最近はロビることもなく他の板を彷徨うことも多いのですがこんなスレがっ。
童話「首がもげたキリン」
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/lobby/1144417842/
ひげおやじさんのblogに一気読み用のものがあるのでそちらのほうがわかりやすいかと。
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童話「首がもげたキリン」
1 名前: 名無しさん 投稿日: 2006/04/07(金) 22:50:42 ID:JvKi03pC
ある朝キリンのアゾルカが目を覚ますと、目の前にキリンの足がありました。
(おや、寝惚けているのかな。起きたんだから首を起こさなくちゃ)
ところが、いくら力を入れても、視界が横に動くだけで、ちっとも首が上に
上がりません。ざわざわと地面の草が首を撫でてとてもむず痒いです。
(どうしたことだ。何かの病気かもしれない)
と、アゾルカは思いました。
そこへ、アゾルカの母キリンがやってきました。とても哀しげな目付きで
アゾルカを見下ろして、こう言いました。
「坊や、あなたの首はもげてしまったの。じきにあなたは「死」に捕らえられるわ。
キリンは首がもげたら死んでしまうの。私にはどうすることも
出来ないの。新しい子供を作るために旅立つわ。さようなら坊や」
そう言うと母キリンはアゾルカの首を置いて去ってしまいました。首のないアゾルカの
胴体は、母キリンを慕ってついていきます。母キリンははじめアゾルカの胴体を
追い払っていましたが、根負けしたのか、首がないとはいえ可愛い息子だからか、
一緒に連れていってしまい、アゾルカは首だけでひとりぼっちになってしまいました。
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(母さんがいなくなって、これから僕はどうしたらいいのだろう)
アゾルカは首をもぞもぞと動かしながら、とりあえず周りの草を食べてみました。
高い枝の葉を食べていた時と違って、晴れやかで楽しい気持ちがやってきません。
土が歯に挟まっても、取ることが出来ませんでした。喉が渇いたけれど、
首だけではとても水辺まで辿り着けそうにありません。アゾルカは泣きたくなりました。
そこへ、死んだクモを運んでいるアリの集団が通りかかりました。アゾルカはそれを
見て、(そうか、僕もああして運んでもらえばいいんだ)と思い、アリに頼んでみました。
「ねえ君たち、僕もそうやって運んでくれないか。池のほとりで降ろしてくれないか」
アリたちはケラケラと笑います。
「大きな坊や、残念だがあたしらじゃとても坊やを運べない。坊やがちゃんと
死んで、腐って崩れ落ちて、小さな肉の欠片になったら、運んでやらんこともない。
だけどその頃には、他の動物たちがあらかた坊やを食べ尽くしているだろうね」
と、一番賢そうな、大きな頭のアリが言いました。
「『ちゃんと死んで』ってどういうこと? 母さんも『死』について何か言っていた。
でも、僕にはそれが何かわからないんだ」
「分かってないから、そうして首だけになっても生きていられるんだろうね。
坊やは、お仲間のキリンや、シマウマやヌーなんかが、ライオンやチーターに
倒されるところを見たことはないのかい?」
「母さんは、近くで誰かが襲われると、僕の眼を塞いで、見せないようにして
くれていたんだ。残酷なんだって。子供は見ちゃいけないって」
「それは残念だったね坊や。君の母さんはとても優しい。だけどその優しさの
おかげで、坊やは大切なことを見ないで来てしまった。これからは、しっかり
眼を開けて世界を見るんだ。あらゆることから、決して眼を逸らしちゃいけないよ。
おじさんたちはもう行かなきゃいけない。小さな子供たちが待ってるんだ」
アゾルカと話している間にも、アリの行列はずんずん進んでいっていたのです。
「また会えるかな。僕はまだまだいっぱいおじさんに教えてもらいたいことがある気がするんだ」
「言ったろう。眼を開けて世界を見るんだ。おじさん以外にも、坊やにとって
大切な友達になってくれる動物は、まだまだいるかもしれない。それじゃあさよなら」
頭でっかちのアリは行列に戻ってしまいました。その頭のおかげで、他のアリとの
区別がつき、おじさんを見ていられるのが、アゾルカにはとても嬉しかったのですが、
