1 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :
2005/06/28(火) 06:42:44 0 ●必ず回答が得られるとは限りません ・基本的に、質問がおもしろいと思った人が答えるだけです。 ●一応礼儀正しく ・堅苦しく考える必要はないですが。あまり礼を逸した質問は無視されることもあります。 ・普通に質問を書いていれば問題はおきないと思います。 ●質問を整理するよう工夫しましょう ・あまりにバク然とした質問は、答えづらく、回答率が低くなります。質問意図を明確にし、範囲を限定しましょう。 ・主に◎◎の面について教えてください、◆◆世紀の★★について知りたいです、などの限定付けがされた質問は回答を得易くなります。 ●催促はひかえる ・例えば「明日までに教えてください」なんて書いても、都合よく回答をもらえるとは限りません。しばらく様子をみる余裕を持ちましょう。 ・催促をするくらいなら、回答を得易い質問を工夫しましょう。 ●自分でも調べてわからないことを質問しましょう ・あまりに単純な質問は自分で調べなさいと言われがち。 ・自分で調べたのはどこまでか、そして何がわからなかったか書くなどすると解答率が高くなります。 ・特に、宿題の丸なげは叱責されます。 ●質問したら、追跡しましょう ・もし、思うように質問ができなくて、意図と違う回答が来たり、話題がズレたりした場合、質問者は話題の修正を試みてよいと思います。 ・が、そんなことにならないように、はじめに整理された質問ができた方が、なおよいです。 ・話題の修正をあまり強引におこなうとヘソを曲げる人も出るかもしれません。うまくやってください。 ●基本的にアゲ進行でお願いします
2 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2005/06/28(火) 06:43:24 0
4 :
世界@名無史さん :2005/07/10(日) 01:18:08 0
あれ?停滞してるの?
停滞というか、機能していないw
6 :
世界@名無史さん :2005/07/11(月) 14:16:38 O
ageさせて頂きます。わからないところがあるので教えて頂けるととても助かります。 ヨーロッパ世界についての質問です。 1、ギリシア文化の多様性の背景にあったものは、市民のどのような活動か。 2、キリスト教がローマ社会に広まっていったのは、どのような理由からと考えられるか。 3、東ヨーロッパ世界はなぜ形成されていったか、説明しなさい 4、カール大帝が西ヨーロッパの発展に決定的な役割を果たしたのはなぜか。 よろしくお願いします。
これはもー、何がしかの問題文の写し丸分かりですねー
8 :
6 :2005/07/11(月) 15:58:25 O
すみません。自己解決しました。スレ汚し失礼しました。
インダス文字は一部解読されているようですが、 その解読者とは誰ですか? 教科書・資料集・用語集のいずれにも載っていなかったもので。
10 :
アッメリカ :2005/07/11(月) 22:40:35 0
1.アメリカの独立革命戦争に参加したフランス、ポーランドの 革命家の名前を挙げて下さい。 2.アメリカの新しい州の連邦加入方式の具体的な内容を述べよ。 3.アメリカ建国の際に、最初は参加せず土地条例の適応を受けずに 24番目の州として認められたのは何州? 4.アメリカ建国時代の大陸会議に独立への最後の決断をさせたものは何? 5.アメリカ国歌の成立の由来は? 6.アメリカ独立革命で大陸会議の果たした役割。 7.なぜアメリカの初期時代は宗教の影響があれほど強かったのか? 具体的事例などもあれば。 8.著書コモンセンスの主張の要旨と、独立に果たした役割について。 9.フェデラリストとは何? 10.1800年のアメリカの革命について述べて。 11.モンロー大統領が当選した時のボストン新聞の 「好感情の時代」は、どういう意味か?
11 :
世界@名無史さん :2005/07/11(月) 22:41:43 0
これ答えたら神だな
ってか、こんな夜にだれも回答しないだろ。時間考えろ
>>10
>>9 フィンランド、ヘルシンキ大学のアスコ・パルポラ教授が
実質上の解読者と呼んでいいと思われ。
大抵は「研究チーム」「解読班」と団体で呼ばれていることが多いけどね。
13 :
世界@名無史さん :2005/07/11(月) 23:31:47 0
ロシア革命のときまだユリウス暦が使われていたのは何故でしょうか? グレゴリを導入する切っ掛けが無かったとかですかね?
>>12 ありがとう。
予備校で宿題にされたもので。
>>10 わかりそうなやつだけ。
1.ラファイエットとコシューシコ。
2.合衆国憲法4条3節を見て。
6.13州間の意志疎通。外交と戦争指導・・・・じゃないかな?
7.第一次信仰復興(18世紀中葉)の影響かな。
8.トマス・ペイン。「君主制はカスー!」 13州の世論を「独立止むなし」の方向に変えた。
9.建国期における政治的党派。リパブリカンとの対立はいわゆる「第一次政党制」をなす。領袖はA・ハミルトン。州権の抑制と連邦政府の執行権の強化を説いた。
10.T・ジェファソンの大統領選勝利に伴い、リパブリカンが天下を取る。
11.フェデラリストの実質的な消滅に伴う、党派対立の(一時的な)終焉。(フェデラリストの牙城であるボストンの新聞がこう言い出した点がミソ。)
>>13 カトリックの教皇が定めた暦ですから。
今でも正教会はユリウス暦。
>>10 >10.1800年のアメリカの革命について述べて。
第3代米国大統領に、トマス・ジェファソンが当選したこと。(1800年に大統領選挙。就任は1801年)
資本家ではなく、都市住民・西部農民・南部地主といった支持基盤が、彼の当選を後押しした点を
”革命”と表現した。
18 :
13 :2005/07/13(水) 01:09:00 0
>>16 なるほど〜。単純明快な理由があったわけですね。ありがとうございます。
もひとつ質問いいでしょうか?
教科書の図版で、ノルマン人が鐙をつけて馬にまたがり騎馬でイギリスに侵攻している絵があったのですが、
一体彼らはどこでこんな芸当を見につけたんでしょうか?
19 :
世界@名無史さん :2005/07/14(木) 03:43:35 0
すいません質問させて下さい 古代ローマの剣闘士、剣奴のような奴隷の扱い方は 古代ギリシャではなかったのですか?
>>18 1回、教科書を読み直せ。
そうすればその頃にはノルマン人がフランスでの有力諸侯になってる事が
分かるから。
>>19 あなたが「剣奴のような奴隷の扱い方」というのを、どうイメージしているのかによりますね。
「奴隷」身分に武器を持たせるという扱い方なのか、
「奴隷」身分を見世物・娯楽の対象として扱う扱い方なのか。
>>20 ああ〜そうでしたね。ロロがノルマンディー公国立ててましたね。すいませんでした。
23 :
世界@名無史さん :2005/07/14(木) 21:26:20 0
>>21 質問の意図後者の扱い方でした
もし前者もあれば両方お願いします
24 :
世界@名無史さん :2005/07/19(火) 17:52:26 0
あげ
25 :
地震板住人 :2005/07/19(火) 22:05:07 0
26 :
世界@名無史さん :2005/07/19(火) 22:07:44 0
ヒトラーによるユダヤ人絶滅の命令書が見つかっていないと 言うのは、本当ですか? それから、ガス室で殺された死体の解剖記録が一つも無いと 言うのは本当ですか?
28 :
世界@名無史さん :2005/07/20(水) 16:57:15 0
29 :
世界@名無史さん :2005/07/20(水) 16:59:24 0
華人・華僑は中国とその居住国(東南アジア・日本)の社会・経済に どのような影響を与えたんですか?
30 :
世界@名無史さん :2005/07/20(水) 17:11:00 0
ガス室は、あらゆる処刑法の中で最も高価な処刑法 だそうですが、どうしてドイツは、そんなお金の かかる方法で、民族皆殺しをしようとしたので しょうか?
>>28 >>30 ホロコーストねたは専用スレに行った方が深い御意見が聞けると思いますから、
そちらで質問なさって下さい。
32 :
世界@名無史さん :2005/07/21(木) 18:15:14 0
前近代とは、いつの事なのですか? 模試の範囲が 「世界史上の統治体制・官制・税制(前近代中心)」 となっています。
33 :
世界@名無史さん :2005/07/21(木) 21:25:43 0
スターリング=ブロックの名前の由来はスターリンと関係ありますか?
>>32 ヨーロッパだとフランス革命以前、だと思う。
私のイメージでは絶対主義やら啓蒙専制君主やらが蠢いてるあたりだと思うけど、どこまで遡るんだろ。
>>33 否。スターリングはイギリスのポンドのこと。綴りはsterlingだけど、星が刻印されていたことに由来するらしい。
スターリンStalinは鋼鉄という意味の変名。
35 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 13:51:09 O
大航海時代のヨーロッパで、価格革命というのがありましたよね? その原因(アメリカ大陸からの大量の銀の流入や人口増加)と結果(物価が約3倍になった)はわかるのですが、その間にある経過がわかりません。説明して頂けないでしょうか。 お願いします。
36 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 14:11:32 0
こんにちわ。ロシア革命について質問があるんですが、 ロシアはなぜ土地国有化できたのですか? 農民からどのようにして土地を集めたか教えてください。
>>35 大量の銀流入にともない、通貨価値が下落。
さらに人口増にともない、食料需要が増大。
以上の2要素により、食料を中心に物価が急騰した。
38 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 15:22:50 0
アンネ・フランクは、なぜ死んだんですか?
39 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 15:23:58 0
40 :
33 :2005/07/22(金) 15:35:32 0
>>34 ありがとうございました
少し恥ずかしい勘違いでした・・・
41 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 16:39:15 0
アメリカ独立戦争で、ジョージ・ワシントンとかが指揮官になって戦った、と言うけれど、 大統領に軍人がなったんですか?
>>41 アイゼンハウアーだって第二次世界大戦の英雄だよ
43 :
32 :2005/07/22(金) 17:17:53 0
>>34 大変助かりました。
どうもありがとうございます。
模試がんばります。
>>41 大統領になるには、全米規模での人気を獲得しないといけない。
それへの早道のひとつが、軍隊経験で生まれるエピソードの数々。
noble obligementの概念も浸透してるので、軍隊経験がない候補は
どうしてもある候補に対して弱くなりがち。
なので選挙戦には元戦友が応援演説や暴露話に大活躍という事が多い。
書き方悪かったかな? 「非軍人」を「軍隊経験の無い」に訂正。
48 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 19:58:42 0
すいません質問させてください 今使用している参考書で1951年のサンフランシスコ平和条約について 「ソ連・ポーランド・チェコは脱退し、インド・ビルマは欠席したため単独講和となった」 という一文があるのですが、これは上記の各国が日本との講和をこの時点で拒否したために 後に日本と各国での単独の講和条約が締結されたという意味であってるんでしょうか?
49 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 19:59:46 0
共和制ローマの執政官と同じだな。
50 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 20:02:11 0
ソンミ村虐殺事件について教えてください・・・ あとキッシンジャーについても知ってる事あったら教えてください
51 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 20:03:36 0
>>50 だから何が知りたいか書かないと答えようが無い
パソコンからだったらまずはグーグルで調べるなりすればそれなりに分かるだろう
それでも疑問に思う事があったら質問においで
>>1 を読みましょう!!
52 :
世界@名無史さん :2005/07/22(金) 20:22:13 0
日本を原子爆弾で爆撃する意味はあったのですか???
>>41 一般に大統領には軍人出身者が多い(大統領候補者には軍隊経験のメリットが大きい)というのは他の人の言うとおり。
だが建国期には、エリートのほとんどが古典的な共和主義者だったので「常備軍の存在→軍事独裁」というコースに対する懸念は非常に強かった。
(古くはカエサル、近くはクロムウェルの例。)
こうしたエリート層における「世論」を跳ね返してワシントンが初代大統領になれたのは、
(ジャクソニアン・デモクラシー以降と異なり、当時の大統領はエリート間の取引で選ばれた。)
1.ワシントンが全くそのような野心的な人物と見られていなかったこと
2.元軍人(旧大陸軍関係者)の不満を抑えるためには積極的にワシントンを政権に取り込んだ方が良いと判断されたこと(≒明治政府が西郷サンを鹿児島から東京へ呼び出す)
の理由による。
>>52 WW2後の国際関係において、圧倒的な軍事力を示す意味くらい?
今日予備校でルソーの死因はトイレで気張ったから みたいなコト聞いたんですがコレってマジですか? 便秘五日目で妙に共感を抱いてしまったので事実が知りたいです
56 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 00:22:28 0
>>52 ソ連に対する示威という効果も。
実際問題として1940年代のソ連は意外に消極的だった。
東欧の共産化も一気に進められたわけではなかったことが明らかになってるし、
ギリシア内戦では共産側を支援するユーゴを非難している。
58 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 08:38:13 0
ホロコーストがなかったと言うのは本当ですか?
59 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 12:55:22 0
うそ
60 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 16:27:52 0
戦後、連合軍がドイツで押収した戦時中のドイツ政府公文書の中に、 ヒトラーもしくは他のドイツ政府指導者がユダヤ人絶滅を命じた 文書は、実は、発見されていない、と読みました。 この事自体は本当ですか?
61 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 16:28:47 0
この2chに、「史上最大の捏造 ホロコースト」という スレがありますが、この内容は本当ですか?
62 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 16:30:15 0
ホロコーストについて質問します。 法医学者の解剖によって、ガス室で死亡したと確認された 死体はあるのですか?
63 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 16:31:03 0
ナチスドイツが、「ユダヤ人絶滅」のための予算を 計上していなかったと読んだ事が有りますが、本当ですか?
64 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 16:32:20 0
65 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 16:34:41 0
ソ連軍がアウシュヴィッツで押収したドイツ側文書の中に、 処刑用ガス室の設計図は1枚も無かったというのは、 本当ですか? そして、現在、アウシュヴィッツで「ガス室」として公開 されている部屋は、それらの図面を見ると、病死者などの 死体を安置するための死体安置室として設計されていたと 読みましたが、これは本当ですか?
66 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 17:53:56 O
いまいちよくわからない事があるので質問させてください。 オスマン帝国の政治が「オスマンの平和」をもたらしたのは何故なんですか?
67 :
世界@名無史さん :2005/07/23(土) 22:52:26 0
ガス室って、本当は・・・
>>ホロコースト関連の質問してる人たち ドイツで行って、自分の目で、連合国が押収した膨大な資料読めばいいんじゃね? 必死になって質問する情熱のある中高生なら、 ドイツ現代史専門家になって、自分で真偽に決着つければいいんじゃね?
連合国が押収した膨大な資料、がドイツにあるか知らんけどw
それ以前に同一人物が書き込んでるだけ 将に典型的な厨であってスルーするのがよろしかろう
唐揚げってなんで唐揚げっていうんだろう って唐揚げ
東欧の絶対主義は西欧の絶対主義と比べてどんな特色があるの でしょうか?ググってみましたが良いサイトを見つけられませんで した。よろしくお願いします。
サイトではなく普通に図書館か本屋の参考書をあたりなさい 夏休みなんでしょ?
74 :
72 :2005/08/05(金) 23:08:40 0
>>73 あ、図書館と本屋にはもう行きましたが、そのことについ
て書かれている本を見つけることはできませんでした。で
すが、探し方が悪かったのかもしれないので明日もう1度
探してみます。ありがとうございました。
75 :
世界@名無史さん :2005/08/06(土) 20:33:55 O
ナポレオンが発した大陸封鎖令は大陸諸国にどのような影響があったか説明して頂けませんか?
76 :
世界@名無史さん :2005/08/06(土) 21:20:50 0
>>75 フランスの自国産業発達の為じゃなかったかなぁ。
イギリスの製品は品が良くて、且つ安くても、フランス製品を買わせるために。
ところがフランス一国では、大陸全体に供給できるような工業力は無かったわけだ、と。
ウィッテって何者でしょうか・・・。
ググっても的を得た回答が得られないのでこちらで聞かせていただきます。
>>75 上にもあるようにフランス製品の流通+イギリス経済の疲弊が目的です。
また、プロイセンやスウェーデンなどは陰で隠れて密貿易をしていました。
ロシアも密貿易をしていましたが、ナポにばれてモスクワ出兵と相成ったわけです。
80 :
世界@名無史さん :2005/08/15(月) 10:39:39 0
盆休みage
81 :
世界@名無史さん :2005/08/15(月) 10:49:49 0
>>72 今は絶対主義のほうがとおりがいい?
かつて絶対王政の名前で習った
>>81 漏れもそう習ったが、絶対君主が王でない場合もあるので
今では絶対主義国家と呼ぶらしい。
84 :
朱由檢 :2005/08/20(土) 23:35:05 0
学生さんがかなりきてるみたいだから誘導age
85 :
世界@名無史さん :2005/08/20(土) 23:56:15 0
世界史ノートが良いとどこかの掲示板で以前見かけたので今日書店に買いに行こうと思い 見てきたのですが種類が多すぎてどれが良いのか分かりませんでした^^; MARCHレベルの大学を目指す場合は詳説世界史ノートと詳説世界史学習ノートのどちらがオススメなのでしょうか?
86 :
世界@名無史さん :2005/08/21(日) 00:06:09 0
87 :
世界@名無史さん :2005/08/21(日) 00:10:04 0
>>86 アドバイス有難う御座います。
そちらの板で聞いています^^
88 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2005/08/23(火) 14:11:12 0
時期が時期だしageますか。
北欧人がうはっ、アホ!とか思われてる理由は? 何でなんですか?プゲラ
>>89 西欧人から見て、北の果ての田舎者だからじゃないかのぉ。プゲラ
91 :
hwin :2005/08/27(土) 22:48:12 0
「東欧の絶対主義は西欧の絶対主義と比較してどんな特色があるだろう」 というテーマについてレポートを書く課題が学校で出されました。 図書館やインターネットでも探してみたのですが、どうしてもわかりません。 どなたか教えて下さいませんか。
>>91 なんでも質問スレで、何人かレスしてるから読めよ。
いや普通は検索どころか
参考書の一つにも書いてあるメジャーなテーマだが
>>91
94 :
世界@名無史さん :2005/09/04(日) 03:31:25 0
age
95 :
名無@世界史さん :2005/09/06(火) 18:13:18 0
質問が二つあります。 フランス革命の時期のフランスのことですが、第三身分のミラボー・ラファイエットが国民議会を結成したと 聞いたのですが、ミラボー・ラファイエットは貴族だから、第二身分じゃないんですか? たしか、第一身分→聖職者、第二身分→貴族、第三身分→農民・市民だったはずなんですけど。 もう一つ。 アメリカ独立戦争の時期のアメリカのことなんですが、 国王派→高級官吏・国協会聖職者・大商人・大地主 愛国派→プランター・自営農民・中小農民 とかいてあったのですが、プランターって農場主のことだと思うんですが、 大地主とどうちがうんですか? よろしく、おねがいします
96 :
世界@名無史さん :2005/09/06(火) 18:38:47 0
>>95 どの資料に書いてあるんでしょうかね。ラファイエットは第二部会所属の
議員でしたよ。第三部会を国民会議とする動きに賛成する議員は第二部会
にもいたということなんですが。
プランテーションという言葉の意味を調べるとわかりやすいとおもいます。
単純な農場ではなく、多くの奴隷や労働者を使って商品作物を生産するの
がプランテーションです。
大地主が地代を受け取り、直接農場経営などにタッチしない貴族的な存在
であるのに対してプランターは経営面に関与する農場経営者ですね。
97 :
名無@世界史さん :2005/09/06(火) 22:46:11 0
>>96 あー!!すいません、おっしゃるとおりです!
『第三身分がミラボー・ラファイエットの指導で国民議会を形成。』でした。。。
「が→の」と読み違えてました。。。すいません。。
プランターと地主の違いは理解できました。奴隷≠農民ってことですね。
ありがとうございました。
>>97 > 奴隷≠農民ってことですね
いや、そうじゃなくって、プランター=農園主は農場経営者で、地主は
直接には必ずしも農業経営と関係ないってこと。
99 :
世界@名無史さん :2005/09/07(水) 17:08:55 0
アメリカの黒人差別はどんな差別だったのか、教えてください。
>>99 いつの時代のことを知りたいのでしょうか?
例えば、1960年頃ならば、例えば白人の女の子にちょっかい
を出した程度の気に入らない黒人はぬっころされました。
で、白人だけの陪審員による裁判で犯人は無罪放免がデフォ
です。
101 :
世界@名無史さん :2005/09/07(水) 19:16:28 0
第一次世界大戦前のプロイセンについて教えていただきたいのですが、 どうしてヴィルヘルム2世は当時出されていた社会主義者鎮圧法の継続に 反対したのでしょうか? ロシアの再保障条約については、見栄坊という理由で勝手に自己解釈していますが(間違ってる可能性大)、 社会主義者鎮圧法についてはどうも解せません。
102 :
世界@名無史さん :2005/09/17(土) 22:42:42 O
トマス=クックっていつの時代の何をした人なんでしょうか?今日友達に聞かれたけど答えられませんでした。パソコン動かなくて検索できないし、学校で使ってる図説にものってなかったので…誰か教えてください!
これかな? 初代レスター伯トーマス・ウィリアム・クック (Thomas William Coke, 1st Earl of Leister) 1754-1842年。 ノーフォークの郷紳・政治家にして農業改良家。 いわゆるノーフォーク農法の担い手として"Coke of Norfolk"の異名を残す。 また、ホイッグ系の議員として晩年は議会改革にも尽力した。 なお同名の大叔父トーマス・クック(1697-1759)も初期の農業改革者として著名。
104 :
世界@名無史さん :2005/09/18(日) 11:05:53 O
105 :
世界@名無史さん :2005/09/24(土) 21:39:17 0
ギリシャ・ローマ代の内容をすぐ忘れてしまいます どうしたものですか
106 :
世界@名無史さん :2005/09/28(水) 15:00:37 0
中国の税制や政策がまったく理解できません 均田制とか租庸調とかなんとか何がなんだかヤヴァイです 分かりやすい解説、あるいはサイトの紹介をおながいします
107 :
世界@名無史さん :2005/09/28(水) 16:50:55 0
>>106 とりあえずまず中国の土地制度の流れ。
井田制/周→(阡陌制/秦)→限田法/前漢→屯田制/魏→占田・課田法/晋→均田制/北魏〜唐中期→佃戸制/宋〜明。
補足として天朝田畝制度/太平天国。
高校世界史だったら基本占田・課田、均田、佃戸を覚えておけば何とかなる。
限田や井田は資料集とかには出てるみたいね。
ではそれぞれの違い。
1.占田・課田法
西晋の時代に作られた法律。一定量の土地を支給し、そこから税を納めさせるというもの。日本で言えば班田収授法。
2.均田制
同上。土地の支給量などは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%87%E7%94%B0%E5%88%B6参照 3.佃戸制
要は荘園制。土地を持ってる形勢戸が小作人(佃戸)に土地を貸す。日本の墾田永年私財法ってとこか?
語呂合わせは占(田法)・課(田法)・均(田制)・等・で(んこ制)
等を入れたのは均田制までは国が大土地所有を制限しようとして土地を均等に分けたから。
唐までと唐からで180度変わってしまったって事。
次に税制度。
これは租庸調制(隋・唐)、両税法(780〜明初)、一条鞭法(明)、地丁銀制(清)を押さえればOK。
・租庸調制
字の如く、租(穀物)・庸(労働か布など)・調(絹などの布)を税として納めるもの。これは物納。
・両税法
大土地所有のせいでうまく税が取れなくなったため揚炎が780年に始めたもの。
年2回現住地での財産によって銭で納めさせたもの。
・一条鞭法
基本両税法と同じ。土地税と人頭税を一括して銀で納めさせたもの
・地丁銀制
ほぼ一条鞭法と同じ。土地税(地銀)+人頭税(丁銀)をまとめて、地丁銀として一括納入させたもの。
王国・皇国・帝国。 それぞれの定義はなんですか?
>>108 王国は、王(女王)が君臨する君主制の統治形態。
東アジアでは、王国は皇帝から冊封されている従属国なので、西洋の王国とは違う。
皇国は、天皇が統治する国。
帝国は、多民族・多人種・多宗教を内包しつつも大きな領域を統治する国家で、通常、その君主、元首、支配者は、皇帝と呼ばれる。
また、君主の名称が王であっても強大な国家の場合は、皇帝のような強大な王が治める国家という意味をこめて「帝国」と呼んだり、超大国を比喩的に指したりする。
また逆に大きな領域を保有していなくても、君主が「皇帝」と称している場合は「帝国」と呼ぶ場合もある。
帝国主義とは別物
110 :
理系世界史選択(後悔) :2005/09/29(木) 16:27:19 0
インド史グプタ朝について質問です。 グプタ朝で成立したヒンドゥー教はそれまで平民の支持を集めていた大乗仏教を駆逐しました なんで、仏教は大衆に受け入れられなかったのですか? ヒンドゥー教の教義はいろいろ調べたのですが、よくわかりませんでした。 ひょっとして、グプタ朝で成立した「マヌ法典」が仏教を禁じたのですか?
うーん、ヒンドゥーが強かったのもあるんだが、 仏教自体が哲学的な面で民衆と乖離を始めてたから、というのも、 これまた要因の一つなんだよなぁ 神というものの存在を受け入れるか否か、と、 学問的面に己を高めて真理に到達しますか、では、 大きく違うし、どの神を信ずるか、というのと同様に、 仏教側にもどれが真理よ?みたいなところがでてきてた 受け入れられなかった、禁じられた、というよりは、 必要以上にアカデミックになりすぎた、というのが印度仏教の減衰、事実上の消滅の原因かなぁ 現在で言えばいきなり「Daseinというのはね・・・」と話し出されても困るっしょ? そんなかんじ。 宗教が日常と密接に関わっていた時代にはちいと弱い罠。
112 :
世界@名無史さん :2005/10/01(土) 19:09:46 0
何故、イスラム教は偶像崇拝をかたくなに禁止したのですか? それによってどんなメリットが生まれるのですか? あと、もう一つ マラッカ王国は東南アジア最初の本格的イスラム国家って習いましたが、 本格的ってなんですか? よろしくおねがいします。。
113 :
世界@名無史さん :2005/10/01(土) 19:14:03 0
>何故、イスラム教は偶像崇拝をかたくなに禁止したのですか? コーランにそう書いてあるから。 >それによってどんなメリットが生まれるのですか? コーランの教えを守れば楽園に行けて、守らないと地獄行きになる。
>何故、イスラム教は偶像崇拝をかたくなに禁止したのですか? >それによってどんなメリットが生まれるのですか? 多神教へと変容する可能性の芽をつみ取る
大元のユダヤ教、キリスト教も偶像崇拝禁止。
キリスト教には十字架とかマリア像とかがあるから、
>>112 は「かたくなに」って付け加えたんだろうな。
118 :
世界@名無史さん :2005/10/02(日) 08:10:50 0
>>112 > マラッカ王国は東南アジア最初の本格的イスラム国家って習いましたが、
> 本格的ってなんですか?
それは教科書の記述?教師の発言だったら言葉のアヤかも知れないし
直接聞いた方が早い。
マラッカ以前にも東南アジアにもサムドラ=パサイとか、国王がイスラムに
改宗し、モスクを建ててイスラム法に精通した法学者を顧問とするような
イスラム国家はあった。普通はサムドラ=パサイが最初のイスラム国家と
言われる。
ただ、いまいちマイナーなので、教科書に載るような強国としてはマラッカ
が最初と言えなくはない。そういう意味で「本格的」なのかも知れない。
>>111 出来る範囲で補足しますね。
バラモン+民間宗教+仏教=ヒンドゥーなんです。
教義はヴェーダとカースト(バラモンから引継ぎ)、輪廻・解脱(民間と仏教)、
最高神は三神(ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ)が一体となす。
ヴィシュヌとシヴァは違う顔を持った一つの神だとかは聞いた事がありませんか?
話を戻しまして。
>>111 氏が述べているように、仏教が民衆から乖離したのもありますが、
ヒンドゥーが受け入れられたのは、反仏教派が一致団結してヒンドゥーを作り上げた。
その地域の民間宗教を取り入れた事(これはキリスト教もしていますね)、
叙事詩など判りやすく、改宗のしやすかったこともあるでしょう。
但し、下層カーストから逃れる為にイスラムに改宗した人が多かったのが現在も尾を引いていますが……
小テスト的なやつで先生にこれを説明しなければなりません。 ウマイヤ朝とアッバース朝の、税制からみた政治体制の違いを 70字以上120次以内で説明せよ。以下の語句を使うこと。 アラブ人 人頭税 地租 ムスリム だいたいはわかるんですけど、まとめれません
121 :
世界@名無史さん :2005/10/09(日) 14:33:37 O
ルネサンスにおいて模範とされたものを次から一つ選び 記号で答えよ。 ア 古代オリエントの政治 イ ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の政治 ウ インドのカースト制 エ 古代ギリシャ・ローマの文芸 分かんないよ(ノД`)
122 :
121 :2005/10/09(日) 15:19:20 O
あ 自己解決しました(´∀`)v
>>122 _,,_ パーン
( ‘д‘)
⊂彡☆))Д´)
>>120 ・アラブ人の8人なら大丈夫だろうと思っていたら同じようなターバンの20人に襲われた
・ダマスカスから徒歩1分の路上で徴税官が頭から血を流して倒れていた
・徴税官が民家に突っ込んで倒れた、というか介抱された後から地租とか人頭税を強奪する
・「何も持たなければ取られるわけがない」と手ぶらで出て行った男が兵隊になって戻ってきた
・イスラム圏の半径2000Kmは徴税にあう確率が150%。一度取られてまた取られる確率が50%の意味
125 :
120 :2005/10/09(日) 18:09:38 0
すいません、書き忘れですが 段落わけはしないこと だそうです
なら自分で文を直すとか考えないの?
以下の語句は使うなとかいう縛りはないの? ジズヤ ハラージュ 啓典の民 マワーリー アター
これもか ジンミー
>>125 「だいたいわかること」を日本語として通じなくてもいいから書いてみなよ。
ポイントは、ウマイヤ朝で徴税面で優遇されてたものが、アッバース朝で優遇されなくなったこと。
「平等化」なんて言い方がされる。
誰が、どういった税を免除されていて、それがいつ、どう変化したのか。がわかってれば無問題。
130 :
120 :2005/10/09(日) 19:25:30 0
これでいいんですか? ウマイヤ朝ではアラブ人は人頭税と地租が免除となったが アッバース朝ではすべてのムスリムが平等になり土地をもつ アラブ人も地租を納入することとなった 71文字ぐらいです
131 :
世界@名無史さん :2005/10/18(火) 12:57:20 0
直リンするなよ この板は専ブラ使ってる人すくないだろうに
133 :
受験ボナパルト(理) :2005/10/18(火) 17:51:21 0
13植民地時代のアメリカについて質問です 7年戦争後、イギリス本国は、軍事費を賄う為に重商主義政策と課税を強化しました。 1773年に茶法で、『イギリス本国が東インド会社に茶の貿易独占権を与える』という事になりました。 13植民地側はボストン茶会事件を起こして、これに反発しました。 ここで、質問ですが、13植民地側に茶法はどのようなデメリットがあったのでしょうか?
