1 :
世界@名無史さん :
02/05/06 13:24
2 :
書込みのアドヴァイス :02/05/06 13:26
・必ず回答が得られるとは限りません。 基本的に、質問がおもしろいと思った人が答えるだけです。 ・一応礼儀正しく あまり堅苦しく考える必要もないと思いますが。あまり礼を逸した質問は無視されることもあります。 普通に質問を書いていれば問題はおきないと思います。 ・自分でも調べてわからないことを質問しましょう。 あまりに単純な質問は自分で調べなさいと言われがち。 自分で調べたのはどこまでか、そして何がわからなかったか書くなどすると解答率が高くなります。 ・質問を整理するといいらしい。 あまりにあバク然とした質問は、答えづらく、回答率が低くなるようです。 質問の意図を明確にする、主に◎◎の面について教えてください、◆◆世紀の★★について知りたいです、などの限定付けがされた質問は回答を得易いようです。 ・質問したら、追跡しましょう もし、うまく質問ができなくて、意図と違う回答が来たり、話題がズレたりした場合、質問者は話題の修正を試みてよいと思います。 が、そんなことにならないように、はじめに整理された質問ができた方が、なおよいです。 話題の修正をあまり強引におこなうとヘソを曲げる人も出るかもしれません。うまくやってください。
3 :
Part2からのレス拾い :02/05/06 13:35
前スレかれのコピペ >932 :世界@名無史さん :02/05/06 10:44 >うちの学校の世界史の先生はカタカナが苦手なんです。 >で、読み間違え、書き間違えが度々。 >『シュレジェン』と『ホーエンツオレルン家』 >これってやっぱり間違えてますよね? >どう考えても『シュレジエン』『ホーエンツォレルン家』だと思うんですが。 >それとも、このぐらいの違いって構わなかったりするんでしょうか? >かなりバカっぽい質問ですがお願いします。 教職関係の方どうですか?
・なぜスパルタは軍事国家なのに農業が中心なのでしょうか。何かイメージがわきません。 ・イオニアとミレトスの違いについてなのですが。イオニアが「地方で」ミレトスが「都市」 ということでしょうか。 ・アクロポリスって「ポリスの中心にある丘」という意味で固有名詞ではなく、 ポリスならどこにでもあるのでよね?それに対してパルテノン神殿はアテネの アクロポリスにたっている世界に一つしかない神殿ですよね?
5 :
世界@名無史さん :02/05/06 18:51
>なぜスパルタは軍事国家なのに農業が中心なのでしょうか スパルタに限らず、古代ギリシアの都市国家は、人口に対する食糧生産量に限界があったので、植民とか交易とかで発展しました。 それから傭兵。古代ギリシア人は、エジプトや小アジア、シリアやペルシアなど東地中海一縁で盛んに傭兵稼業にせいを出してもいました。 個人で働く傭兵もあれば、集団で稼ぎに行く傭兵もありました。 ところで、スパルタですが、これは通称で正式な国名はラケダイモンと言います。 スパルタはラケダイモンの支配的な氏族の名前です。 スパルタ族は、ミケーネ時代からあった都市ラケダイモンに侵入して来て支配的な地位を固めたドーリス人の一派です。 古代ギリシアの都市国家はいずれも先住民とドーリス人とが混住しながら形成されたのですが。混住の度合は、混交したりいろいろでした。 そんな中で、ラケダイモンは、特に厳しい身分制度を定め、スパルタ族を中心とするドーリス人と先住民が混血しないようにしました。 いわゆるスパルタの軍事制はこうした事情で形成された制度です。 そのため、スパルタ族をはじめ、スパルタの支配層は傭兵稼業を得意にしていました。 他のギリシア都市国家と比べ、交易に頼る比率を低め、自給自足にし、外交政策の選択の幅を多く確保するのが伝統的な国政方針になっていまいした。 その代わり、しょっちゅう傭兵に出かけていました。王自ら傭兵に出るようなこともあったくらいです。
6 :
世界@名無史さん :02/05/06 19:06
>イオニアとミレトスの違いについてなのですが。イオニアが「地方で」ミレトスが「都市」 それでもいいのですが、イオニアを地方名として記憶すると、イオニア海とごっちゃになって混乱するっ人もいます。 イオニアは、本来イオニア人という古代ギリシア人の一派の名称です。こちらで覚えることをお勧めします。 ミレトスもイオニア人の都市ですし、イオニア系都市の内でも有力な都市でした。 イオニア系の都市国家がたくさんあった小アジアの西岸一帯が、漠然とイオニアと呼ばれる事があります。古代からギリシア人には使われていたようです。が、本来はミュシア、リュディア、カリアといった小アジア地域の沿岸部〜島嶼部だったと思われます。 個人的な推論が入るので一説として読んでください。 歴史地図でみるとイオニア地域とミュシア、リュディア、カリア地域は、どうみても部分的に重なってると思えるのですが。これは、民族ごとに地域区分の感覚が違っていたからではないか、と思えてなりません。
7 :
世界@名無史さん :02/05/06 19:19
>アクロポリスって「ポリスの中心にある丘」という意味で固有名詞ではなく、 ポリスならどこにでもあるのでよね?それに対してパルテノン神殿はアテネの アクロポリスにたっている世界に一つしかない神殿ですよね? これは私は自身がありません。 パルテノンとは直訳すると「処女の部屋」の意味で「巫女の部屋」を含意した言葉だそうです。 アテネのアクロポリス以外にも「パルテノン」はありそうですね。 旅行ガイドなどでも「アテネのアクロポリスのパルテノン」と書かれていることが多いので。もしかしたら、アテネ以外にも「パルテノン」と呼ばれるは古代ギリシアの神殿があったかもしれません。
>悪いんですが、「国が変わるというのはどういうことですか?」は、すごく広範な 質問なので、答えづらいんですよね。「国家とは何か」みたいな定義から話をはじめる のが王道でしょうが、そんな面倒な議論は受験勉強にはあまり関係ないのではないかと 思います。(こちらもそんな議論はシンドイですし:笑) 王朝が途絶える場合は人物に関わることなのではっきり目に現れているのでわかり やすいのですが、国が変わる場合は目に見えないのでわかりません。 国って何か書類みたいなのに〜国って書くんですか? 日本って国が一回も変わったこと無いですよね? >少し設問を絞り込んでもらえると、答え易くなるかもしれません。 う〜んどうすれば絞り込めるのかわかりません。 国が変わるということを説明していただきたいのですが。
大日本帝国 → 日本国 は国が変わったことにはならんのかな。 王朝は継続しているが。
王家の血筋が継続していても、 王家に主権が無い場合、王朝が継続している というの?
11 :
世界@名無史さん :02/05/06 20:59
>>10 >王家の血筋が継続していても、王家に主権が無い場合、王朝が継続している
というの?
理屈で考えたら言わないでしょ。
王家に主権がなければ、王ではないですから、王統から王権が喪失された時点で王統とは呼べなくなる理屈です。
しかし何らかの事情で形式的に王権が認められている体制ならば、形式的に王統は継続した、と言えることになります。
近代エジプトのムハマンド・アリー朝が、イギリスの保護国になってた間とかが「式的に王統は継続した」ケースに当てはまるかと思います(ちょっと自信ないですが)。
一方、王朝とは厳密には、外宮と内宮の複合機構ですから。
厳密に言っていけば、傀儡王権の類には「王統は継続しても王朝の体制改革がなされた」とかなんとか分析されるケースになるはずです。
こちらはとっさに事例が思いつきませんが、理屈で考えると、上記のように分析されるケースもあるはずと思います。
12 :
世界@名無史さん :02/05/06 21:05
>>9 >大日本帝国 → 日本国 は国が変わったことにはならんのかな。
これはもしかしたらいろいろ異見が分かれるところかもしれませんが。
私は、関連のレスで言われてるような意味で「国が変わった」わけではない、と思います。
王統は継続しましたが、王朝を含めた体制は変更されました。
(王朝の定義に関しては
>>11 を参照してください)
フランス大革命の前後でも、国が変わったとはみなさないと思います。
同じ理屈で、「国家体制」は変わったわけですが関連のレスで言われてるような意味で「国が変わった」わけではないと思います。
13 :
世界@名無史さん :02/05/06 21:19
近代の場合、国が変わった変わらないの議論には 国際法による国際社会での資格が絡んでくるでしょう。 例えばオスマン帝国とトルコ共和国。 国号も政府も国体もガラリと変わってるわけだが いっしょくたに「トルコ」として扱われるよね。 国際法的にもトルコ共和国はオスマン帝国のもつ地位・資格を継承し、 ローザンヌ条約でオスマン帝国の結んだ不平等条約の改正を行っている。
14 :
世界@名無史さん :02/05/06 21:57
>>8 前スレの
>>933 、
>>934 でお応えした者です。
>国って何か書類みたいなのに〜国って書くんですか?
その辺は、時代や文化圏によって違って来ますでしょ。
例えば、その辺を搾って貰えると応え易くなるかと思ったんです。
>う〜んどうすれば絞り込めるのかわかりません。
そうですか。
ではうまく説明できるかどうかわかりませんが、やってみます。多少わかりづらくなると思いますが勘弁してください。
正直言うと、この話題を、時代や文化圏を限定しない型で、かつ高校生の方向けに分かり易く説明するのは、私には少々荷が重いです。
以下の説明は、私個人の意見扱いで、参考程度に読んでください。
仮に、試験やレポートに転用されて×をもらったとしても、私には責任負えません。
専門的にやってる方がうまく説明してくだすったら、そちらを信頼してください。
普通、政治学の方では「国家」とは「国民と領土と主権の複合態」と定義されるはずです。
が、これは近代西欧型の国家にはよくあてはまる定義と思いますが、古代帝国や都市国家などにはあまりうまくあてはまらないと思います。
古代や中世の遊牧騎馬民の国家などについても、領土の概念を修正したり、いろいろしないと適用が困難です。
それから、大革命前後のフランスを見ると、「国民と領土は」概ね変わらなかったが、「主権」の位置付け、在り方が変わり、かつ「複合の様態(複合の在り方)」も大きく変わりました。
これを論拠に大革命前後に「フランスという国が変わった」とみなす意見はあると思います。
が、私の考えでは、その説は、あくまで政治学的な説明で、当事者達の主観や、関連諸国との関係を類推するに、歴史の実態にはそぐわないように思います。(
>>12 を参照しください)
以下は、論拠になる面倒な議論を省くので、特に眉にツバをつけて読んでください。
「国民と領土と主権」だけでなく、それらに基づいた国民の帰属意識が継続している場合に国家が続いた、と言わざるを得ないと思います。
特に異見が分かれるところだと思いますが。
私としては「国民・領土・主権の『複合』」の方が多少変更されても、国民の帰属意識の上で、主観的に国家が継続した、との意識が充分強ければ「国が続いた」とみなさざるを得ないケースもあると思います。(大革命前後のフランス)
国際関係からのフィードバックで「複合様態」の変更が加速されたり、帰属意識が大きく変化したりするのは、また別のファンクションとみなします。
「実体的な制度」が継続せずに、国民の帰属意識だけが、いわば主観的に継続されても、それは「国が続いた」とはみなせないはずです。
アングロ・サクソンに制圧された段階のブリトン人が、いくら自分たちの君主はアーサー王だ、と主観的に信じても、それはファンタジーにしかすぎません。
「実体的な制度」の方は継続していたのに、国民の帰属意識が変わったというのは、例えば西ドイツ崩壊がその事例とみなせるかと思います。結果としては西ドイツの国家は崩壊し、「国は変わった」わけですが。
こうした事態は史料に残りづらいはずですが、古代の民族移動の前後などには、「実体的な制度の方は継続しているのに、国民の帰属意識が変わり」国家の崩壊につながったケースがいくつもあったのではないか、と考えられます。
>>12 >>13 >>14 などのレスを読ませていただきましたが混乱してしまいました。
難しい議論にならざるを得ないんですね。一般的に国が変わるというのはどのような
ことかを理解するのはちょっと無理みたいです。古代インドでマガダ国やコーサラ国が
優勢でそのあとマガダ国のナンダ朝とマウリヤ朝が競い合ってそのあとクシャーナ朝、
グプタ朝、ヴァルダナ朝と続くと思うのですが、本を読んで国と朝の違いは何かと
思いました。クシャーナ朝はギリシア系でかなり雰囲気が違うのにマウリヤ朝で、
マガダ国やコーサラ国は雰囲気が同じっぽいのに国のレベルで違うんですか。
インドネシアもシュリービジャヤ王国やシャイレンドラ朝やマジャパヒト王国などが
あって〜国と〜朝がいっぱいあってどっちも同じように感じるのですが。
国が変わるって「国家体制が変わる」って覚えておくのは間違いなのでしょうか。
上のように考えると混乱せずにすみそうなのですが。
16 :
世界@名無史さん :02/05/07 00:37
ムガル帝国ってスンナ派イスラム教国家ですよね。なのにアウラングゼーブの ときだけ「スンナ派の」というように強調されるのですか?それと、インドの マイソール王国はマラータ王国やシク王国のようにヒンドゥー勢力だったのですか?