おじさんの言葉を思い出して、少しよそ見をして草原を見渡し、それから視線をアリの
行列に戻すと、遠ざかっていく行列の中の頭の大小なんてもうわからなくなっていました。
やがて夜になりました。アゾルカは喉が渇き、お腹が減ったにもかかわらず、
眠くなってきました。「母さん、おやすみなさい」と言ってみました。勿論
アゾルカの母はどこにもいないのですが、そう言えば「おやすみ、坊や」と案外
近くから答えてくれるような気がしたからです。だけどどこからも優しい声は響いて
こなくて、アゾルカはそのまま眠りにつきました。
翌朝、アゾルカは口に触れた水の冷たさで眼を覚ましました。辺りの腐臭に
驚きました。いつの間にか、ハイエナの群れがアゾルカを囲んでいたのです。
水は、その中の一匹が口移しでアゾルカに与えたものでした。
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「気付いたようね」
「助けてくれてありがとう。僕はアゾルカ」
「ガジェットよ」
アゾルカはガジェットいうそのメスハイエナにいろんなことを話しました。
朝起きたら首がもげていたこと。母さんがアゾルカを置いていったこと。
寝ながら食べる草の味は立っている時と全然違ったこと。『死』というものを
を知りたがっていること。アリのおじさんから「眼を開いてよく世界を見ろ」と
言われたこと。でもどうしようもなく眠くなって眼を瞑って眠ってしまったこと。
そして眼を開けたらガジェットが目の前にいて、水を口移しで飲ませてくれたこと。
ガジェットは臭いこそ酷いものの、優しい笑顔で頷きながらアゾルカの話を
聞いてくれました。そして
「私たちは、あなたに『死』を教えてあげられるかもしれない」と言いました。
アゾルカは喜びました。わからないままでいたら、いつまでもこの不自由な首だけの
生活を続けなければならないと思っていたので、早く『死』を見つけて、
元の元気に草原を駆け回れる身体に戻りたかったのです。
ガジェットは自分たちのことをアゾルカに話し始めました。
両親はヌーの大群に返り討ちに合い、死んでしまったこと。幼い弟妹たちの
ために、ガジェットが一生懸命獲物を狩って、食べさせてやっていること。
だけどもうガジェットは疲れ切ってしまい、限界が近付いていたこと。
ちょうどその時、何日分もの食糧にもなりそうなキリンの首を見つけたこと。
その首にまだ息があるのに驚いたこと。食べきれない量の餌に急いで噛みついて
みすみす腐らせるのではなく、しばらく生かして、数日分の食糧とすることに
相談がまとまったこと。などを、その食糧そのものであるアゾルカに聞かせました。
アゾルカは、常に微笑を絶やさないガジェットの話し方をただ見ているだけで
何だか幸せになって、哀しい話にもかかわらず嬉しそうに聞いていましたが、
ガジェットのいう食糧というのが自分のことだと分かった時、顔が真っ青になりました。
「それじゃあ、僕は君たちに食べられるの」
「そうよ。そうして、あなたを全部食べてしまうと、あなたは無くなるの。
それが『死』ということだと私は思うわ」
「でも、食べられてしまっては、もう元の身体に戻れない。考えさせてくれないか」
「でも、実は」
ガジェットは顔を赤らめて、恥ずかしそうに言いました。
「もう、少し食べてしまったの。首の根元の方を」
アゾルカは驚いて、懸命に首を曲げて、首根っこを見てみました。僅かですが、
肉が少なくなっています。アゾルカとガジェットから少し離れたところで
無邪気にじゃれあっている幼いハイエナたちは、時折アゾルカの方を物欲しげに
見ています。
(起きている時に食べられると、きっとすごく痛いんだろうな)
アゾルカは思いました。でも目の前の優しいガジェットの顔を見ていたら
(でも、彼女らにだったら、食べられることもそう悪くはないかもしれない)
と思いました。
そうしてアゾルカは、なるべく少しずつ食べてもらうことを条件にして、
ガジェットたちに肉を提供することを承知しました。アゾルカは少しでも
長くガジェットの話を聞いていたかったのです。ガジェットも、苦労の多かった
生活に一息をついて、首だけのキリンと楽しく話をして過ごすのがとても
愉快でした。ガジェットはこれまでに倒した獲物の味や、ライオンに獲物を
横取りされた話や、目の前で家族が殺された話などをアゾルカに聞かせました。
