日本史から見た「日中戦争」を語ろう

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1日本@名無史さん
2日本@名無史さん:01/12/13 17:25
語り尽くされています・・・
3日本@名無史さん:01/12/14 18:17
終戦間際まで中国軍は日本軍に連戦連敗だったな。
4日本@名無史さん:01/12/14 19:05
詳しくは知らないのでだけれど
1933年に日本と中国の間で「タンクー協定」と言う物がが結ばれていて
これでもって中国(国民政府)は事実上、満州国を認めたことになるようだ。
満州事変で領土拡張を止めてれば良かったのにと思ったが、どうだろ?
5日本@名無史さん:01/12/14 19:07
「支那事変」と呼べ
6日本@名無史さん:01/12/14 19:09
シナ事変の発端となった盧溝橋事件は劉少奇が起こしたもの。
7日本@名無史さん:01/12/14 19:25
>>4
石原はそう思っていたらしいけど
基地外近衛には先見性がなかった。
8日本@名無史さん:01/12/14 19:48
日中戦争は侵略戦争だった。
9日本@名無史さん:01/12/14 20:21
元日本兵のじいちゃんが南京大虐殺について語っておるぞ。
ちょっとグロいが歴史版住民ならこのスレに目を通すべし
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/sky/1008325770/l50
10日本@名無史さん:01/12/15 17:48
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=30882300
 一四日(午後三時発信)、岡村大将はふたたび「百万の精鋭健在
の儘敗戦の重慶軍に無条件降伏するが如きは如何なる場合にも
絶対に承服し得ざるところ」と、電報した。同時に岡村大将は参謀
長を通じて天皇に対しても上奏し(午後十時二十五分発信)、「外電の
伝うるが如き屈辱的平和は光栄輝く帝国を邁進すべく御聖断
あらんことを伏して祈り上げ奉る」と言上した。
11日本@名無史さん:01/12/16 11:05
米陸軍>>ソ連陸軍>ドイツ陸軍>>日本陸軍>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>米式装備中国軍
12日本@名無史さん:01/12/16 11:08
≪児島襄「参謀(下)」のジョゼフ・スチルウェル編より引用≫
だが、ものの一年間もしないうちに、スチルウェル参謀長は、その日誌に、
自分の予期かった感想を記述することになった。
「“ピーナッツ”は偏屈で恩知らずの小さなガラガラヘビだ・・・・ (中国政府は)
自分たちだけのことしか考えないならず者の集団だ。指導者たちの興味は、
ただ金、権力、そして地位だけだ・・・・。手に入るものには何でも頭を下げ、
自分は戦わないように心がける・・・・。“インテリ”と金持ちは子どもを米国に送り、
農民の子どもが戦争に かりだされる。しかも注意も訓練も指示も与えられずに死んでいる。
 われわれは、この腐敗した政府を支持し、その偉大なる愛国者兼戦士
“ピーナッツ”に栄光を与えるために、戦おうとしているのだ―おお神よ!!
≪中略≫
当時の米軍は、日本軍と同じく、行軍距離単位は四キロであったが、
その米式訓練をうけたはずの、いやボートナー准将自身がその訓練をした孫部隊は、
一キロ歩いては休み、次に一キロ進んではごろりと道端に寝転がる。
 しかも、頭上に英軍機が飛来して補給物資を投下すると、隊列を
乱してむらがり、悲鳴をあげつつ、下着に利用するパラシュートを奪い合う。
≪中略≫
孫部隊は狂喜した。中国大陸で負けつづけ、日本軍といえばかなわないものと信じていたのに、
その日本軍がひきあげたのである。勝った、勝ったと小銃を空に乱射しておどりあがった。
 ところが、勝ちに乗じた勢いで快進撃するものと期待していた孫部隊は、
たしかに前進は開始したものの、そのスピードは以前にもおとる低速であった。
そして、昭和十九年一月二十九日、孫部隊はついに完全停止した。
 ボートナー准将の急報によってかけつけたスチルウェル参謀長は、にこやかに迎える
孫少将の顔をぼう然と眺めながら、考えこんだ・・・・なぜ、前進しないのか?
≪中略≫
スチルウェル参謀長は、孫少将にかみついた。
「明らかに命令違反である。よろしいか。貴下の第三十八師団は、 全中国軍のなかで
とびぬけて優良な兵器、弾薬、糧食の補給を受けている。 足りないというのなら、
迎撃砲も、火炎放射器も、米兵だってさしあげる。 だが、命令に従うのが条件だ・・・・
もし自分の使命が達せられないようなら、辞職してワシントンに報告せざるをえない」
13日本@名無史さん:01/12/16 11:12
マリアナ・レイテの海戦は何ら見るべき戦果も無く太平洋のもずくと化した。
上のビスマルクスレでも議論されていたが、大和も武蔵も戦果はあまりに乏しい。
どんなに大和や武蔵の技術的優秀さを強調しようとも、両海戦の完敗は動じぬ。

だが日本の宿敵は中国であり、天王山は寧ろ大陸打通作戦であった。
大陸打通作戦の勝利によって帝国陸海軍は抗戦継続の自信を回復した。
大陸打通作戦はとにかく「打通してしまった」という動かぬ勝利の
既成事実を作ってしまったことだ。こっちは海軍のそれとは逆にどんな
に日本陸軍が無能だったか、どんなに日本陸軍の兵器が粗悪であったか、
どんなに無謀な遠征であったかをいくら論じても、大陸打通作戦の勝利
記録は何ら揺るぎはしない。疾風戦闘機隊は立派に米空軍に対抗できたし、
95式軽戦車その他日本軍車両は機械的信頼性が高く荒地を長く走破しえた。
そいて何より岡村寧次大将以下日本陸軍の将兵は賢く勇敢であった。そうで
なければ、米式装備ではるかに大勢だったにも関わらずボロクソに負けまくって、
米国政府に信頼されなくなった中国軍はいったい何流軍隊を云うべきであろうか。

韓国の朴正煕大統領も満州軍歩兵第八団の団長副官として1944年半
ばの大陸打通作戦の熱河省討伐作戦に参加し、陸軍中尉にまで出世した。
さすが南雲校長をして「半島出身ではあるが、精神においては完全に日本人
である。岡本生徒のように天皇陛下のためにたてまつり、忠誠心のあつい
者は日本人にも稀である」と言わしめただけはある。中国こそは明治以来
一貫して米英独露と組んでの排日侮日を繰り返してきた諸悪の根源であり、
最優先で打倒されなければならない日韓共通の敵であったのだ。
http://members.tripod.co.jp/nishinom/human/ha/pakuchonhi.html
14日本@名無史さん:01/12/19 19:37
>>13
お前、また馬鹿の一つ覚えか、 韓国の政治家、高級軍人で打通作戦参加者は
朴正煕個人とはちがうぞ、 しかも殆ど全員この経歴を悔やんでいたそうだぞ。
人の心が斟酌、忖度できんのか!
15日本@名無史さん:01/12/19 19:59
16日本@名無史さん:01/12/19 20:01
17日本武道家:01/12/19 20:33
じつは中国拳法は日本の武術の影響を
受けている可能性があるのです。
時期はこのスレのテーマである朝鮮征伐や倭寇が
明と矛を交えた戦国末と近代と二度あるのですが、
実際に日本刀が変化した苗刀という武器や辛亥革命に
協力した日本の元士族が武術を教えていたという話しもあります。

詳しくはこちらをご覧ください。
武道板でのスレですが、歴史に興味のある方には
おもしろい話しが満載だと思います。

中国拳法は近代の創作である!
http://sports.2ch.net/test/read.cgi/budou/1006791271/l50
18日本@名無史さん:01/12/19 21:54
後付けのネーミングで歴史を語るな。
正しく支那事変と呼べ。
19日本@名無史さん:01/12/20 10:28
「全中国人民の民族あげての輝かしい抗日戦争」を「打通」してしまった
日本陸軍の戦闘能力は、あの時期でもかなり恐れられた存在だったと思う。
戦後も米国はあれほど中華民国にテコ入れしたのに、間もなく崩壊。
地上軍支援としては大きくとも空爆それだけでは中国軍も日本軍も破れず。
20日本@名無史さん:01/12/21 18:30
大本営が「北支事変」を「支那事変」と改称して本格的に中国との戦争
を決意したのは、やはりその間に通州の日本人虐殺があったからだ。
通州の日本人虐殺が「北支事変」を「支那事変」に変えたと断定できる。

通州事件の事実を知ることが、日中戦争理解への第一歩だと思う。
21日本@名無史さん:01/12/21 20:05
シナ事変は国民党と日本軍を戦わせるために中共の劉少奇が
仕掛けたもの。
22日本@名無史さん:01/12/22 18:34
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=04093523 P185
 広い額に黒い髪、がっちりとして引き締まった体格のワシーリ・イワーノヴィッチ・
チュイコフというロシア人が、第二次世界大戦が起こったとき、ソヴィエト陸軍武官
として重慶に勤務していた。彼は、彼が開いたといわれる記者会見で、蒋介石がソ連
から受けている大量の軍事援助について語り、その結果外交上の騒ぎがもち上がった。
そのため一九四二年のはじめにチュイコフはモスクワに召喚され、一九四二年三月、
戦線に参加した。予備軍司令官代理をほんのわずか務め、自動車事故で軽い怪我をした
りしたが、やがてスターリングラード戦線を補強するため司令部とともに派遣された。
23日本@名無史さん:01/12/23 19:06
大陸打通作戦は中国のナラズ者チンピラゴロツキ軍団を完全にやっつけた。
日本陸軍の戦略・装備はひどかった、工業・経済がだめだったというのなら、
あれだけアメリカの援助を受けながら(英・ソとは違い米国人将校が現地指導)
大陸打通で負け続けた中国の工業・経済・戦略は一体どのように評価すべきなのか。
24日本@名無史さん:01/12/26 00:34
>>22
チュイコフといえばスターリングラード攻防戦で有名なソ連の将軍だ。
このように中国の抗日戦には常に強豪米・ソ・独が背後についていたのだ。
日本陸軍が恐れたのは米ソ独だ。「中国人民の英雄的抗日戦争」なんかじゃない。
中国人民が残虐な日本軍の侵略に英雄的に戦っただなんて思い上がりも甚だしい。
刃物もった大勢のちんぴら集団が通州事件をはじめとして卑劣なやりかたで
闇討ちをかけておきながら、日本という鍛え上げられた素手の格闘家一人に
大陸打通作戦で全部撃破されて、虐殺されただなどという泣き言をほざいてるだけ。

邪は滅び、正義は勝ったのだ。
25日本@名無史さん:01/12/26 09:12
あれだけ豊富な武器援助を受けていながら日本軍に連敗の中国軍。
中国には太極拳だとかカンフーだとか伝統の格闘技が多くあるが、
いずれも演舞だけで本当はゼンゼン弱く日本柔術の足元にも及ばない。
やはりこれは大陸打通作戦をはじめとする日中戦争で明らかだ。
格闘術というのはそもそも武装・体格・人数に劣る者が
それらにまさる者を制することに意義があるからだ。
刃物持った中国兵が3人がかりでも素手の日本兵一人に及ばぬ。

よって日本拳法>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>中国拳法
26日本@名無史さん:01/12/26 11:16
で,アジア解放のためになんで中国と戦ったの?
27日本@名無史さん:01/12/26 11:32
>>26
おえらいさんが勲章ほしかったから。
軍隊のなかでは、いくら出世しても経歴に実戦が
ないと、貫禄ない。
28日本@名無史さん:01/12/26 14:55
>>25なんかケンシロウみたいだな。
29 :01/12/26 15:14
通州事件絡みでコヴァ板にスレあったな。
コヴァの惨敗だったけど。
けんか売るならもっと準備した方がいい。
30日本@名無史さん:01/12/26 20:50
シナ事変の発端の蘆溝橋事件は、劉少奇の率いる救国抗日学生隊が起こしたもの。
だから東京裁判では蘆溝橋事件の真相は追求されなかった。

7月9日、11日、19日と日本側は停戦協定を成立させるが、支那軍はその度無視。
7月29日、通州で邦人約260名が虐殺。
8月9日、日支和平会議が開かれたが、上海で大山中尉惨殺事件が起きたため決裂。
8月13日、支那便衣隊が第2次上海事変を起こす。
8月15日、蒋介石が全軍総動員令を出し、ついに全面戦争突入。

支那事変に至るまでの経過を見れば、支那側が事変の拡大と長期化を望んでいたのは明らか。
31日本@名無史さん:01/12/26 22:47
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=19896811 p30、31
 ところが、ナチズムの権力掌握後、独ソ関係の悪化によりこの軍事協力関係
の維持は不可能となり、ドイツ国防軍がみずからの活力を維持するためには、
あらたな軍事的パートナーを必要とするにいたったのである。この面で
ドイツ国防軍、主として陸軍が注目したのは中国であった。・・・中略・・・
 また、国防経済という観点からも、ドイツ国防軍が親中路線を採用する理由が
存在した。なぜなら、両国の経済は相互補完的であったからである。ドイツ国防
経済は、ロシアとの関係悪化後、技術刷新の継続のためにも、また付加的な
輸出の拡大のためにも、あらたな市場を求めていた。一方、中国側は、ドイツから
の工業製品輸入を天然資源の輸出で相殺することができたし、また一九三五〜三六年
のドイツの武器輸出総額のうち、実に五七・五パーセント(二千万ライヒスマルク)
が中国に向けられていたのである。
 これに対し日本はその一パーセントにも満たない十七万七千ライヒスマルクであった。
32日本@名無史さん:01/12/26 22:59
なぜドイツは日本へ三号戦車や88ミリ砲を売らなかったのか?
33:01/12/26 23:00
どうして人に↑↓つけるのです
何故油鷲をたてるのです
どうして我が幸せ民の孝と思わんのか
鷲はあんたの為子さどす
しいてそれが高鳴れど
34日本@名無史さん:01/12/26 23:04
>>32
日本は国内で生産できるが、中国にはできないからでしょ。
ドイツの兵器を高く買ってくれるお得意さんは日本で無く中国。
35日本@名無史さん:01/12/26 23:11
日本が三号や88ミリ砲を生産できるだけの水準があればノモンハンは勝っていた。
ナチスの人種的偏見からアジアへは最新の兵器を日本へ売る事より,
中国へ一代前の兵器を売る事に重点をおいたのではと思う。
36日本@名無史さん:01/12/28 18:45
「参謀 下」(児島襄 文春文庫) A・C・ウェデマイヤー回想
「もし、支那事変の開幕が二年間おくれていたら、それまでに中国には、
ドイツ装備の六十個師団が勢ぞろいし、空にはメッサーシュミット戦闘機、
スツーカ急降下爆撃機が乱舞し、海にはUボート潜水艦が群をなしていた
かもしれない。そして、その結果は、中国はドイツと同盟を結び、
膨大な戦力をソ連にむけて、歴史は大きく変わっていたかもしれない」
37日本@名無史さん:01/12/28 20:13
>>36
西安事件以後の国民党が、ソ連と戦争することなんかありえんだろ。
蒋介石は中共の言いなりだったわけだから、
38日本@名無史さん:01/12/29 20:34
日本陸軍は『米ソ独英という世界水準』からあらゆる面で大幅に立ち遅れていたという。

そうだとしたら、あれだけ米国から援助を受けながら(指揮官まで米国人)、
こんな軍隊に丸ごと大陸打通を許した『中国軍の水準』はどれくらいだったのだろう。
日本の基礎工業力・基礎経済力がどうした?、ならば中国の基礎工業力・基礎経済力は?
39日本@名無史さん:01/12/31 18:35
日本軍が大平洋で敗北していたのは何の異論も無いが、中国大陸では
「百万の精鋭健在」であり、岡村大将をはじめ敗戦意識は乏しかった。
1944年は米独陸軍決戦の年であり、対日戦は中国にかかっていた。
しかしながら大陸打通作戦で中国軍はぼろくそに負けて、急遽米陸軍
主力は対日戦に転じねばならなかった。これはルメイ将軍を始め、
年明けになってから大平洋への転属が進んだことでよくわかる。
中国は沖縄の米中共同占領を申し入れたがこれは全く通らなかった。
大陸打通作戦の勝利は中国の野望を打ち砕き、戦後日本の有利条件となった。
40日本@名無史さん:01/12/31 19:03
欧米列強の代理戦争を戦わせられていたことも
気付かずに抗日戦がどうのこうのと誇らしげに語る
支那人は救いようがないな。
41日本@名無史さん:01/12/31 19:12
はっきり言って国民党だけだったら
どうにかなった。
というより、国民党はもともと親日政権。
重慶に移ってからも日本人顧問がいたということからも
わかるだろう。
問題は国民党内部まで食いこんでいた共産勢力。
支那大陸では、
国民党と日本軍は欧米列強の帝国主義と共産主義の前に敗北したのだ。
42日本@名無史さん:01/12/31 21:50
http://sunsite.sut.ac.jp/pub/academic/history/marshall/military/mil_hist_inst/w/ww2pac5a.asc
The U.S. Army counted 6,779 infantrymen (1024 officers and 5,775
enlisted) among its 159,414 troops in CBI, Oct 1944. At that time,
CBI was split into two smaller commands: U.S. Forces, China and U.S.
Forces, Burma-India. The peak strength of both commands was reached
in Aug 1945, an aggregate of 173,608 personnel, which included only
5,146 infantrymen (991 officers and 4,155 enlisted men).

http://s1.amazon.com/exec/varzea/ts/exchange-glance/Y02Y6496655Y9451488/qid=1002018788/sr=1-2/ref=z_ret_b_oop_05/102-0038218-3002543
Deployment of the Army,April 1945 (1194頁)によれば,
European Theatreが3,065,505、Mediterranean Theatresが493,876、
South-West Pacific Theatreが802,504、Pacific Ocean Theatreが
405,902、China and indea-Burma Theatresが198,830,Principal
theatres Combinedが5,011,667で,Source:Greenfield,Paimer,and Wiley。
43日本@名無史さん:02/01/02 15:49
満州国は日本軍国主義の傀儡国で、「偽満洲国」だったという人も居る。
それでいてまた日本陸軍はヘボ軍隊であったとも言われる。しかし、
もしその両方が正しいとすれば張学良軍とそこの住民はあの広大な
満蒙の土地を「ヘボ軍隊」に簡単に明け渡してしまったことになる。
またソ連はヒトラーと結んででもポーランドやバルトを併合したのに、
こと極東に限って「ヘボ軍隊」によって運営されているに過ぎない
「偽満洲国」にどうして手を出さなかったのだろう。
>欧米列強の代理戦争を戦わせられていたことも
>気付かずに抗日戦がどうのこうのと誇らしげに語る
>支那人は救いようがないな。

アホか。
抗日戦争が起きた場合、それは世界再分割戦争の一端であり、
であるゆえに日本は最終的に敗北せざるをえないということは、
1935年当時の蒋介石の判断だし、申報の社説や論説に堂々登場しとる。

中国側が指導者を含め抗日戦争以前からとうに認識していたことを、
日本側が認識できないアホぶりを晒しといて、負け惜しみのつもりなのか?
すげ〜アホだぞ、そりゃあ。
中国を嘗めてないか?あんたら
45善良な中国共産党員:02/01/02 16:34
>>39
大陸打通作戦のおかげで
蒋介石の子飼いの将校たちと戦力が消耗したし
華北では日本軍が南下した隙に解放区を広げられたし
国民党と蒋介石へアメリカ国務省筋が愛想を尽かし
第二次国共内戦へのアメリカによる援助が
腰砕けになる原因も作ってくれた。
貴国の参謀本部とその方針を裁可した唯一の統帥権者裕仁さんには
感謝の意を改めて表する次第である。
中国が核開発に成功し日本が金を貢ぎつづける現状をおそらく
あなたも肯定しているからこそのおっしゃり様なのだろう。

>>40
欧米列強が介入しようともしなくとも
わが国の内戦は止めようもない歴史的必然であった。
国民党反動派も共産党も己が生き延びる為に戦ったのであり
欧米列強にそそのかされて戦火を交えたのではない。
回線を切り顔を洗って出直すがよかろう。
46日本@名無史さん:02/01/02 18:26
明治以来やってきた日中戦争は中国人の米英独露を後ろ盾にした
卑劣極まりない排日侮日が原因であって、邪悪なる強者日本が
聖なる弱者中国にただただ領土を求めて襲い掛かったのではない。
そもそも日華事変の原因は中国保安隊が通州で邦人虐殺をやったから。
米英独ソが背後についてりゃあ日本恐るるに足らずってもんだ。
ドイツ製兵器が大量鹵獲され、その火力は質量共に絶大だった。
これで日本陸軍は自らの火力不足を痛感させられたとよく言われるが、
どんなに武器が劣っていたとしても中国軍に対しては連戦連勝だった。
それはまさに刃物持った大勢のチンピラどもが鍛え上げられた
素手の格闘家一人にコテンパンにやられたのと同じだ。
47日本@名無史さん:02/01/02 19:27
>>44
なにをわけのわからんことを吠えているんだね。
キミは。
支那事変というのは要するに欧米列強に踊らされた黄色人種
同士の叩き合いだということがいいたいんだよ。
日本もそうだし、支那だって欧米に踊らされていたんだから
支那人はすごいというようなキミの中華思想は意味をなさないよ。
48日本@名無史さん:02/01/02 19:30
そもそも46の人が指摘しているように先に欧米列強に
踊らされて、日本に喧嘩ふっかけてきたのは支那人なんだけどな。

そんなことも知らずに偉大なる漢民族万歳とかいってる44は
救いようのない中華主義者だね(藁
49日本@名無史さん:02/01/02 20:16
「南京大虐殺」が大々的に取り上げられるのとは反対に、何故か、意図的に年表からも削除されている事が多く、
教科書にも全く取り上げられる事の無い「通州事件」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
昭和12(1937)年7月29日、北京の東方は、冀東(きとう)防共自治政府の首都・通州で
「大虐殺」がなされました。いわゆる「通州事件」と呼ばれるものです。
「南京大虐殺」が大々的に取り上げられるのとは反対に、何故か、意図的に年表からも削除されている事が多く、
教科書にも全く取り上げられる事の無い、この「通州事件」について

「通州事件」 ── 又の名を「通州大虐殺」とも呼ばれるこの事件は、「廬溝橋事件」の3週間後、起こりました。
当時、通州には、「廬溝橋事件」の余波で避難していた婦女子や朝鮮人(当時は日本国籍だった)を含む日本人居留民、
天津特務機関長・細木繁中佐ら軍人等200余人が住んでいました。
通州には、日本軍の守備隊も駐屯していたのですが、たまたま、主力が南苑攻撃の為、町を離れ、僅か110名の留守部隊しか残っていなかった所へ、
シナ保安隊千数百名が襲撃を掛けたのです。

通州を襲撃したシナ保安隊は、多勢にものを言わせて日本軍守備隊を全滅させ、余勢を駆って、何とあろう事か、
日本人居留民をも「標的」にしたのです。シナ保安隊は、日本人居留民を通州城内に全員集め、
城門を閉めた上で(要は城外へ逃げられない様にして)、日本人居留民の住宅一軒々々に火を放ち、
女性には暴行を加えた上で局部に丸太を突き刺す等して殺害、子供は両手・両足を切断し、
男性には首に縄を巻き付けた上で引き回す等、「残虐」の限りを尽くした
http://www2.justnet.ne.jp/~yoshiro/no_frame/history/honbun/tsushu.html
50西方失敗 周星馳@アズマ鹿鼎公:02/01/02 21:50
>>47-48
>日本もそうだし、支那だって欧米に踊らされていたんだから
>支那人はすごいというようなキミの中華思想は意味をなさないよ。

>そんなことも知らずに偉大なる漢民族万歳とかいってる44は
>救いようのない中華主義者だね(藁

踊らされざるをえないことをしっかりと自覚し、抗戦戦略をたて
戦術的敗北になんら影響を受けなかった中国(1935年段階で自覚)と
踊らされることも分からない日本とを一緒にしている時点でDQN。
お前らバカちゃうか(笑

つーか中国に他にどういう選択肢があったのかね?
英米の勝利を自国に結びつける以外に
(日本が負けることを知ってるのにどうして組める?)
51日本@名無史さん:02/01/02 22:05
だいたい中国との戦争がそんなに大きな国家的負担だったのなら、同時に
ノモンハン事変や太平洋戦争だってやれないはずだ。でも現にやっちまったん
だからな、ホント日本軍ってグレイトだよな。1944年の大陸打通作戦は、
太平洋の消耗の上なおあれだけの余裕があったってこと自体がすごい。
だが本来ならば石橋湛山の「小日本主義」だって悪くは無かった。
特に理由も無ければあんな無理をして軍事力で米英独ソに張り合うのは無駄。
しかしながらこの中国という国はいやな国で、自分の実力で敵わなければ、
以夷制夷・遠攻近攻とひたすら強者米英独ソに媚びることを繰り返してきた。
日本は否応無く米英独ソと対決せざるを得なかったのはまさに中国問題。
このナラズ者集団に鉄槌を下した本作戦こそ、大東亜戦争最大の意義だ。
52西方失敗 周星馳@アズマ鹿鼎公:02/01/02 22:18
>だいたい中国との戦争がそんなに大きな国家的負担だったのなら、同時に
>ノモンハン事変や太平洋戦争だってやれないはずだ

誰もそんなことを言っていないが。

>1944年の大陸打通作戦は、
>太平洋の消耗の上なおあれだけの余裕があったってこと自体がすごい。

そりゃ、海軍と陸軍では、作戦区域が違うんだから当然。

>しかしながらこの中国という国はいやな国で、自分の実力で敵わなければ、
>以夷制夷・遠攻近攻とひたすら強者米英独ソに媚びることを繰り返してきた。

遠【交】近攻の間違い。それに自国を保全するための当然の外交。

>このナラズ者集団に鉄槌を下した本作戦こそ、大東亜戦争最大の意義だ。

で負けたと(w
53日本@名無史さん:02/01/02 22:24
中国人から見れば(今もそうかもしれないが)日本などという国は
何から何まで遅れきった土人の島でしかなく、米英独露と聞いた
だけで日本なんて身がすくんで震え上がってしまうのだろう。
だから米英独露が背後につくととたんに排日侮日になったのだ。
まさに強き(米英独ソ)に媚びて弱き(日本)を挫く最低集団だ。
日中戦争は全中国人民が英雄的に日本の侵略と戦っただなんて
思い上がりも甚だしい。全ては米英独ソが背後についてたからだ。
54日本@名無史さん:02/01/02 22:33
>>13
この作戦を指導した岡村寧次司令官が国共内戦後、中国国民党軍事顧問に
就任したということは中国人も侵略を罵りながらもその武勇と実力は大いに
認めていたからであり、若き日の朴正煕大統領が前線で勇戦敢闘したことは、
多くの朝鮮人もこの作戦の大義を認めていたからなのんだよね。
55日本@名無史さん:02/01/03 00:16
「日中戦争 VOL3」(児島襄 文藝春秋版)P592
「中国白書」によれば、米国は一九四四年(昭和十九年)、
中国の戦力と戦意が「全面的に崩壊」しつつある、と判断した。
 この年、日本軍は、前述した如く、北京―漢口打通作戦をおこない、
さらに桂林攻略作戦も実施した。
 日本軍は、いずれも作戦終了後は根拠地に引き上げたものの、
中国軍の対応は消極にすぎ、駐中国大使C・ガウスは、
「中国人は本気で抗日する意思があるのか」と疑い、その「内紛と無神経」
が矯正されない限りは、「共産党の勝利は不可避だ」と、米政府に報告した。
56日本@名無史さん:02/01/03 00:38
フジテレビに今
瀬島龍三が出演している。
とにかく見てください。
57日本@名無史さん:02/01/03 11:37
日本陸軍は、米ソ独という世界水準から大きく立ち遅れた集団だったという。

ならば大陸打通作戦でこれにすら見事に打通された中国軍は一体何だ!!
58日本@名無史さん:02/01/03 12:24
1944年は日米戦はマリアナ以前に既に日本敗勢が決定しており、
だからこそアメリカは欧州でも第二戦線に討って出たのだ。
しかしながら中国戦線はその逆で日本軍の連戦連勝であった。
米戦闘機P−38ライトニングは下手糞が扱えば「ペロハチ」、
ベテランが扱えば「双胴の悪魔」であった。このように同じ武器を
使っても操る人間の腕によって大きく変るのであり、大陸打通作戦も
いくら優れた武器を装備しても扱う人間が中国のならず者集団なら
日本陸軍の敵では無かった。正義の鉄拳が邪悪を打ち砕いたのだ。
59善良な中国共産党員:02/01/03 15:42
>>1-58
>>軍事板に大昔からカキコされるもコケにされ続けたまま
  出張された打通バカさんと代理戦争説にこだわるウヨ及びコヴァさん
大日本帝国陸軍が一時的かつ局地的な戦術的勝利を収めた
「大陸打通作戦」がわが党の戦略的勝利に貢献したのは>>45にカキコした通りです。
そしてたとえ経済・軍事援助と軍事顧問団を受け入れても漢奸汪兆銘政権と違い
外国の派遣軍に「大陸打通作戦」をやってもらって当面の軍事的破局を回避する醜態を
さらすような真似は国民党反動派もわが共産党もしたこともありません。
また抗日戦争こそお国の軍隊に国民党反動派を叩いてもらうに留まらず
中国人民が日本の軍事的圧力から脱出するためにも不可欠なプロセスであった事は敗戦後の日本国自衛隊が
極東を守備範囲とするアメリカ第七艦隊の補助戦力にしかなりえない現状が証明しているではありませんか!
ついでに漏れの>>45では代理戦争の相手をとり違えています、めんご(−−;)
念のためあなた方に正直な所をお伺いしたいのですが
お国の自民党政権がわが共産党こそ中国の正統な政権である事を承認するばかりでなく
21世紀に至るも有償無償の経済援助で高度経済成長を支えてくれるのを
どう思われるのですか?
合作中のわが党に代わって蒋介石の面子を潰した
大陸打通作戦にあれだけの執着を示される打通バカさんはわが党を実は支持されるのですか?
また中国の名誉毀損に努めるウヨさん及びコヴァさんは
果たして「代理戦争」無しで下記の史実はありえたのか自問自答なされるがよろしい。
日本や欧米列強からの租界及び権益の回収はこんなに早くありえたのか?
わが国固有の領土である東北はこんなに早く祖国の懐に戻りえたのか?
疲弊の極にあったわが中国が国連の五大常任理事国の一員となり
国連に世界最高額の分担金を払う日本が旧敵国条項の適用を受け
国連憲章の保護の下に置かれないままのような「不条理」はなぜ起こったのか?
非核三原則と武器輸出三原則で自らの手足を縛ったまま
自国の安全保障を他国に委ねて恥じようともしない日本政府を尻目に
今よりもずっと経済的に差をつけられていた中国政府が核武装に成功しえたのはなぜなのか?
60日本@名無史さん:02/01/03 17:31
海外領土全部失った挙句
米軍に占領されてかえって
国民の表情を明るくさせた
裕仁って一体何者なのでしょうか?
61 :02/01/03 17:39
>>60
サヨクの工作員(ボソ

著名人を勝手にサヨクに認定するスレ
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/kova/1006824468/l50
62日本@名無史さん:02/01/03 18:07
大陸打通作戦はとにかく「打通してしまった」という動かぬ勝利の
既成事実を作ってしまったことだ。どんなに日本陸軍が無能だったか、
どんなに日本軍の兵器が粗悪であったか、どんなに無謀な遠征であった
かをいくら論じても、大陸打通作戦の勝利記録は何ら揺るぎはしない。
またヤルタ協定で中国抜きで米ソが満州支那権益について取引してしまった
ことで明らかだが、カイロ宣言の時とは違い中国の発言権は皆無であったのだ。
大陸打通作戦の意義はこれだ。沖縄の中国領化を阻止した決定打であった。

俺は「日本陸軍の戦闘能力」を証明するものはまさしく大陸打通作戦
であったと確信している。よく米陸軍が,ソ連陸軍が,ドイツ陸軍が
どうだったかなんて引き合いに出して日本陸軍を腐す者が多いが,
俺は中國に完勝できれば十分と考える。明治以来,この中國という
国はまことにいやな国で,以夷制夷・遠交近攻で米英独露に媚びに
媚びて日本の邪魔ばかりをしてきた。中國こそが諸悪の根源であり,
まず最優先に打倒されなければならなかったのだ。

大陸打通作戦は戦争後半の日本陸軍の将兵・車両・航空機全ての
実力がそれぞれ世界的に確かなものがあったことを教えてくれる。
どれ一つかけてもあのような長距離快進撃は為しえなかったはずだ。
63日本@名無史さん:02/01/03 18:12
>>62
つまりあんたの言いたいことは
米陸軍>>>ドイツ陸軍>>>ソ連陸軍>>>>>>>>>>>>>>日本陸軍>中国国民党軍
ってことなのか?
64:02/01/03 18:17
夜はやらなかったんだよね
65日本@名無史さん:02/01/03 18:21
米陸軍,ソ連陸軍,ドイツ陸軍のような世界的陸軍大国と比べて,
日本陸軍の装備の悪さを言い立てても何の意味も無い。明治以来の日本
の宿敵は中国であり,これこそ最優先に打倒されなければならなかった。

また航空機に関して言えば打通作戦の間は第五航空軍の健闘により,
在支米空軍に対して辛うじて対抗できたのだ。白兵戦に持ち込み
さえすれば中国軍なぞ日本陸軍の敵では無かったのだ。

中国の軍隊はチンピラ・ナラズ者のゴロツキ集団にすぎなかった。
中国自身も大陸打通作戦でそれを認めざるを得なかった。これは
戦後この作戦の総指揮を取った岡村寧次大将が国民党軍事顧問
に抜擢されたことで確認できる。邪は滅び、正義は勝つのだ。
66日本@名無史さん:02/01/03 18:29
第二次大戦中の日本陸軍機甲部隊が列国に比してそんなに「弱かった」
のなら、あれにすら外国の支援を受けながら連戦連敗だった中国軍の
評価はどうなるんだろう。 JS2・パンター・ティーゲル>T-34・M4
シャーマン>>>>>>>>>>>97式中戦車だとすれば、97式より
更にずっと旧式の訓練用中古戦車で「打通」されてしまった、日本陸軍
機甲部隊快進撃を許した中国国府軍はいったい何流軍隊だ?
67日本@名無史さん:02/01/03 18:30
第二次世界大戦における中国軍の役割は〜〜〜

高木ブゥ!  (そこにいるだけ)
68日本@名無史さん:02/01/03 18:48
高木ブー
俺は高木ブーだ 俺は高木ブーだ
まるで高木ブーだ 俺は高木ブーだよ
一人で生きろよ つらくとも死ぬな また合う日まで 御機嫌よう

苔のむすまでに 愛し合うはずの二人が
予定調和の中で 離れ離れになる
何も出来ないで 別れを見ていた俺は
まるで無力な俺は まるでまるで高木ブーのようじゃないか

俺は高木ブーだ まるで高木ブーだ
 俺は高木ブーだ まるで高木ブーだよ

君といつまでも愛していたかったよ
君といつまでも二人でいたかったよ

春に君と出会い 夏に君と愛し
秋に君と別れた そして一人の冬が来たよ

ブー ブー 高木ブー ブー ブー 高木ブー
ブー ブー 高木ブー ブー ブー 高木ブー

高木ブー 俺は高木ブーだよ
69日本@名無史さん:02/01/03 21:48
国民政府軍を普通の国軍として考えるのは間違い。あれは「軍隊」でなく
ゴロツキ集団である。他の本でも書いてあった。台湾に来たのは強盗同然の
敗残兵で反感を買ったため台湾では49年2月28日に大暴動が発生している。
なにより其のDQNな証拠に米式装備云々といいながら430万もの兵力で
僅か100万弱の(しかも日本軍残置兵器程度の)共産軍に3年弱で一部
を除き壊滅させられている。唯一、金門・馬祖で勝利しているが、航空兵力
皆無の敵が橋頭堡も築かす上陸して来て、こちらに制空権があれば国民政府軍
でなくとも勝って当然。しかも旧日本軍将校の指揮下にあってのこと。

戦後に人民解放軍の台湾侵攻をくいとめた根本博中将の機略巌島合戦の
戦法を応用した金門島の大勝利根本中将は蒋介石への義理を果たした
http://www01.u-page.so-net.ne.jp/sa2/sekiei/kurigoto/01021101.htm

大島 このとき旧日本陸軍の根本博中将がたまたま金門島を視察中で、
守備隊の作戦指導に協力したといわれています。 一九五八年八月二十三日、
人民解放軍は再び金門島を攻撃します。今度は対岸から四十四日間にわたって
四十七万発の砲弾をぶち込みます。しかし、このときも金門島は陥落しなかった。
http://scosv.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/1999/9910/taidan.html
7051=62:02/01/03 22:19
>以夷制夷・遠交近攻で米英独露に媚びに
>媚びて日本の邪魔ばかりをしてきた。中國こそが諸悪の根源であり,
>まず最優先に打倒されなければならなかったのだ。

先生!今度は遠【交】近攻って書けました!!!
71とある出張サヨ:02/01/04 15:19
>>59
まともな論議は無理ですよ。
少なくとも2chに棲息するウヨ・コヴァ諸君は
このレベルの議論に
まともなマジレスをする能力はありません。
正義論は語れても国益論を理解できない輩が
国益重視を唱えるというパラドックスは
日の本にウヨがいる限り永遠に解けないでしょう。
日本の将来は中国共産党の胸先三寸ですな。
72日本@名無史さん:02/01/04 22:35
「食人宴席」(鄭義  光文社)P62より引用
武宣県では、食人事件が流行にさえなった。街頭引き回しデモ闘争があるたびに、
老婆たちはかごを下げて、糾弾集会が終わるのをじっと待っていた。人間が殺害
されると死体に競って群がり、なるべくいい人肉を切り取って持っていく。
遅れてきた者は人肉を切りとれないので、骨まで持っていく。人肉を食べた者は、
幹部のなかでも少なくはなかった。
 例えば、造反から出世した武宣県革命委員会・王文留副主任。彼女は最初、
共産党の下級組織から、彼女がもっぱら男性性器を食べるというので、その報告書
が党中央工作組に提出された。党中央は衝撃をうけ、八五年五月から六月にかけて
数回にわたって、その実情について電話で聞き、なぜ彼女を党から追い出さないかと、
詰問した。結果的に明らかにされた事実は、彼女はただ人肉、人間の肝を食べただけで、
現在すでに党から除名処分を受け、一般労働者に格下げされたということだった。
73日本@名無史さん:02/01/05 14:28
1937年7月31日、蒋介石は汪兆銘の「最後の関頭」演説を発表する。
狙いは、全国民に、両者の一致提携を印象づけることにあった。その「最後の関頭」
という演説は次のようであった。松本重治「上海時代」から引用する。
《すでに最後の関頭に至れば、絶大の決心と勇気をもって犠牲をなすべきである。
・・・・・・吾人が自己を供するのみにあらず、全国同胞を一斉に犠牲に供する
ことを意味する。(略)中国人の一人をも、一塊の土をも、灰燼に帰せしめて、
敵の手に渡さぬ決意である。(略)大小都市の論なく、これを灰燼に帰せ
しめねばならぬ。(略)一物も得させてはならない》
74日本@名無史さん:02/01/06 09:38
どんなに日本陸軍を貶そうとも、大陸打通作戦の勝利という事実は微塵も動かぬ。
仮に米式装備中国軍に対し武装が劣ってたにせよ、それは却って乏しい武器で
装備優秀な敵にあれほどの勝利を収めた、栄光の戦いであることを確認するものだ。
それは刃物もった大勢のチンピラどもが、鍛え上げられた素手の格闘家一人に
コテンパンにやられたのと同じだ。大陸打通作戦とはまさにこうであったのだ。
75日本@名無史さん:02/01/06 09:45
>>74
またいつものアホだな。
一体何万人が餓死する結果になったか知らないのか、低能め。
76日本@名無史さん:02/01/06 09:50
対共産党戦に備え日本相手に戦力を損耗する事を蒋介石はできるだけ避けた。
しかしこのような消極策は国府軍の士気の低下,軍規の弛緩を招き,共産軍に敗北する結果となった。
77日本@名無史さん:02/01/07 11:11
日本軍は、中国軍にだけはどんな場合でも連戦連勝であった。
大陸打通作戦の勝利によって、戦術・戦略・科学・組織力において、
日本>>>>>>>>>>>>>>>>>>中国は完全に証明された。

米英独ソとの比較はどうでもいい、マリアナもインパールもどう
でもいい。大陸打通作戦こそがWW2最大の決戦場であったのだ。
78日本@名無史さん:02/01/07 15:49
=自慰ウヨのデタラメ説徹底破壊=
「盧溝橋事件は劉少奇が起こした?」
日本対ソ演習空砲接近への警備兵恐怖誤解への警告発砲事件

および金振中軍守備範囲に進入した一木清直軍と金振中軍との龍王廟衝突。
劉少奇は北支事変の火災に対する煽りウチワの役柄でしかない。
劉少奇の誇張「証言」は抗日戦争の手柄の独り占め自己顕示にすぎない。

「通州事件が北支事変から支那事変に変えた?」
天皇も、石原莞爾も、米内光政も通州事件が終わってなお
2週間も頑張って不拡大を唱えてきたが、
1937.8.13の「シナ」国民政府軍による、強化された上海日本海軍陸戦隊武装
への強制解除におよんで、日本政府はようやく「北支事変」を「支那事変」とよぶことを
余儀なくされた。
7978:02/01/07 15:54
78>>78訂正
×日本対ソ演習空砲接近への警備兵恐怖誤解への警告発砲事件
○日本対ソ演習空砲接近への警備兵恐怖誤解のための警告発砲事件
80日本@名無史さん:02/01/08 19:39
中国の古代史的時代遅れのゴロツキ軍団がいくら米国製の優秀な
武器 を持っていようとも、岡村寧次将軍や朴正煕大統領のような
知勇兼備の勇士達にかなうはずがなかったのだ。
81日本@名無史さん:02/01/08 19:42
大陸打通作戦はあの巨大な中国大陸を真っ二つに斬り伏せた、
日本陸軍史上最高の勝利。どんなに日本陸軍の「欠陥」とやら
をあげつらおうとも、大陸打通作戦の勝利は微塵も揺るがない。

小さな日本が、正義の鉄拳で大きな中国を倒したのだ。
82日本@名無史さん:02/01/08 20:04
1944年以降の日本海軍なぞ神風特攻以外見るべき戦績は無い。
戦艦大和の戦果なぞどう見積もっても取るに足らない微々たるもの、
まったく資材と労力と技術力と時間の無駄であった。

一方陸軍は大陸打通作戦で連戦連勝。大東亜決戦の天王山はこっちであった。
83日本@名無史さん:02/01/08 20:11
せっかく陸軍が大陸で輝かしい勝利を収めていたのに、海軍の無意味な作戦
によって日本は敗北してしまった。そもそも真珠湾からしてアメリカに
正面から挑む必要は無かったし、ミッドウェー海戦にしても然りだ。

日本海軍も数々の余計な作戦はやらず、シーレーン防衛だけをしてりゃ良かった。
例え最終的に日本海軍が壊滅するのは史実と同じであったにせよ、対米敗北を
1年遅らせさえすれば大陸打通作戦の勝利で十分に敗戦は避けられたのだ。
たった一隻で全英海軍を釘づけにした戦艦ビスマルクに見習って欲しかった。
84名無的発言者:02/01/08 21:42
まあ、長い支那の歴史の1ページの一つのエピソード...になるかな?

不謹慎だけど、中国周辺の民族や小国が大軍を蹴散らして
長城を越えて中原に入り城や街に日章旗が翻すくらい
長い歴史のなかで一遍くらいやってもいいよね?