>>15 =8
>国が変わるって「国家体制が変わる」って覚えておくのは間違いなのでしょうか。
ですから、そういうことは時代や文化圏が異なると違ってきます。
それから、多分、個別の事例ごとにいろいろな特殊条件が絡んでくるだろうと思います。
>>13 の方が書いてられることは確かと思います。(私が
>>14 で書いた意見とは違いますが)
「近・現代の場合」だと「国家体制が変わる」ことがあっても、「国が変わる」ことになるとは限りません。
「近・現代の場合」には間違いとなります。
>一般的に国が変わるというのはどのようなことかを理解するのはちょっと無理みたいです。
多分こんな問題は専門家の間でも激しく異見が分かれると思いますよ。
時代や文化圏が特定されればそれぞれ、定説、通説のようなものが成り立っていることもあると思いますが。(
>>13 の方の書かれたようなことですね)
私は、
>>14 で自分の意見を書いて見ましたが、決して一般的な型で理解してるとは言えません。こう考えた方がいいと思う、くらいなので意見なわけです。
ですから、気にすることはないです。
インド・イラン世界のことは私は知らないので、
>>15 、
>>16 についてはお応えできません。少し待ってみれば、どなたか応えてくれるかもしれません。
18 :
世界@名無史さん :02/05/07 17:56
ラティフンディウムとコロナートゥスの違いは奴隷とコロヌスの違いだけですか?
19 :
世界@名無史さん :02/05/08 00:34
国が変わる……難しい問題ですね。 本当に変わったかどうかの他にも、周りから見て/今から見て変わったと見られるかどうかも重要では。 近現代においては、前にあった国の地位を引き継ぐという問題があるので、大抵「変わってない」ことになるんじゃないでしょうか。 大日本帝国→日本国に関しては、「憲法の改正」手続きをやっている以上、連続した国家でしょうね。 さもなくば大日本帝国の行った戦争に対して責任を負う必要がなくなりますし。 >アウラングゼーブ 敬虔で知られ、その即位は正統派の進学者たちに期待と歓呼の声で迎えられたそうです。 かなりイスラム中心の施策を行ったからではないでしょうか。それまでのムガルの皇帝にはこういう人はいなかったようですし。 あと、マイソール王国はヒンドゥーです。
20 :
世界@名無史さん :02/05/08 02:29
マウルヤ「朝」なのは、形式上マガダ国の後継者を名乗ったため。 (その前にマガダ国にナンダ朝というのがあったと思う) だから、王朝成立時点はマウルヤ朝マガダ国と呼んでも良い側面がある。 しかし、しかし、領地が拡大し、時代が下るにつれマガダ国の後継者と言う意味合いは 薄れていったので、マガダ国の後継王朝とはみなされていない。 今で言うような「国名」というのは古代〜中世ではあまり重要ではないよ。 「何何朝」「何何王国」というのは、その国の王や民衆みずから名乗ったものもあるけど 地名で慣習的に呼ばれているものや、周辺の国がその国のことをそう呼んでいただけ、というのもある。 (イスラム帝国、なんかがまさにそう。彼らは自分達の国をイスラム帝国などとは呼ばない) たとえば古代の中国やインドみたいに、自分達の文明圏が唯一の世界だと思っている人たちには 自分達の住んでいる地域を統一支配する権力があれば、国名なんて不必要になる。他に(対等の) 国はないと考えているんだから、外に対して国としての独自性をもつ必要がない。 全盛期のアッバース朝もこれに近い。カリフはイスラム世界に君臨し、異教徒の国は対等とは みなしていないから、国名などは必要ない。その後成立する多くのイスラム諸王朝も アッバース朝の権威を認め、あるいはその後継を自認していたから、西洋的な意味での 国名はいらない。複数の王朝があれば、相手をお互いに王朝名、民族名、あるいは地名で 呼び分けていた。(たとえばマムルーク朝治下の人々を「エジプト人」とよぶとか)
>>20 古代って国名はあまり関係ないんですね。意識されだしたのは「近代国家」という
概念が出てきてからかもしれませんね。イスラムやインドのお話は聞けてスゴク
良かったです。勉強になりました。
それと、初期のインドネシアのお話に詳しい方がおられたらシュリービジャヤ王国や
シャイレンドラ朝やマジャパヒト王国はどうなっているのかお願いしたします。
22 :
世界@名無史さん :02/05/09 14:43
>>19 >本当に変わったかどうかの他にも、周りから見て/今から見て変わったと見られるかどうかも重要
あぁ、なるほど。
すぐにいわゆる「ビザンツ帝国」の件を思い出しました。
西ローマが滅びた後は、あれはこそが、ただのローマ帝国ですものね。
「ビザンツ帝国」というのは歴史学上の便宜的歴史概念とみなすべき(?)みたいなお話でしょうか。
私は上のように思っているのですが。
前スレかれのコピペ >878 :世界@名無史さん :02/04/10 10:33 >70年代、国を喪った南ベトナムの人たちにとって、アメリカの国籍や市民権を得るのに >もっとも早い手段とはどのようなものだったのでしょうか? >グリーンカードを取得してアメリカ軍に入隊ですか?
前スレかれのコピペ >873 :世界@名無史さん :02/04/09 23:20 >パフレヴィー朝イランの正式な国名を教えて下さい。 >それと、ホメイニ師のイラン革命時に処刑された貴族はいるのでしょうか?
25 :
世界@名無史さん :02/05/12 13:39
定期テスト対策にいい問題集を教えて下さい! 今は山川の一問一答とか用語集とか教科書見ながら勉強してるんですけど、 なんかいいのあったら教えて下さい。
26 :
世界@名無史さん :02/05/12 19:04
Z会の世界史100題がすきだったかなぁ
>>25 過去ログあさってみた?
無かったっけ・・・?
前スレかれのコピペ >862 名前: ろぶろいM 投稿日: 02/04/08 21:43 >エリザベス皇太后が亡くなったよね〜 >んでBBCで見てたんだけど棺を砲の架台に乗せて葬送パレードするよね? >あれってNYの事件の消防士犠牲者の時もそうやって棺を運んでたけど >どんな謂れがあって砲の架台で運ぶのか気になって気になって >夜も眠れないんですが・・・
定期テストって、学内のテストだろ? ノートでも読んでろ。
ノートが白い罠。
31 :
世界@名無史さん :02/05/14 20:11
>29の高校は アフォ高
過去ログ見てないっす… あさりに逝ってきます。
>>31 かもね。
東大に現役・浪人あわせて30人くらいしか入れないし。
しょぼっ…
とてーもみっともないから、こーゆーのは学歴板でやってね。
過去ログも見ず、自分で参考書も選べない奴が、アフォでないと 言えるのだろうか・・・
41 :
世界@名無史さん :02/05/17 00:34
高校生がヒクようなやりとりは、もう止めようね
>>3:固有名詞などカタカナ表記についての質問
>>23 :70年代、国を喪った南ベトナムの人たちにとって、アメリカの国籍や市民権を得るのにもっとも早い手段とはどのようなものだったのでしょうか?
>>24 :パフレヴィー朝イランの正式な国名を教えて下さい。それと、ホメイニ師のイラン革命時に処刑された貴族はいるのでしょうか?
43 :
世界@名無史さん :02/05/17 20:36
>40高校生がヒクようなやりとりは、もう止めようね
こんにちは、藤崎詩織です☆ 世界史のこと、やさしく教えてほしいな☆ とか言って雰囲気を和らげようと思ったんだがよ、ホントにここが リアル工房の巣窟であるならば、ときメモの1なんて知らねーよな、 下手すりゃ消防ンときだもんな、と鬱になった俺。年なのか・・・
>853 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 02/04/06 21:19 >IRAについて教えてください。
46 :
世界@名無史さん :02/05/19 20:21
あーなんかやっと落ち着いたね、ここのスレ
47 :
世界@名無史さん :02/05/23 19:01
落ち着いたのはいいけどどこどこ下がってますな(藁 サルベージage。
48 :
世界@名無史さん :02/05/23 19:12
49 :
世界@名無史さん :02/05/24 17:31
厨房な質問で申し訳ないのですが 王安石の新法でさかんに自作農の保護をしていますが、 自作農が没落しても形成戸などの大土地所有者から税をとればいいのでは とおもってしまいます。宋の税制と王安石の新法の意義について教えてください。
前スレの>>854からコピペ >ピューリタン革命後,イギリスの不在地主に土地を追われ小作化した >アイルランド人が長い間かかって独立を求め続けた訳ですが,その独立運動 >の政治部門がシンフェイン党であり,軍事部門がIRAすなわち, >Irish Republican Armyアイルランド共和軍なのさ。
皇帝についてですが。露皇帝はビザンツから姫をもらい皇帝をなのったんですよね。オーストリア皇帝は神聖ローマ皇帝を継承しているから皇帝です。すると、ドイツ皇帝は何が根拠で皇帝となのったのでしょう。
きょうど(変換できない)=フンですか? 足利のなんたらとなんとか=ハンは同一人物ですか?
53 :
世界@名無史さん :02/05/26 01:36
どいつって皇帝いたっけ。 しかし、ロシアはキエフ大公国時代に国民をまとめるのに 宗教が必要だったんだよ。 で、当時大国だったビザンティンか、イスラムか 悩んだんだよ。 で、イスラムだとロシア人の大大大好きな 酒が飲めないからギリシア正教に したんだよな。
54 :
世界@名無史さん :02/05/26 01:40
>51 仏蘭西は? 西班牙は?