アゾルカは、母さんに教えてもらった美味しい葉の見分け方や、美しい夕陽が
見られる場所や、一度だけ見た、途方もない首の長さを持った老キリンの話をしました。
そうしている間に、アゾルカの首は少しずつ食べられていきました。
アゾルカの為に、ガジェットはいつも口移しで水を飲ませてくれました。
アゾルカの肉は日毎に減っていきました。
「明日でもう、あなたのことを食べきってしまうかもしれません」
ガジェットは寂しそうに言いました。
「好きなひとたちに食べられるのだから、僕はとても嬉しいんだ。もっと
いろんな世界を見たい気もあったけど、ガジェットがたくさん話を聞かせて
くれたから、もう充分かもしれない。できれば、朝目覚める前に僕を食べきって
くれないか。起きて君の顔を見ていたら、まだ死んでしまいたくないと思って
しまいそうだから」
ガジェットは頷き、アゾルカの首をぺろぺろと丁寧に舐めた後、二匹は並んで
眠りにつきました。
(広い世界を見ることは出来なかったけれど、僕は幸せだった)
アゾルカはそう思いました。
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翌朝アゾルカはまだ目覚めることが出来ました。ガジェットと弟妹たちが
ひどく脅えているのが見えます。オスのライオンが一匹、ガジェットたちが
暮らしていた岩陰に入り込んできたのです。
「おまえたちを見なくなったからおかしいと思ったら、こんな所に隠れて、
こんなものを食ってやがったのか」
と、ライオンはアゾルカを蹴り転がしながらガジェットたちを脅しています。
「大人しく獲物をよこせば、俺も手荒なことをしないですむんだ」
よく見ると、ガジェットの弟妹のうち一匹が伸びています。きっとこの乱暴な
ライオンに弾き飛ばされたのでしょう。まだ息はあるらしく、ガジェットが
しきりに鼻先を舐めていました。
「やめてください。小さな子供たちに乱暴するなんて、百獣の王がすることじゃ
ないですよ」とアゾルカは言いました。
ライオンは、足下の首だけキリンが突然口をきいたのに驚きましたが、すぐに威厳を
取り戻して、
「死に損ないが偉そうなことを言うな。何も穏やかに話し合いをしなくたって、
こいつら全部噛み殺してしまうことだって出来るんだ。ただ、ハイエナの肉なんて
不味くて食えたもんじゃないから、代わりにお前を持っていこうとしただけだ。
それをあのチビが突っかかってきやがるし、そのメスもお前を渡そうとしない。
どうやらお前の為に、こいつらを皆殺しにしなけりゃならないようだ」
アゾルカは胸が締め付けらる想いでした。もっとも、胸なんてとっくにないのですが。
(もう一日早く僕がガジェットたちに食べられていたら、こんなことにはならなかったのに)
「ライオンさん、僕を食べてください。だからガジェットたちを傷付け
ないでください。どこかへ行った僕の身体が見つかったら、それも食べてしまって構わない」
「何を偉そうに」とライオンは言いましたが、素直に食べられる気持ちになっている
アゾルカと、敵意を向けるハイエナの群れとを見比べると、アゾルカを咥えて
岩陰から出て行きました。
ガジェットはうらめしそうにライオンを眺めていましたが、やがて諦めて、
新しい獲物を探しに行くのでした。
ライオンはアゾルカを咥えてしばらく歩くと、アゾルカを降ろし、フーっと溜息を
つきました。先ほどガジェットたちを脅していたのと同じ動物とは思えないくらい、
弱々しく、頼りない姿の、老いぼれたライオンの姿が現れました。
「ライオンさん、どうしたんですか」
「俺の名前はドレン。百獣の王なんて言葉からはほど遠い、人の獲物をかすめ取らなきゃ
生きていけん、情けない老ライオンさ」
アゾルカは驚きました。凶悪な面構えが今は一変して、日向ぼっこが似合いそうな
優しい顔を見せているのです。
「ドレンさん、どうしてさっきはあんなに酷いことをしていたんです」
「俺は昔から狩りが下手でな。まともに餌にありつけなくて、群れからも
追い出された。そんな俺でも、見掛けがライオンだというだけで、ハイエナたちは
獲物を譲ってくれるんだ」
「ハイエナが、苦労してやっとの想いで手に入れた獲物を?」
アゾルカは心底驚きました。ライオンといえば、狩りの名手で、みんなの
手本となるような、王者の名にふさわしい立派な動物だと思っていたからです。