ただ、中国に長く居すぎると同化してしまうから
敗北とはいえさっさと引揚げたのは、あながち間違いでもないでしょう。
85日本@名無史さん:02/01/08 21:51
国民党は日本とはなあなあで戦争をやっていたんだよ。
前線に出て来るのは国民党政府内の反主流派や問題分子。

そんなことやってるうちにアカどもに乗っ取られてしまったわけだ。
86日本@名無史さん:02/01/08 22:03
しかし、支那大陸以外の地域では植民地の解放に
成功したのに、支那大陸においては満蒙やチベットなどが
その後侵略されてしまった。

そういう意味においては支那事変は失敗であったと言えよう。
87日本@名無史さん:02/01/09 11:24
 中国人にとっての天皇を含む2000人あまりの「戦犯」とは、救国
の志士・岳飛を陥れた南宋時代の秦檜、または日中戦争時代の汪精衛夫婦
と同じように、未来永劫にわたって「民族の罪人」としてさらしもの
にされ、 それに唾と小便を吐きかけなければ気が済まない存在なのだ。
 故・周恩来総理も、万が一にでもそういう扱いにされるのを恐れて、
自分の墓は決して作らず、遺体は灰にして飛行機でまくよう遺言を出した。
 中国社会は有史以来生存競争が厳しく、人間関係は常に「共に天を頂かない」
敵か味方かの人間不信に満ちており、敵に対しては「生きてその肉を食らい、
その皮で眠る」のである。死後に敵の墓を暴き、骨を食らうという行為は、
古代から史書のなかに記録されていることで、中国人社会特有の現象だ。
88日本@名無史さん:02/01/09 11:54
「日中戦争 VOL3」(児島襄 文藝春秋版)P592
「中国白書」によれば、米国は一九四四年(昭和十九年)、
中国の戦力と戦意が「全面的に崩壊」しつつある、と判断した。
 この年、日本軍は、前述した如く、北京―漢口打通作戦をおこない、
さらに桂林攻略作戦も実施した。
 日本軍は、いずれも作戦終了後は根拠地に引き上げたものの、
中国軍の対応は消極にすぎ、駐中国大使C・ガウスは、
「中国人は本気で抗日する意思があるのか」と疑い、その「内紛と無神経」
が矯正されない限りは、「共産党の勝利は不可避だ」と、米政府に報告した。
89日本@名無史さん:02/01/09 12:06
「日中戦争 VOL3」(児島襄 文藝春秋版)P588
 敗戦は、太平洋の各地で、ソ連軍をむかえた満州でも実感されたが、
中国本土の日本軍にとってはその感覚は乏しかった。
 現実には、これまでに述べたように、中国戦線での戦いは、
そのごの太平洋戦争での苦闘のおとらぬ苦戦、難戦の連続であったが、
結局は目的地の攻略、占領地の保守などの成果が、「勝ち戦さ」の
印象を与えていたからである。
「(降伏などという)馬鹿な話があるものか」
「我々は勝っているではないか。負けたことは一度もない」
 とは、漢口に近い九江付近にいた第三師団第六連隊の将兵の反応だが、
この言葉はそのまま在中国日本軍のほとんどの感想であった、といえよう。
90善良な中国共産党員:02/01/09 13:55
多謝多謝、日本帝国主義者たちよ!
君らが汪兆銘と愛新覚羅溥儀とを当人たちの意に反して駒扱いし
通州事件の事後処理で中日人民共通の敵、国民党の容疑には触れないまま
蒋介石に八つ当たりしてくれたおかげで
我々は上記の反動分子三人の魔手から救われたのだ。
考えてもみたまえ、もし前年の西安事件が起きないままならば
国民党の包囲戦術に押しつぶされていたであろうわが党だ。
ソ連に亡命した所で一国社会主義とやらを唱えたスターリンの事だ、
中国を共産化する夢が消えた時点のいつかで、
国民党との関係正常化と引き換えに
身柄を強制送還なりされるのが関の山だろう。
周恩来同志が張学良のヴォケを煽ることができたのも
君らが彼の父親を爆殺してくれたおかげだよ。
ほんと、君らが中国国内の反動どもをコケにしてくれたからこそ
わが党は天下を取れたし、天下を取った後でも
どんな失政を積み重ねた所で対日カードさえ手放さなければ
これからも有償無償の経済援助でわが党の延命に協力してくれるんだからね。
2chに棲息するウヨ諸君よ、そろそろ本音を明かしたらどうだ!
君らが裕仁さんの戦争責任を隠したがるのは
実の所、彼こそ中国革命の真の信奉者であったことに
気が付いているからなんだろ?
91日本@名無:02/01/09 13:58
>>86
たしかに、それが最大の失敗かも。
せっかくの努力も無駄になり、中国からは文句いわれまくり
92日本@名無史さん:02/01/09 14:54
でも敗戦で失っただけの分まで「解放した」と言い張るのは少々ミトモナイ
93日本@名無史さん:02/01/11 04:15
http://members.tripod.co.jp/nishinom/human/ha/pakuchonhi.html
1942(昭和17)年 満州・新京軍官学校首席卒業
「高木正雄」少尉として日本の陸軍士官学校に派遣留学
1944(昭和19)年 日本陸軍士官学校を卒業(卒業成績3番) 関東軍に編入
1945(昭和20)年8月 北京郊外の駐屯地で終戦を迎える
 終戦時、満州軍歩兵第八団の団長副官 満州国陸軍中尉

#朴正煕大統領は間違いなく中国のナラズ者チンピラゴロツキ
#集団撃滅に尽力した,大陸打通作戦の勇士。
94日本@名無史さん:02/01/11 10:35
詳しい方の参加をお待ちしています。 。


大日本帝国を操ったオカルティスト達@オカルト板
http://curry.2ch.net/test/read.cgi/occult/1010323082/
95日本@名無史さん:02/01/12 10:43
張学良は「抗日英雄」とされるものの実際には抗日戦に参加してない。
戦後国民党は岡村寧次をはじめ旧日本軍将校を起用したが、張学良の
釈放は無かった。抗日英雄より仇敵日本軍将校の方が頼れるってか。
96日本@名無史さん:02/01/12 20:07
日本軍の戦略・装備はひどかった、そして工業・経済がだめだったというのなら、
あれだけアメリカの援助を受けながら(英・ソとは違い米国人将校が現地指導)、
大陸打通で末期の日本軍に負け続けた中国の工業・経済・戦略は一体どのように
評価すべきであろうか。何故に米国の先進技術を自らのモノにできなかったのか。
97日本@名無史さん:02/01/12 20:25
http://j.people.com.cn/2002/01/11/jp20020111_13131.html
「南京大虐殺」のゲームソフトが発売

吉林省長春市の街頭や店頭で「南京大虐殺」のゲームソフト
が発売された。
長春欧亜商都電脳科技城のゲームソフト販売店の店主によ
ると、「帝国時代2」の「南京大虐殺」のゲームソフトは最近発売
されたばかりという。このゲームは、南京市民が旧日本軍の攻
撃から逃れるように操作しながら遊ぶもので、最後に5人が生
き残れば勝ちとなる。武器をもたない数十人の南京市民が旧日
本軍に追われ、ひとりずつ銃殺されていく殺害場面は極めて残
酷。旧日本軍による殺害が行われる中、コンピューターの画面に
は、建物の中で旧日本軍が女性を暴行し、殺害したことを知らせ
る説明書まで表示される。
このゲームソフトの製造元は、北京中竜科学技術発展有限公
司と印刷されている。
98日本@名無史さん:02/01/13 22:09
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=30861654 P145
「1号作戦」は、中国におけるアメリカの政策の終結をもたらす
決定的な引き金となった。それは、米軍の計画につきものの、
空軍および陸軍の対立を際立たせた。1944年に空軍作戦が
優先された理由は、蒋介石が攻勢には国民党軍の関与を最小限に
したいと望んだからである。中国における米軍の高級将校、
スティルウェルは、国民党の消極的姿勢ゆえに蒋に対しても、
また空軍基地の安全を保証するのに必要な地上軍不足から
空軍作戦にも反対した。日本軍の攻勢がスティルウェルの予言
どおりになり始めた時、ワシントンは、蒋介石に国民党政府軍
全体の実質的支配をスティルウェルに与えるよう要求した。
しかしこの要求を強制するてだてもないまま、ワシントンは蒋の
スティルウェル罷免要求にあって彼を召還しなければならなかった。
99日本@名無史さん:02/01/14 18:54
日中戦争での中国側の死者数に関して、中国側の資料である「対日戦争勝
利の戦果」では131万9958人。

アメリカの週刊誌「US News&Report」1989年の太平洋戦争50周年記念号で
は中国側の死亡総数220万、そのうち軍人が135万人。民衆の犠牲者85万人。

台湾の歴史学者藜東方氏はかつて、連合国側の中国戦区の参謀長ウエイデ
ンマイヤー将軍に委託され、日中双方の戦死者の調査を行った。
同氏の著書「細説抗戦」に、中国軍の死者が132万279人、となっている。

ところが、日本の中国近現代史では、中国人の死者数がどの著書をみても
「1000万」とあったので、昭和三十年代に日本に留学してきた黄文雄氏は
驚いたという。

その死者数について中国ではいつのまにか、1000万人以上、と言い、1985年
の抗日勝利40周年記念会では、2100万人以上、と公式発表した。
そして今現在はというと、江沢民が3500万人だ、といっているそうだ。

黄文雄氏は、このまま日本が黙っていると、中国はどんどん水増しし、
いずれ一億人を超えるだろう、と予言している。

注*中国人は中国人同士で殺し合いをしていたことにも留意しなければならない
100日本@名無史さん:02/01/16 17:02
岡村寧次司令官は「中国人に国民党軍事顧問に推薦された」
程の人物だった。これを中国人から評価されたと誇るべきか、
中国人ごときに雇われたと貶すかは個人の主観の問題だ。
101日本@名無史さん:02/01/18 10:06
1/16 米機動部隊、香港空襲。大型タンカー7隻沈没。
1/19 20軍、23軍により越漢打通作戦開始。1/24 同打通。
2/3 20軍40師団、南雄飛行場を占領。
2/6 20軍27師団、粤州を攻略。
3/22 12軍、老河口付近の飛行場覆滅を目的に行動開始。
3/27 老河口飛行場を占領。
7/24 米軍機250機、上海に来襲。
7/27 中国軍、桂林を奪回。
8/20 ソ連軍の進駐に先立ち張家口の在留邦人京津地区に退避。
9/9 南京にて支那派遣軍降伏。
9/16 香港の日本軍降伏。
102日本@名無史さん:02/01/18 18:06
日本軍には国民意識・愛国心があったが、中国軍には私欲しか無かった。

これは米式装備中国軍が「装備劣弱」とされる日本軍に何度やっても
勝利することは無かったことでもよくわかる。守るべき大義の無い
ゴロツキ集団が、愛国心と誇りを持った軍隊に勝つことはありえない。
103日本@名無史さん:02/01/18 23:31
中国軍には連戦連勝であって、大陸での陸軍の行動は敗因にはならない。
日本の敗北は、純粋に「アメリカの科学技術力によって負けた」。
ミッドウェー・マリアナ海戦などを考えれば、単純な物量差とも違う。
情報索敵とか、ダメージコントロールとかがソフト・ハード共及ばず。
このようにアメリカに対しては質量共に負けたようだが、中国に対し
ては向こうがどれだけ米国の支援を受けようが大陸打通でイチコロ。
104日本@名無史さん:02/01/19 03:27
1937年7月11日に停戦合意した同日に北支派兵声明を出した近衛は
アホですか。その翌日に停戦合意を知りながら「交渉を全面的に
拒否」と社説を書いた朝日新聞はもっとアホですか。
105日本@名無史さん:02/01/21 11:40
南京事件の総括〜虐殺否定十五の論拠 田中正明著 謙光社 P.246より

 なおついでながら一言つけくわえると、明清時代の虐殺記録は
前掲の『揚州十日記』や『蜀碧』の中にその虐殺方法の残忍ぶり
が克明に伝えているが、近代では中国共産軍の大衆殺害方法「六
十大刑罰」としてこれが継承されている。そのうち三,四その例
をあげれば「沾油ばく(食へんに莫)」(人間のテンプラ)、
「控眼割耳」(目を抉り耳を削ぐ)、「開胸?」(生きたまま胸
を割き内臓を出す)、「仮剥皮」(生きたまま顔の皮を剥ぐ)、
「打鉄」(全身に釘を打ち込む)などであり、これらは昭和三年
の済南事件、十二年の通州事件の際、日本人居留民に対して実施
されたものである。
 これらの猟奇的なまでに凄惨な人間屠殺の方法は、およそ淡白
を好む日本民族のなし得るところではない。日本の戦史にもその
例をみない。南京事件で中国人の証人が、「生きうめ」「心臓え
ぐり」「妊婦の腹をたち割って、赤子を銃劔の先で刺した」「耳
を削ぎ鼻を削いだ」等証言しているが、これらの虐殺方法は、実
は他ならぬ中国人自身の伝統的虐殺方法なのである。
106日本@名無史さん:02/01/21 11:47
>>105
田中正明氏?
ああ、あの松井大将の日誌を改竄した人ね。
君のようなウヨは済州島での強制連行を騙ったらしい
吉田さんを詐話師呼ばわりしても
こういう人にはノーコメントね。
実際、保守系の評論家や歴史家が彼を批判しているのを
寡聞にして耳にしないし。
107日本@名無史さん:02/01/21 12:09
秦郁彦「南京事件」に「羊頭狗肉」と評していたような・・・
108日本@名無史さん:02/01/21 12:52
「南京事件」は、あったのか無かったのか、あったと仮定して
何人虐殺したのか?が正確ではないのに、中国は30万人を
虐殺したとして、記念碑まで建てている。
ここに訪れる日本の政治家はどう思っているのか?
抗議しなけりゃ認めたことになるのに・・・
109日本@名無史さん:02/01/21 21:10
ttp://www.jiyuu-shikan.org/frontline/moteki/sengohoshou.html

日本が中国を一方的に侵略した、と考えておられるかも知れませんが、それは必ずしも
歴史的事実ではありません。ご存じのように、日支事変は廬溝橋事件から始まりました。
演習中の日本軍に、正体不明の者から銃弾が撃ち込まれ、それがもとで、本格衝突へと
発展していき、ついには戦争に拡大してしまったのが日支事変です。或いは、そもそも
日本軍が中国にいること自体が侵略ではないか、と思われるかも知れませんが、日本軍
の駐屯は、北清事変(義和団の乱)の結果の条約によって、日本人居留民の保護のため
に、正式に認められたものです。これを侵略というと、アメリカ軍が日本に駐屯してい
ることも侵略になります。そのアメリカ軍を不法に攻撃したとしたらどうなりますか?
それと同じことが廬溝橋で起きたのです。これを、日本軍の謀略であったなどと荒唐無
稽のことを言う人もおりますが、考えられないことです。

当時日本軍の総兵力は、国内国外あわせて25万でした。これに対して、中国軍総兵力
は、220万。日本は、侵略など全く考えた兵力になっていませんでした。それより何
より、この紛争を起こした張本人は共産党であることは、数々の状況証拠から証明され
ていますが、決定的なものとしては、コミンテルン(国際共産主義組織)の廬溝橋事件
に関する指令があります。どんな指令だと思いますか?
1)あくまで局地解決を避け、日中の全面衝突に導かねばならない。
2)右目的貫徹のため、あらゆる手段を利用すべく、局地解決や日本への譲歩によって
  中国の解放運動を裏切る要人は抹殺してもよい。

こういう指令を出し、日中全面衝突へと持っていくことに中国共産党は全力を挙げたの
です。そして、通州の日本人民間人200名余り(朝鮮人も多数含まれていた)を文字
通り虐殺する事件などを引き起こし、日本は残念ながらずるずるとそれに引き込まれ、
本格戦争を戦うことになったのでした。私がもし、中国人で、共産党の人間でしたら、
当然のこととしてこういう策略を採ったでしょう。しかし、戦後になって日本が侵略し
た、謝罪せよと大声でわめくことはしないでしょう。なぜなら、仕掛けたのはこちらで
すからいくら何でも、そこまでは言いません。毛沢東も、馬鹿な謝罪派の日本人が来て、
「侵略して申し訳ありませんでした」というと、「謝る必要はありません、日本のお陰で
私たちは、勝利を収めることができたのですから」といったそうです。半分冗談めいた
政治的発言であったかも知れませんが、ある意味で、実にホントのことをいっていたと
みることもできます。戦争を仕掛けたのは、中国共産党です。
110日本@名無史さん:02/01/22 00:56
国をあげての輝かしい抗日戦争で,装備劣弱で哀れな盗賊の群れ
らしい日本陸軍に,3000キロにもわたっての点と線を明け渡し
てしまったということですなぁ中国軍は。
111日本@名無史さん:02/01/22 01:36
ttp://www.jiyuu-shikan.org/frontline/moteki/sengohoshou.html
ドイツは東西に分かれていたという理由からいまだ国家賠償を行っていません。
ドイツが行っているのは ナチスがおかした、「人道に対する罪」と呼ばれる特殊
な犯罪、即ちユダヤ人、ジプシーなど人種迫害虐殺に対する補償のみです。

これは戦争目的にも外れる、戦時国際法違反とは全く異なる犯罪です。ユダヤ人は
元々、ドイツ国籍の人間であるにもかかわらず、ユダヤ人種であるというだけで迫
害、虐殺したのです。これに対して、日本はこのナチス的な「人道に対する罪」は
全くおかしていません。

ニュールンベルグ裁判条例の C項がこの犯罪でしたので、 C 項犯罪と呼ばれていま
すが、これには時効が適用されない、正に特殊な犯罪です。占領軍は、日本も当然
この C 項犯罪を犯しているに違いない、と考えて、憲兵隊、特高を中心に徹底的に
調査をしたのですが、たったの1件もこれに該当する犯罪はでてきませんでした。

日本の戦後賠償は終了済みです。
ttp://mentai.2ch.net/test/read.cgi/history/1007887749/479-484
↑参考スレ
ttp://www.jiyuu-shikan.org/faq/A01.html
↑参考HP
112日本@名無史さん:02/01/22 02:41
>これらの猟奇的なまでに凄惨な人間屠殺の方法は、およそ淡白
>を好む日本民族のなし得るところではない。

武烈天皇(第25代)の事績

2年秋、妊婦の腹を割いてその胎児をご覧になった。
3年冬10月、人の生爪を抜いて、山芋を掘らせた。
4年夏4月に、人の頭髪を抜いて梢に登らせ、樹の根本を切らせて、登っていた者が
 落ちて死ぬのを眺めるのを楽しみとされた。
5年夏6月に、人を池の堤の樋(ひ)に伏せて入らせ、外に流れ出てくるのを三つ又
 の矛で刺し殺してはそれを楽しまれた。
7年春2月に、人を樹に登らせ、弓で射落としてお笑いになった。
8年春3月に、女を裸にして平板に座らせ、馬を全面に引き出して交接させた。
 女の陰部を見て、潤っているものは殺し、潤っていないものは召し上げて官婢
とされた。そしてそれを楽しまれた。
113日本@名無史さん:02/01/22 09:21
全中国人民の一致団結抗日戦争は世界中が認めて何でも援助してくれたのに,
装備劣弱の哀れな盗賊の群れらしい日本陸軍に,3000キロにもわたっての
「点と線」を明け渡したあげく,敵軍が勝手に引き上げていったのです。
実はそれが抗日戦争の実態だったということは,世界的な常識ですね。
114日本@名無史さん:02/01/22 10:20
 \\            大陸打通作戦万歳               //
        \\          皇軍に敗北無し           //


 ⊂~ヽ.     ⊂~ヽ.     ⊂~ヽ.      ⊂~ヽ.      ⊂~ヽ.      ⊂~ヽ.
   \\     \\     \\      \\      \\      \\
     | |       | |        | |.        | |        | |        | |    
     | |∧ ∧   | |∧ ∧    | |∧ ∧    | |∧ ∧    | |∧ ∧    | |∧ ∧  
     | ( ´Д`)   | ( ´Д`)    | ( ´Д`)    | ( ´Д`)    | ( ´Д`)    | ( ´Д`)     
     \    ⌒\\    ⌒\. \    ⌒\.\    ⌒\. \    ⌒\. \    ⌒\.  
      |    |\\ |    |\\ |    |\\ |    |\\ |    |\\ |    |\\
      \   \ > >\   \ > >\   \ > >\   \ > > \   \ > > \   \> >
         >   |/    >   |/   >   |/    >   |/     >   |/    >   |/
       //  /    //  /   //  /    //  /     //  /    //  / 
       // /     // /     // /      // /       // /      // /   
      // /     // /     // /     // /       // /      // /  
      (( (     (( (     (( (      (( (       (( (       (( (    
      ヽ\\    ヽ\\    ヽ\\     ヽ\\      ヽ\\     ヽ\\ 
       ヽ\\__   ヽ\\__   ヽ\\__    ヽ\\__      ヽ\\__    ヽ\\__
         ヽ\ |     ヽ\ |    ヽ\ |    ヽ\ |        ヽ\ |     ヽ\ |
           しU        しU       しU      しU          しU        しU
115日本@名無史さん:02/01/23 06:40
日本陸軍が大陸打通3千キロを成し遂げたということは,

1 日本陸軍の戦闘能力は確かなものがあった
2 3千キロもの「点と線」を明け渡したのは中国軍の「戦略」

この2つのどちらかだ。1だとすれば対日戦の見通しは今後遠いものになるし,
2だとすれば中国軍の「抗日戦争」とは外国からの援助をふんだんに受けながら,
自国の土地と住民を守る意思の無くただ山奥の重慶に閉じこもって抗戦継続だと
わめいているに過ぎない。だとしたら「米中同盟」の意義はどうなる。

また2だとしたら,「日本軍国主義の残虐で野蛮な中国侵略戦争に対
し勇敢に民族国土防衛のために抗戦する中国軍を支援する」という
かねてよりの米国の大義名分が甚だ疑わしいものとなろう。

残虐で野蛮な日本軍に,どうして中国本土3千キロにもわたっての
「点と線」を明け渡して平気でいられるんだろうか。
116日本@名無史さん:02/01/23 12:00
117日本@名無史さん:02/01/26 21:59

       ∧_∧ ハァハァ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 シコ   ( ´Д`/"lヽ< 日本は中国には勝ったんだよぉハアハア
      /´   ( ,人)  \__________
 シコ  (  ) ゚  ゚|  |
      \ \__, |  ⊂llll
        \_つ ⊂llll
        (  ノ  ノ
        | (__人_) \
        |   |   \ ヽ
        |  )    |   )
        /  /    /  /
         /  /    (___)
      (___)
118日本@名無史さん :02/01/26 22:57
ここは悲惨な打通ヲタのいるスレですか?
119日本@名無史さん:02/01/29 11:04
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=18911879 P62
武宣県では、食人事件が流行にさえなった。
街頭引き回しデモ闘争があるたびに、老婆たちはかごを下げて、
糾弾集会が終わるのをじっと待っていた。人間が殺害されると
死体に競って群がり、なるべくいい人肉を切り取って持っていく。
遅れてきた者は人肉を切りとれないので、骨まで持っていく。
人肉を食べた者は、幹部のなかでも少なくはなかった。
 例えば、造反から出世した武宣県革命委員会・王文留副主任。
彼女は最初、共産党の下級組織から、彼女がもっぱら男性性器を
食べるというので、その報告書が党中央工作組に提出された。
党中央は衝撃をうけ、八五年五月から六月にかけて数回にわたって、
その実情について電話で聞き、なぜ彼女を党から追い出さないかと、
詰問した。結果的に明らかにされた事実は、彼女はただ人肉、
人間の肝を食べただけで、現在すでに党から除名処分を受け、
一般労働者に格下げされたということだった。
120日本@名無史さん:02/02/04 09:32
日本兵と一緒に手りゅう弾投げる沖縄県人が混じってたら
ほかの市民といっしょに射殺してもアメリカ兵は無罪?
121日本@名無史さん:02/02/05 11:46
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=30875017 大陸打通で景気づけ
 当時、中国戦線だけが唯一日本軍が勝てる戦場になっていた。太平洋戦線とは
逆に火力・機動力ともにこちらが上で、戦車第三師団(山路秀男中将)の戦車
百両以上も参加した。また太平洋戦線では全く望めなくなった航空協力も効果的
に行われ、作戦の進展に大きく寄与した。そろそろ制空権確保が危うくなって
いた中での第五航空軍(下山琢磨中将)の健闘だった。それに七年近く続く
支那事変の歴史から、地形・敵情ともに十分な情報が得られ、勝手知ったる戦場
だけに負ける要素はなかったといえる。
122日本@名無史さん:02/02/05 11:54
郭沫若の「抗日戦回想録」は良かった。
123日本@名無史さん:02/02/07 16:40
日本陸軍は中国軍には連戦連勝、大陸打通3千キロ。

中国側がそれをしも「戦略的勝利」と言い張るならば、それはゴロツキの
集団が金だけ奪ってトンズラして大成功であったと白状したことになる。
私利私欲のゴロツキ中国軍は、規律と誇りと愛国心ある日本軍の敵では無かった。
124日本@名無史さん:02/02/07 23:57
そんなに中国相手に連戦連勝できるなら何故パールハーバーが必要だったの?
125日本@名無史さん:02/02/08 16:17
国敗れ 故郷の街は 焼かれども

打通魂 今なお消えず
126日本@名無史さん:02/02/08 17:50
>>124
125のレスをつけた奴は
おそらく軍事板で馬鹿のひとつ覚えの
スレ立てとレス付けで煽りと荒らしとを事にして
良識派の常連さんに
まともに相手にされないまま、
マジうざがられていた野郎でしょう。
相手にするだけサーバーに負担をかける厨房ですので
放置と行きましょう。
127日本@名無史さん:02/02/10 09:46
打通作戦成功の報を聞いたルーズヴェルトは、その進撃距離の
あまりの長大さに腰を抜かし、食っていたステーキを吐き出し
しばらく半狂乱の常態に陥ったという。無論これが彼の死期を
早めたのはいうまでもない。
打通作戦の成功はこんなところにまで影響を与えていたってことさ。

作戦に参加した全員の心意気、感動するに余りある
128日本@名無史さん:02/02/11 08:09
日本が中国に勝てなかったのは、中国人に情けをかけたため。

中国人を従わせるには情け容赦なく弾圧することが不可欠。
本当に南京虐殺をやっていたら抗日運動は収まっていたはず。
129まあまあだね:02/02/11 08:13
まあまあ
130日本@名無史さん:02/02/11 10:14
「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」など中国の対日憎悪・対米接近戦略を考えると、
大陸打通作戦こそ米中同盟の基盤を破壊した、英断的作戦であったように思える。
マリアナ・レイテなど太平洋海戦の敗北ぶりを強調して、降伏を早めるべき
であったとの意見もあるが、それならばなおのことこういう時期に中国戦線
《だけ》勝利してしまえばそれこそ中国の立場は無くなるというものだ。
131日本@名無史さん:02/02/12 15:01
もう一つ「バル判事」の有難いお言葉を(笑)「要約」

まず「南京における残虐行為」の話について。

米国南北戦争における「獄中の虐待」については、後日になって
ほとんど否定されているが、「憎悪心」を喚起する為に企画された
「宣伝の重大な要素」だったとの=論文を引用

そして「具体例」に言及した。
(首を斬ってサッカーをやった)(俘虜を切り刻んだ)
(牢獄で窓から外を見たという理由で殺害された)
(負傷者を射撃のマトにした)(銃剣で刺し殺した)
(死体は山と積まれ、ネズミや犬の餌食となった)
@「週刊誌は敵軍の兵士が、負傷兵の体に銃剣を突き刺してる写真」
を公表した。(以上は米国の南北戦争の話なのねん)

そして「上のような話を数多く挙げて検証する必要は無い」
「我々の前には(南京虐殺)の証拠が提出されており、その
「証拠」に基ずいて独自の決定をしなければならないのである」

「俘虜が至る所で残忍な番兵や、凶悪な看守に遭遇した点に、
また詳細に描写された種々の残忍行為に類似した所がある」

「脱出する話にも、多分に一致した所がある点を見逃してはならない」

「ほとんど全部の殺戮事件において、常に一人の人間が、
不思議なほど類似した状況の下に脱出している」
132日本@名無史さん:02/02/12 15:26
>>128
でたあ、黄文雄厨房。
近著『日中戦争の真実』から
氏の妄想をそのまま受け売りか?
南京の連中がいくら死んでも
安全地帯にいる連中の戦意は、
かえって高まるばかりだ、
後ろ盾の列強がある限り。
133日本@名無史さん:02/02/12 18:35
陸軍の大陸打通作戦こそが中国の日本占領計画を叩き潰した。
今もあれだけODAたかりまくりの強欲な中国が取れるものを取らなかった
わけがない。マリアナ・レイテなど対米戦の惨敗ぶりは酷かったが、
「そういう時期に」「中国に対してだけ」圧勝したことに意義がある。
134日本@名無史さん:02/02/12 18:59
強欲極まりない中国が賠償放棄なんて、日本陸軍が怖かっただけ。
135日本@名無史さん:02/02/14 10:30
中国側が抗日戦継続をあくまで「戦略的勝利だった」と言い張るならば、それは
ゴロツキの集団が金だけ奪ってトンズラして大成功であったと白状したことになる。
何しろ大陸打通3千キロにもわたっての国土・住民を放棄してしまったのだから。
136日本@名無史さん:02/02/14 18:36
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::|
  ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::∩_∩
 ::::::::::::::::::::::妄想::::::::::::::::::::::::::::::::::(´∀`;)アアッ…     現実
  :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::⊂  ι)
  ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ  人
  / ̄ ̄ ̄ ̄\:::::::::::::::::::::::::::::::::::::(_)J
  |           |:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::|
  |  ()  ()   |:::::/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  |    ∀     |< おい!打通太郎。現実と妄想の境界線を超えるな!
  |           |:::::\______________
  |           |:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::|
  └.─.─.─.─.┘:::::::::::::::::::::::::::::::::::::|
  ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::|
137日本@名無史さん:02/02/18 09:42
1)フィッチの日記 (P.187〜188)
「12月14日、日本軍の捜索隊が本部近くのキャンプから、中国軍の制服の
山を見つけだし、近辺の者、1,300人が銃殺のため逮捕された。
髪の毛が短いとか、船こぎや人力車引きが仕事のため手にタコがあるとか、
ほかに力仕事をした形跡がある者は、身分を証明するこのような傷によって、
死ぬ保証を得ることになった。
日本軍の捜索隊によって、安全区のこれらの男たちが妻から引き裂かれる
光景は痛ましかった。キャンプでは、夫や息子(すべて民間人)を連れ
去られた婦人は千人にのぼった。」
138日本@名無史さん:02/02/18 09:54
フィッチ→不一致。
→フェチ。
139日本@名無史さん:02/02/18 10:46
>>137
う〜ん これなら信用できそうだね
140日本@名無史さん:02/02/18 10:56
>>139
誰が信用?なんの為?
で、その捜索隊を支持した隊長の名前は?
全然肝心なところが抜けてますが。
141( ・∀・)<歌おうよ!:02/02/18 16:32
members4.cool.ne.jp/~t_susa/meikyoku/march/gunkan.html
一、
守るも攻めるも黒鉄(くろがね)の
浮かべる城こそ頼みなる
浮かべるその城日の本の
皇国(みくに)の四方(よも)を守るべし
真鉄(まがね)のその艦(ふね)日の本に
仇なす国を攻めよかし
二、
石炭(いわき)の煙は大洋(わだつみ)の
竜(たつ)かとばかり靡(なび)くなり
弾撃つ響きは雷(いかづち)の
声かとばかりどよむなり
万里の波濤(はとう)を乗り越えて
皇国(みくに)の光輝かせ


明治三十年頃作
明治四十三年改作

142日本@名無史さん:02/02/18 17:32
以徳報怨とかいって賠償要求を放棄した蒋介石をやたら持ち上げる
日本人(いわゆる親台派?)が昔は多かった。
あやつら何だったんだろ。
143日本@名無史さん:02/02/18 19:37
南京だけを取り上げてもしょうがない。日中戦争は満州事変のずっと
前から始まってる。児島襄「日中戦争」こそ何より必読と思うがどうか。
144日本@名無史さん:02/02/19 09:09
日本の敗因に、中国との戦争は理由にはならない。敗戦はアメリカの
マンモス工業力で捻り伏せられただけ、正義は断固日本の側にあった。
大陸打通作戦はまさにこの点を誰にでも判るように証明するものだった。
中国軍に些かでも「戦略的勝利」があったとすればそれは国土も住民も
見捨てて金だけ持ってトンズラすることに成功したということだけだ。

ゴロツキの中国軍がいくらアメリカから豊富に援助を受けようとも、
誇りと愛国心に満ちた日本軍の敵では無かった。なお、新型米式装備
が十分に行き渡っていなかったというのもまた中国軍というのは幹部
だけが受けた援助金を独り占めにする腐った集団であったことの証明だ。

悪に対しては、断固たる正義の鉄拳が必要であったのだ。
145日本@名無史さん:02/02/20 18:59
岡村寧次陸軍大将こそ日本陸軍史上最高の名将。中国人からも認められ、
戦後は国民党軍事顧問に就任。陸上自衛隊も岡村大将を範とすべきだ。
146日本@名無史さん:02/02/21 19:19
http://members.tripod.co.jp/nishinom/human/ha/pakuchonhi.html
1945(昭和20)年8月 北京郊外の駐屯地で終戦を迎える
 終戦時、満州軍歩兵第八団の団長副官 満州国陸軍中尉

#終戦時、支那派遣軍は「百万の精鋭健在」だったからこそ朴正煕大統領も生きていられた。
147日本@名無史さん:02/02/24 01:28
瀬島龍三ってすごい人だね
148日本@名無史さん:02/02/24 01:31
>146
満州軍と支那派遣軍って違うんじゃないのか?
149日本@名無史さん:02/02/24 17:52
日本はアメリカとだけ戦争していたのではない。同様にアメリカもまた日本と
だけ戦争をしていたわけではない。それぞれ在外陸軍主力は中国・欧州だった。
1944年半ばの両国の陸軍はまさにこうであって,中国を買いかぶっていた
アメリカは,大陸打通作戦によって根本的に対日政策の練り直しを迫られた。
カイロ会談とは違い,ヤルタ会談では中国抜きにソ連と取引することになった。

よって,大陸打通作戦こそが大東亜決戦の天王山と断言できる。
150名無しである:02/02/25 09:25
前大戦時、中国戦線では日本兵は戦闘による死より
餓死者の方が圧倒的に多かったと聞いたのですがその原因は?
151日本@名無史さん :02/02/25 10:54
>>150
大陸で餓死者なんておったんか?
無論、例外的に発生した事もあったとは思うが。
大陸からの引き上げ兵の話からすると、食料事情はかなり良かったみたいだけど。
152日本@名無史さん:02/02/25 12:31
中国と日本の間の戦争でもっとも日本が内陸まで攻め入った戦争。
153日本@名無史さん:02/02/25 12:46
>>151
南方戦線と違い人口稠密地帯で、
一人頭はともかく食料の生産量は大きかった上、
負け戦でなかったから
軍票を使ったり(決済を拒否できないからね)もして
現地調達が十分可能だったからね。

154日本@名無史さん:02/02/25 13:12
http://www.jrcl.net/web/framek897.html
これによると、
>アジア太平洋戦争の戦場別で、日本軍が最も多くの死者を出したのは五十万人に上ったフィリピン戦線であった。
>ここでは八割の四十万人が餓死と推定される。
>一九三七年の日中戦争開始以来、中国戦線での死者はフィリピンに次いで多く四十五万五千七百である。
>その中で、栄養失調に起因するマラリア、赤痢、脚気などによる病死者は死因の三〜四割を占める。
>とりわけ最も多くの犠牲者を出した一九四四年の大陸打通作戦では過半数が病死とされる。
>著者はこれらの例から、中国戦線での全死者の約半数が栄養失調にもとづく病死であり、
>その数はしたがって二十二万以上としている。

満州・蒙古を除いた中国戦線で、45万6千人も死んでたんだね。
そして、南方よりはマシだけど、結構餓死者もいたみたいだね。
155日本@名無史さん:02/02/25 13:39
>>154
引用のHPがよろしくない。
156日本@名無史さん:02/02/25 14:47
藤原彰教授らが言うように、確かに太平洋戦の日本軍は餓死・病死など
戦闘以外のロスが大きかった。けれどもそれだけでことさら日本軍だけ
が人命軽視の軍隊だったという藤原教授の考えには賛同できない。
米英軍だって太平洋戦での風土病による兵員ロスはかなり多かった。
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/army/1008187010/99
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/army/1008187010/101
157日本@名無史さん:02/02/25 14:51
>156
餓死は、ほとんどいないだろう。
158日本@名無史さん:02/03/01 15:00

                     .  ) (  、
                    ; (    )  '
            o___, . (、. ' ⌒   `  )
            /   *   ~ヽ (. : ) ,  ( '
           / ★  *    ; ) ( . ⌒ )
           /     *     `‘ ' ` ”, )
          /    *          /
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         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ∧_∧  /
 ( ´∀`) / 灰となれ、シナ旗
 (    )つ
 | | |
 (__)_)
159日本@名無史さん:02/03/01 16:55
>154

左翼お決まりのパターンとして、部分的な真実を混ぜながら
統計的なところで嘘をつき、とんでもない数字を引き出すという印象操作の典型的なパターン

インパールやガタルカナルなどの餓死のイメージの強い
エピソードをふんだんに混ぜているので6割という数字も
いかにも、と思わせてしまうのだが
>戦地栄養失調症による広い意味での餓死者は、合計で一二七万六二四〇名に達し、
>全体の戦没者二一二万一〇〇〇名の六〇%強という割合になる。

という、一文に気がつけば、これがはっきりといんちきだとわかる。
左翼お得意の「広義の」「広い意味での」などという左翼的虚弁は、
従軍慰安婦問題でわれわれが散々経験してきたところだろう。

つまりは、赤痢やコレラ、マラリヤなどに罹患したことによる
病死は、結果的に栄養不良で死ぬことになるので
すべて餓死、といういんちき統計なのだ。









160日本@名無史さん:02/03/01 17:03
ちなみに中国戦線での餓死というのは、極小例をのぞいてはちょっと考えにくい。
フィリピンや、太平洋の離島、ニューギニアで餓死が多く出たのは
日本の戦略上、現地調達が基本だったので、人口密集度が低い(当時のフィリピンは人口が少ない)
これらの地域では現地での食糧生産量が低く、軍をまかなうだけの食糧が
現地で調達できなかったため。
中国には4億の人口があり、特に、戦線の舞台となったのは肥沃な華南地方。
161日本@名無史さん:02/03/04 22:08
大陸打通作戦は通州事件などゴロツキ集団の暴虐に対する正当防衛の戦争
であったからこそ、朴正煕大統領ら朝鮮人兵士も力を貸してくれたんだ。
後方支援一つ取っても朝鮮人兵士の協力無くして大陸打通三千キロはありえない。
朴正煕大統領は特に満州国国境・熱河省のゲリラ掃討での勇戦敢闘が目覚しかった。
明治以来、米英独露に媚びに媚びて日本の邪魔ばかりしてきた中国こそが
諸悪の根源であり、最優先で打倒すべき宿敵であったのだ。
162   :02/03/06 11:44
ぼくは、しょうかいせきや、そうびれいなんか大きらいです。
大すきなのは日本の天皇陛下です。ぼくはわるいしなのくにに
うまれないでよかったと思いました。ぼくはしなのしょうかいせきや、
そうびれいがにくらしくてたまりません。ぼくはしょうかいせきやそうびれいが
早くしんだほうがいいと思います。(1941)
163日本@名無史さん:02/03/06 15:04
1937/12/19 NYタイムズ(ダーディン)
★南京における外国人の役割賞賛される。
○外国人グループ、包囲攻撃中も留まり、負傷者や多数の難民の世話にあたる。
○生命しばし危機にさらされる。
○市政府官吏避難のため、安全区委員会が任務を遂行。
〜20行省略(内容は上の見出しの説明)〜
○ドイツ人グループの長を務める。
〜18行省略(安全区メンバー紹介など)〜
それにもかかわらず、この地域は暫くの間、かなりの規模にわたって
非武装地帯となり、そのため日本軍もあえてこの地域を砲撃する必要
を認めなかった。その結果、10万を越す非戦闘員たちは、安全区の上
を通過するひっきりなしの砲弾による恐怖にもかかわらず、日本軍の
市内への入城までは比較的安全に過ごすことができた。
164日本@名無史さん:02/03/06 15:06
>>162
「アルジャーノンに花束を」みたいな文章だな。
165日本@名無史さん:02/03/06 15:16
日中戦争=日本軍vs支那兵敗退後の中国ゲリラ
166日本@名無史さん:02/03/06 15:20
sage
167日本@名無史さん:02/03/07 17:49
>>165
>>165
大陸打通太郎、出番だぞ!
蒋介石の中核部隊は正規軍であって、
それを打ち破ったのが帝国陸軍だ。
断じてゲリラごときを相手にしたのではない。
そんな事も知らないで皇軍を貶めるのは
在日チョンか?
168日本@名無史さん   :02/03/07 18:13
駄通太郎じゃないが、日中戦争初期には中国軍のほうが
優秀な武器をもってたようで、
広東ではドイツ製の重砲 牽引車 対戦車砲がザクザク

そもそも中国が上海日本租界を圧倒的な大軍で包囲したのに
対し日本の陸戦隊は応援が来るまで大損害を出しながら邦人を
守った。応援がきても中国軍の塹壕、トーチカは頑強で戦線は
上海近郊で膠着していた。
そのあとの援軍が来て、有名な「日軍百万上陸抗州北岸」
のアドバルーンがあがった...
  中国が当初考えていた抗日が成功すれば租界は通州状態だっただろうね。
169日本@名無史さん:02/03/07 20:49
蒋介石の軍隊が装備や人数の割には
弱かったのが諸悪の根源だな。
そうでなきゃ戦線が膠着して動かなくなったまま、
手打ちできたものを…
170日本@名無史さん:02/03/08 22:17
ボースが生きていたら中印紛争で中国のチンピラ集団を返り討ちにできたはず。
チベットも温和な仏教国で争いを嫌うゆえ卑劣かつ残虐な中国人の侵攻に
太刀打ち出来なかった。対中国外交に必要なのは寧ろ断固たる正義の鉄拳。
ガンジー・ネルー平和主義が通用するのは中国が完全に消滅した後なのだ。
171アホか?:02/03/09 01:31
>大陸打通作戦こそが大東亜決戦の天王山と断言できる。
その天王山に勝った日本がなぜ負けたんだ?
172日本@名無史さん:02/03/09 04:20
「国際的環境と外交情勢から見て,われわれは公理正義に属し,日本は憎しみが
集まるところになっている。ただわれわれが強くなれば,天下はすべてわれわれの
友好国となる。日本の武力がいかに強大であっても,事実上は既に孤立した地位に
あり,全世界の攻撃の的になっている。だからもしわれわれが統一して強固になれば,
将来世界戦争が起こり,戦場で対決しなくても講和会議で勝利を得ることができ,
戦略的にも国策的にみてもすでに勝利を獲得している。」

第二次国共合作前の時点で蒋介石は,日本軍に対する国民政府軍の劣勢を認識
した上で,戦略的に日本は自滅していると看破していたわけだ。
国民党政府の本では「統一して強固に」なれなかったのが誤算だったのだが。
173日本@名無史さん:02/03/09 04:32
チベットが温和な仏教国で争いを嫌う国?嘘でしょ?
174日本@名無史さん:02/03/09 11:21
朴正煕大統領ら朝鮮人兵士も大陸打通作戦で大活躍。朴正煕大統領は
関東軍所属で後方支援・ゲリラ掃討だが,これまた打通3千キロへの
心強い支援であった。大陸打通作戦の正義は微塵も疑い得ない。
175日本@名無史さん:02/03/10 23:50
中国側の資料では、第16師団(京都)は捕虜の処刑も含めて「264、398人」を、
12月14日から18日までの5日間で殺したことになる。1日平均「52、879人」
である。 その労力はともかくとしても、当時の南京の人口は約25万人であった。
日本側は、うち「約25、000人」が敗残兵と推計したが、両者を別の存在として
合算しても、南京の中国人数は 「約275、000人」にとどまる。 第16師団が、
南京攻略後に「264、398人」を殺したとすれば、その後の南京人口は、わずか
「10、600人」になる計算である。だが、実際には、「南京安全区国際委員会」も、
南京人口 を約250、000人としてその救援に努力しつずけている。実際に(虐殺が)
行われたとしたら、その銃声と焼煙は南京をおおい、噂は全市をかけめぐったに違いない。
だが、日本軍の「暴行」なら、伝聞にせよ、どんな些細例も仔細に書きとめている「安全区」
委員会の記録にも、この日の「大量虐殺」の記述は、一言もない。

児島 襄 「日中戦争」より
176日本@名無史さん:02/03/11 00:47
大陸打通太郎「オレね、日中将棋で中国に大手飛車取りかけたんだよ、大手飛車取り」
冷静歴史家「で、将棋に負けてりゃ意味ないじゃん」
177日本@名無史さん:02/03/13 15:22
おれさまのいう中国軍とは米国が後押しする中国国民党政府軍のことだ。
国民党政府軍の威信を完全に失墜させ、米中同盟を根本から修復不能に
せしめたのは、まさに大陸打通作戦に他ならない。米中同盟の破壊は
朝鮮戦争の米中衝突に繋がり、東京裁判体制に大打撃を与えた。
だから支那派遣軍がヘボ海軍の当然の敗北状況なぞ気にしないで
大陸打通作戦を完遂したのは実に有益なことだった。
178日本@名無史さん:02/03/13 15:36
>>177
中国共産党の天下取りに協力したのが、
そんなに誇りに値する史実かな。
という当然の疑問を抱く人は相手にしないようにしましょう。
彼は精神を病んでいる無職かヒッキ−か、あるいは厨房なのです。
可哀相だけど餌を与えないのが本人のためにもなるかと。
179日本@名無史さん:02/03/13 16:00
>中国共産党の天下取りに協力したのが、

まさにそれでこそ諸悪の根源たる米中同盟の破壊を完全なものにしたのだ。

大陸打通作戦の輝かしい勝利は、いつまでもいつまでも噛み締めておきたい。
180日本@名無史さん:02/03/14 22:24
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=19998702 P248、249
 一九四三年に出版されて絶大な人気を博したウェンデル・ウィルキー
の『ひとつの世界』は、高い志のもとに団結し、ほとんどキリスト教国の
ような価値観を有し、西洋世界を愛する「民主」大国たる中国、という
神話をつくり上げるのに大いに貢献した。「皆無」という言葉はまったく
妥協の余地のない強いものだが、バーバラ・タックマンはこの言葉を使って
こう書く。「親中国派や教会のグループなどによる強力な宣伝に眼を覆われた
アメリカの一般大衆は、実情の認識が皆無である」。中国の実情が少しずつ
明らかにされていったのはようやく一九四四年十一月、解任されたジョゼフ・
スティルウェル将軍が口を開き始めてからのことだった。これでタックマン
の言葉を借りると「やっと汚れに汚れた中国というきたないシーツを洗濯
する日が来た」のである。
181日本@名無史さん:02/03/14 22:27
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=02905248 P183
 一号作戦に先だち激しい宣伝工作が行われてたが、これは連合国側から中国を
孤立させ、国民党軍の士気を低下させることを狙ったものだった。山のような
パンフレットがばらまかれ、日本の敵は米英軍であって中国軍ではない。そして、
日本の目的は新中国の樹立にあると宣言した。もし中国人が抵抗しない場合は、
これを味方として取り扱うと言い、さらに日本軍は焼打ち略奪および暴行を
やめるよう厳命を受けていた。将兵は「現地の住民を親切と尊敬をもって
遇する」よう命ぜられていた。
182日本@名無史さん:02/03/14 23:01
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=02905248 P347
 一九五五年三月二十三日、マッカーサーはヤルタ会談で、自分の見解が
求められなかったと非難し、もしそのとき求められていれば、「あの戦争
の末期にソ連を太平洋戦争に持ち込むことに最も強く反対の勧告をしたで
あろう」と述べた。ところが一九四五年二月の段階では彼はこれと正反対の
印象を三人の人物に与えている。ジョージ・リンカーン准将は、マッカーサー
と話し合った後、「全般計画について、マッカーサー将軍は、アメリカ軍が
日本本土をたたく前に、最大数の日本の師団を、アジア大陸で作戦させて
これを釘づけにしておくことが絶対必要である」と述べたと言っている。
ポール・L・フリーマン・ジュニア大佐は「彼はソ連軍があらかじめ満州で
作戦に参加しないかぎり、アメリカ軍が日本本土に侵入してはならないと強く
主張した」と記録している。新海軍長官のジェームズ・V・フォレスタルは、
その日記の中に「マッカーサーはアメリカ軍は日本本土ー関東平野ーで使用
するため、これを温存して置かなければならないと言い、満州で日ソが激戦
を交えるという保証がないかぎり、これはできないと言った」と書いている。
183日本@名無史さん:02/03/17 08:35
在支米空軍はその面子にかけて大陸打通を阻止すべく猛攻撃を加えたにも関わらず、
大陸打通作戦は年明けまで継続することができた。4式戦疾風の出撃に加えて、
岡村寧次大将ら勇敢な日本軍将兵が不屈の闘魂を見せたことも大きいはずだ。
184日本@名無史さん:02/03/17 10:19
「大陸打通作戦」は、結局大戦にさっぱり寄与できなかった
陸軍のオナニー打っつーの
185日本@名無史さん:02/03/17 21:54
まあなんにせよ中国ナラズ者集団をコテンパンにできたからいいじゃないか。
少なくとも世界に日本人は中国人より圧倒的に優れているということを
示せたわけだし。それだけで十分さ。大日本帝国の先人達に感謝しなくては。
186日本@名無史さん:02/03/20 23:59
毛沢東が田中角栄に語っていわく
「日本のおかげでわれわれは天下を取れた」
結局日中戦争って、日本が共産党のために国民党を叩いてやった以外に
意味なんてあるのか?

