世界史に記されている超常現象

このエントリーをはてなブックマークに追加
1世界@名無史さん
世界の歴史をあまねく知りえた諸兄諸姉ならば、
科学では説明できない超常現象にも、さぞかし造詣が深いことであろう。

ここでは、世界の史書に記録されている超常現象の逸話を存分に語っていただきたい。
そうしてこの世には科学では説明できない事柄が実際に起こっていることを証明していただきたい。
2世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:18:02 0
ツングースカの大爆発

隕石の落下
核爆発
宇宙船の墜落
記録の誤字・脱字による勘違い
3世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:19:48 0
ツングースカの大爆発は小型の彗星で片が付いてたんじゃネ?
4世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:21:03 0
いきなりで申し訳ないが、
ツングースカってなんですか?
5世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:25:31 0
将軍様のずば抜けた戦術を伝える『縮地法(引用者注:地を縮め数歩歩くだけで瞬時に、数百数千里を移動することができる術法)』に関する話も、
わが人民たちの中に広く伝わっています。いつの日であったか将軍様は『縮地法』でもって、東西南北を縮めて行き来したといいます。

ある時数多くの敵どもが将軍様に立ち向かいました。実に危険きわまりない瞬間でした。
この時、将軍様は付近にあった松の葉を取り、その葉を細かくちぎり冠っていた網笠の中に入れ、くるくる回した後、風にとばせました。
するとなんと、細かくちぎった松の葉がそれぞれ兵士に変わり、押し寄せた敵どもを全滅させました。

金(日成)大将は天下妖術を使い、東西南北を飛んで行き来する。

金日成将軍様を民族の太陽として、伝説的英雄として高く崇め奉り、
将軍様の意を得て闘おうとするわが人民の気勢は、天をも衝く勢いです。

                              〜朝鮮中級学校1年「金日成元帥革命活動」教科書〜
6世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:30:38 0
フィラデルフィア・エクスペリメントについて
実際のところなにがあったか?

トンでも理論なしで何があったか詳細ご存知の方居ます?
7世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:46:20 0
メンデルの実験
8世界@名無史さん:2006/09/03(日) 00:38:51 0
ブッシュが大統領になったこと。
9世界@名無史さん:2006/09/03(日) 19:51:22 0
死んだ人間が三日で生き返った。

紅海が二つに割れた。

角笛の音で城壁が崩れ落ちた。
10世界@名無史さん:2006/09/03(日) 20:17:58 0
大統領がプレッツェルを喉に詰まらせた。
11世界@名無史さん:2006/09/04(月) 23:54:53 0
シェイクスピアとセルバンテスが同じ日に死んでいる。
12世界@名無史さん:2006/09/05(火) 00:28:59 O
ハーメルンの笛吹き男
13世界@名無史さん:2006/09/05(火) 00:37:42 0
ロアノークの失踪事件
14世界@名無史さん:2006/09/05(火) 01:04:08 0
メンデルの実験と統計結果
15世界@名無史さん:2006/09/05(火) 02:29:53 0
竜脈を操って百姓が皇帝に変身。これぞ

   ヽ-=・=-′ヽ-=・=-′

  超  常  元  璋
  
16世界@名無史さん:2006/09/08(金) 00:00:08 0
マチュピチュ
17世界@名無史さん:2006/09/08(金) 23:04:36 0
>>15
紅巾賊のころですか?
18世界@名無史さん:2006/09/08(金) 23:08:12 O
神風ってありなのかな?
実際にあったかは知らんが
19世界@名無史さん:2006/09/08(金) 23:11:33 0
超常現象っていうよりただの台風じゃね?
20世界@名無史さん:2006/09/08(金) 23:28:22 O
ワロタ
21世界@名無史さん:2006/09/09(土) 00:42:55 0
時に第一次世界大戦勃発直後、大変な事が起きたのです。

1914年8月ドイツ軍と戦っていた連合軍はドイツ軍に圧倒され、
危機に陥っていました。この塹壕戦ではほんの数メートル前進した
だけで何千もの兵士達が死んでいきました。
とりわけフランスとベルギーの国境付近のモンスの戦いは過酷でし
た。ドイツ軍の数が連合軍のイギリス兵よりはるか勝っており、わ
ずか2連隊を残すのみの連合軍の敗北は決定的になっていました。

もはや絶体絶命と思ったその時でした。金の髪をなびかせ、黄金の
鎧を身につけ、白馬にまたがった、大天使ミカエルのような光の霊
的存在が連合軍の上空に現れたのです。兵士達のほとんどがその光
体を目撃したと証言しています。そしてそれは、聖ミカエル、もし
くはフランスの守護聖人ジャンヌ・ダルク、イギリスの守護聖人ジ
ョージだったと言われています。
この金色の髪をなびかせた大天使は光の天使の軍団を引き連れ、連
合軍を助けたといいます。ドイツ軍の兵士の乗る馬は天使達を見て
前進するのを嫌がり、戦場から逃げ去ってしまいました。そしてこ
れが転換点となり、彼等の命を救う事になったのでした。
連合軍、ドイツ軍双方の兵士達は世間の嘲笑を恐れずこの出来事を
報告したのでした。そして多くの兵士達が、聖ミカエルや聖女ジャ
ンヌ・ダルクの絵を求めたといいます。多くの人間が同じ不思議な
光景を目にした事は今も謎のままです。
この事件は「モンスの天使」として教皇庁でも研究が続けられてい
ます。
22世界@名無史さん:2006/09/09(土) 00:57:02 0
ボヤーイが、図書館に行った時に、たまたま
「ユークリッド原論」が開いておいてあった。
23世界@名無史さん:2006/09/09(土) 02:33:14 0
>>6
フィラデルフィア・エクスペリメントは、当時進行中だった
マンハッタン計画から人々の目をそらすために
米国が意図的に流した大法螺、っつう話を聞いたことがあるな。
24世界@名無史さん:2006/09/09(土) 03:17:14 0
ライト兄弟の飛行機
25世界@名無史さん:2006/09/09(土) 07:41:40 0
第一次大戦というとトルコで行軍中の200名以上の英軍が山上の怪しい雲(よくわからん)にはいったきり
二度と出てこなかったという事件もあったという話だな
消えたノーフォーク大隊だっけ?
26世界@名無史さん:2006/09/09(土) 12:08:54 0
>>21
>>23
実は神々は積極的にいままで世界の歴史に介入していたのか?

日本でも神武東征で”三本足の金属の烏”が目撃されたと記述があるし、
家康が天下を取る前に現れた”肉人”という神の存在。
英仏戦争のジャンヌ・ダークの神勅と奇跡は非常に有名だし、第二次大
戦開戦初期にロサンゼルスを襲った”日本軍夜間空襲事件”のように説
明のつかない事件は実は歴史の謎につつまれている。


27世界@名無史さん:2006/09/09(土) 12:15:04 0
ファティマの予言だよ。WWT以降、神々は人類に警鐘を鳴らしているのだ。
今もイギリスに出現するミステリーサークルはその一つ。
28山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/09/09(土) 14:03:22 0
>>25
確か日中戦争中に、3000人の中国兵が消えたという話もありましたね。
もっともあの国の場合、何かのはずみですぐ人が集まったり散ったりしそう
なので、真相はお粗末な気がしますが。

>>26
>家康が天下を取る前に現れた”肉人”という神の存在。
「肉人」が出たのは慶長14年(1609)の駿府城です。

956年 空を飛んで来た船の碇がアイルランドの教会の屋根にひっかかる。
     奇妙な姿をした乗組員たちは綱を切って逃亡。
     ヨーロッパには、マゴニアという空中の国の伝説がある。
29世界@名無史さん:2006/09/09(土) 15:15:52 0
南極で発生した未曾有の地球規模災害
30世界@名無史さん:2006/09/09(土) 15:59:31 0
それまでしがない軍人に過ぎなかったナポレオン・ボナパルトは1798年に
にエジプト遠征に従軍しますが、その時にギザの大ピラミットの中で一晩を過
ごし、神秘体験をした事を従者が記しています。
エジプトの海戦ではフランスは敗れますが、彼は見事に脱出し、帰国した翌年
にはフランス第一統領の要職に就き、1804年には皇帝の座に就く訳ですが、
これにはフリーメーソンが関わっているとか、ピラミットパワーの片鱗だとか
言われています。
世界的な偉人には、多かれ少なかれこのような神秘体験のエピソードがあるも
のです。
31世界@名無史さん:2006/09/09(土) 16:07:23 0
今まで、大河ドラマで家康はたくさん出てくるが、肉人の話はないね。
32世界@名無史さん:2006/09/09(土) 17:09:37 O
WW2で何とかの森でポーランド将兵4500人が虐殺された話
結局やったのはソ連?独?
33世界@名無史さん:2006/09/09(土) 18:20:27 0
ソ連。しかも超常現象じゃない。
34世界@名無史さん:2006/09/09(土) 20:13:14 0
ツングースカの大爆発でしょう。
35世界@名無史さん:2006/09/09(土) 22:35:52 0
>>28
自分の推測が事実かwやはりコテにはろくな知能の奴はいないなw
第一発見者が来た時はまだ焚き火が燃えており、銃や大砲なんかも残されていた。
それどころか、周囲を捜索しても足跡ひとつ見つからなかった。

話は戻るが、失踪事件といえばやはり、「マリー・セレスト号の怪異」だろうな。あれだけはガチ
36世界@名無史さん:2006/09/09(土) 22:44:46 0
>>35

本当に足跡もなかったの?
元々将兵の質の良くない軍で「日本鬼子来了!」の報を聞いて
全軍パニックに陥って何もかも捨てて逃げ出した
とかじゃないの?
37世界@名無史さん:2006/09/09(土) 22:55:07 0
>>36
どこのサイトを回ってみても、同じような内容と「足跡がない」ということが記載されている。
そもそも、その部隊に所属していた人間が一人でも見つかってないようだ。
見つかっていたら、何かが記録として残っているはず。
38世界@名無史さん:2006/09/09(土) 23:27:28 0
国の恥だから、党指導部の命令でもみ消されたのでは?>見つかっていたら、何かが記録として残っているはず。
39世界@名無史さん:2006/09/10(日) 00:06:05 0
1764年から1767年にかけてラングドック=ルシヨン地方ロゼール県に魔獣が出没した。
この獣は1764年の6月、農作業中の少女に目撃されて以来、16歳以下の男性を39人、女
性79人、性別不明12人を殺害したとされている(成人男性の犠牲者は報告されていな
い)。
目撃者たちの証言によると、牛ほどの大きさで俊敏に動き、全身が剛毛で覆われた狼
のような外観で、鋭い鉤爪とライオンのような尾を持ち、口からは大きくはみ出た牙
があり、面立ちはグレイハウンド犬のようであったとされ「ベート」と呼ばれた。
この噂はフランス全土に伝わり、パリで「ジェヴォーダンの獣」と称された。
時の国王ルイ15世は何度か討伐隊を派遣し、1765年に派遣されたアントワーヌ・ドゥ
・ヴォーテルヌが一匹の狼を仕留め、これこそがジェヴォーダンの獣とされたものの、
その後も殺戮は止まなかった。
しかし12月2日、ムーシェ山の南東の斜面にあるオンテス・オー部落で、7歳の少
年がベートに食い殺された。事件を目撃した14歳のジャック・ドゥニ少年によれば、
ベートは背中に1本の縞が走り、脇腹には黒と焦げ茶の斑点があって、狼では無いと
強く主張した。その後もベートは多くの人々、特に女・子供を食い殺しました。

1767年6月19日の山狩りには、漁師と勢子300人が参加した。
その日、地元の猟師ジャン・シャステルは、オーヴェールのソーニュに位置を構え、
彼が聖マリア連祷をしていると、ベートが不意に姿を現した。彼は冷静に鉛のマリ
ア像から作った弾丸でついにこれを仕留めたという。しかしジェヴォーダンの獣の
正体については未だに不明である。

ttp://2.csx.jp/~smx/x-113.JPG
ttp://2.csx.jp/~smx/x-113-2.JPG
40世界@名無史さん:2006/09/10(日) 00:11:27 0
没後も相次ぐプレスリー目撃談の数々w
41山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/09/10(日) 00:17:57 0
>>35
>推測が事実か
矛盾しておりますよ。推測は推測。事実とは=ではない。
その辺りの区別はついているつもりで、個人的な感想を述べただけです。
それに、貴方が閲覧されたサイトもあてになるのかどうか。
無論、どんな事にでも可能性はありますが、「3000人が原因不明の消失」
よりは、「各自ばらばらに逐電」の方がまだ常識的にはありそうな話です。
オカルト的現象がこの世にないなどと明言するつもりはありませんが、すぐ
に受け入れる気にもなれません。

>メアリー・セレスト号事件
一応の説明(あくまでも一説ですが)が、英国のオカルト研究家スペンサー
夫妻の著書に載っていたので、書架を探してみましたが、もう売ってしまっ
たのか、見当たりませんでした(↓に絡んだ沈没誤認説でした)。
救命ボートは無くなっていたと言いますから、何かの異変を感じて逃げたと
ころで遭難したのでしょうが、さて何を危ぶんだのやら。
42世界@名無史さん:2006/09/10(日) 00:29:27 0
バミューダトライアングル
43世界@名無史さん:2006/09/10(日) 05:50:02 0
世界史板ならではの・・・

亜熱帯のゴアの教会に安置されながらも未だに腐らない
フランシスコ・ザビエルのナマ片腕。
 
もちろんフスマおじさんやミラクルマオちゃんと違って冷凍すらしていないのに。
44世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:01:05 0
消えたノーフォーク大隊事件とは、第1次大戦中総勢266名の将兵で構成される
イギリス軍の一大隊が、トルコの防衛線に向かって進行中、山上で静止していたピ
ンク色の異様な形の雲というか霧塊の中へ行進していき、それきり姿を消したとい
う事件だ。
イギリス軍は戦後、トルコに対して捕虜の返還を求めたが、不思議なことにその中
にノーフォーク大隊の姿はなかった。
1965年、イギリスが機密事項として伏せていたイギリス王立委員会の報告書が
期限切れで公開された。なんと、そこには戦後ガリポリ半島を調査したイギリス軍
が122名のノーフォーク兵の遺体を発見したことが記されている。しかし、残り
半数以上の145人の遺体は確認できなかったらしい。

この事件には、後日談がある。この出来事から50年ほどたった頃、一部始終を目
撃していたニュージーランド兵が現れ、次のように証言している。
ノーフォーク大隊が雲の中に入ったあと、『雲』は地面からゆっくりと浮き上がり、
風に逆らうようにして移動していった、と。
45世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:20:08 0
ニオス湖の事件も現代だから判明できたが、
現代以前なら謎の死として扱われたのだろう。
46世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:32:00 0
空からおびただしい魚やカエルが降ったという現象はこれまで、世界の至る
ところで記録されている。魚だけでなく、オタマジャクシ、ナマズ、カエル、
鳥、肉片、果ては、奇妙な結晶のような小石までその内容は実に多種多様に
渡っている。
今から30年程前、南フランスで何万匹とも知れぬヒキガエルが降ったとタイ
ム誌が伝えている。それによると、快晴空に突如、奇妙な暗雲がみるみる広
がっていき、大勢の人の目の前で無数のヒキガエルが降り出したという。
最初はポツポツだったが、そのうちものすごい数のヒキガエルが勢いよく降
り出してきた。それは2日間降り続け、街路はヒキガエルの大群で埋め尽くさ
れてしまった。中には、カエルが家屋にまで侵入してきたりで、人々はパニ
ックに陥ってしまったとある。

1861年にはシンガポールで魚のどしゃぶりが起った。魚はこの地方特産のナマ
ズで、水たまりが干上がるとあたり一面はおびただしいナマズの死骸で埋め尽
くされた。住民たちは魚は雨と一緒に空から降ってきたと主張した。
魚が雨のように降ったとされる記録はオーストラリアだけでも53件の報告がさ
れている。

47世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:34:11 0
空から降ってくるのは魚やカエルだけではない。16世紀のノルウェーでは黄色
い野ネズミの大群が雨あられのごとく降ったと記録されている。
また、100年前、ルイジアナ州では数百羽の鳥が降ってきたこともあった。その
時、空は風もなく快晴だった。鳥はすべて死んでおり、野ガモを含め、この地方
には見なれない種類も混じっていたという。
この他にも、氷付けになった海がめが山間部に降ってきたり、全く、その地方に
は育たないはずの植物の種子が大量に降ってきた事もある。

また食用肉のコマ切れが落ちてきたり、ゼリー状の粘着性物質が五、六分にわた
りザアザアと音をたてて降ったこともある。それはバターのような泥とも言える
もので、思い切って目撃者の一人が食べてみると羊肉のような味がしたと言われ
ている。
15世紀ではイスラエル人がこのような天から降ってきたバターを神々からの恵み
もの「マナ」として珍重していたという記述が見られ、荒野で祈り求めたことが
記されている。旧約聖書で、エジプト軍に追われた2百万ものイスラエル人がモ
ーゼに率いられた際、この天からの恵み物をマナと称して食料問題を解決したこ
とが記述されている。これは、密のように甘い樹脂状の物質で、夜明け前に多数
発生したという。彼らは、朝ごとにそれらを集めてスープにしたのである。
マナは、日によっては、一人で2キロ近くも集めることが出来たようで、これは成
人の一日分の食料に匹敵するものであった。マナは、この地方特有の樹木から出
る分泌物で、したたり落ちて結晶化したものだという説もある。

48世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:34:59 0
美しい幾何学的模様の盤状の石が降ってきたという話も世界中で記録されている。
それは十字の形をしていたり、文字のような記号が刻まれていたり、彩り鮮やか
な粒状の玉だったりするらしい。
ttp://members.jcom.home.ne.jp/invader/image_1/drop_3.jpg

これらの落下現象の原因は何によるものだろうか? 理由づけに苦しんだ学者た
ちは竜巻きによるものとして譲らないが、この竜巻説ではすべてを説明すること
は到底出来るものではない。
どうして他の小石、泥、雑草といったものを除いて同じ種類の小生物のみを降ら
せることが可能なのかということ。
次に、静かな快晴の空から、突如降ったりする場合や二日も三日も同じ土地に繰
り返し降り続けるケースもあり、到底、竜巻きが原因で起こるとは考えられない
のである。
あるいは、まだ知られていない自然現象によるもの、物体のテレポートによるも
の、果ては宇宙人による仕業であるとする荒唐無稽な説まであるが今のところ合
理的な説明は存在しない。まさに神々のなせる悪戯としか考えられないのである。
49世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:41:45 0
気象現象で、気象台が、BFOを予想したりしているが
50世界@名無史さん:2006/09/10(日) 12:35:29 0
旧約聖書・出エジプト記で、飢えたモーゼ一行の頭上から雨のように
降り注いだ「食べられる物質」マナの正体は一体?

雷の放電により空気中でアミノ酸が生成されて云々、という説を見かけたことがあるが
はてさて。
51世界@名無史さん:2006/09/10(日) 13:09:58 0
インドラーの矢
52世界@名無史さん:2006/09/10(日) 13:24:46 0
宗教がらみの話は眉唾だろうね。
53世界@名無史さん:2006/09/10(日) 13:31:29 0
白頭山の頂上の山小屋に一筋の閃光が(ry
54世界@名無史さん:2006/09/10(日) 16:28:08 0
ドイツ、ハンブルグで、カエルの身体がとつぜん膨張し、謎の爆死を遂げるとい
う事件が相次いでいる。
調べにあたった動物保護局員らの報告によれば、数日でおよそ数千匹のカエルが
膨張して大爆発し、内蔵が数メートルに渡って飛び散るという原因不明の事件だ。

「まるでSF映画の世界です。カエルが道路を歩いているかと思うと、突然身体が
膨張して大爆発するんです。」事件が続くハンブルグの動物保護局員、ワーナー
・スモルニク氏は語った。氏によれば、爆発したカエルはいずれも通常の3.5倍
近くまで身体が膨張していたという。
また地元獣医のオット・ハースト氏はこのようなカエルの大爆発は全く見たこと
がない、と首をかしげている。

現地では相次ぐカエルの爆死から、今では「死の池」とも呼ばれる(カエルが生
息する)池周辺を一時的に封鎖し、爆発がピークに達するとされる午前2:00から
3:00頃に獣医らが訪れ、調査を行っている。
これまでのところ何らかのウィルスやカビが湖を汚染したのではないかという推
測もなされているが、原因は依然として全く不明であるとのこと。

55世界@名無史さん:2006/09/10(日) 17:46:54 0
あれは、謎中の謎だ。確かに。
56世界@名無史さん:2006/09/12(火) 18:36:27 O
age
57世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:52:49 O
>>46
シャステル(あるいは司教)が啓蒙主義に浸る王への警句として
獣使って人民殺しまくり神と地方教会の復権を図ったって説もあるよね
元々ロゼール近辺の教区はカトリック優勢の土地柄だし
58世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:53:38 O
>>46じゃなくて>>39
59世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:59:15 0
ジェヴォーダンの獣は当時の死骸解剖図から
オオカミとイヌの混血ってことで決着ついた筈だよ。
だいぶ前にテレビで放送してた。
60世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:59:34 0
>メアリー・セレスト号事件
>救命ボートは無くなっていたと

確かドイルが救命ボートも船に残されたままだった、
事実と違うように発表したせいで、いよいよ不可解な事件として有名になったんだっけ。
61世界@名無史さん:2006/09/12(火) 23:57:11 0
ライト兄弟のフライヤー号の謎。
62世界@名無史さん:2006/09/13(水) 00:42:01 0
『浮遊する謎の球体はナチスの新型航空兵器。』
1944年12月14日付のニューヨークタイムズ紙はフーファイターについて、
こう報じています。軍指令部の発表によれば、西部戦線において、ドイツ領空域
に単体、もしくは群れを成して現れる銀色の球体は、恐らくドイツの新型防空兵
器で、稀に半透明になって出現する事もあり、クリスマスツリーに飾る巨大なガ
ラス球の様であるという。
ttp://page.freett.com/Umania/pic.170.jpg

ちなみにルフトバッフェではその形状から「亀」と呼ばれていた。
ttp://page.freett.com/dateiwao/foofighter111.htm


1942年2月25日、ロサンゼルス大空襲事件の際に撮影された「日本軍機」
ttp://page.freett.com/Umania/pic.24.jpg
63世界@名無史さん:2006/09/22(金) 00:01:51 0
あば
64世界@名無史さん:2006/09/22(金) 22:26:26 0
あの911のちょっと前、
北海道で「白虹」が出たという週刊誌記事を読んだ記憶あり
65世界@名無史さん:2006/09/23(土) 19:05:31 0
パットンは、北アフリカでロンメル将軍率いるドイツ軍戦車部隊と戦ったことで有名であるが、
捕虜になったドイツ軍士官のF・フォン・ワーゲンハイム中佐によれば、パットンは戦車・歩
兵部隊の最良の指揮者だったばかりでなく、前線においてもっとも恐れられた将軍だったとい
う。パットンの部下の情報将校は、「パットンは“心霊感知器”を使って、陸軍情報部よりは
るかに先んじていた」と語っている。
事実、パットンは行ったこともないはずのドイツやフランスの地を詳細に知っていた。
「パットンが三個師団を率い、コブレンツ近くでモーゼル川を渡り、南へと歩を進めている時、
突如、彼は前進をやめ部隊を集結させた。順調に行進が続く中、なぜパットンは止まったのか、
と私の率いる第12部隊の参謀の幾人かが驚きいぶかった。しかし、戦場におけるパットンの
『感覚』を知っていた私は、我々の持っている情報からは判断できなくとも、きっと彼の行動
には理由があるに違いないと皆に説いた。そして、それはまさにその通りだった。翌日、彼ら
は強烈な攻撃を受けたのだ。しかし彼は行進を止め隊列を整えていたので、それを撃退するこ
とができたのである。」
パットンの伝記を書いた甥のフレデリック・エアは、空想物語めいたことや神秘的な色合いを
帯びたことは、おじにとってたいへん現実的なことだった、と述べている。甥によれば、パッ
トンは超感覚的知覚(ESP)をかたく信じており、テレパシー、既視感(デジャヴュ)、予
言、生まれ変わりなどはみな、全体でひとつをなすものの一部分らしいと確信していたという。

66世界@名無史さん:2006/09/23(土) 19:06:30 0
彼によれば、パットンは自分がかつてトロイア戦争で戦ったことがあり、またシーザーの第十
軍団で戦い、さらに時が下ってステュワート王朝のためにも戦ったと信じていたという。
(ちなみに、映画『パットン大戦車軍団』に、パットンが古代の戦場跡にたたずみ、「ここで
何百年も以前に戦があった。私には解る。私はここにいたのだ……」と物思いに耽るシーンが
ある)
パットンは、1944年に書いた詩『鏡を通しておぼろげに』の中で、戦士だった自分のさま
ざまな前世を時代順に描いている。
最初、幻はぼんやりとしたものだったと彼は述懐している。そして戦争の名も定かではなかっ
た。しかし後には、よろいかぶとに身をかためたギリシアの装甲歩兵の鮮やかな幻が見えた─
─戦列がペルシアのキュロス王と向かいあったとき、彼はよろいを伝う金属くさい汗や、じっ
とり湿った槍のなまなましい感触を味わったのである。彼はもう一度ギリシア人として、アレ
キサンダー大王と共にティルスの城壁にいたことがある。また別の戦士に生まれ変わった彼の
姿がいくつか描写され、最後はナポレオンの陸軍元帥のミュラとともに馬を走らせている一将
軍の姿で終わり最後に「ふたたび私は戦士として生まれるだろう」と結んでいる。
67世界@名無史さん:2006/09/24(日) 09:57:43 0
>>54
爆発カエルはNATO軍の秘密生体兵器が逃げ出したんじゃ・・・
68世界@名無史さん:2006/09/30(土) 10:19:40 0
第19飛行隊は、5機のアベンジャー雷撃機からなる飛行隊で、フロリダのラ
ウダデール基地から通常訓練飛行に出ていた。
快晴に恵まれ、熟練した飛行隊長の指揮下にあったにも関らず、飛行隊は完
全に行方不明になってしまった。
地上通信士によると、とぎれとぎれながら隊長機から通信が届き、方位磁針
がぐるぐる回って、機首を太陽に向けようとしていると伝えてきたらしい
(時刻から考えて西方と思われる)。その後の通信から、隊長機が完全にど
こへいるのか分からなくなった様子が伺える。最後の記録は、彼らが見知ら
ぬ土地を通過した直前に途切れている。
69世界@名無史さん:2006/10/01(日) 09:27:50 0
HMSウォースパイトは、イギリス海軍戦艦でクイーン・エリザベス級の2番艦。
1915年に就役し、1945年に退役した大英帝国海軍において最も有名で魅力的
な戦艦で「オールド・レディ」と親しみを持って英国民に呼ばれた。

第一次世界大戦ではジュトランド沖海戦に参加、改装を経て第二次世界大戦
でもナルヴィク沖海戦、地中海のカラブリア沖海戦、マタパン岬沖海戦、ク
レタ攻防戦、ハスキー作戦、ノルマンディー上陸作戦にも参加し歴戦の名艦
だった。インド洋にも派遣され日本軍とも戦った。
しかしこの艦は当初から「じゃじゃ馬」で有名で、舵を切っても勝手にダン
スを踊るといわれた。オールド"レディ"の所以である。
訓練中にWWI前には姉妹艦のバーラムと、WWI後にはヴァリアントと衝突事件
を起こし大破しているし、件のジェトランド海戦でもヴァリアントと衝突を
避けるため急旋回した際に舵が故障し、居並ぶドイツの大艦隊の目前で2回
も円運動でワルツを踊った。しかし強運で集中砲火を免れている。
またメッシーナ海峡では修理の為の曳航を嫌ったのか荒天でもないのに曳航
線が2本とも千切れ自由漂流。1947年にも退役後の解体の為、曳航されたが、
嵐のため錨が外れ、プロシア入り江でまたも自由漂流し座礁。50年にようや
く解体された。
70世界@名無史さん:2006/10/01(日) 09:29:01 0
よく似た例としてもう一つ。
アメリカ海軍の航空母艦ミッドウェーは1990年代初頭まで就役し、太平洋戦争で
日本との戦いに投入するため計画建造されたが、完成は戦争終結直後で戦争には
まにあわなかった。その後、ジェット機に対応するために改造され、朝鮮戦争、
ベトナム戦争に参加。1973年にアメリカの戦略で空母を海外展開する方針より、
ミッドウェーが乗組員の家族共々、横須賀に配置された。
配備当時、ミッドウェーは改装を重ねていたとはいえ、かなりの老朽艦だった。
しかし母港である横須賀基地には旧日本海軍以来の技術力が、この老朽艦を蘇ら
せその後18年も現役に残ることができた。

退役後、ミッドウェーはアメリカ本土で最後の時を待っていたが、博物館として
の第2の人生をサンディエゴでおくることになった。ミッドウェーをサンディエ
ゴに曳航中に不思議な事がおこった。舵は固定していたはずなのに、ミッドウェ
ーが曳き舟を無視するように進路を西に向け漂流を始め、数時間にわたり西進し
たのである。まるで日本に向かうように。かつての敵であり第2の故郷である日
本へ。
71世界@名無史さん:2006/10/02(月) 03:25:57 0
と学会の本を読むと、一応納得できる説明がされていることが多いね。
72世界@名無史さん:2006/10/07(土) 13:37:28 0
古来、宝石という物は人々を魅了してきたものだが、中でも一際大きな宝石には
奇妙な話や恐ろしい噂が付き物である。そんな妖しげな宝石の中でも最も有名な
物の一つが、ホープ・ダイヤモンドである。
この宝石が初めて登場するのは17世紀のことである。フランスの貿易商のジャン
・パプティスト・タヴェルニェという人物が、インドから持ち帰った。それはブ
ルー・ダイヤモンドで、112.50カラットもあったというから、かなり巨大な物で
ある。噂では彼はその宝石をマンダレー近郊のラーマ・シータ寺院にある像の目
から盗んだのだ、と言われている。もしそうだとしたら、(その像が隻眼でない
限り)宝石はもう一つありそうなものだが、そういった話はない。ともかくこの
宝石にまつわる呪いは、この一人の貿易商の罰当たりな行為が原因ではないか、
ともいわれている。
タヴェルニェはそのダイヤを当時の国王ルイ14世に売った。これほどの宝石とな
ると国王くらいしか買い取るのは不可能だったからだ。かなりの金を手に入れて
たと思われるタヴェルニェだが、不思議なことにその後ひどい財政難になり、ロ
シアへの途上で死んだという。これがこの宝石の最初の犠牲者ということになる。

73世界@名無史さん:2006/10/07(土) 13:38:28 0
新たにフランス王家の宝となったこの宝石は、ハート型にカットされてフレンチ
・ブルーと名付けられた。その後幾人かの王家の人々を経て、宝石はルイ16世の
手に渡った。そして王はそれは愛するマリー・アントワネットに贈った。この宝
石の呪いか否かはわからないが、王も王妃もフランス革命で処刑された。また、
この宝石を王妃から時々借りていたというプリンセス・ド・ランバルは、無残に
も暴徒に八つ裂きにされてしまったという。
フランス革命のどさくさに紛れて盗まれてしまう。その後いくつかにカットされ
たその宝石の一つがロンドンへと上陸した。44.50カラットとかなり小ぶりになっ
てしまったそれを、ヘンリー・トマス・ホープという銀行家が買い取った。この
時からこの宝石はホープ・ダイヤモンドと呼ばれるようになった。ここでもホー
プ当人は特に不幸に見舞われることはなかったらしい。分割されたため魔力が弱
まったのか、彼の死後その宝石を所有して不幸な目にあったと主張しているのは、
フランシス・ホープ卿と結婚した歌手のメイ・ヨーだけである。彼女はその後夫
と離婚し貧困のうちに死んだのだが、日頃から「自分が不幸なのはあのダイヤの
せいだ」と言っていたという。だがこの頃にはとっくにホープ・ダイヤモンドは、
ホープ家のものではなくなっていた。
74世界@名無史さん:2006/10/07(土) 13:39:06 0
1901年、ある宝石商の手に渡るがその宝石商は破産し、次の宝石商は拳銃で自殺
した。次の所有者はロシアの貴族だったが、愛人だったコーラスガールをその出
演中に射殺し、自らはロシア革命党員に刺殺された。さらにギリシアの宝石商は
崖から転落死し、今度はトルコのスルタン、アブドゥル・ハートの物となった。
トルコ帝国はすでに崩壊寸前で彼はダイヤに呪われたアブドゥルと呼ばれた。結
局彼は退位に追い込まれ、幾人かの人間を経て有名なフランスの宝石商、ピエー
ル・カルティエの手に渡った。そしてカルティエはアメリカの大新聞社の跡取り
息子のエドワード・B・マクリーンとその妻エヴァリンに売った。
<禍々しき煌き>
この宝石が最もその呪いの力を発揮したのはこの時からである。
まず、ダイヤを購入してまもなく、マクリーンの母親が死んだ。その後、召使い
が二人死亡。さらに息子ヴィンソン(10歳)交通事故で死んだ。こういったこと
もあったため、二人の結婚生活は破綻し、エドワードとエヴァリンは結局離婚し
た。その後エドワードは酒と心労のためか精神病院に入りそこで死んだ。それか
ら1946年には、一人娘が睡眠薬の多量摂取で死んだ。
夫のエドワードはこの宝石を警戒していたようだが、妻のエヴァリンは一目見た
時から心を奪われ、ネックレスにそのダイヤを嵌め込んで身に着けていたという。
 マクリーン家に起きた悲劇の中でも、息子ヴィンソンの死は当時も相当話題に
なったようだ。生まれながらにして多額の財産を相続することを運命付けられ、
一億ドルベイビーなどと言われていたこの少年は、当然のことながら厳重な保護
下に置かれていた。ところが召使いたちがほんの一瞬目を放した隙に、少年は自
宅前の通りに飛び出し車に轢かれて死んでしまったのだ。
また娘が死んだ時も、五年前の結婚式でホープ・ダイヤモンドを身に着けたと、
新聞はこぞって書き立てた。
エヴァリンはといえば、娘の死の一年後に息を引き取ったが、かなり高齢であっ
たし、特筆するような異常なことは何も起こらなかった。彼女は最後の最後まで
呪いのことを頑なに否定し続けたという。
75世界@名無史さん :2006/10/07(土) 13:49:53 0
クリミア戦争、舞台は日本海。
英仏の艦隊がロシア艦隊を湾に追い詰めたがロシア艦隊は煙のように消えてしまった。

なんのことはない、湾だと思っていたのは日本海の北部。
ロシア艦隊は日本以外に存在の知られていなかった間宮海峡を抜け、
遁走していただけのことである。
76世界@名無史さん:2006/10/07(土) 13:51:48 0
ザビエルたんの死体が腐らないのは一旦地面に埋めたときに大量の石灰を掛けたから、と言われてるな
77世界@名無史さん:2006/10/07(土) 14:10:47 0
ルルドの泉を発見したベルナデッタの遺体も腐らないと言われているが、
実はけっこう腐っていて、顔にはロウで作ったマスクがかぶせてあり、
内臓も一部取り除いてあるらしいね。

それでもいまだに遺体が原型を保っているのはちょっと奇跡的かな。
78世界@名無史さん:2006/10/07(土) 20:57:16 0
いわゆる死蝋現象ですね。
79世界@名無史さん:2006/10/08(日) 08:52:36 0
誰かフランスの鉄仮面伝説を教えて。
80世界@名無史さん:2006/10/08(日) 10:57:16 0
鉄仮面専用スレが世界史板にあったが、いつの間にか落ちてしまってる?
81世界@名無史さん:2006/10/08(日) 10:58:54 0
と思って探したらまだ健在だった。逝ってきます・・・

鉄仮面の正体    @世界史板
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/992588859/l50
 
82世界@名無史さん:2006/10/08(日) 11:21:17 0
ものの本によると、太平洋側の日本近海に「魔の領域」があり、
海外では「ドラゴン・トライアングル」と呼ばれてけっこう有名
らしい。

しかし、肝心の日本人はそんなものが存在することを知っている
人は少ない。それはなぜかというと、「ドラゴン・トライアングル」
なるものなど実は存在せず、単なる海底火山の爆発による海難事故
が「ニューヨーク・タイムズ」で「晴れた日に船が忽然と行方不明」
などと誤って報道されていただけであるということらしい。

ついでに言うと、有名な「バミューダ・トライアングル」も「壮大な
虚構」であり、「バミューダ海域に謎などない」らしい。いずれもマス
コミの誤報とか調子に乗った一部の人間のでっち上げにより作られた伝説
にすぎないということだ…。

それはそれでいいが…幽霊やUFOや恐竜の生き残りや雪男や超能力や奇跡が
すべてそんな感じのでっち上げや誤報にもとづくものだとしたら、なんか
夢がなさすぎてつまらん感じがしないでもない…。
83世界@名無史さん:2006/10/08(日) 12:56:12 0
>>80 81 ご紹介サンクスでつ。
しかし、2001/06/15(金) 16:07から始まって未だに解決してないようでつが・・・(汗
84世界@名無史さん:2006/10/08(日) 16:45:38 0
85世界@名無史さん:2006/10/09(月) 08:53:11 0
鉄仮面といえば、スケバン刑事でしょ。
86世界@名無史さん:2006/10/15(日) 10:48:11 0
顔、何年間洗ってなかったんだろね。
87世界@名無史さん:2006/10/15(日) 19:00:42 0
超常現象とされる事件の数々って、結局のところはよりセンセーショナルに伝える為に
わざと事実と反することを誇張して喧伝したり、伝えなかったりしている事が多いね。
本当にタチがわるいよ。

>>82
有名な話ですけど、それはかの有名な「明神礁」の事件です。
ようは超常現象マニアやマスゴミが「ロマン」と称して事件の詳細を正確に伝えようとせず、どんどんと
尾ひれはひれがくっついて、ただの海難事故が「魔のドラゴントライアングル」として伝わってるのが真相とのこと。
88世界@名無史さん:2006/10/15(日) 23:11:32 0
明治期の日本海軍の戦艦でも確かヨーロッパで建造されて回航中に消失した事件があったよな。
89世界@名無史さん:2006/10/15(日) 23:26:17 0
「畝傍」だったか。

大波で転覆、全員死亡というのがおそらく真相だろうが。
90世界@名無史さん:2006/10/15(日) 23:48:35 0
日本の戦艦だと戦艦「武蔵」が、今も行方不明。
記録された沈没地点には何も発見できず。
一説には武蔵は沈没した時点でも、かなり浮力が残っており
海流の早いシブヤン海から流されて、今も英霊を乗せて太平洋を彷徨っているとか……
91世界@名無史さん:2006/10/16(月) 00:13:46 0
扶桑なんて、どうやって沈んだのかさえ誰も知らない。
92世界@名無史さん:2006/10/16(月) 01:19:10 0
ミッドウェー海戦の空母・飛龍もどこで沈んだか謎。
駆逐艦の自沈処分の後も6時間浮いていて、総員退去を聞き損ねた機関員約70名が
取り残された。そのうち30数名が米軍に救助されるが、なぜか彼らは艦に残ったはずの
山口司令と加來艦長の姿を誰も見ていない。2人はどこへ???
あと飛龍に取り残された乗員救助に向かった駆逐艦・谷風が急降下爆撃機58機と
B17、12機に襲われたが、500ポンド爆弾58発とB17の投下した爆弾79発を
ことごとく、かわしまくって帰ってきたのは超常現象というか神技。
93世界@名無史さん:2006/10/16(月) 19:41:21 0
>山口司令と加來艦長

艦橋か艦長室で自決したのではないか?
艦の底部にいた機関員には分からないだろう。
94世界@名無史さん:2006/10/16(月) 22:03:41 0
>>89
戦艦が自然の波浪程度で沈むのか?
95世界@名無史さん:2006/10/16(月) 22:29:58 0
艦装のバランスが著しく悪かった、という話だな
96世界@名無史さん:2006/10/16(月) 23:23:54 0
実際、昔は軍艦の自然災害による海難事故は多かったよ。
現在は気象予知の技術が発展したので避けられるようになった。
97世界@名無史さん:2006/10/17(火) 00:14:26 0
クリミア戦争の時代なんかに至っては
世界最強の英仏連合海軍が暴風雨で壊滅とかねw
98世界@名無史さん:2006/10/17(火) 05:13:51 0
99世界@名無史さん:2006/10/17(火) 08:47:59 O
写真の真ん中に写ると早死にてのも世界史ネタだよね。
ペリーとヤルタ会談だよね?
100世界@名無史さん:2006/10/21(土) 16:05:14 0
100ゲット
101世界@名無史さん:2006/10/21(土) 16:12:58 0
>>97
カミカゼといわんか。カミカゼと。
102よろずこ:2006/10/21(土) 19:59:51 0
>101
Storm by God
かな?
103世界@名無史さん:2006/10/21(土) 20:09:05 0
Divine Intervention
104世界@名無史さん:2006/10/22(日) 10:20:24 0
>>95
防護巡洋艦畝傍 (1886年仏国製、3,615t:24cm砲4門、36cm魚雷発射管4門)
1883計画巡洋艦として地中海造船鉄工所(フォルジェ・エ・シャンチュー)ル・アーヴル造船所で
84. 5/27起工 6/5畝傍艦と命名 86.4/6進水 10/18竣工しフランス人艦長ル・フェーブル
の指揮下に造船所雇用員他を乗せてル・アーヴルを出港後、荒天と遭遇して操縦困難に陥り帰
港 同月19再出港しスエズ運河経由で11/30-12/3シンガポール寄港後回航中、消息不明。
87.10/19亡失認定され保険金\124.53万で代艦として日本は巡洋艦千代田を建造した。

戦艦畝傍の消失は、現在でも謎。明治19年12月3日、最後の寄港地シンガポール
から横浜に向けて出港したが、入港予定の13日になっても到着せず、その後の捜索
でも遂に同艦を発見することは出来なかった。当時同海域に気象・波浪に問題もなく
艦の設計上の問題ではないかとされているが原因不明である。艦、乗組員もろとも全員行方不明。

ttp://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/nan-unebi.htm
105世界@名無史さん:2006/10/22(日) 10:58:13 0
バミューダ海域は恐怖の場所

無線機を積んでるからもう安心と思ったら遭難して消息不明
飛行機だから大丈夫だろうと思ったら編隊ごと遭難。
そいつ等を救助しに飛んでったらやはり遭難。
最新鋭の原子力潜水艦なら幾ら何でも大丈夫だろうと思ったら沈没圧壊した
106世界@名無史さん:2006/10/24(火) 23:28:45 0
巡洋艦畝傍はドラゴントライアングルで遭難?異次元へワープ?
107世界@名無史さん:2006/10/28(土) 08:34:35 0
1942年1月に、ABCD連合艦隊の駆逐艦がボルネオ沖で夜間、謎の国籍不明艦と遭遇している。

108世界@名無史さん:2006/10/29(日) 00:04:45 0
ワラタ号失踪事件
109世界@名無史さん:2006/10/29(日) 22:37:04 0
>>26
>第二次大
戦開戦初期にロサンゼルスを襲った”日本軍夜間空襲事件”

詳しく教えてください
110世界@名無史さん:2006/11/01(水) 02:01:17 0
>>6
磁気反応機雷(鉄でできている艦船の船体が地磁気を乱すことにより起爆する機雷)に対して
「船体に電流を流したらこの手の機雷に引っかからないんじゃね?」
ってことを考えた香具師が居て、ためしてみたその実験のこと。


普通のフネならば地磁気を乱す=磁気的に感知できる
のを、船体に電流を流すことで地磁気を乱さない=磁気的に透明になる(もちろん可視光線ではフツーに見える)

ってことから「透明になる実験らしいぞ」ってウワサが一人歩きしたってことらしい。
111世界@名無史さん:2006/11/01(水) 02:08:45 0
>>68
熟練してないよ。
地理不案内だった新米隊長が迷ってるうちに訓練生を引き連れて
全員燃料切れで墜落したってだけのはなし。
112世界@名無史さん:2006/11/04(土) 15:46:04 0
二月革命で退位させられたニコライ2世と、その家族。

彼らは臨時政府によって監禁され、ついでシベリアのトボリスクに流されて
いました。さらに十月革命後は、共産党政権によってウラルのエカテリンブ
ルクへ移されます。しかし、反革命勢力と外国干渉軍による内外からの攻撃
が激化していく状況下で、レーニンはニコライ2世が利用されることをおそ
れます。1918年7月16日、一家全員が銃殺されるという悲劇的な結末
を迎えました。

ロマノフ一家の遺骨は長らく見つかっていませんでしたが、1979年によ
うやく発見。しかしソ連政府はこれを秘密にし、91年になってようやく発見
の事実を公表しました。
そしてソ連崩壊後、ロシア政府はロシア、イギリス、アメリカの科学者によ
ってDNA鑑定を実施。その結果、遺骨は皇帝とアレクサンドラ皇后、皇女
3人および侍徒ら4人のものであることが確認されましたが・・・
すると、アレクセイ皇太子と三女マリアの遺骨が無いことが判明。生き延び
たのか、それともまだ見つかっていないだけなのか、世界史の謎の1つとな
っています。
また、2001年8月には、ニコライ2世の骨は「偽物だった」との分析結
果を、北里大大学院の長井辰男教授(法医学)と岡崎登志夫助教授らが明ら
かにするなど、未だに論議を呼んでいます。
113世界@名無史さん:2006/11/04(土) 16:04:22 0
日本のDNA鑑定など信用できないニダ
114世界@名無史さん:2006/11/05(日) 00:34:18 0
>>65
> パットンは、北アフリカでロンメル将軍率いるドイツ軍戦車部隊と戦ったことで有名であるが、

ロンメルは1942年11月にエルアラメインで敗れてから北アフリカ戦線から
離れている。パットンが北アフリカに赴任したのは僅かにその10日後。
結局、ロンメルとパットンの直接対決は一度もなかった。
ノルマンディーではパットンはその知名度を生かして陽動軍を指揮しており
やはりロンメルとの対決はなかった。
115世界@名無史さん:2006/11/09(木) 22:53:21 0
江戸時代、突如市中に今で言うタイムマシン?が出現して、
中から未来人らしき人間も出てきたがすぐに消え去ってしまった・・・
っていう事件が確か記録として残っているって話を聞いた。本当か?


戦争中ってよく集団蒸発事件が発生してるような。
WW2中、旧日本軍の部隊がとある南の島に上陸したが、謎の暗号を残して全員消え去ってしまった
事件があったはず。誰か知ってる人いねが・・・
116世界@名無史さん:2006/11/09(木) 23:09:01 0
昔読んだ子供向けのオカルト本で
戦時中の体験談があったが、いくら一本道を辿っても
死体のある野戦病院跡に戻ってしまい
恐怖に駆られて小川に飛び込んでやっと抜け出せたというのがあったな。

実際は飢餓や熱病による幻覚で、ループしているだけの道を
ぐるぐると回っていたんだろうが本人にとっては恐怖そのものだったろう。
117世界@名無史さん:2006/11/09(木) 23:22:46 0
マイケルがじょじょに白人になっていく。
118山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/11/10(金) 00:00:07 0
>>115
虚船の話ではないのですか。あれは海岸に漂着していましたが、宇宙人だと
か言われていた筈(柳田國男以降、民俗信仰の反映とする説が有力)。

>>116
ひょっとして、『世界のなぞ世界のふしぎ』とかいう題名だったのでは?
119世界@名無史さん:2006/11/10(金) 00:16:44 0
>>118

すみませんが題名は覚えていません。
記憶がおぼろげですが、絵が小学校の図書室によく置いてある
江戸川乱歩シリーズの挿絵と似ていたように思います。
白骨死体を兵士が恐怖に満ちた表情で見つめる絵です。
120山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/11/10(金) 01:00:36 0
ありがとうございます。いえ、多分私が昔読んでいた本でしょう。
出所不明の話が多い本であったので、他の本にもあったのかと思ったので。
実家のどこかに置いてありますが、確かにそんな挿絵がありました。
121世界@名無史さん:2006/11/10(金) 12:44:16 0
>>118
虚船ではないです。
虚船のように海岸に漂着とかではなく、江戸?市中に忽然と出現したという・・・
122世界@名無史さん:2006/11/12(日) 11:17:03 0
女教皇ヨハンナの話は13世紀のポーランドの年代記作家オパヴァのマルティン「ポーランドのマルティン」から
主に知られている。
「レオの後、マインツ生まれのヨハン・アングリクスが2年と7カ月4日の間教皇位につき、ローマで死んだ。その
後一カ月の間教皇位は空位となった。このヨハンは女性であったことが主張された。すなわち彼女は愛人であった
男の衣服を纏ってアテネに連れてこられた少女であったのであると。そこで彼女は彼女の同等の者がいなくなる水
準にまで、様々の学識に熟達していった。
そしてその後ローマで自由七科を教えて彼女の学生と聴衆の間で偉大な師匠でもあった。彼女の生活ぶりと学芸の
高さは市中で評判になり、彼女は万民にとってローマ教皇として選ばれるべき人となった。しかし、教皇位にある
間に彼女は愛人の子を身籠った。正確な出産予定日時への無知から、サン・ピエトロ大聖堂からラテラノへ向かう
途中の、聖クレメント教会からコロッセオに向かう細い路地で彼女は出産した。死後、彼女は同じ場所に埋葬され
たと言われている。教皇は常にこの通りを避けそれはこの出来事に対する嫌悪のためからであると言われている。
彼女が聖なる教皇の一覧に加えられることもないのは、女性の性であるためと彼女にまつわることの汚らわしさの
故であると言われている・・・」

現代の歴史家も同様の意見である。彼女の存在を示す資料で13世紀の中ごろ、彼女がいたとされる時代よりほとん
ど400年も後の時代より古い時代のものはない。教皇が不意に群衆の前で出産し石を投げつけられて死んだなどと
いう事件が同時代人の誰にも記録されなかったということを信じることは難しいとされているが、中世およびルネ
サンスを通じてこの女教皇の伝説は語り継がれ、タロットにもその痕跡を残しているのだが・・・
123世界@名無史さん:2006/11/16(木) 14:24:30 0
>>116
俺もその話読んだことがある。ジャガーブックスみたいな児童向けの本で。

で、確か坂井三郎(零戦のエース)の本に、元ネタだと思われるそれによく似た話が載っていた記憶があります。
俺もソースがあやふやですが…

それほどオカルチックな話ではなかったw
124世界@名無史さん:2006/11/16(木) 21:24:18 0
オカマは教皇になれないのだろうか? ゲイはなれないのだろうか?
125世界@名無史さん:2006/11/17(金) 00:41:03 O
男色の時点で駄目だろ
126世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:47:25 0
ロアノーク島のイングランド入植地で起きた集団失踪事件は、
有力な見解などはあるのでしょうか。
127世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:56:21 0
やむを得ない事情で入植地を放棄せざるを得なくなり
木の幹に行き先を記してあったとか聞いた。
128世界@名無史さん:2006/11/17(金) 23:05:52 0
>>124
教皇にHWOOO!!!と叫ばれてはたまらない。
129世界@名無史さん:2006/11/18(土) 00:18:29 0
>>126
ナッシング。
130世界@名無史さん:2006/11/18(土) 08:20:50 0
1855年冬、イングランドのの南西部でも格別の寒さであった。
2月8日の朝、デヴォンシャー州トップジャムのアルバート小学校校長は表に出て、
前の晩に雪が降ったのと、もうひとつ変なことに気づいた。村の道に一列に足跡、
いやひづめの跡のようにも見える。最初は蹄鉄を打った馬の足跡かと思った。しか
し、よく見るとおかしい。まっすぐに一つの列となって整然と足跡は続いている。
足跡は長さ10cm、間隔は20cm程度。しかし明瞭に雪の上に残っている。
もうひとつおかしなことがある。煉瓦の壁の前で足跡がなくなっている。しかし
その裏から足跡はまたはじまっている。干し草の山も同じ、屋根の上にもどうや
って飛び乗ったのかついている。そしてなんと一晩で60km近くも移動してた
らしい、付近の町でも同じ様な足跡が発見された。

どんな動物かいろいろ憶測が飛び交った...まずはアナグマ説...その夜、
多数のアナグマが食べ物を求めて穴から飛び出した。しかし、すべてのアナグ
マが一列に一本足で歩くことは絶対にない。
既存の動物の跡と言う説はまだまだある...カワウソ説、ノガン説、ねずみ
説(ねずみが歩き回り、体重をかけて雪の上に落下した跡)ウサギ説、イタチ
説....どれも足跡の形は考えている。
ただ60kmも足跡が続いたことはどう説明すればいいのだろうか??これら
の動物が意味もなく、60kmを歩き続けたと言うのは無理な話である。
ほかの説もある....実験気球が事故でワイヤーからはずれ、ロープの端で
2個のシャックル(掛け金)をひきずる...シャックルが足跡の様なあとを
残す。このような気球なら一本の足跡のようなものを残したり、壁を昇ったり
することも可能である。事実、付近で実験気球がひとつ行方不明になり、後日
捕捉されていた。ただし一つだけおかしなことがあった。その夜、風が東から
西へ吹いていた。それなのに足跡は円弧を描くような形で町から町へ移動して
いる。気球が風に向かって流されることはありえない事実である。

この事件から一世紀もたった今ではこの謎はもう解けないとするのが一般的で
あるが・・・
131世界@名無史さん:2006/11/18(土) 08:28:23 0
ミステリー・サークル
132世界@名無史さん:2006/11/18(土) 11:45:24 0
ツングースカの大爆発についてお前らの見解は?
133世界@名無史さん:2006/11/18(土) 12:29:46 0
ミステリー・サークルって人間が作ったものであることは完全に認知され
ているじゃん。1990年にサークルが出現する瞬間を暗視カメラで捉えよう
としていたら、その目の前で人によって偽者サークルが作られてしまい、
詰め掛けていたマスコミはひっくりかえってしまったというし、サークル
をプラズマによる生成と説明した気象学者に、人が作った偽者サークルを
見せたら「本物」と認定し、実は人が作った偽者だと言われて赤くなったり
青くなったりして、その一部始終がテレビで流され、一般聴衆もしらけて
しまい、サークル熱は一気に冷めてしまったという顛末らしいけど…。
134世界@名無史さん:2006/11/18(土) 12:36:11 0
エリア51付近で米軍司令官と宇宙人が会見した報道があったが握りつぶされたらしい。
135世界@名無史さん:2006/11/18(土) 15:44:36 0
エリア51といえば、米軍の秘密の地上絵でしょう。第一回会談の為に作られたものです。

グーグルアース  37°37'41.3"N 116°50'54.4"W
136世界@名無史さん:2006/11/18(土) 16:03:33 0
>>109

ttp://page.freett.com/dateiwao/1gogai.jpg (2月25日ロサンゼルスタイムズ)
ttp://page.freett.com/dateiwao/californianewspaperLOSTIMES.jpg

「号外! ロサンゼルス地域襲撃される! 日本軍機がサンタモニカ、シールビーチ、
エルセガンド、レドンド、ロングビーチ、ヘルモサ、シグナルヒルに来襲 ! 
警報は本物と陸軍発表、「襲撃」の謎未解決 見えない敵へロサンゼルスで砲撃あり」

この日午前2時15分、20〜25個の点滅する“銀色の発光体”が編隊を組み、ロサンゼルス
の西120マイル(約192Km)を大平洋岸沿いに飛行し、太平洋岸の米軍事施設および海
軍基地に向かっている。高度12000から9000フィート(3660m-2700m)まで、この未確
認編隊は降下し、戦術的飛行編隊に戦力を分散して、各々3から6機の編隊に分かれて飛
行を続けた」と海軍情報部によって報告され、極東戦略作戦本部へ通信された。
問題の物体は日本軍の航空機の疑いがあるとして、第37沿岸砲兵旅団の対空砲兵中隊
が警戒体制に入った。
この状況は軍のレーダーや探査用光学機器、ロサンゼルス市警と市民の何千人もの肉眼
で確認された。
午前3時16分に高射砲部隊は砲撃を開始し、灯火管制が引かれている中、サーチライ
トの光芒が敵機を求め、計1430発もの集中砲火を浴びせた。確実に命中したと思われた
が、不思議な事に1機も撃墜されなかった。更に奇妙な事には、相手側からの攻撃も全
くなかった。
この未確認飛行物体はゆっくりと、サンタモニカとロングビーチの間の沿岸都市上空を
移動(距離にして30キロ、飛行時間は約20分)して、その後に視界から消えた。
137世界@名無史さん:2006/11/18(土) 16:04:21 0


ttp://page.freett.com/dateiwao/laxfoofighter1942.jpg

This UFO was photographed on the 25th February 1942 and was featured
in the Los Angeles Times. A strange aerial intruder hovered over the
Culver City area of Los Angeles during that morning. It was described
by one eyewitness as "enormous" and "pale orange" in colour. The blobs
of light are not UFOs but bursts of anti aircraft shells being fired
at the object. Nearly 2000 rounds of ammunition were discharged before
the object disappeared from view. The beams of light are earth based
search lights focussing on the object which can just be made out.
138世界@名無史さん:2006/11/18(土) 16:05:55 0
既出だったらスマンが
不死身の紳士サン=ジェルマン伯爵とかマリー・セレスト号の
船員集団失踪事件とかもこの部類に入るんかなぁ
個人的にはサン=ジェルマン伯爵は架空の人物だったと考えてオルガ
あと、ノストラダムスがペスト菌が発見されていないってか
細菌という概念自体が乏しかった時代にペストの予防法を
発見したのは何か凄いものを感じるがね
139世界@名無史さん:2006/11/18(土) 16:08:11 0
1942-2-26付

ロサンゼルス上空の未確認飛行物体事件を大統領へ伝える機密文書(GHQ総司令部よりの情報)



1. 未確認の航空機は、米合衆国陸軍または海軍のものではない。おそらくロサンゼルス上空を飛行したものとみられ、第37沿岸砲兵旅団(対空砲兵中隊)の複数の小隊が、午前3時12分から4時15分までの間砲撃した。これらの部隊は1430発の弾薬を使用した。
2. 関係した未確認航空機は15機に及ぶらしく、公式の報告書によれば「非常に遅い速度から時速200マイル(約322km)に至るさまざまな速度で、9000〜18000フィート(約2743m〜5486m)に及ぶ高度で飛行した。
3. 爆弾はまったく落とされなかった。
4. わが軍の戦闘犠牲者はなし。
5. これらの未確認航空機は1機も撃墜されなかった。
6. 当時活動中の米国の陸・海軍航空機はなかった。


(情報公開法 マーシャル将軍の覚書)
140世界@名無史さん:2006/11/18(土) 16:57:14 0
阻塞気球が流されているのを見て敵襲だと思ったとか
風でただ流されているだけなら時速300kmってのは速いようにも思えるが。
141世界@名無史さん:2006/11/18(土) 18:42:12 0
阻塞気球ならば対空砲兵の集中砲火で撃墜されているだろう。残骸が翌日見つかり、誤報と判明だな。
142世界@名無史さん:2006/11/18(土) 19:15:39 0
単なるレーダーの精度が低いことによる誤検出。
143世界@名無史さん:2006/11/18(土) 20:59:21 0
宇宙人よ! 独裁国家アメリカを滅ぼして!
144世界@名無史さん:2006/11/18(土) 21:20:05 0
宇宙人よ! 独裁国家北朝鮮を滅ぼして!
145世界@名無史さん:2006/11/18(土) 21:39:49 0
>>142
UFOと対空砲火の状況は、軍のレーダーや探査用光学機器だけでなく、
ロサンゼルス市警と市民の何千人もの肉眼で確認される衆人監視の中で
行われた。
146世界@名無史さん:2006/11/18(土) 23:27:23 0
>>140
ロズウェルの件の時も、軍は「観測気球の墜落」と説明していたっけね。
飛散した破片を密かに保管している住人などはいないのだろうか。
147世界@名無史さん:2006/11/18(土) 23:28:40 0
宇宙人よ! クリスマスプレゼントちょうだい!
148世界@名無史さん:2006/11/18(土) 23:40:21 0
逆にクリスマス記念にミューティレートされるぞ。
149世界@名無史さん:2006/11/18(土) 23:43:15 0
473 :世界@名無史さん :2006/09/21(木) 22:12:42 0
>>467
大田の防衛線の近くの沃川や青城の近くで、奇妙な民間人・軍属の死体が発見
されており、発見した米軍はその残虐な殺害方法に驚き、中国・北鮮兵による
「抽腸」という酷刑の証拠とされましたが、唇や口腔・舌等と陰部を鋭利な刃
物でぱっくり抉られ体内の内臓はじめ、血液も一滴残らず奪われていたという
点をみると、これはアメリカ各地でその後発生したキャトルミューティレーシ
ョンを彷彿させます。ただこれはヒューマンミューティレーションですが・・・

アメリカのUFO調査機関ブルーブックには、韓国半島における"ミューティレ
ーション"の記述があるので、もしかしたらこれは・・・



474 :世界@名無史さん :2006/09/23(土) 08:42:10 0
グレイ達にとってもチョンは牛と同じ扱いなのか・・・
150世界@名無史さん:2006/11/23(木) 21:59:36 0
キリストも宇宙人だろ。
151世界@名無史さん:2006/11/23(木) 23:24:02 0
マリー・セレスト号事件は、事件自体がそもそも怪奇性を持ったものでは
なかったのに、いつの間にか話に尾ひれがついた、というのが事実らしい。
船長室に食べかけの朝食があった、とかいう記述は、初期の報告にはの
っていないし、救命ボートは無くなっていたので、なんらかの理由で船を
捨てるにいたった、というのが合理的な解釈。
サン=ジェルマン伯爵は、実在だけどほら吹きの人でしょ?
長命であったという事を証明する目撃証言は、信頼おけるものはなかった
わけで。
152世界@名無史さん:2006/11/24(金) 16:55:42 O
>>147
あきらめれ
153世界@名無史さん:2006/11/24(金) 23:18:58 0
宇宙人がくれるプレゼントは、体内に埋め込んでくれるインプラントです。
154世界@名無史さん:2006/11/25(土) 00:15:42 0
>>147よ、クリスマスの翌朝、後頭部か首筋を調べてみなさい。
小さなアザか傷痕のようなものが見付かったら、それはきっと(ry
155世界@名無史さん:2006/11/25(土) 00:58:03 0
>>141
対空砲ってのは、事前に射撃指揮装置に目標の速度を入力するから、
時速300km/hの航空機を落とすために配備された対空砲が、
風に乗ってフワフワ飛んでる気球に向けて撃っても目標のはるか前で砲弾が炸裂するだけで落とせない可能性大
156世界@名無史さん:2006/11/25(土) 04:20:58 O
157世界@名無史さん:2006/11/25(土) 19:17:33 0
>>122
タロットカードにはなぜ女教皇があるんだろうね。いるハズなかったのに。
158世界@名無史さん:2006/11/25(土) 23:50:22 0
グレイとベルは同じ日に特許を出願。
159世界@名無史さん:2006/12/02(土) 02:18:19 0
南京大虐殺も超常現象に近いよね
160世界@名無史さん:2006/12/03(日) 03:40:26 0
まあ、中国側の発表した数字が本当なら、当時の日本軍は超人的な
殺傷能力を持っていたことになるなあ。
161世界@名無史さん:2006/12/05(火) 01:27:40 0
>>133
踏んで作ったサークルの茎の根本は折れていて、
本物のサークルは茎の根本が曲がっていると聞いたがそれはどうよ?。
162世界@名無史さん:2006/12/05(火) 18:38:56 0
>>161
その辺も区別が付かないと聞いたけど。
163世界@名無史さん:2006/12/05(火) 19:40:22 0
そっか〜、区別つかないのか。d
164世界@名無史さん:2006/12/05(火) 21:47:45 O
>>156
それではお約束








また俺か!!
165世界@名無史さん:2006/12/06(水) 06:20:11 0
陰謀かなんかは知らんが
政府が国民に隠していいることなんて
いっぱいあると思う
166世界@名無史さん:2006/12/06(水) 12:20:19 0
アメリカでの陰謀で、国民に極秘で放射能を注射したりして人体実験
したことが、クリントン政権のときに発覚してエネルギー省が調査を
始めたらしいが、その後うやむやになってしまった。どんな内容のもの
だったのか気になる。
アメリカって過去の陰謀を暴こうとすると、必ずうやむやに終わるのね。
カーター政権のときにケネディ暗殺の再調査を大統領自ら公約したにも
かかわらず、たいしたことはわからないまま終了…アメリカって情けない。
167世界@名無史さん:2006/12/15(金) 18:35:30 0
>>166
これか。
『米の放射能人体実験 次々崩れた機密の壁』
ttp://homepage.mac.com/ehara_gen1/jealous_gay/plutonium_experiment.html
米政府も認めて被害者に補償金を支払っているね、一応。
168世界@名無史さん:2006/12/15(金) 20:51:33 O
古代史自体が謎だらけでわけわかめ。そこがそそるところだが。オカルト無しで。
169世界@名無史さん:2006/12/15(金) 21:21:32 0
【天文学】藤原定家が記した超新星爆発
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1165409272/
170世界@名無史さん:2006/12/15(金) 23:15:28 0
古代ギリシャの機械式計算機とかは、
古代人は技術的に未熟という偏見があるから
Oパーツとかの扱いにされてたんだろうなぁ。
171世界@名無史さん:2006/12/16(土) 13:07:47 0
>>169
55 :おまんこ男爵 :2006/12/07(木) 02:53:50 ID:+/lidJ0O
なあ今WIKIで見たら藤原定家の生きた年代が1162年(応保2年) - 1241年9月26日(仁治2年8月20日))
ってなってたんだけど1006年に記したっておかしくね?