134 :
世界@名無史さん :2005/10/18(火) 17:56:29 0
135 :
パルメニオン :2005/10/18(火) 20:31:42 0
オランダ人が密貿易で運んできていた茶は、イギリス東インド会社 の茶に比較してそれ程安くはなかったようですが、ボストンなどでは オランダ人と結びついたアメリカ人密貿易業者が危機感を持った結果、 激しい反英運動に繋がりました。
136 :
世界@名無史さん :2005/10/18(火) 20:49:36 0
もし中国が民主化したら国名はかわるのでしょうか? 共産党が消えたら「中華人民共和国」じゃなくなるのですよね。 そしたらどんな国名になるのでしょうか。
137 :
世界@名無史さん :2005/10/18(火) 20:52:50 0
中華共和国とかじゃねーの。 新中華民国とか中華連邦とか。
138 :
世界@名無史さん :2005/10/18(火) 21:06:20 0
新漢中共和国 らしいよ
139 :
世界@名無史さん :2005/10/18(火) 23:14:30 0
仮に「中華連邦共和国」だとして、「連邦」が追加される理由わ?
140 :
世界@名無史さん :2005/10/18(火) 23:19:04 0
連邦制で少数民族に自治を与えるというお題目で国際社会の支持をげと。
141 :
世界@名無史さん :2005/10/18(火) 23:35:35 0
サル
>>133 一社に独占されてしまえばどういうことになるかぐらいの想像はつくはずだが・・・。
毎日の楽しみであったお茶の値段が吊り上げられ飲めなくなるが模範解答。
その前の砂糖条例や印紙法などと絡めれば分かると思うが、見え透いた手でイギリスは口実を作ってはアメリカから間接的に金を搾り取っていた。
これに対して相談も無く同じ白人から金を取るなとの根強い反発があったのだ。
「代表なくして課税無し」
俺達も同じ白人だ、金取るなら筋を通せ、植民地ではないぞとな
143 :
世界@名無史さん :2005/10/19(水) 00:14:53 0
中国の名称が変わっても「チャイナ」と英語読みは かわらないのかね?
>>143 高麗が滅びてもコリアだからな。同じじゃネ?
145 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 12:15:42 0
第一次世界大戦後のヴェルサイユ体制は何故、ロシアに不利な体制になっているのでしょうか ロシアは第一次世界大戦では、連合国側で対戦したのに、なんでですか? よろしくおねがいsます
146 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 14:17:55 0
147 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 15:22:23 0
>>146 なるほど!ブレスト=リトフスク条約ですね!ありがとうございました!
もう一つ質問です。
第一次世界大戦で教科書に
ドイツによるベルギーの中立侵犯を理由にイギリスも参戦
と書いてありますが
これは、ベルギーを国際的に中立国と認めたのに対し、その国際的なきまりをドイツが破った
から関係ないイギリスも連合国側で参戦したと解釈しているんですが、合っていますか?
あと、サライェボ事件でオーストリアの対セルビア宣戦が出され、
オーストリアに協力しているのは三国同盟のドイツは分かるのですが、
トルコとブルガリアがなぜ同盟国側にいるのでしょうか
三国協商の国がなぜオーストリアと戦うのでしょうか。
よろしくおねがいします
148 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 17:07:58 0
>>147 質問の小出しはよくないよ
まとめて質問してください
上 合ってる。というか参戦するタイミングを見計らってた感じかな
下 ヒント:バルカン戦争
149 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 18:01:03 0
バルフォア宣言とフセイン・マクマホン協定が矛盾してるそうですが、 どこが矛盾してるのですかー? 山川の用語集ヨンでも、よくわかんないのですが。
150 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 18:34:35 0
>>148 すいません。次から次へと疑問が生まれるので、本当に申し訳ないです。
バルカン戦争を調べてみました。
ブルガリアについては第一バルカン戦争でバルカン同盟に属していたけど、
第二バルカン戦争で裏切って、敗北後、墺・独に近づくので、第一次世界大戦では独・ブラガリアは墺側につく。
で、露はスラブ系なのでセルビア側につく。
露には三国協商で英・仏がついて、日英同盟で日本もつく。
ここまでは自分でこう解釈しました。
でもトルコが理解できません。第一バルカンではセルビアと対立するけど、
第二バルカン戦争ではブルガリア包囲に協力しています。
そのトルコが何故、同盟国(ゲルマン)の側についたのでしょうか?
露土戦争で露と対立してたからでしょうか?そのくらいしか思いつかない。
151 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 18:53:22 0
>>149 フセイン=マクマホン協定 アラブ人に対してトルコからの独立を約束
バルフォア宣言 パレスチナへのユダヤ人国家建設援助を約束
パレスチナはトルコ支配のアラブ人居住地だったので、この地にはアラ
ブ人国家とユダヤ人国家が並立する理屈になるが、そんなことは出来な
いということ。
152 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 19:03:53 0
>>150 視点をブルガリアを中心に絞って考えなさい
セルビアその他は脇役です
153 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 20:17:11 0
アテネとアテナイ テーベとテーバイ プラタイアとプラタイアイ どっちが正しいんですか?
154 :
世界@名無史さん :2005/10/21(金) 21:01:33 0
>>150 オスマン朝の参戦はロシアとの対立のせいでいいと思う。
ブルガリアはあまり乗り気じゃなかったけど、セルビアをつぶせないオーストリア=ハンガリーがマケドニア割譲を約束したんで参戦。
156 :
世界@名無史さん :2005/10/22(土) 12:35:25 0
157 :
世界@名無史さん :2005/10/22(土) 13:56:12 0
>>156 よその国の言語を日本語で表すんだから訳す人によって違いも出てくるだろ
それが何パターンかあるんだよ
それに、ギリシア語表記か英語表記かでも変わってくる
158 :
浪人だけど :2005/10/22(土) 14:59:14 0
神聖ローマ帝国で皇帝選挙があるじゃないですか だったら、どうしてザクセンやシュタウフェンみたいな世襲の王朝があるんですか? 前に先生が断絶するまでは選挙は行われないみたいなこと言ってたけど これは正しいですか? この先生あんまり信用できないし それ言ったすぐ次の時間にハプスブルク朝断絶してないのに カール5世とフランソワ1世が選挙始めちゃったし あと、シュタウフェン朝って本によってホーエンシュタウフェン朝って 書いてあるんですけどホーエンって何か意味のある言葉なんでしょうか よろしくおねがいします
まず受験には全く関係の無い知識であると前置きをして。 >神聖ローマ帝国の皇帝選挙と世襲制 皇帝選挙というのは、実際はドイツ国王の選挙です。ドイツ国王だけが皇帝への 期待権を持っていたので、実質上(そして国王側がしばしば主張していましたが)は皇帝選挙というわけです。 一口に国王選挙といっても、時代によって様々に変わっています。教科書に載っている選帝侯による選挙というのは 正確には金印勅書以降の事なのですが、選挙制度の変遷については割愛します。 さて、選挙王制なのになぜ王朝が存在するか、という指摘なのですが、選挙といっても 現在の選挙とは概念が異なっていて、国王(皇帝)による後継者指名が認められていました。 この後継者指名に従う事は、国王と封建関係を持っている諸侯達にとっては義務でありまして これに従わない意思を明確にするという事は国王への反逆罪と見做されました。 ですからザクセン朝と呼ばれる王朝内であっても、選挙は行われているわけです。 なぜマクシミリアン1世死後の皇帝選挙が注目されるかといいますと マクシミリアンの生前に、この後継者指名が自身の即位時の事情により行われなかった為 マジメな(というのもおかしい話ですが)選挙になったからです。 >ホーエンシュタウフェン家 これは彼らの居城から取られた氏族名です。(現在も同名の山だったか、地名だったかで残っている筈) ホーエンとはHohenで、高いという意味です。地理区分とでも言えば良いんでしょうか?
選挙王制と世襲王朝の並存に関して追加です。 ドイツ王の選挙において、被選挙権を与えられる資格は自由人であるかどうかでした。 なので、理念上はドイツ王国の民でなくても選ばれるわけなんですが 古代ゲルマン的な風習、血統を尊ぶというものが強く影響をしていて シュタウフェン朝までの選挙では(残滓はその後も残りますが)、王の血を引いているかどうかが非常に重要な要素でした。 (スコットランドの選挙制に比べると薄れているようですけれど)
すいません、誤解を招くような記述があったので訂正を。
>>160 の選挙王制と世襲王朝の並存というのは、
>>158 氏の質問の意図を
書いただけです。ドイツ王、あるいは神聖ローマ皇帝は最後まで世襲とはならなかったので。
王朝名で区切られるように、“事実上の”世襲は有り得ても、それは国王に与えられた特権の
行使に基づくものであって、王権が王個人の家系(血統)に由来するというものにはなりませんでした。
簡単に言うと、様々な条件が重なって、たまたま連続して王権を担当した同一家系の人達=ドイツの王朝とでも考えておいて
そう大きな間違いは無いでしょう。
>神聖ローマ帝国で皇帝選挙があるじゃないですか >だったら、どうしてザクセンやシュタウフェンみたいな世襲の王朝があるんですか? 自民党の55年体制と同じ原理です。 力のあるところは票の取りまとめがうまいんです。 >前に先生が断絶するまでは選挙は行われないみたいなこと言ってたけど >これは正しいですか? 嘘です。ずっと選挙してました。 >あと、シュタウフェン朝って本によってホーエンシュタウフェン朝って >書いてあるんですけどホーエンって何か意味のある言葉なんでしょうか 昔のヨーロッパの苗字なんて適当です。 鎌倉頼朝とか室町尊氏とか江戸家康ぐらいのニュアンスです。 「王朝の苗字なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのです。」
>>156 αιを「アイ」と読むのが古代ギリシア語。「エ」と読むのが現代ギリシア語。
なんでどっちでもOKかと。
>ホーエン
そういやホーエンツォレルンももともとは「ツォレルン」伯ですよね。
164 :
浪人 :2005/10/22(土) 20:57:10 0
さっそくありがとうございました。 受験には関係ないだろなあってことは分かってたんですけどそういうことはここで聞いていいんですかね 前に読んだ「ハプスブルク家」って本の中に 「カール5世が選帝侯たちを巧みに説得して、やや強引に弟のフェルディナントをローマ王に指名させた ・・・皇帝が権力を背景に嫡子または縁者をローマ王に指名しておけば帝位は常に独占される。 ハプスブルク家が帝国の玉座にすわり続けたのは、まさにこの手段によったのである。」 と、あったから、ハプスブルクは悪知恵を働かして帝位を世襲したのかって思ってたんですけど みんな当然のこととしてこれをやってたんですね。(だったらどうしてしなかった人がいるのか不思議になってくるけど) 普通、受験生用の参考書には 「1438年以降、ハプスブルク家が事実上帝位を世襲した」 とあるのに、ほかの王朝には世襲という言葉が一切ないので、なんだかハプスブルクだけが特別で世襲していたような印象がして、 でも、それにしては、他の王朝が途絶えた理由が断絶で選挙に落とされたというわけではなさそうだったから変だなと思って
>だったらどうしてしなかった人がいるのか まあ……まだ生きるつもりだったのに急死しちゃった人とか。 指名できるほど力がなかった人とか。 指名した息子に裏切られて廃位に追い込まれちゃった人とか……いるし。
カラジチさんに追加で 国王選挙の際に、候補者から様々な提案が選定侯を始めとする諸侯に提示されます。 その中でもよくあったのが“後継者指名特権”を行使しないという一項です。 (例えばルードルフ1世もそれを受諾していたと思います) 諸侯側としては、出来るだけひとつの家に王権を独占させたくないのです。 やはり帝冠に付随する諸権利をひとつの家系が独占する事は脅威であったので。
>>150 第一次大戦のトルコ参戦理由は大きく2つある。
一言でまとめれば、「エンヴェルが原因。」
エンヴェルは青年トルコ革命の立役者にしてスルタンの娘婿。
近代トルコではエンヴェルがぶち壊し、ケマルが尻拭いに追われる流れがデフォ
原因@ドイツフェチのエンヴェルは技官も制度も軍艦も個人的な趣味でドイツを採用。
ドイツが戦争を始めると(イギリスからの強い中立化要請を無視して)、趣味で参戦。
原因A夢想家のエンヴェルは同じトルコ人の住むロシア領トルキスタンを手に入れることで、
大トルコ帝国を作れるという誇大妄想(汎トルコ主義)を抱き参戦。
168 :
浪人 :2005/10/23(日) 16:39:45 0
>>164 は読んでしばらく考えてから書いたんで
>>162 ,163サンに気付いてませんでした。ゴメンナサイ。。ありがとうございました。
自分では分からないことが他にもたくさんあるんで、そっちもいいですか?とりあえず今度は受験に関係ありそうなものを。
サファビー朝とムガル帝国の関係についてなんですけど、
まだ現役生だった時の…冬休みに始めて予備校に行って論述の授業受けてオスマンとサファビーとムガルの関係を書くという問題で
「サファビー朝はオスマン朝とも対立しているため、ムガル帝国も国内でヒンヅー教徒と対立しているので
シーア派とスンナ派ではあるがフマユーンが保護してもらうなどサファビー朝とムガル帝国の関係は良好だった。」
という風に習ったんですが、3学期に学校の問題(学校の問題に的中してもなーって感じだけど…)でサファビー朝とムガル帝国の関係を書けという問題でそう書いたら
アウラングゼーブ帝が出てくるまでは国内で対立がなかったからシーア派のサファビー朝とは仲が悪かった、って言われたんですけどこれはどっちが正しいですか?
ちなみに、学校のほうの問題はなくしちゃったんで正確には言えないんですけど単に書く時代を間違えて
アウラングゼーブ帝前後のことを書かないといけなかったのに勝手にアクバル帝前後の事を書いたということではありません。
あと、予備校の先生というのが昨日の皇帝選挙なんてしませんって言ってた人なんですよね…
169 :
世界@名無史さん :2005/10/23(日) 17:48:04 0
>>167 それはちょっと古いけどな。
オスマン帝国参戦の真因は複数の説があって確定してないんだな。
170 :
世界@名無史さん :2005/10/23(日) 19:33:09 0
>>169 誰かが出した解答に対して知ったかぶりで1レス消費するなら、その複数説とやらを紹介すれば?
>>150 単純にトルコがドイツの圧力に屈したという事もあるし
トルコにとっても、ドイツが勝って協商側が負けた方がメリットが大きかった。
何故ならトルコは英・露の緩衝地帯のひとつ。中立なんて守っても
戦後につばぜり合いが始まる事は目に見えてるからね。
172 :
ボナパルト笹村 :2005/10/24(月) 01:44:42 0
>>152 >>155 >>167 >>171 丁寧にありがとうございました。返信おくれて申し訳ないです。
これまでの意見を総合すると、
トルコは英国からの中立要求があったが、戦後に結局、英・露に侵略されそうだろうから拒否。
ドイツからも世界政策などの圧力に屈したか、もともとドイツはトルコに侵略戦争をしてこなかったから
トルコの政治家も親独的だったので、ドイツ側についた。
ロシアとは南下政策に悩まされ、かつてのトルコ領を取り戻したいという思いもあったから
いろんな利害関係を考えたうえで同盟国側についたというわけですね。
やっと納得できました。ありがとうございました。
173 :
ボナパルト笹村=150 :2005/10/24(月) 01:46:03 0
150です。
質問するのにコテなんていらないから ('A`) なんでもかんでも質問する常習と思われたら返事来ないよ
つか、受験対策を匿名掲示板に頼ってる時点で・・・。 それを言っちゃあオシマイなのかも知れないが。
177 :
世界@名無史さん :2005/10/25(火) 13:46:24 0
帝国時代について質問です。 植民地ってなった国の国民で強制労働などについていない人も本国の支配を受けていたのですよね? なら行政権や徴税権もすべてほんごくがもっていたのですか?現地人の政府は存在していなかったということですか?
178 :
世界@名無史さん :2005/10/25(火) 14:20:13 0
>>177 そんなに単純ではない。そもそも、国家が経営する植民地以外に個人や会社
が所有経営する植民地も存在していた。
例)ベルギー領コンゴ=ベルギー王の私有植民地
東インド会社等の植民地経営
また、直接統治するよりも間接統治するほうがコスト的に引き合うこともあ
り、現地政府というよりも既存の支配層の上に植民地政府が存在する形での
分割統治も行われているから、現地人政府が存在するからといって、よりマ
シな統治形態というわけでもない。
179 :
世界@名無史さん :2005/10/25(火) 14:42:52 0
>>177 現地民の政府を残した上で、外交や軍事を本国が肩代わりする「保護国」という制度もある。
>>178 それはベルギー領コンゴじゃなくてコンゴ自由国な。
コンゴ自由国は本当にベルギー国王個人の私有財産だったんだけど、
むちゃくちゃやりすぎて叩かれたんでベルギー政府の管理に移管して「ベルギー領コンゴ」になったの。
180 :
ちえ :2005/10/25(火) 18:54:39 0
アメリカ社会と赤狩りについての宿題が出たのですが、 よくつながりについてが分かりません。赤狩りはどうして起こったのか。 なぜアメリカ映画関係がかかわってくるか、教えていただけませんでしょうか?><
>>180 ごく簡単にいえば、
赤狩りというのは、第二次世界大戦後のアメリカを中心とする反共産主義のこと。
アメリカ社会や政府から、共産主義者や共産主義に共感する者を締め出そうとする動き。
それを主導したのがマッカーシーという人で、この赤狩りのことをマッカーシズムと言います。
アメリカにおける反共主義の歴史については『岩波講座 世界歴史』の24か25巻ぐらいに、
それについて書かれた論考があります。(手元にないので、記憶を頼りにレスしてます)
なぜアメリカ映画関係がかかわってくるか、
ずばり、『ハリウッドとマッカーシズム』という本があります。ご一読あれ。
ネット上では 「世間で言われてる日本の自虐史観は本当の歴史を見てない」とか 「世間で在日が謝罪と賠償とか言ってるが、そんなもん払ういわれはない」とか 「世間ではホロコーストは定説だがあんなもんユダヤと連合国の捏造だ」とか、 いわゆる教科書で教わる「歴史・世界史」の内容に疑問を向ける意見が様々ありますが、 「アカ共は根絶やしにするべきだ」というのに反論する声というのは見た事がないです。 やっぱりコレはソ連が崩壊した(=共産主義が失敗している)事と関係があるんでしょうか?
>>182 俺の読解力がなくて、何度読んでも理解できなかった。
「アカ共は根絶やしにすべきでない」という意見を「見た事がない」と言ってるわけだよね?
どこで?
「共産主義が失敗したので、共産主義者は根絶やしにしてもかまわない」という論調があるのか?という質問ですか?
>>183 すいません、言葉の選び方を大きく間違えてました。推敲が足りず、失礼しました。
>>182 で言いたいことは「共産主義を肯定する意見を見た事がない」ということです。
単に自分の見ているサイト・読んだ本・観た番組などで
共産主義が肯定されている意見がないなぁ…と思い、
やっぱりそれは「共産主義の否定」が世間の共通認識ということになっているからだろうか?
だとしたらそれはソ連の崩壊と関係があるんだろうか?と思ったんです。
>>183 さんの読解力に問題はありませんでした。混乱させる文章を書いてしまい、重ね重ね失礼しました。
>>184 あのさ、これは俺の想像なんだけど
君はかなり偏った時代、分野のサイトや本しか見てないと思うよ
自分でも気づかない内にね。
>>185 そうでしたか…薄々そんな気はしてました。
そう言われるとやっぱり自分自身の共産主義や社会主義についての知識自体も疑わしくなってきました。
それらについての知識を深めるのによい本はありませんか?
>>182 なるほど、把握しました。
共通認識と呼べるものがあるとして、「世間」の共通認識と、「研究者、歴史家」の共通認識は、おそらく同じではないでしょう。
確かにソ連崩壊が反共主義の正当化の道具となったという認識は、あるかもしれませんね。
ただ、ソ連崩壊後も社会主義を掲げる国家はまだ存在しますし、何故体制を維持できているのか、またどう蝕まれているのかの研究も多いです。
「共産主義の肯定」に関しては、専門外なのでうまくレスできないですが、
>>186 に関して、少し文献紹介を。
ヨーロッパのマルクス主義を発展させた、イタリアの思想家(イタリア共産党設立者のひとり)であるグラムシに関して
(”グラムシ思想”であって、共産主義や社会主義の知識を深めるのとは少しずれるかもしれませんが)
アントニオ・グラムシ『グラムシ・セレクション』平凡社、2001年。←おすすめ
『グラムシは世界でどう読まれているか』社会評論社、2000年。
ノルベルト・ボッビオ『グラムシ思想の再検討』御茶の水書房、2000年。
松田博『グラムシ研究の新展開』御茶の水書房、2003年。
>>187 丁寧なレスありがとうございます。
グラムシの名前は聞いた事があります(恥ずかしながら聞いた事があるだけですが…)
ので、何だかとっかかりやすい印象です。
おすすめの本から読んでみようかと思います。ありがとうございました。
189 :
世界@名無史さん :2005/10/28(金) 16:07:27 0
すいません、センター試験への道っていう問題集やってるんですが、 『80年・追試』のセンターの問題なんですが、自己解決したんで、別にもういいです。
('A`)
工エエェェ(´д`)ェェエエ工工
192 :
世界@名無史さん :2005/11/01(火) 22:16:44 0
センターの過去問だと思うんですが、正誤問題で イスラム教徒は、十字軍に対しジハード(聖戦)をとなえて強力に対抗し、徹底した殺戮を行った。 これが『誤』らしいのですが、 イスラム軍は十字軍と激戦をしたのだから『正』ではないのでしょうか?
>>192 徹底した殺戮を行ったってところが間違い
教科書的には他教徒に寛容だったのはイスラム側。
敵だからといって捕虜まで殺したりはしなかった。
非寛容だったのは十字軍。
194 :
世界@名無史さん :2005/11/01(火) 23:46:33 0
>>193 ほぇーー、十字軍おっかない。
ありがとうございました。
195 :
世界@名無史さん :2005/11/02(水) 00:35:37 0
サラディンはけっこー紳士的だったからねぇ。 捕虜とかも丁寧に送り返したりしたし。 リチャード1世は捕虜とかぶった切って相手を威圧したそうです。
196 :
世界@名無史さん :2005/11/02(水) 00:42:51 0
第一次十字軍はイェルサレムを占領すると、片っ端から女子供関係なくイスラム教徒をぶった切り、金品をがっぽり巻き上げてイェルサレム王国を建国。 対してサラディンはイェルサレムを奪還後もキリスト教徒を虐殺したりせずに、最終的に全員解放してます
連中にしてみれば「神の前の平等」はあくまでキリスト教徒においての話だからな。 それ以外は犯そうが殺そうが奪おうが全ておk
ムスリムも略奪をするんだけど、コーランで日数を決められてたからね。 切り取りお構いなしの十字軍に比べりゃ紳士的だわな。 十字軍は一種のリクルートだったから、やる方は必死なんだけど。
教科書・参考書を読んでも、清の滅亡から共産党による赤化統一までの 中国の歴史がいまいちつかみ辛いです。 宣統帝が退位して、軍人出身の袁世凱が中華民国の建国を宣言したまでは 理解できるのですが、それからが分かりません…… いままでこういった考え方で授業を聞いていたのですが、おおよそこれでいいでしょうか? 清が滅亡し中華民国が建国されたが、広い中国大陸を完全に治められるほどの 政治力はなく地方は軍閥が割拠し、中華民国という国の名の下で内乱が繰り広げられていた。 途中で日中戦争・第二次大戦など紆余曲折があったが、最終的に残った派閥の国民党と 共産党が総力戦で戦い、最終的に国民党が台湾に落ち延び、中国は共産党が完全に統一した。
200 :
世界@名無史さん :2005/11/02(水) 17:10:31 0
軍閥政府が割拠した最大の原因は孫文が作り出したといってよいでしょう。 いいか悪いかは別として国民党との政治的取引により中華民国の大総統となった袁世凱は帝政をしき、強力な権力の基で列強に対抗とします。 ところが孫文はこれに反発し、第三革命を起こしこれを阻みました。 日本の大隈重信も中国の強大化を懸念し、孫文を支援しています。 結局清王朝の間に郷勇等を作り力をつけていた豪族らが軍閥を起こし、列強が非常に介入しやすい土壌を整えましたとさ。 めでたしめでたし。
201 :
世界@名無史さん :2005/11/02(水) 17:13:50 0
↑対抗とします× 対抗しようとします○
軍閥割拠の時代ってのはよく聞くけど、国民党と共産党以外の軍閥を知らん俺orz 中華民国・軍閥総覧とかないの?
204 :
200 :2005/11/02(水) 18:03:41 0
有名なのは日本と組んだ段祺瑞の安徽派とか安徽はと対抗した直隷派、張作霖の奉天軍閥といったところでしょうか
>>202 世界史地図帳買うと地図上に書いてないか?
軍閥って源流が北京政府になるもの以外にないわけ? 晩唐の節度使出身の皇帝・王とか。
それが人に質問する態度か
208 :
世界@名無史さん :2005/11/02(水) 23:39:48 0
age
209 :
世界@名無史さん :2005/11/03(木) 15:17:56 0
age
え?中華民国って北京政府の名前であって、北京政府がいくつかに分裂してからは ソビエト中華なんとか(共産)中華民なんたら(国民党)とか、派閥ごとに国号を称していなかったっけ? 中華帝国とかいうのもあったような…
>>210 ここは「質問するとテキトーな答えが返ってくるスレ」ではありません。
213 :
世界@名無史さん :2005/11/06(日) 13:45:12 0
>>199 当時の日本の政治家だって支那通軍人だって、当時の支那軍閥の離合集散の実態なんざロクに掴めちゃいなかったさ。
あまりにいろんな奴がそれぞれ「支那の大人」然とした悠揚迫らぬ態度で嘘八百を並べ立てるものだから、
まともな日本人は全員神経衰弱になってブチ切れてしまった。
実はこの「中華民国」の伝統は現在でも健在である。
96年の台湾総統選/中国人民解放軍によるミサイル演習恫喝外交に端を発した所謂「中台危機」の際、
アメリカは、中華民国側から次から次へと胡散臭い人物が接触してくるので、信頼できる外交ルートを探し出すのにえらく骨を折ったそうだ。
ちなみに、この時の演習と台湾の報復演習はともに日本の領海を侵犯していたそうだが、
以上、
「質問するとテキトーな答えが返ってくるスレ」ふうに回答。
214 :
世界@名無史さん :2005/11/06(日) 14:04:51 0
古代から近現代までの主要な史書、法令、条約、文書などを抜粋した世界史の史料集ってありますか?
216 :
世界@名無史さん :2005/11/06(日) 16:42:58 0
ポーランド分割はなんであんなにあっさり分割できたのですか? イギリスとかフランスとかロシアとかスペインとか乱入しそうな気がするんですが。
>>216 ロシアは分割の当事者。
イギリス、フランス、スペインは地勢的にも歴史的にも利害関係がない。
英仏西:フランス革命で忙しかった。 ロシア:当事者ですが何か?
イギリスは地勢的にも歴史的にも利害関係あったんだけど・・・。 当時の王家はドイツの諸侯だし。 とはいえプロイセンに首根っこ押さえられてて動けませんでした。 ついでにいうと動く意欲も無かった。
220 :
世界@名無史さん :2005/11/06(日) 21:00:55 0
221 :
涼 :2005/11/06(日) 22:18:44 0
ベトナム戦争の意義って何か分かりますか?教えてください
222 :
世界@名無史さん :2005/11/06(日) 22:49:27 0
>>221 微妙な質問だな。
戦争に意義などない!という解答もあるだろうが、質問に何か省略されている部分が
あるのではないのかな。
何についての「意義」を求めているのか、ちょっと把握できないので答えにくいのだが。
現時点から振り返って見れば、単に壮大な消耗にすぎなかったわけだから。
>>217 フランスがポーランドと歴史的に関係ないってのは大嘘だろ。
ポーランド王がフランス王になったこともあるというのに……
224 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 15:08:46 0
>>221 とりあえず、あの戦争がもたらした影響としてはアメリカの衰退だろうな。
ニクソン訪中、ニクソンショックとか…
あと、アメリカは徴兵制を廃止した。
ベトナムは結局ドイ=モイをして、市場経済を導入するからあんまし意味なかったかと。
225 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 15:18:52 0
まぁ、アメリカが自身の軍事力に自信を失って、一時期内向きになったの は事実だが、すでにそのような状態からは脱却している。 ベトナムにとっては、ディエンビエンフーでフランスを追い払った後にア メリカがちょっかいを出してきたわけで、単に遠回りしただけだな。
226 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 18:14:51 0
始皇帝を暗殺の手伝いで、ケイカのお供をしていた秦舞陽はその後どうなったんですか? ガダカタ震えて何にもできなかったとしか書いてないけど…
228 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 20:40:11 0
日本って独立国ですか? 独立国って主権がある国ですよね。 独立国:完全な主権を有する国家。国際法上の能力を完全にそなえた国際法主体。主権国。 主権:国家の統治権。他国の意思に左右されず、自らの意思で国民および領土を統治する権利。 日本は明らかに中国や米国の意志に左右されていませんか?
229 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 21:03:26 0
まあ、国連に加盟してるし、アメに直接統治されてるわけでもないから、 一応は「独立国」でいいだろ。 しかし、アメリカの軍事的従属国であることに間違いはないな。 勝ち目のない戦争なんてやるから、こんなことになったんだ・・・
戦争しないってことは屈服することだから本質は変わらないよ。
231 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 21:21:21 0
でも米軍が常駐する屈辱だけは避けられた。
現在の日本が軍事的外交的にアメリカの従属的な地位にいることは間違いない。 ただ、そのことの是非は単に「独立国であることは良いことだ」といった感情論、 観念論で論じても意味のないことだね。 現在の日本は、自由貿易、公開自由航行の体制の中でしか繁栄できない構造 になっているのだから、日本一国で自由貿易や制海権を確保できないかぎり、 アメリカと同盟関係を結ぶしかない。 朱子学的「独立国家」はアウタルキーの可能なロシア、中国、アメリカあたりしか 論理的にありえない存在ということになる。 現実にはロシアは経済的にアメリカに依存しているし、中国も実際には従属して いる。 現状では、パクスアメリカーナの埒外で国家を存立しようとすると、かなり悲惨な 状況を覚悟しなければならないだろうな。
233 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 22:01:02 0
だからといって、国内に米軍基地を置く必要はあるまい。 日英同盟みたいな同盟友好関係でいいではないか。 日米友好、日米協力=米軍駐留ではない。
234 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 22:06:14 0
>>233 少しは歴史を勉強したら?