55 :
世界@名無史さん :02/05/26 01:44
>>52 匈奴=フン族は、昔は随分言われたけど、最近は疑問視されてるよ。
最近の高校教科書は読んでないけど。もし教科書に匈奴=フンと書かれてるなら、あきらめて受験用には覚えてちょ。
>足利のなんたら、と、なんとか=ハン
これじゃ、わけわかんねーよ(W
質問になってないからパス。
成吉思汗説があるのは、源義経だろ。 ちなみに水戸黄門がでっち上げた、という説がある。
>55 足利義経とチンギス=ハンだか不備ライ=ハンだか
第三回三頭政治は 誰だっけ 第一、二回は覚えてるんだけど
何だネタか。 答えて損した。
印の研ティ薄3世がいろんな事やりすぎて混乱してます まとめてくださいませんか? ・4回十字軍提唱? ・ジョンだったかを波紋 は覚えてます
恐怖の大王がいろんな事をやりすぎて混乱してます。 日本語に訳してくれませんか?
>62 第三回三頭政治メンバーと インノケンティウス3世のやった事をまとめてください
>>62 >>57 は
>>56 >>58 はいいよね。答え知らないけどさ。
で
>>61 61 名前:恐怖の大王 投稿日:02/05/26 01:51
インノケンティウス3世がやったことが色々あって混乱してしまいます。
彼がどのような事をやったのかまとめてください。
ネタニマジレス?カコワルイ?ダカラナニ。
>56 なぜ水戸黄門がでっちあげる必要があったんですか? そういう奴(扇動大好き)だったの?
66 :
世界@名無史さん :02/05/26 02:33
>>61 イノケンティウス3世(在位1160-1216)は、イギリス王ジョンを破門したし、第4回十字軍を主唱した。
この人がやったことを要約すると、
教皇庁の組織強化、教皇領の失地回復、を進めて教皇庁の権威、権力を高めた。
「教皇庁の絶頂期をもたらした」とか言われる。
ドイツ皇帝の帝位争いを調停したり、フランス王の離婚問題に干渉したり、
托鉢修道会を保護育成して異端対策に用いたりいろいろした。
>66 ありがとうございました
68 :
世界@名無史さん :02/05/26 12:33
>49 金持ちと超貧乏人だけになると、消費が停滞して、 国家は破綻するの。 古今東西の改革は、中級クラスという幻想を持つ、 金使える貧乏人をいかに増やすかにかかってます。
69 :
世界@名無史さん :02/05/26 17:47
>>68 解答ありがとうございます。
ただ、よく分からないんで
宋の時代の事で説明してください。
70 :
世界@名無史さん :02/05/26 19:19
>>65 別に徳川光圀(水戸黄門)がでっちあげたわけじゃないぞ。
ただ、おそらく56氏が言ってるところは、
徳川光圀の編纂させた『大日本史』がまっとうな歴史書として初めて、
「世間では、義経は衣川で死なず蝦夷に渡ったという話がある」と書き
(ちなみにこの伝説の発祥は室町時代)、
これが時代が下ると伝説が拡大解釈されて大陸に渡ったことになった
という話のことでしょう。
ネタにマジレスだったりして。
保守age
前スレからのコピペ >838 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 02/04/05 07:06 >インドのジャイナ教はバラモンの権威を否定し、 >それなのに支持層はヴァイシャ。また、 >仏教はカースト制(差別をなくす)なのに支持層がクシャトリア。 >なんで、両方ともシュードラが支持しなかったのですか? >また、アーリア人が建立した王朝はないのですか?
>>73 >仏教はカースト制(差別をなくす)なのに支持層がクシャトリア。
>なんで、両方ともシュードラが支持しなかったのですか?
推測だけど、信奉した人がいても記録に残らなかっただけではないかと思われ。
仏陀が入滅した直後のサンガ(仏教教団)は、在家信徒から荘園などの寄進を受けて
続いた。こういうものを寄進できるのは、クシャトリアだったとか、そんなところでは?
ただの推測だから、学校のテストとかに書いてほしくないけど。
>>3:固有名詞などカタカナ表記についての質問
>>23 :70年代、国を喪った南ベトナムの人たちにとって、アメリカの国籍や市民権を得るのにもっとも早い手段とはどのようなものだったのでしょうか?
>>24 :パフレヴィー朝イランの正式な国名を教えて下さい。それと、ホメイニ師のイラン革命時に処刑された貴族はいるのでしょうか?
>>58 :第三回三頭政治は誰だっけ
>>68-69 :宋の税制と王安石の新法の意義について、宋代の事例で説明してください。(参照
>>49 )
>>73 :インドのジャイナ教はバラモンの権威を否定し、それなのに支持層はヴァイシャ。なんで、シュードラが支持しなかったのですか?
また、アーリア人が建立した王朝はないのですか?
76 :
世界@名無史さん :02/06/01 22:23
お願いします 学校の世界史のテストで赤点をとって宿題を課されました ちょっと量が多いですが 答えてくれると幸いです 以下の設問に合計360〜400字程度で答えよ 1)ルネッサンスがイタリアで最初に始まったのはなぜか 2)イタリアのルネッサンスが衰退していったのはなぜか 3)イタリアのルネッサンスにおいて万能の天才と呼ばれた人はどんな人がいるか。またその人々の業績について答えなさい 4)インド航路におけるエンリケ航海王子とヴァスコ=ダ=ガマの活躍について述べなさい 5)アメリカ大陸からヨーロッパに入ってきた珍しい物産について得に指摘して説明しなさい 6)ルターの考え方が当時のドイツの諸侯や市民階級、農民に支持されたのはなぜか 7)1555年のアウグスブルグの和議について説明しなさい 8)首長法とはどのような法律か説明しなさい 9)アメリカの独立宣言は誰が起草しそんな内容か 10)1783年のパリ条約の内容について説明しなさい 11)アメリカ独立後の連邦派と反連邦派の対立について説明しなさい 12)アメリカ独立革命の経緯について説明しなさい
ひとまず、自分の言葉で書いてみなされ。 アドバイスはそれから。
78 :
世界@名無史さん :02/06/01 22:26
>>76 (°Д°)ハァ?
検索して、丸写しでもすれば?
79 :
世界@名無史さん :02/06/01 22:28
>>76-77 それもそうですね
すべて頼ろうとしてました
ごめんなさい
ちゃんとやってわからなかったところだけ聞きます
すみませんです
80 :
世界@名無史さん :02/06/01 22:28
>76 宿題とは、自分でやるものだ。 以上 えらい重い問題ばっか。こんなの各々400字前後かかるぞ。
>76 なかなか理にかなった宿題ですな。 世界史で赤点をとった学生に、 「誰でもいいからあなたが尊敬する歴史上の人物について文を書きなさい」だなんて漠然とした課題を出す竜堂先生なみに(誉め言葉)。
82 :
世界@名無史さん :02/06/02 02:23
今、地理を選択しているのですが世界史に変えようと思ってます。 ですが、先生に相談したら,授業を途中で変更することはできないと言われました。 だから、やるとしたら独学でやることになるんです。 学校の教科書を中心にやるつもりなのですが、可能でしょうか?
受験で地学→世界史にすんの? あんまりオススメしないなぁ。
85 :
世界@名無史さん :02/06/02 02:43
まだ2ヶ月しか経ってないのでどうにかなるかな、と思ったんですが・・・・ やっぱり授業を受けないと不利ですか?
86 :
世界@名無史さん :02/06/02 08:07
>>82 そりゃ、不利でしょう。
本来なら他の教科を勉強するのに使えたはずの時間のいくらかを世界史の
勉強に回さねばならないわけですから、その分、英語なり、古文なり、何
らかの他の教科にしわ寄せがいくはずでしょう?
その不利を承知の上で、「自分ならできる」という自信があるというのな
ら止めませんけど。
>>73 >アーリア人が建立した王朝はないのですか?
チャンドラグプタのマウリヤ朝とか、マウリヤ朝に併合されたマガダ国とかコーサラ国とかは、アーリア系インド人の王朝だろ?
違うのか??
>>73 >インドのジャイナ教はバラモンの権威を否定し、それなのに支持層はヴァイシャ。なんで、シュードラが支持しなかったのですか?
ジャイナ教って、極端な不殺生の教義で有名ですよね。
こういう教義は、クシャトリアにもバイシャにも支持されづらかったかもしれませんね。
現在でも、商人や金融業者に信者が多いと言いますから。
当たらずと言えども遠からず、と思いますが。
>>76 >以下の設問に合計360〜400字程度で答えよ
マジ?
各360〜400字程度ではなくて?
合計360〜400字程度だったら、平均して各問に20〜33文字じゃん。
オレ答えらんないよ。そんなの(W
90 :
世界@名無史さん :02/06/06 18:24
随の大運河のところで出てきた地名に関してなのですが、たく郡(北京)、 汴州(開封)と書かれていたのですが、どちらを覚えればよいのですか? 現在の地名ですか?過去の地名ですか?中国の都市は過去の地名を覚えると 思うのですが、テストには開封と書かれていて困ってます。
91 :
世界@名無史さん :02/06/06 20:11
>
>>90 括弧前が昔の地名、括弧内が現代の地名だね。
そもそも運河の通ってる場所さえ覚えてれば
地名なんて覚えなくても良いと思うけど、
どうしても覚えないと不安なら両方覚えたほうが良いでしょう。
92 :
世界@名無史さん :02/06/06 21:27
ジョン・ヘイの門戸開放宣言って、 他の列強は承認したの?だとしたら何を見込んで?
93 :
世界@名無史さん :02/06/06 23:20
>>91 お返事あろがとうございます。運河の通ってる場所ってA〜B間のように聞かれ
ると思うので、覚えた方がいいと思ったのですが。
両方覚えておきます。
>>91 中国史だと、特に、同じ都市名などが時代によって変わることもありますから、
現代名と過去の呼称と時代と覚えてくと、後々お特。
中国史に限らないですけど、特に中国史の場合、多いように思います。
95 :
世界@名無史さん :02/06/07 17:49
>>94 中国史の場合、多いですよね。ホント手を焼いています。
現代名と過去の呼称と時代と覚えてくと、後々お特なんですね。
がんばってどちらも覚えておきます。どうもありがとうございます。
97 :
世界@名無史さん :02/06/07 20:29
あげてみる
前スレからのコピペ >822 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 02/04/04 03:12 >軍人皇帝時代は、各都市が勝手に皇帝と称して >そこにすんでる人間から徴税したという >時代ですか? >ちなみに、年代は235〜284です。 ローマ帝国、軍人皇帝時代の歴史社会的特徴は何か? が質問内容らしい。
>821 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 02/04/04 03:08 >季節風貿易ってどんなのですか?
