スクールランブルIF14【脳内補完】

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1Classical名無しさん
週刊少年マガジンとマガジンSPECIALで連載中の「スクールランブル」は
毎週10ページの週刊少年漫画です。
物足りない、もっとキャラのサイドストーリー・ショートストーリーが見たい人もいる事でしょう。
また、こんな隠されたストーリーがあっても良いのでは?
有り得そうな展開を考察して、こんな話思いついたんだけど…といった方もいるはずです。
このスレッドは、そんな“スクランSSを書きたい”と、思っている人のためのスレッドです。
【要はスクールランブルSSスレッドです】

SS書き限定の心構えとして「叩かれても泣かない」位の気概で。
的確な感想・アドバイスレスをしてくれた人の意見を取り入れ、更なる作品を目指しましょう。

≪執拗な荒らし行為厳禁です≫≪荒らしはスルーしてください。削除依頼を通しやすくするためです≫
≪他の漫画のキャラを出すSSは認められていません≫

【前スレ】
スクールランブルIF13【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/l50

SS保管庫(仮)
ttp://tenma.web.infoseek.co.jp/SS/index.html

SS投稿避難所 
ttp://web2.poporo.net/%7Ereason/bbs/bbs.php
一度投下した作品を修正したものなどはここに投下してください。
SSの書き方について話合ったり質問したりもできるので一度目を通すことをお勧めします。
2Classical名無しさん:04/09/14 01:11 ID:wbkGk.8Q
【過去スレ】
スクールランブルIF12【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/l50
スクールランブルIF11
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1090240458/
スクールランブルIF10【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1088764346/
スクールランブルIF09【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1087097681/
スクールランブルIf08【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1084117367/
スクールランブルIf07【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1082299496/
スクールランブルIf06【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1078844925/
スクールランブルIf05【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1076661969/
スクールランブルIf04【脳内補完】(スレスト)
http://comic3.2ch.net/test/read.cgi/wcomic/1076127601/

関連スレ(21歳未満立ち入り禁止)
【スクラン】スクランスレ@エロパロ板4【限定!】
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1091365878/l50
3Classical名無しさん:04/09/14 01:13 ID:wbkGk.8Q
※荒らし行為について

“完全放置”でよろしくお願いします ネタバレも当然不可です
 
■ 削除ガイドライン
http://www.2ch.net/guide/adv.html#saku_guide
4Classical名無しさん:04/09/14 01:23 ID:uTgr9/Ok
>>1
乙ー
5Classical名無しさん:04/09/14 01:35 ID:K2Cw0Xcc
>>1
蝶乙
6Classical名無しさん:04/09/14 08:42 ID:1.GhXR0o
>>1 乙です。
7Classical名無しさん:04/09/14 10:50 ID:0ghK.d/Q
まだ始まってないの?
8クズリ:04/09/14 11:40 ID:3IA4ngDw
 流れ早いですね。もう次が必要な季節ですか。
 クズリです。ちょっと間が開いてしまいましたが、連載の続きを投稿させていただきます。

前々スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75-82 『If...scarlet』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167-190 『If...brilliant yellow』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392-408 『If...moonlight silver』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521-531 『If...azure』

ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/24-31 『If...baby pink-1』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/161-168 『If...baby pink-2』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/194-210 『If...baby pink-3』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/314-319 『If...sepia』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/398-404 『If...sepia-2』

に続いて

『If...sepia-3』

 病院のシーン、指摘を受けたのでちょっと変えさせていただきました。
9If...sepia-3:04/09/14 11:41 ID:3IA4ngDw
「八雲……本当に、ごめんね……」
 五分ほども、そうしていただろうか。やっと泣き止んだ天満は、赤い目をこすりながら、鼻をす
すりあげる。八雲がティッシュを渡すと、チーンと大きな音を立てて鼻をかみ、彼女を苦笑させる。
「播磨君の言う通り……あんな嘘をつくなんて、よくなかったね」
 しょぼんと肩を落とし、小さくなる姉から伝わってくる心の声。

 ごめんね、八雲

「姉さん……」
 心の底から姉が申し訳なく感じていることを知り、八雲はわずかに内に残っていた怒りが溶けて
いくのを感じた。
「そんなに……心配だったの?私と……播磨さんのこと……」
 今なら、素直に聞けるかもしれない。思って問いかける八雲に、天満は小さく、だがはっきりと
頷いた。
「だって……八雲、播磨君のことが好きなんでしょう?」
 飾る事のない言葉と、まだわずかにうるむ真っ直ぐな瞳が、八雲の心を貫く。
「姉……さん……」
 熱くなる頬、そして体の中心。まともに姉の顔を見られなくなって、彼女はわずかに顔を伏せた。
「隠さないで、八雲。播磨君のこと、好きなんでしょう?」
 再びの問いかけに、八雲は口を開き、何も言わず閉じ。
 ゆっくりと、頷いた。
「そっか」
 天満は、微笑む。暖かに、包み込むように。そして手を伸ばし、八雲の髪を軽く撫でる。
 幼い頃に、よくこうされていたことを思い出して、彼女は目を閉じた。
 そのままたゆたう時。姉妹は何も語らずとも、心を通い合わせる。
 八雲は思い出す。いつの時でも、姉が自分のことを誰よりも想ってくれていたことを。
 あまりに当たり前にそこにある愛情、だからこそ時に見失ってしまう絆。側にいていつも見てく
れているからこそ、自分で気付いていない心の乾きを汲み取ってくれるのかもしれない。
 姉がしたことは、やりすぎだと確かに八雲も思う。播磨が怒るのも無理はない、とも。
 普段の天満なら、そんなことは重々承知しているはず。逆に言えば、そこまでしても彼女は、播
磨の八雲への気持ちを確かめたかったということなのだろう。
 そしてそれは確かに、八雲も心のどこかで望んでいたことなのだ。
10If...sepia-3:04/09/14 11:42 ID:3IA4ngDw
 今日、頭を撫でられるのは二回目だな。ふと、彼女は思い出す。
 彼――――播磨に撫でられた時に感じたのは、焼け付くような歓喜だった。閃光の白が頭の中に
広がり、他の全てを外へと押し出してしまった。
 その大きな、ごつごつとした手が触れた部分から流れ込んでくる熱に、心と彼女の中の『女』は
焼かれ、時を経てもくすぶり続けて、消えることのない紅と化して刻み込まれている。
 今、姉に同じようにされて、感じるのは柔らかな暖かさ。春の日の縁側で日向ぼっこをしている
時の、太陽に包まれる感覚に似ている。
 姉さんは、きっと。八雲は思う。
 私達を、見ていられなくなってしまったのだろう。我慢出来なくなってしまっていたのだろう。
 彼女自身、二人の関係の全てを良しとしていたわけではなかった。
 彼が大切に想ってくれていることを、八雲は時に視える心の声から知っている。
 それは確かに前進だったけれど、だがそこでまた止まってしまっていた。
 踏み出さないのは播磨であり、八雲だった。
 触れそうで触れない、微妙な距離を守りながら――――繋ぐために手を伸ばす勇気――――想い
を言葉にする器用さ――――胸に高鳴る鼓動を伝える絆――――
 そんな『+α』を。
 求めて、だが、得られず。
 いつか、その場所に縛られていた。渇する体、怯える思考、揺れる心。
11If...sepia-3:04/09/14 11:43 ID:3IA4ngDw
 姉は――――塚本天満は、そんな妹の迷いを見抜いていたのだろう。
 だから、二人の間の壁を壊したいと願い、ただひたすらに強く願い。
 思いついてしまったアイディアに飛びつき、それ以外が目に入らなくなってしまったのだろう。
 だから、嘘を付いて、播磨を呼び出した。彼の本意を知るために、否。
 八雲に知らしめるために。
 そして彼は応えた。疾走と、我を忘れての行動で、八雲への想いを示して見せた。
 落ち着いて考えれば、それが責められるべきことだということに天満は気付いたのだろうけれど。
 姉さん……思い込みが激しいから。
 言葉にしない呟きを胸の中に漏らした後、八雲は小さく微笑む。
「八雲?」
「姉さん」
 彼女の表情の変化に、戸惑うように止まった手。構わず、八雲はまっすぐに天満の顔を見た。
「嘘は良くないと思う……でも……ありがとう」
 その時、八雲が浮かべた笑顔は、姉の天満ですら一度も見たことのない、心からのものだった。
12If...sepia-3:04/09/14 11:43 ID:3IA4ngDw
「それにしても、可愛いもんだよな、赤ん坊って」
 高校時代の思い出話に花を咲かせているうちに、赤ん坊が目を覚ました。しばらくグズっていた
ものの、美琴があやしているうちに笑顔になり、キャッキャと笑い出す。
「へえ、播磨がそういうこと言うって意外だな」
「俺にも弟がいるしよ」
 生意気に育ちやがったけどよ。言いながら赤ん坊に顔を近づける播磨の口元に浮かぶ優しさに、
美琴は何故か嬉しくなる。多分それは、意外な一面を見てしまったからなのだろう。
 何よりも今、無心に百面相をして子供を喜ばそうとしている彼には、高校時代の尖った雰囲気は
感じられない。圧迫感もない。荒んだ気配も、誰も近づかせないように張った棘も感じない。
 落ち着いたな。そんな印象を美琴は受ける。何があったのかはわからないが、色んなことに、自
然に向かい合えるようになったような。
 これが播磨拳児という男の素の顔なのかもしれない。そう思うと、美琴は楽しくなって、小さく
声を出して笑う。考えてみれば、矢神神社で神様になってたような男だもんな。
「お……っと」
 不審そうに見上げようとした瞬間、赤ん坊の伸ばした小さな手がサングラスを掴み、彼の顔が露
になった。
 そこに表れた素顔に、へぇ、と思わず美琴は感嘆の声を上げた。
「何だ、播磨、お前、素顔の方がかっこいいじゃん」
「いっ!?」
 急に明るくなった視界に播磨は慌てふためき、赤ん坊の手からサングラスを取り返そうとするが、
しっかりと握られた拳は開こうとしない。笑いながら、オモチャだと思っているのか、振り回して
いる。
「おい、周防。何とかしてくれよ」
「いいんじゃないか?大体、室内でサングラスかけとくこともないだろうが」
「……いや、わけありでよ」
 散々からかって楽しみ、意外に整っている播磨の顔のことを友人達が聞いたらどんな反応をする
だろうか、などと考えてひとしきり笑った後、ようやく彼女は赤ん坊をなだめて、サングラスを播
磨に返させた。
「いや、楽しませてくれてありがとよ。せっかくだから、写真の一枚でも撮らせてもらえばよかっ
たかな」
「勘弁してくれ、高野みたいなこと言うなよ」
 げんなりとした顔をする播磨に、たまらず美琴はもう一度、声を出して笑った。
13If...sepia-3:04/09/14 11:44 ID:3IA4ngDw
「あのさ、播磨」
 だがすぐに、彼女は真面目な顔になって問いかける。サングラスで遊び疲れたのか、赤ん坊はま
た寝息をたてはじめていた。
「高校の頃、お前が浮気したっての、もしかして嘘じゃねえのか?」
 答えは、ない。ちらりと覗き見た横顔は硬く、口は一文字に結ばれて、何も語ることはないと暗
に云っている。
 強情な奴。呆れながら、胸の中でそう呟いた美琴は、構わず続けることにする。
「正直、お前のこと、よく知ってるわけじゃないし、あん時――――最初に聞いた時は、私も許せ
なかったけど……考えてみりゃ、おかしいんだよな。塚本の妹は、あの後もずっとお前に会いたが
ってて、フッタって感じじゃなかった」
 播磨の表情に変化はない。横目でそれを見ながら、美琴は自分の考えをどんどん口にしていく。
「で、最近になってまた縒りを戻したって聞いたけど、塚本が言うには、そういう関係でもなかっ
たんだろ?けど、今日は慌てて来て、嘘を付いた天満に怒ってる。なぁ、播磨。お前と塚本の妹っ
て、どういう関係なんだ?」
 播磨は、答えない。

「ふぅ」
 一度、軽く溜息をついて美琴は、首を振った。
 元より、彼女は答えを期待していたわけではない。これで崩れるような牙城なら、とうの昔に壊
れていた筈だから。
 まあいいさ。抱いていた疑問を、彼女は投げ捨てた。気にならないわけではない。だがそれより
も、大切なことがある。そんな気がしていたのだ、美琴には。
 多分それは、今という時間なのだろう。そしてこれから先の未来なのだろう。
 二人の関係がどんなものであれ――――考えてふと、美琴は思いを紡ぐことにする。
「播磨」
 声をかけながら、しかし、彼女の目は我が子へと向けられている。慈しむように、その小さな顔
を眺める美琴の中に、じわじわと溢れてくる歓喜。
「この子が生まれたのって、ある意味、お前のおかげでもあるんだよな……播磨」
「――――?」
 言葉の意味がわからず、さすがに播磨はその顔を隣に座る少女の方へと向けた。
 ゆっくりと、少し伸びた髪を揺らしながら顔を上げた美琴は、播磨の視線を捕まえて、微かに照
れ臭そうにしながら、笑って言った。
14If...sepia-3:04/09/14 11:45 ID:3IA4ngDw
「お前が、塚本の妹と付き合い出したから、花井は――――うちの旦那は失恋したわけだし。そう
でなかったら、私とあいつが付き合うこともなくて――――」
 不思議なもんだよな。
 万感の想いをこめて、美琴は言葉を口に乗せる。
 その瞳に浮かぶ光は、過去の光景だった。彼女がこれまでに通ってきた道、そこにいくつもあっ
た分岐点。
 その全てを、自分の意思で選んできたわけではないことを、美琴は知っている。
 偶然であったり、自分にはどうすることもできない他人の心の動きであったり。
 気が付いた時にはもう、分かれ道を過ぎ去ってしまっていて、後悔を覚えたこともある。
 どこかで、ほんのわずかにでも何かが違っていたら。そんな、無数に存在するIF。
 だからこその、不思議。
「幼馴染のあいつを好きになるなんて、そんなありふれた漫画みたいなことないと思ってたのによ」
 記憶を、心を、彼女は愛でる。幼い頃より築き上げられてきた二人の仲。
 男と女の友情だと思っていたそれが、いつか、変わった。

「気が付いたら、アイツなしじゃいられなくなってた」

 美琴の言葉が、播磨の心に響いて、きしんだ。
 何も言えず、彼は腕を組み、自分の膝を見つめる。
「なぁ、播磨」
 その彼を見ようとせず、美琴は独り、想いを音にする。まるで歌のように。
「好きになる、って不思議だよな。一目見ただけで虜になることもあるし、段々と想いがふくらむ
こともある。それに――――」
 彼女は、微笑む。小さく、だがはっきりと。
「自分でも知らないうちに、誰よりも大切で、必要な人になることだって」
 播磨は答えられない。その脳裏によぎる面影は、背中を向けていて。
「播磨、もう一度考えてみろよ。お前にとって、塚本の妹ってのはどういう存在なんだ?」
「――――お前ら皆、そそのかすのな」
 苦笑しながら、彼は言う。
 沢近愛理が。刑部絃子が。塚本天満が。そして今、目の前に座る、人妻となった同級生が。
 異口同音に、問いかけてくる。詰問してくる。
 播磨拳児にとっての、塚本八雲の『意味』を。
15If...sepia-3:04/09/14 11:45 ID:3IA4ngDw
「そりゃ、お前がそれだけ、答えを出すのに迷って見えてるってことだろ」
 美琴の言葉に、責めているような感はない。むしろ、面白がっているようでもあり、また播磨は
苦笑を誘われる。
「へっ、悪かったな。けどよ」
 言いながら、彼は立ち上がる。
「答えは、出たぜ」

 その言葉と時を同じくして、病室の扉が開き、二人の少女が姿を現した。

「あ……」
 泣いていたのか。天満の赤くなった目を見て、播磨の心はわずかに揺れる。
 だがそれは、わずか、だったのだ。
「播磨君……ごめんなさい」
 駆け寄ってきて、頭を下げる天満に、彼もまた、下げ返す。
「いや。俺の方が悪かったんだ。だから、謝らないでくれ、塚本」
「ううん、播磨君を試すようなことしちゃって……本当にごめんなさい。いくら何でも、やりすぎ
だったよね」
 播磨が頭を上げた後も、まだしゅん、としぼんだままの彼女の頭を、彼は軽く叩いた。
 ポンポン
「だからもう、気にするなって。塚本は悪くねぇんだから」
「でも……」
 なおも言い募ろうとする天満を、その唇に浮かべた微笑で抑え、播磨は八雲へと向き直る。
 パジャマから、普段着へと着替えた八雲は、戸惑うような顔で彼を見つめ返した。
 そのまま、何も言わず、ただ二人は視線を交し合う。
 一度だけ、播磨はそのサングラスに隠れた瞳を、彼女の姉に向ける。
 息を飲んで自分たちを見つめる彼女の様子と、その右手薬指にはめられた指輪。播磨の心に去来
する悲哀、だがしかし、そんな自分の姿に眉を曇らせる少女の存在に気付き、無理矢理、彼は笑う。
 そして、己の心に言い聞かす。
 答えを、出したんだろうが。
「妹さん」
「はい……何ですか、播磨さん」
「ちょっと、付き合ってもらっていいか?一緒に、行って欲しい所があるんだ」
16クズリ:04/09/14 11:47 ID:3IA4ngDw
 ということで次回に続きます。ちょっと長くなりすぎたかな。

 前スレだと、500kb越えるかな、と思ってこちらに投稿させていただきました。

 相変わらずに進歩のない文章かもしれませんが、どうか皆様、よろしくお願い
いたします。

 では、失礼いたします。
17Classical名無しさん:04/09/14 12:13 ID:QycaX3/k
>>16
乙かれです
いいところで終わっちゃって続きが気になる〜
18Classical名無しさん:04/09/14 12:39 ID:vSDwfkGI
>>16
乙です
ついに播磨が八雲を名前で呼ぶようになるのかな。
どこにいくのか気にナルポ
19Classical名無しさん:04/09/14 12:41 ID:P1LIzMyo
クズリさん乙。
今回も良かったんです。
登場人物の心の動きも自然ですし、特に違和感を感じる所はありませんでした。
……が、相変わらず続きが気になる終り方でw
20Classical名無しさん:04/09/14 13:23 ID:1.GhXR0o
クズリさん お疲れ様でした。
確かに播磨は丸くなり、美琴は優しさに磨きがかかったような気がします。
つか、天馬は成長していないような気がw
21Classical名無しさん:04/09/14 13:29 ID:1.GhXR0o
あ、そういえば…
MRI等で検査する時に着替えるでしょうが、パジャマじゃなかったような気がします。
病院にもよるでしょうが、係り付けの所は甚平のような服でした。
それ以外は何もありません。 病院内部に詳しくなるってどうかと思うんですが。
22Classical名無しさん:04/09/14 14:36 ID:P1LIzMyo
>>21
検査の時に着替えるものじゃなく、病室内で着ててるものならおそらく入院患者と同じものを着るので、別にパジャマでもいいような気がする。
救急車で運ばれた時はないんではっきりと言えませんが。
ま、その辺りが気になるなら一括りで『病衣』とすればいいと思う。


あと、確かに病院内詳しすぎというか、もしかして前回、最初に長椅子云々指摘したのと同じ人ですか?
だとしたら、お互い大変そうですね。
23Classical名無しさん:04/09/14 16:09 ID:UawOVlBA
神投下待ち
2421:04/09/14 20:38 ID:1.GhXR0o
>>22 はい、確かに指摘した本人です。
  先週まで親が入院していたので、病院内に詳しくなりました。
  確かに『病衣』でいいかも。
25Classical名無しさん:04/09/14 20:41 ID:ujWw1XWE
クズリさん乙。
天満の赤くなった目に僅かに揺れ動くも、すぐに堅い決意に自分を取り戻す播磨
が、印象的でした。成長なんですかね。IFだから、なのだけれども、なんかぐっと
来ました。でも天満のその様子に少し安心w (私見的に)良い意味で成長していますね。

で、さらに私見になるんですが。
一レス目L22の「そっか」から三レス目L10の「八雲?」の部分にある心情描写が少し
長い気がしました。なんというか、少し回りくどい……のかな? もう少し削ると良いと思います。
撫でられたときの(しかも大切な二人のうち一人から)嬉しさは、考えるより先に顔に表れると思えるからです。
上手く説明出来なくてスマソ。
というSSマイナス℃素人の意見です。不愉快になられたら仕方がないですが。

最後に――
また、気になる終わり方だ(´⌒;;;≡≡≡⊂⌒~⊃。Д。)⊃
次回がほんと待ち遠しい。ということで次も楽しみです。
26Classical名無しさん:04/09/14 21:06 ID:36LnKr5s
↑のクズリさんの作品とは関係ないつっこみを入れさせてもらいます。
一部のSSで、シリアスな展開で格闘シーンの時、播拳蹴!や百花虎撃!
とか出てくるととたんに萎えるのは俺だけでしょうか。
 せっかくシリアスなSSでこっちも感情移入しているのにもったいないと
思います。
 そう思うのは俺だけかもしれませんが、一応気になるんでカキコしてみました。
 
27Classical名無しさん:04/09/14 21:12 ID:A5QrkhbM
>26
どちらも作中で使われた技だから違和感ないけどな。
本人たちは真面目に使ってたわけだし。
28Classical名無しさん:04/09/14 21:18 ID:Y/obzyWE
自分も何か違和感あるが、
作中で使われてたといってもギャグ話のときだったわけだし
29Classical名無しさん:04/09/14 21:31 ID:P1LIzMyo
なんとなくわかる気がする。
花火大会の時のマジ喧嘩の場面で(最後はギャグで終ったが)、播磨蹴! などとやられてたら萎えたと思うしな。
30Classical名無しさん:04/09/15 00:51 ID:9q4KG9Gc
変態さんバレはあるのかな〜。
天満の前でグラサン外して…って展開も見たい。上の話読んでてそう思いました。
31Classical名無しさん:04/09/15 00:55 ID:9q4KG9Gc
萎えると言えば…播磨が沢近相手にカタカナで話すのがどうも気に障る。
誰が始めたのか知らないけど、みんなで真似することないのに…。
32Classical名無しさん:04/09/15 05:52 ID:B4kjqdJ6
>>31
本編の誤爆告白で播磨が心のなかでカタカナだからでしょ
おれは効果的で好きだけどな〜
33お子様(おにぎり寄り):04/09/15 17:52 ID:HqWNsmTg
クズリさんのSS読むとホント播磨と八雲はお似合いだなと
心から思うよ。似たもの同士な面もあるし、お互いの足りない
面を補いあえる関係でもある。恋愛だけなら播−沢は見てて
面白いけど、長期的に考えると播−八の方が幸せになれそう。
SSの批評と関係なくてスマソ
34Classical名無しさん:04/09/15 18:01 ID:7zmB5qfs
関係ないと思うならそんなこと書き込まないで下さいね。
あなたの旗批判のレスを見て不快になる人も少なからずいると思いますが。
もう少し周りを見てから書き込みましょう。
35Classical名無しさん:04/09/15 18:02 ID:cWK007Rg
クズリさんま〜だですか?(・へ・)
早く続きが読みた〜いな!Tangent♪
36Classical名無しさん:04/09/15 18:06 ID:cWK007Rg
チョッとテスト
37Classical名無しさん:04/09/15 18:06 ID:cWK007Rg
失礼しましたm(__)m
38Classical名無しさん:04/09/15 19:59 ID:HqWNsmTg
>>34
いろいろいいたいことはあるけど、大人の対応で。
SS作家の皆さん、投下しずらい雰囲気作ってしまってすみません。
気にせずじゃんじゃん投下してくだされ
39Classical名無しさん:04/09/15 20:11 ID:B4kjqdJ6
最近SSの設定とホントのスクランの設定ごっちゃになってるやついるな。
神SS多いから仕方ないかもしれないが。
40Classical名無しさん:04/09/15 21:33 ID:cWK007Rg
もう一回テスト
41Classical名無しさん:04/09/15 21:34 ID:cWK007Rg
失礼しましたm(__)m
42Classical名無しさん:04/09/15 21:34 ID:TcP9u.6U
なんのテストだYOヽ(`Д´)ノ
43Classical名無しさん:04/09/15 21:39 ID:cWK007Rg
>42
スミマセンm(__)mチョッと調子が悪いようだったのですが、たいした事ないようです。
44Classical名無しさん:04/09/16 00:05 ID:cAYspO6A
さて、投下します。
45テスト3日目:04/09/16 00:06 ID:cAYspO6A
ギャギャギャ 爆音を立てて、二人乗りのバイクが入ってくる。
 ファサとヘルメットを脱ぐ女生徒・塚本八雲だった。
 バイクを運転して来た男子生徒・播磨拳児と共に、テストに間に合うべく校舎に駆け込む。
 そして、テスト終了の鐘と共に、二人で校舎から駆け出し、バイクで去って行った。
 テスト2日目、3日目と同じ事を繰り返した二人。
 播磨の家で新人賞に間に合わすべく、マンガの原稿を作成していた。
 
 そして、テスト三日目の午後3時。ついに原稿が完成した。
「ヨッシャ! 完成だ!」
「玉稿…」
 互いに完成を喜ぶ二人。
「あとは…出版社に届けるだけですね」
「ありがとよ、これも妹さんのおかげだ!」
「行ってくるぜ!」バッと身を翻し、元気に出かける播磨だった。
 
 電車に乗り、徹夜の疲れからか、眠ってしまった播磨。
 気が付けば、乗ったはずの矢神駅に停車した。
 終電まで寝ていたのだが、本人はなぜ?としか思えなかった。
 しかし、ここで考えている暇は無い。今日が締め切りなのだから。
 電車はもう無い。播磨はバイクで原稿を届けるしかなかった。
 ちくしょう、ちっくしょうと泣きそうになりながら、バイクを飛ばす播磨だった。
46テスト3日目:04/09/16 00:07 ID:cAYspO6A
 そのころ一台のリムジンが、沢近を乗せて走っていた。
 沢近は夜会の帰りだった。
 父の代理として、仕方なく出席した夜会。
 こんな夜会は初めてではなかったが、沢近の心は晴れていなかった。
 自分でも理由は解っている。
 仲良し4人組で喫茶店を訪れた時の発言が原因であると。
「それはこのコよ」と親友の妹を播磨の彼女と皆に言ったからであると。
 なんであんな事を言ったのか。自分でも解らない。
 その一件以来、学校もサボりがちな沢近に、今夜の夜会を気分転換にと勧めたのは、執事のナカムラだった。
 
 幼少の頃から自分の傍にいてくれた存在のナカムラ。
 断る事も出来たが、せっかくだからと出席したのだった。
 しかし、そんなナカムラの厚意も無駄になってしまった。
 一時的に気分は晴れたものの、播磨の事を思い出すと落ち込んでしまった。
 義務的に父の代理としての務めを果たし、帰宅の車中でのこと。
 普段、沢近が好きな曲が流れていたが、そんな気分ではないからと止めさせた矢先だった。
 
 ドガア 自分の乗っている車に、何かが当たったような音がした。
「? ナカムラ、何かぶつからなかった?」
「ハッ バイクが猛スピードでぶつかってまいりました」
 平然と話すナカムラ。それを聞いて沢近は車を止めさせる。
「何 馬鹿な事言ってるのよ? 事故よ事故!」
 車の傍らに倒れている人物に声を掛ける。
「大丈夫ですか?」そして気付く。播磨だった。
47テスト3日目:04/09/16 00:09 ID:cAYspO6A
「ヒゲ? なんでこんなところに?」
播磨はな、なげえとうめいていた。
埋めますか?いうナカムラに救急車よと返す沢近。
そのとき、播磨が沢近の腕を掴んだ。
え? と振り返る沢近に、封筒を差し出す播磨。
「こ…これを届けてくれ 大丈夫だから…」
 とても大丈夫そうではない状態の播磨に沢近は言った。
「何 言ってるの! 早く病院に…」
「大丈夫つってんだろ!」沢近の声は播磨の大声にかき消された。
 ビクッとする沢近に播磨は続ける。
「俺はこいつを…死んでも届…」そう言って倒れこむ播磨。
 沢近は播磨の意を汲んで、ナカムラに指示した。
「わかったわ…乗せてあげてナカムラ。 そしてこれを届けましょう」
「ハッ かしこまりました」
 封筒には、談講社ジンマガ編集部新人賞受付係御中とある。
「ナカムラ、談講社へ行って頂戴。急いでね。」
「ハッ 喋ると舌を噛みますぞ!」
 グングンと加速するリムジン。通常では考えられないスピードで目的地を目指した。
 一時間後、談講社に到着。沢近はナカムラに原稿を編集部に届けさせた。
 担当者に原稿を渡すナカムラ。お名前は? と訊ねられ、執事のナカムラですと答えていた。
48テスト3日目:04/09/16 00:10 ID:cAYspO6A
 そのころ、車中の播磨と沢近。二人きりだった。
 寝ているのか、黙って俯いたままの播磨。
 沢近は、播磨の顔に付いていた血をハンカチで拭き取っていた。
(こんなになってまで、届けたい物って何だったんだろう?)
 疑問が湧きあがる。しかしすぐに打ち消された。
「届けて参りました、お嬢様」
 不意に掛けられた声に、思わずわぁと大声を張り上げる沢近。
 しかし、その声にも播磨は反応しなかった。
 不安になった沢近は、ナカムラに命じた。
「ナカムラ、病院に行って頂戴。怪我の具合が心配なの」
「ハッ かしこまりました」
 再び、スピードを上げるリムジン。
 早く、それでいて怪我人に揺れを与えない、ナカムラの運転技術が冴え渡った。
 
 そして、談講社近くの病院に到着。車は救急外来に入っていく。
 検査と診察の後、沢近は医師に尋ねた。
「先生、彼の状態はどうなんですか?」
 診察を終えた医師は答えた。
「ご安心ください、命に別状はありません」
 ほっと胸を撫で下ろす沢近に医師は続けた。
「極度の疲労と睡眠不足が認められます。そして外傷もありますからね。3日ほど入院して安静にして下さい」
「はい、宜しくお願いします」
 珍しく素直に頭を下げる沢近の姿がそこにあった。
49テスト3日目:04/09/16 00:11 ID:cAYspO6A
 沢近の希望で個室に移った播磨。
 静かに寝息を立てて眠っていた。
 その傍で播磨を見守る沢近。
(あのコは…あなたの寝顔を知っているのかしらね…)
 手を播磨の顔に伸ばし、サングラスをはずす沢近。
 素顔の播磨は、沢近の予想を越えていた。
 端整な顔立ちに、見とれる沢近。
(こんな顔していたんだ。サングラスなんか、しなければいいのに…)
 普段の播磨は、いつもサングラスをしている。
 素顔を見た事がある人は、聞いた事がなかった。
(あのコは知っているのかしら、あなたの素顔を…)
 ふっと考えが頭をよぎる。
(あのコは知っているかもしれない。でも今、あなたがココにいるのは私たちしか知らない)
(あのコに、勝ちたい)
 沢近は播磨に向き直り、顔を見る。よく眠っているようだ。
 そして、顔を近づけ、静かに唇を重ねた。
 初めての経験だった。しかし、満足感で一杯だった。
(今夜の事は、二人だけの秘密ね)
 そう思いながら、もう一度播磨にキスをした。
「おやすみ、播磨君…」
 月明かりが、二人を照らしていた。
 
おわり
50テスト3日目:04/09/16 00:13 ID:cAYspO6A
今週号を元に、SSしてみました。旗のSSが構想が浮かび易いです。
51Classical名無しさん:04/09/16 01:23 ID:8BL3pn0Y
元にもクソもあるか
90%までがそのままじゃねーか
52Classical名無しさん:04/09/16 02:10 ID:LwLvCKoE
旗SSを書こうとして、何故か王道っぽくなった。
出直してきますorz
53Classical名無しさん:04/09/16 03:39 ID:ndV4KACg
>>33
がんばれ。一部過激派に負けるな。>>34は旗の恥をこれ以上さらすな!
>>42
それじゃネタバレだろ〜確かに水曜解禁だが、木曜発売の人も以外と多いんで、あまりに本編に近いのは勘弁してけろ
54Classical名無しさん:04/09/16 03:49 ID:ndV4KACg
↑は、本編の内容に近いのをやたら早いタイミング
で投下しないでくださいなということです。説明足りなくてスマソ
本編にかなり近くてもオリジナリティや光るものがあるならいいんだけど…
55Classical名無しさん:04/09/16 05:10 ID:f8kUYluE
まあ沢近が本編よりもうちょこっとだけ素直ならこうなってたかもな
56Classical名無しさん:04/09/16 07:20 ID:x/rXyDlU
>>50
本編と被る前半は、省略した方が良かったぞ。
俺は最初、今週のバレ文章をコピペしにきた荒らしかとオモタ。
57Classical名無しさん:04/09/16 08:23 ID:fosiQoAs
>>53
何言ってんだあんた…

>>38
次からは気をつけろよ
58Classical名無しさん:04/09/16 20:30 ID:ZFmGCshI
>>57
まあ、頑張れ。
59Cocktail:04/09/16 22:54 ID:HacoVL6E
 そこは夜の喧騒とは無縁と言える場所だった。暗めの照明に照らされた店内。微かに聞
こえるピアノの音色は、耳障りにならない程度に店を飾る。
 グラスを重ね合わせる音。人々の談笑の声も適度なボリュームを保っている。
 初老のバーテンダーは、カウンターに座る男の空いたグラスへ琥珀色の液体を注ぐと、
無言でグラス磨きに戻った。
「……遅ぇ」
 ポツリ、と男が呟いた。目元を飾るのは、しゃれっ気のないサングラス。スーツを着て
いるが、あまり似合っているとはいえない。アロハでも着ていれば、チンピラかヤクザに
でも見えただろう。
 ――と、そんな男の傍らに人影が滑り込んできた。ストゥールにすらりと座ったのは、
女性。長い黒髪を腰ほどまで伸ばしている。
「悪かったね、職員会議が長引いてしまった」
 一言謝り、バーテンダーに手で合図する。バーテンダーは心得たようにシェイカーを振
り、彼女の前にカクテルグラスを置いた。
「――しかし、一体どういう風の吹き回しだい、拳児くん」
「拳児くんは止めろっての、絃子」
「さんを付けたまえ、拳児くん」
 男の名は播磨拳児。ようやく名が売れ出した月刊連載を二本持つ漫画家である。
 女の名は刑部絃子。かつて播磨拳児が在学した高校の数学教師を務める女性であった。

60Cocktail:04/09/16 22:55 ID:HacoVL6E
「……で? 一体どういう風の吹き回しだい? 私を此処に呼び出すなんて」
 絃子はグラスを口に運びながら、流し目で隣に座る男にそう問いかけた。
「別に。俺が絃子を呼び出すのが、そんなに変なことか?」
「そう変なことじゃないな。うん。だが……この店となると別だろう」
 肘をカウンターに突き、グラスを揺らしながら、絃子は遠い目をする。
「ここは、君が塚本君に失恋した時に来て以来、一度として足を運んでいないと記憶して
いるんだがね」
 私はよく来ていたがね、と付け加えながらカクテルを飲み干す。
「……」
 拳児は無言のまま、琥珀色の液体を揺らす。カロン、と氷とグラスがぶつかる音を確か
めるように、数度。
「……確かに、な。あの時以来、俺はここに入った事は、ねえ」
 頷いた拳児を横目に、絃子の前には新しいグラスが置かれる。
「なら、私の質問の意味だって分かるだろう。どういう風の吹き回しなんだい?」
「……仕切りなおすなら、此処からだと、俺は思ってたんだ」
 グラスを一息に煽ると、拳児はそう言い切った。
「仕切りなおし?」
「天満ちゃんに失恋した俺を……絃子が支えてくれたお陰で、今、俺はなんとかやってい
けてる。連載だって持てた」
 視線がどこを見ているのか。サングラス越しには分からない。そのもどかしさを感じな
がら、絃子は目の前の男の言葉を待った。
「天満ちゃんのことは、忘れようったって忘れられねえ。あれは、俺にとって間違いなく
大切な時間だったから。切り捨てられねえんだ」
 身勝手な話だけどな、と男は自嘲するように笑う。
「そんなことは、無いと思うぞ」
 絃子の言葉に拳児は顔を彼女の方へと向けた。微かに耳が赤い。もう酔ったのか、と絃
子が思った刹那。
「だから、よ。その……なんだ」
 男は、挙動不審にあちこちを見ながら、しどろもどろになった。
 首を傾げ、唐突に挙動不審になった男を訝しげに見つめる。
「ああ、その、ええい!」
 がばっという音。厚く硬いものに顔を押し付けられた。
61Cocktail:04/09/16 22:56 ID:HacoVL6E
 ……抱きしめられているのか、とそれに気付いたのは、少し遅れてからだった。
「け、拳児君!?」
「結婚してくれ、絃子!」
 耳元で大声で、そう叫ばれた。
「……け?」
「結婚」
「誰と?」
「俺と」
「誰が?」
「絃子が」
「……血痕?」
「結婚」
 思考が停滞した。まったく、何も頭に浮かんでこない。
 目の前で自分を抱きしめたまま硬直しきっているのは、従弟であり、かつての同居人で
あり、そして現在、自分にとって最も恋人に近い存在だった。
 塚本天満に失恋した彼をこの店で慰め、そのままの勢いで寝てしまったのは、まあ若さ
ゆえのなんとかだったのかも知れない。
 だが、自暴自棄になろうとする彼を、その事実で脅し宥めすかし、どうにか社会復帰さ
せたのだから、まあ結果的には良かったのだろう。それに自分としても後悔は無かった。
 それからの関係は、従姉弟以上恋人未満という、実に曖昧な関係だった。高校の卒業を
期に拳児は絃子の部屋を出て行った。そして漫画家として少しずつ、その道を進んでいっ
たのだ。
 だが。
「結婚、だと?」
 まさか、彼がそんなことを言い出すとは、思いもしなかった。自分との関係を曖昧なま
まにし続けた彼が、そんなことを考えているとは思いもしなかったのだ。
「……冗談だろう?」
「冗談なんかじゃねえ。こんなタチの悪い冗談言うかよ」
 抱きしめる彼の腕を引き剥がし、絃子は男の顔を見上げた。サングラスに隠れた顔は、
表情を読み取らせない。
「取るぞ」
 言って、サングラスを外した。
62Cocktail:04/09/16 22:57 ID:HacoVL6E
「なっ、こら、絃子!」
 慌てたように抵抗しようとする彼を見て、ああ、とため息が漏れた。
 顔は真っ赤。目は充血し、挙動不審にあちこちへと視線が彷徨っている。動揺が露骨に
顔に出る男だと思った。
 ――嘘がつけない男だと思った。
 今の言葉が、本当だと信じられた。
「――君が、私にプロポーズしてくれるとは、思わなかった」
 だからポロリとそんな言葉が漏れた。
「なんでだよ」
 途端、むっとした顔で拳児が問い返す。
「いつだって君は、私と自分の関係をはぐらかしてきただろう?」
 同じベッドで眠った夜だって何度もあった。だが、決して恋人だと、彼は口にしなかっ
たのだ。
「だから、私は君がそんな事を考えているだなんて、思いもしなかったんだ」
「……連載が持てるようになるまでは、って思ってたんだよ」
 漫画家なんて浮き沈みの激しい、それこそ浮き草みたいな稼業だからな。そう呟いて、
拳児は顔を背ける。
「だから、せめて連載を持って、自信を持って絃子一人くらい養えるって言えるようにな
るまで、何も言わないでいようって思ったんだよ」
 そうすりゃ、絃子だって俺に見切りをつけて他に男を作ることだってできるだろ?
 そう続けた拳児に、絃子は剣呑な目を向けた。
「君は、私が君以外に恋人を作るような、そんな女だと思ってたのか?」
「い、いや、そういうわけじゃなくて!」
「……まあ、良い。君のその気持ちは……嬉しい、しな」
 俯いて答えた絃子に、拳児は恐る恐る問いかける。
「それで、その、なんだ。答えを、聞かせてくれねえか?」
「答え?」
「……ぷ、プロ、ポーズの」
 ああ、と呟いて、絃子は顔を上げた。
「一つ、問題がある」
「な、なんだ?」
63Cocktail:04/09/16 22:58 ID:HacoVL6E
「ハリマイトコというのは、語呂が悪すぎやしないか。ここは一つ、オサカベケンジとい
うのはどうだろう」
「……なんの話だ?」
「名前の話だが?」
 キョトンとした顔で絃子。そんな彼女に、拳児は頭を抱える。
「いや、そうじゃなくて」
「……何か、分からないことでもあるのかね?」
「なんで名前の話になってるんだ。いきなり!」
 大声を上げた拳児をびっくりしたように見つめ、それから絃子は「ああ」と頷いた。
「そうか、そうか。すまないな。あまりに当たり前な事過ぎて、思いつかなかったよ」
 クスクスと笑いながら、絃子は拳児をまっすぐに見つめる。
 そして表情を改めて、真剣な顔で答えた。
「そのプロポーズ、お受けするよ。拳児」
 まっすぐな瞳に照れたように、少しだけ視線をそらして、拳児は礼を言った。
「……そっか。……その、ありがとよ」
「何。別に大したことじゃない。で、どっちにするんだ、拳児」
「どっちって?」
「名前だよ、名前。君が刑部の家に婿養子になるのがベターだと思うんだが、どうかね」
「……播磨絃子は嫌か」
「その名前は、語感が気に喰わない」
「刑部拳児ってのは良いのか?」
「私はわりと気に入ってるよ?」
 クスクスと笑いながら、絃子がバーテンダーを呼び寄せた。
「“プロポーズ”を私と彼に」
 シェイカーを振り出したバーテンダーを横目に、絃子は笑う。
「さて、甘いプロポーズで口直しといこうか」
「……好きにしてくれ。もう」
 不貞腐れたようにカクテルグラスを手に取った拳児を見て、もう一度口元が緩んだ。
「……甘いな」
「なに。これからの私たちほどじゃないさ」
 楽しげにグラスを口に運びながら、刑部絃子もまた、グラスを口に運ぶのだった。
64Classical名無しさん:04/09/16 23:01 ID:HacoVL6E
>>59-63
スクランは最近ハマりました。
播磨絃子よりは刑部拳児の方が語感が良いと思った所から書いてみました。
お目汚し失礼。
65Classical名無しさん:04/09/16 23:55 ID:lyEPo7rE
>>64
GJ!
超姉キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
しかも結婚してるし!
最後まで余裕のある絃子さんも良かったです。
66Country road:04/09/17 00:00 ID:PO29pT9Y
 ゆっくりと染まっていく黄昏時の空。その色は、茜を通り越してもはや金に近い。日中の柔らかな陽射し
から一転、刺すような強さをもった光は世界を同色に変えていく。
 そんな、他のどの季節よりも鮮やかな夕暮れの中、公園のベンチで一人溜息をつく女性――刑部絃子の
姿があった。さして大きくもない公園、加えてそろそろ夜風も冷たくなってくる時期ともなれば、辺りに
他の人影は見えず、わずかに遠く、まだまだ遊び足りない子供たちの声が聞こえてくる程度。
「……どうしたものかな」
 言っても詮無いこと、と分かっていながらもそう呟く絃子。悩みの種――は言うまでもなく、ここ数日
帰っていない自宅のこと。変に気を使わず、あるいは動じることなく普段通りに帰宅すれば、それでどうにか
なる、ということは彼女とて承知している。
 それでも。
 どうしてもそんな気分になれず、こんなところでだらだらと時間を潰している、という次第である。理由は
これもまた考えるまでもなく分かっているのだが、それを認めるのはどうにも釈然とせず、結果思考は堂々巡り
をひたすらに続けている。
「今日も葉子のところか……」
 落ち着くまでは構いませんよ、そう言ってくれた後輩の顔を思い出しつつ誰にともなく呟いてみる。もちろん
それが根本的な解決にはまったくなっていないのは、『落ち着くまで』という彼女の言葉によるまでもない。
とは言え、結局人間は感情の生き物、道理が通っていれば万事上手く収まるわけでもない。無意識のうちに
ついた溜息が、金色の光の中に飲み込まれていく。
 と。
 いつのまにか、自分の隣に一匹の黒猫がいることに気がつく絃子。静かにこちらを見つめるその瞳に、余程
自分が、ぼう、としていたのかと苦笑がもれる。
「まったく……ん?」
 我ながら情けない、そう思ったところで、黒猫の特徴ある額の傷に見覚えがあることを思い出す。
「塚本君のところの子だったね。確かそう――伊織」
 すると、わずかに間を置いて小さく、なう、と返事を返す黒猫。いくらなんでも言葉が通じる、と思いは
しないものの、その仕草が何故かおかしく思え、周囲に誰もいないのを確かめてから絃子は会話を始める。
67Country road:04/09/17 00:01 ID:PO29pT9Y
「君の主人――八雲君はね、今何故かウチにいるんだよ。まったく、どういう風の吹き回しだろうね」
 その言葉にも、なう、という鳴き声。期待もしていなかった返事が返ってきたことに、少し気分が明るく
なった絃子、取り留めのない会話は続いていく。
「そうなると、君も帰るところが……ああいや、彼女には姉がいたか。天満君のところには帰らなくても
 いいのかな?」
 今度はしばしの沈黙。そして、わずかに黒猫の表情が歪んだ――ように絃子には見えた。
「ふむ、天満君とは相性が悪い、というところかな」
 ――なう。
「そうか……まあそういうこともあるだろうね。なかなか難しいよ、人間関係というヤツはさ」
 どうして猫相手にそんなことを話しているのか、自分でもおかしくなって笑い出す絃子。
「うん、それじゃ君も私も独りぼっち、ということか。寂しいね、お互い」
 そう言ってその背中をなでながら――それがどれだけ珍しいことなのか、絃子には知る由もない――葉子が
いるのにそれは悪いか、と、少し困った様子で空いた手で髪をすく。
「――なあ、君は」
 どうする、と言いかけたとき、すっ、と黒猫が頭を上げてベンチを降りる。どうしたのか、と見回した視線
の先、夕焼けの色に染まる一人の少女の姿。
「八雲君、か」
 その言葉に黒猫はもはや応えず、静かに歩を進めていく。絃子もそれを引き留めることなく、よかったな、と
小さく呟く。
「――――」
 すると、一瞬だけ足を止めて振り返る黒猫。その表情が、大丈夫か、と訊いているように見えて、絃子は
しっかりと笑顔を返す。大丈夫だ、と。それに満足したのか、今度こそ立ち止まらずに走っていく黒猫。向こう
からは逆光になっているせいか、八雲はまだそれに気づく素振りは見せない。その隙に、と絃子も立ち上がって
背を向ける。
「帰るべき場所はちゃんとあるんだから、ね」
 先刻に比べれば随分と軽くなった心とともに歩き出す。
 その向かう先は、言うまでもない――
68Classical名無しさん:04/09/17 00:18 ID:nc59zbHQ
絃子、かわいそ・・・
69Classical名無しさん:04/09/17 00:20 ID:5TuZJWCk
>>67
終わりかな?
絃子さんが切ない…
だがそこが(・∀・)イイ!
70Classical名無しさん:04/09/17 00:28 ID:v8K8NmCU
>59-63と、>66-67、投稿する順番が逆だったら良かったな。

さびしげな絃子さんの後に、幸せな絃子さん。
いろいろあったけど、最後には彼は自分の許に帰ってきたよって
感じでミョーに噛み合ったような。
71Classical名無しさん:04/09/17 02:01 ID:pac4H7Q.
>>64
GJ!
絃子も良いが播磨が特に良い味だしてると思った。
いいねぇ…
72Classical名無しさん:04/09/17 02:31 ID:HbuUnCnY
>>64
>>67
どちらもGJ!やっぱ絃子さんは良いわ
7364:04/09/17 07:43 ID:VuPHTuX6
あああ。眠い頭のままで書くもんじゃない。ラストの1文の表現ダブってました。

誤> 楽しげにグラスを口に運びながら、刑部絃子もまた、グラスを口に運ぶのだった。
正> 楽しげにグラスを口に運びながら、刑部絃子もまた、グラスの中身を飲み干すのだった。

褒めてくれた方々、ありがとうございました。
74Classical名無しさん:04/09/17 10:39 ID:yhCEQQXc
>73
読者としてでなく同じSS書きとして忠告するけど、
どうせ謝辞を書くなら褒めてくれた人にじゃなくて
読んでくれた人に謝辞を述べた方が良いよ。
7573:04/09/17 12:50 ID:AnRdNR.E
>>74
確かに。思慮が浅かったようです。
改めて読んで下さった方に感謝します。
76クズリ:04/09/17 17:34 ID:GmmBC9/6
こんにちは。クズリです。
おにぎり絶賛スルー展開に_| ̄|○
いやまあとにかく。

>>17-20
 いつも読んでいただき、まことにありがとうございます。今回でひとまずの……かな?

>>21-22 >>24
 御指摘、ありがとうございます。HPに上げる際には、修正させていただきたいと思います。
なにかと不勉強な私ですので、こういった御指摘は本当にありがたいです。

>>25
 貴重な御意見、ありがとうございます。もう一度読み直して、推敲を重ねてみたいと思います。

>>26
 使ったことのある私としては、耳に痛い意見ですね。熟慮したいと思います。

>>35
 お待たせいたしました。色々と忙しくなってきたので、さすがに以前ほどSSに時間を割けなく
なってきてしまってます…… 
77クズリ:04/09/17 17:41 ID:GmmBC9/6
 では投稿させていただきます。

 前々スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75-82 『If...scarlet』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167-190 『If...brilliant yellow』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392-408 『If...moonlight silver』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521-531 『If...azure』

 前スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/24-31 『If...baby pink-1』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/161-168 『If...baby pink-2』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/194-210 『If...baby pink-3』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/314-319 『If...sepia』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/398-404 『If...sepia-2』

 現行スレ
>>9-15 『If...sepia-3』

 に続いて。

『If...sepia-4』

 6巻買いました。わかっていたこととはいえ、八雲の出番のなさがちょっと。

 追記。『If...scarlet』〜『If...baby pink』までは、私のHPに収録してありますので、そちらの方が見やすい
かもしれません……とちょびっとだけ宣伝も兼ねて。
78If...sepia-4:04/09/17 17:41 ID:GmmBC9/6
 わずかに緊張をしながら、だがそれ以上に優しさに溢れている。それは八雲だけでなく、側で成
り行きを見ていた天満や美琴をすら、はっとさせる笑顔だった。
 迷いながら自分を見てきた妹に、天満は大きく頷いて見せる。
 それでもしばし惑った後、八雲はゆっくり、播磨に頷いて言った。
「は、はい……」

 二人が並んで、病院の廊下の角を曲がっていくのを見送った後、天満は大きな溜息と共に、肩を
落とす。
「はぁぁぁ」
「どうしたんだよ、塚本。そんな溜息ついて」
 我が子を胸に抱きかかえて立ち上がった美琴が、落ち込む天満に尋ねる。
「私って、本当、バカだなぁって。何であんなこと、しちゃったのかなぁ……」
「まあ、自分がバカだってことに気付いたのは、いいことだろ」
 突き放したような彼女の言葉に、天満は恨みがましい目で見つめてくるが、美琴は意に介さない。
「美琴ちゃん、冷たい……」
「そりゃ悪かった。けど、事実だろ」
 ずばっと指摘され、また激しく落ち込む少女に、彼女は苦笑しながら、助け舟を出した。
「ま、それでも、あの二人にとっては、結果オーライだったみたいだけどな」
 美琴は、二人が醸し出していた空気を、懐かしく感じたのだ。
 それは自分達――――美琴と花井が、お互いの気持ちを知った頃のものと似ていたから。
 私達も不器用だったもんな――――思った後、彼女は小さく胸の内で笑う。だった、じゃないか。
今でも変わらないだろう、それは。
 もう一度美琴は、二人が去った後の病院の廊下を見る。
 まだそこには、冷め切らない熱と、ぎこちない沈黙が残っているような。それは決して不快なも
のでなく、青臭いまでに純粋な、想いの交換。
「うん……そうだといいんだけれど……」
「元気出しなって。そんな風にしてるの、塚本らしくないよ?」
 バンッ。赤ん坊を抱いていない方の手で、天満の背中を強く叩いた美琴は、とびっきりの笑顔を
見せる。
「お姉ちゃんがしっかりしてりゃ、あの子に何があったって、大丈夫だろう?」
「うん――――そうだね」
「そうそう。だからあんたは、笑ってな」
79If...sepia-4:04/09/17 17:42 ID:GmmBC9/6
 渡されたヘルメットを被り、八雲はタンデムシートに乗って、播磨の体に強くしがみついた。
 高校生の頃も、こうして彼の後ろに乗せてもらったことがあったことを、八雲は思い出す。その
時との違いは、二つ。
 以前は遠慮がちに腕を回していたことが一つ。己の中の恋心に、気付いていなかったからなのだ
けど、何よりも気恥ずかしかったから。
 二つ目は、播磨がヘルメットを被るようになったこと。高校の頃は、絶対に被ろうとしなかった
から。これは八雲には嬉しい変化だった。
 この人を失いたくない。その気持ちは常に膨らみ続けている。
 動き出したバイクも、後ろに座る彼女のことを考えてか、スピードはそれほど出ていない。
 通いなれた、そんな風に播磨が行く道は、彼女の知らない道。
 この風景は、いつも彼が見ている景色。それを今、私は共有している。
 ギュッ。ふと生まれた感慨に、八雲は彼を抱きしめた腕に込めた力を強くする。
 播磨の大きな背は、そんな彼女の体を優しく受け止めた。

 街を出て、道は続く。後ろへと走り抜けていく風の中に、潮の香りが混じり始める。空を滑るは
カモメか。
 そして遠くに海が見え始める。綺羅綺羅と弾かれて、跳ねる陽光。すでにかなり傾きけた太陽を
横目に見ながら、バイクは走る。
 どこへ行くのだろう。疑問はあるが、八雲は口には出さない。聞こえないだろうし、聞いても仕
方がない、そう思ったから。
 今日は、どこへでも付いていく。そう決めたのだ。

 やがてバイクが止まったのは、緑に覆われた小高い丘の麓だった。
 バイクを降りた播磨は、薄闇の落ち始めた野原を、ゆっくりと登っていく。振り返ることなく進
む彼の後を、八雲は何も言わず付いていく。遠くの空の紅が、播磨の背中を染めた。

 唐突に、海と、夕焼けが、彼女の目の前に広がった。
 大きく、真っ赤な太陽が、隠れようとしている。大海原に。

「すごい……」
 八雲が溜息交じりに漏らした言葉を受けて、彼は言った。
「これをよ、見せたかったんだ。妹さんに」
80If...sepia-4:04/09/17 17:42 ID:GmmBC9/6
 ちらりと、隣に並んで立つ播磨の顔を盗み見た後、八雲はまた、空に踊る朱の光に目を奪われる。
「綺麗ですね……」
 吹く風になびく髪を、手で抑えながら言う八雲。
 ポケットに手を突っ込んだまま、無言のままの播磨。
 二人はしばし、たたずむ。同じ景色を共有しながら。

 時間の経つのを忘れるかのように、その夕を見ていた少女に、播磨は想いを告げた。

「妹さん……俺はよ……ずっと、今になっても、まだ……天満ちゃんのことを好きだ」

「………………」
 八雲は答えず、俯いた。
 播磨は、彼女を見ようとせず、続ける。
「妹さんのことは、とっても大事に思ってる。天満ちゃんと、変わらねぇぐらいに」
「…………ありがとうございます」
 間の抜けた返事だ。言ってから、八雲は小さく笑う。哀しく。
 大事、か。
 大事と好きの間には、とてつもなく高い壁がある。
 彼女の言ったことを聞いているのか、どうか。播磨は続ける。どんな表情をしているのか、見上
げる勇気は、今の八雲にはなかった。
「妹さんが危ねぇ。そう聞いた時は、ホント、目の前が真っ暗になるかと思ったぜ。だから、かな
り焦ったし、飛ばしたなぁ」
「それは――――播磨さんが優しいからですよ」
 きっと、私でなくても。その認識に、胸の奥を締め付けられながらも、八雲は何とか表情を取り
繕う。
 微かに、笑って見せる。ぎこちなく。だがその目は、太陽へと吸いつけられていて。
「――――そう見えるのか?」
「はい……例えば、刑部先生が事故に遭ったって聞かれたら……?」
「絃子が、か?うーん……まあ確かに、そうかもなぁ」
「そうですよ」
 優しい彼に惹かれた。その優しさが、今は、少女の心を痛めつける。
「けど、よ。天満ちゃんに手を上げたのは……それが妹さんだったからだぜ?」
81If...sepia-4:04/09/17 17:43 ID:GmmBC9/6
「……え?」
 振り向き、彼の顔を仰いだ八雲の目に飛び込んできたのは、我と我が右手を睨むようにしている
播磨の、厳しい顔だった。

「女をブッたのは初めてだぜ……しかもそれが、好きな女だってんだからな」
 その右手にはまだ、微かに痛みと熱が残っている。播磨はその手を、強く握り締めた。振り払う
ためにか、逃がさないためにか。彼自身にもわからなかった。
「他の誰よりも大事で――――どんなことをされても許せる……そう思ってたのによ」
「――――すいません」
「妹さんが謝ることじゃねぇよ」
 辛そうな彼の声に、思わず八雲が口にした言葉は、一蹴されてしまった。
 風が草原を走る音だけが、二人を包む。冷たく、ただ冷たく。

「何でだろう……って考えてたんだ」
 呟きは、はっきりと八雲の耳に届いた。
 顔だけを横に向け、少女は隣に立つ男の横顔を盗み見る。
「あん時、俺は、天満ちゃんのことを許せなかった。好きだってことも、忘れてた」
「それは――――姉さんが……」
「けど、俺は忘れてたんだ。好きだってことを」
 八雲の反論は、彼の声に遮られる。沈む日の朱に染まる彼の姿を見ていて、八雲は気付く。
 これは、独白なのだ、と。
 自らの心を、口にして形にすることで、ひもとこうとしている。
「俺の好きって気持ちは、こんなものだったのか……ってな」
 苦笑する播磨の、想いが向かい、たどり着く場所がどこなのか。八雲にはわからなかった。
 だから息を飲んで彼を見守る。痛いほどに、心臓が脈打つのを、胸の奥で感じながら。
「けどよ、理屈で答えが出るもんじゃないんだよな、そういうのって。人を好きになるってのは、
頭じゃなくて、ハートだと思うしよぉ」
 らしくねえ台詞だよな、そう言って照れ臭そうに頬をかき、それでも播磨は言葉を繋げる。
「だからな、俺がこの、とっておきで一番好きな光景を、誰と見たいか……って考えたらよ」
 播磨が、振り向いた。
「妹さんに見せてやりてぇ、って思ったんだ。自然と」
 八雲は、息を、飲んだ。
82If...sepia-4:04/09/17 17:44 ID:GmmBC9/6
「妹さん……俺はよ、鈍感だし、馬鹿だからな。うっとうしいぐらいに周りから言われねぇと、自
分の気持ちにすら気付くことができねぇ」
 夕焼けが、消えていく。太陽が沈み、海が色を失っていく。
 二人の距離は、ほんの数歩。それでも、闇にまだ慣れない目には、少しずつ顔が見えづらくなっ
てくる。
 だから、だろうか。
 播磨は自分でも驚くほどに、平静と、己の心を押し出すことが出来た。
「イヤってほど、周りの人間にケツを蹴り飛ばされて、やっとこさ、答えを見つけられたぜ」
 彼の脳裏に浮かぶ、少女達の言葉と、もらった思い。

 沢近愛理の涙に、自分以外の人の想いの存在に気付かされ。
 刑部絃子の弱さに、ささえてくれていた存在のことを知り。
 塚本天満の詰問に、誰が大事かを思い知らされ。
 周防――――花井美琴の母性に許されることを覚えた。

 逃げていたんだな。
 播磨は、顔には出さず自嘲する。
 塚本天満への想いが届かなかったことを認められず。
 傷ついた自分を守るために、か。それとも、そんな自分に酔っていたのか。
 想いにこだわって、忘れることを拒み、思い出に生きて。

 一人の世界に閉じこもっていた。

 だがそんな彼にも、思いは寄せられていたのだ。
 見捨てられることなく、孤独から引きずり出してくれたことに、彼は心の底から、感謝をする。

 播磨はわずかに、歩を進めた。間近に見る彼女の瞳に浮かぶ光は、複雑だ。
 怯えているようにも、期待に揺れているようにも見える。
 こんな綺麗な目を、してたんだな。
 初めて間近に見つめた彼女に、播磨の心に自然と湧き上がる想い。
 頬を染めた八雲は、しかし顔をうつむかせようとはしなかった。ぎゅっと体の前で強く組んだ手
が、微かに震えていて、少女の緊張を表している。
83If...sepia-4:04/09/17 17:51 ID:GmmBC9/6
 彼女の瞳は、真っ直ぐに、播磨を見つめていた。見つめ続けていた。
 そして播磨は決意する。

 もう、逃げない。

「妹さん。俺は妹さんのことが、好きだ。誰よりも――――天満ちゃんよりも。誰よりも、必要な
んだと思ってる」

 その時、八雲には、彼の心の声が視えた。
 揺さぶられる胸、全身が心臓になったかのように熱く、心の奥底が弾けた。

 そしてこぼれる涙。

「い、妹さん?」
 突然の彼女の変化にあたふたとする播磨を見て、初めて八雲は自分が泣いていることに気付く。
「ど、どうしたんだよ?」
「違うんです……違うんです」
 声が喉にからむ。それでも必死に、八雲は想いを告げる。
「――――嬉しいんです。嬉し涙なんです。嬉しくて――――仕方ないんです」
 顔を手で隠すこともせず、ただうつむいて泣き続ける八雲。
 その体を、おずおずと伸ばした手で、播磨は抱きしめた。
 優しく。背中に手を回して。
 さからわず、八雲は彼に体を寄せて、そのぬくもりを全身で感じる。
 彼の胸の奥の、鼓動が聞こえた。バクバクと大きく鳴り響くその音が、とても心地よくて。
 八雲は目を閉じる。そして思う。
 この瞬間を忘れない。私の居場所はここなのだと、決めたこの瞬間のことを。
 いつか全てがセピア色の思い出になっても、このときめきだけは、絶対に。

 艶づいた唇を割って、八雲の中から想いが溢れ出る。
「私も……播磨さんのこと……好きです……」

     〜fin〜
84コンキスタ:04/09/17 17:55 ID:u7g7Y46U
GJ……いや、ほんとに。
85If...sepia-4:04/09/17 18:05 ID:GmmBC9/6
 これにて『If...』シリーズ、一先ずの区切りとさせていただきたいと思います。

 もっともこの後の展開についても、二、三腹案はあるので、完結ということではないのですが。

 ちょっとだけ、語らせてもらいます。

 反省点としては、前の連載よりも若干、話の焦点がばらけてしまったところ、ですね。連載では
なく、連作短編という形式をとり、主人公がコロコロ変わったところに問題点があったのでしょうが。
 構想時は、『If...scarlet』『If...azure』の二本立ての作品にしようと考えていました。
 ただ、この二本だけでは、播磨の心の変化、その理由がわからない。そのために、『brilliant
yellow』『moonlight silver』という二つの挿話が生まれたわけです。
 さらに今回は、前の連載ではなかった、播磨と八雲が想いを重ね合わせるまで、を描きたい
と思いました。それが『sepia』となりました。
『baby pink』は、『sepia』までの前振りでもありますし、『brilliant yellow』で傷つけてしまった沢近
の心の成長を描きたい、と思ったのです。ですから、本編の一部でもあり、番外編ともいえます。
 そういう意味では、ストーリーは出来上がっていたものの、連載のプロットは無視していたかな、
という反省しております。
86クズリ:04/09/17 18:07 ID:GmmBC9/6
 結局のところ、テーマ、というか、描きたい想いを一つに絞りきれなかったのが、全体を通して
曖昧な作品になってしまった理由かな、と思っていたりします。
 前回の連載が八雲の心の成長を取り上げたのですから、今回は播磨の心の変化に焦点を
置くべきだったかな、とも考えますし。
 まぁ不満もたっぷりありますが、自分の今出来ることを全て注ぎ込んだ、という意味では、それなり
に満足はしております。
 何よりも、本編設定を無視して突き進んだこの作品を受け入れてくれた皆様の、暖かい御声援には
感謝するばかりでございます。
 もっともっと、皆様に喜んでもらえるような、楽しい作品を作りたいと思っていますので、批評・感想
を、どうかよろしくお願いいたします。

 なお、冒頭にも言いましたが、まだこの『If...』世界で、構想したものの書いていないエピソードが幾つ
かありますので、そちらを投稿するやもしれません。私の脳内設定で書かれたこの作品に、もうしばらく
お付き合いいただけると嬉しく思います。

 最後に、改めて。

 ここまで私の作品にお付き合いいただき、まことにありがとうございました。
 拙い物書きではありますが、努力を重ねていく所存ですので、どうかこれからも、クズリの作品を
よろしくお願いいたします。

 本当に長い間、ありがとうございました。
 そしてまた、よろしくお願いいたします。
87Classical名無しさん:04/09/17 18:44 ID:jKLnCEfc
GJ
なんかジワジワとくる作品ですね。
88Classical名無しさん:04/09/17 21:23 ID:2nv6gFW2
良かったです。良かったんですが、サラは何処へ?
あのまま帰るとは考えずらいのですが。
89Classical名無しさん :04/09/17 21:29 ID:gp12uolw
GJでした。 本編じゃ誤爆告白ですからね。 八雲の反応がいいなと思いました。
90Classical名無しさん:04/09/17 21:50 ID:Cnpz2hf.
>>59-63

結婚のやりとりが良いかな。
思いっきりの行動。播磨らしさもあるし。

>>67
伊織がイトコさんを促すところが良いね。
GJ!

>>クズリさん
GJ! そしてお疲れ。
流れが穏やかに、八雲と播磨を包んでいるところが良いね。
播磨の独白も。八雲の受け入れる所も好き。

だけど、なんか足らない。播磨らしさというか、まあ連載形式だからしょうがない
と思うけれど。う〜んそんな感じかな。

そして、次からの作品。期待しています。
91Classical名無しさん:04/09/17 21:50 ID:3cnIa3TU
GJ!このあと黒皿が登場して・・・
92Classical名無しさん:04/09/17 22:04 ID:meQj/ANE
八雲をさらってイギリスへ…
93Classical名無しさん:04/09/17 22:07 ID:wN5BUxPs
( ^^)ノ ゴロゴロ ((((((●☆(>。☆)イテェ>>91>>92
94Classical名無しさん:04/09/17 22:11 ID:meQj/ANE
>93
ついカッとなってやった。 悪気はなかった。 今は(略

それはともかくこれだけは言わせてくれ
IDに姉キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!

