1 :
世界@名無史さん :
2001/04/21(土) 12:43 日本語に似てたってほんと?
当たり前じゃん
モンゴルやトルコも似ているけどね
4 :
名無さん :2001/04/23(月) 09:30
高句麗はツングース系の国家だったと言われていますが、 ハッキリとした証拠が発見されているわけではなく、今の ところ、仮説の域をでていません。 ただ、今の北朝鮮地域にすんでいる人たちは高句麗の 直接の子孫ではないと思われます。 高句麗の言葉は、朝鮮半島よりも日本の九州に比較的残っており、 例えば「原」という字を「バル」と発音したり(例 田原坂)、 「村」を「ソン」と発音するのは高句麗言葉だと考えられています。
「似てる」と言う意味をどこまで取るかだな。
今の朝鮮語より日本語に似ていたという話を聞いたんですけど
7 :
世界@名無史さん :2001/04/23(月) 19:21
>高句麗はツングース系の国家だったと言われていますが、 それってめちゃくちゃ古い説じゃ…。それこそ戦前とか昭和初期の。 今時、「高句麗はツングース」なんていってる奴いるのか???
8 :
世界@名無史さん :2001/04/23(月) 22:05
>「村」を「ソン」と発音するのは高句麗言葉だと考えられています。 それってただの音読みじゃ…
高句麗語というのは「失われた言語」でしょう。 この失われた言語の語彙を、「高句麗地理誌」に出てくる古い地名などを手がかりにして復元しようという試みはあるようですね。 復元されたといわれてる語彙のうちいくつか(固有数詞など)が、日本語に似ていると主張する人もいる。 でも、まだ「問題提起」の段階だと思ってる方が安全では?
高句麗語は「失われた言語」でしょう。 失われたその語彙を、「高句麗地理誌」に出てくる古い地名などを手がかりにして復元しようという試みはあるようです。 復元できたとされている語彙の一部(固有数詞など)が、日本語に似ているという人もいる。 でも、まだ「問題提起」の段階だと思ってる方が安全では?
11 :
1 :2001/04/24(火) 09:41
ミッシング・リンクなんですね
12 :
名無しさん@いたづらはいやづら :2001/04/24(火) 11:07
>>7 高句麗の生き残りが渤海を作ったんじゃないのか?
13 :
世界@名無史さん :2001/04/24(火) 11:59
渤海は、七部族あった靺鞨のうち六部族が連合してできた国。 この連合に参加しなかった黒水靺鞨がツングース。 六部族の中には高句麗系もあったかもしれないという程度。 国王である大氏の祖先は靺鞨人説と高句麗人説がある。 渤海は靺鞨人と高句麗人が協力して作った国というのが無難なところだが、 実際のところ高句麗人が何かしたのか、史実としてはちょっと疑問だ。
14 :
転載くん :2001/04/24(火) 12:03
21 名前:投稿日:2001/04/21(土) 04:40 ID:DlB5/rRU 高句麗をツングース系だというのは誤解。 ツングース系なのは靺鞨の方です。高句麗は夫余系です。 言語系統のツングース系というのは、オロチョン族や満族(=女真)などの言葉で、 このツングース系諸語とモンゴル系諸語、トルコ系諸語の三つをあわせて「アルタイ語族」といいます。 高句麗はツングース系ではありません。 人種系統のツングース系というのは、普通は「ツングース系」とはいわず、 「北方モンゴロイド」とか「ツングース人種」といいます。 このタイプはフビライカンとかホンジャマカの石塚みたいのが典型的な顔だちです。 22 名前:21の続き投稿日:2001/04/21(土) 04:44 ID:DlB5/rRU (続き) 初代渤海王の大祚栄(ダイ・ソエイ)の祖先は、 新唐書によると高句麗人(コウクリ人)だが、旧唐書では靺鞨人(マッカツ人)。 真相は不明だが、よく考えるとこれはどっちでもたいした問題ではない。 大祚栄(ダイ・ソエイ)の祖先がどっちだろうと 「渤海国」自体がある意味、高句麗の継承国家であることにかわりないので 王家の先祖の血統と無関係に「新しい時代の高句麗」として名乗るのは当然のこと。 (末期の高句麗は倭国とひじょうに友好な関係にあったので それにあやかろうとした外交辞令という側面もあり) 23 名前:22の続き投稿日:2001/04/21(土) 04:47 ID:DlB5/rRU (続き) 実際の「渤海国」は靺鞨の六部族の連合体で、その中には高句麗系の部族もあったかも知れない。 そもそも「渤海国」自体、高句麗人と靺鞨人との協力によってできたものであり 渤海国建国後は、高句麗人とか靺鞨人とかの古いアイデンティティーは急速に薄れ 「渤海人」という新しい意識にとってかわられた。 しかし韓国や朝鮮では、 「高句麗は栄光ある韓民族=朝鮮民族だが、靺鞨は野蛮なオランケ(=女真族=満洲族)の祖先」 というアホな差別意識があるので、 「渤海国」もウリナラなのだニダ!」というヒガミ電波学説をとばしてる韓国人としては 渤海王家の祖先が高句麗人なのか靺鞨人なのかということは大問題なわけ(藁藁 ようするに問題意識が厨房なみ。 でもその前に高句麗人が韓族でいいのかっていうもっと重大な問題もあるのだが。 ついでに中国人は朝鮮も満州もモンゴルもチベットも沖縄も ぜんぶ中国史の一部だと思ってるので、 韓国のアホなこだわりにはたぶん冷淡で、日本人の学者のように気づかってはくれないだろう。 24 名前: 投稿日:2001/04/21(土) 04:55 ID:??? 夫余系と一括りに出来ないから夫余系も=トゥングースなのでは? 教科書でもツングース系高句麗 と習った。 夫余系とトゥングースを分ける基準が分らないもの。そもそも夫余の 言葉って分っていないのでしょ?夫余系とはなにか?これがそもそも あまり分っていないのでは? 26 名前:投稿日:2001/04/21(土) 05:56 ID:W2f1tz4c 「夫余系」というのもあくまで言語系統のことです。 魏志東夷伝によれば、3世紀には満洲から半島にかけて、 6種族がいましたが、それらの言語について、 「夫余、高句麗、沃沮、穢」の4種族は似た言葉を話していたが 「邑婁」はそれらとは言語が異なる、とあります。 (また「辰韓、弁韓」は中国語の一種を話していたとある) 「邑婁」がツングース(後の女真族やオロチョン族)であることは歴史的に明白なので 「夫余、高句麗、沃沮、穢」の4種族の言語はツングース語ではないことになる。 実際、わずかに残っている高句麗語の単語は、日本語(倭語)にそっくりなことから、 「夫余系」の言語は案外、日本語と同系だったと思われます。 つまり「夫余系」の諸言語がほろんでしまったので、現在の言語地図でみると 日本語が孤立しているように見えるのです。 また高句麗は半牧半農の民で、ちゃんと農耕をおこなっており、 かなり後世まで狩猟民だったツングース族とは生活形態も異なります。
15 :
名無しさん :2001/04/24(火) 15:29
高句麗と百済の王家は同族。
16 :
世界@名無史さん :2001/04/24(火) 16:44
高句麗系渡来人が持ちこんだ言葉が一部日本語になったんでしょう。 日本語自体がそうたどうかは分からない。
17 :
世界@名無史さん :2001/04/24(火) 16:46
夫余系って現在で言うと何に当たるんでしょうか? 直接の朝鮮人の末裔ではないですよね?
18 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 06:23
靺鞨ってのは、 もともと邑婁っていうツングース系狩猟民で、高句麗よりずっと北の方にいた。 それが次第に南下して、大小いくつもの部族にわかれて、 高句麗の北に隣接する部族もあり、高句麗国内に住む部族もあり。 その中で、強大なものが早くに「勿吉」と名乗り、 唐に使者を出して、南北から高句麗をはさみうちしようと持ちかけていた。 この「勿吉」が訛って「靺鞨」となったもの。 高句麗末期には、高句麗の中心が本来の満州山岳地帯から はるか南の平野部の平壌に移ってから久しく、 すっかり農耕民になってしまっており、北方の統治は緩み 靺鞨の諸部族は半独立状態にあったらしい。 高句麗の末期、高句麗の北側には、主な強大な靺鞨は七部族あった。 その中の遠方の三部族は、邑婁そのままのツングース狩猟民であった。 あとの四部族は、文化的にちがいがあったようなので、 高句麗の文化的影響のもと開化したのだろうが、 もしや、昔の夫余の遺民による部族や、あるいは 初期の生活様式のまま取り残された古いタイプの高句麗人の部族なども あったやも知れぬ。ことに、その四部族の中の白山部は「いにしえの沃沮」 だという。沃沮はツングースでなく夫余系種族であるから 靺鞨はツングースのみならず夫余系種族もいたことがわかる。 もっともこの部分は「いにしえの沃沮の子孫」ではなく 「いにしえの沃沮の地」に住んでいるというだけのことかも知れぬが。 ともあれ靺鞨は、ツングース族もあれば、夫余系の遺民(高句麗系?)らしきものもあり、 またこの七部族だけでなく高句麗の国内外に、大小さまざま存在したから、 文化的には混成種族であって、全盛期の高句麗の下に支配されていた各種の民族の 総称ぐらいに思ってよいのかも知れない。 この七部族のうちもっとも西南にあった粟末部(粟末靺鞨)から 乞乞仲象というリーダーがでた。 仲象というのは、この2文字で何か固有土着語の音写なのか、 「次男坊で名前が象」という漢人風の字(あざな)なのか、よくわからないが 乞乞という姓は漢民族ではないだろう。 高句麗滅亡後、乞乞仲象は唐の命令により粟末部(粟末靺鞨)を率いて 南満州に移住したが、後に反乱を起こして故郷に帰ろうとした。 この乞乞仲象の二代目が大祚栄(ダイ・ソエイ)で、 靺鞨の大小さまざまな諸部族をとりまとめて大勢力となった。 大祚栄が渤海郡王に叙されていたことから、粟末靺鞨の別名を渤海靺鞨といったが、 他の部族も大きなところは初期は半独立をたもっていた。(幕府と大名みたいなもの) この渤海郡王、渤海靺鞨からとって「渤海国」という。 しかしもっとも遠方の「黒水部(黒水靺鞨)」だけは渤海国に最後まで抵抗し のちの女真族となった。
19 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 06:25
>>15 >高句麗と百済の王家は同族。
それは神話、伝説であって史実ではありません。
伝説で高句麗の初代王という朱蒙(=仲牟)と、百済の初代王という温祚なる者の説話
(両者が親子だという)は、ほとんど神話で、史実ではありません。
藁離国の王子が南に流浪して夫余の開祖となり、
夫余の王子がまた南に流浪して高句麗の開祖となり、
高句麗の王子がまたまた南に流浪して百済の開祖となったというのだが
これは、中国の徐の偃王の伝説、匈奴の冒突単于の物語、さらに
遠くはモーゼ出生譚、古くはアッシリアのサルゴン大王物語と同じで、
民族の始祖や建国の英雄が「流され王」だったという
原始以来の神話のパターンで、歴史事実とはみられない。
高句麗は、玄兎郡高句驪県が廃止になった後の廃城を根城にして
独立していた「スウ[馬芻]、鄒」または「陶」という男が初期の王で、
しかもこれが初代ではないようです。(三国史記では朱蒙=スウとするが疑問)
百済は、三国志の時代の夫余王で尉仇台なる者がおり、かれが
遼東半島で割拠していた豪族の公孫度と婚姻を結び
公孫度の支配下の楽浪郡以南の地へ進出したのが馬韓伯済国の始まり。
(夫余王の尉仇台と百済始祖の仇台を別人とする説も有力だが)
20 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 06:26
>>16 >高句麗系渡来人が持ちこんだ言葉が一部日本語になったんでしょう。
>日本語自体がそうたどうかは分からない。
高句麗語と倭語が一致するのは数詞など(それだけではないが)の古い基本語であり、
日本語ではこれらは太平洋、ポリネシアなどの南方系の言語とするのが常識。
東南アジア方面との説もないではないが、少なくとも北方系言語とはちがう。
高句麗ってのはあんな北の国なのに南方まるだしの高床式倉庫を作ったりしてるから
案外、南方系だったのかもしれないぞ。
つまり夫余系言語というのは南方から日本をとおって朝鮮、満州へと広がっていった。
そこへ中国が進出して半島を植民地にしたため辰韓、弁韓は一時中国語圏となり
満州の夫余系諸語と日本の倭語が分断されたのである。
21 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 06:29
>>17 >夫余系って現在で言うと何に当たるんでしょうか?
>直接の朝鮮人の末裔ではないですよね?
夫余系は現在は存在していません。滅亡してしまった言語は
世界中にたくさんあるので、珍しいことではありません。
ただし、
>>14 ,
>>20 などの説によれば、日本語が夫余系の生き残りかも。
22 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 06:41
そこまでいくと国家が成立する以前にまで遡る事になるな 縄文式土器なんかが半島北部で見つかれば信憑性が出てくる。
23 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 06:51
百済や新羅は夫余系じゃないのか?
24 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 07:37
夫余系というのはあくまで言語系統ということで、 その他の習俗文化や人種血統のことをいっているわけではないのだが、 その上で言うと、 初期百済は、支配層は夫余系、庶民は馬韓人だよ。末期までにかなり融合してたろうけど。 新羅はよくわからない。中国語の一方言である辰韓語と 高句麗語(これは夫余系)、百済語(?)、加羅語(?)などの混成語でしょう。
25 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 08:31
百済は支配層だけ夫余系の言語使ってたのか。 でも血統的には高句麗の支配層と繋がってはいないんだよな。
26 :
名無しさん@いたづらはいやづら :2001/04/25(水) 12:40
「図録世界史」で2世紀の地図を見ると、高句麗の中に夫余、邑婁、沃沮、穢が存在するように見えたぞ。
27 :
世界@名無史さん :2001/04/25(水) 14:20
>>25 そのとおり。三国史記の建国神話を信じた場合は別だが。
>>26 沃沮と穢は高句麗に臣属していたので、それでも悪く無いが、
2世紀の政治地図とすては夫余、邑婁については明らかに誤りだろう。
夫余は最終的には高句麗に併合されたけど、それはずっと後の話で、
2世紀の段階ではむしろ夫余の方が高句麗より強そうだけどな。
邑婁も一時的に高句麗に服属したことがあったかも知れないが、
夫余が健在だった時期には考えられないだろう。
28 :
名無しさん :2001/04/25(水) 16:57
百済王家の姓は夫余。
30 :
世界@名無史さん :2001/04/26(木) 09:20
高句麗の神話が華南のものと通じるということは三品彰英氏の指摘がありましたね。 意外と南方なのかも・・・
>高句麗は南方系なのかも いろいろ長々と書いてきましたがオチとしてはそういうことです。まあ韓国人は頑として認めないかも知れませんが。
32 :
名無しさん :2001/04/28(土) 01:46
古代の朝鮮三国のなかで、高句麗、百済の王家は、初代から滅亡まで同一家系で続いてきたのに、新羅は複数の家系から王が出ているの?
33 :
世界@名無史さん :2001/04/29(日) 21:41
そうです。
34 :
名無しさん@1周年 :2001/04/29(日) 23:30
そういえば、百済の王家って白村江の戦いでおお負けした後、日本に 亡命してきたんでしょ? そいつら今どうなってんの?子孫はいないのかな?
35 :
世界@名無史さん :2001/04/30(月) 07:11
もはや我々ここに書き込んでるものの多くが百済の血を引き継いでるでしょう ある意味、百済の上位層は日本に吸収合併されたようなもの
36 :
名無しさん@1周年 :2001/04/30(月) 12:58
いや、一般市民の話はいいねん。 秦氏やなんかみたいに、古代に日本に帰化した渡来人が氏として残って いることあるでしょ?百済王族でそういうのないのかなあって。 それと、百済の亡命王族が日本に逃げてきたはいいけど、朝廷と対立 して殺されなかったっけ?その言い伝えというか、そんなものが 福井か京都の日本海側と福岡県の2つにあるようなことを聞いた覚えが。 どっちかがお父さんでどっちかが息子が死んだ場所だっていう。 ・・・・・・・・・・思いっきりウラ覚え。ごめんなさい。
37 :
世界@名無史さん :2001/04/30(月) 13:20
百済王家ゆかりの白村江の敗戦以降に亡命した人たちは、 初期のころは、余の姓を名乗っていて、奈良時代末期から、 平安時代にかけて、百済王家との関係の程度に応じて、百済朝臣とか 百済王朝臣とかいう姓を貰ったはずだと思うけど。確か、百済河成と かいう有名な絵師が居たよね。
38 :
世界@名無史さん :2001/04/30(月) 13:23
亡命してきた百済王の子孫って、そのまま「百済王氏」って 名前で律令官人になってる。けっこう栄えたよ。 詳しいことは連休あけたらね。
39 :
世界@名無史さん :2001/04/30(月) 13:51
たしか、平将門の乱の時に、武蔵の権守の興世王と喧嘩した武蔵守が 百済なんとかといったんじゃなかったけ。それと、奈良の大仏建立の 際、陸奥の砂金を献上した、陸奥国司も百済なんとかじゃなかったっけ? 板違いでスマソ。
40 :
山口県の :2001/04/30(月) 19:27
山口県を支配し、陶晴隆に滅ぼされた大内氏(そして陶氏自身)は、百済聖明王の末裔を自称。
41 :
天之御名無主 :2001/04/30(月) 20:42
>>39 陸奥の砂金を計上した人物は、百済王敬福(くだらのきみのけいふく)。
42 :
世界@名無史さん :2001/04/30(月) 21:59
くだらのこにきし
43 :
名無しさん@1周年 :2001/05/01(火) 01:04
今も百済王家の子孫って言ってる人いるの?苗字に百済をつけてるとか。
44 :
世界@名無史さん :2001/05/01(火) 01:12
>>41 ,
>>42 フォローどうもです。あと、興世王と喧嘩した武蔵守も下の名前
知っていたら教えてください。それを書いてあった本を持ってい
たんですけど紛失してしまって。将門記を読めって、厳しい突っ
込みがきそうですけど。 (汗
>>43 女優に余貴美子という人いますけど、古代に百済とか百済王という
人の本姓は余だから、多少は関係あったりして。SCE社長のクダラキ
さんとか??
>>44 余貴美子は、父親が台湾人、母親が日本人のハーフ。
46 :
世界@名無史さん :2001/05/01(火) 21:29
お前らさあ、チョンコの歴史語り合って何が楽しいわけ? 信じられないなあ
47 :
世界@名無史さん :2001/05/01(火) 21:54
49 :
世界@名無史さん :2001/05/02(水) 13:12
百済記ではどういう記述になってますか?
50 :
世界@名無史さん :2001/05/02(水) 16:29
どっちかっていうと、高句麗や百済の人は日本人に近いんだろうね。 人種的にも。 今の韓国人や朝鮮人って、大陸の東北地方から入ってきた、遊牧民族 の末裔だって聞いたけど。今でもプサン辺りの人はあんまり大陸顔ではない っていうものね。
51 :
世界@名無史さん :2001/05/08(火) 23:17
>>49 なにが? 百済記って百済の歴史の初めの方だけの記録なんだが。
52 :
世界@名無史さん :2001/06/04(月) 00:49
新羅逝ってよしあげ
53 :
世界@名無史さん :2001/06/04(月) 02:25
>50 新羅が倭人の国とか言っていて、百済も高句麗も近いなら、やはり同一人種なのか?
54 :
世界@名無史さん :2001/06/04(月) 05:59
>>53 なんでそんな単純な話になるかなあ。
倭人と系統が近いと推定されるのは高句麗人だけ。
百済人と倭人とは、政治的に仲が良かっただけで民族系統は別。
新羅は多民族の混成国家で、その中に倭人も高句麗人も百済人も漢人も居たってこと。
55 :
世界@名無史さん :2001/06/04(月) 07:59
日本 高句麗 新羅(11世紀高麗) 1 pito hana 2 puta tuwul 3 mi mil seis 4 yo neis 5 itu utu tases 6 mu yeses 7 nana nanun ilgop 8 ya yedal 9 kokono anop 10 towo tek yel 母 papa papa 口 kuuts であってたかな?
56 :
世界@名無史さん :2001/06/04(月) 10:48
言葉が似てるといえば、韓国語は中国語の単語を日本語文法でしゃべるような言葉。 ダーリン、ミーにマネーちょうだい!
57 :
:2001/06/04(月) 11:00
>>56 日本語文法みたいになったのって日本統治時代以降だったのかな?
ハングル板で同じ様な話題を見たことがあったが、、、
58 :
日本@名無史さん :2001/06/04(月) 11:15
このスレ、新井がいるね まだ高句麗と朝鮮を別物視したがっている 論法が住民の多様性を分ろうとしないアズマと一緒 新井=アズマなのかもしれんな〜
59 :
世界@名無史さん :2001/06/04(月) 15:23
>54 高句麗人と倭人が近いのであるならば、倭人は北方系?それとも高句麗人が南方系? 倭人とワイ人との関連もあるの? 中国の史書には倭人がもともと北方にいたようなこと書いてあると読んだが。 漁労をしていたと。
60 :
世界@名無史さん :2001/06/06(水) 20:06
>>59 高句麗や穢などの夫餘系語族の言語系統については諸説あるが
たぶん倭と同じ南方系だろう。ただしこの場合の南方系というのは
江南系という意味ではなく太平洋・ポリネシア系の意味。
言語系統のことだからね。
中国の史書には倭人が北方(満州)にいたように書いてあるところもあれば
南方(江南地方)にいたように書いてあるところもあっていろいろだ。
また「山海経」の記述も解釈がいろいろで、
北方説のように受け取る説と南方説に受け取る説が両方ある。
>>59 がいっているのは光和元年に鮮卑の首領の檀石槐が倭人国を攻めて
一千戸余を拉致して烏侯秦水(満洲のラオハ河)の魚を取らせた
という話だろう。当時、夫餘か高句麗と鮮卑との間に倭人国があったらしいが
よそから移民(植民)してきてたのかも知れないし、原住地とは限らない。
なにしろ孤立した記事なので、これから重大な結論を導くのは困難。
>>58 住民の多様性を前提としたところで、
ただちには高句麗=朝鮮とはならないはずだが。
高句麗が何をさすかは比較的明確だが、
朝鮮とはこの場合厳密にいうとなんのことかな?
61 :
世界@名無史さん :2001/06/06(水) 20:33
>60 高句麗や穢が南方系とは初めて聞いた。ところで、高句麗の言葉ってどれくらい残っているの?
>南方系 まあ、あんまりおおっぴらには表でいわれないからねぇ。 高句麗語については、 高句麗地名の中で後に漢字訳されたものがあり、 それでその漢字の意味にあたる高句麗語が判明する分が若干あるってだけ。 だからほとんど無いってのが実情。 でもわずかな手がかりでも全然ないのとは違うわけで、貴重な資料ではある。
63 :
ななし :2001/06/07(木) 08:39
>>62 高句麗語に限らず、古代朝鮮の言葉はほとんど残っていないのが辛いところ。
朝鮮に残っている文書は11世紀以降になっちゃう。なので、まともに朝鮮史
を研究する場合は中国・日本の文書に頼ることになるはずなんだけど、
そんなことをしている朝鮮の歴史学者はほとんどいない…。
64 :
世界@名無史さん :2001/06/07(木) 10:07
5年以上前ニュースステーションで、隋か唐が高句麗人を多数拉致して中国の南方?に強制移住させた村が今でもあって、そこの住民が日本語をしゃべってるみたいな予告見たんですけど、見た人いますか?わたしは本編を見逃してまいました。 予告放送後久米が、日本語は朝鮮語が起源だ!って電波なこと言ってました。 久米は、その前後に放送した、黄昏の語源が朝鮮語で「夕焼け」だったかな?のターチョ ガレ(黄昏は朝鮮での当て字)説と、定説の誰そ彼そを比べて、定説だと「たそがれ」なぜ黄昏と説明できなから、どう考えてもターチョガレの勝ちだな−とか、日本の言語学者は日本語の起源が朝鮮語なのをそこまでして隠したいのかなー、とか言ってた。(w これは本編見ました。
65 :
ななし :2001/06/07(木) 10:16
>>64 人的交流が昔からあるんだから、単語が導入されることは
当然あります。けど、それをもって起源というのはなぁ。
日本で作られた「銀行」って言葉を中国でも使っているからって、
中国語が日本語起源だと主張しているようなものでしょ。
66 :
世界@名無史さん :2001/06/07(木) 16:10
ところで南方系の言語とは例えばどこの言語を指しているの?
67 :
世界@名無史さん :2001/06/07(木) 16:14
>>55 に出ている対応表見にくいんですけど。数詞がほとんど高句麗と同じってなんかで読んだような。
>>64 そんなの放送してたんだ。高句麗人の末裔ってどんな言葉なのか、知りたーい。5年以上前なら無理かな?
68 :
日本@名無史さん :2001/06/07(木) 19:45
新井には気を付けろ、みんな 鮮人などと言い出したら即座に放置するように
69 :
七氏 :2001/06/08(金) 02:42
70 :
世界@名無史さん :2001/06/08(金) 04:07
あれはあれでほじくればいろいろ面白いが、 とりあえず高句麗とは関係ないと思われメ。>温羅伝説
71 :
世界@名無史さん :2001/06/08(金) 05:48
温羅伝説は百済系と思われメ。
72 :
世界@名無史さん :2001/06/08(金) 14:20
>>70 スレ違いだけど、ほじくってー おねがーい(ハアト
まじでギボーン
日本史板か民話板か地方板にスレ立てるべきと思われメ。>温羅伝説
74 :
世界@名無史さん :2001/06/09(土) 23:38
>>65 銀行はもともと漢語では? 金行とか銅行とかあったはず。
もっともbankの訳語に使ったのは日本語が初めてだろうけど。
75 :
世界@名無史さん :2001/06/10(日) 04:46
>>65 ちなみに「共和国」「共産主義」も日本で作られた言葉ですが、
中国語は日本起源ではありません。
76 :
世界@名無史さん :2001/06/10(日) 05:24
明治期の日本人って、欧米から入ってきた新しい概念を表す言葉の訳語 を、純粋な日本語からではなく、漢語から作り出してるんだ。 エコノミーの訳に「経世済民」を略した「経済」を当てるとかね。 それをまた、漢字の本場中国が逆輸入して使ってるから面白い。 トルコ語とアラビア語の関係もこれに似ているらしくて、トルコ人はア ラビア語の語彙で訳語を作り、アラビア語がそれを逆輸入して使ってる そうだ。
77 :
世界@名無史さん :2001/06/10(日) 10:19
日本人は朝鮮起源です。
78 :
世界@名無史さん :2001/06/11(月) 00:34
>>77 朝鮮じゃなくて朝鮮半島ね。
アホ新羅とは何ら関係ないって。
79 :
娜々志娑无 :2001/06/11(月) 01:17
80 :
世界@名無史さん :2001/06/11(月) 12:49
>78 アホ新羅ってあなた、新羅は倭人の国とか別スレあるんだから、 >79 味噌は高句麗語が語源だと聞いたこと、あるが、どうなんだろう。
阿呆な質問だったらすみません。 古語は超苦手なもので・・・ 上代日本語の8母音で現代の「い」、「え」、「お」 が2種類あったと言うのは、 「ゐ」、「ゑ」、「を」 のことですか ?
82 :
娜々志娑无 :2001/06/11(月) 14:48
>>81 違います。そういう意味ではありません。日本語の音節は母音のみか、または
子音+母音という組み合わせから成っていますが、その母音が8種類存在した
のです。50音図のすべての文字にわたって存在したわけではないのですが、
イ段ではキ・ヒ・ミ、エ段ではケ・ヘ・メ、オ段ではコ・ソ・ト・ノ・モ・ヨ・
ロの各文字が、奈良時代の資料では異なる文字のグループで記されていること
が、万葉仮名を研究することでわかったのです。発見者(奈良時代に仮名遣の
ようなものがあったことは、江戸時代に既に気が付いていた人がいたので、正
確には再発見)の故・橋本進吉博士はこれらの2グループに対して甲類・乙類
という呼称を与えました。何せ発見されたのが1917年ですので、このよう
な古めかしい名称になっていますが、この呼称は現在でも踏襲されています。
では具体的に例を挙げて説明しましょう。
雪…由岐(支・吉・伎・棄・枳・企・祇・杵…)←甲類グループ
月…都紀(帰・貴・幾・己・既・気・機・奇…)←乙類グループ
奈良時代の文献においては、この両グループが混用されることはほとんどあり
ませんでした。更に、この両グループに属している漢字音の研究から、両者の
漢字音としての発音も異なっていることがわかり、この甲・乙2種類の違いは
単なる仮名遣などではなく、発音(母音)の違いに起因するという結論に達し
たわけです。実際にどのような発音だったかは研究者によってまちまちですが、
発見者の橋本博士は甲類の母音は現代語と同じ[i][e][o]、乙類は中舌母音
(東北方言のズーズー弁でお馴染み)ではなかったかと推定されています。
>>82 なるほど。甲類、乙類とだけは聞いたことはありましたが、こういう
ことでしたか。すっきりしました。感謝。
84 :
81 :2001/06/11(月) 19:14
お答えありがとうございます。 思い付きで質問してみたんだけどやっばハズレでしたね、、、 勉強させていただきました。
85 :
世界@名無史さん :2001/06/11(月) 21:43
上代日本語を8種類で書き分けているが、母音は5種類しかない。っていう本を昔読んだんですけど、難しすぎて内容忘れてしまいました。(トンデモ系の本ではありませんでした。) 5母音説ってどうなんでしょうか?
86 :
娜々志娑无 :2001/06/11(月) 22:12
>>85 確かに、そういう考え方をする研究者もいます。おっしゃる通りトンデモ系では
ありません。乙類を二重母音と考えることにより、基本母音は5つのままで済ませ
ることが可能になるというものですが、この考えの利点は、上代特殊仮名遣(言い
忘れてましたが、これが上記の甲・乙の区別云々の正式名称です)の消滅という問
題を考える上で、多少有利になるというところにあります。実際、奈良時代(8世紀)
にはあれだけきちんと書き分けられていたものが、平安時代に入るや否や急速に書
き分けがなくなり、9世紀末には完全に区別がなくなってしまうというのも不思議
な話ですが、奈良時代から現代に至るまで日本語の基本母音は5つだったと考える
ことにより、上代の甲乙の区別も一時的な現象ということで捉えることができると
いうわけです。いやはや、うまくしたものですね。ともあれ、私レベルでは旧来の
説と比べてどちらが正しいやら判断が付きません。悪しからず。
87 :
日本@名無史さん :2001/06/11(月) 22:16
8母音は朝鮮半島との交流が多かった時代に特有の しかも、近畿から北九州にかけてだけの特例じゃないかな。 東歌や防人歌は5母音だからね。 日本語固有のものでないから、平安になると消えてしまった。
88 :
娜々志娑无 :2001/06/11(月) 22:30
>>87 お言葉ですが、東歌・防人歌にも甲乙の区別はありますよ。ただし、オ列音
だけですが。しかも、当時の中央語(奈良)よりも正確に区別されていること
が、防人歌の万葉仮名の詳細な研究により明らかにされています。確かに私も
更に起源を遡れば、8母音の問題は朝鮮半島の言語と関係しているだろうとは
考えておりますが、こういう文献的事実を無視して、安易に朝鮮半島の言語と
結び付けて考えるのは感心できません。
私自身も
89 :
娜々志娑无 :2001/06/11(月) 22:31
ごめんなさい。上のレス、下にゴミが残ってしまいました。「私自身も」は無視 して下さい m(_"_)m。
90 :
世界@名無史さん :2001/06/12(火) 05:27
>>64 の高句麗人の末裔が、数詞をどう発音してたか気になる。
3をmil 6をmul とかだとしたら、高句麗語の研究が進みそうなのに進んでないみたいだから
高句麗人の末裔ってニースステーションのやらせだったのかな?残念
91 :
娜々志娑无 :2001/06/12(火) 10:39
>>90 私は実際にその番組を見ていないので何とも言えませんが、ニュースステーション
を始めとするマスコミ報道の姿勢は、基本的に興味本位ですからねぇ。そのためには、
過去にどれだけ研究の積み重ねがあろうがお構いなしに無視するものですから、その
報道も多分に信用のおけないものではないかと思います。
92 :
世界@名無史さん :2001/06/13(水) 03:30
>>64 ,
>>90 ,
>>91 高句麗人の末裔?
そんなのがいたら今頃大騒ぎだろう。
5年も前の報道なのに、学者はおろか古代史マニアでも誰も知らない。
これって・・・つまり・・・どおゆうこと?
>多分に信用のおけないもの
に1票。
93 :
世界@名無史さん :2001/06/13(水) 04:37
朝鮮半島にいるツングースを引っ張り出してきたとかじゃない? かつてNHKの「シルクロード」でソグド人の末裔を探すといって、 中央アジアの山中に住んでるイラン系少数民族を見つけてきたことがあったって。
95 :
64 :2001/06/13(水) 07:45
>>92 報道ではありません。週1の特集か何かだったと思います。
予告では山間部のだんだん畑の映像だけで、高句麗人の末裔?の言葉は一言もありませんでした。
取材したディレクター?が、久米の「本当かよ、こんにちはー今日は天気がいいですねー。
ぐらいしゃべってんだろうな」ってツッコミにとにかく来週の放送を見れば分かる
ってな会話でCMに入ったように記憶してます。
よく考えれば、予告につかみの高句麗人の末裔の言葉がない時点で、うさんくさいですよね。
96 :
世界@名無史さん :2001/06/15(金) 04:42
韓国では、新羅人=百済人=高句麗人=渤海人=韓国人って教えているらしいのですが 渤海語は、ツングース系?夫余系?韓系? もしかして渤海語も失われた言語なのでしょうか?
97 :
娜々志娑无 :2001/06/15(金) 13:34
>>96 渤海語についてはよく知りませんが、歴史的な経緯を見る限り、高句麗語
と靺鞨語の混成語(どちらが主となったかは不明)で、今では失われた言語
となってしまったと考えてよいのではないでしょうか。一応、各言語の関係
を私の独断と偏見でまとめてみました。
新羅語━━━━━→高麗語━━→朝鮮語
(韓系) ↑一部の語彙
│
高句麗語━┷┓
(夫余系) ┣→渤海語…消滅
靺鞨語━━━┛
(ツングース系)
高句麗語はツングース系というのが有力ですが、トルコ系の要素も認めら
れるという意見もあり、現段階ではまだツングース系で決定とは言えません。
尤も、靺鞨人と一緒に国を建設できるくらいですから、おそらく靺鞨語とも
言語的に近い関係にあっただろうとは思いますが。研究者の中には、匈奴語
(トルコ語・モンゴル語・ツングース語の共通祖語?)にその起源を求める人も
いるようです。何にせよ、渤海人=韓国人は日韓同祖論並みに無理のある考
え方であるというのが私の考えです。
98 :
日本人 :2001/06/15(金) 13:48
結論 日本人は朝鮮人の一氏族に過ぎない。 過ぎないので弟は兄に謙虚であるべきであると考えます。 高句麗の最大領土が朝鮮の本来の領土 それと日本も朝鮮の王族が支配していました。 あわせて4韓が 朝鮮国です。 高句麗r、百済新羅日本
99 :
娜々志娑无 :2001/06/15(金) 14:06
>>98 どうやらあなたは新羅人=百済人=高句麗人=渤海人=日本人=韓国人であると
学校でお習いになった希有な「日本人」でいらっしゃるようですね( ;_;)\(^_^ )ヨチヨチ。
100 :
日本人 :2001/06/15(金) 14:13
新羅人=百済人=高句麗人=渤海人=日本人=韓国人であると > 真実は次第に明らかになる。 朝鮮が東アジアの歴史のキーワードである事に 我々は謙虚であらねばならない。 そう思う日本人は数多い。
101 :
日本人 :2001/06/15(金) 14:16
http://www.korea-np.co.jp/Sinboj/sinboj1999/sinboj99-7/sinboj990706/sinboj99070664.htm 高句麗の歴史的地位と役割に関する学術討論会が6月23日、平壌の人民大学習堂で行われ、社会科学院の太亨徹院長ら関係者、歴史学者が参加した。
討論者は、金日成主席の指導によって、長らく定説になってきた高句麗の建国年代が紀元前277年として新たに考証され、高句麗の建国始祖である東明王の陵墓が確定され、立派に改造された事実に言及し、故国原王陵(安岳第3号墳)と徳興里壁画古墳の主人公の問題や、612年の隋との戦争の際に大規模な戦闘が起きた場所の問題など、多くの重要な問題が科学的に解明されたと指摘した。
また、高句麗が1000年もの間、自主権を守り、すべての内外政策を自国の利害関係に沿って進めたことで、東アジアの強国としての歴史を輝かせてきた事実を論証。日本の一部の学者が、東方アジアには特定の国の皇帝を頂点に、周辺国の統治者がその承認と統制を受ける「冊封体制」が存在し、高句麗もその下で拘束を受けたと主張するのは非科学的な見解であり、史実のわい曲だと批判した。
続いて討論者は、高句麗が三国時期、民族史の発展において先導者的な役割を果たしたことや、古代日本の社会の発展に与えた政治的、文化的影響にも言及し、その影響は天文学や医学、建築、美術、音楽舞踊など多岐にわたり、それを実証する遺跡も日本で多く発掘されていると、具体的な史料をもって論証した。
102 :
日本人 :2001/06/15(金) 14:20
http://home.att.ne.jp/blue/atelier/Inoue-sanNihonshi/Vol18.htm 大化の改新は蘇我氏の政府転覆の企てであったが朝鮮系王族の反撃にあって
蘇我氏は壊滅した。
これによって天智、天武の朝鮮系の支配は強後になったのだ。
645年 乙巳の変(大化改新)がおきる。軽皇子(後の孝徳天皇、有馬皇子の父)、中大兄皇子が、中臣鎌足や蘇我石川麻呂などを味方に付けて、蘇我入鹿とその父蝦夷を殺害し、政権を奪取したクーデターである。当時、蘇我氏は、日本を朝鮮系皇族支配から脱却させ、仏教を国教とする国造りをしていた。
これに対して、2つの大きな反動勢力があった。一つは、朝鮮系王族、とくに百済系・高句麗王族の反発、2つ目は、八百万の神を信奉する勢力である。前者の代表軽皇子(後の孝徳天皇)・中大兄皇子であり、後者の代表が中臣鎌足であった。
103 :
日本人 :2001/06/15(金) 14:21
http://home.att.ne.jp/blue/atelier/Inoue-sanNihonshi/Vol18.htm 春秋:新羅の王子で、647年日本に来て、9ヶ月滞在して帰国している。金春秋は後の新羅の武烈王で、その子文武王が朝鮮半島を統一した。
金多寿:新羅の軍人で金春秋と一緒に日本に来たが、帰国した形跡がない。筆者は、金多寿が大海人皇子と考えている。
余豊璋:百済の最後王・義慈王の子で、幼少より九州に住んでいたと言われている(母親が倭人か)。百済が唐・新羅に攻められ、義慈王死後、九州で百済王となり、半島に向かう。白村江で大敗を喫した後、高句麗に逃げたとされているが、筆者は、この人が中大兄皇子と考えている。
翹岐(ぎょうき):義慈王の子で、義慈王により母親とともに斉州島に流され、その後日本にきたと言われている。小林惠子氏は、翹岐が中大兄皇子と考えている。
鬼室福信:百済の将軍で、義慈王死後日本に来て、余豊璋を百済王にし、最後まで唐・新羅に決戦を挑んだ将軍である。白村江の敗戦後も日本と半島を往来し、百済再興に活動した。
蓋蘇文(がいそぶん):高句麗の将軍で、644年ごろ日本に来たとされている。高句麗では、かなりの実力者で、日本での活動はよく判っていないが、小林惠子氏は、蓋蘇文を大海人皇子と考えている。--------------------------------------------------------------------------------
ないが、小林惠子氏は、蓋蘇文を大海人皇子と考えている。
104 :
日本人 :2001/06/15(金) 14:23
これをみてわかるように 大海人皇子は天武であり 蓋蘇文という高句麗の将軍である。
105 :
日本人 :2001/06/15(金) 14:24
翹岐(ぎょうき):義慈王の子で、義慈王により母親とともに斉州島に流され、その後日本にきたと言われている。小林惠子氏は、翹岐が中大兄皇子と考えている。 つまり翹岐が天智である。 日本人は自国の本当の歴史を知らないことに驚かされる。 本当の日本史を明らかにすべきではないか?