826 名前: 世界@名無史さん メール: sage 投稿日: 02/04/04 20:39
>>821 エリュトゥラー海案内記 Periplus Maris Erythraeiを読め。(無理
季節風を利用して紅海〜インド〜中国の沿海を航海する貿易だな。
主にギリシア系の商人がこの航路を利用して、東洋の特産物をローマ帝国に
持ち込んだ。
101 :
世界@名無史さん :02/06/08 21:09
質問ってわけではないですが。東洋人の人名ってなんでフルネームで呼ぶんでしょう? 例:毛沢東、劉邦など。ちなみに西洋人は苗字だけで呼ぶことおおし。ヒトラー、チャーチルなど。
102 :
世界@名無史さん :02/06/08 21:15
日本人にくらべて名字の種類が少ないからでしょう。 英米もそんなに多くないはずだが、混乱するほどじゃないね。
王だけじゃ分からないよな。 王安石なんだか、王莽なんだか。
ヨーロッパ人でも、なぜか名前をつけて呼ばれる人がいるね。 シモン・ド・モンフォールなんか親子で同名だが、それを 区別するわけでもなく、かと言って一族の他の人間は歴史 教科書に出てくるほど有名でもない。 日本の教育世界史だけの慣習?
105 :
世界@名無史さん :02/06/09 00:12
何故、資本主義国は共産主義国を嫌ったのですか? どんな脅威があったのでしょうか? 教えてください。
106 :
世界@名無史さん :02/06/09 00:41
>105 話は単純ではない。 キリスト教国では、「宗教阿片論」というか、「唯物論」がトンデモだったろう。 非キリスト教国では、それぞれ事情がある。 大ざっぱに、「これまでの常識を崩されたくない」と表現しておくのが無難かと。
107 :
世界@名無史さん :02/06/09 13:28
日本史板で信長がポイズンとよばれてるんですが。どういうこと!?西洋人のつけたあだ名ですか?
>107 反町某の主演ドラマの主題歌の歌詞から来ているのでしょう。私も気付くの に時間がかかりましたが。(ネタかな。)
109 :
世界@名無史さん :02/06/10 09:40
トラップ男爵って変ですよね。オーストリアは戦争に負けて、共和制になった。したがって、貴族制度はなくなたはず。(^々^)
110 :
あなたの後ろに名無しさんが… :02/06/10 17:42
マヤ文明だったかなあ。人間が何かの機械の乗物にまたがっている、壁画(?)が発見されましたよね。あれ見たとき、ドキッとしました。結局のところなんでしょうか?見た人いますか。
111 :
世界@名無史さん :02/06/10 18:22
112 :
世界@名無史さん :02/06/10 19:20
>>110 パレンケの十字の神殿のパカル王石柩の蓋のレリーフのことか?
よく紹介される場合横向きの写真が出されるが、
あれは正確には上下に長い方を縦にして見るものだな。
神殿の名前のとおり、いくつかの壁画には十字型の
いわゆる宇宙樹が描かれているので、
”乗物”の先端部の十字架はその宇宙樹と見るべき。
よく見ると左右の”枝”から下がっているのは、
乗物の外壁ではなくて口を開けた蛇なのが分かる。
前方に横たわったパカル王と、
後背の十字架は分けて考えなければならない。
113 :
世界@名無史さん :02/06/10 19:29
>>105 共産主義、マルクス主義は最終的には世界全体を共産主義化することを
目標としていたから、というのもある。「万国の労働者団結せよ」というやつ。
トロツキーは世界をすべて革命化しないと真の社会主義の実現はありえないとしたし、
一国社会主義をとなえたスターリンも、最終的には世界全体の社会主義化を目標としていたのは同じ。
だから社会主義陣営はユートピア的な社会主義を宣伝し、革命を輸出しようとした。
一方資本主義側は社会主義運動の取り締まりや逆宣伝と、各種の社会政策、社会保障で
革命の輸入を食い止めようとした。
>>109 そのとおりだが、第2次大戦のころまではまだまだ旧貴族はそれなりの権威を
持っていたと思われ。特権はなくなったが、財産や家名をすべて奪われたわけではない。
>>111 ,
>>92 >ジョン・ヘイの門戸開放宣言って、
>他の列強は承認したの?だとしたら何を見込んで?
まず、本当に「承認」されたのかどうかが問題ですが、
各国は「他の国が同意する範囲内で」承認しました。
要するに、趣旨には賛成だが自国の利益は犠牲にするつもりはないよ、ということで承認しました。
歴史事典の中には、はっきりと「関係各国には無視された」とするものもあります。
そもそも門戸開放の原則自体はイギリスが唱えていたもので、
これは、イギリスに競争力があるかぎりは、門戸開放の原則はイギリスの利害と矛盾しないからです。
ところがいわゆる帝国主義時代に入ってドイツ・ロシアなどが中国に本格的に進出し勢力圏の確定に努めるようになると
イギリスすらも門戸開放の原則のみでやっていけなくなります。
結果、出現した状況は
列強が門戸開放に原則的に賛成しつつも、一方で自国に有利な勢力圏を確定していこうとする状況です。
こういう状況の下で門戸開放宣言は、既に述べたように
冷ややかな同意もしくは穏やかな無視を受けたわけです。
では、なぜ門戸開放宣言が関係各国の承認を取り付けた、という説明がなされることがあるのか、
言い換えれば、なぜ教科書等で門戸開放宣言はアメリカ外交の成功・金字塔とされるのかというとが問題になりますが、
これは一つにはアメリカ国内の事情に由来します。
上記のごとく米は列強からあいまいな「承認」の通知を得るわけですが、
ヘイはこれを門戸開放宣言の勝利として公表します。
なぜそんなことをしたかというと・・・・1900年が大統領選の年だったからですね(笑)。
まあ、すげーことしたんだぞ! とハッタリをカマしたというか。
ただし、事情がどうであれいったん吐かれた言葉は政治の世界では一つの現実になります。
上記のように門戸開放宣言はその直接的な外交的効果ははなはだ怪しく、
またもともとの成立も長期的なアメリカの国家戦略に基づくというよりは
ヘイの思いつきに由来するところが大であったわけですが、
ことに、アメリカのように大衆の力が強い国、
大衆が正義の味方としての自国の役割について強い確信を持っている国では、
「門戸開放」のような耳障りの良い言葉は極めて強い政治的現実になりえました。
というわけで、「門戸開放宣言は米外交の金字塔であり、アジア政策の基軸である」という観念は、
フィリピン領有のような逸脱を伴いつつも、
1945年に至るまでアメリカ外交を一面で規定していく(例:ワシントン会議)ようになったわけです。
長文失礼。
115 :
世界@名無史さん :02/06/11 03:00
明日(今日)のテストで 「第一次産業革命と第二次産業革命との違いを エネルギー・産業構造・経常利益の3つを使って説明せよ」 という問題がでるそうです。 3時まで頑張りましたが他の今日かもあって手がつけれませんでした。 わかる人、よろしくお願いいたします。急いでます!!
116 :
世界@名無史さん :02/06/11 03:02
今日か=教科
117 :
世界@名無史さん :02/06/11 03:06
やっぱり誰もいないですね・・・
118 :
世界@名無史さん :02/06/11 06:37
>>114 わかりやすい説明ありがとうございました。
大変参考になりました。
>>115-117 さすがにその時間は誰もいないですね・・・
私も大学からしかつなげないですし。すみません。
まあ、その3つの点ならば用語集程度の記述で十分でしょうね。
120 :
世界@名無史さん :02/06/11 15:40
>>119 なんとかアレから必死でやりまして解けました。
ありがとうございました!
山川の用語集に載る程度には栄える →衰退して領土を失い、ほとんど一都市までに押し込められる →再び繁栄する。 というツイン・ピークの繁栄曲線を描いた国家は存在しますか?
漢、ビザンツ、ポーランド、フランス
オランダもだな。 一時期、本国を失って、長崎の出島のみがオランダ領だった、なんていう 時代もあった。
124 :
世界@名無史さん :02/06/12 19:24
世界史を勉強しても、 興味ないことがら(主にアジア史)は全く覚えられず、 興味ある事柄もあっという間に忘れてしまうんですが どうしたら良いでしょう?
125 :
世界@名無史さん :02/06/12 20:47
受験用なら反復しかない。 趣味なら興味ないところは切ればよし。
126 :
世界@名無史さん :02/06/12 21:06
寄進とか荘園ってなに?
>→衰退して領土を失い、ほとんど一都市までに押し込められる →再び繁栄する。 朝鮮戦争の韓国
129 :
世界@名無史さん :02/06/12 21:44
>127 高3です。 だいたいの意味はわかるんですが、はっきししないんですよ 荘園は畑 寄進は寄付?
130 :
世界@名無史さん :02/06/12 23:49
前スレからのコピペ >802 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 02/04/01 13:58 >東洋史学者岡田英弘の『この厄介な国、中国』の中で、 >朱子学は道教であり、宋代においては邪教として排撃され、 >元朝において初めて正式に科挙に採用されたとある。 >これ信じていいんですか?
>>3 :固有名詞などカタカナ表記についての質問
>>23 :70年代、国を喪った南ベトナムの人たちにとって、アメリカの国籍や市民権を得るのにもっとも早い手段とはどのようなものだったのでしょうか?
>>24 :パフレヴィー朝イランの正式な国名を教えて下さい。それと、ホメイニ師のイラン革命時に処刑された貴族はいるのでしょうか?
>>58 :第三回三頭政治は誰だっけ
>>68-69 :宋の税制と王安石の新法の意義について、宋代の事例で説明してください。(参照
>>49 )
>>98 :ローマ帝国、軍人皇帝時代の歴史社会的特徴は何?
>>132 :東洋史学者岡田英弘の『この厄介な国、中国』の中で、
>朱子学は道教であり、宋代においては邪教として排撃され、
>元朝において初めて正式に科挙に採用されたとある。これ信じていいんですか?
134 :
世界@名無史さん :02/06/15 21:33
ピューリタン革命のあとの王政復古で、チャールズ2世がカトリックを擁護したりしたら 議会が審査法で官吏と議員を国教徒に制限したとか教科書に書いてるけど、 議会って清教徒を支持してるんじゃなかったっけ??だとしたらなんでお偉いさんを 国教徒に制限したの??
135 :
世界@名無史さん :02/06/15 22:24
あげる
136 :
世界@名無史さん :02/06/16 00:29
イングランドはイギリスの国なのに、なぜイングランドっていうのですか?
英国の国旗は「イングランド」「スコットランド」「アイルランド」の国旗を組み合わせたものですよね。 その3国はイングランドの一部なのですか?独立した国なのですか? 一般的に「イングランド」というとイギリスのことを指すのではないですか? その中に「イングランド」「スコットランド」「アイルランド」も含まれているのですか?
