民明書房刊 究極なる奥義のガイドライン

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1水先案名無い人
民明書房風になんでも解説したレスを集めましょう。

「むぅ、あれはまさか!」
「し、知っておるのか雷電ーっ!」
「うむ、しかしまさかあの奥義を現代に伝える者がいようとは・・・」

【過去スレ】
民明書房刊 DNAに刻まれた中國のガイドライン
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1063185617/

民明書房のガイドライン
http://that.2ch.net/test/read.cgi/gline/1034952784/
2ぼうし ◆3.16/LiTA. :04/09/11 09:30:42 ID:vzt++d/O
『煮解賭 ( にげと ) 』

明朝末期、中國北東部の男達の間で、素麗建(すれたて)なる遊びが流行っていた。
先端に旗をくくりつけた棒を地面に立て、合図と共に棒に駆け寄りに旗を奪い合
うという、己の機敏さを誇示する遊びであった。
やがてこの遊びに飽きた者達が、毒草を煮込んだ煮汁を飲み、その解毒剤を旗代
わりにして奪い合うという遊びに発展させた。
命を落とす者が続出したが、戦いに勝利したものは英雄として賞賛され、朝廷に
仕える者を輩出するほどであった。
この毒草の煮汁の解毒剤を賭けた闘いは「煮解賭」と呼ばれ、時代を左右する勝
負の場でも競われてきた。
己の肉体を誇示する機会の少なくなった現代社会においては、インターネットで
の「2ゲット」と形を変えて、現代人が機敏さを争っているのである。

( 民明書房刊 「DNAに刻まれた中國 現代人の行動のルーツを探る」 より )
3ぼうし ◆3.16/LiTA. :04/09/11 09:31:30 ID:vzt++d/O
『酸下吐(さんげと)』

「煮解賭(にげと)」により、毒にやられて命を落とす者が続出したのは前述の通りだが、
全国的に流行するにつれて、これは深刻な問題となっていった。
そこで、時の皇帝である崇禎帝は、新しい規範を作り出した。
煮解賭に失敗した人間でも、その毒素を完全に吐き出すことができれば
煮解賭の勝利者に準ずる豪傑という評価を与えるというものである。
肉体を酷使して、大量の胃酸とともに吐き出すことから
庶民の間で、酸下吐(さんげと)と呼ばれるようになった。
酸下吐の登場により、煮解賭に参加できない文民の中には、
これを専門とする者も現れ始めた。
彼らの策謀能力を、朝廷が重宝したことは言うまでもない。
己の戦略を進言する機会の少なくなった現代社会においては、インターネットで
の「3ゲット」と形を変えて、現代人が狡猾さを競っているのである。

( 民明書房刊 「DNAに刻まれた中國 現代人の行動のルーツを探る」 より )
4水先案名無い人:04/09/11 10:30:35 ID:1jqwmlLl
209 :田沢風典夫麗(てんぷれい) :04/02/04 02:35 ID:dGVN/d24
田沢「押忍! 不肖ながら田沢一号生、民明書房引用文の作り方を言うであります!」
松尾「なんかモーレツに悪い予感がするのう…」
田沢「それでは、耳の穴かっぽじってよく聞くでありまっす!

一.何を引用したか必ず最初に書くべし!
  わかりやすさが一番であります!!
一.当て字を初めて使う場合は必ず読み仮名をあてるべし!
  相手が理解できない単語が多いと読みづらいのであります!!
一.マニアックなネタは内容に少々説明を入れるべし!
  良いネタも相手に伝わってこそであります!!
一.引用した場合はできれば引用元へのリンクを張るべし!
  コピペから交流の輪を深めるのであります!!
一.最後に『民明書房刊「○○」より』をつけるべし!
  基本且つ一番重要なところであります!!

 以上、基本的なルールなのであります!
 後はスレの他の例文を読んで参考にするといいと思うのであります!」
鬼ヒゲ「ふーむ、やっぱり田沢は博学じゃのう」
桃「フッフフ、あいつは頼りになるぜ」
5水先案名無い人:04/09/11 14:59:19 ID:ZIY3UWdJ
「ぬおぉ〜っ、前スレが終わってしまいそうじゃ〜〜」
「今度こそこのワシが新スレを立てるぞぉ〜」
「いや今度こそはこの俺が」
「いや、このスレ、俺が立てる!!」
バァァアアアアアン!
「「お、お前は>>1ぃぃぃ!!」」
「ワシが新スレを立てようとしておったのに!」
「おい伊達! 黙ってないでお前からもなんとか言ってくれぇ!」
「フッ……かつてはあの三面拳をもネタにした>>1……
敵にしたら恐ろしい男だが、味方にしたらこれほど頼もしいヤツはいないぜ」


ってなわけで>>1乙。
6水先案名無い人:04/09/11 17:17:21 ID:OpA6KCii
そういや魔止砕斗はどうなったんだ?
7水先案名無い人:04/09/11 22:30:55 ID:sUBMjQn6
素麗建乙!
8水先案名無い人:04/09/11 23:12:25 ID:ZFsIVzHE
『寝釜(ねかま)』

かつて、明代の中国において「結婚」は人の人生の中で最も重要な位置を占めていた。
しかし、古代中国史の多くがそうであったように、都と過疎地域との貧富の差は激し
く、とくに貧困層の結婚はすること自体が重要と同時に非常に困難なことでもあった。
そんな中で、過疎地域や貧困層の男子において、奇妙な慣例が定着していた。都に住
む、見ず知らずの富豪(大商人ら)に、男が女と偽って恋文を出し、交際を深めた後、
女装した姿のまま結婚するというのである。これは、過疎地域ゆえの貧困などを解決
するためといわれ、実際、結婚後は多くの祝い金が得られた。
結婚後、決して性交渉は行われず、万が一それが露見した場合は殺される危険性が
ありながら、男たちは自分たちの故郷を想い、それを辞めようとはしなかったという。
一説には、本物の男色同士が結婚した場合もあったというが、そのほとんどが正真
正銘の「男」。結婚後の家事などはひとつも満足にこなせず、「台所の釜は寝たよ
うに動いていない」状態だったという。
この様子から、女装結婚が「寝釜(ねかま)」と呼ばれるようになり、これが転じて
「女のふりをすること」を指すようになったといわれる。
現在、ネット界で散見される「ネカマ」の語源は、明代の「寝釜」だということは
明らかである。

(民明書房刊 「中国古史 古代儀礼の数々」
9前スレ519:04/09/12 00:08:52 ID:wpPNI/Ji
『姉皇帝・作理意』

河北省、横山(おうざん)に住まう仙者、光輝(こうき)が記したとされる歴史書。
諸国が覇を競う古代戦国時代、樺の国の王が領内の視察中に行方不明となり、
長男「蕪王」(通じて樺蕪『カブ』とも呼ばれる)が即位する事となる。
しかしこの時蕪王はまだ幼く、国政を壟断しようとする者や隣国からの侵略が
後を絶たなかった。
この未曾有の危機から樺の国を救ったのが、蕪王の姉、作理意(サリー)である。

彼女は幼き頃、戦の女神・九天玄女から書を授かり、『魔破戮・摩把利他』
(マハリク・マハリタ)という摩訶不思議な呪文を唱えると、万物のあらゆる理を
意のままに操作する事が出来たと言う。
また彼女の下には天才軍師・揚子孔(ようしこう)、傾国の美女・崇美麗(すうみれい)
といった有能な配下が多数集い、その治世を支えた。
作理意らの活躍により、樺の国は奸臣を絶ち外敵を退け、領内には愛と笑いで
満たされたと言う。人々はその偉業を称え、彼女を『姉皇帝(しこうてい)』と
呼んだとされる。

ちなみに、後に梁山泊の頭領となる宋江も九天玄女の書を授かったとされるが
彼が『魔破戮・摩把利他』の呪文を唱えたとされる記述は無い。
それゆえ、実は作理意は人間ではなく天孫の末裔なのでは無いかという説もある。


民明書房刊「書の鉄人・光輝〜ロボットから魔法少女まで〜」より
10水先案名無い人:04/09/12 02:03:57 ID:QxC6/aAQ
(前略)
また、余談ではあるが原作では「奥儀」とされていることが
あまり知られていないのは残念なことである。

民明書房刊「古代拳法に習う文献の読み方」より
11水先案名無い人:04/09/12 03:20:28 ID:qJ920qxt
その昔、百済の国で名を轟かせた拳法家の1人である峰鼓(ぽうこ)は
敬謙な仏教徒でもあった。
ある歌人が「貴殿の強さの秘訣は?」とたずねたところ
峰鼓はこう答えたとされている。
「日々体を鍛え、印を結び座禅をしただけです」
歌人は峰鼓の謙虚な姿勢と人柄に心酔し
次のような歌を詠んだ。
「峰鼓鍛印下雄」
(訳:峰鼓のように体を鍛え印を結び禅を組むことで真の雄々しさを得る)
この歌はその後、真の強さを目指す拳法家たちに教訓として広まった。
現在の日本でも強さを目指す男たちの間で
「ぽこたんいんしたお」
と合言葉になっているのはあまりにも有名な話である。

民明書房刊 「詠むだけで強くなれる名歌最新版」より抜粋
12水先案名無い人:04/09/12 03:22:50 ID:qJ920qxt
古代中国には様々な部族が存在したが、その中でも群を抜いて珍しいのが
醐岱(ごたい)地方に住んでいた趙萬(ちょうまん)族である。

歴史家・南武忽(なん むこつ)の記した「醐岱趙萬族」によると趙萬族は
女だけの部族で男は存在しなかったとされている。彼女らは狩りなどで
長距離を移動する際、「あ゛み゛ゃあ〜〜〜っ!」「んほおお゛ーーっっ!」
などの部族の者にしか分からない暗号のような叫び声で連絡を取り合った。
独特の発声法で放たれるこの声は一里先の仲間の耳にも届いたという。
また、彼女らは鎮放身流苦(ちんほうみるく)という白濁した液体を常飲して
いた。これは飲むだけで体の疲れや苦しみが洗い流すように鎮まるという
秘薬であったが、残念なことに趙萬族がどのようにしてこの鎮放身流苦を
作っていたのかは一切の謎である。

最後の族長、芭珂曼(ば かまん)の時代に趙萬族は時の皇帝に反旗を
翻した。しかし少数民族である彼女らが皇帝の軍にかなうはずもなく、
あえなく趙萬族は滅亡してしまったのである。馬珂曼が何を思って皇帝に
刃向かったのかは最後まで分からず仕舞いであったが、その後しばらく
都では「愚かな行為をする者」という意味で「芭珂曼公」という言葉が
使われたという。

現代日本においても愚か者を指して「バカ!バカ!まんこ!!」 と罵る
ことがあるが、これはもちろん「芭珂曼公」が誤って伝わったものであり
そのルーツが醐岱趙萬族にあることは言うまでもない。

民明書房刊「世界のチン民族」より
13水先案名無い人:04/09/12 08:09:41 ID:WH6iJXQH
14水先案名無い人:04/09/12 09:16:05 ID:qJ920qxt
>>13
探してた
ありがとう
15水先案名無い人:04/09/12 10:33:29 ID:qRNndecq
前スレが500KB到達・・・はいいんだが、あまり面白くもなく、
しかも500Kb突入少し前にガイシュツの「オレゴンヒップホップ」がラストというのは
正直言って残念。「オレゴン」ネタの発案者によるものだろうか?それはともかく

つ ま ん ね え 埋 め 方 す ん じ ゃ ね ぇ よ !
16水先案名無い人:04/09/12 15:34:53 ID:LUVuZf1s
貴著萬(きちょまん)

古代中国では部族による争いがたえなかった。その中で若い女性は詩や物語の執筆に励んでいた。
特に十歳未満の女子は大変すばらしい文学を書いていたと言われている。(この文学は残っておらず、いまだ発見されていない)

ところが、ある女子がその自信作を宮廷に持ち込んだところ(このことを宮廷に足を踏み入れる様から「入足」と言う)、
当時の皇帝が「この戦国の世にくだらぬ著作物などいらん、刷尽の刑(さつじんのけい・書物を燃やすこと)にいたす」
と言い、その女子の目の前で書物を燃やしたのである。
さらに、怪しいと思った皇帝は一般民家に著作物を取り締まる法令を出した。
多くの家で、小さな子供の想像力豊かな考えで趣きがある文学作品が燃やされたのである。
そこで人々は多額のお金を出しても買えない貴重な著作物を失うことからこのことを「貴著萬」と呼んだのである。


なお、現代社会のインターネット掲示板で小さな女子が殺人などにより亡くなったという記事に
「また貴重なマンコが」
「またきちょまんか」
と言う書き込みが絶えないのは貴著萬を惜しむ人の魂が引き継がれているのだろう。

民明書房『古代中国の幼女文学大百科「宇和庸所津余位」』より
17前スレ519:04/09/12 21:27:56 ID:wpPNI/Ji
『揚子孔』

河北省、横山(おうざん)に住まう仙者、光輝(こうき)が記したとされる歴史書、
『姉皇帝・作理意』に登場する稀代の名軍師。

揚子孔は知略だけでなく、武将としての才にも溢れ、樺軍の最高指揮官として
その才能を如何なく発揮した。
長身痩躯にして威風堂々、双辮に結った髪をなびかせながら敵を一喝すれば、
いかなる猛将の心胆をも震え上がらせたと言う。
そして軍師としての彼女の名を一躍有名にしたのが『押八揚無把用の計』である。

当時、樺の国の周りには「頓」、「珍」、「漢」と言う三つの国があり、三国は常に
樺の国境を脅かしていた。
それに対し楊子孔は『押八揚無把用の計』(おうやつ・あげないわよう)と呼ばれる
大規模な兵糧攻めを行った。
これは三国が立地上、他の国と接していない事を利用し、八穀(稲・大麦・小麦・
大豆・小豆・粟・麻・きび)の流通を揚子孔の許認可制とし全ての物流を把握、
三国への食料供給を完全に押さえてしまった。
これにより元々痩せた土地しか持たない三国はたちまち疲弊し、樺に降伏した。

後に三国の王は臣下の礼を表すため樺を訪問。その際、彼等は初めて会った
揚子孔と一瞬で意気投合、その場で姉弟の契りを交わしたと言われる。
ちなみにこの三国の王達は偶然、全員同じ日、同じ年に生まれ、顔も
見分けがつかないほどそっくりだったと言う。それゆえ三人は、
「我等、生まれた時も同じなれば、死す時は揚姉の膝の上で死のう!」
と固く誓い合ったと言われている(笑)。

後に劉備、関羽、張飛の三人が義兄弟の契りを結ぶ際に交わした誓約は、
この台詞が元となっている事は言うまでも無い。


民明書房刊「書の鉄人・光輝〜ロボットから魔法少女まで〜」より
18水先案名無い人:04/09/13 04:29:23 ID:YzJ19X6a
雷武怒亜
 古今東西、武道家達が雌雄を決する決闘法は数多くあるが、
なかでも中国北部に伝わる雷武怒亜は最も過酷なものとして有名である。
 標高6000メートルからなり、常に雷雲が絶えず、
落雷で山が砕け続けたと言う、窮櫂砕片山(キュウカイサイヘンザン)の頂上で、
5本〜6本の避雷針を背負い、どちらかが死ぬまで闘った。
 いつ雷が己の体に落ちるか分からないと言う恐怖の中で闘うことは、
拳法の技量はもちろん、それ以上に強靱な精神力が要求されることは言うまでもない。
もちろん、運不運も大きく左右する。
 ちなみに、この決闘で負けた者を中国北部の方言では、
「ホリエモーン」(感電死の意)と呼ばれた。
 日本では、雷武怒亜で祖先を失った者が、弔いの意を込めて社名をライブド●社とし、
社長が「ホリエモ●」と呼ばれていることは賢明な読者の推察通りである。
                        

               太公望書林刊『中国拳法−雷の考察−』より
19水先案名無い人:04/09/13 19:46:43 ID:vtu/Ppcj
>>13
そこ更新止まってない?
>>15
おまえもツマランから安心汁
20水先案名無い人:04/09/13 20:04:18 ID:1Zo2cicM
>>15
こいつ前スレでバレバレの自演したヤツじゃね?
21水先案名無い人:04/09/13 22:16:20 ID:Nv3aYwPa
そんなにオレゴンヒップホップに思い入れがあるのか・・・
22節制の14:04/09/13 22:22:21 ID:rz4asFwa
>1
乙。
『書の鉄人・光輝〜ロボットから魔法少女まで〜』の引用が盛んだな、フッフフ……
23水先案名無い人:04/09/13 22:34:08 ID:Ju6l9voq
雷武怒亜・武録
前述の雷武怒亜を観戦していた観衆が、試合の記録を、文や絵にしたため、各々の村で戦の状況を語り、
それはいつしか観衆の間で「武録」と呼ばれ、雷武怒亜以外の決闘、試合などの状況を伝えることもいつしか「武録」と呼ばれるようになったのである。
ちなみに、状況を事細かく書き記すと膨大な量になるため、武露画(武録を行う人のこと。ブロガー)たちは、「重い、重い」と言いながら山を降りたのだと言う。
近年、ライブド●社がブラウザ上での動作が大変重いウェブログサービスを行っているが、その由来が雷武怒亜・武録にあることはあまり知られていない。

               太公望書林刊『 中国拳法−雷の考察− 第二章「つーか最近ブログ重くね?」 』より
24水先案名無い人:04/09/13 22:47:08 ID:o6wI0xgc
民明書房と太公望書林とあと他になんかあったっけ?
25水先案名無い人:04/09/13 22:55:53 ID:P/o5ZN2H
デジタルモノ板で半ば伝説となりつつあるグランディスクを、是非民明書房の
ラインナップに加えて頂きたくお願いに参上仕りました。
漢の中の漢が持つマストアイテムです。
参考までに以下をご一読下さい。
http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/dgoods/1083935134/
何卒、宜しくお願いします。
26水先案名無い人:04/09/14 20:03:57 ID:teMXAM6u
ミュンヒハウゼン出版
時源出版
曙逢来新聞社
日本曙蓬莱武術協会理事長 盛田慎之介 談
日本曙蓬莱武術協会武術総師範代 竹之本秀路 談
栄学館



27水先案名無い人:04/09/15 01:28:11 ID:2CGN7Dnd
ttp://kohei.mods.jp/MK/shiory/sdy.cgi?ky=20040913
民明書房、仮面ライダーの本も出そうとしてたのか…おそるべし
28水先案名無い人:04/09/15 12:04:56 ID:KSWJXhdW
ライブドアクソワロタ。
29水先案名無い人:04/09/16 06:32:45 ID:IsU5N9mp
(゚∀゚)ラヴィ!!で一発作ってみようかな…
30水先案名無い人:04/09/16 22:12:09 ID:eHAJ5mBp
>>29
支援
31水先案名無い人:04/09/17 00:54:16 ID:fyAQwX8R
>>29
ガンガレ、超ガンガレ!
32水先案名無い人:04/09/18 06:24:32 ID:WrHOzEV+
おまいらの選ぶ前スレのベストは何よ
33水先案名無い人:04/09/18 09:23:02 ID:dWfaGTI9
>>32
ベストというのは少し違うが、一連の「趙三シリーズ」は良かった。
「僕達の好きな趙崇計」 「僕達の好きな趙崇計・巻の二 努利封大研究」は
研究者必携の書だね。
34節制の14:04/09/18 22:49:05 ID:Al8hyQwj
>32-33
>33に同意。

次点で『磁鉄塔呂保』かな?
35水先案名無い人:04/09/19 01:32:49 ID:LzF7k7Bg
>>34
自作自演はつまらないですよ
36水先案名無い人:04/09/19 01:44:20 ID:XZGIrmNf
>>35
自作自演の根拠は何かな?
もしかしてただの妄想?
37水先案名無い人:04/09/19 10:16:45 ID:Rw+VXcOR
>>35
おまえツマンネ
38水先案名無い人:04/09/19 20:42:02 ID:QBeDlVNM
自策自炎こそ、前スレ傑作のレスだろう・・・
39節制の14:04/09/19 21:04:48 ID:0HwAmAs8
>35
『呂保』は違いますよ。僕は趙三シリーズのネタ希望と門素汰悪の人ですが。

……鉄人……
40前スレ:04/09/19 21:13:01 ID:2VImUDIV
民明書房刊 DNAに刻まれた中國のガイドライン
http://ruku.qp.tc/dat2ch/0409/19/1063185617.html
41水先案名無い人:04/09/20 06:38:03 ID:lQ+NMKe6
http://page9.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k7794797
民明書房大全オークションにでてたよ
入札しているのこのスレの香具師だろ
42水先案名無い人:04/09/20 08:55:17 ID:KbyXL0Q5
送料のこと考えたら、近くの本屋に発注するよ。

最低でも930円になってるじゃん(w
43水先案名無い人:04/09/20 11:30:25 ID:G78Jwgm3
>>40のスレを見る人のために、前スレにおける「趙三シリーズ」の
レス番一覧ですドゾー。

422 趙三(ちょうさん)
435 雷神鎖摩昏倒(かみなりさまコント)
437 虎武火輪(とらんぽりん)
440 火下断手(ひげだんす)
441 躇刀打気用(ちょとだけよう)/434に加筆
443 諏訪新寺(すわしんじ)
449 難打罵茅牢(なんだばかやろう)
452 化塗能(ばかとの)
453 井囲湯打那(いいゆだな)
468 雷日皓延漸挫(らいにちこうえんぜんざ)
489 溜打後掠(だめだこりゃ)
493 寸怒功(ずんどこ)
494 下難打雷(かなだらい)
498 史 無拳(し・むけん)
44水先案名無い人:04/09/20 11:31:54 ID:ka6uDenc
『裸武威(らぶい)』

時は古代中国、各地で戦乱が起きていた頃、聖雅山(せいがさん)と言う山に
禰慧簾(でいえす)と呼ばれる武術の達人がいた。
禰慧簾は気身至祢(きみしね)と呼ばれる独自の拳法を使い、
その強さは十里以上離れた小さな村にも知られるほどだった。
その気身至祢の中でも奥義とされるのがこの裸武威である。
これは身に何も纏わずに濡々祢廼(ぬぬねの)と呼ばれる
特殊な溶液の中に三年以上漬けた棒を体に激しく擦り付ける事により、
数万ボルトにもなる静電気をその体に纏い敵を攻撃すると言う物であった。
そして全裸でありながらも、その威風堂々とした姿から、
例え裸でも達人は武威を示せる、という意味から裸武威と呼ばれるようになったと言われている。

ちなみにセガがニンテンドーDSで出す事になり、
現在ネット上で大ブレイクしている「きみのためなら死ねる」
というゲームのテーマソングであるラヴィとは、
この裸武威が元であるというのを、一部の人間しか知りえていないのが現状である。

民明書房刊『 古代中国 変り種奥義集 第四章「手家手家 手家手家点」 』より抜粋
45水先案名無い人:04/09/20 15:21:02 ID:yvZYNXq7
>>44
gj
ワロタw
記念age
46水先案名無い人:04/09/20 15:53:43 ID:pR7Hqch1
>>44

(゚∀゚)ラヴィ!!
47水先案名無い人:04/09/20 19:59:10 ID:JKRIggM0
213 名前:水先案名無い人 投稿日:04/09/20 18:31:02 ID:cTVxpHbv
(゚∀゚)ラヴィ!!
虎丸「何じゃぁーっ!ありゃー!?」
雷電「あっ、あれはもしや羅臥尹(らぶい)・・・」
富樫「なっ、知っているのか 雷電ー!?」
雷電「うっ、うむ・・・」


羅臥尹(らぶい)

時は古代中国、未だ戦乱の世で在った頃宮廷に仕える一人の武将がいた。
名を羅 臥尹(ら・ぶい)と言い女性で在りながら一つの隊を任せられる程であった。
羅臥尹には信頼を寄せる部下がいた。抽々(ぬぬ)、雲(うん)、禮李(ひろり)、弖夷卦(ていけ)この四人も羅臥尹を尊敬し共に堅い絆で結ばれていた。(抽々は一番年上だった為、抽々姉々(ぬぬねね)と呼ばれていた。)
ある日、羅臥尹は無実の罪で投獄された。四人の部下が抗議するもまったく聞き入れてもらえなかった。
そこで四人は羅臥尹の牢の前で歌を唄い励まし続けた。当時この行為は皇帝に反逆を意味しており死を意味していた。
羅臥尹は「拒否!」(やめろ!)と涙ながらに叫んだが五人は「君為死成」(君の為なら死ねる)と言い唄い続けた。そして歌の最後に羅臥尹の名を叫んだ。
その歌に宮廷中が驚き感動した。そして皆、羅臥尹の名を叫んだ。皇帝は即、再調査を命じ見事犯人は捕まり羅臥尹は助かった。
羅臥尹と部下の話はあの孔子の「信武」にも書かれてあるのは有名な話だ。
この故事から信頼すべき者には「らぶぃ!」と叫ぶ風習が有り現代でもその風習は残っている。
某匿名掲示板で「ラヴィ!」と叫ぶ風習はこの故事からきているかどうかは定かではない。


民明書房刊「名歌その奇跡と効能」より抜粋
48水先案名無い人:04/09/21 17:54:42 ID:/I5NWOFY
だれか田代でつくってくれ!
49水先案名無い人:04/09/21 18:45:14 ID:cuJBbJlr
「あれはまさしく暗拳・乱那兎衛!」
「知っているのか雷電!?」
「うむ……」

 暗拳・乱那兎衛(らんなうぇい)、その起源は古く中国は蜀の時代に遡るという。
 当時、戦乱に疲れた人々をさらなる困窮においやる存在として、軍からの脱走兵が山賊や夜盗と成り果てたものがあった。軍で戦闘を経験したこれらの賊に、非力な町民・村人では為す術がなかったのは言うまでも無い。
 だが、そんな中に義憤のために立ち上がり人々を護った者がいた。
 闇夜に潜むために顔を黒く塗り、相手の混乱に乗じて兎のごとく俊敏に駆け回る攻防自在の拳法、暗拳・乱那兎衛を極めたその人物の本名は後世に伝わっていないが、賊を狩り屍山血河を築いたその老人を、時の人々は多屍老(たしろう)と呼び敬ったという。
 しかし例え義憤のための戦いとはいえ、相手が非道な賊とはいえ、官憲ではない者による虐殺は罪であった。
 多屍老は何度も捕らえられては釈放され、しかし己の信念を貫いたがためにまた捕らえられたという。
 人々は多屍老を神と称え、時の官憲に弾圧されつつもその信仰は途絶えることがなかったという。
 この暗拳・乱那兎衛は、現代のヒット・アンド・アウェイに通じる攻撃を主体としていたが、兵法三十六計をも重んじたという。英語のランナウェイは、この拳法の名前から生じていることに間違いはなかろう。
 余談であるが、今も世間をにぎわしている田代まさし氏は、己の信念を貫き、逮捕されることを繰り返している。人々が彼を神と呼び称えているのは、この多屍老の伝説の再来ではないかと思えてならない。

 民明書房刊「拳法で覚える英単語」より抜粋

50水先案名無い人:04/09/21 19:19:28 ID:/I5NWOFY
>>49
和呂田w
そして多屍老は絶死牢へ!
51節制の14:04/09/26 00:26:54 ID:1PqvJ32s
取り合えず保守。ネタ無くてごめん。
52水先案名無い人:04/09/26 13:12:18 ID:giuQukW0
『暗晃傀儡呪』

 暗晃傀儡呪、その起源は古代中国にまで遡る。
 大陸内陸部に存在した暗班地方は、広大な平地と、豊かな自然に育まれ良質の作物が採れる事から度々侵略を受けていた。
 それはでは何とかしのいでいたものの、芭萎琴族の侵攻時には耐えることができず、ついに領地への侵攻を許してしまう。
 対抗しようにも平地で地理的には不利で、武器となる鉱物、石なども満足に取れず芭萎琴族はその勢力を拡大していった。
 この事態を打開するべく、蛇鵡老師は豊富に取れる食物を材料とした人造人間を創り出した。
 その人造人間は高度な呪術で生成された「核」(一説には宇宙より飛来した未知の物質であったともされる)を主に
小麦などで形作った人型に埋め込み「暗班慢壕」なる壕に入れ、、三日三晩術を施して完成した、と伝えられている。
 その第一号はこの地の名をとり「暗班慢」と名づけられ、戦線に投入されるや否や一晩で数万の軍勢を屠るという鬼人のごとき活躍を見せたとされている。
 芭萎琴族の文献には、「其の物、頭を吹き飛ばすも新たな頭携えし者により瞬く間に復活せり。まこと恐怖の極」と記されている。
 この文献に書かれている「頭携えし者」は「馬託子」(新たな子(頭)を託され馬の如き駆けるという意味)とも
「血射頭」(たとえどれほどの血を流そうとも新しい頭を暗班慢の頭に射るという意味)とも呼ばれ、選ばれた者にしかなることができず、現在でも彼らは英雄として祭られている。
 そして、この呪術は子孫にも受け継がれ、この地が戦乱につつまれるたびに暗班慢は作り出され、「暑苦班慢」「袈零班慢」なる戦士も生まれ、この一族が滅亡した際に流出した術法により、「添鈍慢」「緒丹義離慢」など、様々な亜種が生まれたという説もある。
 なお、我が国にて放送されている某長寿アニメの原作者の名前がこの事実を唯一伝える文献『脊汰那袈耶史』のアナグラムであることからも、この作品がこの暗晃傀儡呪を基にして作られたのはいうまでもない。

 民名書房刊「傀儡3分クッキング」より抜粋
53水先案名無い人:04/09/26 15:10:54 ID:kUo60Xi5
>>52
ネタ発表したところ悪いが読み仮名がないとわからん
54水先案名無い人:04/09/26 16:34:28 ID:59t+zAOw
民明書房を語るなら、せいぜい200文字以内に抑えよう!
お兄さんとの約束だよ!!
55水先案名無い人:04/09/26 17:11:31 ID:EmewyI4U
『日夜練(にちやねる)』

古代中国秦の時代、将軍であった斐空柚奇(ひうろゆき)は度重なる異民族の侵略に頭を悩ませていた。
そこでこれに対抗すべく中国全土から高名な識者・学者を一同に集めその政策に
ついて話し合わせた。白熱した会議は何ヶ月にも渡って行われ、首都咸陽の
住民はそのあまりに激しい会議の様子に「わが咸陽ばかりは夜が訪れないのか」
と驚嘆し、中国史に名を残す数々の政策がここで生み出された。
このことからこの中国史に名を残した伝説の会議を「日夜練(にちやねる)」と称した。
今日、日本のインターネット界にて巨大な勢力を持ち日夜盛んな議論が行われている
「2ちゃんねる」が「日夜練」に語源を求めているのは言うまでも無い。

民明書房『中国軍事戦略史全集』より
56水先案名無い人:04/09/26 21:24:30 ID:s8l40yDI
52はアンパンマンか
57水先案名無い人:04/09/27 01:37:03 ID:08rXT9Km
『虞乱寺(ぐらんじ)』

室町時代、仏教界は禅宗が全盛を極めたが、中でも総本山と言われたのがこの虞乱寺である。
開祖・加藤虚蕃(かとうこばん)は華美を嫌い、金銭至上主義を非難し、
教義の質の向上を求め、齢二十四にしてついに涅槃に至ったという。
彼に引かれる者は多く、弟子は後を絶たなかった。

因みに、某ロックバンドのアルバムのジャケットに
アソコがむけむけの赤ん坊が泳ぐ絵が描かれているが、
これは開祖・加藤虚蕃が幼少の頃、川でおぼれた時にあそこの先を鯉に食いちぎられ、
その時に悟りを開いたという故事に由来するという説があるが、定かではない。

民明書房刊「ロックンロール起源異聞」より
58水先案名無い人:04/09/27 03:27:52 ID:HStfCL51
>>205
>>206
たぶん、「ボクの勝ち」
歌ってるのはNAHKIって人です
59水先案名無い人:04/09/27 03:47:45 ID:HStfCL51
誤爆すまんこ
60水先案名無い人:04/09/27 12:04:50 ID:h8J3Iv+q
すみません、ヌケドのやつで奴隷が名を立てたからドナルド(漢字不明)とかいう
民明書房のコピペ知りませんか?
61誘導されてきました:04/09/27 16:25:05 ID:8+zBSDXE
宇練内崩葬拳(うれないほうそうけん)
中国は戦乱の時代、恐ろしい殺法が考案された。
鉄球や鉄棒を巧みに操り相手をうち倒していく拳法である。
この技を受けた者は外傷こそないものの打撃により体内の内側から崩(たお)されることから
宇練内崩葬拳と呼ばれ恐れられた。
この技がシルクロード、ヨーロッパと渡り大航海時代を経て
アメリカで競技化、昇華されたものが現代社会でいうベースボール、野球である。
しかし、一時は中国拳法流派の3割強を占めていた崩葬拳だが、
見た目の派手さを求めるなどした結果徐々に廃れ、
三代目当主華・辰霧利(か・たつむり)の代には落ちぶれ、
華の名前は凋落の代名詞として語られるようになった。
なお余談ではあるが、現代社会において
「むりむりかたつむり」と発して呪いをかけたとする風習がよく見られるが
これは決してでんでん虫のことではなく、華辰霧利の名にちなんでいるというのは
賢明な読者諸君の推察のとおりである。
民明書房刊 中国拳法と軟体動物より
62水先案名無い人 :04/09/27 16:30:05 ID:kckWPjkf
『義矢盤』

日本には一休や鑑真、空海など高名な僧侶がいるが義矢盤という
僧侶の存在も有名ではないが忘れてはならない
この義矢盤なる僧侶とにかく足が速いことで有名で日本全国を光の如き速さで回ったとか
そして「若さすなわち振り向かないことなり 愛、これすなわちためらわないことなり」
等の名説教を残している
また薬学の知識も豊富で「浄治薬」という薬を作り その効き目は
どんな病も0・05病で治したという


ちなみに宇宙刑事ギャバンの名前のモデルは俳優のジャン・ギャバンが有力とされてるが
この義矢盤がモデルなんじゃないかと言う説が最近にわかに浮上してきた
また、宇宙刑事シャイダーのスペシャルで
一条寺烈が坊主頭にしてたのもやはり僧侶である義矢盤をモデルにしていると思われる

民名書房刊「もう一度見たくなる坊主大全」
63水先案名無い人:04/09/27 17:09:38 ID:u9fw+CgL
>>60
まくどなりゅうど【摩駆怒名立奴】
古代中国は宋の時代、摩駆(まく)と呼ばれる奴隷がいた。
この者は頭が良かったが、金がないため身を立てることができなかった。
そこで、仕えていた主人に「お願いです、科挙試験を受けるためお金をお貸しください」
と頼んだが、主人は「お前になど受かるはずもない」と説明も聞かず突っぱねたため、
摩駆は怒りを感じ、後日奇抜な服装でもう一度頼みに行った。
それは白く化粧した顔に、赤い毛のかつらをすることで己を目立たせ、
さらに「麻竺(まじく)」というインドの麻で織った服を着るというものであった。
この容貌は主人を大いに興がらせ、一度だけ摩駆のために金を貸すことにし、
その後、科挙試験に見事受かった摩駆は借りたお金を倍にして返したと言う。
人々はこの話から奴隷から役人まで成り上がった摩駆のことを「怒りによって名を立てた奴隷」
すなわち「怒名立奴(どなりゅうど)」と呼び、その行いをたたえた。

また摩駆の格好をすることを、その服から「怒名立奴麻竺(どなりゅうどまじく)」と呼んだが、
あまりに目立ち、さらに当時摩駆以外の者はこんな格好をしていなかったため
この格好で悪さを行い、摩駆に罪をなすりつけようとする者が多く現れた。
子供を誘拐するため窓から室内を覗き人々を恐怖に陥れたり、
「称們出屋外。」(訳:お前ら表へ出ろ)と言って挑発的な態度をとったり
椅子に座って一物をあらわにし、それを見た者に
「称契不契我?」(訳:やらないか?)と声をかけるなどする犯罪が行われ、
事態を重く見た時の皇帝はその格好をすることを禁止したと言う。
それでもしばらくは悪さが続いたが、「熊組」と言う自警団によって
取締りが強化されてからは犯罪が減ったとされる。

なお、現代でこのような風貌の者がファーストフード店のマスコットとなっているのは
この摩駆の由来からきているのはたしかであるが、あるインターネット掲示板で
「お前ら、表へ出ろ」というAAがあったり、クマーに殴られたりしているAAがあるのは
この話が由来なのかどうかは定かではない。

民明書房刊『中国奇人列伝第三巻 茂衆〜賢達記』より
64水先案名無い人:04/09/27 20:51:51 ID:HStfCL51
>>62
説教ワロタ
65水先案名無い人:04/09/27 21:20:46 ID:S089/RbA
>>57
nice
66水先案名無い人:04/09/29 14:43:21 ID:Zn25UC67
>44も良いが>47は民明書房とは思えんほどの感動秘話だなw
あと抽々姉々(ぬぬねね)もワラタw
67水先案名無い人:04/09/29 23:07:36 ID:rHN+JGPs
酔剋斧(すいかっぷ)

明代中国において、酔八仙拳の最大奥義と言われた技に酔剋斧があった。
これは相手がこちらの懐に入り、勝利を確信して突きを入れてきたところを
胸に隠した小型の武器を飛び出させ倒す、恐るべき逆転技であった。
これの使い手は隠し持った武器で常に胸に膨らませていたため、
胸を膨らませた人物は恐れられ、時の皇帝はこれを禁じた。

現代でも胸のとりわけ大きい人物をスイカップと呼ぶ風習があるが、
本来のこの恐るべき暗殺拳を連想されるため名付けられたものであり、
健全なる青少年の諸君はくれぐれも巨乳の女性には気を付けるよう、厳重に注意を付記しておく。

民明書房刊「中国拳法に見る流行史」より
68水先案名無い人:04/09/30 14:27:04 ID:7nXKvCBZ
蛇巣楽(じゃすらく)


古代中国、元に支配されていたころ、人民はあらゆる娯楽を抑制されていた。
ある男が酒場で歌を歌っていると政府の者が現れ「貴様は演奏する許可を持っていない」
などと言われ連れ去られてしまった。その際に男は「蛇巣楽」(蛇の巣のように危険なところだがこの世の中を楽しもうじゃないか)と言った。それから、人民は政府に連れ去られる
度に「蛇巣楽」「蛇巣楽」と言う習慣が付いていった。それを政府の人間が引用し、
無許可で歌を歌ったり楽器を演奏したりした人民を連れ去る際に「蛇巣楽?」と
馬鹿にして言うようになった。これは元が滅ぶまで続いたという。
ただ、元滅亡後も政府の人間は日本に逃げ延び、蛇巣楽が再燃の兆しにある
と一部の学者の間で言われているが真偽は不明である。
  

                        民明書房刊 「現代音楽と古代中国」より
69水先案名無い人:04/10/05 18:46:30 ID:XDbt7Fu8
仁意図(にいと)

魏晋南北朝時代、大陸北部にあったとされる地名。
人口およそ63万人の大きな集落だが、特筆すべきは住民の生活習慣だ。
ここの住民は食料を調達する時以外、全く働かなかったのである。
なぜなら、彼らは労働力を商品とみなす資本主義的な考えが
集落に災いをもたらすと信じていたからだ。
「仁を意図的に目指して、みんなで平等に暮らそう」と言われたことが
この地名の由来だという説もある。
ちなみに、この集落には日本で言うところのお歯黒のような風習があった。
ただしこれを行うのは男性で、皆24歳になると歯を黒く染めたという。

現在働かない若者のことを指すニートは、NEET(=Not in Employment,Education or Training)
から来ていると思われがちである。
しかし、実際にはこの集落の地名に由来しているということは想像に難くない。

民明書房刊「負けかな?勝ってる?働かない集落“仁意図”」より
70水先案名無い人:04/10/06 19:39:10 ID:cGlxplFc
【猫御身望道(ねこみみもうどう)】
エジプトでは猫を崇拝する習慣があったのは有名な話だが
古代中国でも猫を崇拝する宗派が存在した。
彼らは陰暦の十五日、望の日に猫の耳を模したものを頭につけ
夜通し「猫御身望道(ねこみみもうどう)猫御身望道(ねこみみもうどう)」と唱え続けたという。
それは王朝の圧制に苦しむ民衆の心のよりどころとなったが、いつしか王朝の打倒運動にまで発展した。
民衆は「猫御身望道(ねこみみもうどう)」と唱えながら死をも恐れぬ勢いで突撃したという。
なんとか乱を鎮めた時の皇帝は信者を処刑し関連書物を焼き払い現在このことを記した書物は少ない。
深夜アニメのOPで「ネコミミモード」と言い続ける歌があるが
猫御身望道と関連性があるのかもしれない。

民明書房刊『宗教に見る中国史〜着黄泉(つくよみ)の章〜』より
71水先案名無い人:04/10/06 21:34:02 ID:NLFg82sy
早っ!乙でした。
72水先案名無い人:04/10/07 07:12:46 ID:zjF4v0V8
悶絶した
73水先案名無い人:04/10/07 07:17:12 ID:GZTelAen
【葉仔墓絵霊(はこはかえれ)】

室町時代の事、とある田舎町では毎年一人の村人を生贄にし、その年の安全と豊作を願うという儀式が行われていた。
山奥の御神体に生贄を縛りつけ、1ヶ月したら墓を立てる事で生贄となった村人の供養を行っていた。
が、ある年、その年の生贄として選ばれた檀那(だんな)という若者が、生き延びたい余り縄を食いちぎって逃げ出してしまった。
1ヶ月後に村人が墓を立てに行った時、檀那が逃げ出した事に気付いた。
これに驚いた村人は、代わりの生贄として急遽「葉仔(はこ)」と云う架空の人間のような物のを絵に描き、代わりの生贄とした。
するとその晩、とある村人の枕元にその葉仔と名乗る霊が現れ、「此れからは自分のように絵を生贄にするがよい」と言い残して消えたと云う。
翌年から村人達は生贄を出すのを止め、毎年人間のような物(村人の間では「餡度炉異土(あんどろいど)」と呼ばれていた)の絵を描いて生贄とすると共に、
「葉仔墓絵霊、葉仔墓絵霊(はこはかえれ、はこはかえれ)」と葉仔の絵の霊に感謝したと云う。

この風習はごく一部の田舎町にしか残されていなかったが、近年のインターネットの普及によって、
掲示板において「ハコハカエレ」と祈る人が増えてきた。
だが、最近では某ネットゲームの箱、というキャラクターを侮辱する時に使われる言葉として広まっており、
その本当の意味を知る人は少なくなってきているのが現状である。

(民明書房刊 「本当は怖い現代の流行言葉」より)
74水先案名無い人:04/10/07 10:12:13 ID:A7oW9k3g
平安時代初期に都で大病がはやった。
この病は悪霊の仕業だと考えた坊任元(ぼうにんげん)と呼ばれる僧たちは病人の家を訪ねて悪霊を祓うことを生業としていた。
彼らは「ここは私に任せておきなさい」と言って病人の家族を悪霊の手から遠ざけ、
悪霊に向かって「死待った、区疎巣霊堕(霊よ人間を殺すな、ここから消え去り自分の巣へ堕ちてゆけ)」と一心不乱に唱えた。
そして病人が回復すると、悪霊は脱兎のごとく逃げていったといって「脱兎堕」と喜んだ。
病人を救いの手を差し伸べる僧たちを尊敬しない者はいなかったという。
しかしあまりに集中しすぎるあまり、祈祷中に命を落とす僧もいた。
坊任元たちは先に生まれたものから順に数字を名としていたので、その度死んだ者の数字を大きな声で叫んで嘆いたという。

それから千年以上たった今日でも、ネットの病である「糞スレ」が立ったときなどこの出来事と非常に似たやり取りを目にすることがある。
75水先案名無い人:04/10/07 21:02:15 ID:TgoZOsW5
632 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい[sage] 投稿日:04/10/07(木) 15:18:42 ID:dnXeceG4
>>459-462
俺も民明書房作ってみた。


滅流経武無(めるへぶな)

古代中国、河南省南部は『暗 挫異』(あん ざい)を祖とする
邪教集団『滅流』(める)の恐怖に支配されていた。
彼らは『滅流は正しい』という歪んだ信念の下、悪逆非道、凄惨極まる行動をとり、
彼らが通った後は、全ての物が死に絶え、草の一本も残らぬほどに土地は荒らされ、
その凄まじさは「滅流を見た者は必ず死ぬ」とまで言い伝えられる程だったという。
その強大な力に、皇帝も手が出せず、民衆は恐れ嘆き、
彼らを、忌みと恐怖を込め『真悪』(まあ)と呼んだ。
だが、滅流の行いに心を痛めた、時の武官『羽凰』(うおう)が、
滅流討伐の勇者を募り、挙兵したのである。
羽凰の元には志を同じくする勇士烈士が次々と集まり、ついに滅流との壮絶な戦いが始まった。
これが世に名高い、滅流変(めるへん)である。
戦いは長きに渡り続き、集まった勇士らも、志半ばに次々と倒れたが、
彼らは仲間の屍を乗り越え、自らの死も省みぬ勇猛さで、遂には滅流を滅ぼした。

皇帝は、彼らを「滅流を討った彼らに優る武の者、永劫無し」と言う意味で、
滅流経武無(めるへぶな)と呼び、これを讃えた。
現在でも、自らの死を賭して闘う者達の事をメルヘブナーと呼ぶのは
これに起因するというのは、賢明な読者諸君の推察のとおりである。

羽凰(BC190〜143?)

民明書房刊「中国英雄叙事詩〜その全貌〜」より抜粋
-----------------------------------------------------------------------------------
やってからなんだがここってコピペもいいの?
76水先案名無い人:04/10/07 21:24:17 ID:S1ME2qFN
もともとここは収集スレ。
あと、よくわからんネタ(特に板外にネタ元があるものやマニア系ネタなど)は
元ネタリンクなど一緒に書いておいてくれるとありがたい。
77水先案名無い人:04/10/07 21:25:26 ID:Bt+sob3h
本来そういう板だったはずだが。
78水先案名無い人:04/10/07 21:26:41 ID:TgoZOsW5
>>75
【MAR】読殺【DER】
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/wcomic/1096796490/
週刊少年漫画板のとあるスレ。サンデーのある漫画を主に語っていない。

>>76
スマソ
79水先案名無い人:04/10/08 19:10:23 ID:Fm+9DQ3/
「四外途(よんげと)」

>>2>>3で記されているとおり、煮解賭・酸下吐が明朝末期に流行したのだが
当時、四順(よん・じゅん)という東の半島出身といわれる者が
煮解賭・酸下吐の名人と言われていた。
ところが四は実際には煮解賭・酸下吐の名手でも何でもなく
ただ時の瓦版出版者で大富豪だった蝦正日(えび・じょんいる)と
宦官田通(でん・つう)のお気に入りというだけで
彼の出場した煮解賭・酸下吐に関しては全てデキレースだったと言われている。
明代はTVは当然のことながらその他庶民が情報を知る術は殆ど無く、
首都以外においては蝦が発行する瓦版得鵺治恵(えぬえいちけい)が
庶民が情報を知る全てであった。
瓦版によると四は絶世の美男子と書かれているが
実際には外見も通常の人間より劣っていたという。
しかし瓦版を読んで、四の出場する煮解賭・酸下吐を観戦にきた庶民の多くが
実際の四を目撃してもなお四を英雄と崇め、「四様」と称されたと言う。
一方で、四の人気なるものが蝦・田の捏造だと見破った一部の者は
「人の途に外れた四」と言うことで、四外途と彼を嘲ったと言われる。
現在において「4ゲット」が「2ゲット」「3ゲット」と違って嘲りの対象でしかないのは
このことが原因ともいえる。2ゲット・3ゲットと違って
4ゲットには何の己の実力も必要としないからであろう。

なお、四順の正体は現在の青海省州毎里(すまいり)出身の武将で
根栗の乱で神策(かみ・さく)らと反乱を起こし女性を生き埋めにするなど残虐の限りを尽くしたが
政府軍に敗れ逃亡した鬼朽(き・くち)という説が濃厚である。

( 民明書房刊 「DNAに刻まれた中國 現代人の行動のルーツを探る」 より )

80水先案名無い人:04/10/09 04:47:03 ID:a0NObcMV
麻碑我惨撒 御覇誉得賛(あさひがさんさん おはようさん)

 古代中国に麻碑なる王がいたが、その王は我侭なうえに残虐と正に暴君であった。
その王が通ったあとにに残っているものは残虐の限りを尽くされ、王の邪心が撒き散らされたかの如き光景であったという。
そんな王を民は「麻碑我惨撒」と呼び恐れていた。
 しかし、王に御覇という子供ができてからは、まるで今までの行いが嘘のような名君となり、
慈愛に満ちた政治を行い、その国は大いなる繁栄を誇ったという。
 民はその麻碑王に愛を目覚めさせた御子を「御覇誉得賛」と崇め称えた。
 そして、この出来事は「どんな悪魔のような人間でも、愛を知ることにより生まれ変わることができる」
という意味を込めて「麻碑我惨撒 御覇誉得賛」という故事になったと伝えられている。

 少し前に、とある新聞社がこの言葉に酷似したキャッチコピーを発表していたが、
それは、その会社が腐敗していると囁かれていた時と重なるため、自らが生まれ変われるように、と
自分たちに言い聞かせていたのではないだろうか。


民明書房刊「大陸の中心で愛を叫ぶ」より抜粋
81水先案名無い人:04/10/09 17:49:37 ID:yDBOFyUB
>>79
四様ワロタ
82水先案名無い人:04/10/10 17:10:33 ID:jWUEtCw6
インペリアルクロスという陣形のガイドライン6
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1094739735/742

刃利威(パリィ)

古代中国において、剣の防御技としてもっとも基本とされた技。
長剣を用い、その刃を利することによって敵の物理攻撃の威力を0にする。
基本ではあるものの、未熟な腕ではほとんど成功せず、使ったところで深手を負いかねない。
だが、熟練した者ならば、ほとんどの武器攻撃を打ち払うことができたという。
少林寺の初代当主、部亜佐磨(べ あさま)がこの技を得意としたことから、
以降、少林寺において剣の師範は、第○代部亜佐磨の名を受け継ぐ慣わしとなっている。

なお、この剣技がはるか西方のアバロン帝国に伝わり、パリィと呼ばれる剣技と
なったことは、賢明なる読者の諸君には察しがついたであろう。

(民明書房刊 「常時魔剣時」より)
83水先案名無い人:04/10/11 21:32:27 ID:cV+G7Nsg
雷電「あっ、あれ死増断枯枯刃苦粗磨打(しまったここはくそすれだ)・・・」
富樫「知っているのか 雷電ー!?」

  死増断枯枯這苦粗磨打(しまったここはくそすれだ)
古代中国において最も過酷な刑の一種。死刑よりも厳しいとされている。
それは重い岩を一ヵ月間支え続けるという酷いものである。
さらに執行員はその者に罵声を浴びせ、鞭打ちをした。
この刑を受けたものは身体が棒のよう枯れ細くなり岩に押し潰され死んだという。
余談ではあるが、無実の罪でこの刑を受けていた友の為一緒に背負いその無実が晴れる迄訴え続けた男がいた。
友の無実が証明されるとその男は友の無事を見届け死んでしまった。この時友はあらん限りの声で男の名を叫んだという。
なお某匿名掲示板に「しまったここは糞スレだ」というスレッドが有るがこの話からきているかどうかは定かではない。

民明書房刊「古代中国における奇刑百計」

しまった!ここは糞スレだ!のガイドライン2
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1097375843/
84水先案名無い人:04/10/12 04:10:11 ID:I00I1IRQ
>82
×アバロン帝国
○バレンヌ帝国
85水先案名無い人:04/10/12 22:37:26 ID:iBmqM4ez
太傭由・于伝(たいようゆ・うでん)

現在の中国江西省は、景徳鎮に代表されるように焼き物が盛んな地域であるが、
春秋時代においてはその技術は偶然性に頼るところが多く、
品質の良い器を繰り返しつくることは困難であった。
またその最高級品は王衛須(おうえす)と呼ばれ、
王族にしか所有することは許されなかった。
しかし耶封(やふう)王の時代、太傭由・于伝(たいようゆ・うでん)という2人の職人が、
その高い技術を持って、王衛須の複製品を大量に製造することに成功した。
この結果、違法な王衛須が市井に流出したが、その出来は本物を越えるといわれるほど見事なものであり、
耶封王は「太傭由・于伝は別格である」として、あえて取り締まることはなかったという。
これが、現在でも「別格なもの・違法ではないもの」の意味として使われる「太陽誘電」の語源である。
また、このときの耶封王の行動は、当時の思想家・兵法家に大きな影響をあたえており、
有名な孫子の兵法の「動かざること山の如し」は、
「動かざること耶封の如し」が誤って伝えられたものといわれている。

( 民明書房刊 「陶磁器、スマンかった」 より )
86水先案名無い人:04/10/13 02:50:21 ID:cNJ8slQf
雀拳(じゃんけん)

古代メソポタミアより存在し、古代中国明の時代に河北省に住む武術家、
奔(ぽん)によって磨かれ花開いた幻の暗殺拳。
素早くかけ声を発し相手を攪乱し、相手の隙を衝いた技を繰り出したと言う。
あまりの恐ろしさに時の将軍哀紅(あいこう)は、奔を幽閉し、雀拳を学ぶ事を禁じた。
残された数少ない書物に依ると、
愚(ぐ)と唸り拳を打ち、猪気(ちょき)と吠え秘孔を突き、波(ぱ)と叫び遠くの敵をも吹き飛ばしたと言う。
時代は流れ、現代ではジャンケンと言う遊びがあるが、
当時検疫を逃れた隠れ雀拳使いが、かつての暗殺拳を世に残そうとした苦肉の策ではなかったかと最近学会に発表されたばかりである。
また、引き分けた時の“あいこ”は哀紅と関連があるのは考えるに難くはない。

民明書房刊「幻の古代暗殺拳〜その系譜」より
87水先案名無い人:04/10/13 10:58:14 ID:kBg9GWPb
「じゃんけん」の起源は?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/min/1010383489/

>拳の起源は中国で、「本拳」とよばれていました。
>   二人が向かい合って声をかけながら、指先の変化で勝ち負けを競うものです。

>じゃんけんは中国拳法の一流派「蛇拳」が語源です。
>当時、中国では「蛙拳」と「蛞蝓拳」との三流派が派閥を争っており

>じゃんけんは元々中国から伝わったと言われています。
>中国の「拳戯」という遊びが発展したものだと言われています。
88水先案名無い人:04/10/14 05:51:02 ID:ieeQGINn
「謝守楽(ジャスラク)」

中国にある、音楽を守り感謝するという意の団体。
音楽の発展を名目に作られた団体であり、音楽に関する権利はすべて謝守楽が保護して
守っている。
もちろん無断で使用すると処罰の対象になった。使用するには謝守楽の許可を得なければ
ならないので、民衆の中には音楽を楽しめないものもいた。
現に謝守楽も「許可して欲しいなら金品を出せ」などと要求して金儲けに走り、民衆を困らせた。
このことが世に広まると、一部の民衆が謝守楽を皮肉り「貨棲楽(カスラク)」(金儲けに走り楽をして棲みついているの意)
と呼び謝守楽を批判した。
現在でも謝守楽は独裁しており、音楽文化は衰退の一途をたどっている。

民明書房刊「音を楽しむと書いて音楽と読む」より
89水先案名無い人:04/10/15 11:56:01 ID:M/i6GFJZ
「むぅ、あれはまさか米爺醗葉(マイヤハッハ)!」
「し、知っておるのか雷電ーっ!」
「うむ、しかしまさか伝説をこの目で見られるとは・・・」


『米爺醗葉(マイヤハッハ)』

古代中国は殷の時代、殷最後の皇帝紂王は堕落の限りを尽くしていた。
ある時、菩提樹の葉を使って最高の米酒を作る米爺(マイヤ)という老人に
紂王は米酒を献上することを命じたが、米爺はそれを断り
拷問で製造法を吐かせられることを恐れ自害してしまった。
時の詩人はこの米爺の行動をたたえ、
「米爺否 米爺封 米爺宝 米爺醗葉」
(訳:米爺は断った、米爺は封じた、米爺の宝を、米爺の醗酵させる葉を)
と歌い伝えたという。
一方紂王は米爺から奪った米酒で池を作り、飲み踊り、肉を簒奪し、
後世に酒池肉林と語り継がれる宴会をし、周に滅ぼされたのは皆の知るところである。

現在「マイヤヒー マイヤフー マイヤホー マイヤハッハー」と歌う曲が流行っているが、
これは米爺の詩が由来であることは明らかである。
しかし、その歌詞が「米さ!米酒か!飲ま飲まイェイ!」と聞こえてしまうのは
我々が酒池肉林を知っている日本人だからかどうかはわかっていない。

民明書房刊「伝説の酒めぐり 〜恋の呪文は毎夜日入」より
90水先案名無い人:04/10/15 16:06:59 ID:Kkt8wAwE
唐演廷法 (とうえんていほう)

かつて、中国の唐において流行した演劇の種類のひとつ。
通常、演劇は劇場で行われるものであるが、
唐演廷法の演じられる場は、宮廷の一画をまるまる使用する、
という大規模なものであった。
また、その演じる内容は客にはまったく知らされておらず、
観客は宮中を歩く中で、突然に行われる演技を見る、という
きわめて特殊なものであった。
また、演じる時間はなんと丸一日に及ぶ、という長さの上でも
ほかの演劇と一線を画すものであった。

唐の太宗に愛され、一時は宮中において大変に流行したが、
彼の死後、そのあまりの長さと見づらさから、急激に廃れていった。

なお、近年アメリカで作られた大人気のリアルタイム・テレビドラマ、
24(Twenty-Four)が、唐演廷法が由来となっていることは
ほとんど知られていない。

民名書房刊 「寂宮芭雨阿」より
91水先案名無い人:04/10/16 15:52:27 ID:WJ6cmqci
雷電知らないよ雷電。
92水先案名無い人:04/10/16 18:27:25 ID:DlnlseMt
>>89
ワラタ。上手いな
93自作板からのコピペ:04/10/16 19:15:49 ID:DQVsaoJR
ttp://page12.auctions.yahoo.co.jp/jp/show/qanda?aID=p5735011

太傭由・于伝(たいようゆ・うでん)

現在の中国江西省は、景徳鎮に代表されるように焼き物が盛んな地域であるが、
春秋時代においてはその技術は偶然性に頼るところが多く、
品質の良い器を繰り返しつくることは困難であった。
またその最高級品は王衛須(おうえす)と呼ばれ、
王族にしか所有することは許されなかった。
しかし耶封(やふう)王の時代、太傭由・于伝(たいようゆ・うでん)という2人の職人が、
その高い技術を持って、王衛須の複製品を大量に製造することに成功した。
この結果、違法な王衛須が市井に流出したが、その出来は本物を越えるといわれるほど見事なものであり、
耶封王は「太傭由・于伝は別格である」として、あえて取り締まることはなかったという。
これが、現在でも「別格なもの・違法ではないもの」の意味として使われる「太陽誘電」の語源である。
また、このときの耶封王の行動は、当時の思想家・兵法家に大きな影響をあたえており、
有名な孫子の兵法の「動かざること山の如し」は、
「動かざること耶封の如し」が誤って伝えられたものといわれている。

( 民明書房刊 「陶磁器、スマンかった」 より )


94水先案名無い人:04/10/16 19:20:00 ID:wCUgeHM5
95水先案名無い人:04/10/16 22:53:44 ID:k7MHAdwq
>>90
書名がずるい
96水先案名無い人:04/10/19 20:23:26 ID:kyB/Ve9I
>>93
ワロタ
97水先案名無い人:04/10/20 18:38:36 ID:aaSHnCbS
>>93
書名の”陶磁器”がセンスいいな。
98水先案名無い人:04/10/20 20:10:32 ID:scCwycce
阿乃法則(あのほうそく)
元代中国において、阿乃(あの)と呼ばれる軍師がいた。
この軍師が弘安の役で日本に侵攻する際に島国の小国である日本に一度負けてしまった経験から、
時の皇帝フビライに今度は絶対に勝利するように命じられ、文永の役よりも更に大規模な兵力での攻撃を計画した。
しかし元だけでは十分な兵力、物資を得られず、前回と同様に征服した朝鮮から大量の兵力、物資を集めた。
いざ戦を始めてみると兵士の統制が取れない上に日本側の周到な準備の前に苦戦した。
それに加え前回と同様に暴風雨に襲われ、高麗製の非常に粗悪な造りであった船のせいで帰還できた兵士は1、2割だったという。

その後清と明の戦の際にも明が高麗から支援を集めて大敗したことから、
朝鮮と組むと敗退、滅亡に向かうという発想が生まれ、清代の軍師である麺毒施(めんどくせ)が
軍師の名を取り「阿乃法則」と名づけた。
この法則は現代でも健在で、戦のみならず企業間競争、個人に至るまで朝鮮と組むとほぼ例外無く敗北することが解明されつつあり、
これを「あの法則」と呼ぶことで現代に残っている。
賢明な読者諸君にも是非注意していただきたい。

民明書房刊「中国四千年、究極の兵法〜阿乃法則〜」より
99水先案名無い人:04/10/21 18:02:40 ID:72kmwXYY
>>98
今年、日本が台風のオンパレードだったのは阿乃法則が原因か!
4様4様って騒ぐから…あ〜あ。
100水先案名無い人:04/10/23 02:09:51 ID:XifWJcT0
100
101水先案名無い人:04/10/23 19:42:35 ID:yO95c31Y
今回の地震も阿乃法則が原因か
102水先案名無い人:04/10/24 00:51:04 ID:WnGU0jt/
       ,.ィ , - 、._     、
.      ,イ/ l/       ̄ ̄`ヽ!__
     ト/ |' {              `ヽ.            ,ヘ
    N│ ヽ. `                 ヽ         /ヽ /  ∨
   N.ヽ.ヽ、            ,        }    l\/  `′
.  ヽヽ.\         ,.ィイハ       |   _|
   ヾニー __ _ -=_彡ソノ u_\ヽ、   |  \  新潟といえば
.      ゙̄r=<‐モミ、ニr;==ェ;ュ<_ゞ-=7´ヽ   > 例の北朝鮮の工作船の停泊地なんだよ!!!
.       l    ̄リーh ` ー‐‐' l‐''´冫)'./ ∠__   
       ゙iー- イ'__ ヽ、..___ノ   トr‐'    /    
       l   `___,.、     u ./│    /_
.        ヽ.  }z‐r--|     /  ト,        |  ,、
           >、`ー-- '  ./  / |ヽ     l/ ヽ   ,ヘ
      _,./| ヽ`ー--‐ _´.. ‐''´   ./  \、       \/ ヽ/
-‐ '''"  ̄ /  :|   ,ゝ=<      /    | `'''‐- 、.._
     /   !./l;';';';';';';\    ./    │   _
      _,> '´|l. ミ:ゝ、;';';_/,´\  ./|._ , --、 | i´!⌒!l  r:,=i   
.     |     |:.l. /';';';';';|=  ヽ/:.| .|l⌒l lニ._ | ゙ー=':| |. L._」 ))
      l.    |:.:.l./';';';';';';'!    /:.:.| i´|.ー‐' | / |    |. !   l
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103水先案名無い人:04/10/25 14:43:36 ID:sXPnOdrc
>>102
にも関わらず、容赦なく発動するという阿乃法則…おっとろしいのう。
104水先案名無い人:04/10/30 17:52:53 ID:ACT0dNkt
おちないか
105水先案名無い人:04/11/01 15:24:34 ID:Y4xke9O4
ほしゅ
106水先案名無い人:04/11/03 12:06:15 ID:R+wmcK0S
左反(さたん)

古代中国に、李陽(りよう)と阿輝(あきら)という兄弟の様に仲の良い二人の若者がいた。
二人が暮らしていた国は、左と言う王により長らく暴政が支配し、住民は疲弊していた。
李陽は左に家族を殺された怒りと憎しみから、左を滅するために、阿輝には話さず、単独で王宮へとむかった。
それを聞いた阿輝は、李陽の後を追い掛けた。
そして城内で兵士に変装し、殺戮を行なっていた李陽を見つけた。
阿輝はと李陽に「李陽無事也?」かと話したが、
李陽は冷静に「左反為也(さたんだからな:左を憎み、逆らう為に)」と応えた。
阿輝は李陽の左を憎む心は一騎当千の力にも及ぶと感心し、
「左反止揚無(さたんしようがなし:左に逆らうならお前を止められないな)」と笑いながら応えた。
その後、左は死んだが、李陽と阿輝はその後の思想の違いから激突。結局相討ちとなった。

(続く)
107水先案名無い人:04/11/03 12:12:59 ID:R+wmcK0S
>>106

現代。各所から酷評の嵐を受けている、映画「デビルマン」の一シーンに、

「大丈夫か?」

「ああ、サタンだからな!」

「サタンじゃ、しょうがないな。」

という会話シーンがある。
会話していたのは了(りょう)と明(あきら)と言う名前から、
実は、あの映画は原作のデビルマンではなく、この故事から取っているのではないかと言われているが、定かではない。


民明書房刊「歩椀(ほわーん)」より抜粋。
108水先案名無い人:04/11/03 17:42:08 ID:GT+T4tsK
>>107
正しくは
「生きていたのか、了」

「ああ、サタンだからな」
のみ。まぁでもGJ
109水先案名無い人:04/11/03 18:08:49 ID:R+wmcK0S
>>108
やはり映画を見なかったのはダメだったか。

左反じゃ、仕方ないな。( ´∀`)
110水先案名無い人:04/11/07 06:18:29 ID:BhteCJI1
111ぼうし ◆3.16/LiTA. :04/11/07 09:12:03 ID:W3z6BlmT
111ゲト━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
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┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ !!!
112水先案名無い人:04/11/09 13:51:38 ID:BXtf7c+3
>>79追補。
地方によっては「四外途(よんげと)」は「死外道(しげと)」と呼ばれ不吉なものとして忌み嫌われている。
113水先案名無い人:04/11/09 21:16:57 ID:FFqG9KpZ
このスレ見て、昔あった、魁!モビルスーツ思い出した。
http://ebi.2ch.net/shar/kako/966/966215404.html
114水先案名無い人:04/11/09 22:50:43 ID:yarkDFAI
忍天道(にんてんどう)

その昔、中国南部に賭け事が好きな忍天(にんてん)という若者がいた。
彼は麻雀の牌や花札の絵柄を書く仕事をしていたが、賭け事好きな彼はどんどん借金が増えていった。
ある日塗料を買いに町に出たところある仙人に出くわした。
仙人は「わしにお前の作る麻雀の牌をくれれば借金を帳消しにしてやろう」と言った。
彼は二つ返事で了解し、仙人に渡した。
仙人は負唖見魂(ふあみこん)と言う書を渡した。
これを呼んだ忍天は負け無しのギャンブラーとなり、後に進化した枢派唖負唖見魂(すうはあふあみこん)と言う書を書き、
鯨矛棒射(げいむぼうい)や亜土盤子(あどばんす)などと言った賭け事を考案した。
彼は道場を開いたが政府が「不謹慎だ」と言う事で道場と私財は没収され書物は焼かれてしまった。

これが任天堂の由来であることは周知の通りである。

民明書房刊「世界の賭け事全集第7集〜中国最強のギャンブラー忍天〜より」
115水先案名無い人:04/11/10 04:43:51 ID:pdKfpC4B
亞苦得理明日(アクエリアス)

中国がまだ明の時代だった頃、当時の皇帝朱元璋の命により南京に巨大な貯水湖が建設された。
貯水湖の建設を任された湖家巧裸(こかこうら)は水を貯水湖に引くのに手間取っていた。
高低差によって不可能と思われた難題を、湖家巧裸は「水を引くのではなく作ればよい」と発想
を逆転させ、苦しみの中でも明日を諦めず理(ことわり)を得た湖家巧裸に感服し、皇帝は湖を
亞苦得理明日湖と名づけた。亞苦得理明日湖は栄養分が豊富で民衆に大変人気があった。

これが現在のコカコーラ、アクエリアスの元であったことは広く世に知れたことである。

民明書房刊「現在(いま)を動かす大企業の成り立ちとその語源」より抜粋
116水先案名無い人:04/11/10 04:59:13 ID:AuftUZjO
おもしろいけど、すこし文が長いな
もうすこし短くまとめてくれ
117変えた:04/11/10 05:01:58 ID:pdKfpC4B
亞苦得理明日(アクエリアス)

中国がまだ明の時代だった頃、当時の皇帝朱元璋の命により南京に巨大な貯水湖が建設された。
貯水湖の建設を任された湖家巧裸(こかこうら)は水を貯水湖に引くのに手間取っていた。
高低差によって不可能と思われた難題を、湖家巧裸は「水を引くのではなく作ればよい」と発想
を逆転させ、苦しみの中でも明日を諦めず理(ことわり)を得た湖家巧裸に感服し、皇帝は湖を
亞苦得理明日湖と名づけた。亞苦得理明日湖は栄養分が豊富で民衆に大変人気があった。がしか
し、所詮は地下水であったため1年もたたないうちに枯渇してしまい、湖家巧裸は打ち首となり、
亞苦得理明日湖は埋め立てられた。しかし、その後南京では亞苦得理明日湖の水を飲んだ者の家
に才人符安太(ふあんた)、後の将軍空(くう)などが次々と現れ。どうも亞苦得理明日湖のお
かげであるということになったが水はもう枯渇していたため、再び掘り返すも水は出ず、伝説と
なった。

これが現在のコカコーラ、アクエリアスの元であったことは広く世に知れたことである。

民明書房刊「現在(いま)を動かす大企業の成り立ちとその語源」より抜粋
118水先案名無い人:04/11/10 05:03:39 ID:pdKfpC4B
>>116
みてなかったゴメ。
長くなったし・・・・
119水先案名無い人:04/11/10 09:48:22 ID:4jWWpjYS
今週のスーパージャンプに民明書房主宰者のネタがあったぞ
120短め:04/11/10 10:28:59 ID:CzZmQ7jq
握衛李阿酢(あくえりあす)

中国の後漢時代、湖下県興羅(こうら)の醸造所に李阿(りあ)と呼ばれる男がいた。
李阿は大変な怪力で知られており、その力は街を守る屈強な衛兵でさえ片手で握り潰すほどであった。
そのため、彼の醸造所で作られる酢には百人力を得る効果があるとされ、握衛李阿酢という名で
広く親しまれた。

これが、現在コカコーラ社から販売されているアクエリアスの由来であることはよく知られている。

民明書房刊「滅幸溜・毒多蔑破〜伝説の霊酒」より
121水先案名無い人:04/11/10 16:50:49 ID:Rnu14895
忍天道泥餌須(にんてんどうでいえす)

>>114にある忍天の開発した賭け事の中に泥餌須があったが、
これをもっとも得意とした女賭け事師、緋華瑠(ひかる)という者がいた。
彼女は時のエリート賭け事師の一族、阿或安堵琵意(ああるあんどびい)の末裔と名乗り、
数々の賭場を荒らし回った。
しかしある賭場でのこと、相手の賭博師が「ブタだ、緋華瑠!」と叫んだ。
調べてみると、彼女はブタの組み合わせだったのを役札にすりかえていた事が発覚した。
これをきっかけに彼女が阿或安堵琵意の末裔だと言うことも嘘と分かり、
獄門こそ免れたものの、彼女は全賭博師ランキング160位に格下げされた。

現在任天堂のCMに天才歌姫とささやかれながら全米進出160位に終わった、
豚のような女が出演しているが、
この女賭博師と関係があるかは分かっていない。

民明書房刊「J-POPに見る中国拳法」より
122水先案名無い人:04/11/10 17:06:41 ID:oSrNCtWd
>>121
アメリカではパフィーのほうがよっぽど売れてるとか。
世の中広いものよのう。
123水先案名無い人:04/11/12 02:58:37 ID:e3KfvBNW
文の最後に ・・・言うまでもない とつけてくれ
124水先案名無い人:04/11/12 15:41:34 ID:0GZDJ5sk
 大福死 …大福による窒息死。
 古代中国の偉人達は自決の方法にこれを用いたという。
 なお、今でも熊本に残る河内の塩たこ焼と塩大福は全然関係ない。