超姉キボン
95Classical名無しさん:04/09/17 22:13 ID:pac4H7Q.
>>94
超姉の申し子だな
96Classical名無しさん:04/09/17 22:50 ID:.yobeNSE
まさに神だな
97Classical名無しさん:04/09/17 22:52 ID:z4SkfUm2
クズリさん、お疲れ様でした。通して批評させて頂くと、
播磨の心境の変化をイベントをおりまぜて、説得力のある展開にしたところと、
最初の回での暗澹とした八雲の心情が特に良かったと思いました。
その分最終回はややものたりなく感じたかな。最初の暗澹としたころとのバランス
から考えて、もっとハッピーな心情表現が量的に多いほうがいいのではと思いました。
まあ、今後残りのエピソードで補充するつもりなのかもしれないんで現時点では
なんともいえないのかもしれませんが・・・
 とにかくグッジョブ!ということで。次回作に期待してますぜ!
98Classical名無しさん:04/09/17 23:13 ID:yEvpxvuw
>>83
こういうのを聞いていいのかわからんが、最後まで「妹さん」なのは何か狙いが?
いきなり呼び方がかわるのも変かもしれませんけど。
99Classical名無しさん:04/09/18 01:22 ID:pDlF2z9.
最高です。
100Classical名無しさん:04/09/18 01:32 ID:oSo94Ejw
>>98
呼び方が変わるネタはさすがにもうお腹いっぱい。
101Classical名無しさん:04/09/18 01:34 ID:rF6oQTek
描写一つ変えただけで全く趣が変わってくるものだよ。
俺は何度でもいけるぜ
102Classical名無しさん:04/09/18 01:51 ID:D/JMxdGk
>>98
いや、きっとクズリさんのことだから、呼び方を変えるネタでとっておきのを
まだ残しているんだよ。楽しみだな、と期待している俺
103Classical名無しさん:04/09/18 01:54 ID:PQ6Czgks
>>クズリさん
連載終了乙です。
上でおっしゃられてる通り、前作と違い視点の変化が多いので多少物足りなく感じたところもありました。
しかしそれはクズリさんの圧倒的な、八雲たち迷える女性キャラの心象の表現力に
贅沢になってしまっているからでしょうかね(汗)文句をいいつつ俺は今作のほうが好きなんですが。

主人公の変化と同時に回りのキャラの気持ちの移り変わりを描ける表現力には脱帽です。
ファンの一人として次回作も期待してるんでがんばってください。
104事故後:04/09/18 11:31 ID:7bPxxv42
 その夜、私は眠れなかった。
 あいつがウチの車にぶつかってきて、怪我をした。
 救急車を呼ぼうとするのを止めさせて、届け物を頼んであいつは倒れ込んだ。
 二人きりのとき、あいつの寝顔が可愛かった。
 そして、別れ際にあいつは言った。
ナカムラの交際している女性はいるのですか? という質問に対して、
「いたら、こんな苦労してねっすよ」と。
 それは、あいつがあのコとの交際を否定したと言うこと。
 それまでの、心のモヤモヤが晴れた気がした。
 気分が軽くなったら、あいつの事が気になった。
(あんな怪我して、本当に大丈夫なのかな?)と。
 猛スピードで車に当たって、吹き飛ばされた。
 普通なら、入院コースで間違いないのに、あいつは笑ってバイクで帰って行った。
(うん、あいつなら大丈夫よね。明日、学校で聞いてみよう)
 そう考えたら、とたんに眠くなってきた。
 心地いい思いで、眠りに落ちていった。
 
 そして翌日。
 教室に入り、クラスメイトと挨拶を交わす。
 チラリとあいつの席を見るが、来ていなかった。
(もぉ、また遅刻ね。 まったく…)
 そう思っていた。あの言葉を聞くまでは。
105事故後:04/09/18 11:32 ID:7bPxxv42
 始業時間になり、先生が教室に入ってきた。
 出席簿を開き、出欠を取り始めた。
「えっと播磨 あ、そうだった。みんなちょっと聞いてくれ」
 なんだろう? とクラスの注目が先生に集まった。
「播磨なんだが、夕べ事故って矢神病院に入院したそうだ。みんなも気をつけるようにな」
 その瞬間、絶句した。いやな思いが頭を駆け巡る。
(え? あいつが? 入院? だってあんなに元気そうに帰って行ったのに… どうして…)
 そんな事を考えていたら、先生から声を掛けられた。
「ん? どうした沢近。顔色が悪いぞ?」
 言われるまで気付かなかった。そんなに悪いのだろうか。
 しかし、別の考えが閃いた。そしてすぐに実行している自分がいた。
「あ…すみません。気分が悪いので、早退させて下さい」
 そう言って、鞄を掴み、教室を飛び出した。
 先生が何か言っていたが、構わなかった。
 あいつに会いたい。それしか頭になかった。
 
 階段を駆け下りながら、ナカムラに連絡を入れる。
「ナカムラ? 夕べの彼が入院したの。 お見舞いに行くから迎えに来て」
「お嬢様。 入院患者のお見舞いは、午後からが相場ですが」
「え? そうなの?」
「はい。 午前中に回診や検査等を行うためです」
「で、でも私、早退するって出てきちゃって…」
「わかりました。お迎えに参りますので、一旦お屋敷に戻られては如何でしょう?」
「わかったわ。そうしましょう」
 通話を終わり、時計を見る。まだ9時過ぎだった。
 あいつに会えるまで、3時間以上もある。
時間の経つ速さが、今日ほど遅く感じられたことはなかった。
106事故後:04/09/18 11:32 ID:7bPxxv42
そして午後になった。
病院に電話で確認したら、面会は午後2時からだった。
身支度を整え、お見舞いに向かった。
 
受付で病室を聞いて、用紙に名前を記入する。
まるで学校みたいと思ったが、ある程度以上の病院はこれが当たり前との事だった。
 B棟の730号室。それがあいつの病室だった。
 エレベーターで7階に出ると、左がA棟、右がB棟だった。
 ナースステーションで場所を聞き、あいつの病室に向かう。
 扉の前まで来て、深呼吸する。
(落ち着け、落ち着け……よし)
 意を決して、ドアをノックした。
 
 ノックしても、返事はなかった。
 そっとドアを開け、中に入る。
 縦長の部屋。どうやら、個室みたいだ。その右隅のベッドに、あいつはいた。
「ねえ、ヒゲ?」
 返事はない。大きな点滴が2つ、あいつのそばで釣り下がっていた。
 こんなあいつは、見た事がなかった。
 いつだって、お嬢と呼んで、生意気で、バカで、相性最悪で…そんなあいつが…
 そんな事を思っていると、看護師さんがやって来た。
107事故後:04/09/18 11:37 ID:7bPxxv42
「失礼します、播磨さん。あ、こんにちは」
 私より少し年上だろうか、若い看護師さんだった。看護学生というやつだろうか?
 会釈して、あいつの容態を聞いてみる。
「あの、彼の具合は…」
「はい、事故の怪我に過労と睡眠不足だそうです。でも、1週間程度で退院できそうですよ」
 それを聞いて、ホッとする。本当によかった。
「何も異常はないみたいですね。それでは、失礼しました」
 
 看護師さんが帰って行った後、二人きりになった。
 昨日の事が蘇った。サングラスをはずそうとしたら、ナカムラに邪魔されたのを。
 ここへは一人で来た。今さっき、看護師さんも来たから、暫くは来ないだろう。
 そっと、あいつの顔に手を伸ばす。起きないように、サングラスをはずした。
 素顔のあいつは、とても丹精な顔をしていた。
(なんでサングラスをしてるんだろう? こっちの方がいいのに)
 そんな風に思いながら、あいつの顔を見つめていると、あいつが目を覚ました。
 
「う、うーん…ん? お嬢? えっと、ここは?」
 何だか解らない状態になっているあいつに説明してやった。
「ココは病院。あんたが夕べ入院したっていうから、お見舞いに来たのよ」
「そっか。夕べお嬢と別れて、家に帰って…そこから覚えてねえんだ」
「もぉ…だから大丈夫ってあれほど聞いたじゃないの」
「大丈夫と思ったんだよ、あの時は。家に着いたら、安心したせいか、急に…な」
「じゃ、どうやって病院に来たか覚えてないの?」
「ああ、多分イトコあたりが救急車を呼んだんじゃねえかな」
「そう…親戚が近くに住んでるんだ」
「あ、ああ。まあな」
 そう言って、あいつは顔を背けた。でもすぐに向き直って言った。
「お嬢。頼みがある」
108事故後:04/09/18 11:39 ID:7bPxxv42
 意外だった。あいつから頼むと言われたのは。
 昨日はナカムラがやってくれた。私は何もしていない。
 自分ひとりで何かを頼まれるのは、初めてだった。
 緊張している私を見て、あいつは笑った。
「大丈夫だって。変なことは言わねえから。お嬢が『うん』って言ってくれれば良いんだ」
「慰謝料とか、入院費払えって?」
「違うって。夕べは俺が自爆したって事にして欲しいんだ」
「え、どういうこと?」
 何を言っているんだろう。ウチの車に当たったのに…
「つまりだな、お嬢を巻き込みたくねえんだよ」
 そう言って、あいつは顔を赤くした。

「どうして? どうしてそんな事いうの?」
 私の問いに、それはだなと前置きしてあいつは言った。
「警察に色々聞かれるのは面倒なんだよ。根掘り葉掘りな。お嬢にはそんな思いさせたくねえって思ったからだよ」
 そう…そんな風に思ってくれてたんだ。なんだか、嬉しかった。
「だからよ、俺の自損事故って事にして欲しいんだ」
 あいつが私に頭を下げる。その時、ある考えが閃いた。
「私の条件を飲んでくれるなら、いいわよ?」
109事故後:04/09/18 11:39 ID:7bPxxv42
「な、なんだ条件って?」
「まずひとつ目。 私以外のお見舞いは断って。 あ、身内はOKよ」
 あいつはそんな事で良いのかと了承した。
「で、二つ目。これ、ちょうだい」
 そう言って、先程はずしたサングラスをあいつに見せた。
「あ!それは俺の…か、返せお嬢!」
 腕を伸ばして来るが、さっと身をかわす。
「くれないの? じゃ、どうしよっかなあ」
「く、わ、わかった。やるよ、持ってけ」
「ふふっ、よろしい。じゃ、また明日ね」
 そんなやり取りをして、病室を後にする。
 手には、あいつのサングラス。
 あいつの、初めてのプレゼント。
 そっと握り締めてみる。
 あいつの温もりが感じられた。
 明日も来よう。あいつと二人だけの時間を得るために…
 
おわり
110事故後:04/09/18 11:41 ID:7bPxxv42
今週号で事故を起こした後をSSしてみました。
111Classical名無しさん:04/09/18 12:49 ID:w7PRhEw.
GJです。
ただ、んな事頼む以前に、
一時停止なしに狭い道から広い道に突っ込もうとした時点で、
播磨の方が悪いのだが……
112Classical名無しさん:04/09/18 13:00 ID:nKwiZN8c
相変わらず、沢地価は根性曲がってるな
113Classical名無しさん:04/09/18 13:34 ID:sQh3tI8M
>>112
そんな沢近が好きなくせに
114Classical名無しさん:04/09/18 15:44 ID:NkcFN.As
>112
だが、それがいい
115Classical名無しさん:04/09/18 16:23 ID:YvGokJDQ
>>110さん、乙カレー。
どこまでもなお嬢に乾杯。
116血液型:04/09/18 16:26 ID:oQYkoJ2o
「晶ちゃん、それって何の本?」
 お昼休み、いつもの仲良し4人組は今日も集まってお昼を食べていた。
 天満は晶の机の上に置かれた本が気になり、晶に尋ねた。
「これ?これは血液型別の相性診断の本よ。
 友達関係や恋人同士の血液型から相性を調べたりできるんだよ。」
「面白そうな本だな。ちょっと見てもいいか?」
 美琴も興味があったようだ。晶はどうぞと答える。
「へー、結構細かく分かれてるんだな。年齢別にもなってるんだ。なになに、
 『十代のO型の女性は大胆さと繊細さを兼ねそろえていて、男女問わず周りの人気者な方が多いでしょう。
 しかし男友達が多い分恋愛はちょっと苦手だったりします。』だって、そうかな。」
 美琴は自分の血液型のところを読んで周りにたずねる。
「美琴ちゃんは確かに人気者だもんね。すごーい、当たってるよ。」
 天満は素直に驚いているようだ。彼女のこの素直さが羨ましい、沢近は最近そう思うことがある。
「あら、恋愛が苦手なのは血液型のせいじゃなくって女の子っぽくない性格のせいでしょ。」
 沢近は素直じゃない。美琴と沢近は最初の親友で、沢近は美琴の恋愛のこととなると特にうるさい。
 男と付き合うべきだと言いながら、ほいほい近づいてくる男に美琴を簡単に渡すつもりはないのだ。
 美琴も沢近の性格をよく知っているので、悪態も気にしていない。
「美琴ちゃん、私にも見せて〜。」
 オウ、と美琴が天満の方に本を渡す。
「えーと、私はB型で、えーと……」
「烏丸君はA型で、播磨君はO型、花井君はA型で今鳥くんはB型だよ。」
 晶がいきなり言う。
「あ、そうなんだ。A型、A型っと…。」
 天満はわかりやすい。
「なんで男共の血液型知ってるんだよ。」
 当然の疑問だ。晶はなぜかやたら詳しかったりする。
「それはブックレットに書いてあったからよ。」
「?」
 話を聞いてない天満が一人でやーだのわーだの顔を赤らめて喜んでる。
117血液型:04/09/18 16:27 ID:oQYkoJ2o

「愛理ちゃんも読んでみたら?」
 天満が本を渡してくる。
「私はこういうの信じないんだけど。」
「いいからいいから。」
「もう。わかったわよ。えーと…。」
 A型のところをめくっていく沢近。
「あったわ。『十代のA型の女性は自分の素直な気持ちを隠してしまう傾向があります。』だって、失礼ね。」
「確かに素直じゃないな。」
 美琴が言う。
「まあなかなか面白いわ。でも血液型でそんなのがわかるわけないわよ。」
 文句を言う沢近。その下に目をやると各血液型との恋愛の相性が書いてある。
 ふと、O型が目に付いた。
『同い年のO型の男性とは恋愛関係においても公私でお互いを認め合うようにするといいでしょう。』
「へー…」
 (アイツは、O型なのよね。認め合う、か……。ってなんで私はO型との恋愛なんて…)
 本で顔を隠し、頭をブンブン振る沢近。
「どうしたの、愛理ちゃん?」
「素直じゃないから心の中で否定してるんだろ、何か。」
 笑いながら言う美琴。親友のことはやはりよくわかっているようだ。
 パシャ
 晶はその沢近をデジカメで撮るのであった。

fin
118Classical名無しさん:04/09/19 06:03 ID:XTqIKOp.
>>116-117
GJ.。
119Classical名無しさん:04/09/19 06:07 ID:12RCG9HE
120Classical名無しさん:04/09/19 16:00 ID:pEs4XzbA
乙。
121Classical名無しさん:04/09/19 16:14 ID:yuCI6qcU
一言でもいいから、内容についての感想書こうよ・・w
122Classical名無しさん:04/09/19 16:49 ID:7Sw8/0Gw
感想を書かせるのも作品の魅力でしょ。
123Classical名無しさん:04/09/19 19:02 ID:1W5sVAz.
O型の文章は天満にも当てはまるなぁと思った。
まあ占いってのはそういうもんかな。
124略奪:04/09/19 19:03 ID:IDVvMZrc


播磨の原稿は無事に談講社に届けられた。
「世話になったな、お嬢…。」
帰ろうとする播磨はケガの為フラフラだった。
「待ちなさいよ!そんなにフラフラで帰れると思ってるの?また事故るわよ。」
沢近が播磨の腕を掴んで制止させる。
「俺は一刻も早く妹さんに報告して、安心させてやりてえ。」
「(そう…そんなにあのコの事が…)ナカムラ!!」
沢近の声と同時にナカムラが動く。
一瞬で間合いを詰め、播磨のみずおちに一撃を放つ。
さすがの播磨も反応できずにあっけなく倒れた。
125略奪:04/09/19 19:04 ID:IDVvMZrc


播磨はふと目を覚ます。
いつの間にか、播磨のケガの手当はされていた。
「ハッ、ここは何処だ?」
「ここは私の家、私の部屋よ。」
目の前に沢近がいた、風呂上りなのかシャンプーとリンスの香りが漂う。
沢近のネグリジェ姿に播磨は目のやり場に困り、顔を少し赤らめながら視線を逸らす。
「アンタ今夜はここに泊まっていきなさいよ。」
しかし播磨は、これ以上迷惑をかけるわけにはと断った。
礼を言って部屋を出ようとする播磨を、沢近は強引にベッドへ押し戻そうとする。
もつれてベッドに倒れこんだ二人は、仰向けに寝ている播磨の上に沢近が覆い被さる形になった。
しばらく二人は沈黙したまま見つめあっていた。
「お嬢…どいてくれ。俺は妹さんに…。」
播磨がそう口を開いた瞬間、沢近の中で何かのスイッチが入った。
突然、沢近は播磨の唇を奪う。
「なっ…お嬢……?」
播磨は訳がわからず混乱していた。
「奪うわ…。」
沢近の目の奥が妖しく光る。
「もうあのコにも誰にも…遠慮なんかしない。」
そう言うやいなや、沢近は再び播磨の唇を貪る。
今度は先程よりも激しく、舌をねじ込み唾液を流しこむ。
一方の播磨は、もはや思考回路が機能していなかった。
なすすべもなく、播磨は沢近に包み込まれていった。


Fin
126Classical名無しさん:04/09/19 19:08 ID:B7I36slc
>>116
占いと晶をネタにしたのは良いと思う。
127Classical名無しさん:04/09/19 19:46 ID:12RCG9HE
ごめんよ、返答にこまるほどつまらなくて。
せっかく血液型わかったんだからなんか書きたいなって思ったんだけど、文才なかった。
続き書いたんですけどレスの無駄だし、避難所のほうに明日ぐらいに投下させてもらいます。
愚作ほんとすんませんでした。
128Classical名無しさん:04/09/19 20:06 ID:sjXDRTYw
>127
たかが >122 程度の煽りでキレるの良くないな。
SS 書いてりゃ感想付いたり付かなかったりのアレコレなんざ普通にあることだよ。
129Classical名無しさん:04/09/19 21:03 ID:ozupMJOU
>>124-125

エロイな…
130Classical名無しさん:04/09/19 23:37 ID:35l43tn6
>>124-125
続きがすごく気になる…
131Classical名無しさん:04/09/19 23:41 ID:S2/mDzrI
>>124-125
ここでエロイのはダメ
132Classical名無しさん:04/09/20 00:55 ID:55.zrUW6
>>127
キレるぐらいだったら、その怒りのエネルギーを作品にぶつけて下さい。
たしかに感想来ないのはショックだけど、それで逃げるのはよくないと思う。
最初からうまいヤシなどほんの一握りです。
おたがい頑張りましょう。
(漏れも書いてますんで)

ついでに感想だけど、
血液型占いちゃんと調べた?
なんか無理矢理こじつけたような感じがしたよ。
あえて苦言を呈した。
めげずに頑張れ。
133Classical名無しさん:04/09/20 12:02 ID:bBldZEXg
別にそんな叩かれるほどでもないと思うが。
普通にGJ。
確かにその後の対応がマズーだけど。

>>132
>血液型占いちゃんと調べた?
「ちゃんと」も何も占い自体がこじつけだろうがw
134Classical名無しさん:04/09/20 12:23 ID:wWE267Qo
ちゃんと調べようとすると無限のバリエーションがあることに気づくだけだなw
あんなん朝のニュースの占いと大差ねーよ。なにが「ちゃんと」なんだろう。
それとも法則だったもんでもあってそれ以外の血液型占いは異端とかあるのか?
135Classical名無しさん:04/09/20 12:26 ID:z0ZdzaYQ
というより、俺はこれは話の振りの部分だけだから、続くのを待ってたんだが。
お嬢が勝手にハリマを思い浮かべて赤面、というだけのシチュエーションでは一言感想以外は求めにくいだろう。
こっから捻るとか、さらに大きくシチュエーションを広げるとかせんと。
136Classical名無しさん:04/09/20 13:42 ID:8gXy3OWo
この殺伐としたスレに救世主が!

 _     -―-    _
, ', -、ヽ'´       `'´, -、ヽ
! {  /          ゙   } i
ヽ`ー,'   ●    ●  ゙ー'ノ  
 ` !      ┬     l" 
  `ヽ.     ┴    ノ  
    /`==ァ'⌒ヽ=='ヽ 
137Classical名無しさん:04/09/20 13:45 ID:VPlne5Ec
>>136
いい加減ミート心がけろや
138弐条谷:04/09/20 17:02 ID:n3XSThik
マガスペのポストカード、やっぱりはずれでしたorz

この話を思いついたのはマガジン41号の段階ですので、今みるとアイタタな話です。
なかなか書く時間がなく、気がつけばお嬢が再登場してました・・・

タイトル EYE OF THE TENMA は映画「EYE OF THE CAT」を少し改竄しただけです
・・・タイトルだけでどんな話か想像つきそうですね
139EYE OF THE TENMA:04/09/20 17:03 ID:n3XSThik
 中間試験最終日の翌日の土曜日。午前中だけの授業が終わり、多くの生徒達が笑顔で学校から出ていく。
そんな中、塚本天満は妹の八雲のいる一年の教室に向かっていた。
八雲はテスト期間中、友人のサラの家に泊まると嘘をつき、どこか別の所に泊まっていた。
テストが終わり、八雲が帰って来た金曜日、彼女は八雲に真相を問い質した。
登下校を共にした播磨といたのかと聞いたが、彼女は謝るだけで何も語らなかった。
その次の日…要するに今日、八雲は朝ご飯の準備だけ済ませて、朝早くに学校へ行ってしまった。
つまり、天満は避けられたのだ。真相を聞かれないように。
彼女にとって、八雲はたった一人の家族。今まで、八雲は天満に嘘をついた事などなかった。
何も無かったのだとは信じている。だが、真相は聞いておきたい。たった一人の信じ合える家族なのだから…

 八雲のいる教室に近づいた。もう、殆どの一年は下校しており、周辺は閑散としている。
「八雲ももう帰ったのかな…」天満が教室の中を覗き込むと、
そこには机に伏して寝ている八雲と、その傍で静かに待っている播磨がいた。
もちろん、播磨は八雲に漫画の原稿を見せる為にここにいる。
「播磨君…八雲が起きるのを待ってるの?」
天満に声を掛けられ、慌てて原稿の入った封筒を鞄に押し込む播磨。
「え…えーと、まあ…妹さんに用事があったんだが…起こしちゃ悪くてよ…
 ――いや、実はさっき一度だけ起こそうとしたんだけど、なんかすごい殺気を感じてさ。手が出せねえんだ」
「ああー…起こさなくてよかったね、播磨君!八雲は無理矢理起こそうとすると遠慮無く投げてくるんだから!
 まったく、せっかくのデートの前に寝ちゃって!彼氏を目の前で待たせたらダメじゃない、八雲!
 …よーし、私が起こしてあげるから、ちょっと待ってて!」
当初の目的を忘れ、誤解を解こうとする播磨を無視して、天満は八雲の前に近づいていった。
140弐条谷:04/09/20 17:04 ID:n3XSThik
「八雲!播磨君が待ってるよ!これからデートするんじゃないの!?」
八雲の耳元で天満が大声で騒ぎ立てる。何か特別な方法があるとばかり思っていた播磨は、いささか拍子抜けした。
「八雲!八雲ってば!播磨君がいるんだよ!?」
 天満の言葉はしかし、確かに八雲の耳に届いていた。
――やくも…播磨君が――!!

 八雲は目を見開き、慌てて顔を上に上げた。
すぐ真上にあった天満の額に、八雲の額が正面衝突…再び机にうずくまる八雲。天満は、後ろに仰け反った。

「お、おい…塚本、妹さん!大丈夫か!?」
倒れそうになる天満を、播磨は後ろから支えた。
「だ、大丈夫…」フラフラと起き上がった天満。
よほどの衝撃だったのだろう。傍でまだ八雲が倒れてるというのに、その様子に気付く事なく、
頭を手で押さえたままどこかへ行ってしまった…やはり、動きが危なっかしい。
播磨は本当なら彼女に付き添いたかったが、今だに目覚めぬ八雲を置いていく訳にはいかなかった。
「妹さん、大丈夫か!?…ほんと、シャレになんねえぞ…!」
八雲を揺すり起こそうとした播磨だったが、こういう時は頭を動かさない方がいいという事を思い出し、慌てて手を引っ込めた。
141EYE OF THE TENMA:04/09/20 17:05 ID:n3XSThik
播磨拳児

それから二、三分ほど経って、妹さんの肩がピクリと動いた。
「妹さん、大丈夫か!?」
「あたたた…うん、大丈夫だよ。ありがとう」
…何か違和感が――妹さんってこんなキャラだったか?ひょっとして、本当に打ち所が…
「あーあ…八雲帰っちゃったんだ。ごめんね、せっかくのデートの邪魔しちゃって…」
ん?今帰ったのって天満ちゃんじゃねーのか?
それに、この喋り方…これじゃあまるで天満ちゃんみてえじゃねえか?
――おいおい、これはまさか…いや、この状況は間違いない!

ぶつかった拍子に、天満ちゃんと妹さんが…入れ替わってる――!!

「本当に大丈夫か、妹さ――いや、塚本?」
「うん、まだ頭がガンガンするけどね…」
やっぱり、天満ちゃんだ…体は妹さんだってのに…
「ほんとごめんねー…そうだ、播磨君!せっかくだから、これから私と出かけない?八雲の事とか聞きたいこともあるし…」

そしてさっき頭を打ったせいか…今日の天満ちゃん、積極的――!!
142EYE OF THE TENMA:04/09/20 17:06 ID:n3XSThik
――よし!妹さんのバイト先だから店のムードはいいし、前に天満ちゃんが猫舌だって分かったから、ミルクはぬるめに頼んだ!
さあどうだ、天満ちゃん!!

「ぬるいね、これ…もっと温かい方がよかったな」
なにいいい!?そ、そんなバカな…ひょっとして、妹さんの体だと熱くても平気だったって事か!?
「ご、ごめんよ、塚本…でも、ここのミルクはおいしいだろ?」
「うん…ぬるくても、おいしいね」
よ、よかった…よし、ここで一気に畳み掛ける!
「だ、だろ!?それに、ここの店は本当にいいよな!俺しょっちゅうここに来るんだ!」
「そうだね!私もエルカドにはよく皆で遊びに行くんだよ!」
「だよな!?この前なんか万石がこの店の前を通ってさ!頼んだらサイン貰えたんだ!」
し、しまった!つい勢いで万石の事を話してしまった…天満ちゃん、万石とか興味あるのか!?
「えー、万石が!?いいなー、私も八雲も『三匹が斬られる』はすっごく好きなんだよー!
 …あ、ひょっとして、前に八雲が万石のサイン貰って来てたんだけど、その時に書いて貰ったのかな?」
――すっげえ食いつき…こんなに目を輝かせた妹さんの顔は見たことがねえ。
「いや、あれは俺がその時貰ったサインを妹さんにあげたんだ。その時ちょっと世話になったからさ」
「ええっ、そうだったの!?…そっか、だから八雲は誰から貰ったか教えてくれなかったんだね!
 それにしても、プレゼント攻勢とはやるね、播磨君!この、このぉ!」
確かに心は天満ちゃんだが、俺にはからかい顔で肘で俺を小突いてくる妹さんにしか見えねえ…
――いや!俺は天満ちゃんの顔や体に惚れたんじゃねえ!心に惚れたんだ!
そうだ…そう思えばこの状況、ものすごく幸せじゃねーか、俺――
143EYE OF THE TENMA:04/09/20 17:07 ID:n3XSThik
「…ところで播磨君、八雲とはいつも屋上かここでデートしてるの?」
心が天満ちゃんとはいえ、顔は妹さんってのが…似合わなくはねえが、こんな笑顔だと逆に違和感が…
いや、それはもういいが、まさか 漫画の打ち合わせしてます なんて言えねえし…
「いや、デートっつーかな、ってかさ…」
「…え?デートが何って?」
――ああ、ちょっと考え込んでたら、もうさっき自分で聞いてきた事を忘れてやがる…やっぱり、天満ちゃんだよな…
「――いや、あのさ。塚本…俺は、別に妹さんとは、な…」
ふと目を合わせると、急に真剣な顔になった妹さん…の体にいる天満ちゃん。
「あのね、播磨君。昨日まで中間試験があってたけど、その間、八雲が家に帰って来なかったんだ。
 八雲に聞いたんだけど、播磨君の家に泊まってたって…三日とも。
 私は八雲を信じてるし、きっと播磨君だって何もしてないとは思うの。でも…」
元々垂れ気味の妹さんの眉が、一層下がった。――真剣に、心配してるって顔だ。
「八雲は、三日間何をしてたか話してくれないの。播磨君、試験の間、二人で何をしていたの…?」
「…塚本、すまねえが、何をしてたかは言う事は出来ねえんだ。本当にすまねえ!
 でも、妹さんは何も悪くねえんだ…妹さんは、俺のわがままに三日間も付き合ってくれたんだ!
 …だから、妹さんを責めないでやってくれ!この通りだ!」

――天満ちゃんに土下座する日がくるなんてな。
くっ、周りの客が皆俺の事見てやがる…っていかん、妹さ…天満ちゃんも凄く慌ててる!

「は、播磨君、もういいよ!分かったから!」
「い、いや、すまねえ…でも分かってくれ、塚本。妹さんには本当に世話になったんだ。感謝してるんだ」
「――うん。分かった」
妹さんの顔で、天満ちゃんが優しく微笑んだ。
144EYE OF THE TENMA:04/09/20 17:08 ID:n3XSThik
「――それじゃ、またね。デートの邪魔してほんとごめんね」
「い、いや、いいよ…あ、あのさ、塚本。よければまた――」
「じゃ、私もう行くね。バイバイ!」
――言い損ねた…それに、誤解が何も解けてねえし!
…でも、いいよな。結果的にはまた天満ちゃんとデート出来た訳だし。
漫画の原稿は、また別の日にでも見て貰えればいいよな。

 そうだ。妹さんにメールしとこう。あれからちゃんと帰れたかも心配だし…
『妹さん、頭の方は大丈夫か?あれからすぐ帰ったみたいだけど、ちゃんと帰れた?
 それと、今日見て貰いたかった漫画の原稿だけど、また明日見て貰えるか?場所はエルカドで、昼にでも…』
頭の方は大丈夫かって、なんかあれだな…まあ、いいか。よし、送信!!
――待てよ。今送ったメールって、妹さんのケータイに行ったよな。
で、そのケータイを持ってるのは妹さんで、その妹さんの体にいるのは天満ちゃんで…

マズイ!天満ちゃん、今どこにいるんだ!?
…やっぱ、もう家に帰ってるよな?ってか、他に思いつかねえ!
まだ、バイクでかっとばせば間に合うはずだ!それまでメールを見ないでくれ、天満ちゃん!!

いた、妹さ…天満ちゃん!――って、手に持ってるのは…ケータイ!?
「うおおおお!塚本、それは違うんだー!」
天満ちゃん、俺に気付いて慌ててケータイをいじくってる…まさか、もう全部読んで?
「塚本、今のメールは違うんだ!今のは電波っつーか、衛星がな…!!」
気のせいか、天満ちゃんの顔が青ざめて見える…もう、ダメなのか?

その時、俺のケータイが鳴り響いた。この着信音は、妹さん用のメール受信音…

『まだ少し痛みますけど…なんとか大丈夫です。心配させてすみませんでした。
 明日はバイトが丁度昼に終わるので、1時にエルカドに来てもらえればOKです』

「――妹さん?あんた…」
妹さんの顔が、一層青ざめた。
145EYE OF THE TENMA:04/09/20 17:09 ID:n3XSThik
塚本八雲

 送信中にバイクの音がして――もう、今日は会う事がないと思ってメールしてたのに…
ちゃんと 送信中断 って表示されていたのに…ケータイに騙された。

 別に、播磨さんを騙すつもりはなかった。ただ、あの人が私をどう思っているか知りたかっただけ。
三日間…ずっと一緒にいたのに、私はあの人の心の声を聞く事が出来なかった。
だから、とっさに姉さんと入れ替わったような芝居までして…播磨さんが信じていたから、つい最後まで…
 あの人が姉さんを想っている事は知っていた。だから、姉さんになればあの人は何でも話してくれると思った。
正直、姉さんに比べれば笑顔もぎこちないし、声だって全然明るくはならなかった。
でも、あの人は土下座までしてくれて――感謝してるって――それだけで、私は嬉しかった。

 でも、それもみんなおしまい。
播磨さんは、私の事を許してはくれないと思う。あの人が姉さんをどう想っているか知っていて、私は姉さんを演じたのだから。
土下座までして…大声を出して謝って…それもみんな茶番だったんだから。
それに、実際は姉さんにはまだ何も言ってないんだし…これでは、大切なものを無くしてばかり。

何やってるんだろう、私は――

 私の予想に反して、播磨さんは突然笑い出した。
それは多分、私を非難する為のものではなかった。ただ、本当に楽しそうな笑い…
「そっか…そういう事か…」播磨さんは笑い続ける。
だから、私も笑った。きっと、それでいいのだと思う。

帰ったら、ちゃんと話して姉さんに謝ろう。それで、大切なものを何一つ無くさなくて済むのだから。
146弐条谷:04/09/20 17:11 ID:n3XSThik
こんな感じで。

なんか最近忙しいです
147Classical名無しさん:04/09/20 18:52 ID:bBldZEXg
GJ。
マガスペであったような展開を逆手に取ったようで、すっかり騙されました。
今回はいつもよりトリックとストーリーのバランスが上手かったと思います。
148Classical名無しさん:04/09/20 19:09 ID:8fisAY1A
GJ!
ううーん。俺も騙されました。
ばれる所で最初なんだろ? と思い読み返すと「ああ、なるほど」とわかり。
関心カンシン。
次回作も期待しています。
149Classical名無しさん:04/09/20 19:35 ID:FYV4WNsI
八雲のキャラじゃねぇ…。
でも感心した。乙です。
150Classical名無しさん:04/09/20 22:19 ID:tOOe0KOI
GJ!やられましたねぇ。
ただ一つだけ言うならタイトルのEYE OF THE TENMAのTHEはいらないだろってことですね。
151Trust:04/09/21 00:07 ID:Sv1AYNRY
 ――秋晴れの空はどこまでも遠い。
 午前中から綺麗に晴れ上がった空は、遙か彼方まで続いている。高さを感じさせる夏のそれとは
違い、穏やかな陽射しが降る秋の空は、ただひたすらにその遠さを示している。
 そんな中、黙々と道場で型をこなしている男――花井春樹の姿があった。道場は休み、加えて
日曜日で絶好の行楽日和ともなれば、彼を除いてそこに足を踏み入れる者もなく、淡々としたその
行為は、いつ果てるともなく続けられる……はずだった。
 しかし。
「精が出るね、休みなのに」
「――周防」
 そこに不意にかけられる声。振り向いた春樹の視線の先にいたのは、小さく片手を上げて笑う
美琴の姿だった。その装いはカジュアルな普段着、どう見ても稽古をしにきた雰囲気ではない。
「邪魔するつもりはないからさ、続けてていいよ」
 そんなことを言いながらも、入り口の脇に身体を預け、その場を動こうとしない。
「……いつからそこにいた?」
 さほど答を期待していない、そんな春樹の問に対する美琴の答は、ついさっき、というものだった。
しかし、当の春樹にはその解答が正しいかどうか判断出来ない。そうか、と短い言葉だけを返し、
その理由――声をかけられる瞬間まで、まったく彼女の気配に気がつかなかったことを思い返す。
 それほどまでに集中していたのか。
 或いはその逆か。
 もちろん、考えたところで自信に答の出せる問題ではなく、やがて諦めたように小さく溜息を
ついてから口を開く春樹。
152Trust:04/09/21 00:08 ID:Sv1AYNRY
「それでどうした。用事もなしにわざわざここに来たわけではないんだろう?」
「あれ? 用事がなきゃダメなんだ。会いに来たかった、なんてのは?」
「周防。僕は真面目にだな……」
 からかうような言い方にさすがにむっとした表情を見せた春樹を、冗談だよ、といういなしにも
憮然とした表情のまま。
「ったく、そんなカリカリしてらしくないんじゃない? ちょっと話しに来ただけだよ。ま、話が
 あるのは私より誰かさんの方だと思うんだけどさ」
「……何の話だ」
「あれ? 言わなきゃ分からない?」
 わざとらしく小首を傾げてみせてから、じゃあ言うけどさ、と美琴。
「待て周防、僕は別に」
「――塚本八雲。彼女のことなんだけど」
 それまでの冗談めかした雰囲気を捨てて、その瞳をまっすぐに見つめて美琴は言葉を放つ。視線が
交錯し、二人の間から一切の音が消える。
 そして。
「お前には分からないよ」
 先に視線をそらし、絞り出すようにして呟いたのは春樹だった。苦渋に満ちたその声を、けれど
美琴はさらりと受けて返す。
「ん……そうだな、私にゃ花井の気持ちは分からない。どれだけ言ったってさ、結局他人だしね」
「だったら」
「放っておいてくれって? あのね、そういうのはもうちょっとしゃきっとしてから言って欲しいんだけど」
153Trust:04/09/21 00:08 ID:Sv1AYNRY
 再び言葉に詰まる春樹。対して、美琴はあくまで普段通りに返してみせる。
「それにさ、分からなくても――」
 そこで一旦言葉を切って。
「――考えることは出来るだろ? 少なくとも、花井が私の気持ちを考えてくれる程度には、さ」
 そう言って、ふっ、と表情を崩す。
「前にさ、似たようなことあっただろ。あのとき花井が私の気持ちを全部分かってた、なんて思わない。
 でもちゃんと考えてくれただろ」
 なんて言うか、上手く言えないんだけど――美琴は微笑む。
「嬉しかったんだ、わりと。だから今度は私の番、ってね」
「周防……」
「――で。何か話したいこと、ある?」
 その問いかけに、瞼を下ろし再び黙り込む春樹。ただし、今度は先程とは違い、言葉に窮したわけではなく、
言うべき言葉を探すための沈黙。
「いや、ないな。さすがにまだ大丈夫だとは言えないが」
 それが彼の出した答であり、そして。
「それに分かったこともある」
「例えば?」
「ずいぶんと心配をさせてしまったようだ。すまない、周防」
 そう言って深々と頭を下げる。いろいろと言われることはあっても、実直という言葉を地でいくような、
そんなあまりに『らしい』態度に美琴からは苦笑がもれる。
154Trust:04/09/21 00:08 ID:Sv1AYNRY
「そんな大袈裟なもんじゃないだろ。まあ、でも分かってくれたのは嬉しいかな」
 さて、とそこで一度言葉を切って。
「んじゃ分かったところで」
 にやりと笑う美琴に、首を捻る春樹――と。
「やーっと元気出たか!」
「ハナイのくせに悩むなんて変だよな!」
「おう!」
「じゃ早く行こーぜ!」
 好き勝手なことを口々に言いながら駆け込んでくる子供たち。察するに、今までのやりとりを外で聞いて
いたらしい様子である。突然のことにあっけにとられる春樹――彼らが外にいることさえ気がついていな
かった――に、しっかりしろよ、と美琴。
「当たり前の話だけどね、私だけじゃなくてみんな心配してたんだよ。一人だけ全然気づいてないヤツが
 いたみたいなんだけど、ね」
 サイテーだな、などとからかう声が周囲から上がる。
「そんなわけで、罰ゲームだ。今日一日、しっかりコイツらと遊んでやること。いいな?」
「ああ、分かった」
 久しぶりの笑顔でそれに頷いて返し、着替えてくる、と外に出て行く春樹。待ちきれないのか、その後を
追って駆けていく子供もいる。
「あーあ、ったく」
 そんな光景を笑顔で見送る美琴に、残っていた子供たちから、やっぱ先生はすげーや、という声。
「オレたちが何言ってもダメだったのにな」
「だよなー」
「あのな、んな難しいことじゃないよ、こういうのは」
 確かに、今回の場合はそもそも悩みの原因を知っていたというのは大きい、そう思いながらも美琴は言う。
「相手が困ってたらどうにかしてやりたいと思う」
 それは難しいことではない。
「だってそういうもんじゃない?」
 何故なら。
「――友達、ってヤツはさ」
155Classical名無しさん:04/09/21 08:26 ID:TRMvHjG.
支援?
156Classical名無しさん:04/09/21 09:03 ID:CaIKuOu2
>150
マジレスすると、確かにいらない。
ただ、ss書きの方が、特別に天満だということを強調する意図なら、
付けても別におかしくは無い。
157Classical名無しさん:04/09/21 14:05 ID:ZjJnRVzQ
>>151-154
GJ!
>一人だけ全然気づいてないヤツ
花井のことだよねえ、最初考え込んじまった。
読解力ねーなー。
158Classical名無しさん:04/09/21 20:28 ID:LbW/SfqY
>>151-154
GJ!
美琴の先生さんな所が良いねえ。
159Classical名無しさん:04/09/21 22:56 ID:bOKB.0Sw
そろそろ旗の連載モノがみたい
160Classical名無しさん:04/09/21 23:28 ID:EuaiSf.w
保管庫の更新がストップしたのは連載物が増えたからじゃないのか
だってどう考えても作業が面倒になるもの
161Classical名無しさん:04/09/22 03:30 ID:kUZON7Aw
先週のスクランを読んでふと思いついたので書いてみました。
長いし、拙く、読みにくい上に中途半端に終わっていますが、
お付き合いいただければ幸いです。
それでは、失礼致しまして……
162Classical名無しさん:04/09/22 03:31 ID:kUZON7Aw

東の空から日が昇り、また一日が始まった。
本日の天気は快晴。気候は穏やかで過ごしやすい一日となるでしょう。テレビをつければそんな
セリフを聞けそうな青空が広がっている。

陽光は地上をあまねく照らし出す。それは播磨の部屋も例外ではなかった。わずかに開いていた
カーテンの隙間から日が差し込んでくる。

「……ん?」

昨夜、ようやく締め切りの重圧から解放されて泥のように眠っていた播磨は、無意識のうちにそ
の眩しさに顔を顰め、それから逃れようと寝返りをうった。
途端に、

「ぬぉ!」

突如として体中に電気が流れたような痛みが走り抜けた。一気に目が覚めた。反射的に飛び起き
る。途端にまた痛みが走り、しばらくそのままの状態で堪えた。
手が痛い。足が痛い。肌が突っ張る。体中の筋肉が悲鳴をあげている。特に腹筋が痛む。一体
何があったというのか、昨晩は異常がなかったといういうのに、一晩明けたいま、突然ボロボロ
になっているとは。

「昨日のあれか……」

心当たりは一つしかなかった。
昨日の夜、締め切りに間に合わすためにバイクを飛ばしていたときだった。播磨は知り合いの家
の車と衝突した。
163Classical名無しさん:04/09/22 03:32 ID:kUZON7Aw
ぶつかった当初は興奮していたせいで気づかなかったが、実は相当のダメージを負っていたらし
い。一眠りしてそれが一気に噴出したようだ。

「ぐ…ぬっ……ぬ」

苦労をして立ち上がる。体がギシギシと悲鳴をあげているが、痛みが来ることを覚悟さえしてい
れば耐えられないこともない。喧嘩三昧だった頃はもっとひどい状態で動き回ったこともある。
幸い骨には異常がないようだし大丈夫だ。
壁に手をつきながら部屋を出た。

「おーい」

とりあえず声を出してみるが返事はない。
人がいる気配がないからそうだろうとは思っていたが、やはり絃子はいないらしい。試験開始
の前夜に家を出て以来一度も帰宅していないものの、学校には姿を見せていたので特に気にして
いなかったが、今回ばかりはそれが裏目に出たようだ。
普段からロクに家事もしないがそれでもいるのといないのでは大きく違う。ああ見えて怪我の
手当ては手馴れたものだし、人が怪我をしているとなれば食事――まぁ、主にインスタントだが
――の準備ぐらいはしてくれただろう。
いなかったお陰で邪魔が入らず原稿作業に集中できたのだが――思わず舌打ちを一つ。仕方がな
いので自分でどうにかすることにする。
救急箱を取り出し適当に薬を塗り、これまた大雑把にガーゼを張った。その後は腹ごしらえだ。

昨晩八雲が作ってくれた夕食の残りをレンジで暖めて食べる。うん、うまい。昨日のできたて
の時点と比べると味が落ちていたが、それでも普段食べている惣菜や冷凍物よりははるかに美味
しい。


ごちそうさまと手を合わし、八雲に対して感謝をささげる。それから食器の後片付けを終えた
播磨は改めてリビングの椅子に座り、満ち足りた様子で天井をぼんやりと眺めながらこれからど
うするのかを考えていた。
164Classical名無しさん:04/09/22 03:33 ID:kUZON7Aw
とりあえず空腹も満たし、怪我の治療もした。体も普通に動かす分にはとりあえず支障はない
し、これから一体どうしたものか?

本日は平日だが試験休みで学校はない。このまま家で静養(ゴロゴロ)していてもいいが、せ
っかく締め切りの恐怖から解放されたのだ。久しぶりに外に出るのもいいかもしれない。
そう考えたとき、先ほど食べた朝食のことを思い出した。それと同時に八雲の顔が浮かぶ。自
分も試験の勉強で忙しいだろうに、自分の頼みを断らずに手伝ってくれた想い人の妹。それしか
方法がなかったとはいえ迷惑をかけたに違いない。
試験最終日、同時に締め切り当日の前夜の様子を思い出す。いままで眠そうな素振りなど見せ
なかったというのに、単語を覚えようとしながら船を漕ぐ八雲の姿。体力には自身のある自分で
すら眠ってしまうこともあったのだ。原稿に加え、自分の勉強も欠かすことのなかった八雲の苦
労は想像を絶する。
よくぞ不満も言わずに手伝ってくれたものだ。八雲には当分頭が上がりそうにない。

「おっ、そうだ」

手をポンと打つ。
どうせなら投稿が完了したことを伝えにいこう。そして改めて手伝ってくれた御礼を言おう。
あれだけ手伝ってもらったのだ。終わって『はい、さよなら』というわけにはいかない。それに
、同じ家にすんでいるのだ。もしかすると天満にも会えるかもしれない。
休日に出会う愛しのあの子。いつもの制服姿じゃなく、私服を纏うあの子はきっと可憐だろう。
想像するだけで顔が緩んできた。

決めた。絶対決めた。今日は塚本家を訪ねていこう。
そうと決まれば後は行動に移すのみ。播磨は手早く身支度を整えると家を出た。
165Classical名無しさん:04/09/22 03:33 ID:kUZON7Aw
今日はいい天気だ。
沢近愛理はふと見上げた空を仰ぎながらそんなことを思った。今日は一人で町を散策している。
デートの予定もあるにはあったが、そんな気分ではなかったのでキャンセル。最近までの鬱屈し
た気持ちが嘘の様に晴れ、どこか重たく感じていた体が嘘のように軽くなっている。顔は自然と
ほころび、口はお気に入りの曲を口ずさんでいた。
愛理自身は特に意識をしていなかったが、 いまの彼女は普段以上に魅力的だった。傍を通り過
ぎる者は異性、同性を問わずに振り返っている。

何故こんなに気分が良いのか、理由はわからないが原因はわかっていた。昨日の出来事に違い
ない。
播磨が天満の妹――八雲といったか――と付き合っているということが誤解とわかってからだ
った。先日以来、どこかくすんで見えていた景色が急速に色を取り戻していた。


何故だろう?
自分は予想以上にそのことについて思うところがあったらしい。ヒゲが誰と付き合おうが関係
ないはずなのに……。
しばらく考えていたが答えは出ない。
本当なら答えはあった。正解はどうかはまだわからなくても、少なくとも解答はあった。しか
し沢近自身無意識のうちにそれから目をそらしていた。
そのうちに考えているのがバカらしくなった愛理は思考するのをやめにすると、そこで一度大
きく伸びをした。

166Classical名無しさん:04/09/22 03:38 ID:kUZON7Aw
まぁ、いいか。
いまはこの気分を楽しむことにしよう。

沢近がその気持ちと向き合うのはもう少し先のことになりそうである。
少女は歩く。足取りは軽やかに。気分は晴れやかに。
その内に未だ名のない想いを秘めながら、陽光を集めたような金の髪をなびかせて。

「あら? あれって……」

適当に視線を左右に振っていると、最近ではすっかり見慣れてしまった背中が目に入った。
黙考すること数秒。一度大きく頷くと、沢近は意を決してその背中に近づいていった。さりげ
なさを装って。友人に話し掛けるような気軽さを意識して。



動けるからといってけっして平気なわけじゃない。痛いものは痛いし、動きだっていつもどお
りとはいかない。しかもいまは周りから見ても怪我をしているとわからないように、体を抱えることもせずに歩いているのだ。一歩踏み出すたびにズキズキと痛みが走る。

しかしこれで天満に会えると思えばどうってことない。いま誰かに叩かれでもしたら、たとえ
軽い威力でも倒れこんでしまいそうだが、まさかそんな事態はあるまい。
167Classical名無しさん:04/09/22 06:18 ID:/Z05hkUc
お〜い、
寝落ちですかぁ〜
168Classical名無しさん:04/09/22 07:13 ID:ix7X2Qlk
支援?
169Classical名無しさん :04/09/22 09:15 ID:/o/aPki.
支援いれておきます
170161:04/09/22 14:34 ID:o/MH/DyM
すいません。
連続投稿で引っかかってそのまま寝てしまいました。
その後も色々用事があって遅くなってしまいましたが、
とりあえず続きです。
171The breakout of war:04/09/22 14:36 ID:o/MH/DyM
そんなことを考えていた播磨。だが、その予想は次の瞬間あっけなく破られた。
ポンッ、とどこかおずおずといった感じで背後から叩かれる肩。そして同時に聞こえるどこか
明るさを装ったような声。

「播磨君、奇遇じゃない」

しかし播磨にはそんなことに注意を払う余裕はなかった。触れられた衝撃で響いてきた痛みを
耐えることに必死だった。

「お、お嬢か……いきなり何しやがる…」

本来なら怒鳴りつけてやりたいところだが痛みでそれもままならない。低く、押し殺した声を
出すのがやっとだった。額に汗が滲み始める。
その様子に気づき慌てたのは沢近だった。そんなに強く叩いたつもりはない。むしろ弱かった
ぐらいなのにもかかわらず汗を浮かべ苦悶の表情を浮かべる播磨に声をかける。

「ちょっと、どうしたのよ!」
「怪我してんだよ。見りゃあわかんだろうが」
「昨日はしてなかったじゃない。一体どう……!!」

事情を問いただそうとした沢近の脳裏に昨夜の出来事がフラッシュバックした。

「もしかして昨日の……」
「そうだよ」

頷く播磨に沢近は真っ青になった。
172The breakout of war:04/09/22 14:37 ID:o/MH/DyM
昨日はなんともなかったからすっかり失念していた。あれだけの勢いでぶつかったのだ。ど
こか怪我をしていたとしても何の不思議もない。
怪我をしたからといってすぐに痛み始めるとは限らないのだ。むしろそういう怪我こそが本
当に危険なのだ。沢近は唇を噛んだ。もしかしたら播磨は重症を負っているのかもしれない。
昨日すぐに病院に連れて行くべきだったのだ。
沢近はいまの今まで浮かれていた自分を罵倒してやりたかった。しかし今はそんなことより
も播磨のことだ。
173The breakout of war:04/09/22 14:38 ID:o/MH/DyM

「播磨君、病院へ行くわよ」
「あぁ? 俺は用があんだよ」
「いいからっ! 重症だったらどうするのっ」

その剣幕に播磨はコクコクと頷いた。

「歩けるの?」
「あぁ」
「まぁいいわ。肩を貸すから掴まって」
「別にいらねぇよ」
「つ、か、ま、り、な、さ、い」
「ワカリマシタ」

沢近はすぐさま播磨を最寄の市民病院まで連れて行った。
そして播磨が診察を受けるために扉の向こうへ消えてからしばしの時間が過ぎ……、

「擦り傷と打ち身の他は異常ないよ」
「そうですか」

初老の、いかにも温和そうな医師から診断結果を聞きほっと息をつく沢近。

「人身事故だと聞いていたけど骨には罅一つ無いし、CTにも異常は無かったよ。いやぁ、
若い人は丈夫だねぇ」
「どうもありがとうございました」

待合室にいた間中暗い想像ばかりが浮かんでいた沢近はその言葉にへたりこみそうなほど
安心した。
174The breakout of war:04/09/22 14:41 ID:o/MH/DyM
「ただ打ち身はひどいから無理な動きはさせないようにね。君も可愛い彼女を心配させないよ
うに養生するんだよ」
「だれが彼女だッ」
「おや、違うのかい?」
「違ぇよ」

即座に否定する播磨を見て医師は首をかしげた。
しかし不意打ちで言われた言葉に対応できず頬を染める沢近と見比べるうちに、ははぁと何
かに気がついたような笑みを浮かべた。だがすぐに素知らぬ顔になる。

「とにかく、君は無茶をするタイプみたいだから彼女に見張ってもらうといい」
「だから……」
「はいはい、彼女じゃないんだろ。もう診察は終わりだ。後がつかえてるから、ほら出て行っ
た、出て行った」
「ちっ……いちおう礼は言っとくぜ。あんがとよ」

ズカズカと診察室を出て行く播磨。それを追って沢近も慌てて立ち上がる。そしてもう一度
医師に礼をすると扉へと向かった。
その背中に、

「お嬢さん」
「はい?」

医師の声がかかる。
175The breakout of war:04/09/22 14:42 ID:o/MH/DyM
沢近が振り向くと、そこには眩しいものを見る目でこちらを向いている医師の姿があった。
いったい何かと顔を顰める沢近に医師は言った。

「頑張りなさい」
「? はい」

何を頑張れというのか?
沢近は首を傾げたがその表情にとりあえず頷いた。そして一礼をすると今度こそ診察室から
出て行った。
そして、部屋には医師一人となる。医師は座っていた椅子から立ち上がると窓辺へとよった。
空を見上げる。そこには綺麗な1青空が広がっていた。この頃は忙しくてこうやって見るのは随
分と久しぶりだ。太陽がまぶしい。医師は目を細めた。そして先ほどの二人のことを思い出す。
知らず知らずのうちに口元が緩んだ。
懐かしい光景を見た気がした。もうどれほど昔のことか、既に過ぎ去ってしまった時代のこと
を思い出す。気の会う仲間たちと共に笑い、泣いた日々のことを。
思いっきり馬鹿なことをした。後先考えずに行動したことは数知れず、親や教師からどれだけ
怒られたことか。喧嘩もした。協力して何かを成し遂げた。そして、恋もした。
胸中にあの頃の感覚が蘇る。体中が何かに満ちて、いまにも破裂してしまいそうな。心の底か
ら叫んで走り回りたくなるような。そんな気持ちを思い出す。
あの頃は何もない日々だと思っていた。つまらないと思うことすらあった。しかしいまになっ
て思い出してみればどうだろう。何と素晴らしい思い出か。
だからこそ医師は願う。あの若い二人がこうして過去を振り返ったとき、自分と同じように懐
かしむことができますようにと。
176The breakout of war:04/09/22 14:43 ID:o/MH/DyM

「若いって、いいねぇ……」

しみじみと、万感の想いと共に呟いた。
カチャリという音と共に診察室の扉が開く。振り向くと看護士に連れられてくる新たな患者の
姿があった。

さぁ、仕事だ。
回想はこれまで。気力は万全だ。今日も患者のために頑張ろう。

「はい、どうしました?」

医師は患者を安心させるように微笑んだ。



病院をでてから播磨はグチをこぼしていた。その内容は先ほど医師の発言についてのもので、
隣に沢近がいるにもかかわらずブチブチと文句を言っている。その内容の中には沢近に聞かれ
れば容赦なく極刑の判決を下されて、シャイニングウィザードの餌食にさせられそうなものも
あったが、不思議なことにそうはならなかった。
それもそのはず。いまの沢近にはそれが聞こえていなかったのだから。沢近としても先ほど
の発言は播磨とはまた違った意味で聞き逃せるものではなかった。現在は内心の動揺を表に出
さないようにするのに必死で、周りに注意を払う余裕はない。
177The breakout of war:04/09/22 14:48 ID:o/MH/DyM
彼氏? 誰が? 彼女? 私が? 誰の?
先ほど一言がぐるぐると廻っている。何故あんなことを言われたのだろうか? 周りから見れ
ば自分とコイツはそういう風に見えるんだろうか?
沢近はチラリと『彼氏』に目をやった。目が合う。慌ててそらした。どうやら相手もこちらを
見ていたらしい。それだけで不覚にも顔が赤くなった。何となく悔しい。

「なによ……」
「いや別に」
それを誤魔化すようにぶっきらぼうな口調で問うが、播磨の態度は素っ気無く顔をそらした。
自分がこんなに動揺しているというのに、播磨の方はそうじゃないらしい。そのことに何と
なくムッとなる。しかしよくはわからないが、今はこちらが不利な状態だ。一度仕切りなおし
をしなければ。
沢近は何とか気を静めると、いまの雰囲気を変えるために口を開いた。が、そこから声を出
すよりも早く播磨の方から声をかけられた。

「なぁ」
「な、なに?」

声に動揺が思いっきり出てしまった。しまったと思いながら播磨を見るが気づいた様子はな
い。そのことにホッと胸を撫で下ろした。

「いつまで肩に掴まってればいいんだ。もう離してもいいだろう?」
「だめよ」

178The breakout of war:04/09/22 14:50 ID:o/MH/DyM
どこか困ったような顔で言う播磨に沢近はきっぱりと拒否した。
病院を出てからも播磨は沢近の肩を借りていた。いや、正確に言うのならば、借されていた。

「なんでだよ。別に骨も折れてないんだからいいじゃねぇか」
「先生の話を聞いてなかったの? 無理をしないようにって言われてたじゃない。私はアンタ
の世話を頼まれたんだからし、か、た、が、な、く面倒を見てあげてるのよ。感謝しなさい」
「別に頼んでねぇよ」

ボソリと呟く播磨に沢近はニッコリと微笑んだ。
そしてただ一言で問う。

「何か言った?」
「イエナニモ。アリガトウサワチカサン」
「いえいえ、どうも致しまして」

素直でよろしいと沢近は満足げに頷いた。

「そもそも播磨君の前方不注意が原因だったんだから、文句ならあの時の自分にいうのね」
「ちっ、何であんなに長い車に乗ってんだよ」
「そんなの私の勝手でしょ。大体ぶつかったのがあの車じゃなかったら播磨君いまごろ大変
よ?」

確かに大変なことになっていただろう。
あれが普通の乗用車であったなら。知り合いの家の車でなかったら。少なくとも、こうやっ
て外をうろつけるような身分ではなかったことだけは確かだ。にもかかわらず訴えられること
もなく、免許剥奪になることもなかった。さらに大手を振って外を出歩けるのだ。播磨は幸運
だった。

「……確かにそうだな。お嬢、ありがとよ」
179The breakout of war:04/09/22 14:51 ID:o/MH/DyM
改めて沢近の方に向き直ると、播磨は深々と頭を下げた。
これには沢近が慌てた。せっかく取り返したアドバンテージを放り出して、あわあわと手を
振る。

「べ、別にそんなに頭を下げなくてもいいわよ。ほら、顔をあげて」
「すまねぇ」
「感謝してるんだったらおとなしく面倒をみられなさい。このままだとこっちとしても寝覚
めが悪いわ」
「あぁ、わかったよ」

そういわれては仕方がない。
播磨は厳粛にその提案を受け入れた。

「じゃあ、家に送っていくから場所を教えて」
「いや、俺には用があるんだ。まだ帰らねぇ」
「そういえば会ったときもそんなことを言ってたわね。怪我をしてるっていうのになんの用
なの?」

そんなに重要な用事なのかと沢近は首をかしげた。

「て……いや、塚本の家に行こうと思ってな」

不意打ちだった。心臓を鷲づかみにされたような気がした。
いま、何を言った?

「それって、天満の妹に用があるってこと?」
「おぅ」
「どうして?」
「何でもいいだろ」

180The breakout of war:04/09/22 14:55 ID:o/MH/DyM
あぁ、それなら心当たりがある。
まだ明らかに何かを隠している様子だがいまは用事がわかっただけでよしとしよう。
沢近は落ち着きを取り戻した。

「それって昨日の?」
「そうだよ」

播磨は素っ気無く答えた。
その顔に嘘をついている様子はない。ないのだが、それならそれで別の問題が発生した。

「じゃあ、朝会ったときも天満の家に行こうとしてたのね?」
「だからそうだって」
「連絡は?」
「してない」

181The breakout of war:04/09/22 14:58 ID:o/MH/DyM
やっぱりそうだったか。沢近は溜息をつきたくなった。
コイツは何を考えているんだろう?

「あのねぇ、朝から連絡もなしに女の子の家に押しかけるなんてデリカシーがないにも程が
あるわよ」
「そ、そうなのか?」
「そんなことしてると女の子に嫌われるわよ」

そんなこと、気づきもしなかったという顔をする播磨。
あぁ、コイツはもう。

「で、手土産は?」

手ぶらに見える播磨に半眼で尋ねる。

「ないけど……だめか?」

思っていた通りの返事に今度こそ大きく溜息をついた。
その沢近を播磨が不安そうに見ている。

「何だか知らないけどお礼を言いにいくんでしょ? ならお土産を持っていくのは当然よ。そ
れ以前に女の子の家を訪ねるんだから、何も用意していないなんて問題だわ。こんなの常識よ」

言外に常識知らずといわれて播磨は激しく動揺した。
182The breakout of war:04/09/22 14:59 ID:o/MH/DyM
自分はとんでもなく失礼なことをしようとしていたのではないだろうか。朝、沢近に会うこ
となく塚本家に行き天満に嫌われる自分の姿を想像して播磨は蒼白になった。
その播磨を見て、もはや頭痛がしてきたような気すらする頭を指で抑えた。

まったく仕方がない。
もう一度沢近は大きく溜息をついた。

「はぁ、仕方がないわね。私がアドバイスしてあげるわ」
「ホントかお嬢?」

砂漠のど真ん中でオアシスを発見したような顔の播磨を見て、もう一度胸中で繰り返した。
仕方がないわよね。
コイツ一人じゃ駄目なんだから。

「じゃあ行くわよ」
「お願いします」

播磨を引き連れて買い物へと向う。さていったい何が適当だろう?
ここは無難に甘いものでいいだろうか? 天満はカロリーなんて気にしないだろうけど、あ
の子はどうだろう。
そんなことを考えながら歩くその口元には、いつの間にか微笑が浮かんでいた。
183The breakout of war:04/09/22 14:59 ID:o/MH/DyM
今日が休日で助かった。おかげでここ数日の睡眠不足を解消できた。
縁側で伊織を膝の上に乗せてひなたぼっこをしていた八雲は陽気にさらされてうつらうつ
らとしてきた意識でそんなことを考えていた。今日はいい天気だ。風も吹いていて気持ちが
いい。
そのまま眠りに落ちようとしたとき、膝に軽い振動が走った。ゆっくりと目をあけると、
先ほどまで熟睡していた伊織が八雲の膝から庭におりていた。

「どうしたの?」

何もない宙を見上げていた伊織は八雲の方にチラリと目を向けると、玄関の方へと走り出
していった。

「あ、待って」

サンダルを履いて伊織の後を追う。
いったいどうしたのだろうか?
首をかしげながら玄関の方に廻ると、伊織は門柱の傍に座っていた。

「伊織?」

名を呼びながら近づいていく。
その時、

「おぅ、お前か」

聞き覚えのある声が聞こえてきた。
184The breakout of war:04/09/22 15:14 ID:o/MH/DyM


沢近との買い物は驚きの連続だった。あれも違う。これも違う。播磨が行動するたびにダ
メだしが出た。数時間が過ぎた頃には播磨がこれまで信じていた常識は粉々に砕かれていた。

「ふぅ」

ため息を漏れる。疲れた。凄く疲れた。
土産を何にするかということはすぐに決まった。沢近の提案でケーキを買うことになった。
しかし、それからが大変だった。一口にケーキといっても店が違えば味が違う。それに加えて
値段も変わる。沢近の行き着けということで最初に連れて行かれたのはいかにも上流階級御用
達、といった感じの店だった。そこで播磨は値段を見て絶句した。ケーキ一つでこんなにする
とは。
とてもじゃないが手が出なかった。
そういうわけでそれからずっと町を練り歩きここぞという店を探し回った。あっちへ行き、
こっちへ行き、普段の播磨にはまるで縁のない地域をまわる。慣れないことの連続に、播磨は
身も心もボロボロになった。
しかしその甲斐もあって……。

185The breakout of war:04/09/22 15:15 ID:o/MH/DyM
播磨は自分の手に目をやった。
そこには今までの時間の結晶である白い箱が握られている。それを見ているうちに満足げ
な笑みが浮かんでくる。天満の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

「まったく、感謝しなさいよ」

いまなら沢近にも素直に感謝ができた。
塚本家につくのが待ち遠しい。
そしてついに塚本家が見えてきた。

「にゃー」
「おっ?」

泣き声がした方に目を向けてみると、塚本家の門柱の傍に座っている伊織の姿があった。

「おぅ、お前か」

播磨が声をかけると伊織が擦り寄ってきた。

「仲がいいのね?」
「にゃー」

その通りだと言うように伊織が鳴く。それがおかしくて沢近はクスリと笑った。

「播磨さん?」

そこに新たな声がかけられた。沢近が顔をあげるとそこには予想通り友人の妹。八雲が戸
惑った顔をしてこちらを見ていた。その目は自分の肩に向けられている。そして改めて今の
状態を意識した。播磨に肩を貸している今の状態は、傍から見れば肩を抱かれいるようにも
見えるだろう。
186The breakout of war:04/09/22 15:19 ID:o/MH/DyM
こうしている理由を話すのは簡単だったが、沢近は何となく説明するのを躊躇った。その
かわりに播磨を少し引き寄せる。八雲が衝撃をうけたように目を見張った。
播磨はそんなことには気がつかず、平然と声をかけた。これが肩を借りた当初であれば弁解
のようなものをしたかもしれないが、ずっとこの状態で歩いていたために、自分が周りから見
るとどういう風に写るかということを完全に失念していた。

「よぅ、妹さん」

しばし呆然としていた八雲はその声で我に帰った。

「あ…播磨さん、こんにちは。沢近先輩も。いったいどうしたんですか?」

播磨『さん』? 沢近『先輩』? 些細な呼び方の違いだったが、それが何故か気になった。
自分の目の前で播磨と八雲を話させたくなかった。だから、播磨が何か言うよりも早く口を
開いていた。
187The breakout of war:04/09/22 15:22 ID:o/MH/DyM
「何でもお礼らしいわよ。あなたに世話になったからって。あ、これはお土産のケーキ。二人
分あるから天満と食べてね。味の方も私が選んだから期待していいわよ」

一息にそう告げると、隣で自分が言うはずだったセリフを奪われて絶句している播磨から
箱を取り上げて八雲に渡した。八雲はしばらくきょとんとしていたが、その言葉の意味を理
解すると、小さくだが、嬉しそうに笑った。

「じゃあ間に合ったんですね」
「おう。それもこれも妹さんのお陰だ。本当に礼を言うぜ、ありがとよ」
「いえ、こちらこそ。私も楽しかったですし、お役に立ててよかったです」
「こっちこそワガママに付きあわせちまってすまねぇ。大変だっただろう?」

この子って、こういう風に笑うんだ。
沢近は新鮮な驚きと共に八雲を見ていた。これまで何度か顔をあわせたことがあるが、笑顔
を見たのはこれが初めてだった。以前天満に聞いた話でも塚本八雲という少女は滅多に笑わな
いらしい。実の姉である天満から言わせてもかなりレアな表情だそうだ。そんな少女が、播磨
と話していると極々自然に笑っていた。
そのことが沢近の中で何かの警鐘を鳴らしていた。このまま二人だけで話させてはいけない
。当たり前のようにその判断を下すと、沢近は会話を中断させるために口を開こうとした。
その時だった。

「八雲ー、誰か来たの?」

そんな声と共に塚本家の玄関がガラリと開くと、中から天満が顔を出した。
188The breakout of war:04/09/22 15:29 ID:o/MH/DyM
天満はその光景を見て固まった。

「え?」

口の中から意味のない呟きが漏れる。わけがわからない。
コレハイッタイドウイウコトダ?

玄関の前で、妹と付き合っているはずの播磨が天満の友人である沢近愛理の肩を抱き、彼
女であるはずの妹の前に立っている。
天満はいま、混乱の極地にあった。

「播磨君、どうして愛理ちゃんと肩を組んでるの?」

半ば呆然としながら尋ねる。それでようやく、天満の登場で気勢をそがれて沈黙していた
沢近は正気に戻った。

「こ、これは違うのよ。私はヒゲが怪我をしているから仕方がなく……」

『怪我』という言葉に八雲が驚いていたが沢近は気づかなかった。そんな余裕は何処にも
ない。沢近は必死で弁解した。

「最低だよ、播磨君」

189The breakout of war:04/09/22 15:30 ID:o/MH/DyM
しかしその努力も虚しく、既に天満の耳には聞こえていなかった。
天満の中では播磨が八雲を裏切って、愛理に浮気しているという構図が出来上がっていた。

「おさるさんだよ……」

信じていたのに。悪く言われることもあったし、自分もそう思い込んでいたこともあった
けど、いまではいい人だって思っていたのに。だからこそ八雲を応援したのに。なのに、
これはあまりにも酷い裏切りではないだろうか。
そのことが悲しくて、傷ついた八雲のことを考えると悔しくて、目に涙が浮かんできた。
播磨が何かを言っているが聞こえない。聞きたくない。ついに目尻から零れ落ちた雫が天満
の頬を濡らした。
これ以上ここに居たくない。天満は八雲の手を掴むと家の中へと飛び込んだ。背後から制
止の声がかけられた気がしたが、天満は振り向かなかった。


ピシャンと玄関が閉まり、鍵をかける音がやけに大きく聞こえた。

「天満、天満ってば!」

呼びかけるが反応はない。どうやら完全に閉じこもったらしい。これはしばらく時間をお
いたほうがよさそうだ。
190The breakout of war:04/09/22 15:32 ID:o/MH/DyM
「失敗したわ……ってどうしたの播磨君?」

沢近がため息をつきながら横を向くと、播磨が真っ白に燃え尽きていた。目は虚ろで光は
なく、口は何事かをブツブツと呟いていた。

「播磨君、播磨君……ヒゲ、ちょっと!」

呼んでも揺すっても反応がない。天満のことだけでも頭が痛いというのに。沢近は大きな
ため息をついた。
191The breakout of war:04/09/22 15:32 ID:o/MH/DyM
夕暮れも近づいた頃、刑部絃子は久々の我が家へと足を運んでいた。
もう八雲も帰っているだろう。あの時はあまりといえばあまりの展開に、教師として止め
ることもなく、流されるままに家を出て友人で同僚の笹倉葉子の家に厄介になっていたが、
四日も世話になれば心苦しいものがある。試験も終わったことだしほとぼりも冷めただろう
と、引き止める葉子の提案を丁寧に辞去して帰ってきた。
ようやく我が家のあるマンションが見えてきた。最後に見た時と変わらぬたたずまいに何
となく安堵を覚えた。

あぁ、たった四日のことだというのに全てが懐かしい。葉子には悪いがやはり我が家が一
番だ。
そんなことを思いながらマンションを眺めていた絃子は、その入り口に目をやり固まった。
そこには見覚えのある姿が二つあった。片方は自分の従弟である播磨。もう片方は、学校で
も有名なお嬢さまである沢近愛理だった。明らかに日本人とは異なる容姿は遠目に見てもよ
く分かった。遠目に見た二人は寄り添うようにしてマンションに入っていった。向かう先は
当然我が家だろう。唖然としながら絃子はそれを見送った。



その日、笹倉家は再び客人を迎えることとなった。
刑部絃子にとって、我が家への道のりは遠いようである。



                                      ……続く?
192The breakout of war:04/09/22 15:46 ID:o/MH/DyM
というわけで中途半端ではありますがとりあえずここでおわっときます。
これから先の展開も少しは考えているのですが、実力的にも時間的にも書
けるかどうかわからないので。

それでは失礼します。
193Classical名無しさん:04/09/22 16:41 ID:76lJ2MKE
とりあえずGJ!
このあと八雲はどうするのかとか愛理との関係がどうなるかとかいろいろ気になりますけど一応。

にしても絃子さん、また家出ですか。
その姿を想像するとちょっとかわいく思えますね。
194Classical名無しさん:04/09/22 16:49 ID:oUV4QpYo
>>192
大作お疲れー。
病院のシーンなど良かったと思います。
ただ、天満が出てきてからをもう少ししっかり描いて欲しかったかも。
オチも良かったですw
GJでした。
195Classical名無しさん:04/09/22 18:39 ID:o4n9gfQo
いいテンポで話が進んでいたので読みやすかったし、面白かったです。
GJです。
196Classical名無しさん:04/09/22 20:22 ID:Xy2IlE5s
>>192
GJ!!旗成分を補給させていただきました…

播磨終始尻にしかれてるな〜
_| ̄|○
197Classical名無しさん:04/09/22 20:35 ID:wD//c5VM
絃子さんまた帰れずw
グッジョブです!
198Classical名無しさん:04/09/22 21:36 ID:PzhLSVpo
乙です。
ちょっとだけ入っていた、八雲視点は中途半端な感じが
したなぁ。蛇足だと思われ。

本編では播磨結局ケガしてなかったなぁ・・・入院展開期待していた
人達は残念でしたな。  
199Classical名無しさん:04/09/22 23:51 ID:8r1bV7io
>>192
お疲れ様!続きが気になります。
続編に期待期待!
200Classical名無しさん:04/09/23 00:11 ID:oYYSQ5GE
>>192
GJ! イトコさんまた帰れませんね。合掌。
天満の流れが少し足りない気がしましたが、愛理の戸惑いがそれ以上に良かった。
特に播磨のケガを聞いた時の所が良い動き。

とまあこんな感じに……続き早く読みてぇ〜。
旗? おにぎり? 王道? なんでも良い。期待しています。
201Classical名無しさん:04/09/23 00:44 ID:4lXZvFtc
>>192
 上手い。笑ったり唸ったりした作品でした。
 お医者さんがうざくない程度に出張っていてて、ちょうどいい塩梅でした。
202192:04/09/23 09:46 ID:EfnBmWHU
感想をありがとうございます。
本当に途中で切れたような話なので書き上げた当初は『これを
投稿していいものか?』と悩みましたが、どうやら受け入れて
もらえたようでホッと一息つけました。

中には続編を期待されている方もいらっしゃるようで、書いた
者としては冥利に尽きます。
今年度の受験を控えている身ゆえ時間は限られるうえに、遅筆
な性質なので遅くなるとは思いますが、期待してくださる方が
いらっしゃるのならば、続きを書いていこうと思います。

それではいずれ、また。
203Classical名無しさん:04/09/23 11:46 ID:koTjEkOg
>>202
受験生か。がんばれよ
204Classical名無しさん:04/09/23 13:05 ID:Bmhcw8jM
>>202
受験頑張れ。
気長に待ってるよ。
205Classical名無しさん:04/09/23 15:33 ID:uWAaLds.
>>202
受験の逃避に、いつでもどうぞ。
206Classical名無しさん:04/09/23 18:48 ID:ge.NBq02
保管庫またちょっと更新してるな
207Classical名無しさん:04/09/23 19:55 ID:9YOCf126
ここって、今週のマガジンをネタにしちゃっても良いんでしょうか?
208Classical名無しさん:04/09/23 20:01 ID:0.kJ/l5A
>207
今週のならアリだよ。
土曜夕方以降は「バレじゃねーだろうな?」って警戒されるけど。
209Classical名無しさん:04/09/23 20:03 ID:9YOCf126
>>208
thx

手直しが終わり次第、ちょっとした短編投下します。
210Classical名無しさん:04/09/23 20:04 ID:sCs94vtI
>>209
待ってるぜ。
211Classical名無しさん:04/09/23 21:53 ID:9YOCf126
投下行きます。

性格が違うとか何か暴走してるとかおいおいなんだそりゃ文章下手だとか、ツッコミどころは多数あるかと思いますが、ご容赦願います。



それでは、どうぞ。
212Dear My Sister?:04/09/23 21:55 ID:9YOCf126
「ハイ!かならず妹さんを幸せにします!」
「もー!! さっすが播磨くん!頼りにしてるからね〜!」
「は、播磨さん…」

ヤベェ マタヤッチマッタ ドーシヨウ
(…って考え込んでる場合じゃねぇ!)

