【最終】仏陀はアートマンを説いた!?【決着】12

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1神も仏も名無しさん
---論題---
 無霊魂論としての仏教
   ttp://www.nagoya30.net/temple/kyosin/sin-iti/lekcio/seminar2.pdf

前シリーズ、【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】に続き、
今回は、無我の問題について議論します。
仏教は無我を説くことでバラモン教との違いを明確化したといわれています。
しかし、仏陀は本当に「アートマンは無い」と説いたのでしょうか?
「それら(五蘊)はアートマンではない」(非我)としか説いていない、とも云われており、
中には、「仏陀はアートマンを説いていた」という意見も・・。
再び、当スレではこの仏教の根底を覆しかねない大問題について討論します。

*仏陀の教説として最も信頼性が高いとされる原始仏典からの引用と解説は特に歓迎します。
(投稿「750-800」を目安に善意の方どなたか次スレを立てて下さいm(__)m)

前スレ 【最終】仏陀はアートマンを説いた!?【決着】11
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1249512691/

 **全過去スレ/リンク集 ttp://houjugusya.web.fc2.com/link.html
 「2ch DAT落ちスレミラー変換機」 ttp://www.geocities.jp/mirrorhenkan/

まとめwiki.   .: ttp://www28.atwiki.jp/buddha/
パーリ三蔵.  .: ttp://www.tipitaka.org/cell/mainlist.html
大正蔵経DB .: ttp://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/
2神も仏も名無しさん:2009/08/16(日) 19:17:25 ID:E0HiQiey
ミスったし、無駄レスでオーバーさせたことに少し責任感じたので、
(また、一ヶ月過ぎてたからか、スレ建て制限も外れてたので)最後の御奉公として建てた。
もう自分では建てない。
3神も仏も名無しさん:2009/08/16(日) 19:45:39 ID:DKfEKxa4
前スレ>>860>>861
>透視能力、空中浮遊、物体移動,予知能力
そーゆーのって、レーダー・飛行機・インターネット・カメラ・録画機・超音波機器などなどで
産業革命以降、古代人の妄想能力をはるかに超えて文明の発展により人類は獲得してきたの。
よほどの分析無能力者以外にはそーゆー神秘主義的インチキはもう通用しねーんだよw
>定量観測というのは、いわゆる「千里眼」とかいうものですね。
>これは明らかに人間の五蘊を超えてます。
レーダーその他は全然五蘊を越えてませんがw 
当然、現代人には定量観測や検証可能なのは当たり前、小学生にも判る。
>>853 
>慧眼とか仏眼
彼岸に達したものには、当時の輪廻転生だの、アートマンだの
彼の世とか、黄泉の国とか、地獄・極楽とか千里眼とか神通力とかの
世俗的妄想インチキ概念がインチキだと見通せることをいうんだよ。 

レトリックの使いすぎは空虚なインチキと思われますので、注意しましょう。

43:2009/08/16(日) 19:55:10 ID:DKfEKxa4
訂正
× 前スレ>>860>>861
〇 前スレ>>860>>861
5神も仏も名無しさん:2009/08/16(日) 20:43:45 ID:nUu/hEOz
**## スレタイ外の話題は他スレにてお願いしますm(__)m ##**

*神智学については
『シークレット】神智学総合スレッド【ドクトリン】』
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1239017285/l50

*キリスト教系な議論になってきたら
『【独善主義】キリスト教の問題点【優越主義】』
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1236678285/l50

*キリスト教より素晴らしい仏教を持ち上げつつ現代に合わせて改革とかしたいなら
『仏教とキリスト教はどう違うの?』
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1248594074/l50

*龍樹・中論について語るなら
『【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】』
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1230059903/
6神も仏も名無しさん:2009/08/16(日) 20:49:29 ID:gsD9tLVH
前スレ>>861

>厳密な環境設定のもとで行えば検証可能ですね。

一発でインチキがばれるw。

「明治の千里眼」と呼ばれた女性は、インチキがばれて、結局自殺した。

人間を含むそれぞれの動物は、その生存に必要な能力のみを与えられている。
人間以外の動物は、すべて、人間にはない能力を有する。超能力が有難いのなら、
他の動物を崇めればよいw。

犬の臭覚は、人間の臭覚の数千倍と言われている。人間に犬の臭覚があれば、
さまざまな無数の異臭を感知して、人間は狂い死にする。

すべての手品には「種と仕掛け」がることを忘れてはならない。
7 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:05:29 ID:fq0AH8He
仏教は生老病死が苦であると説く。
しかしこの生と死を、仏教はどう考えているのか。
 
空を説く大乗は、生と死を忘れ、袋小路に迷い込んでいないか。
生と死を具体的に語ることのできる大乗の徒はいないのか。
生死を離れた空はむなしいと思わないのか。
8 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:12:34 ID:fq0AH8He
縁起の定義
 
1句 これがあるとき、かれがあり
2句 これが生ずることから、かれが生じ
3句 これがないとき、かれなく
4句 これが滅することから、かれが滅する
9 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:14:18 ID:fq0AH8He
竜樹の非有非無の中道 中論15章10詩
 
生命が有りというのは常住に執著する偏見であり、
生命が無しというのは断滅を執する偏見である。
故に賢者は、生命が有りということと
生命が無しということに執著してはならない。
 
生命が有るのでもなく、生命が無いのでもない・・・
これが非有非無の中道である。
 
空の悟りは脳死状態に似ている(~~)
10 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:16:56 ID:fq0AH8He
竜樹は縁起の破壊者だろう(~~)
 
中論1章10詩「それ自体(本体)の無いもろもろのもの(有)には
有性(有ること一般)が存在しないがゆえに、
<このことがあるとき、このことがある>ということは可能ではない。」
11 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:22:55 ID:fq0AH8He
大乗は一切が空である、幻であると主張している。
こういう主張は加害者・殺人者にとっては好都合なものだろう。
しかし被害者・遺族にとっては許しがたいものである。
 
この非対称性は、大乗の空や幻が真理ではないことを物語っている。
空や幻の底のほうに、犯罪的な匂いが漂っている。
12 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:24:52 ID:fq0AH8He
大乗の坊主たちが空や幻を説いても、
檀家にとっては、まったく有り難くもないし、尊くもない。
 
肉体が滅したら生命も終わり、神も仏もいない、だってえwww 
これのどこが有り難い。 
遺族にとっては疫病神のクソ坊主だろう。
13 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:32:50 ID:fq0AH8He
主張ばかりしていては埒があかない。
主張には理由をつけよう。それを論じ。それに反論しよう。
そうやってアートマンの議論を深めよう。

論じ合おうではないか。たとえ、お前たちの罪が緋のようでも、
雪のように白くなることができる。
14 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:44:14 ID:fq0AH8He
混乱しているようなので再びアップしておこう

<存在の大別> ・・・ 簡単な存在論
 生物 ・・・ 物質 + 生命 → 生命活動 > 精神活動 > 識
無生物 ・・・ 物質 → 実体がある OR 実体がない ・・・ 審議中
 
<精神活動> ・・・ 簡単な認識論
現実       ← 認識 ・・・ 判断のない識 ・・・ 直接知覚
 生物・無生物
           判断 ・・・ 判断された識 
          判断基準 ・・・ 苦楽・善悪・愛憎など ← 縁起
15 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 22:01:58 ID:fq0AH8He
大乗の悟り<真如>とは<直接知覚>のことを言う。
簡単に言えば、日ごろの色眼鏡をはずして周囲を見渡すことを言う。
これを勝義とか主客未分と表現する。
 
これはしかし、悟りのほんの入り口でしかない。
目を開けて到達する程度のレベルである。
まだこの先がある。
16神も仏も名無しさん:2009/08/16(日) 22:12:48 ID:Jyx7Q1US
>>6
> 犬の臭覚は、人間の臭覚の数千倍と言われている。人間に犬の臭覚があれば、
> さまざまな無数の異臭を感知して、人間は狂い死にする。

ここは変じゃね?
じゃあ室内犬はどうして狂い死にしないのか。
全然平気で暮らしてるわけだが。
17 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 22:16:13 ID:fq0AH8He
空教徒が尊大で横柄で傲慢になる理由
・・・チャンスがあれば、やりたい放題、言いたい放題
 
1 いっさいを空とし、自分が世界の支配者になったつもりになる。
2 いっさいを空にするから、その人を押さえつけるものがない。
3 そうでなくても、知らず知らずのうちに唯我独尊になる。
18 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 22:36:21 ID:fq0AH8He
空教徒は竜樹と世親の結論を鵜呑みにしてアートマンを否定している。
だから竜樹と世親の誤りを指摘しないと納得しないだろう。
これからは竜樹だけでなく世親もまな板にのせよう。
19いかりや長介 :2009/08/16(日) 22:43:42 ID:DKfEKxa4
>>18
 おまいが不都合なことにはわざとスルーして
トンチンカンな寝言をわめく落第外道であることはおまい以外の誰もが承知している。

前スレでのいかりや長介の問いに応えてからわめけ。
20おまけ 3/3  旧7:2009/08/16(日) 23:22:06 ID:E0HiQiey
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1249512691/862
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1249512691/863

【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1229771174/

35 初代スレ7 sage 2008/12/21(日) 08:40:06 ID:7pNx+QKj
>> 32
>     ある部分については「E1:語られた通り」またある部分は「E2:誇張して(譬喩表現として)」、そして
>またある部分については、「詩的・文学的表現として」であろうし・・。全部もしくは全体をコレとして決め付け
>ることができない、というのが

仰る通りです。あの図表に於けるEは、『仏典全てがそのようである』ということを必ずしも意味しません。
(勿論、そのように考えることをもまた妨げるものではないですが・・。)

ああした図表を用いる弊害は、画一的思考・画一的分類を誘引してしまうことでしょうね・・w
前スレ658や686、或いは今回の貴方レスのような反応を・・・。

私が(あの作業で)示したかった重要なポイントは2点あります。
1点は、意見の相違を単純に『否定・肯定・無記』の3種に分けられない性質を持つということ。
2点目は次に再掲する点です。
(私は貴方の誠実さを感じていますよ。前スレ343に対しての返レス369・370や今回の答え方等に。)

>重要なことは、(逆ツリーを考えて辿ってみるとよく判りますが)、
>【Eのどこからスタートしても】【A1・A2・A3全てに辿りつける】ということです。
>それが何を意味するかと言うと、【AとEを繋ぐ“途中経過の部分”をどう見るか】に懸っているということです。
>仏典にどう書かれているかは勿論重要ですが、それだけでは(このスレ的)答えは出ない、ということです

※図表とは、私がエクセルで作った105通りの組み合わせ表のこと。
21旧7:2009/08/16(日) 23:26:50 ID:E0HiQiey
そして併せて、蓋し名レスを幾つか・・。

【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】12
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1236847266/139
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1236847266/141
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1236847266/142

145 神も仏も名無しさん 2009/03/17(火) 14:17:51 ID:CIzMvmrL
>> 142
>仏陀が過去に「転生(再生誕)を説いた」ことは事実として認める。
「説いた」というのは誤り。仏陀の死後はるか後に、弟子たちが作った「原始
仏典」に「書いてある」というだけ。「仏陀自身が説いた」という保証はゼロ
である。

146 神も仏も名無しさん sage New! 2009/03/17(火) 16:52:07 ID:7Rer/evc
>> 145
>保証は
歴史のことだからねえ。
前スレでも書いたが、仏典全体にわたって様々な状況で散りばめられていることから
仏陀が転生説を否定した可能性はかなり小さいと言える。
逆に仏陀自身が説いた可能性は非常に高い。仏陀の、本人らにとっての価値を鑑みれば、
伝承が、転生説についても○か×か程度の情報で誤りが出るほど疎かなものになるとは考えにくい。
来世のディディールのそのまた細部なら誤差も十分出てくるだろうが。

147 神も仏も名無しさん sage New! 2009/03/17(火) 17:09:15 ID:7Rer/evc
アレクサンダー大王が何をしたか、とか、イエスやらソクラテスが何を説いたか、
と同じ程度には仏陀は「転生説を説いた」と言えるし、自分はその意味で
仏陀は説いた、というレスをしている。
22旧7:2009/08/16(日) 23:40:54 ID:E0HiQiey
夜中になるし、一旦ageとくか・・・。



で、>>21中の146-147に照らし合わせた時、
前シリーズとしては、《「輪廻」や「次の生」は説かれた》と言えるし、
今シリーズとしては、《「“所謂アートマン”の存在や、“それ”の目指すべきものとしての肯定」は説かれていない》と言える。

(146・147さんの書き込みを踏まえた上で)、この差異が宝珠氏に解るだろうか・・・。


おやすみ  ノシ
23机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 00:16:11 ID:8cmjXAlG
>>3
拙者の書込みをどうか再読し、慧眼について理解されますように。
__________________________________
853 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/16(日) 15:19:29 ID:ljXqDR2a
>>838
>知り合いや今現に生きている人で神通力を使える人が
>具体的にいるのかどうかも聞きたい。

神通力とは、慧眼とか仏眼とか言われるものでして、
これは眼が開いた象徴的な意味で使われますね。

彼の世とか、黄泉の国とか、地獄・極楽とかは簡単に見通すことができます。
しかしこれは社会通念上の意味ではなく、
一旦この語義を変換するするのです。
(つまりこの能力です)

色即是空 空即是色とは、
こういった脳内変換の意味もあります。

誰でも神通力は得ることができます。
あらゆる煩悩は寂滅します。
__________________________________
24神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 00:34:37 ID:FvEtssns
>>16
だから、「人間を含むそれぞれの動物は、その生存に必要な能力のみを与えら
れている」と言っている。動物の一種に過ぎない「人間」の見地からのみ、
他の動物についても判断するのは、「人間の思い上がり」である。

犬の臭覚は、犬の生存にとって恐らく必須のものだから、狂い死にしないのは
当たり前。

君に、現在の千倍の臭覚があれば、あらゆる異臭を感知して、狂い死にしない
と思うかね。
25神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 00:37:48 ID:DDejtU9s
>>24
つまり嗅覚が何千倍あっても狂い死にしないわけですよ。
何故人間だったら狂い死にするのか、ということについて
妄想以外の根拠は出せないんだろう?
26神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 00:41:34 ID:FvEtssns
>>21
「仏陀」が説いたか、という言い方に抵抗を感じるね。真理は、誰が
説いても真理であり、誤りは、誰が説いても誤りである。

そのような言い方は、開祖・教祖の盲信・神格化に繋がる。

その、正誤・正邪の判断は、あくまで、現代人としての受け手の側で
行うべきもの。
27神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 00:44:33 ID:DDejtU9s
気に入らなければ、そういうスレを立てればいい。
28神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 00:48:24 ID:FvEtssns
>>27
命題の基本的な誤りを指摘している。スレの問題ではない。
29神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 00:49:04 ID:4DVDEA8D
色即是空 空即是色
30神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 01:00:40 ID:DDejtU9s
>>28
スレの命題についての誤りを指摘するスレを立てればいいだけ。
このスレでそういった指摘を繰り返せば2ch的には荒らし行為になる。
荒らしになるのが気にいらなければ、まず運営板にいって文句を言うこと。
31神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 01:01:55 ID:DDejtU9s
>>28
大体、>>25にはいつ答えるのかね?
32神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 01:07:30 ID:FvEtssns
>>29
色即是空・空即是色だから、すべての宗教の教祖も、その教えも空である。
いささかも、こだわるべきものではない。

>>31
すでに答えているではないか。
33神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 01:11:10 ID:DDejtU9s
>>32
答えてないだろ。
> 君に、現在の千倍の臭覚があれば、あらゆる異臭を感知して、狂い死にしない
> と思うかね。

これは「憶測」「希望」「そうだったらいいな〜」という妄想でしかない。
根拠と妄想の区別もつかないのかね?
34神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 01:13:09 ID:FvEtssns
>>30
常識論が荒しになるようなスレなら、そのスレ自体が、2chにおける
荒しだな。

佛教は、常識論にも対応できないような「情けない宗教」ではないはず。
35神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 01:14:48 ID:DDejtU9s
>>34
このスレ自体が荒らしなんだったら、グダグダ言ってないで削除依頼出してこい。
36神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 01:19:50 ID:4DVDEA8D
>>34
失礼しました
37神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 02:27:18 ID:KhmgUuLw
全過去スレ/リンク集 ttp://houjugusya.web.fc2.com/link.html
ここで、大まかな流れを読んでいるのですが、レスが800ぐらいで
消えてるんですが何故ですか。結構いいところで切れていたりするから
全文読みたいんですが方法ないですか?
38宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/17(月) 02:54:30 ID:DcvY4qml
〜以降、私からの返答はなるべく本論及び思想部分に関るものを中心とし、
本題から外れる誹謗中傷などについては、【すべてスルーさせて頂きます。】
---皆様、ご了承のほどを m(__)m
-----------------------------------
>>1
旧7さん、スレ建てご苦労様でした^^

>>37
投稿される文章量が多くて要領の限界に達したために
1000レス前(800程度)で各スレで投稿不能になっているのです。
しかし、各スレについてはそのリンクにて“全投稿”が閲覧できます(確認済み)。

何か気の付いた点や不具合があったら、また教えて下さい!
39宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/17(月) 02:55:46 ID:DcvY4qml
訂正
 ×要領
 ○容量
40神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 03:03:22 ID:KhmgUuLw
>投稿される文章量が多くて要領の限界に達したために
>1000レス前(800程度)で各スレで投稿不能になっているのです。
>しかし、各スレについてはそのリンクにて“全投稿”が閲覧できます(確認済み)

あっそうだったんですね。素人の質問でした。
お返事ありがとうございました。  ふ〜スッキリ☆
41神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 03:23:29 ID:DDejtU9s
前スレのまとめ

  96  旧7 sage  2009/08/09(日) 01:09:06 ID:U91ymh5n 
よーするに、 「仏典の記述はどうでもいい」 わけだ。
神智学に、(或いは貴方の直観にw)、合致すれば、
それはゴータマのおしえであり、合致しないものは誤解と誤謬であり、ゴータマのおしえではない、と。

100  宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk  
>>96
合ってます(否定しません)。
当然のことです。

120  神も仏も名無しさん   2009/08/09(日) 04:01:37 ID:J6Hbm04t 
結局は「自分の信じるように、好き勝手に判断していく」
と、言ってるだけだね。了解しました。

  123  宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk    2009/08/09(日) 04:25:35 ID:LRj7Y9LP
>>120
異論なしです。
42神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 03:39:45 ID:DDejtU9s
>>38
> 〜以降、私からの返答はなるべく本論及び思想部分に関るものを中心とし、
> 本題から外れる誹謗中傷などについては、【すべてスルーさせて頂きます。】
> ---皆様、ご了承のほどを m(__)m

宝珠愚者は、自分に対する批判を「誹謗中傷」というカテゴリーに入れることで、
正当な批判をされているという事実を誤魔化すためのイメージ操作をしています。
(相手を悪人に仕立て上げれば、なんとなく自分が正義のポジションにつけると思っています)
43机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 06:52:12 ID:8cmjXAlG
>>1
乙です

>>861  前スレ861氏
>厳密な環境設定のもとで行えば検証可能ですね。

そうですね。
世の中には摩訶不思議なことがイパイあります。
拙者は全く否定する立場じゃないことを、先ず書いておかねばならんです。

例えばですが「胸騒ぎ」とか「虫の知らせ」などは、人間が多々経験する現象です。
こういった経験に基づいて神秘主義に傾倒していく御仁もあろうかと思います。
これで先ず、ユングあたりに関心がいくような感じがしますね。
まあ、つまり、経験論ですね。

それから阿頼耶識とかに関心がいくかもしれません。
唯識派に傾倒していきますね。
大乗ですと密教でしょうか?
そういった流れの教義を核とする新興宗教とかに関心を向ける。

こういった御仁達は、先ず禅とかは全く関心は向けないかと思います。
もうすでに世界観というのが出来上がってますからね。
その世界観を再度検証してみたい。
という流れはあろうかと思います。

それを仏教に求める。つうのは、不自然ではありませんね。
必然である。かも・・・

そういったことですから、
なにかこの摩訶不思議な件についての投稿がありましたら、
検証もやぶさかではありませんまさお。
44机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 07:01:50 ID:8cmjXAlG
法珠愚者氏が神智学に傾倒した理由というのは、
やはり摩訶不思議な体験が起因しているようですし、
こういう体験というのは心的に非常にインパクトがあろうかと思います。

実際、拙者も「胸騒ぎ」の体験はあります。

トラウマみたいなもんなんでしょう?
人生終盤まで引きずってしまう御仁もあるでしょうし、
そうでない人間もいる。
人それぞれですね。
45一在家:2009/08/17(月) 08:26:52 ID:F1vBqfKW
前スレ >>834 机氏
>釈尊は、つまりバラモンの行者だったのであります。
>その修行において仏教を樹立するわけでありますから、
>この場合の梵天の立場がどうなるんでしょう?
>
>まあ、梵天の立場ってのがなくなりますね。(経緯からしたら・・・そうなります)
>で、釈尊の本懐(悟り)において梵天勧進というのは、つまりバラモンの敗北、梵天の敗>北を意味します。

バラモン教での梵天は唯一最高神ですが、長部経典では梵天は階層的に
複数存在し多神です。釈尊も前世で梵天界の住人だったと説かれています。

梵天の認識を間違ったバラモン教の敗北であって、梵天の敗北というのは
貴兄の思い込み、願望ではないでしょうか。

私も神秘体験は多数ございますが、神通力の話はややネタ違いなので、
またの機会と致します。
46神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 09:36:00 ID:bEe/wnsD
>>45
>バラモン教での梵天は唯一最高神ですが
これは間違いですね。
バラモン教で仏教の梵天に相当するブラフマンは
神ではなく宇宙の原理とされている。その原理を
伝えるブラフマーナがバラモンといわれる司祭階級
だね。バラモン教は唯一神ではなく日本の八百万神
と同様に機能分担するインドラ・アグニなどの多神教だね。
バラモン教でウェーダの言葉が言霊として扱われる
のも日本の古代神道と同じだね。
47一在家:2009/08/17(月) 09:44:16 ID:F1vBqfKW
>>46
>バラモン教で仏教の梵天に相当するブラフマンは
>神ではなく宇宙の原理とされている。

修正を有難うございます。
48神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 10:28:11 ID:BIx+O+In
>>26
たとえばダーウィンやアインシュタインが発見したものは真実だ。
彼らが見出したものは誰が言っても発見しても真実だ。ここまでは正しい。
でもこのスレは「仏陀がアートマン」「仏陀が転生」を説いたか、
本人が何をしたか、語ったんだろうか、というスレ。
ダーウィンが相対性理論を説いた、アインシュタインが進化論を説いた、
というのは人名の後に入る科学理論が正しくても
「ダーウィンが相対性理論を提唱した」「アインシュタインが進化論を提唱した」
は事実として間違っている。正しいのはあくまで
「ダーウィンが進化論を提唱した」「アインシュタインが相対性理論を提唱した」だ。
これは神格化でも何でも無い。ただの事実の指摘である。

「アレクサンダー大王が仏教を説いた」が誤りと言えるのはアレクサンダーが偉人でもクソだからでも
仏教が偉大でもクソだからでもなく、単に「アレクサンダー大王が仏教を説いた」が事実ではないからだ。
「仏陀が転生を説いた」が正しいと言えるのは仏陀が偉人だからでもクソだからでも
転生説が偉大でもクソだからでもなく、単に「仏陀が転生を説いた」ことの蓋然性が高いからだ。
49神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 11:00:02 ID:f6V8aKJg
>>47
>「胸騒ぎ」とか「虫の知らせ」

分析してみれば、すべて特定の状況や情報に基づく「推測」「予想」です。
当たることもあれば、外れることもある。統計を取ってみれば、外れること
のほうが、はるかに多い。

重態の病人がいれば、亡くなる可能性は常にあるのですから、「胸騒ぎ」も
「虫の知らせ」もへちまもありません。

「偶然」と呼ばれるものも、分析してみれば、すべて具体的事実の因果関係
の集まりです。一々分析するのが面倒だから、「偶然」と呼んでいるだけです。

カルト宗教が「証(あかし)」と呼ぶものは、教団側が懸命にメディアや学界
の情報を調査して、それらの情報に基づき「予測」するのです。その調査努力
には、賞賛すべきものがありますがw。

科学に無知蒙昧だった古代人にとっては、地震や雷がどれほど恐いものだった
でしょう。現代でも、一瞬、「神の存在」を感じますねw。しかし、科学の
発達により、そのメカニズムは中学生でも知っており、現在では、「地震予報」
も「雷警報」も可能です。科学がさらに発達すれば、予報も、もっと完全なも
のになるでしょう。

詳細に分析すれば、この世に「不思議現象」など「皆無」なのです。

昔、予言が外れて切腹した宗教者がいました。最近の宗教者は切腹しませんねw。
すべて「ミカされた」と、他の良い事にすり替えます。
50机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 11:02:20 ID:8cmjXAlG
>>48
>でもこのスレは「仏陀がアートマン」「仏陀が転生」を説いたか、
>本人が何をしたか、語ったんだろうか、というスレ。

なるほど、そうでしたね、ではその流れで拙者がレスポンスさせて頂きます。
仏典には輪廻転生が書かれていたとしても、それはあまり重要ではない。
何故かというと、輪廻転生があるか?どうか?なんて人間釈尊には解るわけはない。

例示しますと、
世界は有限か?無限か?って問うようなもんだし。
これは双方、どんな論理的整合性においても証明は不可能です。
何故かといいますと、問い自体が既に矛盾しているわけで・・・・

で、釈尊の本懐ってのは、こういった人間の思考システムの不備を解明したわけです。
そこから帰納法的に形而上学的諸問題が解明されるわけでして、
結果として、釈尊は輪廻転生のことは悟ってます。

推論とか観念論の類ではなく、
これは悟った人じゃ〜ないと解らんもんですよね。
このスレには何人か悟った御仁がおられるよぉですが、
彼らは既に、仏典の記述などは問題にしておらんだじん。
51神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 11:11:31 ID:f6V8aKJg
世の中には、毎日、「良い事」も「悪い事」も無数に発生しています。教祖が、
「特定の事実」に予め信者の注意を向けさせておけば、無数の出来事の中から、
その「特定の事実」が真っ先に眼に留まりまり、信者は、「予言が当たった」と
思ってしまう。手品の原理と、全く同じです。単なる「心理操作」です。

これが、宗教者による「予言と証」のカラクリなのです。
52神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 11:16:41 ID:3PQfDpRD
>>50
何言ってるのかさっぱりわかんねーわw
53ken:2009/08/17(月) 11:36:19 ID:IXqBtMXR
>728 :宝珠愚者 私としては、純粋に仏教学の成果としての非我論をご紹介するまでです。
これにより、ゴータマはアートマンについては非我を説き、無記の姿勢を示したと結論付け、
“アートマンなどない”と解釈できるといった意味での「無我論」など説いていないことを論証します。

釈迦が、アートマンという概念など無いとの論拠を示してください。
“アートマンなどない”とは、アートマンそのものを無いとしたのではなく、
常住不変なる”真我”の存在を否定したのです。
常住不変ではなく無常なるものだから、消却も可能であり涅槃を目指せます。
釈迦の無我説は、我執の否定とその超越を意味しその実践の成果が般涅槃です。
どうも宝珠愚者さんの問題提起が、そもそも間違っているようです。
54一在家:2009/08/17(月) 12:11:52 ID:3Of0CPo6
>>50 机氏
>仏典には輪廻転生が書かれていたとしても、それはあまり重要ではない。
>何故かというと、輪廻転生があるか?どうか?なんて人間釈尊には解るわけはない。

人間釈尊は相手の心ばかりか前世まで見えていたのでしょう。
「沙門果経」や他経典では、仏でなくとも修行完成者であれば、同様の神通力が
あることを説かれてます。

もし嘘であれば、釈尊の周囲の修行完成者達が気付きますし、1回目の結集
の時に「相手の心や前世が見える神通力は嘘です」と弟子達からクレームが
だされたことと思料します。

勿論、修行完成者でなくても自分が考えただけで釈尊達が回答するという
神秘体験をすれば認識できます。
55神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 12:37:46 ID:DDejtU9s
>>54
> 「沙門果経」や他経典では、仏でなくとも修行完成者であれば、同様の神通力が
> あることを説かれてます。

そのようですね。仏典には超能力が説かれていると思います。

> もし嘘であれば、釈尊の周囲の修行完成者達が気付きますし、1回目の結集
> の時に「相手の心や前世が見える神通力は嘘です」と弟子達からクレームが
> だされたことと思料します。

クレームは実際あったのかもしれないし、伝承の途中で誰かが改竄したのかもしれないし、
今となっては確認のしようもないのでは?

> 勿論、修行完成者でなくても自分が考えただけで釈尊達が回答するという
> 神秘体験をすれば認識できます。

神秘体験をすればって言われても、釈迦はもういないし、それができる修行完成者もいない現状では
「認識できます」というのもただのファンタジーなのでは?
56ken:2009/08/17(月) 13:11:01 ID:IXqBtMXR
>>50 何故かというと、輪廻転生があるか?どうか?なんて人間釈尊には解るわけはない。

解脱に至る過程で、三明六通を得る者もいます。
釈迦の場合は、宿命通で衆生の過去世の相である生き死にを知る智慧で、
人の輪廻するを見たのです

ーヴァッチャ三明経 抜粋ー
「遊行者よ、仏陀を証明する、三つの智慧。
 仏陀が、具足している明知、三つの明がある。
 それでは、この三つの明とは、如何なるものか。」
「第一の明とは、過去の智、宿命通である。
 一、十、百、千の、過去世を思い出すことで、
 如何なる業が、如何なる命を宿すか、証知する。」
ー沙門果経 抜粋ー
「あの時の姓はこうで、あの生の名はこう。
 あの生の糧はこうで、あの時の世の中はこう。
 前の時の世を理解する、これが、宿命通である。」
57一在家:2009/08/17(月) 13:20:01 ID:F1vBqfKW
>>55
>神秘体験をすればって言われても、釈迦はもういないし、それができる修行完成者
>もいない現状では「認識できます」というのもただのファンタジーなのでは?

仏教徒は5億人はいますから、貴兄が知らない修行完成者もいるでしょう。

もし5億人いても一人も修行完成者がいないのであれば、「空」しい限りです。
58神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 13:24:51 ID:s/9E2Uyo
この方々のことでつか?w
http://www.aleph.to/enlightenment/snp-02.html
59神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 13:34:48 ID:DDejtU9s
>>57
> 仏教徒は5億人はいますから、貴兄が知らない修行完成者もいるでしょう。

5億人いるからその中にはティラノサウルス飼ってる人もいるでしょう、とか。
その中には身長が100メートルを超える人もいるでしょう、とか。

人数が多いからといって、でしょう、と言われても何の説得力もない、
というのはご理解いただけます?

> もし5億人いても一人も修行完成者がいないのであれば、「空」しい限りです。

あなたが空しいと思うかどうかと、いるかどうかは何の関係もないと思うのですが?
それともあなたが空しいと思ったら、それによって現実が変化するのですか?
60ken:2009/08/17(月) 14:02:12 ID:IXqBtMXR
>54 勿論、修行完成者でなくても自分が考えただけで釈尊達が回答するという
神秘体験をすれば認識できます。

オカルトなら別ですが、これは仏教ではありません。
釈迦は神秘体験など奨励してもいなければ、価値があるとも説いていない。
修行者によっては、解脱に至る過程で三明六通を得る者もいれば、
そのような神足通を得ずに解脱したものもいる。
どうしてこうも、仏教を履き違える人が多いのだろう。
釈迦が説いたことはひとつ、煩悩滅をあらゆる角度から相手の機根に合わせて
その大事を解いただけです。
煩悩滅尽→梵行(清浄行)→沙門四果
61いかりや長介 :2009/08/17(月) 14:29:39 ID:v7QfXfBB
こりゃーだめだ!

ごちゃごちゃ言ってないで、とにかくなんでもいいから、
彼岸へ飛んでしまえよ。
先ず悟りが先決問題、残りははっきり言ってどーでもいいの。

あっちへ渡る船の構造なんか分析したって仕方あんめえ?w
62机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 14:31:29 ID:8cmjXAlG
>>56 ken氏
>解脱に至る過程で、三明六通を得る者もいます。
>釈迦の場合は、宿命通で衆生の過去世の相である生き死にを知る智慧で、
>人の輪廻するを見たのです

そういうことは可ですよね。
拙者が>>50にかいてありますとおりです。
しかしそれがどういう脳のシステムで見えてしまうのか?ってのは
衆生では解し難しですよね。
それで拙者が例示としまして、宇宙の有限・無限を提示した次第です。

勿論、釈尊は宇宙の有限・無限は悟っておりましたけど、
ではこれを説明しようとしましても、社会通念上における論理では不可です。
般若波羅密の智慧とは、勝義と世俗では全く違います。
世俗では見えません。
勝義で見えます。
ですから、世俗の論理ではそれを説明しようとしても不可です。

試しに、宇宙有限説と宇宙無限説を論理構築してください。
どちらが正しいか?ってのは結論はでません。
これがいわゆる世俗での限界でありんす。
63ken:2009/08/17(月) 14:44:09 ID:IXqBtMXR
>54 勿論、修行完成者でなくても自分が考えただけで釈尊達が回答するという
神秘体験をすれば認識できます。

どうして神秘などに頼る必要があろうか?
釈迦は遺言できちんと釈迦の死後、釈迦の法えと戒律が衆生の師となる、
と断言しています。
釈迦が説いた法が歴然と存在するのに尚、そこに眼を向けず見えぬ神秘に頼る、
このような姿勢こそ釈迦に違背することでしょうね。

ーブッダ最後の旅『大パリニッバーナ経/涅槃経』等よりー
「アーナンダよ。あるいは後にお前たちはこのように思うかもしれない、
『教えを説かれた師はましまさぬ、もはやわれらの師はおられないのだ』と。
 しかしそのように見なしてはならない。
 お前たちのためにわたしが説いた教えとわたしの制した戒律とが、
 わたしの死後にお前たちの師となるのである 。」

「アーナンダよ、修行僧らはわたしに何を待望するのであるか? 
 わたくしは内外の区別なしに(ことごとく)法を説いた。完き人の教法には、
 何ものかを弟子に隠すような教師の握拳[にぎりこぶし]は、存在しない。
64ken:2009/08/17(月) 14:52:19 ID:IXqBtMXR
>:机龍之介 ◆8Z1PfzdK1勿論、釈尊は宇宙の有限・無限は悟っておりましたけど、
ではこれを説明しようとしましても、社会通念上における論理では不可です。
>これがいわゆる世俗での限界でありんす。

そうですから、釈迦は形而上に関しても無記の姿勢を貫いたのでしょう。
しかしながら、釈迦が議論するなと注意しても2500年間それを無視し、
多くの碩学、論師、仏教学者が追求しても結論は出せないで今日まで来ています。
解脱に役立たないことに執着したからでしょう。
65机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 14:59:07 ID:8cmjXAlG
>>64
>そうですから、釈迦は形而上に関しても無記の姿勢を貫いたのでしょう。

そうですね。
この「無記」ってとこだけでも仏教はモノホンであることが証明されるやに思ひます。
66神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 15:20:09 ID:3PQfDpRD
悟れば全てが解決ということで、このスレの必要なくなったなw
67一在家:2009/08/17(月) 15:23:49 ID:F1vBqfKW
>>54
>勿論、修行完成者でなくても自分が考えただけで釈尊達が回答するという
>神秘体験をすれば認識できます。

「神秘体験」という言葉に誤解があるようですので言い換えます。

勿論、修行完成者でなくても自分が考えただけで釈尊達が回答するという
体験をすれば認識できます。

別に神秘体験ではなく、読心通が日常的に行なわれていたことは、
スッタニパータでも記載されております。
68神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 15:29:01 ID:F1vBqfKW
形而学上では釈尊は「無記」だったという方が多いですが、
それはアートマンや死後の世界についてですね。

梵天、神々、悪魔、夜叉達とは「無記」どころか、結構
おしゃべり(雄弁)した内容が仏典に残されております。

梵天、神々、悪魔、夜叉、神通力、前世は「形而学上」の
対象外だと言われる方はどうぞ。
69神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 15:32:34 ID:hr6LIxmy
>>68
>死後の世界についてですね。

如来、つまり解脱者の死後は無記ですね。
一般の、つまり非解脱者の死後も饒舌です。
70神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 15:36:07 ID:OM6SDF0y
悟らぬものの言葉に真実は無く
悟ったものは表す言葉を持たず
よって語るべきことは無い
71一在家:2009/08/17(月) 15:39:38 ID:F1vBqfKW
>>69
>如来、つまり解脱者の死後は無記ですね。
>一般の、つまり非解脱者の死後も饒舌です。

貴兄の言う通りですね。
死後の往き先は大きく5種類あることや、地獄の種類には
スッタニパータの一節で結構詳細に説かれてましたね。
72神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 15:42:18 ID:91Ae/gYi
>>68
形而学上って何?
形而上学とどう違うの?
形而学の分野でってこと?
「形而学」と「形而上学」って同じ?違う?
よくわかんない
73ken:2009/08/17(月) 16:05:22 ID:IXqBtMXR
>>67 別に神秘体験ではなく、読心通が日常的に行なわれていたことは、
スッタニパータでも記載されております。

一在家さん、ではそのスッタニパータをご教示ください。

74神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 17:03:03 ID:F5nEpE35
>>71
>スッタニパータの一節で結構詳細に説かれてましたね。

説かれていようといまいと、誤りは訂正してあげるのが、現代における弟子の
義務ではないのかね。

原始仏典は、バラモン教との過渡期の産物に過ぎないことを、忘れてはならない。

現代人でありながら、釈迦の誤りを放置して、釈迦の恥を後世にまでさらすこ
とは、釈迦に対する重大な侮辱であろう。

君のカルト宗教の目的のために、釈迦の名を「利用」すべきではない。
75一在家:2009/08/17(月) 17:22:01 ID:F1vBqfKW
>>73 ken氏
>一在家さん、ではそのスッタニパータをご教示ください。
過去ログに提示済みです。
週末まで手許に経典が無いので、どなたか親切な方は代わりにご紹介
願います。

>>74
>原始仏典は、バラモン教との過渡期の産物に過ぎないことを、忘れてはならない。
>現代人でありながら、釈迦の誤りを放置して、釈迦の恥を後世にまでさらすこ
>とは、釈迦に対する重大な侮辱であろう。

その後に誰かさんが仏教を立派に「哲学化」しましたね。
「釈迦の誤り」ではなく、「誰かさんの誤り」に気付いた本スレの住人も
増えてきておりますよ。

釈尊の悟った「真理を全て哲学化」することが最大の侮辱ではないでしょうか。
まあ、言語の論理世界で証明できる範囲での哲学化であれば宜しいかと
存じます。
76神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 17:23:52 ID:hr6LIxmy
>>74
F5nEpE35 はスル〜しませう?。
77神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 17:24:55 ID:vnJdj/j/
手元になくても宝珠さんのサイトから過去ログを見れます。
手元にスッタニパータが用意されている必要はありません。

それではよろしくお願いします。
78神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 17:25:57 ID:hr6LIxmy
>>75
>その後に誰かさんが仏教を立派に「哲学化」しましたね。
>「釈迦の誤り」ではなく、「誰かさんの誤り」に気付いた本スレの住人も
>増えてきておりますよ。

全く読めてないのに、なんでそんなに偉そうなの?
釈尊も読めてないし、中論も読めてないでしょ、あなた(/_;)
79机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 17:41:46 ID:8cmjXAlG
>>54  在家氏
>人間釈尊は相手の心ばかりか前世まで見えていたのでしょう。

これについて、再度例示をもって答えとう存じます。

例えば親鸞は、西方浄土があるのか、ないのか解らんらしいけど、
西方浄土というのはどういう処か?ってのは解っておるようですよ。

つまりこの矛盾を解説しますとですね、
西方浄土というのは、世俗で解釈してるのと、親鸞が解釈してるのは全然違うんですよ。

釈尊が言うところの「前世」ってのは、これは世俗で解釈されてる意味じゃ〜ないですね。
メクラが言う「前世」とは違ます。

明智になりますと、この「前世」が語義脳内変換してしまうんです。
で「前世を見てきた」などと言ったりする。

この種明かしはですね、「前世を見てきた」のは現在ですから、
前世と現世と来世は、今現在にある。ってことですよ。
三時は、今を離れてありゅらん。
こういうことで宜しいかと思いますね。
80一在家:2009/08/17(月) 17:50:11 ID:3Of0CPo6
>>78
「ない」ことを証明するより「ある」ことを証明する方が
容易ですね。

原始仏典の中にあれだけ形而学上の記載があるのに、全て
否定して「仏教は最大の哲学だ」と賛美された方々を本スレ
でも何人も見かけましたのが根拠ですね。
彼らの師は龍樹でしょうか。

もし誰かが神に出会ったとして、(自ら解脱した場合も同様)
その悟った真理を哲学化(現代人の知能指数での論理化)できる
と思われますか。

論理化できる法とできない法が混在すると思料します。
どちらが多いかは不明ですが。
81一在家:2009/08/17(月) 18:01:52 ID:3Of0CPo6
>>77
http://homepage3.nifty.com/hosai/dammapada-01/suttanipata-all-text.htm
で「地獄」で検索してみて下さい。非常に説法が多いことが分ります。

<10、コーカーリヤ>には、一番詳しく記載がありんす。

667 (地獄に墜ちた者は)、鉄の串を突きさされるところに至り、鋭い刃のある鉄の槍に近づく。さてまた灼熱した鉄丸のような食物を食わされるが、それは、(昔つくった業に)ふさわしい当然なことである。

668 (地獄の獄卒どもは「捕えよ」「打て」などといって)、誰もやさしいことばをかれることなく、(温顔をもって)向ってくることなく、頼りになってくれない。(地獄に墜ちた者どもは)、敷き拡げられた炭火の上に臥し、あまねく燃え盛る火炎の中に入る。
82神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 18:07:31 ID:TIdYUNnk
これは旧7さんも、繰り返し言及していることだが
「仏典に〜のような記述がある」
これだけでは、何の意味もないでしょ?
それこそ、仏典の記述が全て「釈迦が実際に語ったことではないし、」
また「方便」「比喩」として言及されただけであり、真の趣旨は違うことも
ある。さらには、後世の弟子達の改変、増広もある。

よって、「何故、この説は釈迦の説く教義の真意に沿うものである」
と、自説の主張するところの妥当性をも、あわせて述べなければ意味が
ないと思うが、どうか?
83本願寺派:2009/08/17(月) 18:12:24 ID:/y0qYDfI
ちょっと待ちなさい。
世俗で浄土を解釈してるとかおかしいだろ。
本当に自分が死んだ後に浄土に行くとかではないよ。
それはキリスト教的な解釈だよ。死後は天国とか地獄とか。
そういうのは後生とかを信じてるようで信じきれてない人のもの。
救われたい一心の世俗の門徒がすがるものなの。
後生じゃなきゃ浄土に行けないなら南無阿弥陀仏も阿弥陀如来の本願力もいらんだろ。
今生において三世を超えるためにあるんだよ。
じゃなきゃ現世利益和讃なんかするわけない。
84一在家:2009/08/17(月) 18:13:24 ID:3Of0CPo6
>>79 机氏
>この種明かしはですね、「前世を見てきた」のは現在ですから、
>前世と現世と来世は、今現在にある。ってことですよ。

貴兄は「運動」と「時間」が言語の論理世界では存在することを
証明できないことを前提に「前世」をモデル化されておられる
ようにお見受け致します。
如何でしょうか?

釈尊は自身の前世の中でも特に転輪聖王の時のことを詳しく説かれて
おりますね。
それから「大本経」で過去六仏を説きながら、「同じ時に二人の仏は存在しない」
とも説かれています。

龍樹の論理だと「同じ時に六仏は存在します」から、言語上でも
釈尊の説法「大本経」と矛盾しますね。
85ken:2009/08/17(月) 18:18:14 ID:IXqBtMXR
>80 :一在家:2009/08/17(月) 17:50:11 ID:3Of0CPo6
原始仏典の中にあれだけ形而学上の記載があるのに、
>論理化できる法とできない法が混在すると思料します。

どの仏典を指し、どの経句を以て形而上の事柄が説かれていたか、
一在家さんの指摘は、曖昧で抽象的です。
また、釈迦教説のハードルを上げる必要は無いでしょう。
一般的に十四無記は知られるところですし、解脱に役立たない。
釈迦は、煩悩滅以外は説かなかったと言っても過言ではないほど、
漏尽解脱は目的であり到達点です。
例えば、チューラパンタカは今で言う知的障害者で自信の名前すら、
満足に覚えることが出来なかった。
しかし、釈迦から「自分が愚かであることに気づいている人は、
智慧ある人なのです。」と諭されて帰依したのです。
さてチューラパンタカが、釈迦から白い布片を与えられて垢を拭き去る修養で
悟ったことに注目すれば、空理空論より清浄行の実践の肝要が分かります。
チューラパンタカは紛れもなく解脱し、十六羅漢の一人です。
86神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 18:18:26 ID:TIdYUNnk
例えば、仏典には「釈迦の神格化」と思われる記述も随所に見られる。
それらが、「全て事実である」と考える仏教徒がどれだけいるだろうか?

ブッダは母親のわきの下から誕生し、生まれてすぐ「天上天下唯我独尊」
と語った。これも事実でしょうか?
またジャータカにある、数多くの物語も史的事実だったのでしょうか?
87机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 18:21:31 ID:8cmjXAlG
>>80 在家氏
仏教の中核をなすものは、拙者は初転法輪かと思います。
この時点では、まったく形而上学的な説法はなかったはずです。

中道・四諦・八正道あたりが重要ですね。
で、輪廻転生とかは・・・それらは属性であります。
(仏教においては、いたって重要ではない)

四諦ってのは、つまり自己洞察のことでありますから、いたって哲学的であります。
しかし中道であるが故に非常に難解なのであります。
(西洋哲とイン哲は、水と油と比喩される)
弁証法的に、何らかの結論が出ないからであります。

>彼らの師は龍樹でしょうか。

といか、釈尊は中道を悟ったわけですから、
中道を論考するのは重要かと思います。
88ken:2009/08/17(月) 18:24:15 ID:IXqBtMXR
>81 :一在家:2009/08/17(月) 18:01:52 ID:3Of0CPo6

六道について異論はありません。
私が一在家さんにご教示を願ったのは他心通についてですが。↓

73 :ken:2009/08/17(月) 16:05:22 ID:IXqBtMXR
>>67 別に神秘体験ではなく、読心通が日常的に行なわれていたことは、
スッタニパータでも記載されております。

一在家さん、ではそのスッタニパータをご教示ください。

89神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 18:25:23 ID:6B7spHYg
重要なのは、「経典がどう説いているか」ということと、
「それを読む自分がどう考えるか」を分けるということでしょう。
そして、ここは、仏教ではどうか、が主題のスレですから、後者は主題ではありません。

ここを分けられないものだから、例えば、常識的・唯物論的偏見で、輪廻について、自分が認めたくないから、
釈尊も認めていないに決まっている、という態度になり、
また、真光的・神智学的偏見で、我について、自分が認めたいから、
釈尊も認めているに決まっている、という態度になるわけです。
90机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 18:28:03 ID:8cmjXAlG
>>83 本願寺派どの
貴殿の書込みと、拙者の書込みは一寸も番っておりませんですよw

>つまりこの矛盾を解説しますとですね、
>西方浄土というのは、世俗で解釈してるのと、親鸞が解釈してるのは全然違うんですよ。>>79
91机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 18:29:32 ID:8cmjXAlG
×  一寸も番っておりませんですよ
○  一寸も違っておりませんですよ
92一在家:2009/08/17(月) 18:37:56 ID:F1vBqfKW
>>88 ken氏
>六道について異論はありません。
>私が一在家さんにご教示を願ったのは他心通についてですが。↓

【第5 彼岸にいたる道の章】
1017 そこで(アジタは)師(ブッダ)の肢体に円満な相好のそなわっているのを見て、喜んで、傍らに立ち、★こころの中で(ブッダにつぎのように)質問した。──

1018 「(わが師バーヴァリの)生年について語れ。(バーヴァリの)姓と特徴とを語れ。神呪(ヴェーダ)に通達していることを語れ。(師)バラモンは幾人に教えているのか?」

1019 (師はいわれた)、「かれの年齢は百二十歳である。かれの姓はバーヴァリである。かれの肢体には三つの特徴がある。かれは三ヴェーダの奥義に達している。

PS
私は会議に入りますので、本日はこの辺りで、あしからず。
93神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 18:40:16 ID:TIdYUNnk
>>89 基本的にお宅の言ってることに異論はないが
>重要なのは、「経典がどう説いているか」ということと、
「それを読む自分がどう考えるか」を分けるということでしょう。

この「経典がどう説いているか」を判断する基準が難しいでしょ?
書いてあることを「全て事実」と受け止めますか?
それも無理でしょう?やはり「これは方便、比喩、これは釈迦の真意」
というように取捨選択しなければならず、そこには大なり小なり
個人の恣意的判断が混入される。
よってできうる限り、この個人的、恣意的判断を排除し、客観的な普遍性
をもつ判断基準が提示される必要があると思う。

と、まあ、これが私の言いたいことなわけだが。
94本願寺派:2009/08/17(月) 18:43:56 ID:/y0qYDfI
体感や直接の経験を言語で表現するのはとても気が引ける。
表現するのに使用した言葉が、伝える相手の言語概念と違っているとしたら
対立が終わらないから。
概念を文字や言葉などで表現したのがすべての始まりなのでしょう。
でも宗教とは、言を極めて、言を無に帰すということのくり返しなのでしょう。

哲学的に言葉で語ることを超えたのがブッダなのでしょう。
言葉で語ることを超えたのに、それをまた言葉で語るのは無理でしょう。
言語にできないことは沢山あります。
音楽や美術やその他にも私たちの主観性は言語による客観性を必要としない直観を重んじます。
芸術関係の評論家はクソばっかりなのはそのためです。

>>86
後から作った伝説です。ブッダ崇拝者などによる神格化の伝説です。
バーゲンセールや大売り出しをしたい連中が考えたんだろうなと思う。
でもブッダが天上天下唯我独尊と言ったとしてもおかしくない。
95 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 18:43:56 ID:YuQgt+f4
>>61 いかりや長介さん
>ごちゃごちゃ言ってないで、とにかくなんでもいいから、
>彼岸へ飛んでしまえよ。
>先ず悟りが先決問題、残りははっきり言ってどーでもいいの。

>あっちへ渡る船の構造なんか分析したって仕方あんめえ?w
 
こういったスタンスには共感する。しかしべらんめえ口調ではまずい。
口調を改めたほうがいい。スルーされる因縁になる。
 
あなたには聞いてみたい。あなたの悟ったものは何?
涅槃寂静はもういい。そうではなく、もっと具体的に話してほしい。
96神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 18:45:45 ID:DDejtU9s
>>92
そのつづきですが、
1021 (アジタいわく)、「妄執を断じた最高の人よ。バーヴァリのもつ諸々の特徴の詳細を説いてください。
わたくしに疑いを残さないでください。」
1022 [師いわく]、「かれは舌を以てかれの顔を蔽う。
かれの両眉の中間に柔い白い毛(百毫) がある。かれの隠所は覆いに隠されている。
学生よ、(かれの三つの特徴を)このように知れ。」

三十二相について書いてあります。
一在家さんは、舌で顔を覆ったりするのを「現実」「事実」として認識しているのでしょうか?
だいぶ人間離れした身体的特徴だと思われますが?

一般的にはこういうのは仏陀の神格化が進行している、という風にとらえると思いますが、
その延長上で神通力的なものも神格化の一環として寓話的に書かれている可能性があるのでは
ないでしょうか?

一在家さんが切った部分だけではなく、その後まで読んだ上でお答えください。
97神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 18:49:26 ID:6B7spHYg
例えば、

【第5 彼岸にいたる道の章】
1017 そこで(アジタは)師(ブッダ)の肢体に円満な相好のそなわっているのを見て、喜んで、傍らに立ち、★こころの中で(ブッダにつぎのように)質問した。──
1018 「(わが師バーヴァリの)生年について語れ。(バーヴァリの)姓と特徴とを語れ。神呪(ヴェーダ)に通達していることを語れ。(師)バラモンは幾人に教えているのか?」
1019 (師はいわれた)、「かれの年齢は百二十歳である。かれの姓はバーヴァリである。かれの肢体には三つの特徴がある。かれは三ヴェーダの奥義に達している。

と経典にあることは事実です。ここに取捨選択の余地はありません。
余地があるのは、これを単なる現実の出来事ではないと受け取るか否かですが、これは個人の恣意的判断です。
98神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 18:50:36 ID:6B7spHYg
×これを単なる現実の出来事ではないと受け取るか否かですが
〇これを現実の出来事ではないと受け取るか否かですが
99机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/17(月) 18:51:31 ID:8cmjXAlG
>>84 在家氏
>貴兄は「運動」と「時間」が言語の論理世界では存在することを
>証明できないことを前提に「前世」をモデル化されておられる
>ようにお見受け致します。
>如何でしょうか?

いや、そうではないです。
苦集滅道の「滅」といいますのは、あらゆる煩悩からの解脱を意味しますから、
釈尊が悟っておられれば、既に過去世があったとしても寂滅していて当然であります。

釈尊が「過去世」がどうか、こうかという煩悩が再発するわけはありませんせんですね。
つまり「滅」といいますのは、
過去世とか未来世の執着よりの解脱ですから。

こういうことを鑑みますと、
釈尊が悟ってない。ということは有り得ませんから、
仏典がいい加減の可能性がありますね。

釈尊が空中を飛来する。とかの記述がある仏典もあるくらいですから。
100本願寺派:2009/08/17(月) 18:57:04 ID:/y0qYDfI
百毫=ブッダの両眉の中間に柔い白い毛については、
インド諸宗教との関係で、第三の眼(サードアイ)を示唆してる気もする。反論は多数だろうが。
このあたりはバラモン教、今のヒンドゥー教にも関係して、ヨガにも通じるだろう。

神通などは胡散臭いし、信じてないけど
宇宙的意識の体現とすればなんとなくわかるような気がする。
101神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 18:57:19 ID:TIdYUNnk
>>97 いえね、そうじゃなくて
経典にそのような記述があることに誰も反対する人はいないと
思いますよ。「そんな記述はない」なんて言う人はいないでしょう。

要は、それが「釈迦の神格化」を目した記述なのではなく、『事実』
と認識するか否かでしょう?
あなたも「仏典にある記述はすべて事実」であると認識されている
わけでもないでしょう?
102神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:02:19 ID:6B7spHYg
>>101
>要は、それが「釈迦の神格化」を目した記述なのではなく、
『事実』と認識するか否かでしょう?
あなたも「仏典にある記述はすべて事実」であると認識されている
わけでもないでしょう?

ですから、それは個人の取捨選択ですよ。
で、ここは何処ですか? その個人の取捨選択に基づく見解を競う場ですか? 違うでしょ。
個人の取捨選択でOKなら、神智学も真光も唯物論も野狐禅の独善的見解も皆okになるわけですよ。
103神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:03:55 ID:6B7spHYg
×神智学も真光も唯物論も野狐禅の独善的見解も皆ok
〇神智学や真光や唯物論や野狐禅の独善的見解も皆ok
104 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 19:05:11 ID:YuQgt+f4
>>89 ID:6B7spHYg さん
>重要なのは、「経典がどう説いているか」ということと、
★ 経典自体があまり信用できないのですね。
 
>「それを読む自分がどう考えるか」を分けるということでしょう。
★ 偽経ではそれをベースに考えるわけにいかないだろう。
経典の全体ではなく、部分的に信用できない、ということもある。
  
>・・・そして、ここは、仏教ではどうか、が主題のスレですから、
★ 偽経ではそれが仏教だと主張することはできないだろう (~~)

>ここを分けられないものだから、・・・という態度になるわけです。
★ あなたは偽経に拘っていないか。拘りは悟りではないと思う。
105神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:07:58 ID:R7g07+aH
仏教とは何か?
106 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 19:12:59 ID:YuQgt+f4
>>102
野狐禅を非難してるけど、釈迦も空海も野狐禅ではないのかな。
イエスも荒れ地でひとり瞑想したという。
 
聖者の教えより正しい道理がすぐれ、
正しい道理より直接知覚のほうがすぐれている。
107神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:15:02 ID:TIdYUNnk
>>102  どうもよくわからないが、お宅はもしかして
「経典にある記述は全て事実とする」
このように主張する人なのか?

今までこのスレに、そのようなスタンスの人は見かけなかったが。

>個人の取捨選択でOKなら、神智学も真光も唯物論も野狐禅の独善的見解も皆okになるわけですよ
これは極論でしょう。私自身、「神智学、真光、唯物論、野狐禅などによる
解釈」を認めてるわけではありませんよ。
108神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:15:42 ID:6B7spHYg
>>102補足
だから、例えば、(特に比喩であるとの記載なく)「釈尊は飛来する」という、経文があるとして、
それを現代日本に生きる貴方が現実の出来事ではない、と考えるのは(仏教徒ではないならば)
問題ないと思いますよ。
ただ、それは、「経典がどう説いているか」ではなく、「それを自分がどう読み考えるか」という話です。
そして、このスレは、前者こそが主題でしょう。
109神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:17:27 ID:6B7spHYg
>>107
>どうもよくわからないが、お宅はもしかして「経典にある記述は全て事実とする」
このように主張する人なのか?
今までこのスレに、そのようなスタンスの人は見かけなかったが。

そんなことは言ってませんよ。お宅の読解力の問題だね。
110 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 19:17:46 ID:YuQgt+f4
仏教は何か、という狭い枠組みを捨てよう。
なぜ生きているのかとか、どう生きていくべきなのかとか、
そういったレベルで仏教を学ぼうじゃないか。
111神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:19:03 ID:R7g07+aH
釈迦の教えが仏教なのか、経典が仏教なのか、そこが問題だ
112神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:23:13 ID:TIdYUNnk
>>108 経典の中には「これは比喩であるが」などと但し書きが
ついているほうが珍しいと思いますが。
逆に言えば、その但し書きがなければ、全ての記述は事実でしょうか?

また
>「釈迦は空を飛ぶ」   これを信じないものは「仏教徒ではない」
と考えておられるのですか?
113神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:29:01 ID:DDejtU9s
>>108
まったくその通りだと思います。

個人的には、各人が「釈迦は空を飛ぶ」ということについてどう思うのか
聞いておきたい気もしますがw

過去ログからすると、宝珠愚者は大まじめに信じてるみたいですが、
他にもそんな人いるんでしょうか?