 民明書房刊 中国面白大辞典より抜粋
125水先案名無い人:04/11/13 04:56:34 ID:qjJoGs/U
不羅通趣(フラッシュ)
で何かできそうな予感
126水先案名無い人:04/11/13 21:13:56 ID:UK0JQB9+
>123
定かではない。も追加してくれ
127水先案名無い人:04/11/16 20:28:37 ID:1EGGxwp1
フ・ジョシ

 
 チベットのある地方に生息していたと言われる部族。その住人の恐ろしい形相と仲間が集まって行う悪行で他部族を困らせていたと言われている。

また部族に対する勢力は正当な理由があっても部族全員で粛清してしまう。このフ・ジョシ

を抑えるには聖書:ヤ・オーイを与えるか、美少年を生贄に捧げなくてはならなかった。

そのすさまじい力は当時の楚王朝も恐れ、楚貢杯会(そくばいかい)という祭りをフ・ジョシのために開くほどであった。

しかしあまりにも集まり過ぎたフ・ジョシのために楚国が滅んでしまったというのは現代では教えられていない。

近年、ガンダ・ムシード村でフ・ジョシの末裔が発見されたという情報がリークされ、女性記者が取材に行ったが廃人になって帰ってきたという話もあるようだ。

またフ・ジョシの末裔の話は日本にもあり、インターネット上で独自の言語を使いコンタクトを取り合っていると言われている。



  
                      民名書房刊 「現代人と古代人で違うもの」より
128水先案名無い人:04/11/16 20:38:11 ID:BICOpPo+
カタカナ多すぎとか、ひねりナシとか、色々突っ込みたいところはあるが
せめて社名くらいは間違えないで欲しかった・・・
129水先案名無い人:04/11/16 20:47:31 ID:1EGGxwp1
orz。アニメはリアルで見た世代なのに・・・。
やっつけ仕事しすぎた。吊ってきます。
130水先案名無い人:04/11/17 11:46:05 ID:4z37FM7z
>127すまんがあまりおもしいろくないな
もうすこしうまく説明してくれ
131水先案名無い人:04/11/17 14:48:27 ID:Q+0iJEhl
秘宮民(ひきゅうみん)

紀元前1000年ごろ、現在でいう中国四川省のあたりに住んでいた
といわれる少数民族。
けわしい山地に住んでいたため、その存在は長い間気づかれなかったとみられる。
その特徴としては、男女問わず身長が1mにも満たぬものがほとんどで、
言語や文字を持たなかった。 独特の音声でコミュニケーションを取っていたと見られる。
だが、高い建築能力を持ち、優れた住居を築いていた。
旅人の王裡馬(おう りま)が山地で迷い、死を覚悟したときに
偶然にこの住居を発見し、さらに彼らとコミュニケーションを取ることに成功して
命を救われた、といわれる。
裡馬は彼らの優しさと住居の素晴らしさに敬意を払い、「秘宮民」という民族名をつけた。
数ヶ月を彼らと暮らした裡馬は、故郷に戻ったのちも、彼らの平穏のために
秘宮民の存在をの裡馬の家族のみが代々、口伝するように、と伝えたという。
なお、裡馬のひ孫にあたる王時留(おう じる)が秘宮民に会うために山地に
出かけたが、彼らは住居を残し、その姿は一切消えていた。
死に絶えたのか、旅立ったのか、それは誰にも分からない・・・。

1980年に王裡馬の子孫にあたる王大人氏がこれらの伝承を、
はじめて公の場に発表したとき、学会では大変な騒ぎとなった。
すぐさま調査隊が組まれ、秘宮民がいたとされる山地に向かった。
そこには伝承に合致する廃墟がたしかに存在したが、
やはり秘宮民自体は存在していなかった。
本当に、秘宮民が存在したのか、それともこれは作られた伝承なのか、
いまもって学会は二分されている。

なお、日本企業、任天堂がこの話をもとに「ピクミン」というゲームを
作ったという真実は、ほとんど知られていない。

民明書房刊「遊戯と歴史と男と女」より
132水先案名無い人:04/11/17 16:54:36 ID:oMunUrig
罵拿泥流(ばなでいりゅう)

古代中国の山中に存在した「府霊怨羅陰(ふれいおんらいん)」という名の閉鎖空間…
そこは、北宋時代前後に存在したとされるある拳法の使い手たちが
協力し合い野生の獣を相手に技を磨く極限の修行場であった。
その拳法の名は「罵拿泥流(ばなでいりゅう)」。
異なる技を持った六人が一組で一匹の敵にあたる、まさに必殺の拳法で
後にナポレオンが用いた各個撃破戦術や毛沢東のゲリラ戦術は
これを元に考案されたことが近年の資料で判明している。
だが同時にこの拳法は全部で15に渡る諸派の仲が非常に悪い事も挙げておかねばならない。
例えば「案国」一派と「死訃」一派は技の特性に類似点が見られるために
常に他方を追い落とそうと他派への印象悪化に努めており、内部での私闘厳禁のこの流派で
唯一の例外と言っていい練習試合「罵離棲汰(ばりすた)」においては
血で血を洗う激戦が両者間で繰り広げられていたという。
こういった傾向は全ての派閥、さまざまな組み合わせで現れていたが
結果としてそれら、身内への反感が競争意識を生み
各々の技を磨き上げていったこと、そして罵拿泥流の寿命を縮めてしまったことは
想像に難くない。

現在、ゲーム会社大手が展開している日本のオンラインゲームが
「ヴァナディール」という仮想世界を舞台にしている。
これが「罵拿泥流(ばなでいりゅう)」を模倣していることは周知の事実であるが
やはり仲違いをする流派が存在する点まで類似しているのは皮肉と言わざるを得ない。

民明書房刊「切れやすい若者達  −インターネットの功罪−」より
133水先案名無い人:04/11/17 20:21:33 ID:sHkfRbEo
文章はけっこう思いついたりするもんなんだが本の題名を考えるのが一番難しい
134水先案名無い人:04/11/18 01:22:49 ID:E7SETkXB
長いよ、長すぎる
その割りにおもしろくない
135水先案名無い人:04/11/18 01:55:03 ID:WPZGrHHM
 う
(´-`).。oO(眠かったら、無理せず寝て下さいね。>>凸氏w
136水先案名無い人:04/11/18 01:57:00 ID:WPZGrHHM
ネタ探ししてたら誤爆った。orz
誰か「後馬苦」とかでつくってちょ
137水先案名無い人:04/11/18 04:06:07 ID:OllwGPli
>>134
んじゃあ期待してますよ
138水先案名無い人:04/11/18 23:18:46 ID:23a8X7Z8
没州都(ぼっしゅうと)

かつての中国、幾つもの国に分かれ群雄が割拠した時代。
それぞれの群雄の長は覇権を争い、血で血を洗う戦いが続いた。
しかし繰り返される争いに民の心は離れ、みな疲弊していった。
そんな時、群雄の一人である帝塀絵洲(ていべえす)の飛頭史君(ひとしくん)が
武力でなく知力を競い合い領土を手に入れるという全く新しい提案をした。
これに賛同した群雄は互いの領土を掛け、帝塀絵洲に集まった。
知識を用いての争いは熾烈を極め、敗れたものは飛頭史君の「没州都(ぼっしゅうと)」の声とともに
自らの土地を失う事となった。誰一人血を流さない争いは人民に支持され、
発起人となった名君飛頭史君の住む地は不可侵の地となり
「他の地の鳥でさえ迂回し羽ばたく」、と言われ洲迂羽唖(すうぱあ)と呼ばれるようになった。

この名君の働きが、現代の日本のクイズ番組「世界不思議発見」において、
自分の一番自信のある回答に、最も尊いとされた
「洲迂羽唖 飛頭史君」を掲げる行為の起源となったことは言うまでもない。
回答が不正解だった際の「没州都」の掛け声や、
長く民から慕われる様など今も当時の面影を色濃く残している。

民明書房刊「後世に伝えたい中国の名君BEST100 −さ〜たの行−」より
139水先案名無い人:04/11/19 11:15:08 ID:OSdz7m1/
(実に惜しい!名君の名が飛頭史君(ひとしくん)なので、「は行」でないと。)
140水先案名無い人:04/11/19 11:56:57 ID:Z2dyZzgI
>138
まあまあおもしろかったな、もっと頑張ってくれ
141水先案名無い人:04/11/19 12:06:22 ID:Ig+xssZF
釣りのレベルも落ちたなぁ。がた落ち。
>>140、ホントにそれで相手がむかつくと思ってンの?
アンカーもミスるような初心者だし、頭悪すぎて話しにならん。。。はぁ。
142水先案名無い人:04/11/20 02:36:27 ID:+VcXazZQ
>141
別にミスってないように見える。
専用ブラウザならね。
143水先案名無い人:04/11/20 14:59:57 ID:hjIMuZTQ
>>142
そうだねスティンガーくん
144水先案名無い人:04/11/20 20:57:25 ID:mxX8xQCb
140だが釣ろうとかムカつかせようとしてる訳じゃないよ
フツーにみたままの感想を述べたまで
145水先案名無い人:04/11/20 21:06:17 ID:mxX8xQCb
>>141
深読みし過ぎだな
146水先案名無い人:04/11/20 22:57:52 ID:9teZaQwZ
>>145
>>141は過剰反応をしたと言えるが、>>140の言い方に問題があることは想像に難くない。

>>146
古代中国において「不利誇(ぶりっこ)」と呼ばれる若者がいたと言う。
不利誇は普段は普通の人間のような姿をしているが、
事あるごとにそれらに嘴を挟み、不利誇の住む村の住人は大変迷惑をこうむっていた。
しかし不利誇はそれをよかれと思い込み、己だけが正義であると錯覚し満足していたと言う。
日本でも7,80年代に自分だけをよく見せようとするものを「ぶりっ子」と呼んで批判したが、
これが不利誇の故事なのかは定かではない。
民明書房刊「ありがた迷惑はどこから来たか」より
147微妙だし激しく既出っぽいな……:04/11/20 23:13:03 ID:aqhXyvhp
腐果予味(ふかよみ)

古代中国のとある皇帝は、食を愛し、食べ物を求め自ら海を渡り、山を越え、敵の領地を進むほどだったが
彼があるゆる手を尽くしても手に入らない富果(ふか)という伝説の果実があった。
「心身共の富んでいる者だけが手に入れられる果実」というのが名の由来で
「その姿、天下の姿。その香り、天上の香り。その味、天神の食にも劣らぬ」と賞されていた。
が、それは実際には存在せぬ架空の果実であり、そのことは学のあるものなら知っていたが
皇帝は噂に惑わされ、国家規模で探しもとめた。
ある日、皇帝を暗殺しようとしていたひとりの男が、リンゴに毒を染みこませ、模様を施し富果と偽って献上した。
皇帝はその見事な彩色から本物の富果だと信じ込み、食べようとしが、側近のものが
「富果にしては香りがただのリンゴと変わりません。これはきっと陛下を暗殺しようとの逆賊のたくらみでしょう。
私がほんの一欠片を毒味しようと思います」
皇帝は「それは憶測のしすぎだ」と言い、毒リンゴを食べそのまま死んだ。
この故事を人々は富果と掛け「腐果予味(ふかよみ)」と呼び、後世に言い伝え書き伝えた。

現在日本において「深読み」という言葉があるが、これが腐果予味から転じたものであるのは言うまでもない。

民明書房刊「第141版 民明広辞苑」より
148水先案名無い人:04/11/20 23:20:33 ID:7tv98QiC
ここは弁明と罵倒を書く荒らし専用スレですか?w
149水先案名無い人:04/11/20 23:34:55 ID:kIskqTuX
>146>147
まあまあおもしろかったな、もっとがんばってくれ

深読みはするなよ
150水先案名無い人:04/11/20 23:43:57 ID:QAr78gpM
>>143
そうだねコーウェンくん
151水先案名無い人:04/11/20 23:49:04 ID:0dQGm4I+
>>149
オマエモナー
152水先案名無い人:04/11/21 00:04:55 ID:MaXhS6dD
>>149
スタート→ファイル名を指定して実行→wordpad


スレを腐らせないでくれ。
153水先案名無い人:04/11/21 01:22:53 ID:zL/xTadR
>>152
wordpad開いて何をしろとw
こんな厨房どもがネタ書くわけないじゃん。

まだ「男塾読め」の方がましだな。
154水先案名無い人:04/11/21 02:15:31 ID:S7nXrz9o
>>147
なんでもネタにできるもんだな
155水先案名無い人:04/11/21 03:46:25 ID:0xI8X9lk
せっかく台湾の李登輝が塾長のコスプレしてるんだから
それをもとに何かできないかな?
156水先案名無い人:04/11/21 11:14:22 ID:Y3cgwBHh
無理。自分で書いて。
157水先案名無い人:04/11/22 13:10:58 ID:JME5/jCE
壁差言(へきさごん)

古代中国のとある都で、隣同士に住む大層中の悪い家があった。
ある時、一方の家が隣の家に面した壁を高く増設した。
それを見た隣の家の主人は、負けじと壁を隣の家のそれよりもさらに高くした。
それからというもの、一方の壁が高くなればもう片方が、もう片方が高くなればさらに…
というように競い合いが続き、両家の人間は「私の家の壁の方が高い」と言い争っていた。
そのおもしろい光景を見ようと、壁の前に見物人が出るほどであった。
噂を聞きつけた、都を治める師摩陀秦甫君(しまだしんすけくん)は
下らない争いを終わらせようと、自ら両家の前に出向いた。
沢山の見物人が見守る中、秦甫君は「我、壁差言」と言い放ち、それぞれの壁を剣の柄で一突きした。
高さのみを競い合った壁はがらがらと崩れ去り、両家の間の壁は見事に無くなったのであった。
見物人からは拍手喝采巻き起こり、
それ以降都では見栄っぱりやウソつき、建前だけの者を指差し、「壁差言」と言う事が流行となった。
その行為が今日の日本において「クイズ ヘキサゴン」の一連の動作になった事は言うまでもない。
余談であるが、あれだけ仲の悪かった隣同士の家が壁が無くなったことにより、
両家の間を自由に行き交う、大層なかの良い隣人同士となったそうだ。
時の名君、秦甫君は「両家の心の垣根までをも取去った」
と、「壁差言」の掛け声を聞く度に思い出さずにはいられない。

民明書房刊「後世に伝えたい中国の名君BEST100 −さ〜たの行−」より
158水先案名無い人:04/11/22 13:37:54 ID:9GXpgN0/
>157
名前が無理矢理過ぎでつまらない。もっと頑張ってくれ。
159水先案名無い人:04/11/22 17:36:29 ID:l19/OdIU
>>158
じゃあおまえが面白いやつ作れよ作れよ
160水先案名無い人:04/11/22 18:57:10 ID:sh7RNzh4
スルーしる。
161水先案名無い人:04/11/22 19:31:15 ID:sKHFhLLB
なんだこの流は
162水先案名無い人:04/11/22 20:16:08 ID:nf9Mz5lw
南蛮雅(なんばが)

江戸の日本に於いて、とある国から「蛮頭(ばんど)」と云う使者が来訪した。
彼らが町人に配った小冊子は、大袈裟な嘘を書き町人を楽しませた事から「偽多有(ぎたあ)」と呼ばれ、
特にその小冊子に載っていた「譜演打 手轢雄足(ふえんだ てれきやすた)」と呼ばれる一枚絵は好評を博した。
蛮頭には「頭等務守(どらむす)」「袂捨(べいす)」と云われるボディガードがおり、
特に頭等務守は相手に指一本触れさせる事なく血で絵を描いたと伝えられる事から「否触 血絵印僧(いなざわ ちえいんそう)」と評された。
その他、中堅の使者の一人である「食斑(たぶち→後に中堅とくっつきなかけん たぶちと変化)」が栗を食べた際に余りのおいしさに懐の中に隠すのに夢中になって松には見向きもしなかった事から「密栗 松離(びつくり まつり)」と揶揄されたユニークなエピソードは有名。
彼等は江戸中期から後期に渡って来訪し、残したエピソードは今でも「南蛮雅(なんばが)」と呼ばれ親しまれている。

現代日本において福岡出身の「NUMBER GIRL」と呼ばれるバンドが居るが、
このバンド名は南蛮雅からもじり、現代風に英語にアレンジした事はナンバガ愛好家の間では有名。

民明書房刊「この世の沙汰は嘘堕裸華」より
163水先案名無い人:04/11/22 20:18:43 ID:1qfI2/L4
防瑠(ぼうる)

1917年、日本陸軍では、前年に英軍が使用したマーク1を参考にした、陸上戦闘用車両の開発計画が提唱されていた。
車体は鋼鉄製で、力学的に最も強靱と考えられていた球形をしており、その装甲は大砲の直撃にも耐えるとされた。
また上部には一門の巨大な大砲を備え、左右には対歩兵用の機械腕を一対備えていた。
残念ながら機関の出力が不足することが判明し完成には至らなかったが、
完成していれば中国の伝説に登場する宝貝の名を取って「防瑠」と命名される予定であったという。

民明書房刊『旧日本軍未完成兵器史』より

旧シャア専用板「ボールで十分」スレより転載
164水先案名無い人:04/11/22 21:09:27 ID:YQy/rZc9
ここは「いかな駄作でも褒め称えなければならない」っていう
馴れ合いギャラリーと自己満足作者しかいてはいけないスレなんだね。
165水先案名無い人:04/11/22 21:39:49 ID:MM8AYMY5
そうです。
166水先案名無い人:04/11/22 22:43:43 ID:1qfI2/L4
>>164
ここはおまえの(ry
まずはネタ作るか捜すかしてこい。話はそれからだ。
167水先案名無い人:04/11/23 01:45:57 ID:MuL0+t8/
168水先案名無い人:04/11/23 01:55:21 ID:XplNrFKh
>>167
やはりきてたかw
169水先案名無い人:04/11/23 04:49:34 ID:tS1CxDLX
>>164
たぶんマジレスしても無意味なんだろうけど
わざわざ言う必要ないだろ?
そもそも「駄作=荒らし」と仮定するなら荒らしは放置が鉄則だろ?
褒めなくて良いから書き込むな。
どうしても一言言いたいなら言うのではなく改良とかにしろ。

↓では何事もなかったかのように再開
170水先案名無い人:04/11/23 08:16:41 ID:pB4cKqAt
せっかくネタ投下しても「駄作=荒らし」とみなされるんなら書いても意味ないな。
がんばって書いたのを片っ端から改良されるようなスレにわざわざ投下したいネタもないな。

そもそもネタを投下しないとまともな感想を言うことさえ許されないようなスレじゃ
巡回の必要はないな。
住民がここまで女々しい男塾関連スレは初めてだな。
171水先案名無い人:04/11/23 09:33:13 ID:HC3yXqZS
そうですね。
172水先案名無い人:04/11/23 10:35:55 ID:LxM6o0Nl
もちつけ>>170

>>169はあえて事実に反して「仮定するなら」といってるのに
お前さんは「みなされる」と思いこんで怒ってる。
>>169は「どうしても一言言いたいなら」と提案してるのに
お前さんは「がんばって書いたのを片っ端から改良される」と決めつけて怒ってる。
お前さんは「ネタを投下しないとまともな感想を言うことさえ許されないようなスレ」というが
問題にされてるのは「ネタが投下できんので荒らして喜ぶだけの卑怯者」だ。
そういう奴にも「糞馬鹿滓カエレ」とかいわずに対応してやってる人々を
「住民がここまで女々しい男塾関連スレ」とか感情的に決めつけてはいけないと思うぞ。

173水先案名無い人:04/11/23 12:10:52 ID:jgD2Jl5T
「駈騎凡布(くきぼんぬ)」

古代中国には様々な部族が存在したが、文字を持たず殆ど資料が残されていない
北方の慢可威(まんかい)族ほどその歴史を辿る事が困難な部族も少ないであろう。

彼らの戦闘方法は、馬の上から巨大な布を器用に振り回し、これにより
相手を幻惑させ巨大な槍で刺し殺すという、非常に独創的かつ勇猛なものであった。
これが世に言う「駈騎凡布(くきぼんぬ)」である。
また、彼らは髪を剃り上げ、顔に刺青をするなど、その容姿は非常に醜いものであり、
見る物を恐怖に震え上がらせたという。

慢可威族の軍が長安の北方から侵入して来るとき、前漢の見張り兵は
直ちに都に戻り、
「北ーーーー慢可威、禿し駈騎凡布!!!」
「北ーーーー慢可威、禿し駈騎凡布!!!」
と大声で知らせあったとされている。

現代日本において、頭髪を失った者達が自らを慰めるように
「キターーーーー、満開激しくきぼんぬ!!」と頭部が賑わしくなるよう祈る一見不可解な
風習が残っているが、この起源がこの慢可威族の襲来に遡る事は言うまでもない。

民明書房刊 「古代中国の少数民族と現代日本に残る痕跡」 より抜粋
174水先案名無い人:04/11/23 17:03:29 ID:uxsZxyE3
>>170
人を見かけで判断しないほうがいい・・・死ぬことになる!
175水先案名無い人:04/11/23 18:29:35 ID:4TVwsA4P
何このレス病人間ばかりの釣堀
おまえら少しはもちつけ


よってお題「もちつけ」でひとつよろ。
176水先案名無い人:04/11/23 20:16:26 ID:HC3yXqZS
やだね
177水先案名無い人:04/11/23 23:16:09 ID:COM2Bt9M
なんだこの流れは
178水先案名無い人:04/11/23 23:17:07 ID:HC3yXqZS
なんでしょう
179水先案名無い人:04/11/23 23:40:17 ID:fqwCJ9O+
おみゃー等が真のねらーか試させてもらう。
以下の「」の空欄に入る言葉を答えなさい


歓声と奇声が飛び交った!
メインステージで『双恋』イベント開催
 メインステージにて、『双恋 -フタコイ-』のスペシャルステージが開催された。10月からTVアニメ放映が、
11月にはPS2でのゲーム化が決定している本作だけに注目度も高く、観客席は大入りの満員。ステージに
は堀江由衣さん(一条薫子役)、小清水亜美さん(一条菫子役)、門脇舞さん(白鐘双樹役)、伊月ゆいさん
(桜月キラ役)、綱掛裕美さん(桜月ユラ役)が登場し、トークやミニライブ、『双恋 -フタコイ-』のグッズ紹介
などを行った。 特筆すべきはファンの盛り上がりで、お目当ての声優さんがステージへ上がるたびに「まい
ちゃーん! まい、まい、まいーっ!!」などの歓声が上がっていた。しかし、歓声はいつしか奇声へ。最初はそれ
ぞれの愛称を叫んでいたファンたちも、「                                」や「ひろみさーん!
 ひろみひろみひろみ! アーッ!! ああーっ!!」と本能の趣くままに声を上げ始める。かと思えばライブで、声優さ
んたちのステージアクションに合わせて一糸乱れぬ振りを展開。押しと引きを上手に使い分ける、イベント慣れし
たファンたちの姿が印象的だった。

180水先案名無い人:04/11/23 23:42:29 ID:HC3yXqZS
やだね
181水先案名無い人:04/11/23 23:50:30 ID:mpGhc5S4
>>179
GTOのATのNA乗ってる。先月免許取得して中古車探しに行ったら見た瞬間即決した。
かっこいい、マジで。アクセル踏むと走り出す。マジで、ちょっと感動。
NAは力がないと言われてるけど個人的にはそんなに変わらないと思う。
そんなに大差ないって店員も言ってたし。それは間違いないと思う。
ターボ乗ったことないから分からないけどタービンがあるかないか
で変わったら誰もNAなんて乗らないでしょ?個人的にはNAでも十分び速い。
嘘かと思われるかも知れないけどマジで北関東自動車道で140キロで
R34GTRを抜いた。つまりはGTRでさえGTOのNAには勝てないわけで、
それだけでも個人的には大満足です。


うわ俺自信ないよこれ・・・。
182水先案名無い人:04/11/24 00:51:05 ID:mcHUCZXm
>>173
ワロタ
183水先案名無い人:04/11/24 11:04:44 ID:rhi5UeuZ
猛舞裸、猛血漬(もまいら、もちつけ)

古代中国において、北からの脅威に備える事もまた兵卒の務めであった。
馬を駆り攻め来る兵は強く、対峙する兵卒の恐怖は並々ならぬものだった。
その恐怖を忘れ、一種の興奮作用を引き起こす食べ物、「猛血漬(もちつけ)」が、兵卒の間で珍重された。
猛牛の血から作られた発酵食品「猛血漬」は、戦に出陣する兵士に振舞われ、
それを一度口に含むと興奮状態に陥り、周囲の様子を忘れただ戦を繰り返す、狂戦士化したのだった。
時に過剰な興奮の副作用により、気が触れてしまい、
戦場にも係わらず裸で踊りだすものまで表れたほどであった。「猛舞裸」(もまいら)
しかし恐怖から逃れたいがために必要以上を口にし、
敵味方関係なく暴れまわる兵卒が増え、次第に使われる事はなくなっていった。
そしていつの頃からか、「猛舞裸、猛血漬」(もまいら、もちつけ)は、
周囲が見えず、暴れる者への戒め・抑制の言葉として用いられるようになった。
尚「もちつけ」が今日常用されている「おちつけ」の語源となったことは言うまでもない。
現代の日本において、「もまいら、もちつけ」の言葉を聴くと、
周囲の状況も見えずに、恐怖を払いのけるように暴れる兵卒の悲しい姿が思い浮かばれてならない。

民明書房刊 「中国 幻の食文化 〜4000年の食卓〜」 より
184水先案名無い人:04/11/24 13:12:40 ID:QRhMxSkJ
ID:HC3yXqZSがキモイ
185水先案名無い人:04/11/24 15:04:04 ID:cB9VoCTd
186水先案名無い人:04/11/29 23:57:23 ID:UTZ8y3yP
乳酢痛擦離(にゅうすつうすり)

その起源は中国秦代。
捕虜に対し、乳に酢を混ぜたものを浴びせた後に、
縄にしばりつけて馬に引かせた拷問法である。

その乳酢による悪臭により馬が思ったとおりに動かないので、
この拷問法はなりを潜め庭美威絵州(ていびいえす)の格闘家、血苦師により中国拳法に応用されるようになった。
そして乳酢によるかく乱に、謎の呪文を唱えることにより相手を心理的に
追い詰めなぶり殺すという戦術にまで発展した。

今日本で放送されている某報道番組の起源とも言われているが
真偽は定かではない。

民明書房刊 「世界の怪拳・奇拳」 第三章「庭美威絵州で生まれし拳」より抜粋 
187水先案名無い人:04/11/30 16:19:47 ID:VQ158hv7
>>186
説明が下手 
188水先案名無い人:04/11/30 18:31:20 ID:YZA+GlW6
>>187
粘着乙
189水先案名無い人:04/11/30 19:04:21 ID:r5PA0rr0
何このお世辞しか言えないスレ
190水先案名無い人:04/11/30 19:07:56 ID:yCr3enhV
>187はまあ良い。
でも>189。これはいけない。
191水先案名無い人:04/12/01 14:53:10 ID:TxmPdN6p
元々本家がこんな感じなんだから仕方ないだろ。
192水先案名無い人:04/12/01 22:30:54 ID:iWpBwt9S
オフ(OFF)

サッカー日本代表の元監督、オフト氏が、その成績不振を理由に
日本サッカー協会から更迭された際、記者団のインタビューに対して
「オフト イズ オフ」 とハイセンスに自分のクビを皮肉ったコメントを述べた。
そこから転じて、「やるべきことはやった もう別のことをする」という
意味で「オフ」という言葉が流行した。
さらにそれが、1995年以降のインターネットの普及の中で、
「ネット上でのやりとりから、一歩進んで実際に会う」という意味で
「オフ(OFF)」として好んで用いられるようになった。
だが、そもそも由来がオフト監督の言葉にあることは、
今では残念ながらほとんど知られていない。

民明書房刊「サッカー名言集」より
193水先案名無い人:04/12/01 23:08:22 ID:Z7z0rmj2
>>192
わろた
194水先案名無い人:04/12/02 04:52:26 ID:xwNpPNMf
>>192
マジレスすると つ ま ら ん !!
195水先案名無い人:04/12/02 09:09:26 ID:h1TiJj3S
>>194
粘着乙
196水先案名無い人:04/12/02 09:28:12 ID:bTXOM7ef
面白いかつまらないかではない。

もっと中国と漢字を多用するんだ。
197水先案名無い人:04/12/02 13:42:48 ID:zZM+YFbQ
>>195
粘着乙
おまえみたいな煽り野郎がいるから荒らしが寄ってくるんだよ。死亡宣告されろ
198水先案名無い人:04/12/02 14:44:13 ID:sE/NvEu5
>>197
粘着乙
199水先案名無い人:04/12/02 15:08:38 ID:+5kxsJfm
そろそろ民明書房も時代の流れでライトノベルとか発刊していいと思うんだ。
「仁王様が見てる」とか
200水先案名無い人:04/12/02 15:39:06 ID:8xod87J3
吸着乙
201水先案名無い人:04/12/02 19:41:19 ID:eqxcn2rr
横着乙
202水先案名無い人:04/12/02 22:18:30 ID:95Ufegez
下着乙
203水先案名無い人:04/12/02 22:27:36 ID:bTXOM7ef
蒸着乙
204水先案名無い人:04/12/02 22:30:15 ID:arvD8u9o
巾着乙
205水先案名無い人:04/12/02 23:35:19 ID:Tt4p9s43
悶着乙
206水先案名無い人:04/12/02 23:36:10 ID:2bQu3KAg
国士寛大(こくしかんだい)

孟嘗君、平原君らと並び称される古代中国の君子・濱野君は、一芸に秀でた人材を好み、
最盛期には250人を超える食客を抱えていたと言われる。
彼は賓客を遇するに当たっては物惜しみすることなく、あるときには自らの側室を
「濱野からの贈り物」として15人の食客に下げ渡したこともあったという。
この故事から、国を思う人間は非常に寛大な心を持たなければならないという意味で、
「国士寛大」という言葉が生まれた。
この教えは、現代の日本の大学教育にも立派に受け継がれている。

(民明書房刊「熱い!ヤバイ!間違いない!」より)
207水先案名無い人:04/12/02 23:43:07 ID:sE/NvEu5
>>206
なんかワロタ
208水先案名無い人:04/12/02 23:43:49 ID:Zq2hyRps
>>206
新しい切り口でワラタ
209水先案名無い人:04/12/03 19:19:10 ID:EV9wl7E8
>>206
ウマイ!
210水先案名無い人:04/12/04 04:00:16 ID:SRNqr519
>>206
マジレスすると つ ま ら ん !!
211水先案名無い人:04/12/04 08:16:56 ID:1pH+IFXx
>>206
普通以下だな…もう一ひねりほしい。
212水先案名無い人:04/12/04 08:43:57 ID:KGP8ZwUK
>>210
酷死姦大学の学生ですか?
213水先案名無い人:04/12/04 11:43:05 ID:O1LZfqAa
纂才私利威頭 (さんさいしりいず)

古代中国のとある地方都市に、慈居簾泰流(じいすたいる)と呼ばれる下級役人がいた。
慈居簾泰流にはライバルの才能溢れる役人がいて、いつもその者を疎ましく思っていた。
ある時、慈居簾泰流が仙人に出会い、どうすれば奴を出し抜けるのかと聞いた。
すると仙人は「不琉羅理」(ふるらり)という才能を奪うことの出来る呪文を慈居簾泰琉に教えた。
そしてその後、慈居簾泰琉は不琉羅理を使い、ライバルの才能を簒奪し、その都市の頭となった。
しかし、慈居簾泰流はその才能を私利私欲にしか使わずに、周りの者に威張り散らした。
そしてとうとう民衆のクーデターにあい、殺されてしまったのであった。
後に、才能を奪い、己の欲のためにしかその才能を使わずに威張り散らした慈居簾泰流のこの話を、
纂才私利威頭(さんさいしりいず)と呼び、才能があるのに、それを鼻にかけている者への教訓として言い伝えられるようになった。

尚、今現在ネット上で大ブレイクし、書籍化も果たしたG-Style氏の三歳シリーズとは、
実はノンフィクションではなく、G氏の名前ともども、この話を下に作られているのである。

民明書房刊 「ネット今昔物語 第2章 古代中国と現在のネットの繋がり」より抜粋
214水先案名無い人:04/12/06 01:11:24 ID:UFKxuXmN
蔡鬼道
【さい・きどう】
古代中国は戦国時代、蔡文旭が興した宗教。蔡文旭は中山国樵県を
根拠地として庚天党を組織した。その内容は恐らくシャーマニズムを
基底とした神秘主義で、その教えに帰依して鬼卒となったものは
師父の福徳によって死後蘇ることができると信じられた。
最大規模時には鬼卒は50万人を数えたが、蔡文旭の死後、
大小18の勢力に分裂し、最終的には中山、魏連合軍によって
討伐され瓦解した。その教えの中心は中山から荊南に移り細々と
継承された。日本では卑弥呼が操ったとされる鬼道と区別するため、
蔡文旭の姓をとり蔡鬼道と呼ばれる。現代語の「再起動」はこの
蔡鬼道の死者復活の教えが由来であるとされる。

民明書房刊 「民明歴史ブックレットR〜中国の小宗教〜」より抜粋
215水先案名無い人:04/12/06 23:10:30 ID:ohVVO1M9
>>213
>>214
お前らふざけてるのか? つ ま ん ね え !!
216水先案名無い人:04/12/06 23:45:16 ID:6lvnmcYA
>>215
お前ふざけてるのか? つ ま ん ね え !!
217水先案名無い人:04/12/07 14:26:50 ID:qv0yfVzq
ネタに絡みがない由来はイマイチ感が強い。
男塾を読むことをお勧めする。
218水先案名無い人:04/12/08 04:19:57 ID:MGIFkCal
>>216
お前ふざけてるのか? つ ま ん ね え !!
219水先案名無い人:04/12/08 05:26:57 ID:eWZFEGGa
>>219
お前ふざけてるのか? つ ま ん ね え !!
220水先案名無い人:04/12/08 08:08:44 ID:V15i9Be3
>>219
切腹!!
221水先案名無い人:04/12/08 09:48:20 ID:MdI/kHjj


「 わ し が 男 塾 塾 長 、 江 田 島 平 八 で あ 〜 〜 〜 〜 〜 る ! ! ! ! 」


貴様ら、喧嘩はいかんぞ。ワッハッハッ。
222水先案名無い人:04/12/08 15:13:06 ID:a+KR8sfS
>>219
訳わからんがおもしろい 褒めてつかわす
223水先案名無い人:04/12/08 15:20:39 ID:5S26c6eE
大威震八連制覇・・・・
224水先案名無い人:04/12/08 18:09:03 ID:wjuJ/Qaw
「きみしね」一通りやったんだが、
>>44 お前中の人か?それとも予言者か?

↓ここらへん。
「数万ボルトにもなる静電気をその体に纏い敵を攻撃すると言う物であった。」
225水先案名無い人:04/12/08 20:48:32 ID:w+lf1CCB
痛萬寧(つまんねえ)…

中国明代、民衆が互いに「汝愚弄成?(お前ふざけてるのか?)」と罵りあい、大いに乱れた時期があった。
その時風のように現われた謎の男が、大声で「汝愚弄成」を叫びつつ切腹して果てた。
その壮絶な死に様に衝撃を受けた民衆は以後争いを止め、平和が訪れたという。
この身を痛めて万年に及ぶ安寧をもたらした故事をいつしか痛萬寧(つまんねえ)と呼ぶようになった。

今も自ら切腹して世の乱れを鎮めようとする>>219のような漢が現われることがあるが、
この痛萬寧を受け継ぐものであるかは定かではない。

民明書房刊「武の弐知安禰瑠」より
226水先案名無い人:04/12/08 22:07:52 ID:9JwbOkrS
怖霊泥太(ふれいでいた)

中国明代に、安徽省山間部の小村において、
人々が次々に殺害される事態が発生していた。
村民たちは、「泥に身を隠した霊の仕業だ」として、
それを怖霊泥太(ふれいでいた)と呼び、大変に恐れていた。
こうしたものは実際は伝承を悪用した凶悪な人物の
仕業であることが多いのだが、当時有能なことで知られた
軍人、守和(しゅわ)が調査したところによれば、
その殺害の手口はとても人間技とは思われず、彼自身、
本当に霊の仕業としか考えられない、と述べたという。
この報告の後、事件解決を命ぜられた守和は武器を持ち、
何名かの部下を引き連れて山に篭った。
数日後、守和はたった一人、全身に怪我を負い村に戻ってきた。
彼の生還以降、怖霊泥太が現れて人々を殺害することはなかった。
だが、彼は快復後も口を閉ざし、上官に対しても何も語らなかったという。

なお、1980年代にアメリカで作られた映画「プレデター」が、この実話を
元にして作られていたことはほとんど知られていない。
227水先案名無い人:04/12/09 04:08:46 ID:jmJfQ0s+
>>225
「汝愚弄成?(お前ふざけてるのか?)」これはないだろ
>>226
まあいい及第点だ もっと頑張ってくれ
228水先案名無い人:04/12/09 15:35:04 ID:/RxjB9B5
>>227
きみも何かネタを書きたまえ。
229水先案名無い人:04/12/09 15:53:03 ID:/RxjB9B5
金満戸(きんまんこ)

中国宋代には、一般の佃戸といわれる農家は苦しい生活を送っていたが
官戸と呼ばれる官僚を輩出した家は富と権力を持っていた。
しかし、ごく少数ながら、金満戸と呼ばれる圧倒的な富を持つ家も存在した。
彼らは元は佃戸であったのだが、宗教の力を用いて佃戸や官戸から
寄付という形で金を搾り取り、その家長は現人神であるかのように
振舞っていた。

なお、現在の某SK学会の指導者 兼 数々の人間に関する名著の著者 兼
世界で一番平和を訴えている有力者 池沼大作氏が
キンマンコと呼ばれることと関係あるかどうかは知らないが、
氏が現代の金満戸というに相応しいことは誰でも知っている。

民明書房刊 「週刊慎重大事典」 より
230水先案名無い人:04/12/10 00:11:01 ID:2taM9EjF
>>228
嵐はスルー汁
231水先案名無い人:04/12/10 00:56:15 ID:6GImg/Js
茶事流、最報呑(さじる・さいほどん)

江戸幕府も落ち着いた頃、鎌倉のはずれに代々住んでる恵(めぐみ)と明から落ち延びた呪術師の娘である綴緒(てぃお)の
二人の看板娘が切り盛りしていた茶屋があった。
そこに明から来た茂問という男が尼僧と一緒に客として入ってきた。
その茂問と言う男がかなりの助平男で、主に綴緒の尻に対しなでる、つつく、着物をめくる
といった今で言うセクハラ行為を尼僧が止めているにもかかわらず繰り返していた。
その憎しみで綴緒が既に「呪羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅」という呪いの言霊を裏で吐いているのを聞いて、
恵が「茶事流、最報呑(今は茶事の流れだから、最も報いを飲み込め)」とたしなめたところ
それでも怒り覚めやらぬ綴緒はその怒りに対する屈辱を総て視線に集めつつ
茂問に対して死なないギリギリの呪いを新しく即興で編み出し、視線だけで茂問に突き刺した。
それにより茂問は一瞬で死ぬよりも苦しむ目に遭い、お付きの尼僧に抱えられて茶屋を後にしたという。

最近人気の漫画『金色のガッシュ!』でティオという魔物が激しいセクハラに遭い、
恵と言う女が読んだ「チャージル・サイフォドン」という呪文により屈辱をためて力にする剣を放ち
モモンという助平ナマモノを殺さず撃破したのがこの故事を元にしているのは
これを読んだ賢明な皆ならばすぐに解るだろう。

民明書房刊 「戦後隠された和の武道(茶道編)」
232水先案名無い人:04/12/10 04:18:19 ID:Hz8NCli+
>>229
つまらん  
>>231
説明が下手 文が長い ネタが無理やりすぎる つまらん
233水先案名無い人:04/12/10 10:06:52 ID:etCjhJtU
>>232
おまえがつまらん
何様のつもりだ
234水先案名無い人:04/12/10 12:00:21 ID:BbvRXE5w
冬休みになるとやってくる冬将軍様ですよ。
マンセーされたくて仕方がないのです。
235水先案名無い人:04/12/10 14:26:58 ID:D3tqQPYc
どうしてつまらないものをつまらないと言うと
ここでは荒らし扱いされるんだろうね?
思った感想をそのまま書いているだけなのに。不思議だ。
そんなだからどんどん投稿の質が落ちていってしまうんだよ。
236水先案名無い人:04/12/10 14:39:23 ID:4y3+EF3y
何故か,と言うとだね。
他人のネタを批評して,自分はネタを出さない。
これは,スレの進行にとって益にならないから。むしろ害になる。
質がどうのって言うようなスレかよ。そんな事してdat落ちすればそれこそ本末転倒だ。
あ,もしかしてそれが狙いだった?
237水先案名無い人:04/12/10 15:37:11 ID:ymlyi6fx
ガ板でネタ投下もせずに、感想ばっか述べてもなー。
238水先案名無い人:04/12/10 20:13:16 ID:5VItjM4Q
放置しる。
239水先案名無い人:04/12/10 22:08:57 ID:u+33tBMs
秘弧槌遊戯 (ピコハンゲーム)

 古代中国において、
 台を間に挟み、決闘する両者を向かい合わせ
 その台の上に秘弧碑湖槌(ピコピコハンマー)と防具を用意し、
 雀拳(ジャンケン)にて勝負し、
 勝利したものは秘弧碑湖槌によって敗者を殴り
 敗者は素早く防具を使いそれを防ぐという決闘の方法である。
 なお、この決闘に使われる秘弧碑湖槌は現代のそれとは違い、鉄製のれっきとした武器であったと言う諸説があるのだが、その真偽は不明である。
240水先案名無い人:04/12/10 22:11:39 ID:u+33tBMs
(>>239の続き)

 また、この遊戯が如何にして現代のそれに変革を遂げたのかも分かっていないが、
 ある文献に『秘弧槌遊戯を見たある貴族が「如何なる物か自分もやってみたい」と考え、
 従者に秘弧碑湖槌に似せた遊具と防具を作らせ、それで擬似的な秘弧槌遊戯を行った』
 という内容の記述があり、これが現代に伝わったのではないかと考えられている。
241水先案名無い人:04/12/11 01:19:42 ID:p3brLaFh
もしつまらんと思っても、批判を書かない。

また、おもしろいと思っても、賞賛をしなくていい。

ただただ積み重ねることで、熟成される。
242水先案名無い人:04/12/11 06:18:36 ID:BTdJQNBG
だってつまらないんだからしょうがない
自分のネタを批判されて腹が立つのは判らないでもないが
それを荒らし扱いされるのは心外だな
>>241
それではわざわざスレに書き込む意味が無い 自己満足なら日記帳にでも書け
スレに書き込む以上は当然不特定多数の人に晒される
批判を受けることも覚悟の上のはずだ
243水先案名無い人:04/12/11 06:42:06 ID:UByDMK7G
>>242
他人のネタを批評するなら、他人を批評する資格があるってことを、自作のネタの面白さで証明しろ、ってこと。わかる?
ネタもろくに作れん、一方的に他人のネタばかり批判する、批評家気取りのバカはお呼びじゃないのよ、少なくとも、このスレではね。
235で投稿の質が云々言ってるけど、そんなことを言えるのはネタ職人だけさ。
外野から一方的に批判だけしてる卑怯者にはその資格は無いの。わかった?
244水先案名無い人:04/12/11 07:19:59 ID:BTdJQNBG
>>243
資格がないだとかバカな言ってるがそんな物どこにいけばもらえるんだ?
ネタを投下するもしないも個人の勝手だし批判するのも人の勝手だ
242でも言ったが自己満足なら日記帳に書け 批判が怖いなら投稿するな
このスレはお前個人の所有物じゃない 外野だって当然いるんだよ
つまりは>>189なわけだ お互いに心を慰めあってろ
あと235は俺じゃねえ 妄想は一人でやってろ 

245水先案名無い人:04/12/11 07:39:07 ID:UByDMK7G
>>244
ま、外野から文句を垂れるだけのヤツは何処行っても荒らし扱いされるよ。それが常識ってやつだ。

あと
>外野だって当然居る
と開き直ってるけどさ、別に皆、お前のためにネタ作ってんじゃ無いのよ。
別に批判が恐いわけじゃない、ネタが完璧だなんて思わない。一方的に批判だけするヤツの存在が不快なのよ。
内野に入ってこられないなら話は別さ。
だが内野に入るのは自由だ、いつだって入れる。
なのに外野に引っ込んだままで文句しか言わない。
ここに書かれたネタは、お前に誉めてもらう為の、お前の満足させる為の、お前だけを喜ばせる為のネタじゃないの。
お世辞しか言えない?そりゃお前の主観だろ。
嫌なら見るな。他の皆はお互いに楽しんでやってるんだから。
246水先案名無い人:04/12/11 08:00:51 ID:BTdJQNBG
>>245
一方的に批判だけするヤツの存在が不快だとかそれはお前の主観だろ
誰も俺の為にこのスレがあるだとか言ってない勝手に妄想するな
あくまで俺個人の素直な感想を述べてるに過ぎん 
このスレで批判レス立ててるのは全部俺だとでも思ってるのか?
189も俺じゃないしな
一方的に批判だけするヤツの存在が不快だというなら少しはおもしろいもの作ってみろ





247水先案名無い人:04/12/11 08:07:50 ID:UByDMK7G
>>246
俺だけの主観なら、なぜ俺以外にお前に不快感を抱くヤツが出てくるのか教えてくれ。

お前だけのスレと思ってない?本当に?
もし本当に他人のことも考えているなら少しは空気読んでレスしろ。

あと、何で俺がネタ作らねばならんのだ。
俺はお前に文句を言ってんだ。
投稿されたネタには文句を言ってない。
248水先案名無い人:04/12/11 08:09:56 ID:niA3AH2z
>>246
不快〜♪
249水先案名無い人:04/12/11 08:13:19 ID:UByDMK7G
・・・ひょっとして俺は見事に釣られてるのか?(´Д`;)
250水先案名無い人:04/12/11 08:24:48 ID:BTdJQNBG
>>247
何度もいうが俺個人の勝手だ 批判レス立ててはいけない理由はない
つまらない物はつまらない
あと他人のことなど考えていない よい意味でもわるい意味でもな
俺はネタに対して率直な意見を述べているだけだ

ネタを作らないなら俺とお前は同じ穴のムジナだ 

251水先案名無い人:04/12/11 08:32:19 ID:BTdJQNBG
>>249
あんたなかなか熱いな
252水先案名無い人:04/12/11 08:33:48 ID:UByDMK7G
>>250
前半で言っていることは理解できる。

しかし最後の2行、
俺がネタを作らんとお前と同じになる、という論理がどうしても理解できん。
そこの説明をしてくれ。
253水先案名無い人:04/12/11 08:37:30 ID:sAv4BGZ2
196 名前:カレーなる名無しさん[] 投稿日:04/12/05(日) 10:08:53
ガボン共和国で極秘裡に開発されたカレーだが、
日本で発売の際「ガボンカレー」では語呂が悪いので
「ボンカレー」と名づけられた。
尚、現地ではマラリアやアメーバ赤痢に効く薬として売られている。

民明書房刊「世界の怪カレー・奇カレー」より抜粋
254水先案名無い人:04/12/11 08:38:21 ID:LOEBrkPI
そんなおまえらに

つIDあぼ〜ん
255水先案名無い人:04/12/11 08:42:20 ID:BTdJQNBG
>>252
君もネタ作ったことないんでしょ?

五十歩百歩だよ

それとも俺の為には作らないってことだったのかな?

すまんが説明不足でわからん
256水先案名無い人:04/12/11 08:45:47 ID:UByDMK7G
>>255
なるほど。確かに。ネタ作らないのは一緒だ。
とすると、俺とお前の差は現状に満足か不満足かという点になるわけだ・・・・。
257水先案名無い人:04/12/11 08:46:01 ID:BTdJQNBG
>>253
民明書房にすらなってないが?
258水先案名無い人:04/12/11 09:01:29 ID:BTdJQNBG
>>256
なかなか楽しい議論だった
もう寝るわ
259水先案名無い人:04/12/11 09:10:42 ID:UByDMK7G
>>258
なんか今は頭の中がごっちゃになっとるよ。
おやすみ。良い夢を。
260水先案名無い人:04/12/11 09:21:33 ID:xIcaoGHK
自分はモンゴル航空相撲ネタの作者ですが、今のネタは無駄に長いだけであまり練られてなく残念です。
本作や過去ログを読むことをお勧めします。

つまりこう書くなら批判がいいわけですか?
「おまえのネタだってつまらなかった」と後から屁理屈言うだけでしょうに。
(信憑性はお好きに判断してください)
261253:04/12/11 09:23:15 ID:sAv4BGZ2
>257
ああ、ごめん持ってきたスレ名書くの忘れてた。
カレー板のボンカレーのボンって何?て言う単発質問スレから持ってきたから当て字と読みが無いんだ。
スレタイは微妙に間違ってるかも
262水先案名無い人:04/12/11 12:03:37 ID:ZpWV3Bsk
批判レスを見たくないなら「つまらん」をNGワード指定
されてみてはいかがか。
263水先案名無い人:04/12/11 14:12:17 ID:5vkriZz7
>>262
マジレスすると つ ま ら な い
264水先案名無い人:04/12/11 18:50:33 ID:aWknVbf4
つーか、つまらんつまらん言ってる奴が面白いと思ったネタって何?
265水先案名無い人:04/12/11 18:53:19 ID:aWknVbf4
つまらんと言うだけなら簡単。どこがどうつまらなくて、こう改善したら面白くなるとか意見を出さなきゃ発展性が無い。
266水先案名無い人:04/12/11 19:31:40 ID:jXhoMdGp
>>265
禿しく著しく狂おしく同意。
奴にはそこが分かってない。
267水先案名無い人:04/12/12 06:00:23 ID:zgwL7t5t
>>260
説明が下手
268番外編:04/12/13 01:32:44 ID:epyhFjC+
スネーク「PSPを装備しているな。PSPはUMDを飛ばす最高の兵器と言える。
  潜入任務の必需品だ」

雷電「そうなのか?」

スネーク「勿論だ!UMDに命を救われたという工作員は古来より数知れない」

雷電「みんな……これを使ってきたのか?」

スネーク「当たり前だ!
  PSPをいかに使いこなすかが任務の成否を決定すると言っても
  過言ではないだろう。ただし、いかにPSPと言えど所詮はソニー製だ。
  初期版を購入するとすぐ駄目になるぞ。とにかくPSPは大事に使え。
  丁寧に扱えばUMDもきっとお前に応えてくれる。真心をこめて使うんだ。
  必要なのはUMD飛ばしに対する愛情。粗略な扱いは許さんぞ。いいな」

雷電「……ああ」
269水先案名無い人:04/12/13 06:57:03 ID:TsgyQuqL
オンドゥル語―
三国史の時代、蜀の名将・諸葛亮孔明は、国の安泰を考え、不毛の地、疫病の地といわれる南蛮の地に深く進軍した。
結果は歴史の通り、孔明率いる蜀軍の圧勝で南蛮を平定できたのだが、当時南蛮軍で使用されていた暗号が、孔明ですら結局のところ解明できなかった。
この暗号の発案者が「穏堵婁(おん・どるう)」と言う名前で、南蛮王の側近の一人であった。
南蛮平定後、孔明はその解読のしにくさから穏堵婁を高く評価し、以降重要通信文はすべてこの暗号・穏堵婁語が使われたという。解読の困難さは、文化大革命(1966年)に至る近代まで使用されていたという記録があり、いかにこの暗号が優秀だったのかがわかる。
なお、現代においても聞き取れない言葉のことを揶揄(やゆ)して「オンドゥル語」と言うのも、もちろんこの穏堵婁語から来ている。
民明書房刊「歴史に埋もれた言語―日本語はアメリカ産だった?」より
270節制の14:04/12/14 00:53:59 ID:LH7V0/iR
>269
オンドゥルの由来は諸説プンプン、本当のところは誰にもわからないのよね〜〜

「では一つ掘ってみましょう」
271水先案名無い人:04/12/14 16:50:25 ID:/NyZuIx8
五十歩百歩
かつての中国の梁国の国王が「私はよい政治を行っているのに
隣国の人口と変わらず、そればかりか人口が全く増えないのは
どうしてだろうか」と孟子に尋ねた際の孟子の回答がその語源である。
孟子は、国王の質問に「戦場で50歩逃げた者が、100歩逃げた者を
臆病者と笑ったとしたらどうですか?」と回答したところ、国王は、
「どちらも逃げたことには変わりない」と答えた。すると孟子は、
「王が言うところの良い政治も、隣の国とあまり変わりがない」と諭した。
この奥義の要諦は相手が1歩逃げる毎に自分は2歩逃げることにある。
もしも相手が50歩逃げれば自分は100歩逃げることとなる。
相手の2倍の距離を逃げてより高い安全性を確保しつつも、周りからの
評価は同等となるため逃走の際にはこの奥義が広く使用されていた。
民明書房刊「戦場における逃走方法とその理論」より

272水先案名無い人:04/12/14 19:09:42 ID:cY/YRG9d
皮射江素火異(ぴいえすぴい)

 遥か昔の古代中国…。とある霊峰に楚仁伊という名の仙人が住んでいた。楚仁伊は仙人でありながら下界の庶民と交流する事が多く、
民からも慕われていた。彼の趣味で作った様々な宝貝を惜しげもなく人々に与えたという。その楚仁伊が新しく作ったのが皮射江素火異
である。楚仁伊はこれまでに音楽を持ち歩く宝貝や人々の暮らしを写し撮る宝貝を作ってきたが、皮射江素火異はその二つの宝貝の能力
を持っているばかりか、様々な遊戯のやり方を収録しているという優れものであった。
 この皮射江素火異に目をつけた隣国の王「似典童」は自らが作った武器「泥得州」を用いて楚仁伊の住む霊峰と麓の村に攻め入ってき
た。慌てふためく村人たちの前で楚仁伊は至極落ち着いて皮射江素火異を敵兵に向けひねった。するとどうだろう! 皮射江素火異から
銀色に輝く小さな円盤が雨あられの如く飛び出るではないか! それを見た村人は一斉に自分たちが持つ皮射江素火異をひねり、円盤の
雨で似典童の軍を退けたのであった。
 2004年12月12日 SONYから発売されたPSPにはUMDが飛び出てしまうという初期不良が発生しているようだが、もしかしたら楚仁伊の
時と同じように我々の想像を超えた事態に対処するために時を超えてついた機能なのかもしれない…。
民明書房刊「崩壊へのカウントダウン 刻まれる破壊の秒針」より

参考→ttp://freett.com/fzerogx/psp.html
273水先案名無い人:04/12/15 14:52:59 ID:PT6C6jUq
>271-272
つまんねーネタしか出せないんだったら黙ってろよ。
274水先案名無い人:04/12/15 14:59:27 ID:yF6sYVJt
>>273
そうだね
275水先案名無い人:04/12/15 15:21:04 ID:OlnDewmB
>>272
(・∀・)イイ!!
276水先案名無い人:04/12/15 16:37:34 ID:sWUxdGGh
>>272
ワロタ
ところで回収には至ってないのか?
277水先案名無い人:04/12/17 14:45:37 ID:0eSPNd2X
鈍鬼砲帝(ドンキホウテイ)

亞津手苦珍烈(アツシュクチンレツ)
278水先案名無い人:04/12/17 19:55:09 ID:ROJEi/5w
「し、知っておるのか>>277ーっ!」
279水先案名無い人:04/12/17 21:40:15 ID:pH8lIOOR
【自削時】(じさくじ)

中国は、前漢時代から伝わる拳法
まるで「自分が動いている時を削った」ような速さで動き、一人でも複数いるかのように見せたという、いわゆる分身の術
ただし、これを完璧にこなすにはかなりの鍛錬が必要で、下手な者はすぐにばれたという
なお、技を繰り出す前に円を書く動きをすることから、自削時円(じさくじえん)とも呼ばれる
現代日本のネット上で、ジサクジ、自作自演と呼ばれる行為がこの拳法に由来することは疑いの余地もないだろう


民明書房「中国拳法とネット社会」より抜粋
280水先案名無い人:04/12/18 04:00:59 ID:MpMuZGjf
一方的批評厨が居ついてるスレハケーン

某スレに>>235のような決まり文句を愛用してるそっくりな奴がいて
追い出したことがあるけど
この手のやからはかわいそうな奴だから徹底放置しておけばいいよ。
正論ぶっても無駄。かまってもらうことだけを目的に行動してるから。

ネタを誹謗すればネタを書いた人間はまず反応してくれる
くり返せば雰囲気の悪化を嫌ってスレ住人も反応してくれる
それだけが目当てだからね。

ためしに具体的にどこがどうダメか議論してごらん。
ボロ出しまくって会話が成立しないから。せいぜい>>235で居直るだけ。
つっかかり方と協調性のなさとしつこさを精神病理学的に観察すると
典型的で最初は笑えるけど、変化がないので観察対象としても利はない。
281水先案名無い人:04/12/18 07:44:32 ID:1bm4DQ6e
>>280
そうだね
282水先案名無い人:04/12/18 20:12:15 ID:cC5vyGPY
>>280
徹底的に追いつめて人格破壊に追い込む方法もあるけどな。やるとスレは確実に荒廃化するが。
283水先案名無い人:04/12/18 22:29:21 ID:scibiTMH
ようは2chのデフォ、荒しは無視を貫き通すことだな。
あたりまえだけどこれがやっぱ一番でしょ
284水先案名無い人:04/12/19 06:32:40 ID:Odegq971
民明書房大全って買いなの?
285水先案名無い人:04/12/19 10:52:30 ID:rMifHlu6
買いか買いでないかはどうでもいい。手元に置くことに意味がある。
286水先案名無い人:04/12/19 11:03:48 ID:ppRmvNXT
とりあえず>271は故事を逆手に取ったいい例だと思うけどな。
287水先案名無い人:04/12/19 11:31:45 ID:ctL76qMZ
津飲帝瑠(ついんてーる)

 かつて地球の存在したとされる、古代中国に伝わる生物。
 津波をも飲み干すほどの巨大な体躯ながらも皇帝が瑠璃のごとく重宝した珍味、という事からその名前が付けられる。
 ちなみに肝心なその味はというと海老と似ているらしい。
 そんな津飲帝瑠たちも、やがては彼らを大好物とした皇帝・虞呑(ぐどん)の暴食により滅びたとされる。
 30年近く昔に放送された帰ってきたウルトラマンに登場するツインテールとグドンはもちろんその故事から生まれたのは言うまでもないだろう。

民明書房「古代中国のグルメ専科」より
 
288水先案名無い人:04/12/19 12:54:24 ID:x0VXQvCF
>>284
ま、まさか、まだ持ってないのか?
雷電に限ってそんなはずはないよな?
289水先案名無い人:04/12/19 14:53:36 ID:OMkU2XmT
【田香画撰修画】(たかがせんしゅが)

中国は北宋末期、その隣国の枝濡碑射美射(えぬぴいびい)では撰修画(せんしゅが)がという絵が流行った
これを見た時の王、奈部常(な・べつね)は田香画(たかが。劣悪な絵を書くとされた流派の作品)とどこが変わらないのか、という意味で「田香画撰修画」と発言した。
これに対し撰修会の会長、符琉汰(ふ・るた)が抗議運動を開始。ついには奈部常を失脚させる。
2004年、日本野球界で「たかが選手が」という発言で権力者が倒れたのは、歴史は繰り返すという良い見本でろう。

民明書房「暴言のルーツを探る」より抜粋
290水先案名無い人:04/12/19 15:43:56 ID:ecLCXFDU
座集派(ざしゅうぱ)

中国明代において、「蹴弾」という集団スポーツが流行っていた。
時の洪武帝も蹴弾を大いに愛し、技量の優れたものを集めて、
2チームに分けて、定期的に試合を実施、観戦していたと言われる。
とはいえ、これは現代のスポーツリーグなどとは違い、
あくまで皇帝の趣味であった。
そのため、戦力均衡が図られることなどはなく、
皇帝が好んだほうの強いチーム「万里能集」(まんりのうしゅう)が、
貧弱チーム「座集派」(ざしゅうぱ)を常に圧倒していた。
しかし、座集派の第3代指揮官が大変に有能な人物であり、
鍛錬の結果、とうとう座集派は万里能集に勝利を収めたのだった。

なお、現在Jリーグに加盟することが決まったザスパ草津であるが、
この故事にちなみ、2002年にザスパと改称したことは
ほとんど知られていない。

民名書房刊 「現代名称逸話百選」
291水先案名無い人:04/12/19 23:15:48 ID:QcwTehaN
言葉→漢字当て字→その漢字の字義をすべてこじつけ
のパターンは、全てこじつけてるところが堅苦しくて
民明書房っぽくないと思っている。

作品数も多く、個々のネタのレベルは相当高いから
「○○さん版民明書房」と考えれば
一つの優れた芸風だとは思うけど。
292水先案名無い人:04/12/19 23:59:54 ID:ynTreNiP
怖霊泥太(ふれいでいた)

中国明代に、安徽省山間部の小村において、
人々が次々に殺害される事態が発生していた。
村民たちは、「泥に身を隠した霊の仕業だ」として、
それを怖霊泥太(ふれいでいた)と呼び、大変に恐れていた。
こうしたものは実際は伝承を悪用した凶悪な人物の
仕業であることが多いのだが、当時有能なことで知られた
軍人、守和(しゅわ)が調査したところによれば、
その殺害の手口はとても人間技とは思われず、彼自身、
本当に霊の仕業としか考えられない、と述べたという。
この報告の後、事件解決を命ぜられた守和は武器を持ち、
何名かの部下を引き連れて山に篭った。
数日後、守和はたった一人、全身に怪我を負い村に戻ってきた。
彼の生還以降、怖霊泥太が現れて人々を殺害することはなかった。
だが、彼は快復後も口を閉ざし、上官に対しても何も語らなかったという。

なお、1980年代にアメリカで作られた映画「プレデター」が、この実話を
元にして作られていたことはほとんど知られていない。



アーケード板にあったものだけど誰か出典元知らない?
293水先案名無い人:04/12/20 00:18:10 ID:5xv4z0bd
>>291
まぁいろいろあるよ・・・たぶん。

>>292
兄さん、スレ内検索しよう。 
>>226
ちょっと長くなってしまったのが
イマイチだと少し反省している。
294水先案名無い人:04/12/21 10:56:17 ID:lAyeQLtg
黒矢薙魏 徹虎(くろやなぎ てつこ)

新撰組局長近藤勇の愛刀としても有名な「長曾禰 虎徹」の
対の刀として造られた「黒矢薙ギ 徹虎(くろやなぎ てつこ)」。
一度太刀を抜くと鞘に納まるまで際限なく人を切り続け、
その切れ味は鋭く、飛んでくる矢をも薙ぎ払ったと言われている。

現代の日本において、TVなどで活躍する黒柳徹子。
切れ味の鋭いコメントや、飛んでくる矢をも切り落とすかのような切替しトーク、
「かの名刀の魂を受け継ぎ、彼女のトークが鞘に納まることはないのではないか」
と愛刀家の間では噂となっている。


民明書房「世界の名刀・珍刀 〜日本編〜」より
295水先案名無い人:04/12/21 14:47:25 ID:a3SazIDj
>>294
既に民明書房じゃないし・・・
296水先案名無い人:04/12/21 16:42:25 ID:ny71iiB8
>>294
たしかにテツコの名前って刀っぽいな。。
297水先案名無い人:04/12/22 00:01:24 ID:zDFYSWmA
>>295
後半のしめ方が甘いだけで、十分民明書房じゃないか。
俺は黒矢薙ギの「ギ」は無くていいと思ったが
298水先案名無い人:04/12/22 01:50:37 ID:i3gSTrGm
ふたなり美少女は20歳を越えると分解をはじめ土に返ります。
最後に「ふたなりのたね(別名ちんぽみるく)」を残しますのでそれを栄養価の高い土にまいて下さい。
水をやりながら2週間ほどするとあらふしぎ!ふたなり美少女が生えてきます。
ふたなり美少女が生えてきたことはあなたにとっても人類にとっても大変喜ばしいことですがいきなりめすちんぽをいじってはいけません。
痛くて泣き叫んじゃいます。生まれたばかりのふたなり美少女はとても敏感なのです。
幸いふたなりは性的好奇心が旺盛なので3日もすれば自分でしごき始めます。
餌はちんぽみるくがいいでしょう。ただしふたなり美少女のものに限ります。
ザーメスト編集部の調査によれば、ブリジット社のブランド「BANJAY」とハースニール社の「みさくら印のちんぽみるく」が人気だそうです。
それではふたなりと送る日々が充実したものになることを祈って末筆といたします。                                               民明書房ムック072「ふたなりのそだてかた」
――――――All:613―-
 水先案名無い人
 sage
 04/12/05 16:28:46ID:b9RAenTT
299水先案名無い人:04/12/22 19:21:07 ID:lsojNJ+o
>298
(゚д゚)ハァ?
300水先案名無い人:04/12/23 00:15:09 ID:TD/3zMUZ
>>298なにごとかと思ったらみさくらなんこつのガイドラインか
301水先案名無い人:04/12/24 17:31:00 ID:NrBF1Xt6
魔池(まち)

中国漢代に、将軍 崖竜が得意とした戦術。
あらかじめ、戦場をよく調べておき、発見した池や沼を、
木、土などを利用して上手に覆い隠しておく。
そして、うまく敵軍をその池を挟むように誘導して、突撃態勢をしく。
敵軍が突撃してきたらすぐさま引き返し、後は敵が池に沈むのを
待つだけで圧勝する、という恐ろしいものであった。 
敵はこの戦術を「魔池」と呼び、大いに恐れた。

なお現代のストリートファイターなどの格闘ゲームで
待ちガイルという戦法が見られるが、もちろんそれは
賢明な読者のご推察のとおりである。
302水先案名無い人:04/12/24 20:58:35 ID:r9KRTIg7
【苦裏巣益】(くりすます)

中国は戦国時代末期、秦の攻勢に圧されていた楚では、貧富の差が激しくなっていた。
そんな状況で迎えた年の瀬、楚の将軍・桟汰(さんた)が街を視察していたところ、裏通りで寒さに凍える貧民たちを発見する。
桟汰はこの状況を嘆き、「苦裏巣益(くりすます。裏通りの人民が苦しんでいるのに、王は愛の巣で遊びに耽っている)」と呟いた。
余談だが、この時を期に彼は引退し、私財を投げ打って人民に施しをしたという。
独り者が人民、カップルが愚かな王だと考えると、現在のクリスマスという呼び名は苦裏巣益に由来していると断定してよい

民明書房「中国史に見るサンタの起源」より抜粋
303水先案名無い人:04/12/25 05:54:56 ID:WkC9pavi
('A`)イイ...
304水先案名無い人:04/12/25 22:51:13 ID:FBLc1hok
九里瞬馬衆(クリスマス)

古くは中国戦国時代末期
歴史の裏に暗躍した恐るべき殺戮集団が存在した
その名も「九里瞬馬衆」
彼らは一瞬の間に九里をも駆け抜ける馬に乗り
敵国の将軍・軍師等の館に忍び込み
状況に応じて使い分けるさまざまな武具を入れた袋を持ち
毎夜殺戮を繰り返した
彼らの衣服は返り血を浴び
洗う間もなく次の暗殺に向かう為常に赤く染まり
また、その姿があまりにも惨たらしかった為
彼らと敵対するものはは「惨多」と罵っていたという

ちなみに余談ではあるが
今日、世界でも「クリスマス」と呼ばれるイベントが行われているが
その語源がこの暗殺集団に由来し
プレゼントを運ぶ者が「サンタ」と呼ばれ
彼らが持つ袋が元々武具を入れたものであるという事はいうまでもない

民明書房刊「クリスマス〜明しや惨多〜」より抜粋
305304:04/12/25 22:52:46 ID:FBLc1hok
すまん
このスレ見てついカッとなってカキコ
つまらなくてもいいと思った
今は後悔している
306水先案名無い人:04/12/26 00:00:02 ID:rTgrjjAy
00:00:00
307水先案名無い人:04/12/26 00:03:05 ID:gz3XaJti
>>306
プ ゲ ラ ッ チ ョ
308水先案名無い人:04/12/26 19:45:34 ID:hEvikM3z
ジャイアンで「尾前野物は俺のもの」みたいなの入れて作ってくだされ
309水先案名無い人:04/12/27 04:39:27 ID:cUSMgeS8
『邪慰安(じゃいあん)』

武ではなく、財が物をいうようになった頃の中国。
財のあるものは、かつての帝のように財の無い者からも無駄に徴収する事はなくなった。
しかし一度ついた勢いは衰えず、財を築けば昇華し、財を築けない者は衰退してゆく。
世の風潮がそうなった頃、かつての帝はどちらに転ずることもなくその狭間を彷徨っていた。
そういった財があるわけではないが、武はある者は、財のも武もない者かを虐げて転機を待っていた。
最早蛮族に成り下がったかつての帝だが、それでは民は離れてゆき、
何かしらの形で報酬を与えなくてはならなかったが、強奪により生計をたてている今では何も出来なかった。
そんな時、剛田猛というかつて銅羅國の帝であった者が自らの歌を民に披露するという宴を開いた。
声を張り上げるのは勝鬨の時ばかりだった彼の歌は決して上手くはなく、
聞くに堪えないものだったと伝わるが、このような一方的な民に恩を返すという行為が、
後々邪な慰安方法、『邪慰安』として残されていった。

また彼は後の世にこう残している。
「汝の物は、我の物」

民明書房刊『貧と富、富と力』より抜粋
310水先案名無い人:04/12/27 07:17:29 ID:RKGtDB4Y
>>309読みづらい
311水先案名無い人:04/12/27 12:38:08 ID:NDRXvOYC
雄鎖解(おさげ)・・・
古来か弱い女性が身を守る為、髪の毛すら武器にして戦った事に発する
手を自由にし首のみで自在に武器を操るこの格闘方は、
不規則であり幾多の猛者達を沈めてきた。
現代でもお下げ髪の先に飾りを付ける等この格闘方の名残が見受けられる。

民明書房刊
『髪技辞典』より
312水先案名無い人:04/12/27 16:54:53 ID:iDiG53/9
霊馬(れいば)

紀元前3世紀頃、中国では「戦国の七雄」が覇権を争っていたが、
そのころ、陰陽家の雛衍は陰陽道の研究を重ねた末に、
木で作った馬を霊の力で自在に操る術を編み出した。

これは「霊馬」と呼ばれ、熟練した者が乗る霊馬は、
数は少ないものの戦場において圧倒的な破壊力を発揮した。

秦が中国統一を果たした際には、この霊馬が大きく貢献したと言われる。

なお、現在世界中で利用されているレイバーがこの霊馬に
由来していることは、ほとんど知られていない。

民明書房刊「機械工学発展史(7) レイバーの誕生とその普及」より
313水先案名無い人:04/12/27 18:39:13 ID:14WGmi76
>>309
どうもー、Good Job!!
314水先案名無い人:04/12/27 18:40:32 ID:D7cedCVD
>>312
つまり搭乗者の知恵と勇気ってわけだ
315水先案名無い人:04/12/28 03:52:15 ID:EvV+9wB3
>>312
シンプルでうまい
316水先案名無い人:04/12/28 21:19:58 ID:jPR1jpoQ
桜田弄膳