56 :名無しのひみつ :2006/12/07(木) 03:16:31 ID:oZkhNdfR
>>1
>>定家は、陰陽師の安倍晴明の次男の観測 を基に西暦1006年5月1日、南の空に火星の
>>ような「大客星」が現れたと 記しています。

定家が直接見て書いたわけじゃないみたいだね。
172世界@名無史さん:2006/12/16(土) 16:23:37 0
人体自然発火現象
突然,人間が燃え上がり,ほとんど焼失してしまうという現象。
人間だけが燃え尽き,家や周りの家具は無事であるといいます。
昔は原因不明とされいて,個人的に恐怖していた記憶があります。
実際にはアルコール依存症で太った老人が被害に遭う場合が多い
らしく,なにかのショックで死亡後,近くの火が燃え移りロウソ
クのようにジワジワと燃えていく低温火災というものの可能性が
高いそうですが・・・
 
 
173世界@名無史さん:2006/12/16(土) 16:27:39 0
>>167
しかしまあ、ひどい話だなあ。
言語に絶するというか、もはやコメントのしようがないほどひどい話だ。
これもアメリカの暗部の一部に過ぎないのだろうなあ。
こうなるとエイズのアメリカ国内の流行も、人体実験だったのではない
かと思われてしまうなあ。
エイズについては落合信彦が「小説」の形で出版物を出していて、すぐに
発売されなくなってしまったが、あそこに書かれていたことが、意外に
真相だったりして…。
174世界@名無史さん:2006/12/26(火) 19:45:27 0
>>172
もっともらしい説明としては
プラズマによるものとされてるんじゃないか?
175世界@名無史さん:2006/12/26(火) 19:56:06 0
>>174
O槻教授の言うことには無理があるから信じ込むなw
176世界@名無史さん:2006/12/31(日) 01:50:56 0
60 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 2006/12/18(月) 14:31:03 0
リンカーンとケネディー

アブラハム・リンカーンが連邦議会入りしたのは1846年。
ジョン・F・ケネディーが連邦議会入りしたのは1946年。
アブラハム・リンカーンが大統領になったのは1860年。
ジョン・F・ケネディーが大統領になったのは1960年。
リンカーン(Lincoln)もケネディー(Kennedy)も7文字。

二人とも、公民権に深く携わった。
二人の夫人はともに、ホワイト・ハウスに住んでいる時に子供を亡くしている。
二人とも、大統領の時に撃たれた。
二人とも、撃たれたのは金曜日。
二人とも、撃たれたのは頭だった。
リンカーンの秘書の名はケネディー。
ケネディーの秘書の名はリンカーン。

二人を暗殺した人物はともに南部出身。
二人の後任もともに南部出身。
二人の後任の名はともにジョンソン。
リンカーンの後任となったアンドリュー・ジョンソンは1808年生まれ。
ケネディーの後任となったリンドン・ジョンソンは1908年生まれ。
リンカーンを暗殺したジョン・ワイルクス・ブースは1839年生まれ。
ケネディーを暗殺したリー・ハービー・オズワルドは1939年生まれ。
二人の暗殺者は、ともにフルネーム(個人名、ミドルネーム、 姓)で知られる。
二人の暗殺者の名はともに15文字。
ブースは劇場から逃げ、倉庫で捕まった。
オズワルドは倉庫から逃げ、劇場で捕まった。
ブースもオズワルドも、裁判が行われる前に暗殺された。

リンカーンは、撃たれる1週間前、メリーランド州はモンロー入りしていた。
ケネディーは、撃たれる1週間前、マリリン・モンローに入っていた。
177世界@名無史さん:2006/12/31(日) 09:43:14 0
ちゃんとオチがあるということに感心したwww
178世界@名無史さん:2006/12/31(日) 13:37:37 0
ワロタw
179世界@名無史さん:2006/12/31(日) 15:58:50 0
>>176
真剣に読み進んできたら、最後の一行にむせてバランタインをこぼした。
…フキフキ。
180世界@名無史さん:2006/12/31(日) 21:41:07 0
>>176
ワシントン大統領とリンカーン大統領を対比したバージョンを見たことがある。
二人とも劇場で射殺、だったかな。
181世界@名無史さん:2007/01/01(月) 12:26:14 0
ジョンソンの陰謀だろう。
182世界@名無史さん:2007/01/07(日) 01:42:11 O
>>176
ケネディワロタ
183世界@名無史さん:2007/01/07(日) 07:19:54 0
>176
「ところでリンカーン夫人、お芝居の感想は?」
184世界@名無史さん:2007/02/27(火) 01:30:36 0
不死身age
185世界@名無史さん:2007/03/03(土) 16:52:33 0
貧民から皇帝に登りつめた重ちゃんこそが
超常元璋!
186世界@名無史さん:2007/03/03(土) 17:44:22 0
必見。911はアメリカ自作自演でした!!

■【GoogleVideo版】911テロ検証 Loose Change 2nd Edition
http://video.google.com/videoplay?docid=4377032998245988095&q=Loose+Change+2nd+Edition
■【YouTube版】9.11テロ検証 Loose Change 2nd Edition, 1〜9 (日本語版)
http://www.youtube.com/view_play_list?p=DFBE2D683184AD6E

[関連スレ]
911はアメリカの自作自演でした@国際2
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1171208002/
[前スレ]911はアメリカの自作自演でした@国際
http://society5.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1167810111
[前スレ保管庫]911過去ログ保管庫
http://www.geocities.jp/yhp20010911/index.html
187世界@名無史さん:2007/03/03(土) 21:14:07 0
>>186
必見w
http://www11.ocn.ne.jp/~nbbk/911/index2.html
気に入った情報ばかり盲信しないこと。
188世界@名無史さん:2007/03/03(土) 21:16:20 0
>>186
それもアポロ月面着陸のでっち上げ論と同じおちだよ。
189世界@名無史さん:2007/03/03(土) 21:21:31 0
最近は、911自作自演説のトリックのほうが暴かれつつあるようだ。
http://www11.ocn.ne.jp/%7Enbbk/911/index2.html
もう一つの歴史修正主義 ― 911否定論
http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/hatsugen/911-hoax.htm
190世界@名無史さん:2007/03/18(日) 01:07:59 0
肉人、って食い物だったんだ

宇宙人を食べちゃダメだよ
191世界@名無史さん:2007/04/08(日) 07:23:56 0
聖書
192世界@名無史さん:2007/04/24(火) 10:29:38 0
黙示録にUFOの記述
193世界@名無史さん:2007/04/26(木) 22:46:40 O
もっと知らないことを教えてください。
194世界@名無史さん:2007/05/21(月) 17:53:31 0
ノルマンディー上陸作戦の地名暗号や作戦名オーバーロードとかが新聞のクロスワードに乗っちゃって
軍が真っ青になった
195世界@名無史さん:2007/05/21(月) 23:58:58 0
http://www.rael.org/
ここで紹介されている本は普通の人間では書けないと思います。
もしかしたら本当にラエルという人が宇宙人に会ったのかもしれ
ません。もしこれが嘘ならばラエルという人は超能力者とか脳の
働きが非常に優れている人とかだと思います。そして僕はこの本
を読んでこの本に従いました。するとこの本のお陰なのかそうで
はないのか分かりませんが自分の心でさまざまな体験をする事が
増えました。
196195:2007/05/22(火) 00:04:05 0
http://www.rael.org/
さまざまな体験とは今まで体験した事の無い全感覚の中でいくつかの感覚
を使った快楽です。
197195:2007/05/22(火) 13:39:10 0
http://www.rael.org/
ここで教えている瞑想は感覚をトレーニングする事らしいです。
だから心の中で全感覚の中のいくつかの感覚で快楽を体験をした
のはラエリアン・ムーブメントに僕が従ったからという可能性が
高いです。
198195:2007/05/22(火) 14:36:01 0
僕の心の中の事ですので体験した事を正確に説明する事は難しいです。
僕はできるだけ正確に説明しようと思いましたが間違っていたらごめん
なさい。
199世界@名無史さん:2007/05/22(火) 15:35:11 0
聖エルモの火
200世界@名無史さん:2007/05/22(火) 19:29:01 0
ドッペルゲンガー
201世界@名無史さん:2007/05/26(土) 16:58:49 0
幽霊船
202世界@名無史さん:2007/05/26(土) 17:41:48 0
俺クリスチャンなんだが、おそらく既出と思うけど
旧約聖書エゼキエル書の
神の顕現の様子がどうにも分からん。

天地創造とかは古代イスラエルの神話ということで納得いくんだが
あのエゼキエル書冒頭の記述は何か想像を絶したものを
実際に見て書いたとしか思えない。
203世界@名無史さん:2007/05/26(土) 18:05:31 0
>>202
 で、神父なり牧師は何と? 理性的な説明を求めるのも
詰まらないのでは
204世界@名無史さん:2007/05/26(土) 19:53:01 0
>>202
トランス状態でおかしな物が見えるのは洋の東西を問わないらしいぞ。
205202:2007/05/26(土) 20:40:01 0
プロテスタントだけど牧師さんには聞いたことないなあ・・。
聖書の超常的な記述はできるだけ合理化する方が正直納得いくし。
それでも納得いかない事を「えいっ」と乗り越えて信じるのが
基督教の信仰だと思う。

>トランス状態
確か法華経だかにも三千世界に一瞬にして美しい傘が出現し云々とかあるね。
206202:2007/05/26(土) 20:45:41 0
法華経は実は恥ずかしながらぱらぱら立ち読み程度のレベル。
今度岩波文庫版をちゃんと買って読んでみようと思う。
207山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/05/26(土) 21:58:54 0
>確か法華経だかにも三千世界に一瞬にして美しい傘が出現し云々とかあるね。
この手の表現は、五部大乗経を中心とした大乗仏典にはよく見られるものです。
一劫の喩えとか。四十里四方の岩山の表面を、千年に一度柔らかい衣でなで、
これを繰り返して岩が摩滅するまでの時間が一劫というもの。

他に、この三千大世界を全て粉末にし、別の世界に飛び続け、一年ごとに粉末
の粒を落とし続けて、全世界分の粉末がなくなるまでの距離とか、気が遠くな
る表現が山ほど出てきます。
なお、一瞬に云々は、書いた人間が見たというよりは、思考・描写の限界に挑
戦した成果ではないかと。

『法華経』は、聖書や『クルアーン』と並んで読まれた方がよいと思われます。
岩波文庫の『大乗起信論』と、講談社学術文庫の『八宗綱要』も。
208202:2007/05/26(土) 22:39:32 0
>>207

解説ありがとうございます。
>なお、一瞬に云々は、書いた人間が見たというよりは、思考・描写の限界に挑
戦した成果ではないかと。

当時の人間の思考能力の窮極の形態というわけですね。

クルアーンはこれまた岩波版を持っていますが
仏典は『浄土三部経』、これも岩波しか読んだ事がありません。
しかも途中で書棚の何処かに行方不明状態です。

>『法華経』は、聖書や『クルアーン』と並んで読まれた方がよいと思われます。
岩波文庫の『大乗起信論』と、講談社学術文庫の『八宗綱要』も。

御紹介有難うございます。
法華経はいずれにせよ改めて挑戦します。
209202:2007/05/26(土) 22:42:16 0
書き忘れましたが『ブッダのことば』は一応読みました。
漢訳では『集成経』でしたか。
210山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/05/26(土) 22:49:49 0
第四章が『義足経』に相当するようです。阿含経典が明治以降重視されるよ
うになり、本経典も日本の各宗で注目されるようになりました。
先日、大正時代の某宗所属の仏教学者の文を読んだばかりです。

しかし、実に勉強熱心な偉い方ですね。
よろしければ、その内雑談スレでキリスト教(時代や地域にもよるでしょう
が)関係やその他の分野の本をご教授下さい。
211世界@名無史さん:2007/07/05(木) 21:05:47 0
212世界@名無史さん:2007/08/17(金) 22:10:37 0
聖書はトンデモ話ばっかだで
213世界@名無史さん:2007/09/19(水) 21:56:09 0
「記されている超常現象」には違いあるまい
214世界@名無史さん:2007/09/19(水) 22:43:02 0
前漢宣帝の即位前あたりから王莽の簒奪まではその手の怪異が多かった。
最もほとんどは人為的なでっち上げでしょうが。
215でも、そんなのかんけーない!:2007/10/03(水) 13:07:37 0
超常現象検定試験ってあるの???
216世界@名無史さん:2007/10/06(土) 20:24:24 0
たしか1994年頃だったと思うけど、
宮崎発のYSプロペラ機が突然消息をたって、
2004年に再び姿を現したっていう事件なかったっけ?
217あぼーん:あぼーん
あぼーん
218あぼーん:あぼーん
あぼーん
219あぼーん:あぼーん
あぼーん
220あぼーん:あぼーん
あぼーん
221あぼーん:あぼーん
あぼーん
222あぼーん:あぼーん
あぼーん
223とてた ◆0Ot7ihccMU :2007/11/17(土) 01:08:41 0
>>216
今更ですが、
「神はサイコロを振らない」(大石英司)ですね。
ドラマ化もされましたけど、原作の方が面白かったです。
224世界@名無史さん:2007/12/19(水) 20:00:19 0
【神の化身】超能力者・江原啓之尊師【人類の奇跡】

・守護霊と意志疎通ができ、人の前世を解き明かせる
・オーラが見える
・女性の部屋さえ覗き見ることが出来る
・気がむけば地球を宇宙から眺めて楽しむ
・今は亡き人の思いを感じ取り、そのメッセージを伝えることができる
・この世を訪れた両親の霊と共に幽体離脱して何度もあの世に行き来している
・病気、体の調子が悪い箇所が見え、ヒーリング能力もある
・前世に限らず、数日前・数年前といった過去も見える
・自分の体に霊を降霊・憑依させて会話できる
・携帯電話に触れただけで、持ち主の日頃の会話内容を言い当てることができる
・動物と会話(意思疎通)ができる
・人の寿命、死期が分かる

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1011261825

キリストの奇跡については、後世に誇張されて伝わったものであり、
ローマ教会すら、それらを厳然たる事実として捉えているわけではない。
歴史を振り返ってみても、祈祷師やら霊媒師がペテンでなかったためしはない。
それに対し、我らが江原尊師は、現実にこうして超能力を発揮されている。
まさに現人神とも言うべきか。
225世界@名無史さん:2008/03/06(木) 14:13:23 0
>>224
江原は詐欺師だろ
生きてる人間を見抜けなかった
2261A(文タイトル「日本人の影の政府関係者(警察・自衛隊)」):2008/03/28(金) 04:44:05 0
告発文「影の政府(シークレット・ガバメント)の日本人関係者」は長文になり、BBSでは
場違いと思われますので、ホームページにまとめることにしました。1〜2ヶ月くらいしま
したら、「マツモト」「コジマ」「ヤマダ」「ダイスケ」「コウジ」「マサト」「警察」「自衛隊」
「影の政府」「シークレット・ガバメント」「ロスチャイルド」「ロックフェラー」等のキー
ワードで探してみてください。世界で初めての暴露かもしれません。説や憶測ではなく、
厳然たる事実です。
日本で「シークレット・ガバメント」というと、遠く英米の外人達の謀略というイメージ
があると思いますが、日本国内においては日本人の関係者がいるのです。シークレット・
ガバメントが注目している日本ですから当たり前です。言葉・風習の問題がありますし、
日本人の監視は、日本人によってです。エシュロンが米軍三沢基地などに設置されている
なんてもんじゃない。監視だけでなく、以前、少し書きました超常手段も駆使し、日本国
内においても数々の謀略を行っています。ネットを含むマスメディアも、超常方法によっ
て、番組内容・CM・タレント・その他ともに膨大に操作している。また謀略だけでなく、
自分達の正体が発覚していないか探るためにも、マスメディアを操作しています。ホーム
ページで全文確認してみてください。(以前一部記しました陰謀者が使っている各キーワー
ドは、殆どを、絶対に先入観や世間的イメージや意味を完全に排除して読んで下さい。先
入観やイメージに惑わされますと、告発自体が、近年耳目を引くトンデモのようなふざけ
た内容に思われかねず、返って陰謀者の思う壺になってしまいます。説ではなく、事実で
す。)
2271A(文タイトル「影の政府日本人関係者の人相」):2008/03/28(金) 06:23:17 0
上述「影の政府(シークレット・ガバメント)の日本人関係者」のホームページが出来る
まで1〜2ヶ月かかりそうですので、それ以前にその一部を掲示したいと思います。
以前も多少記しましたが、人相は以下の有名人達に似ています。これらの有名人は偶然似
ているのではなく、日本人陰謀者が自分達の発覚を探る為、超常手段によってあえて自ら
の人相に似た人物を有名にし、頻繁にメディアに登場させているのです。マツモトキヨシ
等の企業経営者同様、本人達は全くそのことを知らない。こんな指摘をされても「まさか」
と思うだけで全く信じないでしょう。しかしこれは説や解釈ではなく事実なのです。シー
クレット・ガバメントがもう随分前から日本国内に対して行っている陰謀工作の一部分で
す。以下は利用されている人物の一部です。笹川ひろし、内原茂樹、竹田圭吾、布施博、
山田雅人、森田公一、松本亨、小嶋進、岸部一徳(サリー)、柳生博、藤原光博、高橋ジョ
ージ、三村マサカズ、黒烏龍茶CM男、デイヴ平尾、アスカ・コーポレーション社長(南部
昭行)、内藤大介、阿藤快、前川清、小川直也、北澤豪、鈴木順、小杉竜一、田口壮、山本
厚太郎、安田裕己、牧冬吉、橋本真也、きたろう、吉田眞、半田浩二、水野透、恵俊彰、
城彰二、杉江勇次、真矢、岡島 秀樹、その他。現実であることは繰り返し述べていますが、
瞑想が習慣の方は本当か見てください。上記人相の通りですから。
228題「影の政府が駆使する魔法」:2008/06/04(水) 14:06:49 0
以前予告しておりました「影の政府(シークレット・ガバメント)の日本人関係者・エー
ジェント」についての、独自情報HPは、7月8月頃になりそうですので、もうしばらくお
待ちください。先に、内容の一部が、飛鳥昭雄氏情報(NSA・NASA・JPL情報)に対しての「非科
学的中傷本」のスレッドに載っています。なお批判意見・批判サイトにより混乱
したり惑わされてしまっている方は、絶版ですが、「ロマン・サイエンスの世界」
(雷韻出版)が真相を知ることが出来必読です。5月現在、ログ倉庫内でなく普通にすぐ
読める飛鳥昭雄氏2chスレッドはいくつか存在しますが(NSA・NASA・JPL情報の信用を
落とす情報操作を目的としたスレッド・記述もありますので十分ご注意ください)、
当方が掲示しましたタイトル「日本人の影の政府関係者(警察・自衛隊)」
「影の政府日本人関係者の人相」「影の政府の日本での今後の陰謀」
「「影の政府」による 長期の陰謀実例」「影の政府の日本人へのシナリオ」の
全てが載っているのは、その内の一つだけです。一部のタイトルしか載っていない
スレッドもありますのでご留意ください。
229,:2008/06/14(土) 11:08:17 0
,
230,:2008/07/15(火) 19:38:22 0

http://etc7.2ch.net/test/read.cgi/esp/1199580812/l50 超常現象ぶっちゃけスレ



                  
       / ̄ ̄ ヽ,
      /        ',
      {0}  /¨`ヽ {0},
 ・ 。  ||.l   ヽ._.ノ   ', i 
  \. ||リ   `ー'′   ', | i
 ゚ヽ | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| |  ダンッ
。 ゚ _(,,)  めいちゃん  (,,)_ / ゚  
 ・/ヽ|             |て ─ ・。 :
/  .ノ|________.|(  \ ゚ 。 
 ̄。゚ ⌒)/⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒ヽ\  ̄ 。




231,白からす黒ひつじ:2008/07/15(火) 19:43:18 0



         ,.-──‐-- .,,_          ,. -‐''''"~"`' '' ー‐- 、
         〈           `''-.,,---- 、/: : : :.:::::::.:.:.::::::::::::::::::___ヽ,,.-,-、
        ゙、              ゙''7_,:::_::::::::::::::::: : : : : ::::::::/ _ ゙i ゙i, i、 ヽ、
          ゙、   、        i'/i '" ゙''7''7‐-, .,,,__,.-'" i'(`'__l 'i l 〉 i
             ゙、  `''''─,.-- .,,,,__i!     | l, l, l,      /´(__,.-' ,.ノi /
           ゙、    /::/: : :::: : : :"'''‐-`-.ゝ_ヽ ゙、__  '    `'''"/ ./,- 、
             ゙、   i/i:/:,': :::::i : : ::::i:::::i::|゙、:::i、::i゙'''::::::::`ー─'フ''''T-し'___):、`ヽ、
             ゙、 ! !|:i l::::::::|.:.:.::::::|、:ハ:l レi:|、゙i二_,.-''`゙ヽ;l、_/、:::.:.:.:.:.:.::`ヽ`\
              ヽ、 i| ゙i:i、::l:::i::::::::i,,.二!   !  i' i ::::`)  ヽ;:l/`゙'i: : : ::::.:.ヾ‐'、
               ヽ、 i! ゙、i:::l、;;l、il' i ::゙i     、_ヽ '′   l:i )'' ノ:゙、 : :::::,,.-`、
                 ヽ   ヽi  ヽ``-' ,          ト_/::::::::゙i: :::i'
                     ヽ、     |:::゙i  ヽ     ,       ノ゙i;;i゙i:::::lヽ|、,/
                       ヽ    |/l lヽ  ー '"      |i,゙i;l l-、i
                      ゙、    |〉ヽ_>、  ゙   /  .!;;>-'
                        ゙、 i  /   `i - '"     l´   <<、、、、じーーーーっ、、、、、。
                         ゙! /.:::::::::::,.-ノ|ヽ、 ___ ,.彡iヽ
                           |'.:.:.:.::::r' r' ヾ、三三彡,.-'i |ヽ、
                      /: : .:.:.:.l ,i       _,.-''ノ.::::::゙ヽ、                  

232,ルズ三角地帯 の物語:2008/07/15(火) 19:45:00 0

1977年ディフェードで起きた一連の驚嘆すべき事件は、UFOマニアや研究家をイギリス全土から
この地に呼び寄せた。しかし、ヒラリー・エバンズによれば、このUFOフラップ(集中発生)の真
相は、一般に思われているものとはいささか異なっているようだ。


大空に浮かぶUFO。地面に上陸したUFO。車を追いかけるオレンジ色のサッカーボール。校
舎の上空に浮かぶ光り輝く葉巻形の物体。固い岩山の中へ飛び込み、引き戸の間に消える
円盤。窓から家の中を覗き込む銀色の服を着た顔の無い怪人。原因不明の自動車やテレビや
ラジオの故障。瞬間移動させられた牛の群れ。これは、のどかで素朴なイギリスのウェールズで、ご
く最近の1977年の春に起きた異常な事件の本の一例なのである。

この驚くべき報告は本当なのだろうか?現地までの足の便に不都合は無いし、ごく付近の
出来事だから、事実の確認に当たって何の支障も無いだろう。しかし、いまとなっては数々
の矛盾点を解明することは到底出来そうも無い。事件発生時の地元紙「ウェスタン・テレグラフ」の
報道の手際は実に見事だったが、それだけにいっそう広く世間の注目を集める結果となっ
た。事件は新聞、テレビをはじめとするマスコミ、それに多くのUFO研究家とともに、不謹慎
なライター連中も引き寄せた。彼等の間には、手の施しようも無い混乱が生じた。あれこれと
いろいろな内容の記事が飛び交った。個人的な先入観にとらわれた一部の研究家や、とに
かく面白い記事を書けばいいという一部の記者、騙されやすく暗示にかかりやすい野次馬
などが入り混じって、混乱の上にさらに歪曲が加わった。とすれば、西ウェールズのフラップ(U
FO目撃の集中発生)は、注目の値するようなものではないのだろうか? ところが実際
には、この事件はいまなお典型的な事例として受止められている。ただ、一般に取りざた
されて居る話は、事実とは多少食い違っているのである。
233,ルズ三角地帯 の物語:2008/07/15(火) 19:51:29 0

1977年の事件の伏線は、その前年の暮れ前から始まっていた。ウェールズのこのへんぴな
村の住民は、すでにちょっとしたUFO目撃事件をいくつか報告していた。このことから、
英国UFO研究会に所属する地元研究家のランドル・ジョーンズ・ピューは、1月13日にあるジャー
ナリストのインタヴューの中で、こう予言していた。「この地方は、この種の事件の多発地帯になる
だろう」

彼の予言は、2月4日の午後に証明されることになった。この日彼は、近くのブロード・ヘイブ
ン小学校の生徒の母親から電話を受けた。それによると、彼女の息子はその日の午後十数人
の子供たちと一緒に、学校近くの地面に着陸しているUFOを数時間に渡って目撃したの
である。

ブロード・ヘイブン小学校の事件は、西ウェールズのフラップの中で取り分け衝撃的な事件というわけ
ではないが、この土地で何か異変が起きているという事実を人々に警告する最初のもので
あった。しかも、その後発生した多くの事件とは違って、合理的に十分な裏づけのあるも
のである。
234,:2008/07/15(火) 19:52:17 0



最初の目撃は昼食の昼休み時間だった。9歳から11歳の少年たちが、校舎の側の野原で
サッカーをしているとき、そこから少しはなれた野原に見慣れない物体があるのに気づいた。
それは、木立や茂みで一部は隠れていて、物体の上の部分しかはっきりとは分からなかっ
た。しかし、それだけでもUFOだと確信するには十分だった。数人の少年が校舎へと駆
け込み、このニュースを伝えた。他の生徒たちも物体の正体を確かめようと外へ出た。結局、
15人の子供たちが、その物体を目撃した。彼等の説明によると、その物体は「バスくらい
の長さか、もうちょっと長いくらいで、皿を二枚重ねたようなドーム型をしていた。そして、
その上に丸い灰皿のような小さいドームがついていた。ある少年の証言によると、上のドーム
の端に3つか4つくらいの窓があったそうだ。窓は10個か11個くらいあったようだ、
という少年も数人いた。何人かは、物体のてっぺんがピカピカ光っていたようだったと主
張した。1人は、下がっているのを見た。数人がぶんぶんとうなるような音を聞いた。さ
らに目撃者のうち6人が、物体の近くに1人か2人の人間の姿をしたものがいたようだと
いった。「ぼくたちは物体の中から、何かが出てくるのを見たんだ。そいつはヘルメットを
被っていた」とその一人がいった。もう一人は「とんがった耳をした銀色の男だった」と
説明した。さらに別の2人は、こう付け加えた。「あまり背は高くなかったし、かっこむよ
くなかったよ」


235,:2008/07/15(火) 19:53:52 0

子供たちは約20分間この物体を注視していた。2人の子供が校長に知らせに行ったが、
彼は半信半疑だったらしい。知らせに来た少年の1人は「おびえきっていて、今にも泣き
出しそうだった」のだが、好調は自分で確かめに行こうとはしなかった。

午後2時に子供たちは教室に戻り、3時30分に再び外へ出た。当然、彼らは、UFOが
まだそこにいるかどうかたしかめようと、野原へ行ってみた。UFOの姿は見えなかった。
そこで彼らは、もっと近くへよってみると、フェンスを乗り越えた川を渡った。そのとき、
あのUFOが茂みの中から影から飛び上がり、彼らはいっせいに逃げ出した。この時の様
子を、彼らはこう説明している。「あの葉巻形の物体は、銀色の物体を引っ張ってたみたい
だ」。そして再び、UFOは茂みの影に姿を消してしまった。

子供たちの多くは、家に帰ると両親にこの事件を話した。ランドル・ジョーンズ・ピューの名前は、
UFOの専門家として地元ではよく知られていた。そこで当然、彼のところへ最初に知ら
せが届いたわけである。午後6時彼は目撃者の少年の一人を連れて現場を訪れた。しかし、
この時分には激しい雨が降り、あたりはどんどん暗くなっていた。そこで彼は、翌朝「ウェス
タン・テレグラフ」の記者を伴って現場へ出直した。しかし、そこには着陸の痕跡らしいものは
何も見当たらなかった。この事件のニュースはあっという間に広がり、この海沿いの小さ
な村はたちまち世間の好奇のまととなった。月曜日、例の校長は当初の疑いを捨てて、目
撃した子供たちに見たものを絵に描いてみるように言った。このときは、すでに子供たち
はこの問題について互いに意見を交わし、記者や研究家とも議論を重ねた後だった。その
結果合意に達した見解は、彼等の見たものは銀色の葉巻形の物体であり、その上部に小さ
なドーム型のものがついていて、おそらくてっぺんがぴかぴか光っていた、というものであ
った。
236,:2008/07/15(火) 19:55:07 0
それから2週間後のこと、1人の女性教師が同じ場所に大きな物体があるのを見た。それ
は土砂降りの雨の中で、ほんの4,5秒の出来事だった。彼女が人を呼びに行こうとした
ときには、その物体はぶんぶんうなりを上げて、滑るように飛び去ってしまった。同じ日
の後ほど、別の2人の大人が同じ場所に何かの物体があるのに気づいた。2人は学校の食
堂の女性従業員で、その物体の中へ何者かが乗り込み、物体が斜面を登っていくのを見た。
このとき2人は、自分の見たものがUFOだとは思わず、近くで行われている下水処理工
事の車だろうと思っていた。

ブロード・ヘイブン小学校の目撃事件は額面どおりに受け取るならきわめて信憑性の高い事件だ
と思われる。しかし、当時の研究たちが見逃していた要素もいくつかある。この地方で報
告されたその他の目撃事件を扱うに当たって、そうした要素を検討してみたいと思う。と
いうのは、この事件が発生してから夏の末まで、この近辺では1週間たりとも新しい事件
が途切れたためしは無かったのだ。新聞記事はもとより、港に飛び交うにわか評論家の論
戦によって、あるいは新聞記者やテレビのレポーター、UFO研究団体の研究家たちによって、
人々の関心は沸騰し続けた。実に6ヶ月以上に渡って、UFOは地元紙の一面をにぎわし
続けたのである。

詳細に欠ける事例はさておき、事件を克明に述べている45件の記事やインタヴューの中から、
ごく一部を選んで以下に告げる。
2月10日、12歳になる2人の少年が、ハバフォードウェスト中学校の近くの野原でUFOを見
た。それは青い閃光を放ち、40mほど離れたところに見えた。少年の一人がUFOに石
を投げつけると、UFOは飛び去った。ちょうどそのとき、長さ5mほどのオレンジ色を
した葉巻形の物体が、UFOの真下に突然現れた。その物体はしばらく宙に浮いていたが、
やがて消えてしまった。

2月16日、ペンブローク・ドックの13歳になる男子生徒グラハム・ハウウェルは、朝登校したと
き、校舎の上空に光り輝く金属製の物体が浮かんでいるのを見た。あたりは霧がかかって
いたが、彼はその物体がはっきり見えたと主張している。
237,ミジンコ:2008/07/15(火) 19:56:19 0



その物体は、真ん中辺りがドーム型に盛り上がっていて、色は暗い暗い灰色だったけど、五
秒おきぐらいに目も眩むような白い光を全体から発してた。まるで目玉焼きを乗っけた皿
のようなかっこうだったな。皿の側面には黄緑色のライトがいくつも乗っていたよ。それに皿
は回転しているみたいだった、、、、あれは絶対ヘリコプターや気象観測気球なんかじゃない
よ。

13月3日、17歳になるスティーブン・テイラーは、午後9時ごろUFOを目撃した。それはまば
ゆい光体で、周囲にオレンジ色の光の輪が出来ていました。彼は数人の友人の家へ行って
この話をしたが、、彼らは信じなかった。それから約30分後、彼は野原で高さ60mほど
あるドーム型のUFOを見つけ、立ち止まってそれを見ていた。すると、半透明の服を着て宇
宙飛行士のヘルメットのようなものをかぶった背の高い人影が近づいてきた。スティーブンは
その時の様子をこうかたっている。「あんまりこわかったから、そいつをぶん殴って逃げ出
したんだ」



    、、、、、、、、、、。
238,:2008/07/15(火) 19:58:25 0

4月7日、64歳になるシリル・ジョンは午前4時45分ごろ目が覚めた寝室の中をちかちか照
らす奇妙なオレンジ色の光に、安眠を妨げられたためである。その光は外から差し込み、
壁にも反射していた。彼が起き上がって窓の外を見ると、空がオレンジ色に染まっていた。

外を見ると、すぐそこに銀色の物体が2つ見えた。1つは、直径1mちょっとぐらいある
ずいぶん大きなイースターの卵といった感じだった。向かいの家の煙突の少し上あたりを前後に
ゆれるように飛んでいた。それから、わしの部屋の窓から12mぐらい上のほうに、銀色
のつなぎを着た人間のような形をした物体が見えた。背丈は2m以上あったなぁ。卵と同
じ高さに、動かずにうかんでたよ。落下中のスカイダイバーのようなポーズだったよな、、、、そい
つは、25分くらいの間、顔を下に向けてじっと空に浮いていた。そのあと例の卵は屋根
の上のほうへ上昇すると、横へ滑るように飛んでいってしまった。つなぎの男のほうも、
一緒に飛んでいったよ。

4月19日の午前2時ごろ、ヘイブン・フォート・ホテルの経営者ローズ・グランビル夫人はちょうどベッド
に入ろうとしていたときだった。ぶんぶんとうなるような奇妙な音が耳について仕方が無か
った。最初、セントラル・ヒーティングの音だと思ったが、やがて、何か別の音だと気がついた。窓の
外で閃光がきらめいたのを見て、彼女は外を見た。青い光が明滅しながら旋回してい
た。双眼鏡をもってきてのぞくと、地面の上に静止した楕円形の物体と、そのそばに、つ
なぎのような白っぽい合成樹脂の服を着た人影が2つ見えた。彼等には顔が無かった

2月17日という早い時点で、研究家ランドル・ジョーンズ・ピューは、地元紙の記者に対して「こ
の付近では確かに小規模なフラップが発生している」とコメントしている。4月28日には、彼は
また同じ新聞の記者に、この一連の目撃事件を一冊の本にまとめて出すつもりだと述べた。
おそらく、彼にこの出版企画を思い立たせたのは、その後連発した、ブロード・ヘイブンの事件
をも上回る異常な事件だったのだろう。その事件とは、ブロード・ヘイブンから少し南へいった
ところにあるリッパーストン農場から報告された数々の驚嘆すべき事件のことである。。
239,リッパーストン農場の怪:2008/07/16(水) 20:56:10 0



顔の無い巨人、不可解な牛の瞬間移動、自動車を追跡するUFO。これらは、リッパーストン農
場に住むクームズ一家が体験したと言われる数多くの現象のほんの一例である。しかし、報告
された事件のうち、どれだけが現実に起きたことなのだろうか?


1977年の秋の間、西ウェールズの商魂たくましいあるホテルの経営者が、UFO研究家の
ために週末サービスを提供していた。UFOマニアたちはホテルの施設を一晩中自由に利用でき、専
門家がUFOのよく見える場所へ彼等を案内した。もっとも、UFOを目撃できるかどう
かは保証の限りではなかったが。「ペンブロークシャーという土地は、この種のことにかけては目
先が聞きますのよ。まさかこれほどの申し込みが殺到するとは思ってみ見ませんでした」
とこのホテル経営者は言った。

イギリス国内のみならず海外のUFOマニアの住民まで集めたものは、新聞各紙がブロード・ヘイブン
三角地帯と名づけた地域から続々と伝えられる驚くべき報告であった。まじめなUFO研
究家たちは、フラップ(UFO目撃の集中発生)に対しては慎重になっていた正常な数を上回
る報告が入ってくる時期は、実際にUFOの活動が活発になっている場合もあるが、報道
記事に刺激されて、普通なら自分の体験を人に話さないで居るはずの目撃者まで名乗り出
てくる場合もあるからだ。必ずしも事件発生件数そのものが増えて居るわけではない。た
だ、公表される事件の数が増えただけなのだ。その上、目撃事件に関するニュースが、一
部の人々に想像上の体験をさせる可能性さえもある。
240,:2008/07/16(水) 21:00:11 0


こうした可能性は、すべてのUFO目撃事件が物理的事実に基づくものだと確信し、こう
した体験への心理的作用の可能性を否定するUFO研究家にとっては、それこそ呪詛のこ
とばにも等しいだろう。しかし、1977年の春から夏の間、西ウェールズである種の思想的
感染が作用していたことは、多くの報告の中にうかがえる。そのおもたるものが、リパーストン
農場で起きたとされている、クムーズ一家を中心とした一連の驚異的事件である。この事件は
みごとなまでに完璧に人々の心をとらえ創造力をかき立てた。新聞やテレビの大々的な報道
に加えて、この事件を重点的に扱った本が3冊も出版されたほどだ。このため、残念なこ
とに、あまりにも多くの反論と混乱を引き起こし、果たして何が真実なのかを証明できな
いものが多い。以下に、最も事実に近いと思われる解説を選んであげるが、その多くは、
相反する報告の一つを選択しただけであって、その正確さについては必ずしも保証できない。
ビリー・クームズは、リッパーストン農場で乳牛の世話をする3人の牧夫の1人だった。農場主のリチャー
ド・ヒュイソンは近くのロウアー・ブロードムア農場に住み、この二つの農場を所有する会社を経営して
いた。クームズ氏と妻のポーリーンは5人の子供と共に、リッパーストン農場の側の家に住んでいた。そ
のすぐ隣には、同じリッパーストン農場で働くブライアン・クラスと妻のキャロラインが住んでいた。
241,:2008/07/16(水) 21:01:15 0

ポーリーン・クームズは、それ以前にも何度かUFO体験を報告していたが、最初の大事件が起き
たのは4月16日のことだった。日が暮れたあと、彼女は3人の子供を車に乗せて帰宅す
る途中だった。後部座席に座っていた10歳になる息子のカイロンが、空に奇妙な光が見える
といった。その光は形も大きさもサッカーボールくらいで、黄色く輝き、低部はぼんやりと鈍い
光を放っていた。そして、懐中電灯のような光を下方へ投射していた。カイロンは、その光が
Uターンして自分たちの後を追ってくると母親に告げた。その物体は車に追いつくと、横を平
行して飛んだ。するとそのとたん、車のヘッドライトの明かりが弱まりだした。家の近くまでく
ると、車のエンジンは完全に停止してしまい、クームズ夫人は残った距離を車の惰性で進
まなければならなかった。彼女は家へ駆け込んで夫を呼んだ。夫と長男のクリントンが外へ出た
ときには、UFOが海のほうへ飛び去っていくところをかろうじて見ることができた。クーム
ズ氏が車のエンジンをかけなおしてみると、まったく異常は無かった。

それから数週間後、クームズ夫人は家のキッチンの窓から別のUFOを目撃したと報告した。
それは直径6mくらいの大きさで、地上から1mほどの位置に停止していた。色は銀色で、
アンテナが突き出し、三脚台の様な着陸ギアがついていた。そのUFOは海のほうへ向かって
飛び去り、そのあとに円形のこげ跡を残していった。これとは別に、下の子供2人が、ドー
ムのついた丸いUFOが3機空に浮いているのを見たといっている。そのうち一つは、地上
からわずか15mほどのところに浮かび、そこからはしごが下がっていた。子供たちは、
銀色の服を着た人影がはしごを下りて来るところを目撃した。さらにそのUFOは、蛍光
色の真っ赤な色をした箱のような物体を野原の草むらの中に落としていった。そのあと子
供たちは箱を探しに行ったが、その箱は何処にも見えなかった。
242,:2008/07/16(水) 21:02:10 0


4月22日、クームズ夫妻はテレビの深夜映画を見ていた。電波障害で映りが悪かった。特にそ
の夜はひどかった。午後11時30分ころ、夫人はカーテンのない今の窓の外で何かが光って
居るのに気がついた。それから約一時間後、夫がその窓のところにへばりついている何者
かの顔を見た。「あれは人間だった。だけど、ばかでかかった」と、後に彼は言っている。
彼の推定では、背丈が2mくらいはあったようだ。そいつは白い服を着ていて、その顔は
黒いバイザー(覆面)のようなもので隠されていた。

びっくり仰天したクームズ氏は、まず農場主のリチャード・ヒュイソンに電話をし、それから英国UF
O研究協会に所属する地元の研究家ランドル・ジョーンズ・ピューに電話した。ピューは警察に通報
するように彼に進めた。すぐにヒュイソンが駆けつけ、つづいて警察もやってきた。が、侵略者
の形跡は何も発見できなかった。それから約3週間後、8歳になる双子が、これとよく似
た人影を目撃した。双子は、野原に出て「草むらの中で起き上がりこぼしで遊んでいた」
とき、その人影のようなものを見た。それは銀色の服を着ていて、顔のところが黒かった
と、2人は、両親とほとんど同じ言い回しで説明した。そいつは、彼から15mくらい離
れたところを歩いて通り過ぎ、そして姿を消した。まるで、有刺鉄線のフェンスをすり抜けて
いったかのようだった。
243,謎の瞬間移動:2008/07/16(水) 21:03:43 0

リッパーストーン農場から報告された報告された事件の中でも最も奇妙なものが、牛の超自然的移
動と思われるものである。ビリー・クームズは、牛が囲いの中から消えて居るのに何度も気づい
た。1頭か2頭が消えることもよくあったが、群れごとそっくり消えることもしばしばだ
った。少なくとも1度は、近所の農場の農夫から牛を集めに来るようにと、クームズに怒りの
電話があった。クームズ氏は、牛はちゃんと囲いの中に入れたと主張している。しかも、かん
ぬきをかけた上に、念を入れてかんぬきにロープを巻きつけてしばって置いた。かりに牛が
逃げ出したにしても、状況から考えて、牛の群れは彼の家の脇を通り抜けなければならな
かったはずだ。ところが、彼も彼の妻も何一つ物音は聞いていない。彼の報告によると、
あるときは、彼が馬を最後に見てから、別の農場に牛が居ると知らされるまで、ほとんど
時間差がなく、どうかんがえてもそれだけの時間で牛がその場所までたどりつけるはずが
ないのだ。どうやらこれは、牛がある場所から別の場所まで何らかの方法で神隠しのよう
に連れ去られたとしか考えるほかは無いようだ。牛はひどくおびえていて、乳の出が悪く
なってしまったそうだ。

牛の謎の瞬間移動は、どうにも信じがたい不可解この上ない問題である。UFOや謎の人
影を目撃したという事件は、それがいかに驚くべき出来事であっても、一般の範囲で受止
められる現象であるしかし、この牛の移動となると、まったくレベルの違う問題のようだ。

しかし、これにはまったく前例がないわけではない。ジョン・イングラムズはその著書「幽霊屋
敷」(1897)のなかで、ランカシャー州のオールダムの近くのバーチェン・バウアーであった不思議な報
告について記している。この家では、身の毛のよだつような習慣があった。この家の前の
主は生き埋めにされるのをひどく恐れて、自分の遺体を埋葬することを許さなかった。そ
の代わり彼女は自分の遺体に防腐処理を施して、21年ごとに遺体を家に運び込み一週間
穀物倉庫へ安置するようにという支持を言い残した。このことが家畜に異常な影響を及ぼ
すことになったのである。
244,:2008/07/19(土) 10:58:19 0




、、、、ちなみに、ポーリーン・ク−ムズさんは、インディオです、、、。

245,:2008/07/20(日) 15:57:52 0


>>244  間違えました、ポーリーン・ク−ムズさんがインディオであるかどうかはわかりません、、、m(。。)m、、。


246,:2008/07/20(日) 16:15:36 0

朝、遺体を運んでいくと、馬や牛はいつも外へ逃げてしまっている。時には屋根裏の干草置き場で牛が見つかる事もある。

その牛がどうやってそこまであがったのかは、全くのなぞだ。牛のような大きな動物があがっていけるような広い通り道など

無いのだから、、、それから数年後、当時ここを借りていた農夫の牛が干草置き場で見つかった時は、

超自然の力が牛をそこまで運んだに違いないと、近所の人々は固く信じ込んだ。
247,:2008/07/20(日) 16:20:01 0

1906年5月18日付の「デイリー・メール」が報じた、異変に見舞われた家の記事の中にも
こういうくだりがある。「馬が一頭消え、干草置きばで見つかった。この馬を外へ出すため
に仕切りをこわさなければならなかった」。イタリアの雑誌「アリ・デル・ペンシエロ」1936年4
月号にもこんな記事がある。

不可解な放火騒動が最近プリンヤーノ(サレルノ県)の農場で確認された。突然自然発火が起こり、
家財道具が燃え、人や動物が焼死した。窓が閉まっているのに、レンガや石が部屋の中に
降ってきた。ものの位置が勝手に変わっていた。だれも手を触れていないのに、家畜小屋
のしきりの中にいた牡牛が、別の仕切りへと移動し移動していた、、、、心霊研究家のある医
師が、無意識に顕著な現象を引き起こす霊媒能力を持った16歳の少女を見つけた。

これと同様の力がリッパーストンでも作用したのだろうか?もしそうだとしたら、きわめて強力
なものである牛の群れをそっくり移動させるというのは、これまでに報告されたいかなる
ポルターガイスト現象をもはるかに上回るものだからだ。しかしながら、リッパーストンから報告され
たそのほかの事実も、ポルターガイスト説を裏付けているようにも思われる。たとえば、1つ注
目に値する点は、この場所が機会類にきわめて悪い影響を及ぼすらしいということだ。恐
ろしいUFOの遺跡を受けたその最中、ポーリーンの運転する車は突然以上をきたしたが、そ
ればかりではない。ビリークームズの報告によると、1977年の1年間に彼は5回も車を買い
替えなければならなかったし、テレビの故障も目立って増えた。そのうえ、電気料金があまり
高いので、」電力公社にメーターの検査を頼んだが、メーターには何の故障も見つからなかった。
248,:2008/07/20(日) 16:21:03 0

霊的な力が作用しているらしいという推測は、ポーリーン・クームズのそれ以前の経歴からも裏付
けられる。彼女は敬虔なカトリック教徒だった。リッパーストンに移り住む前、クームズ一家は近くのペン
ブローク・ドックでトレーラーハウスの生活を送っていた。そのころ、奇妙な物質化現象が起こり始めた。
トレーラーハウスの中から、夫人には毎晩白いドレスを着た等身大の聖母マリアの幽姿が見えるよ
うになった。聖母マリアは腰にロザリオを巻きつけ、幼いイエス・キリストを抱いていた。やがて、その
幽姿はキリストそのものの姿に変わった。そして、30分くらい消えずにそこにいた。うわさ
が広まり、たちまち、この現象を人目みたいという見物人が毎晩押し寄せるようになった。
このトレーラーハウスの持ち主は、次から次へとやってくる見物客に我慢できなくなって、とうと
うトレーラーハウスをこわしてしまった。報告のとおりだとすると、この事件には不明な点が多い。
たとえこうした理由があるにしても、ふつうはトレーラーハウスの持ち主が自分の所有物をわざわ
ざ壊したりしないはずだ。しかし、ここで肝心な点は、ポーリーン・クームズには、明らかにこの
当時から、奇妙な体験をしやすい何らかの特質が備わっていたということである

連続する事件によってリッパーストン農場は、1977年の春から夏の間、絶えず記者や研究科
の関心の的になった。そしていずれは、神出鬼没の例の不気味な黒服の男たち(MIB)が
農場に現れたと新聞報道されるものと、当然のごとく予想された。記事によると、ある日
奇妙な車が音も無くやってきた。だから、誰も車がやってきたことには気づかなかった。
車には、外見がそっくりな2人組の男が乗っていた。一人が車から降りた。おとこはこざ
っぱりとしたグレーのスーツを着、ぴかぴかの靴を履き、清潔そのものの服装だった。隣のキャロラ
イン・クラスが最初自宅の中から車を見たとき、彼は牛の囲いをなにやら念入りに調べていた。
ところが、君の悪いことに、男はいつのまにか彼女の横に立っていて、ポーリーン・クームズはど
こかと質問してきた。なぜか、おとこは彼女がポーリーンでないことを知っていたのだ。彼女
の説明によると、おとこは外国なまりの英語をしゃべり、異国風の雰囲気を漂わせていた
そうだ。「男の大きな射抜くような青い目は彼女をじっと観察し、まるで心の中を探ってい
るようだった」。
249,ミジンコ:2008/07/20(日) 16:29:48 0

記事によるとクームズ家の長男クリントンはそのとき隣の自宅にいたが、この訪問者にすっかりお
びえ、ドアを開けて彼らを招き入れる気にはとてもなれなかった。彼はドアにかんぬきを掛
け、2階で隠れた。男はドアをノックしても返事が無いので、クラス夫人のところへ引き返し、さ
らに情報を聞き出そうと彼女を質問攻めにした。しかし、彼女が答えを口に出していう前
から、おとこにはその答えがわかっている様子だった。それから男は、次の目的地まで行
く道順を尋ねると、例の奇妙な車に乗って去っていった。クームズ夫人が車で帰宅したのは、
その数秒後だった。ここで研究家たちはひとつの事実を指摘している。クームズ夫人が帰って
きた道にはわき道は1本も無い。ところが、彼女はこの二人組みの車はすれ違っていない
のである。なぜ彼女は男たちと出くわさずにすんだのだろうか?

その記事にあるような出来事が現実に起きたのなら、その日リッパーストーンで本当に不可思議な
事件があったと信じるにたる十分な根拠となったはずだ。しかし、より客観的な調査の結
デッチ上げであることが証明されている。2人の男は外国人ではなかった。2人の外見は
気味が悪いほどよく似てはいなかった。彼らの質問はまったく自然だった。さらに、彼ら
は決してキャロライン・クラスがポーリーン・クームズでないことを知っていたわけではない。彼らの最初
の行動は、明らかに、「彼女が」ポーリーン・クームズかどうかを尋ねた質問だった。クリントンはこわ
がって家の中に隠れていたのではない。そしてクームズ夫人が帰ってきたとき、なぜ彼らの車
とすれ違わなかったかという疑問については、いたって簡単な説明で片付く。クラス夫人が彼
らに教えた道は、目的地により早く到着できる近道であり、クームズ夫人が帰ってきた道とは
別の道だったのである。一言で言えば、報道されていたような事件そのものが、単純でご
く自然な出来事をセンセーショナルな物語に仕立て上げようとした無責任な歪曲である。しかも、
西ウェールズの目撃事件の中で事実と報道の内容とが食い違っているのは、決してこの一
件だけにはとどまらないのである。
250,ミジンコ:2008/07/20(日) 16:32:33 0




           _,..:―--、_
          ,r''":::::::::::::::/、::`ヽ、
        ,r":::::::::::::;;;;:::!'゙ヾ:;;:::::::::ヽ
       ,i":::::::;;r-''""     ヾ::;::::::i
       i::::::;'"      ,,,::;;;;、_ヾ:::::|
       !;::::l ,-'''""`‐;-i'",,,,,、_`i‐!::::!
       ヾ::l-! '""` ノ ヽ、  _,.! ゙ゞ! <あり得ない事を信じ込んでしまったら
        ヾ! `ー‐‐'   ヽ ̄  l/  大変な事になってしまいます。
         `i.  ,:' _`__"__, ノ  ,!
          !  ``'、'_'_',.'ノゝ ,r'
          `>、     //::ヽ..,__
    _,,-―' ̄/:::i 、`ー'-'''//:::::::::|:::::::::`‐..、__
  ,r'":::::::::::::::/:::::::/i ` 、,r''" /::::::::::::|::::::::::::::::::::::::`,ヽ
  /::i::::::::::::::/::::::::/:::i /"ヽ /ヽ:::::::::::|::::::::::::::::/::::::::::
 /::::i::::::::::::ヽ::::/:::::::i、/ヾ `i /::::ヽ::::::::;!::::::::::::/::::::::::::::::
251ウェールズ三角地帯の真相:2008/07/20(日) 16:36:59 0


西ウェールズのUFO目撃事件は、数あるUFO事件の中でも、もっとも複雑でもっとも豊富
な資料がのこっている事件である。しかし、事の真相は、報道された記事の内容とは著し
く異なるものだった。

1977年にディフェードで起きたUFO目撃事件を報道するため、マスコミが大挙してこの地域
に押し寄せ、数え切れない新聞雑誌の記事やテレビ番組がイギリスのこの片田舎で起きた驚異的
事件を扱ったが、こうしたことに疑問を抱く人はほとんどいなかった。しかし、結局、こ
の騒動はマスコミの異常な過熱によるものであり、公表された記事の薄弱さを露呈する結果に
終わった。事件に対する見解がただひとつだけなら、それが福音のごとく受け入れられた

かもしれない。ところが、実際には記事によっていくつもの見解に別れ、すべてが食い違
い、互いに相いれない解釈が加えられた。実に安易な仮説を立ててつじつまの合わない事
実は軽々しく黙殺している。そして結局は、さまざまな点で調査が情けないほどお粗末で
あり、また同時に、原形をとどめていないまでに事実が歪曲されたり誇張されているのだ。

西ウェールズの目撃事件に関して公表された記事の中には、どれだけの真実が含まれているか
再評価してみよう。

252ウェールズ三角地帯の真相:2008/07/20(日) 16:39:45 0


ペンブロークシャ-のフラップ(目撃事件の集中発生)は、ブロード・ヘイブン小学校から始まった
ともいえる。そこで、再評価の作業は、目撃地点とされている場所の検証からはじめるべ
きだろう。現場へ行くと、まずいがいな事実がわかる。報道記事の中では特に触れられて
はいないが、この場所は茂みや木立が密生しており、何かを目撃したにしてもかなりの部
分が隠れて見えなかったに違いない。したがって、翌週の月曜日に子供たちが描いたスケッチ
は、かなりの部分が彼らの想像だとみなさなければなるまい。さらに、この野原は狭い谷
間にあり、何件かの家がこの場所を見下ろせる位置にある。UFOが白昼堂々と3時間以
上も野原に留まっていたとは、どうも考えにくい。目撃事件が、ここを囲んで半円形に並
ぶ家々から常に見えるということを考えると、この話はますます怪しくなってくる。それ
に、この事件がすべて冬の日の午後に起きているということも思い出すべきだろう。「あの
日はずいぶんうっとうしい天気だったけど、僕は確かに何か見たんだよ」と、目撃者の1
人は語っている。ということは、着陸地点の正確な位置の特定などできなかったのではな
いだろうか。

とはいえ、子供たちがわざとうそをついたと責めるのは不当だろう。教師が自分たちのい
うことを信じてくれないので、子供たちは勇気を奮い起こして警察署に訴えているほどな
のだ。彼らが自分たちに認識できない何かを見たことは間違いない。その何かがいったい
なんだったのかはわからない。が、同じ地点で物体を目撃した食堂の従業員が、近くで行
われていた下水処理工事の車両だと思ったと語っており、このあたりが真相なのではない
だろうか。

253:2008/07/20(日) 16:43:15 0

「ブロード・ヘイブンの目撃事件以来、うちの電話が鳴り止まないよ。今ならばかにされずにす
むとわかって、目撃者がどんどん名乗り出てきたんだ」
こうしてピューたちのもとに報告された事件のうち、何件が現実に根拠のあるものなのだろ
うか。いまとなってはこれもたしかめようがなさそうだ。しかし、地元で相当数の住民が
購読しているはずの地元紙のファイルをざっとみるだけで、1977年の春から夏の間つづい
たUFO騒ぎの加熱振りに驚かされる。毎週必ず、UFOに対する読者からの肯定的意見
や否定的意見が読書欄に載った。記事そのものは、まじめで客観的なものであり、決して
センセーショナルな扱い方でもなければ冷やかし半分のものでもなかった。これだけでもすでに、
真実とともに作り話までもはびこらせる温床として、十分な素地となったのではないだろ
うか?

一方、これが全国的メディアとなると、事情が違ってくる。ごく短期間の現地取材を終えてロン
ドンに帰ったジャーナリストたちは、誇張に満ちたばかげた物語をでっち上げた。そして、「サン」
紙がなずけたいわゆる恐怖の三角地帯に住むおびえる地元住民たちについて書きたてたの
である。こうした感情的ム-ドを考慮したうえで、次のようなケースを評価しなければならな
い。4月14日、ハーブランドストンの13歳になるデボラ・スワンは、午後6時30分ごろ公園で友
達と遊んでいた。すでに奇怪な出来事が数多く報じられていた。そこで彼女たちは、自分
たちもこの宇宙からやってきた物体を見られるかもしれないと、探しに行くことにした。
しかし公園を出てしばらく行くと、彼女たちのうち2人は怖くなって引き返してしまった
後の子供たちはそのまま先へ進み、フェンスをくぐり、じゃがいも畑を越え、土手を下っ
た、そのときだった。デボラは後にこう語っている。

254:2008/07/20(日) 16:45:25 0


向こう岸の野原に異様なものがあったわ。あんなのを見たのは、生まれて初めてよ。目の
迷いかとも思ったわ。でも、そうじゃなかった。一番驚いたのは色よ。ギラギラと銀色に光
ってたの。形は丸くてサッカーボールみたいだったわ。それに動いてた、前後左右に四方八方に
動いていたわ。私たちが動くと、あれも一緒に動くのよ。それで、私たちは全速力で逃げ
出したの」
デボラと彼女の友人たちが見たものは何だったのだろう。あれは本当にUFOだったのか、
それとも幻覚だったのか、何かのみ間違いだったのか?あるいは純然たる空想の産物だっ
たのか、それとも作り話だったのか?ひとつだけ確かなことがある。UFOを探しに行っ
て数分以内に本当にUFOと出くわしたなどという前例は、これまでまったくないという
ことだ。にもかかわらず、当時、事実について客観的な調査を行っていたはずの人々が全
員、当時のデボラの話をそっくりそのまま信じていたのである。

西ウェールズ目撃事件の中でも最も広く報じられたものが、リッパーストン農場の事件である。
この一連の事件は、果たして客観的調査に耐えられるものなのだろうか?何よりもまず驚
かされるのは、クームズ家には、たんなる近所ではなく、まさに彼らと隣り合わせの家に住む
隣人がいたという事実である。事件が起きたとされる期間、ブライアンとキャロラインのクラス夫妻は彼
らのすぐ隣に住み、ビリー・クームズと同じ農場で働いていたのだ。ところが、まったく信じが
たいことだが、事件についてこのクラス夫妻に意見を求めた記者や研究家は誰一人いなかった
のである。彼らが直接巻き込まれた唯一の事件、すなわち2人の外国人が来訪したという
不気味な一件では、この出来事にまったく誤った歪曲を加える虚偽の証言を、クラス夫人にさ
せる結果になっているのである。

255:2008/07/20(日) 16:47:11 0

 牛の瞬間移動の事件は、明らかに作り話の事件によって脚色されたものである。農場主
ビリークームズの同僚は2人とも、リッパーストンの牛がしょっちゅう逃げ出して近所の農場へ迷い込
んでいたと証言していた。では、牛たちはどうやって誰にも気配を気づかれずに彼らの家
を通り過ぎたのだろうか。「そりゃそうだよ」とビリー・クームズの隣人は断言した。「風
が吹いているときは物音は聞こえないし、テレビやラジオがついていればなおさらさ」リッパースト
ンでは、このほかにも奇妙な出来事が起きているが、客観的に観察してみると、それほど不
可解な問題でもないことがわかる。たとえば、不思議な力が機械類に作用して、一年の間
に5台も車が壊れてしまっていることになってる。クームズ氏を知る人々は、一介の牧夫が何

台も車を買い換えるような金を持っているはずがない、と指摘している。彼はスクラップ置き場
から廃車を買ってきて、精一杯の修理を施し、車が完全にだめになるまで遣いつぶしていた
のである。一家のテレビがやたらと故障ばかりしていたことにも、同様の説明が成り立
つ。以上に高い電気料金については、近所の人がこう証言している。クームズ家では、いつも
ドアや窓を開けたままでセントラル・ヒーティングをつけっぱなしにしている、と。

もっとも衝撃的な事件の一つが、4月22日の夜にクームズ家の今の窓の現れたなぞの怪人で
ある。このとき、現実に何かが起きたことは間違いなさそうだ。

真夜中にクームズ氏から電話を受けた農場主は、彼が本当におびえていたと語っている。しか
し、いったい何におびえていたのだろうか?