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「そうさ。ガジェットとかいったな、あいつの両親がヌーの群れに突き殺された時、
俺は何日も悲しんだ。俺に何度も獲物を譲ってくれた、優しい奴らだった。だから、
娘たちはその後どうしてるのかと心配で追いかけてきた。しかしいざ見つけてみると、
おまえが眼に入って、途端に腹が減っていることを思いだした。脅したりしたくは
なかったんだが、空腹だけはどうしようもない」
「小さな子供に手をかけることはなかったのに!」
「手加減はしたさ。小さすぎて、まだよくわかっていなかったんだろう。俺が
軽くあしらっただけで、あいつらには致命傷になりかねないことを知らなかったんだ。
死んではいないさ。多分な」
アゾルカはこのドレンというライオンのいうことが、分かるような気も、
分からないような気もしました。本当はドレンだって、獲物を横取りしたり、
他の動物を傷付けたりはしたくないようなのです。だけど腹が減っては
どうしようもないと言います。アゾルカはこれまで、母親やガジェットに
助けられてものを食べていたので、空腹の本当の辛さを知らなかったのです。
「本当はあいつら全員でかかってこられたら、俺だって危ないかもしれない。
何とかあいつらを全員噛み殺すことが出来ても、こちらも眼を潰されたり、
腹の皮を破られたりするだろう。だから俺はあいつらを無理やり獲って食おうとは
しないし、あいつらも本気で抵抗したりはしないんだ」
「でも、今よりずっとずっとお腹が空いたら?」
「その時は、争いで出来た怪我が元で翌日死ぬとしても、その日生きるために
あいつらを襲うかもしれないな」
「聞いていると、生きるってとても大変なことみたいだね。僕はずっと
『死』を理解したくて、それで悩んでいたのに」
「そんなことも知らなかったのか。どうやらお前は、さっきのハイエナの
ガキなんかより、ずっとずっと子供みたいだな」
ドレンは何だかとても嬉しそうに笑いました。笑うと皺でくちゃくちゃに
なって、とても恐がることなんて出来そうにない顔になるのです。
ドレンはアゾルカに、群れを持てないライオンのみじめさを教えてくれました。
メスを求めて群れに近付いても、力強いボスライオンに脅されて逃げるしかありません。
まだ若い頃、近付いた群れの中に、ドレンの母ライオンを見つけたことがありました。
その時ばかりは、ボスライオンに、威嚇だけでなく爪で傷付けられても、母ライオンの
方に向かっていったのですが、母ライオンはドレンには気付くことなく、新しい子供に
乳をやっていました。涙を流しながら、深い傷を負って命からがら逃げ出した
ドレンは、もう二度とライオンの群れになんか近付かないと心に決めました。
だけど、少し時間が経つと、吸い寄せられるようにまた群れに寄っていって
しまいます。メスのライオンと触れ合いたいのもありますし、いつも返り討ちに
あおうとも、ボスライオンと戦うことが楽しくもあったのです。
「ここでこいつに殺されても本望だ、と思うことが何度もあったよ。その方が
楽だしな。でも、はぐれライオンなんかに情けをかける奴はいないから、
最後には俺を嘲笑いながら逃がすんだ」
ドレンは遠い眼をして言います。
「それは、ボスライオンたちはみんな優しかったからじゃないのかな」
「そうかもしれんな。だが、優しさが相手を傷付けることだってある」
そう言うドレンは、アゾルカの言葉に何か傷付いたようにも見えました。
「それより、腹が減った。悪いが、お前を食うぞ」
ドレンは、アゾルカの耳の間にある、2本の角をぽきりと折って食べ始めました。
「僕は、美味しい?」アゾルカは聞きました。
「俺がもっと狩りが上手くて、腹が今ほど減ってなくて、ヘビでもネズミでも
今すぐ捕まえることが出来るのなら、ほっぽり出してしまいたいくらいの味なんだ
ろうな。だが、もう腹がぺこぺこでスカスカで、肉食のプライドを捨てて木の根まで
食べてしまいたいような今では、お前のようなものでも、美味しく感じるんだ」
「何であれ、美味しく食べられることは嬉しいよ」
アゾルカはそう言って笑うと、ドレンはアゾルカの頭を優しく撫でてくれました。
それは健気なアゾルカを誉めるようにも、次はどこを食べようかと探っている
ようにも見えました。
「最後まで話を聞いていたいから、耳はとっておいてよ」とアゾルカは言いました。