江戸時代末期、備後の国名田の農家の生まれ。幼い頃から手先が器用で
内職で作っていた人形が評判を呼び、10代のころ生人形師の家に奉公に
出てその腕を磨く。独立後、長崎へ向かい、ここで西洋カラクリの技術を
学んだと言われている。
 ある時、出島のカピタンに贈られた弄膳の人形の出来に感動した
オランダ人から、西洋の人形制作を依頼される。この時作られた
カラクリ人形は発条を巻くと自在に動き、人語を解すといわれるほど
珠玉の出来であった。弄膳が作った西洋風人形は全て土産物として
ヨーロッパに送られており、日本でその存在は殆ど知られていない。
記録では7体が確認されているが、現在の所有者は不明である。
 彼の作品は名田の弄膳作と箱書きされていて、これを Rouzen van Myouden と
添え書きされたのが間違って Rozen Maiden と伝わり、英米でこの人形を
ドイツ製であると信じる元になっている。

民明書房刊「唐繰弄膳銘名伝(からくりろうぜんめいめいでん)」より
317水先案名無い人:04/12/29 05:45:57 ID:Z33PAUKj
a
318水先案名無い人:04/12/30 06:45:15 ID:NQTh8H2v
『姐姐(ジェイ・ジェイ)』

明朝末期、中国全土の若い女性たち(姐姐)の間で、巻紙(まきがみ)なるものが流行っていた。
色とりどりの美しい紙を細工し、髪につけることで美しさの象徴となっていた。
時は流れて20世紀以降、若い女性の間でコテなどを用いて髪の毛をクルクル巻くファッションが
流行している。
これは先の巻紙から転じたものであることは言うまでもないが、
この手のファッションをする女性に絶大な人気を誇る雑誌「JJ」は、
お姉さん、の中国語(姐姐j i e j i e )が元になっている事実はあまり知られていない。

(民明書房刊 「現代に見る中国王朝期のファッション比較」)より
319水先案名無い人:04/12/31 04:15:11 ID:5QkQQiA+
「二茶寝等」(にちゃねら)

中国は古代、時の将軍、飛・蝋勇鬼(ひ・ろうゆうき)が、部下に名は無いが凄まじい力をもった
民族がいると言われ、雇い入れたのが彼らの始祖である。
しかし、雇ったものの彼らは普段は起きては茶を飲み、茶を飲んでは寝てと
いわゆる二茶寝(にちゃね)を繰り返して毎日を過ごしていた。
彼らに当初呼び名は無かったが、このぐうたらぶりに怒った将軍が
「この二茶寝等(にちゃねら)が!」と怒鳴ったのが始まりである。

だが彼らはひとたび事に及ぶと「魔吊(まつり)だ!」と叫び手当たり次第に
自分を吊ったり敵を釣ったりと獅子奮迅の活躍をし、将軍を驚愕せしめた。
将軍が後に、
「敵にするととてつもなく恐ろしいわりに、味方にしても大して頼もしくない」
といった言は敵味方とも認めるところであったという。

余談だが、寝て食ってぐうたらばかりしてると、この逸話を知るものには
二茶寝等か?などとからかわれたりするので気をつけたいところである。

(民明書房刊 「歴史に名を刻んだ名無し萎人伝」より)
320水先案名無い人:04/12/31 09:53:08 ID:rkg1uLqX
民明書房を読んだことのない奴が多いんだな・・・
だからムダに長い文章になってたり、
無理矢理な中国語やムダに長い故事(?)が
文章中に出てきたりする。
321水先案名無い人:04/12/31 11:32:22 ID:hioQ9XEV
>>320
どうでもよかろう
322水先案名無い人:04/12/31 16:29:55 ID:4Vsotve3
323水先案名無い人:04/12/31 16:47:37 ID:5zzboPK/
>>320
じゃあ手本見せて
324水先案名無い人:04/12/31 18:58:16 ID:hioQ9XEV
>>322
そういうときはここにさらっとコピペするよろし。
325水先案名無い人:04/12/31 19:30:11 ID:i5NO/XsO
茂虚衆(もっこしゅう)

古代中国は漢後期の頃、権力の弱体化によって世は乱れ新興宗教が台頭していた。
その中でも末法思想で嫌世派の虚衆(こしゅう)と、繁栄再生を信じる茂衆(もしゅう)は二大勢力であり、
その相反する考えのためたびたび衝突しては死者を出すほどの争いを繰り返していたという。
しかしある時、神の声を聞いたと言う少女紫苑(しおん)が争いの場に現れ
「世は繁茂と破壊を繰り返すもの。一方のみはありえません」と説いて両者を和解させたという。
彼女の考えは一気に広まり、虚衆と茂衆はやがて
紫苑を教祖とした「茂虚衆(もっこしゅう)」へと変わっていった。
なお彼女の死後、政治の腐敗を嘆いた茂虚衆信者が
繁栄のために破壊を行う黄巾党へと変わり、三国時代を引き起こしたことは周知のことである。

現在、あるゲームのアンドロイドがKOS-MOSと名付けられているのは
虚衆・茂衆を由来にしたことは明らかであるが、
インターネットで同じキャラが邪神モッコスと崇められていることは
後期破壊的な改革を求めて暴走した茂虚衆の故事をなぞっているのかどうかはわかっていない。

民明書房刊「小説"是の性 第弐章" 限定版(呪人形付き)」付属解説冊子より抜粋
326水先案名無い人:04/12/31 20:15:22 ID:q1hc4GIL
砕九龍(さいくろん)
古代中国は周の時代、市井では殺苛亜と呼ばれる球技が盛んであった。
その殺苛亜の名人として知られたのが蛇伊朗(じゃいろ)である。
蛇伊朗は塀殿倶(へいでんぐ)と呼ばれる頭でボールを扱う技術が苦手であり、
そのために長い間名を上げられなかった。そこで彼は得意とする怒雷武蹴斗を改良し、
必殺の蹴斗を編み出したのだ。
その蹴斗を止められるものは誰もおらず、その蹴斗は九匹の龍さえ砕く砕九龍(さいくろん)と名付けられた。
そして蛇伊朗自身も、羽のごとき身軽さと雷火の如き一撃を持つもの、すなわち
崇羽亜素徒雷火亜(すうぱあすとらいかあ)と呼ばれ崇められることになったのである。
しかし砕九龍を撃てるものは他に誰もおらず、いつしか砕九龍は幻の蹴斗となったという。

なお、日本の某サッカー漫画を原作としたゲームに登場するサイクロンというシュートの原点が、
この伝説にあることはいうまでもない。

(民明書房刊 『ボールはマブダチ』より抜粋)
327水先案名無い人:04/12/31 22:24:30 ID:uzNPjakB
>>326
すげえ
キャプテン翼Uか、懐かしい
328水先案名無い人:05/01/01 01:30:10 ID:AYRCw736
>>320
最近の民明書房を読んだことがないのかも



民明書房刊のガイドライン―――

黄金期における民明書房は、駄洒落とは関係ない技の名前に対し
豆知識的な解説の中にさりげなく駄洒落があった。
しかし、民明書房をはじめとする参考文献および技の名前は
呉竜府、趨滑襲などに見られるように、駄洒落の比重を増していくこととなるのは
よく知られた事実である。
黄金期バージョンは、漫画の中に出て来る技に付随する形で成立しており
文章のみでは面白味が伝わることが少なかった。
文章のみでネタが完結している必要がある2ちゃんにおいては
無理矢理な中国語のこじつけをベースとするタイプを基本とするのが
無難な民明書房コピペ作成の要諦である。
なお、無理矢理に韻を踏んだ漢語は「外道乱韻」と呼ばれ、忌み嫌う者が
多かったが、2ちゃんにおいて民明書房スレが立ったガイドライン板との関係は
定かではない

民明書房刊 「文筆家・大河内民明とマス・メディア」
329節制の14:05/01/02 05:25:11 ID:qDVOtZtU
>328
ぐっ……

ぐっじょぉぶぅっ!!!
330水先案名無い人:05/01/02 23:47:03 ID:4lYKszpZ
>>329
若本さん?
331水先案名無い人:05/01/10 14:05:47 ID:fDzx/+Yv
「むう、あれはまさか火呪!」
「し、知っておるのか雷電ーっ!」
「うむ、しかしまさかあの奥技を現代に伝える者がいようとは・・・」
332水先案名無い人:05/01/10 22:55:09 ID:kw+yidTp
言葉だけなら思いつくんだが………
竸腕(けいわん)舞網盆珠鈴(ぶぁぼんすれい)
なんか頭の中でもわーっと原案みたいなものはあるんだが、文章力ないからうまいことできん。
333水先案名無い人:05/01/11 01:14:27 ID:aVTvWGgX
魔卦墓野(まけぼの)
いにしえの中国では古くから競腕(けいわん)という大会が開催されてきた。
競腕とは決まった規則や規定のない、いわば大規模な野試合であるが、
それがゆえにその勝者は大陸一の武芸者とされ、その称号をかけて多くの男たちが闘った。
漢の時代になると、朱母之(あけぼの)という男が競腕において永く君臨した。
朱母之は優れた易者でもあり、占卜によって相手の動きを読んだというが、
そのあまりの的中率に、朱母之は「魔卦(まけ)」と呼ばれた。
また、朱母之の闘った後には必ず墓が出来ると言うことから「墓野(ぼの)」とも呼ばれ、
以降、競腕における実力者のことを「魔卦墓野(まけぼの)」というようになった。
競腕は現代ではK-1と名を変えていることは良く知られているが、
あまりに不甲斐ない元横綱・曙が「マケボノ」と揶揄されるのは、
なにか皮肉めいた物を感じざるを得ない。

(民名書房刊『大晦日は打稲舞都!!』より抜粋)


ちょっとズレたがこんなんどう?>>332
334水先案名無い人:05/01/11 03:27:41 ID:7Kbe4EBY
競腕って響きいいよな
335水先案名無い人:05/01/11 10:32:32 ID:9zC5XdSb
ちょっと書いて

文字カウントして



orz
336水先案名無い人:05/01/11 11:26:16 ID:r3U1bDgg
『茶暗婆 ( ちゃんば ) 』

去勢した男を使役する宦官という制度は、長く続いた中國文明の闇として有名であるが、
その女性版とも言える「茶暗婆」については案外知られていない。
彼女らの仕事はもっぱら茶を入れるといった雑務であり、秘密漏洩を防ぐために両目を潰されていたが、
皇帝への影響力は絶大であった。
権力欲に取り付かれ、皇帝にまとわりつく茶暗婆たち。
それを見た誰もが不快に感じた事は想像に難(かた)くない。
現代日本の蹴球界において、花形選手とその追っかけの様子を
「あいつが走ればチャンバ(茶暗婆)も走る」と揶揄するのは
歴史の闇に葬られた文化が、日本で生きているからに他ならない。

( 民明書房刊 「消えた中國はどこへ行ったか」 より )
337332:05/01/11 11:46:45 ID:KOvFbxja
>>333
GJ
自分も竸腕よりも選手名で膨らましたほうがおもしろいと思ってたので、マケボノは
いい選択だと。
それより引用先の題名にワロタ。

自分も作品を書けるよう、精進するであります。
338水先案名無い人:05/01/11 13:03:26 ID:X80FLwps
>>336
ワロタ
目の付け所がいいなw
339節制の14:05/01/12 22:08:29 ID:kNtj0lC7
>333
「むう、あの書物にある打稲舞都とはまさか!」
「し、知っておるのか雷電ーっ!」
「うむ、しかしまさかあの打稲舞都の秘事を書物に纏める物がいようとは……」

打稲舞都(だいなまいと)
古代中国において古くから繰り広げられてきた武芸者たちの晴舞台――競腕。
その中でもっとも大規模かつ神聖な大会は毎年大晦日に行われてきた。
この日の仕合においては闘技場の周囲に稲藁が敷き詰められ、武人たちが闘うたびに舞い散る稲藁の様子から翌年の吉兆が占われてきた。
この有様を当時の人々は打稲舞都と呼び、
その藁クズの飛ぶ様が爆風のようにも見えることから、
後にノーベルが自分の発明した新型爆薬にその名をつけたことは意外と知られていない。
340水先案名無い人:05/01/13 16:43:07 ID:QuJ/mbKd
>339
「稲」が訓読みなのがちょっとだけ
341水先案名無い人:05/01/13 19:36:02 ID:ouB8XCmg
そこに突っ込むんなら>>333に突っ込んでやれよ・・・
342333:05/01/13 20:44:55 ID:jbrTg+G/
>>340
すまん。

しかし、突っ込ませていただければ、「舞」も訓読みだ。
改名するなら、「大名米都」とか…江戸時代の大阪みたいだな。しかも名が訓読みだ。
343水先案名無い人:05/01/16 15:09:55 ID:KUPD1xmZ
どこで見つけたかは忘れた


末拳散場
中国の五胡・十国時代に隆盛を誇った「末拳」という拳法がある。
その名の通り、その拳を受けた者の命が終末に至るほどの威力を持っていたと伝えられている。
末拳に関しては現存する資料が少ないが、その中のひとつに登場する末拳特有のものとして、「末拳散場」が挙げられる。

末拳の秘奥義は一子相伝であったらしく、ある時期になると師範が拳士たちを一箇所に集め、
現代で言うバトルロイヤル方式で勝ち残った者のみに奥義が授けられたのだ。
伝え聞く末拳の基本的な構えは、万歳のように両手を上げるという奇異なものであり、また動きの基本を腰に置き、移動の際には
泳ぐような形を取ることから、多くの拳士たちが戦う光景はさながら大勢が踊り狂っているようであったという。
無論実際の戦いの場は苛烈を極めるものであり、命を落とすものも多くいたということで、
いつしか奥義皆伝にいたる一連の流れを「末拳散場」と呼ぶようになったということだ。

このように過酷な試練を伴う末拳であるが、戦乱の続く五胡・十国時代には門下に入りたいという者が大挙して押し寄せたという。
現代になって中国通であるところの松平氏にリメイクされ、にぎやかな曲とともに歌われる末拳散場を見ると、
隔世の念を禁じえないとともに、平和な世のありがたさが身にしみる。

なお、末拳の創始者は王霊と言い、この名は代々の伝承者に受け継がれた。
よって末拳散場においては、拳士たちが「我こそが王霊だ」「いや私が王霊だ」と言い合い、
それがマツケンサンバの「オーレー」になったというのは業界人には常識である。

(民明書房刊 「現代歌謡曲にも受け継がれる古代中国の血」より)
344水先案名無い人:05/01/16 16:55:32 ID:4qMMEsmL
世界史板にこんなスレが。

   民明書房に学ぶ、世界史の虚像と実像   
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1082081692/
345水先案名無い人:05/01/18 23:46:20 ID:kpN2cCxf0
儀侘阿侍奥義 異胡邪那異・斬念(ぎたあざむらいおうぎ いうじゃない・ざんねん)

この奥義は琶侘拿瞑家奥義・燕侘流(わたなべけおうぎ・えんたりゅう)に属す。
一子相伝奥義と称し古来より伝わる剣術で在る。
楽師・覇侘窈孔(ハタ・ヤウクーン)に拠りその奥義を完成され、日本にその奥義を伝えた。

この奥義は狙った獲物を確実に惨殺せしめる強烈な威力を持つ究極の暗殺剣で在る。
そしてこの奥義の完成に必須で在るのが次項で説明する「異胡」で在る。
通常は剣士は刀を所持し戦いを行うもので在るが、
楽師は二胡(リャンカゥ)と呼ばれる楽器を武具として発展させた「異胡(イーカゥ・古来日本では「いう」)」を用い、戦いの武具とした。
窈孔は奥義伝来の際、日本の「和」を重んじ独自に改良を施した異胡「儀侘阿(ぎたあ)」を用いその奥義を伝来したとされる。
その武器は特殊であり弦は6本張られ殺傷力を高める武具と成った。
窈孔はその技を儀侘阿にて発展させ、儀侘阿侍奥義 異胡邪那異・斬念(ぎたあざむらいおうぎ いうじゃない・ざんねん)を完成させるに至った。
しかしその殺傷力が諸刃の剣と成り、自害を余儀無く去れる禁断の武具とされ、奥義と共に戦乱の世の渦中に封印される事と成った
(窈孔も其の強大な威力を誇る奥義の犠牲者となり、遂に母国の地を踏む事は二度となかったと伝えられる)。


時は経ち平成の世、芸人・波田陽区がこの技を会得して居るので在ろうか、
表舞台にて刀をギターに持ち替え「って、言うじゃなぁ〜い?…残念!!」とバタバタと有名人を斬り、
最後に「…切腹!」の自害を慣行する様は何かの偶然であろうか?
その真実は彼のみが知る処である。


民明書房刊 「中国四千年の戦渦に於ける芸史」より抜粋


二胡の中国語の読みがわからん、スマソ
orz
346水先案名無い人:05/01/18 23:53:56 ID:5b6Ir+el0
>>345
中国語でも時代によって読みは違うし、現代でも北京語と広東語
では違うからあまり厳密でなくてもという気がする。

参考までに、XiaoPinxie(シャオピンシェ)というソフトを使って変換したら、
二胡→アルフー という結果が出た。
347水先案名無い人:05/01/19 00:04:00 ID:rg95qsdA0
>>345
悲しい事にそのギター侍とかいうの自体が面白くない罠
348水先案名無い人:05/01/19 09:04:43 ID:VA9YyFI40
シトロエンって名前からして何かあるよね
349水先案名無い人:05/01/19 19:13:51 ID:Xk/SSiIR0
『異葉夜誤答( いはよるごとう ) 』

戦国時代、 高名な薬師がいた。
彼は薬草を調合することで、どんな病でも次々と治し、ついには国王付きの医者となった。
しかしある夜、国王が急な腹痛に苦しみだし、治療に当たったが
就任以来、王宮暮らしで遊び呆けて先端治験(せんたんちけん)を怠っていた彼は
薬草を間違えて調合してしまい、結果国王は亡くなった。
責任を問われた彼は、処刑される寸前唇を噛み、「異葉夜誤答」と言って泣いた。
現代インターネット上において、「神、いわゆるゴッド」という書き込みが見られるがこれは
間違えずに的確に試験問題を当てた者に対しての賞賛である。

民明書房刊「センター試験は怖くない!」より
350水先案名無い人:05/01/19 19:38:09 ID:UDGqaCD+0
つながりがない。
351水先案名無い人:05/01/19 21:33:39 ID:WQGDmrbb0
暁!!男塾 青年よ大死を抱け(現在10巻、以下続刊)
天下無双 江田島平八伝(現在2巻、以下続刊)

おまいらちゃんと読んでるか?
352水先案名無い人:05/01/20 02:12:41 ID:2tBd37ZV0
死辺兆(しべちょう)

古来中国では、死は人知を超えた魔によってもたらされると信じられており、
死期が近い者には、なんらかの死の予兆が見られるとされた。 これが「死辺兆」だ。
特に有名なのは「死兆星」であり、夜空の星によってその者の死を示したとされる。
他にも、空になんらかの兆候を見出す例は多く、空は命の源、太陽の昇る場所で
あると同時に、死を伝えるスクリーンでもあったのだ。

なお、現代の日本映画「シベリア超特急」を見るとなんだか俺は死にたくなるような気がする
ということと関連性があるかどうかは定かではない。

民明書房刊 「映画と中国の歴史に見られる関係」 より
353水先案名無い人:05/01/22 00:22:36 ID:bWEEVHEy0
>>351
俺様は元祖男塾至上主義だから読んでない。
354水先案名無い人:05/01/22 10:37:18 ID:K2K9AY4zO
『小菜見・画布得苦図』(コナミ・エフェクト)

その昔、年貢を払う事が難しくなった、古南深村(こなみむら)に住む手火束(たかつか)という男が、夜中にその村の長である烏位麗(うー・いれい)の所へ出向き、
小さな菜っ葉の絵を書いた布を見せ、「今、食べるものはたったのこれしかない。とてもじゃないが、年貢は払えない」と泣きながら話した。
烏位麗は手火束に「年貢は半年後に払ってくれ。」と言い、手火束は年貢を払わなくてもいいことになった。
その話を聞いた他の村民が、手火束と同じ事をした。
全員、年貢を払わなくてもよい事になったが、真面目に働く者はいなくなった。
半年後、村民はまた同じ手を使った。烏位麗は嘘と見破ったが、真面目に働く者がいなくなってしまったため、古南深村から出ていってしまった。
その後村民らの蓄えていた食料も突き始めた。山の奥にある村のため逃げ出す事も容易ではなかった。
村民は、一人また一人と飢餓で死んでいき、古南深村は廃墟と化した。
1年後、烏位麗は古南深村へ戻ってきた。1年前とは変わり果てたその村を見て、「小菜見・画布得苦図、と言った所か…」と呟いた事が語源と言われている。

現代では、「コナミ」というゲーム会社が、コナミ・エフェクトという、通常ではあり得ない動きをゲーム中に取り入れ、ユーザーの反感を買っている。
そのゲームの責任者である高塚氏には、手火束の二の舞にはなってほしくないものである。
355水先案名無い人:05/01/22 10:39:17 ID:K2K9AY4zO
『小菜見・画布得苦図』(コナミ・エフェクト)

その昔、年貢を払う事が難しくなった、古南深村(こなみむら)に住む手火束(たかつか)という男が、夜中にその村の長である烏位麗(うー・いれい)の所へ出向き、
小さな菜っ葉の絵を書いた布を見せ、「今、食べるものはたったのこれしかない。とてもじゃないが、年貢は払えない」と泣きながら話した。
烏位麗は手火束に「年貢は半年後に払ってくれ。」と言い、手火束は年貢を払わなくてもいいことになった。
その話を聞いた他の村民が、手火束と同じ事をした。
全員、年貢を払わなくてもよい事になったが、真面目に働く者はいなくなった。
半年後、村民はまた同じ手を使った。烏位麗は嘘と見破ったが、真面目に働く者がいなくなってしまったため、古南深村から出ていってしまった。
その後村民らの蓄えていた食料も突き始めた。山の奥にある村のため逃げ出す事も容易ではなかった。
村民は、一人また一人と飢餓で死んでいき、古南深村は廃墟と化した。
1年後、烏位麗は古南深村へ戻ってきた。1年前とは変わり果てたその村を見て、「小菜見・画布得苦図、と言った所か…」と呟いた事が語源と言われている。

現代では、「コナミ」というゲーム
356水先案名無い人:05/01/22 10:40:16 ID:K2K9AY4zO
『小菜見・画布得苦図』(コナミ・エフェクト)

その昔、年貢を払う事が難しくなった、古南深村(こなみむら)に住む手火束(たかつか)という男が、夜中にその村の長である烏位麗(うー・いれい)の所へ出向き、
小さな菜っ葉の絵を書いた布を見せ、「今、食べるものはたったのこれしかない。とてもじゃないが、年貢は払えない」と泣きながら話した。
烏位麗は手火束に「年貢は半年後に払ってくれ。」と言い、手火束は年貢を払わなくてもいいことになった。
その話を聞いた他の村民が、手火束と同じ事をした。
全員、年貢を払わなくてもよい事になったが、真面目に働く者はいなくなった。
半年後、村民はまた同じ手を使った。烏位麗は嘘と見破ったが、真面目に働く者がいなくなってしまったため、古南深村から出ていってしまった。
その後村民らの蓄えていた食料も突き始めた。山の奥にある村のため逃げ出す事も容易ではなかった。
村民は、一人また一人と飢餓で死んでいき、古南深村は廃墟と化した。
1年後、烏位麗は古南深村へ戻ってきた。1年前とは変わり果てたその村を見て、「小菜見・画布得苦図、と言った所か…」と呟いた事が語源と言われている。

現代では、「コナミ」というゲーム会社が、コナミ・エフェクトという、通常ではあり得ない動きをゲーム中に取り入れ、ユーザーの反感を買っている。
そのゲームの責任者である高塚氏には、手火束の二の舞にはなってほしくないものである。

(民明書房刊 「自業自得」)
357水先案名無い人:05/01/22 10:41:04 ID:K2K9AY4zO
うわ…
三重カキコスマソ。

申し訳ない
358水先案名無い人:05/01/22 10:54:11 ID:gHxRadWz0
覇嗣流無出笥(はしるんです)
古代中国の東師或国(ひがししあるこく)と東笈国(とうきゅうこく)の学者が発明した馬車の一種。
車体は笥天霊簾(すてんれす)と呼ばれる、錆びることの無い不思議な金属の板で出来ている。
またそれまでの馬車と比べて使用年月を半分ほどに設定していた。
それまでの馬車と比べて重量が大幅に軽くなったため、従来の半分ほどの馬で牽くことができたと伝えられている。
しかし、その腰掛は硬く、民の中にはこの馬車を執拗に忌み嫌う者も現れたと言う。
だが安価に素早く造れるため、東師或国・東笈国だけでなく宗哲国(そうてつこく)、唐卿都甲通国(とうきょうとこうつうこく)、御拿灸国(おだきゅうこく)、更には西師或国(にししあるこく)の急行馬車も使い始めたと記されている。

現在、日本の東急車輛・川崎重工が「走ルンです」という通称で呼ばれるステンレス製の安価な電車を製造している物の、この車両の起源が古代中国の覇嗣流無出笥であろうことは想像に難くないだろう。
(民明書房「古代中国の交通」より)
359水先案名無い人:05/01/22 20:56:44 ID:acps5/Vw0
貯策剣(ちょさくけん)

かつて清の時代に、詩人達が渦巻く戦乱の世を生き抜くために編み出した武芸。
力のないものでも熟練すれば相手を簡単に打ち負かすことが出来るという。
この武芸をたしなむ一部の詩人達が、貯策剣のさらなる普及のために「邪須羅苦」などという
怪しげな一団を結成したとの伝説もあるが、いまとなっては確認する術がない。

                   
                      民明書房刊「邪須羅苦の魔手」より抜粋
360水先案名無い人:05/01/22 22:14:51 ID:xnz1IWSq0
神所謂獄奴(かみいわゆるごっど)…

かつて中国西域において繁栄を極めた弐知安練(にちゃんねる)国は優秀な人材も多く輩出し、
特に仙汰阿(せんたあ)之科挙において優秀なる成績を収めた者は神にも等しいとされた。
この弐知安練国と敵対する丁隷麻(てれあさ)国は、弐知安練国の国力を弱めんと様々な策を弄していた。
ある時、丁隷麻国に弐知安練国の神の噂が広まり、神とは何かという議論で持ちきりとなった。
そこで丁隷麻国の将軍・董周箕(とうしゆき)は一計を案じ、法堂須提場(ほうどうすていじょう)なる広場において、
「神所謂獄奴也」(※注・獄奴は囚人の意)すなわち、弐知安練国は犯罪者を神と称える国であると説明してみせたという。

現代でも2ちゃんねるに詳しいとされる井上トシユキなる人物が、
本当に詳しいのか疑わしい解説をしていたが、この故事とどのような関係があるかは定かではない。

民明書房刊「テレ朝―その全貌―」より
361水先案名無い人:05/01/23 13:09:54 ID:2GwtiQJV0
馬連滞泥(バレンタイデイ)
馬連滞泥(バレンタイデイ)とは地面に大きな穴を掘り、その中に
水多く含んだ泥を流し込み、更に上から草をかぶせたものであり
現代で言うところの落とし穴である。
この馬連滞泥を自軍の城までの重要拠点に配置することにより
敵の侵入を食い止めた。なお、この馬連滞泥にはまった敵は
2度と這い上がることは出来ず命を落とすことは必定であった。
これにちなんで泥を小さい箱状に固めたものは戦の勝利を祈願する
お守りとして用いられ、女から戦に出る男たちに贈られたという。
現代においては溶かしたチョコレートを様々な形に固めて女から
男に贈る習慣があるが、それは男を自分の虜にするための罠で
あるということはあまり知られていない。
 (民明書房刊 「現代に残る戦国時代の風習」より)
362水先案名無い人:05/01/23 15:29:02 ID:tqAEy4s90
『他馬乗李氏剋 ( たまのりしこ ) 』

14世紀末から20世紀にかけての長きに渡り、朝鮮半島を支配した李氏王朝。
その存続の秘訣は、強きに媚び従うという事大主義である。
李氏王朝はその国号「朝鮮」でさえ宗主国の明に決めてもらったが、
明国が清国に攻め込まれ劣勢と見るやいなや、手のひらを返して清国に味方した。
そのあまりの残虐さと手際の良さに、滅びる間際の明国の役人はこう記した。
『剋するべきは、すぐ他の馬に乗る李氏であった』
それ以来、近場の思わぬ盲点の事を他馬乗李氏剋 ( たまのりしこ )と言うのである。

( 民明書房刊 「ドラゴンボールZ完全ガイド」 より )
363水先案名無い人:05/01/31 22:48:33 ID:K48Eeqj00
遷都麗空(セントレア)
邪馬台国出現以前、古代日本は帝国・魅破魔(ミハマ)と皇国・壬浪千蛇(ミナミチタ)の
2大勢力が支配する世界だった。287年の長きに渡る冷戦時代を終わらせたのは、
魅破魔の帝王と壬浪千蛇の皇娘の婚姻であった。
両国は統一を祝し、冷戦時代に培った技術を集結した都市に遷都し、これを麗(れ)と呼んだ。
驚くべき事に、その科学力は現代を凌ぎ、首都・麗は遥か天空に浮かぶ都市であったという。
歴史学者の間ではこの出来事を「遷都麗空」と名付け、活発な議論と研究がなされている。
その後、記録は発見されておらず、不明な点が多いが、現在の愛知県知多半島近辺からは
「天空に浮かぶ都市が海へ落ちて知多半島となった」といった伝承が数多く採集されている。
最新の調査によると、知多半島は周辺地域とは地質的成分や断層を異にしており、
「まるで別の土地から埋め立てをしたような」特異的特徴が判明され物議を醸しだしている。

(明明書房刊 「古代超都市・遷都麗空の謎に迫る」より)
364水先案名無い人:05/02/02 00:57:00 ID:XtY0cniY0
古代中国の伝説を捏造するスレはここですか?
365水先案名無い人:05/02/02 01:35:36 ID:NhhW1H6F0
怒気余笛(どけよてき)
古代中国の「銘哲国(めいてつこく)」の学者が発明した笛の一種。
「怒気余、怒気余、其処退散也(どけよ、どけよ、そこどけ)」という独特の音色を発することからこの名が付いたと伝えられている。
その特徴的な音色が通行人を退けるのに有効であったため、銘哲国の急行馬車には必ず積まれていた。
しかしそのあまりに特徴的な音色は、民の耳には様々に聞こえ、「退却!汝轢也!汝殺也」等とも聞こえたと記されている。

現在、日本の名古屋鉄道で「どけよホーン」という愛称で知られる独特の警笛が採用されている物の、これの起源が銘哲国の「怒気余笛」であるかどうかに付いては定かではない。

(民明書房刊「古代中国の楽器」より)
366水先案名無い人:05/02/02 10:23:29 ID:bDP6n58VO
『乙杯』
中国は宋の時代、太宗皇帝超匡儀の御世の話である。
戦場で手柄を立てた兵士は褒賞の金子の他に褒美の酒を頂くのが慣例であった。
水で洗い清めた杯を左手に持ち、しずくを払う為に大きく数度振る。その動作の後、上官から酒を注がれるのを厳かに待つのである。
この一連の所作を指して「乙杯の儀」といい、簡易ながらも式典の一種とされた。
しかし兵士の中には礼儀に疎いものも多く、酒をもらえると聞いただけで有頂天になり「乙杯!乙杯!」と儀式の最中に大声で催促する者もいた。
そうした者達は非礼を咎められ、例外なく上官に頬を打たれたという。
367水先案名無い人:05/02/02 10:25:08 ID:bDP6n58VO
民明出版「乳房に纏わるエトセトラ」 ジョルジュ長岡・著
368水先案名無い人:05/02/02 10:54:01 ID:0xVGVc9y0
(本のタイトルとの絡みなどが惜しいので、ちょっと>>366に追加してみる)

なお、この時に酒を頂くための乙杯は、女性の乳房をモチーフとした優美な曲線を持つものであった。
現代において女性の乳房を「おっぱい」と呼ぶのは、この乙杯の故事にちなんだものであることは、
賢明な読者には既におわかりであろう。
369水先案名無い人:05/02/02 12:19:48 ID:u4SfI0uE0
>>368
うまいな。
370まとめ:05/02/02 15:10:00 ID:8tAU1Tts0
『乙杯』
中国は宋の時代、太宗皇帝超匡儀の御世の話である。
戦場で手柄を立てた兵士は褒賞の金子の他に褒美の酒を頂くのが慣例であった。
水で洗い清めた杯を左手に持ち、しずくを払う為に大きく数度振る。その動作の後、
上官から酒を注がれるのを厳かに待つのである。
この一連の所作を指して「乙杯の儀」といい、簡易ながらも式典の一種とされた。
しかし兵士の中には礼儀に疎いものも多く、酒をもらえると聞いただけで有頂天になり
「乙杯!乙杯!」と儀式の最中に大声で催促する者もいた。
そうした者達は非礼を咎められ、例外なく上官に頬を打たれたという。

なお、この時に酒を頂くための乙杯は、女性の乳房をモチーフとした優美な曲線を
持つものであった。現代において女性の乳房を「おっぱい」と呼ぶのは、この乙杯の
故事にちなんだものであることは、賢明な読者には既におわかりであろう。

(民明書房刊 ジョルジュ長岡・著「乳房に纏わるエトセトラ」より)
371節制の14 ◆6EgzPvYAOI :05/02/03 04:07:02 ID:U2ik31VM0
372水先案名無い人:05/02/04 14:07:33 ID:tUsMfKv60
>>371

デンジ星人などの宇宙人が古くから地球に飛来していることは一般にも広く知られた事実であるが、
宇宙警察に所属するレオン星人が中世の地球に来ていた事を知る者は少ない。
犯罪者を追跡中、宇宙船の事故で地球に漂着したそのレオン星人は、当時本当に辺境だった地球から
本部への連絡手段を絶たれ、孤立してしまった。この星に骨を埋める覚悟をした彼は、遺伝子変換で
地球人の姿を獲得したのだ。
そして、この星に危機迫る時には宇宙警察の末裔としての誇りを汚さぬよう、強靭なレオン星人の肉体
に戻って戦うための、いくつかの手段を残したのである。
時は流れ、彼が残した技術はこの星の技術「忍法」と結びついて、独自の進化を遂げた。
「忍法獅子変化」と呼ばれるものがそれである。歴史学者・非違不郎氏の記した記録によると、その術
の使い手である忍者は「ライオン丸」と呼ばれ、人々の平和と正義を守るため戦ったといわれる。
忍者の戦いは歴史の闇に消えることが多い。この宇宙人の末裔たちの戦いの記録を多くの人が知らない
と言う事実は、わが国の歴史教育の衰退を考えると、非常に由々しき問題である。
         (民明書房 刊    「雷音丸かく語りき」より抜粋)
373水先案名無い人:05/02/05 01:16:46 ID:Rz7wd5MO0
『日庵(にちあん)に寝る』
古代中国南北朝時代の故事に由来する。
竹林の七賢の一人である阮籍が、庵をむすばず(家を持たず)野宿をしている事についてたずねられ、
「我昼には日庵にて寝、夜には月庵にて酌(く)む。なおもって三庵を得ざらんや(私は
昼は太陽の庵で寝て、夜は月の庵で酒を飲んでいる。二つの庵を持っている事さえ贅沢なのに、
どうして三つ目の庵が必要だろうか?)」と答え、自然と共に生きるその生き方に周囲が感嘆したという。
以降「日庵に寝る」と言えば、世を離れて生きる賢者を表すようになったが、
元代に西欧文明が流入し、儒教思想が失わるなかで、隠遁生活を送る者は狂人とされ、
「日庵に寝る」も「仮想の世界に入り浸る」事へとその意味を変えていった。

余談だが、現在の日本において、この言葉と似た名を持つウェブサイトが見られるが、
その命名者がこの故事を大いに意識した事は、もはや疑いのない事実であると言えよう。
(民明書房刊 「全ての言葉は大陸に通ずる」より)

実際やってみると難しいものですなあ。
374水先案名無い人:05/02/06 05:31:02 ID:+IeXsKFl0
>>373
故事のパスティーシュとしては秀逸であるが
高尚すぎて民明書房らしさが半減している。

もっとも、このスレのネタのほとんどは
そっちの方向にズレてるので、気にすることはない。

個人的に、同音語に単語でなく文をもってくるあたり
相当センスあると思う。
375水先案名無い人:05/02/06 15:50:35 ID:DHQZ8Ofl0
『壬内(じんない)』
古代中国が統一されていない時代「善史元国(よしもとこく)」と国があった、
その国の武将達は優れた戦術や話術を持っていて多くの民衆に慕われていたという
その中で壬内(じんない)と言う名のひときわ活躍する武将がいた
有能な部下の協力でのし上がって来た人物であるが
抜けた部分も多く塹壕に隠れた敵を追い出すため煙を使う作戦のとき
風下に居たため息が苦しくなるまでその場を離れなかった逸話などを持っている

なお現在吉本の人気お笑い芸人で陣内智則という人物が居るが
彼の逸話が壬内と被っているのは何かの因果であろうか?
(民明書房 刊    「中国史で見る伝説の武将」より抜粋)

陣内智則最高!!!!!!!!!!
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/geinin/1099924416/771/
より抜粋
376水先案名無い人:05/02/07 13:53:48 ID:quU2roQD0
ケンコバとたむけんと原田専門家をネタに放り込めたら・・・難しいな
377水先案名無い人:05/02/07 16:55:05 ID:yuse6qhu0

『憲弧馬(けんこば)』
壬内(詳しくは「中国史で見る伝説の武将」を熟知すべし)が活躍していた時代と同じ頃に活躍した武将
実力は憲弧馬の方が上であるが壬内独特の戦術を使い出してからは人気は逆転した
しかし男性陣からの強い指示を受けて闇の皇帝とまで恐れられた
彼自身壬内を唯一の敵として暗置壬内(あんちじんない)を掲げ対抗をした
暗置壬内とは道教の陰陽思想をもとに自分自身を闇に置き壬内を光と置く事により相対しお互い対等、同等する森羅万象の法則である。
その結果お互い出世し合い善史元国(よしもとこく)の首都「江霧美居江州(えむびいえす)」の
重要な祭典の役職に任命されるようにまでになった。

なお現在吉本の人気お笑い芸人ケンドーコバヤシという男性陣に支持の多い人物が存在するが
彼がアンチ陣内を掲げ下ネタなど陣内とはまったく違う芸を行い
毎日放送のちちんぷいぷいなどののレギュラーにまで上りつめたが
これは賢明な読者ならお気づきの通り陰陽思想の法則に従ってここまで出世したことから
彼は相当な中国通であることが考えられる・・・
(民明書房 刊    「陰陽思想で成功した人、失敗した人」より抜粋)

セックスと嘘とケンド−コバヤシ 第10部
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/geinin/1105782434/158/
378水先案名無い人:05/02/08 15:40:44 ID:pIEW16Y30
590 :水先案名無い人:05/02/08 00:43:41 ID:X6LVTRtb0
>>589
    〃〃∩  _, ,_
     ⊂⌒( `Д´) < タルタルソースのタルタル【tartar】は・・・モンゴル系の部族タタール人(韃靼)に由来する。
       `ヽ_つ ⊂ノ    タタール人の肉料理を「タルタル」と言い、これがヨーロッパに伝わってタルタルステーキとして広まった。
                 そして、タルタルステーキのようにいろいろな具を混ぜ合わせたソースをタルタルソースと言うようになった。
                 なお、日本の相撲のルーツといわれるモンゴル相撲には、タタールスピリッツがふんだんにもりこまれている。
                 日本相撲にも伝授されており、ちゃんこ鍋のちゃんこは、
                 韃靼鍋の韓国語読み、チンヤンクーから訛ってちゃんことなっているのは周知の事実である。

                 民明書房刊【タタール格闘技 強さの秘訣と知恵袋】1500\


ヤダヤダ!のガイドライン ヤダ×24
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1107188868/
379水先案名無い人:05/02/08 15:42:57 ID:pIEW16Y30
緑「そ、それは挺守駆阿仁丸(でぃすくあにまる)!!」
瑠璃「な、なにーっ!知っているのか緑大猿!」


挺守駆阿仁丸(でぃすくあにまる)

古代日本は室町時代、まだ闇が深く妖怪の類が巷を徘徊していた時代。
時の陰陽師安倍晴明が式神として鬼を扱っていたことは有名であるが
いつでも呼び出せるように連絡役の小鬼を連れていたことは意外と知られていない。
その、鬼(王仁)のしもべ(つまり小鬼=阿仁)であり「身を挺し我を守り疾く駆け参ずるもの」である小鬼は
「挺守駆阿仁丸(でぃすくあにまる)」と呼ばれ、比較的簡易に扱えることより
次第に式神の代わりとして雑用などを命じられるようになったとされている。
なお、あの役の小角も阿仁丸を使用していた記録があり、
一説には桃太郎(鬼の子)のお供も阿仁丸だったとされている。

現代、和風な雰囲気の特撮番組の中に「鬼の手下で働く式神のようなものたち」がいるが
これはこの阿仁丸をもとにした話というのは賢明な読者の知るところである。
しかし、別の番組でのモンスターをボールにつめて戦わせる話と阿仁丸の関係があるかどうかはさだかではない。

民明書房刊『隠(おに)〜知られざる鬼と文化の接点〜』より抜粋

仮面ライダー響鬼『ディクスアニマルの思い』
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1107043535/193
※民明部分だけ抜粋
380水先案名無い人:05/02/08 15:52:31 ID:oACB8WuI0
>>378
何か普通に信じてしまったが、本当なの?信じていいの?
381ワラタので転載(注:出典非2ch):05/02/08 18:14:29 ID:pIEW16Y30
46 2004/12/4 (Sat.) 00:55:47
撞楓屡(しゅぷーる)…

古代中国、漢代に「楓屡(ぷーる)」なる妖怪がいた。
体は血のように赤く、肌は鋼のように硬く槍も矢も通さず、怪鳥のように空を舞ったという。
楓屡はしばしば村々を襲い、牛馬や穀物を食らい尽くして
民を大いに苦しめた。

あるとき、時の皇帝の元を一人の道士が訪れ、
白銀に輝く一振りの錫杖を献上した。
「その錫杖を手に取り、念ずれば、たちどころに妖しの者を退けましょう」
楓屡に悩まされていた皇帝は道士のその言葉を信じ、
国で最も武芸に優れた将軍にこの錫杖を授け、妖怪退治を命じた。

旅の末楓屡を見つけた将軍が早速錫杖を手に取り念じると、
杖の先に眩いばかりの光が集まり、ほとばしる閃光が
岩よりも堅い楓屡の皮膚をいともたやすく撞(つらぬ)き、
ついに楓屡を退治せしめたのである。

この後、楓屡を撞いたことからこの錫杖には「撞楓屡」の名が付けられ、
神器として厳重に保管されたという。

民明書房「中国伝説に見る光学兵器」より


http://220.220.33.16:10010/box/b010-019.mht
382水先案名無い人:05/02/08 18:22:59 ID:pIEW16Y30
>>380
ぐぐれば真実の足がかりが得られるかもね。
マジレスだと、いろんな説のうちのひとつらしい。
383水先案名無い人:05/02/08 19:13:34 ID:g7H78O6h0
36 名前:もぐもぐ名無しさん 投稿日:04/11/15 17:28:56
倍菌具

古代中国にはさまざまの部族が存在したが、その中でも特異な風習を
持つ民族が倍菌族である。
彼らは祭りの際、微量の毒薬が含まれた大量の料理を食し、他人より
多くの料理を平らげるとこで、漢ぶりと度胸を競い合っていた。

その中で特に有名なのが具と呼ばれる男で、一人で用意された
全ての料理100人分を平らげ、含まれた毒は象の致死量に達したが、
平然としていたと言われている。

尚、この倍菌族の具の末裔が現在の北欧に移住し、倍菌具(バイキング)
と名乗っていたという事実はあまり知られていない。

民明書房刊 「知られざる北欧の歴史」より

http://food6.2ch.net/test/read.cgi/food/1072231285/
384水先案名無い人:05/02/08 23:15:04 ID:a5UeGqLN0
『侘武憲(たむけん)』
壬内(じんない)や憲弧馬(けんこば)などを生み出した善史元国(よしもとこく)であるが
彼も同期に活躍した武将であるさほど実力は無いが影響力は強く兵法学校の辺江州善史元(べえすよしもと)を卒業し
妻子を連れ東の国へと侵攻したもの結局活躍できず善史元国へ戻ってきた武将として名高い。
現在は憲弧馬と共に暗置壬内(あんちじんない)を掲げ江霧美居江州(えむびいえす)を中心に活躍している。

なお現在現在吉本のお笑い芸人たむらけんじという東京に進出し全くと言っていいほど人気が出なかったため、
2003年大阪に本拠を戻した妻子持ちのお笑い芸人が存在するが
彼の活躍、衰退が似ているのは何かの因果であろうか?
民明書房刊    「落ち往く歴史人物」より抜粋
385水先案名無い人:05/02/09 02:10:21 ID:ZMQ1NfQi0
>>384
個人的には内容がつまらないけど
連作は一つの作風になるかもしれんね。
386水先案名無い人:05/02/10 01:31:03 ID:MAvWspVh0
『亜硫 亜硫 短剣隊(ありゅう ありゅう たんけんたい)』
善史元国(よしもとこく)からは、様々な猛者が生み出されていったことは周知のことである。
そして、礼 牛羅(れ ぎゅら)もその中の一人である。

彼とその部下は、確実に敵を仕留めるための短剣の技に熟知しており、
その中でも、必殺の技として伝わっている物がある。
まず、緊張して気が飛んだ振りをする。そして相手が油断して近づいたときに、「ハイッ!ハイッ!ハイッハイッハイッ!」と叫びながら
隠し持った短剣で斬りつける。それは、特殊な加工をした短剣に亜硫酸を塗りつけたものであり、
それで斬られると、どんなに強固な鎧を纏っても、たちまち体は焼け爛れ肉体は崩壊し、死に至るほどである。

礼は部下全員にその短剣を持たせた。その軍勢はたちまち脅威の存在になると思われた。
しかし、当時の善史元国では、前述の壬内(じんない)や憲弧馬(けんこば)などが上位だったために
礼は善史元国ではその力を十二分に発揮することはできなかったといわれている。

現在。日夜お笑い番組で登場しているとある芸人がやっているネタに「あるある探検隊」というネタがあるが、
そのネタに、緊張のあまり気絶する。ハイッハイッハイッ!と叫ぶというフレーズがある。
さらに、そのネタを行うコンビ名が「レギュラー」であり、ネタタイトルからして、亜硫 亜硫 短剣隊となんらかの関係がありそうだが・・・。

民明書房刊 「あるある中国史」より抜粋
387水先案名無い人:05/02/14 22:17:19 ID:SMIcDXHj0
『布皺羅(ふじわら)』

善史元国(よしもとこく)においてもとりわけ名高い「纏念楚在(てんねんそざい)」の生き残りである。
彼等は見目美しく、いつまでも若さを保ち、
「彩処破虞宇(さいしょはぐう)」「闘在楠墨(とうざいなんぼく)」などの奥義を完成させ、
「義勇柔歩哀闘(ぎゅうにゅうふぁいとう)」などの武術大会で数々の優勝を果たし、
「緒迂剛禁(ちょうごうきん)」と呼ばれ恐れられたが、東方へ旅立ったきりその消息は分からぬという。

現在FUJIWARAといういつまでも若手を名乗り続ける芸人がいるが、
東京でパッとしないのはこの布皺羅の怨念という説があるが定かではない。
なお、今で言うジーパンは元は雛發津(すうはっつ)と呼ばれ、布皺羅が武道着として生み出したものであるが、
現在FUJIWARAがジーパンそっくりなプリントのされたスパッツを愛用しているが、
奇妙な偶然と言わざるを得ない。

民明書房刊「慧鵺鮨畏(えぬえすしい)秘聞」より
388水先案名無い人:05/02/14 23:42:15 ID:I6sRGIpn0
391 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい 投稿日:2005/02/14(月) 22:36:14 ID:EemP6DND
場練炭殷

時は殷の時代、好色男に弄ばれ捨てられた1人の女が、怨みを晴らさんがために
男の家に忍びこみ練炭を焚いて心中を図ったのが発祥と言われている。
その後3世紀になり、この伝説を聞いたローマ皇帝がある好色司祭を練炭の刑に処したが
この事件が場練炭殷の名を広く知らしめることとなったのはあまりにも有名。

民明書房刊「欲望渦巻く場練炭殷の正体」より
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/wcomic/1105785017/391
389水先案名無い人:05/02/15 13:54:36 ID:eEMsDmBk0
【ふんどし】雪上で「赤ふんダービー」愛のムチで勝利GET【北海道函館市・五稜郭公園】 ※dat落ち
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1108261463/

1 名前:大将 ◆TaiSyoda7k @ふんどし大将φ ★[] 投稿日:05/02/13 11:24:23 ID:yZUpIx5n BE:9062257-##
北海道函館市の五稜郭公園で12日、赤色のふんどしに足袋姿の若者が
タイヤチューブに女性を乗せて引っ張る「赤ふんダービー」があった。
地元の大学生ら“30頭”が出走。約100メートルの雪上コースはカーブが多く、
減速できずに落馬するペアも。開催時の午後2時の気温は氷点下4.5度で、人馬とも肌は真っ赤に。
第1レースの優勝は市川義朗さん(21)と小松恵里子さん(23)のカップル。
小松さんは「日ごろの調教の成果かしら」。愛のムチで勝利をつかんだ。

【写真=赤ふんどし姿の若者が雪上で女性を乗せたタイヤチューブを引く】
http://ca.c.yimg.jp/news/1108258690/img.news.yahoo.co.jp/images/20050213/maip/20050213-00000010-maip-soci-view-000.jpg

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050213-00000010-maip-soci



11 名前:名無しさん@5周年[] 投稿日:05/02/13 12:54:06 ID:E6w46in2
「むぅ、あれはまさか!」
「し、知っておるのか雷電ーっ!」
「うむ、しかしまさかあの奥義を現代に伝える者がいようとは・・・」

『耐寒人競馬(たいかんひとけいば)』
戦国時代中期時雪国で住まう侍・武将達が妻の愛情・己の忍耐力を誇示し競う目的で行われたのがその発祥である。
極寒の寒さの中 ふんどし一丁で妻を乗せた荷台を雪上で引っ張るという過酷な競技で凍てつく寒さを耐え切り、
妻は荷台から振り落とさないようにしがみ付かないといけない為 夫妻共に卓越した技量を要求されるのはいうまでもない。
当時は隆盛を極め「これをやらねば夫婦であらず」とまで言われたが あたり一面雪に覆われてるため
どこが危険なのか把握できず雪の割れ目に転落し死亡もしくは怪我をする夫婦も後を絶たず諸大名はこれを禁止した
現代でも一部地方では青年達により町おこしの余興として行われ 観光振興に一役買っている
民明書房刊『戦国決闘異聞第四巻』より抜粋
390水先案名無い人:05/02/16 01:38:43 ID:zkVtTxVK0
>>389
漢字当て字と中国故事のパロディ一色の中にあって
こういう普通のやつは新鮮でいいな。原点に返った気分だ。
GJ
391水先案名無い人:05/02/16 08:59:41 ID:ShmCPd160
>>390
しかし、やはり古代中国の怪奇な拳法とか、その奥儀とかが絡まないと「民明書房らしさ」が
半減するのもまた事実だな。難しいものだ。
392水先案名無い人:05/02/17 01:47:10 ID:6BbevqSV0
あ・びる 【阿びる】

(動バ上一)[文]バ上二 あ・ぶ
(1)他人の物をひそかに自分のものにする。とる。
 「宝石を―・る」「現金だけ―・られた」
(2)他人の技芸や作品、考えや行動などをひそかにまねる。
 わきから見て他人の技術などを習得する。
 「師匠の芸を―・る」「人のアイディアを―・る」
(3)人に知られないよう、こっそり…する。ごまかす。
393水先案名無い人:05/02/17 09:50:06 ID:KxXnMZBz0
>>392
カエレ。
394水先案名無い人:05/02/18 06:53:23 ID:z19Vnnm/0
392って何
395水先案名無い人:05/02/18 07:23:25 ID:WU1QUEc70
396水先案名無い人:05/02/20 23:41:07 ID:aa9IiC0+0
『嘉吾蓮者』(かあれんじゃあ)

元末期、喰うに困った階層の人間が流賊として蜂起したがそれは農民階級に限った
話ではなかった。特に金剛宗派系の貌宗駆(ぼうぞっく)寺の僧侶が決起した反乱集団は
施瑠喪陀(ぜるもだ)、孫寧徒(そんねっと)、理知排華(りっちはいか)、衛躯祖素(えぐぞす)
を首領として一時は一国に相当するとも言われる勢いで、各地の托鉢僧や貧民を糾合し強勢を誇って
いた。これに敢然と立ちはだかったのが同門の恥を嘆いた僧侶・陀譜(だっぷ)である。
陀譜は白馬荘の5人の若者と共に義勇軍「嘉吾蓮軍」(かあれんぐん)を組織。
その活動を認めた朱元障が派遣した史倶成(しぐなる)と協力して抵抗、
8日間にわたる稚維丘の戦い(チーキュの戦い)を戦い抜き、和解した叛徒を
戦いの合間に降参した叛徒共々再び良民ならしめたと記録にある。
それを称賛して朱元障は白馬荘の五人の若者仁乃(じんない)・杜文(どもん)・
宇衛椙(うえすぎ)・史野覇羅(しのはら)・弥香美(やがみ)を嘉吾蓮者(かあれんじゃあ)
として称え人々の間に長きに渡って語り草にした。
日本のスーパー戦隊シリーズの珍作「激走戦隊カーレンジャー」がこの史実を
参考にしているのは業界関係者の間ではあまりにも有名な話である。

ちなみにカーレンジャーの作中でボーゾックの宇宙人が芋羊羹を食べて巨大化する設定があるが
これは史実の人物で当時の貌宗躯寺の役僧・劾菜茂(がいなも)が芋羊羹の考案者である
という逸話にちなむものである。

民明書房刊『東映制作秘史〜巻之11〜レンジャーの軌跡』 より
397水先案名無い人:05/02/21 01:47:57 ID:2zv/H1910
東師或国 千葉州(ひがししあるこく ちばしゅう)

古代中国の師或七国の内、東師或国に所属した州の一つ。
この州は東師或国の政府ではなく、千葉灯篭衆(ちばどうろうしゅう)という組織により支配されていた。
千葉灯篭衆は、千葉州に左遷された東師或国の役人が組織した団体である。
この州特産の赤い灯篭を手にしていたことから「灯篭衆」と呼ばれていた。
千葉灯篭衆は毎年、春になると組織的に業務を怠る「春灯(しゅんとう)」という行事を行っていたと伝えられている。

現在、JR東日本の支社の一つが毎年春に賃金の引き上げ等を求めてストライキを行っているが、これと千葉灯篭衆の関係は定かではない。
(民明書房刊 「労組組織の起源」より)
398水先案名無い人:05/02/21 18:03:57 ID:BA63h92i0
>>16
しょうがないんじゃない?
普通の欧米人って、
日本 - 韓国ほかアジア

欧州 - アフリカ
の関係で見てるし。
中国は根本的に別モノらしいけど。
399水先案名無い人:05/02/21 21:06:08 ID:dqmJbJiy0
↓これはイイ!!
400水先案名無い人:05/02/22 05:26:06 ID:s2VmeqQGO
('A`)
<| |ヽ
< \
401水先案名無い人:05/02/22 13:15:25 ID:0rBMcSK00
188 名前:名無したん(;´Д`)ハァハァ[sage] 投稿日:05/02/14 13:35:03 ID:UpogKcis
>>180
>>182
>>187
言羊 糸田 キ ヴ ォ ン ヌ

189 名前:名無したん(;´Д`)ハァハァ[sage] 投稿日:05/02/14 22:46:03 ID:5ue7Ell3
>>188
げんようしでん…ってなに?

190 名前:名無したん(;´Д`)ハァハァ[sage] 投稿日:05/02/15 01:32:43 ID:JuJLRsVq
言羊糸田(げんようしでん)…

古代中国において秘中の秘とされた幻の体術
体内に「氣」をため 圧倒的なスピードで動くことを可能にした
これを極めた人物は長い中国の歴史上でも三人に満たないと言われ
時の皇帝でさえ彼らには命令を下すことは不可能だったという

余談ではあるが彼らと戦った殆どの人間は
自分に何が起きたかわかる前に倒され それゆえ
「原因教えて」と口走ったという

なお「原因おしえて」→「げんいんおしえて」→「げんようしでん」→
→「言羊糸田」→「詳細キボンヌ」
と なったのは賢明な読者の推察通りである
                           民明書房刊
               『中国拳法に学ぶ人体の神秘』より
402水先案名無い人:05/02/23 01:26:46 ID:1PYpeYPN0
是派射井(これはいい)

古代中国は秦も末期の頃、宮廷は腐敗し権力者に媚びる役人が後を絶たなかった。
なかでも「是派」と呼ばれる者たちは、権力者の発言を「是、是」と全て肯定することで有名であった。
ある戦場では、将軍の「あれに見える井戸を射てみよ」という戯れの一言を実行し、無駄に矢を損じた者さえいたという。
民衆は「是派は井戸さえも射る」と噂し、「是派射井」と言って嘲笑った。

現代、ネットの掲示板上で意味もなく「これはイイ!!」と書き込んでいる者を見かけるが、
これは「是派」の生き残りが現代にもいることを暗に示しているのではないだろうか。

(民明書房刊「いいものは決してなくならない」より)
403水先案名無い人:05/02/23 15:22:09 ID:8oltH4tWO
>>401
テラワロスwwwww
404水先案名無い人:05/02/25 00:32:18 ID:+jrE4mMy0
百偈戸(ひゃくげと)

明朝末期に仏陀を称える偈が民衆に流布した。
それを唱えることにより、解脱することができるされ僧俗問わず唱えられるようになった。
熱心な教徒は一日に百回唱える行を自らに課し、これを百偈と称した。
百偈を行う者は大いに尊敬され、その家を誉め、人々は百偈戸と呼ぶようになった。
煮解賭、酸下吐などを軽薄行いと軽蔑し、百偈戸こそ真の聖人君子としたのだった。
信仰心の薄れた現代においても、インターネットで「100ゲット」と書き込むものがいるが、
その由来が百偈戸であることを知るものは少ない。

(民明書房刊 「仏教とインターネット」)
405水先案名無い人:05/02/28 03:48:05 ID:fJLhQG5e0
宅配便で旅行されるのなら、普通のバッグではとてもじゃありませんが無理でしょう。 
最適なのはゴルフバックです。あまり無理な体勢をとらずに入ることができます。 

近距離ならばトラック輸送なので、空の2Lペットボトル数本と水分を補給できるものを持って入れれば、
だいたい25時間程度で目的地に到着することでしょう。 

関西⇔関東の場合佐川急便で旅行されることをおすすめします。
列車での快適な旅になるので、寒さを気にすることなく到着できるからです。 
普通遠距離の場合、飛行機での旅となります。-30℃の室内は予想以上に大変ですので、
防寒対策はしっかりと、着込み過ぎと思うほどおこなってください。 

いづれにしても一番大切なことは我慢すること。これに尽きるでしょう。
移動の際は、前もって室内で何度か練習することをおすすめします。 



民明書房刊 「ここまで削れる!世界最安の世界の歩き方」より「3章:国内での移動について」
406水先案名無い人:05/02/28 10:15:18 ID:NSmJXWIc0
「魔誅剣散破(マチュケンサンバ)」

近年、舞台などで絶大な人気を誇るこの舞は
元来は徳川家に代々伝わる、
心中の魔を誅する剣により、過去の罪を四散破壊するという舞だったという


8代将軍吉宗などは高官の起こした悪行事件の関係者を当たっている裏で、
お庭番が配下の侍全員を細かく内定し、主君が悪党と知った上で
欲得ずくから積極的に加担した同等の悪侍は、お庭番が斬るものの
逆に主君が悪と知らなかったり、また知っていても忠義心ゆえに
裏切れなかった酌量の余地がある侍は、吉宗の峰撃ちですませていたのである

峰撃ちで済まされた侍については、その後
魔誅剣散破を吉宗と一緒に踊らされることで、
罪を償ったとみなされ、赦免されるという。
この舞は、一見、あまりに華美で馬鹿馬鹿しくみえることもあって、
長らく徳川家の極秘事項であった

余談だが、本来は実直な性格ながら、再仕官した先が悪人ばかりのため、
峰撃ちを何度も受け、撃たれては激しくのけぞっている不運な侍もいたという
彼の者はやせぎすで骸骨のような風貌だったと伝えられる

民明書房刊『弁慶のタッキー所』より
407水先案名無い人:05/02/28 10:34:16 ID:vLPjftnC0
内偵
408節制の14 ◆6EgzPvYAOI :05/02/28 20:52:58 ID:dzWg5cup0
>405
昔佐川にいた人間として忠告したい。死ぬからやめろ。

主にそのバッグを運ぶ人間が。

冗談はさておき、佐川は割りと荷物を手荒に扱うぞ。

ヤマトや日通は放り投げたりぎゅうぎゅう押し込めたりするがな。
409水先案名無い人:05/02/28 21:26:48 ID:er+tmibC0
ネタにマジレスの極致を見た!
410水先案名無い人:05/03/01 01:30:58 ID:EiYT7jq00
そこにしびれるあこがれるぅ
411水先案名無い人:05/03/01 09:50:12 ID:W5tDSFti0
>>408
IDがもう少しでワールドカップだったな
412水先案名無い人:05/03/01 14:06:16 ID:P/tjHkxr0
>>405
男塾ではなくジョジョ風の民明書房だな。
413水先案名無い人:05/03/05 22:24:56 ID:GsTHvEev0
『兵、兵、兵』(へい、へい、へい)

「来週の志願者は学徒(ガクト)!」
中国は蜀の時代、毎週、休日明けの月曜日に定期的に希望に燃える
若い好青年を召集し、恐ろしい二人の訓練教官によって短期間で鍛え上げ、
ステージ(戦地)に送り出すという軍隊による伝説の集会。特に毎週召集される若者
はこれまでにも教官たちから「お前やるきあんのか!」「声が小さい!」
などの暴言をうけながらどつく、しばく、という行為を受けて何も言い返せなくなる。
そして訓練が終了すると雰囲気は一変し、戦場で縦横無尽に活躍する若者、
熱狂的に万歳をする観衆、満足げに見守る教官の笑顔に溢れ場は一変。
戦での功労を賞賛し集会は幕をおろす。
現代、同じ月曜日にHEY!HEY!HEY!という音楽番組がゴールデンタイムに放送されているが
兵、兵、兵の再来ではないかと思えてならない。

   民明書房刊『知られざる若き兵士の歴史』より
414水先案名無い人:05/03/11 16:11:35 ID:iFtDdmXXO
『才場星亜』(さいばすたあ)

前漢の時代、裸・歯車(ら・ぎあす)と言う国に
存在した魔掃気神と言う人型の鎧の一種。
身につけた者は大陸はおろか世界を一日で5周は出来ると言う
今では考えられない力を持っていた。
特に暗同と言う武術寺にいた真・殺斬はこれの使い手で
右に出る者はいなかった。
しかし、この鎧の真の能力は名前の示す通り、
才のある物が身に付け極限の場合に流星の速さを得るのだ。
415水先案名無い人:05/03/11 16:18:26 ID:iFtDdmXXO
余談ではあるが某ロボットシュミレーションゲームに出ている
ロボットに「サイバスター」と言う機体があるが
開発者の中に魔・殺斬の子孫が要るのは
周知の事だ。

民明書房刊「故素漏野薔」より
416水先案名無い人:05/03/15 16:43:45 ID:xWbgEL2L0
ttp://ts.novels.jp/novel/200012/22182634/sakigake.html

( ゚д゚)ポカーン

(つд⊂)ゴシゴシ

  _, ._
(;゚ Д゚)!?
417水先案名無い人:05/03/15 21:09:10 ID:A71xPap30
「麻火之儀(まびのぎ)」

古代中国、今の河北省にあった恩羅院(おんらいん)の修行僧たちは
麻の葉を編んで作った宇恵憮真寧(うえぶまねい)と呼ばれる御札を、
チベット仏教で炎を司る音句遜菩薩(ねくそんぼさつ)に捧げ、その年の豊作を祈るという儀式を行っていた。
(この儀式は恩羅院迎夢(おんらいんげいむ)と呼ばれている)
が、ある年、河北省まで進出してきた秦が、恩羅院迎夢を禁止した。
しかし、恩羅院の修行僧はその子孫たちに恩羅院迎夢を伝えていった。
恩羅院迎夢は魏によって一時解禁されており、それにより信仰者が爆発的に増えたため、明によってまた禁止された。
(この出来事を江会慕宗[こうかいぼしゅう]という)
恩羅院迎夢の禁止から一時解禁までの期間をチベット仏教の神話に習い、或不阿手守途(あるふあてすと)、
一時解禁から明によってまた禁止されるまでの期間もまた神話に習い、苦牢厨努瞑侘手守途(くろうずどべいたてすと)と呼ばれている。
恩羅院迎夢の禁止は長く続き、再び禁止が解かれたのは中華人民共和国が成立してからであった。
禁止が解かれてから、恩羅院迎夢はすさまじい勢いで中国国民に伝わった。
しかし、恩羅院迎夢は三百五十六の型から成り立っており、
全てをこなすのは代々受け継いできた恩羅院の修行僧の子孫でも困難なため、
現在では第1の型である麻火之儀だけを行うのが一般的である。
麻火之儀を行う人々は優坐阿(ゆうざあ)と呼ばれている。
今の期間も神話に習い、瞑多手須途(べいたてすと)と呼ばれているようだ。

最近ではマビノギというネットゲームが広まり、そのベースとなっている古代ヨーロッパへ関心が集まっているが
マビノギの語源である麻火之儀の意味を知る人は日本人では少ない。

(民明書房刊 「幻のチベット仏教 -ヒマラヤに消えた恩羅院-」より)
418水先案名無い人:05/03/20 01:01:35 ID:x7ky7ynJ0
ネバダのコピペさがしているのですが
みつかりません・・
カッターナイフの語源がオチでした。
もしご存じの方いたら,upしてもらえませんか?
419418:05/03/20 01:03:40 ID:x7ky7ynJ0
http://ruku.qp.tc/dat2ch/0409/19/1063185617.html
にありました。
逝ってきます・・・
420水先案名無い人:2005/03/21(月) 04:07:31 ID:BC5UtsHG0
「威偉守(いいす)」

中国最初の王朝『殷』の興る遥か昔
阿努流(あどる)という冒険家がいた。
阿努流は十六歳の時から六十三歳にしてこの世を去るときまで
古代中国の北部にあったと思われる絵虚経(えうろへ)を中心に
世界を放浪した偉大な冒険家である
旅のほとんどが徒歩に頼るこの時代にして、其の生涯の行動範囲は
南方は現在の東南アジアに当たる阿附濾過大羅偉苦(あふろかたいらいく)中央部、
東は長江流域部に分流として存在した手偉具璃得子川(ていぐれいすがわ)まで及び
晩年には北極点を目指したとの記録も残っている
其の冒険日誌は百余冊にも及び、この膨大な量に亘る書物を書き上げた阿努流が
之を見た時、己の慢心から初心を忘れぬようこの冒険日誌を
自らの一番最初の冒険より『威偉守』と名付けたと言われている
『威偉守』はそれ以降の冒険家に多大な影響をあたえ
中国に名を連ねる歴代の冒険家達は皆、『威偉守』を愛読し
冒険家を志す者で阿努流の名を知らぬ者は潜りとまで言われた。

なお、20年以上前に日本で発売された某ゲームが
これに深い影響を受けて作られていることは言うまでもない
(民明書房刊 『旅に学ぶ中国の歴史』より)
421水先案名無い人:2005/03/21(月) 05:00:33 ID:nsxyxKmt0
「今度有無(こんどうむ)」

かつて、織田信長が活躍していた時代。
海外との交易を奨励した信長は、貴重な舶来品を
輸入するため、多くの港を建設したと言われている。
そして、その港は「珍宝港」(ちんぽうこう)という愛称で
親しまれると同時に厳しく管理をされていた。
特に信長が気をつけたのは製紙(せいし)の流出である。
当時、南蛮人にとって和紙は貴重なもので、
珍しい舶来品と引き換えに製紙を持ち帰ろうとする南蛮人が
多かったのである。
そこで信長は「今度有無」(こんどうむ)と呼ばれる
帳簿をつけさせることで、製紙の流出を防いだのだった。

現代において避妊に欠かせないコンドームであるが、
その名前の起源が信長の政策にあったことは
あまり知られていない事実である。
(民明書房刊『信長の野望よ永遠に』より)
422水先案名無い人:2005/03/22(火) 01:31:04 ID:OjBkQnOf0
423水先案名無い人:2005/03/25(金) 20:41:38 ID:1vfZfQcb0
荷屋法・煮野法・多摩九郎(にやほ にやほ たまくろう)

戦国時代。まだ未開に近かった武蔵多摩地方の賀名(がな)という土地に九郎という名の農民がいた。
彼は、農民の身分ながらも、医術に長け、また賀名を代表する博学を持ち、常に賀名を引っ張っていた。
彼は、賀名を初めとした周辺地域の活性化のために、様々な法を出した。
一つは荷屋法である。それは、旅人や旅商人の荷物を格安の値段で預かり、目的地へと迅速に運ぶものであり、
もう一つは煮野法であり、それは、野生の動植物の安全な調理法をかいたものである。
これにより、賀名を中心とした多摩地域は発展し、江戸幕府の基盤となったということは、あまり知られていない。

なお、彼は没後。その多大な功績から後の幕府により、多摩九郎という名前を与えられたという。

現在、ガーナのサッカー協会会長に、ニャホニャホタマクローという名前の人がいるが、彼が果たして多摩九郎の
生まれ変わりなのか。その真実はいまだに見えてこない。


(民明書房刊『日本とアフリカ。果てしなく遠く近い関係』より抜粋)
424水先案名無い人:2005/03/25(金) 21:30:50 ID:Z37nF9q/O
「炸策」

古代中国には才能溢れる軍師、策士が大勢居た。
中でも帝武威兄の国、魔州田の領地に居た時事老なる
人物の能力は絶大だった。
彼は助手である歌獲裸と言う少女を使い、
諸国より優秀な学者や武人を連れて来ては帝を始め、民衆に紹介していた。
帝は彼等の人脈に大変感動し、時事老のそれを「炸裂する策」
則ち「炸策」と命名した。
現在テレビ神奈川(TVK)にて、朝と夜に
それぞれ30分程放送されている番組にSAKUSAKUがあるが、プロデューサーが時事老の子孫で有る事は周知の事実で有る。

民明書房刊「リルラリルハ」より
425水先案名無い人:2005/03/25(金) 22:17:53 ID:Q+3zmDEV0
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gal/1110858514/
ギャルゲーをカッコよく買う方法

「ふふふ、俺はこれを買わせてもらうぞ
「な、なんだありゃー!! あの野郎の買おうとしているゲーム、
   美少女キャラがあんなにたくさん登場するのかー!!
「ぬう、あれぞ世に聞くギャルゲー…
「知っているのか雷電!!