ところで日本敗戦後、来るべき国共内戦に備えるべく
国民党と共産党の間で旧日本軍・日本人の人材・物資の囲い込み合戦が行われたらしい。
現・中国空軍など、共産党が飛行部隊一つ丸ごと徴用して育成にあたらせたとか。
で、内戦中は双方に多数の日本人が従軍していた。
187日本@名無史さん:02/03/21 20:18
>日本が共産党のために国民党を叩いてやった

それで悪しき東京裁判体制の根源たる米中同盟を根本から破壊することができた。
188日本@名無史さん:02/03/21 20:24
大陸打通作戦の大勝利は米中離間を決定的にし、東京裁判体制崩壊の原因となった。
189日本@名無史さん:02/03/21 22:58
満州事変の粗悪なコピー。
武藤章・田中新一といった連中が石原莞爾の猿真似をして
どんどん事変を拡大していったら、泥沼にはまっちまった。
190日本@名無史さん:02/03/21 23:09
ははあ、帝国陸軍は米中離間を図ったと。
やっぱ戦争にはなんの効果もないわけね。
打通太郎は軍事板に帰ってもらいたい。
191日本@名無史さん:02/03/23 23:31
>188
要するに負け惜しみだろ、それって。
192日本@名無史さん:02/03/23 23:40
>>190
杉山元と梅津美治郎も武藤・田中と同罪だな。
杉山なんて、昭和天皇に向かって「中国なんか三か月で片付きます」
とほざいた。
実際は三か月どころか三年経っても・・・・・・腹切って謝罪しろ、馬鹿野郎。
193日本@名無史さん:02/03/24 07:47
上から読んだけど
このスレ、コピペだけで構成されてないか・・・
194日本@名無史さん:02/03/26 21:04
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog151.html

 昭和20年8月11日、外電が日本の降伏受入れ予想を報道
し始めると、支那派遣軍総司令官岡村寧次大将は次のような激
烈な電報を陸軍中央に送ってきた。

 数百万の陸軍兵力が決戦を交えずして降伏するが如き恥
辱は、世界戦史にその類を見ず、派遣軍は満8年連戦連勝、
・・・百万の精鋭健在のまま敗残の(蒋介石の)重慶軍に
無条件降伏するが如きは、いかなる場合にも絶対に承服し
得ざる所なり

 海軍の戦力はほとんど失われていたが、当時の陸軍兵力は内
地237万余、外地310万余。特に支那派遣軍は「満8年連
戦連勝」の状態で、いきなり無条件降伏せよ、と言われても
「絶対に承服」できないのは当然であった。
195日本@名無史さん:02/03/30 09:12
陸軍航空隊の敢闘は劣勢ながら米空軍の襲来には辛うじて対抗しえただけ。
あくまで打通作戦は空軍ではなく地上軍による航空基地覆滅。つまりこれは
米空軍を抑え白兵戦に持込さえすれば、中国軍なぞ支那派遣軍の知略と武勇
の前にはものの数では無かったということだ。
196日本@名無史さん:02/03/30 13:37
あああああ
197日本@名無史さん:02/04/07 23:34
敵性宣伝は頭から拒否する知的訓練が必要だ。
内容以前に、出どこが何処かで、対応がわかる。
南京事件の宣伝は、日本に敵対する中国政府が流したものだ。
ということは自動的に嘘と見て良い。
これを戦略的な判断と言う。日本以外では常識だ。
198日本@名無史さん:02/04/08 17:33
>197
って事はアウシュビッツも嘘って事で。
出どこは連合国側だものね。
199日本@名無史さん:02/04/08 20:59
おれさまは旧日本軍の「良かった点」を強調すことも国際社会で日本人が
自己主張する上では必要だと考えている。いくらどんなに自慰に過ぎぬと
の批判を受けようとも、日本軍は中国戦線では連戦連勝、最後の最後まで
「百万の精鋭健在」で間違いないものと確信している。

空爆や封鎖でも百万の支那派遣軍が壊滅寸前だったことはない。現に本土ではなく
敵地であるはずの中国大陸でそれだけの大軍を維持していたから、そう断言できる。
「白団」など戦後旧日本軍将校が中国国民党に重宝されたのも、侵略を受けたはず
の中国人でさえも「日本軍の圧倒的優位・常勝」を認めていたからに他ならない。

大陸打通作戦万歳! 支那派遣軍に敗北なし! 
200日本@名無史さん:02/04/09 16:29
 一九四四年四月、日本軍は一五個師団に五個旅団を合わせて侵攻を開始した。
これを迎え撃つべき中国軍三〇万は、あっという間に姿を消してしまった。
五百人ほどの日本軍部隊に、何千という中国軍部隊が敗走させたれた。中国軍
の指揮官たちは、自分たちの家族と財産を奥地に避難させるべく、トラック
隊を指揮した。シェンノートは、もしスティルウェルがもっと十分な「貸与法」
物資をこれらの中国軍部隊に与えてくれたら、こんなことにはならなかったはず
だと主張した。しかし、実際はこれらの部隊はたっぷりとアメリカの物資が供給
され、指揮官たちはそれを闇市や日本軍に売りとばしていたほどだったのだ。

「宋王朝 下」(スターリング・シーグレーブ サイマル出版会)
201なっち大好き!:02/04/09 16:50
一体全体どう考えりゃいいんでしょか?自分26歳のオトコですが、時には
日華事変だったり日中戦争だったり・・・とりあえず知っている事と言えば
・・・祖父は大陸戦線で八路軍と戦闘したとか・・・山東だっけか?あれ?
でもまぁ帰ってこられただけいいか・・・小作農の長男も災難だったわ・・
後、愚問かも知れませんが汪兆銘や段祺瑞とかってどういったキャラなの?
名前だけ何故か知ってるものでして・・・
202日本@名無史さん:02/04/12 19:24
笠原十九司は「13のウソ」p205にミニー・ヴォートリンの日記を引用して
います。その直前で他人の訳文を「陳腐な訳」と因縁を付けているのですが、
その新鋭な自分自身の訳と、原文を対比してみます。彼は「学者」とは言い
難い範疇に入るのが分かると思います。

笠原訳
 一九三八年一月一日−−私たちは、特別な権力を持つと見える憲兵が、今日、数人の
[中国人] 兵士[七人]をゆゆしき非行のかどで逮捕し、銃殺すると考えていると、告げられた。
終わり

原文
 We were told that the minitary police--who seem distinktly superior
--rounded up a number of common soldiers (7) today for grave misdemeanor,
they think,shot them.
原文終わり。

但し、ここで--と−−は本来は一本の線です。−や-ですと短かすぎる為です。

 なんて酷い。「似非学者」としてさえ恥ですね。
203日本@名無史さん:02/04/12 19:27
↑要するに、笠原は −− を 一九三八年一月一日と訳してるんですよ。
204奥野誠亮:02/04/12 19:28
盧溝橋事件は偶発的な出来事だ。
205日本@名無史さん:02/04/13 00:02
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=02905248 P189
 シャノルトは古くからの敵手スチルウェルに援助を求めた。洪将軍に火砲や
弾薬を空輸する許可を出してほしいと要請の電報を打った。スチルウェルの
司令部は言質を与えないように、貴提案は「当地において最善の取り扱いを
受けている」と返電を打ってきたが、なんの処置もとらなかった。シャノルト
はさらに電報を送り、五百トンの補給を要請した。今度ははっきりした回答がきた。

諸楊軍の位置 彼の任務 急速に変化する状況 中国軍の現有装備の誤れる用法
不適切なる軍の用法等に鑑み 貴官提案の小火器と弾薬五百トンの空輸は無駄な
努力に終わると思われる。米軍の全努力は空中より継続せらるるものとす。

 数週間後、衛陽は陥落した。しかしシャノルトの第十四航空空軍は日本軍の
補給線を攻撃し続け、日本軍の桂林に対する攻撃を一ヶ月遅らせるのをやむなき
にいたらしめた。
 対日戦争における中国の役割は縮小していたが、もし中国が壊滅したら、
八十二万の日本軍を解放することになる。そこでルーズベルトは、共産党をも
含むすべての中国の軍隊を統一して対日戦争から中国が脱落しないようにさせる、
という使命を与えておいて、彼の個人的な特使を派遣した。ルーズベルトはこの
特使に民間人を選び、それに陸軍少将の階級を与えた。この人がパトリック・J・
ハーレーで、フーバー大統領の下で陸軍長官をしたことがあり、会社顧問弁護士
として成功した人物だった。
206sage:02/04/13 03:20
a
207日本@名無史さん:02/04/13 04:20
>201(なっち第好き!)さん
>汪兆銘や段祺瑞とかってどういったキャラなの?
ごく大雑把な返答レスでスマソン
汪兆銘……中国国民党のNo.2から日本占領下の傀儡政権首班に転じた人物
……終戦前に名古屋で病死、戦後大陸・台湾で「漢奸(民族の裏切り者)」扱い
http://google.yahoo.co.jp/bin/query?p=%dd%ea%c3%fb%cc%c3&hc=0&hs=0
段祺瑞……清朝滅亡から民国成立期に北京を牛耳っていた軍閥の首領
……日本の資金援助を受けて、広東を拠点とした国民党と対決
……国民党の勢力拡大(北伐)と日本が支援先を別の軍閥(張作霖)に変更した為弱体化
http://google.yahoo.co.jp/bin/query?p=%c3%ca%e3%b2%bf%f0&hc=0&hs=0
208日本@名無史さん:02/04/13 10:48
学問のある日本が、学問のない中華より虐殺に走ったり、強姦に走ったりするんだ?
学問のない中華のほうがそれに走っていたとわかるぞ。
209日本@名無史さん:02/04/13 18:50
盧溝橋も上海も日本が侵攻したんだもんなあ..
こっちから手を挙げたのはマズイだろ
http://www.mmjp.or.jp/nankin1937/nenpyou.html
210日本@名無史さん:02/04/13 22:40
中国の「抗日戦争」なる自己欺瞞の化けの皮を剥がすには、大陸打通3000キロが一番。

ゴロツキの集団が国土と住民を見棄てて金だけ奪って山奥へ逃げ去ったということ。
211日本@名無史さん:02/04/14 17:41
 この問題がまだ解決しないうちに、日本軍がビルマ公路に沿って、短い攻勢に出た。
蒋介石は、日本軍が一直線に昆明にまで攻めよせてくるのではないかと不安にかられ、
ビルマ戦線に全中国軍をサルウィン川の背後の安全地帯まで撤退させるとわめいた。
 ルーズベルトは蒋介石に緊急の覚書を送り、ビルマから軍隊を引き揚げるようなこと
があれば、また全指揮権をスティルウェルに渡さないのであれば、アメリカからのすべ
ての援助を停止すると警告した。
 スティルウェルによれば、大統領からのこの覚書は「火のついた爆竹」であった。
スティルウェルは蒋介石と会見し、「このとうがらしの包みをピーナツ野郎に手渡し、
大きく息を吐きながら椅子の背に身体を沈めた。鋲はこのちび野郎のみぞおちに命中し、
やつを突きぬいた」

「宋王朝 下」(スターリング・シーグレーブ サイマル出版会)P252
212日本@名無史さん:02/04/15 19:46
日本が大陸打通作戦をやらずして連合軍に降伏してたら、ならずもの達
のデマ宣伝がもっと広くゆきわたって、日本の国際社会復帰はずっと
遅れたものとおれさまは確信している。東京裁判は不徹底に終わり
A級戦犯すら釈放されてしまったが、やはりならずものの集団を大陸
打通作戦で痛撃を浴びせて国際的発言の場に出られなくしたのが大きい。
213日本@名無史さん:02/04/15 23:56
>国際的発言の場に出られなくした
中国は国連安保理の常任理事国になっていますが何か?
214日本@名無史さん:02/04/16 07:23
>>213
日本も理事国になるため世界各国に金をばらまいていますが、何か?
215目が怖い:02/04/16 20:21
>212
公平さの全く見られない東京裁判に徹底も不徹底もない。
さらに言えば、不徹底に終わらせたのはアメリカさんだということを忘れないように.
216日本@名無史さん:02/04/16 20:50
折れ、リア厨なんだけど、期末試験に「大陸移動説」と書くべきところに

「大陸打通説」って書いちまった!

打通太郎氏ね!
217日本@名無史さん:02/04/17 18:44
>216
傑作、悪いが再度アピールあげ!!
218日本@名無史さん:02/04/18 10:27
「困ったなあ、今月苦しくて彼女の誕生プレゼント買えないや」
お困りですね?そんなとき!大陸印の打通作戦!
「子どもの夜泣き、本当に困るわあ・・」
お困りですね?そんなとき!大陸印の打通作戦!
「これ以上失敗が続けば、MATは解散だぞ!」
お困りですね?そんなとき!大陸印の打通作戦!

あなたの悩み、即解決!大陸印の打通作戦!
大陸印の打通作戦は使用上の注意を良く読んでから御使用ください。
219日本@名無史さん:02/04/20 20:28
 スティルウェル問題は、一九四四年、東部中国において、日本軍が「一号作戦」
[大陸打通作戦の一部]にのり出した直後にやま場を迎えることになった。
 日本軍のこの作戦は、一九三八年の武漢占領以降初めての大規模なものであったが、
それというのも、アメリカの潜水艦隊が日本の沿海水域に侵入して、東南アジアの
占領地域への物資の海上輸送ルートを切断したために、遠隔地にある日本の拠点は
物資が欠乏し、連合軍の攻撃に対する抵抗力を失いつつあったので、代替輸送ルート
として、以前はそれほど必要でなかった中国を南北に縦貫する鉄道の確保にのり出し
たものであった。同時に日本はこの作戦で、シェンノートの第一四航空軍が新しく
建設した前進基地を破壊することを計画していた。
 シェンノートはかねてルーズベルトに対して、もし自分に前進基地があり、飛行機
があり―そしてスティルウェルが軍需物資のいいところをみんな持っていってしまわ
なければ、日本本土を爆撃するB29もそこを使うことができる、というのが彼の主張だった。
 これに対してスティルウェルは、そんな基地をつくれば日本軍に破壊されるだけだ、
とまったく逆の立場に立った。そしていつものように、スティルウェルが正しかった。

「宋王朝 下」(スターリング・シーグレーブ サイマル出版会)
220日本@名無史さん:02/04/24 19:52
北支戦線で戦った友人の祖父は、しきりに八路軍を「賊」と言ってましたなあ。
「賊共は村人を楯にして戦う」「村人のフリをして撃ってくる」と悔しがってい
ましたよ。その翁も2年程前に他界。お小遣いを良くくれる好々爺でした。
221日本@名無史さん:02/04/25 13:35
どんなに日本陸軍の装備の悪さを言い立ててみたところで、どんなに四式戦疾風
などの陸軍航空部隊にケチをつけてみたところで、大陸打通作戦の輝かしい勝利は、
何人たりとも否定することはできないだろう。四式戦疾風は大東亜決戦の大陸打通
作戦に投入され、勝てないまでもなんとか食い下がった(陸上部隊の行動は夜間限定)、
これで十分だ。大陸打通作戦はあくまで地上軍主体の航空基地覆滅だから、これでいい。
比島も含めた陸軍航空隊の抵抗で白兵戦に持ち込むことができた。白兵戦でいえば、
中国兵が数人がかりで青龍刀で斬りかかろうとも、鍛え上げられた素手の日本兵一人
にコテンパンに返り討ちにされたであろう。

大陸打通作戦の3000キロ行軍は、戦争末期でも日本陸軍将校の作戦立案能力、
大多数の兵隊のモラルと愛国心と誇り、そして陸軍航空部隊の粘り強い敢闘を証明
したと断言していいだろう。よくいわれる戦争末期の末端兵士のモラル・士気の
低下だの指導部の無能だの四式戦疾風などの陸軍航空隊は役立たずだったとかは、
「大陸打通作戦」の一言で間違いだと喝破できる。零戦の活躍ばかりが取りざた
されるが、ミッドウェーもソロモンも決して勝ってはいない。だから四式戦疾風
こそ大陸打通3000キロ行軍の空の屋根を支えた大東亜決戦機だ。
222日本@名無史さん:02/04/25 22:46
桂林、柳州攻略の航空支援
・・・・前略・・・・
 第五航空軍は十月末前後、自隊の後方補給のための船舶輸送掩護に戦闘隊の
主力を使用した。
 第十一軍の桂林攻撃は十一月九、十日に成功した。第二十三軍の柳州攻撃も十日
に成功した。この地上戦闘間、下山第五航空軍司令官は衡陽に進出して指揮した。
すなわち、戦闘隊による戦場制空、襲撃、軍偵部隊による偵察攻撃を反復した。
そして双軽には依然、敵の前進基地と判断される柳州、安康、シ江、雲南、老河口
の飛行場攻撃を継続し、相当の戦果を報じた。
 以上の桂柳攻略作戦は、国軍の近代的最高潮作戦であったレイテ決戦作戦と全く
同一時期に、約二、〇〇〇粁の距離を置き、支作戦の前者が一〇コ師団、飛行約
二〇コ中隊(約一五〇機)で成功し、主作戦の後者が約三個師団、飛行六〇コ中隊
(約二〇〇機)で失敗する奇妙な対照結果となった。

戦史叢書 陸軍航空の運用<3>―大東亞戦争終結まで―(朝雲出版社)より
223どうあがいてもアメリカが一番:02/04/25 23:26
中<日<米
224目が怖い:02/04/25 23:46
そりゃそうだ。
終了か?
225日本@名無史さん:02/04/28 22:28
乱戦中の詳しい事情については議論すればややこしくなるだけなのだが、
いくら傀儡でも南京維新政府という中国人の自治政権ができているのだから、
何はともあれ南京の街はほぼ無事に温存されていたと言える。

中国人の言う「大虐殺」は、日本軍に連戦連敗だった恨みつらみだけだ。
それでも中国は1938年武漢3鎮陥落まではある程度善戦したのだろう。
だがその後はからきしだった。1943年末、アメリカは自国の在外陸軍主力を
対独戦にあて、そのぶん対日戦を中国が担当することになり、建前とはいえ
少なくとも文言上は中国はカイロの共同宣言で米英と対等の立場におかれた。
中国支援の在支米空軍もそれに伴って強化された。それにもかかわらず
日本陸軍の「大陸打通作戦」でズタボロに負けまくり。ゴロツキの集団は
国土と住民を棄てて金だけ奪ってトンズラしてしまった。そしてヤルタ会談
ではついに中国代表は呼ばれず、完全に無視された。
226日本@名無史さん:02/04/29 00:37
>ゴロツキの集団は国土と住民を棄てて金だけ奪ってトンズラしてしまった。
まるで満州の邦人見捨てた帝国陸軍みたいだな(藁)
227日本@名無史さん:02/04/29 22:29
大陸打通作戦をはじめ日本の中国に対する歴史的優越性をもっともっと強調し、
チベットや台湾で明らかなように中国人はその存在自体が悪であって、悪に対し
ては厳しくあたるべきで、これからの日本はもっと中国人に徹底的に憎まれ、
恐れられる名誉ある国になるべきだ。
228日本@名無史さん:02/04/29 22:37
大陸打通太郎あらわる!
229日本@名無史さん:02/04/29 22:37
              ζ
          / ̄ ̄ ̄ ̄\
         /         \
        八) ⌒    ⌒ (八
        i'ノi. (●)  (●)  i'ノi
        ノi ----◯⌒○----|i'))  
       从|/ _|||||||_\ レ))  
      八il\  \__(\ /ノ八   <キチガイハケーンデスワン!!
      ((乂( i\____=`、ヽ)ゞ,)'ii)
       八乂)/ // レ7  ./ヽ冫(八
     .((し(〃 i⌒n'⌒li  /  .!)J)))
         ./ └ァ^ー-Fニコ  l
        〉 、/く/|_〉 |/  l /
.       / 、! ー-‐' l   ! .!
      /   ヽ 、 _,l   ! l
      ノ  V i     !   /
.    /  /  ! ,    ーr'
  /ヾ /    |/    r'\
230日本@名無史さん:02/04/29 22:38
ゲゲッ! そんな通称まである大物だったとはっ!>228
231日本@名無史さん:02/05/02 17:59
>230
軍事板での鼻つまみ者でして、哀れながらアフォです。
マジレス無用のお方です。
232日本@名無史さん:02/05/04 19:49
支那派遣軍百万の精鋭がいかに大きな戦力であったかは、その一師団にすぎない
沖縄第62師団の敢闘をみればわかる。在外陸軍主力は常に大陸にあった、日本は
中国に対し終始圧倒的優越を保ち続けた。アメリカだって在外陸軍主力は太平洋
で無くて欧州なのだから、なにもおかしいことじゃないんだ。
233帝国海軍万歳!:02/05/05 04:10
打通作戦が最後の花で翌年の珠江作戦でボロ負けして
ついに華南からの全面撤退、戦線縮小を余儀なくされた。
打通の僅かな意義も早急に失われたしまった訳だ。
>日本は中国に対し終始圧倒的優越を保ち続けた。
は大嘘こいてるとしか評しようがない。
哀れなり太郎ちゃん。ウププ。
234日本@名無史さん:02/05/05 08:11
肉(レイテ)と骨(海上輸送)を斬られて日本は死んでいまい、皮(大陸打通)だけ残った。
235顔も名前も出さずに毎月100万円:02/05/05 09:21
Future-Web(フューチャーウェブ)登場
なんと10,000円単位の収入    

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236日本@名無史さん:02/05/06 06:43
<昭和20年8月11日支那派遣軍総司令官岡村寧次大将の電報>

・・・数百万の陸軍兵力が決戦を交えずして降伏するが如き恥辱は、世界戦史にその
類を見ず、派遣軍は満8年連戦連勝、未だ一分隊の玉砕に当たりても、完全に兵器を
破壊し之を敵手に委ねざりしに、百万の精鋭健在のまま敗残の(蒋介石の)重慶軍
に無条件降伏するが如きは、いかなる場合にも絶対に承服し得ざる所なり・・・
237日本@名無史さん:02/05/06 07:50
>>236
うーむ。戦術で勝っても、戦略・政略で負ける悲惨さが
如実にあらわれているなあ。
238日本@名無史さん:02/05/06 23:35
5月26日の益陽占領を手はじめに、日本軍は6月10日に長沙をおさえ、26日には
衡陽の飛行場を占領したが、町そのものは8月8日まで攻撃に抵抗した。その後は補給
の欠陥で日本軍の行動が遅くなったが、福州は陸戦と陸海空の攻勢の共同作戦を併用
することで、10月までに占領された。そして、衡陽と広東から別々の攻撃で11月
11日に桂林と柳州両方が占領された。その後日本軍は南部への別の交通路を確保す
るために行動を拡大した。これは海での損失とアメリカ軍の西太平洋への侵入で要請
された。同時に日本軍は貴陽に進み、12月初めには独山と都奄占領したが、日本軍
の重慶侵攻が近いという一時的なパニックを起こしたものの、日本軍はこの一つの前線
に深入りしすぎたことを認めて1週間以内に都奄ゥら撤退した。

第二次世界大戦歴史地図 タイムズ・アトラス / ジョン・キーガン/編 滝田毅/[ほか]訳
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=30861654
239日本@名無史さん:02/05/07 07:54
240日本@名無史さん:02/05/09 11:11
四式戦疾風が当時の日本航空産業のお粗末ぶりを暴露しただけの駄作というなら、
大陸打通作戦での制空権はどうなったのだ。確かに中国大陸では広大な国土の
割りに工業施設が乏しくそんなに派手な航空戦は起こり得なかったが、それでも
本作戦の目的が敵飛行場の制圧が目標である以上、航空戦力が無意味という
ことにはならない。それとも地上の中国軍があまりにも弱すぎたからか、
だったとしたら米中同盟の意義は一体何だったんだ。大陸打通作戦の時、
陸軍は在外兵力主力を大陸に置いたままと非難されるが、アメリカだって
在外陸軍主力は太平洋じゃなくて欧州だったはずだから、条件は同じだ。
241日本@名無史さん:02/05/09 15:04
日本軍の悪行 大陸打通作戦

http://kaba.2ch.net/asia/kako/1001/10017/1001767360.html

日本軍の無駄な行動のためにせっかくカイロ会談で決まった極東秩序が
めちゃめちゃになり、中国朝鮮の方々にご迷惑をおかけしました。
心からお悔やみ申し上げます。 そしてごめんなさい。
242厨房か煽りかに告ぐ:02/05/09 15:39
戦後の米中離間は
アメリカが負け組の国民党支援したため。
ただそれだけ。
243日本@名無史さん:02/05/09 16:43
>負け組の国民党

支那派遣軍が降伏文書に調印した相手は、蒋介石の中華民国でしょ。
打通太郎が何と言おうと、これは事実。対日戦勝は国民党。
244242:02/05/09 17:48
>243
この場合の「負け組」は
第二次国共内戦でのこと。
誤解与えてしもうたのは悪かったけろ。
245日本@名無史さん:02/05/10 06:15
日中戦争の目的がわからん
盧溝橋で牟田口やらが勝手に攻撃していったのだがこのへんもやはり満州事変の悪影響?
「勝手にやっても結果が良ければOK」
アジア開放にあの時期に国民党と戦争する意味あるの?
246日本@名無史さん:02/05/11 19:48
 カイロ会談で、中国国民党政権の蒋介石主席がルーズベルトと話し合っっていた頃、
中国の重慶では、国民党の創始者、孫文の長男で当時、立法院長(国会議長)だった
孫科が「ミカドよ去れ」という長い提案文をラジオ放送で流していた。孫科は「最近、
米国務省内には日本の天皇制を維持しようと諜るグループがいる」と憂慮し、次のよ
うに訴えた。
「戦後日本の重工業と化学工業は連合軍の統制下に置き、軽工業をも一定の期間監視
下に置く。原則的に工業は国内資源で調達しうる限度に縮減し、自給自足体制をとら
せるべきだろう。(中略)さらに戦犯への峻厳な処罰を実施すべきであり、天皇が
その犯罪者の一人である明確な証拠がある」

http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=30769694 P75
ルーズベルト秘録 上 / 産経新聞「ルーズベルト秘録」取材班/著
247日本@名無史さん:02/05/11 21:47
>>202
>>203

はかなりの馬鹿だな。
248日本@名無史さん:02/05/13 22:41
ゲリラ以前に、便衣兵は民間人の格好をしている時点で国際法違反。
中国兵は逃げる時に民間人から服を剥ぎ取って逃げる者もいた。
249日本@名無史さん:02/05/14 22:31
大陸打通作戦で日本があまりに圧倒的な勝利を収めてしまったがゆえにこそ、
今になって日本はドイツとちがって侵略戦争の反省が足りていないと言われる
んだろう。特に中国の場合は打通にともなう著しい弱体化で、日本から取るも
の取れないままだったから。
250日本@名無史さん:02/05/16 16:31
>>249
「徳を以って怨に報いるとかなんとか」紹介席は言ってた。
それをウノミにしてると本質を見誤るわけよ。
「満州」と台湾の日本の軍事・産業・発電等々の施設と技術を入手してるんだから。
日本がコツコツ築き上げてきたそれらの値打ちは換算不可能なほど膨大。
ヘタに賠償金請求なんぞを持ち出しても、どうせズタズタの日本にそんなもん払えない。
アメリカとソ連もストップをかける。
弱体してたのは日本本土も同じなのよね。
ちゃっかり実を取っているのだよ。中国は。わかったかな太郎君?
251日本@名無史さん:02/05/16 17:55
英米相手の全面戦争は社稷を危うくするから
可能な限り回避したい。
でも中国相手の全面戦争は相手がちょろいので
短期収拾の目処が立つならやるべきだし、
講和のため譲歩する気にもなれない。
ただそれだけ。最終的には英米と正面衝突は目に見えている。

毛主席が大喜びする訳さ。
誰のミスかって?
参謀総長、軍令部総長を自身の父親の世代であっても
直立不動の姿勢でお前呼ばわりし
冷や汗をかかせながら自身は椅子に座ってる方だよ(藁藁

252日本@名無史さん:02/05/16 21:29
http://cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kairosenngenn.htm
http://cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/yarutakyutei.htm
大陸打通作戦がいかにならずもの集団に対する痛烈な打撃になったかは、
このヤルタ協定の満州権益問題についての決定を見れば明らかなっことだ。
これは米中間に重大な楔となったばかりでなく、中国が朝鮮戦争以降も
ソ連の圧力に苦しむ原因となった。大陸打通作戦こそ靖国を守った決定打。

満州権益は、中国ではなくソ連に返還されたのだ。
253日本@名無史さん:02/05/19 12:51
日本武術の中国武術に対する圧倒的優越性は、日中戦争での大陸打通3000キロ、
百万の精鋭健在で明確に証明されている。それはたとえ中国のゴロツキ兵が数人が
青龍刀で斬りかかったところで、鍛え上げられた素手の日本兵一人に全員返り討ち
にされたということだ。この年米空軍による中国支援が大幅強化されてはいたが、
いかなる支援をもってしてもゴロツキはゴロツキで何ら変わりはなかったのだ。
254日本@名無史さん:02/05/19 13:11
>>253
打通太郎?
255日本@名無史さん:02/05/19 21:07
>オナニーは適度にやれば健康にいいのだ。

あなたは、精液の無駄打ちと同時に、脳漿も放出して
しまったようです。「猿にオナニーを教えると死ぬまで
コク」というのは俗説のようですが、あなたに関する限り
正しいのかも知れません。
256日本@名無史さん:02/05/25 22:25
 スチルウェル事件は、アメリカの世論の方向をかえてしまった。スチルウェル
解任までは、シェンノートはアメリカで、つよい支持をえていたが、スチルウェル
解任の陰謀に加担した結果、彼の人気はそこなわれた。
 さらに重大なことには、シェンノートの行動によって、陸軍省内部の批判者は、
彼に対する反対の立場をつよめる結果となった。
 シェンノートは、スチルウェルの後継者であるウェデマイヤー中将を信頼
していたが、ウェデマイヤーの上官であるアーノルド大将とマーシャル大将は、
もはや信頼できなかった。
 彼らは、シェンノートの使用価値は、彼と蒋介石と合体したことによって、
そこなわれてしまったとおもっていたので、シェンノートは陸軍省によって、
指揮官という地位から早急に解任されることになった。

http://www.tom-jerry.com/tomandjerry%20museum/taisen3.htm
「日中航空決戦」(ロナルド・ハイファーマン)より
257日本@名無史さん:02/05/31 19:45
 この疑惑は的中し、やがて蒋総統は、三月十二日発の駐米大使魏道明の急電で
「密約」内容を知ると、次のように日誌に痛憤の文字をつらねる。
「『雅爾達』果己売華(中華民国)乎?・・・・・・果爾、則此次抗倭(日)戦争之理想、
恐成夢幻矣!」
 蒋総統にしてみれば、『支那事変』いらいの日本との戦いは中国主権の回復の
ためであり、とくに租借地などの解消を本旨とする。それなのに、こんどはソ連
が権益を求め、米国がそれを支持している、という。
「如我政府承認租借、則不謹造成中・俄(ソ)両国世代之仇恨、而且成為第三次
世界大戦之基因・・・・・・如美(米)国賛成或提議此案、則羅斯福在歴史上永不能
逃避其責任也」
 ソ連との租借が現実化すれば中ソは仇敵同士になり、第三次世界大戦の起因になり
かねない。ルーズベルト大統領の責任は永久に歴史に残るだろう―との趣意である。

#児島襄「第二次世界大戦 ヒトラーの戦い」より
258日本@名無史さん:02/06/01 20:03
アメリカは中国をずいぶん買いかぶっていたからな。一号作戦でその弱体ぶりが
明らかになると、カイロ宣言などそっちのけでソ連に満州を渡してしまった。
259日本@名無史さん:02/06/03 17:42
日本が真珠湾攻撃をやらず重慶に攻め込んで陥落させれば、中国が無条件降伏
して第二次世界大戦は枢軸側の大勝利で締めくくられたかもしれない。
260日本@名無史さん:02/06/12 22:16
硫黄島・沖縄という手足をもがれて、海上封鎖と大爆撃で呼吸困難、そして
本土上陸という喉元にナイフを突きつけられてはいても、支那派遣軍百万の
精鋭という最も大事な「男の象徴」は無傷だった。支那派遣軍は米ソによる
大規模侵攻がないかぎりは絶対的に健在であり、大陸打通共和国の建国も
夢ではなかったはずだ。
261日本@名無史さん:02/06/12 23:28
あのー、この際聞いておきたいんですけど「大陸打通」って具体的にどういうことなんですか。
軍事板で「打通太郎」さんの高名をよくお見かけするので、気になっています。
262日本@名無史さん:02/06/15 21:43
海軍が勝手に始めた対米戦で、膨大な予算を取っておきながら連合艦隊
はマリアナ・レイテ海戦で役立たずの極みだった。のみならず「台湾沖
航空戦大勝利」なんてくだらない誤報を流して、訂正もしなかった。
海軍は陸軍の足を引っ張って作戦遂行の邪魔をしただけ、支那派遣軍
百万の精鋭たちをさしおいて何が「降伏」か。
263 :02/06/15 22:52
どうせ打通るんなら米英戦やる前にしろよボケ!
264例文 A:02/06/15 23:02
少し、長文になりますが状況を説明します。
そもそも、「南京進撃」は内地の大本営陸軍部が意図・命令
したものではなく、命令に違反して現地の松井岩根大将らが
中国軍の総退却に乗じて行ったものです。
南京進撃軍は、それまで3ヶ月以上もの上海戦で疲弊しており、
上海戦が終わって凱旋できると思った矢先の突然の命令で、
なかばやけくそ・開き直り状態でした。各部隊に先陣争いを
させ、急進撃のために、兵站部隊が追いつかず、戦闘部隊は
生活に必要な物資等の「現地徴発」を命じられました。
その結果、略奪・強姦・放火・虐殺などが行われたのです。

また、マスコミの誤報で南京陥落が実際より早く伝えられたために、
重要拠点陥落のさいに行われるセレモニーである「入城式」を、
早急に行う必要が生じました。司令官は皇族ですから、どんなことが
あっても、身の安全を確保しなければならず、結果として、
かなり強引な「便衣兵狩り」が行われました。便意兵狩りというのは、
市民の中に身を隠した兵隊を摘発するものです。「指にたこがあるのは、
銃をにぎっていたからだ」式の乱暴な便衣兵狩りは、兵隊ではない
一般市民を多く巻き添えにする結果となったわけです。

南京事件に関して言えば、マスコミの先走りが軍を暴走させた面もあるのです。
265例文 B:02/06/15 23:03


陸軍が八月に上陸させた部隊は戦意旺盛な中国軍を相手に
かなり苦戦したのは有名だから疲弊してただろうけど
11月の抗州湾北岸や揚子江岸へ上陸した大軍は
人員、装備、物資の準備は万全と考える方が自然と思う(素人考えだけど..)
上海付近だけを守るのなら、大軍を送る必要もない。
南京攻略が松井たちの独断でやったというのなら、海軍まで使っって
上海から外れた地点への上陸作戦は何のためか?
上陸した部隊はそのまま南京方面へ進んでる。
兵站にしてもクリークが多いといっても中国で一番道路が良いところ
だし、水運による部隊や物資の移動も行われている。
南京戦では山岳地帯で芋掘りしながら進撃という
日本軍のお決まりのパターンも全ての部隊に当てはまらないと思うが..

特に南京は埠頭が使える状態なら物資の大量陸揚げが可能。
数周間も日本兵が異常な心理状態で暴れまくるものだろうか?
それに、入城式が終わった後、周辺地域掃蕩のため逆戻りして
抗州など江南各地へ散っていったり、対岸へ渡って行ったりしているので
南京戦に参加した部隊全てが何周間も南京にいて飯食ってたわけでもない。

あと、日中戦争の上海戦あたりは本によって中国軍の行動などが全く触れられない
ものもあってどれを信用していいのか判らない....どれがイイのかなあ?
266日本@名無史さん:02/06/22 13:08
http://kaba.2ch.net/test/read.cgi/army/989154351/811
http://kaba.2ch.net/test/read.cgi/army/989154351/814
http://kaba.2ch.net/test/read.cgi/army/989154351/822
http://kaba.2ch.net/test/read.cgi/army/989154351/831
http://kaba.2ch.net/test/read.cgi/army/989154351/873
http://kaba.2ch.net/test/read.cgi/army/989154351/874

大陸打通作戦がいかに米中軍事同盟を破壊したか、もっと認識すべきだ。
日本軍を論評するのによく使われる「アメリカとの国力差が」「ソ連の
機械化部隊と比較して」「ドイツの先端技術には及ばず」などの枕言葉は、
おれさまにいわせれば全く無意味だ。日本陸軍主力は最後まで中国大陸、
そして手足や脳や心臓が呼吸がどうあれ、男の象徴は最後までビンビン。

だから、日本軍を論ずるには必ず「中国軍よりは優秀な」「中国軍と
は比較にならない」「中国を圧倒する」という枕言葉で語るべきだ。
267日本@名無史さん:02/06/23 23:05
>日本に今必要なのはまさに「日中戦争で日本は中国には勝って
>いた」という愛国オナニーだとおれさまは考える。
あなたの醜悪なオナニーを見せられる、我々の身にもなって
ください。
「日中戦争で日本は結局中国に勝てなかった。(かと言って
中国に直接負けたわけでもない。)」という重い事実があります。
虫のいい厨房のズリネタにされては、日中双方の軍人も草葉の
陰で嘆くでしょう。

1980年代、アダルトビデオの走りのころ、代々木忠は
「オナニー」シリーズをヒットさせ、オナニーが見世物に
なることを広く示しました。若い美しい女が、柔肌をくねら
せてオナニーの狂態を演じ、アホな男たちがせっせと
レンタル料を払いました(僕ちゃんは子供だったので
無関係です)。
268日本@名無史さん:02/06/24 01:31
駄通なんぞやろうがやるまいが日本史には何の影響も無い、
国民党政権が対日戦で役に立たないことは駄通以前から分かりきってたことで
たとえ米国の支援があろうと蒋介石は台湾に石もて追われる結果となっただろう。

そんなことより日中戦争名目で大量に組まれた特別会計、
これなくして日本は太平洋戦争を戦えなかった。
日中戦争は米英側にとっても対日戦への路線を方向付ける要素であったが
それは日本の側から見ても同じことだったのだ。
269日本@名無史さん:02/06/24 07:56
おれのじっちゃん、昭和14年に「南支」で戦死した。
部隊は「戦車」だったらしい。
その当時に「南支」で戦車部隊の戦闘ってあったの?
だれか詳しいかたいますか?
270日本@名無史さん:02/06/25 01:47
1945年2月11日の時点で、「大連商港」「旅順口」「東清鉄道」「南満州鉄道」
については、あのルーズベルト大統領でさえも中国側了解の有無を問わない
「密約協定」で、「1904年の日本国の背信的攻撃により侵害されたロシア国
の旧権利」であると決定したわけ。この論理なら、これらの件に関して日本
がとったなんらかの行動(対支21か条要求など)は日露間の問題であって、
「中国主権を侵害する行為」ではないということがいえる。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html

太平洋でいくら連合艦隊が壊滅しようとも、本土空爆がとっくに始まってようと、
日本軍はちょうどこの冬までに在支米空軍基地もろとも3000キロ大陸打通、
「抗日戦争」の神話はもろくも崩れ去った。ヤルタでアメリカは中国側に相談も
しないでソ連と秘密取引。あの頑迷な親中反日のルーズベルト大統領でさえも
日本の中国に対する圧倒的優越性を、陰湿な形であれ認めることになった。
中国をコケにしてでも日本降伏を優先させたのだから。

そもそも日本は、ほっといても潰されるような首都陥落間際のドイツとは違った。
ほっといてもまもなく潰れそうな国に、降伏「勧告」なぞ何の意味も無いからだ。
271日本@名無史さん:02/06/25 01:55
やれやれ、まだやってんのか、おまえ。
272日本@名無史さん:02/06/25 02:30
もしや、これが噂に聞く大陸打通太郎ですか?!
273日本@名無史さん:02/06/28 11:19
ウヨに荒らされそうなスレだな。
まあ、右傾化しないでがんがってくれ。
274日本@名無史さん:02/06/29 18:08
1945年6月30日、蒋介石の一族、行政院院長宋子文はモスクワに到着し、
中ソ両国政府間の秘密交渉を開始した。交渉の背後にはアメリカの影が付きまと
っていた。交渉が始まる前に、アメリカ政府は中ソ双方に対し、「(アメリカ
政府は)ヤルタ協定を結んだ一員として、ソ連と中国との間で最後の協定が結ば
れる前に相談を受けたい。アメリカの立場は、ヤルタ協定は足しことも引くこと
もなく正確に遵守されるべきだというものである」と通告した。

「一九四五年 満州進軍 日ソ戦と毛沢東の戦略」(徐 焔著・朱建栄訳)
275日本@名無史さん:02/07/01 17:31
 陸軍長官のヘンリー・L・ステムソンは、マーシャルの意見に同意したばかりか、
さらに一歩前進していた。もしスチルウェルを召還するならば、彼と交代して中国
に派遣される者と蒋介石との関係を阻害する、重大な過失をおかすことになる、
という意見を、ルーズベルトに提出した。
 陸軍省内のおおくの人間の意見を総合して、スチムソンは、蒋介石とシェンノ
ートに対抗して、スチルウェルを支持しなかったのは、ルーズベルトの失敗である、
となげいた。スチムソンは、シェンノートを、“最低の貢献で最大の援助をアメリカ
からひきだすために、蒋介石の手さきとして使われた男”と見ていた。

http://www.tom-jerry.com/tomandjerry%20museum/taisen3.htm
「日中航空決戦」(ロナルド・ハイファーマン)より
276日本@名無史さん:02/07/01 22:35
277日本@名無史さん:02/07/01 23:58
278日本@名無史さん:02/07/09 13:55
中国軍戦時宣伝部は,本当の通州事件の犯罪を隠すために,嘘の南京事件を
でっち上げて欧米で宣伝したのである。
279日本@名無史さん:02/07/14 17:01
ヤルタの席に呼ばれなかった中国。打通作戦だけは底抜けに痛快。
280日本@名無史さん:02/07/15 23:45
日中戦争は日本から見ると「本当に勝つ気だったのか分からない」戦争だな。
281少し視点を変えて見ましょう:02/07/17 02:11
蒋介石は、ドイツ共和国防衛軍陸軍長官(事実上の参謀総長)
引退後のハンス・フォン・ゼークトを軍事顧問に呼んでいました。
どの程度の効果があったかは不明ですが、
蒋介石の目のつけ所は悪くなかったといえます。
フォン・ゼークトはヴェルサイユ条約による軍備削減で弱体化した
ドイツ軍を再建した立役者でしたから。
日本軍が苦しめられた一因、といえるのでしょうか?