>>136-137 ゲルマン民族移動で、アングル族・サクソン族・ジュート族はブリテン島に進入し、
主にブリテン島南部に定着した。この地域は「アングル族の土地」という意味で、
イングランドと呼ばれるようになった。後に、このイングランドは北ゲルマン系の
ノルマン人に占領され、現在まで続くイングランド王国が開始される。
このイングランド王国は周辺のウェールズ、スコットランド、アイルランドを
次々と支配下に置き、「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」となるが、
アイルランド南部は後に独立した。
さて「イギリス」だが、これは「イングランドの」を意味するオランダ語だか
ポルトガル語だかが転訛したもので、日本では連合王国全体を指す呼称とされる。
したがって、イギリス(連合王国)は、イングランド・スコットランド・
ウエールズ・北アイルランドの4国からなる連合国家である、というのが
正しい。
ついでに言うと、ジュート族はデンマークのユトランド半島に、サクソン族は
ドイツのザクセン地方にその名を残す。
>>138 丁寧な説明をありがとうございます。
自分の頭では理解するのに時間がかかりましたが、ちゃんと分かりました。
いわゆる「イギリス」というのは連合国なんですね。
二度と忘れないようにします。
140 :
世界@名無史さん :02/06/16 00:56
>>136-137 混乱してるな…。
もともと今我々が「イギリス」ないし「英国」と呼んでいる国は
「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」略して「連合王国」といい、
理念的にはイングランド王国(ウェールズを併合領有)を中核に
スコットランドと北アイルランドが結合したもの。
もちろん実質的にはひとつの国だし、国際的にもひとつの国として扱われるが、
イングランド・スコットランド・ウェールズなど
かつてひとつひとつが国であった諸地方は尊重され、
サッカーなどでは独立した協会をもって活動している。
また、連合王国国旗(英国国旗)は
あなたの指摘の通り三国の国旗を組み合わせたもの。
ただし、北アイルランドを除くアイルランドは今は連合王国から独立して
別の国(アイルランド共和国)になっているのに注意しなくてはならない。
混乱の原因になっているポイントは「イギリス」と「イングランド」の関係ね。
「イギリス」というのは英語だかポルトガル語だかで
「イングランド人」を指す言葉が日本語に入ったもので、
本来は現在のイギリスの一部であるイングランドを指すが、
習慣的に連合王国全体を指しても用いられる。
だから、連合王国の中のイングランドをあえて指したいときは
混同を避けるためにイギリスと言わずイングランドと言うのが通例になってるわけ。
>>140 はい、混乱してました。
分かりやすい説明をありがとうございます。
おかげで「イギリス」と「イングランド」の関係について理解することができました。
>>138 さん、
>>140 さんに重ね重ねお礼を申し上げます。
英語では連合王国全体を指すときは、United KingdomとかBritainとか言う。 略してUKまたはBR。
143 :
世界@名無史さん :02/06/16 01:08
>137 ウェールズが抜けてます。 >23 アメリカ人と結婚する事 >24 ペルシャ >68-69 自分で調べろ >98 より多く給料をくれる者が皇帝になります。 >132 朱子学は儒教の学派の一つ、宗教というより哲学 朱子は南宋時代の人、科挙の試験管も勤めたが、自分の学問を試験に出した とは考えずらい 元朝で科挙が実施されたのは2回だけ、余り意味無い >宋代においては邪教として排撃され 「偽学の禁」の事と思われ、ただの派閥争い。
144 :
世界@名無史さん :02/06/16 01:45
サッカーではイギリスとイングランドはまったく別ものなんですか?
145 :
世界@名無史さん :02/06/16 01:53
サッカーもラグビーもイギリスとしては出場しません イングランド、ウェールズ、スコットランド(北アイルランドは解りません) 代表として出場します。 ラグビーの四カ国対抗戦は上記三+フランスですね。
146 :
世界@名無史さん :02/06/16 02:25
>>134 清教徒革命という言葉に惑わされて、議会派はすべてピューリタンだったという
ふうに錯覚してしまうかもしれないが、
実際はクロムウェルのようなピューリタンは数の上ではむしろ少数派。
(だからこそ独裁的な政治をしなければならなかった)
英国革命に際しては、宗教的にはプロテスタントに属する
いろいろな派閥が出てくるが、最大の多数派はやはり英国国教会系だからね。
(そもそもこれはプロテスタントと呼べないという意見もあるが・・・)
それに王政復古以降は、ピューリタンの発言力は弱まっていたし、議会としては
カトリックの進出を防ぐのが第一だから、そういう形になったのだろう。
147 :
世界@名無史さん :02/06/16 07:24
なぜ、オーストラリアには独自のラグビーがあるのでしょうか? ろくにプロテクターもつけないやつで。
148 :
世界@名無史さん :02/06/16 08:38
ヘイ・オージー!! アボリジニやカンガルーの虐殺には「一切関知しませんです」ってか??
149 :
世界@名無史さん :02/06/16 11:40
150 :
世界@名無史さん :02/06/16 13:47
>>145 北アイルランドも予選に参加してましたよ。
「イギリス」「イングランド」混乱するよねえ……。
こういうのが残ってるのってイギリスだけ?
スペインは統合されちゃったし、
オーストリア?ハンガリーも今はないよね。
>>134 ,
>>146 革命後はむしろイギリス人の第一条件として「国教徒たること」があったみたいなことをリンダ・コリーが言ってました。
興味ある方は読まれてみては。高いけど。
>>134 短期的な問題としては、1673年審査法には具体的な標的があった。
当時の第一王位継承者のジェームズ(後のジェームズ2世)。
彼は、Lord High Admiralの職を辞することを余儀なくされた。
152 :
世界@名無史さん :02/06/16 21:02
当方、高校二年生です 先日、世界史の資料集のローマ帝國の 所の地図を見ていたらボスフォラス王国 という国があったのですがどこを調べても 乗っていません。どなたかご存知でしたら 私にご教示ください よろしくお願いいたします
ボスポロス王国 Bosporos 黒海北岸のケルチ海峡地方にあった古代の王国。前480年頃からギリシア植民市 パンティカパイオンを中心にギリシア諸市と先住民諸種族が統合、前438年頃 僭主スパルトコスが支配権を握り、スパルトコス朝の王国が成立した。前4世紀に クリミア半島東部とアゾフ海東岸に勢力を拡大し、アテネなどに穀物、塩漬けの魚、 毛皮、奴隷などを輸出して経済的に繁栄した。前3世紀以降サルマタイ人など 遊牧民の侵入を受けて衰え、前1世紀中頃からローマの保護下に入った。
153さん ありがとうございます 先生に質問しても知らなかったので とても気になっていました これからもいろいろ教えていただくことが あるかと思いますがよろしくお願いします
155 :
世界@名無史さん :02/06/16 22:22
モンテ・カッシーノは戦争中激戦地になって だいぶ破壊されたようですが今はどうなってるんですか? 修道院などは修復されたのでしょうか? 教えてください
156 :
世界@名無史さん :02/06/16 22:39
本を読んでいて疑問に思ったことがあります。 軍隊の行軍速度はどのくらいなのでしょうか? 装備の重量とかにも寄りますが。 一日の行軍距離とか聞きたいです。
157 :
世界@名無史さん :02/06/16 22:50
ヨーロッパのブルボン王朝時代の職制について知りたいのですが 詳しく載っているサイトがあったら教えてもらえないでしょうか。
>>156 軍事板に質問スレがあったらそっちがいいかも。
その時にはどの時代のどこの軍隊の話を聞きたいのか書くとよし。
159 :
世界@名無史さん :02/06/17 22:41
キプロスの初代大統領 マカリオス3世?とは何者か ご存知でしたら教えてください
マカリオス3世 Makarios III 1973-77 キプロスの政治家。東方正教会のキプロス大主教(1950-77)。キプロスの ギリシアとの統合を求める運動の指導者。1958年、独立推進に路線を転換し、 60年キプロスの独立を達成。初代の大統領(1960-77)。
161 :
世界@名無史さん :02/06/18 00:07
科挙の制度があるのに楊国忠などは別枠採用されるんですか?
162 :
世界@名無史さん :02/06/18 00:37
>>156 軍事板の人間じゃないけど答えます。
戦争論によれば、ナポレオン戦争の時代では、3マイル(4.8km)が昼間一日の標準的な行軍行程であり、
行軍長径が大きい縦隊(まぁ隊列が長い場合)は、2マイルだそうである。
所要時間は、兵数八千の師団ならば平地で8から10時間、山地で10から12時間だった。
もっともその後を考えない強行軍をするならば一日で6マイルはいけたらしい。
しかしこれは革命軍やフランス軍にはあてはまらない。
例えばウルム会戦ではフランス軍行軍速度の2週間の平均速度は18マイル/日だったそうである。
まぁつまりこの時代の行軍は補給の問題と兵士のやる気にかかっていたと言うことだろう。
更に詳細は、戦争論第5編戦闘力第10から12章でも読んでくれ。
もう一つソースを上げると、旧軍は、歩兵では途歩80m/分、駈歩145m/分としていた。
また騎兵では常歩100m/分、速歩200m/分、駈歩300m/分と定めていた。
休憩は1時間に10分とか15分ぐらいが普通の行軍だったらしい。(原典:昭和10年発行の戦術学教程)
>>160 今改めて見たら生年がおかしいな。1913年だ。
164 :
世界@名無史さん :02/06/18 00:58
165 :
世界@名無史さん :02/06/18 02:02
韓国にはキリスト教徒が多いということは意外と知られていないことです。 では、なぜキリスト教が普及したのでしょう。他スレでは戦後米国の影響下に入ったことが指摘されてましたが。 ちなみに日本人も一年に一日だけクリスチャンになります。日本人はしょうがないねえ。
>>162 お答えいただきありがとう。
一日4.8kmは少ないですね。
装備があるとはいえ。
戦争論も面白そうですね。
一度読んでみるかな。
>>155 >モンテ・カッシーノは戦争中激戦地になって
>だいぶ破壊されたようですが今はどうなってるんですか?
>修道院などは修復されたのでしょうか?
モンテ・カッシーノの修道院は第二次大戦中、瓦礫の山状態になったそうですが。
今では修復されています。
さすがに由緒ある修道院なので、伝えられた図面通りに修復した、とのこと。
この件の信頼性についてはよく知りません。
が、そのように言われています。
調度や伝来品に関しては、重要な物は戦闘に入る前に移動され保管されていたのが戦後に返還され、
かえって旧来の物が伝わっているそうです。
168 :
世界@名無史さん :02/06/21 20:48
>>165 日本も戦後米国の影響下に入ってるんだよね。
最大の違いは韓国のほうが共産主義者に対する弾圧が厳しかった事にあるのではなかろうか。
日本で共産主義シンパになった人のぶん、韓国でキリスト教徒が増えたと言って見るテスト。
キリスト教団は本部と資金源がアメリカにあるから民主化要求勢力のなかで最も滅ぼしにくいのではないか
>>165 韓国では甲申政変以降にプロテスタントの受容が進んでいる。
このころは商人階層に信者が多かったが、
特に多くなるのは1907年ごろから。
その理由は以下のように推測される。
1、民族主義エリートが西洋文明を学ぶため、ミッションスクールで学んだ。
2、貧しい下層の民衆が精神的慰めを得ようとした。
170 :
世界@名無史さん :02/06/22 00:04
古代ローマ帝国の血を引く民族がいる国って今もありますか? 現在のイタリアはちがいますよね?