256:2008/07/20(日) 19:17:53 0

これより少し前のこと、土地の男が2人のヘイブン・フォート・ホテルを通りかかった。ここの
女性経営者がホテルの敷地内でUFOと2人の人影を目撃したと報告したばかりのころだっ
た。衝動的に彼らは彼女をからかってやろうと思い立った。彼らは雰囲気を盛り上げるた
めに懐中電灯まで使って、まがまがしい格好でホテルの周りを歩き回った。後にクームズ家に現
れた怪人も、これと同じ2人の仕業だったのではないだろうか。クームズ家に現れたいたずら
犯人の正体については衆目の一致するところだが、彼らはいまだに共犯関係を公に認めて
はいない。従ってこの解釈も、あくまで推測の域を出ない。しかし、現在地元では、この
いたずら説が一般に有力である。類似の過誤や誇張を1つ1つ取り上げることはできないが、
スタック・ロックスの衝撃的な目撃事件には触れておかなくてはなるまい。残念なことに、こ
の事件に関するさまざまな報道記事にはとりわけ顕著な食い違いがあり、正確に述べるこ
とは不可能である。ともあれ、推定される事件のあらましは、次のようなものである。
        ,, -‐- ,,
           ./      ヽ       
          /      u'  ',       
        _ /¨`ヽ  {0}   .|
       /´ i__,,.ノ     u' |         
     /'    `ー-        ', <ドキドキドキ、、、、、      
    ,゙  / )  ノ   u'      '、
     |/_/             ヽ       
    // 二二二7    u' __     ヽ
   /'´r -―一ァ"i   '"´    .-‐  \   
   / //   广¨´  /'      /´ ̄`ヽ ⌒ヽ    
  ノ ' /  ノ   :::/      /       ヽ  }
_/`丶 /     ::i       {:::...       イ 
257、空に輝く閃光:2008/07/20(日) 19:18:55 0




10月のある日の夕方、ポーリン・クームズは母親と子供を車に乗せてリッパーストンに帰る途中だっ
た。このとき、彼女の母親が、円盤型のUFOがスタック・ロックスへ向かって頭上を飛んでいく
のを目撃した。スタック・ロックスは、本土から少し離れた沖合いに浮かぶ岩礁である。UFOは
その岩場の上を旋回すると、2枚の引き戸のようなものの間をすり抜けて岩の中に飛び込
んだ。

彼女たちは不安に駆られながら家へ向かった。彼女たちが家に着くと、すぐに電話がなっ
た。ヘイブン・フォート・ホテルのグランビル夫人からだった。夫人は空に輝く閃光を目撃し、双眼鏡を
持ってきてスタック・ロックス(夫人の所有地だった)の様子を確かめたのだそうだ。すると、岩
をよじ登るいくつかの人影が見えたので、クームズ夫人も何かそれらしきものを見かけなかっ
たかと尋ねてきたのである。クームズ夫人は子供たちをつれてすぐに農場を出ると、見通しの
聞くがけの上にまで行った。

当時の記事によれば、彼女たちはがけから戻ってくるとグランビル夫人の目撃内容を裏付ける
証言をしている。ところが、さらに詳しく調べてみると、実際には彼女たちががけから戻
る途中、子供たちだけが先に駆け出して母親より一足早く家へ帰りついた。隣人のキャロライン・
クラスが、何か見えたかと息子のカロラインに尋ねたところ、彼女は何も見えなかったと答え
た。ところが遅れて帰ってきたクームズ夫人は、岩礁の上に階段のようなものをよじ登る人影
を確かに見たと断言した。
258、空に輝く閃光:2008/07/20(日) 19:20:22 0



これをどう考えたらよいのだろうか。スタック・ロックスはヘイブン・フォート・ホテルから約5kmはなれ
ており、この距離では動くものをつぶさに観察することはできそうもない。特に夕暮れ時
は、岩礁の本土に面する側は陰になってしまう。しかも、岩礁のホテルに面する側とクームズ夫
人が見た位置とは角度に90度もの開きがあり、彼女に同じものが見えたとは考えにくい。
グランビル夫人は閃光に驚いてスタック・ロックスを見たと説明しているが、これも説得力に乏しい。
というのも、セント・ブライズ湾上空は、近くのブローディにある英国空軍基地から発信したジェ
ット機が絶えず飛行しており、その上スタック・ロックスは基地に着陸する航空機の飛行コース上
の目標にもなっているからだ。スタック・ロックスの上空には、1日に幾度となく閃光が目撃でき
るに違いない。

もう一つ忘れてはならない。クームズ家の人々が最初に閃光を目撃したのは、舗装していない
でこぼこ道を車で走っている最中だったはずだ。すると、車の中からは断続的にしかスタック・
ロックスは見えない。この地点も、スタック・ロックスからは3kくらい離れていたはずだ。BBCの記
者がこの目撃の原因となりそうな対象物が何かないかと、岩礁まで行って確かめた。何も
見つからなかったが、一つ注目すべきものがあった。クームズ一家が円盤が岩の中に飛び込ん
だのを目撃したと思われる地点と、同じ角度の側へ回ってみると、大きな板状の岩が二枚
並び、その間が暗く影になっていた。彼らは、この岩を引き戸と見間違えたのかもしれな
い。
259:2008/07/20(日) 19:22:18 0

最後に、ポーリーン・クームズには目撃者としてどれだけの価値があるのだろうか。彼女が生まれ
つきの霊能力者かもしれないとにおわせる経緯もあったが、同時に暗示にかかりやすい性
質か豊かな想像力の持ち主とも考えられる。1977年の事件からしばらくして、著名な
UFOコンタクティー(被接触者)の特集番組がテレビで放送されてまもなくのこと、クームズ夫人は、
自分も異星人の宇宙船に乗せられて飛行したことがあると、キャロライン・クラスに打ち明けている。
ここにあげた調査結果は「ジ・アンエクスプレインド」誌のために特に行ったものであり、報告の
内容を覆そうという意図はなく、ただ真実を確認するためのものである。こうした誇張や
手落ち根拠のない歪曲や明らかなうその寄せ集めを掘り下げてみると、あまりにも予想外
で拍子抜けしてしまう。さてこうなると当然、1977年の西ウェールズのフラップには、何
がしかの真実が含まれていたのだろうかと疑いたくなってくる。

幸いなことに、こうして明らかになった事実がすべて期待を裏切るものばかりではない。
マスコミや英国UFO研究協会代表フランドル・ジョーンズ・ピューに自分の体験を語った目撃者たちの
うち、かなりの人は確信に満ちた態度で申し立てており、彼らが目撃したものは本物のU
FOだと考えても差し支えなさそうだ。こうしたケースの中から、一つ代表的な例を挙げてお
こう。

3月26日土曜日、午前8時少し前のことだった。ジョセフィン・ヒュイソンは、ロウアー・ブロードムア農
場にある自宅の寝室の窓辺に立っていた。このとき彼女は、家の前まで回りこんでいるドラ
イブウェイのすぐ先の畑に、幅15mくらいの大きな物体があるのを見た。その大きさは、後
ろの温室がほとんどそっくり隠れてしまうほどだった。それは丸みを帯び、3つの層を重
ねたような形だった。基部は幅広く、その上の層は丸く盛り上がり、一番上はドーム型をし
ていた。全体は、ヒュイソン夫人の言葉を借りると、「山形のゼリーを押しつぶした」ような格
好だった。表面はすべすべとし、ずんぐりとした感じで、アルミニウムのような色だった。まっ
たく音を立てず、動いている気配もなかった。完全な白昼下の出来事だったが、空はうす
曇りだった。したがって、温室に反射した日の光で彼女の目がくらんだという仮説は成り
立たない。
260、忘れがたい不思議な出来事:2008/07/20(日) 19:25:49 0

彼女は約二分間この物体を見つめていたが、誰か別の人間に知らせるべきだと気づいて、
子供たちを起こしに行った。が、彼女がもう一度窓の外を見たときには、物体は消えてい
た。



忘れがたい不思議な出来事

ジョセフィン・ヒュイソンの証言は、立証することも否定することもできない。しかし現場へ行って
みると、彼女が何かを誤認したと考えられるような対象物はまったくない。彼女は現実に
存在する何かを見たのかもしれないし、幻を見たのかもしれない。そして、彼女の幻覚だ
ったと考える根拠もなさそうだ。この事件似たいする彼女自身の見解は、現在でも控えめ
で客観的なものである。彼女にとって、あの朝自分が何かを見たのは事実であり、いまな
おあの時見たものは現実に存在するものだと思っている。一部の記事には彼女がおびえて
いたと報道されたが、彼女は自分の見たものに対してまったく恐怖は抱かなかった。ただ、
忘れがたい不思議な体験となったのである。

西ウェールズのフラップは、人間の本質をさらけ出す不幸な結果となった。事件にかかわった
人々の中には、他人から聞いた話を何の疑問も持たずにすっかり信じ込んでしまう単純な
人もいれば、客観的調査をしているとくちでは言いながら己の無能振りと先入観の強さだ
けを証明した人もいた。証拠を提供してくれた人の中にも、どうにも信用しかねる人や、
意図的にうそをついている人らしい人もいた。本当の超常現象を体験したのは、ジョセフィン・
ヒュイソンのようなごく少数の人たちだけのようだ。しかし、事件の取り上げ方があまりにもず
さんだったために、ありとあらゆる過誤と無責任、作り話と虚言の元に、真実が埋もれて
しまったのである。 
261、犬丸にゃん太:2008/07/20(日) 19:34:54 0

121 KBget

実はウェールズは、度々繰り返されてきた、進行復興運動の中心地で、

様々な種類の超常現象が昔から報告されている場所なんです、、、。

262:2008/07/20(日) 19:39:17 0



    /.:.:.:.:.:.:;.:.:.;.:.:.:i.:,へ:.:.、:.、:.:.:.:゙,
     /.:.:.:.:.;.:.:.!:.:.|:.:l.:|.:{ l:ト;⊥_!:.i:.:.:i
.    l.:.:!.:.:.:l.:.:|!:,ィチ厂i| |l | 」_「ハ:.:.l
     !.:|.:/.:.{:l.:lヘ |!- ミヽ  1::d〉ヽ:.ト
     l.:!/:.:.;;}:l:.:lYち::::!   ,`´,, レ⌒ヽ  , - 、 わくわく、、、
    >'ヌヽf ハ:.lヽ `゙´  _.. -    i   ! /   i    
    Yl::|Yヽ、キi:l  '''  l  |   イ:! |l/ /  ノ
     ノ|::| !N:.:.:.:.:>-_ ._ゝ-_ イl|::」 | |! レ/
    `l:::´j:.|z<リ〈rー―tコ' ̄ 〉‐y´    `ヽ
     'yVノ_゙ゞッ.ヽ, /Fiヽ、人l  ’    ・ }
       }  `ヽキ Y゙イ |~i,_..ィ゙ ヽ、 x _ _.ノ
       〉   ゝメーイ卅 }  , '7` ー 'ェ ヽ
       l   _\ `゙ッ゙´  /./    |三〉
ノ⌒ー-ァyヽj  ´   ̄ ヽ、_ , ュ/ .    !  l
‐  ー F  =\         ツ} 彡    !  j、
263:2008/07/20(日) 19:43:12 0

1905年のウェールズの信仰復興運動は異彩を放っている。その理由は、ケビン・マクルアの説明
によると、この運動の中心人物メアリー・ジョーンズ女史が、ウェールズの片田舎のあちこちに神秘の
光を集めることができたからである。



おそらく、これまでウェールズで報告された現象の中で最も驚くべきものは、エグリンの謎の光で
あろう。しかし、現在では、この光やそれが与えた霊感、そして幻想的な伝道師メアリー・ジョ
ーンズ女史のことを話す人はほとんどいない。メアリー・ジョーンズ女史の周辺で目撃された不可視
な光は、若き福音伝道師エバン・ロバーツが指導した1905年のウェールズのメソジスト信仰復興運動
を背景として現れたものだった。

ウェールズは長い間熱狂的な信仰復興運動の中心地だった。その結果、たとえ一時的にせよ、
多くの人々が改宗し人生のあり方について劇的な変革を経験した。最後の復興運動が始ま
る1904年9月のころには、伝統化した一つの型がすでに定着していた。1859年の大復興
(11万という驚異的な人の数が改宗したといわれている)以来、1866年、1871年、1882
〜1883年、1887年、1892年、1893年と、大きな地方の復興運動が続いた。

1905年の復興運動に関するある研究によると、「改宗者個々の人が救済を体験するという
神秘的な教養」が語られ、ここでは「罪の認識が感情の高揚を生み、その頂点で人は自分が
すでに救われていることを悟る」とされていた。伝道師は説教壇の上から罪人たちを糾弾
し悔い改めるものには天のみさかえが約束されるのだと、言葉巧みに吹き込んだ。信者で
あふれる礼拝会は、一度に何時間もぶっ続けで行われた。
265,百聞は一見にしかず:2008/07/21(月) 07:45:21 0

しかし、この復興運動に限って、まもなく特異な性格が見られるようになった。エバン・ロバ
ーツは、彼独自の戒律の基礎を、彼自身が直接天使やキリスト本人からから授かった幻視に置い
ていた。メソジスト派は、神秘主義やその他のカトリック的特質とは相容れない宗派であり、ロバーツ
は、彼独自の文字通りのお告げを重視する伝道方針を、厳しく批判された。こうした批判
もあって、後年になって当時の復興運動を覚えている人が少ないのだろう。確かに、フランス
のルルドやポルトガルのファティマなどのカトリック信仰の中心地では、聖母マリアなどの神霊が現れたと
いう話も珍しくはない。しかし、メリオネスシャーの敬虔なメソジスト教徒は、巡礼や霊場といったた
ぐいのものを好まなかったのである。

 しかし、エバン・ロバーツが展開した宗論も、ある驚異的な現象の前にささいなこととして色
あせてしまった。その驚異的現象とは、メリオネスシャー州(現在のグウィネスズ州)のバーマスとハーレフの
間にはさまれた小村エグリンの農夫の妻、当時35歳のメアリー・ジョーンズ女史にまつわるものだっ
た。

         百聞は一見にしかず

エバン・ロバーツが授かった幻視のような体験は、しばしば主観的であり、本人だけにしか体験
できないものである。したがって、本当にそうしたことが起きたのかどうかを証明するこ
とは困難である。しかし、メアリー・ジョーンズの場合はそんなものではなかった。彼女は、ほか
の人間お目にもちゃんと見える現象を引き起こしたのだ。彼女は幻視を体験し、いくつも
の動く光に囲まれ、人の姿をした神から託宣を授かった。彼女は、自分がメリオネスシャー州全土
に振興復興を押し広めるための巫女に選ばれたのだと固く信じた。こうした体験から、彼
女は地元の礼拝堂で夜の祈祷会を始めた。やがて、ほかの人々も光を目撃し、幻視を見る
ようになった。そして、彼らは改宗したのである。それぞれの新聞が独自の記事を報道し
たが、その第1報を伝えたのが、1905年1月13日付きの「カンブリアン・ニュース」である。この
記事は、彼女の改宗活動の成功を伝えるとともに、光の現象について触れ、彼女が見たと
主張していた光は最近まで彼女自身が考え出した伝道方法の一つと思われていたが、いま
ではほかの人々にも光が見えるようになった、と報じた。
266:2008/07/21(月) 07:47:53 0

先週ジョーンズ女史はペンサーンで行われた祈祷会に出席し,これに数百人の信者が集った。
この礼拝所は鉄道の路線から見える場所にある。マーハーンスレスの男が運転する汽車がちょうど
ここを通過しようとしたとき、ドンという大きな音とともに合体した。「もう二度とあんな
ものは見たくない」と、この運転手は自分の体験談の中でそういった。一緒に乗っていた
彼の助手もこの光を見ている。

すでにこのころは、ジョーンズ女史と彼女の光はカンブリアン海岸の一帯に知れ渡っていた。この
独自の戒律の出現は、有力各氏の記者を何人も、海とタリボント駅の中間にあるイスローフォードの小
さな農家に引き寄せたのである。ここで彼らは、普通の田舎女にしか見えない彼女の経歴
を調べてみた。そこでわかったことは、心霊現象や超常現象の中心になる多くの人々と同
様に、彼女が子供時代や青春時代に不幸な環境に育ったことだ。彼女は幼いころに両親を
なくし、姉に育てられた。やがてその姉も死に、メアリーは生涯2度と神を信じようとは思わ
なかった。

最初の晩の祈祷会は、ジョーンズ女史の星と光がはじめて現れた記念すべきものとなった。こ
の星の出現を予告するかのように、オーロラに似た光のアーテが現れた。アーチの一方の端は海まで
延び、もう一方は 丘の頂上まで延びていた。その長さは優に1・6kmはあった。そし
て、小さな礼拝所をあふれんばかりの穏やかな光輝で包んだ。それから間もなく、あのほ
しが現れ、その輝きで礼拝所を満たした。

同じ記事の中でエバンズは、この星や光には知性があるらしく、人や状況に反応していたよ
うだ、と書いている。

星は特定の家の上に浮かび、その家の屋根を、周囲の暗闇の中にくっきりと浮かび上がら
せた。エグリン分教区にこの光が現れると、必ずその家から改宗者が現れ、次の祈祷会に姿を
現した。、、、、、星は彼女が礼拝を行う礼拝所の屋根の上で静かに輝き、そのとき祈祷会の厳
かな雰囲気が著しく高められた。
267:2008/07/21(月) 07:50:05 0

キリスト教専門誌「ブリティッシュ・ウイークリー」の執筆者の1人エルベット・ルイス師は、、ほかの記録に
も、改宗者の出る家の上にそれに先だって光が現れるという同様の出来事が帰されている
と指摘した。彼は、バーマスのメソジスト派の牧師がこの事実を立証できるとし、ほかの人々もこ
の報告を真剣に受け止めるべきだ、と述べた。現地に赴いた記者の多くは、自らもこの光
の目撃者となり、そのほかの信頼できる目撃者の氏名と住所を紙面に載せることができた。
ベライア・エバンズの名が真っ先に活字になったのは、おそらく彼が地元の人間だったためだろ
う。1905年2月9日付の「デイリー・ニュース」の紙面に、次のような記事が載った。

お茶の後、私たちは3kmはなれた礼拝所まで足を運ぶことにした。同行のメンバーは、
私のほかにハーレフのルーウェリン・モーガン師とダフリンのロジャー・ウィリアムズ師、そしてもう一人であるジョ
ーンズ女子は外出着に着替えて同行した。彼女は外に出るとすぐに引き返してきて、こう告
げた。「もう少し待ちましょう。光はまだきていません」
5分後また外に出た彼女は、急いで戻ってくると言った。「出かけましょう。光が来ました
から」

この知らせを聞いて、それとわかるほどの動揺を見せたのは、メンバーの中で唯一の懐疑論者
だった。ちょうど私たちがカンブリアン鉄道の踏切を渡ったとき、ジョーンズ女史が南の空のほう
に注目するよう私たちを促した。彼女の話を聞いている間に、私たちと丘の中間の、目測
で3kmばかり先の地点に、突然、大きな輝く星が現れた。それは燦然たる白光で、ダイヤモ
ンドの輝きにも似た目を射るようなきらめきを、全体から発していた。

「汽車のライトじゃないのか」と懐疑論者が言った。
「いいえ」と答えたのはジョーンズ女史だった。
「汽車にしては場所が高すぎます」
まるでそれを証明するかのように、星は突然、山のほうへ向かって飛び上がると、次の瞬
間にはまたもとの位置に戻り、今度は猛スピードでまっすく私達の方へ向かってきた。そ
のとき、パーマスからやってくるまぎれもない汽車の轟音が聞こえてきた。
「やっぱり汽車だと思ったんだ」と懐疑論者が安堵のため息とともに言った。なんという
石頭だろう!
「いいえ」とジョーンズ女史はきっぱりと否定した。「汽車のライトはまたあそこまできていない
わ」
268:2008/07/21(月) 07:51:46 0


そして、最初現れた光とはずいぶん様子の違う別の光が、例の星よりもやや下方に見えて
きた。光は二つとも明らかに私たちのほうへ向かって突進してくる。汽車が間近にまで来
たとき、星のほうは消えた。轟音を轟かせながらすごい勢いで汽車が通り過ぎた。しかし、
星が消滅して助かったとばかりに懐疑論者がほっとため息をつきかけたとき、また例の星
が、先ほどより近くに現れたのだ。しかも、これまで以上にまばゆく輝いていたのだ。そ
して消えた。

「まだよ」とジョーンズ女史が言った。その一瞬後、たったいま星が消えた場所から3km離
れた山腹の上空に光がまた突然現れ、燦々と降り注ぐ陽光のようにヒースの茂みを照らし出し
た。光がまた消えたかと思うと、2kmほど離れた北の方向にまた現れ、私たちがこれか
ら行おうとしていた谷間を旋回していた。

そして、メアリー・ジョーンズの光は次々と姿を変え、やがていかなる論理的説明もできなくなっ
てしまうのである。

269、闇を照らす光:2008/07/21(月) 07:56:11 0

1905年のメアリー・ジョーンズのウェールズ伝道活動に寄り添った不思議な光は、一体なんだったのだ
ろうか。ここでは引き続き、宗教的熱狂をもたらしたこの奇妙な物語と、そのUFOとの
かかわりを取り上げることにする。そして、この光をまやかしだと主張した当時の説につ
いても考察してみる。


メリオネスシャーの女預言者ことエグリンのメアリー・ジョーンズ女史に関する目撃報告は、彼女が有名にな
るに連れて、地元紙や全国紙、および「オカルト・レビュー」などの記事に登場するようになる。
英国心霊研究協会(SPR)は、1905年の「会報」に、大きくページを割いて詳細な記事を掲
載しているが、この調査は郵送によるアンケートを使って行われたものだった。しかし、交霊会
や幽霊騒ぎに慣れた経験豊富な心霊研究家であっても、次のような報告を、果たしてどう
説明できるだろうか?その報告とは、「デイリー・ミラー」の通信員が、復興運動の祈祷会からの
帰り道で出くわした怪事件である。

先頭の車には、ジョーンズ女史とほかに3人の婦人が乗っていた。私の車には、明敏で抜け目
無いロンドン子の「デイリー・ミラー」のカメラマンが同乗した。私たちは急カーブを曲がり急な坂を下
りながら、川沿いや川沿いの薄暗がりの道を猛スピードで突っ走った。あの夜の恐ろしい
ドライブを、私は忘れはしない。私たちは押し黙ったまま、すでに5mの道程を走りすぎて
いた。私はすでにあきらめていた。もう真夜中だし、まもなくバーマスに着く。その時だ。突
然、何の前触れも無く、柔らかいかすかな光が足元の路上を照らし出したのだ。光はたち
まち私たちの周囲に広がり、まるでこの上なくやわらかいライムライトの光を浴びているかのよ
うに、幅18mくらいの範囲の小石や小枝が1つ残らず見えた。何か大きな物体が、空と
地面と中間でふいに口を開け、その内部から光を降り注いでいるかのようだった。ふと、
打ち上げ花火だろうかとも思ったが、それは似ても似つかぬ代物だった。私はすぐに空を
見上げたが、すでにその光は頭上の空で薄れ掛けていた。それは、灰色の楕円形の物体で、
半ば開いたその開口部から白い光の核をのぞかせていたようだった。その開口部が閉じた
とたん、すべては再び闇に包まれてしまった。
270:2008/07/21(月) 07:59:45 0


1905年に、いったい誰がUFOのことを知っていたのだろうか?
この一行は、また別の現象も目撃している(この件については、ベライア・エバンズとダフリンの
警官の証言も残っている)。1905年の初め頃、礼拝所の近くの道路沿いには、好奇心に駆ら
れた見物人が、例の光が現れるのを期待して毎晩集まっているらしい。「デイリー・ミラー」の記
者は、こう語っている。

 ちょうど幅1mくらいの、この上なく明るい青い光の棒だった。それは、礼拝所から数メ
ートル離れた道路でギラギラと輝いていた。棒は、ほんのしばらく道路の反対側にとどま
っていたが、やがて棒の一方の端の塀に向かって伸びてきた。それは塀を乗り越えてはこ
なかった。私たちがただ呆然と見ていると、ちらちら振動するきらめきが棒の端から端ま
ですさまじいスピードで走り、そのまま何もかも消えてしまった。

 また、「デイリー・メール」の記者は、バーマス駅から徒歩で数キロ行ったところで、こういう体験
をしている。

 礼拝所の上空に火の玉が浮かんでいた。それはどこからともなく、瞬時にしてそこに現れ
た。火の玉はじっと動かず、強烈な黄色い光を放っていた。私の目測では、礼拝所の2倍
の高さ、地上から15mくらいの位置にあったようだ。火の玉は1分半ほどそこにいて、突
然消えた。そのまま何分か過ぎたところ、2つの光が礼拝所をはさんで両側に突然現れた。
その光は互いに90mくらいの距離を隔て、礼拝所の屋根より30mくらい上にあった。そし
て30秒くらいさんさんと瞬きもせずに輝いていた。それから、この二つの光は明滅し始め
た。10秒間ほどして、明滅をやめた。この距離から見ていると、大きなまばゆい自動車の
ヘッドライトのようだった。
271:2008/07/21(月) 08:00:53 0

 こうした報告例はいくらでもある。しかし、星や光と称されたこの現象の正体を知るため
に、本当に役に立つのだろうか。どうすれば原因を探っていけるだろう。現実に実態のあ
る光が存在したのだろうか?  それとも、ジョーンズ女史の信奉者たちは、彼女に光が見え
るといわれ、その暗示の力で幻を体験しただけなのだろうか? 星や光が見えたのは、彼
女が現場にいたときだけだったのではないのか?この現象が起きたのは、小さな一地域だ
けではなかったのか。もしそうなら、礼拝所の近くにある沼地が解明の鍵になるのではな
いか?つまり、こうした光は、沼から沸いたガスが自然発火したものではなかったのだろ
うか?
272、解きがたいなぞ:2008/07/21(月) 08:04:53 0

もし本当に、この現象がエグリン礼拝所の周辺だけで起きたものだとすれば、目撃報告された
ものについてはいくつかの仮説が考えられる。たとえば可能性の1つとしては、だれかが、
人を担ぐために礼拝所の裏の丘にランタンを持って登った、ということも十分に考えられ
るだろう。あるいは、礼拝所そのものの明かりや、この地区に点在する農家の灯、遠くの
セント・タッドウォール燈台の光などを見間違えたのかもしれない。1980年代のUFO研究家にとっ
てはよく見れなかった光も、この時代にはまだほとんどいなかったはずだ。自動車のヘッドラ
イトは珍しかった。その反面、汽車のライトは蒸気機関の騒音のせいで間違えようが無かっ
た。さらに、飛行機の音は(特に夜間は)ほとんど聞こえなかった。

しかし、ウェールズの光を分析していくと、おいそれとは片付かない問題点が出てくる。この
星や光の出現や、さらにその後起きるほかの異常現象は、どう見ても、メアリー・ジョーンズの存
在と関係ありそうだ。それに、こうした現象が目撃された場所には、地理的制約がまった
くなかったようだ。1905年4月20日付の「バーマス・アドバタイザー」に、次のような記事が載
っている。

メリポネスシャーの女預言者こと、エグリンのメアリー・ジョーンズ女史は、今週レクサム分教区で復興運動の祈
祷会を行っている。月曜日の午後の祈祷会に出席した婦人数人は、ジョーンズ女史が説教をし、
祈りをささげている間、彼女の頭上に光が浮かんでいるのを見た、と断言した。

夜の会では、彼女が盛んに熱弁をふるい、一心に祈りを捧げている間、礼拝所にいた大勢
の人が光を目にした。最初は、彼女が説教を始めてまもなく、稲妻のような光がきらめい
た。2度目は、彼女がエグリン分教区の光について説明を始めたときに現れた。そして3度目
は、彼女が祈りをささげているときに見えた。彼女は説教の途中でこう語った。これまで
彼女が訪れる場所には必ず光が現れたが、2つだけ例外があった。でも今はもう、光が自
分についてこない場所には、神が自分を導かないことが分かってきた、と。光を伴う彼女
の来訪は、その分教区に一大センセーションを引き起こした。レクサム(現在はクルウィド州に属
す)は、ウェールズ地方の中ではエグリンの反対側に位置する。
273、燃え盛る2本の腕:2008/07/21(月) 08:08:19 0

1905年7月23日、ジョーンズ女史が近くに伝道にやってきてから3週間ほどたったころのこ
とだった。若者のグループが、グラモーガン州のポンティープリーズの近くのイニシブウルで行われた祈祷
会から帰宅する途中、驚くべき体験をした。彼らは地元紙の記者にこう語った。「空にとて
も大きな輝く火の玉が現れたんです。それには、地面のほうへ突き出したまぶしく輝く2
本の腕がありました。この腕の間に、ほしずくのような光がいくつか現れて、明滅しなが
ら揺れてました。10分くらいそのままでしたよ」

タイラースタウン医師が、SPRの質問に答えて、1905年5月27日に起きた事件について詳述し
ている。

土曜の夜、午後十時ごろのことです。私は妻といっしょに帰宅の途中でした。妻が、リバナス
礼拝所の上空に山腹近くで輝いている光に気づき、私に教えてくれたのです。それはチーズ
皿くらいの大きさの火の玉のようでした。それはじっと動かずにいました。私はすぐに、
この火の玉の位置に注意しました。まさか、山の上に誰かが明かりを持ってたっているわ
けではなかろうと、その可能性の有無を確認しようと思ったのです。

その場所は道からずいぶん離れていました。

1905年4月、ランゴレン地方の3人の牧師が独自の調査結果を「バーマス・アドバタイザー」に提供
した。この3人は、ディー・バレーのある地区を視察に行った。ジョーンズ女史は、この土地
では宗教上の悩みを抱えた人の家の上に光が現れるのだと語っていた。そこで彼らは、「大
きな火の玉が2つの地上から上昇し、突然、赤い光をほとばらせて飛び散った。3つ目は、、、
同じような光がブロンシーシルトのほうへ飛んでいった」のを見た。3人とも「女預言者の来訪に
伴って起きた何か不思議な現象を身をもって体験した」と確信した。ウェールズ全土の目撃者
から寄せられた、冷静で信頼性の高い数多くの報告とあわせて考えると、このケースも現実に
起きた神秘的現象と見て間違いないだろう。いたずらのケースには当てはまらないようだ。
これまでにUFOとの関連をほのめかした新聞も何紙かあるし、この信仰復興運動に伴っ
て起きた現象と、その他のすでに立証された超常的事件との関連は明白である。次の「オカル
ト・レビュー」の記事が、事件の規模の大きさを暗示している。

http://etc7.2ch.net/test/read.cgi/esp/1199580812/61-73
http://etc7.2ch.net/test/read.cgi/esp/1199580812/123-136

この近所に住むこの上なく聡明な若い婦人の寝室に黒服の男が3度続けて現れた。男の外
見は、ジョーンズ女史が見た悪魔のものと一致している。ところがこの怪人物は、このことを
人に話してはならないと、この夫人に口止めしている。同じころブリンクラッグでも、同じよう
な奇怪な幽霊の現れる事件があった。これと出会った土地の職人は、驚いて思わず祈りの
言葉を口にした。すると、ジョーンズ女史の不思議な光が上空に現れ、白い光線を放ってその
幽姿を射抜いた。そのとたん、幽姿は消えてしまった。そこからほどとおくない鉱業の中
心地アバージノルウィンにも、同様の事件があった。その幽姿は、最初の男の姿で現れたが、やが
て大きな黒犬に変身した。
275白からす黒ひつじ:2008/07/21(月) 08:14:32 0


大宇宙の盗人、大暗黒宇宙の番人  >>

違うな逆か、、、、大宇宙の番人、大暗黒宇宙の盗人、、か、、、、。

276世界@名無史さん:2008/07/21(月) 14:31:42 0
子供の時本で読んだ、アメリカの呪いの石を検索してみたら
かなり誇張された話だとわかってがっかり。
(そもそも石ではなく柱だったし)
今の時代、海外ネタでも検索すればすぐに
真偽がわかるから、いいのやら悪いのやら。

一般に流布されてる内容↓
動かす者を死に至らしめる、奴隷たちの怨念が宿った呪いの石
ttp://ryoshida.web.infoseek.co.jp/kaiki2/117noroinoishi.htm

真実↓
The "Haunted Pillar" Fifth and Broad Augusta, Georgia
ttp://asylumeclectica.com/asylum/sightseer/us/ga/augusta/pillar.htm
277消え行く星:2008/07/22(火) 17:40:11 0




メアリー・ジョーンズの周辺で、不思議な光がきらめき空を漂っていた時期、エグリン地方ではほか
にも奇妙な出来事が報告されている。これは単なる偶然の一致なのか?それとも、こうし
た現象もすべて、ジョーンズ女史がもたらしたものなのだろうか?

1905年にメアリー・ジョーンズの周辺に現れたこの種の光は、ウェールズの北西部ではそれ以前にも目
撃されていた。「バーマス・アドバタイザー」は、1800年ごろ発行されたウェールズ雑誌に、次のよう
な記述があるのを見つけた。

1962年に海を越えてやってきた怪火が、ハーレフ一帯の干草の山や小麦や納屋に火を、か
け牧草を汚染した。ところが、その怪火に包まれても、人間には害がなかった。この現象
は、何ヶ月もの間、夜間同じ場所で、主に土曜日と日曜日に起きた。この怪火を消滅させ
る、または追い払う唯一の手段は、角笛やラッパを吹き鳴らしたり銃弾を浴びせかけること
だった。

英国心霊研究協会(SPR)のために調査を行っていたフライヤー師は、これと同じような報告
を発見している。それによると、1869年および1875年、1877年に、青い光や
白い光がカンブリアン海岸沿いの各地にあれ割れたというのだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E9%9C%8A%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%8D%94%E4%BC%9A
278:2008/07/22(火) 17:42:00 0


もしこうした光に関する当時の調査がもっと徹底していたなら、1905年に現実に何が
起きたのかを、今なら解明できたのかもしれない。現実にわれわれにできることは、ただ、
目撃者がどれほど信頼できるかを吟味し、それらの報告に共通する特徴を探り出すことだ
けなのだ。

デイリー・メール」は、高名な科学者の息子であるレッドウッド氏を調査に派遣した。彼は、大気中
の異常な電気的状態を検出できるある種の装置を、エグリン礼拝所から約2kmの場所に設置
した。彼は激しい雨の中で何時間も待ち続けたが、これといった結果は何も記録できなか
った。ただ、二人の別の観測者から突然の来週を受けただけだった。この2人は、彼のラ
ンプの明かりを例の奇跡の光だと思い込み、写真に取ろうと駆け寄ってきたのである。

全国紙の中では、唯一「マンチェスター・ガーディアン」だけが、記者を派遣して目撃者からじかに話
を聞き、現実に起きている事件の真相を探ろうとしたらしい。この現地視察員の働きによ
り、1905年2月14日付の「神秘の光は現実か幻か」と題した記事が載った。この記
事は、当時の復興運動における光の役割について考察した後、こう結論づけている。

だれも尊厳をこめてジョーンズ女史について語り、光のことを聞くと、彼女の多くの隣人が笑
顔で答えた。彼はいつも空を見渡しているが、光を二つ見かけた、という男がいた。その
光は星でもランプの光でもなかったが、彼の考えでは、月の光が屈折してそんな風に見えた
のだろうということだった。さらにこの男はこう付け加えた。「おれは、ジョーンズさんが復
興の祈祷会に出かけていくところをしょっちゅうみかけるけどねぇ。でも、光がいっしょ
についていくとこなんか見たことないよ、、、、、、」

光の存在をすっかり信じきっているある婦人は、ある夜礼拝所に入っていくとき大きな星
を見た、と語った。「月ぐらいもある大きな星でしたよ。そう、本当にそれくらいだったわ。
青みがかった色をしてましたよ」2時間後、彼女が礼拝所から出てきたときには、その星
は消えていたそうだ。
279:2008/07/22(火) 17:45:26 0
この光の実在を立証するには、その原因に関する十分な調査の実地が望まれよう。同じ現
場にいても、光が見える人と見えない人がいるらしい。

たしかに、この光に対する地元の受け止め方はまちまちだったようだ。最初はこの減少に
熱狂していた人の中にも、後になって世間体を気にするものも出始め、その引け目から地
元の人々をやゆするような態度を示すものもいた。アベリストゥウィスで発行されている「カンビリア
ン・ニュース」に、そうした変節が見られる。同紙は、トレルドールに現れた光について報じた後、
1905年2月24日付きの紙面で次のように論評している。

驚く星を見た人は、自分が慢性アルコール中毒にかかっていると考えたほうがよさそうだ。
アルコール中毒が実際には危険である。もしノックの音まで聞こえるようになったら、いよいよ危
ない。もうじき、壁にクッションを張った、外から鍵のかかる個室に閉じ込められるだろ
う、、、、。

1905年1月10日付の「タイムズ」の記事は、率直には、宗教妄想を伴う患者がすでに1
0人入院している。1人ないし2人には回復の兆候が見られるが、そのほかの患者は、全
体的に見てかなりの重症だといわれている」
      /.:.:.:.:.:.:;.:.:.;.:.:.:i.:,へ:.:.、:.、:.:.:.:゙,
     /.:.:.:.:.;.:.:.!:.:.|:.:l.:|.:{ l:ト;⊥_!:.i:.:.:i
.    l.:.:!.:.:.:l.:.:|!:,ィチ厂i| |l | 」_「ハ:.:.l
     !.:|.:/.:.{:l.:lヘ |!- ミヽ  1::d〉ヽ:.ト   <<あらまっ!、、、。
     l.:!/:.:.;;}:l:.:lYち::::!   ,`´,, レ⌒ヽ  , - 、 
    >'ヌヽf ハ:.lヽ `゙´  _.. -    i   ! /   i    
    Yl::|Yヽ、キi:l  '''  l  |   イ:! |l/ /  ノ
     ノ|::| !N:.:.:.:.:>-_ ._ゝ-_ イl|::」 | |! レ/
    `l:::´j:.|z<リ〈rー―tコ' ̄ 〉‐y´    `ヽ
     'yVノ_゙ゞッ.ヽ, /Fiヽ、人l  ’    ・ }
       }  `ヽキ Y゙イ |~i,_..ィ゙ ヽ、 x _ _.ノ
       〉   ゝメーイ卅 }  , '7` ー 'ェ ヽ
       l   _\ `゙ッ゙´  /./    |三〉
280:2008/07/22(火) 17:46:28 0

超常的事件は、進行復興運動や伝道師の存在、ジャーナリストの調査とかかわりなく、常に報告
されている。一般に、こうした体験をしても、それを公表するのはごく一部の人である。
1905年に通常よりも高い率の目撃者が名乗り出たのは、マスコミの関心や復興運動の熱狂
が彼らをそう仕向けたと考えるべきだろう。ほかにも異常な事件に関する報告は、数多く
研究家のもとに届いている。SPRの調査によると、ある牧師は、荒れ果てた丘の中腹で
賛美歌を合唱する歌声を聞いている。モントゴメリーシャーでは、協会で礼拝の最中に鐘が鳴ったり、
だれもいない道で歌声がしたり、不可解な雷鳴がとどろいたりするのを、いろいろな人が
耳にした。マイステグの聖職者の話では、若い教区民が協会で祈りをあげている最中に、その
場にいない父親の死を突然知ったのだそうだ。1905年はじめころだと思われるが、こ
ういううわさが流れた。ある婦人が、火柱のもとにエグリン礼拝所が現れるのを見たというの
である。やがて、それは目に変わり、2つに分裂して、落下した。そして、今度は人間の
姿らしいものに形を変えたのだそうだ。

ウェールズでは少しばかりなの知れたある老齢の吟遊詩人が、これに似た体験をした。彼は、
酒の誘惑にはどうしても勝てない人物だった。彼がふと気づくと、いつの間にか見知らぬ
土地にいて、飢えた野獣たちがいまにもかれに食いかかろうとしていた。彼は、不思議な
人物の手でこの窮地から救い出された。彼はこういった。「わしは自分の神の姿を見たんじ
ゃ」彼は酒を断ち、復興運動の間、伝道活動の従事した。そして、かつての楽しき仲間た
ちを何人も教え諭したのである。
281、歳月の壁:2008/07/22(火) 17:48:01 0

改宗者たちがこうした幻視を見た地域と時期は、光が現れたのと同じ土地で、同じ進行復
興の熱狂の最中だったが(こうした出来事を報じたのも同じ新聞雑誌だった)、おそらくこ
れらはまったく別の現象だったのだろう。






歳月の壁

メアリー・ジョーンズにまつわる光を評価するには、乗り越えなければならない数多くの問題があ
る。この現象がおきてから、もう何十年の歳月がたってしまった。事例の数は多いが、そ
の大部分は日時が不明で、SPRへ持ちこまれた報告も匿名のものが多い。したがって、情
報としての価値を評価するのが難しい。光が目撃されたときの天候の状態やそのほか必要
不可欠な要素については、ほとんど知ることができない。目撃された光に関してはさまざ
まな仮説が考えられる。セント・エルモの火(地表の突出部に現れるコロナ放電現象)や、沼のガス
の自然発火、球電、燐光、蛍の光と、実にさまざまな説が考えられる。あるいは、金星か
セント・タッドウォールの灯台の明かりを見間違えたのかもしれない。仮説は立てられるのだが、こ
れ以上は調査を進めることはできない。この中のどれをとっても、ある特定の事件の原因
になったりならなかったりする。筆者がタリボント(エグリン近くの村)で休日で1日費やして分
かったことは、地元には、ジョーンズ女史や彼女にまつわる現象について覚えている人はほと
んどいないということだ。地元の人々は、「誰かが野原でランプをかざしていたのだろう」と
か「割れたガラスに月の光が反射したのだろう」というだけだった。
282:2008/07/22(火) 17:50:02 0

この現象を客観的に評価するための鍵は、ジャーナリストや聖職者たちが語った例の独自の戒律
に隠されている。これは、正真正銘の超常的事件が起きたことを裏付ける十分な根拠にな
りそうだ。事件の大部分は、輝く白い光やそのほかの色とりどりの光がさまざまな形状で
現れ、まったく不可解な行動をするというものだった。光が目撃されたこと、そして一見
意図的な動きをしたことは、どうやら確かなようだ。これについて「ガーディアン」は「証拠
は腐るほどありそうだ」とのべている。

すると、もし超常的活動をするこの光が現実の存在した、あるいはその存在を目撃したと
するなら、光はなぜ、どうやって、こんな行動をとったのだろうか?光はどこからやって
きたのか?何者が光の行動を指図していたのか?そして光はどこへ消えたのか?

こうした疑問に対する明確な答えはないが、おそらく、この光がその出現と行動によって
成し遂げた成果が、最大の手がかりになるだろう。それは、ジョーンズ女史本人の野心に他な
らない。彼女の野心とはメリオネスシャーの信仰復興運動を広めるための巫女として認められるこ
と、そして、自分の地元の礼拝所で伝道活動を成功させること、であった。光は彼女の名
声を高めるための手段であり、彼女の伝道活動の驚異的拡大の土台となった。彼女は、自
分の信仰が光を生み出し、人々を改宗させる力を自分に与えたのだと信じていた。

しかし、超常現象ではあっても、この光の実態について論じるとすれば、考えられる解釈
はたった2つである。罪人を改宗させるために、神が自らの力を誇示したのか。それとも、
異常なことに変わりないが、もっと物質的な要素が原因だったのか。要するに、実際に人
の目に見える制御可能な現象を引き起こしたのは、意図的または無意識的意志の力によっ
て生じた何らかの電気エネルギーだったのではないだろうか。そうなると、もはやこれは、
ポルターガイスト(情緒面に問題を抱えている人の周辺で発生するらしい)、すなわち心霊主義の
物質的現象と考えるほかなさそうだ。
283:2008/07/22(火) 17:51:03 0

この現象を客観的に評価するための鍵は、ジャーナリストや聖職者たちが語った例の独自の戒律
に隠されている。これは、正真正銘の超常的事件が起きたことを裏付ける十分な根拠にな
りそうだ。事件の大部分は、輝く白い光やそのほかの色とりどりの光がさまざまな形状で
現れ、まったく不可解な行動をするというものだった。光が目撃されたこと、そして一見
意図的な動きをしたことは、どうやら確かなようだ。これについて「ガーディアン」は「証拠
は腐るほどありそうだ」とのべている。

すると、もし超常的活動をするこの光が現実の存在した、あるいはその存在を目撃したと
するなら、光はなぜ、どうやって、こんな行動をとったのだろうか?光はどこからやって
きたのか?何者が光の行動を指図していたのか?そして光はどこへ消えたのか?

こうした疑問に対する明確な答えはないが、おそらく、この光がその出現と行動によって
成し遂げた成果が、最大の手がかりになるだろう。それは、ジョーンズ女史本人の野心に他な
らない。彼女の野心とはメリオネスシャーの信仰復興運動を広めるための巫女として認められるこ
と、そして、自分の地元の礼拝所で伝道活動を成功させること、であった。光は彼女の名
声を高めるための手段であり、彼女の伝道活動の驚異的拡大の土台となった。彼女は、自
分の信仰が光を生み出し、人々を改宗させる力を自分に与えたのだと信じていた。

しかし、超常現象ではあっても、この光の実態について論じるとすれば、考えられる解釈
はたった2つである。罪人を改宗させるために、神が自らの力を誇示したのか。それとも、
異常なことに変わりないが、もっと物質的な要素が原因だったのか。要するに、実際に人
の目に見える制御可能な現象を引き起こしたのは、意図的または無意識的意志の力によっ
て生じた何らかの電気エネルギーだったのではないだろうか。そうなると、もはやこれは、
ポルターガイスト(情緒面に問題を抱えている人の周辺で発生するらしい)、すなわち心霊主義の
物質的現象と考えるほかなさそうだ。

精神の病いと奇怪な現象との関係 [メンタルヘルス]
284、タイガードラゴン:2008/07/22(火) 17:57:22 0


メアリー・ジョーンズの命令に従う光を、彼女が自分の意志で呼び出すことができたかどうかは、
永遠のなぞになりそうだ。1906年に復興運動がついにその勢いを失うまで、彼女は伝
道活動を続けたが、1905年7月を最後に、この光に関する報告は途絶えてしまう。

メアリー・ジョーンズのその後の人生についてはあまりよく分からないが、家庭的にはまったく恵
まれなかったようだ。彼女の夫は1909年に死亡し、彼女の娘と息子も早世している。
その後も彼女はエグリン礼拝所の日曜学校で教え続け、時折祈祷会にも出席していた。彼女は
礼拝所の近くで孤独な半生を送り、1936年、ついにこの世を去った。彼女のなきがら
はディフリンのホレブ墓地に埋葬され、その墓は現在でも残っている。つかの間のはなばなしい
栄光に満ちたエピソードとともに、彼女が薄幸の生涯を閉じた後、その業績がわずかでも人々
の記憶にとどめられることは、せめてもの慰めといえよう。




  、、、、ちなみに、メアリー・ジョーンズ女史は見てみると触手系の人なんだよな、、、。

まさか、懐疑論者とつるむようなことはしては居ないと思いたいが、、、。

科学的には不思議極まる話にしても人生の運命の営みでは大切な物は身近にもあるし、

光といっても些細な話なんです、、。ジョーンズ女史は評価しがたいが、称えるだけの価値はある人かもしれません。
285,:2008/07/22(火) 19:53:10 0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC ビリー・マイヤー



>>262




「プレアデス星団には、人類の同胞が住んでいる。そしてスイスのある農夫は、地球における彼
らの無二の親友である」ピーター・ブルックスミスが、この農夫の主張と、これを証拠づける驚くほ
ど精細な写真を分析する。

1975年1月はじめのある日の午後、スイスの農夫ビリー・マイヤーは、チューリヒ州のヒンベルの自宅近
くを散歩していた。彼は、路地を隔てた草原を眺めながら、この田舎の風景のわびしさを
しみじみとかみしめていた。しかし、このとき、その場にいるのが自分ひとり出ないこと
を悟った。独特のぶんぶんとうなる音が、あたりの大気を満たしたのだ。彼が空を見上げ
ると、そこには古典的な銀色の円盤型をしたUFOが彼の頭上をゆっくりと旋回していた。

286,:2008/07/22(火) 19:59:30 0
     ビリーマイヤー、、、?、、、、あらまっ!!

| l  l l | N ナマ彡ャ‥Y|_ 〈ヘ{そリ   | l |
       !l  トl,イ、.| jノ  ハrい 八 L. ト-r'  r イ !| ヽ  
      l|ヽ ヽiYf:ハ     ゞ‐'  | イ |/::::/ _ノ | l !ヽ|
          liヘり    .:::::::::::. .l |l  !:::/ //   | ! |
          l l.::::.ヽ _ 、     l l |  !//     ! l |
          | ヽ、 ′    _//イ  |´       | l l
         / /| ` 、  r'´ // ̄| lフ       l l  !         


287,:2008/07/22(火) 20:00:29 0

なんという幸運だろう。ビリー・マイヤーはちょうどカメラを持っていた。彼は、UFOが飛ん
でいる間に何とか写真を数枚とることができた。やがてUFOは上空から舞い降りてきて、
彼から100mくらい離れた地面に着陸した。そのUFOは直径7mくらいの大きさだっ
た。彼はUFOへ駆け寄ろうとしたが、未知の力によってUFOから50mくらい手前のと
ころで足を止められた。そのときマイヤーが呆然と見守る中、着陸したUFOから人影が現れ、
彼のほうへ近づいてきたのである。

こうして、プレアデス星団からやってきたUFO飛行士とマイヤーとの、以後100回以上に及ぶ
会見の第一回目が始まったのである。彼らとの出会いの中で、マイヤーは3000ページにも
上る記録を続け、何百枚という写真をとった。こうした彼の体験から1冊の著書「UFO、、、、
プレアデスからのコンタクト」が生まれた。そしてこの不思議な出来事は、UFO学者の間に一大論
争を巻き起こしたのである。

マイヤーの体験談を最初に調査し、公表したのは、アメリカのアリゾナ州トゥーソンに住む元アメリカ空軍大佐
ウェンデル・スティーブンズだった。スティーブンズによると、彼にマイヤーのコンタクト事件を最初に教えてくれ
たのは、かの心理学者C・G・ユングの姪だった。彼女とは、数年前からUFO写真を交換し
合っていた。(スティーブンズは世界有数のUFO写真の収集家と言われている。)1975年、
彼女は自分の家から55kmぐらいしか離れていないところで撮影されたマイヤーの写真のこ
とを知り、彼を訪ねた。スティーブンズの話では、彼女は二日間の滞在中に、彼とプレアデス星人
のコンタクトに立ち会ったという8人の証人と出会い、さらに多くの写真を集めた。この写真の
焼き増しはスティーブンズのもとへ送られ、とうとうこの婦人は彼に会うため、新たに16枚も
の写真を携えてトゥーソンまでやってきたのである。「まるで夢のようなすばらしい写真だった。
あんなものを見たのは生まれて初めてだったよ」とスティーブンズは語っている。
288,:2008/07/22(火) 20:01:54 0




その後、ユングの姪が仲介の労をとり、スティーブンズとマイヤーは文通するようになった。「8,9
か月ほど手紙のやり取りを続けた後、私は実際に出向いて自分の目でこの男を見てみよう
と決心した。彼は次々と新しい写真を取り続け、そのどれもが実に見事なものだったんだ」

スティーブンズは実際にロンドンまでとび、列車を乗り継いではるばるスイスまで出かけていった。そ
こで彼が聞かされたのは、マイヤーが5歳のとき、地元の教会の上空を飛ぶ大きな丸いUFO
を見て以来、異常な体験をするようになったということだった。そのころから8歳になる
まで、彼は頭の中に響くいくつもの声を聞いた。8歳以後は、彼を導いてくれる(スティーブン
ズの言葉を借りると、マイヤーの専任講師の役を果たす)らしい別の新しい声が取って代わっ
た。マイヤーは12歳で学校を辞めると、風変わりな根無し草の人生を始めたのだ。カーレースをや
り、窃盗罪で一時服役し、フランス外人部隊に入隊し、インドのアーシュラムで2年間過ごした。その
後、彼はインドの村で公認のへび捕獲人という仕事にありついた。彼は旅費を稼ぎながらトルコ
までたどり着いた。そのトルコで、アメリカの麻薬密輸捜査官のために情報提供者として働き、スイ
スへ帰るための金を手に入れたそうだ。


289,:2008/07/22(火) 20:10:08 0


.    /  ̄ ヽ
    .(,ノノノ ソ) ) / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    / l(┃┃j ヽ   < 何?声が聞こえたの?
    ̄`ァ┬ ' ̄    \_________________
    / ヽ/ \
    |ヽ / / |
   | ヽ二/ |
    レ___》《_|
    / )    )
    ̄ ̄ ̄ ̄


http://science6.2ch.net/test/read.cgi/wild/1179102703/6

290,宇宙への脱出:2008/07/22(火) 20:21:29 0




アシューラムにいたとき、彼は再び声が聞きこえるようになった。このときはどれも女の声で、
ダルの宇宙から来たのだといった。インドに滞在中、再びUFOも目撃するようになり、写真
に取った。ダルの女性の写真も撮ったらしい。このダルとの接触は2年ほど続いた。マイヤーが
言うには、2年たったころ彼らの地球で使命は完了したのだそうだ。それ以後1975年
まで声は聞こえなくなった。

プレアデス星人はセムジャーゼ、プタハ、アスカットの3人でやってきた。彼らのうち2人は女性だった。
彼らはマイヤーにいろいろなことを話してくれた。彼らの母親はエラと呼ばれ、プレアデス星団に
あるタイゲタ星系の小さな太陽の周りを回っている。彼らの文明は、何百万年もの昔、琴座の
ある恒星系の惑星も繁栄を極めていた。しかし彼らは高度に発達した自らの技術を制御し
切れなかった。彼らの会社がついに熱核戦争で滅亡する前に、プレオネーと呼ばれる琴座星人
が先頭に立って宇宙への集団脱出を決行し、プレアデス星団やヒアデス星団の惑星や、ベガ星系
の惑星に人々を移住させた。移民たちが新天地に無事安住すると、宇宙探検が再開された。
こうして、プレアデス星人たちはわれわれ地球の太陽系にまでやって来たのである。彼らの最
初の来訪は、今から数千年もの昔にさかのぼる。UFOの飛行士たちがいうには、彼らの
文明は地球より3000年進んでおり、われわれの太陽系が属する星域は、アンドロメダ
会議によって統治されているそうだ。プレアデス星人も、総人口1270億年を数える惑星連
合のメンバーである。こうした星に住む人々は、決して超人ではなく、より多くの時間と知識
から恩恵を受ける、地球人と同じ人間なのである。
291,犬猫にゃんわん:2008/07/22(火) 20:30:17 0






   //:/ /:/{ヘ>、:\:\:\: : :\        /  /
  .,r≦こ}彡/ メ;∧ く  ヽ: :ヽ:ヽ :ヽ ヽ :ヽ___    /  /
  i </77: :|: | :「:∧ハ   jハ: }: :ト :/} : } : :}≦, _/  /
  |: : :<7{ミ |: | :| fz三≧'' jム斗fハj :∧ :jー/´  ⌒ヽ
  | i: : : :| : 」: l:∧!  ,、    }F气/⌒¨7´    ヽ  } }
  | l: : :i |、{^ヘ{ヾ   { `¨¨¨} ,/¨7ー{   r- }_ノー'⌒)
  | | : :ハ \     ヽ__.. - '´    {  \___><_/⌒´
, イ:ノ :/    `>=¬¨7/     ヽ、ヽ、___/
 { : /     ,/{    {{   ,.ァ< ̄´}/|: :}ヽ
 Y{      {ハヽ   ヽf7f} /^ヽ, `「}-、j;ノ
  ヾ、    |i∧ ¨ア´ ̄[´∧> :}: //rー`¬、 <www、、、ップギャー、、、
          !! ∨    <7 }>  |</^}   / ビリーさん商売上手すぎ、、、。
        .レ'´ {       i!   {/⌒7__,/
292,:2008/07/22(火) 20:33:06 0

プレアデス星団は、おうし座の中の星の一群である。肉眼では、6つか7つの星が集まってい
るように見えるが、天体望遠鏡で見ると、地球から430光年離れた何百もの星で構成さ
れる星団の一部だということが分かる。すると、このUFO飛行士たちはいったいどうや
って地球までやってきたのだろうか?

彼らの話では、地球までの所要時間は約7時間で宇宙船にもいろいろの型があるそうだ。
高速の壁はハイパースペース・ドライヴ(超空間航行)システムによって破られる。

このシステムを装備した宇宙船はビームシップと呼ばれている。このハイパー・スペース・ドライブは、タキオ
ン・システム(タキオンとは仮説上の超高速素粒子)の動力によって行われるらしい。高速以下の推
進力はライトエッティング・ドライブ(光放射航行)によって得られる。マイヤーがもっと詳しい説明を
求めると、UFO飛行士たちは、地球の科学者たちは、地球の科学者たちも同じ粒子を応
用して、呼び名は違うがよく似たシステムを使っていると語った。プレアデスでは5種類の船のタ
イプが使われており、そのうち4つは惑星間航行の性能を持つ宇宙船である。うち一つは
時間旅行の性能をも備えている。5番目のタイプは、大気圏内の調査にのみ用いられるも
のである。すると、プレアデス星人たちはこの地球へいったい何をしにきたのだろうか。そし
て、なぜビリー・マイヤーなのかということだ。一回の農夫に過ぎない、盗みの前科まであるよ
うな人間を、彼らはどうしてコンタクトの相手に選んだのだろうか?

UFO飛行士によると、彼らの唯一の目的は、われわれに地球外生命(地球の基準に照ら
して善良なものも邪悪なものもいるし、同じ人類もいれば人類以外のものもいる)の存在
を知らせることなのだそうだ。セムジャーゼと名乗るエレガントなプレアデス星人の女性は、マイヤー
とのコンタクトをはじめて間もないころに、こう語っている。「あなたたち地球人とまったく同
様に、私たちもまだ完璧というにはほど遠い存在です。常に進化し続けていかなければな
らないのです。私たちは地球人より優れているわけでもなければ、超人でもありません。
293世界@名無史さん:2008/07/23(水) 03:05:32 0
ミステリーサークルつくった奴も有名なねっしーのねつ造写真とった奴も
なんで年食ってから自白するんだろうね
そのまま墓の中までもってけよ
そうすれば解明されないままみんな喧々諤々できて楽しめるのに・・・
冗談で初めても他の人間が夢やロマンを持ち出したものに
無粋なことするな。人として礼儀として
294,:2008/07/23(水) 07:31:16 0
あなたたちを導く立場でもありません。私たちは地球の皆さんにたいして義務を感じてい
るのです。なぜなら私たちの先祖はあなたたちの先祖でもあるからなのです」セムジャーゼは
この共通の先祖が何者かは明らかにしなかったし、彼らプレアデス星人の使命もはっきりとは
言わなかった。

私たちはいくつかの任務を負っています。例えば、宇宙における発展途上の生命、特に人
類を監督したり、一定の秩序を維持することなのです。こうした任務の過程で、あちこち
のさまざまな世界の住人に接近し、一部の人間を選んで彼らに知識を与えます。私たちが
そうするのは、その種族がより高い進化の段階まで達したときです。そのときになって初
めて私たちは、彼らがこの宇宙で唯一の知的生物でないことを説明するのです。
しかし、これまでに地球上の人間と交信したとされるほかの異星人と同様に、プレアデス星人
たちも、地球人の問題の処理の仕方にあまり感心していないようだ。彼らとの接触の中で、
マイヤーはこう教えられた。

彼らの見たところ、われわれ地球人は集団の意識を変革できないでいる。地球人は自滅へ
の道をまっしぐらに突き進む狂気の社会なのだ。そして、地球人はお互いを滅ぼしあうだ
けで飽き足らず、かけがえのない生活維持系とともにこの惑星上のあらゆる生命を葬り去
ろうとしている。

もちろん、これとおなじような状況は、かつてプレアデス星人が彼らの生まれ故郷である琴座
の星系にすんでいた時代にもあった。しかし彼らのときとは違い、地球人は自分の世界の
危機を真剣に受け止めていない。だから、だれもこの破滅の運命にある星から脱出するた
めの適切な準備をしていない。だからといって、プレアデス星人は、地球人の生き方や権力構
造に干渉するつもりはない。

激しい倫理的批判と思慮深い不干渉とが入り混じったこの禅の説法のような講釈は、UF
O飛行士たちが語るさまざまな神秘主義的な言辞を聞くと、ますます重みを増していく。
たとえば、こんなふうだ。

人間は知るべきです。神の力とはまさにこの宇宙の創造の力そのものなのです。そして人
間もまた宇宙が生み出したものであり、それぞれが宇宙の一部なのです。
295,:2008/07/23(水) 07:36:30 0



                ,. -一……ー- 、
                /::::{:/::::‐-:、:::丶:\
                 /:::::/´ ̄ ̄__\、::::l,. -―、
              /::::// /:: ̄、:\::::ヽヽ≦、ス=、、
           /::::/::|,.イ:l::丶::::::::\:X:::',:::ヽ、 ヽハ ',ヽ
           f´ ̄!:::::l:_|_|\::\--/,r=ミ|::::::lヾく:l::', | |
          ヒア_|:l::::|::N,≧ミ、トゝ ハ心}!::::::K:ヾニ二ヽ
         ,r=ヽレ|:|::::l::|{ ト心     `'" !::::::|::!',::|ハ::! `
        // |:|:::::ハ!、::ヾゝゞ'′ _'_,.ヘ  /::::/:::|_!:l リ  
          //  !ハ//|:|::ヽ::::丶、__丶 _ノ/|:::/イ::ハヘ!ヽ_ <<、、、そうだとも!
       L!   /ヘ |:|ミニ='⌒ (⌒ヽ´ _ !イノl/ |:! ! !L_  
           〈_{  ヾ.,!/  , ´ \ ∨,.‐、|  l:| |ノ   !
                __!\ /   __ム  V⌒!   !:! !   ハ
             /__レ-〈  / f´ ヽ. '. __! //./-‐ '´ /
                 ヽ! |r'   \l__ V/ /-‐   /
                 「 ! {  `\_f_ノ∠ミヽ! /
               / ヽ`ヽ.二ニァ'V∠二ハ }},!-'
               /   ヽ---/´/レ!ト--'/‐'
             /      / ̄ヽ二ノ´l:ヽノ_
           r‐!       /     l:/   `ヾ==、ー-- 、
          / ̄|     ヽ./     〃  /人   `ト、::::\
          ', /     ,!\   |l       \ /  \:〈
           | ′   / |   `  |:!       /    `
           L.__   /  !    !:ヽ     / !
             ` iー---一'Tー-∨-r‐''´  |
296,:2008/07/23(水) 07:39:25 0

地球上の物質的生命は、ほんのつかの間の出来事に過ぎません。時が過ぎ去れば消滅する
一つの現象なのです。しかし、人間が生まれる前も人間が死んだ後も、宇宙の想像力は存
在し続けるのです。

魂、すなわちこの宇宙そのものは、永遠の愛や叡智や真実として人間のうちに具現します。
そして、強欲、怒り、憎悪、貪欲、戦争といった肉体的物質的衝動を切り捨てた滅私の精
神が社会を満たしたとき、一大飛躍がもたらされるのです、、、、、。

宇宙のほかの星から、われわれの同胞が神の使いとして訪れ、待ち望んだ平和を世界にも
たらす、などと考えてはなりません。私たちは誰の使いでもありません。なぜなら、宇宙
それ自体は、何の義務も課さないからです。宇宙とは、宇宙の法則そのものなのです。あ
らゆる生命は、宇宙の法則に従い、宇宙の一部とならなくてはいけないのです。プレアデスか
らやって来たUFO飛行士セムジャーゼは、1975年のコンタクトで「このようにビリー・マイヤ
ーに語ったのだ。

それにしても、どうしてマイヤーが選ばれたのだろうか? それについて、ウェンデル・スティーブンズ
はこう語っている。「プレアデス星人が言うには、マイヤーとは彼の前世ですでに接触していたら
しい」なるほど、アシュラームで毎日行われている対話を2年間も耳にしてきた人間なら、思い
つきそうな考えだ。しかし、スティーブンズの証言によると、マイヤーの話はもう少し複雑な内容の
ようだ。

彼らの話によると、その昔、彼らの先祖とマイヤーとの間には、彼の地球上での前世で何度か
接触したらしい。マイヤーは、何千年も昔に自らの選択によって地球の進化に身をゆだねたプレ
アデス星人の一人だったそうだ。彼の魂のパターンは彼らと非常によく似ているので、彼らのコン
ピュータに登録されている。マイヤーは彼らの仲間であり、彼らの任務にも精通している。そのた
め、彼らから伝えられた思想を理解する力は、彼の魂のほうがわれわれの魂よりも優れて
いるのである。

                   ____
              _,,r-'"::::::::::::::::::::::::`ヽ、
               /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\
          /::_____:::::::::::::::::::::::::::::::\
         /:::ノ         ̄`ヽr┐:::ー-:イ:ヽ
           //_             └イ:::::::::::::::::::::T
          ノ/''"        ̄ ヽ,     |:::::::::::::::::::::::ヽ
       /::| ┬.r、         '    |:::::::::::::::::::::::::|
      ノ rイ /。::| |      _- 、    |:::::::::::::::::::::::::|
     /::: :::|ソ |゚:゚:ノノ       /o::| ヽ     |:::::::::::::::::::::::::|
     >イ~| ,,└/      |゚:゚:ノ ノ    |::::::::::::::::::::::::|
    トi |、|   `           ̄ "    |r-、:::::::::::::::::|
    F | | |    、__    ''''      /r  l:::::::::::::::::ゝ
   l| _|  l     | ̄ フ            /:::::::::::::::::F`
    | |    \  └ '"         ,__r.イ::::::_:::::/ レイ
   / |      \         __,イ::w:wn::::r-イ ̄
   |.「      / \___ --'' ̄ |ヽ、     ̄<<、、、、ステキ☆◇
   | L     |   r┤     r'''" ノ ̄ ̄ ̄ヽ、
    | |     |   | └―‐'''''"  /        ヽ
  イ ヽ __r入_ノ|      /          |
  |,人__rイ  | T /  ヽ___FT            |
 / ノ | ト  ヽ  \  / ノ             |
298,:2008/07/23(水) 07:45:53 0


プレアデス製のコンピュータは、後ほど詳しく述べるが、まさに卓越した性能を持つすばらしい装
置で魂のパターンの記録まで可能なのだ。しかしそれでも、このプレアデス星人たちの物質的存
在感がはっきりしない。何とも愉快なこのセムジャーゼがマイヤーに教えてくれた話では、「プレアデ
ス星人が地球に来るときは、地球という次元の世界で、ちゃんと機能できるように、多少の
調整をしなければならない」らしい。 この調整のおかげで、「精神の状態を正しく保ちつ
つ、人間の霊気のパターンに合わせる」ことができるという。

これは、プレアデス星人の主張する高いレベルへの魂の発展と何か関係があるのかもしれない。
彼らはテレパシーの力を使い、心を合わせて思考し、対立や衝突を避けて純粋な思考による洞
察力を発揮できるらしい。こうして彼らの技術はすばらしい進歩を遂げ、いまやその医学
の力は、プレアデス星人たちの平均余命は1000年も延ばしたのである。

マイヤーの見たところでは、こうしたすばらしい才能にもかかわらず、彼らはスイスなまりのある
奇妙なドイツ語を話していたようだ。セムジャーゼの説明によると、これはどうやらプレアデス製
のコンピュータの驚嘆すべき性能が原因らしい。

私たちは、現在、地球上で使われている言語、および過去に使われていた言語をすべて知
っています。こうした言語に関する正確なデータをもとにして、私たちは語学学習法を開発
しました。これは言語学の専門家の監督のもとで、コンピューターのような装置を用いて行いま
す、、、、。別のタイプの装置を使って、コンピュータを私たちと接続することができます。すると、
その言語が自然に頭の中にわきあがってくるのです、、、、。

299,:2008/07/23(水) 07:46:46 0















しかし、それでもまだ解決されない問題が残っている。プレアデス星人たちはこれだけの情報
をマイヤーに与えて、いったい何をさせるつもりだったのだろうか? スティーブンズ大佐がマイヤーと
接触し、その結果、彼の話が公表されることを予見していたわけではなかろう。こうして
事件の概要をつかんだスティーブンズが、寸暇を惜しんで証拠集めに努めたことは確かである。
写真や、プレアデス星人がマイヤーにわたした金属のサンプル、UFOの着陸の物理的痕跡、写真の
ネガ、録音テープ、写真のコンピュータ分析、彼以外の目撃者の証言など、すべては彼がスイスでマイヤ
ーとともにすごした合計62日間に集められた。しかし、この調査にはいったいどんな意義
があるのだろうか?