その時、プシュっという音がしたと思ったら、ドレンはゆっくりと地面に倒れてしまいました。
「やったぞ」
遠くから3人の人間がやってきます。ドレンはぴくりとも動きません。
「ドレンさん、どうしたの? 何故動かないの? あいつらは何?」
ドレンは答えてはくれません。
「かなり弱ってるなこいつは。売り飛ばせる代物じゃないぞ」
「働けないなら働けないで使い道はあるさ。中身を抜いて詰め物をすれば、
充分立派に見えて、飾り物になる」
「麻酔銃なのに、ショックでもうくたばっちまったかもしれん」
「とにかく運ぼう」
もの言わなくなったドレンを、人間たちは網や車を用いて運んでいきました。
アゾルカは人間を見るのが初めてだったので、ドレンが突然動かなくなった
ことと合わせて、あれが『死』なのかなと思いました。人間たちは
草に隠れているアゾルカを見ることなく行ってしまいました。
『死』にまた捕まえられ損なったのだとアゾルカは思いました。
そうしてアゾルカはひとりぼっちになってしまいました。
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アゾルカは母親に話し掛けました。だけど母親はもういません。
アゾルカは頭でっかちのアリに話し掛けました。どこにもアリの姿はありません。
アゾルカはガジェットに話し掛けました。ガジェットの臭いは届いて来ません。
アゾルカはドレンに話し掛けました。アゾルカを噛む鋭い牙は光っていません。
アゾルカはとてもとても寂しくなりました。
アゾルカはみんなに会いたいと思いました。でももう首もかなり短くなって、
角もなくなって、ほとんど動けないので、誰に会いに行くことも出来ません。
誰でもいいから、話をしたいなあ。食べられてもいいから、誰か近くに
来てくれないかなあ、とアゾルカは思いました。もっと自由に動けていた時に、
いろんなところを駆けて、いろんな動物と友達になっておけば良かったなと思いました。
ハイエナやライオンに近付くのは、きっと母親が止めていたでしょうが。
アゾルカの眼から涙が落ちました。アゾルカは舌を伸ばしてそれを舐めとろうと
したのですが、あと少しのところで届かず、そのことで悲しくなってまた涙を
流し、また舌を伸ばしたりしているうちに疲れてきて、眠り込みました。
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アゾルカは顔に何か当たるのを感じて眼を覚ましました。
それは、細くて長くて赤い舌でした。目の前に大きなヘビがいました。
「おはよう!」アゾルカはとても嬉しくなって元気よく言いました。
「やあおはよう。おまえはまだ生きてるんだな。そうすると毒を使った方がいいのかな」
「毒だって! そんなもの使わなくたって、僕は身動き出来ないよ。
君はヘビだね。ガジェットに聞いたことがあるよ。細くて長くて、牙から出す
毒で相手を動けなくするんだってね」
「首だけ角なしのキリンのくせに物知りだな」
「うん、母さんといる時は、地面に君みたいな動物がいるなんて考えた
こともなかったけれど、首だけになってから、いろんなものが見えてきたんだ」
「あちこちかじられてるようだが」
「ガジェットっていうハイエナや、ドレンさんっていうライオンに食べられたんだ。
ねえヘビさん、君の名前を教えて。それで、僕を食べるのなら、その前にいろんな
話を聞かせておくれ。耳は最後に残しておいておくれ」
「優しい相手ばかりに出会ってきたんだな。だが俺はもう何週間も餌にありついて
いないから、おまえの相手をしている余裕はないんだ」
そういうと、ヘビは大きな口を開けて、アゾルカを一口で飲み込みました。
「悪いがこれでもうお前とは話を出来ないな」
「じゃあ僕は、飲み込まれながら話をする初めてのキリンになるよ!」とアゾルカは
ヘビの腹の中から言いました。
ヘビは思わず笑いそうになりましたが、お腹がパンパンに張って、身動きがとれなく
なって、うまく笑うことが出来ませんでした。
アゾルカはパンパンに張って薄くなったヘビの腹の皮の中から、もう二度と
出ることのない外の世界を眺めました。暑さでゆらめく大気の中から、
見覚えのある姿がこっちに近付いて来るのが見えました。
「ガジェットだ! ヘビのおじさん、僕の友達がこっちに来るよ!」
ヘビは慌てました。何しろアゾルカを飲み込んだおかげで、お腹が重くて