106 :
>日本人 :2001/06/15(金) 14:30
>結論 >日本人は朝鮮人の一氏族に過ぎない。 >過ぎないので弟は兄に謙虚であるべきであると考えます。 >高句麗の最大領土が朝鮮の本来の領土 >それと日本も朝鮮の王族が支配していました。 >あわせて4韓が >朝鮮国です。 >高句麗r、百済新羅日本┐(´ー`)┌
107 :
教科書の表題を :2001/06/15(金) 14:36
日本史を廃止するべき。 朝鮮史と改めるべき。 なぜなら日本は朝鮮の一部だったから。 この板も朝鮮史板と改名すべき
煽りは無視しましょう
109 :
娜々志娑无 :2001/06/15(金) 14:56
>日本人さん
高句麗の建国年次やら何やらという問題については私の得手ではない(つっても
北朝鮮の御用学者の研究だからな〜。その時点で信用度は−65536点っしょ)
のでさておくとして、
>>102 以降の部分を見る限り、あなたの言い分の拠り所は
http://home.att.ne.jp/blue/atelier/Inoue-sanNihonshi/Vol18.htm の井上友幸氏という人物が唱えている説のようですが、
>なお、本文を作成するにあたって、情報はすべてインターネットで収集した。
はいけませんね〜。研究者なら一次資料に直接あたらなくては。素人さんでも
論文の1本くらいは読んでいてほしいですね〜。しかも、中大兄皇子や大海人
皇子の正体という大問題を論じるにも関わらず、その根拠たるや貧弱この上な
いものばかりですな。この程度では証拠にも何にもなりませんよ。状況証拠と
しても甚だお粗末ですね。確かに私は歴史学の方は門外漢ですが、資料の扱い
という点では彼等と価値観を同じくしています。
ま、あなたお一人が信じる分には勝手ですからお好きなようにどうぞ。日本
では信条と宗教の自由は保障されていますからね(^_^)。
110 :
日本人 :2001/06/15(金) 15:04
井上友幸氏という人物が唱えている説のようですが。
文中を良く読むべし。小林恵子氏が唱えている説を紹介しているだけであり、
井上氏は賛同者に過ぎない。
数多くの歴史者を上梓しており韓国学会から注目されている方である。
http://www3.ocn.ne.jp/~junsin/yurai/kaikyounokanata.htm 文藝春秋社に10冊以上の歴史書を上梓している小林惠子(やすこ)氏の知識と慧眼には目をみはる。氏は日本、新羅、百済、高句麗、歴代の中国王朝の歴史書をひもとき、相互に関連性を見つけ大胆な歴史を作り上げている。現在の中国、2朝鮮、日本という枠組みを意識下にもっている人にとって、氏の考えはあまりにも荒唐無稽に見えるだろう。特筆されるのは、難解な「前文」を陰陽五行説から読み解き、歴史書の記述と対応させている点だ。
具体的な内容をここに示す器量は、私にはない。ただ、ひとつ言えることは古代の歴史を考える上での視点を列島とか大陸とか半島といった人の住むところから、日本海、黄海、東シナ海といった海に変えてみることの重要性である。海を渡れば、人は生き直すことができたのだ。たとえば、半島の彼の国の王が海を渡り倭に来て、中国王朝に冊封(さくほう=国王であることを正式に認めてもらうこと)されることで倭王となり、その後半島に帰り再び王として君臨する。もしくは漢時代、国を追われ列島に亡命してきた呪術者一族のある女性が、カリスマ性を武器にして卑弥呼になる。
111 :
日本人 :2001/06/15(金) 15:08
http://www02.so-net.ne.jp/~toshihak/ 著者自ら「歴史とはバーチャルリアリティである」と言い切ったのは、私の知るかぎりでは古代史研究家の小林惠子さんだけです。人間とは自分の日記にさえウソをつく生き物であり、まして政治的な意図に基づいて編纂された史書に本当のことが書かれるわけがないとして、彼女は中国史や中央アジア史の知識を駆使して日本の歴史のウソをあばき、通説とは90%異なる内容でありながら、驚くべき論理的整合性を持つ古代史論を展開しています。
112 :
日本人 :2001/06/15(金) 15:10
113 :
日本人 :2001/06/15(金) 15:13
114 :
世界@名無史さん :2001/06/15(金) 15:15
すごいぞ!!檀君朝鮮は本当にあったんだ!! (・∀・)イイ!!
115 :
日本人 :2001/06/15(金) 15:21
>小林恵子氏が唱えている説を紹介しているだけであり、 >井上氏は賛同者に過ぎない。 これは失礼。斜め読みだったもんで見落としました。ただ、賛同者だと いうわりには井上氏は小林氏と意見を異にするところもあるんですね。 大海人皇子の正体についての部分とか。ま、小林・井上両氏にとっては 些細なことなんでしょうから、別にどうでもいいんですけど。 あ。これについてはレスは不要ですので。>日本人さん
とんでも1人でクソスレ化。やれやれ。
118 :
世界@名無史さん :2001/06/17(日) 06:35
ツングース系言語の数詞ってどんながあるの?
>>118 言語学大辞典(三省堂)の2巻1079頁にツングース諸語の数詞の一覧表が
掲載されています。とりあえずその中からいくつか抜き出してみました。
ツングース祖語 満州語 ウイルタ語 オロチ語 エウェン語
1 *∂mun ∂mu θmθ omo um∂n
2 *jug∂r juw∂ dθθ ju jur
3 *ilaam ilan ilaa ila ilan
4 *dugin duin jiin di dig∂n
5 *tujnga sunja tunda tu[ng]a tu[ng]gan
6 *ni[ng]gθn ninggun nu[ng]u nu[ng]u nu[ng]∂n
7 *nadan nadan nada nada nadan
8 *japkun jakun jakpu jappu japkan
9 未確定 ujun xuju xuju ujun
10 *jugaan juwan joon ja m[ae]n
(注)*は理論的推定形
発音記号はパソコンでは入力できないものが多いので、出来る限り近いものを
もって宛ててありますが、この表はあくまで参考程度に留めて下さい。[xy]はxyを
融合した形です。
ツングース諸語をどのように分類するかについては、研究者によって意見が
様々に分かれていますが、池上二良氏の分類では、以下のようになっています。
第1群 エウェン語、エウェンスキー語、ソロン語、ネギダル語
第2群 ウデヘ語、オロチ語
第3群 ナーナイ語、オルチャ語、ウイルタ語
第4群 満州語、女真語
各言語の分布を大まかに示せば、第1群がシベリアと中国東北地方、第2・第3群
が沿海州から樺太にかけて、第4群が中国東北地方です。
見てもわかるように、かろうじて日本語に近いと言えるのは「7」と「8」 ぐらいです。少なくとも数詞を見る限り、日本語をツングースの直系という のは難しいですね。
121 :
世界@名無史さん :2001/06/18(月) 05:56
日本語の数詞が祖語に近いorツングース諸語に影響を与えた、可能性はないのでしょうか。 1-2 hi-hu 3-6 miku 4-8 yo-ya 5-10 (i)tu-to(wo) 7-9 nana-koko(no) が対応するのって偶然じゃないような気がするんですけど
122 :
世界@名無史さん :2001/06/18(月) 06:18
なんで日本語と朝鮮語が似ていると「朝鮮語が日本語の起源」になるんだい? 倭は古代朝鮮を支配していたんだから「日本語が朝鮮語の起源」と見るのが 正しいじゃねえか!
123 :
名無しさん@1周年 :2001/06/18(月) 11:43
もともと日本は人種も言語も混成されてできてるからねえ。一番下に太平洋ポリネシアの 南方の言語が基礎にあって、それから様ざまな人間の移動があって、それに現在の言語の 生成が左右されてきたのだから、そういった全てを無視して朝鮮語が日本語の起源って 言い切るのもねえ、視野が狭いっていうか、短絡的っていうか、自己チュ−っていうか。 なにも朝鮮→日本っていうルートのみがあるんじゃないんだからさ。その逆だって有り得る わけで、またそれ以外の江南→日本とかいろいろなルートもあるわけで。 なんかどうも朝鮮人っていうのは、自分が世界の中心だって勘違いしてるようだからねえ。 いやはやなんとも。こんな狭い視点でしか、世界を見れないなんて不自由だね。
124 :
世界@名無史さん :2001/06/18(月) 11:52
朝鮮はルーツのひとつであって、全てのルーツではない。 敵国からぱくったもんだから、血の濃さでウリナラは 日本のすべてのるーつにだっていうことで堂々とぱくれる んでしょうけど
>>121 古典的ギリシア人は3を聖数として、それに神秘な価値を与えた。それは、
ギリシア人にも3以上数え得なかった古い時代があり、3が究極の数を意味
していて、後世の進歩した文化が「無限」に対して与えたような特性を、当
時の人が3に与えた結果と思われる。かように神秘化され神聖視された数を
聖数という(しかし、それは後にはその意味が忘れられ、単に愛好・愛用す
る数と化していることもある)。
この聖数は、民族によってさまざまに相違し、長く伝承されるものである
が、ローマ人・ケルト人・チュートン人・スラヴ人の神話では3及び9が聖
数、中国人は、3・5・7・9の奇数を陽数として重んじ、満洲人・ツング
ース人は5・25が聖数である。高句麗・百済は5、新羅は6である。アメ
リカ・インディアンは4を聖数とし、その中のナフア族は8をも聖数とする。
ポリネシアのイースター島の一部にも8を聖数とする所がある。日本人は2
(一揃い)を重んじ、これをマといって重視した(二つ揃わないものをカタ
という)。また、8が一般的に重んじられ、神話にも極めて多く登場してい
る。他に日本神話には3及び5が使われるが、五伴緒・二十五部等の5及び
その倍数の使われる神話(たとえば天孫降臨)は、5を聖数とする満洲・ツ
ングース人などとの関連が考慮せられるべきである。3・5・7などの数で
整理された世界化成神話には、中国の陽数の観念の影響を見るべきであろう。
この他、日本語で注意すべきは4である。日本語で4を表わすy[o¨]とい
う単語は、同時に、数量の無限の増大を意味するイヨ(愈)と同じ語である。
つまり日本文化においても、4が最大数だった時代があったと考えられる。
ところが、日本語には、母音i−u・[o¨]−aの交替による造語法があり、
それが12・36・48という数詞にも、fit[o¨],futa;mi,
mu;y[o¨],yaという形で現われている。従って、4がy[o¨]とし
て最大数として確立した後、yaが母音交替形として登場し、8が「無限」
「多数」を表わす極限数とされるに至ったものであろう。また8という数は
2×2×2でもあって、基本数の中では2を最も多く含む数である。つまり
8は2に分けて更に2に分けた後に2が残るという、日本人の2の尊重にも
合致する点も指摘できよう。
ナフア族が8を聖数とするのはアメリカ・インディアンの聖数4の2倍で
あるからであり、ポリネシアのイースター島で8を聖数とするのも、やはり、
2倍4倍の数を重んじる同島の風習と関係があるように思われる。現在日本
で、「八」をよい数と考えるのは、「八」という文字が末広がりの形だから
というので、文字の形によって新しい理由づけを行なったものである。古い
聖数八は漢字の輸入後に始ったものではない。
『日本書紀・上』(日本古典文学大系、岩波書店)551〜2頁より
注:[o¨]はウムラウトのo。ここでは、オ列乙類音を示す。
>>121 >日本語の数詞が祖語に近いorツングース諸語に影響を与えた、可能性はないのでしょうか。
上記を見る限り、それは無理っぽいですね。むしろ南方系の要素と見るべき
もののようです。
ところで、4(y[o¨])から8(ya)が生まれたというのは順序として
自然だとは思うのですが、母音交替による派生の傾向という点では、a→[o¨]
の方が自然(3母音起源説からもこの方がよりふさわしい)ですので、この辺
はどう考えるべきかちょっと引っ掛かりますねぇ。むしろ私は、原始日本語
においてはyaが4を意味していたと考えた方がよいのではないかという気が
します。yaの母音交替形としてy[o¨]が派生した後、意味分化(同じ内容を
表わす語は2つもいらないから、語として消滅しないためには、両語の間で
意味・用法の分担が行なわれる必要がある)の過程で、本来4であったyaの
方が8を、新しく派生したy[o¨]の方が4を、それぞれ担うようになり、その
結果、新しい語形y[o¨]が担当する4という数字よりも、由来の古いyaが
担当する8という数字の方がより聖なる数として扱われるようになったとは
考えられないでしょうか。
ちなみに、母音交替によって新しい語を造るのは上代日本語の一特徴です。 以下にa〜[o¨]の交替によって生じたと思しい語をいくつか示しておきます。 kata(語る)〜k[o¨]t[o¨](言) sa(然)〜s[o¨](其) ka(彼)〜k[o¨](此) na(連体格助詞)〜n[o¨](連体格助詞) ※「ナ」は、まなこ(目な子)、みなと(水な門)、たなごころ(手な心)などの 複合語に化石的に残っている連体格助詞で「〜の」の意。 fadara(雪の薄く降り積もった様)〜f[o¨]d[o¨]r[o¨](同)
128 :
世界@名無史さん :2001/06/20(水) 04:39
高句麗語≒日本語ってことになったら、隣国との関係がまともになるのに あと100年ぐらい?が1000年かかりそうで恐い。 ますます電波な国になりそう
10年くらい前には韓国にも、 「百済語や新羅語の距離より、高句麗語と倭語の距離の方がずっと近い」という学者はいたよ。 でも今そんなこといったら戦前の日帝植民地史観とかなんとかいわれちゃうからなあ。 じっさいに戦前からある説だし。
130 :
世界@名無史さん :2001/06/20(水) 17:28
高句麗が南方系と言うのも無理があるような気がするが、
>>130 高句麗は間違いなく北方系でしょう。ただし、神話には南方系の要素も含まれ
ており、南方系と多少の交流はあったようだ、程度のことは言えると思います。
132 :
世界@名無史さん :2001/06/21(木) 00:08
高句麗は南方系だよ。北方系説には先入観以上の根拠はない。
>>132 それでは、高句麗が南方系だという根拠をお示し下さい。特に語学方面で
根拠をお示し頂ければ、私程度の人間でも多少はお相手できると思います。
134 :
世界@名無史さん :2001/06/21(木) 02:19
高句麗の神話はスキタイの神話と酷似していると聞いたが、どこが南方系なの? スキタイの神話の丸っきりコピーじゃん、あれ。
>>134 三国史記によれば、高句麗の始祖・朱蒙は卵から生まれたとあります。
民俗学的には卵生神話は南方に多いものなのだそうです。民俗学は専門外
ですので自信はありませんけど。
ちなみに、スキタイの神話とはどのようなものなのか、参考までに教え
て頂けると有難いのですが。
136 :
世界@名無史さん :2001/06/21(木) 02:44
ドニエプル川の川神の娘と天帝ゼウスの間にできた人が自分たちの先祖。 高句麗はヤールー川の河伯の娘と天帝との間に生まれたのが朱蒙か、そのおやじだったかな、
137 :
世界@名無史さん :2001/06/21(木) 02:51
高句麗の神話とスキタイの神話は似てないよ。 似てるってのは王位のレガリア(=三種の神器)が スキタイ王のものと高句麗王のものが似てるって話。まあ日本も似てるわけだが。 ただ高句麗の場合は建国神話の冒頭部(3代めあたりまで)にちょこっと出てくるだけで 実際にそのようなものが継承されていたのかどうかは不明。
138 :
世界@名無史さん :2001/06/21(木) 03:51
調べてみぃ、
139 :
世界@名無史さん :2001/06/21(木) 20:29
高句麗の場合、高句麗の祖・朱蒙が金蛙王と青河に住む河伯(江の神)の娘・柳花の間に生まれている。
140 :
世界@名無史さん :2001/06/22(金) 03:06
141 :
娜々志娑无 :2001/06/23(土) 14:13
>>140 おっしゃる通り、基礎語彙は言語の系統を探る上で極めて重要な要素であり、
中でも数詞は基礎語彙の中でも特に重要なものとされています。その数詞がこれ
だけ似ている以上、日本語と高句麗語は言語的に何らかの関係・交流があったと
見てよいでしょう。ただ、資料上の関係で残存する高句麗語が少な過ぎるせいも
あって、現在、日本語と高句麗語との間で音韻対応の法則を立てるには至ってい
ません。比較言語学の立場では、基礎語彙を比較して何となく似ているというだ
けでは、同系の証拠にはなり得ません。それこそ、英語の「so」と日本語の「そう」
が意味的にも音韻的にも似ているから英語と日本語は同系だと主張するようなも
ので、こんなのはただの笑い話で終わってしまいます。
尤も、比較言語学も決して万能ではありません。これまで多くの研究者が比較
言語学的手法をもとに日本語の系統を明らかにしようとして、結局ただの一人も
成功し得なかったのは、日本語が北方系と南方系の二つの要素の複雑に混じり合
った混成言語であるためです。このような事情は何も日本語だけでなく、高句麗
語もまた同様の可能性があります。ツングース系である可能性が高いと言われな
がら、数詞を見ても近いのは7くらいですしね。ですから、今後の研究の進展に
よっては、現在は北方系要素として扱われている高句麗語と日本語の共通数詞の
部分も、将来的には高句麗語に見える南方的要素として取り扱われる日が来るか
も知れません。
以上、旅の空でのレスゆえ簡単なもので申し訳ないですが。
142 :
世界@名無史さん :2001/07/06(金) 08:16
age
143 :
世界@名無史さん :2001/07/09(月) 13:47
age
144 :
世界@名無史さん :2001/07/10(火) 11:45
倭人は倭人でいいだろう。何も高句麗を出さなくても、、、、、、
146 :
世界@名無史さん :2001/07/26(木) 02:34
これ途中までは面白かったんだけど、電波がきて台なしになったんだよな・・・ と言うことで、続編きぼんぬ。
147 :
世界@名無史さん :2001/07/31(火) 07:26
終了? 確認age
だいたいのことはもう論じつくしたのではないかな? もうないだろ。 あとはアラシがきて終わりだろ。
149 :
世界@名無史さん :2001/08/09(木) 07:32
150 :
世界@名無史さん :2001/08/22(水) 07:12
それにしても日本語っていうのはアレだねぇ。なんかいろんなのが 混じってる感じがするねぇ。韓国語学んでて再確認したよ。
152 :
世界@名無史さん :01/09/09 13:47
153 :
世界@名無史さん :01/09/15 04:29
154 :
世界@名無史さん :01/09/15 06:52
>>151 漢語は似ている(とーいうか発音が違うだけだ)けど、それは元々韓
国語じゃないよ。
所謂大和言葉的なものでは全くと言って良いほど
似て無いらしい。
155 :
世界@名無史さん :01/09/22 21:14
156 :
世界@名無史さん :01/09/24 03:22
>>154 確かに漢語起源の単語を除いた固有語では、日韓の基礎語彙はほとんど似ていない。
しかし、文法は恐ろしいほどよく似ている。
157 :
世界@名無史さん :01/09/24 21:43
やはり、新羅語はそもそも日本語のとの差が大きく、高句麗語は多少の近似性は あったということか。しかし、記録が少ないのは残念。
158 :
世界@名無史さん :01/09/24 22:25
ここまでのレスを読む限り、高句麗の言語についての記載がある資料は 「高句麗地理誌」しか挙がっておりませんが・・・
159 :
世界@名無史さん :01/09/25 07:28
160 :
世界@名無史さん :01/10/12 07:20
↑の221以外もおもろいねー
161 :
世界@名無史さん :01/10/28 22:06
高句麗語を学びたいけど、どこかいいところありますか?
高句麗語の資料ってどれくらいあります?
163 :
世界@名無史さん :01/10/28 22:14
(・∀・) コクーリ!
あげあげ
もしかしたら高句麗は日本と同じ起源なのかもしれないんだから、もっと盛り上げましょうよ。
166 :
世界@名無史さん :01/10/29 06:49
>>158 それをいうなら「三国史記地理志高句麗条」なのでは。
それと日本書紀からも古い高句麗語が若干拾えるよ。
167 :
世界@名無史さん :01/10/29 23:36
168 :
世界@名無史さん :01/10/30 14:35
古いとこより新しいところじゃない?
169 :
世界@名無史さん :01/11/12 17:26
高句麗の言葉というよりいまのハングルが、日本語に血ケーじゃねーか。 世界で日本人が一番覚えやすい言語ってどこの言葉か知ってるか?
170 :
世界@名無史さん :01/11/12 17:27
文法が似てるということは頭の思考回路が似てるってことだろ。
171 :
世界@名無史さん :01/11/12 17:28
そら、韓国語の近代語彙はほとんど日本語のハングル読みだもん。
172 :
世界@名無史さん :01/11/12 17:30
何で基礎語慮がにてないかって、それは同じ極東語の方言だから 日本人にはわかんねーだけだべさーーーーー 東北行ってみーーーー
173 :
世界@名無史さん :01/11/12 17:57
基礎語"慮"・・・
175 :
世界@名無史さん :01/11/14 01:14
過去にあったらゴメンゴ 高句麗の後継国である海東の盛国、渤海から推察できないのかい? 契丹に滅ぼされるまで(白頭山の噴火?)続いたんだから、資料もあるような気が するけど。宋とか平安朝まで何度来貢、漂着してるんだから言語の記録もあるのでは ?そもそも渤海語は高句麗語なのだろうか?
176 :
世界@名無史さん :01/11/14 04:01
>>175 渤海語の資料なんて無い。高句麗語の数詞がわかったのだってほとんど奇跡。
177 :
世界@名無史さん :01/11/14 05:07
渤海語は夫余系言語と満州ツングース言語の混成だろうけど、どっちよりだったかはわからない。 12世紀あたりまで河北には少数民族のように渤海人の集落ってのが残ってたようだけど その頃にはモンゴル語か中国語をしゃべってて本来の言語はすでに失われていた可能性もある。
178 :
世界@名無史さん :01/11/15 23:50
渤海からはさぐれないのですね・・ 南関東の故地名などからヒントとか探ることできないのですか? 続日本紀を読むと随分移住してるようです。 大磯から熱海、箱根、甲斐、武蔵の国など。地名も狛江や高麗郡、高麗駅。 高麗神社など随分足跡を残してるようですが・・ 関東武士団との関連性も考えられますし、その辺詳しい方どなたか・・ 駒と高麗、駒込、山梨の巨摩郡、暗示的なものが結構見受けられます。
179 :
世界@名無史さん :01/11/16 01:15
日本の地名からは日本語しか探れないでしょう 高句麗人の移民のことはある程度さぐれても高句麗語はむり ましてや関東武士団なんて時代が下がりすぎて完全に日本人
180 :
世界@名無史さん :01/11/16 01:21
>>179 地名などは、意外と古い時代のものが(漢字の)当て字で残っていたりするそうなの
ですが、地理的に近い九州の地名等からは関連をさぐれないものでしょうか?
181 :
世界@名無史さん :01/11/16 01:57
古い地名からわかるのは古い日本語
182 :
世界@名無史さん :01/11/16 02:02
三国史記や日本書紀の高句麗語は、それが高句麗語だという断り書きがあるか
前後の文脈からほぼ高句麗語であろうという推測ができるものを、
現代の我々が高句麗語を研究する材料としてるわけ。
>>178 ,
>>180 は何をいいたいの?
日本の地名をいくら集めても、どうやってそれを高句麗語だと判定するわけ?
少しは考えながら書いてくれ、教えて君よ
183 :
世界@名無史さん :01/11/18 00:16
渤海人がもっと後まで生き残っていたら、 日本語のルーツを考える上で大いに参考になったんだろうね 1)日本海を取り囲むように、南方系の「環日本海祖語」が分布してた。 2)漢帝国の楽浪郡、真番郡の設置によって半島部分が中国語の影響をうけて朝鮮語へと分化していき、 北部はツングースの文化的影響をうけてアイヌ語が分化。 3)それで大陸側の夫餘系諸語(夫餘語、高句麗語、沃沮語、穢語) と列島側の倭語に分断されってしまった。 4)その後、渤海人の消滅により(もしくはそれ以前の高句麗の滅亡により) 日本語が列島に取り残され孤立してしまった。
184 :
世界@名無史さん :01/11/18 00:58
>>183 それは既存の仮説ですか?
それとも、あなた自信の考え?
185 :
世界@名無史さん :01/11/18 02:20
183の考えだろ。 かなりむちゃくちゃ。 アイヌ語は朝鮮語にも日本語にもにてないし、 中国語の影響で朝鮮語に文化、にいたっては???
186 :
世界@名無史さん :01/11/18 02:24
解ってるだろうけど、文化じゃなくて分化ね。 それより日本語は南方系要素よりもやはり北方系アルタイ諸語系要素のほうが強いと思うが。 日本語はかつて言われたように、アルタイ系ではないと思うが、だからといって南方系言い切るのもなんだかなぁ。
187 :
世界@名無史さん :01/11/18 02:36
>>183 >半島部分が中国語の影響をうけて朝鮮語へと分化
朝鮮語って、そんなに中国語の影響大きいかぁ?
どちらかっていうと、シナ・チベット語族よりは
アルタイ系の影響を思いっきり受けてる感じなんだが。
>>183 で漏れが書いた説は、このスレででていた夫餘系語と倭人語の同系説をもとにして
妄想を加えてみました。
みんなでよってたかって修正してください。よろしく。
189 :
世界@名無史さん :01/11/19 06:43
判明している高句麗語って数詞の3=mil 5=utu 7=nanun 10=tek 基礎語彙の母=papa 口=kuutsしかないの? 20数語判明してるって聞いたような。。。
190 :
世界@名無史さん :01/11/19 08:07
おりこけ、とか、まかりだろ、とか。
191 :
世界@名無史さん :01/11/19 11:04
せしむ、とか、すのこり、とかな。
192 :
世界@名無史さん :01/11/20 00:02
1)古アジア語(パレオアジア語)を話す人たちが東北アジア、半島、列島に住んでいた。 2)アルタイ語を話す人たちが東北アジアに入ってくる。その結果、東北アジアはアルタイ語化し、アルタイ語も現地の古アジア語の影響をうけ、ツングース系諸語となり、アルタイ諸語を形成。 3)東北アジアに住んでいる人たちの移動かなんかで、半島、列島にもその影響が及ぶ。 4)結果、列島半島語が古アジア語から一味違うものに変化。 5)列島では南島系語の影響を受けて、半島の朝鮮語とも変化し、日本語の原型となる。 6)半島、列島に漢字を通して、中国語の影響が入る。 7)現在にいたる。 南島語の影響が実際、どのあたりで、どれくらい影響したかよくわからないから、適当に5に入れてみた。批判歓迎。
193 :
世界@名無史さん :01/11/20 00:22
>>192 古アジア語つーのは、どういう言語なの?どのくらい前でどのくらいの地域で
行われていたものなの?
194 :
世界@名無史さん :01/11/20 00:33
エスキモー語とかコリヤーク語とか少数ながら、今でも残っている。
195 :
世界@名無史さん :01/11/21 00:00
アイヌ語は東にやってきたインドヨーロッパ語族。
196 :
世界@名無史さん :01/11/21 02:51
高句麗語の数詞は三国史記の中にある地名から推測されるようですが、 高句麗は夫余族が東北平原から南下して朝鮮半島に移り住んだ人達と いわれています。 つまり、もともと朝鮮半島に住んでいた人達ではないですよね。 それで、日本の北海道や東北地方の地名ではアイヌ語が起源だったりしますが、 これと同じように、三国史記の中にある高句麗の当時の地名も実は高句麗語を 直接あらわしたものではなく、それ以前に朝鮮半島に住んでいた人達の言葉を 起源とするものではないのかという疑問があるのですが、どなたか詳しい方 おしえてください?
197 :
世界@名無史さん :01/11/21 07:24
おりこけ、まかりだろ、せしむ、すのこり の意味教えて〜
198 :
世界@名無史さん :01/11/21 21:45
>>196 あんた、それコピペじゃん。他のスレでもきいてたでしょ。あっちで答えといたヨ
>>197 日本書紀みれ
199 :
世界@名無史さん :01/11/21 22:18
ひとつ疑問なのですが、高句麗は北方系なのですか? それとも、南方系なのですか?
あのね、それは「論点」なんだよ。 もう一度スレッド読んでほしいな。だめ?
201 :
世界@名無史さん :01/11/21 23:35
北から来たのだから北方系だと単純に思えるのだが・・
202 :
世界@名無史さん :01/11/21 23:41
高句麗は700年も続いたのに、どうして言語記録が残ってないんだ?
65 :日本@名無史さん :01/11/21 06:24
高句麗語の数詞が日本語と極めて近いことについて
高句麗語の数詞は三国史記の中にある地名から推測されるようですが、
高句麗は夫余族が東北平原から南下して朝鮮半島に移り住んだ人達と
いわれています。
つまり、もともと朝鮮半島に住んでいた人達ではないですよね。
それで、日本の北海道や東北地方の地名ではアイヌ語が起源だったりしますが、
これと同じように、三国史記の中にある高句麗の当時の地名も実は高句麗語を
直接あらわしたものではなく、それ以前に朝鮮半島に住んでいた人達の言葉を
起源とするものではないのかという疑問があるのですが、どなたか詳しい方
おしえてください?
66 :日本@名無史さん :01/11/21 06:36
>>65 もちろんそういう見解もあるよ。
岡田英弘なんかは、これは古くから朝鮮半島に倭人がすんでいた証拠だとしているね。
しかしそれを認めると高句麗語の研究は永遠に闇に閉ざされてしまうけど。
高句麗語も倭人語も例の地名を残した半島先住民語(韓語はふくまれない)も、
「環日本海祖語」を認めれば、似ていて当然ともいえるだろうけど・・・
204 :
世界@名無史さん :01/11/22 02:11
>>201 高句麗は別に北からきてないよ
王家の始祖が北夫餘出身だというのは神話であって史実じゃない。
楽浪郡の併合や百済への圧迫を南下とはいうけれど、もともとの国土ははじめから
東満州と北朝鮮にまたがっていて、さらにその北から来たというわけではない。
205 :
世界@名無史さん :01/11/22 02:43
では高句麗が南方系の可能性もありですか?
206 :
世界@名無史さん :01/11/22 02:49
それもない。早合点されるかもしれないが、高句麗が南方系という意味は、 スレをよくよむと、要するに高句麗という種族が分化する前の、 周辺諸民族(倭人をふくむ)との共通の祖先が南方系だという意味に受け取った方がいいように思う。 高句麗そのものが周辺の民族とは別に南方から来たという意味にとると、それはそれで矛盾が大きくなりそう。
207 :
世界@名無史さん :01/11/22 04:06
>>202 たんじゅんに滅亡したから。
高句麗人自身が残した高句麗関係の史料は
「高麗留記」100巻と、これを要約したらしい「高麗新集」10巻がありましたが、
高句麗滅亡ともに消失しました。
208 :
世界@名無史さん :01/11/22 07:47
紀元前に倭人が満州にいたって何に書いてあったっけ?
相対的な"南方系"という可能性は?。 北方系なんだけど、早い時期に北から他の民族(韓系)と比べると南方系という感じで。 本来北方系なのに、南方と風俗が一致している理由としては 1.南方の影響を長時間受けた。 2.南方が北方の影響を受けた。 が考えられる。
×:北方系なんだけど、早い時期に北から他の民族(韓系)と比べると南方系という感じで。 ○:北方系なんだけど、早い時期にやってきたから、周辺民族(韓系)と比べると南方系という感じで。
211 :
世界@名無史さん :01/11/22 09:11
39 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :01/11/21 07:27 ID:5aBS6zIT 韓国の「統一教会」では様々な人工的な国際結婚を教祖が決めているが、 韓国人男と日本人花嫁で逆はないそうだ。 教祖の日本は犯すべき存在という考えが背景にあるそうだ。 教祖の最終目標は日本の天皇を自分の前でふれ伏させること。
212 :
世界@名無史さん :01/11/22 11:04
数少ない知的欲求を満たしてくれる掲示板が・・・・
213 :
娜々志娑无 :01/11/22 12:22
>>208 世界@名無史さん
>紀元前に倭人が満州にいたって何に書いてあったっけ?
『山海経』(著者・成立年次未詳)の海内北経に「蓋国は鉅燕の南、
倭の北にあり。倭は燕に属す。」とあるようです。多分これのことでは
ないでしょうか。
なんでそんなに無理して北方系にしたがるの? わけわからん。 南方系の要素と北方系の要素を素直に比べればいいじゃん
215 :
世界@名無史さん :01/11/24 01:47
>>203 すいません、その転載の質問をした者なんですが
それはどこのスレから転載したのですか?
216 :
世界@名無史さん :01/11/24 12:31
>>214 南方系の要素を挙げてくれ。
日本人のDNAからそのもともとはバイカル湖あたりというのはわかっているのだから、当然北方要素を考えるのが当然だろ。
ヴァカ
217 :
世界@名無史さん :01/11/24 18:02
人種の移動と文化の変動の区別つかないヴァカ発見。
218 :
世界@名無史さん :01/11/24 23:26
あげ
219 :
世界@名無史さん :01/11/25 00:25
北方から来たのだから、北方の文化を受け継ぐのがまず正当だろうが。 アフォ
220 :
世界@名無史さん :01/11/26 16:46
221 :
世界@名無史さん :01/11/27 18:25
age
やっぱり昔日本人がいたっつうことですか?
223 :
世界@名無史さん :01/12/03 21:49
ムカシニホンジンて動物の名前みたい...
そうじゃなくて日本人と高句麗人の共通の先祖がいて 片方が日本人にもう一方が高句麗人になったってことでしょ
時代的にはいつ頃?
226 :
世界@名無史さん :01/12/05 15:59
戦前の日本の新聞の記事@ 『鮮人内地密航/発見されて説諭』 大阪朝日 1921/7/15 鮮満 〔〕 釜山・朝鮮 【渡航】 『又も帆船で密航した不逞鮮人四名逮捕さる』 大阪朝日 1922/5/20 〔7/4〕 下関・ 兵庫 【社会】 『北鮮から密航の怪鮮人/新羅丸の石炭庫に潜伏/労働者には不似合の所持品が不 審』 福岡日日 1922/5/21 〔1/2〕 下関・山口 【渡航】 『鮮人十名密航』 大阪朝日 1922/7/2 夕 〔2/1〕 下関・山口 【社会】 『鮮人十名の密航者/京畿丸に潜伏』 京城日報 1922/7/4 〔4/8〕 下関・山口 【渡 航】 『ブロ−カ−の手で密航する鮮人が多い/大部分は山口福岡両県に上陸/北九州一帯 では特に警戒を厳にして居る』 九州日報 1923/4/17 〔5〕 ・福岡・山口 【渡航】 『密航鮮人発見(遠賀郡芦屋町)』 門司新報 1923/11/7 〔1/5〕 遠賀郡・福岡 【渡航】 『内地密航と取締』 大阪朝日 1923/12/6 鮮満 〔〕 釜山・朝鮮 【渡航】 『鮮人の内地密航に警戒の眼が光る/釜山水上署の取締』 京城日報 1923/12/20 〔2/5〕 釜山・朝鮮 【渡航】 『発動船で密航/鮮人九名発見』 福岡日日 1924/2/21 〔1/2〕 下関・山口 【渡 航】 『潜入を企つ/立神丸に忍んで(舞鶴〜元山定期航路・立神丸で自称島根県人が密航 企図。「不逞鮮人」と連絡ある者と見込み取調中)』 大阪朝日 1924/4/20 京附 〔1/9〕 舞鶴・京都 【警備】 『丗名の鮮人欺されて密航/山口特牛港に』 福岡日日 1924/5/2 〔1/3〕 ・山口 【渡航】 『五十余名の密航団/難船して露見に及ぶ』 京城日報 1924/5/9 夕 〔2/4〕 釜山・ 朝鮮 【渡航】 『鮮人渡来制限撤廃/密航は取締る』 福岡日日 1924/6/7 〔1/7〕 下関・福岡 【渡 航】
227 :
世界@名無史さん :01/12/07 17:08
良スレあげ
228 :
世界@名無史さん :01/12/09 14:07
あげ
どうも日本人、あるいはそれに非常に近い集団がいたみたいだね
倭と高句麗が同一民族とはいやはや、、、、、、
同一民族とまでは誰もいってないんじゃないかな。 言語系統が同系(か、もしくは少なくても似てはいるらしい)ってだけ。
少し似ている、いやはや、、、、、、
233 :
世界@名無史さん :01/12/18 23:21
大 畳 和 山 づ は 籠 く 國 れ 青 の る 垣 ま 大 ほ 和 ろ し ば う る は し
q
満州に散在していた北倭が南下したのは3世紀のころ。(つまり神武、卑弥呼の時代) 神武は百済の王、仇台のこと。 百済王であった神武は福岡地方に伊都国を建てた。 したがって福岡地方には百済の前進基地があったことになる。 それより前、ニギハヤヒは熊本地方に多(婆)羅国を建てていた。 また朝鮮半島にも多婆羅国があった。 百済と多(婆)羅国は合体した。クタラとは旧タラ国の意味である。 百済の前進基地たる伊都国と多婆羅国は、日向の安羅国とともに 邪馬台国連邦を形成していた。したがって、朝鮮本国の百済が滅亡しても 「白村江の戦い」に出向かざるを得ない理由があったのである。 もちろん倭国とは九州のことで、卑弥呼は日向の安羅国にいた。 神武と卑弥呼は夫婦だった。卑弥呼が独身だったというのは嘘だった。 神武が死んだ後、神武の先妻の息子(タギシミミ)と卑弥呼は再婚した。 これが”弟”である。
236 :
世界@名無史さん :01/12/22 18:29
q
237 :
世界@名無史さん :01/12/23 23:14
神國日本の言葉は唯一無比。 蕃夷の言語とは似ても似つかぬ。
238 :
世界@名無史さん :01/12/27 02:13
そのむかし、日本人は列島と半島に住んでいましたが半島が分離して朝鮮人が出来ました。 1945年ごろの話です。 それまでは半島は日本領だったとの噂です。
239 :
世界@名無史さん :01/12/28 11:44
貸し間でむぱとは、いやはや、、、
三韓とは高句麗・新羅・百済のことではないの?いやはや、、、、
241 :
世界@名無史さん :01/12/30 06:13
>>240 は、どこへのレスなんだよ、いやはや、、、、
242 :
世界@名無史さん :02/01/18 07:58
渤海使は、どこから日本、高句麗、百済、渤海が同じ夫余って情報しいれたのかな?
243 :
世界@名無史さん :02/01/21 13:24
そんな情報ないんだけど、いやはや、、、
244 :
世界@名無史さん :02/01/21 13:39
だからなんでそうなる?高麗語が日本語に似てたのではなくて、日本語が、高麗語に似てる のだろ。まったく、自国中心的な思考はもう、やめたほうがいい、もっと、アジアを1つの地域として、 民族の変遷を語るべきだ。日本という小さな島国にとらわれていては、より、おおきなものを見失う。 どうでしょか?みなさん。
245 :
世界@名無史さん :02/01/21 15:12
246 :
世界@名無史さん :02/01/21 15:52
高句麗語で、「こんにちわ」「私は高句麗から来ました。」は どう言うのでしょうか。
どうでもいい
249 :
世界@名無史さん :02/01/22 22:45
>>244 あほか。そんなこといってないだろ。
高句麗語と倭語が似てるってことで両者の共通祖語を想定するっていう仮説がありうるってだけじゃん。
>高麗語が日本語に似てたのではなくて、日本語が、高麗語に似てるのだろ。
同じじゃん。どうちがうんだよ。高句麗語が古い形を保ってて、倭語が変化して新しいとでも?
>まったく、自国中心的な思考はもう、やめたほうがいい、もっと、アジアを1つの地域として、
>民族の変遷を語るべきだ。日本という小さな島国にとらわれていては、より、おおきなものを見失う。
論点すりかえるなよ。何がなんでも民族単位の道義上の問題にしたいんだな。
250 :
世界@名無史さん :02/01/22 23:36
高句麗語は再現できないので、日本語に似ていたかどうかは不明。
>>250 だね。資料があんまりにも少なすぎる。わずかにある高句麗時代の
金石文は漢文だし。
252 :
世界@名無史さん :02/01/23 23:44
わずか三国史記に記載されている地名から高句麗語の単語らしきものを抽出して、日本語と比べて云々してもね。
お前ら勉強しなくていいのか。 また浪人だぞ。
254 :
世界@名無史さん :02/01/25 16:48
>>253 日本社会を浪人してるお前には言う資格が無いな。
総連の工作員だってことはみんな知ってるぜ。
崇神天皇の諱「御間城入彦五十瓊殖(みまきいりびこいにゑ)」やその子・垂仁天皇の 諱「活目入彦五十狭茅(いくめいりびこいさち)」に共通するイリといかにも関係があり そうな感じの名ですよね。大系『日本書紀・上』補注4ー一(585頁)には以下のよう にあります。 (10)崇神と(11)垂仁とは、それぞれミマキイリビコ・イクメイリビコといい、 イリビコという名を共有する点で一つの群を形成する。イリの意味は確定できない が、イリの名を持つものは、崇神・垂仁・景行の皇族に多く現われ、応神の時代に 消える。また、崇神以外の系統のものもあるが、その中には「亦名」などで加わっ ているものがあり、結局、崇神に関連することが多い。崇神以前にはタマクシイリ ビコがあるが、これも崇神の祭祀をうけている。このような事実から、崇神・垂仁 王朝ともいうべきものが存在したのであろうと推定する意見もある。 ま、偶然の一致かも知れませんが、もしかするとこれらの天皇と高句麗との間には 何らかの関係があるのかも知れませんね。証明するのはかなり難しそうですが(^^;。
256 :
世界@名無史さん :02/02/08 13:18
>>255 古代朝鮮語の資料が大量に出てこない限り、どうあがいても証明は不可能
だからなぁ。
257 :
似非トゥラン主義者 :02/02/08 13:36
>イリの意味は確定できないが、 イル・ハーン国の「イル」じゃない?(w (el〜ilはテュルク語で「くに」の意)
258 :
世界@名無史さん :02/02/08 17:19
イリヒコ・イリヒメの「イリ」は、玉依姫の「依り」と同系。神霊が憑依する意。 「入り」とすれば神霊がその人に入る意味で、結局意味は同じ。 崇神・垂仁王朝はまた「呪教王朝」とよばれ 宗教的な色合いが濃厚な時代とされていることに注意すべし。 高句麗語の「イリ」は「泉」「淵」の意。これは別の言葉だろう。
>>256 引用して下さるのは有難いのですが、どうせなら前段も一緒に引用して
欲しかったですね。
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476 482 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA 投稿日:2002/01/09(水) 20:53 ID:74PoAWss
この「伊梨柯須彌」について、岩波古典文学大系『日本書紀・下』238頁頭注
には、以下のようにあります。
中国の史書や三国史記に泉蓋蘇文、天智三年十月条に蓋金とあり、太子伝暦
に大臣入霞とある。池内宏によれば、蘇文の弟浄土を、三国史記には淵浄土と
いう。泉はもと淵と称したのであるが、唐高祖の諱を避けて淵を泉に改めたの
であろう。伊梨はこの淵の字音に近い。柯須弥は蓋蘇文の音訳であろう。原音
は恐らくirkasumであろうという。
これを信ずれば、この人物の名の原音は[irkasum]であり、「伊梨柯須弥」
は日本側の音訳表記(万葉仮名)、「淵蓋蘇文」は中国(朝鮮)側の音訳表記ということ
になります。しかし、日本側の万葉仮名表記はともかく、「淵」の字音は上古音が
['ua ̄n]、中古音が['uen]ですので、[ir]の音訳としてはあんまり
うまいものとは言い難いように思います。むしろ、李基文氏『韓国語の歴史』(大修館)
にあるように、
「泉井郡一ニ 云ウ/2於乙買ト/1」の「於乙」(*er 泉)と、『日本書紀』
(巻二四)に泉蓋蘇文の名をiri kasumi(伊梨柯須弥)と表記した
ところから見ることができるiri(泉)との一致(以下略)
同書44頁
「泉(淵)」は高句麗語の訓(泉=er?,ir?)に基づく漢字表記であると見た方が
よいのではないでしょうか。
ちなみに、新羅語では「泉」のことを*сlと言ったようですが、これは高句麗語と
よく似ています。本語が単に高句麗語からの借用語なのか、新羅語が高句麗語と同系の
言語である証拠なのかはさておき、両言語に何らかの交流・接点が存在したことを窺わ
せるものであることは確かでしょう。
∧∧ ノ アイゴー ゴメンナサイニダ ⊂<Д´⊂ ̄`⊃
262 :
言語板よりコピペ :02/02/21 05:10
色々なページから情報を集めました。ローマ字はやや中国語風ですが。
新羅意訳 高句麗語
三餐郡 密波兮 「み(つ)はけ」(中国語フォントでは餐が山+見になる)
五谷郡 于次-呑忽 「いつたに/たむ」
七重県 難隠-別 「ななへ」
十谷県 徳頓忽 「とたに/たむ」
兎山郡 烏斯含達県「うさぎだけ?」
海曲/海西県 波旦県 「わた」
三 mit (jap.み(つ))
頂上が平らな山 pua-kei (jap.はけ、はげは山梨・神奈川でまだ使われているようです)
五 (h)u-tsi (いつ)
谷 ta/on-mut (呑忽 = 頓忽) (たに、たむ?)