300,:2008/07/23(水) 07:49:24 0



このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
何でもスレッド保管スレ [電波・お花畑]
 超常現象関係ぶっちゃけスレッド [超能力]
ほんまかいな !?  事実検証スレッド  [噂話]
あらゆる野生生物と共栄共存を追及するスレ [野生生物]
301,矛盾だらけの主張:2008/07/24(木) 10:04:14 0



宇宙人と会ったというビリー・マイヤーの体験談は、いささか度を越している。ここでは、彼
の驚くべき主張の数々をさらに詳しく取り上げる。そして、マイヤーの擁護者たちの知的歪曲
についても解説する。

1975年から1978年に掛けて、スイスの農夫ビリー・マイヤーがプレアデス星団からやってきた
UFO飛行士と130回以上に及ぶ会見を行ったという物語は、おそらくUFO関係の著書
の中でももっとも克明に記録された接触事件であろう。マイヤーは、膨大な写真だけではなく、
プレアデス星人から渡されたという金属のサンプルや飛行中のUFOの音を録音したテープによっ
て、自らの主張を証拠立てている。さらに、ウェンデル・スティーブンズ大佐(この事件を最初に調
査した人物)の話では、マイヤーの語る驚くべき出来事には彼以外の目撃者もいるということ
だ。スティーブンズによれば、こうした証拠はすべて厳密な科学的調査に掛けられ、その信憑性
が立証されている。スティーブンズの調査結果は、1979年にアメリカで「UFO、、、、プレアデスから
のコンタクト」と題する豪華な著書にまとめられて発表された。

その後表面化した事実と、マイヤーが次々と語る意外な新事実とをあわせると、ここまでする
マイヤーの目的はいったいなんだろうかという疑念がわいてくる。というのも、いまや彼の語
る物語は奇妙奇天烈もいいところで、UFOの地球外来訪説の最も妄信的な信奉者ですら、
かすかな疑念を抱き続けているほどだ。

302,:2008/07/24(木) 10:05:25 0



後にマイヤーが語ったもっとも驚くべき話は、プレアデスの宇宙船の一つに乗せられて時間旅行を
したという主張だ。マイヤーによると、このたびで彼は恐竜の時代へ行き、恐竜の写真を撮っ
たそうだ。マイヤーはイエス・キリストにも会いに行った。キリストは彼をずいぶん気に入り、使徒の一人
に加えてくれた。マイヤーが言うには、十字架に張り付けになりそうだったので現代に戻って
きたそうだ。また、ほかの惑星へも旅したし、アポロとソユーズのドッキングの場面を、すれ違い
ざまに撮影した(おかしなことに、NASAもソ連もプレアデスの宇宙船とすれ違ったことには
気づいていないらしい)。そして、その中でももっとも奇想天外な主張が、紙の片方の目を
写真に取ったという話だ。また、マイヤーはプレアデス星人に連れられて未来へも旅し、サンフランシスコ
の悲惨な最期を目撃した。サンアドレアス断層の活動によって、ついにサンフランシスコは海に沈没して
しまったというのである。

こうした物語は噴飯ものといったところだが、自分に向けられた批判に対するマイヤーの答え
はほとんど釈明になっていない。たとえば、なぜ神の両目を撮影することができなかった
かという質問に対して、彼は、神がもう片方の目をつぶっていたからだ、と答えた。神は、
彼の連れ(例の見目うるわしいプレアデス星人の女性セムジャーゼのこと)にウィンクしたというので
ある。その他の証拠についてはあまりにもとっぴで、もはや論評を加えるまでもない。た
とえば、翼手竜の写真の背景にはピラミッドがうつっているではないか!


マイヤーの擁護者たち(ジェネシスVと呼ばれるグループ。マイヤー事件に関するスティーブンズ大佐の著書を
出版したのもこのグループ)が、援護射撃を試みたもの、彼ら自身も混乱と矛盾の泥沼に落
ち込んでしまったのである。マイヤー事件に対する批判の急先鋒にたつのは、カール・コーフという
人物である。この問題に関するコーフの著書タイトル「UFO学史上最も破廉恥なペテン」が、彼の
姿勢を十分すぎるほど物語っている。
303,:2008/07/26(土) 19:45:30 0
285-299>>

ビリー・マイヤーは、プレアデス星人と接触する以前から、波乱に富んだ人生を歩
んできた。刑務所に服役した事もあれば、フランス外人部隊に入隊した事もあり、インドのアーシュラムにいたこともあった。
プレアデス星人が、マイヤーに語った話によると、前世は彼自身もプレアデス星人だったのである。

マイヤーの撮ったUFO写真のひとつのは、地上の物体やその他の状況証拠が欠けており、厳密な分析によって
その信憑性を判定するための手がかりが殆ど無い。

マイヤーのバイクの向うにプレアデスの宇宙船が辛うじて見える写真もある。彼は何度も奇妙な衝動に駆られ、
このバイクに乗ってスイスの田舎を走り回った。その奇妙な衝動とは、もうじきプレアデス星人がやってくるという、
確実な前兆だったのである。

うるわしい、プレアデスUFO飛行士セム・ジャーゼ(ベトナム人っぽい)。彼女は、マイヤーとのコミュニケーションには何の不自由もなかったようだ。
彼女とその同僚のプレアデス星人たちはテレパシーによって、マイヤーが口に出す前から彼の質問の内容を理解していた。ところが彼等が
マイヤーに対して答えるときは言葉でしゃべり、しかもその話し方はスイスなまりのある奇妙なドイツ語だったという。

1975年2月にマイヤーが撮影した宇宙船の編隊の写真に関して、宇宙船がある場所から別の場所に瞬間移動したのを何度も見たそうだ。

渦巻状になぎ倒された草。宇宙船の着陸ギアの跡だと言われている。

夕暮れの空を飛ぶUFOの写真。短時間のうちに撮影された2枚の写真には、2つのタイプの宇宙船がマイヤーの
農場の上空をまう様子が、背景も含めて写っている。この劇的な写真は、熟練したUFO学者から見ると
出来すぎていて信じられないそうだがウェンデル・スティーブン大佐は即座に写真を本物と思い込み、その信憑性を
強く主張した。
304,:2008/07/26(土) 20:03:06 0
>>302  続き

マイヤーと彼の擁護者の自己矛盾を示す一例が、木の周りを旋回するプレアデスの宇宙船を撮影し
た連続写真である。この連続写真の問題点は、別のUFO研究家が現場に行ってみると、
そこに木が無かったという事実だ。これに対してマイヤーは、写真撮影が終わった直後宇宙船
がこの不運な木を分解してしまったからだ、と説明した。コーフが同じ質問をスティーブンズにぶ
つけてみたところ、彼は、その木は別の時間枠に瞬間移動させられてあの場所からは消え
てしまったのだ、と答えた。この連続写真について、カール・コーフは、何もかも作り事ではな
いかと考えた。なぜなら、この写真をよく見ると、ほんの数秒間に連続撮影したことにな
っている写真の一こまごとに雲の形が変わっているのがはっきりと見て取れるからだ。ジェ
ネシスVは、問題の日はとくに風が強かったと主張しているが、これは当日の天候の記録とは
一致しない。記録では、この日の最大風速は時速25kmとなっている。そこでコーフは、現
場の背景の写真に、模型のUFOと模型の木の写真を2重焼付けにしたものだと推論した。
そして現実に、プレアデスの宇宙船の模型がマイヤーの農場で見つかった(マイヤー本人に言わせると、
現実の遭遇体験をもとにして作った模型だそうだが)。

 おそらくマイヤーの擁護者の中でも一番信用できない人物が、ジェネシスVのジム・ディレトッソだろ
う。カール・コーフは、彼との長いインタヴューを記事にしている。その中で、ディレトッソは、1950年代
にウェンデル・スティーブンズと、リチャード・ミラーというUFO学者が、アメリカ空軍の要請で宇宙人との
トランスチャネリングを遂行したと語っている。

 彼らはアラスカへ飛びました。アラスカの磁場が共鳴感応に適していると聞いたからです。私たち
は、リチャードとCIAの局員が宇宙人とのトランスチャネリングを行ったときの何百本という録音テー
プを入手しています、、、、、、、このCIA局員のうち2人は、、、深刻な人格異常をきたしま
した。それはなぜかと聞くとディレットソはこう答えた。

、、、、、、チャネリングをする人間に共通する何かが原因のようです、、、、彼らの脳細胞の塩類の構
造が変化し、彼らは糖尿病になってしまうのです。

最近の二人のローマ教皇や、東洋の大勢の宗教家が糖尿病を患ったという研究報告があります。
305,:2008/07/26(土) 20:06:03 0


  ○ 露骨に大儀なく改行をちょうせいしよってからに、ヴォケが 
 く|)へ 
  〉  ヾ○シ <<超能力板責任者
 ̄ ̄7 ヘ/
  /  ノ<<
  |   
 /
 |
 |









306,:2008/07/26(土) 20:09:42 0
>>304   、、、CIA?、、、、ガクブル、、、やはり、あそこは、、事実同化は別としてCIAは本当にいらない。

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/625-629 、、全くじょうだんじゃないよ本当に、、、。

ということは、タランスチャネリングと細胞内の塩類と糖尿病との相互関係が問題です。そして、糖
尿病をほうっておくと、神経症や精神分裂病に発展します、、、、思考力が低下するような分
裂病になるのではありませんが、彼らの身体的反応に影響が出るのです。そしてビリー(マイヤ
のこと)にもそうした兆候が出始めています。

ともあれ、これは目下研究中の、、、、、、何千というコンタクト・ケースに共通しているようです。宇
宙船や宇宙人の身体から放射される磁場が人間のオーラを支配します。この磁場は、キルリアン写
真を使えば撮影が可能です。その支配力があまりにも強いため、人間のDNAに作用して
組み換えを始めるのです。

スティーブンズやジェネシスVのメンバーが、マイヤーの言葉や彼の示す証拠を最初から額面どおりに信じ
ていることについて、誰しも疑問を持つのが当然ではないだろうか。そして彼らは世間の
冷やかしや嘲笑、真摯なUFO研究家からの抗議に当惑しながら、自らのもつれた主張を守
るために懸命になっている。しかし、マイヤー本人はますます途方も無い話をしゃべり続ける
ばかりで、ジェネシスVは、話のつじつまを合わせるために悪戦苦闘している状態である。が、
その結果は、まるでどたばた喜劇のような有様に陥っている。プレアデス星人自身が写ってい
る写真が少ない理由を、スティーブンズはこのように説明している。「彼らは傷つけられるのを
恐れている、、、、、彼らは顔を知られたくないのだよ。どうやら、彼らはヨーロッパの街中を歩
きまわっているらしく、人に認めがられるのを嫌っているんだ」ところが、ビリー・マイヤーは、
セムジャーゼと彼のガールフフレンドが瓜二つだということを、うれしそうに認めている。すると、
ヨーロッパの街角で見咎められるのを嫌っているというのは、いったい誰のことなのだろうか。
307,:2008/07/26(土) 20:13:16 0

これにもまして当てにならないというのが、マイヤーがプレアデス星人から受け取ったという金属
とクリスタルのサンプルに関する彼自身とジェネシスVの主張である。マイヤーは、プレアデス星人の技術のす
ばらしさを示す事例としてそれを受け取ったそうだ。彼がこのサンプルを持ち出してきたのは、
ちょうどスティーブンズと彼の仲間の研究家たちがスイスに滞在していたときだった。ある朝、彼
らがマイヤーの家を訪ねると、マイヤーは前夜プレアデス星人と105回目のコンタクトをしたといって、彼
らに思いがけないものを見せてくれた。これはUFO飛行士のケツァールから手渡されたもので、
4つの金属と1つの生物製剤、9つの鉱物とクリスタルという各種のサンプルが入った容器だった。
例の著書によると、科学者たちがこのサンプルを高度に精錬された検査法を用いて徹底的に分
析した結果、これらが特殊な材質を有していることが分かり、彼らは「いままでこんなも
のは見たこともない」と口々に語ったそうだ。この金属の全般的な特徴は非電解質でテクノロジ
ーでは一般的に知られていない低温融解合成製法によって作れたものであることを示して
いた。

308,:2008/07/26(土) 20:17:50 0

カール・コーフの調査結果からは、これほど衝撃的な話は出てこなかった。ジェネシスVの依頼でサンプ
ルの分析を行ったマーセル・フォーゲル博士にコーフがインタヴューした。フォーゲル博士が言うには、非常に特
殊なものは最初のサンプルだけで、これはアルミニウムと銀とツリウムの3種類の成分を含有し、それぞ
れ高い純度を示していた。そのほかのサンプルは、石英や黄水晶や紫水晶や銀ろうなどのあり
ふれたクリスタルで、これらを地球外の物質であると信じるような理由は何もなかった。ジム・
ディレットッソは、ジェネシスVが研究室内の分析作業の全過程を収録した10時間に及ぶビデオテー
プを所蔵していると語って自らの主張の補強を図ったが、それがみごとにあだとなった(フ
ォーゲル博士はそういうビデオはとらなかったといっている)。「しかも」と、ディレトッソは不用意
にもこんなコメントまでしている。「博士はおよそ1時間にわたって、その金属のサンプルが
地球の技術では製造し得ない理由と、その科学的基型、およびその物質が地球のいかなる
場所でも製造し得ない根源的理由を詳細に説明してくれた」。もちろんこのサンプルを分析し
た科学者は、フォーゲル博士だけではないはずだ。ところがジェネシスVは、いったい何を遠慮し
ているのか、マイヤーの驚くべき物語を立証したという200人の科学者の氏名を誰一人公表し
ようとしない。

ジェネシスVは、マイヤー以外にも数多くの目撃者がスイスの渓谷を飛び回るプレアデスの宇宙船を見た
(写真も撮影した)と主張しているが、そうした目撃者の氏名についても同様に口が重い。
マイヤー以外の目撃者がとった写真ははいちまいも表面には出てこないし、例の著書にも載っ
ていない。目撃者の氏名も誰一人公表されていない。かの著書に載っているのは、ビリー・
マイヤーの家のダイニング・テーブルの周りに座る身分不明の人々の写真数枚と、目撃者の会話の録
音テープを心理ストレス評価(PSE)にかけたという主張だけである。

309,:2008/07/26(土) 20:29:03 0

ジェネシスVは、マイヤーが書き記したプレアデス星人との接触ノートに関する分析結果には一言も触
れていない。しかし空中現象研究気候(APRO)のジム・ローレンツェンは、言語学の専門家ジェーム
ズ・ハータック博士に見解を求めている。博士は、3000ページに及ぶ「セムジャーゼとの交信」の大
部分を原文のドイツ語で読む機会に恵まれた。そして次のようにコメントしている。「エジプト系ア
ラム語の名前とエジプト系へヘブライ語の名前を連ねたつぎはぎですね。こうした言葉のも
じりは、ここの語句が持つ論理をすべて巧妙に摩り替えたもので、なかなかペーソスにあふれ
たジョークですよ。極上のパロディーといってもいいくらいにね。地球より3年進んでいるとい
うこの文明は、われわれの先祖が5000年前に持っていた文明と比べて飛びぬけて進んでい
るとは思えませんね」

カール・コーフはこう語っている。「この宇宙人たちは、マイヤーに何より素敵な叡智を与えた。その
叡智とは、いたって基本的な知識なのである」確かに、セムジャーゼがマイヤーを相手に語った、
生命や宇宙やそのほかのあらゆるものに関するもっともらしい話を読んでみると、その陳
腐な取るに足らない内容に面食らってしまう。

しかし、マイヤーが出してきたあらゆる証拠の中でも、彼が撮影したプレアデスの宇宙船の写真ほ
ど物議をかもすものはない。


、、、、www、、、この人、闇の手の内を継承していると言うか、居直っていると言うか、、




  ○  お前が悪いんだバカ、この野郎、生きる価値も無い連中だぜ、
 く|)へ  あたりまえの事言わせやがって
  〉  ヾ○シ <<CIA
 ̄ ̄7 ヘ/
  /  ノ<<
  |   
 /
 |
 |









311,:2008/07/26(土) 20:37:30 0


本物の写真は、時間を隔てた後で、公開される傾向がある。捏造では証明できない

UFO写真が現在の所あるんです、、、。



312,ミジンコ:2008/07/27(日) 07:15:33 0
>>310

特に47年から80年にかけてのCIA職員は、全員直ぐにでも、、、。
313,ミジンコ:2008/07/27(日) 22:57:36 0

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%87%E3%82%B9%E6%98%9F%E5%9B%A3 プレアデス

プレアデス星人の 宇宙船は、マイヤーの脳波のパターンを探知して彼とランデブーする性能を持つ。
プレアデス星人の話では、この脳波探知法によって「通常コンピュータとオートパイロットが、
何の障壁も無くビームシップを目的地へ正確に導く」ことが出来るのだそうだ。

タイプ1の宇宙船は、現在は製造中止になっていると言う。

マイヤーが撮影した、木の周りを旋回する宇宙船の連続写真。別のコマでは、宇宙船の力場の影響で
木のてっぺんが動いているようだ。しかし、これを分析した人たちは、背景の写真にUFOの木の写真を
二重焼付けしたものだといっている。彼等はUFO木の周りを旋回していたと言う短い時間の間に、雲の時間がこれほど
急激に変わるはずが無い、主張している。

マイヤーのカメラの前でポーズをとる目撃者とUFOの写真は、宇宙船など見飽きてしまったのか、
上空の円盤にはまるで興味がないようだ。(つまり、複数人の集合写真とUFOの複製と思われる。)

幸運のマイヤーのもとに、宇宙船の全艦隊がそろって訪問した写真もある。
314,カメラに嘘は無いか:2008/07/28(月) 08:11:14 0



ビリー・マイヤーの擁護者たちの話では、ありとあらゆる科学的検証によって、マイヤーの撮影した
宇宙船の写真は信憑性が立証されているようだ。しかし、彼らのこの主張は、熟練したUFO
研究家の下した下した結論とはいささか食い違っている。

ビリー・マイヤーが撮影した、スイスのヒンベル近辺の谷間を飛び回るプレアデスの宇宙船の写真は、これ
まで発表されたUFOの写真の中でも最も驚異的なものである。彼の写真は、あまりにも
出来すぎていて信じられないといった反応を引き起こしている。しかし、しばらくこの優
美な写真を見ていると、できすぎているという理由とは別に、何か本能的にしり込みした
くなる。私たちが現実世界で見る光と陰の常識とは一致しないのである。

たとえば、撮影したという日時も場所もまちまちなのに、その何枚もの写真の円盤がまっ
たく同じアングルで写っているのは、果たして偶然の一致なのだろうか?  そして、写
真によって背景が異なっているのに、プレアデスの宇宙船の光の反射や陰の出来具合がいつも
同じなのは、どうしてなのだろうか?宇宙船の下部がいつも暗く(模型をカメラで接写したよ
うに)陰になっているのはどうしてなのだろう? 着陸した円盤の写真がたった一枚しか、
それもきわめて移りの悪いものしかないのはどうしてなのだろう? 写真の宇宙船の背景
に、晴れた明るい空(UFOの写真を二十焼付けにするのにもってこいの背景)が圧倒的
に多いことは、いったいどんな意味があるのだろう?
315,:2008/07/28(月) 08:12:41 0

ウェンデル・スティーブンズとジュネシスV(マイヤー事件の調査と発表の功労者というべき存在)は、こう
した疑問のいくつかに答えている。UFO研究家ティモシー・グリーン・ブックリーのインタヴューの中で、
ウェンデル・ステーブンズはこう所見を述べている。

まず、写真というのは証拠としてはあまり有力ではない。いろいろなトリックが可能だか
らね。しかしまた、そうしたトリックを見破る方法もたくさんある。二十焼付けや反射映像や
二重露出などをつかったかどうかは、すぐに分かるよ。特殊な顕微鏡を使えば、写真の粒
子の濃度や粒子のパターンを調べることができる。空中に放り投げたものや、何か宙にぶらさ
げたようなものだったら、もう一目瞭然だね。

こうした懐疑論に答えるため、ジェネシスVが出版した「UFO、、、プレアデスからのコンタクト」
には、写真のコンピュータ処理画像を載せて写真の信憑性を実証しようとしているようだ。ウェンデ
ル・スティーブンズはコンピュータの画像強調技術の話を持ち出し、読者を信じ込ませようとしている。
いかなる複写体であっても、その輪郭の部分をコンピュータで調べれば、写真の分析が可能であ
る。高倍率に拡大すると、物体の輪郭に連続した衝撃波のようなものが見える。衝撃波の
間隔を割り出すための特別の公式がある。この衝撃波の強度と間隔の広さによって、物
体の輪郭の部分とカメラとの距離を知ることができる。物体が運動している場合、この衝撃波
は、進行方向の輪郭の部分が圧縮され、その反対側の部分が膨張する。

この解説は事実にまったく反している。この特殊なコンピュータ処理方法は、像の明暗が変化す
る部分、特にそのエッジ(境目)のコントラストを高めて、複写体とカメラの距離の判定を可能にする
ものである。場合によっては、複写体をつるした糸や支えの棒など見分けにくい像をとら
えることもできる。スティーブンズは再三衝撃波について触れているが、この処理方法には衝撃
波など断じて関係ない。
316,:2008/07/28(月) 08:13:35 0

ジェネシスVの例の著書には、分析のために画像強調を施したというマイヤーの写真が12枚ばかり
載っており、写真の分析のために行った様々な検査法について詳細な仮説が加えられてい
る。それによると、コンピュータ処理法によって、背景の明暗の度合いと宇宙船の底部のそれと
は常に調和することが判明したそうだ。とすれば、こうした検査によって2重露出や合成
写真)別々の2枚のポジを繋ぎ合わせたトリック写真)の可能性はなくなったと考えてもいい
だろう。なるほど、ここまでは結構だ。さて、1枚の写真の端に、名高いコンピュータ・システム会
社デ・アーンサ・システムの名前が見える。

そこでカール・コーフは、デ・アーンサ・システムの社長ウェイン・ヘブラー氏に、ジェネシスVの依頼で分析を行っ
たかどうかをじかに尋ねてみた。ヘブラー氏はあっさりとこうこたえた。

連中はただ会社にやってきて、うちのコンピュータを「買いたい」といっただけです。そこで私
たちは、彼らの写真を1枚、UFOの写っているやつをコンピュータ処理して、写真のいくつか
の箇所の画像を強調しました。彼らはそれを写真に撮ると、また後で連絡するといって帰
っていきました。それっきり、彼らからは何も言ってきません。

さらにコーフは、デ・アーンサが写真分析を行う技術を持っているかどうか尋ねた。答えはこうだ
った。「いいえ、うちは分析はまったく専門外ですから」

1980年8月にカリフォルニア州オークランドで開催された「80年UFOシンポジウム」の講演で、ジェネシスV
のジム・デレトッソは、撮影された写真に対してZスケール輪郭法や輪郭鑑定法などの検査を行って
いると述べた。この場合の唯一の欠点は、この検査が単なるカラー輪郭強調(像の各部分の明
暗の分析に用いることができる)によるものだという点にある。これらは、エッジ増幅法な
どのライト・ディストーション・テストとは別のもので、ジェネシスVが前述のテクニックによって得たと主張し
ている情報を解明するための手法ではない。
317,:2008/07/28(月) 08:32:30 0
ジェネシスV

>>310 もう一発やりたくなった、、、。



またディレトッソは、アメリカの円盤地上監視組織(GSW)がマイヤーの写真の1枚に対して行ったカラー
輪郭強調に対して、いささか軽率ともいえる異議を唱えている。GSWのカラー輪郭強調は、
地面とプレアデスの宇宙船の光の反射率が同程度であることを示している。撮影時の複写体と
の距離から判断して、この2種類の物質の光の反射率、すなわちカラー輪郭は異なるはずだか
ら、この写真はどこかがおかしいということになる。このディレトッソの反論はまったくの的外
れである。なぜなら、ジェネシスVで処理したコンピュータ画像でも宇宙船と背景とのカラー輪郭は
同じだったのである。こうした問題が起きるのは、何もかも、マイヤーの写真が裏付ける証拠
が何一つないことが原因である。カール・コーフがこのことを明らかにしている。ディレトッソが客の
ふりをしてデ・アーンサ・システムを訪れたとき、その応対に当たったのが、技術者のケン・
ディムウィディーだった。彼の話では、コンピューターの読み出しスクリーン上の色分けを指定したのはディレ
トッソ自身だったのである。言い換えれば、この色分けは、元の写真の実際の特徴を何も示し
ていないことになる。したがって、こうした分析結果は、ジム・ディレトッソが主張する虚構の
信憑性を満足させる以外には、なんの価値もない。

しかし、GSWが行ったマイヤー写真のコンピュータ分析は、かなり手厳しいものだった。その結果
は、GSWの研究家フレッド・エイドリアンとウィリアム・スポールディングの2人をして「露骨にして壮大な
ペテン」と言わしめたほどである。
318,:2008/07/28(月) 08:44:27 0
コンピュータを使って画像を強調するまでもなく、マイヤーの写真は疑わしい点がいくつもある。プ
レアデスの宇宙船の陰影は背景の光線の方向と一致しないし、UFOの像の鮮明さは、カメラをこ
の被写体に極端に近づけて(まるで模型を接写したように)撮影したことを示している。
(GSWの推定では、写真に写っているさまざまな宇宙船のサイズは、事実上、直径20〜
30cm程度である。)大気の作用による像の曇りさえも見られないものが多い。

写真の像が予想と一致する点はほかにもあるが、マイヤー本人の証言を聞くと、またしても困
惑させられる。マイヤーは、宇宙人と定期的に接触し、全人類を代表して貴重な証拠写真を集
めていたにもかかわらず、故障したという自分のカメラを修理したり、新しいカメラを買い換え
ようとしたり、ということはしていない。彼のカメラは、焦点を無限遠にあわせたままレンズが
動かなくなってしまったのだそうだ。ところが、さまざまな距離に対してもちゃんとピント
は合っているようだ。遠くの複写体が適度な曇りさえ添えてきれいに写っている。

ともあれ、マイヤーに関する証言や彼の写真撮影の手腕には、ときとして第3者の研究家を驚
嘆させるものがある。ここで注目すべき点は、ビリー・マイヤーが事故で片腕をなくしているこ
とである。とすれば、当然カメラの扱いは楽ではないはずだ。ところがその点で、ウェンデル・ステ
ィーブンズは驚くべき主張をしている。マイヤーのカメラはミラーも閉じたまま動かなくなっているので、
彼の写真はすべてカメラの腰の位置に据えてとったものだというのだというのだ。にもかかわ
らず、写真はどれもみな驚くべき正確さでUFOをフレームの中央に捕らえている。

ジム・。ディレトッソによると、マイヤーと同じ写真をトリックで作るとしたら100万jの費用が必要
だと、プロの写真家が語ったそうだ。ウェンデル・スティーブンは、もっと冷ややかに、マイヤーのUF
Oを模型だとする主張に対して反論を試みている「片腕の男が、そのただ一本の腕でモペット
を運転しながら、いったい何個の模型を持って運べるというのかね」答えは簡単だ。「バッグ
に入るだけの模型を持っていく」のである。

319,:2008/07/28(月) 08:45:54 0
すると、マイヤー事件の真相は何だったのだろう。

確かに、こうした物的証拠はとても説得力のあるものとはいえないし、マイヤーが語る物語は、
GSWの指摘によると、かつてのアメリカのジョージ・アダムスキーが引き起こした馬鹿騒ぎと何もか
もそっくりだ。ただ、要求の多くなった今の時代に合わせて、技術的な論証を加えてこし
らえなおしただけである。


スティーブンズが、マイヤー事件の報告のために英国上院のUFO委員会に招待されたことには、ま
ことに残念至極としかいいようがない。そもそも英国議会ともあろうものが、彼が招待に
値する人物かどうかを判断できなかったのだろうか。

ジェネシスVは、マイヤー以上の狂態を演じつつも、この事件をうまく利用し、結局、「権威筋を手
玉に取った愉快犯」として勇名をはせることができたようだ。ジェネシスVは、マイヤーに代わっ
ていろいろと驚くべき主張を公表してきたが、何一つとして、第3者の調査によって立証
されたものはなかった。

マイヤー当人にとっては、こうした悪評を買った物的証拠の裏に、何らかの主観的体験が存在
しいるのかもしれない。もし頭の中で声が聞こえ、5歳のとき洋ナシの形をしたUFOに乗
って老人といっしょに旅をし、幼いころから何度もUFOを目撃したという彼の話がうそで
ないとしたら、それが一番納得できるかもしれない。だとしたら、あの模型の宇宙船(マイヤ
ーはそれを否定してはいない)は、度重なる現実のコンタクティー(被接触者)体験を元に作った
ものなのかもしれない。プレアデス星人がわれわれ地球人と接触したがっているという話がい
かに信じがたいものであってもだ。もしそうなら、哀れにもビリー・マイヤーは、自分の体験を
他人の商売に利用されただけのことなのだ。

320,ミジンコ:2008/07/28(月) 08:52:27 0

怖いのは、例えマイヤー自身の体験が本物であったとしても、とてつもない闇系を引き寄せて

結果として、果てしないペテンの枢軸を為しているのが明らかな所である、、。

マイヤー自身は澄んだ瞳の人と言う印象だとしても、、、。

とてつもない闇系、、、インディオの人身御供とローマの犯罪と病気を利用したペテンの情報操作。

マイヤーの支配力の影響と考えてみると、ややこしい話に発展する。

コズミック、領域の問題に踏み出しているからだ、、、。

http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1162885732/671
321、ミジンコ:2008/07/28(月) 17:41:57 0

マイヤー自身は澄んだ瞳の人と言う印象だとしても、、、。 >>

少し悩みや苦悩の暗黒を秘めているようにも見えなくは無い。

障害の問題なのか、大陰謀なのか、色々な意味で解釈に苦しむがラッキーな人には違いない。
322、犬猫:2008/07/28(月) 18:57:57 0

  スイスのアウルティ山上空に浮かぶタイプ4の宇宙船の写真。1976年3月29日にビリー・マイヤーが撮影した。
この写真をコンピュータで強調した2つの画像が重大な問題を明示している。このコンピュータ分析を行なった
円盤地上監視組織によると、左側の画像には、宇宙船の真上に直線状の構造物つまり、この物体を支える糸
、または細い棒があることをはっきりと示している。この構造物は、コンピュータ処理で拡大した2枚目の画像でも
同じようにはっきりと見える。しかも、この写真の焦点を調べた所、この物体がカメラから至近距離で
撮影された事がわかった。したがってこの物体の大きさは、撮影者が言うような大きさ7mではなく、実際には
直径20cm程度のはずなのである。

   画像処理中のコンピュータのコンソールの前に座るアメリカの円盤地上監視組織(GSW)西部地区の会長ウィリアム・H・スポールディング。
GSWでは、このコンピュータを使ってUFOの写真を分析している。マイヤーの写真を調べたGSWの結論は、完全なるペテンであった。

    1976年3月29日のタイプ4の宇宙船の撮影された数分後に、更に撮影された写真はこのUFOは約50m先のの木の向うに
浮かんでいたそうだ。コンピュータ処理した二つの画像はこれと逆の事実を示している。エッジ増幅を施した画像は、GSWによると、
円盤の陰影と木の陰影が一致していない。これは、UFOの像と背景の像とを二重焼付けにした写真である事を暗示している。
カラー輪郭強調を施した画像から、GSWは、木の像の上にUFOの像を重ねて焼いた物と推定した。まるでUFOの方が
木よりもカメラに近くあるように見えるからだ。カール・コーフの言葉によると、実にずさんな細工である。
323、犬猫:2008/07/28(月) 18:59:38 0


   マイヤーの農場で見つかった焼け焦げたネガから焼き増しした写真。それまで、彼はこの写真を発表しようとはしなかった。
ここには紛れも無くテーブルの上に置いた模型の宇宙船が写っている。マイヤーはプレアデスの宇宙船の模型を持っていることを認めた。
ただし、マイヤーが言うには、彼の説明を聞いて彼の子供達が作った物だそうだ。


   ウェンデル・スティーブンズ(著者)と、(共著者)リー・エルダーズ。2人の間にうずくまっているのがビリー・マイヤー。
左の子はマイヤーの一番下の息子、の集合写真もある。


   マイヤーの報告によれば、上記のUFO写真を撮影した1時間半後に、撮影したUFO写真がある。
GSWの分析では、円盤の焦点が木の焦点よりずっと鮮明で、円盤だけが至近距離で撮影された物だと判明した。
しかも、UFOの像を背景の写真に二重焼付けした証拠もある。





UFOの写真をコンピュータ処理すると、印象的で奇異な画像が生まれると同時に、オリジナルの写
真では識別しにくい微妙な特徴が浮かび上がってくる。円盤地上監視組織の会長ウィリアム・H・
スポールディングが、この新しい調査技術について解説する。







未確認飛行物体の写真は、その大部分が期待を裏切るものである。どれもぼやけた不鮮明
や写真で、細部は判別できず、ちょっと見た目では何が写っているのかよく分からない。
周囲の状況がはっきりしていないことが多く、UFO以外の普通の物体も写っていないため
に、UFOの大きさやカメラからの距離を判別する目安がない。まれに鮮明に写っているもの
があったかと思うと、たいていトリック写真である。

こうした大量の低品質の写真をふるいに掛け、いかさまを見破り、航空機や鳥天体などの
確認を排除して、どうしてもほかに説明のつかないわずかな写真だけを選り抜き認定する
こと、それがUFO写真分析者の債務である。
325、200 KB:2008/07/28(月) 19:17:03 0
これまで、UFO写真分析者が使える検査技術には限りがあった。例えば、影を調べて写真
の背景とUFOとの光の角度を比較する。両者の光の当たる角度がまったく違えば、背景の
写真の上に模型のUFOの写真を組み合わせたものだと推定できる。あるいは、複写体の
UFOのヒントを調べて、実際に目撃者が主張するとおりの距離で撮影されたものかどうかを
確かめる。目撃者の証言よりはるかに近い距離で撮影されたものであれば、そのUFOが
見た目よりもはるかに小さいことが判明する。あるいはまた、細部を拡大すると、UFOの
表面に、百万言に勝るフリスピーのトレードマークが見つかることもある。もっと月並みなケースは、懐
疑論者が喜びそうなもの、例えば大気の異常な状態のもとで誤認された金星などと判定さ
れる場合もある。

しかしそれでも、あまりにも多くの写真が未確認のラベルを貼られたまま残されてきた。そ
れは、この不思議な空飛ぶ物体はなんだろうという疑問を解くための情報が、あまりにも
乏しかったせいだろう。しかし、どれほど不鮮明な写真であっても、実は奇妙な手がかり
が数多く隠されているのだ。そして今では、コンピュータという力強い新兵器の登場によって、
こうした手がかりを吟味できるようになった。

UFO研究団体の一つ、円盤地上監視組織は、UFO写真の分析のために、本格的なコンピュータ
の応用を実現した。円盤地上監視組織は、高度な技術的専門知識を投入してUFO報告の研
究を行うために、1957年にアメリカのオハイオ州クリーブランドに創設された。創設時の声明を引用する
と、この団体は、「UFO研究における混乱と隠蔽の要素にピリオドを打つために積極的な科
学的調査を実行する」ことを目的としている。そして、500人に及ぶ顧問の科学者と技術者
が、この仕事の協力しているのである。
326、202 KB:2008/07/28(月) 19:24:05 0
いまや、コンピュータを活用した写真鑑定が可能になった。円盤地上監視組織が、コンピュータを使
って一見それらしい1000枚の写真を詳細に調べた結果、45枚を除くそのほかのすべての
写真が誤認またはトリックと判明した。さてそれでは、こうした膨大な資料を調べ上げる技術
について、いくつか実例を示そう。 

まず、写真をスペーシャル・データ・システムズ社のコンピュータ・アイを使って分析する。このコンピュータ・アイ
とは、一種のテレビカメラを使って写真の像を操作し、約25万個もの小さなピクセル(画素)に分
解して、512の列と480の行からなる配列に移しかえる装置である。

写真の色彩も重要な情報を提供してくれる要素ではあるが、コンピュータ分析では色彩は扱わな
い。スキャナーは白黒写真のみを読み取る。スキャナーは各ピクセルの明暗を測定し、グレースケールにも続い
て0(完全な黒)から31(完全な白)の度数に割り当てる。すると、1枚の写真は約25
万個のピクセルに変換され、これをコンピュータに記憶させる。そして、この記憶を呼び出せば、
コンピュータに接続したテレビ・スクリーンの上にオリジナル写真とまったく同じ白黒画像を構成すること
ができる。と、同時に、様々の無数の操作法をくしして、新しい画像を作り出すこともで
きる。そうした画像は、オリジナル写真の中の思いがけない情報をさらけ出し、印象的で珍奇
な形でその姿を見せてくれるのだ。

写真技師が現像所の中で何時間もかけておこなう工程の大部分を、コンピュータ・オペレータはボタン
一つで済ませることができる。

コンピュータは、写真のどの部分でも、瞬時にして画面いっぱいに拡大することができる。有効
な拡大倍率には自ずと限度がある。ピクセルのモザイクが目立つにつれて、画質は低下する。縦
横4倍くらいの拡大率がその境目である。

コンピュータはマタ、コントラストを強めることもできる。つまり、光の当る部分をより明るくして、不
鮮明なオリジナル写真の細部を際立たせることが可能である(原理は、テレビのコントラスト調節ダイヤル
を回して画像を調整するのと変わらない)。
327、画質の向上:2008/07/28(月) 19:36:00 0

複写体の距離と角度の測定は、きわめて容易になった十字型のカーソルを写真に重ね、このカーソ
ルを自由に動かし、分析したい箇所を指定すればよい。コンピュータは指定された箇所の位置を
測定し、瞬時に距離と角度を算出する。

こうした技術によって、写真分析者の作業は以前より楽になり、はるかに大量の資料を処
理できるようになった。そればかりか、コンピュータは、写真技師にとって困難な、あるいは不
可能な、いろいろな離れ業もたやすくやってのけるのである。

例えば、コンピュータは、写真に写った像のエッジ(明暗の境目)を増幅することもできる。ここ
で、ひとつ、UFO写真と比べてやや平凡な写真を例にとって、エッジ増幅法の効果を説明
しよう。この白黒写真は花のX線写真である。各部分の白黒の陰影が、花に関する情報(こ
こでは各部の厚み、すなわちX線の吸収率)をあらわしている。このネガの像では、明る
い箇所ほどその部分の組織が厚いことを示している。花弁と中央のめしべの部分はかなり
繊細な構造になっているのが見て取れる。

しかし、目で見て陰影を選別するには限界がある。エッジ増幅を施した画像は、前頁に示し
た。オリジナル陰影の均質な部分は、コンピュータ処理画像では中間の濃度のグレーで表されている。
コンピュータは、オリジナルの像が(左から右へ向かって)暗から明へと変化していく部分は明るい
線を描き、一方明から暗へと変化していく部分は暗い線を描いていく。この結果は実に面
白い。薄いベールを思わせる微妙なX線写真の像に埋没していた花の組織構造は、いまや
金属的なまでの透明さを持つ網目模様の中にむき出しになった。

エッジ増幅法は、像の不明瞭な数多くのUFO写真にはあまり適用できない。しかし、かす
かでも細部がわかるUFOの像に適用してみせると、注意深いものがある。こうした写真は、
概して昼間の空を背景にした黒っぽい物体を写したものである。しかし、もう一つ別のテ
クニック、カラー・コーディング(色分け)を使うと、オリジナルの明暗のパターンから情報を引き出す
ことができる。これは、人間の目で見る場合には、白黒の陰影よりもし記載のほうが識別
しやすいことを利用したものである。
328、あいまいなメッセージ:2008/07/28(月) 19:37:04 0

写真を色分けするためには、まずコンピュータをカラーテレビに接続する。そして各ピクセルに、その明
暗にしたがって色を割り当てる。花のX線写真にこれと同様のカラー・コーディングを施している。
天文学者や宇宙技術者は、地上の望遠鏡で撮影した写真や、人工衛星や宇宙探査機から送
られてきた電送写真に同じテクニックを応用している。オリジナルの写真の明暗は、惑星表面
の実際の明暗や、宇宙空間のガス運の温度、はるか彼方の星雲の電波の強さなどを示してい
る。コンピュータが作り上げる画像のパターンは、色分けによって、こうした情報を表すのである。
したがって、こうしたタイプの異なる写真は見た目には類似していても、それがもたらす情
報は本質的にまったく別のものである。







あいまいなメッセージ


こうした手法は、UFO研究に関して特にどういう効果をもたらすのだろうか。UFO写真
の像の明暗のパターンは、複雑であいまいなメッセージである。日照や反射光、大気中の煙霧など
の周囲の条件を踏まえたうえで、物体の形状やその各部分の条件を踏まえたうえで、物体
の形状やその各部分の発行量、物体自体の表面の明暗などの問題を考えていかなければな
らないからだ。カラー・コーディングによって明暗のパターンを強調すると、たちどころに物体の本
当の形が明らかになることが多い。像の濃度にむらのある場合には、そのUFOは雲かも
しれない。突起物のある円筒形の物体は光の反射のせいで翼の一部が写っていない飛行機
だろう。白昼下円盤(昼間目撃されているすべてのUFO)の輪郭をはっきりさせると、し
ばしばカメラのレンズキャップやパイ皿タイヤのホイールキャップらしき物体であることが判明する。
329:2008/07/28(月) 20:05:24 0

円盤地上監視組織は、こうした技術を用いて、何千枚もの写真の分析を行った。次ページの
有名な2枚のコロラド写真を例に挙げよう。このUFOは、1969年8月28日、現地時間の午
前6時20分ちょうどに、ノーマン・ベダ氏と彼の連れが、コロラド州デンバーの東約110kmの
州道80sを北東に向かって走行中に目撃し、撮影したものである。ベダ氏の説明による
と、強烈な光を放つ金色の楕円形の物体が、音もなく飛んでいたそうだ。彼はこう語って
いる。「物体はまぶしく光輝き、正視できないくらいだった。そしてほんの一瞬滞空してい
たかのように見えた。物体が発する光はしたの雲に反射していた」このとき撮影された2
枚のカラーピジには、確かに輪郭のくっきりしたまばゆい黄色い光と、その光を反射させてい
る雲が写っている。

カラー・コーディングを使って、コロラド写真の分析を行った。63ページの画像がその結果である。
ここでも、オリジナル写真の明るい部分は白、青、黄色で表し、暗い部分は赤、青紫、黒で現してある。

【ある鮮やかな色の渦の写真は、アメリカのコロラド州上空で目撃された光り輝く円盤をコンピュ
ータ・アイで見たものである。その色彩はオリジナル写真を明暗を示しており、UFOと周囲の空
の精密な構造を力強く描き出している。この彩色した像の上に重なっている線は、コンピュータ
が写真を測定するために引いたもの。】写真の縦の線は、明暗の情報を示すための別の方法
である。コンピュータは、左手の線にそって画面を薄切りにし、その部分を記録している。左の
線にそった部分の明暗をグラフ化して現したのが、画面左側に描かれた波型の線である。こ
うして、この波線のこぶ状に出っ張った箇所が物体の最も明るい部分を示している。コンピュ
ータのおかげで、写真の特定の部分の光と影の繊細な分析もスピードアップされた。円盤地上監
視組織は、さまざまな種類の物質の光の反射率に関するデータのライブラリーを持っている。日光
に照らされて見えるUFOの写真の中には、UFOと対比できる木や建物のような普通の物
体が写っているものもある。こうした物体によって、分析者は、UFOの物質的組成につい
て仮説を立てられる場合もある。
330:2008/07/28(月) 20:10:51 0

UFOの像と背景のほかの物体との光と影のコントラストを比較することもできる。もし大きな不
一致があるなら、合成写真か、あるいはUFOがカメラで描写した模型であることを示してい
る。基本的にこれと同様の手法を用いて、大気中の煙霧がUFOの像をさえぎる度合いを推
定することもできる。物体との距離が遠くなればなるほど、空気の分子やほこりや水蒸気
の作用で水が散乱するため、その物体はより明るく見え、コントラストは弱くなる。この手法に
よって、しばしばUFOと目撃者との距離推定が可能になる。

写真に写っているさまざまな物体の線明度を注意深く測定すれば、距離を測るための貴重
な材料となる。事実、大部分のUFO写真の目障りなぼやけを逆利用することも可能である。

時として、15m以上はなれた地上の物体がすべてわずかながらピントがずれているのに、
空に浮かぶUFOの像だけが美しく鮮明に写っている写真がある。

これは、そのUFOだけをカメラで接写したことを示している。すなわち、このUFOはトリック
写真か、さもなければわい小な緑色の小人が操縦するUFOとしか考えられない。ピントの比
較はUFO写真分析の伝統的手法の1つであり、いまやコンピュータがその強い味方になってく
れるわけである。

ベダ氏のUFO写真の分析においては、円盤地上監視組織は、基地の物体や論理的解釈の
できる現象と考えられる可能性を次々と切り捨てていった。この物体は、気象観測気球で
も、鳥の群れでも、白昼の流星でもなく、明暗の分布が円盤型であることを示している。
日光の反射にまぎれた飛行機でもない。反射光にしては光が強すぎるし、主翼や尾翼らし
きものも見当たらないからだ。レンズの光班、雲の反射光、蜃気楼の大気現象の可能性もす
べては排除された。当時の太陽の位置を考えて、それはありえないからだ。この物体の形
状は立体的であり、カメラからかなりの距離にあることも確かだ。
331、ミジンコ:2008/07/28(月) 20:20:48 0

これからは、現代技術の助けを借りて客観的研究が進められる時代になるだろう。その中
で、コンピュータが果たす役割は重大である。近い将来、写真分析は、より洗練されたコンピュータ・
プログラミングとより強力なハードウェア(より大きな記憶容量を持つ高速コンピュータと、オリジナル写真
をいっそう高い精度で分解できるスキャナー)との連携によって行われるだろう。いずれUF
Oのトリック写真は事実上不可能になるだろう。おそらくそのときにこそ、UFOの謎が解き明
かされるに違いない。


>>326  
.    /  ̄ ヽ
    .(,ノノノ ソ) )
    / l(┃┃j ヽ 
    ̄`ァ┬ ' ̄  
    / ヽ/ \ <、、、本物のUFO写真は、約20枚に1枚の割合らしい、、。
    |ヽ / / |
   | ヽ二/ |
    レ___》《_|
     | |   |
     | |   |
     |_|___|
     L⌒l⌒l
332、トレント写真を分析する:2008/07/28(月) 20:31:10 0


コンピュータ分析を用いて、最も有名な2枚のUFO写真の信憑性を確かめる。ここでは、この
古典的写真を分析すると同時に、アメリカ政府が長年にわたってUFO問題をかく乱してきたら
しい節があることにも言及する。









この写真は、アメリカのオレゴン州マクミンビルの近くに住むトレント夫妻が撮影したものである。この劇
的な2枚の写真を、コンピュータを使って分析した。このコンピュータ分析は、コロラド大学コンドン委員
会から指名された専門家の出した結論を裏打ちし、さらに深く掘り下げたものである。専
門家の結論は、この写真の物体は、自然発生的あるいは人工的な、いかなる既知の現象に
も当てはまらないというものだった。


トレント夫妻が語ることによれば、この物体は、1950年5月11日の夕方、彼らの上空に現れ
た。トレント夫人は、農場で飼っているウサギにえさをいぇっていたときこの物体に気づき、夫
を呼んだ。カメラを探し出して、トレント夫人がほぼ同じ位置から2枚の写真を撮った。その円盤
は、音もなく、北東の空から北西に滑るように飛び去った。
333:2008/07/28(月) 20:35:05 0

フィルムには、まだ数枚分残りがあった。トレント夫妻は、この写真をさほど重要とは思わなかっ
たようだ。彼らがフィルムを現像したのは、それから数日後、フィルムの残りを使い終えてからだ
った。現像後も、彼らはこの写真を気に留めていなかったし、地元の新聞がこの話を聞き
つけたのもほんの偶然に過ぎなかった。しかし写真がいったん新聞で取り上げられると、
一大センセーションを巻き起こし、遂には「ライフ」の特集記事にもなった。これは、アメリカ空
軍のきわめて懐疑的な1967年のコンドン報告書の中でさえ否定されなかった唯一の写真であ
る。コンドン委員会は、提出された膨大な証拠にことごとく手厳しい批判を加えて切り捨てて
いた。委員会の調査員ウィリアム・K・ハートマンが下した結論は、トレント夫妻の写真および目撃現場に
ついて調査したあらゆる要素が、明らかに人工物と思われる。直径10mの銀色の金属製
の円盤型異常飛行物体が、2人の人間に目撃されたという主張と符合する、というものだっ
た。彼の所見では、この証拠はトリックの可能性を積極的に否定するものではないが、同時に、
コンドン・チームのあるメンバーによれば、その信憑性を十分に評価できるものであった。

しかし、この写真をめぐって大論争が巻き起こった(トレント夫妻が撮影した写真。円盤型の
輪郭をした謎の物体が写っている。トレント夫妻の話によると、「その物体は、やや斜めに傾い
た格好でこちらへ向かって飛んできた。物体はとても明るく、銀色に近いほど輝き、音や
煙は出していなかった」そうだ。)。こうした論争は、厳密な検査に耐えうるUFO写真の周
辺で必ず起きる一種のつき物である。いまやコンピュータの登場によって、このトレント写真の再検
討が可能になった。コンピュータを使えば、人間の目では、たとえ顕微鏡の助けを借りても見え
なかったものでも発見できるのである。

334、カラー輪郭強調法で処理する:2008/07/28(月) 20:39:43 0

コンピュータによる写真分析の原理は、すでに解説したとおりである。 >>324   

まずテレビカメラを使って写真を操作し、約25万個のピクセル(画素)に分解して、各ピクセルの明
暗の度合いを数値に変えて記憶装置に収める。コンピュータは、こうした数値を実にさまざまな
方法で処理して新たな画像を作り上げ、テレビ・スクリーンに映し出すことができるのだ。こう
して作られた画像は、いずれも、オリジナル写真のネガに内在されている情報について、新たな
事実を語ってくれているのである。




カラー輪郭強調法で処理する




トレント写真の再検討を実現したUFO研究団体、円盤地上監視組織は、まず最初に写真をカラー
輪郭強調法を使って処理した。すなわち、オリジナル写真の白黒の陰影を鮮明な色彩に変換し
たのである。この結果、この物体の光と影の分布が、はるかに読み取りやすくなった。

円盤の底部の陰影にはあまりむらがなく、この部分が平らな面で、光が均等に当たってい
ることが示されている。円盤を側面から撮った2枚目の写真は、物体の中心部の陰影が外
周のふちの部分より暗いことを明らかにし、この丸いかさ形の円盤の側面像を示している。

カラー・コーディングは、像の陰影のパターンを、人間の目にもはっきりと見分けられるようにして
くれる。コンピュータの精密な計算が、写真の物体の精密な形状を選別するという、より高度な
判定を可能にしてくれるのだ。

トリック写真は、たいていタイヤのホイールキャップや皿などを写したものだが、拡大した画像をカラー輪郭
強調法で処理すると、こうした物体の明確な形状が解像できる。
335:2008/07/28(月) 20:45:19 0

さらに、UFOの像の明暗を測定し、手前のガレージに見える影と比較してみた。すると、
UFOのほうがはるかに明るいことが分かった。この事実をそのまま受け取れば、UFOは
カメラからかなりの距離にあることになる。これだけの距離があれば、大気中の煙霧が円盤の
姿をさえぎるはずだ。これは、大気がどんなに済んでいる日でも、目の前の物体よりも遠
くの地平線のほうがかすんで見える現象と同じである。しかし、ほかにも考えられる要素
はある。地面からの反射光やカメラのレンズについたグリースが原因ではないかという意見も現に
あった。

しかしこの可能性は、UFOの像の鮮明さから推定したUFOとの距離の反証となるもの
ではない。電話線やガレージなどの前傾の物体は、UFOや遠方の地上にある物体と比べて
像が鮮明である。

分析の次の段階は、円盤をつるしている、あるいはささえている針金の有無を確かめる作
業である。つまり、この物体が、比較的カメラの近くに据えた小さな模型であるかどうかを検
証するものである。このために、円盤地上監視組織はコンピュータによるエッジ増幅法を利用した。

その結果、表面の粗い石に彫った朝浮き彫りに低い角度からライトを当てたような画像が出来
上がった。明るい線と暗い線が、物体の各部のエッジ(明暗の境目)を、ネガの小さな傷ま
でいっしょに、くっきりと浮き上がらせている。エッジ増幅法を用いると、通常の条件の下
なら、3mの距離にある大きさ4分の一mm以下の針金を検出することができる。この物
体の周囲には、これを支えている針金や糸らしきものはまったく見当たらない。

エッジ増幅法は、UFOが糸でつるした模型かもしれないという仮説を排除しただけではな
い。これによって、像の大きさの測定も容易になった。おかげで、分析によるとUFOとの
推定距離と合わせて、この物体の本当の大きさを割り出すことができた。
336、分析の結果:2008/07/28(月) 20:50:06 0

>>310 更にもう一発

コンピュータを用いた数々の分析の過程で拾い集め蓄積された証拠によって、円盤地上監視組織
は1つの冷静な結論に達した。写真に写っている空飛ぶ円盤は、直径20〜30mで、お
そらく磨いた金属でできたものである(物体の光の反射が研究室の金属標本と一致する)。

UFO現象それ自体は、先入観に左右されない、しかるべき方法に基づいた科学的研究を行
うべきものである。現代の科学技術は、この問題を推し進めるための手段を提供してくれ
る。しかしながら、真摯なUFO研究を妨げている1つの要素が存在する。大部分の国家は、
国民から集めた証拠をなにもかもひた隠しにしようとしているのだ。おそらく、アメリカ合衆

国政府は、世界のどの国よりも大量のデータ(政府の職員や軍関係者、警察官、一般市民ん
ばどから収集したデータ)を蓄積しているはずである。民間のUFO研究家は、これまでずっ
と、アメリカ政府の情報機関はUFOの存在と正体を知っている、と主張してきた。彼らは25
年以上にわたって、政府が公表している以上の事実を知っていると訴え続けてて来たのだ。
政府が調査に乗り出した数え切れない目撃例において、不可解にも、証拠が消失したり隠
滅されたりしている。コンピュータなどの近代兵器を駆使した分析技術も、肝心の要の証拠が隠
蔽される限り、すべての可能性を実証することはできないのである。

しかし、情報公開法によって、いまやアメリカ市民は政府機関が保有する情報の公開を政府に
要求することができる。初の法廷論争が行われ、CIAが秘匿しておきたかったはずの文
書が、UFO学者たちの目に触れることになった。
337、分析の結果:2008/07/28(月) 20:53:43 0

政府が隠している更に多くの情報が暴かれたとき、アメリカ政府が、これまで創造していた以
上に活発な活動をしてきたことが明らかになるかもしれない。アメリカ政府が行ってきたUFO
研究の妨害工作は、役人にありがちな無気力や混乱や保守性に起因するものではない。そ
れどころか、政府機関内部に存在する、小規模ながら

いまだ実態のつかめないあるグループが、世論やUFO研究家の活動を操作してきたのかもし
れないのだ。彼らはデマというありふれた手段で歪曲された報告やデータを流し、うわさを
でっち上げ機密と称するガセネタをUFO研究家につかませ、時にはうその目撃事件まで捏造
して、この任務を遂行してきたのではないだろうか。彼らは、世間に広く浸透したUFO信
仰という背景を作り上げることによって、ほかの政府機関がUFOの正体をつきとめようと
やっきになっているその最中に、自らのつとめを全うしていたのではないだろうか。

こうした不正な策略をめぐらすには、 いくつかの動機があったのかもしれない。これまで
にいく度か、世間の目は、実にタイミングのいいフラップ(UFO目撃の集中発生)によってほか
の問題からそらされてきた。たとえば、テキサスやニューメキシコでフラップが起きたのは、1957年11
月にソ連が二度目のスプートニクを打ち上げたというニュースが入ってから数時間以内のことであ
り、おりしもアメリカのバンガード・ロケットが発射台からの離陸に失敗を重ねていた時期だった。

数年にわたるUFO問題は、個人や団体の心理学的側面に関する膨大なデータをも提供してく
れるはずだ。それは、人々が、未知の、おそらく驚異的な勢力に監視されているらしいと、
感じているためである。Ufoの脅威が作り出す心理戦争の側面に政府が関心を持っていた事
実は、いまようやく公開された秘密文書にはっきりと記されている。

過去30年間に急増した目撃事件の過剰発生は、民間企業や非公認の軍関係者が飛ばした新
型航空機の目撃事件をうやむやにする役にも立ってきたはずだ。
338、ミジンコ:2008/07/28(月) 20:59:05 0
幽霊飛行船、メアリー女史、トレント写真は、グリーン・ランや4・1プロジェクトや精神医療の人体実験の問題と

切り離せない関連があるようですね、、、。




CIAはいち早く廃止に持っていき、正直に本当のことを言ってもらいたい。
339、ミジンコ:2008/07/28(月) 21:22:52 0


  、、、ナチ、、円盤型戦闘機、、、、

 、、もしかしたら、本物の宇宙人のものかもしれないが、、、、。

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/625-633

  、、、どうあれ、今後のCIA関係者が、いかに誠実に本当のことを言うか

、、、事実を言えるかにかかっている、、、。


340、ミジンコ:2008/07/28(月) 21:32:20 0



 精神医療のインディオの人身御供とローマのペテンの操作によるものの

  観点からでも説明のつく話でもある、、、。

何通りかの解釈は成り立つが、可能な意味では、その全てが現実には起こっているものと

考えるべきであろう。

341:2008/07/28(月) 21:33:39 0
222 KB
342,:2008/08/07(木) 07:30:24 0
,
343:2008/08/13(水) 16:59:25 0
,
344、UFO伝説:2008/08/14(木) 10:17:01 0
UFO伝説

政府機関がUFO伝説や時折発生するUFOヒステリーを扇動しようと思えば 、たいした努力を
必要としないだろう。まじめなUFO報告に、2,3のきっかけを与えて刺激してやれば、
UFO信者や一般大衆は彼らの思いのままに動くからだ。コンピュータ処理画像をはじめとする、
あらゆる種類のUFOデータのより精密な分析は、こうした工作活動に立ち向かうと同時に極
端な軽信性や懐疑主義と戦うための武器となり、状況を改善する手立てとなるだろう。し
かしそのためには、政府の記録文書の中に秘匿されている証拠を手に入れなければならな
い。

円盤地上監視組織は、多くのUFO写真の裏に異常な物理的現象が隠されているという見解
をあくまで固持している。と同時に、こうした現象の本質と原因を究明する戦いは、写真
分析者の研究室内の奮闘も去ることながら、法廷での徹底抗戦が先決であると信じている。
345、UFO伝説:2008/08/14(木) 10:41:44 0
>>324-331

【ある鮮やかな色の渦の写真は、アメリカのコロラド州上空で目撃された光り輝く円盤をコンピュ
ータ・アイで見たものである。その色彩はオリジナル写真を明暗を示しており、UFOと周囲の空
の精密な構造を力強く描き出している。この彩色した像の上に重なっている線は、コンピュータ
が写真を測定するために引いたもの。】

http://ja.wikipedia.org/wiki/X%E7%B7%9A%E5%86%99%E7%9C%9F X線写真
【花のX線写真、明るい部分は組織の分厚い箇所、すなわちX線をより多く吸収する箇所をあらわしている。
細部を識別するには注意深い観察が必要である。】

【その花の写真をコンピュータ処理した画像。明るい部分と暗い部分のエッジ(境目)が強調されている。UFO写真も
この手法によって明瞭にする事が出来る】
346、懐疑論者の推論:2008/08/14(木) 10:58:00 0



トレント写真に突いては、30年間に渡って激しい議論が繰り返されてきた。最初の科学的分析者

ウィリアム・K・ハートマンは、大気の作用によると思われるUFOの像の曇りを調べ、この物体は

約1・3kmの距離にあると結論した。懐疑的分析者のロバート・シェイファーは、この曇りはカメラのレンズについた

グリースが原因かも知れず、この物体がカメラから至近距離で撮影された可能性もある、と主張した。彼は又、写真の中で

ガレージのひさしの影が壁にかかっている点を指摘した。この壁は東に面しており、すぅなわち、写真が撮影された時刻は

トレント夫妻が主張している夕方ではなく早朝だった事を意味している。UFO否定論者のフィリップ・J・クラスは、事件の時刻を

夫妻が偽証した動機をほのめかした。つまり、もし朝なら土地の農夫が畑に出ているはずだから、誰もUFOを目撃しなかったのは

奇妙な話であり、写真の信憑性が疑われるからだ、というのである。
347:2008/08/14(木) 11:07:23 0


これに対して別の調査者ブルース・マッカー・ビーは、ガレージの影は散光が原因であり、夕日を浴びて

照り映える雲の反射光による物だろう、と応酬した。そして彼は、仮にレンズにグリースがついていたとしても、

UFOとカメラの距離は1Km見上のあるはずだと推定した。クラスはまた、2枚の写真でUFOの向きが変わっている点は、

UFOがカメラの近くにつるした模型であるとすれば説明がつくと主張した。クラスは、トレント夫妻が嘘発見器の検査を嫌がった

点を指摘したが、マッカー・ビーなどは、インタヴューの時、夫妻の態度は常に直実その物だったと主張した。

専門家の論争はいまなおつきそうにない。

348UFO写真の真実とペテン:2008/08/15(金) 20:56:21 0





UFOを撮影したという写真は、10枚中9枚までが日常的現象の誤認かトリック写真である。ク
リス・クーパーと、英国UFO研究会のロバート・S・ディグピーが、、UFO写真が耐えるべき過酷な
審査について解説する。