                ギャルゲー
中国武術界においてゲームの重要さというのは周知の事実であるが
その中でも最大の攻撃力を持つものがギャルゲーである。
その発祥はなんと文明と呼ばれるもの以前からあることが確認されており
中国北部の地方 「費詩(ぴし)」 に住んでいた猿人 「費詩(ぴし)猿人」達が
伝説の樹の下で女の子に告白されるまでの高校生活をシミュレートしたことが起源だとされ
中国秦代の武術家であり、歴史学者 「魏遣厳(ぎやるげん)」 がこれを武術として完成させた。
しかし、その奥義習得の困難さより、今でもこれを操ることができるのは世界に二人だけだという。
ちなみに、現代でもこのような類のゲームのことを一般にギャルゲーと呼ぶのは
この「魏遣厳」が語源とされている。
    民明書房刊 「古代中国でも妹は12人」 より抜粋

「ふふふ、おれがこのゲームを買ってしまえばもはや貴様の勝ちはありえん
 世界に二人だけしか使えぬというこの秘奥義を味わえるとは、貴様は全く運がいいな
「ふっ、それはどうかな
「なっ!? そんなバカな!? 貴様もギャルゲーを…!!
「も、桃の奴もあの野郎と同じゲームを!!
「しかし奴はいつのまにあんな奥義を…
「ふっ、われわれは恐ろしい大将をもったものです
426水先案名無い人:2005/03/26(土) 00:33:31 ID:h2yixeNa0
「波狼鬼帝(はろうきてい)」

古代中国、三国平定時代の南中地区にはさまざまな群落があり、その中に、陀迩叡琉(だにえる)という長が治める群落があった。
彼は温厚な性格で村人からも親しまれ、愛する妻とともに仲睦まじく暮らしていた。
しかし、陀迩叡琉がある日狩りに出かけたところ、彼は亡骸となって村に帰ってきた。
折りしも当時盛んであった三国の一つ、蜀の国の軍勢が、南中を平定せんと軍を差し向けてきており、
陀迩叡琉はそれを知らずに出かけてしまい、討たれてしまったのであった。
これを知った陀迩叡琉の妻は、村人たちに決起を促し、自ら先頭に立ち、蜀の国の軍勢に立ち向かった。
彼女は自然とともに長く暮らすうちに身に付けた、猫の動きを模した形意拳を用いて戦い、
その武勇と智謀はもはや人を超越していたと言われている。この戦に参戦した蜀の軍師・諸葛孔明は後にこう述べている。
「率いる軍の攻めは荒い波の如し、その武勇は狼の如し。形相はまさに鬼そのものであった。
あの武勇と智謀、そして荒々しさは人にあらず。鬼でありながら人を統べる帝である」
このことから、彼女は敵・味方から「波狼鬼帝(はろうきてい)」と呼ばれ、
南中王・孟獲率いる反乱軍とともに勇敢に戦い抜いたと伝えられている。

現代、女の子向けのかわいいキャラクターに「ハローキティ」というキャラクターが存在するが、
その名前は「波狼鬼帝」を現代向けにアレンジしたということは賢明な読者諸兄にはすでにお分かりであろう。
この名前には「女性は可愛いだけでは生きていけない。強くあれ」という願いが込められているのだろう。

民明書房刊「ワイルド・ライフ 〜ヒトが野生に帰るとき〜」より抜粋
427水先案名無い人:2005/03/26(土) 02:37:40 ID:6UGoA0z80
>>426
久々に大声だしてワロタ
428水先案名無い人:2005/03/27(日) 21:58:37 ID:6nj9zzti0
「手魅麗死怨(しゅみれいしおん)」

古代中国には多くの優れた軍師、兵法家が存在したが、その中でも最も優れているとされるのが
始皇帝の秦国樹立に貢献したとされる「呉紀(ごき)」である。
彼の戦略は多種多彩にて千変万化、そのため味方はその手腕の麗しさに魅せられ、
またその手にかかった敵は怨みの言葉を残し死んでいったと言われており、
そこから彼の兵法は「手魅麗死怨」と呼ばれ、その後も兵法に対する最高級の賛辞として使われた。
だが、彼の力を恐れた始皇帝が彼に関する資料を処分し、後継者の育成も許さなかったため、
その全貌は明らかになっていない。
しかし、その戦法は現在でも十分通用するものと言われ、
某超大国で研究が続けられているという説もある。

なお、現代「シミュレーション」という言葉はすっかり一般化したが、
それに混じり「シュミレーション」という語が使われることがある。
それらはシミュレーションの間違いと一笑に付されているが、
もしかしたらそれを使った者は手魅麗死怨の使い手かも知れない。

民明書房刊「民明丸探検隊〜中国の奥地に幻の兵法を見た!!〜」より抜粋
429水先案名無い人:2005/03/28(月) 00:37:58 ID:doFJW/3+0
「飛駆民(ぴくみん)」

中国の僧侶たちの間には、輪廻転生について、次のような伝説が口伝によって語り継がれてきたという。
宋の時代、衽 天洞(にん てんどう)という僧が、使いのためにとある霊山の寺に向かう途中、
山地の濃い霧と悪天候のために山道から足を踏み外し、下の谷底へと転落してしまった。
幸い、下にはうっそうとした樹海が広がっており、木がクッションとなったおかげで奇跡的にかすり傷程度で済んだが、
寺の大僧正から預かってきた大切な書物を森の中に散らばしてしまった。
天洞が途方にくれていると、いつの間にか彼を不思議な姿をした小人たちが取り囲んでいた。
わらにもすがる思いで、彼は小人たちに自らの置かれた状況を説明した。
すると彼らは天洞の言う事を理解したのか、一斉に森へと散っていった。
そして数時間後に、無くした書物の一つを天洞の元に持ってきたのである。
初めは半ば希望を失いかけていた天洞であったが、これを機に活力を取り戻し、
次の日からは自らも小人たちに加わって捜索をはじめた。

彼らは体の色によって役割を分担して生活し、よく飛びはね、よく走り、時には森の獣たちとも力を合わせて戦った。
その中で仲間を失う事もしばしばであった。だが、ここで驚くべき現象が起きた。
犠牲となったはずの小人がまた地面から生えて来るのである。
天洞が地面から引き抜いてやると、その小人は再び群れに加わったのである。

数日後、小人の協力で天洞は無くした書物を取り戻し、小人に多大な感謝をしつつ旅路に戻り、使いを果たした。
彼は小人たちを「まさしく輪廻転生を具現化した、御仏の使いだ」と考え、「よく飛び、よく駆ける民」、
すなわち「飛駆民」と名付けて崇め奉った。
彼はその後小人に会うために何度か森を訪れたが、二度と会うことは無かったという。

数年前に家庭用ゲームとして「ピクミン」なるゲームが発売され、
可愛らしい小人たちが登場するが、このゲームはこの口伝を元に開発されていると言う事は想像に難くない。
また、発売したメーカー名がこの口伝の主人公と同じ読みであると言う事も、単なる偶然と片付ける事は出来ないだろう。

民明書房刊「世界の妖精伝説 中国編」より抜粋
430水先案名無い人:2005/03/28(月) 08:53:26 ID:OvA/f1Ky0
民明書房実在すると思ってたorz
431水先案名無い人:2005/03/28(月) 09:34:07 ID:XQ8/zWfB0
民明書房は実在するんだよ、俺達の心の中に。
432水先案名無い人:2005/03/28(月) 15:05:21 ID:xvD4y5nq0
>>429
4000年の歴史に残る名作だ
433水先案名無い人:2005/03/28(月) 17:13:12 ID:ur/8ipsl0
  j;;;;;j,. ---一、 `  ―--‐、_ l;;;;;;
 {;;;;;;ゝ T辷iフ i    f'辷jァ  !i;;;;;  民明書房は実在する
  ヾ;;;ハ    ノ       .::!lリ;;r゙
   `Z;i   〈.,_..,.      ノ;;;;;;;;>  そんなふうに考えていた時期が
   ,;ぇハ、 、_,.ー-、_',.    ,f゙: Y;;f    俺にもありました
   ~''戈ヽ   `二´    r'´:::. `!
434水先案名無い人:2005/03/29(火) 22:41:20 ID:0uyFif690
「銅品具金楚馬数婦(どうぴんぐこんそめすうぷ)」

春秋時代、楚王・士魯太(しろた)は「千年王国」の樹立を目指し、軍備の増強に励んでいた。
まず士魯太は、銅製品の鋳造を奨励し、その職人を援助すると布告した。
その噂を聞き、楚には中華全土から鍛冶職人が集まり、大いに賑わった。
次に、士魯太は、名馬の生産を計画し、それを成功させた。
「楚の馬は金よりも価値がある」と言われ、士魯太は屈強な騎馬軍団を作り上げた。
最後に、士魯太は兵士たちの士気の向上を試みた。士魯太は新たに数人の妻を娶り、
その間に何人もの美しい娘たちを儲け、戦功をあげた武将に娘たちを娶らせたのである。

士魯太の数々の政策により、楚は「春秋の五覇」の一つに挙げられるほどの隆盛を誇った。
当時の著名な儒学者であった根于呂(ねうろ)は、その話を聞き、
「強国となるには『銅品具、金楚馬、数婦』の三つを得るべし」と書き遺し、士魯太の努力を称えた。

現代、「幸せを呼ぶ料理」と人気を集める「ドーピングコンソメスープ」なるものがあるが、
恐らくシェフの至郎田氏は、「強くなるには大変な苦労が必要」であることを、この故事から学んだに違いない。

(民明書房刊「楚国大帝脳噛シロタ」)
435水先案名無い人:2005/03/30(水) 00:39:32 ID:X1z7eWRx0
やはりコンソメキター!!
436水先案名無い人:2005/03/30(水) 00:42:34 ID:QDxBn3XTO
「楽天剛留伝・井伊具留州(らくてんごうるでん・いいぐるす)」

中国が清の時代、モンゴル地方に未期谷(み・きたに)という王が治める、楽天(らくてん)という国があった

楽天にも当然軍があり、未期谷は、軍に強者が留まるよう、その名を剛留(ごうる)とし、戦のたびに剛留伝(ごうるでん)という書物に剛留の戦いぶりを記録させた

しかし剛留は弱く、また総指令官の太御(た・お)の経験不足、副指令官の派解(は・げ)の天然により連敗を重ねていた

特に酷かったのが隣国の魔利員頭(まりいんず)を攻めた時で、剛留の死者26万に対し、魔利員頭軍はなんと0であった

これを見た楽天の首都・井伊具留州(いいぐるす)の民は絶望し、戦のたびに円城州礼(えんじょうすれ)で剛留の負けっぷりを楽しんだという

現代の日本で、東北楽天ゴールデンイーグルスが連日炎上し、実況板の炎上スレがにぎわうのは、まさに歴史は繰り返すという言葉がぴったりとくる

歴史とは味わい深いものである

民明書房「古代中国に見る野球のルーツ」より
437水先案名無い人:2005/03/30(水) 11:21:41 ID:MEAoZNpO0
>>436
夜摩子汰(や・ました)じゃなくて派解(は・げ)ってのがミソだなw
438水先案名無い人:2005/03/30(水) 12:08:52 ID:GWzkDMek0
>>437
確かに。だが出来れば「楽天」もちょっといじって欲しかったな。そのまんまだとちょっとな。
439水先案名無い人:2005/03/30(水) 14:08:43 ID:nqH+R8W20
>>436に限らず、当て字に訓読みが混じると面白さが半減するなあ、と便乗してみる
440水先案名無い人:2005/03/30(水) 14:10:22 ID:n1vQCTAn0
>>439
んなこたどうでもいいだろ。うまくまとまってていいじゃん
441水先案名無い人:2005/03/30(水) 16:13:31 ID:nqH+R8W20
>>440
つ[牛乳][煮干]
442水先案名無い人:2005/03/30(水) 17:25:38 ID:kf4Qx/kl0
>>441
「あっ、あれはもしや過屡死芋無(かるしうむ)…」
「なっ、知ってるのか雷電!?」
443水先案名無い人:2005/03/30(水) 22:50:39 ID:O7JtjDik0
「河馬食餡拳(かばしょくあんけん)」

その起源は古くこの星の動乱期にまでさかのぼる
当時、南方諸地域を強大な食欲によりより広く支配していたカバ・ヒ・ポポタ帝国
十四代国王カ・バオーが創始したとされるその拳は効率よく栄養補給することを目的とし
千日におよぶ地獄の荒行の果てに完成するのだ!
しかし河馬人のあまりの食べっぷりを恐れた国々は
連合し一族とも国を滅ぼしはとだえたとある年代史は伝える

民明書房刊「ジャングルの秘境に幻の河馬人を見た」より

抜粋元
ttp://asame.web.infoseek.co.jp/2kamean2.html
444水先案名無い人:2005/03/30(水) 23:52:02 ID:AxeC0b3y0
「清 錦章式暗殺拳」

漫画の世界などでは、人体を破壊するほどの凄まじい威力をもった拳法が多々登場する。
指先で突いただけで相手の体が爆発する暗殺拳などはおなじみであるが、
それに匹敵する恐るべき暗殺拳がかつて実在した。
この拳法は、初代魏王朝時代に「清 錦章(しん きんしょう)により生み出され、その要諦は、
「掌打の一撃をもって相手に負の気を送り込み、直接の破壊ではなく心臓の異常を誘発させる」
といったものである。
最も恐ろしい点は、これを受けてもすぐに影響が現れず、場合によっては何年も後に効果が出てくると言う点である。
この拳法の奥義には、急激な発作を引き起こさせる「狂心掌(きょうしんしょう)」、
徐々に相手を弱らせる「鎮謹拘束(しんきんこうそく)」、
相手の心臓を一撃で停止させる「心負喘(しんふぜん)」、
相手の心臓の鼓動と鼓動のリズムの間を縫って一撃を与え即死させる「神憎鎮祷(しんぞうしんとう)」
などが存在する。

現代の日本人の大きな死因の1つとなっている心臓病であるが、これは現代人の生活が、
この拳法の技を食らったに等しいほどの負担を体に知らず知らずのうちに強いている、ということに他ならない。

民明書房刊「カラダの最終警告」より抜粋
445水先案名無い人:2005/03/31(木) 00:38:21 ID:rgymM2ErO
御運豪流(おうんごうる)

西周の時代、豪流(ごうる)という2チームに別れて激流に入り、決められた線まで自分たち全員が流される前に相手チームが流されたら勝ちという遊びが流行っていた。

これは民衆の間で大変な人気となり、前漢時代には、わざと線ぎりぎりまで流されて度胸を試すという亜流が生まれた。

しかし、これは運悪く流れが早いところに入って線を超えることも多く、八割がた運任せだったため、御運豪流(おうんごうる)と呼ばれていた。

この御運豪流も大変な人気を博したが、これで遊んでいた県令の馬亜連(ば・あれん)が急流に巻き込まれて死亡したため、時の政府による禁止勧告がなされた。

さらに北宋の時代、歴史家の路鋳子(じ・いこ)が「御運豪流は漢の時代に生まれた不吉な儀式である」という誤った記述をしたため、それがそのまま民衆に広まってしまった。

現在、サッカーにおいてオウンゴールという言葉があるが、この名が御運豪流に由来していることは疑いの無い事実である

民明書房「中国生まれの大衆文化全集」より抜粋
446水先案名無い人:2005/03/31(木) 02:52:25 ID:7K0r5WEh0
>>439
むしろ>>436に限らず当て字に走りすぎるのが
面白さを半減させてるが、そのへんは>>328なのでしかたないと思っている。
それより、音・訓のレベルでひっかかりを感じている>>439はネタ元の民明書房を
知らないのだろう。
447水先案名無い人:2005/03/31(木) 07:43:12 ID:f/K7yyXv0
史晃婁須季(しこうる すき)
唐の玄宗皇帝の時代。安禄山の部下であった史思明の部将に、婁(る)という者がいた。
婁はその姓から判る通り史国(ケッシュ)の出身で、白い肌に黄色の髪、碧い瞳を持っていた。
(中略)安禄山が反乱を起こした際、婁も史思明に従って唐軍と戦った。
このとき、六百度戦って不敗という唐の名将・峨廉(がれん)や、
内乱に乗じて攻めてきた吐蕃の将・イーグリカンズィをただ一度の交戦で完膚無きまでに破っている。
彼の武勇を目の当たりにした唐のある将軍は、「婁武勇如獅吼」と評したという。
これらの功により、正式に史姓と晃婁(こうる)の名、須季(すき)という字を拝領した。
晃の字の由来は不明であり、三国魏の名将徐晃にあやかったという説もあるが、これは眉唾ものである。
あるいは獅吼の掛詞であろうか。
だが、この時期が彼の最盛期であった。史思明が全軍を掌握した後、晃婁は唐の猛将王利芭の軍と戦い、
一敗地に塗れる。その後も戦況は芳しくなく、ついには唐将凱亜に討たれた。

数年前、格闘漫画「バキ」にシコルスキーなるロシア人が登場したが、彼は史晃婁の末裔なのかもしれない。
なお、現代日本において自慰行為を「シコる」ということがあるが、史晃婁と無関係であることはいうまでもない。
民明書房刊「知られざる安史の乱」より抜粋


>>446
>>439だけど、男塾や北斗の拳で育った世代なんだけどな、俺。もちろん「現物の」民明書房の本は見たことないがw
「むしゃくしゃしていた
つーか>>328>>340前後の流れをすっかり忘れていた
別に反省はしてない」
448水先案名無い人:2005/03/31(木) 17:00:52 ID:7K0r5WEh0
>>447
訓読み混じりで違和感を感じてるから男塾読んでないのかと思った。
現物ってアンタw
449水先案名無い人:2005/03/31(木) 19:32:42 ID:kzVj8Idb0
当て字の音訓よりも、オチが面白くないのが気になる。
450水先案名無い人:2005/03/31(木) 22:23:57 ID:RP9lqmU10
馬亜連(ば・あれん)が八連制覇や王大人とは何の関係も無いのは言うまでも無い。
451水先案名無い人:吉野家コピペ暦04/04/01(金) 20:46:22 ID:CZ5BZJtq0
貸本屋で民明書房大全借りてきたが表紙にある集英社の文字が興醒め
452水先案名無い人:吉野家コピペ暦04/04/01(金) 21:07:40 ID:Z+vmqq9G0
>>451
解ってないな、集英社は
453水先案名無い人:2005/04/04(月) 22:58:40 ID:CbuvOH/v0
【タシロ】
 タシロとはいかがわしい目的のために写真を撮影することを指す隠語である。
 その由来は、宇宙戦国時代のザンスカール帝国の武将、タシロ=ヴァゴが配下の女兵
士に水着を着せ戦場に送り出しその姿を写真に収めて楽しんでいたことに由来する。
 余談ではあるが西暦(宇宙世紀のさらに以前の暦)21世紀初め頃に隆盛を極めた某
匿名掲示板においてタシロは、性犯罪者の代名詞的な使われ方をされたそうだが前述の
武将との関係は明らかでは無い。

 木戸川書店刊『トリビアのブラックホール 宇宙世紀の無駄知識』より。
454水先案名無い人:2005/04/05(火) 00:50:21 ID:si0fm2Yk0
うーん・・・奇抜な感じでいまいち?
455水先案名無い人:2005/04/05(火) 02:28:31 ID:h7/okeGB0
根競べ(コンクラーベ)

古代中国の皇帝はローマ教会と密接な関係を築いており、どちらかに大きな政変が
起こるようなことがあれば直ちに連絡を取り合ってその影響を最小限にするように
申し合わせていたという。

あるとき洛陽に法皇の死期が近いことを伝える西洋からの使者が来たのだが、
ちょうどそのとき時の皇帝が巡幸に出ており謁見することができなかった。
使者は大いにあせり、早馬を用いて皇帝に信書を届ける一方、自らも皇帝の巡幸先の
長安に急いだ。皇帝のもとに信書が届くと、皇帝は静かに使者への手紙をしたためた。

「案ずるでない。もし法皇が死んだら、次の法皇を選出するときに、最終的に一人の候補者が
三分の二以上の票を得るまで何度でも投票を繰り返す方式を用いれば、権力の空白が
長引いても不自然に思われず、国家は安寧であろう」

これを読んだ使者は深く感服し、これを直ちに西方に持ち帰り、権力の委譲を滞りなく
終わらせることができたという。これ以来この方法が次期法皇選出に用いられることになった。
これが世に言う「コンクラーベ」であり、この方式はいつしか日本にも伝わり、
このように長い時間をかけて争われるものを一般に「根競べ」と称するようになったという。

民明書房刊 「古代中国の皇帝の人柄と西洋社会への知られざる影響」 より抜粋
456水先案名無い人:2005/04/05(火) 06:15:23 ID:zOKLtpme0
MMO板より
炎蛾=とあるMMOに出てくる敵モンスター



54 名前:名も無き冒険者 投稿日:2005/03/25(金) 10:38:11 nzpvHJms
ここで質問です
炎蛾って何て読むのか?


60 名前:名も無き冒険者 投稿日:2005/03/25(金) 10:45:20 7l0Z/oAM
>>54
えんが

中国秦代、とある町に炎蛾が大量に発生し誰も近づけなくなった
その町を民衆は「炎蛾町」と呼び、それは近づけない物事の代名詞となったという
ちなもにこれが現在使われている「えんがちょ」の語源である

民m
457水先案名無い人:2005/04/06(水) 07:10:23 ID:Sv4reAi70
コンクラーベ    【名】こんくらーべ

古来中国より伝わる鍛錬法の1つ
直径約30センチの丸太の上で結跏趺坐の姿勢を30時間続ける修行、根座り(コンスワーリ)を源流とする
ある時、二人の修行僧が向かい合って根座りの行を開始し、30時間を過ぎてもお互いが相手の根が尽きるのを待ち
決して自分からは修行をやめなかったことから
同じ場所に留まり、自らの意思だけでは退座できぬ状況を根比べ(コンクラーベ)と呼ぶようになった

民明書房刊「仰天、世界の語源大全3」より
458水先案名無い人:2005/04/06(水) 20:45:26 ID:RheGwSCj0
<8/28>Q.#18-125
夢工場ドキドキパニックでは何故物や敵の上に乗っからないと持ち上げられないのでしょうか?
っていうかそもそもそんな方法で何故持ち上げられるのでしょうか?
127
テコの原理で地面から引き抜いています
128
一家に伝わる奥義です
彼等の先祖は二人組で同じ事を繰り返すことにより空を飛べたとか
130 >>128
上へ向かって、あたかもこの世からあの世へ移り行くかの
ような勢いで進むことから、この技を会得した者は『幽明向上』と
呼ばれて尊敬された。
なお余談ではあるが、これが現在の『夢工場』の語源となっている
のは言うまでもない。
                  民明書房刊 『飛べ! アラブ人』 より抜粋
134 >>130
民明書房ワロタ。小房の頃は完全に騙されてたなあ。


ttp://www.geocities.co.jp/Playtown-Rook/7217/game/game_b08y.html
より抜粋
459水先案名無い人:2005/04/06(水) 21:25:16 ID:RheGwSCj0
Q.#5B-8
ロックマンはなぜ針に当たった瞬間死ぬ?
しかも爆発すごい・・・

19
中国、春秋時代に魯 久慢という男が
武術の達人である輪 異李と決闘をすることとなった。
実力に劣る魯は決闘の前に筋肉に直結した神経節を自ら突き
その肉体を岩のように硬くした。
しかし決闘の中で輪がその神経節をさらに針で突くと、
魯の肉体はその負荷に絶えることが出来ず、四散してしまったという
後にドクター・ライトがロボット兵器を作るときにこの秘術を応用し
魯久慢の名をとって「ロックマン」と名づけたことは賢明なる読者諸兄は既にお気づきであろう。
余談であるがこの秘術を見た、時の権力者は
「もう、魯はヤバイや」
と呟いたという。
この「もうろはやばいや」がなまって現代で言う『諸刃の刃』となったと唱える学者も少なくない

民明書房刊『古代中国の秘術と現代科学』より抜粋

ttp://www.geocities.co.jp/Playtown-Rook/7217/game/game_b08y.html
より抜粋
460水先案名無い人:2005/04/06(水) 22:06:31 ID:ZzrVhlSW0
纏咳狙振弾
http://mitleid.cool.ne.jp/golf.htm
>ゴルフは英国発祥というのが定説であったが、最近では、前出の創始者呉竜府の名前でもわかるとおり、
>中国がその起源であるという説が支配的である


米紙「中国、高句麗史など根拠のない歴史歪曲」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/09/23/20040923000005.html
>ゴルフクラブの会員らはゴルフが唐の時代から由来したことを示す考古学的絵が発見されたと主張すると指摘した
461水先案名無い人:2005/04/07(木) 03:02:38 ID:CgeCloOe0
>>459
このスレのネタと比べてもレベル高いと思う
でも、「諸刃の剣」じゃない?
462水先案名無い人:2005/04/07(木) 09:12:36 ID:yL3DcXfk0
美瀬李(みせり)

美瀬(みせ)は現在幻の地として史書にその名を残している。
文字通り美しい川沿いの土地であったようで、伝説上の神々に愛されていたという。
川沿いには李(すもも)の木が多く植わっており、伝承ながらその甘さは中原中に
知れ渡っていた。周の時代には、穂柳智(ほりうち)という官吏がその地を探し当てた
という。彼はさっそく美瀬にあった李をかき集め、文帝に献上したところ、李は火柱を
あげ爆発した。そのため、穂柳智は文帝を暗殺しようとしたとして投獄された。
このことから、噂では良くとも、実際はひどい物を「美瀬李」と呼ぶようになった。
のちに解放された穂柳智は、彼が美瀬だと思っていた地に住んだ。生活のために桑の木
を植え、蚕を飼い始めた。みるみるそこは蚕だらけになり、美瀬李は食べ尽くされた。
衆人にいう「美瀬李は蚕になった」というものである。
これは無意味なものを有意味なものに転じさせるという意味であったが、最近では
無能な者をやめさせるという意味で使われることが多い。

(民明書房刊 『中国諺転訛集』ー無能な人を表す 篇ーより)
463水先案名無い人:2005/04/08(金) 23:05:14 ID:xTNzFSL+0
混備荷援衆 衆等阿(こんびにえんす すとあ)

魏・呉・蜀の三国時代を制し、、新たな時代に王朝を築いた魏王朝は、
戦いで疲弊した民衆の暮らしを立て直す為に、まず流通・経済面からの立て直しを図った。
それは次のような方法で行われた。
まず、町や村に必ず1件以上、24時間営業の店を作らせ、住民がいつ、何を求めてきても買う事ができるようにした。
さらに商品の供給が滞らぬよう、絶えず輸送隊を中国全土に走らせた。
輸送隊の運ぶ荷物は、雑多な物が一度に梱包されていた事から「混備荷(こんびに)」
この輸送隊と店の職員は、衆(民衆)を援助する役割を担ったことから「援衆(えんす)」、
店は誰がいつ来ても、誰もが等しく欲しい物を手に入れられる事から「衆等阿(すとあ)」と呼ばれた。
この制度は住民に極めて好評であった為、やがて手紙や荷物の配送、納税の際の窓口代わりになるなど、
さまざまな付加サービスも開始された。
ただしこのようなサービスが開始され、従業員の負担が多くなっていくのにもかかわらず給与は据え置きだった為に、
やがてストライキが発生した。
このストライキの際、従業員たちは「このままでは我々はいくら労働にいそしんでも損をするばかりだ!!」という抗議の意を込めて、
「労損!! 労損!!」と唱えて大規模なデモを行ったという。
さらにサービスの大規模さに対して、チェック体制がが追いつかなくなり、荷物の届け間違いや税金の未納など、
さまざまなトラブルが発生してしまうようになり、やがて破綻に追い込まれていった。

現在のコンビニエンスストアのシステムの大元がこの制度にあるということは、
意外な事にあまり知られていない。

民明書房刊「経済学的に見る古代中国」より抜粋
464水先案名無い人:2005/04/09(土) 01:56:43 ID:KIRjK2Kh0
>>463
新人さん?GJ
がんばれ。
465水先案名無い人:2005/04/09(土) 09:26:57 ID:mFiIhGDv0 BE:6369473-
うん、当て字の使い方が上手いな。なかなかいいぞ。
これからもガンガレ。
466水先案名無い人:2005/04/09(土) 11:48:52 ID:oP3xM7Dd0
ローソンワロス
467水先案名無い人:2005/04/10(日) 03:19:23 ID:mFAKcKlW0
>>463
凄いな
素直に感心しちゃったよ
468水先案名無い人:2005/04/10(日) 03:49:29 ID:C8aPJmIh0
「あ…あれが世に聞くほめごろし…」
「知っているのか雷電」
469水先案名無い人:2005/04/10(日) 17:37:56 ID:8QxqaJhd0
超鎖州冠

かつて中国の官僚は一定時期に催し物の時期になるとその客入りを調査するために調査員を派遣した
それに対して、その催し物の主催者であった羅児尾は、客入りした人にみやげ物を用意することによって
その客入りを伸ばしたのであった

民明書房刊「合法的な中国経済」より抜粋
470水先案名無い人:2005/04/11(月) 09:32:40 ID:DKibO5O80
じゃあちょっと無粋な突っこみを
三國を制したのは、し(ry
471水先案名無い人:2005/04/11(月) 12:03:30 ID:9RKwIY+OO
哀・血急迫(あい・ちきゅうはく)

中国は元の時代、時の皇帝・フビライは、有能な将軍をつのるために蛮迫(ばんぱく)なる祭りを催した

これは軍志願者が一人ずつ、奴隷として捕らえられた蛮族と戦う祭りで、これに勝った者は、軍に入る際に、高位の軍役を与えられた

また、民衆にも公開されており、元時代の大酒蛮族(おおさかばんぱく)という大量の酒がふるまわれた祭りでは、通喜野石(つき・のいし)なる戦士が祭りを盛り上げたという

時代は下り、清の時代。明によって中止されていた蛮迫を復活させようという動きが出る

ところが元時代は蛮族と一対一だった試合を、蛮族複数対志願者一人という形式に変えてしまったため、志願者に死者が頻出し、会場は血の海となった

これには観衆も目を覆い、祭りは血急迫(ちきゅうはく)と揶揄され、他国からも客を招いたのに観客席は閑古鳥が鳴いていたという

この時に死亡した黄通頃(き・つころ)の祖父である、長沙の守(もり)、増(ぞう)という男がその哀しみをしたためた書が、「哀・血急迫(あい・ちきゅうはく)」である

現代日本、愛・地球博という祭りで、閑古鳥が鳴いているのは、人々にこの祭りの哀しみが刻み込まれているからかもしれない

民明書房「中国、哀しみの祭り」より
472水先案名無い人:2005/04/11(月) 20:01:24 ID:uplfKPHU0
なぜだかインパクを思い出した…
473水先案名無い人:2005/04/12(火) 15:02:33 ID:u+672rCy0
魔陰睡破(まいんすいは)

平安時代、巷に疫病が蔓延した。人々は災いの原因が悪鬼の仕業と考えていた。
こんな時代に陰陽師は登場し、数々の厄払いの術を考案、実行したという。
その中の1つが魔陰睡破(まいんすいは)である。これは町に碁盤の目状の
結界を張り、悪鬼を探し出す術であった。陰陽師は優れた眼力により隠れて
いる悪鬼の居場所を結界の中から見つけ、悪鬼を眠らせて退治したといわれる。
これが現代のミニゲームのマインスイーパーの語源である事は、賢明な読者ならば
すでに察しているであろう。

なお、他にも「反帝亜(そりていあ)」「振瀬流(ふりせる)」「発(はつ)」
等の退散術も考案されたようであるが、文献が焼失しその全貌が明らかになる事は
もう無いであろう。
474水先案名無い人:2005/04/12(火) 22:52:59 ID:88ajU+MA0
今回の男塾、珍宝湖てw
475水先案名無い人:2005/04/13(水) 10:01:05 ID:H8VlMV6p0 BE:4853928-#
これまでにも時々出てなかったっけ?>珍宝湖
476水先案名無い人:2005/04/13(水) 12:28:33 ID:P/5+ARn50
1巻にはコーマン女子大だか高校の生徒が出てたな
コーマンの漢字忘れちゃったけど
477水先案名無い人:2005/04/13(水) 12:57:49 ID:4rqSwjS+0
ターちゃんにはオーマン湖ってのがw
478水先案名無い人:2005/04/13(水) 21:14:30 ID:xt18ppyH0
姫恥芽
古代中国で、高官や貴族の娘が若くして嫁いでいくのはよくあった話だが
性行為に対して羞恥心を持たない娘も少なくなかった
しかし恥じらいをおぼえる年頃になると性行為の時は
頬を赤らめながら本気ではない、軽い抵抗を示すようになった
この行動は相手の男をより昂ぶらせ、より激しい性行為へと誘う

この娘たちの行動は娘たちの恥じらいが芽吹くことで行われるものであることから
当時、十歳の娘を嫁にもらった学者が「姫恥芽」と名づけ、中国全土に広めたものである

年が明け、始めての性行為を「姫はじめ」と呼ぶが
その起源が姫恥芽であることはあまり知られていない


民明書房刊『性と精で見る中国』より
479水先案名無い人:2005/04/14(木) 01:35:23 ID:yHU8Xcqb0
周烈柁(しゅう れつだ)

かつて南宋には周烈柁という勇敢な将軍がいた。
彼は研ぎ澄ました巨大なくま手を武器として用い、
一振りすると難攻不落を謳われた城塞の門さえも
紙のように細かく切り裂いたという。
また、鋼鉄の鎧兜に身を包んで戦場を闊歩する様子は、
味方に勇気を与え敵には絶望を与えたと言う。

戦場に立つ度に巨大な軍功を上げたが、晩年に亀和蛮我(カワバンガ)
という亀を崇める邪宗の本拠地を討伐する事に失敗した責任を取って
官職を辞して宮廷を去ったため、彼の晩年を知るものはいない。
その為、民間伝承では仙人になり遠く西方へと旅立ったと語り継がれている。

なお、現在事務機器として使われているシュレッダーは、
この機械にかけられて細かく切り刻まれた紙が
将軍のくま手の一振りで打ち破られた門と酷似している事から
命名されたのは言うまでもない。

(民明書房刊 「事務用品に受け継がれる中国の伝統」)より
480水先案名無い人:2005/04/14(木) 01:41:57 ID:GBRyX44E0
TMNTナツカスィ
481水先案名無い人:2005/04/14(木) 02:39:20 ID:58IBavRi0
>>479
タートル図のアメリカ放送って終わったのかな
最終回は上記に書いてあるとおり西へ旅立っておしまいかな
482水先案名無い人:2005/04/14(木) 03:30:31 ID:7hNAQkFC0
>亀和蛮我(カワバンガ)
糞ワロスwww
483水先案名無い人:2005/04/14(木) 19:50:04 ID:xssSMyRV0
CAVEのシューティングゲームの奴をもう一度見てみたいが・・・
うるとらもうど(ウルトラモード)
とか・・・他にもあった気がするが覚えてない。
484483:2005/04/14(木) 20:43:15 ID:xssSMyRV0
これだけ自力で見つけられた。

怒首領蜂大往生(どどんぱちだいおうじょう)

中国唐の時代、時の猛将「剄武(けいぶ)」が編み出した修行法「修手隠狗(し ゅうてぃんぐ)」の秘伝である。
洞窟の中に入り、首領蜂(当時のオオスズメバチの 呼称)の巣を放り込み入り口を閉じ、
一晩の間暗闇の中で蜂の攻撃をかわし続けるという想像を絶する苦行である。
この修行に耐えた者は「修蛇阿(しゅうたあ)」と呼ばれ、弓が最強といわれた当時の戦場で、
「 百人の敵が矢を射ようとも一切当る事無く逆に敵を射殺す」と言う。

ゲームにおいてシューティングゲームの達人をシューターと呼ぶが
近年「修手隠狗」を極めた「修蛇阿」が語源であるとする説が有力視されている。

民明書房刊 『アーケード ゲームに見られる中国史とその考察』より
485水先案名無い人:2005/04/14(木) 23:32:19 ID:wB8EjI6C0
前漢末期に時の皇帝が格闘家・踊り子・音楽家といったジャンルのプロを集めて船に乗せ
そこで一般の人々とともに毎晩遅くまで遊び興じたという
「芸武船(げいぶせん)」
がゲームセンターの語源であることは世間ではあまり知られていない。

大山田雅六著『宮廷遊戯−雅の世界』民明書房
486水先案名無い人:2005/04/15(金) 00:09:28 ID:Re1z5t7z0
狼で見つけた。

和老師(わろうす)

本名 和 周法。
中国、明代の僧侶・拳法家
その明るく剽軽な様で、見る人を皆笑わせ和ませるため、民衆に親しまれていた。
後年その名をとって、おかしく笑える様子を「和老師の様なり」と表現される。
また、そのおかしさを更に強調するため、老師の行動、姿等を表現する
「禿和老師」(はげのわろうす)「寺和老師」(てらのわろうす)等の表現も生まれている。

民明書房刊「中国の偉人100選」
487371に付け足し:2005/04/15(金) 14:15:48 ID:Vd1TGVU80
479から482へ
GJ。いや懐かしいネタを。
TMNTってあれからどうなったんでしょうね?
488水先案名無い人:2005/04/15(金) 14:17:20 ID:Vd1TGVU80
487です。
名前間違えてました。
「水先案名無人」です。
489水先案名無い人:2005/04/15(金) 16:44:46 ID:d52XToCr0
怒鈍派【どどんぱ】
古代中国の府寺(ふじ)に門戸を構えた拳法の流派。
この怒鈍派拳は特殊な壷に溜めた、圧縮した空気の力で拳士を打ち出し、その運動エネルギーを用いる物である。
その圧縮空気により生み出される運動エネルギーは凄まじく、178人の敵を一秒で吹き飛ばしたとも伝えられている。

現在、日本のとある遊園地に圧縮空気の力で急発進をする「ドドンパ」というジェットコースターが存在する物の、これの起源が古代中国の怒鈍派拳であるというのは周知の事実である。
(民明書房刊 「3・2・1 怒鈍派!」より)
490水先案名無い人:2005/04/16(土) 23:49:20 ID:88N0CWUp0
浮理威呆流(ふりいほうる)

その昔、あらゆる拳法の発祥の地である神拳寺では、拳を己の私欲の為に用いて寺の名を汚した修験者に対し、
想像を絶する刑罰が科せられていたという。
それは受刑者を竹で出来たオリの中に入れ、そのオリを鎖で断崖絶壁からぶら下げて、
谷底に勢い良く落とすという刑である。
この際、オリは完全に地面に落とすのではなく、地上に激突する寸前で寸止めされるのだが、
受刑者はあまりの恐怖に理性を失い、廃人状態になるという。
しかし、己の精神力を鍛え上げる為に初代拳皇は自ら進んでこの刑罰を体験した。
彼はこのときの体験を、手記に次のようにしたためている。
「オリが落下したその瞬間、一瞬だが体が浮いたかのような感覚を覚えた。
 次の瞬間私は空中にいた。そこから見えたのは、理性も威勢も全て失い、呆けてただ座り込んでいる私の姿だった」

このときの初代拳皇の体験から、この刑罰は浮理威呆流(ふりいほうる)と名付けられたという。

賢明な読者諸兄には、この刑罰が現代の遊園地のアトラクションの1つである
「フリーフォール」の元となっている事がすでにお分かりであると思う。

民明書房刊「古代中国 死亡的な遊戯」より抜粋
491水先案名無い人:2005/04/17(日) 01:49:40 ID:54ywVsDR0
肉五輪
その昔、中国にいたといわれる巨漢の出胃武族と呼ばれる部族がいた
あるとき、主食である肉が多く取れなくなり、肉争奪をかけて争っていた時代があった
この争いをなくすべく長老は、肉五輪を開催し各種目で肉を公平に分けることにした
この競技は、後にストックホルムへと渡り
その後世界各地や江戸の各名所で広まったが、食べ物を争奪する醜さから、歴史を重ねるごとに次々と競技を封印して言った

民明書房刊「肉をかけて戦う男たち」より抜粋
492水先案名無い人:2005/04/17(日) 04:39:32 ID:ni4IvowI0
>>490
手記がネタを殺してる
語呂合わせの説明のためには仕方なかったのかもしれんが
>>490の場合は語呂合わせの説明自体捨てたほうがずっとよくなるぞ
493水先案名無い人:2005/04/19(火) 00:05:48 ID:0yGZ7yIKO
【場亜須弟居】(ばーすでー)

五胡十六国時代の中国西部に、班信(はんしん)という王が治める庫(こ)という国があった。

庫の軍は全盛期、他国を圧倒する攻撃力をもっており、他国からは猛庫(もうこ)軍団として恐れられていた

庫軍を語る時、香華符(か・けふ)、磨由未(ま・ゆみ)などと並んで代表的な武将とされるのが場亜須(ば・あす)である

彼は戦場においては猛将であったが、私生活においては自分の弟子たちをかわいがる人格者であった。

そんな彼が弟子の誕生日に行っていたのが弟居(でい)である

これは誕生日を迎えた弟子が、その日のみ自分の家に宿泊し、自分と同じ優雅な生活をすることを許したという行事である

現在、誕生日を英語でバースデーと呼ぶのは、この故事に由来すると考えて間違いない。

民明書房「中国名将列伝は行」より抜粋
494水先案名無い人:2005/04/19(火) 00:41:08 ID:UvfdBuC80
【北派 華箕山 万月張】(ほくは かみやま まんげつちゃん)

中国拳法には肉体を鍛え外的な破壊力を追求した「南派」と、体を水と見立て内部からの破壊を目的とした「北派」があることは
賢明な格闘技マニアの読者方ならご存知だろうが、その北派の中でも最強と呼び声が高い拳士に清の時代の「万 月張」
(まん げっちゃん)という者がいた。山東省の華箕山(かみやま)で修行した彼の内頸は、その威力ゆえ喰らった相手が
両手両足を広げ飛びあがったといわれる。また相当のサディストとしても有名で、相手に止めをさす時に
「おまえはどの拳士に打ちのめされたい?」などとつぶやき、そして相手は
「北派 華箕山 万月張!(華箕山出身の北派拳士、万月張にです)」と叫びながら宙に舞ったという。
それ以降「北派華箕山万月張」という言葉は、絶対に敵わない相手への畏怖の言葉を指すようになった。
VIP板などを中心に「どのアニメキャラと○○したい?」といった旨のスレが乱立した際、モナーが飛び上がりながら
「僕は、神山満月ちゃん!」と叫ぶAAが頻繁に見られたが、これが>>1に対する恐怖を表していたことを知るものは少ない。

民明書房刊「おまえらどの男塾生と油風呂入りたい?」より
495水先案名無い人:2005/04/19(火) 09:02:14 ID:Gh8BdPoA0
(こうやまみづき では作れなかったのか・・・)
496水先案名無い人:2005/04/19(火) 09:21:53 ID:szA56Co70
(VIP的には かみやままんげつ がデフォルトらしい)
497水先案名無い人:2005/04/19(火) 10:11:25 ID:skcYB/lFO
(こうやまみづきなんだ。みづきまでは分かってたけどな。かみやまかと思ってたわい。)
498水先案名無い人:2005/04/19(火) 10:46:39 ID:m5K5DdDG0
悲抗死!(ひこうし)

およそ1000年前の中国北部に河原城という城があり、そこの城主であった深葉公(みようこう)という者がいた。
深葉公の河原城は隣の蝋封府(ろうふうふ)から、常に圧力をかけられていた、それが元で娘が病死してしまった。
そしてある日、ついに我慢の限界を超えた深葉公は、城の櫓を突貫工事で増設し、蝋封府を監視できる位置を得た。
そして、その日から日中日夜、自ら太鼓やドラを叩きながら、「悲抗死!悲抗死!(訳:私は死という悲劇に抗う)」
と、リズムに乗りながら叫び、太鼓やドラだけでなく布団や絨毯等で大音量を出し、
さらには、楽団「螺自火星(らじかせい)」を雇い日中日夜蝋封府に対し、大音量で演奏し続けた。
その行為は実に10年にわたり続き、深葉公はようやく、楢圏径(ならけんけい)に逮捕されたという。

現在、世間を騒がせている奈良の騒音事件があるが、その事件は、この故事に酷似している。
(河原城の深葉公→河原美代子 悲抗死!→引越し! 布団や絨毯(カーペット)で音を出す行為)
この事件の犯人はその故事を元にこの事件を起こしたのか?現在調査が続いている。

民明書房刊「Roots Of HIP-HOP」より抜粋
499水先案名無い人:2005/04/19(火) 18:48:04 ID:T2KQUTwj0
ラブホやん・・。 【らぶほやん】


かつて、明代の中国にスカイという名のある奏者がいた。
書くの飽きた

  民明書房「音楽遊戯之歴史」より
500水先案名無い人:2005/04/19(火) 18:48:18 ID:T2KQUTwj0
うわ中途半端な上にスレ誤爆した
501水先案名無い人:2005/04/19(火) 23:14:11 ID:nJhcQ5Kk0
(1)裸足になり、前かがみで立つ。
(2)殺意的な目つきをする。
(3)左手で怪しい動きをする。
(4)ムリヤリ大きな口を開け、腹式呼吸で熱唱する
(5)ときに取り乱す
(6)ひとしきり暴れたら、コーラを飲む

民明書房刊「きみも明日から、鬼束ちひろ」より抜粋
502水先案名無い人:2005/04/19(火) 23:31:17 ID:XhIToeUv0
スレ違いだ。
503水先案名無い人:2005/04/28(木) 19:09:29 ID:Wx+dRZXw0
保守
504水先案名無い人:2005/04/28(木) 22:19:24 ID:jhpyFu4u0
亜父楽(あふらく)

中国、戦国時代の斉の国に、柳葉(ゆよう)という人物がいた。
彼は幼少のころに流行り病で両親を無くし、斉の役人である伯父に養育されることになった。
伯父は柳葉を養育して剣術や兵法など様々な事を教え、やがては娘を娶わせた為、
柳葉は伯父のことを亜父(実父と同じくらいに尊敬する人)と呼んで慕ったという。

成人した柳葉は伯父とともに斉王に仕え、やがて近衛士官に抜擢されたが、
ある時、隣国との戦争で敗走する際に王の身代わりを志願し、囮となって戦死した。
柳葉が囮となって敵をひきつけたおかげで無事に本国に逃げ帰れた斉王は、
柳葉の忠誠に報いるため、遺族である柳葉の伯父や妻子に莫大な年金を下賜した。

なお、後に李白が「柳葉擲一命 生活亜父楽」(柳葉は一命を擲ち 亜父を楽に生活させた)
とこの事を詩に詠ったのは余りに有名である。

なお、今日の「アフラック」という保険会社の社名は、進駐軍として来日した会社創立者が
神田の古書店街で見つけた本に発見した柳葉の故事に由来する事は、読者の賢察の通りである。
民明書房刊「現在(いま)を動かす大企業の成り立ちとその語源」より抜粋
505水先案名無い人:2005/04/29(金) 05:34:58 ID:BIB7YLf80
阿鼻瑠幽(あびるゆう)

中国明代、時の都南京において奇怪な事件が多発した。
それは倉の品物が次々と消えてゆく怪現象で、
とりわけ当時稀少だった檀望瑠(だんぼうる)と呼ばれる宝石ほど消える事が多かった。
この怪現象にあった者は当然商売上がったりで、阿鼻叫喚の苦しみを受けたことから、
この現象を「阿鼻瑠幽(あびるゆう)」と呼ぶようになった。
この事態を重く見た時の皇帝は華眠虞陀卯徒(かみんぐだうと)と呼ばれる密教僧を招集し、
事件の原因究明と解決に当たらせたが、阿鼻瑠幽を見た者はことごとく消されてしまったという。

現代でもこのような怪現象を模倣し、窃盗団と同様の行為を働きながらも
タレント活動を続けていられるアイドルが存在することは驚嘆に値すると言えるだろう。

民明書房刊「業者の振り見て我が振り直せ」より
506水先案名無い人:2005/04/29(金) 13:54:10 ID:G3c1CyZF0
【現代の達磨大師 安井雄太】

「心頭滅却すれば火もまた涼し」という言葉がある。
通常は激しい鍛錬の元で初めて発せられる言葉であるが、
殆ど修行を積まない中でこれを会得したのが安井雄太大禅師である。

彼はこの心境に達するために通称「ガスパン」という方法を使ったという。
これがどのような儀式なのかは定かではないが、
ともかく彼は燃え盛る業火の中にありながら泰然自若の境地で過ごしたという。
その結果彼は四肢を失う結果となったが、
まさに現代に生きる達磨大師と評価するべきであろう。

(民明書房『アースが生んだ達磨大師ピピピッピピー』より)
507水先案名無い人:2005/04/29(金) 21:15:55 ID:rJnVR+wT0
45 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2005/04/29(金) 21:12:33 ID:???
>>41
男房瑠…その昔、とある国でスパイになる為の試験に使われた道具…。
男房瑠を被り、屈強な者達がうろつく屋敷の中を見付からずに侵入し、
その中にある旗を奪った者が一人前のスパイになれる。

なお、これが後に「メタル・ギア」というゲームの段ボール潜入の元ネタである。

                      (民明書房「部屋とワイシャツとたわし」より)
508水先案名無い人:2005/04/29(金) 21:37:13 ID:WDtyVguy0
嗎里欧(まりお)
殷の時代、貴埜瑚王国(きのこおうこく)が開国。
しかし30年後、玖派王国(くっぱおうこく)に支配された。
その上、国の妃、皮・馳(ぴーち)が人質になってしまった。
これを重く見た当時の王、季・廼皮墺(きのぴお)は
数々の戦いに勝った嗎・里欧(ま・りお)と呼ばれる男に
玖派城に冒険を命じた。彼は矩吏姥(くりぼー)、廼故野孤(のこのこ)
などの障害物を越えついに玖派にたどりついた。
だが、辿りつく前、廼故野孤を投げた。するとまた跳ね返ってまた投げる
これがくりかえされ、嗎・里欧は無弦位地阿部(むげんいちあっぶ)と
いう技を身につけ、玖派と戦った。しかし嗎・里欧を倒しても
倒してもすぐ起き上がりついに力つき倒れてしまった。
そして皮・馳を救出。国民から賞賛された。その後
嗎・里欧と仲の悪かった瑠・伊而(る・いーじ)、余・是(よ・っしー)
と出会い協力し、今後起こった数数の皮・馳誘拐事件で救出。

現在の有名ゲーム「スーパーマリオブラザーズ」でピーチが
誘拐されクリボーやノコノコを倒しクッパ城でクッパを倒し
又、ノコノコをけり続ける無限1アップを使うことから、
この故事が元になったのは言うまでもない。

(民明書房「任天堂とマリオの関係」より)
509水先案名無い人:2005/04/30(土) 02:12:15 ID:xLV1/TE10
久々仁和労多(ひさびさにわろた)

漢の時代、良政を治め民衆の支持を得ていた時の皇帝が急死してしまった。
後継ぎとしてその息子が皇帝を務めることになったが、
彼は私利私欲のために国の財力を使い、政治もおろそかであった。
そして近隣国との争いや飢饉なども加わって、民衆の不満は高まっていき、
先代皇帝の時から重臣を務めている蘭虞(らんぐ)は、胸を痛めていた。
あるとき皇帝は自らの権力を誇示するために巨大な城壁を作り始めるが、
これが幸運にも国の平和と、雇用の増大を同時にもたらした。
蘭虞はすかさず、皇帝の人徳により久々に国に安定が訪れたと、
「久々仁和労多」と皇帝を褒め称えた。
皇帝はこれをきっかけに、かつて国のために懸命になっていた父親の事を思い起こし、
自らも皇帝としての役目をまっとうしようと一念発起したという。

現代のインターネット掲示板においても、つまらないスレッドに
「久々にワロタ」と懐古主義を装った書き込みが行われるが、
これが蘭虞の言葉と同様の効果を狙っていることは説明するまでもない。

民明書房刊『ヤンキー皇帝、我に返る』より
510水先案名無い人:2005/04/30(土) 06:44:49 ID:EsO9ggWg0
>>504
>幼少のころに流行り病で両親を無くし
>後に李白が
>神田の古書店街で見つけた本に

必要以上に説明的にしすぎないことが要諦である
511水先案名無い人:2005/04/30(土) 22:36:14 ID:9huJ5Flv0
撲殺天使髑髏張(ぼくさつてんしどくろちゃん)

後漢も末期に差し掛かったころ、「張(ちゃん)」という豪傑が世にその名を轟かせていた。
彼は残忍で力が強く、「柄守狩墓留具(えすかりぼるぐ)」という鉄棒を振り回して、多くの人間を撲殺した。
武将たちは「天からの使いとしか思えない」と彼を畏れ、庶民は「彼に近寄れば必ず髑髏となる」と彼を避けた。
人々は張がやってくることを知ると、「非昼昼昼非昼日(ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ)」と叫んで、
その日の昼間は家に閉じこもり、張が去るのを待ったという。

現代、不思議なトゲトゲ特製バット「エスカリボルグ」で大好きな少年を撲殺した挙句に、
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜♪
という謎の擬音と共に、撲殺した少年を生き返らせる可愛らしい天使がいるが、
もしかすると、彼女は張の生まれ変わりなのかもしれない…?

民明書房刊「エレクトリックな武将たち〜お粥編〜」
512水先案名無い人:2005/04/30(土) 23:03:13 ID:IDpSwNNa0
ネタを出さずに駄目出しなど行わないのも、スレを殺伐とさせない要諦だな。


蛇目打死(だめだし)

平和な時代の皇帝は退屈を紛らわすため、芸人を皇宮に招くことがしばしばあった。

芸の面白さに応じて褒美を受け取るが、つまらないと判断された芸人は、
大蛇に目を食わせた後、棒で叩き殺されると言うのが古来からのしきたりで、
これを「蛇目打死」と呼んだ。

賢明な皇帝は芸人を蛇目打死せずに助言と小額の褒美を与えたため、
その治世では芸事が盛んになり世の中から笑いが絶える事は無かったが、
暗愚な皇帝は事あるごとに芸人を蛇目打死にし続けたため、
芸人になって人を楽しませる人間は減り、町は活気を失ったと言う。


なお、現代の「駄目出し」と言われる行為は「蛇目打死」が由来となっているが、
行為の多寡がその人の器量を示す指標であるのは今日も変わっていないようである。

民明書房刊『芸の道は命がけ』より
513水先案名無い人:2005/05/01(日) 11:27:39 ID:MRXPIigc0
>>512
>賢明な皇帝は芸人を蛇目打死せずに助言と小額の褒美を与えたため、
>その治世では芸事が盛んになり世の中から笑いが絶える事は無かったが、
>暗愚な皇帝は事あるごとに芸人を蛇目打死にし続けたため、
>芸人になって人を楽しませる人間は減り、町は活気を失ったと言う。

だが最も賢明と呼ばれた皇帝は、助言や褒美に加えて非常に僅かながら
蛇目打死を行い、それ故に芸人たちも自己研鑽を励んだと伝えられている。
514水先案名無い人:2005/05/01(日) 13:56:54 ID:Rafz3Ax00
畑雷蛇羅蒔毛仮名徒重津手瑠(はたらいたらまけかなとおもってる)

 永楽帝の支配する明において北方の騎馬民族に対抗するための軍の強化が
必須であった。
 そのために永楽帝は武術を奨励し、全中国からあつめた精鋭による
武術大会を開いた。その大会で頂点にたったのが仁井徒とよばれる集団であった。
彼らは他者が必死に戦っている間、ごろごろと見守り消耗した段階で「今の自分は勝ってると思います」
勝利宣言してしまうと言うもので「畑雷蛇羅蒔毛仮名徒重津手瑠」と恐れられた。

近年、定職にも勉強もせずにいる若者をニートと言うがその語源は「仁井徒」
であることは言うまでもない。


民明書房刊『自堕落生活のすすめ』より

515水先案名無い人:2005/05/01(日) 15:00:25 ID:12wuu1Pu0
無理しすぎだろwww
516水先案名無い人:2005/05/01(日) 15:55:09 ID:KCafGavvO
非越死・殺里非越死


中国は前漢の時代、恐ろしき呪術士が存在した。
その名を身・世殺(ミ・ヨコ)といい、人民はもとより
時の皇帝すら彼の者を恐れていた。
身・世殺は様々な呪術を用いて人々を不幸に陥れたが
中でも得意としたのが特殊な布を祈祷用の杖で叩き、
相手を呪った術である。
その際に身・世殺は「非越死!殺里非越死!」
(非を通り越す死を!里ごと殺し非を通り越す死を!)と叫び、
あの世より呼び出した悪霊に大声で歌うように命じた。

続く
517水先案名無い人:2005/05/01(日) 16:04:47 ID:KCafGavvO
そしてこの術を受けた者はもとより、
その里すら壊滅させる能力を持っていたのだ。
この悪夢は約五年程続き、これが元で
前漢は衰退の第一歩を踏み始めてしまうのである。


余談ではあるがこの身・世殺なる呪術士は出身が瓜楢と言われる土地以外、
素性が全く不明である。
しかし、前日逮捕された奈良の迷惑女が例の呪術を
使用していた経緯があり
一部の歴史学者は彼女こそこの呪術士の子孫ではないかと
議論を持ち上げているのである。


民明書房刊「布団叩きと呪いの関係・オバタリアン編」
518水先案名無い人:2005/05/01(日) 16:11:20 ID:FdDwkv160
>>514 ワロタ
519水先案名無い人:2005/05/01(日) 20:27:56 ID:mYaoQp6X0
民明書房には尼崎の列車事故に関する記述はありますか?
520水先案名無い人:2005/05/02(月) 06:33:07 ID:MI/ENF+o0
乗客の命を捨ててでもダイヤに間に合わせる…。

高見隆二郎とはそういう男よ。
521水先案名無い人:2005/05/02(月) 07:21:04 ID:8FnPJ3/v0
>>520
自分の命も捨てたがな
522水先案名無い人:2005/05/02(月) 09:25:46 ID:NisLYOdR0
>520
フッ、奴を焦らせたら命がいくつあっても足りん。
523水先案名無い人:2005/05/03(火) 08:49:27 ID:8Cmh+2AO0
このスレおもすれーー!!
>>1からここまで全部一気に読んでしまったー!
524水先案名無い人:2005/05/03(火) 09:17:27 ID:8xsPPcGt0
フッ、愚かな >>523 よ・・・貴様はまだこのスレの真の恐怖を知らんのだ。
そのうちジワジワと禁断症状が現れる・・・
525水先案名無い人:2005/05/05(木) 10:33:46 ID:m2kZnbfi0
次のスレが楽しみですね フッフッフッフ……
526水先案名無い人:2005/05/05(木) 15:20:39 ID:h0MHIanJ0
お願い、「コピペ」で何か作品を・・・(祈願
527水先案名無い人:2005/05/05(木) 20:46:33 ID:71UW+x8D0
虎秘経(こぴぺ)

今は昔、中国は唐の時代、ある辺境の集落に庸凌耶(よう・しのや)と呼ばれる僧がいた。
庸はあの仏陀の言葉が全て記されたといわれる経典を持っていた。
それは本場インドでも一部の高僧しか知りえない秘密の経典であった。
何故庸がそんな経典を持っていたかは定かではないが、一説には庸は仏陀の子孫であるという事だった。
そんなある日、村が野党に襲われそうになったが、庸が野党達の前に立ち、この経典を読み出すと
光る虎が突如として現れ、野党共を蹴散らした。そして村は救われたのだった。
このことより、この経典は「虎を呼び、奇跡を起こし秘密の経典」という意味を込められ、
「虎秘経(こぴぺ)」と呼ばれるようになった。

現在、2ちゃんねる上では優れた文章を「コピペ」と呼ぶが、
それがこの虎秘経から来ているというのはあまり知られていない事実である。

民明書房刊 『ネットの根底大解剖』 〜第三章 インターネットの起源は中国にあり〜 より
528水先案名無い人:2005/05/06(金) 00:58:18 ID:/YEBOfSf0
>>527
>現在、2ちゃんねる上では優れた文章を「コピペ」と呼ぶが

コピペってそんな意味だったか?
529水先案名無い人:2005/05/06(金) 08:17:00 ID:4azLmo500
>>527
す、すげえーーーーっ!wwww
こんなに早く作ってくれるなんて思わなかったです!
早速貼ってきます! (;゚Д゚)ノシ
530水先案名無い人:2005/05/06(金) 12:42:11 ID:f7Z/XXy80
>>519
ちょっと>>358が皮肉ぽい
531水先案名無い人:2005/05/08(日) 08:32:52 ID:gmdOcWOf0
      _,,:-ー''" ̄ ̄ ̄ `ヽ、
     ,r'"           `ヽ.
 __,,::r'7" ::.              ヽ_
 ゙l  |  ::              ゙) 7
  | ヽ`l ::              /ノ )
 .| ヾミ,l _;;-==ェ;、   ,,,,,,,,,,,,,,,_ ヒ-彡|
  〉"l,_l "-ー:ェェヮ;::)  f';;_-ェェ-ニ ゙レr-{   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  | ヽ"::::''   ̄´.::;i,  i `'' ̄    r';' }   | 【久々児倭漏多】(ひさびさにわろた)
 . ゙N l ::.  ....:;イ;:'  l 、     ,l,フ ノ   | こういうお漏らしをする子供が沢山いた昔の倭の国を
 . |_i"ヽ;:...:::/ ゙'''=-='''´`ヽ.  /i l"  < 懐かしんだのが由来なんだよな 今の新参は現代の言葉の
   .| ::゙l  ::´~===' '===''` ,il" .|'".    | 本当の由来を知らないから困る
    .{  ::| 、 :: `::=====::" , il   |     | (民明書房刊「新参の知らない古代VIPの奥義」より)
   /ト、 :|. ゙l;:        ,i' ,l' ノト、    \________
 / .| \ゝ、゙l;:      ,,/;;,ノ;r'" :| \
'"   |   `''-、`'ー--─'";;-'''"   ,|   \_
532水先案名無い人:2005/05/10(火) 21:26:47 ID:MXevcVTT0
流れが良くわからないのだけど、先日思いついたネタを一つ。

魔徒慄駆衆(まとりっくす)

古代中国は三国時代、魏の曹操は自軍の勢力拡大のためにより強い兵士を生み出すべく、
当時の名医・華陀に、麻薬の一種である麻沸散を調合させて兵士に服用させた。
するとその薬物を服用した兵士は恐るべき身体能力を発揮し、
周囲360度から飛んできた矢を身を反らすだけでかわす、
高所から地面に飛び降りただけで猛烈な地割れを発生させるなど、
自然の法則さえもねじ曲げてしまうかのような凄まじい戦いぶりを見せたという。
この強化兵士たちは「どんな悪魔さえもこの者たちには戦慄し、従うだろう」と恐れられ、
魔徒慄駆衆(まとりっくす)と呼ばれて敵味方ともに恐れられたという。
ただし麻薬ゆえにその副作用は凄まじく、服用した兵士のほとんどは廃人状態となったという。
あまりの副作用のために曹操はこの薬物の実戦投入をあきらめたため、歴史の表舞台にはこのエピソードは出て来ない。
華陀が曹操の侍医となるのを断って処刑された理由も、
この薬物を生み出してしまった罪悪感からだと唱える説がごく最近浮上してきている。

しかしながらまれに強靭な精神力で、この副作用を克服した兵士も存在した。
その兵士たちは「離牢涅努(りろうでっど)」と呼ばれたが、
自らの力の恐ろしさを知り、それを後世に残さぬ為に自ら姿を消したといわれる。

数年前に全世界で公開され大ヒットした映画「マトリックス」は、
精密な世界観描写や舞台設定が話題を呼んだが、その一部にこの故事がヒントとして使われた事は、
賢明な読者諸兄にはすでにおわかりのことと思う。

民明書房刊「中華視点的動画新報 〜あの名作の裏側〜」より抜粋
533水先案名無い人:2005/05/11(水) 00:56:28 ID:UCayANn/0
武士突け棒・武士躾棒(ぶしつけぼう)

古代中国の三国時代、蜀の天才軍師諸葛亮孔明は、常に寡兵を指揮する戦いに頭を悩ませていた。
その初期にあっては農民軍を指揮したが、農民に統率のとれた行動を望むべくも無かった。
そこで諸葛亮は、農民に槍を持たせ槍兵軍団による密集戦法を取った。
槍の使い方を理解しない農民を効率よく動かすため、諸葛亮は「(相手の)武士を突けーーーーッ!!!」と号令させたという。
このことから蜀軍の使った槍を「武士突け棒」と呼ぶ。

蜀建国後も兵の訓練の際には、「武士突けーーーーッ!!!」は慣例的に号令となったが、
蜀皇帝劉備の義弟である張飛が兵に厳しい訓練を課したことで、「武士躾棒」と表記されることとなる。

その後張飛は、兵の恨みを買い惨殺されている。
そのことを嘆いた諸葛亮は、以後「武士躾棒」を廃止したが、
後に木牛流馬(運搬用の一輪車)を開発した際、その長さを測るときに「武士躾棒」を流用して設計したと言われる。

現代においても自動車を自作の棒で計測し、メーカーの主査を躾る者が存在するが、「武士躾棒」との関連は定かではない。

民明書房刊『で、美里タンのチラは結局あったのか?』より
534水先案名無い人:2005/05/11(水) 00:57:47 ID:UCayANn/0
↑いかん、当て字じゃなかった orz
535水先案名無い人:2005/05/11(水) 18:23:39 ID:9G9AC8zz0
コンクラーベって、中国からシルクロードを通じてローマに渡ってきた選挙方法みたいだな
536水先案名無い人:2005/05/11(水) 18:27:43 ID:kXff9NtoO

思ったのならネタで書かなきゃダメでしょw
537水先案名無い人:2005/05/11(水) 18:34:51 ID:2AfKPlyE0
コンクレーベネタは既に男塾で出てるけどな。
538水先案名無い人:2005/05/11(水) 18:35:44 ID:2AfKPlyE0
×コンクレーベ
○コンクラーベ

・・・さらばだ諸君。orz
539水先案名無い人:2005/05/12(木) 00:24:51 ID:cS1hN9oT0
ゴンダクレーベ
540水先案名無い人:2005/05/13(金) 20:28:39 ID:Y1YEWiSz0
な,なんだあ?
うでが後ろに回って動けねえ!!
541水先案名無い人:2005/05/14(土) 16:55:51 ID:d3rWcN/c0
曉スレよりキタ━(●´ー`●)━( ●´ー)━(  ●´)━(   )━(`●  )━(´ー`● )━(●´ー`●)━!!
権濁黎辺(ごんだくれえべ)…

古代中国において、独眼の男を集め、
回廊に閉じ込めて針の山に座らせて競わせるならわしがあった。
中には一丁のヨーヨーを置いておき、
最終的にこのヨーヨーを手にした者が真のゴンダクレとされた。

民明書房刊「ローマ法王に見る鎮守直廊という生き方」より
542水先案名無い人:2005/05/15(日) 11:04:05 ID:daihlNw30
しかし、文字と内容に何の繋がりも無い・・・
543水先案名無い人:2005/05/16(月) 00:43:18 ID:V7aU/DZX0
修正。

権濁黎辺(ごんだくれえべ)…

古代中国において、武道がまだ黎明期で「澄んでなくむしろ濁った者こそ優秀だ」
とされたころ,独眼の武道家は激しい試練に耐えた証とされ
その男たちを集め、針の山に座らせて競わせるならわしがあった。
男たちは正方形の辺に沿って座し中には一丁のヨーヨーを置いておき、
最終的にこのヨーヨーを奪った者が武道家の権威とされ
権濁黎(ごんだくれ)と称号を与えられ
その選抜方法を権濁黎辺(ごんだくれえべ)と呼んだ。
この方法はいつしかヨーロッパに伝えられ,ローマ法王の互選が
「コンクラーベ」となったのはいうまでもない。

民明書房刊「ローマ法王と中国拳法」より
544水先案名無い人:2005/05/16(月) 05:44:06 ID:DtRu2JM10
>>542
繋がりがある必要はないよ。
>>543はまだましなほうだが
使ってる文字の全てを無理矢理こじつけるパターンが
民明書房らしくなくしてる一番の原因だからね。
545水先案名無い人:2005/05/16(月) 09:28:59 ID:rZp7jzmm0
>>544
「当て字で」繋げなければいけない、と誤読していないか?

