憑性があるのか。
148日本@名無史さん:2006/03/21(火) 00:25:45
>>145
徳川慶喜は、条約文書に「源慶喜」と書いている。
高校の日本史史料集にそれが出てるんだが、まだ習ってないかな?
149日本@名無史さん:2006/03/21(火) 01:44:13
>>145
足利義満は、中国(明)側の史料には「日本国王源道義」と書かれている。
(「道義」は義満の法名)

>>146
外国との外交文書や朝廷関連文書での署名は明治初期まで氏で書いてたね。
あと武家側の文書でも下知状形式の文書での発給者の署名は「征夷大将軍源朝臣」などと書かれるのが普通。

ちなみに室町時代の足利将軍家の場合、普通は「室町殿」と呼ばれることが多いので、足利の苗字も氏と同様、使う機会はかなり限定されてる。
義満は周囲に自らを「室町殿」と呼ばせるために、公家の室町家の家号を四辻家に変更させたりもしてるし、
「足利」の代わりに「室町」を苗字(というか家号?)のように使ってる場面もあって事情は複雑。
150日本@名無史さん:2006/03/21(火) 01:48:07
明治初期の新政府関係の史料に現れる人名も面白いよ。
西郷隆盛=藤原朝臣隆盛
木戸孝允=大江朝臣孝允
大隈重信=菅原朝臣重信
山県有朋=源朝臣有朋
なんてなってたり・・・。
151日本@名無史さん:2006/03/21(火) 01:58:24
>>150
ナンチャッテ家系だけどね。
152日本@名無史さん:2006/03/21(火) 03:09:14
ウチの家だって、商家のくせに名字帯刀を許されてたのをいいことに
今川の傍流と称してるからなあ(家紋も二つ引両)。まあいいでしょ。w
153日本@名無史さん:2006/03/21(火) 10:37:17
ナンチャッテ家系といいつつ、つい人に言ってみたくなるというのがオカシイ。

それよか、田舎で北に山を背負い南に川をひかえて、やや高台で家の後ろに涌き水
があって池があり鯉が飼ってあるウチというのが、由緒あると見ている。

井戸が掘られるまでは、年中枯れない涌き水というのが必須だったからな。
154日本@名無史さん:2006/03/21(火) 11:40:31
江戸時代あたりでしょうか、外国人からみた日本の評価で
清潔だとか、道徳心があるとか、好奇心が強いなどなど書かれた文を確認したいです。

その他、海外からの日本人の評価(唯一生き残って欲しいのは日本だなど)が
ピックアップしているリンク先をご存じないでしょうか?

検索しようにも、正確なワードが解からずこまっちょります。
155日本@名無史さん:2006/03/21(火) 14:41:41
東洋文庫にあったかな?
156日本@名無史さん:2006/03/21(火) 14:48:32
>>151
木戸が大江氏なのは間違いないと思うよ。
木戸孝允の旧姓は桂。
桂氏は毛利一族だから。
157日本@名無史さん:2006/03/21(火) 14:49:47
山県有朋が、安芸武田氏の一族の山県氏というのは、どこまで本当か知らない。
158日本@名無史さん:2006/03/21(火) 20:20:47
池田筑後守長発について教えてください。

旗本の家柄ですか?岡山池田家からいつごろ分家されて、家禄はいくらでしょうか?
159日本@名無史さん:2006/03/21(火) 22:47:33
>>158
備中松山藩主池田長幸の子、長信の子孫だと思いますが。
家禄は1600石ではなかったかと。
160日本@名無史さん:2006/03/22(水) 00:41:43
>>134
壱岐・対馬は不思議だ。
中世史料でも、淡路や隠岐は「淡路国守護」とか「隠岐国守護」とかって
出てくるのに、壱岐と対馬は「壱岐島守護」とか「対馬島守護」とかって
出てくる。
国という扱いではあるが、普通の国とはやっぱ違うらしい。
161日本@名無史さん:2006/03/22(水) 01:35:31
>>160
九州(西海道)では、
筑前・豊前・肥前の3ヶ国のことを「前三ヶ国」または「三前」といい、
筑後・豊後・肥後の3ヶ国のことを「後三ヶ国」または「三後」といい、
日向・大隅・薩摩の3ヶ国のことを「奥三ヶ国」または「三奥」といい、
壱岐・対馬のことを「二島」という。
そして鎌倉時代には、
小弐氏は「三前二島守護」、
大友氏は「三後守護」、
島津氏は「三奥守護」、
とそれぞれ呼ばれた。
162日本@名無史さん:2006/03/22(水) 12:13:53
シーボルトが「山オランダ人だー」ってかましたのは、どの史料ですか?
163日本@名無史さん:2006/03/23(木) 12:25:04
長崎奉行所の記録かな?
164日本@名無史さん:2006/03/23(木) 15:10:34
戦国時代の「全滅」「壊滅」「殲滅」の定義を教えてください
あといつごろからそんな言葉が使われだしたのかも
165日本@名無史さん:2006/03/23(木) 18:08:47
江戸時代後期に江戸幕府が関東地方の治安維持のために複数の幕府直轄地や小藩に渡る犯罪を取り締まる権限を有するFBIみたいな組織が設置していたらしいのですが名前を教えてください。
166日本@名無史さん:2006/03/23(木) 18:15:43
>>165
関東取締出役。
167日本@名無史さん:2006/03/23(木) 18:47:30
>>165
小説だが、佐藤雅美の「八州まわり桑山十兵衛」にその様子が出てくる。
小説の筋というより、当時の制度の説明の方に感心する。
168日本@名無史さん:2006/03/24(金) 16:25:56
この板でよく、苗字は家に付いてるもので、
姓は個人に付いてるものなので、養子に行っても変わらない
と書いてるのを見かけますが本当でしょうか?

本当だとしますと上杉家は、最初藤原姓で謙信が入って平姓、
綱憲が入って源姓、鷹山が入って大蔵姓、戻って源姓と
公的の名乗りを次々と変えたことになりますが・・・
169日本@名無史さん:2006/03/24(金) 23:48:25
>>168
>藤原姓で謙信が入って平姓、
謙信の前に佐竹から養子を取ったことがあったような……逆だっけ?

実際の例として、畠山氏は鎌倉時代に平姓から源姓に変わってる。
しかし戦国時代ぐらいからは養子が入っても姓は変えないことが多くなったと聞いたことがある。
あと幼少の頃の養子の場合は姓を変えないという話も聞いたことがあるな。
170日本@名無史さん:2006/03/25(土) 00:38:47
>>168
養子をもらう先と養子を出す先の力関係の差なんじゃない?
勢力が強い方の姓を名乗るようになるものだと思うが?
171日本@名無史さん:2006/03/26(日) 10:39:09
馬が日本に入ってきたのは、いつごろなのでしょうか?
ってか、東国が、馬の名産地になったのは、なぜでしょう?
172日本@名無しさん:2006/03/26(日) 11:47:13
>>171
古代から日本には馬がいた。野生種に近い小型のものだった。縄文時代の遺跡からも出土する…
というのが定説だったのだが、近年では否定的な見解が出てきた。『魏史』倭人伝には「倭に馬は
いない」と書かれている。少なくとも、家畜としての馬は日本にいなかった可能性が高い。

それが神話時代になってくると、スサノオが馬の死体を放り込んだ、オオクニヌシが馬肉を献上した、
ヤマトタケルが馬の皮を剥いだなどなど、いろいろな話が登場してくる。古墳時代にはご存知のように
馬のハニワ、馬具、墳墓…沢山出土する。百済からテルペン系の馬を輸入して生駒山で生産した
という記載もあり、どうやら馬と騎馬文化は古墳時代に朝鮮半島から渡来したのではないかと
考えられている。例の「騎馬民族征服王朝説」もこの辺が根拠だ。

長野県の遺跡から4世紀末〜5世紀ごろのものと見られる馬具が発掘されていることから、
東国での馬生産はこの後であろう。

古墳時代を駆けた馬
http://inoues.net/study/kofunuma.html

騎馬民族征服王朝説は検討に値するのか
http://homepage1.nifty.com/sawarabi/kibaminz.htm
173日本@名無史さん:2006/03/27(月) 01:27:27
水戸藩の三代目って、光圀の甥ですよね実際には
で、養子になって、光圀と実の親に対する呼び方はどうなるのでしょうか?
叔父上と父上が入れ替わるの?やっぱり。
174171:2006/03/27(月) 08:57:22
>>172
ご丁寧な回答、ありがとうございます。
175日本@名無史さん:2006/03/28(火) 00:29:03
>>173
当たり前だろうが。それは現代の庶民でも同じ。
176日本@名無史さん:2006/03/28(火) 10:58:28
>>168-170
大体、室町・戦国期以降くらいになると異姓養子を気にしなくなるので、養子に
入ったときに養子先の家に合わせて姓まで変えることが普通になる。
例えば、上杉景勝は血統的には平姓のはずだが、公卿補任には「藤景勝」って
なってるから、それ以前の上杉氏に合わせて藤原姓に変えていることがわかる。
他にも、吉川元春以降の吉川氏なんかは血統的には大江氏だが、江戸時代でも
公式には藤原姓。
ちなみに秀吉政権の時代には多くの大名家が豊臣姓を名乗っているが、
関ヶ原以降になると木下氏などの一部例外を除いて、みんなもとの姓に
復姓してる。

一方、中世前期以前は、畠山の例みたいのが一般的なんじゃないかな。
同様の例としては、源頼朝の弟の阿野全成(当然源姓)の名跡をついだ
家(公家の三条家の一族)は、それ以後藤原姓を名乗っている。
なおこの子孫から、後醍醐の寵妃の阿野廉子が出る。
177日本@名無史さん:2006/03/28(火) 11:02:04
>>169
佐竹のほうが上杉から養子を取った。
室町期の佐竹義憲は山内上杉の出身。
よってそれ以後の佐竹は、血筋上は藤原氏。
但し名乗りはそれ以後も源氏。
178日本@名無史さん:2006/03/28(火) 11:15:06
山川の歴史散歩シリーズって、最近新版が出たんですか?
179日本@名無史さん:2006/03/28(火) 13:14:18
秀吉の朝鮮侵略で陶工を連れて行かれた朝鮮の陶磁器産業は壊滅したそうですが、
国交回復時にその捕虜は返還されなかったんですか?
180日本@名無史さん:2006/03/28(火) 13:36:32
日本の上級武士や公家は農地への徴税権は持っていても、西洋の貴族のように自ら農地を所有して経営することは余り無いのはどうしてでしょうか?
181日本@名無史さん:2006/03/28(火) 13:39:28
茶の湯文化全盛期の日本のほうが陶工にとっては稼ぎも待遇も良かったから
182日本@名無史さん:2006/03/28(火) 18:09:31
>>181
なるほど
どうせ同じことをするなら条件が良いところに残るのはおかしくありませんね
ありがとうございます
183日本@名無史さん:2006/03/28(火) 21:47:18
ネタにマジレス、カコワルイ。
184日本@名無史さん:2006/03/28(火) 23:49:53
萩焼を戦国大名が庇護したのは何で?
戦とは無関係な気がするのですが
185日本@名無史さん:2006/03/29(水) 05:15:51
>>184
重要な収入源だから。
特にその地でしかできないような特産物は高く売れた為。
金がないと戦はできない。
以上。
186日本@名無史さん:2006/03/29(水) 12:12:27
朝鮮通信使が初期のころ、何回か捕虜を返還してもらっている。
大名に気に入られた陶工は返してもらえなかった。
187日本@名無史さん:2006/03/29(水) 14:07:54
>>184
萩焼が始まったのは慶長年間。
この時期に「戦国大名」はもはや存在しない。
188日本@名無史さん:2006/03/29(水) 15:16:21
いまさらの質問なんですが、最近は護良親王を
「もりなが」ではなく「もりよし」と読むそうなんですが、
最近になって何か決定的な根拠が見つかったのでしょうか。
189日本@名無史さん:2006/03/29(水) 17:26:51
質問です。
細川忠興が、天下が徳川に定まった後で
黒田家と戦をしようとした件について、
いきさつなどを詳しく教えていただきたいのですが。
190日本@名無史さん:2006/03/29(水) 23:25:37
>>188
人名の読み方を決定する上で一番重要なのは、音声のみを聞き取って適当な漢字を当てたと見られる誤記を探すことです。
詳しくは知らないが、「護良」の場合は、「護義」とか「護吉」とかみたいな「もりよし」と読める誤記が発見されたからじゃないのかな?
191日本@名無史さん:2006/03/29(水) 23:52:07
>>189
細川が黒田の跡地に転封されたとき、その時期の関係で黒田が細川に渡すべき
年貢を黒田が持っていってしまったのを細川が渡せと言ったのに黒田がネコババ
しようとしたんで幕府に言いつけたんではなかったか。黒田が返したので一件
落着したと記憶する。
領地換えのときは、持って行っていいものと残して行かないといけないものの
決まりがややこしくある。

これでは詳しくないか。
192日本@名無史さん:2006/03/30(木) 00:03:14
>>190
西郷隆盛・従道兄弟と似た感じやね。
あ、これは相手が聞き間違えたのが定着した例か。
193日本@名無史さん:2006/03/30(木) 00:06:46
大河ドラマは偉大です
194日本@名無しさん:2006/03/30(木) 01:45:22
56 :日本@名無史さん :2005/08/15(月) 19:15:59
>>54
後村上天皇の諱「義良」を「儀義」と誤記した史料があるらしい。
「儀義」は「のりよし」とは読めるは「のりなが」「よしなが」とは読めない。
だから「護良」も「もりなが」ではなく「もりよし」だろう。
そういう説明を村松剛の「帝王後醍醐」で読んだぞ。

68 :日本@名無史さん :2005/08/21(日) 03:33:45
>>56
「良=ナガ」を主張したのは一条兼良

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1123501362/
195日本@名無史さん:2006/03/30(木) 10:08:58
>>190 >>194
ありがとうございます。
196日本@名無史さん:2006/03/30(木) 12:25:49
>>191
どうもありがとうございます!
当時の黒田家の当主は長政でいいのですよね?
197日本@名無史さん:2006/03/30(木) 22:35:04
徳川家光の正室・鷹司孝子(「中の丸殿」)と日野権大納言資勝とが
親戚関係にあったという話を聞き及びました。
ために対馬の御家騒動「柳川一件」にて、
宗対馬守義成(その夫人が日野権大納言資勝の娘)は
「お咎め無し」と相成ったとか。
したが、日野家と鷹司家との親戚関係が、よく分かりません。
もしや中の丸殿の生母が日野家なりしや?
識者の方々の御教示を願い上げます。
何卒よしなに。
198日本@名無しさん:2006/03/30(木) 23:52:07
>>197
二条晴良─鷹司信房
         ||──┬鷹司信尚
       岳星院 └孝子(本理院)

広橋国光┬日野輝資─資勝
      └広橋兼勝

鷹司信尚・孝子兄妹の母は岳星院。父は佐々成政、母は慈光院(村井貞勝女)です。
信房の母は位子女王(伏見宮貞敦親王女。少なくとも、この世代では日野家とは何の関係もありません。
一方の日野資勝も父が元々は権中納言広橋国光の長男で、彼らとは特に関係が無いようです。
199日本@名無史さん:2006/03/31(金) 08:43:07
誠に有り難う御座居ます。
なれば、鷹司家と日野家とは姻戚関係も無かったのでしょうか?

さて、新たに疑問の生じた事が御座居ます。
家光公の息子で将軍になり損なった甲府宰相・綱重の正室「隆崇院」
二條関白光平の姫(九條兼晴の養女)の名前は何というのでしょうか?
また彼女の没後、二條光平の養女として綱重の継室「紅玉院」
となったのは、山科言行の女(実名不詳)が正しいのでしょうか?
或いは中納言綾小路俊景の女(実名不詳)が正しいのでしょうか?
兄の家綱、弟の綱吉ともに正室(御台所)の名前が判明して居るのに、
(伏見宮貞清親王の姫「顕子」とか、鷹司左大臣教平の姫「信子」と)
綱重の場合は正配の名前が二人とも知られて居ないのでしょうか?
たんに日本史門外漢の私が無知なだけやも知れません。
識者の御教示を願う次第で御座居ます。
何卒宜敷く。

200日本@名無史さん:2006/03/31(金) 08:58:11
>>197>>199
マルチポストはやめなさい。
201日本@名無史さん:2006/03/31(金) 23:11:53
自治厨乙
202日本@名無史さん:2006/03/31(金) 23:28:09
粘着厨乙
203日本@名無史さん:2006/03/32(土) 00:38:14 BE:175428858-#
『公卿補任』がまとめられているサイトはないものですかねぇ…。

内大臣・右大臣・左大臣の一覧を作ろうと思っているのですが。
204日本@名無史さん:2006/03/32(土) 06:01:13
>>200
返答出来ぬ故に、左様な事を云うのぢゃな?

心の狭い人間よのう!!!

205日本@名無史さん:2006/03/32(土) 07:44:51
重ねて問いますれど、
家光公の息子で将軍になり損なった甲府宰相・綱重の正室「隆崇院」
二條関白光平の姫(九條兼晴の養女)の名前は何というのでしょうか?
また彼女の没後、二條光平の養女として綱重の継室「紅玉院」
となったのは、山科言行の女(実名不詳)が正しいのでしょうか?
或いは中納言綾小路俊景の女(実名不詳)が正しいのでしょうか?
兄の家綱、弟の綱吉ともに正室(御台所)の名前が判明して居るのに、
(伏見宮貞清親王の姫「顕子」とか、鷹司左大臣教平の姫「信子」と)
綱重の場合は正配の名前が二人とも知られて居ないのでしょうか?
たんに日本史門外漢の私が無知なだけやも知れません。
識者の御教示を願う次第で御座居ます。
何卒宜敷く。

同じ電脳を使った別人の書き込みと誤解しないで下さい。

206日本@名無史さん:2006/03/32(土) 08:34:29
重ねて問いますれど、
家光公の息子で将軍になり損なった甲府宰相・綱重の正室「隆崇院」
二條関白光平の姫(九條兼晴の養女)の名前は何というのでしょうか?
また彼女の没後、二條光平の養女として綱重の継室「紅玉院」
となったのは、山科言行の女(実名不詳)が正しいのでしょうか?
或いは中納言綾小路俊景の女(実名不詳)が正しいのでしょうか?
兄の家綱、弟の綱吉ともに正室(御台所)の名前が判明して居るのに、
(伏見宮貞清親王の姫「顕子」とか、鷹司左大臣教平の姫「信子」と)
綱重の場合は正配の名前が二人とも知られて居ないのでしょうか?
たんに日本史門外漢の私が無知なだけやも知れません。
識者の御教示を願う次第で御座居ます。
スレ違いやも知れませぬが、何卒宜敷く。

同じ電脳を使った別人の書き込みと誤解しないで下さい。

207日本@名無史さん:2006/03/32(土) 12:46:06
昭和天皇は、軍事作戦に口をはさんでいたんでしょうか?
208日本@名無史さん:2006/03/32(土) 13:17:01
>>203
図書館へ行って国史大系本を借りてくるのが一番早いと思うよ。
209日本@名無史さん:2006/03/32(土) 13:20:47
この中に一人、
図書館には何でもあると思っている人がいるぞ!
210日本@名無史さん:2006/03/32(土) 13:51:07
ある図書館まで行けや
211日本@名無史さん:2006/03/32(土) 15:06:06
図書館行けしか言えねえなら黙っとれや
212日本@名無史さん:2006/03/32(土) 15:29:52
図書館にも行けねぇならクソして寝ろや
213日本@名無史さん:2006/03/32(土) 15:48:22
日本語読めねえなら2ちゃん来んなや
214日本@名無史さん:2006/03/32(土) 16:02:28
質問です。
武蔵七党というのをご存知でしょうか?
鎌倉幕府成立以前より関東地方で武士団を形成していた桓武平氏の支流だと
伝えられていますよね。

つまりは、徳川幕府が出来るずっと前から、関東は桓武平氏の子孫たちの領土であったという
認識でよろしいのでしょうか?
源氏・・・摂津守、河内守、大和守、信濃守などなど
平氏・・・伊勢地方、関東地方(上総、下総守護)
藤原氏・・・奥州藤原氏?

というように見ていくと、元々平氏の子孫である武蔵七党は関東の大地主さんで
そこに後から江戸幕府が成立して、以来バブル崩壊まで延々彼らの土地の値段は上がり続けた
と考えてよろしいのでしょうか?
つまり、土地成金は桓武平氏の方が多いという結論でよろしいでしょうか?


215日本@名無史さん:2006/03/32(土) 16:07:59
>>209
基本的に何でもあるが?w
216日本@名無史さん:2006/03/32(土) 17:40:05
大学受験で日本史か世界史で迷ってるんですけど、両方とも知識ゼロなんですが、どちらがゼロから始めるのに適してますか?
217日本@名無史さん:2006/03/32(土) 17:48:31
世界史
218日本@名無史さん:2006/03/32(土) 17:51:36
理由を教えてください。
219日本@名無史さん:2006/03/32(土) 19:54:47
質問です。
平安時代に室内に置けるゴミ箱みたいなものはあったのでしょうか?
あったなら名称も教えていただけるとありがたいです。
220日本@名無史さん:2006/03/32(土) 20:40:26
>基本的に何でもあるが?w

おまい図書館行ったことないだろ?w
221日本@名無史さん:2006/03/32(土) 23:25:57
とりあえず、『公卿補任』が置いてないような図書館は使えない。
ってことでFA?
222日本@名無史さん:2006/03/32(土) 23:38:08
>>221
俺が以前勤めていた高校の図書室にすらあった。
市町村立でも中央図書館ならおいていないところは少ないと思うぞ。


223日本@名無史さん:2006/03/32(土) 23:42:16
>>222
俺の地元の自治体の図書館にもある。
でも、昔は貸出OKだったんだけど、俺が借りたまま半年くらい返却を延滞してたら、
そのうち館内閲覧専用になっちゃった。
224日本@名無史さん:2006/03/32(土) 23:52:09
>>203
応徳3年までで良ければ、ここにある。
ttp://www.isc.meiji.ac.jp/~yoshimu/database.html
225日本@名無史さん:2006/04/02(日) 00:22:19 BE:70171744-#
>>224
ありがとうございます。
それは、「公卿補任」でぐぐった際に
「ウェブアーカイブに書庫が残っている」とかそういう話があった
サイトから拾いました。
226日本@名無史さん:2006/04/02(日) 06:31:28
質問。
【女忍者というのは実在したのでしょうか。】

調べた感じでは

くノ一というのは 元々 忍者の女性をさす隠語で、くのいちの術と呼ばれる女を用いた術の事であって
女忍者の事ではない。実在はしなかった。

という意見や

くノ一と言われる女忍者の役目は体で敵を籠絡し、
情報を引き出したり相手を言うがままに操ったり味方の手引きをするというものでした

とか。

実在に関して
両極端な見解があるようなのですが
一体 どっちなんでしょう。
227日本@名無史さん:2006/04/02(日) 10:24:44
>>216
世界史板でも同じ質問してたみたいだけど。
あのね、日本史板とか世界史板とかって歴史が好きな人が群がってるの。
そんな人らは受験で苦労したり、どっちが良いか比較したりは基本的にしてないの。
好きだからやってる、好きだから選択。それだけ。
受験関係の板で聞いた方がまっとうな答え返ってくると思うよ。
228日本@名無史さん:2006/04/02(日) 10:52:23
ベッドタウンみたいな感じの最近できたばかりのような街だと
図書館すらなくて市民センターの一角だったりするがなー
自分がそうだから
周りもそうだと勘違いしてる奴って、なあ…w
229日本@名無史さん:2006/04/02(日) 11:18:06

一般の図書館の蔵書は広く浅く「基本的に何でもある」というのは
間違いではなかろう
日本史の高度な専門書は無くても、国史大系本くらいは置いてないか?
230日本@名無しさん:2006/04/02(日) 11:21:22
>>226
「くノ一」という言葉は近年の造語で、中世に存在していませんでした。
小説家山田風太郎が作ったという説があります。しかも「女忍者」という意味ではなく、
「女装術」の呼称、あるいは「女装した忍者」の呼称であるとも。
詳しくは山田らの小説研究本を参照してください。

では女忍者は実在したのかというと、実在しました。
幕府の忍者『御庭番』にも女性がいまして、主たる任務は大奥での要人警護でした。
シークレットポリスですね。戦国時代には女中勤めをして敵城主の情報を探ったり、
あるいは味方忍者の手引きをするという任務もあったかもしれません。

231日本@名無史さん:2006/04/02(日) 14:52:30
>>230
ありがたや ありがたや。
くノ一という呼び名はあとから出来たものだけど、女忍者自体は実在したという事ですね。
とってもすっきりしました。
本当に有難う御座いました。
232日本@名無史さん:2006/04/02(日) 15:16:19
>>229
うちの地元の自治体図書館にあったものはこのくらいかな。
国史大系本全部
国史大辞典等の歴史辞典類
群書類従・続群書類従全部
史料大成・続史料大成全部
系図纂要・寛政重修諸家譜
くらいかな?
233日本@名無史さん:2006/04/02(日) 17:24:34
>>220
お前、国立国会図書館も知らんのか?w
234日本@名無史さん:2006/04/02(日) 19:31:00
徳川の子孫ってなぜ増えてないの?

つまり、天皇家の子孫(例えば清和天皇の子孫、清和源氏や桓武天皇の子孫
桓武平氏)みたいに〜〜天皇が子供を48人作って、その子孫が繁栄した!

みたいな展開にならないのはなぜ?あとは、嵯峨天皇も子沢山だったね。
天下取ったのに、子孫作りまくらないのはなんででつか?

例えば、新しい苗字「花丸木氏」は第二代徳川秀忠の三男が、信濃に下って花丸木の地頭になり
花丸木を称したのが始まり。
現在も信濃地方の花丸木町では3人に一人が花丸木姓を名乗っている・・・・・

みたくさ?佐藤とか伊藤とか加藤とかは多すぎるくらい多いのに、天下を取った徳川氏の子孫が繁栄しないのは
おかしいと思う。
例えば、現在の日本はかなり危機的な状況にあるよね?
過去の歴史を見ると、過去天下を取った人や歴史上の偉人の子孫とかが颯爽と現れて、天下を平定する。
実は徳川の子孫なんだけど、野に下った無名の人物(劉邦みたいな)が政治家になって、大活躍して
「実は徳川の血を引いていたのじゃー」みたいな展開を期待してるのに、ならないのはなぜ?
235日本@名無史さん:2006/04/02(日) 19:35:26
大東亜戦争敗戦以前の日本の歴史教科書が読めるサイトってありませんか?
236日本@名無史さん:2006/04/02(日) 19:42:20
>>234だって徳川って将軍家、御三家、御三卿、慶喜家しか無いじゃん。
松平さんなら時々見るが。。。
237日本@名無史さん:2006/04/02(日) 19:47:50
>>236

例えば、6代目の御三家の(誰か知らないけど)五男坊とかが野に下って
ちょっとした地主とか、侍になって(花丸木姓)を名乗ったりはしないのかな?
で、その地方ではちょっとした名士で「我が家は徳川家ゆかりの家であるぞー」みたいな
238日本@名無史さん:2006/04/02(日) 21:23:45
>>234
・「〜〜の子孫じゃー」ってのは大体後世の贋作
・明治維新後は徳川の子孫称すよりも天皇の子孫称す方が人気
ってとこじゃねえの?
239日本@名無史さん:2006/04/02(日) 21:24:45
オレは少なくとも人生で2度も家康の子孫と
(周囲から呼ばれていた)人間に会ったことあるぞ。
両方とも松平姓の元旗本の家みたいだったけど。
年に1回霞会館に集まる元華族の徳川一門の人間だって数百人いるらしいから、
旗本クラス以上で身元が明白なレベルなら万単位はいるだろう。
怪しげなのも含めると、それよりさらに多かろう。それでも少ないというのなら勝手だけど。
240日本@名無史さん:2006/04/02(日) 21:39:04
>>239

彼らには「天下を取った徳川の子孫だ」っていういい意味で前向きなプライドはないのかな。
あるなら彼らが率先して世直しとか、日本の借金を返済する為の行動とかとってほしい。

個人的には新党結成して欲しいと願う。
241日本@名無史さん:2006/04/02(日) 21:45:15
天下の徳川の子孫が、小泉とか竹中とか奥田とか外資とかにこの日本を
やりたい放題されて、なぜ黙っているのだろうと思う。
日本嫌いなのかな?
242日本@名無史さん:2006/04/02(日) 23:59:02
>>241
おまえ>>89とかそのあたりの書き込みしてる奴だろ?
強引に現代の国の借金の問題に持っていってるのが見え見え。
こんなところに書き込むな。
243日本@名無史さん:2006/04/03(月) 00:55:55
藤堂高虎が徳川家康側に付いた理由を教えて下さい。
244日本@名無史さん:2006/04/03(月) 13:50:01
ときどき潜り戸のない門を見ますが、あるなしは意味があるのですか?
245日本@名無史さん:2006/04/03(月) 14:24:28
>>233
お前、国立国会図書館の資料を地方で利用しようとしたことないんだろw
246日本@名無史さん:2006/04/03(月) 17:32:16
ごめん東京在住だから。
まあ歴史を研究したいのなら、国会図書館(永田町)・史料編纂所(本郷三丁目)に片道電車賃300円以内くらいのところに住んでないと、それだけで負け組だね。
247日本@名無史さん:2006/04/03(月) 19:58:57
>>245
お前こそないだろ?w
248日本@名無史さん:2006/04/03(月) 20:00:24
松井秀インタビュー「武士道に例えられる、散っていく桜を見るのが好き」
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1144046828/l50

【MLB】松井秀、「WBC辞退は信念。突き進むことでファンが喜んでくれると信じている」
産経単独イ
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1144016505/916n-

【松井秀】「荒川フィーバー(笑)」 ★12
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1144015384/l50

【MLB】松井秀、中華料理店で「余計な運を使いたくない」とフォーチュンクッキーを拒否
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1144009041/l50

ただ今 松井祭り実施中
WBCでケガした川崎には同情する
金より名誉を取った大塚は武士
松井は悪代官ヤンキースオーナーにそちも悪よのうと言われる
越後屋
249日本@名無史さん:2006/04/03(月) 20:58:22
【質問】白洲次郎は天皇制廃止論者だった?
 スーパージャンプに掲載されている「王様の仕立て屋」という漫画で、有名な昭和天皇
からマッカーサーへの贈り物のシーンで「白洲自身は天皇制廃止論者だったが、公私を混
同せず、昭和天皇の面子を守った」との一文がありました。
 白洲次郎について書かれた、また彼自身が書いた本を読む限り、昭和天皇の退位、女性
天皇容認という考えは分かるのですが、天皇制廃止論者という点が伺える資料が見つかり
ません。漫画の資料提供には武相荘とあり、見当外れの資料に当たっているという訳でも
ないようなので、何かそのような資料があるのでしょうか?
250249:2006/04/03(月) 21:36:58
すみません、近代史板向けの質問でした。失礼しました。
251日本@名無史さん:2006/04/03(月) 23:03:30
図書館でもめてる奴らは図書館スレ作ってそこでやれ!
つーか板違い
252日本@名無史さん:2006/04/04(火) 08:13:07

松平本若とは?