コンピュータによる画像処理という新しい手法は、これまでUFO写真を分析し評価するために
用いられてきた厳選された手法に取って代わるものではない。もしろ、そうした手法を補
強するものなのである。事実、UFO写真は通常まず従来の検査法でふるいに掛けられ、そ
れをパスしたものだけに、費用のかかる高度なコンピュータ分析が用いられるのである。そうし
た写真は、すべてのUFO写真の中のごく一部に過ぎない。こうした一連の検査を受けたあ
と、なおも説得力を保ち続ける写真は、せいぜい全体の10%しかないのだ。

UFO写真自体も一つの報告例であり、ほかの報告と同じやり方で立証されなければならな
い。それらしき多くの写真は、目撃時の状況が不十分であるがために、不可解な現象が起
きたという証拠にはならない。例えば、そのときUFOを目撃した人間が、撮影者一人だけ
の場合もあるだろう。研究者は、目撃者の誠実さをどれほど強く確信しても、トリックの可能
性を全面的に排除してはならないのである。
349,:2008/08/15(金) 20:58:41 0

ペテン師たちの動機




金欲しさからトリック写真を捏造するケースは珍しくない。ネス湖の怪獣を写真に取ったというある
男は、これを分析したいという専門家にネガを渡すことを拒否した。そのうえ、彼の目撃
談にはいくつもの矛盾点があるのだが、こうした事実にもかかわらず、イギリスのマスコミは彼の
写真を大々的に取り上げ、そのまま使い続けた彼のコメントによると、世界中のマスコミがこ
の写真を取り上げたおかげで、最初の半年間で20万ポンドもの金がころがりこんだそうだ。
その後も入金はずっと続いた。もちろん、公演料や彼自身の写真の使用料も入ってきた。
大衆の見たがっているものを提供しようという強い動機はほかにもまだある。

一部の人間、特に利発な子供たちの間では、空飛ぶ円盤のトリック写真を撮ることが1つの遊
びになっている。その最も有名な事例の一つが、イギリスで起きたアレックス・バーチのケースであ
る。1962年、当時14歳だったアレックスは、5機の円盤らしき物体の写った写真を公表した。
彼はラジオやテレビの番組でインタヴューされ、航空省の事情聴取も受けた。彼は、英国UFO研究
協会の創立の会合にも出席し、自分の目撃事件の状況を説明した。彼が頑強に主張したも
っともらしく一見誠実そうな証言が、すべてそうだと分かったのは、それから実に10年後
のことだった、

したがって、UFO目撃事件には、第三者の目撃者の存在が必要不可欠である。研究者の観
点から見て理想的なケースというのは、こうした目撃者が、写真の撮影者の友人や血縁者
ではなく、しかもフィルムを現象する前に目撃者から事件の経緯をすべて聞き出すことができ
る場合である。ペテン師たちは、自分の写真が十分イ説得力あるものだと確信できるまでは、
自分の目撃事件を公表しないものだ。
350,:2008/08/15(金) 21:04:12 0
ハード・エビデンス

写真が科学的なハード・エビデンス(物証などの厳然たる証拠)になる場合、そのための第一の
必要条件は、撮影者とは無関係の別の目撃者が最低一人いることである。第二の必要条件
は、オリジナルのフィルム(白黒ネガでも、カラーのネガでも、カラーポジでもかまわない)が検査と
評価のためにしかるべき分析者の元に提出されることである。たとえ、UFOの写っている
写真が一枚か二枚くらいしかなくても、そのフィルムは一本丸ごと提出されるべきである。U
FOが写っていない別の写真も、当時の天候条件や、レンズにグリースや泥がついていないかど
うか、カメラの内部で迷光が起きていないかどうか、使用したフィルム自体の特徴、等などに関す
る貴重な証拠を提供してくれるかもしれないからだ。

第3の必要条件は、写真の中に、UFOと対比できる別の物体が写っていることでもある。

もし写真に、虚空が浮かぶUFO以外何も写っていなかったとしたら、UFOとの距離やU
FOの大きさを割り出すことは不可能である。

第4の必要条件は、絶対必要というわけではないが、もしあれば望ましいものである。そ
れは、UFOが連続して写っていることである。静止した写真は、たった一枚だけ写って
いるものよりも連続して写っているものの方が、より多く情報を提供してくれる。映画用
のフィルムなら、なおいっそう価値がある。映画用フィルムは、なおいっそう価値がある。映画用
フィルムは、静止した写真よりもトリックが難しいし、目撃時の経過時間も分かる。(カメラによって
は、フィルムの速度を通常の1秒24こまイが言い切りかえられるものもある。UFOを撮影した
ときのフィルムの速度を目撃者からはっきり聞きだすことが必要だ。)

写真を提供されたUFO研究家は、撮影時の状況を細大漏らさず知る必要がある。使用され
たカメラとフィルム、撮影距離、アパーチャ、スピードのセッティング、レンズにフィルターをつけていたかどうか、
つけていたならどういうタイプのフィルターか、カメラは手に持っていたか三脚に据え付けていた
のか、そのほか関連する情報をつぶさに知らなければならない。

このように、写真の精密な検査に取り掛かる前に研究家がやるべき作業は山ほどある。さ
て、いよいよ分析を始める段階になったが、まず何をすればよいのか。
351,:2008/08/15(金) 21:07:46 0


1966年コロラド大学は、空軍の委嘱を受けてUFOの研究に取り組んだ。コロラド大学の発表
した「未確認飛行物体の科学的研究」と題する最終報告書に対して、多くの研究かは今な
おその価値に疑問を抱いている。しかし、コロラド大学の研究者たちによって、証拠写真にど
うアプローチをするかという明確なアウトラインが示され、他の分析者にとって適切な基
準となった。このアプローチの方法はいくつかの段階に分けられる。

まず第一は、主観的評価である。像の鮮明さやコントラストなどの写真のさまざまな要素を、目
撃者の証言と照らし合わせて、一見それらしく見えるものに、異常現象らしい根拠が何も
ないかどうかを検討する。

写真がこの最初の質的評価にパスしたら、、第二の段階は、写真に写っている物体について
何らかの論理的解釈が可能かどうか検討してみることだ。この疑問に取り組むことができ
るのは、天文、気象、光学などに関する広範な経験を持つ人だけである。そうした人だけ
が、写真を見て、それが飛行機雲や大気の異常な状態で見られた天体、レンズの光斑、フィルム
現象の失敗、そのほか無数の単純で何の変哲もない現象であるかどうかを判定する能力を
持つ。しかし、こうしたUFOの像について考えられる原因は実に多種多様であり、時と
して専門家でさえ騙される場合もある。とはいえ、この段階で数多くの写真が誤認として
切り捨てられるはずだ。

第3の段階は、写真がトリックである可能性を検査することである。誠実な報告であっても、
その可能性が絶対無いとは言い切れない。研究家の検査が必要である。まず、オリジナルのフィル
ムに手を加えた形跡はないだろうか。こうした工作はたいていすぐに分かる。チェックすべき点
は、フィルムのコマが連続しているかどうかである。UFOの写っている連続写真のコマのナンバー
が断続していたら、こうした写真はただ一度の目撃ケースを撮影したものではなく、何度かに
分けてこしらえた写真か、さもなければ、不振を招きそうな写真を意図的に間引きしたも
のか、という疑問が持ち上がる。
352,:2008/08/15(金) 21:09:32 0


写真のピントや鮮明さやコントラストは、撮影者や他の目撃者の説明と一致するかどうか。物体が
空を高速度で飛んでいたのなら、UFOの像にその速度に応じた程度のぶれが生じるはずで
ある。あるいは、撮影者がカメラを動かしながら撮ったとしたら、背景に多少のぶれが生じる
はずである。


像のピントは、物体との距離を正確に推定する材料になるこれは、写真の信憑性を判定する
上できわめて重要なことである。というのは、ほとんどのトリック写真が、カメラの近くにすえた
小さな物体を撮影したものだからである。しかし、たとえUFOの像がカメラから遠くにある
と判定されても、目撃者がそれをありふれた物体であることを承知の上で撮影した可能性
も残っている。例えば、飛行機を特異なアングルで撮影し、写真に写ったその異様な形状
を利用しているだけなのかもしれないのだ。
353,:2008/08/15(金) 21:10:56 0

日照条件の手がかり


ほかにも、写真と目撃者の証言との一貫性を確かめる検査法がある。日中撮影された写真
なら、太陽の光と天候状態を調べて、それらが目撃事件の日時の光と天候状態を調べて、
それらが目撃事件の日時と一致しているかどうかを確認できる。写真に写っている物体の
高さとその物体の影の長さとを計測できれば、太陽の高度もすぐに計算できるし、天体暦
や航海暦を使って時刻を割り出すこともできる。現地の測候所には、、当日の天候の詳細な
記録が残っているだろう。天候の記録は、目撃事件の時刻のものと一致するかどうかとい
う問題ばかりでなく、状況によっては、雲の底面の高度などの情報から、写真の物体の高
度に関する情報をも与えてくれるのだ。

また、日照に関する条件は、写真が短時間のうちに連続撮影されたものかどうかも明らか
にしてくれる場合がある。もし、目撃した時間がほんの数秒間だったと報告されていなが
ら、ある写真と次の写真との間で太陽の角度が10度(40分間に相当する)違っていたとし
たら、目撃者の信憑性は一挙に崩れてしまう。

こうした調査をするとき、もし可能なら、カメラ自体の検査もすべきである。ほとんどのカメラ
は、現実のシャッタースピードやアパーチャが名目とかなり違っており、実際の数値を知ることが必要
である。

もし目撃現場の検証ができれば、することが望ましい。この目的は、通例、UFOの物理
的痕跡を探すことではなく(それがもし見つかれば貴重だが)、写真に写っているいろいろ
な物体の大きさや方角を知ることである。
354,:2008/08/15(金) 21:12:13 0

こうした過酷な検査を受けた上で、その信憑性を損なわずに生き残る写真はごくわずかし
かない。しかし、ここにいたっても、そうした写真に対する最終的判定は、実質上消極的
な内容(写真の物体はカメラで接写したものではなく、飛行機でもなく、流星でもない、とい
うことを示す)のものである。残念ながら、UFOという言葉からしばしば連想される考え、
すなわち地球外生物の宇宙船という発想は、一般大衆と真摯な研究家の間の誤解の原因と
なっている。人々は真顔でこう尋ねる。「UFOは実在するのか」と。これは、言い換えれ
ば、これまでに空で目撃された物体の中でいまだに正体を確認できないものがあるのか、
という意味の質問に受け取れる。もしそうなら、答えはイエスである。ところが、こうい
う質問をする人たちが現実に心に抱いている疑問は、異星人の宇宙船が本当に地球にやっ
てきているのか、ということなのである。そして、これに対する答えをわれわれは持って
いない。Ufo現象が異星人の 宇宙船だということを明白に示す確固たる証拠は何一つない
のだ。

では端的な質問をしてみよう。UFO写真の中に、その信憑性を否定しようとする試みを
ことごとく跳ね返した写真があるだろうか。それに近いものはたくさんある。もっとも、
そうした写真に関する論争は決して尽きることはなさそうだが。最も説得力のある写真の
中に、国際地球観測年の科学的調査に参加したブラジル海軍の船上から撮影した写真がある。
1958年1月16日午後12時15分、この船が南大西洋のトリンダーテ島を離れようとしていたと
き、甲板にいた大勢の人々が、高速度で島へ向かって飛んでくる奇妙な物体を目撃した。
その物体はしばらく島の上空を舞っていたが、島の頂の向こう側に消えたかと思うと、再
び姿を現し、海を目指して飛んでいった。このとき甲板にいた民間のカメラマン、アルミロパラ
ウナが4枚の写真を撮った。写真には、水蒸気か霧に包まれたような、2枚の皿を重ねあわせ
た格好の物体が写っていた。
355,:2008/08/15(金) 21:13:34 0


さまざまな点から見て、これはほぼ完璧な目撃事件だった。多くの目撃者があり、ネガも
即座に現像され、事実上トリックの可能性は考えられなかった。

後にアメリカ空軍は、この事件について綿密な調査を行ったと主張したうえで、事件は作り事
だったと結論を下した。しかし、公開されている海軍の記録には、この事件に関する評価
は一切記録されていない。もしアメリカ海軍がこの写真に疑問を投げかけるような情報を持っ
ているとしたら、彼らはそれを秘匿していることになる。公開されている証拠の中には、
トリンダーデ島のUFO写真の信憑性を否定するようなものは何一つない。ブラジルUFO研究
形家たちは、写真の物体は全長36mで時速900〜1000kmで飛行していた、と結論を下し
た。

ほかにも、これと同様に驚異的な物体を撮影した写真は数多く存在する。(68p  )し
かし、こうした物体は果たして異星人の宇宙船なのだろうか。それともっと異様な、例え
ば人の思念が投影して物質化したものなのだろうか。残念ながら、写真分析の手法だけで
はそこまで解明することはできない。

356,第4種接近遭遇:2008/08/15(金) 21:16:03 0









ほかの惑星の知的生物と接触しようとする科学的試みは、これまでのところまだ成功して
いない。すると、異星人に出会ったと主張する人々は、どんな証拠を持っているだろうか。
ジェニー・ランドルズが彼らの報告を検証する。

1980年11月の風の強い雨の夜、マリオ・ルイジは、イングランドの湖水地方のバーンザイド村から少
し離れた川沿いの湿地を歩いていた。そのとき暗闇の中に何かが見えた。最初牛かと思っ
たが、やがて粗末な造りの羊小屋かもしれないと思い直した。しかし、そのとき、どうみ
ても飛行機には見えないその物体が、地面から1mほどのところに浮き上がっているのに気
づいた。大きさはヘリコプターほどあり、水平尾翼らしいものがついていたが、主翼はな
かった。その機体には、ルイジが見たことのないような奇妙なマークがついていた。

357,:2008/08/15(金) 21:18:55 0


彼はランタンの光を反射してちかちかと輝くその不気味な物体を見つめていたが、そのとき、
ピチャピチャという水音がした。何者かが水浸しの地面を歩いて近づいてくることを知り、彼
はランタンの光を音のするほうへ向けた。すると、2mほど離れた古いオークの木のそばに、人間
らしい2つの人影が見えた。2人は、黒っぽい革のぴったりしたスーツを身に着けていた。
その瞬間、彼らのうち女性らしい人影のほうが手に持った小さな鉛筆のような勿体を差し
上げた。物体から閃光が発射され、ルイジのランタンに命中した。前面のガラスが砕け散り、金属
の反射鏡が捻じ曲がった。

マリオ・ルイジの遭遇体験は、川の反対側の製紙工場の明かりの下で継続した。女性の人影が彼
に話しかけてきた。彼女が言うには、自分たちは何の危害も加えるつもりはなく、平和目
的で地球にやってきたのだそうだ(ということは、彼らの攻撃は、ランタンを武器と勘違いし
て、それに対する防御措置だということなのだろう)。ルイジは、彼らの船のマークや、2人がつ
けている襟章のマークについて、だれにも口外してはならないといわれた。彼はただ膝をガタ
ガタ震わせながら、白い肌をしたその2人の人影が船から下げられた梯子を上がって中に
入るのを見守るばかりだった。やがて、その物体は猛スピードで上空へ舞い上がり、夜空
にまばゆい閃光を残して消えた。

この遭遇事件は、マリオ・ルイジに彼の人生観を一変させる記憶を残した。少なくとも彼にとっ
てはもはや疑いの余地はなかった。人類が宇宙に存在する唯一の知的生物なのかどうか、
そんな疑問を抱く必要はなくなったのだ。地球人以外の存在を、彼は知ったのである。
358,:2008/08/15(金) 21:24:02 0

この問題は、長い間人類を魅了してきた。これは、16世紀に惑星が別の世界であり、星が
別の太陽であってそれぞれが惑星を持っているかもしれないという事実が判明して以来、
人々が抱き続けてきた夢なのである。人類は、この広大無辺の宇宙の中で自分が一人ぼっ
ちだとは考えたくないようだ。こうした感傷は、1977年に封切られたスティーブン・スピルバーグ
の大作映画「未知との遭遇」によって大いにかきたてられた。スピルバーグの映画は、この発
想を生き生きとした現実感のあるものとしてよみがえらせた。彼自身UFOに多大の興味を
持ち、「ジ・アンエクスプレインド」のコンサルタントJ・アレン・ハイネックが創設したアメリカのイリノイ州エバンスタン
にあるUFO研究センターとも交流がある。

異星人の存在の有無に関する最も特異な証拠は、マリオ・ルイジのような第4種接近遭遇事件の
無数の報告である。これは、単に異星人の姿を見たいという第3種接近遭遇をさらに上回
る体験である。目撃者が地球外生物とあって話したり、UFOでいっしょに旅をしたり、あ
るいは彼らに誘拐された、というのがこの第4種接近遭遇なのである。
359,:2008/08/17(日) 09:52:17 0
第4種接近遭遇は、4つのタイプに分類される。マリオ・ルイジのような体験は、典型的なタイプ
Aのケースである。タイプAとは、目撃者が事件の一部始終を記憶している正真正銘の遭遇
事件を指す。タイプAには、記憶喪失や、目撃者の記憶の途絶を示す時間の脱落などではな
く、その体験が間違えなく現実の出来事であることを疑うような明確な論拠は何もない。
その日の朝起床してからずっと連続している体験の一部なのである。

タイプAの事件は、異星人の現実性を示す最も冷厳な証拠である。しかもこうしたケースは決し
て珍しいものではない。第4種接近遭遇は、すべてのタイプを合計しても、毎年報告される
UFO事件の総数の1〜2%に過ぎないが、第二次世界大戦以来すでに何百件というケースが
報告されている。こうした報告は、世界中のあらゆる国の、あらゆる社会の人々から寄せ
られている。そして、この遭遇体験の半数以上がタイプAに属するケースである。こうした事件
は、その数字が示す以上にもっと頻繁に起きている可能性もある。というのも、明らかに
目撃者はこの種の体験を進んで話したがらないからだ。空に正体不明の光が見えたという
体験は、最近では日常茶飯事のようになり、以前に比べると人々は喜んでこうした事件を
報告してくる。しかし別の惑星からやってきた生き物と話をしたという体験は、多くの人
にとって話したくない出来事なのだ。このため、残念ながら、研究者にはこうした現象の
実際の規模を知ることができない。しかし、勇気ある目撃者たちから寄せられた情報は、
まぎれもない異常な何かが起きているということを十分に示している。



360,:2008/08/17(日) 09:53:28 0


しかし、一見論理的なタイプAの証言でさえ、重大な問題が持ち上がる。この点で、マリオ・ルイ
ジの体験は典型的なケースである。彼は、自分のランタンを科学的検査のため進んで差し出し
た。別々に行われた2つの分析の結果は、まったく同じものだった。専門家の見解は、ランタ
ンの損傷はごくありふれたもの、おそらくブロートーチ(衝風燈)が原因だというものだった。
もしマリオ・ルイジがうそのでっち上げ、自分でランタンを壊したのだとしたら、彼の協力的な態度
は奇妙である。ランタンは異星人の武器から発射された光線によって壊されたのだという、彼
の断固たる主張を覆すことはできない。



マリオ・ルイジの証言のそのほかの点も、彼の主張を裏書している。しかし、裏書は証拠そのも
のではないだから、第4種接近遭遇において、目撃者がうそをついていないという証拠は
まったくない。もちろん、仮に目撃者が真実を語っているとしても、目撃者の接触した異
星人が、われわれ地球人と大して違わないような物質や技術を使っていないとは限らない。
しかしながら、証拠として差し出されたものが地球上のものとまったく区別がつかないと
なると、どうしても疑惑を持たざるを得なくなる。





361,:2008/08/17(日) 09:57:16 0

科学と異星人


かなりの研究者が第4種接近遭遇の研究に従事しそうした体験談の特徴を詳細に分析して
いる。タイプAの事件は、多くの点でほかの報告と際立っている。例えば、タイプAはたいて
い目撃者の日常の生活環境以外の場所(野原などの野外)で起きている。UFOの目撃が圧
倒的に夜間が多いのに対して、タイプAは事件発生の時刻が一定していない。タイプAの事件
一見当たりの平均目撃者数は、すべてのUFO事件の平均をかなり下回るが第四種接近遭遇
のすべてのタイプを合計した平均とほぼ等しい。

異星人の姿をとったという写真は、残念ながらめったにない。この点はUFOを撮影した写
真が無数にあることを考えてみると、重要な意味を含んでいるように思われる。もし異星
人の写真がコンタクト(接触)事件の件数と同率(1〜2%)の数だけであれば、実に豊富な研
究資材となるはずだ。実際には2,3枚の写真しかなく、UFOと異星人を確実に結びつけ
る写真となると皆無である。

しかし、こうした現象を幻としてあっさり片付けてしまうわけにいかない。というのは、、
何人もの目撃者が同時に異星人を見たという例もあるからだ。その一例が、1980年3月に
プエルトリコのリオ・ピエドラスで起きた事件である。2人の10代の子供ピビアンとホセ・ロドリゲスは、下
前3時30分に犬のほえる声で目を覚ました。窓越しに外を見ると、5人の奇妙な生き物が
いた。耳がとがり足に水かきのあるその生き物は、身体にぴったりとした服を着ていた。
この異星人たちは、2人の家で飼っているニワトリに興味があるようだった。子供たちは、UFO
は目撃しなかった。
362,:2008/08/17(日) 09:59:02 0

翌日になって、その同じ時刻に、近くにいた2人の男が同じ生き物を目撃したことが分か
った。この2人は、長い道中の疲れを取るため、止めた車の中で仮眠をとっていた。彼ら
が目を覚ますと、地面の上に大きなドーム型の物体があった。その物体の中から、例の子
供たちの説明とぴったり一致する生き物が現れ、ロドリゲスの農場のほうへ向かった。
こうした話がもし本当だとしたら、実際に物理的事件があったと考える以外に、説明の仕
様がない。タイプAのケースにおける目撃者の主観性は、取り立てて注目すべきではない。

2番目のタイプBのコンタクト・ケースは、これとまったく違う。このタイプの異星人は、その多くが寝
室に姿を現すため、しばしば寝室の訪問者と呼ばれる。たいていの目撃者は、遭遇事件を体験
したとき自分は完全に目が覚めていたと主張する。このタイプの遭遇体験には、寝室に
現れる幽霊と多くの共通点がある。

タイプBとタイプAとの明確な違いは、タイプBのケースには明らかに現実の歪曲が見られる点である。
事件のところどころの記憶が完全に抜け落ち、まるで映画化夢のように、ある場面から別の
場面へ話しが飛んでしまうのだ。こうしたケースの現実性は、タイプAと比べてはるかに疑わしい。

1980年1月5日、イングランド南部のウィルトシャー州トローブリッジに住む33歳の家屋塗装業者が、午
前5時自宅の寝室で目を覚ました。ベッドの足元のほうに、身長2mほどもある緑色の光り
輝く人影がたっていた。その姿は、現実の肉体を持つものというより、投射された映像の
ように見えた。その異星人は彼にこう語った。彼らは、地球人を別の惑星へ移住させるた
めに定期的に宇宙船で人間を輸送しているようだ。また、惑星状の人口が増えすぎると、k
れらは人口を減らすために戦争を起こすのだとも言った。こうした行為は、彼らが我々地
球人を守るために努力している別の活動とは、まったく矛盾するように思われる。異星人
の話によると、地球はいつ真っ二つに分裂するか分からない常態なので、彼らは遠隔操縦
の宇宙船を使ってセメントを注入し亀裂をふさごうと必死の努力を続けているのだ!
363,:2008/08/17(日) 10:00:17 0



興味深いことは、事件の間ずっと目撃者の横で彼の妻が寝ていたことだ。しかし彼女は目
を覚まさなかったし、彼も妻を起こそうとは思わなかった。こんな話をでっち上げて、人
に信じてもらえると思う人間はまさかいないだろう。目撃者の誠実さを疑う必要はないが、
かといって、こうした不可思議な話を真に受ける必要もない。

タイプBは、タイプAより発生件数が少ない。報告されたコンタクト事件全体の4分の一程度である
ほどんどのケースで目撃者がひとりしかいないため、証言内容ははるかに主観的である。事件
の圧倒的多数が、目撃者の自宅やその周辺で、しかもその3分の2が寝室で起きている。そして大部分が早朝の出来事である。
このことから、タイプBとタイプAはまったく異質のケースのように思われる。タイプAは、物理的な実体を持つ何かと現実に接触した
事件のようだ。それに引き換え、タイプBは一種の厳格のようである。そう考えるのがつじつまの合う解釈である。
コンタクト事件の3番目のタイプCは、記憶喪失を伴うケースである。こうした事件が目撃者にとって以下に不快なものか、
イギリス人のデイ一家の体験がこれを如実に物語っている。

364,:2008/08/17(日) 10:02:53 0
深夜の遭遇


1974年10月のある日の夜、ジョンとスーのデイ夫妻は、エセックス州アベレーの自宅へ向かって車を走
らせていた。彼らは親戚を訪問した帰りで、テレビの深夜映画を見ようと家路を急いでいた。
3人の子供は、道中の間に眠り込んでいた。そのとき二人は、車の前方に飛ぶ青い光に気づ
いた。しばらくその光を見つめていたが、光の正体は分からなかった。

やがて光は姿を消した。そして車は、カーブを曲がると同時に、くっきりそれとわかる不気
味な緑色の霧の層へと突っ込んだ。車が霧の中を通過する本の数秒の間に、カーラジオがパリパ
リと火花を飛ばした。ジョンは、火事を防ぐためにあわててコードを引き抜いた。彼らは何と
か落ち着きを取り戻して、自宅まであと数百メートルの道のりを進んだ。

彼らは家に帰ると、テレビのスイッチをつけた。が、いつまで待ってもテレビの画面には何も映ら
なかった。時刻は、いつの間にか、彼らが思っていたより2時間も先に進んでおり、テレビ
の放送はすでに終了していたのだ。誰かがあるいは何かが、彼らの人生の一部を盗み取っ
たのである。

一家は当然、この不思議な時間の脱落に当惑し、おびえた。それから数ヶ月にわたって、
彼らはこの夜の体験を何度も夢に見た。不気味な顔が一瞬目の前に浮かんだり、肉食や飲
酒を控えようという奇妙な衝動を覚えたりした。遂に、2人のUFO研究家アンディー・コリンズ
とバリー・キングがこの事件を聞きつけた。彼らは、ロンドンの歯科医レナード・ワイルダーに催眠術師
としての腕を借りることにした。デイ一家は、例の失われた時間の記憶を取り戻すために
逆行催眠を受けた。すると記憶がよみがえったのである。

催眠術下でジョンとスーが語った話は、大部分が一致した。しかし、いくつか一致しない
点もあった。彼らは、失われた時間の大部分を別々の場所で過ごしたと断言しました。子
供たちも、連続した夢の中の体験を思い出したようだった。
365,:2008/08/17(日) 10:04:22 0

あのときUFOが着陸して、一家はその中に連れ込まれたのだった。彼らは身体検査をさ
れ、UFOの中を見せられた。そして、UFOの推進機関の仕組みや、この異星からの訪問
者の生活様式や目的について教えられた。やがて、彼らは幽体投射そっくりの方法で車に
戻され、再び家路に着いた。しかし、彼らの人生は、二度と再び元には戻らなかった。

彼らにインタヴューした人々の印象では、ディ一家はみな感じのよい正直なたちで、自分たちの
体験談を他人に無理やり信じ込ませたり、その体験をネタにして金を稼ごうとは決してし
なかった。あの夜、彼らのみに何かが起きたのは、紛れもない事実である。だが、それは
いったいなんだったのか。

タイプCのケースでは、何らかの作用によって目撃者の記憶が閉ざされている。時折普通の出来
事が引き金になって、失われた時間の記憶がよみがえることもある。目撃者が、失われた
数十分、あるいは数時間、ごくまれに数日間の出来事を暗示するような夢を見るのは、珍
しいことではない。しかし、彼らの記憶の水門を開く最も一般的な手段は、逆行催眠なの
である。
366,:2008/08/17(日) 10:09:25 0

タイプCの誘拐事件には、驚くほどの共通点がある。異星人とのコンタクト・ケースの5件のうち
一件が、記憶喪失の誘拐を伴うものだ。タイプCは通常のUFO目撃事件と比べて目撃者の数
が少ないため、体験の内容はより主観的である。しかし、一件あたりの平均目撃者数はタイプ
Bより多く、驚くべきことに、タイプAさえも上回っている。異星人はたいてい人間のよく
似た姿で、体の大きさは普通の人間と同じくらいか、それよりも大きい。タイプAに特徴的
な小柄な異星人は、ほとんどいない。タイプAに特徴的な小柄な異星人は、ほとんどいない。
タイプCの事件が発生する最も一般的な時間帯は、午後10時〜12時の間である。そしてか
なり多くの割合で、若い夫婦が(しばしば子連れで)静かな道路を車で走っているときに
事件に当たっている。しかも、それ以前に不思議な体験、例えば、幽霊やポルターガイス
トを見た体験などをした事のある人が目撃者の中に含まれている場合が多い。そして、目
撃者の生き方が一変してしまう場合もある。

第4種接近遭遇の4番目のカテゴリーは、きわめて事例が少ない。これには、実際の物理
的コンタクトをともなわない遭遇体験が含まれているようだ。すなわち、テレパシーや自動初期など
の手段を通して、意志の伝達が行われるらしい。こうしたケースについては、ここでは扱わな
い。そのかわり、タイプA、B、C、に属するケースをつぶさに研究し、原因を知る手がかりが
あるかどうかを検討していく。

第4種接近遭遇の4番目のカテゴリー http://etc7.2ch.net/test/read.cgi/esp/1199580812/92-110 ユリ・ゲラー
367,:2008/08/17(日) 10:10:16 0

何でもスレッド保管スレ [電波・お花畑]
 超常現象関係ぶっちゃけスレッド [超能力]
ほんまかいな !?  事実検証スレッド  [噂話]
あらゆる野生生物と共栄共存を追及するスレ [野生生物]
368世界@名無史さん:2008/08/18(月) 20:50:49 0
下らんすれ違いをコピペしている馬鹿ってナンなの?
369,:2008/08/19(火) 14:59:50 0
1975〜1979年にイギリス国内で報告されたufo事件の分析。明確度の低いケースとは、
細部の状況が不明で、はっきり説明できる要素がUFOの明るさや色や動きだけに
限られているものをさす。明確度の中程度のケースとは、目撃された物体が明確な物理的
実在性を持ち、その形状がはっきりと解るものである。それ以外のケースは、第4種接近遭遇(CE)
に分類される。さらに第4種接近遭遇自体も4つのカテゴリーに分類される。


明確度の低いケース42%  明確度の中程度のケース45%  CE1 7%  CE2 2.5%  CE3 2.5%   CE4 1%
  

               UFOのみの目撃(異星人との接触なし)

一件あたりの平均目撃者数     2.19

目撃者の性別           68%男

最も多い事件発生の場所     自宅およびその周辺

最も多い事件発生時刻      午後9時ごろ


                コンタクト・ケース(CE4)

タイプA   タイプB   タイプc

1・28    1.16    1・62

75%男    51%男   60%男  

野外    室内   車で走行中の田舎道

一定せず   午後3時ごろ  午後11頃
370,潜在意識に住む生物:2008/08/20(水) 19:20:04 0




果たして本当に、ほかの惑星からやってきた異星人が地球人と会って話をしたのだろうか。
それとも、そうした異星人は、人間の潜在意識が生み出した空想の産物なのだろうか。






催眠術自体、議論を呼ぶ一つの問題である。Ufoのコンタクト・ケースにおいて催眠術を使って目撃
者の閉ざされた記憶を取り戻そうとするが、果たして催眠術がどれほどの効力を発揮する
ものなのか怪しい。催眠性トランス状態でそうした人々の心に浮かぶイメージがそもそも何に起因
するものなのかは、専門家の間でも意見がまちまちなのだ。催眠によって、目撃者の超能
力の素質が目覚めるのだろうか。集合的無意識の中からすべての情報を漏らさずかき集め、
いままでにあらゆる場所で起きた出来事が何もかもわかるようになるのだろうか。それと
も目撃者が思い出す誘拐事件とは、彼らが昔読んで今は忘れてしまった物語を再び心の中
でつむぎなおしたものに過ぎないのだろうか。というのは、その裏に潜む本質が何であれ、
異星人とその宇宙船が現代の神話として堂々たる地位を築いてしまっているからだ。( p
426参照)。あるいは、本当の逆行催眠によって記憶の障壁が取り除かれ、失われた時間
がよみがえるのだろうか。タイプCのケースの目撃者が記憶を取り戻した後には、必ずその評価
に関する困難な問題がつきまとう。こうした記憶の真の意味はなんなのだろうか。
371,:2008/08/20(水) 19:23:42 0

ディ一家のケースとよく似た事件が、1978年6月に再びイングランドで起きた。この事件に巻き
込まれたのは、若い夫婦とその子供たちと、もうひとり別の大人だった。この誘拐ケースは、
オックスフォードシャー州を車で走っているときに起きた。ここでも、ほかの誘拐ケースとの類似点が数
多くあった。例えば、目撃者はホログラフィー(立体映画)を見せられた。しかし、事件全体は、
UFO学者たちも、まったく異なるものだった。その異星人はジョンとスーのデイ夫妻が見た異
星人とそっくりのヒューマノイド(人間の姿をしたもの)で、彼らがそもそも地球で生まれた種
族であったことや、彼らが惑星ジャノスへ移住したことについて語った。彼らは、恐るべき天
災によって突然地球に引き上げなければならなくなった。彼らは、地球に戻ってわれわれ
地球人と共存したいと願っている。彼らとは、宇宙的規模の災厄を逃れてきた何百万もの
避難民のことである。

このケースで興味深い点は、1つには、デイ一家の事件(マスコミによってすでに有名になってい
た)などと話の大筋が実によく似ていることである。しかし、もっと重要なことは、調査
にあった研究者の関心や態度や質問の仕方が、目撃者の証言を方向付けている点である。
まるで、催眠状態の目撃者が研究者の言葉から手がかりを拾い上げ、自分の証言の中にう
まく組み入れているかのようだ。

この興味深い問題をよくあらわしている好例が、ウェールズ北部のオーケンホルトに住む少女ゲイナー・
サンダーランドの体験である。彼女と彼女の家族は、何度も不気味な遭遇事件を体験した。この
家族が接触した異星人というのが、同様の体験を報告しているほかの目撃者が出会った異
星人と、やはり同じような姿をしているのである。
372,:2008/08/20(水) 19:27:53 0

あるときゲイナーは、2人の異星人(1人は男、もう一人は女)と接触を繰り返したために催
眠障害に陥った(後に彼女は2人の名前がバースとアーナだと知った)。当時、このケースを調査し
ていた筆者は、彼女の母親メアリアン・サンダーランドに、ゲイナーにたわいないうそをついてみること
を勧めた。母親はゲイナーにこういった。「フィルムを入れたカメラを寝室においておけば、異星人は
こないよ。彼らは、写真を取られるのを嫌うからね」2日後の夜、ゲイナーはまた別の惑星へ
連れて行かれ、バースとアーナの付き添いで、その惑星上にある街へ旅行したというのである。
このとき彼女は、本当にその惑星に来ているのではないといわれた。つまり、この体験は
潜在意識の中のもので、一種の夢のようなものだというのだ。ところが異星人はこう主張
したのである。「私たちは、カメラがあったから君のところへは行かなかったんだよ」

異星人が自ら無意識の産物であることを認めた後で、写真に撮られたくないと主張するの
は、ずいぶん矛盾した話である。ゲイナーの心は、ほかの惑星へ旅した自分の体験に、どうい
うわけかカメラに関連した考えを混ぜてしまったようだ。しかし、それでもなお彼女はその体
験が現実のものだったと確信し、夢よりはるかに鮮烈な印象だったと語った。
373,:2008/08/20(水) 19:31:14 0

時として、誘拐ケースの引き金になったものが明快に言い当てられるものもある。これは、目
撃者の証言そのほかの部分に疑問を投げかけられるものである。最も有名なタイプCのケースに、
アメリカのベティーとバーニーのヒル夫妻の話がある。1961年9月、夫妻はバカンスからの帰り道、ちょ
うどニューイングランドの山岳地帯を車で走っていた。このとき、不思議な飛行機が彼らの跡をつ
けてきた。しかもだんだん近づいてくる。双眼鏡でこの飛行機を見たバーニー・ヒルはびっくり
仰天し、車を飛ばして一目散に逃げた。こうした事件の標準的な特徴のすべてが、このケース
に含まれている。まず目撃者に超能力の素質があること(ベティーはそれ以前にもさまざまな
タイプの超自然現象を体験していた)、そして事件の記憶に空白があること、事件後に奇妙
な夢を見ていること、そして最後に、UFOにさらわれ船内で身体検査を受けたことを催
眠術下で思い出したこと、などの点である。しかし、事件の一連の出来事の発端になった
空飛ぶ光の正体は木星に間違いない、というかなり確かな説もある。

何らかの事件を思い出すとき、目撃者はしばしば、まったく関係のない別々の出来事を、
単にそれがほぼ同時に起きたという理由だけで、結び付けていることがある。しかしこれ
は、人間が事実を誤認し、その記憶を歪曲し、、後にそうした出来事について誤った結論に
至るというプロセスの一部にほかならない。報告された異星人や彼らの乗り物の外見を検討す
る際には、人の心の中で解釈や誤解が生じるこうした複雑なプロセスを考慮に入れる必要があ
る。
374,:2008/08/20(水) 19:34:47 0
、、、、この手の話は、


     医療上、刑事上、軍事上、


     避けがたい問題となってくる話なんです、、、。






375,:2008/08/20(水) 19:39:21 0

地球外生物の形態についてどういう推論が可能だろうか。これは難しい問題である。われ
われが知っている生物の標本は、たった一つの惑星である地球のものしかないからだ。し
かし、地球の一つを例にとっても、生息する種は驚くほど多彩である。そして、人類は、
多種多様な形態の生物が存在した長い進化の連鎖の一つの環に過ぎない。こうした点を考
えると、異星人の姿がわれわれ地球人に似ていると仮定する必要的根拠はほとんどない。
周知のように、人間という形態の生物は、地球上のさまざまな環境に対して実にうまく適
応しており、銀河系内の地球型の惑星上に同じ姿の生物が発生していたとしてもおかしく
はない。しかし、人間の形態は、おそらく最先端としての必要条件ではないだろう。惑星
によってさまざまな環境が存在するだろうし、同じ惑星上でも地球によってずいぶん条件
が違うはずだから、きっとその星の生物も同様に多様な形態を持つことだろう。著名な天
文学者カール・セーガンは、木星で存在可能な架空の生物の形態を仮定してみた。それは、永遠
に凍結した雲の下に存在するかもしれない木星の深奥の温暖な水をたたえた海に住む風船
のような姿の生物である。

最も可能性の低いものが、人間に似た異星人の種族である。にもかかわらず、コンタクティー(被
接触者)の話に登場する異星人の中で最も多いタイプは、ほかならぬこの人間型の種族なの
である。

異星人の中で、ヒューマノイド以外の生物はわずか7%に過ぎない。1960年のUFO目撃事件の
最中に、フランスのイサンドンの道路の上をはって横切った巨大な白いウジに似た生物などは、珍し
いケースである。
376,:2008/08/20(水) 19:42:20 0

膨大な報告例に見られるヒューマノイド型異星人は、大別して3種類に分けられる。身長1・5
m以下(主として1m前後)の小型、1・5〜1・8mの中型、さらに、2・1〜2・4
mにも達する大型の3種類である。タイプB(寝室の訪問者)の遭遇事件で目撃された異星
人は大柄ではあるが、地球人に近い姿をしている。タイプAのケースでは、41%もの異星人が
小型に属するものである。その他、大きな目、白い肌、角張った顔立ちなど、かなり共通
した特徴もある。しかし、衣服などのほかの要素は多種多様である。

この点がなぜ問題なのかと疑問に思う人もいるかもしれない。なるほど、地球人が身につ
ける衣装も多種多様であり、年齢や人種や性別の違いによって様々な人間が存在している。
だが,報告の中で説明されている異星人は、あまりにも地球人に似すぎている。異星人たち
は一般に、英語であろうとセルボクロチア語であろうと、コンタクティーと同じ言葉を話す。ほとんどの
場合、目立ったなまりもなく、完璧な言葉をしゃべっている。これはもちろん、異星人が
コンタクティー本人と同じアクセントで話しているという意味だ(これはきわめて重要だが一般に
見逃されている問題である)。

彼らの服装も、地球人のものとよく似ている。何千年もかなたの惑星からやってきた異星
人が、襟元をボタンで留めるケープをまとっていたり、ジャンプスーツのような胸の服にバッジをつ
けているという話は、想像するもばかげている。しかし、これこそコンタクティーたちが語る話な
のである。
377,:2008/08/20(水) 19:45:17 0

目撃者が異星人に、どこからやってきたのか質問すると、必ずといっていいほど、宇宙か
らやってきた彼らは答える。最も初期に現れた異星人の母星はわれわれの太陽系内の火星
や金星や土星などの惑星だった。いまでは、こうした惑星上でヒューマノイド型の生物は生存で
きないことが分かっており、最近現れる異星人は、遠く離れた恒星の周りを回る惑星から
やってきた、というようになった。もちろん現在の科学では、そうした惑星上で生物が存
在する可能性はおろか、その惑星が本当に存在するかどうかさえ、まだほとんど分かって
いない。

異星人の宇宙船の内部はどんな様子なのか。この質問に対する目撃者の答えもまた、異星
人の存在に関して重大な問題を提起するものである。旧石器時代の人間をタイム・スリップさせ
て、コンコルド旅客機の操縦室に乗せたと想像してみよう計器や操縦装置など、石器人にはま
ったくわけの分からない代物のはずだ。自分が見たものについて、その目的や重要性を何
も理解できないまま、彼はいったいどうやって明快な説明ができるだろうか。異星人の宇
宙船に乗せられた地球人は、だれであろうとこれと同じ状況に立たされるわけである。

気軽に惑星間飛行ができる驚異的か学力を持つ異星人は、地球の技術博物館にあってもお
かしくないような宇宙船に乗って地球にやってくる。異星人はレバーやバルブや電線や、時代
遅れの図体のでかいコンピュータを使っている。彼らは、「スター・トレック」や「ドクター・フー」と同じ
ような光線銃を使う。異星人たちは、地球の過去の技術に追いつくのがやっとのようだ。
彼らはようやくレーザーやホログラムを使える段階になったようだし(われわれが使うようになる
までは彼らも使ってはいなかった)、いま地球の腕時計や計測器に一般的に使われている 
液晶を、異星人はまだ持っていない。おまけに、異星人の宇宙船はしょっちゅう故障する。

異星人が、自分たちのトラブル解決のために地球人に助けを求める例は珍しくない。彼らは、
8歳の少年に宇宙船の推進装置を修理して欲しいと頼んだこともあった。
378:2008/08/20(水) 19:49:03 0


,異星人の監視の下で








コンタクティーをUFOに乗せると、異星人はたいてい身体検査を行う。ここで血液サンプルの採取は、
不可欠の要素である。アイルランドのUFO研究家ジョン・ハインドは、医者という存在が、多くの人
の生活の中で重要な役割を演じる権威の象徴であると指摘している。異性人による検査と、
コンタクティーがそれまでに受けた医療の経験の間には、重大な類似点があるようだ。カナダで起き
たある誘拐ケースには、目撃者が依然受けたことのある虫垂切除の手術を再現したような特徴
が見られる。

タイプCの記憶の途絶は、興味不快問題を提供してくれる。もし異星人が人間の記憶を遮断
できるなら、彼らはなぜこんな中途半端な処置をするのだろうか。目撃者に催眠術を掛け
ると、通例、事件の体験はたちまち呼び起こされ、たやすく記憶を取り戻すことができる。
いったいなぜ記憶を閉ざす必要があるのだろうか。まさか、実際にはほとんどのケースで
記憶の遮断が成功している、つまり何千人という人々が誘拐され、その後の事件の事をす
っかり忘れてしまっている、とでもいうのだろうか。
379:2008/08/20(水) 19:51:07 0

記憶の途絶の原因が何であれ、事件がおきてからそれを思い出すまでの時間の経過は、時
間を調査する上で深刻な障害となる。そして、もちろんこれは、記憶喪失の作用がもつ最
も重要な効用なのかもしれない。

異星人が地球人に送ってくるメッセージは、そのほとんどが判で押したように同じ内容で、核
戦争や切迫した滅亡の危機をにおわせた地球の未来に対する警告である。もし異星人が、
われわれがあっと驚くような新しい科学理論や便利な発明品やガンの治療法などを時折に
でも見せてくれればいいのだが、実際にそういうことはない。ただ、地球人の核実験が宇
宙のバランスを危うくしているといったメッセージくらいしか与えてくれないのである。

異星人のメッセージの中にも、時には、楽天的な内容のものもある。1978年の春、あるソ連軍
軍空仕官が、ソ連国内のピロゴフスコエ湖の湖畔でUFOにさらわれる事件があった。やがてUFO
搭乗者のヒューマノイド型異星人と打ち解けた空軍士官は、この異文化間のコンタクトを記念して何か
ふさわしい飲み物で乾杯しようと提案した。異星人たちには、彼の言うことが理解できな
かった。そこで彼はアルコールの化学構造を書いて見せた。異星人は部屋を出て行くと、
すぐに酒を作って持ってきた。「君たちのように高度に発達したぶんめぢに、なぜこういう
飲み物がないのだろう」とこのソ連人が尋ねた。異星人の答えはこうだった。「たぶん、こ
ういうものを飲んでいたら、われわれはこれほど高度に発達しなかったろうにね」

冗談めかした禁酒の勧めは、聞き飽きた異星からのメッセージとは一風変わった小気味よいメッセ
ージともいえる。
380:2008/08/21(木) 08:55:57 0


目撃者が報告した異性人の6つのタイプ。(人間型、ヒューマノイド型 動物型 ロボット型 奇形型 幽霊型 )は

さまざまない異星人を象徴化したものであり、ある目撃者が遭遇した特定の異性人を正確に描写した物ではない。

報告の大半を占めるのが、人間またはヒューマノイドである。彼らの衣服や技術も驚くほど地球人に近い。怪物の類は稀である。こういった

イメージは、SF映画やSFコミックによって一般の人々の意識に強く刻み込まれており、それが目撃者の知覚に

影響を及ぼす事も考えられる。
381:2008/08/21(木) 09:04:02 0

彼方の恒星系からやってきた宇宙船の中で、うつぶせに横たわった人間を前にして、巨大なロボットが立っている。

1951年の映画the day earth stood still(地球が静かになった日)の1シーンがある。これはゴートという名の

ロボットが死んだ主人クラーツを蘇生させようとしている場面である。

この映画の強力なイメージは、様々な異星人の接触ケースの報告に大きな影響を及ぼしてきた可能性もある。

つまり、誘拐された目撃者が異星人の宇宙船の中で身体検査されるというイメージは、

この映画がもとになっているのではないだろうか。
382、事実は、小説よりも奇なり:2008/08/21(木) 09:51:47 0


異星人の宇宙船は実在するのか、それとも幻覚なのか?あるいはペテンなのか?UFOコンタクト
(接触)・ケースに関する解釈は無数にある。ここでは、それぞれの解釈の評価を行う。













異星人はどんな姿かはわからないが、この宇宙のどこかに必ず存在する。この点について
は、疑いの証拠によって、こうした異星人が現在地球にやって来ている事を証明できるか
どうかということである。こうした異星人が現在地球にやってきていることを証明できる
かどうかということである。しかし、われわれの手元には、異星人の姿をとらえた写真も
映画フィルムもなければ、異星人の声を録音したテープもなく、ほかの惑星で製造された加工品
もない。つまり、たんなる証言以上のものは何一つないのだ。このようにハード・エビデンス(物
証などの確かな証拠)が不足しているため、異星人が地球に来ているとも来ていないとも、
はっきりしたことは何もいえない。われわれにできるのは、事実についての論理的な評価
だけである。
383:2008/08/21(木) 09:58:17 0

第4種接近遭遇が生み出すこのジレンマは、1980年11月28日にイングランド北部で起きた事件
の中に如実に映し出されている。アラン・ゴッドフリー巡査は、住宅団地をうろついているという
数等の牛の追跡を命じられて出勤していた。午前5時15分になっても牛は見つからず、彼
は捜索をあきらめかけていた。勤務交代の時間も近づき、パトカーで最後の巡回をしていたと
き、前方の道路上に光が見えた。彼は一瞬、通勤バスだと思ったが、なぜこんな早くから
走っているのだろうとなんとなく不思議に思った。やがて光に近づいていくに連れて、自
分の考えが間違いだったことがはっきりした。

ゴッドフリー巡査が出くわしたのは、窓のついた回転するこまのような物体だった。道の両脇
に立つ2本の街頭柱の間隔をいっぱいに占めるほどの幅があった。それは、路面よりもや
や上方に浮かんで回転していた。彼のパトカーのヘッドライトの光が物体の金属の表面に反射して
いた。そして、物体の反転によって生じる旋風で、道路わきの茂みの葉が揺れていた。道
路はぬれていたが、物体の真下の路面だけがところどころ乾いていた。もはや何の疑いの
余地もなかった。この物体は間違いなく本物だ。

イギリスのボビー(警官)の伝統ある沈着さを失わず、彼はクリップボードをフロントガラスに立てかけ
てその物体を注意深くスケッチした。しかしそのとき、不可解なことが起きた。ふと気がつく
と、彼はいつのまにか現場を通り過ぎた道路のはるか先を走っていたのだ。何がなにやら
分からぬまま、彼は車をUターンさせて引き返した。先ほど物体が浮かんでいたあたりは、今
はもう何事もなかったように静まり返っていた。彼はそこからすぐ近くの町まで戻り、同
僚に応援を求めた。このときになって初めて、この時刻のことに気がついた。彼がUFOを
見た瞬間から、いつの間にか、10分間という時間が消えていたのだ。
384:2008/08/24(日) 07:31:04 0


しかし、ゴットフリ-巡査にはかすかな記憶があった。その記憶の中で、不思議な声が彼にこう
告げていた。これはお前の目の迷いではない。お前はこのことを忘れてしまうのだ」この
ほかにも、断片的な記憶が徐々によみがえってきた。そして事件から9ヵ月後、彼はUFO
研究家の助力を得て、逆行催眠を受けるようになった。そして、事件と密接に関連すると
思われる記憶がよみがえったのである。




彼の話は、ごく一般的な異星人との接触ケースと同じものだった。この警官はUFOに乗せら
れ、2人のヒュ-マノイド型の生き物(一人は長身でもう一人は背が低く、やや醜悪な容姿だった)
の手で身体検査された。驚くべきことに、彼の話は、エセックス州のアベレーに住むデイ一家が体
験した誘拐ケースとほとんどそっくりだった。事実、イギリス国内で報告されるケースは、このよう
に多くの特徴が類似している。一方、ほかの国で報告される接触ケースにはそれぞれ特徴があ
る。この巡査の身に何がおきたのだろうか。それとも、彼はうそをついているのだろうか?
もしそうでないとしたら、彼は幻を見たのだろうか、それとも、自ら語ったとおりの出来
事を体験したのだろうか?あるいは、幻と現実の体験との中間(何らかの異常な事件に関
する歪曲と誤解)なのだろうか?

385:2008/08/24(日) 07:32:15 0


こうした問題に直面すると、大部分の人は対照的な態度をとる。ある人は、異星人が絡ん
でいると信じようとする。その反対に、ある人は異星人の可能性を否定し、幻覚説に固執
する。そこで、様々な解釈に伴う問題点について検討してみよう。



なぜ異星人の姿は、われわれ地球人と似ているのか?なぜ彼らは、われわれの社会や科学
の発達段階を反映しているのか?なぜ彼らは、われわれがまだ知らないような貴重な物事
について何も教えてくれないのか?こうした問題は、前世の記憶や霊のお告げやそのほか
の死後の世界の証明などに伴う問題と、面白いほどによく似ている。こうしたケースに共通の
要素が逆行催眠の多用と人間の心の働きであることは、軽視できない問題である。



386:2008/08/24(日) 07:35:29 0








   /ー- __....!
    /│       >‐- 、
  <   ヽー----- '"  /
   `ー- ....____....ィi
    {^:| く.( ・」 l・ ノ|/
    l.h| r' "^. l.^" 〉i       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
__,.─/ヽ| |   `ー'  |l\─,    |  
  /   | |∠ニ三i三i>lゞ \ ~^ヽ<   、、、、事件だ、事件だ、大変だ、、、!
 \   ~V        〉   > 〈  |  
  _>  ヽ.........へ- '  /  |  \___



387:2008/08/24(日) 07:39:00 0

夢と現のはざまに






この種の証拠に加えて、明晰な夢に関する研究にも目を向ける必要がある。明晰な夢とは、
自分が夢を見ていることを本人がしっかりと自覚している夢のことである。明晰な夢では、
しばしば意識的な努力によって夢の筋書きを自由にできる。だが、こうした夢はまれで、
入眠次幻覚(覚醒と睡眠の中間の状態の時に見る現実的な幻覚)と呼ばれる現象と重なり
合う部分がありそうだ。

そのときどれほど現実的であろうと、明晰な夢や入眠幻覚には、様々な非現実性が見られ
る。例えば、本人の反応の仕方が正常ではない。不気味な体験をしていながら、本人はま
ったく恐怖を感じないこともある。ある男はこんな体験をした。彼は自分の家の庭でたっ
たいま原子爆弾が爆発したと思った。このときの彼の反応は、あくびをして再び眠りにつ
いただけだった。異星人との接触ケースにおける目撃者の行動は、しばしばこういうものなの
である。

おもしろいことに、こうした症候は幻覚の中でも生じる。人間は、まったく音の聞こえな
い暗闇に置かれ、特殊な手袋を手にはめられて正常な触覚を奪われると、独自の知覚(幻
視、幻聴、幻触)を作り出すようになる。タイプCのコンタクト(接触)・ケースの一般的な状況、す
なわち夜、さびしい田舎道を車で走っているとき、疲れた運転者があまり見慣れないもの
を突然目撃する、といった状況を考えると、こうした体験は近く刺激の欠如によって生じ
る幻覚なのかもしれない。
388:2008/08/24(日) 07:41:31 0

アメリカのカリフォルニア大学の英文学教授アルビン・ローソン博士は、幻覚説に関連する実験を行っている。
博士は、不特定の実験に参加してくれる創造的精神の持ち主を広告で募集した。博士は、
応募者の中から、UFOに関して知識や興味を持っていると思われる人間をすべて除外した。
そして、残った人々を催眠術にかけ、自分が異星人に誘拐されていると想像するように指
示を与えた。要点となる質問をしてみると、被接触者の話の内容は、誘拐ケースで語られる証
言とあまりにもよく似ていた。この顕著な類似性は、誘拐ケースが潜在意識の中の幻想である
可能性を暗示していた。

こうした様々なタイプの証拠は、異星人との接触が幻想であるという主張に対して肯定的
な心証を与える。しかしあいにく、これと反対の証拠もずいぶんある。接触ケースの中には、
複数の目撃者が含まれているものもある。集団幻覚という現象が存在するのも事実だが、
こうした現象は必ずしも十分に解明されてはおらず、一部の遭遇事件にはこの仮説を当て
はめることが極めて困難なものもある。イタリアのタイプAに属するあるケースでは、目撃者が7人
いた。イギリスのタイプAのあるケースは4人の目撃者がいた。プルエトリコのケースなどの事件には、少
なくともある程度の確証がある。

アルビン・ローソンの実権は、彼自身も気づいているように、実際に起きたとされる誘拐ケースと想
像上の誘拐ケースの類似性とともに、両者の重要な相違点をも示している。Ufoとの接触ケース
で、目撃者が催眠術によって記憶を取り戻すとき、その証拠は必ずといっていいほど目撃
者のきわめて強烈な感情を伴い、現実の出来事のときと同じくらいである。実験室内で被
験者が想像した誘拐ケースではこうした結果は見られないし、通例この実験の被験者は、催眠
術を解いた後には自分の体験が想像上のものであったことを理解している。接触ケースの目撃
者は、逆行催眠でよみがえったものは自分が現実に体験した出来事の記憶であると信じて
いる。だが、いかにリアルでも、その記憶そのものが精神的なもの(幻覚か夢)であるこ
とは強調されなければならない。
389:2008/08/24(日) 07:46:32 0



          /         ` 、
             / ,  ,ィ \         \
   ()     / /  /__|_,イ\   ヽ \  ヽ
  ( )    / r| / _ヽ「  `ー辷‐、_\_l
        ,' { |l |'´ fひ、    _`ヽ.|/ ̄「
        | ハ.|代 じ'     'fひ ヽ/ ,/ /
         |   |          じ′厶イ /
         |  ハ     ′    /_ノ/
        | {  ヽ  r-、     /´ /   、、、大丈夫かしら、、、?
       ノイ レ|  }\ `   , イ  /   
          | || 〈  `ー¬7 丿 l {
390:2008/08/24(日) 07:48:00 0
また、しばしば報告される目撃者の身体的影響、例えば皮膚のやけどなどについても考慮
しなければならない。時には、地面の着陸の跡が残されているケースもある。しかしその反面、
目撃者の証言を裏付けるような写真などはほとんどない。そして身体的影響は、心身医学
的原因によって生じる場合もある。

目撃者にお説明のもっと細かい特徴を見てみると、かなりの一貫性と一種の明快な統一性
が、タイプBの寝室の訪問者を除くすべてのケースに見られる。これは、UFO研究家にとって
、自分の研究対象が現実よりも夢に近い体験なのではないかという疑念を抱かせるもので
ある。

こうした相矛盾する数々の要素を解説するのは極めて困難である。おそらく、現時点で下
せる最も公正な判断は、まず、タイプBの体験は現実のできごとというよりも鮮明な幻覚で
あるらしいという推論であるタイプCの(記憶と途絶を伴う)ケースは、幻覚を暗示する要素を
含んではいるが、タイプBとは異なり、幻覚説に疑問を投げかけるいくつかのデータも提供し
てくれている。もしタイプCのケースがまったくの幻覚だとしたら、きわめてまれなタイプ(夢と
現実との複合)と言えよう。最も一般的な接触ケースであるタイプAは、幻覚とは一番考えにく
いケースである。
391:2008/08/24(日) 07:50:50 0

まったく別の観点から考察してみよう。こうした接触ケースは、本当に異星人と遭遇した事件
なのだろうか。この額面どおりの仮説は、数多くのさまざまな惑星からやってきた何百と
いう別の種族が、地球に多大な関心を持っているということを意味している。彼らはいつ
までも人間の身体検査に明け暮れ、永久に土やいわのサンプルを採取し続けている。。地球が
銀河系有数の幼少だと考えるようなこれといった根拠が何かあるだろうか?

懐疑主義者の変わらぬ疑問は、なぜ異星人は地球の要人と接触しようとしないのかという
ことである。なぜかれらはホワイトハウスの庭に着陸して、すべての疑念を晴らそうとしないの
か?

ゲイナー・サンダーランドは、彼女がであったという異星人のアーナに、まさにこの点を質問してみた。
異星人が言うには、彼らはこれまでに2,3度要人との接触を試みたことはあるが、権力者
は失うにはあまりにも大きな信用を背負っているため、彼らに接触しても無駄だというこ
とだった。権力者たちは、結果を恐れて沈黙を守った。そこで権力者たちは、結果を恐れ
て沈黙を守った。そこで異星人たちは、子供や純朴な一般の人々と接触する方針を貫いた。
こうした人たちの中には他人の嘲笑を気にしないで、堂々と事実をしゃべる人間がいるこ
とを、異性人たちは知っているからだ。

392世界@名無史さん:2008/08/24(日) 08:37:53 0




なるほどこの主張は筋が通っている。ほかの星に生命が存在すると世間一般に信じられて
いるのは、数十年にわたる数々のUFO報告が生んだ結果にほかならない。世論操作によっ
て、地球外から訪問者がやってくるという発想を世間に浸透させるには、好奇心をそそら
れるが不確実な証拠をばら撒くのが得策だ。確実な証拠というものは、押収され、秘匿さ
れ、あるいは無条件に否定されるはずだ。その反対に、思わせぶりなヒントは、権威筋の
関心を交わしながら、人々の尽きることのない好奇心を交わしながら、人々の尽きること
のない好奇心を刺激し、長期にわたって緩やかに進行を作り上げるのに役立つ。異星人の
混乱しばかげた言動さえ、こう考えれば納得がいく。やがて最後には、異星人が宇宙から
やってきていることを確信していない唯一の人間は、UFO研究家本人だけということに
なるのだろう!

