次々と通説を打ち砕く鈴木真哉・藤本正行について 4

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1人間七七四年
どこまで信じられるのか。

騎馬隊は存在しない
長篠鉄砲三千挺はない
桶狭間は奇襲ではない
刀は単なる飾り
飛び道具こそ全て
武功夜話は偽書
徳川御用史観は嘘だらけ

●過去ログ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1109562623/
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1169131109/
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1222456299/l50
2人間七七四年:2010/10/13(水) 20:09:56 ID:2SFNFVJv
日本史板の旧スレ

鈴木眞哉史観を疑う
http://mimizun.com/log/2ch/history/1169129287/
鈴木眞哉史観を疑う 弐太刀目
http://mimizun.com/log/2ch/history/1258360008/
3人間七七四年:2010/10/13(水) 20:21:17 ID:2SFNFVJv
次々と通説を打ち砕く 鈴木真哉・藤本正行 について
http://mimizun.com/log/2ch/history/1109562623/
次々と通説を打ち砕く鈴木真哉・藤本正行について 2
http://mimizun.com/log/2ch/sengoku/1169131109/

雑賀衆・根来衆
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156845840/l50
戦国史の研究者を語る
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1210510597/l50
静岡大学教授小和田哲男氏について
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1160246355/l50
武功夜話は偽書?
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1169263287/l50
【川並衆】前野・蜂須賀を語るスレ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1166443371/l50
4人間七七四年:2010/10/13(水) 20:30:59 ID:2SFNFVJv
戦国時代の馬はポニーサイズ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156992018/l50
戦国時代における騎馬武者の実像とは
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1245948808/l50
日本刀
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1241791739/l50
日本の戦国時代 合戦の虚像と真実
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150781368/l50
5人間七七四年:2010/10/13(水) 20:42:04 ID:yAj0d7Zr
>>1
今さらだがテンプレおかしいぞ。
鈴木はこの3つは言ってない。極端に解釈しすぎ。
・騎馬隊は存在しない
・刀は単なる飾り
・飛び道具こそ全て
6人間七七四年:2010/10/13(水) 20:50:06 ID:2SFNFVJv
あまり考えずにコピペしてしまったw

確かに言ってないんだよな。刀は首取りの道具とかいう割には使用は否定してないし、
脇差だの馬手差だのの説明でこちらがまさに首取りの道具だと説明してるし。
7人間七七四年:2010/10/13(水) 20:54:41 ID:2SFNFVJv
でも、飛び道具こそ全てに近いことは言ってなかったっけ?『刀と首取り』に
飛び道具だけでも殲滅は可能だが、日本では首取りの習慣があったおかげで
刀が使われた、みたいな記述があったような。
8人間七七四年:2010/10/13(水) 21:01:58 ID:/ugXmvga
首取りの慣習なんて日本に限った話じゃないのになあ
9人間七七四年:2010/10/13(水) 21:11:53 ID:yAj0d7Zr
「飛び道具だけでも殲滅は可能だが、日本では首取りの習慣があったおかげで
刀が使われた、みたいな記述」は確かに言ってる。
一方で、鑓はもちろん、薙刀や大太刀・長巻が戦場で重視されたことは鈴木も何度も書いてるよ。
10人間七七四年:2010/10/13(水) 21:45:49 ID:Gn9o5FJg
極論を好む連中は、革命の快感というか、
今まで通説の地位にあったものが途端に否定される快感を感じているんじゃないだろうか
イギリスの保守思想家に言わせれば、それは思慮深さ、慎重さをかなぐりすてた幼児退行なのだ、とでもいいそうだが
11人間七七四年:2010/10/14(木) 09:49:12 ID:bwxF3gue
>>10
あの世代には多いな。大変気持ち悪い考え方だが。
12人間七七四年:2010/10/14(木) 13:15:06 ID:T3GYuyCe
実際飛び道具だけで殲滅は可能なんですか?
13人間七七四年:2010/10/14(木) 14:43:00 ID:2XVEv1ei
太平記で赤松則祐が「矢軍許にては勝負を決すまじかり」と言うように、掻楯を並べた軍勢を飛び道具だけで相手を引かせるのは難しいだろう。
14人間七七四年:2010/10/14(木) 17:12:25 ID:VNWaa3Bu
平安時代や源平合戦では弓矢で殲滅した例がある。
とはいえ軍記物の記述だけどね。

伊達政宗は2回ほど鉄砲で殲滅やってる。
輝宗と大坂の陣の神保隊。

伊達軍は戦闘要員の2/3に鉄砲を持たせるほど火力重視だったから、
鉄砲や弓矢が多ければ普通に可能だったんじゃないか。
ただ、戦国時代の一般の軍隊のように弓鉄砲が少ないと難しいんじゃね。
15人間七七四年:2010/10/14(木) 18:46:11 ID:dPGkUESR
有効射程は弓のが長いけど、矢は刺さるように作られた鏃が刺さるのに対して
鉄砲は玉の当たった箇所を破壊するから、鉄砲のみで殲滅可能だとしても
弓矢のみは無理でしょ
16人間七七四年:2010/10/14(木) 19:22:42 ID:qEsWVK8J
>>14
それ伊達へのきついブラックジョークだろw
輝宗は二本松の少数の手勢、神保も数百人程度を数千の鉄砲でしかも同士討ちじゃんw
17人間七七四年:2010/10/15(金) 00:00:56 ID:Itu5xKOP
近代戦争から想像してみる。
第一次世界大戦にダイナマイトがなかったら、あの兵器がなかったら、これもなかったら、
などど考えてみれば、飛び道具だけで勝負がつくのはレアケースだと思えてくる。
18人間七七四年:2010/10/15(金) 01:42:50 ID:ZsR5lMgh
小銃弾は1発当たれば戦闘不能になるけど
矢は急所に刺さらなきゃ数本なら戦えるから同じ括りにするのは無理がある
19人間七七四年:2010/10/15(金) 01:58:46 ID:eqlHbAfI
> 矢は急所に刺さらなきゃ数本なら戦えるから同じ括りにするのは無理がある

そんな猛者はごく一部だってw
普通の足軽や武士は、腕や肩に矢が刺されば弓は引けないし、鑓や刀を振り回す力もガタ落ち。
足に刺さったら歩けない。
そして、さっさと血止めしないと出血多量で死にます。
戦場ではただでさえ足や腕に血液が集まるんだから。

そう考えると死者よりも負傷者を沢山出す弓矢は
むしろ鉄砲より敵の頭数に損害を与えてくれる優れものだったのかもしれん。
20人間七七四年:2010/10/15(金) 02:37:31 ID:gozXdJKz
久々にいかにも鈴木信者らしいのが来たなw
21人間七七四年:2010/10/15(金) 03:14:53 ID:yBcYpSpO
ずいぶん頑強らしい>>18に、矢を数本射てみて検証すればいいジャマイカw
22人間七七四年:2010/10/15(金) 07:23:07 ID:8xYC4ECc
一つの軍忠状で矢疵が複数報告される例もあるしな。
23人間七七四年:2010/10/15(金) 15:14:07 ID:gozXdJKz
流石弓矢大好き鈴木儲
矢と鉄砲玉の威力を同等扱いとかねーよw
24人間七七四年:2010/10/15(金) 17:52:26 ID:z200wcyW
藤本の新刊【本能寺の変】の是非に及ばずの考察が無駄に長い。
25人間七七四年:2010/10/15(金) 17:56:24 ID:eOrHffDp
小和田涙目
26人間七七四年:2010/10/15(金) 18:13:05 ID:ZsR5lMgh
>>19
鈴木の大好きな雑兵物語でも、矢が刺さったまま戦う描写が何ヵ所かある
27人間七七四年:2010/10/15(金) 19:33:15 ID:9BCGL9Er
矢傷といっても鎧を介して刺さるとか、裂傷とか色々だしねえ。
軍忠状で報告されるのは矢傷が多いってのは矢傷が必ずしも致命的でなかったことを
意味するわけだし。
28人間七七四年:2010/10/15(金) 21:44:41 ID:xC7wApj/
>>21
さすがに矢は可哀相だからダーツの的にするくらいで
29人間七七四年:2010/10/15(金) 23:58:49 ID:gozXdJKz
>>28
じゃあオマエは1発で許してやるから拳銃弾で撃たれる役な
30人間七七四年:2010/10/16(土) 00:05:04 ID:bSXqVZk4
確かに弓矢じゃちょっとかわいそうだから
>>18>>29を的にダーツやってみたいな
「何本目に泣き入れるかな〜」ってw
31人間七七四年:2010/10/16(土) 03:57:50 ID:S9vhJCEZ
はい、鈴木信者逃亡w
32人間七七四年:2010/10/16(土) 05:33:08 ID:4TLOmxtp
>>24
結局結論出せずに冗長な駄文でお茶濁し
33人間七七四年:2010/10/16(土) 09:38:55 ID:R6kJ8JQl
>>24
そもそも、本当に信長が「是非に及ばず」と言ったかは不明で、
実際にそう言ったかもしれないが、牛一は上様ならそう言ったであろうと
思い、記しただけだろうね。
だそれが殊更インパクトをもって世間に受け止められているのは事実。

黒幕説の否定者は他にも多くおり、それでしか独自の主張ができないと考え
空回りしちゃったんだろうね。
34人間七七四年:2010/10/16(土) 12:11:42 ID:AE0JRF61
↑こいつ無知
35人間七七四年:2010/10/16(土) 12:12:54 ID:4TLOmxtp
↑お前より遥かにマシ
36人間七七四年:2010/10/16(土) 21:58:33 ID:Grr3p4J+
本能寺から女をはじめ複数の生き残りがいる。
彼女たちの証言と考えるのが妥当。
37人間七七四年:2010/10/16(土) 22:59:34 ID:R6kJ8JQl
牛一も、結構、所望者へのサービスで記事を改変したりしているから妄信的絶対視はできないんだよね。
38人間七七四年:2010/10/16(土) 23:06:18 ID:bSXqVZk4
信長公記を読んでみたところ
1/3は本当にあったこと
1/3はにたようなことがあった
1/3は作り話

大久保彦左衛門
39人間七七四年:2010/10/16(土) 23:13:14 ID:AE0JRF61
彦左が言ってるの甫庵の方のだろw
40人間七七四年:2010/10/16(土) 23:33:07 ID:krPXc8/s
彦左の言う『信長記』が甫庵本のことを指してるかどうかはいまだに異論もあるんだよね
41人間七七四年:2010/10/16(土) 23:54:08 ID:S9vhJCEZ
ふつうに太田牛一著の方でしょ、該当する部分あるし
42人間七七四年:2010/10/17(日) 04:09:54 ID:D805dn9q
と思って甫庵の方も読んだけど酷いなw
大久保の爺さんが批評してるのは甫庵の方で確定だわw
43人間七七四年:2010/10/17(日) 09:46:46 ID:O4v0a1PA
甫庵本に1/3も真実が書いてあるのかw
44人間七七四年:2010/10/17(日) 09:51:18 ID:rzKMHEXp
そりゃぁ原作は牛一だもの。
45人間七七四年:2010/10/17(日) 16:55:58 ID:Ia5RarqY
つーか彦左もあまり人のことは言えん気が
46人間七七四年:2010/10/18(月) 21:51:29 ID:yJa7Pr0K
彦佐が賢いのは、一心太助のお話しの中だけだろ。
47人間七七四年:2010/10/21(木) 01:04:05 ID:BCt24xNt
藤本正行の新刊「本能寺の変」。
本屋でざっと立ち読みしてワロタ。
論外の駄作。バカか、こいつは。
光秀の単独犯行っていう見解は笑止千万だし、その根拠が表面的な歴史事象だとさ。
そんなら、それを根拠に秀吉黒幕説とか、何だってこじ付け可能だ。
穴ぼこだらけでフルボッコの論破できるトコ満載の超駄作。
このバカ、自分がいかにバカかを世間に知らしめるために、この本書いたとしか思えん。
金出して買う価値ゼロ。
紙の無駄だ。アホらしー。
48人間七七四年:2010/10/21(木) 01:52:02 ID:mU4JeWO2
お疲れさま
49人間七七四年:2010/10/21(木) 02:45:16 ID:4a1ecNQo
光秀の単独犯行だろ?村重ちゃんも単独反抗だし
信行(正しくは何だっけ?)も単独反抗、爆死も単独犯行
共同して動いたのって浅井長政くらいじゃないの?
50人間七七四年:2010/10/21(木) 06:37:13 ID:Lj11e7lt
擁護してるみたいな言い草になるが(擁護してるのかな)

鈴木藤本を盲信しろと言われても困るが、
武田騎馬突撃とか三千丁三段撃ちとかを信じろと言われても困る。
戦場でヨロイ武者が日本刀でチャンバラしてたと言われても困るし。
その辺はちゃんと区別しないと逆に「俗説フィクション盲信者」と言われそうだ。

彼らの書く本ってのは上記の事を「もう知ってるよw」という人間相手というより
ドラマや小説しか知らずにナチュラルに上記の事信じてる人間にショックを与える
目的でかなりどぎつい書き方をしてるってとこもあるんじゃないの。

あと「0だ」って言ってるわけじゃなくて「統計的に稀」っていってるんで
それはまあそうだろうなあ、とは思う。戦場での経験は特殊事例が印象深く
記録に残るけど、ほとんどはしけた日常の延長なんだろうと。
51人間七七四年:2010/10/21(木) 06:52:15 ID:usmv0ssw
俗説を否定する為に別の極論を持ち出すのは本末転倒なんだよ。
第一、刀「も」使ってたというのは史料に有るわけだしな。

あえてどぎつい書き方をしてる…なんて両氏が言ってたっけ?
そして「統計的に稀」ということを主張する為の根拠は軍忠状なわけだが
それを以て「日本人は遠戦志向」だという根拠にならないことはこのスレや関連スレで何度も言われてる。
そして対象とする時代の長さと地域の広さに比してサンプルが少ない。
52人間七七四年:2010/10/21(木) 07:47:17 ID:DpifEo1g
「日本には首取りの習慣があったので」という前提をつけてややこしくしてるが
戦場の死因の多くは刀ってのが鈴木説にある。

矢疵が統計で多いということは、矢疵だけでは生存率が高いことも意味する。
その負傷者を逃がさないために肉薄しての白兵戦が必要になるわけで。
53人間七七四年:2010/10/21(木) 07:59:37 ID:eePJtMfc
>>50
こう言う事をしたり顔で言う奴もイメージだけで語ってるよな。
54人間七七四年:2010/10/21(木) 08:57:21 ID:BCt24xNt
>>49
村重:毛利側からの誘降
信行:国人衆からの突き上げ
久秀:謙信の西進
ところで浅井長政って誰と共同して動いたんだ?
具体名出せ
55人間七七四年:2010/10/21(木) 11:08:19 ID:XR2PupQz
藤本氏は専門の研究者とも交流が深いよね
56人間七七四年:2010/10/21(木) 11:34:05 ID:eePJtMfc
>>47
で、お前の説は何なの?
57人間七七四年:2010/10/21(木) 13:40:04 ID:BCt24xNt
>>56
朝廷(帝)黒幕説
で、お前の説は何なの?
表明できんか。なら俺の意見にケチつけんじゃねぇぞ


58人間七七四年:2010/10/21(木) 14:08:56 ID:8syydeuQ
ちょっと伸びてると思って発端の>>47を見て愕然
マトモな人間はこんな文章書かないよ
59人間七七四年:2010/10/21(木) 14:32:55 ID:BCt24xNt
歴史的論争しても負けるから、文体に言いがかりかよ。
いかにも頭が空っぽな御仁らしい姑息な抵抗だ。
60人間七七四年:2010/10/21(木) 15:03:13 ID:plV6bcwj
毛利側からの誘降:つまり単独犯行
国人衆からの突き上げ:つまり単独犯行
謙信の西進:つまり単独犯行
浅井長政のみ朝倉家との共同反抗
61人間七七四年:2010/10/21(木) 15:13:04 ID:hJQec6XK
>>59
まーとりあえず中古でもいいから本を買って
藤本のここがおかしいと論破してみたらどうだ?
みんな納得するかもよ。
62人間七七四年:2010/10/21(木) 15:37:23 ID:BCt24xNt
>>60
つまり坂本竜馬の暗殺も、実行犯の単独犯行ってわけだ。その思考回路からすれば。
君、「殺人教唆」って日本語知ってるか。
実際の行動とその背景やそこに至る過程を混同してるバカか、それともバカを装ってるのか知らんが、
ま、どっちみち、ろくでもない奴だということは変わりないか。

>>61
だから買う価値ないって言ってんだろ、あんな駄作に。
意見すんなら、まず一通り目を通してこい。
63人間七七四年:2010/10/21(木) 16:15:36 ID:eePJtMfc
>>57
ああそう。
じゃあ朝廷が黒幕ならなんで誠仁親王が危険である事が明らかな二条新御所にいたのか、そもそもなぜ朝廷は信長を葬りたかったのか、そしてなぜ光秀は朝廷の為に働いたのかを説明してみて。
オレの意見?
光秀の単独犯行だろ。少なくとも朝廷だの足利義昭だのバテレンだの秀吉だのが光秀を操っていたなんてよりはよっぽど現実的。
64人間七七四年:2010/10/21(木) 16:31:40 ID:BCt24xNt
>>63
設問
1)信長の入京目的
2)光秀が信長在京を知った日付と知りえた理由

これに答えられなければ、「光秀の単独犯行」説は成り立たない。
藤本正行の駄作「本能寺の変」では、この肝心の点に全く言及していない。
だから話にならんのだ。
65人間七七四年:2010/10/21(木) 16:34:16 ID:plV6bcwj
>>62
それは違う、竜馬暗殺の実行犯は責任者じゃないが
村重も信行も茶釜も最高責任者、まったく話が違う
66人間七七四年:2010/10/21(木) 16:43:02 ID:BCt24xNt
誠仁親王が二条新御所にいたのは、そこが親王の住まいだから。
アホか。

朝廷が信長を葬りたい訳は、
天正元年信長から帝への譲位要求に始まる一連の圧力で把握可能。
詳細は自助努力でやっとけ。
懇切丁寧にレクチャーしてやる義理もないし、そんな労力を投入する価値もないだろ、君には。
67人間七七四年:2010/10/21(木) 16:49:36 ID:BCt24xNt
村重も信行も茶釜も信長に反旗を翻す背景があった。
だから信長に敵対した。
君の論拠だと、彼らは理由もなしに脳死状態で信長に逆らったことになる。
彼らは君と違って空脳ではないのだから、それなりの勝算はあったはず。
それは既に>>54で述べた。
68人間七七四年:2010/10/21(木) 16:54:10 ID:hJQec6XK
誰に何言われても、自分が不当に攻撃されているとしか思えないのね・・・
69人間七七四年:2010/10/21(木) 20:24:37 ID:4a1ecNQo
>>67
背景があっても単独犯は単独犯だろーに
唆す程度じゃ意味が無い、決断するのは総大将だし、最大の原因は信長の稚拙な統治なんだから
確かにミチウンコのケースは単独犯と言えないかもしれんが、他は機を見て動いただけで
あとは協調して叛く味方や協働する外部勢力があるかどうかが、分かれ目でしょ
70人間七七四年:2010/10/21(木) 20:29:00 ID:Z5mIpdUr
>>58ですでに結論出てるな
71人間七七四年:2010/10/21(木) 20:42:06 ID:BCt24xNt
>>69
なら坂本竜馬暗殺の実行犯も単独犯かよ。
唆す程度じゃ意味が無い、決断するのは実行犯だ。なんて愚論、世間じゃ通用せんな。
君の愚かさが露呈してるだけ。
72人間七七四年:2010/10/21(木) 20:49:45 ID:4a1ecNQo
>>71
決断するのは命令を下す人間
73人間七七四年:2010/10/21(木) 20:53:08 ID:BCt24xNt
↑ だから何が言いたいわけ?
74人間七七四年:2010/10/21(木) 21:08:00 ID:BCt24xNt
>>69
政敵を非合法手段で倒すのに、当人自ら手を汚すなんて稀だろ。
大抵の場合、格下の者に実行させるのは常識。
教唆がなければ暗殺は起こりえないのだから、実行犯にだけ着目し教唆犯は無視するなんて発想、健常者では有り得んな。
なら現行法の「殺人教唆」も無罪放免になるわけだ。君の頭の中では。
論外の馬鹿だな、君は。
馬鹿杉。
75人間七七四年:2010/10/21(木) 21:25:17 ID:4a1ecNQo
>>74
光秀や村重や信行や茶釜は最高責任者なんだから教唆もクソも無いんだよ
命令を受ける立場のただの実行犯とはワケが違う
76人間七七四年:2010/10/21(木) 21:44:18 ID:BCt24xNt
>>75
敵からの切り崩し工作なんて戦国の世では当たり前。
裏切る決断に大きく影響を与えてる以上、単独犯とは言わない。
単独犯とは外部や他社から何らの教唆や誘降工作がなかった場合のみ。
77人間七七四年:2010/10/21(木) 21:52:38 ID:BP6vsM4U
最高責任者云々を言うならば「織田包囲網」なんてものは存在しなかった。
足利義昭の妄想でしかなかったというわけだ。
78人間七七四年:2010/10/21(木) 22:51:53 ID:4a1ecNQo
>>77
信長の将軍管理と外交が拙く、大いに危機を招いたというだけ
義昭に指揮権や命令権があったわけじゃないからな
79人間七七四年:2010/10/22(金) 19:24:19 ID:xWGjq51T
流石に書いてて苦しくないかそれはw
80人間七七四年:2010/10/22(金) 20:44:35 ID:84tEZft8
内容に対しては反論せず(出来ず)に人格批判ばかりを繰り返すあたり、鈴木・藤本信者の程度がよく解るな。
81人間七七四年:2010/10/22(金) 21:02:58 ID:SAmcxQK3
馬鹿だの空脳だの頭空っぽだの言って
まわりを罵倒し続けてたのはID:BCt24xNtだけどね
82人間七七四年:2010/10/22(金) 21:18:26 ID:84tEZft8
>>81
で、内容への反論は出来ないと。
ID:BCt24xNtが何を言おうと言っている事の正否には関係ない。
鈴木信者は相手の態度だけを批判するのはとても恥ずかしい事だと言うのを知るべきだ。
そんな事はどんなバカにだって出来る。
83人間七七四年:2010/10/23(土) 01:50:50 ID:KlUAkLK0
あーあ
84人間七七四年:2010/10/23(土) 11:17:44 ID:UgGQSSkW
ID:84tEZft8、自分の脳内にだけいる敵と戦っているな。
85人間七七四年:2010/10/23(土) 23:27:19 ID:5yd63QF9
>>81
明らかな組織犯罪でも実行犯の単独犯行だと思ってしまう天然記念物的な馬鹿に、
人を批判したりけなす資格はなかろうに。
何しろ、この地球上で君が最も馬鹿なのだから。
86人間七七四年:2010/10/23(土) 23:52:17 ID:Ymb2IhVH
>>85
その通り。
>83-84の様なカスみたいな反論(いや、反論ですらないか)しか出来ないのが鈴木・藤本信者の程度。
朝廷黒幕説には反論できないのに、大人しく論破された事を認められないこのみっともなさ。
87人間七七四年:2010/10/24(日) 00:09:48 ID:/w8PViXZ
つまり結論として、
藤本正行著「本能寺の変」の光秀単独犯説は、
全く根拠のない妄言として一蹴されることになりました。
皆さん、決してこの書を購入してはいけません。
お金の無駄使いです。
立ち読みで済ませましょう。
何しろ、どこにも光秀単独犯行だと頷ける論説など載ってないのですから。
ひたすら、どーでもいい駄文がつづくのみ。
88人間七七四年:2010/10/24(日) 00:13:11 ID:wpAE58BQ
そんなに必死で全方位攻撃しなくても
世の中君をいじめる人ばかりじゃないよ
89人間七七四年:2010/10/24(日) 00:57:15 ID:pe9SNTAN
っつーか世の中のほとんどの人は、君には全く関心無いから心配すんな、ってカンジ?


世の中の評価としては

著書を出版してる藤本 >>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>便所の落書きで熱弁ふるってる>>87  だろうな。
90人間七七四年:2010/10/24(日) 02:38:25 ID:/w8PViXZ
>>89
っつか、君って光秀単独犯説だよね。
そんな遠吠えで憂さを晴らすより、自分がなぜ単独犯説を支持するに至ったのか、
その根拠を説得力ある言葉で論理的に論陣張ってみろよ。
根拠がないのに支持するなんて、普通ではありえないんだからさ。
空脳以外ではね。
君がそうだと認めるなら話は別だがさ。
91人間七七四年:2010/10/24(日) 02:38:50 ID:P2ItUa09
87は藤本の本の中でたたかれてた人なのでは。
92人間七七四年:2010/10/24(日) 02:47:43 ID:/w8PViXZ
>>91
誰それ?意味不明
93人間七七四年:2010/10/24(日) 05:30:51 ID:pbufBoL2
俺と勘違いされて攻撃されまくってる人がいるなw
94人間七七四年:2010/10/24(日) 08:20:01 ID:FJeS3ZhE
>>88-89
>>91
>>93
そういうクソみたいな態度・人格批判はいいからさ、はやく>64に答えてみろよ。
それが出来なければ大人しく論破された事を認めろ。
でなければ恥を上塗りするだけだぞ?
95人間七七四年:2010/10/24(日) 12:52:11 ID:YzEdbbJp
批判するためには立ち読みですませちゃいかんでしょ。
それは見たくないものを避ける態度。
藤本谷口桐野の単独犯行説を覆す批判はまだでていない。
これらがダメだと思うなら論文にして公刊してくれ。
歴史学は勝ち負けを競うものじゃなく、相互批判で真実に近づく作業なんだから。
96人間七七四年:2010/10/24(日) 13:53:27 ID:6Mh0s70V
なら図書館だな。
内容の妥当性と読む手段は関係無いし(犯罪はダメだが)。
97人間七七四年:2010/10/24(日) 14:00:00 ID:gDJBiZ1J
>>95
ほんまに君は面白いな。
要は筆者の主旨を把握すればいいのであって、本の所有の有無は関係ない。
そんなら図書館で閲覧するのも駄目ってことになるな。
それに一部作家の見解なんぞどーでもいい。
大事なのは君の見解だ。
自分が空脳だと自認してるも同然。
本能寺の変の背景が一つしかない以上、勝ち負けを競うのは当たり前。
流石は世界一の馬鹿。
主張の切れ味はすばらしい。
98人間七七四年:2010/10/24(日) 15:24:36 ID:wpAE58BQ
こりゃ病名が付くな。ご愁傷さま。
あとなんでいちいちID変えるの?
99人間七七四年:2010/10/24(日) 17:28:06 ID:pbufBoL2
>>95
本能寺に黒幕が居たかどうかなんて論文になるわけねーだろ
これこそ歴史学じゃなく作家や鈴木藤本の出番
100人間七七四年:2010/10/24(日) 20:36:47 ID:YzEdbbJp
>>99
既に論文で論じられる形になっていますよ
101人間七七四年:2010/10/24(日) 21:22:20 ID:pbufBoL2
>>100
いつ頃の論文よ、あと作者と商品名
102人間七七四年:2010/10/24(日) 21:38:29 ID:amIoqWJH
立花京子ちゃんすら朝廷黒幕説から
イエズス会に転向してるのにねえ。
公武対立説を取る今谷明だって、
事件への朝廷の関与を否定している。
103人間七七四年:2010/10/24(日) 22:02:07 ID:jYaEFyE2
>>98-102
早く>64に答えろ。
104人間七七四年:2010/10/24(日) 23:33:57 ID:pbufBoL2
信長が少数の供廻りと京都へ入った事くらい、織田傘下の大領主なら皆知ってたでしょ
105人間七七四年:2010/10/25(月) 07:49:58 ID:eSqQ3Mrb
>>64
信長は以前からよく少数で本能寺に入ってる。
この時だけの特別な理由なんかないだろ。

光秀は信長の重臣で畿内の問題に
いつ出動を命じられるかわからない遊軍扱い。
何かあったときのため、信長のスケジュールくらい知らされたと考えるのが妥当でしょ。
106人間七七四年:2010/10/26(火) 13:27:30 ID:ayc32Wnh
明智憲三郎『本能寺の変四二七年目の真実』(プレジデント社、2009年3月発行)を要約すると、

黒幕は徳川家康

信長は本能寺に家康をおびき出して、明智光秀の軍勢に家康を暗殺させようとした。
家康は暗殺されそうになっていることに気がついて、光秀を懐柔して信長を討たせた。

↑上記の説は説得力はあるのでしょうか?
107人間七七四年:2010/10/26(火) 13:40:37 ID:5LX9sUZe
>>106

裏付けが無い妄想の類い。
108人間七七四年:2010/10/26(火) 15:03:08 ID:QYFuxw2o
俺、貴方のとこの社長に殺されそうなんで、貴方が社長殺しちゃって下さいよ
と言われて応じる奴はいないわな
109人間七七四年:2010/10/26(火) 15:48:23 ID:bQ4KKsgr
「社長!代わりに殺しておきましたぁ!」ってなる可能性もあるからなw
110人間七七四年:2010/10/27(水) 10:51:07 ID:l64oH0WL
ID:84tEZft8みたいにアンチ鈴木信者の側にもイタイのが現れ始めたか
111人間七七四年:2010/10/27(水) 16:28:07 ID:+0TaYfsV
アンチ鈴木は最初っから痛いだろw
鈴木がどの本にも書いてないことばかり挙げて
「鈴木説」という珍妙な理論を作り出して、その批判を繰り返してる。
一体誰と戦ってるのか分からんw
112人間七七四年:2010/10/27(水) 18:52:45 ID:R84q88iG
>>66
まだ黒幕とか言うやついるのか?
113人間七七四年:2010/10/27(水) 20:44:58 ID:sJwXqpFa
>>111
鈴木がどの本にも書いていない(?)事ばかりを知った風に吹聴して歩く鈴木
信者がいなければ大した話しにはならなかったんだがw
114人間七七四年:2010/10/27(水) 23:02:38 ID:5/sXg9JH
信長は、ホントめちゃめちゃしたからな
長篠じゃ、前線で連合軍と武田が乱戦している所に第三陣の鉄砲隊に攻撃させて
敵味方関係無く虐殺したから
これには家康も相当怒っただろうし、織田家の家臣も呆れたんじゃね?
実際、織田家の被害も相当なもんで、武田も被害は出たが
信長の行いに家臣の士気も落ちて連合軍の被害も増大と
115人間七七四年:2010/10/28(木) 00:10:36 ID:WEIYdi6V
@新事実発覚 A新書発売 B釣り
116人間七七四年:2010/10/28(木) 00:31:42 ID:9yLJPclg
C夢落ち
117人間七七四年:2010/10/28(木) 00:44:13 ID:8gFcbvmw
D創作
118人間七七四年:2010/10/28(木) 21:55:29 ID:UY4kZyqI
『遠戦志向』はばっちり書いちゃってるな。
119人間七七四年:2010/10/29(金) 00:51:34 ID:BekvJEpR
いや、それは基地外が毒デムパ受信して自動書記したものらしい。
ソースは>>111な。
120人間七七四年:2010/10/29(金) 08:04:00 ID:kGWsL+B9
新刊コーナーに並べてあったフジモンの【本能寺の変】立ち読みした。
率直な感想は、ひどいな、この愚作は、の一言。

本の表紙の帯に、光秀の単独犯行ってデカデカと結論つけてるので、
どんな立派な見解示してくれてるのかと期待して読んだら、あらまたビックラ仰天!!!
別段根拠なんてなくって、単に筆者の個人的願望を歴史的大事件の真相にしちゃってるんだから、そらタマげるわナ。。

この本は全部読む必要はない。
ほんの3ページ読むだけで十分。
第一章三「誰がお膳立てをしたのか」のP65〜67まで。
この間に、この人の低劣さ稚拙さ愚昧さが凝縮されている。

中でも大爆笑したのが「そもそも黒幕などあってはならないのだ」という箇所。
つまり単独犯行説ってフジモンの自分勝手な願望にすぎず、
深く分析探求した結果による論理的結論ではないってことだ。

本能寺の変のお膳立てをしたのは信長自身だってさ。
各方面軍が遠征中なのも、信長が寡勢で本能寺に入ったのも、信長の責任だそうで、
信長入洛は当然の行動であり、光秀には周到に襲撃の準備をする時間的余裕がなかったから、
よって単独犯行以外にはあり得ないんだって。
笑っちゃうだろ、低脳すぎて。

この人、本出しちゃマズイだろ。
発想がトーシロ同然だし、視野が狭い。
本能寺の変前の限定的な史観だけでは、変の真相は見えんよ。

この人って一応歴史の専門家なんだよね。
この人の他の著作は読んだことないけど、読むに値しないレベルってことは、
この愚作一冊で容易に察しがつくな。
121人間七七四年:2010/10/29(金) 08:09:24 ID:LVkpkgV+
>>119
そこは具体的に指摘しないと。たとえばスレ序盤にあったように
「飛び道具こそ全て」も『刀と首取り』に近いことは書いてあるわけだし。
122人間七七四年:2010/10/29(金) 08:11:44 ID:LVkpkgV+
>>111だった。
123人間七七四年:2010/10/29(金) 08:12:23 ID:kGWsL+B9
120より修正
信長入洛は当然の行動 → 信長入洛は突然の行動
124人間七七四年:2010/10/29(金) 13:17:01 ID:kGWsL+B9
>>106
ナンセンスの極み。
天下人で格上の信長が、なんで格下の家康を暗殺する必要があるんだ。
家康は信長によって暗殺しなければならないほどの脅威で、
暗殺という非常手段でしか抹殺できない相手かよ。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
家康を処分したいなら、命令一つで改易するか酒井忠次に取って代わらせるかすればいいだけの話。
だが武田征伐の論功行賞は既に終わっているのだから、家康の処分はない。
125人間七七四年:2010/10/29(金) 22:11:27 ID:9aBb5P9U
> 本能寺の変のお膳立てをしたのは信長自身だってさ。

それは誰が見たってその通りとしか言い用がないのだが…

もしかして君は陰謀論者かね?
126人間七七四年:2010/10/29(金) 22:11:36 ID:slAfMsi0
徳川と戦をすれば被害は大きく、疑心暗鬼どころか離反、返忠続出で悪影響は甚大
改易なんて出来るわけのない妄想、暗殺の方は手法としてはありえる
動機が無いけどね
127人間七七四年:2010/10/29(金) 22:22:34 ID:9aBb5P9U
信長が暗殺、謀殺をする時はその相手の家督者を手中にし家臣団をほぼ抱き込んで、
後に支障がない状況にしてから殺すんだよ。北畠も神戸もそうだった。

徳川に対して信長はそんな下準備は一切していない。よって本能寺の時点で
家康を謀殺するなどということはありえない。

その手のアホなことを言っている人間は、自分が信長を恐ろしく低能な武将だと
間接的に言っていることに気がついていないのだろうな。
128人間七七四年:2010/10/29(金) 23:01:41 ID:U4FMkqvL
遠戦志向論者って、弓矢と自動小銃を混同してないか。
敵味方同数程度だったら、背後の高台から奇襲しても弓で殲滅は無理なんじゃないの?
129人間七七四年:2010/10/29(金) 23:08:32 ID:lVBUzZzz
そりゃ敵味方同数だったら、背後から奇襲しようが寝込みを襲おうが
日本刀でも弓でも鉄砲でも、はたまた機関銃や爆弾ですら殲滅は無理ですw
130人間七七四年:2010/10/29(金) 23:13:14 ID:U4FMkqvL
つまり弓による殲滅戦は無理であると。
にも拘らず白兵戦には移行しないと。

要するに戦とは儀礼的側面がほとんどだった、って説なのか。
131人間七七四年:2010/10/29(金) 23:19:07 ID:U4FMkqvL
>寝込みを襲おうが
>機関銃や爆弾ですら殲滅は無理ですw

へぇ
132人間七七四年:2010/10/29(金) 23:25:56 ID:0VrF0hqC
>>129
敵味方同数でも背後からの奇襲や寝込みを襲うなら殲滅は不可能ではない。
もっともそれは奇襲そのもののアドバンテージであって、弓とは関係無いけど。
鈴木先生、なんで遠戦志向なんて書いちゃったかねぇ。

カンネーでは同数どころか自分より多数の敵を奇襲によらずに殲滅なんてこともあったな。
もちろん接近戦も有りで。
133人間七七四年:2010/10/29(金) 23:35:44 ID:U4FMkqvL
まあどっちにしろ弓だけで首取れる状況に持ち込むのは無理だわな。

134人間七七四年:2010/10/30(土) 01:18:40 ID:ml+r6xUB
殲滅戦って根本的に相手が抵抗不可能な状況下での出来事だしね
135人間七七四年:2010/10/30(土) 02:23:07 ID:wpzpUksN
ほとんどの野戦は、盾を置いての矢戦→矢玉が切れたら白兵戦に移行、というパターン
遭遇戦や奇襲だと最初から白兵戦のこともあるが
飛び道具→白兵戦の流れは世界共通だけどね
136人間七七四年:2010/10/30(土) 04:34:49 ID:boobJt/G
その軍忠状って野戦だけのものなの?
城や砦の攻防なら大半が弓や鉄砲の撃ち合いになるでしょ。
137人間七七四年:2010/10/30(土) 08:55:37 ID:lcws2BBO
戦国時代に殲滅やったのって信長の一向一揆戦や比叡山焼き討ち、
それに秀吉の小田原征伐の一部の城だけだべ。
野戦でやったら大概の敵はそりゃ逃げるよ。

>>136
むしろ城攻めの最終段階でこそ
このスレの皆様が大好きな刀での殲滅をやるんじゃね?
138人間七七四年:2010/10/30(土) 09:20:06 ID:Kg33wEEA
軍事における殲滅戦ってのは別に根切りとか皆殺し、焼き討ち限定じゃないよ。
その戦場で相手の軍を完膚無きまでに叩きのめすこと。

皆様が大好きな刀って、そんな人居たかね?
139人間七七四年:2010/10/30(土) 12:18:26 ID:AH2SJgja
両極が自分視点で真ん中を見たら、反対側に偏っている事になる。
140人間七七四年:2010/10/30(土) 13:03:37 ID:ml+r6xUB
軍事における殲滅戦ってのは皆殺しか大半を殺害/捕虜にするか
どちらにしても完膚無きまでに叩きのめした後にすること
141人間七七四年:2010/10/30(土) 14:05:40 ID:C8eji9j8
>>140
初めて聞く定義だなw
142人間七七四年:2010/10/30(土) 16:29:51 ID:lcws2BBO
>>138
『皆様が大好きな』は『刀での殲滅』に掛かる。
直前まで『弓で殲滅』が可能かどうか散々話してて
「殲滅するならやっぱ刀使わないと」って流れだったのだから、(>>128-134
普通に読めば分かると思うけどね。