なんで日本に米軍基地があるのか理解できないのかな。
235 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 22:10:32 0
それをなくすように努力するのを怠ってるのは政治家の責任。 なんでも現状を肯定すればいいってもんじゃない。 言っておくが、俺は日米は今後も協力していくべきだと思ってるぞ。 だが、米軍基地を国内に置かせないような方策を追求し実現するための 努力を放棄すべきではない。 現状を変えていくための努力は怠るな。
おまえらくだらん議論がしたいならよそにいけ
237 :
世界@名無史さん :2005/11/07(月) 22:42:13 0
>>235 要するに、ハワイと横須賀どっちがより東京に近い?ってことだと思う。
そして山東半島とかシベリアと、ハワイでどっちが東京に近い?
だからここでするなって
239 :
131 :2005/11/08(火) 05:03:05 0
240 :
世界@名無史さん :2005/11/09(水) 10:32:24 0
センターの過去問の質問で恐縮ですが アメリカ独立の問題で 合衆国憲法の制定以前は州に主権が認めれていた。 この文は[正]らしいのですが、おかしくありませんか? 『制定以前は』と書いてあるなら制定後は州に主権が認められないみたいじゃないですか?
241 :
世界@名無史さん :2005/11/09(水) 12:45:22 O
いや別におかしくないよ ふつうにあってるじゃん どこがよ?
242 :
世界@名無史さん :2005/11/09(水) 15:16:33 0
自由主義者として知られるロシアのアレクサンドル1世はウィーン会議の反動性を厳しく批判した ↑この文は誤りだそうで。 アレクサンドル1世の提唱した神聖同盟はウィーン会議の決定を強化する内容のはず この文が誤っている理由が分かりません。
243 :
世界@名無史さん :2005/11/09(水) 15:28:03 0
>>242 アレクサンドル1世は、統治前半では自由主義者、後半では反動主義に転換
する。
転換のきっかけがウィーン会議だから「ウィーン会議の反動性を」批判した
のではなく、反動性を主導したんだな。だから間違いってこと。
244 :
世界@名無史さん :2005/11/09(水) 15:31:33 0
>>243 なるほどなるほど。
ウィーン会議後は反動だから、ああ、なるほど
ことばで説明できませんが、理解できましたあ
ありがとうございました
245 :
世界@名無史さん :2005/11/09(水) 17:49:45 0
イギリス外相カニングはモンロー主義を支持して中南米に進出をはかった と書いてあったのですが モンロー主義は中南米の独立を支持する考えのはず イギリスの進出はモンロー主義を支持していないのでは?
246 :
世界@名無史さん :2005/11/09(水) 19:27:13 0
>>245 モンロー主義は、中南米諸国の政治的独立を主張するもの。
カニングは植民地支配ではなく、自由貿易によって利益を得ようとする
考え方。
つまり、中南米のスペイン等からの独立を支持するかわりに、イギリス
の商品を売り込もうとしたわけね。
政治的進出、新たな植民地の設置ではなく、独立国した中南米の国々
に貿易を通じて進出しようとしたので、矛盾しないということ。
まぁ、モンロー主義も実際にはアメリカのジャイアニズムだから、欧州
からの政治的独立は認めても、アメリカに従属させるという形に変質し
ていくんだけどね。
247 :
世界@名無史さん :2005/11/12(土) 18:28:51 0
質問です! 独立国、植民地、自治領、委任統治領、保護国 の違いがいまいち解りません 簡単に説明してもらえませんか?
249 :
世界@名無史さん :2005/11/12(土) 20:14:37 0
スペイン継承戦争の結果オーストリア領になった シチリアとナポリがブルボン朝支配下になったのは どういう経緯ですか
250 :
世界@名無史さん :2005/11/12(土) 21:21:13 0
>>248 まぁまぁ、ここは中学生高校生の質問スレッドなんだから、その程度の質問にめくじら
立てることもないだろ。
>>247 独立国は普通の国で、主権国家とも呼ばれている。国連加盟国はすべて独立国とい
うことになっている。また、非加盟国の台湾なども独立国とみなされている。
植民地は、建前の上では現存しないことになっている。つまり、1960年頃にすべての
植民地の独立を認める国連宣言が出されて、植民地は非合法ということにされている
から。
じゃ、本当にすべての国々は完全な独立国家であるかというと、実際にはそんなことは ない。条約などで国家主権にさまざまな制約が架せられている例も多い。 外交権などを他国に委ねているような場合は「保護国」と呼ばれ、植民地には分類され ない。 実例としては、ブータンがインドの保護下にある。ただし、これも形式的には完全に独立 したことになっているがね。 日本やドイツは軍事的には完全な主権を持っていない。戦時にはアメリカ等の指揮を受 けることになっている。また、かつてのワルシャワ条約機構の国々はソ連の軍事的指揮 下にあった。これらの国々は同盟国とか衛星国と呼ばれるが、保護国とは呼ばれない。 次に、実態としての植民地は様々な名目で継続しているが、そのひとつが自治領で、本 国とは異なる政治行政機構や法体系を持った自治権を持つ地域で、例えばアメリカの プエルトリコやイギリスのケイマン諸島なんかがそうだ。 税制が異なることから、ケイマン諸島などはタックスヘイブンとして利用されたりしている。 また、グアムなどは国連がアメリカに統治を委ねた形で、建前としてはアメリカ固有の領 土ではなく信託統治領となっている。
252 :
世界@名無史さん :2005/11/12(土) 21:31:35 0
253 :
世界@名無史さん :2005/11/12(土) 21:41:42 0
んじゃ、もっと簡単に説明してみよか。 独立国ってのはフツーの国ね。 植民地ってのは本国があって、そこから言われるとうりにしてる国になってない場所のこと。 一応は政府とかあって、国の体裁が出来てるけど、外交とかは親分の国の言いなりの国は 保護国ね。これは一応は国だから、植民地の中には入らないの。 今じゃ、植民地って言うとうるさいから別の名前で呼ぶようになってて、それが「自治領」とか 「信託統治領」って所なんだな。
>>249 1713年ユトレヒト条約
シチリア→サヴォイ・ピエモンテへ
ナポリ→オーストリアへ
1718〜20年四重同盟戦争(the War of the Quadruple Alliance)
シチリア→オーストリアへ
※スペイン戦争での失地回復(特にイタリアでの)を目論むスペインのフェリーペ5世が、
サルデーニャ及びシチリアへ侵攻。これに対し英仏蘭墺が対抗し、その企図を挫いた。
戦後、皇帝カール6世はブルボン家によるスペイン相続を改めて認める代わりに、
(サルデーニャよりも豊かな)シチリアを獲得。
一方、代地としてサルデーニャを受け取ったサヴォイ・ピエモンテは、一応割を食った格好だが、
この後サルデーニャ国王を名乗れるようになったし、まあOKかなと。
(元々ユトレヒト条約でおいしい思いしすぎ。)
1733〜35年ポーランド継承戦争
シチリア及びナポリ→スペイン・ブルボン家へ(というかその分家のナポリ・ブルボン家へ)
※名目的にはポーランド王位の継承を巡る戦争であったが、
ユトレヒト条約後の(イタリア支配を巡る)西−墺対決の最終的な精算の場として、
半島では最も熾烈な戦いが行われた。
結局、北伊・中伊→ハプスブルク家のヘゲモニー、南伊→ブルボン家のヘゲモニー、ということで確定する。
>>253 あなた、めちゃめちゃいい人ですね
感動した
>>254 ありがとうございます
高校世界史では四重同盟戦争とかポーランド継承戦争とか
スルーなんで困りますね
257 :
世界@名無史さん :2005/11/13(日) 23:52:21 0
質問スレに高校生クラスの質問が多いので、あげとく。
258 :
世界@名無史さん :2005/11/15(火) 16:36:53 0
教科書読んでいたら、 パリ条約(1763)で、イギリスがスペインよりフロリダを獲得。 アメリカがスペインよりフロリダ買収(1819) こう書いてあって、間のことがよく解らないのですが、 この間に一体なにがあったのでしょうか、さわやかに教えてください。
>>258 1783、アメリカ独立戦争の結果、イギリスがフロリダをスペインに譲渡。
日本史板向けの質問かもしれませんが… 世界最古の女王は卑弥呼なんですか?
>>260 よく恥ずかしげもなくきけるな、そんなこと
263 :
第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2005/11/16(水) 01:14:26 0
>>260 騙されてるよ藻前さん。とりあえず,メジャーなところでクレオパトラ7世(BC51-30)がいるし,
さらに古くはエジプトの新王国時代にもいるはず。
シバの女王も一応実在では?
265 :
世界@名無史さん :2005/11/16(水) 02:24:40 0
勉強の事じゃないんですけど 「歴史は繰り返す」って真実?ですよね? じゃあ今日本って平和ですけど ずっと平和だった時代なんて無かったわけだから 戦争はいずれ必ず起こるって事?北朝鮮?覚悟しといたほうがいい?
266 :
世界@名無史さん :2005/11/16(水) 04:50:13 O
さぁ?真実かどうか誰にもわからない。後世の人間が、人間の行為のアルカイックなパターンを見てるだけかもね
267 :
世界@名無史さん :2005/11/16(水) 04:56:02 O
>>265 これまで起こった個々の事件の似かよった部分だけを見て
「この事件とあの事件は似てるなぁ。歴史は繰り返す」と思うことはあると思うけど、
実際はそのほかの様々な要素を切り捨てて、個々の事件の特徴的な要素を考慮していない。
あと、人間の行動にはそれほどバリエーションがないので
別々の事件において同じことをしているように見える。
結局、「歴史は繰り返す」ように見えているだけだと思う。
>>265 もし歴史が繰り返すんなら、以前起こったことのないことが将来起こることはないのだから、
北朝鮮が日本に攻めてくることはないでしょ。
270 :
世界@名無史さん :2005/11/16(水) 17:11:24 0
>>261-262 >>269 あー、ここは中学生も質問するので、あまりきつい反応や、皮肉をこめた回答は
さけて、優しく、わかりやすい答えを心がけてください。
あと、質問スレはアゲ進行でよろしく。
271 :
世界@名無史さん :2005/11/16(水) 20:58:33 0
第一次世界大戦前のプロイセンについて教えていただきたいのですが、 どうしてヴィルヘルム2世は当時出されていた社会主義者鎮圧法の継続に 反対したのでしょうか? 皇族などの特権階級にとって社会主義勢力の増長はなるべく避けたいものだと思うのですが・・・
272 :
世界@名無史さん :2005/11/16(水) 21:28:14 0
>>271 実権を握っていた宰相ビスマルクが社会主義者鎮圧法の継続を主張していた。
ビスマルクを追い落とすために、皇帝は自由主義者と連携して反対した。敵の
敵は味方ということだね。
要するに、現代日本の郵政民営化法案と同じで、賛成反対の理屈よりも、権力
闘争の意味が強かったわけ。
273 :
世界@名無史さん :2005/11/17(木) 20:46:31 0
こちらの質問スレもよろしく。
274 :
世界@名無史さん :2005/11/17(木) 21:29:27 0
>>271 世界政策を推し進めるに当たりなるたけ敵を減らそうとしたからと思われ
社会主義者鎮圧法もそんなに社会主義勢力の拡大を阻止できなかったしね
275 :
世界@名無史さん :2005/11/18(金) 18:59:03 0
週末あげ
276 :
世界@名無史さん :2005/11/18(金) 19:01:22 0
ナポレオンの息子ライヒシュタット公って、直訳すれば「帝国の町」公ですが、 なんでこんな異例な称号になったんでしょうか? 普通、貴族の称号は領地名+爵位のはずですが。
277 :
世界@名無史さん :2005/11/18(金) 22:03:37 0
>>276 中学高校生にしては、ちょっとマニアックな質問ですね。
疑問を持つのはよいのですが、なぜそこで直訳して異例な称号だと
考えたのでしょうか。
ごく普通の称号ですよ。ライヒシュッタット公ですから、名目的な領地
は当然にライヒシュタットなんですが。
えーと、ライヒシュタットという町が存在しないと考えたのでしょうか?
つまり、ネットで検索しても出てこないから、そんな町は実在しないだ
ろうと考えたんですか。
実在しますよ。ただし、現在はチェコの中に位置するので、別の名前
になっています。ドイツ名がライヒシュタット、チェコ名でセスカ・リパと
なります。
ドレスデンの南方、チェコとドイツとポーランドの国境地帯のチェコ側
に位置します。
質問なんですが、将来史学科の東洋史専攻の大学に進みたいのですが お勧めの学校とかないでしょうか? 今迷ってまして。参考にさせてください
281 :
世界@名無史さん :2005/11/19(土) 07:35:58 O
すみ、
司馬遷の『史記』にウソ話、おもしろくするためにわざと掲載した在・不在の怪しい話はありますか?
283 :
世界@名無史さん :2005/11/19(土) 12:55:48 0
>>282 他に史料がほとんど残っていないから、嘘臭いとか他の史料と矛盾する
とかいった指摘はあっても、虚偽の記述があると証明することは不可能。
基本的には、事実を書いた(つもり)と思われるが、司馬遷の歴史思想を
反映した記述になるのはやむをえない。
284 :
世界@名無史さん :2005/11/19(土) 15:44:37 0
第二次世界大戦中のことなんですけど ユダヤ人やスラヴ人が迫害されユダヤ人が収容された強制収容所の 名を一つ教えてもらえませんか?
285 :
世界@名無史さん :2005/11/19(土) 15:51:10 0
>>284 代表的なのは、アウシュビッツ。実際には3つの収容所の集合。
アンネ・フランクが入っていたのは、ベルゲン・ベルゼン
286 :
284 :2005/11/19(土) 15:55:02 0
>>285 詳しくありがとうございます。
助かりました!!
>>282 春秋魯の曹カイが負けた事にされているとか?
569 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2005/11/19(土) 20:21:51 0 アレクサンドロスって、もともと何て呼ばれていたんですか? カエサルって、もともと何て呼ばれていたんですか?
289 :
世界@名無史さん :2005/11/19(土) 23:11:53 0
>>288 まず、アレクサンドロスですが、歴史上有名なアレクサンドロスはマケドニアの
人で家庭教師がアリストテレスですから、まぁギリシャ語圏の人です。
そして、古代ギリシャでは人名は1つですので、そのまんま「アレクサンドロス」
と呼ばれていました。
発音のほうですが、アレキサンダーというが英語読みで、古代ギリシャ語の発
音と考えられているのが「アレクサンドロス」ですから、そのままですね。
次に、カエサルですが、この人の名前はガイウス・ユリウス・カエサルが フルネームです(Gaius Julius Caesar)。 そして、ガイウスが個人名、ユリウスが家門名、カエサルが家名です。 では、発音はということですが、そのままガイウス・ユリウス・カエサルに なります。
291 :
世界@名無史さん :2005/11/19(土) 23:27:23 0
アレクサンドロスにせよ、カエサルにせよ、なんでそのままなのかという と、実際に残っているのは文字だけなわけで、それを古代にどのうよう に発音したかというのは推測になるわけですね。 そして、原則として古代に遡るほど、表音文字の発音は綴りのとおりに 近くなるという原則があり、古代ギリシャやローマの発音は綴りとほぼ 同じだったと推測されているわけです。 ちなみに、カエサルについて言えば、古代ローマではラテン語が使われ ていましたが、この言語は一度は使われなくなり、復活したという経緯が あります。そして、復活してからも1000年以上が経過しているため、現 代ラテン語読みというものが存在します。 この現代ラテン語の読み方では、 Caesarを「チェザレ」か「チェーザレ」 と発音します。つまり、カエサルというのは古代ラテン語読みなんです。
292 :
世界@名無史さん :2005/11/20(日) 01:13:54 0
週末アゲ
>>290 正確を期すならガーイウス・ユーリウス・カエサルな。
長短の違いは表記に現れないけど韻律やアクセントで重要だったらしい。
294 :
世界@名無史さん :2005/11/20(日) 19:39:40 0
ビザンツ帝国では古代のままの経済体制を保っていたため、貨幣経済が発達しなかった。 ↑ この文は誤りなのだそうですが、これは何か新しい体制ができたということでしょうか? 教えてください!
>>294 ビザンツと言えば、ノミスマ金貨っしょ。
ばりばりの貨幣経済。「発達しなかった」が誤り。
296 :
世界@名無史さん :2005/11/20(日) 19:56:00 0
>>295 なるほど!助かりました!
ありがとうございました
297 :
世界@名無史さん :2005/11/20(日) 20:24:55 0
受験する大学で東西交流に関する問題がよく出るので 何か読もうと思っているのですが、 山川リブレットでそれに適した本はありますか?
298 :
世界@名無史さん :2005/11/20(日) 20:29:13 0
受験する大学で東西交流に関する問題がよく出るので 何か読もうと思っているのですが、 山川リブレットでそれに適した本はありますか?
299 :
世界@名無史さん :2005/11/20(日) 20:29:48 0
すいません、2重書きこしてしまいました。
301 :
298 :2005/11/20(日) 20:36:05 0
302 :
ななこ :2005/11/21(月) 00:13:59 O
史学で有名な大学教えて下さい
304 :
世界@名無史さん :2005/11/22(火) 19:00:38 0
休日あげ
305 :
世界@名無史さん :2005/11/25(金) 02:47:00 O
[sage]さんはどこかの大学の教授ですか?歴史知りすぎです。経歴教えてください
306 :
世界@名無史さん :2005/11/25(金) 22:34:34 0
>>305 世界@名無史さんは冗談が上手ですね。
以下、何もなかったように、次の質問をどうぞ。
307 :
世界@名無史さん :2005/11/26(土) 00:04:01 0
後周や宋の初期の兵制は志願制だったのですか。 それから王安石が失脚すると兵役の義務は無くなったのですか。
>>307 宋の兵制は募兵制。王安石失脚後も募兵制に戻った。
309 :
世界@名無史さん :2005/11/29(火) 23:29:07 0
エジプト3王朝とか20王朝ってこの数字は一体どんな意味なのですか? 20代目とかそんな意味じゃなさそうだけど 血縁関係が変わったって事ですかね?
310 :
世界@名無史さん :2005/11/30(水) 16:32:07 O
マネトン エジプト 王朝 でググれ
311 :
世界@名無史さん :2005/12/01(木) 22:05:28 0
イスラエルがイェルサレム旧市街を含む全パレスチナを占領したのは 第何次中東戦争なんでしょうか??教えてください。
世界史かどうか微妙なんですが・・・ セルビア人とクロアチア人が憎しみあっていますがその原因を第2次世界大戦にもとめることができる 何が行われていたんですが?
>>312 もう1000年もいがみ合ってますが何か?
314 :
312 :2005/12/01(木) 23:50:17 0
>>313 そうなんですか!?
ん第二次世界大戦には何があったか教えていただけにないでしょうか
>>314 詳しい人は異様に詳しい話だから、
半端な事言うとぶっ叩かれそうだが、
無茶苦茶簡単に言うと、要するにナチスがクロアチア人を主体にした傀儡政権を作って、
その政権がセルビア人を弾圧したと、そういうことでしょう。
無論そうなった原因はそれ以前の対立による。
316 :
世界@名無史さん :2005/12/02(金) 21:38:48 0
ユグノー戦争がさっぱり分かりません。アンリさんがたくさん出てきて 意味分からないです。分かりやすく教えていただけないでしょうか?
アンリとアンリとアンリが喧嘩して、1人のアンリが生き残った。 彼がブルボン朝の初代となりましたとさ、おしまい。
318 :
世界@名無史さん :2005/12/03(土) 06:24:47 0
>>316 ノートを引っ張り出してみた
三アンリ
・フランスヴァロア朝の王がアンリ三世(カトリック)。
・ブルボン朝を開くナバル王にしてブルボン公アンリ(プロテスタント、後のアンリ四世)。
・フランス王家の外戚ギーズ公アンリ(カトリック)。
その他の主要人物
・カトリーヌ・ド・メィデス フランソワ二世、シャルル九世、アンリ三世の母(当初宥和派、後にユグノー弾圧)
・アンリ二世 ↑の夫でフランス王(在位1547-1559、死因はノストラダムス)、宗教改革運動を弾圧
時系列
1560年 ギーズ公が襲撃される(計画が漏れていたので返り討ち・アンボワーズの陰謀)
1562年 ヴァシーでユグノーが虐殺され内乱状態(ここからユグノー戦争)
1572年 カトリックとユグノーの宥和の証として、ブルボン公とアンリ三世の妹マルグレットの結婚式→
ユグノー派がお祝いにパリへ行くが襲われる→ギーズ公によるサン・バルテルミーの虐殺
1574年 シャルル九世死去し、弟のアンリ三世即位→ブルボン公と提携し、ギーズ公に対抗
1588年 ギーズ公、アンリ三世の刺客によって暗殺
1589年 アンリ三世暗殺、遺言によりブルボン公がフランス王として即位→ブルボン朝の始まり
1593年 アンリ四世カトリックに改宗し、翌年戴冠式を挙行
1598年 ナントの勅令→ユグノーせんそう、ここまで(AA略)
過激カトリックのギーズ公とユグノー代表アンリの間で、アンリ三世が権力を高めようとしたりしなかったり、
カトリーヌがいなかったら混乱はどうなっていたかよりも、フランス料理がどうなっていたのか心配だ。
ナバラ王アンリはブルボン公じゃないよ。 ブルボン公家の分家出身だからブルボン朝って言うだけで、 ブルボン公は1527年に敵と通じたとかでフランス王に所領没収されてる。
320 :
世界@名無史さん :2005/12/03(土) 10:18:13 0
中東戦争(パレスチナ問題)について、下の言葉を全部使って説明しなさい。何回使ってもよい。 【パレスチナ ユダヤ PLO イスラム ヨルダン川西岸 エレサレム アラブ 暫定自治政府 ガザ ヘブライ】 ↑こういう問題があるのですが、どうやって説明するのがいいのでしょう? なんとなくはわかるのですが、いざきちんと書こうとするとわからない…。 誰か教えてください。お願いいたします。
自分でやれ
パレスチナでユダヤとPLOがイスラムをヨルダン川西岸のエレサレムに アラブの暫定自治政府もガザからヘブライした
323 :
世界@名無史さん :2005/12/03(土) 13:00:32 0
パレスチナ(人)⇒問題の地域(の先住民←アラブ系) ユダヤ人⇒パレスチナに入植してきた人々(ユダヤ教徒) PLO⇒1964年設立、パレスチナ解放機関、パレスチナ人による。 イスラム⇒パレスチナ人が信仰している。 ヨルダン川西岸⇒ユダヤ人入植者が多く、事実上占領状態。 ガザ⇒上に同じ。ただし、地中海に面していて、飛地のようになっている。 エレサレム⇒エ'ル'サレム。ユダヤ人たちが占領している主な地域。 アラブ⇒パレスチナの先住民。とその周辺諸国。基本的に反ユダヤ。 暫定自治政府⇒ユダヤ人による政府であるが、国際的に完全な信任を得ていない。 イスラエルといえばこのことを指す。 ヘブライ⇒広義にユダヤ。狭義には古代のユダヤ。 これを繋げれば多分あってると思うお^^
>>323 > 暫定自治政府⇒ユダヤ人による政府であるが、国際的に完全な信任を得ていない。
間違い。
アラブ人による政府で、母体はPLO。国際的信任については評価が党派的で主観的。
>>320 エルサレム周辺のパレスチナの地にあった古代のヘブライ人国家は
滅亡し、その民はユダヤ教を信仰するユダヤ人として離散した。
第二次大戦後に、ユダヤ人はパレスチナにイスラエルを建国したが、
排除されたイスラム教徒を中心とするパレスチナのアラブ人や周辺国
と対立した。
イスラエルの建国を認めない周辺のイスラム系のアラブ諸国との間で、
数次にわたる中東戦争が勃発したが、いずれもイスラエルの勝利に終
わり、ガザやヨルダン川西岸を含むパレスチナはイスラエルの占領下
に置かれることとなった。
パレスチナのアラブ人達はPLOを結成して、イスラエルと対決してきた
が、エジプト、シリア、ヨルダンなどの周辺国がイスラエルとの共存路線
に転換するとともに、パレスチナ人の国家建設を目指す暫定自治政府
を建て、ヨルダン川西岸地区を中心に自治から独立を目指しているが、
支配地区をめぐってイスラエルとの間で、テロや報復攻撃などの応酬
が続いている。
326 :
世界@名無史さん :2005/12/03(土) 17:14:34 0
ちょっと親切すぎないか?
>>326 本人がこれを読んで丸覚えしたとしても
自分の作った文章でなければテストでは絶対にぼろが出るさ。
これ覚えることで記憶容量飽和状態になり
ほかのものが全然詰め込めずあぼーん。
328 :
世界@名無史さん :2005/12/04(日) 12:22:46 0
だとしたら時間を割いて書く必要もあるまいに。 休日age
329 :
世界@名無史さん :2005/12/04(日) 18:34:36 0
アフリカの国境線が決められたのはいつですか? 1884-85のベルリン会議だと思っていたのですが、 資料を見ると、「ベルリン会議によってアフリカ分割に拍車がかかった」と書かれています。 拍車がかかった、ということはその時はまだ決まらなくて、その後決まったということですか? よろしくお願いします。
330 :
世界@名無史さん :2005/12/04(日) 19:47:10 0
>>329 ベルリン会議の時点で植民地化されていたのはアフリカの2割ぐらいかな?
その後どんどん各国が探検隊や軍隊を送り込んで国境を決めて行った。
ベルリン会議と言うのは、
まずその頃ベルギー・ポルトガル・フランスが領有を主張していたコンゴの国境線画定。
それから、欧州各国が自由にアフリカを植民地化しても構わないけど、
他国と利害が衝突しそうになったら国際会議で話し合うこと、
領有を宣言したら責任を持ってきちんと統治すること、
といったことを決めた会議なの。
331 :
世界@名無史さん :2005/12/05(月) 22:51:17 0
age
332 :
世界@名無史さん :2005/12/06(火) 04:44:31 O
コメコンにアルバニアが参加した理由を教えてください
1949年には、ソ連のスターリン路線からの離脱が完全には浸透して いなかったので、アルバニアとソ連との対立が表面化する以前だった。
海賊は一回の航海でどの程度海に出ているのですか?
335 :
世界@名無史さん :2005/12/07(水) 20:29:41 0
アッシリアと泰って似てるように思うんですが偶然ですか? ・短命で後に大王朝が出来る ・武力で統一を成す ・苛政で世に知られる
偶然じゃないなら何だと言いたいんだ。 そんな例は他にもいっぱいあるよ。
隋
なるほど、ありがとうございます。
アッシリアってその歴史は通算すれば1000年以上になるし、
メソポタミア一帯を征服していた大帝国だった時代だけでも100年以上。
そして、アッシリア滅亡後アケメネス朝が同地域を統一するまでに、
100年近くが経過している。
つまり、
>>335 ほとんど全てあなたの勘違い。
341 :
世界@名無史さん :2005/12/08(木) 13:39:21 0
> ・武力で統一を成す 他にどんな方法があるんだよ
343 :
世界@名無史さん :2005/12/08(木) 14:25:11 0
まぁ苛政だったとは両者ともよく言われるね
1479年にスペイン王国が成立しましたが、イサベル1世の方が力を持っていて 実質的には国力に優るカスティリャによるアラゴンの併合だというのは本当ですか?
346 :
世界@名無史さん :2005/12/09(金) 22:14:56 0
>>345 陸上面ではカスティリャが絶対優位だったのは事実。
でも地中海方面に強かったのはアラゴンなんだよな。
347 :
世界@名無史さん :2005/12/09(金) 23:53:10 0
英が米に重商主義政策を実地するところから フランスの七年戦争敗北までの流れがよくわかりません。 このときのフランスは米の独立させる為に戦ったのですか? 後にラ=ファイエットらの義勇軍が再び英と戦いますが、 そこまでフランスが米の独立にこだわったのは ただ英と敵対していたからなのですか?
348 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2005/12/10(土) 16:20:36 0
>>345 >>346 とはいえフェルディナンドはバルセローナの地中海商人と仲が悪かった。
フェルディナンドにとっては、バルセローナを中心とする反対派を押さえ込むのに隣国カスティーリャの支援が必要だった。
イサベラにとっては、ポルトガル王と結婚してポルトガルとカスティーリャの併合を目指す先王の娘ファナを押さえ込むためにアラゴンの支援が必要だった。
相互支援のための結合だと思う。
>>347 パリ条約で実質的にフランスの北米植民地壊滅だから……
アメリカを独立させるためと言うよりは、イギリスを弱めるためなんじゃないかと。
349 :
347 :2005/12/11(日) 20:25:44 0
>>348 フランスは独立のために戦ったんじゃなかったんじゃなかったんですか。
ありがとうございました。
350 :
世界@名無史さん :2005/12/13(火) 02:59:45 0
図説見てて思うんですが、プロイセン領なのに神聖ローマ帝国領じゃないところがあるのはなぜですか?
東京都なのに関東地方じゃないところがあるようなもんだ。
352 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2005/12/13(火) 12:33:42 0
>>350 日本じゃとても考えられないことですが、ヨーロッパでは婚姻関係などのせいで外国の爵位を相続するというのは日常的に起こりました。
その場合、二カ国以上に領土がまたがることになります。
プロイセンの場合、神聖ローマ帝国内のブランデンブルク辺境伯がポーランド王国内のプロイセン公を相続したため、帝国外にも領土を持つことになりました。
(のちにプロイセンはポーランド王国から離脱しますが。)
353 :
世界@名無史さん :2005/12/13(火) 15:43:15 0
中世でもフランスのアンジュー伯がイギリス王位を相続したことがあった。 でもアンジューはあくまでフランス王国の一部であってイギリスの一部ではないのな。
フランスの場合とポーランドのケースを同様に考えるわけにはいかないでしょう。 プロシアにはそれ以前にいろいろな経緯もあるし。 100年戦争でイギリスが勝っていればあるいは状況は変わっていたかも。
355 :
350 :2005/12/14(水) 00:32:51 0
>>352 なるほどありがとうございます。プロイセン公国はポーランド王国の内部であったわけですね〜。
となると、離脱というのは1701年にプロイセン王国が誕生したことを指すと理解していいんでしょうか?
あと、伯のときは領で、公・王のとき国になるのは慣習的なものですか?それとも伯だから領という対応関係があるんでしょうか?
356 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2005/12/14(水) 20:38:38 0
>>353-354 百年戦争とかそれ以前の英仏の争いの原因は、イングランド王=アンジュー伯=ノルマンディ公=アキテーヌ公がフランス王の封臣かどうかでした。
>>355 >離脱というのは1701年にプロイセン王国が誕生したことを指すと理解していいんでしょうか?