当て字を使うかどうかではなく、「言葉とその由来とが全く繋がっていない」のがどうかと
思ったわけだが。
546水先案名無い人:2005/05/16(月) 11:16:47 ID:rUUBIUek0
いかん!やめろー!>>538ー!
547水先案名無い人:2005/05/16(月) 19:43:11 ID:SNy+qfjn0

     民明(´・ω・`) ショボーン


548水先案名無い人:2005/05/17(火) 01:39:02 ID:IM6acW/U0
>>545
「文字と」と言うから誤解を招くのだが。
549水先案名無い人:2005/05/17(火) 18:17:51 ID:+Uwi9N8P0
ttp://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/ascii2d/1106991846/31 より転(゚∞゚)ペーチュンチュン

31 名無したん(;´Д`)ハァハァ sage 05/02/01(火) 00:28:32 ID:BmnAJ1VH
北中中(ぺーちゅんちゅん)

時は明代初頭、元が滅び洪武帝による中国統一がなされたころのことである。
このころの料理人の間でひそかに重宝されてきた食材があった。それは∞の形に連なった二つの瘤が特徴の果物であった。
この果物の野生の木が森の中心部に群生することから「中」と呼ばれていたが、特に華北、華中の料理人が好んで用いたことから「北中中」と呼ばれるようになった。

しかし、この果物は強い依存性があり、北中中欲しさに仕事も忘れ荒れ狂う市民が急増したため、洪武帝が北中中を禁止する勅令を出した。
この後、北中中を求めてさまよう料理人と市民の「ぺーちゅんちゅん…ぺーちゅんちゅん…」という声が全土を覆い尽くしたという。

民明書房刊 「中国における禁忌・外法 −料理編−」より
550水先案名無い人:2005/05/18(水) 21:56:41 ID:7o1vzwV60
禁欲の末に辿り着く最強などたかが知れてる
欲しければ食らえ
551水先案名無い人:2005/05/19(木) 20:07:52 ID:cB1eYG3x0
ま  た  バ  キ  か  !
552水先案名無い人:2005/05/19(木) 21:04:56 ID:c/FU/GZN0
『珍宝(ちんぽう)』
明朝末期、中國北東部の男達の間で、素麗建(すれたて)なる遊びが流行っていたことは賢明な読者なら周知の通りであるが。
江栄地次郷(えぬえいちじきょう)と呼ばれる最果ての集落でも素麗建が流行していた。
素麗建で勝利したものは素麗建主(すれたてぬし)と呼ばれ集落の住人を呼び宴会を行ったといわれている、
特に酉の刻(現在の時間で午後六時から七時にあたる)の宴会は最も盛大に行われたといわれている。
また江栄地次郷一帯は風が非常に強く素麗建主の屋敷が直に老朽化するので宴会に呼ばれた者が
逸早く新たな屋敷を建て宴会の続きに備えたといわれている。
そして新たな屋敷を建てた者、新たな素麗建主に対し住人達は労いの言葉を掛けた。
その中でとある住人「陳 穂張(ちん ほちゃん)」は「珍宝」と言って宝物を献納したと言われている
初期は同じものを献納していたが後に宝物は豪華な装飾をまとった物になり
他の住人達も次回はどのような宝物を持ってくるのか期待するようになった。

なお現在NHK実況板で新スレが立てられるたびに様々なバリエーションのAAで
「 (´・ω・`)チンポ 」と言う書き込みをされるのはこの故事から来ていると近年の研究により分かってきた。
また実況板の住人達はそのAAのキャラクタのことを「チンポちゃん」と呼んでいるのは
珍宝の創始者「陳 穂張」からきているのは言うまでもない。
このような故事を知っているとはNHK実況板住人達の知識の高さに驚きを隠せない。
民明書房刊    「中国史で学ぶコミュニケーション」より抜粋
━━━━━━━━━━━━━━━━━
     『珍宝(ちんぽう)』         新スレです
  ,__  wwヘヘレvv〜レvv〜         楽しく使ってね
  iii■_∧  / wwレvvww〜レv〜レvv〜     仲良く使ってね
━ ( ´・ω・) / ━━━━ ∧_∧━━   ∧_∧
  .(    つ ∇  チンポ (・ω・`)      (・ω・`)
  .| | |.┌─┐   / ⊂   ヽ   / ⊂   ヽ
  .(__)_)| □|  √ ̄(____ノ○ √ ̄(____ノ○
 ̄ ̄ ̄ ̄  |   |  ||   ━┳┛  ||   ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄  |   | ================
http://omaira.jikkyo.org/test/read.cgi/livegline/1108809279/429/
553水先案名無い人:2005/05/25(水) 16:06:19 ID:eE9oUJau0
升者

古代中国において科挙試験は平民が地位を持つ唯一の方法であり、多くの者が不法行為を行っていたのは読者の諸君の知るところである。
このカンニングにはさまざまな方法があるが、「升」と呼ばれたカンニングの方法は現代ではあまり知られていない。
税を取りしまる役人の試験では、かごいっぱいに入った小豆の数を数える、というテストがある。
袖の中に小さな升を忍ばせてこの試験に臨んだものは、誰よりも早く正確に小豆の数を数える事が出来た。
このような不正行為を行う者は升者と呼ばれ、升を隠し持っているのを見つかった者は厳しく罰せられた。
この事件のあと、升者という言葉は一般的に不正を行う者をさすようになっていった。

現代日本のネットゲームにおいて、不正行為を働く者を指す隠語として「升er」があるが、
英語の「cheater」とは何ら関わりがなく、「升者」の現代風訳であることを知るものは少ない。

民明書房刊 「中国に見るネットのルーツ」より抜粋
554水先案名無い人:2005/05/26(木) 13:59:45 ID:Ms+eGY/GO
死意苦隠日記(しいくいんにっき)

昔、中国で奇怪な脳の病が流行した。それにかかったものは、
食欲のみしか持たない狂人と化し、間もなく死んでいった。人々は恐れ、嘆き、
狂人になってしまった人を「存微(微かに食欲を存するのみ)」と呼んだ。
病にかかった人たちは、すぐには狂人にならず、少しずつ自らを失っていった。
その時に日記を残すものも多かった。しかし、段々と正気を失っていくため、
所々文字が抜けていたり、最後は「粥 美味」としか書いていないものもあった。
これらの日記は「死意苦隠日記(死の恐怖を苦しみながらも隠している日記)」
と呼ばれ、人々の悲しみと恐怖を喚起した。
某ゲームに登場する飼育員の日記はこれを元にしたものであることは
賢明な読者ならすでにお気づきのことであろう。
(民明書房刊「日記の歴史-中国ハザード-」より抜粋)
555水先案名無い人:2005/05/26(木) 23:48:30 ID:tzpZG6V60
毛陀女歩【もうだめぽ】

 周王朝期の僧。幼少の頃より優秀で、文武両道に優れていた。
若くして僧の道を歩み、インドに渡って経典を写し、本格的に仏教を
学ぶつもりでいたが帰ってみると寺は焼き払われていた。失意の中
毛自身も賊に襲われ、その場で殺害されてしまった。毛の経典は
無教養な賊にとってはただの紙切れに過ぎず、揚子江に流された。
詩聖李白が「鍵音、父親大人渡官、毛陀女歩(敬虔な仏門への鍵を
ついに手にしたというのに天の父はそれを汚い人間に委ねてしまった。
なんと毛陀女歩の悲しいことだろうか)」と毛のあまりに悲しい最期を
漢詩に詠んだことで名が中国全土に広まり、今でもわがままな子供を
指す小皇帝(シャオ・ファン・ティー)などと並び、あまりに救われない
不運な人を指すポピュラーな慣用句である。
(民明書房刊「十三億人民大団結」より抜粋)
556水先案名無い人:2005/05/27(金) 00:06:00 ID:lAKCJclp0
多那神【たなしん】

 「那」という文字が中国の勢力範囲の端である那覇といった事例から
分かるように一般に辺境、野蛮といった意味で使われていたことは賢明な
読者諸君であれば周知の通りである。さて、紀元前221年、この年に
秦は動乱の中国を統一した。しかしたったの15年で滅亡してしまったこと
からも分かるように、無茶極まりない長城建設計画など、秦に対して
人々は多大な不満を抱いていた。そこで人々は秦を批判する際、多那秦
(秦の政治は辺境的で、野蛮なとんでもない暴政だ)と言ったのである。
その後インドより伝わった邪神の仏像(この仏像は狸のような形をしていて
野蛮、野性による人間の苦しみの象徴だった)を家に置いてこれを
秦の象徴として仏像に向かってぶつぶつと恨み言を言う習慣が出来、
多那秦より多那神へと転化した。また、清末期にも多那清という言葉が流行った。
(民明書房刊「ネット文化と中国の意外な接点」より抜粋)
557水先案名無い人:2005/05/27(金) 14:38:55 ID:R71gN64V0
愛惚怒射振(あいぽっどしゃっふる)でネタ希望
558水先案名無い人:2005/05/27(金) 18:08:26 ID:laBUAAMm0
製品の概要しか知らんが、それでいいのか?
なにか入れて欲しい要素があったら書いてくれ。
559水先案名無い人:2005/05/27(金) 18:55:43 ID:lAKCJclp0
魯李婚【ろりこん】

 清朝末期、魯小林という男がいた。魯は新聞の発行所に勤めており、
真面目な人物だった。ある日魯は紫禁城の近くで李白桃という幼女と
出会う。魯と李はお互いに一目惚れし、魯は三十七歳、李は七歳という
とてつもない歳の差のカップルだったが彼らはそんなものは関係なく
深く愛し合っていた。この美しい愛情の美談が日本に伝わって悪い
意味となってしまったことが悔やまれる。
(民明書房刊「中華五千年」より抜粋)
560水先案名無い人:2005/05/28(土) 00:55:47 ID:jXhOzcneO
【田尼茂】(たにしげ)

漢楚が覇権を争っていた時代、斉の国に田という尼がいた

田は、奇跡を起こす尼として知られ、その力は茂み(脇毛のことと思われる)から出ていたという

また、この田は大変気まぐれであったと言われており、良い奇跡が起これば感謝の念を、悪い奇跡が起これば恐怖の念を込め、斉国民はこう言ったと言われている

「是又田尼茂(これもまたたにしげ)」

現在、ネット上で中日ドラゴンズ・谷繁捕手の起こす数々の事態を、「これもまたtanisige」とひとくくりにするのは、tanisigeが田尼茂に由来しているからなのだろう

民明書房刊・中国に見る野球のルーツ〜tanisigeからマクー空間まで
561水先案名無い人:2005/05/29(日) 00:20:27 ID:+6QqTtf10
『亜玖襟恩(あくえりおん)』

古代中国のある地方に亜玖(あく)という若者がいた
亜玖は今で言うファッションリーダーのような存在で、周りの者は皆、彼の着こなし方を真似した
特に亜玖の着こなし方は襟が重要なポイントとなっていた
ある日、亜玖の服全てが彼を嫉む者によって襟の部分がボロボロにされた
このままでは外に出られないと悩む亜玖のもとに突如、阿呆露(あぽろ)という謎の人物が現れた
阿呆露は自分は一万二千年前の古代人の着こなし方を知っていると言い
亜玖にその着こなし方を伝授した
その着こなし方は服が例えぼろきれでも立派に見せれるということで、瞬く間に広まった
そしてこの着方は阿玖が襟の件での恩を込めて『阿玖襟恩』と呼ぶようになった
また、亜玖が阿呆露に対し「我着方一万二千年前 我感恩一億二千年後」と言ったといわれる

現在、テレビ東京系で毎週火曜午前1時から放映されている「創聖のアクエリオン」と
同作品OPテーマの歌詞の「一万年と二千年前から愛してる」と「一億と二千年後も愛してる」
というのは、この出来事が元となっているらしいが関係者は口を閉ざしている

(民明書房刊 「ロボットアニメは中国起源!? 第一章 それぞれの作品のルーツ」 より)
562水先案名無い人:2005/05/29(日) 21:04:13 ID:prDrnqNa0
江戸語晩兵乱(エドワードヴァンヘイレン)でネタキボンヌ
563水先案名無い人:2005/05/29(日) 21:23:33 ID:8MWVx+rm0
ネタキボンヌする奴に一言。
文字まで指定しない方が、ネタ職人が困らんと思われ。
564水先案名無い人:2005/05/29(日) 21:32:36 ID:7MT2bluf0
>>562
一部のマニアしか知らない大衆性の無いネタなので却下。
続きはヘビメタ板でどうぞ
565水先案名無い人:2005/05/30(月) 21:52:43 ID:0bYNBsdl0
『昏導夢』(こんどうむ)

中国の数ある戦闘集団の中で
一風変わった戦闘方法をする一集団があった。
彼らは相手の背後に静かに忍び寄り、相手の頭から袋をかぶせ窒息させたという。
しかしその死は苦しくなく、昏睡の中で夢の世界に導かれているようであったことから
この戦闘法は『昏導夢』と呼ばれる様になった。

袋をかぶせることや、夢に導かれるような事…

現代の避妊具『コンドーム』と無関係にするにはあまりに共通点が多すぎるため
コンドームのルーツは中国ではないかという説が支持されつつある。

民明書房刊 『戦闘と生殖』 〜共に本能に根ざすもの〜 より
566水先案名無い人:2005/05/30(月) 22:28:03 ID:T2E6vd/N0
我王我意我亜(ガオガイガー)と超英逢(超AI)のコピペ知りませんか?
567水先案名無い人:2005/05/31(火) 15:07:36 ID:CcvJwEUD0
牙王鎧我吾【がおうがいがあ】

三国時代の古代中国、三国中最大の勢力を誇る魏は、北方の異民族の多くをその支配下に置いていた。
一方、魏に従うことを善しとせず、頑なに抵抗を続ける民族も存在し、州李伊慈(すりいじ)族もその一つであった。
州李伊慈族には勇猛果敢な戦士が多数おり、その中で最強を謳われたのが吾(あ)という若き勇者である。

吾は、恐れを知らぬ戦いぶりで魏の侵攻を何度も食い止めたのだが、度重なる戦傷により
遂には指一本動かすことすら出来ない体になってしまった。

そんな吾の元に一人の男がやって来た。この男は当時天才と言われた名医・華侘の弟子であり
師の華侘が魏王・曹操の怒りに触れ処刑されたため、魏から流れて州李伊慈族の下へと流れ着いたのであった。
彼は吾の勇名を惜しみ、師より製法を伝授されし秘薬・璽医栖遁(じいすとん)を用いて、見事に吾を再起させた。
吾は璽医栖遁の効力により更なる力をその体に宿し、鬼神の如き戦いぶりでその後も魏軍を全く寄せ付けなかった。
遂に曹操は州李伊慈族を屈服させることを諦め、吾に「牙王」の称号と一両の鎧を贈り、その勇を讃えた。

吾は戦の際には必ず先陣を切り、黄金色に輝く大金鎚を振りかざしながら「我コソハ吾ナリ」と大喝して
魏兵を大いに震え上がらせたことから、州李伊慈族の者は尊敬の念を込め
魏の者は畏怖の念を込め、彼を「牙王鎧我吾」と呼んだという。

現代日本に於いて、数年前に好評を博し、現在もTV東京系でOVA作品が放映中のTVアニメ
「勇者王ガオガイガー」はこの故事が由来となっていることは疑うべくもないだろう。

民明書房刊 「古代中国の勇者達 -勝利の鍵、それは勇気-」より抜粋
568水先案名無い人:2005/05/31(火) 15:59:20 ID:lcOu8pjO0
武者頑無駄と似たような物を感じるのだが
569水先案名無い人:2005/05/31(火) 21:01:12 ID:BVCal8/O0
>>567
黄金色に輝く大金鎚がツボにはまってもうた。

       〃 ひ・か・り・になれ〜!!
    ___〃  ∧_∧
    |  |  (・∀・ )
   .=|  |==○=    つ
  从|__|∩   ヽ  、(⌒)
  ( `Д´)/    ヽ_)
      /
570水先案名無い人:2005/05/31(火) 23:29:33 ID:o/iVMVIP0
波火魔手(はぴまて)

後漢末期、世は乱れに乱れ、黄巾賊などの反乱者が次々に勃興するようになった。
禰 儀麻(ね・ぎま)も黄巾の乱に参加した一人である。
禰は、妖術の扱いに長け、様々な術を用いて、漢の軍を次々に撃破していった。
彼の妖術の中で一番の脅威だったのが、「波火魔手」である。
これを発動するとき、禰は、溢れるばかりの独特の笑顔で、戦場を駆け抜けたという。
だが、後漢書には残念ながら術の詳しい効果は載っていなかったが、
この術のことを、討伐軍の武将、尚 多郎(なお・たろう)はこう、語ったと言われている。

「之、消事望(訳:これ、消えて欲しいですね)」

この一言でこの術が大変脅威の存在だったということがうかがい知れる。


現代。日本の音楽チャートを席巻している、「魔法先生ネギま!」の主題歌に、「ハッピーマテリアル」があるが、
この中の歌詞に『オリジナル笑顔で駆け抜けろ』という件がある。それと合わせて、アニメのOP映像に出てる
「オリジナル笑顔」の映像が、この故事の一文に酷似していると言われてるのは、賢明な読者ならもはやお気付きであろう。

民明書房刊 「魔法のルーツを探る〜第三部 古代中国と、魔法少年編」より抜粋
571水先案名無い人:2005/06/01(水) 00:05:42 ID:jcDrvszu0
芸夢脳【げいむのう】
古代中国では芸夢(げいむ)と呼ばれる遊びが流行していた。
これは夢の中で別の人物に扮し、その人物になり切る「芸」と呼ばれる遊びを行う物である。
通常は厳しい修練を要した物の、忍 天導(にん てんどう)・施 雅(せ が)・素 丹亥(そ にい)・江夢 江州(えむ えす)の、
4人の仙人が作り上げた特別な道具「芸夢器」を用いることで、老若男女問わず誰でもこの遊びを楽しむことが出来るようになった。
西洋の戦士や魔法使いになる「努羅駆江」(どらくえ)や、戦国武将になり戦場で活躍する「三国夢想」、大地や空の精霊と心を通わせ共に冒険する「歩家門」(ぽけもん)が人気であったという。
しかしこの芸夢を良くは思わない者が居た。
日代国(にちだいこく)の役人である杜 明麻(もり あきお)は何を思ったのか、ある日突然「芸夢は精神に害を及ぼす」と語り始めた。
「芸夢脳」とは、彼が名づけた精神状態のことである。
彼の記述によれば、試しに芸夢を行わせた子供が著しく凶暴になった、勉学に対する意欲が著しく薄れたなどということが挙げられていた。
しかし彼の実験に関った者の証言では、杜は何も知らない子供に対し不可解な器具を付けて実験させた、或いは芸夢自体の内容も元々思考を要求しない単純な物だったなどの杜撰さが挙げられ、この説は一時著しく信憑性を落とした。

現在、日本の某大学の教授が「ゲームをすると脳に悪影響が出る」という趣旨の「ゲーム脳」理論を発表し、ゲームファンを騒がせているが、
そもそもこの説自体が古代中国の「芸夢脳」に由来することは疑う余地は無い。

民明書房刊「学歴・健康ファシズムの流れを止めよ!暴走する学術的権力者今昔」より
572水先案名無い人:2005/06/01(水) 02:25:43 ID:i0cCwTjQ0
1 570
2 521
3 565
番外 567
573水先案名無い人:2005/06/01(水) 18:11:36 ID:cf0oDHc50
新人【にいと】
古代中国において、世襲ではなく自分の興味のある職業の道を究めるためにその道の師匠に弟子入りする人がいた。
そして、入門して間もない人のことを新人と呼んでいた。
しかし、こうした若者の多くは職の厳しさに挫折し、すぐにやめていく者なども後を立たなかった。
こうして職を離れた者はたいていの場合二度と働きたくないと言う心情を持ち、次のような一節までのこっている。
働則思吾負也 (訳:働いたら負けかなと思ってる)
それから数十年が過ぎ、初めから職業にもつかず、学業にも励もうとしないものも出てきた。
時代の変化とともに言葉の方も変化し、こういった人のことを新人と呼ぶようになってきた。
日本で最近、このような人たちのことをニート(NEET)と呼んでいるが、これは決して英語の略称ではなく古代中国にちなむ言葉であることを知っておきたい。
574水先案名無い人:2005/06/01(水) 22:19:59 ID:ImlsNqp60
>>573
うまい!

欲をいえば
「働則思吾負也(はたらいたらまけかなとおもっている)」
と訳をひらがなにしたほうが,男塾王大人登場シーンに似てよかったかも。
575水先案名無い人:2005/06/02(木) 00:40:28 ID:PQ0q5K3J0
訳:はカコワルイな
あってないというか
576水先案名無い人:2005/06/02(木) 01:06:39 ID:jCAwSf7J0
語順は吾思働則負也がいい?
577水先案名無い人:2005/06/02(木) 17:45:45 ID:PRAs0Y550
『涅罵陀(ねばだ)』

唐代中国の武人。その武名は広く知れ渡っており、彼を慕う者は多かった。
『@u@』(あっとますますあっと)の旗印の下、多くの部下を抱えていた。
しかし彼と並び称された武人・沙斗巳(さとみ)は彼を快く思っていなかった。
ある時、涅罵陀がいつものように於派用備維務(おはようびいむ)の任についているとき、
沙東巳は彼の旗印を指して、「其変旗印如何。可否愚弄?」と侮辱した。
これに怒りを覚えた涅罵陀は沙斗巳に楠拿闘(なんだとう)の決闘を申し込み、
愕襲屡宇無(がくしゅうるうむ)にて見事沙東巳を打ち負かせて恥をすすいだという。

余談ではあるが、当時沙東巳は内府の役職を与えられており、
沙斗巳を討ち取った涅罵陀は興奮のあまり「勝った勝った、内府に勝った!」
と叫んだと言われる。
この時涅罵陀が使用した武器を改良して生まれたのが「カッターナイフ」であることは言うまでもない。

民明書房刊「少年犯罪裏面史」より

578水先案名無い人:2005/06/02(木) 17:55:48 ID:wjNC+Fkl0
>>577
(・∀・)イイ!
579水先案名無い人:2005/06/02(木) 19:39:51 ID:J95x++FQ0
久々のコピペ
こういう(RY
580水先案名無い人:2005/06/03(金) 01:49:13 ID:dlNzEOwI0
巣羽夷蛇族と天空飛行【すぱいだぞくとてんくうひこう】

古代より、空を鳥類のごとく自由自在に飛び回ることは我々人類の夢であった。
これは飛行機の開発に成功した事により果たされたように思われているが
実は、はるか昔古代中国の辺地に住む巣羽夷蛇族によって成し遂げられていた事なのである。

彼ら巣派夷蛇族は蚕の繭から取った繊維を糸のようにつむぎ、それを体内に
長年蓄積することによって数十メートルから数百メートルの糸を変幻自在に
扱うことが可能となり、これを谷間から吹き荒れる強い上昇気流にあわせて
利用することで空を自在に飛んだ。

もちろん誰にでも可能な技術ではなく、才能に恵まれた人間が
長期間過酷な修行を続けることによって初めて取得できる技であった。
そして多くの才能に恵まれた巣羽夷蛇族の若者が挫折していくにあたり
この技を取得できるのは一万人に一人の割合だと謳われ
この技術を身につけた者は「巣羽夷蛇万(すぱいだまん)」と称えられた。
最近は映画としても人気のある「スパイダーマン」がこの逸話を基に
作られた物語というのはあまりにも有名である。

民明書房刊「飛行少年の修行」より
581水先案名無い人:2005/06/03(金) 01:52:11 ID:lyiKu6Fi0
原作でバットマンでやってたやつじゃねえか
582水先案名無い人:2005/06/04(土) 00:07:28 ID:K98bGVj70
583水先案名無い人:2005/06/08(水) 20:52:13 ID:ievfAuLk0
保守
584水先案名無い人:2005/06/08(水) 23:36:48 ID:nvaCjPFH0
ttp://www6.plala.or.jp/gilice/minmei/xylitol.html

岸利徹…よもや奴が実在しようとは…!
585水先案名無い人:2005/06/09(木) 12:59:05 ID:QpP9Kxq70
波火魔手(はぴまて)

後漢末期、世は乱れに乱れ、黄巾賊などの反乱者が次々に勃興するようになった。
禰 儀麻(ね・ぎま)も黄巾の乱に参加した一人である。
禰は、妖術の扱いに長け、様々な術を用いて、漢の軍を次々に撃破していった。
彼の妖術の中で一番の脅威だったのが、「波火魔手」である。
これを発動するとき、禰は、溢れるばかりの独特の笑顔で、戦場を駆け抜けたという。
だが、後漢書には残念ながら術の詳しい効果は載っていなかったが、
この術のことを、討伐軍の武将、尚 多郎(なお・たろう)はこう、語ったと言われている。

「之、消事望(訳:これ、消えて欲しいですね)」

この一言でこの術が大変脅威の存在だったということがうかがい知れる。


現代。日本の音楽チャートを席巻している、「魔法先生ネギま!」の主題歌に、「ハッピーマテリアル」があるが、
この中の歌詞に『オリジナル笑顔で駆け抜けろ』という件がある。それと合わせて、アニメのOP映像に出てる
「オリジナル笑顔」の映像が、この故事の一文に酷似していると言われてるのは、賢明な読者ならもはやお気付きであろう。

民明書房刊 「魔法のルーツを探る〜第三部 古代中国と、魔法少年編」より抜粋
586水先案名無い人:2005/06/09(木) 12:59:39 ID:QpP9Kxq70
ガイシュツすまそ
587水先案名無い人:2005/06/10(金) 01:41:44 ID:78hfJ02S0
「カクヘン」
古代中国では己の武を鍛錬する方法として
様々な手段が講じられてきたが、その中でももっとも過酷と言われたのが
派珍公と呼ばれる師範が考案した「角変」(かくへん)と呼ばれる儀式である。
屈強な男同士が三人集い、同時に角のついた兜を被ったまま激突する根性試しのひとつである。
三人のうち、誰かの兜の形が破損・変化するまで続けられるという荒々しい儀式で
死者が出ることもあったという。
しかし、その儀式の中から類まれなる強者が現れることも常で
それが現在、パチンコ業界で運が回ってくる用語のひとつとして
「確変」として残っているのは、皆さんも周知の事実である。

民明書房刊「パチンコ一代記」より抜粋。

・パチンコ業界の特集があったときの実況スレにて
「確変って何?」という質問に対して。
588水先案名無い人:2005/06/10(金) 02:23:00 ID:obTN7rDH0
なかなか荒削りで好感が持てるな
589587:2005/06/13(月) 20:04:07 ID:pY1lhePI0
アル中(あるちゅう)

第二次世界大戦の最中、日本の精鋭航空部隊を次々と撃墜した
伝説の米軍パイロット、ランバ・アル中尉。
数多の伝説を築いた彼であったが、その唯一の欠点は酒癖が悪いことであった。
隊の仲間内でも眉をひそめる者は多かったが、軍人としての働きがずば抜けていた為に
長い間、その事は不問とされていた。
しかし奢れる平家は何とやら、ついに彼にもその酒が命取りとなり
伝説に幕を引く時が訪れた。
なんと、泥酔したまま爆撃機に搭乗し、そのまま操縦ミスから還らぬ人となってしまったのだ。
これ以降、米軍の間では どんなに優れた軍人であれ、酒から命を落とすこともあるという事から
戒めの為に、酒に溺れる者を彼の名を取って「アル中尉」と揶揄した。
懸命な読者諸君はお気づきであろうが、現在の日本でも酒に依存する者を「アル中」と呼ぶのは
この名残だという説が有力である。

民明書房刊「雑魚とは違うのだよ、雑魚とは。〜アル中尉の軌跡〜」より抜粋

同じく俺が「アル中の人集まれ」スレにてカキコ。
590水先案名無い人:2005/06/13(月) 22:20:46 ID:c+HTOwVs0
頭文字 照威(かしらもじ でい)

かつて古代中国において、「攻道礼守(こうどうれいす)」という、峠道で馬術と速さを競う風習があったことはご存知のとおりである。
さらに攻道礼守の名手として、豆腐屋の息子であった蜂肋(はちろく)という者がいたこともご存知の事と思う。
この攻道礼守について近年、その内容を記した文献が発見された。本巻ではその内容を大まかに記す。
彼は非力ながら優れた運動力を持つ馬を駆っており、その馬とともに地位夢(ちいむ)「赤色陽」、「夜童群」、「皇帝軍」など、
様々な挑戦者を打ち倒していった。
(しかし皇帝軍の頭目である叡 莫桟(え ぼさん)との戦いにおいて愛馬の寿命が尽き、その馬の息子である馬に乗り換えることとなる)
彼に敗れた者の中に、「赤色陽」を率いていた「白い流星」の通り名を持つ男がいた。
その名を「瑛 譜嗣(えい ふし)」といった。
譜嗣は自らの手で最強の馬術集団を作り、中原最速となる夢を持っていた。
そこで蜂肋を自らの主催する地位夢に誘い、さらに中原中から挑戦者を集った。
その地位夢の名を「照威(でい)計画」といった。
譜嗣は自らは監督役を務め、上りを弟の瑛 譜梯(えい ふでい)、下りを蜂肋に担当させ、
それぞれに課題を課し、一流の騎手に育て上げていった。
彼らは七星葉、東堂騎手教導団、砕太魔騎手連合、紫影軍などといった並居る強敵の地位夢を打ち破り、
中原に伝説を残していった。
この伝説は、彼らのシンボルマークである旗に「照威(でい」」の文字があったことから、
「頭文字 照威」と呼ばれ、今でも馬を生活の中心とする民族の間に語り継がれているという。

現在大人気の公道レースマンガ「頭文字D」は、チーム名や登場人物、登場する車の名前などに、
この伝説がモチーフではないかと思われる点が多々ある。
無論偶然であるとは思われるが、速さに命を賭けた物語という共通点に、古代の人々とのシンパシーを感じる。

民明書房刊「奔る・・・最速の彼方へ」より抜粋

※「攻道礼守(こうどうれいす)」・「蜂肋(はちろく)」など、一部別のネタから抜粋させていただいた言葉があります
591水先案名無い人:2005/06/14(火) 09:23:26 ID:fSKgLyaZ0
美符苦折帝 【びぷくおりてい】

中国殷代、最後の帝紂王は名君であったが、
愛妾妲己に溺れ暴君になってしまったことは有名である。
紂王が行った愚行の中で、酒池肉林、炮烙などは知られているが、
特に民衆を苦しめたのが『美符』である。
美符とは未開の地、柔即にあるという符のことで、仙人弐糸がこめた霊力により
永遠の若さを得られると信じられていた。
これを紂王が、妲己の美のために国民に探させた。
若い者は探索に駆り出され、探索費用のために重い税はさらに重くなったので
人々の不満は膨れ上がり、周の武王はこうした民意を受けて立ち上がり、殷を滅ぼした。
後に人々は、紂王のことを美符の苦しみによって折れた帝であることから
美符苦折帝と呼ぶようになったという。

現在、ネット上のニートを中心としたある集団が、自らの快楽のために奇行を繰り返しては
『それがVIPクオリティ』と叫んでいるが、彼らが紂王のような愚かさの果てに
自滅の道を歩んでいるように見えるのは偶然ではないだろう。

(民明書房刊 「古代中国−王朝変遷」より抜粋)
592水先案名無い人:2005/06/14(火) 17:40:16 ID:HIGEYuS30
>>590
長いし、文節の切り方がおかしいから読みづらい。
国語の勉強しような。
593水先案名無い人:2005/06/14(火) 21:01:52 ID:HJ50HvWQ0
『軽八汚(かるぱちお)』

 唐代中国の検死官。古来より医療で名高い一族の出でありながら、
数々の奇行、とりわけ、温泉場での放尿で汚名を響かせた。
放尿趣味も含めた汚点は八つを数え、これが軽八汚(かるぱちお)
の名の由来ともいわれる。八つの内容は諸説あるものの、一般的
には以下の八つがある。
一、温泉で放尿し、湯治場の名を汚した。
ニ、麦酒盃に放尿し、宴の愉しみを台無しにした。
三、毒物の人狸致膿(とりちうむ)を川に流し水を汚した。
四、怪我人・病人・死人の無惨画を公開、患者や遺族を侮辱した。
五、無謀通行を咎めた官吏を名指しで侮辱した。
六、皇室を侮辱した。
七、人々の憤りに気づき、ネタの一点張りで言い逃れようとした。
八、これら全てをもって一族の名を汚した。

 余談だが、当時の読本『婦裸通衆(ふらつしゅ)』が軽八汚を
取り上げ大きな反響を呼んだ。同時代の文献には「婦裸通衆」を
讃えた「供上文!(ぐっじょぶ!)」の記述が多く見られる。

民明書房刊「評伝・軽八汚ー放尿で炎上した男」より
594水先案名無い人:2005/06/17(金) 14:30:37 ID:vNBX2kMm0
見綬語魯(みじゅごろう)
かの昔、唐の時代に女嫌いでいつも家に引きこもっておる棊魯(ごろ)という男がすんでおった。
その男は実力はなく傲慢だったが、霽賢(はるけん)に長年任え様々な功績を残した
作雷(さくらい)という者だけは尊敬していた。
作雷は財政を立て直す一方華亜美印(かあびいん)という物語を仲間達と作り、
毎年少しづつ発表して庶民達を楽しませていた。もちろん棊魯もその一人だった。
しかし、作雷は自分を鍛えるために今の立場を捨て旅に出て行った。
仲間達は華亜美印をこれからも作り続けるか迷った。いまや、庶民にとってなくてはならないものであり
これをなくしたら、一気に不満の声が上がりかねない。とは言うものの、作雷抜きでいいものが作れるか。
一月もの時をかけて相談した結果、これからも作り続ける、そして新しい仲間をいろいろと入れるという
全くの新展開になる事が決まった。棊魯は新しい華亜美印を見て激怒した。
作雷抜きという事も彼を怒らせる大きな理由だったが、それ以上に怒らせる事になったのは
亜土(あど)という人間の女絵師が目立っていたからだ。彼は、それからというもの
新華亜美印を批判する巻物を50巻書き上げ、それを仁天(にんてん)という最も人が多い都の立て札に載せた。
棊魯は皆が同意し、あわよくばたくさんの褒美がもらえると思った。しかし現実は違った。
確かに作雷の味はやや薄れたが、それを補うくらいに新しいキャラの個性や人気があった上、
棊魯の書いた文は人格攻撃などの中傷がたくさんあったため、多くの者達が逆に嫌悪感を抱いたのだ。
後に棊魯は現実を認められず、狂い死にをしてしまったという。
この事から、自己中心的で全く現実を見ず、詭弁にもならない言葉を使って中傷ばかりをする
(しかも、それが褒美をもらえるくらい名文だと思っている)愚か者を見綬語魯(みじゅごろう)
と呼ぶようになった。今でも、棊魯を正しいと思っているものは、この名を好んで使うという。
民明書房刊 「中國に汚名を残す狂人大全」より
595水先案名無い人:2005/06/20(月) 00:20:37 ID:ZNHlWRrz0
鎖弐威拳(さにいぱんち)

唐の時代。中国南部の都市沙臼(さうす)は時の権力者、魏夷守(ぎいす)に支配されていた。
魏の暴政により暗黒の町と化した沙臼を開放するために、ある一人の若者がこの地に来た。
彼の名前は照伊戊我堂(てりい・ぼがどう)といい、気功を操る格闘家であり、父を魏によって殺されていた。
彼は魏の繰り出す強力な刺客を次々と撃破していき、ついに父の敵である魏の元へとたどり着いた。
魏もまた強大な気功の力を自在に操ることができ、砲弾すら通さぬ鋼霊身という強固な鎧を身に纏っており、
圧倒的な力で照伊を押していた。しかし、血にまみれながらも照伊は倒れることはなかった。

そう、彼は魏の使う気功を吸収し、増幅。そして自らの力としていたのだ。

そして、彼は増幅した気功の力を自らの拳に込め、鎖弐威拳(さにいぱんち)という、彼の必殺技ともいえる
強力な拳の一撃を魏に食らわした。その力の前には鋼霊身も無力化し、魏は塔から落下し死亡した。

彼はその後も戦車を鎖弐威拳で粉砕するなど、拳による数多くの武勇伝を後の世にひそかに伝えている。


現在。コミックボンボンで連載されていた餓狼伝説は、同名の格闘ゲーム原作の話とされているが、
上に挙げた故事に酷似した部分が多く、作者は照伊の武勇伝を参考にこの漫画を作り上げたのでは無いかという事は
賢明な読者なら理解できるはずである。

民明書房刊 「男なら、拳一つで勝負しろ!(と、中国語で書いてある。)」より
596水先案名無い人:2005/06/20(月) 22:49:28 ID:+eCSlbdk0
茶糧飲(さろういん)

中華文明が最も栄えた唐の時代は、食文化が発展した時代でもあった。

そんな中、食べるのは茶の葉のみ、飲ませる物も茶のみという条件下で育てられた牛が、
「茶糧飲(さろういん)牛」と呼ばれ、美食家の中で最高級の牛肉として称えられた。

現代高級牛肉としてもてはやされる「サーロイン」の語源となったのは言うまでも無い。

民明書房刊
『食うか食われるか!!世界食通事情』より
597水先案名無い人:2005/06/22(水) 01:15:29 ID:2FlIgdYO0
>>596
簡潔でうまいな
598水先案名無い人:2005/06/22(水) 10:36:01 ID:w+ijdC5f0
サーロインだけにか。。。
599水先案名無い人:2005/06/22(水) 15:30:50 ID:MPXIVpH70
転載の転載なので元スレわからんけど

276 名前:山師さん[] 投稿日:2005/06/10(金) 17:32:17 ID:ZwkOfpLJ
すいません初歩的な質問なのですがダンゴムシはなぜダンゴムシというのでしょうか?

278 名前:山師さん[sage] 投稿日:2005/06/10(金) 20:44:14 ID:UrPHDnVn
>>276
昔中国に陀厳(ダゴン)という名の拳法の達人がいたんだ
陀厳は都で一番強かった彼に敵うものはこの世にいないだろうとまでいわれていたんだ
そんな陀厳に勝負を挑む拳法家はあとをたたなかった
しかしある日陀厳は勝負で誤って相手を死にいたらしめてしまったんだ
それ以来陀厳は拳法を使わなかった、けれども彼に挑戦してくるものは後をたたない
そこで陀厳は新しい拳法、守りだけの拳法をあみ出した

ダンゴムシ?丸くなるからじゃねえの
600水先案名無い人:2005/06/24(金) 01:33:17 ID:7+iyQcKY0
件について

件 (くだん)とは、牛の体と人間の顔、もしくは人間の体と牛の頭部を持つとされる怪物。

江戸時代から昭和前半まで、西日本を中心に、一種の都市伝説として目撃談が報告されている。
牛から生まれる。人間の言葉を話し、特に様々な予言をするが、生まれて数日で死ぬと言う。 必ず当たる予言をするが予言してたちどころに死ぬ、とする話もある。 雄のくだんの予言は必ず当たるが雌のくだんが予言の回避方法を教えてくれるという説もある。
601水先案名無い人:2005/06/24(金) 10:21:10 ID:lQO3pZH/0
ネタスレでマジレス
602水先案名無い人:2005/06/25(土) 17:23:15 ID:JQXIndRd0
迩緊驚逝苦【にっきんきょういく】

 唐の時代、ある馬車に乗る者がスピードを出しすぎて皇帝の行列に
割って入り、これによって群衆100人が死亡するという大惨事になった。
皇帝はたいそう怒り、馬車を操っていた者をひっとらえ、13日間地獄の
ような苦しみを課した。彼のいた部屋からは毎日「迩緊驚逝苦(あまりに
厳しい仕打ちに縛られて驚き、苦しみ、死んでしまいそうだ)」という
呻き声が聞こえ、中国中の馬車乗りを震撼させたことから後には
上司が部下を脅す時に使われるようになった。

民明書房刊『中国鉄道事情―隠された闇の歴史―』より
603水先案名無い人:2005/06/25(土) 22:07:10 ID:h8sigg5p0
ちょっと直した。

迩緊驚逝苦【にっきんきょういく】

 唐の時代、騎馬戦車で有名な「田・加美」(た・かみ)が馬の調教中スピードを出しすぎ
皇帝の行列に 割って入り、100人余りが死亡する大惨事が生じた。
皇帝はたいそう怒り、田に13日間の拷問を行った。
彼のいた部屋からは毎日「迩緊驚逝苦(あまりに
厳しい仕打ちに縛られて驚き、苦しみ、死んでしまいそうだ)」という
呻き声が聞こえ、中国中の馬車乗りを震撼させたとのことである。

 現在,某鉄道会社で上司が部下を「日勤教育」と称して脅す
のはこれが由来であることは賢明な読者にはおわかりだろう。
民明書房刊『中国交通事情―隠された闇の歴史―』より
604水先案名無い人:2005/06/25(土) 22:45:23 ID:JQXIndRd0
>>603
ワラタ。スパシーバ。
605水先案名無い人:2005/06/26(日) 01:45:50 ID:Gju79sLD0
>>602-603ワロ
ガモウに通じるものがあるな
606水先案名無い人:2005/06/26(日) 09:43:39 ID:kWEkFtY80
呆馬(ほうま)
古代中国の度湖模(どこも)国の伝令。
正しくは「山 爺(さん じい)」という名前であった物の、馬も呆れるほどの足の速さを誇っていたため呆馬との通り名で呼ばれていた。
伝承によれば彼は一日で三百八十四里を走破することができたという。
彼は夢 卯芭(む うば)の弟子であった物の、自らの能力に限界を感じた夢卯芭が呆馬の足に目を付け、伝令を任せたという。
確かに足の速い呆馬であった物の、街の中では何故か自分の居場所を見失ってしまうなどの弱点があり、亜宇(あう)国の師出 間(しで ま)に出し抜かれることもしばしばあったという。

尚、現在日本の某携帯電話事業者が行っている「FOMA」サービスは、呆馬から名前を取っているというのは周知の事実である。

民明書房刊『激突!3G合戦』より
607水先案名無い人:2005/06/26(日) 09:45:28 ID:kWEkFtY80
訂正
「山 爺(さん じい)」

「亥無都 二千(いむと にせん)」
608水先案名無い人:2005/06/29(水) 16:26:39 ID:Ft6qPTdY0
お題目【デート】
おながいします。
609水先案名無い人:2005/06/29(水) 20:25:59 ID:tLiLVZJ20
『覇亜奴外射(はあどげい)』
善史元国(よしもとこく)からは、様々な猛者が生み出されていったことは周知のことである。
その中で、霊坐羅門(れいざらもん)と呼ばれる流派の首領「守 壬汰丹(す みたに)」が
三年間という苦行の末で覇亜奴外射と呼ばれる武術を生み出した。

覇亜奴外射とは獣の革で作られた黒色の武道着を着こなし「覇亜奴外射。保乎乎(はあどげい。ほおお)」
と叫び俊敏な動きで敵を追い込み巧みな腰の動きで敵をなぎ倒すという恐ろしい武術であった。
この武術は強力な破壊力とともに、「守 壬汰丹」の姿が言葉では表すことができないぐらいの威圧感があったと伝えられている

そのため、民からは避けられることがしばしばあったため自分は恐ろしくないと主張するためによく武道着姿で都に出向いたと言われている
見た目と裏腹に心は非常に清く困ってる民を見つけると自ら出向いて手助けをしたと言われている
また偏食の激しい子供のために嫌いな食べ物を食べれるようにする新たな料理を生み出す料理人の一面も見せた。

現在。土曜のゴールデンでハードゲイ住谷と呼ばれる吉本芸人が登場している、
彼の活動に、困ってる人を手助けするとよく街に出てよく人助けをしている。
彼が「霊坐羅門」の「守 壬汰丹」と関係があるかどうかは不明である。
さらに、好き嫌いの激しい子供のためにとんでもない料理を作ることからなんらかの関係がありそうである・・・。

民明書房刊 「中国史フォォォォー」より抜粋

ハードゲイのガイドライン
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1110624019/
610水先案名無い人:2005/06/29(水) 21:41:08 ID:bXL6Biw90
ミノモンタス

 古代ギリシャにおいてはデモステネスに代表されるような雄弁家が多数存在した。
中でも雄弁家の1人、ミノモンタスの弁舌には目を見張るものがあった。彼は午前には
ティビエス広場で政治批判を行い、正午にはニッテレス広場で主婦向けに美と健康に
ついての講義を行い、晩にはフジテレス広場で道行く人々に問答を行なっていた。
このように毎日演説を行なうミノモンタスはたちまちアテネ中の人気者になった。しかし、
徐々に人々を煽動するような言動が目立つようになり、時には虚偽と誇張で塗り固めた
ひどい演説も行なっていたがすでにミノモンタスに疑問を抱くものはいなかった。ある日、
ミノモンタスは「健康を保つために朝一番にぶどう酒を飲むのが良い」と演説を行い、翌日
その言葉を信じてぶどう酒を飲む人々が続出し、仕事が手につかなくなる、という事態が
起こった。このため執政官ビオフェルミナスの怒りを買い、毒酒で自決させられた。現在に
伝わる衆愚政治、mobocracyという言葉はminocracyという言葉が訛ってできたものであり、
言うまでもなくこの語源はミノモンタスである。

ミュンヒハウゼン出版刊「世界の雄弁家たち 第一巻」より抜粋
611水先案名無い人:2005/06/29(水) 21:44:33 ID:thhzagIA0
>610
おもろい
612水先案名無い人:2005/06/29(水) 21:47:34 ID:yqXLLeC+O
殷魏威・馬流無手弖殷(インギー・マルムスティーン)でネタキボン
613水先案名無い人:2005/06/30(木) 01:50:54 ID:iFUahMse0
>>610
GJ
上手い
614水先案名無い人:2005/06/30(木) 05:17:14 ID:zEsibrrWO
>>610
すげえ。おもしろい。
615水先案名無い人:2005/06/30(木) 18:19:46 ID:Tcwu3aSr0
>>610
今まで中国ネタで続いていたので
ヨーロッパネタが新しく見える
616水先案名無い人:2005/07/01(金) 00:05:45 ID:p1hQlz9T0
>>610
人名や地名がギリシャっぽく聴こえるのがすごい。
617水先案名無い人:2005/07/01(金) 01:57:54 ID:MauLdXIp0
>>610
モニターが卵かけご飯まみれになった
618水先案名無い人:2005/07/01(金) 09:20:21 ID:jyaRtMAq0
>610
ビール吹いたw
619水先案名無い人:2005/07/01(金) 09:41:44 ID:YPlzGzRb0
610の人気に嫉妬
620水先案名無い人:2005/07/01(金) 14:23:50 ID:oQhHNbH/0
>610

古代ギリシアにおける「哲学者ミノモンタスの弁舌」の故事は実は中国の唐王朝で
「観埜門の説法」と呼ばれた事実から採られたという説がある。
詫把卦(た・わけ)という僧が早朝には観埜門と呼ばれる大都の入り口で健康と信仰の関係を語り、
昼は午後いっぱいをかけてその陰で涼みながら人生の難題を相談し、
夕には門前で山海経を唱えながら奇想天外な世界の動物や妖怪を紹介した。
その真摯な態度と広範な知識、そして堂々たる物言いが都にやって来る人々に受け入れられ、
毎日その信者たちが今日は門前、明日は門の上での講演に詰め掛けるという有様になると、
様々な宗派の高僧からも認められ、その説法はいやがうえにも人気を呼んだ。
ある朝詫把卦は健康のためには念仏を唱え身を精進潔斎し、微飯留(ご飯は少なめにとどめましょう)と説法したが、
食事は大盛りでと唱える道教の五斗米道の怒りを買い、都から追放された。

しかし五斗米道もその後皇帝から迫害され滅亡した事から、食事は腹八分目を守らぬものをたわけと呼ぶようになったと言う。

民明書房刊 「午後は丸々中国思いっきり手絵部位」より抜粋
621水先案名無い人:2005/07/01(金) 22:47:31 ID:tkxkuRc70
>>620
ツマンネ
622水先案名無い人:2005/07/01(金) 23:00:15 ID:QjFMKMkA0
なぜ唐王朝の故事を古代ギリシャの人間がパクれるんだ。
何でも書きゃいいってもんじゃない
623水先案名無い人:2005/07/01(金) 23:27:17 ID:QEWsWXmk0
少なくとも
シルクロードを渡り中国ではこのように姿を変え伝えられている
ならよかったのだが
624水先案名無い人:2005/07/02(土) 01:48:58 ID:vXCt3Y6V0
武意衛 州意 (ぶいえ すい)
古代中国の於陀宮国(おだきゅうこく)の建築家。
ある日彼は、於陀宮国の皇帝から新たな宮殿「魯満州宮(ろまんすきゅう)」の建築を命じられた。
魯満州宮は於陀宮国の象徴であり、於陀宮国の民からも自慢の種となっていた。
特に、かつての絵水(えすい)が設計した魯満州宮は百四十五里先までも評判を広めていたと伝えられている。
その後も衛濡 衛水(えぬ えすい)、慧瑠 依粋(える えすい)、俳絵 粋(はいえ すい)、亜流依 水(あるえ すい)が魯満州宮を設計し、その絢爛豪華さには内外問わず息を飲んだ。
しかし衛 苦瀬(え ぐぜ)が建てた6代目の魯満州宮はそれまでの豪華絢爛さから一転、役所・皇帝の邸宅としての機能に特化したかつての豪華さは微塵も感じられぬ物となってしまった。
そのため民の間からも落胆の声が聞こえ、士気は低下する一方であった。
皇帝はこの状況を打破すべく、州意に対し「かつての絵水が建てたような素晴らしい魯満州宮を作れ」と命じた。
彼は皇帝の意を遥かに超える魯満州宮を作り上げた。
その外観は伝承によれば白い外壁に赤い帯が巻かれていたという。
また宮殿内の天井は非常に高く開放感に溢れるものであり、久しぶりに付けられた展望台からの景観は素晴らしい物であったという。
かつての栄光を取り戻した魯満州宮に人々は活気を取り戻した物の、この魯満州宮は堕意参新島京(だいさんしんとうきょう)の都で暴れていたで暴れていた魔神「衛婆気理」(えばげり)に似ていたとも言われている。

現在、日本の某私鉄が最新型特急列車を投入し話題を集めている。
この列車の愛称は「VSE」であるが、「Vault Super Express」の略でなく武意衛 州意から来ているのは明白である。
(民明書房刊「ロマンスをもう一度」より抜粋)
625水先案名無い人:2005/07/02(土) 11:47:37 ID:nLDTdEZg0
 覇阿 斗萬

 三国時代、魏の国の人で覇阿 斗萬(はあとまん)という将軍がいた。この将軍の部隊の訓練は
凄まじく、どんな人間でもわずか八週間で一流の兵士に育て上げる手腕の持ち主だった。性格は
公平無私で「我差別を許さず。漢民族、鮮卑族、匈奴族、全て価値なきものなり」という言葉は
あまりにも有名である。彼は基礎体力訓練において「父母座臥に有り。母寝転がりて曰く『願わくば
与え給え。卑態(ぴーてぃ、意味不明)』」という即興の漢詩を兵士に歌わせながら走らせたと言われている。
 だが、最後は彼の訓練に耐えかねた牌留(ぱいる)という一兵士が覇阿斗萬将軍を弓矢で射殺すという
悲劇によりその生涯を閉じた。彼は「嗚呼牌留よ、汝父母の愛情足らざるや」と、最後まで兵士のことを
考えながら死んでいった。後に、スタンリー・キューブリック氏が映画「フルメタル・ジャケット」の中で
覇阿斗萬将軍の故事にヒントを得、ハートマン軍曹というキャラクターを生み出したのはあまりにも有名である。

民明書房刊 「中華個性派将軍列伝」 ハ行の項より抜粋
626水先案名無い人:2005/07/02(土) 14:54:49 ID:qqeOnmQb0
>>625
簡潔でGJ!!
627水先案名無い人:2005/07/02(土) 17:51:25 ID:dYBqswkr0
>>625
GJGJGJGJGJ
628水先案名無い人:2005/07/02(土) 18:07:39 ID:kdTaO8y70
>609
いくら民明書房でも、その本のタイトルは投げやり過ぎだろw
おもろいけど
629水先案名無い人:2005/07/02(土) 19:21:32 ID:kdTaO8y70
   鞭護神軍団

春秋戦国時代、辺境の「鞭」という国に秦 栖慶(しん すけい)なる皇太子がいた。
老いた父王に代わり軍の指揮を取り、近隣にその武名を轟かせていた。
彼の元には屈強で鳴る4人の将軍が集い、各々が皆一騎当千の強者であったという。

轍 面非(てつ めんぴ)…眉一つ動かさず敵を切り捨てる非情の将軍。実は熱血漢。
保 烏満(ほ うまん)…紅一点。味方には優しい母親的存在だが、敵に対する舌鋒は鋭く苛烈。
破 唖零(は あれい)…書画にばかりうつつをぬかすスチャラカ将軍。だが実力は本物。
禰 威酔(で いすい)…常に酔っ払っているが外交問題にも強い。早朝水泳が趣味。

彼らは文字通り<史上最強>の呼び声高く、あらゆる大国の侵攻をことごとく撃退し、
諸国から「鞭護神」と呼ばれ恐れられた。

しかしある時、栖慶が女官を虐待したとの嫌疑がかかり、数ヶ月の間、父王から
蟄居を命ぜられる事件が発生。
その間、痴 律痢(ち りちり)や損那谷津 御覧耶老(そんなやつ おらんやろう)といった
暗愚な官僚たちが国政を壟断し、さらに以前から囁かれていた轍 面非と禰 威酔の確執が
ここにきて表面化。
鞭の国は乱れに乱れ、後に蟄居を解かれた栖慶はその建て直しに苦心したという。
それが原因で、栖慶は晩年に石垣(しゃくえん)という小島に茶庵を構え、そこに
隠棲してしまったとされている。

現在、日本テレビ系で「行列のできる法律相談所」なる番組が放送されているが、
彼ら4人の最強弁護士軍団が、この故事に倣って選抜されている事を知る者は少ない。
司会の島田伸介がこの先、栖慶と同じ轍を踏むのか、我々は注意深く見守っていく
必要があるだろう。


民明書房刊「秦 栖慶 〜八つの才を持つ男〜」より抜粋
630水先案名無い人:2005/07/02(土) 23:09:58 ID:w4yKdR1S0
藍球座降(あいきゅうさぷり)

 宋の時代に科挙の制度が完全に確立してから、受験戦争はますます過熱していった。
当然、受験のための塾もあちこちに建っていたのだが、中でも威統(いとう、字は志楼)が
建立した塾では風変わりな勉強法で有名だった。塾生が納得できない部分があれば
藍色の棘のついた球を籠の中に入れさせ、講義の終わりに正座してその球を頭上から降らせた
のである。「塾生の苦しみがどれだけのものか理解するため」というのが理由である。塾生の
ために体を張るこの方法は後に藍球座降(あいきゅうさぷり)と呼ばれ、威統の塾からは多数の
科挙の合格者を出した。

現在、フジテレビの人気クイズ番組「IQサプリ」で伊東四郎氏が最後にモヤットボールを頭から被るが、
まさしく藍球座降の故事に基づくものである。

民明書房刊 「目指すはIQ1100」 本郷 猛   より抜粋
631水先案名無い人:2005/07/03(日) 01:22:57 ID:NWONYHU+0
暗愚な官僚ワラタ
632水先案名無い人:2005/07/03(日) 02:30:04 ID:bz9REf1X0
>630
IQサプリの漢字当てがうまい
633水先案名無い人:2005/07/03(日) 05:26:59 ID:tFpHjK+H0
いまいち。
当て字にこだわりすぎないのが吉
634水先案名無い人:2005/07/03(日) 09:52:27 ID:CjBbS3rw0
いや、意味が分かる漢字になってる
635水先案名無い人:2005/07/03(日) 13:25:12 ID:wG1epx1V0
>>630
イイね、語も話の展開もわかりやすい。
636水先案名無い人:2005/07/03(日) 15:41:02 ID:NWONYHU+0
   検田君

鞭の国の皇太子、秦 栖慶が蟄居を命じられた際に権勢を振るった暗愚な官僚達の
代表的な悪行として、税制の変更が挙げられる。
それまでに比べ納税の仕組みが格段に難解になり、それを理解出来る者はほとんど
いなかった。それ故、民衆は徴税官のいいなりのまま支払う他なく、官僚達は
どんどん私腹を肥やしていった。
人々はあまりの重税とその複雑さに、「難税」(なーーーぜーーー)と嘆き悲しんだという。
そんな窮状を救ったのが、復帰した栖慶によって登用された「鞭の三賢人」である。

玖 出翁(く いずおう)…あらゆるジャンルに通じるその知識は三賢人随一と評された。
勇 独楽(よん こま)…大衆書画の大家。鞭国昆虫協会理事でもある。
胡 螺牟(こ らむ)…老け顔の怪人文筆家。主に社会、民生に明るい。

この三人の文官によって制定された制度が「検田君」(けんたくん)である。
検田君とは非常に厳しい審査をパスした若者だけに任命され、田畑の面積を正確に
計測してそこから徴収可能な税額を定めるための役人の事である。
しかしそれだけに留まらず、税制、刑法、日常の疑問に至るまで、ありとあらゆる
民衆の相談事を聞き、的確なアドバイスをして民衆から大変愛されたという。
彼らの一人が残した言葉、「沒有不被解開的難題」(解けない謎はありませんから)は
彼らの優秀さを示す言葉として近隣諸国でも話題となった。

なお、この検田君が後の日本における検地の元となった事は言うまでもない。


民明書房刊「秦 栖慶 〜八つの才を持つ男〜」より抜粋
637水先案名無い人:2005/07/04(月) 00:50:08 ID:2w1FD0NO0
>>629
>>636
おもしろい。あと6つは?w
638水先案名無い人:2005/07/04(月) 08:30:30 ID:8TiYfPnz0
璧査権(へきさごん)
 さて、暗愚な官僚に苦しめられた秦 栖慶であるが、有能な官僚を得るために
新たな官吏登用制度を設けることにした。それは今でいうアタック25のような、
知識と解答者間の駆け引きを要求するクイズ形式の科挙であった。六人の
受験者が一つのテーブルに座るまでは良いが、この科挙の特徴は一人の
受験者が数ある問題の中から選び、五人に解答させる点である。そして問題を出した
人間が、誰が間違っているかを推理し当てるのである。
 各受験者には三つの璧が与えられ、間違いを指摘されれば解答者は璧を差し
出さねばならず、持っている璧が全て無くなれば失格となる。出題者は一度に
三回まで推理指摘が可能である。また、解答者が全員正解と思うときは「正負」(せいぶ)
を宣告し、全員正解の場合は解答者全員が璧を一つ差し出すというルールになっていた。
この科挙により官僚に必要な知識と駆け引きの能力、また他人を巧みに騙せるような
弁舌能力も効率よく確かめられ、次々と有能な官僚が採用されていった。後に暗愚な
官僚の抜き打ち試験にも使われ、これを璧査(へきさ)と言った。壁査を取り仕切る人物には
壁査権(へきさけん)が与えられた。この試験法が日本に伝わった時は壁査権卒(へきさごんの
そち)という役人が取り仕切った。後に民衆の間にも広まり、璧査権卒の名前をもじって
「へきさごん」という遊びとして伝えられた。
最近、フジテレビがこの遊びを改良して「ヘキサゴン」というクイズ番組に仕上げたのは周知の通り
である。

民明書房刊「秦 栖慶 〜八つの才を持つ男〜」より抜粋
639629:2005/07/04(月) 09:26:57 ID:8BAx982j0
>638
ありがとうございます。正直ヘキサゴンは思いつかなかった(^^;
>637
伸介のレギュラー番組数から8つにしたんだけど、正直
キスいやとPQ、バリバリバリューは思いつかない。
後は鑑定団とオールスター感謝祭くらいか。
640水先案名無い人:2005/07/04(月) 19:29:19 ID:rZaw/8Sw0
二区防艦長事件

 時は明の時代、中国は度重なる倭寇の侵入に苦しめられていた。倭寇による密輸入も
大変問題になっており、朝廷は対処に追われている有様だった。
 さて、倭寇の侵入を防ぐために海上を何個かの区に分け、一つの区につき一つの防艦を
配備していたのだが、その中で二区の防艦である悲劇が起こる。
 二区防艦は主に倭寇の密輸入取り締まりを担当していた。ある夜、防艦艦長、歯臼曼(はうすまん)
は寝る前に甲板を見回っていたが、そこで変な物音を聞く。物音の方向に向かってみると、何と部下
の蛇固と蛇液の双子の兄弟が互いに男色を貪りあってるではないか。傍らには倭寇から差し押さえた
諏葉生搾(すうぱあなましぼり)があった。これは催淫剤の一種であり、飲むと老若男女構わず性欲を
もてあますようになるという恐ろしい薬であった。彼らは興味本位で諏葉生搾を飲んでしまい、互いを
欲するようになってしまったのだ。
 葉臼曼は激怒し、二人を東シナ海に沈めて殺してしまった。後に彼は、「二人は明王朝の恥部なり。
誰もが蒸し返したくなき暗部なり。性欲の奴隷たちよ、願わくば冥府で兄弟仲良からんことを」と日記に
記している。二区防艦長としての自責もあったのであろう。
 最近、某ゲームのパロディで「肉棒カンチョー罪」と叫ぶ某長官がいるが、無論二区防艦長とは何ら
関係ない。

民明書房刊 「闇に葬られた珍事件X-FILES 中国編」より抜粋
641水先案名無い人:2005/07/05(火) 04:26:27 ID:IZPYXQ7pO
官庭壇(かんていだん)

鞭の国の皇太子・秦 栖慶には悩みがあった

鞭の国の宝物庫にある宝の八割が偽物だという噂が流れていたからだ

そこで栖慶は著名な鑑定士を集め、宝の鑑定をさせた

もちろん隠れて鑑定したのでは、噂が消えることはない。

そこで栖慶は官庭(文官、武官たち専用の庭)に壇を設け、ここで鑑定士に鑑定させたという

これが後に官庭壇と呼ばれた事件である

現在、テレビ東京で「何でも鑑定団」という番組が放送されているが、この番組名が官庭壇にヒントを得ていることは間違いない

秦 栖慶〜8つの才を持つ男〜より
642水先案名無い人:2005/07/05(火) 07:44:10 ID:Q28iRd9B0
   大流主多 大感謝祭

このように、多くの有能な人材によって栄えた鞭の国では、年に2回、全国の
あらゆる太守や官僚たちを一同に集めて、慰労の大祭を執り行った。
そこには官僚だけではなく、その時折の大衆の人気者、流行歌手、文筆家、
スポーツマンといった民間人も多く招待され、皆揃って鞭の三賢人が一人、
玖 出翁が手がけた難問、奇問に挑戦した。
この大祭は都合六日間にも及び、謎かけだけに留まらず、遠走、綱引き、相撲、
早馬競争などが行われ、それに優勝すると誰でも多額の褒章を手にする事が出来た。

この祭では身分の貴賎を問わず幅広い層の人的交流が図られ、終始なごやかな
雰囲気で進行したが、たったひとつだけ、決して犯してはならない決まり事があった。
それは「各自割り当てられた宴席には水、酒を問わず一切の水分の持ち込みを禁ず」
というもので、もしこれを破り、あまつさえ宴席にそれをこぼそうものなら
身分の如何を問わずその場で即刻斬首、という苛烈なものであった。
それゆえ参加者の間では「茶は安息所(食堂の事)で飲むだけにせよ、でなければ
首を駆られる」という意味の「安茶置獲駆」(あんさーちぇっく)が合言葉に
なっていたという。

現在TBS系列において年に2度「オールスター大感謝祭」という番組が放送されているが
これはこの故事を元に作られている事は言うまでもない。


民明書房刊「秦 栖慶 〜八つの才を持つ男〜」より抜粋
643水先案名無い人:2005/07/05(火) 07:45:00 ID:Q28iRd9B0
   完諦団

さて、これまで秦 栖慶の様々な業績を挙げてきたが、最後に彼の「裏の顔」
についても記さねばなるまい。
生き馬の目を抜く春秋戦国時代において、君主たるもの、ただ善良なだけでは
生き残れない。国家間の駆け引きにおいては様々な権謀術数が飛び交い、そのために
各国とも一般に知られていない非合法な集団を擁しているのが通例であった。
そして鞭の国における特殊工作機関…それこそが「完諦団」である。

彼らの任務は諜報、流言、破壊活動など多岐にわたるが、特に特徴的なのが
各国王朝の秘宝、財宝を、一切の証拠を残さず盗み出す事に長けていた事だ。
この財宝は海路を通じて倭や支那、西方諸国へと売買され、鞭に莫大な収益をもたらした。
また彼らは価値の低い品、足のつきやすい品には一切手を出さず、その手口、そして
その審美眼はまさに芸術的でさえあったという。
盗まれた側は当然、必死になって財宝の行方を追うが、結局犯人が捕まったり
鞭の国が疑われるような事はただの一度として無かった。
中国全土を暗躍した謎の盗賊団の、そのあざやかな手口に人々は「好工作!」
(いい仕事してますね〜)と感嘆したという。

彼らを語る際、忘れてはならないのが、完諦団首領であり秦 栖慶の旧知の友であった
「御 老公」の存在である。
彼は一介のちりめん問屋の隠居に身をやつし、少数の供を連れて中国全土を行脚、
各国の動静や警備体制を調査し、時には現場で工作の指揮を取り、常にその仕事を
完璧に成功させたという。
彼は秦 栖慶よりも20近くも年上だが、その友情は何十年もの間、変わる事が
無かったという。

なお、この御 老公の全国行脚の話が後に日本に渡来し、(実際は水戸からほとんど
出る事の無かった)水戸光圀の世直し話、「水戸黄門」となった事は言うまでもない。

民明書房刊「秦 栖慶 〜八つの才を持つ男〜」より抜粋
644水先案名無い人:2005/07/05(火) 22:37:33 ID:KOlqhg6p0
苦位頭 秦 栖慶訓(くいずしんすけいくん)

国中あまねくその威光が轟く秦 栖慶であるが、
首都域の限られた地域でもその威光は絶大であった。
いわゆる官宰老科留(かんさいろうかる)と言われた独自の官僚機構の中で、
より高い官位に就くためには秦 栖慶の出す難題を解決せねばならなかった。
それは路経(ろけい)と呼ばれる地方へ出向しての現地調査であった。
こうして民の現状を知り、秦 栖慶や側近の蕃 奴迂(ばんどう)の前で報告して
認められればようやく出世することができた。
しかし若手官僚たちの多くはこれに挫折し、
この難問をいつしか苦位頭 秦 栖慶訓と呼ぶようになったという。
だが、ここから多くの名将が生まれたのも事実で、
あまりにも有名な世 域(せいき)や台 曾宇(たいぞう)と言った武将はここから生まれた。

現代でも特定の地域で「クイズ紳助くん」なる番組が放映されているが、
この地では秦 栖慶を見ない日はないと言っても過言ではない。

民明書房刊「秦 栖慶 〜八つの才を持つ男〜」より
645水先案名無い人:2005/07/06(水) 01:45:40 ID:6dndma+G0
万材武有無(まんざいぶうむ)

後年は皇太子として威光をとどろかせた秦 栖慶であるが、
その出生は父王がお忍びで民間の女に産ませた、いわゆる落胤であった。
その秦 栖慶が世に出るきっかけとなったのが、
万材武有無(まんざいぶうむ)とよばれる武道大会である。
民間から広く人材を集めるために開かれたこの武道大会は、通常の武道大会と異なり、
二人一組となって戦う、今で言うタッグマッチであった。
そのため、ただの匹夫の勇だけでなく、戦略性や協調性など、
武将としての能力も要求される、非常に高レベルな大会であった。
当時街の不良少年であった秦 栖慶は、その万材武有無に、
同じ不良仲間であった劉 須桂(りゅう すけい)とともに出場し、見事上位に入賞した。
そこで父王と初対面を果し、ようやく王子として認められた秦 栖慶は、
その後に発生した豹巾族の乱などで活躍し、ついに皇太子の座を勝ち取ったのである。

しかし、皇太子になってからの秦 栖慶の輝かしい功績のなかに、相方だった劉 須桂の名前はない。
武将としての能力に問題があったとも、商人に巨額な借金をし破産したとも言われるが、
その詳細は定かではない。

民明書房刊「秦 栖慶 〜八つの才を持つ男〜」より
646水先案名無い人:2005/07/07(木) 02:10:11 ID:cbXsmkjm0
質より量か。乙
647水先案名無い人:2005/07/07(木) 02:56:59 ID:sNq3KPNb0
バリバ・リバリュー

古代ギリシャの資産家、「マダシンス」は週に一度、豪華客船「リバリュー号」に乗り、主にヨーロッパ地方の海域を遊覧していた。
ちなみにこの船の船長の名前が「バリバ」である。この事からこの船の事を庶民には「バリバ・リバリュー」と呼ばれていた。

遊覧時にマダシンスは親しい著名人を2人ペアで4組招待したのだが、
そこは天才とも言われたマダシンス、ただで乗船させるわけには行かなかった。
マダシンスは秘書の「ミズーリ」の豪華絢爛な衣装を彼らに見せ、この衣装代はいくらするのか当てさせるのであった。
そして値段が近かったものから部屋へと案内したのであった。
もちろん外れた値段を答えてしまうと、それなりのランクの部屋へ招待されるのであった。
その部屋の名前は上から良い順に「ファウスト」「ジャーネス」「コノミス」「カルゴ」と呼ばれていた。
ちなみに「カルゴ」の部屋はとてもじめじめしていてカタツムリがたくさん這っている事からこの名がつけられたそうだ。

ミズーリの衣装の値段がぴったり当たった場合は、
副賞としてリバリュー号を貸切でピザ食べ放題とカリブ海の旅が貰えた。
さらに甲板に特別舞台を設置して劇も見れると言うおまけ付きでもあった。
この副賞の名前を「ピッツァ・リバリュー・ショウ」という。

しかし、あるときマダシンスは侮辱行為である女性に唾を吐くと言う行為で豪華客船に乗る事をしばらくの間謹慎させられた。
すでに客人は招待してしまっていたので、ここでマダシンスの知り合いの資産家「オズマ」を招いてとりあえずしばらくの間は難は逃れた。

現在のテレビ番組で「世界バリバリバリュー」という番組があるが、
そのテレビ内容がこの故事と大きく類似しているのは気のせいなのだろうか。

民明書房刊「古代ギリシャ〜セレブリティのすべて〜」より
648水先案名無い人:2005/07/07(木) 04:11:56 ID:hFvr01y10
>647
面白いけど、カリブ海はエーゲ海か黒海にした方が良いかと。
カリブ海=アメリカ・フロリダ沖の事だから。古代ギリシャで大西洋横断してたら
いかに民明書房でもさすがにクレーム来るだろw;
もっとも、別に絶対に古代じゃなければいけない訳では無いので、大戦前くらいの
時代設定にしてもこれなら全然違和感ないけどね。
あと西洋史に関しては民明よりミュンヒハウゼン出版の方がそれっぽいかも。
649水先案名無い人:2005/07/07(木) 09:21:03 ID:sNq3KPNb0
>>648
時代背景はよくわかんなかったので適当ですw地理と世界史はとってなかったので

あとは「バリバリバリュー」のwikiを参考にしました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%AA%E2%98%85%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC

これなら舞台をパナマあたりにすればよかったかな
650水先案名無い人:2005/07/07(木) 11:00:48 ID:Op77/rwI0
突っ込みだしたらキリが無いけど古代ギリシア時代にピザは存在していない。
651水先案名無い人:2005/07/07(木) 18:34:59 ID:CmWu620J0
碑坐

今で言う中国が夏と呼ばれていた時代、王朝料理人の一人、伊 太利(い たり)は
小麦の粉と水を練り合わせ焼く「麺麭」という食物に
羊の胃袋で作った水筒に乳を詰め発酵させた「蘇」という食物を乗せ、
薄切りの肉や細かく刻んだ山菜などを乗せ、再度焼く料理を開発した。
この料理を食した貴族はその美味しさに、他の王朝料理人たちに料理を再現するよう命じた。

しかしこの料理、「蘇を溶かすために再度焼く」という調理過程を経ているため
麺麭を焼きすぎ麺麭の底を焦がしたり、蘇を溶かしすぎ料理自体を消し炭にする
という失敗をする料理人が後を絶えなかった。
それを聞いた伊は、彼に教えを請う料理人たちがこの料理を正しく作れるよう
自らが編み出した料理の正確な分量や焼く時間などの調理法を事細かに碑に刻み
調理場の玄関に置くよう王に直訴した。
王は伊太利の料理人としての心意気に感動し、この料理を碑坐(ぴざ)と名づけた。

後の世にて、伊太利の残した碑を見た料理人が遠き西の地で
彼の料理を再現したとも言われるが、その詳細は定かではない。

民名書房刊「夏王朝の歴史に学ぶ料理」
652水先案名無い人:2005/07/08(金) 07:03:49 ID:dQ0TX1tb0
民明っぽくないんだよなあ
653水先案名無い人:2005/07/08(金) 08:38:34 ID:1FqbldXy0
だって民名書房だから
654水先案名無い人:2005/07/08(金) 15:04:05 ID:VD13IFRm0
あろうが、無かろうがいかに面白おかしくこじつけるかが、民明書房の面白さだべ?
655水先案名無い人:2005/07/08(金) 22:21:58 ID:SwA33TlS0
>651
俺的にはつぼだなぁ、GJ!
蘇とか着眼点いいなぁって思った
656水先案名無い人:2005/07/08(金) 23:37:01 ID:3+II7Ksn0
日京楚(にっきょうそ)
 日京楚は諸子百家の一人で、彼は「民間教育こそが最大の練兵である」と考え諸国を遊説
していた。秦の政王はこの考えにいち早く飛びつき、彼の考えを採用して学校を作らせた。
内容は今の初等教育のようなもので、読み書き算段までは誰もが無料で受講できた。ある日、政王
は他国侵攻の隙をうかがっていたが、なかなか解決策が見当たらなかった。そこで日京楚に相談した。
彼は「私が直々に国に赴き、民衆を煽動してまいりましょう。戦争は五年後になさいませ」と言い、数人の
教師を伴い秦を後にした。彼は行く国々でで学校を建て、子供達を中心に煽動して国と君主に対する忠誠心を
引き下げようとしたのである。かくして五年後、戦争が起こった時、他国の国民は忠誠心を忘れていたので秦に
有利に働き、結果として秦の中華統一に貢献したのである。
子供達を教育の段階で煽動、洗脳する方法は後に毛沢東も国共内戦に用いられ、国民党への信頼性を失わせた。
この方法はまさしく国家を揺るがす最大の戦法となったのである。噂では中国のスパイが戦後日本に紛れ込み、
教職員を装って来るべき第2次日中戦争に備え、日京楚の洗脳戦術を実行していると言われている・・・・・・

民明書房刊 「中華人民教育論」 より抜粋(オビには金八先生の推薦文あり)
657水先案名無い人:2005/07/09(土) 05:55:11 ID:IWmLyFoz0
>>656

ウヨサヨで評価が判れそうなのは(・A ・)イクナイ!
658656:2005/07/09(土) 12:24:05 ID:LxYuk3sB0
正直すまんかった
出直してくる
659水先案名無い人:2005/07/09(土) 15:47:36 ID:cOL1Oo8Z0
浪漫心愚 鎖我 (ろまんしんぐ さが)

昔々、古代中国の梳江亜(すくえあ)地方を治めていた皇帝は日々の生活に嫌気が差し、
家来に命じ寝食を忘れる程没頭できる遊戯を考えさせたことがあった。
当時梳江亜有数の軍師であった河津(かわづ)は、そこで皇帝にある遊戯を提案した。
皇帝はその遊戯に没頭し、正に我を忘れて遊戯に興じたという。
その後皇帝は政治を省みなくなり、梳江亜地方の治安・財政は悪化。
とうとう隣接する獲仁楠(えにくす)地方の皇帝に攻め込まれてしまう。
最終的に陥落は免れたものの、両地方は獲仁楠・梳江亜(えにくす・すくえあ)地方として
合併するに至ったという。

後に梳江亜の皇帝はこう語っており、それが浪漫心愚 鎖我の語源となった。
『素晴らしい遊戯であった。久々に浪漫を感じることができた。
たがまるで鎖に縛られたかのように我を忘れて興じたことで攻め込まれたのも事実。
あれは人の心を愚かにしてしまう恐ろしい遊戯であった。』

十数年後。河津はこれを庶民用に改良し、民数徒励留 孫具(みんすとれる そんぐ)
の名を冠して世間一般に広めた。獲仁楠・梳江亜地方外不出のこの遊戯は瞬く間に民の心を掴み、
遊戯を楽しみたいが為にこの地方に生涯留まる者が続出したという。
現在ではこの遊戯の名称は略され、民鎖我(みんさが)として広く親しまれている。
尚、孫具とは、孫の代までこの遊戯が広まるようにとの願いを込めて河津が命名したもので、
事実孫に民鎖我を教えることを生きがいとする老人が増えてきている。

民明書房刊『梳江亜の隆盛について』より抜粋
660水先案名無い人:2005/07/10(日) 22:21:23 ID:CUlRYmuB0
恩場闘(おんばと)

中国、宋代には科挙と呼ばれる試験制度があったのは既に知っているだろう。
だが、もう一つ試験制度があったということはあまり知られていない。
それが恩場闘である。科挙が自らの才識を競い合う試験なら、恩場闘は、芸を競い合う試験である。

恩場闘には独自の規則がある。
参加者は制限時間内で、自らの芸の粋を全国から集った百人の審判の前で披露する。
芸には制限はなく、下劣な芸や危険な芸以外ならあらゆるものが許可されている。
そして、審判は、この芸を宋の全体に伝えるのが許せる場合は、石の玉を壷に入れる。
それが数組繰り返された後、審査が始まる。審査法は、秤に石の玉が入れられた壷を乗せ、その重量が得点となる。
そして、上位の人たちは恩得吾(おんえあ)。即ち合格となる。
恩得吾した人たちは、各都市の劇場で自らの芸を披露する事が可能で、その時の興行収入を得られるのだ。
しかし、不合格者…御不得吾(おふえあ)の者たちには何も与えられないという厳しい側面もある。

だが、例え厳しい状況になっても、若者たちが日々、この恩場闘に挑んでいた。
しかし、そこには科挙に受かるほどの才識を持たないから、一芸で金を稼ごうという甘い考えを持つ者は無く、
自らの芸に深い情熱を持っている、大いなる自信を持っている、そんな若者が、この恩場闘に挑んでいた。

現在、NHKで深夜にオンエアバトル…略してオンバトが放送されているが、
この番組のルールが、この恩場闘に酷似しているのは言うまでも無いだろう。
きっと、この番組の構成作家は、この故事を参考に、この番組を作り上げたのかもしれないかどうかは、
この書を読んでいる、あなた達に決めていただきたい。

民明書房刊「古代中国に学ぶ、人気番組の作り方」より抜粋
661水先案名無い人:2005/07/11(月) 18:26:14 ID:he//0v6e0
死意苦隠日記(しいくいんにっき)

昔、中国で奇怪な脳の病が流行した。それにかかったものは、
食欲のみしか持たない狂人と化し、間もなく死んでいった。人々は恐れ、嘆き、
狂人になってしまった人を「存微(微かに食欲を存するのみ)」と呼んだ。
病にかかった人たちは、すぐには狂人にならず、少しずつ自らを失っていった。
その時に日記を残すものも多かった。しかし、段々と正気を失っていくため、
所々文字が抜けていたり、最後は「粥 美味」としか書いていないものもあった。
これらの日記は「死意苦隠日記(死の恐怖を苦しみながらも隠している日記)」
と呼ばれ、人々の悲しみと恐怖を喚起した。
某ゲームに登場する飼育員の日記はこれを元にしたものであることは
賢明な読者ならすでにお気づきのことであろう。
(民明書房刊「日記の歴史-中国ハザード-」より抜粋)
662水先案名無い人:2005/07/11(月) 19:34:44 ID:7Q7dPdbs0
663水先案名無い人:2005/07/11(月) 19:50:29 ID:F1rH0Rvx0
>>662
ワラスは実在。
664水先案名無い人:2005/07/13(水) 10:04:12 ID:0E9ILrCG0
〜支援要請〜
見事韓国を釣り上げようというプロジェクトです。
ここの方なら大得意かと思って来ました。
趣旨に賛同頂ける方の支援が頂ければ幸いです。

【文化の宗主国】すべてのものを韓国起源にするスレ
http://tmp5.2ch.net/test/read.cgi/asia/1120463063/
665水先案名無い人:2005/07/13(水) 20:17:04 ID:GokyC2fW0
鋭獲怖頸(えいえふけい)

古代中国において皇帝の支配が及ばぬ地方都市等を
山賊や夜盗達が荒らしまわっている時代があった。
この暴挙に困り果てた住人達が編み出した防衛術が鋭獲怖頸(えいえふけい)である。
鋭獲怖頸とは家の灯りを消して家族がその家の中に隠れ、住人は寝ていると油断し、
侵入してきた者を闇の中から襲撃する暗殺術であった。
なお、オンラインゲーム等で「AFK」という用語が多く使われているが、
その語源はこの鋭獲怖頸から来ていることは言うまでもない。
(民明書房刊「古代人の知恵から現代人のルーツを探る」より抜粋)
666水先案名無い人:2005/07/13(水) 22:30:19 ID:TSUeKk4t0
AFKの読み方って一般的に「あふけ」じゃね?