>1933-1935
>Er haelt sich mehrere Male in China als Militaerberater von
>Marschall Chiang Kai-shek (1887-1975) auf.
ゼークトの伝記サイトより
http://www.dhm.de/lemo/html/biografien/SeecktHans/index.html
282日本@名無史さん:02/07/17 07:52
ドイツ軍の戦略思想を引き継いでいる……わけじゃないんだがな、実際の民国軍の戦いぶりを見てると。
ドイツ軍の人材を中国が養ったという側面は間違いなくあるけど、
中国軍にとっての貢献はむしろ武器購入のほうか、と……

中国軍といえば装備が劣悪、と思われがちだけど
主力戦車が小銃で撃破されてしまう日本軍も他人のことはいえない
(いわゆる「中戦車」はごく少数だったからねぇ)。
283日本@名無史さん:02/07/23 20:36
「中国・韓国の歴史歪曲」(黄文雄 光文社)より引用
  孫文の秘密協定は、NHKテレビ番組『現代史スクープ/孫文亡命993日
の記録ー発見された孫文の日中盟約』(平成三年四月二十四日放送)で、専門
家以外の人びとにもよく知られるようになった。

 孫文らは満州、満鉄に関する日本権益の拡張、ドイツからの青島を含む
山東半島の権益の継承など十一ヵ条に及ぶ権益供与の条件を提出した。そして、
この秘密文書の末尾に署名と捺印したのが、孫文と陳其美であった。日本側の
署名は、犬塚信太郎(満鉄理事)と山田純三郎(満鉄上海駐在員)である。
≪中略≫
  台湾の国民党政府関係者は、孫文のこの「日中盟約」について、それは日本
が中国侵略のために、孫文を利用した陰謀である、とその存在を否定している。
  しかし、山中峯太郎の回想録によれば、孫文は彼の紹介で、孫文と上原勇作
中将と、王統一の私邸で秘密会談のときにも、日本の予備将兵と武器、三個師団
分の支援と引き換えに満州の特殊権益を譲渡するという交換条件を提示してもいる。
(『夢いまだ成らずー評伝山中峯太郎』尾崎秀樹、中央公論社一六七〜一八七ページ)。
284日本@名無史さん:02/07/23 22:30
国民党はドイツから武器を買っていたらしいが、
チェコ製のマシンガンもあったとかでよくわからない。
一体どういうルートで武器を仕入れてたの?
電器メーカーのシーメンスが武器を作ってたとか
あるいは売っていたというのは本当?
285日本@名無史さん:02/07/24 14:47
>284
チェコは当時世界有数の工業国ですよ。
兵器とみれば米伊ソ仏とやたらめったら買い込んでいた当時の国民党軍
(まあ、これも軍閥の連合体としての性質が強いんだけど)において
チェコ兵器を特に忌避する理由はなかったか、と。
どうせ国産では作れやしなかったんだし。

シーメンスは現代でこそ「電器メーカー」の名で知られてますが、
本当は重工系のワールドクラス企業。
日本史でも海軍の艦艇受注をめぐって起きた大規模収賄事件「シーメンス事件」で名を留めてます。
286 :02/07/24 15:50
シナ軍が持っていたチェコ機銃は有名で、日本軍は多くを鹵獲している。
チェコ銃を手にした戦争体験者は多いよ。
チェコの兵器技術が欲しくてドイツはチェコを併合したくらいだからね。
287日本@名無史さん:02/07/24 16:09
>>252
>大陸打通作戦がいかにならずもの集団に対する痛烈な打撃になったかは、
  このヤルタ協定の満州権益問題についての決定を見れば明らかなっことだ。
  これは米中間に重大な楔となったばかりでなく、中国が朝鮮戦争以降も
  ソ連の圧力に苦しむ原因となった。大陸打通作戦こそ靖国を守った決定打。

  満州権益は、中国ではなくソ連に返還されたのだ。

カイロ宣言からヤルタ協定に至る時期まで常時、
大陸打痛の有無に関わらず、中国が独力で満州を含めた大陸から
日本人を追い落とす事態は予測しうる将来において不可能だった。
いくら米式装備を整えても士気、練度が劣る傍系国民党軍には。
そして虎の子の直系精鋭軍団を第二次国共内戦を控えて喪失するのを恐れる蒋介石には。
一方でカイロ会議の後、ノルマンディ上陸作戦による第二戦線形成によって
将来のドイツの敗北を必至ならしめたソ連政府にとって、
その時点で既に極東への戦力移動によるアジア戦線参入が視野に入るのも至極当然であろう。
あとは戦後の冷戦を未だ回避可能とアメリカ政府が信じている限り、
彼らは日本政府への降伏勧告手段としてソ連の軍事力行使を承認してしまう。
国共内戦再開において共産党勝利に大陸打痛がどの程度貢献したか知らないが、
中ソ蜜月の時代に権益は放棄されていて、
中国がソ連の圧力に苦しむ原因には、全くなっていない。
大陸打痛の有無に関わらず終戦直後に蒋介石が国民党内の支配者である以上、
一文も得にならない靖国の破却など請求する事はない。
来るべき内戦で日本政府や残留日本軍民の協力を取り付けない訳にはいかないから。
288日本@名無史さん:02/07/24 16:36
>>287
打通太郎の馬鹿さ加減が
よく分かるレスだな。
これ読んでなお騙されている奴は
何と称すべきか。
そんな奴いない?、いやマジでいるんだよな。
289日本@名無史さん:02/07/25 08:35
>>285
シーメンスって軍艦まで作ってたのですか?
290日本@名無史さん:02/07/25 19:00
291日本@名無史さん:02/07/25 20:18
何はともあれ、中国軍だけは他のどの国の軍隊にも劣る、否軍隊ですらない、
誇りのカケラもないただのゴロツキ集団だったと断言できる。だって1944
年半ば以降であの日本陸軍が大陸打通作戦なんてことがやれちまうんだからさ。
「抗日戦争」だなんて真っ赤なウソ、中国軍は自分の国の国土と住民を守る
気概さえもなかった。権力集団が己らの私腹を肥やしてただけ。

日本陸軍の貶めるやつがいたら、おれさまがみんな打通してやる!!
292日本@名無史さん:02/07/25 23:22
シーメンスか!
しめんすか!
四面楚歌!

(ワラ...テクレ
293日本@名無史さん:02/07/26 01:58
ともかく中国人がよく言ってくる「抗日戦争」なんざものは真っ赤な嘘だ。
大陸打通作戦での中国軍は、いや軍と呼ぶにも値しないゴロツキ集団だった。
彼らは自分の国の国土と住民を守る気概さえもなかった。「抗日戦争」を
隠れ蓑に宋美齢らがシェンノートのような親中反日原理主義者と結んで、
己の私腹を肥やしていただけ、誇りも規律もあったもんじゃない。そして、
米空軍の空輸作戦も、ゴロツキ集団を矯正させるにはほど遠いものだった。
294日本@名無史さん:02/07/26 12:42
>>293
ゴロツキ集団との長期戦に巻き込まれた挙句、
米英に締め付けられて帝国解体、海外領土喪失とは‥
やつらの挑発が原因のすべてだとしても、
それはそれで政略的敗北とは情けないのお。
ヤルタ協定なんぞ慰めにならんわい。
満州なんか国民党の持ち物でいいから、
やつらと関わりになるんじゃなかった。
295日本@名無史さん:02/07/26 12:46
打通太郎にレスってもしょうがないですよ
296日本@名無史さん:02/07/27 19:06
やがてスティルウエルは、蒋介石や美齢が自分に何を求めているのかを思い知る。
(引用者註 文脈から1942年の)七月一日の日記
「会議。蒋夫人、シェンノート、私が出席。夫人は言った。
『シェンノート君、飛行機はどれだけ必要ですか?』
『三〇〇機と月間補充二〇パーセントです』とシェンノート。
『よろしい。それではワシントンに連絡し、子文から圧力をかけさせましょう。
スティルウエル将軍からもワシントンにその旨伝えて下さい。飛行機を手に入れ
るのはあなたの仕事です』と蒋夫人。
 私は中国人となり、中国の欲することは何であれすべて合衆国にすすめて
出させる代理人になるべきだというのだ。
『そうすれば、あなたが大将におなりになるよう骨を折りましょう』何という連中だ!?」
 スティルウエルの司令部付きの外交官だったジョン・サービスは、美齢に初めて会った
ときのエピソードを語ってくれた。
「美齢は私に、『あら、サービスなんて素敵な名前だこと。あなたが中国に大きく貢献
(サービス)してくれるとよいのですが』と言ったのです。それで私は『自分の仕事は
中国への貢献ではなく、祖国アメリカへの貢献だぞ』と自分に言い聞かせたものでした。

「宋姉妹 中国を支配した華麗なる一族 NHK取材班」(角川書店)
297日本@名無史さん:02/07/27 19:29
 蒋介石軍は約五百万人。陸軍四百三十万人のうち、約百万人三十九個師団が
戦時中の米国の援助で、完全な米式新装備を身につけてるほか、戦車二千台、
飛行機千二百機、米英両国からの贈与艦艇と接収した日本艦隊をふくむ海軍
も保有していた。
 一方、毛沢東軍はそれまでの「人民戦争」で兵力を増やしてはいたが、
正規軍百二十万人といううち、正式の師団編成は三個師団にすぎず、ほかに
二百万人の民兵がいたが、小銃は三人に一挺という劣悪装備だった。
 内戦が開始されると、蒋介石軍の参謀総長陳誠は「三ヶ月以内に共産軍を
全滅させる」と、かつて支那事変開幕にさいしての杉山元陸相の言明に似た
自信をひれきした。
 事実、まず満州で開かれた戦いでは、常勝の林彪軍もあっけなく敗退して、
陳誠参謀総長の予言は的中するかにみえた。
 だが、一九四七年五月、ソ連軍が関東軍から接収していた旧日本軍のぼう大な
武器弾薬を毛沢東に供給したのがきっかけとなり、あわせて蒋介石政府の腐敗に
助けられて、毛沢東軍はじりじりと民衆の支持と戦果を拡大しながら、中国本土
の統轄への道を進んだ。
298日本@名無史さん:02/07/28 00:36
 マッターホーンにより、中国・成都に前線基地が建設されるはこびとなり、
インド・カラグプルにB−29専用基地とその大規模な兵站支援施設が
設置された。米国の膨大な資金と約四〇万の中国人労働者をつぎ込んで、
一九四四年五月までに成都地域の四ヶ所にB−29専用基地が造られる
と共に、爆撃機の飛行場を保護する戦闘機用基地が数箇所に建設された。
それらの基地まで、数千の支援要員となる技術者、兵器係、コック、倉庫
管理係に加え、予備部品(交換用エンジンも含む)、爆弾、食料、燃料を
運ぶ必要があった。中国の基地から一〇〇機のB−29による攻撃を実施
するには、およそ二三〇〇トンの物資を運び入れるほかに、肝心の爆撃機
をインドの後方基地から中国まで飛ばす必要もあった。

日本殲滅 日本本土侵攻作戦の全貌 / トーマス・アレン/著
ノーマン・ポーマー/著 栗山洋児/訳
299日本@名無史さん:02/07/28 18:54
ともかく中国人がよく言ってくる「抗日戦争」なんざものは真っ赤な嘘だ。
大陸打通作戦での中国軍は、いや軍と呼ぶにも値しないゴロツキ集団だった。
彼らは自分の国の国土と住民を守る気概さえもなかった。「抗日戦争」を
隠れ蓑に宋美齢らがシェンノートのような親中反日原理主義者と結んで、
己の私腹を肥やしていただけ、誇りも規律もあったもんじゃない。そして、
米空軍の空輸作戦も、ゴロツキ集団を矯正させるにはほど遠いものだった。
300日本@名無史さん:02/07/28 19:21
秩父宮にここまで言われちゃったら陸軍も立つ瀬が無いね

 「人間は名誉心の動物だ。教養の足らないもの単純な者程強い。軍人を志願する動機は色々あるに
 しても小供時代に抱く軍人に対する一種の憧れから更に進んで勲章や参謀の所謂縄に対する羨望、
 将官となる希望之は人の名誉心に強くアッピールする。此の様な人に何かをみせびらかしたい気持
 は程度の差こそあれ人間には共通的のものである。それである人が何か人目を引く様なことをする
 と、次の人が之に劣るまいとする。否、一歩更に進めんとする。或は之が逆の方向に現はれる場合
 もある。
  満州事変以後の軍の進んだ方向は明らかに之を物語つている。そして遂に止まる所を知らずして
 国家破滅の日を迎へるに至つた」

 「名誉欲に血迷つてゐる内地の一部の軍人、満州国の隣接地である北支の軍人の中には、当然一仕
 事してみたいと思ふものが出るのも自然と言へば自然であつた。かくて止まる処なく事変から事変
 へと推移し遂に戦争迄に発展したと云つても過言ではないだらう。勿論弁解的或は弁護的議論はい
 くらでもあらうが」

  (『中央公論』1996年11月号所載
      秩父宮雍仁「陸軍の崩壊」(昭和二十四年七月)より)
301日本@名無史さん:02/07/28 19:36
皇族の目から見れば、日本軍は自分達の名前を騙って暴走するばかりの集団だっただろうしね
302日本@名無史さん:02/07/30 19:54
中国が日本に賠償請求・分割占領できなかったのは、支那派遣軍が中国大陸で
圧倒的に勝ちまくっていたから。恐ろしくて手出しできなかっただけのこと。
303日本@名無史さん:02/07/31 20:56
チベット三州での死者数1949-1979

     ウ・ツァン  カム    アムド    合計
 拷問  93,560   64,877   14,784   173,221  
 死刑  28,267   32,266   96,255   156,758
 戦闘  143,253  240,410   49,042   432,705
 飢餓  131,072  89,916   121,982   342,970
 自殺  3,375    3,952    1,675    9,002  
障害致死 27,951   48,840   15,940    92,731
 合計  427,478  480,261  299,648   1,207,387

チベット亡命政府 情報・国際関係省『チベット入門 』鳥影社 p.102
304日本@名無史さん:02/08/04 22:15
大陸打通作戦の3000キロ勝利行軍は、日本陸軍に対する全ての悪評
を吹き飛ばすものがある。日本陸軍の歩兵中心主義を批判するならば中国
の歩兵はそれを相手にどうだったのか、「抗日戦争」とやらの大義はどう
なるのか。また米中軍事同盟はいかほど有効だったといえるのか。

いくらアメリカがご自慢の航空戦力で中国の排日侮日を支援しようとも、
所詮ゴロツキはゴロツキで何ら変りはなかったということだ。
305日本@名無史さん:02/08/11 23:55
南京大虐殺は「無かった」というよりは、日本陸軍の輝かしい「戦果」だった。
306日本@名無史さん:02/08/15 04:19

   東京裁判、再審!! のスレを立てて欲しい



307日本@名無史さん:02/08/15 09:12
東京裁判、再審のスレはここ

     http://www.2ch.net/2ch.html




308日本@名無史さん:02/08/17 22:58
Nステの南京大虐殺ってどうよ?
309日本@名無史さん:02/08/22 11:54
11歳の日本兵の略奪強姦ものがたり・・・
310日本@名無史さん:02/08/22 14:29
南京大虐殺は嘘。
偽写真は大量にあるが、全景写真が一枚も無い。
中国のプロパガンダ。早く気づけよ坊や達。
311日本@名無史さん:02/08/22 14:46
>偽写真は大量にあるが、全景写真が一枚も無い。

「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」だが、表紙の写真だけは本物。但し殺され
ていたのは便衣含む兵員であって、市民殺戮とはほど遠い。抗日戦の連戦連敗
と内戦による死者は膨大なものだった。
312日本@名無史さん:02/08/22 15:36
サンプロでの高市発言についてみなさんはどう思ってます?

313日本@名無史さん:02/08/28 23:44
 シェンノートの在任中、いろいろなことがらが、シェンノートを飛びこえ
て処理され、ついに彼は、スチルウェルよりもっとみじめに、引退すること
になるのであった。
 スチルウェル召喚問題にかんし、シェンノートは、蒋介石をはじめ中国に
いるだれよりも、おおくの責任があった。中国軍および政府の再編成に抵抗
するため、シェンノートが、蒋介石の手さきとして、もしあれほど便利につ
かわれなかったならば、蒋介石も、スチルウェルをたやすく罷免することは
できなかっただろう。
<中略>
 シェンノート、および彼の中国における航空戦略の支持者たちについて、
公正にいえば、彼らが直面したおおくのジレンマは、彼ら自身がつくったも
のでもなければ、スチルウェルがつくったものでもないということがいえる。
すくなくとも、一部は、日本にはやく勝つための、ルーズベルトの偏見と、
連合諸国のなかでの中国の役割にたいする妄想などが、中国における大
敗退の原因となっている。スチルウェルもシェンノートも、ともにこの
幻想のとりこになってしまっていた。

http://www.tom-jerry.com/tomandjerry%20museum/taisen3.htm
「日中航空決戦」(ロナルド・ハイファーマン)より
314日本@名無史さん:02/08/28 23:47
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          \        ∧_∧ ∩使えないから/ ∧_∧     ∧_∧      ∧_∧
愛国心だって・・・・ \      ( ・∀・)ノ______  /  ( ;・∀・)    (; ´Д`)    (´Д`; )
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         (゚Д゚ )_\    ヾヽ  /\⌒)/  |/     〉 〉\\   〉 〉 く く   //( (
     / ̄ ̄∪ ∪ /| .\  || ⌒| ̄ ̄ ̄|    /     (__) (_)  (_.)(_)  (_) (__)
   /∧_∧いうだけかよ・・\    ∧∧∧∧ /  ネットテロリズム 防衛医大立てこもり事件
  / (;´∀` )_/       \  < コ ま > 宅間守大阪小学生刺殺事件 朝日散弾銃事件賛美
 || ̄(     つ ||/         \< ヴ     > 福岡猫虐殺事件 路上爆弾自爆騒動
 || (_○___)  ||            < ァ た >   テロを賛美する 悪質テロリスト集団
――――――――――――――― .<     >―――――――――――――――――――――
         ∧_∧ おぼっちゃま君< か   >    ∧_∧プッ ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ( ;´∀`)の作者って…… ∨∨∨ \   ( ´∀`)  (´∀` )<コヴァ必死だな(藁
    _____(つ_ と)___       ./       \ (    )__(    ) \_______
 . / \        ___ \ユルシテ /   ∧_∧コ\∧_∧   ∧_∧  ̄ ̄ ̄/.//|
 .<\※ \____.|i\___ヽクリクリ ./γ(⌒)・∀・ )ヴ  \   ;) (     ;)<靖国神社に・・・
  ヽ\ ※ ※ ※|i i|.====B|i.ヽ  /(YYて)ノ   ノ ァ   \↑ ̄ ̄↑\)_/     |__|/
    \`ー──-.|\.|___|__◎_|_.i‐>/ \  ̄ ̄ ̄ ̄\め     \コヴァ  | | ┃
      ̄ ̄ ̄ ̄|. | ̄ ̄ ̄ ̄| / ||ヽ|| ̄ ̄ ̄ ̄|| ! !       \    .|_
315日本@名無史さん:02/09/03 12:20
5月26日の益陽占領を手はじめに、日本軍は6月10日に長沙をおさえ、26日には
衡陽の飛行場を占領したが、町そのものは8月8日まで攻撃に抵抗した。その後は補給
の欠陥で日本軍の行動が遅くなったが、福州は陸戦と陸海空の攻勢の共同作戦を併用
することで、10月までに占領された。そして、衡陽と広東から別々の攻撃で11月
11日に桂林と柳州両方が占領された。その後日本軍は南部への別の交通路を確保す
るために行動を拡大した。これは海での損失とアメリカ軍の西太平洋への侵入で要請
された。同時に日本軍は貴陽に進み、12月初めには独山と都奄占領したが、日本軍
の重慶侵攻が近いという一時的なパニックを起こしたものの、日本軍はこの一つの前線
に深入りしすぎたことを認めて1週間以内に都奄ゥら撤退した。

第二次世界大戦歴史地図 タイムズ・アトラス / ジョン・キーガン/編 滝田毅/[ほか]訳
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=30861654
316日本@名無史さん:02/09/04 21:28
Japanese military forces occupied the eastern third of the country
and controlled all of the seaports and main railroads and highways.
General Yasuji Okamura commanded the undefeated, veteran China
Expeditionary Army, consisting of l armored division, 25 infantry
divisions, and 22 independent brigades? of infantry, 1 of
cavalry, and 10 of mixed troops.
http://www.army.mil/cmh-pg/brochures/chinoff/chinoff.htm

Chiang noted Fourteenth Air Force successes in disrupting Japanese
lines of supply along the railway from Wuchang, and endorsed further
diversion of Hump tonnage to sustain these efforts at the expense of
ground operations.

Stilwell was equally obstinate. He blamed the reverses on Chiang's
unwillingness to reform command and training practices of Chinese
Army units. He also believed Chiang had to make common cause with
the Chinese Communists to defeat the Japanese. He denounced Chiang's
decision to divert Hump tonnage from his ground forces to the
Fourteenth Air Force.
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/USA-C-ChinaD/
317日本@名無史さん:02/09/04 21:31
In the summer of 1944 Stilwell had once more to give his full
attention to China, when the Japanese launched a large-scale
offensive and Chiang's forces were unable to prevent them from
overrunning Chennault's airfields. Stilwell's proposal, supported
by the President, was to put Stilwell in command of the threatened
Chinese forces, including some Chinese Communist units that were
fighting the Japanese. When Chiang refused to accept Stilwell, the
President recalled him. The volume concludes with a well-documented
account of these dramatic events, including the mission of General
Hurley to China as the President's representative.
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/USA-Guide/Guide-CBI.html
318だつうさん:02/09/10 22:25
>大陸打痛の有無に関わらず、中国が独力で満州を含めた大陸から
>日本人を追い落とす事態は予測しうる将来において不可能だった。

独力では不可能でも、航空戦力を大幅強化して中国人の抗日を煽って
日本陸軍を駆逐するというのが、当時のアメの戦略だったはずだが。
319日本@名無史さん:02/09/18 00:41
WHAT THE 14 AIR FORCE  HAS DONE TOTHE JAPS
======4 JULY 42 TO 30 SEPT 44======
―AIR COMBAT―
JAP LOSSES                   OUR LOSSES 
DESTROYED 1023 PROBABLE 516      DISTROYED 105
―OTHER JAP PLANE LOSSES―
TO GROUND FIRE 7   DESTROYED ON GROUND 357
TOTAL JAP PLANE LOSSES 1385 DESTROYED 625 PROBABLE
JAP CASUALTIES FROM June TO Sept 30th
24,479 TROOPS   6122 HORSES
―JAP SHIPPING LOSSES―
SHIPS OF 100 FI OR MORE
DESTROYED 317 SHIPS   PROBABLE 103 SHIPS   DAMAGED 266 SHIPS
709,639 TONS          200,350 TONS      410,300 TONS
TOTALING MORE THAN 1000000 TONS !
SMALL SHIPPING LESS THAN 100 FT
DESTROYED 2260 SHIPS   PROBABLE 365 SHIPS   DAMAGED 2315 SHIPS
NAVAL VESSELS
DESTROYED17   PROBABLE13   DAMAGED19
ECONOMY SPECIAL OPERATIONS
1 TON JAP SHIPPING    1 TON JAP SHIPPING

壁にはられた図表には、「フライング・タイガーズ」のががやかしい
線化がかかれているが、シェンノートは補給品獲得に必死だった

http://www.tom-jerry.com/tomandjerry%20museum/taisen3.htm
「日中航空決戦」(ロナルド・ハイファーマン)158頁より
320日本@名無史さん:02/09/18 02:18

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321日本@名無史さん:02/09/20 20:19
>>9
よかった。南京大虐殺をしたおじいさんは居なかったんだね。

う〜〜〜〜〜ん。美談だ。
今度はショウウィンドウの前に居る男の子にトランペットを買い与えよう。
322日本@名無史さん:02/09/29 21:53
南京大虐殺と日本軍国主義の罪悪をみんなで反省しませう。
323日本@名無史さん:02/09/30 15:06
>>318
遅レスだが…
>>大陸打痛の有無に関わらず、中国が独力で満州を含めた大陸から
  日本人を追い落とす事態は予測しうる将来において不可能だった。
>独力では不可能でも、航空戦力を大幅強化して中国人の抗日を煽って
  日本陸軍を駆逐するというのが、当時のアメの戦略だったはずだが。

あわよくばの話であって当面の戦略目標は大陸の日本軍を釘付けにして
他の戦線に転進させないこと。
実際には船舶の不足、制海権の喪失で昭和20年には既に不可能となったが。
それ以前に制定されたアメリカ政府の中国支援政策の眼目はそれ。
だから遊撃戦には強くても正規戦には不慣れな共産軍と
正規戦ですらまともに遂行できない、ならず者国民軍とでは、
大陸打痛があろうが無かろうが、と思わないのが君のヴォケたる所以だ。
アメリカ政府の側からすれば
オリンピック作戦による本土決戦以前の段階で
ドイツ打倒後のシベリア鉄道経由で増強された極東ソ連軍のような
関東軍及び支那派遣軍に対する駆逐戦闘は到底不可能だった。
語るに落ちたり打痛馬鹿。
3242チャンネルで超有名:02/09/30 15:09
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325日本@名無史さん:02/10/01 13:55
大陸堕通に明日は無い。
326日本@名無史さん:02/10/02 02:20
 ペンタゴンの軍首脳者たちのかんがえは、総体的に、シェンノートの航空作戦
計画、およびそれをささえるための大量補給の努力は、アメリカの兵力、資材の
浪費であって、ほかの作戦を妨害するものであるということに一致していた。
 シェンノートの方針は、中国において実効をあげず、ヨーロッパでの活動に
制約をあたえていた。それは、飛行機やそのほかの装備品を、イタリアから中国
に補給がえをしたためである。
 この見解は、一九四四年七月四日にルーズベルト大統領に提出された、中国の
危機にかんする統合参謀本部の公式報告に記述された。この公式報告は、シェン
ノートの作戦原理に反論していて、第二次大戦中に発行された文書のなかでも、
いちばんおかしな内容の文書であった。
スチルウェル支持の統合参謀本部
 統合参謀本部は、シェンノートの主張を否決しようとたくらみ、ほかの戦域
の経験を引用して、つぎのようにのべている
「わが軍が航空兵力で断然優勢をたもっている戦場において、ドイツ軍および
日本軍と戦った経験から、航空兵力だけでは、訓練もじゅうぶんで断固とした
決意の地上軍の進撃を阻止できないことが、すでの証明されている。
 われわれはイタリアにおいて、強大な航空兵力をもっても、地上軍の進撃を
阻止することができなかったので、シェンノートが、中国にある比較的小さな
航空兵力をもって、日本軍に決定的な打撃をあたえられるとはかんがえられない。
 日本軍船舶にたいする爆撃の効果があればあるほど、日本軍の中国での進撃は、
つよくなるであろう」

http://www.tom-jerry.com/tomandjerry%20museum/taisen3.htm
「日中航空決戦」(ロナルド・ハイファーマン サンケイ出版)
327プチ右翼(自称):02/10/02 09:50
南京大虐殺とか嘘っぱち。あんなもんは日本の左翼が平和教育を名目にイメージ操作しているだけ。
左翼の考えにはついていけないなあ。
328日本@名無史さん:02/10/08 23:36
既出かもしれんが、「日中戦争」って名称おかしいよなあ。
あの時の中国は中華民国で、それまではみんな日華ってやってるのに何故戦争名だけは
日中戦争なんだ?「支那事変」か「日華戦争」にすべきだろ?
329日本@名無史さん:02/10/09 00:05
中華 の中で、いいんでないかい? あれは事変ではなくて紛れもない戦争なんだから。
330日本@名無史さん:02/10/09 01:53

中華民国→「華」

中華人民共和国→「中」
331日本@名無史さん:02/10/09 02:42
>>326
> われわれはイタリアにおいて、強大な航空兵力をもっても、地上軍の進撃を
阻止することができなかったので、

ドイツ軍はイタリア戦線で攻勢に出たことあったっけか?
332神戸電子:02/10/09 09:29
便衣兵を使う野蛮な民族に侵略行為と何故言われなければならない?
民間人の大量虐殺?
国際法ではゲリラは殺してよい
女,子供が背後から銃を撃ってくるような国だし
333日本@名無史さん:02/10/10 00:47
>>332
日本も本土決戦になったら同じことやろうとしていたんだろ?
334日本@名無史さん:02/10/10 01:00
>>333
そら、アメ公がB-29による虐殺があったからじゃ。
335重慶爆撃って知ってる?:02/10/17 21:04
>>334
そら、日本鬼子が陸攻による虐殺が(以下略
336日本@名無史さん:02/10/17 21:22
戦争なんだからお互いさま。負けた以上は文句は言えん(嘆
337日本@名無史さん:02/10/17 21:27
drunker.s4.xrea.com/index.html
338日本@名無史さん:02/10/17 22:10
>>328
確か、昔は「日華事変」だった。
いつのころからか「日中戦争」に変わった。
政府及び文部省の歴史認識の変化によると思われ。
・戦争認定
・侵略性認定
・不法行為認定
が、内部で行われたものと推察。

中曽根氏まで、「中国・東南アジア「へ」の戦争に関しては、侵略的要素が
ないとは言いがたい」と発言するようになった。
右翼内部でも、対米英戦と対アジア戦を区別するようになったと思われる。
339日本@名無史さん:02/10/17 23:23
綏遠事件なんてアホなことやっていたことはあまり語られない…。
よかったな、隆吉。
340打通さん:02/10/18 00:09
>既出かもしれんが、「日中戦争」って名称おかしいよなあ。

おかしくない。日本と中国との戦争は満州事変も含めて日中戦争だ。
支那事変にしても1938年夏以降、打通作戦まで事実上休戦状態だった。
中国との戦争こそが、大陸打通作戦の3000キロ勝利行軍を成し遂げ、
百万の精鋭健在であり続けた、光り輝く栄光の戦場であったのだ。
341日本@名無史さん:02/10/18 00:15
打通太郎退院したのか・・・
342日本@名無史さん:02/10/18 00:37
340って頭悪そう
343日本@名無史さん:02/10/18 15:48
日本は戦術では勝っても、戦略的に負けている。
344日本@名無史さん:02/10/18 17:55
というか、戦術目標すら達成できていなかったわけだが……
まあこの場合はもとから達成不可能な任務を押し付けられた現地軍に同情の余地は大いにあるわけで(略
345打通さん:02/10/19 00:08
>達成不可能な任務を押し付けられた現地軍

支那派遣軍は大陸打通作戦で世界で最も残虐で粗暴で野蛮な中国軍を
ボコボコにやっつけて百万の精鋭健在だったのだから、任務目標は全て
達成した。敗北はアメの謀略にはまった太平洋方面の連合艦隊が原因。
346日本@名無史さん:02/10/24 19:29
戦略で負けたものに勝利は無い。その後いびられつづけて現在にいたる。

国際情勢も何も知らない内弁慶の東条は地獄で永久に苦しむがいい。
347日本@名無史さん:02/10/24 19:45
東条にあるのは「開戦時に首相の椅子に座ってた」責任。
どっちかというなら近衛の責任だな、日本の針路を地獄に固定しちまった件については。
東条はそれを必死に回避しようとして果たせなかった悲運の宰相。
348打通さん:02/10/26 23:12
>というか、戦術目標すら達成できていなかったわけだが……

大陸打通3000キロ正義の鉄拳を前にして、中国軍は自分の国の国土と
住民を放り棄てて山奥へ命からがら逃げていった。抗日戦争、それはただ
単にゴロツキの集団が私腹を肥やすための方便にすぎなかったのだ。

大陸打通作戦をやっておいて、本当に良かった。
349日本@名無史さん:02/10/26 23:36
>東条はそれを必死に回避しようとして果たせなかった悲運の宰相。
必至で回避しようとした、というのはとても同意できないが、東条より近衛の方がはるかに日本をおかしくした責任は
大きいな。
俺も現代史に興味持つまでは近衛のことは全然知らなかったが、もっとこの人のことは日本人は知る必要がある。
エエカッコしいの無能な人間がトップに立つとどういうことがおきるかってことを知るためにもな。
350打通さん:02/10/26 23:49
日中戦争で中国側に僅かでも「勝利」があったとすれば、それはゴロツキ
の集団が、国土住民を大陸丸ごと放り棄てて、海外資産だけ奪って国外逃亡
できたことだろう。打通3000キロどころか、大陸丸ごと放り棄てても、
海外資産さえ確保しておけば、一生贅沢三昧で遊んで暮らしていける。
351日本@名無史さん:02/10/26 23:50
私は盧溝橋事件は劉少奇がやった説を信じてるけど
中国は、日本説を主張してるけど
偉大な勝利への戦略としてそれをどんどん宣伝してもいいと思うけど
実際これにより最終的に日本を駆逐したわけだし

やっぱ、日本がやった事にしたほうがうまみがあるのか?
352打通さん:02/11/09 13:06
自分から仕掛けた抗日戦争が連戦連敗だったからサ!!
353打通さん:02/11/14 22:55
太平洋方面はいくら勝ってもそれこそアメのナチ打倒を阻害するだけ。

日本の宿敵はやはり中国だったのだ。
354日本@名無史さん:02/11/14 23:43
モー娘のエロ写真欲しいぞ。
355日本@名無史さん:02/11/15 00:11
【2ちゃん外交団】世界的地図会社が日本海と東海併記決定【抗議メールしる】

===================================
 小中高生ネチズン約1万人で構成されたサイバー外交使節団「バンク
(www.prkorea.com)」は14日、世界最大のオンライン及びオフ
ライン地図出版会社「グラフィック地図社(Graphics Maps、
www.worldatlas.com)」が日本海を東海表記に変更するか、
日本海との併記を決定したと明らかにした。
===================================

2ちゃんねる10万人のサイバー外交団の努力で世界的地図会社が日本海にある
東海併記削除決定

  皆  で  し  て  み  ま  せ  ん  か  ?

ここで問題なのは東海という名称の国際的正当性である。
韓国側の主張は、日本海という名称は日帝時代に、軍事力を背景にして広めた
ものというものだが、事実は18世紀末に国際的に定着していた。
つまり、韓国側の主張は全くの捏造なのだ。
『嘘も100回言えば本当になる』
これを認めてしまえば、今後も反日教育の行き届いた韓国の主張どうりに物事が
進む可能性が生じる。
現実問題として、韓国が不法占有している竹島も同じ道を歩むかもしれないのだ。
(資料:韓国、竹島に郵便番号付与へ
 http://ime.nu/www.sankei.co.jp/news/sokuhou/sokuhou.html
少なくとも、笑って見てる場合では無いことは確かだ。

断固抗議メールしる!ここに送ろう!がんがれ2ちゃん外交団!!
「日本海の名称を守ろう」(英文テンプレあります)
http://ca.sakura.ne.jp/~eddy/Japansea/

356打通さん:02/11/16 15:04
>あの戦争は、多くの他民族に損害を与えました。侵略戦争でした。

特に大陸打通作戦は中国ならずものごろつきちんぴらどもに壊滅的損害を与え、
支那派遣軍百万の精鋭は最後まで健在。中国が戦争責任のセの字も言えずに
内戦に突入したのは、支那派遣軍の圧倒的武勇のおかげだった。靖国神社は中
国が日本占領に加われば絶対に廃止されていた、日本軍国主義の輝かしい残滓。

>あの戦争が結果として戦後の東南アジア諸国の独立の触媒をなした、
>といわれますが、..真に植民地を解放するという聖者のような思想から
>出たものなら、まず朝鮮・台湾を解放していなければならないのです。
>司馬遼太郎 『この国のかたち(四)』 P.186 

東亜解放が目的で開戦したのでは断じてない。
357日本@名無史さん:02/11/16 15:10

あの戦争は、多くの他民族に損害を与えました。侵略戦争でした。

あの戦争が結果として戦後の東南アジア諸国の独立の触媒をなした、
といわれますが、..真に植民地を解放するという聖者のような思
想から出たものなら、まず朝鮮・台湾を解放していなければならな
いのです。

司馬遼太郎 『この国のかたち(四)』 P.186 
358日本@名無史さん:02/11/16 15:17
>>357
司馬史観は偏見の塊。(というか所詮フィクション作家に過ぎないけどね。)
歴史の連続性も考えられず、突然昭和という凶暴で出鱈目な時代が出現した
などと妄想し思考が停止してしまった哀れな作家だった。
そんな彼をコピペするしか能のない君に同情するとともに戦慄を禁じえない。
しかも分別なく貼りまくっとる君はあのガリバン刷り以下だな。(藁
迷わず逝ってくれ給え。
359日本@名無史さん:02/11/16 15:35
>>358

ほう、司馬遼太郎批判とはね。なかなか。
360日本@名無史さん:02/11/17 21:53
>>359
彼の(あらゆる意味で)稚拙な本質が露呈した象徴的な文章。

 まったく金と資材の無駄づかいで、こういうばかげたものを作るくらいなら、
戦車兵を自転車にのせて爆雷を背負わせて走らせたほうがずっと効率がいい。竹
ヤリでもいい。どうせ、全滅はおなじであることをおもうと、そのほうが安あが
りだというだけでも気がきいているのである。

  司馬遼太郎 歴史と視点(新潮文庫) P63より、三式戦車によせた記述
361日本@名無史さん:02/11/18 12:05
>>360
それだけ、三式戦車がだめだったって比喩でしょ。
司馬は中国戦線で戦車隊だったと思うが。
362日本@名無史さん:02/11/18 20:44
司馬遼太郎ってどうなの?
363日本@名無史さん:02/11/18 20:46
>>360
360は何が言いたいの?
364日本@名無史さん:02/11/18 20:58
まあ、旧軍はウンコ以下ってことで・・・
365日本@名無史さん:02/11/18 21:22
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/army/1027358367/l50
日本陸軍のショボさを語るスレです

*その日本陸軍にボコにされた中国軍はどうなんだ?というレスは厳禁です!
 あくまでも日本陸軍のショボさを語るスレです
366日本@名無史さん:02/11/18 21:55
日本軍と雑軍(旧軍閥系の部隊)を戦わせて両方消耗させよう
というのが蒋介石の作戦
日本軍と国民党軍(雑軍を含む)を戦わせて両方消耗させよう
というのが毛沢東の作戦
日本軍にボコにされたのは雑軍であって蒋介石直系の中央軍や
共産党軍はほとんど実戦に出てきてない
367打通さん:02/11/18 22:12
>日本軍にボコにされたのは雑軍であって蒋介石直系の中央軍や
>共産党軍はほとんど実戦に出てきてない

蒋介石直系の中央軍も共産党軍も南北縦貫3000キロにもわたって
の国土と住民を放り棄てて何らの恥じらいもなかったということか。

http://www.army.mil/cmh-pg/brochures/72-38/map3.JPG
Map: ICHIGO Plan 大陸打通作戦 進軍地図
368日本@名無史さん:02/11/18 22:17
>>367
共産党軍が日本軍と戦ったのは平型関だけでしょ。
蒋介石は雑軍を前に出して中央軍は督戦隊に使った。
督戦隊は旧ソ連軍と国民党軍だけにあった戦術部隊で
最前線部隊の後方に位置し、逃げてくる味方を撃った。
これにより最前線部隊は敵と戦わざるを得なくなる。
369日本@名無史さん:02/11/19 11:56
370日本@名無史さん:02/11/19 13:57
>>367
だって昭和19年段階では日本のアメリカに対する敗北はもう必至。
本国が降伏したら支那派遣軍も両手を上げなくてはならない。
来るべき国共内戦再開に備えた方が国民党軍にとって得。
戦略上の要衝さえ守れるなら戦術的撤退に如かざるは無し。
あの作戦が重慶を最終目標にできてたらまだしもなあ。
まあ撤退する国民党軍と進撃する日本軍との略奪暴行にあった
地域住民は気の毒だがなあ。
371日本@名無史さん:02/11/19 15:35
>>370
略奪しなかった共産党軍の勝ち。
372日本@名無史さん:02/11/19 20:16
>>367
 戦争末期には華北では八路軍に、昆明ではアメリカ軍装をした国民政府軍に対して、日本軍はボロ負けしている。あのまま、戦争が続いていても敗北は必至だったであろう。
結局、点と線しか支配し得なかったという点で、大陸打通作戦も大した効果はなかった。
373日本@名無史さん:02/11/19 20:29
中国軍は大戦初期と末期では、全然違うでしょ。
374武装共産党 ◆WE7QmhAn86 :02/11/19 20:31
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              ,.ィ'/ ,;:    ,;:::::;\
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      /   i      ハヽ==-   //  /        \
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    ;'     、        ~`ゝ--ァ\  ,!         ,.   |

375日本@名無史さん:02/11/19 20:42
>>371
共産党軍は、村を占領すると、農地改革を行い人心をつかんだからね。
規律もあったし、地主には厳しかったが。
共産党軍の農村改革の噂は、中国全土に広まった。
376カクマルくん:02/11/20 20:23
農民を味方につけた共産党と「三光作戦」で、徹底的に農村を破壊したり、「無人区」を作るために強制移住させたり、劉連仁さんみたいに強制連行して強制労働をさせた日本軍が勝てるわけ無いですね。
377カクマルくん:02/11/20 20:24
農民を味方につけた共産党に対して、「三光作戦」で、徹底的に農村を破壊したり、「無人区」を作るために強制移住させたり、劉連仁さんみたいに強制連行して強制労働をさせた日本軍が勝てるわけ無いですね。
378日本@名無史さん:02/11/20 20:28
日本軍はウンコ
379田原総一朗(歴史のプロ):02/11/20 20:29
みんなもっと史実を明らかにしてもの言った方がよいよ。
また、このスレ全部読んだけど、みんな基本が身についてないよ。
とりあえず↓ここで勉強してみな。視野が広がるよ。
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/sono423/souichirou.htm

380日本@名無史さん:02/11/20 20:35
日本軍は三光作戦なんてやってないっての
381田原総一朗(歴史のプロ):02/11/20 20:51
>>380の言うとおり。
382日本@名無史さん:02/11/20 20:53
>田原総一朗(歴史のプロ)

田原さん、「大陸打通作戦」ってどう思います?
383日本@名無史さん:02/11/20 20:55
>>378
われがウンコやろが。
当時の亜細亜で欧米と戦える国なんて日本以外にあるんか?
384日本@名無史さん:02/11/20 20:56
ウンコ日本軍の断末魔
385カクマルくん:02/11/20 21:13
 日本軍が、戦争末期に八路軍のゲリラ作戦に相当頭を悩まし、解放区を徹底的に「殲滅作戦」を実行したのは事実だとおもいますが…。
確かに「三光」というのは中国語だけど、一般的にはこの殲滅戦でメチャメチャをしたから「三光(殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くし)」なんて言われているんだよ。
日本軍の方針は「為戦為養」だったから、補給線を無視して農村でも略奪しまくり。都市部よりも農村でのメチャメチャの方が酷かった。
だから、戦区が上海地区に限定されていた上海派遣軍が補給部隊すら追いつかないのに、南京まで突っ走って虐殺しまくったんだよ。
386日本@名無史さん:02/11/20 21:42
これだけ、悪いことやってんだ。やっぱウンコじゃん。
387日本@名無史さん:02/11/20 21:54
>>385
為戦為養

どこの言葉ですか。誰が言いましたか?