それから殲滅戦の定義は>>140の方が正しいだろうな。
世界史上での殲滅戦のお手本は>>132の言ってるカンナエとかスターリングラードとか硫黄島だ。
143人間七七四年:2010/10/30(土) 16:41:23 ID:Kg33wEEA
『刀での殲滅」が大好きって奴も居なかったと思うぞ。
『遠戦志向』の論に対して決着を付けるには接近戦が必要であり
その一例として鈴木眞哉が戦での価値を低くみている刀が出されただけ。
今までのスレの流れ見てりゃ「殲滅するならやっぱ刀使わないと」なんて主張はされてないと
分かると思うのだが。

「殲滅戦」の捉え方は色々だが一つはこれ
というか定義付けたのはプロイセンのこれ以外に有るんかね。
殲滅戦理論
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%B2%E6%BB%85%E6%88%A6%E7%90%86%E8%AB%96
これだと厳島の戦いや島津の九州平定なんかも入るんじゃないかな。
144人間七七四年:2010/10/30(土) 17:06:24 ID:C8eji9j8
だから、『敵軍を完膚なきまでに打ち破る』のと皆殺しにするのとは全く別だろうさ。(苦笑)
145人間七七四年:2010/10/30(土) 17:26:57 ID:ml+r6xUB
厳島や沖田畷合戦は当然含まれるけど
>>143のwikiにもある通り殲滅戦ってのは勝利が確定した後に敵戦力を徹底的に破壊すること
146人間七七四年:2010/10/30(土) 17:33:50 ID:Kg33wEEA
うん、だから敵戦力の破壊や軍の再建を不能にすることであって
>>137の言うような例、どっちかというと手段としての大量虐殺に限られた話じゃないのでは、と。
147人間七七四年:2010/10/30(土) 21:38:15 ID:/k1jELns
>>102
>立花京子ちゃんすら朝廷黒幕説からイエズス会に転向してる
脳死でウィキの受け売り(爆笑)

>公武対立説を取る今谷明だって事件への朝廷の関与を否定
信長の晩年を老いて耄碌した秀吉と同一視している盆暗の愚見を脳死で盲信(爆笑)

148人間七七四年:2010/10/30(土) 22:06:13 ID:/k1jELns
>>104
信長が個人スケジュールを一々配下の諸将に報告するかよ。馬鹿馬鹿しい。
なら安土に家康招いて饗応した時も、敵と対陣中の諸将にその旨を知らせたってか。
ありえねぇな、絶対。


>>105
信長の入洛は内裏での馬揃え以来一年と三ヶ月ぶり。
頻繁に本能寺入りなんてしていない。

備中行きを命じられた時点で遊軍扱いが終了。
これから畿内を離れる光秀に、信長が自身の入洛を知らせる合理性はゼロ。


>>125
そういう君は何論者?
脳死で批判されてもなぁ〜
149人間七七四年:2010/10/30(土) 22:14:51 ID:L1xOiHoH
火力が遥かに発達した現代戦ですら敵陣を奪う為に兵隊が着剣して突撃するのに、
戦国時代に弓と鉄砲だけで陣地が奪えるわけがない。
空爆やってるだけじゃイラクを占領できないから、米軍も兵士を現地に送ったわけで、
矢を放ってるだけじゃ永遠に敵陣を占領できないから、結局は打ち物での浸透作戦は不可欠。
それは刀槍の発達からも明らかで、遠戦だの近戦だのと分けて考える方がおかしい。
150人間七七四年:2010/10/30(土) 22:17:31 ID:/k1jELns
>>126
徳川が織田と戦をすれば被害は大きく、離反続出で悪影響は甚大、の間違いじゃね。
家康は信長から武田征伐の論功行賞で駿河一国加増されているのだから、その逆も可能ってこった。

ただ家康には本願寺落城後の佐久間信盛のように処分を受ける理由がなかっただけ。
なのに信長が家康を暗殺だなんて、小者の発想を押し付けんな。
そんな愚行を犯せば信長の名前に傷がつくし威光も威信も低下する。

そもそも信長に家康を暗殺する理由もなければ(その逆はあっても)、
織田諸将と同様、家康の生殺与奪の権を握っていたのだから、
暗殺なんて弱者の謀略を用いる必要性自体がない。
151人間七七四年:2010/10/31(日) 06:45:12 ID:y970gDKy
「本能寺の変」は専用スレあるからそっちでやれよ、と思ったが、なんかアレなスレばっかりになってるなw
152人間七七四年:2010/11/03(水) 09:29:01 ID:iy6eiSke
>>150
信長が家康を暗殺する必要が無いのはそう思うのだけど、富士山見物とか家康が京に遊びにきたのはなんかタイミングがよすぎだとも思うのだよね。
京に向かった当日に変が起きた、とか。
もちろん歴史ってのはそういうたまたまで作られていくものなんだろうけど、最初に信長の家康暗殺説から入るとうまく話があってしまうなあ。
信長は家康に長男殺せと命令したし、それにも複雑な理由があるのはわかるけど、いつか家康が自分に反乱起こすかも、と
先に手をうとうとした、というのはこじつけすぎの結果論かな。
信長は戦で結構家康をこきつかってるし、「うらまれてるかもね〜」とかは考えてたりはしなかったのかね。
153人間七七四年:2010/11/03(水) 10:31:21 ID:RD9reaBu
思慮があるなら、成文も作らず、無制約な総督を各方面に配置する
なんてことはしないわな、信忠生きてても織田家はダメだったろうし
154人間七七四年:2010/11/03(水) 12:47:02 ID:q4fLC2Zl
>>152
信長の家康暗殺説にこだわる思考回路が意味不明だし理解不能。
家康の畿内遊覧は単なるオマケ。駿河一国を賜った謝意の安土訪問のな。

光秀が家康を狙ってたのなら、軍を京ではなく堺方面に向けるわな。
光秀が家康なんて眼中になかったのは子供でも分かる。

そもそも家康の領国は完全に織田の版図に包囲されてるのだから、反乱起こしたら単なる自殺行為。
信康事件で忍従自重した家康が、当時より更に力の差が開いた織田に対して、反乱起こすわけがないだろ。
家康が信長に背けないのは、信康事件で実験済み。
155人間七七四年:2010/11/03(水) 14:51:43 ID:iy6eiSke
>>154
ごめん、わしの勘違いかもしれんが、光秀は別に家康を狙ってたんじゃなくて信長なんでしょ。
で、わしも家康がそう簡単に信長に反乱起こすとは思えないんだが、信長からみてどうだったか、ということね。
信長は家康の実力をかっていたし、将来の禍根、という意味で信長がどうだったかに少し関心があるんだ。
家康は確かにそう簡単に反乱起こすようなタマじゃないけど、信長から見て「とりあえず」というのはあったのかもな、ということで。

家康の遊覧もざっと12年ぶりぐらいだったかな、異例なことではあるよね。
もちろん戦続きだし上京するひまがなかったとも言えるけど、それだけ細心に危険を避けてた、という言い方もできるかもしれない。
ほんで、単なる遊覧にしては強力な家臣をかなり連れての結構な豪華な上京だったんじゃなかったかな。
これも、やっと武田がかたづいたから家臣にもサービスした、みたいな言い方はあるかもしれないが、そういうのはどうも家康らしくないとは感じる。

別にあの子孫のカタを持つわけじゃないが、せっかく反論するなら、史料がない、ですませるんじゃなくてきっちり状況の
矛盾とかをついてみたいからね。
ま最初は、信長が家康を暗殺する、という前提にどのくらいの必然というか矛盾というかそこからの判断にはなるんだろうけど。

ケイタイもない時代にどこで談合して、どうやって細かい日を知ったか、というのも重要な点だと思うけど、そういうとこにまでちゃんと触れてるのはなかなかのものだと思っただよね。
確かに直前にあの3人は密談とかできる機会は十分あったのだし。

にしても前日の茶会に吉田が欠席というのはなんか小説でもできすぎっぽいな。
156人間七七四年:2010/11/03(水) 16:02:23 ID:q4fLC2Zl
武田滅亡により、信長にとって家康の利用価値が消滅したことは間違いない。
敏い家康はそういう自分の置かれた状況変化を感じ取ってる筈だから、
暗殺の動機があるのは信長ではなくって家康の方だろ。

信長が家康を利用価値無しとして処分したいのなら、
本願寺落城後、佐久間信盛ら重臣達を一斉放逐したように、正々堂々その旨命令下せば済む話。
だが家康には処分されるに値する落ち度は皆無。
なら信長としては、国一つくらいやらにゃなんだろ。

暗殺とはそれ以外に政敵を倒せない弱者の窮余の策であり、
家康が考えるのは筋が通るが、実力が段違いに上の信長にそれを当てはめようとするのは愚かの一言。
157人間七七四年:2010/11/03(水) 16:57:37 ID:NNkjG2ws
このスレ的に話をするなら、
鈴木も藤本も、谷口の説を引いて
信康自刃は信長命令ではないと言ってるんだけどなあ。
158人間七七四年:2010/11/03(水) 17:14:06 ID:q4fLC2Zl
要は徳川が信長に信康処分のお伺いをしている事自体、我が子であるにも関わらず信長の意向を無視して信康を抹殺できなかったってこと。

159人間七七四年:2010/11/03(水) 18:42:09 ID:19tMjrcs
そりゃ信康の嫁が誰であるか考えりゃあなあ
160人間七七四年:2010/11/03(水) 21:10:45 ID:O6/kf7sv
明智憲三郎『本能寺の変四二七年目の真実』(プレジデント社、2009年3月発行)を要約すると、

黒幕は徳川家康

信長は本能寺に家康をおびき出して、明智光秀の軍勢に家康を暗殺させようとした。
家康は暗殺されそうになっていることに気がついて、光秀を懐柔して信長を討たせた。

武田氏が滅亡したことにより、徳川の存在価値は低下し
信長は徳川領を自分のものにしようとし、家康暗殺計画を立てた。
161人間七七四年:2010/11/03(水) 21:13:06 ID:RD9reaBu
>>156
妄想が酷いな
命令1つで他家当主のクビを飛ばすなんて、何をどう引っ繰り返しても不可能
秀吉も改易どころか勢力削減すら出来なかった、暗殺して脅威を除くならまだしも解る
162人間七七四年:2010/11/03(水) 21:18:24 ID:19tMjrcs
>>160
いったいどう懐柔したんだ…
つーか自分の宿所に使ってる所に呼び出してって…
殺っちまうんならまだ信勝殺った時みたくするだろ
163人間七七四年:2010/11/04(木) 09:24:32 ID:n7W2Bhkv
160の本は、家康が光秀を懐柔、じゃなくて、光秀のほうが信長を裏切り家康に接近、両者の利害が一致、じゃないのかな。
このあたり実行は光秀で、彼のほうがせっぱつまっていたのは理解できるし、その理由も四国政策変更とかいろいろ検討はされてる。
家康黒幕、とはかなり違う感じがするなあ。

信長が家康暗殺、というのも、相手の脅威をよく理解して全面戦争にならないように、本人重臣をまとめてやろうとしたんでしょう。
しかも戦争になっても戦うのは光秀、筒井あたりで自軍に影響は無い。

こう考えてくるとやはり信長自身が家康をどう考えていたか、に話が戻るわけで、その時点、前後の状況をよく検討すべきとは思う。

小説的勘違いは、わしらは結果を知ってるからその後の家康が幕府開いたり超強大になるという前提で考えてしまうが、あの時点では家康は信長の、とりあえずは?、良き同盟相手だし20年ぐらいうまくやってきた案外認め合ってるぐらいの関係。
もちろん個々の感情はあるだろうが、一国の責任者としてお互いをどう思ってたかというと、結構良好だったのではないか、と思うぐらい。

だが、信長から見て安土も完成、統一が現実化してくると、武田、本願寺もいない、家康をどう判断してたか、は再検討がいるかな、とちと意見を聞いてみたかった。
信長入京の理由、無防備の理由、吉田欠席、ケイタイの無い時代にピンポイントのタイミング、とか、いかにも後からの辻褄あわせなんだが、これほどハマるのも小説としてもできすぎな気はするんだよな。
長くてごめん。
164人間七七四年:2010/11/04(木) 10:42:46 ID:6pwadYBx
元から信長が小回り効く人間でちゃっちゃと移動するのはあるから不思議じゃあないと思うがなあ。
つーか自勢力下の上、わざわざ京都に大兵率いて行く必要ないだろ。大坂あたりで「お前らおせえよwww」とでもやってから行くつもりだったんだろ。
165人間七七四年:2010/11/05(金) 00:48:14 ID:y8b1ZCyU
>>161
信康処分が信長の命令だったと仮定して、
もし家康がその命令を拒否して信長と戦う選択をしたなら、
徳川は信長と戦う前に内部崩壊して、家康は家臣団に見捨てられ身一つで放逐される。
勝てる見込みゼロの敗亡確実な戦に素直に応じるほど、徳川家臣団はアホじゃないからな。
信長の命令一つで、徳川家臣団は家康を見捨て信長の下に走る。
この結論は何をどう引っ繰り返しても不可能。

秀吉も改易云々に関しては、失笑の類。
愚劣すぎる見解に回答するのは馬鹿馬鹿しいが、サービスで。
家康の武力討伐に失敗して、土下座外交でやっとこさ客分待遇で臣従させた秀吉が、
家康を改易どころか勢力削減すら出来なかったのは当然だろ。
家康を顎でこき使ってきた信長とは月とスッポン。
両者を比べる君の頭のほうがどうかしている。

まして信長にとって家康は脅威でもなんでもない。
卑屈に信長に擦り寄るしか生き延びる術がない、単なる忠犬にすぎないのだからな。
そんな家康を信長が暗殺だなんて、そんなの人の上に立つ器のない小者ならではの愚考だ。
166人間七七四年:2010/11/05(金) 00:53:22 ID:5SMh4WD0
はいはい、現実感覚が無い妄想狂は肥ゲーでもやってればいいよ
167人間七七四年:2010/11/05(金) 01:00:49 ID:y8b1ZCyU
中身ゼロの駄文で憂さ晴らしも小者ならでは。
168人間七七四年:2010/11/05(金) 19:27:14 ID:F7g0MKuB
>>167
自覚あったのな。
169人間七七四年:2010/11/05(金) 22:17:45 ID:5SMh4WD0
はいはい、信長が戦もせずに家康の首を飛ばすなんて妄想の度が酷過ぎる
肥溜めゲーを現実と勘違いしちゃいかんよ
170人間七七四年:2010/11/05(金) 23:03:22 ID:1QipIntV
そういえば肥ゲーなら弓鉄砲だけで敵軍殲滅できたっけなw
ああいうシステムならそれだけ使ってりゃ楽だよな。
上手くやれば味方兵士一人も死ななくて済む時もあるし。
171人間七七四年:2010/11/05(金) 23:10:41 ID:MteqO1dW
>>170
考えてみりゃコーエーゲーだと
弓鉄砲で相手部隊を全滅させても敵武将を捕えられないんだよな。
だから敵将をとらえるために、とどめはわざと槍足軽で直接攻撃させるのがデフォだ。
まさに鈴木の言う「首取りのための接戦」をゲーム化してたのかw
172人間七七四年:2010/11/06(土) 00:14:48 ID:wVG8nFbN
コーエーは鈴木信者。
173人間七七四年:2010/12/01(水) 00:40:55 ID:1DHSdwP2
 弓は「調度」槍は「道具」とよんでいたが、刀はただ、
「打ち刀」としかいわれていないのである。というのは、
(冑をかむり、鎧を身につけている場合‥‥)
 それを刀で切りつけたら鉄と鉄の激突ゆえ、はね返ってくるだけでなく、刀が折れ
飛ぶか曲がるのが第一の難点。
 鎧の脇の下とか背と首筋のあきとか、狙える個所は限定されていて、その間隙を仕
止めねばならないが、そこは突く位の間隔しか空いてなく、とても斬って掛れはしな
いことが第二の難点。
 第三の難点は、二メートルまたは三メートルの槍先で突くのであるなら、相手を中
心においてその円周の距離間隔で自由がきくから、自分が誤って近づかない限り、向
こうから害はうけずに済む。
 処が刀の場合は鍔元から切先までは六十センチか七十センチゆえ、相手に刃を当て
ようとすると、どうしてもその三分の二に当たる二十センチまでの至近距離に近よら
ねばならぬ。つまり相手を円の中心とみると二十センチの円周内が、己れの行動半径
になる。
 これでは斬るつもりが逆に斬られる危険性がでて、巧くいっても相い討ちの恐れが
どうしてもある。きわめて効果率が悪いのである。
 だからテレビや映画では剣その他の持ち道具が揃わぬ関係から、みんなに刀をもた
せて恰好をつけているのも見かけるが、実際には戦場で刀は用いない。
 大道寺友山の『武道初心集』でも、できるだけ刀で戦ってはならぬが、人目をひく
ように刀で武者働きがしたいのなら、すぐ折れて使い物にならなくなるものだから、
予備の差料を持参して供侍の若党にささせ、馬の口取り仲間にもおびさせ、生きた刀
掛けのように家来に何本も携行させねば、わが身が危いと注意書を残している。
 つまり武士は雑兵以外は、槍を戦場の表道具としたものゆえ、「槍一筋の家柄」と
これからいわれ、古来、
「刀一筋の家柄」とか「刀二本の家門」などといわぬのも、この為なのである。なの
に、戦場において、さも刀を振ったように誤られているのは、何故かというと理由は
芝居からである。
 現代では小道具屋の都合で槍が揃わず、ジュラルミンの刀を俳優はもたされ、やあ
やあやっている。が、昔はそうした理由ではなく舞台の横巾が五メートル位しかなか
ったゆえである。つまり、そこで登場人物に槍をもたせては、一人で横が一杯になっ
て、二人のからみがさせられない。
 刀なら、雪月花の型でチャンチャン振り付けができ、見得もきれて絵になるからで
ある。つまり刀が一般化されたのは、舞台の狭さのせいでデフォルメされたのである。

     八切止夫著「剣豪なのか塚原卜伝」より
174人間七七四年:2010/12/01(水) 01:15:59 ID:oMSjmJX/
>>173
最後の一行で台無しw
175人間七七四年:2010/12/01(水) 02:24:37 ID:1DHSdwP2
(江戸初期の宮本武蔵を二刀流の元祖)とするものもあるが、それより一世紀前から、
雑兵とよばれる連中は二本刀だった。が、この事実はさておき、雑兵でない将校クラ
スが刀をおびていたのは、
「者ども進めッ」と指揮刀代わりに用いていたのと、槍で突き倒した相手の首を切断
する際の包丁代わりと、後は戦闘には使わなかったとすれば、何用だったのかという
問題になる。
 それに、室町御所の歴代の将軍家が卜伝から、
「一の太刀」の伝授をうけていたとすれば、非戦闘的なものを何故わざわざ習ったか
という事になる。
 いわゆる武芸の習得ならば、槍術をこそ学ぶべきなのに変ではないかとなるからで
ある。
 しかし考えてみれば、将軍家みずからが先頭になって、
「それ突いてこまそ」と敵陣へ掛ってゆくわけなどはない。
 もっとそれより必要なことは、不意を襲われて槍で突かれる暗殺を防ぐことである。
だから『甲陽軍鑑』という本は、あまり内容的には信用できない俗書にすぎないけれ
ど、それに出てくる塚原卜伝の原型を、もし実在の者とみるなら、それは今でいう、
「護身術コンサルタント」ではあるまいか。
 と想う。つまり何時何処から不意に曲者に突いてこられても、これを素早く打ち払
うコツを教えていたものだと考えられる。なにしろ一の太刀で払いのけなくては生命
に係るから、えらい人も習ったのだろう。
 つまり塚原卜伝は攻撃型の指南番でなく、防禦型の師匠であって、剣豪というより、
防豪とよぶのが正しかったのではあるまいか。
 剣とはそういうもので、またそうした用途のために片刃だったのである。
 テレビや映画で、剣豪が刀身を鞘に納めながら、にっこりと、
「今のは峯打ちじゃ」つまり刃でない背の方で切ったのだから、生命には関係ない心
配するなと、見世場を作る場面がある。
 だが刀とは、なにも峯打ち用に片刃になっていて和戦両用に巧くできているのでは
ない。
 片方にしか刃がついていないのは安全剃刀とは違い、
「打ち払い斥ける」のだけが使用目的だったからこそ、つまり被占領民の原住系に差
別して持たされていたがゆえに、ああなっていたのであることを考えて頂きたいもの
である。

     八切止夫著「剣豪なのか塚原卜伝」より
176人間七七四年:2010/12/01(水) 07:52:01 ID:sZO8+FuO
あー、うん、そうだね、上杉謙信は女の子だよね(棒読み)
177人間七七四年:2010/12/03(金) 09:31:52 ID:sP5gKE/W
鈴木の先輩かw
178人間七七四年:2010/12/03(金) 10:53:35 ID:bl1vczjz
八切止夫は剽窃しまくりだからなぁ。しかもそれらを適当に繋ぎ合わせて
トンデモ論を創出。まさに鈴木の先輩だねい。
179人間七七四年:2010/12/05(日) 13:59:27 ID:rF0xT9yk
>>177-178
まあ、八切止夫については余り同一視するのも如何なモノかと想いますんで
その辺りで話題は停めておくが一番ではないかと云わせてもらいますがね。
それから洋泉社からまたこういう書籍 http://www.yosensha.co.jp/book/b75914.html が出てるんで
紹介させてもらいますよ。取りあえず鈴木先生が協力してる箇所と鈴木説の影響が見られる点については
相変わらずなので一つ宜しく。それ以外は大体良質だと想うのですが……

>>135>>149
そのあたりは矢弾の効果が戦局に与える影響が結構大きいから……じゃないのかな、と。
矢弾と礫の射ち合いで戦力は何パーセント程度削れてたんだろう?
あと上で紹介させてもらった書籍でも記されてるみたいに、日本弓矢の性能は相当な物だったって点については
どうなんですかね? 弓執る道は伊達では無いですから。
180人間七七四年:2010/12/05(日) 23:45:43 ID:GjhQjIfg
射撃だけでは敵が遮蔽物の後ろに籠られると戦果が上がらなくなる。

最終的には白兵突撃しないとケリがつかない。

白兵突撃する際、敵が遮蔽物の後ろに籠っていると応射できないから、こちらの白兵突撃は容易になる。

だから白兵突撃の援護のため、敵に遮蔽物の後ろに隠れさせたり、伏せさせたりするために射撃したりする。

近現代の戦いでもこの状況は同じ。戦争映画を見てても「援護しろ!」と言って、誰かに猛射させて、
その間に突進するパターンは多いでしょ。
181人間七七四年:2010/12/06(月) 10:13:52 ID:qaO9ZUEM
>あと上で紹介させてもらった書籍でも記されてるみたいに、日本弓矢の性能は相当な物だったって点については
どうなんですかね? 弓執る道は伊達では無いですから。


弓足軽が引く弓もそういう強弓なんですかね?
182人間七七四年:2010/12/06(月) 17:07:15 ID:mqI0hG6G
弓足軽ってか弓衆は足軽のなかでもエリートじゃけん
183人間七七四年:2010/12/06(月) 17:20:22 ID:nSK8gHWR
藤本先生肝いりの雑誌らしい↓

http://www.yosensha.co.jp/book/b75914.html
184人間七七四年:2010/12/06(月) 17:21:45 ID:nSK8gHWR
>>183 慨出だった、スマソ
185人間七七四年:2010/12/06(月) 17:22:52 ID:SqwFZ7WY
>>181
数弓と持弓は別物じゃね、足軽物語にはそう書かれてたけど
186人間七七四年:2010/12/06(月) 20:30:59 ID:lzo8QWy2
何の根拠があるのかわからないが
武士は足軽よりも強い弓を引いていたらしいw
187人間七七四年:2010/12/06(月) 22:14:16 ID:qaO9ZUEM
>>181
別の覚悟があるって『雑兵物語』の「持弓 矢左衛門」「持弓 矢右衛門」には
書かれているね。鉄砲だけど「持筒 鉄平」には自分が担いでいる持筒は
大きすぎて腰にひっぱさむことができない、とある。武士の場合、扱う者の力量によって
道具の変動があるのは当然のことだね。

>>186
数槍や御貸刀は個人の力量がどうであろうが画一的なものを与えられるわけだけど
弓に関しては違うのかな?平均的な力量の者を基準とした弓なら「弓執る道は伊達では無い」
といえるような強弓にはなりようがないと思うんだが、あなたの考えは違うみたいだね。
188遠戦志向という誤解?については:2010/12/07(火) 23:15:33 ID:V/OTZV/U
弓鉄砲による遠距離射撃戦の後にやる、槍での突撃と刀剣での接近戦闘を
「主力戦闘の後の、そんなに重要じゃない敗戦処理」と見るか、
「戦いのケリを付ける為の重要な部分」と見るかで分かれてきそうな気がするんですが……
189人間七七四年:2010/12/07(火) 23:23:21 ID:8M3c1acD
決定的合戦が弓戦のみで終わったケースなんて一度も無いじゃん
190人間七七四年:2010/12/07(火) 23:38:00 ID:oAbrbSM+
191人間七七四年:2010/12/08(水) 00:00:36 ID:CU6QeldC
>>189
まぁ、それはそうなんだけどさ。ただ順番や割合や性質の違いと重要性の関係について、チョット気に掛かったんで。

ついでに弓兵への有効な対抗策は、矢が消耗するまで凌ぎ切る……以外には何かあるんですかね?
192人間七七四年:2010/12/08(水) 00:05:09 ID:RReOphV0
>>191
裏に回って攻撃
193人間七七四年:2010/12/08(水) 00:10:27 ID:xuBQHFMm
>>191
掻楯を並べて前進
194人間七七四年:2010/12/08(水) 00:29:02 ID:ICnOeuni
>>191
基本的には重武装と白兵戦じゃね
馬上から毒矢を騎射されたらどっちも忍びないけどw
195人間七七四年:2010/12/08(水) 12:41:27 ID:xuBQHFMm
今さらながら藤本の新しい長篠本を読んだんだが、やっぱり微妙だった。
基本的には「信長の戦争軍事学」で言っている事の劣化コピーで、論敵をネチネチと叩いてる部分が多く、読んでいてげんなりとなる。
一番気になったのが騎馬隊の存在に関して桐野作人を批判している部分。
藤本が批判している桐野の記事を読めば解るが、実は藤本が叩いてる部分の出典は藤本の過去の著作なんだよな。
つまり藤本は遠まわしに過去の自著を否定している事になる。
むろん「自分は間違っていた」と認めその根拠を説明した上なら問題はないが、藤本はそんな事は一言も書いてない。
少なくともこの本だけを読めば桐野が藤本の本を根拠にしている事は全く解らないようになっている。
はっきり言ってそれは卑怯だし知的誠実に欠けるだろう。
知らなかった一次史料の紹介がいくつかあったので金のムダ、とはいわないが既に「信長の戦争軍事学」を持っているなら定価で買う必要はないだろう。
196人間七七四年:2010/12/08(水) 14:15:27 ID:6z2tzjwx
>>191
接近戦に持ち込む。

197人間七七四年:2010/12/08(水) 20:01:29 ID:CU6QeldC
>>195
単に藤本先生がそのへんに気付いてなかっただけじゃないの?
例えばその部分の大本は、藤本先生以前の過去の誰かの資料からの出典だった、とか。
桐野先生が「私は藤本先生の学説を参考にしてます」と明記してたんなら別の話だけどさ。

>>192,196
そうは言うけどそんな簡単に出来るモノかね?
198人間七七四年:2010/12/08(水) 20:27:41 ID:ICnOeuni
簡単に出来るモノだよ、突撃すりゃいいんだから
199人間七七四年:2010/12/09(木) 07:07:08 ID:yIRQ71ah
>>197
どこが基になっているかを別としても、過去に自分が主張又は賛同していたことに気付かないのは論外だと思う。
200人間七七四年:2010/12/09(木) 08:06:48 ID:LtgBkf+u
言っとくけど鈴木さんはみんな大好き雑賀一族の末裔だよ。
最新兵器鉄砲に目をつけたご先祖様かっこいいになるのは当然だ。
あれっ?君達まだ日本刀とか振り回して首狩族ゴッコしてんの?って感じ。
実際雑賀一族チョーツエーし。
201人間七七四年:2010/12/09(木) 18:16:42 ID:7eNb76vb
>>191
掻盾
202人間七七四年:2010/12/10(金) 22:09:08 ID:7diIy15h
>>197
>単に藤本先生がそのへんに気付いてなかっただけじゃないの?
>例えばその部分の大本は、藤本先生以前の過去の誰かの資料からの出典だった、とか。
藤本が批判していると思われる、歴史群像の「検証・武田騎馬軍団不在説」にははっきりと「藤本正行氏は甲陽軍鑑の右の箇所を引きながら、次の様に指摘している」と書かれている。
それと直接的ではないが、同記事の中で桐野が引用している家康の
「先刻申し含め候場所の事、様子見積もらしめ、
 柵等能々念を入れらるべく候事、肝要に候。
 馬一筋入れ来るべく候」
という書状も藤本は「信長の戦国軍事学」で肯定的に紹介しているのに、長篠本ではそれについての釈明が一切無いまま「同じ場所にいる人間に書状を送るのはおかしい」「偽文書の可能性がある」と否定的になっている。
それ以外にも「馬鎧は高価なのでそれを着せた馬を戦闘に投入する筈が無い」とか頓珍漢な事を言ったり、使い古されたフロイスの「日本人は馬に乗って戦わない」証言を使ったりと残念な場所が多い。
203人間七七四年:2010/12/10(金) 22:46:44 ID:oOVevFpP
鉄砲弾薬は高価なので戦闘に使われていたとは到底考えられない
まして核弾頭を搭載した大陸間誘導弾には巨額の資金が投入されている
この事から類推するに核兵器は無防備な相手国に対しても使用される筈が無いのである。
204人間七七四年:2010/12/11(土) 05:42:20 ID:a4OQDA/I
>>202
信長と同盟していた頃の徳川家では、馬鎧の製造を命じる記録が複数残っているね。
300領を信長に献上もしている。

天正四年に、上洛中の島津家久が信長の軍勢を目撃したとき、馬廻衆百騎は馬鎧を着けていたが、
これは家康から献上されたものかもしれないな。
205人間七七四年:2010/12/11(土) 12:08:38 ID:RNXUIDTY
>>204
その家久と信長とはどんな関係だったわけ?
206人間七七四年:2010/12/12(日) 07:07:03 ID:BOruVDhl
>>205
家久が旅行中に、偶然信長を目撃しただけ。
「中書家久公御上洛日記」に書いてあるよ。
207人間七七四年:2010/12/13(月) 19:54:08 ID:m5xzoVd+
薩摩から京って結構遠いよね。
208人間七七四年:2010/12/13(月) 20:48:44 ID:VU3O09tp
遠いね10日〜2週間は掛かる、スペイン〜ポルトガルの半分くらい掛かる
209人間七七四年:2010/12/13(月) 20:55:18 ID:nZg3Tts9
ポルトガルからは2年以上かかるけどなw
210人間七七四年:2010/12/13(月) 23:07:46 ID:yszz/7uq
船で行く場合も?
211人間七七四年:2010/12/13(月) 23:11:12 ID:nZg3Tts9
帆船の時代には季節風という厄介なものがあってだな。
一年中航海できるわけではない。冬場は海が荒れるし。
一番順調に行って2年掛かります。
212人間七七四年:2010/12/14(火) 01:16:31 ID:IHNZMrVI
南海交易ルートのペルシャ湾岸〜中国沿海部がインドで乗り継ぎして半年だから
ポルトガルの航海術しょぼいな
213人間七七四年:2010/12/14(火) 09:38:27 ID:+aQdI7TK
当時の技術じゃそれ位で精一杯だろ
214人間七七四年:2010/12/14(火) 17:58:53 ID:IHNZMrVI
1100年ごろの航海だと、アラビア商人がモザンビーク〜インドまで2,3ヶ月
中印ペルシャの商人がペルシャ湾岸〜シナまで4,5ヶ月、2年は掛かり過ぎじゃないの
215人間七七四年:2010/12/15(水) 21:11:54 ID:GT/wLPmD
だから季節風待ちの期日が入ってくるんだよと
216人間七七四年:2010/12/15(水) 22:25:29 ID:kwoUFsph
オランダの船は江戸時代末まで日本へ3年弱もかかって来た。
217人間七七四年:2010/12/15(水) 22:58:22 ID:pQAvzOQ6
>>215
だから、じゃなくポルトガル船がしょぼいだけ
紅海〜シナを往復して18ヶ月だし
218人間七七四年:2010/12/15(水) 23:14:29 ID:wjQjdebX
超時空スエズ運河があれば〜(・∀・)
219人間七七四年:2010/12/15(水) 23:17:47 ID:kwoUFsph
>>217
インド洋の沿岸伝いの気ままな旅と大西洋の荒海を一緒にしたらいけません
220人間七七四年:2010/12/16(木) 00:23:54 ID:daDp5JtO
>>218
スエズ運河の1000年以上前に
イスラム帝国が築いてるよ、地中海から紅海へ抜ける運河
>>219
紀元前6世紀のフェニキア人でも海図も地図も全く無い状態で
シリア〜スエズが2年半、その後は普通に大西洋側にも交易してたよ
221人間七七四年:2010/12/16(木) 00:31:58 ID:kI1HvSS1
具体的にポルトガル船は何が劣っていたの?
222人間七七四年:2010/12/16(木) 01:30:52 ID:uz+qVd50
遣欧使節とかもえらい時間かかってるな
223人間七七四年:2010/12/16(木) 01:46:15 ID:daDp5JtO
>>221
具体的に言うと速度
シナ・アラビア商人は紅海〜シナを往復して18ヶ月
モザンビーク〜インドが2,3ヶ月、ペルシャ湾岸〜シナまで4,5ヶ月
ポルトガル船はスピードが足りない
224人間七七四年:2010/12/16(木) 09:41:08 ID:kI1HvSS1
>>223
技術的な事の話。
225人間七七四年:2010/12/16(木) 09:52:49 ID:xl0fXxK5
「具体的に」も何も、
同じことをオウムみたいに繰り返してるだけじゃん、この人

まあ、帆船というのはでかければでかいほど航海の時期が限られるものらしいからな。
むしろカヌーや筏に毛が生えたような船の方が転覆しにくいとさ。
蒸気船がいかに革命的だったかわかるよ。
と、書くと初期の蒸気船より帆船の方が速いとか、ズレた反論して来そうだ。
226人間七七四年:2010/12/16(木) 12:45:38 ID:WYsCP2fe
ポルトガルってガレオン船だっけ?
積載量高くて頑丈だけど遅そうだな
227人間七七四年:2010/12/16(木) 15:29:56 ID:/fu1PLic
>>224
まず、カヌーや筏じゃインド洋を航海出来ない。当然沈む

次に、ポルトガル船は喫水が深くずんぐりむっくりしてたせいで
東南アジアの海を満足に航行出来ない上に速度も遅く
積載量もジャンクに比べると半分にも遠く及ばない程度

隣国の当時西欧最先進国のスペイン船ですら
地中海の戦闘でオスマン船に速度、操作性、安定性、積載量とも劣っていた
228人間七七四年:2010/12/16(木) 21:40:38 ID:MDsdeqc4
具体的な比較対象を具体的に示さず、スペックを何も挙げないで得々と語られてもなぁ。

同クラスでの積載量は上甲板を持たずに積み荷をてんこ盛りできるジャンク船が多くなるのは
自明だし。日本の弁財船も同様の理屈で終いまで上甲板を持たなかったしな。

オスマン船ってガレー船のことを言ってるのかね?
229人間七七四年:2010/12/16(木) 21:42:31 ID:MDsdeqc4
>具体的な比較対象を具体的に

大事なことなので・・・ じゃなく単なる推敲ミスw
230人間七七四年:2010/12/16(木) 21:54:31 ID:daDp5JtO
同クラスならナウよりジャンクの方が大分速いのも周知の事実だよな
ナウは東南アジアの海を航行出来ないから
インド南部でジャンクに乗り継いで交易してた事実も当然知ってる。

ドリア自ら「バルバロッサの船隊には同数では対抗出来ない」と言い
バルバロッサが撤退したときも「こちらの船は追い着けない」と追撃を拒んでいる
231人間七七四年:2010/12/16(木) 21:56:35 ID:WYsCP2fe
>>228
オスマンといえばガレーかジーベックだろうね
232人間七七四年:2010/12/16(木) 22:27:39 ID:daDp5JtO
>>231
オスマン海軍の船種は主にガレー、ガレオン、大型ガレオン、カラムサル、フスタ
233人間七七四年:2010/12/17(金) 16:13:43 ID:3x9VRp56
大型ジャンクの積載量が600トン、マニラガレオンのような大型ガレオンの積載量は2000トン。
ジャンクの半分にも及ばないってどこから出た話だ?
234人間七七四年:2010/12/17(金) 16:47:29 ID:DbRgD134
マニラ・ガレオンは外洋交易用の特異例、しかも積載量は1200d程度
大型ガレオンの積載量は400d程度、大型ジャンクは積載量600d程度
最も大型な種類のジャンクは積載量2000d程度で
スペインの最大級ガレオンと比べ倍近い積載量、しかも速度も上