優れた知的生物が地球人と接触したことを示すハード・エビデンスは何もないが、もしかしたら
そうかもしれないと思わせるものはある。そして世の人々の大部分は、宇宙からUFOが飛
来することを期待している。その強い感情的先入観によって正しい判断ができないでいる
のだ。

393ミジンコ:2008/08/24(日) 08:55:34 0




UFOコンタクティーの中には、遭遇した後は、あえて捏造したりするような、情報操作を

あからさまに為すようになるものも多い。少なからず、そこには人体実験の要素が絡んでいる。

例え、それが、警察沙汰でマスコミを騒がすような事態に至っても、、、である。(ケネディー暗殺事件で

魔法の弾丸と言うでっちあげの見解がまかり通ったり、何でもあり。)


  、、、しかし、>>382-392 の事例は、でっち上げによる損傷の少ない(あるいは無い)稀な

     報告事例であるといえるだろう。



394ミジンコ ↓読み飛ばしてヨロシ:2008/08/28(木) 10:59:28 0
395ミジンコ :2008/08/28(木) 11:01:49 0

>>394

のホームページ  >>  ギチギチに詰めたけど掲載して貰えなかったものでしてね、、、。


396ミジンコ :2008/08/30(土) 10:17:28 0
>>340の話を進めてみると、

UFOの情報が提供された時に、

それが誤解によって生じた混乱による誤った情報である場合、

初めから何らかの目的のために捏造された悪質な意図により作成された偽造の証拠の情報の場合、

本物の事実が損傷無く伝わった性質の情報であるが、人間の知力の現状では理解し難い情報の場合、

本物の事実が損傷無く伝わった性質の情報であるが、人間の知力の現状では理解し難い情報に対し、
政治的事情の類等の背景による影響によって、歪曲されたり、隠蔽されたりして、実態の掴めない 曖昧な情報、

等、様々なケースがあるが、大まかに分類すると、

混乱による曖昧なケースの病的カテゴリーのものと、

隠蔽や歪曲や捏造などのペテンや操作を目的とした物によるケースの犯罪的カテゴリーなものと、

本物の事実が損傷無く伝わった性質の情報であるが、人間の知力の現状では理解し難い情報

であるがそれなりの範囲での仕方で人それぞれのある範囲における結論に至る事の可能な事実報告のカテゴリー

の分類が為される事になる。

このとき、それらの情報に対し、http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/647 に見られる
               (ウィリアム・バッティのペテンの処世術の系譜)
ペテンの処世術が適応される事が起こりうると言えるだろう。
397ミジンコ :2008/08/30(土) 10:19:50 0
このようにして、様々な事態のバリエーションが生まれる事が明らかになる。(恐らく、50通りくらいは分類される事になるはず)

人それぞれが、それぞれの見解に解れるようになっていて、それ自体が異なる世界観に生きている事の証明にも
         (↑互いに意思疎通や伝達の成立しにくい意味での)
なっている事がここから明らかになる(つまり、相対的という扱いの話であるが、量子論的確率の世界認識の扱いも含まれる)

このことによって、いかに異なったそれぞれの運命の人間が、一つの現実においてぶつかり合うようになっているかの、

必然と偶然のカラクリも見渡す事が可能となり明らかになってくる。(平行世界論)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E5%AF%BE%E8%AB%96 相対論
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E5%AD%A6 量子論
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E7%A2%BA%E5%AE%9A%E6%80%A7%E5%8E%9F%E7%90%86 不確定性原理
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89 平行世界(パラレルワールド)

それらの、話のやり取りなどの問題は、支配圏と言う扱いの問題と言う話しにも繋がりますよね、、、。
398 ,:2008/08/30(土) 10:32:09 0




















,
399失われた一週間の謎:2008/08/30(土) 10:33:21 0

1979年12月上旬、3人のフランス人青年の名前がセルジー・ボントワーズで起きたUFO誘拐ケース
を報じる新聞記事の見出しに躍った。しかし、、彼らが語る驚くべき話は、丁稚上げだった
のではないだろうか?ヒラリー・エバンスがその真偽を検証する。











「フランス人が地球に戻ってきた」これは、ロンドンの「タイムズ」紙の見出しである。世界中のマ
スコミが、同じように事実ともうそともとりかねるあいまいな表現で、このニュースを報じた。
しかし、これだけは確かだった。一週間前UFOに誘拐されたはずのフランク・フォンティーヌが、1979
年12月3日の日の月曜日の早朝、友人や家族や驚嘆する世界中の人々の元に送り返された
のである。
400失われた一週間の謎:2008/08/30(土) 10:35:01 0
彼はこの7日間どこにいたのだろうか。大事件を期待していた世界中の人々は、がっかり
した。フォンティーヌはほとんど何も思い出せず、そのわずかな記憶もはっきりしなかった。彼と
しては、ほんの30分ばかり眠り込んだようにしか感じられなかった。彼は、1週間も自分
が行方不明になっていたことを知ってびっくり仰天した。自分が異星人に誘拐され遠い彼
らの惑星へ連れて行かれたのかもしれない、とそうきかされた彼は困惑するばかりだった。

フォンティーヌは、自分が世界中の注目の的になっていることにも驚いた。彼が行くへ不明になっ
ていた7日間は、誘拐の現場を目撃した友人のサロモン・ヌディエとジャンピエール・プレボが、世間の
注目の対象だった。「たったいま俺の友達がUFOに連れて行かれちまった!」と、大慌て
で警察に通報して以来、2人はケイサツとマスコミ、UFO研究団体からさんざん事情を尋
ねられた。フォンティーヌの帰還は人々の好奇心を再燃させ、新たな疑問を呼んだが、少なくとも、
彼の失踪事件(死亡説さえ流れた)が彼の2人の友人の犯行ではないかという嫌疑を晴ら
す役にはたった。

この3人の若者の生活ぶりを見ると、人から疑われても仕方のないめんもあった。プレボ26
歳、ヌディエ25歳、フォンティーヌ18歳の3人は、街頭の露店でジーンズを売って糊口をしのいでい
た。彼らは車検もかけないで古い車を乗り回し、その上、3人そろって無免許だった。プレ
ボは自ら無政府主義者と称してはばからなかった。プレバとヌディエは、パリ郊外のセルジー・ボン
トワーズにある近代的なアパートの隣り合わせの部屋に住み、フォンティーヌはそこから3kmはなれた
ところに住んでいた。彼らの説明によると、フォンティーヌは日曜日の夜、プレボのアパートに泊まっ
た。彼らは、翌朝3時半に起きて60kmはなれたジソールで露店を出す予定だったからだ。
市が開くのは午前8時からだったが、彼らはいい場所をとりたかった。それに、彼らのステー
ションワゴンはは、エンジンが簡単にはかからなかった。そこで、念のために時間に余裕を見てお
いたほうがよかろうと考えたわけである。彼らは4時間ほど眠り、3時30分におきだして
車に売り物のジーンズを積み込む用意をした。
401:2008/08/30(土) 10:37:14 0

しかし彼らは、まず車のエンジンをかけるのが先決だと思い、押しがけでエンジンをスタートさせ
た。エンジンがかかると、また止まったりしないようにフォンティーヌが車の中に残り、その間に2
人が荷物を積み込むことにした。手の空いたフォンティーヌは、辺りを見回した。そのとき彼は、
少し離れた上空にまぶしく光り輝くものがあるのに気がついた。仲間が荷物を持って戻っ
てきたとき、彼はその物体のことを教えた。物体は円筒形をしているという以外、まった
く正体が分からなかった。物体がアパートの陰に移動したとき、ヌディエはカメラを取りにアパートの
階段を駆け上がった。写真をとって新聞社に売り込もうと思ったのだ。プレボも残りの荷物
を取りに再びアパートの中に戻った。その間、フォンティーヌはこの不思議な問題をもっとよく見
ようと、アパートの近くを走る主要道路のほうへ車を出した。車が走り出した音を聞いて、彼
の2人の仲間はそれぞれの部屋の窓から外をのぞいた。2人とも、フォンティーヌが主要道路で車
を止めているのを見、このとき、車のエンジンが止まっているのに気づいた。プレヴォは、
またエンジンを押しがけでかけなければならないと思い、腹立たしげに階段を駆け下りた。そ
してヌディエに向かって、UFOはもう消えたからカメラのことは忘れろ、と大声で叫んだ。ヌディ
エは彼の後を追いながら、どっちにしてもカメラはフィルムが入ってなかったと言い、車が大きな
光の球に包まれたように見えた、と付け足した。

402:2008/08/30(土) 10:38:29 0
再び外に出た2人は、驚いてその場に立ち尽くしあ。彼らの車の後部がくっきりと輪郭の
分かる光り輝く霧の球体にすっぽり覆われていたのだ。その周囲を、小さな光の球体がい
くつも動き回っていた。彼らが突っ立ったまま事態を見守っていると、大きな球体が小さ
な球体を吸収していった。そして小さな球体は一つだけが残った。そのとき、一筋の光が
現れた。その光は次第に大きくなって、彼らがつい先ほど見た物体と同じ円筒形になった。
大きな球体が、この円筒形の中に入っていったように見えた。そして、光は猛スピードで
上空へ舞い上がり、見えなくなってしまった。2人は急いで車に駆け寄った。が、フォンティーヌ
の姿は陰も形もなかった。車内にも路上にも、道路のそばのキャベツ畑にも、彼の姿は見
えなかった。プレボはすぐに警察を呼ぶべきだといい、ヌディエが電話をかけにいった。車の
そばに残ったプレボが、事件のラスト・シーンの唯一の目撃者となった。ついいまし方車の
周りを動き回っていたのと同じ小さな光球が、車のドアを押して閉めたように見えた。そ
してこの光も消えてしまった。

以上は、2人の青年が数分後にケイサツで説明した事件の顛末である。フランスではUFOの目
撃事件は軍の扱いになっているので、警察はプレボとヌディエに憲兵隊に知らせるよう指示し
た。憲兵隊は、国防大臣の管轄下にある。2人はほとんどまる一日、憲兵隊で繰り返し事件
の経緯を聞かれた。昼休みになって時間が中断したとき、彼らは電話で新聞社に事件を知ら
せた。後に、セルジー憲兵隊のクールクー隊長はマスコミに対して次のように語った。2人の若者の証言を
疑う根拠はまったくない。何かが起きたことは間違いなさそうだ。その何かがいったいなんで
あるのかについては、何もいえない。「私たちは夢の世界を泳いでいるようなものだ」
403:2008/08/30(土) 10:46:11 0














>>130>>176

は、どういうことやねん、歴史板責任者の、糞ゴミ蛆虫以下野郎が、、、。

お前、要らねぇ、、、。人権問題で、嘘だと言うなら訴えてみぃ、情報操作しやがって、、、

>>231
404、圧勝だな、、、。:2008/08/30(土) 18:49:45 0
405、最期のふたつ間違った↓:2008/08/30(土) 18:55:33 0
406、皆さん応援ありがとう!:2008/08/30(土) 18:57:05 0
407、ミジンコ:2008/08/30(土) 19:03:12 0
>>402 の続き

一週間の間に、この事件は全世界に伝わった。その一週間、2人の青年は何度も何度も事件
について聞かれた。中には、彼らのいうUFO事件をそっくり信じる人もいた。反対に、彼
らの話が何かの偽装工作ではないかと疑う人もいた。おそらくフォンティーヌのへ兵役逃れを助け
るために仕組んだ狂言だろう、とか、本当は何かもっと凶悪な事件なのではないか、とそ
んな憶測が流れた。しかし、一つだけ確かな事実があった。プレボとヌディエが、直ちに自ら
進んで警察に通報していることだった。彼らの素性を考えてみれば、この点は彼らの誠実
さを示す確かな証拠ではなかったか?

フォンティーヌ自身が語った体験についても、彼の誠実さを疑う根拠はまったくなさそうだった。
ふと気がつくと、彼はキャベツ畑の中で横たわっていた。立ち上がると、主要道路を挟ん
で、プレボたちのアパートのちょうど反対側だと分かった。彼がUFOを見るために車を止めた
場所とほんの目と鼻の先だ。しかし、もうそこには車はなかった。彼は、車と大切な売り
物のジーンズを盗まれてしまったと思い、まだ暗いままのアパートへ向かって急いだ。プレボも
ヌディエも見えなかった。そこで彼は大急ぎで階段を駆け上がり、プレボの部屋の呼び鈴を鳴
らした。一向に返事がないので、彼はヌディエの部屋のほうへ行った。眠そうな顔で出てきた
ヌディエは、びっくりして彼をしげしげと見つめると、大喜びで彼を抱きしめた。ヌディエの
パジャマ姿を見てすでに驚いていたフォンティーヌは、ジソールの市に出かけようとしていたあの朝か
らまる一週間が過ぎていることを知って、びっくり仰天した。

彼は、警察にも新聞記者にもほとんど話すことがなかった。世界中のマスコミが彼の帰還を報
じたが、当局の発表を聞くまで時間に関する判断は控えた。ところが警察は、もはや事件
には関知しないと宣言した。犯罪が行われたわけではないからだ。
408、ミジンコ:2008/08/30(土) 19:26:17 0
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/bio/1156635354/686  

「やっぱり、フランスだな、、、。そこそこ甘いやフランス映画のような連中だ。その時点で

大犯罪が行なわれた可能性を見逃している事を明らかにしている。

フォンティーヌが記憶の深い所で洗脳されている危険性を見落としている。」


http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1162885732/671-678

私の印象では、フォンティーヌは、闇系の感じを受けた。
409、めいちゃん:2008/08/30(土) 21:01:28 0

刑事上、医療上、軍事上の見地から見て、すでにこの時点で支離滅裂の展開がおきている事は、

もはや、お分かりのことと思われます、、、、。


犯罪が行なわれていないなら、3人の言うことが本当かどうかの問題である。嘘か本当か病気かの何れかである事は明らか、、、。

間違えであると言う見解は、この話には当てはまらないのは、説明する必要も無いでしょう、、、。


この時、措置などの手続きはとられていないし、偽証罪や詐欺罪などの処置もとられていない。

話の辻褄が合う事無く、意に介す事無く機関の本分が途中放棄されている、、、。

と言う事は、UFOに遭遇した件に対して、不可抗力に対処を止めたと考えれば辻褄が合う。

または、人体実験のローマやインディオに由来する人身御供やペテンの操作の角度から見たとき、
         人身御供(の影響の支配力)(犯罪と病気を利用した)ペテン
病気であろうと犯罪であろうと、本当であろうと嘘であろうと操作を目的とした意味では、

充分な役割を果たしうる意味でそれ以上の必要の無いという節度の問題上終了されたと解釈する事も可能である。


>>399-402 と >>407 までの時点で、既にこれだけの可能性が潜んでいるという事が言えるだろう。
410:2008/08/30(土) 21:48:29 0


                  ____
                  , .::::´::::::::::::::::`丶、
                 /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`ー 、
.              /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`ヽ、   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
              /:/::::::::::::::;ノl:| :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: '. <、、、魔界、、、だ、、、
.            |::| ::::/:l/、 |:l :|:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::i   \__________
              |::|:::/l/ ・ | \l::|::::::::::::::::::::::::::::::::::::::|
             |::レ!::jl  /   ヾ!::::::::::::::::::::::::::::::::::;′
.               |::l l:/^ー' ( _    |::|::::::::::::::::::::::::::::/
             ヽl jl   /    l |::::///::/:////
             l小   L._     l:|::///::/:////
.             レ,ゝ、、__)   ||///::/:///
.              / / l`,ー、-一 ル'l// ̄>、
             / l::::レ' o ヽ// :::::::: /   '.
.            / l |::_l      /::::::::: /      i
.             ノ  ! / / o  _/ ̄ ̄ |      |
.          /   i/_/ヽ_/´/____」      |


           、、、、、さぁ、どのような話が進む事になるのか、、、ちなみにフォンティーヌの人相は水銀灯タイプの典型です。
411:2008/08/30(土) 21:54:13 0

、、、、ちなみに、プレボは、黒人ですが、おそらく真紅タイプの、、、、


>>405

337「ケッケッケッケッケ、、、、」→ 水銀灯
339「、、、、、。」 →  真紅
412:2008/08/31(日) 06:12:12 0
,
413:2008/08/31(日) 06:24:22 0
http://etc7.2ch.net/test/read.cgi/denpa/1174920756/264

メンヘルサロン板やメンタルヘルス板のあるサイトだろ? 世界史板の責任者見たいのが居ると言う事は矛盾してない?

少なくとも、世界史板に関して言える事は、2ちゃんねるが、暗殺系サイトか、世界史板責任者が犯罪的で悪質な職員

と言う事が、私には明らかになっているんですよ、、、、。
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/629

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1157202981/403 説明すると変なタイミングで

投稿の行数が露骨に制限されたりするなどのことだが、証拠にならない、、、。


閲覧だけの表面上は解らないようになっているが、私からするとタイミングを計らった阻止的な陰湿な働き掛けと感じられると言う事。

そして、取分け気持ち悪いのは、失われた一週間の謎のあたりが特にトラブルの激しさが見られる事。


私が、闇系について本当に嫌がる理由解る?
414、ミジンコ:2008/08/31(日) 07:06:53 0

投稿の行数が露骨に制限されたりするなどのことだが、証拠にならない、、、。 >>

もし、この板の責任者が白を切るなら、そいつは、本当のかなりの闇系と言う事になる。

ひろゆきは、その時点で、そのような責任者を置くサイトの管理人と言う事になるが、、、、。

このサイトは、色んな問題を起こしてきた、、、例えば、掲載阻止装置の開発と使用の敢行とか、、、

415、ミジンコ:2008/08/31(日) 07:09:48 0

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/596-598

悪態をつかれると、ムキになって人格者として憤る物もいれば、この板の責任者のように、

悪知恵を働かせる呪い代行系のタイプの奴も居る、、、というか、、、、。


勘違いの多い、癲癇気質であると言うべきなのか、、、、。

そいつは、インディオ系の恐れの臭いが漂っているんだが、、、、


http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1162885732/278-283
(あいこが刃物を押し付けた脅迫写真を投稿したのは、他人の不幸は蜜の味と言う投稿者に挑発されたためである)

、、、、歴史板責任者は、まわりこんでいる種類の奴なのか、、、?

、、、それとも、責任者としての能力の限界上、投稿の内容についていけずに足を引っ張るありさまなのか?
、、、どう解釈してよいか現時点でははっきりしないが、、、、。何度か他の板でもありましたが、
後でどうなって、最終的に何が明らかになるか解らない意味で、かなり、いやらしいタイプなんですよ、、、
振り返ってみて、長い目で見ないとならないことは、私が一番良く知っているつもりだが、、、
416、ミジンコ:2008/09/02(火) 10:00:55 0
空気全体に刻みこまれていたのは、人身御供の情熱と犯罪と病気によるペテンの風習である。
強制収容から出発した精神医療が長年培ってきた操作の技術によって、慎重に長い歳月をかけて
そのようになるように悟られずに働き掛けてきた成果の現われでもある。>>

投稿の行数が露骨に制限されたりするなどのことだが、証拠にならない、、、。

>>394-395 変な条件を脈絡無くつけられて、私が閲覧者にあこぎな投稿者と誤解される。

そのようなペテンによって、悟られる事無く、陰湿な空気が全体に充満するように発せられていく。

→ かなりの呪い代行系と言われる根拠、、、。

つまり、リュディンが普通に敗戦後もまかり通ったのは、そのような強烈なカラクリに裏打ちされた
支配力によって必然的に起こりえた出来事なのである。                  >>

そのように、無意識的な健全さの劣化が全体的に起こりさえすれば、悪質な事態は、

普通にまかり通るようになることが、後で解る事になる事態が予測される。

ひろゆきは、そんなやつを2ちゃんに置くというのか、、、、と言っている、、、。

>>403の個人的民亊の問題とは別に、なぜひろゆきが言われるか? 2ちゃん職員の連帯責任が絡むからだよ、、、。
417世界@名無史さん:2008/09/02(火) 11:55:04 O
イエスの復活。
十戒
418:2008/09/02(火) 20:36:09 0
>>411 続き  掲載されずに抹消されたレスの二度書き

闇系は、大規模な歪曲による隠蔽に傅くことによる操作によって成立ちやすい。
光系は,可能な限りの真実や事実の肯定を貫こうとする。
トリックタイプは段構えの操作を好む、、。

私が何故、占術理論実践板で、進む闇の媒体で退く光の絶縁体とか、卑しく進み気高く退く闇だとか、
退く闇の絶縁体の進む光の媒体だとか、卑しく進む闇の気高く退く光だとか、象徴的な表現の明記を
する事をする理由がお分かりでしょうかね、、、、。

中には、誤った犯罪的な病的な物事を積極的に好む事で現実逃避による非現実性を
肯定する種類の物など様々である、、。

人はそれぞれ根本的に性質が異なると言う事の意味について解っている人は意外に少ない。


   、、、、と言う種類のレスを記述したんじゃなかったっけ?
419:2008/09/02(火) 20:39:27 0
殺到するUFO研究家






そこで、事件をどう解明するかという問題は、UFO研究団体の手にゆだねられることに
なった。当初から、目撃者のところにはフランス国内の様々な研究団体が殺到した。その中で
も最も評判の高いグループの一つがコントロールである。

しかし、コントロールよりも先に、フォンティーヌが行くへ不明だったときから、事件の関心を表明した
団体があった。世界最新科学協会(IMSA)がそれである。この団体の共同創設者兼スポ
ースクマンは、UFO関連の2冊の著書を持つ高名なSF作家ジミー・ギーユであった。ギーユは調査
もしないうちから、この話が事実に違いないと断言していた。「フランク・フォンティーヌがUFOに
誘拐されたことは疑問の余地がない」と、彼はあるインタヴューで述べている。「まだ、その二
人の若者から話を聞いたわけではないが、彼らの証言は事実だと判断する」

フォンティーヌの2人の友人は、著名な大家に手放しで信じてもらい、すっかり気をよくした。そ
してギーユへの協力を快諾した。フォンティーヌが戻ってくると、彼も世界最新科学協会の保護下に
入った。ギーユは南フランスにある隠れ家を提供し、そこで彼らは著書の共作に励むことに
なった。ギーユが執筆にあたり、利益は全員で山分けすることにした。
420:2008/09/02(火) 20:40:49 0
コントロール、、、、、、露骨やな、、、、。
421:2008/09/02(火) 20:48:35 0

誤った犯罪的な病的な物事を積極的に好む事で現実逃避による非現実性  >>

つまり、ペテンを喜ぶ酔狂と言う事ヤ、、、、。

422:2008/09/05(金) 10:20:12 0


ギーユの著書「セルジー・ボントワーズUFOコンタクト」は、フォンティーヌの帰還からわずか4ヵ月後に出版
した。ギーユの名声と事件に対する強い関心によって、彼らの著書はたちまちベストセラー
になった。しかし明快な結論を期待していた読者はがっかりさせられた。この著書の内容
は、ギーユのジャーナリスティックな論表や別の事件の枝葉末節的な記述が大半を占め、世界中が聞き
たがっていた肝心の目撃者の証言や誘拐されたフォンティーヌ本人の話はほとんど述べられてい
なかった。

催眠術を使えばフォンティーヌが誘拐されたときの体験をもっと思い出すだろうとギーユは期待し
たが、この若者はかたくなに催眠術にかかることを拒んだ。するとプレボが、かわりに自分
が催眠術を受けようと申し出た。その結果は驚くべきものだった。異星人が本当に関心を
持っていたのは、フォンティーヌではなく、プレボだったというのである。そしていまプレボの口を
通じて、異星人がすべてを説明した。フォンティーヌはコミュニケーションを成立させるための手段に過ぎ
なかったのだ。プレボはいま迫っている災厄から地球を救うために、彼らのメッセージを伝える
チャネラーなのだ。異星人は、自分たちのことを宇宙のかなたから来た知的生物と名乗っ
たが、その彼方がどのあたりかについては地球以外の惑星という以外ははっきりした手が
かりは何も示さなかった。オリオという名前のこの異星人スポースクマンは、いささか口数は多いか
もしれないが、親しみやすい性格の持ち主だった。

423、ミジンコ:2008/09/07(日) 09:23:33 0
>>419
そこで、事件をどう解明するかという問題は、UFO研究団体の手にゆだねられることに
なった。                                      >>

その前に警察の対応はどういうことなんだよ?

世界最新科学協会(IMSA)はグルっても出ませんね。AVでの宇宙企画とか言う法人がありますからね、、。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E4%BC%81%E7%94%BB宇宙企画
SF作家ジミー・ギーユも出ません。

「フランク・フォンティーヌがUFOに
誘拐されたことは疑問の余地がない」と、彼はあるインタヴューで述べている。「まだ、その二
人の若者から話を聞いたわけではないが、彼らの証言は事実だと判断する」        >>

何故か?さまなければ、精神病院行きか、逮捕と言う事になるからと思っていたからでしょうねぇ、、、。

フォンティーヌの2人の友人は、著名な大家に手放しで信じてもらい、すっかり気をよくした。>>
警察の対応について念入に知るべきことを確かめたかどうかの問題は、重要な位置を占めるはずなんだが、、、
私が確かめられない

>>422
ギーユのジャーナリスティックな論表や別の事件の枝葉末節的な記述が大半を占め、世界中が聞き
たがっていた肝心の目撃者の証言や誘拐されたフォンティーヌ本人の話はほとんど述べられてい
なかった                                       >>

、、、?

異星人が本当に関心を持っていたのは、フォンティーヌではなく、プレボだったというのである。>>

霊媒、、、。催眠術は、自動書記の類ですね、、、。

この件には、>>396-397の見地が適用される種類の話です。
424:2008/09/07(日) 09:31:58 0
http://science6.2ch.net/test/read.cgi/rikei/1160177875/282

ギーユの著書の中では、プレボが話の主人公となり事件に関する証拠としてわれわれが知りえ
るのは彼の言葉だけしかない。彼の2人の仲間は、蚊帳の外に置かれてしまったようだ。
この著書は、答えを提供する以上に多くの問題を生み出し、プレボが彼独自の事件報告を書
いていると発表したときは、多くの期待が持たれた。しかし、その後同じ年に出版された
「セルジー・ボントワーズ事件の真相」は、ギーユの著書以上に不満足な内容だった。この著書は、
プレボを媒介にして語られた異星人の哲学をやたらと詰め込んだ冗漫で支離滅裂な寄せ集
めデ、科学よりも愛の必要性を説く陳腐な宗教的教えが、地球という惑星だけに限っては
いないということを教えてくれるものだった。

事実上、フランク・フォンティーヌの誘拐事件については一言も述べられてはないなかった。しかし、
プレボが異星人の秘密基地を訪れた話はいくらか詳細に述べられており、そのほかの話の内
容を評価するための尺度を提供してくれている。フォンティーヌが帰還してから間もないある日の
朝、プレボの部屋の呼び鈴がなったそうだ。訪問者は旅行中のセールスマンだった。このまったく
見知らぬ男は、自分はこれからブール・デ・シロ異星人へいかなくてはならないのでプレボにい
っしょに来るように誘いに来たのだといった。ブール・デ・シロというのは、セルジーから約360km
はなれたスイス国境に近い小さなむらのことである。これを読む限りでは、そのセールスマンがそこ
へ行く理由も分からないし、彼らが互いに初対面だとしたら、なぜプレボがそこへ行きたが
っているとセールスマンが思ったのか、その理由も分からない。
425:2008/09/07(日) 09:33:25 0
しかし、プレボには興味をそそられる理由があった。ブール・デ・シロは、彼にとって特別思い
入れのある場所だったのである。というのも、彼は子供のころその村の近くのサマーキャ
ンプ場に行き、後にそこで働いていたことがあったのだ。割と最近になっても、フォンティーヌと
一緒にそこへキャンプに出かけ、休暇をすごしたことがあった。だから、見知らぬ男の申し出
には驚いたものの、プレボは快くそれに応じた。セールスマンの車で村まで行ったプレボは、丘を
登り始めた。彼にとって常に魅惑的だったある場所(第二次世界大戦以降列車の車両が放
置されている鉄道のトンネル)を目指していた。

プレボがトンネルに着いたときには、もう宵の口になっていた。そこには先客がいた。若い男の
一団が焚き火を囲んでいた。その中の1人がプレボの名前を呼んだ。彼はサハラ砂漠からや
ってきたそうで、プレボへ最近手紙をよこした男だった。プレボとその男たちは、宇宙のか
なたの知的生物の導きで、世界の様々な土地からここへやってきたことがわかった。彼ら
はそれぞれ自分の国の言葉をしゃべっていたが、みんながその意味を理解していた。

そこへ例の異星人の代表オリオがやって来て、君たちは知的生物の哲学を地球に広めるために
選ばれた人間なのだと彼らに告げた。それから、美しい異星人の女性の案内で、いまはUFO
の基地に使われているトンネルの中を、彼らは見て回った。そこで彼らは数隻の宇宙船を見た。
それらは、プレボが子供のころに見たUFOに似ていた。見学が終わると、若者たちは先ほ
どのキャンプファイヤーの場所に戻り、地面に横になって眠った。12月の夜の山中でのことだ
から、とても快適というわけには行かなかっただろう。翌朝、例の親切なセールスマンが、プレボ
をセルジーまで送り届けるために待ってくれていた。

ジミー・ギーユとジャン・ピエール・プレボが自分たちの話が人に信じてもらえると本気で考えてい
たかどうか、われわれには知る由もない。彼らが多くを語れば語るほど、そもそもの誘拐
事件の当初の説明さえ信じがたくなっていった。
426:2008/09/10(水) 18:29:18 0

>>422
ギーユのジャーナリスティックな論表や別の事件の枝葉末節的な記述が大半を占め、世界中が聞き
たがっていた肝心の目撃者の証言や誘拐されたフォンティーヌ本人の話はほとんど述べられてい
なかった                                       >>

催眠術を使えばフォンティーヌが誘拐されたときの体験をもっと思い出すだろうとギーユは期待し
たが、この若者はかたくなに催眠術にかかることを拒んだ。                >>



この件にも、>>396-397の見地が適用される種類の話であると言えるでしょう。

この件に関しては、前後関係から推測していく事になるが、、、

気になるのは、やはり、警察の対応ですね、、、。辻褄が合わない意味で、、、、怖い、、、

少なくとも、魔法の弾丸の類の人体実験に由来する操作の類ではないと公にするような

公正な姿勢を示す礼儀を知らない性質のものであるのか確実、、、。つまり、闇の情報操作に傅いた種類の出来事と言えるでしょう。


>>424-425 プレボが目的であると言う意味より  誘拐の真相が解らない方が重大である。 礼儀の問題です。
427、ミジンコ:2008/09/10(水) 18:32:25 0
その無礼を通す姿に、プレボとフォンティーヌのSOSの意思表示を感じ取る人の出現による

混乱による迷惑の可能性やら、色々な問題が生じてくると言う問題でもあります。
428:2008/09/10(水) 18:41:08 0
真実か、ペテンか、幻想か?





セルジー・ボントワーズで起きたフランク・フォンティーヌの失踪事件が広く報じられてから後、彼がUFOに
誘拐されたという話の真偽について長い間論争が絶えなかった。この事件は、2人の友人が
仕組んだ狂言だったのだろうか、それとも現実に起きた事件だったのだろうか?_







UFOによるフランク・フォンテーヌの誘拐事件は、科学的裏づけはなかったものの、最初に聞いた
限りでは実際に起きた事件のように思われた。彼と2人の友人ジャンピエール・プレボとサロモン・
ヌディエが、この話を語るだけで満足していたなら、興味津々の世界の人々に事件が実際にあ
ったことを納得させられただろう。しかし、この事件を扱った2冊の本(有名なSF作家ジ
ミー・ギーユの著書と、プレボ自身が書いた著書)は、事件そのものに疑惑を投げかけるきっか
けを与えた。しかも、多くのインタヴューや会議の中で、話の内容にかなり食い違いのあること
が表面化した。そして、フォンテーヌをさしおいてセルジー・ボントワーズUFO事件の主役の座
に着いたプレボは、その後も接触を続けたという宇宙のかなたの知的生物との対話を世に伝
えるため、雑誌の発行まで行ったのだ。UFO研究団体コントロールのミシェル・ピシンとその同僚たち
は、当初からこの目撃者たちの話に不一致や食い違いがあることを感じ取っていた。そし
て、彼らが綿密な調査を続けていくにつれて、多くの矛盾が次々と明らかになっていった。
429:2008/09/10(水) 18:45:19 0
こうした食い違いは、まず、プレボのささいなことばのはしばしにさえ見え隠れする。プレボ
は、この遭遇事件を体験するまで、UFOについて何の知識も関心もなかったと主張してい
る。コントロールの調査では、彼の兄がアメリカのUFO研究団体APROのフランス代表であることが判
明している。プレボが、UFOのことを何も知らなかったとは考えにくい。しかも、プレボは
自分の著書の中で知的生物にUFOの基地内を案内してもらったとき、子供のときに見た
UFOとよく似た宇宙船を見た、と自ら語っているではないか。また彼は、フォンテーヌのケースと
そっくりの誘拐ケースを連載していた雑誌を、読んでいないと主張している。しかしコントロールは、
セルジー・ボントワーズ事件がおきたとき、まさしくその雑誌がプレボの部屋にあったことを確認
しているのだ。

調査を進めるに連れて、誘拐事件の前夜の出来事について様々な疑問点が出てきた。コントロー
ルは、その夜プレボの部屋にいた人間が3人ではなく5人だったことを探り出した。公表さ
れた事件の記述には、プレボのガールフレンドのコリーヌやファブリス・ジョリーについて触れられていなか
った。これはなぜなのだろうか。おそらく、こういうことではないのか

。第4の男ジョリーの存在を知られることは、プレボとヌディエにとって有利に働いた1つの事実
に疑問を投げかけるものだったのである。彼らはの主張によると、フォンテーヌの車から消えた
とき、自分たちが無免許運転していることがばれるのを承知の上でまっすぐ警察に行った、
ということになっている。しかし、ジョリーはちゃんと運転免許を持っていた。そして、この
3人の友人のためにジソールまで車を運転していく約束をしていたからこそ、そのときプレボ
のアパートにいたのである。
430:2008/09/10(水) 18:55:13 0
こうした食い違、、、部屋にあったことを確認 しているのだ。 >>

ユングのシンクロニシティの見解は、まさにこんな感じですけど、、、

コントロール、、、さんですか、、、。


警察があれですから、何もかもって、、感じなんです、、、。


その夜プレボの部屋にいた人間が3人ではなく5人だったことを探り出した。>>

残りの二人はUFOを見たわけじゃない意味ではぶいたと受け取れなくも無いが、、、
失踪中の避難場所のグルかも知れないね、、、


でも、ジョリーは、プレボたちに頼られるほどの間柄ではない意味で、普通に危ないはしを

わたると言うような状況のケースによる罰金の例は良くある話、、、
431:2008/09/10(水) 18:57:00 0
数え切れない予言



フォンテーヌとプレボとヌディエは、3人とも彼らの人生で最も忘れがたい出来事の一つに違いないあ
の誘拐事件の前夜、アパートに誰と誰がいたということについても、意見が一致しないのだ。
最初彼らは、あの夜は3人といっしょにいたといっていた。ところがその後プレボは、別の
場所で友達といっしょにテレビ映画を見ていたことを思い出したのである。

また、彼らの話では、車の調子がよくないので押しがけでエンジンをかけた後、またエン
ジンが止まらないようにフォンテーヌを車の中にのこしたことになっている。なぜ、唯一の運転
免許の持ち主であるジョリーが車の中に残らなかったのだろう。そうすれば、フォンテーヌは市で売
るジーンズの積み込みの手伝いができたはずだ。彼らは本当に、午前4時に車のエンジンを
かけたままで、近所から苦情もなく、アパートの外にいたのだろうか。アパートのほかの住人に
は、エンジンの音を聞いたというものさえいないようだ。ヌディエの証言はプレボとは正反対
で、まず荷物を車に積んでからエンジンをかけたといっている。

現場を目撃したというある住人の話を聞くと、ますます問題がややこしくなる。青年たち
が車に荷物を積んでいたという時刻に、ちょうどこの目撃者は帰宅した。彼は、2人の人間
がステーションワゴンに乗り込んで走り去るのを見たといっている。しかし、3人の話では、UFO
がよく見えるようにフォンテーヌが道路まで車を出したとき、中に乗っていたのは彼一人だった
はずだ。

UFOというものは説明しにくいものには違いないが、セルジー・ボントワーズに現れたUFOに関
する3人の説明は、まったくちぐはぐである。一人は巨大な棒状の光だったといい、別の
一人は球体だったといい、また別の一人は閃光だったといっている。一人は、UFOはずい
ぶんゆっくりと飛んでいて空を横切るのに2分かかったといっているが、別の二人は、す
ごいスピードであっというまに飛び去った、といっている。UFOが飛んでいった方角につい
ても、3人の証言は一致しない。
432:2008/09/10(水) 18:58:36 0
誘拐から一週間後にフォンテーヌが帰還したときの状況も、様々な話が飛び出してきて、事件発
生に劣らぬほど混迷している。この事件を追っていた地元紙の記者イリス・ピリョン=デュプラン
は、事件現場の近くに住んでいた。自宅から目と鼻の先で起きた事件に対する特別な関心
に加え、この距離的な利点によって、彼女は個人的にも事件を追うことができた。その結
果、彼女は目撃者たちとすっかり緊密な関係になった。事実、彼女は事件の明確な記事を
書くために、フォンテーヌが帰還する前夜プレボといっしょにいたのである。

彼女の記事によれば、夜12時少し過ぎ、ヌディエはプレボと彼女の2人を残して、自分の部屋
に帰って寝たそうだ。プレボは、UFO事件に巻き込まれたおかげで仕事ができず、食べ物
も金も全然ない、と彼女に話した。そこで彼女は、自分おアパートに来ないかと彼を誘った。
こういう経緯から、フォンテーヌが地球に帰還してプレボの部屋に行ったとき、彼がいなかったわ
けである。確か、このあとフォンテーヌはヌディエの部屋に行って彼を起こしたはずた。しかし彼の
記事によると、ヌディエはフォンテーヌを残して、大急ぎで彼女のアパートに駆けつけ、彼女とプレボに
このニュースを知らせているのだ。

果たして、イリス・ビリョン=デュプランやサロモン・ヌディエの話を信用してもよいのだろうか。彼がケ
イサツで話した証言は、彼女の記事とまったく食い違っているのだ。

ヌディエの話によると、彼はたまたま4時半ごろ目を覚ました。窓の外を見ると、主要道路の
上に球があるのを見えた。その中からシルエットになった人影が現れ、それが友人のフランク・フォンテ
ーヌだと分かった。このとき、彼は急いでラジオ・ルクセンブルグに電話してフォンテーヌの帰還を知らせ
た。フォンテーヌの居場所に関する情報を知らせて賞金にありつけると考えたのだ。
433:2008/09/10(水) 18:59:22 0


ラジオ・ルクセンブルグは、後に、そういう電話があったことを確認したが、時刻は4時半ではな
かった。この時刻に局内で勤務していた者は1人もいなかったからだ。ということは、ヌデ
ィエが電話したのは4時半以降ということになるし、ラジオ局に賞金を請求するするまで警察
には通報しなかったと考えられる。このとき、フォンテーヌが帰還したことを警察に通報したの
は、ラジオ・ルクセンブルグの社員だった。彼らの話によると、ある男から、出勤の途中でフンテーヌ
が戻ってきたのを見た、という匿名の電話があったそうだ。ヌディエが賞金をせしめるつもり
だったのなら、匿名の電話などするはずがない。

こうした矛盾点は、コントロールの50ページに及ぶ報告書で述べられているもののほんの一例に
過ぎない。もし事件がまったくのでっち上げ出なかったとするなら、あらゆる部分が混沌
としすぎている。こうした矛盾点の中には記憶の誤りが原因だといえるものがあるが、プレ
ボがトンネルのUFO基地へ行ったという異常な体験まで説明することはできない。セルジー・ボ
ントワーズ事件はあまりにもあいまいな点が多すぎて、とてもまじめに受け取れるような話で
はない。とはいうものの、この事件が引き起こしたセンセーションはあまりにも大きく、現実に何
があったのかを問うだけの価値は十分にある。

もし誘拐事件が事実出ないとしたら、この話は最初から仕組まれた狂言だったのだろう
か?それとも、基本的には現実のUFO体験だったものを、目撃者が次第に歪曲していっ
たのだろうか?
434、モジンコ:2008/09/12(金) 10:47:01 0

長い目で見て、確実に、犯罪と病気の温床となっているのは、間違えないんですよ、、、

フランス政府さん、おわかりですかね?  そろそろ、本当の真相を打ち明けても

いい頃じゃないんですかね、、、

435、モジンコ:2008/09/12(金) 10:55:57 0


とりあえず、フランスの警察と医者の方々は、3人の関係者に、辻褄が合うまで、

思い出せと、働き掛ける必要があるでしょう、、、

436、ミジンコ:2008/09/12(金) 20:10:43 0
>>431

こんな混乱起きるか?
皆、おかしいだろ?
そうしたら、主犯は誰だ?
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/534の精神医療の目論見が
まんまと現れた性質の出来事なんじゃないでしょうか?

>>432  先ずは、警察が悪いですね、、、

激しく人体実験の為せる技の、混乱の放置とその状況を認めてまかり通る事例が

得られたという種類の出来事だったんじゃないですかね、、、


437、ミジンコ:2008/09/13(土) 07:15:56 0

これは、警察職員が犯したコズミックレベルでの過失という問題でしょう。

少なくとも、治安を覆した自体を放置している。


社会的な常識によって、押さえつけられてきた自由が爆発した性質のものであると

考えるのは良いが、犯罪と病気の温床を放置したのは確実で、実際は、犯罪と病気の温床を

コズミックレベルで進行させたと言うのが、妥当な見解であると思われる。
438:2008/09/13(土) 07:19:46 0
巧妙なでっちあげ


もしかしたら、フランク・フォンテーヌが誘拐されたのは事実かもしれない。目撃者は真実を告げよ
うと精一杯の努力をしたのかもしれない。矛盾点は単なる記憶の誤りが原因なのかもしれ
ない。しかし、これほどはなはだしい矛盾を目の当たりにすると、この3人組が意識的に
作り話をこしらえて、衝撃的な細部の情報をつけ沿えたのだ、と考えるほうがすんなりと
説明がつく。

別の可能性について考えてみよう。フランク・フォンテーヌは実際に誘拐されたわけではないが、誘
拐されたと本気で信じていたと仮定する。彼は、異常な精神状態に陥って誘拐事件の幻覚
を体験したのかもしれない。この種の幻覚は、現実に起こりえることが心理学的に立証さ
れている。しかし、もしそうなら、フォンテーヌの2人の友人が問題になってくる。フォンテーヌが幻覚
を見たというなら、彼らの異常な精神状態に陥って同じ幻覚を体験したのだろうか?だと
すれば、何者が彼らに幻覚を体験させ、それが現実の出来事だと思い込ませたのだろうか。

こうした解釈を完全に排除することはできないが、この事件はすべて最初から仕組まれた
ペテンであって、そもそも誘拐事件などなく、いたずらか金欲しさの目的で、あるいは何ら
かの思想的動機から、この若者たちが話をでっち上げた、と考えるのが一番しっくりいく。
3人組みは、ジミー・ギーユが持ちかけた金儲け話に二つ返事で協力している。コントロールの調査に
よると、明らかに彼らのリーダー格であるプレボは、学生時代の名うてのいたずら小僧だっ
たらしい。
439:2008/09/13(土) 07:23:52 0
深まる疑惑


以上に事実を照らし合わせてみると、こう仮定すればすべてが納得いく。つまり、プレボは
ペテンに加担するように2人お仲間を説得したが、コリーヌとファブリス・ジョリーには協力を断られた。
おそらく彼らのうち誰も自分たちの作り話がこれほどまでに世間の注目を集めるとは予想
していなかった。それで、あらかじめ用意していた物語以上の話を即興で作らなくてはな
らなくなったのだろう。

そこで一つの問題が持ち上がる。あのギーユも一味の仲間だったのだろうか。彼は最初から
事件に疑問を持ちながら、プロの作家として、事件が金儲けに利用できることを見抜いたの
だろうか。それとも、彼が主張するとおり彼らの話を頭から信じ込み、後になってペテンと
分かったものの、すでに共犯者となっていたため、彼らの片棒を担ぐ決心をしたのか。あ
るいは、本当に事件が事実だと信じていたのだろうか。この最後の仮説は、ギーユが長い間
UFO研究に携わってきたことを考慮すると、彼がよほどのお人よしでない限り、ちょっと
考えられない。とはいえ、彼が自分の名声を危険にさらしてまで、うそだと分かっている
事件に手を貸したというのも信じがたい。ギーユはペテンを見破ったが、彼なりの理由があっ
てそれを口外しないことにしたのだろう、とそう推測するしかなさそうだ。

もしセルジー・ボントワーズのUFO接触事件がまったくのうそだとしたら、無批判のギーユと世界
最新科学協会IMSAに、3人組が問題を任せきった理由も分かる。。IMSAは会員もごくわ
ずかで実績もほとんどないが、ギーユは自分のネームバリューと好意的支持を彼らに与え、
自分の名前を冠した著書によって大鐘を設けるチャンスまで提供したのだ。
440:2008/09/13(土) 07:24:38 0


明確な証拠が何一つないため、こうした仮説はすべて単なる推測でしかない。コントロールは調
査の過程で、研究はできなかったものの、ある興味深い手がかりを見つけている。フォン
テーヌの失踪中に、セルジー・ボントワーズのある学校が、地元紙と協力して、この事件の調査を
行ったらしい。生徒たちは、学校の作業員にフォンテーヌの祖母がいることを知り、調査の一環
として、教師と新聞社の立会いの下で、この祖母にインタヴューを行った。このインタヴューの中で、
彼女は甥がどこにいるかちゃんと知っている、と腹立たしげに語った。彼女が言うには、
彼女は友人のところにいたそうだ。

彼女が語ったことは真実だったのだろうか。それとも単に自分が事実だと思っていること
を語っただけなのだろうか。彼女の言う友人とはいったいだれのことなのか。その友人は
どこに住んでいるのか。こうした疑問が解明されれば、セルジー・ボントワーズ事件の謎も決着が
つくだろう。

441白からす黒ひつじ:2008/09/13(土) 07:37:54 0
>>438

根本的な集合的腐敗の事態が起こったと考えるべきでしょう、、。

コントロールの働きは、許せませんね、、、支離滅裂です、、、

コントロールの働きの出所が、魔法の弾丸と同じ歪曲を目的としたものでない事をせつに祈るが、、、。


この種類の混乱の危険性に関しては、ヒトラーやラッセルや西太后などの様々な種類の闇系の

台頭とその進行を可能にする、最も初めの部分に、慎重に病気と犯罪の温床を植え付ける事を目的とした、

闇系の大物の存在を指摘する事が出来るからである。
442、ミジンコ:2008/09/13(土) 07:44:38 0
>>440は、

>>418という事です、、、。
443、ミジンコ:2008/09/13(土) 17:06:55 0
宇宙船の中の記憶、

フランク・フォンティーヌは、地球外に連れ去られた一週間に自分のみに起きた出来事を、
少しずつ、ゆっくり思い出すようになった。が、記憶の回復を促す催眠術にかけられる事は
拒否した。しかし、奇妙な夢や時にはひどい悪夢が自分の体験を思い出す助けになっている、と語った。

ある夢の中で、彼は四方の壁が機械装置でびっしりと埋まった大きな白い部屋にいた。機械類は全て同じ高さで並び、
その前面は不透明なガラスで覆われていた。そのガラスはほぼ同時に明かりがついたり消えたりしていた。彼は長いすのような物に横たわり、
2つの小さな光の球体(異星人)が、地球の抱えている問題や解決方法を彼に語って聞かせた。

この誘拐者は、常に友好的態度で彼に接し、この体験を人に話すかどうかは彼の自由だと告げた。彼は出来る限り沈黙を守る事に
決めたのである。

                                          >>

催眠術の助けを借りないのは正しい。ゆっくり時間をかけて然るべき時に話すと言う
自然主義に徹する事が自由と独立の基本である。

奇妙な夢や時にはひどい悪夢が自分の体験を思い出す助けになっている。 >>

恐らく、、、、http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/denpa/1174920756/251 のような
日常からかけ離れた領域の体験に関しては、世の中の常識からかけ離れた意味でのギャップによる
接点のズレによって、初めは馴染むのに時間を必要とする意味で、苦悩の表れと受け取れる。


また、3人がもし本当のアブダクションを経験したものであったとしても、政府の対応にケチを
つけようものなら、人体実験台として人生を終えた恐れれはある。何れにせよ闇の思うままの
境遇であるに違いないと言う見解が妥当である。
444、ミジンコ:2008/09/13(土) 17:50:13 0
正直、目に見えないものの色んな種類の空気が漂っていた、、、特に、ぞっとするのを感じた、、、
よく生きていたなと痛感する大方の空気が漂っていた、、、ぶっちゃけ暗殺の臭いが漂っていた。

繰り返し言うが刑事か医療に触れたが放置されている。気味が悪いのは、はじめから一貫した
腑抜けに思われる政府の姿勢。 ↓フランス国民と政府が見落とした件。

最初は本物か嘘かの話。大陰謀の政府による放置の可能性。人体実験の傍らの意味でいずれにしてもおかしい。
初め最も焦点になったのは、プレボの通報が本当かどうかと言う事、、。
人体実験の実体が公だったら話の成り行きが変わった種類の話であると思われる。

少なくともヤミによる平行世界からのヤミの操作の可能性はある。コントロールに関しては、4・1プロジェクトを
直ぐに連想しました。


現実のありのままを直視して初めに言うべき事があった、、、
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/army/1206375108/163-171
人体実験によってあるものを覆す事が出来る。
人体実験によって無いをでっち上げることが出来る。
いずれにせよ、人体実験の過去がある。
UFOがあろうがなかろうが、人体実験の過去がある。
そのことによって、
異星人がいようが居まいが、それがヤミ系であろうが光系であろうが、
いずれにせよ、正体を公に出来るわけが無い。
以上が、地球人と宇宙人との間における屈折である。
445、ミジンコ:2008/09/13(土) 18:18:12 0
>>444  ぶっちゃけ暗殺の臭いが漂っていた。 >>政府から一般人へ向けられたものと
考える事も出来るが、一般民衆から政府へ向けられたものと考える事も出来ます。
作り出した空気そのものを標的にぶつけると言う可能性は現在福祉の領域で特に問題となっています。
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/welfare/1158107831/239
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1187369832/298


>>356-393  >>393

言い忘れた事がありましたが、本当の事を言うと事実であるかどうかは私には
定かではありません。
解るのはあくまで本人だけというのが真実。
しかし、本人の体験も事実のものから、思い違いの錯覚のものや、未解明なもの、
想定された見解に一致するものなど様々である。

そして、それに対し、如何なる働きや意味付けや、対処も可能である。

人体実験の信じがたい実体は、確実に明らかとなったが、、、、

http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1162885732/568
何れにせよ人それぞれは、誰にせよそれぞれ常識からは信じがたい経験を持つ事はある。
その中には、数多くからの報告からの信憑性によって認められる事になる種類の出来事もあると言える。
446:2008/09/13(土) 18:20:25 0











447、双生児の不思議な世界:2008/09/13(土) 18:23:03 0





一緒に育てられた一卵性双生児は、容姿がにているだけでなく、とる行動も同じだと見ら
れている。しかし、ポール・シープキンが紹介するように、誕生後すぐに別々に育てられた双生
児も、驚くほど似通った人生を送っているのだ。



世界の約1億人の双生児中、3分の一は一卵性である。一卵性双生児とは、一つの受精卵
から生まれた子供が子宮で2つに分離することを意味する。このような双生児は同一の遺
伝子の組み合わせを持ち、その指紋にいたるまであらゆる点で類似しており、両者の違い
は非遺伝的なものだけに違いないと見られている。

一緒に育てられた双生児は、当然、互いに影響し合い、そのため、どの程度、彼らの遺伝
の青写真が彼らの運命をつかさどることになったかを特定するのは難しい。しかし、ここ
に何らかの理由で別々に育てられ、お互いの存在もまったく知らなかった80組の双生児
の記録もある。この研究は、自然と養育、遺伝と環境の関連性についてすばらしい手がか
りを与えてくれる。これを研究することによって、われわれは人間の性格はどの程度生物
学的に決定され、また、どの程度養育や教育によるのかについて、ある理解を得ることが
できるだろうし、また、われわれ現在の理解を超えるものがどれくらいあるかを見つける
こともできる。
448:2008/09/13(土) 18:29:36 0
たとえば、一卵性双生児ジャックリーンとシーラ・ルイスのケースがある。彼女らは、生まれるとすぎに別々
の家族の幼女となり、おたがいが存在していることも知らずに育った。26年後の197
6年6月、2人は同じ日に、イギリスのプリストルにあるサウスミード病院に、遺伝性の珍しい皮膚
病の治療のため入院することになった。彼女らは、まったくの偶然から、同じ治療室に入
れられた。2人はすぐにお互いを1卵生双生児だと分かった。左ひざのほくろ、首の母斑、
奇妙に曲がる小指といった些細な点まで、2人はそっくりだった。2人とも数年にわたっ
て左ひざに痛みがあり、腎臓を患っていた。シーラの夫は、ジャックリーンが離婚した日に亡くなっ
ていた。

1979年は何組もの一卵性双生児がそれぞれ再開した大いなる成果の年だった。それは
まず、ジムの兄弟で始まった。1939年8月、アメリカのオハイオ州ピクアで5週間たったばかりの
一卵性双生児が別々の家庭に引き取られた。片方の養父母はオハイオ州のリマに住むルイス夫妻であ
り、他方はそこから130km離れたオハイオ州のデートンに住むスプリンガー夫妻だった。両夫妻とも
双生児の他方は死んだと聞かされていたが、ルイス夫人は6年後、偶然に真実を知ってしまっ
た。養子縁組の手続きを完全にするため検認裁判所へ出かけた夫人は、自分たちは養子を
「ジェームズ・エドワード」と呼んでいると話した。すると、係官「それはできない。あのひと
たちが別の子をジェームズと呼んでるから」と言ったのだ。そこで、秘密が暴露してしまった。
しかし、ジェームズの名はそのまま認められた。
449:2008/09/13(土) 18:31:11 0

ジェームズ・スプリンガーのほうは、彼の片割れは死んだと信じ込んできた。ジェームズ・ルイスのほう
は相棒がどこにいるのかまったく分からず、長い間ちゅうちょした後、裁判所へ出かけ、
お役所的な手続きに苦労させられた。彼らがやっと会えたのは1979年2月のことで、2人
は39歳になっていた。2人の共時性たるや驚くほどだった。2人は同じラリーという名の養子
の兄弟と一緒に成長してきた。学校では数学が好きで書き取りが嫌いだった。子供のとき、
ふたりともトロイという名の犬を飼っていた。また、2人ともリンダという女性と結婚し、離婚
するとベッツィという女性と再婚した。2人の最初の子供は一字違いのジェームズ・アランとジェームズ
アレンだった。両家とも、休暇は長い間フロリダ州セント・ピータースバーグの同じ小さな海岸で過ごし
てきており、そこをシボレーで走り回っていた。2人とも、ガソリンスタンドのサービスマン、同じハンバー
ガー・チェーン店、非常勤の複保安官の経験を持っていた。両方とも爪を噛まずにはいられず、
喫煙と飲酒の癖があり、睡眠に同じ問題を抱え込んでいた。同じスラングを使った。2人の
身長はともに1・8m、体重は80kgだった。彼らが出会った後、両方の家族は2人の話し方、
癖、態度の類似点をノートすることにした。

18歳のとき、2人は緊張性頭痛症になり、それはいつも午後に始まって偏頭痛に変わるの
だった(彼らはのちに傷みを述べるのに同じ言葉を使った)。2人とも同じ年にそれを間逃
れたが、完治するまでにもう一回患うことになった。このように、複雑な偏頭痛のパターンh
が遺伝的にプログラムされているとは考えられない。そのうえ、2人は慢性の心臓病の発作に
かかっているかその疑いがあった。痔を患い同じころに2人とも4〜5kg太り、またやせ
ていた。
450:2008/09/13(土) 18:32:10 0
実際、疾患の共時性は、分離して育てられたか否かにかかわらず、多くの双生児に共通の
ように見える。ピーター・イロットとバリー・イロットという双生児は一緒に扁桃腺を取り、その後風邪
をひいた。「いつもと同じパターン」と彼らの母親は言う。「バリーが最初に兆候を示し、数時間
内にピーターが同じ悩みを抱える」ハロルドとジェラルドのワイツ兄弟も扁桃腺を一緒に除去した。中
年になってハロルドは心臓病の発作に悩まされたが、一年後ジェラルドもそれに悩んだ。彼らの
医者は、2人の状態は非常に似ているので、同じ人間を手術するのに変わらないに違いない
と言った。

分離して育てられた双生児についてはいくつかの研究があるが、最大のものはIQテスト界古
参シリル・バート卿のもので、彼は1966年に45年間にわたる研究成果を発表した。彼は分離し
て育てられた53組の一卵性双生児を調べたと主張したが、報告はあいまいな表現が多く、
必要なテストが行われた証拠は見当たらず、IQの相関関係は疑問に思えるほど一律だった。彼
の調査結果は作り物らしかった。

バートの双生児のデータは1913年と1939年の間に集められている。そして、大量の調査資料
がドイツがロンドンを爆撃した際、大学の地下記録保管所で焼けてしまった。彼は1955年と1964
年の間にさらに32のケースを研究したと主張するが、とても真実とは考えられない。彼の1966
年の研究とされているものの多くは戦前になされたものを戦後のそれとしているように見
える。彼のアシスタントだったというハワードやカーンウェーという女性はまったく存在しなかった。
要するに、イギリス教育心理学の父は不謹慎であり、彼の双生児の研究は大変疑わしいものだ
った。
451:2008/09/13(土) 18:34:31 0

ほかの主な分離育成双生児の研究も重大な欠陥を持っていて、研究に加わったのもが遺伝
についての先入観を持っているという批判にさらされた。彼らは、IQ研究において、遺伝
的な影響を環境的なものより上におく偏見を持っていた。1937年のシカゴにおけるニューマン、フ
リーマン、ホルジンガーの19例の研究は最初から双方が大変似ているということで、明らかに全部
選択されたものだった。1962年、ロンドンのジェームズ・シールド博士による分離していたとされる
双生児研究の37例中、多くが明らかに同一家族のほかの成員によって後に面倒を見られて
おり、それが同じ室内であることも珍しくなかった。1965年、デンマークのN・ジュエル・ニールセン
の例は全部で12しかなく、科学的に価値のある結論を引き出すには少なすぎた。

双生児ジム兄弟のニュースは、アメリカのミネソタ大学の心理学者トーマス・プチャードを刺激し、従来試みら
れていたものよりはるかに精密な分離育成双生児の研究を促進させることになった。研究
プランの公表により、生後数ヶ月で分離され、成人するまで一緒になることが無かった30例
以上の一卵性双生児が日の目を見ることになった。双生児はミネソタで集中的に研究された
(1987年の半ばでは研究はまだ続行中である)。

この規模の研究は2度とあるまいと思われるほどの絶好の機会だった。それは出生時に分
離された双生児の類似性は、自分はもらいっ子だということに伴う恥辱が薄れるとともに
減少するからである。また養子に出される赤ん坊は減っているからである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8C%E7%94%9F%E5%85%90一卵性双生児
452白からす黒ひつじ:2008/09/13(土) 18:58:08 0





、、、、世界の純粋なありのままの怖さを思い知ったかと言いたい、、。







453、ミジンコ:2008/09/14(日) 07:23:03 0
>>447-451
、、、、、、、刑事上、医療上、恐ろしいほどの一致が認められている、、、、。




>>434-437 当時冷戦の真っ只中の話ですからね、、、無理も無いかも知れませんが、、、




.    /  ̄ ヽ     
    .(,ノノノ ソ) )  
    / l(┃┃j ヽ     
    ̄`ァ┬ ' ̄    
    / ヽ/ \  >>447-451   
    |ヽ / / | 双子の話の扱いは、高度で難しすぎるので、いったん、保留する事にします。
   | ヽ二/ |   
    レ___》《_|
    / )    )
454:2008/09/14(日) 07:41:57 0




















ヨーロッパで銃撃戦や爆撃攻撃などによる殺戮が終わった第二次世界大戦最後の日、英国軍の
コールドストリーム守備隊にいた私の祖父は、ベルリンの近くで起きた小さな列車事故で亡くなった。
5年間にわたる残酷無比の戦いを生き延びたところで、人間の悪意によってではなく機械の
故障によって生涯を閉じたのである。

当時、祖父の母親つまり私の祖母は、高齢だったが、ヨークシャーに住んでいた。彼女は老齢の
ため暖炉のいすのそばを離れることはめったになかったが、事故の起きた朝、私の母が部
屋に入っていくと、散歩用のステッキの頭を握り締めて立ち上がった。「テディーが死んだ。
今、伴僧服を着ているのを見たよ」と、言った。

祖母の見た幻影は、母に考えられる限りでは、白い上着に赤いカソックの聖歌隊の服装を
してミサに出席した10歳ごろの祖父の姿だった。だが、祖父はなくなったとき、カーキ色の外
出用の軍服に士官用のつり革をつけて正装していた。2日後、英国陸軍省から電報が届き、
祖母が祖父の幽霊を見たちょうどそのときに、列車事故がおきていることがわかった。

このような話は、心霊研究家の雑誌ではありふれた記事で、危機を告げる幽姿出現という
分類名さえついている。しかし、それは黄泉の国から帰ってきた霊という意味の幽姿だろ
うか。死の瞬間に強い感情がこもっていた人の霊は、その霊に近しいきている人の意識に
もぼるというが、一般に言われている危機を告げる幽姿出現だが、本章で述べられている
ように、この理論には欠点がある。多くの場合見られた幻影は生きている人が強い幸福感
や安堵感や恐怖感を味わっている普段の姿である。証言されている戦時の危機を告げる幽
姿出現の多くは、結果的には生き残った人でも、その人が重傷などの重大な危機に陥った
瞬間に起こったことが後にわかっている。
456:2008/09/14(日) 07:47:57 0

実際、本当の人の幻影は、大部分が死んだ人には関係なく、生きている人に関係があるよ
うに思える。本書にも登場する有名な18世紀のコック・レーンの幽霊は帰ってきた霊の範疇に入
ると思われるかもしれないが、ほとんどのポルターガイスト現象は、思春期以前の人や不安のあ
る人に集中して起きるようだ。そのほかの幽霊は、地球外の生命の存在を信じたい人々が
頭の中ででっち上げた希望の所産である。

私は、イングランド・サフォーク州の有名なボーリー司祭館の幽霊はその例の一つだと確信している。
その司祭館の19世紀の当主は、自分の娘や教区民に、司祭館の建物や庭に幽霊が出現する
ことを好んでしゃべった。そして、彼の娘たちがその話を水増しした。その後さらに、別
の司祭の頭のおかしい妻が館で幽霊事件を演じた。その結果、大衆紙が興味を持ち、幽霊
研究家として有名だった故ハリー・プライスに調査を依頼した。ところが、しっかりした事実と
いう点になると、プライスは高潔な人ではなかったことが、今日では疑問の余地がないほどは
っきりしている。彼のボーリーに関する著書と記事は、うす汚い司祭館をイングランドで幽霊が最
もよく出没する屋敷として宣伝したが、1950年代に英国心霊研究協会の3人の優秀な研究
員がプライスの報告を綿密に調査したところ、プライスのでっち上げ以外の何者でもないことが
判明した。

それでも、ボーリー司祭館のあった屋敷はいまだに巡礼の対象地になっていて、世界各国から
アマチュア幽霊研究家がやってくる。
457:2008/09/14(日) 07:49:45 0


司祭館そのものはプライスが1948年に死ぬ数年前に消失してしまったが、庭だったところを
尼僧の幽霊が歩いていたとか、馬車の幽霊がものすごい勢いでロング・ミルフォードの町のほうへ
丘を駆け下りていった、といった報告がいまだに跡を絶たない。1970年代にはボーリーの古い
教会のほうに注目が集まるようになり、BBC(英国放送協会)などの信頼できる調査員
たちがその教会で、ブツブツ言う音や苦しそうな溜息、側廊に金属を投げ込むような音、重々
しい足音などの不思議な物音を収録した。自然現象や機会などの音がテープに入り込まない
ように注意して録音されたようである。その結果は印象的なものだった。しかし、超常理
論という主観的で経験的な世界では、その物音が何が出す音なのか、誰にも確かなことは
いえないが、実験によって、精神は物質を超越した力を持っていることが示されたように
思われる。つまり、多分、ボーリーは幽霊の出没する場所だと長年の間思い込まれているうち
に、遂にその場所に思いが作用して、ハリー・プライスのインチキな現象とは裏腹に、本当の幽霊が
出たのだろう。

もちろん、超常現象を宇宙の法則に適合させる場合、証言者や研究者の人格が高潔である
ことが重要である。背筋がぞくぞくするような幽霊話には、酔っ払った農夫が村の酒場か
ら家に帰る途中で羊を見て幽霊と思い込み、それを地方の民話とつなぎ合わせて作ったも
のが多い。

数年前、「人間、神話、魔術」という雑誌に超常現象について記事を書いていたとき、信じ
がたい話があまりにたくさん掲載されているので、自作のものを載せてみることにした。
その概略は本書の170ページに出ているとおりだが、私はラトクリフ埠頭の司祭の幽霊をでっち
上げて記事にしたのである。
458:2008/09/14(日) 07:51:21 0
しかし、、この幽霊について問い合わせがあった場合は、どの人にもでっち上げの記事だっ
たと告白することに決めていた。問い合わせがあったのはただ一人、常にジャーナリストの鏡の
ようなテムズ・テレビのビル・グランディ記者からだけだった。結局、私は「サンデー・タイムズ」と
後にはBBCの「リーブ・イン・ザ・ダーク」シリーズの中でインチキ記事だったことを打ち明けた。
すると、ハリー・プライズ一派の有名な幽霊研究家たちからこうごうたる非難の声が上がった。
そのうち一人は、その司祭の幽霊は私に様々な圧力をかけて本物の幽霊になったのだから、
その司祭の幽霊は実在する、と主張した。また、風変わりな幽霊クラブの事務局長として
プライスの跡を継いでいる男は、自伝に私のことを不謹慎な人と書いている。どちらも、仕組
まれたインチキを調査もしないで鵜呑みにしたために、馬脚を現したのだ。

まことに奇妙なことだが、あの話は私が仕組んだインチキであったことを新聞やテレビが報道し
たにもかかわらず、司祭の幽霊はいまだに存在し続けている。私は、土地の酒場の主人か
ら、あなたの仕組んだインチキという話こそでっちあげで、司祭の幽霊はずっとまえからこの
地方ではよく知られているんですよ、と聞かされた。

超常現象に関する話は、故意にしろ偶然にしろ、インチキ話になりやすいが、簡単には無視で
きないような記録に残っている例も多い。本書の152pに載っているスコットランドのアバディー
ンシャーにあるフレンドロート・ハウスの場合がよい例だ。この事件は、歴史文書に1630年に起きたと
記録されており、長年」、目撃例とされているものだ。当主の妻であるイボンヌ・モリソン夫人は常
識もある信頼のおける人で、自分の家で幽霊の足音を聞いたとわめいても何の利益にもな
らない立場にあった。また、夫人を訪れていたお客も同じ立場だった。お客は夜、ドシンドシ
ンというものがぶつかる音を聞いて、怖くなってフレンドロート家を逃げ出したのだった。これも
スコットランドの話だが、英国皇太后が幼少時を過ごされたグラミス城にはこの世のものではないも
のが住みついているといううわさが何世紀も前からあって、代々のストラモア侯爵はこの話に困
惑し、ひどく恐れてさえいると言われている。
459:2008/09/14(日) 07:53:16 0
ほとんどの超常現象研究家は、フレンドロートやグラミスのような場所での幽霊出現を異常事件の心
霊的記録(暴力の気配や激しい感情などがその場所に満ち満ちていて一種の異常浸透によ
って異常事件がおきる)と分類している。アイルランドのキラキー邸では、このような異常事件が、
18世紀はじめごろのヘル・ファイヤー・クラブ(地獄の火結社)の乱痴気騒ぎから、、20世紀のIR
Aの銃撃戦による殺し合いまでが起きている。たいていの人は、穏やかな空気がにじみ出
てくるような好ましい建物に出会ったことがあるだろう。たぶん、それと同じように、激
しい怒りや憎悪が残留しているような場所があるのだろう。

ジョウン・フォアマンの述べている古戦場の超常現象はこれに該当すると思われる。特に、清教徒
革命の時、同じ目撃者の前で、同じ人物同士による白兵戦が少なくとも2回展開されたと
いうエッジヒルの例は印象的だ。エッジヒルの例は、帰ってきた霊というよりは、超自然的な3次
元のテレビ画面に映し出されたアクションのリプレーのように思われる。

いったん伝説の一部のようになってしまった幽霊話は、否定することが極めて難しい。こ
れに該当する有名な話は本書にも登場する。イングランドのヨークシャー州にあるバートン・アグネス・ホール
のオードナンスの場合がそれで、このホールに昔すんでいた人の首が保管されていて見ることがで
きるが、これは本人の最後の希望によるものだという。これよりさらに古いのが、霊魂小
説の大家モンターギュ・ローズ・ジェームズの小説のモデルとなったイングランドのドーセット州にあるベティスクー
ムの絶叫する頭蓋骨である。この頭蓋骨は黒人奴隷のものだとか、昔家に閉じ込められてい
た女性のものだとか言う話があったが、最近の調査によると、有史以前の女性の頭蓋骨の
ようだ。たぶん、元の建物を保持するために人身御供として建物の基礎に人が埋められ、
その記憶が漠然ながら長く語り継がれてきたものだろう。しかしながら、船、馬車、最近
では飛行機やロンドンの赤いバスなどの魂のない幽霊というのは、どのように考えたらよいの
だろう。1人の著者の言葉を言い換えれば、われわれは人間や動物に霊があることを信じる
気になれるが、靴やシャツや帽子の幽霊というのはどうだろう?また、裸で現れる幽霊と
いうのも聞かないようだ。死後の世界では、謙虚さとか上品さとかが何かの役に立つのだ
ろうか。
460:2008/09/14(日) 07:57:43 0

私は長年、幽霊について文章を書いたり放送したりしてきたが、私がこれまで意識的に経
験した幽霊のうちで最も近しい人のものは祖父の幽霊である。だからあえて言うが、現実
の幽霊は、小説の幽霊とは対照的に、常に存在感のある実物そっくりの像である。それだ
けに、幽霊が急に壁を通り越したり、姿を消したりすると、心配でたまらなくなったり、
時にはがっかりする。このような心霊現象を体験した人は何百万といる。これらの人がす
べて詐欺師やうそつきや狂人であるはずがないことだけは確かだ。何かが起きたのだ。で
は、それはなんだろうか。

実は、幽霊は実験室で試されることをがんとして避けているので、少なくとも古典的な科
学の合理性を超えた存在であるということである。1つの法則で説明することもできない。
せいぜい、おおざっぱにぶんるいできるだけのことである。要するに、幽霊は、会えばぞ
っとするが、わくわくするような謎に満ちたものである。


  幽霊万歳! 