…漏れだけかorz
667水先案名無い人:2005/07/14(木) 02:33:42 ID:557ABbIy0
>>666
俺は「アフォカ」って読んでるぜ
668水先案名無い人:2005/07/14(木) 06:06:48 ID:jZpz53a10
>>667
それ貰った
669水先案名無い人:2005/07/14(木) 09:43:19 ID:y0wbzEms0
>>668
貰ったも何も昔からよく言われてるぜ
670水先案名無い人:2005/07/14(木) 09:51:11 ID:OF9X4Scpo
最近の若者はROMとAFKの区別も以下略
671水先案名無い人:2005/07/14(木) 11:59:57 ID:fKoa0ELu0
突然の宣伝失礼します。この機会に第九をやってみませんか?現在合唱がかなり不足しており急募中です!
本番参加まではいかなくとも、毎月数回開催している練習オフだけでも是非覗いてみてください

□ 2005年9月24日(土) 2ちゃんねらーが ベートーヴェン交響曲≪第九≫番全楽章 やります!
│ 合唱全パート・ソリスト・Vn.Va.Vc.・裏方さん激しく募集中!(そのほか絵師や練習ピアニストもホスィ…(゚Д゚;))
| - - - 合唱は初心者でも相談次第でok。
│ 詳しくはこちら→http://roo.to/clapro2ch/
| 本スレは→http://off3.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1119789841/l50
672水先案名無い人:2005/07/14(木) 12:15:01 ID:rt0QEFoaO
673水先案名無い人:2005/07/14(木) 20:37:25 ID:iJpTOVhG0
フッフフ、民明書房スレに合唱団の募集とは…
このスレにはよほど美声の持ち主がいるようだな
674水先案名無い人:2005/07/15(金) 00:24:17 ID:0/rL5ocC0
フッ民明書房スレの大鐘音、ひさびさに見せる機会が訪れたようだなw
675水先案名無い人:2005/07/15(金) 11:19:17 ID:HuBcOFpk0
誰か、中国の昔のお坊さん「陀偉休」について知っている人いませんか?
676水先案名無い人:2005/07/16(土) 13:38:19 ID:cEAGv0jh0
.
677水先案名無い人:2005/07/16(土) 19:14:03 ID:0lBxZ9L40
得良意人

古代、中国に金星という仙女がいた。
その者は自分以外に多くの肉体持ち、遠隔操作で自在に操る力を持っていたため人々から恐れられていた。
反面、博識であった上に非常に御節介焼きであった。そのため質問をすると自身が知らないことであっても
知識の共有の大切さを説き、他の肉体を動かして調べさせてまで答えたため人々に喜ばれ、人々は金星に
遠隔操作された肉体を得良意人(良い意を得てくる者)として見かけ次第率先して協力したといわれる。
金星に質問をした者の中には旅の商人も多くいたためこの話ががシルクロードを渡ってギリシアに辿り着き
文献にも記されたがその後に神以外の奇跡を認めないキリスト教徒らにより一旦は歴史から抹消された。

その後、十二世紀頃の調査で多くのギリシアの神々の文献と共に金星についての文献が見つかった
しかし、金星の性質、名前が仇となりギリシアの神々の中のウィーナスと混同され操っていた肉体は
その使者であるエロスとされてしまった。
その結果、日本には明治に入ってから世界を一周してアメリカからエロスの話として伝わることとなった

現在、金星の説いたことは高度情報化社会、インターネットとして現実のものとなっている。
時々2chで気になることが出た時に「教えてエロい人」という人がいるが、これのそもそのも起源は
となりの中国からはるばる世界を一周して来た得良意人に由来しているのを知る人は少ない。
ひよっとしたら調べてまで教えてくれる親切なエロい人のなかには金星自身もいるのかもしれない・・・

(民明書房刊「世界の中の中国ー驚くべき文化のつながりー」より抜粋)
678水先案名無い人:2005/07/17(日) 03:18:00 ID:8spTifwG0
コレはうまいな
679水先案名無い人:2005/07/17(日) 04:09:19 ID:hv3IL8gJ0
東洋のちゃんとした伝説を核にして
西洋アレンジしてるところは
ベラミスの剣につうじるものがあるな。
680水先案名無い人:2005/07/17(日) 16:10:44 ID:TlsMY0rx0
681水先案名無い人:2005/07/17(日) 17:20:00 ID:PVbAADcH0
>680
今の俺は蓮コラ画像にもなんとも思わなくなったから困る
682水先案名無い人:2005/07/17(日) 17:36:00 ID:aCfZypUF0
つーか蓮コラなんてまだやってる奴がいるんだ・・・進歩のねー奴。
683水先案名無い人:2005/07/17(日) 21:09:40 ID:u76zf4kH0
この夏初めて知った厨だろ
684水先案名無い人:2005/07/17(日) 23:20:25 ID:/cmyna0s0
もう夏厨が来る季節か・・・
一年って早いもんだな・・・
685水先案名無い人:2005/07/18(月) 02:01:56 ID:M9NRTLuQ0
昔のものを大切にしない奴もどうかと思うけどな。
686水先案名無い人:2005/07/18(月) 10:15:30 ID:gio1NoI60
>>689
日本は戦艦を作り続けて敗北し、昔から使ってたアスベストを放置してたら問題になっとる。
蓮コラのように昔のものであるだけで大切にすべきでない物も数多くある。
687水先案名無い人:2005/07/18(月) 19:49:52 ID:DvGKQ8wM0
689のネタに期待
688水先案名無い人:2005/07/18(月) 23:08:02 ID:x+xk1gZ60
はりきってどうぞ!
689水先案名無い人:2005/07/18(月) 23:08:49 ID:Sp+5qd4X0
690水先案名無い人:2005/07/19(火) 11:04:29 ID:/xBurZSV0
大河内民明丸……もっと昔の人だと思ってました。
691水先案名無い人:2005/07/21(木) 23:08:34 ID:Ckv5Pnia0
飛雁警無流(ひかりけいぶる)

室町時代、とある地方の小さな村に住む農民が、かねてからの不当な圧政に耐えかねて一揆を起こした。
だが、程なく全員駆けつけた兵士に捕らえられてしまい、長老以下の農民一派は打首獄門を待つだけの身になってしまった。
だがそこにどこからともなく「日休」(にっきゅう)と名乗る一億の技を持つ凄腕の法師が現れると、「正義はそなたらにあり」と言い不思議な光を放った。
すると村民は気が付いた時には村の会議場に戻っていた。
そこで長老たちは日休の一億の技から身を隠し、すばやく行動する術を授かり、
ひとたびこの術を習得してしまうと、地方の悪役人の根城を、警備の兵を飛ぶ雁のようにかいくぐり、
圧政を敷いて私腹を肥やしていた張本人を自分たちの手で暗殺してしまったという。
このことから今でもその地方には
「飛雁警無流」として、日休の遺した術の極意が少数の手によって密かに継承されているらしい。
あの有名な忍、服部半蔵も、もしかしたらこの飛雁警無流の伝承者なのかもしれない。

( 民明書房刊 「光る海 光る大空 光るケーブル」 より )
692水先案名無い人:2005/07/24(日) 13:37:42 ID:kTiMp7kn0
都琉平(つるべい)

唐の時代。彼は府寺という、寺が行っていた、二十五侍官定令日(にじゅうごじかんていれいび)で
毎年、不祥事を起こしていた。その中でも酷かったのは、深夜の参拝において、寝ぼけたまま
参拝客の前に出ただけでなく、その時に下半身を露出していたということである。
これには都琉平自身もいたく反省し、それ以降は真剣に参拝を行おうとしたが、
都琉平がまたこのような事を行うのではないかと、危惧した同僚は、翌年、都琉平の下半身に鉄の褌を着せたというのは有名である。

さて、さらに翌年、彼は今までの反省のために、二十五侍官定令日の総合担当となった。
とはいえ、やはり一抹の不安を持っていた部下たちは、都琉平が出る前にあらゆる仕事や参拝を片していった。
そのため、暇を持て余した都琉平は、定令日の最中にも拘らず、僅かな部下とともに、我田空公(わだあきこう)の寺へと行ってしまった。
その後、都琉平を補佐していた嵩揣摩(たかしま)・夷真田(いまだ)が空公の寺へ、空公の部下である庵堂(あんどう)が府寺へと行き
それぞれ、謝罪したというのは言うまでもない。

フジテレビが毎年夏に行っている、25時間テレビでは、最近になって鶴瓶の奇行が問題視されているが、
その発端は、もしかしてこの故事にあるのかも知れないだろう。

民名書房刊 「故事から学ぶ、テレビのトリック百選」より抜粋。
693水先案名無い人:2005/07/24(日) 14:03:03 ID:8i5Z4m/lO
南都柱(なつちゅう)

前漢は高祖の時代、高祖・劉邦は、新王朝の力をしらしめるために、文官の飛呂由岐(ひろゆき)に命じて爾茶無音瑠(にちゃんねる)という巨大な屋敷を作った

この屋敷は民衆用の遊技場として解放されており、大変な人気を博した

また、この屋敷の支えとなっている四本の柱はとても見事な作品で、それぞれ南都柱、府愉柱(ふゆちゅう)、羽琉柱(はるちゅう)、黄金柱(おうごんちゅう)と呼ばれていた

しかし、この柱は外見が見事なだけで、工事は手抜きであったために、たびたび倒壊して民衆を困らせた

現在、インターネット上で特定時期に現れる荒らしたちを春厨、黄金厨、夏厨、冬厨と呼んでいるが、この故事に由来した名称なのは間違いないだろう

民明書房「珍好温度(ちんこおんど)」より抜粋
694水先案名無い人:2005/07/24(日) 14:26:30 ID:VqUa+5rZ0
>>692
>>693
おもろい
695水先案名無い人:2005/07/24(日) 23:33:34 ID:atZiLBv10
「デート」だとどうなりますか
696水先案名無い人:2005/07/25(月) 00:19:10 ID:03lLYfxfO
・泥斗(でいと)
・馬蓮詫院(バレンタイン)
前漢末期、武帝は対外積極政策によって漢帝国の威信を高めたが、それは国家の疲弊を招き、治安は悪化した。
特に性風俗面での堕落は目を覆わんばかりであり、路上での接吻や抱擁は言うに及ばず、街頭で性行為を行う者まで現れた。
武帝はこの状況を改善するため、恋愛は必ず互いの両親を通して行い、結婚するまで互いに会うことを許さないことを法によって定めた。
これに真っ向から異議を唱えたのが当時下級官吏であったの馬蓮(ばれん。字は詫院)である。
彼自身は恋愛は清純なものであるべきという信念を持っていたが、法に対する抗議のため
洛陽の街を恋人と堂々と語らいながら歩いた。
直ちに彼は捕縛されたが、彼は愛の力を声高に説き、臆するところがなかった。武帝は彼の心意気に感じ入り、一つの試練を課した。
それは一斗の泥を入れた壷を両手に持ち、夜明けから日没まで耐えきるというものであった。むろん耐えられなければ彼と恋人の命はない。
試練は2月14日に行われ、蓮はこれに耐えきり庶民間の自由恋愛を武帝に認めさせた。それ以降洛陽では、男女が逢うことを
馬詫院への感謝を込めて「泥斗」と呼び、またその試練の日を祝うようになったのである。
筆者は街角の恋人たちを見るたびにこのことを思いだし、愛の力を証明した熱き男に思いを馳せるのである。


民明書房「世界恋愛史第二巻 中国編」より


今一つですね。職人さんたちの偉大さを痛感しました。
697水先案名無い人:2005/07/25(月) 12:59:20 ID:/kAIUn8A0
>>696
なかなかよく出来てるよ。
698水先案名無い人:2005/07/25(月) 18:33:19 ID:8RtS7eae0
アンタ等は作家か何かなのか?
どうやったらこんなの考えつくんだよww
素直にスゲーとオモタ
699水先案名無い人 :2005/07/25(月) 18:36:54 ID:YYZVMZLM0
>>692
なお、余談だが都琉平は二十五侍官定令日から遡る事、20数年前に定令塔(ていれいとう)、当時は東京従尼痴庵・根屡
(とうきょうじゅうにちあん・ねる)という僧房の中で「毒戦・汚吐股乃次官(どくせん・おとこのじかん)」という法話を説法中、
己の下半身を露出し、あろう事か自分の一物を来客者に押し付けると言う不祥事を起こした。その為、庵主は都琉平を破門し、
その門を跨がせなかったが、それから28年後、再び跨ぐ事ができたと言う事を追加しておこう。

民名書房刊 「故事から学ぶ、テレビのトリック百選(改訂版)」より抜粋
700水先案名無い人:2005/07/25(月) 18:41:22 ID:dus+FeBR0
ワロス
701水先案名無い人:2005/07/25(月) 22:21:35 ID:oKfOIBGU0
『楽苦悪流 ( ラグオル ) 』

神代中國、尭の世の事である。
崑崙山脈の奥深く、人々がけして近寄らぬ場所に、楽苦悪流なる地があった。
そこには威留戯流(イルギル)や、武兎魔(ブーマ)などといった怪物がいた。
楽苦悪流に住まう怪物どもを倒せば、貴重な宝物が手に入るとの噂が流れた。
その噂を聞いた街の若人どもは、勇んで楽苦悪流に向かったが、
巨大な塔や洞窟に住まう怪物どもに太刀打ちできず、ついに全員が果てたという。
今でも楽苦悪流は、大蛇顎(オロチアギト)や西湖温怒(サイコウォンド)などが眠っているらしい。

地球がすでに探検しつくされた現代社会においても、日本初のオンラインゲームは
「ラグオル」という仮想惑星を舞台としている。
これが「楽苦悪流」をモデルとしているのは、賢察なる読者諸君にはお分かりであろう。
このゲームでは、0.0009%という厳しい確率で西湖温怒(サイコウォンド)といった、
貴重な宝物を探索しているユーザーが、数多く存在している。


(民明書房刊 「古代中國神話への回帰」 より)
702水先案名無い人:2005/07/26(火) 00:45:22 ID:xBreZcdv0
フッフフ、こんなところで才能を消耗して
実社会ではまったく活かされてない無職職人の俺様が来ましたよ。
703水先案名無い人:2005/07/26(火) 02:32:08 ID:7IvaE/xb0
【鬼後光(おにごっこ)】
  古代中国の戦国時代・・・皇帝に仕えた、後光(ごこう)は、
  その俊敏さで名をはせた歴戦の勇者であった。
  後光の伝説的なところにはその恐ろしいままの勝利への執念にあり、
  ついにはその俊敏さを生かし、毒手拳を学び、戦場で敵を次々と触るだけで
  数万の兵を亡き者にしていったという。
  皇帝はその功績をたたえ、後光に「鬼」の称号を与えた。
  これが鬼後光の伝説の始まりであったという。
  なお、今でも子供の間で、タッチされたら負けというルールで
  「鬼ごっこ」という遊びがあるが、これが鬼後光(おにごこう)から由来していることは
  言うまでもあるまい・・・」


拾い物
704水先案名無い人:2005/07/27(水) 01:44:16 ID:n7TUYVb1O
李阿留鬼後光(りあるおにごっこ)

中国戦国時代に後光という武将がいたのは周知の事実であるが、後光の跡目を継ぐものはなかなか現れず、その技は完全に消えていった

しかし清末期になり、後光の伝承者を名乗る男が現れた。それが八麻拿(やまだ)出身の李阿留(りある)である。

阿片戦争での苦戦に悩んでいた皇帝は李を大将軍に任命し、前線に送り込んだが、李は期待を裏切り、あっさり敗北してしまう

さらに間が悪いことに、発見された古文書から、李の使う技は後光のそれとは似ても似つかぬものであると発覚。

失脚した李は、失意のまま故郷に帰ったという。

現在の日本で「リアル鬼ごっこ」なる小説(らしき物)が流行っているが、この筆者が李阿留と同じ末路を辿らないことを願うものである

民明書房「あのベストセラーと中国の意外な関係」より

元ネタがわからない人のために
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1073660658/
705水先案名無い人:2005/07/28(木) 17:50:18 ID:QRbH4WOx0
余氏(よし)

清の末期、宮廷で一大勢力を誇った一族が「余氏(よし)」である。
余氏は、逆らう者を次々と火あぶりの刑に処し、大規模な粛清を行った。
都から火刑の炎が絶えることはなく、その光景のあまりの酷さに、
「熱都消雪(ねつとしょうせつ)」(「都は熱く、雪が消えてしまった」の意)と言われるほどであった。

余氏の行った悪行の中でも、特に悪名高いのは「泥浮裸婦(でいぷらぶ)」であろう。
この残虐な刑は、余氏に逆らった一族の中から美しい女を選び出して裸にし、
泥沼に放り込んで溺死させる、というものである。
泥のなかに浮かぶ裸婦の姿は衝撃的なものであったが、
その残虐性が逆に刺激的だったのか、次第に刑は見世物の様相を呈していき、
「泥浮裸婦」が行われるときには多くの人が詰め掛けるようになってしまったという。

しかし、余氏の隆盛も長くは続かず、数年の後に衰退、
以来、泥浮裸婦が行われることは二度となかった。

現代において、「DeepLove」という名のネット小説が「Yoshi」なる人物によって書かれ、話題となっているが、
「Yoshi」というペンネームがこの「余氏」から取られたのだとすれば、その評判は長くは続かないかもしれない。


民明書房刊「あのベストセラーと中国の意外な関係(第二巻) 〜余氏の物語〜」
706水先案名無い人:2005/08/03(水) 13:34:05 ID:Q/wPUKcA0
石油利停垣戸羅韻(せきゅりてぃがいどらいん)

 三国時代、枚黒(まいくろ)の村に下逸(げいつ)と呼ばれる強欲な男がいた。
 生来不精なため、彼のつくる商品は壺をつくれば穴だらけ、
他人の作った商品を真似ては、自分の名を冠して売るという非道ぶりだったが、
金をしぼりとることだけは長けていたため、村民は貧窮のさなかにあった。
 この下逸が役人と一緒になって作ったのが、悪名高き『石油利停垣戸羅韻』である。
 これは天下の悪法として名をとどろかせたが、後に穴だらけのずさんな代物であることが発覚、史書から存在を抹消された。

民明書房刊『三国法科事典 闇の滅法篇』
707水先案名無い人:2005/08/03(水) 16:50:25 ID:U6dwjIj20
愚図栗鼠都(グッズリスト)

唐の時代、長安の都のそばに愚図栗鼠都という宿場町があった。
長安を目指した旅人は都にたどり着いて一安心したが、そこは都は都でも図鼠(字は栗)が作った愚図栗鼠の都であり、
長安の都と間違えて来た愚か者をあざ笑う宿場町であった。
ここにやってきた旅人は己の未熟さを思い知らされたと言う。

現代、2ちゃんにおいてガイドライン板を目指したはずがスレッドのすぐ上にあるグッズリスト板を間違えてクリックしてしまい、
自己嫌悪に陥るちゃねらーが続出しているが、2つの板を並べて表示したひろゆきは愚図栗鼠都の故事から学んでいるのは明らかである。

(民明書房刊 「またもやガイドラインと間違えクリックした人の数→」より)
参考URN ttp://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1094861945/l50
708水先案名無い人:2005/08/03(水) 16:53:12 ID:U6dwjIj20
参考URNはこっちだったorn
ttp://that3.2ch.net/test/read.cgi/goods/1121780998/l50
709水先案名無い人 :2005/08/03(水) 19:25:50 ID:s4ThkU6D0
馬着・馬駆道(まつく・まくどう)

日本の5街道と言われる東海道・中山道・奥州道・日光道・甲州街道。街道脇には宿場町があったが
馬着(まつく)と言う宿場町があった。そこには南蛮渡来の飯包粉(はんぼこ)というパンを使った食事で馬に
乗ったままでも、食事をとれるように馬の守りも止まる事もしなくていい道来無守留(どうらいぶする)
という方式を採用した。飯包粉には手梨焼味(てりやき)があり、血筋冨射鈴鴨(ちきんふいれいお)という鶏を
射た中身のものもあった。この宿場町はたちまち全国に知れ渡るようになった。

一方、関西では五畿七道を中心にこのシステムを真似た宿場町が出来た。こちらもたちまち広がり、
馬を使うものの多さに道行く旅人は馬駆道(まくどう)と揶揄した。このシステムを真似た宿場町の宿
には風亜禁(ふあきん)、路停利亜(ろていりあ)、網州婆家(もすばあが)などがあった。

現在、マックと言われるファーストフード店はドライブスルーなどを採用し、てりやきマックバーガーや
チキンフィレオといったメニューがあるが、馬が車に変わった以外に殆ど差異がないことからわかるように
古代より移動しながら食事をするスタイルが確立されたことは驚くべきことだろう。また、地域によって馬着と
馬駆道が分かれ、これが現在も関東のマック・関西のマクドと言う風になっている点も注目される。

民名書房刊 「東海道中満食毛」より抜粋。

710水先案名無い人:2005/08/04(木) 03:03:51 ID:iuhN4qFj0
>>709
うまいな

軒田(けんた)とか土務土務(どむどむ)とかもあったのかな?
711水先案名無い人:2005/08/04(木) 04:54:06 ID:byUNNWvO0 BE:171460793-
>>709
GJ
712水先案名無い人 :2005/08/04(木) 18:31:01 ID:GcwDZ1zl0
死村件(しむらけん)

清朝時代、現在の上海付近にとある村が存在した。湖が近いその村は白鳥を模した奇妙な踊りで
有名となった。時の皇帝はこの村を手厚く保護し、事に鄭兵主(てい・へえす)と胡子怡(ふー・つぃいー)
という官吏はこの村を非常に珍重した。鄭兵主は皇帝の元へ村民の中でも特に踊りの上手いものを
宮廷専属の舞師として招き入れ、8時の夕食時に皇帝の御前で彼らの踊りを舞わせた。また、胡子怡
と言う官吏は村の私刑のひとつであった人回しにヒントを得て、朝貢者への下賜品を選定するのに使ったとされる。
こうして村は栄えていったが、時代が進むにつれ、次第に廃れていき、鄭兵主が官吏の座を離れると、胡子怡
のみがこの村の保護に当たったが、ある日村民が丸々消えてしまう事件が起きた。人っ子一人いなくなった
村を見て、胡子怡は皇帝に村の事情を話した。この報告書の題名が「死村件」と言う事になった。この一件は
都の一大関心事となり、「皇帝の怒りを買い、村は滅ぼされたが、ほとぼりが冷めるまで話されない」、「村民は
蒙古の亡霊によって、神隠しにあった」と色々噂が流れた。しかし、数日後に胡子怡が再度訪れた時、村人は
いつもどおりだったといわれる。

お笑い界の大御所の志村けんはかつて、死亡説が流れていた時期があったが、彼がもしこの村の末裔だとしたら
何か因縁めいたものを感じざるを得ない。

民明書房刊『一丁目一丁目話翁の中国芸能調査史』
713水先案名無い人:2005/08/06(土) 14:09:42 ID:sayzZQ82O
ジョジョの、杜王町の住民の特徴で改変してくれ
714水先案名無い人:2005/08/07(日) 00:45:26 ID:75BgeOsQ0
>>710
解捻流惨断手(かいねんりゅうさんだんしゅ)

元朝末期、大陸の各地で起こった反乱の中、一人の蛮勇が出現した。
元軍を次々と屠るその怪物じみた力から男は拳達鬼(けんたっき)と呼ばれ、味方からまでも恐れられた。
明朝成立後、拳達鬼は暗殺業へと転じ、己の技を体系化して「解捻流」という一集団を作り上げた。
人体を捻じ曲げることによってバラバラに解体するその暗殺術の奥義「惨断手」は素手で骨すら断ち、
いかなる相手でも無惨な肉片とせしめるという。

解捻流の使い手は「仕事」の際は白い礼服をまとうが、これは標的に対する喪礼の意と
「返り血を浴びることすらない」という自負であり、微笑みながら両手を軽く出す独特の構えは
武器を持っていないことを示して油断させる効果の他、「次の瞬間お前の首はこの手の中にあるだろう」
という挑発・脅しの意味があるとされる。

なお余談だが、英語のchickenには「鶏肉」の他「臆病者」という意味があるが、これは拳達鬼が遺した言葉
「負隷同地禽(ふれいどうちきん)」(訳:負けて奴隷となることは鳥が地を這うことと一緒だ)
に由来することは、あまり知られていない。

民明書房刊「殺りたくなるなる中華殺法」より抜粋
715水先案名無い人 :2005/08/07(日) 01:52:22 ID:V0vkqP4Z0
土務土務(どむどむ)

馬着(まつく)や馬駆道(まくどう)が現在のマクドナルドの原型となったことは周知の事実だが、これ以前に
飯包粉(はんぼこ)などのシステムを取り入れたがあった。江戸時代初期、街道整備に借り出された労務者
の腹を満たす必要があった。しかし、宿場町もまだ発展していなかった。そこに目をつけたのが王蓮寺(おうれんじ)
住職の富戸高藤(ふとこうとう)であった。富戸住職は休憩の短い労務者に手早く料理を出させる為に、ひき肉に野菜
とパンを挟んだ食事を提供した。これまでの料理製作時間を短縮させたこのアイデアはハンバーガーの原型といわれて
いる。江戸幕府初代将軍の徳川家康が作業の様子を見た際、労務者が土の上で座って食べる様から土務土務(どむどむ)
と言ったとされる。。無事に街道は完成し、多くの者が街道を利用する事となり、これを広めていこうとした矢先に富戸住職は
息子の苑道(えんどう)の裏切りを受け、謎の死を遂げる。その秘伝の調理法は永遠に失われ、また時代が経つにつれて、
その史実も失われていった。一説に、馬着(まつく)の町の者が秘伝の調理法欲しさに苑道をそそのかしたと言われる。そして、
高藤住職が商売に使われるのを良しとせず、大喧嘩の末に苑道が殺したという説が有力とされる。

日本初のハンバーガーショップ・ドムドムにかつて、遠藤久美子がバイトの店員をしており、そこでスカウトされ、
マクドナルドのCMに出たと言う話がある。日本初であるにもかかわらず、マクドナルドに大きく水を開けられ、その
シェアを伸ばせないのは悶死した富戸住職の呪いかも知れない。

民明書房刊「日本の僧侶図鑑別冊『無名法師の無料奉仕』」より
716水先案名無い人:2005/08/07(日) 09:00:01 ID:8EZXhUYg0
>>714
正直、このスレ一番の出来ではないかと思うくらい良くできてるな。
単語と意味と内容、全てがうまくまとまっている。

俺にゃここまで書けねぇ・・・orz
717水先案名無い人:2005/08/08(月) 03:17:52 ID:zNE0YGyL0
>714
うむ、過去作の中でも5本の指に入るなこれは…
各単語の語呂もそのまま男塾で使えそうなほど無理がない

ついでだから各自のベストファイブを挙げないか?
漏れは
「煮解賭」…全てはこれから始まった
「雷日皓延漸挫」…「趙三」シリーズの中で一番難易度が高かった
「ミノモンタス」…中国以外ではこれがベストか
「コテハン」…これも中国以外で出来が良かった
「解捻流惨断手」…「馬着・馬駆道」も含めて
かな
718水先案名無い人:2005/08/08(月) 16:41:31 ID:deH49dXb0
帝衛駆州(ていえくす)
古代中国の戦乱の世に常盤国(ときわこく)の皇帝・津琥覇(つくば)を守る為に常盤の街道に沿って細長く作られた区域。
この区域の特色は中央に津琥覇の居城である雅琥園(がくえん)宮に向かい一直線に伸びる道を有している点にあった。
いざとなれば亜鬼播原(あきはばら)より衛兵が一直線に駆けつけることが出来ることより、「帝衛駆州」と呼ばれるようになった。
帝衛駆州は元々、津琥覇がこの辺りでは最大の同盟国である都胡京(とうきょう)へ向かうために建設を計画した街道が始まりであった。
しかし一時は資金難で中断しかかったものの、戦乱の世となりこのような街道の必要性が生じた為に急遽、建設を実行したと伝えられている。

尚、間もなく関東地方に開業する、高速運転を標榜する某私鉄とこの帝衛駆州の関係に付いては未だ明らかにされてはいない。
(民明書房刊「秋葉原-つくば45分」より抜粋)
719水先案名無い人:2005/08/08(月) 23:09:09 ID:9Ls9Ksa50
恥裸紙に書く
意味:人に言えないことを書き綴り、すぐに処分すること。最近では下らない事を書き散らす、
    という意味の「チラシの裏に書く」とよく混同される。
 
 宋、明の時代にかけて娯楽小説が盛んになったが、中には公序良俗に反する内容の
小説も多く含まれており、その中でも猥褻本は恥裸紙(ちらし)と呼ばれ処分の対象になっていた。
ある日、恥裸紙の大量処分に激怒した明のとある小説家がどうせ処分されるなら、と恥裸紙に
明王朝を批判する文書を書き綴り、役人はそれを知らずに焚書してしまった。この事件がキッカケ
となり、政府の悪口や他人に言えないことを処分前の恥裸紙に書くようになった。10年前に南京で
土地役人の悪口が書かれた明時代の金瓶梅が民家で発見され、考古学者の興味を引いたことは
記憶に新しい。
 この諺はよく「チラシの裏に書く」と混同されるので読者は注意してほしい。

民明書房刊「中国四千年の雑学〜コトワザ編」より抜粋
720水先案名無い人:2005/08/08(月) 23:37:57 ID:srbfKIYM0
>717
今までベストセラーになった本(つまりシリーズもの)は概ねレベル高かったと思うが。
「僕達の好きな趙崇計」、「巻の二 努利封大研究」、「フビライ怒りのモンゴル相撲」、
「書の鉄人・光輝〜ロボットから魔法少女まで〜」、「秦 栖慶 〜八つの才を持つ男〜」
ここらへんかな。
721水先案名無い人:2005/08/09(火) 01:13:33 ID:Wf/cXxF30
俺は鬼後光が最近だと結構使い勝手がいいと思ったが、
このスレが発祥じゃないのが残念。
どこで書かれてたのかすげー気になる
722水先案名無い人:2005/08/10(水) 23:28:56 ID:R2L6ffcW0
凌逐流・白唐童子紺栗(りょうちくりゅうしろからどうじこんくり)

中国史上最高の武芸者の一人に数えられる『羅明(らめい)』が編み出した武術『凌逐流』、
その門外不出の奥義こそが『凌逐流・白唐童子紺栗』である。
その威力は絶大であり、多くの武芸者が「羅明ぇぇぇぇぇ」と己が仇の名を叫んで絶命したという。

奥義について『凌逐流』の師範は黙して語らず、その実態は謎に包まれている。
どうやら『九級宮久究球(きゅきゅきゅきゅきゅきゅ)』という独特の武器を用いるらしいが、
真実であるかどうか定かではない。

余談だが、とある漫画にこの奥義の詳細が描かれているとの噂があり、
『凌逐流』の師範がその漫画を描いたのではないかと言われている。

民明書房刊「金蔵中麗婦〜コングラッチュレイプ〜」より抜粋


元ネタ↓
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/gline/1096209507/
723水先案名無い人:2005/08/11(木) 13:02:49 ID:6RmiswYbO
>>722
済まんが元ネタが全く分からん。
724水先案名無い人:2005/08/11(木) 13:26:58 ID:GA+cgEC70
>>723
こういうスレではわからないネタはスルーが基本
725水先案名無い人:2005/08/11(木) 16:36:14 ID:KQK2DIoi0
裳杜捻 汰輪歌蘭(もとね-たわからん)

嘗て荒れ狂う中国戦乱の世にも武将達が集い己の教養を深める
-汰輪歌(たわか)-という歌詠み遊びが陣内にて催されていた。
勇猛果敢なむくつけき武人、杜 捻(と・ねん)も戦国の世に於ける武功もさる事ながら
この遊技に於いても卓越した知性でこの世の儚さ、戦乱の世を詠いあげていた。

しかし攻め入った裳の国
賭の軍勢が汰輪歌陣地にて開いていた際、斬首を待つ裳の将軍が浪々と
「かつて栄華を誇った我が国も、
逞しき兵も汰輪歌の返歌のごとくあっけなく捻りあげられたのだなぁ」
と見事に詠い、はからずも感動した杜はこの国を焼き払う事を止め、
そのまま裳の国を素通りする事に決めた。

その時彼らの退軍した道には蘭の花が咲き乱れてたというが
一説には杜の流した涙の跡の比喩表現であるという学者もいる。

現在に置いての「元ネタわからないのは華麗にスルー」
というのは裳杜捻 汰輪歌蘭の、
杜のような風流を分かる心とその故事の蘭の花のような心で素通りせよ、
という意味になっている。

民明書房刊「武将と現代の夏期休暇〜ネットにおけるスルー術」
726水先案名無い人:2005/08/11(木) 23:40:27 ID:mmEvMKXE0
皇狗の細道(おうくのほそみち)

漢王朝を立てた劉邦は非常に猜疑心が強く、建国の功臣を次々に粛清したが、
粛清対象の些細なミスを探し出すために暗躍した密偵集団の存在はあまり知られていない。

密偵集団は皇狗(おうく…皇帝の犬)と呼ばれ、史書には「宮中に皇狗を怖れざる者無し」や、
また「皇狗を逃れる事難しく、目隠しして細道を渡るが如し」などの記述がある。


江戸時代の初期、俳人として奥州を巡り「奥の細道」を著した松尾芭蕉は、
実は徳川幕府が奥州諸藩の内情を探る密偵ではないかという説がしばしば囁かれるが、
その説を唱える歴史家が「皇狗」の存在を意識したかは定かではない。

民明書房刊「皇帝の犬、幕府の犬」より抜粋
727水先案名無い人:2005/08/12(金) 00:10:53 ID:NUHRZWeC0
絞死怨窮場・・・
その起源は小国が乱立した中国春秋戦国時代の領土争いによる

国を代表する九名の戦士が観衆に囲まれた「場」で格闘技を行い
勝った国は負けた国の領土を支配することができた
これが繰り返し行われ 最終的に勝ち残った国が広域を支配することとなった
この格闘技では原則「棒」と「球」を用いることにはなっていたが
試合中相手を殺すことも可能で 絞死体が積み重ねられたことも少なくなかった
もちろん遺族の貧窮や怨(うら)みも甚大であったと かの墨子は嘆いている

ちなみに現代日本の甲子園球場の原型がこれであることは賢明な読者の推察通りである
民明書房刊『地獄甲子園とアストロ球団』
728水先案名無い人 :2005/08/12(金) 03:28:14 ID:OroLVGkr0
夜馬多君(やまだくん)

時は清朝、都の護衛に当たった4人衆、その名を守都流備(しゅとるび)といい、
恵到(え・とう)・吾羅為(あー・らい)・斐眞群(いー・まむら)・多家大(たー・かおう)
が東西南北の護衛をしていた。殊に多家大は天童として、その名を都中に知られて
おり、若くして守都流備のメンバーとして活躍、自慢の鎖符団術(しょうてんさふとんじゅつ)
と言われる鎖を使った四角い護符を使った秘術で蛮族をたびたび追い払った。特に有名なのは
北方の騎馬民族である掌殿族(しょうでんぞく)の昆経威(こん・ぺい)の挑発を秘術で返したのは
有名であり、一気に半分まで戦力を減らしたことである。その傍らで自慢の名器もいかんなく発揮し
芸妓(げいこ)と毎晩の如く情事を交わして、子作りに励んでいた為、天童と言われた男の
もうひとつの顔を都の人は前記の騎馬民族の武勇伝と絡め、皮肉交じりに夜馬多君(やまだくん)
と称し、夜の帝王の代名詞として、崇められた。

現在、笑点において山田君と林家こん平の座布団のやり取りはこの故事にそっくりであり、また子作りが
さかんであるが、山田隆男の先祖は夜馬大の子孫である可能性があるかどうか定かではない。

民明書房刊「愛と座布団とチャラーンと」より抜粋
729むずかしい:2005/08/12(金) 22:27:15 ID:FOpNGtbo0
虎丸 「>>680 な なんじゃあ?体に穴があき何かが飛び出てきよったー」
富樫 「は 蓮の実じゃー 蓮の実がでてきておるんじゃー!」
雷電 「むう!?あれこそは中国拳法で言う蓮根狙指弾!」

中国は戦乱の時代。
数ある中国拳法の中でも奇異な存在がこの蓮根狙指弾である。
歯菅増(は・すがぞう)を開祖とするこの技の特徴は隠し持った蓮の実を相手にぶつけることにある
この拳法の性質上暗殺に最適なため時の皇帝はこの技の使用を厳しく制限した。
現代社会において人体に蓮の実のコラージュを施した画像がしばしば見受けられてるが
制作者がこの拳法の使い手かは知るよしもない。

民明書房刊「画像に虎馬!中国拳法とネットの接点」より

虎丸 「なにい蓮根狙指弾!?」
富樫 「中国拳法にもあるじゃとー!?」
雷電 「あの技は等の昔に闇に葬られたはず・・年端もいかぬ>>680がなぜあのような技を・・」
730王大人:2005/08/12(金) 22:32:36 ID:WPJWHdKv0
>>729
我、愚序部確認!
731水先案名無い人:2005/08/13(土) 03:50:02 ID:oFLMYQOd0
>>729
死んでください
732水先案名無い人:2005/08/13(土) 18:07:02 ID:7Uo2861X0
真・木偶打砕。
733水先案名無い人:2005/08/14(日) 11:17:33 ID:AStLlvkSO
裳土岐四寧(もときしねい)

中国は前漢時代、長安付近の蛇尉(じゃい)という村に裳土岐(もとき)、庵津(あんつ)という村に四寧(しねい)という男がいた

二人は共に村長の息子で、その立場を利用して、強姦を繰り返しては村人の恨みを買っていた

村人の怒りが頂点に達したある日、時の武帝が荷茶無音流(にちゃんねりゅう)屋木宇伊田(やきういた)という民衆との交流会を催すと発表した。

蛇尉と庵津の村人たちはこれぞ好機と捉え、裳土岐や四寧の横暴を訴えるため、「裳土岐」「四寧」と連呼しながら長安に入って行った

そして二つの村の村人は意気投合。最後には「裳土岐四寧」と武帝に訴えた。そして、裳土岐と四寧はめでたく処罰された。

現在、2chプロ野球板において「元木氏ね」というレスを頻繁に見かけるのは、「裳土岐四寧」の村人たちがなにかを訴えたがっているせいなのかもしれない。

民明書房「古代中国に見るスポーツ史」より抜粋
734水先案名無い人:2005/08/15(月) 12:19:29 ID:l320i7VQ0
絵観 黒肉流 怨羅音 (えみる・くろにくる・おんらいん)

古代中国でも絵画の展覧会は行われていた。
さまざまな展示会が開かれる中、
カラフルなゼリー状の物質を描いた作品、雲丹(うに)のような形をしたものを描いた作品など
さまざまな仮想世界を描いた作品を集めた展覧会を、「眼包(がんほう)」
「腑六狐狸(ぶろこり)」「反吐六(へどろく)」という3人の富豪が主催していた。
その時に頭が3つある黒い鶏が川に流れている絵が飾られていた。
その絵は他よりも不気味さで目立ち、見る人は誰も買おうとしなかった。
ところが、世の中には変わり者もいるもので、この絵は何ぞやと興味を示す男もいた。
3つある頭はそれぞれ大自然と融合した天使の象徴の「大谷阿(たいたにあ)」・
人の欲望や感情そのものの愚かさを表した「怒診煮怨(どみにおん)」・
そしてこの絵を観ている人、「絵観(えみる)」を表していて、
誰でも天使のような部分と悪魔な部分が存在するということを抽象的に表現したものだと説明した。
男はその話にとても感動し、絵を買って家に飾った。
ところが、その晩に男は高熱を出し、上下も分からないほどのめまいがして、
常に強烈な耳鳴りがするという症状を訴え、息を引き取った。
これはその黒肉流の絵の霊が乗り移ったのではないかとうわさされ、絵は完全に焼却された。

現在日本でβテスト中のゲームにエミル・クロニクル・オンライン(ECO)と言うものがあり、
かなりの人数がプレイしているが、この古代中国の事件といろいろな面で酷似しているため
もしかするとECOをプレイしているあなたにも黒肉流の霊が憑依するかもしれないのです…

民明書房刊「古代中国の美術と現代日本の文化」より抜粋


ECOの詳細は、ネトゲ実況2へ。
http://live19.2ch.net/ogame2/
735水先案名無い人:2005/08/16(火) 00:17:53 ID:tn0iKMX90
重備魔輿(えびまよ)

古代中国の戦乱の時代。
火座新(ぴざあら)という中国付近の海に浮かぶ小国があった。
当時中国は強大な国々が領土を争っていて、火座新国もその対象となりつつあった。
強大な敵国から身を守るために、火座新は一人でも乗ることができ装甲の強い避難用の船の設計を、
国中の職人を集め、作らせ、国民一人一人に非常食として小麦を練って平らに焼き、近海で取れるえびとと農場で取れる卵と油を混ぜてのせた今で言うピザのようなものといっしょにわたした。
それは、小型船としてはとても装甲が硬く赤かったので、悪魔の重装甲と言われ、重備魔輿(えびまよ)と呼ばれた。
その重備魔輿には独特の赤い龍の頭を模した物がついており、その頭と、
暗号である「重備魔輿魔輿重備魔輿」を繰り返すことによりで国民同士を判別した。
しかし、敵と遭遇したときに簡単に逃げられるのだが、水中からの攻撃はよけることができず、また狭いため重備魔輿の改良が求められた。
そこで完成したのが重備魔輿貳號(えびまよにごう)であり、1号との違いは、
・全体の機動力をあげ動きやすいよう上に乗りハンドルをつかむ形にするかわり小型化して三角形に近くなった。
・透明な窓を底につけ、水中を見て索敵できるようになった。
である。さらに安全性を強化した重備魔輿參號(えびまよさんごう)は、2号に比べ、
・長方形の大型にし、装甲を強化した。
・全体がほとんど透明になった。
・寝そべる形で乗るため、攻撃を受けにくくなった。
・龍を攻撃に特化させ、敵船に突撃すれば沈めることができるようになった。
など、反撃できるようになっている。
今の日本では、ピザーラというピザ店が「えびマヨ」というピザといっしょに浮き輪やフロートなどを配布している。
龍の部分はかわいらしいえびにかわっているが、「えっびマヨマヨえびマヨ〜♪」と形を変えても古代中国の伝統が生きているのだ。

民明書房刊「古代中国のえび文化と現代日本」より抜粋
736水先案名無い人:2005/08/20(土) 04:49:24 ID:aLh7OldG0
巣特機

清朝の時代、平穏な日々に鬱屈した庶民の間に広まったトランプを用いた娯楽の事。
数人から10人程度が集まり金品を賭して遊んだ。
1回で勝負が尽かないことが多く、場に溜まった金品を勝者が総取りとするルールは
数多くの常習者を生み、第2のアヘンと呼ばれた。

当初は仲間内での暇潰し程度の掛け金だったが時代を追うごとにレートは
高騰し、次第に馬一頭家一軒を賭するほどに熱中する猛者も現れたという。
アヘン戦争中にイギリス軍がこの賭博を用いて中国大陸各地で
賭場を開帳、軍事費を賄っていた為、巣特機は時の皇帝により禁じられた。

なお現在、日本のパチスロ機において代表的な存在であるストック機の
語源はこの巣特機から来ているのは余り良く知られていない。

         民明書房刊 「大陸的寛容さ 戦慄の娯楽編」より

737水先案名無い人 :2005/08/21(日) 00:04:02 ID:K5tVb2PJ0
アントン師

古代中東、現在のスーダンの一部にある国があった。
この国のカリフのアントン師。若き頃は並み居る国々
や十字軍を破り、特にマーサー・サイード王とのガンリフ島
の決戦や教皇ハルクヌスが十字軍を率いた対決は
有名となった。やがて、太平の世が訪れると自身はカリフの座についた。
彼は礼拝が終わると、参拝者に気合を入れる為に張り手をしたり、コーランを
朗読しながら、絶叫した。

この国のモスクには国王のアントン王の戦果をたたえる行事が多く見られたが、
ことにイマームのハール・イチバーン師の語りは国王の特徴を捉えて、
聴衆の注目の的となった。

なお、スーダンという国の名前がアントン師の絶叫にある「さん、ダァー」が
訛り、「スーダン」となったという事は賢明な読者ならお分かりであろう。

民明書房刊「古代カリフ目録〜平和が一番〜」より
738水先案名無い人:2005/08/21(日) 02:22:42 ID:hIsGqKzk0
パロディの技量とセンスは評価する
739水先案名無い人:2005/08/21(日) 11:18:49 ID:OWxa99fK0
うむ、俺も評価はする。だが古代中国分が足りないな。
740水先案名無い人:2005/08/22(月) 02:26:03 ID:tM6cj7T50
いや、別に古代中国分が問題じゃあない
ベラミスの剣の例もあることだしな
741水先案名無い人:2005/08/24(水) 15:02:26 ID:zHejhv5v0
マイヤヒに関する物があったと思うんだが、誰か知らぬか
742水先案名無い人:2005/08/24(水) 23:33:53 ID:Jq+9e/fI0
743水先案名無い人 :2005/08/25(木) 17:19:24 ID:vvooPWcG0
左樹馬帝(さきまてい)

古代中国の歴史の中でかき消された王朝がある。漢と隋の間に「左樹」と言う国があり、
皇帝の太宗紅露馬帝(くろまてい)は度重なる戦を戦い抜いた。元々は南蛮の育ちでありながら、
先代皇帝に養子となった。常に口に何かを含ませていたり、敵の大将と謁見する時、
常に頭に指を刺すしぐさをし、敵将を怒らせて隙を作らせ、敵を大鉈でズタズタにする戦法を採った。
そのあまりの凄惨で卑劣な戦闘方法の為、隋の時にその歴史を抹消された。

なお、現在男のシンボルが黒くなっている事を「サキマティ」と略す時があるが、
それは駒露馬帝を謁見に来た当時の大和朝廷の者が風呂を一緒にした時に
そそり立つ駒露馬帝のイチモツを見て、「左に巻かれしイチモツは大樹の如し、
紅き露の滴る黒きイチモツは馬の如し」といった左樹朝紅露馬帝(さきちょうくろまてい)
の故事より来ている事は懸命な読者ならおわかりになるであろう。

民明書房刊『中国王朝大百科〜「くの項」〜』より
744水先案名無い人:2005/08/28(日) 03:13:44 ID:tvgVvdIc0
>>743
うまいけど幕張ぶんが足りない。
幕張知らんとさきまてぃわかんないだろ
745水先案名無い人:2005/08/28(日) 16:35:13 ID:kK6J5I5E0
生活板にあったので勝手にコピペ

226 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2005/08/23(火) 23:22:01 ID:YZzjR1dv
葬灰棺咲(そうはいかんざき)

死体の埋まった土の上に生える桜は残酷なほどに美しい花を咲かせると言われる。
その桜にまつわる話の一つに、江戸時代に主を命を懸けていさめようとした男の話がある。

江戸時代中期、大きな争いもなく世は平和であった。
しかしその原因が参勤交代の制度により各藩が疲弊しきっていたからであるのを忘れてはならない。
富山藩主は凶作に悩む領民に対し重税をかけようとした。当時の家老 遠藤端水はそれを諫めようとした。
しかし若い藩主は古くから藩に仕えた家老の進言に耳を貸そうとはしなかった。
家老は嘆いた、このままでは富山藩は衰退すると感じた。
そして、藩主とある賭をした
それは富山藩に古くからあるがすでに花の咲かなくなった桜を、
家老の独力で咲かすことが出来たら家臣の進言に耳を貸すという内容であった。

家老は必死に桜を咲かそうとしたが、いっこうに咲くことはなく ついに病に倒れた。
そして病床で自らの息子に自らの死体を焼き、桜の下に埋めてくれとたのんだ。
息子は願いを聞き届け、灰を桜の下に埋めた。
そして、次の春 桜は見事な花を咲かせ、藩主の心を動かしたと言われる。
人々は、あまりにも美しいその桜の花を「葬灰棺咲き」とよんだ。

この話は有名な童話「花さか爺さん」にも受け継がれたと言われる。
主を諫めるために自らの命をかける。これのような話は多くの国で美談とされ 現代でも用いられる。
ある党首は自らの生命をかけて国を変えようとする様をアピールするために「葬灰棺咲」を持ち出した。
しかし、中途半端な覚悟で「葬灰棺咲」を持ち出したことに多くの国民は怒りを覚えた。
それほど葬灰棺咲は国民の中で美談とされているのである。

民明書房刊「桜の精神文化」より
746水先案名無い人:2005/08/28(日) 19:02:55 ID:iKMM1AQs0
いいなあw
747水先案名無い人:2005/08/30(火) 02:00:51 ID:P4nko6520
右峰・飯尾砥光(うほう・いいおとこう)

かってモンゴル帝国は、世界制覇の過程で戦った
優れた武術家を顕彰し、彼らの像が彫った場所を中国の泰山に作った。
その場所は高淵(こうえん)の鞭池(べんち)のほとりにあり、
中峰、右峰、左峰の三つの峰が水面にその姿を写しているが、この内、
漢人以外の外国人の像が彫られている右峰の頂にいるのが飯尾砥光である。

彼は鎌倉時代の元寇で見事に活躍し、その時の姿は敵軍の兵士からも
賞賛されたが、幕府からの恩賞を断り、庵を営んで和歌を詠みながら
晩年を過ごしたという。一説によると連歌の大成者として名高い
飯尾宗祇は彼の子孫であるとされている。このように優れた武略を持ちながら
俗世にとらわれず生きた彼は鎌倉武士から尊敬され、
右峰・飯尾統炬の名前は日本中に広まり、当時の記録には
「一度統炬起たば、彼に弱き武士どもほいほいと付きて行くべし」
とまで記されており、彼の人気のほどが伺える。

余談ながら中峰から飯尾統炬を見つめているのがヤラン・アイカーであり、
現代の漫画である「くそみそテクニック」の名台詞がここから
取られたと考えるのは自然な考えだろう。

民明書房刊『モンゴル帝国の山川探訪』
748747:2005/08/30(火) 02:04:11 ID:P4nko6520
ミスったOTL
後半の統炬は全部砥光に替えて読んで下さい。
749水先案名無い人:2005/08/30(火) 04:45:15 ID:vgviq+Fo0
総科学会(そう-かがく-かい)

みなさんはその昔北海道のとある山奥で小さな博覧会「総科学会」という
科学の博覧会が開かれたのをご存知であろうか?

科学者・牧ロ(まき・ろ)はほうれん草がわずか一日で育つという「日れん草」を開発した。
彼はこの開発にものすごい自信があったのでこの研究の発表を後に開かれる
「総科学会」(正式名称は総科学博覧会)に発表することを決めた。
また、助手の加持正造(かじ・しょうぞう)やイムシ去(いむ・しきょ)の助言により
いろいろな研究の発表も行われた。

一方、牧ロを憎んでいた同じ科学者のシ也犬作(しなり・けんさく)は日れん草の発表前日に
日れん草の開発書と発表報告書を持ち出した。そして牧ロを殺害してしまったのだ。
そして加持やイムを説得し味方につけた。

そして発表当日、犬作とイムは自分が開発した、と日れん草について発表した。
そして犬作は最優秀賞をもらった。

そのあと犬作とイムはある食パンを開発した。彼らの頭文字をとって
才斤イ犬(さいきんいけん:意味は天才になる一斤を開発したイムと犬作)と名づけられた。
このパンが一部の人に大ヒットする。

しかし、これらの文献があまり現存しないのははたしていいことなのか、悪い事なのか。

民明書房『隠された総合科学とカルトのすべて〜いまだ見つからない永久本〜』より
750水先案名無い人:2005/08/31(水) 21:58:48 ID:WyfW4mnr0
あんまり上手くないな。皮肉は懐から見せ隠ししなければ。
751水先案名無い人:2005/09/01(木) 00:19:00 ID:X8foTXEF0
冗談掘馬穴 (じょうだんぽりばけつ)

明の時代、北方の騎馬民族の独裁者宗王(そうおう)は南方から迫ってくる
鯉墨(こいすみ)に滅亡寸前まで追い詰められていた。
玉砕覚悟で打って出る覚悟を決めた宗王は、鯉墨軍が「馬を動けなくする落とし穴を掘っている」という噂を聞き、
その話を信じ込み、馬を下りて突撃したが、あえなく捕らえられてしまう。
鯉墨の前に突き出された宗王は落とし穴の事を尋ねると、
鯉墨の「あれは冗談だった」という答えに「嘘っ!?」と叫び声をあげたという。
この故事から、哀れな独裁者が他人の意見を聞かずに暴走する様を「冗談掘馬穴」と言うようになった。

21世紀になった現在でも、宗男と小泉という政治家が争う仲で
「冗談ポリバケツ」という言葉が飛び交っているが、
果たしてどちらが本当の「独裁者」こと冗談掘馬穴なのか、学者の間でも議論が絶えない。


民明書房刊「北の大地と海と空と呪われた新党」


【衆院選】新党大地・鈴木氏/「民営化と言っていますが冗談ポリバケツだ」宗男節健在
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1125455154/
http://www.nikkansports.com/ns/general/p-so-tp0-050831-0006.html
752水先案名無い人:2005/09/02(金) 02:57:50 ID:fWINFV4r0 BE:152409964-
【禁妄(きんもう)】

秦代中国において、曼画(まんが)・芸夢(げいむ)・荏魯芸(えろげい)・阿仁瞑(あにめい)・といった娯楽を好む、
於拓(おたく)と呼ばれる者がいた。中には、それらの娯楽を見て興奮した者が自分で妄想による曼画を描き、
憧荏誌(どうじんし)と呼ばれる印刷物にして、他の於拓に向けて鬻(ひさ)ぐ者もおり、
毎夏冬には曼画即売会と呼ばれる、大規模な憧荏誌の即売会のようなものが行われていた。
即売会には、軽食屋台を出店する者もいて、その屋台の出店した者の中には、
即売会に参加する於拓たちや彼らの描いた曼画や妄想に対する嫌悪感を抱く者もおり、
彼らのうちのが某が書いたと思われる、日記とされる書物に「於拓是多数、禁妄(きんもう)」と書かれたものがあり、
それが殷多捏都(いんたねつと;都市に点在する、民衆が集まる広場)の掲示板にその書物の内容が書き込まれたのがきっかけで、
その掲示板を見た者の中に「禁妄、禁妄」と書き込むことが流行したという。

なお、現代において、屋台ホットドッグ店「ネイサンズ」のアルバイト店員が、コミックマーケット68に出店した感想として「きんもーっ☆」「大量のオタ、きもい!」 と自分のブログに書き、
そのブログがインターネット掲示板「2ちゃんねる」に晒され物議を醸しているが、これは何かの偶然であろうか。

(民明書房刊『秦漢代於拓記―牛馬車男にみる於拓―』より)
753水先案名無い人:2005/09/02(金) 06:07:52 ID:vmsuGRdb0
きんもーっ☆
754水先案名無い人:2005/09/02(金) 12:26:03 ID:oQdrz9RB0
見裸樹木泥意土(みらあじゅ・ころいど)

三国時代。魏の武将弐公琉(にこうる)が行った戦術である。
それは、裸の状態になり、木の枝と泥を全身に浴び、地面の下に隠れて、敵が来た所で急襲する戦法である。
敵国の武将にとっては、弐はただの土にしか見えなかったため、この戦法は非常に効果があったという。

しかし、その後の戦いで、弐は危機になった大将亞栖蘭(あすらん)を救うため、地面から出てきた所を、
敵軍の将貴羅(きら)の刀によって腹部を斬られ、無念の戦死を遂げてしまった。
その報に酷く悲しんだ部下は、彼の最期の晴れ姿になった突撃を絵に残し、毎年の法事の際に度々この絵を公開するようになったという。


なお、これに似た構図の映像がTBSの某アニメで流れているが、監督夫妻がこの故事を基にしたというのは紛れも無い事実としか言い様が無いだろう。


民明書房刊『繰り返される死と死の映像の歴史 黄金経験の鎮魂歌』より抜粋
755水先案名無い人:2005/09/02(金) 12:36:07 ID:iXQctB2Y0
種死って夫婦でやってんの?
756水先案名無い人:2005/09/02(金) 12:55:30 ID:DgZvjy1+0
>>755
ここの【嫁】の項目参照。
ttp://www.geocities.jp/seeddictionary/ya.html
757水先案名無い人:2005/09/02(金) 21:32:04 ID:s7IOx87b0
麗持炎弩・願打無(れいじえんど・がんだむ)

三国時代末期、魏に「麗(れい)」という将軍がいた。
彼は、火矢を大量に発射する「炎弩」と呼ばれる兵器をよく使い、数々の勝利を収めた。
しかし彼自身は決して争いを好む人ではなく、
「もう敵を打ち据えるようなことは無くなって欲しい」といつも願っていた。
時の魏皇帝は「麗持炎弩、願打無」と言い、麗を武人の鑑と褒め称えたという。

現在放映されているTBSの某アニメには「レジェンドガンダム」という兵器が登場し、
それに「レイ」という名の人物が搭乗しているが、
監督夫妻がこの故事を参考にした可能性はきわめて高いといえるだろう。

民明書房刊『古代中国の戦場における同性愛の必然性』より抜粋
758水先案名無い人:2005/09/04(日) 02:29:21 ID:l/JKLVVY0
わからんネタを読むためには

現在放映されているTBSの某アニメには「レジェンドガンダム」という兵器が登場し、
それに「レイ」という名の人物が搭乗しているが、
監督夫妻がこの故事を参考にした可能性はきわめて高いといえるだろう。

の部分のような簡潔な説明があるとありがたいな。最初は蛇足だと思ってたが。
759水先案名無い人:2005/09/04(日) 19:25:35 ID:mTmpA6310
Bucket, Sir Jordan Archibald "politician"

バケット,サー・ジョーダン "ポリティシャン"

1870(明治3)年1月3日生
1943(昭和18)年11月4日没

イギリスの実業家。
一民間人に過ぎない立場でありながら外交と植民地経営に辣腕を振るい、
その資産・人脈から政界にも隠然たる影響力を発揮した、人呼んで『英国の黒幕』『シティーの怪人』。
よく言えば機を見るに敏、悪く言えば恩知らず、
竹馬の友であったロイド・ジョージを捨て宿敵チャーチルの後見人へ鞍替えするような節操の無さから、
"politician" (ポリティシャン=策士)との仇名を頂戴することになる。

1940年の英独航空戦『バトル・オブ・ブリテン』においては
航空機生産相ビーヴァーブルック卿とともに戦闘機軍団の兵站維持に奔走、
祖国防衛に多大なる貢献を果たした。

しかしダウディング司令官更迭劇でなぜかチャーチルと対立・決別、
以後は往年の精彩を欠きエジンバラ郊外の私邸で半隠遁生活をおくる。
策士バケット卿が、
まるで正反対のキャラクターである謹厳実直極まりないダ司令官の擁護を買って出た理由は
WWUの謎の一つとされている。

1943年、乗馬中に心臓発作をおこし急死。生前の威勢からすれば、あまりに寂しく簡素な葬儀だったという。

権力者の判断ミスを揶揄する『冗談ポリバケツ』という言葉は
このジョーダン"ポリティシャン"バケット卿の生涯に由来するという。

【民明書房・刊 『《アドラー・アングリフ!》 〜国家元帥と愉快な仲間たち〜』より抜粋
760水先案名無い人:2005/09/05(月) 02:50:34 ID:Ruot/ckm0
ミュンヒハウゼン出版刊 「ウプレカス伝 日本語版」

http://www.nijiura.com/niji/src/1125319645368.jpg
761水先案名無い人 :2005/09/06(火) 03:45:38 ID:gmv5ksS70
堕池押苦裸分(だちおうくらぶ)

明治時代の日本。この時代は各地から留学生が数多く来日したが、その中の一人で柳辺斐(りゅう・へい)という男がいた。
この男は残りの李斐拿(り・いだ)と呼ばれる男と迩模遠(じ・もおん)と3人で共同生活を送っていた。ある冬、行楽で訪れた
高麗川での事。柳辺斐は「お、砂よ。」とつぶやいた。その砂は余りに綺麗だったので感動して連呼していたのだが、2人が
「早く入れよ!」と突き飛ばし、柳辺斐を冬の高麗川に突き落とした。寒さのあまりにもがき苦しみ、死んでしまった。これは
本国で大きく報道され「熱凍高麗死也柳(ねつとうこましありゅう)」と言う見出しで報道され、その余りに無残な死に方は裸
で池に堕ち、1分苦しんだと言う事から堕池押苦裸分(だちおうくらぶ)という言葉で表現された。

現在、上島竜兵と言うリアクション芸の第一人者の一番芸は熱湯芸であるが、彼の熱湯でのやり取りを見ていると、
まさに堕地押苦裸分そのものである。偶然にも、彼と肥後克広、寺門ジモンの3人でやっているトリオの芸名の
名前も「ダチョウ倶楽部」とそっくりである。

民明書房刊「竜ちゃん何度?54度!!」より
762水先案名無い人:2005/09/06(火) 04:15:59 ID:/IkrFRpC0
ちと苦しくぎこちないいが意気込みは感じる。
頑張れ>>761
763水先案名無い人:2005/09/06(火) 19:57:39 ID:IdSzMlQ90
N速+で此処に収録しておけと言われました。
飲む猫問題の古文です。スレ主旨と違うかも。スマソ

〜〜
今は昔、弐式の町に野良猫ありけり。
愛嬌ありて世の人「もな」と呼ばひて此の猫愛でし候。

ある時、わたと言ふ女、もな猫に酒飲ませ、
奇異なる異国の音色聞かせ躍らせたり。
弐式の人々手を叩ひて興ず。

其の噂、江井部楠なるいと悪き商人の耳に入りしが、
わた女に金握らせ、もな猫捕らえ、わづかに毛並み変え「飲ま猫」と称し客寄せにす。

弐式の人々怒りて問ひしが、わた女、
「此れもな猫ならず、飲ま猫なり。我が飼ひ猫也」
「などか言ひしか。此れもな猫に相違なし。我が町にて巡り歩くべき愛しき猫なり」
騒ぎに人々集まれり
これまた客寄せなりと、店裏にて笑ひこらえる江井部楠ありなむ。

もな猫、懐かしき日々夢うつつに囚われの身にて踊り候
『わたつみの 錦の国へ参らせむ 我が事も無き 楠が寝ぞ憂き』(※訳注

今は昔の物語。

〜〜弐式今昔物語・巻ノ拾弐・快速伝聞集より抜粋〜
764水先案名無い人:2005/09/06(火) 19:58:39 ID:IdSzMlQ90
※訳注)
わたつみ=海を意味する枕詞。「わた」=「わた女」つみ=「罪」と思われる
錦の国=弐式の町。もな猫の故郷であろう。
我が事も無き=自分の取るに足らない日常。「我が事も無」=我が事もな=私はもな猫です
楠=クスノキ。(商人、江井部楠を指す)
「根」と「寝」をかけている。直訳:楠の木の根元で寝るのは。
楠が根=楠がね=楠金=江井部楠の金儲け、の意ともとれる。

【歌の大意】
海の彼方にあるという錦の都へ一緒に行きましょう。
楠の木の根元で寝るような、今の私の取るに足らない日常生活は面白くないですから。

【歌の真意】
わた女は罪を犯しています。ああ、故郷の弐式の町へ帰りたい。
私は、もな猫です。江井部楠の金儲けに使われるのは、悲しく辛いです。
〜〜

失礼しました。m(_ _)m
765水先案名無い人:2005/09/06(火) 21:40:14 ID:7vVgKsIw0
倭田(わた)と野間子弧(のま・ねこう)と英部空崇(えいべ・くうすう)

米爺が菩提樹を使用した米酒の製造法を自らの命とともに断ち、その名誉が詩として継がれていった。(>89参照のこと)
しかし、時はたち次第にその詩も廃れていき、やがて米爺や米酒の事がすっかり忘却された明代。
倭田(わた)という符楽宗(ふらしゅ:この時代における紙芝居的存在)職人がある日、於存(おぞん)の地の畑から
ある木簡を拾い上げた。そこには「米爺否 米爺封 米爺宝 米爺醗葉」という詩が刻まれていた。
疑問に思った倭田はこの書を調べると、これが殷代から伝わる米爺醗葉の詩という事を知った。
さらに、探索した倭田は同じ場所から甲羅を拾い上げた。そこには米爺の伝記が書かれてあった。
倭田は早速、この二つから符楽宗を製作。やがて、この話を皮切りに符楽宗の名は明国全土から諸外国へと広がっていった。
米爺の伝説を再現したことで、倭田は時の皇帝から母名(もな:符楽宗における、詩聖と同等の名誉のこと)の称号を戴いたという。

ここまでなら、倭田は明代の符楽宗を代表する職人になっていたはずだったが…。

つづく。
766水先案名無い人:2005/09/06(火) 21:56:01 ID:W5cmB8Oy0
倭田(わた)と野間子弧(のま・ねこう)と英部空崇(えいべ・くうすう)  つづき

同じ頃、日本の堺に英部空崇(えいべ・くうす)と呼ばれる豪商がいた。英部はあくどいやり方で一財を築いたため、
世間からは嫌われていた。その英部が、個人貿易の為明に渡った時に、米爺符楽宗を見物。この話にいたく感銘をうけた
英部は、倭田と密会。大金を出して倭田と米爺符楽宗を買い取ったという。
数週間がたち、日本産の符楽宗が人気を博しているという話題が符楽盤(ふらばん:符楽宗のギルド)に伝わった。
それを聞いた他の符楽宗職人が見ると、それは倭田の製作した米爺符楽宗であった。
それに驚いた職人たちが問いたが、それは日本の野間子弧(のま・ねこう)が独自製作した物語だと言い、取り合ってくれなかった。
職人たちは、倭田の家へと向かったが、そこに倭田の姿はなく、更に彼が製作した符楽宗が消し炭同然で放置されていた。
隣人が言うには、倭田は修行のため日本へと旅立ったという。
職人たちは日本へ行き、数々の情報から倭田が堺の英部空崇と密会したということを知り、すぐさま英部の元へ向かい
全てを問い詰めた。しかし、英部は倭田など知らぬと言い、取り合ってくれなかった。だが、その時倭田が英部邸に訪れたのだ。
職人たちは倭田に迫り問い詰めようとしたが、倭田は「私は野間子弧だ。倭田など知らない」と言い捨てたのだ。
倭田は日本へ来日する際、英部から「野間子弧」という名前を与えられていたのだ。
職人たちは落胆しながら、国へと帰っていった。その件以来、明の符楽宗は衰退し、日本の符楽宗は発展していった。

現在、わた氏製作の「マイヤヒー」フラッシュがエイベックスのCDに収録される際、AAキャラが書き直され、のまネコという
別の名前を与えられた挙句、それが2ちゃんねるのメインキャラだという設定されたことがきっかけで大きな事件になっているが
この事件が、この故事と何らかの因縁があるのではないかと思われる。
はたして、この事件の問題は解決されるのか?それとも…故事の二の舞になってしまうのか?