江戸幕臣人名事典(江戸城多聞櫓文書を元にしたもの)に出てくる
松平本若とは誰でしょうか?
伯耆守養子とあるところから、たぶん本荘宗秀の養子ではないかと
推定していますが、確証がありません
本若の実名や実父も分かりましたらご教示ください
(安政六年一月十六日に没しています)
253日本@名無史さん:2006/04/04(火) 16:00:00
>>246
ひでえw 地方差別だw>負け組

>>247
ふーん
じゃ手続きのやり方言ってみれw
254日本@名無史さん:2006/04/04(火) 16:31:55
ネットの普及によってある程度は地方にいても研究できるようになったが
写本調査しようと思ったら、やはり東京に行かざるを得ない。
休暇中の研究者の編纂所・書陵部詣りが廃れることはないだろう。
255日本@名無史さん:2006/04/04(火) 17:46:43
>>247>>253
>>251で書かれた文章も読めないのか?
256日本@名無史さん:2006/04/04(火) 18:34:24
歴史学方法論のスレないですか?
過去スレにあるなら教えて下さい。
257日本@名無史さん:2006/04/04(火) 18:39:45
徳川家康の若い頃の通称次郎三郎という名前、
この種の名前時折目にしますが、これどういう意味なんですかね? 
五郎三郎とかいう風なの。次男の三番目の息子? あるいは三男の
次男? そういう風な意味は特別ないのでしょうか? 
あるいは、黒澤映画で七郎次とか六郎太という名前がでてきますが、
これは七郎次郎とか六郎太郎の略なのでしょうか?
258日本@名無史さん:2006/04/04(火) 18:47:28
竹島は日本固有の領土である。
259日本@名無史さん:2006/04/04(火) 18:48:59
竹島は日本固有の領土である。
260日本@名無史さん:2006/04/04(火) 18:57:38
日本は韓国固有の領土である。
261日本@名無史さん:2006/04/04(火) 18:59:58
韓国は中国固有の領土である。
262日本@名無史さん:2006/04/04(火) 19:57:13
めんどくせえな。
俺が仕切ってやるよ。

竹島・・・韓国
尖閣・・・日本
歯舞・色丹・国後・・・日本
択捉・・・ロシア

これで文句ねえだろ。
263日本@名無しさん:2006/04/04(火) 19:59:41
>>257
それを排行(輩行)名といいます。元々は中国大陸の習慣です。
中国大陸では大家族制のため、同じ世代(兄弟、従兄弟、又従兄弟…)の子、
これを族子といいますが、彼らに通し番号のような名を与える習慣がありました。
白ニ十二郎(白居易)という感じです。『水滸伝』の阮三兄弟もそうですね。

日本では中華式の諱が普及する平安時代以降、輩行名も使われ始めたのです。
(続く)




264263:2006/04/04(火) 20:03:32
>>257
>五郎三郎とかいう風なの。次男の三番目の息子? あるいは三男の次男?
>そういう風な意味は特別ないのでしょうか?

そういう意味です。
次郎三郎は「次郎の三郎」。次男坊である父の三男。
あくまで本来の意味としては、ですが。

>黒澤映画で七郎次とか六郎太という名前がでてきますが、
>これは七郎次郎とか六郎太郎の略なのでしょうか?

全くその通りです。
265263:2006/04/04(火) 20:13:27
あと太郎の子→小太郎、次郎の孫→孫次郎、三郎の曾孫→彦三郎という言い方や、
性と合体して略され、源太郎→源太、平次郎→平次/平二、橘三郎→橘三/吉三、
という言い方もありました。

頼朝の庶長兄である「悪源太義平」はご存知と思いますが、
これは悪(当世風にいえば、悪魔のように強い)+源+太(太郎の略)+義平という
パターンで、この頃には既に略されて使われていたのです。
中国では既にそうだったのですけれどね。

まあ名というのは自分や他人が呼びやすければどうでもいいところがあるのでして、
こういった本来の意味もいつの間にやら無視され適当に使われていきます。

数は今でも一応「長男なら太だろう」という命名をされるものですが、
これとても、撃墜王坂井三郎(実は次男で、祖父の名から三郎と付けられた)や、
イチロー(全く同パターン)のように、通字のように使われる場合も少なくないのです。
266日本@名無史さん:2006/04/04(火) 22:40:00
質問なんですが何年も前に血の付いた日本刀を見せてもらいました
うちは江戸時代から地主らしいんですがなぜこんなものがあるのでしょうか?
大昔は武士だったと聞いているのですが
武士だったとしても江戸時代には人を殺す事なんてなかったと思うんです
これまた昔ですがさびにさびた富本銭みたいな形のお金が放置されていました
私の母が若いころはちゃんと文字も書いてあったそうです
この手のお金は江戸時代にも出回っていたんでしょうか?
うちの家が少なくとも江戸時代の終わりごろにはもうあったのは間違いないのですが
それ以前がはよく分かりません
もしかしたらかなり歴史のある家なのではないでしょうか?

そのあたりの時代に詳しい方、教えていただけるとうれしいです


267日本@名無史さん:2006/04/04(火) 23:06:53
>>266

君は小学生かい? 年齢相応の回答をしてあげるから
268日本@名無史さん:2006/04/05(水) 01:21:29
血が付いたままの刀放置しておいて錆びないのでしょうか?
269世界史ヲタ:2006/04/05(水) 01:27:27
何で日本史ってこんなくだらねえこまごましたことまで覚えなきゃいけねえんだ?
肥料の歴史とかどうでもいい。
270日本@名無史さん:2006/04/05(水) 01:29:20


【韓国】 ワシントンの桜の原産地 日本ではなく済州島を知らせる運動
http://live22x.2ch.net/test/read.cgi/news/1144163121/

271日本@名無史さん:2006/04/05(水) 01:52:18
10世紀前半の武士として有名な平将門ですが、後世の絵では源平合戦のような大鎧姿や束帯姿で
描かれていますが、当時の束帯(官服)は聖徳太子の格好に近く、現在の皇族の結婚式で見られる
ものと全然違うそうですし、少数派とはいえ古墳時代の鎧姿で描いている歴史漫画がありました。
将門の鎧は源平合戦風、古墳時代風のどちらなんですか?
272日本@名無史さん:2006/04/05(水) 02:42:01
>>271
10世紀前半はいろんな意味でターニングポイントだから難しいな。
10世紀後半になるとおそらく現代人がイメージするような束帯とほとんど
変わらなくなるらしいが。
273日本@名無史さん:2006/04/05(水) 10:28:28
日本には家畜を去勢する技術がなく軍馬でも日清日露戦争まで去勢して
なかったそうですが、琉球には家畜を去勢する技術はあったのですか
274257:2006/04/05(水) 13:10:57
>>263

懇切丁寧な説明、ありがとうございます。長年の疑問が氷解いたしました。
275日本@名無史さん:2006/04/05(水) 23:24:06
信長、義経、秀吉、家康、近藤勇の殺した人間の数って大体何人位ですか?
276日本@名無しさん:2006/04/06(木) 00:14:02
>>271
兜神社で発掘してみますか?(笑

>>273
日本における動物愛護の倫理観
http://www.human.nagoya-u.ac.jp/~iseda/works/animal5.html
によると、「家畜の去勢はほとんど行われず、したがって品種改良もほとんど
おこなわれてこなかった」のだそうですが、沖繩では…

個人的な話になりますが、私の叔父がトカラヤギを手に入れたとき、
「乳首が不規則に分化しているだろ?これでは乳を搾取するのに向かない。
肉を取るしかない」という話をしてくれました。

島のように狭い土地でも傍若無人に殖えてくれるヤギですらこの有様。
ましてや大型の家畜に対して、去勢という非生産的な優生方法は定着した
のでしょうか?専門家ではないのでこれ以上はコメントしませんが、個人
的には甚だ疑問です。
277日本@名無史さん:2006/04/06(木) 02:33:43
日本国憲法制定以前に、大日本帝国憲法と変わらないという理由で
GHQに却下されたりしていたそうですが、
制定後すぐに日本国憲法第九章の「改正」に則って、大日本帝国憲法と
ほぼ同じ内容の憲法にすればよかったのにどうしてやらなかったんですか?
278日本@名無史さん:2006/04/06(木) 02:51:30
各国からの援助が打ち切られるから。
援助がなくなってもやっていける頃には憲法をわざわざ改正させる必要性が薄れた上に左翼が力をつけたから。
279日本@名無史さん:2006/04/06(木) 05:17:57
質問です
日本史質問F&Qに間違いがそのまま表記されているのですが、改訂はしないのでしょうか。

李朝を改革しようとしていた金玉均を支援していましたが、金は李朝により凌遅刑(往来で群集が肉をこそぎ落とし、ときにはその肉を食べる刑)で殺されます。

という箇所。「福沢諭吉って征韓論を唱えてましたっけ?」という項目です
280日本@名無史さん:2006/04/06(木) 15:22:31
向こうの掲示板で言ったほうがいい
281日本@名無史さん:2006/04/06(木) 20:17:07
与謝野晶子って、旅順包囲戦の時に作った詩が左翼には絶賛されてるけど
一方、与謝野晶子の夫の鉄幹は、爆弾三勇士とか褒め称えてますけど
あの夫婦って左翼から絶賛されるほどの反戦主義者なの?
282日本@名無史さん:2006/04/06(木) 20:28:51
あれは反戦というより厭戦。
283日本@名無史さん:2006/04/06(木) 20:58:48
>>281
「君死にたまうことなかれ」は右から叩かれたので左が評価したと言う意味合いが強いみたい。
284日本@名無史さん:2006/04/06(木) 23:50:23
どうでも良いけど日本昔話の曲にあわせて歌えるよな>「君死にたまうことなかれ」
もしもしかめよでも可。
285日本@名無史さん:2006/04/07(金) 00:19:24
>>281
兄貴が天才で学者になったので、弟が死んだら
実家の和菓子屋継ぐ人間がいなくて困るってだけの話。
左翼ではないが、ゴリゴリのフェミニストではある。>与謝野晶子
286日本@名無史さん:2006/04/07(金) 01:05:25
「弟が無事に帰ってくるなら旅順要塞なんて落ちなくていい」っていう詩だから。
中身を見れば、反戦じゃあない、むしろ不敬だけど不問に付された。
287日本@名無史さん:2006/04/07(金) 02:03:16
文明開化のときの絵のタイトルを教えてください。
それぞれ擬人化されているのですが「古いもの」を「あたらしいもの」が
追い掛け回している、そんな風刺画のような絵です。
例えば行灯をガス灯が追いかけてる。
よろしくお願いします。どうしても思い出せないんです。
288日本@名無史さん:2006/04/07(金) 04:46:30
日独防共協定は独ソ不可侵条約が締結された時に破棄されたのですか?
289日本@名無史さん:2006/04/07(金) 08:00:52
帰化人の出自は、『新撰姓氏録』に記されている。しかし、その内容は事実の探求と言うより先祖の格付けというべきもので、
あまり当てにならない。呉の孫権、魏の曹丕・曹植、漢の献帝などが登場するため
、一部の三国志ファンには需要があるかもしれない。念のため、
孫権の末裔=牟佐村主・蜂田薬師、孫皓の末裔=茨田勝、曹丕の末裔=高向村主、
曹植の末裔=広階連・平松連・河原連・野上連・筑紫史、魏司空王昶の末裔=山田宿禰、漢献帝の末裔=永野忌寸
、青州刺史劉・の末裔=高村宿禰、公孫淵の末裔=常世連である。
「村主」「薬師」「連」「忌寸」「宿禰」などは除いて考えよう。読者の姓はあっただろうか。
残念ながら、諸葛孔明の末裔を称する者はいなかった。
http://f25.aaa.livedoor.jp/~zflag/mirrors/kiryaku/kankokutei.html

これってやはり詐称ですか?
蜀のような内陸部の人がいないのは地形的にあってるかも
290日本@名無史さん:2006/04/07(金) 08:42:55
秦氏が始皇帝の末裔とか・・・
まぁ、信じられない話でも無いけど、うそくさいな。
徐福の末裔は天皇家だけどね。
291日本@名無史さん:2006/04/07(金) 12:00:23
>>287
自己解決しました。
昇斎一景「開化因循興廃鏡」でした。
292日本@名無史さん:2006/04/07(金) 17:00:08
>>273
馬の場合去勢するのはたいして難しい事ではないらしいよ。
タマを引っ張って根元を切る!そして切った根元を3分ぐらいはさんでおく
するとすぐに傷口がくっつくらしい、ちなみにサオは切らない。
簡単な事なので技術的なことではなくその他の理由で去勢しなかったのでは?
去勢についてはJRAの獣医さんに話を聞きました。
293日本@名無史さん:2006/04/07(金) 22:29:10
>>284
単に七五調だからってことじゃないの?
294日本@名無史さん:2006/04/07(金) 23:37:09
ポツダム宣言は有条件降状だったって本当?
295日本@名無史さん:2006/04/08(土) 00:43:24
y
296日本@名無史さん:2006/04/08(土) 00:46:13
当時、多数の無学な日本庶民は、「無条件なんだって。よかった、よかった」
と思ったらしい。それと同じ意味の質問かい↑w
297日本@名無史さん:2006/04/08(土) 05:00:48
ポツダム宣言という「条件」にしたがって、「日本政府」は降伏しました。
その条件の中に「日本陸海軍は連合国に『無条件で降伏する』」というのがありました。
もちろん兵士個人の生存権までは否定していないというか否定しても無駄なので、実際降伏後一週間ほど攻めてくるソ連軍相手に戦闘が行われています。
298日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:31:01
すいません。質問があります。
歴史学の基本認識について聞きたいのですが、

裁判で推定無罪という原則があります。
状況証拠だけでは、事実と認定されない。
人間の証言、あるいは指紋などの物的証拠によってのみ有罪とされる
原則です。

歴史学と裁判は検証方法が似ていますが、歴史学ではやはりこの推定
無罪のように、明確に史料が残っていないものは「無かった」ことになるの
でしょうか?

学術論文などでは、直接的な史料は発見できなかったが、状況証拠だけ
で事実と立証したりすることはできないのですか?

たとえば、南京虐殺論争で、「殺したのはすべてベンイ兵。非武装の民
間人を殺したという証拠はない。よって、南京虐殺はなかった」と言う意見と、
「当時の混乱した状況から、完全に虐殺がなかったと言うことは考えにく
い。どんな規律ある軍隊だって、不届きものの独りぐらいはいただろう。
虐殺行為が全くなかったなどと言うことは考えられない。個人的な暴行
行為はあっただろう」と言う意見は、歴史学的にはどちらが有利と見なさ
れるんですか?
299日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:08:44
●韓国政府がスポンサーで韓国人アフォ諜報部員・ヴォケ工作員が日本世論の分断工作してる2チャンネル
  
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300日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:57:08
>298
どちらが有利などというものがあるなら
あんなにもめたりしません
301日本@名無史さん:2006/04/09(日) 00:58:04
歴史学と裁判はちがう
302日本@名無史さん:2006/04/09(日) 01:25:40
>>298
「日本軍将兵が(個人的な犯罪行為である)民間人殺害をまったくやっていない」
「日本軍が組織的に処刑した便衣兵の中に民間人はまったく混じっていなかった」などという主張をしている人は居ません。

存在しない意見にしか反論できないのはどうかと思います。
303日本@名無しさん:2006/04/09(日) 01:54:12
>>298
歴史学の世界において、「推定されるだけでは無罪(=存在しなかった)」と
いう概念は、あるともないといえます。

直接証明し得る「物的証拠」はないが、間接的に証明し得る「状況証拠」だけは
あるというものを歴史学が扱うことはあります。しかしそれは、陰謀やご落胤の
風説など、比較的限られたテーマです。

例えば、一休禅師が後小松天皇のご落胤であるという伝説は、禅師の付き人の
日誌が見つかり、その検証から「少なくとも、ご落胤と見なされたのはおそらく
事実」とされています。「状況証拠」が確実なものと見なされたケースで、
これは仰る「推定無罪」ではありませんね。

しかしながらこれは、信憑性の高低を述べるだけに留まり、教育の場などで
明言できるレベルの「有罪判決」ではありません。そういう意味で「推定無罪」
はあるともいえます。

さて、例に挙げられました南京虐殺論争ですが、軍の命令書などの「直接証拠」
はもちろん、地元証言などの「状況証拠」において信憑性の薄いものが極めて
多いという現状を鑑みますと、私は「虐殺」か「事件」か「騒動」かという「判決」を
下すことすらできないと考えています。

「状況証拠」の信憑性すらなかったら、「推定無罪」以前の話だからです。
304日本@名無史さん:2006/04/09(日) 06:59:17
判決!ガリガリ君の刑に処す!
305日本@名無史さん:2006/04/09(日) 10:12:46
マルチポストかよ
306日本@名無史さん:2006/04/09(日) 21:41:28
太平洋戦争の時に日本側から宣戦したのはアメリカ以外にどことどこですか?
307日本@名無しさん:2006/04/09(日) 22:02:11
>>306
中華民国、イギリス、オランダ、オーストラリアに宣戦布告していたはず。
あとは知らない。
308日本@名無史さん:2006/04/10(月) 00:44:33
>>307
オランダは、向こうからしてきたんだ。
309日本@名無史さん:2006/04/10(月) 00:54:42
>>307
オーストラリアは英国の連邦国家なんで参戦しているだけ。
310日本@名無史さん:2006/04/10(月) 01:20:30
弁慶の出生体重知りませんか?
相当でかかったらしいのですが。
311日本@名無史さん:2006/04/10(月) 01:29:34
>>310
弁慶は伝説のなかの人ですから詳しい経歴は不明です。
312日本@名無史さん:2006/04/10(月) 01:34:22
てゆうか、出生体重わかってる歴史上の人物そういないw
313日本@名無史さん:2006/04/10(月) 10:13:20
>>298
歴史学は裁判じゃないから蓋然性があれば史実と仮説していいんです。
歴史は全て仮説ですから。
証拠絶対なんて言い出したら歴史教科書のほとんどのページは空欄になりますよ。
南京大虐殺無かった派の愚かなところはこれを意図的に無視していることです。
314日本@名無史さん:2006/04/10(月) 11:58:28
南京大虐殺論争の愚かなところは、中国は捏造を平気でおこなうという事実を意図的に無視していることです。

近年では中国某雑誌編集者とかが物議を醸しましたね。
私は教師から↓を逆にして教えられましたし(;^_^A アセアセ・・・

飢餓地獄にあえぐ幾千万の中国・河南省の民衆を救った日本軍の真実を中国人気作家・劉震雲著
竹内稔監修・劉燕子訳『温故1942』1,600円 
中国で映画化進行中の話題作。ISBN4-924779-92-X
http://www.book-map.com/chihou/sinkann/korekara/korekara2006_03.htm
315日本@名無史さん:2006/04/10(月) 12:57:49
オリンピック迄もつのかもたないのかと一部で言われている中共の
今の政権が崩壊するまで、誰にも本当のところは分からないんジャマイカ>南京虐殺








つまり何が言いたいのかと言うと

板違いだボケェ学問板でやるな!

つーこと
次の質問をどうぞ
316日本@名無史さん:2006/04/10(月) 13:00:02
むしろ、台湾の国民党の方が詳しく知ってないか?「本当に南京であった事」は。

では、次の話題です。
317日本@名無史さん:2006/04/10(月) 13:17:16
南京大虐殺無かった派は馬鹿。

では、次の話題です。
318日本@名無史さん:2006/04/10(月) 13:36:26
いつから日本で豚を飼い始めたのですか?
江戸時代の武士の日記に、風邪ひいたから豚鍋食ったという記述があるそうですが。
319日本@名無史さん:2006/04/10(月) 13:41:32
中国と付き合い始めた頃に豚の一匹くらいくれただろうから、有史以来でいいんじゃね。
320日本@名無史さん:2006/04/10(月) 16:22:01
■コラム:日本での始まり(養豚)
日本では縄文時代後期からイノシシを食料にしていたが、
養豚が始まったのは7世紀で、大陸からの移住者が伝えたものである。
しかし仏教伝来により肉食が禁止され、
沖縄以外では養豚が行われなくなった。
17世紀のオランダ貿易をきっかけに、
長崎の出島で養豚がはじまるが、
養豚が全国に広まったのは明治以降である。
<写真:豚の解体(幕末:長崎の出島)>
ttp://trg.affrc.go.jp/v-museum/history_text/history03_t/h03t_00.html

その後の歴史はこっちを参照
ttp://www.saiboku.co.jp/museum/college/rekishi/rekishi-1.html
321日本@名無史さん:2006/04/10(月) 16:22:36
…というわけで結論としては「ぐぐれ、小僧」
322日本@名無史さん:2006/04/10(月) 19:53:20
この前二条城行ったんだけど、あそこって江戸時代からそのまま残ってるんだよね?
台所はあったけどトイレと風呂が見当たらなかった。
将軍って風呂とかトイレどうしてたの?
あと、もしあったんなら中はどんな感じなの?画像あったらうれp
323日本@名無史さん:2006/04/10(月) 20:09:10
>殿様用トイレ

和室風の部屋に木製「おまる」
324日本@名無史さん:2006/04/11(火) 19:39:02
日本で有名な歴史学者は誰ですか?個人的なベスト5をお願いします。
また一般向けの書物でもいいものを書いている人はどんな人でしょう。



325日本@名無史さん:2006/04/11(火) 20:50:04
>>324

考古・古代・中世・近世・近代・現代?
326日本@名無史さん:2006/04/11(火) 22:53:41
天皇が籾殻を播くといった行事をはじめたのは
いつ頃から続いてる習慣なのでしょうか?
327日本@名無史さん:2006/04/11(火) 22:55:56
質問です。

いつの時代だったかいつだったか忘れましたが、年配者が人を殺しても
無罪放免になるのはいつの何という時代で、なんという法律でしたか?
ググっても分かりませんでした。

律令時代 無罪 殺人 年配 とかでググっても見当違いのサイトばかりで…
328日本@名無しさん:2006/04/12(水) 01:01:17
>>326
新嘗祭のことをいってるの?
皇極紀元年(642年)に「天皇新嘗をきこしめす。是日に皇子大臣各自ら新嘗しき」と
あって、これが記録に残る新嘗祭の初出。
329日本@名無史さん:2006/04/12(水) 01:50:38
>327
閏刑のことを聞いているの?



まさかとは思うけど、某TV番組のアノ発言かな・・・
330元日本海はまなす:2006/04/12(水) 10:12:59
板違いかもしれませんが、質問です。
先日、三角駅付近で「ジャガタラ友の会」建立の「友愛の碑」というのをみつけました。
どうしてここにあるのか、是非知りたいです。
名前からして、インドネシア、太平洋戦争と関係ありそうなので軍板で
質問してみましたが、どうも畑違いのようです。
ネット検索でも、若干の書籍があるようですが、詳細は不明です。

くわしい方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします。
331日本@名無史さん:2006/04/12(水) 14:37:05
板違い
世界史板か軍板で聞けよ
332日本@名無史さん:2006/04/12(水) 14:47:52
2ch、ウイルス攻撃受けているみたいだ。
みなさん、気をつけて。
333日本@名無史さん:2006/04/12(水) 15:02:26
>>326
歴史はない。国民統治の政策の一環。
天皇が「稲刈り」とかするようになったのは、昭和天皇から。
奥さんが養蚕やるのも昭和から。
一部明治から。
334日本@名無史さん:2006/04/12(水) 16:41:41
源、平の姓はこれから貰えることはあるんですか?
335日本@名無史さん:2006/04/12(水) 18:03:18
現法で賜氏制はない。よってもはや氏姓はもらうことはなくなりました。
336日本@名無史さん:2006/04/12(水) 21:05:02
>>331
日本史じゃなくてなんだというのか?
337日本@名無史さん:2006/04/12(水) 21:51:00
>>333

すまん。けっして煽っている訳では無いのだがソースは?
たまにはその手の馬鹿本を読んでみたいのでなw
338日本@名無史さん:2006/04/13(木) 08:01:47
>>330
インドネシア独立のために戦ったPETA(独立義勇軍)に、敗戦後の日本軍人が多く参加したからさ。
339日本@名無史さん:2006/04/13(木) 14:21:43
>>337
くぐればあるかもよ。ビックスの「昭和天皇」に載っている。
もしかして古代以来田植えと稲刈りをしてたと思ってた?
340日本@名無史さん:2006/04/13(木) 14:25:22
>インドネシア独立のために戦ったPETA(独立義勇軍)に、
>敗戦後の日本軍人が多く参加したからさ。

参加したのは一部の脱走兵。きわめて少数。
正規日本軍は、敗戦後は連合軍の委託で、
独立運動を抑圧していた。
ちなみにこの少数の日本兵は、
脱走兵なので、軍人遺族恩給がもらえない。
341日本@名無史さん:2006/04/13(木) 21:00:33
>339
ああビックスか、ビックスね・・・
アノ本は最後まで漏れには読めなかったのだが・・・

ちなみにビックスは農本主義について何を語っているの?
342日本@名無史さん:2006/04/13(木) 21:09:01
>>340
2千人が少数かね?
343日本@名無史さん:2006/04/13(木) 21:57:29
公家は江戸時代とか何して暮らしてたんですか?
344日本@名無史さん:2006/04/13(木) 22:34:55
>>342
インドネシアに何万人日本兵がいたと思ってんの?
345日本@名無史さん:2006/04/13(木) 22:47:36
>>344
だからって「極めて少数」ってのは矮小化し過ぎだろ?
346日本@名無史さん:2006/04/13(木) 23:06:21
2kは少数だろ
347日本@名無史さん:2006/04/13(木) 23:58:34
>>330
地元の図書館で県史なり市町村史なりを調べてみてはどうだろう?
348日本@名無史さん:2006/04/14(金) 15:06:42
>>341
ビックスのあの本は、読みにくいけど、
漏れ的にはだんだん面白くなってきた。

天皇の田植えや稲刈りは、国民統治への心理イメージ的アプローチだね
349日本@名無史さん:2006/04/14(金) 15:27:25
インドネシアにいた日本軍は、何万人くらいなの?
350日本@名無史さん:2006/04/14(金) 17:34:57
大学入試の上のレベルくらいまで日本史をやりたいのですがどうすれば
効率よく覚えられますか?簡単な本からはじめたほうがいいのでしょうか?
351日本@名無史さん:2006/04/14(金) 17:36:50
」」」」」」
352日本@名無史さん:2006/04/14(金) 20:15:36
>>350
大学受験板で聞いた方が良いと思う。
353日本@名無史さん:2006/04/15(土) 09:06:54
>>350
日本史の教科書でオナニーできるような奴らに何を求めてるんだ……
354日本@名無史さん:2006/04/15(土) 20:22:03
十二単って、一枚一枚だけで着用する事は可能ですか?
355日本@名無史さん:2006/04/15(土) 20:52:31
今の着物とは違うから一枚だけで帯締めて外を歩けるかと言ったらNOだよ。

十二単の一枚一枚は薄っぺらいから寒いよ。
356日本@名無史さん:2006/04/16(日) 16:09:06
このサイトに幕末の有名志士達が集合してる写真ってのがあるんですけど、
本物ですか?