そっちのデタラメ情報こそどこから出た話だよ
235人間七七四年:2010/12/17(金) 17:23:08 ID:3x9VRp56
http://www.openwaters.biz/page/history/manila_galleons.html
>In the 16th century, they averaged from 1,700 to 2,000 tons

http://en.wikipedia.org/wiki/Spanish_ship_Sant%C3%ADsima_Trinidad_%281751%29
>Tons burthen: 4,409 tons (2,000 tonnes)

http://guampedia.com/galleon-concepcion/
>The Concepcio'n was the largest ship of her day with a displacement of 2,000 tons
236人間七七四年:2010/12/17(金) 17:40:03 ID:DbRgD134
どうせそんな事だろうと思ってたけど
それ上と下が排水量、真ん中が船体重量な、しかも中の船は18世紀の建造
237人間七七四年:2010/12/18(土) 22:05:52 ID:BTJzkbNZ
鈴木、藤本は歴史(武功夜話、織田鉄砲隊など)に対して否定的な立場でアプローチしすぎ
資料とかのあら捜しばっかせずに、歴史学者たるもの正確な史実がどういったものだったかを研究すべき
真実を突き止めるより消極的な物の見方した方が無難だと言う気持ちも分かるが卑怯だな
238人間七七四年:2010/12/18(土) 22:53:22 ID:YxGXjonk
ポルトガルのキャラック(ナウ)は遠洋用の大型だから1000dはありそうだ。
>>237
そのほうが売れるから。そのほうが目立つから。
そんな理由だろうな。
239人間七七四年:2010/12/18(土) 23:46:31 ID:7R8UV6tP
質問スレで妙な自演してたが何?
240人間七七四年:2010/12/19(日) 00:04:08 ID:/FMimoxJ
>>238所詮は歴史研究にたいして熱意のないただの商売人ってことだな
やっぱ本物は小和田しかいないか...
241人間七七四年:2010/12/19(日) 00:04:31 ID:wkVRU89L
流石に釣りだろ
242人間七七四年:2010/12/19(日) 11:16:47 ID:ZAd7cD+c
>>241
その言い方も如何だろうね、と。
243人間七七四年:2010/12/19(日) 17:04:14 ID:yYlIRbL1
小和田先生はあまりにも武功でみそをつけた。あれはいかにもまずかった。
小和田の名を聞けば武功を思い出す。
244人間七七四年:2010/12/19(日) 22:13:37 ID:L2mcdzy+
今日の昼のテレ朝に黒鉄ヒロシが出てて、
「長篠の戦い・鉄砲3千挺3段撃ち」を言っていた。
藤本が新書で「長篠の戦い」を出したくなる気持ちがよくわかる。
245人間七七四年:2010/12/20(月) 08:07:43 ID:JBnv/4NU
最初は「三千挺」という数だけが正いかどうかが問題みたいな話だったと思ったが。
246人間七七四年:2010/12/20(月) 21:10:34 ID:kns4Pmss
>>237
だって現実が余りにもアレ過ぎるから仕様が無いだろうによ……なんで誰も否定的な意見を言おうとしないんだろうw
247人間七七四年:2010/12/20(月) 21:26:06 ID:bmJDmBXd
>>246
>>237は質問スレで妙な自演してたから相手にしなくてよし。
248246:2010/12/20(月) 23:32:00 ID:kns4Pmss
>>247
そうは言うけど、発言の内容自体が妙に引っ掛かったのでね。結局、否定的で消極的な見方については如何扱えばいいのだろうか?
249人間七七四年:2010/12/21(火) 10:52:44 ID:Dwtl1Am8
引っ掛かるのは釣り針が付いていたからでしょw
250日本での騎馬兵に対する扱いに対する鈴木先生の誤解? については:2010/12/25(土) 09:11:17 ID:rGy7sA4y
大陸の騎馬民族が行っていた軍馬の用法との比較という要素も大きそうな気がするのですが。
ああいう大規模で組織的なモノと比較すると確かに、日本流軍馬用法への評価が低くなってしまうのは
仕様の無い事かもしれないので……

>>249
なんでまたそういう言い方をするんだよw
251人間七七四年:2010/12/25(土) 17:24:41 ID:4I2iGlh8
マケドニアやローマやスペインの運用法も日本流と変わらんよ
そりゃモンゴルやイラン系、トルコ系、満州系と比べたら異なるけど
252人間七七四年:2010/12/25(土) 19:06:27 ID:rGy7sA4y
>>251
其の辺はなんで差が付いたのかね? やっぱり広大な平原が在るのが大きい要因だったのか??
253人間七七四年:2010/12/25(土) 20:49:51 ID:7Vl1WpYu
差が付いたというより風土や文化に由来する運用法の違いだろう。
>>251の一行目の国々と二行目の国々は、軍の主兵が歩兵か又は騎兵かでまず分かれている。
どっちに重点が置かれていたか?の話。
254吉崎俊雄 ◆FCa.QMH14U :2010/12/25(土) 22:01:53 ID:RJS8CJSL
>>247妙な自演してようがそんなこと関係ないやんけ
>>237の言ってることは一理ある
255吉崎俊雄 ◆FCa.QMH14U :2010/12/25(土) 22:04:21 ID:RJS8CJSL
>>249みたいな頭の固いアホは鈴木、藤本信者に間違いないな
痛い奴が多いから
256人間七七四年:2010/12/26(日) 00:22:11 ID:uqoGHCGd
>>246=>>248=>>254-255
まさに恥の上塗り
257人間七七四年:2010/12/26(日) 02:06:56 ID:CHA2C4mp
スレタイの作者の本でお勧めある?
ちょい読んでみたいんだけど。
258人間七七四年:2010/12/27(月) 00:59:28 ID:CU/Oo9Wo
259人間七七四年:2010/12/27(月) 02:00:17 ID:yMnPRBtG
>>251
マケドニア 金床とハンマー戦法。金床の長槍歩兵で敵を受け止め、背後側面からハンマーたる騎兵でサンドイッチにする。ポニー。
ローマ 歩兵主体。エクィテスという騎士階級で構成され、武器持ちの非戦闘員が従う。ポニー。
スペイン 長槍と火縄銃で方陣を組んだ移動要塞テルシオ。騎兵はテルシオの隙間をカバーする役目。

モンゴル ほぼ騎兵。6割が弓騎兵で、4割が槍騎兵。
      旗信号による迅速な機動、偽装退却し敵が追撃に疲れグダグダになると、槍騎兵が反転突撃し粉砕する。
イラン カタフラクトという人馬全身甲冑の装甲騎兵はローマの脅威となり、騎士の原型となった。
トルコ 軽弓騎兵と装甲騎兵の組み合わせ。偽装退却を主とする集団機動。
満州 装甲騎兵「甲騎・鉄騎」による万単位の集団突撃。軽弓騎兵がサポート。
260人間七七四年:2010/12/27(月) 07:18:17 ID:Pnxiy7/L
藤本の桶狭間説を豪快に反論した江畑説はどうなの?
261人間七七四年:2010/12/27(月) 09:20:54 ID:90nieB2m
江畑説は知らんけど桶狭間正面攻撃はねーよ
262人間七七四年:2010/12/27(月) 10:07:38 ID:Pnxiy7/L
>>261
へ〜そうなの?
藤本は自信満々で新しく新書まで出してたような気がするけど、表立った反論は
橋場ぐらいしか見ないような。
263人間七七四年:2010/12/27(月) 19:08:42 ID:90nieB2m
藤本説って根拠が何も無いよ、ありゃただの小説だ
264人間七七四年:2010/12/27(月) 19:39:20 ID:Pnxiy7/L
>>263
ほ〜、公記をそのまま分析した、みたいに言われてるけど、解釈が恣意的に
なってるということか。
よそのスレでは藤本信者みたいなのがウジャウジャいるんだけどな。
265人間七七四年:2010/12/28(火) 02:37:43 ID:QzshVtew
おかしいのは藤本じゃなくて鈴木の論点かなと思うけどね。
そもそも歴史研究じゃ間違った説を出すのはあたりまえ。
それを批判して新たな歴史認識に進展させるのが学問でしょ。
人格否定しても仕方ないとおもうぜ。
266人間七七四年:2010/12/28(火) 04:39:17 ID:uvv6KSsQ
説があってるかどうかは仕方ないとしても
藤本の正面攻撃説は根拠無しの推論だから叩かれて然るべき
20年、30年前の歴史似非学じゃないんだから
267人間七七四年:2010/12/28(火) 05:09:48 ID:gbM3DcBI
鈴木は単にエンタメだからね、NHKへのカラミなんてギャクレベルだけど。
藤本の正面攻撃を叩いてる研究者ってそんなにいるか?
トンデモ扱いされてるとは知らなかったな。
268人間七七四年:2010/12/28(火) 07:13:03 ID:uvv6KSsQ
誰も関わらないだけ、手掛かりがほとんど何も無い出来事なんだから
新事実でも出て来ない限り、まともな研究者は何とも言えないし言わない
藤本説は小説みたいなもの
269人間七七四年:2010/12/28(火) 08:16:49 ID:Bui9pXoR
関ヶ原合戦で素人がこういう日本戦史と異なる物を作れるのに、研究者が日本戦史を
批判しつつそれに依存している方が問題かと
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/5/51/Sekigaharahonsen%28sekigaharahoumen%29.jpg
270人間七七四年:2010/12/28(火) 19:38:10 ID:P84tMNpT
敗戦後は軍事史そのものが腫れ物扱いなんだよ。
羹に懲りて膾を吹いてみるとマトモなことを言ってると賞賛される。
まだそんなレベルだろ。
271人間七七四年:2010/12/28(火) 20:33:10 ID:64W3/HDq
戦後の大学で軍事学部みたいなのがないというのはそうだろうなぁ。
今だとそういう名前のゲームオタク部ならありそうだが。
272人間七七四年:2010/12/28(火) 20:43:27 ID:7j8I5gku
腫れ物扱いってことはないぞ。
むしろ一部の軍人研究家とそれに近い立場の民間人研究者に限定されていた状況から
裾野が広がったのが戦後のこと。
タブーだったら大江志乃夫の『日露戦争の軍事史的研究』や一連の著作は世に出てない。
273人間七七四年:2010/12/28(火) 20:50:58 ID:7j8I5gku
補足すると
社会史、技術史等他の歴史分野との関係が密接な研究史学としての軍事史と
応用側面の強い軍事学や戦略といった実用としての「学問」(それこそ士官学校や軍大学で教える類の)とは
立場と意味合いがちょっと違ってくる。
274人間七七四年:2010/12/29(水) 12:30:05 ID:qRqry6bp
>>259
モンゴルと満州だけ凄く浮いてますね
275人間七七四年:2010/12/29(水) 12:46:10 ID:ZB4d0FR4
>>274
トルコ、モンゴル、マンジュはほとんど差が無い、意味不明だな
276人間七七四年:2010/12/29(水) 12:48:08 ID:jBJckU6Q
ま、もう冬休みに入ってるからな〜
277人間七七四年:2010/12/29(水) 20:17:21 ID:CHF1TNR9
>>272
その人こそ膾を吹いただけの人だよ。
278人間七七四年:2010/12/30(木) 07:22:26 ID:58m2Famz
>>277
そりゃ何故だ?
279人間七七四年:2010/12/31(金) 12:21:09 ID:ZO4tDSxZ
280人間七七四年:2011/01/02(日) 08:31:39 ID:/yTA/rfv
宮本義己『誰も知らなかった江』(毎日コミュニケーションズ、2010年12月31日発行)

上記の新書を読んでみました。
小和田先生に対して批判?がすごいです。
藤本正行氏以外でここまで小和田氏の書籍を取り上げているのは珍しいと思います。
281人間七七四年:2011/01/03(月) 01:23:05 ID:WC/i24OD
>>260その江畑本はブックオフに大量に出回ってるね。
282人間七七四年:2011/02/02(水) 20:32:18 ID:C9ZTxh8y
age
283人間七七四年:2011/02/03(木) 08:07:41 ID:thBP7MD6
 藤本さんも鈴木さんも、言っている説はかなりの程度妥当だと思うのだけれど、
誰かが書いているように、ほかの論者や物書きを罵倒したり愚弄するかのような物言いが
読んでいて正直、不快なんだよね。
あれって、自分たちが歴史学の専門課程を経て研究者になったプロパーではない
ということからくるコンプレックスのからくるものだと思うのだけれど。
問題は、ためにする罵倒を、しかも同じような論拠、論証、罵倒、揶揄、愚弄として
リピートする姿勢と、そんな本を何冊も出す出版社(洋泉社じゃ!)の不見識ではないだろうか。
それと、特に藤本さんだけど、『信長公記』をあまりに持ち上げるのもどうかね。
ありゃ、要するに伝記史料、編纂史料だろう。古文書ではないわけだから、
基本史料にはなりえないだろうに。そもそも、脚色や誇張、時の政権に対する
阿諛追従が否めないのは自明のことなのだから。

284人間七七四年:2011/02/03(木) 13:26:00 ID:AIlyvxbi
>>283
>  藤本さんも鈴木さんも、言っている説はかなりの程度妥当だと思うのだけれど、
そこがもう間違い
285人間七七四年:2011/02/03(木) 17:20:25 ID:ShfJquBZ

第一章 『武功夜話』を偽書といって悪いんですか?
第二章 司馬遼太郎先生、お言葉ですが…
第三章 やっぱり<武田騎馬隊>はいませんよ!
第四章 信長が「鉄船」を造ったと気楽に主張される方々へ
第五章 「鉄砲は、やっぱり信長よね」と口癖のように言う方へ
第六章 本能寺の変にどうしても「黒幕」を登場させたい方へ
第七章 信長・秀吉の成功は「兵農分離」のお陰ですか?
286人間七七四年:2011/02/03(木) 17:57:10 ID:sfsjhhBB
>>285
新刊が出たの?
287人間七七四年:2011/02/03(木) 19:03:17 ID:lrkW644i
第八章 多段撃ちが無かったと思い込んでいる方いませんか?
第九章 信長の支配と統治が先進的だという誤謬を信じる人、多いです
288人間七七四年:2011/02/03(木) 19:22:28 ID:FS/A9y+S
サッカー評論家の杉山と同じで、攻撃的な書き方をするライターは叩かれやすい。
289人間七七四年:2011/02/03(木) 20:25:07 ID:ShfJquBZ
290人間七七四年:2011/02/03(木) 20:25:52 ID:ShfJquBZ


武田騎馬隊、鉄砲三段撃ち、「武功夜話」を信じる方々へ!
旧説・奇説にしがみつく人々への最後通牒!!

◎世の中の常識
今や戦国ブームの真っ只中。無名だった武将も人気を博し、
謎だった事件の解明のためにさまざまな説が登場して百家争鳴の態をなしている。

◎本書の核心
在野の研究者を差別する人たち、歴史研究と文学作品の違いが分からない人たち、
自説に拘泥して論争・議論から逃げ回る人たち。
通説を信じる方々の裏事情は、理不尽を通り越して絶望的な状態。

291人間七七四年:2011/02/03(木) 20:25:53 ID:qJ2Ck581
さすがにお杉と同一にされたらかわいそうだ
292人間七七四年:2011/02/03(木) 21:29:03 ID:8wL+AYmR
ID:ShfJquBZは誰と戦ってるんだ?
293人間七七四年:2011/02/03(木) 21:40:28 ID:7p0rLT1g
鉄砲の多段撃ちが無かったという鈴木せんせは
西洋の多段撃ちをどうやって否定してるんですか?
294人間七七四年:2011/02/03(木) 21:50:06 ID:8wL+AYmR
>>293
西洋の多段撃ち以前に、朝鮮役で日本から学んだと思われる
明軍の多段撃ちがあるけどね。
295人間七七四年:2011/02/03(木) 23:13:49 ID:lrkW644i
だよな、明の記録に倭虜の輪番撃ちは脅威で近付くことも侭ならない
っていう報告あるし
296人間七七四年:2011/02/04(金) 06:03:26 ID:XTvnWeA6
多段撃ちなんて東南アジアでもやってんのにw
思いつかないほうがありえないだろ
日本でも1977年の根来攻めで、雑賀衆が多段撃ちで織田をボコってる
25人×2列の鉄砲横隊と弓隊というユニットを幾つも並べる戦法
297人間七七四年:2011/02/04(金) 13:09:50 ID:XHAoFNDT
さすが和歌山だな時間が止まってる。
昭和になってもニホンオオカミが生き残っていたと言われるのも納得だ
298人間七七四年:2011/02/04(金) 21:08:08 ID:lGb38V4S
日本でも1977年の根来攻め
299人間七七四年:2011/02/04(金) 22:15:31 ID:wh/GjAOa
和歌山は関西とは認めません(キリッ



・・・ってえのもあったなw
300人間七七四年:2011/02/04(金) 23:53:33 ID:HPsaP5Mj
横浜在住じゃなかった?
301人間七七四年:2011/02/05(土) 01:45:50 ID:zqpugc1i
>>283
>  藤本さんも鈴木さんも、言っている説はかなりの程度妥当だと思うのだけれど、
というが、

>それと、特に藤本さんだけど、『信長公記』をあまりに持ち上げるのもどうかね

この時点で、おかしいと気づかないといけないよ。
なぜなら「信長公記」ほど、
彼等の桶狭間に関する説に対して、都合の悪い本はないからだ。

通説と違い「信長公記」の今川の軍勢は、約四万五千。
この数値が、いかに彼等にとって都合が悪いか。

1.通説の二万五千ですら、正面攻撃説の非合理性が問題にされてたのに、
その点が、ますます厳しくなる。

2.信長上洛の三万八千よりも多い軍勢を出陣させたのに、
国境紛争であると果たしていえるのか?

二つの問題が、浮かんでくる。
302人間七七四年:2011/02/05(土) 02:27:31 ID:zqpugc1i
>>301続き
同じことについて、今度は長篠の戦いにおける、『甲陽軍鑑』を題にしよう。

両氏は、騎馬隊否定に「甲陽軍鑑」の記述を挙げるが、例の品第十四の記述をみると、
否定しているのは、
<「長篠の戦い」での、さらに「武田」における騎馬攻撃であり、騎乗攻撃そのものではない>
ことがわかる。

「長篠合戦場、馬十騎とならべて乗るところにてなし。」
「三方が原あしがかりなれども、これにさへ馬を入れず候。」

上の「甲陽軍鑑」の記述は、武田の馬入りを否定したが、「騎馬武者を並べての乗り入れ」という戦法を
むしろ裏付けているとさえ言える。

似たような話として、鈴木氏が切って捨てた、
三方が原における「鶴翼の陣」「魚鱗の陣」が、
氏がたびたび引用する、「三河物語」からでた話だということを、
指摘して話を終えます。
303人間七七四年:2011/02/05(土) 16:09:36 ID:Cde0S0yI
藤本は自分の正面攻撃説とかを学会で認められたように言ってるけど
アカデミックに所属してる人から見てどうなの?
この時代はなんか民間の方がいろいろ活発には思うのだけどな。
もちろんガチガチの史料主義からみると全部妄想扱いされるんだろうけど。
304人間七七四年:2011/02/05(土) 19:50:13 ID:9O5rb1TO
いつも通り主張するのは勝手、あくまでも説の内の一つちゅうスタンスやろ
305人間七七四年:2011/02/05(土) 22:33:46 ID:tU7WNKDM
「俺の言葉は絶対真理。異論を唱える奴の知能はサル並み。」

・・・ここまでひどくは無いかもしれないが、こんな感じのことを大声で叫んでいる人間は、良い人間関係を築いているようには思えない。
学会とかなんとか言っても人の集まりなんだしw
306人間七七四年:2011/02/06(日) 01:12:25 ID:Ps0UJcHH
>>303
藤本は実は歴史学界の人間でもあるので、学界的には単に
一般向けの概説を書くときに参照する本が新しくなっただけ

桶狭間の正面攻撃やら一夜城はなかったみたいな話は
歴史学的には瑣末な問題なので、史料を検討してそう
言ってるんならそっちに従いましょうって感じ
307人間七七四年:2011/02/06(日) 09:42:12 ID:VsjAJd6u
>>306
なるほどねぇ。
学会と言うのはそういう些細なことを調べるのが仕事と
思ってたがな〜。
鈴木と組んでるあたりも不思議でかえってエンタメっぽく
思われそうに思うんだが。
ちなみにウンタラ学会というのは何か目新しいこと言っても必ず
無視とかさげすみとかそういう態度から始まると聞いたが
そういうもんなのか。
最初に藤本が正面攻撃説持ち出した時はどうだったんだろうな。
308人間七七四年:2011/02/06(日) 09:56:49 ID:m6e2aTrm
>>307
どちらかというと「軍事に関わるといった下賤な事は学会の品位を下げる」
という認識だったりする
309人間七七四年:2011/02/06(日) 10:10:56 ID:BTp3WXkA
日本では軍事学戦史学は学問じゃないからね
310人間七七四年:2011/02/06(日) 10:54:09 ID:VsjAJd6u
>>308
へぇぇ。
刀や甲冑、城郭という分野はそういうのに入るの?
単に趣味の方なのかな。
311人間七七四年:2011/02/06(日) 11:04:35 ID:m6e2aTrm
>>310
刀や甲冑は古美術品という観点
城郭は建築学、歴史学、考古学という観点

だから武器としての使い勝手とかの考察は殆どなされていない
城郭も建築学的観点と歴史学観点と考古学的観点が乖離しているし

だからこそ未だに「日本戦史」が引用され続けたり、鈴木氏等の極論を
軍事史にはド素人の歴史学者は無批判に取り入れてしまうわけだ

軍事史に関しての歴史学者のレベルはドイツマンセーの軍オタ以下と断言して良い
312人間七七四年:2011/02/06(日) 11:22:36 ID:BTp3WXkA
軍事学者、歴史学者、軍人等の専門家額を寄せ合わせての研究は
「日本戦史」までだからな、
研究としてはともかく権威としてはこれからもずっと最高位だろう
313人間七七四年:2011/02/06(日) 11:42:50 ID:m6e2aTrm
>>312
それじゃ駄目だと思うんだけどね
最近はネタも尽きたのか、そっち方面に手を伸ばす笠谷氏なんかの歴史学者もいるが、
レベルが低すぎて泣ける(例えば、関ヶ原合戦の家康本隊を家臣の石高のみで評価するとか)
314人間七七四年:2011/02/06(日) 13:20:30 ID:OtJjYcVr
>>311-312
ん、例えば中野等の『戦争の日本史16 文禄・慶長の役』は全体としては良著なんだが、
実際の戦闘などの軍事的な部分はほとんど日本戦史の引き写しだしな。


315人間七七四年:2011/02/06(日) 14:48:09 ID:BTp3WXkA
>>313
読んだが軍制・編成については大番などの組織に触れられることも無く
あまりに中途半端だった。たしかに軍オタの方がましな事言いそうだ。
316人間七七四年:2011/02/06(日) 15:06:21 ID:VsjAJd6u
なるほどなぁ。
歴史にしてもきわめて限定的な分野で
しかも他分野には聞かず言わずなんてやっててはそれこそ
木を見て森を見ずって風になるわけか。
そして民間人に批判?されると、素人だまれ、ってか。

そういう教授の元で学ぶとどういう風になるんだ。
2ちゃんにはそういうのいっぱいいそうだが。
317人間七七四年:2011/02/06(日) 17:41:50 ID:u9pM8xc3
東洋史の方なんかはタコツボ化がすごくてな。
例えば、明代には代々官僚を輩出していたけど清代には仕官を止めた○○省××の豪族・△氏についての研究、とかな。
ある意味すごいんだけどね。
もうどうしろとw
318人間七七四年:2011/02/06(日) 19:04:23 ID:VsjAJd6u
それは日本史でも普通じゃないのかな。
おもろいのはレキジョさんたちもそうなこと。
聞いたこともないような名前だして「一番猛将は00」「智将はxx」とか
こまけぇこまけぇ。
319人間七七四年:2011/02/06(日) 19:10:35 ID:Ps0UJcHH
>>316
いや、藤本に依拠する学者がいるのは、単に彼の著作以後
別の説で上書きされていないからに過ぎない
藤本がそうしたように、別の説を実証した研究が出れば同様に
上書きされる

そもそも藤本の議論は先行研究の瑣末な部分を再検証する
スタイルが多いので、部分的に取り入れてるだけのことも多い

また、藤本が否定している事柄を著作に書かない研究者がいても
藤本説に従っているとは限らない。例えば一夜城に触れていない
からといってその研究者が藤本説を認めていることにはならない
(ちょっと今すぐ確認はできないが一夜城に触れない研究者は
藤本以前からいたはずなので)

>>317
日本史だって戦国時代に軍役負ってたが江戸時代に庄屋になった
○○国××の土豪△氏についての研究とか発表されてるんだから
似たようなもんだろ

もっとも、これは兵農分離による身分制の展開の事例研究だから
読み方次第で軍制史的に有益な情報を引き出すこともできる
320人間七七四年:2011/02/06(日) 19:23:23 ID:VsjAJd6u
>>319
ふむふむ、瑣末というのがミソだな。
正面攻撃とか騎馬隊とか、定説を根本的に覆した、という
ように言ってるけど、そういうの自体が瑣末ってことだっけ。
藤本はこれを聞いたらどう思うかね。

正面攻撃説への反論はこないだの新書で再反論してたなあ。
橋場へはページさいてたけどもう一人の方は1pぐらいだったか。
後者のほうが本格的な反論だと思ったから意外だったな。

小和田にはマジがらみするからそこは結構好きだぞ、藤本。
321人間七七四年:2011/02/06(日) 21:56:32 ID:u9pM8xc3
武器兵器戦術論なんかは男の子の大好きな部門ではあるが、視点変わればどうでもいい話にもなってしまうのかなw
322人間七七四年:2011/02/06(日) 22:08:34 ID:m6e2aTrm
>>321
必要とする知識が多すぎるので、広い分野をカバーすることが必要
つまり専門化とは逆の方向性を必要とする
323人間七七四年:2011/02/06(日) 23:10:55 ID:N2w/hkWp
どうでもいいというより、やれる能力と知識を持つ人間がいないだけだわな
藤本説よりは学者じゃない橋場説の方がよっぽど自然で説得力あるし
324人間七七四年:2011/02/06(日) 23:15:12 ID:BTp3WXkA
>>321
本来はどうでもいい話というわけではないんだがな
歴史学はしらんが古典とか、日本人、中国人、オーストラリア人のいい年した教授が
取っ組み合いの口論しながらひとつの漢字のその時代の読みかたを
議論しているのを見たことがあるが、
どうでもいい些細なことを真剣に研究するのがある意味学問
単純に日本には戦史を研究している学者が居ないわけで
正面攻撃論は物好きがせっかく調べたので採用しましょうかという感じ
325人間七七四年:2011/02/07(月) 10:30:46 ID:0fapmq97
ふ〜ん。
藤本の言う、公記すら十分に研究されてなかった
というのはそういう戦史部分が軽視されてたわけってことか。

関が原なんかゲームっぽくいろいろ創ってるオタクが多いけど
そういうやつらの方がかえって詳しいと言うか知識はあるわけね。

戦史を軽視するのはやはりある種のタブーにひっかかるんだろうなぁ。
大学に軍事史学部はないとかいうけど、防衛大学にはあるのかな?
少なくともあそこは歴史の1分野にしろ勉強しておくべきとは思うが。

橋場よりも江畑のほうが細かくて面白かったけどね。
後からのほうがそりゃそうなんだろうが。
326人間七七四年:2011/02/07(月) 11:25:39 ID:A3NYSH6Q
>>325
http://www.nda.ac.jp/cc/df/gaiyou.htm
この通り、残念ながら防衛大学校でも近代以前の日本戦史には触れておりません

結論を述べますとお高く止まっている連中の中に、近代以前の日本戦史に詳しい奴は
「 一 人 も い な い 」
という事なのです、笑っちゃいますね。

そして情けないですね。所詮これがこの国の文化レベルです。
ぶっちゃけこの分野ではアフリカの最底辺国以下と言ってもよいでしょう。
327人間七七四年:2011/02/07(月) 11:42:54 ID:9kxq6jLG
軍事史が真面目な学問扱いされないのは敗戦が原因じゃなくて、
「戦は侍(軍人)がするもの」って概念が根強いからだろうね。

明治維新までは民百姓にとって戦争は基本、他人事。
戦争に当事者扱いされたのはB-29の空襲ぐらいか?、
欧州みたいに軍役を負える奴が参政権持ってる「市民」って感覚はない。
328人間七七四年:2011/02/07(月) 12:32:13 ID:QhSDYeRj
外国の軍事史家の著作でも「学界では軍事史は軽視されており、
これまで充分に検討されてこなかった」とか書いてあるから
実は世界中どこの歴史学界でも事情はそれほど変わらない
329人間七七四年:2011/02/07(月) 12:38:02 ID:A3NYSH6Q
>>328
日本は軽視とかそれ以前に、存在すら認識されていない
330人間七七四年:2011/02/07(月) 17:24:12 ID:9M4CMt92
鈴木の新書の新刊が出てたね。
反論とかのウラ話みたいで立ち読みだがかなり面白かった。
ここでは藤本批判が多いが、そんなこと言ったら小和田、藤田あたりはどうなるんだ
ってとこだな。
吉乃画像なんてのもあるとは知らなんだわ。
331人間七七四年:2011/02/07(月) 17:32:14 ID:av3q+ZDD
>>327
現代欧州には軍役を負える奴が参政権持ってる「市民」って感覚は全くない
ゲルマン人はマケドニア人やローマ人とは違う

近代国家の事を指してるなら大日本帝国も徴兵制だし
332人間七七四年:2011/02/07(月) 23:23:52 ID:kNeOyH7B
どっちかっていうとアメ公はそれに近いかもね。
移民が市民権得るためには兵役義務・徴兵台帳への登録義務が必要みたいだし。
333人間七七四年:2011/02/07(月) 23:36:03 ID:9PWVq7v7
ローマ帝国も外国人をどんどん受け入れたから崩壊したわけで
今の日本がまさにそれ
334人間七七四年:2011/02/08(火) 09:28:06 ID:FqKyhb4B
日本は島国で、いったん入れると追い出すのに苦労する。
で、話戻さないか。
335人間七七四年:2011/02/08(火) 18:11:41 ID:JwYCxRm5
>>330
その本読んだが、藤田ってバカじゃないか?
反論があるなら一般書執筆より前に学術誌に書くべきって、
自分だって新書(謎とき本能寺の変)出してるだろ。
336人間七七四年:2011/02/08(火) 18:17:26 ID:38LElsq7
まあ藤田だし
337人間七七四年:2011/02/08(火) 18:31:47 ID:hIBTmNfJ
>>333
結局、自国を守れる愛国心があるかどうかだな
末期には兵士のほとんどは金で雇った蛮族がほとんどで
肝心のローマ人は享楽に耽る始末だ
現在のどこかの国とよく似てるな
338人間七七四年:2011/02/08(火) 18:53:04 ID:X9e6iG0z
>>330
若干、キレ気味だったなというのが感想
339人間七七四年:2011/02/08(火) 19:07:32 ID:W1R9al7e
軍忠状関連については何か書いてあった?
340人間七七四年:2011/02/08(火) 19:24:48 ID:08mecAxq
>>335
まだ全部読んでないからあれだけど
藤田は義昭黒幕説という汚点があるからちと困ってるんだろね。
武功を江戸期と言った三鬼あたりに一番責任があるんだろうけど
あんまり三鬼にはからんでないようなとこがあるわな。

やっぱり、小和田藤田あたりが広めた責任をとらないということで
武功問題はこの2人の去就が楽しみだ。
341人間七七四年:2011/02/10(木) 22:52:01 ID:cFvjS4ZF
このへんで日本における騎馬隊の話でもしましょうかね。

あと鉄砲三段撃ちというのは三人一組で役割分担したのが本当なんですか?
342人間七七四年:2011/02/10(木) 23:09:47 ID:ZRAyF43Y
ループ話し飽きた。
343人間七七四年:2011/02/11(金) 00:40:38 ID:no7QIINh
     *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *
344人間七七四年:2011/02/11(金) 20:36:58 ID:duMsu99B
結局のところ射撃戦から刀槍戦へ持ち込むのは避けるべき愚考だったんですかね?
345人間七七四年:2011/02/11(金) 21:49:19 ID:6HXsK7ns
白兵戦無しで首が取れるんならそうかもしれないね。
346人間七七四年:2011/02/12(土) 02:07:22 ID:pz+jWZ8t
>>345
そんな鈴木センセイwみたいな事言わなくても良いじゃないか
347346 追記:2011/02/12(土) 10:01:53 ID:pz+jWZ8t
それじゃまるで白兵戦が首獲り以外に存在意義が無かった様なモノじゃないか、と。
348人間七七四年:2011/02/12(土) 10:14:36 ID:gMiSCmYQ
射撃戦なんか物陰に隠れていればまず負けることは無いだろう。
戦いはいつまでたっても終わらんし領地も取れないが
349人間七七四年:2011/02/12(土) 15:49:28 ID:pz+jWZ8t
>>348
大砲みたいに物ごと破壊可能な兵器が在れば…いや何でもありません
350人間七七四年:2011/02/12(土) 16:46:51 ID:cZ3ZxWf7
大砲は大砲で軽く盛り土されたら効果無くなるじゃん、低い弾道で鉄球撃ち出すだけだし
351人間七七四年:2011/02/12(土) 19:13:20 ID:trLQ5a2f
1500年ころ以降、アジア諸国の官僚は軍事技術においては市壁や城壁に対する究極兵器であった巨大な攻城砲に頑固にこだわりつづけた。
火薬兵器を新しい方向へと発達させる手段と動機をもつ者は誰ひとりなかった。
そして、築城方法を改めて砲撃の効果を弱めようという試みをしたのは日本人だけであった。
(「戦争の世界史」W.マクニール著より抜粋)

国内の合戦では大型の攻城砲なとは全くと言っていいほど使用されなかったけれど、結果的にはそれらに対する防御もある程度できてしまっていたらしい。
メインは小銃に対する防御なんだろうけどね。
小城ならともかく、それなりの規模の城を射撃戦だけでどうこうできたなどとは考えない方がいいでしょう。
352人間七七四年:2011/02/12(土) 19:16:50 ID:cZ3ZxWf7
小銃つったって火縄銃はかなり大型じゃん
353人間七七四年:2011/02/12(土) 21:02:21 ID:trLQ5a2f
日本の城は大砲に対しても幾らかの防御効果があるって評価だよ。→火縄銃は大型だよ。

意味不明。
354人間七七四年:2011/02/12(土) 23:06:05 ID:lnl2wPvl
西洋も大砲の発達でいったん構造物による防御を諦めた。それが菱保式要塞
でもそれも旧式化して19世紀半ばには厚いレンガ壁で覆われた要塞に移行していく
355人間七七四年:2011/02/13(日) 06:46:34 ID:SjLqhuhk
>>348
水食料が尽きたら終わる
356人間七七四年:2011/02/16(水) 10:56:59 ID:qfeAR3C4
age
357人間七七四年:2011/02/16(水) 14:06:34 ID:8c9soI/J
せっかく鈴木が新書出したのに反応がないなぁ。
鈴木の勝ちかあ。
358人間七七四年:2011/02/16(水) 14:21:56 ID:Zxmmt13r
いまさら誰も買わないからな、反応しようも無い。
359人間七七四年:2011/02/16(水) 22:23:16 ID:x1Q5jI/3
買ったけど?
武功夜話偽書・本能寺の変謀略なしを支持してるから
内容も納得できた。
360人間七七四年:2011/02/17(木) 00:12:11 ID:HmAHYNRb
>>357
過去本の同じ内容の繰り返しが多いから、ちょっと最近はご無沙汰。
361人間七七四年:2011/02/17(木) 17:05:39 ID:PlQJWddJ
>>360
内容じゃなくて、反論とかその後の内輪話、みたいなことが書いてるのは
かなり面白いと思ったんだ。立ち読みで悪いが。
小和田に訂正求めて、慣例としてしない、なんてのは当事者じゃないとわからないしね。

鈴木はNHKも嫌いだろうし、小和田の考証なんかにもからまないかなって。
お江はぶっとびだしね。
362人間七七四年:2011/02/18(金) 21:05:54 ID:IosbNlWN
そういえば、本能寺謀略説採用した大河ドラマってあったっけ?
363人間七七四年:2011/02/19(土) 12:42:53 ID:PxeuFyrR
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E8%83%BD%E5%AF%BA%E3%81%AE%E5%A4%89%E3%82%92%E9%A1%8C%E6%9D%90%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%9F%E4%BD%9C%E5%93%81#.E3.83.89.E3.83.A9.E3.83.9E
これを見た限りでは、「秀吉」にそれっぽい描写(家康が光秀を唆した)がなされているらしい。

基本的に海音寺や司馬遼は謀略説を採っていないようなので、爺さん世代の定説はむしろ光秀単独犯行説なのではないかと思われる。
364人間七七四年:2011/02/19(土) 12:46:48 ID:NMqjuvxE
爺さん世代はむしろ吉川太閤記の
惟任さんが馴染み深いかも・・・ってそれは昔過ぎるかw
365人間七七四年:2011/02/19(土) 15:22:37 ID:zIKYIjf3
爺さん世代だが昔は怨恨中心だったのね。
謀略は結構新しいイメージだが今で言うマニアっぽいのが
のっかってそれなりに普及はしてた。
最近のネット的陰謀史観とはまた違う感じがする。
やたらなんでも陰謀とか秘密結社に結びつけるでしょう。
366人間七七四年:2011/02/19(土) 20:02:34.77 ID:GcRJ+izA
>>361
いつもより面白そうだなw 本屋で見たら買ってみるわ。
367人間七七四年:2011/02/21(月) 23:51:43.83 ID:FBB/7XQE
でも後味が悪いというか、「俺らが全部正しい。批判する奴は馬鹿」的な
感じがして好感が持てない本だったなぁ。最後通牒とかいう副題も本人た
ちの意思に沿ってるのか知らないけどなんだかなぁって思う。
368人間七七四年:2011/02/22(火) 00:27:07.79 ID:aR5sMCxL
だって藤田達生も桐野作人も、藤本と鈴木の反論を一切よまずに、本書いて来るから仕方ないじゃんw
桐野に内容証明付きで、「私の本を本当によんでいるんでしょうか?」と聞いても
返事よこさなかったとか笑い話だよねw

まあ、藤本・鈴木に反論ある人は洋泉社宛てに直接送ってみたら?
細か〜く間違いを指摘した反論書いて送ってくれる可能性も大いにあるみたいだから。
おかしいと思えば、ここで晒せばいいんだし。
369人間七七四年:2011/02/22(火) 00:57:54.75 ID:4vW0xuCq
相手するに値せんわ、トンでも論でぴーぴー騒ぎ過ぎて信頼性が無い
370人間七七四年:2011/02/22(火) 17:21:33.38 ID:T1WsQSaH
>>368
こちらが上手く解釈してやらなければ意味の通じない
矛盾と自説否定だらけの本を書いてるのだからしょうがない

物書きなら読者によく読めじゃなくて読みやすい本を書けと
371人間七七四年:2011/02/23(水) 04:14:47.83 ID:j2VcwPku
>>285
わろた
372人間七七四年:2011/02/23(水) 11:35:27.83 ID:ziyw2Sdl
285は本当にこういう本が出たのか・・
おそろしすぎだ・・
373人間七七四年:2011/02/23(水) 13:23:36.18 ID:QCW6C//5
藤田達生の「謎とき本能寺の変」の駄作ぶりには笑った。
足利義昭を過大に評価しての「義昭黒幕説」とは笑止千万。

義昭の政治力なんぞ、信長に軍事敗北して京を追われた時点で終わってるのに
賤ヶ岳での柴田敗北により義昭の政治的影響力が失墜したという見解は常人のそれではない。

義昭が反信長包囲網の核だったのは元亀年間の間だけ。
天正期の反信長の中核は石山本願寺。
失脚した義昭は生きる政治的死人。

学者といってもこの程度のオツム。
だから義昭都落ち後、信長は義昭の子義尋を擁立する腹だったなどという愚見も平気で垂れ流す。
義尋は義昭が己が命欲しさに信長に差し出した単なる人質。
政治的には何の価値もないのだから擁立しようがない。

それが可能なら、
関ヶ原の勝者・家康は、敗者・三成の子を擁立してるわな。
374人間七七四年:2011/02/23(水) 13:35:46.71 ID:chNgF3Vv
   ∧_∧      ∧∧
  ( ´∀`).     (゚Д゚,,)
  (     )      (   )
(( 人  Y       |  |  ))
  し(__,)      し'ヽ)

       ∧∧ ∧_∧
.      (゚Д゚,( ´∀`)
       (   (     )
        | (( 人  Y
       し'ヽし(__,)

     ∧∧      ∧_∧
.    (゚Д゚,,)     ( ´∀`)
     (   )     (     )
      |  | ))  (( 人  Y
     し'ヽ)     し(__,)

  ,.'´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
  !    ス レ 違 い    !
  ヽ、              ノ
     ̄`V´ ̄ ̄ ̄ ̄`V´ ̄

.     ∧∧      ∧_∧
     (,゚Д゚,)     ( ´∀` )
.      ( c0m     (  c0m
     〈 fヽヽ     / /ゝ 〉
     U  J    (__)、_,)
375人間七七四年:2011/02/23(水) 21:18:35.66 ID:/IRekkRI
いいんじゃないの?
読者はかなり被ってるんだしw
376人間七七四年:2011/02/23(水) 22:58:03.40 ID:WJr/HmSx
>>367
いいじゃないかそれくらいの自意識は認めてもさ。
そういう気概が無いと説得力も時代を作る力も生まれないぞ?
377人間七七四年:2011/02/24(木) 19:43:16.56 ID:OTqNB1pD
能力無いのにそういうこと言っても痛い人にしか見えないよな
378人間七七四年:2011/02/24(木) 21:04:56.87 ID:20GJ/hMC
ふと思ったけど、
現在の鈴木真哉って、「次々と通説を打ち砕く」ような内容の本は出してなくね?
奇異な内容の本は見かけなくなった感じがする。

むしろ、読まなくても「うんうん、そだね」と言って済む内容が多いという感じ。

別の人の本では、
(戦争の日本史/南北朝 など)遠戦指向の普及は南北朝時代後半ぐらい? だそうだが。

あと、これまた別の論者によると、ヤリの登場は鎌倉時代頃で、
当時は「槍」ではなく「鑓(日本でだけ用いられた「国字」らしい)」と書かれたとも。
379人間七七四年:2011/02/24(木) 21:32:03.36 ID:OTqNB1pD
釣りはいいよもう
380人間七七四年:2011/02/24(木) 23:55:21.28 ID:ZP7A62oj
さすがにあきた
381人間七七四年:2011/02/25(金) 02:28:01.25 ID:wW60/qNj
まぁなんというか、自分と意見が違う人に対しても真摯に向き合うべきだ
と思うね。こういう本は自分の品位を落とすだけでは。出版社は刺激的な
タイトルで儲けようとするのだろうけど。どっちが正しいとかじゃなく、
読んでて気分はよくないよね。
382人間七七四年:2011/02/25(金) 05:08:04.40 ID:43h+FbCj
でも他板で鈴木の名前は知らないけどそのキャッチコピーだけは知ってる層がけっこう多かったりするから
商売人としてのセンスはいいんだろう
383人間七七四年:2011/02/25(金) 10:05:13.78 ID:2TzDEGME
第一章 『武功夜話』を偽書といって悪いんですか?
第二章 司馬遼太郎先生、お言葉ですが…
第三章 やっぱり<武田騎馬隊>はいませんよ!
第四章 信長が「鉄船」を造ったと気楽に主張される方々へ
第五章 「鉄砲は、やっぱり信長よね」と口癖のように言う方へ
第六章 本能寺の変にどうしても「黒幕」を登場させたい方へ
第七章 信長・秀吉の成功は「兵農分離」のお陰ですか?