七 nan-in (Tungusic nadan)
重 in-pet,pet
十 to/ek (と(を))
兎 o/u-si/e-g/ke/am (をさぎ)
山 d/ta
海 pua-dan(波旦)? (Korean pada / Jap.わた)
http://www.sun-inet.or.jp/~ryr58037/kr_orig.htm#chuki06 水 買 mai (Jap.*mi-)
深 伏斯 b/puk-si/e(ふかし?)
谷 呑,旦 (たに)
鉛 乃勿 nai-mut (Korean nab) (なまり?)
口 忽次 kut-tsi (くち)
何で調子良く1,4,6,9がないんだろう。
高句麗語と兄弟であることが証明されれば、南方系の言語との繋がりを研究している学者が面目を失うため、
あえて資料を公表してなかったりして(んなわけないか)
263 :
世界@名無史さん :02/02/24 00:37
264 :
世界@名無史さん :02/02/26 06:48
高句麗語の数詞はビルマ系だとした論文もあるよ
265 :
世界@名無史さん :02/03/02 22:25
>>264 日本語とビルマ語の基礎語彙の一致はつとに指摘されていること。
なので日本語を無視してビルマ語と関係づけるのは苦しいだろう。
でもまあ高句麗語はますます南方系だな。
266 :
世界@名無史さん :02/03/02 23:28
ここで言われているところの南方系とはどこらへんの地域を指すのですか?
267 :
世界@名無史さん :02/03/03 00:11
南方系、南方系というわりには、それが何なのかは全然はっきりさせないな。
268 :
世界@名無史さん :02/03/10 16:02
>>266 現在、雲南省からインドシナ半島にかけて居住する非漢族系モンゴル系人の事でしょう。
明治期以前の日本人の食文化の原郷と云われている。
269 :
世界@名無史さん :02/03/16 12:17
>>268 >非漢族系モンゴル系人
漢語系でもモンゴル語系でもない言語を話す人々って意味ね。
270 :
世界@名無史さん :02/03/16 20:40
>>269 非漢族系モンゴル系人は、漢族以外のモンゴロイドの意味です。
古代の日本人にとっては「4」及び「8」が 聖数でしたが、中国人は奇数、高句麗・百済は「5」、新羅は「6」を尊んで いたことが神話などの研究により明らかにされています。古代の日本人に とっては「8」は「4」以上の聖数であり、「80」も日本神話には「八十国ヤソクニ」 「八十隈ヤソクマ」「八十島ヤソジマ」「八十万ヤソヨロヅ」のように「多数」の意味で 盛んに使用されています。
272 :
世界@名無史さん :02/03/29 08:00
韓語の固有語彙は何処からなんだろうか 漢語化したからというのは余りに無理では無いか 数詞なんて周辺のどの言葉とも似ていないような... (アイヌ語に僅かに似ていた様な気もする) 若しかしなくても姦国の電波達は自分等の言葉が歴史上の何処の文明国の言葉とも 類似していなくて出自不明なのを認めたくないのではないのか? 韓語とアイヌ語を比較した資料は無いものか?
戦時中は日韓同祖論をとなえることこそ、逆に朝鮮併合の際に利用 できるものであったとか。皮肉だねえ・・ 朝鮮半島人は自国の特定のイデオロギー政府教科書で 勉強しているから何言ってもムダ。民主主義じゃない。
南北問わず。
273、274は半島人に対して。高句麗の言葉との関係云々は別。
276 :
世界@名無史さん :02/03/30 04:39
上代日本語と高句麗語・朝鮮語(11世紀=高麗王朝時代)の数詞
日本語 高句麗語 朝鮮語
1 pito ーー hana
2 puta ーー tuwul
3 mi mil seis
4 yo ーー neis
5 itu utu tases
6 mu ーー yesse
7 nana nanun ilgop
8 ya ーー yedal
9 kokono ーー ahop
10 towo tek yel
Numbers in Indo-European Languages
http://zompist.com/euro.htm#dravidian 朝鮮語の123は、インドヨーロッパ語族の影響を受けた可能性はないのかな?
スキタイ文化の影響があるから、イラン系の言語との関係はありうるかも。 でもそこまでいっちゃったら、もうわけわかんないだろうな
>>271 夫餘、アイヌ、新羅の3者の聖数は「6」。
高句麗の五部族は由来不明。偶然かも知れないし大昔は六部族だったのが欠けたのかも知れない。
百済の「5」は中国の影響だろう。
279 :
世界@名無史さん :02/03/31 06:38
280 :
世界@名無史さん :02/04/19 01:52
ウサギ(兎) タミル語cacagkan cacagk-am>acagk-am>usagiとなる。 usagi(日本語) osagam(韓半島) osukeh(アイヌ語サハリン方言) osq(ニヴフ語サハリン方言)
騎馬民族はきたんですか?
来たということで。
284 :
世界@名無史さん :02/04/24 00:19
>>280 初心者ゆえの疑問ですなのです、お聞きします。
そういう具合に音韻の遷移が推定できるのであれば、逆に日本語から
高句麗の言葉を再現できないのですか?
もっとも、再現しようとしても、確認のしようがないのではしょうがないのですが。
あと、比較している言葉はだいたいどのくらいの時代のものなのですか?
たんに対応だけを見せられてもいつの時代に行われているのかの表記が無いと
意味が無いとも、思うのですが。
285 :
世界@名無史さん :02/04/24 00:22
>>276 日本の11世紀でもフィはまだピだったのですか?ほんと?
>>276 そこに引用されている日本語・高句麗語・朝鮮語の数詞の一覧表を作った者
ですが、表の内容に一部不正確な部分があることに最近気が付きました。
すべては私の早とちりが原因です。謹んでお侘びするとともに、不正確な部分を
修正し、新たに新羅語・中期朝鮮語(15〜6世紀李朝時代)の数詞も加えて
数詞対照表を作り直しました。即ち、以下の表です。
上代日本語 高句麗語 新羅語 高麗語 中期朝鮮語 現代朝鮮語 1 pito" −− hсtсn hсtсn hΛdΛh hana (一等) (河屯) 2 puta −− tu"pс"r duβсr durh tu:r (二尸) (途孛) 3 mi mil −− sei s∂ih se:s (密) (洒) 4 'jo" −− −− nei n∂ih ne:s (廼) 5 'itu 'utu −− ta∫us dasΛs dasсs (于次) (打戍) 6 mu −− −− 'jur∫us 'jсsΛs 'jсsсs (逸戍) 7 nana nanun −− nirkup nirgub 'irgob (難) (一急) 8 'ja −− −− 'jurtap 'jсdщrp 'jсdсr (逸答) 9 ko"ko"no" −− −− 'ahop 'ahob 'ahob (鴉好) 10 to"'wo" tek −− 'jсr 'jсrh 'jс:r (徳) (噎) ※[с]…実際の音声記号は左右逆転のもの。[o]よりも広口の母音。 [o"]…オ列乙類音。中舌母音説が有名だが、実際の音価は諸説あって不明。
なお、11世紀高麗時代の数詞の資料は『鶏林類事』という中国資料ですので、 高麗語はすべて漢字による借音表記となっております。そのため、正確な再構 には困難を伴うのですが、とりあえず『河野六郎著作集2』の朝鮮漢字音の研究 に従って私なりに再構を試みました。その後の音韻の変遷を考慮するといささか 妙な語形のものもありますが、あえてそのままにしております。 また、高句麗語 の数詞の再構は村山七郎氏に拠りましたが、李基文氏はそれぞれ3(mir)、 5(u"c)、7(nan∂n)、10(t∂k)のように再構しています。 さて、上記の表を見てもわかりますように、数詞を見る限り、高麗語(新羅語も) が現代朝鮮語と言語的にストレートにつながるものであることは間違いありません。 そんなわけで、結果的に私のこれまでの持論を変える必要はなくて済んだのは 不幸中の幸いでしたが、過去の書き込みに不正確な部分があったことは事実 ですから、この場を借りて深くお侘びしたいと思います m(_"_)m。
>>285 11世紀の頃でしたら、日本語のハ行子音はもう[Φ]になっています。
即ち、ハ行はファフィフフェフォだったはずです。表で日本語のハ行子音
が[p]になっているのは、上代日本語を挙げたつもりだったからですが、
「上代」の2文字が抜けていましたね。スマソ。
あ。ちなみに、上代日本語のハ行子音については、[p]ではなく[Φ]
であるという意見もあります。ただその場合でも、更にもっと遡って行けば
[p]だったろうというのが通説となっております。
あっ、娜々志娑无だ〜。 お久しぶりです。
291 :
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA :02/04/26 15:28
>>290 あ、ども。この板で私のことを覚えていたお方がおられたとは光栄ですね。
>>287 高麗語の7に関しては、漢字表記の「一急」に文字通り忠実に従うなら、
['irkup]とすべきでした。うっかりしてました。重ね重ねスマソ。でも、
'irkup(11C) → nirgub(15C) → 'irgob(現代)
というのは、どう考えてもまともな音韻変化とは言えないことも確かです。
11Cのが[nirkup]であれば何の問題もないのですがねぇ。思うに、11Cのは
高麗時代で15Cのは李朝時代ですから、或いはこれは方言的な差異の反映
なのかも知れません。両者を比べれば明らかに頭子音nを持つ語形の方が
古形でしょうから、ある時期のある方言に頭子音nの脱落現象が発生し、その
結果頭子音nを残す方言とnを脱落させた方言に分かれたのではないでしょうか。
その後、高麗時代においては頭子音nの脱落した地方の方言が共通語になって
いたが、李朝時代には逆にまだ頭子音nの残存している地方の方言が共通語と
なった。しかしそれも、次第にnの脱落した語形に取って代わられたーというような
事情が想像されますが、勿論確証は何もありません(w。
rwqrtqt434ytt44ytyt434yt344yt34y3t43yt4yt34yt3t4t4t2tt4t43t4t4322t24tt
日本語と朝鮮語は、驚くほど関連がないね、 もっともっと、似たようなものがあるのが普通でしょ、隣国なんだから 支配民族=言語支配と考えると、 結果として両民族の支配民族のルーツは全く違うわけだよ。 大事なことは、 現日本(支配民族)は古朝鮮をも支配したことがあってその逆はないということ。 現朝鮮(支配民族)が古日本を支配したことはない。 古朝鮮は倭に300年朝貢支配されたが、660年完全に支配からはずれ、 倭の残留言語系はその後の1400年の間の諸民族の朝鮮蹂躙で消えてしまった。 韓国人が唱えるその逆の説、「古日本が古朝鮮系に支配された」という説はなりたたない。 なぜなら 支配言語の日本語が朝鮮半島ルーツの場合は、 現在の朝鮮半島に日本語が色濃くのこっているはずだからである。
>>294 社会科教諭として、なるほどと思いましたが・・・
296 :
世界@名無史さん :02/05/06 20:15
古朝鮮、いわゆる檀君朝鮮なんてのはウリナラ野郎の妄想で学者は相手にしていない ちなみにここで問題になってる高句麗の言語も数十しか残ってないから どこどこ系などという議論は全く意味がないね 無駄だからこのスレッドやめたら
まぁシュメール語は日本語なんだからいいじゃないか〜(ゲラ
298 :
ハングル板住民 :02/05/06 20:44
>>296 古朝鮮=檀君朝鮮ではありませんね。檀君朝鮮、箕子朝鮮、衛氏朝鮮の3つを総称
して古朝鮮と呼ぶのが通例です。
また、歴史的には檀君朝鮮については神話、箕子朝鮮については史記に記載されて
いるものの、実在については疑問とされ、衛氏朝鮮は実在の王朝と考えられていま
す。
ただし、韓国では非アカデミズム系の在野の歴史家(日本風にいうとトンデモです)
の政治的な主張を容れて、現在の国定教科書には檀君朝鮮を記載しています。
また、北朝鮮では檀君朝鮮の実在を前提に金日成を檀君の子孫と位置付けています。
つまり、檀君朝鮮を実在の王朝としては相手にしていないというのは日本の学界に
ついては妥当な指摘ではあっても、韓国や北朝鮮については必ずしも適当ではあり
ません。
まぁ、
>>293 氏が主張しているのは、日本書紀に記載された任那日本府などのことを
意味しているのでしょうから、古朝鮮と呼ぶのは時代区分としてどうかとなとは思
いますが。
それと、議論に意味があるかどうかはここまでの書き込みを読んでから判断されて
はいかがでしょうか。
韓国の学会なんつーのは電波だろが 三国史記にすら出てこない檀君朝鮮が実在なわけがなかろう タチの悪い捏造だね
読んだ。 意味がないと思う。 ハングル電波が飛んでくる前にスレッドを終了すべきだ。
>>293 氏の見解が一番まとも
「日本語が朝鮮半島に隣国とは思えないほど全くない。」
この指摘の意味することの方がでかい。
3世紀から6世紀の倭との交流興隆期
の民族や言語が全く入れ替わって、
存在が消えてしまった。ということなのだろう。
302 :
世界@名無史さん :02/05/07 01:29
全然分かってない言語について語ったってムダ。よって終了。
そのとおり。 高句麗の言語系統など分かるはずがない。 漢文しかのこってないのだから
>>303 その上、その残っている漢文自体もものすごく少ないのが致命的。
305 :
娜々志先生ファン :02/05/07 05:35
>>262 を見ると、かなり似てると思うんですが。。。
>>287 を
>>291 により訂正しました。
上代日本語 高句麗語 新羅語 高麗語 中期朝鮮語 現代朝鮮語
1 pito" −− hсtсn hсtсn hΛdΛh hana
(一等) (河屯)
2 puta −− tu"pс"r tuβсr durh tu:r
(二尸) (途孛)
3 mi mil −− sei s∂ih se:s
(密) (洒)
4 'jo" −− −− nei n∂ih ne:s
(廼)
5 'itu 'utu −− ta∫us dasΛs dasсs
(于次) (打戍)
6 mu −− −− 'jur∫us 'jсsΛs 'jсsсs
(逸戍)
7 nana nanun −− 'irkup nirgub 'irgob
(難) (一急)
8 'ja −− −− 'jurtap 'jсdщrp 'jсdсr
(逸答)
9 ko"ko"no" −− −− 'ahop 'ahob 'ahob
(鴉好)
10 to"'wo" tek −− 'jсr 'jсrh 'jс:r
(徳) (噎)
※[с]…実際の音声記号は左右逆転のもの。[o]よりも広口の母音。
[o"]…オ列乙類音。中舌母音説が有名だが、実際の音価は諸説あって不明。
306 :
世界@名無史さん :02/05/07 12:41
好太王碑は堂々たる漢文です でもいくら読んでも高句麗人の言語系統はわかりませんね
307 :
アマノウヅメ :02/05/07 12:50
表音文字がなければ、正確にはなんと発音していたか、想像も出来ないんですが。 ハングルできたのは16世紀でしょう。
309 :
世界@名無史さん :02/05/08 22:46
>>307 漢字の発音の時代による移り変わりは研究されていますから、地名や人名な
固有名詞を漢字の音で表記したものを手がかりに古代の発音を分析すること
はできますよ。
日本の場合は万葉仮名、朝鮮の場合は吏読でしたか、いずれにせよ古代の朝
鮮語については史料の量が極端に少ないようですけど。
310 :
世界@名無史さん :02/05/09 00:12
単に地名や人名だろが。しかも数十語にすぎん。 漢字を当て字でアルファベット代わりにつかった万葉集と比べるだけ無駄。
311 :
世界@名無史さん :02/05/09 04:01
312 :
世界@名無史さん :02/05/09 22:00
>293 ルーツ氏の説は興味があるが他のモデルも考えられると思う。 それを説明しよう。 >支配民族=言語支配と考えると、 これは賛成。そして支配民族は必ずしも多数派である必要はない。 ヨーロッパ西部のローマ支配によるラテン化(フランス語、スペイン語等)、 ノルマンコンケスト後のフランス化したノルマン人の支配による英語の変質、 等の例がある。 >結果として両民族の支配民族のルーツは全く違うわけだよ。 これは必ずしも言えない。 というのは、両民族の支配民族が共通であってもよい。 どちらかが滅びてしまえばよいからだ。 例えば高句麗・百済・倭の支配民族が共通であったとしよう。 すると、このなかで高句麗と百済は痕跡を殆ど残さず滅びてしまい、他の 言語と入れ替わった(もちろんなんらかの痕跡は残って良い、ちょうど フランス語におけるケルト語の音韻のような)、 一方、倭/日本はそのような大規模な外的の侵入を受けなかったから、 支配民族の言葉がよく残った、 と考えれば現在の状況を説明できる。 共通の支配民族とは扶余である、と考えると日本語は扶余語の影響を濃厚に 残した唯一の言葉、ということになる。 もちろん、扶余語の影響の仕方はいろいろな程度があり得る。 英語に対するフランス語のように、被支配民族の言葉を中核としながら 大幅に語彙を注入したか、 あるいはケルト語に対するラテン語のように、以前の言葉の痕跡のみを残して 全面的にとって代わったか、等々。 一方、他の扶余語は、満洲では高句麗・渤海が滅びた後は絶滅して若干の 痕跡を満州語の中に残し、 朝鮮半島では系統の異なる新羅語が朝鮮語のもとになったが扶余語も若干の痕跡を 朝鮮語のなかに残した。この痕跡が、日本語と朝鮮語の共通する部分に相当する。 とまあ、こんな風なモデルを考えることもできる、というわけだ。
313 :
世界@名無史さん :02/05/09 22:36
>>310 なにを突っかかっているんだ?
まったく失われてしまった古代言語が山ほどある中で、数十語であっても、発音が
解明されていれば立派なもんだよ。
しかも解明されている単語の中に言語比較にとって重要とされる数詞が含まれてる。
明確に断定できるだけの根拠とはなりにくいとしても、脳内妄想であれこれ言って
るわけではない。
扶余語って何だよ? 教えてくれよ。 さぞ立派な文献資料がのこってんだろうね(藁)
扶余語とは文字どおり、「扶余」と自称した民族がしゃべっていた言葉さ。 滅びた民族には滅びた言語を想定する方が、現存する言語で議論するより まともだと思うが?
316 :
世界@名無史さん :02/05/20 06:02
∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ( ´∀`)< 扶余語って何だよ? ( ) \_____ | | | (__)_) ∧_∧ <丶`∀´> ふぅー、ニホンゴは難しいニダ。 ( ̄ ⊃´∀`) | | ̄| ̄ 〈_フ__フ Σ∧_∧ ……何見てるニダ。 < `∀´;> ( ̄ ⊃´∀`) | | ̄| ̄ 〈_フ__フ
317 :
言語学が板に :02/06/02 07:56
つーか。 高句麗語をふくむ穢系諸語(=夫餘系諸語)と倭語の“共通祖語”がそもそも南方系という話だろ。
319 :
世界@名無史さん :02/06/25 06:49
夫餘系諸語が南方系って定説?
320 :
世界@名無史さん :02/06/25 14:51
だいたい南方系って具体的になんのことだろう。 インドネシヤ? ポリネシヤ? それとも中国南部?
321 :
世界@名無史さん :02/06/26 00:18
南方系が南から日本経由で(?)やって来て、朝鮮半島から満洲へ 入って、そこで騎馬戦術を覚えて、また朝鮮半島へもどって来て、 百済などを建国したのかな?
323 :
世界@名無史さん :02/06/26 16:38
>322 では扶余は人種として北方系?それとも南方系?
うわぁぁぁ〜ん、どうどうめぐりだよ〜
325 :
世界@名無史さん :02/06/27 13:59
扶余が人種として南方系と言いたいのなら、だから言語も南方系、 と言いたいのだろうから、扶余の伝播経路を云々することは 人種と言語の混同ではない。 扶余が人種として北方系と言いたいのなら、どこで南方系の 言語を獲得したかという議論になる。
YESなら断言してください ここで言う日本は南方系に当たりますか?
327 :
世界@名無史さん :02/06/27 19:05
>326 「ここで言う」の意味がわからないが、日本人や日本語に南方と北方の 両方の要素が入り込んでいることは定説と言っていいだろう。 だが問題は「南方」とはどこかということだ。 それが「南中国」(華中および華南)というのなら私は賛成だが、 ポリネシアやインドネシアというのだったら、不賛成。 少なくとも大きな要素ではない。 だいたいポリネシアやインドネシアだって、オーストラリア原住民や ミクロネシアよりは新しく、北から広まった可能性が強いのだから、 その意味では北方系だ。
もともと一塊だったが、中央部を漢族に占領されて、北と南の部分だけ残ったんだろう。
329 :
世界@名無史さん :02/06/28 09:40
>328 漢族、と簡単に言うが、 当時、華中・華南にいた民族(複数)はまだ漢化されていなかった。 その連中の末裔が雲南省などに生き残っている少数民族だが、 これらの民族の文化には日本人と共通するものがある。 米作、鳥居、注連縄、納豆、歌垣など。 この人達がむかしは長江あたりにいて、朝鮮南部経由で日本に入った という可能性は否定できない。 これを南方系の要素、というならわかるのだ。
>>329 タイ人も漢代には雲南よりも北にいたっていう話だしね。
doudemoiidesuga, kana-ri hanguruita muki no wadaikato omoware.
332 :
世界@名無史さん :02/07/14 06:18
日本語は、文法は北方系、語彙は南方系、音韻はハワイ系なの?
333 :
世界@名無史さん :02/07/14 15:22
>332 というのが大野博士の結論(すこし前までの)だが、音韻が単純ならハワイ系、 と「単純に」言えるのだろうか。 たとえばイタリヤ語は俗化したラテン語であると同時に、ローマ帝国の多民族性 を反映した一種のピジン語だろうと思うが、そのイタリヤ語の音韻はラテン語より ずっと単純になって、世界で日本語に次ぐ単純さになった。 ポリネシヤ語なんて要素が無くても、音韻が単純になることはあるのではないか?
334 :
世界@名無史さん :02/07/17 04:44
夫餘も倭もふくめて環日本海諸語族は 人種的には北方系、文化的には南方系。
お久しぶりです
336 :
世界@名無史さん :02/07/27 01:13
で結局、高句麗は北方系?南方系?どっちよ
337 :
世界@名無史さん :02/07/27 01:46
高句麗ってむしろ満州民族の祖先じゃないの? 俺的には、古代朝鮮半島の国家でもっとも誇るべきなのは高句麗だと思うが、 それが自分達の直接の先祖ではないなんて知ったら すごいおもしろいと思う。
338 :
世界@名無史さん :02/07/28 01:34
満洲族は建州女直を中心に漢人、モンゴル人、朝鮮人などが合流してできた。 明代の建州女直と海西女直は、元代の熟女真がふたつにわかれたもの。 熟女真というのは高句麗人と靺鞨人が混血して渤海人ができた時、 渤海国内にいながら高句麗人と混血しなかった連中。 高句麗人は靺鞨人と混血して渤海人になったが、 渤海人はのちに高麗人、契丹人、女真人などと混血して華北中国人に同化吸収され消滅。 というわけで高句麗は満洲族の祖先ではないだろう。
339 :
世界@名無史さん :02/08/09 02:15
340 :
世界@名無史さん :02/08/14 13:27
”日本語系統の緒仮説の中で日本語が混合言語だという仮説と日本語がアルタイ系だという仮説が一番見込みがあると思い
ます。”という以下の話と
ttp://www.nichibun.ac.jp/research/ken_menu/nihongo.html 下の議論”上下2段活用と母音調和”の話を考えると、日本語文法はアルタイ系ということは大いにありえると思います。
ttp://member.nifty.ne.jp/take_tk/gokon/dousi1.htm アルタイ系を言うとき、弥生時代に、それ以前の縄文(南方)に、弥生人=北方=アルタイ系の言葉
が混じったと言う考えが有ります。
しかし日本語が、文法北方、語彙南方の形で混合言語(クレオール)として出来たとすると、
クレオール語は普通古い文法に、新しい語彙が大量に乗っかってできるそうで、
弥生時代に文法南方=縄文、語彙北方=大陸人として、クレオール語として日本語が確立したと想定するのは疑問です。
(日本語は南方文法でも中国語文法でもないから)
むしろ、細石刃を持った人=北方=アルタイ系、に粗放稲作を持った人=南方=華南又はタイ系?
が混じって、縄文期に混合言語(クレオール)として、日本語が出来たと、考えられないでしょうか?
つまり縄文期に日本列島及びその周りで、混合言語として元日本語が出来たと考えることです。
すると高句麗の南方要素や、日本語の類似性はまず朝鮮半島南部、九州などで、元日本語・元高句麗語として
混合言語(クレオール)が出来、中期以降の縄文人はこうした言葉を話していた。
これは、ピジンとして便利なので日本海の周りで使われ、朝鮮半島でもこの言葉は通じた。
こうして古代には、朝鮮半島は南部から、南方要素で農業(文明化)が進んだ。
その後朝鮮語は、モンゴル語、女真語の影響が北から入り、日本語との分化が急速に進んだ。
その為朝鮮語は、アルタイ系の要素が日本語より強い。(モンゴル語はアルタイ系)
母音調和が早くに廃れた日本語は、南方要素がより強く、弥生では語彙の借用だけで、
現朝鮮に連なる語や、中国語の影響は、直接には受けていない。と考えるわけです。
すると”日本語が混合言語だという仮説と日本語がアルタイ系だという仮説”はどっちも正しいとなりますし、
古代(紀元前1000くらい)の朝鮮半島諸語の、日本語の類似性も説明できます。電波でしょうか?
それと上記のように考え、大陸から来た弥生人は、その当時の日本語と似た(あるいは影響を与えた)
言葉を話していた人々だったとすれば、原住民(縄文人)との交流が楽で、弥生文化が急速に進んだ要因になります。
細石刃を持った人=北方=アルタイ系、と粗放稲作を持った人=南方=華南又はタイ系を証明し、
縄文時代のどっかで、言葉・文化の大きな変化があったことを示し、かつ朝鮮半島の古代文化との
類似性を証明し、古代朝鮮半島諸語を比較しないと、単なる脳内妄想になっちゃうんでしょうね。
341 :
世界@名無史さん :02/08/19 23:15
スレ違いな質問で恐縮ですが、最近知り合った人物から 高句麗伝説というセミナーにしつこく誘われて困っています。 これがどんな内容のものなのか、知っていたら教えて下さい。 www.idaki.co.jp/jp/ www.npokoma.org/schedule.html
電波っぽいね。それもかなりキテそうなのでやめた方が・・・
高句麗伝説に興味あり
344 :
キテ的には :02/08/27 06:13
6000円捨てる覚悟なら、逝ってよし 報告たのしみにしてます。
345 :
世界@名無史さん :02/08/30 03:08
前に行った事があります >高句麗伝説 何とかという王族?の子孫と名乗る女性が高句麗らしき自然のビデオを 回しながら、延々と演説していました。 その時は確か1万円くらい取られました。 知り合いに誘われて行ったクチですが、自分はもう2度と行かないと思います。
346 :
世界@名無史さん :02/08/30 06:06
あなたの豊富な知識を活かして、日韓翻訳サイトnetomoや中央日報の翻訳掲示板などで、妄言を吐く韓国人に真実を教育して下さい。
347 :
世界@名無史さん :02/09/10 05:48
東アジアには系統のわからない言葉が多すぎる。 チュクチ語、コリャーク語、イテリメン語、ニヴヒ語、ユカギール語、アイヌ語、ケト語、朝鮮語、ミャオ・ヤオ諸語…
348 :
世界@名無史さん :02/09/10 06:47
>>345 高句麗伝説キタ――ーーーーーー!!
まわりの人はどうだったですか?
みんな笑顔だったとか・・・
349 :
世界@名無史さん :02/09/18 05:49
350 :
世界@名無史さん :02/09/27 03:11
>>305 の表ですが、またまたミスを見つけてしまいました。中期朝鮮語の
「一」の語形は[hΛdΛh]ではなく[hΛnah]でした。娜々志は反省しる!
ついでに、朝鮮語の母音┤は、従来はキリル文字のсで代用して来ました
が、やっぱり子音のcと紛らわしいので、本表からっを使用することにしました。
また、語頭の子音匚も、平音表記のdから通常の音声表記のtに変えてあり
ます。ともどもご了承下されたく。恐惶謹言。
上代日本語 高句麗語 新羅語 高麗語 中期朝鮮語 現代朝鮮語 1 pito" −− hっtっn hっtっn hΛnah hana (一等) (河屯) 2 puta −− tu"pっ"r tuβっr turh tu:r (二尸) (途孛) 3 mi mil −− sei s∂ih se:s (密) (洒) 4 'jo" −− −− nei n∂ih ne:s (廼) 5 'itu 'utu −− ta∫us tasΛs tasっs (于次) (打戍) 6 mu −− −− 'jur∫us 'jっsΛs 'jっsっs (逸戍) 7 nana nanun −− 'irkup nirgub 'irgob (難) (一急) 8 'ja −− −− 'jurtap 'jっdщrp 'jっdっr (逸答) 9 ko"ko"no" −− −− 'ahop 'ahob 'ahob (鴉好) 10 to"'wo" tek −− 'jっr 'jっrh 'jっ:r (徳) (噎)
>>352 高句麗語の7のところの漢字表記は「難」から「難隠」に修正して下さい。
重ね重ねスマソ。
言語系統論はもともと印欧語を土台にした理論ですからね。 言語の混合という考え方が抜けてるんですよ。
新羅王家が日本の朝廷のようにその後も形式的に存続したならば いろいろな文献が残ったと思われる。 朝鮮に言語を含めた歴史資料が少ないのは王朝の交代劇が主原因。 寺がもっと残っていれば僧侶の年代記などが様々な形で伝承されたことだろう。 しかし李朝時代に殆ど廃寺にしてしまう。 日本でも散逸した資料は少なくない。ことの応仁の乱での被害が大きかった。 それでもなんとか補える。 朝鮮は今になって後悔している。
357 :
世界@名無史さん :02/10/07 04:59
上代日本語 高句麗語 新羅語 高麗語 中期朝鮮語 現代朝鮮語
1 pito" −− hっtっn hっtっn hΛnah hana
(一等) (河屯)
2 puta −− tu"pっ"r tuβっr turh tu:r
(二尸) (途孛)
3 mi mil −− sei s∂ih se:s
(密) (洒)
4 'jo" −− −− nei n∂ih ne:s
(廼)
5 'itu 'utu −− ta∫us tasΛs tasっs
(于次) (打戍)
6 mu −− −− 'jur∫us 'jっsΛs 'jっsっs
(逸戍)
7 nana nanun −− 'irkup nirgub 'irgob
(難隠) (一急)
8 'ja −− −− 'jurtap 'jっdщrp 'jっdっr
(逸答)
9 ko"ko"no" −− −− 'ahop 'ahob 'ahob
(鴉好)
10 to"'wo" tek −− 'jっr 'jっrh 'jっ:r
(徳) (噎)
>>352 修正しました
358 :
世界@名無史さん :02/10/14 23:58
続きはないの?
359 :
世界@名無史さん :02/10/15 00:02
今ホットな日本語とタミル語の数字関連表はないの?
360 :
世界@名無史さん :02/10/15 00:49
>>101 トンデモ史観になってきた。ま、ご勝手に。
>>360 ま、コンクリート製の壇君陵ある国ですから。
362 :
世界@名無史さん :02/10/27 03:33
タミル語の数詞?
363 :
世界@名無史さん :02/11/04 04:53
東アジアには系統のわからない言葉が多すぎる。 チュクチ語、コリャーク語、イテリメン語、ニヴヒ語、ユカギール語、アイヌ語、ケト語、日本語、朝鮮語、ミャオ・ヤオ諸語…
ここで言うのもアレだけど、オレは知ってるよ。
365 :
世界@名無史さん :02/11/15 02:53
521 :日本@名無史さん :02/11/14 06:46 1*FITO 5**ITU 10**TOWO で5の倍数になってない? 20がFATA 30かMISO だから10の頭にはFが略されているとか。
>>365 1pito→2puta
3mi→6mu
4yo→8ya
日本語の数詞は倍数法という方式をとっています。
5ithu→10towoは微妙なとこ
10の古形がithoみたいな形だったとも聞いた事があるけど。
367 :
世界@名無史さん :02/11/28 03:33
2futa→20fata でしょ
370 :
世界@名無史さん :02/12/04 04:48
似てないねぇ
371 :
世界@名無史さん :02/12/04 14:15
縄文語も知りたい。 高句麗語とアイヌ語との類似はどうか
372 :
世界@名無史さん :02/12/04 20:43
縄文語なんて誰にもわからんよ、似てるか似てないかまったく不明。
373 :
世界@名無史さん :02/12/04 21:58
縄文語 あなた=うぬ
下らぬ事きいていいでしょうか?百済は新羅に滅ぼされたと言われてるのですが、百済王家の王女が平安京の桓武天皇の生母だと、聞いたのでが、それって本当ですか?
375 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/12/10 18:58
>>374 桓武天皇の母は、高野新笠(たかののにいがさ)といい、渡来人系であることは
確かですが、王家の出身かどうかはわかりません。高野氏は、桓武天皇の即位以前は
和氏を名乗っていたようです。
376 :
世界@名無史さん :02/12/10 20:56
百済の武寧王の孫が帰化して、その子孫だから一応王家の血はひいてる。 でも桓武天皇に嫁いだ頃は何世代もたっていて、ほとんど100%日本人も同じような状態だった。
>>374 桓武天皇の生母高野新笠は和(やまと)氏という帰化系下級官人の娘であって
「百済王家の王女」などではありません。
和氏はたしかに武寧王の子純陀太子を祖とする伝承を持っていますが、
仮にそれが正しいとしても、そこから新笠に至るまで数百年幾世代も経ており、
百済王室本宗からもかなり遠い血筋であるといえます。
378 :
世界@名無史さん :02/12/10 21:39
百済王室本宗に一番近い一族は? 現在は末裔がいたら、なんと言う苗字なの?
379 :
世界@名無史さん :02/12/10 21:55
>>378 >現在は末裔がいたら、なんと言う苗字なの?
末裔はいます。苗字は三松さん
現在大阪在住で都市計画の仕事をなさっているとか。
>>378 >百済王室本宗に一番近い一族は?
義慈王の王子余禅広(善光)を始祖とする百済王(くだらのこにきし)氏。
舒明朝に義慈王より質として派遣された禅広は、百済滅亡後も日本に留まり、
持統朝に一族ともに百済王姓を与えられ、摂津国百済郡および河内国交野郡を本拠とした。
大佛のために陸奥の産金を献じた敬福や、その孫で蝦夷征討を行った俊哲などが知られる。
また一族の息女の多くが桓武天皇、嵯峨天皇の後宮に入った。
381 :
世界@名無史さん :02/12/11 10:24
>376 100%日本人、というのが日本人の血の意味ならそうとは限らないと思う。 なぜなら当時の支配階級の近親婚はすごかったから、百済系だけで続いて 来た可能性もあるから。
>>381 とりあえず父の和乙継まで百済系で続いてきたとすると、
母が在来豪族の土師氏なので、新笠自身は「ハーフ」ということになるかな。
383 :
世界@名無史さん :02/12/11 11:16
良スレage
和氏などが帰化人として認識されていたのは間違いないが、 在来の人と同じく「姓を賜り、本朝に仕える人」だったわけで、 その意味で「日本人」といっても差し支えない。
そうなると、秀吉の朝鮮出兵を根に持つのは…?今から50年以上も前の話だけなら納得できるが
386 :
世界@名無史さん :02/12/11 15:26
>>385 国威発揚のための歴史教育。
現在はそうでもないけど、50年前には必要な反日教育の一環だった。
それが今も変わらずあるけど。
387 :
世界@名無史さん :02/12/11 15:35
「士師記」のヤエル(だっけ)姉さんなんか敵の大将が寝ているすきに 天幕の杭をこめかみに槌で打ち込んで殺すしな。 ま、古事記のヤマトタケルは女装してクマソの宮廷に入ってすきをみて クマソ王の兄弟の肛門に剣を突き刺し、瓜を割るようにバラバラにした とあるから、古代の征服神話というものは古今東西似たようなものだ。 旧約を読んでて「変だな?」と思うのは「聖書とはキリスト教の教典で キリスト教は愛の宗教」だと読む前に漠然と思わされてるからだろう。
どこが変なの?
390 :
世界@名無史さん :02/12/15 12:19
岡山県津山市に百済(くだら)という苗字の人が居られたようです
391 :
世界@名無史さん :02/12/26 04:09
392 :
世界@名無史さん :03/01/05 01:48
続きはないの?
393 :
世界@名無史さん :03/01/05 02:04
百済という地名もあるし、神社もあるんだよ
>>390
国名と同じ姓の人がいることと 地名と神社が存在すること同じ次元で考察できるのか
395 :
世界@名無史さん :03/01/08 17:02
日本語は朝鮮起源ニダ!!
396 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :03/01/08 18:08
>>390 知り合いに「秦(はた)」さんがたくさんいますが。
先祖の話は失礼なので聞かないようにしてますが、秦の子孫ですかね?
397 :
ど〜でもいいけど :03/01/08 21:44
>>396 秦氏は、家系伝説では秦の始皇帝の末裔ということではないでしょうか。
帰化人・渡来人の中でも大集団だったようですから、いまでも秦姓やその
変形である羽田、波多さんなどは多いですね。
もともとは、秦氏の氏神が八幡神社だったと思います。後代になると源氏
の氏神になってますけど。
398 :
世界@名無史さん :03/01/08 23:25
とりあえず高句麗とは直接関係なさそうだね
知り合いの在日韓国人に「秦」さんがいる。
(^^)
401 :
世界@名無史さん :03/01/23 05:43
秦さんは中国系?韓国系?
402 :
世界@名無史さん :03/01/23 21:26
>397 漢(あや)や唐(から)が実は安羅や加羅であるように、秦(はた)も当て字 である可能性が強い。 新羅の中部にあった波旦が語源である(つまり出身地である)という説が ある。
403 :
世界@名無史さん :03/01/26 13:50
秦氏は伝承どおり中国系でいいとする説もあるよ。 でも有力なのは加羅系という説と新羅系という説で両方ある。 >新羅の中部にあった波旦が語源である(つまり出身地である)という説が 新羅中部でなく北端の沿岸部。これは新羅系説のいくつかある根拠のひとつ。 ここは蔚珍郡の中にあり、この蔚珍=ウツマサ(太秦)のウツにも通じ、 辰韓十二国のひとつ優中国(ウチュウ国)でもある、という説。 日本書紀の伝承でも秦氏は新羅に追われてきたという。 >秦(はた)も当て字 羽田とか波多とか書いたら当て字だろうが「秦」じゃ普通ハタとよめないわけで これは当て字じゃないだろ。同じように漢(あや)も唐(から)も 意味に当ててるわけで、いわゆる「当て字」じゃないだろ。
渤海スレ
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1043509346/l50 の145へのレス
>ということは、「高」(ツングース系)「句麗」(半島原住一部族)とか w
>まぁ、「高」は鮮卑系と疑っているんですがね。
「高句麗」の語源は単純に玄菟郡の高句驪県からきているのは史上明らかです。
そしてこの「高句驪県」の語源ですが、
かつての自分の考えでは、「句驪」は夫餘系の言葉で城郭を意味する「コル」、
「高」は古典に出てくる伝説的な東方の異民族「高夷」からとったもので
高句驪とは「高夷の城」の意味か、と考えました。
しかしよく考えてみますと、県はみんな城なのに、なんで夫餘系住民が
いたとおぼしき玄菟郡の中で高句驪県だけに「句麗」とつくのか?
これもなぜ諸郡諸県ある中でたまたま高句驪県にだけ「高」がつくのか?
楽浪、玄菟、臨屯あたりどこも高夷といえるんじゃないのか?
しかも「高」が中国語なのに「句麗」が異民族語の当て字というのはおかしくないか?