いえ、もう少し前です。
17世紀半ばにポーランドはコサックの反乱にスウェーデンやロシアの侵入を被って大混乱に陥るんですが、
1660年にブランデンブルク・プロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム大選帝侯がこれに乗じてポーランドから独立をもぎ取りました。
>伯のときは領で、公・王のとき国になるのは慣習的なものですか?
慣習だと思います。別にこれと言った基準はなくて、独立的なら「国」を使うんじゃないでしょうか。
「伯国」というのはあまり見ませんが……、十字軍諸国のトリポリ伯国ってのを見たことあります。
357 :
世界@名無史さん :2005/12/14(水) 21:04:01 0
何故、エリザベス1世は自分と敵対関係だった メアリ=スチュアートの息子であるジェームズ1世を後継者にしたんですか?
まずメアリ=スチュアートはスコットランドから追い出されていたので 彼女との関係は重要じゃない。 それから王位継承権を辿ったら、彼に着いたというわけ。
世界史の問題集でわりと細かい部分に突っ込んだ問題の 多いものってありますか?世界史の先生がかなりマニアック な細かい問題(たとえばフランス革命だと党の名前ではなく 党を構成していた人々の身分を出題、ゲーテの台詞を書いて これは誰が言った台詞か、と問うなど)をテストに出すので演 習したいんです。 ちなみに現在は山川出版の「世界史ノートB」を使っています。 基礎固めには役立っていますが、応用問題が少ないので少し 困っています。
それ、重箱の隅的な意味でのマニアックな問題じゃないよ。 ゲーテは「この日、この場所から世界史の新しい時代が始まる」あたりかな。 だとしたらヴァルミーの闘い従軍時の言葉ってことで、 政治史と文化史がリンクできているかを見る問題。 また、どの党がどの身分の意見代表だったかというのは、 フランス革命とはどういう革命だったかを理解するのには不可欠の情報。 党の名前よりも重要かもね。 その先生は世界史を流れとして立体的に捉えているかを判断したいんだと思う。 なかなかいい先生っぽいので、おすすめの問題集は直接先生に聞いてみたらいいんじゃない?
家にあった昔の角川文庫で小松左京が書いてたんですが、 辺境の地で旅人が来ると妻の一夜夫となってもらい、 子供が生まれたら夫の子、という「接待婚」が本当にあった、 自分が体験した(小松氏は断ったそうです)なんてありましたが、 本当にこういう習慣はあるのですか? 獅子文六の小説「てんやわんや」にも四国の山奥の習慣として、これは出てくるし、 神坂智子の漫画「カルラモンの大空」(マルコ・ポーロが主人公)にも 辺境の地で近親婚を防ぐための習慣、として出てきましたが、 これは伝説だと思っていました。でも、小松左京は実話だと書いているし。
>>363 申し訳ないです。
民俗学板かと思ったけど、歴史と全く無関係というわけでもないし、
民俗板にはまだ書いたことなくて、住み慣れた世界史板の方が書きやすかったんで。
気をつけます。
しかも中高生の質問スレ
366 :
362 :2005/12/19(月) 17:05:57 0
一応、高校二年生です 親の本で見つけました
367 :
世界@名無史さん :2005/12/26(月) 15:59:16 0
あげます
重箱の隅をつつくような問題ってのはアレだよ インカ帝国の皇帝の名前を答えろとかそう言うヤツだよ
369 :
世界@名無史さん :2005/12/27(火) 18:12:54 O
東西ヨーロッパが分裂して十字軍とかやってた時代についてなんだけど、教皇と皇帝は東西それぞれに(つまり計4人)居たってことですか?
ちょwww おちついて教科書読み直せ。つか、どの時代なんだ。 時系列的に書くと、 「教皇」という名前はローマにしかいない。 #ローマ大司教が自称しているだけともいうが。 コンスタンティノープルにもカウンターパートとなる大司教はいるが、権力は 皇帝(東ローマ)の方が上。 西ローマにも皇帝がいたが、オドアケルに潰されて、 しばらくしてローマ教皇がカールに戴冠してフランク皇帝ができる。 フランクは3分裂してロタールの帝国がつぶれるとまたしばらく西に皇帝はいなかったけど、 しばらくして東フランクの後継が皇帝位(神聖ローマ)につく。 で、「十字軍とかやっていた時代」には、 西:神聖ローマ皇帝、ローマ教皇 東:東ローマ皇帝、(コンスタンティノープル大司教) で、4人いるっちゃあそう言えるけどねぇ。
ちなみに大司教は本当は5人いる。
ありがとう!
373 :
世界@名無史さん :2005/12/29(木) 15:07:30 0
オーストラリアの元首がイギリスの人みたいですが オーストラリアは独立国じゃないんですか?
373>独立国、でもオーストラリアは英連邦だから。 国家元首はイギリス女王 カナダも同じ
375 :
世界@名無史さん :2005/12/31(土) 09:39:23 O
大学受験なんですが 中国史について詳しく書かれてる資料集ってありますか? 予算は5000円以内でよろしくお願いします
377 :
世界@名無史さん :2006/01/02(月) 22:44:59 0
落ちすぎ
賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ というのは、誰の言葉ですか?
>>376 遅レスですがどうもです。そっちで聞いてみます。
380 :
世界@名無史さん :2006/01/04(水) 22:13:45 0
独立国家であっても集まれば連邦。 どの程度独立かは連邦それぞれ。 アメリカみたいな連邦もある。なぜか合衆国って訳されてるけど。
連邦警察なんて言葉もあるんだよね
382 :
世界@名無史さん :2006/01/04(水) 23:32:00 0
アメリカのstateは州って訳されるけど、stateは国家という意味だからね。
383 :
世界@名無史さん :2006/01/04(水) 23:44:31 0
>アメリカのstateは州って訳されるけど、stateは国家という意味だからね。 そりゃまあ確かにそうなのだが、 だからといって今さらユタ国とかアイオワ国とかテキサス国とか呼んだりしたら なんか違和感あるな。
漢字文化圏の異国人から見れば駿河国や日向国も違和感ありありだろうけどな。
ロシア帝国は自国をビザンツの後継を名乗っていたから 自国の事を「ロシア帝国」ではなく「東ローマ帝国」と言っていたのですか?
386 :
世界@名無史さん :2006/01/05(木) 14:30:39 0
4万年前は新人、クロマニョン人が活躍していましたが その後、何人がでてきたのか教科書に書いてないのですが 新石器時代にもクロマニョン人は活躍していたのですか? それとも別の何かに進化したのでしょうか?
387 :
世界@名無史さん :2006/01/05(木) 15:08:27 0
15世紀末、オスマン帝国の進出で、イタリア商人は(1)に打撃をうけた。 またヨーロッパでは肉食が普及し、香辛料の需要が高まった。 これらの要因からヨーロッパの(2),(3)の二カ国によって 「大航海」の時代が幕開いた。 この穴埋め問題わかる方いませんか? 昨日から調べてるんですけど、わからないんです。
1 地中海貿易 2 スペイン 3 ポルトガル じゃないか? 1は自信ないけど
389 :
世界@名無史さん :2006/01/05(木) 15:48:46 0
往復とも海路で、インドに旅行した僧は誰か。 また、彼が帰路、シュリーヴィジャヤ王国滞在中に著した、 インド・南海の旅行記を何というか。 分かる方いませんか?
>389 ぐぐればでるとおもうよそれ。まあ自分の復習もかねて。 法顕 4C-5C 仏国記 グプタ朝 陸路―海路 玄奘 7C中 大唐西域記 ヴァルダナ朝 陸路―陸路 義浄 7C後-末 南海寄帰内法伝 混乱期 海路―海路 だから義浄。 センターでよく出るとうちの世界史教師が言っていた。 いかんなーメモ見ないとわかんねぇ……
392 :
389 :2006/01/05(木) 16:09:09 0
探し方が不十分ですいませんでした。 詳しくありがとうございました!
>>385 言ってない。「第三のローマ」とは言ってたけど。
396 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 02:14:17 0
1900年代のインドネシアなんですが、日本がインドネシアを助ける 予言をした王がいるらしいのですが、その予言の内容がイマイチわかりません。 どのような内容でしょうか? 教えてください。
398 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 04:05:44 0
最新現代の部分を要領よくまとめてある副教材があったら教えて下さい。 WW2終結後、冷戦・「雪どけ」・最緊張といった1950年代までは何とか ついて行けるのですが、1970年代・1980年代以降の所がさっぱりです。 自分は将来世界史を教える教員になりたいのですが、この辺りの事を 考えると自信喪失です。
400 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 09:27:01 0
モンゴル帝国は何で急激に勃興したの? 何の要因もなく偶然にあんなに勢力拡大したとは思えないけど
401 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 10:04:42 0
>>400 それだけチンギスハーンが有能な武将だったと言う事の裏返しだよ。
そして、当時の世界では、騎馬兵は機動力や戦闘力が高くて、とても歩兵などでは
太刀打ちできるような相手でもなかったしね。
402 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 12:37:23 0
403 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 12:38:44 0
皆さん、聞いてください。 内緒で妻のパソコンでインターネットして ヌードとかHな写真を見まくっていたのですが、なんと なにかの表紙に見ていたエロ画像がパソコンの後ろに 表示されたままになって元に戻せません! 前はプーさんの画像だったのに、今はアソコにバイブを挿したチェ・ジウの画像です・・・。 再起動しても表示されたままなんです。 早く直さないと妻が帰ってきてしまいます! 至急です、皆さん助けてください!!! OSはウィンドウズXPです。 よろしくお願いします
404 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 14:20:43 O
いさぎよく自主しろ
405 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 14:24:51 0
中高生質問スレれすよ。
406 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 14:26:15 0
つれたつれたw
407 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 14:59:32 0
>>397 さんは何で396さんにお礼してるのれすか?
408 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 15:32:41 0
第2次中東戦争(スエズ戦争)についてお尋ねします。 @エジプトでは革命の結果ナセルが政権を掌握、彼は積極的中立政策を採用した。 Aその中でソ連の援助によってアスワン=ハイダムの建設に着手した。 Bこれに対して米・英の経済援助停止でもって対抗した。 Cこれに激怒したナセルはスエズ運河国有化宣言を表明。 Dこれに対抗して英・仏・イスラエル3国が出兵。(しかし、国際世論の批判で撤退) という流れですが、この戦争に肝心の米の姿が出てきません。その理由はどうしてでしょうか?
409 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 17:59:49 0
>>401 チンギスハーンが有能だとしても、騎兵の利点と一人の名指揮官の技量でアレだけの領土になったなら
13世紀でなくとも漢代や唐代に世界帝国ができてもいいじゃん
そうじゃなくて、あの時代の中央アジアになんらかの、世界帝国を誕生させられるだけど要因があったんじゃないかなって。。
無根拠な思いつきだけど、気候が温暖化or降雨量の変化とかで遊牧生活してた奴らの家畜が増えただとか、
餌にする草がなくなってきたので外側に勢力を伸ばさざるを得なかった、だとか
>>406 藻前、いまはもう21世紀に入って六年目でつよ
そんな前世紀の遺物みたいな言動をw
411 :
世界@名無史さん :2006/01/06(金) 18:19:41 0
またつれたw
>>409 まず、少なくとも銃器が発達する前において騎馬民族の戦闘能力は、
農耕民族のそれをはるかに上回っていた。しかし、反面まとまりにくく大勢力にはなりにくかった。
その為、騎馬民族は多くをまとめられる優秀な指導者が現れれば、
その下できわめて強大な存在になり大勢力を形成するが、
そういう人物がいなければたいした勢力にはならない、という歴史を繰り返していた。
つまり騎馬民族の勢力は大まかに言ってしまえば、
その指導者の能力におおよそ比例すると言っても過言ではない。
だからモンゴル帝国が急成長した最大の要因はやはりチンギスハーンの能力と言ってよいと思う。
実際、唯でさえ強力な騎馬民族を徹底的に組織化し一つの巨大な戦闘機械となしたこと。
また情報の重視や他に類を見ないほどの広範囲にわたる偵察によって、
戦場でのイニシアティブをとること等の基本戦略の確立。
偽装退却や徹底的な騎乗射撃によって敵を撹乱した後に突撃をかけるといった、
効果的で汎用性のある戦術の確立、及びそれらを使いこなせる優れた部下の育成、
他民族のものでも優れたものならば取り入れる柔軟性などなど彼の優秀さを示す事柄は数多い。
後、何よりも重要なのはそれらの権力基盤を上手く次代に引き継がせることに成功し、
しかも二代目も優れていて、更なる拡大を継続することが出来たことが大きいと思う。
実際、二代目以降の時代の拡大がなければ、チンギスハーン自身がの制圧した領域は、
それ以前の騎馬民族の指導者のそれと比べて飛びぬけて広大だったとはいえない。
結局、モンゴル帝国が世界史上突出した大勢力となったのは、
チンギスハーンがきわめて優秀だったことと、
彼に続く二代目以降にも優秀で、上手くその拡大路線を継承できたからといえる。
413 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/01/07(土) 11:03:32 0
>>370 細かい突っ込みだけど「大司教」はカトリックの用語なんで、コンスタンティノープルは「大司教」じゃなくて「総主教」。
しかも自称は偉そうに「世界総主教」。
>>408 アメリカはそれほどエジプト介入に積極的ではなかった。
まず、スエズ運河に利権を持っていたのは英仏であり、アメリカではなかった。
そしてサウジなどのアラブ諸国がエジプト支持の姿勢を見せ、中東へのソ連の影響拡大を阻止するために彼らの支持をつなぎ止めておきたかった。
あと、ソ連が核兵器使用をちらつかせたというのもある。
結局ナセルも反共に回って共産主義者を弾圧するし(1958年以降)。
そんなわけでアメリカはむしろ戦争反対にまわり、1957年には戦後の中東への経済・軍事援助を打ち出す一方、
イラクのバース党やサウジのファイサルを支援したり、ベイルートに海兵隊を上陸させて「赤化」を食い止めようとした。
414 :
408 :2006/01/07(土) 14:49:22 0
>>413 スエズ戦争の質問に対するお答え、ありがとうございました。
1956年はポーランド・ハンガリーで反ソ暴動が起きたり、東西両陣営とも
大変だったのですね。
この辺りから「?」が増えてきて、1970年代以降は「???」です。
415 :
世界@名無史さん :2006/01/07(土) 17:53:41 0
>>398 つ高坂正堯『現代の国際政治』(講談社学術文庫)
416 :
ベートーベン :2006/01/07(土) 18:01:58 0
高2の都立学生です。 ベートーベンが活躍していた頃(1770〜1827)のヨーロッパの社会状況、社会背景について教えていただきたいのですが・・・どうかよろしくお願いいたします。
エロイカのエピソード知っていればナポレオン時代に重なるって分かると思うんだが… そういうことではないのかな?
418 :
ベートーベン :2006/01/07(土) 18:13:11 0
早速お返事ありがとうございます。そういうことなのですが、他にも何かないでしょうか?
419 :
世界@名無史さん :2006/01/07(土) 18:36:49 0
ウィキからの引用でよければ、こんなんありますよ。 ベートーヴェンは政治的には自由主義者、共和主義者であり、このことを全く隠さなかったため、 19世紀に入って敷かれたメッテルニヒによるウィーン体制のもとでは「反体制分子」と見られ、 周囲にはスパイがつけられていたと言われている。1812年、テプリチェにおいてドイツを代表する文豪ゲーテと会い、 二人で散歩をしていた際に、オーストリア皇后の一行と遭遇した。ゲーテが脱帽・敬礼をして一行を見送ったのに対して ベートーヴェンは昂然として頭を上げ行列を横切ったというエピソードも残されている。
420 :
ベートーベン :2006/01/07(土) 18:44:23 0
へ〜!!!すごく助かります。 ベートーベンが活躍していた頃の社会状況・社会背景を書けというレポートの宿題なのですが、何を書いたらイイでしょうか・・・?
421 :
第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2006/01/07(土) 20:40:39 0
>>420 ベートーベンがどうやって金を稼いでいたかあたりを元に論を展開するのも面白いかもしれない。
モーツァルト/ベートーベン共に父親は宮廷に仕えていたが,彼らの世代になってくると一流どころなら
宮廷に仕えなくても自活できるようになってきたのではないだろうか?
では,具体的に何をしてお金を得ていたのか,そこが見えてくると音楽どのよう広がっていたのかが見えてきたりして。
音楽そのものの位置付けとして,例えば啓蒙専制君主のフリードリヒ大王のエピソードとはハプスブルグ家をのエピソードを用いて
ベートーベンの前時代-->ベートーベンの時代
プロイセン<-->オーストリア
と2つの軸を展開していくという手もある。
上が簡単,下は自分の高校時代を振り返ってみて実証に乏しい妄想いっぱいの出来になりそうな希ガス。
まあ,でも,テーマは自分で決めないと。書いていくエネルギーに欠けるから,書いていくのがつらくなるのではないでしょうか。
422 :
ベートーベン :2006/01/07(土) 21:02:33 0
上のテーマはとても面白そうです。やってみます!どうもありがとうございました。
武周時代の宦官はどうだったんですか? 武則天は女性だったから不要だったんですかね?
424 :
世界@名無史さん :2006/01/09(月) 18:55:57 O
高力士
逆に女性だから宦官は必要だったんじゃね。
>>423 本来、宦官は内廷の雑用や家事等をする為にいるので男女は関係無いです。
427 :
世界@名無史さん :2006/01/10(火) 07:16:48 0
呂后と則天武后と西太后、誰が一番美人だったんですか。 そして楊貴妃も含めて、誰が一番巨乳だったんですか。
同人エロゲでも作ろうとでも言うのか。
>>427 呂后が美人だったという話は聞かない。
むしろ高祖の寵妃をなぶり殺しにした話が伝わっているくらいだから、
(ばあさんになっていたからかもしれないが)高祖の寵を勝ち取ることが
できなかったんだろう。
「糟糠の妻」という印象。
西太后はかなり美人だったらしいが、東太后を完全に凌ぐことが
できなかったのは、その二人に大差はなかったということだろう。
その点、高宗がマザコンに近い状態だったとは言え、父親の妃を
もらい受ける形で皇后にした則天武后は相当に美人だった可能性が高い。
よって俺の中では
則天武后(ただし平安美人)>西太后>呂后
胸のでかさは全く分からん。
異論も求む。
430 :
世界@名無史さん :2006/01/10(火) 17:13:18 O
「スンナ派は、アブー=バクル以降、アリーまでのカリフを正統として認める。」 正誤問題でこの文章が「正」として出てきました。 スンナ派は代々のカリフを正統と認めるイスラム教の多数派ではないのですか?
正統カリフを4人とも認める=スンナ派 アリー以外の正統カリフを認めない=シーア派
432 :
世界@名無史さん :2006/01/13(金) 08:08:26 O
ネルチンスク・キャフタと、中国史上最大の版図を描くほどの有利な条約(?)をロシアと結べたってことは、当時の清の軍事力はロシアと同等だったんでしょうか。 なんだかその後のことを考えると、清が強いなんて信じられないんですが。
433 :
世界@名無史さん :2006/01/13(金) 08:48:08 0
>>432 ネルチンスク条約はアムール川流域、キャフタ条約はモンゴルでの清とロシアの国境を定めたが、
いずれも清の本国に極めて近い地域、首都北京からもさほど遠くないし、
それ以前に中国統一前の女真族の根拠地満州とその近接地域である。
それに対してロシアははるかなシベリアのタイガ地帯を抜けなければ、その地域までやって来れない。
つまり、その地域までやってこれるロシア軍相手なら互角だったということ。
ちなみに、その当時のロシアは必ずしもヨーロッパで列強といわれるほどの強国でもなかったしね。
まあ、中高生なら教科書に書いてあるとおりに覚えておいた方が良いと思うけど、
教科書も必ずしも客観的に書いてあるわけではないから。
日露戦争下に置いては、ロシアがシベリア鉄道を建設していた為に 1日に数千ずつの兵士を極東に送り出せましたが ネルチンスク、キャフタの両条約の時には、鉄道技術自体が作られてませんから シベリアを通って大軍を東に展開することはかなり無理があったはずです それに確かに当時の欧州は、圧倒的な技術躍進の流れにありましたが 17世紀後半、まして欧州最先端の二歩後ろくらいを歩くロシアに 実務経験豊かな清の将兵が、中世的な戦法とはいえ通用しない訳じゃないのかもしれません ただネルチンスク条約の際には、高校の教科書なら 通商を求めたロシアと遊牧民の越境を防ぎたい清・・・みたいなこと書いてませんかね
一般論として書いておくけど、ナショナリズムが高揚している国や民族に おいては、過去の明白な敗北や劣勢の史実を新たな研究成果と称して 否定したがる傾向がある。 かつては、清代のことは擁護する対象ではなかったが、共産主義の形骸 化とともに、自国史の肯定的再評価が行われていると考えたほうがよい。 南北朝鮮については言わずもがなだが、残念なことに日本でも過去の敗 北の事実を粉飾しようとする努力は後を絶たないのが現実だな。
437 :
432 :2006/01/13(金) 22:45:59 O
>>433-
>>436 なるほど。つまり
「ロシアの領土が広すぎ、手がまわらなかった」ということなんですね。
八旗にしても18Cになってまだイモい遊牧民スタイルだし、こんなんで勝てるんかいなとずっと思ってました。
満州族とロシア人では体格差もすごいだろうし。
ともかく実際の小競り合いでの戦闘結果が気になるところです。
ところで、関連してなんですが、東西の軍事力バランスって歴史上どうだったんでしょうか。とりあえずイラン・アラブ諸帝国はおいとくとして、中国と西洋を対比させてです。
元までは中国が圧倒してたという話をきいたことがあります。(実戦はワールシュタットだけですが)
かといって漢よりはローマのほうが強そうだし。
やっぱ逆転のキーは鉄砲なんですかね。
誰か教えて下さい
>>437 軍事力のバランスとしては明代中期までは東の方が上回ってたのではないでしょうか
15C初期には鄭和がアフリカ東岸まで行ってますし、その艦隊は
後に西洋人が東洋へ進出した時より遥かに高い水準のものであった事はよく言われます
ローマと漢はどうなんでしょうね、いつ比べるかにもよると思います。
ちょうどガイ下の戦いとザマの戦いが同年代なのは、歴史的なロマンを感じるところですが
国の強さは近世までは技術以上に人口と支配体制の強固さがものを言うと
思いますので、その両点を踏まえると意外に漢も侮れないかも
つーか、あまり範囲が大きすぎる質問はどうかと。 一概には比べられないっしょ
440 :
世界@名無史さん :2006/01/13(金) 23:55:37 O
質問です。 スイスっていつ国際連合に加盟したんですか?
あぁそれホント最近ですよね☆ 2,002年の3月ですよ〜(*^O^*)/
442 :
437 :2006/01/14(土) 00:13:56 O
>>438 そうですか、やっぱ東は強かったんですね。アフリカのどっかの国が明に朝貢してたって資料集にのってて、鄭和すげーとか思ってました。今から考えるとホント信じられないですね。
>>439 そうですね・・・すみませんm(_ _)m
受験近くて妄想に逃げたかったんで・・・
>>440-441 大差はないけど…。
「02年3月、あらためて国連加盟の是非を問う国民投票が実施された結果、
僅差(きんさ)ながら国民はついにスイスの国連加盟を選択。
同年9月の国連総会で、スイスは190番目の加盟国として正式に承認された。」
Microsoft(R) Encarta(R) 2006. (C) 1993-2005 Microsoft Corporation. All rights reserved.
444 :
世界@名無史さん :2006/01/14(土) 11:41:30 O
だれかカタリ派とアルビジョワ派の違いを教えて下さい!
カタリ派の南フランスローカルでの呼び名がアルビジョア派。
447 :
世界@名無史さん :2006/01/17(火) 13:54:52 0
下がりすぎ。
448 :
世界@名無史さん :2006/01/23(月) 17:24:10 0
試験期間用に上げとく
449 :
世界@名無史さん :2006/01/28(土) 16:11:48 0
「不平等な事は良い事だ」みたいな感じの言葉言ったのはサッチャー首相でしたっけ?
450 :
世界@名無史さん :2006/01/29(日) 23:00:07 0
富めるものを貧しくしたところで、貧乏人が富むわけではない。
すごいちがいだな。
452 :
世界@名無史さん :2006/01/31(火) 20:21:04 0
万里の上昇。
あっち荒れてるし上げときますよ。
455 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/02/02(木) 23:57:02 0
上げてなかった……
カラジチの自演 記念かきこ
459 :
世界@名無史さん :2006/02/03(金) 20:52:32 0
ロシアはヨーロッパなんですか?
何が聞きたいの
>>459 地理的に言えば「山脈より西側は」という回答になるぜよ
ヨーロッパじゃない
ロシアはアジアだという人間も昔からいるから
この問題は中高生向けじゃないかもしれない。
一般的な地理的区分で言えば
>>460 の言うとおり
ウラル以西はまあ欧州と考えていいんじゃない?
ロシアは考えている以上にいわゆるローマ世界、それを
継承したビサンツ世界の価値観からは遠いと考えることも
可能だからその意味では「狭義の欧州」ではないかな。
まあヨーロッパロシアはアジア方面の影響も色濃いくらいが
妥当な答えかねえ。
(難関大)受験レベルで、 社会民主党左派とスパルタクス團の関係、 ドイツ共産党、独立社会民主党・・・などなど 各国政党についてどのように勉強すればわからないのですが、 こういった範囲はテストで何が狙われるのでしょうか。
ここは世界史板なんで受験の勉強方法は板違い とりあえず教科書を20回ほど読んで、もっと詳しく勉強したければ 詳説世界史を10回ほど読め そしたら大体の流れは把握できるはず 流れが掴めないと入試問題はきついんじゃないかな 難関大に行きたいなら楽をしようとせずに基本からやらないと 語句と内容を把握した上でまだ知りたい事があればまたおいで
465 :
世界@名無史さん :2006/02/05(日) 16:43:52 0
すみません質問させてください 東南アジアの植民地化(フィリピン)のところで質問なんですが、 「19世紀前半のメキシコが独立後、新大陸と中国との中継貿易が困難となり フィリピンでの輸出用商品作物の栽培をすすめるようになった」と参考書に書いてあったのですが、 これはメキシコの代わりにフィリピンを使って中継貿易をする事になった、と理解していいんでしょうか?
チノパンの語源でなんかそんなの調べたな
467 :
世界@名無史さん :2006/02/05(日) 18:14:42 0
>>465 なんか「中継貿易」の語感がずれてるような。
もともとは南米の銀をメキシコのアカプルコから積み出してフィリピンに持ってきて、
フィリピンに来航した華人に売り、中国製品を逆ルートで積み出して、さらに本国・
欧州市場で売却する構造だった(ガレオン貿易)。またフィリピン諸島内には
特段の資源もなく、ガレオン貿易だけで十分儲かったので、諸島内の開発は
あまり進展しなかった。
しかし、18世紀後半には金銀比価の平準化や産銀量の伸び悩みなんかもあって
もうけがかなり少なくなっていた。さらに他の欧州諸国からの圧力もあって、
19世紀頭にはガレオン貿易は廃止され、マニラも他の欧州諸国に対して開港させられた。
この一連の動きの中で、諸島内(というかルソン島中心だが)で、大土地所有の下、
大農園を経営してタバコやマニラ麻など商品作物を栽培・輸出が始まった。
メキシコや南米諸国の独立のインパクトはあまりたいしたことがない。
468 :
世界@名無史さん :2006/02/05(日) 18:29:41 0
>>467 ありがとうございます
つまり、従来からフィリピンは貿易の中継点となっていたということですね
その後もうけが少なくなった新大陸との貿易を廃止して
代わりに(と言っていいかわかりませんが)島内で作物を作って貿易の商品とした、
と理解してもいいですか?
高校生で来年受験なんですけど地域別に分けてある問題集を探してるんですがどんなのがオススメでしょうか?
470 :
世界@名無史さん :2006/02/05(日) 20:34:26 0
471 :
世界@名無史さん :2006/02/06(月) 12:16:44 0
質問スレなのでアナバシス。
受験参考書に関する質問が良く出るが このスレの回答者は歴史にはそれなりに詳しいが 最近の受験事情には疎い者が少なくない。 予備校教師とか高校教師の人が見てる時は それなりの解答が得られるかも知れないが それよりも受験板で聞く方が遙かに効率的だよ。
473 :
世界@名無史さん :2006/02/07(火) 18:17:26 0
試験期間なのでageとく。
474 :
世界@名無史さん :2006/02/07(火) 18:18:51 0
ドイツ第三帝国は何で第三帝国って言うのですか?
>>474 第二帝国の次に成立したと考えたからのようです。
476 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/02/08(水) 01:34:35 0
>>474 「第三」について聞いているのなら、「第一」は神聖ローマ、「第二」はプロイセン=ドイツ帝国。
「帝国」について聞いているのなら、ドイツ語das Reichは領域とか世界という意味で皇帝のいる国を意味しているわけではない。
これを「帝国」と訳すのは厳密にはおかしい。そもそもワイマール時代もdas deutsche Reich。
477 :
世界@名無史さん :2006/02/08(水) 02:30:28 0
どなたか回答お願いします 戦前ドイツにおけるサンディカリズムと修正主義は、それぞれの対義語であると捉えてよいのでしょうか?
478 :
477 :2006/02/08(水) 02:52:24 0
すみません サンディカリズムはフランスでした 全くの勘違いで恥ずかしいです・・・ マルクス主義者が非革命路線の人たちを修正主義と呼んだのですね・・・
479 :
世界@名無史さん :2006/02/08(水) 08:57:24 0
すみません、近代イギリスの財政軍事国家説を教えてください。
480 :
世界@名無史さん :2006/02/08(水) 10:43:43 0
481 :
世界@名無史さん :2006/02/08(水) 12:54:39 0
用語集見てもよく分からんので質問。 「太陽の沈まぬ帝国」ってスペインのことだと思うんだけど、神聖ローマ帝国も含む? あと、フェリペ2世がポルトガルを併合する前にもこの呼び方はしてたの?
482 :
世界@名無史さん :2006/02/08(水) 13:43:17 O
経世実用ってなんですか
>>481 (1) 神聖ローマ帝国も含みます。
(2) ポルトガルを併合したことで、はじめて「太陽が沈まぬ帝国」が成立します。
理由は教皇子午線、トルデシリャス条約でぐぐってみてください。
484 :
世界@名無史さん :2006/02/09(木) 00:35:56 0
合衆国独立に関する地図を見ててふと疑問に思ったのですが…
メイフラワー号に乗ったピューリタン達が建設したのがプリマス植民地(ボストンの近く)ですよね。
で、それ以前にあったヴァージニア植民地というのはプリマスの近く(少なくともニューヨーク)まであったのでしょうか。
それとも現在のヴァージニア州の辺りだけだったのでしょうか?