ろくに動けないのです。ガジェットの姿をヘビも認めました。ハイエナは
ヘビだって食べます。お腹の中の獲物だって食べ尽くされるでしょう。
ヘビはむざむざ自分がハイエナに食べられることよりも、久し振りにありついた
獲物を見知らぬ相手に取られてしまうことが悔しくてなりませんでした。
「よお、腹の中の坊や。あのハイエナがお前の友達だっていうのなら、
ここから立ち去るように言ってくれないか。それか、少し黙って、隠れる
手伝いをしてくれないか」
しかし、ヘビの腹の中でアゾルカの耳はもう溶けてしまっていて、ヘビの声は
アゾルカには届きませんでした。
「ガジェット! 会いたかったよ、ドレンさんも悪い人じゃなかったよ。
君のことを心配していたんだ。でも変な連中に連れ去られてしまった。
僕はここだよ! ヘビさんの腹の中さ!」
ガジェットはかすかに聞こえる聞き覚えのある声に首を傾げ、アゾルカの
臭いがするのに気付きました。ヘビは早くアゾルカを消化したくて、
いきんだりむくれたりしてみるのですが、口からアゾルカの臭いが洩れて
行くのはどうしようもありませんでした。
アゾルカはもう眼も口も溶けて見えなくなる前に、ガジェットがこちらに
向けて走ってくるのが見えました。
(僕はもう話が出来ないみたいだけど、ガジェットはきっとヘビのおじさんと
友達になって、僕の話をしてくれるだろう。僕はこのまま全部溶けて無くなって、
『死』にようやく捕らえられても、誰かが僕のことを思い出してくれるのなら、
それだけでもこれまで生きてた甲斐はある気がする)
そうしてアゾルカの意識は途切れました。
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気がつくとアゾルカはガジェットとその弟妹たちがヘビをむさぼり食っているのを
眺めていました。当然ヘビの腹の中のアゾルカも一緒に食べられていました。
(おや、どうして僕は、僕が食べられているのを、少し離れた場所からこうして
眺めていられるのだろう)
よく見るとアゾルカの横には、もうお腹の膨らんでいないヘビがいて、「ちくしょう、
ちくしょう」と喚いていました。よく見るとヘビの身体は透けていて、その先の
草原が見えています。
「おじさんどうしたの、身体が透けてるよ」とアゾルカが言うと、
「何言いやがる、おまえもだろ。俺たちは食われて、死んじまったんだよ」
言われてみると、確かにアゾルカの足もお腹も透けています。
足? お腹? そうです。アゾルカはもう首だけではなくなって、
以前と同じように、しっかりと五体揃って大地に立っているのでした。
「首がもげる前に戻ってるよ! すごいやおじさん、『死』ってこんなに
素晴らしいことだったんだね。でも身体が透けてるのはどうしたらいいの?」
しかしヘビはアゾルカに哀れみの眼を向けて首を振りました。
「そんなものとは、すぐにさよならだ」
とヘビが言った途端、背後から巨大なキリンの首が伸びてきて、ヘビを
咥えてあっさりと飲み込んでしまいました。
アゾルカがいつか見たことのある、首がとても長い老キリンなんかとは
比べものにならない、アゾルカの10倍はありそうなキリンが、ヘビを
飲み込んだ首を鳴らしながらアゾルカに笑いかけました。
「やあ、アゾルカ。私が『死』と呼ばれているものだ」
巨大キリンの出現に脅えているのはアゾルカだけで、ガジェットたちは
ぴちゃぴちゃとアゾルカとヘビの死骸を食べていて、アゾルカたちの
ことは全く見えていないようでした。
「『死』の正体は、僕らと同じキリンだったの…?」
「いいやアゾルカ。お前には自分と同族のキリンに見えているだけで、さっき
飲み込んだヘビには、巨大なヘビに見えていただろうな」
「どうして僕の名前を知ってるの?」
「お前の母親に頼まれていたからだ。『あの子は『死』を理解していません。
首だけになって草原を彷徨っていることでしょう。早く見つけて飲み込んで
やってください』ってな」
「母さんと会ったんですか」
「ああ、行き倒れていた。もう飲み込んだぞ」
アゾルカは、母親が『死』に飲み込まれたことを聞いて悲しむよりも先に、
母親が最後まで自分のことを気にかけてくれていたことで嬉しくなりました。
思わずそのことをガジェットに話してみたくなって、アゾルカの首を食べている
ガジェットたちの方を振り向いたのだけれど、何だかさっきよりもずっとずっと