要するにこれらはすべてこじつけの域を出ないのではないかと思うようになりました。
所詮もとは玄菟郡を構成する一県にすぎなかったものですので、
この地名からあまり重大な意味を汲み取るのはやりすぎかと。
「曲がりくねった険しい道の上にあるところ」という意味だという説もあったので
漢字を調べてみましたが「高(高地の)句(L字に曲がる道の多い)驪(黒い馬の住む土地)」
とまではこじつけ得たものの、妥当かどうか心もとないものがあります。しかしながら、
夢もロマンもないですが、ただの地名なら、こんなもんで当たらずとも遠からずかな、と。
>>404 少々、質問。
高夷なんだが、後漢書九夷には出てこないんだが、どの古典?
漢書に楽浪郡に、朝鮮、沃沮?、句麗がいるとあるが、
当時の中国人の認識では句麗人は実存と思っていたが、支那の捏造?
このスレで既出であればスマソ
406 :
世界@名無史さん :03/02/03 11:45
>>406 「高夷」の出典は忘れますた。が、調べておきます。
たしか孤竹や不令支とならんで出てくるので、実際は遼西(満州の西南部)のあたりのものでしょうが。
(中国製の歴史地図には思いきり後の高句麗であるかのような位置に書かれているがこれは頂けない)
>楽浪郡に、朝鮮、沃沮?、句麗がいる
>当時の中国人の認識では句麗人は実存と思っていたが、支那の捏造?
それは漢書地理志の「玄菟楽浪、武帝時置皆朝鮮、穢貉句麗、蛮夷」でしょうか。沃沮はでてきましたかね。
漢書が書かれたのは後漢になってからなので、もちろんすでに高句麗は実在しています。
ここの文面は地理の説明なので、今の(後漢の)状態と参照しているのではないですか。
漏れはこの説明で十分と考えますが、もし納得できないようでしたら、実は前漢にすでに高句麗は独立しています。
玄菟郡は前75年頃に西方に縮小移転しこれが第2玄菟郡といわれますが、それも前59年以降、後106年までの
ある時期に廃止され遼東郡の北部を分割して新たに玄菟郡としました。これが第3玄菟郡といわれます。
三国志の穢の条なんかに書かれているように、郡が廃止されると現地の先住民は「侯」に任命されて
自治に任せられるわけで、遅くとも第3玄菟郡ができた時、第2玄菟郡の高句驪県も「高句麗侯」として
すでに独立していたわけです。(早ければ第2玄菟郡ができた時、第1玄菟郡の高句驪県が「高句麗侯」
として独立したことになるがこの説はまた別の理由で個人的にはとりません。どっちにしても)
したがって前漢時代の後半は、高句麗が実在しているので漢書の記事は問題ないでしょう。
古文漢文板できいた方がいいかも。
>>406 少し調べたよ
「高夷」は、おそらく魏書に云う「稾離(コウリ)」の事のようだね。<夫餘東明の出身国
他の史書では、「索離(サクリ)」又は「カク?離」の字がみえる。
この国はおそらく、「晋書」にでる「裨離十国等」の地域にあったと思う。
ここでは関係ないが、まずブリヤート系と見て良いだろう。
ブリヤートのもう一つの道として、内モンゴル興隆溝遺跡がある。
これの南下が考えられ、遼東に居住していたはず、< これが「貊」であろう。
そして山東、河北等の中原人に追われて、一派は遼東東の山地に逃げたと考えている。
私は、これを中国人が「句麗」と呼んだんだろうと思っていた。
まあ別種とあるから、当たらずとも遠からず、といったところか。
また、夫餘から追われた「穢」も居たと考えられる。
ただ、「KxxKxxli」と発音を持ってきた人が居たはず。(こだわるが)
「コクリ」そのものが変化して、古句驪、故句驪となったというほうが自然。
「胡」句驪はあきらめた(笑
また、裨離の関係種族として、「裨離」では「惟離(イリ)...」、「于離(ウリ)...」などの
国名が見え、○離○○と名のっている。(地域名部族名か部族名氏族名か?)
高離消奴とか高離桂婁とか5族を付けるとしっくりくる。
もう一つ、薄い線だが考えられるのが
粛慎、靺鞨など(完全でないが) 音? 意味を重ね強調して卑しむ風が、中華の命名に
あるようだ、その辺から「コツコリ」とか。
又は、彼等の言語が音を重ねるのが特長的だったか? < ナナとかw
>>404 の続き(自己レス)
初期は高句驪で、後に高句麗と書くようになったといっても実はこだわるようなことではなく
「倭」が後漢初期まで「委」だったように、伝写されてきた本がリアルタイムでの字づらを
残しているとは限りません、まして「驪」は諸橋大漢和によると、もとは麗だったとのこと。
「句」はL字型に限らず「曲がっている」の意味。「麗」は「並んでる、連なってる」。
高句麗[上古音:kog-kug-lar]で「曲がりくねった険しい道の上にあるところ」に
なるかどうかは???ですが、満洲の山岳地帯の地名としてはあり得そうにも思います。
410 :
世界@名無史さん :03/02/06 16:00
>>408 東明伝説は魏略の伝える貴種流離譚型の建国神話で、史実を読み取ることは困難でしょう。
「稾離(コウリ)」は高句麗を北方に投影したものにすぎないという説がもっともらしく思います。
(東明という名も高句麗の「東盟」という行事からもじって造作されたものという)
高夷の出典は「逸周書」
ttp://academy.2ch.net/test/read.cgi/kobun/980659393/l50 の王会解。ただし後世の注には高句驪とありますが、もちろんそうではなく前漢の渤海郡の
高城県(高城侯国、今の河北省と山東省の境で渤海湾に近いあたり)がその故地。
「稾離(コウリ)」よりもはるかに古い情報で、場所はぜんぜん違います。
「晋書」にでる「裨離十国等」はモンゴル系(ブリヤート系?)の北方民族で、広開土王の頃は
高句麗に服属していたようでもあり、後の契丹などの先祖ともいわれますが、詳細な議論は忘れました。
「裨離十国等」の固有名詞を解釈するのはあまりに史料不足で無理でしょう。
それからブリヤートの南下のようなことはあったのかも知れませんが、
自分にはなんともいえません。具体的に文献上のどの種族に相当するのか、
どの事件に相当するのか、という「あてはめ」にも自信がもてません。
前漢の前期からかなり強大な穢の勢力がいたようなので、後の夫餘や高句麗のルーツを
考える場合に、北からの流入を想定する必要はないんじゃないでしょうか。
魏略でなく魏志の方の判断では、夫餘伝では「穢王之印」を示して夫餘が前漢の穢の子孫で
あることを臭わせており、高句麗伝には魏略ですら東明神話を載せていません。
東明神話は後に高句麗や百済に次々にコピーされて高句麗バージョンや百済バージョンが
生まれそれぞれの建国神話が作られましたが、これらができたのは後のことで
史実の影を追うことは賛成できません。
411 :
世界@名無史さん :03/02/06 16:35
日本書紀に中国系と明記されているのは中国系でいいんじゃないか? 新羅系とか加羅系とかあるけど当時の発音なんてよくわからないのだから無理だよ。 それに新羅系の渡来人を中国系と明記する根拠もないのだけど。
412 :
世界@名無史さん :03/02/06 18:27
>>403 >同じように漢(あや)も唐(から)も
>意味に当ててるわけで、いわゆる「当て字」じゃないだろ。
意味にあてているわけでもない。
「あや(安羅)」「かや(加羅)」は海外にある國ということで、
とりあえず海外の國である漢、唐で表した。
借字と言ったらいいのかな。
朝鮮関係スレは電波や荒らしが寄ってくるので基本的にsageでおながいしまつ
>>412 たしかに「から」という日本語は加羅、漢、唐と、外国一般をさすようだが、
これはもともと加羅のことで意味が広がったのは後世の話。
まして秦=ハタ、呉=クレ、漢=アヤは文字との関係が固定しており
外国一般の意味だとはいえない。
「大陸系ではない、朝鮮系だ」という理由にはならない。
>>411 に賛同。
渤海の数詞が分かればいいのにな
高句麗語の数詞が記録に残っただけでも奇跡的なのに・・・ \ \v/ / 無茶を言うなヤ! __ ヽ(`Д´)ノ ___ ( ∩ ) / / ヽ \
417 :
世界@名無史さん :03/02/19 13:04
高句麗・百済は景教徒が唐から移住してきてから発達したと思う
420 :
世界@名無史さん :03/02/26 05:32
421 :
世界@名無史さん :03/02/26 09:37
>>414 >まして秦=ハタ、呉=クレ、漢=アヤは文字との関係が固定しており
>外国一般の意味だとはいえない。
文字との関係が固定したのはこれらの漢字が人名として使われたからだ。
「から」、「くれ」、「はた」が何故中国の国名を意味するのかが
説明できなければ、
「外国一般の意味だとはいえない」とは言えない。
>文字との関係が固定したのはこれらの漢字が人名として使われたからだ。 なんだ、意味が固定してると認めてるじゃん。 >「から」、「くれ」、「はた」が何故中国の国名を意味するのかが >説明できなければ、「外国一般の意味だとはいえない」とは言えない。 そんなことはない。 現実に互換性がない語彙なのだから、言語学的に別の意味であることは明白。 なぜこれが外国一般の意味だといえるのか、そっちの方がよほど疑問だが?
423 :
世界@名無史さん :03/03/08 07:17
高句麗人って、結局渤海人になった、でいいの?
424 :
世界@名無史さん :03/03/08 08:17
中央アジアに日本語に似た言語があるらすい
425 :
世界@名無史さん :03/03/09 15:07
>>423 高句麗人は渤海国の民の主要構成要素の一つ。
渤海の民は、主に高句麗語と靺鞨語を使用していた。
共通語、公用語としては、中国語を使用していた模様。
渤海語というのが編み出された様子は今のところ無い。
渤海人という言葉を使うのが適当かは疑問がある。
今のところ、渤海人とは渤海国支配下の民という意味でしか使えないだろう。
426 :
世界@名無史さん :03/03/09 18:19
>>422 >現実に互換性がない語彙なのだから、言語学的に別の意味であることは明白。
本来は朝鮮半島の地名/国名である「から」、「くれ」、「はた」が何故それぞれの
中国国名を意味するのか説明してないじゃん。
「別の意味である」ということはなんの説明にもならない。
427 :
世界@名無史さん :03/03/10 06:01
>本来は朝鮮半島の地名/国名である「から」、「くれ」、「はた」 だから、なぜ「本来は朝鮮半島の地名/国名」だと言えるんだよ?
428 :
世界@名無史さん :03/03/10 06:24
埼玉県高麗川。 終了。
429 :
世界@名無史さん :03/03/10 15:45
>>427 から=加羅
くれ=句麗
あや=安羅
はた=波旦
>>429 「から」がもともと半島南部の地名「加羅」であって、それが後に意味が広がって
大陸中国をさす言葉=から(漢・唐)が生まれた。これは414で書いたとおり。
しかしクレ・ハタ・アヤについては429のような解釈もありえなくはない、という程度のことで
その解釈が正しいという証明がないし、実際には
呉(くれ)は中国の江南王朝の意味でのみ使われ、日本側の記録では「句麗」という表現は例がない。
秦(はだ)は中国系を自称する氏族の名としてしか使われておらず、
波旦は語源解釈の一説として現代の説の中で出てくるだけ。
漢(あや)は1)中国の北朝、2)中国系を自称する氏族の名。の二つの意味で使われている。
加羅諸国の中のアラ国をさす場合は必ず「安羅」「阿良」などと書かれ、
日韓中のいずれの文献でも、加羅諸国の中のアラ国を「漢」と表記した例はまったくない。
432 :
世界@名無史さん :03/03/10 18:59
>>427 から=加羅
あや=安羅
くれ=句麗
はた=波旦
433 :
世界@名無史さん :03/03/10 19:08
>>431 だから、あや、はた、という和語がもともと漢、秦という中国の國を
意味した、ということが説明されるのか、ということ。
君も言っている「唐」(から)の発生と同じように、「外国」という
連想から借字された可能性は高いのだ。
そしてそれが人名漢字を通じて行われた可能性は強い。
人名漢字のよみかたのいいかげんさ、しかしそれが一たん慣用されれば
対応が固定すること、を考えてみればよい。
同じことの繰り返しにしか聞こえないが?
恣意的・主観的なことをいわれても「まあそういうこともあるかもね」としかいえないな。
具体的に説明できなければたんなる憶測以上の意味はない。
とんでも説・電波説と紙一重だぞ。
でもって
>>432 は荒らしか?
435 :
世界@名無史さん :03/03/11 12:09
>>434 いくら、一見実証的なことを並べても、最後に
「から、あや、くれ、はた、はもともと中国の国名を意味する和語である」
という「恣意的、主観的」な一大飛躍をするんじゃ、実証的な姿勢も無駄。
436 :
世界@名無史さん :03/03/12 08:07
あほか。 「から」がもともと中国をさすとは言ってないぞ。 「はた」は中国の国名ではなく中国系を自称する一氏族の名。 「あや」「くれ」は大陸。 お前は「もともとはそうじゃない」と主張するんだからちゃんと論証しろよ。 いくら、屁理屈を並べても、最初から 「から、あや、くれ、はた、はもともと半島の地名である」 という「恣意的、主観的」な思いつきだけじゃ、狂信的な姿勢も無駄。
437 :
(´-ω-`) :03/03/12 08:21
438 :
世界@名無史さん :03/03/12 21:28
>>436 >「はた」は中国の国名ではなく中国系を自称する一氏族の名。
>秦(はだ)は中国系を自称する氏族の名としてしか使われておらず、
つまり、その「はた」さんは実際に海外から来たか、あるいは海外から来たと
いう伝承を持っていた。
で、「はた」さんは、「しん」さんではなく「はた」さんという「音」が
伝わっているのだから、もともとはその「音」で表される氏族名を持っていた。
これはいいね?
しかしあるとき「はた」さんはその「音」を漢字で表す必要が生じた。
あるいは、それまで使っていた「はた」という「音」を表す漢字(たぶん2字)
を良字1字で表したいと思った。
そのどちらかの事情で漢字を選んだとき、「はた」さんは「秦」という漢字
を選んだ。
なぜ「秦」を選んだか。「はた」さんは秦人の後裔だったか、あるいは
そうではないがそのような伝承を持っていたか、あるいはそのどちらでも
なく単に海外から来た、という連想で適当に選んだか、いずれかだろう。
そのいずれであるにせよ、「秦」と「はた」は意味の上ではまったく関係がない。
単に「秦」で表すという「約束」があるだけだ。このことを私は「借字」と言って
いるのだよ。
「はた」の語源はなにか、ということはまたその先の話だ。
(^^)
440 :
世界@名無史さん :03/03/22 04:16
>なぜ「秦」を選んだか。「はた」さんは秦人の後裔だったか、あるいは >そうではないがそのような伝承を持っていたか、あるいはそのどちらでも >なく単に海外から来た、という連想で適当に選んだか、いずれかだろう。 そりゃそうでしょう。何をいいたいのかな? 「はだ」の語源もわからないのに、なぜ「秦」という文字と“まったく”関係がないといえるのか? 「どんな関係だかわからない」というのが正しいだろう。 しかも漢(あや)・呉(くれ)についても同断にいえるかもまた別。 秦(はだ)はそもそも氏族名であるのに対し、これらはまず地名であるように思われ。
441 :
世界@名無史さん :03/03/27 21:48
>>440 >「どんな関係だかわからない」というのが正しいだろう。
わからない、と言えば古代の話はそれで終わりだ。
それに「わからない」というのは局外中立のように見えるが実は
そうではない。君は「意味の上でまったく関係がない」という
私の説を否定して「わからない」と言っているのだから、
「意味の上で関係がある場合も考えられる」
と言っているのと同じだ。
「はた」と「秦」が意味の上で関係がある場合として、君はどんな
ケース、あるいは「すじがき」を考えるのかな?
からかっているのではなく、まじで聞きたい。
442 :
世界@名無史さん :03/03/29 18:02
>>441 コメントがないので、こちらで書いてあげよう。
漢字の「秦」と読みの「はた」には意味上の関係があり得るか。
その答を言うには漢字の「秦」の意味が必要だ。「秦」の意味を知らず
して関係の有無を言うことはできない。では「秦」の意味は何か。
「秦」には意味がない。なぜならばこの字は、秦王朝のもととなった周の
封地の名を表すためにのみ、作られた漢字だからだ。この字はそれ以外の
具体的な物や概念を表さない。だから本来は「はた」の意味がなんであろう
と、意味のない「秦」とは無関係だ。
しかし、漢字には「なりたち」がある。「秦」の字は「禾」すなわち
「いね、穀物」と「春−日+臼」すなわち「臼でつく」を合体してできて
いる。つまり意味のない固有名詞ではあっても、漢字の成り立ちのうえから
は農業に関係の深い形をしている。
これをもとにしてすじがきを考えれば;
443 :
世界@名無史さん :03/03/29 18:05
秦さんは中国系の人でもともと「秦」という漢字一字で表される氏族名を 持っていた。秦さん一族は倭国に移り住んだが、「秦」(しん)という氏族名 は倭人社会のなかで通りが悪かった。そこで秦さんは倭語の訓で読む氏族名 にしたいと思った。しかし「秦」には具体的な意味がないので、困った秦さん は漢字の成り立ちに対して最も関係が深い「畑」という意味の「はた」を 倭訓として選んだ。あまり関係がないみたいだが、好、吉、良、淑などを すべて「良い」という意味の「よし」と訓じる人名漢字のいいかげんさの なかでは上出来のほうだ。 「意味上の関係がある」として考えられるのは一つは上記のケースだろう。 もうひとつ、やっぱり「はた」のほうが先にあって、「秦」があとからできた とすれば、「はた」が古代朝鮮半島の言葉でも「畑」を意味していなければ ならない。これもあり得ないわけではない。なぜなら現代朝鮮語で「畑」は 「pat」だからだ。 「意味の上で関係がある」とすれば上記の二つのケースしかないだろう。 「秦とハタは意味の上で関係があったかも知れない」というのならここまで 考えて言ってほしいね。
444 :
世界@名無史さん :03/03/30 12:12
素人なので質問です。秦は「はた」と記録されてるのですか? もしそうならば、当時は「pata」と発音していたのですね? 畑「はた」も「pata」だったとして、現代朝鮮語でも「pat」なのですか?
445 :
世界@名無史さん :03/03/30 15:29
Patうざい
446 :
世界@名無史さん :03/03/30 16:32
>>444 >畑「はた」も「pata」だったとして、現代朝鮮語でも「pat」なのですか?
そうです。
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448 :
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449 :
世界@名無史さん :03/03/30 18:06
>>446 俺が思うに、畑「はた」は、古来からの大和言葉ではなく、音読みではないか?
450 :
世界@名無史さん :03/03/30 23:40
>>449 意味がわからん。「音読み」てなんのこと?
>>1 いまの朝鮮人(今に通じる朝鮮民族)の起源(間違いなくよそから移住してきたと
思われる)とハングルの起源はいったい何時代から???
新羅?高麗?李氏朝鮮←正直李氏から??
452 :
世界@名無史さん :03/03/31 05:41
>>449 もし文字どおり「はた」が「畑」の「音読み」ではないかというのなら
その可能性はない。古代音は知らないが「畑」は現代北京語で「ティエン」、
現代広東語で「ティン」で、この音はいずれも「田」と同じだ。
それに大和言葉の「はた」は「粟、稗、麦、豆をはたつものとし」と、
「神代紀、四神誕生」に用いられている。
畑は国字(日本で作られた漢字)だから音読みはないだろ
454 :
世界@名無史さん :03/03/31 12:46
>>453 その通り。現代漢語詞典によれば;
[畑]日本漢字、干地。多用于日本姓名。
日本から現代中国語に入った漢字なのだね。
ただし「畑」という意味の大和言葉「はた」はむかしからある。
古代朝鮮語はただでさえ実態不明。 その上、「はた」は現代語で、もともとの形は「はだ」なんだがな。
456 :
世界@名無史さん :03/03/31 21:54
>>455 「はた」と「秦」が意味の上で関係があるとすれば考えられるのはこのケースだけ、
と言っている。
裏返せば「はた」と「秦」が意味の上で関係があるはずがない、と言っているのさ。
なにしろ漢字「秦」は「秦」という国名以外の意味がないのだから。
??? 畑の意味でもないのだから、はた(畑)にもならないはずだね。 「はだ」の意味はやはり不明だね。
秦の字から「はた」という言葉を作りだしたというのは、 その前からその人間集団が「はた」という読みがなかっただけで 「秦」と自称していたことは前提としているわけだな。 とすれば「はた」は所詮「秦」の言い替えにすぎないことになる。 事前に「はた」という自称があった(この場合は半島系説?)とすると 後から秦という当て字が選ばれた理由を別に説明しなければなるまいよ。
459 :
世界@名無史さん :03/04/01 16:07
>>458 >秦の字から「はた」という言葉を作りだしたというのは、
どうして「作り出した」なんて考えるのだろうか。ぜんぜん別の所から
「はた」を持ってくることだってあり得るではないか。
>その前からその人間集団が「はた」という読みがなかっただけで
>「秦」と自称していたことは前提としているわけだな。
「はた」と「秦」のどちらが先だったかで両方あり得るということ。
「秦」が先だったケースも裏付けがないわけではない。なぜなら
隋使の記録に、倭国のどこか(場所はわからない)にあった、華夏と
言語風俗の変わらない「秦王国」を訪ねたことが記載されているからだ。
460 :
世界@名無史さん :03/04/01 16:09
>とすれば「はた」は所詮「秦」の言い替えにすぎないことになる。 そんなことを言ってもぜんぜん意味がない。「秦」(しん)が先なら 「はた」は言い替え(訓)であることはあたりまえだ。 その場合、「秦」と「はた」が意味による訓として言い替えられた 可能性もあるようなことを君が言うから、 私は意味として共通するのは「農業、五穀、畑」のような関係しか 考えられないと言ったのだ。 これを強く押しているわけではないよ。この関係を否定するならば 「秦」(しん)と「はた」は意味の上ではまったく関係がない、 だから「はた」はどこか別の所から持ってこられた、と考えなければ ならない。 それならば「はた」はどこから、どんな理由で持ってこられたか、 それが肝心なところだ。 私は(秦が先であった場合)秦氏が朝鮮半島で治めていた場所の地名 だろうと思っている。そしてその「はた」と言う地名は「秦」とは無関係 に生じたもの、と考えるわけだ。 その場合、秦氏はすでに朝鮮半島で、「秦」と「はた」の両方の氏族名を 持っていた、と考えてもよい。 (ちょうど「新田」を治める源氏が「新田」と「源」の両方の名称を 持つようなものだ。)
(^^)
∧_∧ ( ^^ )< ぬるぽ(^^)
秦
川*・-・)< 今だけを追いかけたいよ♪
465 :
歴史を捏造する在日君です :03/05/01 15:49
>>1 それは、間違い。
日本の言葉が、高句麗の言葉に似てるんだよ。
466 :
世界@名無史さん :03/05/04 18:20
んがんぐ
467 :
世界@名無史さん :03/05/07 23:46
米言語学者「日本語の起源は高句麗語」
http://japanese.joins.com/html/2003/0507/20030507151159400.html 現代の日本語の起源が古代高句麗(コグリョ)語である可能性が高いと、米言語専門家が主張した。
米UCLA大学のジャレッド・ダイヤモンド博士と豪州国立大学(ANU)のピーター・ベルウッド博士は
先月25日付のサイエンス誌に発表した論文で、15の主要語族の拡散現象を農耕文化の伝播と関連づけて説明し、
このような主張を提起した。
論文によると、日本語は、紀元前400年ごろに韓半島から日本南部の九州に渡り、稲作農業を北部地域に伝えた農耕民の言語に由来するという。
論文は、当時の韓半島には新羅(シルラ)・高句麗・百済(ぺクジェ)の3国時代が維持され、
それぞれ異なる言語を持っていたと指摘、
現在の韓国語は新羅語で、日本語は高句麗語に由来する可能性があると主張した。
日本語が高句麗語と緊密な関係があるという説は、これまで国内の学界でも提起されてきた。
特に言語学者らは、高句麗語と日本語に共通する単語が多いという理由から、
高句麗語がアルタイ語と古代日本語をつなぐ役割をしたと説明してきた。
2003.05.07 15:11
このスレが、2001/4で、上の記事が、2003/5、2年遅れか。 このところ、米の味が落ちているわな。 2年落ちの古米を食わされた気分だ。 ところで、アメリカモンゴロイドの言葉の起源は調べたのだろうか? その辺の研究成果と関連性があれば、聞く耳持つんだが。 自分の土地の過去もまともに調べられず、他人の国の事をとやかくと、 なんか、どこかの国に似てないか? 米はやはり、その土を研究し、地道な作業で丹精込めた米がうまいんだが、 まぁ、牛飼い程度と、時に葬儀屋、時に牧童だと、都合で変える連中には無理か。 ヒステリックで、一攫千金を狙う奴には、美味い米作りは無理だろうな。 下らんのでsage。
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
471 :
世界@名無史さん :03/05/28 13:38
日本人でも普通は自分達を特別だと思ったりしないのだろう。 ただ、一部の、国籍にアイデンティティを求めざるを得ないような 日本人が、まわりより声を大にして主張をしているだけ。 文字どおり主張して吠えているだけで犬にでも出来ることだが、 幼子のように泣きわめき、あたりらす不肖の弟の没落する姿に 韓国人は心を痛めている。 なんとみじめで悲惨でおちぶれた国になったことか。 要は韓国の躍進に対し地の果てまで落ちてゆく斜陽国家日本に すがりつく連中が優秀な朝鮮人に嫉妬するということだろう。 しかし我々は日本の幼児のような精神を許容してやらねばならない。 貧困の中で礼節を忘れるのは獣同様だが、本能に忠実なのは 50年前と変わらない。しかたないのだ。 日本は南米のように墜落するが、兄として過去の弟の悪行を 許して助けても良い。 まずは許しを超え。。
472 :
歴史を捏造する在日への対処方 :03/05/28 13:41
在日への反論方法まとめ <強制連行> 強制連行されて来たというのに、どうして韓国から「在日を返せ!」という 世論が過去から無いの?。それに強制連行されたと言うのならば人道上、直 にでも半島へ帰すのが筋だよね! <創始改名> 私たち日本人は在日に対して、日本名を名乗ることを一切、強制なんてして ませんよ!。日本名(通名)で健康保険やら運転免許を取得できるように要 請しているのは、貴方たち在日の団体です。 <植民地支配、歴史認識> 日本統治時代を悪く言うのは結構だが、そんな日本にハイエナのようにやっ て来たのが君たち在日だ!。統治時代に日本人が半島の土地を奪ったとか言 うが、終戦後に日本人は全員が本土に帰ったぞ!。君たち在日こそ、日本の 土地を暴力で奪った犯罪民族です!
∧_∧ ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。 =〔~∪ ̄ ̄〕 = ◎――◎ 山崎渉
474 :
世界@名無史さん :03/05/29 04:32
朝鮮語やツングース語とは似てなくて、 日本語やビルマ語やトルコ語に近かったそうだけど。 日本語とビルマ語とトルコ語の共通祖語は、もともとどっから来たの?
475 :
世界@名無史さん :03/06/05 11:02
まともに研究が進めばなあ
476 :
世界@名無史さん :03/06/15 03:14
もうすぐ研究が進むかも
477 :
世界@名無史さん :03/06/30 02:47
478 :
世界@名無史さん :03/07/04 00:16
479 :
世界@名無史さん :03/07/04 05:25
>>460 もうひとつの可能性を思いついた。
秦氏が定説の通り新羅から来たとすると、この領域は新羅以前は辰韓と呼ばれていた。
ところが辰韓は「秦韓」と書くこともあるのだ。だから秦氏は新羅から来たこと
を表すために、「秦韓」の「秦」を姓とした。
この場合のすじがき。秦氏は朝鮮半島では辰韓地方の「はた」という場所(城又は國)
を領地としていた。日本に帰化し、姓を作るときに辰韓=秦韓の「秦」を採用し、
もともとの新羅語の姓(領地に由来する)から「はた」と読ませた。
この「秦」から秦氏が中国の秦王朝に由来するという伝説が後世において生じた。
480 :
世界@名無史さん :03/07/04 14:28
今年の春、ロス・アンゼルスへ旅行したんですが、そこでとんでもない光景を見たんです。 友人と街を歩いていると、店に車が突っ込んだ事故の整理をしている光景だったんですが、 白人警官が3人ある男性1人を囲んでいたんです。 よく見てみると、囲まれている男が韓国人っぽい人なんです。 もしかしたら、トラブルでキレて車で突っ込んだのか・・・と思い、気になったので 友人と一緒に見てると、なんか英語でも、日本語でもない言葉で大声でわめき始めたんですよ。 警官も困り顔。しばらくすると、そこら辺にあった丸まった紙切れを警官に投げつけて大声でまた喚き始めたんです。 これには、警官も堪忍袋の緒が切れたみたく、韓国人らしき人に手錠をして パトカーに連れて行ったんです。するとなんと韓国人らしき男は 「アイムチャパニーチュ!!アイムイノセント!!」とか叫んだんですよ!! これに私は大声で笑ってしまいました。まさか、本当に「アイアムチャパニーチュ」って言うとは!! 2ちゃんねるで「アイアムザパニーズ」って書き込みがありましたが、 この韓国人らしき男はチャパニーチュって叫んでました。 警官は「ハイハイ、ジャパニーズだね。早く乗って。」と呆れ顔で。 友人は「どう見てもお前は朝鮮人顔だろ!!」って言ってました。 周りのギャラリーも「・・・またコリアン?」と、ため息をついてました。 ギャラリーに聞くと、最近、事故を起こしたあたりで朝鮮人の犯罪が多発しているらしく そのたびに「アイムチャパニーチュ」とか言ってるらしいんです。 ・・・まさか、ここで本場のチャパニーチュが聞けるとは思いませんでした。
>>479 可能性もなにも、秦氏の頃は三国志はすでに知られてるんだから
新羅に追い出された連中が秦氏を名乗るのは三国志の記事を下敷きにしてると考えるが当然だろう。
まぁそんなことはどうでもいいが、新羅スレか帰化人スレに逝ってくれ。藻前はスレちがい。
__∧_∧_ |( ^^ )| <寝るぽ(^^) |\⌒⌒⌒\ \ |⌒⌒⌒~| 山崎渉 ~ ̄ ̄ ̄ ̄
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。 貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。 黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。 (黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。 また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。 「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。) 彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
484 :
世界@名無史さん :03/07/19 09:21
>>481 食わしそうだな。
ところで、「秦氏の頃」ってなんだい?
で、一、二、三を、どう呼んでいたんだい?
>>480 の内容を
>>483 が証明しているようなモンか (w
486 :
世界@名無史さん :03/07/29 22:16
多賀城跡に「靺鞨の国の界を去ること3000里」ってあるのは何で? 靺鞨の国から征服活動を開始したからぁ? 梅棹忠夫のツングース水軍説?
487 :
fghrdh :03/07/29 22:17
488 :
世界@名無史さん :03/08/05 01:44
古代朝鮮語など何も史料無いのに、高句麗の言葉も糞もないだろ。
489 :
世界@名無史さん :03/08/17 09:20
490 :
世界@名無史さん :03/09/27 00:14
491 :
世界@名無史さん :03/09/27 00:18
>>486 大陸から義経を迎えに来た一行がいたとかw
>>486 単に四方の境界までの距離を書いてあるだけ。
漢の倭の奴の国王印もあるからね。中国は、日本も中国の 一地方政権だったということも可能なのではないか?征服して しまえば、そういうだろう。
494 :
世界@名無史さん :03/10/03 16:08
495 :
世界@名無史さん :03/10/31 22:54
age
496 :
世界@名無史さん :03/11/20 00:19
独島は我が地(DJ DOCのアルバム収載のもの) (オリジナル 1982 作詞・曲:パク・インホ 歌:チョン・クァンテ) 翻訳 佐野 良一 1、鬱陵島 東南方向船で200里 孤島ひとつ 鳥たちの故郷 誰が何と自分の国だと言い張っても 独島は我が地 2、慶尚北道鬱陵郡道洞山64 東経132 北緯37 平均気温12度 降水量は1300 独島は我が地 3、イカ イイダコ タラ メンタイ カメ サケの卵 水鳥の卵 海女の待機所 17万平方メートル 井戸一つ 噴火口 独島は我が地 4、智證王13年 島国 于山国 世宗実録地理志 50ページ3行目 ハワイはアメリカ 対馬は知らないが 独島は我が地 (「対馬は知らないが」のところは歌詞カードには「日本」となっている) 5、露日戦争直後に 所有者の無い島だと わざと言い張っては本当に困るんだよ 新羅将軍異斯夫が地下で泣くよ 独島は我が地 (ラップ部分) タケシマとは何のことだ 竹島(チュクト)とはこれ又何だ 独島は厳然と独島だい それなのに何で言い張る 言い張るのか 独島がうちの土地と知らないのか 壇君お爺ちゃんが怒ったら おまえたちはひれ伏してしまうんだぞ だからこれ以上言い張るな
497 :
ty270410 :03/12/01 21:47
三国史記の地理志の中の高句麗の地名の中に 数詞があり,その数詞が日本の数詞と一致しているという ことを読んだことがある.
朝鮮の最古の歴史書は13世紀のもの 新しすぎ
>>497 とりあえずスレ読んでからってことでお願いします。氏ぬほどガイシュツなんで・・・・
500 :
ty270410 :03/12/06 22:37
>>499 497を書いた者です.失礼しました.
このスレのはじめの方に書いてありました.
ですが,これ以外に日本語と高句麗語の類似はないのではないでしょうか?
どだい,高句麗語の語彙や,文法組織はほとんど残っていないのではないでしょうか?
502 :
ty270410 :03/12/08 22:51
501さん! ありがとうございます. 大変な努力ですね!ブックマークしておきます.
503 :
ty270410 :03/12/08 23:59
再度! うさぎ,くま,など動物名にも類似がありますね! 芽を瞠りました!
アイヌ人、和人、中国人、韓国人をDNAで比較するとこうなります。 ―――――――――――――――――――――――→和人 \ \ \ →アイヌ人 →中国人 →韓国人
505 :
世界@名無史さん :04/01/29 18:39
最近、高句麗語の新発見はないかね?
506 :
世界@名無史さん :04/01/29 19:14
;'.,;!:: i:::::::,' ヽ. | i _,,,,,_ ,' |::: |::/r‐'''''‐-、_ヽ.__!,、-'"~ ,i プル ,'/i:::: |:}::::〔 , ‐-} }=-'_" ヽ、 プル ,,、、_‐,,,,,~、、{{ヽ::: !=;‐-{'" ,,-‐i''''ヾ\`==‐-',、 -‐-、 ,、‐'''´ ヽ::::::::::.....ノ、 \ー;;;;/ / ___ヽ. `、\ ノ ヾ'',´ ̄~~`'‐ 、,ヽ、 r' ヽ--‐'"ヾ.ヽ `ヽ~_ /-=、,,,,ヽ. ,、‐'"ノ } ヽ. . { ヾ=;;、 ヾ'''‐-、、-‐' ~,‐'~ ,,、=ヽ. } ', ` 、,, `ヾ=、,,_ -‐''~_,,、‐;'~''~ i ; i ', \ ~'''‐-‐''~`''''" ,'´ i ヽ、 `;、 .; 丿 ノ ` 、_,{ `‐、_ ,終 ,、' ~`y' ) r' ~`'rr-、、,,,_ ,ノ"゛ _,、< ,;;ゝ `~`i' ,'r´:::::::::`;丶、 ,_ _,,、-'´,ノ ,ノ ,、 ‐'"`, ';‐'" ,' ,','::::::::::::::,' ````` `"´ `"´~`''''''''''T´::::::::::::::',', | i ,','::::::::::::::,' ',::::::::::::::::::ii :! ,r'" ,','::::::::::::: ,' ',::::::::::::::::::!! i、 r''"' ノノ:::::::::::: ,' ',::::::::::::::::',', i!ヽ {____,、-'/:::::::::::::;;' ',:::::::::::::::::ヾ、__)
507 :
世界@名無史さん :04/02/11 17:01
|┃ /★\ |┃三 ( ) _________ |┃ | | / |┃ ≡ | | < 男根・・いや檀君様! ピースな愛のバイブスで ____.|ミ\__< `∀´> \ ボジティブな感じでお願いするニダッ! |┃=__ \  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |┃ ≡ ) 人 \ ガラッ
508 :
世界@名無史さん :04/02/11 17:55
ひろゆきはなぜ高句麗顔なんですか?
509 :
世界@名無史さん :04/02/11 18:02
高句麗顔ってどんな顔?
510 :
世界@名無史さん :04/02/12 17:31
ひろゆきみたいな顔。
511 :
世界@名無史さん :04/02/13 21:02
513 :
世界@名無史さん :04/03/11 01:25
2chからでた同人誌てことで高句麗本を作ろうと思ってたんだけど あちこちのスレをざっとながめてみると、高句麗ネタは 【起原・建国】 ・玄菟郡との関係 ・日本語で「コマ」というわけ 【途中の歴史】 ・漢・魏時代(山岳部族時代、中国との対立) ・五胡十六国時代(遼東・楽浪併合、鮮卑・倭との対立時代) (=広開土王碑文にみえる古代史) ・南北朝時代(倭と友好、中国・新羅との対立時代) 【終焉・滅亡】 ・埼玉の高麗神社、日本への帰化人 ・高麗(半島)との関係 ・渤海国との関係 【民族系統】 ・高句麗語と日本語の同系説? ・高句麗・夫餘は騎馬民族? ・高句麗はツングース系?朝鮮系?夫餘系? 【現代政治】 ・半島でのトンデモ高句麗史 ・中国と韓国・北鮮との対立(歴史論争) こんなとこかな。普通に途中の歴史があんまり興味もたれてなくて かなり偏ってる感じだけどw 他に面白いネタある?
514 :
世界@名無史さん :04/04/19 23:12
高句麗が海路、山東半島を攻めて領有していた、という電波説が どこかで載っていたが・・・桓檀古記だったっけか?
>>514 高句麗が山東半島を領有したのは本当。陸路だけど。
鮮卑の慕容氏が建てた燕と長年争って遼東半島をとったりとられたりしてた
が、404年に襄平城を落としてから最終的に遼東半島は高句麗のものに。
この時、倭軍が高句麗の帯方界(旧帯方郡の故地)まで攻め込んだのは
高句麗の主力が遼東方面にでていたからと思われ、倭国と慕容部族との
連携作戦だったとする説もある。(結果的に燕は割りを食ったが)
それとは別に、
高句麗が海路で倭(遼東ではない)を征伐したというのは、
広開土王碑文の電波解釈。
それともまた別に、
百済(高句麗ではない)が遼西(遼東ではない)を攻めて領有していた
というのは、宋書や梁書に記事がある。
これは否定的にみるのが学界の有力説。
この記事を半分以上肯定する説もあるが、マイナー説というだけで
別に電波だとかトンデモだとかというわけではない。
>>515 の続き
それとはまたさらに別に、
百済(高句麗ではない)が山東や河北(遼東ではない)に領有地を
もっていたという説もあるが、
これは南朝から名目的にいくつかの郡の太守を認められていただけで
支配の実体はない。そのへんは北朝の領土だった。
当時の南朝は、山東や河北を支配していた北朝と敵対していたから
名目上、百済に与えるのは苦しくない。
これとはまた別に、
桓檀古記はいろんな電波説をゴッタ煮にして戦後に捏造したもの
だから、高句麗が海を渡って倭を征服したとかでてくるよ。
> 高句麗が山東半島を領有したのは本当。陸路だけど。 ん?遼東じゃないのか?
>高句麗が海を渡って倭を征服 桓檀古記といえば、紀元前666年に檀君の命を受けた武将・陝野侯が 海を渡って「熊襲を征伐」しに遣わされたというくだりがありますた。 それきり本国に戻らなかった、ということは時期的に初代(ry
だから神武天皇の正体が実は檀君の部下というのが桓檀古記の主張だろ
桓檀古記って、はるか後に伝わったはずのニンニクが出てきたり、 現代の文書が引用されてると言う、あの謎の古文書でつか?
そう。そのとおり。
523 :
世界@名無史さん :04/05/30 07:31
子音レベルでない数詞の類似一致度は、世界中で比較しても、 高句麗語の判明分がぴたりと日本語に類似。できれば2・4・6・8の記録が。
524 :
世界@名無史さん :04/05/30 09:44
/:::::::::::::::::::::::人:::::::::::::::::::::::::\ /:::::::::::::::::::::::::::/ ..ヽ:::::::::::::::::::::::::::ヽ /::::::::::::::::::::::::::::/ ヾ:::::::::::::::::::::::::::丶 /::::::::::::::::::::::::::::/ ヽ::::::::::::::::::::::::::ヽ |::::::::::/::::::::::::ノ ヽ.::::::::::::ヽ:::::::| |:::::::/ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄|:::::::| |=ロ -====・ ・====- ロ=.| |:::::| .. |::::::| |::::::| ` |::::::| (||:::::| .(。。) |::::::|) .. |:::::| ∴∴ l l ..∴∴ |::::::| ___________ .. |:::::| ∴∴ _-- ̄`´ ̄--__ ∴∴ |::::::| / |:::::| ∴∴ -二二二二- ∴∴ |:::::::| < 寄り目高句麗 |:::::| |:::::::| \___________ |:::::::ヽ -_ _- ノ::::::::| |:::::::::丶 . ̄ ̄ /::::::::::::| |::::::::::| \_______/ |::::::::::::::::
テレビでやってたけど四万十川と言うのはアイヌ語起源だそうだ。 日本各地にはアイヌ語起源と思われる地名が津々浦々あるそうだ。 だから、縄文人はアイヌ語に極めて近い言語を話していたと思われる、 それが地名として残ったのだ。 日本語の起源だけど、おそらく古い時代朝鮮半島南部で話されていた 現在のハングル語とは異なる(エトルリア語のように絶滅した。) 言語であろう。
526 :
世界@名無史さん :04/05/31 20:04
527 :
世界@名無史さん :04/06/12 08:22
「とても・美しい」だったっけ?