一在家とかはどう思ってるんでしょう?
114宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/17(月) 19:29:07 ID:DcvY4qml
>>43
それは大まかに正しい説明だと思います。
机氏のオープンな心(姿勢)を垣間見れたように思います^^

>>44
正確には少し違います。

私の場合には、
物心がついた幼少時に殆どすべての見解が自然と確立されていました。
これはいわゆる経験論ではないです。
自分としては内的な自覚である、としかこれは言いようがありません。
その後の見聞きする体験や得られた知識というのは、この本来の心の頷きに沿ったものであり、
それを説明し得る手段に出会ったに過ぎないというものです。

不可思議な体験なるものはそんなにないですよ。
それが出発点でもありません。
115神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:29:57 ID:TIdYUNnk
>>109 
>そんなことは言ってませんよ。お宅の読解力の問題だね
では、あなたの主張を明確にしてください。

「経典の記述を全て事実とするのでなければ、事実ではないと
認識するものもある」ということですね。
その判断基準は?
116宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/17(月) 19:31:07 ID:DcvY4qml
>>67>>73>>75>>77
過去ログ捜し・・・・簡単に検索では掛からなかったので、
手持ちのスッタニパータを開いたら、割りとすぐに見つかりました^^(記憶が残っていた)

これは、
師であるバラモン/バーヴァリンからブッダは心の中で質問するだけで回答をくれるからと、
確認(本物のブッダかどうか?)のためにもそうするよう教えられており、
バーヴァリンの弟子であったバラモン/アジタはゴータマに出会ったとき言われた通りにしたところ、
見事に読心術を披露されたのを目の当たりにして、狂気して足下に礼拝したという逸話です。
(他にも読心術の披露の話があったような記憶も・・)

スッタニパータ第五章1、序
 『もしもかれが、見るはたらきの障礙のない<目ざめた人>(ブッダ)であるならば、心の中で問われた
質問に、ことばを以て返答するであろう。』(Sn.1005)
 『質問者がなにも声を出して聞いたのでないのに、(ブッダが)質問に答えたもうたのを聞いて、すべて
の人は感激し、合掌して、じっと考えた。──』(Sn.1023)
117 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 19:31:39 ID:YuQgt+f4
釈迦は約2500年前の人だから、
経典には誤りがてんこ盛りだと思ったほうがいい。
 
明治は遠くなりにけり、どころではない。
聖者の教えはほどほどに、正しい道理を思いっきり優先させるべきだろう。
118宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/17(月) 19:33:45 ID:DcvY4qml
>>53
 仏教におけるアートマン観としては、まず、三つの見解があると思います(という人がいると思う)。

 一つは、「アートマンは無い」という意味での無我であり、二つ目は、それらは「アートマンではない」
という意味での非我です。もう一つは、「アートマンはある」という意味において、ただ違うものに対して
は非我を説き、そしてアートマン、或いは直接的な言葉ではないにせよ、アートマン存在を認める意味
での記述が仏典にはあるとする見解です。

 「アートマンは無い」と断じる派(伝統主義者?)は縁起を理由にして、明確に存在自体そのものが有
り得ないものと主張しています。私個人はアートマン存在の肯定者であり、仏教というのは3番寄りの
2番であるという見解にあります。ただ、ゴータマはアートマン存在を明確に強調しなかった。

そして、
>常住不変なる”真我”の存在を否定したのです。
>常住不変ではなく無常なるものだから、消却も可能であり涅槃を目指せます。

 については、私の個人的な見解によっては誤解が起こっているものと見なしています(もちろん、この
ような--一般論的な--説明は存じており、その上で主張しています)。 また、アートマン存在を示唆す
る記述があっても否定派(無我派)からは、アートマンそのものとは書かれてないや、同じアートマンと
して否定されている、というだけで却下されているのが実情です。

 このスレの趣旨としては、無記だから---議論そのものが無意味だ。無用だ---ということではなくて・・、
「アートマンは無い」と断じる派が主流を占めている現状を無批判に了承するのではなく、それを今一度、
再確認しよう!と呼びかけるものなのです。

>釈迦の無我説は、我執の否定とその超越を意味しその実践の成果が般涅槃です。

 はぃ、これには全く同意します!

 私の提示しようとしている非我論の資料については只今、執筆の最中です。これを受けて、有識者の
皆さんからのご意見ご批判があれば、私も拝見したいと思っています。
 また、これが良き議論のネタになれれば幸いです。
119神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:34:33 ID:6B7spHYg
>>112,>>115
だから、お宅の話は、私から見れば主題ではないの。
そういう論法だと、先に言ったように、神智学的乃至野狐禅の
独善的解釈もOKなのよ。

以後、同類の話であれば、スルー。
120神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:46:27 ID:DDejtU9s
>>118
> また、アートマン存在を示唆す
> る記述があっても否定派(無我派)からは、アートマンそのものとは書かれてないや、同じアートマンと
> して否定されている、というだけで却下されているのが実情です。

また、アートマン存在を示唆しない記述があっても肯定派(アートマン派)からは、
アートマンそのものとは書いてないけど、アートマンとして認識できる、
というだけで肯定の材料にされてきたのが、今までの経緯です。

と、このように宝珠愚者と同じロジックを使って、逆の主張もいえるわけですよ。
宝珠愚者の論法はいっつも偏っている。
そして、なんとなぁ〜く、自分の側が被害者で、「不当なことをされている」という印象を与えるような
文章を書くわけです。
「ひっ、ひどいわっ。こんなことされて!」と、自分で自分の服を破りながら一人で悶えているような感じですね。
つまらない印象操作ですけどね。

それにしても書くならさっさと書けと言われているのに、いつまでたってもCMばかりで
ほとほとウンザリです。

印象操作した後に投稿予告をすることで、投稿内容に対してバイアスかけようということでしょうか。
121 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 19:47:52 ID:YuQgt+f4
6B7spHYg さんは、仏教への信仰心が強いのだろう。
<仏教の枠組>としては、氏の言うことが正しいのではないかと思う。
しかし真理を探そうと思えば、氏の態度に抵抗がある。
 
真理への思いがあるからこそ仏教がありキリスト教がある。
仏教やキリスト教によって、真理への思いが湧いてくるのではない。
122神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 19:48:48 ID:TIdYUNnk
>>119 回答拒否ですか?

あなたの言によれば「ここで許されるのは『経典に〜のような記載がある』
との事実指摘だけであり、その記載に対しての自己の見解を述べることは
許されないことになりますね。」
ここは、そのような事実指摘のみのスレですか?
あなたは、今までこのスレで自己の見解を述べたことはないのでしょうか?

1>ここは経典の記載をあげるだけのスレで個人の見解を述べるべきではない?
2>経典の記載は(比喩との但し書きがなければ)、全て事実とするべき?
3>さらに「釈迦が空をとぶ」と信じなければ「仏教徒ではない」?

答えてください
123 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 19:58:25 ID:YuQgt+f4
百歳八万の法蔵を談論すとも
三毒の賊いずくんぞ調伏せんや
 
これは空海の言葉だけど、経典に拘る人へのぴったりな解毒剤だね。
経典よりもまずは三毒を退治しろと言っている。
124神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 20:03:36 ID:6B7spHYg
>>120
仰る通りだと思います。
「経典がどう説いているか」と「それを読む自分がどう考えるか」を
混同する良い見本でしょう。
125 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 20:08:01 ID:YuQgt+f4
竜樹は歯ごたえがあった。そして世親もおもしろい。
この夏に、ふたりを攻略しよう(~~)
洗脳されるのではなく、ふたりの誤りを見つけて批判してしまおう。
126 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 20:22:36 ID:YuQgt+f4
大乗仏教を攻め落とそう。攻略の糸口がはっきり見えている。
127神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 20:26:07 ID:s/9E2Uyo
にほんのだいじょうぶっきょー
http://www.youtube.com/watch?v=p8Gvb71KLOM&hl=ja
128神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 20:27:38 ID:TIdYUNnk
>>124  自分のほうから、レスを付けておきながら、返答に詰まると
スルーですか?

随分、不誠実なひとですね。
129旧7:2009/08/17(月) 20:28:45 ID:X4+zPpMe
>>122
>>124氏は、宝珠と同じだな。
で、(彼は答えないと思うけどw)、1・2・3全てyesだと思うよ。
ていうかyesでなければならんでしょw それ以前の投稿内容からしても。

2は、個人のスタンスなんでどーでもいいが、
1と3はをyesとする奴は馬鹿か阿呆だろ。そういう奴に対話・会話の資格はないし、
スレ(議論場)のルールの適用範囲や強制度をそこまで厳格にしてどーするのか?
一生洞窟にこもって面壁してろってこった。

また、私は、宝珠攻撃をしているが、それは、「神智学を用いて解釈している」からではない。
(勿論、大いに異議はあるが、正当な手続きによる正当な主張であれば耳を傾けもする。寧ろ徹底してやりあわねばならないだろう。)
彼が、自分のその姿勢と相似した主張の者を、「仏典の記述」を盾に罵倒排除しようとした、その言動についてだ。
「神智学によって解釈していることを隠蔽し、あたかも“仏典の記述に沿って”議論しているフリをしていた」からだ。
おわかり?>>124

貴方の言いたいことは解る。だが、100%それに従うと、
「議論」も「対話」も、「疑念の払拭」も「内容の確認」も「伝承の正確さ、正統さ」も問えなくなり、
いや、もはや沈黙のみが残されることになる。

>>124
ああ・・・w 貴方は、何となく、「拈華微笑」の逸話とか好きそうなイメージですね・・・w

ノシ
130 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 20:54:20 ID:YuQgt+f4
大乗の攻略は3ルートある
 
1 竜樹が自己矛盾していることを指摘する
2 世親が自己矛盾していることを指摘する
3 竜樹と世親が矛盾していることを指摘する
131神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 20:56:50 ID:F5nEpE35
原始仏教に、神智学、真光、キリスト教などのカルトが群がってくることから
判断すると、やはり原始仏教自体に大きな問題がありそうだな。

社会に与える悪影響が大きいから、原始仏教学者は、改善の努力をすべきで
ある。

竜樹や道元には、カルトはそっぽを向くw。日本が大乗仏教を選択したのは、
正しかったといえる。
132神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 21:00:23 ID:TIdYUNnk
誤解があるといけないので、もう一度まとめておきますが
「経典の記述が全て『事実』であるとは限りません。経典の中には『比喩』
『方便』あるいは、後世の改変などが含まれます。>>124の人のように
『但し書きがなければ全て事実』と認識する原理主義者のような人以外は、
それぞれの記述に対して多少なりとも個人の認識判断を下さないわけには
いきません。その認識判断が、恣意性の強い、所謂、独善的なものであっては
ならないことは言うまでもありません。よって、もちろん出来得る限りにおいて
ですが、経典の引用における自己の見解の展開においては、その引用の妥当性も
あわせて述べるのが適切と思われます。」
と、まあ、こういうことなわけです。
133神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 21:00:31 ID:F5nEpE35
>>130
>大乗の攻略は3ルートある

小乗の攻略ルートは?君も原始仏教カルトの一員か。
134神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 21:11:20 ID:F5nEpE35
ずっと前から主張しているように、原始仏教は、開祖盲信、仏典盲信のカルト
であることが、明らかになったきたな。論じるには値しないもの。中村氏や
水野氏は、それに嵌っただけ。

大乗仏教と原始仏教とは、明らかに異質。駒沢大学内部でも、対立が激しいのでは。
135神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 21:11:37 ID:TIdYUNnk
つまり、「経典に〜のように記述がある」
これだけで全てが肯定されるわけではありません。

経典の記述の全てを『事実』として、認めなければ仏教徒と言えない
のでしょうか?
「釈迦は空を飛びまわっていた」   これを事実と見做さなければ
仏教徒ではない?

このように断定するのが「仏教徒」なのですか?
136 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 21:13:18 ID:YuQgt+f4
世親の『唯識二十論』に、事物が存在しないことを証明するために、地獄が論じられている。
地獄が論じられること自体が奇妙なのだが、それはさておき、親鸞が地獄に触れている。
「たとえ法然聖人にすかされまいらせて念仏して地獄に落ちたりとも、さらに後悔すべからず候。」
 
世親を読んで、親鸞の地獄とは世親の語る地獄なのかと納得できた。
世親の地獄とは、地獄に落ちた人たちの共同幻想である。
137 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/17(月) 21:44:29 ID:YuQgt+f4
親鸞と言えば、善人が往生するなら悪人はなおさら往生するという
悪人正機説が有名である。ところでこの悪人正機説の意味だが、
唯識をベースにすれば、もともと幻だから善人も悪人もないはずである。
そしたら善人より悪人の方が扱いづらいから悪人に媚びたのかどうか。
なんとなく気になる。
138神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 21:45:15 ID:6B7spHYg
>>129
話が更に逸れそうなので簡潔にします。
私の趣旨は、>>89,>>102,>>108です。特に89。

そして、>>122氏は、
>>124の人のように『但し書きがなければ全て事実』と認識する原理主義者のような人」
などと言い出す誤読者だと分かってもらえればそれでいいです。
139旧7:2009/08/17(月) 21:51:27 ID:X4+zPpMe
>>138
やっぱり宝珠と同類だwww

レスの仕方や反応がそっくりw
140神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 21:52:05 ID:GaGPHgU9
ブッダの神格化以前の問題として、釈迦→神だよ。原始、大乗に関わりなく…インド文明史的にやはり神だよ
141宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/17(月) 21:54:27 ID:DcvY4qml
>>129
 私に対する旧7さんの印象として〜言いたいことは分りますが、しかし、旧7さんが認めたがらな
い事柄や私の主張についてを何でも神智学のせいにされても困ります。
 私としては、ゴータマの“仏陀としてのブッダ足り得る当然の見解”であるとして主張する部分が
ある。旧7さんのいう話は主に、これは転生の部分がそうであろうと思われますが・・・。ハッキリいっ
て、私の個人的な経緯は神智学よりも仏教のほうがもっと古いのであり、この輪廻と転生について
の理解というのは当時から全く変わるところがありません。それは仏教の伝統主義からみても相反
しないものでしょう(基本的には神智学とも合致するでしょう)。
 これを「神智学によって解釈していることを隠蔽」などと批判されても・・。もちろん、私の主張の中
には明確に神智学的理解でなければ解せないであろう、という内容もあります(これについては最
近も説明しました--そして参加者たちから多大の批判を浴びた)。

 であるから、私はスレを起こした当初の早い内から、自分が本当は神智学徒であり、仏教界にモ
ノ申す(疑問を呈する)つもりできた、と正直に自分を曝け出したのです。どうしようか・・少し憂慮も
しましたが、やはり自分に正直になることのほうが、素直で率直な意見が述べられるものと判断し
ました。それによって賛否両論を頂けば、結構だろうと。

 人というものは必ず何かしらの条件付けを受けています。条件付けられたものが自己であり、自分
の成長過程であったり、環境であったり、経験であったり、神智学やヒンドゥーであったり、大学で受
けた講義やその他の内容であったりです。
 その総計として自己の見解なるものが形成されている。これが私(の見解)という場合には、必ず
何かに影響されて条件付けられたものです。

 条件付けをすべて取り去った自己が修行の成果かと思いますが・・。
執われというのは、自分では簡単には排除できないものです。

 もし、気分を害されたのであれば、ごめんなさい!
としか、私としては言いようがありません m(__)m
142一在家:2009/08/17(月) 21:56:14 ID:3Of0CPo6
>>130
>大乗の攻略は3ルートある
>1 竜樹が自己矛盾していることを指摘する
>2 世親が自己矛盾していることを指摘する
>3 竜樹と世親が矛盾していることを指摘する

4 龍樹が言語の論理世界でのみ縁起を証明したことを啓蒙する
  ※破邪の論理以外で「八不」を証明したのなら中論の章を提示下さい。
143一在家:2009/08/17(月) 21:57:43 ID:3Of0CPo6
>>131
>原始仏教に、神智学、真光、キリスト教などのカルトが群がってくることから
>判断すると、やはり原始仏教自体に大きな問題がありそうだな。

大乗仏教に、哲学者、唯物論者、無神論者ばかり群がってくることから
判断すると、やはり現代の大乗仏教は如何なものでしょうか?
144旧7:2009/08/17(月) 21:58:49 ID:X4+zPpMe
>>141
いや、気にすんなw
終わりにすると言っておきながら、
122氏と124氏の間に横槍を入れた流れ上、君に触れざるを得なかったとは言え、
しつこいよな、この件に触れるのは・・・。 許せw
145神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 21:59:27 ID:3Of0CPo6
>大乗仏教に、哲学者、唯物論者、無神論者ばかり群がってくることから
>判断すると、やはり現代の大乗仏教は如何なものでしょうか?

↑龍樹の破邪の論理を応用しただけですから、まあ落ち着いて下さい。

146旧7:2009/08/17(月) 22:09:25 ID:X4+zPpMe
>>143
そのような洒落た対比を用いるなら、当然、
これまで(様々な形・場面・報道・著述・学究を経て)、“所謂「カルト」「新興宗教」”のイメージ定着に寄与してきた、
≪「カルト宗教がもたらす社会的弊害、実害、被害、諸問題」と『同様、同質』或いは『同種』の「諸問題」が
「哲学者、唯物論者、無神論者」によって引き起こされている≫実例を、
千や万の件数で(或いは(消費者センターのような機関の)統計的数字で)提示できるというわけですね?
147神も仏も名無しさん:2009/08/17(月) 22:19:58 ID:+V2P3E71
>>138 まず最初に断っておきますが、私は>>132です。

しかし、あなたは実に不誠実な人ですね。
私の質問、指摘には答えず、なんの根拠も示さず、私のことを「誤読者」と断定する。
私は>>108 のあなたの書き込み、および、経典に対する自己の見解を排除する姿勢に対して「原理主義者の
ような」という表現を用いました。

それが「誤読」であるというのであれば、はっきりと私の指摘に答えてくれますか?
148宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/17(月) 23:27:03 ID:DcvY4qml
エーと、

元々のスレ主としての立場からは(なんだか言い難くなりましたが・・)、
このスレの趣旨というのは、「仏陀はどう説いたのか?」という意味合いにしてあります。
これはわざと意図的にそのようにして濁してあるのです。
つまり、ただどう書かれて在るか?であれば、単に読んでその部分を転載すれば終わりなのです。
信じる信じないや可能か不可能か、可能であれば如何にして・・といったことは無関係で、
「仏陀は空を飛んだ」と書かれてあるということで、
文章が読める限りにおいては全員が異論なく終結するでしょう。

それでは意味がないのであり、
例えば、この部分だけ見れば確かにそう書かれてはあるが、
実は別の箇所にはこのようにも説かれており・・(といった、あまり知られていない事柄を提示したり)
その意味からすると、本当は飛んだのではなくて***の意味として書かれてあるんだ。という意見が出たり、
要するに、この記述はどのように解釈されるのが妥当であるのか?
という個人の解釈や見解を理由付きで論じ合う場として創ったのです。

輪廻(転生)の記述が書かれてあっても、
事実ではないという意見の人はその理由を説明すべきです。
肯定する人は、何故、有り得るのかを説明すべきです。
経典の記述はそのままに受け取るべきだ、と主張する人はその理由を説明すべきです。

このようにすることで、
仏教としては、最終的にどれが最も仏陀の言説(教え)であったとして説得力を得られるのか?
というものです。

〜ご参考まで
149神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 01:54:58 ID:+fQiYj0/
いずれにしても仏典のテキストは正確に読まれなくてはなりません。
自分の宗教や思いこみをフィルターに「こうも読める」という事を言っても
それが強弁にしかならない、というのは
今までの投稿でも散々見られてきたことです。

その意味でも、テキストに「どう書かれているのか」「それがどういう意味なのか」ということと
「それをどう思うのか」ということとは厳密に区別される必要があるでしょう。

時折指摘されていますが、自分の願望を根拠のように書いたり、
自分の信仰を常識のように書いたりすることは慎む必要があると思います。

唯物論であれ、神智学であれ、自分の思想が正しいという前提を持っている限り、
自論の押しつけ合いがあるだけで、他者との会話は成立しないでしょう。

「自分の主張を補強してくれるもの」という前提で
テキストを曲解することがあってはならないのです。

むしろ自論は完全に無価値であり、無意味であるという前提に立つくらいでなければ、
他者の意見をまともに吟味することさえできないでしょう。

個人的な意見ですが、本来、仏教のいう無我や空というアイデアは、
そういう自由な視点を可能にするものだと思います。
150:2009/08/18(火) 01:57:32 ID:L/4vXKIh
いやぁなんとも慌しい盆であった。しかしカルト諸兄の龍樹アレルギーは相変
わらずみたいだね。

週刊大衆袋とじに夢中な人の話もちらほら出てたようだが、オカルトといえば
ガキのころ、神社の境内で悪戯してたら神主に見つかり、「大怪我するように
祈願」してやる、と罵られた。その翌日、なんと俺は車に轢かれたw
神主に呪いが効いたんだな。些細な悪戯で全治三ヶ月とはシビアな神さまだな
と、当時は思ったもんだ。

いや、俺の不注意だろwどう考えても。このようなことが、生きてると何回か
ある。形は様々だろうけど、このようにして人間はオカルトに嵌ってしまうん
だろう。
何でも神や仏のせいにして、原因をつくった自分のことを忘れてしまう。責任
をすべて自分以外に押し付けてしまう。これのエスカレートしたのが戦争だよ。

わかるかな?銭ゲバでカルトの皆さん。被害者には信仰が足りんと巻き上げ続
ける教祖と、その遣い走りに言ってるのよ。信仰じゃなく金が足りんのだろう。




151神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 02:05:28 ID:j2cZbd9r
>>149  あなたは>>138 の人と同一人物ですか?
152神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 02:15:35 ID:WB7zHosI
>>148
「仏陀」が言った、言わないが、どうだというのかね。真理は、誰が
言っても真理であり、誤りは、誰が言っても誤りである。

宗教信者のその「開祖盲信(有名人・ブランド信仰)」は、自己の「思考
停止」を証明するものであり、浅ましい限り。北朝鮮の「教祖盲信」と
同じではないか。宗教者は、自分で考えることができないから、教祖の
「口から出任せ」にも、簡単に騙されてしまう。宗教の最大の「病理」
である。

>>149
まず、テキスト自体が、(1)厳密に読むに値するほど信憑性があるのか、
(2)いくら厳密に読んでも、その「解釈」は、百人百様である、という
問題がある。言いたいこと(思想)の大筋を捉えるだけでよいのでは
ないか。重箱の隅を突くような「厳密さ」はなくても、むしろその思想の
核心を捉えることのほうが、より大切だと思うが。
153神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 02:24:01 ID:WB7zHosI
>>148
釈迦がアートマンを説こうと、説くまいと、アートマンも「空」だから、
結局は同じこと。従って、君たちの信じる神も「空」である。いくら、
君たちの神を守ろうとして足掻いても、無駄なこと。
154神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 02:29:33 ID:+fQiYj0/
>>152
> まず、テキスト自体が、(1)厳密に読むに値するほど信憑性があるのか、

信憑性がないものは読まない、ということはありうる。
が、読む以上はいわゆる曲解や誤読をすべきではない。

たとえば「神はいない」と書いてある文章を読んで
「神という文字が書いてあったから、仏陀は神を信じていたんだ」
というのは言語道断ということ。

このスレではこのような誤読や曲解が実に多かった。

> (2)いくら厳密に読んでも、その「解釈」は、百人百様である、という
> 問題がある。言いたいこと(思想)の大筋を捉えるだけでよいのでは
> ないか。重箱の隅を突くような「厳密さ」はなくても、むしろその思想の
> 核心を捉えることのほうが、より大切だと思うが。

人それぞれで、まず概説書を沢山読む必要のある人もいる。
そういう人にいきなり、梵文、漢文、蔵文を対照して
正確に意味をトレースしろといっても無理。
それぞれの知識量、理解度、語学力に応じて考えていく他ないと思う。
155神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 02:42:13 ID:WB7zHosI
>>154
そもそも、大昔の外国語をいくら厳密に読んでも、理解の程度は知れている。
厳密に読む人が、その「思想自体」を把握できているとは、決していえない。

入試問題でも、長文を速読して、その言わんとすることを把握させるのが主流
である。

外国語を厳密に直訳しても、意味不明な日本語になるだけ。外国語の理解には、
想像力(imagination)と広い教養が必要である。
156神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 02:51:45 ID:j2cZbd9r
>>149  否定のレスがないことと、話の内容から判断して同一人物
であると判断して書き込みます。(もし、異なる人であったら謝罪します)
私は>>132です。

149の書きこみでは、だいぶニュアンスが変わり、論点がずれてるようなので
絞りましょう。いいですか?あなたは>>108 で
「釈迦が空を飛び回る」という経典の記述に言及していたので、それを例にとりましょう。
「釈迦が空を飛び回る」    このことに関して、あなたが言うように
「それがどういう意味なのか」と、疑問をはさむ人はいないでしょう。
まさに文字通り「釈迦が空を飛んだ」ことについて記述してあるのでしょう。
そして、あなたの主張するところでは「比喩との但し書きもなく」
「仏教徒であるならば」それを『事実』であると認識しなければならない。
こういうものでしたね?
つまり「それをどう思うか」という個人の判断は許されない。

私は違います。たとえ経典にある記述でも、そして、比喩との但し書きが
なくても、その内容により、それが「比喩、方便、あるいは後世の改変」なのでは
ないかと其々、個別に判断します。上記の「釈迦の飛行」に関する例では
「実際に釈迦が空を飛びまわっていたのではなく、『釈迦の偉大さ』を
そのような表現において表したものと解釈します。

あなたは、「釈迦が空を実際に飛んでいた」ことを信じないものは
「仏教徒」ではないと主張するのですね?
これに対しての回答はまだ、もらってませんが。

157神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 03:10:37 ID:r1PSmimS
話を基本に戻せよ。俺は前々から仏教は無我でなく、非我説だと主張した。仏典に登場した梵天はブラフマンとは異なると親切にも書いた。ブラフマンは無限、分割不可、絶対なる存在だ。釈迦でさえ、説くことは不可能だ。
158神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 03:11:27 ID:j2cZbd9r
>>154  あなた言ってることが、むちゃくちゃでしょう。自分の言ってる
ことの矛盾が理解できないのですか?

>信憑性がないものは読まない、ということはありうる。
これは何ですか?
「信憑性があるとか、ないとか」は、その経典に対して個人の判断を
下しているのでしょう?つまり、その記述を「どう思うか」ってことでしょう?

あなたは>>149 で
>テキストに「どう書かれているのか」「それがどういう意味なのか」ということと
「それをどう思うのか」ということとは厳密に区別される必要があるでしょう。

こう言ったばかりでしょ?

159神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 03:15:51 ID:r1PSmimS
単純に識別すれば、すぐわかること。世界は、人間の肉体は、心とその作用はすべて一時的なものだし、およそ名称と形態のあるすべての事物は「作られたもの」ゆえすべて壊滅しなければならない。それらすべては真の自己ではない
160神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 03:23:54 ID:r1PSmimS
真の自己でないものは、「苦」である。ひとつ以上の分子の結合は必ず解体する。ここに作られざるもの、単一に存在するものがあるとすれば、それは、それはそもそも「あった」のであり不滅であるのは必然的だ。それこそ真の自己である。認識の対象ではない。一元論の世界だから
161神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 03:31:11 ID:r1PSmimS
もとから我々の本性が完全なら、今もすでに完全なる存在だ。輪廻を肯定するなら輪廻する主体が無ければならない。しかし本質は常に同じ。知覚の錯覚により、生死流転してしまうだけのこと。しかし本質は常に不動
162神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 03:47:02 ID:r1PSmimS
華厳経では「仏と心と衆生は三つとも同質」と表記してある。しかしながらこれらすべては、ただひとつの「源泉」否、実体を持つのみだ。私はあえて「それ」を「純粋意識」と表記したい。現象面に惑わされてはならない。ただひとつが存在するのみ。その究極形が不二一元論である
163神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 04:01:27 ID:r1PSmimS
一言、断っておくが原理主義者の無明だの知恵だのはすべて幻の砂の城に過ぎない。言葉に惑わされてはならない。ゆえに古人は言った…来るものもなく、去るものもなしと
164神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 04:23:54 ID:+fQiYj0/
>>158
>>信憑性がないものは読まない、ということはありうる。

「この場合の信憑性があるとか、ないとか」は、空を飛ぶなんておかしい、とか、
輪廻なんてないよね? とかそういう視点での判断ではなく、
後代に大分手が加えられているとか、この経典は○○の経典の影響を受けているとか、
この経典は説一切有部へのアンチテーゼとして作られている、とかそういう視点です。

つまり、その経典を引用するに当たってのソースとしての信憑性ということです。
個人的判断で「極楽浄土なんてない」とかそういうことをいって読む読まないを決める、
ということではないつもりです。

この辺は言葉が足りませんでした。失礼しました。

>>155
> そもそも、大昔の外国語をいくら厳密に読んでも、理解の程度は知れている。
> 厳密に読む人が、その「思想自体」を把握できているとは、決していえない。

まぁそういうのは結構だけど、そういうことは厳密に読むことができるようになってから
言わないと「読めもしないくせに」と言われるのがオチというものです。
好き勝手な解釈ばかりしていては、完全に意味を取り違えることもあるので、
その辺は気をつけないとダメでしょうね。
165神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 04:44:10 ID:1yucDH78
馬鹿言ってら。経典の信憑性だと?仏教の正当性すら危ういのに。ゴータマは、バラモン教が極度に堕落した時代に現われたが、ヴェーダの奥義はすでに確立されていた。彼はそれを「再び」蘇生させたに過ぎない。だから不二一元論を真面目に学ぶんだな。ついでに華厳経もな(笑)
166神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 04:47:20 ID:+fQiYj0/
>>156
> まさに文字通り「釈迦が空を飛んだ」ことについて記述してあるのでしょう。
> そして、あなたの主張するところでは「比喩との但し書きもなく」
> 「仏教徒であるならば」それを『事実』であると認識しなければならない。こういうものでしたね?
> つまり「それをどう思うか」という個人の判断は許されない。

「経典としては、釈迦が空を飛んだことを現実にあった事柄として扱っている」という事実がまずあります。
こういう経典が実在し、その経典においては超常現象を事実として扱っている、という事実は
認めていかないと仕方がないんじゃないでしょうか。
そうでなければ仏典をまともに読んでいる(換言すると仏教徒)、とはいえないような気がします。

ただ、その経典が「どういう解釈をされるというつもりで」書かれたのか、は議論の余地があります。
ここは解釈の領域になってくると思います。
読者が比喩として受け取ると思って、このくだりが書かれているのか、
それとも事実として受け取ることを想定して、このくだりが書かれているのか。
個人的には、当時の教育水準から察するに、この程度で一般読者を騙せたんじゃないかと思っています。
つまり、読者に釈迦の超能力を事実として認識させるつもりで、仏の神格化を図った可能性が高いんじゃないかと
私は「想定」していますが、私の個人的な仮説の域を出るものではありませんね。

> 私は違います。
(略)
> 「実際に釈迦が空を飛びまわっていたのではなく、『釈迦の偉大さ』を
> そのような表現において表したものと解釈します。

それはいわば妥当な解釈というやつではないでしょうか。もちろん左記の感想自体、
私の個人的な意見でしかないわけですが。

> あなたは、「釈迦が空を実際に飛んでいた」ことを信じないものは
> 「仏教徒」ではないと主張するのですね?

宝珠愚者は、過去ログを見る限り、そういう考えだったみたいですが、
むしろ日本の仏教徒で、言葉通りに仏の超能力を信じる人はむしろ少数派ではないかと想像しています。
167神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 04:50:09 ID:+fQiYj0/
>>165
> 仏教の正当性すら危ういのに。

仏教の正当性って一体なんです?
仏教はキリスト教とちがって正統と異端みたいなものがないですから、
正当性という言葉の意味がよくわかりませんね。

バラモン教を蘇生させたというニュアンスからすると、
独自性があれば正当という意味なんでしょうか?
168神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 04:57:04 ID:1yucDH78
ブッダが空飛んでなにがいけないんだろ?こいつ、ラージャヨーガも知らんらしい。話にもならんな。ついでにかつて大王なる者が大乗は在家の日常性云々したが、大乗菩薩には出家もいた。
169神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 05:00:41 ID:+fQiYj0/
>>168
いや、別に空飛んでもいいと思うよ。そう信じるのも個人の自由だからね。
ただ「空飛んだ」を前提にしないと話もできないというのは
まぁ一般的に問題あるだろうね。人として。
170神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 05:17:20 ID:r1PSmimS
正当性とは仏教における、教祖の「無師独悟」だよ?あやしいもんだ
171神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 05:25:46 ID:89pkCsnV
119、124じゃないが、極論ですな

>>122
>1>ここは経典の記載をあげるだけのスレで個人の見解を述べるべきではない?

読みが入る時点で、解釈が入るのは必然だが、極力経典を原義通り読み
私見や常識の混入を避けるべきだと私は考えます。

>2>経典の記載は(比喩との但し書きがなければ)、全て事実とするべき?

了義経と認められるものなら事実とすべき。
アビダルマ論書など理論のための理論などは、この限りでない。

>3>さらに「釈迦が空をとぶ」と信じなければ「仏教徒ではない」?

三宝に帰依できれば仏教徒ですよ。
しかし、縁起が理解できれば釈尊が空を飛ぶことになんの不思議がありましょうか?
不思議だと思うのは縁起に立たず、実在論に立っている証拠と思われます。
172神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 05:30:45 ID:89pkCsnV
>>123
>百歳八万の法蔵を談論すとも
>三毒の賊いずくんぞ調伏せんや
> 
>これは空海の言葉だけど、経典に拘る人へのぴったりな解毒剤だね。
>経典よりもまずは三毒を退治しろと言っている。

全く誤解だ。弘法大師が経典を尊重してないとでも思ってるのか?
理論だけで実践が伴わない人を戒めているのであって他ではない。
仏教の基本、聞思修を知っていればすぐ分かる。
聞思だけで修しないのは意味がないということ。

そして聞くのであって、読むのでないことが重要。
経典は伝統の悟った師から聞くもので、本を読むのではない。
読むと、まさに貴方のように誤解ばかりするからだ。
173神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 05:36:14 ID:89pkCsnV
>>128
貴方は死後無記と仰ってた方ですか?

人を不誠実というなら何にも知らないのに
平気で誤解を他人に教えていた自分の非を認めるべきではないですか?
上の意味で私には貴方の方が不誠実に見えます。

>>149
同意。自分の考えなんか持ち込むなら仏教じゃなくオレチャン教と言ってくれ〜、ですね。
174神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 05:42:06 ID:89pkCsnV
>>154
>人それぞれで、まず概説書を沢山読む必要のある人もいる。
>そういう人にいきなり、梵文、漢文、蔵文を対照して
>正確に意味をトレースしろといっても無理。
>それぞれの知識量、理解度、語学力に応じて考えていく他ないと思う。

もっともですが、概説書とかで自信満々で妄想述べられても困りますよね。
せめて、翻訳に依拠してくれと思います。
175神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 06:01:52 ID:r1PSmimS
173→アホかお前。自分を信じないようなヤツに仏教もクソもあるか、このヘチマ野郎!仏教暗黒時代の到来だな…こりゃ
176神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 06:24:22 ID:89pkCsnV
>>175
全く逆、仏教は自分の認識が間違っている、無明であると自覚することから始まる。
つまり、精神病者が自分が精神病だと自覚することから治療が始まることと同じ。

これは古くから自分を病人、無明を病、師を医者、法を薬、修行を治療と
譬えられてきたことからはっきりと分かる。

無我なのに我と見る、幻なのに実在と見る病に罹っていることを自覚されたし。
そう思えないなら、仏教はただの古代の遺物か、好事家の知識自慢にしかならない。
177神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 06:35:11 ID:1yucDH78
俺は無我説など信じない。だからてめえみてえな犬がライオンの基準で物事を考える事ができない。弱々しい心の持ち主のたわごとだ
178神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 06:42:17 ID:1yucDH78
しかもきさまは狡猾にも華厳の言葉を知ってかしらでか使用している。ゲスめ!
179神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 06:44:12 ID:89pkCsnV
>>177
どうぞ、ご自由に。
しかしながら、仏教はもっとも素晴らしい存在論・認識論を提示することはどうしようもない事実だから。

それは例えば、パルメニデス・ソクラテス以来ライイプニッツ・クリプキに至るまで有の存在論や本質主義しか提示できない西洋思想に対して、
縁起法偈や御遺言という簡潔な言葉で縁起の存在論を明解に提示した
釈尊の足下にも及ばないのだから。

どちらが獅子でどちらが犬かは一目瞭然w
180神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 06:45:50 ID:89pkCsnV
>>178
華厳は最も美しい顕教経典でしょう。

華厳の言葉と縁起は全く矛盾しない。
181神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 06:56:53 ID:1yucDH78
お前が犬で、俺は獅子。お前ごときが華厳を語るな。俺はブッダを超えて見せる!きさまにそれだけの覇気があるなら、お前の寝言を許してやるさ、ククク…
182神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 06:58:55 ID:89pkCsnV
>>181
なんだ、君か。笑うわ、まあ、がんばってね(^^)
183宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/18(火) 07:22:14 ID:v7ff9Jng
>>149
>いずれにしても仏典のテキストは正確に読まれなくてはなりません。
>その意味でも、テキストに「どう書かれているのか」「それがどういう意味なのか」ということと

それを解説願うということです。
こう書いてあるだけでは殆ど、議論する余地もないでしょう。
説明が必要です。

>>166
>> あなたは、「釈迦が空を実際に飛んでいた」ことを信じないものは
>> 「仏教徒」ではないと主張するのですね?
>
>宝珠愚者は、過去ログを見る限り、そういう考えだったみたいですが、

仏教の説く神通の正しい教えを
故意で過剰な神格化の部分となんでも一緒にして切り捨てるべきではない、ということです。
184神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 07:29:48 ID:1yucDH78
俺はどこそこの誰それさんが「〜言った。素晴らしい!」などとは言わない。まったくスマナサーラのケツの穴でも舐めてるのが相場だな…いや中村元のケツの穴か?ったく
185神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 07:46:16 ID:89pkCsnV
>>184
そうそう、ただ妄想に耽るだけね。

残念ながらそのお二人はあまり評価しないなw

まったく、何も分かってないのに分かったつもりだからw
186神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 08:00:44 ID:89pkCsnV
>>184
>俺はどこそこの誰それさんが「〜言った。素晴らしい!」などとは言わない。

そうそう、だったら、仏典も聖書もグノーシスにも一言も依らずに
カラスちゃん絶対オレ様教でも説いたらどうかなw

そうすると今以上に誰も相手にしないと思うけど。

カラスちゃんと誤淫嘘は、主張は違うけど論理は一緒。
自分の妄想があって、仏教を権威付けに利用してるだけ。
「おれちゃんも妄想と一致するから、ここは仏教でも認めてやるよ」って尊大不遜な釈尊より上から目線w

笑えるよw
187神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 08:05:45 ID:9Gzec2tK
>>140
>インド文明史的にやはり神だよ
インド文明史なら日本のように人が神になることは無かったはず。
神がアバタ(化身)として人の姿でこの世に現れたという概念はあった
ようだが。これも日本神話の天孫降臨とはちがう概念だね。
ゴータマ・ブッダは占術や呪術・祭祀を否定していた。
原始仏教は思想・哲学であり宗教ではなかった。
188神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 08:07:39 ID:1yucDH78
大乗派の諸君!このメッセージに共感しているきみはひとりではない。きみも抵抗軍だ。さあ!戦おう!(笑)ゲラゲラ
189神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 08:27:01 ID:j2cZbd9r
>>173  あなたの言ってることは、おかしいと思いますよ。

>貴方は死後無記と仰ってた方ですか?

人を不誠実というなら何にも知らないのに
平気で誤解を他人に教えていた自分の非を認めるべきではないですか?
上の意味で私には貴方の方が不誠実に見えます。

私が>>138さんを「不誠実」と言ったのは、あの人が私に批判的レスを
つけたのに、こちらの質問、指摘に対してそれを拒絶する姿勢をとった
ことに対してです。その見解がおかしく、それを主張しているから
不誠実と言ったのではありませんよ。

そもそも、ここは討論の場であり、見解の異なるものどおしの討論が
想定されています。その場において、「あなたの見解は間違っている。
そんな意見を述べるなんて、人に誤解を与えるから『不誠実』である。」
このような批判をすること自体、おかしいと思わないのですか?
190神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 08:41:24 ID:89pkCsnV
>>189
解釈の違いは容認できます。

しかし、無知なのに人に間違ったことを説いておいて、
それに対して無反省な貴方の方が、私には不誠実に見えますが。
これには私の偏見に基づいているのかもしれません。

191神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 08:49:36 ID:9Gzec2tK
匿名掲示板で人格批判をしなければ気がすまない人たち
ってなんだろう?
かまってくれないと寂しい人たちなのかな?
誰が言ったかより何を言ってるのかのほうが問題だろう。
誰が言っても法は法だからね。
192神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 08:52:12 ID:j2cZbd9r
>>166 あなたは>>138や、>>108を書いた人ですよね?かなり、初めの主張
とニュアンスが異なっていますが。

私は何度も言っているように「経典に『釈迦が空を飛んだ』という記述がある
ことに対して異論をはさむつもりは全くありませんよ。」

要はその記述が「釈迦が空を飛んだということを事実として伝える趣旨で書かれた
ものか?あるいは、私の見解のように「釈迦の偉大さ」を表現するための比喩か?」
ということでしょ?

あなたは「読者に釈迦の超能力を事実として認識させるつもりで、仏の神格化を図った可能性が高いんじゃないかと」
このように述べていますが、これは「あなたの想定」です。
すなわち、あなたが排除しようとしていた、個人の判断「それをどう思うか」
でしょ?あなたは、但し書きがなければ、それを比喩とはせず事実と認識する
べきであると>>108で言っていますね?
言っていることが変わってることがわかりますか?
193神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 09:01:38 ID:j2cZbd9r
>>190 また、ひどく傲慢な意見ですね。

>無知なのに人に間違ったことを説いておいて、
それに対して無反省な貴方の方が、私には不誠実に見えますが

異なる見解の持ち主をあなたは、しばしば「無知」「何もしらない」
と断定して、自己の見解を変えないことを「無反省」であると非難する。

これでは、そもそも、このような場で各自が、其々、自己の見解を
述べ合い、討論すること自体ができないでしょ?
194神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 09:11:01 ID:89pkCsnV
>>193
私は貴方の主張に対して、始めはそれなりに根拠を持って述べていると思って対応しました。

きっちり根拠を出して、しかし、あなたは何も知らなかった。
呆れた。しかし、非難はしなかった。

そのくせ貴方は、他の人を不誠実と言っているので、
あまりに酷いと思い指摘したまでです。

討論するには根拠が必要、根拠薄弱なら、
討論の場に上がることもできないでしょう。

195一在家:2009/08/18(火) 09:12:10 ID:LBbB1BOH
>>168
>ブッダが空飛んでなにがいけないんだろ?

私も同感です。仏陀が空を飛び、イエスが水の上を歩いても
否定する理由はないでしょう。
超心理学でのサイコキネシスやテレパシーの能力が覚醒した
とすれば不思議でもないです。
(※また大乗が好きな唯物論者のブーイングが聴こえますね)

それより長部経典には「仏は空を飛ぶ」ではなく、「修行完成者は空を飛ぶ」
と説かれておりますので、混同されませんように。

仏は生きながらに、神界まで往き来しますので、飛行ぐらいで神格化と
騒がない方が宜しいかと存じます。
196神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 09:15:00 ID:iqABrgCn
>>152

>>48

このスレには用が無いみたいなので
いいかげんに去られてはいかがでしょうか。
>>156
「定義」ではなくむしろ「評価」の問題になるでしょう。
メインラインのキリスト教派は創世記を例えと読んで進化論を認めていますが、
ファンダメンタリストは創造論を字義通り読まないのを誤りとするように。
個人的には、メッセージを重視するなら奇跡エピソード自体を誤伝とすることは
問題ないと思います。でも「例え」とすることには問題があるでしょうね。
誤伝扱いとは異なり、本来無かったメッセージをくっつけてしまいかねないことですから。
まあ線引きの問題ですね。
>>164
そうですね。単に読み取る上での限界をさとることと
「どうせ正確にゃわかんないんだしこういう意味ってことにしよう!」
という姿勢との間には雲泥どころではない差があある。
糞と味噌をいっしょにはできませんね。
197神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 09:33:37 ID:89pkCsnV
>>48
>たとえばダーウィンやアインシュタインが発見したものは真実だ。
>彼らが見出したものは誰が言っても発見しても真実だ。ここまでは正しい。

甘い。進化論も相対性理論も現象を説明する妥当な仮設に過ぎない。
進化論は無常な現象を、進化とするセム的目的史観が混入している。
相対性理論は知らないが量子理論に比してセム的有神論が混入していることはよく指摘されるようだ。

それと歴史にしても報道にしても最終的には認識の問題になることを理解しなければならない。

現象は縁起でしかありえない。唯一無二の実在した事実などありえない。
この点からも縁起の優越性が理解できると思うのですが。
198神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 09:41:36 ID:g0dl0keP
>>197
まさか進化に目的があるとか、進歩という意味だと思ってるんじゃあるまいな……
199 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 09:41:49 ID:yKOQ6R0U
>>142 在家氏
>龍樹が言語の論理世界でのみ縁起を証明したことを啓蒙する
>※破邪の論理以外で「八不」を証明したのなら中論の章を提示下さい。
 
竜樹の不去・不来は言葉の手品ではないですか。
たとえば台風が、Aから出発しBへ向かっていると仮定します。
その途中、台風はつねに進み、前進しています。
 
台風から見れば、Aから離れ、Bへ接近しつつあります。
Aから見れば、台風が<去って行く>ことになり、
Bから見れば、台風が<やって来る>ことになります。 
 
このとき、台風は不去・不来である、という主張が可能かどうか。
AとBとを表示しなければ、Aから去りBへ来る、という言語表現が
最初から成立しないのではないでしょうか。
 
しかし竜樹は、AとBを表示せずに、台風が去りそして来る、
という命題を否定し、不去・不来を主張している → 詭弁です。
200神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 09:51:48 ID:j2cZbd9r
>>194
>私は貴方の主張に対して、始めはそれなりに根拠を持って述べていると思って対応しました。

きっちり根拠を出して、しかし、あなたは何も知らなかった。
呆れた。しかし、非難はしなかった。

私はそれなりに根拠と考えられるものを提示したつもりですが?
勿論、私は仏教が専門ではありませんので、パーリを自力で解読して
いくことは無理ですので、諸学者の訳、および解釈を元に自己の見解
を確立させるしかありませんが、あなたは自力でパーリを読解できない
者は仏教を語るなという意見の持ち主ですか?

>そのくせ貴方は、他の人を不誠実と言っているので、
あまりに酷いと思い指摘したまでです。

あなたは人のレス読んでますか?
私が『不誠実』と表現したのは、批判的レスを付けながら
相手の質問、指摘に答えようとしない、『その姿勢』に対してです。
201一在家:2009/08/18(火) 10:02:12 ID:Xfg2qFN+
>>199
>しかし竜樹は、AとBを表示せずに、台風が去りそして来る、
>という命題を否定し、不去・不来を主張している → 詭弁です。

「去りつつ(作用)あるものは去る(作用)」という有部の
言語上での矛盾を否定の論理「破邪の論理」で否定したのが
「不去」の証明法で、同じ証明法を「八不」に拡大したのが
龍樹だというのが中村元氏の解説でした。

彼(中観派)の戦法は実にシンプルで、まず相手に「主張」させます。
次に「主張」の言語上での矛盾点を指摘して論破します。
つまり「神はある」と言っても論破しますし。「神はない」と言っても
論破します。

換言すれば、論敵がいなければ、自らは主張できないということです。
まあ、クロスカウンターパンチみたいなものでしょうか。

私は本スレで一度も「龍樹は詭弁です」とは言ったことがないです。
元々日常の現実世界で説明が無理だと釈尊が認識していた真理(法)を
なんとか言語の論理世界で証明しようとした彼の心意気を感じるからです。

五感で感受できる現実世界での証明は原子物理学の発展に期待しております。
202神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 10:09:32 ID:9yB3TIrN
菩薩たちよ。こんなとこでくだらない話をしてないで、さとりを開きなさい。
203神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 10:14:31 ID:89pkCsnV
>>198
え、種の起源読んでない?
204神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 10:17:35 ID:89pkCsnV
>>200
>私はそれなりに根拠と考えられるものを提示したつもりですが?
>勿論、私は仏教が専門ではありませんので、パーリを自力で解読して
>いくことは無理ですので、諸学者の訳、および解釈を元に自己の見解
>を確立させるしかありませんが、あなたは自力でパーリを読解できない
>者は仏教を語るなという意見の持ち主ですか?

そんなことは言ってませんよ。
翻訳の大蔵経ぐらい読まないと討論の場にあがれないと言っているのです。

>あなたは人のレス読んでますか?
>私が『不誠実』と表現したのは、批判的レスを付けながら
>相手の質問、指摘に答えようとしない、『その姿勢』に対してです。

もちろん読んでます。だから、不快に感じたわけです。
自分を棚に上げてなんでこの人はそんなことを言えるのだろうと。
205神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 10:18:42 ID:89pkCsnV
>>200
以降、貴方にはスル〜させていただきますのであしからず。
206机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 10:25:10 ID:aFjAX4CK
>>199
>その途中、台風はつねに進み、前進しています。

いや、違いますね。

台風は前進するわけないですね。
刻一刻と気圧配置が変化してるだけですよ。

天気予報のオネエチャンの言葉に騙されてはいけませんですよw

あのですね、台風ってのは進んだり後退したりはしないんです。
そのように考えた方が理解しやすい。ってだけです。
モノゴトの本質を見極めること肝要なり。

#、今日は出掛けるので、あとでゆっくりロムります。
207旧7:2009/08/18(火) 10:28:53 ID:+gNYYaIV
>>204-205
私は逆に、貴方の方にこそ、“宝珠と同じ”胡散臭い不誠実さを感じますね。
一連の流れを見るに、
相手の方の方が、「軸がブレていない」「一貫した」主張を「誠実に」していると思いますがね。

貴方の答え方は、
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1236847266/308
>「マンゴーについて問われながらラブジャのことを説明したり、ラブジャについて問われながらマンゴーのことを説明するようなものです」
>「別の点から別のことを説明したのです」
>って感じだw


で、やっぱり、

>以降、貴方にはスル〜させていただきますのであしからず。

宝珠そっくりじゃねーかwww


ま、外野の野次だ。併せてスルーしとけ。
208神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 10:31:48 ID:j2cZbd9r
>>205  
>以降、貴方にはスル〜させていただきますのであしからず。

了解しました。私も、あなたのその偏見に満ちた傲慢な姿勢には
対話以前の人物であると認識しましたので、スルー歓迎です。
209一在家:2009/08/18(火) 10:49:13 ID:Xfg2qFN+
>>202
>菩薩たちよ。こんなとこでくだらない話をしてないで、さとりを開きなさい。

本スレの読者の中に菩薩の生まれ変わりがいる可能性はありんす。
ただ、彼は出胎の時に意識を失い「衆生済度」の発願もすっかり
忘れているかも知れません。

批判が飛び交う2ch界は浄土というよりは穢土か修羅地獄に近いかも
知れませんが、もし2chでの対話が「縁」で覚醒されましたら、是非
書き込み願います。

住人の多くも愕然として気付くことでしょう。
210神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 10:50:00 ID:g0dl0keP
>>203
読んだが進化に目的があるとは書かれていないな。
211神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 11:11:02 ID:VPbcKTVS

しかし、まともな人間は文字通り汗水たらして働いているというのに、
おめーらは、エアコンの効いた部屋で2ちゃんねる三昧とは、
けっこう毛だらけ御身分で、おめーらの脳みそは糞だらけだ。

競合心と怒りに満ちて、妄想ばかり語って、何の矛盾も感じない恥知らずな連中だなあ、おいw

ほんと呆れるよ。

さあ、飯を食ったし、もうふた働きガンバッテくるか、あばよ。

212神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 13:05:04 ID:89pkCsnV
>>210
そうだった。以下は記憶違いだった。すまんです。謝罪撤回します。m(__)m

>進化論は無常な現象を、進化とするセム的目的史観が混入している。

>>211
もっともだ。労働には感謝していますよ。

今年になってエアコンは使ったことない。

一応、仏教の素晴らしさを伝えてるつもり、
至らないところは修行中の出来の悪いヤツとご寛恕願うしだいです。m(__)m


213 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 13:09:08 ID:Ksbvbdwo
>>201 在家氏
>私は本スレで一度も「龍樹は詭弁です」とは言ったことがないです。
 
「竜樹は→詭弁家です」・・・これはまちがいなくわたしの発言であり、
その理由を >>199 で、それなりに説明したつもりです。
不去・不来が根本命題なら、中論は詭弁の書ではないでしょうか。
214 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 13:21:40 ID:Ksbvbdwo
>>206 机龍之介氏
>台風は前進するわけないですね。
>刻一刻と気圧配置が変化してるだけですよ。
★ 台風という苗字の人です。台風三郎さんですよ(~~)
 
>モノゴトの本質を見極めること肝要なり。
★ 「去る」という言葉は、出発点から「去る」ことを前提にしている。
出発点が決まらないなら、「去る」という言葉自体が成立しない。
「来る」も同じであり、到着点が決まらないなら成立しない。
215神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 13:31:31 ID:+fQiYj0/
>>192
> >>166 あなたは>>138や、>>108を書いた人ですよね?かなり、初めの主張
> とニュアンスが異なっていますが。

あんまり聞いてくるから言いますけど、昨日のIDは、DDejtU9s ですね。
私としては返答をしているだけですから、誰が誰と思っていてもあまり気にしていないのですが。

> あなたは「読者に釈迦の超能力を事実として認識させるつもりで、仏の神格化を図った可能性が高いんじゃないかと」
> このように述べていますが、これは「あなたの想定」です。

そうそう。想像、空想の類です。

> すなわち、あなたが排除しようとしていた、個人の判断「それをどう思うか」
> でしょ?

排除するんじゃなくて、区別するってことですね。「これは自分の想定です」と明記してあったりすれば
排除しなくても問題ないんじゃないでしょうか。混乱することもないですから。

もっとも整理する時には、ある程度排除した方がすっきりすることも多いんじゃないかと思います。

> あなたは、但し書きがなければ、それを比喩とはせず事実と認識する
> べきであると>>108で言っていますね?
> 言っていることが変わってることがわかりますか?

108には「事実と認識するべき」とは書いてないのでは?
事実と認識するかどうか「それは個人の取捨選択ですよ。」というのが
108が補足したかったという102の主張だと思いますよ。
216神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 13:39:25 ID:+fQiYj0/
>>183
> >いずれにしても仏典のテキストは正確に読まれなくてはなりません。
> >その意味でも、テキストに「どう書かれているのか」「それがどういう意味なのか」ということと
> それを解説願うということです。
> こう書いてあるだけでは殆ど、議論する余地もないでしょう。
> 説明が必要です。

ただ、説明しても宝珠愚者さんの場合は、「仏典の記述などどうでもいい」が最初からあるのですよね。
そういう意味では他の人に解説するのと違って何か空しい感じがするのは否めませんね。

> >宝珠愚者は、過去ログを見る限り、そういう考えだったみたいですが、
> 仏教の説く神通の正しい教えを
> 故意で過剰な神格化の部分となんでも一緒にして切り捨てるべきではない、ということです。

正しいというのは「自分勝手に正しいと思い込んでいる」もしくは
「神智学などのオカルト知識から考えて正しいという気がしている」
という意味だと思いますが、要するに
「釈迦が空を飛んだということは事実なんだから、(神格化などという言葉で)否定するなんておかしい」
ということが言いたいんでしょうね。
217机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 15:18:31 ID:aFjAX4CK
>>214
>★ 「去る」という言葉は、出発点から「去る」ことを前提にしている。
>出発点が決まらないなら、「去る」という言葉自体が成立しない。
>「来る」も同じであり、到着点が決まらないなら成立しない。

貴殿はね、バカじゃ〜ないんだろうけど・・・アタマが硬すぎるんですよ。
貴殿の論法でしたら、「去る」も「来る」も同義でしょ?
ようするに主観の問題ですよ。

放送局のオネエチャンは日本に住んでいて、
あたかも日本に台風がやってくる。ってことを前程にしているだけ。

中論は詭弁ではない。
ただしアタマの硬い人間には永久に解釈は無理だってことが・・・
貴殿の書込みを読んで分ったよ。



218神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 15:40:37 ID:j2cZbd9r
>>215 あなたは昨日の ID:6B7spHYg さんとは別人物だったのですね。
ならば、私が>>151 や>>156で繰り返し確認したときに「別人物」であるむね
一言、ことわってくれてもよかったのでは?「私は、別人物ですが・・・」と。
こちらとしては、あなたが否定せず、レスを返してくるので同一人物であるとの
認識で返答してしまいますので。
まあ、>>149から、レスのニュアンスが、かなり変わったのでおかしいとは思いました。
それも私は ID:6B7spHYg さんが、軌道修正したのかと誤解してしまいましたが。

さて、あなたの発言ではないので、言ってもしかたないかもしれませんが
>>108 は

「だから、例えば、(特に比喩であるとの記載なく)「釈尊は飛来する」という、経文があるとして、
それを現代日本に生きる貴方が現実の出来事ではない、と考えるのは(仏教徒ではないならば)
問題ないと思いますよ。 」

これは「釈迦が空を飛ぶことを、仏教徒がそのように認識しないのであれば
『問題がある』」
このような趣旨ではないでしょうか?
よって、私は仏教徒であるならば、それを「事実として認識するべき」
との主張であると理解したのですが。
「事実として認識するべき」との語句がなくても、同じ趣旨であると
理解したのですが。
219神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 15:54:31 ID:ygs5Ihzs
>>215
御迷惑おかけしてすみません。

>108には「事実と認識するべき」とは書いてないのでは?
>事実と認識するかどうか「それは個人の取捨選択ですよ。」というのが
>108が補足したかったという102の主張だと思いますよ。

付け足す言葉はありません。仰る通りです。
220一在家:2009/08/18(火) 15:56:02 ID:a4mbPz7P
私の祖父母、両親は大乗(浄土宗)だけど、龍樹も中論も空も
知らず、ただ浄土におはす阿弥陀如来を信じて称名しておりました。

あれから30年以上経過しましたが、2chの大乗仏教徒達は
極楽浄土の如来など存在しないと確信しているようで、これは龍樹
よりも科学謳歌の唯物主義者が増えてきたからかも知れませんね。

釈尊が法滅○経の中で予言していた通りの末法の世だから仕方
ないでしょう、諸行無情。
221神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 16:07:43 ID:1yucDH78
そう言ってはならない。華厳経持経者である、俺は阿弥陀如来を信じているし、みずから法蔵菩薩のごとく極楽浄土の建設を志す者なり。普賢菩薩行者なり。しかるに空疎な形而上的議論がいつ果てるともなく続くこのスレはもうダメだと思う所存にて候う。全員打ち首獄門の沙汰なり
222神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 16:12:49 ID:1yucDH78
そなた在家氏の主張する通り、2chは修羅の世界。人間の本性がむき出しになる無法地帯なり。忍辱波羅蜜の良き修行道場なり。おこがましくも顕経で最も美しい華厳経などとほざく論者は「A有るゆえB有り」程度の縁起バカでござる
223神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 16:16:40 ID:1yucDH78
華厳経はいまや燎原の火のごとく、日本中に燃え広がりつつあるなり。いつか華厳の鉄拳もちて小乗の妖怪毒草の輩に鉄槌が下される日が来る…その日こそ、審判の日…
224神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 16:37:37 ID:89pkCsnV
>>222
>「A有るゆえB有り」程度の縁起バカでござる

いや、縁起バカ一代とは尊称だな! それは嬉しい。
縁起、此縁性の深い意味が理解できると、
華厳や般若も理解できると思うんだが。

仏教は縁起に尽きる。これは間違いない。

>>223
何妄想して、うっとりしてんだw
225神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 16:54:39 ID:1yucDH78
華麗にスルー(今晩カレーにする)
226神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 17:00:01 ID:89pkCsnV
>>220
それも縁起を理解しないからだが、
貴方のようにアートマンとか魂の実在に拘っているのも縁起を理解しないからなんですね。
227素人A:2009/08/18(火) 17:19:04 ID:39AqwEhv
ぽつたんさんクイズ?公案?出す。石棺の蓋を取ったら成るほど自由に出入りできるように
なりました。 答え??? ○の蓋開けたら「  」 なるほど自由に出入りできる。
228一在家:2009/08/18(火) 17:21:31 ID:Xfg2qFN+
>>226
>それも縁起を理解しないからだが、
>貴方のようにアートマンとか魂の実在に拘っているのも縁起を理解しない
>からなんですね。

原始仏典では宇宙劫スケールで存在する仏が説かれています。
法華経でも「仏は常住」と説かれております。

勝手に「仏も縁起で常住でない」と決め付けている方々を本スレでは
結構見受けます。

「阿弥陀如来も縁起で常住でない」と出張する仏教徒が増えてきている
ようです。
宗教者でなく自称哲学者や唯物論者であれば分りますが。

私は外教ですが「阿弥陀如来も大日如来も常住」だと信じております。
229机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 17:40:53 ID:aFjAX4CK
>>220 在家氏
>2chの大乗仏教徒達は
>極楽浄土の如来など存在しないと確信しているようで

浄土門にいう「如来」というのは「彼岸」のことで、
彼岸に逝くにはいろんな筏があっていい。
「如来」という有難い縁に触れただけでも幸せじゃ〜ないか。

>私の祖父母、両親は大乗(浄土宗)だけど、龍樹も中論も空も
>知らず、ただ浄土におはす阿弥陀如来を信じて称名しておりました。

そもそも浄土門は「他力」ですから、中論も般若心経も読む必要はないですね。
浄土三部経が依典ですから。

まあ、彼岸へ逝けば自力も他力も同じです。
貴殿の祖父母は有余涅槃に達してたかと思いますよ。
これは本人しかわからんです。


230一在家:2009/08/18(火) 17:51:05 ID:Xfg2qFN+
>>229 机氏 ※貴兄復帰前?の書き込みです

祖父は仏教の勉強はしたことのない人ですが、寝た時にエドガーケーシー
のように何人もの声で話し、それを祖母がノートに書き写しました。
やっとノートを入手しましたのでポイントをかきこします。
尚、昭和5年の話で二人は他界しております。

・生前は釈尊の弟子の一人だったが悟りを得て菩薩となった
・浄土では阿弥陀に仕える菩薩の一人
・この度、衆生済度の為に再生したが、ミッションを忘れ30年以上経過
・近隣の地蔵達の助け「縁」で睡眠中に前世を語り出すこと、250回以上
・地蔵さん達や亡くなった祖父母との対話が多いが、時々前世を思い出して語る

ノートの内容を浄土系の板にアップしましたが、出典をご存じの方は現れません
でした。
231一在家:2009/08/18(火) 17:56:11 ID:Xfg2qFN+
(前世話の例1の概要)
・ハンガリーの方へ山を越えて移動した仏教徒の集団があった
・ついた土地はキリスト教の国だった
・一緒に移動した仏教徒は次々にキリスト教に改宗して一世帯のみ残った
・その一家も改宗しようかと迷っていた
・生まれて10日の赤子が「南無阿弥陀仏」と唱えて、息を引き取った
・両親は感涙し、ここに居ては駄目だと悟り、また山を越えて故郷に帰った
・その話を聞いた元仏教徒達も反省し、クリスチャンを止めて故郷に帰った
・生まれて10日の赤子が済度したという話

(前世話の例2の概要)
・獅子の子が崖から落ちて、羊の群れの中に入った
・獅子は羊の群れで育ったが、乱暴もので羊達から嫌われてた
・ある晩、遠くの方から別の獅子の遠吠えがあった
・その遠吠えを聞いた羊に育てられた獅子は一目散で駆けつけた
・(本質を思い出して生きるという何かの仏説のようですが)
232神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 18:11:04 ID:PuWRvHPr
>>231
その二つの話から一次元上げて、しからば「人間」の本質とは何か。
「人間にあらざる、目に見えない神や霊」は、目に見える現実界に
100%依存することのみにより維持可能な「人間の本質」を犯す
ものである。

人間は、常に人間に立ち返り、人間に留まらなければならない。「神
や霊」などの「化け物」を持ち出してはならない。

死に際して、人間は、後に残る者たちに対する配慮に忙殺されることに
より、死の恐れが軽減され、充実した精神の安定と平安を得ることが
できる。「神や霊」「極楽浄土」などによる「自己欺瞞」によってでは
ない。
233机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 18:12:02 ID:aFjAX4CK
>>114  法珠愚者どの
>机氏のオープンな心(姿勢)を垣間見れたように思います^^

おそれいります(ニッコリ(*^^)v

>その後の見聞きする体験や得られた知識というのは、この本来の心の頷きに沿ったものであり、
>それを説明し得る手段に出会ったに過ぎないというものです。

そうですか、なるほど。
こういうのは、いわゆる独覚というものですね。
もう最初から精神世界(つまり世界観)が出来上がっている。
ということになろうかと思います。

大川隆法などはその典型でして、釈尊の生まれ替わりだと独覚したようです。
これは隆法本人がそう信じてるのか?
それは非常に疑問な点がございます。

おそらく彼は、ネタのつもりで著書を発表したのかと思います。
そしたら彼の意に反し、あまりにも反響が良かったので、
ついつい隆法もその気になって、
今ではすっかり釈尊の生まれ替わりと・・・自分自身で信じるよぉになった。
まあ、こういう経緯かと推測しております。

これは麻原もそうですね。
自己暗示で、すっかりキャラになりきる。
新興宗教の教祖というのは、やはり大衆が育てるのです。
食いつきがいい大衆というのも考えもんです。
234 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 18:30:43 ID:+vWgC4GA
>>217 机龍之介氏
>あたかも日本に台風がやってくる。・・・
 
出発点がないなら、台風が<去る>という表現は不可能です。
到着点がないなら、台風が<来る>という表現は不可能です。
   
>中論は詭弁ではない。・・・
台風の出発点と到着点を表示しないで、不去・不来を説く中論は
紛れもなく詭弁の書。台風が動いている、としか言えないのです。
 
AからBへの距離を、移動に要した時間で割り、速度を算出する。
竜樹が無視したのは、距離と時間 → 空間と時間
空間と時間を無視すれば → <虚無>
235本願寺派:2009/08/18(火) 18:39:15 ID:bjQxFEYH
阿弥陀如来も大日如来もいると感じる。けど神とか仏とかと差異を設けたくない。
超越的存在に名称をつけると分裂しちゃうじゃん?
だから、あえて名称を付けないという方法もありだと思う。

大乗が発展するのは、初期仏教の「味気なさ」のせいだと思うんだよ。
乞食になって出家僧になるのは、昔の話だった。
さすがに今では無理だからな。中国内でもそういう要請があって浄土教系が生まれたのだろう。
日本の禅宗系だって浄土をあることにしないと葬式うんぬんができなかったから、とりあえず認めた。

だから「方便」だと思うのだよ。法華経だって、仏陀の死うんぬんを一連の方便と解してる。
神々とか悪魔とかその他の経典の非科学的なものは「方便」なんだよ。これは異教でも同じだと思う。
それらをマジで信じてたらキチガイになっちゃてると思う。

だから我々は21世紀に生きていて非科学的なことはすぐに了解するんだから、
それは「方便」だと納得することが必要だろう。方便として超越的存在や超常的なものはあるけど、
それらが重要なんじゃなくて、大切なのは神髄だと。

俺が思うに覚者や、基督教の聖人などは教義や戒律なんかどうとも思わなかっただろうと思う。
つまり、そんなものに囚われているのか、という感じだったんだろうな。
是非とも人間もそんなところまで行きたいね。エゴによる宗教間宗派間対立を超えてさ。
236神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 18:42:20 ID:1yucDH78
〉空間と時間を無視すれば「虚無」う〜ん。虚無から有が発生するかなあ?それとな、華厳では一瞬のぎりぎり限界の刹那的原子に無限の空間と過去、現在、未来の時間の流れをひとつに凝縮できると主張してる。一念一切劫・一塵中無尽な。これ、華厳の常識
237神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 18:46:49 ID:+fQiYj0/
>>235
> 日本の禅宗系だって浄土をあることにしないと葬式うんぬんができなかったから、とりあえず認めた。
> だから「方便」だと思うのだよ。法華経だって、仏陀の死うんぬんを一連の方便と解してる。

本来方便というのは悟りに向かわせるためのものですが、
この場合の方便は葬式して金をせしめるためのものですね。

> 神々とか悪魔とかその他の経典の非科学的なものは「方便」なんだよ。これは異教でも同じだと思う。
> それらをマジで信じてたらキチガイになっちゃてると思う。

じゃあ、宝珠愚者や一在家はどうなるんです?