「いや、これはチガ…!」
「これからはウチにも遊びに来てね〜、オトウトよー!」
「ね、姉さん…」

誤解されやすい男・播磨拳児。
今日もまた、彼の意図せぬ方向に話が進んで行く…

(ってちょっとまてぃっ! そういつもいつも誤解されっぱなしで堪るかってんだ!)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そしてその日の放課後。
「話がある」と言って再び屋上に天満を呼び出した播磨。
その身に纏う雰囲気は既にいつもの播磨のものではない。まさに覚悟を決めた漢、そのものだった。
(妹さんとの誤解を解いて…天満ちゃんにコクる!)

「わざわざ呼び出して済まなかったな、塚本…」
播磨の表情からその心境が伝わったのか、天満も真剣な面持ちで応じる。
「ううん、それは構わないんだけど…それで、話って?」
「ひとつ、誤解を解いておきたいと思ってな」
「誤解?」
天満はいまいち播磨の言いたいことが分からず、首をかしげる。
213Dear My Sister?:04/09/23 21:56 ID:9YOCf126
「ああ…あのな、塚本。さっきの昼休みの話だが」
「うん…え? さっきの話が誤解ってまさか、やっぱり八雲が播磨くんの家に泊まった時に何かあったの!?」
「ちっがーう!そこじゃなくて!とりあえず最後まで聞いてくれ!」
(ああもう、前置きなんざする必要はねぇ!)

勘違い女王・塚本天満。
しかし今日こそは、と気合の入っている播磨はその勘違いが暴走する前に一気に攻勢に出る。

「いいか、落ちついて聞いてくれ。俺は、俺はな、『塚本の弟』になりてぇんじゃねぇ。
 …『妹さんの兄貴』になりてぇんだっ!!」

(言った…とうとう言っちまった…砕けるなら男らしく、パーッと砕けろってんだ!)

「えっ…!?」戸惑う天満。
「ついに言った」そんな表情の播磨。
214Dear My Sister?:04/09/23 21:57 ID:9YOCf126
5分か。10分か。
いや、実際には1分程度だったのか。
播磨にとっては長くも、そして短くも感じられる沈黙が降りた。

「…えっと…それって、その、そういう、意味だよね…」
心持ち、天満の頬が紅い。
「…ああ」
「そうなんだ…うん、分かった。と、とりあえず今日は帰るね。八雲にも私から言っておくから」
(まぁ、いきなりこんなこと言われて、すぐ返事できるわけも無いわな。
 躊躇無くフラれなかったことだけ、マシかもしれないし)
「それじゃまた、明日ね」
「おう」

去って行く天満の後ろ姿を見ながら、ふと播磨の胸中に疑問が過ぎる。
(…ん?でも妹さんには俺から言うべきじゃないのか、この場合…
 ま、明日も会うし、その時に話せば良いか)

誤解を解いたつもりの男・播磨拳児。
彼はまだ、天満の勘違いレベルを見誤っていることに気付いていなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その夜、塚本家では、天満が真顔で八雲と話をしていた。
「…だからね、播磨君は…」
「え、ええっ!?」
「落ちついて八雲。つまり…」
「…う、…うん…」

矢神町の夜は更けて行く。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
215Dear My Sister?:04/09/23 21:58 ID:9YOCf126
明けて翌日。
迷惑をかけてしまったことへの謝辞と、周囲に誤解を招いてしまったことの詫びをする為、屋上に八雲を呼び出した播磨。

さて、その日の八雲はいつもと少し違っていた。
授業中もぼーっとしてたり、親友のサラに話しかけられても上の空。

そして昼休み、屋上へと向かう八雲の表情は次第に緊張したものに変化し、扉を開ける時にはその手すらも震えていた。


キィ…ばたん。

「おう、妹さん。わざわざ悪ぃな」
「い、いえ…。それで、えと、あの、その。ね、姉さんから聞きました…」
なぜか八雲は火がつきそうなほどに顔を赤らめる。

「ええとえとえと…宜しくお願いします、お・・・お、お、お・・・」
「お?」
顔中に「?」マークを浮かべる播磨。
そもそも「宜しくお願いします」ってなんでだ?
(うーん、実は妹さんは俺の漫画を楽しみにしてくれてたとか?)

「お、お、お、…」
八雲の顔が更に紅くなる。
播磨の顔は更に「?」になる。

そして意を決したか、まっすぐに播磨と目を合わせ、八雲が言った言葉は。
216Dear My Sister?:04/09/23 21:58 ID:9YOCf126
「お・・・お兄、ちゃん」



…。
……。
………。


………………………………。

沈黙の時間。

空はどこまでも蒼く澄み渡り、校庭からは昼休みを楽しむ生徒達の声が聞こえる。






「へっ!?」

硬直する播磨。

「姉さんから、こう呼んだほうが、はり…お、お兄ちゃんが喜ぶって…」
「………」
「あの、お、お兄ちゃん??」

既に播磨は白い彫像となっていた。
初秋の風が、ただ爽やかに吹きぬける…
(…もう何がなんだか)
217Dear My Sister?:04/09/23 21:59 ID:9YOCf126
ピピピ、ピピピ、ピピピ

ふと鳴り響く電子音。
何とか意識を取り戻し、慌てて携帯を確認する播磨の目に映ったのは、天満からのメールだった。
(て、天満ちゃん?! 一体、何がどうなってんだ!?)

『Subject:うまくいったかな?
 やっほー、播磨くん。八雲とは上手くいったのかな?
 でもねぇ、やっぱりびっくりしたよ。そりゃ、世間には自分の恋人に「お兄ちゃん」って
 呼ばせてる人がいるってのは分かるけどさ、まっさか播磨くんもそうだったとはねぇ。
 あ、別に変な意味で言ってるわけじゃないからね。
 兄妹みたいな恋人って、見ててなんだかほんわかしちゃうし、私は良いと思うよ。

 それじゃ、八雲をよろしくね〜♪

                                     未来のおねーさんより☆』

「……………………………」

播磨、もはや一言も無し。
勘違い女王はやはり勘違い女王であった。

「あの…それで、お弁当も作ってきたんですが…よ、よかったら一緒に…」
「ああ…」

…。

何も考えられなくなり、気がつけば一緒に弁当を食べている播磨。
そんな播磨の心がいつも以上に読めない八雲だが、心なしかその顔は幸せそうに見えたそうな。
218Dear My Sister?:04/09/23 22:00 ID:9YOCf126



なお、その夜。
自室でヒゲにサングラスの男の写真を前に、「おに…おに…お兄ちゃ…」と、何かに取りつかれたように
呼びかけの練習?をしている金髪の少女の姿があったとかなかったとか。

それは、また別のお話。
219Classical名無しさん:04/09/23 22:02 ID:9YOCf126
以上、お目汚し失礼致しました。

今週の#98を見てなんとなくこんな話が浮かんでしまった次第。

いろいろお見苦しい点があるかとは思いますが、読んで下さった方、ありがとうございました。
220Classical名無しさん:04/09/23 22:17 ID:/egDQS32
お兄ちゃんって言ってる八雲萌〜♪GJ!
221Classical名無しさん:04/09/23 22:37 ID:7OX0Tfm2
おにいちゃん……(;´Д`)ハァハァ
222Classical名無しさん:04/09/23 22:48 ID:TraOnmNI
破壊力ありますなあ
223Classical名無しさん:04/09/23 22:49 ID:5UlXS7No
>>219
GJです!
漏れは最後の方の沢近に萌えたw
合わね〜所が何となく滑稽w
224Classical名無しさん:04/09/23 23:14 ID:JIXTgwxk
八雲天満播磨の三人でいるときは天満が八雲と播磨をくっつけようと
水を得た魚のようにイキイキしてて萌える
225Classical名無しさん:04/09/23 23:53 ID:rBHFHroE
>>219
GJ! です。
決意をした八雲が良いねえ。想像が広がる。頑張る八雲に乾杯。
晶に吹き込まれたみたいな知識を持つ天満に萌え。
そして、どこから聞いたのか、練習を始める沢近が、うけました。
要は…………(;´Д`)ハァハァ♪
226Classical名無しさん:04/09/24 00:26 ID:03JtukJM
>>219
笑えるし萌えるしGJとしか言いようがないな。
良いものを読ませていただきました。
227212:04/09/24 00:44 ID:mchcA.UQ
感想をくれた方々、どうもです。
正直「これはどうよ?」って感じだったんですが、楽しんで頂けたら幸いでした。


それではまた、機会がありましたら。
228Classical名無しさん:04/09/24 01:12 ID:QGiwWiMU
遅ればせながら>>212GJ
ほのぼのと萌えさせていただきました。

最近の本編はおにぎり→旗→おにぎりのお子様ランチ展開で(*´Д`)ハァハァですな。

自分にも妄想をちゃんと形にできる力があればと思う今日この頃。
ダレカオレノカワリニカイテクレ(ぉ
229Classical名無しさん:04/09/24 02:27 ID:sAJ7kkMU
>>212
本編も面白かったし、特に最後の沢近でやられた…。
くそ、いい仕事しますねぇ。
230クズリ:04/09/24 14:33 ID:QPIbWT1g
 何か御無沙汰してました。色々とありまして……
 クズリです。

>>84
 ありがとうございます。コンキスタさんの作品も、いつも読ませていただいておりますm(_ _)m

>>87
 一番の褒め言葉です。ありがとうございました。

>>88
 サラは出します。でも、その作品を書こうと思っても、なかなか書けないスランプなのです。

>>89
 八雲に力を入れているので、嬉しいです。

>>90
 改めて読み直して、播磨らしさがないことを思い知らされました。播磨の変化をもっと、描ければ
良かったんですが、力不足でした。これからも精進します。

>>91-92
 それも面白い展開ですがw 残念ながら、その線は他の方にお任せします。

>>97
 最初の回は、自分でも珍しく、割と満足のいく仕上がりでした。他のものには、多かれ少なかれ、
不満を感じるのですけれどね。何はともあれ、これからも随時、『If...』には追加していくつもりです。

>>98
 うーん。現実に、付き合う前、しかも相手が自分のことを好きかどうかもわからないのに、いきなり
呼び方変えないんじゃないかなぁ……と思いまして。

>>102
 とっておきかどうかはわかりませんがw とりあえず、この後に投稿します。
231クズリ:04/09/24 14:39 ID:QPIbWT1g
>>103
 いえいえ、そんな恐れ多いです。もっと女性心理については勉強しないといけませんよ……
表現力は、これからも頑張って磨いていきたいと思っています。どうか、これからもよろしく
お願いいたします

 ということで、投稿させていただきます。

 前々スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75-82 『If...scarlet』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167-190 『If...brilliant yellow』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392-408 『If...moonlight silver』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521-531 『If...azure』

 前スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/24-31 『If...baby pink-1』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/161-168 『If...baby pink-2』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/194-210 『If...baby pink-3』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/314-319 『If...sepia』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/398-404 『If...sepia-2』

 現行スレ
>>9-15 『If...sepia-3』
>>78-83『If...sepia-4』

 に続いて。

『If...fire red』

 ええと、HP収録分もやっぱりアンカー貼っておいた方がいいでしょうか?
232クズリ:04/09/24 14:44 ID:QPIbWT1g
 書き忘れてました。

 今回の作品は、はっきり言って邪道ものだという自覚があります。

 特に、コミックス派の方は、読まない方がいいかもしれません。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、#96(コミックス未収録)を、『If...』の世界に取り入れて、
再構成したものです。

 もっと言ってしまえば、#96の後、こうなって欲しかった、という私の妄想を詰め込んだ
ものです。

 なので、読まれる方の中には、そういったものをダメだと思われる方もおられるかもしれませんので、
先にお断りしておきました。

 それでも読んでいただけるという方、ありがとうございます。
 もしもこれが、貴方様が望まれた『If』に近いものであることを、願っています。

 それでは、よろしくお願いいたします。
233If...fire red:04/09/24 14:45 ID:QPIbWT1g
「あ、ここ。10番を貼ってくれ」
「あ、ハイ」
 夜の空に走った稲妻、轟く雷鳴、降り始めた雨。カーテンを開け放したままの窓から見える外の
闇と光の競演に、一瞬、気を取られていた八雲は、播磨の声に再び作業に戻った。

 If... Fire Red

 ぐう。
 唐突に、播磨の腹が鳴った。
「腹、減ったな……」
「あ……そうですね」
 苦笑交じりに言う播磨に、八雲は微笑を返す。
 考えてみれば夕方、学校から直接、播磨邸に来て以降、二人とも何も口にしていない。お腹も減
ろうというものだ。
「ハイ。晩飯」
「…………」
 ゴソゴソと播磨が取り出してきたのは、ビーフジャーキーだった。思わず八雲は、その場に固ま
ってしまう。日頃から塚本家の家事全般を取り仕切る彼女にとって、その言葉は冗談にしか思えな
かったのだが、しかし、どうやら彼は本気のようだ。
「ワリーな、こんなんしかなくて。でも美味いぜ」
「……………………」
 もりもりとそれを食べる姿に、一瞬、眩暈を覚えるが、すぐに気を取り直す。
「あの……何か作りましょうか」
「え!?作れるの!?」
 カップラーメンないぞ!?と続ける播磨に、八雲は普段の彼の食生活の一端を垣間見た気がした。
そして思う。よくこれで、ここまで大きく、強くなれたものだ、と。
「えっと……もうすこし栄養のあるものを……」
 せめて出来合いのものでない何かを作ってあげたい、そう思って八雲は立ち上がり、キッチンへ
と向かう。
「冷蔵庫、お借りします」
 サスガ天満ちゃんの妹さん……出来た妹さんだぜ!
 背中の向こうで播磨がそんなことを思っているとは知らぬまま、彼女は冷蔵庫を開けた。
234If...fire red:04/09/24 14:45 ID:QPIbWT1g
「つっても、ツマミぐらいしかないんですが……ムリしなくても……」
「あ……なんとかなると思います」
 播磨の言う通り、冷蔵庫の中はビール等のアルコール類とおつまみばかりだったが、そこは普段
から家事に親しんできた彼女のこと、頭の引き出しから、ここにあるもので作れる料理を見つけ出
してくる。
 他人の家の台所に立つのは初めてだったので、少々慣れない思いを感じたが、料理を始めてしま
えば、そんなことなど忘れてしまう。髪を束ねてゴムで止め、八雲は播磨のための食事を作ること
に没頭した。
「枝豆とソーセージのパスタです」
「スゲエ!!」
 一先ず原稿をどかし、ランチョンマットを敷いて、八雲が出した料理に、播磨は感嘆の声を挙げ
た。そしてフォークを握り締め、ガツガツと食べ始める。
「こりゃ美味え!!こんな美味えパスタ食ったのは初めてだぜ!」
 その食べっぷりの良さに、八雲は思わず見とれてしまう。その姿が誰かに似ている、そんな風に
感じた彼女は、すぐに気付く。
 姉さんが、美味しいものを食べる時と一緒なんだ……
「あんたとつきあえて、俺は幸せモンだ!」
「そうですか……?」
 思わぬ播磨の言葉に、八雲は頬を染める。当の播磨はと言えば、それほど意識して言った言葉で
はなかったのだろう、変わらぬ勢いでパスタを口に運んでいた。
「……………………」
 今なら、聞けるかもしれない。八雲はフォークを置いて、播磨を見つめた。
「あの……播磨さん……」
「ん?」
 顔を上げた彼の瞳は、サングラスに隠れて見えない。
 だがその奥に、優しい光が宿っていることに、八雲は気付いていた。
 否。
 知って、いた。
「少し訊いても良いですか?」
「お……おお!」
 その光に近づきたくて、八雲は想いを口にする。
「つきあうって…………どういうことでしょう……」
235If...fire red:04/09/24 14:46 ID:QPIbWT1g
 地面に叩きつけられて跳ねる雨雫の音がひどく、耳に障る。
 洗い物を終えて戻った彼女が、ふと時計を見ると、日付が変わるまでに三十分ほどしかなかった。
 再び原稿の広げられた机、播磨は中断した作業の続きを始めていた。その前に、ゆっくりと座っ
た八雲は、沈黙が怖くて、とりとめのない話題を振る。
「雨……強くなってきましたね……」
「ああ……そうだな」
 先ほどした質問の答えは、まだもらっていない。悩み始めた彼は何も喋らず、八雲は小さな後悔
を覚えながら、それでも。
「あ、この背景。ココ、もう少しおとして」
「あ、ハイ」
 それでも、どうしても、近づきたくて。彼の側にいたくて。
「………………あの」
 また、口を開く。
「私達がつきあっているなら……」
 あの丘の上で、彼にもらった言葉を、八雲は胸に抱きしめる。

『妹さん。俺は妹さんのことが、好きだ。誰よりも――――天満ちゃんよりも。誰よりも、必要なん
だと思ってる』

「私……経験ないから……どうしたらいいのか……わからないんです…………」
「……………………」
 原稿に目を落としたままの播磨は、答えない。
 構わず、八雲は続けた。
「男の人と、女の人がつきあうって…………どういうコトなんでしょうか……」
 空を覆う、黒の雲が、まるで自分の心にも染み込んで来たような、そんな錯覚を八雲は覚える。
「…………すっ、すいません……こんなコト、きいちゃって…………」
「…………………………」
 静けさが体を締め付けてきているような、そんな痛みに八雲は耐えられず、答えをもらう前に八
雲は逃げてしまおうとした。
「…………………………」
 それでも、何も喋ろうとしない播磨の態度に、眉を曇らせる八雲が、落ち込みかけた気を奮い立
たせようとしたその瞬間。
236If...fire red:04/09/24 14:47 ID:QPIbWT1g
「……あのよ」
「あ!ハ、ハイ……」
 かけられた声に、驚くと同時に八雲は顔を挙げた。
「俺もよくわからないんだけど……」
 視線を交わらせようとはせず、原稿を見つめ、手先を止めないまま、播磨は語りかける。
 ゆっくりと、それは己の心の中の言葉を探しながらのよう。
「例えばよ……朝の海岸線をバイクでかっ飛ばしてるとさ」
「……?」
 何を語ろうとしているのか、見当が付かない八雲だが、口を挟むことはせず、黙って聞き続ける。
「一瞬、海から昇る朝陽がすげえ綺麗に見える!」
「………………」
 沈黙を守ることで、彼女は播磨の言葉を促した。
「めちゃ美味いモンを喰ったときとか、おもしれー映画なんかを観たとき!」
 一瞬だけ、彼は顔を挙げた。
 絡み合う、二つの視線。
「そういう瞬間を、いっしょに感じたい!お互いにそう思える人がいる……」
 私にとってそれは播磨さんだ。考えるまでもなく、自然と湧き上がってきた想いに、八雲の心は
歓喜に震えた。
「そういう時間を積み重ねていくことが――――つきあうってコトだったりするんじゃねーのかな
……よくわかんねーケド」
 ぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、どこか優しげな言葉が、八雲の心に、ゆっくりと染み渡って
いく。胸に広がる、ぬくもり。
 柄にもないことをした、とでも思ったのか、播磨は照れ隠しに豪快に笑って言った。
「ま!どーせ俺の言うコトなんて間違ってると思うけどな!」
 いいえ、播磨さん。私も、そんな気がします。
 思ったことを口にする暇を、播磨は八雲に与えなかった。わずかに赤くなった頬で、
「あ!妹さん。そこの雲型定規とってくれ!」
「あ……ハイっ」
 振り向いた場所、机の上のそれを取って渡す。
「どうぞ……」
「あんがと」
 大きく轟く、雷鳴。
237If...fire red:04/09/24 14:47 ID:QPIbWT1g
「キャッ」
 すぐ近くに落ちたのだろう。驚いて八雲は、持っていたそれを床に落としてしまう。
「す……すみません!雷に驚いて……」
「あ、いーよ。俺、拾うから……」
 二人が伸ばした手の、指先が触れ合って、重なる。

 落雷のせいか。
 突然に、電気が消えた。

 稲光に浮かび上がる、動けなくなってしまった、二人の姿。
238If...fire red:04/09/24 14:51 ID:QPIbWT1g
 大きな手。ごつごつとしたそれが、繊細な絵を描き出しているとは、とても信じられない。
 太い腕。力持ちだということは知っている。喧嘩をよくしていたということも。

 八雲の視線は、繋がった指先から、ゆっくりと上がっていく。
 跳ね打つ心臓は、胸から飛び出しそうだった。

 雨の音が。雷鳴が。
 消えた。聞こえなくなった。
 闇にまだ慣れない瞳には、間近にいる播磨しか見えず。
 ただ二人の息の音だけが、やけに大きく聞こえた。

 顔。精悍な、顔。滅多に見せてくれないサングラスの下の瞳は鋭い。だが八雲を見つめる時、そ
の眦は微かに下がって、ぬくもりをくれる。

 彼の顔が少しずつ、近づいてくる。
 八雲の頭の芯は焼かれて、熱くなる。
 だがすぐに気付く。彼だけが近づいているのではなくて、自分からも近づいているのだ。
 何も考えられない頭。
 心は逆に震えて、どこか冷静で、だが歓喜の一色に染まっていて。

 瞳を閉じる直前、左の手で、八雲は彼の顔から、サングラスを外した。
 間近に、播磨の目を見て。
 その中に映る自分の顔を見て。
 奥深くに視える想いを見て。
 全てを心に刻みこむ。
 八雲は微笑んで、目を閉じた。

 近づく唇。

 そして。

 重なる、唇。
239If...fire red:04/09/24 14:55 ID:QPIbWT1g
 目を覚ましてすぐに、体の芯に響く鈍痛が、八雲の意識を現実へと浮かび上がらせる。
 上半身を起こすと、真っ白なシーツが彼女の滑らかな肌を滑り落ちようとし、八雲は慌てて手で
押さえて形の良い胸を隠した。
 薄絹一枚すら身にまとわない自分の姿、そして隣には、同じように何も着ていない彼が、心地良
さそうに寝息をたてている。
 夢じゃ、なかった。
 安堵の溜息をついた後、改めて八雲は播磨の顔を見つめる。
 瞳を隠す長い前髪を、彼女は手でかきあげる。
 その下に現れたのは、穏やかな寝顔。
 サングラスを外した彼の素顔、その唇を八雲は指先でそっと撫でる。

 そして思い出す。
 播磨に何度も、キスをされたことを。彼女の唇を捧げたことを。
 無骨な手で、たどたどしく、力強く、だが優しく、体中を抱かれたことを。
 付き合い始めても、照れてなのか呼び方を変えなかった彼に、何度も、何度も名前を呼ばれたこ
とを。
 自分もまた、応えるように、彼の名を呼んだことを。

 そして――――そして。

 一つに、なったことを。

 彼のものになったという喜びと。
 彼を手に入れたという喜びと。
 痛みは激しく、泣きそうになったけれど、それでも心は満たされた。
 彼に髪を撫でられながら、キスを交わし、最後まで達した。
 その後も、痛みの残る体を、彼は優しく抱きしめていてくれた。
 腕枕で、彼女が眠りにつくまで、柔らかく抱きしめてくれていた。
 
 それが全て、一晩の出来事だったのだと、八雲はすぐには信じられなかった。
 しかし、現にこうして残る痛み、そしてまだ体の中に残っているかのような播磨の存在感が、彼
女の心に幸せを運んでくる。
240If...fire red:04/09/24 14:56 ID:QPIbWT1g
 未だ眠りこける播磨の唇に、八雲はそっと、自分の唇を重ねた。
 満たされた笑みを浮かべた後、もう一度、彼の胸に体を預けて、八雲は目を閉じた。

 そして思い出す。
 初めて、はもう一つあった。

 お互いに、確かに胸にその想いを抱いていたのに、言葉にするのを恥ずかしがっていた言葉、そ
れを八雲は、もう一度、口にした。

「愛してます……拳児さん」
241Classical名無しさん:04/09/24 14:58 ID:Niwjg.xQ
(゚∀゚)
242クズリ:04/09/24 14:57 ID:QPIbWT1g
 すいません……本当に、許していただけると助かります。
 もう二度としませんので。

 いえ、あの展開から次のスルーが結構、ボディーブローのようにきいてたので……
どうしても妄想補完せずにいられませんでした。
 で、ただ補完するだけだと、ムリがあるかな、ということで、『If...』に取り入れてみた
んですが……

 それでもやっぱり、あれはあれな展開ですね。本当に申し訳ありませんでした。

 こんな作品ですが、もし目を通していただけたなら幸いです。
 どうか、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
243Classical名無しさん:04/09/24 15:17 ID:djvK/IBM
言いたいことはいろいろあるのですが正直エロパロスレのほうに
書いていただきたかったです…。
(それを抜きにしても、播磨は目の前の原稿より女の子をとるやつでは
ないと思うのですが)

あとこういう流されてえっちみたいなのは女の子は全然うれしくないものですよ。
以上女性視点からでした。
244クズリ:04/09/24 15:28 ID:QPIbWT1g
>>243
 大変、失礼いたしました。

 そうですね、今、考えるとそちらの方が良かったようにも思います。
 女性心理についても、不勉強でした。もっとしっかりと練りこんでから、書くべきでした。

 不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。
 以後、もっと気をつけて書きたいと思います。
 御忠告、ありがとうございました。

 そしてもしよろしければ、これからも未熟な私を導いていただければ、嬉しく思います。
 どうかよろしくお願いいたします。
245Classical名無しさん:04/09/24 16:14 ID:03JtukJM
>>243
何もかもが痛いのですが、まず性別を聞かれもしないのに明かしていることが痛いです。
少年誌のラブコメの二時創作に対して、女性視点で嬉しくない云々など耳を疑います。
あなたはもうこのスレに来ない方が良いのでは?

>>244
直接描写はキスのみですし、なにより性描写が主題ではないので
このスレで全く問題ないと思いますよ。
八雲の可愛さが一段と出ていたと思います。
幸せそうな八雲が(・∀・)イイ!
GJでした。
246Classical名無しさん:04/09/24 16:35 ID:HpSF0fHU
>>244
GJ!
狙った萌えに見事撃沈されてしまいました。
グズリ氏の描く八雲は相変わらず素晴らしいです。
あと、電波な反応を真に受けて作風を変化させてしまうことの
ないよう強く望みます。
女性心理って…(汗

>>243
( ´_ゝ`)フーン
247Classical名無しさん:04/09/24 16:42 ID:PvSU9UZU
>>245
そうでしょうか?それは、ただの傲慢です。色んな意見を聞いて話に生かす。
辛口の意見も当然あるでしょうし、SS師の方々もそれをある程度覚悟されてるでしょうし、
ある意味これは普通のことだと思います。
ましてやこの女性の方も気軽な気持ちで書いた訳でもないでしょう。
男が思うほど女は安くないというのがよく分かります。
まあ、グズリさんの様に紳士に受け止めれば良いんじゃないですか?そういう人もいるって事で
>>244
相変わらず、美味いですね。ただ私も、>>243と少し同じ感じを受けましたちょっと痛いなと
タダif何でさほど気にはなりませんが、こんな展開もありかなとは思います。
248Classical名無しさん:04/09/24 16:43 ID:2yWY3q1s
GJ!非常に良いお話でした。私もあの時のスルーは効きましたので補完して頂いて有り難く思っています。
次回作も期待しております。
>>243
感想は人それぞれなのであまり言いたくないのですが、お門違いな事をおっしゃっている様に
思います。清潔感のある綺麗な描写だったじゃないですか。かくいう私も女ですが、
八雲と同じ立場なら嬉しく思うと確信しています。
249Classical名無しさん:04/09/24 16:48 ID:ywBS2YKM
>>244
不快な思いというよりこういう風に感じた人間もいた、ということです。
クズリさんの連載自体はとても楽しみにしています。
次作以降も頑張って下さい。

>>245
私の書き込みがあなたに痛いと感じさせてしまったならすみません。
ただ少数派かもしれませんが、スクランのSSを楽しんで読みにくる
女性もいるのだということを作者の方々にも、読者の方々にも
ほんの少しでいいから心に留めておいていただけるとうれしいな、と
思います。
そのうえでスレに来るなといわれてしまえばそれまでなのですが…。
横道にそれたレスですいません。名無しに戻ります。

250Classical名無しさん:04/09/24 16:56 ID:03JtukJM
ここまで分かりやすく自演されると反応に困りますな
251Classical名無しさん:04/09/24 16:59 ID:ywBS2YKM
>>248
なるほど、そういう見方もありますね…。

>お門違いな事をおっしゃっている様に思います。
もしそう感じさせたならすいません。
私の表現にも問題があったのかもしれません。

あと素直に女性読者さんがいてうれしいです。
252Classical名無しさん:04/09/24 17:04 ID:HpSF0fHU
釣りをしている方達へ

こっちでやった方が反応がいいと思いますよ。↓
腐女子・ウザい女2ちゃんねらのガイドライン6
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1095852294/l50
253Classical名無しさん:04/09/24 17:08 ID:y/IdUuRI
ってか感想言ってるだけなのに、そこまで過敏に反応しなくてもいいのでは?
そんなまじクズリ氏信者みたいな発言ばっかしてると
クズリ氏もありがた迷惑に思うときもあるんじゃないかな
243は感想言ってるだけで痛いことは言ってないと思うけどな
254Classical名無しさん:04/09/24 17:10 ID:PvSU9UZU
無駄だ俺もよく分かった。相手にしない方がいい
頭が痛くなるだけだぞ
255Classical名無しさん:04/09/24 17:18 ID:tngP.cng
基本的に感想は良かったらマンセー、悪かったらスルーだからね。
苦言を言うにしても褒めるべき所は褒めて直した方がいい所には文句を言うと。
趣味で書いてるもんだし、文句だけ書いてもしゃーねーべ。
あとエロパロいけとかなんか違うと思うぞ、相手自演扱いとかもアフォ。
256Classical名無しさん:04/09/24 17:25 ID:y/IdUuRI
それこそクズリ氏がコメントしてるんだから
外野が243を叩くのはちがうんじゃないかな?
255はそのへん分かってると思うけど
あの叩きようじゃ好きな作者をマンセーされなかったら叩いてるように
見れるんだよな。
なんかこの雰囲気がうざかったから書き込みました。
ではいつも通りにROMります。
257Classical名無しさん:04/09/24 17:27 ID:u5dOj1qM
萌えた。けどエロパロ向きだったのは確かだと思う。
連載が一区切り付いてる上での外伝みたいなもんだし、不快に感じてる人もいるみたいだしな。
もしくはクズリさんのHPに直接載せておいたりってのでもよかったのでは?

まあ俺は素直に楽しませてもらったし、萌えさせてもらいましたよ。
ただ、播磨側があまり描かれていないのはらしくないです。
スランプとのことですが、充電期間をおかれても俺たちファンはずっと待ってます。
これからもぜひがんばってください。
258Classical名無しさん:04/09/24 17:28 ID:CHr5LvkU
>>243は自分の意見を一般的な女性の総意のように表現してるのがまずかったんだと思う。
本人にそんな気は無かったんだろうけど、最後の一文のせいでそう見える
259Classical名無しさん:04/09/24 17:28 ID:rQAaMkMI
なんかキモイのがわいてるな。

>>249
もう来ないでくださいね^^
260Classical名無しさん:04/09/24 17:29 ID:rQAaMkMI
下げ忘れスマソ
261Classical名無しさん:04/09/24 19:24 ID:s7.vgnz2
 おまいら想像してみろ。
 クズリさんのSSをみて顔を真っ赤にしながら憤っているメガネが似合う委員長タイプの女
の子を。
 そうすればきっと優しくなれる。
262Classical名無しさん:04/09/24 19:25 ID:s7.vgnz2
ありゃ、いつの間にかIDがころころ変わる様になっていたのか。
IDで作者を指定することが難しくなったな。
263Classical名無しさん:04/09/24 21:13 ID:17gjEWNU
まあ、皆最近の核爆弾スルーでダメージ受けてるのは分かるが、
なごやかにいかんとss投下もしづらいし、いつもどうりにしないか。

意見はいろいろあるし、その人の文章の書き方の癖や技量でも印象が変わるし、
あんまり神経質になるのもどうかと。

ただ、243氏に一言、男も流されてのは別に嬉しくない、とだけ。
長文すみません。
264Classical名無しさん:04/09/24 21:45 ID:cdlxhso.
>皆様へ
243さんみたいに女性読者もいるって事を考えようよ。 
自分は男だから内容の事まで女性がどう感じるか分からないけど
そのあとの243さんに対するコメントはちょっと酷いんじゃないかな?
自分の思ってる感想を述べただけだよ?もう少し周りを気遣ってこうよ。

>クズリ様
GJです!毎回楽しませて貰ってます。僕自身とても楽しめました。感謝します。
ただ、243さんのように内容を受け取る方もいるのは事実です。その辺りは
ドンマイでした。
これからもすばらしい作品を期待しております。
長文ですみませんでした。

265Classical名無しさん:04/09/24 22:07 ID:1eM6Jrwo
全く、痛い婦女子・腐女子が現れるとあっという間にスレが食い潰されるな…

>女性もいるのだということを作者の方々にも、読者の方々にも
>ほんの少しでいいから心に留めておいていただけるとうれしいな
じゃああれですか、これからのSS師はみな
女性心理を勉強しなければなりませんね。
もちろん男に都合の良い女なんて論外、ということですか?
…少年漫画だってことを認識してくださいよ。
266264:04/09/24 22:14 ID:cdlxhso.
>265
つまり女性は少年漫画について口出すなと?
何が言いたいのか完結に述べてくれ。
267Classical名無しさん:04/09/24 22:22 ID:y/IdUuRI
まあまあ264氏落ち着いていこう
265は論点がズレてると思うから
2chにきている女性はすべてが痛い婦女子・腐女子と
思っているような文章だし
雰囲気よく行こうぜ
268Classical名無しさん:04/09/24 22:22 ID:OyYcgtSA
簡潔に

・口論するな
・SSが読めなくなったらどう責任を取る気だ?
269Classical名無しさん:04/09/24 22:22 ID:OErHYyM2
女性も男性心理を勉強したら平等だ
270Classical名無しさん:04/09/24 22:22 ID:1eM6Jrwo
少なくとも女性読者に気を遣うことを強要するような
発言は避けてもらわないとなw
本人も萌えを狙って書いたと言ってるのに。
じゃあ逆に少女漫画に対して
「もっと可愛い女の子を沢山出せ!」
という主張をしたらどう思われるのかねw
それと同じでしょ。
271Classical名無しさん:04/09/24 22:23 ID:tngP.cng
>>268
全くもってその通りだな。
272264:04/09/24 22:29 ID:cdlxhso.
>268
自分もそう思うが、243さんを叩くのはお門違いじゃないか?
273Classical名無しさん:04/09/24 22:41 ID:03JtukJM
>>270
激しく同意
どうにかしてもらいたいもんだな
274Classical名無しさん:04/09/24 22:45 ID:y/IdUuRI
だからもういいだろ
273最初にクズリ氏が243にコメントしているにも
かかわらず煽ったのもお前だろうが
この程度の口論でSS書きが減るとも思わんが
おもってる奴も居るんだから、もうどっちもゆずらないってことでいいじゃん
275Classical名無しさん:04/09/24 22:47 ID:0gFMM9H2
はい終了終了。

気を取り直して神降臨待ちしてましょ。
276Classical名無しさん:04/09/24 22:53 ID:bN1N3zEY
女性ウケを狙うよう作者に強要するなんて言語道断だ。
挙句の果てに「エロパロ行け」なんて何様のつもりだと言いたい。
277Classical名無しさん:04/09/24 23:01 ID:PvSU9UZU
終了って言われたら、終了だ。
堂々巡りはもういい飽きた
278Classical名無しさん:04/09/24 23:03 ID:iUVlinMs
うう〜ん。もへ!? 
面白いと思いますが、どうせなら
> すぐ近くに落ちたのだろう。驚いて八雲は、持っていた
それを床に落としてしまう。
> 大きく轟く、雷鳴。
上の二つの行をもっと簡潔にしたらいかがでしょうか? そうした方が話全体がメリハリ
してくると思います。

とまあ、萌え♪ 萌へ♪

ではでは、次回作も期待しております。
279264:04/09/24 23:04 ID:cdlxhso.
>277
そっすね。なんか気に入りませんが・・・
神々がSSを投下しにくいコメントをしてすみません。
終わりましょう・・・
280コンキスタ:04/09/24 23:10 ID:v.vOGEOU
ども。コンキスタです。
今回も前回からの続きとなります。
ちなみに補足(?)しておきますと、すでに話は完全に本編の『If』になっております(笑)。
一話目の『Be glad』を書いた時点で起こっていなかったことは起こっていないと思ってください。
(八雲とのバイク登校やリムジン衝突など)
では、前回の分の紹介をどうすればいいか良くわからないので、クズリさんの形と同じにしておきます。↓

前スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/329-345n 『Be glad』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/479-493n 『True smile』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/521-535n 『True smile -2』

では4話目(といっても何話あるのかわかりませんが)を投下します。

 タイトル:『I don't say』
281I don't say:04/09/24 23:12 ID:v.vOGEOU
 『I don't say』


 ハリマ☆ハリオこと播磨拳児の漫画は無事完成し、談講社の新人賞に投稿された。結果が出るのはまだ先だろう。
 しかし、播磨にとってはその結果よりも――もちろんそれも重要だが――大切なことがあった。
 それは『誓い』である。
 漫画を描き終えたら塚本天満に自分の想いを告げるという誓い。
 だいたいにして、そんな誓いを立てないと告白できないこと自体少し情けないのかもしれないが、彼にはきっかけが必要だった。
 その豪快なみかけとは裏腹に、彼は非常にシャイなのである。
 いや、まあ一番の問題は天満の鈍感さにあるのであるが……。
 幾度も告白を決意して、そのことごとくを――もはや芸術的と言えるまでに――スルーされている。
 完全にフラれてないだけ良いのかもしれないが、塚本天満という名の鈍感王は他者からの想いには特に鈍かった。
 しかしそれは、播磨拳児にも同じことが言えるのかもしれない。
282I don't say:04/09/24 23:14 ID:v.vOGEOU

「ふぅ……」
「どうしたんだよ、沢近。ため息なんかついちまって」
 ホームルーム前の朝の教室で、沢近愛理は物思いにふけっていた。それを見た周防美琴が声をかけた。
「どうしたの愛理ちゃん?」
 美琴につられてか、天満と晶も集まってきた。これでいつもの四人組である。
 無意識のうちに愛理は天満を見つめる。悩みの種は天満にあるのだ。
「なに、愛理ちゃん?」
 それに気づいた彼女がきょとんとした笑顔で聞いてくる。やはり彼女には笑顔が似合っていた。
 彼女から笑みが本当に消えてしまったら、ひどい違和感を感じることになるに違いないだろう。
 もちろん天満だって年がら年中笑っているわけでもないだろう。しかしそうあってほしいとまで願ってしまうほど、眩しい笑顔だった。
 ――そっか、こういう子が好みなのね。
 愛理は思う。私には無理だ、と。
「……ううん、何でもないわ。別に何もないから気にしないで」
 笑みを浮かべ、答える。真実を心の奥に押し込んで……。
 美琴が何かを言いかけたが、何か思ってか口にするのを止めた。
「あ、そうそう」
 愛理が口を開く。とりあえず自分のまいた種だ。少しは拾っておかなければいけないだろう。
「なに?」
 高野晶が表情を変えないまま言った。
「播磨君と八雲って付き合ってないみたいよ。私の勘違いだったみたい」
「え! そうなのか!?」
 美琴が声を上げ、体を前に乗り出した。その声に驚き、教室中のみんなが彼女を見た。
 ちなみに播磨はまだ来ていない。大方緊張して夜遅くまで眠れなかったのであろう。遅刻かもしれない。
 美琴は少し気まずそうにこほんと咳をすると、椅子に座りなおした。
「それ本当か? つーか、お前いつの間に塚本の妹のこと名前で呼ぶようになったんだよ」
「あ、そういえばそうよね。まあ、それはいいとして……そういうことだから。ごめんね、早とちりし――」
「付き合ってるよ」
 突然、天満が言った。
283I don't say:04/09/24 23:17 ID:v.vOGEOU
「え?」
 愛理と美琴の二人が声を上げた。晶は声こそ上げなかったが、眉がわずかに動いた。
 付き合ってないなんて、そんなはずはないと笑顔のまま天満は言う。
「付き合ってるよ、播磨君と八雲は。だってこの前八雲、播磨君の家に泊まったもん」
「〜〜〜〜!?」
 声にならない声を上げ、美琴の目が驚愕で見開かれた。天満の爆弾発言にクラス中の視線が集まったのは言うまでも無い。
 その中に花井春樹がいなかったことは不幸中の幸いだろう。
「うん、ほんとだよ」
 いつもの調子で楽しそうに天満は言う。だが……心の奥底でよどむ言いようのない不安が天満を襲っていた。
 妹が男の家に泊まったなんて、あまり言っていい話ではないはずだ。彼女にもそれはわかっている。
 だけどそれを言わなければ、全てがそのまま嘘になってしまいそうで、天満は怖かった。
 彼女は思う。

 ――――楽しそうだった。

 楽しそうだったのだ、八雲が。他の人には感じ取れないかもしれないけれど、ここ数日、妹は楽しそうだった。
 幸せそうだった。八雲自身も自覚していないかもしれない想い。でも、自分にはわかった。だって、ずっと一緒だったから……。
 理由をちゃんと話してくれないのは寂しいけれど、八雲が幸せならそれでもいいかなと思っていた。
 そしたら、これだ。
 そんなわけがない。播磨君と八雲は付き合っている。彼女は自分に言い聞かせる。
 自分さえもそれを否定してしまったら、大好きな妹の幸せをも否定してしまいそうで、天満はすごく嫌だった。
「だから、ね。二人は付き合ってるんだよー」
 それは願いに近かった。このまま八雲が幸せであってほしいという願い。
 ふぇ〜、と美琴が変に感心していた。
 愛理はと言うと特に驚いた様子もなく、むしろ少し笑みを浮かべていた。二人の考えていることと事実とのギャップが少し面白かった。
284I don't say:04/09/24 23:18 ID:v.vOGEOU
「……ずいぶん冷静だね、愛理」
「晶ほどじゃないわよ」
「そうかな。これでも驚いてるんだけど……」
 そう言う晶の表情から驚きは読み取れない。まあ彼女が大声を上げて驚くところは想像もつかないので、これはこれで本当に驚いてるかもしれない。
 晶の問いに、そりゃ驚かないわよと愛理は思った。だって私も泊まってたんだし、理由も知ってるし、と。
 もちろん、愛理はそれを口にするような人間ではない。
 播磨からしきりに内緒にしていてくれと頼まれていた。さすがに土下座までされたときは、愛理も本気で困ったが。
「なんだよ、沢近〜。やっぱ付き合ってるじゃないか。あ、もしかしたら嘘から出た真ってやつかな」
「だから違うわよ。だって播磨君自身が否定してた……し……」
 そこまで言って愛理は気づいた。
 彼女もあの場、つまり播磨の家に居て、泊まっていたものだから失念していたのだ。ついさっきギャップがどうこう思っていたのに。
 完全に考えが行き届いていなかった。
 泊まるということが、播磨の漫画のことを知らない人から見ればどう映ってしまうのかを。
「播磨君が……付き合ってないって、そう言ったの……?」
「え、えと……それは」
「あ、播磨君だ」
 晶が教室の入り口に目を向けて言った。そこにはちょうど教室に入ってくる播磨の姿があった。
 告白をすることによる緊張のためなのか、表情が硬い。もっと気になるのは同じ側の手と足が同時に出ていることだが。
 ――なんでこのタイミングで来るのよ、アンタは!
 愛理が心の中で叫んだ。これじゃ誤魔化す暇もない。
 そして案の定、天満は机に鞄を下ろす播磨の下に駆け寄っていった。
285I don't say:04/09/24 23:19 ID:v.vOGEOU
「播磨君!」
「うお!」
 突然目の前に現れた天満に、播磨は思わず後ろに跳躍した。誰かぶつかり――吉田山――うめき声がしたが、そんなことはどうでもいい。
 ――てて、天満ちゃん!? ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ心の準備が!
「な……なんだ、塚本?」
 心に大量の汗をかきながら、どうにか声を振り絞りそれだけ言った。
「ちょっと屋上に来て」
「あ、ああ。わかった……って、ええっ!?」
 ――おいおいおい、どういうことだよ?
 天満の後ろに目を向ける。少し離れた席に沢近愛理が座っており、播磨の方を見ていた。
 ――ま、まさか誤解を解いてくれたのか、お嬢! そしてこのシチュエーションを作ってくれたのか!?
 愛理の慌てふためく表情を見て、どうすればそのような結論に至るのかいまいち理解できない。
 しかし、少なくとも播磨は『お嬢が漫画のことをばらした』などとは考えていなかった。
 ――いや、まさかお嬢がそこまでやるとも思えねえな。しかし、なんにせよこれはチャンスだ!
「ああ、わかった塚本! 屋上だろう地下だろうが何処へだって行ってやるぜ!」
 そう言って――ちなみにこの学校に地下はない――二人は教室を出て行ってしまった。もうすぐ授業も始まるというのに。
「……あー、もう!」
 しばらくの間、右往左往していた愛理だったが、やがて決意を固めたのか席を立って教室から飛び出していった。
「おい、沢近!? どこいくんだよ」
「大丈夫、すぐ戻ってくるよ」
 晶が言った。
「八雲のクラスってどこ!?」
 その問いに晶は即座に『1−D』と答え、愛理が再び駆けていくのを見届けると美琴に言った。
「ほらね」
「……これで当分帰ってこなそうだな」
 美琴が盛大なため息をついた。
286Classical名無しさん:04/09/24 23:20 ID:9xjxKDxg
クズリさん、GJでした。
けど、♯98を意識して書いたからなんでしょうが、この時点で八雲が料理できることを播磨が知らないというのには首を傾げました。
ほぼ毎日お手伝いに行ってるなら食事を作る機会があったり、話の話題に上がるのではないでしょうか? 八雲が知らないままというのも変です。
ですので、HPに掲載する際はそのあたりを直した方がいいと思います。
287I don't say:04/09/24 23:23 ID:v.vOGEOU


「播磨君……」
「塚本……」
 屋上、二人は向き合っていた。
 今まで何度かあったこの状況。しかし、今まで播磨は彼女に正確に想いを伝えられたことがない。
 だが、今度こそ……!
 心臓は高鳴り、周囲の音は耳に入らない。播磨には天満以外の全てがぼやけて見えていた。
『好きだ』
 初めて出会ったときから、胸の奥に溜まっていった感情。ただ一人、天満にだけに向ける唯一の想い。
 溢れ出すそれを、今。彼は彼女に伝えようとしている。
 玉砕しても構わない。ただ想いを告げたいだけ。
 播磨は拳を握り締めた。
「つ――」
 ――ツカモト!
 彼がそう言おうとした、まさにその瞬間だった。
「八雲と付き合ってないってほんとうなの?」
 天満が、そう言った。
288I don't say:04/09/24 23:25 ID:v.vOGEOU
『誤解が解けている』
 播磨はそれを確信した。やはりお嬢が解いてくれたのだと、彼女に感謝した。
 告白の出鼻こそくじかれたものの、誤解が解けることは非常に良いことだ。
 しかし、彼女は本当なのかと聞いてきている。悲しそうな瞳で聞いてきている。
 その時播磨は初めて天満の顔を良く見た。緊張のあまり、気づかなかった。
 いつもの明るい笑顔がどこにもない。
 播磨が天使の笑顔と憧れていたそれは今、忽然と姿を消していた。
 おい、なんでだ? 俺のせいか?
 何故なのか、大体予想がつく。それは彼女の「本当なの?」という問いに現れているのだから。
 いつもの都合のいい解釈が、このときばかりはできなかった。
 誤解を完全に解いたらどうなってしまうんだろうか。
 きっと、彼女は涙をこぼすだろう。
「ねえ、ほんとうなの播磨君?」
 天満が聞く。
 いつも笑顔はどこに行った? 戻ってきてくれるのか?
 そのとき播磨は、自分がひどく情けない男に思えた。
 ったく、情けねえ……。
 ――ああ、本当だ。
 そう言って……頷けばいいだけなのに……なんで……。
「……本当じゃ、ねえよ」

 ――――言えないんだよ、俺は。

 同時に、始業のベルが学校に鳴り響いた。
289I don't say:04/09/24 23:25 ID:v.vOGEOU

 一度廊下に退避し、階段を降りて来る天満をやり過ごすと、愛理と八雲の二人は屋上に出た。
 そこには播磨拳児だけが下を向き、呆然と立ち尽くしていた。

 八雲を呼び出し事情を説明した愛理は、急いで彼女を連れて屋上まで向かった。
 しかし先程まで、ドアから覗くことしかできなかった。どうしても屋上に出ることができなかった。
 何故なのかはわからない。
 天満と播磨が何を言っているのか聞こえない。それでも雰囲気が重いことだけは感じた。
 出て行って止めるべきだと思った。
 なのに、なぜ。私達は動けなかったのか。今思えばひどく臆病だったと、二人は後悔する。
「播磨君」
「播磨さん……」
 ほとんど同時に声を出し、播磨に近寄る。
「……お嬢。妹さん……」
 彼はひどく落胆している様子だった。
 あの様子では誤解を解いたが、嫌われてしまったのだろう。そしてそれは自分のせいだと愛理は謝ろうとした。
「ごめんなさい、播磨君……。わたしが――」
「いや、いーって」
 播磨が愛理の言葉をさえぎった。しかし、それは優しさというよりも、何も言わないでくれと頼み込んでいるようだった。
「それと妹さん……すまねえ」
「え……?」
「天満ちゃんの誤解……解けなかった。つーか、逆に本当だって言っちまった……。俺たちは付き合ってるってよ」
 その言葉に二人は驚きを隠せなかった。少なくとも誤解だけは解いてると思っていたのに……。
「ほんと、わりいな妹さん。いつも迷惑ばかりかけてよ……。ほんとわりい……」
「播磨さん……」
 何度もすまないと謝る播磨。八雲と愛理は戸惑うことしかできなかった。
 俺はバカだ、播磨は思う。
 なんで『誤解なんだ』って言えなかった。あの誤解は妹さんにも迷惑なのに。自分でもまさか、ここまで馬鹿だとは思わなかった。
 だけど……なんで言えなかったのか、本当はわかっている。
 それは、見たくなかったからだ――――。
「ちょっと……一人にしてくれ」
 そう言って、彼は二人に背を向けた。
290I don't say:04/09/24 23:28 ID:v.vOGEOU

 愛理と八雲は階段を降りていた。授業中だから静かだった。聞こえるとしても元気のいい先生の声ぐらい。
 二人は無言だった。何も言うことができなかった。
 頭の中が彼のことでいっぱいで……。
 愛理と八雲は無言のまま別れる。2年と1年では階が違うのだから当然のことだった。
「……」
 愛理は廊下を歩こうとしてはたと立ち止まる。
 もう少し歩けば教室に着くだろう。そしてドアをガラリと開けて『すいません』と謝って教室に入ればいいだけだ。
 何事もなかったように授業に集中すればいい。国語は苦手だからなるべくしっかり聞かないといけない。
 だけど――。
「そんなこと、できるわけないでしょ……」
 彼女はこの場にいない彼に怒りを覚えた。
291I don't say:04/09/24 23:30 ID:v.vOGEOU


「……んだよ」
 屋上。播磨はフェンスの近くで仰向けに寝ていた。もうすこし入り口から見えないところで寝ればいいのだが、そんなこと播磨は気にしない。
 そんな彼の顔を上から覗き込む女が一人いた。
 他でもない、沢近愛理だった。
「別に。ただなんとなく、よ」
「授業始まってるだろうが」
「あんただってサボりじゃないの」
 なんでこの女は……。
 播磨は苛立ちを隠せなかった。
「帰れ。一人になりてえんだ」
「イヤよ」
「……っ! お前なぁ!」
 播磨は思わず身を起こし、サングラス越しに愛理を睨みつけた。
 しかし、肝心の愛理は何も聞かなかったように播磨の横に座った。
 小さな風が吹いた。
「ちっ……」
 どうせこの女は言うことなんか聞きやしないだろう。そう思った播磨は舌打ちをすると再びコンクリートの上に寝転んだ。
 また、小さな風が吹いた。
 愛理はしゃべらない。播磨もしゃべらない。
 無言の空間。静寂が世界を支配している。
 それは何故か、播磨にとっても心地悪い空間ではなかった。
 しかし、なんで愛理が自分の横に座っているのかは理解ができなかった。責任を感じての行動にしてもやりすぎだ。
 だいたい、問題は自分にある。あのとき、いや今までに誤解を解くことのできなかった自分が……一番悪い
292I don't say:04/09/24 23:33 ID:v.vOGEOU
「……あのよ」
 播磨がつぶやいた。その声に愛理が播磨の方を見る。
「なに?」
「別に誤解を解こうとしてくれたことは感謝してる。そりゃたしかに変なことになっちまったけど、別に責任なんて感じる必要はねえぜ?」
「だから?」
 変わらぬ愛理の態度に少しむっとしながら播磨は言った。
「ここにいる必要ねえって言ってんだ。教室もどれよ」
「イヤ」
 即答だった。
 播磨は一瞬面食らっていたが、すぐに気をとりなおした。
 ――なんつー頑固なヤロウだ。
 まあ知ってたけどよ、と播磨はため息をついた。 
「……お嬢、おまえな」
「うっさいわね。私が好きでここにいるんだから別にいいでしょ」
 そう彼に言い放つ。
 ――だって一緒にいたいもの。
 それが理由だ。愛理は本当に好きでそこにいる。
 もしかしたら傷心している播磨を慰めて振り向かせようと考えているのかもしれない。
 そうであったらズルイ女だな、と愛理は心の中でため息をつく。
 しかし、たとえそうだとしても。それだけではない、絶対に。
 愛理にはさっきの播磨は見ていられなかった。あんな彼を見て、それでも授業を受けろだなんて無理な話だった。
 横にいたかった。それで自分が何かできるとは思えない。自己中心的な考えなのもわかってる。だけど――それでも許してほしい。

 愛理は思う。彼の横にいたい。本当にそれだけだから、と。

「……ったく、わーったよ。勝手にしろ」
 半ば呆れた口調で播磨が言った。どうせ次の授業までには戻るだろう。
 なぜって彼にとっては彼女が自分に付き合う理由がないからだ。だいたい今この場に彼女がいること自体、播磨には不可解なのだ。
 播磨は寝転んだまま空を見る。
 青い空を、白い雲が漂っていた。
293I don't say:04/09/24 23:35 ID:v.vOGEOU

 そのころ八雲は教室で授業を聞いていた。
 いや、聞いているというのは間違いだろう。絃子――今は数学の授業だ――の声が右の耳から入ってきて、左から抜けていっている。
 手にシャーペンを持っているものの、微動だにしていない。
 彼女は思い出していた。
 屋上で播磨が言った言葉を。
 そして……屋上にいた愛理と播磨のことを……。

『逆に本当だって言っちまったよ……。俺たちは付き合ってるってよ』
 あの言葉には驚いた。誤解は解けているものだと思っていた。
 播磨さんは姉さんのことが好きなのに……。
 少なくとも自分をそういう対象にみていないのは確かだった。もしそうなら彼女には『視える』のだから。
 小さなため息をつく。
 それはあの言葉を聞いた時の自分の想いに対して……。
 ――どうして私は、それを嬉しく思ってしまったのだろう。
 わからない。
 それは真実ではないのに、嘘なのに、播磨さんが好きなのは姉さんなのに、なんで――。
 一瞬でも嬉しく思ってしまったのか。
294Classical名無しさん:04/09/24 23:38 ID:u5dOj1qM
支援?
295I don't say:04/09/24 23:41 ID:v.vOGEOU
 そして愛理と別れた後、彼女も戻っていた、屋上に。
 階段を上がったり下りたりとしばらく悩んでいたのだが、播磨が心配になったから戻った。
 理由はきっとそれだけのはずだと、彼女は自分言い聞かせる。
 愛理は彼女に『あなたは播磨君のことが好きなのよ』と言ったが、八雲はそれがいまいち実感できずにいた。
 たしかに嫌いではないけれど……よくわからない。
 とにかく八雲は屋上には心配だから見に行った。少なくとも本人はそう思っている。
 しかし、彼の横にはすでに先客がいた。言うまでもなく沢近愛理である。
 屋上。そこはいつも八雲と播磨が二人でいた場所。
 それは漫画の打ち合わせだったが、彼女にとってその時間はどんな意味を持っていたのか。何のためだったのか。
 その時間だけは二人だけの秘密。
 だが今では違う。漫画のことは愛理も知った。彼女もアシスタントをやっているのである。
 二人だけの秘密ではなくなってしまった。
 あの時、八雲は屋上にいる愛理と播磨の後姿を呆然と見つめていた。屋上は天満と播磨が話していたときとは違い、不思議な雰囲気だった。
 どこか自然で、どこか険悪で、どこか優しい。
 そしてだからこそ、八雲は二人の前に姿を現すことができなかった。 
 沢近先輩がいるのなら私は行かなくても平気だろう……。そう思い、彼女は屋上へと続く階段をあとにした。

 まだ何も書いていないノートを眺めながら八雲は思う。
 階段を降りていったあのとき、胸がちくりと痛んだのは何故なのだろうか……と。
 どうしても、わからない。

 教室には、チョークが黒板を叩く小気味良い音が響いていた――。

 
....TO BE CONTINUED?
296I don't say:04/09/24 23:44 ID:v.vOGEOU
『I don't say』は以上です。
今回も最後が『続く?』となってますが、これは続けないといけない気がします(笑)
きりがわるいです、はい。むしろ完結できるのかどうか怪しいです。
人物の思考がおかしかったり、無理やりだったりするところが多々ありますがある程度大目に見てください。^^;
ではでは。
297Classical名無しさん:04/09/24 23:52 ID:9xjxKDxg
コンキスタさん途中で書き込んでしまいすいませんでした。

話の方は、今のところ愛理が有利っぽいですね。八雲はまだスタート地点にすら立っていませんし。
続き期待しています。
298Classical名無しさん:04/09/25 01:01 ID:dTZdpGLU
>>242

 今作も堪能させていただきました。個人的にはキスまでで
止めといて、バイクで海から昇る朝日を見に行く展開などの方が
良かったと思います。まぁ前作で最高の景色を2人で見てるんで、かぶっ
ちゃうけれども。
 それと、ちょっと駆け足で行くとこまで行き過ぎたかな〜という感じがしたので
マターリダラダラ展開を期待していた俺としてはちょいと残念です。
ネタが尽きないか心配ですよw これで八雲編はいったん終了ですかね。
あとは倦怠期ぐらいしか書け無そうな気がしますが、それは俺の貧弱な想像力
ゆえでしょうか。スランプにめげずにがんばってくだしゃい。

追伸: エロパロで書かなくとも良いと思います。あっちは同人誌とかと無縁な人生
     を送ってきた俺のような人間にはつらい世界なんで、正直あっちに投下されると
     かなりきっついですわ。まぁ俺の都合でしかないんですが。
     あと、客観的にみてもこの程度なら全然許容範囲かと
 
299thank-ful:04/09/25 01:52 ID:XEokeplk
 きゅきゅきゅ、と紙の上をすべるサインペンの音だけが辺りに響く。紙は答案、サインペンは朱色、
要は採点作業、というヤツだ。テストが終われば、あっさり自堕落な生活に舞い戻る学生――もちろん
全員がそうだとは言わない――とは違い、教師にしてみれば休む暇などはない。
 ただ機械的に正誤を判断する、というのならそれほど難しいことではない。過程など省いて解答さえ
見てしまえばそれまでだ。正正正正誤誤正正。しかし、当然ながらそれでいいはずがあるわけもなく、
そんなことをしていては何の意味もない。点数さえあればいいなら構わないが、理解度を見る、という
その本来の役目に立ち戻れば過程こそが重要。加えて想定してもいないような奇天烈な解答も存在し、
結果採点作業は難航を極め、突き詰めればキリがない。
 もちろん、好きで選んだ仕事なわけで、手を抜くつもりなど欠片もない。結局出来るのはペンを走ら
せることのみ。きゅきゅきゅ、という音は響き続ける。
「ふう……」
 そんな行為も無限に続くわけもなく、最後の一枚に点数を書き入れたところでひとまずの終わりが
告げられる。当然ながら見直しも必要だが、それはまた後日、そう思っているところに。
「お疲れさまでした」
 かけられる声に視線を上げれば、いつものように微笑む葉子の姿。差し出されたその手にはコーヒー
カップがある。ありがとう、とそれを受け取ると、ずいぶん根を詰めてましたね、という言葉が返って
くる。別段、自分としては特別気合を入れていたつもりでもなかったのだが。
300thank-ful:04/09/25 01:53 ID:XEokeplk
「だってほら、もうこんな時間ですよ」
 時計を差し出す代わりに彼女が示したのは窓の外。……成程、確かに空は夕焼けを通り越して宵闇が
既に近い。午前中にテストの最終日を終え、軽い昼食をとってすぐに始めたのを考えると、ざっと五時間
といったところになるだろうか。思いの外集中していたらしい。
「集中……より、むしろなんだか鬼気迫る、っていう感じでしたけど」
 鬼気迫る採点。言葉にすると何やらとんでもないことをしているようで、笑えばいいのか反論すれば
いいのか今一つ分からない。
「今度の日曜日、どこかに行きませんか?」
 そんな益体もないことを考えていると、脈絡もないセリフが投げかけられる。
 脈絡もない?
 わけも言わずに突然押しかけて泊まり込み、そんな様子を見せていた、となればむしろ大有りなんだ
ろう。自分に対して溜息一つ、あとは予定も確認せずにOKの返事を出す。勢い込んで終わらせてしまった
採点、先のやりくりはどうにかなるだろうし、何よりこれ以上心配をかけるわけにもいかない。
 それに。
「それじゃ、楽しみにしてますね」
 そう言って笑う彼女の顔は、嫌いじゃない。
301thank-ful:04/09/25 01:53 ID:XEokeplk


 そして、当日。
 待ち合わせの駅前で、ぼんやりと空を見上げている。絵に描いたような快晴、どこまでも遠く広がる
その空のように、私の心も……などと言えたらいいのだが、なかなか現実は甘くない。
 いつまでもこうしているわけにはいかない、と意を決して帰った自分の部屋。幸い――と言っては彼女
に悪いんだろうが――そこにあったのは拳児君の姿のみ。こちらの苦労も知らず、やっと帰ってきやがった
な、などとのうのうと言ってくれた、その頭の一発でもはたければよかったのだが。
「……ああ」
 などとどうにも腑抜けた返事をしてしまい、アドバンテージを逃してしまったことが未だに悔やまれる。
しかもその宙に浮いたアドバンテージにまったく気づかず、それに乗じることをしない彼の姿にもなんとも
言えない不満を抱いたのだが。
 まあそれはともかくとして、結果戻ってきたのはいつも通りの日常。彼の方にさしたる変化もなく、不審
には思うものの問いただせずに過ぎる時間。どうにも藪蛇な気がしてしまうのだ、理由は分からないが。
こうなってしまうと、何があっても大丈夫だと思っていた過去の自分が恨めしい。あの平然とした態度から
して、特に何事もなかったのは分かるが、それにしたところで――
「……さん、絃子さん?」
 と、そんな声で我に返る。よりにもよって屋外で暴走した思考に引きずられる、というのは情けない限り、
照れ隠しに誤魔化しの、やあ早かったね、という言葉もどこか空回り。続くのは絶賛大バーゲン中の溜息。
「あの……まだやっぱり」
 やっぱり。
 それに続く言葉は大体分かっているので、大丈夫だよと笑ってみせる。若干引きつっているのは自覚しつつ
もなんとか笑ってみせる。校内の噂から転がり込んできたという状況証拠、加えて私自身をよく知る彼女には
おおよその事情の察しはついているはずで、だからこそ気分転換に誘ってくれたはず。なら、それにちゃんと
付き合うのが礼儀、のはず。
「分かりました。それじゃ行きましょうか」
 そんな心の葛藤を察してくれたのか、あくまで普通にそう言って歩き出す葉子。こういうとき、友人という
のはありがたいものだと思う。本当に。
302thank-ful:04/09/25 01:54 ID:XEokeplk


 で。
 向かった先は動物園だった。何故なのか、という問には、
「この辺、近場にあまり何もないじゃないですか」
 それはまあ確かなのだが。
「動物を見てるとイメージ湧いたりしますし」
 創作におけるインスピレーション、であるとか。こういうちゃっかりしている辺りは葉子らしい。
 そして最後に。
「それに、夏休みにいろいろあったらしいじゃないですか、絃子さん」
 矢神神社におけるあの騒動。経緯から顛末まで、その詳細は伏せられているはずだが、どこからか聞きつけた
らしく、思うところもあるでしょう、と言って彼女は笑った。
 世話をしたのはほんの数日、しかも実質ささやかな手伝いに過ぎなかったわけだが、最終的な処遇に関して
手を打ったのは他ならない自分自身。確かに気にならないと言えば嘘になり、忙しさにかまけて訪れることの
なかったその場所に行くのは悪いことではない。
 そんなわけで、現在順路に従って園内を歩いているところになる。記憶の引き出しを開けて、そこにいる動物
たちと照らし合わせていくのはそれなりに楽しい。さすがに一頭一頭の判別はつかなくとも、代わりに誰があの
ときあそこにいたのか、を考える余地が生まれ、それもまたなかなかだ。葉子の方は、時折時計を気にしながら
小さなスケッチブックに鉛筆を走らせていたりする。記憶だけではない、生のイメージ、というヤツだろう。
 そうこうしながら散策は続き、次に控えているのはキリンのコーナー。あのどこか不貞不貞しいような表情を
思い出し、これなら個体を識別出来るかもな、などと思いながら、そちらに目を向けた瞬間。
「絃子さん……?」
 思わず葉子の背に隠れてしまった。そんなことをしてどうにかなるとも思えなかったのだが。
「あの……どうしたんですか、急に」
 だっているじゃないか、あそこに。
「キリンですか?」
303thank-ful:04/09/25 01:54 ID:XEokeplk
 それは当たり前だし、第一どうしてキリンから隠れる必要があるんだ。大体あの高さから見下ろされたら
意味が……じゃない。キリンはいいんだ、別に。柵の前だよ、ほら。見えるだろ……?
「前……? あ、塚本さんですね。塚本さーん!」
 そうだよ彼女……って、どうして呼んでるんだ君は。挨拶くらい? まあそれはそうなんだが、その、なんと
言うかだね、ちょっと今は気まずいと言うか……ああもう!
「こんにちは、刑部先生、笹倉先生」
 まずはこちらも無難に挨拶。さすがにここで取り乱すほど子供じゃない……とは自分で思ってる。大丈夫。
「こんにちは。塚本さんは一人で来たの?」
「あ、はい」
「そっか。それじゃこの後は? 何か用事ある?」
 ちょっと待て、とはさすがに言えない。言えないが、この展開は。
「いえ、特にありませんけど」
「じゃあ休憩ついでにちょっとお話しない?」
 いいですよね、とこちらに向けられる視線。思い切り逃げ出したい気分になったが、遅かれ早かれいつかは、
と思っていたことでもある。返すべきは了承の頷き、だ。
「私も構いません」
 そう答えた彼女とほんの一瞬目があって――すぐにそらしてしまった自分に、また溜息。
304thank-ful:04/09/25 01:57 ID:XEokeplk


「それじゃどうぞ」
 立ち話もなんだ、ということで、移動したのは軽食も取れる園内のカフェ。昼下がりにもいささか遅い時間帯
ともなればある程度の空きもあり、すんなりとテラスの一席を確保する。注文した飲み物を前に、葉子が発した
第一声が先のそれである。
「話があるのはお二人の方だと思いますよ、きっと」
 思わず彼女――八雲君と顔を見合わせてしまう。確かにまったくもってその通りであり、否定のしようがない。
彼女にしてもそのようで、そうですね、と小さく返事。
 さて、となると。何から話したものか、と考えて、まずは拳児君が私についてどう説明したのかを訊いてみる。
「その……『俺のイトコ』って……」
 絶妙に誤解を招きそうな表現。忍び笑いをもらしている葉子の姿が見えた気もしたが、とりあえずそちらは
見なかったことにする。
「……それで、あの、私」
 言葉に詰まり、加えて心なしか赤くなったその表情に、完全に頭を抱える。それはそんな言い方をされれば
十中八九勘違いもするだろう。そもそも、教師と生徒が同居している時点でおかしいのだ、普通は。
 ともあれ、最初の議題は見つかった。まずはそこから、だ。誰かさんの二の轍を踏まないように、慎重に。
305thank-ful:04/09/25 01:57 ID:XEokeplk


「そうだったんですか……」
 どうやら分かってもらえたらしく、久しぶりに安堵の溜息。もっとも、よくよく考えればそんなに複雑な説明を
要することでもなかったりするのだが。
「あの、それならどうしてお二人は一緒に……?」
 なかなか難しい質問がきた。この状況に至る経緯、そこにはずいぶんと話すべきことがある。あまり口外する
わけにも、と思い、いろいろとね、とだけ答えておく。そういう機会があれば、ちゃんと話すのもいいと思うけれど。
「そうですか」
 余計なことをお訊きしました、と頭を下げる彼女。そんなことはない、そう声をかけてから、こんなところかな、
と切り上げる準備にかかる。
「塚本さんの方はいいのかな?」
 と、それまで静かに訊いていた葉子が口を開く。私としては何事もなかったと思っているし、あまりプライベート
なことであれば聞くわけにもいかないのだが、とその旨を伝えてみたが、彼女の方もお話しておきます、と引かない。
それなら、と聞くことにしたのだが。
「マンガを描いてました」
 拳児君がマンガを描いていることは知っているし、初日の様子は知っていたのでそのことかと思っていたら。
「……ずっと、です」
 ずっと、ときた。
 部屋に女の子を連れ込んで何をしていたかと思えば、ただただずっとマンガを描いていた。
 笑い話にもならないような笑い話、そんな現実に不思議と笑いがこみ上げてくる。
「刑部先生……?」
「いいんだよ、塚本さん。多分喜んでるだけだから」
 そんな葉子の小声の会話が耳に入る。
 喜ぶ。
 そうなんだろうか、と考えても自分自身に分かるわけでもなし。ただ、笑うこと自体が本当に久しぶりな気がして、
ずいぶんと気が楽になったのは確かだと、そう思った。
306thank-ful:04/09/25 01:58 ID:XEokeplk

「今日はお世話になりました」
 これといって何をしたわけでもないのに、そう言って頭を下げる彼女。容姿はともかく、クラスや学年を越えて
惹かれる人間が多いのも分かる気がする。
「いいえ、こちらこそ。それじゃ、また明日学校で」
「はい、それでは」
 最後にもう一度だけ小さく会釈をして、彼女は去っていき、緩やかに射してくる夕陽の光の中にその後ろ姿が
ゆっくりと消えていく。
「これで少しは落ち着きました?」
 すっかりそれが見えなくなってから、悪戯っぽく囁く葉子。その様子に、今日は一体どこからどこまでが彼女の
仕込みだったのか、を訊こうかと思ってしまったが、やめておく。
 代わりに呟いたのは、もっと別なこと――塚本君について、だ。なんでもなかった、ただマンガを描いていただけ
だった、そう言って拳児君のことを話していたときの彼女の瞳。それはもしかすると――
「『恋する瞳』、かもしれませんね」
 自分一人の思い過ごしではなかったらしく、あっさりと葉子も肯定する。
「まだまだ気がつかないてないみたいでしたけど、ね」
 気持ちなんて以外とあやふやなもの。そうそう自分じゃ気づけない。
「ええ、そうですね。私の近くにもそんな人がいますけど、全然気がつかないみたいです」
 意味深な視線をこちらに向けてくるが、あえて無視。きっとそれは。
「あ、ごめんなさい。その人はですね、『恋する瞳』よりはむしろ……そう、『娘を嫁に出す父親の顔』、って
 言った方がいいかもしれません」
 ほら、やっぱり。聞こえない聞こえない、何も聞こえない。
「どうかしました? 別に私、誰のこととも言ってませんけど」
 ああ、まったく。どうしてこういうときばかり、とさすがに向き直って口を開きかける。
 と。
「やっと少し元気が出たみたいですね。絃子さんはそれくらいがちょうどいいんです」
 それをかわすようにして、葉子は微笑む。
 ――そして、そんな風にされてしまえば、何も言い返せないわけで。
 結局この愛すべき友人に自分が勝てる日は一生来ないんだろう、なんて思いながら。
「ありがとう、葉子」
 いつものように、その言葉を口にした。
307Classical名無しさん:04/09/25 07:31 ID:b6K0qMQc
支援?
308Classical名無しさん:04/09/25 09:50 ID:LNAWTILk
支援で良いのか……な?
309Classical名無しさん :04/09/25 10:13 ID:dj.kZBCQ
終わり? 支援? どっちだろう
310Classical名無しさん:04/09/25 15:40 ID:x3k.6kqg
>>296
GJ!
盛り上がってきた感じですね。
播磨の心理描写が良かったと思います。
もう続きが気になって気になって…
311辛口批評家(愛ゆえに):04/09/25 20:50 ID:iMoqJx3M
>>299
 乙です。俺のイトコの誤解解き話ですね。ちょっと苦言を呈させて
いただくと、ぎっちり文章がつまっているので、読みずらく感じましたね。
 >>212のSSの空白の使い方を参考にしてみてはいかがかと。

 あと、他のSSと比べても、なんでか、文章のリズムが悪いような感じ
がします。ちょっとなんでかまでは俺には分析できないのですが、
空白の少なさと相まって、読みずらく話に没頭しずらい作品だと感じました。

 否定的な意見が多かったかもしれませんが、参考までに。 
312辛口批評家辛口批評(哀ゆえに):04/09/25 22:09 ID:huYJn5XQ
読みずらい→読みづらい
没頭しずらい→没頭しづらい

後は、
なんでか→何故か、どうしてか 
などの表現に変えたほうがよろしいかと。
313Classical名無しさん:04/09/25 22:47 ID:0JMQDyuA
結局、『thank-ful』は終わりでFA?
314Classical名無しさん:04/09/25 23:05 ID:5F1XxP0.
>>312
ネタにしろ、2ちゃんでそんな椰子がいるとは驚いたw
315Classical名無しさん:04/09/26 00:21 ID:cKjJh/uQ
コンキスタ氏GJ!
是非続きを読みたい展開です
しかしさすがに土日は人少ないね
316Classical名無しさん:04/09/26 09:45 ID:lXiF1/ik
そうだ。続けて作品がきたので流れてしまいました。
コンキスタ氏GJ!