1607年のジェームズタウンも、現在のヴァージニア州も、プリマスより随分南にあります。
しかし、
山川出版社の詳説世界史研究という参考書に「メイフラワー号は『ヴァージニア北部に』渡航
と書いてあったり、下記サイトの”メイフラワー号の航海”という項に、「ヴァージニア植民地(現在の
ニューヨーク市のあたり)」と記述されていたりするんでちょっと混乱しています・・・
ttp://www.pockyboston.com/plymoth/plymoth.html 睡魔と闘いつつ書き込んだので乱文ご容赦ください。
485 :
世界@名無史さん :2006/02/09(木) 01:22:49 0
486 :
世界@名無史さん :2006/02/09(木) 02:50:27 0
3つあるのですが、お願いします。 @2世紀頃確立したとされる「海の道」は当初、マラッカ海峡を通過する ルート以外にマレー半島をそのまま横断するルートがあったそうですが 扶南のオケオが衰退したのはマラッカ海峡ルートがメインになったから なのでしょうか? Aインドにおけるゼロの概念の成立は山川の教科書・研究には グプタ朝と書いてあるのですが、マウリヤ朝時代から使われていたとの 記述を見かけました。どちらが正しいのでしょうか? B現在高校生で山川の詳説世界史研究や用語集などを使っているのですが、 読めば読むほど疑問や興味が増えてきて、受験書より1段深く歴史を学ぼうと思って おります。体系・網羅的に学べる書籍(あるいはシリーズ)などお勧めのものがあれば 教えていただけないでしょうか? Bについてはスレタイの趣旨と離れるのですが、受験板でもやはり趣旨違いですし 世界史板で聞くしかないと思い書いてしまいました。ふさわしくなければ スルーをお願いします。この板の話題は興味深いのですが、浅学のため難解な ところが多いので、せめて皆さんの話の尾だけでも捉え、楽しく見させて頂きたいと 思っている次第です! 長文失礼しましたm(__)m
487 :
世界@名無史さん :2006/02/09(木) 04:13:17 0
488 :
世界@名無史さん :2006/02/09(木) 19:22:21 0
>>487 ありがとうございます!誘導までしていただいて恐縮です。
受験勉強を単に入試の手段としてしか見ないのは勿体ないので、
せっかく教えていただいたことですし歴史を楽しんで学習する
きっかけにしたいと思います。
489 :
世界@名無史さん :2006/02/10(金) 20:34:25 0
すみません、とある入試問題なんですが私の力ではわかりません。おねがいします。 第一次世界大戦後の数十年間をフランスでは「素晴らしい時代」と言う。 この「素晴らしい時代」をフランス語で何と言うか。 (問題改変済)
490 :
489 :2006/02/10(金) 20:40:31 0
間違えました。これじゃあ世界恐慌がなくなってしまう。 誤:数十年間 正:十数年間
491 :
第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2006/02/10(金) 20:42:07 0
492 :
世界@名無史さん :2006/02/10(金) 20:46:13 0
>>491 ありがとうございました。
そうです、京都女子です。
受かってるといいなぁ(´・ω・‘)
あんなケチくさい大学よういかはるなあ
>>489 遅くて申し訳無しだが
>第一次世界大戦後の
これは「第一次世界大戦前」の間違いじゃないかえ?
489の書き間違いならいいが
入試の問題がママなら、こりゃでっかい設問ミスですよ
>>493 関西の女子大では社会科が入試科目にある貴重な存在ですよ
社会科と書いたが、選択できるのは日世だけかな? 最近の事情に疎いなあ
確かに、belle époqueって、 19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパ(特にフランス)芸術・文学の繁栄のことだよね。 より具体的には、普仏戦争後からWW1の勃発までだっけ。 出題ミスなのか、ここへの引用ミスなのかどっちなんだろ。
>>497 うん、それは知ってるんだけど
京女は政経選択もあったかな、とか思ったから
ついつい社会科と書いちまいましたよ
ヴィルヘルム二世の政策で、 新航路政策と世界政策っていうのは言い方の違いで全く同じ意味ですか??
500 :
世界@名無史さん :2006/02/12(日) 17:04:37 0
500ゲット
501 :
◆ALSPlGAxzM :2006/02/12(日) 18:49:41 0
>>499 それは違うものと言うか、
世界政策の主要政策のひとつが新航路政策です
余談だけどこの「航路」という日本語は実は変な訳
「海事」「海上」とすべきだね
英語では Naval だ
age
502 :
484 :2006/02/12(日) 20:53:51 0
503 :
世界@名無史さん :2006/02/13(月) 05:01:14 0
504 :
世界@名無史さん :2006/02/13(月) 18:16:28 0
突然すいませんが・・・ 映画「大脱走」で主人公がバイクに乗って二重になっている柵を、 跳び越えるシーンで、手前の柵は跳び越えますが、次の跳び越えられなかった 高い柵がスイス国境線ですか? それと仮に国境線を少しでも越えれば追いかける方は撃つことも、捕まえることも 出来ないんですか? (くだらない質問ですみません。見て気になったものですから・・・)
助けてください・・・ テーベのエパミノンダスが発明した戦法に【クルッセ=ファランクス】てのがありますが、これの英語表記のスペルを教えていただきたいのです。 海外検索サイトも少し調べたのですが、【Phalanx】【Epaminondas】では『エパミノンダスが従来のファランクスを改良し』程度までしか書いておらず。 【クルッセ】の部分が分からないことにはどうにも。 携帯では限界を感じたので・・・よろしくおねがいいたします。
>>504 まず映画であるということをご理解ください。実際の国境がどうなっていたかについては不明です。
また国境線すべてにおいて同じ形式で国境線が設定されていたとは思えません。
さて映画ですが、手前がドイツが管理する柵、向こう側がスイスの管理する柵と考えるべきでしょう。
この二列の柵の間に、本当の国境があると考えるべきです。
次に、国境線を越えるかどうかの問題ですが、両国の力関係が大きく左右すると思われます。
相手国に対し、圧倒的優勢なら、多少の越境攻撃も行われます。
例えば、アルジェリア戦争やヴェトナム戦争ではゲリラが隣国に逃げ込む(それを許す・許さざるを得ない隣国の事情もある)のを越境攻撃したこともたびたびです。
この映画の場合は、ドイツは無理にスイスを刺激したくないでしょう。戦争の行方はほとんど決まっており、むしろスイスを通じての西側連合軍との和平・ソ連との戦争継続という虫のいい交渉を進めていました。
マックイーンは絶対阻止しなければならない人物ではありません。よって、映画では徹底追跡を行っていません。
>>505 >携帯では限界を感じたので・・・よろしくおねがいいたします。
それは自分勝手と言うものだろう。
508 :
世界@名無史さん :2006/02/14(火) 17:24:23 0
>506 すっきりしました、ありがとうございます。
510 :
世界@名無史さん :2006/02/15(水) 22:46:17 0
>>505 確かにググっても「クルッセ」の部分は出てこないね。
古典ギリシャ語、ラテン語の辞書引いてみたんだがそれらしきものはなかった。
なんかむずむずするな。
511 :
第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2006/02/15(水) 23:38:41 0
いや邦書に載ってて英語での綴りを聞いてるんじゃないのか?
513 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2006/02/16(木) 15:28:59 0
>>505 エパミノンダスが編み出した陣形は「梯形陣」とか「斜線陣」とか呼ばれています。
そっちの方から検索してみられたらどうでしょう。
514 :
世界@名無史さん :2006/02/17(金) 21:22:30 0
ドイツにとってラインラントってどんな点で重要な地域なんですか?
515 :
世界@名無史さん :2006/02/17(金) 21:46:57 0
あやめ質問スレの111見てみ なんかいらついてあわててたのか名前間違ってるけど なにも言わないって冷たくない?
>>515 かまって君の自演トテモウザイ。
ここは雑談スレじゃない。さっさと消えろ!
517 :
514 :2006/02/18(土) 21:58:47 0
518 :
世界@名無史さん :2006/02/19(日) 00:22:23 O
お前らに聞くけどさ、世界史ってどう勉強してんの? 例えば、ヨーロッパならヨーロッパだけ完璧にしてからアジアとか他の地域に入ってんの? そこハッキリしてくれねぇと俺もやりずらいからさ。
お前がやりずらくても俺にはなんの関係もねえよこのバカちんが! まずは全体の流れを把握してから細かいところも潰していく そのほうが理解が進む気がする まあなんだ、がんばれよ
520 :
世界@名無史さん :2006/02/19(日) 00:53:17 O
>>519 このやろう!おめぇ…
いいやつだな!マジで助かったぜ!
テンキュー
>>520 ・・・といってもなかなか難しいんでとりあえず教科書を読むのが一番いいよ
____ . | (・∀・) | . | ̄ ̄ ̄ ̄ ひとり芝居って面白いですか? △ △l | __△|_.田 |△_____ |__|__門_|__|_____|_____
523 :
世界@名無史さん :2006/02/19(日) 01:56:06 0
戦後、これだけ「ドイツはユダヤ人絶滅を企てた」と言われて 来ながら、実は、ヒトラーが「ユダヤ人絶滅」を命じた命令書が 発見されて居ないというのは本当ですか? それから、ガス室で殺された死体が、実は、一体も発見されて いないと言うのは、本当ですか? ソースとともに答えを聞かせて下さい。
524 :
世界@名無史さん :2006/02/19(日) 02:00:58 0
>>523 専門スレいけよ。
それとも工作の真っ最中?ww
525 :
世界@名無史さん :2006/02/19(日) 02:35:09 0
527 :
世界@名無史さん :2006/02/20(月) 15:02:11 0
官僚制を初めとするオスマン帝国の行政機構は 後の絶対主義体制に影響を及ぼすことになる。 って1学期ノートに書いてたんですけど、 2学期になってから中国の科挙制が絶対主義体制に影響を及ぼしたとも習ったんですけど どっちが正しいでしょうか?
529 :
世界@名無史さん :2006/02/20(月) 19:53:12 0
530 :
527 :2006/02/20(月) 20:27:31 0
どっちもあってるってことですか? 両方も一応考えてみたけど。 トルコのほうは教科書とかに全然書いてないから本当かなあと。 それに、試験に出ると困るから。 わかりません。。教えてください。 なんか、いまいちイメージがわかなくて。 トルコとヨーロッパって戦ってたのに、 どうして制度みたいなのが伝わるのかなあと。 コーヒーみたいに落ちてたらアレだけど。 トルコがフランスに伝えたってことですかねえ? 同じ頃、宣教師も帰ってきた? 多分、イエズス会だからスペインに?
官僚による政治は貴族による政治よりも安定する。 官僚は君主に雇われた人間でしかないからすぐにクビにできるが 貴族の家臣はクビにすると派閥の圧力がかかる。 官僚の制度を整えることは君主の権力を強める(=絶対王政の要素)ことになる。
>>530 「絶対主義体制に与えた影響」っていうとふつう中国の科挙制の話だと思うけども……。
>トルコとヨーロッパって戦ってたのに、
>どうして制度みたいなのが伝わるのかなあと。
ヨーロッパ全体が戦ってたわけじゃなくて、オスマン朝と激しく対立してたのはハプスブルクやポーランドだから。
フランスやスウェーデンなんかは「敵の敵は味方」ってわけでオスマン朝とよろしくやってたし。
それに、敵にしても、敵がどういう体制なのかをきちんと知らないと戦争に勝てないんじゃないか?
そういう研究はやっていたと思われ。
それに、ヨーロッパ人ってだいたい「東」に対して興味津々だから。
>宣教師
イエズス会に限定する必要はないし、イエズス会がスペインと仲良かったわけでもないよ。
イエズス会、中国への布教問題で他の修道会と対立して、スペインから活動禁止されちゃったりしてるし。
533 :
527 :2006/02/20(月) 23:26:59 0
なるほど。なんか、歴史をホントに分かるには用語を知ってるだけじゃなくて 常識とかいろいろいるんだなーって。自分が非常識なだけなんだけど… ところで、トルコがヨーロッパに影響したって話は答案のネタにしていいものなんでしょうか?
うーん。 影響を受けたとすれば、多民族を統治する機構としてのモデルで あって、むしろオーストリア帝国あたりの官僚制のほうが考えられ るし、その場合はトルコの影響ではなく、あくまでイスラム官僚制、 オスマンの影響だな。 というか、最も考えられるのは絶対主義の成立過程で、封建家臣 団による家産官僚制からの脱皮ということで、ビューロクラシーよ りも、メリトクラシーのモデルとしてオスマンの官僚制が参照された と考えたほうが辻褄があうんだが。 どう説明しようとしても、高校生の範囲を超えてしまうのが難点だ。
535 :
527 :2006/02/21(火) 22:51:12 0
533のトルコはオスマン帝国って意味で使ってみたつもりなんですけど、間違えてたでしょうか? 官僚制ってなんなんですか…? 国産官僚制ってっことはもともとヨーロッパに官僚制があったってことですか? ルイ14世がヴェルサイユ宮殿に貴族を集めて・・・って習った記憶があるんですけど これのことですか? 貴族を官僚に充ててたのが、試験で選ぶようになってことですか? 東の強い中国もオスマンも試験で人選んでるからウチもまねするか、みたいな? というか、そもそもオーストリア帝国って時点で絶対主義と関係なさそうだし。 でも、このあとオスマンも中国も右肩下がりで科挙も廃止されるのに それを取り入れた欧州が最盛期迎えてアジアを支配していくって 歴史って不思議って言うか皮肉ですね。
536 :
527 :2006/02/21(火) 22:52:54 0
あ、高校の範囲を超えても用語の意味さえ分かれば多分大丈夫だと思います。 よろしくお願いします。
オスマン朝は科挙やってないよ。デヴシルメ制。
つまりキリスト教徒の子供攫ってきて、イスタンブールで徹底的に英才教育施して官僚にする。
>>534 氏のいってる「封建家臣団による家産官僚制からの脱皮」ってのは、多分、
血縁で登用される貴族たちから、能力で採用される官僚へ、ってことじゃないかと。
まあオスマン朝でも代々宰相を出す家柄とか出てくるし、ちゃんと能力で選んでたんかいな、という疑問は残るけど。
>というか、そもそもオーストリア帝国って時点で絶対主義と関係なさそうだし。
オーストリアはまあ、フランスとかからみれば絶対主義は後発だけど、18世紀に絶対主義時代を迎えるよ。
538 :
世界@名無史さん :2006/02/21(火) 23:24:29 0
一から世界史勉強したいのですが簡単でしかも詳しく系統的に 書かれてるいい本があったら紹介してください。世界史の知識に 関してはゼロです。 普通に高校生用の教科書とか読めばいいんでしょうか??
539 :
527 :2006/02/21(火) 23:26:13 0
え、デウシルメってイエニチェリ選ぶものですよね? そういえば、後にイエニチェリが改革を阻んだみたいなことがありましたけど、 イエニチェリって政治もするんですか? なんか、ただの軍隊ってイメージがあるんですけど。
541 :
527 :2006/02/21(火) 23:30:54 0
あ、あと、オーストリア帝国はナポレオン戦争後ですよね? オーストリアの絶対主義はマリア=テレジアとヨーゼフ2世って感覚もあるんですけど そのあとも、有名な君主がいないから高校では習わないだけで 絶対主義時代は続いていたって事ですか?
絶対主義=国王万能ってのが誤解。 ようは権力が国家に再集中した状態で、抑制装置が無い場合は絶対主義と解して良い。 オーストリアもそれが解体まで不完全ながら続く。
543 :
世界@名無史さん :2006/02/22(水) 00:35:13 0
>>527 の質問とそれに対する回答読んでると面白い。
オスマンと中国の官僚制の違いとか、考えたこともなかった。
>>538 >簡単でしかも詳しく系統的に
>書かれてるいい本
望みが大杉
>>544 えらい古い枠組みだぞ。これなら近年の高校教科書の方がまだマシだと思うが。
>>539 オスマン朝は17世紀頃には軍人と政治家の区別が曖昧になってきていたらしい。
そして官僚トップの大宰相は軍人から出るから、イェニチェリ上がり。
それで「代々宰相を出す家柄」なんて出てくるのは……イェニチェリ制度の腐敗以外の何者でもないけど。
地方のトップなんかもイェニチェリに任されることが多くて、実は19世紀初めのギリシアやセルビアの独立運動は、腐敗したイェニチェリへの反乱が起こりだったりもする。
あと、イスラム神学校(マドラサ)から推薦で官僚になるという道もあったみたい。
まあどっちにしても科挙のようなことはやってないはず。
質問です。 今度テストに、 『中世ヨーロッパが始まるきっかけは?』 みたいな問題が出されるということなんですが、古代から中世に移り変わった原因を教えてください。よろしくお願いします。
>>548 西ローマ帝国の滅亡とゲルマン人・スラブ人の流入。
>>550 549の説明で理解できるのはすごいw史学科に行くようにw
552 :
世界@名無史さん :2006/02/23(木) 23:05:30 0
試験前だ、あげとくか
553 :
世界@名無史さん :2006/02/24(金) 01:00:10 0
アウラングゼーブって何であんなにアホなんですか?
>>538 コリン・ウィルソン「世界残酷物語」
図書館で探せばあると思う
555 :
世界@名無史さん :2006/02/24(金) 18:54:32 0
いくつかあるんですがどうかお願いします。 @古代インドにおいて、前1000年頃にアーリヤ人が鉄製の道具を生み出したということですが、 この地域の文明ではいつ頃青銅器が使われ始めたんですか? Aヴァルナ制とカースト制はほぼ同時期に、同じ地域で生まれたらしいんですが、 教科書によるとそれぞれ違う社会で生まれたような書き方がしてあります。 それぞれどんな社会で生まれたんですか? Bヴェーダ時代はどうして終わったんですか? Cサータヴァーハナ朝では仏教やジャイナ教が流行っていたそうです。 そしてこの頃、北インドから南インドに多くのバラモンが招かれたそうです。 両宗教ともバラモン教を批判しているのに、どうしてバラモンを招いたんでしょうか?
>>555 (3)aアーリア人がインドに定着して生業が農耕に切り替わったから。
bマウリヤ朝に統一されたから。
かな?よう分からん。
(4)クシャトリアは宗派の違いは分からん(はず)。
学者を招いて国が盛んになればそれでいいわけだ。
557 :
555 :2006/02/25(土) 00:09:16 0
>>556 すみません(4)よくわかりません…
サータヴァーハナ朝の指導者はクシャトリアだったということでしょうか?
あと、バラモンは学者だったんですか?
>>557 そうそう、クシャトリア=政治家&軍人、バラモン=僧侶&学者ね。
仏教とジャイナ教が反対しているのは教義の面であって政治では共存しても問題なかったと思うぞ。
559 :
555 :2006/02/25(土) 13:33:28 0
>>558 丁寧に答えていただいてありがとうございました。
560 :
世界@名無史さん :2006/02/25(土) 19:13:39 O
質問なんですが… 挨拶で、自分の手首と相手の手首を合わせるような挨拶をする国ってありませんか? ググったんですが出てこなくて。
561 :
世界@名無史さん :2006/02/25(土) 23:12:59 0
大学受験のために世界史地図を覚えたいんですが、いい問題集知りませんか?
562 :
世界@名無史さん :2006/02/26(日) 22:19:31 0
age
563 :
世界@名無史さん :2006/02/26(日) 22:22:54 0
>>561 昔有ったジンギスカンのゲームをやると
王朝と場所を記憶できる
じん、じん、仁義スカーン。
565 :
世界@名無史さん :2006/02/27(月) 00:46:18 0
蒼き狼と白き牡鹿? トイレの壁に世界地図張ったらどうかな サッカーのゲームで国旗結構覚えられるよね
566 :
561 :2006/02/27(月) 00:58:37 0
>>563-565 アドバイスありがとうございます。
とりあえず世界地図買ってきてトイレに貼ってみようかと思います。
あと、中国の昔の地名&区分を覚えたいんですけど、いい参考書とか地図とかありませんか?
567 :
世界@名無史さん :2006/02/27(月) 01:02:45 0
>>566 まず、現代の中国の地名は一通りわかるかな?
それによって最適な物は変わるよ。
568 :
565 :2006/02/27(月) 12:53:51 0
>>566 やっぱり、青木がおすすめかな(中国に限らず)。
教科書は復習に使うといいよ。
俺はそのやり方で今年センター100とったよ(まあ、今年は易化したけどね)。
>>566 学校で使っている図説とか見ながら、
白地図帳またはノートに自分で描くのも良いよ。
時間がかかるように思うかもしれないが、
記憶のポイントを自分で書き込めるから、
センターレベルなら得点力アップの近道だと思う。
570 :
世界@名無史さん :2006/02/27(月) 18:22:31 0
レーニンって何歳ですか?
零人、って言うぐらいだから数え年一歳程度じゃね?
572 :
世界@名無史さん :2006/02/27(月) 18:55:19 0
中高年用ではなく中高生用でしたか さようなら〜
ゲームって地理覚えるのにはいいかもな と、コーエーの大航海時代をやって実感したおれがいる
あれは名作だな 3は世界史オタにも熱い良ゲー
575 :
世界@名無史さん :2006/03/04(土) 21:16:03 O
歴史学科に合格したんだけど、第二外国語をどうしようか迷ってます。 歴史を勉強するなら、ドイツ語とフランス語のどっちの方が都合が良いでしょうか。 人によりますかね。
576 :
世界@名無史さん :2006/03/04(土) 21:18:54 0
>>575 人によるが
現代史指向ならドイツ語の方が読める文献は増えるかと思う。
それ以外ならどっちでもいいのでは?
今時独仏しか選択肢ないのか?
両方やればいい。
578 :
575 :2006/03/04(土) 22:29:59 O
>>576 中国語と韓国語もあります。
韓よりは中かなぁと思うんだけど、中国語は難しいらしいし。
あぁ、でも中国語できたら便利そうだなぁ…。
歴史学科なら、ギリシャ語とラテン語とサンスクリットやればいい。
あとヘブライ語もすれば言うことなし。
581 :
世界@名無史さん :2006/03/05(日) 21:04:51 0
てか 西洋史やりたいのに中国語や韓国語など非ヨーロッパ語、 中国史やりたいのに中国語以外を選択すると あとでなきを見るだろう。 よくよく考えるように。 なおにがいでちょっとやったからと言って 実際に「便利そう」なほどの語学力は一般論としてはつかない。 ちょっと「しゃべってみたいな」程度で選択するより自分の専門性を考えるべし。
582 :
世界@名無史さん :2006/03/05(日) 21:35:55 0
なお、どこの国の歴史を専攻して勉強しても、職は無い。
だな。虚学もて実能の姦商を下とす。
584 :
世界@名無史さん :2006/03/06(月) 23:10:35 0
ドイツ革命の直前にドイツは休戦条約を申し出てますよね? 何故そこで大戦が終わらなかったんですか?
585 :
◆MPKQn87lUA :2006/03/07(火) 00:31:05 O
神聖同盟――露帝( )の提唱 とあるんですが、なにが入るでひょうか?
586 :
世界@名無史さん :2006/03/07(火) 01:03:16 0
アレクサンドル1世
>>584 第一次大戦の終結?年表等で確認すれば分かると思うけど。
大戦末期のドイツは、独ソ単独講和→西部戦線に戦力投入
→大敗して撤退を始める。
その状況下で、キール反乱→ドイツ革命(共和国宣言)。
ドイツ革命でできた人民政府が連合国と休戦。
588 :
世界@名無史さん :2006/03/12(日) 11:04:50 0
589 :
世界@名無史さん :2006/03/12(日) 15:37:20 O
オセアニアってどこにある国ですか?教えて下さい。
ヒント:国じゃないよ
591 :
世界@名無史さん :2006/03/12(日) 16:32:52 O
じゃぁアフリカの事ですか?
>>591 釣り? 自分で調べればすぐにわかるじゃん
>>589 太平洋にある島々のうち、アジアやアメリカに属さない範囲ね
ナポレオン1世はロシア遠征でモスクワを占領しましたが、 当時の首都はサンクト・ペテルブルクだったのに、何故モスクワを攻めたのでしょうか 教えて下さい
595 :
世界@名無史さん :2006/03/16(木) 00:06:37 0
質問させてください 核拡散防止条約(NPT)の拡散とは アメリカ・ソ連以外の国に核兵器技術が広まるのを防ぐという意味でしょうか?
596 :
世界@名無史さん :2006/03/16(木) 00:31:29 O
質問ですが、16世紀のスペインが勢力をなくす要因ってなんですか?調べた限りではアルマダがイギリスに負けたことと思うのですが、他にあるのでしょうか?おしえてください。よろしくお願いします。
梅毒
>>596 いわゆる「帝国のオーバーストレッチ(=手の広げすぎ)」です。
新大陸からの銀の流入が落ち込み、大西洋貿易が縮小して、
財政負担がカスティーリャのみにのしかかり、
カスティーリャの農民がどんどん貧乏になる一方で、
イタリア統治、
オスマンとの対決、
アルジェリアの海賊退治、
オランダ反乱の鎮圧
フランス・ユグノー戦争への介入
(&アルマダの派遣)、
そして翌世紀には三十年戦争への参戦、
・・・・と、金の掛かることばかりやっていたからです。
599 :
世界@名無史さん :2006/03/16(木) 21:51:22 O
600 :
世界@名無史さん :2006/03/19(日) 19:54:14 0
ニューギニアとイリアンジャヤってどう違うの? インドネシア領ニューギニアも存在する?
601 :
世界@名無史さん :2006/03/19(日) 21:25:35 0
スレ違いですが、数年前の世界史の教科書に、サパタとサンチョ・ビジャ のことを「山賊の親分みたい」と書いてあった。いい加減にしろよ、○川…
臨川?
かもがわだろ
604 :
キシドー :2006/03/23(木) 22:04:22 0
岩波書店の世界史年表 第二版に「643年 フレデガール年代記 終結」と ちっちゃく書いてありました。別にテストに出るわけじゃないから、覚え なくてもいいんですが、図書館の百科事典にも出てないし、Yahooとかで 検索しても0件でした。ちょっと気になります。どこの国の、誰が書いた ものなのか、ご存知の方、教えてください。
38 :シヴァタ:2006/03/15(水) 23:29:08 0
ちょっと専門的なことかもしれません。
どなたかご存知でしたらぜひご回答の程を。
岩波書店が出している年表に「643年『フレデガール年代記』終結」
と書いてありました。ところが、どの百科事典にもヨーロッパ史
関連のどの書籍にも『フレデガール年代記』に言及していません。
ネットで検索しても0件です。
39 :世界@名無史さん :2006/03/15(水) 23:47:05 0
> 987名前: シヴァタ投稿日: 2006/03/15(水) 23:17:24 0
> 岩波書店が出してる年表に、「800年、タミル辞典『ティヴァーガラム』成立」
> とあります。どの王朝下で主に誰が編纂したのか知ってる人教えてくださーい
ま た V I P P E R か !
40 :世界@名無史さん :2006/03/15(水) 23:49:29 0
>>38 てきとーに綴りを推測してググって見たら、ドイツ語のwikiが引っかかったぞ。
こいつのことかな?
http://de.wikipedia.org/wiki/Fredegar >Die Chroniken des sog. Fredegar (Fredegar, Chron.) ist eine Weltchronik aus der Zeit um die erste Halfte des 7. Jahrhunderts.
いわゆるフレデガールの年代記は7世紀前半頃の時期についての世界年代記である。
41 :世界@名無史さん :2006/03/16(木) 10:51:25 0
ラテン語形でフレデガリウスという表記もあるようですな。
こちらだと数件ヒットするようです。
606 :
キシドー :2006/03/25(土) 09:33:51 0
>40さま 頭いいですね。真似をして、アメリカのYahooでFredegarと 41さまに教えていただいたFredegariusを検索してみました (ドイツ語は全く分からないのでせめて英語ならばと……) あちらではFredegarius ScholasticusもしくはChronicle of Fredegarという言葉で広く認識されているらしく、分かったことは、 ラテン語で書かれている/作者の国籍や生い立ちについては諸説紛々/ ブルグンド出身か/生涯のほとんどをアウストラシアで過ごす/ ネウストリアのクロタール2世の側近だった ということでした。日本の歴史学者にもっとちゃんと調べて、 日本語で活字にしてほしかったです。あー疲れた。
607 :
世界@名無史さん :2006/03/25(土) 12:22:37 0
V I P P E R は高校生じゃないだろ
>>606 ドイツ語訳して欲しいなら言ってくれたらやったのに。
>日本の歴史学者にもっとちゃんと調べて、
>日本語で活字にしてほしかったです。
まっとうな歴史学者は2chなんか来ないだろ。
そもそも7世紀頃のフランクって、研究者どれぐらいいるのかねえ……
609 :
世界@名無史さん :2006/03/27(月) 14:16:40 0
イスラム教徒の女性はチャドルの下は普通の服を着ているのですか?
610 :
世界@名無史さん :2006/03/27(月) 17:09:14 0
その土地で普通に女性が着る服を着ている。 日本での「普通の服(洋服)」ではない。
611 :
610 :2006/03/27(月) 17:10:27 0
なるほど ありがとうございました
612 :
世界@名無史さん :2006/03/27(月) 21:50:54 0
すいません、近代っていうのは「自由」と「平等」を 掲げてるんですよね? これって矛盾してませんか? 近代ってなんなんですか? いい入門書があれば教えてください。 あとフランス革命についての入門書 も言いのあれば教えてください。世界史初心者です。
掲げてません。近代は、ただのモダーン・インdストリーです。
614 :
世界@名無史さん :2006/03/27(月) 22:34:08 0
>>612 初学者には何が近代かのテーマはちと荷が重いだろう。
諸説あるし、話が抽象的でこんがらがると思う。
まずは実際の歴史の流れを頭に入れてから
そのあと哲学的考察としての「近代」がどうたらに進むべきかと。
フランス革命の入門書は、、、ベルサイユのバラでも読んでみれば?
あらすじは頭に入るだろう。まずはあらすじから。
もちろんベルバラは史実を背景にしたフィクションだと言うことは忘れないでね。
615 :
世界@名無史さん :2006/03/27(月) 22:54:26 0
>>612 はい、政治思想としての自由と平等は、前近代の社会のあり方と対比し
て考えるべきもので、抽象的な絶対的自由とか絶対的平等などを持ち
出すとわけがわからなくなって当然です。
フランス革命と関連付けて近代社会を考えているなら、フランス革命以
前の社会とそれ以降がどう違うかをまず押さえることです。
前近代社会は身分制社会ですから、才能や財力があっても平民は平民
でしかなかったわけです。実際にはいくつか身分上昇や階層移動を行う
手立てがなかったわけではないのですが、基本は身分制社会。
近代社会の原則が平等であるというのは、自らの能力や財力を発揮して
不合理な制約を受けずに自由に活動できるという意味なんですね。
ここでは、とりあえず、平等と自由は矛盾していないわけです。
616 :
世界@名無史さん :2006/03/28(火) 00:31:14 0
みなさんどうも、ベルバラは盲点でした、受験勉強に疲れたら 随時読んでいこうと思います。 世界史は面白いけど気が重くなりますね。 自分の生きてる世界がどれだけ問題を抱えているか・・。 フランス革命が起こったあたりから世界がおかしくなってないかと 思うんですけどどうですかね?勉強不足でしょうか?