> 俺が思うに覚者や、基督教の聖人などは教義や戒律なんかどうとも思わなかっただろうと思う。

人によるみたいですよ。

> 是非とも人間もそんなところまで行きたいね。エゴによる宗教間宗派間対立を超えてさ。

達観といえば聞えがいいですが、堕落の正当化にならないようにしたいものですね。
238 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 18:48:29 ID:+vWgC4GA
>虚無から有が発生するかなあ?
 
発生するはずがないから、中論は詭弁の書だと言っている。
華厳の常識はこの世の常識ではないと思う。
239 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 18:58:35 ID:+vWgC4GA
方便と言うのは<二枚舌>のことではないだろうか。
涅槃・如来があると言うのは世俗諦、これらは世間のことだと言うのが勝義諦
・・・大乗の僧侶は二枚舌を使い善男善女をだましている。
240旧7:2009/08/18(火) 19:01:43 ID:9qbLh3Mi
>>237
貴方の、涼やかさの保たれた議論への距離感が羨ましいですな。

尤も、場面によっては
「自分の手を汚すことを嫌う者(≒他者の手は汚させる)」という批判を受けるやもしれませんが・・・w
 (議論に発展させるつもりはありませんが、ここには暗喩を込めてもいます。)
241旧7:2009/08/18(火) 19:08:21 ID:9qbLh3Mi
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1228643678/

866 析空 2009/08/17(月) 15:40:49 ID:7vsGiz61
【歴史上実在した】釈尊の教えでは、自力以外に悟ることは不可能です。


867 神も仏も名無しさん 2009/08/17(月) 16:01:06 ID:hr6LIxmy
>>866
釈尊が【歴史上実在したなら】、縁起したのではなくなってしまいますね。



この会話の不自然さを、このスレの人間なら解説してくれそうだw
(「【」、「】」は引用者が挿入。)

よろしくw  ノ
242本願寺派:2009/08/18(火) 19:08:21 ID:bjQxFEYH
>>237 全くあなたの仰る通りです。
>この場合の方便は葬式して金をせしめるためのものですね。
自宗の存続というのは昔の人でも共通のものでしょう。
金をせしめるよりも自宗存続のためというものでしょう。ここにエゴが入るのが悲しいですね。

>じゃあ、宝珠愚者や一在家はどうなるんです?
彼らもわかっています。
宝珠愚者氏や一在家氏のような人はそういうことはわかっています。
でなければ、これほど高等な意見交換はできないです。彼らも相当なレベルにいるはずです。

教義や戒律うんぬんは人によります。
イスラーム教圏を見ればわかります。女性蔑視やベールの憲法違反うんぬんもその類です。
地域によって違います。しかし、戒律原理主義の連中は戒律のために腐り果てます。

>達観といえば聞えがいいですが、堕落の正当化にならないようにしたいものですね。
達観してません。達観できるのは神様や仏様くらいです。常に堕落中に漂ってると思ってます。
私はあなたの反論に反論したくてたまらないのです。達観とは覚者の本質を観る観です。
ですから私も達観できてません。生死(まよい)の中にいます。

>>239
>方便と言うのは<二枚舌>のことではないだろうか。
二枚舌でもいいです。上座部も大乗も二枚舌を使ったと思っていいのでしょう。
だましたとか思うと何となく意識が可愛そうな気がします。
243机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 19:09:29 ID:aFjAX4CK
>>234
貴殿はアタマは悪くはないと思うけど、読解力が足りん。

>台風が動いている、としか言えないのです。

拙者がいう「台風は動いてない」の論拠を言おう。
つまり種明かしをするわけだけど、これで分らんかったら
貴殿のアタマの限界と悟るべし。

台風という名称と、その形態は、人間が勝手に命名し、そこに意味付与しただけの概念。

つまり、人間の便宜上においての概念が、必ずしも自然界に適用するわけではない。
自然界では、ただ気圧がアンバランスになってるだけ。
「来る」とか「去る」とかは、
これは人間が便宜上において言ってるだけ。

この人間が便宜上において通用する言語を用い、
そして共通認識を前程としてコンセンサスを得ることを世俗諦といふ。

この世俗諦の範疇を脱しきれないと、そもそも不去・不来の解釈は無理です。
(一応は、貴殿でも分りやすいよぉに説明したけどね・・・)
244本願寺派:2009/08/18(火) 19:29:33 ID:bjQxFEYH
>机龍之介 ◆8Z1PfzdK1.

貴方みたいのがいるなら大丈夫だろな。
感服した。預流果までがんばってくだされ。
気をつけてくだされ、誘惑の道は多い。
「法」を説きまくって「業」となるかもしれん。
その時は本道に戻ってくだされ。
「法」すら捨ててしまえ!
と偉そうなことを言ってみる。
245旧7:2009/08/18(火) 19:36:03 ID:9qbLh3Mi
>>244

|   (だ、騙されてるぞ・・・ 気を付けろ・・・)
|゚)
|



|
|彡サッ
|
246机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 19:39:13 ID:aFjAX4CK
>>244 本願寺派どの
おそれいります(*^^)v

>「法」を説きまくって「業」となるかもしれん。

そう、これは日頃から思ってる。

おそれいります(*^^)v
247 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 19:45:39 ID:+vWgC4GA
>>243
それでは頭の柔らかい、読解力に秀でた机氏にお聞きしましょう。
中論2章の、去りつつあるものは便宜上、どこから去るのでしょうか。
去る場所が不明なら、去るとは言えないのではないですか。
248机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 19:55:59 ID:aFjAX4CK
>>247
>中論2章の、去りつつあるものは便宜上、どこから去るのでしょうか。

貴殿は好学心があるのですね。
では、拙者もなるべく解りやすいよぉに説明します。

どこから去るかって?
それは去らないとこから去るんです。

>去る場所が不明なら、去るとは言えないのではないですか。

いや不明ではないですよ。
去らないとこが前程となりますから、去るということ自体が論理矛盾になります。
249 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 20:02:59 ID:+vWgC4GA
>>248
去らないところ? それはどこですか。
もうすこし詳しく。いまのままでは意味がまったく不明です。
250机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 20:09:27 ID:aFjAX4CK
>>249
>去らないところ? それはどこですか。

去るといいますのは、つまり「去らない」という相反する前提なくして
「去る」という意味はないのです。

ですから「去る」は「去らない」という全く相反する意味も含んでまして、
そもそも言語自体が、このように相対概念でしか意をなさない。
といふことなんであります。

>もうすこし詳しく。いまのままでは意味がまったく不明です。

まあ、もう少し頑張れば彼岸に到達できます。
ガンバッテください。

251 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 20:12:44 ID:+vWgC4GA
まさか、じっと立ち止まり、身動きしないものの話じゃないでしょうね。
それだったら確かに、去ることもないし、来ることもないけど(~~)
たとえば石の地蔵とか。
252机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/18(火) 20:19:26 ID:aFjAX4CK
>>251
>たとえば石の地蔵とか。

いや、地蔵はあまり関係はないですね。

まあ、つまり貴殿は我見が強すぎまして、
関の門が硬く閉ざされてる状態なのです。

一夜にして解るもんじゃ〜ないです。
まあ、解ってしまえば・・・なんてことはないのですが、
今晩はジックリ考えてみてください。

疑なくば悟りなし。
では、おやすみ。
253 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 20:22:57 ID:+vWgC4GA
去るの相対概念は来るでしょう。
去らないという言い方は日常的でなく、いなくなって欲しいのだけど
居座りつづける存在に対して、「去らない」と言うのではないですかね。
 
しかも机氏は、「去らない<ところ>」と、場所を語っている。
その場所は、去る前の出発点ではないのですか。
つまり出発点に固まっていたと。
254神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 20:23:27 ID:VbEfHSxv
中論ネタは誘導先でお願いします。
255神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 20:25:14 ID:PuWRvHPr
>>251
この世の物がすべて動いていたら、「動く」という概念は生じない。

「永遠の生命」があったら、「生」という概念は生じない。それは、
「死の世界」と同じである。
256神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 20:32:16 ID:PuWRvHPr
その意味で、「極楽浄土」も「地獄」と同じである。「苦」のない世界
には「楽」もありえない。「極楽浄土」における「楽」は、絶え間の無い
「苦」以外の何物でもないであろう。
257神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 20:33:50 ID:9Gzec2tK
>>255
>この世の物がすべて動いていたら、「動く」という概念は生じない。
そんなことはないだろ、普通に考えて。
動く早さが違えばみんな「動いて」いるように見えるね。
すべてがまったく同じ位置関係で動き続けるなら「動く」とは見えないかも
知れないが・・・。
258 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 20:39:44 ID:+vWgC4GA
>>252
我見が強いのはお互い様ですね。
あなたの言う「去らないところ」とはたぶん出発点のことなのでしょう。
出発点があってこそ、去るという行為が可能になる。
それなら同じ考え方になります。→ やはり中論は詭弁の書である。
259神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 20:40:39 ID:PuWRvHPr
「永遠の生命」や「極楽浄土」を求める宗教者の欲望は、実は「死」と
「地獄」への道であることを悟らなければならない。

「生死」「苦楽」併せ持つ限られた現世こそ、実は、「天国」「極楽浄土」
なのである。
260 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/18(火) 20:48:55 ID:+vWgC4GA
>>255 
>「永遠の生命」があったら、「生」という概念は生じない。それは、
>「死の世界」と同じである。
★ 永遠の命と被造物の命とは異なるから心配無用。
>>256 
>その意味で、「極楽浄土」も「地獄」と同じである。
★ 上記理由で極楽と地獄は同じにならない。
261神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 20:58:55 ID:1yucDH78
って言うか、浄土って悟り涅槃への中間地点。休憩所だよ。永遠の生命を求める?与えるの間違いだろ?
262宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/18(火) 21:03:20 ID:v7ff9Jng
>>233
「独覚」ねぇ・・・なるほど-まったく分析通りです。

>おそらく彼は、ネタのつもりで著書を発表したのかと思います。
>そしたら彼の意に反し、あまりにも反響が良かったので、
>ついつい隆法もその気になって、

うーむ。納得するご意見です。
「その気になっちゃった」のですね!大衆が育てるのだと・・・
信奉者にチヤホヤされて舞い上がってしまった、と。
---了解!!


>>237
>> それらをマジで信じてたらキチガイになっちゃてると思う。
>じゃあ、宝珠愚者や一在家はどうなるんです?

ご心配は無用です。
唯物論者からは精神分裂症の診断が下るのでしょうからね(今は、統合失調症というらしい・・)。
まっ、自分が見聞きした狭き世界しか知らない人々による侮りなどは、屁でもない。
無知の証拠なのですから。
263神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 21:09:05 ID:1yucDH78
例えば、ある者が「汝、無量億千那由多の衆生にこの上ない楽を与え、汝みずからは無間大地獄の苦を無量阿僧祇億劫に渡って耐えるや否や?」と尋ねられても「然り。我、大地獄の苦を受け衆生を無余涅槃の楽を与えるべし」と答える
264旧7:2009/08/18(火) 21:16:44 ID:9qbLh3Mi
>>262
>自分が見聞きした狭き世界しか知らない人

それが自分のことだということに早く気付こうぜ・・・w
265神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 21:17:21 ID:1yucDH78
「我、すべての衆生をして無上の涅槃を与え、救済して後、最後に涅槃に入るであろう」また、ある者が来て「汝、一毛をもって大海の水をくみつくし、たとえ億劫に渡って耐えて疲労の心を起こし、挫折しないか?」と問われ、菩薩、この語を聞きて歓喜し「我大海の水を干すだろう」
266旧7:2009/08/18(火) 21:29:57 ID:9qbLh3Mi
今更ながらに、(全面支持や全面賛同ではないが)、
真言氏が、いかに良識的で、バランスのとれた発言・言い回しであったか、
ヒシヒシと感じるわw

不説氏の意見も、もっと聞きたかったけどね・・・。




    wkwktktk
      _, ,_
    ( -∀-) <シリーズ3作目は、どんなテーマになるのかなぁ・・・
    ( つ酒0
    と__)__)
267神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 21:35:30 ID:9Gzec2tK
>>264
>それが自分のことだということに早く気付こうぜ・・・w
そうだね。それが「自灯明」ということだろう。
自己こそ自己のよるべだからね。他人をたよってはいけない。
法をよるべとして、その他をたよりとしてはいけないね。
268神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 22:01:22 ID:9Gzec2tK
>>262
>「独覚」ねぇ・・・なるほど-まったく分析通りです。
独覚は別名、縁覚ともいわれる。縁起の理法を知らない独覚はありえない。
お山の大将おれ一人が独覚では無い。釈迦も無師独悟の独覚である。
269神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 22:07:39 ID:+fQiYj0/
>>240
机氏には負けますがw
なんとなく持ち上げてるのかと思って読んでたら、
いつの間にか宝珠愚者と大川と麻原を同類と見なしているというw

>>262
> >じゃあ、宝珠愚者や一在家はどうなるんです?
> ご心配は無用です。

いや、そちらの心配はしてないんですが。
何故、心配してることになってるんだろ?w

> 唯物論者からは精神分裂症の診断が下るのでしょうからね(今は、統合失調症というらしい・・)。
> まっ、自分が見聞きした狭き世界しか知らない人々による侮りなどは、屁でもない。
> 無知の証拠なのですから。

そこまであからさまに見下すと、
どご隠居に言われたことがよっぽどショックだったんだなーという感じになりますが。
270神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 22:25:13 ID:9Gzec2tK
>>258
>あなたの言う「去らないところ」とはたぶん出発点のことなのでしょう。
普通、「去らないところ」といったら「もののありか」すなわち「虚空」
のことだと解釈するだろ。現代風にいえばデカルトの座標だね。
古事記なら天の御中主のおわす処だね。www
271旧7:2009/08/18(火) 22:51:20 ID:9qbLh3Mi
さて・・・
ID:89pkCsnV が、どの面下げて
このスレに顔を出すか、見物だなw

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1228643678/912
272一在家:2009/08/18(火) 23:17:32 ID:Xfg2qFN+
>>235 本願寺派氏
>阿弥陀如来も大日如来もいると感じる。けど神とか仏とかと差異を設けたくない。
>超越的存在に名称をつけると分裂しちゃうじゃん?

異なる時代に、異なる国で、異なる言語で名称を付けてしまったことが
宗教間での対立や分裂の「因」だと私も思います。

如来、梵天、大天津神、出会った聖者達のインプレッションはどうだった
のでしょうか?
案外、よく似た存在だったかも知れませんよ。
273旧7:2009/08/18(火) 23:26:28 ID:9qbLh3Mi
>>272
貴方は、それを、
自ら見、知り、確認し、確かにその通りであると、
理解し、納得し、受け入れた上で、
そのように発言しているのですか?
274神も仏も名無しさん:2009/08/18(火) 23:30:20 ID:j2cZbd9r
>>271 なるほど。仏教@質問箱のスレでのやりとり、楽しく拝見させて
いただきました。析空さん、見かけないと思ってたら、あそこにいたんですね。
275主よ、哀れみたまえ :2009/08/18(火) 23:32:24 ID:VPbcKTVS
バッハ「マタイ受難曲」ペテロの裏切り→「主よ、哀れみたまえ」の清冽で痛切なアリアをめぐって。

999 :991:2009/08/18(火) 00:49:21 ID:0V65wOZp
>>998
>黙示録はローマに対する怒りだろ
>著者の目は社会に開かれているぞ
 そこが、仏教とキリスト教の根本的な違いです。
ローマに怒ってもまったく問題解決にはなりません。キリスト教は2000年間間違い続けました。
覆われてあるものは、認識対象ではなく主体(ペテロ)の問題→己事究明が仏教です。
ひたすら自己とは何かを問い、ただおのが心身を脱落せしめることに専心するとき、
存在はそのあるがままの相を顕現します。縁起の現観であり、悟りです。
生と死は分別できず、不生不滅、無常=無我=縁起=空=中道で調い、慶安に生き抜きます。
ペテロはブッダにめぐり合うべきでした。

ご参考に。
276神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 06:06:37 ID:oRr5zCY4
>>275
仏教は他宗教を批判しないんだが。
釈尊は、他宗教説に対して「私はそうは言わない」としか仰らない。
「アートマンではない」も同じ意味。
277机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 07:32:55 ID:UHWyFjgv
>>262  法珠どの
>「独覚」ねぇ・・・なるほど-まったく分析通りです。

仏教は、貴殿が構築した世界観が一瞬のうちに崩壊する段階があるのです。
そして世界は消え、また自分も消えてしまうのです。
世界は自分であり、自分は世界であり、それがまるで真空の世界の様相を呈します。
ただただそこに感極まる己がいることを見出すのであります。

ですから、世界観を構築している段階ですと、いわゆる仏教においては初歩の段階ですね。
こういう時の人間の心理ってのはリンルン気分ですね。
ルンルンも一瞬に崩壊してしまう。
それは蛇が古い皮を脱皮するが如し。→スッタニパータ(一章)参照

まあ、ここまで来ます殆ど完成(ニルバーナ)なのですけど、
(まだまだ先はあります)
では、世界観が崩壊するとは何ぞや?
これは言うまでもなく我見の破壊なんであります。

ようするに、世界観構築と、我見の破壊といふ、全く相反するものが付いてまわるのです。
これが非常に厄介なものであります。
仏教2500年の歴史において、常にこれは修行者を悩ませました。

どうか貴殿も「独覚」といふ重圧に押し潰されないよう
祈念申し上げます。
278一在家:2009/08/19(水) 08:27:14 ID:mEJ7/p4M
>>273 旧7氏
>貴方は、それを、
>自ら見、知り、確認し、確かにその通りであると、
>理解し、納得し、受け入れた上で、
>そのように発言しているのですか?

If 超常的存在があるthen 時代・国家・言語により異なる名称。

一つのあり方(法)の推論ですね。
279一在家:2009/08/19(水) 08:35:15 ID:mEJ7/p4M
>>277 机氏
>まあ、ここまで来ます殆ど完成(ニルバーナ)なのですけど、
>(まだまだ先はあります)
>では、世界観が崩壊するとは何ぞや?

If ニルバーナが存在し到達 then 宗教・思想に関係なく共通の境地。

一つのあり方(法)の推論ですね。
解脱者同士は信仰の壁を越えて仲良しかも知れません。
280神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 08:39:53 ID:vMnh4/nF
>>271
ID:89pkCsnVさんに御迷惑がかかるので、確認しておきたいですが、
89は私であって、ID:89pkCsnVさんではないですよ。

私に「宝珠の同類」と連呼した直後に、
ID:89pkCsnVさんに同様に連呼しているので、
誤解している可能性がありそうだなと思ったので。
281神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 08:52:50 ID:73dLOoYc
>>276
>仏教は他宗教を批判しないんだが。

このスレでは他宗教の批判どころか、
他人を「非難」しまくりなんだが・・・
282神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 08:55:28 ID:oRr5zCY4
>>280
ご丁寧にすいません。

無我な上に名無しなので、別になんと思われようと結構です。

エゴは喜んでおりますw
283神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 08:59:48 ID:oRr5zCY4
>>281
まず、仏教内の教えについて誤解は正すのが釈尊も同じです。
釈尊も弟子に対して厳しい非難は度々されていたことを思い起こしてください。

次に、少なくとも私は出来がよくないのでムッとすること度々だからです。
理由は愛着する三宝が貶される、誤解される、軽々しく扱われていることなどです。

下の理由の方は、笑って許してm(__)m
284一在家:2009/08/19(水) 10:19:04 ID:sPqoOyVi
三宝「仏法僧」についてふと思ったことですが、正法の時代と
末法の時代との認識の差が何かということです。

同じであれば、正法=末法となるから矛盾します。

特に「仏は常住」か「仏も無常、縁起」かの認識、信仰の差は
大きいと思料します。

本スレを見る限りでは、現代の自称仏教徒では「仏も無常、縁起」
と認識している方が大半で、外教者の方がむしろ「仏は常住」と
認識しているかと存じます。

よく発言される住人以外の皆さんは如何でしょうか?
285一在家:2009/08/19(水) 10:25:08 ID:sPqoOyVi
それから「一流の科学者ほど神仏の存在を信じない」という
発言を時々見かけますが、偏見ではないでしょうか?

「神や仏の説いた宇宙の秩序、あり方、法を発見し証明したい」
との強い意欲を持って研究している科学者も私の周囲で見掛ける
からです。
286神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 10:28:55 ID:BiT8+Hnl
>>284
正法 → 原始仏教 → 占い、まじない禁止、無常・無我、四諦・八正道
像法 → 大乗仏教 → 常住仏の概念、如来蔵、仏塔崇拝、中観・唯識
末法 → 密教   → 加持祈祷、超能力肯定、即身成仏、専修念仏
287神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 10:32:49 ID:BiT8+Hnl
>>285
> それから「一流の科学者ほど神仏の存在を信じない」という
> 発言を時々見かけますが、偏見ではないでしょうか?

神仏の存在を信じたり、呪いや呪術を信じるのは、
比較的教育水準の低い地域に多いということはありそうです。

教育水準が高くなると神の概念も「人格神」ではなく、汎神論的になったり
宇宙の法則を神という名で呼ぶようになったりする傾向があるように思います。
288旧7:2009/08/19(水) 10:38:22 ID:awp278nF
>>285
相変わらず馬鹿だなw

それは、個々人がどう想っているか、どういうスタンスでいるか、(の違い)でしかない。

(一流の)科学者の中にも、神仏の存在を信じ(或いは感じ)ている人もいる。
豆腐屋のおっちゃんの中にも、神仏の存在を信じ(或いは感じ)ている人もいる。
魚屋の婆ちゃんの中にも、神仏の存在を信じ(或いは感じ)ている人もいる。
保険外交員のおばちゃんの中にも、神仏の存在を信じ(或いは感じ)ている人もいる。
OA機器の営業マンの中にも、神仏の存在を信じ(或いは感じ)ている人もいる。
喫茶店のマスターの中にも、神仏の存在を信じ(或いは感じ)ている人もいる。

ここから、何を引き出そうというんだね?
誰が信じていようと、『そのこと(=彼が信じているということ、それ自体)』が神仏の存在を証明し、担保するわけではない。

やっぱり、『一流の科学者』という権威、『科学という分野』に於いて、ということが重要なのかな?
《【“科学者”が信じているのだから】、神仏は存在する!》とでも言いたいのか?

 (※ま、科学信仰全盛のこの時代、科学者の言動の影響は大きいかもしれんが・・・w)
289一在家:2009/08/19(水) 10:41:40 ID:sPqoOyVi
>>287
>教育水準が高くなると神の概念も「人格神」ではなく、汎神論的になったり
>宇宙の法則を神という名で呼ぶようになったりする傾向があるように思います。

ノーベル賞の最多はユダヤ人ですが、信仰はいかに?
ノーベル賞に縁の無い中国本土は、信仰はいかに?

また龍樹の破邪の論理を真似して済みません。
290神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 10:42:32 ID:OjVQOV+S
>>275
黙示録って時輪タントラとかぶってる気がする。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E8%BC%AA%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9
>>285
ttp://www24.atwiki.jp/kumicit/pages/181.html
ttp://transact.seesaa.net/article/120958989.html
実際、生物学者では少ない。それ以外の分野では生物学ほどではないが
一般よりも多い傾向にある。
291ken:2009/08/19(水) 10:43:26 ID:7N909CfQ
>284 :一在家:2009/08/19(水) 10:19:04 ID:sPqoOyVi
三宝「仏法僧」についてふと思ったことですが、正法の時代と
末法の時代との認識の差が何かということです。

くだらないですね。
そもそも末法思想などはインドに無く、中国産の思想でしょう。
迷信の部類で語っても、ますます道を外すだけ。
292神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 10:44:26 ID:8QKvZk9z
うちの市のはずれにある病院には、「神様」が5人と、「大魔王」が2人
いるそうです。

聞くところによると、仲は良いそうです。
293神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 10:52:20 ID:BiT8+Hnl
>>289
たとえばアインシュタインはユダヤ人ですが、
人格神は信じていません。私の信じる神はスピノザの神です、
というような言葉を残しています。

数学者のエルデシュなどもユダヤ人ですが、
全ての定理を知る者という架空の存在として神をとらえています。

そもそもスピノザ自身がユダヤ人です。

中国は案外迷信深いです。教育水準が欧米並みになると道教などから離れ
もう少しノーベル賞が取れるようになるのではないでしょうか。
294 ◆Op7VWBpodg :2009/08/19(水) 12:37:40 ID:jPGUaGf6
>>270
>普通、「去らないところ」といったら「もののありか」すなわち「虚空」
>のことだと解釈するだろ。
★ あなたは虚空を知っているのか。知るはずないよね。 
 
>現代風にいえばデカルトの座標だね。
>古事記なら天の御中主のおわす処だね。www
★ わかりやすく話せないのは、何も知らない証拠だろう。
295 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 12:50:46 ID:jPGUaGf6
>>206 机龍之介氏
>台風は前進するわけないですね。
>刻一刻と気圧配置が変化してるだけですよ。

>あのですね、台風ってのは進んだり後退したりはしないんです。
>そのように考えた方が理解しやすい。ってだけです。
296 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 12:55:32 ID:jPGUaGf6
>>243 机龍之介氏
>自然界では、ただ気圧がアンバランスになってるだけ。
>「来る」とか「去る」とかは、
>これは人間が便宜上において言ってるだけ。

>この人間が便宜上において通用する言語を用い、
>そして共通認識を前程としてコンセンサスを得ることを世俗諦といふ。
297 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 12:59:32 ID:jPGUaGf6
>>248 机龍之介氏
>どこから去るかって?
>それは去らないとこから去るんです。
 
>去らないとこが前程となりますから、
>去るということ自体が論理矛盾になります。
298 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 13:02:08 ID:jPGUaGf6
>>250 机龍之介氏
>去るといいますのは、つまり「去らない」という相反する前提なくして
>「去る」という意味はないのです。

>ですから「去る」は「去らない」という全く相反する意味も含んでまして、
>そもそも言語自体が、このように相対概念でしか意をなさない。
>といふことなんであります。
299机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 13:22:01 ID:UHWyFjgv
>>298
知ろうとすれば、かえって拘りとなり法から離れる。
法は、知るとか、知らないとかには属さない。
その「知ろう」とするワダカマリが滅甚し、是非など全くありゅらん。
なる境地こそ道といえよう。

「仏道といふ道はない、ただ足跡だけが残るだけである」。by道元

300神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 13:32:44 ID:rQ+r4N83
>◆E4bNl5MIvU 氏

相互依存的・相対的でない物が、唯の一つでもあれば挙げてご覧。例え
ば、「神」は、人間の観念作用の産物であるという点で人間に依存し、
人間は、自らの観念で作り出したその「神」を信じることにより、神に
に依存する。従って、神には自性はなく「空」である。
301 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 13:37:13 ID:jPGUaGf6
机氏の混乱した発言を並べてみた。
混乱の原因は、台風の動きを否定しようという転倒妄想にある。
 
台風がAで発生し、台風はAから去りBへと向かっている。
Bではいつ来るのかと台風への警戒を開始した。
これが言語へのコンセンサスであり、共通認識だろう。
 
これに対し机氏は、台風は不去不来、台風は前進もなく後退もない、
台風は動かない、去らないところから去ることはない、などと
わけのわからない、おかしなことを言っている。
 
机氏を信じたら、台風の被害が増えこそすれ減ることはない。
大乗が邪教である証拠ではないだろうか。
302ken:2009/08/19(水) 13:38:13 ID:7N909CfQ
>>299「仏道といふ道はない、ただ足跡だけが残るだけである」。by道元

机さん、禅問答で翻弄しているようですが、釈迦原初の教説に照らして
異論があります。
日々、煩悩滅のための自己観察行としての修養が、道でしょう。
釈迦は、ただ道を標した。
行くのは己一人のみで、随行員も誰も居ない。

「スバッダよ。わたしは出家してから五十年余となった。
 正理と法の領域のみを歩んで来た。
 これ以外には、道の人なるものも存在しない。」
「他の論議の道(他派)は空虚である。道の人を欠いている。」
(『ブッダ最後の旅』中村元、150頁〜)
303神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 13:44:07 ID:rQ+r4N83
>>301
竜樹は、「台風とは、気圧の変化である」という現代の気象学の知見
を先取りしている訳だ。
304 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 13:45:03 ID:jPGUaGf6
>>300
その前に<相互依存的><相対的>を定義しないと始まらない。
神とかではなく、身近な具体的な物で説明してください。
305机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 14:05:38 ID:UHWyFjgv
>>301
>台風がAで発生し、台風はAから去りBへと向かっている。

向かってないよw

三世実有論で語ちてるんじゃ〜ないんですよ。
中観の流れでレスしておるんですから。

台風の流れはない。
観測データを元に、人間が予見して、だいたい予測が的中してるだけ。
縁起にはそもそも方向性はない。

例示すると、
ボヤがあっても大火になるとは限らない。
大火になる。と予測するのは因果。
縁起と因果は違うんだよw
306神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 14:06:40 ID:rQ+r4N83
>>304
神は、君にとって「身近な具体的な物」ではなかったのかねw。だったら、
君の空想の産物だ。初めから、問題にならない。

人間の身体を含め、すべての物質は、原子の関係的集合によって構成さ
れる。物質が分解すれば、最終的には原子になるが、その原子は、万物
を循環して、さらに他の物質を構成する。原子自体も、素粒子の関係的
集合。従って、物質によって構成されるこの世界自体が、相互依存的、
相対的存在。

人間は、独りでは絶対に存在できない。他者が認識してくれなければ、
その存在もない。このことは、他者についても、全く同様である。
「個は、他との関係性においてのみ存在する」。これが、「縁起・空
(関係性・相互依存性・相対性)」である。
307一在家:2009/08/19(水) 14:16:06 ID:mEJ7/p4M
>>300
>相互依存的・相対的でない物が、唯の一つでもあれば挙げてご覧。例え
>ば、「神」は、人間の観念作用の産物であるという点で人間に依存し、
>人間は、自らの観念で作り出したその「神」を信じることにより、神に
>に依存する。従って、神には自性はなく「空」である。

横レスで済みませんが、貴兄のかきこの「神」を「仏」に差替えて
みました。

「仏」は、人間の観念作用の産物であるという点で人間に依存し、
人間は、釈尊の観念で作り出したその「仏」を信じることにより、仏に
に依存する。従って、仏には自性はなく「空」である。

「仏は常住」か否かという命題に帰着し、他の住人からも回答が出ていない
難問のようです。
308神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 14:21:49 ID:rQ+r4N83
>>302
「釈迦原初の教説」においては、「空」の解明は、極めて不十分であった。
その解明は、釈迦の「ヒント」に基づく、竜樹の類い稀な頭脳による
思索が必要であった。原始仏教が、「極めて不十分な体系」であり、多
くの異説と混乱を招いている所以である。従って、日本の仏教宗派は、
オウムを除いては、原始仏教は採用していない。
309 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 14:25:02 ID:jPGUaGf6
>>305
台風の予測は実際に役立つかどうかがすべてである。
三世実有とか中観など、どうでもいい。
 
実際に役立つかどうか、これによって
真の哲学かどうか、真の宗教であるかどうかが見分けられる。
310机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 14:26:35 ID:UHWyFjgv
>>302  ken氏
>日々、煩悩滅のための自己観察行としての修養が、道でしょう。

そうですね。
「心は明鏡台の如し時々払拭せよ」。というのは確かに塵払ですから精神修養であります。
ところがこの始祖からの流れから一転する時期を迎えるのです。
ここで北宗と南宗とに分裂するわけですが、

どうも、現在において北宗を語ちる人は殆どおらんよぉですよ。
北宗は精神修養に間違いないです。
これは少林寺拳法に受け継がれてますから。

「仏道といふ道はない、ただ足跡だけが残るだけである」。by道元
この道元の言葉は、やはり南宗の特徴を如実に顕してるかと思います。
とはいえ、
日本禅は、やや北宗も混合している感はありますね。
しかしながら、やはり南宗の特徴は中国まで遡らねばならんでしょうね。
主流は頓修頓悟ですよ。
漸修というのも、あるにはあるんでしょうけど、現時点ではあまり資料はありませんです。
311一在家:2009/08/19(水) 14:28:37 ID:mEJ7/p4M
長部経典の「大本経」では、釈尊が過去六仏について説かれたという
記載があります。
最初の仏のヴィパッシン仏は宇宙劫スケールの過去に存在しました。

「大本経」の終章では、釈尊は自身の記憶が正しいか確認する為に
神界に行って、ある神から記憶が正しいことを保証されます。

原始仏教での神も仏も宇宙劫スケールの寿命があり、仮に「常住」だと
定義しても差し支えないかと存じます。
312神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 14:28:42 ID:rQ+r4N83
>>309
「台風の実際の予測」に、「気圧の変化」という「縁」を考慮しなかったら
無意味だよ。まさに五里霧中で、予測などできない。
313神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 14:32:11 ID:mEJ7/p4M
>原始仏教での神も仏も宇宙劫スケールの寿命があり、仮に「常住」だと
>定義しても差し支えないかと存じます。

まあ龍樹から見れば、宇宙劫スケールの過去も現在と同時に存在しますから
釈尊がわざわざ神界に行かなくても分るはずでしょうね。
314 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 14:32:30 ID:jPGUaGf6
>>306
注意しておくけど、神は<物>ではない。
それから、原子の存在は、大乗の祖師・世親の『唯識二十論』によって
否定されている。一読をすすめる。
315 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 14:39:34 ID:jPGUaGf6
>>312
台風の予測? 台風それ自体が机氏によって否定されている。
316神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 14:42:34 ID:rQ+r4N83
>>311
「世界を空と観ぜよ」と教えた釈迦が、「神仏」の「実在」など認めたら、
完全に矛盾していることになる。原始仏教が、単なるカルト宗教とも
解される所以である。

それに、「神」とは、「人間にあらざる(観念・空想上の)存在」。
「仏」とは、「すべての人間がなりうるもの」「人間そのもの」。君は、
基本的に誤解している。

佛教の最も優れた特徴は、それが「人間」から絶対に離脱することがな
いことである。
317神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 14:47:14 ID:rQ+r4N83
>>314
「存在」には、「実在(物質)」と「非実在(空想)」以外にはない。
神が、「実在(物質)」でなければ、「非実在(空想)」であり、空想
は、百人百様で、その正誤・正邪を判断する基準は皆無なのだから、
いかなる考慮にも値しない。
318机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 14:47:46 ID:UHWyFjgv
>>315
予測は否定してないよ。
人間は経験則において予測することができる。

しかし反面、知識というのは錯誤でもある。
319 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 14:49:34 ID:jPGUaGf6
中論の不去不来は詭弁であった。
これは中論の根本命題だから、中論は詭弁の書であったとも言えよう。
そして空の思想がまやかしであったと言ってもいいだろう。
 
空の思想がまやかしであったということは、
アートマンが存在する可能性が濃厚になったことを意味する。
320神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 14:56:48 ID:rQ+r4N83
>>319
君が、どこかの宗教から信じ込まされた、人間の観念作用の産物に過ぎない
「神」こそ、「まやかし」の典型ではないのかね。

竜樹は、あくまで「実在(現実界)」の本質を分析・解明したのである。
321神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 14:59:08 ID:TJfxv7WQ
みんなオナニーしたか?
322神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 15:05:21 ID:8QKvZk9z
    本日の取り組み
    
  野狐禅  VS  妄想神

勝敗予想

「肩透かし」にて野狐禅の勝ち
323 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 15:05:37 ID:jPGUaGf6
>>318
あなたは、台風は動かない、台風は前進も後退もしない。
そう考えるあなたは、台風の進路予測を放棄しなければならない。
324神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 15:15:24 ID:73dLOoYc
生物(DNA)・社会・歴史に要請されたコード(神仏(仏典など)などの既成概念を含む)
によって縛られた無明自己意識の「解体」

        と

       「再生」

 ここで展開されている論議は、すべて、既成コードである。

このレスも既成コードであるという矛盾がある。これが限界だ。
325神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 15:18:26 ID:73dLOoYc
◆E4bNl5MIvU はアフォ過ぎる。

ゆえに、まだ見込みがある・・・・のかもしれない。
326一在家:2009/08/19(水) 16:07:32 ID:sPqoOyVi
>>316
>「世界を空と観ぜよ」と教えた釈迦が、「神仏」の「実在」など認めたら、
>完全に矛盾していることになる。原始仏教が、単なるカルト宗教とも
>解される所以である。

本スレで宝珠氏が何度も言われてますように「現象世界を空と観ぜよ」だという
解釈は無いのでしょうか。それならば矛盾が無いと思います。

現象世界の定義は五感または機械を使って観測できる世界で宜しいでしょう。
例えば視覚で見える波長は個人差がありますが360〜830nmでしょう。

つまりそれより波長の長い光も短い光も貴兄には見えないのです。
当然、可視光線以外の光が反射した存在や放射する存在は見えない。
他の五感でも感受できる範囲は狭く、感受できない存在の方が遥かに多い
ことは高校生程度の科学知識でも分ると思います。

「神仏」が五感に感受できない波長の存在であり、釈尊がもし六感を使って
「実在」を認めて説かれた内容が原始仏典に記載されている可能性もあり、
カルト教だと断定することはできないでしょう。
327神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 16:13:21 ID:8QKvZk9z
全て「だったらいいな」の願望と推測。
「経典に記載されている事実」以外を勝手に推測して、語ることは禁止。
328神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 16:23:14 ID:BiT8+Hnl
>>326
> 本スレで宝珠氏が何度も言われてますように「現象世界を空と観ぜよ」だという
> 解釈は無いのでしょうか。それならば矛盾が無いと思います。

原文に勝手に追加や削除をするのはNGだと、何度か指摘されているはずですが、
たとえば「彼は人を殺した犯罪者です」という文に「夢の中で」という限定を加えたら
全く意味が変ってしまいます。

このような指摘に関してスルーする理由は何ですか?

そもそもある対象を空と観ずることと、その対象が実在するか否かは関係のないことです。
空を全く理解していないから、頓珍漢なレスに更に頓珍漢な返答を返すという異常事態が起こるのです。
329神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 16:25:47 ID:73dLOoYc
>>327
>>326の一在家は妄想のみだが、
「経典に記載されている事実」とやらも既成コードであり
妄想なんだよ。
330ken:2009/08/19(水) 16:31:08 ID:7N909CfQ
>326 :一在家:2009/08/19(水) 16:07:32 ID:sPqoOyVi
本スレで宝珠氏が何度も言われてますように「現象世界を空と観ぜよ」だという
解釈は無いのでしょうか。それならば矛盾が無いと思います。


釈迦が、所謂今解されている空を説いたと認める専門家、学説は少ないでしょうね。
ほとんど皆無と言ってよい。
原初の「小空経」『マッジマ・ニカーヤ』第121経 や漢訳:中阿含経、
一九〇経(『大正蔵』一、七三六下〜七三八上)などに認められる空説は、
竜樹の空論とは少々異なります。
初期仏教期から部派仏教、説一切有部などの時期を経てその論師達により
釈迦の教説が、たとえば法数分類などのように体系付けられて行く過程で、
難解を極められたと考えられます。
331机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 17:04:08 ID:UHWyFjgv
>>323
>あなたは、台風は動かない、台風は前進も後退もしない。

そうであります。
知識は錯誤でありまして、また不知は虚無であります。
でありますから「知」と「不知」から解脱なされ、
透過されまよう祈念いたします。
332 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 17:09:38 ID:nj1fqd6e
>>323 の訂正です。
>>318
>あなたは、台風は動かない、台風は前進も後退もしない、と言っているが、
>そう考えるあなたは、台風の進路予測を放棄しなければならない。

・・・・・・・・・・・・
それから有部の<三世実有・法体恒有>という視点からの、
「去る」の実体視を竜樹が批判しているという話は、
このスレの共通認識だと思いスルーしている。現代人には無用な議論であり、
その古臭さをもって竜樹を批判しても仕方ないから。
333机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 17:20:19 ID:UHWyFjgv
>>332
>あなたは、台風は動かない、台風は前進も後退もしない、と言っているが、

そうであります。
台風は動いておらんのです。
貴殿の心が動いておるんです。

この公案は南宗禅の伝統でして、
本来無一物ならば心などあろうはずがない。
ってことになりますが、
この公案はあくまでも世俗諦と鑑みました公案です。

334 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 17:21:05 ID:nj1fqd6e
>>331
他人のことより自分の頭のハエを追え、と言うではないですか。
あなたの知識はまったく役に立たないチリホコリ。
台風が動かないのでは、台風情報も耳に入らないでしょう。
335神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 17:46:57 ID:73dLOoYc

ほんと、このスレは思想家ならぬ「指想家」がほとんどだなw
一体何のために議論しているのやら。

>>330
>専門家、学説(笑


336 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 17:48:12 ID:nj1fqd6e
>>333 机龍之介氏
>そうであります。
>台風は動いておらんのです。
★ こんなことを言うから、大乗は邪教だと世間から言われるのですよ。
台風情報を無視してどうするのですか。あなたは正気ですか。

>本来無一物ならば心などあろうはずがない。
★ 心がなければ唯識も成立しないけど? 唯識は信じてないのですか。

>この公案はあくまでも世俗諦と鑑みました公案です。
★ 台風に公案は不要。かっての皇軍のように戦線を拡大しないように。
不去不来を具体的に説明できればそれでいいのですよ(~~)
337一在家:2009/08/19(水) 17:51:50 ID:sPqoOyVi
>>330 ken氏
>釈迦が、所謂今解されている空を説いたと認める専門家、学説は少ないでしょうね。
>ほとんど皆無と言ってよい。 (中略)
>釈迦の教説が、たとえば法数分類などのように体系付けられて行く過程で、
>難解を極められたと考えられます。

やはり、そうですか。
現代のように難解な「空」に至る過程の参考になりました。
338神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 17:54:57 ID:NWjsiVtI
何を議論してるのかよくわからないです。
いったいこのスレで何が問題になってるんですか?
339ken:2009/08/19(水) 17:59:25 ID:7N909CfQ
>335 :神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 17:46:57 ID:73dLOoYc
>>330 >専門家、学説(笑

どうやら笑われたようですが、アートマンを空観に求める無理を
指摘したつもりでした。
上からの目線の嘲笑は、既成コードではないようですね。
340ken:2009/08/19(水) 18:06:17 ID:7N909CfQ
>338 :神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 17:54:57 ID:NWjsiVtI
何を議論してるのかよくわからないです。
いったいこのスレで何が問題になってるんですか?

はい、スレ主さんの問題提起が少々曖昧なのだと思います。
そもそもが無記ですから。
341 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 18:10:43 ID:nj1fqd6e
>>338
仏陀はアートマンを説いたか 
→ 仏陀は無我を説いた 
→ なぜなら、竜樹の『中論』が無我の根拠、一切皆空を論証した 
→ 竜樹の論証は詭弁ではないのか? 不去不来のウソを暴く。
→ ゆえに『中論』は詭弁の書。アートマンは存在する。
→ 最高の勝利者・仏陀がアートマンを知らないはずはない。  
342 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 18:26:50 ID:nj1fqd6e
肩透かしという技もあるけど、卍固めという技もあるようですね。
343神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 18:39:33 ID:zsFBLntO
我(アートマン)を知らなければ「諸法無我」と説くことはできないね。
釈迦は我を否定したんだよ。
344 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 18:47:56 ID:nj1fqd6e
>>343
もう何回も指摘されているはずだが、
「諸法無我」を説いている我はいったい何だろう?
我を否定している我はいったい何だろう?
345机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 18:54:20 ID:UHWyFjgv
>>336
>★ 心がなければ唯識も成立しないけど? 唯識は信じてないのですか。

唯識の話はしておらんじゃ〜ないですか。
話がdjんじゃ〜ないでしょうか?

唯識と中観は違います。
有部→唯識の流れです。
つうか、貴殿はそもそも仏教には関心がないことが判明しました。
346神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 18:58:43 ID:0EOZ0TGB
>>344
その「我」も、「相互依存性・関係性」故に「空」であることを理解
することを「悟り」という。「諸法」は、文字通り「我」も含む。

君の「我」が、どれほど多数の「他の要素」に依存・関係しているかを、
ノートに書き連ねてみるとよい。現在の精神医学において、宗教由来の
唯一の治療法である内観法は、この我の依存性と関係性を自覚させること
により、精神病を治療する。
347 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 19:04:46 ID:nj1fqd6e
>>345
無一物と言うから唯識はどうなのかと聞いただけです。
それに、判明したも何も、つねにアートマンを主張してますが(~~)
仏陀はまちがいなくアートマンを説いたのであり、
これが仏説であり仏教でしょう。
348机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 19:10:37 ID:UHWyFjgv
>>347
>これが仏説であり仏教でしょう。

仏説は、アートマンなど存在してない。
ってのが仏説です。

それじゃ〜あんまりだから、やわらかく否定しているだけのこと。
君だけに話すけど、
神もなにもかもおらんのですよ。
ましてや、アートマンなど、あろう訳はない。
残念ですがそれが実相ですね。

まあ、そういうことでありんす。
349 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 19:18:56 ID:nj1fqd6e
>>346
君はもっともっと勉強しなさい。相互依存の定義ができてない。
諸法に我は入らない。病気の定義ができてない。
 
君には「隗より始めよ」と言っておこう。
悪いことは言わない。まず内観法から始めなさい。
350机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 19:22:10 ID:UHWyFjgv
>>349
もし、貴殿が神を信仰してるなら、仏教は害毒です。

自らが信じる神に信仰を向けるのが、貴殿にとって一番いいこと。
神を審判に掛けるのは道義に反しますよw
351335=いかりや長介:2009/08/19(水) 19:23:21 ID:73dLOoYc
>>339 for ken≒?指想士

空 仏智 超コード
352神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 19:25:58 ID:p/je1BWy
>>348 「神もなにもかもいない。ましてやアートマンなどあろうはずもない。」

なんだ机氏はわかってるじゃない。
ならば、回りくどく表現ぜずに、はっきり言えばいいと思うが。
353 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 19:30:03 ID:nj1fqd6e
>>348
こういった場所で君だけになどと言われても困るけど、
如来はいない、涅槃は存在しない、アートマンは存在しないなど、 
そういったことは竜樹が『中論』で説いてますよね。
 
竜樹の説くところは無神論であり唯物論そのものでしょう。
大乗が邪教と言われる由縁ですね。
354机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/19(水) 19:35:59 ID:UHWyFjgv
>>353
>こういった場所で君だけになどと言われても困るけど、

いやいや、皆さんは既に解っておるんですよ。
貴殿だけ解らんもんだから、
貴殿にズバリ返答しただけ。

ズバリ言わんと貴殿は解らんもんだから・・・
これで仏説は納得して頂けましたか?
355 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 19:40:37 ID:nj1fqd6e
>>352
世俗諦とか勝義諦とか縁起だとか空だとか不去不来だとか、
みんな相手を煙に巻くためのアイテムにすぎない。
 
少し素直になってきたのは、口から出任せを言うことに、
自己嫌悪を感じ始めたからではないか。
356神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 19:49:05 ID:zsFBLntO
>>344
>我を否定している我はいったい何だろう?
まだ、我と五蘊の自己の違いがわからないようだね。
実体とはどういうことか解ってるのかな?
空が怖い人にはワカラナイだろうな。
357ken:2009/08/19(水) 19:50:10 ID:aKiDdMT2
>352  なんだ机氏はわかってるじゃない。
ならば、回りくどく表現ぜずに、はっきり言えばいいと思うが。

机さんは、推測で申し訳ないが竜樹の中論に整合性を熟考している多少の自己?に、
遠回りした言い回しで答えているようです。
信仰と論理の狭間でしょうか。実は知っている、といったところでしょうね。

358神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 19:52:09 ID:zsFBLntO
>>353
>竜樹の説くところは無神論であり唯物論そのものでしょう。
唯物論では物体は実体だろうね。龍樹の空論では物体も空だね。
明らかに空論と唯物論は違うね。
359宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 19:53:19 ID:m/CroCwA
>>291
末法はありませんが、

その代わりに弟子の説いた大衆受けする外道経典が人々の支持を集め、
ご自身の教えを纏めた経には耳を傾けず、放置されて読まれなくなる。
と、未来の様子について警告していますね。
『サンユッタ・ニカーヤ20.74-5』
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1249512691/29

>>340
>このスレの趣旨としては、無記だから---議論そのものが無意味だ。無用だ---ということではなくて・・、
>「アートマンは無い」と断じる派が主流を占めている現状を無批判に了承するのではなく、それを今一度、
>再確認しよう!と呼びかけるものなのです。>>118

このスレの姿勢としては、
「無記に決まっているので、議論すらも無用」というのではなく、
もし、それが本当に正しい見解であるならばその理由を説明しましょう!というものです。
それを仏教の知っている人(及び、知ってるつもりになっている人)、仏教のよく知らない人に対して
説明する義務があります。

もちろん、他の見解を持つという人がいれば、その理由も説明して貰いましょう。
というスレです。m(__)m
360 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 19:54:34 ID:nj1fqd6e
>>354
言い訳は不要。机氏が単なる唯物論者であることがわかった。
そして机氏を通し、大乗のくだらなさを理解できた。
大乗の未来に暗雲が待ち構えている(~~)
361 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/19(水) 20:01:57 ID:nj1fqd6e
竜樹の説く空は詭弁であり、単純に唯物主義の断滅論にすぎない。
中道は見せかけであり、その中身は単なる虚無主義である。
362ken:2009/08/19(水) 20:16:24 ID:aKiDdMT2
>359 このスレの姿勢としては、
「無記に決まっているので、議論すらも無用」というのではなく、
もし、それが本当に正しい見解であるならばその理由を説明しましょう!というものです。

スレ主さんであるあなたの引用先が、充分に結論を示唆していると思います。
それとも、他の意図があるのでしょうか?
363宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 21:04:13 ID:m/CroCwA
>>362
>スレ主さんであるあなたの引用先が、充分に結論を示唆していると思います。

それは、議論の題材となればと提示したURL(『無霊魂論としての仏教』)です。
もちろん、納得いかずに意義を称える人がいるということであり、
議論の余地はあるのではないでしょうか?

少なくとも議論を封印してしまう姿勢には危惧します。
伝統解釈であるからという権威付けにおいて、異論を黙殺するのには反対します。
伝統主流であるならば、その説明義務を負っているものと思います。
尚、私はその説明には不備があると主張してきました。
(他の方々からもいろいんな意見があると思われます)
364ken:2009/08/19(水) 21:18:49 ID:aKiDdMT2
>少なくとも議論を封印してしまう姿勢には危惧します。
伝統解釈であるからという権威付けにおいて、異論を黙殺するのには反対します。
伝統解釈であるならば、その説明義務を負っているものと思います。
尚、私はその説明には不備があると主張してきました。

伝統解釈?伝統主流? 何を基点に置いた感想でしょうね?
少なくとも釈迦の思想を探求すれば、あなたのような疑念は生じない。
自らメガネを外して、今一度 釈迦の思想の統一性を検証してみるべきです。
何度も言いますが、最初から結論が出ていることにあなたが迷妄し、
そのツケを掲示板に求めているゆえに、この板のテイタラクがある。
違うなら、あなたに他の意図があるのか?な、と困惑しますね。
365宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 21:29:37 ID:m/CroCwA
>>364
>何度も言いますが、最初から結論が出ていることにあなたが迷妄し、

「最初から結論は出ている」という“その姿勢”に疑問なのです。
仏典の説明(記述)は曖昧で抽象的であり、いろいろな解釈が可能です。
ゴータマが在世であれば、いろいろ質問を問うことで疑問を氷解するでしょうが・・それは現実に無理であり、
いずれの解説物もその曖昧で抽象的な記述(仏典)を元に述べています(オウム返しのように)。
以前、真言氏は教えというものは本来、(経典を)読んで理解しようというものではなく、
師から口授(口伝)で学んで、体得していくものだということを述べていました。
そうして初めて、経文の記述の意味が解されるのだと。
なるほど・・そうなのだろう、とは思いました。
366ken:2009/08/19(水) 21:42:28 ID:aKiDdMT2
>365 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
「最初から結論は出ている」という“その姿勢”に疑問なのです。

宝珠さん、私は何度も申し上げております。
釈迦の教説をよく知る者なら、当然の「無記」をです。
その釈迦の姿勢に違背し、碩学が2500年間議論しても結論を
導き出せなかったその事実に、あなたは真摯に向き合うべきでしょう。
あなたの迷妄が問題なのか、別の意図があるのか?
少なくともあなたの迷妄に対することならば、私など凡人の枠外ですね。
367宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 21:57:00 ID:m/CroCwA
>>366
私は、「無記」の姿勢そのものに対する異論ではありません。
「アートマンはない」という無我を説いたとする主張に対する異議です。
368神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 22:03:36 ID:zsFBLntO
>>367
>「アートマンはない」という無我を説いたとする主張に対する異議です。
自己にはアートマンは無いということが自己は無我であるということだろ。
369神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 22:14:54 ID:BiT8+Hnl
>>367
だったら無我論について異議ありのスレタイにすべき。
アートマンを説いた?であれば、別に説いてないし、で終了。
370ken:2009/08/19(水) 22:22:43 ID:aKiDdMT2
>367「アートマンはない」という無我を説いたとする主張に対する異議です。

レスした掲示をキチンと読んでいないのは、スレ主さんの大きな怠慢だ。
あなたが疑問視しているそのような諸説を 先ずは提示してください。
仏教一般での無我は、我執を否定しその滅尽の到達点を示した”無我”
ですよ。
清浄行と戒律を無視して、仏教の無我などを斟酌できません。
あなたが、ただ迷妄しているだけだ。
残念ながら神智学に固執された観点では、無理でしょうね。
371宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 22:23:20 ID:m/CroCwA
旧7さん、ご紹介に感謝!
『パーリ仏典入門』が到着しました。平成20年6月第1印発行とは新しい書籍ですね。
思ってた以上に分厚いですが・・紙質の関係なのか軽い本です。
定価3100円(税別)が格安で手に入りました。これは良い書籍です。

【目次】
《 序 章 》 パーリ仏典とは何か 「仏」ということ/パーリ仏典/仏語の世界 
《 第一章 長部経典 》 長部経典の構成/梵網経/沙門果経/大般涅槃経/大念処経/世起経/シンガーラ経 
《 第二章 中部経典 》 中部経典の構成/1 根本五十経篇/2 中分五十経篇/3 後分五十経篇 
《 第三章 相応部経典 》 相応部経典の構成/1 有偈篇/2 因縁篇/3 蘊 篇/4 六処篇/5 大 篇 
《 第四章 増支部経典 》 増支部経典の構成/1 一法集/2 二法集/3 三法集/4 四法集/ 
5 五法集/6 六法集/7 七法集/8 八法集/9 九法集/10 十法集/11 十一法集 
《 第五章 小部経典 》 小部経典の構成/1 小 誦(クッダカパータ)/2 法 句(ダンマパダ)/3 自 説(ウダーナ)/ 
4 如是語(イティヴッタカ)/5 経 集(スッタニパータ)/6 天宮事(ヴィマーナヴァットゥ)/7 餓鬼事(ペータヴァットゥ)/
8 長老偈(テーラガーター)/9 長老尼偈(テーリーガーター)/10 本 生(ジャータカ)/ 
11 義 釈(ニッデーサ)/12 無碍解道(パティサンビダーマッガ)/13 譬 喩(アパダーナ)/
14 仏種姓(ブッダヴァンサ)/15 所行蔵(チャリヤーピタカ) 
《 第六章 律蔵 》 律とは何か/僧団の和合 《 終章 仏道 》 パーリ仏典を学ぶために/あとがき
372旧7:2009/08/19(水) 22:23:27 ID:awp278nF
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247932847/
778 旧7 sage 2009/07/26(日) 00:50:52 ID:lzrqwea4
>> 777
「文言上は非我であり、文脈上(或いは認識上)は無我である」
というのが伝統解釈(の構図)だと思うよ。

「文脈上も非我」であり、且つ「(認識可能なものとして)我の在所を示し得」れば、貴方方の勝ちだw
(それは、「文献上」でも構わないし「追体験」によるものでも構わないだろう・・。)



おやすみw  ノシ
373宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 22:27:14 ID:m/CroCwA
>>370
>仏教一般での無我は、我執を否定しその滅尽の到達点を示した”無我”ですよ。

それならば同意します。
「アートマンはない」と説いたいうものでなければ!
374神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 22:30:06 ID:p/je1BWy
仏陀はアートマンを説いた?