愛理のすぐに否定する所が良いですね。
続き期待しています。
317風見鶏:04/09/26 10:21 ID:WRaS1SU6
些細な諍い。だから原因も思い出せない。
    (・・・なんで、こうなのかしらね。)
本当に些細な事から始まったはずだ。それが二人の間を行きかう度に、大きく、大きく、膨らんできて
最後には・・・・。
    (なんで・・・こうなるのよ。)
相手が悪い。だけどそう考える自分は、ひょっとするともっと悪いのかもしれない。
言い過ぎたかなと後悔しそれが心を深く沈めた。ひどく居たたまれない気持ちになり顔を俯ける。
      カタ   カタ   カタ
音が鳴り、その方へ顔を向けた。仰ぐようにして視るその先には、風見鶏が一対。
黒と黄に目を染められた二羽が風上へと顔向けている。
向かい合う事のない風見鶏。交わる事のない黒と黄。
    (・・・なんなのよ・・・。)
理不尽だ。なんでこんな事で哀しくなるのか。なんでこんなに切なくなるのか。
出会う事のない二羽を視ながら、さらに心深く沈むのを感じる。顔が俯き目がそれる。
     カタ   カタ   カタ
また、音が鳴る。けれど顔を上げる気にはなれない。どうせさっきと同じ。これからもずっと同じ。
      「・・・よう。」
突然の声に驚き、声の主を見てまた驚く。黒く染まった眼を見た。
      「なんだ・・・、その・・・、さっきは言い過ぎた。すまん。」
         「・・・私の方こそ、ごめん。」
言えた安堵が心を浮かび上がらせる。喜びが哀しみを、うれしさが切なさを払拭する。
気持ちが晴れ上がり顔を上げる。すると向かい合う二羽が見えた。
出会う二羽。向かい合う二人。交わる黒と黄、一組づつ。
318Classical名無しさん:04/09/26 16:48 ID:Fg7xyMLA
みなさん乙です。
個別に感想つけれなくてスマソ。
319コンキスタ:04/09/27 12:34 ID:piO2Pc0E
ども。コンキスタです。皆様いつも感想ありがとうございます。
>>297
 いえ、しかたないのであまりお気になさらずに。^^;
 続きを期待していただけるのは本当に嬉しいです。

>>310
 ありがとうございます。播磨の心理は一応4話の肝だったのでそう言ってもらえると幸いです^^;

>>315
 これから続きを投下しますので、そちらもよろしくお願いします。

>>316
 愛理はなるべく気をつけて書いているつもりなのでうれしいです。ただ八雲が難しい……。

 では投下します。
 前スレ
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/329-345n 『Be glad』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/479-493n 『True smile』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/521-535n 『True smile -2』

 現行スレ
 >>281-295 『I don't say』

 それでは第5話。

 『Escapes from himself』
320Escapes from himself:04/09/27 12:35 ID:piO2Pc0E
 『Escapes from himself』


 周囲にチャイムが鳴り響く。結局、二人は屋上で一時限目を完全にサボってしまった。
 しかし、一向に愛理は教室に戻る素振りを見せない。
「おい、戻らねえのか? 次の授業始まるぞ」
「播磨君が戻るのなら戻るわよ」
「なんだそりゃ」
「言葉どおりの意味だけど?」
 二人は視線を合わせないままそんな会話をする。
 愛理は悩んでいた。「諦めるの?」と聞いていいのだろうか、と。
 しかし、これで天満を諦めてくれたら自分にとっては好都合じゃないのという気持ちと
彼の一途な想いがこんな形で終わっていいのかという気持ちが天秤にのり、揺れている。
 愛理が頭を抱えていると、突然播磨が体を起こし、立ち上がった。
「あ、ちょっと……」
「戻んだよ、教室に。ま、どーせ授業はほとんどわかんねーけどな。お嬢はあとから来い。変な噂立てられたくねーだろ」
 教室にいる人から見れば来ていたはずの二人がいないのだから、もう手遅れのような気もする。
 出口に向かいながら播磨は軽く手を振る。あの様子だと本当に戻るようだ。
 消えて行く彼の背中を見送ったあと、愛理は座ったまま空を眺めてつぶやいた。
「変な噂……か」
 私にとっては変でもなんでもないのだけど……。ホント、鈍感よね播磨君って。
 とは言っても彼女自身これ以上どうしろというんだと思う次第であった。
 たいていの男なら少しぐらい気になるようになるはずなのだが、そうならないが故に播磨は播磨なのであろう。
 青空の下。もう慣れたとはいえ、愛理はため息をつかずにはいられなかった。
321Escapes from himself:04/09/27 12:37 ID:piO2Pc0E

 放課後。八雲とサラは帰路を同じくしていた。
「そうだ、八雲」
「何……?」
「えーと、その、ね?」
 珍しく妙に歯切れの悪いサラに首を傾げる八雲。少しサラの顔が赤いような気もする。
「うー、こほん。こんなこと聞いていいのか分からないけど、播磨先輩の家に泊まったって本当?」
「え……えと……う、うん……」
 どこで聞いたのだろうと不思議に思いながらも八雲は首を縦に振った。
「わ、ほんとなんだ!? じゃあ、播磨先輩とはうまくいってるんだね」
「わ……わたしと播磨さんは別に……」
 満面の笑みのサラに、顔を真っ赤に染めて八雲が言う。
「あれ、付き合ってるんじゃないの?」
「それは、ち――」
 ――違う。
 そう言うはずだった口はそこで止まってしまった。八雲は何故かしっかり否定することができなかった。
「え、違うの?」
 きょとんとした顔でサラが聞いてくる。きっと他意はない。純粋な疑問なのだろう。
 だが、八雲はすぐにその疑問に答えることができなかった。
322Escapes from himself:04/09/27 12:38 ID:piO2Pc0E
「ぁ……」
 ――違う。
 私と播磨さんは付き合っていない。だって播磨さんの好きな人は姉さんなのだから。
 もちろん播磨さんのことは嫌いじゃない。不器用だけど優しいし、動物にも好かれるし、真剣だし、優しいし……。
 だから私は播磨さんのことが嫌いじゃない。
 ――違う。
 なのに、どうしてこんなにも否定するのが辛いのだろう。
 たった三回わずかに唇を動かして、たった三回はっきり声を出せばいいだけなのに。一息で言えてしまう否定の言葉が何故言えないのだろう。
 遠慮する必要はない。播磨さんも誤解を解きたがっていた。だったら私が解かないと、播磨さんに迷惑がかかる。
 私は播磨さんが嫌いではないのだから、ここでしっかり言わないでイジワルする必要はない。
 ――違う。
 でもそれなら私は……なんで今まで解こうとしなかったのだろうか。
 たしかに言おうとはしていた。だけど決して本気で誤解を解こうとはしていなかった。
 なんでだろう?

 …………ああ、そうか。

 ――違う。
 そう、違う……。ただ私が気づかなかっただけなんだ。ずっと前から知っていたのに、知らないふりをしていただけなんだ。
 私は、播磨さんのことが『嫌いではない』のではなく。

 ――――好き、なんだ。
323Escapes from himself:04/09/27 12:40 ID:piO2Pc0E
 この想いに気づいたことにあまり驚きはない。本当はずっと前からわかっていたから。
 私は播磨さんが好きだ。
 もう一度その気持ちを噛みしめ、八雲はゆっくりと唇を動かす。
「私と播磨さんは――」
 だけど――。
「つ……」
 そこでまた言葉がのどにひっかかる。だけど言わなくては。
「付き合って……ない」
 八雲は言った。
 それは彼の気持ちも、自分の気持ちも、全て理解した上での否定の言葉だった。
「……ほんとに?」
「うん……播磨さんの家に泊まったのも手伝いのためなの……だから、全部誤解。私と播磨さんは……付き合ってない」
 それを聞いたサラは『何の手伝い?』と聞くことはしなかった。八雲が今言わなかった時点で何か言えない事情があるのだろうと思ったからだ。
「そっか……。あ……ご、ごめん八雲!」
「サラ……?」
「私も八雲の話し聞かないで勝手に盛り上げちゃって……ごめん!」
 立ち止まり、人目も気にせず思い切り頭を下げるサラ。周囲の目を引くのは当然だ。おろおろと八雲があわてた。
「い、いいから……サラ」
 それを聞き、サラは頭を上げた。かなり落ち込んでいる。こういう状態をしょぼんとしているというのだろうと八雲は思った。
「ほんとにごめんね、八雲……」
「もういいから……」
 二人は再び歩き出した。
 その後はサラもいつもの調子に戻ったが、どこか雰囲気が違った。親友の話しをちゃんと聞かなかった自分が許せなかったのだ。
 歩きながら、八雲が言った。
「あの……サラは好きな人、いる……?」
「え、私? うーん、いない……のかな」
 一瞬同じバイトをしている先輩が頭に浮かんでしまったのは内緒だ。
 そのときサラは思った。今、好きな人がいることを否定することに少し抵抗があった。なら、さっきの八雲はどうだったのか。
「ねえ、八雲……。付き合ってないのはわかったけど、八雲って……播磨さんのこと――」
「うん、好きだよ……」
 意外な反応。『好きだと思う』ではなく『好き』。
 うつむき答えた八雲の横顔に、サラの瞳は釘付けになった。
324Escapes from himself:04/09/27 12:47 ID:piO2Pc0E

 …………。
 2−Cの教室は夕焼けで赤く染まっていた。
 もう学校にはあまり人間がいないだろう。その中で彼は自分の席に座り続けていた。
 窓の外を見る。空が赤い。
 そのまま視線を少し落とし、彼女の席を播磨は見た。胸が、しめつけられる。
「けっ。情けねえな、おい」
 自分を嘲り、机から視線を反らす。
 適当に消された黒板。適当に並んでいる席。なにもかもがどうでもいい。
「学校……やめっかな」
 播磨はつぶやく。もともと天満のためだけに入ってきたようなものだ。
 誤解を解くことのできなかった今でも天満に会えなくなるわけではないが、見るたびに辛い気持ちに襲われるのは勘弁だった。
 今日一日でこの様だ。何日も続けられるわけがない。
 だったら辞めれば楽だろう。馬鹿な俺にでもわかるぜと播磨は再び自分を嘲った。
 そのときガラリと音を立て、教室のドアが開いた。彼は顔だけそちらに向ける。
「まだ、いたんだ……」
 屋上のときと似たような雰囲気。沢近愛理が立っていた。
「お嬢か。お前もまだ学校いたのかよ」
「……少し用事があったのよ」
 嘘だった。
 用事があったのは嘘ではないが、そんなものとっくに終わっている。
 一度は家に帰ったものの、どうしても彼のことが気になった。そして気づけば学校に向けて歩き出していた。
 もしこれを偶然と言うならば、彼がまだ残っていたことを偶然と言うのだろう。
 愛理は静かにドアを閉めるとそのまま夕焼けに染まる教室を歩き、播磨の横の机、つまり天満の机に腰掛けた。
「んだよ……」
「……別に。なんとなくよ」
「屋上のときもそれだったじゃねえか……」
 再び沈黙が訪れる。
 播磨はサングラス越しにちらりと愛理を見た。
 夕焼けをバックに、物憂げな表情でうつむいているブロンドの少女。
 不覚にも、綺麗だなと思ってしまった。
325Escapes from himself:04/09/27 12:47 ID:piO2Pc0E
「俺……学校やめるかもしんねーわ」
 気づけば彼は言っていた。
「……なんで?」
「この学校入ったのだって天満ちゃんのためだったんだぜ?」
 ――俺、なんでこんなことしゃべってんだ?
「そう……そんな前からアンタって天満のこと……」
 愛理は言う。少し、悲しそうだった。
「まあな。でもこんなことになっちまったら彼女を見るのが辛くてよ。だからいっそ辞めちまおうかって――」
「ダメよ」
「は?」
 あまりにもはっきりとした愛理の口調に思わず間抜けな声を上げる播磨。彼女はしっかり彼を見つめていた。
「なんでだよ。俺の勝手だろうが」
「なんでもよ。絶対にダメ」
 あまりにも無茶苦茶な理由に播磨は呆れるしかなかった。屋上のときは『私の勝手でしょ』だとか言ってくせに……。
「……おめえ、ほんとに自己中だな」
「うっさいわね。少しは自覚あるんだからやめてよ」
「はは……」
 笑った。それは小さな笑いだったが、今の彼にとっては笑うなど有り得ないことだった。
 いつのまにか少し楽になってる自分がいることに彼は気づいた。
 ――本当にお嬢には調子を狂わされるな、ちくしょう。
 だが、楽になったといっても少しは少し。一瞬は一瞬。すぐに深い絶望が彼を襲う。
「ま、辞めようが辞めまいがお前には関係ねーだろ」
 ――それなら俺はなんで話してるんだ? 別にコイツに言う必要はねえだろう?
「……あるわよ、バカ」
 愛理のその言葉は息だけで声になっておらず、播磨は聞き取ることができない。ここで『好きだから』と言えない自分の臆病さに彼女は嫌気がさした。
「あん?」
「な、なんでもない!」
「なに怒ってんだよ。ったく……」
 播磨は席を立つ。きっと帰るのだろう。去っていこうとする彼の背中に愛理は語りかけた。
「ねえ、学校は……」
「さあな」
 素っ気無くそう言って、彼はドアに向かって歩き出した。
326Escapes from himself:04/09/27 12:50 ID:piO2Pc0E
 行ってしまう……。このままでは彼が行ってしまう。
 今何も言わなかったらもう彼に会うこともないんじゃないかという不安。それが彼女を苦しませる。
 しかし彼女は臆病で、プライドが高い。素直に自分の気持ちを言うことができない。
 そんなくだらないプライドを捨てられない自分がひどくなさけない。
 播磨がドアのところまで行き、手をかけたところで愛理は言った。

「逃げるの?」

 ぴたりと、播磨の動きが止まった。
 結局出てきたのはいつもみたいな挑発的な言葉。かわいげもなにもあったものじゃない。
 だが、その言葉は播磨にとって胸に刺さるものがあった。
327Escapes from himself:04/09/27 12:52 ID:piO2Pc0E
 もう一度、愛理は言った。
「ねえ、逃げるの?」
 それは果たして何からか。
 愛理といるこの教室からか。
 もう来る必要がない学校からか。
 それとも一心に想いを向けた天満からか。
 どれも違う。
 それはそう――自分の想いそのものから。
 彼は自らの想いから逃げようとしているのだと、彼女は言った。
 愛理自身なんでこんなことを言っているのかわからない。天満を諦めてくれれば自分にもチャンスがあるかもしれないのに。
 だが、彼を引き止めるにはそれしか思いつかなかったのだろう。
 自分では引き止めることができない。愛理にはそれがわかっている。自分が行かないでと言っても彼はきっと去ってしまうのだと。
 だからなのか、気づけばそう言っていた。
 それに、何故か愛理は彼に諦めてほしくなかった。
 一人の人を想う気持ちは私もわかっているから、私も諦めないから……だから貴方も……。
 きっと、そういう播磨拳児を好きになったからなのだろう。

 播磨は動かない。手を教室のドアにかけたまま、微動だにしない。
 愛理は口を開く。核心に触れようと――。彼が何から逃げようとしているのかはっきりと言おうとした。 
「播磨君言ってたじゃない! 自分の想いも告げずに諦められるのかって私に聞いたじゃないの! なのに言った本人が――――」

「しょーがねえんだよっ!!」
328Escapes from himself:04/09/27 12:53 ID:piO2Pc0E
 播磨が吼え、愛理の言葉がかき消された。夕焼けに染まる教室で、一瞬だけ時間が止まった。
 彼は言葉を吐き出し続ける。
「妹さんとのことは全部誤解だって言うのか!? 俺が……俺が本当に好きなのは天満ちゃんなんだって言うのか!?」
 愛理に背を向けたまま、悲しみも吐き出すかのように……。
「そんなこと……! 今さら、言えるかよ……。言ったら天満ちゃん、悲しむだろ?」
「そ、そうかもしれないけどっ……!」
「見たくねえんだ、俺は。天満ちゃんが悲しむところをよ……」
 沈黙が教室を覆った。愛理はそれ以上言葉をかけることができず、播磨はかすかに肩を震わせていた。
 数秒にも満たない沈黙は果てしなく長く思え、その中で愛理はどうすることもできない自分の無力さを悲しく思う。
 結局、彼にとって自分は価値のない人間なのだと思ってしまう。引き止めることすらできない。
 ――私じゃ、だめなのかな……。
 言葉にできない彼女の想い。胸が、苦しい。彼の後姿すら見ることができず、下を向くことしかできなかった。
329Escapes from himself:04/09/27 12:54 ID:piO2Pc0E
「ま、みんな俺がわりいんだ。勇気がなかった、臆病だった、馬鹿すぎた……自業自得だぜ」
 播磨は両手を自分の顔にもっていき、トレードマークであったサングラスをはずした。
 もう必要ない……。
 握りつぶして壊そうかとも考えたが、思い直し胸ポケットにそっとしまった。
 彼は静かに愛理に顔を向ける。
 振り返った播磨の顔は、笑顔だった。しかし愛理はそれを見ようとしない。悲しすぎる笑顔だったから……。
「いきなり怒鳴っちまって悪いな、お嬢。お前は悪くねえのに……どうかしてるぜ、まったく」
 そして「じゃあな」と言い残し、播磨はドアを開けて教室を去っていった。
 明日も学校で会えるだろうか。愛理は思う。次の日も、その次の日も会えるだろうかと。
 ……会いたい。
 一人残された愛理は自分の座っている、天満の机に目を向ける。
「ほんと……うらやましいわ」
 彼女は寂しげに机をなでる。その時ふと、それが目に入った。
「……あら?」
 教科書とノートが一冊ずつ、机の中から少しはみだしていた。愛理は体を傾け、それを手に取る。
 どうやら入れっぱなしで忘れていったらしい。
「まあ、明日も学校だし。いいわよね、別に」
 軽く教科書をぱらぱらめくると、愛理は教科書を机の中に戻した。
 愛理は机から降り、立ち上がると帰るために歩いていく。ドアを過ぎたところでもう一度振り返り、天満の机を見つめた。
 そして小さく息を吐くと、うつむきながら教室のドアをゆっくり閉めた。
330Escapes from himself:04/09/27 12:55 ID:piO2Pc0E


「あ、姉さん。おかえりなさい……」
 日が暮れかけた頃、八雲は夕飯の準備をしていた。すると先ほどまで出かけていた姉が台所に顔を出した。
 しかし、どうも様子がおかしい。
 現れた天満は少しうつろな表情で八雲には目も止めず、冷蔵庫を開け、牛乳を取り出すと手近にあったコップについだ。
 それを一気に飲み干す。
「姉さん?」
「……」
 牛乳を飲み終えた彼女はふらふらと、おぼつかない足取りで台所を去っていった。
 どうしたのだろうか。八雲は首を傾げる。
「忘れ物……見つからなかったのかな?」
 まさかそれぐらいで、と思いながら八雲はつぶやいた。


....TO BE CONTINUED?

331Classical名無しさん:04/09/27 13:11 ID:06sEpZoQ
リアルタイムで読ませて頂きました。
とにかく面白い!
描写も引き込まれるようですよ。どんどん上達されてるような希ガス。
三人の想いはこれからどうなっていくのか、
とても楽しみに次を待ちたいと思います。GJ!!
332Escapes from himself:04/09/27 13:18 ID:piO2Pc0E
第5話『Escapes from himself』は以上です。(連投にひっかかりましたw)
4話を書いた時点でここまでは構想があったので、この話しは『I don't say』の後半です。
このあとは……どうなるのでしょう。なんか終わりが見えません。^^;
だんだん収拾がつかなくなっているような、と思う次第です。
とにかく次回第6話の投下(いつになるかわかりませんが)のときもよろしくお願いします。
ではでは。
333Classical名無しさん :04/09/27 14:40 ID:X2RGZNNY
GJでした。 この後の展開が楽しみです。 二人の会話を天馬がどう受け止めたのかが鍵ですね。
334Classical名無しさん:04/09/27 16:52 ID:Oct8oM1Y
>>332
GJ!
播磨に徐々に変化の兆しが見られますね。
八雲と沢近はそれ以上の成長をみせていますが。
いや、素直に面白かったです。
お子様ランチSSマンセーということで、GJ!
335Classical名無しさん :04/09/27 16:56 ID:X2RGZNNY
あ、天満の名前間違えた OTZ
336Classical名無しさん:04/09/27 21:11 ID:UDO9y9Js
コンキスタ氏、GJ!
>「い、いいから……サラ」
の所と
>「……あるわよ、バカ」
の所が好きです。言葉で表せないんですが、良いなあと思いました。
次回作、楽しみです♪
337Classical名無しさん:04/09/27 21:13 ID:9ORUtOS2
これヒロインはお嬢ですよね?
いずれにせよGJ!
338Classical名無しさん:04/09/27 21:21 ID:vRdx0RJo
>>334
煽り抜きにどこがどうお子様ランチSSなのかを
真剣に訊いてみたいのですが
339氷の鎖:04/09/27 23:00 ID:UDO9y9Js
ええと、小説書きました。
偶然に挿絵として良いのがあったので紹介。
第二絵版 No.425 雨の日 byゆうゆう

題名は、『ぬらり雨』です。
340ぬらり雨:04/09/27 23:01 ID:UDO9y9Js

 雨がシトシト。コンクリートを濡らしていく。
 下駄箱は風を呑み込む。そして彼女たちを包み込んでいた。
 沢近愛理は吹き荒れる風からスカートを抑えた。右手には履き替えた上履きを握り
しめている。奥に居る彼女たちに目線を合わせる。
 風でブロンドのツインテールが幾度も揺れた。
 彼女の目の前には、播磨拳児と塚本八雲が顔を合わせていた。
 困り顔の播磨に、顔を赤くしている八雲。
「あ、あなた……」
「せ、先輩……」
 八雲は傘を握り直した。手前に彼女は戻す。
「あれ、お嬢じゃんか……ど、どうかしたか?」
 播磨は慌てて原稿を隠す。
 彼から笑顔が消えたのが腹立つ。
 愛理は唐突に播磨に近づくと、傘を差し出す。
 頬が緩むのを必死でこらえる。
「入りなさい」
 愛理は言った。
「もう一度言うわ……入れてあげるから入りなさい」
 八雲は出かかっていた言葉を呑み込む。
 愛理の凄みにビビル播磨。
「ああ、わ〜ったよ。入るから」
 彼のその様子に満足すると、彼女は八雲に言った。
「あなた……なにぐずぐずしてるの? 早く帰りましょ」
341ぬらり雨:04/09/27 23:02 ID:UDO9y9Js

 八雲はオロオロする。
「おい、お嬢」
「なに?」
 愛理は播磨に迫る。
 播磨は、押し黙った。
 満足する彼女。しかし、内心はいつもの自分を嫉妬している。
 嫌なヤツなのに。
 八雲は播磨を見つめている。
 それを見て愛理は、彼女が恋をしているのを確信した。
 でも、黙っているのは嫌だ。
 愛理はいつもの、恋を冷やかす自分でいたい。
「少し前のお返しだし、気にしないでよ。まったく」
「ああ、わかったから」
 播磨は案外、簡単に納得して、調子がずれてしまう。
 雨の中に三人は出た。
 周囲が騒がしい。
 灰色の雲が、目に映る。
「あ、あの……」
 八雲は口を開いた。
 彼女を覆う、不安の影。
「なあに?」
 愛理は答えた。
「は、播磨さん……とはどういうご関係で?」
「それはもちろん」
342ぬらり雨:04/09/27 23:04 ID:UDO9y9Js

「ああ? タダのクラスメイトだよ」
 愛理は播磨から傘をずらす。
「うわあ」
 慌てて彼は彼女の横に立つ。
「そうよ、タダのクラスメイト」
「そ、そうですか」
 顔を赤くしながら、八雲は彼の横に付いた。
「あ、あの……仲が良いですね……」
「なっ……い、妹さん?」
「こ、このヒゲと?」
 愛理はそっぽを向いた。
「んなわけない。 こんな女と……ゴメンナサイ」
「こんなおんなぁ? ……そうね。ただ今日は話しているだけ」
 播磨は彼女の足をかわそうとするが、愛理の足は容赦なく襲いかかる。
「あっ……あっ」
「ど、ドウカシマシタカ、お嬢様」
 黒く光るリムジンだった。
「お、お父様!」
 愛理は立ち止まった。
「……友達と帰っている所だったか……邪魔してすまなかった」
 愛理は苦笑しつつ言った。
「い、いえ別に。そんなこと」
 しかし彼女はまんざらでもない。
「そうか……楽しそうだね……愛理」
343ぬらり雨:04/09/27 23:06 ID:UDO9y9Js

「そ、そんなことは……」
 愛理は慌てて否定する。
「……中村は呼べばすぐ来る……」
「ええ、でも……」
「今日はゆっくりしていきなさい」
「お父様?」
「お嬢……ここで別れるか? お邪魔みたいだし。俺たちなら大丈夫だし……お、お嬢?」
「先輩……」
 八雲は言った。
「だからお嬢……」
「ううん。大丈夫だから……」
 愛理は言葉を遮った。
「先輩?」
 播磨は八雲の傘に移ろうとして、愛理に手を捕まれた。
「お、お嬢? 気にするなよ。俺たちは大丈夫だから」
「お、お父様……ちょっと忘れ物したみたい」
 愛理は自分の言葉に驚く。口から出た言葉は動揺の言葉
「と、取ってくるから……だから待ってて!」
「お、おい」
「先輩!」
 愛理は気付いたときには走っていた。
 傘が投げ捨てられる。
 コンクリートには主人がいない傘。彼はそれを拾い上げる。
「……播磨君だったかね」
344ぬらり雨:04/09/27 23:08 ID:UDO9y9Js

「? ……はい」
「そして……八雲君だったかね」
「……! は、はい」
 八雲は頷いた。
「追いかけてくれるかな……新たな仕事が入った」
 播磨は傘を握りしめる。
「し、仕事って……おい」
「播磨さん……沢近さんが……」
 八雲の目線を播磨は追う。
 そして播磨は彼女の目を見つめ、頷いた。
「二手に別れよう……妹さんはあそこの十字路の右。俺は左」
「……は! はい」
 二人を追う姿を、彼は窓越しに確認した。

 十字路を進んだ先に、塚本天満が居る。可愛い傘が目立つ。
 誰かを捜しているようだ。
 八雲は彼女に近づいた。
「ね……姉さん」
 天満はもう片方に望遠鏡を持っている。
「あ、れ〜。可笑しいな。八雲、烏丸君を見なかった?」
「う……ううん」
 八雲は首を横に振った。
 彼女は望遠鏡に自然と目がいく。。
「そう、う〜ん」
345ぬらり雨:04/09/27 23:12 ID:UDO9y9Js

 天満は望遠鏡を覗いては、悩む。
「う〜ん? 覗いてもなにも見えない……」
 八雲は望遠鏡を逆から覗いていることを教えようか少し迷う。
「ね、姉さん。それは違……」
「え、なあに八雲?」
 屈託のない笑顔が障害になる。
「ううん。なんでもない」
「ふ〜ん。烏丸くん! どこ〜〜?」
 天満は傘を片手に走り回る。
「ね、姉さん……沢近さん見なかった?」
「愛理ちゃん? ……ええとね。確かあっち行ったよ」
「あ、ありがと……姉さん」
 彼女は突き当たりをさらに進んでいった。
「愛理ちゃんをよろしくねえ!」
 天満は抱えて歩く。
「ふ♪ ふふふ〜ん♪」
 彼女は上機嫌だった。
 八雲が進んだ道を、途中で左へ曲がる。
「ああ!」
 彼女は言った。
「あれ〜。もしかしたらこっちだったかも……」
 首を傾げた。
「まあ、八雲なら大丈夫か!」
 鼻歌まじりに彼女はスキップする。
346ぬらり雨:04/09/27 23:14 ID:UDO9y9Js

「ふふふ〜ん♪ ふふ♪ 烏丸く〜ん!」
「て、天……塚本!」
 播磨が向かってきた。
 彼女はそれに応え、手を振る。
 播磨もそれに応えた。
「播磨君……どうかした?」
「え、ええとだな……お嬢見なかったか?」
「あ、それねそれね。……あっちだよ!」
 播磨はわざとらしく咳きをする。
「つ、塚本」
「なあに? 播磨くん」
 天満は愛らしい笑顔を見せた。
「じ、実はな……いや塚本……ありがとな……それじゃ」
「うん」
 播磨は走っていった。
「バイバーイ」

 愛理は雨に打たれていた。
 顔を上げずに、地面を見つめる。
 大きな石と小さな石三つ。
 ベンチが冷たい。
 それよりも冷たいのは心。
「…………」
 お父様の久しぶりの食事は嬉しい。
347ぬらり雨:04/09/27 23:16 ID:UDO9y9Js

 でも。
 心によぎるのは、不安の陽炎。消えては寂しさが残っていく。最初からない方が良かったのかもしれない。
 でもせめて、あいつから見えない所で……泣きたい。
 比べたことと。迷ってしまったこと。

 でもアイツって、だれよ!

 よぎる影。
 それを知っている。私の隣に居た人。
 でも認めたくない。
 なぜ?
 嫌だから。
「寒い……」

 時間が過ぎ去っていく。
 公園のライトがぼわっと空に浮かんだ。

 ザッ――

 播磨君かな?
 雨が柔らかくなった気がした。
「あ、あの……先輩……」
 八雲は傘を少し前に出す。
348ぬらり雨:04/09/27 23:16 ID:UDO9y9Js

「……へえ、あなた……来てくれたのね。ふふ、ありがと」
 愛理は俯いたまま言った
「え、ええと。私は……」
「なあに?」
「今の先輩……好きではありません」
「……そう」
 愛理は言った。
「そうよね。ありがと」
「先輩……」
 八雲の呼びかけには応えなかった。
「お嬢……来たぞ」
「え?」
 愛理は顔を上げた。
 播磨が歩いてくる。。
「なによ……なんか用?」
 口から出たのはいつもこういう言葉。
「ごめん、帰るわ」
 彼女は立ち上がった。
 しかし、八雲は引き留める。
「先輩……あの……」
「妹さん、ありがと。そしてお嬢……今日は特別おごってやる」
「なによ! 私は帰るの!」
「先輩……お父様は……急用の仕事らしいです」
349ぬらり雨:04/09/27 23:18 ID:UDO9y9Js

 八雲は言った。
「フフっ」
 愛理は口元を緩ませた。
「そう……ヒゲ。特別だわ。おごらしてあげる」
「わ……私も」
「私たちへのね!」
 愛理は八雲の手を握り返した。
「少し、ありがと……」
「え?」
「お嬢?」
 愛理はブロンドの髪を後ろへ払った。
「ほら、行くわよ」
 今でも少し残念な気持ちは変わらない。
 でも、突然言われたことなのだから。
 だから次の時は――
「次は私が二人に奢らせてもらうわ」
 ほら、私の勝ち!

                        END
350氷の鎖:04/09/27 23:22 ID:UDO9y9Js
orz
うう、緊張の方にやられました。それに……日々精進します。
こんな俺ですが、読んでくれると幸いです。

次は天満SSを書こうと思ってます。
たぶん王道です。それでは。。。
351Classical名無しさん:04/09/27 23:29 ID:irPp1xF2
GJ!
リアルタイムで読ませてもらいました。
でも……自分に読解力が足りないのか話の流れがいまいち分からなかったです。
もう少し状況説明や地の文を分かりやすく書いてもらえるとありがたかったです。
352Classical名無しさん :04/09/27 23:37 ID:X2RGZNNY
お疲れ様でした。
>>351さんと同様の感覚です。 下駄箱の奥は屋内では?とか疑問があります。
353Classical名無しさん:04/09/27 23:42 ID:piO2Pc0E
おつかれさまです。
たしかに何が起こっているのか少しわかりにくいですね。
例を挙げると、
>「あっ……あっ」
>「ど、ドウカシマシタカ、お嬢様」
> 黒く光るリムジンだった。
 何が起こったかわからなくはないですが、いきなりリムジンが出現するので
もう少し話しの流れをスムーズにしたほうがいいと思います。
 文章は書いていけばうまくなると思うので、次回も期待しています。
 長文失礼しました。
354Classical名無しさん:04/09/27 23:47 ID:E1M5WIFc
>>氷の鎖氏
お疲れ様です。

SSはまだ読ませていただいてないので
感想は書けませんが、
>>339の文はちょっとマズイのでは……。

挿絵にしたいという気持ちはわかりますが
言い方があると思いますし、絵師さんに
対して言葉が足りなすぎると感じました。

いきなり気分を害するようなことを言って
すみません。
355氷の鎖:04/09/28 00:40 ID:MBSmOtRQ
>>351-353
ありがとうございます。状況説明が足りない所がどうやら自分の欠点のようです
やっぱり言われないと気付かないというより、注意できないですね。
新たな自分の新発見として大事にしたいと思います。

>>354
確かに。気分を害するようなことでした。
以後気をつけます。

読まれた方々、ありがとうございました。
356Classical名無しさん:04/09/28 02:36 ID:0cN/fzXI
コテハンばかりっていうのはどうかと思う。
名無しから始めた方が楽だろうに。
357Classical名無しさん:04/09/28 02:42 ID:d.h0plUo
それは本人の勝手でしょう。
358Classical名無しさん:04/09/28 07:33 ID:KM50tXFU
普通にスクランSS置けるとこがにちゃんしかないしな
359Classical名無しさん:04/09/28 12:20 ID:F0g9KmxM
>>356
まあ俺は最初名無しだったけど、それは単発で終わると思っていたから。
結局何度も投稿できそうだったから途中でコテハンにしたけど。
まあそれは俺の場合だけかもしれんけどコテハンって事は今後も書くって事だろうし、いい事じゃないか?
書く人は多い方がいいと思うしさ。
360Classical名無しさん:04/09/28 17:16 ID:6UprV83E
そういやスクランSSって2ちゃんでしか見た事ないけど、
個人的なホームページで書いてる人っているのかな?
いやどことは聞かないけど
361Invisible full moon:04/09/28 17:56 ID:Qv22IrdI
 ――りぃん。

――Invisible full moon
       見えないはずの、月を視る。



「ちょっとがっかりだね……」
 縁側に腰掛け、足をぶらぶらとさせながら天満が嘆いている。腕の中に伊織を抱きつつ、うん、と頷いて
八雲がともに見上げる空は薄い雲に覆われていて、その向こうにあるべきもの――月の姿を隠している。
そこにあるのは、夜にあってなおうっすらと白く煙る、そんな空だけ。
 月が見られない。別段それだけであればどうということもなく、一年という時間の中ではそんなことは
いくらでもあること。
 けれど。
 それが十五夜――中秋の名月となるとまた話は別となる。何気なく目に入った、ということではなしに、
能動的に人々が空を見上げる、唯一と言ってもいい晩。それが十五夜である。普段は気にすることがなく
とも、誰しも自然とそれにこだわってしまうような、そんな一つの文化。
「あーあ、残念」
 もう一度そんな声をあげてから、お風呂入ってくるね、と立ち上がる天満。それからお団子食べちゃおう、
などと言っているその顔は、立ち直りが早いのかどうなのか、既に笑顔。つられるように、小さく笑みを
浮かべながらその後ろ姿を見送ってから、あらためて空を見上げる八雲。当然ながら、月の姿はやはりない。
「伊織も見たかった……?」
 黒猫は答えない。
362Invisible full moon:04/09/28 17:57 ID:Qv22IrdI
 黙ったまま、ただ静かにその空を見つめている――と、不意にその身を起こし、ぴんと耳を立てる。その
仕草に八雲が訝る暇もなく――

 ――りぃん。

「え……?」
 どこかで鈴に似た音色がした。ひどく遠くで鳴っている、けれどどこまでも届くような、そんな音。

 ――りぃん。

 ゆっくりとしたリズムを刻むように、音色は鳴り響く。そして、するりと八雲の腕を抜け出した伊織が、
誘われるようにして走り出す。
「伊織……!」
 呼び止める声も、伸ばした腕も届くことなく、黒猫は同じ夜の黒の中に消えていく。慌ててその後を
追おうとした八雲の脳裏で、いくつかのことが制止を呼びかける。
 たとえば、姉を一人家に残していくこと。
 たとえば、これは黒猫の気紛れに過ぎないという可能性。
 それでも八雲は足を踏み出す。
「すぐ帰ってくるから」
 庭先のサンダルをつっかけて走り出す。
 ――行かないと。
 理由も分からない、そんな衝動に駆られて。
363Invisible full moon:04/09/28 17:57 ID:Qv22IrdI


 完全な闇、というものは都市においてはほぼ存在しない。月の光、星の光がなくとも、街の灯りが
消えることはなく、夜は煌々と照らされている。そんな明るい夜の下、漆黒の猫と少女は駆けていく。
止むことなく鳴り響く、りぃん、という音を追うように、あるいは誘われるようにして。
 そして、果てなく続くかに見えた追跡劇はその予想を裏切って、意外に早く終着点へと到達する。
「神社……?」
 八雲の視線の先、伊織が駆け上がる石段の先にあるのは矢神神社のみ。こんな不可思議な出来事の
目的地には相応しい、その場所を前にして八雲は足を止める。
 乱れた呼吸を整えながら考えるのは、今ならまだ引き返せる、という現実。
 そして目の前にあるのは、戻れないかもしれない幻実。
「――伊織」
 けれど、八雲は石段へと足をかける。
 その黒猫を捨て置くことなど出来るはずもないのだから。 
 ゆっくりと、それでも確かに一段一段ずつ踏みしめるようにして登っていく石段。やがて辿り着いた
その頂点、石畳の向こうにある境内に――

 ――りぃん。

 幻想が、あった。
 周囲を木々に囲まれ、街の灯りが届かないその場所を照らすのは、宙に漂う淡い光。
 そして、こちらに背を向けて、その光とともに白い少女が舞っていた。
 手にした祭具が響かせる、ただその一音のみを背景に。
 少女の足下には行儀よく座ったままそれを見上げる黒猫。その姿を見て、ようやく八雲は我に返り、
同時、少女もゆるりと舞の動きを止める。
「今夜はずいぶんとお客様が多いのね」
 囁くような声は彼女にとって聞き覚えのあるもので。
「ようこそ、年に一度の宴の席へ――久しぶりね、ヤクモ」
 振り向いたそこにあったのは、いつかの美術室で見た、あの顔だった。
364Invisible full moon:04/09/28 17:58 ID:Qv22IrdI


 あなたを呼ぶつもりはなかったのだけれど、状況の掴めていない八雲にそう前置きをしてから、
少女は静かに語り出す。
「幻想、狂気、月はいろんな言い方をされるわ。そしてそれは間違いじゃない」
 謡うような言葉。
「月に兎はいなくても、そこに確かに『力』はあるのよ」
 私みたいな半端者がこの世界にいるための、ささやかな祀り、とそこで一呼吸おいて。
「だから、こんな晩なら――」
 雲の向こう、見えないはずの月を視るような眼差しで。
「――奇蹟の一つも起こせるかもしれないわね」
 少女は言の葉を放つ。
「奇蹟……」
「そう、あなたが望めばそれは叶うかもしれない」
 そして、八雲の前で初めて表情を変え――笑ってみせた。冷たく。
「たとえば、誰かの気持ちを――」
「――ダメ」
 それを最後まで聞く前に、八雲はそう答えていた。その言葉の先に何が続くのかは分からなかったけれど。
「それは絶対しちゃいけないことだと思う」
 彼女にしては珍しく、激しいとさえいえる強い口調。
 一瞬の緊張が場を支配して――
「冗談よ」
 それを断ち切ったのは、少女のあっけらかんとしたような一言だった。
365Invisible full moon:04/09/28 17:58 ID:Qv22IrdI
「そう、ただの冗談」
 繰り返すその顔からは先程の冷たい笑みは消え、あの無表情だけがそこにある。
「月に力があるのは本当だけれど、私にそんな奇蹟は起こせない」
 これだってただの借り物だしね、と振ってみせた祭具が、りぃん、と音を立てる。
「あなたの答は分かっていたけれど、ちょっとからかってみただけ」
 ごめんなさいね、と肩をすくめてみせる。
「最近こんな言葉の意味を知ったのよ。『退屈』、知らなくてもよかったのに、ね」
 永い時を過ごしてきたと言った彼女。その彼女の『退屈』という言葉の意味を思って、何も言えなくなる八雲。
「困ったわね、そんな顔をされると……」
 しばらく考える素振りをみせてから、やがて、そうだ、と少女は呟く。
「お詫びに私にも出来る奇蹟を見せてあげるわ。それで今日はお開きよ」
 え、と八雲が訊き返すより早く、とん、と少女は地面を蹴る。
「また会いましょう、ヤクモ」
 その表情は柔らかな微笑。
「今度は、新月の晩にでも――」

 ――りぃん。

 もう一度その音色が静かに響いて。
 そして八雲は確かに見た。
 雲に覆われた夜空の向こう、見えるはずもない真円の月。
 金色にも似た光を放つ、その姿を――
366Invisible full moon:04/09/28 17:58 ID:Qv22IrdI


「あ……」
 どれほどの時間が経ったのか、あるいはほんの一瞬だったのか、次に八雲が我に返ったときには、そこには
もう何もなかった。
 雲に覆われた空。
 誰もいない境内。
 ただ、その足下でじっと彼女を見上げる黒猫だけが、あの出来事が現実だったことをかろうじて示している。
「あの子、笑ってた」
 何が本当で、何が嘘なのか。
 それは彼女には分からないことだったけれど、最後に見たあの表情、そこには嘘がなかったと、そう思う八雲。
 ――なら、それでいい。
 真実ではないかもしれない、それでも自分にとっての現実を胸に、踵を返す。
「帰ろう。きっと姉さんが心配してる」
 わずかに頷く素振りを見せて、伊織もその後を追って歩き出す。
 そして残されたのは、無人の境内。
 動くものは何もない、静かに闇に沈むその場所で、もう一度だけ名残を惜しむようにあの音色が響いた。
 ――りぃん、と。
367Classical名無しさん:04/09/28 18:09 ID:EY6T7aII
支援?or終了?
368Classical名無しさん:04/09/28 20:38 ID:XhWSut3E
>>360
2、3個ここに落としてないスクランSS書いてるHP見かけたことあるけどそれほどクオリティ高くない。
2chの名作に慣れてしまった人は見ないほうがよさげ。
369Classical名無しさん:04/09/28 21:41 ID:C2/Eecu2
クズリさんが自分のHPにしか投下しないようになったら
自分のHP作る人も増えるだろうね
370Classical名無しさん:04/09/28 22:08 ID:EiiX233A
俺も一つ知ってる。
MMRネタ全開の所。
371Classical名無しさん:04/09/29 02:01 ID:1uuTLwWI
なんかこのスレ存続に関しちゃどうでもいいこと言ってる発言続きすぎー
372Classical名無しさん:04/09/29 07:26 ID:8fCQHkn.
俺勘違いしてた
最近固定を名乗る新規職人が多いんだ、と思っていたが、
昔から書いてた人が名無しやめて固定にした、ってことだったんだね
373Classical名無しさん:04/09/29 15:01 ID:CFBEsqos
今週号の天満はかわいかったなあ。
別に天満スキーじゃないし、SSで扱うのがムズいのもわかるが、
もうちょっとSSでも魅力的に書いてほしい。
「おせっかいで人の話を聞かない」っていう邪魔者的扱いが多すぎる。
374Classical名無しさん:04/09/29 15:07 ID:rMN8x0yg
602 :名無しさんの次レスにご期待下さい :04/09/18 01:07:19 ID:lPUVcpW8
サイトもやってる(スクランではないが)SS書きで
バリ王道…というか天満好きなんだが確かに王道は書きにくい。

八雲や沢近は書きやすいが天満は書きにくいのだ。
八雲や沢近は味つけのハッキリした料理みたいなもんで
なんというか簡単で判りやすい。
比べると天満はよく噛まないと
味のわかりにくいタコの刺身みたいな感じ。
そこに萌えてるんだけど。
天満のふっくらした柔らかさは他の追随を許さない魅力だと思うんだけど
書き表せないなあ。
375Classical名無しさん:04/09/29 15:36 ID:WcCsNJk6
どうでも良いよ。いちいち貼らんでも
376縮まる距離と温もりを:04/09/29 19:10 ID:ekEjbv3U
 太陽が沈み、赤く染まっていた空を闇が静かに包み込んでいく。昼間の熱気も、さまざ
まな思いも一緒に。
 体育祭の終わったグラウンドでは、ゆるやかに流れるオクラホマミキサーの音楽と共に
生徒達が踊りを楽しんでいる。
 中心にあるキャンプファイアが放つ暖かい光を浴びながら輪になって踊る人々、もし空
からその場景を眺める事ができたなら、それはさながら夜空に咲く花火のようにも見える
のだろう。

「踊らないんですか?」
 輪から少し離れた位置に腰を下ろし、みんなを眺めるようにしている麻生先輩を見つけ
ると、そっと近くに歩み寄り声をかけた。
「あんまりこういうのは得意じゃないんだ」
 いつものように素っ気ない答え、私は「そうですか」とだけ返すと隣に腰を下ろす。
 横を見れば先輩の横顔、炎の光で微かに赤く照らし出されたその顔は、いつも以上にそ
の凛々しさを際立たす。
「お前は行かないのか?」
「ええ、ここでいいんです」
 私にそう言わせたのは、ここにいたいという正直な気持ちから。
「今日はお疲れ様でした」
「お互いにな」
 二人ならんでグラウンドの片隅に座り、ぼんやりと眺めながらお互いを労う。
「リレー、すごかったです」
 思い出される最後のリレー。 熾烈な争いに逆転に次ぐ逆転。 今日の体育祭の目玉は
完全に2年C組とD組のトップ争いだったと言えるだろう。
377縮まる距離と温もりを:04/09/29 19:11 ID:ekEjbv3U
「優勝がかかってたしな」
 抑揚なく返された一言。 だけど、いつも冷静なのに勝負事で熱くなっている先輩の姿を
見て、やっぱり男の人なんだなと改めて意識させられたのを覚えている。
「私の応援のおかげですかね」
「あんな恥ずかしいのはもう勘弁してくれ」
 思い出して疲れたような顔をする、私としては純粋に応援しようという気持ちも当然
あったが、同時にちょっと困ったり照れたりする顔が見てみたかったからあんな人前で
声をかけたなんてのは内緒だった。
「いいじゃないですか、可愛い女の子の応援なんですから」
「そういう問題じゃないだろ」
 少しからかうように言う私を見ながら、先輩は呆れたように溜息を一つこぼすのだった。
 そして二人、時々話をしながらゆらゆらと揺れる炎と踊る人達を眺める。


 どれほどそうしていただろうか、いつしか中心に設置されたキャンプファイアも一時の
勢いを失い始め、踊っている人達も少しづつ減り始めている。
 辺りから再び光と賑わいが失われ、夜の静けさが包み込みだし、いよいよ体育祭が終わ
ろうとしていた。
「先輩、今日一緒に帰りませんか?」
「何かあるのか?」
「だめですか?」
「いや……」
 今までアルバイトの帰りに一緒に帰ったりする事はあったが、学校から一緒に帰ることは
なかった。突然一緒に帰ろうという私のお願いに少し困惑気味の先輩。
「……わかったよ」
 本当は一方的な上に突然な願いであるから断られるのも覚悟していた、しかし返ってきた
返事は合意の言葉。 一緒に帰れる、ただそれだけの事のはずなのに、その言葉を聴いた時
はいつも以上に嬉しかった。
378縮まる距離と温もりを:04/09/29 19:13 ID:ekEjbv3U
 グラウンドではキャンプファイアの炎がついに消え、流れていた音楽も止まり、それぞれ
が後片付けと帰る準備を始めていた。
「それじゃあ終わったら校門で」
 いつしが笑顔がになっていた私は、そう先輩に告げると自分もクラスのみんなのもとへと
向かっていった。


 教室での連絡事項などが終わると校門へと向かう。
 私のクラスは終わるのが遅かったのですでに先輩は待っているだろうと思い、家へと帰る
人の流れの波の中から見知ったシルエットを見つけるとたっと駆け寄る。
「先輩、お待たせしました」
「いや……ってなんでお前そんな格好なんだよ」
 返事をしながらこちらを向いた先輩がなんとも言えない表情になる。
 それもそのはずで私は周りがみんな制服の中で一人体操服のままだった。 自然と目立つし
今も色んな人の視線が突き刺さるのを感じていた。
「うっ……」
 痛いところを指摘された私は思わず唸ってしまい、もじもじと下見みながらまるで懺悔を
するかのように事情を告白する。
「実は、体操服のまま学校に来てしまって」
「……阿呆」
「うぅ、先輩までひどいです。 クラスの人にも笑われたし、周りはみんな制服ばっかり
だし、恥ずかしいんですからね」
 朝は学校に来るのが早かったので他の人にも会わなかったし、なにより高校での初めての
体育祭と浮かれていたため気づかなかった。
379縮まる距離と温もりを:04/09/29 19:13 ID:ekEjbv3U
 自業自得とはいえ正直とても恥ずかしい、穴があったら入りたいとはこのことなのだろう。
チラリと上目使いに様子を伺ってみれば、そこには完全に呆れ果てた様子の先輩がいた。
 恥ずかしさと気まずさからさらに小さくなってしまい、さながら借りてきた猫状態だった。
今顔を見られればきっと真っ赤に違いないだろう。
 すると突然何かに包まれる感覚、ふと見れば肩にかけられた学生服。 そして一瞬遅れて
それが先輩の物だと気づく。
「さすがに夜にその格好じゃ冷えるからな」
「でも、いいんですか?」
 ポツリと漏らす先輩に驚きと共に私は問う、元々自分が着るために持ってきたはずだ。
優しさがとても嬉しくもあったが心配でもあった。
「ああ、帰りは寒くなるかと思って一応持ってきただけだからな」
 私の心配する事を察してか、気にするなと言う先輩、その声は相変わらず素っ気なく、
それでもどこか優しく暖かい。
 素直に甘える事にして学生服の袖を通す、指先しかでない袖に広い肩幅は先輩の大きさを
感じて心と身体が温まる。
「えへへ、似合ってますか?」
 今まで感じていた恥ずかしさは何処にいったのか、体操服の上に学生服を着た私は嬉しく
なって、まるで初めて着た洋服を見せるかのように手を広げてみせる。
「……行くぞ」
 一瞬何か言おうとした様子を見せた先輩だったが、結局クルリと背を向け歩き出す。
 その姿を見てついクスリと小さな笑いを浮かべながらその横に並んで歩き出す。
 ほんの少しだけ、いつもより距離を縮めて。
380蓮水:04/09/29 19:20 ID:ekEjbv3U
ということで以上です。

学制服着たサラを出したくて書こうと思ったんですが、どうやってそこにもっていくか大分迷いました。
結局今回サラにはは体育祭の日に浮かれて体操服のまま家から学校に来た天然な子になってもらいました。
SS書くのが大分あいたので少し出来が不安だったりもしますが、楽しんでもらえれば嬉しいです。
381Classical名無しさん:04/09/29 19:26 ID:wDc5xQeM
サラはどんな役をこなしても、あまり変じゃないからいいよな
382Classical名無しさん:04/09/29 19:32 ID:xXfjejTM
>>373
まあ二次創作ではキャラクターの特徴が単純になるもんだし
383Classical名無しさん:04/09/29 22:16 ID:e3xS9YXA
サラだけにさらっと書けるでしょう
384Classical名無しさん:04/09/29 22:31 ID:rG8S3BZo
>383
ナイス!
385Classical名無しさん:04/09/29 22:36 ID:LQubWI9Q
>>361
東方?
386Full moon of Phantasm:04/09/29 22:39 ID:dcs68KOQ
 夜の校舎、というものが彼女は嫌いではない。人気のない空間、日中はあれほどざわめきに満ちていた
その場所を支配するのは、しんとした静寂のみ。人によっては不安を呼び込むそれは、逆に彼女にとって
は安らぎにも似た何かに感じられる。
 それはそれで問題かもしれないけれど、というのは幾度となく胸の内で呟いた言葉。
 昼間の喧騒が嫌いなわけでも、まして友人がいないわけでもない。ただ、それでもどこか孤独を求めて
しまうのは悪い癖だと自覚はしている。
 とは言っても、とこれもまたいつもの思考。結局好きなものは好きだからしょうがない。夜間の見回りも
何もない、よく言えばのどか、悪く言えば不用心、という習慣につけ込んで、今日も彼女はそこにいる。
もっとも、今日に限って言えばもう一つ理由もあったのだが。
 ひとしきりそんな思いを巡らせてから、その目的を果たすべく教室を出る。
「あれ? 先輩何してるんですか?」
 ――と、そこに思いがけず人の姿があった。偶然残っていた、というにしてはいささか遅すぎる時間。
なればこそ、彼女も自分一人だと思っていたわけで、そのまままるきり同じ問を投げ返す。
「文化祭の準備です。ほら、もうすぐですし」
 なるほど、理由としてはおかしいものではない。今はまだそれほどではないにしても、直前ともなれば
泊まり込みに近い行為はそこかしこに見られるものになる。
 しかし、それも『直前』の話。まだ体育祭も終わったばかり、追い込みにはいささか早い。しかも、見れば
彼女の他に人影もなく、一人で作業をしていたように見受けられる。
387Full moon of Phantasm:04/09/29 22:40 ID:dcs68KOQ
「はい、そうですけど?」
 そう言ってみると、あっけらかんとした答えが返ってくる。さすがにそれは、と小さな憤りを覚える。
 が。
「無理はしてませんし、私の好きでやってることですから」
 それに楽しいですよ、と微笑んでさえ見せる。
 曇りのない、真っ直ぐな笑顔。
 自分がどうにも少し捻くれている、そんな自覚のある彼女はなんとなく目をそらしてしまう。眩しいような、
気恥ずかしいような、何とも言えない感触。
「それで、先輩は?」
 そんな素振りに気がつかなかったのか、あるいは見逃してくれたのか、再び繰り返される問。変わらない
柔らかな表情の裏にあるのは、言ってくれないと許しませんよ、という堅い意思。普段は穏やかなその後輩が、
ときに見せるその頑固な一面を知っている彼女としては、諦めるより他にない。はあ、と小さく溜息をついて、
答の代わりに、今日は何の日か知ってる?、とまず訊いてみる。
「今日、ですか? えーと……」
 誰もが知っていそうなことに限って知らない、そんなある種彼女らしい反応。予想通りのそれに少しだけ
安心感を覚えてから、こっちだよ、と先導して歩き出す。
 向かう先は。
「屋上……ですか?」
 昇降口を別とすれば、唯一校舎と外を繋ぐ扉。その前で彼女に、そう、と頷く。
 ――屋上。
 特にこれと言って何もない場所。普段ならそうだ。けれど、今夜は――正確に言えば今夜だけではないけれど、
ともかく今夜は特別。それじゃいくよ、そう言って開けた扉の向こう。そこに在ったのは――

「――満月」
388Full moon of Phantasm:04/09/29 22:40 ID:dcs68KOQ

 吐息にも似たその呟きが遠く空に吸い込まれていく。
 扉の向こう、屋上の上。そこに広がるのは当然ながら漆黒の夜空。
 そして、満月。
 十五夜だよ、とまだ呆然としたように空を見上げている彼女に言う。
「いろんな場所で見たけれど」
 入り口で立ち尽くす彼女を追い越して、ゆっくりとその中央に歩を進める。
「ここで見るのが一番素敵だと思う」
 いつもの自分には似合わない言葉だ、と思いながらもそう告げる。心なしか鼓動は速まり、頬もわずかに熱い。
照れている、というそれもまたらしくない事実に、小さく苦笑いして、どうかな、と誤魔化すようにして言った言葉。
「私も素敵だと思います」
 返ってきたのは肯定の言葉とあの笑顔。
「……ありがとう」
 それを彼女は初めて正面から受け止め、そして笑みさえ返してみせた。ささやかな自分の秘密を共有することが
出来たせいなのか、その理由は分からなかったけれど。
「先輩、」
 しばらくそんな風にして穏やかに見つめ合っていた二人だったが、やがて何かを思いついたような声にその沈黙
が破られる。
「うん?」
「先輩のこと――」
 言葉が途切れ、一瞬の静寂。
「――名前で呼んでも構いませんか、」

389Full moon of Phantasm:04/09/29 22:41 ID:dcs68KOQ
『絃子さん』


「ん――」
 記憶の中のそれと現実の声が交差して、彼女――刑部絃子は我に返る。場所はあの日と同じ屋上、振り返れば、
やはり同じように微笑む後輩――笹倉葉子の姿。
「月が出てなくてもいらっしゃるんですね」
「ああ、別に雨じゃないしね。もしかしたら、だよ」
 それに、と自分も笑みを返す絃子。
「君だって来たじゃないか」
「それは約束ですから、当然です」
 約束。
 あの初めて二人で月を見た日から、一緒に十五夜の月を見るのは互いの間で約束事になっている。用事があれ
ばパスしても構わない、という取り決めもあったが、今までどちらかが欠けたことはない。場所は違えど、必ず
どこかで二人はその満月を見てきた。
「しかし、いつまで続くのかな、これは」
 ――他に誰か、一緒にそれを見たい人が出来るまで。
 あのとき交わしたそんな言葉を思い浮かべつつ、冗談めかして言ってみせる絃子。さあどうでしょう、ずっと
かもしれませんよ、葉子もそれを冗談で切り返す。
「それで、まだ待ちます? あんまり期待出来そうにないですけど……」
「もう少しだけ、ね。奇蹟の一つも起きるかもしれないよ」
「それじゃ、私も」
390Full moon of Phantasm:04/09/29 22:41 ID:dcs68KOQ
 それを最後に会話は途切れ、静寂が辺りを支配する。ゆるゆると吹く穏やかな秋の風、その中で二人が見上げる
空はやはり雲に覆われたまま。時間だけがゆっくりと過ぎていく。
 どのくらいそうしていたか、やがて大きく息をついた絃子が、帰ろうか、そう言おうとした瞬間。

「あ――」

 途切れることのなかった雲。それがほんの一瞬だけ切れ間を見せる。
 その向こう。
 金色にも似た光を放つ真円の月、その全身が現れて、そして消えた。後に残るのは、まるで何事もなかったかの
ように、雲に覆われて煙る夜空だけ。
 けれど、二人は確かにそこに月を見た。中秋の名月、そう呼ぶに値するその姿を。
「……奇蹟、か」
 起きるもんだね、と小さく肩をすくめる絃子。その口調には、まだどこか信じられない、そんな響きが残っている。
「信じていればいろんなことが起きるものですよ」
 対して、なんでもないことのようにそう言ってのける葉子。その様子に、君が言うとそれらしく聞こえるよ、と
絃子も笑顔で返事。
「それじゃ、もう少しこうしていましょうか」
「そうだな、なんだかそんな気分だ」
 再び会話が途切れ、戻ってくる静寂。
 その向こう、どこか遠くで鈴虫の鳴く声だけが、りぃん、と響いていた――
391Classical名無しさん:04/09/29 22:46 ID:cQmK1fP2
GJ!
格好いいなーこの雰囲気。
情景が目に浮かびます。
392Full moon of Phantasm:04/09/29 22:47 ID:dcs68KOQ

レス打ちはしないことにしていた……んですが、どうにもいささか終わりが分かりづらいようなので。
月の見えない十五夜にちょっとだけがっかりしつつ、その前日に見えた素敵すぎる月にひっかけて、
若干どころかかなり暴走し倒した幻想奇譚風味の話二つ。恐ろしいくらいに需要なし。

>>385
ただ名前を借りただけのような、そんな程度のものです。うどんげうどんげ。
393Classical名無しさん:04/09/29 22:52 ID:e3xS9YXA
絃子だけにいーとこあるでしょう。





……ああ、ざぶとんですか?
はいはい持ってってください
394Classical名無しさん:04/09/29 23:01 ID:cQmK1fP2
一回で止めとけばよかったのに…
395Classical名無しさん:04/09/30 13:29 ID:C.c6ZoXM
>>380
乙です。サラ&麻生は安心して見れるからいいなぁ。
やっぱりこの後は、学ランのお礼にサラが麻生を自分の家に招待したりするんでしょうか?
396Classical名無しさん:04/09/30 14:46 ID:cWK007Rg
>>392
一行目の「彼女」の文字を見落としてたんで途中まで麻生・サラ
の話だと思ってた。地の文が素敵です。( ゚Д゚)エイヤッショ!!
397Classical名無しさん:04/09/30 20:13 ID:hlENKb7o
>>392
GJ!
綺麗ですね。
こういう小説好きですよ。
398Classical名無しさん:04/10/01 00:29 ID:w64lDH0o
>>392
名前が出るまで晶・サラの二人だと思ったのは俺だけでいい・・・orz。
見る人によっていろんな見方ができる文章って、良いと思います。
399Classical名無しさん:04/10/01 00:44 ID:VLs9EJFo
第二回人気投票の話を誰か書くつもりなんだろうか
400Classical名無しさん :04/10/01 09:38 ID:WGXmSgJ2
400 げと
401Classical名無しさん:04/10/01 09:43 ID:hSQhroKA
最近、保管庫の更新がいいね。
旗が読みたいこのごろ
402最終回予想おにぎり編:04/10/01 15:25 ID:uKm0hXGc
「終わった、か…」
「……」
「…ありがとよ妹さん」
「あ、いえ…ごめんなさい力になれなくて…」
「んなこたねぇよ…妹さんのおかげでちゃんと全部伝えることができたんだからな。
そっから先…天満ちゃんが俺を選ぶかどうかは妹さんとはカンケーねぇ話だろ」
「でも…烏丸さんのこと…実は私知ってt」
「知ってたさ、それぐらい」
「え…」
「ま、これでも一応ずっと天満ちゃんのこと見続けてきたんだからな。いくらバカな俺でもさすがにわかるぜ」
「そうだったんですか…すいません、余計な気をまわして…」
「別に構わねぇよ…妹さんが俺に気を遣ってくれてるのもわかってたしな」
「え?…そ、そうなんですか?」
「つーかあの天満ちゃんが妹さんに隠し事をできるとは思えねぇし、そもそもしようとも思わねぇだろ天満ちゃんは」
「あ…」
「だから妹さんは全然気にするこたぁねぇぜ…逆の立場なら俺もそうしたと思うしな」
「…え?」
403最終回予想おにぎり編:04/10/01 15:26 ID:uKm0hXGc
「妹さんの好きなヤツが誰か別の女を好きなのを俺が知ってたとして、やっぱり妹さんには言えねぇと思うってこった」
「あ…はい、そういうことですか…」
「!!!…っと、いや、あのな、別に今のは例え話だぞ?」
「…え?」
「いや、だから俺は妹さんが誰を好きかなんて知らねぇしそいつが本当に別の女を好きなわけでもねぇぞ?」
「???」
「ん、違うのか?…妹さんさっきえらい悲しそうな顔したように見えたんだが」
「あ…そ、そういうことですか…」
「あぁ、違うならいいんだ違うなら」
「あ、はい、違います…私も…最初から知ってましたから…」
「え?」
「あ…い、いえ、何でもないです…」
「そうか…」
「……」
「……」
「…播磨さん」
「ん?なんだ?」