戦争を持って戦争を養う、
という意味なら、全く違いますよ。
そんなところに使った言葉じゃありません。
388日本@名無史さん:02/11/20 22:04
ウヨが必死だな。イタいね。
389日本@名無史さん:02/11/20 22:05
そういや共産軍ってどうやって物資調達してたんだ?
390日本@名無史さん:02/11/20 22:11
共産党軍が「三光作戦」やったら、天下取っていなかったろう。
391日本@名無史さん:02/11/20 22:20
>>385
南京について言えば占領当時の直接資料に
虐殺を示唆するようなものは何もないぞ。
392日本@名無史さん:02/11/20 22:21
というか、日本軍が中国にいたこと自体が罪。
393日本@名無史さん:02/11/20 22:28
>>391
もうやめとけや。
394日本@名無史さん:02/11/20 22:30
>>370
その中央軍ってのはやはり、装備や錬度の点で相当差があったん?
395打通さん:02/11/20 22:34
「日本の侵略・虐殺」以前に、中国軍は国民を棄てたゴロツキチンピラの集団。

http://www.army.mil/cmh-pg/brochures/72-38/map3.JPG
Map: ICHIGO Plan 大陸打通作戦 進軍地図
396日本@名無史さん:02/11/20 22:48
↑何も出てこんで。
397日本@名無史さん:02/11/21 02:06
>>391
 終戦直後、戦争犯罪の訴追を恐れた軍は、核心となるような史料は全部償却してしまいました。しかし、近年、史料の発掘により当時の兵隊手帳などから実相が明らかになってきました。
当然、公式文書ではないのですが、こうした私的文書や聞き取りをもとにかなり虐殺の様子が明らかになってきた。
398日本@名無史さん:02/11/21 02:19
>>397
聞き取り?
都合のいい言葉を都合のいい人から聞く作業の事ですね。
一昔前から始められた政治的「学術調査」総称。
399日本@名無史さん:02/11/21 02:21
>>366
ウソはいけません。
400 :02/11/21 02:27
南京虐殺に関して言えば1万年論議しても平行線だね。
それでもこの話題をこりずにするのはヒマつぶし?
401田原総一朗(歴史のプロ):02/11/21 07:32
 開戦後、米国では真珠湾事件審査委員会が設けられ、終戦後、上下両院議員によ
るロバーツ委員会が設けられ、真相が究明されました。その報告書により、実はホ
ワイトハウスの中で、戦争の(企画、準備、遂行のための)共同謀議が行われてい
たという事が明らかになりました。
 西尾幹二の「国民の歴史」によると(1)ル−ズベルトが支持率を維持する為
(つまり共通の敵を作る事で、国民感情を高める為)、仮想敵国の中で、最も許
しがたい(黄色人種のくせに、列強国の仲間入りした)存在であり、脅威を感じ
る日本と戦争したかった。(2)それに便乗し、イエロ−ペ−パ−が売上を伸ばす
ため、敵対心を煽るような記事を連載したのも追い風となった。
402>392:02/11/21 09:58
中国に日本軍がいたこと自体を犯罪とするのは強引。
中国的・反日左翼的にはそうかもしれないが。
香港にイギリス軍がいたことを犯罪と定義したり、
植民地主義的秩序そのものを違法とするならわかるが、
一方的に日本だけを非難しても単なる復讐論に過ぎない。

403日本@名無史さん:02/11/21 11:24
>>402
香港をイギリスが取ったのは不当。でも、不当な戦争後の条約に基づいていた。
中国の日本軍は、宣戦布告さえしてなかった。
404日本@名無史さん:02/11/21 13:13
>>402
もうやめとけや。
405 :02/11/21 14:02
まあ中国が大軍で上海に攻めてきた時に陸戦隊が頑張らずに数万の
一般の日本人と一緒に亡くなった方が後世のためには良かったんだ
ろうな。
最近は国家の誇りとか、最低限自衛くらいはという人が多いけど、
追い込まれた状態では下手に自衛なんかしようとすると余計悲惨
な結果になる罠。

日中戦争とは
条約や契約に基づいた権益であっても、相手に見くびられた状態
では無視されるし、守ろうとすると余計強権を発動され、最後は
破滅するという事を学んだ歴史的教訓でありますた。
406日本@名無史さん:02/11/21 18:39
>>391>>398>>402
ちょーウヨ。もはや宗教。思考回路停止。てんのーへーかマンセー。
407日本@名無史さん:02/11/21 18:40
>>391>>398>>402
 この人、朝鮮労働党でも十分やっていけるね。
408406=407:02/11/21 18:50
単刀直入ウヨ認定、朝鮮労働党認定お疲れ様です(w
409打通さん:02/11/21 19:14
>植民地主義的秩序そのものを違法とするならわかるが、

「満州事変は日本軍国主義の世界秩序への逆行」なる中国の言い分は、
この文書一枚で粉々に突き崩せる。あれほど新国際秩序を謳ったはずの
ルーズベルト自身が、前世紀帝政ロシアの権益復活を承認しているのだ。

大西洋憲章だのカイロ宣言だの、非現実的で馬鹿げた国際公約を自ら破棄
してくれたルーズベルト大統領のこの決断は、高く評価すべき英断だ。

http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html
ソヴィエト社会主義共和国連邦の海軍基地としての旅順口の租借権を回復する。
410日本@名無史さん:02/11/21 19:24
日本軍が中国に駐屯していた事は帝国主義は犯罪であるという前提においては犯罪といえるが、
当時においては一定の兵力を置くことは認められていた。
駐屯の方法や規模について過剰だとか越権だとかということはいえても駐屯そのものを犯罪であるとは言えないと思う。
411打通さん:02/11/21 19:32
大陸打通作戦でギュウギュウに痛めつけられた中国は、内戦に突入し、
対日戦勝国の地位から事実上外されることになった。
412日本@名無史さん:02/11/21 19:38
中国から見れば条約を破棄して列強の権益を奪回することが、
民族の正義であり、これを妨害する列強の軍事行為こそ犯罪である、
という見方も成り立つ。
413打通さん:02/11/21 19:51
>中国から見れば条約を破棄して列強の権益を奪回することが、
>民族の正義であり、

権益奪回どころか、その時あった自分の国の国土と住民を守る気概
さえもない、「抗日戦争」などとはゴロツキの集団が金だけ奪って
国外逃亡するためのゴマカシ笑い。

http://www.army.mil/cmh-pg/brochures/72-38/map3.JPG
Map: ICHIGO Plan 大陸打通作戦 進軍地図
414日本@名無史さん:02/11/21 20:10
歴史評価と軍事的勝敗は別だし、現に中国の教科書の記述では、
中国が近代に列強と締結した条約は不当であり、これを破棄し、
権益を奪回することを正義として、権益維持の為、軍事力を行使する
列強の行為を反動的犯罪としている。
中国にとっては民族の正義に反する事が犯罪であり、
日本や列強が条約で決められた権益を軍事力で維持することは
中国から見れば犯罪だったのだと思う。
415 :02/11/21 21:42
北軍は民を苦しめ殺戮を行なってると南軍が攻めこんで略奪・虐殺が行なわれた
済南事件から十年ちょっとで日中戦争....自衛の軍隊を置かないほうが不思議
です。
結局は体制も反体制側も排外主義を煽って保身と増長を狙ったわけで..
たとえ現地政府に莫大な保証金を払ったり、投資、建設した権益が惜しくても
下手にすがると...ビンボー日本があきらめられる筈もないが。
416日本@名無史さん:02/11/21 23:59
>>411
国際連合の常任理事国入りして
国力不相応の五大国の一員扱いされましたが、何か?
対日戦勝国なのは英国と同様。
第二次国共内戦への日本軍国主義の貢献に
話題を留めておいたら?
417日本@名無史さん:02/11/22 01:39
>>406
>>407

図星を指摘されてキレましたか。w
418日本@名無史さん:02/11/22 02:00
>>416
 激しく同意。日本が手出ししなければ、長征と国民政府軍の討共戦で疲弊していた中国共産党に国共内戦で勝てる見込みは無かったはずだ。西安事件で第二次国共合作が成り立ったものの、抗日戦争中に何度も国民政府軍と共産党は激突しているし、
華南の新四軍もこのため撃滅した。はっきり言って蒋介石の方が日本にとってくみし易かったし、満州国も黙認していた。盧溝橋事件で牟田口みたいなクズにひきづりまわされた武藤章をはじめとする陸軍参謀本部の無能ぶりにはあきれるばかり。
419打通さん:02/11/22 10:26
共産党を勝たせて朝鮮戦争、米中離間は大成功。

そのおかげで日米安保条約が成立している。
420日本@名無史さん:02/11/22 11:35
打通氏を論破しようとしても、のれんに腕押しか?
421日本@名無史さん:02/11/22 12:30
支那事変はわが国の過剰防衛だった
                以上
      糸冬 フ 
         l
422日本@名無史さん:02/11/22 14:19
>>418
まあ、蘆溝橋だけじゃないがね。軍だけじゃなく、政治家、マスコミもだらしなかったのだよ。
うまく事変処理するチャンスはいくらでもあった。
大東亜戦争突入の直前にさえあった。
一部の軍人だけを批判しても駄目。
423名無しさん@お腹いっぱい。:02/11/22 15:22
南京大虐殺という連合国軍のプロパガンダ
を論じようとしても無駄であり不可能です。
実態がないのだから。
424日本@名無史さん:02/11/22 15:26

戦争に負けたヤシが何言ってもだめ。
425名無しさん@お腹いっぱい。:02/11/22 15:29
>>424
プロパガンダには同意ということですね。
426名無しさん@お腹いっぱい。:02/11/22 15:35
そう。プロパガンダ。
原爆投下の正当化根拠の一つとして編み出された。
30万人という数字も原爆の犠牲者を意識したもの
と思われる。
427日本@名無史さん:02/11/22 15:47
>>425
あんま血圧上げんなよ。
428名無しさん@お腹いっぱい。:02/11/22 15:49
>>427
え?424文意を汲み取ってあげただけだよ。
429日本@名無史さん:02/11/22 19:16
>>398
ウヨク必至だな(藁
430日本@名無史さん:02/11/22 20:19
>>429
あなたは、頭隠して尻隠さずの、左翼将棋ファンですか。
431日本@名無史さん:02/11/22 20:20
>>429
398の言っていることは図星ですね(w
432日本@名無史さん:02/11/22 21:13
南京大虐殺以外の戦争犯罪もプロパガンダなの?
433日本@名無史さん:02/11/22 22:26
みんな、やたらと南京大虐殺だけ突き上げるけど、日本軍がアジアで殺した1500万人からみれば、些細なことです。
434打通さん:02/11/22 22:38
大陸打通作戦でも、無辜の中国民衆を殺し尽くし、犯しつくし、奪いつくしたぞ!!天皇陛下マンセー!!
435日本@名無史さん:02/11/22 22:50
こいつ、最悪だな。やっぱり打通はコヴァだな〜。
436日本@名無史さん:02/11/22 23:09
中国のチベット大虐殺はプロパガンダ?
437日本@名無史さん:02/11/22 23:15
当時人口20万人の南京で30万人を殺し、
南京陥落の翌月には南京の人口が増えていたという不思議。
438日本@名無史さん:02/11/23 00:12
黄文雄著「日中戦争知られざる真実
     中国人はなぜ自力で内線を収集できなかったのか」(光文社)
    はしがきより

日中双方の小中学校の歴史教科書が教える内容も詳しくないというより、
むしろ捏造、歪曲に満ちている。

もし良識ある学者なら、悪逆非道だったのは日本軍よりも中国軍の方であり、
しかもその「悪逆」は中国の伝統文化に基づいたものだったとわかるはずである。

〜つまりこの戦争は基本的には内線の一環であり、またはその延長だった。
日中戦争において、被害者はむしろ日本の方だった。
「中国人は日本人に感謝せよ」
439日本@名無史さん:02/11/23 07:21
>>382田原さん、「大陸打通作戦」ってどう思います?

あれはあれで良かったんじゃないか?


●画像集
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/sono423/gazo6.htm
●女子スポ−ツ選手の画像集
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/sono423/sportsaaa.htm
●女子アナの画像集
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/sono423/anaunsaer.htm
■トップペ−ジ■
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/sono423/souichirou.htm

※その他コンテンツ諸々!
このHPを見た感想、良いところ、悪いところ、なんでも言ってチョ!
440日本@名無史さん:02/11/23 11:18
Increasingly, Chennault's preoccupation was to warn Americans about
the dangers of communism, and to suggest ways to turn back the tide.
He urged the U.S. to support clandestine operations in the People's
Republic of China: "Assuming an outside source of supply, the airplane,
the cargo parachute, and the portable radio, twentieth-century guerrilla
warfare can assume maddening dimensions." The guerrillas should be
Chinese, however. Almost alone in the 1950s, Chennault understood
that American troops must not be used to subdue revolutions, whether
in Asia or in Europe: "If the people and the governments in those areas
do not wish to fight Communism, we should let them be communized."
http://www.danford.net/clc.htm
441日本@名無史さん:02/11/23 12:14
ところで中国は共産主義を事実上放棄してるってのは本当か?

そうだとしたら、中華人民共和国建国の意義は何だったんだ?
442日本@名無史さん:02/11/23 16:03
今や資本家も中国共産党に入れるんだって。党名変えたら?
443日本@名無史さん:02/11/23 16:21
むしろ日本の方が社会主義国化しているな。
444日本@名無史さん:02/11/23 21:04
>>437
 当時の南京戦直前の南京には、周辺から避難民が集まって50万くらいに膨れ上がって、食料の援助を求める文書があるぞ。
445日本@名無史さん:02/11/23 21:15
>>438
 黄文雄って本当は日本人みたいだね。ウヨが担ぎ出したようです。
446日本@名無史さん:02/11/23 21:41

       ∧_∧ ハァハァ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 シコ   ( ´Д`/"lヽ< 日本は中国には勝ったんだよぉハアハア
      /´   ( ,人)  \__________
 シコ  (  ) ゚  ゚|  |
      \ \__, |  ⊂llll
        \_つ ⊂llll
        (  ノ  ノ
        | (__人_) \
        |   |   \ ヽ
        |  )    |   )
        /  /    /  /
         /  /    (___)
      (___)

ウヨの姿。負けた戦争にいつまでもグチグチ言っているから、経済でも中国に抜かれそうになってんだ。
447日本@名無史さん:02/11/23 21:48
>>438
韓国併合は、多数の韓国人は望んでなかったよ。
多数の韓国人が望んでいたのは、近代化への人的及び金銭的自立開発援助
だよ。日本が欧米にしてもらったようにね。

日韓議定書締結・日韓併合条約の時、いずれもソウルで軍事演習を行い、
威嚇しながらサインさせたしね。
伊藤博文は日韓議定書の会議で大声で恫喝しているよ。
1人の大臣だけが、最後まで拒否した。日本官憲に別室へ連行されたよ。

死者多数の3・1反日独立運動(1919年)が全国的に展開した理由を考え
てみてね。
徴用についても国民の義務と言うけど、ちょっと屁理屈だよ。
安保条約の下、葉書一枚で、アメリカに炭鉱労働に行かされたりしたら、
「国民の義務だ」と言われても納得はいかないよね。

ちなみに、暴力的連行は2000名説から万人説といろいろある。
広義の強制連行(葉書一枚で日本行き)は数万人説から十数万人説あるね。
ついでにいえば、兵士希望者が多かったのは、兵士にならないと、
炭鉱労働にまわされるから。
炭鉱労働での、暴動及び逃走率は約3割。
448日本@名無史さん:02/11/23 22:20
 なぜ、あの時中国と全面戦争をする必要があったのか。1937年段階では、蒋介石も事実上、満州国を黙認状態だったし、中国なんかほっとけば良かったのである。
よく、中国共産党の謀略だっていうけど、それが事実だとしても、それにほいほい乗っかって100万近くの陸軍精鋭を広大な中国大陸に張り付きにされたのでは、たまったもんじゃない。
そんなんで、アメリカと戦争するなんて…。やはり当時の日本の戦争指導の出鱈目ぶりには目を覆うばかり。
449打通さん:02/11/23 22:40
>100万近くの陸軍精鋭を広大な中国大陸に張り付きにされた

何が悪い。アメだって陸軍主力は太平洋じゃなくて欧州だった。
450日本@名無史さん:02/11/23 22:46
>>445
それは韓国人の捏造です。
451日本@名無史さん:02/11/23 22:59
>>449
 大戦終盤の44年のノルマンディー上陸作戦以降に、欧州での第2戦線が本格的に展開されますね。日本がアメリカに負けた敗因の一つとして、アメリカは作戦指導上の陸軍と海軍の連携がバツグンに良かったのですな。日本はあいも変わらず参謀本部と軍令部の権力争い。
実質、海軍だけでアメリカと戦っていたようなもんだった。まあ、これでは勝てん罠。
452打通さん:02/11/23 23:16
>欧州での第2戦線が本格的に展開

その間に日本陸軍は大陸打通作戦でにっくき中国をボコボコのコテンコテン
にやっつけて、ヤルタの席に出られないようにしてやったのだ。打通作戦は
1938年武漢制圧以来、久々の日中戦争再開だった。
453日本@名無史さん:02/11/23 23:41
ヤルタ会談は、主としてドイツの敗戦処理について議論したもので、もとから中国はお呼びでない。
454日本@名無史さん:02/11/23 23:43

       ∧_∧ ハァハァ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 シコ   ( ´Д`/"lヽ< 打通作戦サイコー!ハアハア
      /´   ( ,人)  \__________
 シコ  (  ) ゚  ゚|  |
      \ \__, |  ⊂llll
        \_つ ⊂llll
        (  ノ  ノ
        | (__人_) \
        |   |   \ ヽ
        |  )    |   )
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         /  /    (___)
      (___)

455打通さん:02/11/24 00:06
中国が憎い、一度ぶった斬りにしてやりたいと思ったヤシはいないのか?

http://www.army.mil/cmh-pg/brochures/72-38/map3.JPG
Map: ICHIGO Plan 大陸打通作戦 進軍地図
456日本@名無史さん:02/11/24 00:18
打通作戦って、そんなにスゴイの?何人くらい中国人をぶった切りしたの?
457 :02/11/24 00:25
>>447
>多数の韓国人が望んでいたのは、近代化への人的及び金銭的自立開発援助
>だよ。日本が欧米にしてもらったようにね。

(´-`).。oO(明治維新では金銭的援助なんて貰ってないよな。いつのことを言ってるんだろう)
458日本@名無史さん:02/11/24 00:36
459日本@名無史さん:02/11/24 00:37
>>458

       ∧_∧ ハァハァ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 シコ   ( ´Д`/"lヽ< 日韓併合は合法!!
      /´   ( ,人)  \__________
 シコ  (  ) ゚  ゚|  |
      \ \__, |  ⊂llll
        \_つ ⊂llll
        (  ノ  ノ
        | (__人_) \
        |   |   \ ヽ
        |  )    |   )
        /  /    /  /
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      (___)

460打通さん:02/11/24 00:50
>何人くらい中国人をぶった切りしたの?

ざっと一億人が日本軍と親日傀儡政権の支配下に入った。

それと、ぶった斬りにするのは中国大陸そのものについて。
461日本@名無史さん:02/11/24 10:11
>>460
 それって石原慎太郎が言っているように、中国を分割するってこと?
462日本@名無史さん:02/11/24 11:32
>>406
 日中戦争時、日本は占領地におよそ20以上の傀儡政権を作った。この事実からも日本の侵略戦争し明らか。
463世界@名無史さん:02/11/24 12:06
内戦の際の撤退・入城の合間の略奪などで都市は迷惑を蒙るので
治安維持会や自治委員会を作ることが多かった。
政府への信頼度や抗日教育の度合いで差はあったが
日中戦争でも活かされた例が多い。
後にそれが地方政府に発展したのも多い。

焦土抗日といっても商業で食ってる人には迷惑千番。
実際は兵士が火をつけて撤退しても地元住民が消したりし、
治安回復後にしまっていた家財道具を出し、店が開かれる。
464日本@名無史さん:02/11/24 13:50
>>447
>ついでにいえば、兵士希望者が多かったのは、兵士にならないと、
>炭鉱労働にまわされるから。

それ誰かの受け売りでしょ。
465日本@名無史さん:02/11/24 14:27
つうか半島にだって工場はあるし、日本に連れてこられて造船所で
働いたという話もある。

関係ないけど、古本を漁っていると...
二十年くらい前の歴史の本、専門書ではなく軽い感じの歴史の
読み物だと資料やソース無しで、好き放題おどろおどろしい事が
載っていて、「これが史実だった!」「実態はこうだったのだ!」
.....っていうふうに締めくくっているのをよく見るよ。
466日本@名無史さん:02/11/24 16:49
>>462
 日本軍がつくった傀儡政権の中にはも無関税地帯をつくって搾取しまくったところもある。財閥系の企業等が軍と傀儡政権と手を組んで、現地の農民からほとんど強制的に安価に物資を買い取ったりやりたい放題だった。
467日本@名無史さん:02/11/24 17:06
>>462
 日本軍は、こうした現地傀儡政権を利用して、アヘンまで売りまくってたそうだ。空母2隻分の儲けがあったらしい。ジャンキーの間では「日の丸」はアヘンの商標だと思われてたから、日本軍がやってくると、真っ先に寄って行ったたのはジャンキーだった。
468日本@名無史さん:02/11/24 17:17
>>461
石原慎太郎は、典型的な戦前的な考え方で凝り固まっているよね。「中国人は愛国心なんていうのがなくて、自分の利益ばっかり考えているから統一国家は無理だ」っていうもの。 
469日本@名無史さん:02/11/24 17:30
傀儡政権なんか沢山作って、最終的にはどうやって日中戦争を終わらそうと思ってたのでしょうか?
470日本@名無史さん:02/11/24 17:40
分割統治でしょう。中国は天皇にあげて、秀吉はインドに住むとかいうやつですは。
471日本@名無史さん:02/11/24 17:50
詳しくは知らないのでだけれど
1933年に日本と中国の間で「タンクー協定」と言う物がが結ばれていて
これでもって中国(国民政府)は事実上、満州国を認めたことになるようだ。
満州事変で領土拡張を止めてれば良かったのにと思ったが、どうだろ?
472日本@名無史さん:02/11/24 18:04
はっきり言って国民党だけだったら
どうにかなった。
というより、国民党はもともと親日政権。
重慶に移ってからも日本人顧問がいたということからも
わかるだろう。
問題は国民党内部まで食いこんでいた共産勢力。
支那大陸では、
国民党と日本軍は欧米列強の帝国主義と共産主義の前に敗北したのだ。

473日本@名無史さん:02/11/24 18:18
>日本軍がつくった傀儡政権の中にはも無関税地帯をつくって搾取し
>まくったところもある。

日本品に異常に関税かけたので、その抜け道でそういうあこぎな事を
やったらしい。
一時は日華和商ということで国民政府が軟化して中国からも財閥の
有力者が来日したのに..反国民党の連中から売国奴呼ばわり、
結局対日強硬策しかとるべき道はなかったとさ。

>現地の農民からほとんど強制的に安価に物資を買い取ったりや
>りたい放題だった。
その買い取ったお駄賃を帰り道で関所だ!と言って農民から搾取したのが
正義の味方遊撃隊....で、なぜか通報されて日本軍出動(汗
特に末期は流通が止まってインフレが凄かった
...都市と周辺は崩壊、共匪が付け入る隙が出来ますた。



474日本@名無史さん:02/11/24 20:41
>>467
蒙古自治政府だったっけ?
戦時中のアサヒカメラ増刊で兵隊が撮った写真集みたいなのが
あるけどケシの花畑の写真があったよ。
巻末の解説ではあそこで栽培されてると
で華北交通の雑誌「北支」で街頭で売られる優雅な阿片道具や
アヘンを売る店なんか紹介されてたのを見たことあるよ。
475日本@名無史さん:02/11/24 21:15
「日中アヘン戦争」 江口圭一
先日、岡崎で「日本の戦後補償の問題点ードイツと比較してー」とい
う講演会があり、東北学院大学の川端純四郎という先生が話されました。
 どういう話かというと、日本がこれからアジアの中でアジアを相手に
経済活動をやっていこうとするとき、過去の戦争を誠実に謝罪しなけれ
ば、アジアの中で相手にされなくなるという話でした。
何故、アジアの中で相手にされなくなるかというと、日本が一五年戦
争で朝鮮・中国などアジアで何をやってきたのかをアジア諸国から繰り
返し問われ、いつまで経っても政府高官がアジアで行った侵略戦争で、
アジアの人々に迷惑をかけた事実を認めようとしない発言をするため、
日本は信用できない国だとされてしまうからです。
そうした話の中で、アヘン戦争の話が出ました。アヘン戦争といえば、
英国が中国でのアヘン販売利権を認めさせようとした愚劣な戦争と記憶
しているのに、何故日本が関係するのかと興味を持って聞いたところ、
日本がアヘンを売ることによって、戦費を調達していたことが話され、
故大平正芳首相が当時は大蔵官僚で、仙台財務監督局にいたところ、中
国でアヘンの受給をコントロールしていた興亜院経済課主任として派遣
され、アヘンの増産、蒙彊カイライ政権の財源確保に当たったというも
のです。
そして、それは岩波新書の「天皇と阿片」とかいう本だというので探
してみたら、本当は江口圭一著「日中アヘン戦争」という本でした。そ
の73ページに大平氏の関与が書かれていました(10年前に発刊)。
 日本はアジアの人を虐殺したり、苦役を強いたり、慰安婦にしたりし
て散々ひどいことをしたなと思っていましたが、その上にアヘンを内蒙
古で生産し、中国人をアヘン中毒患者にして、その人たちから血の出る
ような金(家財を打ったり、家族を売ったりしたあげく、廃人にしてし
まう)を絞り上げて、戦費としたり、カイライ政権維持に使ったこと
を知り、罪の深さをさらに考えさせられた本でした。
476日本@名無史さん:02/11/24 21:32
日本ってアヘンまで売ってたんだ。幻滅だな。
477打通さん:02/11/24 21:38
>アジアの人々に迷惑をかけた事実を認めようとしない発言をするため、

特に大陸打通作戦ではゴロツキチンピラ国民党政権に壊滅的損害を与え、
内戦状態にしてしまい、日本の戦争責任は追及されないままだった。
478日本@名無史さん:02/11/24 21:47
国民政府の戦争犯罪追及は行われたよね。有名な「百人斬り」の人も、戦犯として処刑されたしね。
479打通さん:02/11/24 22:00
「生きて虜囚の辱めを受けず」は英断だった。中国軍の捕虜になる
くらいなら、拷問処刑や洗脳教育など、死んだほうが百倍ましである。

しかし、中国といえども岡村寧次大将は軍事顧問に招き入れた。
内戦に敗れた国民党軍に必要だったのは、惨敗した抗日指導者・張学良
ではなく、連勝の侵略司令官・岡村寧次大将であったのだ。
480日本@名無史さん:02/11/24 22:01
「百人斬り」って何?
481日本@名無史さん:02/11/24 22:21
南京大虐殺のときに、中国軍の捕虜を百人斬るまで競争したバカな将校二人組みのことだよ。
482日本@名無史さん:02/11/24 22:29
南京大虐殺のときに、そんなことまでしてたのか。日本軍がみんなで、「百人斬り競争」すりゃ、30万人くらいいくんじゃないの?
483日本@名無史さん:02/11/24 22:32
>>478=>>480>>481=>>482
自演ご苦労さん
484日本@名無史さん:02/11/24 22:42
>>475
戦時中の日本にアヘンの栽培は紹介されたというレスのあとに
実は日本はアヘンを作ってたのだ〜って書いても
インパクトが無いような気もするが..
485日本@名無史さん:02/11/24 22:44
百人斬りは捏造だぞ
486日本@名無史さん:02/11/24 22:47
Nステで麻薬を以前取り上げていたよな。ナレーションが
凄かったのだけ覚えてる。
487打通さん:02/11/24 23:18
>問題は国民党内部まで食いこんでいた共産勢力。

それは異論がある。排日支援はソ連だけではないからだ。中国は常に強者
に媚びて弱者を挫くもので、支援はソ連からでもドイツからでもアメリカ
からでもよかったのだ。中国こそ強者米英独ソに媚びて、弱者日本を排撃
してきた卑怯者だった。
488 (・∀・)貼り♪ます :02/11/24 23:35
まあ上海の日本租界への無差別砲撃や外国製飛行機を使った
共同租界への爆撃、大軍で侵攻、このままでは危ないというとき
海軍の渡洋爆撃で難を逃れたと思ったら、極悪非道の爆撃として
世界中に報道..世の中厳しい


中国の南京関係のサイトでは今だ現役の捏造写真の配信
http://members22.cool.ne.jp/~syasinsyuu/j79.htm
日本が悪いと抗議活動
http://members22.cool.ne.jp/~syasinsyuu/j92.htm
489日本@名無史さん:02/11/24 23:46
http://yasai.2ch.net/army/kako/1012/10122/1012297450.html
中国人民軍の戦闘能力 「ここは打通の何百里」
http://mentai.2ch.net/whis/kako/992/992495223.html
抗日主義者張学良の「抗日戦争」を語る
490日本@名無史さん:02/11/24 23:53
>>487
第一次世界大戦以降、
中国本土に領土的野心を抱いたのは、
満洲だって陸軍参謀本部が
直接領有を本来望んでいた
日本軍国主義だけですが何か?
即ち強者とは領土的野心を抱かない
国々のことなのでしょうか、それとも何か?
491打通さん:02/11/25 00:01
>第一次世界大戦以降、中国本土に領土的野心を抱いたのは、

ソヴィエト社会主義共和国連邦の海軍基地としての旅順口の租借権を回復する。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html
492日本@名無史さん:02/11/25 00:02
>>490
日本語がおかしい。
勉強してくれ。

第一次大戦で満州に領土的野心を抱ける国家は日本をおいてなかった。
あとの世界地図は飽和状態。それだけのことだよ。
他の「強者」は別のことに関心を向けていたわけ。
493打通さん:02/11/25 00:13
日本単独侵略戦争史観は、ヤルタ密約協定一枚で粉々にできる。

何しろ米英ソで中国に無断の密約で満州権益をソ連に譲り渡すことを決
定してしまったのだから。この論法なら、満州権益についての所有権は、
中国の了解なぞ必要ないということ、満州を日本がとるのはいけないが、
ソ連がとるのは良いのだということ。
494日本@名無史さん:02/11/25 00:15
>>485
 捕虜を並ばせて、スエモノ斬りしたらしいじゃん。
495 :02/11/25 00:21
本来満州なんか誰が支配しようと日本企業が契約金を払い
懸命に開発した鉱山や工場が操業できればよかった。
が、なにかを狙ったように排日抗日で日本人に土地を貸すなと言ったり
満鉄付属地内の商人にまで税金を要求、仕舞には契約違反の満鉄平行線を
外資を誘って建設しようとする...
邦文外国雑誌の創刊号(満州事変前)に南京のお偉いさんが東北の産業
の発展について書いてたが、まるで中国人自身が東三省を開発したよう
に述べ現地中国人が日本の銀行を利用する事に難癖つけてた。


そういや貴国ではインチキ田中文書が今だに現役らしいね>>490
496打通さん:02/11/25 00:25
ソヴィエト社会主義共和国連邦の海軍基地としての旅順口の租借権を回復する。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html

この文書一枚で、対支21ヶ条以来の中国抗日戦争の大義が、
国際的にみて事実上完全に否定されたと言ってよい。
497日本語が変な中国人だそうです:02/11/25 00:34
>>491
>>493
権益と領土の
区別もつかないのですか、打痛さんは?
ヤルタの決定はいつ頃のことですか、打痛さん?
その旅順港の租借権はすぐに
どうなりましたか、打痛さん?

>>495
だって21カ条で証明した通り、
李鴻章が1874年台湾出兵で国を憂いて
朝廷への上奏文で「日本は中国の永久の大患」ぶりを
暴露してしまったんだもの。
498日本@名無史さん:02/11/25 00:57
>>495
 田中メモランダムってやつですか?
499 :02/11/25 01:02
アメリカのグランドゼロの一つ覚えみたいに21ヶ条が出るけど
この程度の要求なら中国が初めからまともに、気まぐれのように
徴税して外国企業を圧迫したり、インチキ警察をのさばらせ、安易な排外
主義の一方で内乱と抗争にあけくれるなければ、こんな要求しなくても
済んだように思えるけど。

南軍が北軍を追って都市に入ったら一般市民はもちろん略奪、
邦人家屋まで襲ってる国を信用しろと?
権益は保護すべき、政府は陶冶すべき、当然でしょ。

尤も、後世を考えるとさっさと日本があきらめるべきですた。
今、中国に行ってる企業も後で泣くと思う。何社かは既に泣いてる。
500日本@名無史さん:02/11/25 01:04
>>494
大虐殺派のウソ写真と証言
http://www.history.gr.jp/nanking/lie.html
501日本@名無史さん:02/11/25 01:08
502日本@名無史さん:02/11/25 01:12
>>500
そこの写真の1-4なら3.1独立運動で弾圧、処刑する日本軍
としてハン板でみたよ。もうどうなってるやらw
503日本@名無史さん:02/11/25 01:37
>>499
激しく同意。植民地利権なんてどこかで見切りをつけるべきもの。それをいつまでも固執したから、全部失うような破滅に至った。
504日本@名無史さん:02/11/25 01:49
当時の日本軍兵士は強姦した中国女性の写真を記念としてたくさん持っていたらしいね。たまたま、捕虜になったものについては、南京大虐殺の史料だとかいって出回っているようだ。
505日本@名無史さん:02/11/25 01:50
>>499
というか、
軍閥乱立のおかげで
日本は中国に進出できたのだから、お互い様。
ただ日本はやり口を間違えたから、
各派各政権共通の敵となったわけ。
もっとも黄文雄氏に言わせれば、
それも日本軍国主義者が中国統一に果たした貢献として
中国人民が感謝すべきものらしいが。
506日本@名無史さん:02/11/25 01:53
日本が領土的野心を持っていたことは確かだが、それを意図的に
あなたは「日本だけが領土的野心を持っていた」と決めつけていますが?
ソ連は外モンゴルを中国から一部併合していますが?
あなたは唯一絶対悪非道侵略者の日本軍国主義と位置付けたいようですが?
508507訂正:02/11/25 06:17
外モンゴルを中国から一部併合していますが?
      ↓
外モンゴルを中国から分離させその領土を一部併合していますが?
509日本@名無史さん:02/11/25 09:54
やっぱ先を見る目が欲しかったね
中国は満州事変以前にソ連にも権益回収を迫ってたけどソ連の「何か?」
で終わってたし、モンゴルや西北東北の辺境の赤化支援もしてたのでソ連も
お世辞にも清潔とは言えない
けど、華夷秩序の観念と近いので大勢業者が行ったのでなにかと目立って
日陰な立場のナショナリストに狙われ易いのにね
とはいえ今の中国はばら色と思って中国ルールのまかりとおる世界へ進出する
企業や、将来の利益になると思ってODAを出す政治家が戦前の反省の上に
たっているというなら、あまりにも情けないよ
510日本@名無史さん:02/11/25 19:12
 ソ連は1919年のカラハン宣言で、旧ロシアの中国の利権を返還するって宣言したのが大きかったよね。後に後退したとはいえど、中国の民族運動・革命運動に着目していた点では先見性があるよ。
日本は、一応、孫文を支援していたけど、孫文の神戸での講演で「王道か、覇道か」と突き詰められているし…。結局、覇道を突き詰めて破滅した。この先見性の無さ…。
511日本@名無史さん:02/11/25 19:37
>>505
 というか、軍閥乱立になるように、諸外国はそれぞれの軍閥の後ろ盾になっていた。日本は奉天軍閥だったけど、軍閥を傀儡にするほうが都合が良かったんだよね。下手に統一国家なんて作られると搾取できない。
512日本@名無史さん:02/11/25 20:15
利権守るだけが目的だったら、満州国なんか作らずに、リットン報告を受け入れればよかったんだよ。ハルノートに比べれば大分マシ。
513日本@名無史さん:02/11/25 20:41
結局どこも気弱なときは仲良くして力が盛り返すと恫喝...はあ

昭和四年、ソ連は満州に侵攻したが、これが、ケロッグ・ブリアン協定を
破った最初の侵攻戦争」である。ソ連は、ソ満国境を越え満州の張学良軍
を撃破し、帝政ロシア以来の権益である東支鉄道を奪い返した。英米仏伊
は、ソ連に不戦条約義務違反を注したが、当然ながら、ソ連自身はこれを
「侵攻戦争」でなく「自衛戦争」とし、 何ら の制裁を受けなかった。
514日本@名無史さん:02/11/25 20:58
何で、日本の満州事変だけ叩かれたんだろうね。
515日本@名無史さん:02/11/25 21:42
>>514
奪い取ったのがソ連のような
満洲の一部の権益奪回ではなく、
満洲の事実上の領有権そのものだったから
スケールが違ったんだなあ。
張学良政権も追放してしまったのはソ連でなく日本。
516日本@名無史さん:02/11/25 21:43
 スケールがでかいっつうか、もう少し手加減してやれよ!それじゃイジメだぞ。
517日本@名無史さん:02/11/25 21:48
なにいってるのか訳わかりませんが、なにか?
518打通さん:02/11/25 22:23
>スケールがでかいっつうか、もう少し手加減してやれよ!

打通作戦で手加減抜きのコテンパンにやっつけて、中国そのものを対日戦に
おいて無価値にせしめ、ヤルタでアメの対中政策を放棄させることになった。
519日本@名無史さん:02/11/25 22:48
そんなに中国人が憎いの?
520日本@名無史さん:02/11/25 22:56
>>517
 満州くらいで、勘弁してやれば良かったんじゃないってこと。
ソ連が外モンゴルを共産化するのは容認するが、日本が満州を傀儡化することは容認できなかった。
522打通さん:02/11/25 23:07
ソヴィエト社会主義共和国連邦の海軍基地としての旅順口の租借権を回復する。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html

この文書一枚で、1898年門戸開放宣言以来のアメの対中政策は
事実上完全に破棄されたものとみなうことができる。
523日本@名無史さん:02/11/25 23:55
満州って当時、石油も出てなかったし、何がそんなに魅力的なんでしょうね。「満蒙は日本の生命線」なんていうのもプロパガンダでしょ。
524日本@名無史さん:02/11/26 00:04
>>521
外モンゴルと満洲とでは
国際政治経済上の戦略的価値が
随分と違ったという訳か。
海に面してるか否かの違いもあるしなあ。
525日本@名無史さん:02/11/26 00:34
外モンゴルなんて草原ばっかり。何の資源も無い。
526打通さん:02/11/26 13:00
航空司令官シェンノートは熱烈な反共主義者だったようだが、結局ヤルタでは
アメ自らが共産主義ソ連を満州に呼び込むハメになったわけだ。空爆で勝っ
た勝っただなんて、ずっと前からやってるアメの常套プロパにすぎない。

それと同じ対日爆撃にしても、中国よりはサイパン・硫黄島からの
爆撃のほうが有効だった。硫黄島からのP−51の来襲が、戦闘機に
よる迎撃を事実上不可能にせしめたのは有名。

つまり中国大陸そのものが、サイパン・硫黄島にさえ及ばない、
ただデカいだけの粗大ゴミにすぎなかったといいことだ。
527日本@名無史さん:02/11/26 14:04
>526
>つまり中国大陸そのものが、サイパン・硫黄島にさえ及ばない、
 ただデカいだけの粗大ゴミにすぎなかったといいことだ。
そんな性もない国との戦争が膠着状態になったおかげで、
日米交渉が手詰まりとなって
大日本帝国は滅亡したのか。
ウヨクのおいらは
ひたすら号泣。
528日本@名無史さん:02/11/26 19:47
>>527
 関特演で70万人もの精鋭を満州に送り、日米開戦時には日本陸軍の70%は、中国大陸に張り付きで動けない。戦略的にも失敗だったね。
529日本@名無史さん:02/11/26 19:56
対中はどうでもよくて、対英,仏,ソが大事なんだよ
時代は帝国主義、国土でかくした方が勝ちなの
ジリ貧日本は朝鮮と台湾と南満州手に入れて
東アジアの覇権を白人どもに渡さないように闘ったのさ
530日本@名無史さん:02/11/26 19:59
白人に渡さない代りに共産勢力の台頭を招いたという複雑な状況。
スターリンが「ファシストどもに存分に暴れさせ、その成果を我々が頂くのだ」
とかいったが、事実そうなったような。ヨーロッパだけでなくアジアも。
531日本@名無史さん:02/11/26 20:10
↑でも、飼い犬に手をかまれたということですか?
532日本@名無史さん:02/11/26 20:23
中ソ論争のこと?
533日本@名無史さん:02/11/26 20:26
考えてみれば、結構日本が世界の歴史変えてる〜♪
534日本@名無史さん:02/11/26 20:27
>>529
イエローモンキーがエラそうに。
535革命の魁:02/11/26 20:30
白人どもを蹴散らしアカの勝利、躍進、勢力拡大に貢献した日本軍国主義者こそ、
真の革命戦死である!
536日本@名無史さん:02/11/26 20:36
>>533
世界の中では、「元祖!悪の枢軸」と言われていることを忘れないように。いまどき「南京大虐殺は無かった」とか「アジア解放のために戦った」なんて言っているとじょんいるやフセインの仲間と思われます。
537日本@名無史さん:02/11/26 20:38
まあ、戦犯国日本は永遠に小さくなってろってことだ。
538日本@名無史さん:02/11/26 20:39
日本=戦犯国、イエローモンキー
539日本@名無史さん:02/11/26 20:45
フン族、イスラム勢力、モンゴルなど非ヨーロッパ、非キリスト教徒の
蛮行は常に誇張されていると見ていますが?
近代においてもトルコのアルメニア大虐殺など典型的キリスト教徒側のプロパガンダっぽい。
日本がアジア解放の為戦ったというのは電波だが、英米や共産勢力を平和勢力と持ち上げてまで、
日本を批判することはない。

540日本@名無史さん:02/11/26 20:50
じゃあ、十字軍を徹底追求するスレを立てよう!
541日本@名無史さん:02/11/26 20:59
>>534
桃豚はひっこんでろ。
542日本@名無史さん:02/11/26 21:10
盧溝橋も上海も日本が侵攻したんだもんなあ..
こっちから手を挙げたのはマズイだろ
http://www.mmjp.or.jp/nankin1937/nenpyou.html


543日本@名無史さん:02/11/26 21:11
秩父宮にここまで言われちゃったら陸軍も立つ瀬が無いね

 「人間は名誉心の動物だ。教養の足らないもの単純な者程強い。軍人を志願する動機は色々あるに
 しても小供時代に抱く軍人に対する一種の憧れから更に進んで勲章や参謀の所謂縄に対する羨望、
 将官となる希望之は人の名誉心に強くアッピールする。此の様な人に何かをみせびらかしたい気持
 は程度の差こそあれ人間には共通的のものである。それである人が何か人目を引く様なことをする
 と、次の人が之に劣るまいとする。否、一歩更に進めんとする。或は之が逆の方向に現はれる場合
 もある。
  満州事変以後の軍の進んだ方向は明らかに之を物語つている。そして遂に止まる所を知らずして
 国家破滅の日を迎へるに至つた」

 「名誉欲に血迷つてゐる内地の一部の軍人、満州国の隣接地である北支の軍人の中には、当然一仕
 事してみたいと思ふものが出るのも自然と言へば自然であつた。かくて止まる処なく事変から事変
 へと推移し遂に戦争迄に発展したと云つても過言ではないだらう。勿論弁解的或は弁護的議論はい
 くらでもあらうが」

  (『中央公論』1996年11月号所載
      秩父宮雍仁「陸軍の崩壊」(昭和二十四年七月)より)
544日本@名無史さん:02/11/26 21:12
戦争にプロパガンダはつきものだよ。
しょーがないね。
545日本@名無史さん:02/11/26 21:29
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/army/1027358367/l50
日本陸軍のショボさを語るスレです

*その日本陸軍にボコにされた中国軍はどうなんだ?というレスは厳禁です!
 あくまでも日本陸軍のショボさを語るスレです


546日本@名無史さん:02/11/26 21:52
まあ、自動小銃相手にサンパチ式ってのではダメでしょう。いくら弱い中国軍とはいえ、対戦末期にはアメリカ軍装した国民政府軍にも敗れて玉砕しているし…。
547日本@名無史さん:02/11/26 22:06
日本軍ってホントは弱かったんじゃない?
548日本@名無史さん:02/11/26 22:14
戦法が、いつまで経っても、日露戦争と同じフランス軍式白兵戦法だからねぇ。いつまでも「203高地」でやれるわけないのにねぇ。
549日本@名無史さん:02/11/26 22:29
まあ、また打通さんが登場しそうだけど…。
550日本@名無史さん:02/11/26 22:57
>>546
立場が逆だったら半日で落ちてる陣地がな(w
恥ずかしくて損害の数字を出せないほどケチョンケチョンにやられたのが
攻めた中国側。
知ってて言ってるとしたら、あんたチョンでしょう。
551打通さん:02/11/26 23:16
それに中国軍と一口に言っても、本土に配備されてた国民政府軍と、
ビルマ戦線でスチルウェルやウェデマイヤーの指揮下にあった
ものとでは、天地の開きがあるしな。
552打通さん:02/11/26 23:22
カーボナード作戦計画の第一期作戦目標(南寧、福州、桂林)を奪回した
ことは、部隊全員の士気を大いに鼓舞した。海岸地方を奪いかえして、海上
からの補給路を再開するのだという意気込みが、中国戦線全域の将兵の間に
浸透していった。
(中略)
中国軍部隊の兵士は、糧食もじゅうぶんに支給されており、また弾薬および
兵器類の補給も、負傷者の後送も、スムーズに実施出来るように用意が整備
されていた。われわれはこうした処置をとった結果、中国軍の闘志を高揚させ
た事を知っていた。われわれは一同、中国軍がじゅうぶんに食料、兵器を支給
され、その上正しく訓練、統率された場合は、世界のどの国の兵士にも
劣らない 、りっぱな兵士である事を認めた。

<ウェデマイヤー中将回想録より>
553日本@名無史さん:02/11/26 23:31
出た!打通さん。
554日本@名無史さん:02/11/26 23:33
糧抹が充分で武器もたっぷり、勢力も盛大で、相手は小勢。

これで元気にならなくちゃ戦争やる資格はないよね(w

軍の強さは、不利な情況で持ちこたえる能力、乏しい弾薬、補給に耐えて
援軍を待つ能力、そこで真価が発揮される。
555日本@名無史さん:02/11/26 23:34
日本軍って補給とか、陣地作る工作部隊とか、かなり軽視してたっていうね。アメリカがブルドーザーで陣地作ってるのに、日本軍工兵隊はスコップで人海戦術。そりゃノモンハンでも負けるって。
556日本@名無史さん:02/11/26 23:39
アメリカの機械化の方が異常。ドイツは大砲を馬で引くこともあったが、
アメリカは基本的に自動車牽引。馬を使うのはよほど緊急事態な時だけ。
557日本@名無史さん:02/11/26 23:46
>>555
あんた、時代を見る眼が逆さまだよ。
558日本@名無史さん:02/11/26 23:51
だいたい、日本の軍隊は太平洋のような長大な補給線を確保しつつ
戦争するようには出来てなかった。
米軍は最初から携帯食料など用意していたくらいだから、用意周到だったわけ。

支那戦線では南京攻略のような予定外の快進撃のさいには補給につまずいたが、
全般では、いわれるような補給無視はなかった。

太平洋戦域は補給態勢を完備する予定より一年早く米軍が反撃した。
それが誤算。
559打通さん:02/11/26 23:51
552についておれさまの考えを付け加えると、実は当時の中国は
国家の形すら為していなかった。したがって「中国軍」なるもの
も軍隊と呼べるものではなかった。とはいえ中国人といえども
人の子であって、プロの米陸軍将校の下で完全に米式訓練を受けて
かつ米式装備で戦えば、中国人米軍兵にもなれたということだ。
560打通さん:02/11/27 00:03
526(おれさま)>航空司令官シェンノートは熱烈な反共主義者だったようだが、

Increasingly, Chennault's preoccupation was to warn Americans about
the dangers of communism, and to suggest ways to turn back the tide.
He urged the U.S. to support clandestine operations in the People's
Republic of China: "Assuming an outside source of supply, the airplane,
the cargo parachute, and the portable radio, twentieth-century guerrilla
warfare can assume maddening dimensions." The guerrillas should be
Chinese, however. Almost alone in the 1950s, Chennault understood
that American troops must not be used to subdue revolutions, whether
in Asia or in Europe: "If the people and the governments in those areas
do not wish to fight Communism, we should let them be communized."
http://www.danford.net/clc.htm
561日本@名無史さん:02/11/27 01:09
>>556
 日本の軍隊は馬頼り。馬の毛並みや手入れが悪いだけで、上官からボコボコにされた。人間の兵隊の命が馬以下の野蛮な軍隊。
さらに傑作なのが牟田口がインパール作戦のときにやったチンギス・ハン作戦。牛や羊を運搬に使って、食料にもするというもの。もちろんジャングルの中でほとんど死んで役立たず。
562日本@名無史さん:02/11/27 01:50
>>559
 大戦末期でなくても、第1次上海事変の第19路軍はよく戦ったぞ。
ろくに訓練もせず即席で前線投入する中国軍・ソ連軍は
部隊の背後に督戦隊を置き、逃亡者を処刑した。
564sage:02/11/27 02:51
日中戦争そのものより、田中義一内閣総辞職、ロンドン軍縮会議による影響や
統帥権干犯問題の方が、大局的に見て重要かと。

満州国の件でアメリカと対立し始めた頃でもあり、大正末期から昭和初期は
歴史的にも重要なポイントだね。特に袁世凱政府に突きつけた二十一ヶ条は
支那人には強烈なパンチだったようだ。
565日本@名無史さん:02/11/27 03:22
>>561
何も知りませんねえ。プロパガンダのおじさんたちのせりふにだまされています。

馬の手入れくらい兵隊さんたちはなんとも思いませんでしたよ。
馬の手入れをするには馬の事を知らねばならず、いったん手馴れてしまうと
職人と同じですから、兵隊も重宝がられる。
そんな馬鹿な上官は兵がついていかない。

兵は信頼される上官、指揮官の下でしか素直には動かない。
旧軍の兵も今のサラリーマンも同じ人間だと言うことを知ってください。

馬のことで殴られた兵隊さんがいたなら、よほど運が悪かったか、
不器用な人だったのでしょう。
566日本@名無史さん:02/11/27 09:29
>>563
それは野蛮ですねぇ。
567打通さん:02/11/27 12:05
>>528
太平洋方面こそ海軍が過大戦果報告で自慰に耽ってただけの不毛な戦場で、
無駄な太平洋方面に陸軍主力が回されなくて本当に良かった。太平洋方面は
いくら勝ってもアメのナチス打倒戦を阻害するだけのこと。支那事変当時、
さんざん中国に肩入れして排日侮日を煽ってきたドイツなど勝たせるだけ無駄。

中国が通州事件など、思い切ったやり方で抗日戦を挑んできたのは、ドイツの
軍事顧問がついていたからだ。白人崇拝の中国人からみれば、日本なんて東夷の
蛮族など、ドイツと聞いただけで驚きすくみあがってしまう存在だったのだろう。
568打通さん:02/11/27 12:09
 ところが、ナチズムの権力掌握後、独ソ関係の悪化によりこの軍事協力関係
の維持は不可能となり、ドイツ国防軍がみずからの活力を維持するためには、
あらたな軍事的パートナーを必要とするにいたったのである。この面で
ドイツ国防軍、主として陸軍が注目したのは中国であった。・・・中略・・・
 また、国防経済という観点からも、ドイツ国防軍が親中路線を採用する理由が
存在した。なぜなら、両国の経済は相互補完的であったからである。ドイツ国防
経済は、ロシアとの関係悪化後、技術刷新の継続のためにも、また付加的な
輸出の拡大のためにも、あらたな市場を求めていた。一方、中国側は、ドイツから
の工業製品輸入を天然資源の輸出で相殺することができたし、また一九三五〜三六年
のドイツの武器輸出総額のうち、実に五七・五パーセント(二千万ライヒスマルク)
が中国に向けられていたのである。
 これに対し日本はその一パーセントにも満たない十七万七千ライヒスマルクであった。

ナチズム極東戦略 日独防共協定を巡る諜報戦 / 田嶋信雄/著
569日本@名無史さん:02/11/27 17:57
>>568
なるほど。
シナ戦線で日本軍が遭遇、よく鹵獲した「チェッコ銃」というのは、
そうした背景で流れてきていたのですか、打通隊長。
570日本@名無史さん:02/11/28 12:43
>>565
 今のサラリーマンも、簡単にリストラされる。旧軍も兵隊の命なんかどうでもいいと考えていた。だから兵の命よりも馬が大事。
571日本@名無史さん:02/11/28 14:09
農家出身で馬の扱いが上手い兵が大事にされたのは当然だが、
都会育ちで馬の扱い方なんかしらねーよという兵が増えてきた。
で馬政課で宣伝映画を作ろうとなって出来たのが暁に祈るだそうだ。

572打通さん:02/11/28 17:55
日中戦争で蒋介石や張学良は、「勝利」したのだと思う。

中国軍にとっての「勝利」とは、決して国土や住民を敵の侵略から守るこ
とではなく、金目のものを奪って自分だけ安全な場所に国外逃亡すること。
したがって打通作戦でも国共内戦でも国民党軍は「戦略的撤退」に成功
したのだといえる。
573打通さん:02/11/28 18:44
対日戦略爆撃は東京大空襲も原爆もサイパンと硫黄島から行われたから、
打通作戦による在支米空軍基地撃破は無意味だったのか?