「説いていません。」て終了か。

なるほど、非常に簡潔ではっきりしている。
これに異議を唱える人いるの?
いるなら、出ておいで。
375ken:2009/08/19(水) 22:35:49 ID:aKiDdMT2
>373 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 22:27:14 ID:m/CroCwA
>>370
>仏教一般での無我は、我執を否定しその滅尽の到達点を示した”無我”ですよ。

>>それならば同意します。
「アートマンはない」と説いたいうものでなければ!

ですから、宝珠さんがすでに示唆された引用の解釈を申し上げている。
灯台許暗し に過ぎませんでしたね。

376ken:2009/08/19(水) 22:37:26 ID:aKiDdMT2
>372 
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247932847/
778 旧7 sage 2009/07/26(日) 00:50:52 ID:lzrqwea4
>> 777
「文言上は非我であり、文脈上(或いは認識上)は無我である」
というのが伝統解釈(の構図)だと思うよ。

簡潔です。

377宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 22:42:28 ID:m/CroCwA
>>374
たしかに、
パラモン教のアートマンは説きませんでしたが、

単純にいうと、
本来、清浄であるところの真実の自己に立脚することを教えたものと言えると思います。
その最終的な完成がニルヴァーナであり、その境地(状態)は永遠のものです。
これは決して、存在論を説いたのではありませんが、

我執を無くして不生不滅のニルヴァーナに至るというのは、
真実の自己(真我)の確立(バラモン聖典の教え)と最終的には同じものを指していると思います。
たんにアプローチの違いだけです。ただし段階というものがあるわけです。
真実の自己ではないものを自己と見なしてしまうという・・その段階のこと。

資料の打ち込みはほぼ終りました・・。
また、後日に。
378神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 23:16:23 ID:0EOZ0TGB
>>377
>真実の自己(真我)の確立

真実の自己(真我)とそうでない自己とを判断するのは、どの自己かね。

自己がいくつもあったら、それは、自己の分裂、多重人格、自己の崩壊だよ。

あまりおかしなことを口走らないこと。
379神も仏も名無しさん:2009/08/19(水) 23:22:51 ID:sJdujvNX
龍樹は言語世界でアートマンと神と仏がいないと証明した。

龍樹は言語世界で有部を当て馬にして空と縁起を証明した。

これが実相だから、あまり龍樹に固執せんこと。

f^_^;
380ken:2009/08/19(水) 23:29:11 ID:aKiDdMT2
>>377 その最終的な完成がニルヴァーナであり、その境地(状態)は永遠のものです。

宝珠さん、涅槃を永遠と解釈するそのあなたに、あなたの主張の限界が生じている。
涅槃とは、永遠なる境涯ではありませんよ。
381宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 23:34:43 ID:m/CroCwA
>>378
>真実の自己(真我)とそうでない自己とを判断するのは、どの自己かね。

仮和合である自己が、真我を求める教えに触れて(教えを理解し)、
真実の自己の確立を目指した意識的に歩む。
そして、修行の完成域おいては、仮和合の自己が本当の自己ではなかったことを直知(体験)するのです。
それがニルヴァーナであり、真我の確立です。

>自己がいくつもあったら、それは、自己の分裂、多重人格、自己の崩壊だよ。

自己の多重構造(多重性質)は近代心理学も知るところです。
自覚できる自己意識は真実の自己ではない、と知るところから新しい前途が開く。
これがインドの思想の根本です。
あとは方法論の違いであり、体験によってそれが真実であることを確認していきます。
382宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 23:42:23 ID:m/CroCwA
>>380
>涅槃とは、永遠なる境涯ではありませんよ。

同じです。
「常住」でなくてもなんでもいいのです・・
伝統主義者はバラモン経典、仏典・・言葉が違うともう理解できないのです。
言葉が違えばそれは違うものとしてしか理解できない。

仏典では、これを“没すること無き境地”(ウダーナヴァルガ26-29)だといっています。
再び転落するようでは仏教の目指す境地は究極とはいえません。
これが、このスレとしては最も重要なポイントなのです。
これが分れば、後はまぁ〜どうでもいい。
383宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 23:44:47 ID:m/CroCwA
「没することが無い」ことを日常言葉では、「永遠」「永久」というのです。
384旧7:2009/08/19(水) 23:48:33 ID:awp278nF
>>377
>パラモン教のアートマンは説きませんでしたが

『「バラモン教のアートマン」でないアートマン』(という概念)が、当時のインドにあったと?
その言葉(用語)、その概念、その使用例、はどこに?
また、
語が同じである場合でも、その意味内容が異なるということが示されている例があるのか?
また、
仏典に於いて、『「バラモン教のアートマン」でないアートマン』が説かれている個所はどこか?
(読み解き方に於いてその方向性を暗示させる幾つかは、今シリーズでも既に提示されていますが・・・。)

また、
『「バラモン教のアートマン」でないアートマン』と、
『我々が自身を内省し、自身の「生」というものを直視し受け止める時の、「実存的自己」』
は、同か異か?
上記のような点がはっきりした上で、≪もし、同であるならば≫、その時には、
後者は仏典で説かれており(→上で触れた既に提示された幾つかの文句)、
前者と後者は同であるので、≪仏典でも『「バラモン教のアートマン」でないアートマン』は説かれている≫
と言い得るかもしれないw


>>382
ま、とりあえず「片山入門」を熟読するこったw
385宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/19(水) 23:57:23 ID:m/CroCwA
>>384
確かにそのご指摘部分がポイントになります。

私が提示する資料を読まれれば、
「バラモン教のアートマンでないアートマン」ということの意味が見えてくるかと思います。
つまり、バラモンの説くアートマン観に同意せずに真実の自己を求めることを説く上において、
アートマン議論(論争)の起こりを封殺したかった意図も・・。
386旧7:2009/08/20(木) 00:15:20 ID:DoeGlIz/
>>385
ただ、
「真実の自己」「実存的自己」「生きる上での軸となる自己」等々を、
「アートマン」と呼び得るのかどうかは疑問ですがね・・・w
387宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 00:31:44 ID:buk+wY4a
>>380
「無常なる世界から解脱」するということは、
「無常ではない世界(境地)」であるということです。
「無常ではないというのは変滅しない」ということです。
1度、解脱したブッダ存在である如来が再び凡夫へと転落することが有り得ますか?
ある筈がない。そのような変滅する存在(境地)は仏教の説く解脱ではありません。
つまり、如来とは永遠に続く意識状態であるということです。

何故、こんな簡単な図式が、
一々、何経のどこに書かれてあるのか?
ということでなければ理解されないのか?
が、この私には理解できません。
388宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 00:32:31 ID:buk+wY4a
>>386
残念ながら〜全部、「アートマン」という言葉で表現するようです。
であるから、やはり明確性に欠けるのでしょう・・。

いわば仏典も古代の伝統を継承する文学作品です。
そして、時代の制約を受けています(いろんな意味合いで)。
だから、私は古代の経典聖典よりも、近代の聖者の言葉に入っていった・・(時代の変色を避けたかった)。
真言氏のいう話からすれば、伝授する師ということなのでしょうが、
ゴータマの教えを正しく継承する師はいないか、自分には逢うことは無理と見なしていたので。
私の場合はラマナ・マハリシの書籍が最初の発端だった。

---おやすみなさい
389神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 00:35:34 ID:WFouk4KP
五蘊の仮和合は「自己」ではない。確かに釈迦はそう言った。
ならば、名称は「アートマン」でも「真我」でも「真実の自己」でも何でもよいが、
そういうものが『ある』と釈迦は説いたのか?

釈迦の言ったことは、「これは自己ではない」「これも自己ではない」
とひとつずつ、「自己でない」ことを確認していき、「結局、自己といえる
ものなど何もない」と言っただけでは?
その後に言をつなぎ、「これこそ、真実の自己である」と言ったのかい?
390宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 00:52:40 ID:buk+wY4a
>>389
>「結局、自己といえるものなど何もない」と言っただけでは?
>その後に言をつなぎ、「これこそ、真実の自己である」と言ったのかい?

何もなければ無価値でしょう。
真実の自己ではないものを自己(真実の自己)と同一視すことなかれ!
がゴータマの教えでした。それも違う。これも違うとは、自己ではないものに対する全否定です。
当然、それは真実の自己の確立を目指すものに決まっています。
しかし、バラモンの説くアートマン観には同意しないという姿勢なのでしょう。
後は、体験によって確認しなさいというものです。

後日、私から提示する資料をどうぞ参考にして下さい。
(まだ後は、どう纏め上げてこれを提示するか?が決まっておらず・・思案中です)

だめだぁ--ムニャムニャ(_ _)。oO○
391旧7:2009/08/20(木) 01:00:44 ID:DoeGlIz/
>>387
その《図式》しか見えない所に、貴方の視野狭窄があるということです。

>>383
>「没することが無い」ことを  >「永遠」「永久」というのです。
これも、短絡単純な帰結であることに気付くべきです。
「不死(アムリタ)」もそうですが、お定まりの定型句・決まり文句・通りの良いラベル、人口に膾炙したラベル、
である可能性を捨て切らない方がよいと考えます。

参:【最終】仏陀はアートマンを説いた!?【決着】4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1244362051/314

>>388
だからこそ、奈良さんの本も併せて貴方に薦めたんですよw
おそらく、「片山入門」よりも、貴方には響く部分が多いのではないでしょうかね・・・。


>>390
>何もなければ無価値でしょう。

(前シリーズでもそうなのですが)、
このスタンス(「>何もなければ無価値」)こそが顛倒であることに気付いて頂きたい・・・。



おやすみ  ノシ
392神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 01:02:33 ID:WFouk4KP
>当然、それは真実の自己の確立を目指すものに決まっています。

何これ?「真実の自己」といえるものが『あって』、それを理解する
ことが「真実の自己の確立」と言いたいのかな?
釈迦はそんなこと言ったのかな?

「真実の自己」   こういう言い方をするから、
「何かそういうもの」   があると錯覚をおこすのだろう。

「自己の真実の姿」  すなわち「自己といえるようなものは何もない」
これこそ、釈迦の説いたこと。    違うかい?
393宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 01:10:34 ID:buk+wY4a
日本は大乗の世界であり、
とてもゴータマ当時の教えを正しく伝授してくれるようなところはなさそうでした。
たぶん、真言氏はそれを求めて海外へ渡ったのでしょう。
南方仏教の世界にも、私にはどこにもないように思われた(決め付けでスンマセン)。
時代の変色だけはもうゴメンなので(原始仏典にも限界を感じる・・)、
近代の覚者と呼ばれるラマナ・マハリシの説く教えに触れてみようとした。
最初は外道というレッテルと偏見のままに、
そこに如何なるデタラメが書かれてあるか・・・という意識で入っていた。

以降〜仏教だけを唯一視し、
外教を邪教視することの間違いを理解したのです。
----------------------------------
>>391
う〜む・・・。
そうかなぁ。(-_-)zzz

また、ご指摘のほどをm(__)m
394神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 01:53:23 ID:ZM63vDck
あると言えば、ないと言う者が現れ、
ないと言えば、あると言う者が現れる。
そんなことを繰り返しているうちに命は尽きてしまう。

お釈迦さんは偉かったな。
395神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 02:05:01 ID:oYGbt/dQ
宝珠愚者さん
なんで、私達には前世の記憶がないの?
というより、大きな意識(神様みたいな)が前世の記憶を私達に与えたなら
ああ、もっといいところに生まれ変わろう。そして現世で修行しようと思う。
みんなが善行を積み、世界が平和になる。
修行によって進んだものにしか過去世が見られないのは何故なんですか。
396神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 02:34:05 ID:ZM63vDck
再び生まれる生があるなら、苦しみに生きる繰り返し。
一度きりの生なら、苦しみに生まれ苦しみに死す苦しみの一生。
397神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 03:23:43 ID:D1NbA7jS
>>387
> 1度、解脱したブッダ存在である如来が再び凡夫へと転落することが有り得ますか?
> ある筈がない。そのような変滅する存在(境地)は仏教の説く解脱ではありません。
> つまり、如来とは永遠に続く意識状態であるということです。

この場合の永遠は先の「没することなき」であって、永遠に存在しつづける、という意味ではなかったはずです。
涅槃とは煩悩の尽きた状態であり、何らかのものが存在している状態のことではありません。
存在していれば、それはまだ尽きるべきものが尽きていない状態なのです。
生滅するものが尽きる。生滅滅已にならないなら、つまり何らかの状態が「存在」しているなら
それはまだ涅槃ではありません。存在していないのに「続く」ということはありません。
それを状態が「存在している」かのように扱い、実体が永遠に存在しているように認識するのは間違いです。

涅槃は意識ではないし、意識状態でもありません。
涅槃は煩悩の尽きた状態です。
その時の精神状態を境地といい、それが永遠に続くという風に認識する間違いから
涅槃が霊魂やアートマンのような実体的なものであるという誤謬が生じていくわけです。

涅槃の楽しみという言い方で、禅定の精神状態を示すことがありますが、
その精神状態は禅定から出た時には変化します。つまり、涅槃到達者が禅定で感じる精神状態は
涅槃とは異なります。それは決して永遠に続くものではありません。
398神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 03:30:39 ID:D1NbA7jS
>>390
> >その後に言をつなぎ、「これこそ、真実の自己である」と言ったのかい?
> 何もなければ無価値でしょう。

価値があるものというのは、言い換えれば執着の対象ということです。
そのようなものが全て絶えたところに涅槃があります。
そのような「価値をもった真実の自己」がある限り
涅槃には到達できません。

> 自己ではないものに対する全否定です。
> 当然、それは真実の自己の確立を目指すものに決まっています。

涅槃とは何かを確立することではありません。
確立されたなら、確立されなくなることがあるはずです。
それは消えゆくものです。そのようなものが全て無くならなくては
涅槃には至りません。

煩悩が燃え尽きるのが涅槃です。
何かを確立する、という発想は、涅槃とはほど遠いものです。
399いかりや長介:2009/08/20(木) 05:52:54 ID:NlfJsnKc
>>390
「真実の自己」(アートマンといおうと否と)に固執・執着する態度は、
見苦しい。
ましてや、「価値」「清浄」「永遠」「真実」という
もっともらしい矛盾した世俗的基準・概念に捕らわれているのも、論外だ。
内に秘めた(自己の願望という)煩悩を教義として提示するのは、
鶏頭狗肉の俗物根性といえる。

宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk は徹底的に世俗諦の住人だ。

⇒応無所在 而生其心

400一在家まとめ:2009/08/20(木) 06:45:09 ID:tSxriikH
原始仏典では、仏陀はアートマンについて黙して答えなかった。
理由は修業にマイナスだから。

その反面、仏陀はブラフマンと神とは多いに対話した。
理由は修業にマイナスとならないから。

要するに原始仏典では、仏陀はアートマン以外の形而上は説いた。
401机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/20(木) 07:01:38 ID:WUxlMBsd
>>390  法珠どの
>何もなければ無価値でしょう。

仏教に価値を見出そうとするなら、dでもないことだと思いますよ。
仏教とは全く価値などないんですから。
「真我」という価値観を崩壊させたのが仏教です。

つまりですね、真我といふ囚われ(我執)からの開放こそ仏教の本義なんであります。
こういう真我とか概念がありますと、
善行すると良いことがあるんじゃ〜ないか?とか
功徳が欲すい、とか、
ご利益があるのは当然、とか、
そこに何らかの期待を掛けるのが人間の性であります。

四諦は自己の煩悩を洞察する意味です。
ここで明らかになりますのは、まさに真我概念が苦の因であることを悟るのであります。
この概念から開放されました自由の境地こそがニルバーナなんであります。

でもこれは、非常に誤解される書込みになるかもしれませんが、
全く無価値な虚無に相反する「無」なのであります。
この「無」といいますのは彼岸到達において納得いくものです。
此岸じゃ〜とても意味など解るわけはないです。
402一在家まとめ:2009/08/20(木) 08:29:07 ID:112w82ez
>>400 一在家まとめ(補足)
>要するに原始仏典では、仏陀はアートマン以外の形而上は説いた。

【原始仏典で記載が確認できるアートマン以外の形而学上の説法】
・出典:スッタニパータ(中村元著)、長部経典(中村元監修)
・梵天、神、悪魔、夜叉
・六神通力(三明智含む)
・再生、生まれ変わり、地獄、梵天界

「ポッタパーダ経」で、アートマンや死後の世界について異教行者が
質問した時、釈尊は、
「黙して答えません。」と答えて、自分の弟子で修行すれば答えは
分るとコメントした点は釈尊のスタンスを示し重要かと存じます。
403神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 09:27:48 ID:NlfJsnKc
>>402 for一在家
>要するに原始仏典では、仏陀はアートマン以外の形而上は説いた。

「説いた」って、あんた、「書いてある」というだけやでw
どこの坊主が書いたんか、その坊主の性根はどうなのか、確認してから
断定してんか。
下半身がズブズブのバラモン=ヒンドゥ汚染徒かもわからんで。
 で、どのように確認・検証したの? 

あんたも宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk と同類やなあ。

「マーディンガヤよ。『わたくしはこのことを説く』、ということがわたくしにはない。
諸々の事物に対する執着を執着であると確かに知って、
諸々の偏見における(過誤を)見て、固執することなく、省察しつつ内心の安らぎをわたくしは見た。」
          ( スッタニパータ837)


404403:2009/08/20(木) 09:30:27 ID:NlfJsnKc
訂正
× マーディンガヤ
〇 マーガンディヤ 
405神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 10:11:19 ID:WFouk4KP
だからね、何度も言ってるように、経典にそのような記述があるからと言って
それを即、事実であると無批判に受け入れて良いのか?  ということなんだ。

そのスタンスをとれば、後世における弟子達の改変、増広も全て「釈迦の真意」
として認めてしまうことになるでしょ?「方便」「比喩」も全てそれらが
「史的事実」となってしまう。(一部には、それが正しい姿勢であると主張する
者もいるみたいだが)

いいかな?経典の中に「方便、比喩、後世の改変」等が、含まれる現実を認める
のであれば、どうしても、それらの判別作業、個々の記述に対する判断認識は
避けて通れないものとなる。それらを全く排除して「経典の中にそういう記述
があるから」という理由だけで、自説の根拠にするのは、いかがなものか?
と思うのだがね。

こう言うと、必ず誤解するものがいるので言っておくが、私の言いたいことは
「何でも自説にあわせて都合よく解釈することを許容することではないよ。
『出来得る限り、主観を排し、恣意的な判断をさけ、客観的な普遍性を有する
判断基準をもとに考えていくべき』と言っているんだ。
勿論、経典に書かれていないことを「推測、自己の願望」により、こういうこと
なんだろうと決め付けていくことは避けるべきであるし、神智学、まひかり、
キリスト教などの外教による、他の思想体系による解釈も避けるべきであろう。

私の言ってることは、おかしいのか?
前にこのスレで、このように述べたとき、反対意見がかなり出たが。
406一在家:2009/08/20(木) 10:21:39 ID:LVsNWe0T
>>400
>要するに原始仏典では、仏陀はアートマン以外の形而上は説いた。

【改定】
要するに原始仏典では、仏陀はアートマン以外の形而上は説いたという
記載が多数の経典にて確認できる。
407神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 10:37:08 ID:NlfJsnKc
>>406
>【改定】

後出しジャンケン乙!
408神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 11:03:25 ID:WFouk4KP
例えば、経典には「釈迦と悪魔」が対話する場面が描かれているが、(1)これも
まさに字句どおりに「人間とは異なる超自然的な『悪魔』という「種」が
存在し、それが何処からか現われて、実際に釈迦と会話した」
これは2500年、前にインドで起こった「史的事実」である。
このように考えなくてはいけないものか?

(2)「釈迦と対立する意見の代弁者として『悪魔』というキャラを登場させ、
そのことにより、釈迦の説くところをより鮮明にさせ、わかりやすく
させた「比喩的なもの」と捉えることはできないのかな?

このように書くと「それは現代の常識から、判断しているにすぎず、仏教
ではない」   と、こう批判する者がでてくるが、そのような人たちに
お聞きしたい。
(1)のように考えるひとたちは、「釈迦が母の脇のしたから生まれた。また
生まれてすぐに『天上天下唯我独尊』と言った。」
これらも、釈迦の神格化の一部なのではなく、実際にあった「史的事実」
と認識してるのですか?
409机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/20(木) 11:34:57 ID:WUxlMBsd
>>408
>生まれてすぐに『天上天下唯我独尊』と言った。

こういうことは有り得ないかと思いますね。
これでは仏教が薄っぺらなものになる。

釈尊は王子として生まれ、女官などに囲まれる生活をしていても、
内心は「この世は耐え忍ばねば生きては逝けぬ」。と思っていたに違いない。
こういう人間釈尊の苦悩が背景になければ、仏教というのは奥義には到らんだろう。

歎異抄もそうです。
そこには親鸞の苦悩が渦巻いてる。
だからこそ人は、歎異抄に心が打たれるんです。

善行して未来世は、いいポジションに逝こう。
なんて甘ったるいもんじゃ〜断じてないですね。
一切皆苦です。

410神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 11:35:09 ID:epJj8m+7
>>408
考えてはいけない。

そもそも史的事実という見方が仏教でない。

そういう縁起もあったと見る、あるいは読むべきなのである。
見え方は気根によって様々なので、多くの凡夫の縁起が唯一無二の事実などといった実在論的視点にたって仏教を見るなら、
ほとんど何も得るところがないだろう。

せいぜい、倫理が関の山だ。釈尊が『梵網経』で嘆かれていた通りである。
411絶対神:2009/08/20(木) 11:37:00 ID:VT7ITgDr
>>410
そういうのを詭弁というんだ馬鹿ww

       「だから宗教って嫌いなんだよ」ww
412絶対神:2009/08/20(木) 11:42:11 ID:VT7ITgDr
>>409
でも超能力を持たなければ、「釈迦も単なる凡夫の一人に過ぎない」の
であって「誰も救えないよ」。

     「そういう現実を認識していたからこそ」

仏教徒は、まるでキリスト教の全知全能の神のように、「釈迦を祭り
上げた」んだよ。
413机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/20(木) 12:03:25 ID:WUxlMBsd
>>412
>「誰も救えないよ」。

救う、ってのは「分かち合う」ことですよ。
人が苦なら、自らも苦を分かち合う。

超能力ではない。
人間はスーパーマンにはなれないのです。

>仏教徒は、まるでキリスト教の全知全能の神のように、「釈迦を祭り
上げた」んだよ。

まあ、こういう歴史もありますが、
これは大間違いですね。
414絶対神:2009/08/20(木) 12:04:53 ID:VT7ITgDr
要するに、私は、超越的な次元を哲学で誤魔化すような詭弁が嫌いなんだよ。

        「口ではなんとでも言えるからな」
415神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 12:07:58 ID:nZgwke/B
超越的な次元というのも口先だけで言えるんだよ。
お前のようにな。
入ってくるなカス。
416神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 12:09:06 ID:epJj8m+7
>>411
詭弁ではないこれが現実だ。
縁起とはこういった意味だ。
君が理解できないだけだ。クックク、クックク、青い鳥〜
417一在家:2009/08/20(木) 12:10:38 ID:112w82ez
>>408
>例えば、経典には「釈迦と悪魔」が対話する場面が描かれているが、

聖書でも「悪魔」は登場しますし、イエスも悪魔つきの人から
悪霊を追い出しております。

文献比較の面では共通しておりますよ。
418一在家:2009/08/20(木) 12:14:02 ID:112w82ez
>後出しジャンケン乙!

そういえば有部を当て馬にして後出しジャンケン(クロスカウンター)
が得意な方がおられましたね。

私の場合は記載不十分でしたので補足に過ぎませんが。
419絶対神:2009/08/20(木) 12:14:35 ID:VT7ITgDr
判り易く言おうか?
現実的に言えば(これを誤魔化そうとする人間がいるが。現実は哲学ではなく、
「実在」するぞ。人の頭の「外」にな)、

        「釈迦は仏だったかそうでなかったかなの」

     「釈迦は六大神通力を持っていたかそうでなかったかなの」

そして、左の方が「現実」でない限り、「あまり仏教に意味はないの」。

「これをきちんと議論し、論証出来ない限り、客観的に言って、仏教は意味がないの」
(無論、そんな事出来たら、苦労しないと思うけど)
420神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 12:17:03 ID:epJj8m+7
>>417
そういう何ても一緒でごったまぜはいかんってのに
一つのテキストが理解できないのに他の全く別の思想体系と比較しても何も分かる訳がない。

真実は一つという前提で読む人は、
その前提となる真実が大抵、しょぼい妄想であることが多い。
少なくともこのシリーズに限って言えば、一人として梵天程度の境地にも達していないように見える。

こう書くと約一名猛然と反論してきそうだけどねw

421神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 12:19:11 ID:epJj8m+7
>>419
その実在とは何だ? 西洋でも東洋でも仏教以外にきっちり矛盾なく説明したものは見たこと無いが?


422絶対神:2009/08/20(木) 12:19:29 ID:VT7ITgDr
で、君たちが言っているように、

 「全知全能の存在を想定すると、漫画みたいになって馬鹿馬鹿しくなるの」

でも、それを否定して、「人間としての苦」、とか、「単なる現世の現実」
とかだけを持ちだしてくると、

「救いがなくなってくるの。当たり前だけど、救いようがなくなっちゃうの」

宗教ってこういう「ジレンマ」というか「構造的問題」を、どんな宗教も大なり
小なり抱えている訳。

   「で、この両者をうまく両立させる理論を確立した宗教はない訳」
423神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 12:27:34 ID:epJj8m+7
>>422
クッククは仏教のこと何もしらんのかw

仏教は theism 有神論、唯一神の意味の創造主を全く認めないんだよ。
これは釈尊から現代諸派に至るまで輪廻とならんで異論のない見解だ。

これが誤解されて仏教では神は認めないと言われるが、
輪廻する神、創造主でない神は認めるんだ。

仏教は縁起だ。

とりあえず、ここで何か論じたいなら水野先生の『要語』あたりを
三回読んで出直してこい。
424 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 12:49:34 ID:C64XbusE
混乱しているようなので再びアップしておこう

<存在の大別> ・・・ 簡単な存在論
 生物 ・・・ 物質 + 生命 → 生命活動 > 精神活動 > 識
無生物 ・・・ 物質 → 実体がある OR 実体がない ・・・ 審議中
 
<精神活動> ・・・ 簡単な認識論
現実       ← 認識 ・・・ 判断のない識 ・・・ 直接知覚
 生物・無生物
           判断 ・・・ 判断された識 
          判断基準 ・・・ 苦楽・善悪・愛憎など ← 縁起
425 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 12:51:05 ID:C64XbusE
14 : ◆E4bNl5MIvU :2009/08/16(日) 21:44:14 ID:fq0AH8He
混乱しているようなので再びアップしておこう

<存在の大別> ・・・ 簡単な存在論
 生物 ・・・ 物質 + 生命 → 生命活動 > 精神活動 > 識
無生物 ・・・ 物質 → 実体がある OR 実体がない ・・・ 審議中
 
<精神活動> ・・・ 簡単な認識論
現実       ← 認識 ・・・ 判断のない識 ・・・ 直接知覚
 生物・無生物
           判断 ・・・ 判断された識 
          判断基準 ・・・ 苦楽・善悪・愛憎など ← 縁起


大乗の悟り<真如>とは<直接知覚>のことを言う。
簡単に言えば、日ごろの色眼鏡をはずして周囲を見渡すことを言う。
これを勝義とか主客未分と表現する。
 
これはしかし、悟りのほんの入り口でしかない。
目を開けて到達する程度のレベルである。
まだこの先がある。
426神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 12:52:39 ID:nZgwke/B
ほら。さっさと先を書けw
427ken:2009/08/20(木) 13:15:17 ID:rKsiGNhR

釈迦の示した道は、六道の境涯を苦と考えて、
対極に煩悩の滅した涅槃の境界を説いた。
涅槃は輪廻=苦から解放された道果であり、
不生不滅であり、真我の消滅した世界。
ゆえに固定化された絶対”我”というものではなく、
我の崩壊、消滅の可能性を示している。
それは永遠からも解放され、火が単に消えたようなもの。
釈迦の説法の根幹はこれのみで、これは宗教でもありません。
428神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 14:37:49 ID:WFouk4KP
>>410  あなたの言ってることから、判断してのことですが、
あなたは前スレで「諸学者の見解などは、とるに足らない」と言っていた
ID:ekEUsizC さんですか?
また、このスレの ID:89pkCsnV さんですか?
429神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 14:43:14 ID:epJj8m+7
>>428
そんなこと聞いてどうすの?
430机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/20(木) 15:02:37 ID:WUxlMBsd
>>414  絶対神どの
>要するに、私は、超越的な次元を哲学で誤魔化すような詭弁が嫌いなんだよ。

いや、それは違う。
勝義諦から世俗諦へ還滅させると、人間の思慮なんて実にイイ加減であることが解る。
で、「〇〇のとこが違うんじゃ〜ないか?」って指摘したところで、
これが意味不明でしか相手には通じない。

こういう、相手に通じないことを仏教では無明とかメクラとか言ったりする。

拙者もイイ機会ですから、◆E4bNl5MIvU氏に勝義諦を説明しました。
(この方はバカでもなさそうですし、まあ普通のアタマなんだろう?)
なるべく平易な語彙で説明して、だいたい解りそうなもんだけど・・・
やはり無理ってのが結論でした。

このスレには数人か?悟っておられる方がいますから、
そういう人だけ「誤魔化し」ではない。
ってのは解ってる。
431神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 15:06:10 ID:WFouk4KP
>>429  あなたの言うところが、断片的でわかりにくいので
確認しました。同一人物であるならば、その見解がよりはっきりと
しますので。同じことを、繰り返し尋ねる愚もさけられますし。

別人物ですか?
432机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/20(木) 15:14:38 ID:WUxlMBsd
◆E4bNl5MIvU
この方↑がどういう人物か分らんですけど、
男と女は脳の構造が違うので・・・
女だったら仏教は縁が少し薄くなる。

やはり仏教は男がいい。
それだけ男というのは脳が仏教に適してる。ってことです。

たぶん、夏休み房の可能性もあるが・・・
休みが終われば消えるんだろう?
433神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 15:18:25 ID:epJj8m+7
>>431
同体と仮設される相続のものです。
434神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 15:25:56 ID:s56I69Wv
>>427
まだ、逆の意味で、「我」への執着が残っている。原始仏教が、役立た
ずのカルトと解される所以である。

あるがままの自己、あるがままの現実を受け入れて、その中に価値を
見出すことにより、初めて精神の安定と平安及び他者への思いやりが
得られる。意図的に何物かを求めることではない。求めれば求めるほど、
あるがままからの離脱と、渇望を生じるだけ。それは「悟り」ではない。

この意味で、イエスの「求めよ。さらば与えられん」は、「悟り」とは
対極にある。
435神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 15:29:39 ID:WFouk4KP
それではお聞きしますが、>>433

1・ あなたは「釈迦が『悪魔』という人間外の種と会話したことが
  実際にあった事実であると認識しているのですか?
2・ あなたは「釈迦が母親のわきの下から生まれたという記述を
  事実であると認識しているのですか?
3・ あなたは「釈迦が生まれてすぐに立ち上がり『天上天下唯我独尊』
  と言ったという記述を事実であると認識しているのですか?

436ken:2009/08/20(木) 15:52:46 ID:rKsiGNhR
>434 :神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 15:25:56 ID:s56I69Wv
>>427
まだ、逆の意味で、「我」への執着が残っている。原始仏教が、役立た
ずのカルトと解される所以である。

原始仏教って何ですか? どれを指して断定しているか不明であり、
それがカルトとの根拠無き指摘で、あなたの自説などお呼びではない。
また”我執の滅”を説いたのが釈迦ですから、指摘が矛盾している。

>あるがままの自己、あるがままの現実を受け入れて、その中に価値を
見出すことにより、初めて精神の安定と平安及び他者への思いやりが
得られる。意図的に何物かを求めることではない。

単なる言葉遊びに過ぎない。
釈迦の自己観察とは己自身に漏れ出る煩悩を確かめ、制御し、ついには
滅尽する大事を説いたのであって、あるがままの自己とはいったい何?
価値を見出す心も、煩悩の現われであり、それは「意図的に何物かを求めること」
に、つながる矛盾を呈している。
あるがままの自己(有漏)から、心の安定などは獲得できないというのが、
釈迦の教えであって、あなたの指摘はまるで逆のどこかの宗教です。

ー如是語経典『近代仏教への道』増谷文雄189頁ー
「比丘たちよ、われは、知るもの、見るものの、有漏(煩悩)の滅尽を説く。
 知らざるもの、見ざるものにはあらず。」
437神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 16:04:51 ID:s56I69Wv
>>436
>あるがままの自己とはいったい何?

「煩悩にまみれた自己」のことである。「煩悩」は、生きるための原動力で
あり、生きていることの証である。従って、人為的に否定べきものではない。
煩悩をそのまま受け入れることが、煩悩からの離脱である。意図的に煩悩を去
ろうとすることが、煩悩の最たるものであることを、理解する必要がある。
煩悩があってこそ、他者の煩悩に対する理解と同感(即ち、思いやり)が
生じる。「煩悩即菩提」「生死即涅槃」。
438ken:2009/08/20(木) 16:14:47 ID:rKsiGNhR
>437 :神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 16:04:51 ID:s56I69Wv
「煩悩即菩提」「生死即涅槃」

大乗の四字熟語遊びですね、有漏を認め放置したなら仏教ではない。
何かの力にすがって菩提を得るという思想こそ、カルトであり
今の日本の新興宗教を形成する原因となっている。

ースッタニパータ(1)第五章「彼岸に至る道の章」ー
「アジタよ、世間は無明によって覆われている。世間は貪りと怠惰のゆえに輝かない。
 欲心が世間の汚れである。苦悩が世間の大きな恐怖である、とわたしは説く。」
「アジタよ。世の中におけるあらゆる煩悩の流れをせき止めるものは、
 気をつけることである。(気をつけることが)煩悩の流れを防ぎまもるものである、
 とわたしは説く。その流れは智慧によって塞がれるであろう。」
「アジタよ。そなたが質問したことを、わたしはそなたに語ろう。
 識別作用が止滅することによって、名称と形態とが残りなく滅びた場合に、
 この名称と形態とが滅びる。」
「修業者は諸々の欲望に耽ってはならない。こころが混濁していてはならない。
 一切の事物の真相に熟達し、よく気をつけて遍歴せよ。」
439神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 16:30:42 ID:epJj8m+7
>>435
譬喩や誇張でなく、そのような縁起があったと信じてます。
440神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 16:33:11 ID:epJj8m+7
>>438
>大乗の四字熟語遊びですね、有漏を認め放置したなら仏教ではない。

テーラワーダは尊重しますが、分からない見解については捨置しましょう。
441神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 16:36:14 ID:Etv//SNx
>>439 >>435ですが、
少し表現がわかりにくいので聞き直しますが
「そのような縁起があった」とは「そのような事実があった」と信じている。

このような意味に理解してよろしいのですね。
442 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 16:41:21 ID:SXZjjQOW
混乱しているようなので再びアップしておこう。
これをじーと眺めていると空・真如・あるがままが悟れる。

<存在の大別> ・・・ 簡単な存在論
 生物 ・・・ 物質 + 生命 → 生命活動 > 精神活動 > 識
無生物 ・・・ 物質 → 実体がある OR 実体がない ・・・ 審議中
 
<精神活動> ・・・ 簡単な認識論
現実       ← 認識 ・・・ 判断のない識 ・・・ 直接知覚
 生物・無生物
           判断 ・・・ 判断された識 
          判断基準 ・・・ 苦楽・善悪・愛憎など ← 縁起
443ken:2009/08/20(木) 16:52:43 ID:rKsiGNhR
>440 :神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 16:33:11 ID:epJj8m+7
テーラワーダは尊重しますが、分からない見解については捨置しましょう。

本当にご存知ならば、ヴィパッサナーも既知ですよね。
ならば、私が引用した経句はパーリ三蔵や漢訳阿含経に存在するものですから、
あなたの指摘がそのまま矛盾していることに気づくものとなる。
釈迦教説の根幹は、苦からの解放であり、娑婆世界の不生を説いている。
涅槃(漏尽解脱)=輪廻の停止との結論から、どうして >「煩悩」は、
生きるための原動力であり、〜人為的に否定(す)べきものではない。<
との見解が導かされるのですか? 漏尽解脱を仏教辞典で確認されたらどうか?
釈迦は明解に煩悩滅を説いている。それは真我の滅の可能ですよ。
いわく、スレの主旨から外れないように。
444 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 16:58:58 ID:SXZjjQOW
大乗の悟りは難しいものではない。
日ごろの色メガネをはずせばいいだけのことである。
道元の眼横鼻直が悟りである。
445神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 17:04:34 ID:nZgwke/B
禅者なら、一つの見解に執着するということは無い。
応無所住而其心心。
しったかぶりはやめたまえ。
446神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 17:05:46 ID:nZgwke/B
心が2つになった。
不吉。不吉。
447 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 17:07:12 ID:SXZjjQOW
>>443
ken 氏は知識が邪魔をして悟れないのではないか。
もっと簡単に考えたほうがいい。
 
眼横鼻直だから自然体でいい 
1 自分が存在しないなどと考えないこと
2 外の事物が存在しないなどと考えないこと
3 縁起の意味を再考する → 善悪などの価値基準をいう
448 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 17:10:59 ID:SXZjjQOW
机氏も、竜樹を捨て、ストレートに周囲を見渡したほうがいい。
そうしないと竜樹にたぶらかされて一生を終わるだろう。
もう間に合わない? 最後まで諦めるな。
449神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 17:11:42 ID:nZgwke/B
これは、禅の第六祖慧能の言葉である。 よく噛みしめるように。



学道のものは用心せよ。教えの真理を識らないではすまされない。
自分の誤りだけならまだしも、他の人まで迷わせてはならない。
自分が迷っていることに気がつかなければ、経典の教えを謗ることにもなる。
このようなことで無念をもって根本とするのである。
すなわち、迷っている人は対象についてあれこれ念(おも)いをめぐらし、
その念(おも)いの上に邪見を起こす事によって、全ての煩悩や妄念が
ここから生じてくるのである。
だからわが教えでは、無念をもって根本とするのである。
世間の人は、対象を離れて、念(おも)いを起こさないようにするけれども、
もし、念(おも)いのあることがが無かったなら、念(おも)いの執着を離れるとする
無念も成り立たなくなる。

無とは何が無いのであり、念とは何を念(おも)うのであろうか。
無とは何も無いのではなく、相対的な分別や、様々な煩悩を離れることであり、
念とは真如そのものである本来的な仏性を念(おも)うのである。
真如とは念(おも)いの本質をいい、念(おも)いとは真如の働きであって、
自己の本性である真如が、そのはたらきである念(おも)いを働かせるならば、
見たり聴いたり覚知したりしつつも、いかなる対象にも執着することがなく、
常に自由自在である。それが無念の真意なのである。

維摩経にも、
「外にはあらゆることのありようをよくわきまえつつ、内には第一義の真如の本性にあって、何の動ずることもない」
と説くが如くである。


450ken:2009/08/20(木) 17:15:21 ID:rKsiGNhR
447 : ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 17:07:12 ID:SXZjjQOW
>>443
ken 氏は知識が邪魔をして悟れないのではないか。
もっと簡単に考えたほうがいい。

わたしゃ〜、凡人の無信仰者です。
釈迦の説いた経句を素直に読んでいるだけで、禅問答などは及ばない。
先達の行李をいくら紐解いて畢竟なにを求む?の心境ですね。
451 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 17:20:04 ID:SXZjjQOW
>>449
慧能などにこだわるな。
本来無一物などというヤツはマユツバだと思っていい。
452神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 17:25:32 ID:nZgwke/B
君は昔からいる
いわゆる電波男?君かい?
君くらいの人に否定されなきゃ、
慧能も値打ち無いだろうなw
453 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 17:39:29 ID:SXZjjQOW
世親の功罪は半ばする。
眼識などの五識、意識、マナ識、アラヤ識の素描をしたことは評価できる。
しかし外の事物を幻にしたことは誤りである。
 
したがって識の素描を学べばいい。
唯識性「三種の世界は唯だ識のみである」という考え方には用がない。
454神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 17:47:45 ID:nZgwke/B
外の事物といっている時点で話が噛み合わないのは必定。
455閻魔大王:2009/08/20(木) 17:52:34 ID:NlfJsnKc
>>453 for ◆E4bNl5MIvU

あんた、なんでこのスレに執着してんの?
あんたひとりだけ飛びぬけて根性の曲がった馬鹿なんだけど、判ってる?
目障りだから、修行しなおして5年後に出直して恋よ。

 Get Out!
退場を命じる。
456神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 18:03:04 ID:s56I69Wv
>>443

だから、原始仏教は、「開祖盲信」「経典盲信」のカルトなのだよ。

その盲信こそ、最大の「数着」「煩悩」ではないのかね。
457 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 18:04:47 ID:SXZjjQOW
悟りには二種類の区別がある。
参考のために悟りの始まりみたいなものを示そう。
 
1 ひとつは直接知覚である。外に向かった知的な体験である。
日ごろの思い込みや既成概念で固まった心を解放することから生じる。
 
2 ひとつは忘我の境地である。内に向かった情的な体験である。
念仏などを唱え、自分を忘れたかのような状態になることをいう。
この状態にはふつう喜びが伴い、極まれば神的な恍惚感に達する。
458 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 18:16:28 ID:SXZjjQOW
悟りの始まりは、空の思想も、幻の思想も無関係である。
 
自分の価値基準を相対化する → これを十分に理解する
神や仏を信じこむ → これは弊害があるのですすめられない
  いったん信じるなら、それがその人の限界になるだろう
459神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 18:19:08 ID:nZgwke/B
君は原始仏典である所の小空経を百回読んでくるように。
話はそれからだ。
http://homepage1.nifty.com/manikana/canon/sunna.html
460 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 18:31:05 ID:SXZjjQOW
悟りの話はこれくらいでいいだろう。
何が言いたいかといえば、本来無一物ではこういったことはありえない。
何もないのではなくて、歓迎すべきことが起こるのである。
空や幻などという、くだらないものではない。
 
世親はヨガの実体験からアラヤ識を説く。
そしてアラヤ識が輪廻の本体であるという主張をする。
しかしアートマンと誤解されそうな話ではないか。
  
もちろん世親は、アラヤ識は刹那に滅し生じるとか、
アラヤ識は悟りにおいて消滅するとか弁解しているのだが。
461ken:2009/08/20(木) 18:31:11 ID:rKsiGNhR
>456 :神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 18:03:04 ID:s56I69Wv
>>443
だから、原始仏教は、「開祖盲信」「経典盲信」のカルトなのだよ。
その盲信こそ、最大の「数着」「煩悩」ではないのかね。

では、新たな宗教でも作ったらどうか? 釈迦の思想を学ばないなら
何を基点とするのだ?
原典至上主義ではありませんよ、そこから釈迦の思想を抽出し探る行為と、
捨て省く取捨選択という行為も必要ですよね。
すべて釈迦の言説思想とは限らないゆえに、学者の解釈も必要です。
それをカルト断定する根拠を明示してください。単なるあなたの印象や、
自論なら、ここでは及びでない。
462神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 18:35:33 ID:nZgwke/B
本来無一物は後世の改変であって、
仏性常清浄がもとの文にあったものだよ。
463 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 18:50:22 ID:SXZjjQOW
世親の矛盾はアラヤ識に集中的に現れる。たとえばいくつか。
 
1 刹那に滅したあと、どうして刹那に生じるのか。
  別の話だが、竜樹が中論で同じような批判をしている。
 
2 アラヤ識は善でも悪でもない無記である、と定義する。
  であるならば、汚れたマナ識がなぜそこから生まれるのか。
 
3 アラヤ識が、善でも悪でもないなら、なぜ輪廻するのか。
  業が尽きて無記なら、その時点で成仏して解脱するだろうに。
464机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/20(木) 18:51:35 ID:WUxlMBsd
慧能の記録というのは、
そもそもスポークスマンの神会(じんね)の創作が含まれているのは
もはや一般的には認知されてる事実であろう。
465 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 19:04:29 ID:SXZjjQOW
>>462
どちらにしても同じようなものである。
詩を求める師の弘忍も、詩を作る慧能も神秀も底が割れている。
禅宗は不立文字ではなかったのか。
466神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 19:14:36 ID:nZgwke/B
本当に文字を放棄するならば
「不立文字」の主張も放棄しなければならない。
なぜならこれも文字の姿をかりているからだ。
467 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/20(木) 19:33:12 ID:SXZjjQOW
>>466
商売のため
468神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 20:04:20 ID:epJj8m+7
>>441
>「そのような縁起があった」とは「そのような事実があった」と信じている。

縁起というのは外界が自立的に確固として成立存在しているのではなく、
観察者との縁起において知覚されるという意味です。
だからといって、唯識のように知覚や心が成立存在しているのではなく、
すべて縁起してそのように知覚されるという意味です。
唯識の原語も「知覚のみ」という意味ですし、
中観でも「現れのみ」という方もいます。
そして知覚も現れも、様々な条件によって現れ方、見え方が変わるということです。

ですから、そういう知覚の縁起があったという意味で、
歴史的実在として唯一無二の事実としてあったという意味ではありません。
このことは歴史解釈が観察者によって変わるという点から常識でも理解可能でしょう。
例えば、西洋人には新大陸の発見だけど、インディアンにとっては征服者・悪魔の到来と見えるわけです。

これが心の状態や、認識機能などによって常識を超えて劇的に変わることを前提とするのが縁起の存在論・認識論なのです。
469神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 20:10:39 ID:epJj8m+7
>>443
>本当にご存知ならば、ヴィパッサナーも既知ですよね。

もちろん知ってますよ。ヴィパシャナー、観、ラクトンです。
そして、テーラワーダのニューウェーヴの言うヴィパサナは、
本来のヴィパサナではなく四念処の言い換えだということも。

>ならば、私が引用した経句はパーリ三蔵や漢訳阿含経に存在するものですから、
>あなたの指摘がそのまま矛盾していることに気づくものとなる。
>釈迦教説の根幹は、苦からの解放であり、娑婆世界の不生を説いている。
>涅槃(漏尽解脱)=輪廻の停止との結論から、どうして >「煩悩」は、
>生きるための原動力であり、〜人為的に否定(す)べきものではない。<

輪廻即涅槃というのは上のような意味ではありません。
上のような現状肯定は、ただの誤解です。
ですから、知らないことは捨置しましょうといったのです。

辞書とか概説書では誤りがよくありますから、
原典で確認しましょう。
470旧7:2009/08/20(木) 20:11:35 ID:DoeGlIz/
>>468
詭弁乙。
471神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 20:36:42 ID:epJj8m+7
>>470
どこが詭弁なんだ、あれこそ縁起だよ。
その理解がないから、現代日本仏教学は変なことになっている。
これが理解できる学者も少ない。

これについてはきっちり根拠あげられるよ。
472ken:2009/08/20(木) 20:53:35 ID:aN6Rv/3S
>469 :神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 20:10:39 ID:epJj8m+7
輪廻即涅槃というのは上のような意味ではありません。

輪廻即涅槃?? 私もあなたも、こんなタワケを論じましたか?

>辞書とか概説書では誤りがよくありますから、
原典で確認しましょう。

すみません、原典パーリー翻訳は私などの無学凡人には無理ですから、
学者先生を参照します。
だがあなたは例えば、岩波仏教辞典に係った学者の人数を知っていますか?
あなたが知り得た仏説知識は、辞書学説に頼らずに得たものなら、
その基点は何だ? あなたはその学者の解釈を上回るほどの専門家?
それとも学者物知りあとまわしとの珍信仰者ですか。
どこぞの○○仏教からというなら、そのあなたは、誰に指導されたのだ?

>そして、テーラワーダのニューウェーヴの言うヴィパサナは、

ヴィパシャナーが、ニューウェーヴ?? と言う根拠はありますか?
釈迦の説いた梵行は、たしかにヴィパシャナーですよ。
そこで梵行の真意は知ってますよね。知らないなら議論は外れるが。
後世の論師に惑わされる”ケ論”や空論である学派と称される理屈で考えても
それは、ただ釈迦の教説を難解にし、神格化するうような愚行だったのですね。
釈迦の教えを、宗教だ と考えるあなたのそこに 大きな間違いがあるのです。
473旧7:2009/08/20(木) 20:56:15 ID:DoeGlIz/
>>471
君は、さぞ素晴らしいレースカーを所持しているんだろう。
けど、街乗りの車じゃない。
サーキットでしか使えないF1カーを自慢げにひけらかしてるから野次ってるんだよ。
街乗りする時は、ちゃんと一般車に乗って来いw

君は、さぞ素晴らしい万年筆を所持しているんだろう。
けど、調理には使えない。
手伝いに呼ばれた癖に、調理に使えない万年筆を自慢げに持ってきて、
板さん達に「ほら、良い物だろ?」と自慢しかしてないから野次ってるんだよ。
台所に手伝いに入るなら、ちゃんとそれなりの道具を使えw
474神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 20:56:19 ID:epJj8m+7
>>470
じゃ、聞くが一水四見は知ってるよね。
人には水、餓鬼には血膿、神々には甘露、魚には住処に見える。
この水は縁起しているから、そのように見えるわけで、
何か実在・自立した基体があるとすれば、縁起ではなくなってしまう。
この縁起ではなくなってしまうを、様々な角度から述べたのが『中論』に他ならない。

唯識だと識を実体視するが、それでも縁起ではなくなってしまう。

これに対して詭弁というなら、本来の縁起はどうなんだ?
部派的原子論縁起か?
475旧7:2009/08/20(木) 21:06:44 ID:DoeGlIz/
>>474
君のマシンを貶めるつもりはないよ。
けど、その車だと、あのデコボコ踏切は渡れないよね・・・ってことだw
476神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 21:10:28 ID:epJj8m+7
>>472
>だがあなたは例えば、岩波仏教辞典に係った学者の人数を知っていますか?

知ってますよ。バランスの悪い歪な辞典だということも。

>>そして、テーラワーダのニューウェーヴの言うヴィパサナは、
>ヴィパシャナーが、ニューウェーヴ?? と言う根拠はありますか?
>釈迦の説いた梵行は、たしかにヴィパシャナーですよ。

テーラワーダはビルマなどの伝統的な流れと、
タイ・スリランカなどのニューウェーヴもある流れの二つがあるんです。
伝統的なヴィパサナというのはサマタを治めて精神集中してからするものです。
でないとヴィパサナにならないんです。
長・中部経典も『清浄道論』『仏遺教経』などから大乗に至るまで、
サマタを治めてヴィパサナに入るように説かれてますよ。確認してください。

ところが、タイのマハーシ長老などニューウェーヴ系の方が
サマタを飛ばしてヴィパサナだけを説く方法を説くようになった。
内容を見ると四念処なんですね。これだとサマタが確立するまでは、
ヴィパサナではなくサティ、つまり念としてしか機能しませんが、
ずっとやってると集中力がついて、ヴィパサナになるということです。
間違いではないけど、伝統的呼び名と意味が異なるのでややこしい。

>それは、ただ釈迦の教説を難解にし、神格化するうような愚行だったのですね。

神格化したというのは現代仏教学者の解釈で、本来はそういう縁起だったのです。
難解なのは見解が高度だからです。高度だからいいとはいいませんが、
分からないことは黙ってた方がいいですよ。
私は貴方のように真面目な仏教徒は敬いたいので。
477神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 21:13:06 ID:epJj8m+7
>>475
まあ、言いたいことは分かるが。
仏教を理解するには、この縁起が一番だよ。
これが分かれば、ほとんどのことが分かる。

まあ、およびでないなら、消えるけど。
478宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 21:23:50 ID:buk+wY4a
>その基点は何だ? あなたはその学者の解釈を上回るほどの専門家?
>それとも学者物知りあとまわしとの珍信仰者ですか。
>どこぞの○○仏教からというなら、そのあなたは、誰に指導されたのだ?

恐らく、学者の解説ではなく(それは間違いが多くて参考程度までという考え方)、
伝統的な師に従いて直接、学んだということだろうと思います。
文献学者による学術的知識などではなく、
修行の直接的な経験に裏打ちされた口伝(という意味)なのでしょう。
実際これは、我々にはなかなか持ち得ないものであろうことは確かです。

通常、なかなか入手できない高性能マシンには違いない。


>>391
>だからこそ、奈良さんの本も併せて貴方に薦めたんですよw
>おそらく、「片山入門」よりも、貴方には響く部分が多いのではないでしょうかね・・・。

その意味するところは不明ですが・・
本日、奈良康明著『釈尊との対話』(NHKブックス)が到着です。
これは、NHK市民大学講座「釈迦とその弟子たち」を思い起こすことになるような書物かな?

一応、これも私が入手できるマシンの一つですねw
479宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 21:25:19 ID:buk+wY4a
>>395
私はその理由や原因などを知っており、そして十分に納得済みです。
転生に関るメカニズムや様々な一般的疑問については自分自身では殆ど氷解しているので、
ある程度ならば説明すらも可能です。
ただし、仏典には(恐らく)そのような具体的な説明はないでしょうから、
残念ながら、ここではもう論ずることはできません。

もし、そういう話しをしたい方は私宛に個人的にメールを頂か
(メーラーは過去ログリンク集のウェブページにあります)、
在るいは、他スレならば構いません(真面目な会話が目的であれば)。


>>397
まっ、何でもいいですよ(所詮、言葉遊びに見えます)。

>涅槃は煩悩の尽きた状態です。

それは低級意識が無くなった意識状態です。
自己制御の完成です。

>>398
>そのような「価値をもった真実の自己」がある限り涅槃には到達できません。

どうぞ好きにして下さい(認める必要はありません)。
それしか、この私にはいいようがありません。

これを見ている一人か二人が可能性に心を開いてくれれば、
私も投稿してきた意義もあったかと思っています。
それだけで十分です。
480旧7:2009/08/20(木) 21:29:15 ID:DoeGlIz/
>>477
貴方のやっていることは机と近似してるんですよ。
「勝義【しか】語らない」或いは「勝義を勝義のまま(≒勝義の言辞を勝義の言辞のまま)語っている」ということです。
勝義が語られる時、それは世俗に翻訳されねばならない。
少なくとも、諸縁(所縁)によって現れている事象を無視する必要はない。
一枚の紙の、裏が無地(縁起性)表が似顔絵(五蘊仮和合の自己乃至人)としたとき、
貴方も机も、「裏が無地であること【しか】言わない」んですよ。
結果、「《表なんてどうなってもいい》という価値観」を増長する危険性を常に孕む。
だから、語りには気をつけねばならない。(貴方がスリランカ系を批判する理由と相似していませんか?w)

無地だということは解った。だから何?無地だから破り捨ててもいいの?
違うだろ?w 表に似顔絵が描かれている間は、その似顔絵を大切にしなきゃならんのじゃないか?


>>478
>その意味するところは不明ですが
読めばわかるw  ノシ
481ken:2009/08/20(木) 21:29:55 ID:aN6Rv/3S
>476 :神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 21:10:28 ID:epJj8m+7
>>472
>>だがあなたは例えば、岩波仏教辞典に係った学者の人数を知っていますか?

>知ってますよ。バランスの悪い歪な辞典だということも。

そうですか、これであなたの大乗唯一の本音が引き出せたようだ。

>テーラワーダはビルマなどの伝統的な流れと、〜サマタを治めてヴィパサナに
入るように説かれてますよ。確認してください。

そのとおりで、そのご指摘には反論できません。

>ところが、タイのマハーシ長老などニューウェーヴ系の方が
サマタを飛ばしてヴィパサナだけを説く方法を説くようになった。

わたしは前述しているとおり、凡人無信仰者ですからあなたのその経験則には
適いませんし、四念処も頭で理解し、経験は無しです。

>神格化したというのは現代仏教学者の解釈で、本来はそういう縁起だったのです。
難解なのは見解が高度だからです。

ハードルを高くしたのは、無知なる大乗仏教徒の類、と少しだけ抵抗しますね。

>高度だからいいとはいいませんが、分からないことは黙ってた方がいいですよ。

私の知ったかぶりと受け取られたなら、そのように黙します。
ご教示、ありがとうございました。

482一在家:2009/08/20(木) 21:33:47 ID:LVsNWe0T
>神格化したというのは現代仏教学者の解釈で、本来はそういう縁起だったのです。

元々釈尊が神の如き存在であれば、神格化したのではなく、
ただそのまま経典が伝えただけでしょう。

空海が帝の午前で衆目の中、全身から光を発したという記録も
ありますが、別に空海を神格化したのではなく、ただそのまま
伝えただけでしょう。
483宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 21:40:41 ID:buk+wY4a
>>482
仏典には実際に起きたこと(及び可能なこと)と
後代の神格化を意図した附加とがあるものと理解します。
しかし、唯物論者たちは超自然を説く事柄のすべてを神格化扱いで処理するのです。

そういうことじゃないかな?
484一在家:2009/08/20(木) 21:44:18 ID:LVsNWe0T
入胎には4種類あって、菩薩は意識を持ったまま出胎する
という説法が長部経典の中の数経に記載があります。

つまり、赤ん坊の釈尊は座るより先に話せたかも知れませんね。
親から言葉を習う必要がないからです。
485神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 21:46:40 ID:epJj8m+7
>>481
>そうですか、これであなたの大乗唯一の本音が引き出せたようだ。

誤解がないように、私は大乗唯一とは全く思いません。
それぞれの人に合った道が豊富にあるのが仏教のいいとこ。
それは縁起に基づいている。

貴方の師匠を敬ってこれからも精進してください。
486神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 21:59:31 ID:epJj8m+7
>>480
それはこの縁起はそうかもしれません。
そういう縁起になってしまったと。

現象の因果性を無視してるのではないのですが、
あまりに実体的実在的なことを言ってる人が多いので、それは違うんじゃないかと。

しかし、机さんと比較されるのは悲しいものがあるなあ(T.T)

じゃあ、おまけに神通とかにとらわれるのは常識倫理主義より始末が悪いとつけくわえときましょう。

縁起の因果律は公正万能だから。こっちは誰でも知ってると思って省略ですがな。

487ken:2009/08/20(木) 22:05:26 ID:aN6Rv/3S
>485 :神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 21:46:40 ID:epJj8m+7
貴方の師匠を敬ってこれからも精進してください。

ありがとうございます、ただ私とあなたの違いは、
私は、前述したとおり無信仰の凡愚ということで、
そこをご理解ください。
つまり参板する上で、ズレ主旨への主張の根拠が釈迦の思想と
言説ということで、その意味で私に師はおりません。

>誤解がないように、私は大乗唯一とは全く思いません。
それぞれの人に合った道が豊富にあるのが仏教のいいとこ。
それは縁起に基づいている。

諒解しました。
私が、あなたの切り口を誤解したようで、掲示板議論の陥穽かな。
いずれにしろ、あなたの信仰と修養経験に敬意を表します。
488旧7:2009/08/20(木) 22:20:54 ID:DoeGlIz/
>>483
ID:epJj8m+7 は、眉をひそめ顔をしかめるだろうがw、
そもそも、≪【超】自然≫てことが、あり得ないことだという考え方はできんのか?
「自然を超えたら、もはや自然じゃないだろ」 と・・・。
ありえること、起こり得ることは全て「自然現象」だ。
その意味で、超自然などあり得なくないか?
(チャーマーズではないが、自然的因果関係を外れない形で観察されねばならないのじゃないか?)