「これからも漫画読ませて貰えますか?」

Fin。
404買い物:04/10/01 22:07 ID:WGXmSgJ2
 ぴぴぴぴぴ 携帯がなる。
 妹さんの自宅からだった。
 妹さんの方からかけて来るとは珍しい。
 何だろうと思って、電話に出た。
「あ、播磨君? 八雲に番号を聞いてね」
 マイハニー、天満ちゃんの声だった。
「て…塚本? どうしたんだ、一体?」
「あのね、明日、買い物に付き合って欲しいの」
 信じられない内容だった。夢じゃないだろうか。
「買い物? いいぜ、時間は?」
 落ち着け、落ち着けと言い聞かせながら、承諾する。
「んー、駅前に10時ってどうかな?」
「おう、わかった。遅刻するなよ?」
「うん、それじゃ明日ね」
 やった、天満ちゃんとデートだ!
 嬉しくて仕方がない。
明日の事をシミュレーションしながら、床についた。
 
明けて、日曜日。
絶好のデート日和だ。
いつもは遅刻ぎりぎりまで寝るが、今日は特別だ。
時刻は8時半。まだ時間がある。
いつもは食べる余裕がないが、インスタントコーヒーにトーストで朝飯を食った。
身支度を整えて、鏡を見る。
「いいな、今日こそ決めるんだ。この気持ちを伝えるんだ!」
 鏡に向かって、気合を入れる。
「ちっと早いが、出掛けるか」
 期待しつつ、駅前に向かった。
405買い物:04/10/01 22:08 ID:WGXmSgJ2
 約束の10分前に、駅前に着いた。天満ちゃんの姿はない。
 夕べ思い描いた、デートプランを復習していると、天満ちゃんが来た。
「お待たせハリマくーん」
 来たー!マイ天使! いつもよりも可愛いじゃねえか!
「ゴメンね、待った?」
 きたきたきたー! 定番のセリフー!
 一度は言ってみたかった、あのセリフが言えるぜ!
「別に…今来たトコ」
 多少の動揺もあったが、何とか言えた。
感激しつつ、天満ちゃんに尋ねる。
「で、今日は何を買うんだ?」
 その答えは、俺にとって残酷なものだった。

「実はね、す、好きな男の子にプレゼントを買おうと思って!」
 ソレか。ヤツか。キ、キツイぜ。
「播磨君なら、八雲と付き合ってるから解ると思って!」
 違う。誤解だ。妹さんとは付き合っていない。そう言おうとしたら、
「ごめんね。頼れるのは播磨君だけなの…」
 そんな寂しそうな顔をされたら、言えねえじゃねえか。
「任しとけ」即座に返事をしている自分がいた。
406買い物:04/10/01 22:08 ID:WGXmSgJ2
「で、ドコに買い物に行こうか?」
 折角、二人になったんだ。出来るだけ長く一緒にいたい。
 そう思った俺は、ある提案をした。
「塚本、思い切って東京に出てみないか?」
「え? 東京に?」
 もっともな答えだ。矢神町でもいいだろう。
 だけど、俺は別の考えがあった。
「ああ、原宿なんてどうだ?」
「あ、いいね! じゃ、原宿に行こ!」
 天満ちゃんは賛成してくれた。これで往復の電車の分、二人きりの時間が増えた。
(最後は、帰りの電車の中で天満ちゃんに告白しよう)
 そんな考えで東京行きの電車に乗った。
 
 電車に一時間ほど乗って、原宿に着いた。
 さすがに東京。色々な店がある。
「どうよ? ココなら迷うくらい選べるだろ」
「うん、そうだね。ココならきっといいプレゼントが見つかるよ」
 天満ちゃんも、ゴキゲンで歩いている。
 わー、おいしそー わー、かわいいーの連続だった。
 激鈍だけど、かわいい。こんなコが彼女だったら…
 そんな事を考えてると、現実に引き戻された。
「播磨君、プレゼントは何がいいかな?」
 そうだった。それでココまで来たんだっけ。
「原宿つったら、服だろ。裏原系なんてどおだ?」
「あ、そっか。じゃ、あのお店に行って見よ?」
407買い物:04/10/01 22:09 ID:WGXmSgJ2
 とある店で、俺は幸せだった。
 天満ちゃんが、俺に服をあててくれている。
「あ、銀次郎Tシャツ似合うね、播磨君」
 俺は着せ替え人形のようになっていたが、最高の気分だった。
 天満ちゃんが店員さんに『妹の彼』ですと言うまでは…
 
 そうだった。天満ちゃんはヤツの事が好きなんだった…
 俺には振り向いてくれないんだよな…
 いつまでも逃げてちゃいけねえな。
 よし、現実と戦おう!
「塚本! これなんかどうだ?」
 差し出したのは、木彫りの熊だった…
 
 買い物が済んだ後、天満ちゃんとお茶をした。
「播磨君、ありがとう! 一緒に来てもらって、本当に良かった!」
 天満ちゃんが満面の笑みで笑っている。
 だけど、俺は心がズキッと痛んだ。
 多分、木彫りの熊なんて、貰って嬉しいヤツなんていない。
 でもそれは、天満ちゃんの恋を邪魔するということ。
 そんな俺の思いを知らずに、天満ちゃんは俺に微笑んでくれている。
 いたたまれなくなった俺は、出ようかと席を立った。
「あ、待って播磨君」
「え?」
 天満ちゃんが袋を差し出している。
「今日はありがとう。銀次郎のTシャツ、さっき買ったんだ」
「俺に?」
「うん、今日のお礼だよ!」
 その一言で、目がさめた。
 次の瞬間、天満ちゃんを腕を掴んで店を出ていた。
408買い物:04/10/01 22:09 ID:WGXmSgJ2
 俺は何をやっていたんだろう?
 こんなにも自分を信じてくれているコを裏切る真似をした。
 天満ちゃんの笑顔を曇らせちゃいけない。
「塚本、ヤッパその熊、違うわ」
「え?」
 戸惑う天満ちゃんに、一気に話し出す。
「やっぱりお前が選ぶんだ。それが何でも、心がこもっていればいいんだ。俺はそう思う!」
「じゃあ、手作りとかでもいいのかな?」
 不安そうに聞いてくる天満ちゃんを勇気付ける。
「おう! 手作り最高じゃねえか! それで喜ばないヤツは、俺がぶったおす!」
 天満ちゃんは俺をじっと見つめて言った。
「こんなに一生懸命になってくれて、ありがとう。八雲は幸せ者だよ」
 にっこり笑う天満ちゃん。俺は何も言い返せなかった…
 
 帰りの電車の中で、俺は今日一日を反省していた。
 何をやっていたんだろう、俺…
 色々と連れまわして、結局何も買わなかった。
 天満ちゃんは、手作りの物を贈る事にしたようだ。
 俺は、行きの電車の事を思い出した。
(そうだ、告白しなきゃ! 今しかない。よし、言うぞ)
 決心した俺は、隣の天満ちゃんに話し掛けようとした時、トンと肩に当たった。
 疲れてしまったのだろう、天満ちゃんがすやすやと眠っていた。
 その寝顔に、俺は心を奪われた。
 自分を頼ってくれた、天満ちゃん。
 自分を信じてくれている、天満ちゃん。
 妹さんとは付き合っていない、そう言いたかった。
 でも、この寝顔をもっと見ていたい気持ちが勝った。
(ずっと、この寝顔を見られたらいいのにな…)
 そう思っていると、電車は矢神駅に着いた。
409買い物:04/10/01 22:10 ID:WGXmSgJ2
「ほら塚本、駅に着いたぞ」
 天満ちゃんの体を揺すって起こす。
 でも、天満ちゃんは起きようとしなかった。
(無理ねえか。さんざん歩き回ったしな)
 どうしようかと思ったが、天満ちゃんをおぶっていく事にした。
 そういえば、初めて逢った時もおぶったんだっけな。
 女の子をおんぶするのは、これで2度めだった。
 相変わらず軽くて、暖かかった。
 改札を出て、歩き出す。天満ちゃんの家までは、少し距離がある。
 でも、それだけ天満ちゃんをおんぶできる。それが嬉しかった。
 
 15分ほど歩いて、天満ちゃんの家の近くまで来た時、天満ちゃんが目を覚ました。
「う、うーん…あれ? あたし…おんぶ…ええっ播磨君? どどどどうしてぇぇ?」
 パニくっている天満ちゃんを必死でなだめる。
「落ち着けって、塚本。暴れたら落ちるぞ!」
 その一言で、おとなしくなってくれた。
「帰りの電車で寝ちまったんだよ。起きねえから、おぶってきたんだ」
「そうなんだ…アリガト播磨君。でも、もういいよ。降ろして」
「いや、塚本。そのままでいいから、聞いて欲しい事があるんだ」
 俺は、今日の出来事を思い出しながら、話し始めた。
410買い物:04/10/01 22:11 ID:WGXmSgJ2
「今日はよ、東京まで連れ出して悪かったな。すまねえ」
 まずは最初に謝った。
「ううん、そんな事ないよ。楽しかったよ、あたし」
 天満ちゃんは、笑ってくれた。
「それにね、播磨君が言ってくれたから、自分で作るって決められたんだよ?」
「そっか、そうだったな」
 俺が天満ちゃんの背中を押すきっかけを言ったんだよな。
「昼間も言ったけどよ、俺は手作りの物を貰えば嬉しいぜ。それが好きなコからならスゲエ嬉しい」
「だからさ、下手でも気持ちが篭ってりゃいいと思うんだ。ま、個人的な意見だけどよ」
 天満ちゃんは、黙って聞いてくれた。
「播磨君、ありがとう…真剣なんだね…本当に八雲は幸せ者だね」
 それは、嬉しくもあり、悲しくもある言葉だった。
411買い物:04/10/01 22:11 ID:WGXmSgJ2
 いつの間にか、塚本家に着いていた。
 天満ちゃんを降ろし、向かい合う。
「今日は本当にありがとう! 楽しかったよ、播磨君」
「いや、俺も楽しかったぜ。そういや、本当にこれ貰っていいのか?」
 さっきのTシャツを取り出す。
「うん、今日のお礼だよ。凄く似合ってたし、ね?」
「わかった。ありがたく貰っておくぜ」
「手作りのプレゼントがいいんだよね? 気持ちがこもっていれば、いいんだよね?」
 真剣な面持ちで訊ねてくる。俺は真面目に答えた。
「ああ、俺はそれがいいと思う。つーか、それが最高だと思う」
「うん、わかった。あたし、頑張る。それじゃ播磨君、また明日ね」
 手を振り、門の中に入る天満ちゃん。
 俺もそれに応え、塚本家に背を向けた時だった。
「ただいまー! 八雲、播磨君が手作りのプレゼント欲しいんだってー!」
 その言葉が聞こえたとき、俺はずっこけていた。
 そうなんだけど、そうじゃねえー!
 いつになったら、勘違いは直るのだろう?
 でも、それも含めて惚れたんだよな。
そう言い聞かせて帰路に着いた。
 
おわり
412Classical名無しさん:04/10/02 03:42 ID:AGErMo4k
グッジョブ!
ただおんぶは三回目になるな。キャンプでもおんぶしてる。
413Classical名無しさん:04/10/02 08:57 ID:6wanvNoc
GJ!

旗派だったけどさ、最近・・・どっちもいい。
沢近も八雲もどっちも幸せになってくれと思い出しました。
でもやっぱし、ハリマだからいいんだろうな。馬鹿だから
414Classical名無しさん:04/10/02 09:49 ID:/PTccczc
( ´ー`)y-~~まあ、播磨は天満といるときが一番幸せだもんね。
415氷の鎖:04/10/02 16:18 ID:MpYk9C8M
出来ました。
(天満×烏丸)+八雲

題名は
『満天』
読んで頂けると幸いです。
416満天:04/10/02 16:21 ID:MpYk9C8M

 夕食のおかずを調達するため、駅へ向かう二人が居た。
 天満はぼけーっと歩く。彼女はひどく落ち込んでいた。
 元気を無くした天満を、心配した八雲は話しかけた。
「姉さん……どうしたの? ……姉さん?」
 真っ青の天満は振り向いた。寝そべったピコピコ髪が、彼女の声に飛び跳ねる。
 天満はうたかたに現れた烏丸の顔に、記憶を甦らせていた。今までの告白を振り返ってみると、チャンスが来るたびに失敗が見つかる。そして今は疎遠。近くにいるのにどこかへ行ってしまった感じがする。
 忘れ去られていたらと思うと、これからの学園生活が寂しくなる。
「八雲は良いなあ……もう青春満喫か……」
「ね、姉さん……ち、違う……たら」
 否定しながらも顔を赤くする八雲を見ると、彼女は歯がゆい。
 烏丸の作ったおにぎりを思い出す。
 優しい彼。
 ――このままじゃいけない!
「私……今度こそ告白する!」
 いつも元気なのが取り柄。烏丸くんと会ったときはいつも笑顔でいたい。それが彼女のらしさ。
 告白するときは誰でも不安。でも、告白しないまま過ぎ去るのは恥。
 彼女は思いめぐらした心に、決意を施した。
「姉さん……なんか人だかりが出来てるね」
 駅前に見える固まりに、妙に目立つ黒い人が、パン屋の奥を覗き込んでいた。
 天満の顔に、笑顔が広がる。
417満天:04/10/02 16:23 ID:MpYk9C8M

 ――烏丸くんだ!
「烏丸くん!」
 天満は烏丸のもとへ走った。今、チャンス。
 烏丸はパン屋から受け取ったカレーパンを手に取り歩み出そうとして、振り返った。
 良い匂いが鼻に付く。
「…………食べる?」
 烏丸は紙袋からカレーパンを取り出して見せた。
「……え、うん!」
 天満は受け取る。彼女は心を決めると口にした。
 香ばしい匂い……そして彼女の舌を這い回る激辛。
 天満は涙目になりながらも、口から吹き出そうとする雄叫びを堪えた。全身を駆け回る痺れ。こみ上げる力を腕を回して解放し、作った笑顔を烏丸に向ける。
 八雲はそれを見て怯えた。
「あ……それ激辛……」
 烏丸は気付いた。
 天満は涙ながらに笑顔を見せる。
 彼は水筒を取り出すと、十七茶をコップに入れた。
 彼女は引きつる笑みで受け取って、すぐに飲み干す。
「塚本さん……大丈夫?」
 天満は首を縦に大きく振った。
418満天:04/10/02 16:25 ID:MpYk9C8M

 ――う、う、嬉しい。
 烏丸くんが私の為に? 半分残ったカレーパンを袋に大事そうに包むと、買い物袋に入れる。
 ――烏丸くんからのプレゼント。
 顔を赤くし、感動する。
 ――この汗は、恋なのね。
 彼女は溢れる言葉を抑えた。至福の時である。
 八雲は呆れていた。
「あ……姉さん。私……先に見て回ってるね……」
「や、八雲?」
 天満は驚きを隠せなかった。
「……姉さん、私は大丈夫……楽しんできて」
「う、うん!」
 八雲は商店街に入った。
 今日は八雲に甘えて、二人きりの時間に親しもう。溢れる想像に天満は顔を赤くする。
「……塚本さん?」
 烏丸に顔を覗きこまれ、天満は飛び上がった。後ろに着地して、胸に手を当てる。
 ――え、え?
 彼は、離れた天満に寄って、あいている手を差し出す。
 慌てて彼の手を天満は掴む。
419満天:04/10/02 16:27 ID:MpYk9C8M

「あ、ありがとう。烏丸くん」
「……そ」
 彼は素っ気なく答えた。
「か、烏丸くんは、な、何しにここへ来たの?」
「…………」
 彼はカレーパンを一つ口に入れた。
「……カレーパンを買いに来た」
「あ、う、うん」
 『デート』が、彼女の頭を駆けめぐる。口がにやけるのを堪える。恥ずかしい。
 ――私、今なら出来るかも。
 今なら言える。場所にこだわらない。
 だから――
「ね、ねえ烏丸くん……」
「……なに?」
 彼女は唾を飲み込んだ。
「す、好き。だ……だから、付き合ってください!」
 大事なのは心。美琴の言葉が、彼女を急かした。
 勇気の後に残るのは、爽やかな胸の高鳴り。みなぎる力が、彼女の心を言葉に変えていた。
「…………」
「か、烏丸くん。い、いきなりゴメン。で、でも……」
 目から涙が溢れ出る。
 烏丸は彼女の涙をそっと拭いて、カレーパンを三つ握らした。
 困惑する天満。
 ゆっくりと彼は口を開く。
420満天:04/10/02 16:29 ID:MpYk9C8M

「……良いよ。僕も好きだよ」
「烏丸くん!」
 想像も出来なかった彼の言葉。
 天満は彼の胸に飛び込む。
 満天の笑み。
 優しく彼女を手が包む。
「カレー……食べに行こう」
 辛くて甘い、秋の彼だった。
                   END
421氷の鎖:04/10/02 16:31 ID:MpYk9C8M
ここまで目を通してくれて、ありがとうございます。
『満天』でした。

ではでは
422Classical名無しさん:04/10/02 17:10 ID:fq3iFPSU
>>404-411
ほぼ本編丸写しじゃん。んなもんわざわざ描写しなおさなくていいよ。
423Classical名無しさん:04/10/02 17:41 ID:RhLdppCE
>>422
そういうこと言いなさんな。
気付いたことをアドバイスしてあげた方が良いよ。
424Classical名無しさん:04/10/02 18:15 ID:Go45BKb2
>>416-420
モツです。
俺は烏丸嫌いじゃないので有難かったです

でもやっぱりちょっと状況が分かり難い箇所が幾つかあります…
5W1Hを読者にわかり易くおながいします。


まあ俺が読解力に乏しいだけの可能性も無きにしも非ずですが…
425氷の鎖:04/10/02 18:28 ID:MpYk9C8M
>>424
そ、そうですか(汗)

いやいや、貴方は悪くないです。勉強不足の私が良くない。
もう一度、現文の勉強して来ます。きっかけをありがとうございます。
でわでわ。
426Classical名無しさん:04/10/02 22:44 ID:9YyPP7sI
>>422
同意。
こういう状況説明を省けるところは二次創作の利点の一つのはずだから。
ただまぁ、別にあっても気になるという程じゃない。
個人的には読み飛ばすだけ。
427Classical名無しさん:04/10/02 22:56 ID:C9qpP.LQ
>>368
亀レスだが、スクランSSでHP開いてる人っつーと

ttp://www.hcn.zaq.ne.jp/konkon/
ttp://word-life.hp.infoseek.co.jp/
ttp://simotuki26.hp.infoseek.co.jp/

ぐらいしか知らないんだが、そこはどこ?
428Classical名無しさん:04/10/02 23:23 ID:QL5u5GF.
>>427
370のサイトなら知ってるが、挙げていいものかどうか。
日記にて返答頼む。
429Classical名無しさん:04/10/02 23:24 ID:QL5u5GF.
あ、俺は368じゃないからね。
430Classical名無しさん:04/10/02 23:46 ID:AGErMo4k
どんなSSでも楽しめる俺
431コンキスタ:04/10/03 00:36 ID:luUH0rT6
ども。コンキスタです。
いつも皆さんご感想ありがとうございます。これから第6話を投下します
>>331
 面白いと言っていただけてすごく嬉しいです。描写のほうは一人称になったり三人称になったりと不安定なので、あんま自信はないのですが^^;

>>333
 感想ありがとうございます。天満の役割には気をつけるつもりではいます。

>>334
 ありがとうございます。播磨の想いの扱いが相当難しいです^^; がんばりますのでこれからもよろしくお願いします。

>>336
 八雲に自信がないので、良かったところで八雲のセリフを挙げてもらえてよかったです。

>>337
 『Be glad』の時点では旗SSと言っていますが、ここは断言しないほうがいい気がします。なので黙っておきますw
432コンキスタ:04/10/03 00:37 ID:luUH0rT6
それでは投下します。
 前スレ
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/329-345n 『Be glad』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/479-493n 『True smile』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/521-535n 『True smile -2』

 現行スレ
 >>281-295 『I don't say』
 >>320-330 『Escapes from himself』


第6話

『Point of a look -1』
433Point of a look -1:04/10/03 00:39 ID:luUH0rT6
『Point of a look -1』 


 ――――逃げるの?――――

 彼が目を開けて一番最初にその目に映ったのは、ただの天井だった。
 まだはっきりしない頭でさきの夢を思い出す。
「なんだってんだよ……」
 朝日を浴びる部屋。その部屋のベッドの上で播磨拳児は寝返りをうった。
 起きる予定はなかった。学校なぞ行くつもりもなかった。
 なのに目が覚めた。不思議ともう一度寝る気にもならない。それどころか目を瞑る気にすらならなかった。
 なぜなら眠ると夢に見るだろうから。眠ろうとすると思い出すから。
 沢近愛理といた、あの夕焼けの教室を。
 そして彼女に言われる。
『逃げるの?』と。
 そのたびに彼は吼えた。どうしようもないのだと叫び続けた。しかし彼女は聞くのをやめない。何度も何度も、それを言う。
 壊れたレコードのような、うざったい無限ループ。
 夢とはいえ、みっともないただの言い訳をするのにも飽きてしまった。
434Point of a look -1:04/10/03 00:41 ID:luUH0rT6
 枕元に置いてあった目覚まし時計がやかましく鳴り響いた。どうやら昨日の夜に解除するのを忘れていたようだ。
 播磨は手だけ動かして時計を叩いて耳障りなアラームを止めると、そのまま時計を鷲づかみにした。見えるところに持ってきて時刻を見る。
 学校に行くつもりはなかったのに、どうしてかいつもより早く目が覚めている。
 偶然か気まぐれか。
 いや、そんなことはない。確実に彼女のせいだった。
 播磨は思い出す、オレンジ色の教室を。
 彼が学校を辞めるかもしれないと告げたとき、彼女は言った。
『ダメよ』
 たった一言。しかし鋭い否定。
『絶対にダメ』
 どうしてアイツにそんなこと言われなくちゃならねえんだ、そう播磨拳児は思う。
 しかし同時に、どうしてアイツはそんなことを言ってくれるのか……そう思う彼もいた。
「お嬢……」
 知らずにつぶやく。そして言った瞬間はっとする。天満というものがありながら一瞬でも変な想いに駆られた自分を嫌悪した。
 播磨は馬鹿馬鹿しいと勢いよく布団をかぶり直すと、無理やり目を瞑った。
 しかし一瞬暗闇になったかと思うと、すぐにブロンドの彼女が目の前に現れる。見えた彼女はひどく挑発的で、少し悲しそうだった。
 今日学校に行かないと、なんだか彼女に負けたような気になり、それが播磨には不愉快だった。
「だー、くそ! 行きゃあいいんだろ、行きゃあよ!」
 播磨は悪態をつきながら、布団を蹴飛ばし跳ね起きた。もうやけくそだった。
435Point of a look -1:04/10/03 00:43 ID:luUH0rT6

 播磨が教室に入ると、彼の目に愛理の姿が映った。愛理も美琴と話していたが、播磨が入ってきた瞬間に視線が彼に向く。
 二人の目が合った。播磨はサングラスをしていない。
 播磨には彼女の頬がこころなしか染まった気がした。
 播磨に背中を見せていた美琴が、自分の背後に向いている愛理の視線に気づき、振り返った。
「おわ、播磨か!? サングラスかけてないじゃん」
「ん? ああ。まーな」
「へー。結構かっこいいんだな、播磨って」
 美琴の意外な反応に播磨はその目を白黒させた。
 しかし実際クラスの大半の人間の視線が播磨に集まっており、それぞれ驚愕するか放心するかのどちらかだった。
 播磨は何を言われたのかいまいち理解できていないようで、間抜けな声を上げる。
「お、おう……?」
「アシカかお前は」
 そう言って笑う美琴を、愛理は少しつまらなそうに見ていた。
 昨日のこともあって播磨は一瞬愛理のことが気にかかったが、無視して自分の席に向かっていった。
 愛理はその後姿を無言で見つめる。そのときふと、他の女子生徒の視線もいくつか彼に集まっていることに気づいた。
 サングラスをしていないもの珍しさからか、それとも……。
 彼女の奥に潜んでいた嫉妬という闇が、心を侵食していく。その愛理の表情に気がついた美琴が言った。
「安心しな、沢近。少なくとも私はとるようなことはしないからさ」
「本当でしょうね? ……って、なんの話よ、なんの!!」
 美琴はまさに顔から火を吹いている親友を見て、楽しそうに笑っていた。
436Point of a look -1:04/10/03 00:46 ID:luUH0rT6
 播磨が机に鞄を置こうとしたとき、なんと天満と目が合った。
「ぁ……」
 天満が小さく声を上げた。
 播磨にそれを聞き取ることはできなかったが、なんだかきまずい空気が流れているのはわかった。
 そしてきっと昨日の屋上での会話のせいなのだろうと勘違いした。いや、この場合そう思うのが普通なのだろう。
 彼はなるべく自然にと心がけて挨拶を試みた。
「よ、よう塚本。いい天気だな」
 ちなみに空は灰色の雲に覆われている。
「う、うん! おはよー、播磨君!」
 そこにツッコむこともなく元気良く挨拶する天満に、播磨は正直ほっとした。笑顔が戻ってきている。
 少しぎこちなさがあるが、多少は仕方がないだろうと播磨は無理やり納得しようとした。
 しかし――。
「ぁ……あ、そーだ! 晶ちゃーん」
 天満は唐突に何かを思い出したかのように席を立ち、すごい勢いで友人のもとへと走り去っていった。
 いくら鈍い彼でも、今の彼女の行動がどうにも不自然であることが容易にわかった。
 そして思う。まさかと否定しつつ、完全に否定できない。

 ――――もしかして俺、避けられてる?
437Point of a look -1:04/10/03 00:50 ID:luUH0rT6
 休み時間。
「つ、塚本。あのよ――」
「ああ! 忘れてたー!」


 昼休み。
「塚モ――」
「あ、そうだ!」


 放課後。
「つ――」
「じゃ、じゃーねー。播磨君!」
「――かもと……」
 播磨の声もむなしく、天満はわき目も振らずに教室から走り去っていった。結局、彼は一度も天満とまともに会話することができなかった。
 天満が去っていった教室のドアをぎこちない笑みで見つめる。
 彼はその不気味な笑みのまま何故か屋上に向かい、

「やっぱり避けられてるーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 頭を抱えて心の悲鳴を――実際にも声が上がっているが――上げた。
「は、播磨さん?」
 突然の背後からの声に播磨は驚き、振り返る。
 開かれたドアの向こうに塚本天満の妹、八雲が立っていた。少しおろおろしている。いきなり男が叫んだら誰だって困惑するだろう。
 しかし目を合わせないようにしているのはそのせいではない。
 それは播磨がサングラスをしていないからだ。
 愛理が漫画の手伝いをすることになった日に待ち合わせていた喫茶店で見ているので初めてではないが、
八雲は目を合わせるのが少しだけ恥ずかしかった。
438Point of a look -1:04/10/03 00:49 ID:luUH0rT6
「妹さんじゃねえか。なんでここに?」
「あ……その、偶然播磨さんを見かけたので、少し気になって……」
「あー、悪ぃな妹さん。びっくりさせちまったみてえで」
 少し赤面しながら播磨が頬をかいた。
「い、いえ……それより、どうかしたんですか?」
「あー、いや……」
 言いにくそうにする播磨を見て、八雲は少しショックを受けていた。
 しかしそれは、言ってもらえない、頼ってもらえないことからのショックではない。
「やっぱり視えない……」
「ん?」
「あ、いえ……なんでも、ないです……」
 そう言うが、八雲は彼をじっと見つめる。しかしどんなに頑張って見ても、何も視えなかった。
 今日は能力が強まる日のようで、クラスの男子の声などは視えていた。それらは言ってみればいつものことなので、少し我慢すればそれですむ。
 しかし播磨の心が視えないということは、いつものことだからこそ、悲しかった。それだけはいくら我慢してもしたりなかった。
「そーいや天満ちゃん、俺のことなんか言ってなかった?」
「姉さんが……ですか? いえ、特に何も……」
 昨日は学校に忘れ物をとりにいって帰ってきてから天満の様子がおかしかったので、八雲はまともに会話をすることができなかった。
「くそぅ……俺が何をしたっていうんだ天満ちゃん……」
 少し心当たりがありすぎて困る。昨日の屋上での話しでいい加減な奴だと疑われているんじゃないかという不安が、そのひとつだ。
「つーか、天満ちゃんも鈍すぎだぜ。少しは俺の気持ちに気づいてくれても良さそうなんだけどな」
 いまさらと思いながらも大きなため息をつく播磨を見て、八雲は珍しくむっとした。気づいたときには口が勝手に動いていた。
「播磨さんは……ずるいです……」
439Point of a look -1:04/10/03 00:51 ID:luUH0rT6
「へ?」
「自分のことは棚に上げて……姉さんが鈍いだなんて、ずるいと思います……」
「あ、わりぃ。そうだよな、妹さんのお姉さんだもんな。別に悪気があったわけじゃねえんだ」
「あ、いえ……す、すいません! 気にしないで、ください……」
 自分が何を言っているのか気づいた八雲はぺこりと頭を下げ、播磨の間違っている解釈を正そうとはしなかった。
 顔を上げて彼を眺めるように見る。しかしやはり目は恥ずかしくて見ることはできない。
 そして相変わらず何も視えない。彼女の心が深く暗い海に沈んでいく。
 播磨のしゃべる声も、どこか遠くから聞こえてくるようだった――――。

  他の人の心なんか見えなくてもいい。

『それにしても、妹さんはほんとにいい妹さんだな』

  この人の心だけを見せてくれればそれでいいのに。

『俺にも弟がいるんだが、こいつが結構生意気でよ。まあ、そこがいいっちゃいいんだが』

  なのにどうして。

『しかも料理もうめえし、優しいときてる。妹さんと本当に付き合う奴ってのは幸せ者だぜ!』

 ――――播磨さんは心を見せてくれないのだろう――――

 しかし八雲は理由を知っている。それは彼が彼女を好きでいてくれていないから。恋愛対象としての好意を持ってくれていないから。
 そんな単純すぎる理由。しかしだからこそ八雲は悲しくなる。
 彼女は夢を抱くことすら許されない。
 自らが抱く播磨への気持ちに気づいた彼女にとって、その事実は何より残酷だった。
440Point of a look -1:04/10/03 00:53 ID:luUH0rT6
「ほんとすまねえ。俺はともかく、妹さんを好きな奴がいても告白しにくいだろうしよ」
「いえ……それはいいんです……。それに、播磨さんを好きな人も……いると思います……」
「俺を好きな奴? いや、いねえだろそんな奴」
 冗談と受け止めた播磨が笑いながら言った。
「そんなことありません……」
「いや、だって俺だぜ? 嫌いになるならわかっけど、好きになる子なんていねえだろ。……言ってて悲しくなってきた」
 つまり天満だって自分のことを好きになってくれないと言っているのと同義だった。
 うなだれる播磨におろおろしながら八雲が言った。
「い……いえ、播磨さんはいい人です。それに私――――」
 慰めるつもりで口を開いたのだが、そこで言葉につまる。無意識のうちに口にしかけた本当の気持ち。
「ん? 私……がどうしたんだ、妹さん?」
 八雲の気も知らずに聞いてくる播磨。
 こんなことなら気づかず言ってしまっていたほうが楽だったのにと、八雲は後悔した。
 しかし、今なら言えるのではないか。彼女は彼を見つめる。今度はしっかり、その目を。
「私は……私は、播磨さんのこと……」
 彼女の心臓が高鳴る。鼓動、周囲の音、目に映る風景、時間、その全てが大きくゆるやかに。
 唇が――言葉をつむいだ。
「嫌いじゃ、ありません……」
「おお、サンキュな妹さん!」
 違う。そうじゃない。
 彼女は心の中で小さく首を振る。
 しかし言えない。怖いから。結果はわかりきってしまっているから。
 『視えない』
 それは彼女の告白を妨げるのには、十分すぎる理由だった。
441Point of a look -1:04/10/03 01:05 ID:luUH0rT6

 八雲と別れ、屋上から戻ってきた播磨はがらりと教室のドアを開けた。あまり時間は遅くないが、教室に残っているのは一人だけだった。
 外の天気は曇りだが雨は降っていない。みんな帰るか部活に行くかしたのであろう。
 彼女は播磨が入ったきたことに気づいていない。机の上に乗せた腕に頭をのせ、気持ちよさそうに寝息を立てている。
 播磨は自分の椅子の近くに置いてある鞄を回収するために、教室を歩いていく。
 そして何故か彼女のすぐ横にたどり着いていた。
 なぜなら、不可解なことに彼女が寝ている席は彼女の席ではなく、他でもない播磨拳児の席だったからだ。
「おい、お嬢」
 単に邪魔だという考えと、このまま寝かしておくのもまずいだろうという考えで、播磨は彼女に声をかけてみた。が、反応はうすい。
 小さくうなったかと思うと、次の瞬間にはまた静かな寝息を立てていた。
「ったく……」
 播磨はふと彼女の顔を見る。こっちまで眠くなりそうなほど、気持ちよさそうに眠っている。よほどいい夢でも見ているのだろうか。
 教室はいやに静かに思えた。外から聞こえてくる部活動の騒がしさも遥か遠くから聞こえてくる。教室だけが別世界になったかのようだった。
 彼はぼうっと彼女の顔を眺め続けている。何も考えず、明確な理由もなく、ただなんとなく……。
 気づけば彼は、その安らかな寝顔から目が離せなくなっていた。
「ん……」
 何がきっかけかはわからないが、ゆっくりと愛理が目を開けた。その様子に播磨は少しどきりとする。
 ゆっくりと、それでいて優雅に彼女の顔が上がる。その瞳はぼんやりと目の前に立つ播磨拳児の姿を捉えていた。
442Point of a look -1:04/10/03 01:10 ID:luUH0rT6
「……播磨君?」
「あ、ああ」
 しかしどうやら愛理はまだ寝ぼけているようで、目がうつろだ。寝ぼけ眼をこする。
「そう、播磨君……って播磨君!?」
「喧嘩売ってんのか?」
「そ、そうじゃないけど」
 彼女はあせあせと両手を何度も交差させる。慌てふためくその姿は少し彼女らしくなかった。
 放課後、播磨の鞄がまだあることに気づいた愛理は、自分でも本当に馬鹿だと思う期待を抱いてしまった。
 馬鹿なことだとわかっていながら友人の誘いを断り、自分は馬鹿だと後悔しながら教室で播磨を待っていた。
 人がいないことをいいことに、なんとなく播磨の席に座って待っていたのはいいのだが、肝心の本人がなかなか戻ってこない。
 退屈になった彼女は寝不足だったので、いつのまにか眠ってしまっていたのだった。
 そして起きたら目の前に彼が、である。彼女にとっては不意打ちもいいとこだった。
 播磨は椅子下の鞄を掴み、自分の方に引き寄せながら言った。
「ったく、お前も良く眠れるよな。おめえ、古文の授業も寝てただろ」
「あ、あれはうとうとしてただけよ……それにしても、アンタ見てたの?」
「ま、お嬢は目立つしな。見てて面白かったぜ」
 愉快そうに播磨は愛理を馬鹿にした。愛理は拳を小さく震わせながら、立っている播磨を見上げる。
「国語系は苦手なのよ。ちゃんとやらなきゃってわかってても眠くなるんだから、仕方がないじゃないの。それに馬鹿のアンタに言われたくないわ」
「次の数学も寝かけてたくせにか」
「う、うるさいわね――」
 ――昨日はアンタが学校に来るか気になって眠れなかったのよ!
 その事実を飲み込んで、愛理はぷいと播磨から顔をそらした。
 彼女の事情を知る由もない播磨は、彼女の様子をしてやったりと満足気だった。
443Point of a look -1:04/10/03 01:12 ID:luUH0rT6
「あ……そういえば播磨君。考え直したんだ、学校辞めるの」
 唐突な愛理の問いに、播磨の表情が怖くなった。しかし何でもない風に言う。
「いや、学校にゃもう来ねーよ」
 愛理が播磨が何を言ったのかよくわからないといった風に、きょとんと首を傾げた。
 そしてゆっくりと彼の言葉を吟味し、噛み砕き、理解した瞬間には声を上げていた。
「ええっ!?」
「天満ちゃんに嫌われちまった……。もう本当に、ここに来る理由がねえ」
 そう言うが早く、播磨は鞄を持ち上げると足早に歩き出した。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ、播磨君!」
 がたりと椅子を倒して愛理が立ち上がった。
「じゃーな、お嬢」
 しかし彼女が何か意見する暇もなく、彼はさっさと教室からいなくなってしまった。
 彼はここで何かを言われたらまた夢にでてきそうで嫌だったのだ。
 それに天敵と思っているはずの彼女のせいで心が揺らいでしまうのは、彼にとってあまり認めたくないことだった。
 教室にぽつんと取り残された愛理。肩が震えている。そう、泣いている――――わけではない。むしろその逆だった。
 ぷちんと、どこかで音がした。
「……ふ、ふふふ……」
 本当に頭にきた。
 こっちの気も知らないで勝手に決めて、もう来ない?
 私がどれだけ心配したと思ってるのよ。どれだけ不安になったと思ってるのよ。
 そりゃ播磨君は知らないでしょうけどね、ホントに眠れなかったんだから!
 なのに、もう来ないですって?
 そんなのダメだし、イヤだ。
 愛理は彼が出て行ったドアをきっと睨みつけた。
「あー、いーわよ! そっちがその気ならこっちにも考えってものがあるんだからっ!!」
 それは播磨の耳には届くことはなかったが、教室の前の廊下を歩いていた少数の生徒を確実にびびらせていた。
444Point of a look -1:04/10/03 01:15 ID:luUH0rT6

 夜。塚本天満は自室のベッドの上に座り、クッションを抱いていた。
「どうしよう……」
 思わずつぶやく。自分でもあれはいくらなんでもあからさますぎだと反省する。
 今までなら軽く話しかけることができたのに。今ではすごく恥ずかしい。
 昨日、あの教室に天満は忘れ物をとりに戻っていた。そのとき聞いてしまったのだ。
 播磨の本当の気持ちを。八雲とのことが誤解だということを。
 そして、彼がどれだけ自分のことを想ってくれているのかということを……。
 播磨の顔を思い出す。しかし次の瞬間には烏丸の顔を思い出すことで、顔を紅くなるのを必死で抑えた。
「だめよ私! 私には烏丸君がいるじゃないの!」
 そう言って小さな拳をかかげる。
 そして想いを胸に刻む。
 烏丸君が私のことを好きじゃないかもしれないからって、楽なほうに逃げちゃダメだ。
 私は本当に烏丸君のことが好きなんだから。
 しかし、とは言っても――。
「うわーん、どうすればいいのかわかんないよー!」
 気にするなというほうが無理だった。天満は今日の授業中にも、どうしてもちらりと何度か彼の方を見てしまっていた。
 天満は彼のことをかっこいいと思っているし、いい人だとも思っている。だからこそ妹の恋人で良かったという気持ちがあったのだ。
 そんな播磨が自分のことを好きでいてくれるなんて、妹には悪いが嬉しくないはずもない。
 しかし、天満にはどこかひっかかるところがあった。
 天満は授業中に見た彼の横顔を思い出す。それがどうにも気にかかる。
 しかし、それで自分の思うとおりだったとしても私にどうしろというのだと、彼女はますます思考の泥沼にはまっていった。
「うーん……」
 相談しようにも、こんなこと他の人にいってもいいのか悩んでしまう。
 だんだん思考回路が煙をあげはじめた天満は、クッションを抱えたままごろりとベッドに寝転んだ。
 そして次に気づいたときにはすでに朝で、なおかつ遅刻寸前の時間だった。


....TO BE CONTINUED?
445コンキスタ:04/10/03 01:17 ID:luUH0rT6
 以上で『Point of a look』の前編終了です。
 第6話、第7話で前編後編でできています。
 ただ少し用事ができるかもしれないので、第7話の投下は遅れるかもしれません。

 ではでは。
446Classical名無しさん:04/10/03 01:30 ID:vZR0kntI
コンキスタさんGJ!
流れるような文に少し憧れます。

天満の動揺も良いけど、今回は愛理の目を覚ますところが印象的でした。
「播磨君」と何度も確認してあわてふためく彼女が想像出来て楽しいです!

次回作も心待ちにしています。
447Classical名無しさん:04/10/03 01:54 ID:21zgDN72
GJ!
愛理と天満が一体どんな行動をとるのか…
果して、どう収集をつけるのか…
後編が激しく気になります。
448Classical名無しさん:04/10/03 03:01 ID:ZQdzrR6Y
乙です。
ハーレムですね。
天満どうするんだろう。
449Classical名無しさん:04/10/03 03:59 ID:ftzM4psw
天満が播磨を気にかける展開は初めてですな……それもまた不憫だが。
450Classical名無しさん:04/10/03 09:43 ID:F8fQumJA
天満が播磨を意識したし、これからどうなるのだろうか。


>>某s氏へ
>>428ですが、了解しました。内緒内緒の方向で。
451Classical名無しさん:04/10/03 10:34 ID:8q8uv9y6
ホントに播磨は学校辞めちゃうのかな?
続きが気になるーーーー!!

コンキスタさんGJGJ!
452Classical名無しさん :04/10/03 11:08 ID:osJNGzgc
GJでした。 天満は勘違いしなかったんですね。 悩む天満と愛理の考えは何か期待してます。
453Classical名無しさん:04/10/03 18:19 ID:gxWmds.Y
>>445
GJ!
激しく面白いです
454Classical名無しさん:04/10/03 18:35 ID:4.ArXN8o
うはー!!
予想が外れたよ!、
コンキスタさん、GJ!!
沢近がんがれ!
455Classical名無しさん:04/10/03 20:01 ID:MGGXtQCU
>>445
GJ!
描写上手いなー。
グラサン外した播磨イイ!
456Classical名無しさん:04/10/03 22:07 ID:QqPRNGkA
絃子SS投下します。
今回、少し意識的に文体を変えてみました。
読みにくくなっていれば申し訳ないです。
457Classical名無しさん:04/10/03 22:07 ID:QqPRNGkA
 ――ミーン、ミーン、ミーン。
 暑い夏の日差しが降り注ぐ中、今が旬とばかりにセミの鳴き声があたりにこだましていた。
矢神坂学院高校の物理教師である刑部絃子は、居間のテーブルの上に頬杖をつきながら、
ぼんやりとセミの鳴き声を聞いていた。
「明日……か」
 ふと、絃子の口からつぶやき出た声が、家主以外誰もいない部屋の天井へと吸い込まれる。
 うつろな視線の先には、壁に押しピンでとめられた、やや大きめのカレンダーがあった。
 8月18日。
 絃子の誕生日であった。
 だが、若い頃ならいざ知らず、さすがに20代も後半になってくると、自分の誕生日を素直に喜べなかった。
別に年を一つ重ねること自体に、嫌気がさしているのではない。とはいえ、少しずつ自分の年齢というものを、
正視したくなっているのも事実であった。

 ふと、絃子の脳裏に、先日出席した友人の結婚式のことが浮かび上がる。
別に結婚が全てだとは思ってはいないが、幸せそうな二人をみていると、ほんのわずかにうらやましいとも思えた。
 あの二人は、おそらくお互いの誕生日の時には、きっとお互いを祝いあうのだろう。
絃子には、現在特定の相手というものはいないが、もしいるとするのなら、
自分の誕生日には何か気の利いたプレゼントや、優しい言葉の一つでもかけてくれるのかもしれない。
 
 絃子はそこまで考えると、そんな自分の妄想にも似た考えを振り払うかのように、2、3度かぶりを振った。
「そういえば、拳児クンはどうしているのかな?」
 絃子はそうつぶやくと、自分の同居人の様子を伺うために、ゆっくりと部屋に向かった。
458Classical名無しさん:04/10/03 22:08 ID:QqPRNGkA
 ――コンコン。
 乾いた音が廊下に響き渡る。
「拳児クン、入るよ?」
 絃子は、一言断りを入れると、金属製のドアノブを回した。
 カチャリという無機質な音とともに、ドアがゆっくりと開く。
 そのまま自分の体を滑り込ませるようにして入った絃子の目の前にあったのは、誰もいない無人の部屋だった。
「留守……か」
 絃子はそうつぶやくと、主人のいない部屋の中を見回した。
 普段の彼の様子とは正反対に、と言ってしまえば少々失礼かもしれないが、
意外にキチンと片づけられた部屋だった。
 おそらく漫画を描いていたのだろう。簡素な机の上には、いくつかのペンと定規、
それと消しゴムの削りカスが煩雑に並んでいた。
 絃子は、その机にゆっくりと近づくと、ふと目の前にあったカレンダーに目をとめた。
 8月17日、すなわち今日の日付のところには、ある意味彼らしい、乱雑な字で「バイト」と書き込まれていた。
「そうか。今日はバイトの日か」
 絃子の同居人は、絃子と折半された家賃を、毎月律儀に納めている。彼がここに住むときの条件だった。
 社会人である自分と、一高校生では、自然と収入が異なってくる。そういった意味では、社会人である自分が、
多少なりとも多く受け持つのが道理であるのかもしれないが、現在のところ、光熱費なども含め、
生活費の半分を納めてくれていた。
 高校生が、これほどの生活費を自分で稼ぎ出すためには、かなりの労働であるのは容易に想像がつく。
一度、彼が疲れた様子で帰ってきた時に、さりげなく、生活費の折半の割合を、
多少自分が多めに受け持ってもいいと提案してみたのだが、彼は一言「大丈夫だ」と答えただけだった。
 そんな彼の強がりにも似た、少しばかり古風な姿勢が、絃子は嫌いではなかった。
459Classical名無しさん:04/10/03 22:09 ID:QqPRNGkA
 ふと、もう一度目の前のカレンダーに目をやる。
 8月18日。明日の予定のところには、何も書き込まれていなかった。
 ――ひょっとしたら、彼は私の誕生日のことを覚えていてくれているのだろうか?
 絃子の頭の中に、そんな考えが浮かぶ。
だが、次の瞬間、それを打ち消すかのように、軽く頭を振った。
 彼がまだ小さい頃、まだ絃子のことを「絃子ねえちゃん」と呼んでいた頃、一度だけ誕生日にプレゼントをくれたことがあった。
自分のなけなしの小遣いの中から、どうにか工面して渡してくれたプレゼント、それは今も大切に絃子の机の中にしまわれていた。
 だが、彼が中学生になってしまってからは、一度も絃子の誕生日にプレゼントをくれるようなことはなかった。
絃子も大学卒業が近いこともあり、おたがいに触れ合う時間がなくなってきたせいもあったのかもしれない。
 一緒に暮らし始めた去年の誕生日は、絃子は笹倉先生と出かけていたし、彼もまた用事あったのか、その日は帰ってくることはなかった。

 絃子は、もう一度カレンダーに目をやる。
 ぽっかりと空いた、明日の予定欄。
 もしかしたら――
 そんな予感にも似た考えが、再び絃子の頭をよぎる。
 別に期待している訳ではない。誰かに祝ってほしい訳でもない。
だが、明日ぐらいはそんなことがあってもいいのではないか?――明日は、自分の誕生日なのだから。

「そうだな。今日は、私が晩ご飯の支度をするか」
 絃子は誰ともなしにそうつぶやくと、静かに彼の部屋を後にする。
 その整った顔には、優しい笑みが浮かんでいたのだが、当の本人でさえ、そのことに気づくことはなかった。
460Classical名無しさん:04/10/03 22:11 ID:QqPRNGkA
「ただいまーっと」
 午後6時半。やや涼しくなり、外ではヒグラシが自分の存在を精一杯アピールするかのように、
けたたましく鳴いている頃、播磨拳児はバイトから帰ってきた。
「ああ、お帰り。晩ご飯の支度は出来てるよ。もう食べるかい?」
 居間でニュースを見ていた絃子は、廊下を通りがかった播磨に声をかける。
 播磨は、不思議そうな顔をし、「今日は俺の当番だったんじゃ?」と絃子に尋ねた。
「ふむ。まぁ確かにそうだったんだが、暇だったので私が代わりにやっておいたよ」
 絃子は軽く微笑むと、そう播磨に答える。
 一方の播磨は、ますます困惑した表情を浮かべた。
 今までは、料理当番はちゃんと予定表に決められており、それが破られることはまずなかった。
もちろん、急な予定などで、どちらかが代わりに料理の支度をすることはあったが、それも事前にちゃんと連絡があってのことで、
今回のようなことはほとんどなかったのだ。
 別にそれが悪いというわけではない。予定はちゃんと守るもの、それが大事なことはわかっていたし、
そうすることが共同生活において大切なことは、二人共よくわかっているつもりだった。
 それゆえに、今回の出来事は、播磨にとっては、勿論嬉しくもあったのだが、同時に困惑したのも事実であった。
「ど、どうしたんだ? なんか悪いモンでも食ったのか?」
 いつもと様子の違う絃子にとまどったせいもあるのか、播磨はやや憎まれ口を叩いてしまう。
 いつもなら、次の瞬間、絃子は無言で改造エアガンを突きつけてくるか、皮肉たっぷりの反論を返してくることだろう。
 だが、実際に播磨の言葉を聞いた絃子は、一瞬惚けた表情を浮かべていたが、
次の瞬間、クスクスと小さく笑い出したのだった。
「たまには、こういう日があってもいいと思わないか?
 ――ともかく、私は食事の準備をしてくるから、さっさと部屋に戻って着替えてきたまえ」
 そう言うと、絃子は、一人困惑した表情を浮かべている播磨を廊下に残し、台所の奥へと消えていった。
 
461Classical名無しさん:04/10/03 22:11 ID:QqPRNGkA
 居間のテーブルの上には、いつもよりほんの少し多い御菜の数々が、きれいに並べられていた。
お互い向かい合わせになる形で座った二人は、思い思いの御菜に箸を伸ばす。
 二人の間には、いつもとはやや異なる雰囲気が漂っていた。
 普段の食事風景といえば、お互いが好きな御菜に箸を伸ばしながら、日常の他愛もない会話が続くのが常であった。
もっとも、元々無口である絃子の方から話を振ることは少なく、もっぱら播磨のほうから話題を振ることが多かったのだが。
 だが、お互いがそのような食事風景に対して違和感を覚えていたわけでもなく、ただそうすることが当たり前、
常なる風景であったかのように、ごく自然なものとして捉えていた。
 然るに、今回の風景はどうか。
 普段とは逆に、どちらかといえば絃子が積極的に話しかけ、それに播磨が対応するという形となっていた。
(一体イトコのヤツはどうしちまったんだ?)
 播磨は、会話を交わしながらも、普段とは様子の異なる自分の従姉の様子に、些少なりともとまどいを覚えていた。
 ――浮かれている?
 一言で絃子の様子を言い表すと、その一言に集約されるのではないだろうか。
 どちらかと言うと、絃子は自分の本心をなかなか覗かせないタイプである。その絃子が珍しく――絃子をあまり知らない人間から見たら、
それでも無愛想だと思うかもしれないが――自分の感情を顕わにしている。
 そのことは、播磨にとって決して悪いものではなかった。
(まぁ、せっかくイトコが機嫌良くしてるんだ。わざわざ理由を尋ねることもないか……)
 播磨は、そう思い直すと、おもむろに口を開くのだった。
「そういえばさ、今日――」

462Classical名無しさん:04/10/03 22:14 ID:QqPRNGkA
「ふぃー、食った食った。ごっそさん! イトコ、美味かったぜ」
 普段よりも、幾分会話が弾み、和やかな雰囲気が流れる夕食の後。
 播磨は、自分の箸をテーブルの上に置き直すと、そのまま後ろに倒れ込むように、体を床に預けた。
それを見た絃子は、行儀が悪いよ、と苦笑を浮かべながらやんわりと窘めたが、
本心から怒っているわけではないのは、播磨の目からも瞭然としていた。
 やがて絃子は、ゆっくりと立ち上がると、目の前に並んでた食器を片づけ始める。
それを見た播磨は、慌てて体を起こすと、後かたづけぐらい自分でやる、と言ったのだが、絃子は笑いながら播磨を軽く制した。
「いいよ。キミも今日はバイトで疲れているのだろう? 多分、風呂ももう沸いていると思うから、汗を流してきたまえ」
 そう言うと、絃子は目の前の食器をたおやかに重ね、やがて静かに立ち上がった。
 そんな絃子の応対にわずかなとまどいを覚えたのも事実ではあったが、そのまま絃子の言葉に甘えることにした。

「――あ、そうだ。イトコ、明日のことなんだが――」
 播磨は、ふと思い出したかのように、食器を片づけ、まさに居間を出ようとしていた絃子に、背中越しに話しかける。

 『明日』

 その言葉を聞いた瞬間、絃子は自分の鼓動が一瞬早くなるのを、自覚していた。

 ――明日、イトコの誕生日だよな?

 ――おめでとう、イトコ

 ――これプレゼントなんだが

 様々な言葉が絃子の心の中を駆けめぐる。その様は、まるで野生の馬が草原を疾駆するかのよう。
 別に期待していたわけではないはずなのに、それでもどこかで何かを期待している自分がいる。
 そんな自分がうら恥ずかしくもあり、面映ゆくもあった。
463Classical名無しさん:04/10/03 22:15 ID:QqPRNGkA
「明日……何かあるのかい?」
 絃子は、極力普段の口調で言う。だが、その口調とは裏腹に、絃子の心の中は微妙な期待が染み渡っていた。
 そして、播磨の口からゆっくりと続きの言葉が紡ぎ出される。


「――明日、俺、バイトで帰れないから」


 一瞬の空白。
 その言葉を聞いた瞬間、播磨に背を向けたままの絃子の肩が、わずかに動く。
 多分それは播磨にも、そして当の本人にも分からないほどのわずかな動き。
 その動きに、どんな意味があるのか。それは分からなかった――少なくとも、播磨には。

「――そうか、気をつけてな」

 絃子は、先ほどとは別の意味で極力平静を装いながら、ゆっくりとつぶやく。
 そして、その細腕に食器を抱えたまま、静かに台所へと消えていった。
464Classical名無しさん:04/10/03 22:17 ID:QqPRNGkA
 ――何を期待していたのだろう?

 絃子は、自分の半身をベッドに埋めながらつぶやいた。
 あの後、自分でも何をしていたのか、よく覚えてはいなかった。ただ、記憶の片隅にあるのは、
半ば螺旋が切れかかった自動人形のように、ただただ淡々と家事をこなし、そのまま湯船に浸かったことだけ。
 絃子が、湯船からあがったときには、既に播磨の姿はなかった。どうやら、疲れていたのか、既に自室へと戻ったらしい。
そこまで確認すると、絃子は蹌踉とした足取りで、自分の部屋へと戻っていった。
そして、半ば崩れ落ちるような形で、ベッドの上に自分の体を預けたのだった。

 ふぅ、と一つため息をつくと、絃子は体を回転させ、仰向けになる。その拍子に、風呂上がりということもあり、
まだかすかに濡れていた絃子の黒髪が、ベッドの上になびいて広がり小さな音を立てる。
 絃子は、そのまま虚ろな視線を天井に向けると、もう一度大きな吐息をついた。
 
「本当に私は、何を期待していたのだろうな……」
 再び絃子の口からこぼれ出たつぶやきが、天井へと吸い込まれる。
 そんな絃子の様子は、先程とはうって変わってしまったかのようだ。
 ほんの些細なことに期待してしまい、一喜一憂していた様は、まるで十代の少女のようであった。
 然るに、今の絃子の様子はどうか。
 彼女の心を支配しているのは、ただただ寂寞の感ばかり。口から漏れるのは、嘆息の吐息ばかりであった。

 絃子は、両腕を交叉させると、そのまま自分の視線を遮るかのように、頭の方へと持っていった。

 ――そもそも、何故私は期待なんてしたんだろう?
 
 様々な考えが頭の中を掻き乱す。心の中は、自分の思索の流れに押し流されてしまうかのようだった。
 そんなとき、ふと自分の従弟の顔が脳裏に浮かぶ。
 少しばかりぶっきらぼうで、でも照れ屋で、そして優しくて。
 彼がまだ幼い頃、自分の誕生日にプレゼントを渡してくれた時の、あのはにかんだような笑顔。
 その時の笑顔が、まるで秋夜の中の蛍光のように、心の中にぼぅっと浮かび上がっては、音もなく消えていった。
465Classical名無しさん:04/10/03 22:19 ID:QqPRNGkA
 初めて、彼が自分の家に住まわせて欲しいと頼み込んできたとき、いささか驚いたのも事実であった。
久々に見る彼の外見が、自分の記憶に残るそれとは違っていたせいもあるかもしれない。また、彼の思い悩んでいるような、
煩悶した表情をみると、つい自分が保護者として彼を守ってやりたくなった、そういった心情もあったのかもしれない。
 だが。

 ――本当にそれだけ?

 絃子は自分の心のなかで自問自答する。彼が、自分にとってどのような人間なのか。
 考えてみれば、随分と奇妙な関係と言えるかもしれない。従姉弟同士とは言え、年頃の男女が一つ屋根の下に住んでいるのだ。
他人から見れば、特別な事情、もしくは関係にあるとしか思えないだろう。
 自分が、彼をそのような相手として意識したことはなかった。だが、それも自分がそのように思い込もうとしていただけではないのだろうか?
 一つの考えが別の考えを呼び、思考の渦動に飲み込まれていく。
 一つの答えに辿り着こうとするのだが、その答えは常に曖昧。
 すぐそばにありそうなのに、まるで縹渺たる雲のように捕らえどころがなかった。

「私にとって、彼は――」

 絃子はそうつぶやくと、まるで何かを掴もうとするかのように右手を天井に向けてゆっくりと伸ばす。
だが、その右手が決して空気を捕まえることが出来ぬように、絃子の心もまた、一つの答えを掴むことが出来なかった。
466Classical名無しさん:04/10/03 22:21 ID:QqPRNGkA
 翌朝。
 やや腫れぼったい目をこすりながら目を覚ました絃子は、自室の壁に掛けてあるアンティークな時計で、時刻を確認する。
時計の針は9時を少々過ぎた時点を指していた。
「そうか……いつの間にか寝てしまったのだな」
 絃子はそうつぶやくと、ベッドからゆっくりと体を起こす。
 昨日、特に疲れるようなことはしてないはずなのに、何故か体が重い。
 ゆるゆると体を起こした絃子は、部屋に置いてある姿見で、自分の顔を映してみた。 
 目の前にあるのは、やや疲れた様子の自分の顔と、わずかに充血した結膜。
 何故赤いのか。その理由を絃子は考えたくはなかった。

 2,3度かぶりをふった絃子は、そのまま居間へと向かう。
 そこには既に播磨の姿はなく、代わりにテーブルの上にメモ用紙が置いてあるだけだった。
 そのメモ用紙には、やや乱雑な字で「いってくる」とだけ書かれていた。
「もう行ってしまったのか――」
 そう言うと、絃子はぐるりと居間の中を見回す。
 部屋の中には自分以外誰もいない。唯一の同居人が出払っているのだから、当然といえば当然なのだが、
改めてその事実に気付いた絃子は、一つ大きなため息をついた。

 その後、いったん自室に戻り、普段着に着替えた絃子は、簡単な朝食をとった。
 普段より食欲はなかったのだが、それでも半ば強引に自分の腹の中に押し込んだ。
 後片付けを終えた絃子は、居間に戻ってくると、普段あまり見ないはずのテレビのスイッチをいれる。
29インチのテレビに映し出されたニュース番組は、次々と事件を報道していた。
 絃子は、ソファーに身を沈めると、ぼんやりとそのニュース番組を見つめていたが、気持ちはどこか上の空で、
自分の頭の中に内容がほとんど入ってきてないことに気付いた。

(誰かと一緒に出かけてようか?――そうだ、葉子なら)
 テレビを消した絃子は、自分の携帯と取り出し、メモリーの中から葉子の電話番号を呼び出す。
だが、受話器の向こう側から流れた無機質な音声を聞くと、絃子は最後まで聞くことなく、スイッチを切ってしまった。
467Classical名無しさん:04/10/03 22:23 ID:QqPRNGkA
 再びソファーに座り込んで、虚ろな目で天井を見上げる絃子。
 一体何故こんな気持ちになるのだろう?
 今まで一人でいることは結構多かった。人嫌い、というほどのことはなかったが、元来喧噪に出るのがあまり好きではない絃子は、
一人でいることが多かった。そう言う意味では孤独には慣れていたし、一人でいることに対して寂寞の感を覚えることもないはずだった。
 だが。
 今日の自分の気持ちを振り返るに、一体何故このような感情を抱くのか。
 今日が自分の誕生日という、ある種特別な日であるから?
 はたまた、別の理由があるからなのか?
 
 絃子は、ふと自分が昨晩のように、出口の見えないような堂々巡りの思考に捕らわれていることに気付くと、一度大きな嘆息をつく。
「――出かけよう。家にいると、なんだか気が滅入りそうだ」
 絃子の口からこぼれ出た言葉は、誰もいない部屋の中に響き渡る。そのわずかな残響音は、まるで今の絃子の心を映しだしているようだった。
468Classical名無しさん:04/10/03 22:28 ID:QqPRNGkA
 夏とは言え、既に辺りが暗くなってしまった午後8時。
 絃子は、ゆっくりと玄関の鍵を開けた。
「ただいま」
 ――ひょっとしたら。
 わずかな期待を込めて、絃子はつぶやく。
 だが、そんな絃子の気持ちとは裏腹に、薄暗い廊下の中に絃子の声だけがこだまする。
 そんなほのかな期待に少しでも身を任せてしまった自分に、絃子はわずかな自嘲の笑みを浮かべる。
 そして、やや重々しく自分の靴を脱ぐと、そのまま部屋の中へと戻っていった。

「ふぅ――」
 外出着から、やや薄手の服に着替えた絃子は、居間のテーブルの上に自分の頭をのせると、今日何度目になるのか分からぬ溜め息をついた。
テーブルの上につややかに広がった絃子の黒髪、その一房が肩口から手元の方へと流れ落ちる。その一房を、絃子のしなやかな指が、くるくると弄んでいた。
 あの後、ウィンドウショッピングも兼ねて、様々なところに出かけたのだが、気持ちはどこか上の空で、心の中は常に曇り空だった。
そんな絃子の心の中とは対照的に、夏の空は哀しいぐらいなまでに晴れ渡っていた。
 様々な店に出向き、色々な商品を眺める。だが、自分が見ているのが品物ではなく、無意識のうちに彼の姿を探し求めている自分に気付いてしまうと、
そんな弱い自分が嫌になり、静かにその店をでる――そんなことの繰り返しだった。
469Classical名無しさん:04/10/03 22:30 ID:gxWmds.Y
念のため支援
470Classical名無しさん:04/10/03 22:31 ID:QqPRNGkA
 ――寝よう。
 そう思い立った絃子が、ゆっくりと体を起こした瞬間、今までの静寂を打ち破るかのように、インターホンの電子音が響き渡る。
 (まさか?)
 ほんのわずかな期待を込めて、ゆっくりとインターホンを取り上げる。
『すいません――宅急便なんですが。お届け物です』
 そんな絃子の期待を打ち砕くかのように、やや事務的な声が向こうから聞こえてきた。
 ああ、はい、と生返事を返した絃子は、ハンコを取り出すと、玄関へと向かう。
 絃子がゆっくりとドアを開けると、その向こう側には、やや大きめの箱を抱えた配達人が立っていた。
 絃子が所定の位置にハンコを押すと、その配達人は、歯切れのいい挨拶を残して去っていった。
「一体誰から――」
 絃子が差出人を確認しようと、箱に貼り付けられた伝票を見る。
 その瞬間、絃子は思わず息をのんでしまう。

 ――播磨拳児。
 その名前を見た瞬間、絃子の鼓動が速くなる。
 絃子は、そんなはやる気持ちを抑えるかのように、その箱を居間へと運んでいった。そして、丁寧に包みを開いていく。
 果たして姿をみせたのは、ケーキ――それも、なぜか半分に切り取られたケーキだった。
 絃子は、テーブルの上に置かれた奇妙な訪問者を眺めながら、やや困惑した表情を浮かべる。
 常識的には誕生日のためのものなのかもしれないが、メッセージカードも何もなく、今一つ確証が持てなかった。
また、何故半分なのか、という疑問点がつきまとう。
 絃子が、もう一度小首をかしげたその時、再びインターホンのベルが鳴り響く。
 確認すると、どうやら先程とは別に注文されたと思われる、宅急便が届いたようだ。
 絃子は、再び受領印を押し、先程よりも小さな小包を受け取った。
 注文者のところには、同じ「播磨拳児」の文字。
 絃子は、とまどいを覚えながらも、小包を先程のケーキの横に並べる。
「これは、誕生日プレゼント……なのか?」
 しばらくの間、ぼんやりと二つの訪問者を眺めていたが、やがてまだ開けてない小さな小包の方に手を伸ばそうとした。
 その瞬間。
471Classical名無しさん:04/10/03 22:32 ID:QqPRNGkA
 ――トルルルルルルルル。
 居間に備え付けてある電話機から、けたたましい着信音が鳴り渡る。
 驚いた絃子は、すぐ近くにあった子機を急いで取り上げた。
「よっ! イトコか?」
 左耳に押しつけた受話器の向こうから、やや大きめの声が聞こえてくる。
「拳児クンか?」
「あぁ、俺だ。どうやら家にいたみたいだな……で、小包は届いてるか?」
「あ、あぁ――届いてはいるが、あれは――」
 あれは一体何なのだ?と言いかけようとした時、それを遮るかのように播磨が言い放つ。

「――誕生会やるぞ」

 その言葉は、まさに今の絃子にとって、文字通り寝耳に水だった。
 しばらくあっけにとられていた絃子は、え?と聞き返すことしか出来なかった。
「ケーキの半分、こっちにあるんだよ。だから、誕生会やるぞ」
「あ――」
 ようやく半分に切り取られたケーキの意味が分かった絃子ではあったが、突然の成り行きにしばらくの間、呆然となっていた。
その様子に気付いたのか、播磨がやや照れたような声を続ける。
「ま、まぁそのなんだ。今日はイトコの誕生日だろ? 去年はお互いに用事があって出来なかったし、
 今年は、って思ったんだが、結局俺のバイトがはいっちまったし……で、まぁせめて電話越しでも……って思ってさ」
「――覚えていてくれたのか」
 ようやく自分の頭の中を整理し、なんとか気持ちを落ち着けた絃子の口から漏れたのは、その一言だった。
「う……そ、そりゃぁな。俺の従姉なんだし……と、とにかくいくぞ。
 ――はっぴばーすでー」
 そう言うと受話器の向こう側から、やや調子外れな歌が聞こえてくる。
 恐らく播磨の顔は、真っ赤になっていることだろう。
 だが、それでも精一杯歌っている様子が、受話器ごしで見えないはずの絃子に、手に取るように分かった。
 そして、播磨が歌い終わろうとする直前、突然別の声が絃子の受話器から聞こえてくる。
472Classical名無しさん:04/10/03 22:35 ID:QqPRNGkA
「『お、新入り、なにやってんだ?』『いや、これは誕生日の――』『なんだ、お前の誕生日か。祝ってくれる女もいなくて、
 一人寂しく自分で祝ってるわけだな……仕方ねえ。俺たちが祝ってるよ、おーい――』
 『いや、これは俺の誕生日じゃないッスから……ってケーキ持っていかないでくださいよ!』」
 どうやら、一連の出来事に気付いた播磨の同僚たちが来たようだ。
 考えても見れば当然かもしれない。大の男が、半分に切り取られたケーキを前に、電話越しに歌を歌っているのだから、
端から見れば、さぞかし奇妙な行動に映ったことだろう。
 絃子は、しばらくの間、その突然の乱入者の出現に面食らった様子ではあったが、やがてクスクスと小さな忍び笑いを漏らした。
 そして、受話器の向こう側にいる慌ただしそうな播磨に言う。
「拳児クン――」
「な、なんだ?」
「その――」
 やや改まった様子の絃子。その言葉を言うのが、何故かためらってしまうようで。
 普段、全く使ってないという訳ではないのだが、それでもほんの少しばかり躊躇があった。
 一瞬の空白の後、絃子は、ゆっくりと、だがはっきりと言う。
「――ありがとう、拳児クン」
 ありがとう――その一言を言う瞬間の絃子の表情は、非常に柔らかで、穏やかな笑顔であった。
恐らく本人自信でさえ、自分がどんな顔をしていたのかわからないだろう。
「あ、ああ。と、ともかく――おめでとう、イトコ」
 播磨は、そう言うと、携帯の電源を切ってしまったようで、
絃子の受話器からは、ツーツーという規則正しい電子音だけが残っていた。
やがて、絃子はゆっくりと子機を置く。
 そして、まだ開けてない方の小箱を封を解く。そこに入っていたのは、シンプルなデザインの腕時計だった。
決して派手ではないが、それでもどこか趣のある腕時計。
 絃子は、自分の左手にゆっくりとその腕時計をはめる。
 まるで、そこにあるべきことが当然といった様子で、腕時計が絃子の腕にぴたりとはまる。
 絃子は、自分の左手に巻かれた腕時計をしばらくの間、じっと見つめていた。
473Classical名無しさん:04/10/03 22:36 ID:QqPRNGkA
 ふと、今の自分の状況に気付く。
 先程と同じように、部屋の中にいるのは自分だけ。
 だが、絃子の心の中にあるのは、先程までの寂寥感ではなく、ただ『暖かい』という気持ちであった。
 絃子は、もう一度腕時計に目をやる。
 
 いつしか、絃子の脳裏には、昨晩の自問自答の声が浮かんでいた。
 
 ――私にとって、彼は――

 昨日は答えがでなかった問いかけ。だが今の絃子には、その答えが分かるような気がした。
 いや、多分ずっと前からわかっていたのだろう。ただ、その答えを見つけてしまうことが怖くて、
気付かないふりをしていただけなのかもしれない。
 
 その答えを心の中に思い浮かべると、絃子は自分の顔がわずかに赤くなるのを自覚する。同時に鼓動は速くなり、
心の中はむずがゆいような、なんとも形容しがたい気持ちで一杯になる。
 だが、それは決して不快なものではなく、かつて自分が経験したことのある心地よいものだった。
 やがて、絃子はゆっくりと、そしてほんの少し頬を紅く染めながら言う。
「私にとって、彼は――大切な人、なんだろうな」
 そのつぶやきは、柔らかな雰囲気で包まれた部屋の中に、優しく染み込んでいくようだった。

(了)
474Classical名無しさん:04/10/03 22:39 ID:QqPRNGkA
以上です。
今回、意識的に地の文を多くいれてみました。
そのせいで勢いがなくっているかもしれませんが……

あ、題名忘れましたが、「In mn dream」で。

指摘、感想は遠慮なくお願いします。
次回作の時に大変参考になるので。

では( ´∀`)


PS
超姉って人気ないんですかねー(;´Д`)
人気投票みてちょっとがっかりですた_| ̄|○
誤植であることを祈る今日この頃。
475Classical名無しさん:04/10/03 22:40 ID:QqPRNGkA
失礼、In mn dream じゃなくて「In my dream」ですね
スレ汚しすいません(;´Д`)
476Classical名無しさん:04/10/03 23:03 ID:gxWmds.Y
>>474
GJ!
絃子さん可愛すぎだろ(*´Д`)
描写も良かったですよー。可愛い感じの描写が特に(ry
後、人気投票は誤植でしょう絶対に。
477212:04/10/03 23:06 ID:41TzDoUM
紅いバラの花〜 部屋中にいっぱい敷き詰めて〜
478Classical名無しさん:04/10/03 23:06 ID:41TzDoUM
名前残ってた_| ̄|○見逃してください
479Classical名無しさん:04/10/03 23:06 ID:iJB1Af76
GJ!