明治天皇 坂本竜馬 勝海舟 伊藤博文 西郷隆盛 大熊重信 高杉晋作 桂小五郎 大久保利通が一緒に写っている写真なんですけど。

http://www.asyura2.com/0401/up1/source/1435.jpg
http://www.asyura2.com/0401/up1/source/1436.jpg
http://asyura2.com/0406/idletalk10/msg/783.html
357日本@名無史さん:2006/04/16(日) 17:45:37
>>356

吹くも吹いたり、大ボラですwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
358日本@名無史さん:2006/04/16(日) 18:20:31
>>357
もとのURLこっちでした
http://asyura2.com/0406/idletalk10/msg/503.html

ありがとうございます
これって一体なんでしょう?
http://asyura2.com/0406/idletalk10/msg/783.html
ここにあるように、英語塾『敬遠館』の若者達ってやつなんですか?
適当作ったコラですかねえ?w
まあ、本当だったらとっくにニュースになってると思ったんですが、やっぱりガセですか・・・・
359日本@名無しさん:2006/04/16(日) 20:48:04
187 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2006/04/14(金) 14:14:29 ID:WYpYVJO/0
>>165
通称「フルベッキ写真」のことだな。
ググってみたら直ぐに出てくると思う。

明治二年に、致遠館の学生(佐賀藩士たち)との送別時に撮影されたという説が有力。
真中の外人はオランダ人宣教師で到遠館学長を務めたフルベッキ博士とその息子。
大隈重信はこのフルベッキの英語の弟子で、致遠館を創設しフルベッキを迎え入れている。
あと岩倉、中野、江副もここにいて、少なくとも彼らは本物と考えられている。

この致遠館は後に早稲田大学となる。
360日本@名無史さん:2006/04/16(日) 21:12:19
>>359
ありがとうございました
361日本@名無史さん:2006/04/16(日) 21:48:48
京都・大徳寺の歴代住持のことを調べる、サイトはないでしょうか?
362日本@名無史さん:2006/04/16(日) 21:58:26
平家物語に出てくる四人について語ろう  (世界史板)
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1143020696/

このスレから来たのですが、平家物語に異朝の人物として出てくる趙高、王莽、朱异、禄山は、日本においてはどのような認知度だったのでしょうか。
中国の逆臣といえば、この四人だというように有名だったのでしょうか。
平曲にも出てくるぐらいだから、聞いた人はあの人物かと連想できるくらいの人物ではあったのでしょうか。
363日本@名無史さん:2006/04/16(日) 22:30:14
>>353
朝廷の仕事をしているか、女とねんごろしているか・・・。
364サダヲ:2006/04/17(月) 01:14:16
>>356
その写真を見る限り、みんなアゴがスゴイ発達してるな
365日本@名無史さん:2006/04/17(月) 10:39:48
過疎だなぁ
366日本@名無史さん:2006/04/17(月) 16:31:27
諸外国でもそうなのですが、誰かについての記録を史書から消すって意味があることなんでしょうか?
生きてる間に名前を汚く呼びかえるというのは、嫌がらせとして意味がある気がします。
しかし、自分がうまく謀殺した相手とかいちいち歴史から消す努力って無駄な気がします。
代がかわったらなおさらだし。相手が死んでいるのにそんなことしてどうなるんでしょう。

思想統制するために検閲して公式文書を書き換えるだけが本当の理由なんでしょうか?
367日本@名無しさん:2006/04/17(月) 17:53:53
>>366
政府に限った事ではないが…
まず初めに、神政一致の政府や権力より権威が重い組織にとっては、
そういう「不心得者」が存在すること自体、権威に障る。
「そもそも、そんな不心得者を使っていたのは何処の誰だ。手前の度量
人徳が無かった所為ではないか」と言われたら、貴方でも立つ瀬がなかろう。
今時の「監督責任がドウタラコウタラ」いうだけでは済まない。
だから「初めから(組織内には)いなかったことにする」ために、公文書
から抹殺する。

第二に、現代社会とは違って、彼らは一族郎党単位で動く生活をしている。
場合によるが、その不心得者を殺すだけではすまなくなることもある。
「謀反人の一族子孫」などということになれば、彼らの一族は未来永劫日陰者。
将来、彼らの一族の中から採用したい者がいても体面上採用しづらいし、
また彼らの一族から圧迫をネタに報復されるかもしれない。
日本の小藩ならともかく、中国ではこういった一族郎党が何百何千人と
いうのも珍しくない。だから下手をうてば、洒落にならない事態にもなりえる。

そうこう考えていくと、荒立てたくないならば「なかったことにする」のが
一番となる。それもこれも、全ては権威が優先される世界であるが故の
処置なんだ。
368日本@名無史さん:2006/04/17(月) 23:14:45
武蔵7党ってなんなのでしょうか?
本当に全員桓武天皇の子孫なのでしょうか?

それにしては関東における名門の彼らの影が薄いように感じます。

彼らは、関東にいた渡来人と婚姻関係を持って完全に庶民に同化したという
話を聞きますがこれは事実なのでしょうか?
桓武天皇の子孫達がなぜ歴史の表舞台に隠れてしまったのでしょうか?
369日本@名無史さん:2006/04/18(火) 00:00:22
>>368

武蔵七党が皆平氏というわけではない。もういちど基礎から
勉強しなおしたほうがよい
370366:2006/04/18(火) 08:37:45
>>367
監督責任ですか・・・なるほど、考えたことありませんでした。
レスありがとうございました。

昔の基準というのが分からないので、歴史のこういう小さいところでつまづいてしまいます。
さらりと流されるだけなので。

また何かあったら教えてください。
371日本@名無史さん:2006/04/18(火) 08:43:06
横山党:小野姓
猪俣党:小野姓
児玉党:有道姓
丹党:多治比姓
野与党:平姓
村山党:平姓
西党:日奉姓
372日本@名無しさん:2006/04/18(火) 11:37:29
>>370
あとは、記録の希少性を支配階級がどう認識していたかという面も考えなくてはならない。
東西を問わず、記録できる(=読み書きができる)人間は王侯貴族か坊主くらいのもの。
記録媒体(=紙)自体もかなり貴重なもの。階級間の流動性がない、学習するのは大変、
記録媒体もないとなれば、権威あるものが情報操作できる素地が生まれる、抹消も
その意味が大いにあるのだということが、自ずからわかろうかとおもう。


373日本@名無史さん:2006/04/18(火) 17:28:51
吉宗は享保の改革で定免法を施行しましたが、どうして定免法を施行すると年貢率が引き上げられるんでしょうか?
374日本@名無史さん:2006/04/20(木) 14:33:14
江戸時代の農民が、税(年貢)を収めてたのは知っていますが、
商人などは無税だったのですか?
375日本@名無史さん:2006/04/20(木) 17:18:16
まさか。そんな心優しい支配者層がいたら感動するね。

京都の古い家は間口が狭くて、奥が長くて広い家が多いと聞いたことがないか?
間口の広さに応じて税金を支払わされたから、って町民も税金払ってるって事。
鯨を取ると税金取られたって藩の話も聞いたことあるし、特定の商取引に対して取るってのも定番。
江戸時代は中央集権国家じゃないんだから、それぞれバラバラ。
376日本@名無史さん:2006/04/20(木) 17:21:56
時代劇では、税に苦しんでるのは、百姓ばかりだね。
商人が重税に喘いでるシーンも見てみたいッス。
377日本@名無史さん:2006/04/20(木) 17:39:19
>>376
貸金踏み倒された商人も可哀想だよ!
ヒドイ話いっぱいあるよ!
378日本@名無史さん:2006/04/20(木) 17:50:24
>>376
たしかに、代官と農民が組んで、やさしい商人をいぢめるなんていうのは時代劇では見た事ないなw
つーか、時代劇板でも行けよw
379日本@名無史さん:2006/04/21(金) 18:01:53
真田幸村の遺品の村正って結局どこに行ったんですか?
どこかの商家に預けられたって聞いた気がするんですが…。
380日本@名無史さん:2006/04/21(金) 18:03:21
 
381日本@名無史さん:2006/04/22(土) 01:34:37
あそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそん
そんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんで
んであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであ
であそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそ
あそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそん
そんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんで
んであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであ
であそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそ
あそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそん
そんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんで
んであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであ
であそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそ
あそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそん
そんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんで
んであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであそんであ
382日本@名無史さん:2006/04/23(日) 13:24:53
戦前戦中の日本で、一般人がおおっぴらに

「戦艦建造反対。これからは航空機と潜水艦と駆逐艦の時代だ。」とか
「徴兵制を停止して軍隊は全員志願者のみで構成すべきだ。」とか
「陸軍省と海軍省を廃止して国防省に一括統合すべきだ。」とか
「38式歩兵銃は時代遅れ。自動小銃をさっさと量産配備しろや。」などと

主張したら憲兵や特高警察に捕まる(当時において違法な思想とみなされる)でしょうか?

383日本@名無史さん:2006/04/23(日) 15:58:02
>>382
ならん
384日本@名無史さん:2006/04/23(日) 16:03:04
最前線に送り込まれるくらいのもんだな
385日本@名無しさん:2006/04/23(日) 16:27:33
>>382
それらは思想のうちに入らん。
386日本@名無史さん:2006/04/23(日) 22:24:04
「戦前」に「今の時点でもう戦艦を作るべきではない」という主張をしたら下手すると外患誘致だな、まあ病院に放り込まれるだけですむと思うが。
387日本@名無史さん:2006/04/23(日) 22:38:29
弥生時代、北海道と沖縄は縄文のままだったのだろうか。
388382:2006/04/24(月) 11:01:24
皆さんレスありがとうございました。良く分かりました。
389日本@名無史さん:2006/04/24(月) 13:33:51
>>386
ん? 航空主兵論者が海軍にいませんでしたか?
390日本@名無史さん:2006/04/24(月) 14:55:54
>>389

一般人が言ったらと言うのと、山本五十六でさえ「あれほど戦艦が役立たずになっていた」とは気づいてなかった。
「もうすぐ空母と航空機が戦艦を越える日が来る」と信じていたけど「実はもう来ていた」とは思ってなかったわけだ。
391日本@名無しさん:2006/04/24(月) 15:52:02
>>390
アメリカ軍だって、これからは航空機の時代だなんて思っていたわけではないんだがな。
その話は、どちらかというと日本軍の独り勝手な思い込み。戦争中に現実になっただけ。
392日本@名無史さん:2006/04/24(月) 19:30:37
莞爾の影響か?
393日本@名無史さん:2006/04/24(月) 20:03:08
江戸時代の商人の屋号について聞きたいんですけど、
○○屋ってつけますよね。越後屋みたいに。
こういう屋号って今の企業の商標登録みたいに、同じ名前で
同じ地区に複数越後屋があるということはあったんですか?
越後屋といえば、少なくとも江戸では、三井越後屋のことを
指したんですか?
394日本@名無史さん:2006/04/24(月) 22:33:07
>>391
だから、「海戦の主戦力にして、海軍の象徴である戦艦を無用であるかのように言うのは反日工作だ」とまじめにとられて外患誘致か、
「夢見がちの頭が可哀想な人だな」と思われて病院送りかだろうなといってるのだが。
395日本@名無史さん:2006/04/24(月) 23:51:12
>>393
三河屋といえば酒屋とかあったから、あっちこちにあったんじゃね。
396日本@名無史さん:2006/04/26(水) 01:36:47
>>391
米軍は1940年には欧州戦線の戦訓から航空機の重要性を認識しているようです。
ttp://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/rekisi/gunkan_vs2.htm
この時期にはすでに空軍の独立が検討されていますね。

>>394
昭和15年に発売された一般向け航空雑誌に似たような意見が掲載されています。
http://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/rekisi/gunkan_vs.htm
艦隊と航空機のどちらが優勢かを一般人(当時の軍オタ)同士が熱く議論していますが
どうやら外患誘致罪にも病院送りにもなっていないようですw

それ以前に、外患誘致罪とは外国の軍を故意に自国内に誘引する企てを為した者、あるいは
実際に行ったものに対して適用されるわけで、日本軍の軍政に関係も影響力も無い一般市民が
航空主戦・戦艦不要論を唱えたところで逮捕のしようがないですね。

また、かなり先鋭的な意見ではありましたが、戦艦不要論(空母拡充論)は海軍の航空主戦論者の
中にはありました。
以上より戦艦不要論が当時でも非常に危険で異常な思想では無かったことが伺えます。
397日本@名無史さん:2006/04/26(水) 01:52:03
>>387
弥生文化の伝播遺跡は北海道南部にもあります。
縄文文化はハワイ諸島にまで伝播しています。
398日本@名無史さん:2006/04/26(水) 02:00:10
>>391->>396
移動してください。板違いです。

日本近代史
http://academy4.2ch.net/history2/
399日本@名無史さん:2006/04/26(水) 13:30:47
>>396
学問板でオタク趣味丸出しの議論やんないでくれないか?
400日本@名無史さん:2006/04/26(水) 15:52:40
携帯の雑学辞書ダウンロードしたらこんなの出ました

江戸時代には貸しふんどし屋があった


↑これ本当?
401日本@名無史さん:2006/04/26(水) 18:59:17
>>399
これも立派な学問と理解できないバカ
しかも、何でお前の一存でやめなきゃいけないんだかw
厨房は引っ込んでろ。

>>400
本当。
いまでも、貸衣装屋の中に、下着も貸している店もあるにはある。
402日本@名無史さん:2006/04/26(水) 19:11:20
>>401
厨房丸出しの文章乙。

>>400
本当。
今のような布団を自前で持てたのは
当時は裕福層だけ。
403日本@名無史さん:2006/04/26(水) 19:43:11
404日本@名無史さん:2006/04/26(水) 22:47:01
>>402
貸しふんどし屋のことを聞いているのに、なぜ布団なのかね?
さすが厨房はイタい脳をしているな。
40 名前: 京大文学部史学専攻 投稿日: 2000/10/31(火) 03:04
 はじめに、かつて隠岐に流されていった人々の生活について詳しく説明して行きましょう。
まず、島流しにあうと一番初めに行なわれるのが焼印です。かつての高貴な人々でも、島から逃げ出さない様にするために
家畜と同様に焼印が施されていました。体の目立つところに施されるために、ほとんどの場合腕に焼印を施されていました。
右利きの人の場合は左腕に、左利きの人の場合は右腕にされるのが一般的だった様です。なぜ、利き腕の反対側にされるかというと
、焼印をして約7〜10日は腕を包帯のようなもので巻いて火傷が可能しないようにしていたためです。
ご飯を食べる時にお箸が持てるようにと、せめてもの気配りといえます。
 包帯が取れるとその腕には、見事なまでに焼きついた模様が出てくるのです。
その焼印には「島流者之証」と書いてあり、非常に広範囲にわたって焼き印が施されているため
それを見たものは、誰もが驚くでしょう。服などによって隠れるといえば隠れるのですが、
この姿をあえて隠していたというものは、ほとんどいなかったというような文献も見つかっています。
 それでも、逃亡を企てる者がいた場合は次の手段をとります。
その手段とは、非常に嘘のような話ですが現代で言う「モヒカン頭」のような髪型
にされてしまうのです。尚且つ、当時隠岐の海産物としても有名だった「オゴノリ」
を使った赤色の染料を用いて、そのモヒカン頭を染めてしまっていたのです。こうする事により
まるでニワトリのような格好になってしまい、非常に目立ってしまいます。


 次回、島流しをしていたものの食事についてお話します。
406日本@名無史さん:2006/04/27(木) 10:21:55
天皇に焼印はしてません
407日本@名無史さん:2006/04/28(金) 11:52:42
木の芽どきっていうのか、五月病っていうのか、あちこちのスレに変なのが出てきた。
408日本@名無史さん:2006/04/28(金) 19:14:54
>>407
」」」」」
409日本@名無史さん:2006/04/29(土) 20:52:47
普請、小普請、作事って具体的にはナニするの?
土木・建築っぽいけど‥‥
410日本@名無しさん:2006/04/30(日) 01:51:46
>>409
普請を読み下すと「普(あまね)ク請(こ)フ」。
元々は仏教界の言葉でありまして、寺院や施設の工事をさせる為に人々を
募ること、あるいは彼らの作業…ここから建設工事一般や建築物を指すように
なりました。
ピラミッドや神殿など、洋の東西を問わず大規模建設工事はこのような宗教的
行為として始まったのでして、日本もまた、例外ではないというわけです。

小普請とは、施設の営繕。つまりメンテナンスのこと。
台風で瓦が飛んだり地震で壁が崩れたりなどしたときの修理です。

作事は普請と似ていますが、普請が主として地割、整地、掘、塀、城や水路といった
土木工事主体のものであるのに対し、作事は建物、つまり建築主体の概念です。
411日本@名無史さん:2006/04/30(日) 02:52:18
>ピラミッドや神殿など、洋の東西を問わず大規模建設工事はこのような宗教的
>行為として始まったのでして

ピラミッドが宗教と関わりがあるかどうかは誰にも分からない。
神殿などの大規模建設工事が、洋の東西を問わず宗教的行為として始まったと
初心者スレで回答するのは不適格。
412日本@名無史さん:2006/04/30(日) 04:44:20
なんか勉強しなおせって怒られそうだけど、気になるので質問します。

薩長が掲げた尊皇攘夷の攘夷って「外国を追い出せ、開国するな」って思想だと理解してるんですが、
実際は薩長こそ外国の大砲とか使ってますし、維新後の明治政府では開国政策になってますよね。
この矛盾をどう整理すればいいんでしょう。
413日本@名無史さん:2006/04/30(日) 04:51:19
尊皇も攘夷も反幕のための掛け声、あと薩摩も長州も欧米に仕掛けてぼろぼろにされて目がさめたというのもある。
414日本@名無史さん:2006/04/30(日) 04:52:27
書き忘れ

西洋の文明の力がないと結局日本は植民地になるから、てのはわかってます。
討幕派が「尊皇攘夷」を標榜し続けて不都合は生じなかったのかとか、
攘夷から開国への転換がいつごろどのように起こったのかとか、
ガチガチの開国完全否定派はどうしたのかって感じのことを知りたいです。
415日本@名無史さん:2006/04/30(日) 04:58:40
ガチガチの開国否定論者など、イギリスフランスの大砲に吹き飛ばされたか、運がよければ政治的に悪ければ文字通り命が絶たれる。
日本人の手で。
416日本@名無史さん:2006/04/30(日) 05:01:04
つまり大政奉還ごろまでには、ガチの攘夷論者なんてまったくいなくなってたと
417日本@名無史さん:2006/04/30(日) 05:15:54
結局、幕末の動乱って自民党と民主党が大まかな政策は同じなのに
けんかしてるようなもんだったんでしょうかねぇ。
418171:2006/04/30(日) 07:37:39
津軽大乱ってなにがあったのですか?
419日本@名無史さん:2006/04/30(日) 09:24:00
縄文人の末裔が、坂上田村麻呂に滅ぼされた「蝦夷」なんですか?
420日本@名無史さん:2006/04/30(日) 14:44:25
>>416
幕末当時の攘夷の定義ってのを厳密に理解しているわけではないが、
今でも、日本人の大多数が開国の意味をどれだけ理解しているかは
疑問ではなかろうか。まだまだ日本人は鎖国的という話は出たり入
ったりしている。大雑把にいえば「隠れ攘夷」は多いと言える。
本心隠して日和見ってのもある。第三国人とかいって顰蹙かった人
もいた。
ちょっとずれるが、島国根性とかも根は通じているみたいに見える。
421日本@名無史さん:2006/04/30(日) 15:56:38
>ちょっとずれるが、島国根性とかも根は通じているみたいに見える。

かなりずれているキガス
422日本@名無史さん:2006/04/30(日) 18:39:00
日本は閉鎖された島国根性ではない。
海で外国と長年結ばれていた。
423日本@名無史さん:2006/04/30(日) 19:42:01
戦国時代の男色について質問なんですが、武田信玄は高坂、織田信長は前田利家、森蘭丸と衆道関係にあったとよく聞きますが、それぞれ何か証拠となるような物が残ってるんでしょうか?
特に乱丸と信長はよく聞く割りに、それを示す史料を見たことがありません。ご存じの方あればご教授ください(´・ω・`)
424日本@名無史さん:2006/04/30(日) 21:08:21
>>423
武田信玄は、ラブレターが残っている。
425日本@名無史さん:2006/04/30(日) 21:17:42
ラブレターというか浮気の言い訳手紙な。
426日本@名無史さん:2006/05/01(月) 07:37:18
>>423
信長と蘭丸は、「死ぬまで一緒」と「見目麗しい小姓」というだからどうしたという状況証拠のみ。
427日本@名無史さん:2006/05/01(月) 23:50:59
>>393
越後屋のあとに人の名前をつければ区別できる
428日本@名無史さん:2006/05/01(月) 23:55:02
各藩によって差はあるでしょうが、藩士全員の禄米(要するに人件費)って、その国の石高の何割ぐらいになるんでしょうか?
429日本@名無史さん:2006/05/02(火) 02:03:43
遣唐使が日本にもたらしたもの、もたらそうとしたものが知りたくなりました。
これらのことに詳しい本があれば教えてください。
430日本@名無史さん:2006/05/02(火) 09:55:58
>>428
4割程度
431日本@名無史さん:2006/05/02(火) 13:31:11
明治末期から昭和初期にかけての、学生服についての質問です。
男子制服が詰襟になったのはいつごろからですか?
また、女子制服が袴(洋装の時代もあった?)からセーラー服になったのは、
いつごろからなのでしょうか?
ご存知の方、どうか教えて下さい。よろしくお願いいたします。
432日本@名無史さん:2006/05/02(火) 15:27:50
女子制服は昭和初期からセーラーに移行
…という話をなぜか着物関係の本で読んだ記憶がw

男子制服は知らない

こっちの方がいい回答がかえってくるかも
【矢絣・セーラー・ブレザー】日本女学生の制服史
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1132458720/l50
433日本@名無史さん:2006/05/02(火) 17:37:23
>>431
詳しくは知らないが、
軍国主義に日本が染まった昭和10年代頃。
学校が軍人養成機関になってしまったので
征服もそれに合わせられた。
434431:2006/05/02(火) 22:58:39
>>432
>>433
ありがとう!
ここの板のひとはやさしいなあ。
435日本@名無史さん:2006/05/03(水) 07:52:35
>>426
雑談だが、この冬、カミさんが孫と寝たら暖かかったと言っていた。
小姓にしろ側女にしろ同衾は意外に暖房代わりではなかったかと思ったよ。

戦場では湯たんぽもムリだろうし。

興はない話だが。
436日本@名無史さん:2006/05/03(水) 09:24:02
教科書の資料集にのってる風刺画、人物画とかたくさん載ってるサイトとかってないですかね?
437日本@名無史さん:2006/05/03(水) 12:13:31
>>435
焼いた石を抱くんだよ
それが懐石の始まり。
438日本@名無史さん:2006/05/03(水) 14:34:56
かいせき くわい― 0 【懐石】

〔禅院で温石(おんじやく)を懐中して空腹をしのいだことから、
一時の空腹しのぎ程度の軽い料理の意〕茶席で、茶の前に出す簡単な食事。茶懐石。

439日本@名無史さん:2006/05/03(水) 14:38:58
懐石【かいせき】
茶の湯の料理。茶の湯の発展とともに,茶会で供される料理にもわびの思想が影響を与え,
本膳料理を省略した一汁三菜の料理が生れた。
「私心記」に<数寄がゝり>の語がみえ,<茶の湯風>という新しい料理のスタイルが意識されている。
ロドリゲスの「日本教会史」にも,無駄なものを省いた実質的な料理と賞された。
特徴は,一汁というように膳が一つで,料理が順次運ばれる給仕法,すべて食べ切れる質と量にある。
懐石の文字は会席の当て字であり,
「南方続録」(元禄年間)に,禅僧がひもじさを耐えるのに温石おんじゃくを懐に抱くところから,
質素な食事の謂で用いると記されるのが初見で,一般に流布するのは江戸時代末からである。
440日本@名無しさん:2006/05/03(水) 16:42:05
>>435
北の国では、そういう意味あいが特に強い。
自然環境が厳しいため、前近代の狩猟生活に
おいては妻に(病気・妊娠などの)不具合が
生じたりすると「妻貸し」などするわけだ。
441435:2006/05/03(水) 19:34:58
>>440
妻貸しという言葉があるの?

子供の頃、「カカア貸しても鎌貸すな」ってのを聞いた覚えがある。
鎌とか鋸とか大事な道具は貸すもんじゃねえと。万年筆もかな。
442日本@名無しさん:2006/05/03(水) 23:31:46
>>441
「妻貸し」はイヌイット(エスキモー)の習慣。
でもシベリアでも北海道でも前近代時代は似たような生活環境、
生活習慣であって。こういった北国では離婚率も高いらしい。
443435:2006/05/04(木) 05:10:53
>>442
ヘエー。面白い。南国は夜這いで北国は妻貸しか。
冥土の土産になった。
444日本@名無史さん:2006/05/04(木) 11:02:10
この板とは何の関係も無い与太話だが
イタリアでは二十世紀後半まで略奪婚が合法だった

まぁ横溝の小説にもその種の因習が描写されているから
お国柄云云とは言えんが・・・
445日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:02:09
>>444
関係ないならチラシの裏でやってくんない?
446日本@名無史さん:2006/05/05(金) 13:24:16
聯合艦隊はGFと略されるようですが、何の意味でしょうか?
ジェネラル・フリート?
447日本@名無史さん:2006/05/05(金) 13:25:41
ぐらんど
448日本@名無史さん:2006/05/05(金) 15:53:00
>>447
それはいわゆる俗説。
本当は1889年に常備艦隊が新編されたときのgyobiのG。
たまたま英国でも「Grand Fleet(大編成の艦隊)という言葉があったので、
後付でそっちの意味にした。
もし英訳説が本当なのだったら、本来だったら聨合艦隊はCombined Fleetと英訳されるのだから、CFでなきゃおかしいでしょ?

もっとも「Great Fleet」(英国で言うところの本国艦隊)の略称という説もあるけどね。
449日本@名無史さん:2006/05/05(金) 16:25:35
江戸時代の幕府で、大名でない、旗本の出世の最高キャリアはどこまででしょうか?
450日本@名無史さん:2006/05/05(金) 16:36:12
大老
451日本@名無史さん:2006/05/05(金) 21:22:18
↑大名でないとなれんのでは?
452日本@名無史さん:2006/05/05(金) 22:36:20
>448
>本当は1889年に常備艦隊が新編されたときのgyobiのG
西海艦隊の立場は・・・
453日本@名無史さん:2006/05/05(金) 22:47:58
レポートの宿題で、同じ時代に生きた二人の著名な人物を挙げ
その人物の具体的経歴や時代背景をふまえたうえで、両名の相関関係について
のべなさい、というものがでているのですが、いまいち人物を絞りきれず困っています。
わかりやすく、簡単にまとめられる有名な人物がいたら教えてください、お願いします。
454日本@名無史さん:2006/05/05(金) 22:53:23
西郷と大久保、伊藤と山県、西園寺と桂そして近衛と東条
455日本@名無史さん:2006/05/05(金) 22:59:40
>>454
ありがとうございます、西郷と大久保はちょうど今調べていたところでした。
おすすめみたいなのでこの人たちを調べてみようと思います。ありがとうございます!
456日本@名無史さん:2006/05/06(土) 00:26:04
>>453
足利尊氏と楠木正成
457日本@名無史さん:2006/05/06(土) 06:08:07
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/index.html
↑ここの歴史は酷い。
歴史検証の手順を踏んでない。
最初から結論の決まった事実に結びつける為に、極めて限定的で浅い知識をもって、
単一の事象のみを取り上げ歴史を論じている。
突っ込みどころがありすぎる。数学や科学みたいなやり方と言えば良いだろうか?
こいつは理系だと思う。むしろ中韓礼讃か?本当に日本人か?
最初から可能性と言ふ物を排除している。
何が言いたいかと言うと、アナール的じゃないし、そこが浅いし、一次データから解かる事実に無理がある。
何が聞きたいかと言うと、何か腑に落ちないのでこれ、もしくはこいつは何なのか教えてください。
感想でも良いです。
458日本@名無史さん:2006/05/06(土) 06:16:14
age
459日本@名無史さん:2006/05/06(土) 13:16:15
山窩に関する研究例で信頼性の高いものはありますか?
460日本@名無史さん:2006/05/06(土) 15:19:26
>>453
真田信之と真田幸村
461日本@名無史さん:2006/05/06(土) 17:12:09
質問があります!