そうだとすれば、地球的にみて中国大陸そのものが航空基地にさえならない、
ただデカいだけで何の役にも立たない粗大ゴミだと示されたことになる。
574日本@名無史さん:02/11/28 21:33
敵中横断三百里にあるように、
馬がいると敵に見つかるから馬を放置するが、
馬は兵隊になついて、兵隊から離れようとしない。
しかたなく馬を処分する。

また、部隊が機械化で移動する時、馬を残しては敵に利用されるから
処分する。そのときの兵隊の気持ちは戦友を殺すのと同じ気持ちだそうだ。

馬の毛づくろいが悪いからボコにされたという話はあるかもしれないが、
それに倍する愛馬話は山ほどある。
575日本@名無史さん:02/11/28 21:38
馬は人の心を感じ取るから、自分勝手な上官には暴れ馬になるんだろうな。
世話をしてくれる兵になつく。
兵と上官との気が会わないと、馬も動かない。

そういうことだろ。

米軍の言うコマンドコントロール(指揮命令系統)の一つだよ。
576日本@名無史さん:02/11/28 22:45
>>559
 国民政府軍や国民革命軍を養成した黄甫軍官学校の校長は、蒋介石。蒋介石が学んだのは日本軍の士官学校。中国軍が軍隊の体をなしていなかったのは、模範にした国の軍隊が劣悪だったからだろう。なにしろこの国は、兵士の命よりも馬の方を尊重したからだ。
577日本@名無史さん:02/11/28 23:13
打通さん、蒋介石をそんなに憎むなよ。まがりなりにも親日家だよ。日本の失敗は、真の敵である中国共産党に漁夫の利を与えたことにある。
578日本@名無史さん:02/11/28 23:19
暴支庸懲&日ソ友好を謳った連中はウヨサヨ関係無く馬鹿だった。
579日本@名無史さん:02/11/28 23:27
日ソ中立条約を結んだ松岡はバカですか?
580日本@名無史さん:02/11/28 23:31
cp
日本軍の軍紀は世界一厳正だった

http://www.senyu-ren.jp/SEN-YU/00104.HTM
フランスの国際法学者フォーシーユは、日本軍を賛えて次のように語っている。
「日中戦争で日本軍は、敵が国際法を無視したにも拘らず自らはこれを守り、
日本軍人であることに誇りを持っていた。中国兵は卑怯にして残虐極まりない
軍隊で、例えば中国軍の捕虜になると、四肢を斬り分けられ、生きながらに火
炙(あぶ)りにされたり、磔(はりつけ)にされたりしたのである。更に日本兵の
屍に対しても、酸鼻を極めた蛮行を行っている。即ち死者の首を切り落とし面
皮を剥ぎとり、或は男根を切り落し、胸部を切り開いて石を詰め込み、首は両
耳を穿って紐や針金を通し、さながら魚を串刺しにしたように口から喉に紐を
通して持ち運びする等々、それが中国軍の戦争様式であり、日本軍には絶対に
見ることのできない支那の戦争文化である
‥‥
フランスのフィガロ紙の従軍記者カレスコート・イリュスト、ラシオン紙の記
者ラロ、両氏の『日本軍戦闘観戦記』によれば、
「日本軍隊は世界に対して誇るに足る名誉を有する。吾らは日本軍の如き慈愛
心の富める軍隊を、この地球上広大なりといえども他に発見し得るか怪しむものなり」
-------------------------------------------------------------

支那人が3000年の歴史の中で好き好んでやっていた戦争文化を、

日本軍の蛮行として喧伝している。

581日本@名無史さん:02/11/28 23:32
先見の明がない。外交官としては大馬鹿者でしょう。
582日本@名無史さん:02/11/28 23:46
>>580
 グログロだねー。日本軍は、せいぜい軍法会議や裁判なしで捕虜の首を日本刀で叩ききるくらいだから、まだマシということか。
まあ、死体をぶちまけるよりかは、日本軍みたいに捕虜や一般市民に穴を自分で掘らせて、銃剣で一突きして穴に埋める方が、証拠も残らんし、清潔そのもの。実に優れた軍紀である。
新兵の度胸付のために捕虜を一突き、くーにゃを犯して、証拠を残さず殺す。国際法を無視しても証拠を残さなければいいのだ。この点で日本軍の軍紀は中国軍を圧倒した。
蒋介石は中途半端に日本の士官学校で学んだので、こういうエレガントなやり方を全く学んでいなかった。彼が学んだのは、捕虜や一般市民を即殺し、くーにゃを犯すことだけであった。
ゲシュタポ・NKVDの虐殺合戦にくらべれば、他地域の残虐行為は茶会のようなものです。
584日本@名無史さん:02/11/28 23:54
日本刀でクビ斬りじゃ、100万人なんて追いつけないでしょう。
585打通さん:02/11/29 00:00
>打通さん、蒋介石をそんなに憎むなよ。まがりなりにも親日家だよ。
>日本の失敗は、真の敵である中国共産党に漁夫の利を与えたことにある。

中国こそ白人崇拝・日本蔑視の卑怯者。だから媚びる相手は共産ソ連で
なくともドイツでもアメリカでも良かったわけだ。

蒋介石と張学良は、抗日を叫びつつ国土住民を放り棄てて逃げただけ。
抗日を叫んで中国天下統一を果たした毛沢東こそ一番偉い。また中国
抗日戦力の限界を悟って和平申し入れに来た汪精衛もましな男だった。
毛沢東>>汪精衛>>>>>>>>>>>>>>蒋介石
586__:02/11/29 00:01
日本にシナや朝鮮のような虐殺の習慣も理由もない。
歴史を歪曲する嘘つきシナ¥朝鮮もオバカだが、
追従するチョッパリがいるのはさらにしょーもないね。オバカの餌食だよな。
587打通さん:02/11/29 00:13
それに中国共産党の勢力区域は山奥の農村であって、戦意高しといえども
日本軍が正面きって相手にすることはなかった。せいぜいゲリラ掃討くらい。

打通作戦の戦略目標も在支米14空軍基地と鉄道連絡線という、
「点と線」にすぎなかった。山奥の農村など攻めていくだけ徒労。
588【^▽^】刺客兼用心棒ジョーカー:02/11/29 00:19
いやいや、蒋介石大元帥(総統)も毛沢東主席も偉大だ。
589日本@名無史さん:02/11/29 00:19
中国が戦勝国である事は確かだが、フランスが戦勝国に名を連ねているという事と
同じ程度の意味合いだろうと思う。戦争の帰趨に大きな影響を与えたとは言えない。
590日本@名無史さん:02/11/29 00:24
ま、倭猿は残忍で凶悪だったということで・・・
591【^▽^】刺客兼用心棒ジョーカー:02/11/29 00:31
東洋鬼を討て!
592日本@名無史さん:02/11/29 00:32
倭猿はウンコ以下
593【^▽^】刺客兼用心棒ジョーカー:02/11/29 00:35
中国人民と台湾人民のチャイニーズ連合で日帝・東洋鬼を
包囲しよう!
594【^▽^】刺客兼用心棒ジョーカー:02/11/29 00:38
中国・台湾連合軍でジャカルタの華人女強姦暴徒どもを爆撃しよう!
595打倒ファシスト!:02/11/29 00:40
ファシスト圧制者に立ちはだかる英雄的人民に敬意を表す!
ファシストのくびきに苦しむ人民達を解放しよう!
596【^▽^】刺客兼用心棒ジョーカー:02/11/29 00:40
ただし、僕朕の本音はチャイニーズとムスリムズが
共に滅びて欲しいがね(笑
597日本@名無史さん:02/11/29 12:22
>>589
ただし中国はフランスと同じへたれでも
日本を第二次世界大戦にもっとも不利な形で
引きずり込むという重要な歴史的役割を果たしたね。
日本内部の多元的権力構造も不可欠だったが。
フランスなんてヒトラーのラインラント進駐という
軍事的対決の絶好のチャンスでも弱腰で押しきられた挙句、
中国と違って宿敵に対抗しうる戦力を有しながらあの始末。
正直、中国より情けない。

598日本@名無史さん:02/11/29 20:58
正直、ハルノート受け入れて、中国から撤退してても良かったよね。あの広い国土と人口をどうやって統治するねん。
599日本@名無史さん:02/11/29 21:20
日本も身の程を知って侵略すればいいのに。せいぜい朝鮮半島くらいで満足していればね。
600日本@名無史さん:02/11/29 21:27
600ゲトー
601日本@名無史さん:02/11/29 21:31
身の程知らずの倭猿は逝ってよし!!
602__:02/11/30 00:54
鮮人が住み着いているのか。ここは。

シナ事変:年表が早い。
1936.12:西安事件で蒋介石が毛沢東と対日奇襲攻撃を合意。
1937.7.8:中国軍が義和団議定書で駐屯していた各国軍隊のうち、日本軍に夜間
     攻撃を加え、日本人への攻撃開始。
1937.7.29:通州事件:中国軍が通州の日本人市民300を大虐殺。
      女性は強姦斬首、日本人幼児の目をくりぬき虐殺。
1937.8.13:上海で中国軍20万が日本人居留民に奇襲攻撃。
      日本政府、居留民防衛のため出兵。戦争はじまる。
1937.12.13:中国首都南京陥落、日本が講和を提議するも中国拒否。戦争を
      選ぶ。

戦争責任は完全に中国にある。
603日本@名無史さん:02/11/30 20:22
>>580
 グログロだねー。日本軍は、せいぜい軍法会議や裁判なしで捕虜の首を日本刀で叩ききるくらいだから、まだマシということか。
まあ、死体をぶちまけるよりかは、日本軍みたいに捕虜や一般市民に穴を自分で掘らせて、銃剣で一突きして穴に埋める方が、証拠も残らんし、清潔そのもの。実に優れた軍紀である。
新兵の度胸付のために捕虜を一突き、くーにゃを犯して、証拠を残さず殺す。国際法を無視しても証拠を残さなければいいのだ。この点で日本軍の軍紀は中国軍を圧倒した。
蒋介石は中途半端に日本の士官学校で学んだので、こういうエレガントなやり方を全く学んでいなかった。彼が学んだのは、捕虜や一般市民を即殺し、くーにゃを犯すことだけであった。


604日本@名無史さん:02/11/30 20:31
これだけ、悪いことしてりゃ、日本が悪いじゃん。
605日本@名無史さん:02/11/30 20:38
>>602
南京大虐殺や三光作戦、アヘンの密売にくらべたら、大分マシ。 
606日本@名無史さん:02/11/30 20:45
悪の張本人、タカマド逝ってよし!
607日本@名無史さん:02/11/30 21:08
>1936.12:西安事件で蒋介石が毛沢東と対日奇襲攻撃を合意。
毛沢東と蒋介石は会ってない。蒋介石を軟禁し内戦停止・挙国抗日
をせまったのは、東北軍閥の張学良。第2次国共合作は1937年10月から。

>1937.7.8:中国軍が義和団議定書で駐屯していた各国軍隊のうち、
> 日本軍に夜間 攻撃を加え、日本人への攻撃開始。
事件の2日後(7・11)に日本北京特務機関長と中国現地師団長で
停戦協定に調印。ところが、同日の夕刻、日本政府は中国派兵を閣議決定

>1937.7.29:通州事件:中国軍が通州の日本人市民300を大虐殺。
>     女性は強姦斬首、日本人幼児の目をくりぬき虐殺。
事件責任者は日本傀儡軍閥政府。日本軍の誤爆と中国放送のデマに
のせられ事件実行。
事件後、この日本傀儡軍閥政府は日本軍と行動を日中戦争終了まで
ともにする。戦争終了後、中国側によって、売国敵として処刑される。
ちなみに、事件の被害者の約半数は朝鮮民族。

>1937.8.13:上海で中国軍20万が日本人居留民に奇襲攻撃。
>      日本政府、居留民防衛のため出兵。戦争はじまる。
7月11日の決定に基づき、7月下旬に朝鮮軍・関東軍部隊が華北侵攻し、
北京・天津を占領。8月上旬には3個師団が渡海し、華北に上陸。
中旬には上海にも戦線拡大。
国民党政府は動揺するが、8月中旬に対日抗戦を決意。全国発動令だす。

>1937.12.13:中国首都南京陥落、日本が講和を提議するも中国拒否。
> 戦争を選ぶ。
南京を落とせば降伏するだろうと甘く見ていたが、
1、満州国承認
2、華北と内モンゴルを中国から離す
3、上海など各地への日本軍駐留
4、日本・満州・中国の経済的一体化(つまり全中国の従属化)
が、日本側のねらいであったので当然戦争は泥沼化した。
608日本@名無史さん:02/12/01 08:59
トラウトマン工作や、和平工作も考えていたらしいけど日本側の要求がべらぼうで話にならなかったらしい。
609打通さん:02/12/01 12:40
インパール作戦でディマプールを落としていれば、戦後インドは軍事大国となり、
中国のチベット侵略を返り討ちにできた。独立はできても弱体なネルー・インド
の軍事力では、中国の強欲で動物的な領土拡大に為すすべがなかった。

大陸打通作戦で重慶を落としておけば、戦後台湾は国民党軍が駐留することなく、
独立国家となりえた。残存国民党政権にトドメの一撃を加えられなかったのは残念。
610_:02/12/01 12:50
■”略奪”をしない軍隊”を見て驚いた中国民衆
 各派の軍隊とも民衆への苛斂誅求で支えられていた。だから民衆は、つねに古い支配者より新しい支配者に期待する。
だから日本軍であれ、共産軍であれ、勝者は民衆から歓迎され、
あるときは日の丸を振って歓迎し、次には赤旗がそれに取って代わった。
また、同じ地域に複数の支配者や政府があることも多く、民衆は税金を二重三重に徴収されていた。
「革命の父」とされる孫文は広東で三たび政府を作ったが、
税の項目を百近くも設けたり、一年先の税金まで徴収したりと、世界最悪といわれる重税で民衆を苦しめたので、
そのうち二度は追放されている。
 だから軍紀の厳正な日本軍は、治安維持をしてくれるということで、
中国の民衆は驚き、また熱烈に歓迎したのだ。
611日本@名無史さん:02/12/01 12:56
秦郁彦『昭和史の謎を追う[上]』(文芸春秋社)p133
偕行社戦史をめぐる騒動

偕行社(会長竹田恒徳)は、陸軍士官学校卒業生(および遺族)の親睦団体で、卒業生以外の有志をふくめ会員
一万八千余人を数え、機関誌として月刊の『偕行』を印刷配布している。会員は平均するとやや右寄りの傾向は
あるが、藤原彰のような左派もメンバーに入っていて、不偏不党と中立を建前にしている。
その偕行社へ、南京戦史の企画が持ちこまれたのは一九八三年秋で、田中正明が畝本正己を説いて、編集部に
協力委員会を作り、畝本の名による「証言による南京戦史」シリーズが翌年四月号からスタートした。
偕行社内には、南京事件のような政治的テーマをとりあげることに異論もあったようだが、結局は社の事業と
して取り組むことになり、『偕行』の八三年十月号に小林理事長の名前で「南京間題について緊急お願い」を掲示
し、会員に協力をよびかけた。
とくに南京戦に参加経験のある会員に期待して「『12月○日○時頃、○○部隊に所属して○○付近にいたが、
そのようなことは何も見なかった、聞いたこともない』ということなどを寄せて欲しい」と要望したが、傍点の
部分はわざわざゴチック活字を使って強調している。シロの証言が欲しい、という期待感が丸見えといわれても、
しかたあるまい。
612打通さん:02/12/01 12:58
孫文はとても「建国の父」とはいえないな。ありゃ「革命思想家」だ。
当時中国政治の実権を握っていたのは袁世凱だったのだし。やっぱり
近代中国建国の父は毛沢東であったとしかいいようがない。
613日本@名無史さん:02/12/01 12:58
秦郁彦『昭和史の謎を追う[上]』(文芸春秋社)p133
偕行社戦史をめぐる騒動

ところが、畝本連載が十一回つづく過程で、シロばかりでなく灰色ないしクロのデータも集まってきた。また
この連載に刺激されてか、マスコミが次々にクロの資料や証言を掘りおこす事態が出現した。なかでも八四年末、
『歴史と人物』が掲載した「南京攻略戦・中島第十六師団長日記」は大きな衝撃を与える。
中島はかねがねサディズム的性癖のある将軍、南京虐殺の中心人物と噂されていたが、初公開のこの日記には
「大体捕虜ハセヌ方針ナレバ」とか「此七八千人(注、投降捕虜)之ヲ片付クルニハ相当大ナル壕ヲ要シ中/\見
当ラズ一案トシテハ百ニ百ニ分割シタル後適当ノケ(カ)処ニ誘キテ処理スル予定ナリ」とか「時恰(アタカ)モ捕虜七名アリ直
ニ試斬ヲ為サシム」など、噂を裏づけるような記述が散在していた。
一方、『偕行』編集部は、松井司令官の専属副官だった角良晴少佐(のち大佐)が六回にわたりマックロを主張
する投書を送ってきたことなどで、方針転換をはかり、連載最終回の八五年三月号に編集部を代表して加登川幸
太郎が執筆した総括的考察を掲載した。
614日本@名無史さん:02/12/01 12:59
秦郁彦『昭和史の謎を追う[上]』(文芸春秋社)p134

角は九十歳近い老人でもあり(まもなく死去)、不正確な記億が混入しているとはいえ、松井大将が捕虜の釈放
を望んだのに、部下の長勇参謀が「ヤッチマエ」と勝手に命令したこと、松井大将と同乗した車が江岸の道に
累々と横たわる死体の上を約一キ口走ったことなどを記していた。
全体のトーンから南京虐殺を確認した加登川は「この大量の不法処理には弁解の言葉はない。旧日本軍の縁に
つながる者として、中国人民に深く詫ぴるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった」と書いた。
『歴史評論』(八六年四月号)で、この経過を紹介した君島和彦らは「極めて高度な政治的判断」と皮肉ったが、
宮崎繁樹明治大学教授(偕行社会員)は朝日新聞の論壇(八五年三月二十日付)で、旧軍人が日本軍の虐殺を認め
て詫びたのは、真実追究の良識があるもの、として評価した。
このように外部では加登川論文は好評だったが、会の内部から強烈な反発が起きた。とくに松井日記の改ざん
事件を契機に遠ざけられた田中が、老将軍や地方偕行会幹部に「皇軍の名誉を傷つける本を偕行社が出してもよ
いのか」という主旨の手紙をばらまき訴えた作戦がきいて、連載を単行本化する作業は頓挫した。やっと八八年
十一月の総会で了解がとれ、八九年中には刊行できる見通しがつき、二年越しのゴタゴタは収拾に向っているよ
うである。
(注)偕行社編『南京戦史』は一九八九年十一月に刊行され、資料集として評価されている。
615日本@名無史さん:02/12/01 13:14
残虐な行為をしたのは皆支那兵の仕業という説もあるが、こういう例も。
中山門外で処刑風景を目撃した小笠原予備主計少尉(16D経理部)の12/14日記。
「・・・兵7名で凡そ310名の正規軍を捕虜にしてきたので見に行く。武器を取り上げ
服装検査、その間逃亡を計った奴3名は直ちに銃殺。間もなく一丁ばかり離れた処へ
引き出し兵隊200名ばかりで全部突き殺す。中に女1名あり、殺して陰部に木片を突っ込む」
616日本@名無史さん:02/12/01 15:35
ウヨ沈黙…。
617日本@名無史さん:02/12/01 15:40
>>612
 打通さんは共産党員ですか?
618日本@名無史さん:02/12/01 20:06
>>615
 南京大虐殺で、中国兵の仕業と言っているのは、東中野というバカ学者と「南京大虐殺のまぼろし2」を書いた鈴木明でしょうか。
東中野は、もともと日本思想史の学者であったが、あまりにヘタレなので、南京大虐殺否定論を田中正明の本を読みながら書いたら、ウヨ系資本に金もらって大もうけ。
彼の根拠としている史料はたまたま安全区から便衣兵が見つかったと言うチョイ記事だけ。これにいろんな尾ひれをつけて、はい完成。鈴木の論文に至っては、ほとんど推論で肝心な部分については、中国共産党が情報公開しないと分からないと言っている。
あれだけ分厚い本で結局これかよ。
619日本@名無史さん:02/12/01 20:45
夜釣りにて
620日本@名無史さん:02/12/01 20:55
なかなか釣れんな…。
621日本@名無史さん:02/12/01 22:25
 藤岡や東中野の「南京大虐殺否定論」って、ほとんど田中正明のパクリである。何しろ(自称)元共産党員であった藤岡センセーが田中の資料改竄本を読んで、あっさりと「転向」したのだから(w
そして、これらの本を読んで逝かれた漫画家がヨシりんである。またまた、これを読んで逝かれた若者が大勢いるのもいとおかし。
622日本@名無史さん:02/12/01 22:34
さらに、これを読んでみよう。
http://www.jca.apc.org/nmnankin/lin1.html
623日本@名無史さん:02/12/01 22:38
624日本@名無史さん:02/12/03 18:55
ウヨの反撃か?
625日本@名無史さん:02/12/04 00:03

       ∧_∧ ハァハァ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 シコ   ( ´Д`/"lヽ< 日本は中国には勝ったんだよぉハアハア
      /´   ( ,人)  \__________
 シコ  (  ) ゚  ゚|  |
      \ \__, |  ⊂llll
        \_つ ⊂llll
        (  ノ  ノ
        | (__人_) \
        |   |   \ ヽ
        |  )    |   )
        /  /    /  /
         /  /    (___)
      (___)

ウヨの姿。負けた戦争にいつまでもグチグチ言っているから、経済でも中国に抜かれそうになってんだ。
626日本@名無史さん:02/12/04 00:06
日本、逝ってよし
627日本@名無史さん:02/12/04 03:57
だから、「南京大虐殺」はその規模が問題になっているわけじゃないの。
アホですか。
>610etc.
628日本@名無史さん:02/12/04 03:58
>610etc.のような人物は南京にでも出かけて、
300000
と書いてある捏造歴史観をありがたく拝んできなさい。
629大陸 打津夫:02/12/04 10:50
大陸打通作戦が無意味だったというのなら、帝国陸海軍の作戦で他に有意義
なものがどこにもなくなる。特にマリアナ作戦は、やるだけ無駄だった。
あれこそやる必要の全く無かった無駄かつ無意味な作戦であったのだ。
630日本@名無史さん:02/12/04 11:33
でも、マリアナ作戦やらなかったら、絶対国防圏の一角、サイパンは見殺し。
日本は長距離爆撃機の標的になり、いくら兵力温存したって無意味。
サイパンが落ちたとき東条の顔は青ざめ放心状態だったという。
631大陸 打津夫:02/12/04 11:47
>マリアナ作戦やらなかったら、絶対国防圏の一角、サイパンは見殺し。

マリアナ作戦は実行したがそれは無意味だった。米軍艦一隻も沈められ
なかった。サイパンの陸兵はどっちにしろ見殺しにされてしまっていた。
632日本@名無史さん:02/12/04 12:52
>>625
歴史のことを今でも問題にしてるのは中国のほうなんだが
633日本@名無史さん:02/12/04 13:25
>631
結果はその通りだけど、やっても無駄だから放置しとけ、とは言えないのが当局者。
634日本@名無史さん:02/12/04 17:52
>631
つーか。絶対国防圏の要であり、これが陥落すると絶対国防圏の意味がなくなる。
18年から構築してきた絶対国防圏の戦略をみずから放棄することになるので、
サイパン迎撃をやらなかったらそれこそ、最悪の采配ということになる(一貫性の欠如)。

マリアナ作戦は天王山であった。しかし蓋を開けてみると彼我の戦力差が予想以上に
離れていた、ということ。
米軍の巧妙な陽動作戦、日本側の情報収集の弱さも敗因。もっともこれらは
日本側の戦力の絶対量の不足という原因に全ては帰せられるものだが。
635日本@名無史さん:02/12/04 21:16
最新の南京大虐殺の死傷者数は50万人。
636日本@名無史さん:02/12/05 07:01
上げ
637日本@名無史さん:02/12/05 20:49
 一九四四年末までに、蒋介石はもはや有力な盟友と見られなくなっていた。
日本軍は中国東部での攻勢でさらに八省を手に入れ、さらに一億人の中国人
が日本の支配下に置かれ、米軍飛行基地は放棄のやむなきにいたり、中国の
東海岸は封鎖された。帰還命令を受ける直前の十月四日、スティルウェル
は日記に書きつけた。「陸軍省が私に味方しているのは明らかだが、この
戦域は無価値とみなされ、われわれは何も期待されていない」

日本殲滅 日本本土侵攻作戦の全貌 / トーマス・アレン/著
ノーマン・ポーマー/著 栗山洋児/訳
638打通さん:02/12/05 21:02
中国人なんて一億人集めたってゴミみたいなもの、それこそ無価値だ。
639日本@名無史さん:02/12/05 22:06
今や、その中国の経済成長が脅威だ!
640日本@名無史さん:02/12/05 22:20
結論は何時出るんだ? それだけが知れたい。
641日本@名無史さん:02/12/05 23:25
日本軍はウンコ
642平原派:02/12/06 16:57
>>640
何の結論?
643日本@名無史さん:02/12/06 18:49
>>629
 無駄な作戦の最大のものは、レイテ沖海戦では。艦隊特攻というムチャぶりと、米輸送船団を目の前にして、撤退する有様。そもそも、栗田艦隊はなぜ、帰ってしまったのだろうか?
644PURE-GOLD:02/12/06 18:50
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645日本@名無史さん:02/12/06 20:07
栗田艦隊の反転については、これまで幾多の書物で様々な見方が語られている。
栗田に批判的なもの、同情的なものイロイロ。真実は栗田とその幕僚が知るのみ。
646日本@名無史さん:02/12/06 20:39
やっぱ、怖気づいて逃げたのが正解。
647日本@名無史さん:02/12/06 21:26
>>646
まあ、あんたのように単純に考えらる人は幸せ。
648日本@名無史さん:02/12/06 21:52
戦争でのアクシデントなんて、ほとんどが単純明快。互いの錯誤や考え過ぎが
ものごとを難しくしてるだけ。あとは当事者の保身(世間体)を考えた思惑。
649日本@名無史さん:02/12/06 23:30
誰か、栗田艦隊反転の秘密を知らないか?
650日本@名無史さん:02/12/06 23:40
旗艦「愛宕」が沈んだため、第一戦隊旗艦「大和」に移乗した栗田艦隊のスタッフを
脇で観察していた宇垣第1戦隊司令官の見た印象「1120のころに至り何を考えたか進路を
225度として、レイテ湾に突入すると信号せるが、・・・・・1313再び動揺してレイテ湾突入を
やめ、・・・・・だいたいにおいて闘志と機敏性に不充分の点ありと、同一艦橋に在りて相当
やきもきしたり」(戦藻録10/24)。 誰も打っていない「北方に正規空母を含む敵機動部隊在り」
の電文があったといって、反転したり、また、戻ったり・・・右往左往・・・。
651打通さん:02/12/07 11:22
明治以来、大陸打通作戦に勝る輝かしい日本軍の勝利は無かった。どんなに
米ソ独などを引き合いに出して日本陸軍を腐してみたところで、大陸打通作戦
はやはり3000キロ縦貫行軍を成し遂げたのであって、中国抗日戦争神話は
ことごとく粉砕されたのだ。中国がいかに過大評価された粗大ゴミだったか、
これほど明確に証明するものはない。チンピラゴロツキが相手なら何倍の兵力
差があろうとも日本陸軍の敵ではなかったのだ。
652打通さん:02/12/07 13:02
>マリアナ作戦やらなかったら、絶対国防圏の一角、サイパンは見殺し。

マリアナ作戦は最初からやらず、サイパンは陸軍オンリーの硫黄島方式にした
ほうがずっとよかった。最初から海軍なしと想定すれば、迎撃準備もできる。

早めに連合艦隊を解体して、陸軍オンリーにしたほうがずっとよかった。
653日本@名無史さん:02/12/08 18:07
日本海軍はヘタレですか?
654日本@名無史さん:02/12/08 19:16
床の間海軍です。飾っておくだけなら立派だけど、実戦では役立たず。
655日本@名無史さん:02/12/08 19:40
大和もプラモはカッコいいんだけどねー。実戦では何の役にも立たなかった。青函トンネルや新幹線と並んで、こんな役立たずに金を使ったとして「昭和三バカ査定」と呼ばれている。
656日本@名無史さん:02/12/08 19:45
新幹線って三大馬鹿査定に入ってたっけ?
どっかの干拓だったような。
657日本@名無史さん:02/12/08 19:46
随分、時代が離れているけど、タレが言ったの?ネタ?
658日本@名無史さん:02/12/08 19:55
次に無人区を作った時の背景を説明します。1868年日本の明治維新以降、日本国は軍国主義の道を歩むようになり、その時から大陸政策もできました。
1927年4月、田中義一内閣の時に、「支那を治めるためには満州族・モンゴル族を治めなければならない。
世界を治めるためには支那を治めなければならない」と言いました。
当時の満蒙、満州という所は中国東北の4省のことを指していました。黒竜江省、遼寧省、吉林省、熱河省の4省です。満州の問題は日本軍が大陸政策を実施することの前例とされました。

 九・一八事件が起こった後、日本政府が「熱河省を治めなければ満州国を成立させることは出来ない」と言っていました。ですから1933年2月日本軍は速やかに熱河省を占領しました。

 1938年、宋間、トカの指導する中国第八路軍が毛沢東の指導を受けて霧霊山は燕山山脈の主峰で、興隆県の中にあります。標高2180メートルです。日本軍は興隆県を無人区の重要な場所として考えていました。
共産党の八路軍は興隆県を根拠地とすることで、お互いの矛盾がますます激化してきました。
日本軍は一生懸命満州を守ろうと思っていました。日本軍は長城沿線で1000華里の絶縁(遮断)帯を作りました。
人も生きるものもすべてなくして、八路軍の進軍を食い止めようと思っていたのです。無人区を作ったのは日本軍が満州国を守るための一つの政策として決めたものです。
659日本@名無史さん:02/12/08 21:11
日本はろくなことせんな。
660日本@名無史さん:02/12/09 00:08
>>655
生年、昭和60年代以降の人だな(w
661世界@名無史さん:02/12/09 10:22
>>658 田中文書みたいだな。似たような発言があったのか
それがまとめられて田中文書になったのなら案外信憑性もあるということかな?
662日本@名無史さん:02/12/09 10:33
田中上奏文なら中国人によるねつ造、ということが判明しているのでは?
663日本@名無史さん:02/12/09 20:46
田中メモランダムと日本の戦争犯罪は別物。でも、東方会議で諮られたことは、事実上似たようなものだったのでは?少なくとも 森格の発言などから、こういう文書が捏造されても仕方が無い気もする。
664日本@名無史さん:02/12/09 21:00
 この無人区作戦は、そのままそっくりベトナム戦争時の米軍も採用したね。
665日本@名無史さん:02/12/09 21:19
八路軍最強!!
666名無し:02/12/09 21:25
>665: シナの農民は共産軍の徴発に苦しんだ。
辺境の貧しい農民から食料を取り上げたのである。
その後、大飢饉政策による4千万人の餓死、人民公社による農民の
国家奴隷化や4千万人の餓死などが起きている。
その時中共軍には餓死者はいない。死んだのは農民だ。
667日本@名無史さん:02/12/09 21:39
他国のこと、ドッチャでもいいやんか!
668日本@名無史さん:02/12/09 21:40
 徴発に苦しめられたのは、日本軍とそれの金魚の糞の日本企業。日本企業は日本軍と共同で、中国の農村から物資を二束三文で買い叩く事実上の略奪を行った。
賢い中国の農民たちは、日本軍と日本企業が来る前に物資を隠し、中国共産党に提供した。
669日本@名無史さん:02/12/09 21:46
日本企業が悪徳なのは否定できんな。
670日本@名無史さん:02/12/09 23:14
>>666
でも共産党や共産軍は支配地の能うる限りの自給自足体制確立が為、
農繁期に人手を借したり小作料減免に努めたりもしている。
むしろ農業集団化までは農民からの支持取り付けに成功していたし、
日本軍や傀儡政権軍には不可能な芸当だった。
都市に駐屯しても黒社会殲滅に尽力したのはどちらだろうか。
日本軍は戦略レベルの過ちから、軍閥のレベルに身を落としてしまった。
671日本@名無史さん:02/12/09 23:19
>>670
>でも共産党や共産軍は支配地の能うる限りの自給自足体制確立が為、
>農繁期に人手を借したり小作料減免に努めたりもしている。

小規模な活動のうちはいい。
やがてそれは文化大革命やポルポト虐殺、日本では連合赤軍事件
のような狂った宗教社会を生み出す萌芽となった。
672日本@名無史さん:02/12/09 23:24
日本軍は中国で戦争しながらその地域の政治を行っていたけど、共産党は
同時期にほとんど戦争していないんだから比べるのは不公平だと思う。
673日本@名無史さん:02/12/09 23:41
満州・山東だけでよかったんだよな・・
中国本土はいらん。

674日本@名無史さん:02/12/10 21:44
>>672
でも中国の民衆にとっては不公平な比較じゃないだろうな。
それに共産党軍も華北なら遊撃戦という卑怯な形式ながら
国民党軍以上の脅威を与えていもする。
675打通さん:02/12/11 00:18
>>326
> シェンノートの方針は、中国において実効をあげず、ヨーロッパでの活動に
>制約をあたえていた。それは、飛行機やそのほかの装備品を、イタリアから中国
>に補給がえをしたためである。

それだけの労力をかけても、そもそも中国はいくら土地が広大でも工業基盤が
ほとんどない場所ゆえ、航空基地を運営するにしても困難を極めたってことか。
中国はただデカいだけ、しょせん大飯食らいの役立たず。ウドの大木とはこのこと。
やはりアメにとってもアジア地域の同盟基地は日本に限られるってわけだ。
676日本@名無史さん:02/12/11 00:28
>>672
 日本が、地域の行政をやってたというけど、地域行政はおよそ中国各地に20あまりつくった現地傀儡政権である。傀儡政権をつくり、現地人を使って侵略的支配をするのが日本の常套手段である。
677打通さん:02/12/11 00:41
中国大陸在支米14航空軍ってのは、言ってしまえば「トイレの花瓶」だ。
花は花壇に植えればよく育つが、トイレに飾っても便所虫に食い荒らされるだけ。
中国はその存在そのものが汚物の掃き溜めであって、スティルウェル将軍は掃除
してきれいにしようと考えたが、便所虫たちの反発を買って追い出された。
シェンノート将軍は掃除をせずに花と香料を飾ったのだろうが、これは便所虫
たちのエサになっただけ。結局何も変りはしなかったのだ。
678日本@名無史さん:02/12/12 01:09
まあ、米軍の空軍基地は、結局サイパンに移ったんだし、中国基地はどうでもいい罠。
679日本@名無史さん:02/12/12 07:16
>>672
効率の良いやり方だからだよ。当然だろう。
要は親日的シナを作りたかっただけ。
ドイツのような民族浄化、殺戮、自民族移植といった傲慢さはなかった。
680打通さん:02/12/12 08:01
>結局サイパンに移ったんだし、中国基地はどうでもいい罠。

つまり補給基地としてみても、中国はサイパン&硫黄島ほどの価値もなかった。
中国なんざものは所詮、その存在自体が無用な粗大ゴミであったのだ。
681日本@名無史さん:02/12/12 11:39
>>679
親日的シナでなく、傀儡シナもしくは従属シナですね。
ちよっと、もしくは、かなり大きな違いがあります。
南京陥落後の講和条件では、中国全域の日本への従属を意味する条件を提示し
当然、断られてますね。
682打通さん:02/12/12 20:53
ソヴィエト社会主義共和国連邦の海軍基地としての旅順口の租借権を回復する。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html

一見、日本とは直接関係ないように思われるこの条文だが、旅順といえば
対支21ヶ条反対運動以降、中国が抗日戦争で奪回を目指した場所である。
抗日戦争の大義名分は、事実上完全に否定されたとみてよいのだ。
683日本@名無史さん:02/12/12 21:12
>>681
馬鹿言っちゃいけないよ。
お前はどうしてそうまでしてヒネクレて、日本の意図を悪意に取るの。
プロバの本で読んだからだろうが、
日本はそもそも、中国に親日であってほしかった。
それが排日、侮日に転嫁したのだよ。なぜか。
米英の策動もあっただろうし、そうした知識人層に率いられた扇動もあった。
蒋介石はそれをうまくコントロールできなかったわけだ。
その間隙をついたのが共産勢力。
中国が親日的であれば日本のリベラル勢力も発言力を得た。
今と同様(昔なら一撃ものだが)、排日侮日に直面したなら、
能力をもつ日本軍は黙っていないだろう。
お互いどっこいどっこいなのだよ、支那事変の責任は。
684日本@名無史さん:02/12/12 21:24
この際言っておくが、2chにも蔓延する軍事バカが、
日本陸軍の近代化の遅れを揶揄するような寝言を撒き散らしているが、
元来、近代兵器で中国を全面制圧する意図など日本にはなかった。
同文同種の親戚意識があって、敵対意識はなかったのだから
本気で中国制覇の軍を作る事はしなかったわけだ。
仮想的ソ連も当時としては日露戦訓で何とかなると思っていた。
大正の軍縮期をみてもわかるように、日本に本当の計略的侵略意図
があったかどうか疑わしい。
そうこうしているうちに支那事変になった。
685日本@名無史さん:02/12/13 00:17
武藤章は、三ヶ月あれば、事態を解決できると豪語して、日中戦争を拡大したね。
686日本@名無史さん:02/12/13 00:22
>>685
そのころになると、もう頭に血が上っていたね。
687日本@名無史さん:02/12/13 00:36
元はと言えば、石原莞爾ということになりましょう。
まさか自分のやり方が支那(中国)まで及ぶとは想わなかったのでしょう。
「あなたのやったこと(満州事変)をやってどこが悪い?」
何も返せませんね。
688日本@名無史さん:02/12/13 08:52
>>683
琉球処分、日韓併合、満州国成立。
これで中国に親日になれというのが無理な話。
689日本@名無史さん:02/12/13 11:28
>>683
>>689
日清戦争で不平等条約。
対華21ヶ条要求もありましたな。従属国にしようとした。
張作霖爆殺。傀儡軍閥作り。ニセ満州国建国と第一次上海事変。
これで親日になったら、21ヶ条を呑むと同じ状態になってしまう。
690打通さん:02/12/13 17:43
>対華21ヶ条要求もありましたな。

だからこそ、ヤルタ密約協定の歴史的快挙が浮き彫りになってくる。
この条文を中国が呑まされたことは、非常に喜ばしいことだった。
691日本@名無史さん:02/12/13 18:27
>>687
 石原は、参謀本部第一作戦課長時代は、武藤に対して「対ソ戦争」を主張して、中国への武力介入には消極的でしたね。今となっては、中国なんかよりもソ連のスターリンの方が「悪の帝国」だったのでは?
692日本@名無史さん:02/12/13 19:48
>>688
前二者は清国時代の話、満州国については、中華民国にとっては民族的にも外地。
反日にならなければならないという条件じゃない。
693世界@名無史さん:02/12/13 20:01
>688
たしか一部人士は沿海州も領土と言ってるから反日に持って行くのは
たやすい。
21カ条要求や満州事変だって中国の無茶苦茶な政策が原因だが、
嫌ならカエレ!の話。邦人に圧力かけるなとか殺すなと抗議するのが
お門違い。
済南事変だって中国の事件なんだから日本軍が乗り込むのが悪い。
694日本@名無史さん:02/12/13 21:27
??当時の満州は、中国人の土地ではなかったのでしょうか??