空回りしない場合の播磨は強力だな。
一撃でオトすとはw
480Classical名無しさん:04/10/03 23:13 ID:F8fQumJA
絃子(*´Д`)ハァハァ

>>477
中学生の自分にとってあのアニメのオープニングはドキドキものですた
481Classical名無しさん:04/10/03 23:16 ID:MGGXtQCU
>>474
超姉キタ━━━━(Д゚(○=(゚∀゚)=○)Д゚)━━━━━!!!、と。
播磨の心遣い流石ですな。
自分としては機嫌が良かったり悪かったり
分かり易い絃子さんにばかり目が行きますが。
文句なく巧いと思います、これからも素晴らしいSS期待しております。

人気投票は超姉に入れた自分としては
欠片もあの結果は信じてないですがw
しっかりしろよ編集部、ということで一つ。
482Classical名無しさん:04/10/04 00:20 ID:Xgj/8hXw
GJ!
播磨の困惑している所が良い! またイトコさんのカレンダー見ている所も。
そして淡い期待が消えるところも。

播磨もやれば出来る!
483Classical名無しさん :04/10/04 10:29 ID:gUaMHu5M
過去ログで絃子さんの誕生日の頃を検索してください。
かなりの超姉SSが投下されてます。
おかずって御菜って書くんですね。知りませんでした。
484Classical名無しさん :04/10/04 10:30 ID:gUaMHu5M
あ、感想を忘れてた。
GJです。 絃子さんの普段見られないトコがよかったです。
485Classical名無しさん:04/10/04 20:11 ID:B28dtPD.
>>474
きれいにまとまってるし、すっげーいい
久しぶりにこの言葉を使うかも、神!
486Classical名無しさん:04/10/04 22:21 ID:fVK79coU
久しぶりに投下させて頂きます。
『サラ麻生』SS-第3弾-です。
10月の話を先に書いていたせいで、9月の話なのに9月中に投下出来ませんでした……。
ちなみに前二作は『Apple of the Eye』と『HANABI〜8月の日〜』というタイトルですが
今回も含めて続き物ではありません。

それでは、拙い作品ですがお付き合い頂ければ嬉しく思います。
487The Hymn of Love:04/10/04 22:22 ID:fVK79coU
『カランカラーン!』
 来客を告げる金色のベルが揺れて、入り口のガラスドアが内側に開かれる。
 微かな秋の香りとともに、そこをくぐって店を訪れたのは二人連れの少女達。 
「こんにちはー♪」
 先に入ってきたコンパクトシルエットのGジャンとデニムスカート姿の
可愛らしいブロンドの少女が、にこやかに笑って顔馴染みのマスターに元気よく
挨拶する。
 まるで彼女の明るい声と笑顔がふわっとした柔らかい空気を一緒に連れてきて
くれたようだ。
「やあ、いらっしゃい。サラちゃん晶ちゃん」
 コーヒーカップを磨きながら顔を上げて、デスペラード(ならず者)風の容姿に
似合わず、人の良さそうな笑顔で答えるメキシカンな紳士に、後から入ってきた
テーラードジャケットにブーツカットパンツの大人びた少女も無言で軽く会釈を
返した。

 そのまま空席を探そうと何気なく店内を見渡した二人は、マスターの目の前の
カウンターに一人で座っている見覚えのある少年に気がつく。
 マスターの声で入り口に視線を向けたオータムジャケットのその人物も二人の
姿に驚いて――。

「あれ!? 麻生先輩……?」
「サラ!? それに高野か? なんでこんなところに……」

 ――グラスの中で溶けた氷がカランと小さな音を立てた。
488The Hymn of Love:04/10/04 22:23 ID:fVK79coU


『The Hymn of Love』


 9月も終わりに近いある日曜日。喫茶エルカド。
 窓の外から差し込む柔らかな午後の陽射しが、店の中に穏やかで心安まるような
雰囲気をもたらしてくれている。
 道路に面したその窓の向こうには微かに色づき始めた街路樹の葉が、少しずつ
近づいてくる秋の訪れを感じさせた。
 開け放たれた窓を気持ちのいい風が通り抜けてレースのカーテンを優しく揺らす。
 ほわっとした陽気がまどろみを誘って、ちょっとだけお昼寝でもしたい気分に
させてくれる、そんなある日の昼下がり――。

 ――しかし、店内には現在それどころではない状況の人物が約一名いた。
 カウンターからテーブル席に連行された麻生広義は後輩のサラ=アディエマスと
正面に向き合う形で無理矢理座らされている。
 サラの隣――といっても丸テーブルなので麻生の隣でもあるが――には無言の
ままで高野晶が席に着いていた。
 彼女達と午前中一緒にいたはずの塚本八雲の姿は見えないが、人にはそれぞれ
都合というものがあるのだから別に不思議はない。
 それに、寡黙なクラスメイトの少女がいる理由も、麻生は先刻この場所において
男二人でパフェを食べていた級友達から聞いていたので概ね理解していた。
 そういった状況をふまえた上で、麻生はこれから目の前の試練に挑むことに
なるのであるが――。
 ――先ほどからじーっと自分をにらんでいるサラの視線が痛い。
489The Hymn of Love:04/10/04 22:22 ID:fVK79coU

「さて……どういうことなのか説明してもらいましょうか」
 入ってきた時とは一転して、不機嫌な様子を隠そうともせずにサラは眉間に
しわを寄せて麻生に詰め寄る。
 温厚な彼女がこんな表情を見せるのは非常に珍しいことなのだが、その数少ない
場面に『何故か』ことごとく居合わせているせいで、麻生にとっては見慣れた光景
でもあった。
「――アイスミルクティーとアイスコーヒー、サッカーボールクリームパフと
モンブランがひとつずつ。それからウーロン茶をもうひとつ追加で」
 隣では晶がパタンとメニューを閉じながら、ウェイトレスの女の子に向かって
マイペースにサラと自分と麻生の分を注文している。
「だから……言っただろ。用事があったんだよ」
 面倒くさそうに答えながら、麻生は残り少ないウーロン茶のストローを口に運ぶ。
 それは……まあ、嘘ではない。
 ただ、その用事というのが時間にしてニ十分とかからなかったというだけの話だ。
「ふーん、そうですか。それで可愛い後輩の頼みを断っておいて、のんびり
アフタヌーン・ティーしてたんですか」
 棘のある言葉をサラは拗ねたように言うのだが、全く嫌味に聞こえないのは彼女の
天分なのだろう。
「可愛い後輩ってのは誰のことだ。大体、休みの日に俺が何しようと勝手だろうが」
 麻生も多少は彼女の扱い方がわかってきているので、全く動じることなく軽く
突っ込みなどを入れつつ受け流す。
「あーあ。八雲、すっごくキレイだったのになー。もう見られないのになー。
八雲の花嫁姿」
 麻生の言葉を無視して、テーブルに頬杖をつきながらため息混じりに言うサラ。
「……興味ないな」
 ずずず……とウーロン茶を飲みながら麻生は意識して冷静に答えた。
490The Hymn of Love:04/10/04 22:23 ID:fVK79coU
「……」
 麻生のその態度に、運ばれてきたアイスコーヒーに手を伸ばしながら晶は敏感に
何かを感じ取る。
「ヒドーイ! 八雲のファンは多いんですよ!? たくさんの希望者の中から先輩を
キャスティングしたのに!」
 ばんとテーブルを叩いてサラは大げさに信じられないという顔で麻生を見る。
「……そこからしておかしいだろ。何で塚本の妹さんの相手役が俺なんだよ?」
 空になったグラスをテーブルに置いて、麻生は理解不能だという様子で尋ねた。 
「えー? だってビジュアル的にお似合いじゃないですか。美男美女カップル♪」
 ニコニコ笑って楽しそうにサラは理由を説明する。
「アホか……役者じゃねえんだぞ。そんなもん写真見た人には嘘っぽく見えるに
決まってんだろうが」
 呆れたように肩を竦めて、切り捨てるように麻生は言った。 
「それはそうかもしれないですけど、でも宣伝用のパンフレットですから……」
『お待たせしましたー♪』
 サラが不満そうな顔をしているところへ注文した残りの品が届いた。
「うっ……」
 テーブルに置かれたサッカーボールクリームパフをちらっと見て落ち着かない
様子でそわそわとしているサラ。
「……食べてからにしたら?」
 話の途中で自分から手を出せずにいるサラに向かって晶はフッと笑って勧める。
491The Hymn of Love:04/10/04 22:24 ID:fVK79coU
「あ、あはは。そうですね。……いただきます」
 恥ずかしそうに笑ってから、かなりお気に入りらしい特大シュークリームを
両手で持ってサラは嬉しそうにパクッとかぶりつく。
 ――そして、口いっぱいに頬張りながらもしっかりと麻生を攻撃するのは
忘れない。
「ふぁっはふ、ふぇんふぁいはふぃっふほふぉうはんふぇふふぁは……」
 (訳注:まったく、先輩はいっつもそうなんですから……)
「……ひとつ言っていいか?」
 こめかみの辺りを抑えながら、眉間にしわを寄せて麻生が口を開く。
「はんへふは?」
 (訳注:何ですか?)
 じろりと麻生をにらんで尋ねるサラ。
「とりあえず、しゃべるんならそのでかいシュークリームを置け。食うか怒るか
どっちかにしろ」
 麻生は冷静な口調でぴしゃりとそう言った。
「……」
 ぴたっと手を止めてサラはじーっと麻生とシュークリームを見比べる。
 そして――。
『もぎゅもぎゅもぎゅ……』
「いや、食うのかよ!」
 黙々と再びシュークリームを食べ続けるサラに思わず麻生は突っ込んでいた。

 ――それでもサラが食べ終わるまで待ってくれるのが彼のいいところなわけで。
「……旨いのか? それ」
 呆れ顔で見つめながら麻生はサラに尋ねる。
「……」
 麻生の問いに不機嫌そうな顔のままコクコクと頷いて答えるサラ。
「そうか。良かったな」
 そう返す麻生の、見守るような穏やかな眼差しに晶だけは気がついていた。
492The Hymn of Love:04/10/04 22:25 ID:fVK79coU

「……ごちそうさまです。さてと――先輩、やりたくないならやりたくないって
最初からそう言ってくれたらよかったじゃないですか!」
 ペロリとシュークリームを平らげて唐突に話を再開するサラ。
 非常に憤慨しているといった様子でずいっと麻生に顔を近づける。
「やかましい! ほっぺたに生クリームつけて偉そうなこと言ってんじゃねえ!
ガキか!」
 少しだけ気圧されながらも麻生はそう指摘して言い返す。
「え? やっ……嘘っ!? どこですか!?」
 サラは恥ずかしそうに顔を赤くして、慌てて両手で自分の顔を触ってみる。
「そっちじゃなくて、反対……もっと上……ったく、ここだよ」
 見ているのがもどかしく、麻生はすっと手を伸ばしてサラの頬についた
生クリームをテーブルナプキンで拭き取る。
「……!」
 その瞬間、先ほどよりも遥かに真っ赤になるサラの顔。
 彼女の隣では晶が何も言わずに少しだけ目を見開いているように見えるが、
これは驚いているのかもしれない。
「なんだ……? どうかしたのか?」
 二人の反応に違和感を感じて、麻生は怪訝そうに尋ねる。
 自分が今大変なことをしたということは全くわかっていないようだ。
「え? あー、あはは。な、何でもないです」
 サラが顔を真っ赤にしたまま慌てて麻生に答える。
 麻生が何とも思っていないのなら、それを自分だけ意識するのもおかしいと
考えたからだ。
「……?」
 彼女の答えに釈然としないものを感じながらも麻生はそれ以上追求しなかった。 
493The Hymn of Love:04/10/04 22:26 ID:fVK79coU
「……えっと、どこまで話しましたっけ?」
 コホンと小さく咳払いをしてから、気持ちを落ち着けてサラが仕切り直す。
「……今までの話をまとめると、要するに麻生君はやりたくなかったんじゃなくて
花嫁役が気に入らなかったってこと?」
 それまで黙ってちゅるちゅるとコーヒーを飲み続けていた晶が不意に口を開いた。
「なっ……! いや、そういうわけじゃ……」 
 図星を突かれて不覚にも狼狽する麻生。
「そうなんですか……? わがままですね。一体、八雲の何がいけないんですか?」
 親友をけなされたと感じたのか、ちょっとだけムッとした顔でサラは尋ねる。
「そんなこと言ってねえだろうが……」
 とんだ濡れ衣を着せられて辟易した顔をしながら、チクチクと刺さるサラの
視線を気にしないフリをしつつ麻生は答える。
「そうね。『気に入らない』っていうのは私の言い方が悪かったけど、八雲が
どうとかじゃなくて他にやってほしい人がいたってことよね?」
 フォローになってるのか、なってないのかわからない晶の一言。
「おい……?」
 まさかとは思いつつも、麻生には晶が言おうとしていることがはっきりと
理解できてしまう。
 気を落ち着けようと麻生は新しいウーロン茶を一口、口に含む。
「他の人って……先輩の知り合いで花嫁衣装の似合う人って言うと……」
 おとがいに指を当てて考え込む仕草のサラ。
494The Hymn of Love:04/10/04 22:28 ID:fVK79coU
「そうね。例えば……サラとか」
 予想通りのサラの反応に晶は微かにニヤリと笑ってとっておきの名前を出す。
『ぶっ!』 
 思わずウーロン茶を吹き出す麻生。
「わ、私!? ですか!? ……ダ、ダメですよ! 私、背も低いし、スタイルも
良くないし、第一、先輩がいいって言いませんよ」
 先ほどとはまた違った意味で非常に慌てた様子でサラは晶の案を強引に却下
しようとする。
「……ということだけど、どうなの? 麻生君」
 サラの返事をそのまま麻生に向ける晶。
「ど、どうも何も、俺が決めることじゃねえだろうが」
 そう言いながらも、麻生は耳まで赤くなっている。
「そうかしら? ……まあ、どっちにしろ終わったことだし。悪いけど私バイトが
あるから先に帰るわね」
 自分の役目は果たしたとばかりに、爆弾を投げるだけ投げておいて晶はすっと
立ち上がると、財布に入った数枚の一万円と千円紙幣の間から『弐千円札』を
取り出す。
 確か、晶が頼んだのはアイスコーヒーとモンブランのみだったはずだが――。
「……いいよ。お前にも迷惑かけたみたいだしな。ここは俺が払っとく」
 同じように気づいた様子で何か言いかけたサラを手で制しながら、麻生は
晶を見上げてぶっきらぼうにそう言った。
「……優しいのね。それじゃ、お言葉に甘えて。ごちそう様、麻生君」
 晶は穏やかにすっと目を細めながら、わずかに首を傾げてそう言うと二人と
マスターに挨拶して店を出て行った。
495The Hymn of Love:04/10/04 22:31 ID:fVK79coU
「先輩。今、部長のこといい人だなって思ってませんか?」
 二人のやりとりを見守っていたサラは、にこにこと楽しそうに笑って麻生に尋ねる。
「ああ? 別に俺は……」
 図星を刺されて内心焦りながらも、顔には出さずに麻生が答えようとすると、
「――とっても素敵な人なんですよ」
 憧れるような表情でサラはそう続けた。
「……まあ、な。悪い奴じゃねえのは知ってるよ。わけわかんねえトコもある
けどな」
 思ったことを素直に口に出すサラに、麻生も自然に率直な言葉を返して小さく
頷いてみせるのだった。

「あの、話は変わるんですけど先輩、さっき部長が言ってたことなんですけど……」
 そう前置きをしてから、サラは少しもじもじとしながら恥ずかしそうに麻生に
尋ねる。
「もし……もしですよ? もし最初から私が相手役だって言ったら、先輩、ちゃんと
来てくれました……?」
 もちろん八雲に花嫁役を頼んだのは正解だったと思っているし、自分のわがままを
きいてくれた彼女にサラは心から感謝している。
 だからこれはあくまでも仮定の話でしかないけれど、それでもサラも年頃の少女な
わけで、先ほどの会話を麻生がどう思ったのかちょっとだけ訊いてみたい気持ちに
なったのだ。
496The Hymn of Love:04/10/04 22:32 ID:fVK79coU
「あー……今日のことなんだが、口実を作って行かなかったのはさすがにちょっと
悪かったかもしれない、と思う」
 何と答えるか少し迷った末、お茶を濁してやり過ごそうと考えて麻生はそう
言った。 
「ぶー! 答えになってません」
 麻生の期待もむなしく、彼の返事はあっさり却下される。
「……わかったよ。きちんと謝ればいいんだろ。すまなかった。全面的に俺が悪い」
 自分でも浅知恵だったかと薄々気がつきながらも往生際の悪い麻生。
「それも答えになってません」
 頬杖をつきながら目を閉じてサラは再び却下する。
 はっきりと答えるまでは許さないという意志表示がその態度に見てとれる。
「……」
 ぐっと言葉に詰まる麻生。
 もはや覚悟を決めるしかない――。
 渋々と重い口を開いて、麻生は血を吐く思いで言葉を紡ぎ出す。
「……まあ、なんだ。単純に興味本位で言えば、ちょっと見たかった気もするな」
「……!」
 その答えにサラは一瞬驚いた顔をした後、心から嬉しそうに微笑む。
「……別に他意はないぞ」
 サラの表情に気づいて、麻生は嫌そうな顔でつけ加える。
「わかってますよ。じゃあ、それはそのうちということで」
 先刻とはうってかわって、にこにことごきげんな様子でサラは麻生に答えた。
497The Hymn of Love:04/10/04 22:33 ID:fVK79coU

「……ところで先輩。これから時間ありますか?」
 期待に瞳を輝かせて麻生に尋ねるサラ。
「……てめえ、そうくるか」
 瞬時にサラの考えを察して、麻生は苦々しい顔で言った。
「私、ちょっと行きたいところがあるんですよー。無理にとは言いませんケド♪」
 麻生の反応を完全に無視して、サラはにこにこ顔で用意していた言葉を続ける。
「……わかったよ。ここで断ったら何言われるかわかんねえからな。どこにでも
つきあってやるよ」
 完全にしてやられたと思った。
 この話の流れでは麻生に『N0』という選択肢は初めからないのだ。
 ――もっとも、選択肢にあったからといって麻生がそれを選んだとは限らないが。
498The Hymn of Love:04/10/04 22:34 ID:fVK79coU

『ありがとうございましたー♪』『カランカラーン!』
 エルカドを出ると、いつの間にか外を吹く風が強くなっていたことに気づく。
 現在近づいているらしい台風の影響も多少はあるのだろう。 
 まだ午後の4時前だというのに少し肌寒ささえ感じる。
「少し風が出てきたな。寒くないか?」
 そう言いながら、麻生は当たり前のようにサラから見て風上側に立つ。
「大丈夫です。……えへへ」
 小さく首を振って、サラははにかんだように笑った。
 彼は何も言わないけれど、サラが少しでも寒くないように風を遮ってくれている
のがわかったから。
 本当はとても優しいくせに、それを相手に気づかせまいとする。
 その不器用な優しさがとても彼らしくて、その度にサラは胸の奥が暖かくなる。
「何だ? 変な奴だな」
 彼女の様子を訝しそうに見ながら麻生は尋ねた。
「何でもないです。――大好きですよ先輩♪」
 楽しそうに答えると、サラは麻生を見上げていたずらっぽい笑顔でそう告げる。
「やかましい。さっさと行くぞ」
 彼女の言葉を冗談と判断したらしい麻生は、表情一つ変えずにそっけなく言って
歩き出した。
499The Hymn of Love:04/10/04 22:37 ID:fVK79coU

 枯れ葉の舞い始めた初秋の舗道。
 お互いにそこにいることが当たり前のような、優しい雰囲気が二人を包む。
 ウェディングドレスもタキシードもないけれど、今こうして一緒にいられるだけで
心が満たされていく、たった一人だけの特別な存在。
  
 先のことは全くわからないけれど、いつか訪れるその日に、もしかなうのなら
この人の隣にいられたら――そんな淡い想いがよぎる。
 口に出せばあなたはきっと呆れた顔をするだろうけれど、それでも、そっと
心の奥に大切にしまっておきたい、宝物のようなほのかな想い――。

 不機嫌そうな顔をしながらも、自分に歩幅を合わせて、隣に並んで歩いてくれる
麻生にサラは心から嬉しそうに微笑みかけた。
 その柔らかな笑顔に、仏頂面のままで微かに顔を赤くする麻生。  


 ――遠くに見える式場のチャペルからは、幸せそうな祝福の歌が秋の風に乗って流れていた。

『 二人が合いて  一つ身と   
  せらるる良き日 ここに来ぬ
  連なり給う   救いの君よ
  祝させ給え   二人をば……(聖歌351より)』

                                       Fin. 
500Classical名無しさん:04/10/04 22:41 ID:fVK79coU
以上です。
時間設定は撮影が12時〜13時くらいまでで、このSSが14時半〜15時半くらいと
考えています。
撮影時間の根拠は、教会では日曜の聖餐式が終わった後の時間であるはずということと、
同時刻に菅達が追加までして結構がっつり食べていたことからです。

本編で1コマしか出ていないマスターはアントニオ・バンデラスのイメージかな、と。

あとは、細かいところで最後のシーン。
「式場のチャペル」(=プロテスタントであることが多い)から聞こえたのであれば、
同じ場面でも讃美歌430を歌う方が一般的ですが、こっちの歌詞が好きなので
聖歌351にしました。

他にも突っ込みどころが盛りだくさんですが、多少大目に見て頂ければ幸いです。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
501Classical名無しさん:04/10/04 22:56 ID:S5hUta6A
>>500
GJ!
晶の突っ込みが良い。
それに二人のなんだかななやりとりも。ドキドキ来ました。
502Classical名無しさん:04/10/04 22:57 ID:ddPCIhB2
==)bグッジョブ!! です。
何気に麻生×サラが一番好きだったり。
これからも素敵な作品を拝ませていただける事を願って……がんばってくださいませ。
503474:04/10/05 00:10 ID:TihxqEhM
レス下さった方々、ありがとうございました( ´∀`)

おおむね好意的に取ってくれた方が多いようで、ほっとしています。
後、ケーキネタは、かなり昔、某古本屋で立ち読みした漫画のネタです。
(何の漫画かは覚えてませんが……)
いい話だったので記憶に残っていました。

後、御菜は「おかず」の意味ですが、現在はほとんど使われてない言い方ですね。
自分の自己満足で使ってしまいました。申し訳ない(;´Д`)>483

それでは( ´∀`)
504Classical名無しさん:04/10/05 13:33 ID:4B/EvYbI
「妹さん、トイレが長くてな」

「ヤクモンはおしっこもうんこもしないよ!しないったらしないの!」

そしてついに壊れてしまった花井が八雲を拉致監禁し、うんことしょうべんまみれになった八雲の変わり果てた姿が発見された。
「ヤクモンはおしっこもうんこもしないよ、だからこの女はヤクモンじゃないさ。ヤクモンのふりをしてぼくをダマシタ淫売女なのさ・・・フフフフフフフf」
505Classical名無しさん:04/10/05 15:56 ID:WTyanjJI
↑スルー
506Classical名無しさん:04/10/05 22:10 ID:SHfnquqg
「鳥丸君愛してる 鳥丸君愛してる 鳥丸君のカレーおいしい」
「髭愛してる 髭愛してる 髭のカレーおいしい」
「花井愛してる 花井愛してる 花井君のカレーおいしい」

晶は三人の親友がついに壊れて、人の道を外れてしまった事を知った。
「貴方達の罪を全部私が背負うわ」

○○市で起きた謎の失踪事件は高校生の猟奇殺人事件という事が判明しました-------
507Classical名無しさん:04/10/06 00:49 ID:6IPquPk2
なんか変なのいるな…
というわけで、スレの流れを変えるため、ネタ投下。

明日、烏丸君に告白するよ。
天満の決意は固かった。慌てて播磨に電話する八雲。
しかし、人生でも最大級に動転している時に、電話すべきではなかった。
「妹さん?どうしたんでえ、こんな時間に」
「は、播磨さんっ。明日、動物園に行きませんか(ごめんなさい、播磨さん)」
「ん?おお、いつも妹さんには世話になってるからな。そんなことならお安い御用だ」
予定を決めて、受話器を置く。ささいではあるが、普段の彼女なら気づいたはずのテレビの内容。
―今週の貴方のラッキースポットは動物園。恋愛運が急上昇!
八雲はあまりにショッキングな天満の台詞に、直前のテレビ番組のことすら忘れてしまっていた。

そのころの播磨はというと――動物達に慰められていた。
(なんてこった、偶然か?いや、それよりも……天満ちゃん……)
八雲からの電話の直後、動物達から天満のことを聞いてへこんでいた。
抑えきれない激情を胸の内に秘め、受話器をとる。
「おい、メガネ、烏丸の家を教えろ」
「知らんな」
「……。(こいつら友達じゃなかったのか…?というより、学級委員だろ、てめえはっ!)」
無言になる播磨におかしいとは思いつつも、花井は電話を切ろうとした。
「…くうっ、なんで妹さんが動物園に俺を誘ったのかもわかんねーし、一体どうなってんだ……」
ぶちっ(左手で握っていたタオルが砕け散る)、ばきっ(右手で握っていた受話器がへし折れる)
なぜか切れた花井への通話は、もはや播磨にとってはどうでも良かった。
(うおお、いくら天満ちゃんの幸せのためでも、こればっかりは……)
床を転がりながら考えるが、結論が出るはずも無い。真剣に考える男、播磨。
(…こうなったら直接天満ちゃんの家に行くしかねえ!!)
そして一分後、短絡的に結論を出した一人のあわてんぼうがそこにいた。

次回、「迎えに来てくれて、嬉しいです」

ネタです。つまらなかった人、すみません。スルー対象が見えるの嫌なんで長文使いました。
508Classical名無しさん:04/10/06 00:49 ID:6IPquPk2
sage忘れた……ホントにすみません。人のこと言えないです。
509Classical名無しさん:04/10/06 00:50 ID:6IPquPk2
三度目、というよりノートン先生の設定ミスでした。申し訳ないです。
510Classical名無しさん:04/10/06 08:23 ID:JYIqgBn6
sage忘れくらいでそこまで謝らんでも。
sageてても変なのは湧くみたいだし。
511Classical名無しさん:04/10/06 08:45 ID:VwnWzt6A
支援。
512the Word is the Spell:04/10/06 09:53 ID:FR1XWaQ6
「ほら朝だぞ。休みだからといっていつまでも……っと、起きていたのか」
「……なんだ、絃子か」
「なんだとはなんだ。大体ウチに私と君以外いるはずないだろうが」
「そりゃそうだけどな……」
「……どうした? 朝っぱらからそんな顔をして」
「別になんでもねぇよ」
「おいおい、それはないだろう。どこから見ても気にしてくれと言ってるようなもんだよ、それは」
「……」
「今度はだんまりか、まったく……私でいいなら聞こうか? なんて言ったところで、君が私に……」
「聞いてくれるのか?」
「相談なんて……何?」
「だから、聞いてくれんのか、って言ってんだよ」
「……拳児君」
「……悪ぃ、妙なこと言った。忘れてくれ」
「待てよ、ほらこっちを向け。……まったく、そんな目をされたら断れるわけないだろう」
「絃子……」
「で、どうした――といっても君のことだから見当はつくけどね。塚本姉妹に関して、かな」
「……おう」
「おかしいとは思ってたんだよ、いろいろと。いつのまにか八雲君と付き合っていることになっているし、ね」
「あれは!」
「分かってるよ、どうせ誤解なんだろう? 君は余計なトラブルばかり引き寄せるからね、塵も積もればなんとやら、だ」
「……分かってくれるのか?」
「何年相手をしてると思うんだ。君はバカかもしれないがね、筋だけは通すようなヤツだ。それに、あれだけ熱く語って
 いた天満君をこの短期間に諦めるとも思えないし、ね」
「そ、そうか」
「私から見れば分かりやすすぎるくらいだよ。それで、これがそのまま悩みの種、というわけか」
「……ああ」
「今天満君に告白するのはある意味で彼女の信頼を裏切ることになる、とは言え何もしなければ既成事実だけが積み上がる、か。
 まったく、どうしてそうややこしい方向にばかり向かうのかな、君は」
「知るかよんなこと……」
513the Word is the Spell:04/10/06 09:53 ID:FR1XWaQ6
「ああ、分かったからそんなにしょげるな。見てられないだろうが……でもね、拳児君。その気になれば打破出来る状況じゃ
 ないのか、これは」
「その気、ってどういう意味だよ」
「八雲君にすべてを話して協力してもらう、ということだよ。ちゃんと最初から話せば、結果はともかく――いや、ともかくじゃ
 困るのか。とにかく、天満君もそれなりに納得してくれると思うんだが、そうしないのは何故だ?」
「妹さんに迷惑だろ、そんなの」
「迷惑でもないだろう? 彼女自身にも関係ある話なんだから」
「でもよ、妹さんは俺に巻き込まれただけなんだしよ……」
「もう十分当事者だと思うんだが……と、待てよ」
「何だよ」
「君の言い方を聞いていると彼女に負担をかけたくない、というだけに聞こえるんだが」
「は? 他に何があるんだよ」
「……拳児君、まさか何も気づいてないんじゃないだろうね」
「だから何だよ」
「――参ったね。鈍いと思っていたがこれほどとは」
「絃子、お前さっきからワケ分かんねぇぞ」
「分からないのは君の方だ。あのね、拳児君。どうしてその噂がここまで広がったか分かるか?」
「噂に理由なんてねぇだろ」
「……いいか? 実際に二人で会っている、という事実があったにしても、何とも思っていない男との噂が広がって喜ぶ女がいると
 思うのか、君は。誰だって否定しようとするだろう、そんなもの」
「……そりゃ、あれだ。妹さんはああいう性格だしな、そんなに強く出るような子じゃないだろ……?」
「だとしても、だ。考えてもみろ、異常だぞ今の状態は。少なくとも彼女自身が自覚しているかは別にして、君のことをにくからず
 思っている気持ちがあるんじゃないのか?」
「んなこと……」
「ない、と言い切れるのか? 絶対に?」
「そりゃ……そうだ、だったら絃子だってそうだろうが。妹さんは俺のことなんてなんとも思ってねぇかもしんねぇだろ?」
「まあ、そうだな」
「ほら見ろ、って……へ?」
「だからそうだと言ったんだよ。なんだ、否定してほしかったのか?」
「んなワケねぇだろ!」
514the Word is the Spell:04/10/06 09:53 ID:FR1XWaQ6
「じゃあいいじゃないか。とにかく、だよ。確かに君の言う通り、八雲君はあまり強く出るタイプじゃないからね、ただ言い出せず
 にいるだけなのかもしれない。結局どっちにしたところで可能性だよ。私としてはちゃんと話してみることをお勧めするけどね」
「……」
「どうした、急に大人しくなって。気持ち悪いな……しかし、君もあれだな、よりにもよって私にそんな相談とはね」
「……仕方ねぇだろ。誰に話すんだよ、こんなこと」
「よっぽど参ってたみたいだね。まあ、その程度に信頼してくれたのは嬉しいけどね、考えてもみたまえ、独り者の身だよ、私は。
 自分のやりたいことばかり追いかけていたら、気づけばもうこんなところまで来てしまっている。
 後悔なんてしていないけどね、恋愛相談をするような相手じゃないよ」
「……」
「それでも君の期待に多少なりとも答えるならね、話すことに尽きるよ。それだけじゃどうにもならないことなんて山ほどあるけどね、
 どうにかなることだって同じくらいあるんだよ。
 全てを包み隠さずを話す、というのは勇気がいることだし、難しいことだ。それでもね、しっかりと考えた言葉は通じるものだよ」
「……」
「もちろん通じないことだってあるけどね。世の中そうそう上手くいくばかりじゃない――と、こんなところかな。私が言えるのは」
「……絃子」
「ん?」
「……すまねぇ、助かった」
「そういうときは『ありがとう』だよ。まあ、君にしては上出来だと思うけどね」
「……………………あ」
「ストップ、無理はしなくていいさ。そういう言葉はね、必要なときは自然と出てくるものだよ。
 他人に促されるものじゃない」
「……」
「私もそのうちちゃんと言わせてみせるさ、君に心の底から、ね。不肖の――そうだな、『姉』として」
「いと、こ」
「お、なんだ。もう言いたくなったのか?」
「……うるせぇ、バカ」
「冗談だよ。でもそっちの方が君らしい、か。さて、それじゃ朝食なんだが……食べるよな?」
「……おう」
「返事はしゃっきり、だ。まあいい、じゃ行こうか、準備は出来てる」
「おう」
515the Word is the Spell:04/10/06 09:57 ID:FR1XWaQ6

別に恋愛にこだわる必要もないような気もする、そんな二人の形。
賛同者は激しく少なそうですが、いいじゃないかよぅ、という。
516Classical名無しさん:04/10/06 11:02 ID:JMZCrRCk
>>515
賛同しますよ。自分で描く時は超姉ですが……
517Classical名無しさん:04/10/06 15:19 ID:/I86hFTY
俺もなんか書こかな
518500:04/10/06 22:01 ID:GmUThQUo
感想ありがとうございました。

>>501
晶はサラ麻生と同じくらい好きなキャラなので、出番を抑えるのに苦労してます。
『バレバレなのに素直になりきれない二人とそれを楽しみながら見守ってる晶』
というのが基本の脳内設定なのでこれからもちょこっとずつ、いい役で出る予定です。

>>502
『素敵』と言って頂けて嬉しいです。
目指す作品のスタイルがその二文字なので……。これからもっと精進します。

一応、今書いてる10月の話は遅くても10/14くらいまでに投下する予定です。
プライベートファイルが出ると、お蔵入りになる可能性が高いので……。
もしよかったら、次も読んでやってください。
では。
519Classical名無しさん:04/10/07 20:57 ID:p1nmlXBo
皆さんGJ!
ここはクオリティ高いなぁ。
ただ、八雲が望んで播磨の心を視ようとする描写が多いのにはちょっと……
八雲には「枷」を「武器」にして欲しくないですね。
520Classical名無しさん:04/10/07 22:15 ID:AIL5Mk9Y
ここのSSに登場するキャラって原作と微妙に違うので固定されてる気がする。
八雲はなんか積極的だったり……
521Classical名無しさん:04/10/07 22:38 ID:7JgjCaOw
そりゃあんたらが勝手に思い込んでる八雲像と違うってだけだろ。
八雲をどう捉えるかなんて人それぞれ違う。
納得できないなら自分で書くしかないよな。
522Classical名無しさん:04/10/07 23:33 ID:W3cYHfqI
虚構なんだから何やったっていいんだよ
523Classical名無しさん:04/10/07 23:50 ID:S1AzfkNI
>>522
IDがW3C。
524Classical名無しさん:04/10/08 02:55 ID:83UBemtk
原作とまったくキャラが変わらなかったら、原作と同じ展開にしかならんやろが
525Classical名無しさん:04/10/08 08:29 ID:IubMC9YM
a
526Classical名無しさん:04/10/08 21:06 ID:NP5Tpu56
D!
D!D!D!D!
ウャヒャヒャヒュ D!
527Classical名無しさん:04/10/08 21:13 ID:lAAY3JAQ
そんな噛み付く意見でもあるまい。
違和感を覚えた人がいると言うのなら、それはそれでOk。
面白ければ文句いわれないし、面白くなかったらキャラどおりでも叩かれる。
ついでに言うと、「面白い」ってのは主観だ。
528Classical名無しさん :04/10/08 21:30 ID:RZVeGs8M
なんか荒れはじめてるな…
この雰囲気じゃ、職人さんも投下できんだろ。
いい加減流れを変えようぜ
529 :04/10/08 21:57 ID:vWDaNJbs
>面白くなかったらキャラどおりでも叩かれる
( ゚Д゚)ポカーン
いつから読者は善意の職人を叩けるほど偉くなったんだか(w
530Classical名無しさん :04/10/08 22:19 ID:q32VQxGA
>>529 いつからって言われても、ここ最近でしょ
531Classical名無しさん:04/10/08 22:41 ID:nJ1zsPNY
はいはいもう良いよ

↓何もなかったように再回して下さい。
532Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo:04/10/08 23:19 ID:NG2facws
そこで(ヘボ)職人登場ですよ。
最近絃子さん分が不足してきたので、自分で補給を試みました。
では投下します。
533Youthful Days:04/10/08 23:22 ID:blgyDFX2
「……ふう」
テーブルの上に置かれた薄い紙らしきものを見つめて、刑部絃子は深い溜め息をついた。窓の外に
広がる澄み切った空とは裏腹に、絃子の表情は冴えない。意を決したように立ち上がると、絃子は
リビングを後にし、同居人の部屋の扉を叩いた。
「……拳児君、ちょっといいかい?」
その声に、絃子の同居人―――播磨拳児が扉を開ける。クーラーが効いているのか、心地良い冷気が
廊下へと漏れた。
「あ? 何だよイトコ」
「さんを付けろ」
「へぇへぇ、何でございますかイトコさん」
「話がある。ちょっとこっちに来てくれ」
渋々といった様子で、播磨が部屋を出てくる。播磨を連れてリビングに戻ると、絃子は再び
テーブルの前に腰を下ろし、先程の紙を手にした。
「拳児君、夏休み突入おめでとう。早速だが、これを見て欲しい」
「あ? 何だそれ?」
「君の成績表だ。ちょっとしたツテで手に入れた」
「ああ、別に構わねぇよ。見られて減るもんでもねーしな」
絃子に対し、播磨は余裕の態度を見せた。夏休みに入ったこともあってか、播磨の表情には
開放感が溢れている。テーブルの下に隠れた絃子の拳に、僅かな力がこもった。
534Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo:04/10/08 23:22 ID:NG2facws
今日は日曜。天気は快晴。秋の風はあくまでさわやか。
お出かけには絶好の日和──それなのにその男の顔はどことなく暗く、重苦しかった。

「いつまでぶすったれてるんだ拳児君。いいかげん機嫌をなおしたらどうだ?」
「…別に。もとからこんなツラだっての」
「はあ……さんざん連れてってほしいと駄々をこねてたくせに、
 いざ来てみたらコレだ。まったく君のワガママにはあきれはてたよ」
「なっ……!だ、大体こんなはめになっちまったのは誰のせいだと思ってんだ!」

はたから聞けば、痴話喧嘩に聞こえないこともない言い合いを続ける一組の男女、
播磨拳児と刑部絃子。そもそもの発端は、この日の1週間前のことだった……
535Youthful Days:04/10/08 23:23 ID:blgyDFX2
二秒差で自分の方が遅いですね。
申し訳ありません。お先にどうぞ。
536Classical名無しさん:04/10/08 23:24 ID:NG2facws
カブッタ─────────────!!!
超姉までカブッタ──────────!!!
ど、どうしましょ…
537Classical名無しさん:04/10/08 23:25 ID:NG2facws
>>535
了解です。なんかすいません…
では改めて。
538Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo:04/10/08 23:26 ID:NG2facws
「時に拳児君、来週の日曜は空いてるか?」
「はあ?なんだよ急に」
「実は葉子──笹倉先生は知ってるな?彼女が写生に行きたいと言ってるんだ」
「ふむふむ、それで?」
「写生対象は動物。そこでネックになるのが、この場合対象はあちこち動き回るのでやりにくいことこの上ない。
 こんな時、誰か動物たちにポーズを指示できるような者がいれば──ってどこに行くつもりだ」
「……いやー残念だなー。その日はちょうど用事があってだなー」
「みえみえの嘘はつかないように。
 非モテな君がデートというものを体験できる希少なチャンスを棒に振るつもりか?
 しかも両手に花だぞ?」
「だっ誰が非モテだコンチクショー!!つーかみえみえはどっちだ!
 どうせ今回もクソ重てえイーゼルとかカンバスとかの荷物運びをさせようって腹だろーが!」
「な、なんでバレたんだ……拳児君……さてはエスパーだな?」
「(くぁ〜っムカツク…!!)と、とにかく俺ぁ行かねえったら行かねえ」
「……どうしても?」
「!?」

一瞬の自失。現在何が起こっているのか、播磨には理解できなかった。
ついさっきまで、いやこのような状況では常に余裕を保ちながら
自分を子供(というかパシリ)扱いしている絃子が────
あろうことか、眉を寄せ、肩を落とし、目尻には涙さえ浮かべているではないか。
539Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo:04/10/08 23:28 ID:NG2facws
(だ…駄目だ!騙されるな俺!そうやって何度も痛い目を見たんだぞ!)

突然押し寄せたわけのわからぬ罪悪感に苛まれながらも、

「ど……どうしてもだ。悪いが今回ばかりは従えねえよ」
「そうか……」

嘆息すると、絃子はおもむろに白い紙の束を取り出した。
サイズはA4くらい、一枚一枚に妙に厚みがある。所々が破けており、それをテープで補修した痕があった。

「!∞!△∂○★!?!そそそそそれはまさか……!!」
「この手だけは使いたくなかった………」
「ちょっ待っ!!!!」
「『来たヤツがついに来たハリマが戻って来たぞ────うおおお────』」(棒読み)
「うぎゃあああああああああああ!!ヤーメーテークーレー!!!!!」
「『ムダだよ塚本さんの心はもう僕のものだうて天満ちゃんそうはいかねえぜ』」(棒読み)
「むぎょ─────────!!!!!ヤメテー!!モウヤメテ───!!!!」
「『う播磨君よかった私ホントはホントは播磨君のこと』」(棒読み)
「……うぅっ……うぇっうっう……や、やめてクダサイ……もうしません、ごめんなさい、
 なんでもいうことききます。だからやめて……」

床に突っ伏し、産まれたての子馬の如く体を震わせ哀願する播磨。
その言葉を聞いた瞬間、播磨を見下ろす絃子の秀麗な顔に、突如亀裂が走った。
それは妖しいまでに美しい微笑みだった。

「そうかそうか。じゃあ来週は私たちと動物園に行きたいか?」
「はい…ずごく行ぎたいでづ……お願いします、ぜび連れてっでください……ひっく…」
540Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo:04/10/08 23:31 ID:NG2facws
「……そう言えばそんなこともあったような……なかったような……いや、なかったぞ?」
「こっこのクソアマぁ!……さすが年増、ボケんのもお早いようで───」
「『もういいんだ全ておわったこと!!!俺達はこれからを生きればいい!!!好き!!!!俺もだ!!!!』」
「なんで暗記してやがるんですかー!!ていうか拡声器使うのヤメテ────!!!」
「ふん……だったら言うべき事は何かな、拳児君?」
「ごめんなさいごめんなさい若くて美しい絃子サン。次の御用事はナンデショウカ?」
「そうだな、今度はピョートルだ。君は先に行って話をつけとくように。イーゼルも忘れずにな」
「……はい」

イーゼルをかついでとぼとぼとキリン舎に向かう播磨を見送りながら、
絃子は軽くため息をついた。

「はあ……どうも巧くいかんな。これではせっかく────」
「せっかく苦労してデートにこぎつけたのに、
 全然そんな雰囲気にならなくて残念無念、てコトですかあ──??」
「!?よっ…葉子!?」

驚いて振り向いた先には、彼女の後輩にして、同僚の美術教師、
笹倉葉子の極上の笑顔があった。

「か、勝手にセリフを繋げるんじゃない。拳児君は手伝いに来させただけで……」
「まあまあ、先輩落ち着いて。確かに私がいたら二人っきりにはなれませんし……
 そうだ!私がピョートル描いてる間に、食べ物でもジュースでも二人で買いにいくとか」
「こ、こら!人の話を聞け!そんなんじゃないんだったら…!」
「ふふふ、せんぱあ〜い、耳まで真っ赤にして否定しても説得力ってモノがありませんよ〜?」
「!!ひ、人をからかうのもいい加減にしろ、葉子!」
「あはは、怒らない怒らない。せっかく“ダシ”になってあげたんですから、
 今日はバシッ!と決めて下さいね?それじゃ先に行ってますよー!」
「こここっこの……待たんかーっ!葉子ーっ!!」
541Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo:04/10/08 23:32 ID:NG2facws
「……?何やってんだ、あいつら……」
笑いながら逃げる葉子と、満面を朱に染めて追いかける絃子、
その二人を首をかしげて見つめる播磨。
そして、それをはるか高みから1頭のキリン──ピョートルが、
『皆が幸せでありますように』と言っているかのような、暖かな優しい眼差しで見守っていた
───が、実は何も考えていなかったりするのであった。

(了)
542Hello, Welcome to Bubbletown's Happy Zoo:04/10/08 23:35 ID:NG2facws
以上です。
ID:blgyDFX2さん申し訳ありませんでした。
543Classical名無しさん:04/10/08 23:38 ID:nJ1zsPNY
>>542
GJ!
絃子さんテンション高いなw
544Youthful Days:04/10/08 23:41 ID:blgyDFX2
>>542
お疲れ様です。
やはり絃子先生は播磨と絡んでるときが一番活き活きしてますね。


あと、今回悪いのはどう見ても自分です。
書き込む前にリロードするべきでした。
申し訳ありません。
二秒なんて大間違いで三分も遅れてるしorz
545Classical名無しさん:04/10/09 01:27 ID:x349jvEY
>>542 
GJ!!面白かったです。
そして>>544さんも気を落とさないで!!
続き希望!!
546Classical名無しさん:04/10/09 07:37 ID:bb9TLAS.
547Classical名無しさん:04/10/09 10:31 ID:TbCfH8po
えー、どうも>>544です。
先日は申し訳ありませんでした。
今から改めて投下しなおします。
>>533の続きですので、お手数ですがそちらの方から
読んでいただけるようお願いいたします。
548Youthful Days:04/10/09 10:35 ID:TbCfH8po
「……いいかい拳児君、私は学生の本分は勉強だなんてことを言うつもりはない。勉強より
大事なことなんかこの世の中にはいくらでもある。学生のうちはいろいろな経験を積んで、
心を豊かにすることが大事だと私は思うわけだ」
「ああ、まったくだな。オメーもたまにはいいこと言うじゃねーか」
緩んだ表情で、播磨が絃子の肩を叩く。その瞬間、絃子は思い切り自らの拳を机へと叩き付けた。
マンションの中に、凄まじいまでの音が響き渡る。壁に掛かっていた時計は落下し、辺りの
空気はビリビリと振動した。
「ど、どうしたイトコ?」
「どうしたもこうしたもあるか! 人生経験を積むのは大いに結構。だが、それはあくまで
最低限やるべきことをやってからの話だろう! 塚本さんにうつつを抜かす前に、ちょっとは
学業へと力を入れんか!」
「んなこと言っても、赤点取らないと天満ちゃんと一緒の補習が……」
大柄な身体を丸めて、播磨が呟く。泣く子も黙る不良である播磨も、恋愛が絡むと人格が一変して
しまうらしい。小さく息をつくと、絃子は播磨に冷たい視線を投げかけた。
「……この際、真実を伝えておこう。君は去年特例で進級したね? にも関わらず、君は
まったく反省の素振りを見せていない。今回に至っては、突然姿をくらました挙げ句テストも
ろくに受けないという有様だ。当然、君は様々な先生から批判を受けている。このままの
状態が続けば、学校側としても最後の手段をとらざるを得ない」
「……最後の手段?」
「そう、すなわち―――退学処分だ」
「な!?」
絃子の言葉に、播磨は思わず驚きの声を上げた。諦めにも似た表情で、絃子が言葉を続ける。
「しょうがないだろう、擁護するにしても限界があるんだ」
「た、頼む、退学だけは勘弁してくれ! 天満ちゃんに会えなくなったら、俺は!」
「だったら、この夏は勉強に専念することだ。バイトができない分、家賃はまけてやってもいい」
「そ、それは……」
「……どうした?」
「いや、実はだな……」
549Youthful Days:04/10/09 10:36 ID:TbCfH8po
絃子に対し、播磨は一週間後に旅行の予定が入っていることを伝えた。その旅行には播磨の
想い人である塚本天満も参加するため、播磨としては絶対にキャンセルすることはできないという。
播磨の話を聞き終わると、絃子は考え込むようにして目を伏せた。
「……なるほど」
「頼む、旅行には行かせてくれ! この通りだ!」
「しかしだな、拳児君―――」
「頼む!」
頭を机にこすりつけて、播磨が懇願する。しばしの沈黙の後、絃子は静かに口を開いた。
「わかった、ならばこうしよう。今から君には五日間みっちり勉強してもらい、六日後に君が特に苦手な
数学・英語・物理のテストを受けてもらう。そして、そのテストで平均80点以上を取れたならば
旅行は許可する。もし取れなかったら、夏休み中はずっとこの家で勉強だ。もちろん、旅行には
行かせない。それでいいかい?」
「お、おう!」
「じゃ、早速始めるぞ。さっさと教科書を持ってくるように」
「わ、わかった!」
返事をするやいなや、播磨がリビングを飛び出す。再び大きな溜め息をつくと、絃子は自らも
腰を上げ、自室へと戻っていった。
550Youthful Days:04/10/09 10:38 ID:TbCfH8po
「―――と、いうわけだ。わかったかい?」
一連の説明を終えると、絃子はシャープペンシルを置き、播磨の方へと視線を向けた。
「……拳児君?」
「あ、ああ、すまねぇ。何だ?」
「……君、本当に理解できてるのか?」
「ん? ま、まあ、何となくはな」
「じゃあ拳児君、そこの問題を解いてみたまえ」
「お、おう」
慌てた様子で、播磨がシャープペンシルを持つ。問題を見つめる播磨の表情に、余裕の色は
まったく見られない。数分間かけて二行ほど数式を書き散らかすと、結局播磨はぱったり動きを
止めてしまった。
551Youthful Days:04/10/09 10:42 ID:TbCfH8po
「……どうした? 手が止まっているようだが」
「う、うるせぇ! 黙って見てろ!」
問題を睨み付ける播磨の顔には、大量の脂汗が浮かんでいる。その姿を見て、絃子はあからさまに
不満げな表情を見せた。
「まったく、君は今まで一体何を聞いていたんだ。簡単な二体問題だぞ? 私の言ったことを
きちんと理解できているのなら、一分で解けるはずの問題だろう」
「ぐっ……」
絃子の辛辣な言葉が、播磨を容赦なく痛めつける。絃子が播磨の指導を始めてから、すでに
二日間が経過していた。本来絃子が立てていた予定ならば、すでに物理の学習を終えて数学に
入っている段階である。しかしながら、播磨の学力は絃子が予想していた以上に低いレベルであり、
計画は変更を余儀なくされていた。
「いいか、この場合の運動方程式はだな―――」
播磨の横から身を乗り出すようにして、絃子はプリントの余白に数式を書き込み始めた。柔らかい
胸の感触が、播磨の腕へと伝わる。何とも言えない感覚に、播磨の心は平静を失った。
「―――と、こうなるわけだ。いいかい、拳児く……拳児君?」
「あ、ああ! そーいうことだったんだな! さすがイトコの説明はわかりやすいぜ!」
「……どうした? 顔が赤いようだが」
「な、何でもねぇよ! ああ、そうそう! そういや、昔もよくこうやって勉強教わったよなぁ!
あの頃のことを思い出すと、何だか懐かしくってよぉ!」
動揺を隠すかのように、大声で播磨がまくし立てる。絃子はしばらくぽかんとした表情で播磨を
見つめていたが、やがて薄く笑みを浮かべると、懐かしそうに目を細めた。
「……そうか、あれからもう一年以上も経つのか―――」
552Youthful Days:04/10/09 10:43 ID:TbCfH8po
その日、絃子はいつものように自宅のアパートでテストの採点をしていた。どこからか室内に
吹き込んでくる冬の風は、身を切るように冷たい。赤ペンを置いて立ち上がると、そのまま
絃子は窓際まで歩いていき、窓の外を見上げた。
「まったく、鬱陶しい天気だな」
絃子の呟きが、灰色の空へと吸い込まれていく。一面の雲に覆われた空と同様に、絃子の心は
晴れない。
その理由は、今の仕事に対する興味の喪失である。
絃子が教師になってから、すでに一年半の月日が経過していた。職場である高校の雰囲気にも
馴染んではきていたし、「教える」ということに慣れてきてもいる。しかし、それでも「教師」という
仕事に対して絃子がやり甲斐を感じたことは一度としてなかった。
もともと、絃子は教師を目指していたわけではない。企業の歯車として働かされることを嫌った結果、
教師という選択肢に行き着いたに過ぎないのだ。絃子にとって教師という仕事はあくまで生活費を
得るためのものであり、そこから得られる生徒とのつながりなどに興味を抱くことはできなかった。
職員会議が終われば誰よりも先に帰途へと着き、顧問を務める部の活動に顔を出すこともない。
さながら機械のように、淡々と授業をこなすだけの毎日。この年が終わったら、いっそのこと
教師なんて辞めてしまおうか―――そんなことさえ絃子は考えていた。
553Youthful Days:04/10/09 10:43 ID:TbCfH8po
「……ん?」
その時、唐突に玄関の呼び鈴が鳴った。玄関の方を見つめて、絃子が首を傾げる。大学時代の
絃子の友人は皆仕事に忙しく、卒業以来絃子とはほとんど顔を合わせていない。唯一今も親交のある
笹倉葉子も、今日は遠方へ出かけると絃子に伝えていた。新聞の勧誘か、それとも何かのセールスマンか。
少々不審に思いつつも、絃子は玄関に歩いていき、ドアの鍵を開けた。
「はい、どちら様―――」
言いかけて、絃子が言葉を飲み込む。そこに立っていたのは、粗暴な雰囲気を纏った一人の少年だった。
大柄な身体に、意志の強さを感じさせる真っ直ぐな瞳。その姿は、かつて絃子と共に時を過ごした
一人の子供のそれにぴたりと重なった。
「君、ひょっとして……」
驚きの表情で、絃子が尋ねる。その刹那、少年は地面に頭をこすりつけて叫んだ。
「頼む! 俺に勉強を教えてくれ!」
554Youthful Days:04/10/09 10:44 ID:TbCfH8po
「……なるほどね」
一通り話を聞き終わると、絃子はクッションに身体を預け、深く息をついた。
「す、すまねぇ。いきなり押しかけたりなんかしてよ」
先程の少年―――すなわち播磨が、深々と頭を下げる。絃子の家に迎え入れられた後、播磨は
先程の発言の真意を詳しく説明した。曰く「どうしても矢神学院に行きたいから、合格できるよう
勉強を教えて欲しい」のだという。呆れたように肩をすくめると、絃子は手元のティーカップを
口へと運んだ。
「まあいいさ、少々色気のない再会の仕方ではあったがね。で、さっきの話だが」
「お、おう!」
絃子の言葉に、慌てて播磨が顔を上げる。少し間をおくと、絃子は無表情で口を開いた。
「結論から言おう。君に勉強を教えてやることはできない」
「な!? ど、どうしてだよ!?」
「君が矢神学院に行きたいというのはよくわかったよ。でも、いったい今が何月だと思ってるんだ?
受験まであと二ヶ月ちょっとしかないんだぞ?」
「だ、だけどよ、今からでも頑張れば……」
納得できないといった様子で、播磨が言い返す。しかし、それでも絃子の表情は変わらない。
淡々とした口調で、絃子は言葉を続けた。
「私も一応教育に携わる人間だ。君の噂は聞いているよ。大分無茶をしているそうじゃないか。
警察の世話になったことも、一度や二度じゃないんだろう?」
冷たい絃子の視線が、播磨の瞳を射抜く。何も言えないまま、播磨は唇を噛んだ。
555Youthful Days:04/10/09 10:46 ID:TbCfH8po
「他の学生は、君がそうやってくだらないケンカに明け暮れている間にも志望校合格を目指して
 勉強していたんだ。君がこれからいくら頑張っても、その差は決して埋められるものではない。
 はっきり言って、君が合格する可能性は0だ」
「で、でもよ……」
「私は無駄なことが嫌いなんだ。仕事だってある。君のために割いてやる時間はない」
「!!」
その瞬間、播磨は絃子の胸ぐらを掴み、自分の方へと引き寄せていた。突然の衝撃に、絃子の
持っていたティーカップが宙を舞う。ガチャリという破壊音が、やけに大きく部屋の中へと響いた。
「……女にまで手を上げるか。まったく、見下げ果てた男だな」
「……」
「どうした? ほら、殴るなり蹴るなり好きにすればいいだろう? 君がいつもやってるようにな」
絃子の口元に、嘲るような笑みが浮かぶ。必死に絃子を睨み付けてはいるが、播磨は明らかに
動揺を隠せない。二人の間に、険悪な空気が流れた。
「……くそっ!」
結局乱暴に絃子を突き放すと、播磨はアパートを飛び出していった。自分に言い聞かせるかのように、
絃子が呟く。
「無駄なことは、嫌いなんだ―――」
その瞳には、いつになく哀しげな光が宿っていた。
556Youthful Days:04/10/09 10:48 ID:TbCfH8po
翌日、街は冷たい冬の雨に煙った。窓に叩き付ける雨音が、冬の静寂を一層際立たせる。クッションに
身体を埋めたまま、絃子は窓の方へと視線を移した。
「……止まない、か」
微かな呟きが、絃子の口から漏れる。外の景色を眺めながら、絃子はぼんやりと昨日のことを考えた。
心の中に、様々な感情が浮かんでは消える。雨音だけが部屋に響く中、長い時間が過ぎた。
「……ん?」
沈黙を破って、絃子が身体を起こす。玄関の方から、何者かの足音が聞こえたのである。
無言で玄関へ歩いていくと、そのまま絃子はドアの鍵を開けた。
「……やはり、君か」
絃子の予想通り、そこに立っていたのは播磨だった。昨日とは異なり、なぜか頭に大きめの
ニット帽をかぶっている。一際大きい溜め息をつくと、絃子は播磨の顔を睨み付けた。
「言ったはずだろう、君の勉強を見てやるつもりは―――」
「……昨日はすまねぇ。こんなもんで許してもらえるとは思えねぇけどよ」
絃子の言葉を遮るようにして、播磨がニット帽を取る。播磨の頭には、一本の髪の毛も残されては
いなかった。どこから見ても、完全なスキンヘッドである。信じがたい光景に、絃子は呆然と
その場に立ちつくした。
「ま、俺が勉強してなかったってのは事実だしな。とりあえず、これから二ヶ月はダメ元で……って、
 どうした? ぼーっとしちゃってよ。熱でもあんのか?」
心配そうな表情で、播磨が尋ねる。次の瞬間、絃子は吹っ切れたように激しく笑い出した。
「あははははははは! 拳児君、何だいその頭は!」
「う、うるせぇ! 何がおかしい!」
「だ、だって、いきなり坊主頭だなんて、おかしくって」
「笑うな! こっちだってハズいんだよ!」
大きな笑い声が、古びたアパートに響き渡る。播磨がいくら怒鳴っても、絃子の笑いは止まらない。
数分に渡って笑い続けた後、絃子はようやく播磨の方へと視線を向けた。
「気に入ったよ、拳児君。君の頼み、受けてやろうじゃないか」
「ほ、ホントか?」
「ああ。ただし、教えるからには容赦はしないぞ。何せ確率0からのスタートだからな。
覚悟しておくがいい」
「お、おう! 望むところだ!」
歓喜の表情を浮かべて、播磨が叫ぶ。いつの間にか雨は止み、二人の間には柔らかい光が差し込んでいた。
557Youthful Days:04/10/09 10:49 ID:TbCfH8po
「―――子、絃子!」
播磨の声によって、絃子は現実へと引き戻された。
「あ、ああ、何だい?」
「『何だい』じゃねーよ、ったく。教える立場のお前がそんなんじゃどーしようもねーだろが」
呆れた様子で、播磨が肩をすくめる。その表情に、かつての飢えた野生の猛獣の如き迫力は
もう残っていない。一年半前と比べると、播磨はいい意味でも悪い意味でも大きく変わってしまった。
絃子としては、それが嬉しくもあり残念でもある。そんな絃子の胸中を見透かすかのように、
播磨がぼそりと呟いた。
「……ま、お前にゃ感謝してんだぜ? 勉強教えてくれて、おまけにわざわざマンションに
引っ越してまで俺を置いてくれてよ。今こうして俺が矢神学院に通えてるのも、みんなお前の
おかげだしな」
「拳児君……」
二人の間に、沈黙の時間が訪れる。けたたましい蝉時雨だけが部屋に響く中、絃子はゆっくり
口を開いた。
「……感謝してるのは、私の方だよ」
558Youthful Days:04/10/09 10:53 ID:TbCfH8po
「あの時私は、出口の見えないトンネルの中にいたんだ。一寸先も見えない暗闇の中で、
出口を探して、もがいて、彷徨って……。そんな私に、君は一筋の光を与えてくれたんだよ。
 あの時君が来てくれなかったら、私は―――」
「……イトコ」
「なに、冗談半分に聞いてくれればいいさ。なにせ……」
「?」
「君の頭は、本物の太陽と見まごうほどの神々しさだったからね」
そう言って、絃子がニヤリと笑う。瞬間、播磨の顔は引きつったように硬直した。
「……なぁ、イトコ」
「ん? 何だい?」
「結局言いたいことはそれかよ! この性悪女!」
「おや、そんなことを言っていいのかい? 何なら独学でやってもらっても構わんのだよ?
 もちろん、テストは容赦しないがね」
「ぐっ……」
「じゃ、私は麦茶でも入れてくるよ。その間にそこの問2をやっておくように。もしも、私が
戻ってくるまでに終わってなかったら……」
「……終わってなかったら?」
「麦茶の代わりに、BB弾を一弾倉分プレゼントだ。ちょうど試し打ちしたい銃があるのでね」
「!!」
真っ青な顔で、播磨がシャープペンシルを手に取る。その姿を見届けると、絃子は微かに笑みを浮かべ、
部屋を出て行った。
559Youthful Days:04/10/09 10:57 ID:TbCfH8po
「……で、結果は……?」
不安そうな表情で、播磨が絃子を見つめる。採点し終わった答案を手渡すと、絃子は静かに
口を開いた。
「3教科平均81.67点。おめでとう、合格だ」
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁ!」
マンション内に、播磨の雄叫びが轟く。その声量たるや、蝉すら驚いて逃げ出してしまうのでは
ないかと思えるほどである。手元の麦茶を一口啜ると、絃子は諭すように言った。
「ま、今回のテストの目的はあくまで基礎事項の確認だ。これに懲りたら、二学期は心を入れ替えて
勉強を―――」
「海……天満ちゃんと海……」
絃子の言葉も、今の播磨には届かない。厳しい勉強から解放されたためか、その口元はかつてないほどに
緩みきっている。不機嫌そうな表情で、絃子は麦茶の入ったコップをテーブルへと置いた。
「……拳児君」
「ん? ああ、心配すんなって。ちゃんと土産は買ってくるからよ」
満面の笑顔で、播磨が絃子の肩を叩く。少し考えた後、絃子は窓の外を指差して叫んだ。
「ああ! あんなところに水着の塚本さんが!」
「何!!」
播磨の顔が、窓の方へと向く。その瞬間、絃子は播磨の方へと身体を伸ばし、その頬にそっと
口づけをした。播磨の顔が、瞬く間に紅潮する。
「な、な、何てことしやがる!」
「勉強を頑張ったご褒美をあげたんじゃないか。何を驚いてるんだい?」
「突然こんなことされたら誰だって驚くだろーが! 何考えてやがる!」
「おや、キスだけじゃ不満かい? まったく、贅沢な男だ」
「そういう問題じゃねぇ! だいたいお前はいつもいつも俺を!」
「それだけ君が魅力的だということさ。それに―――」
「何だよ!」
「無駄なことは経験しとくものだよ、拳児君?」
余裕たっぷりな口調で言うと、絃子は楽しそうに微笑んだ。
560Youthful Days:04/10/09 11:03 ID:TbCfH8po
というわけで、絃子先生の話を一つ。
今後はこのようなことがないように気をつけます。
それと、支援スレで質問に答えて下さった方ありがとうございました。

本編でも絃子先生が活躍してくれることを心から願っています。
561Classical名無しさん:04/10/09 12:46 ID:atVe9ZtY
シリアスな絃子さん(・∀・)イイ!太陽な拳児君も(・∀・)イイ!
同居に至るまでの経緯は是非本編でもやって欲しいところですね。
GJでした。
562Classical名無しさん:04/10/09 15:38 ID:rRqChdPc
>>542
GJ!
コメディタッチな絃子さんが良かったです。
泣きまねイイ

>>560
こちらもGJ!
こちらは一転してシリアスな雰囲気でなんとも。
微妙に天満に嫉妬してる絃子さんが素敵です。

超姉でかぶらせるという偉業をなしとげたおまいらが大好きですw
これからも頑張ってください。
563コンキスタ:04/10/09 21:02 ID:y4V94SvY
ども。コンキスタです。少し間が開きましたが第7話の投下に参りました。ちなみに前回の後編になるというのは話は嘘になりましたw
いつもいつも感想ありがとうございます。やっぱり感想をいただけると嬉しいです。
>>446
 憧れてもらえるなんてすごく嬉しいです。ありがとうございます。でもまだまだだと思うので、これからも精進していこうと思います。
>>447
 収集がつくのか……自分でも気になりますw 一応終わり方だけはだいたい考えたので、そこまでもっていけるかどうか……。
>>448
 ハーレム……。ひ、否定できない……! 第7話ではあまり出番がありませんが、天満が天満っぽくないかもしれません。^^;
>>449
 あんまりありがちっぽいことはやりたくないなあ、と思ってはいるので天満を絡ませることにしました。いや、サングラスとかはまあ……。^^;
>>450
 とりあえず、このIFの話もクライマックスに近づいている(はず)です。9話、10話あたりで完結すると思います。
>>451
 ありがとうございます。これから続きを投下いたしますのでそちらもどうぞよろしくお願いいたします。
>>452
 これ以上勘違い発生すると終わらせられないのでw
>>453
 『面白い』というのはかなり嬉しい言葉です。
>>455
 ありがとうございます。描写は実はあんまり得意なほうじゃなくて、わりかしごまかしていたりするんですが、これからもがんばります。
564コンキスタ:04/10/09 21:05 ID:y4V94SvY
それでは投下します。
 前スレ
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/329-345n 『Be glad』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/479-493n 『True smile』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/521-535n 『True smile -2』

 現行スレ
 >>281-295 『I don't say』
 >>320-330 『Escapes from himself』
 >>433-444 『Point of a look -1』

それで今回は『Point of a look』の後編のはずだったのですが……。
わりと行き当たりばったりで書いているため、第7話を書いていったら思った以上に長くなってしまいました。^^;
なのでさらに切り分け、第7話は『Point of a look』の中編となりました。w
『Point of a look』は第8話で完結します。(たぶん)