>>616 個人的にはとりあえず私は、専制国家や身分制社会に比べて遥かに幸せに暮らしていると思うので、
そのような暮らしを支える自由や平等を基調にした世界は高く評価すべきだと思うし、
そのようになるきっかけ、或いは象徴の一つであるフランス革命も高く評価すべきだと考える。
しかし、国民国家の成立とその間で起こる全体戦争によって悲劇の総量が増加したのもまた事実だし、
もっと大きく地球環境等まで考えに入れれば、
人類が急激に発展し急速に環境を破壊し始めた近代は、
地球にとって「おかしくなった時代」とも言えるかもしれない。
しかし、それは程度の問題であって、近代以前だって人間の活動によって森が枯れ果てたり、
砂漠化が進んだりしている。
そこまで考えれば、そもそも人類が誕生したこと自体間違いだったとすら言える。
まあ、考え方はいろいろですよ。あまり一方的な見かたは誉められたことではないですけどね。
とりあえず、歴史は面白い。
618 :
世界@名無史さん :2006/03/28(火) 17:51:27 0
質問です 第二次バルカン戦争で敗北したブルガリアがその後ドイツに接近するのはわかりますが バルカン同盟と一緒に戦ったオスマン帝国までもがドイツ側につくのは何故ですか?
619 :
世界@名無史さん :2006/03/28(火) 22:41:31 0
>>618 トルコとロシアの関係を考える。
ドイツ軍とトルコ軍の関係もある。
>>619 回答ありがとうございます
バルカン戦争によってバルカン半島におけるロシア(というかパン=スラヴ)勢力が
大きくなりすぎたため、勢力が減少したトルコ側がドイツ側に歩み寄ったということでしょうか?
この時の独露関係はビスマルクの退陣後で悪化しているので
ロシアと対立しているドイツに近づいたと考えてもいいのでしょうか?
ドイツ軍とトルコ軍の関係というのはまったく見当もつきません
621 :
◆ALSPlGAxzM :2006/03/29(水) 06:44:04 0
トルコはもうずーっとロシアとは具合悪いんで 基本的には反露で動くんだが 第一次世界大戦の時は実は中欧勢力と同盟国側のどちらにつくか 開戦からしばらくは様子見をしてたんだよね でもやっぱり反ロシア路線で中欧側についたと言うこと さらにパレスチナを巡ってイギリスとも関係いいとは言えなかったから 中欧勢力と組んでも別に不思議ではない それから619氏の言うドイツ軍とトルコ軍の関係って リーマン・フォン・サンダースとかのことかな? もしそれなら中高校生のレベル越えてるので気にしなくてもいいよ かいつまんでいえば第一次世界大戦の直前に ドイツ軍がトルコ軍の演習に協力してたんです その円で中欧側で参戦とドイツはタカをくくっていたら 実はトルコにしっかり日和見されたんですな
>>621 ロシアとトルコはもともと中が悪かったんですね
トルコとドイツの関係まで書いてくださり、大変為になりました
ありがとうございました
623 :
世界@名無史さん :2006/03/30(木) 17:24:42 0
第一次世界大戦後のラインラント非武装化についてなんですけど 以前何かの本で 「ライン川の東側のみ非武装化されたためソ連が英仏に不信感を強めた」 みたいな内容の文章を読んだ気がするんですが、詳説世界史研究では 「ラインの右側左側50キロの武装を禁止」 と書いてありました。 やはり後者の記述の方がただしいんでしょうか?
624 :
世界@名無史さん :2006/03/30(木) 20:38:12 0
>>623 どちらも正しい。
つまり、ライン川の上中流はフランス領になったアルザス・ロレーヌが接しているから、この地域に
ついては、ライン川の東側のドイツ領内だけが非武装となり、中下流のラインラントと呼ばれていた
ザールのあたりはライン川の両岸がドイツ領で、両岸とも非武装となっている。
つまり、ラインラントと呼ばれた地域ではライン川の両岸が非武装であり、その上流ではライン川
の東側だけが非武装になっていたということ。
625 :
世界@名無史さん :2006/03/30(木) 22:10:42 0
>>624 なるほど!ありがとうございます
ライン川流域といっても長い川なのでとても広い範囲だったのですね
大戦後の欧州の地図で見てみたら確かにアルザス・ロレーヌとライン川が
とても近くに接しているようでした
626 :
625 :2006/03/30(木) 22:39:35 0
何度もすみません
つまり、ライン川の両端のうち、ドイツ領内のみ非武装にするということですね
だから
>>624 さんが言われたように中・上流は右側だけになったのですね
ドイツ領ではないその反対側には占領軍が置かれている
やっとわかりました ありがとうございました
627 :
世界@名無史さん :2006/03/31(金) 01:08:05 0
>>626 >ドイツ領ではないその反対側には占領軍が置かれている
ちっともわかってないじゃないかw
フランス領におかれている 占 領 軍 とはなんだ?
628 :
625 :2006/03/31(金) 01:17:24 0
>>627 > ちっともわかってないじゃないかw
orz
連合国軍の間違いでした・・・
629 :
世界@名無史さん :2006/03/31(金) 12:06:14 O
世界史の先生に恋をしました。 どうしたらいいですか?
↑ 女には気をつけろよ。 幽王も女で国を滅ぼした。 まぁでも応援してるぜ。 わからないことがあったら、こんな板で質問するんじゃなくて、 直接訊きに行きなよ。
631 :
世界@名無史さん :2006/03/32(土) 03:06:30 0
1713年のユトレヒト条約でスペインからイギリスに渡ったミノルカが 1783にスペインに戻ってくるという記述があったのですが これってアメリカ独立戦争でアメリカ側についたスペインが パリ条約でアメリカから取り戻したという事ですか?
>>631 おおむねその通りです。
ただし、アメリカ独立戦争は、
英米間……パリ条約
英仏西間……ヴェルサイユ条約
の締結で終わるので、ミノルカの割譲が書かれているのはパリ条約じゃなくてヴェルサイユ条約のほうです。
633 :
世界@名無史さん :2006/03/32(土) 12:10:30 0
>>632 ありがとうございます
以前の手書きメモに自分で「ユトレヒト条約で英に渡り、ヴェルサイユ条約で西に戻った」と
書いておきながら、見直した時にはメモの意味を全く覚えていなくて
第一次世界大戦のヴェルサイユ条約と勘違いしたものだと勝手に思い込んでました
用語集にものってなかったのでとても助かりました
634 :
629 :2006/04/03(月) 01:11:36 O
>>630 レスdです。
ちなみにわたしは女子高生です。
イスラーム文化がよくわかんないので質問しに逝っちゃおうと思います。
スレ汚しスマソ
635 :
世界@名無史さん :2006/04/03(月) 17:00:41 O
これからテスト勉強をしようと思ってるんですが、範囲が今まで習ったもの全部と、ものすごく広いんです。 勉強法としては、教科書やプリントと睨み合うしかないのでしょうか。 高三ですが、未だに勉強の仕方がわかりません…どなたか助言を頂けないでしょうか。
636 :
世界@名無史さん :2006/04/03(月) 18:18:47 0
>>635 今の時期ならどうせ実力テストだろ?
今回のテストはあきらめれ。
世界史に興味がなくて受験に使わないなら捨てるのみ。
ただし大人になってから教養不足で後悔するがな。
次の質問どうぞ。
637 :
世界@名無史さん :2006/04/03(月) 18:26:10 O
639 :
世界@名無史さん :2006/04/03(月) 18:32:25 0
>>639 いいね
スレ立て前にもう一度貼ってみる
641 :
634 孔雀 :2006/04/04(火) 00:03:23 O
>>637 サソ
なんかあったら報告しますw
実力テストの範囲広すぎて死にそうです
教科書100ページ分も覚えられないっすよorz
642 :
637 :2006/04/04(火) 00:18:19 O
>>641 どうもです。がんがって下さいw
今思ったんだが、ギリシャは正しくはギリシアですよね?
>実力テストの範囲広すぎて死にそうです この言い方は挑戦人や注獄人がよく言いますね。
質問待ち。
645 :
世界@名無史さん :2006/04/04(火) 23:10:48 O
あげ
646 :
世界@名無史さん :2006/04/05(水) 01:10:32 0
世界史の論文を書くときに、アメリカ→米、イギリス→英のように国名を略してもいいんでしょうか?
高校生で論文とはこれいかに
入試問題の長文問題の事?
それなら
>>639 の方がいいのでは
>>638-639 確かにその通りだけど、スレタイ「中・高生用質問スレ」でしょ。
中高生だと勉強中心になっても仕方なくない?
649 :
世界@名無史さん :2006/04/05(水) 23:46:32 0
中高生が世界史について質問をするという言葉通りのスレです それ以上でもそれ以下でもありません
650 :
世界@名無史さん :2006/04/05(水) 23:49:01 0
要するに、入試のコツや試験での点の取り方はここでの質問の対象外ってこと。
651 :
世界@名無史さん :2006/04/05(水) 23:50:54 0
というか
>>650 が言う内容に関しては現役生の方がよっぽど詳しいと思いまふ
>>651 そうだね。
でもこの板にきてる時点で世界史にある程度興味持ってくれてるってことだと思うから、
暖かく迎えてあげたいよね。
それで世界史好きになってくれたらうれしいじゃん。
653 :
世界@名無史さん :2006/04/06(木) 00:14:21 0
それはもちろんです 甘やかさずに世界史の楽しさを共有していきたいものですな
654 :
世界@名無史さん :2006/04/07(金) 00:52:35 O
論述問題で国名を略すな
655 :
世界@名無史さん :2006/04/07(金) 01:11:48 0
>>654 やはり「帝国議会において代表される諸王国および諸邦ならびに
神聖なるハンガリーのイシュトヴァーン王冠の諸邦」と書くべきでしょうか?
もちろんそうよ。
657 :
世界@名無史さん :2006/04/11(火) 03:18:22 0
@マフムト2世がイェニチェリを廃止したのは何故ですか? A唐は何故新羅と結んだんでしょうか? 新羅もつぶせばよかったのに。
>>657 特権階級化したから
新羅が無いと朝鮮半島に足がかりがもてない。
統一後だと勝てない
イェニチェリ もともとは異教徒の美少年の集まり。 ヨーロッパではとても恐れられていた。 進軍の時に太鼓?(とにかく音楽を鳴らす)を使っていて、 その音を聞いただけで敵は戦意を喪失したとか。 モーツァルトやベートーベンの「トルコ行進曲」はこれに由来するという話を聞いたことがある。 そして、何故か額にスプーンが...
660 :
657 :2006/04/11(火) 22:24:28 0
661 :
世界@名無史さん :2006/04/11(火) 22:27:33 0
サファヴィー朝の起源は何処かという問題でイランと回答したら ×を貰いました(泣) 本当の所はどうなんでしょうか?
662 :
世界@名無史さん :2006/04/12(水) 02:08:32 0
イスファハーンは世界の半分で愛を叫ぶ
663 :
世界@名無史さん :2006/04/12(水) 04:36:07 0
サファヴィー朝の主な軍事力であるキジルバシはトルコ系だけど
イスマーイールが最初に挙兵したのもアゼルバイジャンだから
>>663 の言が正解じゃない?
665 :
663 :2006/04/14(金) 02:32:51 0
それで本当に正解だとしたら実に糞なテストだな。 起源というのが地域なのか血筋なのかイスマーイール本人の自覚なのかはっきりしない悪問だ。 安易にそんなこと言って、イラン人が聞いたら怒るぞ。 そもそも高校レベルじゃない。
666 :
世界@名無史さん :2006/04/15(土) 22:02:45 0
週末なのにさがりすぎ。
667 :
世界@名無史さん :2006/04/15(土) 22:59:49 O
アイバクとサラディンは友達でしたか?
669 :
世界@名無史さん :2006/04/19(水) 03:12:15 0
age
670 :
世界@名無史さん :2006/04/21(金) 21:29:07 0
age
671 :
みき :2006/04/22(土) 15:17:47 0
高@なのですが、世界史でギリシャ世界を習っています。そこで、エーゲ海のまわりに住んでいる 人から学ぶ(ギリシャを)と言って、クレタ、ミケーネ、トロヤ文明を習ったのですが、まずここで 分からないことがあります。なぜ、ギリシャ世界を学ぶのにエーゲ海の周りの島などからなのですか? エーゲ海はギリシャの領地(ギリシャのもの)ではないですよね????どう言うことですか?? 自分では、こう解釈しました。。。 『ギリシャ世界はまず、エーゲ海のまわりに住む人々から、クレタ文明、ミケーネ文明、トロヤ文明を学べるが、 エーゲ海はギリシャの領地ではないし、むしろトロヤは小アジア。つまり、たまたまギリシャ人がエーゲ海のまわりの クレタとミケーネに住んでいた。』間違ってますか…??長いのですが初めからワケわからなくて悩んでます>< 教えて下さい。
>>671 古代ギリシャ文化と現在のギリシャという国やギリシャ人を混同してないかい?
673 :
世界@名無史さん :2006/04/22(土) 16:40:23 0
東京大空襲を決行したのは誰ですか?
674 :
世界@名無史さん :2006/04/22(土) 16:52:24 0
>>671 説明すると余計混乱するかもしれんが……
あの地域一帯で最初に文明が芽生えたのがトロヤ(トロイア)、その後クレタ、ミケーネと
北に文明が広がっていった。これは「ギリシア文明」というより「先ギリシア文明」って言ったほうがいいかもしれない。
あるいは「エーゲ文明」か。その後にイオニア人、アカイア人、ドーリア人の
「古代ギリシャ」を担う民族が南下してきて、これら前駆文明を滅ぼし(トロイア戦争とか)つつも、文明は受容して
古代ギリシャ文明を始めた。
ちなみに、今のギリシャ人はトロイアのあたりは本来ギリシャのものにしたいと思っているよ。
これを知りたかったら第一次世界大戦後のトルコ・ギリシャ関係を楽しみにしてて。
675 :
世界@名無史さん :2006/04/22(土) 17:02:12 O
>>671 現在あるギリシアの領地が確立して、
国際的に国家として認められるのは19世紀に入ってからだから、
現在のギリシアの領地と古代のギリシア世界の範囲っていうのは必ずしも一致しないんだ。
基本的に古代におけるギリシア世界といわれたら、
ギリシア民族(←これはギリシア国民という意味じゃなくて人種としての呼び名)
が担っていた世界を指す。
いわゆる現在あるような主権国家が成立するのは17世紀のウェストファリア条約以後だから
現在の感覚で古代、中世を捉らえようとすると戸惑っちゃうかもね。
教科書だとその辺のこと書いてくれてないからわからなくなっちゃうんだよな。
教科書と別に「ナビゲーター世界史」とかのわかりやすい解説本を買うといいよ。
676 :
みき :2006/04/22(土) 18:47:14 0
答えてくれた方、ありがとう御座います><
>>674 トロヤ文明が一番なのですかっ…??学校ではクレタ文明があって、それをアカイア人が
滅ぼして、アカイア人がミケーネ文明をつくり、そことトロヤが戦って、ミケーネ文明が勝ち、
それをドーリア人が倒したと言う順番で習ったのに…
>>675 つまり、ギリシア世界と言うのはギリシャの国のことをさすのではなく、
ギリシャの言う国を狙う民族の世界と言うことですか???そのころ実際にギリシャと言う国はあったの
ですよね…??でも、アカイア人、アイオニア人、イオニア人、ドーリア人は、ギリシャ人(ギリシャの人)
とならったのですが、これも違うと言うことですか(??)???
>>676 ギリシャと言う国は無かった。
その地方に周辺から多くの民族が侵入し定住した。
長年住んでいる内に、元から居た奴らとも見分けがつかなくなって来た。
最終的に他地域の人々、後世の人々はこれを一緒くたにギリシャ人と呼んだ。
678 :
馬服君を愛している男 :2006/04/22(土) 19:02:51 0
質問したいのですが、講談社の「中国の歴史2殷周春秋戦国」って本は いい本なんですか?
679 :
みき :2006/04/22(土) 19:06:18 0
答えてくれた方、ありがとうございます。 まだ世界史始まったばかりなのに、既に混乱しています(;;) つまり、上の私の解釈は間違っていると言うことですか…? 1ギリシャ世界とは、ギリシャと言う国のことではなく、ギリシャと言う国を狙う人の事を指すのですか? 2当時ギリシャと言う国に、ギリシャ人として生活している人はいましたか? 3クレタ島に住んでいた人、ミケーネに住んでいたアカイア人はギリシャ人ではないですか? 4学校では、アカイア人、アイオリス人、イオリア人、ドーリア人はギリシャ人だと習ったのですが違うのですか? ひとつづつ分からない所をまとめてみました。面倒くさいかもしれないけど、教えて下さい>< お願いします><
1:取り敢えずクレタ島からイオニア諸島ペロポネソス半島周辺だと思っていれば良い。 2:いた 3:最終的には同化するからギリシャ人 4:そいつら皆ギリシャ人に「成る」元々は周辺から侵入してきた奴等。
681 :
世界@名無史さん :2006/04/22(土) 19:33:33 0
>>679 まだ「国」という言葉を近現代的な枠組み(領域、国民、権力の三要素そろったもの)って考えてるね。
あるいは「国」=「民族」=「文明」とおもいこんでるとか。
その概念で進めていると混乱するからその既成概念をまず外すことが必要だね。
#「トルコ」とか訳わかんなくなるぞー。
都市国家とか最初に習わなかったのかな?教科書ってそういう順番になってない?
682 :
世界@名無史さん :2006/04/22(土) 19:37:35 0
>>673 教科書的には「カーチス・ルメイが指揮した」なんだが…どういう答えを期待しているんだ?
高校の教科書にはルメイとか載ってないからなぁ。 スプルーアンスやハルゼーの親父も同じく。
685 :
みき :2006/04/22(土) 22:15:10 0
答えて下さった方、有難うございます><
>>680 ギリシャ世界は、ギリシャの国だけではなく、エーゲ海やクレタ島を含むその周辺の
ことも含めてギリシャ世界と言うのですね、4の質問で、周辺から侵入と言う、周辺とは
どこかの国からではなく、どこかの島だったりですか??
>>681 習う順番としては、ギリシャ世界(エーゲ海の周りに住む人から学ぶ)→クレタ、ミケーネ、トロヤ文明→
暗黒時代→ポリスの成立(『都市国家』)と言う感じです。
ぁっ、「国」という言葉を近現代的な枠組み(領域、国民、権力の三要素そろったもの)って考えてます…><;
686 :
みき :2006/04/22(土) 22:16:40 0
答えて下さった方、有難うございます><
>>680 ギリシャ世界は、ギリシャの国だけではなく、エーゲ海やクレタ島を含むその周辺の
ことも含めてギリシャ世界と言うのですね、4の質問で、周辺から侵入と言う、周辺とは
どこかの国からではなく、どこかの島だったりですか??
>>681 習う順番としては、ギリシャ世界(エーゲ海の周りに住む人から学ぶ)→クレタ、ミケーネ、トロヤ文明→
暗黒時代→ポリスの成立(『都市国家』)と言う感じです。
ぁっ、「国」という言葉を近現代的な枠組み(領域、国民、権力の三要素そろったもの)って考えてます…><;
687 :
みき :2006/04/22(土) 22:18:49 0
答えて下さった方、有難うございます><
>>680 ギリシャ世界は、ギリシャの国だけではなく、エーゲ海やクレタ島を含むその周辺の
ことも含めてギリシャ世界と言うのですね、4の質問で、周辺から侵入と言う、周辺とは
どこかの国からではなく、どこかの島だったりですか??
>>681 習う順番としては、ギリシャ世界(エーゲ海の周りに住む人から学ぶ)→クレタ、ミケーネ、トロヤ文明→
暗黒時代→ポリスの成立(『都市国家』)と言う感じです。
ぁっ、「国」という言葉を近現代的な枠組み(領域、国民、権力の三要素そろったもの)って考えてます…><;
688 :
みき :2006/04/22(土) 22:19:33 0
↑間違えました…すみません;
689 :
世界@名無史さん :2006/04/22(土) 22:32:19 0
氏ね
>>687 なんで世界史の先生に聞かないの?
「ギリシャという国」なんて言葉を使ってる時点であなたはまだわかってないと思うよ
とりあえず「ギリシャの国」という部分をとっぱらって考えてごらん
国があるから民族がいるんじゃないよ
民族が集まって国(この場合は都市国家)ができると考えよう
諸々の民族が活動し、文化を花開かせた時代・地域をギリシャ世界と呼ぶ、と考えるくらいでいいと思う
厳密に言うとまたちょっと違うと思うので誰か補足お願い
意味も無く支離滅裂にこねくりまわして考えずに素直に文章のままにとらえてみましょう
あと、質問は短くわかりやすくしてくれ
691 :
世界@名無史さん :2006/04/22(土) 23:04:59 0
古代のギリシャ人と近代のギリシャ人とは実は何の関係もないんだよ、 と、余計なチャチャをいれてみるぐへへwww
692 :
世界@名無史さん :2006/04/22(土) 23:27:07 0
うへへ
693 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 00:12:39 0
古代のバルカン半島の南端の地域にはイオニア人とかアイオリスとかドーリア人とかが北から相次いで侵入してきた。 そいつらが来る以前にはクレタ島に文明があったが、 まずイオニア人やアイオリス人がペロポネソス半島あたりにもとから住んでいた人々を飲み込みつつ、 クレタ文明の影響を受けて「ミケーネ文明」をつくりあげた。トロヤもその一部。 次に北からドーリア人が侵入してきてクレタ文明やミケーネ文明を破壊したんだ。こうして「暗黒時代」となる。 やがて前8世紀頃にはあちこちに都市国家が出来るようになる。 イオニア人のアテネ、ドーリア人のスパルタという具合にな。こいつらは戦争もしたが、いつのまにか、 基本的にみんな同じ言葉と文化を持つ「ヘレネス」というグループに属しているという自覚を持つようになるんだ。 最初は言葉も文化もかなり違っていたと思うんだが、近所に住んでるうちに似通ってきたんだろうな。 その「ヘレネス」が住んでいた地域、今の地名でいうならギリシア共和国からエーゲ海、トルコの西部のあたりのことを「ギリシア世界」と呼ぶのな。 ただし「ギリシア」というのはローマ人がつけた他称で、本人たちは「ヘラス」と呼んでいた。 ギリシア(ヘラス)という地名や国が最初からあった訳ではなく、 そこにあちこちから移り住んできた人々がやがて「俺らは同じ言葉を話すヘレネスだ」「俺らが住んでるところはヘラス(ギリシア)だ」と思うようになったの。 まあ専門的に勉強してる人には突っ込みどころ満載だと思うが、 高校レベルならこんなもんでいいと思う。
694 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 00:16:28 0
バルバロイのくせに偉そうにすんじゃねーwwwwwwwww
695 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 01:16:55 O
古代ギリシア人の意識としては、自らの住む都市こそ自らの属するところであったわけ。 ギリシア圏はあったとしても ギリシア国なんてのはそもそも存在しなかったの。 仮に日本で例えるなら、東京に住む人は東京人、大阪に住む人は大阪人であって、 日本国および日本国民という考え方は存在しないの。 んで、東京人と大阪人は同じ日本語を(標準語とかはここでは考えない。あくまでたとえだから) 使用していることから 「俺達仲間だよね〜」というぼんやりとした意識を持っていた。 と、同時に 「中国語、韓国語ってなに?イミフだよね〜(プゲラ」 と他の諸言語を用いる人たちを軽蔑していた。 これがいわゆるヘレネスとバルバロイ。 ただしその後ペロポネソス戦争のような同胞同士の戦争が起こることからも、 その同族意識はそこまで強固なものではないことがわかる。
少し補足及び修正すると (1)初期のクレタ文明(クノッソス宮殿を造り、象形文字や線文字Aを使っていて 前17世紀ごろに文明の絶頂を迎えた民)は多分中東方面にルーツを持つ民で、 ギリシャ語を話すギリシャ人ではなかった。だが紀元前15-12世紀ごろまでに クレタはギリシャ化する(ギリシャ語である線文字Bを使うようになる)。 (2)ミケーネ文明を滅ぼしたのは「ドーリア人の侵入」であるという説は 今あまり流行らないようだ。「海の民」という多民族的海賊的集団の侵入か 気象変動とも絡んだ地中海の経済変動のあおりだという説が有力視されてる。 (3)前12-9Cを「暗黒時代」と呼ぶのは、王宮経済が崩壊し書記官だけが書けた 線文字Bによる文字史料が無くなったから。前8世紀ごろからギリシャ人は フェニキア人のアルファベットを改良して現在まで続くギリシャ語の アルファベット表記を始め、暗黒時代を脱する(文字史料が出現しだす) ただ、暗黒時代の前と後では社会形態が異なっている。 暗黒時代の前はかなり強い王権のもとでのオリエント型に近い社会。 暗黒時代の後は、農村の中の砦から発達した市民戦士を中核とする都市国家。 それでも都市国家時代のギリシャ人はそれ以前の時代を口承文芸を通じて伝承し、 (神話伝説の時代として)自分たちの祖先の時代という意識を持っていた。 (4)ギリシャ人の住んでいた地域はそれ以外にもイタリア南部、シチリアの半分 フランス南部(マルセイユ)、アフリカ北岸の一角(キュレネ)、黒海沿岸と 広い範囲に及ぶ。特にイタリア南部とシチリアは現在のトルコ西岸と並び ギリシャ人が多かった。
697 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 02:17:43 0
>>671 >なぜ、ギリシャ世界を学ぶのにエーゲ海の周りの島などからなのですか?
>エーゲ海はギリシャの領地(ギリシャのもの)ではないですよね????どう言うことですか??
いま現在のギリシア共和国の領地はギリシア人(近代ギリシア人)にとっては不本意に狭いものなんだ。
本当はエーゲ海を囲む地域は全部ギリシア国に含まれなければならないと思っている。
近代ギリシアは1830年にオスマン・トルコ帝国という国から独立したんだが、
その領地は凄い狭くて、オスマン帝国の領内に取残されたギリシア人も大勢いたんだ。
近代のギリシア国はその同胞を救うために領地を広げようとしたんだけど、
最終的にトルコとの戦争に負けて、それまでトルコの西部に住んでいたギリシア人はみんな追放されたんだ。
近代のギリシア人が古代のヘレネスの子孫といえるのかどうかは難しいんだけど、
これは高校レベルではないし、本人達がそう言い張ってるからそういうことにしといてください。
この子が混乱しているのは「都市国家」がうまくイメージできてないからってのが 原因の8割っぽい。次は「市民権」で引っ掛かるような気がする。 都市国家の概念がわからないと市民権の意味がわからない→ローマ史なんかちんぷんかんぷん →世界史苦手になってしまいそうだ。 今は古代ギリシア史の流れについてはおいといて、こういうタームの理解が必要ではないかな。 私はもうワイン2本開けてるので、今日はまとめられなくて申し訳ないんだけど。
国と地域を区別して考えられないとか、近代的な民族の概念を古代にあてはめてしまうとか、 凄いありがちな誤解なんだけど高校の世界史の先生(外国史専攻とは限らない)では説明しかねる難問かも。
相変わらず質問者が女性となるとレスの付きがいいですね(笑 >ギリシャと言う国を狙う人 これ、どういう意味で言ってるんだろう……? ・ギリシア人:同じ「ギリシア」という文明を共有している人たち。 ×ギリシアという国に住んでいる人 ギリシア語を喋り、ギリシア神話を信じている人たち。 ・ギリシア世界:ギリシア人が住んだり、活動したりしている範囲。 町1つ1つが国で、数多くの国がひしめき合っていた。 有力だったのがアテナイとスパルタ。 ただ「活動している範囲」に過ぎないから、別に他の国と被っていてもかまわない。 西はイタリア半島から東はグルジアあたりまでに及ぶ。 今のギリシアの領土は戦争の結果ああいう形になったので、あまり気にしない方が吉。 海外旅行でトルコに行くと、「ここは古代ギリシアの有名な哲学者の出身で〜」なんていう遺跡があったりするし。
それは常に回答している住人対する侮辱だ
702 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 14:35:21 0
>>675 >ギリシア民族(←これはギリシア国民という意味じゃなくて人種としての呼び名)
>が担っていた世界を指す。
の、「担っていた」を「狙っていた」と読み違えたんだと思われ。
703 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 18:12:35 0
フォークランド紛争について教えてください
国連の調停を無視してサッチャー政権下のイギリスがアルゼンチンと フォークランド諸島をめぐって紛争を起こし、イギリスが勝って 領有権を確保し、同時に発足間もないサッチャー政権の基盤を強固にした。
705 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 18:57:53 0
社民党よりのブサヨク・ベロン政権が高福祉政策を推進したおかげで、 フランスドイツと肩を並べるほどだった経済先進国アルゼンチンは一気に景気悪化、不況にあえいでいた。 国を憂いた軍人たちが救国のため政権を奪取し、マルビナス島を不当に占拠するイギリスに宣戦布告、 開戦当初は連戦連勝だったが、エグゾセとかいろんな大英帝国の非人道的秘密兵器に破れ、無条件降伏。 その後、年率5000%のハイパーインフレに襲われ、国はホロン部タンゴは黒豆。
706 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 19:20:32 0
703ですがエグゾゼはアルゼンチンでは? 4−5サン有難うございました
705ですがエグゾゼはアルゼンチンですね。それ以外もてきとうに書きました。 分かってると思いますが。
鉄の女はかっこいい。あれ程見事な漢も最近では珍しい
709 :
みき :2006/04/23(日) 20:00:59 0
皆さん、詳しく分かりやすい説明本当にありがとう御座いましたっ>< 凄く助かりました。。 あちらこちらに都市国家が生まれる⇒「おれらは同じ言葉を話すヘレネスだ。」⇒「おれらが住んでるのはヘレス(ギリシャ)だ」 ここが全然わかっていなかったんですね;; 本当にありがとうございました。
>>709 まだ判っていない。あちこちにポリスがあるのは自然発生したのだけじゃなく
過剰人口による飢餓のためくじ引きなどによる強制移民の結果でもある。
当然追い出された人間達だって元のポリスと関係を保つのは当然で
同胞意識も、もとはと言えばそこから生まれる。
>>700 >海外旅行でトルコに行くと、
>「ここは古代ギリシアの有名な哲学者の出身で〜」
>なんていう遺跡があったりするし。
アホか?ミレトス地方こそが哲学そのものの発生地なんだぞ。
その後中心はイタリア南部に移り、アテナイが哲学の中心になったのは
紀元前5C以後にすぎないつーのに。それも最初は外人(ソフィスト)ばかり。
712 :
世界@名無史さん :2006/04/23(日) 21:20:55 0
>>710 高校世界史でそこまで考える必要はない。
興味が出たら詳しい本でも読んでみればいいという程度で捕捉程度に指摘するのはいいと思うが、
学校で習ったばっかりの生徒を相手に「まだ判ってない」は言い過ぎだ。
後段についてはカラジチだって判り切った話だろう。
語りたいだけのアフォなんでしょ
またーり逝こうぜ。
715 :
世界@名無史さん :2006/04/24(月) 01:01:42 O
伏義と女過は頭が人間で顔が蛇なんですか? 神農はどんな姿だったと言われているのですか?