まず、以下の電報を見ていてください。
「三、現今滿洲住民の殆ど全部が漢民族なることに顧み、宣統帝の擁立は滿洲
自身に於ても不評判なるべく(後略)」
 (「日本外交年表竝主要文書」 外務省編 原書房 P187)
これは、1931年11月1日、当時の外務大臣幣原喜重郎が、天津総領事桑島主計に
宛てた訓電の一部です。ここでは、はっきりと満州地方の住民は殆ど漢民族、
つまり「中国人」であると言い切っています。

もう一つ、見てください。
「満蒙は漢民族の領土に非ずして寧ろ其関係我国と密接なるものあり 
民族自決を口にするものは満蒙は滿洲及蒙古人のものにして滿洲蒙古人は
漢民族よりも寧ろ大和民族に近きことをみとめさるへからず
現在の住民は漢人種を最大とするも其経済的関係亦支那本部に比し遥に密接なり」
石原莞爾「現在及将来に於ける日本の国防」
 (「太平洋戦争への道」第七巻 資料編 P74)
「満州を日本が支配するのは正当だ」と言っているわけですが、それでも、
人口的には、漢民族、すなわち「中国人」が最も多いということを認めています。

最後に、もう一つ見てください。
「漢民族は優秀なる民族なりと雖自ら近代国家を造る能はざる欠陥あるものと
断ぜざるを得ず。満蒙が日本の為欠くへからざると共に三千万大衆は日本の助力
無くしては遂に平和なる生活を営む能わず」
 石原莞爾「満蒙に関する私見」
 (「太平洋戦争への道」第七巻 資料編 P185)
露骨な中国人蔑視ですが、同時にこれは、満蒙の住民の大半が漢民族、
つまり「中国人」であることを前提としています。
(続く)
695日本@名無史さん:02/12/13 21:28
(続き)
時期的には、若干後になりますが、康徳四年(1937年)12月末の満洲の人口構成では、全人口3,639万人の内、漢民族は、実に82%を占める2,970万人に達します。
これに対して、満洲族は、435万人で、12%を占めるに過ぎません。
つまり、この当時既に、満州族は満州において少数派になっており、
満洲は事実上、漢民族の支配地域になっていたのです。

更に、張学良が、1928年日本の反対を押し切って、中国の国民政府に合流する
「易幟」を実施してからは、名目上も漢民族の支配地域となってしまいました。
つまり、満州は、名目上も、実質上も漢民族の支配地域だったのです。
http://homepage1.nifty.com/SENSHI/book/objection/6mansyu-jin.htm

満州国の人口構成
康徳四年(一九三七年)一二月末現在
出典:平凡社 世界大百科事典昭和一四年(一九三九年)捕遺
〔文中の漢数字を算用数字に改め、比率がない場合は付け加えた〕

民 族=人口=比 率
漢民族=2,970.0万人=81.6%
満洲族==435.0万人=12.0%
蒙古族===98.0万人=2.7%
内地人===42.0万人=1.2%
朝鮮人===93.0万人=2.6%
欧米人===1.1万人=0.0%
合 計=3,639.1万人=100.0%
(日立デジタル平凡社「百科で見る20世紀」より
http://homepage1.nifty.com/SENSHI/data/jinkou-m.htm
696日本@名無史さん:02/12/13 21:55
>>692
中国は漢民族の単一民族国家ではないし、領土意識は非常に野心的。
清朝時代の隷属国は今でも中国領土であるべきだと思っている。
キッシンジャーと周恩来の会談でも周恩来が、
「沖縄の中国への返還を要求しなかった蒋介石は売国奴」
みたいな事を言っている。

昔の台湾(中華民国)発行の地図には、外蒙古も朝鮮半島も
中華民国の領土になってるという話を聞いたことがある。
まあ、中国の主張はむちゃくちゃなんだけどね。
大体あいつらは日本を格下の国と見下してたんだから。
697日本@名無史さん:02/12/13 23:18
そのすばらしい漢人たちがなぜロシアという支配勢力を満州から追い出せなかったのかな?
あの広い満州にシナ5億〜6億のうちわずか3000万人たらず。
それも後年になって日本などの近代文明がインフラを活性化させて増殖してきた。
かれらが、どうしても反日でなければならないほどの全シナ人にとって郷愁のある
土地柄ではない。
698日本@名無史さん:02/12/13 23:22
上は694などへのものだが、
日韓併合がどうして反日の理由になるのか、
必須のものであるのか、全シナ人がなびいていかなければならないもの
なのか、説明してくれ。
琉球処分についても。
699日本@名無史さん:02/12/14 00:08
漢人がすばらしい訳ないだろ。
700日本@名無史さん:02/12/14 00:38
近代主権国家、または国民国家と中国の国家観は全く違う。
これ以上は世界史板か中国板で調べた方がいい。
701日本@名無史さん:02/12/14 10:45
最近、中国で「感情的な反日は強く戒めるように」という論文が出たらしいね。
702打通さん:02/12/14 10:55
おれさまは、「東京裁判史観」などとレッテル貼りをするような言い方は決して
好まないし、東京裁判もそれ自体今更どうこう訴えてもしかたがないと思っている。

だが、靖国問題でA級戦犯がどうのこうのなどと言ってくるのなら、話は別だ。
その論理を持ち出してくるのは世界広しといえども、中国ただひとつである。
中国こそが最も憎むべき日本の宿敵であり、大陸打通作戦で国際的発言権を
失墜せしめたことが、どんなに大きな福音だったかがよくわかってくる。
陸軍が南方に回されず、重慶総攻撃でトドメの一撃を加えておけば、
間違いなく戦後台湾は独立できていたはずだ。
703日本@名無史さん:02/12/14 11:02
何故今日はこんなに近代の植民地スレがいっぱい上にあがってるんだ?
誰かが意図的にageてでもいるのか?
近代植民地・戦争関係は、総合スレでも立ててくれよ。

いい加減うんざりするよ。
704日本@名無史さん:02/12/14 11:18
>>703
禿道。
ハン板へ帰れ
705日本@名無史さん:02/12/14 20:24
>>703
 日本の植民地支配を徹底的に追及するためだ!悪いか。
706日本@名無史さん:02/12/14 20:24
>>703
 日本の植民地支配を徹底的に追及するためだ!悪いか。
707打通さん:02/12/14 23:17
>サイパン迎撃をやらなかったらそれこそ、最悪の采配ということになる

マリアナ海戦はやったからといって何の成果もなかった。あれならまだ陸兵
だけで穴掘って待ち構えてたほうがマシだった。打通作戦こそ天王山だった。
708わははは:02/12/14 23:33
戦争したのか・・・・うんんん。よくわからない。
支那事変からではないの。
支那は国家があったの???ないだろ。
709日本@名無史さん:02/12/14 23:45
米軍は兵力の40パーセント程度を太平洋に展開。
日本は70パーセントを大陸に展開。
太平洋戦争という言葉がふさわしいとは思えない。
710日本@名無史さん:02/12/15 13:15
>>708
1912年、中華民国政府誕生。その後、各地に軍閥。
その後、北伐が開始され、軍閥は服従し、第一次国共合作もなり、統一が一気
に進行。
それで日本はあせったんだね。利権がーーー!
勉強。勉強。
711日本@名無史さん:02/12/15 21:30
リットン調査団には、日本の利権が認められたんだから、あそこでやめといたら良かったのにね。欲張るとろくなことにならないという歴史上の教訓だ。
712日本@名無史さん:02/12/15 22:02
日本人って、中国に戦争で負けたっていう考えが全然無いね。
713日本@名無史さん:02/12/15 22:07
戦争はギャンブルと同じ。100万儲けると、次は1億、10億、500億と際限もなく
欲は膨らむ、そして最後はスッテンテン。べらぼうな金(国力)持ってれば米みたく
勝ち続けることも可能かも知れんが、貧乏人はいずれ負ける。
714日本@名無史さん:02/12/16 00:03
日本人は、やはり世界の中では謙虚に生きなければ…。
715日本@名無史さん:02/12/16 19:53
一、紛れもない侵略戦争

 1931年9月18日の柳条湖事件にはじまる中国東北の占領、さらに1937年7月7日の蘆溝橋事件以後の全面的な中国との戦争は、紛れることのない侵略戦争である。

 第一次世界大戦の惨禍を二度とくりかえさない目的で、世界各国は平和を守るための組織として国際連盟を結成した。
 しかし連盟規約では戦争の禁止が不徹底だとして、ドイツ、アメリカ、ベルギー、フランス、イギリス、イタリー、日本、ポーランド、チェコスロバキアの九カ国が、1928年8月27日にパリで「戦争放棄に関する条約」(不戦条約)に調印した。
 日本はこれを翌29年6月に批准し、同年7月に公布している。
 この条約では当事国が国際紛争解決のために戦争に訴えることを非とし、紛争解決の手段としての戦争を禁止したものである。
満州事変も、日中戦争も、国際連盟規約と不戦条約の双方に違反することは明らかで、その当時から世界の非難を受けていた。

 日本の戦争を無責任な軍国主義者の世界征服戦争と非難しているポツダム宣言を、日本は無条件で受諾して降伏したのだから、その時点で日本は戦争が侵略であったことを認めたことになる。
 さらに日本の戦争責任を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)では、満州事変以後の日本の戦争を侵略戦争と断定し、東条英機以下の被告を平和に対する罪として処断した。
 そして1951年9月8日にサンフランシスコで調印された対日講和条約の第11条は、日本国は東京裁判をはじめとする戦犯裁判を受諾するという条項である。
 すなわち日本は、国際的にその戦争が侵略であったことを国として承認したことになるのである。

 
716日本@名無史さん:02/12/16 19:54
侵略戦争とは何か。1974年の国連総会は「侵略の定義」についての決議を採択した。もちろん日本もこれに加わっている。
 その決議は、侵略を「一国による他国の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、または国際連合憲章と両立しないその他の方法による武力の行使」と定義した。そして以下のような場合を侵略として例示した。

a、一国の軍隊による他国の領土に対する侵入若しくは攻撃、一時的なものであってもかかる侵入若しくは攻撃の結果として生じた軍事占領、又は武力の行使による他国の領土の全部若しくは一部の併合

b、一国の軍隊による他国の領土に対する砲爆撃、又は一国による他国の領土に対する武器の使用

c、一国の軍隊による他国の港又は沿岸の封鎖

d、一国の軍隊による他国の陸軍、海軍若しくは空軍又は船隊若しくは航空隊に対する攻撃

e、受入国との合意に基づきその国の領土内に駐留する軍隊の合意に定められた条件に反する使用、又は合意終了後の右領土内における当該軍隊の駐留の継続

f、他国の使用に供した国家の領土を、右他国が第三国に対する侵略行為を行うために使用することを許容する当該国家の行為

g、上記の諸行為に相当する重大性を有する武力行為を他国に対して実行する武装部隊、集団、不正規兵又は傭兵の国家による派遣、若しくは国家のための派遣、又はかかる行為に対する国家の実質的関与

 日本の満州占領も、さらに37年以降の日中全面戦争も、右のa・b・e項に明らかに該当している。日中戦争はこの定義にてらしても、紛れもない侵略戦争である。

717日本@名無史さん:02/12/16 20:00
二、侵略戦争の原因

 満州事変の前夜、日本国内では「満蒙」(東北三省に東部内蒙古を加えた地域のこと)は日本の「生命線」だとする軍部や植民地主義者によるキャンペーンが、大規模に展開されていた。
 他国の領土を、勝手に自分の国の生存に必要な地域だというのは、乱暴な言いがかりだが、これは国民を戦争に駆り立てるスローガンとしては効果があった。
 それは日本がこの地域に持っている利権が、日清、日露の二度の戦争で、父祖の血であがなったものだという宣伝が行きとどいていたからである。
 つまり日本は、日清日露戦争いらい、中国領土の一部である満蒙を獲得すること、すなわち中国への侵略を、一貫して国家目的としていたのであった。

 長い歴史の中で、日本は文化のすべてにわたって、中国に学んできた。文字も、宗教も、さらに生活の用具や習慣までも、中国の文化が多くの場合朝鮮を経由して日本に伝えられてきた。日本人は中国にたいして尊敬の気持ちと親しみをもっていたといってよい。
 それが明治維新を境に一転して、朝鮮を支配し、中国を侵略する道に突き進むことになった。それは何故だろうか。

  
718日本@名無史さん:02/12/16 20:01
明治維新によって日本は、封建社会から抜け出して、西欧列強を手本に近代国家の形成へと一直線に突き進んだ。だが明治国家の指導者たちがめざしたのは、軍事と経済だけの近代化であって、西欧近代社会の理念であった人権と自由を置き去りにしたものであった。
 それはブルジョア民主主義を実現したのではなく、強権的国家体制を作り上げたのである。

 明治維新は封建領土を廃止し、武士の特権を奪って、中央集権国家を作り上げた点でたしかに大きい変革であった。しかし西欧のブルジョア革命が行ったような完全な農民の解放は実現できなかった。
 地主小作制度という封建的土地所有関係を温存したばかりでなく、軍備拡張のために高額な地租を取り上げることでそれを再生産していった。したがって日本社会は、近代化したといっても基本的には貧しい小作、自小作の農民が国家の多数を占めていた。
 また資本主義の発進にともなって、工業化も進んでいったが、そこでの労働力は、貧困な農村からはみ出した人々に頼っていたので、労働者の賃金は極端に安かった。貧しい農村の存在が、都市の労働者の低賃金を支えるという構造の社会だったのである。

 農村も都市も貧しいということは、国内市場が極端に狭いということに他ならない。国内市場の狭さから、国外市場に依存しなければならないという特徴をもつことになった。
 しかもその技術的水準の低さから欧米資本主義との自由競争では勝目がないので、独占的な植民地市場が必要であった。はじめから植民地獲得の欲求をもったのである。

 
719日本@名無史さん:02/12/16 20:02
欧米列強の世界分割競争の最後の舞台となった東アジアで、日本は他に先がけて軍事と経済の部門での近代化に成功した。そして近い隣国であり、封建社会から抜けきれないでいる朝鮮や中国を植民地化の対象としたのである。
 日清戦争も日露戦争も、日本の国土を守るための戦争ではなく、朝鮮を支配するための戦争であり、まさに侵略戦争であった。
 日露戦争の結果として朝鮮を植民地としたあとは、さらに大きな獲物である中国が目標となった。1914年第一次世界大戦にさいし、日本は連合国側に加わってドイツと戦うが、そのねらいが中国山東省にあるドイツの利権の奪取であることは明らかであった。
 さらにこのとき、日本が中国に突きつけた「対華二十一ヵ条要求」は、大戦による列強の不在に乗じて、中国の植民地化を進めようとするものであった。
 これ以後の東アジアの歴史は、日本の対中国侵略政策の進展、これにたいする中国民族運動の抵抗という形で推移する。1919年の五・四運動、1925年の五・三〇事件、1927、28年の山東出兵などは何れもそのあらわれであった。

 この間に日本の支配者たちは、自国民にたいし意識的に中国にたいする優越感、中国への蔑視感を植えつけていった。
 そして中国の民族運動を、日清、日露戦争による日本の果実にたいする不当な反撃だと敵視し、中国の抗日運動を憎悪する国民感情を煽り立てたのである。

 こうして日本は、早熟な帝国主義国としての本質的要求である植民地を中国に求め、国民に対中国敵対意識を植えつけ、対中国侵略戦争に突入していくのである。

720打通さん:02/12/16 20:17
>日本の対中国侵略政策の進展、これにたいする中国民族運動の抵抗という形

そう考えるとなお大陸打通南北縦貫3000キロ勝利行軍の価値が一層
浮き彫りになってくる。つまり、中国人には満州奪回どころか現有して
いる自分の国の国土を守ろうとの郷土心はなく、抗日戦争などとは看板
だけの空作文でしかなかった。中国は中ソ条約でヤルタ協定を承認、
抗日戦争が目的を達したとすればそれは日本の権益をソ連に譲ることだった。
721日本@名無史さん:02/12/16 20:19
欧米列強の世界分割競争の最後の舞台となった東アジアで、日本は他に先がけて軍事と経済の部門での近代化に成功した。そして近い隣国であり、封建社会から抜けきれないでいる朝鮮や中国を植民地化の対象としたのである。
 日清戦争も日露戦争も、日本の国土を守るための戦争ではなく、朝鮮を支配するための戦争であり、まさに侵略戦争であった。
 日露戦争の結果として朝鮮を植民地としたあとは、さらに大きな獲物である中国が目標となった。1914年第一次世界大戦にさいし、日本は連合国側に加わってドイツと戦うが、そのねらいが中国山東省にあるドイツの利権の奪取であることは明らかであった。
 さらにこのとき、日本が中国に突きつけた「対華二十一ヵ条要求」は、大戦による列強の不在に乗じて、中国の植民地化を進めようとするものであった。
 これ以後の東アジアの歴史は、日本の対中国侵略政策の進展、これにたいする中国民族運動の抵抗という形で推移する。1919年の五・四運動、1925年の五・三〇事件、1927、28年の山東出兵などは何れもそのあらわれであった。

 この間に日本の支配者たちは、自国民にたいし意識的に中国にたいする優越感、中国への蔑視感を植えつけていった。
 そして中国の民族運動を、日清、日露戦争による日本の果実にたいする不当な反撃だと敵視し、中国の抗日運動を憎悪する国民感情を煽り立てたのである。

 こうして日本は、早熟な帝国主義国としての本質的要求である植民地を中国に求め、国民に対中国敵対意識を植えつけ、対中国侵略戦争に突入していくのである。

722日本@名無史さん:02/12/16 20:20
どこのコピペだよ。
723日本@名無史さん:02/12/16 21:09
 読む限りでは、反論しようがないくらいの侵略戦争だということが、よく分かりました。
724日本@名無史さん:02/12/17 22:45
高校生の論文だな。
725日本@名無史さん:02/12/17 22:50
724が悔しがってる(藁
726日本@名無史さん:02/12/17 22:58
まあ、日中戦争は「侵略戦争」だったということで。
727from d:02/12/17 23:02
>>726

そうだな。ピクニックでなかったことだけは確かだ。
728日本@名無史さん:02/12/17 23:13
>>725
悔しがる、という発想が浮かぶところを見ると、高校生らしいね、キミ。
729日本@名無史さん:02/12/18 12:34
<日本の三光作戦>
1940年、日本軍北支那方面軍司令部命令文書

「燼滅(じんめつ)目標及び方法」
1、敵及び土民を仮装する敵→殺戮
2、敵性ありと認むる住民中15歳以上60歳までの男子→殺戮

※日本版三光作戦ですね。
730打通さん:02/12/19 10:23
>>315
アメの側の歴史家も、少しでも良識ある者なら打通作戦の意義は認めている。
陸戦と陸海空の攻勢の共同作戦が見事に行われたのも、米側資料でも確認される。
秋からの四式戦疾風の活躍は獅子奮迅であったといっても過言ではなかろう。
731日本@名無史さん:02/12/20 20:45
手持ちの資料をいくつか読み返していて、「歴史群像50号」において、
日本海軍の空母航空隊を中国東南部の航空基地攻撃に投入する等、海軍が
協力すれば、大陸打通作戦の立案さえされなかった可能性は少なくない、
大陸打通作戦は日本海軍との共同作戦を行わない日本陸軍の選択肢だ、
と書いてあるのに気づいて、私は首を傾げました。私としては、仮に海軍
が陸軍に協力して作戦を立案していたとしても、当時、マリアナ決戦準備
に奔走する必要がある以上、海軍の空母航空隊も基地航空隊も、到底投入
する余裕は無いのでは、と思ったのですが、これは私の浅慮で、当時の
日本海軍には、中国東南部の航空基地攻撃を行う余裕があったのでしょうか。
732打通さん:02/12/22 15:37
国民党政権を潰して共産党を勝たせないと、それこそ米中同盟が維持されて最悪。

日米安保条約が日本繁栄への基盤とは岡崎久彦氏ら新米保守の口癖だが、
そもそも日米安保条約体制は大陸打通作戦によって作られたのだ。
733日本@名無史さん:02/12/22 15:46
打通、打通ってうるさいなあ。
734日本@名無史さん:02/12/22 17:08
ようするに蒙古襲来の仕返しって琴
735日本@名無史さん:02/12/22 20:02
大陸打通作戦なんて、やるよりマジメに絶対国防圏を死守した方が良かった。サイパン島を奪還できなかったのがよくなかったね。
736日本@名無史さん:02/12/23 10:17
打通作戦なんて教科書にものってないよ。
737日本@名無史さん:02/12/23 10:27
所詮、負けた戦争。打通作戦なんて何のプラスにもなってない。
738日本@名無史さん:02/12/23 13:03
まあ、日中戦争なんて、ただの「侵略戦争」で、おまけにアメリカにイチャモン付けられてボロ負けしたとかいうあれですか?
739日本@名無史さん:02/12/23 13:13
そんなホントのこと言うと、打通さんが青筋立ててやってくるよ。
740日本@名無史さん:02/12/23 13:36
打通作戦以外に有名な戦闘や作戦ってないの?中国で何してたの?日本軍は。
741日本@名無史さん:02/12/23 20:49
結局、日本軍は広い中国大陸でウロウロしていただけでしょ。
742日本@名無史さん:02/12/23 20:55
効率の悪い戦争だな。人的資源の無駄遣いだ。
743日本@名無史さん:02/12/23 21:27
10万人以上の戦死者を出して、結果は今まで獲得した領地を全部失った。
744日本@名無史さん:02/12/24 00:51
打通さんに、そろそろ登場してもらわないと
745日本@名無史さん:02/12/24 09:27
所詮、日本軍って弱かったんじゃない?
746日本@名無史さん:02/12/24 09:50
>>712
中国は勝ったと思ってるの?
連戦連敗の上、首都が占領されといて?
アメリカに負けたんだよ、日本は。
747日本@名無史さん:02/12/24 12:23
えぇと、形としては中華民国に負けてますね。
748打通さん:02/12/24 12:43
周恩来をして「千年の功臣」と言わしめたほどの抗日指導者だった張学良は
ずっと釈放されなかったのに、岡村寧次大将が国民党軍事顧問の抜擢された。
義理人情ではなく利用価値の有無であったのだろうが、それならそれで岡村
大将の武勇と知略は、中国人さえも敵ながらその価値を認めざるを得なかった
ということなのだ。大陸打通3000キロの栄光は、ぼくたちの誇りだ。
749日本@名無史さん:02/12/24 17:18
しかし、10万人も戦死者出して、結局、台湾も満州も失ったんじゃねー。死んだ人たちは犬死ですな。
750日本@名無史さん:02/12/24 19:34
ドイツ参謀本部をして「粘土の巨人」と貶められたほどの体たらくだったソビエトは
日本陸軍など逆立ちしても問題にならないドイツ陸軍と戦い勝利したのに、
ソビエト・アメリカの支援を受けながら装備の劣悪な日本軍相手に大した戦果をあげられなかった
中国は戦後処理においての発言権は無視された。
残虐云々ではなく戦果の実績の有無であったのだろうが、それならそれでジューコフ将軍
の武勇と知略は、ドイツ軍参謀本部さえも敵ながらその実力を認めざるを得なかった
ということなのだ。ソビエト赤軍によるベルリン「解放」の栄光は、人民の誇りだ。


751日本@名無史さん:02/12/24 19:58
日中戦争における日本軍の名将っていなかったの?
752日本@名無史さん:02/12/24 22:30
所詮、日本陸軍って凡将ばかりということで…。
753打通さん:02/12/25 00:27
バカロフ2等兵か?、でもヤツは共産党軍は高く評価してたが。

>装備の劣悪な日本軍相手に大した戦果をあげられなかった中国

朝鮮戦争の中国軍はそれとは違うのか?、そうだとしたらなぜ?
754日本@名無史さん:02/12/25 01:14
首都も陥落し瀕死の状態だったが
アメリカが戦線に加わる。
気が付いたら嵐が過ぎていた。
中国にとっての日中戦争ってそんな感じ。
755日本@名無史さん:02/12/25 01:45
瀕死のわりに、長期戦でよくがんばったね。
756日本@名無史さん:02/12/25 13:05
土俵際でよく粘ったよね
757  :02/12/25 14:08
>>750
文章の流れが打通ほど練れていない。
1)主語と述語の配置をもっと簡明にすること。
2)修飾句をやたらに入れないこと。
758日本@名無史さん:02/12/25 23:36
文章の添削ですか。
759日本@名無史さん:02/12/26 00:57
打通さん、打通作戦で活躍した部隊と将軍を教えて。
760日本@名無史さん:02/12/26 13:49
日中戦争=アジア侵略戦争
761日本@名無史さん:02/12/27 00:21
>>756
このスレもよく粘るね。
762日本@名無史さん:02/12/27 02:44
age
763日本@名無史さん:02/12/27 12:45
◎三光作戦という呼称の再考

日中戦争後半期に日本軍がとった燼滅(じんめつ)作戦に対する中国側の呼名。
三光とは中国語の焼光(焼きつくす),殺光(殺しつくす),搶光(奪いつくす)の
三つを指す。
1940年後半,中国の八路軍は百団大戦と呼ばれる作戦を展開,日本軍に大きな
打撃を与えた。新任の岡村寧次北支方面軍司令官(中将)は,日本軍の作戦重点
を国民党軍から共産党軍に移す方針を打ち出し,共産党の指導するすべての
根拠地の周辺に対し,徹底した掃討戦を行った。
〈燼滅とは,敵性ありと判断される村落をことごとく――家屋,畜類はもとより
住民までも殺戮し,焼き払ってしまい,★敵地区との間に無人地帯を設定するのが
作戦の主目的★であった〉といわれる。
岡村寧次は1931‐34年の国民党軍の共産党軍に対する瑞金掃討作戦に観戦武官
として参加し,それを華北・東北に適用したといわれる。

<ここから三光は中国の作戦と言う人がいるんだね。日本はまねしたわけだ>

日本側でその一部が明らかになったのは,神吉晴夫編《三光――日本人の中国
における戦争犯罪の告白》(カッパ・ブックス,1957年刊,後に右翼の妨害に
あって絶版)が初めてである。
(出典:平凡社の事典)

出た、右翼の出版妨害。風流夢譚殺人事件、大江健三郎文庫本指し止め事件、
結構あったよね、昔は。
764日本@名無史さん:02/12/27 20:56
じゃ、日本側の作戦として、正式にではないが、意味としては使っていいのかな?
東京裁判では、共産地域への作戦だったので問題化されなかったとも聞いたが。
765打通さん:02/12/28 11:17
「中国は対日戦勝国」と中国が言えば言うほど、打通作戦の意義が浮き彫り
になってくる。日本の最終的敗北が決定的だったならなおのこと、打通作戦
で国共内戦・米中離間に追い込んでおくことが大切だったのだ。
766日本@名無史さん:02/12/28 12:51
>>763
真実を語るものには、常に迫害がつきまといます。
767打通さん:02/12/28 15:08
かなら〜ず ここへ〜 かええ〜ってくると〜

てをふる〜 ひと〜に〜 えがおで〜 こたえ〜

たいりくだつう 3000キロを はるばる あ〜る〜く〜

一号作戦 だ〜つ〜う〜
768日本@名無史さん:02/12/28 15:12
あほ
769日本@名無史さん:02/12/28 23:36
目的はイスカンダルですか?
770日本@名無史さん:02/12/29 17:09
行き着く先に勝利無し。
771日本@名無史さん:02/12/30 23:43
>>765
中国に日本陸軍の主力の70%あまりが釘付けにされたことによって、アメリカとは実質海軍だけが戦っていた。この時点で中国に負けたと言われても過言ではないだろう。
772日本@名無史さん:02/12/31 16:50
あれだけ遅れた中国軍に徹底的な打撃を与えることができなかったんだから、日本軍の戦力も大したものではなかったのだろう。
773日本@名無史さん:02/12/31 17:39
日本軍は弱かったということで。
774日本@名無史さん:02/12/31 18:37
 日本軍が弱体であった原因は何であろう?
775日本@名無史さん:02/12/31 23:35
大元帥が良くなかったね。
776日本@名無史さん:02/12/31 23:39
下士官と古参兵がDQN。参謀が基地害。
負けて当然(w
777日本@名無史さん:03/01/01 00:11
とくに大元帥が戦争を継続させたのが大問題。
778日本@名無史さん:03/01/01 15:44
参謀本部の武藤章が、一ヶ月あれば勝てるなんて天皇に吹いたのが問題だよな。
779打通さん:03/01/02 00:25
>中国は戦後処理においての発言権は無視された。

ヤルタ密約協定に加えて、中国を内戦状態にして毛沢東に政権を取らせてや
ったのは正解だった。中国には東京裁判をはるかに超える懲罰が必要だった。
東京裁判は中国以外のどの国ももはや問題とはしない、終わったことであるが、
朝鮮戦争についての中国の責任は今も継続しているのだ。
780日本@名無史さん:03/01/02 10:46
南京陥落後のトラウトマン工作で、講話案も出しといて、「以後、国民政府を
相手にせず」とは?近衛は後で直せばいいと思ってたようだが、後半生で後悔
してる。

1940年ごろ、中国撤退案が出たそうだが、詳しい人、教えて。
ハルノートとも両立できたかもしれなかった。
781日本@名無史さん:03/01/02 11:48
>780
40年11月13日の御前会議で決定した「支那事変処理要綱」のことか?
これは完全撤退案ではなく、長期戦移行を認めるとともに、占領地域を縮小、
在中兵力の縮小して国民の負担を軽減するという意味を持っていた。だが、
之に対して軍、特に現地部隊から強い抵抗があった。会議席上、近衛首相が
「占領地は相当整理されるべき」に対し、杉山総長「急激な態勢の変化は
敗戦感を起さしめ、内外に影響がでる」と反対。撤兵は実現できなかった。
782日本@名無史さん:03/01/02 12:10
>>781さん
ありがとう。ちょっと検索してみるよ。本あったら教えて。
王の傀儡政権に任せ、ハルノートしかとという手もあったかなと思ったのだが。
783日本@名無史さん:03/01/02 12:29
こんなのがあった。
>【支那事変処理として撤退方針が決定される】
>3.30日支那事変処理に関する極めて重要な事項が、参謀本部の提案に基き、
>この日、陸軍中央部で決定された。
>それは、「昭和15年中に支那事変が解決せられなかったらば、16年初頭から、
>既取極に基いて、逐次支那から撤兵を開始、18年頃までには、上海の三角地帯
>と北支蒙彊の一角に兵力を縮める」というもので、事変処理の大転換であった。
>もともとこの撤兵案は陸軍省の発案になるものであり、陸軍省側では今すぐからでも、
>撤兵を開始するような剣幕であった。予算面からも間接的に参謀本部を抑制しようとした。
>事変解決に、参謀本部も陸軍省も手を焼いていることが分かる。当時参謀本部としても、
>内々黙認した形であった。
>昭和15年度の臨時軍事費は、こんな前提の下に確定せられていた。
>[種村佐孝「大本営機密日誌」(ダイヤモンド社,昭和27年)P12-14]
>この本は公式の日記ではなく、元大本営参謀戦争指導班長の種村佐孝氏が、
>同僚の助けを得て書いた日記と記憶によって書かれたものです。
>開戦前から終末期まで、時間を追って具体的に書かれた貴重な資料として
>しばしば引用される本です。
>5月上旬重慶爆撃開始。
>5月11日有田外相、蘭印現状維持を各国駐日大使に申し入れる。
>5月18日御前会議で対支処理方策を決定。
>5月25日有田外相、バブスト駐日蘭大使に対蘭印13項目の要求を送る。
>【ヨーロッパ戦線で独軍が進撃開始】
>5.10日欧州で、ドイツ軍が華々しい実力を行使しはじめ
ドイツの緒戦の圧勝が計算を狂わせたのかな?それとも対中国条件が無謀だったか?
784781:03/01/02 12:34
「支那事変処理要綱」について記述は、「太平洋戦争への道 開戦外交史4の
日中戦争〈下〉」と小学館の「昭和の歴史、日中全面戦争」を参考にしたけど
他にも幾らでもあると思うが。なお、前著は日本国際政治学会編、朝日新聞社刊行。
785日本@名無史さん:03/01/02 13:58
東条内閣の時(17年2月)、第79回帝国議会で、陸海軍刑法の改正案が通過成立。
被害者からの親告がなくても犯人を無期または1年以上の懲役に処す、ことが可能
法改正のきっかけは、中国戦線での強姦が多いことに手を焼いた岡村第11軍司令官(当時)
が阿南惟幾次官に戦地強姦罪の新設を提案したことにある(岡村大将史料、戦場回想編)。
786日本@名無史さん:03/01/02 15:16
>>784
780だが、ありがとう。
787日本@名無史さん:03/01/03 15:24
>>780
トラウトマン工作が失敗したのも、南京作戦が始まり首都陥落が現実化してきたため陸軍が工作から後退したためと言われている。しかし、現実には首都陥落しても国民政府は降伏せず、戦争は長期化してしまった。
尚且つ、陸軍は南京大虐殺事件を起こして国際的にも日本の評判を落とし、英米を完全に国民政府側に付けてしまった。はっきり言って南京作戦が大失敗のもと。高級参謀たちの撥ね上がりを抑えられなかった松井岩根はDQNだ。
788日本@名無史さん:03/01/03 15:56
 南京戦なんてやめとけば良かったのに。そもそも華北に三個師団派遣を決定したのが大失敗だね。
789日本@名無史さん:03/01/03 16:22
>>785
やっぱり、中国での強姦・虐殺は事実であったということでよろしいか?
790日本@名無史さん:03/01/03 16:34
よろしいよ。
791日本@名無史さん:03/01/03 17:18
トラウトマン工作とは?
792日本@名無史さん:03/01/03 22:20
更に、南京戦で強姦やりまくりだったため、現地の女性を強制拉致して従軍慰安婦にした。
793日本@名無史さん:03/01/04 02:38
まったくスレの主旨と異なることをほざいてる香具師がいます。
それも本気でノモンハン事件を日本の勝ちだと言い張るんです。
ひょっとして打通太郎か?!
馬鹿見物はいかがですか。
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1038835136/l50
794トラウトマン工作1:03/01/04 12:46
トラウトマン工作、いわゆる日中停戦工作。

第1条件
1,内蒙古に自治政府を置き、外蒙と同様の国際法上の地位を与える。
2,華北に非武装地帯を設け、北平と天津以南とする。華北全体の行政は南京政府があたり親日役人を任命する。
3,上海はこれまでより大規模の国際的警察の管理下にある非武装地帯を設置する。
4,教科書問題などで反日政策を修正する。
5,中ソ不可侵条約と矛盾しない形での反共協力。
6,日本製品にたいする関税引き下げ
7,中国における外国人の権利の尊重
以上であるが、これでは戦争による戦果についての考慮がなされていない。
これは好戦的な意見のようだがそうではなく、和平交渉は戦局が安定した所で
なくては全く成功しないばかりでなく、本格的な交渉すら阻害する。
この交渉はその典型的なケースである。また外交技術的には占領地、揚子江
デルタ地帯と北京(北平)・天津線以南の暫定統治方法が含まれる必要がある。

また広田は戦闘勝利がもたらす国内の高揚した気分を予測できなかった。
日本の外務官僚によく見られる視野狭窄である。つまり国民感情のような
ものを一刀両断に切り捨てる。
そもそも勝者の側から条件を出す危険性についてあまりにも無頓着だった。
795トラウトマン工作2:03/01/04 12:48
第1条件についての蒋介石の反応
蒋介石は11月5日第1条件を入手した。ところが蒋は大場鎮陥落をもって
敗北とみなすファルケンハウゼンの進言を容れず、また英米などの干渉により
日本が国府軍の殲滅に乗り出さず、戦線を維持できると観測した。
広田への回答はせず引き延ばしを図った。これにより広田も幾許か蒋への信頼
を失ったに違いない。
12月2日、蒋介石は第1条件を交渉の基礎として受け入れることを駐南京
ドイツ大使トラウトマンに伝達した。付帯条件は即時停戦と秘密外交だった。
(この伝達は東京では12月1日に知られていた。暗号解読のためと思われる。)

国府外交部の秘密電報

日本側の反応
この返事を受けても広田は回答を出すことができない。元々、参謀本部とだけ
組んだ私的外交だから閣議の承認がなければならない。仲介に当ったドイツ
外務省は12月7日日本側の回答を求めた。広田は「戦局が動いたので以前の
条件では難しい」と回答した。これを言うならば、開戦前の条件にすぎないと
初めから明らかにすべきだった。

796トラウトマン工作3:03/01/04 12:49
また参謀本部の和平提案による軍事上の有利性確保は謀略として味のあるものではない。
このような手段は長期的には有利に運ばない。

閣内では広田・参謀本部の勇み足を咎める声が強まった。
内相末次信正(海軍大将:艦隊派)が軽易なる条件では認めがたいとした。
これは海軍の声を代表するもので、上海で上陸(シャンリク)が常に矢面に立
たされてきたことにより発言権を有すると考えたのだろう。そして南京の陥落
を見た軍事オンチの近衛はここぞ出番と、強硬な条件を要求した。

そして広田はこの軽忽な人間の常として、参謀本部に見切りをつけ強硬条件派に寝返った。

797トラウトマン工作4:03/01/04 12:50
12月21日の閣議で新条件を決定した。

第2条件
1,支那は容共抗日満政策を放棄し、日満両国の防共政策に協力する。
2,所要地域に非武装地帯をもうけ特殊の機構を設定する。
3,日満支三国間に緊密な経済協定を締結する。
4,支那は帝国にたいして所要の賠償をする。
以上の他口頭説明として細目を次のように付加した

1,支那は満州国を承認する。
2,支那は排日反満政策を放棄する。
3,北支・内蒙古に非武装地帯を設定する。
4,北支は支那主権の下において、日満支三国の共存共栄を実現するに適当な機構を設定しこれに広汎な権限を与え日満支経済合作の実をあげる。
5,内蒙古に防共自治政府を設定する。
6,支那は防共政策を確立し、日満両国の防共政策遂行に協力する。
7,日本軍の中支占拠地域に非武装地帯を設定して、特殊機構を設ける。また上海市には租界外に特殊政権をもうけ日支協力して治安維持と経済発展にあたる。
8,日満支三国は資源開発、関税、交易、航空、通信に関し協定を締結する。
9,支那は帝国にたいし所要の賠償をする。
付記
北支・内蒙古・中支の一定地域に必要な期間、日本軍の保障駐屯することを認める。
前諸項に関する日支間の協定成立後に停戦する

蒋介石がこの新提案では、一存で決められないと、保留して、回答期限がくる
前に、近衛が突然「蒋介石、国民政府を相手とせず」と声明し、さらに戦争は
泥沼化し、蒋介石も徹底抗戦以外道はなくなった。
798打通さん:03/01/05 00:43
>蒋介石も徹底抗戦以外道はなくなった。

でも徹底抗戦を自称してたわりには、大陸打通は3000キロ。

在支米空軍相手に陸軍航空隊も辛うじて持ちこたえ、白兵戦に持ち込む
ことで日本陸軍の美学と武勇と知略と愛国的情熱が如何なく発揮された。
歩兵同士の白兵戦になれば、素朴な愛国心に満ち溢れた支那派遣軍将兵
たちの死をも恐れぬ銃剣突撃を前にして、チンピラゴロツキの集団は
ションベンちびってわれ先に逃亡するよりほかはなかったのだ。
799日本@名無史さん:03/01/05 02:31
>>797
>蒋介石がこの新提案では、一存で決められないと、保留して、回答期限がくる
前に、近衛が突然「蒋介石、国民政府を相手とせず」と声明し、さらに戦争は
泥沼化し、蒋介石も徹底抗戦以外道はなくなった。

悪いのは近衛ですかね。


 
800日本@名無史さん:03/01/05 02:40
800ゲトー!!!
801日本@名無史さん:03/01/05 15:02
本来、ノモンハン紛争は起こるべくして起こったものではなく、避けようとすれば
避けられた戦いと言えた。しかも実際の戦闘に至っても、日本軍はあらゆる点で
後手々々にまわり、ほとんど力を出せないままに終わっている。 また兵器の性能
に加えて戦術面でもソ連側に大幅に劣り、なす術なく敗れ去った。
つまりあらゆる“失敗の連鎖”と見てよい。

 ところが現地軍、そして陸軍の首脳部は、敗北の事実を全く認めようとしなか
った。そのため、学びとるべき幾多の貴重な教訓が目の前にありながら、それら
を汲み取らずに済ませてしまったのである。
このツケは、二年半後の太平洋戦争のさい、立ちどころに現れ、日本陸軍はより
強大な敵アメリカ軍によって徹底的に打ちのめされた。
802日本@名無史さん:03/01/05 19:33
藤岡信勝が引き合いに出す司馬遼太郎でさえ、

「要は、参謀本部作戦部ないし関東軍作 戦課といった秀才の集まりが、
統帥権という化物を利用して、いかに勝手なことをして、悲惨な戦闘で
多くの人を殺し、国を亡ぼしていったことか、そのいちばんいい典型が
ノモンハン事件にあった、ということなんですね。 それを調べつくした。
が、調べていけばいくほど空しくなってきましてね。」

と言うほどの日本軍の惨敗なんだよ。ノモンハン事件は。
803日本@名無史さん:03/01/06 12:25
>>801-802
おおい、スレ間違えてるぞぉ。そのネタはあっち・・・。

>>799
近衛はいつも重要決断をしていながらも、
「あとで、変えればいいや」と思ってたそうです。
性格か「陛下と座って話ができるのは自分だけ」という皇族意識か。
この声明も「まずかったら、あとで、変えればいいや」と思ってたそうです。
だから、どんどん何でも許可しちゃうんで陸軍は大喜びで、軍部から人気が
あったそうです。

しかし、晩年「あれ(蒋介石を相手とせず声明)は、自分の大失敗だった」と
気づき、後悔していました。
804日本@名無史さん:03/01/06 19:24
本来はノモンハン事件の前年の張鼓峰事件の惨敗に日本軍は学ぶべきだったのでは。
805打通さん:03/01/09 20:53
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/army/1027544183/602-604

打通作戦の3000キロ南北縦貫行軍によって、中国は米英ソから相手に
されなくなった。それがあくまで打通作戦の結果だということは、カイロ宣言
とヤルタ協定を比べてみれば明らか。中国軍相手に勝った勝ったで何が嬉しい
との疑問は、上の資料を見てから言ってほしい。打通作戦を経てはじめて
抗日戦争なる化けの皮が剥がされたわけだ。
806打通さん:03/01/09 21:17
>>98
>「1号作戦」は、中国におけるアメリカの政策の終結をもたらす
>決定的な引き金となった。

大陸打通作戦が歴史のベクトルを変えた決定打であったことは、著名なアメ
の戦史家も認めている。岡崎久彦氏ら親米保守の礼賛する日米安保体制も、
実は大陸打通作戦の結果なのだ。日本の政治外交云々は瑣末な問題。

日本軍擁護論などいちいち口に出して主張せずとも、打通作戦の歴史的事実を
胸の内に秘めておくだけでよい。表向き中国人にボロクソ日本を貶されても、
心のどこかで優越感を持ち続けておけば何を言われても平然としていられる。
807日本@名無史さん:03/01/10 16:18
>>806
黄文雄にも相手にしてもらえない、
大陸打通作戦。
808日本@名無史さん:03/01/11 11:10
 米国は、盧溝橋事件当初から、日本を悪者視していました。昭和12年7月16日、
ハル国務長は「日本が武力を以て対支政策を遂行することに反対」と声明 (武力を
以て対日政策を強行しているのは中国なんですけど) し、10月5日にはルーズベルト
大統領がシカゴで「戦争伝染病を隔離せよ」と演説しました。
 この演説を聞いた、日本人特派員はてっきり中国の事だと思っていましたが、
実は日本の事だったのです。
 そして昭和13年7月1日、米国は同義的対日禁輸を行います。その内容は、
飛行機製作物資の若干です。
それから、
 9月30日、国際連盟は顧維鈞中国代表の請求に基づき、連盟規約第十六条の
制裁条項が日本に適用できると確認しました。これに対し、日本は脱退以後も
継続していた連盟諸機関に対する協力を停止、完全に連盟との関係を絶ちます。
 10月6日、米国は長文の覚書を提出して、《満州事変以来の“門戸開放、
機会均等、九カ国条約”違反により、米国始め諸国に大なる被害を与え、
支那が日本の独占市場と化し、他国に閉鎖されている》と非難しました。
809日本@名無史さん:03/01/11 12:20
>>808
当然でしょう。満州で禁じ手を使ったのですから。
盧溝橋以降の経過を日時系列で読むべし。
北伐統一を再勉強すべし。
810山崎渉:03/01/11 16:42
(^^)
811日本@名無史さん:03/01/11 21:35
>北伐統一を再勉強すべし。

その北伐統一とやらで築き上げた国民党政権がいかに信頼するに足らない
弱体なシロモノだったかは、中国自身が内戦で国民党政権を否定した通り。
812打通さん:03/01/11 21:54
中国はやっぱ共産主義が一番。今は社会主義市場経済として方向転換してるようだが、
毛沢東時代が一番輝いてた。中国が共産主義を選択することで、米中離間は不動となった。
それに当時共産主義は未知数だったから、中国人が実験材料に使われて良かった。
813日本@名無史さん:03/01/12 21:37
まあ、日中戦争は日本の負けだしね。
814 :03/01/12 22:14
今次の支那事変は支那が排日抗日を事として反省しないため、
やむを得ず兵を出してこれを撃つたのであつて、支那の悪夢を醒まさせ、
我が肇國の理想たる八紘一宇の精神を光被せしめて真に提携の実を挙げ、
東亜永遠の平和を確立し、更にこれを世界に及ぼして和気靄々たる一家の
如き世界平和を樹立せんがためである。第七十二回帝国議会の開院式の
勅語に
帝国ト中華民国トノ提携協力ニ依リ東亜ノ安定ヲ確保シ以テ共栄ノ実ヲ
挙クルハ是レ朕カ夙夜軫念措カサル所ナリ中華民国深ク帝国ノ真意ヲ
解セス濫ニ事ヲ構へ遂ニ今次ノ事変ヲ見ルニ至ル朕之ヲ憾トス今ヤ
朕カ軍人ハ百艱ヲ排シテ其ノ忠勇ヲ致シツツアリ是レ一ニ中華民国ノ反省ヲ
促シ速ニ東亜ノ平和ヲ確立セムトスルニ外ナラス
と仰せられたのも全く肇國以来の国史を一貫する八紘一宇の大精神を
現し給うたものと拝察せられるのである。(教学局・1938)

支那事変も「八紘一宇」だったのか・・・、知らなんだ。
http://members.tripod.co.jp/shinmin0/
815日本@名無史さん:03/01/12 22:33
もしロシア革命がなければ、日本は満州にさえ侵攻できなかったかも?
816日本@名無史さん:03/01/13 11:07
日中戦争が、なぜ「聖戦」なのか分からん。
817日本@名無史さん:03/01/13 12:38
ある人のs16/6/15の日記、
「・・・日本軍は暴支膺懲と称して支那の領土を侵略し始めしが、長期戦争に
窮し果て俄に名目を変じて聖戦と称する無意味の語を用い出したり・・・欧州
戦乱以後英軍振るわざるに乗じ・・・・・南洋進出を企画するに至れりなり。」
818日本@名無史さん:03/01/13 16:07
多田駿の意見を容れておけばねえ・・・
819日本@名無史さん:03/01/13 17:31
↑どんな意見なんですかね?
820日本@名無史さん:03/01/13 17:38
>>814
ネタですか、マジですか。
八紘一宇は、領土拡大膨張主義の天皇家の精神です。
昭和帝も、「火事場泥棒のようにならないように、八紘一宇の精神で」
と、領土拡大には熱心でした。
もとは、ヤマト大王国家の日本列島支配。
のちに、アジア進出のイデオロギーと化しました。
821日本@名無史さん:03/01/13 19:44
>>819
多田参謀次長は、事変の不拡大を唱え、トラウトマンを通じて
蒋介石との和解を望んだ。そのため、南京攻略にも当初は反対をしていた。
しかし、南京が落ちたとたん近衛は拡大派に転じ、広田も転がった。
13年1月15日の大本営連絡会議で、多田はトラウトマン工作の続行を訴えたが
閣議は打ち切りを決定。海相の米内光政の「それでは内閣が総辞職する」
という脅迫的言辞に、多田は泣きながら、
「明治天皇は朕に辞職することは許されていない、と仰せられた。
この国家の重大な秋になぜそのような軽率なことを言うか」と反論したが
孤立無援。そのまま押し切られ、翌日に例の珍声明が出てジ・エンド

その後多田は、東条の次官更迭と刺し違える形で13年12月に第3軍司令官に転出。
16年東条の手で、バッサリ待命
822日本@名無史さん:03/01/13 20:53
所詮、有能な士はいつでも排除されるということか…。
823日本@名無史さん:03/01/13 20:57
>821
多田駿、写真で見るとなかなか知性的な顔している。
824日本@名無史さん:03/01/13 21:07
825日本@名無史さん:03/01/13 22:42
多田を支持するの部下には、
本間雅晴、
河辺虎四郎、
秩父宮もいた。

この当時は、
参謀本部が不拡大、
陸軍省が拡大派でなかった?
826日本@名無史さん:03/01/13 23:10
インパールの山内正文も米陸大に学び、駐米武官の時に「アメリカの戦力を
軽視するな」という警告をたびたび東京に送ったため、軍中央ににらまれ、
国策に合わないとして更迭された後は二度と中央の要職には戻れなかった。
827日本@名無史さん:03/01/13 23:28
>>825
陸軍省でも軍務局長の町尻と課長の柴山は不拡大派。
参本でも第三課長の武藤は拡大派。
828825:03/01/13 23:31
>>827
サンクス。
武藤ってヤシは、、、
829日本@名無史さん:03/01/13 23:35
でも、武藤、対米戦には反対した。
830日本@名無史さん:03/01/14 00:37
武藤は反対したが、あの局面では。
せめて、南印のところで反対したかった。

まぁ、多田にしろ、山内にしろ、
まともな人材がいなかったわけでない。

陸軍中央から、山内などの合理的な考えを持つ者を排除したのが問題。 残ったのが、佐藤とか富永なんだから。
831大陸打通航空戦:03/01/14 21:17
 若松大尉がなぜ“赤鼻のエース”と呼ばれたかというと、二単鍾馗の
スピンナー・キャップ(プロペラ軸先端の整流キャップ)と垂直尾翼を
真っ赤に塗って、つねに先頭にたってP40を抜く手も見せぬ早業で
仕止めていったからだった。
 これをみた重慶政府は、
「“赤鼻のエース”を討ち取った者に二万元を与える」と賞金をかけた。
 もちろんフライング・タイガーズの面々に対してであるが、なかなか
実現しないとみると、「赤鼻隊長の首に五万元をかけよう」と増額した。

「撃墜王列伝」(鈴木五郎 光人社NF文庫)
832日本@名無史さん:03/01/15 19:21
>>830
さとう富永ってどんな香具師なの?
833日本@名無史さん:03/01/15 19:45
>>832
佐藤賢了(29期)
東条の腰巾着のひとり。
中佐のときに国会で国家総動員法の審議中に
議員の野次に「黙れ!」と発言し問題となった。(所謂「黙れ」事件)
軍務課長のとき、北部仏印進駐を強行。
東条のまえで、田中新一と殴りあったこともある。(これも有名な事件)
A級戦犯で終身禁固。
834日本@名無史さん:03/01/15 20:02
>>832
富永恭次(25期)
東条の腰巾着。参謀本部第一部長として、佐藤とともに
北部仏印を独断で強行。東部軍附に左遷。
戦争も押迫った19年、第四航空軍司令官だったこやつは
マニラから台湾にトンズラ。いったん予備役となるが、終戦間際
満州の師団長に。ソ連につかまり、10年ほどシベリアに抑留されていた。
835山崎渉:03/01/16 08:43
(^^)
836日本@名無史さん:03/01/16 13:10
この板、牟田口や辻は知名度があるけど、
富永や佐藤は知名度が低いねえ
837日本@名無史さん:03/01/16 20:20
佐藤や富永って政治については強引そのものだけど、軍人(将官)としての働きはどうだったの?
838日本@名無史さん:03/01/16 23:44
おい、おまえら冷静に考えたら判るだろう!