武田騎馬隊、鉄砲三段撃ち、「武功夜話」を信じる方々へ!
旧説・奇説にしがみつく人々への最後通牒!!

◎世の中の常識
今や戦国ブームの真っ只中。無名だった武将も人気を博し、
謎だった事件の解明のためにさまざまな説が登場して百家争鳴の態をなしている。

◎本書の核心
在野の研究者を差別する人たち、歴史研究と文学作品の違いが分からない人たち、
自説に拘泥して論争・議論から逃げ回る人たち。
通説を信じる方々の裏事情は、理不尽を通り越して絶望的な状態。
384人間七七四年:2011/02/25(金) 19:54:45.92 ID:GzNdByUq
なんつーか賞味期限切れ
385人間七七四年:2011/02/25(金) 21:10:18.58 ID:wDKwHvIx
立花京子は本能寺の変の黒幕は、
誠仁親王と近衛前久と共謀との見解示したが、アホらしいくらいの寝言だ。

近衛前久は信長暗殺に関与していたが、誠仁親王は全くの局外。
何故なら誠仁は信長の後援が無ければ天皇になれなかったからだ。
正親町帝は誠仁に皇位を譲る気などさらさら無く、
だから懸命に信長の圧力に耐え譲位しなかった訳だ。

事実、正親町が皇位を退いたのは、誠仁が変死した直後。
誠仁が死ぬのを待っていたのは明白(謀殺の可能性も有)。

386人間七七四年:2011/02/25(金) 23:55:11.89 ID:MY6YT6jz
なるほどな。
信者も戦術関連は全滅、鈴木の全敗だと判断しているわけか。
387人間七七四年:2011/02/26(土) 00:01:37.28 ID:SN6Hd6Ye
そもそも『鈴木信者』も『鈴木説』もお前らの脳内だけの架空の人物。
388人間七七四年:2011/02/26(土) 00:03:17.19 ID:KAK0TCIo
アンチの脳内だけの架空の人物および架空の理論、といいなおした方がいいか
389人間七七四年:2011/02/26(土) 02:32:42.23 ID:1Cxpr/10
暴れてて信者扱いされてる奴は鈴木の名前知らないケースが多い
390人間七七四年:2011/02/26(土) 02:38:54.02 ID:UL0wHRK2
たまたま本読んでそのまま受け売りしちゃうケースだなやっぱ
強気な文体に影響されてしまうんだろう
391人間七七四年:2011/02/26(土) 14:01:17.18 ID:+xaksmrz
>379
たとえば、「武具の日本史」(近藤好和、平凡社新書)あたりでは、
古代の兵種から近世・近代までの概略の部分では、
古代には「打ち物歩兵」「弓射歩兵」「弓射騎兵」の3種類があり
(弓射には歩兵と騎兵があるが打ち物は歩兵のみ)(打ち物として、長柄の槍(ホコと読まれた)が用いられた)
刀剣は全員が装備するが、弓や槍が利用できなくなったときのための第二の武器という位置づけだった、
(王権の象徴たる剣は実戦では主力武器ではなかった?)
平安期には打ち物が廃れ、
鎌倉末期に鑓が登場して普及、やがて弓射騎兵は廃れて打ち物(鑓)騎兵に変わる
そして近世初頭(織豊期?)には鑓が武士の象徴になるほどにまで普及
とある。
確かに刀は誰もが所持する基本武器ではあるが、主力たる武器が利用できなくなったときに使うのがメインであって、
むしろ「予備の武器」っぽい位置づけに見える。

著者である近藤好和氏は有職故実の専門家だそうだ。
392人間七七四年:2011/02/26(土) 14:08:55.45 ID:+xaksmrz
「通説を打ち砕く」感が強いのは、オレにとってはむしろ藤木久志先生の戦国シリーズかな

戦国時代の戦争では略奪が常態化していて、
戦争になると村人は村を離れて山奥の隠れ城に避難するか領主の城に避難するかした、
戦国時代は連年の飢饉のために飢餓が常態化していた、
戦場では人さらいが日常化していて、捕まえた村人を売り払うのを目当てにして人買いが部隊に付き従っていた
なんて話が続く。
戦国期の城の多くに「土居」という部分があるのもひょっとすると
「土民の居場所」(領民が避難してバラック?を構える場所)のような意味だったのかと思えるほどだな。

兵員の食料も自弁ではなく支給品だったとある。
どれも、従来の戦国観を覆された感じだよ。
393人間七七四年:2011/02/26(土) 20:01:39.80 ID:KAK0TCIo
ここで真面目に書いたって、バカに煽られるだけだぜ。
近藤も藤木も2ちゃんに信者大勢いるけど、色々問題のある人々だ。

近藤の典拠は軍記物ばっかり。
「軍記物にこんな記述がある」と書くだけならいいんだけど
「軍記物にこう書いてあるから、現実の武士にも同じことができたはずだ!」
なんて理屈にもならない理屈で、スーパーサイヤ人同士のバトルみたいな合戦像を見て来たように描く近藤。
武士の強さに小学生みたいに憧れる男にとって、近藤はアイドル。

藤木に対する批判は「左翼」「自虐史観」とかそんなんばっかり。
2ちゃんやネット上に、彼の本を拡大解釈して、
戦国時代の戦争に軍費なんて必要なく、他国に攻め込めば攻め込むほど儲かった
などと藤木本人が聞いたら卒倒しそうな合戦観を、大真面目に書く者を増やした。

近藤も藤木も、アレな人を大量生産したという意味では功罪半ばだね・・・
394人間七七四年:2011/02/26(土) 20:15:58.76 ID:pAQT7on/
鈴木は論外として
藤本みたいに煽り文書いて儲けようとしないだけ百歩もまし
395人間七七四年:2011/02/26(土) 22:24:30.42 ID:+xaksmrz
>394
反感とか感情的反発を書いてもらっても参考になりません。
反論を読みたいのです。

>393
「武具の日本史」には、そういうスーパーマン描写が見あたらなかったので、
そういう論を用いる人だとは思いませんでした。

>戦国時代の戦争に軍費なんて必要なく、他国に攻め込めば攻め込むほど儲かった
>などと藤木本人が聞いたら卒倒しそうな合戦観を、

そりゃ儲かるのは従軍して一稼ぎできた兵卒が主で、
軍費を負担する大名側は赤字ですよね
勝って領土を増やさないと、大名にとっては出兵の意義がない。

>藤木に対する批判は「左翼」「自虐史観」とかそんなんばっかり。

そうですか...
僕的には、自虐史観という言葉を多用する自由主義史観の方々の方が日本の歴史に対して自虐的であるように見えるのですがね。
396人間七七四年:2011/02/26(土) 23:35:25.06 ID:ErAEGasH
>>393
多分おまえのレスまえもどっかで読んだわ

>スーパーサイヤ人同士のバトルみたいな合戦像を見て来たように描く近藤。

こういうのはどの本に書いてある?
火縄銃特集の雑誌で昔の弓は強くてどうたらこうたらって書いてたのは知ってるけど
397人間七七四年:2011/02/27(日) 08:36:46.59 ID:vxcElyae
>>395
藤木に関しては仰る通り。
近藤は二部作を読まれると分かるかも。

>>396
>火縄銃特集の雑誌で昔の弓は強くてどうたらこうたらって書いてたのは知ってるけど

それはおれじゃなくて、某糞コテハンだな。
なぜか鈴木と近藤を混同して、一緒くたに悪口書いてたやつがいたからね。
ドラゴンボールみたいと書いたのは確かにおれ。

>こういうのはどの本に書いてある?

「弓矢と刀剣」「騎兵と歩兵の中世史」
特に、後者がすごいよw
398人間七七四年:2011/02/28(月) 22:38:18.00 ID:jIkLun+y
>>397
「騎兵と歩兵の中世史」は俺も読んだことはあるが
>「軍記物にこう書いてあるから、現実の武士にも同じことができたはずだ!」
こんな暴論があったようには記憶してないが。
399人間七七四年:2011/03/02(水) 22:14:56.04 ID:LvyQH2At
藤木はイデオロギーを感じる事が多々あるが、内容はしっかりしてるだろう。
400人間七七四年:2011/03/02(水) 22:58:50.06 ID:m0NQ47UV
まあ鈴木と比べればね・・・
謙信の小田城攻めでの奴隷市場のくだりとか
ちょっと少数の資料で決めつけちゃったり、解釈が恣意的だとは思う。
401人間七七四年:2011/03/02(水) 23:00:47.01 ID:vLVWbxAM
偏ったり無茶する時はあるけど、恣意的とまではいかなくね
欧州の無茶苦茶系と比べると
402人間七七四年:2011/03/03(木) 00:31:55.19 ID:uOCxEjuP
こういう側面もあるくらいにしとけばよかったのにな
403人間七七四年:2011/03/03(木) 01:06:41.15 ID:BhDwu3de
昭和中期の出稼ぎ農家みたいに思っちゃった人もいるみたいでねw
404人間七七四年:2011/03/03(木) 01:37:34.37 ID:ZPYbKvGQ
でもそういう破壊力のあるキャッチコピーがないとなかなか歴史オタ以外の目に留まるところに出ないな
405人間七七四年:2011/03/03(木) 01:39:39.56 ID:uOCxEjuP
それをやりすぎなのが藤本
406人間七七四年:2011/03/03(木) 19:10:18.52 ID:DrMv9Pgx
そしてゲーヲタやアニヲタの中で通ぶりたい奴にもてはやされたのが鈴木
407人間七七四年:2011/03/03(木) 20:47:08.18 ID:vVPxf+kq
>>397
具体的に引用しようよ。ページを書いてくれたら確認するから。
408人間七七四年:2011/03/04(金) 01:30:32.62 ID:J2TcBftr
>>406
しかし今更鈴木かよ!と指摘されても当人らは気付かない程度の知名度
409人間七七四年:2011/03/04(金) 07:40:03.85 ID:lHpcc5Y1
>>408
そうだな。
鈴木はそんなことまで言ってない、と反論すると「は?鈴木って誰だよw」
とかなるからなwww
410人間七七四年:2011/03/11(金) 01:08:06.13 ID:ivVcteb7
また鈴木か!で済ませたいのに説明しなければならないお前らプギャー
411人間七七四年:2011/03/11(金) 19:19:19.01 ID:oIPbuZDl
週刊新潮の大河ドラマ「江」の記事に鈴木、藤本が登場してた。
412人間七七四年:2011/03/11(金) 19:36:26.17 ID:UegvWUID
週刊誌と大河レベルってことか
413人間七七四年:2011/03/12(土) 07:16:59.25 ID:1PLc1Ttl
tesu
414人間七七四年:2011/03/13(日) 14:51:40.48 ID:QXhoRvDI
「その時歴史は動かなかった」読んだけれど
やべ
「その時歴史は動いた」見たくなってきた。

他の本はともかく
NHK叩きだけは続けていってほしいな。
415人間七七四年:2011/03/14(月) 01:14:28.68 ID:6kBK4SfI
小和田教授は明言こそしないが、本能寺の変の黒幕は朝廷であると、TVで暗に示唆してたな
416人間七七四年:2011/03/14(月) 04:20:09.66 ID:2VzoLUa+
鈴木真哉は関ヶ原の家康の勝利は単なる幸運だとの見解。
まともな識者なら当然過ぎる結論。
結果論から家康の勝利は開戦当初から決まっていたとする輩とは一線を画する賢人の一人。


417人間七七四年:2011/03/14(月) 04:27:45.30 ID:I96BJ0QD
いや三成が勝てるわけないし
家康の勝利は開戦当初から決まっていた
418人間七七四年:2011/03/14(月) 06:34:52.73 ID:rAne1qEg
家康自身も1日で終わるとは思ってなかっただとか小早川の裏切りで勝負を決する計画じゃなかったならその通りだと思う
419人間七七四年:2011/03/14(月) 08:58:07.12 ID:NeeS1Nlh
>>417
出た家康厨(笑)
420人間七七四年:2011/03/14(月) 09:10:45.73 ID:wLJYpzxp
西軍に知られず家康が赤坂に着陣した時点で、西軍の敗北は決していた
421人間七七四年:2011/03/14(月) 09:12:49.64 ID:JbhsHawv
運が良かっただけだから、生まれた時から決してた
422人間七七四年:2011/03/14(月) 16:01:51.31 ID:YJ1MDhSM
家康の当初予定では、
当初は短期決戦で勝負を決める予定ではなかっただろ

関ヶ原で決戦を行うと決めていたわけでもないし、
そもそも濃尾国境を越えるのはもっと後にする予定だっただろ。
当初の予定通りの進軍だったら秀忠遅参は無かったはずだしな。

家康の予定よりも早く決戦が行われてしまったから秀忠遅参という事態が起こった。
秀忠のミスで遅参したという部分も含め、多くの俗説が出回ってるわけだ。
(真田氏との戦いで失策を重ねたのは事実だが、秀忠の到着日は予定を大きく遅れたわけではないはず。
まあ、川の増水による遅れなどもあったから、遅れたのは事実だが。)
423人間七七四年:2011/03/14(月) 16:19:20.26 ID:CMhQ5CeA
勝敗は内応組のみぞ知る
424人間七七四年:2011/03/14(月) 17:24:23.26 ID:wLJYpzxp
>>422
秀忠の到着は予定より大きく遅れているよ、福島正則宛の書状で解る
425人間七七四年:2011/03/15(火) 08:51:38.19 ID:yXUZJ5sj
秀忠遅参は戦略でそ?
426人間七七四年:2011/03/15(火) 10:10:23.01 ID:/HCkmnRS
>>425
西上を知らせる使者が利根川の増水で、足止めを食らったため
つまり家康には運がなかったということになる
427人間七七四年:2011/03/15(火) 19:12:09.25 ID:50/LGUZv
戦略だったら戦後にあんなに怒られない
428人間七七四年:2011/03/16(水) 04:26:48.30 ID:lY+VDH2Z
鈴木眞哉氏の見解によれば、本能寺の変は光秀の単独犯行で黒幕はいないとの事。
誰か、その根拠、列挙してくんない
429人間七七四年:2011/03/16(水) 06:44:55.95 ID:meXUROst
鉄砲や騎馬隊の件は兎も角、光秀単独犯行説自体はおかしくはないだろ
挑発的な筆致はムカつくけど
430人間七七四年:2011/03/16(水) 07:19:43.46 ID:lY+VDH2Z
>>429
なんでおかしくはないのか説明してくんない
431人間七七四年:2011/03/16(水) 09:06:35.21 ID:t+J9VAYx
>>427
怒られても決定的な処分じゃないじゃん
秀忠って有能そうだし
戦略でそ
432人間七七四年:2011/03/16(水) 11:30:21.24 ID:XVCJCe+r
本当に怒られたのかよ。
後付けの話なんでねーの?
433人間七七四年:2011/03/16(水) 12:00:32.78 ID:K42HCyeo
まともな史料には残っていない
434人間七七四年:2011/03/16(水) 12:30:39.95 ID:lY+VDH2Z
>>431-433
戦には勝ったのだし、家康は秀吉みたいに一旦決めた後継者を安易に変えるほど愚かでもない
秀忠は後年の大阪の陣の際、信州上田の失態のトラウマから一目散に大阪に向かったのは有名なエピソードなんだが
まともな史料ってどんなんだ?そもそも専門家でもないのにまともな史料を閲覧できる立場かよ
435人間七七四年:2011/03/16(水) 12:37:19.76 ID:lY+VDH2Z
なんか鈴木眞哉の光秀単独犯説も簡単にボロが出そうな感じ
あの藤本正行と共著ってぇのがなぁ
436人間七七四年:2011/03/16(水) 12:56:47.90 ID:5ne3XcR1
>>434
大きめの図書館に行けば「徳川家康文書の研究」等はあると思う
437人間七七四年:2011/03/16(水) 13:09:13.19 ID:lY+VDH2Z
で、その史料には秀忠遅参への家康叱責に関する記述はあるのないの、どっち
438人間七七四年:2011/03/16(水) 13:37:41.98 ID:5ne3XcR1
例えば9月19日の秀忠から浅野幸長宛の手紙には遅参に対する悔恨の念があるし、
同様の書状が20日の黒田長政宛の手紙にもある
439人間七七四年:2011/03/16(水) 14:15:01.74 ID:lY+VDH2Z
>>420
もしそうなら西軍諸将は関ヶ原で待ち伏せ布陣する前に、戦場から一目散に離脱しているよ
440人間七七四年:2011/03/16(水) 14:24:36.89 ID:KfTEjwI3
秀忠は関ヶ原に向かう途中で、
「昼夜問わず急いでます。でも道は険しいし天候悪くて・・・」と
家康に言い訳の書状をだしてる訳で、温存説は史料上は成り立たない。
441人間七七四年:2011/03/16(水) 14:36:46.21 ID:A3krAZux
で、叱責を受けたとの史料はなし?
442人間七七四年:2011/03/16(水) 14:36:48.59 ID:5ne3XcR1
>>439
足掻きという奴です
443人間七七四年:2011/03/16(水) 15:32:02.62 ID:j7Iy5xn2
>>441
叱責は口頭でするものだし、した側もされた側もまず以って記録に残さないから
叱責されたとしても史料には残らないでしょ
444人間七七四年:2011/03/16(水) 18:35:14.90 ID:XVCJCe+r
じゃ、叱責されたって話の出どころはどこなんですかね。
445人間七七四年:2011/03/16(水) 22:20:18.82 ID:grhyUiGX
>>422
そうなの? 大体の戦いは短期決戦で極めた方が色んな点で良さそうなのに、何でまた関ヶ原では……
446人間七七四年:2011/03/16(水) 22:30:54.97 ID:PRriECQ4
そりゃああんだけ大層な規模の戦なんだから、応仁の乱みたいにグダg…もとい、長期戦を想定してもおかしくはないだろう
447人間七七四年:2011/03/16(水) 22:49:51.40 ID:5ne3XcR1
家康は短期決戦を指向し、それを見事実現した
運に見放されたいたにもかかわらずだ
448人間七七四年:2011/03/16(水) 23:10:42.34 ID:3brKA8AR
西軍があまりにグダグダだったせいで短期決戦で終わってしまっただけ
449人間七七四年:2011/03/16(水) 23:26:51.08 ID:KfTEjwI3
当初は短期決戦。
伏見も見捨てるつもりは無く速攻で取って返して三成を滅ぼすつもりだった。
なぜか毛利が西軍について両軍伯仲したために方針転換し、
秀忠に真田討伐を命じたり西軍の切り崩しに注力するなど、長期戦覚悟。
しかし西軍東の要の岐阜城が超短期間で陥落、
西軍の体勢が整う前に、介入できる機会が生まれる。
途中で秀忠を待つため一日待つというロスをするものの、
機を逃さず赤坂まで急進撃。短期決戦へ

こんな流れ、つか関ヶ原最大の謎は毛利の西軍加担だと思う
450人間七七四年:2011/03/17(木) 00:27:02.84 ID:bCL4VkP+
細川忠興書状を見ると小山会議前に毛利が西軍に付いていたことは判明しているようなので、
あの時には伏見城は覚悟していたと思う
451人間七七四年:2011/03/18(金) 20:08:32.13 ID:nif7wMe6
鉄砲の三段撃ちが実際に行われていたと、図書館の新刊本にあったので読んだよ。
実際に行われたのは、朝鮮侵攻?のときで、明の戦術書に三段撃ちの絵が載ってる。

どうやら三段撃ちは本当だったらしい。大損害を受けたのは明の軍勢だしな。
452人間七七四年:2011/03/18(金) 20:34:19.52 ID:uWBwbVHN
>>451
長篠で行われたという根拠はどこ?
453人間七七四年:2011/03/18(金) 20:49:19.75 ID:5ybM/m6D
実験によると三段撃ちと、三人で二挺の射撃動作を分担するのと、一人が一挺を早合で装填する
のはどれも大きな違いがないとの結果が出ている

そうなると最後が主流になるのは当然なので、三段撃ちがあっても直ぐに廃れたであろう
454人間七七四年:2011/03/18(金) 21:21:27.56 ID:1EQR2Csj
藤本が否定してるのは三交代制斉射戦術、
三段撃ちを含む交代射撃は否定してない。
455451:2011/03/18(金) 21:49:02.12 ID:nif7wMe6
書名をググって再確認してみた。

「東アジアの兵器革命 十六世紀中国に渡った日本の鉄砲」

序論 語られなかった鉄砲伝来
1 中国に渡った日本式鉄砲と日本兵(十六世紀末、日本式鉄砲の明朝への伝播―万暦朝鮮の役から播州楊応龍の乱へ
朝鮮の役における日本兵捕虜―明朝による連行と処置
明朝皇帝に献納された日本兵捕虜)
2 明末における兵器革命(十七世紀初、西南中国における火器の伝播と普及
明末における武官統制と火器技術受容―都督劉〓(てい)の事例を中心に
明末における新式火器の導入と京営)
結語 兵器革命の時代から軍縮の時代へ

[要旨]
十六世紀末、日本の火縄銃と輪番射撃戦術は中国・朝鮮に衝撃を与えた。日本式鉄砲が広がっていく経過、日本兵捕虜の処遇、軍事力を背景にした明の新秩序確立過程などを解明。兵器革命の実態から「軍拡」の時代を描く。

456451:2011/03/18(金) 21:52:43.52 ID:nif7wMe6
輪番射撃戦術とあり、三段撃ちというよりは、交代射撃だね。
457451:2011/03/18(金) 21:59:50.79 ID:nif7wMe6
そのイラストもウィキペディアに載ってた。

「火縄銃」の項目で。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Ming_musketeers.jpg
もっともこのイラストでは、前列の人は、後列の人から誤って射たれかねないが。
458451:2011/03/18(金) 22:01:06.86 ID:nif7wMe6
459人間七七四年:2011/03/19(土) 18:13:31.66 ID:jLXQsNvS
面白そうな本だね。>「東アジアの兵器革命 十六世紀中国に渡った日本の鉄砲」
流通落ち着いたら買ってみるわ。

ところで、
>輪番射撃戦術とあり、三段撃ちというよりは、交代射撃だね。
三交代射撃=三段撃ちってわけじゃないの?
460人間七七四年:2011/03/19(土) 18:19:27.44 ID:4khdIKUk
そこそこ面白いけど、中身ぺらっぺら
何度も同じ内容繰り返すし文章が酷く冗長だし、きっちり書けば文庫サイズで80ページ分くらいの内容量
新書ならいいけど、硬版であの値段は無いわ
461人間七七四年:2011/03/19(土) 18:37:14.70 ID:Vu1A9pV8
本の中で同じ内容繰り返してるように見えるけど実は微妙に変化させてるんやね
最初にセンセーショナルな書き方して注目を集め
繰り返し部分で史料に沿って修正して批判をかわす
小手先の技なんだね。よく読まないと自説批判???ってなるけど
桐野みたいに真面目に反論しようとすると引っかかって
ちゃんと僕の本読んでるんですか?と言われちゃうw
462人間七七四年:2011/03/20(日) 15:54:00.83 ID:7rcMUn8a
>459
鈴木氏の言い方としては。
いわゆる三段うちってのは一斉射撃の形でイメージされてる(んだそうだ)
対するに、三交代射撃ってのは、(氏の説明では)
三人一組などの形で個別に交替射撃してて、一斉打ちではない。
一斉射撃は論外だが交代制は(百歩譲って、だが)否定はしない。

みたいな感じではなかったかな。
鈴木氏の最初の著作では。
463人間七七四年:2011/03/20(日) 16:27:58.72 ID:AW+o4j/2
どうとでも解釈できる曖昧な感じだねw
その意見を受けて否定する人は三交代射撃も否定しているみたいだし。

>最初にセンセーショナルな書き方して注目を集め
>繰り返し部分で史料に沿って修正して批判をかわす
で、結局のところ読者を誤解、混乱させただけで何も言ってないに等しいな。
464人間七七四年:2011/03/21(月) 00:54:00.24 ID:LGgceCvg
要するに降水確率50%みたいな感じか
どうとでも解釈できる予報なんて予報じゃねぇよ
なら予報すんな
それと同じ見解か
なら、だーってろ
465人間七七四年:2011/03/21(月) 08:18:27.54 ID:dAtxVivi
もし鈴木が黙っても鈴木の説を真に受ける連中は黙りませんw

最近は声も小さくなってきたけどね。
466人間七七四年:2011/03/21(月) 14:55:57.32 ID:QItQmCIm
二人共基本的に否定から入り、自分の意見はあいまいな表現にしてるよな。

反論が出てきたら
「私は○○とは断言していない。○○とは分からないと言ってるだけだ。
ちゃんと俺の本を読めバ〜カ。」と言い

説が支持されてきたら
「私は以前から○○と言っていたが、世間がやっと理解し始めたようだ」
と得意がるんだよな

467人間七七四年:2011/03/21(月) 15:21:07.52 ID:uMG/rRrs
そもそも「一斉射撃」自体が戦国日本で行われたかどうか不明なんじゃないの?
そう考えると、小瀬甫庵の言う「三段撃ち」そのものが一斉射撃×3かどうかも怪しいのに。
それを解釈した人も細かい戦術を考えていたかどうか。

正直、小学生の難癖レベルじゃないの。
468人間七七四年:2011/03/21(月) 15:24:17.31 ID:F1PSCXwS
>>466
どこの常勝ν速民だよww
469人間七七四年:2011/03/21(月) 17:57:00.60 ID:CXUF8zBV
>>467
だな
470人間七七四年:2011/03/21(月) 22:59:49.54 ID:TEG8LuMc
>467
たぶん、小瀬甫庵の言う「三段撃ち」そのもの は一斉射撃じゃなくて、
明治期に陸軍の戦史研究の中で一斉射撃説が製造されたんじゃないか?

一斉射撃説なんて、近代戦を知らない人には想像すらできなかったんじゃないかと思う。
それほどに時代錯誤。
471人間七七四年:2011/03/22(火) 01:35:45.92 ID:2wGNbfd3
その種の学説の形成史も面白そうだね

明治・大正期の帝大教授だった田中義成は近世ヨーロッパの
斉射戦術を念頭において長篠合戦を評しているのが明らかだけど
(『織田時代史』参照)三段撃ちについては特に触れていないし
472人間七七四年:2011/03/22(火) 12:53:47.56 ID:B92HFMen
>>470
桶狭間迂回奇襲攻撃と同じで、また旧軍の仕業かよw
473人間七七四年:2011/03/22(火) 12:58:59.31 ID:NULuS1fS
明治陸軍は西洋軍隊を範にしているから、どうしても西洋軍事史の俎上で語ってしまう
もっとも今現在でも、ちゃんと当時における日本の軍事をしっかり解説できるのは少ない

自分はwikiの「備」を作成する際に、ある程度の認識を得たけど
474人間七七四年:2011/03/22(火) 22:27:07.00 ID:W3Rwsgfw
>472
いや、おれ470だけど、予想だよ。

たぶん旧軍で作られたんじゃないかと思っただけ。
ひょっとすると、旧軍では(最初の時点では?)まだ一斉打ち説を出してなかったかもしれん。
ひょっとすると、もっと新しいかも。

案外、戦後のアマチュアの間で形成された都市伝説って可能性さえw
などと思ったりしてる。
475人間七七四年:2011/03/22(火) 22:38:16.31 ID:FQpbwCOk
なんかあれだと思ったらとりあえず旧軍のせいにしておけ的な発想はいかがなものかとw
476人間七七四年:2011/03/25(金) 01:12:24.97 ID:VxRj0CBM
長篠の織田鉄砲隊の三段撃ちに異議を唱えても、大した意味は無い。
大量の鉄砲を揃えての連射で武田軍を撃滅したのは厳然たる事実なのだからな。
何段撃ちかなんてどうでもいいだろ。
織田鉄砲隊が組織的に連射し続けられたのは、彼らが軍事に特化した職業兵で、
城下町に定住し充分に射撃技能の練磨を積んできた証し。
織田軍が兵農分離された近代的軍制だったと証明できる事例の一つだ。
477人間七七四年:2011/03/25(金) 01:29:00.46 ID:+s3ej5+d
長篠に限って言えば寄せ集め、城下に集められた信長直属鉄砲衆とは別物やね

三交代制斉射戦術を否定するなら一行で十分。
信頼できる史料には無く、そう取れる記述は「アノ」甫庵信長記にしかない。と、
この程度の物を、飯の種としてここまで引っ張てるんだからたいしたものだw
478人間七七四年:2011/03/25(金) 01:41:56.18 ID:VxRj0CBM
寄せ集めの付け焼刃では鉄砲の狙い撃ちはできんわな。
戦場の雰囲気に呑まれ、まず使えない。

小瀬甫庵の歴史歪曲はいろいろお世話になってる前田家に都合が悪い汚点だけじゃないの。
賤ヶ岳の勝敗を決定つけた戦線離脱とか。
敗戦のA級戦犯を佐久間盛政に仕立て上げ、利家の裏切りを歴史から抹殺。
長篠の織田鉄砲隊の連射は利家の汚点とは関係ないので、事実を歪曲する必然性がない。
よって信じるに値する。
479人間七七四年:2011/03/25(金) 17:06:48.16 ID:/a1jH36v
織田鉄砲隊は半農半兵で農村在住ですよw
480人間七七四年:2011/03/25(金) 17:55:28.25 ID:Y/xbwZ+g
>476
>大量の鉄砲を揃えての連射で武田軍を撃滅したのは厳然たる事実なのだからな。
あの戦いでの織田方の勝因は鉄砲ではないぞ
鉄砲自体は織田方の勝利に多少の寄与があっただけ。

それと、あのときの織田方の鉄砲足軽の大半は旗下の大名達から臨時で集めた寄せ集め。
なので事前に集団戦の訓練があったと考える余地もない。
481人間七七四年:2011/03/25(金) 19:27:55.94 ID:hoDyE8NX
> あの戦いでの織田方の勝因は鉄砲ではないぞ
> 鉄砲自体は織田方の勝利に多少の寄与があっただけ。

だろうな
でないと連合軍の6千人の死者が説明できない
結局は兵力の差だろ
482人間七七四年:2011/03/25(金) 19:29:17.59 ID:Oeoj6YLl
鉄砲という観点なら、長篠城攻防戦の方が比重が大きいと思う
483人間七七四年:2011/03/25(金) 19:31:14.78 ID:0sNaSOpo
家康は長篠城を、鉄砲での防衛に特化したものに事前に改造してるしな。
それに最新鋭の射程の長い鉄砲を多数装備させていたらしい。
484人間七七四年:2011/03/25(金) 20:13:44.70 ID:m1JcovmS
最新鋭の武器を揃えたのならば、その最新鋭の武器の為の最新鋭の戦術も必要なんだろうね。
485人間七七四年:2011/03/25(金) 21:44:27.16 ID:r6vLPLEK
火縄銃って、射ち終わったあと、次の弾をうとうとしても、 突っ立ったまま、銃口から弾入れするだろ。
最前線で、そんな作業中の奴は邪魔だから、いったん少しは後ろに下がるんじゃないの。
空いたすきまには、装弾しおわった奴が入って、射つ。
現場では、誰でも思いつくことじゃね?
486人間七七四年:2011/03/25(金) 21:53:52.35 ID:r6vLPLEK
>>480
織田方の鉄砲足軽の大半は旗下の大名達から臨時で集めた寄せ集め
というのは本当だね。藤本の本に、そのときの古文書がいろいろ紹介されてた。
また、織田方の鉄砲のうち、最も精鋭な部隊は、長篠城への迂回奇襲攻撃に使われてしまっていた。
(信長公記に載ってる)
また、武田軍が突撃してきたのは、その理由はあっさりと書かれている。「前後から攻められたため」
後ろとは迂回攻撃部隊のこと。
487人間七七四年:2011/03/25(金) 21:59:12.67 ID:Oeoj6YLl
>>485
その移動する時間が無駄になる
それにそういうのは弓矢でカバーしている
488人間七七四年:2011/03/26(土) 00:19:56.99 ID:blgVMT6q
>>480>>486
つまり自演。

織田の鉄砲足軽隊は信長が銭で雇った織田家直轄の兵。
織田諸将が率いる兵も全て織田家の兵で、織田諸将と足軽の間には主従関係はない。

ちなみに長篠の戦いで、織田徳川連合軍の勝利に鉄砲以外で貢献した要素ってなんだ?
まさか柵とか堀とかの障害物だとのたまうんじゃないだろうな。
根拠の無い脳内妄想の妄言ならやめとけ。
489人間七七四年:2011/03/26(土) 00:35:46.99 ID:GMXRBUga
>488
480はオレだけど486はオレじゃないぞ。

織田旗下の諸大名の兵は、あくまでも、それぞれの大名が雇い入れた兵であって、
織田家直属の兵ではない。
林とかの、信長晩年頃にクビになった重臣への叱責の文章みたら分かるだろ。
領地からの収入を蓄財して兵を雇い入れなかった落ち度
という条項があっただろう。
直臣と陪臣の違いを理解してるか?