戦国時代の、兜の装飾物として用いられた "立物" はなぜあんなに長いのでしょうか?
ハンデでしょうか?
462日本@名無史さん:2006/05/06(土) 17:34:20
戦場で目立たなきゃ
手柄を認めてもらえないっしょ。
戦国武士ってけっこう現実的っすよ。
463sage:2006/05/06(土) 19:21:47
平正衡の父親の名前なんですか??(・∀・)ノ
464日本@名無史さん:2006/05/07(日) 01:56:25
伊勢平氏の正盛の父の正衡なら、その父親は正度だが。
465日本@名無史さん:2006/05/07(日) 07:03:53
>>461
ガムダムに出てくるシャーが目立つようにワザと
自分の機体を赤く塗るのと通ずるものがあるような気がする。

ここより、アニメの板で訊いたほうが
こじゃれた回答が得られるような気がする。

そうしなさい、君、ぜひそうしなさい。
466日本@名無史さん:2006/05/07(日) 13:21:29
>>465
お前が巣に戻れ
お前以外の誰もアニメの話はしてないぞ
467日本@名無史さん:2006/05/07(日) 13:52:28
>>466
えらそういうなら、
答えに煽り入れるんだけじゃなくて、
答えも入れろよ。
言っておくが、ググレは答えじゃないぞ(笑
468日本@名無史さん:2006/05/07(日) 14:04:34
>>466
ありがとうございます☆ちなみに貞盛から正度ってつながりますか??(・∀・)ノ
469日本@名無史さん:2006/05/07(日) 14:12:24
貞盛−維衡−正度
470日本@名無史さん:2006/05/07(日) 14:18:02
正度は貞盛の孫。
471日本@名無史さん:2006/05/07(日) 14:30:55
以前から疑問に思っていたのですが、戦で相手の本拠地などを制圧した場合、
なんで火を掛けたりするんでしょうか?
相手に本拠地を奪回されないために火を掛けて焼け野原にするのならわかりますが、
安土城(自分が使えばいいのに)とか、一乗谷とか、その必要がなさそうな
城や都市を灰燼に帰しているのがよくわかりません。
472461:2006/05/07(日) 14:44:33
>>462
>>465
なるほど、目立つっていうポイントは共通ですね。
この辺が答えなのかな、と思いました。
でも、あの、立物が頭についていたら、
動作極端に鈍って手柄を立てるどころじゃないような気がしました。
473日本@名無史さん:2006/05/07(日) 20:57:23
>>467
質問だが
アニメの話を誰もしていないのに、
お前がいきなりアニメの板で聞けといっていることは妥当なのか?

あと俺はとっくに回答は462で済ませてる。
474日本@名無史さん:2006/05/07(日) 22:03:52
>>471
火攻めをしたら消火し切れなかったという可能性もあります。

安土は明智が逃げるときに火を放ったという説と信長の息子が残敵掃討中に火を使ったら飛び火したという説とありますが。

(個人的には明智方が焼いたなら信長の息子の話が出るわけ無く、信長の馬鹿息子のボケのせいならあの次男ならやりそうな上に明智方に罪擦り付けそうと思う)
475日本@名無史さん:2006/05/07(日) 22:41:20
江戸時代の江戸と上方の金銀比価についての質問です。
銀高値になると、上方で仕入れたものを江戸で売り捌く商人が困ってしまうということがイマイチよくわかりません。
幕末の外国との金銀比価の違いによって生じた門題については理解できたのですが・・・。
476 【history:1】 :2006/05/07(日) 23:32:22 BE:87714645-#
シャーって誰だ。
シャアならわかるが。

世界史板だとわからんでもないが。
477日本@名無史さん:2006/05/08(月) 00:07:04
>471
攻略前なら戦術的効果(伏兵の排除と射線の確保)
敵・味方双方への心理効果。

攻略後なら戦場の異常心理と地域住民への威圧(支配者の変更を印象づける)
妄想(根拠なし)→戦後の建設特需を狙った将と商人の結託

先日から熱が出てるのでちと暴走(苦笑

>474
その安土城炎上説は根拠が希薄なのでは?
それと三戦板ならともかく信雄を馬鹿息子と決め付けるのは如何なものか。
信雄の場合相手にしたのが伊賀(局地戦では、名だたる名将が敗退している)や秀吉・家康。
もっとも宣教師の評価は全くアテにならないので優秀と言える根拠は何も無いのだが・・・
478日本@名無史さん:2006/05/08(月) 01:18:34
だって、親父が長男とともに死んでしまった、という状況で、戦国の世だからきちんと能力があるものが継ぐべきと担ぎ出されたのが三男てどういうことよw
479日本@名無史さん:2006/05/08(月) 01:22:24
信孝は光秀討伐戦の総大将ですから
480日本@名無史さん:2006/05/08(月) 23:41:54
>>461 の質問を世界史板で訊いてきた。

1 手柄や功績を挙げた時に誰かわかりやすくする。
2 身分が高いから、殺さないで捕虜にしてね。
3 タクティカル・アドバンテージはなくデザイン・見た目。
4 装飾用ですよ。
481日本@名無史さん:2006/05/09(火) 03:38:14
マルチの相手はしてられんが一応初心者スレなので
>>480
1+3が正解
3と4の違いはワカラン
2は日本史板とは関係無い
482日本@名無史さん:2006/05/09(火) 07:24:08
マルチって同じ質問をいっせいにあっちこっちに書くことを言うんじゃなかったけ?

こいつは、こっちで書いて、その答えをあっちに持っていって、その答えをこっちに持ってきてしているので
ある意味、文化を運ぶ遣唐使のような奴ではないだろうか?
483日本@名無史さん:2006/05/09(火) 07:55:12
ちなみに多くの場合、前立は和紙やら麻布なんぞで造られ、
あまり丈夫には造らない。むしろ壊れる事が期待されている。
前立がこんなになるほど働きましたが何か? というように
戦功アピールに用いるのである。参考まで。
484日本@名無史さん:2006/05/09(火) 22:17:42
>>483
おぉ、ありがとうございます。
これはためになった!
いやまじで言っている!
他にもあればぜひ教えてほしい。
485日本@名無史さん:2006/05/09(火) 23:22:28
最近のマルチは態度がでかいね・・・

>478
本能寺直前には家康から苦情(不安)を言われて、四国渡海前だというのに住吉へ追いやられ
本能寺後には直属の兵すらまとめられないという、統率力(管理能力)の無い信孝を信雄より能力があるというならその根拠を。

つーか、祭り上げるなら次男と三男のどちらが扱いやすいのかってレベルの話じゃないのかな?それ。

付け加えると(能力主義者として知られる)信長が、死の直前迄一貫して信雄>信孝の評価だったわけだが?
繰り返しになるが、小説のイメージで日本史板に書き込むのはヤメレ
486日本@名無史さん:2006/05/09(火) 23:35:31
誰に向かって話してんだこいつ?
このスレで真のマルチはいなかったと思う。
遣唐使はいたが(W
487日本@名無史さん:2006/05/10(水) 01:25:08
さっき本読んでて出てきたんだけど、『長巻』ってナニ?
刀とも長刀(なぎなた)とも違うみたいだけど…
488日本@名無史さん:2006/05/10(水) 06:35:38
489日本@名無史さん:2006/05/10(水) 20:32:21
ただ一人、
遣唐使などという理屈が通ると思っている
アフォがいる件について
490日本@名無史さん:2006/05/10(水) 21:41:58
>>489
やめとけスルー汁
491日本@名無史さん:2006/05/11(木) 10:08:00
ケント牛ですが質問です。

1.重慶爆撃は事実なのですか?
2.重慶爆撃で、一般市民が死傷したのは事実なのですか?
3.重慶爆撃で、日本軍の無差別爆撃により中国の一般市民が死傷したのは本当ですか?
4.重慶爆撃は無差別爆撃なのか?
5.重慶爆撃での死傷者数は、誇張されたり歪曲が見られるのか?
6.重慶爆撃を行った日本軍は、擁護できるのでしょうか?
492日本@名無史さん:2006/05/11(木) 13:19:11
板違いです。
近代史板か軍事板へどうぞ。
向こうの板で、日本史板から誘導されたと一言付け加えてください。
493日本@名無史さん:2006/05/11(木) 14:44:20
軍事板では答えられる人がいませんでした。
近代史板では人がいませんでした。
494日本@名無史さん:2006/05/11(木) 14:59:41
だ・か・ら相手にするなと言っているのに・・・
495日本@名無史さん:2006/05/11(木) 21:41:16
歴史上の人物が漫画やアニメなどで妖怪や魔物の化身として描かれたりすることが
ありますが、こういう描写は彼らの子孫から抗議されたりはしないのでしょうか?
テロップで「この物語はフィクションでうんぬん」と入れるだけで済むんだったら
なんでもありになってしまうと思うんですが。
496 株主【history:1/725=0.13(%)】 :2006/05/11(木) 22:34:10 BE:105257164-#
重慶爆撃はwikipediaからも削除されたんだよな。
極東板か中国板ででも訊けばいいのに。
497日本@名無史さん:2006/05/11(木) 22:36:48
>>475
金は江戸を中心とする関東・東国経済圏で、銀は京・大阪を中心とする上方・西国経済圏で通用していたから。
498日本@名無史さん:2006/05/11(木) 22:45:32
>>496

このマルチ君は世界史板では日本史板から誘導されたと書いているが、
このスレや他のマルチスレで世界史板に誘導した香具師はいない。

日本近代史板には行く気が無いようだ。(IDがあると都合が悪いのかな?)

最初からここに居座るのが目的なんジャマイカ?
499日本@名無史さん:2006/05/12(金) 04:11:01
>>495
>なんでもありになってしまうと思うんですが
なんでもありですが、それが?
500日本@名無史さん:2006/05/12(金) 14:59:33
>>495
あのね ぼうや
おとなはね
そんなげてものふぃくしょんのなかのじんぶつぞうなんてまにうけないだけの
「ふんべつ」というものをもっているんだよ
わかった?
501日本@名無史さん:2006/05/12(金) 21:38:33
信長の子孫なんて、いちいち切れていたらフィギュアどころじゃないなw
502日本@名無史さん:2006/05/12(金) 22:14:19
先日質問した495です。確かに現実から掛け離れすぎているおかげで
かえってフィクションとして割り切れるんでしょうね。
そう言われれば、むしろ明治大正あたりの人物が歴史物で描かれる方が
よっぽどクレームが付くのかも知れません。
503 株主【history:1/731=0.13(%)】 :2006/05/12(金) 23:14:18 BE:78943436-#
そんなクレームなんて聞いたことないけどなぁ。
504日本@名無史さん:2006/05/12(金) 23:55:44
「大気物」って誰のことですか・・・?
検索かけてもわかりませんorz
505日本@名無史さん:2006/05/13(土) 00:27:17
つ「大気者」
506日本@名無史さん:2006/05/13(土) 07:53:36
>>503
昔光栄に、「うちのご先祖様はこんな能力値じゃない」ってクレーム来たことあるらしいが。
今手元にないけど『覇王伝事典』にそんなこと書いてあった。
507日本@名無史さん:2006/05/13(土) 09:40:40
生類憐れみの例を公布した背景には、かぶき者が犬を食べる習慣を止めさせることで
かぶき者を一掃するのが目的だと聞いたのですが本当ですか?
508日本@名無史さん:2006/05/13(土) 12:19:05
つ[ハングル板]

509日本@名無史さん:2006/05/13(土) 19:51:00
かつて琉球が独立国だったころ、中国から銀印をもらってたそうですが、
この「銀印」は現存しているのでしょうか?
「漢委奴國王」の金印の写真は図鑑や資料集でよく見ますが
琉球の銀印は見たことがありませんので。
510日本@名無史さん:2006/05/13(土) 19:54:43
「もし」ですが、関が原で西軍が勝っていたら、
どうなっていましたか???
秀頼が幕府を開いていたのですか???
それとも、再び戦国時代でしょうか???
511日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:49:49
学問としての日本史は「もし」とか「if」ということは語ってはいけないお約束になっています。
無かったことを妄想するのは科学とか学問じゃなくなってしまうので。
三戦史板の方が関連スレがいっぱいあるので、そちらで聞いた方がいいんじゃないかな。
512日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:55:57
薩摩藩の事がよく分かりません。

8月18日の政変で京都朝廷から尊攘を追い出す
(この時点は幕府よりか天皇よりなのか鎖国なのか開国なのか)
禁門の変の時も8月18日の政変の時と同じ考えですよね

しかし薩長連合を結び幕府に対抗する姿勢を固める
何が原因で方針が変わったのかどの時点まで幕府寄りだったのか
など分かりません。どなたか分かりやすくお願いします。


513日本@名無史さん:2006/05/14(日) 04:59:24
たとえば、武田信玄は信濃守だったですよね。これは朝廷が任命してる訳ですよね?
それなのになぜ、家臣の秋山信友が伯耆守とか馬場信春が美濃守とかを名乗って
るんでしょう?
他にも大名の家臣で〜守とかなってた武将はいると思うけど、誰が任命
しているんですか?

信長は天下人になってるから、その家臣の光秀が日向守だったり
秀吉が筑前守だったりするのは解らないでもないんだけど。
514日本@名無史さん:2006/05/14(日) 11:59:05
戦国時代には実際に官職を持って いなくても 「私称」として勝手に通称に官職名を用いることがあったから
515日本@名無史さん:2006/05/14(日) 12:42:05
>>513
戦国時代の武士の官職名は、朝廷(正式な手続きだと幕府経由ですけど)から貰うものと
勝手に名乗っているものがあります。

幕府の力が強かったころは、、自称はともかく正式な官職に任じられるのは幕府とのコネとか
家の格式によって(○○家の当主はXX守とか)ランクが決まってましたが
国時代になると官位のインフレも進み、大名に限らず国人クラスでも朝廷や幕府に献金すれば結構もらえました。

例えば、まだ安芸の小領主で大内氏の配下だった毛利元就なんかも正式に官位貰っています。





516日本@名無史さん:2006/05/14(日) 13:28:32
>>512
このあたりの本は読んだ?
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4404029950/qid=1147580417/sr=8-1/
ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-1329152-2876203
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4642033939/qid=1147580507/sr=8-1/
ef=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-1329152-2876203

続きは日本近代史板に新スレを建てた方がいいかと思う。
幕末は板違いのようなので。
517日本@名無史さん:2006/05/14(日) 16:00:18
伊達政宗は、朝鮮出兵で、ノルマ以上の兵を出したそうですが、
いかほどですか?5千人ぐらい?兵糧大変そう・・・
518日本@名無史さん:2006/05/14(日) 16:10:05
3k
519日本@名無史さん:2006/05/14(日) 21:20:09
>>515
勝手に名乗る場合の基準みたいなのは合ったのでしょうか?
主君が名乗っているのよりえらいのは名乗らないとか。
勝手に名乗るにしても、主君の許しがいるとか。
520513:2006/05/14(日) 21:20:41
>>514
>>515
ご教授ありがとうございます。やはり勝手に名乗っていたのですね。
あれから少し自分でも調べて、信玄の信濃守もはじめは勝手に名乗っていて、
後に正式に任命されたと知りました。
521日本@名無史さん:2006/05/14(日) 23:05:17
>>515
そりゃ毛利は勢力は小さくても鎌倉以来の名門御家人だから、無位無官は
あり得ないでしょ。

>>519
主君との力関係にもよるだろう。
あとはどっちの官途のほうが格上とかいうのも、戦国期だと官位相当制が
有名無実になっているから、結構曖昧な面がある。
位階的には大して高くなくても、何故か武家に好まれる官途なんかもあったり
するし。
522 株主【history:1/735=0.13(%)】 :2006/05/15(月) 00:01:15 BE:105257838-#
っ[[武家官位]]
523日本@名無史さん:2006/05/15(月) 01:14:50
友人に聞かれて自分も分からなかったので質問します。
古墳時代で、倭の五王はなぜ中国王朝に朝貢したのでしょうか?
524日本@名無史さん:2006/05/15(月) 01:25:42
>>521
鎌倉時代、六波羅の評定衆だったころはともかく、室町以降の毛利氏は正式に官職につけるような勢力だったとは
思えませんけど。
毛利元就は有名武将だから例にあげたけど、他にも肥後の名和氏とか薩摩の種子島氏とか一郡も支配できたかどうか
あやしいような武士が官位貰ってます。
525日本@名無史さん:2006/05/15(月) 01:45:22
>>523
中国王朝の先進文化を摂取するとともに、皇帝から
高い官位・爵号を認めてもらい冊封関係を結ぶことで、
朝鮮諸国に対して政治的な優位に立とうとしたから。

朝鮮側の事情も絡んでくるが、細かくなるので省略。
526日本@名無史さん:2006/05/15(月) 01:49:07
>>525
ありがとうございました。助かります。
527日本@名無史さん:2006/05/15(月) 07:12:27
戦国期武士だった家が帰農して郷士を名乗る事が多々あるようですが、藩もしくは幕府から見た場合正式には
農民扱いですか?それとも浪人扱い?
528日本@名無しさん:2006/05/15(月) 11:30:21
>>527
農民扱い
529日本@名無史さん:2006/05/15(月) 13:54:35
幕末に過激派志士による暗殺テロが横行しましたが、その後やられた
被害家族からの報復はなかったんでしょうか?武士なら仇討ちということに
なると思いますが
530日本@名無史さん:2006/05/15(月) 14:34:27
同志からの報復はよくあって
例えば近藤勇も鉄砲で狙われて負傷している。
531日本@名無史さん:2006/05/15(月) 19:15:44
>>529
暗殺した人間が誰か分かってるなら報復もした(>>530)だろうが、多くの場合はどこの誰が斬ったかわからない。
今のイスラム原理主義者によるテロのように、犯行声明は出さなかったからね。
532日本@名無史さん:2006/05/15(月) 19:59:49
「最後の仇討」は、幕末に殺された父親の仇を明治13年に秋月藩士族・臼井六郎が討ち果たした事件ですが、
明治6年の仇討禁止令が発せられた後のこと。しかし、一般にはあまり知られておらず、六郎の事件も世間に
は讃美する声の方が多かった由。結局六郎は終身刑となりますが、後に恩赦により服役10年にて出所します。
http://www.asahi-net.or.jp/~wf3r-sg/ntyoshimura3.htm
533日本@名無史さん:2006/05/15(月) 20:40:45
>>527うちも武田家の家臣で帰農して庄屋になったけど時々郷士だからって話になるが天領だし族籍は平民。
自己満足の為に郷士と名乗ってたのだろうか?苗字帯刀に関しては不明。
534日本@名無史さん:2006/05/15(月) 21:16:08
>>531

後の名外務大臣・陸奥宗光も竜馬暗殺の報復として下手人と噂されていた紀伊藩士
を攻撃するなどのように、犯人がよくわからないケースでも報復行動に出ることが合ったよ。
勘違いされたほうは大変だけどね。
535日本@名無史さん:2006/05/15(月) 21:34:20
>>512

幕府が長州征伐を強行しようとして諸侯の反発をかっている時期に、
二人の首脳陣が幕府を見限る意思が顕著に見られるようになります。

西郷は「支持を失った幕府は自ら倒れることは疑いのないことだ」(慶応元年8月18日書簡)

大久保は「有力諸藩が幕府から離れて割拠し始めたので薩摩も幕府から離れるのを
藩の方針にすべきである。」(慶応元年8月4日書簡)
536日本@名無史さん:2006/05/15(月) 22:26:33
百人一首に坊さんは一杯出てくんのに神道はカケラも顔出さんのはなんでよ
537日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:26:31
>>524
でも毛利家文書には南北朝・室町の頃でも幕府から貰った御教書とか奉行人奉書なんかが結構あるし、
そういう文書の宛所にはちゃんと官途名が書かれている。
幕府発給文書のなかに書かれている官途名なら、幕府を通じて正式に任官しているものと考えるのが妥当では?
538日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:33:17
>>536
大中臣能宣でガマン汁
539日本@名無史さん:2006/05/16(火) 01:13:24
>>537
毛利氏のことはまったく知らないけど以後も毎回貰ってたん?
昔のを根拠にずっと称し続けたわけではなく?
540日本@名無史さん:2006/05/16(火) 12:47:18
>>539
毛利家文書は史料編纂所のデータベースに全部入っているから、自分の目で見てみなよ。
541日本@名無史さん:2006/05/16(火) 15:16:50
 16世紀前半の畠山稙長は形式的には越中の守護だったんですか?本拠地は河内だったようですが。
542日本@名無史さん:2006/05/16(火) 15:32:32
>>524
>室町以降の毛利氏は正式に官職につけるような勢力だったとは
>思えませんけど。
朝廷・幕府が誰かに官位を与えるときの基準は、必ずしもその者の勢力の
大小ではないでしょ。

>他にも肥後の名和氏とか薩摩の種子島氏とか一郡も支配できたかどうか
>あやしいような武士が官位貰ってます。
鎌倉以来の御家人である毛利氏と、明らかに御家人ではないような
名和氏・種子島氏をわざわざ同列に語ろうとする意図は?
(ついでにいえば種子島氏は薩摩ではなく大隅の豪族だとおもうが)
543日本@名無史さん:2006/05/16(火) 15:38:43
>>542
献金すれば誰でも、例えば毛利のような弱小勢力でも正式にもらえた

毛利は弱小でも鎌倉以来の名門との指摘

(たぶん)名門でもない弱小を例としてあげなおす

こんな流れじゃないかな?
544日本@名無史さん:2006/05/16(火) 15:38:52
>>541
越中は元々畠山氏の守護分国だったわけだし、その可能性はあるかもね。
戦国期に他の誰かが越中守護に補任された形跡はないし、その場合、実態が
あろうとなかろうと、幕府のほうは畠山氏の代替わりの度に元々の
畠山氏(本家)の分国だった全ての国についての守護補任を畠山氏に対して
行ってしまっていたことは十分考えられるし。

ちょっと事情が違うけど、一向一揆に乗っ取られている加賀なんかも、
天文年間くらいまでは富樫氏の誰かが形式的な加賀守護としては存在している。
545日本@名無史さん:2006/05/16(火) 20:16:50
日本史のメルマガやサイトを紹介するスレを誰か立ててくれ
546日本@名無史さん:2006/05/16(火) 20:58:06
初めて書き込みます  質問ですが「落武者」ってなんですか?また「落武者狩り」ってなんですか?色々調べてみたんですがわからないもので・・・おしえてください
547日本@名無史さん:2006/05/16(火) 21:14:00
548日本@名無史さん:2006/05/16(火) 21:56:47
>>546
落武者とは>>547にもある通り、戦争に負けて戦場から逃亡した武士のこと。
落武者狩りとは逃げた武士を追跡して殺害もしくは捕縛すること。
有力武将を討ち取れば多額の恩賞がもらえるので勝った側の兵士だけでなく
近隣の農民なども参加することが多い。
有名なケースでは山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れた明智光秀が逃げる途中で
農民の落武者狩りにあい、竹槍で突き殺されたり、
関ヶ原の戦いで負けた石田三成が伊吹山中を逃げ回ったあげく、
敵方の田中吉政に捕らえられたなどのエピソードがある。

ところで誰か>>509に答えてくださらぬか・・・
549日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:06:45
ありがとうございます。しかし・・一般農民にもタダの兵士か頭領かの区別も付かないような状況だったのでしょうか?
550日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:54:07
蘇我氏が崇峻天皇を暗殺した際に、なんで東漢直駒って実行犯の名前が
分かってるんですか?そんな極悪な真似をしたら、必死に隠すんじゃないですか?
それともただの鉄砲玉だったんですか?
551日本@名無しさん:2006/05/16(火) 23:37:29
>>509
ググってみたけれど、洪武帝時代の銀印については記録だけしか引っかかりません。
清朝(乾隆帝)時代のものは、使用公文書が残っているようです。

清朝皇帝御賜「琉球國王之印」
http://big5.china.com/gate/big5/tuku.history.china.com/history/html/2005-11-22/2439.htm
552日本@名無史さん:2006/05/17(水) 01:00:42
公家の清水谷家の苗字って、「きよみずたに」ではなく「しみずたに」なんですか?
清水寺の「清水」とは関係ないのでしょうか?
553日本@名無史さん:2006/05/17(水) 01:14:20
お市さんの柴田勝家への再婚は、信長生前?清洲会議の結果?
554日本@名無史さん:2006/05/17(水) 14:18:47
>>553
????? ????????? ???????????????? ??? ?????? ???????????????
?????????????? ? ? ?????????????
555日本@名無史さん :2006/05/17(水) 19:00:56
>>550
>ただの鉄砲玉
まぁ、そういうことだ。天皇を暗殺した駒は
蘇我馬子によってさっさと始末されてるよ。
556日本@名無史さん:2006/05/17(水) 19:44:08
>>551
ありがとうございます。とりあえず印影だけでも確認できてよかったです。
ところで、そのリンク先の中国サイトですが、

琉球王國(今天日本沖繩縣),歴史上是中國的属國,它向中國“進貢”,而中國則給它“冊封”,
這種朝貢關係前後維持了500年,直到1880年琉球完全被日本呑併為止。

って沖縄が日本領になったのがよっぽど悔しいみたいですねえ。
そのうち取り戻しにきそうで怖い・・・  (^_^;
557日本@名無史さん:2006/05/17(水) 20:07:52
>>554
いつ輿入れしたかってことだろ?作家によって、テキトーな演出するから。
558日本@名無史さん:2006/05/17(水) 21:04:49
日本史の勉強の仕方が確立できませんorz
いま高三で、鎌倉時代〜やっているのですが、藤原〜〜だのあまりよく覚えられません。
効率のよい学び方はあるのでしょうか?もしおすすめの学び方とかあるかたは教えてください。
559日本@名無しさん:2006/05/17(水) 21:07:44
>>556
只でさえ、彼らは「ツバつけたんだからオレのもの」という思いを隠しません。
ましてや今は、東シナ海全体はおろか中国沿岸部の殆どに睨みを利かせられる
「不沈空母」と化した地域。例え台湾問題がなかったとしても欲しくなるのでは
ないかと(苦笑
560日本@名無しさん:2006/05/17(水) 21:16:45
>>558
歴史とは人物だ! 人物が織り成す物語だ!
それぞれの人物がどういう奴か判れば、どうってことない!

まずは、その時代の登場人物の名をリストアップしろ!
面倒だったら政治家と文人だけでいい!
次はリストにメモってプロファイルを作れ!
親兄弟は誰それで、どんな地位にあって、
どんなもの(法律、著作)など作ったかがわかるようにだ!

そのうち「アレ、こいつまた出てきた」「こんなことやってたんだ(´_ゝ`)フーン」
「これってもしかしてアレの対抗のため?(´_ゝ`)ヘー」とか思えるようになったら
しめたものだ!

ガンガレ、健闘を祈る。
561日本@名無史さん:2006/05/17(水) 21:27:17
幕末には、直刀が流行ったらしいですが、
古代の刀のような全く反りが無い直刀だったのでしょうか?
562日本@名無史さん:2006/05/17(水) 21:27:26
正倉院の宝物庫には何が入っていたのでしょうか
高校レベルで教えてください
563日本@名無史さん:2006/05/17(水) 21:32:24
564558:2006/05/17(水) 21:42:21
>>560
ありがとうございます!!! “あ、こいつまたでてきた”とかなかなか良いたとえでわかりやすかったです。
それを参考にしてやってみますね。
565日本@名無史さん:2006/05/17(水) 23:39:02
平氏政権と藤原摂関政治の共通点はなんでしょうか?
教えてください
566日本@名無史さん:2006/05/18(木) 01:11:03
>>563
有名なのにHPに載ってない宝物あるな・・・
567日本@名無しさん:2006/05/18(木) 02:00:08
>>561
化政年間にかけて、いわゆる「復古刀」のムーブメントがありました。
水心子正秀という刀工が古刀の鍛錬法に戻ることを提唱した為です。
それから幕末にかけて古刀・新刀の写(うつし、つまりコピー)が盛んに
作られる最中、重ねが厚く、身幅が広く、元と先の幅に差がなく、
反(そり)の少ない刀が流行るようになりました。

刀が武士だけのものではなくなり、世情が不安になり股旅や浪士が
横行し、若い志士たちが暗殺するされるの時代にあって、このような
ものが流行るのは、ある意味必然だったのかもしれません。

これ(↓)は水心子正秀の弟子で当時を代表する刀工、筑前大掾直胤の作。
http://www.nona.dti.ne.jp/~sword/katana/naotane.htm
実用的で強そうでしょう?
568日本@名無しさん:2006/05/18(木) 02:02:54
>>567
×化政年間にかけて
○化政年間から幕末にかけて
569日本@名無史さん:2006/05/18(木) 15:02:50
質問です。
森乱丸について調べているんですが、
乱丸が入っているという信長の三大自賛って何の史料にあるんでしょうか?
それから、石山本願寺との和議について、彼や彼の母が関わっていたという話の信憑性は、どうなのでしょうか?
初心者です(´・ω・`)何卒よろしくお願いします。
570日本@名無史さん:2006/05/18(木) 16:39:03
>567
それ司馬遼太郎の受け売り?

水心子正秀は南蛮鉄の在庫が乏しくなったので
作風を変えただけだよ。
571日本@名無史さん:2006/05/18(木) 17:05:14
>>567
でも、反りが少しあるね。
全く反りのない直刀はないみたいだな。
突きだと反りの無い方が合理的だが、
斬るとなると反りが無いと引き斬れにくい。
もっとも斬っても一人くらいしかまともに斬れないから、
突きを主眼に置く方が実用的だな。
572日本@名無史さん:2006/05/18(木) 21:50:11
聖徳太子架空人物説と言うものがあるらしいですが、
信憑性はどんなものなんですか?

今現在は、聖徳太子は伝説上の人物という評価が一般的なんですか?
573日本@名無史さん:2006/05/18(木) 21:51:46
>>567
脇差ではよくわかりません。
574日本@名無史さん:2006/05/18(木) 21:54:33
>>572
信長宇宙人説よりはまともという程度です。
575日本@名無史さん:2006/05/18(木) 22:27:33
>>572
一般的どころかその説を唱えている人は「常識である!」と本当に
信じているみたいで・・・

一般的には?