蛇が大地の化身なのはよくある話 牛
717 :
世界@名無史さん :2006/04/24(月) 01:18:55 0
神農はわりとその辺の薬屋さんにかざってあるっていうけど、ホント?
718 :
世界@名無史さん :2006/04/24(月) 20:42:10 0
漢方の店ならともかく、マツモトキヨシに飾ってあるとは思えないなぁ
719 :
みき :2006/04/24(月) 21:15:44 0
>>710 「都市国家が生まれる」と言うところがおかしいと言うことですか?
学校では、ギリシャは、山が多いし大河もないため、一つの大きな統一国家は成立しなかった。
なので、各地に都市国家が生まれた、と習いました。
しかしここで疑問なのですが、『ギリシャでは各地の都市国家が』と言うのは
おかしくないですか?まず、上のような理由から都市国家が成立し、そこからヘネレスと言う言葉
が生まれ、ヘレス(ギリシャ)ができたのではないんですか?
教えて下さい、お願いします。。
720 :
世界@名無史さん :2006/04/24(月) 22:08:00 O
テニスコートの誓いってもうその時代からすでにテニスはあったってことですか?
ポリスの成立過程についてはいまも議論が絶えないので何とも
地勢上、ギリシアで大規模な領域国家が作れなかった(あえて作らなかった)のは確かだが
各地にポリスが出来上がった理由はそれだけではなく、最近じゃ
>>710 みたいに
暗黒時代からの人口回復→比較的条件のいい土地に集住
→人が増えるにつれ政争が発生(あるいは飢饉でピンチに)
→政争に勝った人たち(あるいは飢饉の際に全滅回避のためのくじ引きで残った人たち)
がポリスを創設、敗れた人たちは他の土地へ移住して新ポリス創設、
みたいに考える人も多い
(アテナイやスパルタのように全く植民活動に関わらなかったポリスも
あるのでこれがポリス形成の必要条件であったわけではないのだけれど)
各ポリスの成員は方言の違いこそあったが皆ギリシャ語を話す人たちだったので
そこから「ヘレネス」であるという同朋意識が出来上がった
ただし政体は同一ではなく寡頭政が重んじられたところもあれば
早くから民主政に移行したところもあったりとポリスによって様々
その意味では同じような連中が作っておきながら各ポリスそれぞれ勝手に発展してたと言える
>>710 は「元のポリスと関係を」と書いているが植民市と母市の間に
政治的・経済的紐帯が確かなものとしてあったわけではない
まあこれらは受験世界史じゃ全く必要とされない背景だから聞き流しておk
高校レベルなら教わったとおりの概説的理解でいいんじゃね
>>720 現在のようなテニスではなく
貴族間で行われるジュ・ド・ポームと呼ばれるもの。
723 :
世界@名無史さん :2006/04/24(月) 23:14:55 O
カストロは善人ですか、悪人ですか?
おそらく、一般に世間で人を評価する基準で見れば、善人だと思うよ。 例えばクラスの○○は良い奴だ、悪い奴だ、と計る時の基準な。 歴史的評価は、まだ本人生きてるし、なんとも言えない。 大体そういう意味での善人か悪人かなんて、 評価する人間の立場によって変わるんだから、 決め付けることなんて不可能。
725 :
世界@名無史さん :2006/04/25(火) 03:25:52 0
>>719 >しかしここで疑問なのですが、『ギリシャでは各地の都市国家が』と言うのは
>おかしくないですか?まず、上のような理由から都市国家が成立し、そこからヘネレスと言う言葉
>が生まれ、ヘレス(ギリシャ)ができたのではないんですか?
それはまったくその通り。おかしい表現だよ。
でも、例えば、一万年前には「日本」という国も地名もなかったんだけど、
「一万年前の日本には既に人が住んでいた」という表現をするだろ。それと同じ。
『ギリシャでは各地の都市国家が……』という文章を厳密に書き直すなら、
「後にギリシャと呼ばれることになる地域には前8世紀頃に都市国家がうまれ……」という感じになるな。
でもこんなくどくど書くのが面倒くさいから省略して『ギリシャでは各地の都市国家が』とかいうだけのこと。
ま、俺はくどくど書く主義だけどな。
726 :
世界@名無史さん :2006/04/25(火) 06:00:23 0
>>723 んな事判断できるか。人間が人間の質なんぞ判るわけが無い。
どうしても知りたけりゃ、神でも探してきて善人の定義を聞いて来い
728 :
みき :2006/04/25(火) 20:31:06 0
>>725 では、後にギリシャと呼ばれる地域(ギリシャ共和国からエーゲ海、トルコの西部あたり)には、山が多く大河もないため、一つの大きな統一国家は成立せず、都市国家が生まれる⇒
⇒(初めは言葉も文化も違ったが、近所に住んでるうちに似通ってきて)「おれらは同じ言葉を話すヘレネスだ。」⇒「おれらが住んでるのはヘレス(ギリシャ)だ」
と言うことですね。!?
すごくすっきりしました><;本当に有難う御座いました。。
>ギリシャと呼ばれる地域(ギリシャ共和国からエーゲ海、トルコの西部あたり)には、 >山が多く大河もないため、一つの大きな統一国家は成立せず このへんの認識は古代史家の間じゃ随分前から変わってるし 教科書の記述も柔軟に対応してほしいもんだ
>山が多く大河もないため、一つの大きな統一国家は成立せず 中国の反対ですね。 だだっ広いと専制国家になって封建主義が育ちにくく固定化して 進歩しにくいのでしょうか?
専制と封建主義は対義じゃない。 そもそもカテゴリーも違う
732 :
世界@名無史さん :2006/04/28(金) 00:27:55 O
進学についての質問です。 いま中南米地域の研究に興味があるのですが それらの地域の研究が盛んな大学などがあれば教えていただきたいです。
U.C.L.A
734 :
世界@名無史さん :2006/04/28(金) 11:38:43 0
何で中国は東西に割れる事が少なくて南北に割れる事が多いんですか? 異民族が北に居るからですか? それとも稲作地帯と畑作地帯の違いがそうさせるんですか?
735 :
世界@名無史さん :2006/04/28(金) 18:03:21 0
現在は東の沿海部分、台湾と西の内陸部に割れていますよ。 所得、教育水準、住居、生活習慣、すべて異なるので、 現在の中国にはふたつの部族が東西に分かれて存在すると考えたほうがよいようです。
736 :
世界@名無史さん :2006/04/28(金) 19:15:31 0
さあ〜明日から連休厨の襲来だー!!
737 :
世界@名無史さん :2006/04/28(金) 19:33:45 0
738 :
世界@名無史さん :2006/04/28(金) 23:57:34 0
世界で封建制度の発達した地方はどこがあるでしょうか? それらの土地に何か地理的な特徴はないでしょうか
739 :
世界@名無史さん :2006/04/29(土) 03:09:49 0
封建制が発達したといわれるチベットの地理的な特徴は標高が高いということですね。 これって共産党に毒された回答?
共産党のいう封建制度というのは定義が違うんだよね。
741 :
世界@名無史さん :2006/05/01(月) 21:27:09 0
ペルセポリスをウィキペディアで調べたら 『 ペルセポリスの名はギリシャ語で「パールサの都市」』 と書いていたのですが、 これは「ペルシアのポリス」という意味でいいのでしょうか?
うん。
脳内で封建制を発達させた呉智英の地理的な特徴は薄いということですね。 これっていい加減にしてよアグネス的回答?
744 :
世界@名無史さん :2006/05/03(水) 08:38:53 0
意味がわからんけど、まあ連休age
745 :
世界@名無史さん :2006/05/04(木) 20:24:02 0
アウグスティヌスははじめマニ教を信じていたそうですが、 そのことが彼の教父哲学に与えた影響というものはあるのでしょうか?
746 :
世界@名無史さん :2006/05/04(木) 20:26:50 0
747 :
世界@名無史さん :2006/05/04(木) 20:31:13 0
そうですね…。 ちょっとあっちの板は敬遠していたんですが、行ってきます
748 :
世界@名無史さん :2006/05/04(木) 23:35:40 O
ノルマンディー公国の成立の経緯について、80字以内で説明して。
749 :
世界@名無史さん :2006/05/04(木) 23:36:31 O
はよう
751 :
世界@名無史さん :2006/05/05(金) 12:14:22 0
イギリスのジョン王以後ジョン2世が出ないのは やはりあまりに芳しくない治世だったからですか?
752 :
世界@名無史さん :2006/05/05(金) 16:43:38 0
753 :
世界@名無史さん :2006/05/12(金) 10:20:58 0
ageとこう。
まあ、犬の着ぐるみ着てオルガンひいてたら芳しくないだろうね。
755 :
世界@名無史さん :2006/05/13(土) 20:13:09 0
ことしのセンター問題教えてください
756 :
世界@名無史さん :2006/05/13(土) 20:30:25 0
予備校のホームページに載ってる
757 :
みき :2006/05/13(土) 22:31:36 0
前回、ギリシャでお世話になった高1のものです><;又、疑問をもったので、教えて下さい>< ペロポネソス戦争により、今までデロス同盟とペロポネソス同盟でふたつに分かれていたギリシャが、ペロポネソス同盟にギリシャまとまる。→アテネと仲良かったのでポリステーベが怒り、ペルシャ支援のもとスパルタVSテーベ。→ポリス没落 と習いましたが、ここでつ疑問があります。 1テーベがアテネと仲良かったと言うことは、テーベもデロス同盟に属していたか? 2なぜペロポネス同盟にギリシャまとまっているのにポリスであるテーベはそこに属していないのか? 3最終的にレウクトラの戦いでテーベがポリスの勢力NO1になったあと、ほかのポリスはどうなったか。 4ペルシャはレウクトラの戦い後、どこを狙っていたのか? 全然わからないので、教えて下さい><お願いします><;
またみきちゃんか。3サイズいくつ? ブラは何カップ?
759 :
世界@名無史さん :2006/05/13(土) 22:59:48 0
ここまで熱意があれば先生も無下に扱わないと思うが・・・。 人前に出ると緊張してしまう質なんだろうか。
質問の仕方が下手なんだろう。前回も何処でつまずいてるのか理解するのに時間がかかった。
今回はみきちゃん成り済まし嵐と思う。
763 :
世界@名無史さん :2006/05/13(土) 23:32:31 0
中国国民党はどんな原因で中国共産党に負けたの? アメリカをバックに豊富な物資で勝ちそうなモンなのに
その豊富な物資を売って贅沢してたら見放されちゃったから
>>みきちゃん 河出書房新社から出ている文庫本、世界の歴史4「ギリシャ」村田数之亮・衣笠茂 ISBN:4309471633、あたりを買って読んでみてはどうだい? 一冊まるごとギリシャというのは、この手の通史では詳しい方だし 記述はフレンドリーで十分高校生にも理解できると思う。 値段も893円だからみきちゃんでも買えるだろうし うまくすればブックオフあたりで半額ないしは105円で買えるかも知れない。 通読すれば今回の疑問も前回の疑問も解けるはず。 多分将来抱くであろう疑問もだ。それぐらいは努力すること。
前回の受け答えを見る限りではまるで小学生レベルの理解力だったが。。。 河出の世界の歴史なんか読んでも訳ワカメな悪寒。
767 :
世界@名無史さん :2006/05/14(日) 00:09:19 0
みきちゃんを教育テレビ「世界史」のアシスタントに推薦しよう。
768 :
世界@名無史さん :2006/05/14(日) 00:27:33 0
みきちゃんはあやめさんの下の娘さんだそうです。 「おかあさん、ギリシャ史についてなんだけどさあ」 「また!あのね、お母さんは4月から某プロジェクトの正式スタッフになったので 超多忙なの。悪いけど自分で調べなさい、お母さんの本がいっぱいあるでしょ」 「それで調べて判んないから聞いてるの。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん」 「そんなら2チャンで聞いてみたら。でも怪しい情報も混じってるから注意してね」 翌日 「あ〜〜ん、おかあさんのばかー。2チャンでブラのサイズまでしつこく聞かれちゃったー」
少なくとも性格は悪くない。 バカで美少女で巨乳ならサイコーなんだが。。。
770 :
世界@名無史さん :2006/05/14(日) 03:02:19 0
,.-───- 、 ヽ\ /::::::::::::::::::::::::::\ ←みきちゃん \ \ \ /:::::::::/|/|::::::::::::::::ヽ \ \ \ /::::::/、 \ | /|:::/l::::l ,,, \ \ \ i::::::=- ー‐ '、―|/ .l:::i /3 \ ヽ,, ソ:::/ / \ ー ' ノハノ / / \ ソゝ、 〉 -='/ (;;;; ;;) ヽ⌒ヽ \_/__/::i :ヽヾ/・ \ i. \ \ヽ/ ; )) ; \ \ ヽ ヽ ( ; `ヽ\ \ ノ i ・ ソ \ \ _.ノ ∫ ヽ ヽ( ; ・・ \ \ ・: バシュッ!! 入 ヽ ; ↓にちゃんねらー / 'ヽ i ・ ,.. ---─ヽ,.-─-ヽ / "\,,, / ∴∵// / / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ ./ i "''丶,, ノ / i i | ∴ヽ ∀ ) / `\..,,_,,,..-'' / i (9 (` ´) ) / ヽノ / ヽ ミ |彡ヽ ―◎-◎-| / / / ∵ i i ( Y ̄ ̄ ̄ ̄) / / / ,,,,..ノ ∵ .i \____/ / / / / ヽ i i i
771 :
みき :2006/05/14(日) 09:43:39 0
>>759 ぁっ、ごめんなさい><次回からそこに行きます><;;
>>760 一度質問したことがあるのですが、難しいことばかり言ってきて、なかなか
疑問が解けないんです><;
>>765 ありがとうございます><さっそく探しに行きます><
何か皆さんごめんなさぃ…><。ひとつ理解するのに凄く時間かかるんです…アホですね^-^;
ぁりがとうござぃましたっ><
もしかして大物?
773 :
世界@名無史さん :2006/05/14(日) 12:35:56 0
素直でいい子じゃないか。今度ケータイの番号きいとこうな。
774 :
世界@名無史さん :2006/05/15(月) 12:27:23 0
775 :
みき :2006/05/15(月) 19:04:58 0
そろそろ偽者が出てくるな。 というか、変態共がやかましいから出来れば違うスレへ行って欲しいやも
777 :
世界@名無史さん :2006/05/16(火) 02:09:28 0
>>757 ていうかさぁ、高校世界史でそんなの知らなくてもテストに出ないし問題ないよ。
興味があるんなら図書館で古代ギリシャ関連の本を漁ってみればええよ。
778 :
世界@名無史さん :2006/05/18(木) 23:37:02 0
age
779 :
世界@名無史さん :2006/05/18(木) 23:58:07 0
腐敗選挙区ってなんですか?
780 :
世界@名無史さん :2006/05/19(金) 00:02:11 0
みきはポスト塩野七生
781 :
世界@名無史さん :2006/05/19(金) 00:24:35 0
>>779 元々はイギリスで非常に古い時代に行われた代議士の選挙区の区割りが
その後の産業革命等による人口の増減にもかかわらず訂正されず残った結果、
都市部では非常に多くの有権者がたった一人の代議士しか出せないのに対し
地方によっては極めて少ない有権者しか残っていない選挙区が、前者と同様に
代議士を出せるという状況が生じた。後者のような選挙区を腐敗選挙区と呼ぶ。
このような腐敗選挙区においては、特に普通選挙ではなく選挙権が限られた人間の
手の内にしかない場合は(三十歳以上の一定金額以上の納税者の男性のみとか)、
有権者が極めて少数しか(十数名〜数十名といった)いない場合すら生じた。
そうするとその地域の有力者(大地主とか大資本家である貴族とか)は、近隣を含め
いくつかの選挙区の極めて限られた有権者の票を意のままに操ることで、
自分の子分である代議士を数名誕生させうることになり、実際そういった
政治ボスが数多く現れた。こうなるとそれらの選挙区はこの手の政治ボスたちの
私物と化し、まさに「腐敗」してしまうことになる。
だから確かに参院選の鳥取や島根もそれに近い要素はあるが一応区別すべきだろう。
783 :
世界@名無史さん :2006/05/19(金) 21:53:24 0
世界史の問題で、「部族名を答えよ」と聞かれた場合 「〜〜人」と答えて良いのでしょうか? 或いは、「人」をつけずに「〜〜」と答えるのが正しいのでしょうか? 明日テストで困っています・・。 よろしくお願いします。
784 :
世界@名無史さん :2006/05/19(金) 22:10:37 0
「部族名」を問われている時は授業中に習った名称も「〜族」になっているだろう。 「サクソン族」「ゴート族」など 「〜人」と答える時の問題は「民族名を答えよ」とか「〜はどういう人々か?」 となっているのではないか
785 :
世界@名無史さん :2006/05/19(金) 22:56:26 0
>>784 ありがとうございます。すごく助かりました。
授業では、〜部族という答え方がなかったんです。
でも先生の配布したプリントには「西ゴート」などと書かれている所もあり
迷いました。本当にありがとうございました、明日頑張ります。
786 :
世界@名無史さん :2006/05/20(土) 00:18:33 0
宗教改革〜から気になっていたんですけど、 国民議会、帝国議会、公会議って何が違うんですか? あと、上記とは関係ないですが、 「奴隷制度が最も発達したアテネは総人口の3分の1にものぼり〜」 と書いてあるのですが、 スパルタの方が奴隷の数が多いのになぜアテネの方が発達したのですか?
787 :
世界@名無史さん :2006/05/20(土) 00:57:42 O
788 :
世界@名無史さん :2006/05/20(土) 02:33:00 O
周王朝の社会制度であった封建制について簡単に説明していただけないでしょうか…… どうしても内容が掴めません……
>>788 よく分かんないんだよな、周の封建制は。
手元に授業のノートある?
板書にどうあるか書いてくれると
どんなことを教わったか見当つくからそこから説明できるかも。
もし板書なりプリントが
「周では封建制が行われていた」か、それに毛が生えた程度の説明なら
たぶんテストでは「周では( )制が行われ」なんて
虫喰いになってるだけのような機ガス。
周なんてチベット系遊牧民は
農奴制を敷いて少数の領主・貴族・僧侶が人民を搾取していたんですよ
792 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/05/20(土) 21:31:59 0
>>786 国民議会ってなんのことだろ?
具体的に挙げてくれると答えられるかも知れない。
帝国議会っつーのは、神聖ローマ帝国の議会。
皇帝やら選帝侯やらが召集して、帝国貴族や都市が集まって討論・決議する。
公会議ってのは、ローマカトリックの会議。
中世では教皇が召集する(古代だと皇帝が召集したこともある)。
枢機卿やら司教・大司教やらが集まって討論・決議する。
つまり、ある教義を異端かどうか決めるのは公会議。
異端を処罰したり追放したりするのは帝国議会。
793 :
世界@名無史さん :2006/05/21(日) 23:17:33 0
ageとくか
794 :
世界@名無史さん :2006/05/21(日) 23:47:52 0
>>788 周の封建制はフューダリズムとは本質的に異なる。社会制度ではなく政治体制である。
795 :
世界@名無史さん :2006/05/22(月) 00:58:22 O
世界史BとAの地学教えて
796 :
世界@名無史さん :2006/05/22(月) 00:59:23 0
>>795 ウンコを食べながら教科書を読むとよく憶わる。
797 :
世界@名無史さん :2006/05/22(月) 01:30:24 0
>>796 ありがとうございました。さっそく試してみます。
751年、タラス河畔の戦いが行われた。 このとき、アラビアや西域に伝えられたものは何なのでしょうか。
一応は「紙の製造法」ということにはなってるし、 受験用の知識としてはそれで十分だと思うが、 現在では単なる伝説かも、と言われ始めている。
学会の最先端の見解を聞かせてほしいな。 当方もはや中高生ではないが。
803 :
世界@名無史さん :2006/05/25(木) 00:25:57 0
班固と班超って双子なんですか? 教科書で生まれた年同じなんですが。。
今さくっとぐぐったらwikiでは 班固(はん こ、男性、32年 - 92年(建武八年 - 永元四年) 班超(はんちょう、男性、33年 - 102年(建武九年 - 永元十四年) ってなってたナリよ。 一年は365(366日)、人間の妊娠期間は266日前後だというようなことを思い出しながら 詳しい人プリーズ。
異母じゃねーの。
806 :
世界@名無史さん :2006/05/27(土) 09:39:20 0
日本史だと、織田信長の息子の信雄と弟の信孝が異母の同年生まれ。
母乳で育てないと(ホルモンの関係で授乳していると生理がこない) 2〜3ヶ月で生理が再開するので、裕福な家庭(乳母がいるとか)だと がんばれば(ぇ)同じ年内に兄弟が生まれることも不可能ではない
岩明均の「ヒストリエ」を読みました。 ところで、あのマケドニアのファランクスの戦法は、 まず第一列が槍を前に突き出し、後列の兵士の槍を前列の兵士の上に 重ねていって前列の上部を防ぎながら、前に突進するというやり方 だったみたいですが、これでは、列の兵士が一人でもやられたら、 列が崩れてうまくいかないと思います。 これで戦おうと思ったら、かなりの訓練が必要とされると思うのですが、 古代ギリシア時代に、生産と切り離されて訓練にのみ集中できる人間 (つまり、ゴクツブシたち)を一定数確保しようと思ったら、 かなりの生産力が必要だと思うのですが、あの時代に、それだけの事ができたのでしょうか。
809 :
世界@名無史さん :2006/05/27(土) 16:34:55 0
たとえばスパルタでは生産は奴隷のすること。 だから市民は毎日軍事訓練に専念出来る。
811 :
世界@名無史さん :2006/05/27(土) 17:41:14 0
古代ギリシアのゴクツブシ=男性市民の大半 古典期最盛期アテナイの人口が女子供合わせて40万前後でそのうち3/4くらいは奴隷と外国人 市民の数を9万としても戦争参加できる成人男子の数は4万はいた計算 まあ他のポリスだと総人口10万もいれば地方の中核を担えたし ヘレニズム時代にかけてはやや衰退してたから一都市1万の兵力も拠出できれば頑張ってるほうだが
戦争に参加できる=市民=エライ 戦争(=ポリスへの最大の貢献)
813 :
808 :2006/05/28(日) 00:41:02 0
どうも有り難うございます。 奴隷による労働だけで食えたんですね。
だからこそ、哲学みたいなくだらないものが発展したのだ。w
816 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/05/31(水) 08:44:36 0
下がりすぎ
817 :
世界@名無史さん :2006/05/31(水) 21:19:25 0
ペロポネソス同盟についての質問です。 授業ではデロス同盟は民主政ポリスが多く、ペロポネソス同盟は貴族政ポリスが多いと習いました。 ところが、ペロポネソス同盟の盟主スパルタには二人の王がいますね。 スパルタの政治体制は王政なのでしょうか、それとも貴族政なのでしょうか、お教え下さい。 宜しくお願いします。
みなさん釣られますか〜?w
20代のときに国を打ち立てた人物には 例えばどんな人がいますか?
821 :
世界@名無史さん :2006/06/02(金) 02:28:27 0
質問です ムガル帝国のアクバルは都をデリーからアグラに移しましたが、 そのあと、またデリーに戻した皇帝が用語集や辞書によって違います。 山川用語集B→アウラングゼーブ 電子辞書→デリーで調べるとシャー=ジャハーン アグラで調べるとアウラングゼーブ 各国別世界史ノート→シャー=ジャハーン どちらが正しいのでしょうか?
悪いことは言わんから
受験のためなら山川に従っとけ
>>811 ?????????
>>821 ガキがそんなくだらんこと、覚える必要はないな。
824 :
世界@名無史さん :2006/06/17(土) 17:54:58 O
十字軍って何で遠征する必要があったか未だにわからないんだけど、これってレコンキスタの延長?
825 :
世界@名無史さん :2006/06/17(土) 18:24:12 0
あと商人の都合も。
826 :
世界@名無史さん :2006/06/17(土) 18:44:21 0
>>824 十字軍は聖地イェルサレムの奪還を目的とされたもので、単にイスラム勢力と戦うことが十字軍の目的ではない。
レコンキスタ(スペイン語で再征服の意)はイスラム勢力を完全に「イベリアから」追い払うことがその目的であり、当時どっちつかずの戦局だったため、
イベリアのキリスト諸王国にとって十字軍の言う聖地奪還など気にしている暇などなかったはずだ。
また、十字軍も第4回以降は徐々にその性質が変化していく。
第4回以降の変化とかまでは書かないので、自分で調べてくれ。
もしかしたら
>>824 は今回のイラク戦争のことを言っているかもしれないぞ
828 :
世界@名無史さん :2006/06/17(土) 21:38:42 O
何故ウエストファリア条約のときにギルドって廃止されちゃったんですか?
829 :
世界@名無史さん :2006/06/18(日) 18:31:42 0
イギリスはアフリカの植民地をとおして三角貿易で潤ったんですよね。 南北アメリカ植民地がヨーロッパ経済の発展にあたえた影響ってなんでしょう… アメリカを分割したことでヨーロッパの経済発展は進んだのでしょうか? ご回答おねがいします
何がききたいのかさっぱりわからん。
831 :
世界@名無史さん :2006/06/18(日) 19:48:18 0
「ローマは一日にして成らず」という言葉はよく聞きますが、 歴史的にローマが成るというのはどういう時期のことを言うのでしょうか?
ヘンなのが来たな。
833 :
世界@名無史さん :2006/06/19(月) 01:09:18 0
>>831 ローマが成るというのは四通りの考え方がある。
1.貴族民主政ローマが成立
2.ローマの分割統治が完成
3.世界帝国ローマが成立
1の場合、貴族民主政の完成に合わせてローマは外への進出を強めるので、その完成までにかかった期間。
2の場合、分割統治が完成して、ローマが最盛期まで来たということ。
3の場合、アントニヌス法などによる都市国家としての形態を失い、世界帝国が成立したということ。
4.ローマの歴史は長い
4の場合、まぁローマの歴史は長いということだ。
834 :
世界@名無史さん :2006/06/19(月) 12:44:32 0
>>830 西欧の経済発展にとってアフリカ、南アメリカ、北アメリカ植民地の役割
が知りたいのです
>>834 元々順当な経済発展によってインフレ気味だったヨーロッパ経済を
南・中部アメリカの金銀の流入が、価格革命と呼ばれる、比較的短期間に物価5倍と言うとんでもない状況に叩き込み、
それまでのシンプルな経済組織を持ってた貴族・小領主レベルの人たちを一気に没落させましたが?
836 :
世界@名無史さん :2006/06/19(月) 14:52:34 0
>>835 ご回答ありがとうございます
それは役割ととっていいんですか?
プラスの役割はないものかと考えていて、
イギリスがアフリカに対して粗悪な綿製品を輸出して、産業が発展したことや
アフリカの奴隷を取引することが経済発展の役に立ったのかなと思っていたのですが
つかアジアはともかく、南北アメリカ植民地は、 かなり初期から王権の制御を離れていた。 貴族や大商人などの利権があっという間に蝕みきって、国家経済に与えたプラスの影響はほとんどない。 もちろん、単純な備蓄金の増加による(インフレを含めた)短期的な国家備蓄の増加と言う面はあったものの。 スペインが、新大陸のほとんどを領有しつつ破産を繰り返してたことを忘れてはいけない。
838 :
世界@名無史さん :2006/06/19(月) 17:22:49 0
>>836 >>837 でも言うように領有することでプラス面は無かったということだ。
何でも領有すりゃいいってもんじゃない。思考が単純過ぎる。
839 :
世界@名無史さん :2006/06/19(月) 19:25:34 0
はじめまして! 課外のプリントに、1619年に何の戦があったか!みたいな問いがあったのですが、 いろんなサイトみても1619年にはなにも起こってないんですよ! 見落としかもしれませんが、教えてもらえるとうれしいです。 回答おねがいします!
840 :
世界@名無史さん :2006/06/19(月) 20:58:29 0
841 :
世界@名無史さん :2006/06/19(月) 20:59:09 0
>>839 「田吾作と与平が喧嘩した」って回答しろ。
×つけられたら「うちにあった古文書にはそう書いてあった」って強弁しろ。
古文書の存在を否定されたら。。。。。
>>850 「うち」を否定されたら.....
>>845
843 :
世界@名無史さん :2006/06/19(月) 21:17:23 0
>>839 ヌルハチ率いる金軍が明軍を痛破した「サルフの戦い」ってのが1619年にありますけどね。
1618年(三十年戦争の勃発)のミスプリとかじゃないんでしょうな。
1619年だと「母子の戦争」というのも出てるな。
母マリー・ド・メディシスが子供のルイ十三世に対して起こした反乱。
でも、こんなの受験に出るとも思えないし、
俺もミスプリか
>>839 の思い違い説に一票。
ナポレオンの没落の遠因は、対英大陸封鎖で諸外国が経済的に行き詰まって フランスから離れた事ですか?
遠因、というと色々あるよ。 極端な話、「彼がフランスの皇帝だったこと」も遠因の一つになるだろうし。
>>835 植民地経営のことを謂うておるのでは?
本国の独占的市場とすると。
プランテーションとかモノカルチャーとか
そういったものでは?
排他的なブロック経済圏の確立による植民地経営が出来ていた頃は スペイン・ポルトガルは植民地帝国の座から転がり落ちてたから、どっちみち関係ない。
850 :
世界@名無史さん :2006/06/20(火) 21:51:19 O
オクタヴィアヌスの身長2mもあったって本当?
質問者は西欧の経済発展といっているだけなので、 スペインポルトガルのことを聞いているとは限らないのではないか?
853 :
世界@名無史さん :2006/07/02(日) 21:19:23 0
映画『トロイ』の戦闘シーンに関して質問です 映画の物語中盤に、浜で両軍が激突するシーンがあります。 待ち受けるトロイ軍に対して、勇猛にスパルタ軍が突進する迫力ある戦闘シーンですが あのような戦闘シーンは現実的に見てありえるのでしょうか? ※攻撃しているというよりも、人間がまるで岸壁に打ち付けられる津波のような光景だったので非常に気になって・・・
トロイを覚えてないのでよく分からないが、 上陸を図るスパルタ兵に対して、トロイが水際防衛をしたということか?