                           フランク・スミス
461、ミジンコ:2008/09/17(水) 21:17:01 0




先ずは、>>250  
462、ミジンコ:2008/09/18(木) 17:40:21 0
>>455
証言されている戦時の危機を告げる幽
姿出現の多くは、結果的には生き残った人でも、その人が重傷などの重大な危機に陥った
瞬間に起こったことが後にわかっている。
>>
一応、人として連帯責任上、本人の情況を直ぐに伝える必要をその伝達方法の意図でくまなく
さらけだすと言う種類の内容なんでしょう。

見た人と見られた人の内容的つながりの一致の現象が本当か嘘かは確かめられないが、
数多くの報告があると言う事なんですね、、、。

>>456 ポルターガイストの定義は、人によってかなりかわってくるようです。何者かの死者によって
起こったものと、目の当たりにした本人自身によって引き起こされている性質のものや、
のろいなどの何者かによる呪術によって引き起こされたものなど、、。

http://etc7.2ch.net/test/read.cgi/esp/1199580812/144 を今度は、UFOの報告ではなくて、
幽霊の報告に当てはめてみる。(基本的にこのモデルは、如何なる種類の報告にも応用できて当てはめられる。)

つまり、本当の心霊体験の報告のもの(様々な種類の心霊現象があるが)と、
<病的な状態によって錯乱から生じて引き起こされた架空の体験のものの類や、>病的要因
<初めから、隠蔽や捏造、によってでっち上げの報告の架空の心霊体験のものや、
トリックによって、思い込まされた人為的に成立した心霊体験のものや、
何者かによって、催眠などの支配力によって架空の体験をさせられた物などによる報告や、>つまり犯罪的要因
<単なる判断ミスによる性質のもの>混乱的要因
などに、大別する事が出来ると言える。
463、ミジンコ:2008/09/18(木) 18:25:19 0
>>457

>>462 を踏まえると、報告に関しては、何者が如何なる意図を持って如何に働き掛けをしたかという問題のようである。

私はラトクリフ埠頭の司祭の幽霊をでっち
上げて記事にしたのである。       >>

自首される事をお勧めする。

そのうち一人は、その司祭の幽霊は私に様々な圧力をかけて本物の幽霊になったのだから、
その司祭の幽霊は実在する、と主張した                        >>

紛らわしく不吉な野郎だなw

また、風変わりな幽霊クラブの事務局長として
プライスの跡を継いでいる男は、自伝に私のことを不謹慎な人と書いている。どちらも、仕組
まれたインチキを調査もしないで鵜呑みにしたために、馬脚を現したのだ           >>

自首しろ

当主の妻であるイボンヌ・モリソン夫人は常
識もある信頼のおける人で、自分の家で幽霊の足音を聞いたとわめいても何の利益にもな
らない立場にあった                                 >>

基本的には、超常現象も犯罪も病気も万人が経験する可能性がある。


464、ミジンコ:2008/09/18(木) 19:01:47 0
>>459
ほとんどの超常現象研究家は、フレンドロートやグラミスのような場所での幽霊出現を異常事件の心
霊的記録(暴力の気配や激しい感情などがその場所に満ち満ちていて一種の異常浸透によ
って異常事件がおきる)と分類している。                         >>

ぶっちゃけ、一まとめに風水の問題であると締めくくる事が出来ます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E6%B0%B4 風水   
これが、そもそも古代文明の名残なんです。ピラミッドとか、ナスカの地上絵や遺跡や寺院なんかも、、、。

ある種の性質が残留するだとかの話は、気功や導引の類。邪気を出すとか、良い気を取り込むとか、、。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%97%E5%8A%9F 気功。

悪い気を出すように、人間は死後悪い魂は天国に行く前に捨て去られて、捨て去られた悪い魂が徘徊すると言う
現象の報告は、シュタイナーによってされています。
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1162885732/465
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1162885732/471-473
人によっては、ドッペルゲンガーと言う人も居るようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC ドッペルゲンガー

465、ミジンコ:2008/09/18(木) 19:12:01 0
われわれは人間や動物に霊があることを信じる
気になれるが、靴やシャツや帽子の幽霊というのはどうだろう?また、裸で現れる幽霊と
いうのも聞かないようだ。死後の世界では、謙虚さとか上品さとかが何かの役に立つのだ
ろうか。                                      >>

私も興味深い  何かあるね、、、。


>>460  
幽霊万歳?  大丈夫か?>>389

現実
の幽霊は、小説の幽霊とは対照的に、常に存在感のある実物そっくりの像である。それだ
けに、幽霊が急に壁を通り越したり、姿を消したりすると、心配でたまらなくなったり、
時にはがっかりする。このような心霊現象を体験した人は何百万といる。これらの人がす
べて詐欺師やうそつきや狂人であるはずがないことだけは確かだ。何かが起きたのだ。で
は、それはなんだろうか。                               >>
 
要するに、、、↓の共通のものを感じさせるというか、、、
466白からす黒ひつじ:2008/09/18(木) 19:24:09 0
>>465 要するに、、、↓の共通のものを感じさせるというか、、、 >>
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1162885732/321
     (______________ J
 そ 君  (__          ┌―‐―┐    ) き
 ん !  (_             |`l TT了|     }  ゃ
 な     (_           j .| .|:| .l |     /  あ
 か 待  (_            | | .|j .j |     イ  |
. っ ち  (,_             |.| .|l .|:|  ,. -‐ /_.  っ
 こ  た  (               |.|. |! |/     / !
 う  ま  (`           `ー /..:::::\≧,,,、:::7___
 で え  (―――――――――(:::::::>'´ == \::⌒l^⌒
_     (⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ノ く彡/// ∪,ノ   ;|
.レ⌒Y^'⌒`\________ く:::::∧ '_,. -、 く/::::::::/
   |:::| \xく    _,,,...,_       \:::::l、ヽ ,ノ  \,,∠,,__
 \|:::| _,....!,,_ \  iれ__,.、ヽ      lF〒`ヾ.\,,..イ    |::::::::,
   `7´ _,,.ィ  ヽ{|iュ ェッリ      | ||  _,..-/7゙h _|:::::://
 \.{n|.ィァ it}    ', _'_ j)    r'"三¨7´\|    |´.|:::://
   |:::トl、 rュj .    ト ニ イl、  / ゚`.|n./  .イl   ,∧ |:://
   |::,|  'ーケトr'TTlイ  /_`ヾtっ r'l゙    /⌒`lくミV /
 ,r1´|`'六´ //` ̄´ `Y´     |└┬シj  ./ 7ヽ〈  /ヾ)<
./ | ∨|::|∨ ! { r  ,、 _,シ /゙丁〈 /      } { { \
つまり、心霊現象と密接な共通点が暗示する問題の核心に結び付く可能性に気付く事を切に祈るが、、、。
(オカルトやタントラの勧めではない)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9%E6%95%99タントラ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%BCアイレスタ・クロウリー
467、ミジンコ:2008/09/18(木) 19:32:01 0








心霊現象に関する報告に関しては、医療上、刑事上、軍事上、重大な意味を持つ事になる

種類の情報が含まれる。

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/mental/1218192472/262

468:2008/09/18(木) 19:32:28 0






















469、念力に注意!:2008/09/18(木) 19:53:56 0

ドイツのバイエルン州に住む弁護士は、使っている電話の具合がおかしくなったとき、自分の静
かな事務所が大幅なポルターガイスト現象に見舞われようとしているとは、夢にも思わなかった。
結果的には、これまで報告されている中でも最も驚くべき念力の作用した事件となった。









ドイツのバイエルン州はローゼンハイム市にあるその弁護士の事務所は、とてもポルターガイスト事件が起こ
りそうな場所とは思えなかっただけに、ドイツの一般大衆のポルターガイストに対する見方を変え
ることになった。

1975年春、フライブルク超心理学研究所のハンス・ベンダー所長の紹介状を携えて、撮影チームを含む取
材班は、この事件を基にBBCのテレビ・ドキュメンタリーを製作するため、ローゼンハイムに取材を行っ
た。町の中央に到着して、ケニヒシュトラッセ13番地にあるビルを探し出した。たくさんの事務所が
入っている高い建物で、ここがわれわれが調査士にやってきた有名なポルターガイスト現象の中
心だった。現象は、アダムという弁護士の事務所を中心にして起きていた。
470めいちゃん:2008/09/18(木) 20:01:40 0
弁護士、事務所、ポルターガイスト、念力、撮影チーム、BBC
471めいちゃん:2008/09/18(木) 20:03:33 0
世界史に記されている超常現象、、、、、
472めいちゃん:2008/09/18(木) 20:41:45 0
弁護士 >>  http://academy6.2ch.net/jurisp/ 法学板
473、ミジンコ:2008/09/18(木) 20:58:57 0

既にお気づきの事と思われますが、大変でしょ、この話、、、。

呪いだとか、呪い代行とかあるけど、、、、。

呪い代行よりは、もっとややこしいと言うか、、、。ポルターガイストですよ、、、。

他人の物をいくら破損した器物破損罪に相当する事をしても、有罪は成立はしないし、、、。

一部の宗教はともかく、法的に軍事的に医療的にどう扱うべきかは未知数、

いわゆるニュートン力学は破綻していて、どちらかと言えば、保険や危機管理の部類に入るんでしょうけど、、、

やはり、それが意味する事事態は、一部の人にとっては、本当に怖いんでしょうねぇ、、、。
474、ミジンコ:2008/09/18(木) 21:09:46 0

予感だけでなく、本当に地獄の話です、、、、。

本当に深刻な話なんです、、、。

犯罪者の更正や統合失調症患者の治療による社会復帰の問題に

相当する、超常現象と言う不運の克服と言う課題の扱いの障害問題であると言えるでしょう。


475:2008/09/18(木) 21:35:04 0





 ミミ彡ミミミ彡彡ミミミミ
,,彡彡彡ミミミ彡彡彡彡彡彡
ミミ彡彡゙゙゙゙゙""""""""ヾ彡彡彡
ミミ彡゙         ミミ彡彡
ミミ彡゙ _    _   ミミミ彡
ミミ彡 '´ ̄ヽ  '´ ̄` ,|ミミ彡
ミミ彡  ゚̄ ̄' 〈 ゚̄ ̄ .|ミミ彡
 彡|     |       |ミ彡
 彡|   ´-し`)  /|ミ|ミ   
  ゞ|     、,!     |ソ  <、、、、、、、、。
   ヽ '´ ̄ ̄ ̄`ノ /    
    ,.|\、    ' /|、
 ̄ ̄| `\.`──'´/ | ̄ ̄`
    \ ~\,,/~  /
     \/▽\/

476、ミジンコ:2008/09/18(木) 21:38:12 0
>>465-466

言い忘れた、要するに  フランク・スミス さんと言う人は、そう言う領域の人だと言いたかった。









477,:2008/09/19(金) 07:22:40 0
>>469
アダム氏はわれわれに次のように語った。あの有名になった事件は1967年の夏に起きたが、
その始まりは静かなもので、事務所のスタッフから電話の調子がおかしいという知らせを
受けただけだった。ローゼンハイムの1233番の事務所に電話をかけると、カチッカチッという雑音が入
ったり、切れたりした。そして、時には、連結していないはずの4台の電話が一斉の鳴っ
たりした。粉様な故障があまり頻繁に起きてほうって置けなくなったので、課長のヨハネス・
エンゲルハルトが、ジーメンス社の修理係を呼んだ。この会社は接続箱と4台の電話を取り付けた会
社だった。

ジーメンスの技術者たちは、数週間、事務所の電話線をチェックしたり、電話機を調べたりした。
どこにも悪いところはなかったが、彼らは受話器と接続箱を取り換えてくれた。だが、状
況はよくならなかった。。そこで、郵便局の係りを呼んだ。

10月はじめ、郵便局がジーメンス製の機器を郵便局のものと取り換えてくれた。郵便局は、通
話中であることを事務所の中でも目で確かめられるように計器を取り付けてくれた。電話
交換機についている通話を公に記録するメーターと同じものである。それと同時に、アダム氏は、
課長のヨハネス・エンゲルハルトと2人の事務員と1人のパートタイマーに、自分たちのかけた電話をメモ
しておいてくれと頼んだ。

1967年10月5日、アダムとエンゲルハルトは、事務所で誰も電話を使ってないのに、メーターが通話
中であることを示しているのに気づいて驚いた。10月19日にも同じことが起きた。アダム
とシュミット博士がいっしょにいるときだった。博士は、このときのことをアダムが郵便局に訴え
れるように、宣誓供述書に書いてくれた。
478,:2008/09/19(金) 07:25:31 0
もうすでに、裁判沙汰の話になっているでしょ、、、

479,:2008/09/19(金) 07:27:48 0
アダムはメーターとスタッフのメモとを比べてみて、このような出来事は決してこの2回だけではない
ことに気がついた。電話をかけてないのに、通話と記録されているものが何十とあった。
郵便局は、すべて普通に行われてきた通話である、と主張した。さらに不思議なことに、
すべて時刻案内にかけられたものだった。郵便局とアダムの間でけんかが始まった。スタッフは
全員時計を持っているし、少なくとも二つの教会の鐘の音も聞こえる、だから、電話をか
けた時刻はしっかり記録している、とアダムは言った。さらに、1人だけで事務所にいたこと
はないから、誰にも気づかれないで何十回も電話をかけているなんておかしい、ともいっ
った。1967年10月20日の午前7時42分から7時57分の間に46階も時刻案内に電話を
かけたことがメーターに記録されていた。郵便局は1分に3回もの割合でかけているといって
莫大な電話料金を請求してきた。これに対してアダムは、時刻を聞く時間を計算に入れなく
ても、ダイヤルを回して時刻案内につながるまでの時間だけで最低尾17秒かかるのにおかし
いではないか、とさらにしてきした。結局、郵便局は、また、電話機を取り替えた。今度
は、ダイヤルをロックして、アダム氏だけが鍵を持った。

この方法でも、結果は変わらなかった。11月8日、アダムはまったくかけてもいない電話に
対して莫大な額の請求書を送りつけられ、かんかんに怒った。彼は、見知らぬ人を相手取
って、詐欺罪あるいは横領罪だと非難する文書を出した。「ここ数ヶ月にわたって私の電話
は妨害されていて、業務用の普通の通話もできない」
480,:2008/09/19(金) 07:39:16 0
超常現象によって、起きたくいちがいによって、いかなる社会的混乱がおきうるかと言う
問題提起にもなっている。

481,:2008/09/19(金) 07:40:20 0
時刻マニア




1975年の春、アダムは郵便局から送られてきた通話明細書をわれわれに見せてくれた。それ
には、時刻案内の番号0119が何度も何度も出ていた。「5週間に500〜600回、時刻案
内に電話している。1日に80回という日もある。郵便局に非常に腹を立てていた。電話加
入者を保護する会を設立したいとさえ思った」と、彼は語った。だが、このすぐ後で、アダ
ムは別の妨害とたたかわなければならなくなった。

1967年10月20日、事務所のライトがバンという音とともに消えた。土地にある会社シュテルンか
ら電気技師のバウアーが修繕に来てくれた。彼はライトを調べて蛍光燈のチューブがソケットに対して90
度回転しているのを見つけた。チューブを元通りにして彼ははしごを降りようとしたそのとき、
また、バンという音がした。チューブがまた回転してソケットからはずれてしまった。彼は、事務
所のスタッフから、どういうわけかオートマチック・ヒューズが飛んでしまう、1度に4箇所のヒューズが飛
んでしまうことである、と聞かされて当惑してしまった。そこで、バウアーは事務所の配線や
電気設備などを全部点検したが、すべて良好だった。彼はアダムにこう打ち明けた。「謎にぶ
つかってしまいましたよ。言ってみれば魔女ですね」

事務所の中に欠陥は見つからなかったので、電気の供給側に問題があるに違いないと、彼
は結論を下した。そして、ドイツ電力局に調査を引き継いでくれるよう要請した。それに応
じて、1967年11月15日に、課長補佐のパウル・ブルナーがアダムの事務所にやって来た。
482,:2008/09/19(金) 07:47:08 0
つまり、>>467 の種類の課題の問題ですが、、、、

ブルナーは小柄だが精力的な人で、その見識と能力のいい仕事ぶちにはわれわれも感心してし
まった。彼はローゼンハイムの出身で、電力勤務は父親の代からだった。彼はオカルトにはまったく
興味がないとわれわれに告げて、アダムの事務所の問題には科学的な好奇心から取り組んだ
が、皮肉にも、彼の作成した公の報告書は超常現象研究の最も重要な資料の一つとなった。

ローゼンハイムの現象がだんだんエスカレートしていく様子は、時間をたどっていくとはっきりする。
1967年11月15日、水曜日、ケニヒシュトラッセ13番地のビル、特に、アダムの事務所のある会の配
線と電気器具類を広く点検。すべて良好で、異常現象がおこりえる原因としてショートは考えられない。

11月16日、木曜日、電流・電圧計を事務所に設置。後ほど、オシロスコープ付のテクトロニックスを追加
し、磁場とノイズの強さを記録できるようにした。事務所の電気系統からいくつかポイン
トを選び、電流・電圧の変化を自動的に記録した読み出しが出るようになっていた。外か
ら損傷を加えられないよう、計器に覆いをかけた。そして、次の数週間に、計器に異常な
ブレが出たことが紙に記録された。それも業務時間内におきていないことがわかった。オート
マチック・ヒューズをねじ込み式のものに取替え、いたずらをされないように、さらに覆いをかぶ
せた。11月20日、月曜日、蛍光灯のチューブが回転した異常な朝の翌日、なぜか電圧が変化
して、バンという音とともにアダムの個室の蛍光灯のチューブが床に落ちて壊れた。それと同時
に、電流が強くなって、50アンペアを記録したが、安全ヒューズは飛ばなかった。計器の読み
出しを調べたブルナーは、記録された線が直線ではなく、ループ状であるのを見て当惑した。日
がたつに連れて、ほかの蛍光灯のチューブも床に落ちてきだした。
483,:2008/09/19(金) 07:50:26 0
11月21日、火曜日、用心のために、事務所のすべての蛍光灯を普通の電球に取り替えた。
また、バンという音がして、コピー機から薬品が流れ出した。プラグに差し込んだが伝記は来
なかった。ブルナーは、ガスや水道の本官を通ってビルに電気が来ているのかどうか疑問に思っ
て、調査員たちに様々な調査をさせたが、電気には異常はなかった。

11月22日、水曜日、電球が破裂し始めた。異常な力が発生しているところがないか近辺を
調べたが、何も見つからなかった。

11月23日、木曜日、事務所の電気系統を本線から切り離して、ケニヒシュトラッセの変電所K−1
1の変圧器に直接接続した。

11月24日、金曜日、ブルナーは謎の問題はこれで解決したと思った。ところが、自動記録計
は異常な線を記録しており、ところどころ、用紙がペンで破れているほどひどいことを発見
した計器はK−11に直接接続されているので、電力の供給側に問題があるに違いない、
事務所の電気設備はすべて問題なしと発表した彼の調査班に誤りはなかったのだ、とブルナー
は思った。ほっとして、計測器や道具を片付け電気技師を事務所から引き上げさせて、新
たな問題点を探るためにK−11に作業基地を設置した。だが、どこにも問題点は見つか
らなかった。そこで、また事務所に作業基地を作り出した。

ローゼンハイムの全送電系統が点検されたが、正常であると発表された。
484,:2008/09/19(金) 07:52:29 0
>>483  ニュートン力学的原因は見当たらないと言う事。


11月27日、月曜日、一人の少女が破裂した電球の破片で怪我をした。また事故がおきない
ように、残りのすべての電球にナイロンの袋をかぶせた。その日の午後、さらに4個が破裂し
た。5時から6時の間に、軽快すべき新しい事態が発生し、ブルナーは、これは経験したこと
がない問題だと考えざるを得なかった。すなわち、電灯が揺れ始めたのである。

それから数日間、ゆれる伝統を眺めて、なぜ揺れるのか理由を見つけ出そうとした。「電燈
を揺らすことができるのかどうか、上の階で何度も飛び跳ねてみたが、揺れなかった。外
を通る車もじっと観察してみたが、揺れなかった。外を通る車もじっと観察した。静電気
の放電も調べてみたが、放電はなかった」と、ブルナーは述べている。

11月30日、木曜日、事務所の電気系統を本線から切り離して、ビルの外に置いた7kwの
発電機に接続してみた。すると、発電機の計器は常に220ボルトで送電してみることを示
しているのに、事務所の中では、電圧が変化し、電燈が揺れ、電球が破裂し、ヒューズがとん
だ。

12月7日、木曜日、午前中に90回以上も電圧のゆれが記録された。電燈が激しく揺れて
天井にぶつかって壊れ、壁がへこんだ。
485,:2008/09/19(金) 08:15:32 0
>>484  一人の少女が破裂した電球の破片で怪我をした >> つまり、医療上、刑事上、軍事上、の扱いにも通じる。

486,:2008/09/19(金) 08:17:40 0
絵が回転しだした






ブルナーは、自分の用いた方法とそれによって得られた結果が正しかったことを立証するため
にも、また、自分お名誉のためにも、マックス・プランク・プラズマ物理学研究所のカルガー博士とミュン
ヘン大学のツィッヒャ博士に助言を乞うた。両博士ともドイツで最も著名な物理学者である。ブルナー
はカルガーの助言に従って、計器を事務所の電源からはずし、その端末を普通の1・5ボルトの
電池に接続した。すると驚いたことに、電池がなくなるまで、計器の自動記録ペンは用紙の
上を1・5ボルトではなく、3ボルトから始まってジグザグに激しく揺れながら動いた。つま
り、電流・電圧計は完全に作動していたにもかかわらず、接続された電池の電圧をモニターで
きなかったのである。

12月11日、月曜日、8時45分、ブルナーと助手のマイヤーはタイピストの部屋でしゃべっていた。そ
のとき、突然、壁にフックでつるされた絵が傾いた。ブルナーは驚いたが、手を伸ばして絵を
まっすぐに直した。部屋にあったほかの絵も回転し始め、いくつかは床に落ちた。後ほど
タイピストたちはその朝はひどく緊張したと証言しているが、そのとき、彼女たちは怖くなっ
て机にしがみついていた。ブルナーとマイヤーは有利な場所に陣取って、この新しい現象をじっと
見守っていた。彼らが見ていると、最初の絵は、フックの周りを紐のついたまま320度回転し
た。
487,:2008/09/19(金) 08:21:51 0
このとき、ブルナーは自分いは理解できないことだと悟って、実験を切り上げる準備をした。
そして、公式の報告書を書いた。彼は報告書に、すべてを点検した結果、ローゼンハイムの電力
供給はすばらしい状態にあり、それはアダム氏さえ満足しているが、説明できない電圧のゆ
れがいまだに生じている、と書いた。

これまでの技術では分からない未知の力が存在すると仮定せざるをえない。その性質、大
きさ、方向ははっきりしない。まったくわれわれの理解力を超えたエネルギーである。

この不可思議で、しかもしばしば害を及ぼすことがあるエネルギーを制御する方法が見つかり
そうにないと考えたブルナーはこれまで彼が実験について助言を受けてきた物理学者たちに
調査を引き継いでもらうことにした。

カルガー博士もツィッヒャ博士も、ブルナーと同じように、アダムの事務所で起きる電力障害を科学的に
説明することに強い関心を抱き、それぞれが別個に、最高級の計器類などを使って調査に
乗り出した。両博士は、圧力、磁場、騒音などを調べる機器を設置して、計器の数値がゆ
れる原因を突き止めることに専念した。両博士の提出した疑問と回答を要約すると、次の
ようになる。
488,:2008/09/19(金) 08:26:02 0
1. ゆれはサージ電圧(波どうする電圧)のときに現れるか?否、電圧は常に一定である。
2. 電力障害は事務所の外にある高周波の変圧器によっておきたものではないか?測定されていないし何も見つかっていない。
3. 静電気の放電はないか?なし。
4. 青磁場はないか?発見されていない
5. 測定器のアンプの接触があまくないか?異常なし。
6. 2台目の機械も同じ数値のゆれを示した。
7. 超高周波または超低周波の振動はないか?発見されていない。
8. 人の干渉はないか?トリックやいたずらは不可能。

騒音を測定しているとき、博士たちは音がしていないのにモニターの針が大きく揺れているの
に気づいたので、マイクのクリスタルに圧力が直接かかったに違いないと結論を下した。これと同
じような目に見えない力が自動記録ペンに作用して、電流とは関係なく、不自然なループを描
かせるのではなかろうか。また、同じ力が電話機の中の小さなスプリングに作用して、ダイ
ヤルをす道りしてつながるのではなかろうか。その力は短時間だけ活動し、性質は複雑で電
気力学的なものではない。既知の物理学では説明のできないものである、というのが博士
たちの考えだった。
489,:2008/09/19(金) 08:28:00 0
変わり身の早い知性体





アルガー、ツィッヒャの両博士は、次のように感じた。電話障害は、時刻案内に焦点をあわせると
ころを見ると、知性を持った力が作用して起きていることを示唆している。この力は調査
に抵抗しているのは明らかで、このことからも、細かく調べられることを嫌う知性体の存
在が考えられる。博士たちはこのような報告書を纏め上げて事務所を出て行った。

物理学者たちがアダムの事務所を去ると、ほかの科学分野の研究員たちが博士たちに代わっ
て調査を始めた。12月の中ごろから独自の実験を始めていたフライブルク研究所のハンス・ベンダー
教授たちである。教授の仕事に加わったのは、アダムが見知らぬ人でも訴えてやるといきま
いたためにやってきた数人の警官たちだった。こうした新たな調査員たちは、独自に証拠
を集めだした。両博士は重要な鍵を2つ残してくれていた。一つ目は、この現象の背後に
知性を持ったものが存在しているかもしれないということ、2つ目は、ポルターガイストは事務所
の営業時間内だけ活動的であると認めたことである。今度は、調査の焦点が事務所のスタッフ
たちに集まっていた。
490,怒りの霊:2008/09/19(金) 08:29:27 0

調査員たちはローゼンハイムの弁護士事務所で起きた不可思議な出来事にすっかり当惑してしま
った。そして遂に、事務所のスタッフに疑惑の目をむけ、誰がどんな理由でやったかを捜索し
だした







アダム氏の事務所は、超常現象が続くにつれて、業務を行うことがだんだん難しくなった。
しょっちゅう調査員や取材記者にうろつかれるのは業務にいい影響を及ぼすわけはない。
スタッフは、絶えずじろじろ見られているようで、緊張して神経質になっていた。スタッフたちは、
仕事を中断させられるポルターガイスト現象だけでうんざりしていた。そこへ何かが新たに起き
ると、そのたびに、仲間同士で胡散臭そうに見てしまうのだった。12月12日に典型的な出
来事が起きた。課長のヨハネス・エンゲルハルトが午前の郵便物の袋をナイフで開けていると、隣の部屋
からアダム夫人の呼ぶ声がしたのでドアに近づいた。そのとき、彼の背後で絵が落ちる音がし
た。さっと振り返ってみると、絵が床に落ちていた。それだけではなかった。絵の上には、
彼が先ほど取り出した手紙がナイフを添えて積み上げてあったのだ。そのとき、事務所には2
人の事務員が居たけれども、エンゲルハルトが振り向く瞬間に、彼女たちが絵や手紙にさらわれ
るはずは無かった。それでも彼は、彼女たちが自分にいたずらをしたのだと思わざるをえ
なかった。
491,:2008/09/19(金) 08:31:10 0


やがて、アンネマリ・シュナイダーにみんなの疑惑の目が集中しだした。彼女はスタッフの中で一番緊張
しているように見え、ポルターガイストが起きるたびに妙にびくびくしていた。業務時間中だけ
異常な数値を示していた計測をよく調べてみると、ことがおき始めたのは午前7時30分(ア
ンネマリが就業したと報告した時間)であることが分かった。フライブルク研究所のハンス・ベンダーら
の調査班は慎重に、彼女をしばらくの間調査した。ある日、アンネマリが廊下を歩いているのを
見ていたベンダーの助手の一人が、彼女が電燈の下に来ると、その電燈が微妙に揺れること
に気づいた。異常状態がつづいていたので、事務所には、めいめいが短い休暇をとってよ
いと、すでに決めていた。これは調査班にとって、異常現象が誰かのせいだとすれば、そ
の人間を特定できるチャンスでもあった。アンネマリが最初に休暇をもらった。すると、案の定、
事務所に平穏が戻った。
492,:2008/09/19(金) 08:51:09 0
悲鳴とすすり泣き



>>462 の見地に注意の上、        


12月18日にアンネマリは職場に帰ってきたが、以前よりいっそう緊張しているように見えた。
そして、電灯が揺れだしたとき、彼女は悲鳴を上げた。この減少は彼女の職場復帰ととも
に再開し、激しさも強くなった。壁の絵もおかしくなるほどよく揺れて、額縁が壊れるく
らい床に激しく落ちたが、ガラスはそのままだった。カレンダーはちぎれて飛んで言ったし、電
球は破裂した。机の引き出しが飛び出してしまうので、ビールマイヤーはスツールにタイプライターを載せ
て引き出しを押さえておかなければならなかった。アンネマリの緊張は日ごとに度合いが強くな
り、そばで異常現象が起きたりすると、悲鳴を上げたりすすり泣きをしたりした。幸い、
クリスマス休暇がやってきた。

1968年1月1日、仕事は再開された。すべて平常という状態が一週間以上続いたので、アダ
ムはこれでローゼンハイムの電球と蛍光灯の大口の消費者の座を降りることができると期待して
いた。が、それもアンネマリが職場に帰ってきた1月9日の午前30分までのことだった。

以前と同じように、アンネマリとともに現象も再開し、これまた以前と同じように、激しさもさ
らに強くなった。アンネマリは床に落ちた絵を拾い上げようとして、足に電気ショックを受けた。
また、ビールマイヤーは耳の中でものがはじけるような感じがした。
493,:2008/09/19(金) 08:52:26 0
1月17日、クライマックスに達した。アンネマリとアダム夫人しか事務所に居ないとき、たくさんの電球
が破裂した。アンネマリは怖さのあまり階上の歯科医院へ駆け込み、歯科医のガイシュタレル氏になん
とかなだめられた。その後で、警官が写真を取りに来た。アンネマリが机に戻ってタイプを打ち始
めると、カレンダーが壁から落ち、机の引き出しが飛び出した。突然、引き出しから金属製の
現金を入れる箱が飛び出して、硬貨やスタンプが床中に散らばった。彼女と異常現象の間に何
か関係がると思った警官は、彼女をより細かく観察し始めた。

ベンデル警官は操作担当で、この件の解決のために努力を惜しまなかった。最後には、アンネマリ
が自分の手で物を動かしている現場を押さえられるだろうと、彼は信じていた。その彼の
信念も、その日の午後、重いオークのキャビネットが30cmも移動したのを見て、ぐらついてし
まった。キャビネットは180kg以上の重さがあったので、てこを使ったとしても、あるいは
フーベル嬢に手伝ってもらったとしても、アンネマリにはとても動かすことのできない代物だ、と
わかったからである。キャビネットは、明らかに、リノリウムの床から持ち上げて動かされていた。
押して動かしたものなら、すれた跡が床についていたはずである。これを元の位置に戻す
のに、2人の大男の警官の手が必要だった。このキャビネットの件が無ければ、ベンデルはきっと
事件を解決できると考えていたが、今や、それも怪しくなった。彼は、科学者たちと同じ
ように、この事務所には普通の物理法則は当てはまらないのではないかと、考え始めてい
た。だが、余分の操作として道具探しをしてみたが、何も出てこなかった。
494,:2008/09/19(金) 08:53:43 0
同じ日の4時30分、アダム夫人が警察官にやってきて、キャビネットがまた移動したことをベンデ
ルに報告した。彼とティシュラー警官が彼女とともに引き返してみると、事務所は混乱状態だった。
女性事務員たちは、1日中手や足に電気ショックを受けて、ほとんどヒステリー状態になってい
た。キャビネットが二度動く前に、テーブルと椅子が動いていた。1つのテーブルはガタンと急に動いて、
それに向かって座っていたお客を震え上がらせた。ビールマイヤーがタイプ室を出たとき、彼女の
机と椅子は高くなり、アンネマリとフーベル嬢の椅子の高さは、どんな重さの人が腰掛けても高さ
が変わらないように、歯止めがしてある。しかし、その日の午後、ミュンヘン近郊のプラハにある
物理学研究所のビュッヘル教授が見ている前で、アンネマリの椅子が彼女が腰掛けたままの状態で高
くなったのだ。彼女はショックで真っ青になったそれから、奇妙な赤い斑点が皮膚に現れ
た。その日、彼女は欠勤してよいという許可を与えられた。彼女は事務所を退出するとき、
ハンス・ベンダーから記すように頼まれた日記に、悲しそうに、次のように書いている。「1月
18日、いまから病欠、・・・・すべてが早く進で欲しい。そうすれば、最後には私も休息でき
る」

アダム氏はぐずぐずしていなかった。アンネマリは解雇され、ケニヒシュトラッセの事務所には2度と戻ら
なかった。そして、不思議な現象も繰り返されることは無かった。ポルターガイストが起きてい
る間にこうむった被害は1万5000ドイツマルクに上った。不運なアダムはこの支払いをすべ
てしなければならなかった。

ハンス・ベンダーは実験室でテストを行ってみたいと思い、チャンスをとらえて、アンネマリに彼のフライブ
ルク研究所に来てくれるように頼んだ。彼女は最初家から離れることを渋っていたが、1968
年1月21日から26日までフライブルクに滞在することに同意した。ベンダーたち科学者はアダム
の事務所と配線や電気設備などをそっくり同じようにしてポルターガイスト現象を再現しようと
したが、電圧などのぶれもそのほかの異常現象も、何も起きなかった。アンネマリは、ある特殊
な状況下でのみ異常現象異常現象を引き起こすことができるのかもしれない。
495,:2008/09/19(金) 10:53:23 0
>>485
>>494アンネマリは、ある特殊な状況下でのみ異常現象を引き起こすことができるのかもしれない。>>

芸能人でも起きる奴がいて、稲川淳二や松本人志などが挙げられる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%B7%9D%E6%B7%B3%E4%BA%8C 稲川 
超常現象の起きる生き人形で、その後もその後もと、、、、。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E5%BF%97松本人志
理由も無く、松本の頭上の照明がゆれるなど、、、。

この手の変なジンクスを持つ奴は、実際に、結構、居るんですよ。


私は、市民革命と産業革命のふたつの革命に対し、市民革命は、人の人に対する人間同士の営みであり、
産業革命は、人の世界に対する人間との関係の営みであると申し上げましたが、
つまり、産業革命の営みは、例えば自然科学の営みにおいて、ニュートン力学の発想で、
事実関係の辻褄も行いの解釈や予測も解決できる意味で常識としての位置を占めるのであり、
同じ事は、量子力学にも当てはまり、実用に友好である事によって認められると言える。

そして、その大方が、その常識の中におさまって生活が成立っているといえるわけですが、
常識を超えた領域で生活を営む種類の人間は、領域での営みによって、
通常のニュートンや量子論者の自然科学の扱いを超えた、常識では説明のつかない情況を
生じる事があるものと思われる。

つまり、文明は自然科学者によって、つまり、いわゆる理系の人間の働きによって整っていると言う事を
産業革命は明らかにしている訳ですが、その文明の土台を壊す働きの自然の物理的な現象の事例とその報告が
あると言う事を意味する問題と言う事なのです。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/occult/1178843043/210-214常識を超えた領域で生活を営む
496,:2008/09/19(金) 10:59:50 0
>>485
>>494アンネマリは、ある特殊な状況下でのみ異常現象を引き起こすことができるのかもしれない。>>


しかし、産業革命と市民革命から解る、世界と存在とその本性からわかる純粋な客観的真相

とは別に、アンメマリの周囲の人間が、勝手に多くの特殊工作と共に、科学者や弁護士やBBCの放送局や

その他のものが、協力してでっち上げられると言う種類のドッキリカメラ的なことも出来ないわけではないと思われる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E7%A5%96%E3%81%A9%E3%81%A3%E3%81%8D%E3%82%8A%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9 ドッキリカメラ

そうでなくとも、他にアンンメマリがそのような働きをしたように思わせるように計らった、超能力者の実力者が居ない訳では無いかもしれない。
497,ミジンコ:2008/09/20(土) 08:58:34 0

つまり、陰謀などの可能性の問題がある。この場合、社会が超常現象の扱いとした時の

事件にからむ可能性の問題なんです。

498,ミジンコ:2008/09/20(土) 09:19:26 0
>>494アンネマリは、ある特殊な状況下でのみ異常現象を引き起こすことができるのかもしれない。>>

この場合、つまり、この情報提供に関して、>>396の見地のモデルを適用すると、本当にアンネマリによって起きた超常現象である可能性、

BBCや弁護士、特殊工作員、科学者等が協力して勝手にアンネマリの問題にでっち上げたペテンの陰謀の可能性。(ドッキリカメラの実用)

アンネマリを含め、物理的実力行使あるいは、超能力によって、アンネマリが原因であるように全体を誘導した何者かが潜んでいる犯罪的可能性。
(関係者、以外の外部から働き掛けて誘導する者の存在と言う種類の支配力は、ここでは扱わない事にする。)

アンネマリを含め、関係者内に病的に気付かぬうちに破壊行為を行なう特殊な精神病の持ち主がいるか、
関係者全体が催眠の錯乱状態のうちにそのような物理的事態が進行した病的可能性。

499,ミジンコ:2008/09/20(土) 09:41:29 0
>>485 485 :,:2008/09/19(金) 08:15:32 0
>>484  一人の少女が破裂した電球の破片で怪我をした >> つまり、医療上、刑事上、軍事上、の扱いにも通じる。 >>

また、アンネマリが原因であるかどうかはともかく、超常現象によっておこる、生命上の危機に関わる可能性。

例えば、超常現象によって物理的原因により死に至った場合、医療上では自傷他害の問題、刑事上では障害や殺人容疑、

軍事上では集合的危機管理の面で、無視できなくなる可能性の問題。

精神の病いと奇怪な現象との関係 [メンタルヘルス]
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/utu/1176831538/l50


ところが、そのような影響的事態に対して、上記の>>498の可能性の問題がそこには潜んでいるのである。

しかし、超能力による障害の可能性が明らかになった時、これが一体何を意味するかと言う問題がある。
500,ミジンコ:2008/09/20(土) 09:58:48 0
写真を見た限りでは、アンネマリは、インディオとローマ的雰囲気のテンションの入った赤褐色のイメージの人
子供が、赤ん坊の人相ですが、ブルドックのような表情。

支配力の問題は、軍事上、医療上、刑事上、の問題です。

この支配の問題にあたって、特に、詐欺や隠蔽などのペテンが起こり得る可能性の

問題が深刻であると言えるでしょう。
501,:2008/09/20(土) 10:05:35 0
ベンダーは、念力を再現する試みをあきらめて、アンネマリのESP能力を試してみることにした。
またもや、たいしたことは見つからなかった。ただ、不愉快なことを思い出して興奮する
と、瞬間的に高い値を示すことがあった。このことから、彼女の場合は、ストレスが異常現象
を誘発するように思えた。

確かに、ストレスと欲求不満はアンネマリの人格に大きな役割を果たしているようだった。彼女はフラ
イブルクに滞在中、ベンダーの友人の心理学者ヨハン・ミッショのいろいろな心理テストを受けた。彼
女は精神的に不安定で、腹を立てやすく、欲求不満から激怒することがある、というのが
ミッショの結論だった。彼女は他人に否定されることは耐えられなかったし、自分ではどうす
ることもできないくらい攻撃的な正確だった。彼女の欲求不満はよく分からないが、念力
となって発散されるのではなかろうか、とミッショは考えた。彼女のかかりつけの医師は彼女
の神経症について、充血(1箇所の血液が過剰に集まる)や痙攣も見られる激しいものであ
る、と述べていた。彼女の痙攣の発作はいつも次のような同じパターンを繰り返していた。
叫び声を上げ、痙攣が広がっていくにつれて目がどんよりとくもってくる。手足にひどい
影響が見られ、手や足の指が伸びて硬直する。また、ひざやお尻の筋肉が収縮して激痛を
伴う。

ベンダー教授は異常現象を引き起こす心理的動機を探った。時刻案内の件は、事務所を退出
できる時刻を知りたいという欲求をアンネマリが常に持っていたためではないか、とベンダーは推
測した。さらに、アンネマリはアダムの事務所では特にひどく緊張してしまうので働くのが嫌いだ
ったから、アダムを攻撃する意味で、様々な妨害事件を起こしたのではないか。

ベンダーによると、アンネマリが感情の高ぶりに応じて念力を出したと思えることは、その後の出
来事でも確認できたという。ベンダーには、アンネマリは潜在意識的にフィアンセ、正確に言えば、電
気技師と別れようと努めていたように思えたのである。彼女はフィアンセと一緒に、よくローゼンハ
イムの郊外にのラウブリングにボーリングに行っていた。投げたボウルは自動的に帰ってきて、倒れ
たピンは並べなおされる仕組みになっている。得点は電光掲示板に出る。
502,:2008/09/20(土) 10:08:03 0
アンネマリは次のように述べている。

私たちは婚約してから3年たっていました。州に一回ボーリングに行きました。あるとき、ピ
ンを並べ直す仕組みがおかしくなって、ボーリングができなくなりました。機械が故障だとい
われたのですが、私には何を言っているのか分かりませんでした。すると、フィアンセはすべて
のことを重大に考えすぎて、こういうことでは結婚できないといったのです。

これは1969年の夏のことである。アンネマリは婚約破棄のショックを乗り越えるのに数年かか
った。ボーリングの機械の故障が彼女と何の関係があったというのか、それを証明できるもの
はないのだから、彼女は犠牲にされたと感じたのである。

                                           >>

恐らく、彼氏は、触手系の人でしょう、、、。
503,:2008/09/20(土) 10:09:18 0
死亡事故を起こしたと非難される。



最後に、調査員たちは直接アンネマリと話すことにした。1975年4月に会った。彼女は大丈夫
そうだが、もの悲しい表情の、年のわりには老けて見える、平凡な容貌の女の子だった。
彼女はアダムの事務所をやめてから、やはり弁護士のワインツァーのところで働いたことがあると
彼らに話した。彼女が電燈を動かしたりする異常なことを引き起こす能力があるというう
わさはどこまでも彼女についてまわった。そして、何かおかしなことが起きれば不幸なアンネ
マリはいつも解雇されたのである。「私は何にも影響を及ぼしたことはありません。私は本当
に大変傷つきました」と、彼女は語った。だが、バイエルンの彼女の同僚たちはいまだに中世
の迷信を信じていて、彼女は魔女だとささやいているようだという。

彼女はこんな話を続けた。「製糸工場で働いていたとき、事故がおきて男の人がひとり死に
ました。私のことを知っていた労働者たちが「死んだのはあの女のせいだ」と言いました。
彼らは私をすぐ解雇しないので、それとなくそれをにおわせただけでしたが、私は自分か
ら工場をやめました。その事故がおきたとき、私は工場にはいもしなかったのですが」

あの極めて疑わしい事件以来、アンネマリが関係して超常現象が起きたというニュースはない。それ
はたぶん、彼女がもはやそうした力を働かせる能力を持っていないということに関係があ
るだろう。大部分の超常現象と違って、彼女の場合は、実際は、科学者やマスメディアの注目を
浴びて誘発されたように見える。そのうち最も目覚しい現象は、事務所のスタッフ、電気技師、
弁護士、科学者、心理学者、景観などのあらゆる職業の40人以上の人たちが数ヶ月にわた
って観察したものだ、とハンス・ベンダーは指摘している。だが、どのような証拠があるにして
も、アンネマリがその現象をどのようにして起こしたかは、依然として、科学者たちにはミステリー
なのである。
504,:2008/10/19(日) 19:45:33 0
>>496-498  ドッキリカメラ  犯罪過ぎ  ローマとインディオの技術の操作の実験の集合的教養と言うか、、

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/578-584 B・F・スキナー

スキナー箱の中の人間にスキナー箱の中のスキナー箱の実験をさせて反応を見るとか、

多くの次元の平行した世界の間の操作のヒントはスキナー箱にあるようである。

>>444  少なくともヤミによる平行世界からのヤミの操作の可能性はある。コントロールに関しては、4・1プロジェクトを
直ぐに連想しました。

wwww、、、気持ち悪い、、、、。
505,:2008/10/19(日) 20:03:02 0
多くの次元の平行した世界の間の操作のヒントはスキナー箱にあるようである。>>

もっとほかの方法もあるか、、、、、、、。


506とびどぐもたないでください:2008/10/22(水) 08:28:36 O
なんか朝日新聞で、雪男の足跡が見つかったとか何とか。懐かしいなぁ。僕が子供のころ(1980年代)は、そんなのが良く話題になってた気がする。


そうゆう定番の怪物っていつぐらいから史料に現れるのかな。


また、時代によって、流行りすたりとかあるのかな。20世紀はUFOが流行ったけど、最近はあまり流行らないよね(でも「虚船」とか「肉人」とか、時代を越えて存在している気もする)。


あと、人びとの思い描く怪物の姿は、変化するんだろうか。
僕の子供のころの宇宙人はタコさんとか3メートルとかだけど、最近はグレイとかが主流だよね。
『日本書紀』に鬼が出てくる(斉明紀)けどこの鬼はやっぱりトラのパンツにウシの角なんだろうか。
507、ミジンコ:2008/10/28(火) 07:44:25 0
>>506  そういうの都市伝説って言うんだよ、、。

508、ミジンコ:2008/10/28(火) 08:31:28 0
>>504-505  様様な種類の操作の方法があると言う事、、、、。

509、ミジンコ:2008/10/28(火) 08:59:14 0
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/baby/1160213159/672-674 支配する5%

恐らく、このアンネマリの出来事に関しては支配力のかわりに、念力による器物の破損の超常現象として

その存在に付きまとう破壊面が現れると言う種類の問題だと思われる、、、。

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/mental/1218192472/296-308 のような

運命的隔たりの衝突の破壊性の表れの一つと解釈される事になります、、、。



.    /  ̄ ヽ
    .(,ノノノ ソ) )
    / l(┃┃j ヽ 
    ̄`ァ┬ ' ̄  
    / ヽ/ \
    |ヽ / / |
   | ヽ二/ |
    レ___》《_|
     | |   |
     | |   |
     |_|___|
     L⌒l⌒l
相殺の問題ですね、、、、世の中の制限、運命状況、環境、等において目に見えない運命の状
態の現れというのがあって、健康もピンからキリまであるといえる話でしょう。
510、ミジンコ:2008/10/29(水) 08:59:20 0
多くの犯罪は、支配する5%の形を変えた現れである事がしばしばあります、、。

支配する5%と言えば、場所や縄張りの欠如を意味し、場所や縄張りを必要とする場所や縄張りを持つ支配的な人

場所や縄張りを持たぬ場所や縄張りを必要とする支配的な人、場所や縄張りを持たぬ場所や縄張りを必要としない支配的でない人、

等の意味も含む事を意味します、、、。つまり、不足に関係した人間の存在とそうでないものの存在について示唆した言葉なんです、、。

支配的であるほどのエネルギーを要する者は、そうでないものに対しそれなりの仕切りや距離や隔たりの分別によって、エネルギーの損失を補い

自己の存在を維持しようとする事になる。いずれにせよ、人間の存在と言うものは、それぞれがそれぞれに対し独自の破壊性を放つようになっている意味で

いずれにせよ生産性と破壊性の表裏を持つものである事を知る必要がある、、、。

物理学のエネルギー保存則と運動量保存則は、人間同士の運命にも当てはまるものと言わざるを得ない。
http://science6.2ch.net/test/read.cgi/rikei/1160177875/215
http://science6.2ch.net/test/read.cgi/rikei/1160177875/268
511,ミジンコ:2008/11/01(土) 08:53:37 0

ただし、人が支配する5%と言う原始的存在形態をとるとは必ずしも限らないと言うことはある、、、。

みかけ上、平凡な人として暮らし平凡な人生を送る傍ら、そのエネルギが気付かぬうちに物質に対する

精神の破壊力として放たれて、周囲の人を巻き込むと言う現われをしたものと言うべき話であると思われる、、、。

つまり、人間同士の運命の隔たりは、支配する5%に絡んだ現われとして、病気や犯罪などの障害の表れとして、

寿命などの表れとして、状況とその健康状態の表れ、の相対的運命的差異として、運命的状況の現れをとるものと言えるだろう。

分別や節度、差し引き、可能性と制約、権利と義務、見極めに絡んだ、各自に共通する扱いの話であると言わねばなりません。

これは、生と死などの人生の時間的制約による運命の分別、死者と生者との違いなどにも絡む問題であると言う事です、、。


つまり、世の中の制限、運命状況、環境、等において目に見えない隔たった運命の状態の現れの扱いとして、全てが一直線上に並ぶ

障害の扱いの問題である事が解ってくる話であると言えるでしょう、、、。

つまり、分別や節度、差し引き、可能性と制約、権利と義務、見極め、等の問題と言う事になると言う事なのです、、、。
512,ミジンコ:2008/11/01(土) 08:59:45 0
つまり、アンネマリのケースは、アニバーサル・シンドローム(命日反応)などの超常現象やジンクスに関係した

障害の扱いの話でありまして、福祉の管轄であると言わねばなりません、、、。

超常現象は精神医療や刑事や軍事の扱いの管轄の出来事ですが、そこでは福祉が重要な位置付けにある

事が解る事になる、、、。
513,精神科医屋さん:2008/11/01(土) 09:46:26 0
アンネマリ位の破壊力を放つ念力は、注意して訓練を必要とするものと言えるでしょう、、。

コントロールの効かない状態の人には、抜け出すのが困難であれば軍事や刑事や精神医療の協力を得るか、

コントロールが効くようになるまで養生するか、費用が無ければ福祉の援助を得る必要と義務があるものと思われる、、、。

http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1187369832/419-420
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/mental/1218192472/30

いずれにせよ精神医療が受け持つ管轄という事になる出来事であると言えるでしょう、、、。

念力を放つと言うのは、強健の現れであるうと思われる人もいらっしゃる事でしょうが、

それがコントロールが効かないと言う事は、やはり、見かけ上は健康のようでも運命の次元で

疲労をしているものとみなす事になります、、、。したがって、養生の対処とるべき協力を必要とする援助の問題と、

先ずは判断される訳です、、、。

    /  ̄ ヽ
    .(,ノノノ ソ) )
    / l(┃┃j ヽ 
    ̄`ァ┬ ' ̄  
    / ヽ/ \
514,ミジンコ:2008/11/01(土) 10:59:29 0
つまり、克服し、回復すると言う事は、己の運命の領域における自覚とともに見極めや

わきまえのもとに適切な意思決定を普通の下せるようになるようになると言う事、、。

分別や節度、差し引き、可能性と制約、権利と義務、見極め、等の扱いの問題ですが、

アンネマリに関しては、運命上の 限界・限度 に関しての扱いの問題であると言うべきでしょう、、、。 

限界に関しては(特に肉体的な意味で、、)、

意思と運命の次元における限界と、

複数の集まりの繋がりにおける関係上の限界と、

単独の個人の現実における意識上の限界、

に分けて考えることが出来るものと言えるでしょう、、。(もっとも重度の障害は、3つ全てを含むもの)

特に運命の次元での障害は、重さに応じた期間を要する養生によって、初めて克服される問題であると言えるでしょう、、。
515,:2008/11/01(土) 21:07:30 0
>>499
しかし、超能力による障害の可能性が明らかになった時、これが一体何を意味するかと言う問題がある。


→ 
しかし、超能力による 傷害 の可能性が明らかになった時、これが一体何を意味するかと言う問題がある。


516,:2008/11/01(土) 21:11:28 0
>>509  何故、そのような見解について言い切ることが出来なかったのか、、?
517,:2008/11/01(土) 21:12:28 0
何故、そのような見解について言い切ることが出来る者が出てこなかったのか、、?

518、ミジンコ:2008/11/04(火) 08:53:34 0
>>511 運命的活動領域の意味で、業界と言う認識が生じてくる訳ですが、

悪質な業界は生まれては直ぐに無くなるものと考えられる事になりますが、

極端に言うと、様様な民族や宗教はその人間の運命の状況を表すという結論に達するものと言えるでしょう。

運命的な差異による隔たりに関しては、

http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1187369832/320

ユダヤの4分類気質の  英知  光明  力 触手 という形をとって現れる事もある。

いずれの人も、少なくとも4つのいずれかに属するようになっているものと言えるはずである、、。

解決の手がかりは、その独自の性格の個性の評価にあるんでしょうね、、、。

たとえば、触手系気質であれば、つまり、体験において対等でないが、業界同士の摩擦を緩和する

と言う意味では評価されると言う考え方もあるが、紛らわしくカリスマやら昔の宗教や操作のあいまい化した混乱の問題にも通じている、、。


簡単なようで難しい話で、実は個性の評価と言うのは傷害に関係した話である事がわかることになるはずなんですがね、、、。
519、ミジンコ:2008/11/04(火) 08:59:48 0
>>517

実は、当時、正攻法で本当の事を言っても無視されるか、笑われるか、

暗殺されるか、人体実験への誘導を受ける事になったはずだからと言えるだろう。

http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/l50x

人体実験の話が明るみになって初めて、正攻法で説明が可能となった話なんです、、、。
520:2008/11/07(金) 20:35:58 0
>>519 に関する話は、いったん、そこまでにとどめて先にすすめますか、、、。

521:2008/11/07(金) 20:41:34 0
>>501  これは、癲癇ですね、、、朦朧性に関係した、、、。

暴力行為とか、発作による動作にエネルギーが向かう事が無く、念力として発散される

事があると言う証拠を示す事例と言うか、、、。

522:2008/11/07(金) 20:51:27 0
>>502私たちは婚約してから3年たっていました。州に一回ボーリングに行きました。あるとき、ピ
ンを並べ直す仕組みがおかしくなって、ボーリングができなくなりました。機械が故障だとい
われたのですが、私には何を言っているのか分かりませんでした。すると、フィアンセはすべて
のことを重大に考えすぎて、こういうことでは結婚できないといったのです。          >>

彼女の勤務前に、誰かが、その事を知っていてプレッシャーをかけた実験であると言う可能性は無いですかね、、?