現代の学者は、(そしておそらく多くの求道者も)、基本的にこのスタンスであろう。
(ID:epJj8m+7氏がどうであるかは知らないw)
少なくとも私は、雨が降ってきたら【自分の】【身体】が濡れないように傘を差すし、
大汗かいたら、シャツに残った汗で【自分の】【身体】が冷えて風邪をひかないように着替える。
(ID:epJj8m+7氏が、そういう時にどうするかは知らないw)

たとえ五蘊仮和合でも、所縁の果でも、かりそめに顕現しているにすぎないとしても、
(この色の無い所に、これまでの様々な仏典との出会いも無かったであろうと思うし)、
この色をそれなりに大切にしていかなきゃならんと思っている。
そして、そのような色の限界も知るべきだと思うわけですw
489旧7:2009/08/20(木) 22:29:32 ID:DoeGlIz/
>>486
了解w

けど、そのようなフォロー解説があって初めて、
貴方の全ての発言がリンクし、正当性・一貫性をもって繋がり、
極論に見えがちな異質性を薄め、理にかない、筋の通ったものとして読めるようになる。

一を聞いて十を知るという言葉があるが、
たとえ、一のみが真実で、その意味で価値あるものだったとしても、(そのように聡い者がいるとしても)、
二〜十の言辞を省略してしまうと、99%の者は理解不能なんですよ。
(それなりに知識ある者相手でも)せめて六・七くらいまでは言葉を紡いでいいと思っている。
最低でも、二・三くらいは補足してあっていいと思う。勿論、ケースバイケースではあるが・・・。
(→ま、これ(フォロー)の無いのが、初期の偈集かもしれんが・・・w
 で、二・三・四・五・六が散文経典、七・八が論書、九が古代・中世解説書、十が近現代解説書、って感じ?www)




釈尊45年の説法に於いて、彼が瞑想中に考察していたのは、常に、まさに、このような
「世俗への翻訳方法ではなかったろうか?」「そのことに瞑想の全ての時間は費やされていたのではないか?」
と、私は妄想してしまうんだよw
五比丘に対し、どのような語りで、彼らに気付かせていったのか、妄想してしまうわけさw

それくらい、言葉、語り、TPOは重要なんだよ。
(仏語の素晴らしさは経典のあちこちで讃嘆される・・・。罵倒の多い私はその時点で失格だが・・・w)


ノシ
490宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 23:02:30 ID:buk+wY4a
>>488
>そもそも、≪【超】自然≫てことが、あり得ないことだという考え方はできんのか?
>「自然を超えたら、もはや自然じゃないだろ」 と・・・。
>現代の学者は、(そしておそらく多くの求道者も)、基本的にこのスタンスであろう。

それはニルヴァーナの否定意と同義です。つまり、『ウダーナ8:3』は無視ですか??
まっ、学者の多くは経典の記述の意味を説こう(解こう)とするだけであり、自分自身では信じてないw
「これこれが書かれてありますよ」ということであって、
それが真実かどうかとか・・自分はそれを信じるというものではない。

>少なくとも私は、雨が降ってきたら【自分の】【身体】が濡れないように傘を差すし、
>大汗かいたら、シャツに残った汗で【自分の】【身体】が冷えて風邪をひかないように着替える。
>(ID:epJj8m+7氏が、そういう時にどうするかは知らないw)

そういうのが誤解だと思います。
傘をささないことが解脱者ということではないと思いますよ。
意識の変容なのです。傘を差す自己がすべてという意識(これが凡夫)の焦点であるか?
意識の焦点が常人とは異なる状態に達していて、
雨に濡れる肉体はただの仮和合の道具的存在として対処しているかどうか・・。
解脱者からみれば、確かに物質現象界の一切というのは“幻のようなもの”です。
雨に濡れる肉体も、雨そのものも、そしてこの地球さえも・・。
(この私はマーヤー派なので!)

というお話でしたw
491神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 23:22:41 ID:WFouk4KP
>>468 いえね、私が>>441で聞いたのは、何も「縁起」による解釈
なのではありません。あくまでも「事実認定」においてです。
例えば、「広島に原爆が落とされた」   これを「史的事実」として
認めるか?   このような問いかけにたいして、NOと答えるひとは
いないと思います。世界中の全ての人が、これを「史的事実」であると
認めています。この視点における問いかけなわけです。

この視点に立ったとき、上記の事項

1・ あなたは「釈迦が『悪魔』という人間外の種と会話したことが
  実際にあった事実であると認識しているのですか?
2・ あなたは「釈迦が母親のわきの下から生まれたという記述を
  事実であると認識しているのですか?
3・ あなたは「釈迦が生まれてすぐに立ち上がり『天上天下唯我独尊』
  と言ったという記述を事実であると認識しているのですか?

これらを「広島に原爆が落ちた」との事例と同じレベルにおいて
「史的事実」とあなたは認めるのですか?
このように聞いたわけです。「縁起観によると、歴史的な事実をどのように
捉えるべきか?」  と聞いたわけではありません。

それで「そのような縁起があった」と信じるとの表現は
「そのようなことが現実に起きたことである(すなわち「史的事実」)である
と認識しているのですか?と聞いたわけです。

492宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/20(木) 23:25:33 ID:buk+wY4a
>>490追記:
そして、解脱者から教えというものは、
肉体など仮和合の存在に過ぎないから濡れていい、というものではなくて、
肉体の扱い方、及び仮和合の自己存在についての制御のあり方を説くものだと理解します。
493神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 23:46:06 ID:WFouk4KP
>>461

>原典至上主義ではありませんよ、そこから釈迦の思想を抽出し探る行為と、
捨て省く取捨選択という行為も必要ですよね。
すべて釈迦の言説思想とは限らないゆえに、学者の解釈も必要です。

同意。その通りだと思います。
494神も仏も名無しさん:2009/08/20(木) 23:50:47 ID:NlfJsnKc
>>492 for宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk

ところで、あんたは「解脱者」であって、
解脱境地からの還減内容を説いているのかね?

どう感じてみても、俗物臭プンプンなのだが・・・
495:2009/08/21(金) 00:51:19 ID:h2VM/IQX
去りつつあるものが去るには二つの去る働きが随伴すると龍樹は主張する。
このような命題は、形式論理学においては誤謬を含まず、問題ないらしい。
例えば、「日本人は人である」のような命題を見てもわかる。
この「日本人は人である」の主語は「日本人」、この概念の中に述語の「人」とい
う概念がすでに含まれている。主語を分析して述語を導くわけだから不合理ではない。
つまりこれは分析的判断てことだ。

龍樹はこの「去りつつあるものが去る」という命題に、二つの去るはたら
きが付随するという。要するに彼は「去りつつあるもの」の「去」と、「去る」の
「去」は意味が異なるとみてたわけですね。だから分析的判断ではなく、拡張的
判断をしたと考えていたんです。
496:2009/08/21(金) 01:15:30 ID:h2VM/IQX
この二章の論法は、『大智度論』でも使われている。これは
『大品般若経』の中の不来不去の註釈に説かれている。
『中論』におけるこの議論も、『般若経』の不来不去を
証明するつもりではなかったのだろうかとされている。

何故カルト風情は自らの汚いやり口には目をつむるくせに、
やたら難癖を付けたがるのだろう。まあ、無自性を謳われる
と困るもんな。つつきたい気持ちもわかるけどね。
騙す人が居なくなると金取れないしね。
497:2009/08/21(金) 01:30:39 ID:h2VM/IQX
『中論』は一見独断的であるが、よ〜く考察してみよう。痛烈な論法に誤解を
招く人が多いのも確かだ。だが、『中論』は従前の仏教のダルマの体系を否定
、破壊したのではない。法を実有と見なす思想は常住という理論的欠点に陥る
という欠点を指摘したわけだ。概念の否定ではない、概念を超越的実在とする
のを排斥したんである。
498:2009/08/21(金) 02:06:45 ID:h2VM/IQX
概念を超越的実在とみなすと様々な問題が起こりますよね〜。

絶対的正義を謳い、人殺しをやむを得ずとする人が出てくる。それに民衆
は乗っかる、否、乗っけられる。神さんといった概念に超越性を与え、それが
不変であるとする。すると戦争の責任をそれに押し付けることができるわな。
小さなとこでは病気を概念の責任にして手を翳すだけで治癒させるなんて
詐欺をはたらく輩も出てくる。

数え上げればキリがなく、悪いことし放題な訳ですな。

アートマンを常住に設定することで、脅迫と搾取が可能になる。つねに脅し
とけばオーラが見える豚のような占い師も、プラシーボを熟知した新興カルト
団体も、倒産はしないわけですよ。常住で信者の頭を染めれば自分達はぶくぶく
と太っていける寸法ですな。

明らかな詐欺宗教は宗教法人格の失効を法律で定めてもらいたいよね。
499神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 02:14:59 ID:Xm8RwzF0
何故釈迦が‖空を翔んだ‖で火のように忿る人がいるのかな
そうだろう、そうだろう、そうだろうともさ
とにこやかに微笑むばーちゃんと孫の姿はいけないかい?
今の自分に出来ない事を古代の聖者がやってたとして何故そんなに忿るかね
翔ぶだけでなく姿を消すのも
自在であったとして当然でないかな
我々も死ねば姿消えるさだめだし
生きているうちに物質の領域をこえたのなら
逆に体現してみせる時もあったと思われるよ
500神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 02:57:20 ID:Xm8RwzF0
イリュージョンを見て涙せというのは無理
しかし聖者というのは何もする前から人を黙らせる
たった五秒ほどであなたの苦の全てを見透すからだ
それは言葉のないやりとりで見透された方が直に一瞬でわかるからだよ
そんなことがあったとしても何もかわらぬ次の日というのがあるの
もののけ姫で神にあったとて手に付いた刺青のようなものは消えなかった
あれがカルマではないですか
人のカルマには容易には介入しない
せっかくの七転八倒を
501神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 04:20:38 ID:eCjzlYgH
>>499
>何故釈迦が‖空を翔んだ‖で火のように忿る人がいるのかな
>そうだろう、そうだろう、そうだろうともさ
>とにこやかに微笑むばーちゃんと孫の姿はいけないかい?

いい大人が、そんな甘ったれたことを言うなよ。
一神教徒は、「目に見えない空想上の神」の実在を信じ込まされて、
2000年間殺し合いと争いを続けている。現在の中東の状況を見よ。
狂気以外の何物でもないではないか。宗教戦争の歴史を数ページでも
読めば、自明のこと。人間にとって、これ以上の「悪」がありうるか。
現代の人間の営みは、すべて、究極的には、生命の維持に向けられている
のに、一神教のみは、専ら生命の抹殺に向けられている。まさに、人類
に巣食う悪質ながん細胞以外の何物でもない。
イエスは、悪魔に「この石をパンに変えてみろ」と言われてできなかった
ため、悔し紛れに「人は、パンだけで生きるのではない」などと屁理屈を
言ったが、彼は、パン以外の一体何で生きる積りだったのか。そこには、
額に汗して小麦やパンを作り、彼を「生かしてくれている」人々に対する
感謝の念は皆無である。共同体において、他者に対する感謝の念は、
共同体を維持し、人間が人間であるための必須の条件である。彼は、神
どころか、人間としても最低の部類に属した。
人間は、「目に見える物(現実界)」に100%依存しない限り、生存
は不可能である。狂気とは、「現実との接触の喪失」と定義される。
幼い頃に「目に見えない物の実在」を信じ込まされると、一生涯離脱する
ことは不可能である。結局は、「本物の宗教」を求めて遍歴を続けること
になる。しかし、すべての宗教信者にとっては、「自分の宗教のみ」が
「本物」なのである。従って、「本物の宗教など、どこにもない」こと
になる。
502神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 04:21:47 ID:eCjzlYgH
>>501の続き

幼い子供に対して「非現実」を「現実」と教え込むことほどの、子供の
精神の虐待はない。今時のおばーちゃんは、そんなアホなことを子供に
教える者は、もはや極めて少ないはずだ。宮崎の映画は、変な宗教的意
図があり、子供の精神にとって、極めて有害なものである。
それに、「聖者」などという観念も誤り。同じ人間を、聖と俗に区別す
ることは、人間の差別と軽視の原因となる。すべての生命は「聖」である。
聖者などと言われる人間に、現実に会って見れば、むしろ、普通以下の
おっさんに過ぎないのである。
この現実世界が「相互依存性・関係性」によって成り立っているという
原理を発見した、宗教者、哲学者、思想家は、古今東西を問わず、竜樹
のみである。この原理は、科学について無知蒙昧であった古代人の妄想
の産物である「唯一絶対神」の観念を、完全に無効化し、人類が今後向
うべき方向を指し示した「永遠普遍唯一の原理」であると言っても、決
して過言ではない。
503神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 05:00:06 ID:xiN/PSBT
>>488
順番を変えましょう。

>少なくとも私は、雨が降ってきたら【自分の】【身体】が濡れないように傘を差すし、
>大汗かいたら、シャツに残った汗で【自分の】【身体】が冷えて風邪をひかないように着替える。

もちろん、そうします。飯くわなきゃならない糞しなきゃならない。
それも縁起で、因果の側面でやはりこちらを強調すべきですね。
これは改めましょう。しかし、

>そもそも、≪【超】自然≫てことが、あり得ないことだという考え方はできんのか?
>「自然を超えたら、もはや自然じゃないだろ」 と・・・。
>ありえること、起こり得ることは全て「自然現象」だ。
>その意味で、超自然などあり得なくないか?
>(チャーマーズではないが、自然的因果関係を外れない形で観察されねばならないのじゃないか?)

自然という言葉がどういう意味か微妙ですが、
常識的因果関係と解釈します。
とすれば、あり得ないことではない。
常識的因果を超えたことは起こりえるし実際起こると私は考えます。
504神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 05:02:15 ID:xiN/PSBT
>>487
どうもありがとうございます。

誤解を払拭できたようで。

信仰はちょっとあると思いますが、経験はほとんどないです。
どうも才能がないようで(/_;)
505神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 05:04:47 ID:xiN/PSBT
>>489
>釈尊45年の説法に於いて、彼が瞑想中に考察していたのは、常に、まさに、このような
>「世俗への翻訳方法ではなかったろうか?」「そのことに瞑想の全ての時間は費やされていたのではないか?」
>と、私は妄想してしまうんだよw
>五比丘に対し、どのような語りで、彼らに気付かせていったのか、妄想してしまうわけさw
>
>それくらい、言葉、語り、TPOは重要なんだよ。
>(仏語の素晴らしさは経典のあちこちで讃嘆される・・・。罵倒の多い私はその時点で失格だが・・・w)

これは賛成です。釈尊の考え抜かれた語り方には分かれば分かるほど驚嘆させられます。
説法躊躇から初転法輪まで三昧に入って考え抜かれたことと妄想してます。
506机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 07:26:50 ID:GDqEnaqK
>>484 在家氏
>入胎には4種類あって、菩薩は意識を持ったまま出胎する

下世話な話になりますけど、
入胎ってのは、精子と卵子の結合ですね。
この結合された卵子が熟成(つまり成長)する段階において「菩薩の因となるもの」が
卵子に挿入される。ってことですね?

これは非常に重要なことでして、
輪廻転生説を信じる人も「卵子成長の途上で魂の挿入」と考えておるようです。

これはよく考えますと、結合卵子は一応は生命体ですよね、
で、そこに縁起を無視した「突然の魂の挿入とか」。
これですと生命体の二重結合ということになるんじゃ〜ないでしょうか?

人間というのは、こんな複雑な経緯をもってしか誕生できないのでしょうか?
拙者は、どうもそこのとこが理解できません。
つまり、理解できないから余計に信じられないのですけど。

輪廻転生説を信じてる御仁達は、この生命の二重結合を不思議には思わないんでしょうか?
それとも、
こういう下世話なことは考えないようにしているのでしょうか?
(論理的には破綻してますよね)
どうか拙者に御教示ください。
(在家氏に限らずALL)
507神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 07:59:37 ID:xiN/PSBT
>>491
私も通常の話なら史的事実と簡単に用いますが、
仏教に関してなら、現象・知覚をどう捉えるかが
重要なので縁起があったとしか言えません。
外在的自立的な事実ではないのです。
これが縁起の重要な視点の一つですから。

上に書いた一水四見を参考にしてみてください。
508神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 08:08:46 ID:xiN/PSBT
>>506
>で、そこに縁起を無視した「突然の魂の挿入とか」。

机さんが縁起を全く理解してない証拠。
卵子精子というのは色蘊でしかないんです。
逆に色蘊から他の四蘊が発生すると考えるなら縁起ではないでしょう。

色蘊と他の四蘊が縁起して人と仮設されるだけです。
魂と仮設される諸蘊と色蘊が縁起することを「魂が入る」などと仮設するだけのことです。
全くの縁起であって、机説が縁起ではない。

あらゆる現象は複雑に縁起するんです。
どんなものも縁起というマンダラ(総体)のなかで無関係なことは
ありえません。

509一在家:2009/08/21(金) 08:22:16 ID:uNGqhgKS
>>506 机氏
>入胎ってのは、精子と卵子の結合ですね。
>この結合された卵子が熟成(つまり成長)する段階において「菩薩の因となるもの」が
>卵子に挿入される。ってことですね?
>これは非常に重要なことでして、
>輪廻転生説を信じる人も「卵子成長の途上で魂の挿入」と考えておるようです。

再生主体の入胎が精子と卵子の結合時なのか、もう少し子宮内で成長した時期かは、
説かれた釈尊に聞かないと分りませんね。(私は後者と伺っております。)

>これはよく考えますと、結合卵子は一応は生命体ですよね、
>で、そこに縁起を無視した「突然の魂の挿入とか」。
>これですと生命体の二重結合ということになるんじゃ〜ないでしょうか?

生命と生命との二重結合ではなく、生命と魂との結合だとモデル化しております。
その理由は生命(細胞<肉体、五蘊)が滅びた後にも再生主体(魂?)は存続する
からです。 行き先は地獄、畜生、天、他との記載がありますね。
510机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 08:50:38 ID:GDqEnaqK
>>508
お答え頂きまして、ありがとうございます。

縁起というのは、条件における関係性のことでありますから、
男女和合において卵子と精子の結合。
これだけでございます。→これで縁起は終了

この卵子が成長するのも、母の胎内という条件・関係性においてであります。
(生起・生滅を繰り返し、縁起は連続性をもち卵子成長)
この段階において、卵子は未熟(意思をもたない)でありますから、
母の胎内における環境で受動的に成長するだけです。
(こういうのを縁起といいますね、また因果です)

ですから、外界?から魂挿入というのは、縁起(つまり関係性)でなく
そのようにプログラムされている、縁起に関係なく「決定されているもの」ですね。

縁起というのはプログラムされることはない。
終了→終了→終了→終了、です。
生起しなくなると死ですね。
これで縁起の終了です。→十二支縁起・参照
511一在家:2009/08/21(金) 09:07:43 ID:uNGqhgKS
>>510 机氏
>ですから、外界?から魂挿入というのは、縁起(つまり関係性)でなく
>そのようにプログラムされている、縁起に関係なく「決定されているもの」ですね。

どこの家庭(夫婦)に生まれるのか、どのような身体で生まれるのかは、
カルマ(条件)に因って決まるのであれば縁起かも知れませんよ。

釈尊は前世でクシャトリアだった縁で、クシャトリアとして再生したという説法が
長部経典に記載がありました。出典が必要なら調べますが。
512机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 09:09:25 ID:GDqEnaqK
>>509 在家氏
お答え頂きまして、ありがとうございます。

>その理由は生命(細胞<肉体、五蘊)が滅びた後にも再生主体(魂?)は存続する
>からです。 行き先は地獄、畜生、天、他との記載がありますね。

ああ、なるほど、そういうことなんでありますね。
この「再生主体」ってのが真我(つまりアートマン)なんですね。

人間の生命ってのは複雑な構造をしているもんなんですね。
でも貴殿は、この説について反信反疑ですか?
それとも全面的に信じてるとか?

これは死んでみないと解らんもんですね。

ガンの末期患者は、ある段階になりますと
死後のことは考えなくなるそうです。
人間、若くてピンピンしているうちは死を考えるよぉですね。
これはどういうことかと言いますと、
死生観というのは執着の度合いにおいて結論される。
ってことなんでしょうか?
拙者は、そう考えております。
513神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 09:12:40 ID:Ww8HbuED
心の苦痛への耐性の違いだろ?
ニーチェ著「悲劇の誕生」でも読んでくれたまえ。
514机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 09:21:58 ID:GDqEnaqK
>>511
>どこの家庭(夫婦)に生まれるのか、どのような身体で生まれるのかは、
>カルマ(条件)に因って決まるのであれば縁起かも知れませんよ。

縁起ってのは無為のことでありますから、
世俗の価値観は全く関係ありませんね。

カルマってのも、これは世俗における判断基準です。
法においては人類全てが平等です。

    花は紅(くれない)

         柳は緑
                by沢庵
515一在家:2009/08/21(金) 09:28:57 ID:uNGqhgKS
>>512 机氏
>それとも全面的に信じてるとか?
>これは死んでみないと解らんもんですね。

貴兄は最近本スレに再生されたから私の信仰する団体を
ご存じないでしょうが(旧7氏と暁氏が時々ご紹介)、
毎日、世界中で霊とメンバーは対話しております。

霊と言っても幽霊ではなく、他人の肉体に憑依した霊達
のことです。
スレ違いなので詳細は省きますが、現代のエクソシスト
みたいなものだとご理解いただければ幸いです。

その神秘体験を元にして、原始仏教と原始基教の経典を
読んでおります。
516机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 09:45:16 ID:GDqEnaqK
>>515
>信仰する団体

真ひかり教団じゃないですか?
手かざしとか。
拙者の地域にもあります。

家族が病院に入院すると、手かざしで治るとか・・・
看護婦さんに言ってるのを聞いたことがある。
勿論、看護婦(師)さんは困ってましたけど。


517一在家:2009/08/21(金) 09:45:56 ID:uNGqhgKS
>>515 (続き)
>その神秘体験を元にして、原始仏教と原始基教の経典を
>読んでおります。

生前は人や動物(犬、狐、狸、蛇、鳥)がほとんどですが、
たまに龍や天狗などが浮霊することもあり、考えられない
ような力や高速動作を目撃します。

ですから、原始仏典で釈尊が悪魔や夜叉、山の精霊と対話する
記載がございましても、「十分あり得る」と認識しております。
518一在家:2009/08/21(金) 09:53:41 ID:uNGqhgKS
>>516 机氏
>家族が病院に入院すると、手かざしで治るとか・・・
>看護婦さんに言ってるのを聞いたことがある。

一般信者はすぐ「手かざしで治る」と言ってしまうので、よく誤解
されたり、批判を受けることも度々です。

言葉を足しますと「ガンの要因が憑依霊に起因する場合は、手かざし
により放射される神の光にて浄化されて、憑依霊が肉体から離脱した
場合は直ります。」ということです。 
尚、風邪や下痢は憑依霊とは別の要因でしょうが。

スレ違いですのでこの辺りで失礼します。
519机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 09:59:12 ID:GDqEnaqK
>>517
>生前は人や動物(犬、狐、狸、蛇、鳥)がほとんどですが、
>たまに龍や天狗などが浮霊することもあり

かつて2ちゃんで、それに似た書込みがありましたね。

架空のマスコット(たぶん鳥)を肩に乗せ、
主人は時々マスコットと対話していた。

最初の頃は主人に従順だったのですが、段々と主人に命令するようになった。
主人は困り果て、そのマスコットを自分から引き離そうとしたが、
どんな手段をやっても無理。
ついに主人はマスコットに乗っ取られてしまう。

これは自己暗示の恐怖を物語ってる。
520一在家:2009/08/21(金) 10:15:47 ID:uNGqhgKS
>>519
>これは自己暗示の恐怖を物語ってる。

少なくとも仏(釈尊)には自己暗示はないでしょう。

自己暗示にかかるようでは仏陀ではないでしょう。
521神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 10:16:07 ID:FhnCciwV
>>518 
「言葉を足しますと「ガンの要因が憑依霊に起因する場合は、手かざし
により放射される神の光にて浄化されて、憑依霊が肉体から離脱した
場合は直ります。」ということです。」

これが、どれほど危険なことか理解してますか?
私の知人に初期癌の人がいまして、(初めは病院の健診にて判明)
その後、手術による除去を予定していましたが、そこに、いわゆる
自称霊能者なる人物が現われ、「手術などせずとも、自分の力で
直せる」といい手かざしによる治療?を始めました。
その後、様態は勿論、悪化。再び病院に頼ったときは、すでに手遅れ
で、その人は現在、この世におりません。

あなた方は、人助けをしているつもりかもしれませんが、現実は
私の知人の事例のように多くの人を不幸に陥れていることを自覚してください。 
522一在家:2009/08/21(金) 10:38:43 ID:xx1ZSzVC
>>521
>私の知人に初期癌の人がいまして、(初めは病院の健診にて判明)
>その後、手術による除去を予定していましたが、そこに、いわゆる

私自身の体験で恐縮ですが、知人に医師の奥様がおられまして
手術による子宮ガン除去を予定していましたが、私が1時間ほど
手かざしをさせていただきました。

もう一度よく健診してみて下さいと勧めましたが、ご主人の立場も
あり手術して子宮を摘出致しました。
子宮はガンが消えて綺麗だったと、後日伺いました。

尚、貴兄のご批判に似た事例も伺っており自覚しております。
本件はスレ違いということで、あしからず。
523真ひかりはカルトそのものです:2009/08/21(金) 11:36:00 ID:pns66alY
フランス政府発行、EU172団体セクト(カルト)リストの一部。
カルト教団には注意しましょう。

TM Transcendental Meditation (TM 超越瞑想)
Mormons or Church of Jesus Christ of Latter-day Saints(モルモン教)
Raja Yoga or Spiritual Organization of Brahma Kumaris (ヨガ)
Sahaja Yoga Matapi (ヨガ)
Scientology (サイエントロジー教会)
Sokka Gakkai (創価学会)
KrishnaMahikaari-Sukyo Mahikari (真光 - 崇教真光)

524神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 12:03:42 ID:pDh6JJZH
>>515
>毎日、世界中で霊とメンバーは対話しております。

君が科学者を自称するのなら、まず、「神・霊・前世・来世」を科学的に証明
したまえ。カルト問題専門の精神医学者は、君の属する「手かざし宗教団体」
が、「最も危険なカルトで、即刻離脱すべきもの」と判断している。浅薄にも
キリスト教に嵌った「日本のカルトの源泉」である大本の出口王仁三郎に由来
するもの。彼の聖書の猿真似に過ぎないではないか。前述した一神教の狂気そ
のままである。

>その神秘体験を元にして、原始仏教と原始基教の経典を読んでおります。

原始仏教がカルトであることを如実に証明している。妊娠のことは、2500
年前の釈尊ではなく、現代の高度に発達した産科学に聞け。君の科学とは、
「2500年前の科学」か。

科学とは、「目に見える世界(現実界)」のみに対応・沈潜して、その中のみ
に「法則」を見出すものである。現実界を少しでも逸脱したら、それは科学とは
呼ばない。科学とは、観察と実験に基づく検証の繰り返しにより、「日々進歩
している学問」のことである。君の科学には、どこに観察・実験・検証・進歩
があるのかね。

カルトの撲滅のためには、その源泉である原始仏教とキリスト教の廃止が先決
である。
525一在家:2009/08/21(金) 12:30:31 ID:uNGqhgKS
>>524
真光を当て馬にして、原始仏教とキリスト教への攻撃ですか。
526一在家:2009/08/21(金) 12:35:12 ID:uNGqhgKS
>真光を当て馬にして、原始仏教とキリスト教への攻撃ですか。

一応、真光は古神道に近いと伺っております。

私が原始仏教と原始キリスト教とを学習してので誤解された
のでしょうか。
527神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 12:44:32 ID:pDh6JJZH
>>525
カルトの源泉だから、徹底的に攻撃されて当然。

君は、カルトによって家族の成員は狂わされたため、どれほど多くの人々が
苦しんでいるのかも知らないのか。どれほど多くの家庭が破壊され、破壊され
続けていることも知らないのか。カルト被害の現状について理解すること。

中東の惨状を初めとして、現代における人間の不幸と苦しみの唯一の原因は、
宗教であることを自覚せよ。

科学者なら、開祖・教祖が「口から出任せ」に語ったことを「追試」して、その
真偽を確かめることが、基本ではないのかね。
528神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 12:50:17 ID:pDh6JJZH
>>526
>一応、真光は古神道に近いと伺っております。

原始仏教とキリスト教の影響があると、すべての宗教は、例外なくカル
ト化する。

その典型である大本が、日本のカルトの源泉。
529 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 13:33:25 ID:i2YLOV0f
混乱しているようなので再びアップしておこう

<存在の大別> ・・・ 簡単な存在論
 生物 ・・・ 物質 + 生命 → 生命活動 > 精神活動 > 識
無生物 ・・・ 物質 → 実体がある OR 実体がない ・・・ 審議中
 
<精神活動> ・・・ 簡単な認識論
現実       ← 認識 ・・・ 判断のない識 ・・・ 直接知覚
 生物・無生物
           判断 ・・・ 判断された識 
          判断基準 ・・・ 苦楽・善悪・愛憎など ← 縁起
530 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 13:34:59 ID:i2YLOV0f
大乗の悟り<真如>とは<直接知覚>のことを言う。
簡単に言えば、日ごろの色眼鏡をはずして周囲を見渡すことを言う。
これを勝義とか主客未分と表現する。
 
これはしかし、悟りのほんの入り口でしかない。
目を開けて到達する程度のレベルである。
まだこの先がある。
531 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 13:38:59 ID:i2YLOV0f
悟りには二種類の区別がある。
参考のために悟りの始まりみたいなものを示そう。
 
1 ひとつは直接知覚である。外に向かった知的な体験である。
日ごろの思い込みや既成概念で固まった心を解放することから生じる。
 
2 ひとつは忘我の境地である。内に向かった情的な体験である。
念仏などを唱え、自分を忘れたかのような状態になることをいう。
この状態にはふつう喜びが伴い、極まれば神的な恍惚感に達する。
532 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 13:40:49 ID:i2YLOV0f
悟りの始まりは、空の思想も、幻の思想も無関係である。
 
自分の価値基準を相対化する → これを十分に理解する
神や仏を信じこむ → これは弊害があるのですすめられない
  いったん信じるなら、それがその人の限界になるだろう
533神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 13:43:23 ID:pns66alY
>>530 ◆E4bNl5MIvU
      ↑
  ゴミはすっこんどれ!
534机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 14:11:21 ID:GDqEnaqK
>>520  在家氏
>自己暗示にかかるようでは仏陀ではないでしょう。

狐つき、とか憑依霊とか、あれは自己暗示(自己催眠)でどうにでもなりますよね。
事前にそれなりの情報を挿入しとけば・・・。

ヴィパーサナ瞑想というのも、あれは止観ですから、それなりの快楽(陶酔)の境地はあるでしょう?
やはりこれも自己催眠とかの要素があると思います。
禅は止観ではないですけど、やはりそれなりの快楽ってのはあります。
(まあ、本来はない方がいいんですけど)

基本的に人間というのは騙されやすいですよ。
だから心理学とかのジャンルが発達するわけで。

仏教というのは、こういった深層の部分(唯識派の言葉を借りるなら)
の既成の価値観なり、判断基準というのを一端ぶち壊すんです。

ですから悟りをひらきますと、先ず騙されることは殆どなくなります。
精神のカラクリってのが全部お見通しになりますからね。
正邪で判断するんじゃなく、直接心理を見抜いちゃうんですね。
こういうのを神通力とか言うのかもしれません。

真光がどんなもんか?ってのは、貴殿の書込みを読めば一発で解ります。
535 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 14:12:39 ID:i2YLOV0f
世親はヨガの実体験からアラヤ識を説く。
そしてアラヤ識が輪廻の本体であるという主張をする。
しかしアートマンと誤解されそうな話ではないか。
  
もちろん世親は、アラヤ識は刹那に滅し生じるとか、
アラヤ識は悟りにおいて消滅するとか弁解しているのだが。
536 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 14:14:29 ID:i2YLOV0f
世親の矛盾はアラヤ識に集中的に現れる。たとえばいくつか。
 
1 刹那に滅したあと、どうして刹那に生じるのか。
  別の話だが、竜樹が中論で同じような批判をしている。
 
2 アラヤ識は善でも悪でもない無記である、と定義する。
  であるならば、汚れたマナ識がなぜそこから生まれるのか。
 
3 アラヤ識が、善でも悪でもないなら、なぜ輪廻するのか。
  業が尽きて無記なら、その時点で成仏して解脱するだろうに。
537 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 14:19:08 ID:i2YLOV0f
世親の功罪は半ばする。
眼識などの五識、意識、マナ識、アラヤ識の素描をしたことは評価できる。
しかし外の事物を幻にしたことは誤りである。
 
したがって識の素描を学べばいい。
唯識性「三種の世界は唯だ識のみである」という考え方には用がない。
538インチキカルト撲滅!:2009/08/21(金) 14:49:46 ID:pns66alY
>>523のリスト以外にも、幸福の科学や統一教会その他もろもろの諸雑派が載っている。
だいたいインチキカルトって、洗脳とマルチ(商法)による財産召し上げという
基本構造は共通項だ。多くの家族関係は破壊される。

 日本人って、覚醒剤をはじめとするクスリやインチキカルトに不思議なほどあまりに無防備だ。

 このスレにもさも真面目くさったいかにもフリーだというふりをした、
その実は羊頭狗肉のカルト宣伝隊員が数名潜入している。


539 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 14:50:18 ID:i2YLOV0f
念仏などによって得られる<忘我の境地>
 
この境地のレベルについては、
色界(清らかな物質によって構成される世界、肉体的・物質的要素あり)の
離生喜楽地、定生喜楽地あたりではないかと推測される。
欲界(日常の欲にまみれた世界)からそれほど隔たったものではない。
  
忘我の我は、社会に対峙している仮面の我である。
念仏などによって仮面の我がはずれ、抑圧されていた本来の自分が、
意識の表面に現れ出ること、それが喜びなのだろう。
540神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 15:08:49 ID:+hU+jFPY
>>518
> 一般信者はすぐ「手かざしで治る」と言ってしまうので、よく誤解
> されたり、批判を受けることも度々です。

ははぁ。誤解されて偏見もたれるのは嫌ですね。

> 言葉を足しますと「ガンの要因が憑依霊に起因する場合は、手かざし
> により放射される神の光にて浄化されて、憑依霊が肉体から離脱した
> 場合は直ります。」ということです。

えと・・・単に手かざしで治るというより、
「神の光にて〜憑依霊が〜」と言い直してる方がよっぽど
オカルト感がゆんゆんで、
アブナイ、アヤシイ、ヤバイ雰囲気が増幅しているんですが、
それは自覚してワザとやってるんでしょうか?
541一在家:2009/08/21(金) 15:25:49 ID:/wIM1Jbj
>>534 机氏
>狐つき、とか憑依霊とか、あれは自己暗示(自己催眠)でどうにでもなりますよね。
>事前にそれなりの情報を挿入しとけば・・・。
>真光がどんなもんか?ってのは、貴殿の書込みを読めば一発で解ります。

貴兄にしては珍しく「断定」しておられますね。
主観が入らないように、真光以外の事例を提示しましょう。

天理教の開祖の中山みき様は農家の主婦でしたが、ある日神がかりになり、
周囲から「狐つき」と罵倒されながらも神通力「おさづけ」にて難産の人や
病める大勢の人々を救って歩かれました。何回か投獄もされましたよ。
神示集をまとめた「お筆先」は現代では誰でも読めます。

信者は数百万人になり、天理高校は今年甲子園に出場しております。

仏である釈尊はそれ以上の神通力を発揮して、奇跡を行なった後に法を説かれた
可能性はないのでしょうか。
当時の人々を救いもせず、理屈ばかり説いて導くことができたのでしょうか。
542 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 15:29:20 ID:i2YLOV0f
唯識は、事物の非存在の証明ができていない。
 
同一の水に対して、餓鬼は膿や血の充満した河、魚は住居や道路、
天人は宝石で飾られた土地、人間は清らかな水あるいは波浪、
として理解している。しかし、もしも水という事物が実在するならば
このようなことはありえない、という。
 
このたとえ話は、水の利用や見え方の違いでしかなく、
水そのものを否定するものではない。
→ 事物の非存在を証明していない。
543ken:2009/08/21(金) 15:47:41 ID:C03CKUiD
>534 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 14:11:21 ID:GDqEnaqK
ヴィパーサナ瞑想というのも、あれは止観ですから、それなりの快楽(陶酔)の境地はあるでしょう?
やはりこれも自己催眠とかの要素があると思います。

すこしちがうのですね。
釈迦の時代、修行と言えばヴィパサナを指したくらい日常的な、
自己観察行なのです。
で、自己の何を観察するかと言えば己の煩悩の漏れを刹那刹那で
自己解説しながら洞察してゆく。歩行瞑想の場合も同じようです。
つまり瞑想でありながら、サマタのような一点集中とは違います。
>>476さんが、詳説してくれましたようにサマタ→ヴィパサナの順です。
サマタだけでは煩悩の垢を落として涅槃到達は出来ないからで、
ヴィパサナで煩悩の”止息”を図るわけです。
真言密教などで言われるシャマタ、ビバシャナはことばの音写は合一だが、
実際の修養法は、このように上座部とは大きく違います。
密教の止観は、瑜伽行唯識学派同様に難しく弄繰り回しすぎですね、大乗の欠点です。
544インチキカルト撲滅!:2009/08/21(金) 15:50:53 ID:pns66alY
>>541
さすがに同じ穴のムジナだな。

天理教ほど、人種差別と老人忌避、「不浄」財産召し上げを
平然とやっている団体はない。
その危険カルト性において真ひかりと同列だ。
545神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 16:01:34 ID:CW6azZKr
うっかりネタをふらないよう気をつける必要があるようです。
一言でも出ればこれ幸いと話題を捻じ込んできますからね。
546一在家:2009/08/21(金) 16:04:28 ID:uNGqhgKS
>>523
>その危険カルト性において真ひかりと同列だ。

天理教は君が提示したEUリストには無いですよ。

それから大本教もリストには無いですし。
547旧7:2009/08/21(金) 16:07:23 ID:gQJe9qPd
前スレで、さりげなく野田さんの著書を紹介したのも、
こういう話題への牽制だったんですけどね・・・。(わざわざ各章のタイトルまで書き出して・・w)


もう一度貼りましょうか?
そっち方面を考察するなら、肯定否定問わず、一度は目を通しておいた方が良いよw

(特に在家氏w 彼が、どう曲解するか楽しみでもありますが・・・www)
548神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 16:11:37 ID:CW6azZKr
カルト批判も移動してやってもらいたいですね。
549インチキカルト撲滅!:2009/08/21(金) 16:15:45 ID:pns66alY
>>546
リスト云々ではなく>その危険カルト性において“真ひかりと同列だ。”
・・と言っている。

それとも、フランス議会に認定・搭載されないと「真ひかり」同様のインチキカルトではないと
言って欲しいのかね?
550神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 16:24:22 ID:pns66alY
仏教系新興宗教で「カルマ」「輪廻転生」「アートマン」などを
教義の中心に据えているところはほとんど確実にインチキカルト、
財産召し上げ狙いだと言える。
551神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 16:27:57 ID:ruhO0dLC
>>541
天理教の中山みきも、大本の出口なおも、伝統宗教で狂った精神病者。
信者は、その精神病の感染に過ぎない。

彼女たちが書きまくった「お筆先」なるものも、すべて彼女等が小学校
時代に習った言葉ばかり。「神の言葉」など全くない。

「難産を治した」というが、当時の産婆さんでも、難産をある程度
治した。勿論、現代の帝王切開を初めとする治療技術には及びも付かないが。
これら精神病の開祖が治した病人と、悪化させ、殺した病人との数を比較
すれば、後者が圧倒的に多いのは明らかである。

イエスは勿論のこと、釈迦やその他の創唱宗教の開祖も、この両者と大差は
ない。最古の創唱宗教と言われるゾロアスター教の教祖も、大麻の常用者
であったと言われている。ユダヤ教の開祖であるエジプトのファラオ
イクナートンも、その銅像から判断する限り、男女の性別さえ不明な
精神異常者であったと言われている。

創唱宗教は、すべて、開祖の精神障害とその感染という、精神医学の
問題以外の何物でもない。精神病は、その「発端者(開祖)」に接する
「継発者(信者)」に感染する。精神医学では、これを「感応精神病」
と呼ぶ。
552 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 16:31:05 ID:i2YLOV0f
世親の『唯識二十論』
かれはこれによって事物の非存在を証明しようとしたらしい。
しかし証明できていないことを簡単に指摘しよう。
 
1 対象は夢のごとくであると言うが、対象と夢が似ていたとしても、
  対象それ自体の非存在を証明したことにならない。
2 地獄人と獄卒の話は興味深いけど・・・証明にならない。
3 教証も偽経では証明にならない。
4 原子が存在しない → 事物の存在を否定する。
  ・・・現代科学は原子の存在を認めている。→ 事物は存在する。
553一在家:2009/08/21(金) 16:40:53 ID:uNGqhgKS
>>551
>イエスは勿論のこと、釈迦やその他の創唱宗教の開祖も、この両者と大差は
>ない。

また精神医学教の方の登場ですか。

もしある精神病院の医師が名医であれば、彼の治療は成功しリピータはいない。
さて、貴兄のご存じの精神科医ではリピータが激減しておりますか?

もしある精神病院の医師が薬物投与で症状を抑えるだけならば、薬が切れた
リピータで繁盛する。
私も知人の精神科医から投与する薬の副作用がきついことを聞いている。
554神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 16:55:11 ID:ruhO0dLC
>>552
唯識は、「事物が存在するとは、人間が認識するから」と言ってるのでは
ないのかね。このことは、どんな哲学者でも否定はできまい。

カントは、「物自体」と「認識された物」とを区別したが、彼は「物自体」
を一体どうやって認識したのかw。

原子も、「人間が認識する」から、実在すると言える。逆に、人間が認
識出来ない物は、実在せず、単なる空想・妄想。

現代の西洋哲学でも、唯識的な「観念論(唯心論)」が見直されている
そうだ。誰も否定できないのだからw。

「存在とは、認識されることである(esse est percipi)」(バークリ)

大乗仏教は、どの宗派でも、それなりの真理を穿っている。
555神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 17:06:00 ID:+hU+jFPY
>>546
つまり、真光は天理教や大本教と同列なのではなく、
天理教や大本教よりも危険カルト性が高いということが言いたいわけですね?
556神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 17:09:40 ID:ruhO0dLC
>>553
薬剤は、身体にとっては異物だから、副作用があるのは当然。薬物療法
とは、薬剤の「効果」と「副作用」との利益考量の基づき行うもの。

例えば、抗生物質の過敏症で死ぬことが稀にある。東大の法哲学の尾高
教授も、ペニシリンの過敏症で亡くなった。しかし、抗生物質により助
かる生命は、その何万倍、何十万倍か。

精神医学も、他のすべての自然科学と同様、発展途上にある。しかし、
殆ど6ヶ月単位で、確実に進歩している。

宗教には、この数千年間、何らかの「進歩」があったか。「ゼロ」である。
557一在家:2009/08/21(金) 17:38:24 ID:uNGqhgKS
>>556
>精神医学も、他のすべての自然科学と同様、発展途上にある。しかし、
>殆ど6ヶ月単位で、確実に進歩している。

医学(精神医学含む)は本当に確実に進歩しておりますか?
医療機器の方は自然科学と同様にほとんど6カ月単位で確実に進歩して
いることは理解しております。

医学(精神医学含む)は20年前と比較して確実に進歩しておりますか?
20年前と比較して客観的なデータで示せるのは医療関連の訴訟が急増して
いることです。
最近は治療ミスが多すぎて、大きなミスでないとニュース性もないくらいです。

医療業界の現状を棚上げしまして、宗教界全般を批判していて宜しいのでしょうか。
前にも自己紹介しましたが、家族は私以外医療関係者ですので影の部分も
よく認識しております。
スレ違いですのでこの辺で止めておきましょう、あしからず。
558一在家:2009/08/21(金) 17:51:36 ID:uNGqhgKS
>>555
>天理教や大本教よりも危険カルト性が高いということが言いたいわけですね?

フランス人達が天理教と大本教とリスト入り教団との教義の違いを
理解していると思われますか? 

日本発のリスト入り教団の共通項を鳥瞰しますと、何れも布教に熱心で
近年信者数を急に拡大しております。
フランス人達が理解できない教義が欧州で急拡大したのがリスト化の
モチベーションではないかと思料します。

尚、EUカルト法は伝統的なカトリックの指導者達や人道団体からも批判されて
おりますことは関連スレにて紹介済みです。

スレ違いですのでこの辺で止めますが、あしからず。
559 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 18:03:22 ID:wUydsG6m
>>554
『唯識二十論』は短いので一読するといい。
 
世親は事物の非存在を証明できないばかりか、
そんなことを主張して何の意味があるのかという突っ込みに、
意味の読み取りにくい弁解をしている。
560神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 18:10:02 ID:ruhO0dLC
>>557
精神医学は、事柄の性質上、医学の他の分野に比べて、確かに進歩は遅いようだね。
しかし、精神の働きが、脳内神経伝達物質という「物質」によって左右されると
いう発見は、人類史上、最大の発見の一つだろう。

医療過誤訴訟の増加は、一般の法律意識の向上と、医療側の、多忙とダブルチ
ェック、トリプルチェックの体制の欠如による人為的ミス。事件になるのは、
氷山の一角で、ミスは、常時発生している。

人間だから、ミスは必ず発生する。人命に関することなのに、医療では、ダブル
チェック、トリプルチェックの体制が、極めて不十分。

医療過誤の防止には、患者側も、医学の専門的知識を身につけることが不可欠。
開業医は、多忙すぎて、医学の最新の進歩をフォローできていないようだ。

宗教やる時間があったら、医学を専門的に勉強したほうが、自他にとってはる
かに有益w。医学は、人体という確固たる対象が存在するから、対象不在・不
明の宗教よりもはるかにやりやすく、また、常に進歩しているので、知的興味
と満足は格段に大きい。さらに、「生命を救う」という、至上の「達成感」
「満足感」がある。
561神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 18:10:39 ID:+hU+jFPY
>>558
私の投稿を良く読んで、傾向を見ればわかると思いますが、
私の指摘は貴方の投稿の「国語力」に焦点が合っているのです。

あなたの投稿は、ハッキリいいますが国語力に問題があります。

御自分の意志とは全く逆のように、人から解釈される言葉を発しています。

あなたには、御自分の発言が一般人にどう読まれるのか、どう映るのか、
ということが認識できているようには思えません。

旧7氏は以前からそのことを指摘していますが、
敵に塩を送るような投稿をしていても、多分御自分では気づいていないのです。

自分の言いたいこと「自分がこう思う」に意識が囚われてしまっていて、
周囲が見えなくなってしまっています。

そのために相手の意図も結局は見えていませんし、
自分自身の言動にも客観性が保てないのだと思います。

宝珠愚者さんも同じような問題点を抱えていますが、
一在家さんには宝珠愚者さんほどは、人を見下すような視点がないので
まだ会話の余地があるかと思い、投稿させていただいた次第です。
562机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 18:10:42 ID:GDqEnaqK
>>541 在家氏
>仏である釈尊はそれ以上の神通力を発揮して、奇跡を行なった後に法を説かれた
>可能性はないのでしょうか。

釈尊が奇跡を行なった。というのは先ず無いかと思います。
貴殿もご承知でしょうが、釈尊が亡くなったのはチェンダが供養したキノコが原因とされる。
釈尊80歳にして、食中毒における激しい下痢で入滅。

これは、釈尊が紛れもなく我々と同じ人間であり、スーパーマンではない。
ということであります。
まさに人間苦である、生老病死の最後の具現ではなかろうか?

人間というのは、死に際に何らかのメッセージを残すものである。
貴殿はこのメッセージを何と心得る?

釈尊というのは、古代インドにおいて最初に平等思想を打ち立てた聖者であります。
釈尊入滅の御身は、まさ最後まで「人間釈尊」をテーゼとしております。

>当時の人々を救いもせず、理屈ばかり説いて導くことができたのでしょうか。

人間が救われる。ってのは、
巡り合った人間の「生きざま」において救われるのでございます。
つまり「生きざま」で学ぶものでございます。
どうか貴殿も、人間釈尊の「生きざま」から多くを学んでくださいまし。

              (かしこ)
563神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 18:12:30 ID:SnTbVc6y
>>558 とにかく、ここで仏教について語るのならば、仏陀が明確に禁じた「手かざし」などの行為をまず、止めてからにするべきと思うのだがね。
564一在家:2009/08/21(金) 18:21:37 ID:/wIM1Jbj
>>554
>唯識は、「事物が存在するとは、人間が認識するから」と言ってるのでは
>ないのかね。このことは、どんな哲学者でも否定はできまい。

ふと思ったことですが、
「お猿さんがバナナを認識して食べている」のを人間が見ている場合は、
バナナが存在するのは人間が認識するからでしょうか。

お猿さんが認識しただけではバナナは存在しないのでしょうか。
所謂、「猿の惑星」では事物は存在しないことになります。
565 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 18:26:03 ID:wUydsG6m
このスレはアートマンが存在することを議論する場所だと理解している。
アートマンが存在するなら、仏陀はそれを説いたはずである。
それに賛成する人もいるし反対する人もいる。
 
立場の違う人たちが議論するのだから、
相手に理解できるように道理をつくして語るべきではないか。
相手に言い負かされたと思って感情的になり、
テーマと無関係な個人攻撃を始める人もいる。
しかし2CHは公開されているから逃げることはできない。
そういった人たちは軽蔑されるだろう。 
 
アートマンについて議論したくないなら、
恥さらしをする前に、自分の信じる宗教のスレに行けばいい。
566一在家:2009/08/21(金) 18:34:31 ID:/wIM1Jbj
>>561
>あなたの投稿は、ハッキリいいますが国語力に問題があります。
>御自分の意志とは全く逆のように、人から解釈される言葉を発しています。
>(中略)
>まだ会話の余地があるかと思い、投稿させていただいた次第です。

貴兄のご指摘は仲間からも時々言われます。
「一在家は頭の中にあることを文章で表現することが下手だ」と。
学生の頃も「現代国語」の成績が一番悪かったことも事実です。

ご親切なアドバイスを有難うございます。
567 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 18:36:24 ID:wUydsG6m
>>561
指摘されていることはほぼ理解できる。
ただ在家氏の場合、国語力に問題があるというより、
自分の思いが優先し、全般的に歪みが生じるのだろうと思う。
ある種のできあがり方をしているような印象を受ける。
真光はよく知らないけど在家氏の猛省を期待する。
568一在家:2009/08/21(金) 18:50:33 ID:/wIM1Jbj
>>562 机氏
>釈尊が奇跡を行なった。というのは先ず無いかと思います。
>貴殿もご承知でしょうが、釈尊が亡くなったのはチェンダが供養したキノコが原因とされる。
>釈尊80歳にして、食中毒における激しい下痢で入滅。

それは史実でしょうか?
ダイバタッタに命を狙われていた釈尊の方便(策)ではないでしょうか。

猛暑のインドで、下痢でなくなった人の遺体はすぐに腐り、追っ手が
釈尊か否かの判断は衣服に頼るしかないと思料します。

仏舎利のDNA鑑定が必要でしょう。

もしイエスが聖者であれば、十字架は回避できたでしょう。
もし釈尊が聖者であれば、食中毒は回避できたでしょう。

龍樹が証明したように過去・現在・未来が同時に存在すれば、近い未来の
食中毒ははっきりと見えていたことになります。

以上、私の書き込みは隙だらけですね。どこからでも突込みが入れれます。
569神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 18:51:52 ID:ruhO0dLC
>>564
>「お猿さんがバナナを認識して食べている」のを人間が見ている場合は、
>バナナが存在するのは人間が認識するからでしょうか。

人間はサルに成り変れないのだから、サルに聞かなければ分らない。

しかし、すべての動物は、その感覚器官で知覚できる対象を「実在」
とし、それに100%依存して生存しているものと推測される。

ゴキブリに、神や霊が知覚できれば、ゴキブリにとっては、神や霊が
実在物である。ゴキブリは、神や霊を食って生存しているのかも知れない。
しかし、人間にとっては、実在ではなく、空想・妄想である。
570机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 18:53:24 ID:GDqEnaqK
>>543  Ken氏
>で、自己の何を観察するかと言えば己の煩悩の漏れを刹那刹那で
>自己解説しながら洞察してゆく。

そうですか、なかなか難しいもんなんですね。
慣れないと禅病になるかもしれません。

日本人は神経質な人が多いですからね、
理想を求め過ぎる。
悪いことではないけど、それがストレスになって自死とかする場合が多い。

日本の僧堂でも、表ざたにはならない自死の修行者は多いんだろうな?
と想像してます。
勤勉さ、というのは、必ずしも修行には適していない。
ってのが南宗禅のテーゼです。
571 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 19:01:21 ID:wUydsG6m
神智学に関しては、神智学の詳細はまったく知らないけど、
たぶんこのスレ一番の理解者だと思う。
 
アストラルとかコザールとかモナッドとかという感覚が??であり、
ロゴス星になるとKKの金星人と同じレベルかと思う。
(KKの亭白氏は立候補したかな?)
でも神智学はいい線を行っているのではないかと思う。
572机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 19:09:02 ID:GDqEnaqK
>>568  在家氏
>龍樹が証明したように過去・現在・未来が同時に存在すれば、近い未来の
>食中毒ははっきりと見えていたことになります。

龍樹が三時否定。
よって、過去・未来は「現時点でしか想起できない」
っていう意味です。

未来を予見するのは不可能であります。
何故なら、未来とは“永久に来ることはない”

来世も永久に来ることはない。
ただし、来世は今の瞬間に現出する。
573 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 19:15:50 ID:wUydsG6m
机氏はあほなことを言ってないで正気になれ。
台風シーズンなのに、台風は動かない、前進も後退もしないなどと
あほなことを言っていたら、大乗は邪教だと思われるだろう。
しっかりしないか。
574机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 19:22:10 ID:GDqEnaqK
>>573
他の御仁は解っておっても、貴殿だけ解らんだけだよ。
まあ、気の毒だからヒントを書いてあげる。

コソ〜〜リ「非風非幡」で検索すると答が出るよ。
台風が動かんわけを慧能が教えてくれるよ。

これは禅の公案でも簡単なものだから、
調べてみ(^ム^)
575 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 19:35:10 ID:wUydsG6m
数人の御仁がわかっても世間が許さない。
どう言い張っても来るものは来る。台風は来るのだよ。
公案は妄想(~~)何があ隻手の音声かね、ワハハハ
576神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 19:40:31 ID:+hU+jFPY
>>566
こちらこそ丁寧なレスをいただけるとは思っていませんでしたので
嬉しかったです。ありがとうございました。
577 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 19:46:56 ID:wUydsG6m
わははは・・・そういえばカラス氏はどうしたのか。アク禁?
578旧7:2009/08/21(金) 20:08:10 ID:gQJe9qPd
>>561>>576
甘い。
甘すぎる。
私は、彼の程度の低さは「フリ」だと思うぞ。
奴のレスの仕方、タイミング、間の取り方やレス群の構成、
ほとぼりが冷めるのを待つ姿勢、都合の悪いことは徹底スルーか同意するポーズだけ。
この狡猾さは、なかなか無いと思うぞw (「天然」と言えるような自然さがない。)

また、上から目線の第一人者を忘れてないかい?w 机というファッション居士をwww
579神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 20:16:39 ID:SnTbVc6y
都合の悪いものは徹底してスルーか。

そういえば>>563もスルーされたな(笑)
580閻魔大王:2009/08/21(金) 20:35:07 ID:pns66alY
>>575
>どう言い張っても来るものは来る。台風は来るのだよ。

そうだよ、どう言い張っても来るものは来る。
おまいには絶対確実にのたうち回るほどの激しい苦しみの「老病死」がやってくる。
赤貧のうちに思いのままにならない人生を嘆き、世間をのろい、
他人への憎悪で怒髪天をつく思いの毎日を過ごすことになるだろう。

おまいには、どう言い張っても来るものは来る。
581一在家:2009/08/21(金) 20:50:41 ID:uNGqhgKS
>>572
>未来を予見するのは不可能であります。
>何故なら、未来とは“永久に来ることはない”

中観派各位の肉体には将来の「死」もないことに
なります。

中観派各位には2100年の地球温暖化も来ないことに
なります。

一度、龍樹の結界「言語世界」から出られては如何
でしょうか。
582旧7:2009/08/21(金) 21:04:36 ID:gQJe9qPd
だからwww

ココ↓へ逝けと言っとろうが・・・。

【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1230059903/


だいたい、龍樹や中論にこだわる仏教関係者にロクな奴はいない・・・(んじゃなかろうかと邪推してみるテストwww)
583机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/21(金) 21:25:27 ID:GDqEnaqK
>>581
>中観派各位の肉体には将来の「死」もないことになります。

そうですね、
生き長らえながら死を考えるのも人生でしょうが、
果たしてそこに何の意味があるのか?

今が勿体無いじゃ〜ないですか。
日々是好日

人生ってのは人それぞれですけど、
人間というのは、意味のないことにアタマを使う。
そしてクタクタになって生きていくのが自分でも分ってない。
もっと楽になって、今に生きる。

では、おやすみ。
584神も仏も名無しさん:2009/08/21(金) 21:33:45 ID:ryxAKdWn
常識として受け入れている事実(物語,言語的理解)は、端的・直接的な現実ではない。

「Aがある」「Bがある」は事実であって、現実ではない。
「AがあるときBがあり、AがなければBがない」も事実であって、現実ではない。

何か(A)と何か(B)との相対的関係をもって把握される事柄は、現実ではない。

現実は、端的・直接的に現実なのである。
585一在家:2009/08/21(金) 21:35:20 ID:/wIM1Jbj
>>577
>わははは・・・そういえばカラス氏はどうしたのか。アク禁?