>まさか柵とか堀とかの障害物だとのたまうんじゃないだろうな。
それは「陣城」とよばれる立派な構造物です。
「長篠」のときの陣城は発掘調査も行われており、かなりしっかりとした堅固な構造物だったようです。
要するに武田軍は攻城戦を戦ったわけですよ。
本来なら防衛側より数倍の大軍を必要とするはずの攻城戦を、防御側よりも少ない兵員で敢行したから負けた。
極めて単純明快な構図です。
ただ、武田軍は織田軍よりも兵士が精強だったからでしょうか、
楽勝のハズが激戦になってしまったようですね。

ちなみに、鉄砲という武器は(特に火縄銃は)攻撃よりも防御に適した武器ですよ。
敵を追いかけながら銃に弾薬を積めることができず、
自軍に向かってくる敵を待ちかまえて射撃するという利用法を考えれば理解できるでしょうか。

陣城の内側で待ちかまえる織田軍に攻め寄せる武田軍を撃つ場面では戦果が挙がりますが、
退却する武田軍を追いかける際の追撃戦時には活用が困難だったでしょうね。
武田側の戦死者の大半は(もちろん織田側もだけど)この追撃戦のさなかに討たれたのですよ。
490人間七七四年:2011/03/26(土) 01:07:53.59 ID:blgVMT6q
>>489
織田家の版図は全て織田家の私有財産であり、
諸将が与えられた領地は私有ではなく、単に支配権を付与されただけ。
つまり会社の支店長か子会社の雇われ社長みたいなもん。

銀行の支店長が、この支店は俺の私有物だ、なんて言う訳ないだろ。
支店は会社の所有物。織田諸将が支配する領地は織田家に帰属。分かり易いな。

だから大名格の織田諸将が独自に雇い入れた兵も、織田家に帰属。
支店の銀行員は支店長の私有ではなく、銀行の支配下にあるのは子供でも知っている。

織田家の私有財産を有効利用せず私的蓄財してりゃ、信長が激怒するのは当たり前。
林とかの、信長晩年頃にクビになった重臣への叱責の文章みたら分かるだろ。
土地の非私有制だから、信長は佐久間・林・安藤・丹羽らを身一つで放逐できる。
銀行の本店が出来の悪い支店長を解雇するのと同じだ。

でなきゃ領地も何にも無い木下藤吉郎秀吉が率いていた兵はどっから調達したんだって話になる。
国人領主なら自領内の農民を率いて来りゃいいが、
領地のない秀吉は信長から兵を貸し与えられたから手柄を立てられた訳。
これこそが信長独裁専制の根拠。こんなの初歩のレベルなんだがな。
491人間七七四年:2011/03/26(土) 01:12:56.04 ID:sBKRT9vU
またsubか
492人間七七四年:2011/03/26(土) 01:31:01.32 ID:V+aWkMyL
>>488
柵とか堀とかの構造物、兵力差、戦術的な優勢
493人間七七四年:2011/03/26(土) 01:32:44.10 ID:V+aWkMyL
>>490
むしろ信長が豪族や有力重臣の上に乗っかってたのが織田家
494人間七七四年:2011/03/26(土) 02:34:20.28 ID:blgVMT6q
そうなら光秀や秀吉の異常な出世はないな。
そんな虚しい妄想は楽しい?
495人間七七四年:2011/03/26(土) 03:18:09.87 ID:V+aWkMyL
光秀や秀吉の異常な出世そのものが、信長に特徴的な有力重臣への丸投げのお陰なんだけど
織田家が信長が死んだ瞬間木っ端微塵に瓦解した原因も
496人間七七四年:2011/03/26(土) 04:13:56.96 ID:gRCL2QT1
KolokiVt=blgVMT6q
下記のような意味不明な妄想を根拠に出して信長マンセーしてるこいつガチでキチガイです。
支店の銀行員は支店長の私有ではなく、銀行の支配下にあるのは子供でも知っている。
教師や警察官が痴漢で捕まったら、全教師や全警察官が痴漢だとする馬鹿な極論と同じだな。
497人間七七四年:2011/03/26(土) 10:52:26.15 ID:bCQJc62b
>>488
486はオレだけど480はオレじゃないぞ。

>>480>>486
つまり自演。

とかカキコされて、ポカーンとしたわ。
498人間七七四年:2011/03/26(土) 10:56:09.19 ID:bCQJc62b
織田の迂回部隊による長篠城奪回は、銃声がバンバン鳴り響いていただろうから、
武田軍にはよく聞こえていたはずで、しかも自軍の後ろから聞こえてくるとあっては、
もう武田軍は、いてもたってもいられない心境だったと思われる。すぐ前方には織田の軍勢が
陣地を築いて待ち構えているし…。めちゃくちゃな波状攻撃をしかけるのも無理もない。
499人間七七四年:2011/03/30(水) 15:03:11.14 ID:NnhxnjMn
>>496 = >>497
つまり自演。わざわざ言い訳の書き込みしてるの見て、ポカーンとしたわ。

相手の書き込みが一々尤もで反論のしようも無いので、
その書き込みを貼り付けて貶し溜飲を下げて、かろうじて自尊心維持の敗者。

何故当該書き込みがキチガイなのか論理的に説明できないと便所の落書きなんだが、
当のキチガイの理解力では、そこまで思いが至らず。

何とかの遠吠えか。

500人間七七四年:2011/03/30(水) 15:35:25.68 ID:NnhxnjMn
>>489
長篠の戦いでの織田軍の引き篭もり戦術は、
鉄砲無しでは何の意味も持たないのは子供でも分かるんだが。

武田の惨敗は兵の数の問題ではなく、鉄砲の連射で徹底的に射殺されたため。
白兵戦では勝負にならないので、それを避けた信長の戦略の勝利。
極めて単純明快な構図だ。
501人間七七四年:2011/03/30(水) 15:37:29.39 ID:/aQh5ik6
subに何言っても無駄だろ
502人間七七四年:2011/03/30(水) 15:55:54.57 ID:1AJcPF7q
長篠古戦場に鉄砲の弾が発掘できない件
503人間七七四年:2011/03/30(水) 15:56:01.24 ID:/aQh5ik6
都合悪ければ自演と言えば済むと思ってる低脳やからね
以後スルーでよろしく
504人間七七四年:2011/03/30(水) 16:00:33.47 ID:L1pE/E7a
>>490
秀吉は信長の元で奉行や調略をやってた。
その過程に蜂須賀や竹中や前野を家臣にして独自勢力を作っていったわけで
信長から貸し与えられたわけじゃない。
505人間七七四年:2011/03/30(水) 16:31:05.01 ID:NnhxnjMn
蜂須賀や竹中や前野を家臣化は信長の了承の得ての事。
それに彼らの配下の武士では数が高が知れている。
秀吉が彼らを使って独自勢力を築いていたなら、織田家に入り込む必要はない。
秀吉の行動は全て信長の命令下の範囲内。

そもそも織田軍に独自勢力なんて存在しない。
それが存在するのは誰かさんの脳内妄想の中だけ。

応えられない言い訳が「以後スルーでよろしく」か。
脳内妄想じゃ応えられないのは当たり前。
一々分かりきった書き込みする必要なし。
506人間七七四年:2011/03/30(水) 16:59:00.78 ID:MDjZf/xe
一々命令するわけねーだろ、バカかw
507人間七七四年:2011/03/30(水) 17:13:32.51 ID:L1pE/E7a
>>505
はっ?信長の了承のソース出せよアホが
508人間七七四年:2011/03/30(水) 17:45:49.76 ID:gQZGuIRB
>>502
関ヶ原でも鉄砲の弾は発掘できてないよ
509人間七七四年:2011/03/30(水) 19:46:42.03 ID:fm41TaG9
>500
主戦場に持ち込んだ鉄砲の数は織田も武田も大差がなかっただろ

それに、武田側の討ち死にの大半というか大多数は、
主戦場ではなく退却/敗走の途上での追撃戦による。

追撃戦の際に鉄砲(火縄銃)を有効活用するのは難しいということは分かるかな?
敵を追いかけながらの移動中に弾を込めるのは無理。

>503
すまん、スルーできなかった。

>505
織田政権下で勢力を伸ばした家臣達、
例えば荒木や明智らの配下は、どう考えても
「織田家の家臣である前に直属上司の臣」だった。
荒木が織田と敵対したとき、荒木配下たちの大半は以後も荒木に従い続けた。
これは荒木が特殊だったからじゃなく、織田の配下たちはみんな同様だったんだよ。
明智軍が本能寺の変に際して行き先や行動目的をギリギリまで明かさなかったのは、
配下の将兵が織田に忠誠を誓うと予想したからじゃなく、
あまり早くに多くの将兵に教えると情報が漏れると危惧しただけだろ。

>502,508
主戦場じゃなく長篠城なら弾も出てるんじゃない?
城壁が蜂の巣のようだったというし。(あくまでも武田軍による攻撃での被弾だが)
510人間七七四年:2011/03/30(水) 19:59:55.77 ID:+TLXR2Wf
>>502 >>508 >>509
設楽が原古戦場からは、1921年〜2001年の間に鉛玉が11個出土してるよ。
うち8個は火縄銃の鉄砲玉だと断定されている。
たったの11個だけどね。

「日本史へのいざない」松本一夫P.79〜86
511人間七七四年:2011/03/30(水) 21:28:21.80 ID:/Dcj5095
正直どうでもいいし、どっちでもかまわん。
512人間七七四年:2011/03/30(水) 21:29:47.18 ID:/Dcj5095
スマン誤爆。
513人間七七四年:2011/03/30(水) 22:26:07.24 ID:E77oIg3V
当時は金属は貴重だったから、舐め尽くす様に回収されたんでしょうな
514人間七七四年:2011/03/30(水) 22:29:41.30 ID:cOsi/fSI
戦が終わった後は百姓らがそれこそハイエナの如く
金目の物は片っ端から回収するんだよ
そんな事も知らんのか
515人間七七四年:2011/03/30(水) 23:07:53.04 ID:ue8ihzwi
いやそれにしたって直径2センチくらいの鉛玉だぜ?
取りこぼしがゴロゴロあってもおかしくないと思うけどなあ
11個は思ったよりだいぶ少ない
516人間七七四年:2011/03/30(水) 23:40:14.28 ID:E77oIg3V
300年も同じ土地を耕作して、その度に掘り出していただろうから
そりゃ少なくなる
517人間七七四年:2011/03/31(木) 00:05:52.01 ID:rYa/4L4u
城跡ならよく出てくるがな
518人間七七四年:2011/03/31(木) 00:08:26.46 ID:aaqYTo7e
さすがに城周辺でそんな事やろうものなら
首が飛ぶからな
519人間七七四年:2011/03/31(木) 01:01:50.14 ID:zg78jkqL
数日にわたって弾を似たような所に打ち込まれれる攻城戦と
数時間広範囲の野戦とじゃ条件が大きく違う
城から出土はまとまって出てきてるから使用済みとも限らない
520人間七七四年:2011/03/31(木) 04:58:23.95 ID:NGa6HSNE
>>507>>510
わざわざ織田厨のデタラメ妄想に付き合ってあげる必要はないよ。
そもそも根拠があって言ってるわけじゃない大嘘つきなんだから。
521人間七七四年:2011/03/31(木) 06:47:07.62 ID:5p8v8YEJ
鉄は錆るの早いから、まして防錆加工のない弾なんて
522人間七七四年:2011/03/31(木) 11:50:13.68 ID:jjIZz1gm
織田方が鉄砲玉に防錆加工をしていなかった根拠になる。
523人間七七四年:2011/03/31(木) 18:47:17.68 ID:zg78jkqL
普通は鉛やで
524人間七七四年:2011/03/31(木) 19:09:55.83 ID:jjIZz1gm
525人間七七四年:2011/03/31(木) 21:06:44.49 ID:5Ua8ScLI
このくらい弾が出土すればいいんだけど。西南戦争の跡地
ttp://www.kumamoto-keizai.co.jp/content/asp/dejikame/dejikame_detail.asp?PageID=20&Knum=12111&PageType=top
526人間七七四年:2011/03/31(木) 21:23:13.62 ID:0aFr1gN3
時代が全然違う
527人間七七四年:2011/03/31(木) 22:44:36.43 ID:sWx91Cz8
さすがに400年以上経つとザックザク出てくるとはいかないな
528人間七七四年:2011/04/01(金) 01:13:56.65 ID:lDYzphaF
当時の地面はすっかり埋もれて地層が違うので難しいね。
529人間七七四年:2011/04/01(金) 01:25:59.10 ID:rPqLkekt
西南戦争なんて弾同士がぶつかったものが見つかるぐらいに撃ちあっていたわけだし。
530人間七七四年:2011/04/05(火) 23:42:32.51 ID:c6VIxpcf
最新刊読んだけど、小和田センセはどうしようもないなw
過去の功績が吹っ飛ぶくらいアレすぎる('A`)
531510:2011/04/06(水) 00:50:18.59 ID:grtDNcWg
>>520
その日、某まとめサイトの管理人さんが「長篠からは鉄砲玉が出土してない」と書いてて
あの人の言うことだと鵜呑みにしちゃう人が大勢いるから、さすがに影響大きいからね。
情報はちゃんと裏を取ろうってこと。
532人間七七四年:2011/04/06(水) 21:01:35.37 ID:DGHRxRAi
鉄砲玉の見つけ方だが、畑を耕した数日後、ちょっと乾いたあとに、土の表面に
ぽつんとある。小石や土器のカケラもこんな感じで見つかる。
533人間七七四年:2011/04/06(水) 23:36:21.43 ID:TD5RMyAa
鈴木サンは学者じゃないから、煽りはスルーされてるのなw
相棒の藤本氏は学者だけど、同類とか思われてるんだろうか?
534人間七七四年:2011/04/09(土) 13:34:48.39 ID:Tug5M9ir
>>509
明智の配下は「織田家の家臣である前に直属上司の臣」だったのに、
光秀が本能寺の変に際して、
情報漏れを危惧して行き先や行動目的をギリギリまで明かさなかったのなら、
光秀の兵の掌握能力もたいしたことはないな。
大半の兵に一斉に離散された信孝と変わらんじゃないか。

明智の兵が「織田家の家臣である前に直属上司の臣」なら、
光秀は信長に仕える前、一万三千の兵を引き連れて諸国を放浪してたってか。
こりゃ驚いた。


535人間七七四年:2011/04/15(金) 22:31:34.19 ID:D9toJjN5
>>530
どういう事?
536人間七七四年:2011/04/16(土) 11:31:43.05 ID:clDmm8Tr
戦国期の合戦を描いた屏風絵に長柄鑓が全く描かれていないのはなんで?
537人間七七四年:2011/04/16(土) 13:55:43.43 ID:7upXc2j5
>>536
川中島合戦図屏風には長槍がかいてありますよ。
大抵の屏風絵に描かれる防具は、実際の装備や陣構えとかけ離れています。
江戸期は復古調の鎧が優雅とされていたからです。
538人間七七四年:2011/04/16(土) 14:11:15.09 ID:rSpLV97u
合戦図屏風で描かれるのは多くが侍の突撃時なので、後方に居る足軽はあまり描かれない
布陣時とか行軍時を描いたものなら、多く描かれている
539人間七七四年:2011/04/17(日) 11:39:50.68 ID:sYp+xq9l
合戦屏風とかは、江戸初期ならまだ当事者生きてたかも知れんから少しは信憑性あるかもしれんが、それ以降はどうなのかな。
540人間七七四年:2011/04/17(日) 13:08:00.26 ID:Pg9iVvRb
一応、軍記を基にしている
541人間七七四年:2011/04/17(日) 18:30:17.96 ID:S//Qa1aF
>540
軍記なんてたいていは創作小説だろ

執筆が江戸時代以前だからって、内容の信憑性に疑問符が付くのは同じ。
542人間七七四年:2011/04/17(日) 18:33:27.37 ID:NSTLP10o
講談物と混同してる予感
543 忍法帖【Lv=18,xxxPT】 :2011/04/17(日) 19:15:30.86 ID:P9pCsfXu
>>541
軍記=全部創作じゃないですよ
544人間七七四年:2011/04/17(日) 21:14:26.20 ID:ubmnLYda
>>536
屏風絵なんか戦の遥か後になって書かれたもんばっかりだし
しかもかなり誇張してるし
そんな事すら知らんのか?
545人間七七四年:2011/04/17(日) 21:34:00.17 ID:pPRmDWrH
軍記=創作でまったく利用価値なしってのはむしろ古い考えで
今は江戸初期のものなどは史料批判をし、信憑性が高い史料を
援用した上で利用すべきという向きがあるからな。
546人間七七四年:2011/04/18(月) 14:53:22.87 ID:zifHqD6m
>>544
そういう物も多いが津軽屏風や黒田屏風などは合戦から程なくして描かれているぞ。
547人間七七四年:2011/04/19(火) 10:49:11.13 ID:t/oaNriq
見る人を意識して作るあるよ
548人間七七四年:2011/04/19(火) 12:12:47.44 ID:V56pOAmN
ああいうのはほとんど創作ってのが分からないのだろうか
『神奈川沖浪裏』は実際にあった事を元にして描かれた言って
信じる馬鹿がいるレベルだな
549人間七七四年:2011/04/19(火) 12:21:54.57 ID:XLp5RQU8
なんでこう言う事が極端なんだろうか。
550人間七七四年:2011/04/19(火) 12:41:53.30 ID:TuD0S3fA
>>548
波は誇張しているが、荒波の中で遠景に富士を望みつつ船を
操るという事象は事実
551人間七七四年:2011/04/19(火) 15:02:20.59 ID:qobwuM9e
やくざと同じだよ。
桜の大紋(山口組)を背負っての
勢力拡大は桜の大紋の威光のおかげ
織田家の家臣として勢力を伸ばしたのも
織田家の威光のおかげだ。
秀吉や光秀の家臣は信長の寵臣である秀吉
光秀だから配下についたのであって、信長
を逆ら秀吉や光秀に唯々諾々と従うから疑問
552人間七七四年:2011/04/19(火) 19:31:49.98 ID:TIDC+6LT
茶釜が反旗翻したときも荒木村重が裏切ったときも明智光秀が謀反起こしたときも
大半が唯々諾々と従ってたんですけどw
553人間七七四年:2011/04/20(水) 17:22:36.93 ID:FY97MMag
単純に長柄を沢山描けば、絵が長柄だらけになってゴチャゴチャするってのもあるんじゃねえの?
554人間七七四年:2011/04/22(金) 22:18:54.56 ID:mVj+Av66
現代日本の住宅地における電柱、電線、テレビアンテナのような扱い。
555人間七七四年:2011/04/23(土) 11:00:52.85 ID:Q3s63KBa
>>553
同時期のヨーロッパの合戦絵なんて長槍だらけで何がなにやらわからんからな。
↓とか
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d0/Bad-war.jpg
556人間七七四年:2011/04/23(土) 17:31:21.88 ID:hGjTYn6h
槍と屏風といえば、長篠合戦の屏風の右上で、
馬場が殺されるのは槍だね。甲陽軍艦をもとにして描かれた場面らしいが。
557人間七七四年:2011/04/27(水) 20:52:05.66 ID:1GP7aoha
それで結局、戦場の主力武器・兵器は何だったのか? と……
558人間七七四年:2011/04/27(水) 21:00:29.85 ID:Mc9p6RgK
ちんぽだろ
559人間七七四年:2011/04/27(水) 21:18:29.01 ID:WjOyy5y9
>>557
560人間七七四年:2011/04/27(水) 22:10:06.57 ID:X2YCcWwt
>>557
そういうのがないのが、諸兵科連合
561人間七七四年:2011/04/27(水) 22:48:40.99 ID:mlZDwxot
>557
弓と槍だろ

刀は弓もしくは槍を使えなくなったときに使う予備という意味と、
戦場に出るときにしか持たない弓や槍が手元にない平時でも常備しているので緊急時に役立つという面と、
あとは、戦場で最後に首を取る場面で使うというのと、その程度の用途しかない。
562人間七七四年:2011/04/27(水) 23:01:15.77 ID:wAWa7sYA
釣りかネット鈴木信者の生き残りか
563人間七七四年:2011/04/27(水) 23:23:01.19 ID:j60LskOh
「鈴木信者」、それ以外反論できないww
564人間七七四年:2011/04/27(水) 23:54:05.88 ID:E14yZH1v
>>563
お前は「反論」という言葉の意味がそもそも解ってない
565人間七七四年:2011/04/27(水) 23:57:36.50 ID:j60LskOh
>>564
>>561に反論してみろよw
566人間七七四年:2011/04/28(木) 00:54:08.58 ID:VdP2cHmu
>>565
鉄砲と弓矢を浴びせて、集団毎に長柄槍なんかで攻め立てる、白兵戦になったら刀で斬り合い
はい、論破
567人間七七四年:2011/04/28(木) 01:03:49.61 ID:uyuxauSL
投石最強
568人間七七四年:2011/04/28(木) 12:21:52.34 ID:vy0/xaOZ
自説の論拠を全く示さないで、”論破”と言い切れる
>>566みたいののオツムの構造がよくわからん。
569人間七七四年:2011/04/28(木) 12:22:04.37 ID:9wdQyX8x
石つぶて攻撃の鍛錬は日頃からやっておけ
570人間七七四年:2011/04/28(木) 13:08:57.07 ID:ve2aJ5Jh
戦国時代の主力兵器はと聞くのは、現在の自衛隊の主力兵器はと聞くようなものだのだが
571人間七七四年:2011/04/28(木) 20:23:45.71 ID:4Mx/LIx1
現在の自衛隊の主力兵器を戦国時代に持っていったら…
572人間七七四年:2011/04/28(木) 20:30:44.97 ID:VdP2cHmu
>>568
>>561の思い込みには論拠が無い、はい論破。
573人間七七四年:2011/04/28(木) 22:43:05.97 ID:vy0/xaOZ
スゲー頭悪そうw
574人間七七四年:2011/04/28(木) 22:52:48.92 ID:zy7cVV7d
ID:VdP2cHmu 馬鹿晒し
575561:2011/04/28(木) 23:27:51.81 ID:YuBPlyyT
まあ、たしかに572の言うように、

>弓と槍だろ

の部分の論拠はないな。
だが、中世の兵員は、鑓と刀を装備する兵と弓と刀を装備する兵との二通りで、
刀だけを装備する兵は居なかったんだから、刀が主力兵器というわけではない。

それと、鉄砲を装備する兵が高い比率になったのは秀吉による全国統一の後のことで、
それまでは鉄砲兵は多くても1割前後しか居なかったようだから、
これも主力兵器と呼んでいいのかどうか...
576人間七七四年:2011/04/28(木) 23:38:28.68 ID:QTZMAJvD
24万人を数える自衛隊において制空戦闘機やMTBは数百ずつしか保有していない
これも主力兵器と呼んでいいのかどうか...
577人間七七四年:2011/04/29(金) 00:30:47.97 ID:oKgMgitX
槍と弓、槍と鉄砲じゃ、とても1人で運用出来ないからね
刀は装備してもまだ余裕があるから、鉄砲なり何なりを装備させられる
むしろ主力兵器、と言い張る事も可能ではなかろうか。

鉄砲は西国だと早くから武装率高いよ、龍造寺デブ信なんかは万単位で投入してるし
578人間七七四年:2011/04/29(金) 01:19:08.77 ID:dKG3VviG
そこら辺は日本史齧った西洋人から見ると、
戦国時代の武装が非合理的に見える所らしいな。
「何で弓足軽が刀を持って行くの?その上に何で刀を何本も携行するの?重くて戦場で邪魔なだけだろ?Why?」って。

中世欧州の長弓兵なんて、武装は弓矢とせいぜい短剣だけで、申し訳程度の甲冑だし
マスケット兵なんて、銃以外の武具携行しないことすらあったしなぁ。
「組織分化が進んだ西洋の軍隊と違って、日本の武士は一人で弓も鑓も刀も組討も、何でも使って戦ったからだよ」と答える他はない。
579人間七七四年:2011/04/29(金) 01:33:15.29 ID:oKgMgitX
妄想で日本史齧った西洋人を脳内に生み出す愚かな西欧厨がまた1人登場

現実はスペイン火縄銃兵もドイツ長槍兵もどっちも帯剣してたから
580人間七七四年:2011/04/29(金) 01:52:54.99 ID:dKG3VviG
>>579
日本語読もう。
「すらあった」と書いてあるだけだし、パイク兵の例は出してないから
581人間七七四年:2011/04/29(金) 02:20:38.14 ID:Qan1yi4D
だが、銃器の時代に入ってもなお、剣は必要だと考える人が多かったから、銃剣などというものが発明されたんだろ。

現場の兵士が必要と考えていたのか、それとも現場を知らない人間が夢想して作ったのかは知らんけど、
銃器が主力武器となった時代であっても刀剣を装備しないことなど考えられなかったわけだ。

戦国期の日本刀の位置づけがその程度だったかどうかは分かりかねるが、
全員が常備する日本刀が主力武器だったとは必ずしも言いかねる。
582人間七七四年:2011/04/29(金) 03:00:07.46 ID:oKgMgitX
>>580
はいはい、脳内西洋人が言ってるだろ
「何で弓足軽が刀を持って行くの?その上に何で刀を何本も携行するの?重くて戦場で邪魔なだけだろ?Why?」
事実は西欧の弩兵も火縄銃兵も長槍兵も雑兵も帯剣してました
583人間七七四年:2011/04/29(金) 03:31:24.66 ID:dKG3VviG
>>582
なぜそんな全くどうでもいいことをしつこく突っ込まれるのか分からんけどw

http://www.nhk.or.jp/gogaku/english/trad/index.html#cast
ついこの前のNHK教育の「トラッドジャパン」の「サムライ」の回でも、
滞日30年の英国人大学講師・翻訳家 Stuart Varnam-Atkin氏が、質問コーナーで聞いてたよ。
この人ね。http://www.ibcpub.co.jp/support/feature/010/index.html

「なぜサムライは刀を二本差して戦争に行くのです?一本で十分では?」
「英国人の感覚ではそれが疑問です」
「しかも刀は実際の戦場ではそれほど使われなかったとか?」

日本人講師が「確かに戦場では鑓・弓・鉄砲の方が用いられましたが、二本の刀は武士のアイデンティティなのです」と答えてた。
嘘だと思うならNHKオンデマンドで見てみたら?
584人間七七四年:2011/04/29(金) 04:21:01.81 ID:oKgMgitX
どこに、鉄砲兵や弓兵や槍兵が帯刀していた事への疑問があるのかな?ん?
無いよねえ、2本指してる事への疑問しか呈してない
しかも、現実は足軽が常に2本指していたわけじゃなく
Stuart Varnam-Atkinと日本人講師が歴史に興味無いだけという
585人間七七四年:2011/04/29(金) 05:06:42.29 ID:sD5MAhOu
ま、フツーに考えて、>>583のサムライというのは足軽の類じゃなくて
比較的上級の武士だわな。
で、その番組の解釈は知らんけど、実際にはサブアームの大刀と
止めや首掻き用の脇差しとで用途が違ってたから2本差してたわけで。

『足軽物語』あたりの挿絵では、足軽も二本差してたりするけど、
鍋吊のナマクラだし、当然主の懐具合で2本だったり1本だったり、
弓足軽は弭槍だけ支給って事もあったんでないかね。
586人間七七四年:2011/04/29(金) 05:25:33.59 ID:sD5MAhOu
おっと

×『足軽物語』
○『雑兵物語』
587人間七七四年:2011/04/29(金) 09:42:02.05 ID:6Eoys1+P
論理的な矛盾が存在する場合、前提のどれか、或いはその幾つかが間違いであるという可能性についても思考を巡らせなければならない。
物事を考える際の基本のひとつ。
588人間七七四年:2011/04/29(金) 10:28:53.10 ID:UH8yOqKh
まだ鈴木信者がいるのかw
太刀や打刀で首は取らない。
それは脇差の役目。
589人間七七四年:2011/04/29(金) 19:48:06.97 ID:XicE1/d9
脇差でもないよ。
そういう用途の道具としては長すぎる。
むしろ、小刀、懐刀の方ではないかと。

古い絵巻物等々を見た限りでは、上級武士たちは太刀を一本佩いていただけ。
それが時代と共に二本になっていったという事は、一本では足りなくなった、
二本必要になったからと考えた方が論理的、合理的ではないのか?
590人間七七四年:2011/04/29(金) 22:38:05.05 ID:Qan1yi4D
戦場での利用状況から考えると、脇差しって、武器と言うよりは道具のような位置づけじゃないか?

少なくとも戦場では、その用途は「首切り包丁」的なものに限られてたんだろ。

戦いの段階ではなく、組み伏せた相手の首をかき切るのが主な用途。
相手を倒すためのものというよりは、倒した相手にとどめを刺すためのもの。

対するに、大刀のほうは、明らかに武器として使われてはいる。
ただ、最初から使うわけではなくて、鑓か弓が使えなくなった後で使うことが多かっただけ。
591人間七七四年:2011/04/29(金) 23:17:20.93 ID:oKgMgitX
使えなくなった後ではなく、白兵戦になったら使用する
白兵戦は戦闘の最も基本的な有様だからね
鉄砲兵だから白兵戦に持ち込まれたら逃亡、なんてわけにはいかない

相手が数メートルの位置にいるのに鉄砲弓矢を使うマヌケは死ぬし
相手が3メートルの中にいるのに槍ぶん回す奴も大方死ぬ
あくまで適材適所、意固地に投射兵器と長物だけ使って死ぬ様な自殺志願者はいなかった
592人間七七四年:2011/04/30(土) 00:11:05.40 ID:mLBmuUPq
射程にこだわりすぎるとこういうことにもなるだろうしな。


フロイス『日本史』
・土佐の鉄砲隊は味方から全面的に期待をかけられていながら
鉄砲を発射する時間も場所もないほどであった。
というのは、薩摩軍は太刀をふりかざし弓をもって、猛烈な勢いで来襲し、
鉄砲など目にもくれなかったからである。
593人間七七四年:2011/04/30(土) 00:32:15.84 ID:n4sJZhiL
大刀+脇差という形式は
南北朝期の太刀×2を佩用する風潮。
すなわち戦闘用+予備という形式から派生したのではないだろうか
594人間七七四年:2011/04/30(土) 01:27:17.71 ID:VwVDpnGT
>593
へ?
戦国期って、弓だろうと鉄砲だろうと、
10mとか20mとかの近距離で用いられる武器だっただろう。
一発撃ったら、次を装填する前に接敵するのが普通だったはずだが。

鉄砲の指南書でさえ、出来るだけ引きつけて撃つように指導してるし、
現代単位に換算して10m程度まで引きつけるようにと書かれている。
幕末維新の鉄砲とは戦い方がまったく違うわけだ。

弓の方が少し遠いが、それでも20m程度が目安
595人間七七四年:2011/04/30(土) 02:26:04.13 ID:w1GQl62w
>>594
593じゃないけど突っ込む相手間違ってるような・・・
596人間七七四年:2011/04/30(土) 06:56:00.59 ID:CJR4Owel
わしもそう思うw

脇差と言っても、ものによって二尺から一尺程度と倍くらいの違いがあるわけで、
長い方を基準に考えた場合、予備の武器になると考えてしまうだろうし、
短い方を基準として考えると道具としてしか見られなくなるだろう。
597人間七七四年:2011/04/30(土) 07:19:47.89 ID:NFJZXrcK
>>592
ハイランドチャージのイメージで語ってるのかな
598人間七七四年:2011/04/30(土) 07:44:30.07 ID:CJR4Owel
>>597
南欧出身者がイングランドvsスコットランドの戦争知っているとは思えない。
当時の九州出身者が、蠣崎とアイヌの戦いを想定して文章書く以上に不自然。
それに、少し時代が違うようにも思うが。
599人間七七四年:2011/04/30(土) 11:11:42.82 ID:LoELJg05
>>594
鉄砲は水平だけど、矢は上から降ってくる。40〜60mくらい飛ばす。
地上の兵と上空の矢とを、同時に注意を払うことはできない。
これによって相手の陣形を崩せれば成功。
600人間七七四年:2011/04/30(土) 14:21:09.67 ID:tOjQdYQA
柳成竜『懲録』(朴鐘鳴・訳 平凡社)

・日が暮れ、賊(日本軍)は、(白)光彦らの緊張がやや緩んだのを見て、白刃をきらめかせて
大声をあげて突進して来た。光彦らは、あわてて馬を探して逃げようとしたが、間に合わず、
みな賊に殺されてしまった。諸軍はこれを聞いて恐れおののいた。

・翌日、賊はわが軍が怯えきっているのを察知し、数人が刃を揮って勇を誇示しながら
突進して来た。三道の軍はこれを見て総潰れになり、その声は山崩れのようであった。
打ち棄てられた無数の軍事資材や器械が路を塞いで、人が歩行できぬほどであった。

・まだ川に身を投じていなかった者には、賊が後ろから長刀を奮って切りかかったが、
みな這いつくばって刃を受け、敢えて抵抗する者もなかった。
 (金)命元と(韓)応寅とは、川の北から遥かにこれを眺め、気力を喪失してしまった。

・わが軍は、賊がまだ山の下にいると思っていたのに、突然一発の砲声が響き、
四方面から大声で呼ばわりながらとび出してくるのがみな賊兵であったので、
仰天して総崩れとなった。将士たちは、賊のいない処に向けて奔走したところ、
ことごとく泥沢の中に落ち込んでしまった。賊が追いついて、まるで草を刈るように
斬り倒し、死者は数しれなかった。

・このとき(李如松)提督が率いていたのは、みな北方の騎兵で、火器を持たず、
ただ切れ味の鈍い短剣を持っているだけであった。(一方)賊は、歩兵であって、
その刀剣は、みな三、四尺の、切れ味無比のものであったから、これと
衝突激闘しても、(長刀)を左右に振り回して切りつけられ、人も馬もみな倒れ、
敢えてその鋒先に立ち向かう者もいなかった。

・倭兵は、城外にあって二重、三重にとり囲み、それぞれ要路を守り、長刀を奮って、
やたらと切りつけた。明国軍は、首を垂れて刃を受けるのみであった。たまたま月が
明るく、脱出できた者は何人もいなかった。
601人間七七四年:2011/04/30(土) 15:02:06.03 ID:VwVDpnGT
この文章じゃ、「白刃」とか「長刀」などの記述が大刀なのか鑓なのかナギナタなのか判別できませんな。
602人間七七四年:2011/04/30(土) 19:21:02.64 ID:CJR4Owel
文禄・慶長の役の後、明とその属国である朝鮮が日本刀の正式装備化、導入に
躍起になったところをみると所謂普通の日本刀・太刀のことだと容易に理解で
きまると思いますが。
603人間七七四年:2011/04/30(土) 19:41:46.21 ID:iXUzB1e1
少なくとも槍では確実にないよね
薙刀持ちは居たとしても少数だし
604人間七七四年:2011/04/30(土) 19:45:19.03 ID:w1GQl62w
なぜ朝鮮の記録には日本兵の鑓の記述が一切ないのだろう?
605人間七七四年:2011/04/30(土) 20:16:55.72 ID:JRdxoKR9
全員が装備してたって事は

どんな兵科であっても必ず使う局面はあったって事だろな

「普通の頭」で考えれば
606人間七七四年:2011/04/30(土) 20:19:15.19 ID:JRdxoKR9
ちょっと「普通の頭」でシミュレーションしてみれば
兵器の殺傷力が上がった現代戦でもないのに

白兵戦に移行しないって

アホだとしか思わないだろうけどな。

結論先だと人間はアホになるって典型だな。
607人間七七四年:2011/04/30(土) 20:23:34.25 ID:tuiyjwHk
>>601
>その刀剣は、みな三、四尺の、切れ味無比のものであった
608人間七七四年:2011/04/30(土) 20:26:21.94 ID:Q/0Ta5XC
>>604
槍に相違点を見つけられなかったんだろう
実際は接合方法が違ったと思うが
609人間七七四年:2011/04/30(土) 20:33:55.20 ID:JRdxoKR9
同じ話がレス番50あたりから繰り返されてるのな。
消えては現れ消えては現れ

ゲリラ戦のプロだね??
610人間七七四年:2011/04/30(土) 20:41:45.27 ID:n4sJZhiL
>>604
先鋒の加藤清正の軍勢には長柄足軽がいないし
たぶん小西のとこにもいなかっただろう。
結果、鉄砲と刀ばかりが注目され記録されたのじゃないか
611人間七七四年:2011/04/30(土) 22:03:38.50 ID:Q/0Ta5XC
>>610
加藤家の家臣内訳のそれは直臣のみだから、臨時雇いの長柄足軽はカウントされないだけ
612人間七七四年:2011/05/01(日) 19:32:11.06 ID:4nMdV3dV
>>610
それ不思議なんだよね。
加藤清正の長柄足軽は、立派な兜をかぶって重装備なのに
なんで朝鮮には長柄を持っていっていないんだろう。

あと、軍役状を見ると騎馬組はほとんどが鉄砲を持っているけど、
常山紀談「加藤家騎馬武者馬上鉄砲の事」の
「加藤家の騎馬武者は皆馬上で短筒を発砲してから槍で突っ込む」という話を裏付けているように思える。
613人間七七四年:2011/05/01(日) 20:03:20.35 ID:dnlVGkdQ
槍隊が前衛でなく後衛になったため。
614人間七七四年:2011/05/02(月) 00:10:56.26 ID:7FKezDX9
>>601
朝鮮人って日本人が薙刀と呼ぶ武器を「長刀」と呼びましたっけ?

>>604
あるよ。『懲録』の最初の方で日本の使者が朝鮮の槍について
日本のものとのある違いを言っている。

>>608
倭寇の槍について接合部分よりももっと簡単な違いに戚継光は着目していたようだが。
『懲録』で日本側の使者が言ったのと同じことなんだけどね。


あんたら意外とあちらの文献に目を通さないね。
615人間七七四年:2011/05/02(月) 00:23:31.40 ID:S4NLvhXP
>>614
『懲録』のどこ?
確認したいので
616人間七七四年:2011/05/02(月) 00:31:31.02 ID:7FKezDX9
>>610
李如松が碧蹄館で相手にしたのって小西とか加藤でしたっけ?