171 :
世界@名無史さん :02/06/22 00:13
>>170 民族と血統の関係の強弱は、民族が有する婚姻タブーごとに様々なので、
一定の関係は認められません。
さらに、古代ローマは「帝国」ですので、多民族国家でした。
従って「古代ローマ帝国の血を引く民族がいる国」という問いは質問の体をなしていません。
現在のイタリア国民は、他の国民に比較して古代ラテン民族の血統を比較的濃く受け継いでいる方でしょう、
とでも答えるしかない質問になっています。
172 :
世界@名無史さん :02/06/22 00:16
>>170 いまのヨーロッパ人は、帝国崩壊後の移動してきた民族なので、
全然ちがう種族です。イタリアも同様です。
そういう意味では、古代ローマの血を純粋に引く国はどこにもありません。
173 :
世界@名無史さん :02/06/22 00:17
違います。 朝鮮起源のフン族がイタリアを占拠し、残された子孫が現在まで 脈づいているのです。 ですからイタリアの起源は朝鮮にあるといってよいのですよ。
>>173 高校生用スレでまでデンパ飛ばすなよ(w
>>174 ネタだろ?(w
それにしても、質問スレのルーム・セルジュークまで範囲に入れるのはちと違和感が。
19世紀からロシアは南下政策のために、ペルシア王国やバルカン半島をめぐって、ヨーロッパ各国と対立しますが、 なぜ、ロシアはそうまでして、海に出る必要があったのでしょうか? 逆に言うと、イギリスがインドに行ったようなことを、他の中央アジアの国々(3ハン国やペルシア、中国?)に対して行えば、他国との対立は避けられたのではないかと思うのですが、 どうなのでしょうか?宜しくお願いします。
下げてしまったので上げ
>176 南下ばっかりやってるわけでもない。 シベリア側に勢力拡大をおこない、中国や日本と衝突をするように なったのはご存知のとおり。
>>176 ありがとうございます、 でも、それだったらなおさら無理に危険なバルカンやペルシャを通る必要はないのでは?
180 :
世界@名無史さん :02/06/23 19:30
>>179 極東にしか港がなかったら不便じゃん。
バルカンはギリシア正教・スラブの人々がいたから
同胞意識もあって関わっていたことも留意すべきだね。
181 :
世界@名無史さん :02/06/23 19:48
リアル工房が2chに来んな、オナニーでもして寝ろ
182 :
縞栗鼠(シマリス)の親方 :02/06/23 19:52
大検・大学受験予備校の中央高等学院では
一流プロ講師による責任指導、四年制大学の絶対合格を餌に
知的障害児童の保護者から法外な授業料をボッタクリまくっています。
また中央高等学院の従業員「西部」は女子トイレに闖入し
汚物入れを物色して女子生徒の使用済みタンポン・ナプキン等を
個人的に収集しているというのは事実。
中央高等学院では
生徒及びその保護者の個人情報を名簿図書館等に売却しています。
中央高等学院
http://chs-f.com/index.html 中央高等学院福岡校
http://www.chuo-school.ac/
183 :
世界@名無史さん :02/06/23 19:52
「高校生用質問スレ」だ 気にするな
184 :
世界@名無史さん :02/06/23 23:24
すいません。 1951、2年頃の日本と国民党(台湾)との関係はどうだったのでしょうか?
185 :
世界史@名無史さん(w :02/06/23 23:43
ドイツ帝国について質問したいのですが(笑)。 この国は一見したところ、中央集権国家のようですが、 結構ババリアが自治権が強かったといいます(w 実は、連邦的な帝国だったのでは?(キャハ
186 :
世界@名無史さん :02/06/23 23:51
ナチスドイツて議会や議員が(名目的でも)あったのでしょうか。米国への宣戦布告の時、 ヒトラーが国会みたいなとこで演説してる映像を見たことあります。 たしか、演壇でヒトラーが宣戦布告を読み上げ、ヒトラーの上のほうに議長席があってデブが座っていたような…
>>186 いつまで議会が機能していたか忘れたけど、ちゃんとありましたよ。
ヒトラーの宣戦布告の写真は対ポーランド戦でしょう。
後ろの議長席のデブはゲーリンクです。
質問、ローマの帝政の後に西ローマと東ローマに分かれましたよね? その時にそれぞれ使っていた言語を教えて下さい。
>>189 ローマ帝政の「後」?
ここが疑問だが、それは置いておいて
西ローマ帝国の版図はラテン語圏、東ローマ帝国の版図はギリシャ語圏
に大体重なります。もっともその言葉だけが話されていた訳ではありませんが。
但し或る程度後になるまで東ローマ帝国の公用語(法律用語)はラテン語です。
191 :
2ちゃんねらーとしての誇り… :02/06/25 23:55
フランス外人部隊は歴史的に何時できたのでしょうか。 あと、なぜ現在も残っているのでしょうか。必要でしょうか。小国ならわかりますが。
193 :
世界@名無史さん :02/06/26 12:02
>>179 ,
>>180 黒海から地中海に出るルートは、ロシアの貿易のかなりの部分を占めていたそうです。
ここを使えないとなると、ロシアにとっては死活問題ですよ。
194 :
世界@名無史さん :02/06/26 16:38
>>185 バイエルンは南部カトリックの代表的存在だからね
中央集権のためにビスマルクは文化闘争をしなくてはならなかった
195 :
ルパン2世 :02/07/02 01:25
まあ質問ってわけじぁないんですが。 第一次世界大戦を扱った映画だったと思います。 クリスマスになると暗黙の停戦になり、なんと両軍の兵士が酒を飲み交わすではあ〜りませんか!! んで、翌日になるとお互い自軍の塹壕へ戻り、戦闘再開!これって実際にあたの??
196 :
世界@名無史さん :02/07/02 01:43
ギリシャの独立がウィーン体制を揺るがした、 みたいなことが教科書に書いてあったんですが ウィーン体制=ヨーロッパのため、 ギリシアのオスマンからの独立はヨーロッパ のためにならないんですか?
197 :
中国産@名無史さん :02/07/02 11:53
資本主義の精神的背景にカルヴァン派の思想があると聞きました。 ですが、真っ先に産業革命を果たしたイギリスは、 カルヴァン派(ピューリタン)を追い出していたような気がします。 上の二つは矛盾している気がするのですが、どうでしょう?
198 :
中国産@名無史さん :02/07/02 12:04
連続投稿すいません。 ・手塚治虫の「アドルフに告ぐ」でヒットラーは4分の1がユダヤ人とありましたが、これは史実なのでしょうか? ・ハーケンクロイツが正式なドイツ国旗になっていたことはあるのでしょうか?
199 :
世界@名無史さん :02/07/02 15:54
170 >古代ローマ帝国の血を引く民族がいる国って今もありますか? >現在のイタリアはちがいますよね? 171が回答しているように、「古代ローマ帝国」では、「市民権を付与」されたものはみなローマ人だらから、ローマ人の末裔を国民とする国は、西欧・中央・南欧・北アフリカ・アナトリア・シリア等に分布する諸国です。 イタリアもむろん、古代ローマ人の末裔の国です。 172が >いまのヨーロッパ人は、帝国崩壊後の移動してきた民族なので、 >全然ちがう種族です。イタリアも同様です。 などとマヌケな電波をとばしていますが、 「帝国崩壊」の際にも「ローマ人」が侵入者によって根絶やしにされた、などということはまったくなく、在地の有力者たちはそれぞれ侵入者たちと折り合いをつけて、新国家の支配階級として参画しました。 中世以降の欧州の貴族・王家は国家の枠を超えて婚姻関係を広げましたから、「古代ローマ人の子孫の血」は、それこそ全ての欧州諸民族の中に混じっていることは間違いありましぇん。
200 :
世界@名無史さん :02/07/02 18:40
age
201 :
世界@名無史さん :02/07/02 18:52
真珠湾攻撃以前にアメリカの領土が外国に攻撃されたことってありますか? 米西戦争でそのようなことがあったと聞いたような気もするのですがそれは本当なのでしょうか?
>>191 歴史群像50号に載ってたよ。
誕生は1831年3月10日。革命に失敗して絶望した欧州各国の難民が、
革命に成功したフランスに流れ込んできたから、難民対策として設立されたらしい。
指揮官の問題とか色々問題だらけだったらしい。初陣から一月後皆殺しにあっている部隊もある。
まぁ植民地に派遣する戦力として、最近まで重宝され、
全部失った今は、国連平和維持軍の急展開部隊としてフランスの代表を担っている。
やっぱ自分の国の国民に血を流させるより、使い捨て傭兵使って、
国際貢献っていってる方が賢いってことだね。
203 :
世界@名無史さん :02/07/02 19:37
1.流通業が産業構造の中で優位を占めるようになった 2.フルトンが発明した蒸気船の実用化は、海上交通における時間の短縮をもたらした 3.土地を失った農民が工場労働者となったため、土地の人口が急激に増えた 4.鉄道網が発達し、都市の発展を促した この19世紀における社会・経済構造の転換およびその影響について述べた文のうち、 誤っているのはどれでしょう 自分としては、選択肢の3は18世紀のことだったのではないかと思っているのですが
204 :
世界@名無史さん :02/07/03 03:28
サッカー決勝でドイツ国旗が振られていたけど、 黒赤黄の三色旗だけでなく鷲がついているのもあったんだけど あれは何が由来なんでしょうか? プロイセン、ドイツ帝国かな?
>>201 1812年の米英戦争。
英艦隊の砲撃で町が焼けたらしい。
206 :
世界@名無史さん :02/07/03 11:52
古代タルテソス文明に関する本とかは存在するのでしょうか? 本屋で嫌と言うほど探しましたが無いんでしょうかね… あと、古代クレタの子供は弁髪にしていたと言う事ですが、 サントリーニ島の子供はどうだったのでしょうか… 重箱の隅をつつくようですみません。
207 :
世界@名無史さん :02/07/03 12:27
非常に基本的な質問でスマソ イングランドってイギリス?
208 :
世界@名無史さん :02/07/03 12:44
イギリスは連合王国で、イングランドはその一部です。他にスコ、ウェ、北アがあります。
209 :
世界@名無史さん :02/07/03 14:34
資料集等で見たところダヴィデ像やラオコーンの群像などのアソコは包茎っぽいのですが 実際どうなのですか??
210 :
世界@名無史さん :02/07/03 15:14
>>209 包茎です。包茎が美しいとされてたようです。
自信を持って下さい。
ちょっと違う質問なんですけど、思い切って書きます! 大学に進学希望なんですが、充実した世界史学が学べる大学ってどこなんでしょう?! 文化学も捨てがたいけど、世界史本当に好きなので、カリキュラムとかしっかりした 大学を知りたいんです。 もし何か知っている方がいらっしゃたなら教えてください。。 板ちがいだったら本当にごめんなさい!
東大京大早慶一橋東外大
213 :
世界@名無史さん :02/07/03 17:29
>>207 ,208
ちなみに"Britain"の訳語としてイギリスを使い、"England"の訳語にはイングランド、を使うみたい。ややこしい話だ。
>>211 どの地域の世界史を専攻して行きたいかによるんじゃない?
214 :
世界@名無史さん :02/07/03 17:41
211は総体的な「世界史」を教えてくれる大学が知りたいんじゃないの?
215 :
世界@名無史さん :02/07/03 18:50
216 :
世界@名無史さん :02/07/03 20:07
今度のテストに、「中華帝国について300字以内で述べよ」という問題が出るのですが、 「中華帝国」というテーマが広すぎて300字でまとめることができません。 「中華帝国」を300字程度でまとめる場合、ポイントとなる点をいくつか 教えていただけないでしょうか?
>>212 ,213,214,215
知識不足ですみません。
「世界史」っていうジャンルはないんですか〜。
私は西洋史に興味があります。
今のところ、特にハプスブルク家やブルボン家、
もしくはナポレオンについて学びたいです。。
西洋史ってありきたりですかね〜?
218 :
世界@名無史さん :02/07/03 21:40
>>195 >第一次世界大戦を扱った映画だったと思います。
>クリスマスになると暗黙の停戦になり、なんと両軍の兵士が酒を飲み交わすではあ〜りませんか!!