遠くの方に行ってしまったように見え、もうあそこには二度と戻れないのだと
いうことが直感で分かりました。
「もっとガジェットと話していたかったのに、もう無理なんだね」
アゾルカは『死』の暗くて深い眼を見つめて言いました。身体が震えて仕方
ありません。怖いのでした。恐ろしいのでした。自分が消えて無くなって
しまうのが突然嫌になったのでした。透けてあやふやになったアゾルカの身体は、
震えると煙のようにゆらめいて、少しずつ霧となってばらばらになっていく
ようでした。
「あのハイエナとも、おまえの母親とも、ドレンというライオンとも、おまえを
飲み込んだヘビとも、もうおまえは会うことも話すことも出来ない。死ぬとはそういうことだ」
「ドレンさんとも会ったの?」
「ああ」
アゾルカはそれが何を意味するか分かってしまったので、ドレンについてはそれ
以上尋ねませんでした。
アゾルカは逃げ出したくなって、久し振りに得た足で駆け出そうとしました。
だけどちっとも大地を蹴ることが出来ず、その場で空回りするだけで、前へ
進むことも、飛び上がることも出来ませんでした。悪い夢の中にいるようでした。
「逃げられるもんかね」『死』は笑いながら言いました。
アゾルカも冗談に紛らわせたくて笑おうとするのですが、うまく笑えません。
「生き直すことが出来たら、もっといろんな人と話をするのになあ。いろんな
ところへ行って、毎日夕焼けや朝焼けを眺めて楽しむのになあ」
アゾルカは、失ってしまった『生』が、ようやくかげがえのないものだと気付きました。
「好きなように、いつだって自分の思い通りに生きているやつなんていないのだよ」
『死』がそう言うと、アゾルカは少し慰められました。
アゾルカが首だけでなかったら、ガジェットやドレンたちとあんな風に話が出来たでしょうか。
首だけになってからアゾルカが見たことや聞いたことと、首がもげずに生きて
いられたら見れたことと、どちらが素晴らしいものだったかは確かめる術は
ありません。それなら、今まで自分が生きてきた道のりこそ最上のもので
あったと、せめてそう信じてアゾルカは死んでいきたいと思いました。
アゾルカが覚悟を決めたのを見ると、『死』はアゾルカを優しく包み込むように
くわえ、飲み込みました。アゾルカは飲み込まれながら「また、会えるかな…」
と思いました。誰に会いたいのかということを考える前に、アゾルカは消えて
なくなってしまいました。
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『死』はアゾルカを飲み込んだ後も忙しそうに、巨大なハゲタカになったり、
巨大なクジラになったり、巨大な人間になったりしながら、ありとあらゆる
ところで死んでいく生き物たちを飲み込んでは走り、飲み込んでは走りました。
「おまえたちと同じ名前の者はいつか生まれるかもしれん。同じ姿かたちのものが
草原を走るかもしれん。同じ性格のものが海を泳ぐかもしれん。しかしそれらは
おまえたちと同じものではない。別物の『生』であり、『死』に行き着くまでの
違う道のりを辿る、新しい物語だ」
『死』は誰にともなく言いました。本当は『死』もいつか誰かに飲み込んで
もらいたいと思っているのかもしれません。
走りながら『死』はいたるところに糞を撒き散らしました。糞は様々な生き物に
形を変え、世界中の母親たちの腹の中に向かい、新しい命へと生まれ変わりました。
その命は、アゾルカに似た名前で、似た性格で、キリンであったりするかも
しれません。あるいは人間であって、同じ人間のガジェットという少女と恋を
するようになるかもしれません。ガジェットをデートに誘おうとして、ガジェットの
父親にどやされるかもしれません。その父親はドレンという名前かもしれません。
だけどそれは別のお話。アゾルカたちに似ているものたちの物語です。
『死』を知らなかったアゾルカというキリンの物語はここでおしまいです。
なぜなら、もうすぐそこまで、このお話を飲み込もうとしているものが
来ているからです。これまでアゾルカのことを書いてきた作者の私もまた、
アゾルカと同じように「また、会えるかな…」と言いながら消えていくことに
しましょう。会いたいのは、アゾルカやガジェットやドレンや、頭でっかちの
アリや、欲の深いヘビや、『死』だったり、あるいはこのお話を読んでくれた
人たちかもしれません。
それじゃあ、また……。