私は本スレでは貴兄が一番カラス氏に似ているようにインプレしました。

586一在家:2009/08/21(金) 21:42:19 ID:/wIM1Jbj
>>578 旧7氏
>甘すぎる。
>私は、彼の程度の低さは「フリ」だと思うぞ。
>奴のレスの仕方、タイミング、間の取り方やレス群の構成、
>ほとぼりが冷めるのを待つ姿勢、都合の悪いことは徹底スルーか同意するポーズだけ。
>この狡猾さは、なかなか無いと思うぞw (「天然」と言えるような自然さがない。)

本スレでは貴兄が一番私をよく理解しているように思います。
私は漫才の「ボケ」タイプなんです。

ただ「ほとぼりが冷めるのを待つ姿勢」は少し誤解ですね。
それはパソコンが無い空間にいる時なんです。

それから私の所属団体を紹介して下さったのも貴兄でしたね。
実は大変感謝しております。
587 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/21(金) 21:43:38 ID:wUydsG6m
>>580
妄想大王は自分のスレに帰りなさい。
君はカルマの法則によって袋詰めにされるだろう。
588旧7:2009/08/21(金) 21:48:30 ID:gQJe9qPd
>>585
奴は、大言壮語する割には、その裏付け(となる知識や根拠)が乏しいからな。
一回吠えたら3回は休まないとやってられんだろw



>>586
ほう?w

>それはパソコンが無い空間にいる時なんです
談話室スレ以来、ずっとPCに触ることができなかったと?(それがほんとなら仕方ないがwww)


が、本音は違うだろ?
「期間を置いた別スレだから、まさか同じようにツッコんでくる者もいないだろう」
という計算じゃねーのか?w
まさか、同じ人物がいるとは夢にも思わなかったろ?
談話室スレで指摘した事項が、奇麗さっぱりスルーされてたんで、確信したよ。
お前は下劣な奴だ、ってな。
589一在家:2009/08/21(金) 22:03:00 ID:/wIM1Jbj
>>588 旧7氏
>談話室スレで指摘した事項が、奇麗さっぱりスルーされてたんで、確信したよ。

「自歓喜経」の3つの常住論は、春秋社版では釈尊の説法だったが、
別版では世俗の説ということだけ記憶しております。

そこで、本スレでは「自歓喜経」で記載の全ての法と、舎利弗の関連の深い
「等誦経」の法を紹介しながら比較した次第です。

談話室スレの時からは私も学習を進めております。
590旧7:2009/08/21(金) 22:14:23 ID:gQJe9qPd
>>589
ほんと、小賢しいな・・・。
それ(→ >春秋社版では釈尊の説法だったが、別版では世俗の説ということだけ )は、
【このスレで】【つい最近】指摘されたことだろ?(で、おそらく、版の違いのせいじゃないと俺は思うが。)

このスレでは触れていない談話室の時の指摘を全て列挙しなければ、認めないのか?


ほんっっっとに屑だよ。お前は・・・。
591旧7:2009/08/21(金) 22:45:09 ID:gQJe9qPd
所詮、
宝珠も、カラスも、一在家も、
自分の思い込みだけで突っ走り、
表面上共通するように見える資料を、目を輝かせて拾い上げ、旗印として掲げ、
(たいして詳しくない)人々の間を練り歩き、根拠のない自信に虚飾され、色々と2chで吹聴するわけだ。

が、たかが2ch、されど2ch。 自分達が、下の下だということを思い知ることになるw



悔しいのうw 悔しいのうwwwww
592旧7:2009/08/21(金) 22:46:22 ID:gQJe9qPd
あ、御隠居もなw
593:2009/08/21(金) 23:03:53 ID:h2VM/IQX
おいおい。中観派が此処を追い出しくらうなら、此処に巣くう薄気味悪い布教
集団はどうなるんだw
594旧7:2009/08/21(金) 23:08:31 ID:gQJe9qPd
さて、これだけ暴言吐いてるのに何も言われないのか・・・。反論もないのか・・・。



2chでのサンプル収集も、そろそろ潮時か・・・・・・。



>>593
過去ログさえ見て貰えれば、
賢い人、素養のある人、常識的な人、文章の読める人、等ならば、きちんと峻別してくれると期待しますが・・・w
595:2009/08/21(金) 23:23:23 ID:URvljYch
>>594 旧7氏
暴言にはみえないけどなwサンプル収集て、そんな斜に構えなくとも・・・
596旧7:2009/08/22(土) 00:31:55 ID:eMSYEDBv
・・・・・・
日付も変わったというのに、つまらんな・・・。

寝る。
597机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/22(土) 07:38:01 ID:lYn8A+7z
>>586 在家氏
>それから私の所属団体を紹介して下さったのも貴兄でしたね。
>実は大変感謝しております。

拙者も感謝しております。
真光は、ただの「オマジナイ」的な教団と思っておりましたが、
勉強させて頂きました。

結局、除霊教団ですね。
悪霊を手かざしで払い清める。ってことなんでしょう。

でも冷静に考えてみますれば、
悪霊退治は出来たとしても、もうそこで既に霊の奴隷になってる。
ってことですよ。

これはもう、ニーチェに繋がるところです。

アートマン概念もそうですね、結局はその概念によって自由を制約されてしまう。
その不自由さがイイ、って生き方もありますけど、
仏教は、これら一連のベクトルと対極にあるものです。
つまり人間開放、平等・自由思想であります。

カルマ論とか輪廻思想とか、これらは仏教が錯誤されて解釈されてるだけですね。

   「釈迦といういたずら者が世に出でて 多くの者を迷わするかな」。by一休宗純
598 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 07:44:29 ID:1NBZ/6O8
世親の功罪は半ばする。
眼識などの五識、意識、マナ識、アラヤ識の素描をしたことは評価できる。
しかし外の事物を幻にしたことは誤りである。
 
したがって識の素描を学べばいい。
唯識性「三種の世界は唯だ識のみである」という考え方には用がない。
599 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 07:46:53 ID:1NBZ/6O8
世親の矛盾はアラヤ識に集中的に現れる。たとえばいくつか。
 
1 刹那に滅したあと、どうして刹那に生じるのか。
  別の話だが、竜樹が中論で同じような批判をしている。
 
2 アラヤ識は善でも悪でもない無記である、と定義する。
  であるならば、汚れたマナ識がなぜそこから生まれるのか。
 
3 アラヤ識が、善でも悪でもないなら、なぜ輪廻するのか。
  業が尽きて無記なら、その時点で成仏して解脱するだろうに。
600神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 08:11:50 ID:+1CoLzFh
>>590
隠居の自灯明ネタのように、すぐ確認できるように
まとめてやれば、繰り返しが少しは減るかもしれない。
601 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 08:19:03 ID:1NBZ/6O8
仮説・・・アラヤ識は汚れている。
 
世親によればアラヤ識は汚れていない。
それなのにそこから、汚れたマナ識が生まれる。
 
この素描には矛盾があり、実際にはアラヤ識は汚れている。
汚れたアラヤ識から、汚れたマナ識が生まれる。
602 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 08:35:12 ID:1NBZ/6O8
仮説・・・アラヤ識の汚れは死である
 
アラヤ識は前世までの一切の種子を蔵している。
それらの種子は、業のエネルギーを喪失し、不活性化している。
その意味で世親が言うように善でも悪でもない識である。
 
しかしアラヤ識は前世までの集合死体である。
その識は、前世までの積み重なる死であり、死の汚れに覆われている。
アラヤ識は、死によって汚れており、不浄な識である。
603 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 08:58:03 ID:1NBZ/6O8
仮説・・・過去生は死体として表象される。
 
アラヤ識はあらゆる種子を蔵しているとされる。
そこに数え切れない種子が存在しているとイメージされる。
 
しかしこの想定には問題がある。
マナ識がアラヤ識に執着するとき、その対象が散乱するからである。
 
マナ識がアラヤ識に執着するとき、
死体として表象される存在に執着するなら問題が解決する。
それはひとつの死体である。
これによってマナ識は対象に集中することが可能になる。
604机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/22(土) 09:04:35 ID:lYn8A+7z
>>565
>このスレはアートマンが存在することを議論する場所だと理解している。

そのとおりでございます。
貴殿の考えは分かりました。

【現在までの纏め】
アートマンが徐々にではありますが解明されつつあります。
現段階で大体わかってることは、
受胎のある段階において卵子と魂(アートマン)が結合。
(結合しない場合は卵子は生存不可となる)

その後、人間が死ぬと、魂は肉体から乖離される。
その霊が真光教団に逝く場合が多い。
(教団は除霊専門の宗教教団)→アンチアートマンか?

教団に逝かない、浮遊する霊は、そのレベルの程度において
受胎している女性の卵子に結合。
(結合しない霊は、輪廻より解脱してhighステージに逝く。

このようなのがアートマン肯定派の結論らしい。
こういうことであるようです。
他にもっと詳細を解明した御仁はおりますか?
605神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 09:05:42 ID:mAgUh9M/
それでは
606 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 09:09:59 ID:1NBZ/6O8
仮説・・・過去生の記憶は基本的に思い出せない。
 
過去生はアラヤ識に死体として表象されている。
個々の具体的な種子ではなく、ひとつの全体として蔵されている。
この表象が活性化することはない。
 
ではまったく影響がないのかと言えばそうでもない。
過去生の死体が表象としてアラヤ識に存在することによって、
ひとつの全体として現世に影を落とすことになる。
607 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 09:24:02 ID:1NBZ/6O8
仮説・・・アラヤ識の先に根本識(アートマン)がある。
 
アラヤ識が根本識であり、それが死の汚れで覆われているのであれば、
マナ識も汚れ、意識も汚れ、悟りによって清くなることはない。
 
悟りによって清くなると言うなら、アラヤ識のさらに奥に、
アラヤ識とは異なる根本識(アートマン)を想定せざるをえない。
根本識(アートマン)はそれ自体が清らかである。
608 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 09:49:10 ID:1NBZ/6O8
仮説・・・根本識(アートマン)は形をもった生命である。
 
根本識は生命そのものなので死ぬことがない。
生命が死ぬということはありえない。
般若の智慧は生命に宿る。
609神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 09:55:06 ID:+i0mxXO1
「アートマンが存在するか」の問題ではない。
「自己はアートマンである」とブッダが説いているか
がここでの問題だろ。
インド哲学なら言葉があるものは存在するというのが常識だから。
その存在(法)が実体であるのか虚妄の空想であるのかをただしく認識す
ることが仏法の問題だろ。
610神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 09:58:02 ID:so0Z1uYD
仏法では、有るか、無いかなどを問題にはしない。
ただ、それが、正しく見えているかどうかが問題なのである。
611 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 10:00:04 ID:1NBZ/6O8
仮説・・・輪廻は根本識とアラヤ識から生じる。
 
肉体が滅んだ後、どうして神の世界に行くことができず、
輪廻してしまうかといえば、
根本識(アートマン)が汚れたアラヤ識に覆われているからである。
 
アラヤ識が汚れていることと、 
根本識に死がないこととが輪廻の原因になっている。
612神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:20:27 ID:PeT8Cp6i
>>600
>隠居の自灯明ネタのように、すぐ確認できるように
>まとめてやれば、繰り返しが少しは減るかもしれない。

「自灯明・法灯明」「色即是空・空即是色」等については、まず、岩波佛教
辞典の該当項目を一読して、「基本的理解と知識」を得られたし。「法」や
「色」という言葉についても同様。

釈迦が、「自分の頭で考えろ。しかし、俺の言うことには従え」などと言ったと
したら、釈迦ほどのアホはいないことになる。

また、佛教の中心思想については、最新刊の「入門 哲学としての佛教」(講
談社現代新書)くらいは一読されたし。重箱の隅を突くように仏典の「言葉」
にしがみつかないで、佛教全体の思想を、現代人の知識と常識で批判的に理解
する努力こそ先決であろう。

しかし、宗教信者の「開祖盲信」には、本当に反吐が出る。冷静な批判など、
全く不可能な状態。一体何故、そこまでの思考停止が可能なのか。キリスト教
スレでは、もはや狂乱状態である。
613神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:21:21 ID:A7uAwJlW
>>609
>インド哲学なら言葉があるものは存在するというのが常識だから。
>その存在(法)が実体であるのか虚妄の空想であるのかをただしく認識す
>ることが仏法の問題だろ。

せめてこのぐらいの共通認識から始めてほしいものだ。
このぐらいの認識を持てない人は、基本的な知識を欠いているから、
勉強するなり、ロムるなり、たまに質問する程度にしないと。
614神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:24:59 ID:A7uAwJlW
>>612
ほらほら、なんど指摘されても自分は適当な妄想しかのべないくせに
人には辞書と新書よめだとかいうこの短文に矛盾の塊を表明する誤淫嘘とかいるしなw
615神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:25:29 ID:so0Z1uYD
話にならんな。我々は外にある存在を内側に認識として捕らえる。
仏教とは、外にある存在云々について論議することでなく、内側の認識を問題とする。

外において法を求めるから、外道というのだよ。
616神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:27:05 ID:+1CoLzFh
まとめておけば……

>>612
ttp://houjugusya.web.fc2.com/loop1.htm

こういう使い方もできる。
617神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:27:19 ID:PeT8Cp6i
>>610
>ただ、それが、正しく見えているかどうかが問題なのである。

「正しく」とは、何を基準として「正しく」か。宗教者は、具体的意味
不明な抽象語・観念語は、一切排除すること。現実界に還元できない
言葉は、コミューニケーションの機能を果たしえない。
618神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:34:20 ID:so0Z1uYD
>>617
アホが。
何が正しいのかを良く考えることが
日常生活というものだ。
答えは、予め用意されていない。
本を読んで、何がわかるというのだ?
良くわかっていない世界にほっぽり出されても、
自分なりの答えを模索する。
教えてもらえなければ何もできないゆとり君か?
619神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:37:56 ID:PeT8Cp6i
>>615
君の「内側の認識」など、他人の知ったことではない。百人百様の妄想
に過ぎない。

佛教は、「妄想の宗教」か。それでは、普遍には程遠い。「普遍」は、
外側の世界、即ち現象界のみである。
620神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:38:12 ID:Ywf0liDA
>インド哲学なら言葉があるものは存在するというのが常識だから。
>その存在(法)が実体であるのか虚妄の空想であるのかをただしく認識す
>ることが仏法の問題だろ。

よくわからんが、「虚空の空想」であるならば、『存在しない』ということだろう。
それを「言葉があるものは存在するという」と表現するのは「観念」としては
ある。 こういうことかな?
つまり、「アートマン」というのも「観念としてはある」が、それ以上のものではない。
これでOKか?
621神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:40:20 ID:so0Z1uYD
>>619
仏教はただ苦しみを解くための教えである。

現象界のことを知りたければ、ちゃんと科学を勉強しろ。アホウ。
622神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:41:38 ID:A7uAwJlW
>>615
>外において法を求めるから、外道というのだよ。

どなたの言葉で?

内にも外にも認めず縁起としか認めないのが仏教だと思ってますが。
まあ、どっちかっていうと内向きですね。
623神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:44:23 ID:A7uAwJlW
PeT8Cp6i の誤淫嘘はスル〜するのがこのスレの常識です。
624神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:45:19 ID:PeT8Cp6i
>>618
>何が正しいのかを良く考えることが日常生活というものだ。

「何が正しいか」を考えるためには、まず、その考えの「基盤」を考え、
決定することが必要。その基盤は、すべての人間にとって普遍・共通の
基盤でなければならない。さもなければ、百人百様の「正義」となり、
共同体としての人間界では無意味。

宗教が、百人百様の「正義」を唱えて争い合うのは、それが原因である。
625神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:45:36 ID:Ywf0liDA
>現象界のことを知りたければ、ちゃんと科学を勉強しろ。アホウ。

現象界のことを知るには、科学が最も妥当で有効であるとの意見ですね。
同意ですね。
626神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:51:32 ID:so0Z1uYD
>>624
争いがないようにするのが、「正しく」ということだ。
いちいち、思想を統一しなければ争いがおこるのか?
あんたは、共産主義者なのか?
殺し合いをする前に、やるべきことがあるだろう?
話合いとか、裁判とか、忍耐とか。
627神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 10:58:56 ID:PeT8Cp6i
>>617
苦しみにも、いろいろあるぞ。肉体の苦しみは、医学が解決する。

物質的な欠乏の苦しみは、物質が解決する。

純粋に精神的な苦しみは、自己中心主義から生じる。自己を離れて、
他者に心を移すことにより、軽減・除去される。人間界が共同体である
所以である。

ちなみに、「生・老・病・死」は、「肉体の苦しみ」である。甘ったれた
精神の苦しみではない。「縁起」も、「現象界の縁起」である。釈迦は、
妄想患者ではない。
628神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 11:11:04 ID:PeT8Cp6i
>>626
>争いがないようにするのが、「正しく」ということだ。

それにしては、宗教は、争いばかりだなw。一番争うのは、宗教。

話し合い、裁判、忍耐は、世俗の倫理。世俗の生活者は皆やっている
こと。宗教は、それらの本質・原理にまで、迫るべきではないのかね。

「思想の統一」ではなく、思想がよって立つ基盤の、すべての人間に
共通する普遍性だ。それは、人間の生物的生存本能(生命)以外には
ない。

宗教者は、精神は、生命が宿る肉体の維持のためにあることを忘却
している。本末転倒・倒錯も甚だしい。

竜樹も、医学・薬学という「現象界」から入った。
629神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 11:23:36 ID:PeT8Cp6i
>>626
共産主義は、キリスト教に由来する、現実には在り得ない「共産主義
ユートピア(神の国)」という「観念信仰」の「宗教」であることを
理解すべきである。「擬似宗教」と呼ばれる。

共産主義が、このような「宗教」であるからこそ、良心の呵責なく、
あれほどの大虐殺が可能になったのである。

同じユダヤ人でも、マルクスとは違って、フロイトには狂信者も発生せず、
虐殺の原因にもならなかった。これは、フロイトが無神論者で、あくまで
現象界を対象とする優れた臨床医学者であったからである。
630神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 11:23:57 ID:so0Z1uYD
>>628
いちいち本質を知らなければ生活できないのか?
その本質を欠くといったことが、
縁起、中論の述べていることではないのか?
なんか変わった人だな。
普遍性とか、一神教みたいな考え方もってくるなよ、気持ち悪い。

631一在家:2009/08/22(土) 11:32:36 ID:fwyCpWAp
>>594 旧7氏
>さて、これだけ暴言吐いてるのに何も言われないのか・・・。反論もないのか・・・。
>>596 旧7氏
>日付も変わったというのに、つまらんな・・・。

貴兄は思い込みが相当激しいようですね。(私も似たようなものですが。)
折角「パソコンの無い空間にいる時」とヒントを与えておりますのに。

(住人1)
・職場にはパソコンが無いか、仕事中にかきこはできない
・自宅に戻ればパソコンがある

(住人2)
・マネージャーで個室にパソコンがあり、仕事の休憩時間にかきこしている
・自宅にはパソコンが無いか、旧式ですぐに壊れる

落ち着いて過去ログのかきこ時間を分析すれば、住人1と住人2は区別できますよ。
632一在家:2009/08/22(土) 11:36:17 ID:fwyCpWAp
>机氏
貴兄は断定も、あまり主張もしない「ありんす」かきこが特徴でしたが、
最近変貌していることにお気づきですか?

何か心境の変化を「起」こす、強い「縁」があったことと推察致します。

633神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 11:37:00 ID:PeT8Cp6i
>>630

誤解しまくりだな。

本質とは、生存・存在そのものである。竜樹の言っているのは、その生
存・存在が「相互依存・関係性」に基づくという「原理」である。

御釈迦さんも、生存・存在しなければ、佛教も仏典も無かった。

一神教とは、この「相互依存性・関係性」という原理に、全く思い至ら
なかった宗教・思想のことである。
634一在家:2009/08/22(土) 12:18:35 ID:fwyCpWAp
今朝、中論の第十八章の「アートマンの考察」を読みまして
面白いことに気付きました。

「もしアートマンが五蘊であるならば、アートマンは生と滅を有する。
 もしアートマンが五蘊と異なるならば、アートマンは五蘊の相をもたない。」

この中論の一文の単語を「アートマン→潜在意識、五蘊→顕在意識」と置き換えてみます。

「もし潜在意識が顕在意識であるならば、潜在意識は生と滅を有する。
 もし潜在意識が顕在意識と異なるならば、潜在意識は顕在意識の相をもたない。」

現代の心理学や精神医学の見識では、潜在意識と顕在意識とは異なりますから、
「潜在意識は顕在意識の相をもたない。」は成り立ちますね。

宝珠氏が何回も紹介された前世記憶も、退行催眠にて潜在意識から読み出された
ものであれば、説明がつきますでしょう。
635神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 12:19:47 ID:fwyCpWAp
中論「自我意識を離れたものを見る者は実は見ない。」も興味深いです。

通常は(顕在)意識がはっきりしているので、「自我意識を離れたもの(潜在意識)」
を見ることはできません。
ただし、第3者(精神科医、心理学者)が退行催眠にて被験者の潜在意識を
確認し記録することはできます。

もし禅やヨガで瞑想を極めた人達(修行完成者に近い)が顕在意識を滅して、
潜在意識にアクセスすることができれば、過去世の記憶も想起できるということに
なります。(前提:生まれ変わりがある)
禅やヨガに詳しい方々でそのような文献をご存じの方はフォロー下さい。

その境地は所謂「涅槃」に近いかも知れません。
636 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 12:29:09 ID:PYPsyYgP
このスレはデジャビューがひどいな。
気のせいか(~~)
637 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 12:31:57 ID:PYPsyYgP
仮説・・・過去生の記憶は基本的に思い出せない。
 
過去生はアラヤ識に死体として表象されている。
個々の具体的な種子ではなく、ひとつの全体として蔵されている。
この表象が活性化することはない。
 
ではまったく影響がないのかと言えばそうでもない。
過去生の死体が表象としてアラヤ識に存在することによって、
ひとつの全体として現世に影を落とすことになる。
638机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/22(土) 12:34:24 ID:lYn8A+7z
>>632 在家氏
>貴兄は断定も、あまり主張もしない「ありんす」かきこが特徴でしたが、
>最近変貌していることにお気づきですか?

おそれいります。
なにか御不審なことがございましたら、なにとぞ指摘くだされ。

>何か心境の変化を「起」こす、強い「縁」があったことと推察致します。

おそれいります。

今まで拙者は中論ネタを書いてきておりました。
中論は非常に論理的であります。
論理的か非論理的かの捉え方は、
中論解釈の差において大きく開きがあることも解ってまいりました。
(宗教への確信というのは、こういったバックボーンがあってのことです)

(つづく)
639机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/22(土) 12:35:11 ID:lYn8A+7z
(つづき)

宗教は妄信ではいけません。
これは釈尊も指摘しておりましたように害毒にしかならんのです。
仏教は「信仰と我見」からの脱却こそがメインテーゼであります。
ゆえに、
アートマン肯定というのであれば、それに到る確信を板に書かなければ
それは釈尊本義から離脱するは明らかであります。

拙者が中論を書いたようにですね、まずアートマン肯定に到った経緯を
自己分析をしてみることです。
dでも概念を誰かにインプットされてないか?
(カルトは、殆どがこのケースです)
拙者が>>604でかいたように、すでに論理矛盾が表出しております。
真っ向から自己に対峙する。
これが今一番重要なんじゃないでしょうか?

          「仏道とは己に習ふなり」。by道元
640 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 12:39:32 ID:PYPsyYgP
仮説・・・アラヤ識には忘却の川が流れている。
 
忘却の川がアラヤ識に流れている。
そこに過去生がいくつも重なってひとつの死体になっている。
過去生を思い出さないのはそのためである。
641机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/22(土) 12:53:46 ID:lYn8A+7z
>>635
>もし禅やヨガで瞑想を極めた人達(修行完成者に近い)が顕在意識を滅して、
>潜在意識にアクセスすることができれば、過去世の記憶も想起できるということに

いや、そんなことはないです。
止観はよくしりませんけど、
禅ではそういうことはないですね。

眼が開くに到るには、ある段階にきますと「大きな壁」があります。
その壁を突き破ると、自己も世界も一瞬のうちに崩壊してしまいます。
つまり「自我」という認識さえありません。
自己と世界の同化しかありゅらんのです。

自我の意識があるうちは、まだまだですね^m^
642 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 12:58:45 ID:PYPsyYgP
仏陀はアートマンを問いた!?
というテーマを論じる前提を再確認しようじゃないか。
 
1 アートマンは存在しない
  ほんとうに存在しないのなら、
  仏陀がアートマンを説いたとしても妄想でしかない。
 
2 アートマンは存在する
  この場合、仏陀がアートマンを説かなかったとすれば、
  仏陀は仏陀ではないことになる。
643 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 13:11:59 ID:PYPsyYgP
642 名前: ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 12:58:45 ID:PYPsyYgP
仏陀はアートマンを問いた!?
というテーマを論じる前提を再確認しようじゃないか。
 
>>642 に書いたように、ただやみくもに、
仏陀がアートマンを説いたかどうかを論じても無意味だろう。
2500年前の、正確な資料のない現状では結論がでそうにない。
 
かりに仏陀がアートマンを説いたという結論になったとしても、
それがどうしたというのだ。ほんとうに存在しないなら
仏陀の妄想にすぎない。
 
それよりもアートマンが存在するのかどうかを明らかにしてから、
仏陀の真価を論じたほうが賢明ではなかろうか。
644 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 13:27:29 ID:PYPsyYgP
竜樹はアートマンを否定し無我を主張する。
世親はアートマンのようなアラヤ識を設定して<輪廻>を説明する。
 
大乗の祖師ふたりには明らかな違いが見受けられる。
あらゆるものを空・幻とする竜樹より、
世親のほうが真理により近づいているように思われる。
645閻魔大王SM地獄:2009/08/22(土) 13:29:48 ID:HBqrN+kr
>>641 for机龍之介 ◆8Z1PfzdK1.
>自我の意識があるうちは、まだまだですね^m^

机さんは親切ですねw
そろそろ、眉毛が落ちるころではないですか。
わが閻魔大王の関を透過する御仁はいるのかな?

全員SM地獄送りか。
赤鬼の鞭打ち100回を悦ぶ奴も多そうだなw
646 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 13:40:09 ID:PYPsyYgP
仏教は、この世は諸行無常であり、絶え間なく変化し、
変化するから無自生であり空であると主張する。
 
この主張に奇妙なものを感じないか。
この世が変化だけを本質とし、止まることがまったくないなら、
この世は瞬間的に消失してしまうはずではないか。
空の思想が詭弁だから過失が生じる。
647 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 13:43:01 ID:PYPsyYgP
>>645
妄想大王は邪魔。自分の巣に帰りなさい。
648神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 14:07:06 ID:A7uAwJlW
>>635
たしかに近いですが、それらの禅定・三昧の境地は涅槃ではありません。
こちらでハッキリ分かると思います。
http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/16.html
649神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 14:14:50 ID:tAD4777j
>>646
>この世は瞬間的に消失してしまうはずではないか。

お互いに支えあっている構成(相互依存)ほど、堅固なものはないのだよ。
650神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 14:22:42 ID:HBqrN+kr
>>649
無明猿◆E4bNl5MIvU にエサを与えず、スルーでおながいします。
他の方全員が死ぬまで続ける無明猿のオナニーを無視しておられますので。
651一在家:2009/08/22(土) 14:23:28 ID:fwyCpWAp
>>642
>仏陀はアートマンを問いた!?
>というテーマを論じる前提を再確認しようじゃないか。

仏陀はアートマンの有無を異教修行者に問われて、
「私は黙して答えません。」と回答しました。

その時に、「君が私の弟子だったら、修行すればその答えは
分るよ。」とも説かれたという記載があります。

出典:長部経典「ポータパーダ経」より

長部経典の34経の内、半分以上で「生まれ変わり」の説法の
記載があり、スッタニパータでも複数箇所に記載があります。

つまり、生まれ変わりの主体(カルマと前世記憶を保持)がある
ことは経典から推論できますが、その輪廻主体とアートマンが
同じか否かは更に考証が必要かと存じます。
652一在家:2009/08/22(土) 14:27:03 ID:fwyCpWAp
>>639 机氏
>拙者が中論を書いたようにですね、まずアートマン肯定に到った経緯を
>自己分析をしてみることです。
>dでも概念を誰かにインプットされてないか?
>(カルトは、殆どがこのケースです)

私は小学生の頃から霊魂の実在は信じておりました。
経典など読んだことのない祖父が寝ながら仏説を語るのを祖母が書き写していたり、
身近によく将来を当てる霊能力者の婆さんや僧侶がいたのが「因」です。

現在の所属教団に入信してから信じた訳ではございませんので誤解のなきよう。

653神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 14:40:02 ID:tAD4777j
>>652
だから、年少時の植え付けは恐ろしい。一生離脱することが出来ず、
宗教遍歴を繰り返し、酔生夢死の一生を送ることになる。

君の子供には、絶対にやってはならない。子供の重大な人権侵害である。
654神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 14:52:11 ID:1cgDW2x6
>>578
> >>561>>576
> 甘い。
> 甘すぎる。

そういう気もします。

> 私は、彼の程度の低さは「フリ」だと思うぞ。
> 奴のレスの仕方、タイミング、間の取り方やレス群の構成、
> ほとぼりが冷めるのを待つ姿勢、都合の悪いことは徹底スルーか同意するポーズだけ。
> この狡猾さは、なかなか無いと思うぞw (「天然」と言えるような自然さがない。)

言われてみるとたしかに。その辺はいずれ追求してみますかね。
でも、あまり気力が続かないのは何ででしょう?
ご本人も言っていましたが、いまひとつレスがつきにくいですね。
一在家氏自体が、スルーされやすい存在というか。

> また、上から目線の第一人者を忘れてないかい?w 机というファッション居士をwww

ありんすとか<花押>とか言ってる時点で、関わりたくないので
すみませんがスルーさせてもらってます。
レスが返ってきて「ありんす」だと何ともいえない虚無感が生じそうです。
655一在家:2009/08/22(土) 15:21:17 ID:fwyCpWAp
>>604 机氏
>【現在までの纏め】
>アートマンが徐々にではありますが解明されつつあります。
>現段階で大体わかってることは、
>受胎のある段階において卵子と魂(アートマン)が結合。
>(結合しない場合は卵子は生存不可となる)
>
>その後、人間が死ぬと、魂は肉体から乖離される。
>その霊が真光教団に逝く場合が多い。
>(教団は除霊専門の宗教教団)→アンチアートマンか?

机氏のまとめは分りましたが、折角長部経典33経「等誦経」を
紹介しておりますので加味していただきたく。
656一在家:2009/08/22(土) 15:23:16 ID:fwyCpWAp
※前スレより再掲※ 
長部経典33経「等誦経」
アビダルマ的色彩の濃い本経の中で、『輪廻』(死後の世界)に関係の
ある教えを一部紹介します。

(3つ一組) 60法
・3つの明知。前世を想起する智、生ける者の生まれ死ぬことについての智、
 漏泄がなくなったことを知る智。

(4つ一組) 50法
・四つの修行者の結果。
 @悟りへの流れに到達した境地、Aこの世へ一度だけ戻る、
 Bこの世へ二度と戻ってこないあり方、C阿羅漢の境地。
・四つの輪廻に結びつけるもの。
 @欲望、A怒り、B間違った戒律や規則、Cこれが真実であるとの執着。
・四つの入胎。
 @入胎・住胎・出胎の三時に意識を持たない凡夫、A入胎時のみ意識の80大弟子、
 B出胎時のみ意識を持たない舎利弗と目連、C三時に意識を持った仏陀

(5つ一組) 25法
・五つの赴く先。
 @地獄、A畜生、B餓鬼、C人、D天。
・五種類のこの世に戻ることのない人。
 @色界での寿命の中間で完全な涅槃に達する人、
 A色界に生じて寿命の半分以上過ぎて完全な涅槃に達する人、
 B苦労して完全な涅槃に達する人、C苦労をせずに涅槃に達する人、
 D上の世界に向かいアカニッタ天に達する人
657神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 15:36:04 ID:Ywf0liDA
>>648  あなたのリンク先は確か、以前このスレで「真言さん」と呼ばれて
いた人によるものだと記憶してるが、あなた自身がその「真言さん」本人なのか?
658神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 15:38:51 ID:tAD4777j
>一在家氏

原始仏典はカルトだから持ち出すな。無意味・有害。
659一在家:2009/08/22(土) 15:51:34 ID:fwyCpWAp
>>658 本スレ入り口の看板を正見

*仏陀の教説として最も信頼性が高いとされる原始仏典からの引用と解説は特に歓迎します。
(投稿「750-800」を目安に善意の方どなたか次スレを立てて下さいm(__)m)
660神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 15:59:03 ID:tAD4777j
>>659
カルトスレを立てるほうが悪い。

「仏陀の教説」でも、カルトはカルト。

日本は、大乗仏教の国。原始仏教は、オウムを生んだ宗教。
661 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 16:08:50 ID:YoFXrqqz
空教徒は無批判に無我を主張している。
しかし残念なことに、空教徒が頼る大乗の祖師・世親が、
アートマンに近いアラヤ識や輪廻を主張をしている。
空教徒は世親に学べ。
662神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 16:15:16 ID:tAD4777j
>>661
>空教徒は世親に学べ。

キリスト教やその他のカルトと親和性があるからだろw。

カルトは、唯識は引用するが、竜樹には絶対に近づかないw。


663 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 16:20:05 ID:YoFXrqqz
空教徒は空を主張し無我を主張する。
こういった馬鹿げた主張が、大乗仏教を邪教にしている。
  
大乗が<邪教>であることは、空教徒・机氏による、
台風は動かない、前進も後退もしないという主張によって決定した。
台風シーズンを迎え、台風被害を増大させかねないような、
危険な教えは<邪教>としか言いようがない(~~)
664 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 16:32:48 ID:YoFXrqqz
仏教は、この世は諸行無常であり、絶え間なく変化し、
変化するから無自生であり空であると主張する。
 
しかし変化だけを本質とし、止まることがまったくないなら、
この世は瞬間的に消失してしまうはずではないか。
空の思想が詭弁だから過失が生じる。
665 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 16:33:58 ID:YoFXrqqz
竜樹は、相互依存していて空である
666 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 16:40:47 ID:YoFXrqqz
>>665 は操作ミスでした。
 
竜樹は、万物が相互依存し、相互依存しているから空であると言う。
この空は虚無である。
変化することが本質なら、この世界は瞬間的に消失する以外にない。
それを竜樹は、空(虚無)であると表現したのである。
667 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 16:48:13 ID:YoFXrqqz
>>662
カルトだから唯識を引用するということであれば、
世親から親の字をもらった親鸞もカルトなのだろうか。
世親は浄土真宗で尊崇する祖師である。
 
さらに竜樹も、唯識を理解していたことを知っているか。
668机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/22(土) 17:33:15 ID:lYn8A+7z
>>645 閻魔氏
>机さんは親切ですねw

おそれいります^m^

>>655
>机氏のまとめは分りましたが、

いやいや、拙者ではなく「貴殿へのお題」であります。

仏教は、知と不知には属さない。
知はこれ妄覚なり。
知というのは、つまり自我意識が勝手に納得しているだけです。
法はその範疇ではない。
納得することではない。
仏教とは、
無常を知る慮知心をもって菩提心を起こすことにその本義がありんす。
669神も仏も名無しさん:2009/08/22(土) 19:48:55 ID:MP9QCaA+
>>667
>世親から親の字をもらった親鸞もカルトなのだろうか。
>世親は浄土真宗で尊崇する祖師である。

やっぱりね。浄土真宗は、仏教としては異質。キリスト教そのままである。
一向一揆で100年以上、社会に害毒を流した事実が、そのカルト性を証明
している。「法然に騙されても、地獄の底まで付いてゆく」と言った親鸞は、
教祖盲信のカルト信者の元祖である。
670ken:2009/08/22(土) 20:16:10 ID:320+a1hp
>>646 :◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 13:40:09 ID:PYPsyYgP
仏教は、この世は諸行無常であり、絶え間なく変化し、
変化するから無自生であり空であると主張する。  
この主張に奇妙なものを感じないか。
この世が変化だけを本質とし、止まることがまったくないなら、
この世は瞬間的に消失してしまうはずではないか。
空の思想が詭弁だから過失が生じる。

まあ、私は空観説に基点は置いていないが、
変化→消滅 という断定には無理があり過ぎますよね。
論理の飛躍の更なる飛び越えだ、足許をみてください。

>>661 しかし残念なことに、空教徒が頼る大乗の祖師・世親が、
アートマンに近いアラヤ識や輪廻を主張をしている。
空教徒は世親に学べ。

いやいや、あえて世親のメガネをかける必要が、どうしてあるのだ?
ここの大乗経典依教者にも共通する問題、でもありますがね。
釈迦の説法に最も近い内容であろうパーリー三蔵などで、
釈迦の説いた思想の共通性を斟酌し、その核を追及すればいいんじゃないの。
出発は、漏尽解脱を成就する戒定慧とその修養たる八正道の実践であり、
清浄の実践を離れた理屈のお遊びは、しょせん空理空論の範疇で聞き飽きた。
671 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 20:17:02 ID:KfJeuukB
>>669
残念だが、親鸞は竜樹も祖師として尊崇している。
浄土真宗ばかりでなく、大乗全般が竜樹と世親を学んでいる。
カルト性なら、世親より竜樹のほうが濃厚だろう。
672 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 20:59:22 ID:KfJeuukB
>>670
>まあ、私は空観説に基点は置いていないが、
>変化→消滅 という断定には無理があり過ぎますよね。
>論理の飛躍の更なる飛び越えだ、足許をみてください。
 
これがあなたの主張であることは分かるけど理由が不明です。
理由を書いてくれないと、何でこういった主張をするのかわからない。
 
>いやいや、あえて世親のメガネをかける必要が、どうしてあるのだ?
>ここの大乗経典依教者にも共通する問題、でもありますがね。
 
世親の功罪はあるけど、識の素描に関しては学ぶべきものがある。
  
>釈迦の説法に最も近い内容であろうパーリー三蔵などで、
>釈迦の説いた思想の共通性を斟酌し、その核を追及すればいいんじゃないの。
 
真理を学ぶのが目的なら、釈迦にこだわることもないだろう。
経典は弟子たちが記憶していたことをまとめたものにすぎないから、
釈迦にこだわりすぎることはむしろ危険かもしれない。
 
>出発は、漏尽解脱を成就する戒定慧とその修養たる八正道の実践であり、
>清浄の実践を離れた理屈のお遊びは、しょせん空理空論の範疇で聞き飽きた。
  
それぞれがそれぞれの正しいと思う道を歩むしかない。
何を信じ何を行うかはその人の運なのだろう。
時代という運があり、出会いという運があり、そこで一生を終える。
あなたによい運がありますように、としか言いようがない。
673ken:2009/08/22(土) 21:22:58 ID:320+a1hp
672 :◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 20:59:22 ID:KfJeuukB
>>670 >まあ、私は空観説に基点は置いていないが、
>変化→消滅 という断定には無理があり過ぎますよね。
>論理の飛躍の更なる飛び越えだ、足許をみてください。(ken)
 
>これがあなたの主張であることは分かるけど理由が不明です。
理由を書いてくれないと、何でこういった主張をするのかわからない。

違いますよ、◆E4bNl5MIvUさんが、変化→消滅 という断定の論拠を明示すべきでしょう? 
私が空観説に基点は置いていないのは過去レスを見れば、あなたなら充分、お分かりになると思います。

>世親の功罪はあるけど、識の素描に関しては学ぶべきものがある。

すべての対象する衆生が、あなたのような高次機脳ではない。

>真理を学ぶのが目的なら、釈迦にこだわることもないだろう。

それって開発した知的財産をコピーした中国産に、価値を認めるようなものです。

>経典は弟子たちが記憶していたことをまとめたものにすぎないから、
釈迦にこだわりすぎることはむしろ危険かもしれない。

その弟子口伝から何世紀も経た、後期大乗論に基づき斟酌するあなたのこだわりとは、
では、いったい何ですか? あなたの反論の整合性に?がつきますよね。

>それぞれがそれぞれの正しいと思う道を歩むしかない。
何を信じ何を行うかはその人の運なのだろう。

ここは一応、仏教を基点とした広義的アートマンに関するスレの議論ですよね?
では釈迦が、運を説いたという経典なりをご教示して先ずは、主張してくださいね。
ここでの正邪や信心の道の話しなど、私はまるで知りません。
674 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 22:14:00 ID:KfJeuukB
>>673
話が混乱してるようなので話を分けますね。

>違いますよ、◆E4bNl5MIvUさんが、変化→消滅 
>という断定の論拠を明示すべきでしょう? 
 
★ >>646 に理由を書いたはずです。 
この世が変化だけを本質とし、<止まることがまったくないなら>
この世は瞬間的に消失してしまうはずではないか。
  
>私が空観説に基点は置いていないのは過去レスを見れば、あなたなら充分、
>お分かりになると思います。
★ ほかの人の話はほとんど読んでないのです。いずれ読んでみます。
675ken:2009/08/22(土) 22:26:25 ID:320+a1hp
>674 :◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 22:14:00 ID:KfJeuukB
>>673
話が混乱してるようなので話を分けますね。

>違いますよ、◆E4bNl5MIvUさんが、変化→消滅 
>という断定の論拠を明示すべきでしょう? 
 
★ >>646 に理由を書いたはずです。 
この世が変化だけを本質とし、<止まることがまったくないなら>
この世は瞬間的に消失してしまうはずではないか。

申し訳ありませんが、そのあなたのご主張の根拠を明示してください、
とのお願いです。
ここが論拠無き私的感想文の集いなら、不毛なる議論が続くだけですからね。

>★ ほかの人の話はほとんど読んでないのです。いずれ読んでみます。

対論する以上、誤解誤釈を避ける意味では必要ですが、
過去レスをすべて確認する作業は、これもまた大変ですから、
なるべくその都度、私自身の主張した過去掲示は可能な限り明示すべきでしょうね。
E4bNl5MIvUの苛立ちは、私もあるていど分かりますが、極論は避けましょう。
676ken:2009/08/22(土) 22:28:04 ID:320+a1hp

誤:E4bNl5MIvUの苛立ちは
正:E4bNl5MIvUさんの苛立ちは

失礼しました。
677 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 22:45:39 ID:KfJeuukB
>>673
>それって開発した知的財産をコピーした中国産に、
>価値を認めるようなものです。
  
わたしは悟れたらそれでいいという立場です。
悟りに役立つなら、仏教でもキリスト教でも儒教でもかまいません。
そうやって到達した地点から初期の経典を読む、
という方法もあると思うのです。それが下記文章の意味です。
 
真理を学ぶのが目的なら、釈迦にこだわることもないだろう。
経典は弟子たちが記憶していたことをまとめたものにすぎないから、
釈迦にこだわりすぎることはむしろ危険かもしれない。
678 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 22:53:08 ID:KfJeuukB
>>675
★ >>646 に理由を書いたはずです。 
この世が変化だけを本質とし、<止まることがまったくないなら>
この世は瞬間的に消失してしまうはずではないか。

<止まることがまったくないなら>と理由を書きましたけど。
あなたは何回書いたらわかるのでしょうか。
679 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 22:58:59 ID:KfJeuukB
>>675
>なるべくその都度、私自身の主張した過去掲示は可能な限り明示すべきでしょうね。
>E4bNl5MIvUの苛立ちは、私もあるていど分かりますが、極論は避けましょう。
 
今回はあなたのほうからレスをつけてきたのではないですか。
別に苛立ってませんが。極論? 何が極論なのですか?
680 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 23:14:36 ID:KfJeuukB
>>673
>ここは一応、仏教を基点とした広義的アートマンに関するスレの議論ですよね?
>では釈迦が、運を説いたという経典なりをご教示して先ずは、主張してくださいね。
>ここでの正邪や信心の道の話しなど、私はまるで知りません。
 
★ つぎの話はあなたが書いたものです。
この話はアートマンにどう関係し、どの経典に基づいているのですか。
そしてこの話は、正邪や信心や道の話に無関係なのですか。
そしたらこの話は何ですか。
  
>出発は、漏尽解脱を成就する戒定慧とその修養たる八正道の実践であり、
>清浄の実践を離れた理屈のお遊びは、しょせん空理空論の範疇で聞き飽きた。
681 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 23:27:27 ID:KfJeuukB
>>675
>申し訳ありませんが、そのあなたのご主張の根拠を明示してください、
>とのお願いです。
>ここが論拠無き私的感想文の集いなら、不毛なる議論が続くだけですからね。
 
あなたはカン違いをしていると思う。
経典の教えより、正しい道理による推理(理証)のほうがすぐれている。
正しい道理に、どうして過去の経証が必要なのですか。
682 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 23:34:29 ID:KfJeuukB
きりがないのでこの辺でやめますね。
今回はずいぶんていねいに対応したつもりです。
最後に、悟れるかどうかはその人の持っている運です(~~)

683閻魔大王 :2009/08/22(土) 23:41:56 ID:HBqrN+kr
あんまり親切じゃないうえに、けっこう心情武闘派としては、
こいつの矜持はなかなかカッコイイと思ふ

曰く、
道流、爾の如法に見解せんと欲得すれば、但だ人惑を受くる莫かれ。
裏(うち)に向かい外に向かい、逢著すれば便ち殺せ。
佛に逢えば佛を殺し、祖に逢えば祖を殺し、アートマンに逢えばアートマンを殺し、
父母に逢えば父母を殺し、親眷に逢えば親眷を殺して、始めて解脱を得ん、
物と拘わらず、透脱すること自在ならん。

なんのことか、マトモなら直覚できる。糞カルトやマトモじゃないのには無理だ。
684閻魔大王 :2009/08/22(土) 23:46:42 ID:HBqrN+kr
なんでここのスレの連中は「逢著すれば便ち殺」す度胸もないくせに、
ここまで平気でウンコ蠅でいられるのか?
これでは相変わらずウィトゲンシュタインの「蠅とり壷」そのものではないか。
Was ist dein Ziel in der Philosophe?−Der Fliege denAusweg aus dem Fliegen-glas Zeigen.
(お前の哲学の目的はなにか?それは、蠅にガラスの蠅とり壷から脱出する出口を示してやることだ。) 
                     ウィトゲンシュタイン「哲学探究」

 ここにいうガラスとはなにか?言語論理だ。ブッダ≒龍樹とウィトゲンシュタインは奇跡的に接近遭遇している。
ブッダや龍樹は解脱への道を示している。
 このスレに居つく糞カルト宣伝隊のウンコ蠅どもには何のことかさえ判らんのだろう。

 SM地獄逝き決定だな。


685宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/23(日) 00:05:00 ID:j3nn/V0s
>>684
>SM地獄逝き決定だな。

ムチ打ちに悦びを感じる者にとっては地獄にならんでしょう?(笑)
またSMなどより、ノーマルを究めるべきです。
ノーマルは奥深く、それを知らぬ者がアブノーマルを求めるのです。
じゃなかった・・www
686宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/23(日) 00:06:20 ID:j3nn/V0s
 私のことを、仏典が説く「一切(法)」の外に在りもしない勝手な一切を主張するとして批判する人がい
ますが、仏典の説く「一切(法)」とは現象界に限定した性質のことをいいます。それは無常であるから無
我なのである、ということです。

 『原始仏教では生滅変化する現象法だけを一切法としていた。(p143)われわれにとっての世界は現象
界のみである。この意味における一切の現象界を仏教では一切とか一切法とか呼んでいる。仏教が取り
扱うのはこの現象界に限られる。(p127)諸行とは生滅変化する一切の現象法を指し、有為と同義である。
すべての現象は一瞬の停止もなく、無常にして生滅変化するというのが諸行無常である。(p158)』
(水野弘元著『仏教要語の基礎知識』春秋社刊)

 無常であるところの現象世界とは、「形成されたもの」のことをいいます。

 『ともかくあらゆるものは壊滅(viparina^ma)をその本質的契機としている。この世の中には永遠に自己
同一を保つ不変なるものは何も存在しない。この理法を「一切のつくられたものは無常である」(諸行無常)
という。(「行」とは「形成されたもの」をいう。)』(『東洋思想5/中村元著「ブッタの教え」』東大出版会刊)
 
 無常から解脱した仏教の目指す究極の境地、すなわち「形成されたものではない」世界は恒常(無常の
反対意)なる世界です。それを日常言葉では永久不滅というのです。これがニルヴァーナ境の性質です。
687宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/23(日) 00:08:28 ID:j3nn/V0s
 『比丘たちよ、「生ぜられたもの」でなく「有らせられたもの」でなく「作り為されたもの」でなく「形成されたも
の(有為)」でないもの(涅槃の境地)が存在する。比丘たちよ、もし、その、「生ぜられたもの」でなく「有らせ
られたもの」でなく「作り為されたもの」でなく「形成されたもの」でないもの(涅槃の境地)が有ったことがな
いとしたら、この〔世において〕、「生ぜられたもの」「有らせられたもの」「作り為されたもの」「形成されたもの」
からの出離は、覚知されないであろう。比丘たちよ、しかしながら、まさに、「生ぜられたもの」でなく「有らせ
られたもの」でなく「作り為されたもの」でなく「形成されたもの」でないもの(涅槃の境地)が存在するがゆえ
に、それゆえに、「生ぜられたもの」「有らせられたもの」「作り為されたもの」「形成されたもの」からの出離が、
覚知されるのである。』(ウダーナ8:3)

 『これは最上の究極であり、無上の静けさの境地である。一切の相が滅びてなくなり、没することなき解脱
の境地である。』(ウダーナヴァルガ26-29)

 ニルヴァーナとは、一切の相が滅びて無くなろうとも二度と没することが無い境地です。また再び転落する
かもしれないようなアヤアヤなものではない。であるから、無常である世界からの解脱ということになる。
 “煩悩の火が吹き消された状態”というのは、すべてが消滅したのではなくて、煩悩という低級性質(低級
意識)が消滅したのであり、そこに残されたものは何か?ということを自分が理解する必要があります。それ
こそが不死の状態という究極を意味する。不生不滅を単に二度と生まれないこと。生れないから(肉体が)
滅することもない・・などいう理解しかできない人というは、輪廻否定派から生まれ変わりそのものが迷信で
あったとを知ること、などと嘲笑されるのです。
688宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/23(日) 00:10:22 ID:j3nn/V0s
 『生きものを殺すことなく、つねに身をつつしんでいる聖者は、不死の境地(クニ)におもむく。そこに至れば、
憂えることがない。(ダンマパダ225)
 訳注:不死の境地---accutam tha^nam.直訳すれば「没することのない所」。accutan ti sassatam tha^nan
 ti akuppattha^nam dhuvattha^nam.(Comm.vol.V,p.321.)けっきょくニルヴァーナのことであるが、「常住の
場所」「常恒の場所」と解していることに注意。』(中村 元訳)

 煩悩の消滅した不滅の境地の状態を真我というのです。そのに真実の本来の自己が確立するのです。仏
陀とは当然、煩悩を消滅し尽くした真実の自己たる姿を現じて見せてくれているということ。これが何もバラモ
ンの説くアートマン意と完全に同義であるとする必要はないでしょう。
 あなた方はバラモン外道アレルギーに罹っているので、真我というだけで拒絶してしまう・・。常住常恒といっ
ても拒絶反応を起こす。永遠なる永久不滅の境地といっても、そんな言葉は仏典にないなどという・・。
 もう、自分で考えることを辞めた人というのは追従者です。仏陀が在世でゴータマに直に追従できるならば
よいでしょう。しかし、実際には2500年前という太古の記述しかなく、それをそのままにしか解せない人という
のは自分の無い人、まさに無我の状態にある(妄信する)人のことです。

 ま〜 いいたいことは沢山ありますが・・しかし、過去ログ中でほぼ言い切ったと思う。
残念ながら、人は自分が信じているものに満足している内は気付きは起きない。自ら疑問を感じるようになっ
て初めて、私からの言葉にも耳を傾ける気持ちになるというものでしょう。もし、そういう人がいましたら、是非、
過去ログに目を通されることをお奨めします。


 紹介資料は在る程度の文章量なので、別ウェブページにupしてリンクにて掲載を考え中です。
689ken:2009/08/23(日) 00:17:54 ID:6vQcV6/X
>677 :◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 22:45:39 ID:KfJeuukB
>>673 >それって開発した知的財産をコピーした中国産に、価値を認めるようなものです。
  
>わたしは悟れたらそれでいいという立場です。
>真理を学ぶのが目的なら、釈迦にこだわることもないだろう。

ええっ、ここは真理を学ぶスレですか?
あなたの勘違いは、スレ違いですから別の板でご高説を述べてください。

>678 <止まることがまったくないなら>と理由を書きましたけど。
あなたは何回書いたらわかるのでしょうか。

ですから何度も
>>675「申し訳ありませんが、そのあなたのご主張の根拠を明示してください、
とのお願いです。ここが論拠無き私的感想文の集いなら、不毛なる議論が続くだけです
からね。 」
と私は申し上げております、あなたの主張の根拠を問うていのですが、、。
690ken:2009/08/23(日) 00:19:21 ID:6vQcV6/X
>679 :◆E4bNl5MIvU :2009/08/22(土) 22:58:59 ID:KfJeuukB
今回はあなたのほうからレスをつけてきたのではないですか。
別に苛立ってませんが。極論? 何が極論なのですか?

あなたの苛立ちは慢性と思う私の個人的印象ですから、それは申し訳ない。
極論とは、いまだあなたが根拠を示さない”変化→消滅” という断定に対してです。

>680 ★ つぎの話はあなたが書いたものです。この話はアートマンにどう関係し、
どの経典に基づいているのですか。
>>673 ここは一応、仏教を基点とした広義的アートマンに関するスレの議論ですよね?
では釈迦が、運を説いたという経典なりをご教示して先ずは、主張してくださいね。
ここでの正邪や信心の道の話しなど、私はまるで知りません。(ken)

おやおや、私の↑673<釈迦が、運を説いたという経典なりをご教示して>には答えず、
あなたは、優先的に質問をされるのか?

>681 あなたはカン違いをしていると思う。経典の教えより、正しい道理による推理(理証)
のほうがすぐれている。 正しい道理に、どうして過去の経証が必要なのですか。

推理には、それなりの客観的根拠が必要なのは”道理”ですよね。
インドなど過去の部派仏教論師も日本の伝統仏教も、過去の経証を無視せずに釈迦の説法を
探求していますが、あなたがそれを上回るお方だという視点なら私の主張などあなたに適いません。

>682 今回はずいぶんていねいに対応したつもりです。
最後に、悟れるかどうかはその人の持っている運です(~~)

ヤクザが今回は暴言を吐かずに〜、エンソに応対したということですか?
あなたの根拠無き運命論など、ここでは大きなスレ違いです。
正論なら まかり通る などと奢るのは、あまりにも掲示稚拙ですね。
691神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 01:04:29 ID:a+JIVGUN
>>686
>  無常から解脱した仏教の目指す究極の境地、すなわち「形成されたものではない」世界は恒常(無常の
> 反対意)なる世界です。それを日常言葉では永久不滅というのです。これがニルヴァーナ境の性質です。

無常でないから涅槃は恒常である、というのは極めて二元論的な発想で、
仏教では摂らない考え方です。
仏陀の教えは「涅槃は無常とか恒常であるとかいう議論の対象にならない」というもので
はっきりと断言されています。

断言されているにも関わらず恒常であると言いきるのは全く外道です。

この点で宝珠愚者の考えは仏教とは完全になじまないものです。
692宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/23(日) 01:16:50 ID:j3nn/V0s
>>691
>恒常であると言いきるのは全く外道です。

それは単に、誤解を招くから明言しなかっただけです。
現象界の認識では把握されない状態のことであるから、それを指し示すことができないからでしょう。
そんな名称、呼称などは同でもいい・・。とにかく現象界を超越した境地です。
それが経文ウダーナ8:3の意味です。

では、あなたの言葉(説明)で無常ではない世界(無常を解脱した世界)とは何かを述べて下さい。
「煩悩を吹き消した状態」とかはわないで欲しい。
そんな煩悩を吹き消すとどうなるのか?
全く意味不明な仏教辞典の解説などはゴミです。
693神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 01:45:54 ID:a+JIVGUN
>>692
宝珠愚者の論理は、ベースが二元論でできていて、
完全にハッキリとはアートマンを否定していないということが
アートマンは潜在的に肯定されている、ということの「根拠」になっていたりするくらい
「あれか?これか?」の二元論なのです。どっちかしかない。

仏教というのはこういう二者択一的思考からは自由なものです。まずもって思想の構造(階梯)が違うわけです。

> それは単に、誤解を招くから明言しなかっただけです。

そう思い込みたい気持ちは分ります。
残念ですが「根拠のない」信仰心というのは他者からはどうにもできないものです。

> では、あなたの言葉(説明)で無常ではない世界(無常を解脱した世界)とは何かを述べて下さい。
> 「煩悩を吹き消した状態」とかはわないで欲しい。
> そんな煩悩を吹き消すとどうなるのか?