>んで、翌日になるとお互い自軍の塹壕へ戻り、戦闘再開!これって実際にあたの??
それは確か事実なのだと思った。
思ったが、いろいろな本を調べてみたが、記述は見当たらなかった。
オレはどこで読んだのだったろうか? スマソ
(誰か知ってそうなもんだが、フォロー、プリーズ)
219 :
世界@名無史さん :02/07/03 21:54
>>216 「中華」という言葉、概念の漢語文脈での内容と由来
漢語文脈での「帝国」という言葉、概念の漢語文脈での内容と由来
このふたつが組み合わさった理念は、テストの範囲の時代には何を意味していたと考えられるか。
これを書いていけば、300字でも足りないのでは(?)。
300字できっちり推敲すれば、いい勉強になると思うな。
220 :
世界@名無史さん :02/07/03 22:17
>>219 とても参考になりました。これから頑張ってまとめていきたいと思います。
どうもありがとうございました!
221 :
世界@名無史さん :02/07/03 23:23
>>217 自分の好きな時代に関する西洋史学者の書いた概説書を図書館で借りてきて、
その本を書いた先生がどこの大学にいるか調べるのがいいと思う。
俺は高校生のときにそうやって志望大学を決めました。
ただ、大学での学問としての歴史は(歴史学に限ったことではないが)
具体的な知識の学習・暗記よりも「研究」に重きが置かれることに注意してね。
高校の「世界史」みたいになんでも先生が教えてくれるわけではないし、
教えてもらったことを暗記するだけでは勉強したことにはしてもらえない。
本を読んだり歴史の講義に出たりするのは史学科じゃなくてもできるわけで、
ただ世界史が好きなだけなら面倒なだけで就職の役にも立たないような…。
222 :
世界@名無史さん :02/07/03 23:37
>>217 高校生さん
ふと思ったのですが、事情が許せば大学受験の前に親御さんと一緒に興味の
ある国を中心にヨーロッパ旅行というのはどうですか?
日本で本を読んだりTVを見たりするだけではなく、現地に行ってみると色々と
有益です。
>205 ありがとうございます。
224 :
世界@名無史さん :02/07/05 00:47
>>217 世界史について広く学びたいなら、むしろ史学科じゃないほうがいいかもね。
史学科は1年生のときは概論的な内容があるけど、3.4年になると深く狭い内容で
資料を相手に格闘するような学問だから、広く学ぶ余裕はないみたいだ。
史学科じゃなくても、文系の大抵の学問には「歴史」という分野は含まれているから
地理学、経済学、政治学、法学、社会学などなど。
(上の分野の有名な学者は、たいてい歴史に関する書物を残しているよ)
君があげているような中世後期〜近代というあたりは
社会学や政治学、経済学の分野ではすごく重要な部分だ。
あるいは人物に注目したいなら、史学の他には社会学とかかな。
人物とか経済とか社会とか、特に注目する分野があるのなら
こっちを選んだほうがいいかもしれないよ。
学問によってアプローチの仕方は違ってくるけどね。
みなさん貴重なご意見ありがとうございます!
>>224 文化学ってどうでしょう?
私は文化学もとっても気になっているんです。
226 :
世界@名無史さん :02/07/05 01:12
>>225 「文化学」って何?
例えばどこの大学に講座があるの?
227 :
世界@名無史さん :02/07/05 01:57
「文化」というのもすごく広い言葉だからね・・・。 高校の文化史とかとはわけが違ってくるよ。 芸術・学術・あるいは大衆文化か、それとも習慣、風習に類されるものなのか。 前者だと文化社会学とかそういう系統になるし、後者だと文化人類学かな。 社会学系だと、その文化の特徴や良し悪しを論ずるのではなく、 その背景にある人々の意識や経済、社会の動向について考えるような感じだね。
228 :
世界@名無史さん :02/07/05 02:04
>>225 歴史をやるのでしたら、文化人類学よりは社会人類学の方が役だて易いと思います。
文化人類学が役にたたないってわけじゃないんだけどね、リンクさせるのが結構大変。
それよりは、って感じ。
文化史の関係はね〜、へたな文学史とか美術史とかやるより、
第二外国語か古典語に計画的に取り組んでった方が歴史の役にたつはずですね。
229 :
世界@名無史さん :02/07/05 21:14
荘園制の仕組みが、いまいちわからないんで教えてください。
>>229 いまいちわからないということは、ちょっとはわかってるってこと?
ならば、まずそれを書こう。その方が、レスが付きやすいってもんです。
ちょとすみません。下のほうに有るスレをクリックしたら「そんなスレありません〜」になっていたのですが。 これって過去ログへ逝っちゃったわけですか?永遠に削除されたってことですか?
>>231 下ってどこの下よ。
それから「そんな〜」のところにもっと字が書かれていたのではないかと思うが、何て書いてあった?
234 :
世界@名無史さん :02/07/06 12:05
>>197 >資本主義の精神的背景にカルヴァン派の思想があると聞きました。
>ですが、真っ先に産業革命を果たしたイギリスは、
>カルヴァン派(ピューリタン)を追い出していたような気がします。
イギリスではカルヴァン派を追い出した後は国教会になったでしょ
国教会はカソリックに近い、と言われたけど一応新教なんだよ。
資本主義の精神的背景にカルヴァン派の思想があると聞きました。
これは細かく言うと、世俗の仕事でも一所懸命やるのは神の意志に沿う、みたいな思想の事
ちょっと大まかな説明だけどね。
こういう事を「はじめて」言い出したのはカルヴァン派、つまりカルヴァン以前のルターなんかにはこういう考え方あまりなかった。
ただ、カソリックの方は、世俗の仕事に就く人は、聖職に就く人よりも道徳的に弱い、って旧い考えを後々まで持ってたのに対し
カルヴァン以降は新教諸派の間に「世俗の仕事もきちんとやれば立派」的な考えは広まっていった。
だから、矛盾とまでは言えないです。
>>197 >>234 > イギリスではカルヴァン派を追い出した後は国教会になったでしょ
> 国教会はカソリックに近い、と言われたけど一応新教なんだよ。
えーと、アングリカン・チャーチ=英国国教会についてですが、典礼につい
てはたしかにカトリックと似ています。
司祭に結婚が許されている点を除くと、外見的にはカトリックとそっくりです。
しかし、宗教思想上はカトリックとは似ていません。
それどころか、プロテスタントの中でもルータ派よりも、むしろカルヴァン派
の教義のほうに近いのです。
ここのところは勘違いして、外見がカトリックに似ているので、教義もプロテ
スタントの中ではカトリックに一番近いのではないかと考えているヒトが多い
ようなのですが、お間違えなく。
ということで、国教会の存在は、資本主義発達にとってのプロテスタンティズ
ム倫理の存在に関するウェーバーなどの仮説を否定する根拠にはなりませ
んね。
>>3 :固有名詞などカタカナ表記についての質問
>>24 :パフレヴィー朝イランの正式な国名を教えて下さい。それと、ホメイニ師のイラン革命時に処刑された貴族はいるのでしょうか?(参照
>>143 、
>>149 )
>>58 :第三回三頭政治は誰だっけ
>>68-69 :宋の税制と王安石の新法の意義について、宋代の事例で説明してください。(参照
>>49 )
>>147 :なぜ、オーストラリアには独自のラグビーがあるのでしょうか?
>>157 :ヨーロッパのブルボン王朝時代の職制について知りたいのですが
詳しく載っているサイトがあったら教えてもらえないでしょうか。
>>161 :科挙の制度があるのに楊国忠などは別枠採用されるんですか?
>>184 :1951、2年頃の日本と国民党(台湾)との関係はどうだったのでしょうか?
>>196 :ギリシャの独立がウィーン体制を揺るがした、みたいなことが教科書に書いてあったんですが
ウィーン体制=ヨーロッパのため、ギリシアのオスマンからの独立はヨーロッパ
のためにならないんですか?
>>198 :手塚治虫の「アドルフに告ぐ」でヒットラーは4分の1がユダヤ人とありましたが、これは史実なのでしょうか?
>>198 :ハーケンクロイツが正式なドイツ国旗になっていたことはあるのでしょうか?
>>203 :1.流通業が産業構造の中で優位を占めるようになった
2.フルトンが発明した蒸気船の実用化は、海上交通における時間の短縮をもたらした
3.土地を失った農民が工場労働者となったため、土地の人口が急激に増えた
4.鉄道網が発達し、都市の発展を促した
この19世紀における社会・経済構造の転換およびその影響について述べた文のうち、
誤っているのはどれでしょう
自分としては、選択肢の3は18世紀のことだったのではないかと思っているのですが
>>204 :サッカー決勝でドイツ国旗が振られていたけど、
黒赤黄の三色旗だけでなく鷲がついているのもあったんだけど
あれは何が由来なんでしょうか? プロイセン、ドイツ帝国かな?
>>206 :古代タルテソス文明に関する本とかは存在するのでしょうか?
本屋で嫌と言うほど探しましたが無いんでしょうかね…
>>206 :古代クレタの子供は弁髪にしていたと言う事ですが、
サントリーニ島の子供はどうだったのでしょうか…
>>229 :荘園制の仕組みが、いまいちわからないんで教えてください。(参照
>>239 )
238 :
世界@名無史さん :02/07/06 19:40
>>236-237 さん
ありがと。まめやね。
204の紋章入りドイツ国旗については「国旗」のスレッドで解答されてたよ。
ブランデンブルク州の旗だって。
>>196 :ギリシャの独立がウィーン体制を揺るがした、みたいなことが教科書に書いてあったんですが
ウィーン体制=ヨーロッパのため、ギリシアのオスマンからの独立はヨーロッパ
のためにならないんですか?
ギリシアの独立は国際的な盛り上がりのために体制側は黙認・支援を強いられましたが、体制維持から言えば認めるのは良くないことでした。
だって、「国が独立するのを認める」ってことでしょ。大義さえあれば独立認めてもらえるかもと思った少数民族とかは独立へと走るし、そうするといろんな利害が絡んでくるから体制そのものが揺らいでくるでしょ。
239 :
世界@名無史さん :02/07/07 00:39
>>3 >前スレかれのコピペ
>932 :世界@名無史さん :02/05/06 10:44
>うちの学校の世界史の先生はカタカナが苦手なんです。
>で、読み間違え、書き間違えが度々。
>『シュレジェン』と『ホーエンツオレルン家』
>これってやっぱり間違えてますよね?
>どう考えても『シュレジエン』『ホーエンツォレルン家』だと思うんですが。
>それとも、このぐらいの違いって構わなかったりするんでしょうか?
>かなりバカっぽい質問ですがお願いします。
君の言いたいこともわからないではない。
表記をできるだけ正確にと心掛けるのはいい事だし、
教師にはその辺も正確にしてほしいものだ、
が、自分が高校生の頃のクラスを思い出してみると、そこまで気にするのは少数だったと思う。
自分で調べた範囲で正確な表記を心掛けていけばいいと思う。
ちなみに板書などの表記についてはともかく、発音などについてあれこれ言うのは少し下品だとも思う。
こちらは別に教職関係ではないので、他の人、特に教職関係の人の意見があれば、そちらを参考にされたし。
240 :
世界@名無史さん :02/07/07 01:43
>>206 >古代タルテソス文明に関する本とかは存在するのでしょうか?