>>615
開戦前。というか「その使者の人名+槍」でぐぐったら凄い簡単なところに逸話が引かれててワロタw
あんたらそんなところも見てないのかよって。まあ、『懲録』なんて貴重書でもなんでもなく
入手がごく容易ですから本文を実見することをオススメしますよ。

http://www.amazon.co.jp/懲ひ録-東洋文庫-357-柳-成竜/dp/4582803571
617人間七七四年:2011/05/02(月) 00:42:05.97 ID:S4NLvhXP
>>616
[柚谷]康弘は、仁同を通過しながら、槍を持った人々を横目で見て、「おまえたちの槍の柄の、何とも短いことよ」と笑った。P.9

これだけ?他にもありますか
618人間七七四年:2011/05/02(月) 01:07:12.19 ID:fHFYUif1
手槍と長柄槍は長さが違う、これ豆知識な
というか燥いでる人以外みんな知ってるだろうけど
619人間七七四年:2011/05/02(月) 01:19:40.95 ID:S4NLvhXP
少なくとも開戦前の部分には、日本の槍について書かれてるのはP9の一行しかないようです
620人間七七四年:2011/05/02(月) 07:20:05.33 ID:V1hjNWUX
この一連の流れは鈴木説にどう影響しますか?
621人間七七四年:2011/05/02(月) 08:07:21.02 ID:Ug7PqNk5
『懲録』P11

槍の柄の何とも短いことよ:日本では実戦をむねとして、必要に応じ、
長さ六尺(一尺は約三○・三センチメートル)あるいは九尺の手鑓、
時には長さ一丈(約三メートル)ないし二間(一間は約一・八メートル)または
三間に及ぶ長柄をつかった。
 これにくらべ、李朝の宣祖時代の武備はまったく装飾化し、槍も、実戦にはほとんど役立たない、
儀仗兵の飾りに過ぎなかった。


>>618
というわけで訳者は日本の槍全般に比べて朝鮮の槍が短く非実戦的であると
考察しているわけで長柄に限ってない。豆って何?
騒いでるというか呆れてるんだがね。訳知り顔で語っておきながら
2ちゃんに貼られてる部分しか見てないのかよって。
622人間七七四年:2011/05/02(月) 09:15:16.72 ID:33yW4L+r
>>621
まさか『懲録』のごく最初の一部分と、日本人の短い解説だけしか読んでないのに

>あんたら意外とあちらの文献に目を通さないね。
>あんたらそんなところも見てないのかよって。まあ、『懲録』なんて貴重書でもなんでもなく
>入手がごく容易ですから本文を実見することをオススメしますよ。

こんな挑発的なこと書いてたわけじゃないよね?
で、他に日本の槍の記述があるのはどこですか?
623人間七七四年:2011/05/02(月) 14:17:14.66 ID:fHFYUif1
>>621
>倭寇の槍について接合部分よりももっと簡単な違いに戚継光は着目していたようだが(キリッ
明軍の長柄槍は日本勢と同じ様な長さ、これは前秦時代から変わらない
長柄槍は概ね374cm〜405cm、手槍は1m前後
御林の使っていた日本刀の長さが162cm、日本薙刀の長さが286cm

戚継光は明人だから違いを感じ取れない、なんせ違いが無いのだから
624 忍法帖【Lv=4,xxxP】 :2011/05/02(月) 21:00:42.47 ID:8oP5uqgj
槍類に関しては、後の鄭成功らもあまり大きな違いは感じていなかったと思う。

「臺灣鄭氏始末」でも、
成功使張光啟如日本乞師。
(中略)
十一月,光啟使還,言日本上將軍不允發兵,助銅嗊、鹿銃、倭刀為備。

という風に、援兵は得られず、大砲鉄砲日本刀の物質的支援を得たのみと記録している。
他に鎧兜等々の支援もあったはずだが、こちらには記録されていない。
(別なものに鎧兜類も記録されていたと思ったが、ちと失念。スマン。)
いずれにせよ、槍類の記録がいまいち判らない。
まあ、単に不勉強なだけかもしれないが。
625 忍法帖【Lv=4,xxxP】 :2011/05/02(月) 22:17:58.53 ID:8oP5uqgj
そういえば、鄭成功軍のエリート部隊だった斬人斬馬の鉄人隊は日本刀が主兵装だったね。
中身は日本のローニンが主体だったとも言われているけど。
626人間七七四年:2011/05/03(火) 01:21:39.03 ID:aXJ4Is89
助銅?
って貨幣なのか? よくわからん。
627人間七七四年:2011/05/03(火) 11:21:43.21 ID:QCdbp+5b
>>607
『単刀法選』だと刃渡り三尺七、八寸の刀を一尺二寸の柄を合わせて
五尺の刀としているから、その数え方だと三尺の方は定寸の打刀と大差ないってことになるな。
628人間七七四年:2011/05/03(火) 11:32:13.88 ID:QCdbp+5b
南北朝期のだが馬が切られたことが手元にあった史料の軍忠状に記載されていた。
武者を切って落とす報告もあるし、白兵戦闘とおぼしき報告も多い。

「九四 烟田幹胤軍忠状写」

手柄:(飯田民部丞)前浜の御合戦において太刀打致し
   :武者一騎切って落とし、頚を捕らんと欲するところ、御敵堕ち重なる間、押し隔てられ分捕れざるの間、証拠として腰刀を捕りおわんぬ。

負傷:飯田民部丞御不審の刻、乗馬を切られ
   :若党松山左近将監疵を被る
629人間七七四年:2011/05/03(火) 12:05:49.04 ID:QCdbp+5b
と思ったら上杉禅秀の乱のときのだった。もうちょっと後。
630人間七七四年:2011/05/03(火) 20:25:45.81 ID:sHRMMdGQ
やっぱ白兵戦はそこそこ行われてたのか
631人間七七四年:2011/05/03(火) 21:33:25.87 ID:w+hkFKHe
>>630
行われない方がおかしい。
南北朝時代は、騎馬が弓を持たなくなっていき、
太刀や野太刀、薙刀といった馬上打物に移行した時代。
632人間七七四年:2011/05/03(火) 22:07:37.83 ID:ykJJ3jgB
もし無かったら、刀の佩き方等々の変化も無かった。
平安〜鎌倉〜南北朝の間、日本刀の形そのものも微妙に変化しているが、そういうのも無かったはず。
633人間七七四年:2011/05/04(水) 15:11:20.67 ID:sadCOW/u
もちろん馬上打物だけでなく、攻城戦でも白兵戦闘が手柄として
報告されている。


『四五 烟田時幹軍忠状写』

・ついで家子鳥栖太郎三郎貞親壁を切り破り、城内に責め入り、散々に合戦を致し、
切り捨てせしめおわんぬ。この条、小野崎次郎左衛門尉見知しおわんぬ。同じく
若党富田次郎太郎信行、同じく城内責入り切捨ておわんぬ。
634人間七七四年:2011/05/04(水) 21:30:01.88 ID:cYrjQdhY
本題には関係ないが、重度の日本刀信者の中には

>壁を切り破り

って表現を読んで、
「日本刀で城壁を斬った、昔の人はスゲー!!」とか思ったりする人もいるんだろうか
635人間七七四年:2011/05/04(水) 21:31:56.25 ID:nnu4rXcF
>>634
それは日本刀信者以前に読解力がないだけだ。
636人間七七四年:2011/05/04(水) 22:20:51.74 ID:sadCOW/u
折角なので統計を取ってみたよ。烟田(かまた)文書(京都大学総合博物館所蔵・『鉾田町史中世資料編 烟田史料』所載)から
手柄や受傷など、それが白兵戦によるものか遠距離戦によるものか、不明かを分類した。


白兵戦:9件

「二九 塙政茂軍忠状写」
手柄:怨敵三騎を討ち捕え(白1)

「四二 烟田時幹軍忠状写」
手柄:家人井河又三郎幹信御敵一人を切り落とす(白2)
負傷:家子鳥栖太郎三郎貞近右小膝を切られ(白3)

「四四 烟田時幹軍忠状写」
手柄:家人富田左近允信之、御敵の頚を捕りおわんぬ(白4)

「四五 烟田時幹軍忠状写」
手柄:鳥栖太郎三郎貞親壁を切り破り、城内に責め入り、散々に合戦を致し、切り捨てせしめおわんぬ。(白5)
   :同じく若党富田次郎太郎信行、同じく城内に責め入り切り捨ておわんぬ。(白6)

「九四 烟田幹胤軍忠状写」
手柄:(飯田民部丞)前浜の御合戦において太刀打致し(白7)
   :武者一騎切って落とし、頚を捕らんと欲するところ、御敵堕ち重なる間、押し隔てられ分捕れざるの間、証拠として腰刀を捕りおわんぬ。(

白8)
負傷:飯田民部丞御不審の刻、乗馬を切られ(白9)
637人間七七四年:2011/05/04(水) 22:21:40.25 ID:sadCOW/u
遠戦:4件

「三四 烟田幹宗・時幹軍忠状写」
戦死:旗差弥次郎男射殺されおわんぬ(遠1)

「四二 烟田時幹軍忠状写」
負傷:(家子鳥栖太郎三郎貞近)同じく乗馬を射らるる(遠2)

「四四 烟田時幹軍忠状写」
負傷:旗差別当三郎国重左肩を射られおわんぬ(遠3)

「一一四 烟田幹胤軍忠状写」
手柄:日々矢戦仕る。(遠4)


不明:8件

「二九 塙政茂軍忠状写」
戦死:山本四郎義長討ち死に(不明1)

「三四 烟田幹宗・時幹軍忠状写」
戦死:家人鳥栖彦太郎幹安討死におわんぬ(不明2)

「四五 烟田時幹軍忠状写」
負傷:若党新堀修理亮公夏右脛に疵を被りおわんぬ(不明3)

「七一 烟田重幹軍忠状写」
負傷:家人小高根三郎左衛門尉・塙衛門二郎疵を被る事(不明4)

「七五 烟田重幹軍忠状写」
負傷:切岸において合戦、若党鳥栖式部丞疵を被りおわんぬ。(不明5)

「九四 烟田幹胤軍忠状写」
負傷:(前浜の御合戦において太刀打致し)若党松山左近将監疵を被る(不明6)

「一○六 烟田幹胤代胤幹軍忠状写」
負傷:城責めの時、最前に切岸に上り、合戦を致すの間、家人小高根左衛門四郎疵を被るの条、(不明7)

「一一二 烟田幹胤軍忠状写」
負傷:庶子上谷田疵を被りおわんぬ。(不明8)
638人間七七四年:2011/05/04(水) 22:38:27.18 ID:sadCOW/u
以上、『烟田文書』として伝わるうちに、内容の重複しない軍忠状は17件。
ただし「五五 烟田時幹軍忠状写」「五九 烟田時幹軍忠状写」「七七 烟田重幹代井河信吉軍忠状写」
「八一 烟田重幹軍忠状写」「八三 烟田重幹軍忠状写」「一○三 亀谷田胤幹軍忠状写」からは
手柄や受傷などの情報を得られなかったので、それらを除いた11件が今回のサンプルということで。

「鉾田町史中世資料編 烟田史料」総説に「激動の中世を必死で生き抜いた小さな武士団」と評されるような
地方の小勢力ではあるけれども、尊氏軍に属して鎌倉入り都入りをしたり、以降も在地の合戦で北朝側として
小田城攻略などに従い、あとは小山若犬丸の乱、上杉禅秀の乱と、従軍した戦いはメジャーなところが多い。
639人間七七四年:2011/05/05(木) 09:25:06.71 ID:vKA1SPEO
>壁を切り破り

まさに略奪
640人間七七四年:2011/05/05(木) 18:28:08.73 ID:gMUO8rZ4
>>634
いや、いないと思う。
641人間七七四年:2011/05/05(木) 18:35:25.43 ID:NUeu59k+
>>640
そんなことはない。
現に>>634がそんな風に思ったみたいだw
642人間七七四年:2011/05/05(木) 20:37:53.26 ID:8agLdJAa
「切り込む」って言葉を見ると、自動的に
「日本刀を抜いて突撃した」という意味に脳内変換される人間は大勢いるからな
643人間七七四年:2011/05/05(木) 20:49:24.58 ID:hkh7EYL+
壁を切り破りを日本刀云々に脳内変換するヤツなんていないだろうな。一人を除いて。
644人間七七四年:2011/05/06(金) 00:13:20.96 ID:RsjoqIej
頭の悪い日本刀信者を想像して笑ってたら、自分の頭の悪さがバレたでござるの巻
645人間七七四年:2011/05/09(月) 18:54:10.36 ID:i1w13RJn
>>634
あたり見て、日本刀否定論者の人物像が見えたような気がする。

なんとかして人の優位に立ちたいだけの奴なんだな。

そもそも歴史自体大して興味も無い。

普通は過去の世界像の再構築という目的だから、その為の情報収集なので最終的に
現実的と思える全体的な世界像が出来上がらないと済んだ気にならないわけだが

何か常識的なもの=多くの人が信じてる物と「違う何か」を見つければ、それで満足でありそこがゴールなので
例えば、戦闘を扱った資料を読んでも戦闘の流れをシミュレーションしてみるでもない。
結論に至るまでの手続きが一つ二つ足りない。
だから穴だらけの間抜けな話をしてたりするんだが、本人には分からない。

646人間七七四年:2011/05/09(月) 19:08:34.16 ID:i1w13RJn
あとさ、現代人って情報量が多いように見えて、実際の経験の幅はかなり狭いんだよね、過去の人と比べて。
経験の幅が違うと、同じ人間のやる事でも理解出来ない、想像することすら難しい。
例えば全くスポーツ経験の無い奴は、アスリートの経験する世界を全く理解出来ない。


人より優位に立ちたいってのが先行しちゃうと、
そういう事に無自覚なまま、自分の狭い日常世界の常識で世界を見てしまう。
「ありそうな事、現実的な事」と「あり得ない事」の切り分けを自分の日常範囲でやってしまってる事に気付かない。

偉ぶった間抜けの一丁あがりというわけだ。

647人間七七四年:2011/05/09(月) 20:22:08.64 ID:9eSJqpLJ
言いたい事、わからんでもない
648人間七七四年:2011/05/10(火) 17:08:18.12 ID:7TpiYX9u
多分この地方特有のものだろうが、こんな刀もあって
壁破りや海戦における工具として使われたという。

http://www.jrt.co.jp/tv/ohayo/furusato/image/0507F.JPG


>蜂須賀軍は、斬り合う刀で敵の要塞の壁や柵の破壊もおこないました。
http://www.jrt.co.jp/tv/ohayo/furusato/020507.htm


あまり刀というものを狭く考えすぎるのもよくないと教えてくれるな。
もちろん、烟田氏一党が件の合戦でこれを使ったなんて話をしてるわけじゃないので。
649人間七七四年:2011/05/10(火) 19:07:56.57 ID:ZKRD1dLJ
一般的な刀(脇差サイズ)というよりはナタ(+ノコギリ)みたいなもんなのかな?
650人間七七四年:2011/05/10(火) 20:31:39.78 ID:/32dLf3c
ttp://d.hatena.ne.jp/machida77/20090922/p1

短刀に鋸刃があるものも。鞘が大工道具を意匠としているのも面白いな。
651人間七七四年:2011/05/14(土) 20:22:47.69 ID:hLo/tZ4o
>>645
自分の脳内で「頭の悪い保守派」を作り上げて
自分の都合の言いように作品内で主人公達に
論破させてシャドーやってる雁屋さんみたいなもんでしょw
652人間七七四年:2011/05/14(土) 20:58:50.47 ID:MADSK11L
定論者が言うほどに不要なモノなら、なぜ当時の兵士はわざわざ刀持ち歩いてたのか気になる
653人間七七四年:2011/05/14(土) 23:25:27.80 ID:q9DzSoqm
道具としては必要だったことが確実だが、
武器として常用されたかどうかは微妙

少なくとも「武器として使われる場面はある」のは確実。

主力の武器だったかどうかという点では、少し...
654人間七七四年:2011/05/14(土) 23:45:55.56 ID:LJ4sQyC0
主力の定義ってのはどんなものなんだろう?
戦闘員の誰もが持っていて乱戦、白兵戦になれば
誰もが使う可能性のある武器ではあるが。
655人間七七四年:2011/05/15(日) 01:20:00.30 ID:mMsnb+jA
日本の野戦の典型的パターン

古代・・・ 弩(バリスタ)で砲撃→弓、手弩(クロスボウ)を発射→歩兵、騎兵の白兵戦
源平時代・・・ 馬上から矢戦→名乗りをあげる→一騎打ち→助太刀が入り白兵戦
室町〜戦国前期・・・ 盾を並べて矢戦→敵が怯むか矢が尽きたら白兵戦
戦国後期・・・ 竹束・盾を並べて銃撃戦→長槍隊同士の叩き合い→徒歩武者と騎馬武者が突入
656人間七七四年:2011/05/15(日) 01:24:18.40 ID:mMsnb+jA
室町時代だと前哨戦で矢戦、矢は尽きるから
それから突入という流れがセオリー。
まあどこの国でもそうだけどね。
657人間七七四年:2011/05/15(日) 11:50:22.46 ID:1SAnCPwN
鎌倉期から流鏑馬や犬追物などの弓矢の腕を鍛える競技は盛んだったけど、
刀の腕を鍛える競技はあまり聞かないもんな。
658人間七七四年:2011/05/15(日) 12:54:06.43 ID:mMsnb+jA
>>657
秀吉の天下統一前後、鉄砲が主力となるまでは
戦国時代の主装備と言えるのは槍または長槍だろうね。
刀は槍を斬られたり落としたりした時に必要なので、使用頻度は低くないと思う。
659人間七七四年:2011/05/15(日) 14:44:20.41 ID:1SAnCPwN
槍の又左や七本槍など、槍が上手くて出世した武将は数あれど、
剣術が上手くて出世した武将はあまり聞かないな。
660人間七七四年:2011/05/15(日) 15:00:17.53 ID:8GDXie7a
>659
三国一の弓取り
なんてのもあったな。もっとも、彼に関しては、弓術で出世したという事実はないが。

ただ、戦国期には弓術が得意だと特別扱いされる場面はあった模様。

剣術、刀術で出世したとか、あまり聞かないな、たしかに。居ないわけではないと思うんだが。
661人間七七四年:2011/05/15(日) 15:09:08.47 ID:j/h2xg/j
>>658
鉄砲が主力というほど多くの戦闘員に行き渡っていたのか?
662人間七七四年:2011/05/15(日) 17:05:44.54 ID:B2w5ShW1
数百台しかない戦車や戦闘機は主力というほど多くの自衛隊員に行き渡っていたのか?
663人間七七四年:2011/05/15(日) 17:53:52.95 ID:8GDXie7a
>661
統一後の時代ぐらいになると、
鉄砲装備の兵が3割とか4割、それ以上とかいうような大名も出てきてるしな。
これぐらい増えてたら主力といえるんじゃないか?
664人間七七四年:2011/05/15(日) 18:33:04.23 ID:Z815ZnPy
>>658
白兵戦で使われたのは槍じゃなく刀だから、槍どうこうは関係無いな
>>659-660
むしろ槍より多いよね、著名な武術家にも剣術師範多いし
665人間七七四年:2011/05/15(日) 19:38:07.19 ID:HDMoP1Gh
>>660
剣術が優れた奴と、弓術が優れた奴と「使う側」から考えると
特殊技能として評価されるのはやはり弓術だという気はするけど。

戦術的な幅が広がったりするでしょ。
個人的な有用性は剣術の方がありそうだけど、軍としての有用性はやはり飛び道具の方が上だと思う。

剣の達人ったって漫画みたいに無双出来るわけでもないだろうし。
剣術なら1対1で決して負けない位でも充分優れていると言えるし、
二三人相手でも確実レベルだと、それはもう化け物だろうけど
それが戦術的にどの程度意味があるかつーと微妙だよね。

それだけでは、戦場においては決して死なない、余裕がある以上の優位さはないだろう。
だからそれを生かして指揮能力を発揮するとか無いと、出世とかには結びつかない気はするけど。

でもこれは主力武器と言えるかどうかという話とは、少し違うよな。
666人間七七四年:2011/05/15(日) 19:42:05.70 ID:HDMoP1Gh
あと、評価の高いモノってのは希少なものが多いよな。
誰でも持ってる技能はそれほど評価はされない。

また平均値が高ければ高いほど、突出するのは難しいし、
突出量も小さくなる。
667人間七七四年:2011/05/15(日) 19:48:09.15 ID:HDMoP1Gh
刀の扱いにある程度熟達してるのは、ある意味普通の事で
槍や弓はそうではなかったという解釈の方が自然な気はする。

「主力武器」と言えるかどうかってのは、使用頻度の問題であって
特別な評価を受けているかどうかってのは少しずれてる。

有用性には「無くてはならないもの、無いと始まらないもの」と
「そうそうあるものでもないが、あるととても有難いもの」の二種類が少なくともある。
668人間七七四年:2011/05/15(日) 19:59:10.33 ID:HDMoP1Gh
白兵戦に移行しない戦闘なんて考えにくい。
ではそこで使われた武器とは何か?
弓では勿論無い。

槍かというと、これも違うと思う。白兵戦を槍で戦い切る事が出来る人ってのは
本当に一握りしかいないと思う。それは密集戦では決して有利な武器ではない。
刀に対して槍が有利なのは、1対1の場合なのであって、白兵戦は別に1対1の勝ち抜き戦じゃない。

残るのは刀しかないと思うけどね。で現実に全ての武士がそれを携行してるわけで。

むしろ刀が主力武器であることを否定する根拠がわからない。
669人間七七四年:2011/05/15(日) 20:28:16.00 ID:e35nSkOT
>>658
>刀は槍を斬られたり落としたりした時に必要なので、使用頻度は低くないと思う。

いや、もっと積極的に使われているだろう。槍脇で使われている例も多い。戦国時代の生き残りが書いた
『三河物語』では槍合わせに同行するたくさんの郎党たちが「刀ヲヒンヌキヒンヌキ、主々より先に立たント進ミケレバ」と
主人の槍に刀を付いていくように表現されている。『雑兵物語』でも槍合わせの最中に刀で切り込んでくる敵がいる。
二番槍と言われるのを嫌って刀を使った侍のエピソードもある。ちなみにこの侍はこのあと鉄砲で撃たれて死ぬが、
二人を切り伏せており白兵戦で遅れを取ったわけではなかった。あとは大久保彦左衛門本人が自分の寄子が
敵城主を倒すのを刀でアシストしたことも。城主がちゃんと名乗っていたらそんなことはさせなかったのにとは言っているが。


『三河物語』
・何方之合戦にも、人数多シト申共、先ヱ出テ鑓ヲ合ル者ハ、五人拾人にハ過ざる物ナレ共、
此人々は森山より、此時之事思ひモウケタル事ナレバ、少モ騒事モ無。侍請て百四五十人一度に、
錣ヲかタブケテ、根強ク突イテ係ケレバ、主従に付て残之者共、刀ヲヒンヌキヒンヌキ、主々より先に
立たント進ミケレバ、三ノ備ヲ切崩シケレバ、残備ハ共に敗軍スレバ、悉ク切捨にシテ、

・其時、八屋半之丞少ヲソク出ケレバ、「半之丞、鑓が初ゾ。急」ト云ケレバ、八屋聞て、「人ガ鑓ヲシタラバ、
我ハ切合迄ヨ。半之丞ガ二番鑓ヲシタルト云ハレテハ、ウレ敷モ無。鑓ハ持て来ルナ」ト云テ、持せズ。
然処に、鑓脇に抜放シて居タル者ヲ、ハシリ入て二人切伏せて、

・然間、城の大将にて有ける岡辺丹波をバ、平助(大久保忠教・著者本人)が太刀付て、寄子の本多主水に打たせけり。
丹波と名乗りたらバ、寄子にハ打たせまじけれ共、名乗らぬうへなり。


『雑兵物語』
・おれが旦那は二番鑓を合わせしが、かす手もおわない。其鑓脇傍輩衆をたのんで刀鑓脇をつめなさつた。

・一番の鑓ががつちと合と、其まま其敵を突き殺し首を取なさつた。おれもすけべいと思つたが(中略)敵が壱疋旦那を
打べいとてみやうたん柿のうんだごとくなさ鉢の男が刀を抜て来る所で、

・二の先から横鑓は入ないで、まづ騎馬を引勝て三十騎、鑓を持人もあり、刀を持人も有、弓を持人もあり、鉄砲を持人もあり、
670人間七七四年:2011/05/15(日) 20:45:10.88 ID:8GDXie7a
兵を集める際に、持参することが望ましい武器として例示されてるのは、
1に鑓、2に弓。
最後に、武器になりそうなものならなんでもいいから持ってこいと付け足されてる。

刀の扱いは、その程度。
671人間七七四年:2011/05/15(日) 20:47:56.42 ID:e35nSkOT
そりゃ日本はこういう国ですから。


・若者であれ老人であれ、あるいはどのような地位の金持ちであれ貧乏人であれ、一五歳をすぎると誰もが年がら年中、刀と脇差を帯にはさんで携行している。

・これらの人々は大いに武器を尊重する傾向があり、その階級を問わず、十二歳に達すると、ことごとく大・小(両)刀を携行する。

・日本人は心猛く、武器に自信あり。十三歳以上の少年は剣および短剣を帯して決してこれを放さず、また弓の達人にして、彼等は世界中の人々を蔑視せり。

・日本人は戦を好み、十歳より剣を帯し、剣を抱いて眠れり。
672人間七七四年:2011/05/15(日) 21:07:38.36 ID:HDMoP1Gh
>>670
それからわかるのは刀の扱いではなくて、
集められる兵の用途だろう。

持って来るべき武器を指示し無いとならないレベルの兵の使い道としては
それしかないだろう、実に合理的だ。
673人間七七四年:2011/05/15(日) 21:12:46.69 ID:e35nSkOT
『信長公記』

http://www.page.sannet.ne.jp/gutoku2/sintyokouki_1.pdf
浮野合戦の事
・然るところを、信長の御小姓衆佐脇藤八走り懸かり、林が頸をうたんとするところを、
居ながら大刀を抜き持ち、佐脇藤八が左の肘を小手くはへに打ち落す。
かゝり向つて、終に頸を取る。林弥七郎、弓と太刀との働き比類なき仕立なり。

http://www.page.sannet.ne.jp/gutoku2/sintyokouki_8.pdf
樋口夫婦御生害の事
・其の中、心ある者ども、はだかになり、伐刀ばかりにて、七八百ばかり切つて懸かり、伐ち崩し、
御一門を初め奉り、歴々数多討死。


http://www.page.sannet.ne.jp/gutoku2/sintyokouki_16.pdf
信州高遠の城、中将信忠卿攻めらるゝの事
・歴の上掾E子供、一に引き寄せ差し殺し(城内の将兵は、妻子を一人ずつ引き寄せて刺し殺し)、切つて出で、
働く事、申すに及ばず。爰に、諏訪勝右衛門女房、刀を披き切つて廻し、比類なき働き、前代未聞の次第なり。
又、十五、六のうつくしき若衆一人、弓を持ち、台所のつまりにて余多射倒し、 矢数射尽し、後には刀を抜き切りてまいり、
討死。手負・死人、上を下へと員を知らず。
674人間七七四年:2011/05/15(日) 21:15:22.22 ID:WC5ZPIx+
鈴木っちは一番槍が手柄とされたことを引いて
やはり接近戦を厭う風潮があったのだと説いていたけど
秘書一番槍之説での一番槍の定義の方が納得できる。
675人間七七四年:2011/05/15(日) 21:17:57.92 ID:HDMoP1Gh
ところでボクシングで一番ヒットする確率が高いのはジャブだが
KOする確率が一番多いパンチはなんだろう?
676人間七七四年:2011/05/15(日) 21:26:32.40 ID:HDMoP1Gh
主力武器の定義は難しいな。

とは言えそもそもの論点は刀は主力武器かどうかでなくて、刀は武器として実際に機能していたのか
それともお飾りか、残務処理の包丁だったのかという話だったはずだわな。この論点の推移は滑稽だ。

戦闘はいくつかの局面を移行していくものだろうし、
その局面局面で「主に使われる武器」は違うだろうな。
677人間七七四年:2011/05/15(日) 21:31:52.56 ID:e35nSkOT
>残務処理の包丁だったのかという話だったはずだわな。

彼の主張は本来飛び道具だけで殲滅は可能だが、日本では首取りの習慣があったので
本来必要のないはずの白兵戦らしい戦闘が行われることもあった、とかなんだけど
陣形が崩れてきたときに刀で一方的に切り込まれることで起こる恐慌とか浮き足だたせることの
戦術効果は軽視できないと思うんだよな。あと、これはローマの例だが、グラディウスの切れ味の
凄まじさがマケドニアを戦意喪失させることもあったという。


『共和制ローマの軍隊200BC‐104BC―地中海の覇者』

・この剣は攻撃的な武器として優れており、刃身は非常に強度が高く、両刃の部分はよく切れた(ポリュビオス)。
スペイン式の剣はマケドニア人にすさまじい衝撃を与えた。リウィウスは、第2次マケドニア戦争の初期の小競り合いで、
スペイン式の剣が死体にどれほどの傷を負わせたかをマケドニア軍が見たときに、彼らを襲った戦意喪失について記している。
多くの場合、剣は四肢を切り離し、死体の首をはねた。
678人間七七四年:2011/05/15(日) 21:38:05.41 ID:e35nSkOT
弓は鉄砲の出現で旧式化し、刀の長さは鉄砲の射程の前には問題にならないはずなんだが
実際にはこういうことも起こるわけで。戦国人はハードに固執し過ぎて頭の堅い現代人を笑いそうだな。


フロイス『日本史』
・土佐の鉄砲隊は味方から全面的に期待をかけられていながら
鉄砲を発射する時間も場所もないほどであった。
というのは、薩摩軍は太刀をふりかざし弓をもって、猛烈な勢いで来襲し、
鉄砲など目にもくれなかったからである。
679人間七七四年:2011/05/15(日) 21:47:03.37 ID:K/xqwttO
>>675
左フック

右じゃないんだな
680人間七七四年:2011/05/15(日) 21:54:16.22 ID:e35nSkOT
パンチのヒット率を見る限りボクシングの主力はあくまでジャブである。
この割合を見る限りジャブだけで勝利は可能なはずだが、ボクシングの
試合においては派手なKO劇が求められたため、戦いには本来必要のない
左フックなどがKOの道具として使われることもあった。
681人間七七四年:2011/05/15(日) 22:03:30.52 ID:K/xqwttO
>>680
そういう例え方するなら
威力は絶大だが試合ではまず当たらない右フックを刀に例えた方がいいような。
682人間七七四年:2011/05/15(日) 22:20:52.71 ID:Z815ZnPy
>>670
刀はありふれてるし誰でも簡単に持ち運べるからね
>>677
同じく戟や矛を装備する長兵の多かった六国の兵も、短兵の多い秦に苦戦した
683人間七七四年:2011/05/15(日) 22:54:26.57 ID:lA2299iG
>>677
>陣形が崩れてきたときに刀で一方的に切り込まれることで起こる恐慌とか浮き足だたせることの>戦術効果は軽視できないと思うんだよな。

これは面白い論点だね。考えて見れば戦ってのはそういうもんだよな。

「一撃で死ぬ」ってのは物凄いプレッシャーだよな。
684人間七七四年:2011/05/15(日) 23:19:13.45 ID:4Osw1863
相手に戦意を失わせて一方的に敗走とかさせても軍忠状では
「御敵散々ニ打負シ」程度の記載しかされないから記録ではどうだったのか
わかりにくい。その辺の戦闘は軍忠状に拘らず戦国時代人の残した報告などから
考えていくほかないと思う。
685人間七七四年:2011/05/15(日) 23:21:19.49 ID:mMsnb+jA
一番槍、槍の功名、槍働きというけど、まず徒歩武者も騎馬武者も槍を取って戦う。
686人間七七四年:2011/05/15(日) 23:22:19.65 ID:8GDXie7a
>678
秀吉の九州出兵時、薩摩兵は勇猛だから長篠での武田同様、
かなり反撃くらいそうだ〜
なんて言ってたらしいしなあ。

>677
飛び道具だけで殲滅可能なら、
現代戦では戦車とか対地攻撃兵器(戦闘ヘリとか攻撃機)、それに空爆までで充分で、
歩兵なんか必要ないことになってしまわないか?

歩兵なしには戦いは無理な気がするんだが、だからといって歩兵が主力と言えるのかは疑問が...
687人間七七四年:2011/05/15(日) 23:26:38.13 ID:4Osw1863
>>685
そうとも限らんということは既に出ているわな。
688人間七七四年:2011/05/15(日) 23:41:36.90 ID:mMsnb+jA
>>677
そのすぐ後ローマはピュドナの戦いでマケドニアを破る。
正面から戦列を組んでの戦いは長槍のファランクスに圧倒されて交代しっぱなしだった。
が、林に誘い込んで長槍密集陣が崩れたとき、槍衾の隙間に盾と剣で潜り込んで勝った。
マケドニアの剣xiphosはローマの剣グラディウスより短く、剣では勝負にならん。
689人間七七四年:2011/05/15(日) 23:54:20.24 ID:mMsnb+jA
>>687
古くは南北朝、戦国では九州を中心に野太刀も流行したが
この時代、野戦で武士が使うのはまず槍か馬上槍が大半では?
そりゃ鉄砲や弓を得意とする武士や、馬上筒を撃ってから槍を入れる騎馬組もいたけどさ。

足軽はそれぞれ鉄砲、弓、長槍、手槍を組ごとに組織されて持っているイメージだけど、
先陣に立ち両手に刀を持って矢を払う足軽もいるよな。
690人間七七四年:2011/05/16(月) 00:11:32.23 ID:rPAR9AQP
>>688
グラディウスも短剣だよ、殺傷力重視
そもそもローマ軍は敷き詰めて布陣しないし
691人間七七四年:2011/05/16(月) 00:22:00.21 ID:VEVJ2oKn
前列が盾で押し合いながら隙間をついてザクザク行くための短剣か?
692人間七七四年:2011/05/16(月) 00:54:32.59 ID:XASvAz7Y
>>690
グラディウスはスパタより短いけどギリシャの剣よりは長いよ。
マリウス改革以前のローマのマニプルス陣形は、レギオ(師団)単位では市松模様に隙間をあけることもあるけど
その場合もマニプルス(中隊)単位では方形密集陣なので、変則的密集陣といえるんじゃないかな〜。
山岳民族との戦争の教訓から、小隊単位で小さく分かれて戦うこともできる。
693人間七七四年:2011/05/16(月) 01:39:35.31 ID:rPAR9AQP
>>692
レギオンは方形でもないし密集陣でもないよ
グラディウスは結構短い、秦や六国の剣や漢代の刀と比べて1回り以上
もっとも、鋭利な刃で長剣を造る技術が無かっただけだろうけど
694人間七七四年:2011/05/16(月) 01:46:33.09 ID:5v9jQo6Q
知ったか過ぎるw
695人間七七四年:2011/05/16(月) 02:52:24.75 ID:VEVJ2oKn
刀剣の名前ちゃんと覚えてないから参加できない
696人間七七四年:2011/05/16(月) 03:11:17.80 ID:rPAR9AQP
>>694
はい、じゃあ指摘どうぞ
697人間七七四年:2011/05/16(月) 09:27:10.23 ID:CkMvs51R
レギオンは密集方陣でしょうよ
そりゃファランクスよりは密度は薄いが
698人間七七四年:2011/05/16(月) 11:01:06.01 ID:+MBm80pM
>先陣に立ち両手に刀を持って矢を払う足軽もいるよな。

両手に刀を持って矢を払うなんてできるの?
やってた記録があるなら教えてほしい。
699人間七七四年:2011/05/16(月) 12:07:57.26 ID:4l7rcg0+
>>698
太平記での新田義貞くらいしか知らん。
700人間七七四年:2011/05/16(月) 14:15:49.22 ID:RJH8U350
さすが源氏最強と言われた義貞公
701人間七七四年:2011/05/16(月) 16:18:59.21 ID:jtlTIecD
ポリュビオスによれば、ローマ兵1人が占めていた面積はマケドニア兵2人分だったと言う。
兵士同士の間隔は約1m(3歩)だとされている。密集と散開の中間と言えるんじゃないか。
>>693
騎兵用のスパタはそれなりの長さだから単に運用思想の違いじゃないか。
702人間七七四年:2011/05/16(月) 17:42:23.60 ID:CkMvs51R
>>701
陣形維持が基本で、方陣だから密集の範囲かと
維持の観点は横隊になっても変化ないけどね

18世紀の陣形変更手順なんて阿呆らしくなるからな
703人間七七四年:2011/05/16(月) 18:15:09.48 ID:rPAR9AQP
>>702
ローマ軍の戦闘隊形は基本的に方陣じゃないよ
密集でもない、というより短兵を密集させるのは利点に乏しいし
704人間七七四年:2011/05/16(月) 19:34:06.57 ID:XASvAz7Y
今更共和制ローマ歩兵の基本構成を言うのもなんだが、ローマ歩兵は百数十人のマニプルス(中隊)で横長の方陣を組む。
これを35個・3列並べて、重装歩兵の戦列を組んだ。

ウェリテース 戦列の前に散開する散兵。貧しい階級で、投槍とダガー、円盾の軽装備で前哨戦を担う。
ハスタティ 戦列の第一線を構成する。若い兵が多く、投槍を投げた後、剣で戦う。兜、鎧に、楕円盾を持つ。
プリンキペス 2列目の熟練兵。ハスタティと装備は同じだがより質が良い。
トリアリイ 3列目を担う古参兵。切り札であり、短い槍と盾で武装した。
705人間七七四年:2011/05/16(月) 19:48:32.26 ID:XASvAz7Y
帝政期のローマになるが、「軍事論」を著したウェゲティウスは、
「散開した部隊では敵に突入を許し後背から攻撃を受けてしまう」
「兵士は等間隔で、一直線に戦列を形成すべきだ」と言っている。
まあ当たり前だ。密度が薄ければ、当然部隊は勢いで突破される。
サクソン人やゴート人のような楔形の密集陣に突入されたらひとたまりもないだろう。
散兵は当時あくまで支援的役割だ。
706人間七七四年:2011/05/16(月) 19:52:16.25 ID:CkMvs51R
でもバラバラの日本軍が陣形維持する明軍に勝利もしくは互角に戦っている
707人間七七四年:2011/05/16(月) 20:06:19.66 ID:rPAR9AQP
>>704-705
今更と言いつつ理解出来てないけどなw
で、横長の方陣って何?丸い三角形、角張った円、くらい意味不明だけど

戦列陣は散兵線と違うけど同様に密集陣と戦列陣がイコールなわけでけもない
ローマ軍の編成は密集陣とは異なる、そもそも密集陣向きの武装してないし
708人間七七四年:2011/05/16(月) 20:16:36.82 ID:CkMvs51R
>>707
横長の長方形ということでしょう
密集陣と戦列陣が違うと言いたいのは分かるけど
陣形を以て固定するという発想は同じでしょう
709人間七七四年:2011/05/16(月) 20:50:30.96 ID:rPAR9AQP
>>708
横長の長方形なら、それは方陣とは言わない、ということ
散兵線や周回射撃も秩序だった隊形を維持して行動するのは一緒だしね
710人間七七四年:2011/05/16(月) 21:39:02.49 ID:CkMvs51R
>>709
「方陣」ではないと強調したいんでしたら、じゃあ「方形陣形」で
711人間七七四年:2011/05/16(月) 23:35:51.90 ID:iPkXdYRh
>709
え?
「方」って四角のことでしょ?
正方形に限らず、長方形も「方」じゃないの?
陣形の呼び方の場合は違うの?
それじゃ長方形の陣形はなんて言えばいいの?
712人間七七四年:2011/05/17(火) 00:18:37.57 ID:SThxbJMU
>>711
長方形は方と呼ばねーよ
通常の場合も違う、陣形の場合も違う、国語教養の問題だなw
長方形陣
713人間七七四年:2011/05/17(火) 03:04:53.56 ID:fPQwD9aS
>長方形は方と呼ばねーよ

なんかゆとりの国語教養は日本語じゃなってるみたいだな。
714人間七七四年:2011/05/17(火) 03:06:26.80 ID:fPQwD9aS
おっと脱字

×日本語じゃなってるみたいだな
○日本語じゃなくなってるみたいだな
715人間七七四年:2011/05/17(火) 03:58:10.43 ID:emoCjqi5
脱線してまいりました
716人間七七四年:2011/05/17(火) 04:10:34.77 ID:TTuyOyrr
厨二匹によるここ数日の脱線はひどい
717人間七七四年:2011/05/17(火) 08:00:13.81 ID:qrzLDt3P
脱線しての揚げ足の取り合いは勘弁してもらいたい。
718人間七七四年:2011/05/17(火) 09:37:23.19 ID:9B1x35y3
近世における欧州と日本の横陣は棒と紐ぐらいの違いがある
719人間七七四年:2011/05/17(火) 18:51:46.03 ID:X0dzroLN
>>770
マリウス改革以降のテストゥードなんて超密集だろw
つうかあなたローマ軍の知識ないよね?
知ったかじゃないの?
720人間七七四年:2011/05/17(火) 18:57:20.60 ID:X0dzroLN
>>718
足軽のうち長柄は横の間隔は狭い。
武田家の長柄組の場合は、互いの肩が触れ合うくらいの間隔で横隊を組んでた。
ただし、縦深は2〜3列と薄かったと思われる。
鉄砲は火縄だから、横の間隔は狭いと危険だろう。
721719:2011/05/17(火) 18:58:03.36 ID:X0dzroLN
失礼、>>707へのレスね。
722人間七七四年:2011/05/17(火) 19:29:17.54 ID:SThxbJMU
>>720
足軽は5より始め、25を一組となす、大備えもこれより始める
5を以て伍、25を以て両、100を以て卒、500を以て旅〜
組衆は旗本、前備え、脇備え、後備えよりする

ただし、縦深は2〜3列と薄かったと思われる?意味不明
だいたい、1人1mとして3列横隊だと1組につき展開幅は1km。アホの所業だな
723人間七七四年:2011/05/17(火) 19:37:27.06 ID:SThxbJMU
>>719
どっかで見た文体だと思ったら
俺が書いたwikiをこれ見よがしにソースとして貼りつけた馬鹿か

それは攻城戦なんかの時に突っ込むための特殊隊形
会戦のときに布いた陣は密集陣じゃないよ
724人間七七四年:2011/05/17(火) 19:47:55.44 ID:X0dzroLN
>>722
戦国時代の編成についてほとんど知識がないんじゃないのか・・・
悪いけど大体の人はある程度の知識を前提に話しているので
それじゃ俺の話も理解できないだろうし、話が噛みあうはずもないよ。

戦国時代の戦術単位「備」は、長柄組、旗組、弓組、鉄砲組、騎馬組といった兵科別編成で、
備1つにつき、長柄は数十人で編成された組が1〜4組程度。並んでも数十〜百数十mだろう。
725人間七七四年:2011/05/17(火) 19:51:45.29 ID:X0dzroLN
>>723
どのWIKI?
抽象的な話ばかりだな、固有名詞を使って具体的な話をしてくれ。
726人間七七四年:2011/05/17(火) 20:17:08.14 ID:9B1x35y3
>>720
間隔は兎も角、縦深は1列が基本と思われる

武田家のそれは川中島合戦図屏風を参考にしていると思うけど
あれはかなり後代の作品だから、
727人間七七四年:2011/05/17(火) 20:24:44.91 ID:SThxbJMU
>>724
知識に乏しいのは解ってるから無理せず自然体でいいよ

挙げたのは軍鑑の記述、足軽は五人からなる伍を十字に組んで両とする
伍には楔型や二列縦隊、二列横隊、斜線陣、密集した凹型がある
これが基本で、組み合わせにより備えや組衆を編成
728人間七七四年:2011/05/17(火) 20:29:14.52 ID:SThxbJMU
>>725
自分で書いたことを忘れたのかな?
テストゥード、これは主に攻城戦のときに用いられた方法論ね
会戦に用いられたのは、密集形態ではない戦列陣で
アテナイやスパルタのような手槍と盾を敷き詰める密集陣は布いてない
729人間七七四年:2011/05/17(火) 20:43:51.62 ID:X0dzroLN
>>726
叩き合いだから一列でも問題ないんだろうか。
あの屏風絵は装備も大時代風になっているけど、
長篠後、1976年に出された軍役定書には、長柄・持槍(といっても長さ4.5m)どころか鉄砲・弓衆にまで
兜、咽輪、手甲を要求していて、結構な重武装。
730人間七七四年:2011/05/17(火) 20:56:22.45 ID:9B1x35y3
>>729
叩き合いというのは槍足軽が主力から交代した時代の
「雑兵物語」の記述だからね
あの時代は突いたりもしていたかもしれない
731人間七七四年:2011/05/17(火) 21:01:25.53 ID:X0dzroLN
>>728
中隊単位の長方陣の話をしていて、中隊単位のテストゥード隊形を例に出したまでだが。
そもそもテストゥードは飛び道具を防ぐ、野戦での使用も普通だった。
特に対パルティアなどの東方遠征で使ってるね。

基本的な中隊戦闘隊形も十分に密集隊形だろう。
少なくとも散開には見えないと思わない?