1076 師は答えた、
「ウバシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。
かれを、ああだ、こうだと論ずるよすがが、かれには存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、
あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである。」

イメージがしっかり持てないものに関して抵抗がある、というのは新興宗教系ではよくあるパターンです。
仏教は、空であるとか無常であるとか、実体的ではない不安定な概念をよく用いますから、
そういう確固たる主体や確固たる価値を欲している人には不安定で魅力がないように映るわけです。

> 全く意味不明な仏教辞典の解説などはゴミです。

ご隠居と全く同じことを言ってますが、つまりあなたはご隠居と同じレベルということです。
意味が分るものが「自分の考え(唯物論)と合致すること」「自分の考え(神智学)と合致すること」を意味しており
カッコの中身がちょっと違うだけです。
694神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 01:56:07 ID:a+JIVGUN
苦行か放蕩か、否、中道である。
これが仏教なわけです。

KK会の人とやりとりしたことがありますが、
輪廻するなら主体があるはずだ。無ければ何が輪廻するのか。
そして主体があったなら、それはいつからあったのか、
あったなら誰かが作ったはずだ。
その誰かとは誰だ。分る形で言われないものに意味なんかない。
というわけで、その教祖さんが唯一神であり仏陀であるということで
KK会の皆さんは納得いっているわけですw

どれだ?どれだ?と言われても無いものはない。
表現しろといわれても表現できないものはできない。
そういう不安定さに耐えられないのですね。
だから安易な結論に頼る。安易に教祖を信仰する。

仏教は中道を示しますから、「どうして中道なのか」というところに
意識がいかない限り、八正道に関しても
苦行しないなら堕落してるだけだ、というような意見が平気でいくらでも出てくるわけです。

涅槃に関して、常住なのか無常なのか、と尋ねるのは
無理数に関して、それは分数なのか整数なのかと聞いてくるようなものですね。
695宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/23(日) 02:29:53 ID:j3nn/V0s
>>693-694
ま〜もちろん、あなたのお話は分る。仏教の一般論なのですから。
つまり、言葉遊びですね。であるから、不可知論と批判されるのです。

では一応、「恒常」であるとか、
「永久」であるとかの断定語は当て嵌らない、ということにしておきましょうか。
従って、これらの表現は相応しくはないと。

ならば、単に「無常ではない世界」であり、
「無常ではない境地(状態)」です。それがニルヴァーナであると。
このニルヴァーナの境地に到達したのが、
煩悩の消滅し尽くした無常ではない状態にある仏陀である。
煩悩を滅した汚れのない本来の清浄であるところの自己のことである。
696宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/23(日) 02:36:46 ID:j3nn/V0s
>1076 師は答えた

その気になれば話せるのです。
説いてもしょうがない相手には話さないだけです。
言葉で表現し切れるものではありませんが・・相手が理解できる範疇で説明は可能です。

>仏教は中道を示しますから、「どうして中道なのか」というところに
>意識がいかない限り、八正道に関しても
>苦行しないなら堕落してるだけだ、というような意見が平気でいくらでも出てくるわけです。

苦行の極端を否定する、
という意味での中道の話しを何でも他の話しに当て嵌めるべきではないでしょう。
697神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 03:01:57 ID:a+JIVGUN
>>695
> ま〜もちろん、あなたのお話は分る。仏教の一般論なのですから。
> つまり、言葉遊びですね。であるから、不可知論と批判されるのです。

二元的思考に囚われていると、不可知論としか見えないのもよく分りますが
不可知論と無記や中道は違います。不可知論というのは知ることができないから
状態が分らないことをいい、
無記は記す対象ではないとハッキリその状況を「知悉している」のです。

> 煩悩を滅した汚れのない本来の清浄であるところの自己のことである。

これは二元論の人がとらえるあり方からすれば間違いということになるでしょう。
同じ言葉を発していても、そこを見る視点、その視点から付加する意味が違ってくれば
全体の意味も違ってくるものです。

>>696
> その気になれば話せるのです。
> 説いてもしょうがない相手には話さないだけです。

根拠がないのは想像にすぎないということを話した直後です。
馬耳東風なのは仕方ないかもしれませんが、
会話する気がなく、同じことを繰り返すだけではただの「宣伝カー」です。

> 苦行の極端を否定する、
> という意味での中道の話しを何でも他の話しに当て嵌めるべきではないでしょう。

何にでもではなくて、今回の話に対する暗喩として用いているわけです。
無理数の話も暗喩です。ご隠居には比喩が通じないのですが、貴方でもちょっと難しかったですか?
698神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 03:10:08 ID:a+JIVGUN
ちなみに不可知論というのは、それなりに高度なもので
二元論よりは相当すすんだ考え方です。

「結論を出せないものに関しては結論を出さない。」
「分らないものに関しては分らない」

というスタンスをはっきりとっているわけです。
二元論にはそれができない。

どっちかに決めてかかることができなければ
逃げているとか言葉遊びとかいうことになるわけです。

でももし無理数というものが理解できていなければ、
「直角二等編三角形の辺の比は分らない」と言わなくてはなりません。
それは不可知論であっても、安易な結論を出すより余程ましなのです。

仏教の場合は更に進んでいて「これは分数や整数では表記できないものである」と
断言しているわけです。これが何か分らないというのと、
「分数でも整数でもない」と断言できるのは、相当に違うわけです。
699神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 03:45:20 ID:7C+FozUd
>>698
いいですね。
700神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 03:58:34 ID:6qXMzmE2
解脱、涅槃、「清らかな境地」などを、「意図的に」求めることが、最
大の煩悩、執着である。「あるがままの現象界」と、その中に存在する
「あるがままの自己」を受け入れ、そのなかに精神の安定と平安を見出す
ことが、「悟り」である。

宗教者は、すべて倒錯に陥っている。
701神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 04:24:53 ID:W/cBRPzi
「釈迦は、アートマン『を』説いたか」ではなく、「釈迦は、アートマン
『で』説いたか」を検討すべきである。若し、後者であれば、「説いたか、
説かなかった」は、問題ではなくなる。
702神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 05:35:01 ID:2c74k0bG
釈迦は魂の存在を意識していた。
703神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 05:36:32 ID:KjzwKCTI
だからといって、イカサマカルトをそのまま認めるわけにはいかない。
704神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 05:55:57 ID:3MluuJ6d
>>702
釈迦は、「魂、精神(感情と理性)」は「身体」から発生し、生命が
宿る身体を維持するための道具であることに、思い至っていたのかね。
705机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/23(日) 07:20:11 ID:l8V4hebM
>>693>>694>>697>>698 ID:a+JIVGUN氏

貴殿は親切な御仁ですね。
まさに正論ではありますが、こういう正論を法珠氏にレスポンするのが凄いですよ。

拙者だったら、先ず正論は法珠氏には通じない。
って先入観が邪魔して、正論を書く気持ちも失せてしまいますけど、
よく書いてくれました。

まあ、書いてくれたけど、
これはたぶん「豚に真珠ですね」。

貴殿も結果を期待してたわけではないんでしょうけど、
書かずにはおれない気持ちになったんでしょう?
706神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 07:45:15 ID:hSS6NU9/
釈迦が生まれ変わりを説いたりや神通力を要しようが、それは釈迦が悪いわけでなくて
そこまでの才能が無いのに第二の釈迦になりたい教祖やそれを見抜けないで従う大衆も悪い
本物は極めて少ないと言うこと、特に釈迦レベルは現時点で日本には居ないと思われる
707一在家:2009/08/23(日) 09:38:23 ID:dIkKkx91
>>671
>残念だが、親鸞は竜樹も祖師として尊崇している。
>浄土真宗ばかりでなく、大乗全般が竜樹と世親を学んでいる。
>カルト性なら、世親より竜樹のほうが濃厚だろう。

貴兄との龍樹の認識の違いを示します。
龍樹はカルト性はなく、無害、所謂「空」に近いと思います。

その根拠は、彼は釈尊の縁起を説明する為に「八不」を証明し、
その証明法の基本は否定(破邪)の論理だったからです。
換言しますと「去りつつ(作用)あるものは去る(作用)」の矛盾を
「言語世界」で証明しただけで、「現象世界」で証明したわけでは
ないからです。

勿論、我々が日常生活を送っておりますのは「言語世界」ではなく
「現象世界」ですので、龍樹は全く無害ということになります。
もしカルト性があるとすれば、彼の信奉者の中に「現象世界」でも
龍樹が証明したと勘違い、思い込みをして、そう主張して回る人達が
いた場合かと存じます。

譬え話をしますと、「宇宙人襲来」の「言語世界」を読んだ読者が
「現象世界」でも宇宙人が襲来すると触れ回ったら世の中はどう
なるでしょうか、ということを正見できれば容易に認識できます。

兎に角、彼は釈尊の説法を論理学的に証明したかったのでしょう。
そういう意味で偉大な哲学者だったと認識しております。
708神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 10:45:28 ID:7C+FozUd
>>705
その文を宝珠を机に書き換えて百遍読むといいよw
709一在家:2009/08/23(日) 11:12:41 ID:dIkKkx91
>>705 机氏
>これはたぶん「豚に真珠ですね」。
>>708
>その文を宝珠を机に書き換えて百遍読むといいよw

机氏らしい、断定しない、あまり批判しない「ありんす」かきこ
から離れたので、破邪の論理に似たカウンターパンチを受けて
しまいましたね。

また、元の「ありんす」かきこに戻られた方が安全ですよ
710机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/23(日) 11:31:12 ID:l8V4hebM
>>709
>破邪の論理に似たカウンターパンチを受けてしまいましたね。

いや、まったく受けておりませんです。

>>705は法珠氏への、拙者のメッセージですから。
貴殿は国語は得意ですか?
拙者のカキコの真意と言いますのは
「豚に真珠」の対極にあるものでありんす。

ここで法珠氏が何らかの「気づき」を期待したものであります。
これは公案といいまして、古くから中国にございました。
相手にインパクトを与えることによりまして、
直覚へと悟入させる手法でありんす。
頓悟といいます。

     かぁ〜〜〜〜っつ!!!
711机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/23(日) 11:41:10 ID:l8V4hebM
>>709
>机氏らしい、断定しない、あまり批判しない「ありんす」かきこから離れたので、

批判しないってw
それじゃ〜相手にかえって失礼ですよ。
馴れ合いが必ずしもいいわけではありません。

馴れ合いカキコは・・・・・(かしこ)であります。
重要なカキコは・・・・・・<花押>の印をぺたんこします。
712閻魔大王(1):2009/08/23(日) 11:51:42 ID:8cwvvAsS
>>687>>692 for宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
>とにかく現象界を超越した境地です。それが経文ウダーナ8:3の意味です。

宝珠愚者は、ウダーナ8:3を何故わざわざ断わりもなしに(涅槃の境地)などと勝手な文言をでっち上げ的に挿入してまで、
ご都合主義的に曲解しようとするのか?

我々は語りえぬものには沈黙しなければならない(ウィトゲンシュタイン)。
→「マーガンディヤよ。『わたしはこのことを説く』、ということが私にはない。」(スッタニパータ837)

以前にも書いたことだが、ウダーナのその節(>>687勝手な曲解文言挿入を除け)は
要するに語りえぬ空=「中道」をなんとか“伝えよう”とする苦心の表現だといえる。
金剛般若経と同じように、掴めてはいるんだが、言語表現の限界にぶち当たってしまい、
どう表現していいか四苦八苦しているように思える。表現として未熟だというしかない。
経典類はすべて完成された表現だなんてナンセンスな思い込みにしかすぎんのだ。
だから、宝珠愚者 ◆9XuF3XEACkみたいにアプリオリな神智学的御都合主義から揚げ足取り的に、
「無常を超越した永遠性=涅槃」などと二元論的曲解をする奴も出てくる。カラスもそうだ。
語りえぬ内部矛盾にまったく気が付いていない。

713閻魔大王(2):2009/08/23(日) 11:54:50 ID:8cwvvAsS
(続)
このことを中道だ!っと、ズバッと言語批判の論式で表現して見せたのがナーガールジュナさ。
*不生:「いま現に生じつつあるものも、すでに生じたものも、未だ生じていないものも、けっして生じない」(中論第七章第十四詩)
*不滅:「未だ滅びないものも滅びない。すでに滅んでしまったものも滅びない。いま現に滅びつつあるものもまた同様に滅びない」(中論第七章第二十六詩)
三世門破のバリエーションだよね。

結局、我々は「生じないもの」VS「生じるもの」という二項概念対立、二元論VS一元論対立、を超越し
中道という非言語論理的メタコードにて掴まなければならない(直覚)のだ。→不生不滅 :不一不二:言語同断
我々はナーガールジュナを通っているのだから、ノープロブレムなはずだ。

 
714 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 13:08:38 ID:2AzaYKuL
>>689 ken 氏
>ええっ、ここは真理を学ぶスレですか?
>あなたの勘違いは、スレ違いですから別の板でご高説を述べてください。
 
あなたは何のために釈迦の経説を学んでいるのですか。
ただ研究しているだけなら、それなりの学会でご高説を述べてください。
 
>ですから何度も
>>675「申し訳ありませんが、そのあなたのご主張の根拠を明示してください、
>とのお願いです。ここが論拠無き私的感想文の集いなら、不毛なる議論が続くだけです
>からね。 」
>と私は申し上げております、あなたの主張の根拠を問うていのですが、、。
 
昨日は酔っ払いに絡まれているような気分でした。
つぎのような主張に、いったいどのような教証が必要なのですか。
あなたは何か思い違いをしていませんか。
  
この世が変化だけを本質とし、止まることがまったくないなら、
この世は瞬間的に消失してしまうはずではないか。
715神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 13:24:42 ID:9DnB4wmo
>>714
「変化」と「消失・無」とは、対極的な概念。「変化」は「存在」を前提
とする。従って、「諸行無常」は「無」ではなく、厳然たる「存在」である。
「存在」するから「変化」がある。「幻」ではない。
716 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 13:32:12 ID:2AzaYKuL
>>690 ken 氏
>あなたの苛立ちは慢性と思う私の個人的印象ですから、それは申し訳ない。
★ あなたが苛立っているわけですね。それなら理解できました。
 
>極論とは、いまだあなたが根拠を示さない”変化→消滅” という断定に対してです。
★ これについては、>>714  に書きました。
  
>あなたは、優先的に質問をされるのか?
>>670 
>出発は、漏尽解脱を成就する戒定慧とその修養たる八正道の実践であり、
>清浄の実践を離れた理屈のお遊びは、しょせん空理空論の範疇で聞き飽きた。
>>673
>では釈迦が、運を説いたという経典なりをご教示して先ずは、主張してくださいね。
>ここでの正邪や信心の道の話しなど、私はまるで知りません。
 
★ こうやって並べると、あなたの発言は混乱してませんか。
戒定慧とか八正道とか言いながら、他方で道の話などまるで知らないと言う。
717 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 13:52:30 ID:2AzaYKuL
>>690 ken 氏
>推理には、それなりの客観的根拠が必要なのは”道理”ですよね。
>インドなど過去の部派仏教論師も日本の伝統仏教も、過去の経証を無視せずに釈迦の説法を
>探求していますが、あなたがそれを上回るお方だという視点なら私の主張などあなたに適いません。
 
★ あなたの言い分だと、経典の批判がまったく不可能になる。
大乗も含めたら、経典同士で矛盾したものもあり、内容の定まらない経典もある。
こういったことを棚上げするにしても、あなたの主張は誤っている。
  
>ヤクザが今回は暴言を吐かずに〜、エンソに応対したということですか?
★ ヤクザとはぶっそうな発言ですね。エンソとは何?
  
>あなたの根拠無き運命論など、ここでは大きなスレ違いです。
>正論なら まかり通る などと奢るのは、あまりにも掲示稚拙ですね
 
★ 昨日はだいぶ悪酔いしていたようですね。
根拠根拠とこだわるなら、あなたがまず、自分の発言のいちいちに教証を
つけてください。騒ぐわりには教証がまったくついていない。
718 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 14:04:29 ID:2AzaYKuL
>>715
存在するものが、自性と無自性の二重構造なら、問題がない。
しかし、変化するだけの無自性空であるなら、
そこに止まることができないから、瞬間的に消滅してしまう。
 
たとえば夏の夜空を彩る花火のようなものである。
変化を楽しむものだから、変化が連続して短時間で消滅する。
719 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 14:28:51 ID:2AzaYKuL
>>707 一在家氏
相手の話に同意できないとき、ken 氏とのやりとりのようにやると、
骨折り損のくたびれもうけ、みたいになりそう。
 
そこでポイントだけにすれば、宗教のカルト性は経典や教義のなかに、
不合理なものが混在することで生じるのではないかと思う。
 
わたしの場合は、氏の見方と異なり、竜樹の中論は詭弁の書であり、
不合理さの典型のようなものだと思っている。しかしいつの時代でも、
不合理ゆえに我信ず・・・こういった人たちがいるものである。
720神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 14:41:34 ID:9DnB4wmo
>>718
「自性と無自性の二重構造」とは論理矛盾で、それこそ「不合理」であ
る。両者は対極的な概念だから、共存は不可能。

万物は「相互依存」によって構成される。従って、万物は無自性。

花火は、存在しているから変化する。消えればもはや変化しない。
721閻魔大王:2009/08/23(日) 15:24:03 ID:8cwvvAsS
猿に餌をやりたくはないが・・
>>718>>719
>無自性空であるなら、そこに止まることができないから、瞬間的に消滅してしまう。

 猿にしては、いい線まで来ているぞw →第一義空経
 縁生即縁滅
>竜樹の中論は詭弁の書であり、不合理さの典型

 世俗的言語論「理」によって、脱(または超)世俗的〇〇〇〇〇に迫ろうとしている。
 それは合理でも非合理でも超合理でもない、そもそも理ではない「無(空)理」だ。
 →>>712>>713

ああ猿に餌をやってしまった。無明猿はウンコしか投げ返さないだろう。


 縁生即縁滅
722閻魔大王:2009/08/23(日) 15:38:19 ID:8cwvvAsS
第一義空経の当該部分は以下の通り
「眼生時無有來處。滅時無有去處。如是眼不實而生。
 生已盡滅。有業報而無作者。此陰滅已。」

723 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 17:40:23 ID:6+oCct+W
>>721-722
妄想大王は邪魔だってwww ガラスのウンコ壺で妄想に耽っていろ。
>>720 
>「自性と無自性の二重構造」とは論理矛盾で、それこそ「不合理」であ
>る。両者は対極的な概念だから、共存は不可能。
★ 絶対矛盾の自己統一・・・by西田鬼太郎

>万物は「相互依存」によって構成される。従って、万物は無自性。
★ 万物は素粒子によって構成される。従って、万物は自性常住。

>花火は、存在しているから変化する。消えればもはや変化しない。
★ ken 氏とのやりとりはまさにそれ。変化→消滅ではないか。
花火でわかってもらえるなら、かれにも花火のたとえを出すのだったか。
724 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 18:00:27 ID:6+oCct+W
竜樹の八不・・・不生不滅、不断不常、不一義不異義、不去不来
 
その中心命題である不去不来が詭弁だとわかったいま、
もはや他の命題も詭弁にしか見えない。
 
不生不滅・・・言葉でも現実でもそんなことはありえない。
カゲロウは、朝生まれ、夕方には死んでしまうほど短い命である。
それなのに空教のあなたがたは、
このカゲロウは実は不生不滅なのだと言い張るのだろうか。
725神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 18:20:27 ID:WeUUeznk
>>723
>★ 絶対矛盾の自己統一・・・by西田鬼太郎

「自己統一」できるのなら、「絶対矛盾」は初めからなかったことになる。
西田のその命題は、彼が晩年にキリスト教の影響を受けた結果の誤り。「自己
統一」の必要はない。人生とは、「絶対矛盾」との闘いである。

>★ 万物は素粒子によって構成される。従って、万物は自性常住。

相互に依存しているのだから、自性はない。電子と陽子は、相互に制限し合って
いるから、自由には動けない。

> ★ ken 氏とのやりとりはまさにそれ。変化→消滅ではないか。

「変化=存在」「無変化=無存在」である。従って、「諸行無常=存在」で
ある。
726閻魔大王:2009/08/23(日) 18:24:45 ID:8cwvvAsS
>★ 絶対矛盾の自己統一・・・by西田鬼太郎
無明猿芝居のギャグって、必死だからかえって笑える。
吉本新喜劇並みにコケル、ドテッ!
傑作だw

猿には何のことか理解不能で便秘中、投げ返すウンコもないらしいw

>★ 万物は素粒子によって構成される。従って、万物は自性常住。

素粒子は類概念、ゆえに個々の素粒子は無常。
素粒子は素粒子ではない、ゆえに素粒子といわれる。
727 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 18:27:42 ID:6+oCct+W
衆知を結集することで、竜樹の空の主張、諸法無我の主張が
詭弁でありウソであることが明らかになりつつある。
アートマン(魂)が存在しているようなのである。
 
そうするとつぎの焦点は、釈迦がアートマンを説いたかどうかである。
可能性はつぎのふたつになる。
 
1 釈迦がアートマンを説いたなら、釈迦は正真正銘の<仏陀>である。
2 釈迦がアートマンを説いていないなら、釈迦は<仏陀>ではない。
728閻魔大王:2009/08/23(日) 18:29:51 ID:8cwvvAsS
>>725
>「変化=存在」「無変化=無存在」である。従って、「諸行無常=存在」である。
「存在」概念は仏教に相応しくない。
729神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 18:34:59 ID:WeUUeznk
>>724
カゲロウも人間も、無数の縁起の結果生まれるのだから、「そのもの自
体」が「単独で」生まれるのではない、ということだよ。「関係性の集
合体」として生まれるのである。
730神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 18:37:48 ID:WeUUeznk
>>728
>「存在」概念は仏教に相応しくない。

ならば、「縁起(関係性)の集合体」と言い換えればよい。

731神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 18:40:15 ID:WeUUeznk
>>728
いずれにせよ、「無」という言葉は不適当。「無」は「有」を前提と
するから。
732 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 18:42:03 ID:6+oCct+W
妄想大王を相手にすると低レベルになりそうだから嫌なのだw

妄想大王はウィトゲンシュタインの「ウンコ壷」にこもり、
ウンコの匂いでもかいでおれwww
733 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 18:58:34 ID:6+oCct+W
>>731
有と無は相互依存していると思っているわけ?
 
中論25章14詩
「ニルヴァーナのうちに、どうして有と無との両者がありえようか。
この両者は同一のところには存在しない。それは光明と暗黒とが
同一のところに存在しえないようなものである。」
734閻魔大王:2009/08/23(日) 21:49:47 ID:8cwvvAsS
>>731>>733
>「無」という言葉は不適当。「無」は「有」を前提とするから。

このバカたれが、舌とチンチン引き抜くど。
ちゃんと→それは合理でも非合理でも超合理でもない、
     そもそも理ではない「無(空)理」だ。(>>721)とコメントしとろーが。
二項相対とちゃうてゆーてるやないか!



735 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 22:19:00 ID:2zNNy56g
竜樹の非有非無の中道 中論15章10詩
 
生命が有りというのは常住に執著する偏見であり、
生命が無しというのは断滅を執する偏見である。
故に賢者は、生命が有りということと
生命が無しということに執著してはならない。
 
生命が有るのでもなく、生命が無いのでもない・・・
これが非有非無の中道である。
 
空の悟りは脳死状態に似ている(~~)
736神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 22:22:55 ID:vuL/jp2e
>>733
>中論25章14詩
>「ニルヴァーナのうちに、どうして有と無との両者がありえようか。
>この両者は同一のところには存在しない。それは光明と暗黒とが
>同一のところに存在しえないようなものである。」

やはり相互依存関係だな。暗黒がなければ、光明は存在し得ない。

竜樹は、「相互依存性ならざるものはない」と言っている。その「暗黒」と
「光明」の例では、竜樹は矛盾している。しかし、「同一のところには存在
しえない」といってるのだから、言わんとするところは、やはり相互依存か。

従って、「自性と無自性」とは、「同一のところ」には存在し得ないのである。
737 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 22:30:25 ID:2zNNy56g
アートマンが存在するという結論が出たようだ。
そうするとつぎの焦点は、釈迦がアートマンを説いたかどうかである。
可能性はつぎのふたつになる。
 
1 釈迦がアートマンを説いたなら、釈迦は正真正銘の<仏陀>である
2 釈迦がアートマンを説いていないなら、釈迦は<仏陀>ではない
738神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 22:33:26 ID:7C+FozUd
>>737
わろた へたな考え休むに似たり と言うが

考察する能力がないのに果敢に考察するのはなんでだろう〜
739 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 23:05:35 ID:2zNNy56g
>>736
中論27章17詩「もしも一部分は神的で、一部分は人間的である
ならば、無常でもあり、常住でもあることになるであろう。
しかしそういうことは理に合わない。」
 
中論27章18詩「もしも無常と常住との両者が成立するならば、
<常住でもなく、無常でもない>ということが、欲するがままに、
成立するであろう。」
 
17詩の「理に合わない」内容が18詩になるのだが、
かりに18詩のようなことが成立するとしたら、
人間は自性と無自性の二重構造になる。


740 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 23:15:34 ID:2zNNy56g
>>738
いまや、アートマンを否定し、無我を主張する人たちは、
その立場に固執すればするほど、釈迦を普通の人にしてしまうという
ジレンマに気がつき、苦しむことになる。
このスレはそういう段階にレベルアップした(~~)
741神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 23:19:54 ID:KjzwKCTI
◆E4bNl5MIvUのイカサマについて
 
中論15章 七〜一一

七 カーティヤーヤナに教える【経】において、「有り」と「無し」という両者が、
有に無とを説き給う尊師によって論破せられた。

八 もしも本性上、或るものが有であるならば、そのものが無はありえないであろう。
何となれば、本性の変化することはけっして成立しえないからである。

九 【物の】本性が無であるとき何物の変化することがあろうか。
また本性が有なるとき何物の変化することがありえるであろうか。

一〇 <有り>というのは常住に執著する偏見であり、<無し>というのは断滅を執する偏見である。
故に賢者は<有りということ>と<無しということ>に執着してはならない。

一一 <その本性上存在するものは、無いのではない>というのは常住を執する偏見である。
<以前には存在したが、今は無し>というのは断滅を執する偏見となるであろう。


>>735
>竜樹の非有非無の中道 中論15章10詩
 
>生命が有りというのは常住に執著する偏見であり、
>生命が無しというのは断滅を執する偏見である。
>故に賢者は、生命が有りということと
>生命が無しということに執著してはならない。



文脈から見るに>>735「本性」を「生命」に置き換えた捏造である事がわかるだろう。
742 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 23:33:17 ID:2zNNy56g
>>736
光は光量子なので、暗黒との相互依存はどうなのだろう?
>>741
文脈としては正しい。なぜなら人間の本性は生命だから。
743神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 23:35:01 ID:KjzwKCTI
本性とは仏であり、如来である。
何のために仏教を学んでいるのか?
744 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 23:41:13 ID:2zNNy56g
中論27章18詩「もしも無常と常住との両者が成立するならば、
<常住でもなく、無常でもない>ということが、欲するがままに、
成立するであろう。」
 
日常の自我・・・常住ではない・・・無常である
アートマン・・・無常ではない・・・常住である
745神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 23:43:59 ID:KjzwKCTI
いつになったら中道(両極端の考えを否定する)が理解できるのか?
746 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/23(日) 23:54:33 ID:2zNNy56g
>>745
人間の本性=生命=アートマン≒仏性
中道=不常(日常の自我)+ 不断(アートマン) 
グッドナイト(~~)
747神も仏も名無しさん:2009/08/23(日) 23:59:30 ID:KjzwKCTI
自我(エゴ)の垢を落とせば仏が現れる。
バラモン教に較べて仏陀の偉大なところは、
誰もが身分によらず平等に仏と成れると説いたことである。
748神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 00:58:28 ID:BFLD+odY
アートマンが在るとか無いとか、霊が見えるとか言ってるのと同じ
オカルトティックなもんじゃないのか?
そんな主観的なモンを語り合っても結論でんて

仏陀はそのような結論の出ない議論を戒めたのだよ、修行して悟ればわかるっての
749神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 02:20:17 ID:BFLD+odY
無我を主張するのも訳がわからんな
腹が立ったりも平気だ
自我が無いからと言ってるようなもんだからな、つまり悟って無い限り、無我はありえん
750神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 02:22:51 ID:BFLD+odY
悟っているなら、アートマン否定、無我を主張しても良いが
自我があるなら、当然アートマンも存在するだろうな
751神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 02:29:21 ID:BFLD+odY
アートマンが自我であれば、疑うことなく存在する

アートマンが幽霊や魂であるなら、そんな主観的なこと話し合っても結論は出ない

アートマンが仏陀のように悟りを開けば無くなるのなら、無我やアートマン否定もわかる
752一在家:2009/08/24(月) 09:13:21 ID:2vIaDwAX
>>744
>日常の自我・・・常住ではない・・・無常である
>アートマン・・・無常ではない・・・常住である

>>745
>いつになったら中道(両極端の考えを否定する)が理解できるのか?

ずっと議論が平行線をたどっておりますので、譬え話をしましょう。

トヨタのプリウスとホンダのインサイトはハイブリッド車です。

Q.ハイブリッド車はガソリン車ですか?  A.はい、そうです。
Q.ハイブリッド車は電気自動車ですか?   A.はい、そうです。

両極端が融合した姿「中道」を現象界ではハイブリッド車に見ます。

また多くの料理でも譬え話を作れますよ。
「塩」と「砂糖」という両極端が融合した旨い料理は多数あるからです。
753宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/24(月) 09:15:45 ID:K7Z9Kdl3
>>712
>宝珠愚者は、ウダーナ8:3を何故わざわざ断わりもなしに(涅槃の境地)などと
>勝手な文言をでっち上げ的に挿入してまで、ご都合主義的に曲解しようとするのか?
>
>以前にも書いたことだが、ウダーナのその節(>>687勝手な曲解文言挿入を除け)は
>要するに語りえぬ空=「中道」をなんとか“伝えよう”とする苦心の表現だといえる。

(涅槃の境地)と挿入したのは私ではなく、経文を紹介していたウェブページによるものです。
しかしながら、これに該当するものは「涅槃のことだ」くらいは容易に理解できるでしょう。
これくらいは書かれてなくても自分で理解できる筈です。
自分で考えることを放棄したら、ただの妄信者ではないでしょうか。
自分自身を放棄したら最後です。
754神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 09:43:02 ID:0PUoak3A
>>753
> (涅槃の境地)と挿入したのは私ではなく、経文を紹介していたウェブページによるものです。

いや、これは酷いな。旧7だったら【】でくくって、【】は自分が注釈して書き加えた、
もしくは引用元のサイトが注釈して書き加えた、と明記しますけどね。

> しかしながら、これに該当するものは「涅槃のことだ」くらいは容易に理解できるでしょう。
> これくらいは書かれてなくても自分で理解できる筈です。

そうですか?一応、本当にそう読んでいいのか確認とった方がよくないですかね?

> 自分で考えることを放棄したら、ただの妄信者ではないでしょうか。
> 自分自身を放棄したら最後です。

でも、あなたのやっている事は人には十分な情報を与えず、先入観だけを与えて
自分で考える機会を放棄させてますよね?
自分だけ考えればよくて、そのために他者が考えなくなるのはむしろ歓迎というわけですか?
755一在家:2009/08/24(月) 09:51:58 ID:2vIaDwAX
>>743
>本性とは仏であり、如来である。
>何のために仏教を学んでいるのか?

同じ認識ですね、しかも「仏は常住」です。

龍樹の信奉者は「仏も縁起、無常」と主張されておられますが、
本当に仏の弟子のはずの龍樹はそう説いたのでしょうか?

「自灯明」の説法も、仏は常住であっても、もう現世で会うことは
無いからという意味だと解釈できますね。
756カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 09:58:00 ID:pkJ2WwaH
>>698
だから不可知論者は外道だと何度も前シリーズから指摘されてんだろう、吉外。
もう一度貼ってやろうか、六師外道の話。ホレ。
http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/99_03_14a.html いいかげん外道は自分達の方だと気付こうや。
ちなみに宝珠氏や俺の話す涅槃の境地は、究極の一元論だ。なにせ相が滅した
境地。相対ではなく、絶対なる一者の話をしてるんだからな。
二元論者は君らのほうだ。君らはこの現象世界しか認めていないだろ。
二元世界であるこの現象世界しか認めていない者がいくら中道を語ろうとも
単なる言葉遊びにしかならない。人は善と悪とを分けるという罪を犯した。
ゆえに死が入り込んだ。苦の始まりである。中道とはあくまで善も悪も無い、
一元の存在を認めて初めて意味を成す。たが話が単純でないのは、
真我とは、現象世界に現れるとき、つまい有であるときは、見る者であり、見られる者と
対であり存在する。彼が本当の意味で相の滅した一元である状態とは、
それは無の状態である。キリスト教ではその状態のことを安息の日と呼び、仏教では
涅槃静寂と呼ぶ。これは一つの完成である。ゆえに、そういう意味で。は真我といえども存在
しているときは、あくまで見られるものと相対関係であり、見方によると無自性な空
であり、無我である。そしていずれ完全に休む相の滅した境地である無の状態(安息日=涅槃静寂)にいたり
存在を止めるので、無常であるともいえる。だが彼を無自性、無我、無常であると
言い切ると、断見となりそれは一方的な見方である偏見となる。なぜなら彼は再び目覚め
見る者として存在するからだ。逆の見方である恒常普遍とみても、一方的な見方となり、常見という偏見
となる。なぜなら彼は、存在しているときは、見られるものとの相対関係にある無自性であり、
そして存在を止める無の境地である安息日を向かえる、無常であるからだ。
だがこんなのは屁理屈で彼は全体を通してみれば、永遠不滅であり、恒常普遍の絶対なる一者として表現しても
差し支えない存在なので、常見だの断見だのと屁理屈こね回して、聞き手に混乱を招くような
説法をする必要は無いわけである。ここにゴータマの悪意を感じる。
757ken:2009/08/24(月) 10:10:40 ID:o1kQJcto

ID:WeUUeznkさんやKjzwKCTIさんの見解で辻褄が合います。
釈迦はそれを縁起とあらわしたのですから、相依性が
存在の基本であり、執着からの解放が絶対我を否定する。
お二人は仏教に根ざしている。
わたしは中論のメガネをかけていないと申し上げても、
E4bNl5MIvUさんは、理解できないで勝手に想定し、勝手に
否定している。
議論の基点が、仏教に根ざしていないようです。
不生不滅は日常性ではなく目的である仏果ですよ。
ー引用ー
いかなる存在も不変の本質を有しない、すべてのものは、
直接的・間接的にさまざまな原因が働くことによって
はじめて生じるのであり、それらの原因が失われれば
直ちに滅し、そこにはなんら実体的なものがないということで、
われわれの自己として認識されるものもまた、実体のないものでしかなく、
自己に対する執着はむなしく、誤れるものとされるのである。
「岩波仏教辞典」より
758カラスの唄 ◆nNLz/1Rz6w :2009/08/24(月) 10:20:23 ID:pkJ2WwaH
>>756
ゴータマ自身が、不可知論者は外道だと称して、自分自身は
本質は不可知論ではないにしろ、言葉遊びを根拠に不可知論的な
説法を繰り返した、こいつの説法を聞いて真実を掴むのは、
智慧のある極一部の者だけであり、多くの者は混乱するだけだろう。
事実、いつも側でこいつの説法を聞いていたアーナンダは悟るどころか混乱してしまい。
智慧は無いが、記憶力だけは抜群だったアーナンダが中心となって編集された
仏典を根拠にする君ら自性仏教徒である末法仏教徒達は見事に迷い、
真理からもっとも遠い所にいる。肝心な真理の部分は、あんな人を食ったような
あえて混乱を招くような不可知論的説法しかしないくせに、
自分達を供養することが最高の功徳になると教義までたて、そこの部分だけは非常に
わかりやすい言葉でストレートに説法をし、在家から自分達の食い扶持をたかって
生き、最後はその在家から布施として差し出された食い物食って食中毒で死んだあんた達の
教祖ゴータマは、全く大した先生だよな。
759神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 10:32:47 ID:1UtYX9l7
佛教が、一神教のような「殺人宗教」「サイコパスの宗教」に堕さなか
ったのは、佛教が一神教のような「人間に超越する空想上の絶対神」を
認めないからである。「実質上の一神教」であるヒンドゥー教も、人を
殺す。佛教に「神概念」、若しくはそれと類似な観念を持ち込めば、佛
教は「有害な宗教」以外の何物でもなくなる。

バラモン教との過渡期の産物である原始仏教も、稀に「神霊」に言及
しているから、排除されなければならない。

アートマンを認めようとしているのは、一神教的神概念を守ろうとして
いる「必死の努力」に他ならない。釈迦が説こうと説くまいと、悪は悪、
誤りは誤りである。それを判断するのは、「現代人」としての仏弟子の
責任である。宗教も、「人間の多くの営みのうちの一つ」に過ぎないの
だから、時代に応じて、常に改善し、改良する努力を忘れてはならない。
760神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 10:42:25 ID:Vh6t2ihO
仏教を一元論というのは間違いだね。

一元論は唯物論か唯心論だろ。
唯物論とは物質だけが実体だとする理法だね。
唯心論は精神(心)のみが実体だとする理法だね。

二元論なら物質と精神(心)は独立の実体であると
する。デカルトの哲学が有名だね。

これらに対して仏教の縁起の理法では色(物質)も
名(精神:受・想・行・識)もいずれのも実体は無いとする。
それが諸法無我ということだね。
だから仏教は無元論というのが正しい。
元(実体)は空である。

761カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 10:42:29 ID:pkJ2WwaH
>>759
サイコパスはどうみてもお前の方だろ。
いつまでも引き篭もって2chに張り付いてないで、カウンセラーのとこにでも
行ってみてもらえよ。

ま、おまえはゴータマの教えオリジナルの原始仏教と、キリスト教の共通点を
見出した。ゆえに原始仏教を排除したいようだが、イエスの教えとゴータマの教えの
共通点すら見出せず、頭ごなしに認めたくないここの自称仏教徒のボンクラ達より
そこに気付いたおまえは智慧があるということだけは、認めてあげるよ。
762カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 10:46:57 ID:pkJ2WwaH
>>760
ハイハイ。いつまでも言葉遊びの妄想の世界で遊んでな。
賢い人ならすぐに気が付くんだけどね。君らの末法仏教はただの言葉遊びを
こねくり回しているだけで、本質的には全く意味がないってね。
763ken:2009/08/24(月) 10:54:55 ID:o1kQJcto
>758 事実、いつも側でこいつの説法を聞いていたアーナンダは悟るどころか混乱してしまい。
智慧は無いが、記憶力だけは抜群だったアーナンダが中心となって編集された
仏典を根拠にする君ら自性仏教徒である末法仏教徒達は見事に迷い、

中国産思想の末法観を持ち出されても、批判には値しません。
アーナンダは釈迦に侍従する執着ゆえに悟りが遅れ、釈迦入滅後
阿羅漢果を得ていますし、常に付き添ったアーナンダの記憶力を基に、
500人もの阿羅漢が釈迦の説法の真偽を確認し合ったのが、
第一次結集です。

>758 自分達を供養することが最高の功徳になると教義までたて、そこの部分だけは非常に
わかりやすい言葉でストレートに説法をし、在家から自分達の食い扶持をたかって
生き、最後はその在家から布施として差し出された食い物食って食中毒で死んだあんた達の
教祖ゴータマは、全く大した先生だよな。

出家の意味も知らないようだが、出家者が作り所有することは煩悩を喚起させるゆえ、
禁止されていて、在家のその清浄行の手助け(布施)は功徳がある、と説いたのです。
また釈迦は死に様の優劣など説いていない、生きている間どれだけ煩悩を滅したか、
それだけを見ていたのだから、どう死のうがそれは業の報いであり関係ない。
たとえば目連は、外道時代の仲間から撲殺されたが、彼は阿羅漢果を得ており、
死んで涅槃へ赴いたし、長老ヴァッカリは病苦で自殺の許しを釈迦に請い、
許されて自殺したが、阿羅漢であることは認められたように釈迦の法えに矛盾は無い。
釈迦を神格化しているのだろうとの予測で批判しても、一知半解の仏教音痴に理解は無理だ。
764カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 11:02:38 ID:pkJ2WwaH
>>763
>どう死のうがそれは業の報いであり関係ない。

そう。どう死のうがそれは業の報いだ。
ゴータマは布施として差し出された食いもん食って、食中毒で死んだ。

おまえ、よくわかってんじゃん(苦笑)
765神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 11:17:23 ID:1UtYX9l7
人間の生の営みの一つである宗教が、「人間に超越する存在に最大の
価値を認める」という、創唱宗教の巨大な矛盾、倒錯と誤謬を自覚すべ
きである。

宗教の発生も、人間の生存のための「手段」であった。古代人は、「手
段」を「目的」と取り違こえるような倒錯には陥ってはいなかった。古
代人の自然宗教とは異なり、創唱宗教に「現実性・合理性・科学性」が
全く欠如しているのは、開祖が、その精神障害の結果として、古代人の
神々を観念化、抽象化、精神化し、本来の宗教の「生存のための手段性」
を断ち切ってしまうという、倒錯に陥ってしまったからである。

創唱宗教の持つこの矛盾、倒錯、誤謬を、速やかに廃棄することが、
現代人の後世の人間に対する最大の責務である。自然科学は、日々、こ
の努力を行っている。それにより、自然科学は、如何なる宗教の奇跡も
及びもつかない飛躍的な進歩を遂げ、人類に巨大な恩恵をもたらし、絶
え間なくもたらし続けている。

自然科学における真理には、全人類的な合意が容易に達成可能である。
しかし、宗教上の「真理」は、常に人間同士の殺し合いと争いの原因
になるだけ。これは、後者の真理が、真理とは似て非なるものである
ことを、如実に証明している。
766カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 11:20:14 ID:pkJ2WwaH
>出家の意味も知らないようだが、出家者が作り所有することは煩悩を喚起させるゆえ、
>禁止されていて、

その通りだが、たとえば土地があって、そこに畑を耕したとしよう。この畑を私のものだと
主張し、そこから採れた収穫の利益を独占したら自己所有となるが、その土地と畑を出家者全員と
地域住民とで所有し、そこで採れた収穫は皆で分け与え共有する。また全然関係ない人でも
困っているようなら、なにも惜しむことなく、分け与えてやる。そうすればその畑は自己所有とはならず、
また出家者も功徳を積むこととなる。涅槃に至るには、
出家者だから功徳を積まなくてもいいという道理はなく、世俗を捨て、その道を歩むことを
選んだ出家者こそ進んで功徳を積むべきだ。その道を歩む者は他人に功徳を求めるのではなく、
まず自分から。もちろんこの世の最高の功徳は、真理を語り多くの者を導くことで、
その働きに応じて相手から感謝され差し出されたものは遠慮なく頂けばいい。人はその働きに応じた
報酬を得るのは別に悪いことではない。でもゴータマの混乱を招くだけのあの不可知論的な表現に満ちた
あの説法ではね。
767机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/24(月) 11:22:09 ID:K0JhUVsz
>>755 在家氏
>龍樹の信奉者は「仏も縁起、無常」と主張されておられますが、
>本当に仏の弟子のはずの龍樹はそう説いたのでしょうか?

ヨコ槍ですけど、龍樹はそう説きました。

自他不二だから、自己と独立した仏は存在しない。

では仮に仏が常住だとしても、常住であることに常住である意味がなくなる。
つまり常住は無常の相対概念。
(常住も無常においてある)→これが関係性
いずれにしても常住は破折されるわけでして、
八不の論法は全てがこれです。
768宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/24(月) 11:26:55 ID:K7Z9Kdl3
>>754
>> しかしながら、これに該当するものは「涅槃のことだ」くらいは容易に理解できるでしょう。
>> これくらいは書かれてなくても自分で理解できる筈です。
>そうですか?一応、本当にそう読んでいいのか確認とった方がよくないですかね?

エッ、誰に?どこに??
仏教の最高権威とやらにかな???

因みにこのスレで以前、頻繁に登場した伝統仏教者で、
南方の師から直接、口伝で教えを学んだという方もこれは「涅槃」のことだと明言していましたね。
私もそれでいいと思います。

これは、「要するに語りえぬ空=「中道」をなんとか“伝えよう”とする苦心の表現」>>712
などというものではないのであって、「<形成されたもの/ではないもの>がある」(ウダーナ8:3)、といっているのです。
つまり、森羅万象の現象世界とは異なる世界が“ある”と明言しているのです。
あなた方は、何でも「あるでもないでもない=中道だべぇ〜」が得意のようですが。
そして、とても好きな話が「空」であり、「空」とは現象界の本質とは何か?という話しに過ぎないのに、
どうして涅槃まで空にしたがるのか??涅槃とは形成されたものではない世界です。
形成された世界の性質を説く「空」との違いも分らない・・。

>でも、あなたのやっている事は人には十分な情報を与えず、先入観だけを与えて
>自分で考える機会を放棄させてますよね?

いやいや、十分に考えて下さい!

>自分だけ考えればよくて、そのために他者が考えなくなるのはむしろ歓迎というわけですか?

そんなことはありませんよ。
そのために多くのヒントを提供してきたのです。
769机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/24(月) 11:31:55 ID:K0JhUVsz
>>766
>出家者だから功徳を積まなくてもいいという道理はなく、

功徳は積まなくていい。

空性がそのまま自他不二の相でありますから、
功徳を積む、というのは迷いです。

野良猫が気の毒だから、って給餌をしたとしても、
その猫が地域住民の畑を荒らしていたんなら、それは罪悪でしかない。
自分に都合のいいことでも、
他人には大迷惑になる。

空性の慈非で充分!!
770神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 11:32:39 ID:1UtYX9l7
>>761
>ま、おまえはゴータマの教えオリジナルの原始仏教と、キリスト教の
>共通点を見出した。

「欠陥と誤謬の共通点」を見出したということだよ。勘違いするなw。

君のその「架空の神概念の信じ込み」と「サイコパス性」を治療する
ために、よい方法があれば、是非提案してくれ。人類に対するそれ以上
大きな貢献はないのだよ。
771神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 11:33:32 ID:bD16ZI1J
分別くさい禅者って意味あんの?
772ken:2009/08/24(月) 11:36:45 ID:o1kQJcto
>764 そう。どう死のうがそれは業の報いだ。
ゴータマは布施として差し出された食いもん食って、食中毒で死んだ。

下痢での苦しみが体力を消耗させた、釈迦の王子時代のなした業の報いでしょうね。
釈迦は、煩悩が残っているから輪廻するとして、煩悩滅を説き、道を示した。
あなたはもしかしたら、目連より阿難よりも頭がよいかもしれない。
ただ違うのは、彼等は清浄行をなした聖者であり、涅槃を得たという点です。
チューラパンタカは、自分の名前を覚えられないような今でいう知的障害者だが、
釈迦から「自分が愚かであることに気づいている人は、智慧ある人なのです。」
と諭されて帰依し、釈迦から足を洗った時に拭く白い布片を与えられ、
足を拭く時に「塵は去る、塵は去る」と唱えながら拭くようにと告げられた。
ある日、あれほど真っ白だった布片がいつしか真っ黒になっているのに気づいた
チユーラパンタカは、初めて自分の心の垢に気づき天眼を得たと言われています。
的障害者であるチユーラパンタカでさえ解脱できる釈迦の法えは、高邁な理論で
語られるものではなく、ごく日常性の苦からの解放を説いたものです。

>766 その土地と畑を出家者全員と 地域住民とで所有し、そこで採れた収穫は皆で
分け与え共有する。また全然関係ない人でも困っているようなら、なにも惜しむことなく、
分け与えてやる。そうすればその畑は自己所有とはならず、また出家者も功徳を積むこととなる。

出家の目的はチユーラパンタカの例でも分かるように、積徳ではなく煩悩の滅尽です。
また、釈迦は一切の取引はしませんでした。
布施の見返りに、説法をするような姿勢を否定したのです。
弟子と同じく剃髪し糞尿衣を纏い一日一食(朝食のみ)で遊行していたのです。
773カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 11:43:08 ID:pkJ2WwaH
>>769
なら在家に布施を勧めたゴータマの教えは意味がないということになるな。
おまえの仏教はゴータマの仏教とは違うんだよ。
いい加減それくらい気付こうや。

野良猫がどうだのと屁理屈こねて、困ってる人を見て見ぬふりするのが是とするのが
おまえの仏教だからな。
774机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2009/08/24(月) 11:50:33 ID:K0JhUVsz
>>773
>なら在家に布施を勧めたゴータマの教えは意味がないということになるな。
>おまえの仏教はゴータマの仏教とは違うんだよ。

慈非と功徳は全く意味が違う。
功徳なんて全くないんだよ。
あまり期待するのは法から離れる。

じゃあ、慈非ってのはどういうことか?
これは「分かち合う心」ってことで理解して頂きたい。

分かち合っても功徳にはならない。
ご利益を期待するのは何て言うか知ってますか?
「乞食信心」という。
仏教の本義に対極するものです。
775絶対神:2009/08/24(月) 11:55:08 ID:nvTDTauB
>>765
はいはい、よかったねw
古代人に現代人と同じような、合理性や科学性がある訳ないだろww
世界の神話というものをきちんと読んでごらん。

    「現代人から見れば、例外なく荒唐無稽だから」ww

特に開祖を持たない、北欧神話やギリシャ神話なんかも含めてねww
それと、「なんで、人間が超越者を創造し、拝むようになったかお前
判ってないの?」

   「人間が無力で出来ない事が古代では沢山あったからさ」

お前みたいな訳の分からない奴が何をわめいても、誰も聞かないよ。

「自然宗教というものは、現代人から見れば、「超自然宗教」なの」

何故なら、「そもそも、人間が作った宗教と「自然」とは無関係に
存在しているからなの」。
776カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 11:55:27 ID:pkJ2WwaH
>>772
出家の目的は煩悩の滅尽はもちろんそうだが、出家すれば功徳を積まなくとも
涅槃に至れるという道理はない。また在家であれば、煩悩はそのままに布施だけすれば
涅槃に至れる道理も無い。四正勤。八正道。これがゴータマの仏教だ。
ここに出家者、在家者の区別、差別は無い。ただ世俗にまみれる在家でいるより、
出家したほうが、その道を極めやすいというだけの話だ。


ちなみに自分の持っているものを、なんの執着も無しに、必要な人に分け与える心ができている人。
それは煩悩を滅していることにも繋がっているんだよ。
777絶対神:2009/08/24(月) 12:00:04 ID:nvTDTauB
で、お前の考えは、キリスト教原理主義と変わらないんだよ。

      「自分の考え以外は全部駄目」って話。

根本的にキリスト教的偏狭さと変わらない部分を持っている事の自覚
がないところが恐ろしい。

「古代にはキリスト教や仏教も含め、幾らでも超越的次元、形而上学的
 な事を説く宗教はあったんだ」

釈迦は説いていないというのなら、イエスだって説いてないさ。
奇跡話とかは、弟子たちとかが付け加えていっただけでな。
だが、「古代から、というより、古代の方が、より超越的次元の話が
多く信じられ、書かれたのは事実だ」。
778神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 12:01:29 ID:0PUoak3A
>>756
> だから不可知論者は外道だと何度も前シリーズから指摘されてんだろう、吉外。

それは>>698と何か矛盾するのでしょうか?
宝珠愚者さんが仏陀の教説を不可知論だと勘違いしているだけで、
実際は不可知論とするのは当たっていない、という指摘があるだけのように読めますが。

もし吉外扱いしたいのであれば、「不可知論ではないといっているが、
実際には不可知論ではないか」ということが先に言えないと意味が通じないと思います。

> ちなみに宝珠氏や俺の話す涅槃の境地は、究極の一元論だ。なにせ相が滅した
> 境地。相対ではなく、絶対なる一者の話をしてるんだからな。

不二一元論の話をしたいのかもしれませんが、
そういう口先だけの理想的な自己イメージと現実の対応は本当に一致しているのでしょうか?
現実的に「敵か味方か」というような「二元論的思考」が強いのは確かでは?
全体を愛情で考えるというような視点で人と接しているような感じはないですよ。
779神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 12:07:00 ID:0PUoak3A
>>768
> >そうですか?一応、本当にそう読んでいいのか確認とった方がよくないですかね?
> エッ、誰に?どこに??
> 仏教の最高権威とやらにかな???

はぁ。ここまで文脈が読めないとは。スレの人々には「正確なテキスト」を提示しなければ、
それぞれがどう思うか分らないでしょう? そういう意味でスレの人々の同意を得るということです。
勝手に決めつけて「前提」のようにしてしまうのはまずいんじゃないですか? と言ってるんです。

> どうして涅槃まで空にしたがるのか??涅槃とは形成されたものではない世界です。

それはちょっと空についての理解が足りてないような気がしますが、
空かどうかはとりあえず関係ないと思いますよ。

> >でも、あなたのやっている事は人には十分な情報を与えず、先入観だけを与えて
> >自分で考える機会を放棄させてますよね?
> いやいや、十分に考えて下さい!

考えるためには「追加された注釈」について「ここは追加された部分です」と明記する必要がある、
と言っているのです。よく文章を読んでみましょう。
780神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 12:07:40 ID:1UtYX9l7
>>775
>「人間が無力で出来ない事が古代では沢山あったからさ」

だから、科学がそれを解決した。神は関係ない。科学がなかった時代には、
古代人は、科学の代替品としての宗教にそれを求めた。あくまで、神は「生存
の手段」であった。科学の発達により、神が不要になっただけ。

お前みたいな、浅薄な神ばかりだから、神が諸悪の根源なのだよ。神を名乗るなら、
もっと神らしい重厚な発言はできないのかね。
781カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 12:13:02 ID:pkJ2WwaH
>>778
>そういう口先だけの理想的な自己イメージと現実の対応は本当に一致しているのでしょうか?
>現実的に「敵か味方か」というような「二元論的思考」が強いのは確かでは?

今の時代に理想的な人格を要する者なんていやしない。たとえ心は熱く燃えていても、
肉の思いには弱いものだ。我々の心は五感から得られる感覚、それを認識する想によって
支配されている。今の時代に生きる我々は、ただ真理を正しく悟り、頭でわかっていても
実行できない自分の心の弱さを悔いる心があればいい。心配しないでもそんな我々のために、
価値観の改まった次の時代が用意されている。その時代に生まれる者は幸いだ。
彼らには永遠の滅びである第二の死は、なんの力も及ぼさないだろう。
782神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 12:16:36 ID:0PUoak3A
>>781
> 今の時代に生きる我々は、ただ真理を正しく悟り、頭でわかっていても
> 実行できない自分の心の弱さを悔いる心があればいい。

悔いるためには、自分の心が弱いということを知らなくてはいけませんし、
心の弱さを知るには、自分が何をしているのか自覚する必要はあるでしょう。
二元論的思考をしているという指摘があれば、それが当たっているかどうか
反省し、もし当たっているならばそこに対して悔いる必要はあるでしょう。
それに対して見当外れのことをいい、相手を罵るというのは、悔いるのとは真逆の姿勢です。
783ken:2009/08/24(月) 12:30:19 ID:o1kQJcto
>776 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 11:55:27 ID:pkJ2WwaH
>>772
出家の目的は煩悩の滅尽はもちろんそうだが、出家すれば功徳を積まなくとも
涅槃に至れるという道理はない。また在家であれば、煩悩はそのままに布施だけすれば
涅槃に至れる道理も無い。

まず整理してください、出家はすでに八正道を歩む戒と修の道です。
煩悩滅の修道は、悪業を排し善業をつくる諸悪莫作・衆善奉行なのだから、
あえて誤解の元となる大乗論的な積徳などにこだわる必要はありません。
また、在家の可能な境涯は涅槃ではなく、五下分結を果たしたアナゴンという
四向四果の不還の界までで、在家で涅槃到達は無理です。
784神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 12:33:33 ID:0PUoak3A
>>783
最近の僧侶は妻帯していたりするわけですが、
そういう人達は在家扱いになるのでしょうか?
785カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 12:34:36 ID:pkJ2WwaH
>>782
だから俺達は二元論の話をしてるんじゃなく、一元の存在の話をしてるんだよ。
ま、それは正確に言うと、有である状態の時は見られる者と対として存在し、相が完全に
滅した状態(安息日)には無の状態になるので一元といえるのかどうかは微妙であり、
元々識別智である「言」では正確には言い表せない性質のものではあるがね。

ちゅうかおまえ、おまえも反省する心が必要なんじゃねぇのかよ。
俺達は究極の一元論。相対ではなく絶対なる一者の話をしているのに、二元論を話していると
誤ったレッテル貼ってるんだからよ。繰り返すが中道とは、善も悪も無い、この一元の存在を
認めてこそ初めて意味を成す。二元世界であるこの現象世界しか認めない君らが
いくら中道を語ろうとも、それは本質的には全く意味の無いただの言葉遊びにしかならない。
二元世界であるこの現象世界しか認めない君らの中道はただの詭弁でしかなく、
二元論者は、この相対世界であるこの現象世界しか認めない君らだってことに、いい加減気付こうや。
786カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/24(月) 12:36:19 ID:pkJ2WwaH
>>783
>在家で涅槃到達は無理です。

おまえは涅槃経も読んだ事が無いのか(苦笑)
おまえはレベルが低すぎる。
787神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 12:39:48 ID:0PUoak3A
>>785
> 俺達は究極の一元論。相対ではなく絶対なる一者の話をしているのに、二元論を話していると
> 誤ったレッテル貼ってるんだからよ。繰り返すが中道とは、善も悪も無い、この一元の存在を
> 認めてこそ初めて意味を成す。

カラス氏がどうかはわかりませんが、宝珠愚者氏は、二元論的な「思考形式」をとっています。
そのことについては指摘が既にされているので、反証があるなら上げてください。
不二一元論的なニュアンスの「文」があるだけで、思考の形は不二一元論的だとは思えません。
788ken:2009/08/24(月) 12:43:55 ID:o1kQJcto
>786 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2
おまえは涅槃経も読んだ事が無いのか(苦笑)
おまえはレベルが低すぎる。

あざ笑いなどして滑って転ぶ前に、在家で阿羅漢果である
涅槃を得たという、その涅槃経を例示してください。
789神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 12:44:50 ID:nptrES/x
>>783
カラスとか机、誤淫嘘はスル〜すべし
790ken:2009/08/24(月) 12:58:22 ID:o1kQJcto
>785 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 繰り返すが中道とは、善も悪も無い、
この一元の存在を 認めてこそ初めて意味を成す。

やはり一知半解の仏教音痴です。基本を見据えて語るべきです。

中道:
元々は釈迦が苦行主義と快楽主義のいずれにも”偏らない”
不苦不楽の中道を特徴とする八正道により悟りを得た釈迦は、
縁起の道理に従う諸法は、生じるから無ということなく、
また滅するから有るということはないとの意味で、非有非無の中道を
説いた。(岩波仏教辞典より)

在家で阿羅漢果である涅槃を得たという、その涅槃経の例示はまだかな?
791閻魔大王 :2009/08/24(月) 14:23:20 ID:ssRd+nzB
>>768 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk へ
>涅槃とは形成されたものではない世界です。
>形成された世界の性質を説く「空」との違い

まさに、>>713
>「生じないもの」VS「生じるもの」という二項概念対立、二元論VS一元論対立、を超越し
>中道という非言語論理的メタコードにて掴まなければならない(直覚)
という批判がそのまま当てはまる。

また>>787
>宝珠愚者氏は、二元論的な「思考形式」・・思考の形は不二一元論的だとは思えません。
 も正確な批判だ。

それにしても宝珠愚者やカラスの妄想偏極のひとつを知ることで、
我々は「中道」=空を掴むことができる。その意味では反面教師として感謝する。
中道とは両極を知ることでもある。

結局仏教とは、無常=無我=縁起=空=中道を自得、悟ることで
苦しみから解脱することにあるのだから。



792ken:2009/08/24(月) 15:15:30 ID:o1kQJcto
>784 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 12:33:33 ID:0PUoak3A
>>783
最近の僧侶は妻帯していたりするわけですが、
そういう人達は在家扱いになるのでしょうか?

レス遅れてすみません。
在家の五戒での不邪淫戒は、浮気愛人など夫婦間以外の性行為を禁止したもの。
しかし出家は不淫戒です。性行為そのものを禁じていますから、
在家ではなく波羅夷であり、破戒僧ということになり二度と出家が認められない。
釈迦のいう梵行とは、清浄行を指しますので大乗とは少々異なります。
793神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 15:32:28 ID:hGak3Mam
性行為そのものを禁じるか。
それなら、世界中の人間が、解脱を目指し、出家したなら
人類滅亡だな。輪廻もそこで打ち切りか?
794ken:2009/08/24(月) 15:44:31 ID:o1kQJcto
>793 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 15:32:28 ID:hGak3Mam
性行為そのものを禁じるか。
それなら、世界中の人間が、解脱を目指し、出家したなら
人類滅亡だな。輪廻もそこで打ち切りか?

インドで仏教が衰退して行った理由も修道の解脱観でしょう。
一切有部、部派仏教を経て大乗の出現もインド大衆への迎合かと。
しかし、大乗も明治初期頃までは非妻帯で真宗や一部密教以外は
厳しかったようですが、実態はどうでしたでしょうね?
795神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 15:46:17 ID:HRKC0wdj
>>792
>釈迦のいう梵行とは、清浄行を指しますので大乗とは少々異なります。

人類としての生命の存続という最も「神聖な目的」のための性行為を禁じると
は、「清浄行」ではなく、「不浄行」である。それでは、忌むべきキリスト教
と全く同じではないか。あなたは一体どこの佛教の宗派?そのような出家修行
は、「自己の解脱」という欲望と煩悩の行為以外の何物でもないことを、自覚
されたし。

釈迦は、イエスと同様、性行為なしで生まれたのかね。
796神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 15:50:01 ID:BFLD+odY
釈迦の悟りって哲学というか、自己と肉体を制すること得られる
あくまでも、身体に依存した範囲内でしか起こりえない精神的なものと勘違いしている人は多い

その点は聖書のほうが、奇跡を全員が目撃した記録だから
現実的でもあるし、信憑性もある

大乗からなのだろうか哲学みたいになったのは
原始仏典には釈迦の神秘性はもちろん記してあるから、

とにかく自分の物差しだけで全てを計ってはいけないな
797神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 15:51:51 ID:hGak3Mam
>>794
そういうことを言っているのではない。

仏教の最終目的、涅槃到達の必要条件を「出家」とし、また
出家に性行為そのものを禁じてしまえば、全ての人間が涅槃
を目指し、出家するという、まさに理想状態において、人類が
滅亡してしまうという自己矛盾を教義の中に内包していたのでは
どうしようもないだろって話だ。
798ken:2009/08/24(月) 16:01:15 ID:o1kQJcto
>797 人類が滅亡してしまうという自己矛盾を教義の中に内包していたのでは
どうしようもないだろって話だ。

娑婆の世界は苦だと断定したのだから、滅亡など否定できないね。
実際釈迦族は滅亡している。
滅亡してもすべての人類が漏尽解脱を果たしたのであれば、OK牧場。
在家も残っているデヨ、なら今後も布施の必要も続くだけのこと。
799神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:02:26 ID:HRKC0wdj
>>796
>とにかく自分の物差しだけで全てを計ってはいけないな

それはまさに宗教信者にこそ当てはまる。教祖や教義という、現実上の
根拠は皆無な「自分の物差し」から一歩も踏み出すことができない、と
いう異常さである。

聖書は、キリスト教宣教用の宣伝パンフレット。通販の広告の「使用者
体験談」と同じ。そのまま信用する性質のものではないよ。信じる前に、
現代人としての知識と常識で検証すべきもの。
800神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:06:26 ID:0PUoak3A
>>799
ご隠居に当てはまる。といわれ、
「それはまさに宗教信者にこそ当てはまる」ということなら
必然的にご隠居は宗教信者と変らないということになる。

宗教信者に当てはまるからといって
ご隠居に当てはまらなくなる、ということにはならない。

こうやって「より酷い」らしきものを出すことで、
自分から目を背けさせようとするのは、
宝珠愚者と同じ、カルト的なマンイドコントロールの手法。
801神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:07:50 ID:hGak3Mam
>>798 
なるほど。仏教はこの地球上から、一人も人間がいなくなることが
理想なわけか?
そしてよくわからんが「涅槃」というような、ところに皆、行ってる
わけかい?


802ken:2009/08/24(月) 16:10:10 ID:o1kQJcto
>795 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 15:46:17 ID:HRKC0wdj
>>792
>釈迦のいう梵行とは、清浄行を指しますので大乗とは少々異なります。

人類としての生命の存続という最も「神聖な目的」のための性行為を禁じると
は、「清浄行」ではなく、「不浄行」である。それでは、忌むべきキリスト教
と全く同じではないか。あなたは一体どこの佛教の宗派?そのような出家修行
は、「自己の解脱」という欲望と煩悩の行為以外の何物でもないことを、自覚
されたし。

どこかの信者さんなのか? まあ、250戒でもよく見るとよい。
あなたの見解では性行為が神聖なのね、ならばそれは仏教ではない。
「自己の解脱」って何? 解脱するのは自分自身ですよ、漏を滅尽して解脱する。
それとも仏像拝んで死んで来世成仏とか信じているの?