528 :
世界@名無史さん :04/06/12 20:33
今の朝鮮語と高句麗語は関係あるんでしょ?同じ言葉?
530 :
世界@名無史さん :04/06/13 21:31
>>528 数詞とか全く共通性ないから殆ど関係ないでしょ。
531 :
世界@名無史さん :04/06/13 21:41
同じウラル・アルタイ語族という、実にとおーーーーい親戚関係
532 :
世界@名無史さん :04/06/13 22:06
>>530 中国でも韓国でもないということですね。
高句麗語の数詞なんか分かってるの? じゃあ満州語とかと近いのかな? 韓国語の起源も日本語と同じく分からないのか。新羅や百済は韓国語をしゃべっていたのかな。 それにしては、渡来人は日本に来て倭人とどうやって意思疎通したんだろう。 一昔前に、万葉集を朝鮮語で読むってはやったけど、まゆつばものみたいだし。 筑紫の磐井が新羅と組んで大和に対抗したって話も、渡来人として倭人政権にたてついたのか、ただの「国内」反乱なのか。 古代の人々がどんな言葉を話してたかって、どのくらい分かるんだろう? そもそも列島人はいつからどのくらい半島人と違う「民族」になったんだろう? 東アジアはそれぞれ鎖国みたいな体制だったから、「近代国家」以前に「民族」のような意識はあったように思えるのだけど。 天問!
>>533 1)高句麗の数詞はぜんぶではないがかなりわかってる。
高句麗語に一番近いのは日本語。
ツングース語(≒満洲語)やトルコ語に
似たくさい語彙もいくらかあるが、わずか。
2)
>渡来人は日本に来て倭人とどうやって意思疎通したんだろう。
通訳がいた。
3)磐井は渡来人じゃないよ。筑紫君だから皇別氏族。
4)東アジア諸国が鎖国したのは16世紀以後じゃないの?
ちなみに「民族」という観念は近代のもので、それ以前には
部族や種族だよね
535 :
世界@名無史さん :04/06/14 21:30
誰か高句麗語の数詞を教えて! 列島人と半島人は天地開闢以来別の言葉をしゃべっていたの? それとも百済や新羅の言葉は上代日本語と同系統とかでないの? 東アジアの言語地図は、特に九州北部と半島南部の言語文化圏は、昔から全く消長なく固定したものだったの? 天問!
>>535 >高句麗語の数詞を教えて!
高句麗語の数詞は検索すればわかるよ。
つーかこのスレに何度もコピペしてた馬鹿がいたような…
>列島人と半島人は天地開闢以来別の言葉をしゃべっていたの?
列島人とか半島人という種族は存在しない。
列島に住んでた人も半島に住んでた人も
時代によって言葉がちがうし、半島にはいろんな言葉があった。
その中の組み合わせ次第では、半島の一部と列島とで同じ言葉が
話されていた時代もあったかも知れない。
>百済や新羅の言葉は上代日本語と同系統とかでないの?
そんな簡単なもんじゃないよ。同系統の意味にもよる。
百済語は支配階級と庶民階級は言葉の系統がちがうし
新羅語はひとつの系統から分かれたわけじゃなくて
複数言語の混成語。
あと、同系統というと言葉が似てると早合点する人が多いが
系統が同じでも分かれてから遠ければぜんぜん似てない。
つまりぜんぜん似てない言葉でも系統が同じということがあり得る。
逆に借用語が多ければ系統のちがう言語なのに似てる場合もある。
>九州北部と半島南部の言語文化圏は、
>昔から全く消長なく固定したものだったの?
んなわきゃないでそ
537 :
世界@名無史さん :04/06/18 00:04
済州島の耽羅って独自の言語があったのでしょうか?
539 :
世界@名無史さん :04/06/20 02:07
トムラ語ですか・・・どのくらい資料残っているんでしょう?
ぜんぜん残ってないよ。タムラ語じゃなくて「州胡」語。 魏志に、州胡は韓とは言葉がちがうとある。
541 :
世界@名無史さん :04/07/02 21:07
どんな言葉だったかなどの詳しい内容は明らかになっているのでしょうか? 未知の言語とか。
それは不明。未知の言語ですね。でも済州島方言の研究とかしてる人なら なんらかの特徴ぐらい推測できるかもねー
543 :
世界@名無史さん :04/08/15 11:50
韓日協定関連文書5件の公開命令
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/02/13/20040213000062.html 1965年の韓日協定の締結から39年が経った今、韓日協定関連文書のうち損害賠償請求権と関連した文書5つの公開を命じる初判決が出た。
日本帝国の植民地支配下の徴用者や日本軍慰安婦など被害者99人が、「韓日協定関連文書を公開せよ」として外交通商部を相手取って起こした訴訟で、
「これらの文書のうち損害賠償請求権と関連した5つの文書を公開せよ」とした。
判決文で、「原告らは日本と日本企業を相手取って損害賠償訴を起こしたが、日本側が韓日協定のうち請求権協定の第2条第1項に基づき、
『請求権が消滅した』と主張していることから、日本側の主張が正しいかどうかを判断するために必要がある」とした。
「韓日協定の文書には外交的秘密に関する事項もあるだけに、
国益上非公開を要請する日本側の立場を尊重し、公開対象の選定に慎重を期した」と説明した。
544 :
世界@名無史さん :04/09/09 23:51
age
ttp://www4.ocn.ne.jp/~fkoma/ 第3回高麗神社に伝わる文化財展
日時 平成16年9月12日から23日午前9時から午後4時
場所 高麗神社参集殿2階大広間
テーマ 「高麗家と修験道」
高麗神社の社家高麗氏は江戸期まで、本山派の修験者でした。本年ユネスコ世界遺産に登録
された「紀伊山地の霊場と参詣道」の中でも大峯奥駈け道は高麗氏代々の行場でもあります。
計らずも記念すべき年に高麗家に伝わる修験時代の法具・文書を展示公開することとなりま
した。多くの皆様のご来場をお待ちしております。
入場無料
出展内容 高麗氏系図(レプリカ) 国指定重要文化財大般若波羅密多経 懸仏 独鈷
鰐口(文明年間銘)他(出展品は都合により変更されることがありますのであらかじめご了
承下さい)
社誌編纂調査員による展示品の説明会を期間中、毎日2回(午前11時、午後2時30分)
行います。ただし19日(日)は休みとさせていただきます。
期間中、国指定重要文化財高麗家住宅内を開放します。自由にご見学ください。
※6月19日に行われた「第一回渡来人の里講演会」李進煕先生のご講演の模様を期間中、
毎日午後1時より午後2時30分まで会場でビデオ上映いたします。(ただし、19日日曜
日は休みとさせていただきます。)ぜひ聴講下さい。
同じく世界遺産となりました、当社御祭神の故国高句麗の遺跡(古墳壁画)も一部パネル展
示いたします。
秦郁彦は中国系?
548 :
世界@名無史さん :04/09/30 22:32:36
549 :
世界@名無史さん :04/09/30 23:18:36
ここのスレッド、すごい学者的な発言が目立つけど、 実際の言語学からすると、ウソばっか。 アルタイ語ってなによ?そんなの否定されて久しいじゃん。 モンゴル、トルコ、ツングースなどの諸言語の間の語族関係は みとめられない。 また、やたらと日本語や朝鮮半島言語の一部をオーストロネシアン と結びつけるが、それも、あったとしたら、数千年以上前のこと。 日本に弥生人が来たのが3千年前なら、その故地が、中国江南で あろうが、朝鮮半島であろうが、あるいはシベリアであろうが、 そこの言語との系統関係はある程度はわかるはずだが、そうでは ない現状からして、日本語は、孤立していると見るべきだ。 もちろん、韓国語も孤立している。言語学的な意味での関係はない。 もちろん、文化交流、人的交流があったから、語彙の移動はある。 昨今の言語学では、基礎語彙が固定されているという説は否定され ている。英語の場合三人称の複数は they their them だが、これ は、デーン語の語彙で、本来は h で始まる he に近い形をして いた。これなんぞも、基礎語彙といえども、他から簡単にはいって くる例だろう。 もっと、本気で勉強するように。
>>549 アルタイ語云々とオーストロネシアン云々の部分は排除して読めばいいじゃん。
「3000年前に弥生人が…」といってる段階で藻前も不勉強だと思うがw
具体的にどのレスに文句いってるのかレス番でさしてくんない?
賛同も反論もできないw
551 :
世界@名無史さん :04/10/01 21:58:50
/:::::::::::::::::::::::人:::::::::::::::::::::::::\ /:::::::::::::::::::::::::::/ ..ヽ:::::::::::::::::::::::::::ヽ /::::::::::::::::::::::::::::/ ヾ:::::::::::::::::::::::::::丶 /::::::::::::::::::::::::::::/ ヽ::::::::::::::::::::::::::ヽ |::::::::::/::::::::::::ノ ヽ.::::::::::::ヽ:::::::| |:::::::/ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄|:::::::| |=ロ -====・ ・====- ロ=.| |:::::| .. |::::::| |::::::| ` |::::::| (||:::::| .(。。) |::::::|) .. |:::::| ∴∴ l l ..∴∴ |::::::| ___________ .. |:::::| ∴∴ _-- ̄`´ ̄--__ ∴∴ |::::::| / |:::::| ∴∴ -二二二二- ∴∴ |:::::::| < 寄り目高句麗 |:::::| |:::::::| \___________ |:::::::ヽ -_ _- ノ::::::::| |:::::::::丶 . ̄ ̄ /::::::::::::| |::::::::::| \_______/ |::::::::::::::::
>>551 寄り目は朝鮮人だろ。高句麗は朝鮮人じゃないだろ。
553 :
世界@名無史さん :04/10/04 23:58:46
775 :右や左の名無し様 :04/09/28 02:15:37 ID:???
>>765 それは間違い。新羅人より高句麗人の方が日本人に近い。
554 :
世界@名無史さん :04/10/05 00:02:21
寄り目は満州系の鮮人だろ。 色黒、長顔、のっぺら、薄いハの字眉、細寄り目、突き出した口 人間未満のえげつない下品な顔
555 :
世界@名無史さん :04/10/05 00:21:06
>>550 日本語を見ていると、むちゃくちゃ「できたて」っていう感じががする。
一応、邪馬台国の出てくる魏志倭人伝あたりの「ヒナモリ」ってな語彙
をみると、あー、3世紀も日本語らしきものが使われたいたのか、とは
思うが、一応、古事記、日本書紀あたりや、推古朝逸文あたりで、
なんとかさかのぼって7世紀。で、一応体系としては奈良時代の言語
に到達するが、これが、ものすごく「できたて」な感じがする。
やっぱり、日本語ってば、紀元前後かせいぜい2世紀ごろにできた、
新しい言葉なんじゃないか、と思ったりするから、その意味で、
うーん、ベースは、縄文時代の言語にあったかもしれないが、まとも
になったのは、かなり後の時代で、だったら、3千年前に弥生人が
きたとしても、今の日本語には無関係だね。
作りたてな感じの理由
1)擬態語、擬音語の類と対応する形容詞、動詞が多い。
ちらちら→ちる、さらさら→さらす、からから→かれる・からす
ごろごろ→ころがる、ぴかぴか→ひかる
2)数詞で、「ひと→ふた」「み→む」「よ→や」などは、全く
同一の母音交代で作られている。数詞わざわざ作ったみたい。
3)語源を無理矢理さかのぼると、みな一音節の語彙になってしまう。
「根、野、の、に」などはみな「根をあらわす な」がもと?
だったら、昔の日本語は80語くらいしかなかったか。
>>555 (1)は朝鮮語にも共通して見られる要素だし、
(2)はアイヌ語にも共通して見られる現象だ。
(3)に関しては、例えばシナ・チベット語族は皆
単音節語だ。日本語に見られる音節の単純性
は、あるいは南島語族の影響かもしれん。
>>554 満州系って?満族のことか?それなら高句麗と関係ない。
558 :
世界@名無史さん :04/10/09 19:02:42
満州系人種の事に決まってるだろ。 満州族も高句麗ももとは満州に居た満州系の人種。 高句麗は、華北系人種でもない、古モンゴロイドの朝鮮の土着系人種 でもない、やはり満州系人種。
>>558 満州系人種って、返事になってないだろ。南ツングースと北ツングースって人種ちがうんだけど。
>>555 「できたて」の感覚が掴みにくいんだが……
逆に、できたてっぽさの無い、長期熟成風味の言語って、どんなのがある?
561 :
世界@名無史さん :04/10/10 11:31:17
>南ツングースと北ツングースって人種ちがうんだけど。 ソースは?
562 :
世界@名無史さん :04/10/11 12:58:13
>南ツングースと北ツングースって人種ちがうんだけど。 おーい、ソースは? もう1日たったぞ。
563 :
世界@名無史さん :04/10/12 21:40:35
>南ツングースと北ツングースって人種ちがうんだけど。 おーい、もう2日たったぞ。 結局ソース無しかよw
564 :
世界@名無史さん :04/10/13 10:41:48
このスレの誰もお前さんに待ってくれとは云ってない。 興味があるなら自分で調べれ
うん。ここまで来たら同じ人種だってソースを自分で出した方が早い。
566 :
世界@名無史さん :04/10/13 22:42:52
黒い寄り目の鮮人は満州人だろw
567 :
世界@名無史さん :04/10/14 07:26:51
568 :
世界@名無史さん :04/10/14 15:34:31
扶余や南方の民族に、数詞を含む一部の言葉(九州語の原=バル等)、 農耕を営んでいた、南方的風習などに倭国と共通点がみられるというの は九州の縄文語という可能性もあるな。原=バルと読ませるのは 大和政権への従属が遅い熊襲、隼人の住む薩摩でも殆ど全てバルだから。 遅れて日本化し、わざわざバルと読ませる必要性もないだろう。 それに九州人の名前には本州には無い名字が多く特徴が多い。 一方関門海峡を越え本州山口に入ると全くそういう地名はない しかし富山か新潟に一部あるらしい。(渤海国、高句麗由来か?) ほぼ畿内化している中国、四国地方と異なり九州(倭)の文化は謎だらけだ。 九州の縄文時代の人口は少なかったというのが定説だったが、 最近では南九州で大規模な集落が見つかったり、これからの発見に よって解明されていくのだろう。
569 :
世界@名無史さん :04/10/14 15:37:36
高麗が高句麗の後継ってほんと? 渤海も同じこといってるよね?
570 :
世界@名無史さん :04/10/14 15:51:30
それから言っておく。 日本語=タミル語同祖説はナンセンス!(研究者は頼むから死んで) スリランカの住人はインド・アーリア系のシンハリーが最初に定住し その後にインド先住民であるドラヴィダ(タミル)がスリランカに移住している。 もっと以前にスリランカに先住民がいるとしてもわざわざ先に定住している シンハリーより地元の言葉を受け継ぐと考えるのは不自然過ぎる! つまりタミルの言葉はインド南部のドラヴィダの古語であり、 スリランカ固有のものではない。しかもドラヴィダは3500年前に 地中海から移住してきたという説が有力であり、日本語が彼らの言葉を 受け継いだと考えるのは荒唐無稽だと言える。 細かいこと研究しても、基礎中の基礎で完全に崩壊してる、この説を でっち上げ電波を発信してるようなヤツは死んでほしい。 朝鮮系らしい発想です。調べたら小ヤツやはり東京人(朝鮮人)でした。
571 :
世界@名無史さん :04/10/14 16:18:01
扶余は俺が思うに九州を経由してかあるいは直接かいずれにしても 南方から来た民族を支配階層に持つ民族。彼らは南方の一民族の言葉と 農耕文化を持ち沿海州に独自の文化を持ち込んだ。 しかし九州南部で農耕が遅れた事を考えると、一旦日本に定住し 農耕を習得し沿海州に渡ったとも考えられる。
>570 研究者の間でも電波扱いだから、死んでなんて言わないで
573 :
世界@名無史さん :04/10/14 16:46:10
漢語読みは漢族に支配されてた韓から伝わった事を考えると 扶余語や日本の古語が縄文語である可能性はあるよね。 沿海州において孤立した言語で日本の古語との関連以外他に関係がない。 でも伝播した経路は色々考えられるので難しい所ではある。
574 :
世界@名無史さん :04/10/14 19:58:07
沖縄も原バルですよ。 一方関門超え下関より北は全て原ハラ 朝鮮の血が濃い本州人ってイメージだし どうみても南方渡来でしょ?
575 :
世界@名無史さん :04/10/14 20:32:18
>>567 ソースは生のチョンw
チョンの顔を見りゃ分かる。
576 :
世界@名無史さん :04/10/14 20:33:30
×朝鮮の血が濃い本州人 ○華北の血が濃い本州人
577 :
世界@名無史さん :04/10/14 20:49:43
四国にもバルはないね。 なぜだろう。沖縄、奄美、九州全土だよ。 この地域特有のにがうり文化とかと共通点ありそう。
バオーが来訪したから
579 :
世界@名無史さん :04/10/14 23:41:50
>>575 なるほど。生のチョンは黒くて寄り目である、と。
しかし、そうすると満州人はそれ以上に「黒くて寄り目」でないとおかしいな。
だってチョンの「黒くて寄り目」は満州人との「混血」によってそうなったんだろ。
つまり満州人は、朝鮮人みたいな混血とちがって生粋の「色黒・寄り目」のはずだからな。
・・・・・でも実際は・・・・・
581 :
世界@名無史さん :04/10/18 01:41:17
高句麗、高句麗、寄り目句麗
高句麗の古墳壁画の人物像みると、とくに寄り目には描かれてないな。
高句麗の支配層は狛という人種で、満州人や蒙古人の種類。
狛(貊・貉とも書く)は人種概念ではないよ。 前漢の頃までは満州の諸民族を大雑把に総称しただけ。 特定のものとしては「穢」がいた。 高句麗をさすようになったのは南北朝の中頃のあたりから。
585 :
世界@名無史さん :04/10/20 23:56:32
寄り目黒鮮人は満州でいいんだろ?
だから、満州っていってもいろいろあるんだよ。 満州は古来さまざまな民族が入り乱れた土地だから、 満州といっただけでは、具体的にどのような血筋のことなのか特定できない。
587 :
よろずこ :04/10/21 03:01:17
満洲
588 :
世界@名無史さん :04/10/21 06:14:09
満貫
http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/read.php?id=enjoyjapan_8&nid=941578&work=list&st=&sw=&cp=7 韓 : 高句麗語と新羅語は別個の言語という仮説の重大な間違い 作成時刻 : 2004.10.20 23:03:40
私の文はソウル大言語学と教授だった 故 金芳漢教授の見解を 土台にしたことなのを先に明らかにします.
一部学界で申し立てた '高句麗語と新羅語は別個'という仮説は, 三国史記地理誌に載せられたいわゆる '高句麗 数詞'聞く代表的な論拠としてしました.
ところでまず指摘しなければならないことはこの 数詞らを抽出し出した地名たちが すべて高句麗の伝統的な領域ではない三国の領土争奪戦が激しかった 韓半島中部地域の地名というのです.
いわゆる '高句麗の 数詞'と抽出された韓半島中部の地名たちが 高句麗語なのが検証されることができる道は高句麗の伝統的地域でも これと対応する地名が発見されるのです.
しかしそういう地名が発見された事はないです.
ところで思いがけないのは, 同じ三国史記地理誌によれば歴史上新羅の伝統的な領域にあたる韓半島南部地域で いわゆる '高句麗 数詞"と対応される地名が発見されるというのです.
いわゆる '高句麗の 数詞'という 三=密(音読 mil)と完全に対応する 三=推(訓読 mil)が抽出される三国時代新羅南部の一地名がすぐそれです.
だからいわゆる '高句麗 数詞'が高句麗語を反映するという学説は 完全に説得力を失うようになりました. それなら韓半島の中南部の地名で抽出されたこの正体不明の 数詞らは果してどの種族の言語だったろうかと言う疑問が生じます. そんな疑問を解決するために登場した新しい学説がすぐ基層説です. すなわち, 芸脈族などの種族が韓半島に掌握する以前から居住した 先住民の存在を前提に韓半島中部と南部にかけて分布された 原始一クラスドアという低層の言語を認めるのです. 地名はめったに変化しない保守性があります. 民族の移動や侵略によって土着人の勢力が弱化されて結局には その言語が支配者の言語に変わってもその所の土着地名だけは 相変わらずそのまま尊属する場合が多いです. だから三国地名に現われる人々語彙や形態素が必ず三国の言語だと 言い切ることができないです. 結論的に地名でその地域を支配した種族の言語が分かるということは 言語学的に見る時は最悪と同時に最後の選択になるしかない方法です. 今日の韓国語とは違うこの低層の言語を使った 先住民の存在を学術的次元で確認しようとすると, 学者たちの一般的な見解として青銅器時代以前に韓半島に居住したはずだと 認められる故アジア族そして三国史記の記事に何回も. 登場する 靺鞨族があります. 三国史記で 靺鞨族の登場をよく見ようとすると, 百済建国創始期の温祖王の時北辺方を侵入したしその後にも 靺鞨が百済侵入したと出ています. 2世紀初には 靺鞨族が新羅を侵入したという記録もあります. その当時 靺鞨族は芸脈族のような先進文化を持った種族にまだ属しない 原住民集団だと見当をつけることができます. 中国の多くの四書に高句麗語と 靺鞨語がお互いに違ったと明示上に 記録されていることとは違い '新羅はベックゼを待った後こそ 中国と言葉が通じた'と言う記録があって新羅語と 夫余 系統の言語が お互いに似ていたはずだという主張の一論拠になっています. しかし基本的に三国時代の言語を糾明する当時の資料が貧弱なので 高句麗語と新羅語言語の同一性または類似性可否を証明するのに困難があります. しかし少なくとも虚点多い従来の仮説を前提にする また他の生まれ的な虚点があるしかないまた他の仮説の作われる事は あってはいけないと思います.
218 名前:名無しさんはポシンタン [2003/06/21(土) 14:12 ID:jBKrlBUY]
娜々志娑无先生が新スレでやってる高句麗語研究について質問します。
たしか倭語で解釈できる高句麗語地名は、安本美典氏の地名比定によると、
「半島中部だけに分布し、北部や南部には存在しない」はずですが、
娜々志娑无氏は安本氏よりもはるかに多くの語句を検討しているように
見受けられます。
そこで、はたして娜々志娑无さんの調査での印象、研究での感触からも
「半島中部だけに分布し、北部や南部には存在しない」という命題は
一定の蓋然性が認められますか?
もし仮にそのような命題が妥当だとすると、
いわゆる「倭語と近縁な高句麗語」というのは高句麗の発祥した地域の
「本来の高句麗語」ではない可能性が高くなり、一口にはいえない
さまざまな多様な仮説をよびおこすことになりそうなんですが。
222 名前:218 [2003/06/24(火) 00:01 ID:Nm5c/O.2]
>>219 よく考えてみると、考証できる高句麗地名は新羅によって漢訳改名された地名のみ。
つまり新羅領に編入された地域に限るわけで、
高句麗領のほとんどは渤海国に編入され、新羅領になったのは南辺の一部のみ。
すなわち半島全体からみれば、半島中部にあたる部分。
だからここだけが対象になるのはあまりにも当然でしたな。
半島南部は高句麗領になったことがないし、半島北部は新羅領になったことがないので
どちらも問題外。
231 名前:222 [2003/07/01(火) 02:04 ID:u4GlKldU]
>>222 に追加で自己レス
三国史記には実は鴨緑江以北の高句麗地名も32件収録されていて、
そのうち旧名もしくは別名のわかるものが22件。
この旧名もしくは別名というのは一目で高句麗語の音写らしくみえ、
漢訳風の名と比較が可能になっている。
わずか22件なので、その中でたまたま日本語に似ていると解釈できるものは
どれぐらいあるか、かなり悲観的ではあるが・・・
232 名前:231 [2003/07/17(木) 00:29 ID:..7JjwxQ]
>>231 に自己レス
娜々志娑无先生のHPの高句麗語対称表によると
厳しめに篩にかけても日本語と関係ありそうなものは8件もあるなー。
22件のうちの36%もある。全32件で割っても25%、
これは4件に1件は日本語に類同するか少なくとも関係が明白。
高句麗南部(半島中部)よりむしろ高句麗発祥の地の方が
日本語との関係が深い可能性すら出てきたなぁ。これは以外であるとともに、
「なぜか半島中部に集中する」と判定した安本美典の研究不足が露呈した格好だな。
186 名前:転載くん [2004/02/17(火) 16:-14 ID:dIp9FTKs]
372 名前:日本@名無史さん 投稿日:04/02/07 11:13
たしか倭語で解釈できる高句麗語地名は、安本美典氏の地名比定によると、
「半島中部だけに分布し、北部や南部には存在しない」はずですが、一定の蓋然性が認められますか?
もし仮にそのような命題が妥当だとすると、
いわゆる「倭語と近縁な高句麗語」というのは高句麗の発祥した地域の
「本来の高句麗語」ではない可能性が高くなり、一口にはいえない
さまざまな多様な仮説をよびおこすことになりそうなんですが。
373 名前:日本@名無史さん メェル:sage 投稿日:04/02/07 14:02
>>372 安本美典氏の地名比定は不完全だよ。
北部は新羅領にならなかったから三国史記地理志の新羅九州の郡県リスト
に入ってない。だから安本美典は調べた上で「北部にはみられない」と
いっているのでなく、そもそも北部は調べてない。三国史記地理志の末尾
に一時唐領になった高句麗北部の地名リストがある。これは数が少ないの
で統計的に意味をもちうるかという問題はあるが、日本語と関係ありそう
な地名は実数が少ないだけで率(割合)からいうとむしろ中部より北部の
方が多い。
(半島南部は、そもそも高句麗領になったことはないのだから、日本語との
関連ありそうな地名はなくても当たり前。こちらは安本説のままで問題ない)
>>589-590 芸脈族とかベックゼとかなんのこっちゃ。
>>591-593 をみればわかるように、「高句麗地名から、韓国語では説明つかないが
日本語に類縁の語彙が抽出できる」というのは、なにも数詞だけのことではなくて
いろんな語彙が抽出されてるし、それは半島中部だけということもないのだが。
それにいくらその数詞を使った先住民を想定しても、その先住民が
新羅語や現在の韓国語とは別系統の数詞であることにかわりないわけで。
意図とは逆に、今の韓国人が先住民とは別で古代にはいなかったこと
の証明になってしまうのでは・・・? 墓穴ほってるようにみえるけど。
ベックゼは百済だろうね。
>>589 >ところで思いがけないのは, 同じ三国史記地理誌によれば歴史上新羅の伝統的な領域にあたる韓半島南部地域で いわゆる '高句麗 数詞"と対応される地名が発見されるというのです.
>いわゆる '高句麗の 数詞'という 三=密(音読 mil)と完全に対応する 三=推(訓読 mil)が抽出される三国時代新羅南部の一地名がすぐそれです
>>593 >(半島南部は、そもそも高句麗領になったことはないのだから、日本語との
>関連ありそうな地名はなくても当たり前。こちらは安本説のままで問題ない)
南部にもあるの?
南部にはないよ。 南部にあったらそもそも「高句麗語だっ!」とは言われなでそ。 それなら、こういうような一連の論争じたい起こらない。
598 :
世界@名無史さん :04/10/23 17:58:49
599 :
世界@名無史さん :04/10/24 02:58:52
朱蒙様が600ゲット! 今気付いたが「しゅもう」ってIMEで一発変換されたよ・・・ 「だんくん」といい、どういう選考基準なのかw
現世人の全ての地域の全ての民族が言語を使用するからって、 高句麗人が言語を使用した証拠にはならない。 高句麗の言語が残っていない以上、高句麗人が言語を使用せず 暮らしていた可能性も考慮すべきではないか?
603 :
世界@名無史さん :04/11/04 00:10:55
句麗のいみはなんですか? 高句麗と下句麗の意味の違いはありますか? ロシア人がアイヌを「クリル」と呼んだのと関係あり?
606 :
世界@名無史さん :04/11/07 18:09:37
高句麗とこっくりさんに関連あるますか?
関係ありません。
>605 興味あるけどそこ読むのめんどくさいなぁ
>>608 日本史板にもこの映画のスレあるけど、
>>605 のスレの方が面白かったよ
よりあえずレンタルしてみれば?
610 :
世界@名無史さん :04/11/13 16:46:40
ついに、外国人参政権の審議入りへ!!! これで、日本を合法的に乗っ取る事ができる。君が代を廃止する。 日本海を東海に変える。日本の歴史は朝鮮人がつくったこにかえる。 パチンコ30兆円産業の70%は、すでに我々在日が握っているのだよ。 駅前の土地も、そのほとんどが在日が所有している。 在日の雄・創価学会 TBS マンセ− 朝鮮総連 朝日 マンセ− 在日右翼、在日芸能プロダクション 最強マンセ−!!! 後は、日本人を日本から、追い出すだけ。 我々在日は、ついに日本人に勝利した。 ちなみに、新宿、歌舞伎町の土地も、ほとんど在日が所有していますから、残念!! 祖国・韓国は、主権は国民にあるとして、外国人参政権は認めてませんから、残念!! テレビ等を抑えて、この報道を一切スル−している。在日パワ---に感謝!!
611 :
世界@名無史さん :04/11/16 05:19:03
ひふみ、バルは縄文語の一種である九州語である。 この言葉は海洋技術に長けた九州人が奄美沖縄に 渡ったように、黒潮にのり沿海州にも渡った事を示す 貴重な証拠である。 そして時を前後し稲作が日本のもたらされた。 全ての歴史の謎がここでつながるわけである。
612 :
世界@名無史さん :04/11/16 06:29:58
稲作は6500年前から日本にあるよ。 朝鮮には4000年前に日本から入った。
朝鮮では水田稲作が4世紀に始まったとされるが、水田跡は発見されていない。どういうことだ?
紀元前ね
製鉄についても日本で朝鮮より古い出土例があったって本当かいな?
エロイ人、朝鮮半島の文物がわかりやすく載ってるサイトあったら教えてください。 (捏造系じゃなくて) お願いします。
ここは本来「高句麗の」「言語」にかんする議論をするスレなのに チョンスレと勘違いしてるアホが多すぎ。
618 :
世界@名無史さん :04/12/12 17:56:51
エクアドルの縄文遺跡が九州のそれとそっくりだったらしい。 九州の縄文人が古代において相当規模で活動していたってことではないか? 琉球を支配したのも彼ら九州縄文人だということがDNAから判明してる。
なにが琉球を支配しただよ、間抜け。北に行け北に。
620 :
世界@名無史さん :04/12/12 18:25:08
琉球人は九州の縄文人だよ。 遺伝子研究から明らか。
621 :
世界@名無史さん :05/01/03 07:28:36
age
622 :
世界@名無史さん :05/01/16 01:55:39
保守
623 :
世界@名無史さん :05/01/26 17:22:35 0
琉球語は意外に東北方言ににたものがありますね。 と同時に、泉州方言と似たところがあります。
624 :
よろずこ :05/02/06 21:45:42 0
>>623 >意外に東北方言ににたものがありますね。
蝸牛考ですか?
泉州方言。これは何だろう。
福建の泉州のことかな?
台湾語とまちがってんだろう。
>泉州 和泉の国?
>>623 泉州って、福建の泉州?それとも和泉国=泉州のこと?
それによってまったく意味がかわってしまうんだが。
629 :
世界@名無史さん :05/03/02 22:03:41 0
和泉と似ているとは思えん
630 :
世界@名無史さん :05/03/02 22:04:10 0
空アゲ厨キモイ
631 :
世界@名無史さん :05/03/05 16:03:25 0
>まあ日本人には多かれ少なかれ朝鮮半島の血が流れているわけだが。 実は全然 流れていない。 7C、百済滅亡で日本に来た百済人が3100人くらい。 高句麗滅亡で来た高句麗人が1800人くらい。 それらとは関係なく自主的に来た百済人や新羅人が数百名。 7Cに来た半島帰化人は全部合せて5000人くらい。 それ以前の帰化人が始まった5C、続く6Cに来た半島帰化人が合せて 2〜3000人くらい。 半島帰化人の総数は7〜8000人くらい。 古墳時代の日本人口が400万人くらいの時だから、 朝鮮半島の血など、日本人の血の僅か 0.2% ほどに過ぎない事が分かる。
400万人もいなかったと思うけどな 多分100万人くらいだと思う
633 :
世界@名無史さん :05/03/05 16:28:52 0
634 :
世界@名無史さん :05/03/05 23:47:19 0
泉州弁=和泉弁!みたい。 分析的に見れば、ちょっとだけにてる! けど、言うほどは似てないですね。 類似例: 沖縄 いー 見らん おばー むっちょーん 〜やさ。 泉州 いん 見らへん、見らん おばー もっちょーる 〜やしゃあ。 東京 うん 見ない ばーちゃん 持ってる 〜だよ。 あと泉州には上代・平安以来の言葉が意外に残っているとか。 ちょっと場を読み間違えてるかな。すいませんでした・・・ 泉州で「俺」を「うら」というようですが、朝鮮語の「ウリ」と似てなくもない?
635 :
世界@名無史さん :05/03/05 23:49:19 0
追加:沖縄には「うん」に近い「うー」もあるようでした。
636 :
世界@名無史さん :05/03/08 00:30:32 0
天皇に名字が無いというのは有名な話だが、 実は最近天皇の姓について興味深い説が示されている。 実在がほぼ確実視される最古の天皇は崇神天皇であり、その名は 「ミマキイリヒコ」といった。彼が奈良三輪山の神官であったことから 「ミマキ」は「御真木」であろうといわれている。「ヒコ」は男子の尊称である。 いずれも一般名詞的な尊称であるが、唯一「イリ」は彼の家名を表していると思われる。 高句麗末期の貴族で、大王を弑して国を乱したとされる「泉蓋蘇文」は 日本書紀では「伊梨柯須弥」の名で見られる。書記の記述が音訳であるとするなら 「柯須弥」=「蓋蘇文」であり、「伊梨」は氏姓であり、高句麗語で泉の意と思われる。 おそらく泉蓋蘇文はイリ家の出自であり、その遠い類縁関係にあるのが 崇神天皇なのであろう。 つまり天皇家の姓は「イリ」であり、それは次の景行天皇の諱「イクメイリヒコ」にも 引き継がれている。 徳川将軍は在世中、家臣から「トクガワサマ」などと呼ばれることがなかった。 「スメラミコト」「オホキミ」と呼ばれた唯一の主君の姓「イリ」が次第に忘れられていき、 その後数回の王朝交代を経て、完全に「姓無き王」となったのが今の天皇家であろう。
キバヤシさんですね?
>>636 たった二代しか続いてないのに姓だと断定できるのか?
しかも名前の真ん中に姓?
ぜんぜん説得力ない。間もなく忘れ去られる程度の珍説ですね。
おれたちはとんでもない勘違いをしていたんだ… 崇神天皇、すなわちミマキイリヒコの「ミマキ」と「ヒコ」は一般名詞的な尊称だ。 唯一「イリ」だけは彼の家名を表してる。 高句麗末期の貴族「泉蓋蘇文」は日本書紀でいう「伊梨柯須弥」だ。 書記の記述が音訳だとするなら、「柯須弥」=「蓋蘇文」が成り立つ。 次に、書記の記述が音訳だと言う仮説は、ここではノイズなので削除する。 そうすると、「イリ」は高句麗語で泉という意味なんだ。 ということは…皇室の祖先は高句麗人だったんだよ!!
>>639 朝 ま .左 / ,、r'";;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`';,、 ,r';;r" _ノ .申 皇 何
鮮 か ..様 L_ /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\ ,';;/ ) す 室 .と
だ .り .な //;;/´ `' 、;;;;;;;;,,l;;' /ヽ か の 高
け .と .こ /.,';/ ヽ;;;;,l;L_ .,,、,--ュ、 ';;;;;;;;;i !! .祖 句
.じ お .と l |;|┌--‐フ ┌----、、 |;ヾr''‐ヽ, ,、ィ'r-‐''''''‐ヽ ';;;;;;く 先 麗
.ゃ.る .が i |l ~~__´ 、 ``'__''''┘ |;;;;;l rO:、; ´ ィ○ヽ 'i;;;;;厶, .と .が
ぞ の l _|. <,,O,> 〉 <,,O,,> |;;;;;| `'''"/ `'''''"´ !;;;;;;;;ヽ
.は ._ゝ'|. / 、 |; ,' / 、 |;;;;;;;;;;;;;レ、⌒Y⌒ヽ
「 | | ( ) .ソ l ,:' _ ヽ .|;;;;;;;//-'ノ
ヽヽ | _,ニ ニ,,,,,_ ', ゞ,' '"'` '" i;;;;;i, `' /
⌒レ'⌒ヽ厂 ̄ `| ,、ィ-‐''__'''‐-`,、 '' .', i、-----.、 `''"i`'''l
人_,、ノL_,iノ! . ', :i゙''''''''''`l' ` _人__人ノ_ヽ ヾ゙゙゙゙ニニ'\ ,' ト、,
/ ヽ L__」 「 止 笑 Lヽ ヽ〈 i| Vi゙、
ハ ワ {. ヽ. -、、、、 ' ノ ま .い 了. ゙, ,ヽ===-'゙ ,' , // ヽ
ハ ハ ヽ. ハ ) ら .が | ',.' ,  ̄ , ' ノ // ヽ,
ハ ハ > /|ヽヽ、___,,,,、 'く ん > ヽ.  ̄´ / ,、 ' / / \
まさか世界史板で、諡名がなんなのかを知らんでモノを言うヤシがいるとは…
643 :
世界@名無史さん :05/03/18 15:52:56 0
高句麗、日本は扶余を共通の祖先として持っていたということで、ファイナルアンサー?
そうじゃなくて、夫餘・高句麗・沃沮・(狭義の)穢の4者が (広義の)穢を共通の祖先としてもっていた。 そして(広義の)穢と倭が共通の祖先Xから別れた。
645 :
世界@名無史さん :05/03/18 19:54:12 0
大陸にいた倭人はどうなったの?
646 :
世界@名無史さん :05/03/18 20:43:15 0
以前、どこかで読んだ話として、高句麗語では、 1)海をナミ(nami) 2)水をミル(mir) と言っていたとか。 1)は日本語の波、2は日本語の水でしょうか?
>>645 大陸にいた倭人?
AD178年に檀石槐が攻め入った倭人国のこと?
それなら鮮卑に吸収同化されちゃったんじゃないかな。
>>646 高句麗語と日本語と共通する語彙は40語くらい。
おお、娜々志娑无が現れてる。
>>640 では「なんだってー!」と言ってほしかったおれは
>>639 >>646 それってたぶん「娜々志娑无のぺぇじ」を探せば見つかるよ。
このサイトもたぶんすぐ見つかる。
>>648 火病してやった。
AAなら何でもよかった。
今はマンセーしている。
650 :
世界@名無史さん :2005/04/06(水) 00:43:44 0
先生、遊んでるねw
651 :
世界@名無史さん :2005/04/17(日) 21:28:41 0
高句麗は日本海などの海洋交易には積極的ではなかったの? 版図が渤海と似ているけど関心は中原にばかり向いてたのでしょうか。
>>651 前期の高句麗は新羅を属国化してたから新羅経由で釜山まで陸路が
楽だったと思われ。日本海航路も知ってたが、
後期の高句麗は首都が平壌だからなぁ。陸路で百済を経由した方が
日本海を渡るよりはるかに楽だったと思われ。
653 :
世界@名無史さん :2005/05/03(火) 01:37:39 0
なあるほど
654 :
蕎序 :2005/05/03(火) 01:51:54 0
へえ〜。単に中国大陸から日本が一番最後に離れたのが朝鮮半島ぐらいしか考えてませんでした。 僕の考えでいくと言葉完成してませんよね。ところで世界@さんてなにものですか?
満州、朝鮮、日本一帯はお互い似た言語だった。 中国は南方系と北方系、ときには西方系が常時混ざりあう土地柄から急速に言語が交わり変化していった。 そして諸民族の交わりのおかげで中国で先に文明が興った。そして中国で成立した言語や文化が周辺後進国へ 遅れて配信される状態ができた。 それは朝鮮を建国したのが燕の武将だったり、辰韓に秦の亡命団が移民したり、邪馬台国の時代に秦王国(亡命団) があったりということに表れている。これらによって徐々に言語に違いが生じてくる。 決定的な差を生んだのは新羅が朝鮮を統一し言語を中国風にしてしまったことによる。 それが文法は東アジアに似てるが語彙が中国風という結果に。 これで東アジアにぽっかりと言語の穴が生じてしまったといえるのではないだろうか?
/゚ 。 電波玉 / . ゚ , ' 。 ・ ` ー _ - ' ゜ 。 . 。 ゚ : 。 ゚ . ヾ冖フ ヾス [ ,] [ ] 、_ノ、_人_人_人_人_人_人_人_人_人_人_ |. i /l,ィ .! ノ . ! }`∀´> _) 半島のみんな! ! `、亠 { ) ウリにちょっとずつ } _l _,l_,j _) 電波を分けるニダ! ヽシ_,-i { _) /`´~バ} '^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ . / j ! ∧ '"/`,イ ! ヽ'/l_ j / \,/ }\,! .ァ、ヽィ <`-イ . |. `iT. ヽ j \ll' `'
657 :
世界@名無史さん :2005/05/17(火) 13:26:46 0
大陸の倭人はどうなっちゃったの? 雲南なんかには倭人の風俗の少数民族がいるようだが。
658 :
世界@名無史さん :2005/05/17(火) 13:38:30 0
大陸の倭人国家が残っていれば、今ごろ倭人大同盟が形成できたのになあ・・・ 倭人と漢人は不倶戴天の仲だからな。
要するに韓国人は世界中に大人気の日本の文化に関わりたくてしょうがないんだろ? そんなに自国の文化に自信がないのか? 憐れだな。
>>657 倭語の痕跡らしきものは朝鮮半島南部の任那の領域に
地名などの形でかすかに残っているニダが、せいぜいその
程度ニダね。尤も、それらの語彙は夫餘系言語(高句麗語
等)との関係も取りざたされているニダから、倭語とも断定
はしづらいニダが…。
例:任那地名の3(=mil)←日本語の数詞のmi
高句麗語の数詞のmil
門=tol←日本語のto(戸)
661 :
世界@名無史さん :2005/05/18(水) 13:48:43 0
倭人は戦争に弱いのか? 日本が島国じゃなかったらとっくに倭人は滅びていたかも。
662 :
世界@名無史さん :2005/05/18(水) 19:14:54 0
東アジアの歴史とは倭人と漢人の死闘の歴史である。
>>661 なんでそんなこと思うの?