民明書房刊 「中国故事の伝承衰退と、現代日本のモラルハザードの因果な関係」より抜粋
767水先案名無い人:2005/09/07(水) 04:59:08 ID:1ccEpOz00
禁喪汚☆(きんもーっ☆)

中国は東晋の時代、多くの貴族が怠惰になり奢侈を極めていた。
当時、貴族たちは多くの詩集が披露される小美渓(こみけい)と呼ばれる秘境まで出向き、
童子淫詩(どうじんし)と呼ばれる幼い男児や女児たちが猥褻行為をされる様を詠う詩を蒐集していた。

年々、小美渓の参加者が増え、貴族だけではなく平民も参加するようになったが、
我先に優れた童子淫詩を手に入れようと猛烈な勢いで人を押しのけたり、
目当ての作品を奪い合うなど非常識な行為をする者が目立つようになった。

参加者は彼らの行為を忌喪汚太(きもおた)と呼んで罵った。

売り子たちは場内が荒れ出すと、「禁喪汚☆禁喪汚☆」(きもおたはきんずる)と叫び、
客が忌喪汚太となるのをたしなめたという。
なお、☆は道教の五行説を意味する五芒星の呪いであるといわれている。


長い年月が経ち、廃れていた風習ではあったが、
つい最近、日本の同人誌即売会で復活して話題となった。
コミケや同人誌が「禁喪汚☆」の故事に由来していることはいうまでもない。

民明書房刊 「中国佚文化史 淫詩風習と犯罪予備軍の関係」より抜粋
768水先案名無い人:2005/09/08(木) 02:54:39 ID:77SQc4bx0
きんもーっ☆の語源は>>752>>767など諸説あるが、
偶然の一致と言わざるを得ない。

民明書房刊「結婚―その伝統と風俗―」より
769水先案名無い人:2005/09/09(金) 20:17:10 ID:vHAWhluv0
156 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2005/08/30(火) 10:16:31 0
禁網(きんもーっ☆)

遡るは弥生の時代、自己の土地を主張する為に注連縄(しめなわ)で境界線を引いていたが
境界線が不明瞭な場合、互いの一族の代表が綱を引き合い勝った者が領地を広げていくという習慣があった。
その綱引きはまさに一族にとっては死活問題であったため、死にモノ狂いで競い合っていた。
ある者は策を凝らし、またある者は3日間勝負がつかず互いに倒れ臥すという事もあった。

それを知った伊都国の大王はこれ幸いとその争いで疲弊した集落を吸収していった。
その際『綱引きによって民が疲弊せし事まかりならん』と禁網の御触れを出したが、
真実は神社に使われている注連縄を漢達の血・汗・小便で穢れていくのを許せなかったという。

2005年熱犬店従業員が同人誌即売会会場にて漢達がぶわぁぁぁと集まっている光景を見て
交通整理の縄に沿って目を血走らせている姿はまるで弥生時代の禁網のようだと錯覚し、
自己の日記に記録したが、その日記が発覚し皆に叩かれたのはあまりにも有名。


(民明書房刊 「ゆかりの家には鏡が無い」より)

これもまた一説である。
770名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 01:56:50 ID:rMc4CCyx0
>769
ひでぇ書名だなwおもろいけど
771水先案名無い人:2005/09/13(火) 23:02:40 ID:rH3n5Buw0
虚塵(きょじん)
古代中国は三国時代、当時猛威を振るった黄巾賊の制圧に際し、時の王朝から派遣された公孫賛は、
兵の無駄な消耗を抑えるべく、正規の軍人ではなく傭兵を雇ってその任にあたらせた。
雇われた傭兵は皆身長2mを超え、棍棒を振るって敵をなぎ倒す事を得意としていた。
しかしひとたび戦場に出してみると、彼らは仲間や自分を守る事を考えず、
ただひたすらに敵を打ち据えて突撃していくのみであった。
そのため戦場で孤立し、帰ってきてみれば彼らの体は生傷や大怪我が絶えなかった。
いくら忠告しても彼らはその戦法を改めず、ついには黄巾賊の張角・張梁・張宝らの火術により、
戦場で真っ先に炎上し、全員が焼死したという。
これを見たある軍師が彼らを、「彼らはいてもいなくても同じであった、漂う虚ろなる塵の如し」と評したため、
財力や力にまかせて突き進み、最後に愚かな目に合うことを「虚塵」というようになった。

余談ではあるが、昨今のプロ野球の読売巨人軍の成績・試合は目に余る物がある。
旧知の野球ファンいわく、「打撃ばかりを重視して金に物を言わせて選手を買いあさり、
野手や投手をコツコツ育て、守備陣をロクに鍛えてこなかったツケが回ってきている」のだそうだ。
この状況はまさにこの故事に当てはまるといえるが、偶然では片付けられない何かを感じざるを得ない。

〜民明書房刊「戦場の星をつかむまで」より〜
772水先案名無い人:2005/09/24(土) 02:10:46 ID:CZa5H8Jp0
当て字もさることながら皮肉を込めた言い回しとか
なんかおもろいな。
773水先案名無い人:2005/09/25(日) 16:55:53 ID:iy9ur7bY0
愛恥丘迫閉膜 あいちきゅうはくへいまく

愛する者の恥丘を大事にしたく思い、川アクリニックにて膜を再生する様。
また、圧迫により処方する方法⇒迫閉膜。

民明書房 時事に強くなる辞典より転載
774水先案名無い人:2005/09/26(月) 07:52:33 ID:9O3CccyV0
肉付けは他の職人に任せるということか
775水先案名無い人:2005/09/28(水) 11:55:08 ID:FA3+WAzl0
南斗杖戦聖(なんとじょうせんせい) 
かつて中国に杖(じょう)という武術家とその弟子の南斗(なんと)という若者がいた。 
杖は南斗に己の技の全てを教え、修行の仕上げとして2人は武闘大会に出場し決勝戦で戦うこととなった。 
しかし壮絶な戦いの末、南斗は杖を勢いあまって殺してしまう。 
以来南斗は戦うことをやめ、罪を償うために医者となり、多くの命を救った。 
時の王はその戦いにとても感動し、以後その武闘大会に優勝したものに「南斗杖戦聖」なる称号を与えたという。 

余談だが「ナンとジョー先生」のストーリーは、南斗と杖の決着を哀れんだ者が 
話の中だけでも幸せになって欲しいという気持ちを込めて作ったという説がある。 

〜民明書房刊「武術家の歴史」より〜 


携帯ゲーム板のアトリエスレで発見。
776水先案名無い人:2005/09/28(水) 13:14:10 ID:9Tv00dFA0
微布 (びっぷ)
かつての中国の貧困層、そのさらに最下層の人間は
身につける衣類も必要最低限の貧相なものであった。
彼らは微布と呼ばれ、仕事もなく、それでいて貪欲であった。
上位の人間が気まぐれに投げ与えた食事に群がる様は、ある種の狂気を想起させたという。
彼らは貧困の中、それでも日々を楽しく過ごしていたと過去の書物は語っている。
また、彼らは敵対する勢力には異常ともいえるほど攻撃的であった。
その闘争心を買い、時の皇帝は彼らを徴兵し戦に利用しようとしたが
まったく役に立たなかったと言う。

今の2chの最下層、ニートが集い、敵に回すと恐ろしいが味方にすると頼りない集団、VIPが
この「微布」に由来していることは想像に難くないだろう。

〜民明書房刊「勝つために働かない」より〜


結構難しいな。半年ROMる。
777水先案名無い人:2005/09/28(水) 16:34:38 ID:dI/qcMDC0
その微布を打ち負かした矢甥族こそある意味最強の戦闘集団と言える
778水先案名無い人:2005/09/28(水) 21:30:39 ID:E/nSh1fQ0
びっぱぁは飽きやすいからなぁ
779水先案名無い人:2005/09/29(木) 22:19:25 ID:RzLI3K9D0
陰取牌在(いんしゅぱいあ)

古代中国での麻雀は博打に収まらず、勝敗の結果がその日の
食となるため勝利のみを追求する者が多く、結果こそが全てであり、
その課程は重要視されていなかった。

この陰取牌在(いんしゅぱいあ)も勝利のための麻雀の奥義であり、
死角を付いて他人の牌を奪い取り、素知らぬ顔で己の配牌にあったと
思わせるものである。

尚、余談ではあるが現在、匿名掲示板で倭田(わた)と
野間子弧(のま・ねこう問題について頻出する「インスパイア」が
陰取牌在(いんしゅぱいあ)に語義を発することがあまり知られていないことは
残念であるが、皮肉な結果となっていることに一部からは失笑をかっている。

民明書房刊「あなたにもできる!猪策拳のすべて」より
780水先案名無い人:2005/09/29(木) 22:19:56 ID:RzLI3K9D0
ゴメ下げ忘れ
逝ってくる
781水先案名無い人:2005/09/29(木) 23:11:20 ID:eM4+Xbxk0
のまネコ問題を皮肉るならインスパイアじゃなくてインスパイヤの方がいいかと。
782水先案名無い人:2005/09/30(金) 00:21:31 ID:yqo5prO40
陰取牌爺()

古代中国、麻雀の達人として名高い英兵楠(えいへいくす)という者がいた。
英は前述の「陰取牌在」を駆使し、五十年にわたって無敗を誇り続けた。
あまりに汚いその戦い方を非難する者は多かったが、彼は周囲の声を気にもせず、
自ら「陰取牌爺(いんしゅぱいや)」と名乗り、むしろ悪名を誇ってすらいたという。

現代において、avexという音楽会社が「インスパイヤ」という言葉を用いているのも、この故事に由来しているのだろう。
インターネット上の掲示板には「インスパイ『ア』だろw」などと見当違いな発言をしている者がいるが、
彼らは「インスパイヤ」という言葉に込めたavexの英兵楠へのリスペクトの念に気付いていないのだろうか。
783水先案名無い人:2005/09/30(金) 00:22:09 ID:yqo5prO40
あ、最初の読み仮名が抜けたorz
784水先案名無い人:2005/10/04(火) 16:04:35 ID:q8n7LBwF0
キュキュットママンスレより

560 名前:提供:名無しさん[sage] 投稿日:04/10/12(火) 00:09:06
濯田 孝子(本名 濯田キュキュット)
1980年11月生まれさそり座 本籍地 ブラジル
身長165cm 体重44kg B82W55H85 足23.5cm

16歳の時に来日(婚前名キュキュット・ファ・ミリー)、モデル(主に手先)をしていたが
1999年にフリーカメラマンの濯田瞬観氏と結婚引退する。
2004年4月台所洗剤のCMより復帰。実子である落輝くん(4歳)も競演中。
瞬観氏は同時にCM出演の依頼があったが何者かに襲われ頭部を打撲。
現在は復帰しており新しいシリーズで競演を果たしている。

なお二人の姉(スパゥンヂ・ファ・ミリー、ヂョキンモ・ファ・ミリー)もモデルをしているらしい。

                     民明書房刊「2004年度超CMタレント名鑑」より


ネタそのものより、民明書房がタレント名鑑を出してた事自体が笑えるw
785水先案名無い人:2005/10/04(火) 18:10:02 ID:q8n7LBwF0
俺も便乗してのまねこやってみるか。


『無象』『乃真似是』『乃真蛸』

妖怪研究を志す者にとって、古代中国の奇書『山海経』を知らぬ者はないだろう。
ありとあらゆる怪異が名を連ねる中、その存在を封滅された妖怪達がいる。
それが『無象』『乃真似是』『乃真蛸』である。
無像(muzo)はその名の通り、いくつもの妖怪の集合体であり、その頭は50もの顔が
ついていたとされる。
無像は妖怪でありながら、驚くほどの書画、雅楽の才を持ち、他の妖怪からも
一目置かれる存在であった。

しかしある日『安部糞』なる邪な人間が、その才を盗みひと儲けしようと企み、
無像に米酒を呑ませ、しこたま酔っぱらわせたところで腹を裂き、中から
『腸』(わた)を持ち去ってしまった。
安部糞は腸に、ある有名な妖怪の書画を書かせ、雅曲と共にこれを売り出し
大金を手に入れた。
これに怒った妖怪達は口々に「真似するな!」と言う意味の『摸無ー!』と叫んだが、
安部糞は『印蚩尤杯哉、乃真似是』(これは蚩尤の杯に印された紋様である。すなわち
これ真似ではない)と白々しい嘘で答えたが、誰も蚩尤の杯を見た者などいなかったので
それ以上問い詰める事は出来なかった。

786水先案名無い人:2005/10/04(火) 18:10:14 ID:q8n7LBwF0
妖怪達の怒りは無像にも向けられたが、無像は自身と身内を庇う事に終始し、
他の妖怪からの信用を完全に失った。
また妖怪達の怒りの念は、安部糞が愛玩していた世にも珍しい「歌う蛸」にそっくりな
新たな妖怪を生み出してしまった。
妖怪達は皮肉を込めて『印蚩尤牌吾、乃真蛸』(これは蚩尤の麻雀牌に印された
紋様である。すなわちこれ蛸ではない)と言い放ったと言う。

現在見つかっている書物では、紆余曲折の後、結局阿部糞側が折れ、商品の撤退
という形で決着がついたとされているが、これ以降のまだ見つかっていない書物が
存在する可能性があるため、まだまだ予断を許さない状況だ。

なお、その後の腸の消息は杳として知れないが、一説には安部糞にいいように
こき使われた後ボロ雑巾のように捨てられ、幽閉先の禅(zen)寺から一歩も外に
出る事なくその生涯を終えたとも言われているが、真偽の程は明らかではない。


民明書房刊 「のまねこ第4部〜木村貴志は砕けない〜」より抜粋

787水先案名無い人:2005/10/05(水) 21:22:42 ID:6X+F4Wal0
竹槍術【ちくそう・じゅつ】(名詞・武道)
日本国古来、特有の技術。現代においては銃剣道と混同されがちであるが、
銃剣道とは用法、用兵目的において全くの相違がある。銃剣道が戦場において
相手の兵士を攻撃する際に用いられていたのに対し、竹槍術は竹槍を用いて
高空を飛行する物体、特に大型爆撃機を邀撃する為に用いられるものである。
実際に、太平洋戦争中の8月12日に、東京に原子爆弾を投下すべく飛行中だった
B29・2機が、太平洋上において漁船に乗った竹槍術師範3名によって
撃墜されたという記録が残されている。
なお、現代において「小学生が竹槍でB29を落とす訓練をしていた」と言われるのは
竹槍での対人戦闘訓練と竹槍術を混同したものであり、小学校で竹槍術が教えられていた
事実は無い。
              民明書房刊「民明大辞典 た〜と」より抜粋
788水先案名無い人:2005/10/06(木) 05:06:18 ID:WNFybZ320
>>787
超初期の民明書房ですな

このスレは中期以降の民明書房ネタなので
ちと新鮮
789水先案名無い人:2005/10/08(土) 21:51:55 ID:vYlmKvF70
http://yokohama.cool.ne.jp/nikutaijin/minmei.html

今更だが作中に登場した民明書房をここで全て見れる
790水先案名無い人:2005/10/09(日) 00:26:10 ID:aXTxgknW0
闘画師(とうがし)

明代において、闘画師(とうがし)と呼ばれる者たちがいた。
彼らは絵師であり、主に戦いの絵(闘画)を壮大なスケールで描くことを得意としていたとされる。
その勇壮なる絵は貴族から庶民まであらゆる者たちの間で人気があったが
闘画師の中にはその人気に慢心し、段々と手抜きの闘画を描くようになった者も少なくない。
その最も有名な例が、闘画師 楊士飛路(よう しひろ)であり、彼が描く闘画は数年に渡り
絶大な人気を誇ったものの、うぬぼれて遊びほうけ、仕事をいい加減にやるようになり、
ついにはその支持者たちからも見放され、「闘画師 金返せ」などと言われるようになってしまった。

なお、今日の日本において漫画家 冨樫義博氏が同様の理由で批判されていることを考えると、
歴史の因果を思わずにいられないのは筆者だけではあるまい。

民明書房刊「中国史 職業大全」より
791水先案名無い人:2005/10/10(月) 12:44:44 ID:QZelekvQ0
男塾ネタでとがしときてこれか…微妙
792水先案名無い人:2005/10/11(火) 22:12:27 ID:HkpMO62m0
刃兎眉(はうび)

9世紀の中国で兵法家、蕪琉枢公・府吾(ぶるすこう・ふあ)が考案した戦法である。
その戦法とは、兎の眉部分に鋭い剃刀の刃を取り付け、頭部に小型の銅鑼を当て、その部分を撫でる。
ある程度撫でると、その兎が振動し始めるので、その時に手刀でその兎の首を強打する。
そうすると、その兎は猛スピードで飛翔するという。その速度は、一説には鉄砲の弾速より早いといわれており、
並の人間では、まず直撃は回避できないという。
その恐ろしさは、たちまちに賊や異民族に伝わり、刃兎眉の姿を見ると、大声で猛流裟(もるさ)と、叫び、逃げていったという。
(※猛流裟:猛烈な流れで兎が飛び、そなたの身体を袈裟の如く斬るの略。)


現在、ファービーという電子人形にまつわる怪奇話の中に、この故事と酷似した文面を見るが、それが果たして、
この刃兎眉の故事と関連しているのか。古来の霊魂が媒介として人形に乗り移り、怪奇現象を起こすという
現象は珍しくない。この現象も、兵器として使われた悲しい兎の霊魂が起こしたものであろうか・・・。

民明書房刊「人形遊戯〜リカちゃんから薔薇乙女まで」より
793水先案名無い人:2005/10/12(水) 01:41:41 ID:dOHX9d280
794水先案名無い人:2005/10/15(土) 18:53:45 ID:xEPabIvj0
ttp://www.d3p.co.jp/jyuku/
塾長自ら民明書房のウンチクを解説してくれるらしいぞ!虎丸!!
795水先案名無い人:2005/10/19(水) 17:52:44 ID:ZobnGaUF0
同箕帝毛精子(どうみていもうせいし)

南北朝時代の中国において、名君と謳われた同箕帝という皇帝がいた。
しかし帝は子宝に恵まれず、帝亡き後は隣国からの侵略は目に見えていた。
原因は帝が不能なためであり、これを案じた帝の母は七日七晩天に祈り、
ついに帝は毛ほどではあるが精子を出すことに成功し、ついに子宝に恵まれ滅亡から免れたという。
後に中国ではこの故事を同箕帝毛精子(どうみていもうせいし)と呼び、
男子が精通を迎えた日には、帝の母が祈願中に飲んだといわれる軽美酢(かるびす)を振る舞い、
無事成長できたことを母に感謝するならわしがあった。

現代日本において、精子をブチ撒けたところを母に見つかった際、
「カルピスを溢した。本当にありがとうございました。」
と言う者がいるが、この同箕帝毛精子の故事に由来するものかは定かではない。

民明書房刊「ティッシュがない!古代中国に見る驚嘆のピンチ脱出法」より
796水先案名無い人:2005/10/21(金) 01:02:03 ID:ue6LfTNW0
745 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2005/10/19(水) 00:05:34 ID:h8jt2wNM0
羽丹荷(はにに)

中国は隋から宋代の文献において記述の残る伝説の珍獣。

全身は白い体毛で覆われており、大変おとなしく動作は鈍重だったとされる。
愛嬌のある表情から貴族や大商人などの富裕層に愛玩用として飼育されていた。
遣唐使として唐にわたり飼われている羽丹荷を目撃した玖玲目明亜(くれめのめいあ)は
「堂々と肥たる腹に顔をうずめれば陽の香りに包まれ、安らぐこと極まれり」
と記録に遺している。
また別の記録によると体表は弾力に富み、まことの麩のようであったことから
「まるで真麩(まふ)の如し」とも言われていた。
しかし唐代末期の戦乱と宋代の貴族による乱獲がたたり、南宋の頃には既に
絶滅してしまったようである。

現在「夜明け前より瑠璃色な」において「ぱにーに」なる妄想上の生物が
これの引用であることは、賢明な読者諸君ならご理解いただけるであろう。

民明書房刊「異民族の動物愛玩考」
797水先案名無い人 :2005/10/21(金) 18:43:05 ID:HE5ioeID0
禅院衆合(ぜんいんしゅうごう)

中国清朝の時代に存在したとされる寺、その名も「禅院」。

その中でも、高名な僧として知られた大僧正の趙三、その弟子で張架頭(かとちゃん)・
陳湯得(ち・ゆう)、武羽(ぶ・う)、高滋(こう・じ)が織り成す衆合といわれる者達の説法は
寺院の舞台で行う為、聴衆の絶大な支持を得た。一時期は人口の半分がこの寺院の説法を
聞きにくるという異常な事態となった。そして陳湯得が還俗すると、見習い坊主だった
張犬(けんちゃん)が僧正の仲間入りをする。生まれ故郷を皮肉った非雅死無等矢魔
音道(ひがしむらやまおんどう)といわれる説法も有名となる。

有名な説法にある尼さんと4人の弟子の一日を書いた火破地庵金道(かあちあんこんとう)
がある。また、狂堂魔我帝運候沈沈(くるいどうまわていうんこうちんちん)などと時の皇帝や諸侯
を皮肉った念仏を唱えたりなどしたため、皇帝の命を受けた火帝衛(ひていえい)と呼ばれる
私兵によりたびたび弾圧を受けた。

禅院は清朝末期の大火により、消失。その後、豹禽族(ひょうきんぞく)といわれる異民族が
寺院を襲撃し、僧侶は殺され、寺院は完全に消失した

なお、襲撃を受けて死亡したはずの5人衆が海を渡りその子孫がドリフターズとして活躍している説が
があるが、その後に豹禽族は謎の2人組により滅ぼされているところから見ても、なんらかの関係が
あると思われるが、定かではない。

民明書房刊「中国のお化け説法伝説〜だめだこりゃ〜」より
798水先案名無い人:2005/10/21(金) 19:17:39 ID:1ffyER4G0
嗚呼、墨子印舌御(あっ!ぽこたんいんしたお)

押威忍(おいすー)

今は昔、中国戦国時代の事である。
当時の思想家である墨子は、墨家という戦闘集団を作り上げる事に成功した。
墨家の道場は各国にあり、墨子は道場を渡り歩き、弟子たちを鍛える生活をしていた。
その修行鍛錬は凄まじいものであり、修行中に死ぬものも少なくなかった。

ある日、墨子がさる道場を訪ねた。
ところが、その道場の主は日頃から墨子を快く思っていなかったために、
墨子が門前にて「押忍」と挨拶をしても、「破門された者に違いない。
取り次いではならぬ。」と、弟子たちを外に出さずに、そのままにしていた。

一刻後。あまりの事に怒心頭に達した墨子は、道場に駆け込むなり、
墨家奥義である「御舌印」を用いて、道場主を殺害した。
騙されていた弟子達は、墨子を見るなり「嗚呼、墨子印舌御!」と驚いた。

それ以降、墨子の道場に入るときの挨拶は「押威忍」となり、墨子の威を称える挨拶となった。
近年のMMORPGである「FF11」にて「ぽこたん」なる人物や「おいすー」なる挨拶が
存在することに、著者は中国四千年の血流と、墨子の威光を思わずにはいられないのだ。

民明書房刊「中国の英雄伝〜墨子とその奥義〜」より
799水先案名無い人:2005/10/21(金) 19:50:46 ID:XaCAswPr0
>>797
陳湯得と豹禽族がちゃんとフォローしてあるのがとてつもなくグッジョブ。
800水先案名無い人:2005/10/21(金) 20:31:18 ID:9geJmgUk0
破兄咆(はにほう)

7世紀の中国、とある国に羽殷(はいん)と麗殷(れいん)という双子がいた。二人とも大層器量が良く、容姿端麗、文武両道な兄弟であった。
ある日、兄弟は王の命令で、山賊を討伐することになった。その山賊は、非常にすばしっこく、中々捕らえる事が出来ない強敵であった。
しかし、麗殷にはとある特技を持っていた。それは彼の声質が非常に響きやすいという特性があったことである。
そこで羽殷は、大きな鉄の筒を用意した。その筒に麗殷が大声をあげた。
すると、麗殷の声がたちまち衝撃波となって、山賊の潜んでいた山を粉砕し、山賊を一網打尽にしてしまったのだ。
その後、羽殷はその筒に、破兄咆(はにほう)と名づけた。それは、兄(この書では、麗殷が兄、羽殷が弟になっている)
の咆哮が、破壊をもたらす武器になったという意味である。

破兄咆が後のメガホンの元となったという説が常に学会で論議されていたが、この度、「ふしぎ星の★ふたご姫」というアニメ内で
羽殷・麗殷と良く似た名前を持つ、双子の少女が出ており、さらに、その放送内にレインという少女が「はにほ!」という
叫びを発したことから、やはり、破兄咆が後のメガホンの元となったという説は確実なものになっている。

民明書房刊「双子論・折田奈帝武」より
801水先案名無い人:2005/10/22(土) 02:34:42 ID:6IE95mkQ0
保守アゲだ
802水先案名無い人:2005/10/23(日) 01:05:41 ID:je8tbYCB0
>>797
クソワロタ
ここ最近の名作。
803水先案名無い人:2005/10/23(日) 22:51:56 ID:jYO9txIN0
最近↓で量産されてるので、元ネタわかる人どぞ

【風雲】ジョイメカファイト7体目【ワルナッチ城】
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/retro/1128992212/
804水先案名無い人:2005/10/23(日) 23:55:08 ID:ju4LwhEN0
「ムッ、あれが噂に聞く如意命火斧威頭」
「なにぃ、知っているのか雷電!」
805水先案名無い人:2005/10/24(月) 10:45:21 ID:04efnD/E0
中国にとらわれすぎる
このスレ以来の悪癖を除けば
なかなかの出来だな
806水先案名無い人:2005/10/24(月) 11:01:24 ID:p9CZ0x4o0
馬重芽(まじうめぇ)
 唐の国の詩人。ある日、馬重芽は皇帝から「秋の食卓を表現した詩を作ってみせよ」
と言われ、作詩に苦労していた。その事を李白に相談した馬重芽は「自分の見たこと、
感じたことをあるがままに、写実的に描写すればよいのではないかとのアドバイスを受けた。
かくして、このような前衛的な詩ができたのである。
「秋刀魚の塩焼きの煙は濛々とあがり 我、座して大根をすりおろす
 釜を開ければ炊きたての白米の湯気 秋刀魚にポン酢をとくとくと足らす
 食む 破風破風 破風」
 しかし、この詩を発表したとたんに皇帝は烈火の如く怒り、「芸術性のかけらも無いうえに
最後の一文の意味がわからぬ。このような気色の悪い詩を作りおって」と叫び、馬重芽は
あわれ死罪となってしまった。
 最近、この詩を研究している作家が「最後の一文は擬音であると考えられる。当時の漢詩の
常識を覆すものであり、そのことが皇帝に受け入れられなかったのでは」と論文を発表し、話題
となっている。

民明書房刊「漢詩事始」p14のコラムより抜粋
807水先案名無い人:2005/10/24(月) 19:07:09 ID:VTJefOCo0
>>805
中国にとらわれ過ぎるのが、民明書房ですよ。
808水先案名無い人:2005/10/24(月) 19:53:13 ID:PoPg9ipw0
そうとばかりも言いきれんな
809水先案名無い人:2005/10/24(月) 21:04:20 ID:gJ31xjnA0
では>>805なり、>>808なりによる「中国分が入っていない傑作」を期待しようではないか。
810水先案名無い人:2005/10/24(月) 21:58:54 ID:YEpkMyFU0
>>789読めば本物も中国ばかりじゃないことが分かるし、
このスレにも>>610のように非中国な傑作(評価は人にも
よるだろうが)はある。
811水先案名無い人 :2005/10/25(火) 04:35:08 ID:Lyb9Z00n0
打射所初心打(だいじょうぶだ)

>>797で禅院衆合のことを話したが、その中で張犬(けん・ちゃん)が清のある場所で開いたといわれる
暗殺拳がある。元々、禅院のものは裏稼業として、怒裏風打射爆掌(どりふだいばくしょう)と呼ばれる
暗殺拳の使い手の暗殺者であったが、張犬はその拳法をさらに発展させた。五存寺痔射傘歯亜惨(ごぞんじ
じいさんばあさん)と言われる相手の肛門を手で突き刺す凄惨な拳を使い、火斗魅破山(ひとみばあさん)は
都にいたおばあさんをモデルとして、相手を魅了し、振り回して暗殺する拳である。それらの中でも特に
玄人筋で有名なのは外異射魂道(げいしゃこんどう)と言われる呪詛で影毛灯(えい・もうとう)という町人を組んで、
相手を呪い殺す。そんな彼らは暗殺した相手に対する礼儀も忘れることなく、相手のいまわの際に冥福と鎮魂の願いをこめて
オカリナを演奏する。相手は過去を思い出しながら、安らかにこの世をさる。有名なエピソードに盲目の女性に我が目
を提供するために自分自身の暗殺を依頼、その後、依頼者の眼球はその女性に移植されたが、その女性は他の男と
結婚するというものがあり、これは今でも中国の悲劇として語り継がれている。彼らは暗殺前に辺納御寺山(へんのうじさん)
と言われる山で己の手を天に掲げながら、「辺納御寺山、打!呼!羅!辺納御寺山」と手を回しながら、
「流兎烈賭萬(るうれっとまん)」という生贄を捧げながら山の神に祈願した。彼らの有名な弟子として「功輪萬(く・わまん)」
や「多覗呂(た・しろ)」、「楊琥(よう・こ)」がいた。特に多覗呂はその後に之祖鬼(のぞき)と言われる透視の呪詛や
漬薬武(しやぶ)と言われる戦に使う一種の薬剤を発見したとして、一部のものから絶大な支持を受けた。彼らは
その後、射火雅出掌(いかがでしょう)などと名前を変えている。

なお、「志村けんのだいじょうぶだぁ」という番組がひとみばあさんや変なおじさん、そして悲しく切ないシリアス話を
織り交ぜて放送していたが、件の暗殺術をコントに置き換えてみると、志村けんという人物が実は中国全土で名を立てた
「張犬」の子孫であるのではと思うのだが、事実のほどは定かではない。

民名書房刊「張犬流・暗殺術」より抜粋
812水先案名無い人:2005/10/25(火) 14:41:04 ID:ffDMf03B0


もう少し慣れれば上手くなるよ。
813水先案名無い人:2005/10/25(火) 15:11:34 ID:7ZeNa3lh0
ツンデレ

昔々のアラビアに、ツーンという名の姫がいた。
彼女はたいそう美しく、また心優しい少女であったが、その美を妬んだジーニによって呪いをかけられ、
ひどく高慢でとても強気な性格にされてしまった。そのため彼女の周りからは人が離れていき、
彼女は一人ぼっちになってしまった。
さて、ツーンにはデレという幼馴染の青年がいた。彼はツーンのことを愛していたのだが、そのツーンの
性格が変わってしまったことにひどく心を痛めていた。周りの皆がツーンから離れていく中、彼だけは
ツーンの心変わりに何か理由があると信じ、3年をかけてついに呪いをかけたジーニを探し当てた。
そしてデレはジーニに酒を飲ませて酔わせ、まんまとツーンの呪いを解く方法を聞きだした。
その方法とはツーンの出す無理難題を3つ解くことであり、それを知ったデレは早速ツーンの元へ向かい、
彼女に求婚すると、果たして彼女は自分の出す3つの試練を果たせれば結婚してやろう、と言ってきた。
その試練はどれも困難を極めたが、デレはツーンのために5年がかりでこれを果たした。そして最後の
試練で手に入れた神酒をツーンに飲ませると、たちまちツーンの呪いは解け、元の優しい性格へと戻った。
かくして二人は結ばれ、末永く幸せに暮らしたという。

今日、高慢だったり強気だったりする少女が恋をすることで性格を変えることを「ツンデレ」と称するのは、
この話に端を発するという。
814水先案名無い人:2005/10/25(火) 15:13:50 ID:7ZeNa3lh0
と、しまった。
出展は、

民明書房刊「千夜一夜物語外伝・千と二夜目以降の百夜の物語」

です。
815水先案名無い人:2005/10/25(火) 16:31:20 ID:DO2ZDA7e0
田沢「教官殿!
    太公望書林などからの出典の許可も頂けないでしょうか!?」
816水先案名無い人:2005/10/25(火) 22:01:09 ID:89v5rVD70
鬼ヒゲ「おう!田沢は勉強熱心じゃのう!構わんぞ!」
817水先案名無い人:2005/10/26(水) 11:34:43 ID:pL7EuGn00
>>816
非中国ネタ乙です。

名前だけというのが押しが弱い気もする。
暴走族のように漢字当て字にして
全ての文字に意味をつけるまでやるとやりすぎだが
ダジャレ要素がもう少しあると良かったと思う。
818水先案名無い人:2005/10/26(水) 11:35:09 ID:pL7EuGn00
>>813宛。
819水先案名無い人:2005/10/26(水) 23:39:46 ID:WC29FVDV0
ドリフネタは前スレでやり尽くした感があるからなぁ。
豹禽族も前スレの方が出来よかったし。
820水先案名無い人:2005/10/27(木) 07:41:03 ID:ZORmwz4P0
まったく>>819は博学じゃわい

ああ、>>819の評論にかかっちゃ
いくつネタがあってもたりねえ
821水先案名無い人:2005/10/29(土) 10:53:55 ID:jZMupEFvO
砂送卯留(すなおくうる)

その昔、中國は不束地野根留(ふたばちやねる)と呼ばれる集落に卯留(うる)という女部族が住んでいた。
彼女ら部族の特徴はいつも冷静沈着、しかも自分達の知略を包み隠さず伝える事から思案には無駄がなく、そのため中國全土でもっとも雑念の無い部族として恐れられていた。

ある時、南の大国美津府(びつぷ)がその噂を聞きつけ、卯留の女達を呼び寄せ策兵として徴用した。
彼女らには「もうじき文を送ります。送ったらすぐに攻め込みますよ」という意味を込めた、砂の入った袋を文より先に送るという流儀があった。
彼女らはその流儀をしっかりと守ったのち、敵国に「我打破貴國。(私達はあなたの國を滅ぼします)」と、非常に実直な文を送りつけた。

卯留の"砂"の意味を知っていた敵国の領主は、恐れのあまり手紙が届くより前に自国の領地を焦土にしてまでいずこかへと逃げ出したという。

美津府の兵たちは、敵地が焼ける様を見て「寺燃巣(てらもえす)」「蔵燃巣(くらもえす)」などと様々なものが燃えている様子を口々に叫び、また喜んだという。

この事が火種となって卯留族は各国に徴用されるようになり、それまで戦略などほぼ皆無であった中國の策のレベルは大幅に上がったと言われている。

しかし各国が徴用したといっても、それが出来たのは力のある大国のみ。
卯留族を徴用できない小国は、砂を送られただけで降伏してしまう事も多かった。
大国の者達はその卯留の力に対し、敬意を込めて「砂送卯留」(すなおくうる)と呼んだという。


時は流れ現代、ふたばちゃんねるで生み出された、自分の感情に素直だがその感情をあまり表情に出さないキャラクターがニュー速VIPで評判になり、「素直クール」と呼ばれているが、実はその起源が卯留族の敬称「砂送卯留」に由来するはあまり知られていない。

(民明書房刊「現代における萌記号と中國史〜眼鏡っ娘から幼女まで〜」より)
822水先案名無い人:2005/10/30(日) 02:34:52 ID:ENKvrpwP0
不束地野根留(ふたばちやねる)と呼ばれる集落に卯留(うる)という女部族が
823水先案名無い人:2005/10/30(日) 20:03:08 ID:Tu3z62/N0
漢流と嫌漢流

 後漢の時代、倭の奴の国は漢から金印を授かり盛んに交流が行なわれた。
中でも漢からの使節、辺四純(ぺよんじゅん)が来日して奴の国民に漢の様子を
伝えたことから、国民は「漢に習い、漢を愛する」漢流の生き方をするようになった。
 この漢流に対し、奴の国の賢者、邪馬埜斜林は「我が国には我が国の生き方が
ある。どうして漢に追従するのか」と嫌漢流を説いてまわった。しかし、国民と国王の
逆鱗に触れ、哀れ邪馬埜斜林は処刑されてしまった。後に漢流は日本国土を席巻し、
遣唐使が廃止され国風文化が生まれるまで中国追従型の文化が根付いていた。
 今現在、韓流ブームで日本が賑わう中、山野車輪氏が「マンガ嫌韓流」を発表したが
邪馬埜斜林の二の舞にならないか心配である。

民明書房刊「集団心理と流行の科学」より
824水先案名無い人:2005/11/01(火) 00:12:16 ID:cVCsEDaS0
>>823
825水先案名無い人:2005/11/01(火) 01:27:19 ID:pLbzkT4I0
「捕炉抗屠」(ほろ・こうすと)

中国の三国時代、天下は麻の如く乱れ、その隙を突いた異民族の侵入に悩まされた政府では異民族を殲
滅し周辺諸国に恐怖を与えるため新しい処刑法の開発が盛んになったという。
だが当時の中国では、凌遅刑や車裂きなど、残虐な刑罰には事欠かなかったのであるが、大量の人間を
一度に処分する処刑法としては適さない刑罰が多かったという問題があった。
増加する異民族に頭を悩ませた時の中央政府は藍緋曼(あいひまん)という官僚に命じて新しい処刑方法
を開発させたと伝えられる。

それが「捕炉抗屠」(ほろ・こうすと)と呼ばれるものである。
これはとらえた異民族を一つの家屋に立錐の余地がないほどたくさん積め込んだ上に、その家屋に備え付
けられた煙突から有害な煙を出す竹露(ちくろん)と言う球状の物質を投げ込んで犠牲者を死に至らしめる
というものであったという。
この恐るべき処刑法によって虐殺された異民族は一説には六百万人とも言われ、当時の中国から反抗的な
異民族は文字通り一掃されたと言われる。

その後、三国時代を終結させ晋王朝を開いた武帝はこの惨状を憂い、責任者であった藍緋曼を死刑に処し
「捕炉抗屠」も禁断の知識として封印される事となった。

だが後の20世紀、放浪時代のヒトラーによってこの禁断の処刑法が発見され、それが歴史に残る大虐殺に
つながることになったとは何という因果だろうか。

(民明書房刊『中国〜封印された悪魔の知識』より)
826水先案名無い人:2005/11/02(水) 11:25:12 ID:3PHWX7C8O
…この文献を見てわかっただろう。
ホロコーストの原因は中国にあったんだよ!!
827水先案名無い人:2005/11/02(水) 17:18:55 ID:JoZlSiPy0
いや、原因も何もカンボジア、タイ、チベットではつい最近まで中国がホロコスートしてましたが何か
それでもニューヨークタイムズに言わせりゃ日本のほうが非民主的国家らしいがね
828水先案名無い人:2005/11/02(水) 23:33:19 ID:HrPGM6XI0
珠力閃射(しゅりょくせんしゃ)

近代を除けば中国には常に優れた戦略家と強力な軍事能力を誇り
それを背景に対等な国交を持つなどということは決して無かった。
しかし、唯一例外的に対等な国交を結んだ国が存在した、チベットの吐蕃(とはん)である。
その当時の隋では敵の陣形、地形、天候等に対応する為に数多くの種類の兵がおり
それを戦略家が事細かに配分、布陣して戦うことによって敵の弱点を的確に突く為
どの異民族もまるで歯が立たなかった。
そこで吐蕃の将軍武覇多(む・ばた)は思い切った策をとった。
自国の兵一人一人に多額の財を費やして剣、馬、弓、体術等を広範囲に渡って指導し鍛えることで
重装備のまま戦場を高速で駆け回れる強靭さを得ることができた。
又、自分の意思で動くことを許可し、同時に効果的に戦う為に仲間と効果的に協力することも定め、
これに基づいた戦術を私意要(私意を重要とする)として指導した。
これによって作られたエリート兵は珠力閃射(珠たる力を持つ閃き射る者)と呼ばれた。

この兵に対峙した中国の戦略家はその万能ぶりに何が有効であるかがサッパリわからず
そうこうしているうちに隋兵はそれぞれの弱点を付かれて壊滅してしまった。
この事態を重く見た時の皇帝は吐蕃と対等な国交を結び、吐蕃も又それ以上攻めようとしなかった。

第二次大戦中、戦車型の兵器が数多く作られたが時代が進むにつれ、主力戦車一つに纏まっていった事は
歴史が繰り返すことの現れである。 そして近代、イギリス軍がいち早く主力戦車の開発に着手したのは軍が
この故事を知っていたのが理由なのかもしれない。 実際、現代の戦車はMBT(エムビイティ)と呼ばれ
我が国では主力戦車の呼称がされているのに、中国では担克(たんく)と言って戦車と言う称を敬遠している。
829水先案名無い人:2005/11/02(水) 23:34:35 ID:HrPGM6XI0
(民明書房刊『中国軍事史と近代』より)
830水先案名無い人:2005/11/04(金) 02:35:19 ID:8ZEUuZDO0
中国の三国時代には、蜀の諸葛亮孔明が現在の雲南省周辺(※)に南征に向かった際、現地では毎年川が氾濫する度、大勢の人の首を
切り落として川に投げ込むという風習が行われていた、という記述が残されている。
またそれを不合理に思った孔明は、人頭の代わりとして小麦粉を練らせ、中に豚肉を
詰めて”頭”を作り(即ちこれは人形を作ることに似る)、それを代わりに
川へと投げ込ませることで、(儀式の形式だけを保ちながら)その風習を断ち切ることに
成功したという。またこれが、現在我々が口にする饅頭の起源となったことは言うまでもない。

831水先案名無い人:2005/11/04(金) 16:01:57 ID:n6K30yH90
奴無知也(やむちゃ)

かつて中国が三国に分かれ覇を争っていた頃、それぞれの国では数多の英雄が現れ、そして消えていった。
そして争いが終結し、かつての戦いが物語として語られるようになると、英雄たちはより雄雄しく、雑兵はより滑稽に描かれるのが常となっていった。
特に大きな活躍をした武将の初陣の章などは、「大したことないみたいだぜ、俺一人でもいけるんじゃないか」などと相手を馬鹿にした敵兵を、
武将が圧倒的な力で薙ぎ払うなどの特にその武将を印象付けるような書き方がされることが往々にしてあった。
それを読んだ人々はその敵兵に対し、「相手の力も測れない無知な奴」という意味の
『奴無知也』という感想を漏らすのが常だったという。

今の日本で、漫画などの中で初登場の敵の強さを示すためにかませ犬にされるキャラクターを、
そういったキャラクターの元祖であるキャラの名前を取り『ヤムチャ』と呼ぶことがあるが、
そもそもそのヤムチャ自体が中国のこの故事を元に作られたキャラクターだと知る者は一体どれほどいるのだろうか。

(民明書房刊『乙戦士の軌跡〜汚いからそのボロクズを片付けておけよ!編〜』より)
832水先案名無い人:2005/11/04(金) 17:18:55 ID:VNDgxdXP0
才猛栄(さいもえ)

中国唐代、異民族や賊などの戦いから身を守るため、女性も自衛の術を習う機会が増えた。
そのうち、腕に自信の有る女性が続出し、やがて、武道会が開かれるまでに到ったという。
武道会は三つの種目で行われ、武道の知識や拳法の型を競い合う才(さい)。力を競い合う猛(もう)。
そして、勝ち抜きトーナメント戦である栄(えい)。以上の種目で女性たちが競い合ったという。
やがて、三つの種目の名前をとって「才猛栄(さいもえ)」という名前がついた。
この大会は当初は杷香魏(はかぎ)でおこなわれたのが始まりで、やがて中国全土だけでなく、
高句麗や日本。遠くはヨーロッパからの参加者も訪れるまでに拡大した。
現在、記録に残ってる中では佐倉・楼厨鞠などが優勝した事が確認されている。


現在、日本のインターネット掲示板で最萌という投票企画が流行しているが、それは様々な分類がある。
一部の企画は女性のアニメや漫画の人物の投票を行なってるようで、おそらく、この人たちは才猛栄を真に理解していると思われる。

民明書房刊 「萌えで理解する民主主義のスタンダード 第2章〜古代中国編〜」より抜粋
833水先案名無い人:2005/11/09(水) 02:06:09 ID:Kc0BLUaJ0
 
834水先案名無い人:2005/11/18(金) 21:38:01 ID:LfMtlGV10
芸徒鬼射波(げいときいぱ)

明朝末期、中國北東部に行く先々で芸をしながら旅をする「祖兄」(そにい)と「忍天道」(にんてんどう)いう2つの雑技団があった。
彼らの芸はとても面白く、芸を見る人々を喜ばせていたが、「祖兄」には裏の顔があった。
祖兄によって被害を受けた、とある村の妊婦は語る。
「私と友人で、祖兄の芸よりも忍天道の芸のほうが面白いという話をしていると、
村に滞在していた祖兄の団員が大勢押し寄せてきて「言いがかりだ」「我々の芸がつまらないという証拠を見せろ」などと、
暴言の嵐を私たちに浴びせた。それでも私は明確な理由をつけて説明したが、
「妊娠必死だな、死ね」と言って、鬼のような形相で私に向けて波動を放った。」
このことから、旅をしながら行く先々で芸を披露している一団「祖兄」は、
「芸を批判したら暴徒と化し、鬼のような形相で波動を放射する」と言い伝えられ、
いつしか「芸徒鬼射波」(げいときいぱ)と呼ばれるようになっていた。
これに反して、忍天道の団長は「忍天道は、娯楽を愛するすべての人の笑顔が見たくて芸をしている」と語っている。

現在、日本で株式会社ソニーの人間がネット上で任天堂社もしくは任天堂製品のユーザーに暴言を吐き、
さらに自作自演の自社賛美をしているのは有名な話だが、
これらの工作員が「ゲートキーパー」と呼ばれているのは、上記の話が原因となっていると見て間違いないだろう。

民明書房刊「古の雑技団から見る現代の娯楽」より抜粋
835水先案名無い人:2005/11/23(水) 14:07:42 ID:W8sEAKD40
鶏椀(けいわん)……

古代中国・漢の武帝の時代に行われていた格闘技大会。
漢民族だけではなく、後に匈奴、烏丸、南蛮などの異民族なども交えたものになった。
現代で言う一対一のトーナメント戦で争われ、その優勝者には、
当時の最高級宮廷料理である泰山鶏を振る舞われたことから、鶏椀と呼ばれるようになった。
当初は純粋な武力を競う大会であったが、後には見た目の派手さだけを追求した芸能に成り下がり、
馬韓国から呼び寄せた格闘家が贈賄による不正を行い、処刑されたの期に廃止となった。

なお、現代日本で行われている格闘技大会K―1の凋落も韓国で大会を行ってからという噂もあるが、
主催者がこの鶏椀の故事を知っていれば、一体どうなっていたであろうか、もはや知るすべはない。
(民明書房刊「極東格闘技秘歴・このキムチ野郎たち」より)
836これ既出?:2005/11/23(水) 14:42:51 ID:+XDEDOgt0
戦国時代、秦の国に寒泉という霊泉があった。
この泉の水から作られた獰緑芬散という散薬は薬効顕著で、服用すれば
重病人も立ち上がり、一刻に千里を走るという評判であった。
その評判を聞き、はるか東方の蓬莱島からも薬を求める者が訪れたほどである。
隣国の韓はこれを妬み、なんとか秘薬が欲しいと考えていた。
そのころ、はるか西の国から鄭という男が韓にやってきた。
鄭は、自分は名医であると韓の王に売り込み、「治部」という施療所を建てさせた
鄭はなにかと勿体をつけては、韓の国から金を引き出していたがなかなか薬は完成しない。
王がしびれを切らす頃、ようやく鄭は完成した薬酒、獰緑醜酎をうやうやしく差し出した。
王は喜んで先ず自らこれを試飲した。
ところが、しばらくすると体が震えはじめて止まらなくなり、しまいには窓を破って飛び出す始末であった。
怒った王は鄭を捕らえようと、追っ手を治部に差し向けた。
しかし、鄭はとっくに逃げ去っており、ただ子庸(しよう)という名の留守番の老人が残っているばかりであった。
子庸は、耳が遠い上にボケも始まっており、追っ手の者が何を問うても、自分の名を尋ねられていると思いこんで
「子庸です」と答えるばかりでラチがあかず、ついに追っ手も追跡をあきらめたという。
後に、この話が日本に伝わり、クレームをつけられたときに唱える呪文「仕様です」になったことは余りに有名である。

民明書房刊「鄭治部医より秦寒泉」第壱百壱弐拾参巻より
837水先案名無い人:2005/11/23(水) 15:29:36 ID:W8sEAKD40
「むむっ! あれはまさしく的没括!」
「知っているのか、雷電?」

的没括(まとぼっくくり)……
16世紀末、豊臣秀吉率いる日本軍が朝鮮半島に出兵した際、朝鮮王の信任厚い金朴李という将軍が編み出した必殺の兵器。
かの有名な李舜臣提督が日本軍を追討した折に使われ、絶大な効果を発揮したという。

ただし、今現在残っている文献には的没括という名称しか残っておらず、
どのような兵器だったか詳細は全く不明である。
一説には、20世紀初頭の日帝強占期に、この兵器の存在を恐れた朝鮮総督府によって製法書が焼き払われたという。
現代でも、日韓討論掲示板等でこの的没括に関して問い合わせる韓国人が後を絶たないという。
(民明書房刊「大統領泣き笑い日記−−日帝に物申す」より)
838水先案名無い人:2005/11/23(水) 20:09:33 ID:G/oCV5hw0
安寧歯

 人間の永久歯は通常上下32本あるが、まれに親知らずとは別の歯が生えることがある。
この歯は下顎に生え、モノを食べるのに不自由していた。また、通常の歯とは異なり強度が
高く、高度な手術を必要とした。このため人々は「この歯を治療するだけで歯医者は十年は
安寧に暮らせる」と揶揄し「安寧歯」と名づけた。ところが近年、中国のある歯医者により低コストで
安寧歯を抜く治療法が考案された。わざと人工的に虫歯の状態にし、歯の中身がスカスカになった
ところで通常の抜歯を行うのである。この治療法が見つかってから、安寧歯は「脆い」という意味で
使われるようになったのである。
 先日、日本でも姉歯なる人物がマンションの耐震強度を偽造し問題になったが、さぞかし彼が設計した
マンションは安寧歯のようにスカスカで脆いものになっているであろう。

民明書房刊「中国医学歯学大全」より
839水先案名無い人:2005/11/23(水) 22:37:02 ID:PU/P3w8V0
阿都一(あつ・はじめ)
(明治32年〜昭和8年)

小説家。いわゆるエロ・グロ・ナンセンスと呼ばれる頽廃文学が流行した昭和初期に活躍した。
阿都の描く世界は一貫して男と男の禁断の恋であった。また自らの男色性向も、著書『宇浦の佳い男たち』の中で明かしている。
現代と比べ厳格な時代であった戦前においても阿都の作品は隠れ男色家のファンが多く、妻子に隠れ密かに購入していた者も少なくなかった。
しかし、阿都の作品に影響された近衛師団長・小早川大佐が、師団本部で男色の宴を催すという不祥事が露顕するに至り、
阿都は特高の監視対象者となり、作品は発禁処分を受けた。
苦し紛れに、ペンネームを「アツ一」などとしたが、ごまかせようもなく、昭和8年11月、貧困のうちに肛門裂傷で死去した。
現代の男色家たちが、行為中に「アッー!アッー!アッー!」と嬌声を上げるのは、阿都へのオマージュの意味も込めている、
と評論家・山川純一氏は語っている。

民明書房刊「阿都一全集 第1巻『糞味噌四十八手』」あとがきより
840水先案名無い人:2005/11/23(水) 23:47:59 ID:HZeCcqe10
>>839
久々にレベル高いな
841水先案名無い人:2005/11/25(金) 00:16:02 ID:0c5rbv9q0
帝泥獲奴(ていでいえぬ)
 明時代の小説。当時にしては珍しく男色をテーマに扱っており、昭和初期の文豪阿都一
(>>839)によって和訳され、日本にも伝わっている。
 主人公の太惰之(ただの)は立京に住む若者で、科挙に合格し将来を約束されており、
その才知、気品は皇帝をもしのぐと言われていた。しかしある日、太惰之と彼の友人は
悪徳貴族が乗る馬車と事故を起こし、捕まってしまう。貴族は男色家であり、太惰之は
哀れ犯されてしまう。しかし彼は貴族を殺して脱出し、立京にいられなくなり役人への道を
絶たれた末に異民族の元に身を寄せる。そこの族長によって「将来皇帝になる程の男が
泥まみれで逃げ出し、奴隷と変わらない身なりでやってきた」という意味で帝泥獲奴
(ていでいえぬ)と名づけられた。帝泥獲奴は異民族との交流で徐々に心が癒され、やがて
族長と恋仲に落ちる、という話である。
 この小説は性描写が過激で、歴代の皇帝によってたびたび発禁禁止処分をうけている。
最近この話にインスパイアされたホモビデオに出演した某大学のエースが日本球界を追放され、
アメリカでプレーしている所が太惰之とダブって見えるのは筆者だけではあるまい。
民明書房刊「やおい小説の起源は中国にあり」より
842水先案名無い人:2005/11/25(金) 17:36:49 ID:Q4/jcPg60
326 名前: 水先案名無い人 [sage] 投稿日: 2005/11/25(金) 12:30:52 ID:sBp19eFV0
魔王 「かわいい坊や、一緒においで。面白い遊びをしよう。岸辺にはきれいな花が咲いているし、
    金の服を私の母さんがたくさん用意して待っているよ。」
虎丸 「な、なんじゃあー!霧が魔王に化けやがった!」
富樫 「親父は気づいていないみたいだぞ!」
雷電 「ぬぅ・・・あれこそは世に聞こえる襲辺竜闘・・・よもやオーストリアにこの使い手がいようとは・・・」
富樫 「な・・・知っているのか雷電!」
襲辺竜闘(しゅうべると)・・・中国唐の時代において(ry民明書房刊「世界の怪拳、奇拳」より
魔王「愛しているよ、坊や。お前の美しい姿がたまらない。力づくでもつれてゆく!」
富樫「な、なにー!?子どもが二人に分かれたぞ!」
桃「いや、よく見ろ、あれは・・・」
虎丸「魂だ!子どもの魂が魔王に抱えられて天に昇っていくぞ!!」
腕に抱えられた子はすでに死んでいた。
魔王「さぁ男塾の諸君、次は誰が戦うのかね?」
明石「フン・・・一文字斬岩剣、この世に斬れぬものはない・・例え霧でもな!」
富樫&虎丸「あ、明石先輩―――!!」

http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/gline/1129136270/l50
843水先案名無い人:2005/11/25(金) 22:22:42 ID:a5qQKvb20
>>839
アツ一の意味がわかって大爆笑
評論家・山川純一氏でさらに爆笑
844水先案名無い人:2005/11/25(金) 22:49:54 ID:1lfNqSIW0
◎薬に頼らぬ風邪の治療法

「特効薬を発明できればノーベル賞確実」と言われるほど、人類にとって最も身近で、最も厄介な病が風邪である。
確かに現在薬学は急速な進歩を遂げたが、所詮は対症療法であり、根治療法ではない。
しかし、朝鮮半島に半万年の長きにわたって伝えられるキセンチュン・キムチこそ、
地球から風邪を滅ぼす軌跡の食材ではないかと、世界中の医学者の注目が集まっている。
ご存じのとおり、キムチは白菜等の野菜を唐辛子とニンニクで漬け込む発酵食品であるが、
このキセンチュン・キムチには、驚いたことに人糞から取り出した寄生虫が一緒に漬け込まれているのだ。
現代でいうワクチン注射の原理で、寄生虫を体内で飼い馴らすことによって病原菌への抵抗力をつけているというのだ。
やや潔癖症ぎみの我々日本人から見ると顔をしかめたくなる話ではあるが、
実際、一年中エネルギッシュで情熱的な韓国人たちを見ると、さもありなんと思えるのである。
寄生虫がうごめくキムチをほおばりながら、「なあに、かえって免疫力がつく」と豪語する韓国人には、
なるほど風邪引きはほとんどいない。

民明書房刊「チャングムも吃驚! 朝鮮珍食奇食紀行」より
845水先案名無い人:2005/11/26(土) 02:19:06 ID:CSp/Vt9a0
>>844
>寄生虫がうごめくキムチをほおばりながら、「なあに、かえって免疫力がつく」と豪語する韓国人には、
>なるほど風邪引きはほとんどいない。
バカは風邪ひかないというジンクスがあったと思うんだがw
846水先案名無い人:2005/11/27(日) 01:30:03 ID:HORbCwOp0 BE:101607528-
つーか、韓国の人間も風邪の時には肉類は食わんぞ・・・
847水先案名無い人:2005/11/27(日) 15:27:17 ID:N4lfbRSC0
熱湯浴(ねっとうよく)

幕末、ペリーが黒船で来日したことにより始まった攘夷対開国の論争は、支配階級の武士だけでなく、市井の庶民にとっても一番の話題であった。
庶民は日頃からよくこのことについて議論していたが、攘夷論者の中には関係ない話題をしているのに開国寄りの発言が出ただけで「お前は開国派か?」と罵り、場も弁えず一方的に攘夷論をまくし立てる者も現れた。
彼らは次第に中立的な人たちだけでなく攘夷論者の中からも煙たがられ、隔離されるようになった。
隔離された彼らは銭湯に集い、熱湯を浴びながら議論し、自己満足的な攘夷論を深めていった。
そのため彼らのような攘夷論者は熱湯浴する人、または熱湯浴と呼ばれるようになった。

近年、ネット上において、中国・韓国に対して好意的な発言があると、ところ構わず「在日」「サヨ」「非国民」「売国奴」等と罵倒・嘲笑し、話の流れをさえぎる者がいるが、
彼らがネット右翼と呼ばれるのは、幕末の熱湯浴から来ているのは言うまでもない。

民明書房刊「日本の保守主義の歴史 幕末・維新編」より
848水先案名無い人:2005/11/27(日) 18:00:29 ID:39Vf3q4E0
隔離されていきなり銭湯に行くとは急展開だな
849水先案名無い人:2005/11/27(日) 23:13:21 ID:HORbCwOp0
850水先案名無い人:2005/11/27(日) 23:59:49 ID:FtcLCXlE0
作用不蝕(さよふれいず)

宋朝が進入してくる強大な遊牧民によって滅ぼされかけた時、
秦檜は講和を岳飛は徹底抗戦をそれぞれ発案して論争を繰り広げていた。

その時、宋朝にいた知識人らは漢民族の誇りを第一として考える岳飛に共感してこれを擁護し
又一般民衆に岳飛の素晴らしさ、秦檜の逆賊ぶりを伝えるべく多くの書物を出し、会合を行い
時には市民を先導して街を行進しながら文官や講和派を弾圧することもあった。

しかし実際のところ遊牧民族は恐ろしく強く、徹底抗戦などした日には滅亡するのは目に見えているという
状況は日に日に現実味を増し、また宋朝全体にも交戦は無理であると言う考えが出回り始めていた
にも拘らず知識人たちは自分の考えを間違いであったと認めたくないがゆえに
「我々は東洋の中心だから負けるはずがない」「守ろう宋朝」「戦えばきっと勝てる」といった美辞麗句や
「講和は敗北主義、奴隷化への第一歩である」といった極論による脅迫を主とする非現実的な論を暴力的に
触れ回り、少しでも反対した者には「講和などと言うものは敗北主義者」とレッテルを貼って差別させた。
その無茶苦茶な論法は、それの非現実性にいち早く気づき、早くから秦檜を応援していた地下組織
二局(にきょく)の間で作用不蝕(作用関係を無視し、都合の悪い部分に触れない)と呼ばれた。
851水先案名無い人:2005/11/28(月) 00:00:03 ID:FtcLCXlE0
結局、時の皇帝が講和を望んでいたことや、埒次間(らちじかん)の戦いでの遊牧民への大敗北
の露呈等によって宋朝は遊牧民と屈辱的ながら講和を結び、南宋150年の安定が作られた。
にも関わらず中国では現在も「岳飛は無二の英雄で秦檜は売国奴」と言う評価を受けている。

最近2ch内で、自称知識人掲げる「守ろう第9条」だの「話し合いで解決できる」等の非論理的な
美辞麗句や「改憲は軍国主義、徴兵制への第一歩」「旧日本軍がアジア諸国に・・・」といった
無茶なレッテル張りをサヨフレーズと言って嫌悪したりその美辞を引っ剥がしたりしてネタにする者がいる。
これと上の秦檜と岳飛の話は知識人らの主張こそ真逆ではあるが「非現実的な話はどこかに無理が
あるが、理想的であるゆえに無闇に批判できず暴力的な力を持つ」という事の本質は同じであり
再武装のような現実論や、秦檜や初期の旧日本軍のような苦渋の決断をしたものがその被害者になる。

民明書房刊「中国の変革期と人民」

参考:サヨフレーズのガイドライン3
http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/gline/1103522152/
852水先案名無い人:2005/11/28(月) 00:28:29 ID:Wzl7/Ghw0
>>850
二局にピコワロスw
853水先案名無い人:2005/11/28(月) 10:11:05 ID:lu1nsLrR0
16 :名称未設定 :sage :2005/11/28(月) 04:43:30 ID:Gvr7X4NU
>>1
orz (オレゴンヒップホップ)
1990年代、アメリカのオレゴン州で始まった音楽のジャンルと
その文化的ムーブメントの事をミクスチャーした音楽として始まり、
音楽演奏と共に牛の糞を投げる。
テクノミュージックとカントリーミュージックパフォーマンスで有名になった。
「オレゴンテクノ」」と呼ばれたが、これを
アメリカのオレゴン州(Oregon)の略称ORからとって、
ORtechあるいはORsと自称するようになった。
その後、オレゴンテクノに影響を受けたラッパーたちが、
オレゴンテクノをヒップホップに取り入れたものがオレゴンヒップホップである。
ORsの「s」をヒップホップ風の「z」に置き換えて
「ORz」あるいは「orz」と自称する。
なおインターネット内でも「orz」が使われていることがあるが、
これは言葉の意味だけでなく、当時のライブで牛の糞を投げられた観客の多くが、
その臭気の余り「orz」のような形をとって会場内で嘔吐いていたことに由来する。
牛の糞を投げられる機会の少なくなった現代社会においては、
「orz」を落胆している様子に見立てて表すようになったのである。
(民明書房刊 『音楽と現代文化』より抜粋)

参考: iBookG4 Part42
http://pc7.2ch.net/test/read.cgi/mac/1133107956/16
854水先案名無い人:2005/11/28(月) 13:39:42 ID:DwCZs0qJ0
『無礼酢骨董』(ぶれいすこっとう)
今は昔、趙の邯鄲に酢を醸造する名人がいた。しかし、彼は性格が悪く皆に嫌われていた。名を印照(インテル)という。ある日新しい巨大な醸造用のつぼを作り
「辺帝亜無富王」(ぺんていあむふおう)と名乗った。この名の意味は邯鄲の周辺はおろかアジアにも居ない富を持った王者であるという意味である。
この高慢な印照の態度に都の人々は呆れ、新しいつぼで作った酢は売れず骨董品のように店の奥に追いやられた。
このことを都の人々は無礼なものが作った酢は骨董になったという事から「無礼酢骨董」と言い合い嘲笑したという。
現在、CPUの最大手メーカーintelの「プレスコット」が予想外の苦戦を強いられているのは有名な話であるが、この故事に似通っている部分が多く存在する。
しかし、関連性は定かではない。
民明書房刊『故事に学ぶ処世術』より抜粋
855水先案名無い人:2005/11/28(月) 17:08:23 ID:vi2nJ6fR0
粗荒金糸(あらあらきんし) 羽風々毛金糸(うふふうもうきんし)

唐代中国。シルクロード交易によって、インドやヨーロッパなどから数多くの交易品が輸入されたのは言うまでも無い。
特に流行したのは金糸(きんし)という名の通り金色に輝く糸で、これを使った織物は千金以上の価値がある物とされていた。
だが、いつの時代にもこれを利用して悪どく儲けようとする人はいる。
或 李市亞(あ・りしあ)と呼ばれる悪徳商人は、何処にでもあるような糸をサフランや黄銅などを混ぜて溶かした染料で
金色に染め、それを金糸として売り、大儲けしたのだが、怪しいと思った警吏の晃が本物を取り寄せ調べると一目瞭然。
合成染料の影響で糸のあちらこちらが解れ、あまりにも粗雑で荒れていた金糸であった。
対し、正規の金糸は羽のように軽く、風に浮かぶ髪の毛の如く、美しく優雅な金糸であった。
そしては或の目の前で晃は二つの金糸を突き出し、大声で「粗荒金糸!」「羽風々毛金糸!」と叫んだ。
事を露見された或は商業界から追放されたという。


現在、とあるアニメでとあるキャラクターが突っ込みとして「あらあら禁止!」「うふふも禁止!」と言っているが、
それを発言している人と言われてる人。そして故事内の言葉と関係しているのかは、定かではない。

民明書房刊 「歴史水先案内。中国編〜苑単金糸とシルクロード編〜」
856水先案名無い人:2005/11/28(月) 22:04:50 ID:DwCZs0qJ0
『獲濡叡智啓秦夜十強』(えぬえいちけいしんやじっきょう)
中国の戦国時代に崇拝された十強(じっきょう)という神々がいた。彼らは民に獲物を与え恵みの雨で地を濡らし、人々に叡智をもたらした。
ある夜、軍勢を率いていた政(後の始皇帝)のもとに十強が現れた。
政は十強の啓示を受け連戦連勝し、中国を統一した。
このことから、秦の夜明けに政がすべての天啓を得たという意味で、「獲濡叡智啓秦夜十強」と言って、政のような天恵を受けようと一層信仰に励んだという。
現在、一部の敬虔な2ちゃんねらーが深夜にNHKの番組を実況しているのはこの「獲濡叡智啓秦夜十強」にルーツがあると見て間違いない。
民明書房刊『始皇帝 その栄枯盛衰』より抜粋
857水先案名無い人:2005/11/28(月) 22:07:40 ID:DwCZs0qJ0

『反臣大河亜洲』(はんしんたいがあす)
秦朝末期、野武燦(のむさん)という家臣が策略にはめられ敗走した。
これに怒った皇帝は、野武燦に憲兵を振り向け、逮捕した後、ある大河の「亜洲」と呼ばれる中洲に杭を立て縛りつけた。
野武燦は雨で増水した大河でなすすべも無く溺死し、この事をほかの家臣たちは「反臣大河亜洲」といって。その圧政に恐怖した。
その後、その付近で溺死者が相次ぎ、始皇帝は病に倒れた。そのことを人々は野武燦の呪いであると恐れた。
一昨年、阪神タイガースが優勝した際に道頓堀に飛び込む人が相次ぎ、数名の死者がでた。そして、人々は「手柄を奪われた野村の呪いだ」と恐怖した。
このことは秦朝末期の「反臣大河亜洲」の故事に非常に似通っていると感じるのは筆者だけであろうか。
民明書房刊『始皇帝 その栄枯盛衰』より抜粋
858水先案名無い人:2005/11/29(火) 02:10:09 ID:Kr3SaOIK0
>ある大河の

中国っぽくするわりには
こういうとこが詰めが甘いと思う
亜洲とか道頓堀ダイブとかと違和感なくつながって
うまいだけになあ。
859水先案名無い人:2005/11/29(火) 14:09:24 ID:MH2qJVUi0
桂淮(けいわい)……

後漢末、赤州の人。字は旭光。
腐敗の極にあった霊帝の時代、彼は宝玉商人として特に宮中に出入りが許されていた。
彼は常に、彼自身が中華の外に赴き入手した選りすぐりの珍品を皇帝、有力宦官に献上し、
さまざまな利権に浴していた。
しかし、次第に物の在庫も底を尽き、権力者との関係維持が難しくなっていった。
そこで彼は、彩色した木の棒を珊瑚と偽り霊帝に献上し、
その後も捏造した珊瑚を宦官や将軍に献上し、利権の維持に努めた。
だが、右将軍・粲慶(さんけい)が持ち帰った珊瑚の塗料がはがれおちたため、
桂淮の捏造は明らかになってしまった。
偽の宝を皇帝に献上した不届者として、桂淮は斬首の刑に処せられた。

なお近年、某新聞社の有名な捏造記事で、
沖縄の珊瑚が「K.Y」なる人物に傷つけらたとして、
環境破壊のシンボル的記事として扱われたことがあったが、
偽造商人・桂淮と偶然にも同じイニシャルだと知ったら、この記者は一体どう思うであろうか。

曙蓬莱新聞社刊「だが、捏造のしすぎではないか」より
860水先案名無い人:2005/11/30(水) 17:42:32 ID:5ti8sGsu0
>>859
民明じゃねー!
861水先案名無い人:2005/11/30(水) 22:09:51 ID:lpReNxIU0
都世脚羅忠(つよきゃらちゅう)

古代中国は明朝末期、架空の生き物とされていたはずの「龍」を売ることを生業とする「武羅怒」という行商人がいた。
彼の売る龍は、とても強靭な脚力と体力、素晴らしい翼を持っていて、かつ飼い主に忠を尽くすともっぱらの評判であった。
この龍を買った人は、周囲の人々に部螺怒の龍の評判を
「都に渡るにも、世の中を渡るにも我が脚はいらぬ。羅の如き肌を持って忠を尽くす。今の時代は馬より龍だ」と言い伝えたことにより、
武羅怒は人々から「名龍亭・武羅怒」と呼ばれるようになった。
しかし、龍を購入した男は数年後、武羅怒よりももっと良い龍を売っている行商人の「欺亜」が居るという噂を聞いた。
欺亜の売る龍は、受けた恩を一生忘れない、「義が留まる」ことで有名なのだという。
この理由から、欺亜は「義龍亭・欺亜」として名を馳せていたのだ。
かつて武羅怒から龍を買った男は、龍を野山に放置して欺亜を探す旅に出た。
なお、古代中国の書物によればこの男は、「欺亜から龍を買った後も、新たな龍の噂を聞けば龍を買っては捨てて買っては捨てての繰り返し」だったのだという。

現代の日本で、格闘ゲーム…主に「ギルティギア」や「メルティブラッド」において
基本性能が理不尽なほどに高いキャラクターのみをとっかえひっかえ使用する者に対して
「強キャラ厨」と罵る光景が多々見受けられるが、この故事との共通点が多く見受けられる。
しかし、関連性は定かではない。

民名書房刊「古代中国における龍の存在」より抜粋
862水先案名無い人:2005/11/30(水) 22:23:21 ID:iyo7/UDM0
スト2ダッシュのベガとかじゃなくて、ギルティギアとかメルティブラッドなのか。
863水先案名無い人:2005/11/30(水) 23:30:24 ID:lpReNxIU0
>>862
蹴鹿乱倭華者(けしからんわかもの)

後漢の時代、獲物に対する獰猛さと群れで生活する習性を利用して、行商人は護衛として鹿を連れていた。
連れ歩く鹿のおかげで、行商人はひとつの怪我もすることなく街々を渡り、商売をすることができたのだという。
だが、それが仇となった悲劇が起こってしまった。
ある日、町から町へと移動する際に鹿を連れて歩いていると、華やかな服に身を包んだ者が、行商人に声をかけた。
男は道に迷っていたようで、行商人に道を尋ねると、二人の行きたい場所はなんと一致していたようで、行商人は男を案内することになったのだ。
案内の途中で二人は語り合い、男は倭の国のということで行商人は大層喜び、異国の話を嬉々として聞いていた。
しかし、歩く途中で男が誤って鹿の足を蹴ってしまい、男は怒った鹿から袋叩きに遭ってしまい、命を落とした。
行商人はなんとか鹿をなだめようとしたが、取り乱した鹿達に囲まれて、同じく袋叩きに遭って命を落としてしまった。
旅の詩人はこの事実を、次のように伝えたという。
「"倭の国出身の華のある若者が、鹿を蹴り取り乱させた"…是即、蹴鹿乱倭華者也」

現在、昔のことや異郷のしきたりを知らずに無礼な行いをする若者のことを老人は決まって「けしからん」というが、
その語源がこの故事であるということは、賢明な読者の推察通りである。

民明書房刊「中国の行商人から学ぶ旅の安全」より抜粋


…つまり、俺のことだorzスマソ
これは15分の即興なんで、正直言って微妙かも。
864水先案名無い人:2005/12/01(木) 01:19:12 ID:mV/eId6u0
>>860
このスレでは民明書房のほか、
曙蓬莱新聞社、太公望書林、ミュンヒハウゼン出版等からによる出典も推奨されておる。
865滅田 桐  ◆nDw8SXlcsE :2005/12/01(木) 14:24:29 ID:PHDt8o6u0
鴈舞強蹴術(がんぶごうしゅうじゅつ)

もとは西周の時代、桂林地方に在住していた
少数民族文化において発達した、舞踊である。
これを極めた者は一度跳躍すれば1丈の塀を軽々と飛び越え、
走るごとく歩き、歩くごとく止まることができたという。
その後仏教が中国に伝来し、桂林にその伽藍を置いた
毅鴈(きがん)院の修行僧がこれに目をつけ、
中国拳法と融合させたのが鴈舞強蹴術である。
文明開化の後、アメリカ合衆国に日本経由でこれが渡り、
華麗に舞い、強烈な蹴りを放つ舞踏家は尊敬を集めた。
日本語で「舞い蹴る」と言うことから、アメリカでは、
強き者、健脚な者が「マイケル」と名乗ることとなり、
かの有名な舞踏の上手な歌手もこれに倣った。

民明書房刊「舞踏列伝・上巻」より
866水先案名無い人:2005/12/02(金) 00:39:04 ID:NgN+98jv0
暗察秘位(あさぴい)……

豊臣秀吉の時代、大坂を根拠地としていた乱破集団。全国諸大名の情報収集の任務を秀吉から与えられていた。
しかし、その情報には誤報も少なくなく、しばしば重臣を混乱させていたが、秀吉にはどういうわけか重用されていた。
これは、当時「乱破の情報を信じぬ者、智者にあらず」といった風潮が、
百姓上がりの秀吉の劣等感を刺激していたためとも言われている。

暗察秘位の最大の誤報は、「朝鮮国と明国が日の本征伐を相企み候」という、
二度の朝鮮出兵の原因となった報告であった。
読者ご存じのとおり、朝鮮出兵は結果的に失敗に終わり、秀吉もその最中に死去した。
秀吉死後、石田三成に疎まれた暗察秘位は徳川家康に事大し、武蔵の国に逃亡した。
江戸時代に入り築地で瓦版業を営むようになったが、いいかげんな記事ばかりで、江戸町民には不評だったという。

なお、「でっちあげ」という言葉は、この暗察秘位が商いの足しに始めた副業で、
小遣いの丁稚に天麩羅を揚げさせたが、衣ばかり大きく、中身がほとんどないことから、
「築地暗察秘位の丁稚揚げ、噺も天麩羅も中身無し」と揶揄されたのが語源であるという説が有力である。

民明書房刊「傾国を招いた誤報百選」より。
867水先案名無い人 :2005/12/02(金) 19:11:36 ID:bzlup58e0
麗沙羅門(れいさらもん)

元禄文化華やかな頃、上方よりオランダから来たスミターニが江戸へと向かった。スミターニは吉宗の元
で蘭学を教える一方、南蛮渡来の黒い服に身を包み、赤坂演芸場で芸を披露した。主に男色芸を
得意としており、「フゥー!」と奇声を発する一方で「性清正!!!」と清く正しい性のあり方を説いた。
このわかりやすい芸風が江戸の町人の心をおさえ、瞬く間に当時の流行語となった。しかし、江戸の風紀
の乱れを恐れた幕府は寛政の改革時にこの芸を禁止。こうしたご禁制の芸を「破止芸(はーどげい)」という
ようになった。

しかしながら武家の者には衆道に浸るものが少なくなく、秘密裏にこの芸を見ていたものがいる。
将軍家とて、例外ではなく、スミターニのために江戸城に専用の門を設けた。それが麗沙羅門
(れいさらもん)である。なお、スミターニに化けて、将軍の暗殺をたくらんだものも多く、暗殺者の
名前から男の場合は李守不知(イ・スフチ)の李をとり「李殺芸(りやるげい)」、くの一の場合は
暗殺者の美しさから「李殺麗手(りやるれいしゅ)」と言われた

これがレイザーラモンの命名の由来となったことは言うまでもない。

民明書房刊『武家裏風俗入門』
868水先案名無い人:2005/12/02(金) 22:19:33 ID:8206dIGY0
官任具(かんにんぐ)

 宋の時代から科挙による役人登用が本格化したのは周知の通りである。それに伴い、受験戦争が
過熱し、狭き問となっていったのも事実である。そんな中、長安に住む金具修理工の田華山(でんかさん、
たけやまとも呼ぶ)は「誰でも科挙に受かり、官僚に任命される」と銘打った「官任具」なるものを開発した。
賢明な読者ならば官任具はすぐに「カンニング」の語源とおわかりであろう。ある時はカンニングペーパーを
隠すカツラであったり、肌着に五経を書写したものであったり、と色々なカンニング用道具を田華山は開発
していった。官任具は試験前の持ち物検査で見つかることがなく、大いに効果を発揮した。
 しかし、田華山は後に摘発され、不正で合格した役人もろとも処刑されてしまった。ちなみに田華山は「最期に
言い残すことはないか」と問われた際、科挙で人生が決められる理不尽さを半日間怒鳴り散らして訴えたという。
ちなみにこの田華山がカンニング竹山の先祖であるという説が流布しているが真相は定かではない。

民明書房刊「東大放物線」より
869水先案名無い人:2005/12/03(土) 17:25:23 ID:aLRRpQ4v0
>>867
(・∀・)イイ!!!