で、あなたの主張の根拠になるローマ軍の陣形はどういう形なの?
732人間七七四年:2011/05/17(火) 21:07:46.73 ID:X0dzroLN
>>728
あと、ローマの話はこっちでしよう。見てみてくれ。
住人には盛大なスレ違いで申し訳なかった。

古代ローマを語ろう【ローマ人の物語】3
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1303648201/
733人間七七四年:2011/05/17(火) 21:38:31.00 ID:/GgXq9Q3
>>731
野戦で使われた描写は出て来ないね、少なくともカエサルの従軍記には出て来ない
東方遠征の従軍記で邦訳されてる本あったっけ?しかも、横長の長方陣ではないし

基本的な中隊戦闘隊形は少なくとも密集ではないね。散兵ではないけど密集隊形でもない

縦1横2くらいの戦列を布いた、密集と散兵の中間くらいの密集度の隊列かな
734731:2011/05/17(火) 22:06:23.22 ID:X0dzroLN
>>733
上記のスレに回答したので見てくれ。
735人間七七四年:2011/05/21(土) 12:34:53.79 ID:jbFJ1eVq
藤本氏、鈴木氏に対する反論

http://blog.goo.ne.jp/akechikenzaburotekisekai
736人間七七四年:2011/05/21(土) 14:13:31.89 ID:wc60+o9U
>>735
宣伝乙

明智光秀の子孫を自称するお爺ちゃんが頑張って書いてるのが泣ける
737人間七七四年:2011/05/21(土) 23:20:51.29 ID:outX+myu
「信長は謀略で殺された―本能寺の変・謀略説を嗤うを嗤う」を上梓して出直せ。

本屋で立ち読み(こんな本買う価値ない)したが、あまりの愚見に失笑のオンパレード。
頭悪いな、こいつら。
そういえば、以前こいつらの愚作を拠り所に俺に論戦挑んできて、
ボッコボコに論破された序二段力士がいたな。

738人間七七四年:2011/05/22(日) 00:03:01.68 ID:nQnhrpgv
こっちまで出てくるなよ
739人間七七四年:2011/05/22(日) 00:12:21.48 ID:WPkyCqJY
おまえか、序二段力士は。
また赤っ恥かきたいのか。
やめとけ。
740人間七七四年:2011/05/22(日) 00:20:46.94 ID:nQnhrpgv
残念だけど別人だよ
741人間七七四年:2011/05/22(日) 01:09:43.66 ID:siALXWKi
739は注射力士
742人間七七四年:2011/05/22(日) 07:49:29.46 ID:H3g9h3NN
>>737
>>739
くっそう、キチガイだ!
743人間七七四年:2011/05/22(日) 14:49:48.36 ID:nQnhrpgv
>序二段力士
ユニークで結構
744人間七七四年:2011/05/22(日) 14:58:09.49 ID:SJR1BY/o
5年も前に出た本を今更・・・
コイツの時計は5年遅れてるのか?
745人間七七四年:2011/05/22(日) 17:18:01.97 ID:tCUqun25
最新の本では変化してるの?刀とか騎馬武者はともかく
本能寺関係には興味ないのでわからん。
746人間七七四年:2011/05/23(月) 14:40:31.94 ID:pOpMHn+n
懐かしいなあ。10年前の三戦板じゃ鈴木説が常識みたいに語られてたのになあ。
747人間七七四年:2011/05/23(月) 15:20:05.47 ID:K/4I/C7L
ネットでの鈴木説全盛期って、鈴木本がまだ読まれてなかっただけなような
違和感あっても読んでなければお前らも反論はできんかっただろ
748人間七七四年:2011/05/23(月) 16:13:02.86 ID:z0/N6ZSA
>>746
あそこの武田騎馬軍団もポニー軍団だと揶揄されていたよな
749人間七七四年:2011/05/23(月) 18:36:22.03 ID:ZhuKzy5w
うちの爺さんは2ちゃんで書き込みしてたらネトウヨ認定されそうなことばっかり言ってるんだけど、
戦国時代絡みの主張はどっちかというと鈴木寄りなんだよな。

ちなみに司馬遼信者w
750人間七七四年:2011/05/24(火) 15:58:49.99 ID:hJbGOr2W
爺さん……酸素欠乏症にかかって……
751人間七七四年:2011/05/24(火) 18:38:42.63 ID:7KFx2g3A
司馬って読書好きの小学生みたいな感じ。
752人間七七四年:2011/05/24(火) 21:04:59.04 ID:4yulJgAp
『歴史読本』は本能寺特集、藤田氏が執筆している。
753人間七七四年:2011/05/24(火) 21:47:58.83 ID:Bu9qpHPv
NHKアニメのへうげものスレで鈴木信者とおぼしき御仁が暴れているのでこちらで引き取ってはもらえんでしょうか?
754人間七七四年:2011/05/24(火) 22:07:50.63 ID:EV7jV3Yr
そちらで処分してくだされ。
755人間七七四年:2011/05/25(水) 13:21:47.19 ID:7zYQJ4jf
鈴木の言い方はいかにも2ちゃんに浸透しそうだもんなぁ。
なんでもかんでも「運がよかっただけ」って、おちこぼれが優秀な人間をひがむのと
全く同じ構図だもんなぁ。
756人間七七四年:2011/05/25(水) 17:21:50.99 ID:RGaMR3PT
>>752
読んだが、藤本氏と鈴木氏のことは完全に無視していますね。
757人間七七四年:2011/05/25(水) 17:34:37.67 ID:Q/9Wfp15
>>756
谷口が「信長は謀略で殺されたのか」が出たことを書いている。
ちゃんと読んだ?
ただしすずきしんやとルビを誤っているがw
758人間七七四年:2011/05/25(水) 17:38:39.65 ID:LZlGFtdJ
藤田氏が藤本氏・鈴木氏を無視してるって話では?まだ読んでないから知らんけど
信長革命だっけ?最近出した本に則ったこと書いてるのかな
759人間七七四年:2011/05/25(水) 20:00:50.86 ID:RGaMR3PT
>>757
藤田氏は完全に無視していると言いたかったんです。
760人間七七四年:2011/05/25(水) 20:53:48.76 ID:IDo9o1ig
藤鈴がいちゃもん付けるのも勝手なら相手しないのも勝手
桐野作人の顛末みれば相手にしたくはないだろし、しても得がない。
761人間七七四年:2011/05/25(水) 20:56:59.66 ID:H/GQjUgO
>>759
相手するに値しないってことだろ
762人間七七四年:2011/05/25(水) 21:07:40.60 ID:FNpGiIe9

 発 者 同         . 。_   ____           争
 生 同 .じ     .    /´ |  (ゝ___)          い
 .し 士 .レ      .__/'r-┴<ゝi,,ノ   ro、      は、
 .な で .ベ      ∠ゝ (ゝ.//`   ./`|  }⌒j     
 .い し .ル        } ⌒ /`ヽ、_∠l,ノ ・ヽ´
 .! ! か の       /  ´..:.} >、、___,  .r、 ソ、`\
             /   ..:.:.}   /   |∨ ` ̄
            /   ..:.:./    |   丶
           / _、 ..:.:.:.{    .{.:.:.   \
          {   ..:Y  .ゝ、   {.:.:.:.:.    ヽ
          |、  ..:/ 丿 .:〉   >.- ⌒  .  ヽ
          / {. ..:./ ソ ..:./  .(    ..:.:.:`  ..:}
         ./..:.:}.:.:./ ヘ、 ..:./   .\ ..:.:r_,ノ、.:.:}
        ./..:.:/|.:/   {.:./     X.:.:}.}   X X
        /..:.:/ .}.:|    }:/       .Y丶ヽ  Y.:Y
  . __/.:/ { }  《.〈、     _,,__>.:》丶   Y.:\
  /.:.:.:.:.::/   !.:.:ゝ  ゝ.:. ̄ヾ ´:.:.:.:.:.:.:.:.:ヾゝ   \.: ̄>
763人間七七四年:2011/05/25(水) 22:35:17.70 ID:ILXWweoq
いくら藤本・鈴木が嫌いでも
藤田は問題あり過ぎなのが一目で分かる
764人間七七四年:2011/05/25(水) 22:37:18.57 ID:Q/9Wfp15
批判は学術誌でやるもの、とか平気で書くからな。
自分だって新書出してるくせに。
765人間七七四年:2011/05/26(木) 01:23:34.83 ID:vmbt6Kod
小和田はもう相手にもしてもらえないの?
766人間七七四年:2011/05/26(木) 01:50:22.94 ID:TCWK2T1T
藤田は桐野が先行してくれたおかげで助かったな
767人間七七四年:2011/05/26(木) 02:10:40.76 ID:pY60FD7D
>>765
小和田はオワコン、長いこと素粥を10倍に希釈したような本しか出してない
768人間七七四年:2011/05/26(木) 08:33:28.92 ID:Fx3bwzM9
えっ?
相変わらずテレビに出てるけど?
769人間七七四年:2011/05/26(木) 10:38:21.47 ID:xJJHpkXp
藤田と桐野は某文化センターで同時に講座を持ってなかったかな。
確か井沢もいたはずでなかなかオカルトチックで壮観だったような。
770人間七七四年:2011/05/26(木) 14:41:00.72 ID:lrgdfIw9
藤田・桐野・井沢の日本史講座か・・・
それはそれは・・・
771人間七七四年:2011/05/26(木) 15:30:34.14 ID:NwLeDXEy
藤田と桐野の問題点を誰かまとめてくれ。
772人間七七四年:2011/05/26(木) 15:40:03.71 ID:BCp4GvnG
桐野作人は薩摩基準でものを語り過ぎるきらいがある
773人間七七四年:2011/05/26(木) 17:13:36.41 ID:TCWK2T1T
藤田、飛ばし屋学者。持論に珍説多数。
桐野、妄想することが仕事であるいわいる作家。ただし歴史に対する姿勢は真摯。
井沢、作家、史実よりインパクトを重視。もちろん研究者ではなく作家なので無問題。
藤本、研究自体はまともだが地味。衆目を集めるため鈴木と組んで煽り倒す煽り屋。
鈴木、東スポの見出し。

俺の感覚だとこんな感じ。あまり彼らの本は読まないから間違ってたらすまそ
774人間七七四年:2011/05/26(木) 18:54:17.44 ID:1iksuSO7
桐野が一番マトモなのかw
775人間七七四年:2011/05/26(木) 18:59:09.33 ID:KTOeap1G
桐野は少なくとも小説以外の場では常識はずれな事は言わないからな。
藤田は「信長革命」とかパラっと見ただけで頭痛くなってきたわ。
信長にどれだけ夢見てるんだあいつは。
776人間七七四年:2011/05/26(木) 19:02:16.59 ID:MUIgNaSi
まともだろ。

でも商売柄、文体がなにやら見てきたようなドラマ仕立てになってる事が多いのが玉に瑕。
777人間七七四年:2011/05/26(木) 19:49:07.15 ID:zU/levE4
>>776
一般書執筆以前に学術誌で反論するのが筋であろう。
なんて言ってるのに?
778人間七七四年:2011/05/26(木) 19:53:20.68 ID:pY60FD7D
新書で喧嘩吹っ掛けるとか学者として論外
779人間七七四年:2011/05/26(木) 22:37:56.17 ID:U6QLHOvt
>>775
>桐野は少なくとも小説以外の場では常識はずれな事は言わないからな。
いや、そうとう捏造めいたこと書いてるよ。
780人間七七四年:2011/05/26(木) 22:56:56.74 ID:lrgdfIw9
桐野の鉄甲船実在説、説得力ありますか?
781人間七七四年:2011/05/26(木) 23:02:52.02 ID:pY60FD7D
一応鉄張りで大筒と大鉄砲を積んだ船は実在したんだから
説得力あるでしょ
782人間七七四年:2011/05/26(木) 23:33:56.09 ID:KTOeap1G
実在はしただろうが活躍は嘘だわな>鉄甲船
第二次木津川口の戦いなんて存在自体うさん臭い。
783人間七七四年:2011/05/27(金) 00:41:19.36 ID:Hzer4E7e
東スポの見出しクソワロタw
784人間七七四年:2011/05/27(金) 00:50:10.40 ID:D/+2TT5p
新書の帯をめくると「か!?」が出てくるのですね、わかります。

実際煽り文句と内容がかけ離れてるからな、藤鈴は
785人間七七四年:2011/05/27(金) 01:06:17.92 ID:5KnxFpsS
アンチ藤本鈴木って桐野信者だったのか
目糞鼻糞の争いだな
786人間七七四年:2011/05/27(金) 06:03:46.87 ID:nCviW8mD
擁護かと思ったら鈴木ごと切り捨てるのかよ
787人間七七四年:2011/05/27(金) 08:18:21.06 ID:7stTV0Ha
>>782
では毛利水軍をどうやって破ったんだ?
788人間七七四年:2011/05/27(金) 10:06:51.96 ID:/kq3CsKx
>>787
海戦で毛利水軍は破られていない。

いわゆる「第二次木津川口の戦い」があったとされる後も毛利は海上から本願寺に兵糧を
普通に入れている。これは織田が本願寺を海上封鎖出来ていなかった証拠。

毛利の兵糧入れが不可能になったのは中国戦線で羽柴秀吉が、宇喜多との同盟を
成立させるなどして毛利領へ深く侵攻してから。
すなわち毛利水軍の東瀬戸内における「陸の拠点」が攻略されたため、本願寺までの「遠征」が不可能になった。
789人間七七四年:2011/05/27(金) 10:44:39.64 ID:iMjUE1da
毛利厨出た?
790人間七七四年:2011/05/27(金) 10:55:44.83 ID:sWVGM7l+
>>789
>>788が毛利厨の文章に見えるとしたらお前病気だな
791人間七七四年:2011/05/27(金) 11:20:55.37 ID:iMjUE1da
>>790
一海戦の有無を、兵粮入れを完全阻止できたかどうかだけで判断するような
非論理思考に賛同しないと病気扱いかよw
792人間七七四年:2011/05/27(金) 11:40:54.70 ID:+mOMMVTQ
>>778
藤田「謎とき本能寺の変」講談社現代新書
鈴木・藤本「信長は謀略で殺されたのか」洋泉社y新書
新書には新書で応える、これになんの問題が?
読者としても新書のほうが気軽に読めていい。
ついでに言っておくと桐野もPHP新書で「だれが信長を殺したのか」
を出している。藤田説への批判もしてるが、これもいけないのかい?
793人間七七四年:2011/05/27(金) 11:58:26.36 ID:D/+2TT5p
新書は頻繁に出せる人もいれば、まったく出せない人も居て、平等ではない。
だから一般向けの本で名指し批判はやめましょうという紳士協定があるわけで
掟破りでドヤ顔されてもねぇ
794人間七七四年:2011/05/27(金) 12:50:10.80 ID:feu/xMTz
新書云々はぶっちゃけ「商売」だからねえ。
売れりゃ正義が学問の世界で通用していいのかどうか。
795人間七七四年:2011/05/27(金) 12:56:06.38 ID:b//1RXkx
>788
>いわゆる「第二次木津川口の戦い」があったとされる後も毛利は海上から本願寺に兵糧を
>普通に入れている。これは織田が本願寺を海上封鎖出来ていなかった証拠。

それを示す確実な資料は存在しないだろ?
分かってるのは、それ以後も本願寺が兵糧に困っていなかったらしいことだけ。

まあ、播州に本願寺協力者の拠点があるうちは単発の小規模な運び込みを阻止するのは無理だろうが。

鉄船は、そもそも鉄船であることを確実に示す史料がないんだよな?
伝聞記事だけだったような...
796人間七七四年:2011/05/27(金) 17:22:59.83 ID:mOcDHy8u
鈴木は自分の考えを述べているようで案外リアクションというか
相手の意見に反応してるだけのようなところがある。
藤本と合うのもそういうとこじゃないのかな。
藤本もあれだけ言って置いて見解が分かれる三職とかそういう問題に
自分の考えみたいなのは言わないし。
その点桐野は主張点ははっきりしてるしわかりやすい。
そこを強調したのが井沢なんだけど、案外面白いのだよね
範囲が広いからあれなんだけど。
797人間七七四年:2011/05/27(金) 18:00:34.13 ID:iMjUE1da
井沢は思いこみと空想だけのトンデモだろ。
798人間七七四年:2011/05/27(金) 19:31:04.18 ID:mOcDHy8u
別に井沢好きじゃないけど、自分の頭で考える、ということに
関しては面白いと言うことで。
なんでも丸暗記で知識たくさんあるのが優秀と言う今の
アカデミックなのには受け入れられないだろうけど
普通の社会と言うのは、知識よりも知恵、で自分の考えとかを主張したのが
出世したりする。
そういう意味で井沢、桐野は面白いこと言うな、と思ってね。
799人間七七四年:2011/05/27(金) 19:42:57.59 ID:iMjUE1da
言いたいことは判ったけど、桐野と違って井沢は前提となる
知識の絶対量が不足してて、いかにも底が浅いからなぁ。
800人間七七四年:2011/05/27(金) 20:05:56.34 ID:feu/xMTz
井沢もパクリ多いとか日本史板で言われていなかったか?
801人間七七四年:2011/05/27(金) 21:03:27.16 ID:/kq3CsKx
>>791
いいか?毛利が普通に海上から兵糧を入れている以上、本願寺の海上封鎖という織田水軍の
戦略目標は全く果たされていない。

仮に第二次木津川口の戦いがあったとすれば、それは通常言われているような織田の勝利ではなく、
むしろ戦略的には敗北だったと考えざるを得ない。

しかし毛利側の記録には、木津川での織田水軍との大規模な交戦の記録は存在しない。
ましてや鉄甲船など。

よって第二次木津川口の戦いの戦いはなかったか、ごく小規模な交戦だったと考えられる。

これはごく常識的な考え方だと思うが?
802人間七七四年:2011/05/27(金) 21:39:47.63 ID:kzxBcoi2
11月14日付けだかの隆景文書で木津川で毛利軍が織田軍を破ったとか書いてあるんじゃなかったっけw
803人間七七四年:2011/05/27(金) 23:32:58.14 ID:b//1RXkx
>801
>毛利が普通に海上から兵糧を入れている以上
って、史料としては存在しないよな。
「たぶん」毛利が普通に海上から兵糧を入れている
としか言えんだろ。

>しかし毛利側の記録には、木津川での織田水軍との大規模な交戦の記録は存在しない。

そもそも木津川口は主戦場だったんだろうかね?
単に戦場の一つだっただけってことは?

べつに木津川経由じゃなくても大阪湾から本願寺に運び込むルートはあったという気もしなくはない。

織田が確保してる拠点、本願寺より南方では天王寺付近しか分からんし、
木津川と天王寺の間は海岸付近が軒並み本願寺の勢力圏内のままだったりはしない?

木津川で織田が勝ったところで兵糧輸送の阻止にはならんかも。
運び込める量が少し減るだけで。

>ましてや鉄甲船など。

それってホントに舟なのかねえ?
長さの割に幅が広すぎるし移動速度が異常に遅い。
「船で曳航することができる可搬式の水上要塞」みたいな感じだったりしないか?
804人間七七四年:2011/05/28(土) 00:17:53.40 ID:JW+4YFyR
鉄甲船の記述は伝聞の多聞院日記のみで
実際に見たオルガンティノの書簡では
大砲と長鉄砲には触れているけど装甲に関しては記述無し
鉄板張りの船なら秀吉家康も作ってるから信長が作っててもおかしくはないが
多聞院日記だけでは確実に在ったとは言ず
また、多聞院日記を否定できるだけの材料も無い
805人間七七四年:2011/05/28(土) 00:24:17.46 ID:iNw2mso9
>>791
木津川口海戦の有無は
兵粮入れを完全阻止できたかどうかで判断出来るだろ
アホか。 鉄甲船はあった派だけど
806人間七七四年:2011/05/28(土) 01:03:12.27 ID:R2l5gXY1
>801,802
毛利家文書834 小早川隆景書状写
「去六日至木津諸警固乗入、大坂衆申談候、
敵船雖罷出候、舟軍等勿論此方得勝利候」

毛利家文書832 下間頼廉書状写
「諸警固一昨日六日木津浦御着岸候、当寺大慶此事候」

11月6日というのは信長公記の記述と同じ日なので、海戦があったのは間違いないかと。

あと、信長公記の記述では、織田方が海戦に勝利して、
毛利方の船を「数百艘木津へ追い上げ」た、となっているので、
海戦の勝敗以外については毛利側の記述とも合致しているし、
別に本願寺の完全封鎖に成功した、とか書いてるわけではないよ。
807791:2011/05/28(土) 01:25:24.26 ID:5mXgeqe8
>>801,805
阿呆?

   という一言しかいいようがないな。
808人間七七四年:2011/05/28(土) 02:26:51.17 ID:/pbA5iPc
>>807
と言うか、ホントに色々大丈夫か君?
809人間七七四年:2011/05/28(土) 03:17:30.34 ID:iNw2mso9
会戦で破られていたら少なくともその直後に搬入するのは不可能だしな
810人間七七四年:2011/05/28(土) 21:13:44.66 ID:L8fzmZoo
>>809
その直後に搬入したとする史料は?
811人間七七四年:2011/05/29(日) 00:49:48.58 ID:0eLOrpcE
上杉家文書646 吉川元春書状
「去十三日、大坂表警固船盪上候(中略)
此方警固遂一戦、敵船数百艘即時切崩(中略)大坂城中兵粮差籠、」

上杉家文書648 毛利輝元書状
「至大坂諸警固船差上、於木津河口、去十三日敵船数艘切崩、
千余人射捕之、至寺内兵粮入置之、」

上の2つの書状は天正4年に比定されていて、
1回目の木津川沖海戦の様子を伝えたものだけど、
兵糧を輸送する為の船団で戦闘を行い、
そのまま同日中に兵糧搬入に成功した、と読むのが自然。


天正6年については毛利家日記に
「兵粮両度被入、信長公より九鬼大隅守に被命、以大船川口被塞、
雖然打破り、兵粮を入る」
とあるそうなので、2回目についても兵糧搬入の船団で戦闘して、
そのまま木津浦に到着してるんじゃないの。
812人間七七四年:2011/05/29(日) 09:12:06.90 ID:k4MVpi4Q
つまり1回目も2回目も毛利にまんまと防衛戦を突破されたのを、信長は「俺らの勝利!」
と強弁したわけだな。
813人間七七四年:2011/05/29(日) 11:13:12.64 ID:nIibvUkn
まーた既に決着済みの「鉄甲船」の存在否定を蒸し返す法螺師か
リアル社会では誰にも構ってもらえないから、よっぽどバーチャル世界で構ってもらいたいんだな。
可哀想な奴。
814人間七七四年:2011/05/29(日) 12:19:54.68 ID:Wj7jtXba
何と戦ってるんだ
815人間七七四年:2011/05/29(日) 14:16:20.24 ID:nIibvUkn
>>792
藤田「謎とき本能寺の変」講談社現代新書
鈴木・藤本「信長は謀略で殺されたのか」洋泉社y新書

この典型的駄作二冊の信奉者なら思考停止の空脳君ということか。ブザマだ。
816人間七七四年:2011/05/29(日) 14:21:38.98 ID:nIibvUkn
>>788
村上水軍の拠点が宇喜多領内にあったとは驚いた。
あ、ごめんごめん。誰かさんの脳内妄想の中だけの話だっけ。
あっさり論破されてる間抜け(爆笑)
817人間七七四年:2011/05/29(日) 17:22:43.87 ID:klDliSl5
>816
横レスするが、
本願寺に味方する雑賀衆が舟で播磨まで行って兵糧を仕入れてから本願寺に搬入したという史料もあるようだし、
宇喜多寮内からの兵糧搬入はあっただろ。

ただ、運び入れたのは毛利軍じゃないと思う。

788は毛利の勢力を過大評価してるよな。
818人間七七四年:2011/05/29(日) 17:37:28.76 ID:0NuEqMkx
>>806
>>811
2次海戦について
毛利側からは、「俺らが勝った。兵糧も搬入した」
織田側から書かれた『信長公記』では「織田軍が勝った」
となってるんですね。
819人間七七四年:2011/05/29(日) 17:44:13.34 ID:8T7tJEVN
>>815-816
常時ageなのはやっぱり構って欲しくてしょうがないから?
820人間七七四年:2011/05/29(日) 18:00:12.69 ID:Wj7jtXba
いつもの基地外触るな
821人間七七四年:2011/05/29(日) 19:17:30.80 ID:nIibvUkn
>>819-820
わざわざID代えて自演する愚行から抜け出せない空脳。
自説の根拠薄弱を蜃気楼の「数」で補完しても無駄なのを一向に理解できない基地外。
822人間七七四年:2011/05/29(日) 23:27:27.93 ID:klDliSl5
そういえば。

村上水軍の根拠地ではないけど、
「第二の拠点」みたいなのが宇喜多領に近い海域にもあったんだっけ
823人間七七四年:2011/05/30(月) 00:55:09.14 ID:gR2XkHWN
そりゃ宇喜多領は瀬戸内海を扼せる位置にあるし
824人間七七四年:2011/05/30(月) 00:57:39.37 ID:FtHh/XoU
自演自演言うやつって、自分が自演やってるから他人もやってると思い込むんだよねw
825人間七七四年:2011/05/30(月) 15:19:21.92 ID:myBD04H1
>>821
で、なんで常時ageなの?そんなに構ってほしいの?
826人間七七四年:2011/05/30(月) 18:19:14.81 ID:juX6Kdnd
触るなっての
827人間七七四年:2011/05/30(月) 21:38:34.00 ID:lQ/KDfEA
>>811
織田側の記録に「兵糧入れられた」というのがあったなら決定的だが
毛利側の自称「兵糧入れた」だけだから今一つ信憑性に欠ける。

せめて本願寺側の記録に「兵糧受け取った」ってあったら確度高いんだけどね
828人間七七四年:2011/05/30(月) 21:44:23.49 ID:wrjG+g3k
>>827
毛利側の記録に「木津川で負けた」というのがあったなら決定的だが
織田側の自称「木津川で勝った」だけだから今一つ信憑性に欠ける。

せめて本願寺側の記録に「木津川で毛利が負けた」ってあったら確度高いんだけどね
829人間七七四年:2011/05/30(月) 22:21:29.13 ID:chcavlJO
>>824>>825>>826もage厨にかかると自演ということに
なってしまうんだよな。
お気の毒に。
830人間七七四年:2011/05/30(月) 22:28:52.52 ID:wK3PkgwF
信長公記だと
天正四年の海戦はほうろく火矢でやられて織田方の完敗
天正六年の海戦は序盤は支えきれないように見えたけど大将船を壊したら他の船が寄ってこなくなった
って感じだし、毛利水軍に対して無力だったのが互角に戦えるようになったって位のが穏当な評価じゃないの
下間頼廉が喜んでるから多少の兵糧入れできたように思えるし一方織田方の大船も被害受けた様でもなく船団も
維持できてるようだし 少なくとも毛利水軍に大打撃を与えたとか本願寺を完全包囲したとは元々書いてない
件の大船については、実際に沈んでないようだしほうろく火矢への対策が施してあったと考えるほうが自然だと
思うけど確証はないしなあ…
831人間七七四年:2011/05/30(月) 23:50:28.03 ID:iUFjQK2i
相変わらずゲームやアニメ関連のスレだと
鈴木説を当然のように語るバカがいるんだな
http://hato.2ch.net/test/read.cgi/anime4vip/1306635885/
832人間七七四年:2011/05/31(火) 01:54:34.35 ID:+4BnrVew
どこかと思えばまどかマギカかー。
最終回観たらもーどーでもよくなっちゃったなーw
833人間七七四年:2011/05/31(火) 02:35:49.58 ID:JLsJkDE3
鈴木厨は西洋剣厨も兼ねていたのか
種類にもよるが西洋剣は頑丈ってイメージだけの産物なのに
834人間七七四年:2011/05/31(火) 07:37:31.35 ID:r06ZAEXI
いつも思うんだけど外国マンセーのふりして「日本刀、武士、日本の騎馬は全然ダメ」連呼するやつってなんなの?
日本の戦闘力が世界より劣ってると主張するのがそんなに嬉しいのか?
我田引水や贔屓の引き倒しは当然いかんが、
色んな資料や検証で優れてる点が存在していると提示されているのに
それをガン無視してでも日本ダメ言わないと死ぬ病気にでもかかってんのか?
オレにはさっぱりわからん。
835人間七七四年:2011/05/31(火) 09:09:48.57 ID:01eIfFvd
騎馬はともかく日本刀の両極端評価はなんなんだろうな
836人間七七四年:2011/05/31(火) 09:48:03.55 ID:6ou96sCR
>>835

バカは極論が大好き。
837人間七七四年:2011/05/31(火) 09:52:16.72 ID:TgO7xiVh
>>832
俺は「おめでとう」オチじゃなくて安心したけどなw

>>833
金属の微細組織レベルで全然構造が違うという事を無視して
とりあえず見た目が幅広で丈夫そうだからって
イメージだけが根拠なんだよね西洋厨の主張は。
838人間七七四年:2011/05/31(火) 11:52:43.35 ID:goMhU/Lk
何事も珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ。
839人間七七四年:2011/05/31(火) 16:50:51.17 ID:R+xuXTKO
>>831
「ゲームやアニメ」でくくるのは勘弁してくれ。
ごく1名の無能な奴が自演で暴れまくっているんだ。
840人間七七四年:2011/05/31(火) 17:00:24.58 ID:7p2Ytw77
鈴木の主張じゃなくて、鈴木の見出しに釣られてた奴の説を
鵜呑みにしてるだけだからな
いまさら鈴木かよと言っても、鈴木って誰?とかで通じないから困る
841人間七七四年:2011/05/31(火) 17:37:32.37 ID:HnkHI777
日本刀と西洋剣の金属組織や構造を比較しその違いを詳細に述べた論文ってないの?
842 忍法帖【Lv=3,xxxP】 :2011/06/02(木) 11:06:49.56 ID:Q7VIVrRs
さあな。
あるとすれば、理系の金属関係の人のじゃないの?
843人間七七四年:2011/06/02(木) 11:16:30.00 ID:Bb24+EMe
>>841
日本刀を材料工学の観点から強度や靭性に着目した論文なら
どっかで見たことあるよ。マルテンサイト変態とか絡んでくるからね。
西洋剣の方は知らん。
844人間七七四年:2011/06/02(木) 13:20:47.62 ID:Bb24+EMe
まあ、ゾーリンゲンなんかがあるドイツなら
そういう論文があってもおかしくないだろうけど
845人間七七四年:2011/06/02(木) 17:19:57.83 ID:QNcaM6ub
例えば、こういうのがある
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001488535

国立情報学研究所で調べれば大抵の論文を見いだせる
無料でないのも多いが、それでもページ数まで指定されているから、
その後は国会図書館のネット複写サービスに申し込めば良い
金は多少かかるが、仕方がない

良い時代になったもんだ
846人間七七四年:2011/06/02(木) 20:01:45.72 ID:Z/lxlhYh
Japanese Katana VS European Longsword - Samurai sword VS Knight Broadsword
http://www.youtube.com/watch?v=EDkoj932YFo&feature=related

KATANA
WINS
847人間七七四年:2011/06/02(木) 22:30:26.13 ID:Q9qlG6fW
今日の、今放映中のタイムスクープハンターで、
藤木久志センセの戦国時代像を元にした話が流れてるね〜

藤本センセの話と違ってこのトピとは関係なかったかもしれんけど。
848人間七七四年:2011/06/03(金) 16:30:05.65 ID:5fo6fUHb
>>845
あるところにはあるもんなんだな、thx

ただ西洋剣について詳しく知るには英語の書籍や文献にあたるしかないみたいだな。
翻訳されてる物は皆無みたいだし。
849人間七七四年:2011/06/03(金) 21:59:18.27 ID:FmGe+ZRp
>>834
さすがに日本人なのかどうかすら疑いたくなる連中だよなw
850人間七七四年:2011/06/03(金) 23:05:00.41 ID:DoKn+9f0
洋楽聴いてる俺カッケー、邦楽?糞だろwの中2病とやらにマッチします。
851人間七七四年:2011/06/04(土) 00:24:38.91 ID:udcv/x1t
>>840
通じないな。鈴木の本にはそこまで書いてないだろ、って突っ込んだら
鈴木って誰?だからなw
852人間七七四年:2011/06/04(土) 03:09:50.36 ID:f0fYasN2
西は小早川だからダメなんだな
家訓曰く
853人間七七四年:2011/06/04(土) 05:39:10.57 ID:Y3XU0V8N
>>851
ネットやテレビで聞きかじった「通説をひっくり返す衝撃の真実!」というインパクトだけで
汚染源が無限増殖し伝播、いつのまにやら巷に定着するという悪夢。
どうにかならんもんかのう。

洋楽かっけー邦楽だせぇwな中二病患者に混じって、
捏造・曲解乙ネタを悪意をもって繰り返し刷り込んでる連中がいるようでどうにも気に入らん。
一番気に入らんのはそーゆー連中に武器を提供するぶっ飛び論者だが。
鈴木しかりイザヤベンダサンしかり
854人間七七四年:2011/06/04(土) 14:10:55.20 ID:3FSXgGkm
「どこかで聞いた話だけど」「学者が言うには」「最新の研究によると」

こんなのばっかだからな。
855人間七七四年:2011/06/04(土) 16:15:40.37 ID:3fh7nECa
最新の研究だとその説は完全に否定されているぞ。
そんなことも知らんの?