白村江と太平洋戦争以外で負けた戦争なんてある?
>>663 秀吉の朝鮮の役の失敗は立派な負け戦ではないかと。
幕末の下関戦争などの長州、薩摩による対外国艦隊戦は戦争じゃなくて
単なる戦闘に過ぎないかもしれないけど、これまた立派な負け戦。
スレ違いになるところを戻すと、古代朝鮮半島における倭人領域の
縮小->消滅での大規模な戦争は白村江以外なかったかもしれないけど、
白村江以前にすでに領域的には消滅してしまっていることを考えれば
白村江以前も負けているといえるんじゃない?
秦(はた)は服(はたおり)なんかの『はた』、つまり布なんかの事じゃないの? 小学生の頃そう習ったような記憶が… 違うの?
666 :
世界@名無史さん :2005/05/22(日) 02:28:38 0
倭人は民族としての生命力が弱い
667 :
世界@名無史さん :2005/05/22(日) 02:36:58 0
スサノヲの生命力は強いな
668 :
世界@名無史さん :2005/05/22(日) 05:35:02 0
列島で大繁殖してるじゃん、それともこれは半島人の子孫か?w
まぁ、半島も倭だしね。 今住んでる半島人は居たとしてもずっと北の方でしょ。
今すんでる半島人はごちゃごちゃの混血。
671 :
世界@名無史さん :2005/05/25(水) 15:39:36 0
半島、満州から華南に至る倭人連合を復興して、華北人に対抗すべきだと思う。
672 :
世界@名無史さん :2005/06/13(月) 19:53:16 0
高句麗語+新羅語+百済語で「朝鮮語族」とくくるような説は登場しているの? 変わったところでニブヒ語同系説があったが。
>>672 ソウル大名誉教授でアルタイストでもある李基文は20年以上も
前から下記のような図式を考えているニダ。
┌─原始韓語─────新羅語
┌夫餘・韓共通語┤
アルタイ祖語┤ └─原始夫餘語┬───高句麗語
│ トルコ・蒙古 └原始日本語──古代日本語
└ ・ツングース─┬─蒙古・ツングース共通語
共通語 └─先トルコ語
674 :
世界@名無史さん :2005/06/17(金) 17:36:50 0
伊勢神宮のような建物が昔は高句麗や扶余にもあったのか
高床式倉庫は環北太平洋沿岸地域にも広く分布している。 南方のはネズミの食害を防ぐためだが、北方タイプはクマの食害を防ぐためのもの。 正倉院のようなログハウス形式は北方のタイガ地域に多く見られるようで。
677 :
世界@名無史さん :2005/07/08(金) 01:32:18 0
クマ?
すみません、ageます
クマは上げない
680 :
世界@名無史さん :2005/08/14(日) 00:41:53 0
681 :
世界@名無史さん :2005/08/14(日) 01:32:19 0
305 名前: 娜々志先生ファン 投稿日: 02/05/07 05:35 上代日本語 高句麗語 新羅語 高麗語 中期朝鮮語 現代朝鮮語 1 pito" −− hсtсn hсtсn hΛdΛh hana (一等) (河屯) 2 puta −− tu"pс"r tuβсr durh tu:r (二尸) (途孛) 3 mi mil −− sei s∂ih se:s (密) (洒) 4 'jo" −− −− nei n∂ih ne:s (廼) 5 'itu 'utu −− ta∫us dasΛs dasсs (于次) (打戍) 6 mu −− −− 'jur∫us 'jсsΛs 'jсsсs (逸戍) 7 nana nanun −− 'irkup nirgub 'irgob (難) (一急) 8 'ja −− −− 'jurtap 'jсdщrp 'jсdсr (逸答) 9 ko"ko"no" −− −− 'ahop 'ahob 'ahob (鴉好) 10 to"'wo" tek −− 'jсr 'jсrh 'jс:r (徳) (噎)
682 :
YAP? :2005/08/28(日) 20:01:22 0
日本史板の「日本語の起源は高句麗語」というところから来ました。 よろしくお願いします。
683 :
YAP? :2005/08/28(日) 20:15:53 0
クマの話が出ているので、もう前に出た話題かもしれませんが。 高句麗語:*kun[m]「功木」 〜*kum(ok)’bear’(熊) 古代日本語:kuma「熊」 中期朝鮮語:koma(in ’komaーn∧r∧’) kom ツングース語:kuma「アザラシ」(エヴェンキ語) kuma「アザラシ」(ラムート語) (板橋義三、「高句麗の地名から朝鮮語・日本語との都の史的関係をさぐる」より)
684 :
YAP? :2005/08/28(日) 20:39:42 0
>683 しまった!板橋氏の論文の題名がヘンに変換されてしまった。 「都の」は「との」のダブりです。 お詫びに、これも板橋氏の論文から 高句麗語:*v(u)「烏」’pig’ 古代日本語:wino2sisi「猪」(<wi−no2−sisi) 私の考えでは、「ゐ」wi一語と本来比較すべきだろうと思われます。 また「烏」の音も「wo」といった「ワ行音」に近い形で高句麗語?を 再構すべきでだと思われますが。
高句麗=扶余族の国 百済=扶余族の王が治める征服王朝 扶余族=女真人(満州族、野人女真)?
686 :
YAP? :2005/08/28(日) 23:07:20 0
>>685 同感だ。 なぜ、夫余族を韓族に近いと考えるのか、わからないよ。
687 :
YAP? :2005/08/28(日) 23:26:56 0
>>681 高句麗語と称する語彙が何故、後代の韓国語のように、語末子音が「流音」で 再構されるのかが良くわかりません。 普通の漢字の音読で何故悪いのか? 勿論、その時代の中国の音である必要はありますが。 「3」:高句麗語「密」mit(mil、mir等の流音ではない) 「5」:高句麗語「于次]utsi 「7」:高句麗語「難隠」nanin 「10」:高句麗語「徳」tok では、何故駄目なのか?さっぱり、わかりましぇ〜ん。
突厥その他の北方騎馬民関係の漢文なんかでも、 t入音の漢字で流音を表してる例は結構あるぞ。
間違った。入音じゃなくて入声ね。 「にっしょう」で辞書登録しておこうかな・・・。
691 :
YAP? :2005/08/29(月) 22:55:28 0
>>688〜689 有難う。 ただ、それでもひっかかるのは、いわゆる「高句麗語」の語彙が、日本語に最も近いのなら、 「韓国朝鮮語」の系統である「新羅(語)」や、あるいは、「満洲・ツングース語」の語形を 前提にして、その音価を「推定・再構」するのか?何故、言語資料が、これら関連諸語の内で、 「漢語」についで、豊富な「日本語」の語形を元に「再構」してはいけないのか?いや、むしろ、 「上代日本語」の語形を参考にして、当時の中国漢字音を2番目に、そして3番目に参考にするのが、 中期朝鮮語資料といった順で、「再構形」を考えるべきではないのか?と思うのだが。 ついでに、例の九大の板橋義三氏の『日文研叢書だか、『日本語系統論の現在』だかに収載されている 論文「高句麗の地名から高句麗語と朝鮮語・日本語との史的関係をさぐる」からの引用だが、 高句麗語彙総数111語(『後漢書』の方向語4語を含めると115語)の内、 他言語に同源語が見られないもの、または不明なもの・・・44語39,6%(38,3%) 他言語に同源語がみられるもの・・・・・・・・・・67語60,4%(71語61,7%) 日本語に同源語がみられるもの・・・・・・・・・・47語70,1%(66,2%) 中期朝鮮語に同源語が見られるもの・・・・・・・・32語46,8%(45,1%) ツングース諸語に同源語が見られるもの・・・・・・21語31,3%(25語35,2%) オ−ストロネシア諸語に同源語が見られるもの・・・8語11,9%(11,3%) 日本語・中期朝鮮語に共通して同源語が見られるもの・18語26,9%(25,4%) 日本語・ツングース諸語に共通して同源語がみられるもの・16語23,9%(22,5%) 日本語・オーストロネシア諸語に共通して同源語が見られるもの・8語11,9%(11,3%) 新羅語のみに同源語が見られるもの・・・・・・・・8語11,9%(11,3%) 百済語のみに同源語が見られるもの・・・・・・・・3語4,5%(4,2%)
>>691 高句麗の地名はほかでもない高句麗漢字音に基づいて表記されたものだからでしょ。
高句麗は歴史的にも地理的にも北朝と関係が深かったから、漢字音も北方音系を使用してる。
新羅漢字音も北方音系ね。高句麗地名を高句麗人が自分自身の漢字音に従って音写したと
考える以上、再構する場合には北方音の枠組みの中で考えるのは当然。
そうやって再構された高句麗語が日本語その他の言語と近いかどうかはその後の問題。
他言語の語形はせいぜい再構語形の微調整に使用する程度にとどめておかなければ、
はじめに結論ありき論になってしまう。
693 :
YAP? :2005/08/30(火) 00:09:11 0
>>692 そのあたりの話なのだが、「本当に」「高句麗漢字音]なるものにもとづいて音写したのかな? 高句麗人ではなく、楽浪・遼東などの「漢人」の手によるものの可能性が高いのでは? また、後代の「新羅」在住の「韓族化」そした中国系人によるかなり「朝鮮語化した」というか、 「朝鮮語の発音癖の大きな影響を受けた音写」の可能性もある。 語末子音の再構にかなりの疑問があるなら、語頭子音を重視した再構形で比較し、それで 上代日本語との関連が最も強そうだったら、その語彙の語末子音を改めて考えても良いのでは? それに、扶余語が開音節言語であった可能性も考えなければならないと思う。 その場合、「流音」を含めや「語末子音」成るものをどう考えたら良いのかな? 日朝両語同系論を唱える論者の中にも、その共通基語は開音節ではないかと考える者が結構 多いように思うのだが。 李基文氏あたりも、確か、開音節言語だと考えていなかったか?
>>693 日本でも江田船山古墳大刀銘の文章を作ったのは「張安」という
いかにも中国人風の名前を持った人物だったわけだし、高句麗でも
最初は中国人が名前を付けた可能性は十分にあると思うが、
仮に楽浪・遼東などの「漢人」の手によったものだったとしても、
彼等の漢字音もまた北方音系。高句麗漢字音とそう違いはないと
見るべきじゃね?それから、李基文の高句麗語の再構語形を見ればわかるが、
「達(tal=山)」「忽(kol=城)」「息(sik=土)」「斤乙(gul=文)」など、
閉音節の語がいくらでもあるぞ。彼が高句麗語を開音節の言語と考えていたとは
とても信じられん。まあ新羅語や中期朝鮮語よりは開音節の語が多いニダね、
くらいには考えてるかも試練が。
695 :
世界@名無史さん :2005/08/30(火) 14:33:22 0
696 :
YAP? :2005/08/31(水) 02:57:01 0
>>694 李基文氏が、高句麗語を開音節言語と考えていたというのではなく、その日本語と夫余語の 祖語形が開音節言語の傾向が強いと考えていたと、私は覚えていたのだが、今、それらしい 文献を探したが、出てこないので、これについては、取り消そう。 ただ、高句麗語に南北の方言差の存在を仮定し、その一方で語末母音を再構し、他方の方言で 閉音節で再構している例もある。 @「穴口郡 一云 甲比古次」 A「泉井口県 一云 於乙買串」 B「獐項口県 一云 古斯也忽次 獐項県 一云 古斯也忽次 揚口県 一云 要隠忽次」 (李基文「高句麗の言語とその特徴」、『現代のエスプリ別冊・日本語の系統』S55、6/15発行に収載) の【口(くち)】を表わす高句麗語は、@では「古次」、Aでは「串」、Bでは「忽次」だが、 Bの「忽次」が、古形であるとしている。 また、 C「穴城 本 甲忽」から、【穴(あな)】を意味する語彙として、「甲」を再構しているが、 @からは、「甲比」が再構される。 それぞれ、「kap」(甲)、「kapi」(甲比)という二つの形が「方言差」を示すと一応 考えられる。 先の【口】は、「忽次」xolc、「古次」koc(この「c」はその上に「∨」が付く)と 李基文氏は再構しているが、日本語「口」kutiとの比較の上で、高句麗語が、tの口蓋音化を 経験したことを想定させるとしている。つまり*t>c(の上に「∨」)というわけだ。 そしてこの*t>cの変化は、語末母音の存在を想定させるものゆえ、高句麗語における口蓋音化 は語末母音の消失に先行するという相対的年代の推定が可能となる、と述べている。 それに「達」の再構についても、又それに合わせた日本語の形についても、全く便宜的なものに過ぎない (資料が少ないために)と述べている。まあ、日本語の「高」「岳」を*talkeのような形を 推定したことについてのコメントだろうが。
697 :
YAP? :2005/09/04(日) 14:45:59 0
上げを兼ねて、 実は、696を書き込んだ時に、「開音節」が、日本語のみならず、大興安嶺周辺の 「アルタイ語族」系の言語とされる「モンゴル語」や「満洲・ツングース諸語」でも 広く見られることを書いて、むしろ「閉音節」的性格は、半島の言語、即ち韓国朝鮮語 系統の特徴であり、高句麗語が、閉音節的傾向が強い言語として再構されることが、 果たして正しいのか、疑義を呈したのだが、「長すぎます」と駄目が出たため、その部分を そっくり削ったのだ。 『月刊日本語論、創刊1周年記念、1974年11月号』(山本書房、この号で、廃刊)の 特集「日本語の起源をさぐる」に収載された早田輝洋氏の「東アジアの言語相と日本語」には、 〈開音節が顕著か閉音節が顕著か〉という項目があり、日本近辺の言語では、 日本語(東京方言等)の音節末子音は、音韻論的には、撥音(ン)と促音(ツ)だけで、他は すべて母音終りであるから顕著な開音節言語といえよう。 とした上で、蒙古語、満洲トゥングース諸語もフランス語に似ていて、表面的には閉音節が結構 聞かれるようであるが、実際には音節末母音が弱化して閉音節に聞こえているものが非常に多い。 その点は日本語の無声化母音等も同様である(p56ー57)とコメントしている。 いわゆる「高句麗語」として再構された語彙が、果たして単一の言語であるのか、という点についての 検証や、周辺男同系と思われる言語との比較なしに、先験的に「高句麗語」を規定してしまうのは 極めて問題だと思う。 それぐらいなら、「高句麗語はウラル語族だ」とか、「満洲・ツングース諸語の一つだ」とか、「朝鮮語 の古い姉妹語だ」とか言う仮定の下に、語彙をを再構して、どれが正しいのか、決める事が望ましいと思う。
>>697 日本語もそうだけんど、現在開音節語だからっつーて、昔もそうだったわけではねーべ?
魏志倭人伝の固有名詞表記は、当時の日本語(倭語)が既に開音節語であったことを
強く示唆するらすぃが、文献以前の倭語は閉音節語だったと推測する研究者は多い。
日本語同様開音節的傾向が強いことで知られるハワイ語などのポリネシア語派だって、
所属するオーストロネシア語族の他の語派は閉音節語だし、語族としての共通祖語も
閉音節語だと想定されてる。日本語と高句麗語が言語的に同系統なのかどうかは
漏れにはわからんが、仮に高句麗語が閉音節語だからとしても、それだけの理由で
同系説が否定されるようなことにはならんと思うぞ。むしろ先入観なしに地名表記の
漢字音から語形(それが何語の反映かは後で考えればよし)を再構することの方が
遥かに重要ジャマイカ。
それから、高句麗地名から再構される言葉がすべて高句麗語であるとは限らない。
これは極めて当然のこと出汁、この問題を考える者は誰だってそれくらいは考えてるだろ。
陸続きの地で国境など人工的に引かれたただの線に過ぎない。ましてや古代においてをや。
実際、高句麗地名から再構される語を見ると、新羅国境に近い溟州南部の地名から
再構される言葉には「悉(three)」や「波(sea)」のように新羅語(→高麗語・中期朝鮮語)と
共通性がうかがえるのに太師、それより北部の地名から再構される「密(three)」や
「内米(big lake≒sea)」とは大きく対立しているように見える。特に数詞の違いは面白い。
「口」の違いは方言の違いで済むだろうが、こちらはどう見ても言語的対立だしぃ(w
>>698 × 漏れにはわからんが、仮に高句麗語が閉音節語だからとしても、それだけの理由で
○ 漏れにはわからんが、仮に高句麗語が閉音節語だったとしても、それだけの理由で
700 :
世界@名無史さん :2005/09/04(日) 18:14:16 0
1970年代の事と記憶しますが、(確か、NHKが出した古代史 に関するムックみたいな本だったと記憶します) 作家の司馬遼太郎氏が、古代朝鮮に関する座談会の中で、 サマルカンドの遺跡に、王の即位式と思われる壁画が有り、 その中に、長い羽をつけた使節の絵が有る。それは、高句麗の 使節らしい、と発言していた記憶が有ります。 誰か、この座談会読んだ人いませんか? そして、誰か、司馬氏のこの発言の中に有るサマルカンドの 壁画に描かれた高句麗の使節らしい人物の絵について知って おられませんか? 事実なら、高句麗と中央アジアの繋がりを示唆する、興味深い 事実ではないかと考えます。
701 :
YAP? :2005/09/04(日) 19:12:06 0
>>698 貴公が言うように、勿論開音節が主な言語から閉音節言語に変わったり、また、その逆だったりする ことは、当然あり得る話だ。 しかし、この場合、3世紀代のいわゆる『魏志倭人伝』の倭人語が、既に文献的に確証のある「上代日本語」 (6〜7世紀頃)や更にそれ以降も常に開音節語としての強固な特徴を有する日本語と既に同じ特徴を示して いた(森博達氏、長田夏樹氏ら)とすれば、鴨緑江流域から満洲に広がる扶余/高句麗語の再構に際し、 その語彙が、「語末母音」を持つ「開音節語」であったか、「語尾子音」を持つ「閉音節語」であったかは、 極めて重要だと思われる。 李基文は、高句麗語と日本語・満洲ツングース諸語との比較において、高句麗語がしばしば「語末母音」を 欠いていると記す。 @高:忽xol(城)、満:holo(谷)、A高:乃忽namil(鉛)、日:namari(鉛)、 B高:達tal(山、高)、日:take(嶽)<*talke C高:呑、頓、旦tan(谷)、日:tani(谷) D高:甲kap(穴)、日:kafi(峡)、古代チュルク語:kapi2γ(門) このDは北部方言形で、南部方言形は甲比kapiとし、開音節に再構している。 で、この南部方言形なるものが、むしろ日本語の古い形が現地に残された遺残地名 になったと何故考えないのか?日本語の古い語彙が、「ハ行P音考」などの説く様に h<f<pであるならば、Dなどは、日本語の形は、kafi<*kapiに再構されることは明らかだが、 Bも高句麗語「達」(山、高)を「tal」と再構し、一方で日本語を「take」から「*talke」 という再構形を表示するなど、片手落ちも良いところだ。 (李基文氏の再構形などは『現代のエスプリ別冊日本語の系統』S55,6/15発行という古いものだ)
>>701 しつこいようだけんど、開音節語か閉音節語かっちゅ〜のは、
言語の系統を考える上で大した問題にはならねっと思うんだ。
日本語のnamari(鉛)と高句麗語のmamal(鉛)にしても、
日本語側が母音付加したっつーのと高句麗語側が母音脱落
したっつーのと二つの可能性があるわけやん? それなのに、
あんさんはそのどちらかに決定でくっちゅう証拠を持っちょるんね?
703 :
YAP? :2005/09/04(日) 19:55:02 0
>>701 う〜ん、また、長すぎてエラー表示が出たので、言いたいことを端折ってしまった。 もう少し、付き合ってほしい。 さて「696」の@で例示した【口】の意味の高句麗語彙の三つの形の「忽次」「串」 「古次」だが、「忽次」xolc、「古次」koc(何れも「c」の上に「∨」が付く形) に再構されているが、これは、「于次」(【五】)をuc(同じく∨付きの「c」)と再構 している。 ということは、「次」という漢字の音価が、高句麗語では「c(∨付き)」という「子音」 のみを表わしていることになる。この字の持つ母音の音価がわからないが、まあ、「i」に 近いのではないだろうか。 このような、日本語「kuti」(【口】)、「itsu/itu?(【五】)に対応する 高句麗語彙「忽次/古次(串は不明)」「于次」を、「kotsi」「utsi」といった形 ではなく、あっさり語末母音を落として再構形を考えるなら、どうして、私が「密」(【三】) を流音語尾のmilではなく、mit<*mituと再構したり、あるいは、「達」(【山、 高】)を流音語尾のtalではなく、tat<*tatu/tatiなどと再構しては駄目 なのか納得しかねるのも、わかると思う。 要するに、半島などの言語学者には、半島や満州に韓国朝鮮語とは独立した「日本語」が、早くから 成立しており、その集団が日本語を列島にもたらしたという見解は認容できないのではないか? あくまでも、半島から「韓国朝鮮語」や「扶余語」の話者が、列島に移住後に、「日本語に変化した」 ということが前提でなければならないのではないか?という疑問が残るのだ。
704 :
YAP? :2005/09/04(日) 20:09:20 0
>>702 要するに、上代日本語とその直系の祖語と考えられる「倭人語」(3世紀の古代日本語)、 更には、日本語諸方言や琉球語から再構される「日琉祖語」などが、全て、「開音節語」と して、考えられていること、更に、扶余語の「満洲・ツングース語」帰属説(扶余語の韓語説 ハ無理だと思う)を前提にして、満洲・ツングース諸語及び蒙古語が開音節語としての特徴を 有することなどを考えると、扶余系高句麗語を、「閉音節語」と考える方が無理なように思う。 文献上の「高句麗語」なるものが、閉音節言語としての特徴が顕著な「朝鮮語」やその祖語と 思われる「新羅語」などの影響を受けた形で、「記録」されているとすれば、弱化しつつあった 「語末母音」は、脱落し、更にt音などは、流音化したのではないだろうか?
>>704 >満洲・ツングース諸語及び蒙古語が開音節語としての特徴を
>有すること
申すわけないんだども、それはあくまでも現在の話ジャマイカ? 高句麗語が
現役だった時代の満州語だのツングース語だのの具体的証拠かあんの?
現代語がそうだからっちゅ〜て、当時もそうだったなんて言えないんとちゃう?
儂自身は高句麗語と日本語が言語系統的に近いと思ってる人間だけど、
高句麗語の語末子音を削ってまで日本語との近さを強調する必要はないっち
思っちょる。現状でも十分近いやん? 何でわざわざ無理に日本語に近づける
必要があるんかわからんよ。
で、
>>698 の後段についてはどう思う?
706 :
YAP? :2005/09/04(日) 22:10:03 0
>>704 蒙古語や満洲・ツングース諸語の「現在」は、むしろ「語末母音の弱化」によって、 「閉音節」であるかのように聞こえるのであって、溯れば、現在よりも「開音節語」 としての特徴は顕著になるだろう。 実際に満洲文語や再構されるツングース祖語の多くの形が、開音節を示している。 従って、日朝両語同系論者あたりが、気軽に、朝鮮語に「語末母音」を付加して、 「日本語に変わった」などというのが、真面目には受け取れないのだ。 最近の、日朝両語同系論を唱える言語学者はむしろ、日朝共通基語形は、 「開音節語」の可能性が高いと考えている論者が結構多いのだ。 ある意味、「文献」を重視する以上、文献の多い「上代日本語形」とかなり後代の 「中期朝鮮語形」に、「日朝共通基語形」から変化するという操作を行う以上、 まず、日本語の祖語形として再構される「日琉祖語」Japonicも開音節語と して再構成せざるを得ず、基語→日琉祖語→→上代日本語の系列が、開音節語と なるのは、必然のように思う。 というわけで、「高句麗語の語末子音を削ってまで日本語との近さを強調」する のではなく、「語尾」に「消失したはずの母音の存在を補うか、あるいは、朝鮮語 のように「流音」に「読む」のではなく、「t、k」などの子音と考えろという ことなのだ。 で、698の後段については特に異議を申し立てる所はない。 私は基本的に、大興安嶺周辺で形成されたアルタイ語族の三言語群、満洲・ ツングース語派、モンゴル語派、及び日琉語派(日本語派)は全て開音節語 であり、半島中南部、日本列島の先住民の閉音節語の基層の上に、被覆した アルタイ諸語によって、現今の諸語の成立を見たと思う。 韓国朝鮮語の上層のアルタイ系言語なるものが、「日琉祖語」に近いものだったのか、 或いは「満洲・ツングース語派」のものだったのか、独立した「韓祖語」だったのかは わからないが。 半島の非アルタイ系基層語は、おそらく古アジア諸語の一つである可能性が高いが、 列島の縄文語については、良くわからない。
707 :
世界@名無史さん :2005/09/04(日) 22:10:32 0
>>706 >「t、k」などの子音と考えろということなのだ。
ちょっと確認させてもらっていいかにゃ?高句麗地名は
当時の発音に合わせて表記者が自身の漢字音を利用して
写していったものであるっつーのが洩れの理解なんだが、
その場合、まずは命名者の漢字音をもとに再構するのが
筋ではないかい?当時の北方漢字音においては、t入声は
流音化していたというのが常識だと思うんじゃがのぉ…。
それなのにわざわざ「t」やら「k」やらで読む方が恣意的だと
言わざるを得んだろべ。それに、
>>690 についてはどう考える?
まさか無視したりせんよね?
現代語と中期朝鮮語を比べただけでも、 中期語の方がずっと開音節的傾向を持っていたと思うが?
>>709 安本美典『日本語の成立』で安本が基礎語彙200語で調査した結果では、
子音で終わる語の数は次の通り。
日本語(上古語) 0 語
日本語(東京方言) 0 語
日本語(首里方言) 0 語
朝鮮語(中期語) 47 語
朝鮮語(現代語) 49 語
たかが200語じゃ統計的に話にならん、と言われればそれまでだが。
いや、ゼロと約25%では大いに意味があるね。
712 :
YAP? :2005/09/06(火) 00:46:40 0
>>708 「t入声」が、半島では、「流音」であろうというのは、承知しているが、それは基本的には 韓国朝鮮語の祖語の系列に属する諸方言〜姉妹語の領域だろうというのが、私の考えだ。 証拠を出せといわれても困るが、『日本語の系統・基本論文集1』(日本語の系統を考える会編、 和泉書院,S60,6/30)収載の馬渕和夫論文〈日本語の「系統論」もしくは「成立論」のために〉 のなかで、馬渕氏は「周知のごとく、中国語のt入声の語は、韓語では−lになり、それが日本語では ーチ・−ツ(実際は多くは−tであったらしいが)となる。」と述べている。 従って、「密」「達」がmil、talに「韓語では」なるということは、私は昔から、認めてはいたのだが、 しかし、半島北部から更に鴨緑江を越えた満州に至る高句麗の領域内全域でこのような「t入声」で表わされる 扶余や高句麗の語彙が、被支配種族と考えられる韓族やその同系言語話者と同じく「語末子音の流音化」「語末 母音の脱落・消失」を前提にして、再構されなければならないのは、扶余語を満洲・ツングース諸語の「母語」 であろうと考える私にとっては、不合理としか言いようがない。 馬淵氏が、「t入声を流音で発音するのは、半島(中)南部のみではなく、北部を含めた半島全域のものだろう」 と推測していてもだ。
713 :
YAP? :2005/09/06(火) 01:32:46 0
>>708氏へのレスの続きだ。 さて、690の「溝婁(シ婁)」(『三国志魏書東夷伝高句麗条』)と「忽」(『三国史記』) が同一のものを指すということについてだが、「溝婁」は明らかに「二音節」で(フォントが 出せないので乱暴に書くが意味は取れるだろう)kolo、holoといった音であり、また、 「忽」はkol、hol、xolであろうことは明らかだ。 ところで、先に引用した『別冊・現代のエスプリ』収載の李基文論文だが、彼が「高句麗語と、 日本語およびトゥングース諸語との比較は、前者が語末母音を欠いている事実をしばしば示す」 として例示したその第一例目が、実にこの【城】を意味する語彙なのだが、李基文は、 高句麗語:xol忽【城】、満州語:holo【谷】 を挙げているのだ。 ここに貴公が、例示した「溝婁」を追加して並べて見よう。 高句麗語:@xolo溝婁【城】、Axol忽【城】、 満州語:Bholo【谷】 どうだね?@とBは、若干意味の差はあれ、ほとんど同形だ。この2語が、鴨緑江以北部の 満洲地域での語彙(「幘溝婁」は「高句麗県」にあったようだね)、即ち、本来の扶余・高句麗 地域のものであることは、この「溝婁」xoloこそが、本来の高句麗語之語彙であることを、 物語っているだろう。 これにくらべれば、「語末母音」を失った「忽」xolは、「韓語」の影響を受けた新しい時代の 方言か、韓語に馴れた筆記者が、「語末母音」を落として「記録した」かだと思う。 で、私は『三国史記』の成立年代を考慮すると、「t入声の流音化」とか、「語末母音の消失」など を考慮しないいわゆる高句麗語彙の「再構」を「絶対視」して欲しくないと思うのだ。
>>712 うー、お前様はどうも性急というか決め付けが強くてだちかんぞい。
ちょいと発想を変えてサ、t入声の流音化現象はまンず夫余〜高句麗で起こり、
やがて韓の地さ広まってったっち考えてみてはどげんね?
上記の現象が一見朝鮮漢字音の特徴のように見えるんはサ、
たまたま夫余や高句麗が滅亡してその漢字音が失われてもうたためであってサ、
見掛け上のことに過ぎないと考えてみんしゃい。
ホレ、そのように考えれば、お前様の立場に立っても
>>690 を無理なく受け取れるし、
さらには新羅地名の「単密県本武冬弥知」や中期朝鮮語の「筆=put」の存在などを逆手に取って、
韓の地でも古くはt入声はtだったと主張することもできるというわけ。
そう不合理な考え方でもねぇと思うけんど。うん。
>>713 そこまでわかってンのに、どうしてわかってもらえねーかな〜(涙)。
高句麗語の「城」を意味する語の末音に母音が付いてたかどうかなんてこの際どうでもええの。
ここで重要なンは、第2音節の子音が「t」ではなく「l」であるという点なンよ。
「忽」が語末母音を失った方言形だろうってのには儂も賛成すっけどさ。
理由はどうあれ、母音を失ってしまえば、語末は当然「l」っしょ?
それを音写すンのに使用したンが他でもないt入声の漢字だったっち事実が重要なのよ。
高句麗地名を音写した連中がどういう野郎だったかはさておきサ、
そいつにとってはt入声の漢字の語末子音は「t」ではなくて「l」だったってことだから。
方言的変化だの言語的相違だのはサ、こういう手続きをきちっと踏んだ上で語形を再構して、
それがらゆっぐり考えればいいと思うんだ。間違ってるかね、この考え方?
漢字を当て字として使う場合に、母音の一部を反映させるのはあきらめて 読む時だけ母音を補って読む、ということは日本語ではよくあったこと。 そもそも異民族は中国語とは音韻体形がちがうのだから 漢字の音を正確に復元することが第一前提ではあるにしても それがそのまま高句麗人の読み方だったとは限らないだろう。 甲kapが北部方言で甲比kapiが南部方言というのは容認しがたい。 甲kapは末尾の母音は表記してないが、略してるだけだろう。
>>710 231 名前:222 [2003/07/01(火) 02:04 ID:u4GlKldU]
三国史記には実は鴨緑江以北の高句麗地名も32件収録されていて、
そのうち旧名もしくは別名のわかるものが22件。
この旧名もしくは別名というのは一目で高句麗語の音写らしくみえ、
漢訳風の名と比較が可能になっている。
わずか22件なので、その中でたまたま日本語に似ていると解釈できるものは
どれぐらいあるか、かなり悲観的ではあるが・・・
232 名前:231 [2003/07/17(木) 00:29 ID:..7JjwxQ]
娜々志娑无先生のHPの高句麗語対称表によると
厳しめに篩にかけても日本語と関係ありそうなものは8件もあるなー。
22件のうちの36%もある。全32件で割っても25%、
これは4件に1件は日本語に類同するか少なくとも関係が明白。
高句麗南部(半島中部)よりむしろ高句麗発祥の地の方が
日本語との関係が深い可能性すら出てきたなぁ。これは以外であるとともに、
「なぜか半島中部に集中する」と判定した安本美典の研究不足が露呈した格好だな。
583 名前:日本@名無史さん メェル:sage 投稿日:05/03/09 05:44:48 2chだとよく「わずか80数語」と言う奴が多いけど出典はなんだろう? 地名だけで220くらい、官職名や固有名詞なども合わせると250くらいあるそうだけどな。 584 名前:日本@名無史さん メェル:sage 投稿日:05/03/09 05:54:16 李基文の研究はずいぶん古いもんじゃないのかな。 しかもトルコ語やツングース語まで朝鮮語にいれてるような気がする。 朝鮮語は中国語からの借用語が多いが、そもそも新羅という国が高句麗の 影響下で形成された国だから高句麗語の影響があるのは当たり前。 最近は高句麗語はトルコ語との関係が指摘されている。 朝鮮語は新しい言葉でトルコ語やツングース語も入っており 朝鮮語の固有語を抽出するのは難しい。 正確に計算したわけじゃないが、どんぶり勘定でいうと 日本語が40%、トルコ語30%、ツングース語20%、 朝鮮語の原固有語が10%くらいじゃないか?
861 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA メェル:sage 投稿日:2005/03/11(金) 15:42 三国史記の地名表記から再構した高句麗語と諸言語との 対応数のデータは、HPを作る以前に李基文や村山七郎の 論文をもとに暫定的にまとめたものしか手元にないニダ。 その後再構語数も増加(最終的には90近くに増えている はず)し、日韓両語の対応数も、新説を立てたり旧説を否定 したりとかしてそれぞれ増減があるので、現状ではせいぜい 参考値にしかならないニダから、これまで一度も公開して こなかったニダが、それによれば一応こんな感じニダ。 データ総数:78 ---------------------------- 日本語と対応:40 朝鮮語と対応:35 トルコ語と対応:10 モンゴル語と対応:7 ツングース系諸語と対応:16 /ツングース諸語:3 | 南方ツングース諸語:1 | 満州語:8 | エベンキ語:4 | ラムト語:3 | オロチ語:1 \ゴルディ語:4 ギリヤーク語と対応:4
862 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA メェル:sage 投稿日:2005/03/11(金) 16:38 ついでに言えば、上記のデータを利用して、 日韓両語について細かく見ていくと、以下の ような感じになったニダ。 日本語のみ対応:23 日韓とも対応:17 朝鮮語のみ対応:18 あ。念のために断っておくニダが、日本語 の方は古代日本語(上代語)のみ、朝鮮語 の方は新羅語から高麗語(前期中世語)、 李朝語(後期中世語)、現代朝鮮語(方言を 含む)までを含めて算出した結果ニダ。 863 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA メェル:sage 投稿日:2005/03/11(金) 16:43 今気付いたニダが、高句麗語の総数が77になっているニダね。 どこで間違ったかわからないニダが、少なくともウリの暫定データ においては78が正しい数字なので、訂正しておくニダ。
>>718 を見てもまだツングース、ツングースって言ってる奴の気が知れないね。
>>714 じーさん、コテハンを希望。とても個性的だし、じーさんのほうを支持するよ。
722 :
YAP? :2005/09/06(火) 23:03:40 0
>>718 私は、扶余は満洲・ツングース諸語の母語(或いはその中の南部ツングース諸方言の 母語かも知れない)であろうと考えているのだが、その主な理由は、扶余を、満洲・ ツングース諸語だと考えなければ、満州全域から、半島北部、沿海州、シベリアにまで 拡がった「満洲・ツングース諸語」の話者が、扶余・高句麗の活動期に満州を中心とした 広範な地域から「消えて」しまうことにある。 良く言われる「靺鞨」は、扶余・高句麗の支配下にある間に「扶余化=ツングース化」を 受けたか、或いは、同じツングース系でも、南方ツングース諸語に属する扶余語とはやや 系統の異なった北方系ツンフース諸語の集団だったのだろう。 そして邑婁はまだ古アジア語族の段階だったのだろう。 もし、扶余語が、仮に、半島系の学者や安本美典の考えるように、「満洲・ツングース民族」 ではなく、朝鮮民族の系統であったとすれば、人口も多く、文化も進んでいた「扶余」が 「遅れた」靺鞨によって、「扶余語」から「ツングース語」に取り替えられたことになるが、 これはかなり難しいことだ。 特に、半島東海岸にいた「扶余系」と伝える「ワイ(シ歳)」を、どうも、『三国史記』では、 新羅は「靺鞨」と呼んでいたらしい。どちらにしろ、西北朝鮮は、長く女真族の領域だったが。 では『三国史記』から再構されるいわゆる「高句麗語」なるものが、「満洲・ツングース諸語」 に、それほど似ていないのは何故か? @「高句麗」の両畿内の「地名」ではあるが、「韓語」「倭人語(日琉祖語系)」「古アジア語」 等の別な言語相が遺残地名として残ったものを記録したために、ツングース語らしくない。 ・・・これには満洲地域内の当該時代の地名等の史料が、ツングース語色が強ければ、 これを支持する支援材料となる A「新羅人」即ち「韓語」話者により、「韓語化」が著しく進展したか、被征服民としての 「韓族」の付けた地名が高句麗によって採用され、それを、更に「新羅」が採用した。 B高句麗語の「再構」が、間違った方法で行われているために、その言語の所属が誤断された。 といった可能性が考えられる。
723 :
YAP? :2005/09/06(火) 23:16:42 0
>>714 私を性急だと責めるが、何しろ年を取ると、早く結論が欲しくなるのだ。 学問的には、「例数が少なすぎる」とか、「他の可能性をまだ十分に否定しきれて いない」とかいう理由は、私だって理解できるが、のんびりと「例数の集積を待つ」 とか、「もう少し、反論をしりぞけてから」などという訳にも行かない。 その分野の専門家ほど、慎重な発言になるのはわかるが、もう一歩踏み込んで欲しい。 貴公の考え方は間違っていないのだが、20年後に、結論が出ても私は墓の中か、まあ、 認知症でアポ〜ンとなっているだろう。 それでは、遅すぎるのだよ。
>>721 ヽ(*゚〜゚*)ノ米酒 飲ま飲ま!(C)Avex&わた
>>722 ん〜、このカキコを拝見するに、お前様は夫余を半島系の民族であると
考えることに反対しておりゃ〜すようだけんど、間違ってるかね?
儂の知る範囲では、そったらことは韓国・朝鮮系以外(ここ重要)の学者にとっては、
ほとんど共通認識と言っていいと思うんだども。
ソウル大学の李基文どんはそれなりに良か学者さんじゃと思うばってん、
さすがにその点だけは譲れんみたいで、夫余系言語と韓系言語は共通の祖語を持つと
考えておりゃ〜すが、まあ所詮 韓 国 人 やさかい、仕方ないっちゅ〜ことで(w。
素直に見れば、夫余語と韓語の違いは方言とはとても見なせないほど違っちょるんやけどね。
>>723 この儂もお前様同様老い先短い身(嘘やないよ)やさかい、条件はそう変わっとらんが。
でも、求めるもんは違うとるようやね。儂が求めるンは、少しでも整合性のある事実。
見る人によってころころ見解が変わるようなもんはお呼びではないんよ。
少しでも多くの人に納得してもらえるような論を立ててこそ、学者の妙味じゃん!?
儂が死んでも、その後に同じ問題を考える人が現われた時に、その踏み台となることを期しちょる。
学問は一歩一歩進んで行くもんなんやから。特に文系の学問はね。
でも、わかる人にはわかるやろけど、実は儂がここで言うてることって、相当踏み込んだ発言なんよ。
論文に書いたら袋叩きに会うやろっちゅ〜くらいのね。
それでもお前様の推論に比べればまだまだ大人しい話であることは確かやけどね(苦笑)。
>>725 に横槍質問だが
>ん〜、このカキコを拝見するに、お前様は夫余を半島系の民族であると
>考えることに反対しておりゃ〜すようだけんど、間違ってるかね?
>儂の知る範囲では、そったらことは韓国・朝鮮系以外(ここ重要)の学者にとっては、
>ほとんど共通認識と言っていいと思うんだども。
それは朝鮮半島の歴史に対する世界各国の学者の関心が低く、多くの学者が無関心か
無知で有る事を表しているだけではないだろうか?
中国は近年になって北朝鮮の支配領域に入っている地域の一部は歴史的に中国の物と
主張していたはずだが?
>>726 ○韓国・北朝鮮の民族学派系言語学者
高句麗語はウリナラ語の一部ニダ!
そうに決まってるニダ!異論は許さないニダ!
○韓国の良心派系言語学者
実証的にはとてもそうは言えないけれど、
高句麗語がウリナラ語の一部だったらいいなぁ。
○他の学者
高句麗語がウリナラ語と同系かどうかは極めて怪しい。
なお慎重に考えるべき。
儂の認識はこんなもんだども、何か問題でも?