源義経=モンゴルで・・ 上杉謙信&ナポレオン=女の子
などと同じ程度の・・
576日本@名無史さん:2006/05/18(木) 23:13:16
577日本@名無史さん:2006/05/18(木) 23:26:48
聖武天皇は平城宮→恭仁→難波宮→紫香楽宮って3回も都を移したの?
鎮護国家とかが関係ある?
578日本@名無史さん:2006/05/19(金) 01:17:14
>>577
>3回も都を移したの?
そうだよ

>鎮護国家とかが関係ある?
紫香楽宮で大仏建立を開始したことから見て
紫香楽宮への遷都と鎮護国家思想とは少なくとも無関係ではない

この遷都騒動自体は聖武天皇の精神衰弱ぶりと結びつけて語られる説が有力だったが
最近では聖武が最初からそろばん尽くで遷都騒動を起こしたのではないかという説もある。
(遷都して官僚を振り回すことで自分の精力基盤を強めようとした)
579日本@名無史さん:2006/05/19(金) 01:38:17
質問ミスってる(゜д゜)
どうして3回も移したの?って聞きたかったんです(´・ω・`)
>>578
ありがとうございます
都を移しまくることで官僚も変えまくったんですかね?
あと乱とかがいっぱい起こってノイローゼ→大仏・寺の流れはなんとなくわかるんですが遷都とあまり結びつかない…(´д`)
580日本@名無史さん:2006/05/19(金) 01:39:00
>>579>>577のことです
581日本@名無史さん:2006/05/19(金) 11:59:59
>>579
1回目の遷都:
『続日本紀』には「行幸に頃合いがいいので」と九州で藤原広嗣の乱真っ最中のなのに
突然旅立つ。
この行幸の行程が伯母の元正天皇が東国に行幸したときの物とよく似ているため
元正天皇を行動をコピーすることで聖武天皇が自分の正当性をアピールしたという説もある。
(瀧波貞子説だったかな)
ところが、この最後のところで平城京に帰らず途中の木津(現在の京都府木津町)で落ち着いてしまう。
そしてそのまま遷都。
木津は橘諸兄の本拠地であり、政権基盤を固めたい諸兄が藤原氏の精力基盤である平城京を
去るために聖武天皇に工作したという説が有力
582日本@名無史さん:2006/05/19(金) 12:07:54
続き

2回目の遷都
またまた突然難波京への遷都を決意する。
理由は史書には書かれていないが、おそらく
・橘諸兄の権力伸張を嫌った光明皇后の画策
・恭仁京自体が木津川に分断されていて、大きな都が建設できなかった
などの説がある。
ちなみに難波京自体にはすでに副都として宮殿があったので
恭仁京ほど整備費はかからなかった物と考えられる。
583日本@名無史さん:2006/05/19(金) 12:08:50
続き

3回目の遷都
またまたまた突然紫香楽京への遷都を決意する。
これは大仏を建立するためというのが明らかだが、
紫香楽という場所はそれ以前に聖武天皇と関わりのある場所でもなく
古代史上の謎の一つである。
この遷都には反対者が多く、とくに元正天皇はそのリーダーであって
・紫香楽宮に移った聖武、光明皇后
・難波京に残った元正、橘諸兄
と完全に派閥が分裂。
ところが突然元正天皇が聖武と和解してしまい紫香楽宮に移ったことで
橘諸兄の権威は失墜、その後は実質的な首都は紫香楽宮へ。

しかし、謎の放火で大仏建立が難渋し
結局貴族たちの多数決で賛成意見が圧倒的多数だった平城京に戻る
584日本@名無史さん:2006/05/19(金) 12:15:01
ということで、3回の遷都の直接の理由はバラバラです。
ただ、聖武天皇の周辺の権力争いが遷都の原因であったことは確かなようです。

>都を移しまくることで官僚も変えまくったんですかね?
遷都ごとに官僚の総入れ替えはしていませんが
結果的に
遷都前には筆頭だった橘諸兄とその派閥が振り落とされてしまって
遷都後は光明皇后と藤原仲麻呂の派閥が有力になったのは事実でしょうね。
585日本@名無史さん:2006/05/19(金) 16:51:06
江戸時代の長崎貿易で一番輸入してたのは梅毒の治療薬かその原料と知り合いの
医者が言ってたが(梅毒が国民病だったと言いたかったらしい)そんなに輸入してた
の?
586日本@名無史さん:2006/05/19(金) 19:45:15
>586

治療薬かその原料って漢方薬?それとも水銀?
どちらもそれなりの量は輸入していた

国民病ってのがどういう意味なのか判断しかねるが
さして珍しくもない病気の一つ


587日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:46:37
年表見てて疑問になったんですが、
〜の乱、〜一揆、〜の戦いってありますよね?
その語尾の乱とか一揆って、どういう区別で決まってるんですか?
588日本@名無史さん:2006/05/20(土) 00:44:23
>>587
自分は
乱:武士が勝手に挙兵して朝廷なり幕府なりに鎮圧されるもの
一揆:農民などの武士階級以外の団体が挙兵して朝廷と戦う
戦い→武士VS武士
って解釈してますがどうだろうか
589579:2006/05/20(土) 00:50:16
>>581-584
丁寧な解説ありがとうございます!!!!
聖武天皇は気まぐれちゃんですな(´・ω・`)
でもその後の権力者の交代となんとなくつながりました(・∀・)ありがとうございます
590日本@名無史さん:2006/05/20(土) 01:31:10
ここの住人の方は何をしてる方なんですか?
自分は一応社会科の免許も取ろうと思っている学生なのですが、
皆さんの知識の多さにびっくりして教員になった時を考えると
不安でなりません。
やはり社会関係の本を読むことが大切なんでしょうか?
591日本@名無史さん:2006/05/20(土) 01:33:18
ニートですが何か?
592日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:03:56
>>591
(ノ∀`)アチャー
593日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:07:21
わしの推測と分析によると
暇だから一日中図書館にいる歴史オタの
回答者が三割いる
定年退職者も含めて
594日本@名無史さん:2006/05/20(土) 05:28:44
>>588
>乱:武士が勝手に挙兵して朝廷なり幕府なりに鎮圧されるもの
じゃあ、変は?
595日本@名無史さん:2006/05/20(土) 06:19:07
クーデター
596日本@名無史さん:2006/05/20(土) 08:44:01
軍艦マーチがパチンコに使われるようになった経緯を教えてください。
やっぱパチンコ屋の黒幕である「あの国」の陰謀?
597588:2006/05/20(土) 08:50:39
>>594
変:家臣が主人を裏切?
ごめん限界(´д⊂ヽ
598日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:45:32
>>597
違うです
変は未然に防がれたオア結局起きなかった感じ。
599日本@名無史さん:2006/05/20(土) 10:02:13
日本の"戦国時代"と言う語は、中国史からパクったんですか?
600日本@名無史さん:2006/05/20(土) 10:07:12
信長の嫁の名前を読み仮名と一緒に教えて下さい。
601日本@名無史さん:2006/05/20(土) 11:31:03
>>598
本能寺は?
602日本@名無史さん:2006/05/20(土) 11:36:47
>>601
あれ、そーいやそだなw
おっかしいな
603日本@名無史さん:2006/05/20(土) 11:41:33
この人達って何者?
http://up.nm78.com/data/up078112.jpg
604日本@名無しさん:2006/05/20(土) 12:48:02
>>596
昭和26年春頃、海軍航空隊員だった有楽町駅前「パチンコ・メトロ」店主が
気晴らしにかけたのが始まりと呼ばれています。
605日本@名無史さん:2006/05/20(土) 13:42:41
>>604
FAQ厨房乙
606日本@名無史さん:2006/05/20(土) 18:07:05
>>590
念の為、今このスレで回答する人の質は悪くなっています。
ちゃんとした回答をする人も残っていますが、いい加減な個人的理屈を述べる人が多すぎの状態です。
いわゆる自作自演の天皇オタクが大挙して極東板からきましたので一時期荒れ果て多くの回答者が去りました。
過去スレを見る事ができるのでしたら参照してください。過去スレでは大抵の場合回答と共にソースも提示してます。
ソースについても一事に対して多数の説がある中で通説〈受験で正解になる説)を提示するのがマナーです。
今このスレの状態を自身で判断して受け入れるかどうか自己責任で決めるといいのではと思います。
607日本@名無史さん:2006/05/20(土) 19:04:10
>一時期荒れ果て多くの回答者が去りました。

何年前の話をしているのやら(ノ_-;)ハア…
608日本@名無史さん:2006/05/20(土) 19:57:59
天オタに質問
日本国では国民の意思に天皇が従うのか天皇の意思に国民が従うのか?
どっち?
609日本@名無史さん:2006/05/20(土) 20:09:35
>>608
板違いです。
適した板で聞いてください。
610日本@名無史さん:2006/05/21(日) 12:36:37
誘導したいなら誘導先のURLぐらい張れや自治厨
611日本@名無史さん:2006/05/21(日) 17:11:04
東日流外三郡誌を本物と考えてる人が身近にいるんですが、その人が言う
には、この書物には三内丸山遺跡や荒神谷遺跡のことが出てて、しかも
遺跡発掘はこの書が世の中に出た後だから、偽書じゃないことの傍証に
なると言ってるんですが、これに反論するための材料を提供してくれそう
なスレってないですか?
612日本@名無史さん:2006/05/21(日) 18:50:26
古代出雲東北日本海新羅王朝の謎
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1121432937/l50
613日本@名無史さん:2006/05/21(日) 20:06:19
横山大観について質問です。

私はかつて、横山は文展に批判的なスタンスを取っていたと学びましたが、どう批判的だ
ったのかは分かりませんでした。
しかし、Wikipediaを読んだところ、横山大観は線描を重視する従来の日本画の画風に対し、
線を描かない朦朧体という画風を確立したと書かれていました。ですから、恐らく「文展に
批判的」というのは、こうした描き方の違いを指していたのだと思いますが、こうした理解
は正しいでしょうか?

また、線描を重視する従来の日本画の画風を象徴するような画家や絵をご紹介ください
ませんでしょうか? 実際に絵を見比べてみないと、こういうものは分からないですから。
614日本@名無史さん:2006/05/21(日) 20:49:17
漢王朝の王家の血筋は続いていますか?
615日本@名無史さん:2006/05/21(日) 21:20:05
>613

なんでこの板でそんな質問を?

大観なんて高価な顔料を塗りたくってなんぼの絵しか画けない香具師だろ。
中期以降は典型的な自己模倣を繰り返している画壇の癌。

何故存命の人物の質問を日本史板で聞こうと思ったの?
多分望むような回答はこないから別板で質問し直した方が良いと思ワレ。
616日本@名無史さん:2006/05/21(日) 21:26:07
617日本@名無史さん:2006/05/21(日) 21:28:47
618613:2006/05/21(日) 21:52:17
>>615
レスありがとうございます。
日本史で習ったことに対してどのように理解すればよいか……という内容ですので、
こちらで質問させて頂きました。
「存命の人物」というのはよく分かりませんが。

どなたかお答え頂ければ幸いです。
619615:2006/05/21(日) 22:04:09
>618

申し訳ない愚かな勘違いをしてしまいました。
615は透明アボーンしてください。ぺこ <(_ _)>
大観が劣化したと感じられるのは晩年ですね。(;^_^A アセアセ・・・
620日本@名無史さん:2006/05/21(日) 22:06:35
馴れ合いウザイ
621日本@名無史さん:2006/05/21(日) 22:10:14
自作自演ぐらい生あたたかい目で見てあげな。w
622日本@名無史さん:2006/05/22(月) 12:15:57
藤原種継を暗殺したのは誰だったのですか?
623日本@名無史さん:2006/05/22(月) 13:35:22
庄屋は馬乗を許されたってのは本当??
624日本@名無史さん:2006/05/22(月) 14:39:30
質問ですが
竹島が始めて日本の文献に現れたのは
いつのどの文献ですか?
625日本@名無史さん:2006/05/22(月) 14:51:59
日韓条約で、竹島は棚上げになってるのは、
サンフランシスコ講和条約でもそうなっていたから
626日本@名無史さん:2006/05/22(月) 23:06:17
小笠原諸島かどこかが、イギリスに「国際法にのっとった所有宣言」をされてしまい、政府が大慌てでイギリスと交渉したとかって話を聞いたことあるのですが、
「俺の物」って言っただけでそこの領土になるものですか?
627日本@名無史さん:2006/05/22(月) 23:41:35
>>626
ただ、宣言しただけじゃなくて捕鯨船の補給で使ったりしていたはず。
それを理由に所有宣言しようとしたのだが、日本側(幕府)はオランダがヨーロッパで出版した本に
日本の島として紹介済みであることを理由に日本領であると説明して突っぱねた。

これ、イギリスでなくてアメリカでは? みなもと太郎の「風雲児たち」で
ペリー来航時の外交交渉のエピソードの一つとして出てきた気がします。

628日本@名無史さん:2006/05/23(火) 09:31:53
>>627
>日本の島として紹介済みであることを理由に日本領であると説明して突っぱねた
これこそ、「俺の物」所有権に近いようなw
629日本@名無史さん:2006/05/23(火) 20:27:27
安龍福という日本に捕まえられて来た人は、于山島と竹島のことを言ってます。
漁は常に続けてやっていたという物じゃないんじゃないかな。
鬱陵島も名前が何度か変わって(磯竹島、竹島、松島)ますし、無人島の竹島
の名前が変わるのも当然だと思うけど。

それに明治時代の太政官布告の添付書類では、鬱陵島のことを竹島。竹島のこと
を松島と読んでるぜ。

ーーーーー(引用開始)−−−−−
磯竹島、あるいは竹島と称する。隠岐国の北西120里(480km)ばかりのところにあ
る。周囲およそ10里(40km)である。山は峻険で平地はすくない。川は3条ある。また滝
がある。しかし、谷は深くうっそうと樹木や竹が繁り、水源を知ることはできない。
 ・・・
  次に一島あり。松島と呼ぶ。周囲30町(3.3km)である。竹島と同じ船路にある。隠
岐をへだてる80里(320km)ばかりである。樹木や竹は稀である。また、魚や獣(アシカ
か)を産する
ttp://www.han.org/a/half-moon/hm107.html#No.786
630日本@名無史さん:2006/05/24(水) 10:18:05
質問ですが、徳川幕府歴代将軍を教えていただけませんか?
631日本@名無史さん:2006/05/24(水) 10:35:26
ググレカス
632日本@名無史さん:2006/05/24(水) 10:36:42
パソコソないんです。携帯でもできるんですか?
633日本@名無史さん:2006/05/24(水) 10:47:31
あなたのテストのためにここは使われるんじゃないんですよ。
634日本@名無史さん:2006/05/24(水) 14:08:52
質問ですが、徳川幕府歴代キャッチフレーズを教えていただけませんか?
635日本@名無史さん:2006/05/24(水) 15:07:40
>>630
康忠光綱吉宣継宗重治斉慶定茂喜
636日本@名無史さん:2006/05/24(水) 15:25:23
遣隋使以前に中国に使いを送る時って、どうやって中国の王朝の高官に
会ってたわけ?通信も発達してなかったんだから、当然ノーアポだろうし…
見慣れない格好して洛陽までゾロゾロ歩いて着けるとは思えないし、たどり着いても
門番に追い払われるだけじゃないの?


637日本@名無史さん:2006/05/24(水) 16:13:40
遠い地の果てから皇帝陛下に拝謁を賜るためやってまいりました、って言えば、向こうもあまり変な対応はしないさ、何しろ面子があるから。
638日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:05:23
>>632
http://www.google.co.jp/imode

もう来るな馬鹿。
639日本@名無史さん:2006/05/25(木) 03:35:27
山内一豊の名前って、正しくは「かづとよ」ではなく「かつとよ」だと聞いたのですが、ソースは何なのでしょうか?
640日本@名無史さん:2006/05/25(木) 10:40:36
凄い事に気が付いた。
源氏の家系図を見ていくと、鎌倉幕府成立つまりは源平合戦終結後に
急速に苗字が増えている!!!

それまでは源、もしくは源から別の一個の名前を名乗ってる。
でも、鎌倉幕府成立時以降に急に兄弟で別の苗字名乗ったり、いろいろな苗字を
一族が名乗ったりしている!

ひょっとして源平合戦で源氏が勝たなかったら苗字ってここまで色々無かったのか?
もしくは、源氏=苗字、苗字=源氏なのでは?

俺は物凄い大発見をしてしまったかもしれない・・・・
641日本@名無史さん:2006/05/25(木) 11:41:58
質問であります。

昨晩NHKで放映された『そのとき歴史が動いた』で、「創建当時の東大寺七重塔は、高さ70m」と言っていました。
以前は100mと聞き及んでいましたが、研究の結果修正されたのですか?

それとも、先端の金属部分を省いた、木造部分の高さのみをNHKは言ったのですか?
642日本@名無史さん:2006/05/25(木) 15:59:06
東大寺の境内には数十メートルの五十の塔が建っていたと
なんかの番組で見たんですが本当ですか?
643日本@名無史さん:2006/05/25(木) 16:05:55
菩提僊那はやっぱり色黒のインド人だったんですか?
644日本@名無史さん:2006/05/25(木) 17:00:25
竹島は独島ですか?
645日本@名無しさん:2006/05/26(金) 02:33:49
>>640
源氏が負けたとしても、名字/苗字が広まるのは必然。
源氏以外でも、既に伊東だ大庭だ北条だって名字/苗字が既にあったろ。
広まったのは、武士の時代になってしまったから。

自身の属する共同体に対する認識がかわったのが原因。
朝廷という一つの舞台で力を競うとなれば、二大政党制よろしく党派は
少数に収束する傾向になる。小さなところは潰され吸収されるだけだし、
大きな所に属していれば、失敗しない限り身は安泰。
貴賎というクラスで考えると、血族血縁という大きな枠組みが重要に
なってくるんで、姓が何よりも重要になる。

ところが、地方に散らばって土着すると、こんな生活感覚はなくなる。
自分の地盤だけで生きていき、周囲とは抗争を繰り返す。
共同体は自分の地盤集落だけ。そして血縁も家族もその範囲内になる。
朝廷と縁を保っているのなら姓は必要だけれど、縁がなくなれば
源氏源氏と名乗っても意味がない。お隣も自分も源氏だったらね。

そうこうしているうちに「どこそこの源氏の某」という感覚から
「どこそこの某」と名乗っていき、結果、名字/苗字が形成されて
いったという次第なの。

646日本@名無史さん:2006/05/26(金) 03:57:53
世界史なんでも質問スレッド31
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1146133088/

455 名前:世界@名無史さん 投稿日:2006/05/26(金) 02:42:14 0
質問であります。

昨晩NHKで放映された『そのとき歴史が動いた』で、「創建当時の東大寺七重塔は、高さ70m」と言っていました。
以前は100mと聞き及んでいましたが、研究の結果修正されたのですか?

それとも、先端の金属部分を省いた、木造部分の高さのみをNHKは言ったのですか?

(日本史板で質問すべき議題ですが、むこうの質問スレは最近低俗で話にならんのです。)


>何よコイツ
647日本@名無史さん:2006/05/26(金) 04:06:12
鳥羽上皇の死を契機に前九年の役がはじまったって書いてあったんだけど、なんで上皇が死んだのがきっかけになったの?
受験参考書には詳しく載ってなかった(´・ω・`)
648日本@名無史さん:2006/05/26(金) 04:33:29
それは保元の乱ではないかと思うぞ。

鳥羽天皇のじいさんが白河天皇(法王)
で鳥羽天皇の長男が崇徳天皇なんだが、実は白河天皇の子供といわれており、どうにも鳥羽天皇には面白くない。
白河法皇が生きていた頃にはじいさんの力で崇徳天皇に手が出せなかったが、じいさんが死んだら
崇徳天皇を生んだのとはまた別の女性が生んだ子をわずか2歳で即位させる(近衛天皇)。
近衛天皇は若くして崩御したので、崇徳天皇は自分がもう一度天皇になるか、自分の息子が天皇になると思ったら、後を継いだのは崇徳天皇と母を同じくし、「確実に鳥羽天皇の子供である」後白河天皇。
近衛天皇の即位の際も後見役を任されるような話を仄めかしながら反故にしたという話もあり、なにより崇徳天皇自体は「親を選んで」生まれてきたわけではなく、あまりにこけにされ続けてぶちきれた。
そこに関白と左大臣の争いも加わり、鳥羽天皇の崩御してしまっては強権的に押さえつけられるものは誰もいない。
(何しろ天皇対兄である上皇の争いだから)
そしてぶつかったのが、保元の乱。

ちなみに前九年の乱は奥州(今の岩手青森あたり)の豪族が起こした反乱。
鳥羽上皇が崩御した頃には「歴史の一ページ」になっている。

649日本@名無史さん:2006/05/26(金) 04:37:29
ちなみに、後白河天皇は近衛天皇のお兄ちゃんです。
弟の後を兄が継ぐというのは「中継ぎとして再登板」という崇徳天皇が狙っていたようなこと以外ではあまり行われないので期待したわけ。
650日本@名無史さん:2006/05/26(金) 05:00:08
X白河天皇(法王

白河天皇(白河法皇


まあぶっちゃけ、天皇の後宮に法皇が種つけてまわるもんな。
崇徳が生まれたとき我が子を顧みもせず、「これはおどどが子よ」と
吐き捨てたなんて話をどっかでみたな。まあ当時の京雀たちが脚色したんだろうけど。
651日本@名無史さん:2006/05/26(金) 05:02:47
崇徳天皇を生んだのとはまた別の女性が生んだ子をわずか2歳で即位させる(近衛天皇)。

>白河法皇の好みにあわなかったのか、手はつけられてなかった(らしい)
確実に自分の子だと思う方をつけたかったんだろう。
652日本@名無史さん:2006/05/26(金) 07:24:00
>>639
『寛政重修諸家譜』巻第826「藤原氏 秀郷流」の「山内」の項の系譜の「一豊」の業績の記述の欄に「かつとよ」とルビが振ってある
653日本@名無史さん:2006/05/26(金) 11:43:14
>>646

叩く閑があったら質問に答えるよろし
654647:2006/05/26(金) 13:12:06
>>648-651
ありがとうございます!
今日見直してみたら保元の乱でした…恥ずかしす(´・ω・`)
自分の長男と思ってた子どもが父親の子どもだったら気まずいだろうなぁ…でも崇徳もカワイソス
655日本@名無史さん:2006/05/26(金) 17:28:20
坂本竜馬を暗殺したのは誰ですか?
捜査はされたのですか>?
656日本@名無史さん:2006/05/26(金) 18:10:12
日本史の授業で装うとはなにかとゆうのがでました。一体なんでつか??
657日本@名無史さん:2006/05/26(金) 19:03:02
太平洋戦争終戦直後の混乱に乗じて
日本からの独立を企てようとする地方はなかったのですか?
658日本@名無史さん:2006/05/26(金) 19:44:28
阿倍仲麻呂の、天の原…の俳句は本当に仲麻呂自身が詠んだんですか?
誰が在唐している仲麻呂に歌を聞いて日本に持ち帰ったんだろ
659日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:07:58
>>657
国家全体が、あの戦争で疲弊しているんだ。
独立してやっていけるわけがない。
660日本@名無史さん:2006/05/26(金) 23:28:06
>>652
それって、濁点を書いていないだけではないのですか?
『寛政重修諸家譜』って、濁る発音の人名ではちゃんと濁点をつけてるのですか?
661日本@名無史さん:2006/05/26(金) 23:34:09
>>655
捜査はしていたよ。科学的なものではないけどね。

新撰組に違いないという意見が多かったのが当時の捜査結果。
662日本@名無史さん:2006/05/27(土) 09:15:54
京都見回り組の犯行という説がなかったか。
663日本@名無しさん:2006/05/27(土) 11:23:45
>>662
暗殺直後でなく、函館の捕虜の供述からできた説では?
664日本@名無史さん:2006/05/27(土) 13:53:41
旗について質問です。
Aという主君に仕えるBが戦に参加した場合、BやBの郎党が背中にさす旗の家紋はAの家紋?Bの家紋?
665日本@名無史さん:2006/05/27(土) 14:14:20
新撰組の仕業なら永倉や我突のおっさんが何か書いてもよさそうなものだな。(斉藤一)
666日本@名無史さん:2006/05/27(土) 14:22:33
B
667日本@名無史さん:2006/05/27(土) 14:43:43
>>645
君の理屈で同時期に公家についても五摂家等の地名や官名に準拠した
名乗りが増加することを説明してくれ。
668山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/05/27(土) 14:44:56
>>660
『寛永諸家系図伝』でも「やまうちかつとよ」。現当主山内豊秋氏も「やまうち」と。
余談ながら、濁点付きの同書では織田が「おた」、武田が「たけた」に。
669日本@名無史さん:2006/05/27(土) 16:27:16
関ヶ原の戦いって何ですか?
670日本@名無史さん:2006/05/27(土) 17:16:09
新幹線を関が原通さず鈴鹿山地ぶち抜きトンネル作ろうとした運輸省(現国交省)と地元を無視されると面子が立たない大野バンボクとの間の戦い。
勝者は大野バンボク。

おかげで田んぼのど真ん中に立てられた岐阜羽島駅は不便でかなわん。
電車で岐阜から羽島についた頃には、名古屋行けば京都くらいまでついてる。
671日本@名無史さん:2006/05/27(土) 17:35:51
坂本竜馬はだだのメッセージボーイ程度の人だったことがわかった。
とのニュースが以前あったのですが、今の通説はどのようになっているのでしょうか?
672日本@名無史さん:2006/05/27(土) 18:02:24
溥儀と満州国のかかわりについての本・論文を教えてください。
作家ものとか、ノンフィクションものはちょっと・・・です。
673日本@名無史さん:2006/05/27(土) 18:08:15
>>669
愛、それは儚いもの
674日本@名無史さん:2006/05/27(土) 19:24:45
質問です。

鎌倉幕府が制定した御成敗式目は、明治に入るまで廃止されずに残っていた
とどこかのスレで読んだことがありますが、これは事実なんでしょうか?

675日本@名無史さん:2006/05/27(土) 19:41:18
御成敗式目に、喧嘩したら島流しって法律が入っているってホントですか?
実際に、流された人っているんですかね?
676日本@名無史さん:2006/05/27(土) 21:44:01
>>669
いしだくんととくがわくんのけんかだよ
677日本@名無史さん:2006/05/27(土) 22:30:42
日本の古代史がよく分かりません。
特に粛慎とか蝦夷(古代)とか刀伊とかの民族に関することがさっぱりです。
日本の古代は豪族がバラバラに支配してはいるものの、人種・文化的にはみな同じじゃなかったんですか?
678日本@名無史さん:2006/05/27(土) 23:09:03
質問です。
通俗的な天草四郎のイメージで、
首の部分のシャンプーハットみたいなのは何て言うんでしょうか
679日本@名無史さん:2006/05/27(土) 23:28:32
680日本@名無史さん:2006/05/28(日) 00:19:08
>>645>>667
まず>>640はいくつものスレに同文を書いてるマルチです。

>>667
公家の場合、摂関家などの身分の高い家のほうが先に家号が決まっていくような感じだよね。
なんとか晩年に公卿になれるくらいの下級の公家とか、それ以下の地下官人クラスだと、室町期になっても未だ家号が決まってない家もある。
681660:2006/05/28(日) 00:23:49
>>652
『寛政重修諸家譜』では「かづとよ」になってましたよ。
『寛永諸家系図伝』が「かつとよ」でした。
あと、一豊の妻が若宮氏の娘というのも『寛政重修諸家譜』がソースみたいですね。

>>668
おっしゃるとおりですね。
682日本@名無史さん:2006/05/28(日) 00:39:48
>>677
近代国民国家のイデオロギーに毒されてますね。
そもそも早い話が、蝦夷や粛慎や刀伊は、もちろん日本でも
なければ朝鮮でもないし、ロシアでもないし、(もちろんソ連でもないw)
どこでもない。蝦夷、粛慎、刀伊なのです。

こんなことは地球上どこでもそうです。ある歴史上の人物の生誕地が
当時と今では所属する國が違う、そもそも当時の国は現在ではなかったり
するなんてことは、よくあります。その場合彼を何人(なにじん)と
言えばいいのか。そもそも民族名で言うべきなのか、国籍で言う
べきなのか。キュリー夫人はポーランドなのかフランスなのか、
モーツァルトは? バッハは? カントは? アレキサンダー大王は?
683日本@名無史さん:2006/05/28(日) 02:27:55
叉状研歯って何て読むんですか??
684日本@名無史さん:2006/05/28(日) 07:25:59
>>683
さじょうけんし
685日本@名無史さん:2006/05/28(日) 08:27:06
元寇の時に戦いに敗れて日本に住んだ南宋人は何人ぐらいですか?
また有名な人はいますか?
686日本@名無史さん:2006/05/28(日) 08:27:58
age
687日本@名無史さん:2006/05/28(日) 08:34:35
>モーツァルトは? バッハは? カントは? アレキサンダー大王は?