>釈迦は、イエスと同様、性行為なしで生まれたのかね。

だから、生なくば老死なしですよ。
803神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:13:47 ID:HRKC0wdj
イエスが、「淫らな目で女を見る者は、心の中で姦淫の罪を犯した。
目玉をくり抜かれる」などとアホなことを言ったお陰で、聖職者や
修道者は、「性交の禁止・性欲の抑制」などという「創造主の意図
に反する不浄な行為」をなし、そのため、聖職者に性犯罪が多発
していることは、周知の事実である。

旧約聖書は、イエスのようなアホなことは言っていない。

生命が宿る神殿としての肉体を忘却した「倒錯した精神性故の狂気」の
一例である。
8041/6 旧7:2009/08/24(月) 16:14:51 ID:kpUalCW6
>>754>>768
宝珠擁護というわけではないが、前に一度名前を挙げた「南方仏教基本聖典」の訳は以下。

8.1 (因縁略)。
 『「比丘達よ、このような《涅槃》がある。
 すなわち、そこには地も水も火も風も空無辺処も識無辺処も無所有処も非想非非想処もなく、
 この世、あの世もなく、月日の両者もないものである。
 比丘たちよ、私はその涅槃に、
 《ある世界から》来る《とも》、《ある世界へ》行くとも、《ある所に》とどまる《とも》《説かない》。
 《死ぬとも、生まれるとも》説かない。
 ≪その《涅槃》は、滅することもなく、生ずることもなく、対象をも所有しない。≫
 《この涅槃こそ苦しみの終わりである」と。』

※最初一行目の【涅槃】の所に「アーヤタナ」と、原語のルビが振ってある。
 それ以降は代名詞及び同格(性数格の一致)による。(http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247932847/527
※《 》、≪ ≫は、片山訳と大きく違う部分。

  ※※ちなみに片山入門から片山訳。(http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247932847/526
    「比丘たちよ、このような【境地】があります。そこには、地もなく、水もなく、火もなく、風もなく、
    空無辺処もなく、識無辺処もなく、無所有処もなく、非想非非想処もなく、
    この世もなく、あの世もなく、月・太陽の両者もありません。
    比丘たちよ、【私は】そこに来ることも、行くことも、止(とど)まることも、
    没することも、生まれかわることも【説きません】。
    【拠り所のないもの、生起のないもの、所縁のないもの】が、すなわち【これ】です。
    【これ】がすなわち【苦の終わり】です」と。――
8052/6 旧7:2009/08/24(月) 16:15:39 ID:kpUalCW6
8.2 (因縁略)。
 『「涅槃というものは見られ難い。真理は容易に見られない。渇愛の苦因(集諦)の捨断によって
  (苦諦、道諦、滅諦を)知り、また見る者に、不安はない。」と。』

 ※( )は引用訳文ママ。当然、原文には無い。
 ※ここでは〔原文に主語は現れていない〕。 ただ、全体通してのことであるが、
  この4節が「涅槃に関する経」と名付けられている以上、〔ここで述べられているのは涅槃のことである〕
  と読むのが穏当だろう。
 ※原文: ''duddasaM anataM nAma, na hi saccaM sudassanaM;
        paTividdhA taNhA jAnato, passato natthi kiJcanan''  ti.

8.3 (因縁略)。
 『「比丘たちよ、
 生じることもなく、存在することもなく、造られることもなく、作為されることもないもの(涅槃)がある。
 比丘たちよ、
 もし生じることもなく、存在することもなく、造られることもなく、作為されることもないものがないならば、
 この世において、生じ、存在し、【造られ】、【作為されるもの(五蘊)】《の解脱》はありえないであろう。
 比丘たちよ、生じることもなく、存在することもなく、造られることもなく、作為されることもないものがあるから、
 生じ、存在し、造られ、作為されるものの解脱はありえるのである。」と。』

 ※( )は引用訳文ママ。 《 》は、少し気になる言い回し。(おそらく、「〜からの・・・」で良いとは思うが・・・。)
 ※原文: ''【Atthi】, bhikkhave, ajAtaM abhUtaM akataM asaNkhataM.
        No cetaM, bhikkhave, abhavissa ajAtaM abhUtaM akataM asaNkhataM,
        nayidha jAtassa bhUtassa katassa saNkhatassa 【nissaraNaM paJJAyetha】.
        yasmA ca kho, bhikkhave, atthi ajAtaM abhUtaM akataM asaNkhataM,
        tasmA jAtassa bhUtassa katassa saNkhatassa 【nissaraNaM paJJAyati】'' iti.
 ※ どちらも“【”“】”は引用者が挿入。
806ken:2009/08/24(月) 16:15:58 ID:o1kQJcto
>801 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:07:50 ID:hGak3Mam
>>798 
なるほど。仏教はこの地球上から、一人も人間がいなくなることが
理想なわけか?
そしてよくわからんが「涅槃」というような、ところに皆、行ってる
わけかい?

わたしは信仰者ではないが、
釈迦の思想を探求すると、そうなるわね。
娑婆=苦の世界→→苦からの解放=漏尽解脱=涅槃
8073/6 旧7:2009/08/24(月) 16:16:48 ID:kpUalCW6
8.4 (因縁略)。
 『「執着があれば動揺があり、執着がなければ動揺はない。
 動揺がなければ安らぎがあり、安らぎがあれば、渇愛はない。
 渇愛がなければ(あの世、この世の)往来はない。往来がなければ死、生はない。
 死、生がなければこの世、あの世の両世に生まれることはない。
 これこそ苦の終わり(涅槃)である。」と。』

 ※( )は引用訳文ママ。 ここでの「これ(涅槃)」は原文では代名詞etad。
 ※原文: ''nissitassa calitaM, anissitassa calitaM natthi.
        calite asati passaddhi, passaddhiyA sati nati na hoti.
        natiyA asati Agatigati na hoti. AgatigatiyA asati cutu-upapAto na hoti.
        cutu-upapAte asati nevidha na huraM na ubhayamantarena.
        esevanto dukkhassa''iti.
──────────────────────────────
以上及び、片山さんが講義や著作に於いて涅槃の説明の際、
如是語43節(2-2-6)や上記ウダーナ8-3を引用したりすることからすれば、
少なくとも『(現代)ビルマ仏教は、ウダーナ8.1-4を表題通り「涅槃について説かれたもの」としている』とは言えるだろう。
ちなみに如是語の該当箇所。(ウダーナ8.3と全く同じですね。)
''atthi, bhikkhave , ajAtaM abhUtaM akataM asaNkhataM.
no cetaM, bhikkhave, abhavissa ajAtaM abhUtaM akataM asaNkhataM,
nayidha jAtassa bhUtassa katassa saNkhatassa nissaraNaM paJJAyetha.
yasmA ca kho, bhikkhave, atthi ajAtaM abhUtaM akataM asaNkhataM,
tasmA jAtassa bhUtassa katassa saNkhatassa nissaraNaM paJJAyatI''ti.


今後も、しばしば引用されるなら、参考までに全体像を提示しておく。
どう料理するかは御自由に・・・w

ノシ
808神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:21:24 ID:hGak3Mam
それでは、全ての人間が天国において永住するのを理想とする
キリスト教となんら、変わりが無いな。
天国が涅槃と言い換えられているだけだ。

809ken:2009/08/24(月) 16:25:24 ID:o1kQJcto
>803 :神も仏も名無しさん
旧約聖書は、イエスのようなアホなことは言っていない。
生命が宿る神殿としての肉体を忘却した「倒錯した精神性故の狂気」の一例である。

そうそう、旧約の狂気ですね。

ー旧約聖書において神が殺人と略奪を命令するもっとも典型的な例ー
あなたの神、主が、あなたの行って取る地にあなたを導き入れ、多くの国々の民、
ヘテびと、ギルガびと、アモリびと、カナンびと、ペリジびと、ヒビびと、
およびエブスびと、すなわちあなたよりも数多く、また力のある七つの民を、
あなたの前から追い払われる時、すなわちあなたの神、主が彼らをあなたに渡して、
これを撃たせられる時は、あなたは彼らを全く滅ぼさなければならない。
彼らと何の契約もしてはならない。彼らに何のあわれみも示してはならない。
(申命記7章1〜2節)
810閻魔大王 :2009/08/24(月) 16:26:43 ID:ssRd+nzB
 
  老婆心 賊の為に梯(かけはし)を過して、
  清浄の沙門に女妻を与う。
  今夜美人、若(も)し我を約せば、
  枯楊 春老いて、更に稗(新芽)を生ぜしめん。

おめーたちのアフォ議論を見ていると、

満月の晩にカンラカンラと高笑いしている一休の音声が

    天上の音楽に聴こえるわw
811神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:29:05 ID:HRKC0wdj
>>806
小乗仏教とは、「自分が」涅槃に入るための欲望と煩悩にまみれた
利己主義者の営みか。社会にはくその役にも立たん、オナニー集団
に過ぎない。恥ずかしくはないのかね。

「他者」「慈悲」「利他」は、どこへ行ったのか。

小乗学者が自ら宗教に嵌ったのでは、「客観的な判断」などできる訳が
ない。彼らは「学者」とは言えない。教壇の上から布教しているだけ。
一例として、東大の宗教学科の初代主任教授は、日蓮宗の熱心な信者
である。中村、水野なども、例外ではない。
812ken:2009/08/24(月) 16:31:44 ID:o1kQJcto
>808 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:21:24 ID:hGak3Mam
それでは、全ての人間が天国において永住するのを理想とする
キリスト教となんら、変わりが無いな。
天国が涅槃と言い換えられているだけだ。

チョイ、違うかな?
酒も旨けりゃ、ネーチャンも奇麗な天国と、
漏の尽きた非無非有非住の涅槃との比較はむずかしいですね。
なんたって天の世界は六道のひとつで輪廻は終わらないでっス。
8134/6 旧7:2009/08/24(月) 16:33:25 ID:kpUalCW6
補1: 「南方仏教基本聖典」ウダーナ8.1-4 前説。

 「第一涅槃に関する経」は、世尊が比丘たちを不死の涅槃へ導くために、彼らに対し、
《それぞれの性質に応じて教説されたものである「聖なる道」》によって涅槃に到達すべきである、
これは難しくてできないことだといって修行を途中で止めてはいけない、
つづけて頑張れば完全な幸せを得るだろうなどと種々の表現で励ましの言葉を示されている。
涅槃の偉大さを示し、それが第一義的な存在であることを明らかにしたのがこの感興(ウダーナ)の経である。
 「第二涅槃に関する経」は、見ることの難しい涅槃の本質を【四聖諦によって見得る】ことを説かれたものである。
 「第一涅槃に関する経」が説かれるに当っては、次のような話がある。
世尊は種々の理由によって輪廻の危険を示し、涅槃に関する法話を説かれた。すると比丘たちは、こう考えた。
「世尊はこの輪廻が無明などの縁によって作られるものである、涅槃は縁によって作られるものではないと説かれた。
【とすると涅槃は無縁である。一体どのようにして第一義的に得られるのだろうか】。」と。
そこで世尊は説かれた。「この世において、或る人々は
“涅槃というものはただの言葉だけだ。第一義的に得られるものではない”と理解しているが、これは誤解である。
涅槃というものは第一義的に得られるものである。」と。
 「第四涅槃に関する経」が説かれるに当っては次のような話がある。
世尊は種々の表現で涅槃に関する法話を説かれた。すると比丘たちは、こう考えた。
「世尊によって涅槃の偉大さは示されたが、それに到達するための方法はまだ説かれていない。
どのようにしてわれわれ修行者は涅槃に到達することができるだろうか」と。
そこで世尊は説かれた。「【すべてのものにこだわることがなく】、身心に安らぎのある修行者は
【聖なる道をもって】残らず【渇愛を捨断し】、涅槃に到達することができる。」と、
このようにして感興をもって唱えられたのが本経である。
8145/6 旧7:2009/08/24(月) 16:36:01 ID:kpUalCW6
補2: 「パーリ仏典入門(片山一良)」p119-120。

つぎに「涅槃」(nibbAna)について見よう。語義は「消滅」「寂滅」である。般涅槃が一般に入滅をさすのに対して、
涅槃は一般に煩悩の消滅、寂滅の境地をさす。その内容をことばにすることは難しいが、
小部『自説』の「涅槃に関する経」と【その註釈によって】、全体の主旨を紹介しておきたい。
すなわち、

  涅槃は勝義として存在する。
 それは依拠のないもの、生起のないもの、所縁のないものであり、苦の終りである。
 不屈の涅槃は甚深、寂静ゆえに、観察智なくして見難い。 聖道の慧により、
 四聖諦を如実に知る者に屈なる渇愛は洞察され、見る者に障碍の煩悩苦も輪転苦も存在しない。
  このように涅槃は四諦によって得られる。すなわち、
 【依止があれば動揺があり、依止がなければ動揺がない。
  動揺がなければ軽快があり、軽快があれば屈従はない。
  屈従がなければ来と去はない。来と去がなければ死没と再生はない。
  死没と再生がなければ、この世にも、あの世にも、両間にも、我執はない。
  これが苦の終りである。】
  このように依止がなく、観を修し、聖道によって渇愛を捨断し、涅槃が得られる、

と。涅槃はこのように説明されるが、その境地は自己を知り、自己から自由な者のみが知るものである。
仏、漏尽者のみの知るところ、唯仏与仏の境界である。ことばは有益であるが、限界を持つ。
真実を知らせることは難しい。たとえば、大乗仏典の『大般涅槃経』にあるつぎのような説時からも明らかである。
云々。以下略。
815神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:38:36 ID:HRKC0wdj
釈迦の「涅槃オナニー」は、醜悪・不浄そのもの。考慮に値しない。
8166/6 旧7:2009/08/24(月) 16:39:19 ID:kpUalCW6
例によって、多くの“【”“】”は引用者が挿入。

>>805
≪ 四諦(の観察) ≫の挿入(及び前説での解説)は、>>814に於ける註の解釈を加味した補足ということだろう。
≪ サンカタへの“(五蘊)” ≫の挿入は、
「パーリ仏教において、サンカーラが何を意味しているか」からすれば、訳出に際し、あり得る補足だろう。
 (或いは、その部分の註には、はっきり「五蘊のこと」と書かれているのかもしれない・・。)


>>814の註釈内の訳文は、そのままウダーナ8.4の訳となろう。


「南方仏教基本聖典」の方が、幾分恣意的訳であり、片山訳は、より逐語的とは言い得るだろう。
また前者は、基本の執筆がビルマの長老によるものなので、
(校正が入るにしろ)日本語表現としてベストとは言えないのだろうとも思う。

だが、両者ともビルマ第六結集版に拠り、註釈を尊重し、解釈し、解説している姿勢が示すのは、
「伝統(仏教)とは何か」ということであり、同時に「伝統(正統)であるという自負、いや自信」を感じさせる・・・。

ま、いつも通りの棚上げ発言だが・・・w


部屋の掃除や整理をしようかと思ってたんだが、また余計なことをしてしまった。疲れた・・・。

ノシ
817ken:2009/08/24(月) 16:41:43 ID:o1kQJcto
>811 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:29:05 ID:HRKC0wdj
>>806
小乗仏教とは、「自分が」涅槃に入るための欲望と煩悩にまみれた
利己主義者の営みか。社会にはくその役にも立たん、オナニー集団
に過ぎない。恥ずかしくはないのかね。
「他者」「慈悲」「利他」は、どこへ行ったのか。

だから〜、釈迦の思想を探求すると、なのよ。
大乗さんはムハンマド教と合体しなさいね、歴史上の釈迦は
”社会に貢献する宗教”などとの看板は立てていないんだけどね。
それなら、旧約聖書の狂気ぶりに驚愕しなさい。
考古学や文献学の発展研鑽で、大乗非仏説など今や常識でしょう。
818神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 16:56:12 ID:HRKC0wdj
>>817
ムハンマド教は、キリスト教の影響を大きく受け、その「焼き直し」
に過ぎない。だから、いずれも、人を殺しまくる。「相互依存性・関係性」
に思い至らなかったからだ。

旧約は、民族の生存のための「骨太の行為規範」。新約のような「甘ったれた
精神規範」ではない。キリスト教は、イエスの狂気によって、旧約を換
骨奪胎したもの。旧約の残虐な場面も、少なくとも反面教師として役立ちうる。
キリスト教は、反面教師にもならない。

日本は大乗仏教の国。今時、大乗非佛説や東南アジアの佛教など持ち出したら、
日本からたたき出されるだけ。外国の方々は、どうぞ本国へお戻りください。
819ken:2009/08/24(月) 17:07:21 ID:o1kQJcto
>818 旧約の残虐な場面も、少なくとも反面教師として役立ちうる。

す、凄いすね〜 略奪強奪を堂々と標榜する、それでいて「他者」
「慈悲」「利他」という矛盾、あなたって支離滅裂で愉快だな〜。

>日本は大乗仏教の国。今時、大乗非佛説や東南アジアの佛教など持ち出したら、
日本からたたき出されるだけ。外国の方々は、どうぞ本国へお戻りください。

これって以前、スレ主旨も把握しないで出て行けと言ったアワテ者さんか?
いまどき、パーリ三蔵などをネットで検索し、ヒットするHPの多くが、
伝統仏教HPで南伝上座部をも引用しているんだけど、ご存じない?
820神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 17:13:15 ID:HRKC0wdj
>>817
>考古学や文献学の発展研鑽で、大乗非仏説など今や常識でしょう。

釈迦や小乗に嵌った学者が言ったからどうだっていうのか。その「開祖
盲信」「仏典盲信」が、原始仏教がカルトである所以だよ。だから、キ
リスト教、神智学、真光などの超カルトが群がってくる。釈迦が「涅槃
オナニー」であれば、無明、不浄、煩悩、エゴそのもの。聊かの考慮に
も、尊敬にも値しないではないか。むしろ、軽蔑と嫌悪の対象に過ぎない。
821ken:2009/08/24(月) 17:25:43 ID:o1kQJcto
>820 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 17:13:15 ID:HRKC0wdj
>>817>考古学や文献学の発展研鑽で、大乗非仏説など今や常識でしょう。

>釈迦や小乗に嵌った学者が言ったからどうだっていうのか。

すんごいすね〜、英国の学者もそうなのね。

>その「開祖盲信」「仏典盲信」が、原始仏教がカルトである所以だよ。

仏教の基点を釈迦に置かず、大乗の宗祖に置くのはカルトじゃないの?
日本の怪しい新興宗教の源は大乗経典、特に法華経が多いんじゃないの〜?
空中説法する釈迦や、地面から湧き出る菩薩を拝んでるわけね。
822神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 17:29:39 ID:n+GaCClj
強淫
823神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 17:42:35 ID:HRKC0wdj
>>821
大乗仏教は、小乗の「欠陥」を改善するために生まれたもの。まさに、自灯明
の教えに従ったのである。

「欠陥製品」に、いつまでもしがみつく理由はない。
824閻魔大王 :2009/08/24(月) 17:51:46 ID:ssRd+nzB
>>804>>805
ウダーナ特に8:1&8:3について注意すべきは、
当該ウダーナの文言は感興の詩とあるように、
涅槃の体験・境地に深く根ざした悟りの文学的詩的イメージ表現なのだから、
哲学的認識や分析知とは当然別カテゴリーだということに注意する必要がある。
しばしば神や悪魔が登場するのとおなじだ。
恋する女が「心が燃えている」といっても火事だというアフォはいないのとおなじ表現なのだ。
825神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 17:51:49 ID:HRKC0wdj
>>819
>伝統仏教HPで南伝上座部をも引用しているんだけど、ご存じない?

ちゃんと自分の頭で「選択」して引用している。「開祖盲信」とは程遠い。
826ken:2009/08/24(月) 17:57:47 ID:o1kQJcto
>823 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 17:42:35 ID:HRKC0wdj
>>821
大乗仏教は、小乗の「欠陥」を改善するために生まれたもの。まさに、自灯明
の教えに従ったのである。

私は無信仰だが、自灯明の正しい意味も知らないとは、
やはり、正直捨方便で釈迦否定する他力本願の法華行者さんか?

>「欠陥製品」に、いつまでもしがみつく理由はない。

釈迦の教説を体系付けたのが、一切有部や部派仏教の論師達で、
一応あなたも学んだのでしょう?
知的財産を尊ばぬ中国と同じで、チャッカリ上澄みだけコピーして
それが改善だと自惚れるのが大乗の信仰ですか?
真理はいつの世にも通用してこその真理で、改善されねばならぬ仏教なら、
親亀こけたら、あなたの子亀もこけることになる。自語相違だね。
827ken:2009/08/24(月) 18:05:07 ID:o1kQJcto
>825 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 17:51:49 ID:HRKC0wdj
>>819 >伝統仏教HPで南伝上座部をも引用しているんだけど、ご存じない?

>ちゃんと自分の頭で「選択」して引用している。「開祖盲信」とは程遠い。

嘘はすぐバレルのだよ。例示引用したらそれについて以前にあなたは、
「開祖盲信」と言い放ったのだ。
はったりブラフが、あなたの信仰心か。あなたのオツムがアートマンか。
828 ◆E4bNl5MIvU :2009/08/24(月) 18:10:16 ID:6wMDxPNM
>>824
妄想大王は、ウィトゲンシュタインのウンコの壺にこもり、
ウンコの匂いを嗅ぎながら空を観じ、
ウダーナが真理であることをじっくりと学びなさい。
829一在家:2009/08/24(月) 18:44:31 ID:QDgk3t48
>>821
>仏教の基点を釈迦に置かず、大乗の宗祖に置くのはカルトじゃないの?

「仏教」でなく「仏哲」かも知れませんね。

「仏哲の開祖さん、手を挙げて!」、「また、あなたですか。」


830神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 18:55:35 ID:84wmZsot
>>820
>釈迦や小乗に嵌った学者が言ったからどうだっていうのか

あれ?

>大乗仏教は、小乗の「欠陥」を改善するために生まれたもの

大乗が二次創作ってこと認めてるよね?
「大乗非仏説」という単語が何を意味するのかもう一度確認してみては?

>まさに、自灯明の教えに従ったのである。

ttp://houjugusya.web.fc2.com/loop1.htm
831神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 19:13:11 ID:84wmZsot
>>821
>すんごいすね〜、英国の学者もそうなのね。

内容ではなく、誰が語ったかのみを見るところが隠居の本質を示しているね。
彼にとって重要なのは中身ではなくどの陣営が言っているかという一点に尽きる。
「反面教師」という名のご都合主義はまさにその表れ。
これからはイエスがのたまう奇麗事を反面教師にしようw

>日本の怪しい新興宗教の源は大乗経典、特に法華経が多いんじゃないの〜?
>空中説法する釈迦や、地面から湧き出る菩薩を拝んでるわけね。

そういう気に入らない部分を無視して気に入った部分だけ
抜き取って持ち上げればいいのなら別にパーリ仏教でやってもいいよねー。
832神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 19:34:02 ID:84wmZsot
>>811
>小乗仏教とは、「自分が」涅槃に入るための欲望と煩悩にまみれた
>利己主義者の営みか。

他人に対してできることは説法ぐらいだよね。あと門戸を開くことか。
これ以上何ができると思うわけ?
とりあえず「涅槃入り人数」を増やせばいいのかい?
浄土で精進して悟ればということで簡単に入れる場所として設置したり
名号だのお経のタイトルを唱えればいいってことにするの?
確かに人数は増やせるだろうけど、何か意味あんの?
これで「慈悲」とか「利他」になるわけ?
大乗仏教の内容が釈迦の説で、パーリ仏典の内容が大乗ポジションだったら
隠居は間違いなく「偽善」と呼んでる気がするんだけど。
>>818
>日本からたたき出されるだけ。

日本の大乗仏教徒をコケにしすぎ。自分側につけたいからって
相手を自分のレベルにまで落とすことはないだろう。
833神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 19:45:56 ID:nptrES/x
>>832
誤淫嘘みたいな説の仏教は一部の文献学者だけが唱える説で
仏教とはほど遠い、ただの常識だから。

しかし、なんで誤淫嘘をスル〜しないのかね(誤淫嘘風語尾)w
834神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 19:54:57 ID:HRKC0wdj
とやかく言っても、原始仏教が「開祖盲信のカルト」であることは明らか。

大乗佛教の国日本で、このスレには、なぜ小乗が群がるのか不可思議。

日本で小乗やっている仏門は、殆どオウムだけだのはずだが、皆さんは、オウム
の方なのか?
835神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 19:59:34 ID:FQvnWYVs
>>833
最近ではろくに反論もしてくれない。相手にする意味がさらに失せたね。
836旧7:2009/08/24(月) 20:00:31 ID:kpUalCW6
837神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 20:35:39 ID:nptrES/x
>>835
進歩がないからね。半年やって、セコイ根拠はみんな潰されたし、
いまじゃ、ほとんどシュプレキコールか、選挙カーのお願いします連呼みたいだw
838ken:2009/08/24(月) 20:40:26 ID:bxA4sdFe
>834 :神も仏も名無しさん:2009/08/24(月) 19:54:57 ID:HRKC0wdj
とやかく言っても、原始仏教が「開祖盲信のカルト」であることは明らか。
大乗佛教の国日本で、このスレには、なぜ小乗が群がるのか不可思議。
日本で小乗やっている仏門は、殆どオウムだけだのはずだが、皆さんは、オウム
の方なのか?


はあ〜、かの有迷なゴインキョさんなのですか、な〜るほどだから、麻原のポアも
タントラ・ヴァジラヤーナも 金剛"大乗"に属することも知らない無知ぶりを
思い切り発揮しているのですね。

>831さん>833さん、ご指導賜り ありがとうございます。
839神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 00:27:29 ID:KzXPa0X2
>>838
開祖・教祖盲信という点では、全く同じ。
840:2009/08/25(火) 00:47:41 ID:Ss4mIivV
伝統的保守的仏教と大乗仏教との対立を現代にまで引きずるのは今も昔も何ら変わらん構図だね。

大乗の興起を考えれば判るように、紀元100年前後、保守的仏教が圧倒的に優勢な立場(社会勢力を持つ)になる。
国王、富豪より政治、経済的援助を受け、広大な荘園を所有するようになって、社会的基盤の上に存立したわけ。
そんな浮世離れし、独善化してしまった保守的仏教諸派に対して、民衆から盛り上がった宗教運動が大乗仏教だ。

現代においても、宗教は国家に迎合しないことには国民の理解を得ることはできない。まあ、ここにいるカルト
諸兄を見てもお分かりだろうが、この2chという狭い範囲ですら理解してもらえない。

宗教は少なからずとも必ず「あの世観」を説く。それを説くために国家に迎合しないことにはカルトという
有り難くない貶称をいただくことになる。即ち、この社会に承認されなければ犯罪者、またはその予備軍と
見なされるわけである。

要するに、宗教と名の付くすべてにはカルト(承認を得なければ)になる要素、素地はあるわけだ。たとえ
我々の宗教だけは違うだとか、神様、アラー、キリスト、仏陀なんていくら喚こうが、その時代時代を成立させて
いる国家というものの承認が無いと、怪しい団体、危険な集団としてしか認識されないのが現状だわな。

天台宗が貴族化した時代においても、山を下りた日蓮、親鸞に対して行った仕打ちを見てもそれは明らかだよ。
841神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 00:49:45 ID:xD58cI3L
ところでまとめwikiって管理人さん一人で編纂してるのかな?
ログインユーザーが他にいるんだろうか。
842神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 01:00:59 ID:xD58cI3L
なぜ原点回帰じゃなくて捏造上等という方向に行ってしまったのか。
案外ユダヤ教の範疇と言われたイエスに続くキリスト教のように
最初は伝統的保守的仏教の枠内で問い直すものだったのが
時代を経て既存宗派との違いを強調するようになった結果
釈迦の舌が伸びまくったり地面から菩薩が沸いてくるようになったのかも。
843神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 01:19:41 ID:FVOg5OSe
開祖盲信という点で改良されていないというお墨付きも戴いたことだし
わざわざ表示偽装の「新製品」に飛び付く必要は無いという結論が出たな。
844神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 01:28:03 ID:KzXPa0X2
古今東西を問わず、宗教は常に人間同士の争いの原因となる。特に、一神教
の惨状は、眼を覆うばかり。数千年にわたる殺し合いの歴史。現在でも、ほと
んど毎週のように「神の名で」殺戮が行われている。宗教以外の分野では、人
間の生命の維持のために、懸命な努力が行われているというのに、だ。

この宗教の「病理」の分析・解明・除去こそ、現代人の後世に対する最大の責務で
あろう。能天気に、宗教肯定をやっている場合ではあるまい。

佛教だけは違う、と思っていたのに、このスレでも明らかなように、一神教的
要素が、原始仏教の開祖盲信、経典盲信を通じて、次第に浸透してきている。
キリスト教の「人間にあらざる超越的存在」や、「具象を離れた精神性」の影響
が大きいと判断する。

日本の戦国時代も、キリシタンの日本進出と時期を同じくする。明治維新の流血
も、キリスト教の影響がある。

宗教の病理を指摘してやまない次第である。
845神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 01:46:28 ID:KzXPa0X2
>>843
そのような、根拠の無い、あくなき「自己正当化」こそ、宗教の最大の
病理であることを、自覚すべきである。

表示偽造などというが、その表示に、一体如何なる意味と価値があるのかね。
佛教も、バラモン・ヒンドゥーの「表示偽造」に過ぎないではないか。

その洗脳ゆえに、開祖と経典をひたすら執着することを「原理主義」と
呼び、宗教の最大の病理である。ミーハーの「ブランド信仰」と何らの
相違もない。そこには、人間の営みとしての進歩や改善は皆無である。

君は、このジャンボジェットの時代に、ライト兄弟の飛行機に乗りたい
のかね。危険性の程度は、桁違いである。
846旧7:2009/08/25(火) 01:53:59 ID:eZuVxcus
>>845
>君は、このジャンボジェットの時代に、ライト兄弟の飛行機に乗りたいのかね。

仏教の本質を、その喩えに便乗して言うならば、
≪「揚力」への「気付き」及び「理解」と「発生のさせ方」≫ に該当するだろうよw

ジャンボジェットだとかライト兄弟の飛行機とか、そういう側面の話じゃないんだよ。

解らないかもしれないけど・・・。


おやすみw ノシ
847神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 02:02:59 ID:Hi5bgMUr
>>845
そのような、根拠の無い、あくなき「自己正当化」こそ、宗教の最大の
病理であることを、ご隠居自身が自覚すべきである。

大乗仏教も、仏教の「表示偽造」にすぎないではないか。
竜樹と中論にひたすら執着することを「原理主義」と呼び、
宗教最大の病理である。

竜樹の中論はコンピューターもなかった大昔の哲学。
その時代には最新だったかもしれないが、科学の発達した現代においては
既に過去の遺物である。
竜樹以降、一体どれだけ哲学が進化したというのか。皆無である。

科学は正に日進月歩であり、今なお進化しつづけている。

君は、このジャンボジェットの時代に、竜樹などというライト兄弟の
飛行機に乗りたいのかね。危険性の程度は、桁違いである。
848旧7:2009/08/25(火) 02:07:08 ID:eZuVxcus
>>847
|
|゚) (座布団一枚)
|


|
|彡サッ
|
849:2009/08/25(火) 02:59:34 ID:Ss4mIivV
やれ大乗もとか、やれ伝統的保守的仏教がとか、こういうやり取りにはヘドが出るな。
宗教は神秘を説く(あの世の論理、神話的要素)時点で同類なんだよ。やれ過去の
遺物などと喚いてみても、歴史的史実として、このような営みが過去にあり、その記憶
が現代まで伝達された結果、こういったお話も出来ると考えなきゃ話にならんつうか
、「馬鹿つった奴が馬鹿だ」みたいな稚拙極まりないやり取りに見えてしまう。
このような相互に相依って起こる諸事象が生滅変還する様、悩み争う様を我々凡夫から見た
場合が生死往来、輪廻であり、だがその本来の姿は「涅槃」と何ら差別がないというが
成る程なと思うよ。
850神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 07:28:20 ID:FVOg5OSe
根拠も何も自分でそう言ったんじゃないかw
教えとして説いてる不妄語戒を経典捏造で破ってる
のがどうでもいい、ってのは隠居らしくて微笑ましいが。
涅槃人数を水増しすればジャンボに変身ねぇ・・・。
一応喩えてはいるが対応していることを
自分で示せて無いっていう。
ホントに毎度スカスカだね。
851神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 07:50:23 ID:FVOg5OSe
バラモン・ヒンドゥーの表示偽装、ということは
仏教はバラモン・ヒンドゥーだと
自己を位置付けてるのか。初めて見たな。
案外アートマンとか説いてるのかもしれないな。
852神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 08:08:28 ID:0hWDEiHF
インド仏教は密教化しヒンドゥー教と習合してしまったので
亡んだということは歴史的事実だね。
仏教とほとんど同時にでき、仏教とほとんどおなじ教義の
ジャイナ教は現在でもインドで一定の信者を得ているのと
おおちがいだね。
インド部派仏教や大乗は法の解釈の違いや戒律の違いで部派
に分かれていただけで中国・日本仏教のような祖師の違いに
よる宗派では無かった。
中国・日本仏教のように師を立てるのはゴータマ・ブッダの
「法を師とせよ」という遺言に反している。
853宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/25(火) 09:03:47 ID:iCd7Efne
>>778
>宝珠愚者さんが仏陀の教説を不可知論だと勘違いしているだけで、

私は、ゴータマが不可知論者だとはいっていません。
あなた方の理解する仏教とやらが不可知論的なものになっているといっているのです。
でなければ詭弁か・・ただの言葉遊びです。中身がないから意味がない。
つまりは無価値です(価値がない)。

 『不可知論(ふかちろん、英:agnosticism)は、形而上の存在、死後の世界、神の存在、神のお告げなど、
神学に関する命題の真偽、また客観的本質的な実存は本質的に認識することが不可能である、とする宗
教的、あるいは哲学的な立場をいう。』(Wiki)


>>804-805>>807>>813-814>>816
ご親切に大変-感謝!!


>>787
>カラス氏がどうかはわかりませんが、
>宝珠愚者氏は、二元論的な「思考形式」をとっています。

この現象世界には二元対立があるので、我々には相成れない二元性として認知されるのです。
しかし絶対の境地においては不二であり、分けられていない一元(勝義)なのです。
この双方の意味、共に把握するのが正しい理解です。
854神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 09:32:33 ID:D0G9tT//
>>852
>インド仏教は密教化しヒンドゥー教と習合してしまったので
>亡んだということは歴史的事実だね。
>仏教とほとんど同時にでき、仏教とほとんどおなじ教義の
>ジャイナ教は現在でもインドで一定の信者を得ているのと
>おおちがいだね。

これは多分、密教嫌いの人たちがなんでも密教を悪く言いたかったので、
唱えた説だろう。

なぜなら、ジャイナ教も密教化しているのに滅んでいないからだ。
また、テーラワーダなど部派仏教の厳密な伝統すら残っていないからだ。
インド仏教が滅んだのは、イスラムによるものと思われる。
イスラムは仏教寺院だけを徹底的に破壊した。
ジャイナやヒンドゥーなどには寛容だった。
この理由は、まだ明かされていない謎である。

855宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/08/25(火) 09:51:38 ID:iCd7Efne
インド仏教の壊滅は無我論が根本原因です。
自我が完全に消滅するかのようなアホな教説を広めるから、愛想を突かされて、
インドの民衆に見放されたのです。つまり自滅。
最後にイスラムによる寺院破壊でトドメを刺された。

真実の自己を求めよ、という素晴らしい宗教性が、
無意味で無価値な次元に変色されてしまった・・。
856神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 10:02:41 ID:gV8LaY7b
857神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 10:14:37 ID:k0rtiLCm
>>855
>真実の自己を求めよ

「真実の自己」とは何か?「真実でない自己」とは何か?その両者を
区別する基準は何か?その両者を判断するのは、いずれの「自己」か?

自己で自己を判断するのは不可能。君の自己を「客観的に」判断できる
のは、他者だけである。

そのような区別は、どこまで行っても、君の自己満足による主観的判断
に過ぎず、他人の知ったことではない。人前で口にするものではない。
大人として、恥ずかしくはないのか。
858神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 10:31:08 ID:k0rtiLCm
>>855
>インド仏教の壊滅は無我論が根本原因です。

君は、インド仏教徒を大虐殺した忌むべきイスラム教徒に組するのか。

アーベントカルのインド仏教復興については、どれほど調べたのか。
859閻魔大王:2009/08/25(火) 10:31:36 ID:0aJtooWc
だめだ、こりゃー!
>>853>>855 うんこ蠅の宝珠愚者 ◆9XuF3XEACkさん江(→>>684

>中身がないから意味がない.つまりは無価値です(価値がない)。
達磨 廓然無聖
不識
価値とやらがなかったら満足できんのかい。
仏教は価値という観念を否定する。
宝珠愚者はまだ価値の観念に呪縛(束縛)されている。まったくの未達といわざるをえない。
ほんと(世俗諦的)俗物思考そのものだな。

>絶対の境地においては不二であり、分けられていない一元(勝義)なのです。
「絶対」は絶対ではない。やっぱり、宝珠愚者はうんこ蠅だ。(→>>684
>>713 『結局、我々は「生じないもの」VS「生じるもの」という二項概念対立、二元論VS一元論対立、を超越し
不一不二=中道という非言語論理的メタコードにて掴まなければならない(直覚)のだ。』

 
860閻魔大王:2009/08/25(火) 10:33:21 ID:0aJtooWc
>>855 うんこ蠅の宝珠愚者 ◆9XuF3XEACkさん江
>インド仏教の壊滅は無我論が根本原因です。
まさにご都合主義的歪曲解釈丸出しだな。

イスラム→ヒンドゥの「武力・暴力」のまえに仏教が弾圧された。
このことは、なんらの仏教の恥ではない。むしろ誇るべきことだ。
不殺生戒。
『神』なら血で血をぬぐう戦争になっていただろう。
それは歴史が証明している。 
861神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 10:35:46 ID:D0G9tT//
>>855
>インド仏教の壊滅は無我論が根本原因です。
>自我が完全に消滅するかのようなアホな教説を広めるから、愛想を突かされて、
>インドの民衆に見放されたのです。つまり自滅。
>最後にイスラムによる寺院破壊でトドメを刺された。

見事に縁起してますな。同様の対象・知覚を異なって見える。
平川先生もそういっている。だから、ジャイナは存続できたと。
密教は関係ないことは揺るぎない。
だけど、真相はアホなのは無理解な民衆ということになりますね。

>真実の自己を求めよ、という素晴らしい宗教性が、
>無意味で無価値な次元に変色されてしまった・・。

「真実の自己を求めよ」とか真の本質を求めるのは、ほとんどどこでも見られる凡庸な思想・宗教運動であって、
 そんな自己も本質もない、ただ縁起・空だけであるとしたところに仏教の偉大さがある。
 これによって存在論も認識論も矛盾なく、そして無我・空を悟ることで輪廻から解脱できる。
 無我・空を悟らず、「真実の自己を求めよ」とか「真の本質を求め」
どれほど三昧が深まろうとも、なんらかの自己、本質、アートマンを掴んで放さない内は、輪廻を経巡るしかないというのは『梵網経』に明らかに説かれている。

 それを何度指摘されても納得しないんだから、まあ、議論というのはこんなもんだろ。大抵、不当前提、論点先取で行われるものなのだから。
 話し合うのは振りだけ、結論は先に出ているのである。
862カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 10:46:22 ID:l15tY+df
>>788
智慧後れがキャンキャンうるせぇんだよ。
おまえゴータマのオリジナルである原始仏教は、本当に涅槃に至れるのは
出家者だけで、在家は無理だったと思ってるわけ?(大爆笑)
目洗って、よく読め。ホレ
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3138/book_review_miyamoto4.html
もともとよ、ゴータマの仏教には、小乗も大乗も糞もねぇんだよ。
しかしこいつら、宗教を学問しているアホ人間の宗教学者の便所紙ほどの値打ちも無い
しょうもない能書きと、自分の所属する似非仏教である末法仏教の能書きは
知っていても、本当の仏教である、ゴータマオリジナルの教えは全く知らないんだな。
自称仏教徒である末法仏教徒のこいつらより、キリスト教徒の俺のほうがよく理解している
ところが、笑えるだろ。おまえらは仏教を知らないようだから、
俺が教えてやろうってんだよ(苦笑)

863神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 10:47:25 ID:D0G9tT//
>>860
>イスラム→ヒンドゥの「武力・暴力」のまえに仏教が弾圧された。
>このことは、なんらの仏教の恥ではない。むしろ誇るべきことだ。
>不殺生戒。
>『神』なら血で血をぬぐう戦争になっていただろう。
>それは歴史が証明している。 

そうなんだ。イスラムに対しても、近くは中共に対しても
基本的に非暴力を貫いた所は、どれほど究極の選択だったか、
深く受け止め深く尊重すべき点なのです。

中共に酷い拷問を受けても返って彼らに慈悲を注いだ聖者は多かった
と聞いている。それこそが素晴らしい。仏教そこにありである。

もちろん、個人的には中共やイスラムの暴力は悲しいことだと思うが、
悲惨な暗黒の暴力の中でも雷光のように輝く仏教の現れがそこにある。
そしてその根底には縁起・空・無我・無常があることが分かる。
864カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 10:51:37 ID:l15tY+df
>>791
だからおまえらの中道は本質的には全く意味の無いただの言葉遊びだっつってんだよ。
何度も指摘してあげてるのに未だ理解できないお前は、相当頭悪いよな。
ま、おまえら末法仏教徒は、いつまでも本質的には全く意味の無い、言葉遊びだけの妄想の
世界で遊んでな。
865閻魔大王:2009/08/25(火) 10:56:38 ID:0aJtooWc

まあ、仕方ねーか。
うんこ蠅の宝珠愚者はウィトゲンシュタインの蠅とり壷の下におかれた
うんこ(自己、本質、アートマン、輪廻転生、神、一元論的梵我一如など)に
集って、ガラス壷(言語論理)に頭と身体を必死でぶつけているんだよ。
まさに執着苦だな。

仏教なら、うんこもガラス壷も空なるものだ、執着するな、だよ。


866閻魔大王:2009/08/25(火) 11:01:20 ID:0aJtooWc
>>864
なんだカラス、派遣バイトやめて朝から2ちゃんねるか?

おっと、カラスもうんこ蠅だったなw 忘れてたw



            アパート賃料ちゃんと払えよ!
867神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 11:04:57 ID:D0G9tT//
>>865
>うんこ蠅の宝珠愚者はウィトゲンシュタインの蠅とり壷の下におかれた
>うんこ(自己、本質、アートマン、輪廻転生、神、一元論的梵我一如など)に

そうそう本質、アートマン、唯一神、一元論的梵我一如などが、
体験と推論から構築された妄想だと『梵網経』を始めとする仏教経典で
繰り返し説かれている。

体験からならまだしも、推論から本質、アートマン、唯一神、一元論的梵我一如などを論じるなら、
それこそが言葉遊びに他ならない。
868カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 11:08:12 ID:l15tY+df
>>861
>ただ縁起・空だけであるとしたところに仏教の偉大さがある。

よぉ智慧後れ。涅槃とは相が滅した境地だとゴータマは言ってるんだよ。
相が滅したのなら、縁起=空も糞もねぇよな。智慧後れのおまえには難しすぎるか?
もっともこいつらの空の理解は、縁起=無自性=空と、一想=無想=自性=空と
ごっちゃになってる滅茶苦茶なものだけどな。残念ながら馬鹿につける薬はねぇんだよな。
こいつら末法仏教徒達の頑迷さをみろよ。まさに救いよう無しだ。
賢い人ならとっくに気付いている。原始経典を読む限り、うちらの理解のほうが自然で無理が無く、
無理やり唯物論的に解釈する君らの理解はどうみても曲解で無理があるかを。
君らのような書かれていることを素直に読まず、素直に理解せず、自分達のエゴに見合うように
無理やり曲解することを、仏教用語では、邪見と言うんだよ。
869カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 11:10:10 ID:l15tY+df
>>866
心配しないでも、おまえより稼いでるよ、バ〜カ。
870カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 11:20:12 ID:l15tY+df
>>867
ほう、一元論が妄想だと言う原始仏典の文言があるなら、ここに引用してみろよ。
適当なこと言ってんじゃねぇぞ、智慧後れ。

言っとくが、ゴータマは、涅槃とは想が滅したところだと言っている。
これは何を意味することか、智慧後れのおまえらには難しすぎるんだな。気の毒に。
得意げに仏教とは縁起だと語り、縁起ではじまり、縁起で完結しようとする
君ら智慧後れの末法仏教徒達を観察してると、わらけてしかたがない。
あのよ、想が滅すれば、縁起も糞もねぇんだよ。
871ken:2009/08/25(火) 11:22:07 ID:JQFoeWMj
>>862 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 智慧後れがキャンキャンうるせぇんだよ。

ここの読者諸兄も、このカラスさんの勝手な唄いぶりを見てください。
引用した他人の上澄み論説をすくって理解したつもりのお粗末なレベルです。
引用文が実際の経句を簡略して説明しているそのマンマを信じるトンチキぶりだ。
釈迦の説く四向四果、五下分結五上分結すら理解していない無知な証拠ですが、
きちんと経句を引用して検証すれば、カラスさんが、私をあざ笑ったつもりが、
無知な自分の影を蹴飛ばして、滑って転んだことが分かる。

ーブッダ最後の旅『大パリニッバーナ経/涅槃経』中村元 抜粋ー
 アーナンダよ。在俗信者のカクダは、ひとを下界に結びつける五つの束縛を滅ぼしつくしたので、
 おのずから善き世界に化生した。この在俗信者はその”天界”から直接さとりの世界に入り、
 再びこの世に戻ることはない。同じように、アーナンダよ。カーリンガ、ニカタ、カティッサバ、
 トゥッタ、サントゥッタ、バッダ、スバッダなどの在俗信者も、ひとを下界に結びつける五つの
 束縛を滅ぼしつくしたので、おのずから善き世界に化生した。
 これらの在俗信者たちはその”天界”から直接さとりの世界に入り、再びこの世に戻ることはない。

経句では、在俗信者たちの状況を「おのずから善き世界に化生した。この在俗信者は
その天界から直接さとりの世界に入り、再びこの世に戻ることはない。」と表し、
在家者は直接に不還となるのではなく、六道の天界へ化生し、その身分から涅槃界へ入ると
説明されているように、在家者がそのまま涅槃を得るなんていう仏説はありません。
釈迦はこのように四向四果、四双八輩への条件を厳密に分けて説いている。
たとえば仏陀とは、覚者、阿羅漢、解脱者、を指すが、師なくして解脱した釈迦のみに
仏陀という表現を使って、他の解脱者は阿羅漢などとして明解に区分けしています。
文章とは思い込みや上辺を読むのではなく、基本を知った上で意味を紐解くのですよ。
私を低レベルと貶した石が、無知の壁から跳ね返ってカラスさんオツムに当たった気分は、
いかがなものだ?
あなたの場合、眼を洗う前にオツムの点検をしたらどうだ?
872神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 11:22:30 ID:D0G9tT//
>>868
縁起には生成と消滅の二つがあるんだよ。
生成が苦の生起、消滅が苦の消滅。
生成が世俗諦、虚妄、戯論、輪廻。
消滅が勝義諦、虚妄、戯論が寂滅した境地、即ち、涅槃。

『梵網経』でも『スッタニパータ』でも『ウダーナ』でも
私の見解は矛盾ないが、君の見解は矛盾だらけだろ。

それなら次の『梵網経』をどう解釈するというのか?
http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/16.html

そして次の「四禅比丘」『正法眼蔵』が正に『梵網経』の外道のように三昧の境地をアートマンなどと捉えていた失敗の例だ。
http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/22.html

君には分からんだろうがなw
873神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 11:25:34 ID:D0G9tT//
>>870
まさに『梵網経』だ。
はっきりと一元論的外道は輪廻すると仰っておられる。
上のリンク先に明らかだ。
874神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 11:34:48 ID:D0G9tT//
>>868
>無理やり唯物論的に解釈する君らの理解はどうみても曲解で無理があるかを。

それから、人を非難するのは止めるべきだが、
最低、人が何を言っているのが把握してからやろうね。
唯物論解釈するものは、そんなにいないぞ。

だいたい、縁起を認めるなら唯物論ではありえない。
なにも実体などないからだ。物質も心も、
ただ、縁起して幻のように知覚するだけ。
その知覚を実体・実在だと思うのが妄想で、
そこから解脱した境地が涅槃だ。

想を滅した境地、無想定でも滅尽定でも、
ヨーガスートラ佐保田訳のようなものではないんだよ。

875カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 11:38:40 ID:l15tY+df
>>871
おまえこそよく読めよ。在家も出家者同様、
>ひとを下界(欲界)に結びつける五つの束縛を滅ぼしつくしたのでひとりでに生まれて、
>そこでニルヴァーナに入り、その世界からもはや(この世に)還って来ることが無い。
と書いてんだろうが、吉外。ほれまた始まるぜ。自分達の価値観に合うような
無理やり解釈する曲解が。ちなみにここには、涅槃に入る人は、ひとりでに生まれるとあるだろ。
これは何を意味するか?これはつまり、涅槃に至る者は、縁起によらずと言う意味なんだよ。
ま、智慧後れの君らには難し過ぎる話なんだろ。

ゴータマも、ヴェーダを誤謬しまくっていた当時のバラモンと呼ばれていた人達から猛烈な批判
反論を浴びた。君ら末法仏教徒達は、現代のバラモンだと知れ。
876カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 11:52:49 ID:l15tY+df
>>873
あほかおまえ。ゴータマは一切以外は無いとは言っていない。
一切以外のものは、我々の知識領域を超えていると言ってるんだよ。
また、我々は、我々の我が、死後も残るとも言っていない。また真我も有であるときは
見られるものとせっとであり、縁起によるもので、一方の見方によると、自性は無いとなる。
だが、見方を変えると、彼は単独者であるから、自性とも言える。彼をどちらか一方的に
みて判断すると、それは偏見になる。また真我と呼ばれる彼は、私とあなとという
区別は無いので、我ともいえない。梵網経ともなにも矛盾は無い。
877旧7:2009/08/25(火) 12:14:22 ID:eZuVxcus
>>ALL

ヒント:
・牛飼いダニヤ、悪魔との対話
・出家の生活は負債の無い生活 (下の在家の生活と対の関係)
・在家の生活(日常生活、仕事)を営む上で、(種々の人間関係も含め)一切合財を捨て切ることは不可能
・遊行という形態から精舎での生活・定住・共同生活へ、という歴史的変容
・如来にも生じる煩わしさ(≒サンガ運営上の諸問題の発生)
・精舎生活という形態の在家生活という形態への漸近(→その極限形態としての現代日本仏教)

・出家者にできるのは99(或いは98)%までの捨断。在家者にできるのは97%の捨断。(→個人的推論w)


ノシ
878ken:2009/08/25(火) 12:19:18 ID:JQFoeWMj
>>875 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 11:38:40 ID:l15tY+df
>>871
おまえこそよく読めよ。在家も出家者同様、
>ひとを下界(欲界)に結びつける五つの束縛を滅ぼしつくしたのでひとりでに生まれて、
>そこでニルヴァーナに入り、その世界からもはや(この世に)還って来ることが無い。
と書いてんだろうが、吉外。

だから指摘しているでしょう、あなたの引用は他者が介在した論文からで、
直接の涅槃経の経句ではないのだ、とね。
私が、涅槃経から例示引用した経句と異なり省略されているのだ。
だが、一応あなたの引用文においても説明は簡単です。
>ひとりでに生まれて、そこでニルヴァーナに入り、<
この一人でに生まれたところは、どこなのだ? ニルバーナなら一人でにニルバーナに生まれた、
との表現になり、ニルバーナ以前のどこかを示唆しているものであるのは歴然です。
実際の経句では、
「おのずから善き世界に化生した。 これらの在俗信者たちは
 その”天界”から直接さとりの世界に入り、」
つまり一度、善き世界=天界へ化生し、その天界から涅槃(不還)の世界に入ったのですよ。
あなたのばヤい、読解力以前の根拠選択に問題がある。
勝手にひとり尻餅ついて、痛いからと泣くんじゃないの。
879神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 12:26:51 ID:D0G9tT//
>>876
その縁起・現象/涅槃・アートマンという見解が
正に外道解釈で、『梵網経』で否定されてるだろw

思い込みで読むからそう読むんだよw

まあ、無理だろうけど。

やっぱ、カラス、誤淫嘘、机はスル〜


880ken:2009/08/25(火) 12:34:12 ID:JQFoeWMj


誤:その天界から涅槃(不還)の世界に入ったのですよ。
正:その天界から涅槃(阿羅漢)の世界に入ったのですよ。
881ken:2009/08/25(火) 12:59:03 ID:JQFoeWMj
>>875 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 11:38:40 ID:l15tY+df
>>871
おまえこそよく読めよ。在家も出家者同様、
>ひとを下界(欲界)に結びつける五つの束縛を滅ぼしつくしたのでひとりでに生まれて、
>そこでニルヴァーナに入り、その世界からもはや(この世に)還って来ることが無い。

カラスの兄さんは、三界(欲界・色界・無色界)も知らないようだ。
>五つの束縛を滅ぼしつくした< とは、五下分結を断じたとの意味で、
アナゴン(不還)=天界(色界〜無色界) を指している。
ちなみに、四沙門果とは 預流果・ 一来果・不還果・阿羅漢果の順位段階がある。
また四向四果でみれば、不還向は修惑の残り三品を断じつつある位で、
これを断じ終るとき、不還果という。
ここでは再び欲界に還ることがないので、不還の名がある。
父母所生の身で在家から阿羅漢果(涅槃)へ行けるなどの仏説はありません。

(大パリニッバーナ経/涅槃経 http://www2.big.or.jp/~yba/asia/nehan01.html
882神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 13:19:59 ID:0hWDEiHF
>>854
>なぜなら、ジャイナ教も密教化しているのに滅んでいないからだ。
ジャイナ教はインド仏教と違って葬儀等の儀式・儀礼がある「宗教」だね。
インド仏教は最後まで宗教儀式を持たなかった。大パリニッバーナ経にあるとおり
ゴータマ・ブッダの葬儀さえヒンドゥー教まかせだった。民衆にとっては目にみえる
儀式や習俗がないと宗教にならないのだろう。
>インド仏教が滅んだのは、イスラムによるものと思われる。
>イスラムは仏教寺院だけを徹底的に破壊した。
仏教寺院だけを破壊したのではないが仏教はビク・ビクニの集団が
寺院で生活していたためその生活根拠を破壊されたため教団として
成り立たなくなったのだろう。在家を大切にしていたジャイナ教との
違いだろうね。
>ジャイナやヒンドゥーなどには寛容だった。
そんなことはなかっただろ。イスラムとヒンドゥーは宗教の違いで
インドとパキスタン(バングラデシュ)の分離独立しかできなかったのだから。


883ken:2009/08/25(火) 13:20:28 ID:JQFoeWMj
>>875 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2009/08/25(火) 11:38:40 ID:l15tY+df
>>871
おまえこそよく読めよ。在家も出家者同様、

涅槃経を読めな!どと、威勢よく吠えた割りには肝心のお兄さんは読んでもなく、
他の論説者の引用した省略経句を それも誤釈したマンマの引用でスタ。
釈迦教説を一致半解し、論理にもてあそばれて仏説を高邁と考え、自惚れている
その姿勢の神々しさには笑えます。
エラソウに自論を披瀝したいなら、もう少し学習してから咆哮してクンサイ。
カラスの兄さん、ひとり滑って転んで大痛県、転びっぷりも神々しくネってレベルか。

(大パリニッバーナ経/涅槃経 http://www2.big.or.jp/~yba/asia/nehan01.html
884神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 13:27:28 ID:0hWDEiHF
>>855
>インド仏教の壊滅は無我論が根本原因です。
これも違うだろうね。
哲学としての無我論なら唯物論(ロ−カヤタ)も無霊魂を
主張しているがインド思想・哲学として唯物論が無くなったことはない。
ヒンドゥー教は思想の自由を認めているめずらしい宗教だから。
885一在家:2009/08/25(火) 14:18:28 ID:AbVS/7OR
本スレでは「梵網経」がよく引用されます。
私がよく引用しました「自歓喜経」、「沙門果経」、「ポッタパーダ経」、
「等誦経」も同じく長部経典「ディーガニカーヤ」34経に含まれております。

「梵網経」では、常住論は論者の感受によると批判的に説かれております。
「自歓喜経」では、世俗の3つの常住論の中からベスト1を説かれてます。
「沙門果経」では、神通力や再生を説かれております。
「ポッタパーダ経」では、アートマンや死後の世界には無記です。
「等誦経」では、死後の行き先や4種の入胎を説かれています。

パーリ経典に記載された内容の相関は高く、相異が見られる場合は釈尊が
説いた相手が異なるからでしょう。所謂、対機説法が分ります。
886神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 14:28:03 ID:D0G9tT//
>>885
>「梵網経」では、常住論は論者の感受によると批判的に説かれております。
>「自歓喜経」では、世俗の3つの常住論の中からベスト1を説かれてます。
>「沙門果経」では、神通力や再生を説かれております。
>「ポッタパーダ経」では、アートマンや死後の世界には無記です。
>「等誦経」では、死後の行き先や4種の入胎を説かれています。

何も矛盾しません。一貫しています。
矛盾するように見えるのは、ただただ貴方の誤読です。

>「ポッタパーダ経」では、アートマンや死後の世界には無記です。

死後に無記というのは如来の死後であって凡人の死後ではありません。

妥当な仏教なら恒常不変のアートマンは認めません。
生まれ変わり死に変わりの輪廻が前提とならない仏教はありません。
887ken:2009/08/25(火) 14:48:32 ID:JQFoeWMj
>885 :一在家「ポッタパーダ経」では、アートマンや死後の世界には無記です。

「行者よ、有るとも言え、無いとも言える。
 無我を観じられないと、真我を感じられない。
 これは、確めるべきであり、語るべきではない。」
「真我を説くのは、真我を解くためであり、
 真我に囚われて、真我を論じるためではない。
 越えるべきものに、囚われるのは、転倒である。」
888神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 15:05:18 ID:D0G9tT//
>>887
すいません、経典名、訳者名、頁数などがないと根拠になりませんよ。
確認のしようがないからです。
889ken:2009/08/25(火) 15:52:19 ID:JQFoeWMj
>888 :神も仏も名無しさん:2009/08/25(火) 15:05:18 ID:D0G9tT//
>>887
すいません、経典名、訳者名、頁数などがないと根拠になりませんよ。
確認のしようがないからです。

すみませんでした。
>885 :一在家「ポッタパーダ経」では、アートマンや死後の世界には無記です。<
に対してですので、「ポッタパーダ経」の第四、五章です。
890ken:2009/08/25(火) 16:12:25 ID:JQFoeWMj
>885 :一在家:2009/08/25(火) 14:18:28 ID:AbVS/7OR
「ポッタパーダ経」では、アートマンや死後の世界には無記です。

釈迦の思想と姿勢をみれば、886さんの指摘通り一在家さんの
誤った解釈でしょう。
釈迦は、認識できる領域という条件下においての「無我説」です。
すなわち、知覚し経験できて変滅する世界にアートマンはないと説く。
だが、認識能力の届かない領域に対しては、無記との姿勢です。
891神も仏も名無しさん
>>853
> 私は、ゴータマが不可知論者だとはいっていません。
> あなた方の理解する仏教とやらが不可知論的なものになっているといっているのです。

それは誤解を招きますから、ちゃんと区別してくれると助かりますね。
で、不可知論的なものになっているというのは他の誰かと混同しているんじゃないかとも思いますが、
ちゃんと根拠を出した方がいいです。

> >宝珠愚者氏は、二元論的な「思考形式」をとっています。
> この現象世界には二元対立があるので、我々には相成れない二元性として認知されるのです。

そうですね。二元対立に見えるのは本人がそういう思考パターンをもっているからでしかないですがね。

> しかし絶対の境地においては不二であり、分けられていない一元(勝義)なのです。
> この双方の意味、共に把握するのが正しい理解です。

そうかもしれませんが、不二の方の理解は全然できてないように感じられますね。
つまりあなたのいう正しい理解はできていない。
そもそも絶対の境地とやらに到達していないでしょう?
だからあなたの定義をもってしても、あなたは二元論に止まっているということになるわけです。
違いますか?