>>722 >ツングース諸語だと考えなければ、満州全域から、半島北部、沿海州、シベリアにまで
>拡がった「満洲・ツングース諸語」の話者が、扶余・高句麗の活動期に満州を中心とした
>広範な地域から「消えて」しまうことにある。
「消える」のではなく、その頃はまだツングース語の南下がはじまる以前の段階だった
わけだろう。「消える」などというからにはそれ以前にツングース語が分布していたこと
を証明しなければならないはずだが?
「靺鞨」は部族によって文化系統が異なるが大雑把にいえばツングース系と夫餘系の
混成といえる。初期のツングース語の担い手は邑婁で、この系統を引くのが黒水靺鞨、
號室靺鞨、拂涅靺鞨。これらは石鏃を使い古の粛慎だとある。
粟末靺鞨、伯咄靺鞨、安車骨靺鞨、白山靺鞨は夫餘系とツングースの混血だろう。
とくに粟末靺鞨と伯咄靺鞨は高句麗の支配下にあったから夫餘系が濃いかも知れぬ。
ツングース語の拡大は靺鞨から始まるといっても、ツングース語が北満に進出したのは
346年の夫餘の滅亡から475年(ただし実質は469年とみられる)の勿吉の出現まで
の長い間をかけてのことであり唐突でもなんでもない。さらに668年の高句麗滅亡に
よってもただちにツングース語と夫餘語の境界が南下することはなく、高句麗語と靺鞨語
が混成して渤海語(新唐書にある渤海語からの憶測による)が成立し、これが10世紀
まで満州の主な言語。10世紀から12世紀のまでの間は渤海語と女真語の交代がゆっくり
すすみ満州が完全にツングース圏となるのは12世紀以後だろう(渤海国滅亡から金帝国
まではすでに女真族が存在しつつも渤海系の王朝がいくつも建っていることからの憶測)。
したがって満州は歴史を通じてツングース語圏だったわけではない。
>>722 >もし、扶余語が、仮に、半島系の学者や安本美典の考えるように、
>「満洲・ツングース民族」ではなく、朝鮮民族の系統であったとすれば、
安本美典はそんなことは言ってないと思うが?
「ツングース語でなければ朝鮮語のはず」という二者択一な
思い込みをまず捨ててくれませんかね?
安本に限らず、今このスレには「高句麗語は朝鮮系ニダ」
などと言おうとしてる人はいそうもないですがね。
>どちらにしろ、西北朝鮮は、長く女真族の領域だったが。
それは金帝国成立以後ずっと後の時代でしょうが。
西北朝鮮は李氏朝鮮建国以前には朝鮮じゃないでしょ。
女真族の地といっても10世紀以後のことでそれ以前は白山靺鞨。
三国史記が穢を靺鞨とよんでいるのは前漢代の満州の穢と実際の靺鞨を満州つながり
で同一視した上、それを後世の江原道の穢に転用したものです。
こうすると統一新羅の中に必然的に靺鞨が含まれてしまうので、本当は高句麗まで
統一したわけではないという事実を隠そうとする下心からでたもの。
三国史記の編纂目的のひとつは新羅の「三国統一」を顕彰することだったから。
>>722 >では『三国史記』から再構されるいわゆる「高句麗語」なるものが、
>「満洲・ツングース諸語」 に、それほど似ていないのは何故か?
単純に高句麗語がツングース系じゃないからと考えた方がはるかに明解でしょ。
なんどもいうようにこれで矛盾はないです。
あなたは矛盾だというけれども、あなたの主張は「あーともいえるがこーともいえる」
というもので、蓋然性をひっくりかえすような決め手じゃないですね。
>@「高句麗」の両畿内の「地名」では(以下略
>A「新羅人」即ち「韓語」話者により(以下略
>B高句麗語の「再構」が、間違った方法で(以下略
↑そんなこといったら世界中の諸民族の言語についてなんとでもいえるでしょう。
これじゃ言語の推測はそもそも不可能といってるのと同じです。
私には「高句麗はなにがなんでもツングースのはずだ」と言い張るための
むりやりな混ぜっ返しにみえますが。もっと素直に考えましょうよ。
というわけで、YAP?氏を支持する人は一人も現れなかったということだな。 730ので終了だろう。
732 :
YAP? :2005/09/08(木) 01:00:43 0
ちょいと休んでいる間に、えらく議論が活発になっていて全部読んで、レスをつけるのも 大変だが、まあ、ぼちぼちとレスをつけることにするから、焦らずにね。 >>715 私も、「甲」kapと「甲比」kapiが、方言差ではなく、音写の都合上?か或いは 筆録者の癖とかその使用言語などの影響で、「語末母音」が「表記されなかった」か、 「略されている」というこの可能性こそ、比較原義学者に考えて欲しかったことであり、 貴公の考えが正しいのではないかと思う。
733 :
YAP? :2005/09/08(木) 01:17:57 0
>>724 『三国史記』が後代の史料であり、信頼性の低いことは重々、承知している。 しかし、問題の『高句麗地名から再構した高句麗語』なるものは、『後漢書』などの 中国史書の高句麗五部の名称が「方向語」として再構されたり、あるいは、先の「溝婁」 位を除けば、まさに『三国史記』にしか、根拠が求められない語彙ばかりではないか? ああ、そういえば『鶏林何とか』という資料もあったかな? で、その『後漢書』から再構された「高句麗語」の方向語四語と、「溝婁」(【城】)の 何れも「満洲・ツングース諸語」と同源(でなければ「借用」ということになるのかな?) ということになるのだが?
734 :
YAP? :2005/09/08(木) 01:40:31 0
>>725 勿論、扶余は半島系民族ではなくれっきとした満洲・ツングース民族だと考えている。 ところで、貴公が老い先短い身でかつ、言語学の専門家であるというなら、私は、十分 踏み込んだ発言でであろうとは思うが、私はあいにく「専門家」ではなく、「引退目前の 一内科医」であり、早く、日本人の起源に結論がほしいだけの素人だ。 とはいっても、「少しでも整合性のある事実」を素人なりに組み立てたいというのは私も同じだ。 まあ、文系の学問を系統だてて学んだことはないが、しかし、一応、みんなが取る学位(医学博士) は取得しており、文系の専門家の研究にも敬意は払っているつもりだ。 掲示板というpaperにはできないが、いろいろ推測していることというのは、多々お有りとおもうが、 掲示板だということで、少し破目を外して、喋ってもらえないかね?
735 :
YAP? :2005/09/08(木) 02:04:21 0
>>728 貴公の >その頃はまだツングース語の南下が始まる以前の段階だったわけだろう。 という主張についてだが、扶余族と、満洲・ツングース諸族とを、別系統の 「言語集団」というか「民族」として、想定する場合、「南下」する前の 居住地というか、そのツングース民族の「源郷地」を一体どこに想定しているのか が、良くわからない。 まさか、古アジア語族の想定される沿海州か、あるいは、シベリア方面?? やはり、私には、満洲というか、大興安嶺周辺以外に、満洲・ツングース諸語の 拡散の中心を求めざるを得ないと思うのだが。 で、靺鞨諸部間の相違は、満洲・ツングース諸語の中の方言差か、あるいは、 「古アジア語族」(こんな語族は成立しないだろうが)系の諸族の「ツングース化」の 段階の差を反映していると考えては駄目なのか? それに「扶余」という民族名称が、ツングース語の「鹿」らしいことや、高句麗五部の 名称などがツングース語と考えられることも「借用」というわけ?
736 :
YAP? :2005/09/08(木) 03:19:12 0
>>729 安本美典ははっきり、扶余は朝鮮系だといっていたように記憶しているのだが、今スグに文献が出ない。 でたら、又、レスをいれるが、とりあえず、『新説!日本人と日本語の起源』(宝島社新書2000,5/24) のp51図6の、例の「古極東アジア語」の「古朝鮮語系」という「環」の中に、(夫余)と書いているのを見つけた。 彼の本は、割とデータが多いので、結構買い込んでいるのだが、もう少し、明確に書いたものを探すつもりだ。 靺鞨を『三国史記』が「ワイ」と読んだことについての説明は、了解(というより、私も最初からその認識だが)した。 西北朝鮮については、夫余系の「東(南)沃祖」の住地であり、同系の「ワイ(シ歳)」同様、靺鞨、女真、オランケの 前身と解釈している。
>>734 う〜ん。やっぱり名無しで遊ぶのは難しいものですね。
私が2ちゃんに初カキコしてもう4年と半年が過ぎようと
していますが、2回目からはもうこのコテハンを名乗り、
その後は、三国志NETにはまっていた一時期を除いては、
原則としてこのコテで通して来ました。そういう意味では、
このスレでもその原則を通して然るべきでありましたが、
ここや日本史の高句麗関係スレで私の過去のカキコが
やたらと転載されたり、また私自身のHPなども紹介され
ていたりしていたものですから、本人としては少々面映い
という気持ちもあったのと、ここで私がコテを晒してカキコ
でもしたら、それこそジサクジエーン(・∀・)デシタ!と思われ
かねないという危惧もあったこと、そしてこれが一番の
理由ですが、名無しでのカキコこそ2ちゃんの妙味と申し
ますので、一度その感覚を味わってみたいと思いまして、
あえて今回は名無しのキャラでカキコして来た次第です。
今思えば空しい努力でしたが…。
これでも一応ばれないように工夫したんですけどねぇ。
本人が特定できないように、各地方言や俗語を織り交ぜ
てみたり、改行の癖や段落の書き起こし方(一字下げ)
も変えたりとか。でも、どうしてもどこかに地が出てしまう
んですよね。私の場合、うっかり「学者」を語ってしまった
のが運の尽きですた(藁)。そのミスさえなければもう少し
の間は正体を押し隠すことができた鴨と思うのですが…。
やっぱり私には名無しのカキコは無理ぽのようです。
739 :
鄭聲之 :2005/09/09(金) 23:22:26 0
>>737-738 ありゃりゃ。
娜々志娑无でしたか。
実はこのスレで私も名無しでかなり出てますw
面倒なのでいちいちスレ番は書きませんが。
もちろん
「夫餘≠朝鮮」&「夫餘≠ツングース」&「夫餘≒日本」説
ですが、私の場合は。
>「扶余」という民族名称が、ツングース語の「鹿」らしいことや、高句麗五部の >名称などがツングース語と考えられることも「借用」というわけ? 方角やありふれた動物の名前など借用するかな? もし借用というなら、ツングースが夫餘から借用したんだろう。 文明的にはツングースの方が後発だからね。 借用じゃないとすれば、語彙が共通ないし類似してたんだろう。 同じ「古極東アジア語族」だし。 だからといって、日本語や朝鮮語と比べてよりツングースに近いと 言い切る神経が理解できない。 夫餘語の類似語彙は日本語にも朝鮮語にもツングース語にもある。 これらの諸民族は隣接して長く交渉があったのだから当たり前だろう。 問題はそれらを収集して計量して総合的に判断することであって 「ツングース語の「鹿」でした、はいツングースで決まり」 なんて短絡するのはチョンなみの我田引水だろう。
>まさか、古アジア語族の想定される沿海州か、あるいは、シベリア方面?? >やはり、私には、満洲というか、大興安嶺周辺以外に、満洲・ツングース諸語の >拡散の中心を求めざるを得ないと思うのだが。 なにをいってるのかわからない。 満州も沿海州もシベリア東南もほとんど同じような意味でそ。 それ以上の精度を言語学に求め得るとは到底思えないですけどね。 印欧語族の発祥地だって議論百出してます。 今んとこウクライナあたりという説が比較的有力だけど またいつひっくり返るかわからない程度のものだし、 印欧語族の研究に基づいた現代の言語学が他の言語にどこまで適応できるのかもわからない。 話し手である民族は拡散・消滅・移動するのだし 同じ場所で言語の発生・消滅(つまり交代)もありうるし その場合ほかの地に新言語の原郷があるとは限らない。 先住者の言語と新来者の言語が混淆して新言語が生まれることもある。 あなたがなぜ「満州は昔からツングース圏」という根拠不明な 信念に拘泥するのかさっぱりわからない。 百歩譲って「大興安嶺周辺にツングース語の拡散の中心があった」としましょう。 しかし夫餘の中心は農安だから北満平原の中心であり大興安嶺の麓ではない。 夫餘の衰退にともなって大興安嶺方面からツングース語が広がってきたと考えれば よいではないですか? まぁこれはパズル合わせのレベルになってしまいますがね。
>扶余族と、満洲・ツングース諸族とを、別系統の >「言語集団」というか「民族」として、想定する場合、「南下」する前の >居住地というか、そのツングース民族の「源郷地」を一体どこに想定しているのか >が、良くわからない。 だから東夷伝の「邑婁」でそ。明解でわかりやすいと思いますが? 邑婁と同じ語源と思われるオロチョン・オロッコ・オロチなどの少数民族はすべて ツングース系であって古アジア語族ではなく、邑婁伝にでてくる風習もツングースのものですね。 ツングースである女真の前身は黒水靺鞨でありその前身が邑婁であることは 歴史に明らかであって通説と思います。 でもあなたは「沿海州は古アジア語族の地のはずだ」という意味不明な信念に 取り憑かれてるから納得しないんでしょうけど。 古アジア語族云々は中央公論から昔でたさる高名な学者の高句麗遺跡本で思わせぶりに でていた一件のみ確認していますが、高句麗の民族系統についてのあやうい文章の中での ことで、これは正直いって韓国人学者への政治的配慮の匂いが濃厚なものと思います。
743 :
YAP? :2005/09/10(土) 23:58:46 0
>>729、(736) 安本美典著『新説!日本人と日本語の起源』(宝島社新書)の何と第六章朝鮮民族の起源 の中で、高句麗は朝鮮民族だ!と目一杯主張していた。 彼は夫余語=朝鮮語系説であることは、紛れも無い。
744 :
YAP? :2005/09/11(日) 00:11:32 0
>>737,738 いや〜、残念です。 匿名でも何でも良いから、実りのあるお話を聞けたら私は満足だったのですが。 お申し出の「ハングル板」などについては、ハングルがさっぱりわからないので、 残念ながら、出張するわけにも行かない。 貴殿のHPは、日本史板から飛んできてスグに「お気に入り」に登録済みですが、 まだ、時間が無いので、じっくり拝見してはいません。 いや、じつは、昔、『朝鮮語4週間』と『ビルマ語4週間』という本を、立ち読みして (当時、西田龍雄氏の日本語・TB語同系論がでたばかりだった)、マスターできそうか 試みたことがあり、どちらも訳のわからない字形をマスターできそうにないので、あっさり 諦めたのです。 だから、韓国語をハングルでなく、ローマ字で表記してくれるスレッド以外立ち寄らない ことにしています。
745 :
YAP? :2005/09/11(日) 00:26:23 0
>>739 「扶余≠朝鮮」&「夫余≠ツングース」&「夫余≒日本」説とは、詳しくお伺いしたいものです。 かなり、私の考えと近い部分がありそうです。 まあ、私は、『三国史記』などの地名から再構された「いわゆる高句麗語彙」の内、日本語類似の 語彙は実は「日本語派」、韓国語に近い語彙は「韓国朝鮮語派」、そして満州・ツングース諸語に 類似した語彙が本来の「扶余系高句麗語」の語彙ではなかろうか?という仮説を持っていますが、 とりあえず立てた作業仮説ですから、もっと整合性のある説が出れば、いつでも転向します。
>>744 あの〜。私が紹介したスレ、ご覧頂きました?
私自身、朝鮮語はハン板でおなじみのウリ、ニダ、
ニカのような特定の語句以外は一言も喋れない
ほどの門外漢なのですよ。それゆえ私も朝鮮語
を表記する場合にはハングルではなく国際音声
記号に近い文字を使うようにしています。貴殿の
ような方でも気軽に参加できるような形を整えて
いるつもりなのですがねぇ。
>>744 私のHPをご覧になったことがあるならおわかりでしょう。
音声を表記するのにハングルをただの一つも使っていない
ことを。貴殿がアクセスを拒否される理由が私にはまったく
わかりませんね。高句麗語に関してはお互い素人どうし、
そう構えなくてもいいぢゃないですか。
748 :
YAP? :2005/09/11(日) 01:01:12 0
>>740 どうやら、貴公も「buyo」とか高句麗五部の方向語などを、扶余語とツングース諸語の 同源語の可能性が高いようだと判断されているようで、ほっとした。 で、夫余語も含めて、おそらく日本語の祖語やツングース諸語、韓国朝鮮語が、相互に 長期間接触してきたために、互いに語彙が類似していたのは当たり前だというのも、 そのとおりだと私も思う。 それでも尚且つ「日本語と朝鮮語に比べてより」ツングースに近いと言いきる神経」が 何故、あるかといえば、結局の所、 @広大な夫余系種族の居住地の、後世の住民が、満洲・ツングース系諸語の話者が大部分の 領域を占めていること ・・・これは、かれら満洲・ツングース諸族が、扶余語話者の後裔である可能性が高い ことを意味するのではないか? A再構された高句麗語彙なるものが、一体、開音節か閉音節なのか、また、南北の方言差 なるものが、実際そうなのか?など、渡しには「一つの言語」として捉えて良いのか、 疑問があるからだ。 どうも、2〜3種類の言語をまぜこぜにしていないのか?という疑問がどうしても残るからだ。 そこで、多少強引でも、「扶余語=満洲・ツングース語派」とか「扶余語=日本語派」とか あるいは「扶余語=韓国朝鮮語派」とかいった作業仮説に従って、「高句麗語」成るものの 語彙を洗い直すべきだと思うのだ。 勿論ニヴフ語を持ってきても構わない。 私はその中で、「扶余」という「民族名」が、満洲・ツングース諸語の「鹿」であることから、 自民族の名称が、漢語などに置換されていない場合は、当然母語であろうと考えたのだ。 741,742には、明日にでも返する。
749 :
YAP? :2005/09/11(日) 20:07:15 0
>>747,747 いや、お気に入り登録済みなのですが、まだ、その中の一部しか見ていないのです。 「ハングル総督府」とか、「ハングル板」とかいうので、きっと「ハングル」が飛び交っている のではないかと思い、予め、折角のご厚情にもかかわらず、私の能力を超えているので、 遠慮しますと断ったのですが、ハングルがないのなら、必ず、お邪魔します。 ただ、わたしも、引退目前とはいえ、まだ、外来もしているし、母も入院したりで、たまには 医学書も読まないわけには行かないし、入院先の病院(私の勤務先の病院から他府県の大学病院 に転院し、今度の水曜日に又もどってきますが)に行ったり、時間が取れないのです。
下らん言い訳書く暇あったら読める罠
>>743 その本は発売と同日に買ってよんだけど、そうは書いてなかったと記憶する。
安本は日朝琉アイヌの四者が同じ環日本海祖語からわかれた同系言語という説で
その中に高句麗語も含めている。したがって高句麗語・日本語・朝鮮語はみな同系
であって、とくに「日本語より朝鮮語の方が高句麗語により近い」などとはいってない
と思うが。
しかし今手許にその本がないので、私の記憶ちがいの可能性もないではない。
よって今は安本の見解がどうであったかという主張は保留ないし撤回します。
>>745 複雑な理論で整合する場合と簡明な理論で整合する場合とでは、後者に蓋然性がある。
なんでそんな複雑な仮説を立てなければならないのか理由がわかりません。
>>748 >A再構された高句麗語彙なるものが、一体、開音節か閉音節なのか、
それって重要なことなの? 単語レベルで類似・共通のものをさがして統計的な偏りを
指標にする以外にやりようがないと思いますが。開音節か閉音節かは最終的な決め手
はないでしょう(開音節の可能性が明らかに高いが)。開音節と仮定した場合と閉音節
と仮定した場合で上記の統計的分析の結果に差がでますか?
>また、南北の方言差なるものが、実際そうなのか?
文書は役人が書き言葉(漢文ないし首都の民族語)で書いたものだから方言は
使わないでしょう。また方言とされるものがあったとして、たとえば方言だとツングース
類似だが首都語だと朝鮮語類似、というようにわかれる例があるのか?
ないのなら方言云々なんて言い出しても無意味なんじゃないの?
>どうも、2〜3種類の言語をまぜこぜにしていないのか?という疑問がどうしても残るからだ。
後世のすでに分化した諸言語とそれらの共通祖語とを比較すれば、あたかも祖語の方が
「2〜3種類の言語のまぜこぜ」にみえるかもしれないが、時代的に後のものと比べてる
ことをお忘れなく。ちなみに韓国人学者の中には「高句麗語は朝鮮語と日本語をつなぐ
ミッシングリンクだ」という説もあるようで。(私がその説を支持してるわけではないが理屈
としてはあなたの主張よりはるかに理解できる)
>>748 >私はその中で、「扶余」という「民族名」が、満洲・ツングース諸語の「鹿」であることから、
>自民族の名称が、漢語などに置換されていない場合は、当然母語であろうと考えたのだ。
いってることがつながってないよ。鹿の一語で決めちゃうんなら
あなたが下の3行↓で主張してるツングース・日本・朝鮮との作業仮説いらないじゃん。
何度も同じことを言わせないでくださいよ。
>>740 への反論になってないでしょう?
>そこで、多少強引でも、「扶余語=満洲・ツングース語派」とか「扶余語=日本語派」
>とかあるいは「扶余語=韓国朝鮮語派」とかいった作業仮説に従って、「高句麗語」
>成るものの語彙を洗い直すべきだと思うのだ。
その膨大な比較作業をさしおいてなぜ「鹿」の一語で決めるのか理解できませんね。
そしてその膨大な作業は娜々志娑无先生がすでにやってるんですよ。
詳しくは娜々志娑无先生のサイトをご覧あれ。エッセンスは
>>716-720 参照。
>>748 > @広大な夫余系種族の居住地の、後世の住民が、満洲・ツングース系諸語の話者
>が大部分の領域を占めていること ・・・これは、かれら満洲・ツングース諸族が、
>扶余語話者の後裔である可能性が高いことを意味するのではないか?
民族移動って知ってる? 今、満州の住民には漢人が大部分を占めてるけど彼らは
女真族の子孫なのか? 北米の白人はインディアンの子孫なのか?
この点はすでに指摘しているがスレ読んでないの?(
>>728 ,
>>741-742 参照)
>>741-742 への反論を投稿なさるとのこと。のんびり待つので、すでにこのスレで
出ている論点を踏まえたものにしてください。蒸し返しは無しでお願いします。
>>739 で娜々志娑无先生のお名前に敬称がぬけておりました。申し訳ありません。
それとYAP?さん、ハングル板は韓国語じゃなくて日本語で読み書きするところですよ。
756 :
YAP? :2005/09/13(火) 23:53:14 0
>>751 今日も時間が無いので、とりあえず、751のみにレス。 (他の人派もう少し待ってくれ) 前掲書のp172に そこで、この第六章では、朝鮮民族の起源問題について、少し議論しておこう。 ここで、問題になるのは、古代の強国、高句麗の言語である。高句麗語は、ツングース 語系か、朝鮮語系か。もし、高句麗語が朝鮮語系であるとすれば、朝鮮民族は、かつて、 中国東北(満洲)地方にまでいたことになる。 と書き始めており(この章の冒頭の二行省略)、後で「、金思Y氏の論考はかなりなていど の根拠をあげて、高句麗語を朝鮮語系とみている。」と評しています。 安本氏の論拠は、「人口論」で、高句麗や夫余族を「朝鮮民族」だと推定するものです。
>>756 アンカーはスタンダードはフォーマットに則り半角にしてください。
一応、マナーの一つということでよろしく。
758 :
YAP? :2005/09/15(木) 01:11:28 0
>>742 部分レスというか質問になるのか、ですが、「邑婁と同じ語源と思われるオロチョン・
オロッコ・オロチなどの少数民族はすべてツングース系であって古アジア語族ではなく」
ということについて、これらの少数民族が、共有する「オロチ・・」などの語源は、
「トナカイ(飼養者)」という語彙と語源的に、関係しているように覚えていたのですが?
因みに「ウリチ族(オロチェ)」「オロチ族」の自称は、いずれも「Nani」でしたね。
それと誰か「トナカイ」を最初に家畜化したのは、どの民族だったのか、或いは民族不明
なのか、御存じであれば教えて欲しいのですが。
759 :
世界@名無史さん :2005/09/15(木) 01:22:21 0
>>1 倭人に言葉を教えたのは朝鮮の人々ですから当たり前でしょう。
夫餘の「鹿山」についてだが。 夫餘は吉林省農安(一説に黒龍江省ハルビンともいうが農安説が有力)を中心として 北満一帯を領土とする国だが、もともとここにいたのではない。 夫餘は前漢の頃は東満一帯にいて「穢」とよばれていた。 BC107年に玄菟郡が設置された時、穢は二分して玄菟郡の支配下におかれた者と 北へ逃げた者とに分かれた。北へ逃げた連中は「鹿山」に割拠して夫餘を建国。 (つまり「鹿山」は今の農安ということになるかと思う) 玄菟郡の支配下に入った穢人は後に高句麗を建国して「高句麗人」となる。 玄菟郡の高句驪県に割拠して建国したから高句麗国という。 つまり農安はもともと穢人の地ではなくツングースの地だった可能性もある。 そこでツングースが夫餘とよんでいた地で建国したから夫餘国という名になった。 (鹿山というのは漢訳=意訳だが、鹿山という地名があったわけではなくあくまで 「○○というのは中国語で××のことである」式の説明。地名は固有名詞なので 現地人の言葉そのままで征服者が使うことはありうること。) もし征服者の言葉に翻訳するはずだというなら、高句麗は中国人の命名した 高句驪県の名をそのまま借用しているのはなぜなのか。 それと夫餘には牛加・馬加・猪加・狗加があるが、鹿加というのはない。 ツングース系の民族なら、なぜ鹿加がないのだろうか? 牛加・馬加・猪加・狗加については、 1)各部族のトーテムで、トーテム信仰に基づく部族名とするトーテム説 2)方角を意味する夫餘語に当て字しただけで動物の意味はないという方角名説 3)方角を易の八卦によって該当する動物でよんだものとする易説 4)部族ごとに飼育する家畜を分担してその家畜名で部族がよばれたという飼畜分担説 などがあるが、夫餘をツングース系とみた場合、いずれにせよ鹿加がでてこないことを 合理的に説明することは困難といわざるをえない。 また後世のツングースは女真族のように農業もするようになるが、初期のツングースは オロチョン族のように農業はしなかったろう。しかし夫餘は三世紀の段階で農業国でもある。
言語学者が集う良スレに嫌韓厨の俺様がスレ汚しに来ましたよ^^ 言語=民族と断定するのはいかがなものかと。 欧州大陸ではバイリンガルが当たり前だし、 中国東北部・朝鮮北部(古朝鮮地域)は多民族・多言語集団の居住地だったのでは。 扶余族、ツングース、漢族、等々の雑居地で、 支配階層は中国語の必要もあり、当然バイリンガルだっただろう。 漏れは素人の直感で高句麗=ツングース&扶余→女真と考えている。 古朝鮮→ヌルハチまで遺伝的人種は継続していたに違いない。 中国東北部(古朝鮮地域)から外部への人口移動はあまりなく 中国大陸での戦乱を逃れた流民の入超だったと思う。 ただ、支配階層を特定する意味で言語学の成果に期待したい。 遺跡破壊史書焚書大好き朝鮮民族の近所で、猿でも読める漢文の好太王碑が現在まで残ったのは 高句麗から清朝まで人種構成に変動がなく、地域の先祖崇拝のシンボルとなっていたのだろう。 ハハハ!汚してやったニダ。
>>761 自己レス
高麗は自称高句麗の後継王朝だったニダ orz...
高麗王は好太王碑で自尊心ホルホルだったんだろうねwwwwwww
諸先生がた!なんとか高句麗韓民族説を粉砕してください!
高句麗は満州国の歴史ニダ!
>>761-762 「高句麗=朝鮮民族」なんてヨタ電波を飛ばしてるバカはこのスレにはいないから安心しろ。
だが「高句麗=女真・ツングース」説も同程度にアホだって話をしてるんだよ。
>>763 いやホント、あの地域はエリア55のミステリーゾーンですね。
マッカツ、ワイ、渤海・・・中韓の歴史教科書にのせるにはもったいないワンダーランドnida.
渤海の遠洋航海術はどうやって手にしたのかなど、謎が多いです。とても興味深いニダ。
ちょっとうざいだろうから消えます。今後も皆様のご研究を陰ながら応援しますニダ。
嫌韓厨グレートって、また娜々志娑无先生の変身だったりして・・・
766 :
嫌韓厨グレート :2005/09/20(火) 19:24:49 0
>>756 今日、邪馬台国研究会(安本美典の講演会)があったので
いってきた。その日の話の中で「夫餘が朝鮮系なのか
ツングース系なのかという問題があり、どっちの説にも
それなりの根拠がある」と言っていた。
終わってから帰りに安本美典に2、3質問。
Q.安本先生の日本語系統論で最新の書は?
A.朝倉書店の「言語の科学」が最新。ただし絶版。
大修館の「日本語の誕生」はまだ書店で売ってるかも。
今売ってる『季刊邪馬台国89号』にも連載はじめた。
Q.安本先生の日本語の系統に関する説は
時期で多少変化してますか?
A.ほとんど昔から変わってない。データが豊富に
なったくらい。
売り場で『月刊日本語論・日本語の起源をさぐる』と
『季刊邪馬台国89号・日本語の起源の探求』を買ってきた
(どっちにも安本美典がかいている)
768 :
世界@名無史さん :2005/10/12(水) 17:23:39 0
元代教授スレが落ちた今、このスレも世界史板最長寿スレになる日も近いか?
YAP?さんのために \ほっしゅほっしゅ!/ + ,,,,.,.,,,, + ミ・д・ミ + + "''''''"
しばらく見ない間に、スレがすげえ伸びてる!!
773 :
YAP? :2005/10/22(土) 14:05:39 0
>770 申し訳ありません。 小生は、医者なのですが、「医者の不養生」の典型で、糖尿病・高血圧その他生活 習慣病テンコ盛りの状況で、ついに急性冠症候群を発病し、入院中の有様です。 しばらく、パシコン環境から遠ざかりますので、ご了承お願いします。
少数派だが「ニブヒ語=朝鮮語同系説」があるそうな。 ツングース系が進出してくる以前、 沿海州で境を接していた時代があったんだろうか。 しかし北太平洋沿岸って、系統不詳の孤立言語がひしめいているね。これホント不思議だ。 朝鮮半島も含め、西は日本列島から東はカリフォルニアまで弧状に・・・
776 :
YAP? :2005/11/06(日) 14:03:41 0
お蔭様で、10/30に退院しましたが、仮釈放といった所です。 まだ、パソコン環境に無く、今日は自宅への一時帰宅です。 >775 ひょっとして、金芳漢氏のいう、アルタイ語が被覆する前に、半島全域(か、 中北部だったか記憶が曖昧ですが)で話されていたとするニヴフ語類似の、 古アジア語族系の言語(原始韓半島語??)のことですか?
777 :
世界@名無史さん :2005/11/10(木) 01:58:53 0
チョンタマフィーバー777ゲットニダ
李朝の世宗より前は日本や支那の史書に人名や地名のわずかなものがが残っているに過ぎない のに、何系だの、新羅や高句麗の言語が今の朝鮮語にとながる確たる証拠なんか出しようが ない゛しゃんよ?
存在したらしいことしかわからない言語がいくらでもあるのに 70語以上も残ってるのは古代の言語としては貴重だぞ。 実際それくらい残ってれば言語そのものの復元は無理としても 系統を探っていくつかの仮説を提示するくらいは十分できるよ。 「わかるはずがないニダ」ってのは高句麗語と朝鮮語の関係の 薄さが露呈すると困るから必死に事態をウヤムヤにしたいだけ。
780 :
YAP? :2005/11/23(水) 17:12:57 0
11/12以降、新しい書き込みが無いとは寂しい・・・。
ちょっと朝鮮語の成立について興味持ってきたなぁ。 日本語の成立についても興味持ってきたわ。近代国語の成立で目をはぐらかせないようにして。
保守sage。 ageると何かと物騒なので。
783 :
世界@名無史さん :2006/01/02(月) 18:14:56 0
なんで?
sageは地道にするしかないが、ageはあっという間だからなsage!