全部韓国人です。
688名無し募集中。。。:2006/05/28(日) 10:44:23
徳川慶喜ってえらい男前だけど烈公はともかく(爆)母親が美人さんだったんですかね?
689日本@名無史さん:2006/05/28(日) 12:18:47
>>688
慶喜ご生母 登美宮吉子 写真

ttp://www.tsukudo.jp/hito-taruhito.html
690名無し募集中。。。:2006/05/28(日) 12:43:55
うーん地蔵みたいだ…
慶喜は鬼子だな
691日本@名無史さん:2006/05/28(日) 12:58:53
>>690
晩年の写真だから若い頃はそれなりだったんじゃないの。
692日本@名無史さん:2006/05/28(日) 18:04:45
質問スレが二つあるようですが歴史学博士スレとの違いは何ですか?
693日本@名無史さん:2006/05/28(日) 18:26:19
>>687
さすが、韓国人は偉大だ。
694日本@名無史さん:2006/05/28(日) 18:29:28
天皇の諡号って誰が決めるんですか?
生前から自分で決めてた人もいたそうですけど、
そうじゃない場合は

あと院政期の白河院鳥羽院後白河院あたりの呼び名は生前から使われてたんでしょうか?
生きてる時は「新院」とかですか?
695日本@名無史さん:2006/05/28(日) 18:53:52
>>683-684
「シャジョウケンシ」ではないか?
696日本@名無史さん:2006/05/28(日) 18:58:56
>>694
常識的にいえば、喪主が決めると思うんだが…
697日本@名無史さん:2006/05/28(日) 19:45:15
正解は、またじょうけんば で、よく間違える人がいるので注意。
698日本@名無史さん:2006/05/28(日) 21:12:17
鎌倉時代のじょうきゅうの乱のあとにあたらしく新補地頭ができたけどそれ以前の地頭を何と称して区別したんだっけ?
699日本@名無史さん:2006/05/28(日) 21:24:23
中2です
明日中間テストでさっき試験勉強を始めたのですが前方後円墳の造出と陪塚と濠とはなんですか?
プリントに太字でかいてあったので意味を知らないとヤバいと思いまして
よろしこ
700日本@名無史さん:2006/05/28(日) 21:27:15
>>699
麻布の中2乙
701日本@名無史さん:2006/05/28(日) 21:33:38
1 旧石器時代の石器のうち主に東北地方にいおいて替刃として使われた石器を
  何というか
2 縄文時代の遺物として発見される土偶が、なぜ不完全な(破損した)形で発見される
  のか理由を説明しなさい
3 縄文時代の遺跡として日本最大の遺跡はどこだろうか?
4 縄文時代と弥生時代における墳墓の特徴の違いは?
5 弥生時代の高地性集落の役割を2行程度で説明しなさい。
6 銅鐸の用途を2つ答えなさい
7 弥生時代に日本列島で栽培されたイネの品種の名称を答えなさい
8 奴国王は57年に金印を光武帝から贈られたが使用法を2つ答えよ
9 ギが邪馬台国連合と手を結んだ理由は?
10古墳時代前期の前方後円墳が中期になると巨人化する風景を説明せよ。
702日本@名無史さん:2006/05/28(日) 21:35:24
ここで、適当にうそこいて、
ライバルの点数を下げる麻布の中2がいたりして。
703日本@名無史さん:2006/05/28(日) 22:07:37
>>698の質問が素でわからない件
704日本@名無史さん:2006/05/28(日) 22:15:32
本当に困ってます。お願いします
705日本@名無史さん:2006/05/28(日) 22:18:20
>>700
なぜそれを?
>>701
1〜9は分かるけど10がわからん
ノートとっとけばよかった
706日本@名無史さん:2006/05/28(日) 22:31:45
他のスレに答えがあったよ。
参考にしてみたら。

できた!

1. パス
2. 壊れるまで使っていたから。
3. あ〜っと、どこだったかな〜
  ここまで出ているんだけど。
4. 弥生の方が若干新しい。
5. わか
  らん
6. これ知ってる!楽器!
7. こしひかり
8. 宅配を受け取ったときに押す
  銀行で使う
9. パス2
10. 作る人もしくは、中に入れる人が大きくなったから
707日本@名無史さん:2006/05/29(月) 12:53:51
令義解と令集解の違いを教えてもらいたいです
どっちも養老律令の注釈書なんですよね?(´・ω・`)
708日本@名無史さん:2006/05/29(月) 13:46:54
政府公式見解と民間人による解説の違い
709日本@名無史さん:2006/05/29(月) 14:00:20
明日日本史Aのテストなんだけど、アヘン戦争から尊王攘夷運動あたりです(禁門の変まで)。

全然ノートとか見ても覚えられません。どうすれば良いのでしょう。おすすめの勉強法教えて下さい
710日本@名無史さん:2006/05/29(月) 15:06:49
>>707
『令義解』は官撰注釈書。政府の公式見解が一つ書かれているだけ。
『令集解』は義解も含めた複数の学説が書かれている。文字通り
様々な「解」釈を「集」めたもの。
711日本@名無史さん:2006/05/29(月) 15:13:09
ちょっと付け足し。
『令義解』は、国家によって令文解釈を公定したもので、詔によって施行され、養老令に準じる効力をもった。
『令集解』は私撰(惟宗直本編)。令義解をまず引用し、次に令釈・古記・跡記・穴記などの令私記を引く。古記のみは大宝令の注釈書。
712日本@名無史さん:2006/05/29(月) 15:20:05
またまた付け足し。
>古記のみは大宝令の注釈書。
従って、『古記』には大宝令が引用されていることがあり、今はなき大宝令を復原するのに役立つ。
『古記』以外の諸注釈も、今はなき中国の令・格・式・判例などを引用することがあり、そういった意味でも価値が高い。
713日本@名無史さん:2006/05/29(月) 16:36:38
>>709
信長の野望で遊ぶ。
登録武将でテストに出そうな人物を登録して、
池田屋事件だとか、歴史に沿った事柄を勃発させて楽しんでください。
714日本@名無史さん:2006/05/29(月) 18:09:32
>>713
ありがとうございます!!
ゲームですか。。。テスト中はゲームしないっていうのの発想の転換ですわな。
しかし明日がテストなんでもう間に合わねー、ので次のテストにでも試してみます。
715日本@名無史さん:2006/05/29(月) 18:52:47
ていうか、普段から遊んでれば勉強しなくて済んで一石二鳥
716日本@名無史さん:2006/05/29(月) 18:59:44
古文書が読めなく、訳せません…orz
右、村、しか読めません…。
http://read.kir.jp/file/read48024.jpg
717日本@名無史さん:2006/05/29(月) 20:23:38
達筆だねえ・・・・
718日本@名無史さん:2006/05/29(月) 21:12:09
age
719707:2006/05/29(月) 22:52:44
>>708
>>710-712
ありがとうございます!
なるほどだから令集解っていうのか(゜д゜)
なんか授業では令義解が大宝律令で令集解が養老律令って覚えとけばいいよーって教えてもらったんですがそれは間違いってことになるのかな(´・ω・`)
720日本@名無史さん:2006/05/29(月) 23:14:44
>>716
原村?
721日本@名無史さん:2006/05/30(火) 00:23:00
age
722日本@名無史さん:2006/05/30(火) 09:31:25
age
723日本@名無史さん:2006/05/30(火) 13:24:23
age
724日本@名無史さん:2006/05/31(水) 07:19:44
武家の家系で、源氏香紋を使用している家を教えてください。
(花散里とか夕顔とか)

秋田の佐竹氏がそうだと聞いたのですが、ぐぐってみると違うようです。
725日本@名無史さん:2006/05/31(水) 07:32:37
奈良と神奈川が、府にならなくて、大阪が何故か府なのは何故?
726日本@名無史さん:2006/06/01(木) 00:31:41
じゃあ、こっちで質問!
関ヶ原と関ケ原って表記が2種類あるのは何故?
歴史オタの方、教えてチョ。
727日本@名無史さん:2006/06/01(木) 03:21:44
>>726
そもそも、歴史に関係なく「関ヶ原」にしろ、「関ケ原」にしろ、どちらも間違い。
ヶ(あるいはケ)は、個の略字体の変形体だから、それを正しく書こうとすると「関個原」となってしまう。
だから、「関が原」にした方がよい。
728日本@名無史さん:2006/06/01(木) 03:57:42
http://www.ginet.or.jp/sekigahara/

GIネットまだがんばってるのかw
関ヶ原は町名のようだな。
729日本@名無史さん:2006/06/01(木) 05:38:59
平忠常はなぜ安房国司を殺して、反乱を起こしたんですか?
730日本@名無史さん:2006/06/01(木) 15:13:11
施飢餓破羅

豫露死苦!
731日本@名無史さん:2006/06/02(金) 00:25:06
>>727
「ヶ」は「箇」じゃないの?
732日本@名無史さん:2006/06/02(金) 01:28:59
>>731
君が正解。
ヶは箇を略したもの。
733日本@名無史さん:2006/06/02(金) 18:18:20
室町時代の文化に「天文文化」という区分があるようですが、どんなものなのですか?
734日本@名無史さん:2006/06/02(金) 19:09:30
郷士の上席は士族編入したそうですが薩摩や土佐も上席未満は平民?
735日本@名無史さん:2006/06/02(金) 19:13:45
大学の授業で教授が、
「聖徳太子は仏教を保護したイメージがありますが、神道や神社も大事にしました」
とか言ってたんだが、具体的になんかしたの?
736726:2006/06/02(金) 21:32:29
>>727>>728>>731>>732
ありがとうございます。
使うとするなら、関ケ原より関ヶ原のほうがよさそうということですよね?
>>728にある岐阜県関ヶ原町のHPを見たら、関ヶ原も関ケ原もあったので聞いてみました。
「ヶ→箇」ってことも言われてみれば納得です。
関箇原でググッたら、↓見つけました。
ttp://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=933848

1.数詞の場合
歴史的かなづかい・・・数ヶ月、一ヶ所、
現代式表記・・・・・・数ヵ月、一ヵ所
読みはどちらも「か」です。

2.普通名詞
特に決まりはないので、自分の好みで統一します。

3.固有名詞
県名、市町村名、個人名、会社名などは上記の原則ではなく、使われている(本人や関係機関)表記を尊重します。

4.箇、ケを使うもの
数値としては、リンゴ、みかん、椅子、石、コップ、
など。最近は日本人もよく間違えるので、外国人は
覚えるまでは、すべて箇を使っても意味は通じます。

本当に勉強になりました。お答えいただいた方、ありがとうございました。
737日本@名無史さん:2006/06/03(土) 01:23:24
教えてください
江戸幕府がなくなったあと徳川慶喜は悠々自適の生活を送ったそうですが収入源はなんだってんでしょうか?
と言うか、一国の将軍がその職を追われた時それまでの財産というかそういうものはどうなってしまったんでしょうか?
また、徳川家の子孫はたくさん居ると聞いていますが今でも本家と御三家では家紋は違うのでしょうか?
738日本@名無史さん:2006/06/03(土) 02:30:54
質問であります。
江戸時代の旅行家、民俗学者である菅江真澄は、天明の大飢饉の最中東北地方を旅していますが、
飢饉の中、彼はどのようにして食物を調達していたのですか?
貧民は飢え死にするような状況でも、金を出せば食物が手に入ったのですか?
739日本@名無史さん:2006/06/03(土) 03:16:50
あの織田信長の人気はドコからくるんでしょう?
今の閣僚よりも国民に知名度あると思うんですが、

)楽市楽座したから?
あの時代ではかなり無理があった気が…
秀吉時代や徳川時代の政策の方が現実的かなぁ
)室町幕府滅ぼしたから?死に体幕府を倒しても…
これなら後醍醐の方が有名になってもいいよね?
)桶狭間?
似たような逆転劇はイパーイあるよねぇ
)本能寺?
家臣に裏切られる殿様って誉められる要素じゃないよなぁ?

結局、天下を取ってない癇癪親父
教科書には記載少の人物なのに
彼が日本人を惹きつける要素はなんなのでしょうか
740日本@名無史さん:2006/06/03(土) 03:31:53
ヶは个の略です
741日本@名無史さん:2006/06/03(土) 04:40:52
>>737
大名なんだから華族扱いだろうし税金で食ってたんじゃないのかな
私有財産もあっただろうけど
悠々自適っつーより
敢えていろんな趣味に没頭して国政から遠ざかり豊臣家の二の舞になるのを避けたって感じかなぁ
誤解が生じないように旧臣との面会も避けてたって聞いたキガス
742日本@名無史さん:2006/06/03(土) 07:59:41
古代のスメラミコは「三韓と同族であった」と記されていた史料はなんという書名でしたっけ?
743日本@名無史さん:2006/06/03(土) 10:18:21
慶喜が華族になったのは天皇に謁見を許されてからだよ
744日本@名無史さん:2006/06/03(土) 12:22:18
>>737

>江戸幕府がなくなったあと徳川慶喜は悠々自適の生活を送ったそうですが収入源はなんだってんでしょうか?
本家の隠居扱いで、徳川公爵家から生活費をもらっていた。

>と言うか、一国の将軍がその職を追われた時それまでの財産というかそういうものはどうなってしまったんでしょうか?
江戸幕府はつぶれたけど、徳川家が無くなった訳じゃないからね。
財産は慶喜の跡を継いだ田安亀之助が引き継いだ。
でも徳川本家、水戸、尾張、紀州の中で、一番遺産を受け継いでいたはずの本家なのに
余り物が残っていないという話も聞いたことがある。

>また、徳川家の子孫はたくさん居ると聞いていますが今でも本家と御三家では家紋は違うのでしょうか?
これはしらないので他の方のフォローを待つ。
745日本@名無史さん:2006/06/04(日) 00:36:46
日本の近代国家の成立は明治ですが
それ以前の国家の概念での日本の成立はどうなってますか?
746日本@名無史さん:2006/06/04(日) 00:44:01
>>741
華族は税金で食えるのですか?
747日本@名無史さん:2006/06/04(日) 00:52:23
>>746
没落華族も多数いる。
748日本@名無史さん:2006/06/04(日) 00:58:42
>>745
元首中心の国家という統一国は日本が最初です。
749日本@名無史さん:2006/06/04(日) 01:50:50
>>747
そういうことではなくて、>>741氏のレスから想像するに、華族は華族という
身分であるというだけで、国家が養ってくれるように聞こえるのですが、
戦前は華族に対しても、皇族みたいに毎年国家から一定の額の金品等が
支給されていたのでしょうか?
750日本@名無史さん:2006/06/04(日) 01:56:54
天皇の血が繋がっていないのは
いつまでさかのぼればありますか?
751日本@名無史さん:2006/06/04(日) 04:38:40
>>750
「実父が天皇でない天皇」という意味ならば、今上陛下から六代前の光格天皇がいます。
光格天皇の父は閑院宮典仁親王。祖父は閑院宮の初代、直仁親王。
曽祖父になってようやく東山天皇。
余談ながら、この閑院宮家は皇統断絶を憂えた新井白石の建白で
江戸時代中期に創設されたもので、三代目で早速役立った訳ですが、
何分にも新設宮家のため地位が低かった。
その為、光格天皇は父典仁親王に太上天皇(上皇)を追贈しようと
しますが、「天皇でなかった宮に上皇など」と松平定信に反対され
「尊号一件」と呼ばれる紛議事件になりました。
752日本@名無史さん:2006/06/04(日) 09:07:50
天皇家の万世一系は、学問的に言えば、全くの虚偽らしいですが、
決定的に万世一系ではない、男系が途絶えていると言える天皇は
どこ当たりなんでしょうか?
753竜之介 ◆87xY9YGmUQ :2006/06/04(日) 09:16:33
竜之介様が日本史板を制覇するぞ!!!

これまでの業績(すべて日本史板)

上杉謙信が上野(群馬)を支配していたことに萌える
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1148197411/l50
日本史の本質について語るぞ!!!
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1149082009/l50
日本史のタイムリーな記事を集めるぞ!!!
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1149379345/
754日本@名無史さん:2006/06/04(日) 15:03:33
>>752
一番途絶えてる可能性が指摘されやすいのは継体天皇。
継体のところで皇統は絶えているから、現在の天皇家はそれ以前の皇統とは
血縁的に繋がりがないと主張する人もいる。
もちろん男系で繋がっていると肯定的に考える人もいるが。

ちなみに継体の皇后(欽明の生母)は前代の武烈の姉妹であり、少なくとも
女系を介せば確実に継体以前とそれ以後は繋がってはいる。
しかし女系を介せば繋がっていることには目をつぶり、ことさらに継体での
皇統断絶を主張する人に限って、現在の皇位継承問題に関しては
女系容認論者(女系を介しても皇統は断絶しないと主張する人)だったりする
ことが多いから笑えるのだが。
755日本@名無史さん:2006/06/04(日) 15:09:24
笑いのポイントがよくわからん
756日本@名無史さん:2006/06/04(日) 15:33:11
天オタを相手にする香具師なのだから
独特の諧謔心をお持ちなのでは?
757日本@名無史さん:2006/06/04(日) 18:33:56
書籍について語るスレってあります?
「本」では検索しても・・・
758日本@名無史さん:2006/06/04(日) 18:47:49
国会図書館のOPACで『安土町史』を検索しても出てこないのですが、
これって国会図書館には置いてないってことなんですか?
759日本@名無史さん:2006/06/04(日) 22:27:37
>>752
754よりも前の話になるが、応神天皇の父親は正史によれば仲哀天皇の子供ということになっているが、生まれたのは父親がなくなってから1年半後
まあ応神天皇以前はそもそも「本当にいたのかどうかわからない」から気にする必要も無いけど。
あと、天武天皇は天智天皇の弟ではないという説を飛ばしている人もいます。

>>755
エーとねえ、要するに矛盾してるんだよ、「昔の女系は認めないけど居間女系だからといってどうなんだ」って。
認めるなら継体天皇の嫁が天皇の娘だったのだから、その子供と「母方の祖父」の血統は続いているはずなのに否定しておきながら
愛子様が産んだ子供は「母方の祖父は皇太子でんかなのだから」「皇太子殿下の血統は続くことになる」といってるわけだ。
ちなみに、継体天皇を「初代」としたら、天皇陛下で100代目
継体天皇は神武から初めて25人目
760日本@名無史さん:2006/06/05(月) 06:15:54
それは矛盾する解釈しかできないお前の頭が笑えるな
761日本@名無史さん:2006/06/05(月) 14:31:20
たまたま 1969年初版の亀井勝一郎著、大和古寺風物誌(大和書房)の薬師寺の項
(昭和17年秋)を読んでいて、天武は天智の母の弟で、天智の第2女を皇后に
していて、この第2女が後の持統と書いてあった。「飛ばしている人」は64年も
前からいたんだねえ。
762日本@名無史さん:2006/06/05(月) 22:20:22
ふと気になった疑問です。
本能寺と二条城を囲んだ時の光秀の手勢、
どこから湧いてきたんですか?

中国に投入する予定で動員した兵の転用らしいのですが、
明智家譜代の家臣にしては数が多いですし
丹波や近江の所領は召し上げられてますしこれは一体。
763日本@名無史さん:2006/06/05(月) 23:30:13
>>749
んなわけない。禄が無くなったときに、士族と同じく金禄公債が出てるけどな。
だから、経済的に成功した藩士からの援助がない貧乏大名や
公家上がりの華族(こいつらは貧乏慣れしてるけどな w)は超貧乏。
宮中でパーティーする度に銀の食器が減った。

ちゅーわけで、財界の有力者と娘を嫁がせて閨閥作ったり、
あとは貴族院議員の歳費目当てに華族サークル内で選挙活動してみたり、
(伯爵以下はそれぞれの爵位の中で互選で選ぶ)
どうしようもない場合は、爵位返上というのも昭和に入ってからは珍しくない。

そもそも男爵程度じゃ受け継いでも、正直大したメリットないので、
(特に一般人上がりの功労者の場合)
息子が継がないというケースも多々ある。北里柴三郎なんかもそうだな。
764日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:22:31
北里はバカ息子が原因でil||li _| ̄|○ il||li

765日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:33:15
いつも親切丁寧に教えていただいてありがとうございます。
またまた質問です。
徳川家の15人の将軍の中で家康は東照宮で他の13人は
菩提寺の寛永寺か増上寺のどちらかに祀られていますよね
それなのになぜ家光だけが輪王寺なのですか?
766日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:42:10
>>765
日光東照宮を建造したからでしょ、日光輪王寺も元は日光東照宮。
767日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:42:41
輪王寺は維新前まで東照宮の一部(という言い方はおかしいかも)
まつってある建物がお寺さんタイプだったので神仏分離時輪王寺の所有になった
768日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:51:53
なるほど・・・そうすると他の将軍は「入れなかった」といった感じなんでしょうかね
769日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:52:48
近世思想史について語るスレってありますか?
国学・儒学(朱子学・陽明学・古学)・崎門学・水戸学など
総合的に語れるスレがあったら誘導お願いします。
770日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:18:13
>>763
じゃあ時々目にする「華族は税金で食ってた」とか
「華族が増えると国家財政が逼迫する」とかいうようなレスをしてる奴は、
基本的にみんなバカかウソ吐きと考えていいんですか。
771日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:28:28
>>768
必要要件は徳川本家で正室の子という本家嫡流の血筋なんじゃないの。
772日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:33:51
確かにそういう点では家光だけですもんね・・・でも将軍たるものその辺も自由になったのではないかと思うですが・・・
773日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:37:09
>>770
公爵や侯爵の場合は無選挙で貴族院議員になりますので、
議員俸給があります。その事が拡大的に解釈されているのでは。
774日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:38:58
>>772
階級社会の守護者である将軍が階級を否定する事はできません。
775日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:43:46
将軍にも階級があったってことですか?出身家とかで?
776日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:45:41
公爵議員と侯爵議員は歳費がないと記憶しているが。
777日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:59:58
>>770
まぁ明治の初めはこの俸禄が支出の約20%だったとかで、
税金で食っていたとか国家財政を逼迫していたというのは
まぎれもない事実。
んだもんだから、当初からせっせと改革が行われていた。

確かに財産を保護する法律はあったけれど、大名華族たちに
とっちゃデカイ屋敷や庭園や財宝やらの維持費や女中さん
たちの人件費が大変。昔と違って税収があるわけじゃない
んだし。

しかもこれらを売却できず抵当にも出せない法律だったもん
だから、借金の返済も商売の資金繰りもままならない。逆に
地位が足枷になっていたのよ。それでも品位を保たねば
世間体があるから、食器の猫糞(ねこばば)という涙ぐましい
話もあったので。

貴族院議員という特権があればまだよかったけれど、戦後それが
なくなったら、もう誰も華族の地位にしがみつこうとはしなかった。
ましてや、下級の華族はね。
778日本@名無史さん:2006/06/07(水) 01:01:57
>>777
なにか参考資料はありますか?
779日本@名無史さん:2006/06/07(水) 01:10:12
何で九州の日田とか東北の山奥とかが
天領だったの?
780日本@名無史さん:2006/06/07(水) 01:17:58
日田は交通の要所だからじゃね?
781日本@名無史さん:2006/06/07(水) 02:21:25
>>779
東北の山奥は寡聞にして知らず。
782日本@名無史さん:2006/06/07(水) 04:16:42
貴族院議員は華族以外はどうやってなるのですか?
大正天皇昭和天皇も皇太子の頃貴族院議員だったそうですが。
皇族は貴族院議員をやらなければいけないとかあったのでしょうか?
783日本@名無史さん:2006/06/07(水) 04:48:41
貴族院構成者
・皇族(成年男子)
・華族
 ・世襲の公爵・侯爵
 ・同爵者から互選された伯・子・男爵
・勅任議員
 ・勅選による国家への功労者・学識者
 ・多額納税者の互選
 ・帝国学士院会員の互選
784日本@名無史さん:2006/06/07(水) 10:56:22
>>766
>日光輪王寺も元は日光東照宮

日光山は天平神護2年に勝道上人が開山した山岳霊場。
空海が弘仁5年に「沙門勝道山水を経て玄珠を瑩く碑 並びに序」を記し、
鎌倉期から法親王の入寺するなど、東照宮よりもはるかに古い歴史がある。

天海が輪王寺に入り、一山を管理することとなり、さらに東照社造営によって、
日光の僧侶はその奉仕者、二荒山神社は地主神と位置づけられた。
後水尾天皇皇子尊敬親王が、日光・上野の輪王寺門跡となったことで、東照宮と改称。
日光一山が輪王寺門跡の配下におかれていたから、輪王寺・二荒山神社・東照宮は
一体の関係。
神仏分離によって東照宮から二荒山神社と満願寺(後に輪王寺と改称)が独立し、
現在の状態になった。
785日本@名無史さん:2006/06/07(水) 12:36:00
「五色の賤」というのは誰かの造語ですか。
それともどこかの律令に記載のあるものですか。
ご教授願います。
786日本@名無史さん:2006/06/07(水) 15:01:08
邪馬台国についての研究って、平安時代以前にあったんですか?
また、これ以降ならいつから始まったんですか?
787日本@名無史さん:2006/06/07(水) 15:15:30
邪馬台国論争は江戸時代からです。
788日本@名無史さん:2006/06/07(水) 19:56:43
語呂をまとめたサイトありませんか?
789日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:28:00
花魅などについてのスレはありますか?
790日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:41:31
間違えた。訂正
花魅→花魁
791日本@名無史さん:2006/06/08(木) 09:48:19
792日本@名無史さん:2006/06/08(木) 10:08:12
>>789
スレではなくてサイトですが
http://kyoto.cool.ne.jp/tukasa21/
京都ですので花魁ではなく太夫ですが。。。
結構おもしろい。
793日本@名無史さん:2006/06/08(木) 12:21:16
>>762
丹波・近江の所領が取り上げられたという記事は元禄期にかかれた
『総見記』や『明智軍記』に初めて載ってるので信憑性は薄い。
新しい領国が安定するまでは旧領は安堵しておくのが信長の基本的なやり方です。
794日本@名無史さん:2006/06/08(木) 14:02:13
数年前に花魁とか吉原で検索したら。
現役泡姫のサイトがとても詳しくて・・・
795日本@名無史さん:2006/06/08(木) 17:44:26
いわゆる風俗店ができたのは江戸時代からですか?個人的売春は除いて。
796日本@名無史さん:2006/06/08(木) 18:49:56
豊臣秀頼の長女について。
(生母は千姫ではなく、側室。
おいちゃと呼ばれる人物で、成田氏に縁ある女、
あるいは秀吉の側室であった甲斐殿、等の説あり)
この姫は後の天秀尼ですが、名前が奈阿姫と千代姫との説があります。
これはどちらが有力なのでしょうか?
あるいは、小説で用いられた名前なのでしょうか?
(たとえば、諏訪御寮人が「湖衣姫」「由布姫」と小説によって違うように)
知っていらっしゃる方がいたら教えてください。
よろしくお願いします。
797日本@名無史さん:2006/06/08(木) 18:51:51
798日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:52:15
私の住んでいる地域は江戸時代中ごろから天領なんですが、
大名が転封後、天領にするという意義・意味ってどういうもんなんでしょうか?
天領にするための判断とはどういうものなのかを知りたいのです。
799日本@名無史さん:2006/06/09(金) 04:59:52
空海は何のために最澄に風信帖を送ったのでしょうか?
800日本@名無史さん:2006/06/09(金) 12:38:41
侍がいた時代に、
「龍」と「寛」が入ったお金?四文字熟語?がありますか?
教えて下さい
801日本@名無史さん:2006/06/09(金) 19:59:36
>>792
ありがとうございます
802日本@名無史さん:2006/06/10(土) 14:14:37
幕末はなんで家臣たちの一存で藩が動いているんですか?
桂とか西郷とか大久保とか江藤とか後藤とか。
江戸中期とかは上杉鷹山みたいに藩主が動いてるのに・・・
803日本@名無史さん:2006/06/10(土) 22:38:54
>798
それくらいぐぐれボケ
804日本@名無史さん:2006/06/11(日) 00:52:12
>>802
バカ殿の指示を待つより、身分は多少低くても、
有能な人間を使わないとこれからヤバいという程度の危機感はあったってこと。

黒船が来る前から、外国船は度々日本沿岸に来てて、
その軍事力について、伝聞とはいえある程度の知識はあったのだから,、。
805日本@名無史さん:2006/06/11(日) 00:59:50
島津に暗君無し
806日本@名無史さん:2006/06/11(日) 11:00:27
殿様→時勢に対応できない
家老→時代遅れ
普通の家臣→江戸とかに遊びにいったりして流行を感知。
よって、殿様や家老を言いくるめたってのが幕末の実情ですか?
807日本@名無史さん:2006/06/11(日) 11:54:04
>>802
薩摩藩は特殊だからなあ。
大久保・西郷に対し、
藩主の父の久光が「国父」という立場から制約をかけていたよ

その前だと斉彬がいるし
808日本@名無史さん:2006/06/11(日) 20:55:26
NHKの大河ドラマ、葵徳川では公式の場ではみんなしゃべりが狂言風?の
文語調でしたが方言とかあるから「共通言語」として実際にあんなしゃべり方
してたのでしょうか?
809日本@名無史さん:2006/06/12(月) 08:29:37
中学の歴史の教科書ってどこで手に入りますか?
810日本@名無史さん:2006/06/12(月) 13:46:35
土佐は郷士と上士に分かれていて、郷士は差別を受けていたって幕末の作品に
必ずといっていいほど書かれていますが、郷士って主君の禄をもらってないんでしょ?
百姓同然の身分のものが勝手に侍の格好して、正規の侍にバカにされて怒るのは筋違いだと
思うんですけど…
811日本@名無史さん:2006/06/12(月) 14:40:29
>>809
書店