>>868
>半日間怒鳴り散らして訴えたという。
ワラタ
870水先案名無い人:2005/12/03(土) 20:47:18 ID:TLApdZJZ0
祖有流脚川(そうるきゃりばぁ)

中国に米国から英語が伝わって間もない頃、黄河沿いのとある村では大変変わった風習があった。
その村では、各家庭の父母・祖父母が老齢になると、命があるうちに川に流し、殺してしまうのである。
それは何故か。
村を治める「南・夢工」(な・むこう)という人物が、外の世界を知っている父母らが子や孫に外の世界の話をし、
自分の村が他の村に比べいかに圧制を敷いているかを知られるのを恐れているからだ。
こうして肉親を失った子供は、南の元で指示に従って動くのみ。幼い頃から南の教えこそ全てと思って、南専用の僕となるのである。
当時の村の住人によればその子供は、見た目こそ裕福であったが心ここにあらずといった様子だったと話す。
また、同じ時期に黄河を船で渡る際に、船底に穴が開いて、足を黄河の水面に着けてしまったという水夫の証言によれば、
黄河の水面から手が伸びてきて、引き込まれそうになったのだという。
これらの事実により、当時の黄河の一部…その村の付近は、「命有るうちに流され、殺された親達が足を引く川」として、
当時伝わったばかりの英語を織り交ぜて祖有流脚川(そうるきゃりばぁ)と呼ばれていた。

日本のゲームメーカーの「ナムコ」が、ゲームソフト「ソウルキャリバーV」において、
メモリーカードにセーブされた全てのデータが消えてしまうというバグ発生したが、ナムコが公示した対処法は
「ソウルキャリバーV専用のメモリーカードをご用意いただく」という、ユーザーに対してあまりにもお粗末かつ無責任なものだった。
この、消えたメモリーカードの中身の内容が、南によって親を殺され、南に仕える事を余儀なくされた子供達と重なって見えるのは筆者だけではないはずだ。

民明書房刊「中国心霊地点百選」より抜粋
871水先案名無い人:2005/12/04(日) 20:12:40 ID:MHwRdtoe0
万化輪苦塀(ばんげりんぐべい)

 本能寺の変の後、ただちに豊臣秀吉は明智光秀を追撃した。そして天王山の戦いに
勝利したが、光秀の逃走速度は予想よりも速く、脱出されそうになった。。そこに覇道尊
(はどそん)なる怪僧が現れ、「拙僧が光秀を混乱に陥れよう。その隙に秀吉殿が
討ち取ってくだされ」と言い残し、逃走経路を先回りして森の中に「万化輪苦塀」なる妖術を施した。
これは魔力のこもった六つの塀を一定の位置に設置して陣地を造り、陣地の中に入った相手の方向
感覚を失わせ、同じところをぐるぐる回る苦しみを与えることからその名がついたものである。
かくして光秀は陣地の中をさまよっているうちに農民によって刺殺された。この報を知った秀吉は
「覇道尊の万化輪苦塀はまさに苦創芸(くそげい、苦しみを作り出す芸術)である」と称賛した。
後に覇道尊は秀吉に仕え、万化輪苦塀で多くの敵を混乱に陥れた。敵は何をしてよいのかわからず、
餓死か降伏を迫られた。しかし、万化輪苦塀は大坂冬の陣で徳川家康によってついに破られてしまった。
家康は六つの塀を爆弾で壊せば無限ループから抜け出せることを知っていたのである。
 ファミコンができた当初、ハドソンが発売した「バンゲリング・ベイ」はまさにこの万化輪苦塀の故事に基づいて
作られたシューティングゲームであったのはゲーム関係者の間では常識である。

民明書房刊「テレビゲームウォーズ〜母ちゃんたちには内緒だぞ〜」より抜粋
872水先案名無い人:2005/12/04(日) 23:47:06 ID:UWRBMGMy0
殻手火(からてか)

中国が各国と交易を繰り返すと共に、各国の生物等も次第に中国へと流れ込んでいったものである。
さかのぼる事唐代。とある海辺の郡の村人が街へ出かけたとき、一人の露天商から、大きな貝を購入した。
聴いた話によると、その貝の名称は、唐鉄香(からてか)と呼ばれており、非常に希少かつ、美味な貝だという。
興味を持った村人は、その貝を早速食べようとしたが、煮ようが焼こうが全く貝は開く気配がない。
あらゆる道具を駆使しても、全く開く気配すらない。ついに、激怒した村人は、その貝に向けて
拳を振り上げ、叩きつけたが、既に熱しられ高温の物体と化した貝に素手を振りかざす自体自殺行為であった。
たちまち、その村人の手は炎上し、狂乱した村人は崖から飛び降りてしまい、命を落とした。
その村人は唐鉄香の殻に手を出したために火を浴びた人という事から、殻手火(からてか)と呼ばれるようになった。

なお、唐鉄香の殻を開けるには、専用の柵を使って、割るのが常套な手段とされている。

民明書房刊「テレビゲームウォーズ〜母ちゃんたちには内緒だぞ〜」より抜粋
873水先案名無い人:2005/12/06(火) 10:56:06 ID:OQlYtLK10
>>871
尚、その妖術の起源は明の方術士、馬駆使厨(まくしず)の編み出した
物であると言うことが近年、歴史調査で判明した。
万化輪苦塀の書を編み出した後、彼は風水学的分野に傾倒した。
その結果、100万人が住まう都市空間を作る秘術を編み出したのである。
それが、風水方術奥義書「志武市廷(しむしてい)」である。
これにより、効率的な都市建設が容易となったが、政変により明では実現に
至らなかった。
徳川の世に移った日本では、秀吉の妖術の研究がさかんに行われていたが、
飯詠(いいえい)と名乗る僧がこの奥義書を携えて幕府に現れ、江戸の都市
開発に活かすようにということを進言した。
これが100万年江戸の源流となったのは言うまでも無い。

ただし、この方術は怪獣や異界の来訪者を招き入れるというデメリットも存在した。
そのため、江戸時代は怪談物が大いに流行ったのは言うまでも無い。

民明書房刊「テレビゲームウォーズ〜母ちゃんたちには内緒だぞ〜」より抜粋
874水先案名無い人:2005/12/06(火) 17:00:04 ID:xZ6xlhLA0
>民明書房刊「テレビゲームウォーズ〜母ちゃんたちには内緒だぞ〜」より抜粋
この本、第二弾は当然「〜父ちゃんと一緒に遊びましょ〜」だろw
875水先案名無い人:2005/12/06(火) 20:30:32 ID:AHdZcgQp0
否、第二作目は「〜父ちゃんこれ欲しがってたモノと違うよ」だな
876節制の14 ◆6EgzPvYAOI :2005/12/06(火) 21:22:23 ID:f67tBCEp0
>875
あれか、

「是邪那色菩[これじゃないろぼ]」とか。
877水先案名無い人:2005/12/06(火) 22:12:00 ID:mw7dyTfD0
滑辺欄干(すべらんかん)

戦国時代、飛騨高山の大名、姉歯小路秀次が籠城戦のために設計した究極の罠。
高山城に通じる唯一の橋の欄干にカラクリがあり、
敵兵が橋の上に集結した瞬間に橋の真ん中が割れ、一人残らず60尺の崖下に滑り落とさせた。
中には一命を取り留めたものの、結局這い上がることができずに、絶望して自刃する者もいたという。
しかし、その秀次も天正16年の飛騨大地震で自ら設計した天守閣が倒壊し圧死。姉歯小路家は滅亡した。

ところで、80年代に一世を風靡したスペランカーという洞窟探検のテレビゲームがあった。
このゲームは、主人公がちょっと床から滑っただけでミスになる難易度の高いものであるが、
その様が、滑辺欄干の罠にかかり自刃した侍にダブって見えるのは、単なる偶然の一致ではないであろう。

民明書房刊「続テレビゲームウォーズ〜こいつはドえらいシュミレーション〜」より抜粋
878水先案名無い人:2005/12/06(火) 23:53:34 ID:slCNyJLy0
この流れならこれを作らねばなるまい

覇観攻有奥図(ふぁみこんうおーず)

古代中国の殷王朝末期、紂王(ちゅうおう)の圧政、暴政により苦しんでいた人々を救うべく
武王は兵を挙げたが、殷王朝の軍事力は圧倒的。そこで、武王が少ない兵力で多数の敵を破ろうと
腐心することになった。
武王は先ず、戦場となる地域の簡略化された図を布に描いて真布(まふ)と呼び
それぞれの兵を兵種ごとに50〜100人ごとに分けてそれを一団として扱い、実戦や模擬戦や行軍によって
その速度や特性、相性等を綿密に調べ上げ、用寧闘(ユニット)と呼ぶこととした。
そして、その用寧闘を種類ごとにコマにして真布上に置き、敵の動きを様々なパターンで予測しながら
これに対して最大の効果を発揮する軍の動かし方を理論上で模擬的に研究した。
武王はこれを覇観根有奥図(覇を観る根底に有る奥義の図)と呼んだ
これは個体差を考慮しない初歩的なものではあったが、中国史初の本格的な戦略研究であった。
また、作戦を理解させる為に兵士にもその様を見せたところ、兵士内にも遊びとして広がり
結果として戦略をよく理解して行動する兵士の育成に役に立った。
そして、武王は牧野の戦いに紂王を破り、周王朝を立ち上げたのは有名な話である。
又、後に発見された文献で分かった話だが、武王は異民族の力を借りており
匈奴の一派である赤星、後に月氏となる青月、後に日本に渡って大和民族と混血し、天皇家の祖でもある黄石
後にインドに流入した緑地等の異民族がいたという。
又、この者らは死者の念を集めて特殊な妖術を操ることができたとも言われている。

さて、1980年代後半、家庭用ゲームにおけるシミュレーションゲームの元祖かもしれない
ファミコンウォーズが発売されたが、これと覇観根有奥図が関係あるか、アドバンスウォーズの四国が協力して
ブラックホール軍を倒すというストーリー、追加されたショーグンブレイクがそれらの異民族と関係が有るかは
もうちょっと調査が進めば分かるかも知れない。

民明書房刊「テレビゲームウォーズ総集編」
879231 ◆hFF06WgFzU :2005/12/08(木) 09:50:41 ID:FmeS8TxVO
ちと古いが

漏琉洲蛙【もるすあ】

古来中国では漏琉洲湖(もるすこ)という、珍しい生物が生息する湖があった。
漏琉洲蛙という蛙もその一種である。
この蛙は二足で歩行し、全身に毛が生えていたため、
王宮でペットとしてもてはやされていた。
やがて朝廷ではこの蛙をつかった振素弧(ブルスコ)という遊技が流行する。
この遊技は、蛙を的に見立て競技台の上に固定した後、
競技者が蛙の首を物凄い勢いでチョップし、
誰が一番きれいな弧を描いてとばすことができるかを競うものであった。
そのためこの蛙は乱獲により激減し、絶滅してしまった。

2005年、日本でファービーという玩具が
発売されたが、この玩具は漏琉洲蛙と同じく、首をチョップして遊ぶものである。
漏琉洲蛙が起源となっていることは間違いないだろう。


(民明書房刊:絶滅した生き物 より抜粋)
880231 ◆hFF06WgFzU :2005/12/08(木) 09:58:34 ID:FmeS8TxVO
亀だが

>>ゲートキーパー

うまいwww
881水先案名無い人:2005/12/08(木) 21:55:17 ID:6sJSamsC0
>>873
「志武市廷」の様々な奥義は都市建設と運営に影響を与えたが
より巨大な世界に対しては力不足ということが判明する。
多くの方術師たちは新たな奥義の開発に取り掛かった。勿論、馬駆使厨自身もである。
馬駆使厨とその子弟たちは更なる鍛錬と研究を重ね
新たな風水奥義書「志武吾主(しむあす)」の編纂に成功した。
これによって、数千億の生命を育む世界を管理することができるうえに
人以外の獣も道具を使うことができるようになったのである。
残念なことに、志武吾主は一人の人間が世界を滅ぼすこともできるため、
人間の手に余るものとして皇帝の命令で封印され、そのまま陽の目を見ることは無かった。
しかし、馬駆使厨を育てたとも言われる有夷流頼徒(ういるらいと)は
志武吾主において奥義を極めた「凱吾内座(がいあないざ)」の称号を
手に入れたとする歴史書も存在するので、どこかで志武吾主が残っている可能性も
否定は出来ない。

90年代初め、惑星シミュレーションゲーム「シムアース」が発売されたが
志武吾主と同じく、惑星の誕生から文明の宇宙進出を見届けることができる。
MAXIS社の関係者に、志武吾主の知識をもった者がいるのは明らかと言えるだろう。


(民明書房刊:ガイア君はかく語りき より抜粋)
882水先案名無い人:2005/12/10(土) 14:25:55 ID:T2fSuWNmO
出主栗無損(ですくりむぞん)

時は三国時代、富令諏廷(ぷれすてい)、呂駒四(ろくよん)、沙侘亜無(さたあん)という格闘家たちがいた
彼らは中原にて覇を競い、中華最強の名を争っていた
その中の沙侘亜無の弟子が、江戸尾琉(えこおる)郡出身の栗無損(くりむぞん)である
出主(です)という道場破り撃退の役職についていた彼は、親しみをこめて出主様と呼ばれていた
また、沙侘亜無一門の試合、沙侘亜無磨我尽(さたあんまがじん)にて絶大な強さを誇り、
一部の門徒からは鎖と火矢を使う戦闘スタイルから、鎖射火射帝王(さいかいていおう)として恐れられていたという


数年前、サターンマガジン誌上において、デスクリムゾンというゲームが
デス様、最下位帝王という名をほしいままにしていたが、これはおそらく偶然ではないであろう。

民明書房刊「セガのゲームは世界いちぃぃぃぃ!」より抜粋
883水先案名無い人:2005/12/11(日) 20:11:25 ID:IAuWQpP/0
生協屋の白石

 江戸時代、城下によろずやの生協屋という店があった。この店は特に繁盛していたわけではなかったが、
時の将軍徳川吉宗が目安箱を設置したのをヒントに、店でも同様の試みを行った。今で言うアンケートで
ある。店の主人である白石(はくせき)は毎日アンケートに答えるだけでなく、質問や要望と、それに対する
回答を店内に張り出した。白石の回答はユーモアにあふれていた。時には関係ない質問やくだらない質問
に対しても丁寧に返答するというサービス精神も垣間見せた、一例を挙げると、「我生きる希望無し。願わく
ば自決用の毒薬を売り給へ」との質問に対し「我が店の名の由来は『生に協力す』なり。死に協力す類の
物は売らじ。我なくて人なし、人なくて我なし。互ひに共に生きん」との回答が最も有名である。
 さて、この噂を聞きつけた将軍吉宗はお忍びで店に寄り、「愛は売らずや」と質問書を書いた。翌日、吉宗が
再び店を訪れると「愛は金で買えぬものなり。もし店にて売る愛あらば、是即ち偽りの愛ならん」と回答されていた。
これを見て吉宗は大変感動し、生協屋に金千両を授けた。そして生協屋は将軍のお膝元と呼ばれ、末永く繁盛
したのである。これも一重に白石の「お客様第一」の考えがあってのことである。利用者のことを考えず、金儲け
に走る経営者に聞かせてあげたい逸話である。
 なお、某大学の生協に勤める某職員がこの故事に倣って同様の試みを行い、一躍有名になったのは最近の話である。

民明書房刊「The customor is always right――お客様は神様です」より
884水先案名無い人:2005/12/11(日) 20:32:02 ID:jlXKVTjl0
ネタは新鮮だが、何もひねってないのが辛いところだな・・・
885水先案名無い人:2005/12/12(月) 00:49:08 ID:n9H6qBdD0
途中の問答のくだりを見れば
決してネタ職人としての手腕は低くなさそうなのに
ひねりがなさすぎるのがかえって不思議だ。
886水先案名無い人:2005/12/12(月) 00:57:55 ID:JSd7+8X80
白石と聞くとまず思い出すのは新井
887水先案名無い人:2005/12/12(月) 01:09:39 ID:ballZKvH0
ひねるとしたら、最後をこんな感じか?

 なお、近年某大学の生協に勤める職員がこの故事に倣って同様の試みを行い一躍有名になったが、
その「竜雷太と松平健の場合、全盛期ならおそらく竜雷太の方が腕力は上だと思われます。」との
回答が現代の「将軍様」の耳に入れば、じっと腕を見て苦笑することであろう。
888水先案名無い人:2005/12/12(月) 22:07:27 ID:+P/Ai7dK0
ヴォコス河畔の戦い

1267年、モンゴル系バサム帝国のオゴレス・ハーンの軍団6万を
東欧の小邦、ヴォコス公国のスレン公爵がわずか500人の手勢で破った戦い。
圧倒的なバサム軍に対しスレン公爵が採った策は、計算の限りを尽くした伏兵作戦だった。
あえて公爵一騎で敵陣に切り込み、敵兵を十分引きつけたところで、
木や岩、煉瓦の陰に隠しておいた兵に吶喊をかけさせ、攪乱させた。
その最中に忍び込んだバサム軍陣地の牢獄を公爵自ら破り、中にいた剣闘士を解放し、
ハーンの本陣に位置を聞き出し、奇襲をかけ、これまた公爵自らハーンを討ち取った。
これは確かに見事な成功を収めた戦いであったが、司令官たる公爵が危険を晒す場面が非常に多く、
運に賭けた要素が強い、二味違う作戦だったとも言える。

元代の詩人、阿崇奇(あすうき)は、敵ながら天晴れなこのスレン公爵に心酔し、
以下に記す賛辞の詩を詠んでいる。

前進前進諸位    (進め進め者ども)
障礙敵人{足易}散 (邪魔な敵を蹴散らせ)
前進敵人城砦    (進め敵の城へ)
悪業劣衆推倒    (オゴレス倒すのだ)

ミュンヒハウゼン出版刊「ザ・ラッキーキングス紳士録」より
889水先案名無い人:2005/12/13(火) 03:27:11 ID:ah9d33T60
>>888乙。ナイス。GJ。ワロタ。

あのゲームを語るのに歌詞は重要だが
無理に漢詩もどきにする必要はないかな

転句は「めざせ」だね。
890水先案名無い人:2005/12/14(水) 01:19:02 ID:VEh6s7b/0
てか六言絶句なんてあったっけか?
891水先案名無い人:2005/12/14(水) 23:44:02 ID:KGRIxJyS0
筋螺腱節(きんらけんせつ)

 我々の筋肉は関節をはさんで腱で骨格に付着している。明の時代の格闘技ではこの
腱を外す技が次々と編み出されていたが、いずれも相手の戦闘能力を奪う程度のもの
であった。しかし、永楽帝の侍医であり解剖学の権威であった得智河(うちかわ)が筋螺
腱節なるものを発見してから、ある恐るべき殺人技が編み出されたのである。
 筋螺腱節とは大胸筋にある腱と骨を結ぶ小さな螺旋状の節であるが、得智河は、これが
無ければ人間は筋肉の重みに耐えられなくなり、圧死することを解明した。彼の記した
医学書には「筋螺腱節は城の鉄柱の如し。これ無くば砂城の如く潰れん」と書かれてある。
 さて、この発見に目をつけた暗殺拳の使い手、士埜束(しのづか)は修練の末、素手で
筋螺腱節を抜き取る殺人技、暗根破(あんねは)を編み出した。士埜束の名は中国に知れ
渡り、後に阿漕な商売で悪名高かった飛雄座(ひゆうざ)の主人、雄慈馬(おじま)の用心棒
として雇われた。
 なお、士埜束は時代劇の必殺シリーズに出てくる「念仏の鉄」のモデルキャラとしても有名である。

民明書房刊「実在した必殺仕事人」より
892水先案名無い人:2005/12/15(木) 12:06:18 ID:F7Ib8cWZ0
殿奢男(でんしゃおとこ)

唐代を代表する伝説の作家・読王董洪(どくおうとうこう)が、七世紀後半に
己の経験を元に作り上げたという幻の傑作。
秋葉郡根良亜村(あきばぐん ねらあそん)に住まう、うだつは上がらないが
純朴な青年・緒卓(おたく)が、盗賊に襲われて命からがら逃げてきた姫・
英明嵩(えいめいすう)を助けた所から始まる恋物語である。
翌朝英明崇と別れた緒卓は、その後も彼女のことが忘れられず、根良亜の
村人達に相談し、一念発起して学問に励み、科挙に合格して英明崇と再開、
その後見事に夫婦となり、里に戻って豪奢な御殿を建てて幸せに暮らした。
この御殿はやがて殿奢と呼ばれるようになり、緒卓は以後、殿奢男と呼ばれ
人々から慕われ、伝説となったという。
ちなみに、近年オタクと美女の恋物語・電車男が社会現象を巻き起こしたが、
この物語の原本がこの『殿奢男』であることは言うまでもない。

太公望書林刊『独身男性必見!古代玉の輿大全』より
893水先案名無い人:2005/12/15(木) 20:05:05 ID:WCyoYX/30
>>892
乙。英明崇と結ばれたとき村人は「来来!(キターーーーー!!)」と叫んだんだろうかw
894水先案名無い人:2005/12/15(木) 23:37:13 ID:EHMoQ3s60
那汐成の暖炉

明の時代。那汐成(なしおなる)という人がいた。
彼は、かつて西域を旅したときに見た煙突を参考に、寒さに耐える東北部の人たちの為に
特別な暖炉を作り出した。それは、箱の中で枝を燃やし、その熱で屋内を暖めるという仕組みである。
しかしこのままでは熱と共に煙も屋内に流れてしまう。それを防ぐために、暖炉の箱から一本の筒を取り付けた。
それは煙だけを屋外へと放出するための筒であり、それをつける事で、煙に苦しむことなく、屋内を暖められるようになった。
そして、外気からの空気を取り入れも兼用することで、燃料がある限り、この暖炉は燃え続けることができるようになった。
だが、那は大きな間違いを犯していたのだ。
この筒は磁器でできており、熱と外気の冷気にさらし続ける事で次第に劣化し、その機能が損なわれてしまったのだ。
そのせいで、箱内で燃えるはずの燃料が燃えられず、有害な空気と煙が熱と共に発生してしまう。
死者こそは出なかったものの、那の名声は一気に失われてしまった。
那は暖炉を設置した家へ一軒一軒向かい、その暖炉の使用停止並び、回収を訴えた。
その声はまるで年いった女の如くで、その声が聞こえてくると、住民たちは家の中に閉じこもってしまうという。

現在、某社の暖房機に不具合が発見。それの回収を呼びかけるCMが流れているが、
その声のトーンが特徴的で、怯えている人が沢山いるという。
また、問題となった暖房機の形状が、那汐成の作った暖炉と似ているが、それが今回の騒動と関係しているかは定かではない。
なお、この書を読んだ諸君は、その会社に対しこの事を質問することは控えてほしいことを最後に付け加えておく。


民明書房刊 「不祥事との楽しい付き合い方」より抜粋
895節制の14 ◆6EgzPvYAOI :2005/12/16(金) 09:33:20 ID:JrOqvWu+0
>888
ボコスカウォーズ!?
896水先案名無い人:2005/12/16(金) 11:21:49 ID:czIYGfbb0
度羅魔

後漢の時代、とある町の地下闘技場では魔術を用いた戦闘による賭博が大流行していた。
魔術というものは本来起こるはずもなく、それが闘技場側が仕組んだものであることは明白であり、
かつ闘技場側からも「魔術、是意図的也」との注意があったのだが、
観衆は目の前で繰り出される炎や氷に見とれ、魔術は実在すると信じ込んでしまっていたのである。
こうした見世物が、世の中の治安を乱すことは世の常である。
闘技場外で魔術のマネをしたとある男が、自分の腕から炎や氷が出ないことを不満に思い、
袖にツララを仕込んで通りすがりの人物に向かってツララを投げつけて、殺害してしまったのだ。
しかし、漢の皇帝は「度を過ぎる、羅の如く荒い人物が魔術のマネをしただけだ。魔術自体に問題はない」として、
問題を放置していた。
この皇帝の対応に不満を感じた民衆は、「度を過ぎる、羅の如く荒い人物が魔術のマネをする」という問題を放置したことを揶揄し、
当時の皇帝を「度羅魔(どらま)」と称したのだという。
ちなみに、度羅魔は今後現れてきた新たな娯楽は全て規制していったそうだ。

現代日本において、暴力シーンの多いドラマ「池袋ウエストゲートパーク」の内容に若者が感化され、
池袋周辺にまねっこカラーギャングが激増して治安が悪化したのは有名な話だが、
政府においてドラマの表現方法について規制するという動きは全くない。
それどころか、犯罪が起きればアニメやゲームといった新しい娯楽を批判し、規制する方向に移っているのが
後漢皇帝の「度羅魔」の執り行った政治と似通っていると感じるのは、筆者だけではないはずだ。

民明書房刊「新たな娯楽と政府の関係〜偉い人にはそれがわからんのです!〜」より抜粋
897水先案名無い人:2005/12/16(金) 19:42:13 ID:puGlaJmQ0
>896
最後にサブタイトル吹いたw
898水先案名無い人:2005/12/17(土) 00:12:36 ID:/O7u2Mic0
怒羅厳苦得守杜

今から20年ほど前、日本で発売され大人気を博したドラゴンクエストだが
その源流が古代中国にあることは意外と知られていない。後漢の時代、
劉翁(りゅうおう)という賊が仙人魯杜(ろと)の娘、魯羅(ろーら)を
さらった。激怒した魯杜は魏羅(ぎら)や回魅(ほいみ)などという仙術を
駆使して苦しい戦いの末劉翁を倒し、魯羅を救ったという。この物語は
琵琶法師の甫李偉(ほりい)によって語り継がれ、多くの子供たちを熱狂させた。
でもラプソーンはヘタレ過ぎ。

民明書房刊「勇者魯杜之伝説〜百元しかくれないみみっちい王様〜」より抜粋
899水先案名無い人:2005/12/17(土) 04:32:34 ID:5ZT6rOqE0
廃成繁多示威(はいなるはんたじい)

かつて中国中央アジア近辺に主空依唖(すくうえあ)国という小国があった。
しかし近隣の騎馬民族に攻められ滅亡間近と言われた時、4人の英雄の活躍によって救われた。
彼ら4人は玖李廃流(くりすたりゅう)の武術の使い手で、
その実態は条武(じょうぶ)と呼ばれる様々な武器術や徒手空拳術を集めた総合武術であったという。
彼らはこれらの条武をいくつも極め、敵を翻弄した。
さらに帆船部隊を率いた司度(しど)王の援軍も受け、見事に勝利を収めた。
後にこの玖李廃流(略して廃流)大いに繁栄を極め、威を示したことから廃成繁多示威と呼ばれた。

現代、ファイナルファンタジーなるシリーズ作品が人気を博しているが、
この廃成繁多示威を元に制作されたことは定説となりつつある。
さらに誕生の逸話も滅亡間近という危機的状況から生まれたということも奇妙な一致といわざるを得ない。
なお、玖李廃流は略して廃流と呼ばれるが、
現在ファイナルファンタジーをプレイして廃人となる者が後を絶たないのは悲しい現象である。

民明書房刊「MMO〜その全貌〜」より
900ネトゲ小規模から転載:2005/12/17(土) 18:36:29 ID:D+L81yf00
595 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2005/12/17(土) 13:04:37 ID:Urn1jWMU
【或笑茶(あるえむちゃ:アールエムティー)】

中国は古来より茶を愛する国であった。
数ある茶葉あれど、幻の茶葉とされる或茶葉は秘伝中の秘伝とされ
時の王侯政府が厳重に管理し、まさに門外不出の神秘の茶葉である。
或茶は飲むのではなく、風呂のように漬かる事により、麻薬のような快楽を味わえる。
満面の笑みで或茶に漬かっている様から、いつしか或笑茶と呼ばれるようになった。

ある時代、高い税率に頻発する暴動を治めるため、一部に或笑茶を許可した。
「足首まで・・・足首まで漬かるだけだから・・・・」
そして結局数ヶ月後はどっぷり肩どころか頭まで漬かってブクブクブク・・・っと。
それが運営公認或笑茶と呼ばれる歴史的悲劇の結末であった。

                    民明書房刊「溺れる者にはワラをやれ」より
901水先案名無い人:2005/12/17(土) 21:29:30 ID:sHcsDNIU0
プロシミン

 1929年、治安維持法制定後多くの共産主義者が逮捕されたが、中には冤罪で捕らえられた者も
多く、警察は頭を悩ませていた。そんな中、東京帝国大学医学部教授、赤井邦道氏が拷問で死亡
した共産主義者の脳を解剖し、その思考回路を研究したところ、左脳に未知の脳内ホルモンが多く
分泌されていることを発見した。このホルモンはどうやら論理的思考プロセス形成を妨害する作用
があるらしく、そのことから「プロシミン」と命名された。警察はプロシミン分泌量を調べることで罪の
有無を判断できるようになった。
 プロシミンが分泌されるメカニズムは現在も不明であるが、症状として、
・論理的思考ができなくなる
・体制の中や集団での生活に支障をきたす
・「地上の楽園」なるものを信じている
・「9」という数字を異常に神聖視している
 などがある。戦後登場した「プロ市民」の語源は、元々プロシミンによる症状が悪化した人間の
暗喩であったことは言うまでもない。プロ市民が憲法9条改正に反対しているのもこの症状が
原因である。
 余談ではあるが、過去に学校で「9」という数字が机を使って描かれていた事件があった。
これはプロシミン重症患者の仕業だと言われている。

ミュンヒハウゼン出版刊「世界の難病・奇病」より
902水先案名無い人:2005/12/17(土) 21:30:04 ID:sHcsDNIU0
訂正
学校で→学校の校庭に
903水先案名無い人:2005/12/17(土) 23:35:45 ID:ZIhm1gSv0
>>901
上手いw
ワロタwww
904水先案名無い人:2005/12/18(日) 00:22:36 ID:RCJDGMY20
うん、うまい。
905水先案名無い人:2005/12/18(日) 19:24:49 ID:f+J89LCp0
科学ネタとは新鮮ですな
906水先案名無い人:2005/12/19(月) 01:59:18 ID:H3D5QcSF0
>>899
GJ。ジョブやシドの使い方がなかなかうまいとオモタ。
欲を言えば後期のFF低迷についても論じて欲しかったな。
907水先案名無い人:2005/12/19(月) 21:24:40 ID:1GHtElwj0
寒天ダイエット(Karlten die yet...)

老若男女を問わず大人気の寒天ダイエットだがそれが実はイギリス議会政治に
端を発していることはあまり知られていない事実である。昔、自由党にカールストン
という議員がいた。彼は行政肥満を鋭く指摘したため首相に疎まれ、無人島に
流されてしまった。カールストンは太っていたので魚を上手く獲ることもできず、
天草から寒天を作って食べ、辛うじて生きながらえていた。何年もの時が経ち、
とっくにカールストンは死んだだろうと誰もが思って半ば存在すら忘れていた頃、
なんとカールストンは無人島を脱出して議事堂に戻った。この時議事堂で面影が
全くないほど痩せこけた彼が「Karlten(Karlston)die yet...」(カルテン・ダイ・
イェット…,カルテン未だ死せず…)と舌をもつれさせながら、いい加減な文法で
自分の名前も正しく発音できないほど衰弱して演説した姿はすぐに号外としてイングランド
中に広まり、その後、肥満に悩む民衆の間に寒天も広まるようになり、イギリスの
肥満事情は大きく改善された。同じゲルマン人種であってもイギリス人とアメリカ人で
ああまで体型に大きな違いがあるのは、実はこのカールストンの影響なのである。

珍人物往来社刊「これでアナタも痩せーる!失敗しないダイエット」より
908水先案名無い人:2005/12/19(月) 22:40:47 ID:4G9NKHkHO
物知り雷電タソ
909水先案名無い人:2005/12/21(水) 03:08:51 ID:Sm0FP+4I0
>>901
>>907
新しいタイプだなw
GJ!
910水先案名無い人:2005/12/21(水) 14:10:21 ID:AwgqzAgF0
魔美之儀
古代中国は秦の時代、この時代にもやはり自分の姿形にコンプレックスを持っていた女性は多く、
それに伴って整形もまた盛んであった。
当時人気のあった整形を上げるとすれば、現代日本でも引き継がれている整形手術だが、
巷では、材料を自前で調達できる漢方薬による整形が話題を呼んでいた。
薬についての資料は少ないので詳しくは分からないが、その薬物は飲んだ者をたちまち端正な顔立ちに変えてしまうのだという。
しかも、効き目が切れても副作用で元の顔より醜くなるということはなく、元通りの顔に戻ることが出来るという優れものだった。
この薬によって美しくなった女性達は、手術費用をかけることなく日常生活を美しい顔で過ごすことができるようになった。
また、この薬の効果によってたまに見る自分の素顔に対する感情が劣等感から恋しさに変わり、
自分の容姿に感じていたコンプレックスをも解消することができたのだ。
当時の人々は、この薬を服用することを「魔法の如き美の儀式」と称した。
薬の愛用者の間では、薬の服用は「魔美之儀」と呼ばれ、親しまれていった。
また、整形手術を既に行ってしまい、自身の顔を取り戻せなくなってしまった女性達は、憎しみと妬みの感情を込めて
「魔美人、是醜猿」(魔美を行う者は、醜いサルのようだ)と罵っていたと記録に残っている。
余談ではあるが、「魔美之儀」を行った男はたちまち女性のような顔立ちになり
同性同士で結婚式を挙げたという記録があるが、式の途中で薬の効果が切れてしまい、婚約は破談になったのだとか。

現在、世界規模で展開されているMMORPGに「マビノギ」というものが存在するが、
ゲームの中では美しく在ることが出来ることや、公式ページの掲示板でこのゲームのアンチが
「マビ 終焉」と言っている場面が見受けられること、そしてログアウトすれば、元の生活・姿形に戻ることが出来ることから、
マビノギの原点がこの故事であることは明らかである。

民明書房刊「整形手術のむかし・いま」より抜粋
911水先案名無い人:2005/12/21(水) 17:48:08 ID:Q/r0y69f0
【 死越豆 】

中国四千年の歴史の中でも特に秘密とされ、歴代の皇帝でさえ口にする事は難しかったと言われる食べ物である。
不治の病や重傷により死を確定された者がこれを食せば、たちどころに回復し不死に近くなると言われている。
死をも乗り越えてしまう豆‥‥‥ そこからこの名が付けられた。

しかしこれを食すには、数日〜数週間の絶食をしなければならないという過酷な条件がある。
挑戦する者は数多くいたが、絶食に耐えられず、結果、そのまま死ぬ場合がほとんどであった。
また絶食に成功しても、食す頃にはミイラのように痩せ、体力の限界に達し、結局死ぬ場合も多かったようである。
死越豆は「だいえっとう」と読み、絶食 → 食事制限のことを「ダイエット」と言うようになった。
英単語の「死ぬ−die−」や「食事制限−diet−」は、この死越豆が語源である事は明らかであるが、その存在を隠すために、この事は公にはされていない。

近年、日本漫画「龍玉」で「仙豆」という名前で紹介されたが、都合の良い箇所だけ描かれていたようである。
作者がなぜこの存在を知るに至ったかは、今のところ明らかではない。

(民明書房刊 『知られざる、中国四千年の食材』)
912水先案名無い人:2005/12/22(木) 02:20:44 ID:uNsuAnMg0
>>907
当て字駄洒落の悪いとこだけを取り入れたか…
913水先案名無い人 :2005/12/23(金) 07:06:17 ID:iLLRJg410
苦挿身草(くそみそう)

学名をヤマジュネス。ヤマジュネス科に属し、名前の由来となったミクロネシア諸島に存在する
クーソミ島が原産である。島民であるアベベ族とミチシッタ族はこの草にある筒状の袋の中で
大小の用を足すが、ノンケーと呼ばれる養分によって、ミチシッタ族の中にはアレルギー反応で
草に挿れたまま、果ててしまう者もいた。また大便でした場合は逆流する恐れがあるので、
肛門を口の部分で栓をするものもいた。なお、この袋を使って、「ヤラライカ」と言われる打楽器が
作られる。フランスの植物学者であり、人類学者のウッホ・イオトッコが発見した。
なお、ウッホが山川純一作の「くそみそテクニック」を見て、あまりにクーソミ島の事例と
共通する部分が多かったと言ったのは学会での語り草となっている。余談だが、アベベ族はミチシッタ族
にしばしば、性処理をさせていると言う研究報告もある。

民明書房刊「俺のすごく大きい南洋植物百科を見てくれ」より
914水先案名無い人:2005/12/25(日) 01:04:49 ID:NAA8jaeC0
147 名前: 神様仏様名無し様 投稿日: 2005/12/19(月) 11:58:29 ID:W0rRqVri
願場楼国府部(がんばろうこうべ)

 中国古代王朝の秦では郡県制を敷いており、各地に有力な都市が興った。
その中の一つ、国府部(こうべ)に中国史上最大の地震が発生し、死者は多数に上った。
また建物の被害も大きく、復興は絶望視されていた。
そこで民衆は、国府部復興を祈願するために願場楼(がんばろう)を建設、
民衆の団結力もあって、国府部は瞬く間に復興された。
しかしその後すぐに秦が滅亡し、各地で内乱が起こってしまう。
国府部軍(別名、武流鵜羽鋭部(ぶるううえいぶ))の武将であり、
後々まで名将として語り継がれた翁義(おうぎ)は全兵に
「震災で被害を受けた者を勇気付けるため、また国府部を見事に復興させた民衆に敬意を表すため、
『願場楼 国府部』と刺繍した鎧を身に付けよ」と命じた。
一気に士気の上がった国府部軍・武流鵜羽鋭部は、翁義を中心に大胆な奇襲戦法「翁義魔実苦(おうぎまじつく)」を展開し、
各地の有力な軍を次々と破って、ついには中国全土を制覇したのである。
 なおこの話は、1995年に発生した「阪神大震災」によって、
多数の犠牲者が出た兵庫県神戸市に本拠地を置く「オリックスブルーウェーブ」は
「がんばろう神戸」を合言葉に、名将仰木監督を中心にパリーグを制覇したことと関係があるかもしれないと、
研究者は注目している。

(民明書房刊 「古代中国の奇跡」より)
915水先案名無い人:2005/12/25(日) 01:08:37 ID:DnVx3zdS0
栗すます(標準語では「栗すまし」)

青森県の一部地域では 「くりすます」といって 
冬至を祝って 栗のおすましをつくって飲む地域がある。 
大昔 大時化で北前船がこなくて 冬至用のカボチャや 
さとうやみりんが届かず カボチャに似た味の栗を使い 
調味料を少なめに すましじたてにしてたべたのが 
そのはじまりだとか。 
明治時代に北海道で農業指導にあたってたクラーク博士が 
クリスマスを祝うというので 青森出身の学生が 日本にも 
同じ風習がありますと言って さっそく 栗のおすましを作ってあげた。 
氏は生徒の勘違いに苦笑しつつも、文化の違いに思いをはせながら 
学生のおもてなし料理をいただいて 楽しいクリスマスを過ごしたそうだ。 

(民明書房刊 『日本の食べ物よもやま話』より)
916水先案名無い人:2005/12/25(日) 08:04:50 ID:Jv4EM64v0
苦理・崇魔衆(くり・すます)

現代ではイエス・キリストの生誕日として知られているクリスマスだが、
その起原が古代中国・秦時代にあることは意外と知られていない。
始皇帝の後を継いだ二世皇帝・胡亥は、
普段身の回りの世話を受け持つ宦官を慰労しようと、旧暦12月25日に特別の宴を催した。
宴席に宦官一同を集め、崇魔衆と呼ばれる妙齢の男女各100名を集め、
彼らの目の前で性のまぐわいを催したのである。
それは、魔羅を無くした宦官にせめて性の悦びを見せてやろうという胡亥の思いやりであったが、
宦官たちはかえって理性と本能の間で苦しみ、「是、将ニ苦理也」と胡亥を恨み、
のちの漢楚の争いの遠因にもなったという。

この故事が苦理・崇魔衆として西洋に伝わったとき、
性の狂宴の面が強調されたことと、偶然キリストの生誕日と同じだったことから、
慶事あるいは恋人と愛を深める日として認識された。

ところで近年のネット掲示板上では、異性にもてない者がカップルを逆恨みし、
まるで「苦理の宦官」のように下劣な言葉で罵っている様をよく見かけるが、
賢明なる読者諸氏は、決して現実の犯罪に走らぬよう、強く希望する。

民明書房刊「聖夜と性夜の狭間の喪男」より
917水先案名無い人:2005/12/25(日) 10:20:43 ID:q4cBc9Xv0
クリスマス

苦理済ます。仏教用語。
師走の終盤の忙しい時期に一人になり
己の心と向き合って自分を見つめ直すという修行の事である

この修行を達成できない者の元には
裟端(さたん)がやってると教えられていた。
このサタンがシルクロードを渡りヨーロッパに伝わる際に
歪曲して伝わったのがサンタ=すなわちサンタクロースである

クリスマスは本来はこのように非常に厳しい物なのである

民明書房刊「牛男と虎」より
918水先案名無い人:2005/12/26(月) 00:46:00 ID:Nck4BgiWO
あ二日遅れだが、これでも

栗州摩州維舞(くりしゅうましゅういぶ)

中国は明時代、江東地方の栗州(くりしゅう)と摩州(ましゅう)に二人の職人がいた
彼らは偶然にも同じ維舞(いぶ)という名前で、皇帝主催の祭りで出会った二人は意気投合し、よく酒を飲み交わしていたという
さて、職人としての腕も確かな二人であったが、共通の悩みがあった
あまりに好色であったため、周囲の評判が最悪だったのだ
そこである年の12月24日、栗州の維舞はある提案をした
「俺が玩具を作り、おまえが村の子供にそれを配ったらどうだろうか」
それを聞いた摩州の維舞もこれに賛同し、さっそく行動に移した
これはたいへん評判が良く、子供たちは
「蚕汰(さんた。栗州の維舞の字名)が作った玩具を杜那戒(となかい。摩州の維舞の字名)が持ってきてくれる!」
と喜んだという

現在、クリスマスイブになると「性夜」を過ごす若者が多いが、たまには自分の行動を見つめ直し、二人のように善行を積んではどうだろうか

民明書房「しっとマスク伝説外伝〜クリスマスを作った悪人」
919水先案名無い人:2005/12/26(月) 00:53:59 ID:dEGxbnh40
誰かこれに答えてあげてください。

http://pc8.2ch.net/test/read.cgi/isp/1070745224/304
304 名前:名無しさんに接続中…[sage] 投稿日:2005/12/25(日) 23:42:05 ID:PdZVLv3C
あの、フレッツって何ですか?
920水先案名無い人:2005/12/26(月) 01:16:04 ID:lwfqrhip0
>>919
歩劣通(ふれつつう)
秦の時代、中国の北部地方を治めていた遠低(えんてい)という皇帝が居た。
彼の率いる軍は「打壱弐圧歩(だいーあるあっぷ)」という歩兵による人海戦術を得意としており、
一歩、二歩と敵部隊との距離をつめて、確実に敵部隊を仕留めるのだ。
また、彼は部下からの信頼が厚く、「遠低帝、万歳」の言葉の下に、部下は遠低に絶対服従を誓っており、
血気盛んな彼らの勢力は計り知れず、瞬く間に他の地方を制圧していった。
しかし、隣国モンゴルからの勢力「歩合馬(ふあいば)」により、遠低の軍は大敗を喫し、遠低は死亡した。
その理由は、スピード不足であった。歩合馬の「火狩(ひかり)」によって、じりじりと距離をつめていくタイプの
遠低の軍は、火責めにあって全滅したのである。
この歩合馬の長は、あまりに遅い行軍だった遠低軍を、「歩くにも劣る行軍…いや通行であった」と罵り、
現存する資料には遠低自身の事を「歩劣通」と置き換えてある物も少なくない。

現在、日本のNTTという電話事業が長い間、隣国韓国で普及していたADSLや光ファイバーを取り入れず、
アナログ回線やISDNによるナローバンドを共用していた事実がある。
これは秦の時代の遠低の軍と非常に多くの点が似通っているが、関連性は定かではない。

民明書房刊「よく分かる信頼の勝ち取り方〜反面教師編〜」より抜粋
921水先案名無い人:2005/12/26(月) 19:20:01 ID:Aqnsu+1h0
洪民琥魔傑闘(こうみんくうまけっとう)

洪民琥魔傑闘…
明代最高とうたわれた大拳法家・洪民琥(こう みんくう)が、太平の世における
拳法の衰退を憂いて開催した一種の他流交流会。
万里の長城の上に拳術・槍術・棍術・弓術・氣功術などあらゆる流派の達人を
集め、その神業のような腕を披露させた。
この催しは盛況を博し、達人の腕を一目見ようと押し寄せた人々の列の長さは
万里の長城を越え、まさに長蛇の列となったほどだったが、
同時に流派同士のいざこざも頻発し、百名を越える死者も出したため、
第三回を最後に中止された。
なお、現在日本で夏冬に開かれている世界最大の同人誌即売イベントである
『コミックマーケット』の由来がこれであることは言うまでもない。

民明書房刊『中国拳法イベントカタログ』より
922水先案名無い人:2005/12/27(火) 00:33:54 ID:NZdlt/910
>>920
dクス!
923水先案名無い人:2005/12/29(木) 01:19:25 ID:oVluwS8z0

丹後の僧・禅鎮

 丹後出身の僧、禅鎮(ぜんちん)は住職業のかたわら、
激しい踊りを村の子供たちに教えていることで有名だった。
しかしこの踊りが子供たちの教育に悪影響を及ぼすというあらぬうわさがひろまり、
ついには、丹後のお偉い方にまで広まって、禅鎮は島流しの刑にされてしまった。
禅鎮は飼い猫(黒猫と記録されている)の大和(やまと)とともに流されたのである。
なお、禅鎮は最後にこのような詩を残した。

黒猫と 丹後の踊り ここにあり
                   禅鎮

 なお、アルゼンチン発祥のダンス、「タンゴ」はこの事件の数ヵ月後に
アルゼンチンで広まったとあるが、もしかすると禅鎮によって広められたのかもしれない。

民明書房刊「世界演舞図鑑・南米編〜僕の恋人は白い猫〜」より抜粋
924水先案名無い人:2005/12/29(木) 01:20:46 ID:oVluwS8z0

備後の僧・利壱

 備後出身の神主、利壱(りいち)は修行のかたわら、
古くなった碁盤を加工して作った遊びを子供たちに教えていることで有名だった。
その遊びとは、碁盤を縦横五マスに切断し、子供たちに一から七十五までの数字を選ばせ、
あらかじめ数字を刻んでおいた碁石を取りだし、見事当たると賽銭が少量もらえるという
一種の賭博事をやっていた。当たった箇所によって賽銭の授与量が違う。
碁盤の真ん中は振り射(ふりい)と呼ばれる碁盤を固定するための穴を開けていたので
実質二十四ヶ所の予想だった。
しかしこれが子供たちの教育に悪影響を及ぼすといううわさが広まり、
そのうわさはお偉い方にまで広まって利壱は島流しの刑にされてしまった。
利一は島流しにあったとき、狂っていて、このような言葉を連呼していた。

「微意愛得ぬ自慰王微意愛得ぬ自慰王……」

 なお、アメリカ発祥の「ビンゴゲーム」はこの事件の数ヵ月後に
ラスベガスで広まったとあるが、利壱との関係は定かではない。
なお、当時のラスベガスには中国出身のダブ・リーという賭博師もいたという記録がある。
狂人となった利壱だけでは不可能だっただろう。
もしかするとこの二人が協力して作られた遊びがビンゴなのかもしれない。

民明書房刊「世界遊戯図鑑・北米編〜最初にリーチかかったのに当たらなかった〜」より抜粋
925水先案名無い人:2005/12/30(金) 19:23:18 ID:ISOKUapG0
矢追(やおい)

 漢〜明時代まで行われていた二人一組で行うスポーツ。全長約50mの扇状の陣地内に
攻(せめ)と呼ばれる競技者が矢を射、陣地内にいる受(うけ)と呼ばれる競技者が的を持ち、
矢を追って的に矢を受け、矢の的中数を競う。その様子からいつしか「矢追」と呼ばれた。
元々は秦の将軍、不徐至(ふじょし)が練兵法として考案したものである。
 この競技には二人の連携が大事なのは言うまでもなく、競技者は互いの連携を高めるために
大会前は夫婦のように寝食を共にしたと言われている。時代が進むにつれ、複数の攻と一人の受、
逆に一人の攻と複数の受で競技を行う試合形式も登場した。しかし、この競技は一歩間違えれば
死亡事故に繋がるため、明時代に永楽帝によって禁止された。そうでなければ中国の誇る国技に
なっていたであろう。大変残念である。ちなみにイオンド大学教授でUFO研究家の矢追純一氏の姓が
この矢追に由来していることはあまりにも有名である。
 なお、日本でのやおい本用語でも攻め、受け、なる言葉が使われているが、矢追とは無関係である。
しかし、カップリングを意味する記号「×」は、元々矢追競技において大会にエントリーする際、
「攻 劉備×張飛 受」という表記をしていたことに由来する、という説もある。

民明書房刊「ザ・スポ根〜血の汗流せ 涙を拭くな〜」より
926水先案名無い人:2006/01/03(火) 14:11:34 ID:xUgx2r5BO
あげ
927水先案名無い人:2006/01/06(金) 00:25:13 ID:7JSacbHk0
保守
928水先案名無い人:2006/01/06(金) 12:24:37 ID:OcG169d00
歩囚(ほしゅ)
明の時代、やはりいつの世にも悪事を働く者は後を経たず、
留置所は常に満員であった。
留置所では、当時の食糧難から囚人を奴隷のように扱って畑仕事をさせるため、
人手が多いのは当時の人々にとっては大助かりなのだが、建物がついていかなかったのだ。
そのため、空きのある留置所があると、満杯状態の近所の留置所ではなく、
遠方の空きのある留置所に、囚人自身を向かわせるという「州隷吾外(すれあげ)」を行うという慣習があった。
この州隷吾外によって、囚人が刑に服す覚悟があるかどうかも試される。これを機に脱走を図ろうとした囚人は、
一般民による死刑が行われる。この一般の民による死刑は、当時の法律では合法なものであった。
またこの州隷吾外を、脱走をせずに指定の留置所にたどり着いた囚人は
脱走のチャンスがあったにも関わらずきちんと歩いて留置所間を歩いて移動した囚人、「歩囚」と呼ばれ、
宣告された刑よりも軽い刑で留置所を出ることができたのだという。

現在、日本の巨大掲示板群「2ちゃんねる」などに利用されているフロートスレッド式の掲示板において、
書き込みが少なくなってきたスレをリストの下の方から探し出し、書き込みをしてスレッドを掘り出すことを「スレ上げ」「保守」というが、
空きのある留置所までたどり着く過程と、過疎化したスレッドにたどり着く過程が似ていることから
保守書き込みの原点がこの故事であることは、賢明な読者の推察する通りである。

民明書房刊「留置所に見る『償い』〜思い留まれ、若者よ〜」より抜粋
929水先案名無い人 :2006/01/06(金) 16:34:38 ID:FQ9nnmx30
壱不死尼多可参無毘(いちふじにたかさんなすび)
秦の時代、始皇帝は不老不死の仙薬探しに躍起となっていたことは周知の事実である
翔月(しょうげつ)は「不老不死の薬を蓬莱(日本)より持ってまいりました」
といった。その薬は「贋丹(がんたん)」といい、「一つめされば不老不死、
二つめされば女性は引く手あまた」と言った。始皇帝は2つの野望を
かなえるために3つ一気に飲んだところ、悶え苦しみそのまま果てていった。
儒学者達は焚書坑儒の怨み辛みもあってか、この出来事を喜び
この喜びを「壱不死尼多可参無毘(いちふじにたかさんなすび)」と
例えた。

現在、日本では年が改まって最初に見る夢の中で「一富士二鷹三茄子」
は縁起がいいとされているが、この説が逆輸入されて、さらに事実を
伏せて、演技のいいものとした、あまりにぞっとする事実である事を
知る者はあまりいない。

民明書房刊「暗殺薬剤師国家試験問題解説」より
930水先案名無い人:2006/01/06(金) 22:20:18 ID:hx9hW4fp0
- - -
329 :仕様書無しさん :sage :2006/01/06(金) 11:26:48
>>328
今までの東京に於ける地下鉄開発の歴史は激動であった。
なんども地下水が工事を邪魔し、挙げ句の果てには、
地底怪獣や地底人との交戦と和解交渉など、
一般利用者の知らない困難が多く立ちふさがっていたのである。

「東京地下鉄の歴史」 民明書房 2003刊行
- - -
931水先案名無い人:2006/01/10(火) 03:22:56 ID:3kqdTxH70
あげ
932水先案名無い人:2006/01/10(火) 21:58:38 ID:Jkdaj7OF0
827 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/01/10(火) 02:28:30 ID:4gcXEzrN0    New!!
ところで頭にかぶるあのニセ頭髪のことをなんで「カツラ」と呼ぶんでしょう?

828 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/01/10(火) 02:51:16 ID:iD4dKO7b0    New!!
ああ、その前にあの赤い果物のことをなんで「リンゴ」と呼ぶのか答えてくれないか

829 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/01/10(火) 03:07:26 ID:b9P4Jydi0    New!!
かつらの語源は、「髪蔓(かみつら)」もしくは「髪」を「か」と読んだ「髪蔓(かつら)」。
「蔓(つら)」は植物の「蔓(つる)」の古形で、上代のかつらは花や羽、蔓草などの髪飾りをいったことから、「髪蔓」の説は妥当と考えられる。
その他、かつらの語源には、「髪」と「連なる」「連ねる」の「つら」を関連付けた説もある。

830 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/01/10(火) 03:08:30 ID:b9P4Jydi0    New!!
りんごは、古く中国を経由して渡来し、西欧系のリンゴの普及以前に日本でも栽培されていた。
林檎は中国語で、「檎」は「鳥」をさし、果実が甘いので林に鳥がたくさん集まったところから、「林檎」と呼ばれるようになった。
「檎」は、漢音で「キン」呉音で「ゴン」と読まれることから、「リンキン」や「リンゴン」などと呼ばれ、それが転じて「リンゴ」となった。
平安中期の「和妙抄(わみょうしょう)」では、「リンゴウ」と読んでいる。
また、中国語で林檎を「苹果(pingguo)」とも呼び、「林檎(リンゴン)」と「苹果(pingguo)」が混ざり、「リンゴ」と呼ばれるようになった
とも考えられている。

831 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/01/10(火) 03:10:09 ID:b9P4Jydi0    New!!
民明書房の事典を無くしちゃったんで詳しく書けずにスマソ
933水先案名無い人:2006/01/11(水) 16:00:31 ID:odvutpox0
934水先案名無い人:2006/01/11(水) 19:55:38 ID:sNdfitaf0
935水先案名無い人:2006/01/11(水) 21:59:44 ID:kAI+C9RG0
936水先案名無い人:2006/01/11(水) 23:16:22 ID:StkLqefu0
 
937水先案名無い人:2006/01/11(水) 23:24:40 ID:8fid46Os0
938水先案名無い人:2006/01/11(水) 23:32:52 ID:7ndkjVmd0
洛天法印十騒動(らくてん・ほいんと・そうどう)

漢王朝が復興し、のちに後漢と呼ばれるようになった時代。
だが、一通りの騒動で首都洛陽の人口は減ってしまった。
これに困った当時の市長、三北弐(みきたに)は、ある秘策を打ち出した。
洛陽に土地を構えることによって、法印(洛陽で使用できるお金)を10与え、
買い物などの生活に不自由しない事を約束したのだ。
それにより、洛陽外へと引っ越して行った住人たちを引き戻すことに成功した。

しかし、その話に目を付けた一部の若者たちは、孔(あな)や浅灯(あさひ)を初めとした複数の地区の土地を得て、
一地区ごとに法印を10ずつ得ていった。彼らはその方法で大量に得た法印を使用し、様々なものを購入。
ある者は、絵巻を。ある者は、書物交換が出来る札を。ある者は箱いっぱいの温州蜜柑を沢山…。
この世の春の如く、洛陽生活を謳歌していた若者たちに、悲劇は突然おとずれた。
不正な方法で法印を稼いでいる人がいることに気がついた市長の部下が、三北弐に報告。
彼の命により、部下たちは不正な手段で法印を得た人たちを割り出し、法印の無効化と、
法印で購入した全ての品物の代金を支払えと命令。慌てふためいた若者たちがその後どうなったのかは誰も知らないという。


今年初頭、とあるネット通販のキャンペーンを利用し、膨大なポイントを得た人たちが様々な品物を購入。
それが突然、会社からキャンペーンの中止とポイントの没収。さらに現金請求という事態までに発展したという事件が起きた。
もし、この故事のことを、少しでも知っていたら、こんな事は起こらなかったのかもしれない。

民明書房刊「ネットに潜む甘い罠・辛い罠 第二章〜ショッピングで天国、地獄、大地獄、そのまた向こうは無間地獄〜」より。
939水先案名無い人:2006/01/11(水) 23:35:55 ID:7ndkjVmd0
ちなみに、参考として…。

楽天ポイント祭りまとめサイト
ttp://aqwsedrftgyhujikol.seesaa.net/
940水先案名無い人:2006/01/12(木) 03:25:43 ID:+qR9O2Wo0
残り60
941水先案名無い人:2006/01/12(木) 07:08:53 ID:oXBAr6u00
942水先案名無い人:2006/01/12(木) 12:05:52 ID:Dz5dHh2D0
943水先案名無い人:2006/01/12(木) 20:52:48 ID:U5SDdt/p0
944水先案名無い人:2006/01/12(木) 23:33:50 ID:oSjRtXrY0
945水先案名無い人:2006/01/13(金) 00:09:13 ID:7dCwoXkC0
946水先案名無い人:2006/01/13(金) 03:45:55 ID:JI2pDxNF0
947水先案名無い人:2006/01/13(金) 06:55:27 ID:8vB/TOwo0
948水先案名無い人:2006/01/13(金) 08:33:41 ID:XcJ/4qt/0
949水先案名無い人:2006/01/13(金) 12:18:00 ID:z07pHshN0
950水先案名無い人:2006/01/13(金) 18:13:33 ID:m5LEWI660
残り50
951水先案名無い人:2006/01/13(金) 22:26:09 ID:Wj8F2YWn0
952水先案名無い人:2006/01/13(金) 23:22:36 ID:Cjbn9mK00
『舞野発波(まいやはっは)』
時は漢、戦争が盛んだったこの時代には世界中で戦争が勃発しており、
漢も例外ではなかった。
当時の兵士たちは訓練を広い野原で行っており、跳躍力、走力、組み手などのメニューをこなしていった。
ある日、訓練に物足りなさを感じた当時の教官「雄存」(おぞん)は兵士たちを野原の菩提樹の下に集結させ、
奥義を伝授すると言って、菩提樹に向けて両の掌を突き出すと、菩提樹は物凄い音を立ててへこんでしまった。
菩提樹のへこんだ部分を見てみると、溶岩のように溶け、高熱を発していたそうだ。
兵士たちはこの光景を見て、口々にこう言ったのだという。
「舞野火、舞野風、舞野砲、舞野発波」
(訳:それは野を舞う火のように熱く、野を舞う風のように速く、野を舞う砲弾のように重い、野を舞うかの如く発せられた波動である)
教官はこの奥義を「怒り狂い、悟りを捨て、我をも捨てた荒くれの如き一撃」として、
「怒羅悟捨吾」(どらごすてあ)と名づけ、余すことなく兵士たちに伝えた。
この奥義を身に付けた兵士たちは、没した今もなお無敗の軍として記録に残っている。
記録によれば、この怒羅悟捨吾は物陰に隠れて気を拳に込め、
発射する時のみに物陰から出るという戦法を用いることにより、負傷すらしない戦が殆どであったようだ。
その様が「体が出ているようで隠れている」ように見えることから「出隠体」(でいんてい)と呼ばれ、そこから転じて現存する資料では
「怒羅悟捨吾 出隠体」(どらごすてあ でいんてい)と、ひとまとめで記されているものも少なくない。
また、怒羅悟捨吾を継承した、隋の時代の教官である「洩・部楠(えい・べくす)」は、成人して徴兵された者たちに怒羅悟捨吾を部下に継承した。
この出来事は隠守杯矢(いんすぱいや)と呼ばれており、意味は
「この奥義は、継承ではなくお前たちが編み出したものだ。隠し守っている杯の矢尻のように、心にしまっておけ」である。
つまり、洩は自らが継承「した」はずの奥義を我が物としてふんぞり返っていたのである。
953水先案名無い人:2006/01/13(金) 23:22:56 ID:Cjbn9mK00
現代日本で、「マイヤヒー マイヤフー マイヤホー マイヤハッハ」と歌う外国語の曲が空耳歌詞で人気を博し、
そのプロモーションビデオに2ちゃんねるのキャラクターを盗用しておきながら曲の輸入元のレコード会社が「インスパイヤ」と言い逃れたことは記憶に新しいが、
その起源がこの故事であることは明らかである。
戦争に用いられた武術を楽しげな物に作り変えてしまうとは、レコード会社の面々はなんと軽率かつ恥知らずなのだろう。
原曲「Dragostea din tei」を発表したo-zoneというグループは、失恋ソングとしてこの曲を発表した。この時点では少なくとも、楽しげな曲ではなかったはずだ。
レコード会社の面々には、少しは自分たちの犯した大罪を恥じてほしいものである。

民明書房刊「武術と現代歌謡曲〜踏み躙られていく過去〜」より抜粋
954水先案名無い人:2006/01/13(金) 23:49:54 ID:O3M2/y8Z0
955水先案名無い人:2006/01/14(土) 00:09:22 ID:U0NUDl3s0
956水先案名無い人:2006/01/14(土) 03:44:30 ID:Fwk3UIjY0
957水先案名無い人:2006/01/14(土) 07:08:46 ID:N94Tgfdf0
958水先案名無い人:2006/01/14(土) 08:32:20 ID:+MSf69Cm0
959水先案名無い人:2006/01/14(土) 10:39:12 ID:sT+RcvTU0
荒らしか?通報するか?
960水先案名無い人:2006/01/14(土) 12:37:37 ID:P6qohW010
この状況だと埋め立てっぽいな。
961水先案名無い人:2006/01/14(土) 16:02:30 ID:lvfky7FF0
次スレはいつ立てるの?
962水先案名無い人:2006/01/14(土) 16:49:42 ID:fXcS67rFO
980ぐらいでいいんじゃね?
963水先案名無い人:2006/01/14(土) 19:50:14 ID:/6Bqv5lr0
その前に容量オーバーになりそうな感じだけど
964水先案名無い人:2006/01/14(土) 21:35:18 ID:YcxrWKIr0
test
965水先案名無い人:2006/01/14(土) 23:09:11 ID:7i4hE2JC0
一番おもろしろかったのはどれですか?
966水先案名無い人:2006/01/14(土) 23:33:16 ID:91fbdV8z0
>>610がイカス
967水先案名無い人:2006/01/15(日) 00:01:28 ID:lvfky7FF0
個人的には>>659を。後から名前が付いてるとことか、地味に良い。
あと、あの元ネタが生活板で良い話に化けた>>745は気に入ってる。
968水先案名無い人:2006/01/15(日) 00:50:02 ID:lKZwUay90
トンファーキック

トンファーは元々は沖縄で伝わっていた武器であり、当然トンファーを使った格闘術も沖縄に存在する。
だがそれは、トンファーを振り回すのではなく、トンファーと己の拳や足を自在に使用した格闘術だ。
敵との戦闘のときに、トンファーを構えた状態にして敵の視線をトンファーに注目させ、
その隙に敵の腹部等に蹴りを打ち込む、トンファーキックは、トンファー格闘術の基本である。

トンファーは相手を叩くものではなく、相手を欺くものである。

民明書房刊「基礎から始めるトンファー」より
969水先案名無い人:2006/01/15(日) 05:19:10 ID:Isno68ex0
あ!
970水先案名無い人:2006/01/15(日) 10:27:09 ID:9gx22z/90
.
971水先案名無い人:2006/01/15(日) 22:10:03 ID:OeYCSj+W0
972水先案名無い人:2006/01/15(日) 22:16:19 ID:OeYCSj+W0
973水先案名無い人:2006/01/15(日) 23:56:18 ID:0+LFhpM/0
974水先案名無い人:2006/01/16(月) 17:02:25 ID:3oWkhnzR0
975水先案名無い人:2006/01/16(月) 21:28:00 ID:WtQ6gA4X0
976水先案名無い人:2006/01/17(火) 16:44:10 ID:U1Mfrtdy0
977水先案名無い人:2006/01/17(火) 20:59:25 ID:KZznt71k0
978水先案名無い人:2006/01/17(火) 21:59:47 ID:KZznt71k0
979水先案名無い人:2006/01/18(水) 17:53:43 ID:/8RFrFy80
980水先案名無い人:2006/01/18(水) 21:50:32 ID:6zn0RvAM0
残り20
981水先案名無い人:2006/01/19(木) 03:03:00 ID:tdbP4ayl0
982水先案名無い人:2006/01/19(木) 07:23:16 ID:M1doJ0vz0
.
983水先案名無い人:2006/01/19(木) 16:02:05 ID:2LGSTJ6e0
984水先案名無い人:2006/01/19(木) 21:05:58 ID:2LGSTJ6e0
985水先案名無い人:2006/01/20(金) 12:19:19 ID:ywWeyWAB0
test
986水先案名無い人:2006/01/20(金) 18:15:12 ID:rlT52Y7q0
987水先案名無い人:2006/01/20(金) 22:49:01 ID:JmiVVE5d0
'
988水先案名無い人:2006/01/21(土) 07:12:32 ID:wgOeD3tV0
0
989水先案名無い人:2006/01/21(土) 07:14:52 ID:cj1ZhPm+0
990水先案名無い人:2006/01/21(土) 07:29:05 ID:wgOeD3tV0
1
991水先案名無い人:2006/01/21(土) 07:38:09 ID:wgOeD3tV0
次スレ
民明書房刊 偉大なる奥義のガイドライン
http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/gline/1137796432/
992水先案名無い人:2006/01/21(土) 08:45:29 ID:Mky0JN6n0
993 :2006/01/21(土) 17:04:57 ID:w6OvNqp80
994水先案名無い人:2006/01/21(土) 17:08:07 ID:bNnl5eZP0
995水先案名無い人:2006/01/21(土) 20:01:32 ID:MRfeg6l/0
996水先案名無い人:2006/01/21(土) 22:01:18 ID:bNnl5eZP0
997水先案名無い人