小学生のとき読んだドイツの児童文学で、 差別や偏見についての話でしたが、その中で、 ユダヤ人は高利貸しばかりでずるがしこい、という人に対して、 「ユダヤ人に高利貸が多いのには、わけがある。 中世において、ユダヤ人は農業をするのを禁じられたから」 というシーンがありました。 なら、中性の前、キリスト教が国教になる古代ローマ時代なんかでは、 主に何をしていたのですか?
他の民族と同じこと以外は、何もしてないよ。 普通にユダヤ王国に住んで、農業したり放牧してたり。 ローマ皇帝に王国をぶっ潰されてからは、あっちこっちで似たようなことをしてた。 ただ、元々非常にきちんとした教育制度を持っていたので 学者や商人に向いていた、というだけ。 逆を言えば、中世ヨーロッパの非ユダヤ人はそれだけ識字率も低く、教育もなっていなかった。
つか、ローマの頃には普通に王国持ってたね。
ウィーン体制崩壊の辺りのフランスの二月革命の部分でわからないところがあるんですが、 国立作業場はブルジョワジーたちの反対により閉鎖。選挙においても社会主義者は惨敗し、革命の後退を感じた労働者達は暴動を起こした( )が、軍がたちまちに鎮圧。 ( )の中には何が入りますか?山川の教科書などで調べてみましたが、よくわからないです。
860 :
世界@名無史さん :2006/07/07(金) 21:40:42 0
あー、ミスった。癖で下げてしまった…
2chで聞くより、 「ボク馬鹿なんです」と素直に頭を下げて、学校の先生に聞けよ、ドアホ。 つーか分からないも何も、時代を年表で調べてみればどこにでも載ってると思うぞ。
だったらこのスレいらないな
先生や教科書では分からないことを知るためのスレであって 手っ取り早い資料集にしたいお子様のためのスレではないからな、>862くん。 君の見解は違うようだがw
864 :
世界@名無史さん :2006/07/08(土) 09:05:39 0
>>861 こういう人に答えてほしいとは微塵にも思っていません。
865 :
世界@名無史さん :2006/07/08(土) 09:16:07 0
>>1 を1000回読め
穴埋め問題の答えを聞いても誰も答えてくれないよ
パソコン持ってるならぐぐればいいじゃない
867 :
世界@名無史さん :2006/07/08(土) 09:17:34 0
>>865 あーあ
これから夏休みが始まるっていうのに甘やかすなよ・・・
>>864 こういう人に聞いてほしいとは微塵も思っていませんが?
2chで馬鹿な質問をして、当然ながら叩かれたのに、悪態をつくだけで何が悪いかわかってもいないような人間にはな。
おいおい、あなたも大人気ないよ いいかげんスルーしましょうよ
きわめてどっちもどっち。 馬鹿が聞いて馬鹿が答えるんだから、つりあってるじゃん。
>あー、ミスった。癖で下げてしまった…
すくなくとも
>>859 がVIPPERでないことがわかり好感度が上がったw
872 :
世界@名無史さん :2006/07/09(日) 21:30:08 0
873 :
世界@名無史さん :2006/07/09(日) 21:56:50 0
874 :
世界@名無史さん :2006/07/09(日) 22:27:36 0
20世紀初期の事件(ww1など)の西洋や日本の新聞の新聞が見れるサイトありませんか?
875 :
874 :2006/07/09(日) 22:29:31 0
すみませんミスです 20世紀初期の事件(ww1など)の西洋や日本の新聞が見れるサイトありませんか?
ない。
877 :
世界@名無史さん :2006/07/09(日) 23:57:22 0
『外国新聞に見る日本−国際ニュース事典−』 みたいな事典ならあるけどな 何でもネットにあると思うなよ、小僧
878 :
世界@名無史さん :2006/07/11(火) 18:26:34 0
唐から五代十国、宋ところころ変わりますが その時々の日本との外交関係についてレクチャーしてください
どっちかというと日本の時代の変遷にあわせたほうが分かりやすいよ。 基本的に中国は日本との外交関係において受動だったから。 遣唐使を派遣した時代は、政治的には距離を保ちつつ文化を積極的に取り入れ、 国風が栄えた時代は、唐の衰退もあって文化的にも距離を置き、 平氏政権で再び接近し、鎌倉幕府は再び敬遠。
アレクサンドロス大王死亡〜ディアドコイ戦争らへんが勉強できる、専門の方がいる大学はどこでしょうか?
881 :
世界@名無史さん :2006/07/12(水) 23:34:07 0
日本では立命館の大戸先生か帝京の森谷先生 近々アレクサンドロス関連の新刊も出すし 大戸先生よりは多少若い(はず)森谷先生んとこがいいんじゃないですかね ただ帝京はカリキュラムがイマイチなので古典ギリシャ語は自分で勉強することになるかも
さんきゅです
ただ、思うにわざわざそのためだけに大学を選ぶよりも、
まずは自分の身の丈にあった大学を選んで、そこからギリシア史の先生つながりで手紙を出してみるとか
したほうがいいんじゃない?
仮に、
>>880 が東大京大レベルの人なら、ちょっともったいない希ガス。
884 :
世界@名無史さん :2006/07/13(木) 04:34:28 0
まあ確かに ギリシア史つながりで東大の橋場先生とか名大の周藤先生でも悪くないよね 学部じゃ大したこと出来ないんだし一般就職するつもりなら このくらいのところ行っといた方がいいかも もうちょい入りやすいとこでなら明治の古山先生とか同志社の中井先生とか レベルに合わせてご自由にぞうぞ
教授同士の横のつながりは、結構固い品。 近場なら、そこの学生の振りをして講義を聴きに行くという手段も取れる。 本当に専門研究で一生食ってくつもりなら、どっちにせよ大学は選んだ方がいい。 もし、単に歴史好きが大学時代の研究テーマとしてディアドコイ戦争時代の歴史を学ぶにしても、 わざわざそれのためだけに大学を選ぶのはちょっと本末転倒だ。
>>883 ちょっとどころの騒ぎじゃあないと思うが。
887 :
世界@名無史さん :2006/07/13(木) 22:15:30 O
「エラスムスが生んだ卵をルターが孵した」ってどうゆう意味!?
>>887 マルチすんなボケ茄子
検索ぐらいしてこい。
>>886 まあ、ああいった大学の学生の何が偉いのかって、別に受験に通ったことじゃなく
むしろ入学後もダブルスクールで懸命に学べる根性なわけだが。
890 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/07/16(日) 09:33:28 0
ageage
891 :
お願いします :2006/07/20(木) 01:44:22 0
@スペインがフィリピンを鎖国状態にしていたのは何故ですか? Aイギリスの「光栄ある孤立」はどういう目的で行なっていたんですか? B19世紀に極地探検が流行ったのは何故ですか? Cパン=ゲルマン主義とパン=スラブ主義はどうして対立していたんですか?
893 :
世界@名無史さん :2006/07/20(木) 02:15:17 0
1、別に鎖国状態になんかなってない。 2、同盟を結ぶ必要がなかったから。 3、そこに極地があるから。(なんでもスレより引用) 4、両者はバルカンで衝突するから。
895 :
891 :2006/07/20(木) 02:27:49 0
>>894 ありがとうございます
Bについて
極地は19世紀以前からあったと思うんですが
>>895 よく考える。
どうやって極地に行くか?具体的な方法だよ。
何故「極地探検が可能になったか」と考えていてもよい。
898 :
世界@名無史さん :2006/07/20(木) 04:01:48 0
北東航路(ロシアの北を抜けてヨーロッパからアジアに向かう航路)の探検は16世紀からやってるよ。 カナダの北をまわる北西航路も古くから興味を持たれていた。
そこに極地があって、技術的にも行けそうな感じになったから。 しかしわざわざ複数のスレで聞く事でもないな。
>>898 逆を言えば、そういった極海付近を通る航路と極地探検はまったく別物。
902 :
世界@名無史さん :2006/07/22(土) 03:48:33 0
ムスタファ=ケマルがスルタン制やカリフ制を廃止したのは何故ですか?
すいません、是非教えていただきたいです。 大航海時代が来たことによって、何かいいことはあったのでしょうか? 結局、支配者が英国に変わって、植民地が増えて、といいことがないように 見受けられます。 教科書の文面からは、大航海時代によって世界史が始まった、みたいな感じを 受けたのですが、ここまで崇拝(?)されるべきものなのでしょうか? 教えて下さい。
「大航海時代によって世界史が始まった。」 これは事実の記述にすぎないと思うが。 世界史とは世界の全体的な流れを巨視的にとらえる学問であり、 世界規模での人間・文化・物質の流通が始まるきっかけとなったのは 大航海時代であるのはまぎれもない事実なのだから。
905 :
世界@名無史さん :2006/07/22(土) 17:20:19 0
>>903 いや、イギリスが植民地を獲得するのは大航海時代の後期なんだが。
始まりはポルトガル、スペインね。
>>903 >教科書の文面からは、大航海時代によって世界史が始まった、みたいな感じを
>受けたのですが、
もしかして教科書は世界史Aかな?
907 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/07/23(日) 09:30:00 0
>>891 (4)については、高校世界史なんかでは「汎ゲルマン対汎スラヴ」を教えるから覚えておいた方がいいのかも知れないけど、
実情としては疑問符が付く。
まず、汎スラヴ主義というのは、まあつまるところスラヴ人を全部まとめようぜ、という考え方だけど、
これは第二次バルカン戦争でブルガリア対その他の諸国という図式が成立した時点で崩壊している。
ロシアの外相サゾノフは一生懸命ブルガリアとセルビアの間の仲を取り持とうとしたんだけどうまくいかず、
第一次世界大戦直前のロシアでは、ブルガリアはスラヴの裏切り者という論調が強かった。
一方で汎ゲルマンのほうは……そもそも独墺がバルカンに勢力拡大するときに、
ゲルマン人をまとめようという主張をしたのか疑問。
>>903 いいことがあったから重要というわけでもないと思うけど……。
近現代の歴史に繋がる重要なポイントがヨーロッパの15世紀にあったってことじゃないかと。
その点ではルネサンスも重要ポイントかと。
908 :
世界@名無史さん :2006/07/23(日) 10:40:43 0
>>903 仮に「大航海時代により世界史が始まった」という記述があるなら、
それは大航海時代というものの善悪を言っているのではなく、
世界史における重要なターニングポイントであった、と捉えるべきでしょう。
(そもそも歴史に善悪もないでしょうが)
よく言われるのは、ルネッサンス・大航海時代・宗教改革が
ヨーロッパの世界史上の位置づけの転機である、ということです。
それまでユーラシアの片田舎であったヨーロッパが、一躍世界史の主役に
躍り出たわけですから。
>>902 近代共和国にスルタンはいらん。カリフに至っては宗教指導者だし。
つっても制度としてというより、単にWW1でボロ負けしたスルタンに対して
ただでさえ低かった国民の信用が地の底に落ちたから、だともいえる。
君主を持ちながら近代化を果たした国というのは日本を始め結構あるし、アタチュルクも知っている。
>>903 ことヨーロッパに限って言えば、それまでの世界におけるド田舎の地位を脱して
汎世界的な役割を果たすための土壌を調えることが出来たという点で、いいことだ。
世界史全体に関して言えば、いいこと悪いことという考え方はそもそも無意味だな。
ただ、ヨーロッパの学者とヨーロッパ崇拝者の中には、そういう論調を唱える人もいるかもしれない。
910 :
902 :2006/07/25(火) 00:57:04 0
911 :
世界@名無史さん :2006/07/25(火) 01:48:32 O
日本史で日露戦争をやっていて疑問に思ったのですが、 日本は英米・ロシアは独仏からの支援を受け、 日英に関しては、軍事同盟が締結されています。 この状況が、日英米vs露独仏のような世界大戦的な戦争に発展せず、 日本とロシアのみの戦闘で終結したのはなぜなのでしょうか? お願いします
912 :
世界@名無史さん :2006/07/25(火) 10:44:52 0
>>911 むしろ世界大戦に発展する方が歴史的には特殊なのではないでしょうか。
第一次大戦を念頭に置いているのだと思いますが、このときは
「同盟があるから参戦する」のではなく、
「戦争したいから(又は戦争しないと自国がやばいから)
同盟を大義名分に参戦する」ということだったように思われます。
日露戦争の場合、満州に限定された局地戦ですし、英独仏とも直接戦争に
介入するインセンティブは薄かった、ということでしょう。
これらの国の同盟自体、戦争を目的としたものというよりは
仮想敵国を封じ込めようとする「抑止的」な同盟であったように思われます。
913 :
世界@名無史さん :2006/07/25(火) 13:50:02 0
あれ?
>>911 WWTほど同盟関係は入り組んでいないからなあ。
ロシアは当時すでに露仏同盟締結、バルカンをめぐってはオーストリアとは中立条約を締結している、
ドイツは英国との同盟をまだ模索している最中だっけ?どのみち参戦に大義名分はない。
とりあえず開戦におけるロシアの有力な敵国は英国と日本のみと考えてもいいかも。
またフランスとロシアが本質的に友好関係だったかは1908年の海峡問題とボスニア危機を見ても微妙。
三国協商が成立しても英と仏とロシアの関係は微妙だったと言えるかもしれない。
三国同盟も同様に伊墺関係が悪くすでにイタリアはフランスと秘密協定を結んでいる。独墺関係も微妙。
米国は極東には関心があったもののまだまだ単独行動できる国力はないし欧州列強よりは影響力も劣る。
WWTでもベルギー侵犯がなければ大陸戦争に終始した可能性もあるわけだし、またロシアが総動員さえ
しなけりゃドイツの総動員もないから局地戦に終った可能性もある(オーストリアはセルビアに負けただろうけどね)。
その前にドイツがオーストリアに白紙委任状を…と考えればやはり世界大戦のほうが偶然だな。
時代は下るがやはり「欧州の天地には複雑怪奇の現象」って感じなのがヨーロッパの外交。
915 :
911 :2006/07/25(火) 23:21:51 O
916 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/07/29(土) 16:12:18 0
age〜
917 :
世界@名無史さん :2006/07/29(土) 18:14:06 O
ユスティニアヌスが滅ぼしたのはヴァンダルかランゴバルドかどっちでした?
(´・ω・`)知らんがな
919 :
世界@名無史さん :2006/07/29(土) 21:30:42 0
ヴァンダルやがな。
920 :
世界@名無史さん :2006/08/06(日) 19:45:05 0
中国の河北省、山東省などの省は英語ではなんと言いますか?
サンクスベリマッチです。
923 :
世界@名無史さん :2006/08/07(月) 00:36:05 0
砂に埋もれた町を発掘しているのを見て 疑問に思ったのですが、どうして 固まっているのに、 掘っていてきれいに形が出てくるのでしょうか? なぜ崩れないんですか?
>>923 レゴブロックでお城を造る→それを公園の砂場に埋める
→一週間後、もう一回砂をどけて掘り出す。
これと同じだ。
>>924 923は多分日干し煉瓦とか土を付き固めた家とか町並みが、
土砂に埋もれてるのに何故元に戻らないんですか、と言いたいんだと思うが。
>>923 曲がりなりにもそれなりの期間人間が住んでいた場所ってのは、
道なんかは結構踏み固められたりしてるし、
レンガ、土壁の類(大陸中央部の土壁は日本のように木や竹の骨組みに泥を塗るんじゃなくて、
重りなんかを使って付き固めるものだから凄ごい丈夫)も、
多少の土砂で埋まって月日がたっても簡単には風化しない。
地中深くまで根を張る植物が育つような環境でも無いし、かなり乾燥してるから、
骨組みの木なんかがそのまま残っていたりもする。
第一発掘時に土砂に埋もれているからと言って、
ずっと埋もれていたというわけではないからね。
砂漠部では露出したり埋もれたりを繰り返してるし。
砂漠部での発掘では、前まで埋もれていた場所が露出して新たな施設が発見されたり、
逆に発掘した場所が次に行った時には土砂にまた埋もれていたりする。
926 :
922 :2006/08/07(月) 09:46:27 0
provinceとprovenceはまぎらわしいですね。
928 :
世界@名無史さん :2006/08/11(金) 02:32:56 0
本やテレビが普及していなかった頃、どうやってHについて 学んでいたのでしょうか? あと、皇族のことなのですが、皇族(雅子様や子ども達など)は 1日どんなことをしているのでしょうか? 自分で買い物とかしないですよね? それから、テレビとか本は好きに見ているのでしょうか? Hも好きにしているんですか?
929 :
世界@名無史さん :2006/08/11(金) 02:59:08 0
>>928 本やテレビが普及していなかった頃、どうやってHについて
学んでいたのでしょうか?
年上の人に聞かされたり、人が姦ってるのを目撃したり。
あと今より売春宿の敷居が低いから、金さえ出せばプロに教えてもらえるでそ。
成人の儀礼として遊郭に行くという例も聞いたことがある。
>>928 日本に限定して言うけど、元々日本は身分にもよるが性風俗に関して割合おおらかで、
15くらいになったら成人の祝いに兄貴分や親に岡場所に連れてって酒を飲ませて女を抱かせてもらって、というのも普通にあった。
吉原の一級の見世からそこらで春をひさぐ夜鷹まで、客の身分や格に応じて色々な女を抱けたし
夜這いの習慣も根強く残っていた。
厳然たる倫理観を保ってた武士階級の倫理が明治以降一般に敷衍されたが、やはり庶民は比較的性に大らかだったし
妻と恋人は別、という論理も働いていたわけだ。
おまけに基本的に今よりずっと早婚なこともあって、お前さんのようにハァハァする男はほとんどいなかった。
少なくとも都市部に入れば、少々の日銭があれば抱くだけは抱ける。
932 :
世界@名無史さん :2006/08/15(火) 19:00:55 0
夏休み対策あげ。 このスレはage進行でおながいします>回答者各位
933 :
世界@名無史さん :2006/08/15(火) 20:32:24 0
世界最古の夏休みっていつですか
934 :
世界@名無史さん :2006/08/15(火) 20:46:20 0
>>933 バカンス、フランス語でvacanceという言葉は、ラテン語の動詞vacare—
自由になる、が語源である。
1257年にロベール・ソルボン(Robert Sorbon)が現在のパリ大学の前身
であるソルボンヌを設立。
そこで勉強をしていた学生達は年に一度8月末から10月最初にかけて
夏の休みを取った。これがフランスにおける学生の夏休みの起源。
イタリアのボローニャ大学が最古の大学で1088年の設立だが、夏休みが
あったかについては残念ながら情報なし。
これ以前には学生や学校が存在しないから、このあたりが最古と思われ。
知識ひけらかしはチラシの裏でやれよ。
>>935 ?????????????????????????????????????????????????????????
937 :
世界@名無史さん :2006/08/16(水) 18:58:56 0
>>934 古代ギリシアに、シューレ、ヒムナシオ、ギムナジウム、アカデミアなんて
名前の種々の学校があったし、アカデミアは529年まで存在したわけだが。
まあ、当時のまとまった休みは秋の収穫祭であるバッカス祭あたりのようで
夏休みがあったかどうかは疑問だが。
938 :
世界@名無史さん :2006/08/16(水) 19:06:40 0
子供の頃、アラビアンナイトの絵本というか子供向けの本を読んだとき、 挿し絵の魔人が弁髪の中国風の姿だったのだが、アラビアンナイトって、 中国が舞台の話もあるの?
939 :
934 :2006/08/16(水) 19:11:56 0
>>937 最後の1行は撤回。古代ギリシャの諸学校を忘れてた。
>>936 もし、アンカー違いで934宛なら、上記のとおり。
アンカーミスでなければ、最近、質問スレに変なのが居着いて、意味のない
雑談や低レベルの回答を批判されると逆切れしてる。無視が適当と思われ。
940 :
世界@名無史さん :2006/08/16(水) 19:19:37 0
>>938 アラジンは中国人、シンドバットはインド人という想定だから、中国風の
魔人が出てくるのは特に不思議ではない。
941 :
世界@名無史さん :2006/08/16(水) 20:29:46 0
>>938 日本人にとって、アラビアンアイトは遠い中東の物語だが、ヨーロッパの
連中にとっては、アラビアからインド、中国を含むオリエントの物語。
>>941 おひおひ、アラビアンナイトはアラブ人の説話集だぞ。
943 :
このスレはage進行で :2006/08/16(水) 21:32:11 0
>>942 元はアラブの説話でも、挿絵入りや絵本になったものは西欧経由。
物語の紹介伝播の詳細はアラビアンナイトでぐぐって見てください。
944 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 05:44:26 0
>>941-943 物語の伝播経緯と舞台設定は別の議論だと思われますが、
何をごっちゃにしているのやら。
1.アラジンの説話はもとのアラブ語版には入っておらず、フランス語版が
初見。シリアのキリスト教徒起源の説話をフランス人の翻訳者が取り入れたようです。
一応中東起源は中東起源です。
2.舞台設定が中国である点ですが、物語の作者が中東(シリア)の人だとしても何も
不思議なことではないのではないでしょうか。
例えば、今昔物語集などの日本の説話集で中国やインドを舞台とした挿話が
あったとしても、(中国やインドで類似の説話が発見されない限りは)
日本人の坊さんあたりが中国やインドに舞台を設定して勝手に考えた
話である可能性も考えられるわけですよね。
3.
>>941-943 だと非常に不親切だと思うのですが、一応アラビアンナイトの
基本形はイスラム圏においていったん成立します(この時点で、アラブから
インドまでの説話を包含する内容になっています)。
その後、欧州で翻訳・出版される際に、原典には入っていないが
翻訳者が知っていた中東起源の説話をいくつか追加したようです。
ですから、中国の説話とか東洋のものであれば何でもかんでも欧州で勝手に
加えた、というわけではないです。
945 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 07:02:48 0
>>944 根本的に勘違いしています。
もともとの質問は、アラビアンナイトの挿絵の魔人がなぜ中国風かという
ことで、回答は質問の主旨にそって行われています。
挿絵は西欧でつけられたものですから、西欧の出版者のイメージにそって
描かれているということですよ。
946 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 14:27:16 0
コルドバのメスキータや、グラナダのアルハンブラ宮殿等は 写真を見る限り現在も綺麗な姿で残っていますが レコンキスタの目的はイベリア半島からイスラム教徒を追い出すことにあった筈なのに 何故破壊されなかったのでしょうか。
モスクは破壊されたよ。宮殿は宗教関係ないじゃん
モスク等の宗教施設は破壊かキリスト教の教会に転用。 ムスリムは改宗か国外移住の二者択一を迫られ ユダヤ人も同様の扱い。 ちなみにユダヤ人追放令が解除されたのは20世紀になってから。
>>947 、
>>948 なるほど。ありがとうございます。
とお礼を打っている間にふと疑問に思ったのですが
当時の建物の破壊方法ってどういうもんだったんでしょうか。
十数人で建物を囲んで鈍器で殴りつけるってのは考えにくいんで
やっぱり破城槌等を使用するんですかね。
950 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 16:53:56 0
先日、太田光総理のバカ番組で江川達也が 二次大戦はアヘン戦争からの流れで云々言ってたのですが アヘン戦争からの流れを分かりやすく説明してる お勧めの 書籍・サイト は有りませんか?
>>949 建物の重量がかかっている柱にロープをかけて、
大勢の人の力で引き倒すとかしたんじゃないかと思います。
それができないとか、壊すにはもったいないような建物は、
あからさまに異教的な部分だけ直して教会などに改造したんでしょう。
キリスト教の教会には十字架があるから、キリスト教の教会をモスクにするときは まず屋根の上などにある十字架を引きずり落としたとかは聞くけど、 偶像崇拝禁止のイスラームでは、イスラーム的な構造物ってなさそうだから、 そのまま使えそうな気もする。
953 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 18:39:00 0
>>949 つまり、壊すのが大変だったからそのまま利用したんジャマイカということでしょう
か。
まあ、基本的には「もったいない」からそのまま使ったというのが正解です。
もちろん、破壊するにも手間がかかりますから、それも考慮されたと思います。
で、本論ですが、中世の石造建築物は意外に火災に弱いのです。各地の大聖堂等
の記録を見れば、多くのモスクやキリスト教会が火災で崩壊していることが解りま
す。
もちろん全面的な木造建築よりはずっと火災に強いのですが、近代以降の鉄筋コン
クリートや完全なモルタル石造と違い、構造部分の一部に木材を使用していることが
多いために、火災でわりと簡単に崩壊します。
破壊するのに一番簡単だったのは、可燃物を集めて火をかけることだったんですね。
>>950 初心者用なら
陳舜臣『実録アヘン戦争』がお薦め。
955 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 18:59:01 0
>>945 > 挿絵は西欧でつけられたものですから、西欧の出版者のイメージにそって
> 描かれているということですよ。
よくわかんないんですが、なんであの魔人の絵の元がアラビアでかかれたん
じゃないって断言できるんですか?
956 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 19:50:44 0
イスラム教について。 イスラム教には大きく分けてスンナ派・シーア派がありますよね? アリーの子孫こそコーランの真の内容を知っていると教わったのですが・・・ なぜ、イラン以外のムスリムはスンナ派なのでしょうか?? イスラム史を学べば学ぶほど、シーア派こそが正統派に見えるのですが… 御解答お待ちしております。
シーア派を国教化したサファヴィー朝の影響>イランのシーア派 その他の地域がスンニ派なのはウマイヤ朝・アッバース朝の影響。 どちらが正統云々は軽々しく決め付けられない問題。 と言うかイスラーム史を学べばその複雑さが判る筈。
>>955 まあ挿絵作家は原本を見て描くわけではないからね。
959 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 20:05:28 0
>>955 アラビアを含むイスラム文化の特徴で、イスラム教が「偶像崇拝禁止」の教
義にとても厳しいことから、王や宗教指導者の事跡を伝えるものなどの例外
を除き、物語に人物や大型動物の挿絵をつけることはタブーだったんだな。
さらに、物語に挿絵をつけることそのものが例外的なことになってくる。
まして、魔人は超人的な奇跡をおこす異教の神だから、それを一般に流通す
る本の挿絵にすることはイスラム圏ではあり得ないってこと。
だから、魔人の挿絵部分はアラビアのオリジナルではないという結論になる。
960 :
世界@名無史さん :2006/08/17(木) 20:25:11 0
>>956 > なぜ、イラン以外のムスリムはスンナ派なのでしょうか??
ニュースを聞いてればわかるようにイラクの多数派もシーア派だよ。
イランやイラクで多数派を占め、レバノンや湾岸のアラブ諸国など にも分布している「シーア派」は「12イマーム派」のシーア派。 最大勢力とはいえ、12イマーム派のシーア派をただ単に「シーア派」と 言うと、ザイド派やイスマーイール派やアラウィー派やドゥルーズ派など 他のシーア派諸派が含まれないような印象を与える。
>>956 ニュースを聞いていればわかるが
今イスラエルとドンパチやっているヒズボラはシーア派。
963 :
956 :2006/08/18(金) 03:48:31 0
奥深い。。。御解答ありがとうございます。
1つの物を2つに分けるとどうしても「俺たちのほうが優れている!!」
となりますからね。イスラムとキリスト教の関係も同じか。。
「アサシン」の語源もシーア派から来ているらしいですし。過激すぎて大衆に
受けなかったのでしょうか??
>>961 12イマーム派…シーア派派閥の1つですよね。もっとイスラム史を学ばなければ
いけませんね。
そんなことより >アリーの子孫こそコーランの真の内容を知っていると教わったのですが・・・ どこでそんなこと教わったんだ
965 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/08/18(金) 08:46:59 0
>>963 >「アサシン」の語源もシーア派から来ているらしいですし。過激すぎて大衆に
>受けなかったのでしょうか??
>>961 氏も指摘していることだけど、シーア派を全てひっくるめて1つの分派のように考えるのは危険ですよ。
シーア派はアリーの子孫を預言者の後継者イマームとして認める諸派のことだけど、
多数を占めるのは12人のイマームを認める12イマーム派。イランやイラクに多いのはこの分派。
アリー以下12人の子孫をイマームとし、最後のイマームのムハンマド・ムンタザルは「隠れ」、
その再臨までイスラム法学者が信徒を指導する。
これに対して
>>956 =963氏の挙げた「アサシン」はニザール派で、インドやパキスタン、それに東アフリカに多い。
これは12イマーム派から分かれたイスマーイール派のさらに分派で、
12イマーム派とは7代目イマームを誰と見なすかで対立している。
他にもいろいろな分派があるし、過激な行為に出ているのがシーア派全員というわけではないんだから、
安易に「シーア派は〜」「スンナ派は〜」というのは危険かと。
966 :
世界@名無史さん :2006/08/18(金) 10:39:16 0
すいません。質問したいことがあります。 ミシシッピ川以西のルイジアナは、 パリ条約(1763)でフランスからスペインに割譲されて、 そして1803年には、アメリカがフランスから買収しましたよね。 では、パリ条約以降、どのような経緯でミシシッピ川以西のルイジアナは、 スペインからフランスに返還されたのでしょうか? ご教授ください。
967 :
カラジチ ◆mWYugocC.c :2006/08/18(金) 13:18:12 0
>>966 1800年にスペインからフランスに譲渡されてます。
フランスがナポレオンの統領政府の時。
968 :
世界@名無史さん :2006/08/18(金) 18:49:54 0
>>967 ありがとうございました。
よくわかりました。
969 :
世界@名無史さん :2006/08/18(金) 19:01:17 0
-東アジア- 農家が農作物を売りさばくところを何というんでしょうか? 教えてください。お願いします!
970 :
世界@名無史さん :2006/08/18(金) 20:17:23 0
>>969 残念ながら、質問の意味がわかりません。
普通に農家が農作物を売りさばくところは「農産物市場」ですが、
東アジア、つまり、日本、中国、韓国等に共通の名称があるように
は思えません。
969が自作自演の回答者で現れそうな悪寒。
972 :
世界@名無史さん :2006/08/18(金) 20:53:44 0
>>971 質問スレに粘着している世界史知識0のアラシさんでつか?
感想はチラシのウラにでもどうぞ。
973 :
世界@名無史さん :2006/08/18(金) 21:06:21 0
>>967 ところで、次スレもカラジチさんが立てますか?
975 :
世界@名無史さん :2006/08/18(金) 22:11:23 0
976 :
955 :2006/08/18(金) 23:25:50 0
977 :
こちらで回答します :
2006/08/19(土) 00:52:50 0 4 名前:世界@名無史さん :2006/08/19(土) 00:31:44 O 質問ですが、パルティアってなんですか? 地名です。現在のイラン、昔のペルシャあたりのさらに古代の呼び方です。