        第7話

    『Point of a look -2』
565コンキスタ:04/10/09 21:06 ID:y4V94SvY
 『Point of a look -2』


 播磨邸――絃子のマンション――での朝。
 今日こそはとベッドで良く眠っている播磨の部屋に、ひとつの人影があった。播磨の従姉妹、刑部絃子である。
「おい、起きろ。拳児君」
「ぐえっ」
 絃子がげしりと播磨のみぞおちを蹴飛ばした。さすがの播磨もこれはこたえたようで、悶え転がり、やがてベッドから転落した。
 一緒に落下した布団を払いのけ、がばりと起き上がると、播磨は自分を見下ろす絃子に怒鳴った。
「いきなり何しやがる!」
「頼むから学校に行ってくれ。じゃないと私が遅刻してしまう」
 半ば呆れ気味に片手で頭を抱え、絃子が言う。彼女にしては珍しく、本気で困っているようだった。
「はあ? なんで絃子が遅刻すんだよ。勝手に行きゃあいいだろ」
「そうしたいところは山々なんだけどね。いいから学校に行きなさい」
 意味のわからない言い分に播磨は反論しようとしたが、刑部絃子の巧みな説得――エアガンを向ける――により、
彼は仕方なく学校に行くことになった。
 彼女は何故か不機嫌なようで、播磨が着替えている最中にも部屋の外から催促の言葉を飛ばしていた。
566Point of a look -2:04/10/09 21:05 ID:y4V94SvY
 着替えを終えてリビングに入る。やはり絃子は不機嫌そうだった。
「ほら、早く学校に行きなさい」
「飯ぐらい食わせろっての」
 それでも絃子は口うるさく播磨を急かしたてている。播磨はそれを無視してテーブルの上においてあったパンの袋から一つロールパンを取り出した。
 同時に、愛用のサングラスが彼の目に入った。いつものようにサングラスに手を伸ばす。
 しかしサングラスに触れるか触れないか、そこで彼の手はぴたりと動きを止めた。
「ああ、もういらねえのか……」
 行き場を失った手を力なく下ろし、彼は自嘲気味に笑う。昨日の朝も彼は同じことをした。
 サングラスはもう必要ない。一昨日、彼は自らの手でそれを外し胸にしまった。諦めきれない一つの思い出として……。
 そして脳裏に浮かぶのは彼女の言葉。
 夢にまで出てきたあの言葉。
『逃げるの?』
「……うるせえ」
 パンッ!
「痛ぇっ! 何しやがんだ、絃子!」
「うるさいとはなんだ、うるさいとは。早くしなさい」
「別におめえに言ったんじゃ――もういい。んじゃ、行くけど授業とかふけても文句言うなよ」
「ああ、言わないさ」
 エアガンを指でくるくる回している絃子に播磨は「本当だな?」と念を押し、パンを口に詰め込むと、鞄を肩に提げ玄関に向かった。
「撃つかもしれないけどね」
 絃子は今朝ドアの覗き穴から見た彼女の姿を思い出しながら、彼に聞かれないよう小声で言った。
567Point of a look -2:04/10/09 21:07 ID:y4V94SvY
 その頃、沢近愛理はあるマンションの一室のドアの前に立っていた。かれこれ数十分もインターホンとにらみ合っている。
「こ、今度こそ……!」
 すでに十数回は言ったであろうセリフを飽きずにまた言うと、彼女は震える手をインターホンに向けて伸ばしだした。
 かすかに振動しながら着実に、インターホンのボタンに彼女の指は近づいていく。
 ボタンまであと数センチ。しかし、彼女はそこで手を引いてしまった。
 手を伸ばしていく間ずっと息を止めていたために、酸素が足りなくなった体があわてて呼吸をする。
 全て幾度となく繰り返された動作。
 気づけば彼女の顔は真っ赤になっており、湯気が立っていても不思議ではないほどだった。
 そうして再びふりだしに戻る。以下繰り返し。
 彼女にとってこれは、終わりの見えない挑戦だった。
「なんなのよ、もー……」
 うなだれる愛理にお前がなんなんだと問いたいが、本人は至って真剣なのである。
 彼女もまさかインターホンが押せないだなんて思ってもみなかった。これは予想しなかった不測の事態なのである。
「だいたいなんで私が緊張しなきゃいけないのよ。悪いのはアイツじゃないの!」
 ここまで来ておきながら往生際の悪い自分に言い訳するように、この場にいない人間に文句を言う。
「迎えにくるなんて別に変なことじゃない――わよね? う、うん。そうよね。別に普通……よね」
 今さらふと思った疑問にも無理やり自分だけ納得し、息を整える。
 このままじゃ私まで遅刻しちゃう。中村――確認すると愛理の執事――も帰らせちゃったから後戻りもできないし。
 とにかくこんなボタンひとつ押すことに私が緊張する必要なんてどこにもないじゃないの。
 こんなのぱっと押しちゃえばいいのよ、ぱっと。
 愛理は小さく頷き、大きく深呼吸する。しかし頬の赤みが消えることはなかった。
 それどころか押したあとのことを考えれば考えるほど、恥ずかしくて目の前のドアすらまともに見ることができなくなる。
 しかし、このままではダメだと首をぶんぶんと横にふった。そうしてもう一度深呼吸をすると、彼女は意を決し――。
 ガチャリ。
「わあっ!」
 ――自分の悲鳴をマンション内に響かせた。
 開かれたドアからは、驚きで声すら出なかった播磨拳児が顔を出していた。
568Point of a look -2:04/10/09 21:09 ID:y4V94SvY
 想像しえなかった目の前の状況に、播磨の思考回路は一瞬停止してしまっていた。
「お……お嬢?」
「あ……えと。おはよう……」
 播磨は首をすごい勢いでぐるりと曲げ、後ろを見る。しかし、廊下には誰もいない。どうやら絃子は隠れているようだ。
 もう一度彼女の方を見る。
 クラスメイトの沢近愛理の幻影が目の前に立っているとはどういうことか。
 播磨は目頭を押さえ、そのあと目をこするともう一度、彼にとっては目の前にいるはずのない彼女の姿を見た。
 やはり、いる。
 そして彼は無表情のままバタンとドアを閉めた。
 沈黙。
 玄関で播磨は顔を何度か叩き、夢ならば覚めろと念じた。そして大きく深呼吸し、ドアを開ける。
 しかしやはり、沢近愛理はそこに立っていた。
 二人が同時に叫んだ。 
 
「なんで閉めるのよ!!」
「なんでお嬢がここにいんだよ!」

 それだけで二人とも何故か息が上がっており、荒い息を整えながら睨みあう。
 次に口を開いたのは播磨のほうだった。
「いや、つーか……まじでなんでだ?」
「そ、それは……ほら? 播磨君が学校、サボらないようにって……」
「へ?」
「あー、もう! アンタがサボらないように迎えに来たの! 悪い!?」
 播磨は首をひねる。彼には彼女の言ったことの意味が良く分からなかった。
 答えになっているようで、なんだか答えになってない。
 『何故』という感情が膨らみすぎて彼の頭はパンクしかけていた。
569Point of a look -2:04/10/09 21:11 ID:y4V94SvY
 一方で、拒絶されるのではないかという不安が愛理を襲っていた。次の彼の言葉が少し怖い。
 もし迷惑だって言われたらどうしよう。
 まず間違いなく学校は休むことになる。腫れた目で学校に行けるわけがないのだから。
 それでも勇気を出して彼女は言った。
「悪かった……かな?」
「あ、いや! そういうわけじゃねえけどよ……」
 播磨の目には愛理が少し泣きそうに見えた。しかし、すぐに目の錯覚だと自分に納得させる。
 沈黙が二人を包み込む。しかしその空気は気まずいという類のものではなく……。
 二人とも気恥ずかしさからか目を合わせることができず、顔をそらしていた。
 この空気はなんだか良くないと、播磨が感じた。
 これはまずい。なんだか良くわかんねえけど良くない。なんで俺がコイツなんかに――。
 それに、部屋の方から殺気――絃子の――を感じる。今にもエアガンで打ち抜かれるような気がする。
 とにかく何か言って空気を変えなくちゃまずい。よくわかんねえけど、とにかくまずい。
570Point of a look -2:04/10/09 21:14 ID:y4V94SvY
「え、えーとよ……」
 しかし急に口を開いた播磨の言葉が怖くなり、ごまかすように愛理が言った。
「い、いいから早く学校行くわよ。もう! アンタのせいで遅刻しちゃうじゃないの!」
「うぇ? って、俺のせいかよ! それならせめてチャイムぐらい鳴らしゃ良かっただろうが」
「い、今押そうとしていたところなのよ、今! ほら、そんなことより早く」
 顔を真っ赤にしながら愛理は播磨の腕をつかみ、彼の意見を無視して無理やり引っ張っていった。
 支える人間がいなくなったドアがバタンと閉まる。
 リビングで絃子がその音を聞きながらエアガンを回していた。
 愛理がインターホンを今押そうとしていたのは事実だが、その『今』が20分以上あったことを彼女は知っている。
 だからこそ出かけようとした時にドアの外に気配を感じて、覗き穴から愛理を見た絃子は外に出れなかったのである。
 いくら播磨と一緒に住んでいることをすでに知られているとはいえ、恥じらいながらインターホンに
指を伸ばしたり引っ込めたりを何度も繰り返されては出るに出られない。
 見ているほうまで恥ずかしくなるような光景だった。
「ふぅ。まったく、昔から拳児君は鈍感だ」
 エアガンを構えて絃子が言う。銃口の先には彼女の従兄弟、播磨拳児の写真があった。
571Point of a look -2:04/10/09 21:15 ID:y4V94SvY

 播磨は学校に向けてバイクを走らせる。彼の後ろ、ダンデムシートにブロンドの彼女がヘルメットをかぶり、乗っていた。
 しかし――。
「きゃああああああああ!」
「だー、うっせえ!」
 少しスピードを出すとこれである。それで播磨は仕方なくスピードを落とした。
 さっきから速度を上げては下げ、上げては下げの繰り返しである。
 これではバイクに乗っている意味がない。自転車で行ったほうが早かったんじゃないだろうか。
「こ、これじゃ遅刻しちゃうじゃないの!」
「そんでスピード出したらおめーが発狂すんじゃねえか! どうしろっつーんだ!」
「ぅ……こ、こわいんだから仕方ないでしょ!」
 その返事に思わず播磨は脱力する。
 本当にコイツはあの沢近愛理なんだろうか。
「こんなん自転車の二人乗りと大して変わんねーだろうが」
「二人乗りなんてしたことないわよぉ」
 彼女は少し泣きそうだった。
「だー、くそ。遅刻したくねーんだったらスピード出すぞ。もっとしっかりつかまってろ」
「え……あ、うん」
 恐怖からか、彼女はいつもより素直だった。先ほどまでよりしっかりと播磨にしがみつく。
 暖かく広い彼の背中に、愛理は安心感を覚えた。
「うし、行くぞー」
「うん」
 
 だがしかし――。
「きゃあああああああああああああああああああ!」
「だからうっせえっつーの!!」
 やっぱり怖いものは怖かった。
572Point of a look -2:04/10/09 21:17 ID:y4V94SvY

 学校に着き、バイクを止める。
 ダンデムシートから降りた愛理はふらふらしていて、今にも倒れるんじゃないかと播磨は心配した。
「おい、大丈夫かよ。ったく、だいたいなんで俺がお嬢を乗せて走らなきゃいけねえんだ」
「仕方、ないでしょ。そうじゃないと私、遅刻、しちゃうじゃないの」
 息を整えながら愛理が言った。
 その様子に播磨が呆れてため息をつく。
「そういやマンションに来るときゃどうしたんだよ」
「執事に車で、送ってもらったわ」
 だったら最初からそれに送ってもらえばいいじゃねえかという考えが播磨の頭によぎったが、
その考えは自分の住む世界とは次元が違う話しによってかき消された。
「いいから行くわよ。ほんとに遅刻しちゃう」
「俺は別にいいんだよ、遅刻したって」
「ダメよ。私が許さないもの」
「おめーなぁ……」
 播磨は愚痴をこぼしながらもしっかり愛理と並んで歩いていく。すると、偶然今学校に入ってきた二人の姉妹とはちあわせた。
 言うまでもなく塚本姉妹である。今朝は天満だけでなく八雲も寝坊してしまい、彼女達も遅刻寸前だった。
「あ……」
 天満と播磨。二人が同時に声を上げた。
573Point of a look -2:04/10/09 21:20 ID:y4V94SvY
「よ、よう。塚本」
「お、おはよう播磨君! じゃあ私、先行くね!」
 播磨はなるべく明るくを心がけて挨拶したのだが、天満は手を振りながらあわてた風に校舎へと走り去っていった。
 八雲ですら目の前で起きた姉の奇怪な行動に目をぱちくりさせている。
 誰も、天満の頬が紅く染まっていたことに気づかなかった。
「なんか変じゃない?」
 昨日もそうだったんだけどと付け足して、愛理が八雲に聞いた。
「はい……姉さん一昨日家に帰ってきてから様子がおかしくて……」
「どうしたのかしら……って播磨君?」
 愛理の横には天満の走り去って言った方向を見たまま固まった播磨がいた。
 ぎこちない笑顔。今にも風化しそうなほど真っ白に見え、その目からはとめどない涙を流している。
「俺が何をしたっていうんだ……」
「あー、もう」
 頭を抱える愛理に、八雲は今の奇怪な姉の行動よりももっと大きな疑問があった。
「あ、あの……沢近先輩。どうして――」
 ――播磨さんと一緒に……?
「え?」
「あ……いえ、その……」
 愛理はきょとんとした顔で八雲を見るが、彼女はうまく言葉に出せない。
 そんな八雲に愛理は首を傾げながら時計に目をやる。もう本格的に遅刻しそうだった。
「それより八雲。ひとつお願いがあるんだけど、いい?」
「え……はい?」
 愛理はいまだ固まっている播磨を指差し、言った。
「この馬鹿を教室まで運ぶの手伝ってくれない?」
 呆れた目で播磨を見る愛理の横で、八雲が困った。
574Point of a look -2:04/10/09 21:26 ID:y4V94SvY

 その日の昼休み、播磨は屋上にいた。コンクリートの上に腰を下ろしている播磨は、天満のことで頭がいっぱいだった。
 屋上のフェンスを眺めながら物思いにふける。
「やっぱ避けられてるよな、俺……なんでなんだ?」
「ホント、あれはちょっとおかしいわよね」
「おう。で、なんでお前が横にいる」
 何故か当然のように横にいる愛理に、無表情のまま播磨が言った。
「もう。アンタ何度言わせる気?」
「また『なんとなく』かコラ」
「なんだ。わかってるじゃないの」
 嬉しそうに笑う愛理に、播磨は大きなため息をついた。
「まあ、いいけどよ。お前も暇だよな。俺みてえな奴にお節介なんてよ」
 播磨の言葉に内心どきどきしながら、彼女は答えた。
「……アンタだからよ」
「あん? 今なんて言った?」
「……ねえ播磨君、わざとやってない?」
 なにをだよと首を傾げる播磨に、今度は愛理がため息をつく番だった。
 すると後ろで扉が開く音がし、二人が振り向くと八雲が屋上に出てくるところだった。
「おう、妹さん」
「こんにちは、播磨さん。あの……二人で何を?」
「特に何もしてないわ。話してただけ」
 愛理は本当のことを言っただけなのに、それでも八雲を不安にさせる。
 屋上。そこは少し前まで『秘密』の場所だった。
 ――私と播磨さんが話していた場所なのに。
 だけど今では漫画も描き終え、播磨と八雲が二人でここに待ち合わせることもなくなった。
 漫画ももう二人の秘密じゃない。彼女の目の前にいるもう一人の先輩も秘密を知っている。
 そして彼女が播磨のことを好きだということも、もちろん八雲は知っている。だからこそ嫌だった。
 同じはず。
 八雲は楽しそうな二人を見つめる。
 なのに違う。
 ――――どうして先輩はこんなにも近いのに、自分はこんなにも遠いのだろう。
 それが八雲には悲しくて寂しくて、悔しかった。
575Point of a look -2:04/10/09 21:28 ID:y4V94SvY
「八雲はなんでここに来たの?」
 愛理が言った。
 それは単純な疑問。意味なんてない。他愛のない話。
 しかし八雲は。

 『あなたは邪魔なの』

 そう、言われた気がした。

「理由なんているんですか?」
 ぞくりとするほど冷たい口調。唇が勝手に動いた。
 そのときの彼女の思考は真っ黒で、何も考えられず、その言葉を口にしていた。
 しかし突然の彼女の冷たい言葉に愕然とする愛理の表情を見て、すぐに彼女は我に返った。
「あ……ご、ごめんなさい!」
 私、どうしたんだろう?
 自分が自分でないような感覚に、八雲自身驚いているようだった。数秒前の自分に嫌悪感を抱く。
 今、先輩を少しでも憎いと思ってしまった――――。
「え、あ」
 自分の失言に気づいた愛理は何を言っていいのかわからず、口を開いては閉じを繰り返している。
576Point of a look -2:04/10/09 21:31 ID:y4V94SvY
 しかしこのどうにも気まずい雰囲気の中、何もわかっていない人間が一名いた。
「なんで妹さんが謝ってんだ?」
 本人にして元凶。その名も播磨拳児。
 彼のせいではないとはいえ、播磨のあまりの鈍感さに愛理は呆れ果て、軽蔑を含む視線を播磨に向けた。
「アンタには一生わかんないわよ」
「んだとコラ」
「なによ」
 睨みあう二人におろおろする八雲。
 自分のせいで二人が喧嘩してしまうなら止めなくてはいけない。
 しかし八雲はそう思ったのも束の間、気づけば何事もなかったかのように播磨と愛理は話していた。
 ――いつもどおり。
 それは本当に自然な雰囲気で、いつ険悪だったはずの空気が変わったのかすらわからない。
 お互いがお互いの挑発が冗談だとわかっている。
 八雲にはわからない二人だけの空気。
 自分も会話に加わっているはずなのに、なんだか違う場所にいる気がしてくる。
「そういやお嬢。最近寝不足か?」
「え?」
「今日の授業も眠そうにしてただろ」
「……まあね。私にもいろいろあるのよ」
 昨日は播磨が学校に来るか来ないか。今日は迎えに行くことによる緊張。
 そのせいでここ二日、愛理はほとんど眠れなかった。それを知っている者はいない。いや、一人だけ――中村――知っているといえば知っているのか。
 とりあえず、目にくまができていなかったことだけが不幸中の幸いだった。
「それにしても驚いた。播磨君って授業中に起きてるんだ。変なとこで不良っぽくないわよね、あなたって」
「せっかく人が心配してやってんのに、かわいくねー奴だな」
 表面だけを見れば口喧嘩しているようにも見える。けれど本当は、ただじゃれているだけで……。
 そんな二人を不安げに八雲は眺めていた。


....TO BE CONTINUED?
577コンキスタ:04/10/09 21:32 ID:y4V94SvY
ごめんなさい! 454様への感想返しが抜けていました。
>>454
 抜かしちゃってすいません。^^; 
 予想していただけたというのがまず嬉しいです。今回沢近がんばってますw
 もう少しで完結しそうですが、これからもよろしくお願いします。

というわけで『Point of a look -2』は以上です。
『今度こそ後編』は明日か明後日には投下できると思います。
投下する前にも書きましたが、おそらく9話か10話あたりでストーリー自体が完結すると思います。
ではでは。
578Classical名無しさん:04/10/09 21:47 ID:atVe9ZtY
GJ!
読んでてにやけてしまう…
めちゃめちゃ面白いです。続き待ってますよ。
579Classical名無しさん :04/10/09 22:24 ID:kmUrCI2g
GJでした。 旗に近いお子様ランチ展開でしょうか。
愛理の葛藤が…どうするんだ播磨ってかんじでしょうか 
580Classical名無しさん:04/10/09 22:56 ID:u/ZXfMc.
コンキスタさんGJ!

 パンッ! と絃子さんが叩くところに不意打ちです。絃子、やりますな。
「悪かった……かな?」も心にぐっと来ました。天満は面白い行動を取るし。
そして八雲の動揺。八雲と愛理の微妙な食い違いに、すこしモフモフしました。
 次回作も彷徨い続けます。
581Classical名無しさん:04/10/10 06:33 ID:XuiYqPaY
チョト自分も書いてみますかね……ってか、書いてるんですけどね。
麻生サラを一本。
さて、投下したらどうなります事やら……。
582Classical名無しさん:04/10/10 07:35 ID:YuWY/uzE
>コンキスタさん
GJ!
    _  ∩
  ( ゚∀゚)彡 沢近!沢近!
  (  ⊂彡
   |   | 
   し ⌒J
めちゃイイ!!
583Classical名無しさん:04/10/10 08:35 ID:zaHQ98jY
>コンキスタさん

なんかさあ・・・
単にスクラン本編世界とは別の可能世界を考えて
それが本編世界と同じ現実性を持っている、ってのを当然の背景にしてない?
それは単なる妄想だよ。本編世界と別の可能性を考えてるんだろうけど・・・
こんなうすっぺらい妄想を平気で書ける神経が理解できない。
はっきり言って最悪。

ごめんね。でもこれくらい断言しないと意味ないだろうからさ。
584Classical名無しさん:04/10/10 09:14 ID:IINXyjI2
>583

 お説はわかりますが、同じ文章をコピペして他の方に使っておられるようでは、
説得力にかけるかと思います。

 コンキスタさん、どうかお気になさらず、続きをお書き下さいませ。
585Classical名無しさん:04/10/10 09:15 ID:XuiYqPaY
出来上がりました。
微妙にアレな出来ってな気もしますが。つーか、
キャラつかみ切れてないなぁ……
ともかく投下いたします。

あ、ちなみにタイトル未定ですがご容赦を。
586581 麻生サラ:04/10/10 09:17 ID:XuiYqPaY
 ……暇だ。

 と、カウンターの裏側でつぶやいた。胸の内でだが。
 時計を見やる。5時半を回った所。そして、思い出すのは両親の言葉。

『5時過ぎには帰るから、店番お願いね』

「……はぁ」

 ため息を吐(つ)くと幸せが逃げると言うが、今はそんな事を気にしていられない。
 5時過ぎというのは、果たして5時以降からどれほどまでの時刻なのだろうか。
 まあ別段、今日は用事があるわけでもない。今の時刻がピークという訳でもない。
 そういう意味では構わないのだが……。

「人間、約束は守るべきだと思う」

 なんて事を声に出している時点で、思いのほか俺は疲れているらしい。
偶(たま)の休みに店番なんてさせられたらゲンナリするのは自明の理だろう。
 そんなこんなで無為に時間を過ごしていると。

 ガララ

「っと、いらっしゃいませ」

 店の戸が開く音。声は半ば反射的に出た。

「あ、どうもこんにちは。……アレ? こんばんは?」

 暖簾をくぐり、入ってきた奴を見て俺は思わず脱力した。

「……なんでお前がこの店を知ってるんだ?」
587581 麻生サラ:04/10/10 09:17 ID:XuiYqPaY
 パッチリとした快活そうな目。眩いばかりに映える金髪。美女というよりは、まだ
美少女という印象が強い。高校の1年後輩、バイト先の仕事仲間、そして…………?
 そして、なんだというのか。店番のせいで思考が鈍っているのかもしれない。
 ともかく、そんな彼女は、名をサラ・アディエマスという。

「それはですね。先輩が良く一緒に居る人と偶然道で会ったので、教えてもらいました」

 ……となると、菅の奴か。
 なんて事を思っている間に、既に彼女はカウンターの席に座っていた。

「注文良いですか?」
「あ? あ、ああ」

 あ×4文字。なんとも間の抜けたセリフだ。

「えーと、ラーメンと餃子、お願いします」
「分かった。少し待ってろ」

 そう言い、奴に背を向けたところで、

「む、ダメですよ先輩。お店の人なんですから、ちゃんと敬語使わなくちゃ」
「……少々、お待ちください」
「はい、結構です」

 こいつは日本人でもないのに、なぜか語彙(ごい)が豊富だ。まあ、それは
外国人に対する偏見かもしれないが。
588584:04/10/10 09:18 ID:IINXyjI2
 >583の文章を、分校絵板のTOSHI様へのコメントに使われておられますよね、と書くのを忘れて
おりました。失礼しました。

 さて、何事もなかったかのように、SS書きの皆様の作品をお待ちします。

 もし私が釣られているのでしたら、スルーして下さいませ。
589581 麻生サラ:04/10/10 09:18 ID:XuiYqPaY

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

 7割方棒読みで中身の入ったドンブリと皿を置く。

「わあ、美味しそうですね」

 割り箸を手に取り、掌を合わせた親指と人差し指のはさんで、

「いただきます」

 行儀良く挨拶。奴は早速 ラーメンと餃子を――

「……うむむ……」

 少々口に含んだところで急に唸りだす。何事だ?

「どうした?」
「……はぁ、ちょっと中華じゃ勝てなさそうです」
「……当たり前だろ。一応、ガキの頃から作ってるんだ」

 そう言ってやるが、「それでも、やっぱり悔しいです」なんて奴は頬を膨らませる。
 その様子に思わず頬を緩め……かけた俺は慌てて冷静という名の仮面を被った。
 そんな顔をしたらどれだけからかわれるか分かったものではない。

「あ、それじゃあ今度教えてくださいよ。バイトの休憩時間にでも」
「冗談言うな。お前は『休憩』という言葉を理解してるのか?」
「むー、じゃあせめてコツだけでも」
「コツなんてものは、ひたすら同じ作業を反復して自分で掴むもんだ。感覚的なものだから
 他人に言葉で教えるなんて出来ねーよ。それより、ラーメン伸びるから早く食べちまえ」
「むー」
590581 麻生サラ:04/10/10 09:19 ID:XuiYqPaY
『ラーメンが伸びる』という言葉が効いたのか、唸りながらも奴は食事に専念する。
 そんな奴の顔が幸せそうに綻ぶのは、俺の作った料理のおかげなのだろうか。


「ごちそうさまでした」

 満足そうな奴の顔。見慣れた顔のはずだが、俺はなぜか目を逸らしていた。

「とっても美味しかったです。やっぱり、先輩って凄いですね」
「……世辞を言っても何もやらねーぞ」

 ぶっきらぼうに言い放って食器を片付ける。と、不意に

「あ」

 と奴が声を漏らす。

「? どうし……」

 奴の視線の先を追う。おかげで、俺のセリフは最後まで言う必要がなくなった。

「雨……」

 いつの間にやら、店の外は結構な量の雨が降っていた。
『シマッタ』と言わんばかりの顔を見て、俺は悟った。

「……ひょっとして、傘持ってきてないのか?」
「……えーと……」

 軽くため息。
591581 麻生サラ:04/10/10 09:21 ID:XuiYqPaY
「まあ、傘くらいならいくらでも貸してやるよ」
「うー……すいません」
「気にすんな。悪いが、店番しなきゃいけねーから送れな――」

 言いかけた俺の言葉をさえぎるように、『ゴロゴロピシャーンッ!』なんて擬音が
付きそうな程、強烈な雷がほとばしった。
 思わず少しビビる。ふと、奴に目を向けると……。

「…………」

 どういうわけだか、顔は笑顔だ。そして笑顔のまま固まっていた。
 人間、どうしようもなくなったり、過度のスリルを味わったりすると笑いたくなって
しまうと言うのは本当の事かもしれない。ジェットコースターやオバケ屋敷が代表例か。
 それはともかく。

「……なあ」
「……はい」
「送ってってやろうか?」
「…………」

 断ろうとしているのであろう奴は、しかし、雷の恐怖をどうにも振り払えないらしい。
 葛藤に勤しんでいる奴を5秒ほど眺め、しばらく返答は期待できないと悟った俺は
勝手に決定を下す事にする。
592581 麻生サラ:04/10/10 09:22 ID:XuiYqPaY
「よし、じゃあ行くぞ」
「えっ、あ、せ、先輩っ。私まだなんとも……」
「その続きは鏡を見てから言ってみろ」
「……私そんなにヒドイ顔してますか?」
「まあ、ある意味な」
「うーん……少しだけ容姿には自信があったんですけど……」
「って、そういう意味じゃねえっ!」

 馬鹿な漫才はここらで切り上げる事にする。

「んな事より早く行くぞ。もっと雨脚が強くなるかも知れねえし。善は急げって言うだろ?
 善かどうかは知らねえけど」
「……でも、店番は……」
「気にすんな。もともと、無理やり任された事だし。5時過ぎには
帰るとか言ってたくせに、もう六時近いし……あ、ちなみに言ってたのは俺の親な。
とにかく非は向こうにある。分かったら行くぞ」

 スタスタと戸に向かって歩みだす俺の後ろを、奴がやや慌てた様子で駆け寄ってくる。
 店を出……かけたところで、思い出したように。

「あ、そういえばお代がまだ……」

 振り返った俺は、意識してぶっきらぼうに言い放った。
593581 麻生サラ:04/10/10 09:24 ID:XuiYqPaY
「別に払わなくていい」
「さっき、お世辞を言っても何も出さないって言いませんでした?」
「それとは別件だ。ほら、この間バイトの後にラーメン食わしてもらっただろ?
 その礼だ」

 ……まずい、顔面の筋肉が変に弛緩しかかっている。
 俺は慌てて(傍目には何気ない動作で)店の暖簾を外した(休業にするため)。

「……へー、先輩って意外と優しいだけじゃなくて、意外と義理堅くもあったんですね」

 ……だから、なんだってそんな日本語知ってるんだ。
 つーか、どっちも『意外』かよ。……その通りだが。

「……うるさいっ、良いから行くぞ」
594581 麻生サラ:04/10/10 09:24 ID:XuiYqPaY
 少し歩いて、ふと気づいた事がある。
 ……奴の家の位置を知らなかった。そんな訳で、俺は先導する奴の後姿をボンヤリと
眺めながら歩いている。
 ……変わった奴。それが一番強い印象だろうか?
 一目見て無理だと思うような状況でも『やろう』と言ったり、周りの目も気にせず大声で
応援したり……。
 しかし、そういった行動は全て、他人を思ってのことに起因するのだろう。
 今時、そんな奴は珍しい。だからこそ、俺の一番の印象は『変わった奴』なんだろうな。

「……先輩」

 なんて事を思っていると、唐突に声をかけられた。

「……なんだ?」

 ワンテンポほど返事が遅れる。

「体育祭。格好良かったですね」

 ほんの少し、傘の防護を掻い潜った雨に濡れているせいか。ふり向いた奴は
いつもより艶っぽく……って、何考えてんだ俺はっ!
595581 麻生サラ:04/10/10 09:27 ID:XuiYqPaY

「……最後のリレーか? まあ、確かにあれが一番印象に残ってるけどな」

 今鳥のおかげで。

「それだけじゃないですよ。先輩が出た種目全部です。
 騎馬戦も凄かったし、100メートル走も一着でしたよね」
「……お前、んなトコまで見てたのか」

 特に何も考えずに言った言葉だった。何を生み出す訳でもなく、何を呼び寄せる訳でもない、
そんな、特別に意味のある言葉ではないはずだった。しかし……。

「当たり前です。…………だって…………」

『ドクンッ』……なんて擬音が相応しいほどに、一瞬、脈拍が異常をきたした。

「…………」
「…………」

 妙な空気が流れる。雨音が不思議と遠い。
596Classical名無しさん:04/10/10 09:31 ID:aAd0B6eE
>583
このモノの言い方、横柄な態度…奈良厨キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!
597581 麻生サラ:04/10/10 09:32 ID:XuiYqPaY
 まさか、「だって、なんだ?」なんて訊ける訳もないだろう。
 対する奴も、それ以上口を開こうとしない。
 ……これはアレか? 俺をからかってるのか? 意味深な事を言って狼狽する俺を
内心で笑っているのか?
 そういったそぶりさえ俺が見せればこの空気から解放されるのか?
 そんな俺を見てとった彼女が、種を明かしてそれでおしまい。次の瞬間から全てが
今まで通り。そうなるのだろうか?


 ――――そうなって、しまうのだろうか?


 何も出来ずに立ち尽くす。それは彼女も同じ事。しかし、俺は男で、彼女は女だ。
そんな言い訳は意味を成さない。この場合、男である俺が動くのが
自然の摂理というものだろう。
 そもそも、彼女はもう動いたのだ。全てを果たせないまでも、それでも動いているのだ。
 だったら、最後のピースをはめる役割くらい、黙って代わってやるのが男の役目だろう。
598581 麻生サラ:04/10/10 09:39 ID:XuiYqPaY
 意を決し、口を開こうとした、その瞬間。

 ピシャーッ!!

「キャッ!」
「っと!」

 突然の雷鳴に驚いた彼女がバランスを崩す。宙を舞う彼女の傘。
 俺は一も二もなく彼女を正面から支えて……いやちょっと待て、正面?

「「……あ」」

 声がハモる。百分の一のズレもなかったかも知れないが、
残念ながら何の感動も感慨も今現在の俺の中に呼び起こす事はなかった。
 傘に雨の当たる音が聞こえる。さっきまでふたつ分だったそれは、
今はひとつ分しか聞こえない。
 続いて感じるのは彼女の体温。温かい。ほのかに匂いも漂っている気がする。
599581 麻生サラ:04/10/10 09:40 ID:XuiYqPaY
 香水……といった感じはしない。彼女自身の体臭だろう……『臭』なんて
文字はまるっきり相応しくないが。息遣いも近い。荒いという程でも
ないが、少しばかり早く感じる。雨がもたらした湿気のせいだろうか?

「……って」

 何を冷静な分析に勤しんでるんだ俺はーっ!!
 ようやく我に帰る。しかし、帰ったところで事態は好転するはずもない。
 彼女を突き放したり、突き飛ばしたりするなんて事は間違っても出来ない。
 今も傘の外ではアスファルトの上を、降ってきた水が元気に跳ね回っている。
 かといって、このままの体勢で居る訳にも行かない。今すぐ『痴漢』呼ばわり
されても仕方ないような状態だ。反論はするが。
 グルグルと頭の中を様々な思考が駆け巡る。もはやショート寸前だった。
 と、その時。

 ギュッ

 …………今度こそ、頭はショートしたらしい。トリガーとなった
のは……彼女の抱擁。
600581 麻生サラ:04/10/10 09:43 ID:XuiYqPaY
 彼女の感触が、さっきよりも更に近い。『ほのかだった匂い』は、
『確かな彼女の香り』にとって代わった。俺よりも頭ひとつ分ほど
背の低い彼女の顔は見えない。まあ、見えなくて良かったのかも知れないが。
言い換えれば、それは俺の顔も見られないで済んでいるということだから。
 ……なんだろう、現実味が薄い。夢の中に、片足の足首ほど沈んで
しまったような感覚。
 それでも、『夢と現実』が区別を付けがたいのに対し、『現実と夢』は簡単に
区別を付けられるものだ。俺の感覚は、間違いなくこれが現実だと主張している。
 しかしそれでも……だ。やはり少しばかり現(うつつ)を抜かしてしまっている
俺は、普段とかなり一線を駕する行為を行えてしまうらしい。

 ギュッ

 傘を持つ右手とは反対の左手で彼女の背中に手を回す。
 長袖越しに感じる、自分の物とは違う衣服の感触。それが妙に艶(なまめ)かしい。
 その更に向こうに感じる彼女の体温、やわらかさ。女性特有のやわらかさって言うのは
つまるところ女性独特の筋肉の柔らかさって事なんだろうか?
 そういえば、こいつの作ったラーメンも妙に暖かく感じたな。料理は心を映す鏡……
だなんて信じてるわけじゃないが、こいつに限っては信じていいのかも……。
601581 麻生サラ:04/10/10 09:44 ID:XuiYqPaY
 って、まてマテ待て俟てっ!!(俟(ま)て:常用外漢字。意味は若干変わってくる)
 おい、俺! ちょっとばかし……い、いや、かなりシャレになってないぞ!
 俺たちは……その……べ、別に付き合ってる訳でもないし、好きあってるわけでも……
まあ、ない……し、こういう行為は……まあ、もし……万が一……居たらの話だが、
こいつのす、好きな奴にでも見られたらどうするつもりなんだ!
 少なくとも、傷ついて沈むこいつの姿なんて俺は見たくない。やはりこいつにはいつも元気な
笑顔でいて欲しいし……だから、即刻こんな行為は止めるべきで……。
 ……しかし手が……く、くそ……冷静さがウリのハズの俺がこんな事で……。
 ダメだ……何かキッカケを作らなければ……このままでは俺という人格が崩壊しかねない。
 今まで築き上げてきたアイデンティティの危機だ。
 考えろ……どっか他のところからやってくるような都合のいいキッカケなんて期待するな
……今現在の状況と照らし合わせて否が応でもそれを見出すんだ……やれば出来るはずだ。
それだけの冷静さと知性程度、俺は併せ持っているはずなんだ………………。

 どれだけの時間が経ったか……おそらくは十数秒程度しか経っていないのだろうが、
永劫の時間を過ごしたような錯覚すら覚える俺が、一日千秋の思い(若干誤用)
で導き出した答えは――
602581 麻生サラ:04/10/10 09:45 ID:XuiYqPaY
 スッと彼女の身体を離す。同時に、持っていた傘を彼女の手に渡し、
俺は雨の中、落ちていた傘を拾った。
 ゆっくりと、彼女に振り返る。彼女はどこかキョトンとした顔をしている。
 俺は口元に薄い笑みをたたえて、

「……もう、怖くないか?」

 なんて言い放った。

「……え?」

 少し間の抜けた彼女の顔。それでも、心に皮肉なものは湧いてこなかった。

「だから、雷だ。もう、大丈夫か?」

 ベストとは言えないのかも知れない。それでも、ベターだと言える自信はあった。
 少なくとも、今現在の俺ではこれが精一杯だ。文句を言われる筋合いはない。

「あ…………えっと……」

 彼女は、ほんのわずかだけ顔をうつむかせて考えるそぶりを見せる。
 そして、次の瞬間には

「……はいっ、もう大丈夫です」

 なんて、見慣れた笑顔を見せてくれた。
 それは、心からの笑顔だったと、どうしてか俺には分かった。
603581 麻生サラ:04/10/10 09:47 ID:XuiYqPaY
「そうか、良かったな。じゃあ、道案内頼むぞ」

 そして俺たちは歩き出す。再び、彼女の家に向かって。


「すいません、先輩。わざわざ送ってもらって……」
「気にすんな。送っていかないと俺が気になりそうだったからな」

 たどり着いた彼女の家、その前でふたり言葉を交わす。

「あ……でも、先輩に借りを作っちゃいました」
「ん? いや、別にこの程度借りなんて思わなくていいぞ」
「んー……そうですか? それじゃあ――」

 そこで、彼女は一旦、言葉を切る。そして、次に出てきた言葉は
予想外の言葉だった。

「――いえ、やっぱり借りにしておきます」
「なんでだ? 本当に気にしなくていいんだぞ?」
604581 麻生サラ:04/10/10 09:48 ID:XuiYqPaY
「先輩は、貸し借りって好きじゃない人ですか?」

 それはまあ。

「借りっぱなしって言うのは気分の良いもんじゃないしな。貸しっぱなしも」
「ですよね。普通の人はそうだと思います。
 でも、私は借りって嫌いじゃないです」
「どうしてだ?」
「それはですね――」

 彼女は一瞬、言葉を飲み込んだように見えた。

「――私、変わってますから」

 ……思いのほか、自覚はあったのかも知れない。
605581 麻生サラ:04/10/10 09:52 ID:XuiYqPaY
 先輩は帰った。一本の傘を広げて右手に、もう一本の傘を丸めて左手に持っていたのが
どことなく可笑しい。
 私は、思い出すのは今さっきの事。

『私は借りって嫌いじゃないです』
『どうしてだ?』
『それはですね――』

 続いて、先輩の事を思い出す。無愛想でぶっきらぼうで、それでも優しさが滲み出てしまうあの人。
 そんな先輩の事が、私は――

 最後に、セリフの続きを思い出す。実際に現した言葉とは違う。本当の想い。それは……

『それはですね――借りた物を、その人の所まで返しにいけるじゃないですか』


 了
606584:04/10/10 09:59 ID:IINXyjI2
>605

 途中、割って入ってしまって、大変申し訳ありませんでした。


 麻生の性格がよく出ていたように思われます。GJでした。
607Classical名無しさん:04/10/10 10:07 ID:e/gm4Mzw
>>605
                  ∩
                  ( ⌒)      ∩_ _ イィィィィヤッホウゥゥゥゥ!!
                 /,. ノ      i .,,E)
             / /"      / /"
  _n  グッジョブ!!   / / _、_   ,/ ノ'
 ( l     _、 _   / / ,_ノ` )/ / _、_    グッジョブ!!
  \ \ ( <_,` )(       / ( ,_ノ` )     n
   ヽ___ ̄ ̄ ノ ヽ      |  ̄     \    ( E)
     /    /   \    ヽ フ    / ヽ ヽ_//
608581 麻生サラ:04/10/10 10:14 ID:XuiYqPaY
以上です。
……早速、誤字というか誤植発見……_| ̄|○……ハズイので黙っておきます。

一人称のSSが少ないように思えたのでレッツチャレンジ。
っていうか、キャラが変わってるよーな? と。
まあ、出番も少ないし……致しかたないと言うことで勘弁して下さいませ。

それでは、スレ汚し失礼いたしました。
609581 麻生サラ:04/10/10 11:12 ID:XuiYqPaY
>>606
>>607
お褒めの言葉感謝です。
それと>>606氏 不可抗力ですのでお気になさらず。

今後書くかどうかは分かりませんが、このスレには潜伏したいと想っております。
それでは、名無しに戻ります。
610Classical名無しさん:04/10/10 11:51 ID:aO5tOgtM
>>585
アソサラキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!
自分の気持ちにとまどう不器用な麻生に、それを好ましくとらえているサラ。
私はキャラにも違和感なく読ませていただきました。このフインキ、好きです。
タイトル未定とのことですが、「HARD RAIN」なんていかがでしょう?
あるいは 「DAYS OF THUNDER」とか。
ハナから送ってもらうつもりだったとしたら……「BLACK RAIN」で(w
611Classical名無しさん:04/10/10 13:12 ID:yptVn1dQ
こんにちわ、風光です。
今回の作品は前に書いたスクールランブルIF13
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/
>>358-376 『Lost Child 〜 the Memory 〜』
>>420-449 >>455-459 >>461-463 >>469 >>465-466 『Lost Child 〜 the Present 〜』
の外伝的作品です。
時間軸的には話が終わった直後なんですが、まぁ、『Lost Child』の方は見なくても楽しめると
思いますので是非ご覧ください。

ではタイトル『お弁当大作戦』始まります。
612Classical名無しさん:04/10/10 13:13 ID:yptVn1dQ
「えっと、じゃあ行ってくるね」
「うん。頑張りな、八雲」
「う、うん」
 八雲は頷くとお弁当を片手に教室を出て行った。
 数日前、彼女は播磨にお弁当を作っていくことを許可してもらい、それ以来昼休みになると漫画の批評をした後
屋上で昼食会を行っているのだ。
 もっとも……。
「沢近先輩も時々邪魔しに来てるからもっと積極的に攻めないといけないよね」
 誰ともなしにサラは呟いた。
 そう、愛理もまた時折屋上を訪ね、なんとも言えない空気を形成しながら3人で昼食を取っているのだ。
「沢近先輩のことは嫌いじゃない、と言うかむしろ好きな方だけど播磨先輩にちょっかいは出して欲しくないな」
 どうやら全力で播磨を振り向かせようと画策しているらしく、八雲を応援しているサラとしては気が気ではないようだ。
「まぁ、私がどうこう言ったところで決めるのは播磨先輩なんだけどね……」
 それでもと、サラは溜め息をついてしまう。
「どうしたの? サラ。さっきからブツブツ言ってて……」
「あ、うん、なんでもないよ。それより何か用? 稲葉さん」
 友人の稲葉に話しかけられてサラは笑顔で応じた。
「あ、えっとね、私たちと一緒にお弁当食べない?」
「一緒に?」
 見ると彼女の後ろには数人の女子が立っていた。
「うん。塚本さん、今日も屋上行ってるんだよね? だったらサラ1人でしょ?」
「あ、うん。……そうだね、一緒に食べようか」
 確かに1人で食べるというのも味気ない。ここはその提案を受け入れた方が良いだろう。
 サラはそう考えて笑顔で頷いた。
613Classical名無しさん:04/10/10 13:14 ID:yptVn1dQ
 そして……。
「ふぅー、ごちそうさま」
 丁寧に手を合わせてサラは食後の挨拶をした。
「ごちそうさまー」
 そして他の女子も口々にそう言って箸を置いた。
「ねぇねぇ、サラってお弁当、自分で作ってるの?」
「うん、そうだよ」
「へー、すごいねー」
「そんなことないよ」
 そうは言っても褒めてもらって悪い気はしなかった。
「ううん、こんなに美味しそうなお弁当作るんだもん。八雲もそうだけど料理が上手いのって羨ましいなぁ」
「だよね。あたしらじゃここまで上手くいかないもんねー」
 そう言って彼女たちは頷き合い、羨望の眼差しをサラに向けた。
「あははは……みんなだって頑張ればできるよ。私も努力してここまで上手くなったんだからね」
 頑張れば誰だって上手くなるはず、サラは本気でそう信じていた。
「けどさー、塚本さんは2年の播磨先輩にお弁当を作って行ってるみたいだけど、サラってそう言う人いないの?」
「え? 私? あー……」
 そう言われて思い浮かぶのは……あの人かなぁ、とサラはある人物の顔を思い出した。
「ん? その反応。……まさかいるの?」
 稲葉は興味深そうに訪ねた。
「え? サラって好きな人いたの?」
「えー、嘘ーっ?」
 そしてたちまち彼女たちは騒然となった。
「え? ううん、そう言うわけじゃないけど……」
「けど好意持ってる人、いるんでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
 サラの答えに周囲を色めき立った。
614Classical名無しさん:04/10/10 13:16 ID:yptVn1dQ
「だれだれ?」
「あっ、もしかして体育祭のとき応援していた先輩?」
「確か麻生先輩だっけ?」
「あっ、知ってる。あのカッコイイ先輩でしょ。クールなとことか憧れるよねー」
「2−Cだっけ? あのクラスで一番カッコいいんじゃないかな」
 などなどサラを置いてけぼりにして周囲はどんどん加熱していく。
「ねぇ、サラ。麻生先輩のことでしょ?」
「あ、うん。そうだよ」
「キャー」
 サラの答えにまたもや色めき立つ周囲。
「好きですとか言った?」
「あそこまで積極的にアプローチしてるんだもの、当然言ったんでしょ?」
 周りの期待に満ちた視線にサラは思わずたじろいでしまった。
 播磨先輩との関係を問いただされている時、八雲ってこう言う気持ちだったんだろうなぁと
今更ながらにサラは実感した。
「え、えっと、言ってないけど……」
 期待に応えられないのは悪いと思いつつサラは正直に答えた。
「えー、嘘ー」
「サラって奥手だったの?」
 口々に非難の言葉。
「あははは……そう言うわけじゃないんだけど……」
 サラとしては笑うしかなかった。
「えー、でも好きなら好きって言えば良いのに……」
「ううん、別に好きって訳じゃなくてね。なんて言うかな……うん、麻生先輩ってお兄さんみたいなの」
「お兄さん?」
 サラの言葉にその場にいた全員が目を丸くした。
「うん、そう、お兄さん。先輩を見ていると自分に兄がいたらこんな感じかなって思うだけなんだよ」
「なーんだ、そっか」
「お兄さんか……」
 稲葉たちは彼女の言葉に残念そうに呟いた。
615Classical名無しさん:04/10/10 13:16 ID:yptVn1dQ
「でもさ、なんでそう思うの?」
「え? なんでって……」
 その言葉にふとサラは考え込んでしまった。
 自分が麻生先輩に対し好意を持っている理由はなんなのだろうかと。
「そう、だな。先輩といると落ち着くからかな」
「え?」
 サラの発言に周囲の女子は興味深そうに続きを待った。
「先輩ってね、ああ見えて優しいところもあるんだよ。本当に気づかないほどの気遣いだけどそれが嬉しくて
なんか安らぐんだよね」
「……」
「こう感じるのってきっと家族みたいに思ってるからだと思うんだ」
 そう言って笑顔で締めくくった。
「う、うーん。それって家族を相手に思う感情かなぁ?」
 稲葉は首を捻りながら呟いた。
「え? そうかなぁ?」
「うん。えとさ、サラってそんなに先輩といて楽しいの?」
「うん、そうだよ。………うーん、もうちょっと詳しく言うとね……」
 そう言ってサラは口元に指を当てた。
「……私の言葉に先輩が呆れて苦笑を浮かべる姿を見たり、困っている時に何も言わず手伝ってくれたり
さり気なく優しい言葉をかけてくれる……そう言う先輩の側にいるのが嬉しいのかな……」
 サラは本当に幸せそうにそう答えた。
「やっぱ好きなんじゃない?」
「いいなぁ。そう言う風にしてくれる人がいるのって」
 サラの言葉を聞いて稲葉たちは皆、羨ましそうに呟いた。
「もう、そんなんじゃないって……」
 恋愛感情とは違うはずだ。麻生先輩を男の人という意識で見たことなどほとんどないのだから。
 そう、ただ単に先輩とずっといたいだけなんだけなんだ。
 サラはそう考えて心の中で頷いた。
616お弁当大作戦:04/10/10 13:17 ID:yptVn1dQ
「けどさー、どっちにしろ側に居たいんなら何か行動を起こすべきなんじゃないかな」
「え?」
「うん、そうだね。何もしないで現状のままずっとなんてないと思うよ。今のままでい続けるにしろ、
前進するにしろ何かしないと」
「……」
 その言葉は数日前、八雲がサラに語った言葉と同じだった。
『自分の今の居場所を守るため、更に一歩進むために何かしなくちゃと思ったからこうすることにしたの』
 そう言って八雲は次の日からお弁当を作り始めた。
 ならば自分もあの関係を守るためには行動をしなければならないのかもしれない。
「そうだね。何もしないままってのは良くないよね」
 もう少し親しくなれるように何かやってみるのもいいかもしれない、とサラは思った。
「おお、その意気その意気」
「じゃあまず何からしてみる?」
「う〜ん」
 何をするべきだろうか? パッと思いつくものがないなとサラは友人に言われ悩み出した。
「うむむむ……」
 一向にいいアイデアが思い浮かばなかった。やりすぎても良くないし……とサラは考えた。
「ねぇ、思いつかないなら塚本さんみたいな事やってみたら?」
 悩むサラを見かねた友人の1人がそう提案した。
「八雲みたい?」
「うん。お弁当、作ってみたら?」
「お弁当? なるほど……」
 それは確かにいいアイデアかもしれない。
「あ、いいね。そして一緒に食べればより親密になること間違いないよ」
「結構ナイスなアイデアじゃない、それ」
 彼女たちは皆盛り上がり始めた。
「あー、けど……」
 ふとある問題点に思い至りサラは口ごもった。
「ん? どうしたの? サラ」
 稲葉が心配そうに訊ねた。
617お弁当大作戦:04/10/10 13:19 ID:eqGwWlD.
「えっとね、先輩が女の子の作ってきた料理を平然と食べてる姿が想像つかないからちょっと心配で……」
 そう、それが問題だ。先輩はそう言うのを嫌がりそうな性質に見えるから冷たくつき返される可能性まである。
「なるほど。確かに先輩のイメージじゃ女子がお弁当を持っていっても他の男子みたいに喜んだりしなさそうだもんね」
「そういうこと。……はぁ〜」
 お弁当を渡すこと事態が困難に思えて思わずサラは溜め息をついてしまった。
「大変だね。相手が硬派な人ってのも」
「先輩、ストイックだものね。女子と楽しくお喋りしている姿とか見たことないし……」
 サラの発言に彼女たちはみんな自信なさ気な表情を浮かべた。
「うーん、別に先輩は硬派って訳じゃないと思うけどね」
 確かにクールだしストイックなところはあるけど、硬派って言うよりただ単に女の子の扱いが
苦手なだけだと思う、とサラは感じていた。
「そうなの?」
 稲葉はサラの言葉に意外そうな顔を向けた。
「うん。でも……まぁ、だからと言って素直にお弁当を受け取ってくれる人って訳じゃないけどね」
「そっか」
「うん。……はぁ〜」
 サラは小さく溜め息をついた。
「けどさ、やってみるだけやってみたら? ダメならそのとき考えれば良いじゃない」
「……そう簡単なものかなぁ」
 サラは首を傾げた。
「もう、いつも前向きなのがサラでしょ。何にも試さずに考え込むなんてサラらしくないよ」
 そう言って別の友達はサラにはっぱをかけた。
「そう、だね。……うん、じゃあやってみようかな」
 そしてサラはみんなの言葉に後押しされて頷いた。
「うん、その意気だよ。そしてそのまま先輩のハートもゲットしちゃいな」
 稲葉はそう言ってサラの背中を叩いた。
「わわっ、もう。だから好きって訳じゃないんだって」
「あはは、まぁそう言うことにしとくよ」
 本当にそうなんだけどなぁと思いながらもサラはそれ以上否定する気が失せていた。
618お弁当大作戦:04/10/10 13:20 ID:eqGwWlD.
 ――その日の放課後
「うーん、先輩ってどういうのが好みなんだろう?」
 サラは商店街のスーパーで商品とにらめっこをしていた。
「好みのものを食べてもらいたいけど……先輩のことで知ってること少ないものなぁ」
 実家がラーメン屋で学校の昼食は売店でカツサンドをよく買っている、その程度の情報しかない。
「やっぱり最初は自分の得意料理を中心に作って、先輩のイメージに合った味付けをするしかないか」
 それで大きく好みを外す可能性もあるけど仕方ない。
 サラは諦めて自分の得意な料理を作るための材料を探し始めた。
619お弁当大作戦:04/10/10 13:19 ID:eqGwWlD.
 トントントントン……
 小気味いい包丁の音が台所に響き渡った。
「えへへ……」
 いろいろと不安はあるが、それでもサラは調理中に顔が緩むのを止められなかった。
 トントントントン……
「よし、後はこれを煮込んでと……」
 まな板の上の材料を火にかけた鍋へと放り込んだ。
「……それじゃあその間にこっちを切って……」
 サラはそう呟いて食材を取ろうとしたが……。
「う、うーん……この辺で止めておこうかなぁ……」
 システムキッチンの上に載った数々の調理済みの料理を見て苦笑を浮かべた。
「ちょっと作り過ぎたかも……」
 前日中に下準備を終えられるだけ終えようと作り始めたのだが、少しばかり熱が入りすぎたようだ。
「うん、時間も遅いしこれで止めておこう」
 時計を見るといつの間にか針の短針は頂点を過ぎ、次の日になってだいぶ時間が経ってしまっていた。
「けどホント、こんな量、食べられるのかな……」
 改めてまな板の上を見るがどう見ても3人分はありそうな量だった。
「まっ、きっと食べてくれるよね」
 菜箸で鍋の中をかき混ぜつつサラは麻生がお弁当を食べる光景を思い浮かべそう呟いた。
「……うん、食べてくれるよ」
 けれど麻生がお弁当を受け取ってくれない可能性に気づいて、自身を安心させるためにもう一度呟いた。
                           ・
                           ・
                           ・
 カチッ
 サラは火を止めると調理台の上を片付け始めた。
「後は明日早く起きて準備すればいっか。……ふぅ〜、食べてくれると良いな」
 昼間の会話を思い出し少し不安な気持ちになってしまったが、慌ててサラは頭を大きく振った。
「ふぅー、やめとこ。I give it another thought(考えすぎよ)」
 サラは言い聞かせるように少しばかり大きな声でそう言うと深呼吸して呟いた。
「先輩は絶対受け取ってくれるもん」
 そしてサラは片づけを終え就寝した。
620お弁当大作戦:04/10/10 13:19 ID:eqGwWlD.
 翌日の昼休み――2−C教室
「おーい、アソ。飯食いにいかねーか?」
「あん? そうだな、早くいかねーと目当てのパンなくなっちまうかもな」
 菅の言葉に麻生は席を立ち教室のドアにへと歩き出した。
「あっ、待てくれ。俺も行く」
「俺も行くから待ってろ」
 そう言って数人の男子も後に続いて席を立った。
「早くしろよ。時間無くなるからな」
 先にドアの前に辿り着いた菅がそう言いながらドアを開けた。
「きゃっ」
「おっと」
 危うくドアの前に立っていた女生徒にぶつかりそうになって寸でのところで菅は踏み止まった。
「大丈夫か?」
「あ、はい。すみません」
 少女はぺこりと頭を下げた。
「ん? 君、どっかで……」
 菅はその少女の顔に見覚えがあった。
「何やってんだ、菅」
 訝しげな視線を向けながら麻生はドアのところまで来た。
「あー、いや、今この子にぶつかりそうになっちまって」
「あん? この子? ……って、なんでこんなとこにいんだ? お前」
 菅の言葉に少女の顔を確認した麻生はたちどころに訝しげな視線でそう告げた。
「あっ、麻生先輩、こんにちわ」
 笑顔でそう答えた少女はサラだった。
「挨拶は良い。何しに来たんだ? 高野にでも用事か?」
 そう言って天満たちとの昼食の準備を始めている高野にへと視線を向けた。
「いえ、違いますよ。先輩に会いに来たんです」
「はっ? 俺に?」
 サラの言葉に麻生は面食らってしまった。
 ガシッ
「ぐえ? な、何すんだテメェ」
 いきなり菅にチョークスリーパーをかけられ、麻生は苦しげに振り返った。
621お弁当大作戦:04/10/10 13:19 ID:eqGwWlD.
「何すんだじゃねえよ。テメー、どう言う関係だよっ。昼時にわざわざ訪ねに来るような後輩の女の子がいるなんて」
「ち、ちげーよ」
 麻生は少し顔を赤くしてその腕を振りほどいた。
「なにが違うだよ。この子、確か体育祭のリレーん時に八雲ちゃんと一緒にお前を応援してた子だろ?」
 正確には八雲はサラの側にいただけで麻生の応援をしていたわけではないのだが。
「ま、まぁ、確かにそうだが……」
「ほら、やっぱり。クッソー、羨ましすぎる」
 涙を流さんばかりの勢いで菅は羨ましげに麻生の顔を見た。
「だから、こいつとはなんでもねーよ。ただのバイト仲間だ」
 疲れた顔で麻生は答えた。
「なにかそれってただの知り合いって感じですけど」
「事実だろうが」
 それ以外のどの関係でもなかった。せいぜい友人と言い換えるくらいだろう。
「ふぅー、まぁ、そうなんですけどねー」
 そう言いつつもサラはいじけだした。
「分かった、分かった。……で、いったいお前は何しに来たんだ?」
 クラスメートの好奇の視線に少し耐えられず、麻生はさっさと用件だけ聞いて追い返そうと考えた。
 ……だが。
「あ、えっと……お昼、一緒に食べようと思いまして」
 その言葉でより一層クラス中の、特に男子の視線を集めることになってしまった。
「おい……」
 思わず麻生はサラを睨んだ。
「え? なんですか?」
 サラの方は麻生の心情に気づいていないようで不思議そうな顔で彼の顔を見つめるだけだった。
「やっぱそうじゃねえかよ。ったく、俺ら行くな」
 菅は片手を上げて歩き出し、他の友人もそれに続いた。
「ちょっと待て。なんで先に行くんだよ?」
 慌てて麻生は彼らを止めようとした。
「おいおい、俺はそこまで野暮じゃねえぞ。ホントは今ここで問い詰めたいが今は止めとく」
「はっ?」
「後できっちり聞かせろよ」
 そう言って菅は軽く麻生のわき腹を肘でつつくと、そのまま学食に向けて歩いて行ってしまった。
622お弁当大作戦:04/10/10 13:20 ID:eqGwWlD.
「お、おいっ……畜生、なんだってんだ」
 頭を掻きながら彼は悪態をついた。
「あ、あの……先輩?」
 サラは遠慮がちに麻生に話しかけた。
「……なんだ?」
「今のはいったい?」
「……さあな。で、飯が食いたいってどう言う意味だ?」
 サラの真意が麻生は気になっていた。
「どうって、そのままの意味ですよ。……先輩、一緒にお昼ご飯食べませんか?」
「なんで俺と? 塚本の妹はどうした?」
 誘われる理由が彼は分からなかった。
「八雲ですか? そんなの先輩も知ってるでしょう?」
「……播磨か」
 納得したように呟いた。
 播磨と八雲が一緒に昼を食べているのはもはやクラスの周知の事実となっていた。
「正確には沢近先輩もですけどね」
「ああ、そういや今日もいねえな。周防、念のために聞くが沢近は?」
 興味深そうにこちら側を見ていた美琴に麻生は呼びかけた。
「あん? 沢近? んなの屋上に決まってるだろ」
 楽しそうに屋上に向かっていく親友の顔を思い浮かべて美琴は半ば呆れつつ、けれど笑顔を浮かべながら答えた。
「なるほどな。で、俺を誘いに来たと?」
「あー、まぁ、間違ってはいないですけど……そう言うことです」
 サラの答えは少々歯切れが悪かった。
「ふぅー、そう言う場合は他のやつを誘え。お前、彼女以外にも友人はいるだろ?」
「はい。当然いますよ」
「ならそいつらを誘え」
 そう言い捨てると麻生は教室から出て行こうとした。
「わっ、待ってください。……良いじゃないですか、先輩とでも」
 慌ててサラは麻生を呼び止めた。
「あのなぁ、俺となんかと食うより友人との付き合いを大事にしろ」
 小さく嘆息しながら麻生は答えた。
623お弁当大作戦:04/10/10 13:21 ID:gwCq1jgs
「でも……」
「そもそも俺なんかと食っても楽しくないぞ」
 自分のような無口な人間と食事をするよりも、他の人間と食べた方が数倍楽しいはずだと彼は考えていた。
「そんなことないですって。先輩と食べるのも楽しいに決まってます」
「………なんでそう言い切れる?」
 サラの答えに麻生は戸惑いを隠せなかった。
 自分自身でさえ自分のような人間と食べるのは楽しくないと思っているのに何故? と。
「なんで、ですか? えーっと……」
 サラは口元に指をやり考え始めた。
「そう、ですね。やっぱりいつも先輩といるのが楽しいからですよ」
「俺といるのが? ……本気で言ってるのか?
 その発言に麻生は本気で首を捻ってしまった。
「え? ……はいっ。もちろんですよ」
 サラは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに自信満々の顔で頷いた。
「…………ふぅ、相変わらず変わったやつだな」
 思わず麻生は苦笑を浮かべてしまった。
「えへへ……」
 その答えにサラはただ微笑みを浮かべるだけだった。
「……食べたいのか、本当に俺となんかと」
 もう一度確認するように麻生は訊ねた。
「はい、食べたいです」
「………………ハァ〜」
 何の迷いもなく答えたサラを見て麻生は大きく溜め息をついた。
624お弁当大作戦:04/10/10 13:22 ID:gwCq1jgs
「先輩?」
「しゃーねな。分かった、そんなに言うなら一緒に食ってやるよ」
「本当ですか?」
「ああ」
 さすがにこれ以上邪険に扱うのが可哀想に思えて彼はとうとう折れた。
「じゃあ早速行きましょう」
 サラはそう言うと自然な仕草で麻生の腕を取ろうとした。
 ひょい
 麻生はその手をサッと躱した。
「もうっ」
「いちいち膨れるな」
 さすがに腕を組んで行くなどと言うことは麻生には出来なかった。
「はーい。それじゃあ行きましょう」
「ああ」
 一瞬頬を膨らませたがすぐに笑顔でサラは麻生の横に並んで歩き出した。


「ところでどこ行くんだ?」
「え? どこって……」
「学食か? それとも購買か?」
 方向が若干違うから確かめておかねばと麻生は考えた。
「あ、違いますよ。まずは私のクラスです」
「あん? お前のクラス? 何しにだ?」
「それは、まぁ、行ったら分かりますよ」
 サラはクスッと笑って先に立って歩き出した。
「まぁ、良いけどさ」
 麻生は軽く息を吐くとサラの後に続いて彼女の教室にへと向かった。
625お弁当大作戦:04/10/10 13:22 ID:gwCq1jgs
 トントントントン
 麻生はサラの教室の前の壁に寄りかかり腕を組みながら彼女が戻ってくるのを待っていた。
 トントントントン
 先ほどからひっきりなしに右の人差し指が左の二の腕を叩き続けていた。
(おせぇなぁ)
 実際のところサラが教室に入ってからそれほど時間は経過していなかったが、
周りの下級生の視線を受けて彼は居心地が悪くなりそう感じていた。
「お待たせしました」
 サラは戻って来るなり頭を下げた。
「ちょっと友達に捕まっちゃって」
「それは良いからここから離れないか。どうも学年の違う階ってのは落ち着かなくてな」
「あ、はい。了解です」
 サラは頷くと地面に置いていた包みを持ち上げた。
「……おい、待て。それはなんだ?」
 麻生はその包みを指差しながら訊ねた。
「これですか?」
「ああ。いやに大きいが持って行くのか?」
「当然ですよ。だってお弁当が入っているんですから」
「な、に?」
 サラの言葉に麻生は訝しげな視線を向けた。
「だ・か・ら。お弁当ですよ。私と先輩の分、両方作ってきました」
「………待て。俺の分もだと?」
 その言葉に麻生は反応を返すのが遅れてしまった。
「はい、そうですよ。だからどこかで食べましょう」
 サラは邪気のない笑顔でそう提案した。
「…………冗談だよな」
「冗談でこんなことしませんよ」
「……お前ならやりそうだが……」
「むっ、どんな目で私のこと見てるですかぁ」
 麻生の言葉にサラは不満を口にした。
626お弁当大作戦:04/10/10 13:24 ID:gwCq1jgs
「……悪かったよ。……けど、聞いてねえんだが、そんなこと」
「はい、言ってないですもん」
 にっこりと笑顔でサラは答えた。
「……帰っていいか?」
 頬を引くつかせながら麻生は訊ねた。
「ダメですよ。付き合ってください」
「…………」
 予想したとおりの答えに麻生はついつい無言になってしまった。
「第一、今帰ったらお昼ご飯はどうするんですか?」
「んなの購買に行ってパン買うか学食で飯食えば良い」
 もともとそのつもりだったのだから麻生は今からでもそうしようかと本気で考えていた。
「無理ですよ」
「……なんでだ?」
 キッパリ否定されるとは思わず、つい麻生は聞き返してしまった。
「だって、購買に今から行っても何も残ってないでしょうし、学食だって混んでますよ」
「…………嵌めやがったな?」
 麻生はジロッとサラの顔を睨んだ。
「人聞き、悪いです。結果的にそうなっただけです」
 むぅっと頬を膨らませてサラは抗議した。
(抗議したいのは俺の方なんだがなぁ)
「それにパンや学食を一緒に食べるのと、お弁当を一緒に食べるのに違いなんてないですよ」
「大有りだ。ただでさえ女と食うだなんて恥ずかしいのに、その上弁当持参でなんてのは周りの視線が痛すぎる」
 公衆の面前で弁当を広げてサラと食事をするシーンを思い浮かべて、麻生は一瞬眩暈を起こしそうになってしまった。
「でも……」
「お前な、弁当を一緒に食うだなんてどんな変な噂が流れるか分かってるのか?」
「噂、ですか?」
「ああ。きっと俺らが付き合ってるだとかあることないこと風評が立つぞ」
 男と付き合っているだなんて思われたら、きっと様々な憶測が飛び交いそれによって嫌な思いをするはず。
 麻生はサラがそう言う状況に陥ることをひどく危惧していた。
「別に気にしなければ良いんですよ」
 なのに麻生の心配を他所にサラはあっけらかんと言い放った。
627お弁当大作戦:04/10/10 13:25 ID:gwCq1jgs
「阿呆。気にしろ」
「むぅ、阿呆ってなんてすか」
 サラは麻生の言葉に眉毛を寄せた。
「阿呆じゃなかったらド阿呆だ。変な噂が立つような真似を敢えてするなって言ってんだ」
「だから私は……」
「俺が迷惑なんだ」
「……」
 そう言われて思わずサラは押し黙ってしまった。
「……分かったら学食にでも行こうぜ。並ぶとは思うが食いっぱぐれることはないだろう」
 麻生はそう提案してサラの返答を待ったが。
「でも……先輩と一緒に食べたかったんです……」
「え?」
「先輩ともっと仲良くなりたくて……それで……」
「だから学食に行こうって言ってんだろ。十分そこでも喋れるし……」
 たぶんそれは正しいだろう。麻生の言うとおりそれでも十分話ができるのだからここで頷けば良いはずだ。
 けれど……サラは首を振った。
「嫌です。お弁当を一緒に食べたいんです」
「……理由は?」
「そ、それは、その……」
 咄嗟に言葉が浮かんでこなかった。
 そこまでお弁当を一緒に食べることを望む必要などないはずなのに、どうして……と彼女は自問自答した。
 でも、それでも嫌だった。自分のお弁当を食べてもらえないのがとても悲しかった。
「……お礼、ですから」
「あん?」
「いつもお世話になっているお礼ですから……だから食べてもらわないと困ります」
 そう、理由をでっち上げるしかなかった。
「お礼って……俺は何もしていないぞ」
「してもらってます。いつもいつもご迷惑ばかり掛けてます。……だから、その……」
 それは本心だった。いつも麻生にはフォローばかりしてもらっているとサラは考えていた。
「……」
「ほ、本当は毎日だって作って差し上げたいくらい感謝してるんです。だからお願いです……」
 途中でテンパリそうになりながらも必死にサラは言葉を紡いだ。
628お弁当大作戦:04/10/10 13:25 ID:gwCq1jgs
「……分かったよ」
「え? 本当ですか?」
「ああ。……けどこれっきりだぞ」
「あ………はい」
 その言葉にサラは落胆を隠せなかった。
 仕方ないとは言えもう麻生にお弁当を作ってくることが出来ないのは少し悲しかった。
「サラ……」
 思わず麻生は彼女の名を呼びかけていた。
「あ、えーっと、早く食べる場所を探さないとお昼休み終わっちゃいますね」
 ポンッと両手を合わせるとサラは笑顔で訊ねてきた。
「あ、ああ。まぁ、そうだな」
「じゃあ早く来ましょう」
 サラはそう言うとお弁当の入った包みを持ち歩き始めた。
「……たく、待て」
「ふぇ?」
「俺が持ってやる」
 そう言うと麻生はひったくるようにサラから包みを受け取り歩き始めた。
「あっ……はいっ」
 サラは今度こそ本当に笑顔で頷き麻生の横にへと並んだ。