>>810
郷士は戦国のころから、変わらず武士である。
上士=山内家家臣 郷士=長宗我部家家臣
もっとも、坂本龍馬の出自である、坂本家のように武士株を買った奴もいなくはないが、基本的に勝手ではない。
812日本@名無史さん:2006/06/12(月) 17:51:24
質問です。
松尾芭蕉で知られる伊賀松尾氏と
九州に多い松尾姓の間には
何か関係があるんですか?
813日本@名無史さん:2006/06/13(火) 05:34:01
飛鳥〜奈良時代の朝廷人の、北東北以北に関する地理知識はどんなものだったんでしょうか?
本州は中国などと繋がっていない島だということや、北海道の存在は知っていたのでしょうか?
814日本@名無史さん:2006/06/13(火) 10:54:06
>>813
『続日本紀』に出てくる「渡島津軽津」からみて一応北海道の存在は認識していたかと
現在の余市町あたりに律令制最北端の役所があったという説もある
815日本@名無史さん:2006/06/13(火) 10:59:15
>>814
余市は苦しいだろう。さすがに。
816日本@名無史さん:2006/06/14(水) 00:08:33
質問。
よく小説なんかで王家に双子が生まれて王位を奪い合うみたいな展開ってあるけど
今まで天皇家に双子とか三つ子とか四つ子とか以下略…
が生まれたことってあるのでしょうか?
817日本@名無史さん:2006/06/14(水) 01:49:46
>>816
三笠宮殿下に双子の妹が・・・。
詳しくは山本静山でググれ。
818日本@名無史さん:2006/06/14(水) 02:36:33
傍系になるけれど
大正時代の伏見宮家には双子の姉妹がいたはず
819日本@名無史さん:2006/06/14(水) 06:11:46
仁明天皇と淳和天皇の皇后正子内親王も双子じゃない?
820日本@名無史さん:2006/06/14(水) 09:11:11
>>817-819
816です。ありがとう。
821日本@名無史さん:2006/06/14(水) 09:28:02
>>813

>蝦夷地が初めて歴史上に登場するのは斉明五年(659年)の阿倍比羅夫により後方羊蹄(しりべし)に郡領設置という
822日本@名無史さん:2006/06/14(水) 09:35:49
>>812

ひとが2人以上住むところでは地名が発生する。
例えば「あの『二本松』のところで逢おう」という具合に。
松尾とは「松生」、つまり松の生えているところ、というに過ぎない。
全国に何万箇所あるか知れたものではない。
そこに住んだ人が、おのおの松尾さんと呼ばれるだけ
823日本@名無史さん:2006/06/14(水) 17:47:22
>>816
そういうストーリーは小説にあるだけ。
実際には、双子が産まれると〔畜生腹(ちくしょうばら)〕と言って、片割れを殺すしきたりとなっている。
824日本@名無史さん:2006/06/14(水) 19:37:31
大日本帝国憲法は現在のなんという国名のなんて憲法を参考にしたんですか?教えてください
825日本@名無史さん:2006/06/14(水) 20:05:06
>>814-815 >>821
続日本紀ですか。ありがとうございました。
比羅夫(なぜか変換できる)はオホーツクまで行ったような推測もありますね……
826日本@名無史さん:2006/06/14(水) 20:17:29
>>824
今は無き国の憲法を参考にしているので、答えようがない
827日本@名無史さん:2006/06/14(水) 20:37:50
>>826
レスありがとうございます テストにでるんでしりたいんですよ。プロシア憲法らしいのですが…
828日本@名無史さん:2006/06/14(水) 21:00:30
どこの国の憲法なんですか?
829日本@名無史さん:2006/06/14(水) 21:39:06
>>828
旧プロイセンは現在ポーランドとロシアに分割されてる
830名無しさん:2006/06/14(水) 22:16:39
山川出版社の「流れがわかる日本史Bノート」の43〜46の解答を教えてください(;´∩`)
831日本@名無史さん:2006/06/14(水) 23:10:35
プロイセンて、ドイツですらなかったのか・・・知らんかった。
832日本@名無史さん:2006/06/15(木) 01:42:14
>>831
ドイツの一地域であったブランデンブルク選帝侯国(首都:ベルリン)が
プロイセン公国(首都:ケーニヒスベルク)を統合して成立した国が
プロイセン王国(首都:ベルリン)。

同様の例として、イタリアの一地域であったサヴォイア公国(首都:トリノ)が
サルデーニャ島を統合して成立した国が
サルデーニャ王国(首都:トリノ、のちローマ)。
833日本@名無史さん:2006/06/15(木) 14:24:31
ブランデンブルクが力を持つようになって王号を要求したとき、
神聖ローマ皇帝が「ドイツ国内の王号を認めるわけにはいかねー」と主張したんで、
プロイセンの王(当初はそれもダメで、「プロイセンにおける王」)になった。
あくまで中心はブランデンブルクだな。
本来の意味でのプロイセンは第一次大戦で西半分をポーランドに、
第二次大戦で残りの部分をポーランド、ソ連(ロシアとリトアニア)に譲渡され、今はドイツ領ではない。

というわけで、
>>828
どこの国の憲法、と聞かれたらプロイセン(プロシア)としか言いようがない。
現在のどこ、といわれると、
政治的に繋がっているドイツを答えて欲しいのか、
領域的にその地域にあたるドイツ、ポーランド、ロシア、リトアニアを答えて欲しいのか、
それはその時による。
日本史の質問として求められてるんだろうから「ドイツ」と答えて欲しいのかなあと思うが……
834日本@名無史さん:2006/06/15(木) 15:15:11
>>833
> 本来の意味でのプロイセンは第一次大戦で西半分をポーランドに

西半分の大半、だね。
プロイセン領の西端にあるブランデンブルク辺境伯領の
西半分は、首都ベルリンも含めブランデンブルク州として
今のドイツに残ってる。
833本人は

> 領域的にその地域にあたるドイツ

とも言っているから誤解しているわけではないんだけど、
読む人が誤解しないように補足。
835日本@名無史さん:2006/06/15(木) 15:35:35
中高生の質問に迂遠に(精確だけどw)答えるおまいらが好きだ
836日本@名無史さん:2006/06/15(木) 16:33:50
江戸時代くらいまでの情報伝達速度ってどんなものだったのでしょうか?
元号が変わったとか将軍が変わったとか・・・江戸や京都で起こったことが
北の端、南の端までどれくらいで伝わったんでしょうか?
837日本@名無史さん:2006/06/15(木) 16:38:48
>>833
>神聖ローマ皇帝が「ドイツ国内の王号を認めるわけにはいかねー」と主張したんで、

神聖ローマ帝国の領域内でもベーメン(ボヘミア)は王号ではなかったかと。
でもベーメン王は17世紀以降は完全にハプスブルク家の世襲だが。
838日本@名無史さん:2006/06/15(木) 19:53:44
携帯使ってのカンニングへの協力乙
839日本@名無史さん:2006/06/15(木) 20:00:37
日本が昔大陸続きだったのって何でですか?
840日本@名無史さん:2006/06/15(木) 20:02:16
氷河期で海面が今より低かったから。
841日本@名無史さん:2006/06/15(木) 20:05:18
誰か答えてあげて下さいwww
51:名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/06/15(木) 19:42:34 ID:JwMzXr8E [sage]
信長は相当焼き討ちにこだわってたようですが
それに、家来も気分次第で殺してるようですが
サディストでしょうか?
森蘭丸との仲はどのように考えられてるんですか?
本能寺の変
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1149962316/
842日本@名無史さん:2006/06/15(木) 20:56:45
失礼しますm(__)m裳階←の読み方がわかりません!!pcないので携帯で調べまくったんですがわからないんです↓わかる方いらっしゃいましたら教えて下さいm(__)m
843日本@名無史さん:2006/06/15(木) 21:51:50
そもそも日本史レベルなら、「ドイツの一国であるプロイセン」と知っておれば十分。

おまいら、迂遠だぞ。
844日本@名無史さん:2006/06/15(木) 22:20:20
イギリスだって、上院や華族制度で「参考」にしてる。
845833:2006/06/15(木) 22:51:04
>>837
ドイツ国内=神聖ローマ国内ではないよ。
846日本@名無史さん:2006/06/15(木) 23:04:41
>>845
少なくとも、ドイツ王への即位が自動的に神聖ローマ帝国の帝位を意味する
ようになったフェルディナント1世以降はイコールなんじゃないの?

それに仮にイコールじゃなくても、ベーメンはウィーン体制下のドイツ連邦にも
含まれているので、当時はドイツの一部という認識じゃない?
847833:2006/06/15(木) 23:13:50
>>846
プロイセンが王号獲得したのはウィーン体制より100年以上前なんだが……
あとドイツ王への即位だけで皇帝を自称したのはフェルディナンドからじゃなくてマクシミリアンからではなかったか。
まあ、ボヘミアをどう扱うのか、というよりは帝国とドイツの関係は凄く微妙だし、
それこそ日本史の初心者質問スレで深く検討する話じゃないと思う。

とりあえず、スペイン継承戦争の時にブランデンブルクの王号獲得に関して皇帝がゴネたのは事実だ。
848日本@名無史さん:2006/06/15(木) 23:22:34
>>842

「もこし」
849日本@名無史さん:2006/06/15(木) 23:33:01
>>848本当にありがとうございますm(__)m助かりました(T_T)
850日本@名無史さん:2006/06/15(木) 23:34:54
日本の歴史が終わってしまうかもしれません

★緊急事態発生!!日本に朝鮮人が押し寄せる法案が可決間近!?★

自民党が本来推進していた「北朝鮮人権法案」とは、北への「経済制裁のみの法案」でした。
これに対し民主党も二月に「北朝鮮人権侵害救済法案」として「独自案」を国会提出。
これは「脱北者を難民と認定し、日本の定住資格を与える」という条項を盛り込んだものです。
法案成立を急ぐ自民党は、ここへ来て民主案(脱北者支援)も受け入れる考えに方針を転換…
脱北者支援について「施策を講じるよう努める」の明記で合意しました…

スパイ防止法さえ無い日本が脱北者の移住を支援… orz

そんなことをすれば、どの様な事態に発展するかは火を見るより明らか!
法案は6/16可決予定です!時間が有りませんので今直ぐ抗議行動に結集して下さい!!

まとめブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/japan_20060613
851日本@名無史さん:2006/06/16(金) 04:38:19
>>847
>プロイセンが王号獲得したのはウィーン体制より100年以上前なんだが……
そういうことが言いたいのではなく、当時のヨーロッパ人の認識としては、ベーメンはドイツの一部という認識ではなかったかということ。
そうした認識を探るには1815年のドイツ連邦の領域は重要。
神聖ローマ帝国の領域内だった地域でも、ドイツではないと認識されていたと見られる南ネーデルラントやイタリア方面は除外している。
特にロンバルディア地方なんて、元々神聖ローマ帝国の領域内で、しかもウィーン体制下でもハプスブルク家の領土なのに除外されている。
そういうなかで、ベーメンが除外されていないのは、ここがドイツの一部と見なされていたからに他ならない。
もっとも「スペイン継承戦争の時点ではベーメンはドイツの一部たり得なかったが、認識が劇的に変化して19世紀にはドイツの一部と見なされるようになった」
というようなことが積極的に証明できれば別だけど。

>あとドイツ王への即位だけで皇帝を自称したのはフェルディナンドからじゃなくてマクシミリアンからではなかったか。
自称としてではなく、ローマ教皇公認の上で正式に神聖ローマ皇帝への戴冠式と
ドイツ王への戴冠式がイコールになったのはフェルディナント1世から。

852日本@名無史さん:2006/06/16(金) 08:35:24
>>840
サンクス
853日本@名無史さん:2006/06/16(金) 09:48:09
847とは別人ですが。

>>851
しかしボヘミアは結局18世紀末までReichskreiseに
入らなかったんじゃなかったかな?
その意味では、スイスやイタリアの帝国領と同じ扱い
(帝国の領域外とまでは言い切れないけども)。
18世紀初頭の時点で、
Kreisであるブランデンブルクでの王号とは
法制度上の違いがあるのは当然でしょう。
854日本@名無史さん:2006/06/16(金) 14:47:58
教えてください。
「諸本集成倭名類聚抄 外篇 日本地理志料」
京都大学〜国文学〜臨川書店刊 
を読んで古代の地名等調べています。
これは古代史の書籍として信用されていますか?

あと古文翻訳は疎いのですが、読み間違いの為か、時々あっと驚く内容があります、
確認の為上記を翻訳した物は発行されているでしょうか?
855日本@名無史さん:2006/06/16(金) 19:01:07
身分の高い公家や武将などの法名はだいたい
「○○院殿〜」
になっていますが、読み方は
「○○いんでん」なのか
「○○いんどの」のどっちなのでしょうか?
856日本@名無史さん:2006/06/16(金) 21:33:26
質問です。

日光東照宮には豊臣秀吉が祀られていますが、これは何故なんでしょうか?

徳川家康が豊国神社を潰し、秀吉の墓を暴いた行為を、今度は新政府が徳川家康
に対してなされることを恐れたのかなぁと個人的には思っているんですが・・・。
857日本@名無史さん:2006/06/16(金) 22:54:40
858片岡あゆみ:2006/06/16(金) 23:10:08
江戸時代生まれの最後の人は有名なので知ってますが。
江戸時代の武士で一番最後まで生きた人は、いったい昭和何年までご存命だったんでしょうか?

又第2世界大戦が終わった後でもマダ生きて残ってた、江戸時代の武士は居てたんでしょうか?
教えて下さい。
859日本@名無史さん:2006/06/16(金) 23:58:41
柴五郎閣下
860日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:01:21
>>858
請西藩藩主・林忠崇(1848-1941)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E5%BF%A0%E5%B4%87
武士をやっていたというならば、この人が最長じゃないかな。
1867年、20歳で家督を継いだ。

大溝藩藩主・分部光謙(1862-1944)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%86%E9%83%A8%E5%85%89%E8%AC%99
9歳で藩主、それも維新後に僅か4日勤めただけだが、
大名としてはこの人が最後かと。

柴五郎(1860-1945)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E4%BA%94%E9%83%8E
元服前に維新を迎えたから武士ではなかったが、こういう人もいる。
おそらく、帝国陸軍大将としては最も壮絶な人生を歩んだ人。

これ以上の回答を訊きたかったら、ここへ行ってくれ。

武田信虎・土岐頼芸――長生きは愉しい
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1028049326/l50
861日本@名無史さん:2006/06/17(土) 02:28:23
織田信長と池田恒興が乳兄弟なのに年齢が違うのっておかしくないですか?
862日本@名無史さん:2006/06/17(土) 02:57:11
信長は確か2,3歳まで(うばのだが)母乳飲んでいたとか聞いたことある、母乳は生まれる前から2年くらいは出る。
まあ、詳しくは知らないが2歳程度下ならありえない話ではないな。

863日本@名無史さん:2006/06/17(土) 06:23:45
>柴五郎(1860-1945)

歴史街道で持ち上げられすぎ。キモかった。
864日本@名無史さん:2006/06/17(土) 06:31:59
>>854
『倭名類聚抄』自体は一級史料です。
但しお示しの物は、それに江戸時代の註釈が加えられた物です。
といっても優秀な学者によるものなので、信頼度は高いです。
もちろん全てが正しいわけではありませんが。
ちなみに現代語訳はないです。そんなに難しい文体でもないと思います。
総じて漢文史料の現代語訳というのは、ほとんど無いと考えて下さい。
我々の先祖の書いたものなので、慣れれば簡単です。
865日本@名無史さん:2006/06/17(土) 11:45:22
>>864 854です、古文は難しいですね。
平安期に作られ、江戸期に追補された。
一級史料ですね。ほっとしました。
有難うございます。
866日本@名無史さん:2006/06/17(土) 12:34:53
景行天皇について伝説民話などを教えてください
(不知火伝説だけ知っています)
867日本@名無史さん:2006/06/17(土) 21:24:08
本能寺の変の情報が全国に行き渡るまでにどれくらい時間がかかったので
しょうか?
868日本@名無史さん:2006/06/18(日) 11:04:04
何か最新の歴史勉強に良い本を教えて
869日本@名無史さん:2006/06/18(日) 13:41:21
>>867
面白い着眼。
しかし関東の北条や薩摩の島津は殆ど関心を示さなかったんじゃあるまいか。
たとえ分かっても、ヘエーてなもんじゃなかろうか。
光秀が手紙を出したとしても源氏系の家だろうから、佐竹あたりへは出したかも
知れないが、動きは取れまい。後に秀吉の北条攻めでうまいことやった津軽は
敏感に情報収集していて1ヶ月とかではなくもっと早く知ったかも知れない。
(敏感なところは知っていて、そうでなければボーっとしていたと想像。だから
それなりの武将が天下に威令を示すにはギョウギョウしい行列でデモンストレー
ションしたんだろう)
伊達政宗は秀吉に出て来いと言われてやっと小田原へ出てきた程度だった。
870日本@名無史さん:2006/06/18(日) 14:48:00
北条は信長が死ぬといっきに滝川と戦ってるじゃん
871日本@名無史さん:2006/06/18(日) 16:46:57
学校で使う資料集とかによく見ないとわかんないぐらいの小ささで出てくる、
「インドの高僧ボダイセンナ」って何者?
この時代にインドとの交流があったのか?
だったら、なんで後の時代には無くなってしまったんだ?
距離だけみれば鑑真よりすごくね?もっと注目されてもよくね?
872日本@名無史さん:2006/06/18(日) 16:54:16
菩提僊那【ぼだいせんな】
704‐760(慶雲1‐天平宝字4.2.25) 渡来僧。南天竺出身,婆羅門僧正と称される。唐で修行中,遣唐使の要請に応えて,林邑僧仏哲・唐僧道らとともに736(天平8)来日。大安寺に住す。751(天平勝宝3)僧正となり,翌年東大寺大仏の開眼導師を務めた。

もうひとつおまけ。
南天竺婆羅門僧正碑并序【みなみてんじくばらもんそうじょうひあわせてじょ】
菩提僊那(婆羅門僧正)の事績を記した碑文。770(神護景雲4)弟子の修栄撰。師の遺言にしたがって八大菩薩像を作り,さらに師の形像を完成させたのを機会に作成された。
873869:2006/06/18(日) 18:07:53
>>870
浅学がバレタ。勉強し直しました。
6月 2日 本能寺の変
6月 9日 滝川一益、変を知り上洛敢行?
6月13日 光秀大山崎で敗戦
6月16日 滝川ー北条 第一戦
8月19日 第二戦、一益軍敗れる
874日本@名無史さん:2006/06/18(日) 20:54:01
大河ドラマみてておもったんですが、三宝師って織田家相続してその後どうなっちゃったんですか?
875日本@名無史さん:2006/06/18(日) 21:10:52
織田有楽だって残ったんだから、小藩として残ったんじゃないの?
今川家だって現存してるらしいし。



ところでさ、どうして1.2万もの大群が迫ってるのに
本能寺の信長は気付かなかったの?   ネタ?
876日本@名無史さん:2006/06/18(日) 21:15:02
>>874
三法師&織田秀信で調べればスグに分かります。
877日本@名無史さん:2006/06/18(日) 21:16:16
>>874
秀吉の庇護のもと、文禄元年に岐阜城主となる。
関ヶ原の戦いで西軍に加担し籠城するも、福島正則らの攻撃を受けて開城。
剃髪して高野山に入り、慶長10年同地で没。
878日本@名無史さん:2006/06/18(日) 22:38:48
戦国時代に会津若松から大坂へ向かった場合、
徒歩でどれくらいの日数で行けるのでしょうか?
879日本@名無史さん:2006/06/18(日) 23:21:45
秀吉の第一子鶴松は三歳で死亡していますが、
彼はそれまで「お捨」と呼ばれていたのでしょうか。
それともすでに「鶴松」と呼ばれていたのでしょうか。
幼名は元服前までの名というので、やはり「お捨」でしょうか。
880日本@名無史さん:2006/06/19(月) 00:39:18
>>869
北条うんぬんについての浅学は分かったんだけど

>>光秀が手紙を出したとしても源氏系の家だろうから

これの根拠となるソース頂戴。
たしかに光秀は足利義昭に仕えててその後信長に仕えたという経緯はあるけれど、
実際にたくさん味方が欲しい時期に、あえて源氏系にこだわって書状を送ったのだろうか?
つーかそもそも毛利への書状をうばって本能寺の変を知った(このあたりは詳しくないのでわからないけれども・・)
秀吉が光秀を討ったわけなのだけれども、毛利は源氏じゃないんじゃない?
その当りソースあるなら教えてください。
881日本@名無史さん:2006/06/19(月) 11:35:03
>>880
現在わかっている明智が出した信憑性の高い唯一の書状は
上杉氏宛のものだけど、
上杉は源氏か?


>たしかに光秀は足利義昭に仕えててその後信長に仕えたという経緯はあるけれど、
>実際にたくさん味方が欲しい時期に、あえて源氏系にこだわって書状を送ったのだろうか?
>つーかそもそも毛利への書状をうばって本能寺の変を知った(このあたりは詳しくないのでわからないけれども・・)
>秀吉が光秀を討ったわけなのだけれども、毛利は源氏じゃないんじゃない?
その説の1次史料はないんじゃないかな
882日本@名無史さん:2006/06/19(月) 16:23:13
>>881

>秀吉が光秀を討ったわけなのだけれども、毛利は源氏じゃないんじゃない?
>その説の1次史料はないんじゃないかな

毛利は大江氏系であり、源氏系ではない。
それに、源氏に書状を送ったといってるのは>>869であり、
>>880ではない。
883日本@名無史さん:2006/06/19(月) 18:36:13
初心者は歓迎するが半可通には厳しいスレだなw
884日本@名無史さん:2006/06/19(月) 23:19:51
>>880

一応土岐氏は源氏の流れってことになってます。
だから「同じ源氏同士」のつながりとかを考えたんじゃないの?869は。

ところで有名な「ときは今あめがしたしるさつきかな」の句が読まれたのは本当?ただの言い伝え?
885873=869:2006/06/19(月) 23:49:41
>>873
×8月19日
○6月19日

確認したいことが分からないので、書くのを控えていたんだが、ミスがあったので。

序に言えば、光秀は佐竹なんぞに手紙を出していないだろう。もし出すなら佐竹かな
ということ。光秀も多少学があり、平家物語、太平記くらい読んでいて、義昭の手法
を思い出していたら源氏系の佐竹を頼ったかも知れないと思っただけ。
元の質問が情報伝達の時間・日数にかかわるものだから、全国の主要点を考えないと
いけないだろうと思い、めぼしい武将を思い浮かべた。畿内動向に関心のある武将
豪族、あるいは言われると反応しそうなところはそんなになさそう。(いやあると
いう御仁があるなら挙げて頂くと助かる)
ぐぐって光秀が手紙を出したところを見たが、出て来ない。細川と筒井くらい。
それにしても信長の配下が攻めてくると思われるのに、公家に戦利品の金を配った
り悠長なこと。(で、情報を出す側からのトレースで到達日数を得るのは終わる
見たい。関係不明だが、光秀の家臣で佐竹出羽守というのが出てくる。)

情報を欲しがる側からのトレースでは、真田がある。一益の甥がいた沼田城が空い
たらすぐ取り返している。これが何日だったかが分からない。真田は忍者で有名
だから忍者がもたらしたか。北条にも忍者がいたかも分からない(幻庵が生きて
いたから何らかの情報活動があったと見たい。が90歳だから発言力は疑問)。
家康はマ現場にいたから置くとして、穴山梅雪の死など誰がどう知らせたんだろ
うと思った。
886日本@名無史さん:2006/06/20(火) 00:31:31
作文とかは苦手?>885
887885=873=869:2006/06/20(火) 00:55:02
神流川の戦いでぐぐっていたら
ttp://s42masa71.ld.infoseek.co.jp/rekishi/kannagawa.htm
の記述で、一益は上野の諸将を集めて事実を話したとある。
また別の記述では、一益は5日後(6月7日か)に変を知ったというのもある。
>>886
ぐぐれば分かることと重複しても冗長でしょう。
888日本@名無史さん:2006/06/20(火) 00:58:58
薪水給与令
これなんて読むの。あと内容を簡単に説明して。ペリーから三国干渉までを
水曜までにマスターせなあかん。どうしよう。
889日本@名無史さん:2006/06/20(火) 03:10:02
>>888
あきらめろ。
890日本@名無史さん:2006/06/20(火) 03:29:46
>>888
普段から興味を持っていれば勉強なんてさほど苦にはならないんだがねw
891日本@名無史さん:2006/06/20(火) 05:37:36
【しんすいきゅうよれい】1842(天保13)7月異国船打払を停止し、漂流船には薪水を給与し
援助することを命じた海防令。アヘン戦争の情報が日本に伝わり、憐恤を名目に発砲が
戦争につながるのを回避した。発令と同時に海防掛老中を置き,諸藩に海防強化を命じた。

【いこくせんうちはらいれい】1825(文政8)2月の海防令。外国船を二念なく打払うよう命じたところから
無二念打払令とも呼ばれる。前年の常陸大津浜の英捕鯨船員の上陸事件などから、国家間の
戦争には至らないという予想のもとに発令。アヘン戦争の情報が伝わると,天保薪水給与令に転換した。

ペリー来航後が海防強化がもっとも緊急課題となった時期で、江戸品川沖に台場が構築された。
海防問題は朝廷の発言力を高める糸口になり、はやくから伊勢神宮海防問題では幕府を越えて
津藩などに独自の指令を出すようになった。日米修好通商条約後も幕府は海防強化の後に鎖国に
戻ることを朝廷に約したため、海防は国是のようになり、攘夷に置換されるようになっていった。
892日本@名無史さん:2006/06/20(火) 13:33:25
調子にのるから厨房のテストにわざわざ答えんなよ・・・
893日本@名無史さん:2006/06/20(火) 13:34:42
じゃ、スレを立てろってことなのかい?
894日本@名無史さん:2006/06/20(火) 16:52:34
>>856
東照宮に豊臣秀吉・源頼朝を配祀するようになったのは
明治以後のことであり、創建当時の姿ではありません。
もともとは、東照大権現(徳川家康)を主祭神とし、相殿は相殿は
摩多羅神と山王権現を祀っていました。いずれも天台宗に
ゆかりの深い神です。

・摩多羅神(またらしん)…天台宗における常行念仏の守護神

・山王権現…近江国日吉神社の祭神。日吉大権現。延暦寺の鎮守。
天台宗の守護神と位置づけられる。

明治の初め、神仏分離に際して政府は朝敵の祖先を祀る東照宮は
廃絶すべしとの案もありましたが、地元の反対などにより
その計画は見送られました。
仏教的色彩の強い、摩多羅神・山王権現に変えて豊臣秀吉・源頼朝を
祀ったのも、そのような“朝敵徳川を祀る神社”というイメージを払拭したいがための
配慮ではないでしょうか。


神社の祭神は、その時々の情勢・意向によって、創建当時と異なる祭神に
差し替えられるのはよくあることです。
895日本@名無史さん:2006/06/20(火) 21:57:28
頼朝は家康公が尊敬していたから許すが
サルは成り上がり者だから許せん!
896日本@名無史さん:2006/06/21(水) 14:55:54
>>894
じゃあ靖国の最新を差し替えても全然問題ないですねwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
897日本@名無史さん:2006/06/21(水) 15:35:02
信長の三大自賛(白鷹と乱丸と…あと一つ忘れた)って、何がソースになっている話なんですか?
乱丸関連の逸話としてよく本に載ってたりするけど信憑性は?
898日本@名無史さん:2006/06/22(木) 10:31:57
桂昌院って徳川家の側室の中でも最も卑しい生まれだと言われてますが
本当に言われてるほど卑しい生まれなんでしょうか?
桂昌院の実家が本当に卑しい家柄であるなら、
どうして八百屋の父親が二条家の家司の本庄家と交流があったり
母親が本庄宗正の正式な後妻になれたのでしょうか?
そもそも本当に卑しい生まれの人がお万の方の侍女になれるのですか?
899日本@名無しさん:2006/06/22(木) 12:29:16
>>898
少なくとも、桂昌院は庶民に生まれ、庶民として育った。遺骨からも容易に推察できる。
卑しい卑しいと言っているが、そもそも八百屋というのは、穢多のように忌避すべき
人々ではない。桂昌院の実家がちょっとした資産家だった可能性は高いが、一介の庶民だ。

で、上の人というのはこういう人々とたくさん付き合うのが仕事だし、何かあったら身元を
引受けるのも仕事。「お前は何人養女を抱えているんだ」といいたくなるお大人も多い。
嫁にいけるのならさっさと嫁にやるのが人の道。第一、長々抱えていられない。
その中でも特に見込みがありそうな者だったら、優先的に上に紹介される。
器量良しは誰が見たって器量良し。紹介した側、された側、当の本人。
誰にとっても益になるのだから。

だから、侍女なんてこういった人々の養女というのがごく普通。
血筋なんてどうってことない。
900日本@名無史さん:2006/06/22(木) 17:44:08
>>898
お公家さんだって野菜くらい買うだろ。w
ていうのは冗談だけど、京都の街のシステムを理解してないからよくわかんないの。

京都の街ってのは、大店とよばれる比較的大きな商家が
長屋にたくさんの従業員や職人を住まわせることで成り立ってたの。
(このシステムは戦後、そしてバブル期まで尾を引くのだが、まあそれは別の話)

そしてこれらの商家がさまざまな社会システムを維持していたわけだ。
祇園祭や葵祭なんかも彼らによって維持されてきた代表的なものだな。

要は八百屋の娘って言った時点で、どちらかと言えば支配者層側だろうってこと。
当然、お公家さんとの社会的な関係を持つ機会も十分有り得る。
普通に野菜を買うってのもあるし、祭事関係でも考えられるわな。

長屋に住んでた職人や従業員の娘が将軍の側室にまでなったとすれば、
それはもっと珍しい話だろうけどな。
901日本@名無史さん:2006/06/22(木) 19:57:30
3代、家光か誰かの側室の話?
902日本@名無史さん:2006/06/22(木) 20:47:59
>>901
反応する前にぐぐ(ry
903日本@名無史さん:2006/06/22(木) 22:43:56
腑分けと部落の関係について調べてるのですが
ネットで見つかる資料が人権団体などが書いた本しか見当たりません。

比較的公平な視点で書かれた資料をご存知の方がおられましたらご教授ください。
904日本@名無史さん :2006/06/23(金) 02:18:06
すみません 日本が できて何年なのですか?
どうして日本は 建国○年という考え方をしないのですが。
それを意識すれば 年号表現よりも 自発的な愛国心が 
もてると思うのですが....
905日本@名無史さん:2006/06/23(金) 03:41:35
皇紀はあまりに非科学的。
統一国家としての日本という意識を持つようになったのは明治以降。じゃあ明治元年を新たな紀元とするか?
でも、日本人の文化や思想、社会システムが明治維新で一気に全部変化したワケでもない。
そもそも元号の制度だって長年使ってきた日本人の大事な伝統だ。

結論というか疑問:わざわざこれまでの伝統を崩すほどの問題が現状にあるの?