おさげ
落ちる基準はカキコミ時間だからどっちでも変わらんけどね
787 :
◆ppmkXxRQX2 :2006/02/11(土) 23:11:46 O
やっぱり、西園寺公望だよ
神話の映像化か…。 ガキの頃に日本昔話スペシャル版で古事記やってたな。 あとは聖書の天地創造ぐらいかな。
790 :
世界@名無史さん :2006/03/02(木) 23:08:58 0
コッポラ監督がアルゴ艦隊の探検記を映画化してたなあ。
791 :
YAP? :2006/03/12(日) 12:38:46 0
娜々志先生のHPの掲示板に書き込みしたのですが、何故か受け付けてもらえなかった。 ということで、アゲを兼ねて、こちらに書き込みます。 『季刊邪馬台国』の最新号に難波紘一氏の言語の起源に関する記事が載っていますが、それに よると、印欧語族が大体9000年前、南島語族がおよそ5000年前にけいせいされたらしい ということ、更に、現在のよう名有声の言語の前は、コイサン語族のようなクリック言語の 時代だったと考えられているようです。 もしそうだとすると、縄文人の言語(時代・地域によって異なるでしょうが)がクリック言語 だった可能性はあるのでしょうか? 皆さんのお考えを聞かせてください。
792 :
世界@名無史さん :2006/03/12(日) 14:06:41 0
>>43 亀レスだけど、「百済」という姓は全国に173軒存在してる。
>>791 YAP?さん
う〜ん、書き込み出来ないですか。どうしてだろう。
変ですねぇ。もし宜しければ専用の掲示板を作っても
いいですけど、いかがなさいますか。
794 :
YAP? :2006/03/26(日) 14:28:42 0
娜々志先生 どうも私がパソコンに何時まで経っても習熟しない事も影響しているようです。 新しい掲示板ができても、適応できるか否かも自信ありませんので、宜しければ こちらに書き込んでもらえれば助かるのですが・・・。 「大道芸クマー」は拝見しています。
795 :
世界@名無史さん :2006/04/04(火) 03:29:40 0
>>791 同緯度のカリフォルニア文化領域との比較から、縄文時代の日本列島が
多数の語族が密集する多言語地帯だったかも、と推測する説もあるようで。
796 :
YAP? :2006/04/09(日) 12:25:53 0
縄文時代の言語状況については、正直なところ、イメージが 固まらないのです。 少なくとも、東日本の「縄文土器文化圏」と西日本の「貝(殻)文 土器文化圏」で言語が異なっていただろうとは思っているのですが、 「多言語社会」(パプア・ニューギキア高地人のように)である可能性も 否定できない。しかし、一方で、縄文時代の「玦状耳飾?」のような 文物の満洲方面起源がほぼ確実な情勢を考えると言語のみ孤立していたとも 考え難いし・・・。
>>796 YAP?さん
縄文語はただの一つも確実な資料が存在しないため、貴殿のイメージが
固まらないのも当然です。プロだって固められないのですから(苦藁。
縄文語がどのようなものだったかということを、講談師が見て来たことの
ように言っている研究者もおりますが、話半分、いや話半万分の一くらいに
聞いておいた方が宜しいかと(w。
ちなみに、私の考えている縄文語のイメージは、
(1)少母音の言語である(3母音程度の可能性もあり)
(2)母音調和は存在しない
(3)語末に子音を伴う閉音節の言語である
というものですが、もちろん具体的な証拠は一つもなく、ただの理論的な
推定に過ぎません。まあ私なりの理屈はあるのですけどね(w。
798 :
YAP? :2006/04/12(水) 17:05:33 0
小泉保氏の『縄文語の発見』だったかな?派読みましたが、正直眉唾 物と感じました。 娜々志先生の城文語のイメージとして挙げられる3項目は実の所、 私の持っていた縄文語のイメージそのものでした。 今は、ひょっとしてクリック言語だったのか?とか、全くイメージ が沸かない状況です。 「私なりの理屈」というのを是非とも、お聞かせ下さい。
縄文語なんて全部フィクションですよ。 エロい人にはそれがわからんのです。
800 :
YAP? :2006/04/12(水) 19:32:31 0
う〜ん、フィクションだとわかっていて楽しむくらいの余裕が欲しいのだが。 何かの拍子に大化けするようなネタだって、出てクryかも知れないし。
>>798 YAP?さん
ども。返事が遅くなりましたが、お答えをば。なお、私は日本語
の起源説として縄文語+北方言語→日本語という言語混合説を
取っておりますので、下記で使用する原始日本語という用語は
適宜縄文語に置き換えて下さい。
(1)少母音の言語である(3母音程度の可能性もあり)
奈良時代には母音の数が8つあったというのが日本語学界の
通説(上代5母音説等、有力な異論もあり)ですが、平安初期の
9世紀後半頃にはもう現代と同じ5母音にまで減ってしまいました。
わずか150年かそこらで母音の数が8から5に減るというのは
異常な事態と言えます。だからこそ基本母音は5乃至6であって、
母音数が多く見えるのは二重母音の存在によるのだという説も
出てきているわけですが、更に言えば、基本母音とされるものも、
eは日本語での使用頻度が低く(エ列音の組み合わせの語彙が
いかに少ないかを考慮されたし)、aとiの母音融合によって二次
的に生まれた新しい母音であると推定される上に、oも動詞の
大半を占める四段・下二段・上二段の各活用において使用され
ていない(あのeでさえ使用されているのに)こと等から、母音uの
変形〜他母音との融合によって生まれた可能性がある(とりわけ
オ列甲類音はその可能性高し)ということで、上代日本語よりも
古い原始日本語を想定した場合、基本母音はa、i、uの3母音で
あったというのが最も座りがよいのです。
(2)母音調和は存在しない 上代日本語に母音調和が存在したという説は有坂・池上法則 の発見以来有名ですが、法則として挙げられている3つの組み 合わせのうち、確実そうなのはオ列甲類とオ列乙類の関係だけ で、後はせいぜい傾向に過ぎません。日本語と同系説が出て いる朝鮮語やアルタイ諸語には母音調和があるので、これらの 言語と日本語を結び付けたい向きには、この程度のものでも 重要でしょうが、そもそも母音調和は多母音の言語において発生 するものと思われますので、(1)を踏まえれば、原始日本語には 母音調和は存在しなかったというのが自然です。ある時期に 他所から多母音かつ母音調和を有する言語が入ってきて在来 の日本語と混合したが、在来の日本語の方が基層であったため、 母音調和は衰退・消滅したと考えると。同時に母音数の減少も 説明出来るので、甚だ都合がいいというわけです。 (3)語末に子音を伴う閉音節の言語である 世界の言語の中でも開音節の言語は極めて少数派であることは ご存知の通りです。日本語と並び開音節語として知られるハワイ語 などポリネシア系の言語も、言語系統的にはオーストロネシア語族 の一員であり、ポリネシア系以外はみな閉音節の言語です。要は 日本語以外の開音節の言語では閉音節→開音節という変化を 遂げたことがわかっているので、日本語もそうだったと考えるのが 自然だろうということです。また、日本語動詞が閉音節の語幹+ 母音で活用を構成していることなども、聊か消極的ではありますが 日本語がもともと閉音節の言語であったことを示唆するものと言え るでしょう。
803 :
YAP? :2006/04/15(土) 18:44:34 0
娜々志先生、御解説有難う御座います。 母音数については、統計的にも5母音の言語が最も多く、後は2母音から 13か14母音までいろいろあるとも聞きますので、私は4〜5母音だろうと 漠然と思っていましたが、なるほど、三母音のような気がしてきました。 開音節構造については、閉音節の縄文語の上に、開音節の傾向を持つ アルタイ系の言語が被覆したのだろうと言うのが私の本来の考えでしたので 、これも特に違和感はありません。 母音数が少なければ、母音調和が、起りやすいのか起り難いのかは良く わかりません。 まあ、日本語は(アルタイ語族が成立するか否かは別として)遼河流域 〜文明圏の強い影響下に成立したと考えている私にとっては、「開音節」 というのも、どちらかというと、アルタイ系諸言語に多い特徴としたい所ですが。 (早田輝洋氏によれば、蒙古語、満洲ツングース語は、表面的には閉音節後が 結構多いように聞こえるが、実際には音節末母音が弱化して閉音節に聞こえて いるものが非常に多い、とのことですので。)
804 :
世界@名無史さん :2006/04/15(土) 21:43:05 0
中国史書における高句麗の言葉とは一致しない。 城の意味のコル 相似の意味の「位」 など あくまで三国史記のみ
>>803 >母音数が少なければ、母音調和が、起りやすいのか起り難いのかは良く
>わかりません。
母音調和は母音配列に関する制限と説明されるニダが、
要は母音に仲のよいのと悪いのがあって、仲の悪いもの
どうしでは同一単語〜文節内に共存出来ないというもの
ニダ。もし母音数の少ない言語にそのような制限があったら、
言語生活に必要なだけの語彙数を得るためには、音節数
をひたすら増やさざるを得ないニダ。実際、母音調和を有
する言語はトルコ語(8母音)、モンゴル語(7母音)、朝鮮語
(8母音)、ハンガリー語(8母音)、フィンランド語(8母音)等、
多母音の言語ばかりニダ。
>>804 >城の意味のコル
・溝漊者、句麗名城也。(『三国志』魏書東夷伝高句麗条)
・買忽{一云水城}(『三国史記』巻37・高句麗)
『三国志』では「溝漊(k∂u-l∂u)」、『三国史記』では
忽(hu∂t→kol)ニダから、十分一致していると思うニダがね。
しかも、本語は韓国人の研究者によって三国史記の百済
地名から帰納される百済語のki(城)と結び付けられている
という事実があるニダ。あ、言うまでもなく、古代日本語にも
ki¨*(城)という語があったりするわけニダがね(w。
*ki¨:キ乙類音
>相似の意味の「位」
・句麗呼相似為位。(『三国志』魏書東夷伝高句麗条)
『三国志』によれば、高句麗語では顔がよく似ていることを
「位(斤ιui**)」と言ったようニダね。成る程こちらは『三国
史記』から再構することは出来ないことは確かニダが、日本語
の「nir-(似)」と結び付けることは十分可能ニダ。朝鮮語で
李がli→ni→iと変化したことでもわかるように、狭母音の前
のl(→n)は落ちやすいものニダからね。あ、仮に上記の対比
に無理があるというなら、李基文が主張する中期朝鮮語
「isщs-(似)」との対比も同じくらい無理があるということに
なるニダよ。
**斤:hの有声音
807 :
YAP? :2006/04/16(日) 14:18:59 0
母音数や開音節に拘るのは、1つには、言語と脳機能の問題にも関心があるからですが、 まず、母音数については、世界でもっとも母音数の多いのは、英語で、次に多いのが、 フランス語だとされているにもかかわらず、この両言語で、「母音調和」が(あるのかも しれませんが)指摘されていないのは何故かという疑問があります。 言語と脳機能の問題で言えば、これは或いは「正書法」との関係が大きいのかもしれませんが、 昔流行った角田忠信説のように、日本人は欧米人などが雑音として処理する虫の音などを 「言葉」として処理する(左脳で)という言語脳の負荷が大きいと考えられることや、 難読症などの研究から発見された日本人の(日本語を母語として教育を受けた人というのがおそらく正しい でしょう)文字処理の特殊性(欧米人のアルファベット処理と同じ脳の部分でカナを処理し、それとは 別な部分で漢字処理行う)といった事実があります。 私は日本民族の起源の問題に関心がありますが、「人種」でなく、「民族」の形成や起源を考える時、 「言語」が最大の問題であることは明らかです。 しかし、「史料」が無いので、その言語を昔話していた集団の足跡を辿る手段として、「分子遺伝学」 などのデータを手がかりにせざるを得ないわけです。 最近では、小頭症遺伝子のハプロタイプの研究がひょっとしたら、化けるかも知れないという 感じがしています。 microcephalinのハプログループD(以下HgD)は約3万7千年前、また、 ASPMのHgDは約5800年前に出現した(Lahn,B、Tら)とされており、前者は文化を持った現生 人類の出現と同時であり、後者は農耕の広がり、都市の定着と文字言語の最初の記録の時期と一致すると Lahn博士等は主張しています。 microcephalinのHgDは、アフリカ以外の集団での頻度が高く、ASPMのHgDは欧州人と それに関連するイベリア人、バスク人、ロシア人、北アフリカ人、中東人と南アジア人を含む集団で頻度が 高いとされています。 東アジア人、サハラ以南の阿弗利加人、アメリカ先住民ではASPMのHgDの頻度は比較的低いとされています。
「日本人は欧米人などが雑音として処理する虫の音などを 『言葉』として処理する」っていうのは ゲーム脳同様の妄説だよ。
>>807 YAP?さん
えっと。私は別に多母音言語が必ず母音調和を
有するなどと主張しているのではありませんよ。
私が言いたいのは、母音調和が生ずるためには
多母音である必要があるということです。
母音調和がある→多母音言語である ○
母音調和がある←多母音言語である ×
>>808 私が角田説を知ったのはもう20年以上前の話
ですが、その後角田説って科学的に駄目出しされ
てましたっけ? 記憶にないなぁ。
810 :
YAP? :2006/04/16(日) 17:33:17 0
角田説は、実は私も、一旦コリャ駄目だとおもったことがある。 というのは、角田氏の著書を買っていて確かその三冊目か何かで、 神がかったことが書いてあったからだ。 ある時点を以って何かのデータが、全てひっくり返ったような記載があったからだ。 ところが、その後、NHKかなんかで、脳のPETだかfMRIだか で、実際に欧米人と日本人の脳の働きの違っている画像を出したのをみた 記憶がある。 それで角田説そのものは、全面的に信用しているわけではないのだが、 やはり、虫の音などの処理を、日本人の脳の処理機構が必ずしも欧米人と同じ 回路で行われてはいないということは納得したわけだ。 尚、言語と脳機能についての『日内会誌』も、角田氏の本も今手元に無いので (特に昔読んだ角田氏の本については)私の記憶違いの可能性も無いわけではない。 別な家や勤務先の書棚に、どっちの本もあることはわかっているので、 ご要望があれば、調べるが、何しろ病後の身なので、余分なことはしたくないのだが。
811 :
YAP? :2006/04/16(日) 17:41:32 0
娜々志先生 母音数が多いのと、母音調和がある程度関連するだろうということは、 私でもわかりますが、それでは一体最低何母音あれば、母音調和が、 あり得るのか?という疑問があります。 4〜5母音や或いは3母音の言語では母音調和が観察されていないのか という問題ですが。
ここでこんな難しい話をしている理由って何? 別に悪いことじゃないからいいけど
>>811 YAP?さん
最低何母音あれば母音調和が可能かとのご質問ですが、
理論上は2母音あれば可能です。しかしながら、そんな言語は
言語生活に必要な語彙数を得るためにはひたすら音節数を
増やさなくてはならないので、現実に存在するのは難しいで
しょうね。私は日本語以外の言語については門外漢なので、
現在存在するすべての言語の状況を云々することは出来かね
ますが、母音調和についてざっと調べた限りでは、スワヒリ語の
5母音というのが最低ラインのようでした。スワヒリ語の母音調和
は母音の高低の違いによるもので、a,u,i〜iとo,e〜eで分かれる
という単純なものですが、スワヒリ語の祖語にあたるバントゥー
祖語は7母音だったようです。
>>812 ふぉ。世界史板も、元々はハングル板も学問板なんじゃよ。 お忘れかの。
娜々志娑无先生の本来の常駐板であるハングル板は、時々荒れることも
あるで、たまに世界史板でこのように書き込んでおられるということじゃな。
816 :
YAP? :2006/04/23(日) 13:18:45 0
814氏の言うとおり、再現性のない実験データがまあ うそっぽいことは確かだが、でも完全に否定されていない というところが、まだ「可能性」が残っているわけだ。 NHKの番組がヤラセかどうかは知らないが、画像を提供した のは一応研究者だったように思うので、信頼したのだが。 もっとも、十年ほど前に勤務先の整形外科の部長が、学会発表で 出される画像(当時はX線CTが主だったと思う)は、コンピュータ 処理で幾らでも作れるので、最近は信用できないといっていたので、 コンピュータのさっぱりわからない私はそんなものか?と驚いたことがある。 しかし、そんなに日常的に偽造が横行しているとは信じたくないのだが。
817 :
YAP? :2006/04/23(日) 13:55:17 0
「言語と脳機能」という題で、日本内科学会の招請講演があり、 『日本内科学会雑誌』平成18年2月20日号(第95巻)に その要旨が載っている(東京女子医大岩田誠氏)。 それによれば、左中後頭回19野がカナの読字で賦活化されるが、 左側頭葉後下部37野では、漢字、カナを問わず、有意味語の読字 では賦活化されるが、無意味カナ読字では賦活化されないという。 岩田氏らは、日本語の読みについて、37野は、意味読みの過程に 関連する経路として、19野は音韻読みに関連する経路として機能 していると主張している。 岩田氏は、欧米の研究者達にとっては、アルファベットによる読字 過程のみしか、研究対象とならなかったため、左37野を介するもう 一つの読字過程については、これまで全く気付かれなかったと述べている。 尚、欧米での読字過程に対しての研究では、左中後頭回19野というよりは そのすぐ近くの左角回とする研究データが多いらしい。 というわけで、開音節言語と閉音節言語で、(左脳、右脳は別として) 日本人と欧米人や韓国人などとの「言語処理過程」の機能の局在が異なって いても良いようにも思えるのだが。
>>815 久しぶりに良スレ見た気がする
しかもかなり長い(笑
ハン版は最近劣化してるような気がせんでもないな・・・・・
コピペも含め知的なレスがまったくつかないのは悲劇だな。
812=815=818=819=真性包茎
821 :
YAP? :2006/05/03(水) 13:04:03 0
角田説を信用しなくなったのは、 同氏著『脳の発見』(大修館書店、1985、12/1発行) のp149以降に記載されている文章を読み、その中で、 1984年9月末から出現し始め、同年10月15日からは、ほぼ終日、 左右の聴覚の優位性が左右逆転する現象が認められしかも、稀に正常化する という異常状態になった とされているからです。要するに、これだと「追試」の時の再現性が全く 担保されないことになってしまいます。 しかし、一方で脳の機能局在が、神経細胞レヴェルで証明されつつある時代なので、 視覚同様聴覚の音韻の処理も、かなり局在して存在し、勝それが母語の相違や音節の問題 (開音節と閉音節)や、子音の流音処理などの問題も、母語の相違によって、異なっている 可能性はあり得ると考えています。 産経新聞の文化欄に、「国際赤ちゃん学会」か何かの記事があり、赤ちゃんの音韻の認識について 触れた記事が面白いものでした。(5/2とその1週間前の記事) それによると、委細未満の赤ちゃんは、流音r/lの区別を初めとして、ほとんどの 音韻を聞き分けるが、母語が浸透するにつれて、一歳以上になると、微妙な音韻の聞き分けが 出来なくなるそうです。 ただ、ズールー語のクリック音のような異質な音は、聖人でも聞き分けられるそうですが まあ、これは当然でしょう。
822 :
グリーン中山 :2006/05/03(水) 15:04:24 0
『最近の台湾の教科書について』
慰安婦の記述
近隣諸国(主に韓国・中国など)と日本で、歴史認識の違いで議論になる事柄のひとつに、
慰安婦などに関する事柄があると思われますが、
日本では、慰安婦について、職業婦人だとか業者が行なったことだとか
いろいろに論じられていますが、
最近の、台湾の教科書でも、2社3種類の教科書に慰安婦についての
記載がされています。
(「嫌韓流2」などでも 慰安婦に関して取り上げている様ですが)
以下に國中(9年一貫の7,8,9學年)の検定教科書の
内容を紹介しています。
( 翻訳は大体ですので、原文の画像もご参考ください。
http://bbs.com.nifty.com/mes/cf_wrent/FREKISHI_B031 Bar HISTORIA(フリートーク)
2005年10月26日
)
>>14 ところで遅レスなんだが「ワイ、扶余、高句麗、沃祖」は言語が同じ、つまり扶余系であってツングース系ではないとあるが、
現在のロシアの沿海州辺りに「エベンキ族」という少数民族がいて、彼等は沃祖の末裔とも言われているらしい。
また朝鮮民族との関わり合いも深いとされるのだがエベンキ語はツングース系に属するらしく、そうすると
沃祖=ツングース系ということになってこの辺の話と矛盾してしまう。どういうことなのか。
825 :
世界@名無史さん :2006/05/20(土) 12:10:12 0
沿海地方にはウデヘなど他にも南ツングース語派に属する集団が住んでいるから、 あながちありえない話ではないかも。 そもそも半島北東部の咸鏡道は、李朝に朝鮮人が住むまではツングース系の居住域だったんだよね。
エベンキ族で存在の確認いつまで遡れるのよ? 沃沮の末裔なんてどこの誰にいわれてんのよ? はげしく電波の臭いがするんだけど。
>>827 そのページみたけどなんで「沃沮=エベンキ」なのか、さっぱり訳分からんな。
>>828 >中国やロシア学界では、このような土器文化を成した主体として北沃沮(古代韓国の部族国家)だという見解が多い。
http://www.hulunbeier.com/wenlun/wure/lun02.htm 鄂温克=エベンキ
(イルクーツク=連合ニュース) 金兵曹記者 =
"バイカル湖隣近の少数民族 `エベンキ族'は現在まで
`アリラン'と `スリーと'という単語を使っています"
この席でウシルハ航空隊教授は "シベリア南部地域に住んでいるエベンキゾックの言語でアリラン(ALIRANG)は
`迎える'は意味を, スリーと(SERERENG)は `感じて分かる'と言う意味で使われている"と説明した.
>>829 だからそれは読んだけど。そういう見解があるってのがわかっただけで
まともな根拠なんてひとつも出て無いじゃん。
>>830 根拠ならリンク先に書かれていると思う。見解=根拠では駄目なのだろうか?
沃祖=エベンキ エベンキ=朝鮮民族 という見解があるのだが、どう思いますか?
って事を聞きたいわけで、別に「根拠無いじゃん」という返答を期待してるわけではないよ。
832 :
YAP? :2006/05/28(日) 15:48:39 0
831氏へ Y染色体DNAハプロタイプの研究では、エヴェンキ族は、 ハプログループ(以下Hgと略)Cが圧倒的に多いようです。 韓国・北朝鮮のHg分布のデータと比較しなければなりませんが、 日本人同様、HgOに属するO2b*、O2b1*、O2b1a、 更には、O2a、O3e(これは中国大陸で多い)が多く、一方で 日本人に多いHgDは少ないので、少なくとも、エヴェンキ=朝鮮人 とはいえないと思います。 HgCは、ユーラシア辺境部で見られるHgで、モンゴル、ブリヤート では、最多数派のようです。
>>831 時代も地域もぜんぜん離れてるのにその中間・経過への検討がまったくなく
「アリランって言葉が」の一点だけで「同一民族ニダ」と言われても
またいつもの電波ですか、はいはい。としか感想はないです。
834 :
世界@名無史さん :2006/06/24(土) 18:58:51 0
月例保守に伺いました。
835 :
世界@名無史さん :2006/07/16(日) 13:41:34 0
もうこの分野では新発見・新仮説は当分出てこないのかなあ。 出尽くした感がなきにしも。
【 ☆ 決定 ☆ 朝鮮族の母体はエベンキ系「沃沮、濊狛」人 】 その風俗は山川が重なり、山川には各部族がおり、みだりに干渉することはできない。 同姓は婚姻できない。多くの忌諱があり、(家族が)疾病で死んだときは、すぐに旧宅を 廃棄し、更(通典では夏)に新居を建てる。麻布があり、蚕糸で絹を作る。 夜明けの星宿 (二十八宿の占い)から、その歳の作物の豊穣を予想する。珠玉を宝としない。 常用十月の節句(重陽の節句。旧暦9月9日)に天を祭り、昼夜に酒を飲み、歌い踊る、 これを「舞天」 という。また虎を神として祭る。その邑落は互いに侵犯するが、刑罰とし て相手に生口(せいこう=奴婢) と牛馬を差し出す、これを「責禍」という。人を殺した 者は死をもって贖(あがな)う。強盗は少ない。・・・・『三国志、魏書、濊伝』・・・
>>836 エベンキ系ワイ狛ってのがなんともはや。
もはや苦笑。
840 :
世界@名無史さん :2006/08/10(木) 19:08:55 0
>>837 民族を血で決定するのか文化で決定するのかは判断が難しく
意見が分かれるところだが
エベンキの風俗を知る限りにおいては≒朝鮮と見る向きがあったとしても
極々自然なこと。
841 :
世界@名無史さん :2006/08/10(木) 23:01:29 O
もともと高句麗は古代大韓帝国の末裔が建てた国日本を支配していたから当然似ています。 歴史捏造する日帝の研究者もいるようですけど。 世界的研究によって解明されつつあります。
>エベンキの風俗を知る限りにおいては≒朝鮮 >と見る向きがあったとしても極々自然なこと。 電波だよ、ただの。 そんなアホな推定が成り立つような風俗などない。 思いつきレベルのこじつけ説なら 大喜びで2chに貼りまくってるバカがいるがな。
843 :
世界@名無史さん :2006/08/11(金) 11:33:49 0
嘘を嘘と見極める力、ガラクタの中に眠るお宝が2chにはある そうだからこそ、ココまで巨大な掲示板になり得たのだよ。 エベンキはすでに新風をもたらしている。 日本語変だよ。以上。
843の日本語のほうがおかしい。 >にはある >そうだからこそ、
845 :
世界@名無史さん :2006/08/11(金) 13:25:49 0
>>829 なるほど、朝鮮は鄂温克なのか
今からは朝鮮のことを便器、人々を汚臭漂う民と言うことにしよう。
お前ら、エベンキ人はシベリアを一度は制覇した偉大な民族だぞ。 半万年属国と一緒にするのみならず、そこまでボロクソ言うとは無礼も甚だしい。 謝罪しなさい。
847 :
世界@名無史さん :2006/08/12(土) 03:37:30 O
朝鮮≒エベンキ説を執拗に広めているのは 旧宗主のツングースに事大したい朝鮮人
848 :
世界@名無史さん :2006/08/15(火) 11:57:10 0
プラム臭漂う
849 :
太国 :2006/08/16(水) 11:25:04 0
え便器なんてプラムしか使わね、臭っせ
プラムは朝鮮人だよ
851 :
世界@名無史さん :2006/08/16(水) 22:11:10 0
東広島在住だけどな!
852 :
世界@名無史さん :2006/08/19(土) 14:27:50 0
どうりで差別用語が大スキだなアイツ
853 :
世界@名無史さん :2006/08/19(土) 17:01:42 0
高句麗語が日本語の起源。
日本語が高句麗語の起源だろ
マジレスすると、日本語と高句麗語は共通祖語を持つってことだな。 どっちが起源とか言えるほどの材料は出ていない。
859 :
世界@名無史さん :2006/09/19(火) 18:11:36 0
(´◛ฺω◛ฺ`)
>>840 エベンキの何の風俗を参考にしているのか知らないが、
エベンキはツングース系であり扶余系である高句麗(又はワイ)とは
異なる民族。故にエベンキ系のワイなど存在しない。
enjoykoreaなどにあがっているソッテなどの風俗は半島南部済州島から
半島北部満州地方に広く分布しておりその起源は北方とされている。
またエベンキのみに限定される風俗でもなく。トナカイを家畜として利用するのも
エベンキのみではない。
また現在の朝鮮民族の数詞はエベンキ(ツングース系)とは似ても似つかない。
以上のことから、エベンキ=朝鮮民族説は特に根拠のないことだと思われる。
んがんぐ
862 :
世界@名無史さん :2006/10/01(日) 12:27:51 0
ソッテ(鳥竿)は大阪の遺跡からも出土しているよね。
863 :
世界@名無史さん :2006/10/28(土) 20:34:04 0
ツングース系で朝鮮半島の近くといえば、満州の女真族や 沿海州のナナイ、ウデヘなどがいるが、南ツングース系。 北ツングース系であるエベンキはなおさら朝鮮民族と縁遠いはず。
864 :
世界@名無史さん :2006/10/30(月) 18:12:39 0
北方アジアは一切抜きの偏向調査で作為的に中国・朝鮮に誘致していた
スットボケ遺伝学者(嘲笑)
宝来センセイによると、韓国や中国にはそれぞれドミナントなミトコンドリアDNAがあるのに、
日本本土では、とくにドミナントなものがない。つまり系統的にさまざまな人たちから成り立って
いるのである。また、これまで、大陸から渡来した弥生人によって分断され、北に追いやられたのが
アイヌ、南に追いやられたのが琉球人といわれてきた。しかし、アイヌと琉球は少なくとも1万2000年
以上まえに分岐しており、紀元前3世紀以降に渡来してきた弥生人によって分断されたんではないという。
1万2000年前にそれぞれ日本に住み着いたアイヌと琉球人。そこへ紀元前3世紀以降になって渡来し、
稲作をはじめた中国・朝鮮系の人びと。こうした人たちの子孫がわたしたちなのだ。
それにしても紀元前3世紀以降の大陸からの渡来って、それ、秦の始皇帝のころの、徐福たちじゃない?
http://home.att.ne.jp/apple/tamaco/Yutenji/000115DNA.htm http://youtube.com/watch?v=iRD3k2j9BeA
865 :
世界@名無史さん :2006/10/30(月) 18:16:38 0
まーだ宝来mtDNAデータのトリックと欠陥が分からない脳弱が いるようなので、簡単に説明しておくと、 朝鮮半島も中国大陸も、古代より北方アジア人の侵入定着が絶え間ない 地域であったのにもかかわらず、宝来mtDNAデータには北方アジア人に 関するタイプのデータが一切出てこない。 しかも、調査サンプルに北方アジア人のサンプルが一つも入っていない。 つまり、宝来mtDNAデータは北方アジア抜きの偏向調査で出された 偏向データなのであって、ただひたすら中国や朝鮮からやって来たと 錯覚させるだけの極めて悪質な欠陥データに過ぎないのである。
868 :
世界@名無史さん :2006/11/08(水) 15:00:27 0
いまの韓国では高句麗や渤海を朝鮮人の国だと主張してるが 言語的つまり民族的に見れば日本人の国だなw
高句麗や渤海は親戚の関係。 渤海から天皇に送られた国書にも親戚の誼を述べてるね。 一方、朝鮮からの国書にはそうした記述は無い。 日本と高句麗、渤海は近い関係で、朝鮮は遠い関係。
870 :
世界@名無史さん :2006/11/12(日) 14:04:53 0
>>869 でも縁戚関係は百済と結んでるよね。帰化人も百済系が多いし。
これはなにゆえか?
百済の支配層は高句麗と同属。だから百済も近い関係。 そして百済のほうが高句麗よりも物理的に近い。 新羅には倭出身の王がいたとかいう話もあるんだが、 日本側では古代からスルー状態なのはなんでだろうね。 ヤマト王権とは無関係の人物だったということだろうか。
>>871 南韓に倭という種族がいたという話もある。
列島を倭と呼ぶのはその倭人と同族と考えられていたから。
という話を聞いたんだけどホントかな?
>>872 確かに、半島南端に倭種が住んでいたという記録はあるが、
それは単に倭人が対馬海峡を挟んで両岸に住んでいたというだけで、
半島側の倭種が日本の倭種の名前の由来とか先祖とかいう話じゃない筈。
唐代に入っても倭人が半島南部に住んでいたようです。 新羅の僧侶が唐へ行き、新羅の国情を聞かれたところ、 「北を脅かすマッカツ、南に居座る倭人が我が国の悩みの種です」 と漏らしたという話を読んだが。
百済伝 王姓は余i氏、号は「於羅瑕i lo ha」、 百姓は「?吉支」gian git dと呼ぶ、 漢語での王である 「王」の発音がiloha 原住民(馬韓国人)はgiangiddu
いろはにほへと ちりぬる・・・
こまのことばが
878 :
世界@名無史さん :2007/01/06(土) 12:29:21 0
ん?
879 :
世界@名無史さん :2007/01/06(土) 14:47:55 0
ぶ?
880 :
世界@名無史さん :2007/01/07(日) 14:45:31 0
た?
881 :
世界@名無史さん :2007/01/07(日) 16:08:20 O
>>873 >
>>872 > 確かに、半島南端に倭種が住んでいたという記録はあるが、
> それは単に倭人が対馬海峡を挟んで両岸に住んでいたというだけで、
> 半島側の倭種が日本の倭種の名前の由来とか先祖とかいう話じゃない筈。 というより、当時の半島南部は、倭人の勢力圏だったと考えるのが自然だろう。
そう考えると、百済や新羅に多数の倭人がいたことも合点がいく。
882 :
世界@名無史さん :2007/01/08(月) 15:15:38 0
来 了 ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ヽ\ // ,、_,、 。 ゚ (゚jコ゚)っ ゚ (っノ
エベンキとの関係はどうだか判らないが、韓国のちょっと古めのアパートやマンションには 洋式の便器が台所に据え付けてある。
その便器になにか絵が描いてあれば有力なんだが…。
SBSが民族の始祖「檀君」プロジェクトを稼動
ttp://www.asahi.com/culture/korea/TKY200701190127.html 次は檀君だ。SBSが2008年の放送を目標に、韓民族の始祖である檀君
に光を当てた100部作の大河史劇を準備している。初めての試みだ。
SBSは韓民族の始祖とされる「檀君」をドラマ化する予定
SBSは27日、「中国の東北考証と日本の右翼勢力による歴史教科書歪曲
問題などで国民の民族的自尊心が大きく傷つけられてる今、いつの時代よりも
我が古代史についての関心が高まっている。現在、高句麗関連の歴史劇が成功
しているのもそういう関心の現れ」として、「ここでさらに一歩進み、高句麗
の前身であり我が民族最初の古代国家とされる古朝鮮と民族の始祖である檀君
を通じ、忘れられた歴史を見直す時だ」と「檀君」プロジェクト稼動の意義を
発表した。
ドラマ「檀君」は、「はるかなる帝国」などで知られる作家のヤ・ソロクの
原作をもとに構成され、神話の中の檀君ではなく、人間としての檀君とその時
代を照明する予定。まだ脚本と演出は決まっていない。
SBSは「檀君」プロジェクトを企画して以来、主な史学界の理論と「揆園
史話」などの在野史書などを総合的に研究している。古朝鮮1500年の歴史
は、日帝下に朝鮮史編修会により神話として規定されて以来、いまだ史実とし
て認められていない。 (下に続く)
(続き) 「揆園史話」などでは、檀君が一人物ではなく、古朝鮮は東はサハリンから 西はチベットに至る大領土の帝国として記録されているなど、広く知られた檀 君神話とは違う解釈をしている。 SBSは「檀君と古朝鮮は、虎と熊が出てくる原始的な神話のイメージとし てのみ残されているが、ドラマ『檀君』で描く紀元前2、3世紀の東アジアは 、大帝国による支配が衰退し、数十の諸侯国が一斉に蜂起した戦国時代だった」 として「ドラマは、こうした大混乱期を背景にした壮大な戦場の場面と、これ まで一度も見たことのない古代帝国の姿を具現するスペクタクルな敍事劇にな る」と明らかにした。 企画を担当したク・ボングン責任プロデユーサーは、「『檀君』は簡単なプ ロジェクトではない。議論の渦の中にある民族の古史をドラマへと移す作業は 、危険で困難なことといえる。しかし、ドラマの準備のため、多方面にわたり 研究、調査した結果、檀君と古朝鮮に光を当てる作業はそのこと自体が大きな 意義を持つと判断した」と述べた。 続いて「史学界でも檀君に関しては諮問しにくい点がある。それほど議論の 余地がある」「ドラマ放映に先立ち、檀君に関わるさまざまな見解と学説を、 ドキュメンタリー形式で放送する計画も立てている」と付け加えた。 民族の始祖を描く歴史劇であるだけに、「檀君」は基本的に歴代のどの歴史 劇よりスケールが大きくなる見込みだ。
月例保守でーす
888 :
世界@名無史さん :2007/02/15(木) 19:14:02 0
簡単に総括すると高句麗は朝鮮の祖先でもなんでもなく 朝鮮半島と満州にまたがる地域を支配した王国でFA?
890 :
世界@名無史さん :2007/02/17(土) 04:20:20 0
>>872 >南韓に倭という種族がいたという話もある。
亀だが三国志魏志東夷伝韓伝冒頭部
「韓在帶方之南 東西以海爲限 南與倭接 方可四千里」
(韓は帯方の南に在り。東西は海をもって限りとなし、南は倭と接する。
方4千里ばかり。)
とあるから朝鮮半島南部に倭人がいたんだろうね。
戦前も、結構沢山の日本人が半島に住んでいました 三浦の乱の前も、結構沢山の日本人が住んでいました
892 :
世界@名無史さん :2007/02/17(土) 18:45:12 0
>>30 華南の連中はもともと中原に住んでて南に追いやられてしまった連中では?
893 :
世界@名無史さん :2007/02/17(土) 22:08:23 0
日本と朝鮮はアルタイ語族系
いまどき埃かぶったアルタイ語族かよ。 どうせでっかく括る気ならノス(ry
>>893 と言う説もあるが他言語と関連の不明な孤立言語と言われる。
ドラヴィダ、日本、朝鮮の三言語は巨大な孤立言語。
>>895 朝鮮語を過大評価しすぎ。朝鮮語はアルタイ諸語と密接な関連があることまでは
ほぼ疑うことの出来ない通説。当たり前過ぎてあまり指摘されないが。
この関連性の強さは、日本語とはそもそも比べ物にならない。
朝鮮語の位置付けは、「アルタイ語族はそもそも成立するのか?」という問題の一環。
テュルク(トルコ)、モンゴル、ツングース、朝鮮の4つのよく似た言語が
単一の祖語を形成できるのか、出来ないのが争われている。
日本語(の諸方言)は、ドラヴィダ諸語と同じく、
一応2000年以上遡れる単一の祖語を持つが
その祖語と他の語族との関連性が分からない巨大な孤立言語。
周辺の言語は「歯が立たない」という程度において東西南北全部「対等」だ。
そこでこのスレ的には、高句麗語と日本語が、という話に持って行きたいところ。 でも高句麗語の判明語彙があまりに少ない。
東北工程:中国の主張に海外の研究者も懐疑的見解
◆「高句麗はいつから中国史の一部になったのか?」
米国カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)のジョン・ダンカン教授は、
『三国志』や『旧唐書』など近代以前の中国の全ての歴史書が、高句麗を中国
の歴史ではなく「東夷伝」の中で扱っているということを指摘した。また、米
国ハワイ大のエドワード・シュルツ教授は、韓国の二大歴史書である『三国史
記』と『三国遺事』が、高句麗・百済・新羅が台頭した時期を韓国史の黎明期
としている点を力説した。ロシアの考古学者セルゲイ・アルキン氏も、最近の
発掘調査の結果、高句麗文化の独創的な性格が中国文化のそれとは明らかに違
っているという、ロシアの歴史学界の主張が正しかったことが立証された、と
述べた。
オーストラリア・シドニー大のパンカーズ・モーハン教授は、中国と周辺国
家の朝貢・冊封体制が、高句麗だけでなくインドまで含む「天下」と中国との
儀礼的な関係に過ぎなかった史実に反し、中国がこれを主従・服属の関係であ
ったと機械的に解釈している点を批判している。また、イタリア・ネイプルズ
大のマウリチオ・リオット教授は、西暦1世紀に高句麗が既に中国の勢力に対
して軍事的に対抗する力を有していたとし、独自の外交政策をとっていたと指
摘した。結局、どの学者も「高句麗が中国史の一部だと主張する最近の論理に
は妥当性がない」という点で意見が一致しているというわけだ。
ttp://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/02/18/20070218000020.html
>>899 その中で韓国史の根拠として上げてるのは『三国史記』『三国遺事』だけだが
『三国史記』と『三国遺事』は高麗時代に書かれたものなんだけど
高麗が自己の権威付けのために高句麗の後継国を名乗った結果、高句麗が新羅、
百済とワンセットの三国に扱われることになったが、高麗は所詮“自称”高句麗
の後継国に過ぎず、実態を伴ったものではない。
したがって『三国史記』『三国遺事』で高句麗が新羅、百済とワンセットの三国
として扱われているからといって高句麗が韓国史という根拠にしてはいけない。
高句麗の言語に関して李基文『韓国語の形成』は読みました。 他にお勧めの書物やサイトがあったら教えてください。
高句麗は中国東北部の国としてみたらいいのか?
過去に存在して今は存在しない国が、現在のとある国に属するとかしないとかいう議論自体が間違い。 現在の朝鮮半島北部から中国東北部にかけての**地域**に存在した国、としてだけ見ればよろし。
> 朝鮮語はアルタイ諸語と密接な関連があることまでは > ほぼ疑うことの出来ない通説。当たり前過ぎてあまり指摘されないが。 > テュルク(トルコ)、モンゴル、ツングース、朝鮮の4つのよく似た言語が > 単一の祖語を形成できるのか、出来ないのが争われている。 これは勧告の在野の(自称)研究者がよく言う説だが、 実際はテュルク、モンゴルが一つの語族かどうかもまだまだ難しいし、 ツングースがそれに入るかどうかもまだまだ分からない。 「ほぼ疑うことの出来ない通説」なんて誰に教わったのやら。 連中のこういう議論を見て感じたのは、朝鮮語がアルタイ語族の言語だってことが 彼らにとってものすごく神聖なことらしいってことだ。 これに些細な疑問を持っただけでも「政治的な理由で事実を歪曲してる」 「お前は極右軍国主義者の日本人だ」と返ってくる。もう知らねえよ。
>>905 >>896 的な学説は、韓国のウリジナルではなく
ソ連・ロシアで盛んだったアルタイ語学の学説群といったほうがいい。
韓国人はいわば「ソ連系学説の結論」を適当にピックアップした上で
なぜか訳の分からないウリナラマンセーで乗っかっているだけ。
韓国の自称研究者に新しい学説を立ち上げるような能力は無い。
アルタイ諸語に関しては、
そのソ連系学説も、テュルク語、モンゴル語、ツングース語(および朝鮮語)
というレベルまではまとめられても、
これらの関係についてはかなり意見が割れているのは事実だね。
この「ソ連ロシア系アルタイ語学」に関しては、一応信頼を置いてもいいと思うよ。
朝鮮語に関しては、消去法的に考えて北側としか結びつかないわけで、
南側の言語とは、どんなにこねくり回しても結びつかない。
日本語と朝鮮語との間には、シンタクスだけでも日本語とアイヌ語ほどの隔たりがあるし
南島語や中国語との関係に関しては、空想科学の世界だ。
907 :
世界@名無史さん :2007/02/23(金) 21:40:53 0
歴史新教科書、朝鮮半島の青銅器時代を1千年早める 2007/02/23 10:36
【ソウル23日聯合】新学期の新しい歴史教科書には、朝鮮半島の青銅器普及時期が
これまでより500〜1000年早く記載され、神話として記述されていた古朝鮮の建国過程
は正式な歴史として教えられる。教育部が23日に明らかにした。
変更されるのは「古朝鮮と青銅器文化」の単元で、青銅器普及時期が間違っていると
いう学会の指摘に加え、中国の北東アジア歴史研究をはじめとする周辺国による朝鮮半
島の歴史わい曲に対抗するため、古朝鮮の建国過程を正式な歴史として教えるべきとす
る政界、学会の要求を受けたもの。
これまでは「新石器時代に続き朝鮮半島では紀元前10世紀ごろに青銅器時代が開か
れた」と記載されていた。新教科書では「新石器時代末の紀元前2000年ごろに中国の
遼寧、ロシアのアムール川と沿海州地域から伝わった刻目突帯文土器文化が、それまで
の櫛文土器の文化と約500年間共存し、次第に青銅器時代に移った。紀元前2000〜1
500年に青銅器時代が本格化した」と記載される。
また、新教科書では「古朝鮮もこのころ現れ、朝鮮半島の土着社会を形成した。青銅器
時代には生産経済が発達し、青銅器製作などの職人が出現し、私有財産制度や階級が
生じた。これにより、社会全般に大きな変化が起こった」という記述が加えられた。従来の
教科書の「三国有史と東国通鑑の記録によると、檀君が古朝鮮を建国(紀元前233年)し
たという」という部分は、「三国有史と東国通鑑の記録によると、檀君が古朝鮮を建国し
た」と修正された。
教育部は、檀君の話を歴史に組み込み古朝鮮が紀元前2000年に始まった青銅器時
代の文化を背景に成立した点を明示することは、漢民族の起源を明らかにし、民族のアイ
デンティティー確立に寄与するとみている。
ttp://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?NEws_id=2007022300070088
>漢民族 w
中国への対抗で、朝鮮半島の青銅器時代が1千年早まりました。 中国への対抗で、檀君朝鮮が史実になりました。
クリョってコリアの語源なんだな
苦慮?
高句麗はコクリョニダ
914 :
世界@名無史さん :2007/03/29(木) 10:39:46 O
古事記の人名や古語と同じと聞いたがガセ?
このスレ嫁
アルタイ語系で日本と一緒 昔の地理教科書に乗ってたよ
ここは学問板だってば
SOV・膠着語・母音調和 これだけでも日本語とアルタイ諸語に何らかの関係があることは 疑いようがないんじゃない? 「日本語はどこの言語にも属さない唯一の孤立言語!」と誇りたい気持ちも分かるが 日本人が列島の土の中から発生したのでもない限り、満州語などの近縁諸言語と 何らかの関係があると考えるのが自然じゃないかしら。
関係があることはもちろん容易に想像できるんだが、どういう風に関係してるのかがさっぱりわかんないからこういうスレがあるんだってば。
高句麗語の資料がいかんせん乏しすぎるのが痛い・・・ 今後新発見は期待できないのだろうか。
923 :
世界@名無史さん :2007/05/23(水) 01:27:01 0
日本軍に燃やされたからね・・・・・
現在朝鮮に存在しないもの ・日帝に燃やされたニダ ・秀吉に (同) ニダ
北朝鮮がなけりゃ発掘調査とかもいろいろできるんだろうがな。
956 名前:世界@名無史さん 投稿日:2007/06/08(金) 15:52:09 0
違う。
日本では身障者でも総理大臣になった人がいるくらい、能力があればそれ相応に尊重されるが、
韓国では、ほんのちょっと足を引きずるくらいだった金大中でさえ、それを理由に大統領の
資格無しという反対勢力が根強くいたくらいだから、50年度頃の差ではない。
962 名前:世界@名無史さん 投稿日:2007/06/10(日) 21:19:37 0
>>956 で、金大中は大統領になれなかったの?
928 :
世界@名無史さん :2007/07/05(木) 21:46:56 0
上古日本語の語彙と音韻対応しそうな単語は おおよそ二百数十語ほどだっけか。
間違いないな。日本人の祖先と高句麗人の祖先は同じだ。 おそらく百済支配層とも同族だったのだろう。
930 :
世界@名無史さん :2007/07/22(日) 15:51:34 0
>>927 そういえば自民にも障害者の議員はいるけど
民主には皆無だね。
やっとでてきた障害者候補は障害者差別禁止法をとなえているけど
へんてこな候補だし
障害者は自民に入れののかな
そういえば、障害持ちの総理って誰だっけ
精神障害者の類いならいくらでもいそうだが
寺内正毅だっけ。ああ東条も身障だったか
普通の政治家はいないの?
倭は前漢では日本列島を指すのでなく朝鮮半島南部沿岸の呼称であった 倭人が一部、言語的に高句麗(コグリョ)ではないかと言われたが、倭人は高句 麗のような騎馬技術、家畜、高い稲作技術を有していなかった 同時に後の百済(ペクチャ)の高い稲作技術や服装とも同一性は見られない 服装に関しては後の中国の南朝で各国の使者を描いた『職工図』で見られるよう 百済の使者が中国風の立派な服装なのに対し、倭の使者は布を一枚、体に巻いた だけで裸足という風俗であり、文化水準の差は歴然 しかも倭人の稲作技術は極めて低く、農耕のみでは自給できなかった 有名な登呂遺跡では収容人口の年間1.5ヶ月分の米しか生産できない その上、同時期の中国では鉄製農具や牛耕が使用されていたが、倭においてはそ れらが使用された形跡は一切なく、灌漑設備も稚幼で金属器祭具でさえ、伽羅か らの全面輸入であった 従って日本列島にあった倭は伽羅からの植民者の国であることがわかる
>>931 >倭人は高句麗のような騎馬技術、家畜、高い稲作技術を有していなかった
とりあえず、どの時期の話をしてるつもりなのか確定してくれ。
>中国の南朝で各国の使者を描いた『職工図』で見られるよう
漢字が苦手なんだろうと思うが、『(梁)職貢図』。
そもそも日本はあの時代に遣使してないという大問題があったりする。
つまりあれは想像図なのかも。
>倭人の稲作技術は極めて低く、農耕のみでは自給できなかった
根拠は?
>有名な登呂遺跡では収容人口の年間1.5ヶ月分の米しか生産できない
で、それで登呂遺跡では1.5ヶ月で米がなくなってみんなどっか行くか餓死するかしていたとでも?
都市という言葉をここで使うのはよくないんだが、都市では食料は自給できず、周辺から食料を移入して賄う。
つまり登呂遺跡は既にこの時代に食料を集積・再配分する統治システムが確立していたことを証明する。
>金属器祭具でさえ、伽羅からの全面輸入であった
伽羅で日本の金属器祭具の鋳型でも出たのか?
まとめ。
鮮人乙
職工図の倭人は魏志倭人伝の既述をもとに想像で描いたというのが通説。
935 :
世界@名無史さん :2007/08/18(土) 21:44:53 0
937 :
世界@名無史さん :2007/09/14(金) 21:27:54 0
938 :
世界@名無史さん :2007/09/14(金) 21:30:40 0
939 :
世界@名無史さん :2007/10/13(土) 23:55:38 0
940 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 00:50:23 0
高句麗の王族って、滅亡後、こぞって日本に亡命してるよね。 背奈福徳とか、高元度とか。
942 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 11:45:52 0
>清水紀佳(シミズ・キヨシ) 極めて朝鮮人的な思考回路を持った自称日本人ですね。
943 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:15:23 0
52
944 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:16:00 0
51
945 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:17:47 0
53
946 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:18:34 0
52
947 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:20:45 0
51
948 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:23:02 0
52
949 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:24:26 0
51
950 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:33:48 0
50
951 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:36:22 0
49
952 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:38:29 0
48
広開土王碑が改竄されていなかったことはもうほぼ確定してるしなあ。 すると、当時の高句麗人が倭を属国として見ていなかったということになる。 故に日本が古代高句麗領土だった、とかいう話は成立しない。 このスレ的には、高句麗、百済の王族、倭の一部が同源の言語を話していたかも しれないので、ひょっとすると倭の支配者階級は高句麗と元は同族かもしれない、 くらいは考えられるのだが、仮にそうだとしても朝鮮半島の三国時代には既に倭が 高句麗と同族だったという記憶は朝鮮半島からは失われていたのではないかねえ。 あと、今の朝鮮民族は新羅(とたぶん百済の被支配階級)がほぼ元になってると思われる、と。
954 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:04:39 0
44
955 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:06:06 0
43
956 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:06:41 0
44
957 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:09:34 0
43
958 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:10:33 0
42
959 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:11:34 0
41
960 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:12:07 0
40
961 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:12:39 0
39
962 :
世界@名無史さん :2007/10/15(月) 10:15:18 0
38
963 :
世界@名無史さん :
2007/10/15(月) 10:17:05 0 37