629お弁当大作戦:04/10/10 13:28 ID:jdRrUIm6
「ふぅー」
 ドサッと麻生はその場に包みを置いた。
「すみません。少し重かったですよね」
「まぁな。お前何人分作ってきた?」
「え? 2人分ですけど」
「……明らかに多い気がするぞ」
 呆れたように呟くと麻生は地面に腰掛けた。
「あはは、つい作りすぎちゃって」
 苦笑を浮かべながらサラも麻生の隣の腰を下ろした。
 ここは体育館の裏手の木陰。人気があまりない場所を捜し歩いてここに辿り着いたというわけだ。
「けど本当にここで食べるですか?」
「しゃーねーだろ。他に人目がない場所なんて思いつかねぇんだからさ。それとも屋上にでも行くか?」
 確かにあそこなら人も来ず、弁当を食べるのには適しているのだが。
「あー、えっと、私、あの3人の間に割って入るような勇気、ありませんから」
「俺もあの空気の中で食事をする気にはなれねぇよ」
 すでに噂が立っていそうなのに屋上で食事などしたらそれに拍車が掛かるのは必至だった。
「じゃあ保健室でも良いですよ。姉ヶ崎先生って優しいですし許可してくれますよ、きっと」
「……彼女は苦手だ」
 どうもあの笑顔と馴れ馴れしさは自分には馴染めないと彼は思った。
「そうなんですか? 普通、男の人なら嬉々として行くと思うんですけど」
「悪かったな、普通じゃなくて」
 髪を掻きながら麻生は仏頂面で答えた。
 基本的に女性は全般的に苦手な彼だった。
「あはは、私は別に良いと思いますよ。うーん、そう言うストイックなところが先輩が慕われている一因なんでしょうね」
「……どうでもいい。女にどう思われようが興味ねぇよ」
 女子に騒がれることなど、鬱陶しい事この上ないと麻生は思っていた。
「もう、そんなこと言って。……あっ、それとも先輩、そっちの気が……」
 サラは心持ち身を引いた。
630お弁当大作戦:04/10/10 13:29 ID:jdRrUIm6
「それなら、その……これでも私は一応クリスチャンなわけでして、そう言うのはちょっと許容し難いんですが……
先輩の幸せのため、ここは黙って応援を……ひゃうぅぅ〜……痛いですぅ」
 麻生は喋り続けるサラの頭を無言で掴み力を篭めた。
「頭を砕いて欲しくなきゃその辺で黙れ」
「わ、分かりましたよ……」
 そう答えてサラは大人しくなった。
「たっく……」
 麻生は呆れたように溜め息をついた。
「お、女の子に暴力振るったりしないでくださいよ」
「普通はしないがお前は特別だ。それに俺だって健全な男なんでな。普通に女性には興味がある」
 ただ他のクラスメイトのように目の色を変えて美人教師たち(絃子&葉子&妙)を目で追いかけたり、
可愛い女子(2−Cの全女子、及びそれ以外のクラスの美少女たち)の動向を逐一気になったりしないだけだ。
「そうなんですか? ……じゃあ気になる人とかは?」
「いねぇよ」
「即答ですか……」
 あっさり答えた麻生に思わずサラは苦笑してしまった。
「じゃあ親しい女の人っていないんですか?」
「ん? そりゃそれなりに親しいやつはいるが……」
 周防や高野辺りが親しい女性陣って事になるか、と麻生は考えた。
 まぁ、あくまでそれなりにだが……。
「ならその仲で一番親しい人って誰ですか?」
「一番親しいやつ?」
「はい。是非聞きたいです。きっとその人が彼女候補ナンバーワンですよ」
「……」
 そう言われて真っ先に思いつくのは――目の前のブロンドヘアの少女だった。
 と言うより、今までの人生で最も気を許してる相手かもしれなかった。
(ならつまりこいつを恋愛対象としてみる可能性が一番高いと言うことになるのか……?)
631お弁当大作戦:04/10/10 13:29 ID:jdRrUIm6
「先輩?」
 反応が返って来ないのでサラは訝しげな視線を彼に向けた。
「!? ご、ゴホンッ……どうでもいいだろ、そんなこと」
 一瞬過ぎった想像を打ち消すように咳払いをして麻生はサラに向き直った。
「それよりも早く食わないと昼休み中に終わらないぞ」
「え? わっ、本当です。早く食べましょう、先輩」
「ああ」
 麻生は頷きながら先ほどの想像を何度も頭の中で振り払った。
 サラは自分にとって妹のような存在……のはずなのだから。
「じゃあ先輩、どうぞ」
「……すまんな」
 慌てて包みから取り出された弁当箱をサラから手渡され、麻生はそれのふたを開けた。
「……やっぱり、多くないか?」
「うーん、やっぱ詰め込みすぎたみたいですね」
「分かってたんなら加減しろよ」
 麻生は呆れたように告げた。
「でもその……いろんなものを先輩に食べてもらいたくて……。それに先輩の好み、知りませんから得意なお料理を
片っ端から作っちゃったもので……」
「別に俺の好みなんて気にする必要ないだろ」
「気にしますよ。せっかく食べてもらうんですから美味しいって言ってもらいたいですもの」
 サラは猛然と反論した。
「だからってなぁ。……それにこんなに作るのかなり時間掛かったんじゃないか?」
 短い時間で出来上がるような料理ではとてもじゃないが見えなかった。
「え? あー、そのまぁ、下ごしらえとか結構掛かっちゃいましたけどそんなに大変じゃなかったですよ」
「ホントか? お前は無理する方だからな……疲れることとか構わずに作業しそうなんだが……」
「だ、大丈夫ですって。そんなに長時間作業してませんよ」
 少し動揺したがなんとか平静を装ってサラは麻生の言葉を否定した。
「……いまいち信じられねぇんだが……」
「もう、信じてくださいよ。睡眠だってちゃんと取ってますし朝早く起きたりだってしてないんですから」
 問われてもいないのにサラはそう答えた。
「……なら良いんだが……」
 そうは言っても麻生はあまり納得していないようだった。
632お弁当大作戦:04/10/10 13:32 ID:jdRrUIm6
「えーっと、それよりもお弁当の出来、どうですか?」
「弁当の出来?」
「はい。……変、じゃないですか?」
 少し不安げにサラは訊ねた。
「……良いんじゃねえか? 悪くはない出来だ」
「そうですか? 良かったです」
 その答えにホッとした表情で胸を撫で下ろした。
「なんだ?」
「あ、いえ。先輩に気に入ってもらえるかどうか心配だったもので」
「そうか。……けど見た目は良いと思うが味も良いとは限らないだろ」
「あ……そうですね……」
 サラはその言葉に小さく溜め息をついた。
「……チッ」
 自分の不用意な言葉に麻生は思わず舌打ちをしてしまった。
 いったい何をしているのだろう。そんなことをわざわざ言う必要はないのに、と麻生は少し自己嫌悪に陥った。
「それじゃあその……食べてくれませんか?」
「ああ、分かった」
 麻生は頷くと箸を取り料理を口に運んだ。
「…………どうですか?」
 先ほどよりも更に不安そうな顔でサラは訊ねた。
「……ああ、悪くない」
 そう言って再び料理を口に運んだ。
「……良かったです」
 サラはその言葉に笑顔を向けたがすぐに真剣な表情を彼に向けた。
633お弁当大作戦:04/10/10 13:32 ID:jdRrUIm6
「あ、あの、具体的な感想も聞きたいんですけど」
「あん? 具体的な感想?」
「はい。批判してもらいたいんです」
「批判ねぇ」
「はい、是非。先輩の好みとか、そう言うので言っちゃってくれて良いですから」
 サラの真剣な表情に麻生は頬を掻きながら答えた。
「それで良いなら……まず卵焼きが甘い。もう少し甘みは抑えたほうがいいんじゃないか?」
「ふむふむ……」
「あとこのマッシュポテトだが……もう少し牛乳の量は増やした方が良いと思うぞ」
 箸で摘みながら麻生はアドバイスした。
「なるほど……先輩はもう少し牛乳は多い方が良いと……」
 サラはメモ帳にその旨を書き記した。
「……なぁ、批判したことを書き残すのは構わないんだが、お前も食え。昼休み終わるぞ」
「え? あ、はい。じゃ、じゃあいただきます」
 手を合わせるとサラも自分の分の小さな弁当箱を開け、食事を始めた。
「えっと、それなら食べながら聞いちゃいますね」
「ああ」
 そうして麻生に質問するという形式を取りながらサラはお弁当の感想を訊ね続けた。
634お弁当大作戦:04/10/10 13:32 ID:jdRrUIm6
 それからしばらく2人は軽く話しながら食事を続けていた。
「ふぁ……」
 突然サラは欠伸をした。
「あ、すみません」
 慌ててサラは顔を赤らめて麻生に謝った。
「話している最中に欠伸をするってのは礼儀に反するぞ」
「はい、ごめんなさい」
 サラはしゅんとなってしまった。
「……まぁ、いいが…………お前やっぱり昨日遅くまで起きてたりしたんじゃないだろうな」
「い、いえいえ、そんなことないですって。全然寝不足じゃないです」
「……はっきりと寝不足だとは聞いてないんだが……」
 ジロッと半眼で麻生は睨んだ。
「えと、大丈夫ですから。それよりお茶、どうですか?」
「あ、ああ、それはもらうが……それより……」
「ささ、どうぞ」
 麻生が何か言うよりも早く、サラはポットのハーブティーをコップに注ぎ彼に差し出した。
「すまない。……ズズズッ……」
「美味しいですか?」
「ああ、美味い」
 お世辞など抜きにして本当に美味しいハーブティーだと麻生は思った。
「えへへ、良かったです」
「……」
 その笑顔を見ているとこれ以上追及するのが彼は野暮に思えてきた。
 おそらく遅くまで起きてこの準備などをしていたのだろうが、そのことを指摘し続けるのは自分のために
弁当を作ってくれた彼女に対して悪いだろうと麻生は考えた。
「お前も飲めよ」
「ええ、当然いただきますよ」
 そう答えてサラはもう一つのコップにハーブティーを注いだ。
「ふむ……」
 まぁ、辛くないように見えるしそれほど気にかける必要はないだろう、そう考えて麻生はコップの中身をあおった。

635お弁当大作戦:04/10/10 13:35 ID:uvVAw92I
 そしてしばらくの後、麻生は見事完食を果たした。
「ふぅー、ちーときつかったな」
 お腹を撫でながら麻生は呟いた。
 食べきることは出来たとは言えやはり少々量が多かったようだ。
「2人分は確実にあったぞ」
 文句を言う立場ではないとはいえ、やはり言って置かなくてはと思い声をかけたが。
「……ん?」
 しかし反応は返ってこなかった。
「おい……」
 どうしたのかと思い身体を動かすと。
 トンッ
 柔らかな感触が左肩に圧し掛かってきた。
「サラ?」
「すぅ〜、くぅ〜……」
「寝てるのか?」
 訊ねるが、当然のように反応は返ってこなかった。
「マジかよ」
 麻生は思わず反対の手で顔を覆った。
 こんな状況、彼は生まれて初めてだった。
「ふぅー」
 どう対処すべきか? やはりすぐさま揺り起こすべきなのではないか。
 そう考え麻生は右手でサラの肩を軽く揺すったが。
「ふにゃ……くぅ〜……」
 一向に起きる気配はなかった。
「たく、やっぱ寝不足だったんじゃねぇか」
 やはりさっきもう少し強く注意しておくべきだったかもしれない、と麻生は考えた。
「すぅー、すぅー」
 よく見ると身体全体を彼に預けるような格好でサラは寝ていた。
「はぁー、なんでそこまでガンバんだよ」
 いや、理由は分かっていた。
 自分と食事をしたかったがため。自分に美味しいと言ってもらいたいがため……ただそれだけなのだろう。
 それは分かっていたが、何故そうしたいと思ったのか麻生には分からなかった。
636お弁当大作戦:04/10/10 13:35 ID:uvVAw92I
「馬鹿だな」
 思わずついて出た言葉だったが、麻生はその言葉に苦笑してしまった。
 それなりに付き合いは長いと言うのに、未だにサラが無理をしていると気づくのが遅い自分に呆れていた。
(俺がしっかりと言ってフォローしなきゃいけないってのにな)
 誰に言われたわけではなかったが、麻生はそれが自分の義務だと考えていた。
「まだ予鈴が鳴るまで5分以上あるか。……ならもう少し寝かしてやるか」
 少しでも休ませよう、そう考え腕時計から目を離した麻生は近くにあったサラが持ってきたポットを手に取った。
「手が込んだ弁当を作ってきたうえハープティーまで入れてきたんだよな」
 ここまで自分のために頑張ったサラに対し少し態度が冷たすぎたなと麻生は反省した。
 基本的に女子の扱いは苦手でつい冷たい対応しか出来ない麻生だったが、せめて今日だけは優しい言葉でも
掛けて上げるべきだったかもしれないと考えていた。
 コポコポコポ……
 コップにハーブティーがなみなみと注がれた。
「そうだな。それくらい良いか」
 むしろ嫌ではなかったのだから人目さえ気にすれば問題ないだろう。
「コク……」
 そう考えて麻生はコップを傾けた。

637お弁当大作戦:04/10/10 13:37 ID:uvVAw92I
「おい。もう予鈴鳴ったぞ」
「予鈴……?」
 その声に呼び起こされサラは薄っすらと目を開けた。
「ここは……?」
 ボーっとした表情のまま彼女は周囲を確認した。
「外?」
 何故自分はそんなところにいるのだろう、とサラは首を捻った。
 どうやらまだ頭は完全に働いていないようだ。
「目は覚めたか?」
「え?」
 間近で聞こえて声にサラは首を動かすと。
「へ?」
 目の前に麻生の顔があった。
「なかなか起きないから苦労したぞ」
 麻生は苦笑しながらそう告げた。
「な、なんで先輩が……」
 未だにサラは状況が掴めなかった。
「お前が俺の方に寄りかかって寝てたんだよ。……覚えてないのか?」
「え? えっと……ええーっ!?」
 瞬間的に状況を理解しサラは大声を上げてしまった。
「ぐっ……耳元で叫ぶな」
 麻生は顔をしかめ耳を押さえた。
「わ、私先輩の肩でね……キャッ!!」
 サラはそのことに気づかずパニックを起こすと、そのままバランスを崩した。
「うおっ!」
 思わず麻生はその身体を抱きとめようとして……2人は――揃って倒れ込んだ。
「イツツ……」
 頭を壁に打ち付けて麻生はうめき声を上げた。
「はぅぅぅ〜」
 サラの方も衝撃で目を回していた。
638お弁当大作戦:04/10/10 13:38 ID:uvVAw92I
「大丈夫か?」
「あ、えっと、なんとか。先輩の方こそ……」
 痛そうな顔をしている麻生の後頭部に思わずサラは手を伸ばした。
「問題ない。少しぶつけただけだ」
 サラの手で撫でられて少し顔をしかめたが麻生はそう答えた。
「姉ヶ崎先生のところに行ったほうが良くないですか?」
「それほどでもねぇよ。……それよりもだ」
「はい?」
 麻生が真剣な顔になったので怪訝な顔でサラは問い返した。
「とりあえずどいてくれ。重い」
「え?」
 見るとサラの身体は麻生に押し倒しているかのような格好だった。
 はっきり言って2人の今の体勢は傍目にも少々危なすぎた。
「あ、あぅぅぅ…………え、えっと、女の子に重いって言うなんてデリカシーないですよ」
 恥ずかしさでどうにかなりそうだったサラは、そう言ってその場の空気を茶化した。
「事実なんだからしかたねぇだろ。相手がどんなに軽かろうが人に乗られたら重いんだよ」
「むむ……今この場で私が叫んだら、先輩、犯罪者なのに」
 その態度にサラは少々不満を覚えたようだ。
「なんでだ?」
「だってこんな人気のない場所で女の子を押し倒してるんですから、言い訳なんて出来ないですよ」
 かなり自爆な発言だと思うが、勢いに任せて言っているサラはそうとは気づいてなかった。
「……押し倒されているのは俺の方なんだがな」
 対する麻生はいつも通りクールに応対していた。
「う〜」
 その答えにサラは唸るしかなかった。
(軽口を叩けるならもう大丈夫か)
 麻生は内心ホッとしていた。あのままパニックを起こされたら自分ではどうしようもないと考えて
出来るだけ普通を装ったのだが、それが功を奏したようだ。
「ほら、早くどけ」
 彼はぶっきらぼうな口調でそう言うと、サラのおでこに自分の手の平を押し付けそのまま引き離す仕草をした。
「はーい」
 サラは頷き自力で起き上がった。
639お弁当大作戦:04/10/10 13:38 ID:uvVAw92I
「けど大丈夫か、本当に」
 麻生は起き上がりながら彼女に訊ねた。
「はい。すみません、倒れ込んだりして」
「それは……まぁ良いんだが……それよりもお前の体調だよ」
「私の体調ですか? えっとそれはいったい……」
 首を傾げながらサラは訊ねた。
「話の途中で寝てるくらいなんだ。寝不足なんだろ?」
「あ、その…………すみません。私が誘ったのに途中で寝るような真似をしてしまって」
 サラはそう言って深々と頭を下げた。
 ペシッ
「俺は謝って欲しいんじゃねぇんだよ。無理をするなと言っているんだ」
 軽くサラの頭をはたき彼は諭すように言った。
「でも、その……迷惑、だったはずなのに……」
「ん?」
「分かってたんです。こう言う風に女の人と食事をするのもお弁当を作ってこられるのも、
先輩にとって迷惑だってことは……。なのに無理言って強引なやり方で食事をしてもらったって言うのに……」
「……」
「なのに途中で寝るような失礼な真似をしちゃうなんて……」
「けどそれは俺のために弁当を作ったからだろ」
 彼にしては珍しく優しい口調で語りかけた。
「関係ないですよ。私が勝手にやって、張り切りすぎて……そして迷惑掛けて……ごめんなさい」
 ぺこりとサラは頭を下げた。
「ふぅー」
 麻生は小さく溜め息をついたあと口を開いた。
「あのなぁ。誤解しているようだから言うが、別にお前と食事をするのは嫌じゃないんだが」
「……え? でも……」
「確かに弁当を食うのには抵抗したが、それは知り合いがいる場所で食うと変な注目をされるから……嫌なだけだ」
「じゃ、じゃあ、その、私と食べるのは……」
「嫌じゃないって言ってる。つーか嫌なら断固断っている」
「は、はぁ……」
 サラは呆然とした表情で麻生の言葉を聞いていた。
640お弁当大作戦:04/10/10 13:39 ID:uvVAw92I
「それと……お前が一番誤解してることは俺がお前のことを迷惑だって思ってるとこだ」
「え……?」
 サラは驚いたような顔をしてしまった。
「そんなこと、一度も思ったことねぇよ」
 麻生は静かに笑った。
「……で、でもホントに……」
 サラは尚も言い募ろうとしたが。
「当たり前だろうが。迷惑だと思ったら俺はさっさとこの場を離れる」
 そこまで言って麻生はスッとサラから視線を外すと、聞き取れるか聞き取れないかの小さな声でポツリと呟いた。
「ただ俺は…………お前が心配なだけだ」
「え? 今……」
 麻生の口からそんな言葉が聞けるとは思わず、サラは聞き返そうとしたが……。
「二度も言えるか、んな恥ずかしいこと」
 顔を赤くし、彼はソッポを向いてしまった。
「……えへへ」
 麻生のその態度に自然にサラは笑みが零れてしまった。
「分かったならもう頑張りすぎるな」
「はいっ、分かりました」
 サラは元気よく頷いた。
「ならもうすぐ本鈴が鳴るから戻るぞ」
「え? わっ、ホントです。早く戻りましょう」
 そう言って慌ててサラは弁当箱を包み始めた。
641お弁当大作戦:04/10/10 13:40 ID:UIMV/3Kc
「……そういやちゃんとした感想言ってねぇな」
「え? 言ってましたよ。卵焼きの味付けが濃いとか……」
 答えながらサラは手早く弁当箱を包み終えた。
「そう言うんじゃなくて全体の総評って言うか……」
「?」
 サラは麻生の言わんとしている事を理解していないようだった。
「だから……チッ……美味いかどうかって事だよ」
「あっ……」
 サラは思わず両手を口元に当てた。
「そ、その……どうでしたか?」
 サラは心臓をバクバクさせながら訊ねた。
「……美味かったよ。確かに細かいところは俺の好みとは違うんだが……凄く美味いと思った」
 僅かに口元に笑みを浮かべて麻生は答えた。
「本当ですか? 嬉しいですっ」
 昨日からずっと口に合わないのではないだろうかと不安に思っていたサラは心底ホッとしたように呟いた。
「あー、それでだな……」
「あ……はい……」
 ここからが本番だった。
 本来自分はこう言う事を言うようなタイプではないがちゃんと伝えなくては、そう思って麻生は決心を固めた。
「出来れば、で良いんだが……弁当をこれからも作ってくれると嬉しい」
「……………………………え?」
 たっぷり十秒近くの間を置いてサラは言葉を発した。
「さっき言ってたろ、毎日作りたいって。……さすがに毎日ってのは困るが……一週間に一、二度なら……」
「え? あの……でも急にどうして……」
 ついさっきまではそう言う素振りを全然見せていなかったのに、とサラは思った。
「弁当が美味かったから……じゃダメか?」
「で、でも先輩は、その……」
 そんな理由で主張を変えるような人ではないのにとサラは思った。
「実際美味かったからそうして欲しいって思ったんだ。仕方ないだろう」
 それは嘘ではなかったが本当の理由ではなかった。
 本当はサラが自分のために無理をするほど頑張ってくれていたと分かったから……
だからその想いに報いたいと思ったからだった。
642お弁当大作戦:04/10/10 13:40 ID:UIMV/3Kc
「それで作ってはくれないのか?」
 くしゃくしゃくしゃ……
 髪を掻き毟りながら麻生は訊ねた。
「あっ、も、もうそれは当然作ってきますよ。ええ、気合入れて作っちゃいますね」
「ド阿呆。さっき頑張りすぎるなって忠告したばかりだろう」
 半眼で睨みながら麻生は言った。
「え、えっと、じゃあ無理しない程度に頑張りますね。えへ、期待しててくださいね」
「ああ」
 麻生は小さく笑うと戻るぞと言って歩き出した。
「はいっ」
 元気よく頷くと空になった弁当箱の包みを持ち、サラも麻生に続いて歩き出そうとしたが。
「あ、あれ?」
 ザッ
 足がもつれてしまい慌てて彼女はその場で踏ん張った。
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、なんでもないですよ」
 サラは笑顔で答えると気合入れなきゃと口の中で呟いた。
「よいしょっと」
 もう一度弁当箱を持ち直し、気合を入れるように掛け声を出して歩き出した。
「……」
 その様子を麻生は横目でジッと観察していた。
 ザッザッザッザッ
 サラは順調に帰りのルートを歩き出した。
 ……だが。
「おい、そのままだとぶつかるぞ」
「え? きゃわっ!?」
 段差に気付くことなく直進し、サラはこけそうになってしまった。
 トサッ
「……あれ?」
 予想に反して軽すぎる衝撃にサラは目をパチクリさせた。
643お弁当大作戦:04/10/10 13:41 ID:UIMV/3Kc
「気をつけろ」
「え? ……せ、先輩っ!?」
 サラの身体は麻生に抱きしめられていた。
「……恥ずかしいことをさせるなよ」
 顔を赤らめながら麻生はサラの身体を離した。
「す、すみません」
 もっともサラの方はそれの何倍も、耳どころか身体全体を真っ赤に染めていた。
「やっぱフラフラしてるな。注意力も散漫になってるみたいだし」
「すみません。……うーん、さっきまでこんなに酷くなかったんだけどなぁ」
 サラは首を捻った。
「こんなにってことはやっぱ大なり小なり異常があったってことか?」
「あっ? はい、そうです。気合で乗り切ってたんですけどねぇ」
 はぁーっと小さくサラは溜め息をついた。
「ともかく……」
 グイッ
「え?」
 いきなり腕を引っ張られサラは戸惑ってしまった。
「保健室行くぞ」
 麻生は更に弁当箱の包みをひったくると、サラの同意も得ずにずんずんと腕を引っ張って歩き出してしまった。
644お弁当大作戦:04/10/10 13:41 ID:UIMV/3Kc
「先輩。別に私、身体が悪いわけじゃ……」
「そんなの分かってる。ベッドで寝かせてもらうんだよ」
「ベッド、ですか?」
 驚いた表情でサラは言った。
「ああ。あの先生なら事情を話せば快く貸してくれると思うぞ」
 事情を話すのは少し躊躇するがなと麻生は心の中で付け加えた。
「でも、そんなことしていたら先輩が授業に遅れちゃいます」
 もう一分もないだろうにこんなこと……とサラは思った。
「別に少しくらい遅れても問題ねぇよ。それよりお前をこのまま教室に返した方が心配で授業どころじゃなくなる」
「え?」
 サラリと恥ずかしい台詞を吐いた麻生に、思わずサラは赤面してしまった。
 先ほどから顔が赤かったため最早ゆでだこ状態だ。
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでも……」
「なら良いが……歩けるならちゃんと歩いてくれ。歩きにくくてしかたねぇ」
「あ、分かりました」
 サラは頷くと麻生の腕を掴みながら自分の足で歩き出した。
「まぁ、仕様がないな」
 諦めたように呟くと麻生はそのまま保健室にへと向かった。

645お弁当大作戦:04/10/10 13:42 ID:UIMV/3Kc
 そして保健室のドアの前に着いた直後。
 キンコーンカーンコーン
 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴ってしまった。
 コンコン
 けれど麻生はそれを全く気にした風もなく保健室のドアを叩いた。
「はーい、どうぞー」
 一歩間違えれば能天気と間違えられそうな明るい声が中から聞こえてきた。
「失礼します」
「失礼しまーす」
 2人は頭を下げて中にへと入っていった。
「どうしたの? もう授業始まっちゃってるけど」
 ニコニコと人好きする笑顔で妙は問いかけてきた。
「こいつをベッドで休ませて欲しいんです」
 ドンッ
「あっ……もう、先輩」
 背中を押されてサラはじろりと麻生を睨んだ。
「あら貴女は……塚本さんの友人の……確かサラちゃんだっけ?」
「はい、そうですけど……どうして名前を……」
 姉ヶ崎先生とは直接的な知り合いではなかったはずなのに。
「うーん、ハリオの……あ、いえ、播磨君の関係者の名前は一通り知ってるわよ。……そっちの彼は……貴女の恋人?」
「ち、違います」
「違う」
 サラと麻生は揃って否定した。
「あら、そうなんだ。てっきりそう言う関係かと思ったんだけど……」
 全く邪気のない笑顔であっけらかんと妙は告げた。
「ただのバイトの知り合いってだけでそれ以上の関係じゃないです。……ちなみに播磨とは同じクラスです」
「へー、そうなの。……名前は?」
「麻生」
 短く彼は答えた。
「麻生君? ……どっかで聞いた気がするんだけど……あっ、そっか。体育祭のときに活躍してた生徒ね」
 ポンとて両手を打つと楽しそうに妙は言った。
646お弁当大作戦:04/10/10 13:42 ID:UIMV/3Kc
「たぶんそれで間違っていないと思います。……けどそれよりもこいつを……」
 これ以上話が長引くのを避けたかった麻生は、話を本題にへと戻した。
「あ、そうだったわね。ベッドで休ませたいってどうして?」
「足元も危なっかしいほどの寝不足なんです、こいつ」
 麻生は顎でサラを差した。
「あら、睡眠不足は女の子の敵なのよ。ダメだぞ」
 妙はちょんとサラの鼻先を指で弾いた。
「はーい。今度からは気をつけます」
「うん、いい返事いい返事。それじゃあこの子のことは任せてあなたは授業に戻りなさい」
「分かりました。……じゃあな、サラ」
 麻生はそう言ってドアに手をかけた。
「あ、はい。ご迷惑をかけて申し訳ないです」
「別に迷惑じゃねえよ」
 振り返らずにそれだけ言うと麻生はそのまま保健室を出て行ってしまった。

「ふぅー、今からすぐ戻れば5分くらいの遅れで済むか」
 腕時計を確認しながら麻生は呟いた。
「確か次の授業は物理だったな。なら事情をちゃんと説明すれば遅刻は許してもらえるかもな」
 刑部絃子と言う教師は学園内の教師の中でもトップクラスに物分りのいい教師だった。
 理由のある行動ならそれをしっかりと伝えれば大抵は許容してくれる数少ない人である。
 スッ
「大丈夫、だよな」
 一瞬立ち止まり来た道を振り返ったが、すぐさま麻生は自分の教室に向かって歩き出した。
「はぁー、ホントらしくねぇな」
 それはサラと関わるとよく出る彼の口癖だった。
「ふぅー……」
 もっともその変化を麻生は嫌ってはいなかった。
647お弁当大作戦:04/10/10 13:45 ID:qIivZW3I
「けど何が原因で寝不足になったのかな?」
 麻生がいなくなり、ベッドの上へと移動したサラに妙はそう言って呼びかけた。
「え、えっと、話さなきゃダメですか?」
 恥ずかしいことなので出来ればサラは話したくなかった。
「そうねぇ。ふらつくほど寝不足なのならやっぱり理由はちゃんと聞いておきたいわね。
理由いかんによってはちゃんと指導しなきゃいけないし……」
「え?」
 サラはビックリしたように顔を上げた。
「ふふ、と言うのは名目上ね。本当はまた無理をするんじゃないかって心配なだけよ」
 優しく妙は微笑んだ。
「しませんよ、もう。麻生先輩にも迷惑掛けちゃったわけですから」
「なるほどね。……でも一応聞きたいわ」
 ニコニコと微笑みながら妙はサラが話すのを待っていた。
「うーん。……分かりました。えっとですね……ちょっと夜遅くまでお弁当の準備をしてて……」
「お弁当? ああ、これのこと?」
 妙はサラが持っていた包みを指差し訊ねた。
「はい、そうです」
「ふーん、けどどうして? 寝不足になるほど頑張ってお弁当を作るだなんて」
 そう言って彼女はイスに腰掛けた。
「えっと、その……初めて先輩にお弁当を……その、作ろうと思って……はりきりすぎちゃって……それで……」
 サラは逡巡しながらも語りだした。
「ああ、なるほど。それなら寝る間も惜しんじゃうわよねぇ」
 納得と言った表情で妙は頷いた。
「でもそれならやっぱ2人は恋人同士なんじゃないの?」
 人差し指を口元に当てながら妙は首を傾げた。
「違いますよ。そんな関係じゃないです」
「けどお弁当を作ってあげる関係なんでしょ? ああ、恋人未満ってことかしら」
「そ、それも違って……私が勝手に食べて欲しくて作ってきただけです」
 あせあせとしながらサラは答えた。
「ふーん、なるほどなるほど。私もそう言う時期あったなぁ」
 妙は懐かしそうにサラの言葉に頷いた。
648お弁当大作戦:04/10/10 13:45 ID:qIivZW3I
「あの……先生……」
「うん? なあに?」
「先生は私の話を聞いて……その……私が麻生先輩のことをどう思ってるかって思います?」
 真剣な表情でサラは訊ねた。
「え? 好き……なんじゃないの? 片思いの相手にお弁当を渡そうと頑張ったんだなって思ったんだけど……」
 まぁ、両想いって気もするけど、と麻生の態度を思い出しながら妙は心の中で付け加えた。
「先生もそう思うんですか? う、うーん……」
 眉毛を寄せてサラは悩みだした。
「どうしたの?」
 心配そうに妙はサラの顔を覗き込んだ。
「先生。私、相談したいことがあるんですけど……」
「相談? なにかしら?」
 妙は口元に指を当てながら首を傾げた。
「えーっと、その……」
「あっ、もしかして恋の悩み?」
 ポンと手を打って妙は言った。
「いえ、その……自分の気持ちが良く分からなくて……それで教えて欲しくて……」
「あらあら。……良いわよ、私でよければいくらでも相談に乗ってあげるわ」
 にっこりと笑顔で妙は頷いた。
「そ、それじゃあ、その……」

 そしてサラは真剣な表情で自分の気持ちを吐露し、妙は笑顔でそれを聞き続けた。

                        〜 Fin 〜
649風光:04/10/10 13:48 ID:qIivZW3I
あぅ〜、しょっぱなの方で名前変更するの忘れていました。
分校行きのときは統一してくれるとかなり嬉しいです。はぁ〜。

それよりもサラ×麻生のお話でしたが、どうだったでしょうか。
この2人だと分かりやすいラブラブなお話にはし難いのでちょっと大変でした。
後……麻生の性格が上手く書ききれてるか不安でしょうがないです。
サラに対して冷たすぎないですかね。
もっと本編の方で活躍してくれないとキャラが掴めないっす、シクシク……。

と言うことで感想などあったらお願いします。
650Classical名無しさん :04/10/10 13:51 ID:qF6iBtHs
風光氏GJ!!
麻生の心情が巧く表せていたと思う。
漏れもサラの手作り弁当が食べたい……
651Classical名無しさん:04/10/10 14:00 ID:XiwSeup.
かなり最高です。
麻生サラがますます好きになりました。
652Classical名無しさん :04/10/10 14:05 ID:BJ1qdU62
GJでした。 サラがけなげですね。 麻生もちっと気を使ってやれって感じですか。
弁当を作ってくれる周防美琴バージョンも見たいです。
653Classical名無しさん:04/10/10 15:55 ID:CdDDT34U
サラ可愛いな
654Classical名無しさん:04/10/10 20:10 ID:m.9eh7B2
>>608
お疲れ様でした。GJです。
麻生の葛藤してる描写、いいですね。

>>風光氏
読み応えあってよかったです。少し長めでしたが飽きずに読めました。GJです。
麻生がかなりそっけなくなってましたが、後半での心情の変化が分かり易くなりますしサラのけなげさが引き立つので、これもいいんじゃないかなと思います

ハイクォリティーなアソサラ2連発でかなり満足です。お二方ともどうもありがとうございました。
655Classical名無しさん:04/10/10 22:11 ID:.IjREznI
サラ可愛いよな。
もう麻生とゴールしても俺は許すよ。
608さん、風光氏おつかれさんですた。
656Classical名無しさん:04/10/10 23:27 ID:nlUgjaPE
>>649
自分の中のベストカップル賞が麻生×サラになりました。
「麻生が主人公でサラがヒロインでも全然良い!」と思えるぐらい面白かったです。
657JACK:04/10/10 23:35 ID:AO.CrDWc
http://plaza.rakuten.co.jp/magajin
僕のHPも面白いですよ
658コンキスタ:04/10/10 23:59 ID:a8JBlB1Q
ども。コンキスタです。8話の投下に参りました。
>>578
 一応7話はコメディっぽくしたつもりなので、そう言っていただけると幸いです。ありがとうございます。
>>579
 播磨の心変わり(?)をどうしようと考えた挙句、第8話のようになりました。
 そのために6,7と、2話使って伏線っぽいものを張っておいたつもりなのですが……。
>>580
 毎回毎回行き当たりばったりで書いてる感じなので色々不安がありますが、楽しんでいただけて嬉しいです。
>>582
 ありがとうございます(笑)
>>583
 ご明察のとおり現実性については、この話を書く上での方針にしているつもりなのでそのとおりですよ。方針なので当然の背景にしてます。
 もちろん妄想だろなんてことは言われなくてもわかってますのでご心配(?)なく。^^;
 それでも『どうせ書くならなるべく面白いと思えるものを』という神経なのです。大目にみてください。
 うすっぺらいと思われるのは単純に自分のせいなので、その点のご感想ありがとうございます。
>>584
 すでにここまでやっちゃっているので、とにかく考えてる終わりまでは書きます。めっちゃ気にしてますけどw
659コンキスタ:04/10/11 00:01 ID:f/FLKQ/I
それでは投下します。
 前スレ
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/329-345n 『Be glad』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/479-493n 『True smile』
 ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1093733782/521-535n 『True smile -2』

 現行スレ
 >>281-295 『I don't say』
 >>320-330 『Escapes from himself』
 >>433-444 『Point of a look -1』
 >>565-576 『Point of a look -2』


第8話

『Point of a look -3』
660Point of a look -3:04/10/11 00:03 ID:f/FLKQ/I
 『Point of a look -3』


 播磨がサングラスを外した日から一週間が経った。
 彼の部屋の目覚まし時計がやかましく鳴り響く。
 それを叩いて止めると、播磨拳児はむくりと起き上がった。
 彼はほとんど眠ったまま無意識のうちに着替えをすませ、部屋を出てふらふらとリビングに入っていく。
「おう。おはよう、拳児くん」
「おー……」
 大きなあくびをしながら、播磨は新聞を読んでいる絃子に返事をした。
「最近は寝坊しないな」
 視線は新聞に向けたまま絃子が言う。
「早く行かないと絃子が『私が出られない』って言うからだろうが」
「まあ、そう言うな。それよりもう時間なんじゃないか?」
 ばらりと音を立てて彼女は新聞をめくる。播磨はテーブルの上においてあったロールパンの袋からひとつだけパンを取り出した。
「わーってるって。あいつもあいつで少しでも遅れるとうっせえからな」
 彼はパンを急いで食べ終え、鞄をつかみ玄関に向かった。
 そしていつもの時間にドアを開けると、そこにはいつものように彼女が立っていた。
「ったく、やっぱりまたかよ」
「播磨君がちゃんと学校に来るって約束してくれればやめるわよ」
「嫌だっつってんだろ」
「あら、そう。ま、いいわ。行きましょ」
「おう」
 少しおかしな会話。しかし二人はそれでいいと思っている。
 心地良い時間であることは間違いなかった。わざわざそれを壊そうだなんて、二人とも無意識にすら考えなかった。
 そして播磨と愛理はバイクに乗り、いつものように学校に向かう。
661Point of a look -3:04/10/11 00:06 ID:f/FLKQ/I

 二時限目の数学が終了すると、愛理の席に播磨が歩いてきた。
 ちょうど美琴と話していた愛理がそれに気づき彼を見る。
「おい、お嬢。シャー芯くれ」
「何で私が」
「前に俺もやっただろうが」
「そんなこと覚えてるなんて小さい男ね」
 そう言いながらも愛理はシャーペンの芯のケースを取り出し、播磨に渡した。
「おう、サンキュ」
 気心知れた親友のような状態。しかし、二人の関係がそれでいいのかは本人同士でしかわからない。
 播磨はシャーペンに芯を補充すると愛理にケースを返し、自分の席に戻っていった。
「へえー」
 その後姿を見送ってから、美琴がにやにやと愛理を見た。
「な、なによ」
「いやー? やっぱ仲いいんだなーって思ってさ」
「なな、何言ってるのよアンタ。そんなわけないでしょっ」
 顔を真っ赤にして言うのでまったくもって説得力が皆無であった。
 二人で学校に登校していたりするくせ、彼女はこういう質問は恥ずかしさからいつも否定してしまう。
「……なあ、沢近。もすこし素直になりなよ。じゃないと絶対後悔するって」
 美琴は呆れているようだったが、その言葉はどこか真実味を帯びていた。
 その言葉に愛理は「知らないわよ」と言ってそっぽを向くことしかできなかった。
662Point of a look -3:04/10/11 00:09 ID:f/FLKQ/I

 その日の放課後のことだった。
 偶然先生の目に止まったばっかりに雑用を命じられてしまった天満と愛理は、二人だけ居残る羽目になった。
 放課後の廊下を、ようやく頼まれた仕事を終えた二人が疲れきった様子で歩いていた。
「やっと終わったよ〜」
「もう、なんであんなめんどくさいこと私達がやんなきゃいけないのよ」
 二人は開きっぱなしのドアを通り教室に入った。2−Cのメンバーは授業が終わるとさっさと帰るか部活に行くかのどちらかだ。
 その日もやはり誰も残っておらず、いつもの騒がしさが嘘のように教室は静かだった。
 二人は自分の席に移動し、鞄にノートや教科書をしまいはじめた。
 そのときふと、天満が鞄にしまおうとしていた一冊の教科書が愛理の目に入った。
 見覚えのある教科書。もちろん自分も同じものを持っているからという理由ではない。
 なんとなく思い出し、愛理が言った。
「そういえば天満。先週その教科書忘れて帰ったでしょ」
「ふぇっ!? え、え。し、してないよ!」
 何気ない一言のはずだった。しかしそれに対するあまりの天満の慌てぶりに、愛理は面食らった。
「え? だって私見たわよ。机の中にそれ入ってた……の」
 ――まった。それを見たのはいつだった?
「え、えーと……う、うん。そういえば忘れちゃったかも……なんてー」
 あははと笑う天満だったが様子がおかしいのは一目瞭然だった。
 それにすでに愛理は答えに行き着いていた。
 オレンジ色の教室。そこで自分が見た天満の忘れ物。その前の自分と播磨との会話。そして翌日からおかしくなった天満の態度。
 可能性として考えるだけなら、それだけでも十分に材料がそろっていた。
663Point of a look -3:04/10/11 00:11 ID:f/FLKQ/I
「天満もしかして……」
 彼女の笑顔がその瞬間すまなそうな顔になる。そのあと何を言われるか、天満にもだいたいわかった。
「そっか……。聞いてたんだ、あれ」
 彼女は顔を赤らめながら小さく頷いた。
 よくよく考えてみれば簡単に考え出せる結論だった。
 播磨があれだけ大声で叫んだのだ。聞いていた人がいてもおかしくない。
「ねえ、愛理ちゃん。播磨君に……言うの?」
「……さあ、どうかしら」
 それは本心から出た言葉だった。
 悩んでいる、教えていいのか黙っていたほうがいいのか。
 選ぶのなら、どっちが自分らしいのだろうか。
 それは――。
「愛理ちゃん。大丈夫だよ」
「え?」
「うーんと……ごめん。なんて言っていいのかわかんないや」
 困ったように天満が笑う。あまり元気はないけれど、彼女の笑顔に愛理は根拠のない安心感を得た。
「よくわかんない子ね。でも、天満。さすがにあの態度はやめたほうがいいと思うわよ」
「それはわかってるんだけど……。私、誰かに好きになられた経験ないからちょっと……」
 天満はそう言うが実際のところ彼女に想いを寄せている人間は他にもいる。だがはっきり言葉にしない限り天満は一生気づかないだろう。
 そんな彼女の返事に呆れながらも、愛理はやはり播磨に惚れられた彼女のことが羨ましかった。
664Point of a look -3:04/10/11 00:12 ID:f/FLKQ/I

 ――――少し風にあたりたい。それで頭を冷やしてから考えよう。
 愛理は天満と階段の前で別れると、屋上に向かった。
 ドアを開けると屋上に意外すぎる人物がいた。
「なにしてんのよ……」
 呆れ気味に屋上で寝ている播磨を見る。大きないびきをかいて播磨は熟睡していた。
 寝ている彼に歩み寄り、愛理は声をかけた。
「播磨君。ちょっと……! 起きなさいって」
「……ん。あ、お?」
 どうやら授業終了からさっきまでずっと寝ていたらしい。
 播磨は身を起こすと寝ぼけたままきょろきょろと周囲を見渡し、次に携帯電話を取り出して時刻を確認した。
「うおっ! そんな馬鹿な!」
 そして驚愕する。どうやらタイムワープした気分のようだ。
 聞くと最近早起きなためにどうにも眠くなり、屋上で一休みしてから帰ろうと考えたということらしい。そしたら寝過ごしたという、
ものすごく単純な話しだった。
「ほんとバカね」
「うるせえ。別にいんだよ、良く眠れたからな。それにお前だって先週教室で寝てたじゃねえか」
 立ち上がり、ズボンを軽くはたくと播磨は大きく伸びした。
「……ねえ、播磨君。ひとつ聞いていい?」
665Point of a look -3:04/10/11 00:18 ID:f/FLKQ/I
「あん?」
「天満のこと……諦めるの?」
「……さあな」
 愛理の問いに顔をしかめた播磨だったが、すぐに顔を少しそらして言った。
 そんな彼を複雑な想いで愛理は見つめていた。
 言うべきなのだろうか、最近天満が播磨を避けている理由を。
 だけど彼は諦めかけていると思う。
 それなら言う必要はないんじゃないか。
 天満を諦めてくれればもしかしたら彼も私を――――見てくれるんじゃないか。
「なあ、お嬢」
「え、あ。ご、ごめん!」
 突然謝ってきた愛理に、いぶかしげな顔をして播磨が言った。
「何がごめんなんだよ。っと、んなことより俺は帰っけどお嬢はこの後どうすんだ?」
「このあと?」
「だからお嬢も帰んのかって聞いてんだよ」
「もちろん帰るけど……」
 彼女はすでに風に当たって頭を冷やそうという目的を忘れ去っていた。
「んじゃ乗っけてってやる」
 播磨の提案に愛理は思わず間抜けな声を出した。
666Classical名無しさん:04/10/11 00:20 ID:WdzonTLM
遅い気もするけど支援
667Point of a look -3:04/10/11 00:21 ID:f/FLKQ/I

 すでに慣れた播磨の後ろ。愛理は彼にしがみつき、時折信号待ちで停止している際に自分の家への道を教えた。
 やがて沢近邸前に到着する。停止させたバイクのダンデムシートから愛理が降りたところで、播磨が彼女の家を見上げながら聞いた。
「オイ。まじでここか?」
「そうだけど? なにか変?」
「……むかつく」
「はぁ? 何よそれ」
 予想していたとはいえ、本当にお嬢様にもほどがあった。家というよりお屋敷という言葉のほうが似合う。
 自分は家賃折半でなおかつ従姉妹にコキつかわれているというのに、なんなのだろうかこの差は。
「播磨君。ここからマンションまで帰れるの?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。俺様を甘く見るな」
「そう……」
 去ろうとする彼を見て、天満の顔が頭によぎる。
「じゃあな、お嬢」
「あ……うん」
 手を挙げた播磨につられ、愛理も手を挙げる。
 そして播磨の乗ったバイクは動き出した――。
668Point of a look -3:04/10/11 00:21 ID:f/FLKQ/I

 愛理は自分の部屋のソファーに座っていた。帰ってきて随分経つが、いまだ制服のまま着替える気が起きない。
 彼との会話が思い出される。
「ほんとダメな女ね、私って」
 愛理は自分を嘲られずにはいられなかった。
 どうして天満があの教室での会話を聞いていたことに気づいてしまったのだろう。
 それさえわからなければ、こんなに苦しむことはなかったのに。
 自分が良くわからない。
 だって簡単なのに。
 彼を奪うのなら、何も教えなければいいだけだ。本当にそれだけなのに。
 そしたらいつか、彼も私のことを見てくれるようになるかもしれない。
 だから黙っていればいい。
 私の知っている私なら、迷わずそれを選ぶと思っていた。
 なのに自分はどうして――。
669Point of a look -3:04/10/11 00:23 ID:f/FLKQ/I
「どうして……教えちゃったんだろ」
 愛理は仰向けにソファーに寝転んだ。
 額に腕をのせる。
 愛理はバイクが動くと同時に播磨を呼び止め、彼が戸惑う暇もないうちにいっきに天満のことを話し、
全て言い終えると自分の家に逃げ込んだ。 
 彼は今頃どうしているだろうか。愛理が思う。
 あれを聞いたとき、播磨君は何を思ったのだろうか。
 彼の顔を見ることなんてできなかったから、何もわからない。
 あの時の私は何を考えていたのだろう。ホント、バカだ。これじゃ播磨君を馬鹿にすることなんてできない。
 でも――。
 それでも私は――。

「これで……よかったのよね」
 
 ため息混じりに愛理がつぶやいた。
 彼女には真実に気づき、それが自分に不都合なモノだったからといって、播磨に黙っておくだなんてできなかった。
 ただそのせいで彼が彼女から離れていってしまうのだとしたら、教えるのと黙っているの、どちらが正解だったのだろうか。
 ……そんなのはわからない。
 きっと答えなんてない。どっちも正解で、どっちも不正解だ。考えるだけ無駄なことなのだろう。彼女は思う。
 それに私はきっと――。

 ――――播磨君のことを本当は好きじゃないのだろうから。

 愛理は小さなため息をまたつくと、今まで何処を見ていたのかすらわからない目を静かに閉じた。
670Point of a look -3:04/10/11 00:25 ID:f/FLKQ/I

 翌朝。播磨がドアを開けても彼女は立っていなかった。
「んだよアイツ……寝坊か?」
 嫌な予感を覚えながらも、それに気づかないふりをして彼はドアの前に立ち、いつもどおり来るはずの彼女を待つ。
 しかし、いつになっても彼女は現れない。
「電話……すっかな」
 ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、少し前に教えてもらい登録しておいた『お嬢』を選択する。
 あとは発信キーをプッシュすれば電話がかかるだろう。
 しかしいざとなるとそれが押せない。指はそこに乗っているのに、あと少し力を込めれば押せるのに、たったそれだけのことがどうしてもできなかった。
 彼は悪態をついて電源を押し、待ち受け画面に戻すと携帯電話をしまった。
「俺がかける必要なんてねーよな。別に約束してるわけじゃねーんだし……」
 ならば一人で学校に行くか、家に入るかすればいい。
 わかっているのに彼はその場から動くことができなかった。
 ガチャリ。
「どわぁ!」
「うおっ」
 突然開かれたドアに播磨の心臓が飛び跳ねた。数歩分飛び退く。見ると、目を丸くした絃子ドアノブを持って立ち尽くしていた。
「な、なんだ拳児君か。びっくりさせるな。それよりまだ行ってなかったのか? ……彼女はどうした?」
「あ、ああ。っと……寝坊だ」
 そう答える播磨に対し絃子は「そうか」とだけつぶやく。
「学校、行かなくていいのかい?」
「もともと俺は休んでもいいんだよ。サボるつもりだったんだからな」
 絃子はまた「そうか」とだけ言い、彼を残して出かけていった。
 それでも播磨はずっとドアの前に立っていた。
 
 何分経ったのだろうか。いまだ彼女は来ない。
 播磨は携帯電話を取り出し時刻を見る。ちょうど、一時限目が始まったところだった。
「ったく、バカヤロウが。アイツのせいで遅刻じゃねえか……」
 彼は歩き出す。バイクに乗り、学校に行くために。
 もしこれで彼女が学校に行っていたら、何か文句の一つでも言わなくてはならないから……。
671Point of a look -3:04/10/11 00:27 ID:f/FLKQ/I

 一時限目の途中で播磨が教室に入ってきたとき、愛理はそちらを見ないように努めた。
 そして授業終了と同時に案の定、彼はずんずんと愛理のほうに歩いてきた。
 ――きた。
 彼女も彼が教室に入ってきた時点でそれは覚悟していたし、当然の行動だとも思っていた
「おい、お嬢」
「なに?」
「なに、じゃねえよ。なんでこねーんだ。テメエのせいで無駄な時間使っちまっただろうが」
 愛理はさも呆れた風に偽りのため息をつく。胸がきりきりと締めつけられて苦しい。
「播磨君ってやっぱりバカね。好きな女の子がいるって男が他の女と登校してきていいわけないじゃない」
 そう播磨に小声で言う。さすがに他の人に聞こえてはまずいだろうと彼女も思ったからだ。
 しかし播磨は今さらすぎる愛理の言葉に驚いているようだった。たしかに言っていることは間違っていないが、なにかおかしい。
 それでも彼女は続ける。
「わかったでしょ。私はお邪魔虫ってわけ。OK?」
 微笑で本心を隠しながら愛理は言う。
 播磨君に天満のことを教えた時点で、私は彼を諦めたということになるんじゃないか。そう彼女は考えていた。
 私の知ってる私なら、本当に好きならきっと教えないはずだ。私はそういう女のはずだ。
 だから教えたっていうことは、本当は彼のことを好きじゃなかったということ。
 だったら私は彼を応援しよう。そう思った。
 だけど……。
 だけど自分を偽って、偽って、嘘ついて。ほんとうに私はこれでいいのだろうか。
 ほんとうに私は播磨君のことが好きじゃないのだろうか。
 後悔しないのだろうか。
 ――――いけない。泣きそうだ。
 早く、逃げなくちゃ……。
「ま、そういうわけだから。がんばりなさいよ」
「え、あ、ああ……」
 もう一度微笑むと、優雅に愛理は彼の前から立ち去った。
 教室から出ると、さっきまで堂々と上げていた顔がだんだんと下がってくる。
 やがて無機的な廊下だけが目に映り、その視界さえも少しでも気を抜けば滲んでしまう。
 そろそろ限界だ。屋上まではもたないな……。
 愛理は廊下を歩き、近くにあった女子トイレに入る。そして個室のドアを閉めると、声を出さずに泣いた。
672Point of a look -3:04/10/11 00:29 ID:f/FLKQ/I

「塚本、話しがある。屋上に来てくれ」
「え……?」
 本日の授業も全て終わり、さあ帰ろうと天満が鞄に手を伸ばした瞬間、唐突に彼女は播磨に声をかけられた。
 あまりにも突然すぎて、いつもみたいに逃げ出すタイミングもない。
 天満は愛理のほうを見る。彼女は気づいていないようで鞄の中に教科書類を入れて帰宅準備をしていた。
 今度は播磨を見た。とても、真剣な目をしていた。
 愛理があのことを話したであろうことは明白だった。いまだ困惑している心をなんとか落ち着かせようと努めながら、天満は播磨に頷いた。
 それを見た播磨はくるりと天満に背を向けて歩き出した。天満も席を立ちその後ろを歩いていく。
 教室から出て行く二人を、一人寂しげに愛理が見つめていた。

 播磨は時々ちらりと後ろに見て、天満が来てくれているかを確認する。
 天満は少しおどおどしながら、それでもしっかり彼の背中についてきていた。
 階段を上る。放課後になったばかりでまだ学校は騒がしいはずなのに、播磨には自分と天満の足音だけがやけに大きく聞こえた。
 あと三段。
 今度こそ俺は――。
 二人は屋上に出た。少し進んでから播磨は向き直る。緊張で頭が真っ白になっていた。
 天満は天満で彼の気持ちを聞く覚悟がしきれていなかった。
 その結果生まれたのは沈黙。お互い何かをしゃべろうと思ってもなかなか言葉にならない。
 ――落ち着け。落ち着け俺!
「ええとだな……」
 播磨がとりあえず何かを言おうとする。
 しかしそれがトリガーになり、いまだ不安定だった天満の頭が暴走しだした。
 ――ど、どうしよう。
 そしていつもと同じ、最も単純な答えを出そうとする。
 どうしていいのかわからない。だから――。
673Point of a look -3:04/10/11 00:31 ID:f/FLKQ/I
「ご、ごめんね!」
 それは何に対しての『ごめん』なのか。結局その場から逃れるという結論しか、彼女の頭は出してくれなかった。
 いつものように駆け出そうとする天満。
「待ってくれ、塚本!」
 しかし彼女のその腕を、播磨はとっさにつかんでいた。
 つかんでしまえば天満と播磨の力の差は歴然、彼女の動きが止まる。
 強い力に引き止められた天満が自然と振り向く。播磨と天満、二人の目が合った。
 天満の不安げな瞳。それを見た瞬間に播磨の頭は急激に冷え、あわてて手を放した。
「わ、わりぃ。……だけど塚本。俺はお前にずっと……ずっと前から、言いてえことがあったんだ」
「播磨君……」
「言わせてくれ」
 二人が見詰め合う。
 天満は決めた。
 彼の真摯な想いから逃げ出さないことを。しっかりとその想いを聞くことを。
 播磨の口が静かに開いた。
「塚本」
 拳をにぎりしめる。播磨は恥ずかしさから顔をそらしたい衝動に駆られたが、必死にそれを耐え、今にも震えそうなのどに力をこめる。
「俺は……」
 
 そして今までの想い、全てをこめて彼は――

「君が好きだ」

 ――彼女に、告白した。
674Point of a look -3:04/10/11 00:33 ID:f/FLKQ/I
 播磨の言葉とともに訪れたのは沈黙。しかし甘い雰囲気のものではない。
 やがて天満が
「ごめんなさい……」
 そう言ってゆっくりと頭を下げた。
 それは同時に彼の恋心が砕けた瞬間でもあった。
 顔を上げた天満が言った。
「播磨君の気持ち、うれしいよ。でも、私には好きな人がいるから……」
「ああ、わかってる」
 だけどこれで悔いはないはずだ。誤解も解けたのだし、彼女に想いを告げることができた。
 受け入れられることはなかったものの、受け止めてもらい、真剣に返事をしてもらった。
 それならあとは、この結果を自分自身が受け入れるだけ。どれだけ時間がかかるかはわからないが……。
「ありがとうな塚本。話しはそれだけだ。んじゃな」
「ちょっと待って」
 情けないと思いながらも足早に屋上を立ち去ろうとした播磨を、天満が呼び止めた。
「少し、いいかな?」
 播磨は振り向いたが何も言わない。天満はそれを無言の肯定ととり、話しを始めた。それは彼女が感じた播磨の真実。
675Point of a look -3:04/10/11 00:35 ID:f/FLKQ/I
「私……偶然播磨君の気持ちを知っちゃって、それですごく播磨君のこと気になっちゃったんだ」
 少し照れながら言う天満に、播磨は彼女が何を言おうとしているのか、良くわからなかった。
「たった数日だったけど私、播磨君のこと見てたの。そしたらね、播磨君が本当は誰を見てるか……わかったんだよ?」
 天満が播磨を見て素直に思った気持ち。彼の視線の先。播磨が見つめるそこには一体誰がいたのか。
 授業中。休み時間。放課後。嬉しそうなときや悲しそうなとき。彼の視線の先にはいつも彼女がいた。
「それが誰だったって言わないけど……」
 ――おい、待ってくれよ。
 瞬間、播磨には全て理解できた。天満が何を言おうとしているのか。
 なんで理解できてしまったかなんて今の彼にはどうでもよかった。
「私じゃなかった」
 ――それ以上言うな。
 しかし声には出ない。それは戸惑いからなのか、それとも他に言えない理由があるからなのか。
 播磨には天満の唇の動きが、いやにゆっくりに見えた。
「だから――」
 ――だからそれを言われたら、俺は一体なんのためにここまでやってきたかわからなくなる。
 しかしゆっくりと、
 そしてはっきり、
 彼女は彼に、
 真実を告げた。

        「播磨君が本当に好きな人はね、きっと私じゃないんだよ」

676Point of a look -3:04/10/11 00:39 ID:f/FLKQ/I
「な……」
「こんなこと言っちゃいけないのはわかってるけど、播磨君には本当に好きな人がいるはずだよ? 一番それをわかってるのは播磨君なんじゃないかな」
「お、俺は!」
「播磨君!」
 播磨の声をさえぎると、天満は柔らかい笑みを見せた。しかしその笑顔はどこか儚げで、苦しそうだった。
「素直にならなくちゃだめだよ。ね?」 
「塚、本……?」
 播磨は否定できなかった。言葉が出ない。自分が何を言いたいのかわからない。
 思考はかき乱され、困惑が心に渦巻いている。
 なんで否定しねえんだ?
 違うはずだろ?
 だって俺は天満ちゃんのことが……。

 しかしそれは本当か?

 無意識につぶやく。
「どうして――」
 ――俺は何も言えねえんだよ、おい。
「ごめんね播磨君……。でも、私はそう思ったんだ。それを、播磨君に言わないといけないと思ったんだ。本当に、ごめん、ね……」
 やはり天満はその笑顔を保つことができなかった。
 一瞬のうちに流れるように、彼女の笑みは涙をこらえる顔になり、それもかなわず瞳から涙があふれ出す。
 その涙は罪悪感からなのだろう。
 自分を好きだと言ってくれた男の子に「その気持ちは嘘だ」と否定する。
 いくら自分で正しいことだと信じていても、それは辛すぎた。
 ――ああ、なんだ。
 播磨は呆れた、結局天満を泣かせてしまった自分の馬鹿さ加減に。
「いいって、塚本。気にすんな」
「ご、めんね……」
「それによ、俺は笑ってる塚本が好きだったんだ。泣かれちゃ困る」
 それでも彼女の涙は止まらない。天満自身が泣いてはいけないとわかっていても、あふれる涙は止まってくれない。
 播磨は複雑な想いのまま笑顔をつくり、彼女の頭を優しく叩いてあげることしかできなかった。
677Point of a look -3:04/10/11 00:42 ID:f/FLKQ/I

『播磨君の本当に好きな人はね、きっと私じゃないんだよ』
 部屋のベッドに横になっている播磨の頭に、天満の言葉が何度も何度もこだまする。
 もう彼自身、自分の想いが良くわからなかった。
 自分が播磨拳児なのかどうかすら自信がなくなってくる。
 そして思い浮かぶのはブロンドの彼女の姿だった。
 ――俺はあいつのことが好きなのか?
 言われてみれば最近あいつのことを見てることが多かった気がする。
 たった数日一緒に登校しただけなのに、それが当たり前に思ってた気がする。
 やっぱり俺はあいつのことが好きなのだろうか……。
 そうかもしれない。
 だけどそれこそ本当か?
 自信がない。
 俺はあいつのことが好き?
 んなこと今さら言ったって、ふられたから手近にいた奴に逃げただけとしか思えねえよ。
 好きなふりをして、本当は誰でもいいから近くにいてほしいだけなのかもしれない。
 俺は――。
 
 ……だめだ、全然わかんねえわ。

 その日は播磨はもう何も考えず、ただ無理やりに眠ることにした……。


....TO BE CONTINUED?
678コンキスタ:04/10/11 00:42 ID:f/FLKQ/I
以上で第8話終了です。おそらく次回で完結します。
少し長くなってしまいましたが、書き終えて思ったことは
「あ、八雲の出番がない」
でした。(笑)
とりあえず播磨が天満に告白するシーンは省略されることが多い気がしたのでやってみました。
天満が天満じゃなくなってる気がしますが^^;
支援していただいた666様、ありがとうございます。
次はいつになるかわかりませんが、早いうちに終わらせたいと思っています。
ではでは。
679Classical名無しさん:04/10/11 00:43 ID:WdzonTLM
GJ
680Classical名無しさん:04/10/11 00:56 ID:SzmOkAHI
 コンキスタさん、GJ!
 愛理の行動も楽しく読ませてもらいましたが、シリアス天満がまた良かったです。
彼女が問いただした彼の心が、動揺して自分を捜す。天満活躍の一話ですね。 
 そして、完結編。愛理の行動に期待大です。
681Classical名無しさん:04/10/11 00:57 ID:cpajhe8I
ヤバイ、本当GJ!
沢近が涙をこらえるシーンや、天満の告白への返事のシーン、痺れました。
まさにネ申ですね。
次の最終回を楽しみに待っています。
682581 麻生サラ:04/10/11 01:47 ID:zTeIt.o2
>>610
お褒めの言葉、感謝感謝ですw
やはり、SS書きとして一番嬉しい事は、自分の作品を受け入れてもらえる事ですね。
タイトルをどうしようかと思いましたが、『了』で締めくくりましたので、日本語にしようかと、
で、超シンプルに

『雨、ふたり』

で……うあ、センスの欠片も感じなひ……_| ̄|○

>>654-655
読んでいただきありがとうございました。
暇があれば今後も精進して行きたいと思いますです。
>>654氏ある意味、そこが書いてて一番楽しかった所ですw

>>649風光氏
==)b!! ですw
自分のぬるま湯麻生とは大分、違いますね。正直、そちらの方が近いように思えますw
今後も素敵な麻生サラ作品をお待ちしております。
683Classical名無しさん:04/10/11 02:34 ID:HDy0SFYw
>>678コンキスタ氏へ

最初に言っておきます、私、天満が好きです。
誤解無きよう急いで付け加えます、沢近も八雲も播磨も好きです。
スクランキャラはみんな好きです。
でもその中で、一番天満が好きなんです。大好きです。
これはもうどうしようもないことなんです。

(ここからが感想ですが)だから読んでてとってもとっても哀しくて辛かった。
キーボード打ってる今も胸が痛くて痛くて、切ない。泣きたい。
勿論コンキスタさんが旗派(お子様派?)だってことは十分承知してる。
だから立場が違うってことも。それは分かってる。
でも理屈じゃどうにもならない感情を抑えることができない。だからこれを書いてる。
播磨にこんなにあっさり諦めてほしくない。天満をずっと追いかけ続けてよ。
天満は・・・難しいね。彼女にどういう行動をとってほしいのか、私には分からない。
天満の凄さ(表現下手でごめんなさい)は、他の人には表象できないところにある、
そんな気がする。私は今回の天満はもはや天満じゃない別人だと思った。
不思議だよね・・・彼女は。

胸が苦しい。天満が消えてしまうことへの底知れぬ辛さと苦痛・・・
本当にワガママなことは自分で承知してる。無理を承知の上でお願いをひとつ。
天満の話を一本書いていただけたら。いや、1レスで終わる程度の掌編で十分です。
・・・。

私情全快で申し訳ありません。
まだまだ言い足りない思いはありますが、このへんにて失礼します。
辛いですが、最終話も読みます。がんばってください。

ありがとう、の一言はやっぱり言えないです。自分勝手でごめんなさい。
684Classical名無しさん:04/10/11 08:39 ID:FjRDn1Cw
お久しぶりです。
早いもので、前作を投下してから四ヶ月が経ってしまいました。
前作「Forget-me-not」は激甘の旗だったのですが、今回は縦笛です。
皆さんの神ぶりに少し気後れしながらですが、読んで頂けると幸いです。

685Squall:04/10/11 08:43 ID:FjRDn1Cw
 少女は見上げていた。
 漆黒の闇の中、葉々の擦れ合う音に潜在的な恐怖を煽られながら、ただ一人で。
 
 少女は見上げていた。
 音も無く降り注ぐ雨などお構いなしに目を見開いて。
 
 少女は見上げていた。
 塞いだ心を開け放ってくれるような、強い星の光を探して。
 
 少女は見上げていた。
 ……涙を自覚したくなかった。ただ、それだけ。
686Squall:04/10/11 08:47 ID:FjRDn1Cw
 少し前、美琴は道場での稽古を終え、帰途に着くべく支度をしていた。
 既に他の門下生たちは帰宅しており、閑散とした場内に、彼女が着替える衣擦れの音だけが響く。
「ちっ、何だよ」
 準備を済ませ、道場を出た美琴は、いつの間にか降り出した予報外れの雨に思わず舌打ちをした。
 家は近くにあるので、急いで帰れば大したことは無いかもしれない。
しかし、翌日も学校がある身としては、できるだけ制服は汚したくなかった。道着に着換え直そうかな、とも考えたが、流石にそれは億劫である。
「しょうがない、花井に傘を借りるか」
 ふと、見上げる。道場に隣接した、少々時代がかった大きな家。
その二階の一室が花井の部屋であるが、その部屋には、在宅を示すであろう明かりが、カーテンの隙間から漏れていた。
「ったく、勝手にサボりやがって」
 気持ちは分からないでもない。花井が塚本八雲にご執心であることは事実であるし、その八雲が、播磨拳児と付き合いだしたと言う噂は、
美琴の耳にまで聞こえてきている。その真偽は定かではないが、実際に二人で会ったりしているらしいし、本人に聞いたわけではないが、
天満も認めていることであるので、可能性は高いと言えた。
687Squall:04/10/11 08:52 ID:FjRDn1Cw
 想い人の恋愛をすんなりと祝福出来るほど、大人じゃないよな……
 
 美琴の意識は、あの夏の日へ飛んでいた。
 何も出来ずに終わってしまった恋愛は、今でも思い出す度に美琴の胸を抉る。
臆病だった故に何もしてこなかったことを後悔もしたが、出会ってからの年数が自分よりも遥かに少ないであろう人を好きになった先輩は、
結局のところ自分に対して恋愛感情を持っていなかったということだ。その事実は、想い続けてきた期間がまるで無駄であったかのような気がして、
美琴を酷く惨めな気持ちにさせた。
 
 思い出は、それが良いものであろうと、苦しいものであろうと、やがて風化されるという。
しかし、たった二月程度で失恋を美化するには、美琴は余りに幼すぎた。
今でも、たまに夢を見る。

「っと、早く汗を流さないと風邪引いちまうな」
 引いていく汗が体温を奪っていくことに気付き、しばし呆けていた自分を叱咤するかのように両手で何度か頬を叩くと、
道場の庇沿いに進んで行った。
688Classical名無しさん:04/10/11 08:52 ID:WdzonTLM
支援?
689Squall:04/10/11 08:55 ID:FjRDn1Cw
「よっ」
「周防……」
 花井は参考書を顔にかぶせながら、ベッドに横になっていた。
「おばさんがさ、部屋に居るから上がってけって」
「何か僕に用か?」
 普段の花井からは想像も出来ないほど抑揚の無い声。分別をわきまえている彼らしく、
客人に対する礼儀として体を起こす姿からも、いつものような覇気が全く感じられない。
「いや、雨が降ってきたから傘を借りようと思ってな。そしたらさ、おばさんに強引に上げられちまって。まぁ、いいだろ、たまには」
 幼馴染とはいえ、流石に高校生になってから部屋に上がったことは無かった。
照れ臭いと言う感情から逃れるように、無意識に美琴は頭を掻く。

「……帰ってくれ」
「って、いきなりそれかよ」
横柄な物言いもそうだが、それ以上に「らしくない」花井の態度に思わずカチンと来る。
「じゃあ何か? お前も僕を笑いに来たのか」
「なっ……」
「滑稽だろ。誰が何と言おうと、僕は塚本君を一番想っている自信があった。
 しかし、彼女は播磨を選んだ。……僕は男として播磨に負けたんだ」
そう言うと、花井は俯いてしまう。
「はいはい、それで花井君は独りで泣き寝入りですか」
挑発的な美琴の言葉にも、花井は反応しない。
 それを見て、美琴の心は理由の分からない不快感が支配していった。
「ったくよー、情けないったりゃありゃしないぜ。男の癖にウジウジとよー」
「奪い返すぐらいの気概を見せられないもんかね」
 次々に出てくる蔑みの言葉。自分のことを棚に上げていることは分かっていたが、
花井が落ち込む姿を見ていると、無性に腹が立った。
690Squall
「……お前に何が分かる」
「あん?」
 見ると、花井の肩がわなわなと震えている。
「お前に何が分かると言ったんだ!」
 口を真一文字に結び、眉が吊り上る。気色ばんだ口調は、押し殺していた鬱憤を吐き出そうとしていることを、
如実に表していた。
「お前に……恋をしたことも無いような、人を愛する辛さを知らないお前に、責められたくは無い!」

 ……恋をしたことが無い? あたしが?  
 血の気が引いていくのが分かった。
 分かっている。花井は追い詰められているだけだ。自分自身もコイツの激情を受け止めるつもりで、
敢えて憎まれ口を叩いたのではないのか?
 至る所に意識が錯綜し、思考がオーバーヒートを起こす。しかし、その中でも揺るがないのは、
敗北者の顔を見せ続ける幼馴染の姿。一番信頼出来るであろう相手が、自分の本質を掴んでいてくれなかったという、哀しい真実。

 ……美琴自身意識していたわけではない。気が付くと、思い切り花井の頬を張っていた。
 自分の行為が意識化で下した結論と矛盾していることに、やってしまってから気付く。
 けれど、もう、止められない。

「知ったような口を叩くんじゃないよっ!」
 頬を涙が伝う。
「周防……」
 赤く染まった頬に手を当て、毒を抜かれたかのように呆然とした表情で、花井は見上げる。
「自分が世界で一番不幸だって顔してさ……あんただって、あたしのコト何にも知らない
 じゃない……」
 お互いの沈黙が、刺すような静寂を形成する。
「無神経な言い方だったかも知れない。それは謝る。……だけど、今のあんたは最低だ」
 美琴はそう言うと、踵を返して部屋を去った。
 自らの行動にすら納得のいく動機付けが出来ない。これじゃあただの八つ当たりじゃないか
 ……そう、嘲りながら。