大体、新たな紀年法を作って自発的な愛国心、ってその発想自体全然自発的じゃないじゃん。
906日本@名無史さん:2006/06/23(金) 05:23:47
そこで少々のことには目をつぶって大化暦ですよ。
907日本@名無史さん:2006/06/23(金) 06:45:50
>>905
>皇紀はあまりに非科学的。

それに関しては西暦も同じだな。
908日本@名無史さん:2006/06/23(金) 07:32:54
西暦はまだ「確実に存在はしている」人物だからなぁ。
909日本@名無史さん:2006/06/23(金) 10:31:50
>>905
日本政府は一応、建国2666年を謳っている。

>>908
神武天皇の存在より可能性が高いだけで、確実にいたというわけではない。
910日本@名無史さん:2006/06/23(金) 11:38:19
99%と1%の違い
911日本@名無史さん:2006/06/23(金) 11:52:31
>>900

棚ボタ式であるとはいえ徳川吉宗の母ちゃんはかなり珍しい?
百姓の娘だったんでないか?風呂番してたときに良い年した藩主である
吉宗のとーちゃんがにわかに欲情を起こしてできたと聞いたことあるが?
912日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:10:45
>>904
あなたは日本がいつできたと思いますか?
お隣は4000年とか言いながらも、明確に革命記念日を持っています。
ヨーロッパ諸国も遡れば遡れますが、市民革命乃至それ以降の
要するに現在の政体が出来た時を以て、建国としてるところが多いです。
我が国も遡れば遡れますが、私個人としては現代の政体が出来たのは
戦後のことだと思います。

かといって1945年乃至46年を建国年とするのは何か違和感がありますよね。
何故でしょう。やはり「敗」戦の結果だからですかね。
要するに外圧で成し遂げられた部分が多くて、自国民の力で
建国したとはちょっと言い難いところがあるんでしょうね。
とすると、我が国はまだ自国民による建国を成し遂げていないので、
そういう意味では建国○年という考え方が出来ないのも仕方ありません。
913日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:15:52
骨相からみた江戸人の話があるが、上つ方は柔らかいモノを食っているせいか
細面で頬骨も高くはなく顎の発達がよくないので収まりの悪い歯が出っ歯になる
という。反対に庶民は固いものを食っているので顎が発達、顔も(今でもスポーツ
選手の一部に見られる)頬骨が発達して精悍・元気一杯に見えたようだ。
それに百姓仕事や和式トイレ使用で足腰が丈夫なら、いうことはない。

元気なムスメを見れば元気になるんだろう。
914日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:18:43
>>912
は?日本は戦後、「占領」されていたのでいたのであって国がなくなった
わけではありませんが。 日本国憲法も、大日本帝国憲法を改正するという
形式で発布されてるし。
915日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:35:41
ジンギスカンの子孫は1600万人いるという研究結果を見たことがある。
もちろん女系も込みだが、当然男系子孫もうじゃうじゃいる。

なのにどうして我が国の天皇家は男が絶えそうなの?
お上品すぎるからかなぁ
一番近い男系は南北朝までさかのぼるって本当??
(だとしたら、室町、戦国、江戸時代の天皇って何やってたの?)

916日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:39:56
占領されて国が無くなったという立場を取るのなら建国年が1945/46年なんて言わないだろう。
占領を滅亡と見なすのなら建国は1951年と主張するはずだ。

そういえばフランスは革命記念日もメロヴィング朝の建国も祝ってたような……。

あとな、
>>904
建国した期日を設定するということは、日本というのがずっと過去からずっと未来まで当然存在してきた物ではなく、
ある時点で誰かが作った人工的な物であるということを明示することでもあるぞ。
917日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:40:59
>>915
終戦後に、かなりの宮家が皇籍を離脱せざるを得なかったから。
これがなかったら男系の後継ぎに困ってないよ。
あと、子孫だけでいいなら天皇家にもたくさんいるよ。源氏や平家
だって天皇の子孫だけど、江戸時代の武士には源氏や平家の
子孫だって連中はたくさんいたからね。でも皇族じゃないならいくら
いても無意味なの。
918日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:44:07
誰もそんなこと言ってないじゃん。
そりゃ日本はずっと続いてるよ。少なくとも千数百年以上前から。
ただ、よその国みたいに、現政体の成立を以て建国とするなら
こうなるね、って話をしてるだけじゃん。
フランスだってナポレオン法典以来、改正手続で続いてきてるけど
現政体は第五共和制の成立以来のものでしょ。
919日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:45:47
>>918
じゃあイラクは建国数年なわけ?
920日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:50:37
もちろん子孫は沢山いる。
しかしみんな臣籍に下っている。
もしかしたらあんたもそうかも。
921日本@名無史さん:2006/06/23(金) 14:03:27
>>915
マジレスしておくけど

>(だとしたら、室町、戦国、江戸時代の天皇って何やってたの?)

このころの天皇家も宮家あとつぎの男子を一人残して後はどこかへ養子にやるか
寺に入れるので、子孫が枝分かれしていかない。次男以下が奥さんもらって
子孫を残せるようになったのは明治時代以後。

織豊・江戸時代に設立された宮家は三つあるけれどどれも跡継ぎがいなくなれば
天皇家から養子をもらっていた。けれど明治時代になって、皇族は養子をもらうことができなくなったので
宮家がなくなった。

結果的に残ったのは伏見宮家(とその一族)しかなくて、その伏見宮はさかのぼれば南北朝のころの天皇から
わかれた宮家しかない。
922日本@名無史さん:2006/06/23(金) 14:10:45
直接統治であれ、
幕藩体制であれ、
明治以降の立憲君主制であれ

天皇家が統治している日本という形態が
廃絶したわけではないのだから、
例えそれが神話上であれ
天皇家の成立を以て
「天皇家が統治する日本の建国」
とするのが妥当でしょう。

例えば戦後の日本が
立憲君主制を廃止し共和制にしたというのであれば、
その日が「日本共和国」の建国記念日とはなるでしょうね。

もっとも、現在の2月11日は「建国記念の日」であって
「建国記念日」ではありませんが。
それと海外の建国記念といえば、大半が独立記念であったり、
革命記念(王政から共和制への移行)ですから、
そんな建国概念で日本の建国概念を当てはめるのも
どうなんでしょうね。
923日本@名無しさん:2006/06/23(金) 21:11:01
何か合理的な理由を付けたいのなら、「王政復古の大号令」を始まりとすればいいことじゃない。
アフォクサ
924日本@名無史さん:2006/06/23(金) 21:44:12
先日高野山に行って来ました。時間があまりなかった為奥の院をゆっくり歩いただけででしたが・・
そこで思ったのですが、奥の院には著名な方々のお墓がたくさんあったのですが他の場所にもお墓と称される所がある方もたくさんいました。
これって分骨とかってことなんでしょうか?何も無しにただ墓標だけを作っていたってことなんでしょうか?
それってなんとなくですが高野山が霊場とされていたことでなんとなくわかるのですが、本当に葬られた所は大事にされていたのでしょうか?
無知ですみません、教えてください。
925日本@名無史さん:2006/06/23(金) 21:58:56
926日本@名無史さん:2006/06/24(土) 12:06:53
>>924
奥之院の大名墓は「供養塔」です。
なぜなら、「高野山に塔を建立すること」が死者の追善供養になるからであり、
遺体が必ずしも必要ではありません。

ただし、紀伊半島には“骨のぼせ”といい、伊勢の朝熊山や高野山などの霊山に
遺骨の一部を納める風習があり、これを受けて高野聖(こうやひじり)が
全国に勧進(寄付を募ること)・配札(護符を配ること)を行う際に
遺骨・遺髪・爪を高野山に納めることを勧めましたので、
それらの一部が、山内供養塔に納められていることもあるでしょう

特に大名家が高野山に供養塔を競って建立することになった一因には、
高野聖から得られる全国情報を徳川家康が活用したことによります。
これを受け、徳川家は高野山に対して大名並みの石高を与え、
(比叡山・日光山を超えて、寺院の石高ではトップクラス)
また聖方(ひじりがた)の寺に、徳の字を与え「大徳院」(現在の蓮花院)と
名付けました。
さらに聖に配札権(全国各地で護符、並びに日牌・月牌供養を受け付ける権利)
そして大奥が高野山を篤く信仰したことで、徳川家との結びつきはますます強くなり、
「全国総菩提所」の地位を確立しました

そうなると御三家や大名家は徳川幕府への忠誠心を表す意味でも、
高野山へ供養塔建立などを行うようになります。

もちろん前述のような政治的意味だけではなく、
それが違和感なく行われるようになったのも、
古くからある「高野浄土信仰」という基礎があったからでしょう。
927日本@名無史さん:2006/06/24(土) 12:50:47
田中正造の画像うpお願いします
928日本@名無史さん:2006/06/24(土) 16:32:04
ググレカス
929日本@名無史さん:2006/06/24(土) 19:20:17
>>926
知ってる会社のを見つけるとビックリするよね。
どういう効果を狙っているんかな。工場で事故があるところはマ慰霊のためって
こともあるだろうが、信心深い会社ってことかなあ。タビの会社のもあったな。
930日本@名無史さん:2006/06/25(日) 07:43:00
931日本@名無史さん:2006/06/25(日) 09:17:40
924です
詳しい回答ありがとうございました。<(_ _)>
932日本@名無史さん:2006/06/25(日) 14:28:40
質問ですo(_ _*)oなぜ北条時宗は元の国書を無視したのでしょうか?
933日本@名無史さん:2006/06/25(日) 14:42:36
お前みたいなマルチ野郎と付き合いきれんと思ったから
934日本@名無史さん:2006/06/25(日) 15:02:00
武士が支配してた時代で江戸時代の次に平和な時代というのは鎌倉時代でしょうか?
935日本@名無史さん:2006/06/25(日) 15:17:53
そう
936日本@名無史さん:2006/06/26(月) 19:28:47
死刑廃止時期もあるよ
937日本@名無史さん:2006/06/26(月) 19:36:07
みんな!回答の後にはソースを出すことを忘れずに
ソースは国公立の受験で正解になる「通説」だよ
「初心者スレ」で自説や小説をソースに回答はしないようにね
938日本@名無史さん:2006/06/26(月) 20:15:01
>>937
>ソースは国公立の受験で正解になる「通説」だよ
難しい話ですね?

>「初心者スレ」で自説や小説をソースに回答はしないようにね
了解!
939日本@名無史さん:2006/06/26(月) 22:51:34
豊臣国松のように幼くして殺された歴史上の人物と言うのは、
国松以外にも誰が居るのですか?
それと国松のような子供を殺した人物も知りたいのですが。

織田信長も似たような事をしていたそうですが、本当ですか?
940日本@名無史さん:2006/06/27(火) 01:34:03
>>939
敵方の子となれば、女子どもであろうと殺される運命──それが〔戦〕というものだ。
941日本@名無史さん:2006/06/27(火) 03:08:35
天皇家のスレはあるけれど貴族たちを語るスレはないでしょうか?
世界史板に貴族を語るスレがありますけど、こっちには藤原氏〜
摂家清華家等と天皇家の通婚やその時代時代の権力移動経緯なんかを
語るところがないのかなーと思って。

たとえば、平安末期〜鎌倉時代・南北朝時代に摂家出身の皇后中宮が
少ないのは、単に摂家に妃がねになるような娘が生まれなかったから?
その隙に西園寺家に外戚の地位をもってかれちゃった? 等々…
942日本@名無史さん:2006/06/27(火) 06:17:55
上級貴族から下級貴族までいっぱいその手のスレあるじゃん
943日本@名無しさん:2006/06/27(火) 08:27:40
944日本@名無史さん:2006/06/28(水) 03:05:42
>>942
どうも「〜の子孫が集う」スレだったりして語るスレがなさげで。
探し方悪くて申し訳ない。

>>943
一番目的に合うスレなんですが、残念なことに平安時代限定なんですよね。
でもそのスレにでていた鎌倉時代スレで南北朝を扱っていることが
わかりましたので、そちらできいてみます。
945日本@名無史さん:2006/06/28(水) 07:26:31
肛門から槍を注入して串刺しにする形式の磔刑って女性も対象だったのですか?
946日本@名無史さん:2006/06/28(水) 18:37:55
信長の娘は何人いて、何て名前で、誰に嫁いだか教えて下さい
947日本@名無史さん:2006/06/28(水) 18:54:25
奈良の五重の塔は本当は何という名前?

更に、万博関連施設は維持費等等がかかるが、五重の塔は維持費はかからないの?
948日本@名無史さん:2006/06/29(木) 02:14:18
なんで江戸城って現存してないの?
949日本@名無史さん:2006/06/29(木) 03:29:44
>>947
誰でも知ってる奈良の五重塔といっても、法隆寺と興福寺と
あとちょっと小さいけど室生寺の3つはあるのだが……。無論全部国宝。
言うまでもなく、維持にお金が掛からないわけがない。
>>948
えーと、何聞きたいんでしょ。それともアホなんですか?
ああ、天守閣なら17世紀に燃えてから再建されてません。
950日本@名無史さん:2006/06/29(木) 04:45:57
皇居本体って、正面の入り口から結構そばにあるけど、江戸城の将軍の居住区もあんな入り口近くにあったの?
951日本@名無史さん:2006/06/29(木) 16:58:30
大陸人(中国人)を含まない半島人(korean)と列島人(倭人/日本人)だけの戦争って、
応永の外寇位しかないのですか?
元寇も、文禄慶長の役も、日本と元、日本と明との戦争の側面の方が大きいでしょ?
と言う事は大陸人を含まない半島人と列島人の戦争は、
互いに隣接しているくせに以外と少ないんですか?
952日本@名無史さん:2006/06/29(木) 17:30:11
>>950
皇居本体って何指して言ってるのか、まったくわからん。
皇居の中でも本丸のあたりとかは見学できるから、まずそれに行ってこい。
>>951
おめーはまず日本史の教科書の最初の方をちゃんと読むことだ。
どうせ授業中に何も聞かずに寝てたんだろう。
953950:2006/06/29(木) 17:38:28
954日本@名無史さん:2006/06/29(木) 17:55:45
それは新宿御苑じゃねーのか? w
戦後は宮内庁所有のただの普通の公園だぞ。
955954:2006/06/29(木) 17:58:13
今は宮内庁所有じゃないかもしれない。
でも国有なのは間違いないはず。
956950:2006/06/29(木) 18:09:11
えーと、とにかく今普段天皇陛下が暮らしている建物は入り口から近くにあるけど、江戸時代もあんな入り口そばに将軍が暮らしていたのでしょうか?
ってことで。
957日本@名無史さん:2006/06/29(木) 18:17:57
かつて本丸があったのは今の東御苑だっけ?確か
958日本@名無史さん:2006/06/29(木) 21:36:37
源平〜鎌倉〜戦国〜江戸初期の戦いって、
負ければ敵将の子供や妻が殺されるのは日常茶飯事だったのですか?
959日本@名無史さん:2006/06/29(木) 21:53:04
今の世の中でもいっぱい内戦あるじゃん。

見逃した子供に倒されるとかあったから
(悪役がいたぶろうとしている内に、正義の味方に逃げられるみたいに)
豊臣秀頼とかみたいに根絶やしにせざるを得なかったんじゃないか?
960日本@名無史さん:2006/06/29(木) 23:11:36
日常茶飯事ってのは大雑把すぎないか。
戦った主将同士の間柄がどうだったかなどいろいろ微妙。概して敵方の主将とその
男の子は殺される例があるが、降参して出家するとかで命を取らない例もある。
逆に負けたと観念して一族が自決する場合もある。
個別に見ないといけないのではないか。
961日本@名無史さん:2006/06/30(金) 00:09:32
民話などでよく猟師が出てきて鉄砲で撃った、というのを見かけますが
安土〜江戸時代の一般人の銃所持に関して、許可・法令というものはあったのでしょうか?
また容易に銃は入手可能だったのでしょうか?
962日本@名無しさん:2006/06/30(金) 02:16:34
兵農の分離が確立した江戸時代、幕府、諸藩は猟師の鉄砲、農耕に有害な鳥獣に使う威鉄砲、
盗賊等に備える用心鉄砲だけをお上より拝借という形で所持を許し、毎年支配の役所に
預り証文を差し出し、乱用しないことを誓約させました。
 江刺でも、各村に「猟師鉄砲本帳」があり、大肝入からは「御預かり鉄砲証文」が提出されました。
本張は持主の氏名、鉄砲の種類(何匁銃)、鉄砲の来歴を詳細に書き、毎年「鉄砲改役人」の
検閲を受けて村肝入に交付されました。
 明和6年(1769年)の「村鉄砲持主名元書上」では・・・(中略)・・・で合計295丁の鉄砲を民間で保有、
特に山手に数が多く猟師が多かったことがわかります。
 山立猟師には板判(鑑札)が支給され、御役金を上は100文、中60文、下20文が取り立てられました。
譲渡の際は、本人と組頭、肝入、大肝入の連名で鉄砲改役人の許可が必要でした。
 この鉄砲改めは浪人、切支丹には特に厳しく、村に浪人が来た際は肝入は鉄砲所持の有無を調べ、
鉄砲持ちの場合は指南する者でも必ず届け出させました(文政9年の布令)。
 切支丹については、鉄砲の持ち主には類族の者もあろうから「切支丹方役人」と協調し、
間違いのないよう取り計らえ、ことに猟師の代替りの節は一層手落ちのないように−と命じています。
(元禄6年の布令)

vol.100 近世の江刺37 仙台藩の政治(31)(広報えさし昭和63年11月号より)
963日本@名無史さん:2006/06/30(金) 13:50:29
今晩21時からテレビ東京で放映される「超歴史ミステリー2」
どの程度の信憑性あるんでしょうか・・・
964日本@名無史さん:2006/06/30(金) 15:04:00
>>963
トンデモ説とまではいえないが、昔から言い伝えられている伝説・伝承のたぐい。
ネットで調べるとどの説も番組より詳しく語られています。
965日本@名無史さん:2006/06/30(金) 15:22:24
赤紙が渡されてから集合しなければならない日時までの期間はどれぐらいですか?
ウィキペディアには赤紙発行後24時間後が集合時間と書いてあります。
そうなると手渡された翌日にはもう行かなくてはいけないということになります。
今の朝ドラでは赤紙を手渡されてから召集まで2週間ぐらいあるようです。
どちらが正しいんでしょう。
966日本@名無史さん:2006/06/30(金) 16:54:15
臨時召集令状(赤紙)の記載に到着日時の指定はあるけど24時間以内とは書いていない。
24時間以内に到着するのが物理的に不可能な地方もあるだろうし。

臨時召集令状 裏面記載事項
ttp://www007.upp.so-net.ne.jp/togo/dic/data/akagami.html
967965:2006/06/30(金) 19:23:23
>>966
ありがとうございます。じゃあ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E7%B4%99
は間違ってるってことですね。実際にはどれぐらいの余裕があったかわかりませんか?
968日本@名無史さん:2006/06/30(金) 23:41:30
浪漫派評論家の保田與重郎は、戦争末期に召集され、東京にいたが、
本籍地(ここが重要)の大阪に帰営するようにいわれた。
たしか2週間?線路網が空襲でズタズタになっていたということも考慮されたんだろうが。
24時間は、厳しいな。
969日本@名無史さん:2006/07/01(土) 00:09:20
ウィキペディアは、あんまり素直に信用しない方がいい
普通の百科事典とは違うし
970日本@名無史さん:2006/07/01(土) 00:30:03
現代の国民皆兵国家として屹立するスイスでさえ、有事の召集は48時間だったかな。
海外にいるものの、3〜4日かな。いわんや交通の(ry
971日本@名無史さん:2006/07/01(土) 01:08:15
皇居にいる内掌典は
どうやって選ばれた人なのでしょうか?
972日本@名無史さん:2006/07/01(土) 01:28:41
大学2年生の時に宮様の家で女中のアルバイトしてくると言って休学した同級生がいたけど、
結局私の在学中は大学に戻って来なかった。その子の父親は公務員だったけど、それなりに
良い家系の子だった。

内掌典も神社の家の娘が行くのでしょ。
973日本@名無史さん:2006/07/01(土) 01:33:38
>>955
環境省管轄
974日本@名無史さん:2006/07/01(土) 01:39:53
>>971
コネ
975日本@名無史さん:2006/07/01(土) 01:44:02
白村江の戦い、元寇、朝鮮出兵って、
半島国家が混じってますけど
その本質は日本と中国の戦争(戦い)ですよね?
976日本@名無史さん:2006/07/01(土) 02:41:08
>>972
結局そのまま退学?
977日本@名無史さん:2006/07/01(土) 02:54:53
>>968
>>969
>>970
ありがとうございます。やっぱ翌日出兵は厳しいんですね。
978日本@名無史さん:2006/07/01(土) 02:56:43
>>975
唐・元・明との戦い。
中国という土地は支配民族が変わりますから。
979日本@名無史さん:2006/07/01(土) 11:09:22
>>971

国学院か皇學館に推薦をするように依頼が来て、そこそこ由緒のある社家の娘が行く事が多い

私の知っている先輩は、実家の神社自体は江戸時代からだけれど、家系はそこから神話時代まで
いく社家の娘だった。
就職活動している時に大学からOBの就職先の一覧が来たが、その先輩の欄には「宮内庁」とかかれていた。
980日本@名無史さん:2006/07/01(土) 12:49:01
>>977
召集と出兵は違うぞ
981日本@名無史さん:2006/07/01(土) 14:36:12
昨日のテレビ東京の番組に絡むのんですが、あれに出てた法医学者は「本能
寺は副業が武器商人でそこの火薬庫を吹き飛ばしたから信長は木っ端微塵になっ
た、だから焼け跡を探しても死体は無いのは当然」って別冊宝島の戦国本で言って
た覚えがありますが、医者が言うぐらいだから信じても良いでしょうか?
982日本@名無史さん:2006/07/01(土) 14:55:02
信長は吹き飛んで、廻りの町は飛ばなかったのか。利口な火薬だな。
983日本@名無史さん:2006/07/01(土) 15:05:00
あの当時の本能寺は今のよりは広くて天文法華の乱で破壊された影響で掘りつきの
城塞化してたとも聞きましたが
984日本@名無史さん:2006/07/01(土) 15:15:30
徴兵の質問に便乗します・・・・

陸軍の徴兵のふりわけで、歩兵はともかく、工兵や砲兵は特殊技能いりますよね?
やっぱ高学歴とか、職業によって、機械をいじるような兵科に行きやすいんでしょうか?
985日本@名無史さん:2006/07/01(土) 15:45:45
>>981
それは真の意味で違う。本能寺は実は種子島氏の菩提寺。つまり鉄砲
の最初の伝来地であり、鉄砲大量生産のライセンスと硝石の輸入大窓
口だった種子島氏の本土首都である京都の販売窓口代理店であった訳。
織田は、種子島氏を重用し、硝石貿易の独占を図っていた。
ただ、生産地の多くは近江や紀州の職能鍛冶が中心で、硝石は堺で輸
入販売されていたので、京都に硝石を集積する施設があったとは考え
にくい。(日本で国産硝石が生産されるのは朝鮮出兵以降であり、それ
までは火薬はすべて輸入品だったのである)
986日本@名無史さん:2006/07/01(土) 18:35:32
昨日の番組で
光秀⇔天海説や本能寺は秀吉の陰謀説等々、確かに耳にしたことはあるのですが
信憑性ってどんなもんなんでしょうかね・・・
全てに「あ〜なるほどね」って感じだったんですが一つ疑問だったのが、
天海&春日の局が「明智家」で世の中を治めよう云々・・・ってところでして・・
結局二人とも死んでしまったら作って牛耳ってる間の自己満足であとには何も続いてないように思えるのですが
それがこの説に対する疑問点の一つだったりするんでしょうか?
987日本@名無史さん:2006/07/01(土) 19:10:58
初心者が板違いの質問をするのは何故?
普通は初心者だからこそ「近代史の軍隊については近代史板か軍事板だな」
となるのに
此処で板違いの質問をするのは自作自演、つまり

自分で質問しておいて自分で答えるというキモイ行為なんだろうか
988日本@名無史さん:2006/07/01(土) 19:26:57
蘇我大王家の家臣に中氏、中氏の臣下が中臣だってマジ?
法隆寺の文書って何のこと?
989日本@名無史さん:2006/07/01(土) 20:07:31
>>985
別に喧嘩売ってるワケデは無いけど
朝鮮出兵以前にも武田あたりは自前で「鉄砲の火薬つくってた!」て話も
あるんだけど
その火薬の「性能・品質」については??だけどね

990日本@名無史さん:2006/07/01(土) 21:33:39
天オタによる自分の質問に自分で答えるスレは
  まもなく終了となります
991日本@名無史さん:2006/07/02(日) 16:15:16
このスレいらねーな

答えらんねーくせに排他的で高圧的な勘違いバカが増えてきたし

ちゃんと答えたうえで文句言えよ蛆虫ども
992日本@名無史さん:2006/07/02(日) 21:14:29
>>991
お前が答えれば何の問題もないと思うが?
993日本@名無史さん:2006/07/02(日) 21:32:10
自分が何か疑問を持ったとき、スレで聞いて真偽のわからない答えをもとめるか?
普通はネット環境があればググル。
ソースも出さない回答者の個人的思い込みを語られても役に立たない。
今は主張したいことがあるときに自分でその主張に適した質問を書き自分で答えるスレになった。
質問スレは博士スレだけでいい。
994日本@名無史さん:2006/07/02(日) 23:39:52
例えネットでくぐって知ったとしても、
実際他の人がどういう意見を持っているのかって言う
参考にはなると思うよ。
そもそも、目的は正確な答えそのものをもとめているんじゃなくて、
自分自身が正確な答えを導く為の判断材料を欲しているんだと思う。
初心者歓迎ってスレタイで書いているんだから、
くだらない質問でも排他的な扱いは控えて欲しいとは思う。
995日本@名無史さん:2006/07/02(日) 23:55:34
寛永通宝って珍しいんですか?
それとも結構その辺でごろごろ出てくるような程度なのでしょうか。
ご存知の方いらっしゃいましたら教えてください。
996日本@名無史さん:2006/07/03(月) 07:19:15
>>995
こういうのを見ても安いからごろごろしていたでしょう。
足尾銅山でも作っていた。中国でも流通したようだ。日本も戦後まで使えたらしい。
http://www.saganokosen.jp/edokosenkakakuhyou.html

歴史ではないが、銭形平次も投げていた。
997日本@名無史さん
硝石を得にくい位置に本拠地をおいていた信玄や謙信だが
信長の鉄砲隊が強化されていくのを指をくわえて見ていたわけではない
彼らはまもなく「塩硝」と呼ばれる硝酸カリウムを用いるようになった。
上杉家の古文書の中には謙信の時代に塩硝を使った火薬の製法にかかわる
永禄二年(1559)の文章が見える。
後北条氏に関係する天正17年(1589)の文章には下野国の知内町(栃木市)
から四貫八二九文(約50万円分)の塩硝が年貢として納められた事を示す記述がある。
信長の死後、中国人やポルトガル人は「硝石の輸出をやめれば日本の鉄砲は役にたたない」と
あなどっていた。しかし、塩硝が量産されるようになった事により、鉄砲を多用する日本の・・

《 海外貿易から読む戦国時代 》武光 誠