…とかなw
856人間七七四年:2011/06/04(土) 22:04:31.73 ID:k1MOyzy3
ま、本能寺の変を単独犯説だと唱える時点で終わってるけどな
857人間七七四年:2011/06/04(土) 22:55:39.45 ID:p+XwxjxK
だが、ここ数年で少なくとも歴史系の板では知ったかの糞コテはじめ
かつて(主に00年代前半)どや顔で鈴木説語ってた奴らはほぼ粗方駆逐されたのはいい。
最近は素人でも簡単に論文や一次史料
更には理系関連の論文まで見れるようになったからね。
いやー情報化社会様々だねw
858人間七七四年:2011/06/05(日) 03:53:31.08 ID:QQwR7Gnt
ネットでの論争がログとして残るおかげであちこちで繰り広げられた戦いの跡を参照しやすいのもありがたい。
あーゆー討論って、結論には至らなくてもどちらにより理があるか、
少なくともどの発言者がキティかふつうに見分けがつくもんな。
まあ、専門外カテ(主にフィクション系)ではカウンター出せる人少ないせいで
トンデモ蘊蓄の独擅場になりやすい危険性は相変わらずだけど
859人間七七四年:2011/06/05(日) 09:34:29.96 ID:TWqEfrdQ
>>856
なんだお前、陰謀史観(笑)かw
860人間七七四年:2011/06/05(日) 10:16:47.29 ID:+uGyAuoM
桐野谷口も終わってることになるのか、
素晴らしい知見をお持ちのようだな
861人間七七四年:2011/06/05(日) 12:44:47.21 ID:IHCxnjGt
>>856
むしろ単独でないといってるまともな学者の名を聞きたいが。
歴史読本に載ってる藤田達生とか、本願寺教如説の小泉義博とかは
笑いとばすしかないレベルだぞ。
862人間七七四年:2011/06/05(日) 13:20:39.88 ID:d2Hrc1kK
明確な新史料でも出てこなければ
高柳か桑田の後追いもしくは補強にしかならないから
まともな学者ほど本能寺を避けてるともいえる
863人間七七四年:2011/06/05(日) 14:57:25.95 ID:7vZDToLN
資料に無いものは肯定も否定もできんわな。
状況証拠だけじゃ灰色無罪か灰色有罪の判決しか出せないだろ。
864人間七七四年:2011/06/05(日) 15:06:19.25 ID:d2Hrc1kK
証拠が残ってないのが陰謀の証拠じゃお話にならんからな
865人間七七四年:2011/06/05(日) 15:20:19.71 ID:56XVPTXv
陰謀論者、もっと頑張れよw
866人間七七四年:2011/06/09(木) 00:33:59.27 ID:GutMjwwQ
追撃の際には刀が主力武器だな。
http://history.harikonotora.net/img/200-61.jpg
867人間七七四年:2011/06/09(木) 01:27:39.10 ID:Snz3cg/f
追撃戦→足軽が追撃戦に参加
→長槍は重くて長すぎるから邪魔。鉄砲は弾込めしている間に逃げられる。
  騎射ができるならともかく、徒歩で走りながらの弓射ってどうなの?

→軽くて片手でも使える刀が主力。
  騎馬での追撃なら騎馬槍でも可。


こんな感じ?
868人間七七四年:2011/06/09(木) 01:29:05.38 ID:bSp3fVV7
前の方の連中(画面左上)は刀じゃなくて鑓もってるじゃん。
戦意の低い雑魚兵だけ刀を持ってたと言われても反論できない場面に見える。

もうちょっとまともな絵があればなあ。
869人間七七四年:2011/06/09(木) 01:33:15.59 ID:7X4kXa6i
追撃つか築城陣地に突入しての掃討戦だな
陣地内での乱戦用に刀を用いてるとしたほうが自然かな
870人間七七四年:2011/06/09(木) 04:38:07.16 ID:BTH5vuKV
>>863
信長死後の秀吉や秀吉死後の家康の一連の謀略が天下取り狙いだと、どの史料にも載ってないが、
それを根拠に彼らの天下への邪心を否定する馬鹿は素人でもいない。

史料絶対主義の馬鹿の典型的陥穽。

871人間七七四年:2011/06/09(木) 04:48:28.64 ID:BTH5vuKV
>>859
おいおい、とっくの昔に破綻している単独犯説を支持しているようでは話にもならん。
ましてや専門家云々とのたまって他人の肩書き頼りが唯一の論拠では、笑止千万、愚の骨頂だ。

その愚劣極まる論法では、
麻生馬鹿総理が「未曾有」を「みぞうゆう」と読み違えたら、
その肩書きにより、その読み方が正しいことになる。

が、ちゃんと初等基礎教育を受けてる人間なら、
間違ってもその読み違いを是としない。

つまり、学者云々の肩書きにすがって愚説を支持してるということは、
己の愚かさと頭の空っぽさを露呈させてるだけ。

872人間七七四年:2011/06/09(木) 05:56:00.21 ID:IPxdGDGs
>>871
単独犯説のほうが通説だろ
873人間七七四年:2011/06/09(木) 07:18:24.97 ID:ZkZTg1YA
まだ密勅で明智光秀が動いたとかいう電波な説を信奉してる奴いるのか
874人間七七四年:2011/06/09(木) 08:12:50.92 ID:YzvTrgCE
>>868
家康は周りに戦意の低い雑魚兵ばかり置いていたんですね。

http://history.harikonotora.net/img/200-62.jpg
875人間七七四年:2011/06/09(木) 09:22:47.55 ID:DlNqjy6h
ID:BTH5vuKVは自分が馬鹿にされることに性的興奮を感じるタイプだ。相手にするな。
876人間七七四年:2011/06/09(木) 14:52:21.62 ID:ifJqxC58
>>871
麻生って言語学者だったのかwww
877人間七七四年:2011/06/09(木) 16:03:17.39 ID:7X4kXa6i
さわんな
878人間七七四年:2011/06/09(木) 18:37:58.63 ID:j2DwwJgx
>>874
なるほどなあ、家康は雑魚兵に護衛させるのが趣味だったのか
879人間七七四年:2011/06/09(木) 19:26:25.33 ID:YzvTrgCE
この津軽屏風は家康存命中に描かれているというから
生きている間に雑魚兵に護衛させる武将として
描かれてしまったわけです。
880人間七七四年:2011/06/09(木) 23:34:53.15 ID:ZYNXVlwA
>>866-879
まさに鈴木の言う「首取りのための刀」だね。
881人間七七四年:2011/06/10(金) 00:10:38.72 ID:8lbvU9V9
>>880
いいや、鈴木の『言わない』意味での「首取りのための刀」だ。
882人間七七四年:2011/06/10(金) 00:17:27.31 ID:PI6LRClA
>>881
だから、鈴木が「首を切り取るために大刀を用いた」なんて書いたことは一度もないから。
桐野氏が曲解してるだけ。

「首を取るために接戦をしに兵士が飛び出し、防衛側も応戦する。その際、刀での攻防が行われた」
それが鈴木の言う「首取りのための刀」だって。
883人間七七四年:2011/06/10(金) 01:32:36.00 ID:RXMehSbF
「首を取るために遠方から兵士が弓矢鉄砲を射掛け、防衛側も応戦する。その際、弓矢鉄砲での攻防が行われた」
それが鈴木の言う「首取りのための弓矢鉄砲」だ。
なるほど
884人間七七四年:2011/06/10(金) 01:36:20.34 ID:PI6LRClA
885人間七七四年:2011/06/10(金) 02:13:23.93 ID:DCS/CiP1
「首を取るために接戦をしに兵士が飛び出し」というのが大間違いなわけだが
886人間七七四年:2011/06/10(金) 08:23:54.34 ID:IAjvtvrT
>>882
>「首を取るために接戦をしに兵士が飛び出し、防衛側も応戦する。その際、刀での攻防が行われた」

鈴木は「白兵戦らしきもの」とか一段貶めて定義しているけど
それは普通に白兵戦だよねw
887人間七七四年:2011/06/10(金) 13:29:55.90 ID:xE7jzZrP
能無し史家頼みで単独犯説を吠えてる阿呆は、
誰が見ても如何わしい悪徳詐欺商法が芸能人を広告塔している詐術に騙されて、
大金を騙し取られる馬鹿と同類だな。
888人間七七四年:2011/06/10(金) 14:33:09.08 ID:FGQE1VUN
で、騎馬隊はあったの?
889人間七七四年:2011/06/10(金) 14:53:18.21 ID:LjEOalOD
あったよ。
流れ的に言えば鈴木藤本も騎馬隊自体は否定してない
890人間七七四年:2011/06/10(金) 16:49:40.87 ID:C07rGehR
>>887
では誰が共犯なのか、どういう証明ができるのか、教えてくれるか?
891人間七七四年:2011/06/10(金) 21:57:27.03 ID:x3Ohsmyu
鈴木眞哉は著作によって少しずつ発言内容がマイルドになってくる。

最初は、
『日本には白兵戦などなかった!遠戦志向だなんたkぁんたら!』
だったのが、
『白兵戦らしきものがあったふfrなsjようだ』
に変化したりする。

最初だけ電波でぶっ放して後は日和見しやがる
892 ◆3yMYCQiOMU :2011/06/10(金) 22:11:35.90 ID:FbitSfBO
>>889
騎馬隊とういか、騎馬武者?
893人間七七四年:2011/06/10(金) 22:29:55.68 ID:9gfWEjKm
騎馬隊だね、騎馬隊、騎兵隊
894人間七七四年:2011/06/11(土) 00:07:24.61 ID:4o18IPgb
騎馬隊はいるけどメインじゃないんだろ。
895人間七七四年:2011/06/11(土) 00:22:00.24 ID:NI8pXwbQ
メインってなに?ゲームの話?
896人間七七四年:2011/06/11(土) 00:22:19.69 ID:901Tfxxn
日本に騎馬隊はない

騎馬武者はいるけど騎馬隊はない

騎馬隊はいるけどメインじゃない

メインじゃないけどサブメインみたいな

サブかもしれないけどメインに近い

メインどうくさい
897人間七七四年:2011/06/11(土) 02:02:39.09 ID:5Qx1wdgC
日本に騎馬隊はいた
騎馬武者もいたし騎馬隊もあった
898人間七七四年:2011/06/11(土) 02:10:18.86 ID:l/bUq8gV
騎馬武者だけで臨時に行動した事例は残ってるようだが、
騎馬武者だけで構成された部隊というものを正式に組織した軍なんてあったっけ?

騎馬武者って、数名以上の部下(大半は徒歩)を連れた上司(概して領主)なんだから、
部下と離ればなれに部隊を組まれるのって、財産権を激しく侵害されてる状態だろ。

それと、部下を連れてない状態って、行動の制限が大きくなりすぎないか。
ほんとに短期間の臨時行動でない限り、騎馬武者だけの集団で行動することはないだろ。
899人間七七四年:2011/06/11(土) 03:08:52.16 ID:l/bUq8gV
しまった。

馬廻衆とか母衣衆とかって全員が騎馬武者だったっけ?
900人間七七四年:2011/06/11(土) 10:29:07.58 ID:py43glzw
>>890
何度も何度もガイシュツだけど、単独犯と言い切ることができるほどの
資料もないんだけどな。

>>899
馬廻りは基本的には伝令ということだけど、決戦時に突撃しなかったとは
とても思えないからねい。

鈴木・藤本はその名を素人に売ったのは軍令状の扱い、刀の評価、
騎馬の評価の3つだけど、その3つともで決定的な間違いを犯しているんだよなぁ。

中でも特にアレだったのが馬だろうね。なんせ、体高の測り方すら
知らずにモノを言っていたんだもの。
901人間七七四年:2011/06/11(土) 10:40:32.68 ID:NI8pXwbQ
徒歩武者や従者等の歩者を率いて戦うのが騎馬隊。
これは大陸の騎士団や騎兵隊も同じ。
逆に騎兵だけで編成するのは遊牧民系等の特殊な例。
単純に騎馬隊はあったかと聞かれたらあったと答えるしかない。
902人間七七四年:2011/06/11(土) 11:28:36.25 ID:lmtQl0Wp
>>900
>単独犯と言い切ることができるほどの資料もない。
じゃどうして、事件直後から1980年代までは単独犯説しかなかったの?
90年代以降に出てきた黒幕説は全部、結論が先にあって史料を曲解するか、
史料も何もないものばかりなんだが。
903人間七七四年:2011/06/11(土) 12:50:22.50 ID:VSVDPiE3
>>902
証明責任というものを知らないお子ちゃまの相手は、
しない方がよいですよ。
904人間七七四年:2011/06/11(土) 14:44:29.80 ID:5Qx1wdgC
ギリシャでもローマでも騎兵隊の騎兵には武器持ちの従者が付いてたしな
中国やマケドニアは騎兵単独だけど
905人間七七四年:2011/06/11(土) 18:04:04.25 ID:l/bUq8gV
>904
すると、騎兵部隊と言っても徒歩の速度でしか移動できないわけか。
突撃時も徒走の速度なの?
それとも、突撃時だけ従者は置いていって、あとから追いつかせるの?
906人間七七四年:2011/06/11(土) 18:05:34.92 ID:l/bUq8gV
馬上試合とかのイベント(?)のことも考えたら、
やっぱり従者は一時的に置いていくのかな。
907人間七七四年:2011/06/11(土) 18:30:44.11 ID:5Qx1wdgC
>>905
突撃するまでは従者付随
白兵突撃する時や追撃戦の時は別行動なんじゃない
908人間七七四年:2011/06/12(日) 14:36:30.08 ID:u575co39
騎馬は止まると歩兵に弱い。
騎馬が歩兵とセットなのは弱点を補っていて、理に適っている。

909人間七七四年:2011/06/12(日) 14:52:09.03 ID:qIUb5BrN
地面がボコボコの戦場で馬を全力で走らせることはまず無かっただろうね。
よほどの乗馬の達人じゃなきゃ片手に武器を持って落馬せずに駆けるのは至難の技だよ。
910人間七七四年:2011/06/12(日) 14:55:57.69 ID:eTs7ZZSK
>909
乗馬は武士の嗜みの1つだぞw

>地面がボコボコの戦場で馬を全力で走らせることはまず無かっただろうね。
>よほどの乗馬の達人じゃなきゃ片手に武器を持って落馬せずに駆けるのは至難の技だよ。

これが出来なきゃ馬に乗れるといえないレベルだろw
911人間七七四年:2011/06/12(日) 15:21:28.82 ID:axYSqfbc
馬術の達人の家康だって足場の悪い所じゃ馬から降りて歩いたんだから
912人間七七四年:2011/06/12(日) 15:34:05.97 ID:eTs7ZZSK
>911
言葉が足りなかったな
馬が使える程度の戦場の意味で言ってたよ

馬が使えない状態のところで無理やり使う意味ないし
913人間七七四年:2011/06/12(日) 16:42:47.21 ID:uan0TXtA
そもそも馬上戦闘や騎馬突撃は全力疾走で行わないから
全力疾走できなければ戦場で使えないという理由にはならない
914人間七七四年:2011/06/12(日) 16:52:05.63 ID:6UftsQfM
つーか馬を全力疾走なんてさせたら10分ももたんぞ。
全力疾走の馬が突撃とか、映像作品に毒されてるわ
915人間七七四年:2011/06/12(日) 20:48:19.22 ID:7TqKFpws
平安末期や鎌倉時代の武士なら、
騎射戦闘が主流だったんだから、全力かどうかはともかくとして、
走らせながら戦ったのは間違いない。
916人間七七四年:2011/06/12(日) 20:54:37.79 ID:axYSqfbc
平安・鎌倉の武士が騎乗戦闘しなかったと主張する人はさすがにいない。
917人間七七四年:2011/06/12(日) 21:05:07.58 ID:ocLmlgxZ
つーか敵と接触する瞬間に最高速度に達していればいいんだから、全力で走るのは数十メートルに近づいてからで十分だろ。
918人間七七四年:2011/06/12(日) 23:13:20.75 ID:7TqKFpws
>917
最高速度は関係ないだろ

斬り合いったって、走らせながらの斬り合いは短時間で、すぐに馬を止めての斬り合いになるんじゃないか。

逃げる方は馬を止めないように頑張るけど、
追撃側は相手の馬を止めさせるわけで。

(追撃戦以外では走らせながら戦う必然は低い)

馬を走らせて戦うのがメジャーだった頃は武士の武器は主に弓。
武士が弓兵じゃなく打物兵に変わった戦国時代には、戦闘時に馬をあまり走らせない方が多かっただろ。

そうそう。
騎射のときの敵との距離が10mとかその程度、至近距離での射ち合いなんだよな。(鎌倉時代とかには)
鉄砲だって、その程度の距離まで引きつけて撃つように教えられていたらしい。(こっちは戦国時代)

数十メートルもの距離で戦う場面は限られてたんじゃないかなあ。
919人間七七四年:2011/06/12(日) 23:19:27.05 ID:9V29+HyE
>>918
>鉄砲だって、その程度の距離まで引きつけて撃つように教えられていたらしい。(こっちは戦国時代)

そのソース何? 雑兵物語だったか当時の射撃開始距離は一町ほどということだったかと記憶してるが。
銃の性能と次射を考えればその方が理にもかなってると思う。
920人間七七四年:2011/06/12(日) 23:19:51.60 ID:v9dHZOmH
>>918
全力でぶん回すより、馬上から刃を当てるだけの方が殺傷力高いけど
921人間七七四年:2011/06/13(月) 00:21:30.00 ID:iLx2HqXr
島津の目の前まで来たら撃てって奴だろ
2射目が撃てない距離なら一撃必中の距離まで待てという教えの
一部だけを取り出して物を語ると言う鈴木の見出しにつられたネット患者の同類だな
922人間七七四年:2011/06/13(月) 02:13:19.05 ID:ObwDg4H5
戦国末〜江戸初期に造られた城の堀の長さが当時の銃の射程を考えて造られたという話もあるらしいが?
923人間七七四年:2011/06/13(月) 03:07:23.10 ID:rWScnCSo
そりゃ考えもせずに築城工事なんていう大事業やってたら
その場で担当者打首にするわ
924人間七七四年:2011/06/13(月) 03:22:15.94 ID:WaTq/yGS
ほとんど固定目標を撃つ攻城戦と、動く敵を狙う野戦とでは鉄砲の使い方は違うでしょ
925人間七七四年:2011/06/13(月) 04:08:14.70 ID:/Gfow174
>>922
それTVの歴史番組あたりではよく出てくるTipsだが、かなり眉唾だと
思ってる。

火縄銃の射程は天候状態や技量によって射程は千差万別だが、実射実験で
スリーブ入れた小口径銃でも30mで軽く足軽胴は抜けるので、六匁筒なら
最大射程200m以上、有効射程(何らかの殺傷能力がある)が少なくとも
100mってとこじゃないのかね。
実際、朝鮮役では懲録あたりの記述からは二匁半でも100m以上から
射撃していたように解釈できるからな。
926人間七七四年:2011/06/13(月) 22:12:53.50 ID:WbP75V5n
簡単そうに言うけど、馬を全力で走らせながら斬り合うなんてほとんど曲芸だぞ。
927人間七七四年:2011/06/13(月) 22:27:03.87 ID:6DUFAfEQ
騎馬武者は馬足の蹂躙にあり。
と書いてあった。


928人間七七四年:2011/06/13(月) 23:03:55.92 ID:rWScnCSo
>>926
斬り合うんじゃなく
刃を横に出して切り千切るか馬で撥ねるのが基本
929人間七七四年:2011/06/13(月) 23:12:35.90 ID:vbkgMzYW
TVK深夜枠の「ユキチカ!」で特集やるでしょ
930人間七七四年:2011/06/14(火) 01:09:15.50 ID:25KFnEZs
>920
騎馬どうしの戦いって、
・馬を止めて斬り合う
・併走して斬り合う
・正面衝突型
が考えられるけど、920の言うような、速度を上乗せできるのは正面衝突型だけだろ?

軍記物で多く見られるのは併走型(追撃戦でも多く見られるはず)、
戦国期に多いのはたぶん、停止型。

どちらの場合も、馬の速度を上乗せして武器の威力を増すことはない。

騎馬武者が歩卒あいてに刀を振り回す場面ってホントに多かったのかな?
931人間七七四年:2011/06/14(火) 01:17:49.61 ID:9t1AEUPg
戦い方は西洋の槍騎兵やサーベル騎兵と同じだろ
何で日本だけ停止型にならなきゃいけないんだ?そこを証明してもらってからだな
932人間七七四年:2011/06/14(火) 02:18:42.63 ID:UGQ7L3iQ
だね、騎兵がわざわざ脚を止める利点は何も無い
933人間七七四年:2011/06/14(火) 02:38:32.97 ID:ZMdu6VO5
利点:攻撃の命中率が上がる
934人間七七四年:2011/06/14(火) 04:10:06.43 ID:NXa3dUNO
騎馬隊の有効性は敵の意表をついた所への先回りや
奇襲だから、大事なのは戦闘に入る直前までじゃないかな。
だから遭遇してしまえば後は撹乱させて、味方の他の兵科が
くるまで相手を混乱させれば作戦として成功じゃないだろうか。
935人間七七四年:2011/06/14(火) 04:12:25.51 ID:NXa3dUNO
もちろん味方の歩兵・弓兵・鉄砲兵が来る前に
敵を騎馬隊だけで壊滅・壊走させれば上出来だが。
936人間七七四年:2011/06/14(火) 08:48:46.25 ID:TE+Ji3OE
日本の場合は敵陣に出来た穴を、相手が塞ぐ前に機動力で踊り込むのが目的かと
937人間七七四年:2011/06/14(火) 09:41:18.25 ID:jj7d0v77
日本の馬は西洋の馬と比べると体格が小さく持久力も無いし速力も無い。
しかし山を登る能力は高い。

938人間七七四年:2011/06/14(火) 09:56:34.12 ID:s2n0TdzE
>937
体格はともかく持久力や速力はちゃんと調教してみた上での結論か?w
サラブレットでも調教しなきゃ持久力も速力も競走馬並になることはないぞ
939人間七七四年:2011/06/14(火) 11:48:22.20 ID:ezbNFrS6
馬の体格云々という意見そのものが妄想なんだが。
940人間七七四年:2011/06/14(火) 16:05:33.43 ID:8Y3XBOgo
持久力と走力は日本馬の方がまだマシだよ
941人間七七四年:2011/06/14(火) 16:45:48.23 ID:QKi/1Sof
24 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/06/20(火) 09:09:04 ID:bQZ2Z3RZ
グスタフアドルフのスウェーデン軍は騎兵の長剣突撃で有名だが、
そのスウェーデン軍の装備目録によると、騎兵用軍馬の体高は112〜133cmと日本馬より体格が小さいそうだ。
前列が短銃で斉射したあと、長剣を振りかざして突撃するという戦法で活躍した。
(昭和28年に、新田義貞の鎌倉攻めの戦死者と共に出土した128体の馬の平均体高は129.5cm)
これほど体格の小さい馬でも突撃は十分可能である。

また、モンゴル軍の軍用馬の平均体高は120〜130cm程度で、
モンゴル人はこの小型馬に乗り戦闘を行なったわけだ。
942人間七七四年:2011/06/14(火) 17:00:24.32 ID:ezbNFrS6
馬関連のお話しは「坂の上の雲」が元ネタっぽいよね。
ソースは司馬遼っすか。
943人間七七四年:2011/06/14(火) 18:04:46.89 ID:Bevb3M/Y
http://www.york.ac.uk/media/archaeology/documents/researchdegrees/phdthesis/CJohnstonePhDvol1.pdf
↑によれば旧ローマ帝国領内から出土した馬の平均体高は140cmほどだそうだ。
日本馬よりは大きいがそれでもいわゆるポニーサイズ。そのサイズの馬に後期のローマ軍は馬鎧を着せて突撃させていた。
944人間七七四年:2011/06/14(火) 18:21:01.15 ID:8Y3XBOgo
そもそも匈奴も馬鎧を着せて突撃させたしな
匈奴は主力が漠南だから馬も小型
945人間七七四年:2011/06/16(木) 04:36:32.02 ID:HKpyvbxr
ポニーカテゴリでも上限付近だと結構デカイよな
946人間七七四年:2011/06/20(月) 17:57:17.12 ID:G9KtQzlv
947人間七七四年:2011/06/20(月) 22:24:35.47 ID:NYG0y/HP
突っ込まれるのを避けるためか
948人間七七四年:2011/06/21(火) 15:31:51.10 ID:vTioUpeq
いい歳して血圧上げ止まるようなのはやめとけよってことでw
949人間七七四年:2011/06/22(水) 19:52:11.42 ID:GzA+jnMy
騎馬もあるが、大多数の馬は、兵糧運びの使役でしょ。
1万人の軍勢が食べる食べ物の量は、1日だけで10トンだぞ。
1人1日1kgとして計算。
950人間七七四年:2011/06/22(水) 21:23:06.05 ID:5Wucid1P
馬も食う必要があるのを忘れるなよ
951人間七七四年:2011/06/23(木) 17:59:45.21 ID:rFBdXBJI
つうか、馬の方が人より大食い
952人間七七四年:2011/06/23(木) 20:43:30.23 ID:7RdwuPup
らしいと言えばらしい場所で鈴木説を目撃

斧って不遇だよな
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/ghard/1308366899/
953人間七七四年:2011/06/23(木) 22:24:34.37 ID:y6JWcQ1K
なんでゲーハ板?w
954人間七七四年:2011/06/24(金) 00:18:26.97 ID:vpnv+eqw
歴史系板や軍事板ではバカにされるからいま!ではゲーム・漫画・アニメあたりが主戦場
955人間七七四年:2011/06/24(金) 05:15:51.77 ID:CbPjgyaB
落ち武者かよw
956人間七七四年:2011/06/24(金) 11:40:52.48 ID:JgvjeOY6
そういう連中の間ではいまだに「最新の学者の説では云々」が
通じるからなあwww
957人間七七四年:2011/06/27(月) 23:07:08.24 ID:s0hrgr5e
>>946の新刊、読んだ人いる?
958人間七七四年:2011/06/28(火) 09:03:25.43 ID:bHkvBcDB
明智光秀を陰で操っていたのは


歴史の道標
959人間七七四年:2011/06/28(火) 22:31:24.76 ID:s+P+tiSG
それじゃ陰謀論以下のただのオカルトだってばw
960人間七七四年:2011/06/29(水) 03:34:03.47 ID:N31pvr5e
明智光秀を陰で操ったのは、歴史の修正力!
961人間七七四年:2011/06/29(水) 22:02:36.58 ID:HZ3UQB3U
明智光秀の単独犯、というのが藤本先生の説だろ。

あと信長公記にも、明智光秀がなぜ本能寺の変をやったか
理由が簡潔に書いてある。

「信長を討ち果たし、天下の主となるべき」とあり、天下をとるためだった、とのこと。
962人間七七四年:2011/06/29(水) 22:23:27.76 ID:mY8aSMlO
なんか深読みしすぎて、ドツボにはまる歴史家は多いな
世の中は単純なものなんだが
963人間七七四年:2011/06/29(水) 23:28:43.96 ID:HZ3UQB3U
長篠の戦いも、武田軍はなぜ突撃したか
信長公記に理由が簡潔に書いてある。

信長は絶好の機会と思い、ことごとく討ち果たすため、武田の背後を襲う別働隊を出した。
前後より攻められたので武田軍は軍勢を出してきた。

鉄砲の前に突撃したのは、背後から攻められたため。
964人間七七四年:2011/06/30(木) 12:59:47.98 ID:u38cKce3
それまで勝頼は背後から襲われる事を全然警戒してなかったのかね
それほどボンクラな武将だったのか
965人間七七四年:2011/06/30(木) 16:25:44.19 ID:dc4fu5Rn
太田牛一は無学な兵卒っていう
966人間七七四年:2011/06/30(木) 17:09:56.65 ID:hFy0+Ryr
>>963
信長公記なんかまともに信じているのかよ?
ありゃ織田軍の大本営発表集だ。
967人間七七四年:2011/06/30(木) 20:23:50.02 ID:CGVNzb7l
信長公記が最も信用性があるよ。
というか、他の軍記が創作多すぎ。

>>964 頼は背後から襲われる事を全然警戒してなかったのか?という質問だが、警戒して
長篠城の周りに武将達を残しているだろ。長篠の屏風に、切り伏せられている姿が描写されてるわな。
長篠城包囲のため残されていた武田軍よりも、織田の別働隊の方が大勢だったのと、特に鉄砲の扱いが上手な
精鋭中の精鋭をよりすぐった別働隊だったから、武田軍を撃破して、武田軍の背後にまで進出している。

>>965 太田牛一は無学な兵卒?。あの時代に、文書を自分で読み書きできるというだけでも
どれほど教養があったかわかるだろ。寺で修行してたし、太田牛一は記憶力が良く、頭もいい。
弓の扱いもうまく、数人は射殺して、武功もあげている。

ちなみに、これらは藤本氏の本に書いてあることだから、>>964-966は読んでないことが明白。
968人間七七四年:2011/06/30(木) 20:31:11.34 ID:CGVNzb7l
信長公記を読むと、太田牛一はずいぶん難しい漢字を自筆でたくさん書いている。
三河物語の文章だの、本城惣右衛門覚書と比べると、
太田牛一はトップクラスの英才。
969人間七七四年:2011/06/30(木) 21:08:48.36 ID:4F7OT/lL
>>967
> 信長公記が最も信用性があるよ

この時点で…
いいか、お前は知らないと思うが、信長公記も後世に編纂された二次資料だぞ。
そこのところよーく理解しろ。

だいたい太田牛一は長篠の戦いには参加していない上、「武田軍一万人殺した」なんて
誰が見ても過大戦果とわかる(戦死率67%だぞ!?アホか)脳みそハッピーな大本営発表を
平然と書いてる信長公記の長篠描写なんて、一文字も信用できるかよw
970人間七七四年:2011/06/30(木) 21:12:56.93 ID:1yfzA8bR
>信長公記も後世に編纂された二次資料
>信長公記も後世に編纂された二次資料
>信長公記も後世に編纂された二次資料
971人間七七四年:2011/06/30(木) 21:14:54.22 ID:4F7OT/lL
>>970
どうした?初めてその事を知って混乱したか?w
972人間七七四年:2011/06/30(木) 22:36:37.16 ID:CGVNzb7l
IDみろよ。別人だろ
973人間七七四年:2011/06/30(木) 22:57:56.20 ID:CGVNzb7l
太田牛一は、長篠の地形の描写を詳しく書いているうえ、「武田軍はあの陣にこもっていれば
負けることはなかっただろう」という意味のことまで記しており、参加したと思われる。
また「過半人数打たれ候」と表現があり、「次第次第に無人になって」とあるから、半数以上が戦死したと
見なしていたことがわかる。
足軽の死亡率は知らないが、主要武将の戦死率で見てみよう。
一番、山県三郎兵衛、 討ち死
二番に、正用軒    生きて帰る
三番に、西上野の小幡一党 真田家の嫡男が討ち死
四番に、典厩一党 生きて帰る
五番に、馬場美濃守 討ち死

主要武将5人のうち、3人も死んでいるじゃん。
974人間七七四年:2011/07/01(金) 00:30:52.22 ID:KX1RcR6S
長篠の武田軍が15000だぞ?そのうちの1万も死んだらそれは当時の(現代でもそうだが)
常識として「全滅」と呼ぶ。主要武将3人どころか、勝頼だって返ってこれないってのw
3分の2死んだら後の3分の1は間違いなく重軽傷を負って逃げるどころではないからだ。

だいたい戦国期は10〜20%の死亡で「壊滅」「大敗」と言う。
あの、掃討戦を徹底的にやった大阪夏の陣ですら、豊臣方の戦死率は多く見積もって34%だ。

長篠の後組織的に甲斐までの撤退を行い、なおかつすぐに再起できた勝頼の軍に、
そこまでの壊滅的打撃があったなどとは到底考えられない。

よって、信長公記の記事は織田軍による戦果を過大に発表したプロパガンダ以外の
何者でもない。
975人間七七四年:2011/07/01(金) 08:09:22.59 ID:yhkl9Rcb
信長の書状を見てみよう

…即時に切り崩し、数万人討ち果し候、四郎の首は未だ見ず候、大要は切り捨て、河へ漂ひ候武者若干の条、其の内に之れ有るべき歟…

一次資料だというのに数万人討ち果しと大げさ表現だな。大量殺害したことは信長も自負しているわな。
976人間七七四年:2011/07/01(金) 08:39:43.44 ID:KX1RcR6S
つまり信長がそういうプロパガンダをばらまいたってことか
977人間七七四年:2011/07/01(金) 19:46:09.12 ID:yhkl9Rcb
信長なら、さすがに自分の軍勢が何人ほどいるかわかるだろうし、敵の数も真剣に調べるだろう。
また戦の全体的な眺めもわかるはずだ。なにしろ総大将なのだから。

その信長でさえ、「数万人討ち果し候」って書状に書くとはプロパガンダにもほどがある。
太田牛一は、武田15000人と見積もり、10000討ち取りと書いていることの方が、
よっぽど冷静に記録を書き残しているよ。
978人間七七四年:2011/07/01(金) 19:54:16.95 ID:yhkl9Rcb
藤本正行氏の説が、奇説として葬られることにならなかったのは、
信長公記をもとにしたからだ。信長公記の記述をベースにしたからこそ、威力を発揮して、
いまでは主流の説になっている。

でも、長篠の戦いの記述では、大須賀記という家系の記録を引用している。
馬防柵の前に出て戦った、というのは、大須賀記に載っている。長篠の屏風図も、馬防柵のうしろでなく
前に出て戦っているのは、徳川軍。もっとも大須賀記では、寒狭川のあたりで3000人ほど討ち取ったと
書いてあるけどな。

これらの記述は、みな藤本正行氏の「信長の戦争」という文庫本から。古い本だが今でも強力で優れもの。
979人間七七四年:2011/07/01(金) 21:32:59.16 ID:4In/8m4W
正確な数は不明だが、数千人単位の戦死者が出たって事でいいんじゃねえの?
980人間七七四年:2011/07/01(金) 21:59:16.09 ID:Ceqsl8jY
981人間七七四年:2011/07/01(金) 22:35:55.45 ID:CvLgPt1Z
>>974
そもそも一門衆がごっそり逃げたんでしょ

それでその損害数なら
誰も生きてないクラスじゃないの
982人間七七四年:2011/07/02(土) 17:55:40.95 ID:tX1fCRBu
藤本さんは>>946みたいな軽い本出さないね。骨太ってポリシーでもあるんかね?
983人間七七四年:2011/07/02(土) 18:30:05.81 ID:VdIiYjfg
>>977
その辺は完全にお偉方の受け売り
教養の無いただの下士だからな
984人間七七四年:2011/07/02(土) 19:56:18.03 ID:dfxA7vP+
>>982
軽い本出す学者の方が珍しいんじゃね?w
985人間七七四年:2011/07/03(日) 00:33:27.44 ID:woSDw2Rs
>>974

>あの、掃討戦を徹底的にやった大阪夏の陣ですら、豊臣方の戦死率は多く見積もって34%だ。

これってどういう本に載ってるの?読んでみたいので詳しい人教えてください。
986人間七七四年:2011/07/03(日) 00:40:55.98 ID:glfxrlwZ
>>985
これだと思う

日本の軍事革命
http://www.kinseisha.jp/0327.htm
987人間七七四年:2011/07/03(日) 01:09:16.12 ID:woSDw2Rs
>>986
ありがとうございます。
鉄砲による山城の弱体化とかも興味があったので読んでみます。
988人間七七四年:2011/07/03(日) 01:58:20.51 ID:UjassZP5
>>986
何十年前の内容だ、これw

>第四章 鉄砲による山城の弱体化と城郭立地の変遷
>第五章 鉄砲の普及による野戦の決定力の上昇と大名勢力圏の拡大の促進
>第六章 兵農分離の進展とその要因
989人間七七四年:2011/07/03(日) 04:11:11.11 ID:87jtxUDs
>>980
>本能寺を〜嗤うと並ぶ名著ですな

どこが名著なのか、該当箇所を列挙してみ。
立ち直れないくらいボッコボコに論破してやる。
990人間七七四年:2011/07/03(日) 09:53:01.49 ID:KeVmFlp4
論破という言葉を使いたがる奴にはキチガイが多いという法則
991人間七七四年:2011/07/03(日) 10:00:22.09 ID:QsRTvU1a
さすがに名著ではないな、内容はうなずける物ではあるが
いっぱしの学者が妄想することが仕事である作家の妄想を並べて
横から叩き切るという前代未聞の恥ずかしい本
992人間七七四年:2011/07/03(日) 13:30:59.23 ID:l+c7Op4S
「信長は謀略で殺されたのか―本能寺の変・謀略説を嗤う」

これ読んだよ。妄想小説家の説などを批判していたが、藤本センセーがそんなことをするのは
もったいないと思った。
変なガイキチが釣れてきそうでさ。
993人間七七四年:2011/07/03(日) 15:21:38.87 ID:CzsKz0uA
生物学者がファンタジー小説や映画の生物に本気で文句言ってたら、逆に「この人大丈夫か?」って思っちゃうよな。
994人間七七四年:2011/07/03(日) 17:18:04.39 ID:c6xwc/EW
そもそも藤本の方が間違ってる点もあるしな、重要且つ致命的な部分で
995人間七七四年:2011/07/03(日) 17:57:27.89 ID:QsRTvU1a
内容はうなずけると書いたが、高柳説桑野説がベースだから当たり前だな
ただ、大人気無いという理由で、学者が手を出さなかった出せなかった物を
この本で一刀両断した事については、
胸のすく思いをできた歴史関係者や史実好きも少なくは無いかなとも思う。
996人間七七四年:2011/07/03(日) 17:59:13.92 ID:fcz44HVi
次々と通説を打ち砕く鈴木真哉・藤本正行について 5
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1309683242/

次スレ立てたよ
997人間七七四年:2011/07/03(日) 20:16:59.26 ID:l+c7Op4S
>>994
重要且つ致命的に間違ってる部分って、どこだろう?。
見当たらないな。
998人間七七四年:2011/07/04(月) 01:47:40.53 ID:onB4NoUZ
本能寺の変に関しては無いけど
桶狭間に関しては正面攻撃とかいう無茶な珍説掲げて自爆したからな
999人間七七四年:2011/07/04(月) 04:35:21.24 ID:HSvH86nM
本能寺の変で信長公記の解釈を一部間違ってるだろってのはあるけど
致命的ってほどじゃないけどな
1000人間七七四年:2011/07/04(月) 06:48:40.25 ID:j7TB1C9C
おしまい
10011001
      /    `ヽ、
      ー┬――─‐ァ
      / ̄ ̄ ̄ ̄,l,
    _/     ,、r'" _」
.    | ̄ ̄ ̄ ̄ ,、r:''゙ヽ、
   /`'''''''''''''''''''" ヽ::::::::::ヽ
   /  秀家    ゙ヽ:::::::::',   ごくろう。このスレはみごと統一された。
  ゙|゙゙゙'''   ‐‐''""'  ';:::;r==,、  さすればおぬしらには次スレの攻略を命ずる。
.  |エi> ,'  イiエ>  レ'゙,r .,l }  
  i.  /         Y./ノ   さあ泳いでゆけ、現代のもののふたちよ!
  l  {  .、          /      
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