だいたい、日本軍の規律が世界一でなかったら、

今頃、支那大陸は日本兵の混血児でいっぱいだぜ。w

ソ連兵は短期間に40万人のドイツ女性孕ませたからな。

それとも赤い報道の洗脳は、なかなか解けないかな?
839日本@名無史さん:03/01/17 00:00
規律?

確かに、上層部は、性病の蔓延を恐れてたはず。

対策はしていたような気がするが。
840日本@名無史さん:03/01/17 00:04
>>839

>対策



軍隊追尾移動式売春宿だよ。
841日本@名無史さん:03/01/17 00:22
 一九四五年の初め、エドガー・スノーとのインタビューで、ルーズベルトは
「カイロでは、蒋介石についての私の見方を形づくることはまったくできなか
った。あとから考えてみると、彼について私が知っていることといえば、すべて
夫人が蒋と彼の考え方について述べたことばかりである」と、告白している。

#S・シーグレーブ「宋王朝」P258より
842日本@名無史さん:03/01/17 00:45
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/1998/9809/omo-3.html
アメリカは「親中・排日」の過誤を繰り返すのか
小堀桂一郎
843日本@名無史さん:03/01/17 12:25
・上又一日記(偕行社「南京戦史資料集」P469)
 歩兵第七連隊第二中隊・上等兵
 (前略) 若い奴を三百三十五名を捕らえて来る。避難民の中から
敗残兵らしき者を皆連れてくるのである。全くこの中には
家族も居るであろうに。全く之を連れ出すのに只泣くので
困る。手にすがる、体にすがる全く困った。
 (中略)
 揚子江付近に此の敗残兵を連れて他の兵が射殺に行った。
この寒月拾四日皎々と光る中に永久の旅に出る者そ何かの
縁なのであろう。皇道宣布の犠牲となりて行くのだ。日本
軍司令部で二度と足腰の立て得ないようにするために若人
は皆殺すのである。

・松井大将の記録には、兵が統率が取れぬほど暴れて困る様子があるな
844日本@名無史さん:03/01/17 12:27
従軍慰安婦における日本人と朝鮮人の違い
1、日本人の場合は本人希望。
2、朝鮮人の場合は本人希望もあったが、多くは親に懇願された。
3、日本人の場合は出来高払い。よって希望退職可能。
4、朝鮮人の多くは親への借金の分を働く。よって、希望退職不可能。
5、朝鮮人の場合は、逃亡を監視され、休日も指定範囲内での散歩が多い。
6、朝鮮人の場合は、南方へ良く回された。
7、公娼は未成年者は禁止だが、朝鮮人の場合16歳くらいからいた。途中で18歳に変えた。
8、お国のための慰安だからと、踊りでもするのかと思ってた子も多い。拒否者には暴力。
845日本@名無史さん:03/01/17 14:29
南京裁判では、谷寿夫中将がスケープゴートにされて
死刑になったけど、中島今朝吾中将が生きてたら
死刑になったのはこっちだったんじゃないかな?
846打通さん:03/01/17 19:46
大陸打通作戦の前後でアメリカが対中政策を転換したということは、ルーズベルト
自身がそう告白しているとおりだ。だからこそマリアナ決戦ではなく重慶決戦で
国民党政権を解体に追い込んでおけばよかったのだとわかる。

太平洋艦隊決戦こそ、放棄すべきムダな消耗戦だった。これはブーゲンビル
などの海軍の戦果報告を見れば明らか。過大戦果見積もりで自慰に耽って
消耗を繰り返していたにすぎなかった。
847日本@名無史さん:03/01/17 19:59
弱い中国軍は問題じゃない。
問題はややこしいアメ軍の方だ。
848打通さん:03/01/17 20:25
>弱い中国軍は問題じゃない。

中国は弱いくせに宣伝だけは巧みで、米世論を親中侮日に駆り立てた。
だからこそその正体を暴いておくことが大切だった。
849日本@名無史さん:03/01/17 22:49
打通さんって、
年いくつなん?
850日本@名無史さん:03/01/19 03:00
中国というか国民党の正体が
アメリカ人の前に暴かれたのは、
戦後になって日本サイド地域を接収しても、
経済復興に失敗して記録的なインフレや財産横領などの腐敗が
世界に知れ渡ったから。
別に大陸打通をやるまでも無かった。
まあ太平洋戦争前にやってたら
もしかして重慶政権が離脱して太平洋戦争に突入せずにすんだかもな。
851 ◆z6Fl4OWXrI :03/01/19 08:54
これは 台湾で生起した2.28事件も談話ですがこの中から死んだ方々に
日本人の心が何処かに宿ってたことを汲みとっていただければ幸いです。

http://www.wufi.org.tw/jpn/yinming228.htm

852 ◆z6Fl4OWXrI :03/01/19 10:17

昭和22年2月27日の夜、一人の中国軍人が罪のない台湾人を銃殺したことから、
その翌日には大暴動が起こり、あっという間に台湾全島に波及していった。
数日後、政府は軍隊を送りこみ、台湾人大逮捕が始まった。
2.28事件で行方不明となった人の数は数知れず、2万人とも3万人ともいわれている。
しかし、その事件について語ろうする人はあまりいない。
「日本史から見た「日中戦争」を語ろう 」の結末は現在でもおわってない。
なぜなら、この悲劇の被害者の結末がまだ日の眼を見てないからだ。


853打通さん:03/01/19 22:16
>この悲劇の被害者の結末がまだ日の眼を見てないからだ。

4式戦が太平洋方面に引き抜かれず、1944年秋中に重慶決戦を挑んで
国民党政権を解体させておけば、戦後台湾の独立は確実だったのにと思う。
854日本@名無史さん:03/01/19 22:21
支那事変は、

“あの当時”のPKOみたいなもんだよ。

日本人居留民が、あんなに虐殺されたら、出兵しかないだろ。

逆に、横浜や神戸の中華街は安全で何もされてない。

日本人は世界の常識からかけ離れて優しすぎる。

普通の国なら、中華街焼き討ちか強制収容だなw
855打通さん:03/01/22 08:39
満州を中国に返還するくらいなら、ソ連にくれてやったほうが百倍まし。
ロシアはどちらが最終的敗退だったにせよ日露戦争やノモンハンで日本陸軍
と苛烈な戦闘を経験している。中国は明治以来、米英独露の支援で排日侮日
をやってただけ、戦えば即ち連戦連敗。

文句があるなら、朝鮮戦争のように中国も血を流して正面きってアメと
対決するしかなかったのだ。
856日本@名無史さん:03/01/22 09:02
まぁ蒋介石だけは大人(たいじん)だと思う。
857日本@名無史さん:03/01/22 09:58
学問の名を冠するのが恥ずかしくなるような低劣な板だな、ここは!
二度と覗くまい。
858日本@名無史さん:03/01/22 18:22
>>855
そりゃアメは日本と違って中国の領土主権を脅かさないからな。
ついでにヤルタで中国の満州主権は確認されたよな。

日中戦争なんて、やらなきゃ良かった。
しかけられたものなら局地戦に収めておくべきだった。


859日本@名無史さん:03/01/22 18:58
結局日中戦争はテロに始まりテロで終わったのか

ソ連に操られた擬似愛国主義に狂い丸腰の居留民婦女子を襲い..

金と欲望に操られ無防備の市民を虐殺...
860打通さん:03/01/23 00:11
大陸打通作戦が国費のムダ使いというのなら、マリアナ・レイテ海戦の
連合艦隊はどうなるのだ。あれこそ過大戦果報告で自慰に耽っていただけ
の国費のムダ使いだ。打通作戦はそのような無力な海軍を頼りにせず
陸軍だけの力で南方の陸兵を救出しようという、必要不可欠な作戦だ。

支那派遣軍は本土をないがしろにして勝手な遠征を続けただけ?
南方の異国の土地で飢えと病気で生と死をさまよっていた在外邦人
や兵隊さんのことを思えば、銃後の臣民なぞまだましなほうだ。
861日本@名無史さん:03/01/23 13:02
>>854
>支那事変は、“あの当時”のPKOみたいなもんだよ。
PKOが重慶まで爆撃に行くのか?
燼滅作戦で虐殺し、無人地区を作るのか?
「あの当時」を使うところを見ると、コヴァか自由主義右派に変なトリックで
洗脳されてるな。時間がたてば治ると聞いたから、ゆっくり勉強しろよ。

>日本人居留民が、あんなに虐殺されたら、出兵しかないだろ。
通州事件の事か?
日本の対中国軍事派兵の閣議決定の後だぞ。日時がわかってないな。
通州の中国人軍閥は、日本の傀儡政権で、日中戦争の最後まで日本側に立って
日本軍と行動してるぞ。責任者は、戦後、売国奴として中国が死刑にしている。
ちなみに、通州の被害者の半数は朝鮮民族。
被害者200人か?中国で日本軍が殺した人数は何人だ?600万人かな。

>逆に、横浜や神戸の中華街は安全で何もされてない。
>日本人は世界の常識からかけ離れて優しすぎる。
>普通の国なら、中華街焼き討ちか強制収容だなw
関東大震災で朝鮮人6000人、殺したが?
中国人強制連行は「華人労務者就労事情調査報告書」外務省(厚生省保存)だと、
3万8935人の中国人を日本国内の135事業所で働かせ、
そのうち6830人が過酷な労働環境の中で死亡した。
計5冊、646ページで46年に外務省が作成。
「行政命令に基づく割り当てに応じ都市郷村より半強制的に供出せしめた」
とある。現在外務省では、そのコピーを一般公開。(2002年12月24日。毎日新聞朝刊)

俺は自虐は嫌いだが、他逆やトリックも大嫌いだ。
862打通さん:03/01/23 20:26
大陸打通作戦に使われた国費と、中国が元来要求するはずだった対日賠償
を比べてみれば、前者が圧倒的に安かったのは明らか。重慶攻略なら台湾も
救われてた。マリアナ・レイテ海戦の連合艦隊のほうがずっと国費のムダ。
863打通さん:03/01/23 20:47
大陸打通作戦がなかったら、在外邦人の大勢が難民化して、そのほとんどが
餓死病死か、通州事件のごとく華僑や中国人に虐殺されてたかもしれない。

在外邦人が日本に帰ることができたのも打通作戦のおかげで、重慶決戦
もやっておいたらもっと大勢の人々が助かったであろう。
864   :03/01/23 23:08
戦争当初の勝利は別にして、唯一多少押し気味だった程度の大陸打通作戦を、取り上げ
拘って、装備劣悪なシナ軍を相手にしてたことも考えず、過大視してあたかもこの作戦が
成功していたならば、日本がこの戦争を勝利してたというような印象を与えるのはどんな
ものか。
アメリカにあれだけの力でねじ伏せられれば、対米国以外で勝利気味なものを探せば打通
作戦になるのか?
865打通さん:03/01/23 23:41
>装備劣悪なシナ軍を相手にしてたことも考えず、

荒野でゴジラに決闘を挑むよりも、下水道でドブネズミ退治に
専念するほうが合理的で有効なやりかただった。
866日本@名無史さん:03/01/26 02:11
>>861
>ちなみに、通州の被害者の半数は朝鮮民族。

あの当時は朝鮮民族は日本人でしたが?
867日本@名無史さん:03/01/28 12:50
>>866
ボケ!民族は違うだろうが!インド人をイギリス人と言うか!
868打通さん:03/01/30 01:25
おまえら。マリアナ作戦と打通作戦、兵隊として参加するならどっちを選ぶ?

7面鳥狩りにされたいか、3000キロ勝利行軍か、どっちだ?
869日本@名無史さん:03/01/30 01:25
>>867
はあ? あの当時は、

インドはイギリスの植民地
朝鮮は日本領土

こんな区別もつかないのか?
870日本@名無史さん:03/01/30 01:33
おいおい「あの当時」太郎よ、861に答えてからにせぇ(藁
871日本@名無史さん:03/01/30 02:35
>>870
>>日本人居留民が、あんなに虐殺されたら、出兵しかないだろ。
>通州事件の事か?
>日本の対中国軍事派兵の閣議決定の後だぞ。日時がわかってないな。

このこといいたいのか?
別に日本が支那に攻めるのがまるで悪いいいかただな
満州や香港なんか見ればわかる通り、支那人が支那を支配するよりも、
外国人が支配したほうが治安もよくなり産業も発展した。
支配者にとっては侵略でも、民衆にとっては人民開放と受け取られていたんだよ
そのいいか悪いかの是非はともかく、勝利すれば勝ったほうの大義名分がたつわけよ
あのころはそんなの当たり前のことだろ
872日本@名無史さん:03/01/30 02:46
>ちなみに、通州の被害者の半数は朝鮮民族。
>被害者200人か?中国で日本軍が殺した人数は何人だ?600万人かな。

結局、あなたはたかだが日本人が200人くらい殺されたことなどかまわずに
中国と国交結べといいたいのですか?
まるで、たかだか数十人日本人が拉致されたことより北朝鮮と国交結べ、
というのと同じ論調ですな
873日本@名無史さん:03/01/30 03:47
>支配者にとっては侵略でも、民衆にとっては人民開放と受け取られていたんだよ

逆だろ。来るほうがどんなにいいことしたって
来られるほうにしてみりゃ、よそもんが引っかき回したにすぎんよ。
874日本@名無史さん:03/01/30 05:15
>>873
言いたいことはわかるが、よほどの悪政であれば話は別だな。
なにせ、自分達の生活を守るので必死な時代だからね。
まず、それはわかるだろう?支配者がそれを怠っていた(不可能だった?)
事はもうアヘン戦争以後のシナ(清)を見れば一目瞭然。
法も秩序も曖昧で圧政・重税に苦しめられている民にすれば
支配者がだれであろうがあまり関係がなかったはずだ。
その典型的な例が満州だね。文句ならむしろシナを
実際に引っ掻き回した共産主義と欧米に言ってくれ。
国民党も日本軍もそれにはめられたんだから。
875打通さん:03/01/30 10:16
まあ何にせよ中国軍なるものは「打通作戦」で示されたとおり、自分さえ
助かれば国土や住民を放り棄てても平気な、チンピラゴロツキのあつまり
だったのだがな。そんなインチキ集団の宣伝に乗せられるほうが馬鹿げてる。
876日本@名無史さん:03/01/30 12:01
>>869
馬鹿か。朝鮮は日本の殖民地だろが。殖民地じゃなかったって本あるか?
877日本@名無史さん:03/01/30 12:09
>>871
中国もチベット侵略を、「解放」と言って正当化してるわけだが。

>>872
通州事件は、日本政府の日中戦争本格化決定の後の事件だが?
日本政府は、この事件を「ラッキー!」と受け止め、各新聞者に大々的に報道させ、
反中国熱をあおりにあおったのはご存知の通り。
878日本@名無史さん:03/01/30 12:49
>>877
通州事件は1937年の7月29日。
本格的な戦争に発展するのはもっと後。
879日本@名無史さん:03/01/30 18:27
1937年7月11日に日本政府は数師団の中国派兵を閣議決定(戦争拡大決定)してるわけだが?
880日本@名無史さん:03/01/30 19:00
>>879
華北派兵。
統帥部も政府も全面戦争するつもりはなかった。
881日本@名無史さん:03/01/31 14:49
華北派兵が、ずるずる広がり、上海に飛び火と言うことかな?

(2)第2次 日中戦争初期の上海方面の戦争。
蘆溝橋事件を発端とする日本の華北侵攻に対して,上海では抗日運動が激化したが,
海軍はこれに積極的に対処する方針をとり,1937年8月9日海軍特別陸戦隊の
大山勇夫中尉と水兵1名が虹橋飛行場偵察で中国保安隊に殺害される事件が
発生すると,兵力を増強した。これに対して中国側も増兵して緊張はいちだん
と高まり,12日海軍軍令部は陸軍派兵を要請,近衛文麿内閣は13日内地2個師団
派兵を決定した。同日夜日中両軍は衝突,はげしい市街戦となり,14日中国空軍
の日本艦隊爆撃,日本海軍の台湾基地からの杭州などへの空爆,15日長崎県
大村基地からの南京への〈渡洋爆撃〉,第3・第11師団を基幹とする上海派遣軍
(軍司令官松井石根大将)の編制へと戦局は拡大し,23日上海北方への日本軍上陸
により戦争は完全に全面化した。9月2日〈北支事変〉は〈支那事変〉へと改称され,
上海事変はその一部となった
882打通さん:03/02/01 13:06
「米英両国ハ残存政権ヲ支援シテ東亜ノ禍乱ヲ助長シ」「帝国ハ今ヤ
自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破砕スルノ外ナキナリ」だった。
だから打通作戦で米英の対中政策を断念させようというのは戦争目的
として合致している。打通作戦で米中同盟の要であった国民党政権と
在支米第14航空軍に痛撃を浴びせ米中離間、戦後の日米同盟に繋がった。
重慶を潰しておけば台湾も独立できたろう。
883日本@名無史さん:03/02/01 13:12
>882
米中離間は戦後の話。
打通作戦後もアメリカの対中援助は
益々盛んになっている。
884打通さん:03/02/01 13:28
>米中離間は戦後の話。

それは違う。米中離間は打通作戦によってこそもたらされた。その理由は、
カイロ会談とヤルタ会談でルーズベルトの対中政策が明確に変化していること。

 三大国の首班は、ソヴィエト連邦のこれらの要求が日本国の敗北した
後に確実に満足されることを合意した。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html
885日本@名無史さん:03/02/01 13:35
>884
正確に言えば
打通作戦後、アメリカの対中援助は益々盛んになっている。
おかげで日中戦争の最終局面とは
日本軍がシ江作戦挑んでボロ負けした挙句、
北シナへ急いで撤収して持久戦に入る過程であった。
カイロ会談の時ではソ連が対ドイツ戦にかかりっきりだっただけ。

岡村の強がりとは即ち
君と同じく近視眼で帝国陸軍の名誉しか眼中に無かっただけ。
886打通さん:03/02/01 13:43
台湾にのがれた国民党が、「千年の功臣」(周恩来)と言われた張学良
を釈放せず、岡村寧次大将を軍事顧問に招聘したのは、支那派遣軍が最後
まで中国軍に対し圧倒的優位を保ち続けた証拠。蒋介石が敗残兵を欲して
いたはずはない。中国人は侵略への憎しみを超えてその価値を認めた。
887日本@名無史さん:03/02/01 13:52
>886
張学良を釈放しないのは西安事件の関係があってのこと。
岡村を招聘したといっても
彼が活動したのではない事を知ってるくせに。
白団の呼びかけ人として必要だったからだよ。
最終局面で優位に立てたからこそ、
侵略への憎しみを超えてその価値を認めたのかもな。

>岡村寧次大将を軍事顧問に招聘したのは、支那派遣軍が最後
 まで中国軍に対し圧倒的優位を保ち続けた証拠。
あーんた、バカぁあああ?!
888打通さん:03/02/01 13:57
>白団の呼びかけ人として必要だったからだよ。

最終局面でも支那派遣軍百万の精鋭が優位に立てたからこそ、である。
蒋介石がのどから手がでるほど欲したのは岡村寧次大将個人よりも、
剛勇無双支那派遣軍百万の精鋭たちであったのだ。
889日本@名無史さん:03/02/01 14:07
>888
そりゃ蒋介石が台湾に引っ込んだ時には
アメリカ国務省の白書で中国喪失を自業自得呼ばわりされ
アメリカに見捨てられたままだったからな。
それで軍の再建のため教官としての日本軍将校が必要だった。
それだけの話だな。

>最終局面でも支那派遣軍百万の精鋭が優位に立てたからこそ、である。
あーんた、バカぁあああ?!
890日本@名無史さん:03/02/01 14:08
まあ打通は自分でも信じてないヨタ話だけで
世渡りしてなってな。
891日本@名無史さん:03/02/01 17:04
気の毒なのは岡村大将だよ。駄通に毎回引き合いに出されて。
イメージがどんどん悪化してるんとちゃうか
892日本@名無史さん:03/02/02 10:04
駄通が>>882-890
正論でボコにされて
スレから逃亡(藁
しかしこうしてみると彼にも未だ良心が
僅かながら残っていたのかもしれない。

むなしい希望ながら彼の更生を祈らずにはいられない。
893打通さん:03/02/02 10:06
おれさまは何も支那派遣軍が中国大陸全土を支配できたなどというつもりはない。

都市と鉄道と空港だけの「点と線」の進軍で十分。農村地帯は中共に任せて
おけばいいのだ。毛沢東の延安政権との和平こそ、時代への先取りだった。
894日本@名無史さん:03/02/02 10:27
亀レスだが、

>「あの当時」を使うところを見ると、コヴァか自由主義右派に変なトリックで

ここにおまえさんの素性が明らかに出ているよ。
ネタに近いものへのエキセントリックな反応。
895日本@名無史さん:03/02/02 18:56
>>894
おまえさんの素性も出てるなな。亀レスってのは粘着の証拠w。
896打通さん:03/02/02 23:16
米ソ独と比較して日本陸軍が三流だというのなら、中国軍は一体何流だ?
その日本陸軍相手に自分の国で南北縦貫3000キロ逃げ回った中国軍は、
猿に近い知能しかもたない愚劣きわまる人間以下の存在だったのかもな。
897日本@名無史さん:03/02/03 00:35
>>894
そうやって討論に逝きずまると、レッテル貼りに走るやつが多くて困るわ
898   :03/02/03 03:34
>>896
 その猿に近い中国軍を追撃しても点と線を確保するのに汲々だった日本陸軍は
 やはり三流だ罠。
899日本@名無史さん:03/02/03 03:58
そうか。
900日本@名無史さん:03/02/03 03:59
900げとー!!
901日本@名無史さん:03/02/03 11:12
このスレは非常によい、日本の戦争の真実をとらえている。
このスレを菅民主党代表や、土井に読ませたいねー
それに朝日新聞社員全体にも、
第二次大戦後アジアの各国は本当に独立した、中国も列国の植民地から解放された。
日本は、アジア各国に良いこともしたんだ
902日本@名無史さん:03/02/03 11:18
日本が負けたから独立できたと言う罠。
ビルマの対日武装戦線、フィリピンの抗日武装ゲリラをどう説明するかな?
インドネシア独立軍には、オランダ人参加者もいたが。
ベトナムの独立宣言知ってる?
ベトナムはどこに支配さてれたと書いてあるでしょうか?
903日本@名無史さん:03/02/03 12:47
重慶政権は台湾に遁走してからも国連の常任理事国として
欧米の操り人形としてアジア人にあるまじき無様を演じていたわけだ。
904日本@名無史さん:03/02/03 12:55
その台湾をニクソンショックまで、唯一の中国としてた日本て一体・・・。
905日本@名無史さん:03/02/03 14:41
国民党を侮蔑すれば侮蔑するほど、
中共の株が上がる。
906打通さん:03/02/03 21:41
マリアナ決戦を早く放棄して、重慶を目指すべきだった。打通作戦はビルマ
方面の支援にもなる。他の戦線で全て負けている時期に、中国に対してだけ
はトコトン勝ちまくって、中国軍はこんなに弱いんだぞ、とばかりに日本の
圧倒的優越性を世界中に誇示される。抗日戦争などとは笑止千万、中国の
土地と住民は友軍からはゴミのように棄てられていった。
907打通さん:03/02/04 20:30
日中戦争をやってほんとうによかった。マレーやビルマの英軍は本国から離れ
た植民地ゆえに、戦略撤退との言い訳もつくが、中国の場合は本土なわけだ。
支那派遣軍は中国大陸で3000キロ進撃して南北縦貫を成し遂げた。

南方で補給を絶たれた同胞を救おうとの国民としての連帯感と愛国心に
燃える日本軍にとって、金と女と権力にしか興味のないチンピラゴロツキ
のあつまりなぞ、まったく敵ではなかった。「虐殺」などとはお仕置き
を受けたドブネズミどもが、逆恨みと負け惜しみをいってるだけだ。

中国捕虜連行が「うさぎ狩り」だって?

ドブネズミ狩りっていうんだよ!!
908打通さん:03/02/07 22:23
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/USA-C-ChinaD/maps/USA-C-ChinaD-3.jpg
1944年〜1945年初頭の支那派遣軍の進撃状況図
909日本@名無史さん:03/02/07 22:26
打通タン最近感情的になってて面白くないじょ
前みたいに無意味に淡々と語ってホスイ
910日本@名無史さん:03/02/09 20:41
日中戦争においては38年末,重慶政権の抗戦意志破砕のため,重慶等の中国奥地
主要目標に対する空襲を開始した。
この空襲は断続して40年夏まで続いた。特に5月から4ヵ月続いた攻撃は猛烈で
あり,海軍の96式陸上攻撃機,陸軍の97式重爆撃機が協同して延べ2573機が侵攻
し約2万tの爆弾を投下したが,待介石政権は依然として強力な抗戦意志を堅持した。

一方,ヨーロッパ戦場では,ドイツ空軍は40年8月8日からイギリス本土に対する
本格的な空襲を開始した。9月6日からロンドンに対する爆撃が開始され11月末
までに約1万2000tの爆弾を投下した。

重慶爆撃>ロンドン爆撃
とは、知らなかった。
911日本@名無史さん:03/02/10 16:38
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/china/973603225/l50
日本は中国に負けたわけではない
http://mentai.2ch.net/whis/kako/992/992495223.html
抗日主義者張学良の「抗日戦争」を語る
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1008223787/l50
日本史から見た「日中戦争」を語ろう
912日本@名無史さん:03/02/10 19:27
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1044863321/l50
(新スレ)続・日本史から見た「日中戦争」を語ろう
913打通さん:03/02/12 10:56
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/USA-C-ChinaD/
China Defensive The U.S. Army Campaigns of World War II
914日本@名無史さん:03/02/19 21:40
 27日、この頃、第7爆撃航空群のB24J型は、ビルマでの爆撃任務から外され、
シェンノートの在支米空軍への「ハンプ越え」燃料輸送に当たっていた。この日、
2機のB24が着水と、エンジン不調で失われ、3名が戦死した。同航空群のB24は、
10月の雨季明けまで、この任務に従事し、「ハンプ越え」の難路で、7月に5機、
8月に5機、9月に2機、さらに計12機のB24(戦死30名)を喪失することになる。
ちなみに1月から5月まで、乾季の3ヶ月間に第7爆撃航空群が爆撃任務で失った
機体は6機である。在支米空軍を支えるヒマラヤを飛ぶ「ハンプ越え」、印支空輸路は、
日本軍高射砲や、隼との空戦を上回る恐るべき犠牲を要求していたのだ。最終的に
「ハンプ越え」で失われることになる航空機の総数は600機以上、人員の損失は
千名を数えた。

#梅本弘「ビルマ航空戦 下」より。 時期からして昭和19年半ば以降の
#記述であって、打通作戦絡みであることは自明。やっぱり打通恐るべしだ。
915日本@名無史さん:03/02/19 23:02
当時、日本軍に従軍していた朝鮮人通訳はかなり中国人に嫌われていた。日本軍の威光を傘に金銭や物資を巻き上げていたんだそうだ。こういったトラブルが作戦に与えた影響は計り知れなかったようだ。
916日本@名無史さん:03/03/02 01:08
 だが、ハーブストを第74戦闘飛行指揮官に送り出した第76戦闘飛行隊は、
その後すっかり運が傾き、10月の連続作戦では、悪天候、事故と空戦に
よって22機もの機体と、操縦者10名を失った〔10月4日、悟州上空
で85戦隊と交戦。若松幸禧大尉(四式戦)がたちまち2機を撃墜。大久保
機が1機を発火させ、石川軍曹(二式単戦)が米軍操縦者を落下傘降下させ、
損害なし。第76戦闘飛行隊はP-51B喪失4機(戦死2名、行方不明1名)〕。

「太平洋戦線のP-51マスタングとP-47サンダーボルトエース」
(ジョン・スタナウェイ著 梅本弘訳 オスプレイ軍用機シリーズ)
917ラッキーアイテム:03/03/02 21:19
918日本@名無史さん :03/03/19 04:21
age
919日本@名無史さん:03/04/14 00:30
南京大虐殺
920山崎渉:03/04/17 13:49
(^^)
921山崎渉:03/04/20 02:13
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
922日本@名無史さん:03/04/22 14:21
勝てもしねえのに喧嘩をふっかけるヤシがあるものか
923日本@名無史さん:03/05/07 11:00
あげ
924キリスト教徒:03/05/07 11:25
「支那事変は日本の侵略戦争ではなく防共の聖戦であるから
カトリック教徒は日本の戦争に協力せよ」
ローマ法王ピオ十一世

バチカンは満州国と国交を結んだり、積極的に日本を支援してくれました。
925日本@名無史さん:03/05/07 11:56
>>924
こんなサイトにしか載ってないんだけど、真実なのかね?

http://www.geocities.co.jp/Berkeley/7154/nyukai.html
「興亜観音を守る会」は、特定の宗教・宗派にとらわれず、「興亜観音を守り、
もって我が国の歴史、伝統、文化などを正しく認識すると共に世界平和に貢献する」
(会則第2条)ことを目的としており、興亜観音の諸施設の維持管理、
宗教行事への援助、聖職者の生活費援助など諸事業を行います。
会費は下記の通りです。21世紀をになう若い方々にも入会をおすすめ下さるようお願いします。

http://www.geocities.co.jp/Berkeley/7154/14-1.html
しかも、引用者は、南京事件虐殺50人説の獨協大学教授昭和史研究所代表の中村 粲せんせ

つか、バチカンが主権獲得できたのは、ムソリーニのおかげ(1929年)、
この時期、当然にバチカンはムソリーニの意向を配慮し枢軸よりだった。
926日本@名無史さん:03/05/07 13:37
ポツダム宣言 四、無分別な打算により日本帝国を滅亡の淵に陥れたる我侭なる
軍国主義的助言により日本国が引き続き統御せらるべきか又は理性の経路を日本国が
履むべきかを日本国が決定すべきを日本国が決定すべき時期は到来せり。
五、我等の条件は左の如し。六、我等は無責任なる軍国主義が世界より駆逐せらるるに
到るまでは平和、安全および正義の新秩序が・・・・・日本国民を欺瞞し之をして世界征服
の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力および勢力は永久に除去せらるべからず。
好むと好まざるに関わらず日本政府および天皇はこの条件を受け入れた。異議が
あるならこの宣言を破棄した上で行動を起すのが筋。政府の受諾のほかに天皇は「ポツダム宣言
受諾の詔書」を発している(s20/9/2)。
927m:03/05/07 13:43
928山崎渉:03/05/28 11:36
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
929日本@名無史さん:03/07/08 17:50
支那事変だろ。変な名前つけるなよ。
正しい名称で覚えろよ。

支那事変だぞ。
930山崎 渉:03/07/12 12:13

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
931山崎 渉:03/07/15 11:50

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
932山崎 渉:03/08/02 01:49
(^^)
933日本@名無史さん:03/08/03 04:59
日中戦争って用語使ってもいいけど、
「日中戦争は盧溝橋事件に端を発する」に異をとなえるひとは
ちょっとアレなひとだと思う。

ところで、廬溝橋事件の最初の一発って一時期論争が活発になってたけど
ファイナルアンサーでたの?
934日本@名無史さん:03/08/03 05:03
最終的には文化大革命で毛沢東に消された劉少奇が、
当時のコミンテルンからの指示で、
国府軍と日本軍を闘わせる為に仕掛けたという説があったが本当かどうか。
935日本@名無史さん:03/08/03 05:06
清が存続していれば第一次世界大戦で連合国側に立って参戦し、
それで国内への英米の工作が緩んで青島を回復したんじゃなかろうか。
そして日本と中国が戦争をする事も無かっただろうと妄想してみる。
936日本@名無史さん:03/08/08 20:36
おい、このスレ使い切れよ。なんかネタ無いのか?打通はどうした?
937山崎 渉:03/08/15 13:48
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
938日本@名無史さん:03/08/25 12:12
盧溝橋事件

第二次上海事変

南京攻略

このあとどうなるの?
939日本@名無史さん:03/08/25 12:42
徐州会戦

武漢三鎮攻略
940日本@名無史さん:03/08/27 03:30
この頃は、戦闘方面だけでなくいろいろな陰謀、工作が入り乱れてるから
すごく複雑だ。
941日本@名無史さん:03/08/28 21:01

必携

 軍刀(旧日本政府 文部省 陸軍省 認定教本)を読む事で、
日本国と中国の歴史的事実がわかりますので、日本武道 
中国武術の視点から、それぞれ各人の立場による日中の
歴史認識を知り、日中両国の恒久平和を願う礎となる資料を、
是非ご利用下さい。
 また、一般の方にもおすすめします。

http://www.h5.dion.ne.jp/~rekidai/index.htm
942日本@名無史さん:03/08/29 23:35
盧溝橋事件

第二次上海事変

南京攻略

台児荘の戦い

徐州大会戦

漢口作戦

武漢三鎮占領      広東作戦
               ↓
               南昌作戦
               ↓
               南寧作戦
               ↓
               長沙作戦
943日本@名無史さん:03/08/30 00:02
北支では中原会戦というのもあった。
944日本@名無史さん:03/10/06 22:37
test
945日本@名無史さん:03/10/26 13:49
age
946  :03/10/26 14:08
百団大戦もわすれるなかれ
947日本@名無史さん:03/10/28 13:03
 
948日本@名無史さん:03/10/28 17:24
で、結局支那軍は日本の輜重兵にしか勝てなかったわけか
949日本@名無史さん:03/10/28 23:26
赤軍は祖国を侵略したファシスト略奪者を膨大な犠牲を被りながらも、
怯む事無く断固戦い、ついには撃破・粉砕し、帝国議事堂に赤旗が掲揚されたのである。
950日本@名無史さん:03/11/11 02:31
>>938
盧溝橋事件

第二次上海事変

南京攻略

重慶に首都移転

近衛声明=国民政府を対手とせず

汪兆銘重慶脱出で南京政府
951日本@名無史さん:03/12/01 14:05
中国大陸で旧日本軍が中国人に対して残虐非道な事を行ったと言う中国人が
最近多くいます。
半分正解です。
満州国の関東軍の仕業で、関東軍の部隊は日本人以外の民族で
構成されていました。
つまり大部分が朝鮮人で、満人、支那人、蒙古人等の混成部隊です。
中国で横暴を行ったのはその中でも史上最低の民族である朝鮮人の部隊です。
彼等、朝鮮人部隊は過去数千年にわったて中国に差別された恨みを晴らすために
日本軍の威を借りて横暴に走ったのです。
このような事が二度と起こらないようにするために、朝鮮人を隔離しましょう。
952日本@名無史さん:03/12/01 17:08
ウワアアァァンヽ(`Д´)/
うちの高校の教科書、三光作戦までのってるよぅ
そのうち田中上奏文まで載せるんじゃないか心配だよー
953日本@名無史さん:03/12/15 21:08
>>925
ものすごく遅いレスだが
中村先生は虐殺50人説じゃないぞ。49人の渡部昇一先生と間違えているのでは?
中村説は、数は出せないが(便宜上、数千から1万と諸君!のアンケートで答えたが)、
相当数の不法殺害があったというものだ。
南京スレじゃないから簡単に言うと、中村先生は、現行犯じゃなければ便衣兵であっても殺害できない、という説だ。
詳しく知りたい人は中村先生の「教科書は間違っている」という小冊子でも読んでくれ。
954z:04/01/10 23:00
1000が近い。

  日中戦争は、牟田口廉也が連隊長として、櫨橋溝の傍にいたのが間違いだった。
  ミスキャスト。コイツがいなければ、戦争になっていなかったのではないかと思う。
955日本@名無史さん:04/01/16 22:02
秀吉もバカだが それ以上に愚かだった。
956ツバキ:04/02/01 14:19
日露戦争以後、軍人が花形産業となり貧乏人の秀才が集まりだした。よっていろいろな戦争に口出しして
出張旅費を稼ぎ国の親に仕送りしていた。日中戦争のころはもっと貧乏人の子が
増え、鉄砲をもって出張せざるを得なかった。貧乏って、戦争を生むんです。
金持ち喧嘩せず。
957スーパーロウな俺様 ◆DIpC00/neo :04/02/01 18:57
てる
958日本@名無史さん:04/02/06 20:58
蒋介石を対手とせず
959日本@名無史さん:04/03/20 05:31
あげるんば
960日本@名無史さん:04/03/20 12:21
 諸君、今や帝国は、振古未曾有の一大試練に際会して居るのであります。
この試練を乗り越えてこそ、帝国は真に東亜の盟主としての資格を備へ得るので
あります。我々は今後如何なる困難に直面するとも益々伝統的日本精神を振ひ起し、
堅忍不抜の意気と、不退転の勇猛心とを以て東亜再建の大業完遂に邁往せねば
なりません。

  支那事変三周年を迎へて  米内内閣総理大臣
961日本@名無史さん:04/03/21 21:41
八紘一宇とは神武天皇御創業の大精神であり、広大無辺の御仁徳を普く
天が下に布き弘め給ふ所の大御心であると拝察する。東亜新秩序の建設
と云ふことは、近衛声明にもある通り、抗日容共の指導精神を持つてゐる
蒋政権を飽く迄打ち倒し、支那を完全なる独立に導き、日満支共に
善隣友好の実を挙げ経済的にも提携し、なほ防共の強化をも図ることである。
固より諸外国の権益を侵すことなきは勿論であり、その正当の権益は之を
助長せらるべきものであると考へる。かくして東亜永遠の平和が得られる
と考へてゐる。次に支那事変の目的は、実に東亜に於ける新秩序を建設し、
肇國以来の国是であり八紘一宇の大理想を実現するにあり所謂侵略戦争とは
根本的に其の類を異にする。この来るべき東亜新秩序の建設こそは、
物心幾多の犠牲を償つて余すなきを信ずるものであつて、この聖戦の目的に
徹するならば、敢て領土を求めず、敢て賠償を要求せぬでも、国民は満足を
するものと信じてゐる。

一五・二・二四貴本、米内内閣総理大臣
962日本@名無史さん:04/03/22 12:23
事変当初、抗日軍閥の膺懲を目標として戦端は開かれたのであるが、戦争は次第に深刻化し、日支両国その欲すると欲せざるとに拘はらず国民戦争の形体に迫ひ込まれてしまつた。
そも/\この戦争は、支那人、殊に蒋介石の日本に対する認識不足と、その日本の実力誤算から出発し、又日本の支那に対する研究不足と認識不足とによつて始められ、又深められて来た。
極端に申せば日本人の多くは支那を日清戦争時代の支那と見縊り、近代支那の実体を把握してゐなかつた。
支那人と云へば利己的で臆病者であると考へ、支那の社会は二、三の野心家や軍閥・権力家から動かされてるやうに早呑込みをしてゐた。
従つて日本の武力を以てすれば鎧袖一触、忽ちに支那を屈伏せしめ得ると思つてゐた。
その意気は誠に壮で、外国と戦ひ未だ曾つて一度も引けを取つたことのない日本人としては、一応尤もなことではあるが、「敵を知り己を知るは百戦殆からず」と云つて、相手の実体を把握しないといふことは危険である。
日本人は事変の初から事変を嘗め、支那を嘗めてかゝつてはゐなかつたか。

 支那事変を解決するもの
         支那派遣軍総司令部報道部長  馬淵逸雄 14.12.13
963日本@名無史さん:04/03/22 12:26
作戦の規模といひ、出征兵力といひ、尊き犠牲といひ、日本としては有史以来の戦争で、日本が過去に於て経験した最大の戦争−日露戦争と雖も比較にはならぬ。
恐らく世界の如何なる国と雖も、一国がこれだけ大規模に作戦するといふことは少からう。
これに加へるに世界の情勢は日本に取つて必ずしも有利ならず、国家の安危存亡は懸つて国民の双肩にある。
我が国民が、この重大な戦争を呑んで懸るといふことは、誠に偉大な国家であり国民であるともいひ得るが、事実この戦争はしかく単純ではない。

支那事変を解決するもの
         支那派遣軍総司令部報道部長  馬淵逸雄 14.12.13
964日本@名無史さん:04/04/20 23:08
そろそろこのスレ引っ越し?
Vol.2行く?
965日本@名無史さん:04/05/07 15:18
 支那事変といふ一つの現実はいはば多くの現実の交切点であり、この事変を如何なる現実の方
向に向つて形成してゆくかが根本的な問題である。仮にこの事変が主観的な意図においては帝国
主義戦争として始まつたにしても、その現実の中から他の一つの現実の可能性が示されるに至つ
たのである。東亜協同体はユートピアであるにしても、現実のうちに交切する一つの現実の意味
を有してゐる。現実を固定的に見て、これと東亜協同体の思想とを比較して、その非現実性を論
ずる者は、歴史的現実といふものの意味を知らないものと云はねばならぬ。歴史的現実とは単に
客観的なものでなく、そのうちには我々自身の現実形成の意志をも含む現実である。
966日本@名無史さん:04/05/21 12:57
age
967日本@名無史さん:04/05/27 04:37
968日本史@名無しさん
こんな糞スレ次イラネ