癲癇でしょ?  、、、だって、、、。

523白からす黒ひつじ:2008/11/07(金) 21:05:30 0
運命的疲労というのは、物の破損と関係しているんですよ、、、。

ある意味食生活も関係あります、、、。

つまり、エネルギーを放出する事で、世の中に対し破壊性を放つことなく達成することもあれば、

運命的、生理的な、不足によって、何かを達成するために環境のエネルギーを取り込むかたわら、

エネルギーを失う環境にその損傷の現れが見られる様、、、、。

エネルギー保存則ですね、、、。

疲労を無理して押し通すと言う事は、体験において対等でないエネルギーを吸収し奪う

様を意味する訳ですが、エネルギーを失う周囲の環境にその存在の破綻の表れを見る様、、、。

癲癇発作と言う事は、その自身のエネルギーの不足の消耗部分を外部から得ようとする事無く、

消耗した自身から得ようとして、はまり込む状態のことを言っている、、、。
524、ミジンコ:2008/11/07(金) 21:11:14 0
その運命のものすごいエネルギーが、自身の肉体に向かう訳ですから、

癲癇と言うものは、とんでもない肉体的損傷を追う可能性そのものを示唆している、、。

癲癇の克服の問題は、ある種の精神的鍛錬にのみ克服の可能性を見出せるものと言えるでしょう、、。
525白からす黒ひつじ:2008/11/09(日) 10:35:39 0
間違いなく、癲癇などの病気のレベルから闇の操作の方向付けがあって、それが、ローマや

インディオなどの組織を形作ったり、時とともに優生学などの組織にも変容したりして形をとったりしたのもと思われる、、、。

526白からす黒ひつじ:2008/11/09(日) 10:59:30 0

パラノイア、神経症、ヒステリー、と言う分類、、、。

分裂質、癲癇質、躁鬱質、と言う気質分類、、、。

よく、テンカントヒステリーと言う組み合わせが、引き合いにされるが、

ヒステリーは、心因性のものであり、癲癇は、肉体のものであると言われる、、、。

いずれも発作を伴う、、、。よくみてみると、いずれも体質の異なる肉体的精神的病気である事が

わかってくる、、、。ヒステリーは、共同のレベルで、癲癇は、個人的単独の独立のレベルで、起こりうる

心身の傷害、、、。 ということが、先ずわかる必要がある、、、原始から古代、古代から現代へと

時代ごとに意味が変わってきているんですけど、ヒステリーは、子宮の病気から、ヒポクラテスによって、性的欲求の

屈折した現れの心因性のものとみなされ、その後は、近代に至り能力とみなされ、最後は人体実験を可能とする

自己欺瞞の働きの影響力をもつそんざいそのものであることが、わかりつつある、、。

傍ら、癲癇は、神による病気と大昔は言われていたが、ヒポクラテスによって、肉体的病気と

みなされるようになり、最後は人体実験の材料と成り果て、社会に配置されるに至る、、。
527白からす黒ひつじ:2008/11/15(土) 08:38:58 0
恐らく、癲癇もヒステリーも原始の時代から来たものであると思われるが、

特に文明の形をとる古代遺跡の領域から続いている事が明らかとなっている、、、。

古代においては、癲癇は、神によるものとみなされ、ヒポクラテスによって肉体の病気とみなされるようになった。

傍らヒステリーは、子宮に見られる肉体の病気と見られていたが、ヒポクラテスによって心因性の病気と受け取るような

方向付けを受けた、、。当時は男性には見られなかったはずだが、心因性とみなされるようになった後には、

男性の症例の報告が出てきたらしいと言う見解もある、、。

ヒステリーは、当時はあるとき突然発作が起きその特有のひきつけを起こしひどい場合はそのまま呼吸停止の死に至る。(精神による肉体への堕胎の働き)

癲癇は、発作か続く分、劣化が死に至るまで進行しうる傾向をもつとされていた、、。(ヒオクラテスによって優生学の方向付けが確立される)
                                       (私が、彼を暗殺かと言う根拠はここにある)               
やはり、ヒポクラテスの時代は暗黒時代そのものであり神についての存在等の不可視の領域と

人間の繋がりが肯定され得なかったヤミの意図と方向性を持った思想にならざるを得なかったものと思われる、、。

そして、ヒステリーは事実上、性行為による治療、自己分裂や悪の肯定や隠蔽や共有と言う経過をたどる、、、。

病気以前の運命の根本的な原因については目をそむけたまま、表面的な治療の発展と進行が促されただけだった、、。

そこには、権力と操作の追及の営みが潜んでいた事を明らかとしている、、、。

いずれにせよ、両者は、次元を事にする運命の肉体的精神的病気である事を先ずは踏まえる必要があるが、

その表面的治療よりも、根本的な運命の障害について目を向けないと本質的な克服に結びつかない問題なんです。
528白からす黒ひつじ:2008/11/15(土) 08:49:52 0
そのようにして、集合的に魂の破滅の恐怖が全体的に浸透していて、傍ら、魂の破滅の運命的破綻の促進サバイバル的

ヤミの潮流が間違えなくあった、、。それは、ラッセルなどに見て取る事が可能である、、、。

つまり、利己主義によるヤミの支配のヒエラルキー体制が生じる必然性はそこにある、、、。

>>522 現在は最も精神的破滅の運命的破綻の策略のカラクリの環境が発達を遂げたヤミのピークの時代であると言えるでしょう。

アンネマリのエピソードは癲癇プラスヒステリーのような事例というべき問題と思われる、、。

現在は、ヒステリーは解離性人格障害といわれています、、、。
529:2008/11/15(土) 08:58:57 0
養生による疲労回復の扱いの問題ですが、養生を阻止する劣悪な環境作りが現在も進行しつつある、、、。

そして、そのようなヤミの人身御供の環境による方向付けの呪術的働きかけと

病気と犯罪を利用したペテンの情報操作によってふかしの領域からのヤミの支配力が完成されより強化を図る有様らしい、、。


530:2008/11/15(土) 08:59:27 0
















531、↓ちょっと保留しますか、、。:2008/11/15(土) 09:03:36 0
ボーリーの幽霊話

ポーリー司祭館は本当にイングランドで幽霊が最も頻繁に出没したところだろうか? そこ
が有名になったのは幽霊研究家のハリー・プライズがマスコミをうまく操ったためだろうか? プライ
ズは売名のために詐欺行為を行ったのだろうか? これらの疑問に答えるため、フランク・スミス
が調査にあたった。



ボーリーの教会は、イングランドのエセックス州とサフォーク州の州境をなすスタウワー川渓谷を見下ろす陸
の上に建っている。ボーリーは村ともいえないくらい小さい。エスックス州にあるこの集落の100
人ぐらいの住人は、ほとんどが農民か週末をコッテージで過ごす人たちだ。

こんな小さな村だが、1940年代に出版された「イングランドで幽霊がもっとも頻繁に出没した
ところ」という本で世界的に有名になり、さらに1946年に出版された「ボーリー司祭館の終
焉」という本で、その名声は浮動のものとなった。両者とも、存命中に心霊研究で有名に
なった。目立ちたがり屋のハリー・プライスの著書である。2冊の本には、ボーリー司祭館はさまざ
まな超常現象が多発するところだと書かれている。同館はビクトリア超の陰鬱な感じの建物だ
ったが、1939年に消失している。プライスの本には超常現象として、馬車の幽霊、首のない僧
侶、その僧侶の愛人だった尼僧の幽霊、先代の司祭の霊、薄気味悪い光、インクに変わった水、
不思議な呼び鈴、夜中に大音響とともに上から滝のように降ってくるさまざまなものなど
が挙げられている。
532、続行:2008/11/15(土) 09:22:38 0
「タイム・アンド・タイド」紙は、「1940年の大きな出来事の1つ」としてプライスの著書を取り上げ
て絶賛し、「チャーチ・タイムズ」紙は「これまでなされたもっとも顕著な超常現象への貢献」と
述べている。ボーリー館の幽霊の調査に10年を費やしたと公言したプライスは、1948年3月29
日死ぬ日まで同館の幽霊について講演、放送を行い、記事を書いた。「タイム」紙は彼が死ん
だ翌日に次のような死亡記事を載せている。「その性質上、トリックやごまかしになりやすい対
象を、類まれな真摯な態度と潔白な心で研究した心霊研究家」

しかしながら、プライスの知人、協力者がみな、このような賛辞に満ちた証言に同意したわけ
ではなかった。プライスが死んだ数ヵ月後、「デイリー・メール」紙のチャールズ・サットンの記事がワールド・
プレス社発行の「インキー・ウェイ・アンニュアル」に載った。この記事のため、彼は侮辱罪になりそうに
なったが、罪は免れた。サットンは1929年にボーリーを訪れたとき、つまり、プライスがボーリーを始
めて調査したときのことに触れ、プライスがその調査中にインチキをしたのを見つけてしまったと
書いている。サットンの頭に石があったので、見ると、プライスがポケットに小石やれんがのかけら
を持っていた、と彼は書いている。

これよりさらに綿密な調査もある。英国心霊研究協会(SPR)会員であるチャールズ・ホープ卿
とヘンリー・ダグラス・ヒューム少佐の2人は、彼らが1920年代の終わりに司祭館で見たと証言して
いた現象について大きな疑問を抱いた。ダグラス・ヒュームは「これについては真実を完全に無
視している」と言って、プライスを非難した。彼の言うところによると、あるとき、彼がプライ
スといっしょに暗がりの中を司祭館の周りを歩いていると、セロファンをくしゃくしゃに丸める
ような音がした。後ほど、プライスのスーツケースの中をちらっと見たら、橋を引きちぎったセロファン
が1枚入っていたという。
533:2008/11/15(土) 10:16:02 0
この証言の結果、英国心霊研究協会はエリック・J・ディングウォール博士、K・M・ゴールドニー夫人、
トレバー・H・ホール氏の3人の会員に、その証拠を改めて調査するよう依頼した。3人は、遺著
管理者ポール・タボリ博士の許可を得て、プライスの個人的な書類や手紙などを調べた。また、彼
らは、プライスが1938年にロンドン大学から場所を恒久的に借りていたハリー・プライス文書館に収蔵
されていて、彼の死後、同館に寄贈された文書も調べた。調査は5年の歳月を要したが、
その結果は1956年に「ボーリー司祭館の幽霊」という本となって公表された。

この本の書評は、1940年代に出版されたプライスのそれと同じように、ただし、まったく別の
理由から、熱のこもったものだった。「サンデー・タイムズ」紙は、ボーリー館の伝説は完全無欠の
客観性で打ち壊されたと書き、A・G・N・フルー教授は「スペクテイター」紙で、「決定的な破壊力
を秘めた魅惑的な文書によって、ボーリーはハリー・プライスが1組のうそというカードで組み立てた
館に過ぎなかったことが判明した」と述べた。

そこで事は収まるはずだったが、さまざまな要因が重なって収まらなかった。一番大きな
理由は、ボーリーが世界中の新聞で25年間以上もセンセーショナルに取り上げられてきてい
たことかもしれないし、それに、どんなに客観的な記者だって、いい記者ねたがなくなっ
てしまうのはうれしくない。新聞もテレビも、ディングウォールやゴールドニーやホールが苦労して集めた
証拠に対して様々な言い訳をした。そして、プライスが本に書いている出来事は、「不可解で、
恐ろしく、なんとも説明のしがたい」ものだという声がふたたび聞かれるようになった。
1973年には、ゴースト・クラブ会長のピーター・アンダーウッド故タポリ博士が「司祭館年報;ボーリーの幽
霊」を出版して、プライス側の防衛に回った。「本書をボーリーを有名にした人、ハリー・プライスの霊
に告げる」と献辞を書いている。
534:2008/11/15(土) 10:29:41 0
コリン・ウィルソンは1971年に出版された「オカルト」の中で、ボーリーの一件を偏見を持たないで公平
に良心的に要約し、同意できる証拠と同意できない証拠をあげている。「これに似たような
事例は英国心霊研究協会の記録には100件くらいある。、、、、、したがって、」プライスは売名行
為に狂奔する病的なうそつきだったことを証明する本を誰かが出版できないならば、判断
を下すのを中止すべきだ」というのが彼の結論であった。

すると、それを受けるように、1978年、英国心霊研究協会の調査員トレバー・H・ホールが、プ
ライスは売名行為に狂奔する病的なうそつきだったことを証明する活動に乗り出した。彼の著
書のタイトルは「ハリー・プライスを求めて」で、プライス自身の自伝「真理を求めて」(1942年)のし
ゃれになっている。ホールの著書は、もう少し不注意な書き方をされていたら、暴露のものと
しては、かなり面白い本になっただろう。例えば、こんなことが暴かれている。プライスの両
親が結婚したのは、2人が40過ぎと14歳のときだったが、父親が母親をかどわかしたも
のだった。だが、プライスはその自伝で、自分は古いシュロップシャーのどこかにあった家族の田舎
の別荘の間を行ったりきたりして少年時代を過ごしたと述べている。そして、学校への往
復の途中でたいてい途中下車をしたと述べており、田舎の寄宿学校で教育を受けたことを
におわせている。ところが、ホールの調査によると、プライス家の所在地はブロックリーから遠くはな
いがブロックリーほど快適とはいえないニュー・クロスだったことは明らかである。彼が通った学校も、
ニュー・クロスにあるハバーダシャーズ・アスキーズ・ハッチマン・ボーイズ・スクールという、中流階級の下の家庭
の子供の行く中学校で、私立の寄宿学校ではなかった、とホールは述べている。シュロプシャーと唯
一の関係は、プライスの祖父がかつてロディングトンにあるブルズ・ヘッドの地主だったことだけであ
る。
535:2008/11/15(土) 10:36:54 0
プライスによると、学校卒業、父親の製紙会社の重役に就任する傍ら、1908年の結婚までの
10年間、アマチュアのコイン収集家兼考古学者として楽しい生活をしたという。実は、ホールの調査に
よると、プライスはニュー・クロスでいろいろと風変わりなことをして生計をたてた。広告用の店屋
の写真を撮ったり、ダンスやパーティーにポータブルの蓄音機やレコードを賃貸したりした。コンサートで奇
術師もしたが、これは後にボーリーで調査中にやったと非難を浴びたトリックと同様のものだった。
ケント州の田舎では、にかわや糊や羊の腐蹄症の治療薬を一軒一軒売り歩くようなこともした。
プライスには、彼の著書(全部で18冊)の売れ行きが示しているように、間違えなく文章に
対して嗅覚のようなものがあった。

プライスは、1902年に自分の出身校の校内雑誌「アスキーアン」のために記事を書いている。これは、
グリニッジにあるローマ時代の邸宅の遺蹟発掘について、発掘調査隊長の著書をネタにして書いた
ものだが、彼は、1942年に出版された自著「真理を求めて」の中で、実際に発掘に参加し
たと述べている。彼はまた、雑誌「ケンティッシュ・マーキュリー」に、ケント州のコインと記念品について一
連の記事を寄稿しているし、それに引き続いて、「シュロップシャーの記念品と貨幣」という一連
の記事を、「ウェリントン・ジャーナル」に書いている。

ホールは、プライスのコインに関する記事を調べるために、リーズの大補際で故銭学の権威であるチャール
ズ・エリソン師に見てもらった。同師は、プライスの記事がある2冊の書物の文章をそっくり
写し取ったものであることを発見し、「プライスの書いていることは裏づけがないので、鵜呑
みにするのは危険です」と結論を下した。
536:2008/11/15(土) 10:40:59 0
ホールの報告によると、プライスが経済的に独立できたのは、父親からかなりの遺産を相続した
コンスタンス・ナイト結婚したおかげだったという。プライスが行商をやめて心霊研究家兼書籍収集家
としての本業に就けたのは、彼が言っているように彼の家が裕福だったからではなく、妻
の資産によるものだったのだ。数千冊に及ぶオカルトと魔術関係の本の収集は、「プライスが生涯
であげた最大の功績である」とホールは述べている。

しかしながら、その収集本にさえごまかしの気配があると、ホールは言う。プライスの収集した
本の中に、はっきりと英国心霊研究協会の蔵書印が押された本が何冊かあり、それらには
プライスの蔵書票が付けられていたという。

ホールの目には、蔵書票のことは、プライスの暗部を示す一例であると共に、特に興味深いもの
として映った。プライスは蔵書票に2種類のかぶと飾り(家紋)を使っていた。1つは競い獅
子で、調べてみると、リッチモンドのチャールズ・ラッジ・プライス卿の家紋で、ハリー・プライスとは何の関
係もないものであることが分かった。もう一つは、かぶと飾りのある盾の紋章で、ロバート・
ディッチャー・プライスの名前とラドノー州ノートン・マナー(荘園)という住所が刻印されていた。ホールの調
査によると、この家紋はランカシャー州のパー・オブ・パー家のものであり、ノートン・マナーはロバート・グ
リーン・プライス夫人から紹介に対する返事には、ロバート・ディッチャー・プライスという人物は聞いたこ
ともないし、ノートン・マナーに住んでいたことは絶対にない、と書かれていた。

1940年に出版されたボーリー司祭館についての最初の著書の中に、プライスはグランヒル家から聞い
た話を載せている。グランヒル家は父親のシドニーと息子のロジャーと娘のヘレンの3人家族だった。こ
の家族が家出ブランセットつきの交霊会を開いたとき、ヘレン・グラン・ヒルが、一人の尼僧がボ
ーリーで殺害されたというお告げを引き出した。その尼僧はマリー・レールというフランス人だった。と
ころが、この交霊会でのこととプライスがそのすぐ後で開いた交霊会の時について、ヘレンは、
家族3人とも前もってボーリーの幽霊のことを本で読んでいたので暗示にかかってしまった、
と英国心霊研究協会の調査員ディングウォール、ゴールドニー、ホールの3人に詫びるように言った。
537:2008/11/15(土) 10:58:58 0
フランスの尼僧の幽霊の話が載った「イングランドで最も幽霊が出没するところ」が出版された後、
プライスはカーライルの聖職者W・J・フィシアン・アダムズから、実は、マリー・レールは尼僧院からおびきだ
されて土地の地主と結婚したが、夫に絞殺されて司祭館の井戸に埋め立てられたのだ、と
言った趣旨の凝った手紙を受け取った。その尼僧の幽霊は、19世紀に、司祭館の住人か
らフランス語の辞典を盗み出したが、それは司祭館の人々と交信したくて自分の英語を磨くた
めだった、ということも手紙には書かれていた。

この聖職者の話は途方もない話に脚色されていくつか伝えられているが、プライスは上述の話
をかたくなに信じていた。ホールは、すべてプライスのでっちあげで、その上塗りをするために
偽の証拠づくりをしたと、プライスを非難している。プライスが1929年に始めて司祭館を訪
れた時に霊姿として現れたと証している2個のフランスのメダルが、実は偽りの証拠だった。
1つはローマ・カトリック教徒であることを示すメダルで、もう一つはイギリス革命後に国会議員に渡さ
れたバッジであるという。だが、生前、プライスは、「幻視したメダルが1つある。それはロヨラ(イ
エスズ会を創設した16世紀の聖者)のメダルだ」と言っていた。プライスの忠実な秘書だった人
も、「ロヨアのメダルは私が見た唯一のものです」と述べている。
538:2008/11/15(土) 11:36:26 0
不可解な出土品





ホールはこの件についてさらに、プライスが1943年にボーリー司祭館の地下遺蹟の井戸のあった
ところと証する場所から人間のあごの骨を発掘したときの模様を語っている。骨が出てき
たのは柔らかい地層で、発掘作業はランプで照らしながら行われた。井戸はコンクリート製の近代
的なものだった。廃墟を壊しているとき、司祭館には電気が通ったことがなかったにもか
かわらず、スイッチや長い電線が出てきた。これは、プライスがこのとき初めて見つけたように見
せかけようと、以前にこっそりと骨を埋めるためにポータブルの蓄電池を使ったときのもので
はなかろうか、とホールは書いている。

このような調子でホールの著書は続き、プライスの行った心霊研究計画の説明が不正確で、ほと
んどまったくのでっちあげと言って良く、説明のたびに、細部があべこべになって矛盾し
ていたことなどが、随所に示されている。「ハリー・プライスを求めて」は正にコリン・ウィルソンが書評
したとおりだ、。「本書は、プライスが常習的なうそつきで、目立ちたがり屋だったことをしめ
している」

プライスとC・E・M・ジョード教授がドイツの山奥で行ったばかげた実験で、報道カメラマンの前でや
ってみせた魔術の儀式などは、目立ちたがり矢以外の何者でもない。
539:2008/11/15(土) 11:41:28 0



しかし、プライスの人格に欠落があったことは、必然的に、ボーリー司祭館に幽霊が出たという
話も嘘だったことを意味するのだろうか。司祭館が建てられた1863年からプライスがそこ
に興味を抱いて始めて訪れた1929年までに、そこについては様々な話が語られていて、
その中には超常現象と思われるものもあった。さらに、1930年から1937年までに
プライスはボーリーを1度だけ訪れているが、それでもその間に、少なくとも2000件の超常
的な出来事が起きたと記録されている。1938年というのはプライスが空き地になっている
司祭館を借り受け、「タイム」に求人広告を出してプライスと一緒に司祭館で暮らして証人になっ
てくれる人を何人か公募した年だった。1973年から1938年までの1年間にも、プラ
イスの留守中に、何件か異常なことが起きたと報告されている。最終的には、プライスが住んで
いた時から、夜中に不審火が出て司祭館が消失した1939年2月27日までに、奇妙な
ことが起きた。

こうしてみると、プライスの果たした役割を無視しても、やはり、ボーリー司祭館はイングランドで
最も幽霊の出没するところだったのだろうか。
540:2008/11/15(土) 11:54:10 0
539>>  1973年から1938年までの1年間にも、、、

1937年から1938年までの1年間にも


>>531-539  ボーリー司祭館


ローマとインディオの奴か、、、、。  タイミング的には西太后的な、、、。
541:2008/11/15(土) 11:55:29 0
緊張高まるボーリー





だだっ広くて薄暗く、しかも外形が醜いボーリー司祭館は、まるで幽霊をおびきよせているよ
うだった。ハリー・プライスの到着とともに、そこは超常現象のメッカとなって、新たなものも続々
と発見されだした。誰かが手を貸していたのだろうか?



サドバリー街道の反対側に墓地があり、その墓地の真ん中に12世紀に建てられたボーリー教会
がある。イングランドで最も頻繁に幽霊の出没する館とは、この教会の司祭館のことだったが、
1939年の冬の消失時には、建てられてからまだ76年しか経っていなかった。ボーリー司
祭館は醜い赤れんが造りの2階建てで、23室もある部屋のほとんどは、周囲のあちこち
に植えられた背の高い樹木の陰になって薄暗い。この建物は、1863年に、この地方の
地主でボーリー教会の司祭でもあったヘンリー・D・E・ブル師が妻と14人の子供を住まわせるた
めに建てられたものである。

司祭館のすぐ裏手の片側には、周囲を納屋や馬小屋や作業場などに囲まれた農場があった。
1875年に館の両端が建て増しされたため、結果的に小さな中庭が出来た。ダイニングルーム
の暖炉には僧侶の像が彫刻されていたが、この装飾は、13世紀にこの地に僧院があった
という土地の言い伝えをブル師が信じていたことを示すものだったかもしれない。この地に
幽霊話が出来たのは、この僧院の僧侶が原因だった。彼はここから13kmほどはなれたと
ころにあるブレスの尼僧院の尼と駆け落ちしたと伝えられている。そして、2人は捕らえら
れて処刑された。男は首を切り落とされ、女は尼僧院の壁に塗り込められた。それ以来、
ここに彼らの幽霊が出るようになったという。このまことしやかな話は、1938年にエセッ
クス考古学教会がまじめで熱心な幽霊研究家のシドニー・グランビルへ出した手紙の中で否定され
ている。グランビルは、幽霊研究家で作家のハリー・プライス代理として考古学教会に真偽のほどを
確かめたのだ。教会からの手紙には、その地には僧院も尼僧も存在したことはない、と書
かれていた。
542:2008/11/15(土) 12:07:22 0
だが、ヘンリー・ブル師もその後を引き継いだ息子のハリー・ブル師も、明らかに、好んで幽霊話を
人に語ったようだ。それが日曜学校に来る子供たちの間に広まったが、大部分の子供たち
は、話してくれた人が司祭だっただけに、その話を福音と思い込んだまま大人になったの
だろう。

この最初の尼僧の話が別の話にすり替えられる前に、ブル家の家族、特にミリーとエセルの姉妹が、
後に尼僧の散歩道として知られるようになった司祭館の庭を幻のような人影が横切るのを
看たという噂が広まった。この道は地下水の流れに沿っていて、生暖かい夏の夕方ともな
ると、よくブヨが群がった。ブル家の姉妹がプライスに1900年7月に尼僧を見たことを話
したとき、彼女たちは、「夕方でまだ日が出ていた」とだけ付け加えた。したがって、それ
がブヨの群れでないとは、誰も確信を持って言えない。後にこの司祭になったG・エリック師は、
白い人影に驚いたことがあると述べている。それは焚き火の煙だった。まだ、「デイリー・ミラー」
紙のV・C・ウォールも同じような人影を見たが、それは司祭館のメイドだった。

ブル家はガスも電気も水道もない不便なボーリー司祭館で65年近くも暮らしていた。1892
年に父親がなくなると、息子のハリーがその跡を継いで司祭になり、大勢の兄弟たちと一緒に
館に住みつけた。少なくとも、その内の3人は、ハリーが亡くなる1927年まで館に住んで
いた。ハリー自身は、1911年に結婚したとき道路の向こう側のボーリー・プレイスに引っ越した
が、1920年には司祭館に戻ってきた。これは、たぶん、妻の死後のことだろう。
543:2008/11/15(土) 12:13:22 0
陰気な感じのする屋敷ではあったが、後に住んでいたブル家の住人は、快活な人たちだった。
これは、1940年代、1950年代にここの調査にあたった調査員たちに接触した同家
の友達や知人の証言によるものである。館では誰かが悪戯をしているような奇妙な音がし
た。英国心霊研究教会のヘンリー・ダグラス少佐によると、館の裏庭を歩く音や館に隣接した納
屋の中での話し声、馬小屋の前にある手押しポンプを動かす音などが、館の中にいてはっ
きりと聞こえたという。そのほか、ドシンドシンという音や人のうめき声なども聞こえた、と
少佐は語っている。調査員たちが別の人から聞いた話によると、ブル家の姉妹はメイドたちに、
この屋敷には幽霊が出るよ、と楽しそうに語ったという。そして、メイドの1人は、そうい
う話を聞かされた後で、足を引きずって歩く音を聞いた、と調査員たちに語った。ハリー・ブ
ルは年をとるに連れて、村に噂の種をまくようになった。彼はナルコプラシーにかかったことがあ
るようだ。この病気になると、いつも眠い状態になるが、彼はこの病気になって、庭にあ
ずまやで1日の大半を眠って過ごしていた。その眠りから覚めたとき、ハリーは、尼層に会っ
たと言い張った。尼僧が僧侶とかけおちして行く幽霊馬車音を聞いたので、アモスという昔、
館にいた下男を呼んだという。だが、この男はずっと前に亡くなっていた。ハリー・ブルが亡
くなって家族も司祭館を去った1927年までには、この地方の人々には、あそこは幽霊
屋敷というイメージを、頭の中に作り上げてしまった。そして、一年以上も空き家のまま荒れ
果てていく内に、その名前が有名になったのだろう。

1928年10月2日、ボーリーに新しい司祭が妻を伴って着任した。G・エリックス・スミス師がそ
の人で、彼は結婚当初しばらくの間インドで過ごしたが、妻が病気になったので帰国を決意
し、教会本部の命令でこちらへふにんしたのだった。彼はボーリー着任を了承したとき、自暴
自棄になりかけていたかもしれない。教会本部のことばを信用してきたにもかかわらず、
司祭館の状況はひどいもので、2人ともそれにがっかりしたからである。
544:2008/11/15(土) 12:19:54 0
最初の年の冬、スミス夫妻は、何かと不満を感じているところへ、この館には幽霊が出るとい
う噂を聞かされた。だが、幽霊そのものには悩んでいなかった。スミス夫人が1945年に「チ
ャーチ・タイムズ」にあてた手紙に書いているように、夫妻とも、「ネズミと土地の迷信以外は何も
出てこない館」だと思っていた。

スミスの気がかりなことといえば、神経質な教区民が何人かいて、彼らが夕方の集会に来たが
らないことだった。このような教区民の恐怖心を取り除いてやろうとしたが失敗したため、
心霊研究教会の住所を聞こうと、「デイリー・ミラー」紙の編集長に手紙を書いた。彼としては、
協会から研究員がやってきて、合理的な方法で謎を解決し、土地の住民の教父を取り除い
てくれるものと期待していた。

ところが、新聞社の編集長は協会の研究員ではなく新聞記者のV・C・ウォールを派遣した。1
929年6月10日の月曜日、ウォールはボーリー司祭館についてのセンセーショナルな第一報を送った。
記事にはこう書かれていた。「首なしの御者と尼僧の幽霊の乗った馬車が2等の栗毛の馬に
引かれて出没する。そして誰もいないはずの部屋から足を引きずって歩くような音が、、、」

「デイリー・ミラー」の編集長はプライスにも電話した。プライスはその2日後に初めてボーリーを訪れた。
プライスが到着すると同時に客観的な現象がはじめて起きた。彼が屋敷に足を踏み入れるか入
れないうちに、石が飛んできて老化の窓ガラスが壊れ、装飾品がめちゃくちゃになった。
階段には、小石やコインやメダルやスレートなどの原姿が雨あられと降って来た。そして、呼び鈴は
ひとりでに鳴り出し、鍵は錠前から飛び出していった。尼の散歩道のある庭を見下ろすブル
ールームといわれる寝室で効霊会が催されている時、故ハリー・ブルの作った壁の鏡をコツコツたたく
音がした。この音は、プライス、彼の秘書、新聞記者のウォール、スミス夫妻、当日館を訪れていた
ブル家の2人の姉妹が耳にした。

プライスはそれからの数週間に5〜6度司祭館を訪れ、そのたびに奇妙な出来事に出くわした。
それらは「デイリー・ミラー」のウォール記者によって逐一報道された。
545:2008/11/15(土) 12:24:45 0
結果は予想通りだった。スミス師は教区民の教父を静めるどころか、うかつにも、あおってし
まったのである。観光客がよるとなく昼となくおしかけてきた。観光会社が大型バスを仕
立てて観光客を運び込み、気がついてみると、スミス夫妻は包囲されたのも同然の状態になっ
ていた。7月14日、がたがたの館と招かざる訪問客に愛想をつかして、彼らはロング・ミルフ
ォードに引っ越した。スミスはそれからしばらくの間教区を運営したが、その後、1930年4
月に新たにノーフォークに住居を定めた。

プライスはボーリーで少なくとも2度不安な気持ちになったはずである。1度目は、数枚のコインと
ともに聖イグナティウス・ロヨラの像を刻んだローマ・カトリックの大メダルが現れて、角砂糖がいくつか空中
に飛び去っていくのとほとんど同時に、ドサッと落ちてきた時である。拾い集めると、今ま
で人の手に握られていたかのように暖かかった、とスミス夫人は思い出して語っている。夫人
のメイドのメアリー・ピアソンはよく悪ふざけをする人だったが、彼女は夫人にこう謎解きをして見
せた。「あの男がコインを投げつけたので、私は角砂糖を投げてやったんですよ」  2度目
は、ずっと後にブルールームで交霊会を開いているときのことである。このときはもっと茶番め
いた出来事が起きた。外をのっそりのっそり歩く音がして、それから鎧戸がガラガラと開
く音がした。それに肝をつぶしたプライスは、声を押し殺して、ハリー・ブル師の霊でしょうか、
と尋ねた。明らかに土地の雑役夫のそれとわかるしわがれ声が、「馬鹿だね、彼は死んだよ」
と、答えた。

後に、スミス夫人は、呼び鈴が鳴り出したのはネズミのせいだと、断言している。屋根裏の垂木
に沿って呼び鈴の配線がしてあったからだ。という。また、2階の窓に見えた明かりは、
渓谷に沿って走っている列車の明かりが反射したものであることを、この地方の人々はよ
く知っていた。
546:2008/11/15(土) 12:33:29 0
541


   , -‐.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:‐- 、
             /:.:..:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.ヽ、:.:.:.:.:.ヽ
            /.:.:,r─-----─¬尸:.:.:.:.:.:l
         /.:.:/{-─、    _,─-尸:.:.:. ||
          | i{             |!:.:.:.:.::|:.|
          レー|  ◯      ◯ イ:.:/.:/.:|rァ
          { ハ! ' '        ' ' 'ノイィ介//')
         ト、j|   r‐--─‐、   に'// /
          ノ:ハ:.ヽ、 |/ ̄ ̄ }   /-イ/ 厶  <<また、、、、したくなっちゃったのいかな? 
      / ̄ ̄ `ヽ:.:.\───' イ川:/  { /   世界史板責任者さーん?
      /      \父_ー-‐ '´ /ノ.:.:/  | !
     / ヽ      〉 \   厶‐、/   lノ
    厂   \    /  {⌒>'´ ヽ\ イ
  /      \,-┴‐n<      \ヾ |
547:2008/11/15(土) 12:35:08 0
スミス家がボーリー教区を去ってから6ヶ月の間、司祭館には誰も住まなかった。そして193
0年10月16日、ハリー・ブル師のいとこのライオネル・A・ホイスターが新しい司祭として引っ越して
きた。ホイスター師は50代の始めの人で、前任地のカナダのノバスコシア州サックビルから帰国したのだ
った。彼はカナダには1928年から30年まで赴任していた。彼はリュウマチをわずらっていた
が、優しい人で、誰からも慕われた。31歳の魅力ある妻のマリアンヌと2歳半くらいの幼女アド
レードを溺愛していた。

ホイスター家がボーリーに住んでいる間に、役2000件の出来事が発生した。そのほとんどは、
およそ14ヶ月間に集中している。人の声、足音、物を投げつける音、壁に鉛筆で書かれ
たメッセージ(伝言)などである。このうち、1つは別として、そのほかのすべてはハリー・プライ
スのせいにすることはできない。というのは、彼はホイスターの赴任中にボーリーを訪れたのは1度
だけだったからだ。ブライスはボーリーを訪ねた翌日の1931年10月15日、ボーリーの不思議な出
来事について簡明なコメントをいくつか出したが、そのうちの1つを手紙の形で友人に書き送
った。「、、、、、、心理学的には大いに価値のある出来事だが、心霊学的には何の価値もない」

スミス家が去ってホイスター家が到着してから6ヶ月が経過した。その間にボーリーが司祭館の荒廃ぶ
りはさらにひどくなった。ホイスター夫人の夫のいとこにあたるブル家の人たちに寄れば、夫人
はボーリー司祭館を見た瞬間から嫌いだったという。彼女は土地の人とはだれとも友達になら
なかった。付き合うのは、夫のライオネル以外には、家族の友人で彼女の年齢に近いフランス系カナダ
人のフランソワ・ダルレだけであった。この人は館の裏にある納屋を借りて住んでいた。英国心霊
研究協会の調査員たちは、彼がホイスター家の家事を取り仕切っているような印象を受けたとい
う。1932年にマリアンヌ・ホイスターとダルレはロンドンで花屋を開店して、ボーリーには週末だけ帰ってき
た。ということは、恋人同士になっていたのだろう。ホイスター夫人はヒステリーとは言わないまで
も、奇妙な振る舞いが多く、かんしゃくを起こすと失神した。まったく物質化現象が見ら
れないあるときなどは、あたかも自分がそれを起こすことが出来るかのようにふるまった。
548:2008/11/15(土) 12:47:11 0



ホイスター家の到着後まもなく、ふたたびボーリー司祭館に幽霊が出没しだした。村人たちは、マリア
ンヌ・ホイスターに面と向かって、あなたが幽霊の糸を引いていると言って非難した。



549:2008/11/15(土) 12:48:58 0



廃墟となったボーリー




ホイスター家がボーリーに引っ越してきて以来、壁に書かれたメッセージ、ひとりでに鳴る呼び鈴、幽
姿、不審火、、、、、このような超常現象が次から次と起きた。問題は、本物かということである。



1878年に、エスター・コックスという若い女性が、カナダのノバスコシア州アマーストに在住の彼女の姉の家で
起きる物質化現象の中心人物となった。エスターには他の人には見えないものが見えた。その
家では、物を投げつけられたり、家具がひっくり返されたり、ボヤが起きたりした。そして、
エスターあてのメッセージ(伝言)が壁に書いてあるのが見つかった。そこで起きた出来事は本に
もなった。ウォルター・ハッベル著「幽霊の出る家;幽霊の実話――アマーストの大いなるミステリー」(1879
年)がそれである。この本は大成功で、10版を重ねて5万5000部も売れた。だが、
1919年に、米国心霊研究会がこれに対して、ウォルター・F・プリンス博士の著した「評論的研
究」を発表して、アマーストの出来事は実際はポルターガイスト現象ではない、と述べた。プリンス博士
は、すべてが分裂症ないしはてんかん性ヒステリーにかかっていたときにエスター・コックスが行った企
みである、と述べている。
550:2008/11/15(土) 12:57:11 0
アマーストから約8kmはなれたところに同じように小さな町サックビルがあって、そこに、エスター・
コックスの結婚した姉の一人が住んでいた。また、この町は、50年後にライオネル・ホイスター師と妻の
マリアンヌが住んだところでもある。ホイスター家の人々も、例えば現在のサドバリーの住人なら誰でも
ボーリーの不思議な出来事のことを耳にしたことがあるように、アマーストの出来事のことは聞い
ていただろう。ホイスターはボーリー赴任中に司祭館で起きた出来事について書いているが、この
とき彼は、ティードという変名を使っている。この事実は、彼がアマーストの出来事を聞いていた
ばかりか、細部まで詳しく知っていた証拠とみてよい。というのは、ティードという変わった
名前は、エスター・コックスの姉の結婚名だったからだ。したがって、彼の妻もその出来事を知っ
ていた可能性がある。2つの出来事の間には驚くほど類似性がある。ディングウォール、ゴールドニ
ー、ホールの3人調査員は、「ボーリー司祭館の幽霊」の中で、呼び鈴が鳴った事、物を投げつけ
られたこと、ボヤの発生、壁に書かれた不思議なメッセージなど、19以上の現象が双方に起きて
いると、述べている。

例えば、マリアンヌ・ホイスターがボーリーに到着して、ここはとても嫌いだ、と言ってから間もなく、
彼女は幽姿を見始めている。彼女以外の人は何も見ていない。そのすぐ後で、アマーストの出来
事と同じような物質化現象が起きはじめた。彼女はでたらめなことを言うといって非難す
る村人に、妻に忠実で献身的な彼女の夫は、自分には霊的な力がないので幽姿を見ること
が出来ないと答えたが、彼女を弁護するために、出来事の大まかな記録をとり始めた。だ
が、この記録は、彼も認めているように、時間が経ってからとったため混乱しているとこ
ろがおおく、本人が期待したほど役に立たなかった。

1931年10月、ハリー・プライスはブル姉妹の要請に応えて、再度ボーリーにやってきた。ここで、
なぜブル姉妹が要請したか、その動機を推測してみるとおもしろい。たぶん、姉妹は、この
館に住んでいたときに、悪戯や冗談の出所を知っていたので、今度の幽霊は本物だろうか
と疑ったためだと思われる。プライスも同じような疑問を抱いていたのだろう。彼は、ホイスター
夫人が自分でやった詐欺行為という確信を抱いて館から帰っていった。
551:2008/11/15(土) 12:59:17 0

ディングウォール、ゴールドニー、ホールの3人は、報告のあった現象を調査するにあたって、ホイスターが
最初の記録に残している出来事を分析した。いつも鳴る呼び鈴のことは1つの現象と数え
て、それぞれ異なった現象が103起きていた。そのうち、99は完全にホイスター夫人の誠実さ
に変わるもので、3つは自然的原因によるとすぐわかるもの、そして、残る一つだけがど
うしても説明できないものだった。

大きな疑問が残るものの中に、鉛筆書きの文字が壁の上に現れるという出来事があった。
ホイスター家が館にいる間に、7つほどのメッセージが壁に現れたが、そのほとんどがマリアンヌあての
もので、「明かり、ミサ、祈り」を要求していた。もう一つは、ホイスター家の養女の名前「アドレー
ド」あてに書かれたものである。メッセージの文字はすべて子供っぽい筆跡である。司祭館で
起きた不思議なボヤのうち、1回か2回かは幼いアドレードのせいかもしれない。少なくとも1
回、この子供は寝具に火をつけようとしているところを見つかったことがある。1933年に
ホイスター家は6ヶ月の休暇をとって旅立ち、三時会員のH・ロートンが司祭の代理を務めた。この
とき、都合の悪いことは何もおこらなかったが、ダグラス・ヒューム少佐も述べているように、
ロートンも館の中やその周辺でおかしな音がするのを聞いた。いずれにしても、その音を聞い
たところまでは、ホイスター夫人はフランソワ・ダルレとともに彼女たちのロンドンの花屋で時間を過ごし
ていた。それに、その前の年、マリアンヌとフランソワが花屋を開店するために始めて館を出て行っ
たとき、心霊術者たちの一団がやってきてお祓いをやったので、ホイスター家の人たちが親しみ
を込めてゴブリン(鬼)と呼んでいたものは、すっかり片がついたと思われていたようだ。
それとも、マリアンヌ・ホイスターは本当に司祭館の屋敷にいなかったのだろうか。

1935年10月、ホイスター家はボーリーを去った。それから5ヵ月後に、A・C・ヘニング師が任命さ
れた。彼はボーリーとは別のところに住むことを希望した。それ以来、ボーリーの代々の司祭は
リストンかホックスアースの司祭館に居住している。教区も1930年代以降はそれらの地区と併合され
ている。
552:2008/11/15(土) 16:07:45 0
しかし、散々使い古され、様々なドラマが演じられてきた館ではあったが、それでもmかだ、
それから4年間使用された。1937年5月19日、ハリー・プライスは司祭館を借りて、その一週
間後に、「タイムズ」に求人広告を出した。当番制で館内を観察する仕事で、大胆で批判精神
に富み、偏見がなく、暇と知性のある責任感の強い人、というのがその内容だった。応募
者が「心霊研究について知識を持っていなければ、余計に好都合だった」と、ぷらいすは
後に述べている。

ハリー・プライスとマリアンヌ・ホイスターが彼ら自身の個人的な目的のために詐欺行為を働いたとしても、
1938年11月に現場に居合わせたもう一人の詐欺師は純粋にお金目当てで働いていた。そ
の男はウィリアム・ホート・グレグソン大尉だった。彼は、ブライスの賃貸契約が切れた6ヵ月後に、ボー
リー・司祭館を買い取った。さっそく、グレグソンは、自分の買い取った屋敷を見世物にして観
光バスを出す事についてプライスに助言を仰ぎ、ラジオ放送に出て、小さな超常現象をいくつか
列挙して見せた。だが、彼の観光バスを出す計画は、1939年2月27日、突然沙汰やみに
なった。館は火事で焼き払われ、あとに残ったのは壁がいくつかと黒焦げの梁と煙突だけ
だったからである。

プライスを自主的に支援していた評判のいい心霊研究家のシドニー・グランビルは、彼の家で行われ
た交霊会で、サネックス・アミュレスという人の霊が、ボーリー司祭館を焼きはらってやると脅迫した、
と述べた。だが火事の本当の原因は、ウィリアム・クロッカー卿の自伝「平凡から離れて――ある弁
護士の生涯」(1967)の中に、はっきりと書かれている。著名な法廷弁護士だったクロッカ
ーと保険清算人のカスバート・バックル大佐は、保険会社のために、グレグソンの賠償要求を調査した
のだった。「彼自身による放火であると認め、失火による損失という彼の厚かましい訴えを
拒否した」と、クロッカーは書いている。
553:2008/11/15(土) 16:20:06 0
それでもmかだ、   、、、、それでもまだ、
554:2008/11/15(土) 16:35:57 0
恥知らずのペテン

ボーリー司祭館は、最終的には、1944年の春に撤去され、跡地は整地された。そこには、現在、
果樹園とモダンな平野が3棟ある。館の撤去作業中、プライスが「ライフ」のカメラマンと研究員のシンシア・
レドシャムをボーリーに連れられてきた。そのときまったく偶然に撮った写真に空中に浮かんでい
るような1枚のれんがが写っていたが、実際には、それは作業員が空中に投げたものだっ
た。「ライフ」は、その写真を冗談ぽい説明を付けて掲載したが、プライスはその著書「ボーリー司
祭館の終焉」(1946)の中に「最後の超常現象」として写真を収めている。シンシア・レドシ
ャムはあきれはてて、「ハリー・プライス恥知らずのペテン」と言った。

本当のところは、最初から最後まで恥知らずのペテンだったのである。それを、プライスが最も
安直に個人的な名声を勝ち得ようと利用したのだ。その証拠に、彼の死後示されたように、
彼の底の浅いインチキは、調査をしてみると持ちこたえるべくもなく、すぐに発覚してしまった。

1938年にC・G・グローバル氏にあてた手紙に、プライスは次のように書いている。「貴殿の種々
の批判に関して申しますと、司祭館に幽霊が出るという話の真偽は、最近、私どもの観察
員たちが行った調査報告によって決まるのではなく、これまでの50年間にそこで起きた異常な出来事によって決まるのです」

だが、1946年のディングウォール博士宛の手紙には、コップ一杯の水がインクに変わった時の事に言及
して、「ホイスター夫人のトリックは幼稚です。ホイスター家とブル家とスミス家を切り離しても、まだ何か残
るというあなたの意見に賛成です」したがって、残る何かとは、最近、私どもの観察員た
ちが行った調査報告であることになる。

プライスのインチキ話はすべて破棄されたが、1960年代、1970年代に、幽霊研究家たちは執拗に
地方を調査し続けた。その結果、本当に超常的なものを偶然に発見したようである。今度
は司祭館跡からではなく、ボーリー教会そのものからだという。
555:2008/11/15(土) 16:44:57 0



終わりのないボーリー




ハリー・プライスも彼を誹謗する人たちも、彼を指示する人たちも、みなボーリー司祭館にこだわっ
ていた。これは、見当違いの場所で幽霊を探していたことになるのだろうか。
ここでは、司祭館とは道路を隔てて向かい側にあるボーリー教会で、1970年代から調査が続け
られている本物の幽霊探しを検証する。






ハリー・プライスは、ボーリーについて調査するにしろ本を書くにしろ、12世紀に建てられた教会事
態にはほとんど注意を払わなかった。実は、彼には、1929年にエセル・ブルから聞いて、気に
していた話があった。エセルによると、教会の地下にはウォールレイブ家の棺が収められていたが、
19世紀に何者かが運び去ったということだった。プライスはそのことをそれ以上追求しよう
とはしなかった。そのため、彼は本物の超常現象に出会うチャンスを逃してしまったのか
もしれない。というのは、1970年代の初めから、教会の内部と周辺で説明できないような
出来事が起きているからだ。その多くはテープに収録されているが、司祭館で以前起きたこ
とよりはるかに不可解であることが分かった
556:2008/11/15(土) 16:49:38 0

この土地は、木造の教会が始めて当時、土地台帳にはイノシシ牧場と登記されていた。現在の
教会の南側の壁には、12世紀の創建当時の建物に使用されていたすい石や荒石が混じって
いる。内陣と身廊の北側の壁と西の塔は15世紀に追加され、それから100年後に赤煉瓦の
玄関が建て増しされた。教会の境内には、周りにイチイとトチの木が植えられ、ブル家の墓があ
る。ハリー・ブル師の墓には意思の十字架があったが、乱暴者が壊してしまった。ブル師は、晩
年にあずまやでまどろんでいるとき、尼僧と馬車の幽霊を見た、と言い張った人物である
エセックス州ハーロウで小さな心霊研究グループを主催しているジオフリー・クルーム=ホリングスワースは、ブル師の
本当の死因は梅毒だった、と述べている。梅毒は進行すると、ナルコレプシー(嗜眠発作)を伴
い、眠気が取れなくなる。その間に、患者は幻覚症状を呈する。これで、ブル師が幻視を見
た理由をきちんと説明できる。だが、クレーム=ホリングワースは、これだけでは理由にならない、
と言う。彼と彼の助手ロイ・ボッターは、彼ら自身が尼僧の幽霊を12分間にわたって見たから
だ。

クルーム=ホリングスワースは1960年代にボーリーが議論を呼んでいるのをたまに知り、自分で事実調査
をしてみることにした。彼と彼のグループはボーリーで一連の不寝番を行った。その後の調査員
たちもそうしたように、外から人が入ってこないように、夜間も監視を続けることにした。
いろいろな天候を選んだり季節を変えたりしながら1年間にわたって観察している内に、
彼らは、コツコツ物をたたく音、ハーハーあえぐような声、家具を動かす音など、様々な音を聞い
た。ある時、果樹園で、大きな黒い動物のようなものが果樹の間をぬって彼らのほうへ近
づいてきて、ドシンと音を立ててフェンスにぶつかった。
557:2008/11/15(土) 17:00:26 0
また、別の夜、午前3時ごろ、このグループは、笑い声や陽気な話し声を聞いたが、その
声を通ってボーリー教会の方へ進んでいくようだったという。その夜は霧が出ていたが、道路
のほうに誰のいないことを確認できるくらい明るかった。夜遅くまで酒を飲んでいた人た
ちの声かもしれないと思った。が、声が聞こえてくる方向を不審に思ったので、ロイ・ボッター
は自動車に乗り込み、エンジンを切ったまま坂道をロングメルフォードの方へ降りていったが、誰に
も出会わなかった。彼は、声の聞こえ具合を確かめるために、携帯無線を使ってクルーム=ホリン
グスワースと連絡を取りながら、ロングメルフォード街道沿いの各地点で叫んでみて実験をした。しか
し、果樹園に入る人には何も聞こえなかった。グループは、同じような音を記録しようと、
テープレコーダーを境界の玄関にセットして、遠くから見守ることにした。玄関に入る人影は見えな
かったが、物が壊れる大きな音が聞こえた。言ってみると、テープレコーダーがかなりひどくた
たきつぶれていたという。テープはリールからはずされていて、ぐしゃぐしゃにされていた。

だが、ハーロウ・グループに、ボーリーでは何か奇妙なことが起きると確信させたのは、あの尼僧を
見つけたことだった。ある雲のない夜、クレーム=ホリングワースは、果樹園にたって、尼僧の散歩
道の方を見ていた。

突然、彼女がはっきり見えた。黒い法衣にずきんをかぶった彼女は、庭を横切って垣根の
通りを越した。「誰かが私の足をひっぱっているのかな?」と思った。グループの中で一番近
くにいる、道路に出ていたロイを大声で呼んだ。その人物はモダンな車庫の中へ姿を消してし
まったが、あそこにいるんだ、と私は思った。そして、ロイがやってきたとき、私たち2人
は彼女がガレージのもう一方の側から出てくるのを目にした。彼女は私たちに3mぐらい手
前まで接近してきたので、2人とも彼女の顔を見ることが出来た。たぶん60歳代の、年を
とった婦人だった。私たちは、水のない溝の上を何もないかのようにすべるように渡って
いく彼女のあとを付けていった。彼女は建築用の煉瓦の中に消えてしまった。私たちは2
人とも怖いという感じはしなかった。
558:2008/11/15(土) 17:05:31 0
このような体験をしたクルーム=ホルングスワースに、プライスの話の矛盾を指摘する批評家を相手にす
るゆとりはない。彼はこういっている。

プライスが幽霊話をでっち上げたかどうか、私の知ったことではない。根本的な問題は、そこ
に幽霊が出るかどうかということだ。だから、私の言うことを信じれば、出るという事だ。
私は何もでっち上げていない。ロイと私は、尼僧をはっきりと、およそ12分間にわたってみたのだ。

クルーム=ホリングスワースの確信に満ちた話は、映画監督兼カメラマンのディー・デンシャムに感銘を与えた。
デンシャムは、1974年、テープレコーダーを使ってその教会で実験する許可を取った。その結果はB
BCがテレビ放送番組に使用したが、デンシャムの言葉によると、まったく不可解なものだった。

最初のテープ録音は冬の真夜中に行われた。教会を隅々にまで注意深く調べた後、祭壇のそ
ばにカセットプレーヤーを置いて班員たちは反対側のすみで見守った。テープにはドシンドシンという音
やコツコツと何かをたたく音が入っていた。次に、2台のテープレコーダーを教会の中において鍵をか
けた。1台は祭壇のそばに、もう一台は通路の中ほどに置いた。すると、重いドアをあけた
り閉めたりする音が、かんぬきがきしむ音とともに、ふたつのテープに入っていた。班員た
ちが外から見守っていたが、玄関のドアも内陣の小さなドアも開いたことはなかった。内陣
のドアのかんぬきを後で調べてみても、きしむようなことがなかった。

翌週、デンシャムの録音班は午前12時30分から不寝番についた。今度は高級なステレオテープに高
感度のマイクを2つ用意して、1つは祭壇の近くに、もう一つは通路の中ほどに設置した。そ
の上、祭壇の前にはカセットプレーヤーも置いた。それから、班員の半数は教会の中に入って鍵を
かけ、残りの数は教会の庭で見守った。

「突然、あたりの気配があやしくなった」と、デンシャムは語っている。「1人の班員が誰かに
見られているようだと言い出した。そして、われわれはみんなひどく寒いと思った」
559:2008/11/15(土) 17:09:52 0
次の2~3分間に、何かを通路に投げ込むようなガチャンと言う音がテープに収録された。ドアを
ノックする音や何かをコツコツとたたく音、大小のドアは鍵をかけて館抜きしてあったにもかかわ
らず、またもやドアをあける音、それに、背筋が寒くなるような人のため息もした。後ほど、
録音班は、カセットレコーダーがめちゃくちゃになっているのを発見した。クレーム=ホリングスワースのテープ
と同じように、テープ引き出されてぐしゃぐしゃにされていたのである。

録音班は7月にふたたびボーリーを訪れた。午前1時45分、また、あたりの気配が怪しくな
ったのを彼らは感じた。

誰かに見られているな、とわれわれの誰もが感じた。そして、体がぞくぞくするような悪
寒がしたおかしなことだが、このとき、様々な音が機会に収録されているような感じがし
た。事実、祭壇の近くで何かがひそかに動く音、またドアが閉まる音、何かがたたきつけら
れるような音、それから、大男が祭壇の前の欄干のそばをのっしのっしと歩くような音が
収録されていた。教会の床は石造で、その上に厚いじゅうたんが敷かれているので、普通
では作り出せないような音だった。

それから録音班員たちは、内陣のドアの近くで何かが光るのを目にした。続いて、人を威嚇
するような音がした。これは最後にボーリーを訪れた時の事だったが、ドアのそばのカーテンに小
さな光るものがいくつも見えた。そして、ドシンという音がした。

デンシャムは次のように述べている。

正直なところ、ボーリーはどうなっているのか、説明に困る。人に担がれたりだまされたりし
ないよう、また、テープも新しいものを使い雑音も入らないように、あらゆる努力をした。
いろいろな説明を当てはめてみたが、どれもうまくいきそうにない。教会に鉛筆と紙を置
いていって、何かを書いてくれるように頼んでみたのだが、応じてくれそうにない。まさ
か、テープを壊したりわれわれに物を投げつけたのは、われわれのことをおこっていたから
ではないだろう。
560:2008/11/15(土) 17:13:58 0

境内のエクトプラズム





1974年の夏以来ボーリーを最も定期的に調査していた研究者の一人は、エンフィールド超心霊研究会
の会員でプロのカメラマンであるロナルド・R・ラッセルである。いつも彼に協力しているのは、電気技
師のフランク・パリーと機会技師のジョン・フェイである。ラッセルはアグファcc21のカメラでボーリーを撮影
しているとき、おかしな写真が出てきた。このカメラのフィルムはカセットに入っていて、現像はアグフ
ァの現像所でしてもらう。

まったく通常のフレームの範囲でシャッターを切ったにもかかわらず、教会の境内のエクトプラズム(心
霊体)が写っていた。影のあるはずのないところにあり、北側のドアの近くに薄く光ったも
のが写っていた。カメラマンである私には、カメラの故障とは説明できないものである。

バリーは、ビッチやレベルを調整し、雑音を取り除いて、目当ての音をぴたりと取り出せる8ち
ゃんねるの録音機とグラフィック・アナライザーを使っている。ラッセルは次のように述べている。

われわれは今までに、異常な音や足音、物にぶつかる音などを、何百と収録している。あ
る時、ウォーグレイブ家の墓の近くに、障害物のようなものがあることを突き止めた。エネルギーが
竜巻のように立ち上っていて、触るほどだった。手をそこに通すと、静電気が発生したよ
うにバチバチという感じがした。また別の時には、ブツブツつぶやくような低い声がした。
561:2008/11/15(土) 17:16:48 0
444 KBだった


ラッセルは、プライスが事実を潤色したかもしれないと譲歩はするものの、ボーリーに関してはプライス
一派に加担しているようだ。

私は、ここには3つの要因が作用していると思う。第一は尼僧だ。ウォールグレイブ家のような
カトリックの家庭にいる尼僧ならば何もおかしなことはない。たぶん、クルーム=ホリングスワース氏が見
た幽霊というのは、それに似たある人物の心霊的な記録に過ぎないだろう。第二は、教会
そのものにある種の力が集中しているように思えることだ。そこはふたつの小道の交差し
たところで、教会でダウジングしてみれば、そちらに曲がるはずだ。第三は、その力は観察
者がいると強くなり、季節によって増減すると言っておきたい。

教会の幹部たちは、この問題については話さないようにして、態度をあいまいにしている。
だが、教区のガイドブックには、「幽霊」の見出しがあり、次のように書かれている。

この教会に幽霊が出るという人は、もちろんいる。古い教会や建物には、一部の人が幽霊
が出ると言いそうな雑音や陰気な場所が多いが、この村に長く住んでいる人やこの教会で
礼拝を行っている私たちには、そんな経験はまったくないので、一部の人の言うことは指
示出来ない。

562:2008/11/15(土) 20:07:14 0
この教会に幽霊が出るという人は、もちろんいる。古い教会や建物には、一部の人が幽霊
が出ると言いそうな雑音や陰気な場所が多いが、この村に長く住んでいる人やこの教会で
礼拝を行っている私たちには、そんな経験はまったくないので、一部の人の言うことは指
示出来ない。

                                             >>

ガイドブックの関係者が信用に値するか解らない意味で、、まに受ける事は出来ない、、、。

見たかどうかは、客観的な問題であるが、支持するかどうかとはまったく別の話である、、。

そういうやつらだけに、本当に見た事が無いかどうかは、私にはわかりかねる、、、。

知っていて知らないと主張し、ヤミの死後にまでいたるヒエラルキー支配を進める種類の人間は沢山いる、、。

DSM法の応用ですね、、、。少なくともインディオやローマ関係のヤミの影響下の発言、、。

つまり、人体実験支持者、、。まぁ、カトリックに限らず腹のうちではそういうのは多いですよ、、。(自傷他害行為予告でない)

563:2008/11/15(土) 20:14:20 0
 ↑  http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1206375108/200


まぁ、物的証拠から明らかとなったローマ系の知っていて尚且つ回り込んで心霊現象をでっち上げた事が解る話と、

物的証拠はあるが、はっきりした確実な決定的証拠とは言いかねる物的証拠と心霊体験の報告。

幽霊が物的証拠として残って居続けてくれていれば、確実に皆わかるんですけど、、、。

あの世の死者を察知する事は出来ても、見ると言うと意味がかなり違ってきますよね、、、。

催眠暗示で無い物をあるように見せると言う事例はある、、、。

つまり、同様に何らかのきっかけでないものを見ると言う事はあるようです、、、。

>>455-460を見ても解るように、偶然的に、他の誰かの遠くの出来事と関連をもつ種類の幻影を

見ると言う報告はいくつもある、、、。恐らく、強い念が、そのような幻覚を生じさせるものと思われる。

そのように考えたとき、困ってくるのは地縛霊の存在なんです、、、。どういうことなんでしょう、、、。

はるか古代の人間の地縛霊をも見ると言う報告も聞く、、、。人は平均的には1000年前後で生まれ変わるときいているが、

何千年もこの世をさまよう地縛霊が存在したら、、、ちょっと、私にはそこがわからないんですよ、、。

何度も生まれ変わっていく人がいる傍ら、生まれ変わる事無く何千年も地縛霊としてこの世をさまよう事があるのでしょうか?
564:2008/11/15(土) 20:54:11 0
この疑問に嘘をついたり、間違える事無くはっきり答えられる宗教家や人って今のところ一人もいないのかな、、、。

幽霊と言っても色々いるじゃないですか?嘘をつく幽霊もいれば、真実を告げる奴もいる訳です、、、。

悪霊もいれば守護天子もいる、、。消え行くあの世のものでない魂の地上に属する部分のドッペルゲンガーの可能性もある。

ところが、地上に縛り付けられて情況を知ることが無いか、知っていても成仏する気の無い地縛霊が、数千年間以上も

とどまりつづける事があったら、、、?誰かが、そんなことはない。全ての地縛霊は、数百年経てば間違いなく成仏している

と言い切って、皆がそれを信じ込んで行くときに、本当はそうでなく取り残されて数千年以上、成仏できない例外が存在したとしたら、、、。

各宗教家が、先ず、全員一致ではっきりさせる必要がある種類の話でしょう、、、。

ちょっと、全ての人がこの件については知っておく必要がある、、、。

565:2008/11/17(月) 07:43:28 0
転生の期間の問題については、ろくでもない人生ほど、特に早死にするほど直ぐに生まれ変わると言われている、、。

各の低い人ほど転生の回数が多くなると言う人もいるようだが、、、。(特にシュタイナーや丹波が、、。)

死んで直ぐに生まれ変わって物心がついたときに生まれる前のふるさとに帰ったと言う事例もインドでは良く聞く、、。

しかし、土地に何千年留まり続けるような事はありうるかと言う問題提起をしたということ、、。ちょっと奇形児の問題に似たものがある。

566、ミジンコ:2008/11/17(月) 08:32:38 0
霊に関しては、ヒエラルキーの現れであると一言でいって済ますべき問題なんですかね、、。

ヒエラルキーの地位やその支配力と言う見地で心霊現象はとらえられ対処されているようですが、、、。

ポルターガイストとかに関しては、物に対する解体性や破壊的影響力の問題の意味でそれ以上の支配力と言う問題ではなさそうですが

要する触手に関係した働きで環境にエネルギーを放出するか吸収するかによって物理現象を引き起こす種類の出来事、、、。

場所に付きまとうジンクスの問題も同様に目に見えぬ触手の働きがそこにあって、特有の方向付けが起こる、、。

http://society6.2ch.net/test/read.cgi/police/1162856514/250 で私が見たものは、

ふんわりとぽっかり浮き出て漂うように生々しいものが通過していったと言う事ですが、

触手系の霊が何らかのエネルギーを吸収して特定の人に幻覚を起こさせる力を持つ事もありうるんじゃないでしょうか?

要するに支配力の問題と言うよりは、破壊性や悪の表れと言うか、衝撃を引き起こそうとするペテンに関係したものと言うか、、。

例えそこに霊が居なかったとしても、ジンクスのある場所ではその場所そのものにそれらの破壊性や悪の痕跡と言うものが刻み込まれ残っている

状態と考えられそうだ、、、。逆に有用な働きが刻まれてその場所が奉られるようになる事もある、、。

これが神社の由来である、、、。恐らく精神医療や犯罪学からも何れわかる事になる話であると思われる、、。

何れの存在にせよ差し引きの制約がそれぞれの仕方で付きまとうようになっている世界の仕組みの事を示しているものと思われる。

これは、地縛霊にも当てはまる問題のはずである、、、。地縛霊に関しても受胎に通じる差し引きの制約に関係した問題と考えるべきでしょう、、、。
567、めいちゃん:2008/11/17(月) 08:59:12 0




     / ̄ ̄ ヽ,         容量が少なくなったからね、、
    /        ',
    {0}  /¨`ヽ  {0}',  、、、そろそろ投稿は潮時かな、、、。
    l   ヽ._.ノ    ',
   リ   `ー'′   ヽ  、、ここから先は、ホームエージのコイベを貼っていく事にするよ、、。
  (            )
   |           |
    |           |

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/esp/1199580812/163 エイリアンワールド

霊魂の世界は、現在途中まで進行中です、、、。
ビーリー司祭館 バイエルンのポルターガイスト アメリカの火の玉 キラキー邸のたたり グラミス城の恐怖 メーファーの幽霊屋敷 コックレーンの怪、、、
、、、、、
、、、、、

、、、

有り得ない事が起きる時、
チャールズ・フォート  ツングースカの爆発、、 双生児 ジンクスとのろい 偶然の一致 コッティングレイの妖精 空中浮遊 人間の自然燃焼 アルケマーデ空軍軍曹
568:2008/11/17(月) 09:34:30 0

  、、、しかし、プライスって奴は、悪いやつだな、、、。要するに詐欺の犯罪のペテンで

成立ってきた奴だが、超常現象の前では輪をかけて、凶悪さの激しさを増すと言う、、、。

569無動機単独テロ:2008/11/17(月) 09:38:32 0
プライスは、見た目はニールス・ボーアのような感じの人なんですけど、、、。






  ○  <<あの世でもこの世でも生きる資格もねぇやろうだぜy!
 く|)へ 
  〉  ヾ○シ プライス
 ̄ ̄7 ヘ/
  /  ノ
  |   
 /
 |
 |




570:2009/01/01(木) 19:53:27 0
明けましておめでとう御座います、、今年もヨロシクお願いします
            /;;;;;/ /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ
           /;;;;;;/ /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|ヽ;;;;;;;;;;;;;;;;;l;|
              |;;;;;;;;| |;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;/リl;;;| ゙、;;;;;;;;;;;;;;|リ
          |;;;;;;;;| |;;;;;;;;;;;;;;;;;;/;;;/l,,ノ;/  |/   lハ;;;;;;;;/
          |;;;;;;;;|j;;;;;;;;〃/l∠ニ'"      ‐ニ、 l;;/
              |;;;;;;;;l;;;;;;;;/'" ,r''{。;;;;;l`    , 〈 l。;;;}.〉 |_
           |;;;;;;;,-、;;|   ヽ`ー''"    ゙、 `ー'''  | |
              ゙、;;;|''ヽ l            , /      |ノ
             ヾ、ヽi                  |
              入__ ,、         ,.-、     /゙、
              l;;;;;;;;;;ノ \       ̄    /;;;;;;l
                ヽ;;;〈  | ゙ヽ、.        /ヽ;;;;;;ノ
               /;;;;;ヽ  |    ゙''‐- ,,_ ,.イ  /;;;;;;;ヽ
                      /  /    /    ヽ/~ ̄ \\ \ \
                      /  /  / /    / ∧/ヽ    ̄ヽ  \ \
┌──────────┐    /   /  / /  / / ,'"´`"ヘ ',     l    ,  ヽ
|                    |    // /  l  l ∧ ハ |    | l      |   |   ',
|  正 月 限 定       ..|   ,'/ / / |  |从 | l l |    | | l    |    lト、   l
|                    |   |ハ l ,′ |  |十弋 トミ|    | | |   l|    l| ',  |
|  お み く じ       |   | }|ハ.  !  !   ヾ〉 ヾ    廾ト|、 //|    l|  l. |
|    ※名前欄に     |     l |/ | | |z==ミ    __ 〃|/|∨/ ,'    l|  | ,'
|    !omikuji        .|    |从 |  ヽ |        ==ミ、!// /  / リ  |/
|  と し だ ま        ..|    ヾ川ヽ   \            ハ/  .ハ/ }   
|   ※名前欄に      |        ハ〉\  ヽ   r ′、     厶ヘ  / } /   アウグーリオ・ボナーノ!!
|    !dama        ....|         ヾ \  ',  ヽ__ノ   /| /| / ,'/
|  両 方 な ら        ..|           \_ト、   , ィ ´l/!/ !/
|   ※名前欄に      |           __ /ノ   ̄  ト〈
|   !omikuji !dama   ..|  /  ̄       / /        |  >-ー──- 、
|       . . . ∧\\ !. /         / /__.      | |        ',
|  今 年 こ そ  fヽ\ヽ \ 〈\      / /  `ヽ   , -| |      ,'  l
|     ま り あ と ', \\\ Y  ヽ    / /        | |      /   l
|呼ばれませんように      {   ',  / /           | |  ヽ /    l
└────────ーヽ        } | |            | |   Y     l
572世界@名無史さん
                      ,ィ, (fー--─‐- 、、
.                     ,イ/〃        ヾ= 、
         _,,r-‐''"´ ^ `N /l/               `ヽ
        彡        N! l                   `、
   ,, -‐- ,,-彡       l ヽ                     l` ´ ``‐ 、
 彡´      |    ,,w,,wヽヽ              ,,      |      `ヽ‐‐-- 、
_彡          |  //レ/ハl/ハ\ヾー        _,, ,,r,,/lヾ    |         }    `‐、
ハl/   ,/ハlヾヾ,l、 /三f、,,_   _,ヾニ_ ____彡ノノノノノ_ヾヾ   | ,l、 、     l、_ ,、-‐、  |
/レ  /l,,_/__ヽ lヾ ヽモ-ヽl ´fモチ7ヽ={ r‐ィッヾ ヽ-r'´〒fデF`lェr‐、ハlヽヽヽ   l     ヽ |
 l`=l fモチ)_{´ヽl!l     :l     l ll !l  `┴ー/ソl⌒ッ`┴┴' }//l l、 ,,、ァtッヒヽ、rゥ _,,ェヒ‐ l,-、
 ヾ}弋_シl弋 ヽl    ヽ-    ヽl lゝ__,ノ |  ゞ___ノl/l / l  `~゙´  lァノl 、fモチ lヾ;|
  ヾl   `'  `''´lヽ  ──   /l\l        l、,      l_ノ 〈 _     l!ノ l、,    lソ
   }\  ̄ ̄ ,ィl \   ̄  / l  l    ___    /  ──   丿 ─‐    丿
  ,/\ \__// \ \___/ ,,-''\|\    _       /|\  -   / |、  `  / ,|、
-‐'   \_,,-‐'\  `ヽ、  ,,r'   /|  \       / .|  \__/  ,,rヽ‐-‐ '' / l`ヽ
   ,,-‐''       \  /\/\  / \.  \____/  /\    ,,-‐''  /\ ,/  l  ヽ
-‐''´         \/  }゙ _,,,‐''\   \        /   /l\‐''    /  `ヽ、_ l
                 >>1 俺 た ち の 出 番 だ な ! !