タルテソスは旧約聖書の名が見られる黄金卿です。
現在はアトランティスなどと同類の伝承の国として扱われているのではないかと思いますが。
(もしかしたらシバの女王国はイエメン〜オマーンだった、というのと同程度の解明はされているのかもしれません)
一応、次の本にその辺の事情も触れられているようです。
私は未読ですから、本の2、3行しか触れられていなくても知りませんよ(w
永川 玲二『アンダルシーア風土記』岩波書店、ISBN4-00-002480-9 C0022
>旧約聖書に登場する黄金郷タルテソスから,ローマ,アラブによる支配を経て
>コロンブスらの大航海時代まで,現代スペインのアンダルシーア地方は
>地中海文明圏のなかでどのような役割を果たしたのだろうか?
241 :
世界@名無史さん :02/07/07 11:25
>>206 >古代クレタの子供は弁髪にしていたと言う事ですが、
>サントリーニ島の子供はどうだったのでしょうか…
サントリーニ島のアクロティリ遺跡にある壁画には、
ボクシングのような競技をしている2人の少年が描かれています。
2人とも髪の毛を編んでいますが、
弁髪と言うのとは違いますね。
1本1本の編みが太くて、本数の少ないドレッド・ヘア(?)って感じです。
242 :
某大学の教官 :02/07/07 13:16
>>203 についてコメントします。イギリスの事例ということを前提に。
>1.流通業が産業構造の中で優位を占めるようになった
うむ、この選択肢が何を言いたいのか、さっぱりわかりませんな。
問題作成者はかなり頭が悪いです。
>2.フルトンが発明した蒸気船の実用化は、海上交通における時間の短縮をもたらした
スティーマー(蒸気機関をもつ船)の普及は1820年代以降ですね。19世紀です。
でも、初期は、蒸気機関を持っているとはいえ、大部分は帆で動いてましたからね。
>3.土地を失った農民が工場労働者となったため、土地の人口が急激に増えた
第二次囲い込みのことを言っていると思いますが、選択肢の事実認識に誤りがありますね。
一つは、第二次囲い込みによって、農業労働者の雇用がむしろ増加したのが事実です。けっして、
職にあぶれた農業労働者が工業労働者になたわけではありません。完全な誤り。
それと、「土地の人口が急激に増えた」というのは、日本語からして理解不能です。
>4.鉄道網が発達し、都市の発展を促した
これは、1840年代以降の現象ですね。
>この19世紀における社会・経済構造の転換およびその影響について述べた文のうち、
>誤っているのはどれでしょう
1は意味不明、2と4は19世紀の現象として正しい説明。残るは3ですが、
たしかに、現象としては18世紀後半から19世紀初頭にかけてのものであると
考えられますが、選択肢の説明じたいに大きな問題があります。
よって、正解なし。しいていえば、誤っているのは「出題者」というのが正解です。
243 :
世界@名無史さん :02/07/07 18:52
>>157 >ヨーロッパのブルボン王朝時代の職制について知りたいのですが
>詳しく載っているサイトがあったら教えてもらえないでしょうか。
何組か思いつくキーワードを使い、2、3の検索エンジンをあたってみましたが
日本語サイトではどうもそういうコンテンツを含んだザイトはまだ無いようですね。
図書館に行って資料本を探した方がよさそうです。
それから、この手の質問は、自分でも検索エンジン使ってみた後のもの、と思いますが
どんなキーワードをかけたか、書いておいてくれると、また別のアドヴァイスが出るかもしれませんよ。
244 :
某大学の教官 :02/07/07 20:36
>>243 >ヨーロッパのブルボン王朝時代の職制について知りたいのですが
この「職制」の意味がよくわからない。アンシャン・レジーム下フランスの官職制度の意味かいな?
そのへん、もうすこしよくわかるように説明してくれないかな?
>>244 いや、私が元々の質問(
>>157 )を挙げたわけではないので(苦笑)。
一応、私も>アンシャン・レジーム下フランスの官職制度
の事なんだろうな、と仮定してはいますが、
実はよくわかりません。
246 :
中国産@名無史さん :02/07/07 20:45
247 :
世界@名無史さん :02/07/07 20:46
248 :
某大学の教官 :02/07/07 20:46
官職制度なら、お茶の安成さんの本でも読んでおいたらいいと思います。
249 :
世界@名無史さん :02/07/08 13:23
カースト制度において、 バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ の下にバリアがあると 妹が高校で習ったと言い張るのですが 本当ですか? 確かにシュードラの下にも階層あった気がしますが バリアではなかったような。
250 :
世界@名無史さん :02/07/08 15:23
>>249 いまは、ガンディーがハリジャン(神の子)と呼んだのが主流になってますね。
後は、アンタッチャブルとか。そのほかはあまり聞きませんが・・・
どなたかご存知でしたらよろしく。
イギリスの王のフランス語のスペルが知りたいんですが、わかる方教えて下さい エリザベスとジョージ王のつづりです この二人フランス史上に登場しないんで わかる方お願いします
252 :
世界@名無史さん :02/07/08 17:38
ロドリゴ=デトリアーノって何者ですか? お教えください。
>>251 普通に George(ジョルジュ)、Elizabeto(エリザベート)でええんちゃうん?
>>252 どうやら競走馬の名前みたいだね。 >Google 検索
254 :
世界@名無史さん :02/07/08 19:46
コスタリカやガテマラの地域が1823年に中米諸州連合というのを 結成しているようですが、これはどんなもんだったんですか?? やはりアメリカの傀儡政府だったんでしょうか??
255 :
世界@名無史さん :02/07/08 19:48
>>253 競走馬ロドリゴデトリアーノの名前は
新大陸を最初に目視で発見したというだけで歴史に名を残した
サンタ・マリア号の水夫、ロドリゴ・デ・トリアーナから付けられた。
欧州の馬は歴史上の人物から取った名前が結構多いんじゃないかな。
256 :
世界@名無史さん :02/07/08 21:04
>>253 ありがとうございました。
>>255 ありがとうございました。なんだ!コロンブスじゃねえのか!新大陸発見者って。
高校の先公め!ホラ吹きやがったな!クソォ!
257 :
世界@名無史さん :02/07/08 21:04
>>253 ありがとうございました。
>>255 ありがとうございました。なんだ!コロンブスじゃねえのか!新大陸発見者って。
高校の先公め!ホラ吹きやがったな!クソォ!
258 :
世界@名無史さん :02/07/08 21:05
259 :
世界@名無史さん :02/07/08 22:11
フルシチョフに詳しい方います??? あと論文書くときの基本とか注意とかあったら教えてください。
>>259 「禿を無くす方法」と言う論文は書かない様に。これ基本と言うか注意。
するってーと、はげふさの法則もダメか?
262 :
世界@名無史さん :02/07/08 22:54
はひ。 フルシチョフだか、スターリンなんて面白くないよね? やっぱ日本史だね? 世界しなら2次大戦とか?
263 :
世界@名無史さん :02/07/09 00:46
>>259 >論文書くときの基本とか注意
・使うキーワードの意味はよく調べてよく理解すること
・調べたキーワードの意味を分かり易く説明すること
・文字数をにらみながら、話を絞り込んでいく構成を心がける、かな
>>256 「大坂城を築いたのは大工じゃないのか!」って話じゃないんだから…。
でも、最初に世界周航したのがマゼランじゃないのは、ホント。 但し、喜望峰周りインド経由でフィリピンまで若いころに行っていた という説もあって、連続じゃないが一周していた可能性はある。
>>264 つーか、そこまで行ったら米大陸を発見したのはヴァイキングだとか、北東アジア人だとか行かねばなるまい。
1. 15世紀のマラッカ王国のような、 貿易港中心の国のことを何と言うか教えて下さい。 2. マラッカ王国に住んでいた外国人を教えて下さい。
268 :
世界@名無史さん :02/07/09 12:22
>>255-256 アメリゴ・ベスプッチが最初の新大陸発見者だと聞いたことあるけどな。
俺、高校生じゃないけどそのへんの事情、詳細頼む。
269 :
世界@名無史さん :02/07/09 12:53
270 :
世界@名無史さん :02/07/09 21:11
でも新大陸であると発見したのは アメリゴ・ベスプッチなんじゃなかったっけ? 一応アメリカって名は彼からきてるようだし。
>>270 発見というより、新大陸であることを確認したのが、ということでは。
コロンブスは死ぬまでアメリカをインドと勘違いしていたからね。
アメリゴは宣伝がうまかったんだよ。
274 :
中国産@名無史さん :02/07/12 23:14
世界で最初に個人の所有権を認めた宣言(文章)とは何ですか? また、それが歴史的に持った意味とは何ですか? 学校の宿題っぽいですが、宿題を聞くようなマネは絶対にしません。 自分で問題をたてたものの行き詰まってしまって……。 どなたかよろしくお願いします。
>>274 えっと、この世界に残る最古の民法典、おそらくハンムラビ法典より古いものであっても、
それ以前から当然のこととと考えられていた私有権を前提として編纂されていると思いま
すよ。
ちなみに、紀元前21世紀のウルナンム法典にも窃盗に対する罰則規定があるのですか
ら、個人の所有権は当然の前提となっています。
文字が発明される以前から、おそらく農耕が開始される前から個人の所有権は当然視さ
れていたでしょう。
逆に個人の所有権を認めない原始共産制というのは、おそらく虚構であるか極めて特殊
な状況と考えるのが妥当と思われます。
というわけで、成文の宣言や法律をいくら遡っても、あまり意味はないと思います。
276 :
中国産@名無史さん :02/07/13 00:24
ありがとうございます。なるほど、もっともです。 昔過ぎてまったく盲点でした(^^; 記憶によると、中世か近世かに個人(市民かな?)の所有は不可侵で王侯貴族でも奪うことはできない、 といった文章があった気がするのですが、これは何でしょうか?
>>276 王権による土地所有を中心とする個人の所有権の侵害に対抗する宣言ということなら、例えば
権利章典(1689)あたりが有名ですね。
土地に関する権利というのは、日本史を見てもわかるように王や貴族、寺院などの介入を受け
やすいもので、これに土地所有者が対抗することは、中世から近世への切り替わりを意味する
メルクマールのひとつです。
278 :
世界@名無史さん :02/07/13 02:04
誰か文化人類学者が言ってたらしいが、今知られているすべての部族で所有の概念が見られるそうだ。
279 :
世界@名無史さん :02/07/13 02:08
>>277 先生ッ!
「メルクマール」は
高校生用スレではむずかしいと思いますッ!
>278 アメリカインディアンには本来ないと読んだ気がするけど
281 :
世界@名無史さん :02/07/13 13:14
>>249 :世界@名無史さん :02/07/08 13:23
>カースト制度において、バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの下にバリアがあると
>妹が高校で習ったと言い張るのですが本当ですか?
カースト制というのは、基本的に内婚の身分制度(上位カースト男性と下位カースト女性の婚姻は容認)なわけですが。
パリア(「パ」リアです「バ」リアではありません)というのは、アウト・カーストの賤民身分です。
パリジャンとも呼ばれました。
主に、雑役・清掃・皮革業などの最下賤な職業に従事したと言われます。
現在のインドでは、社会的身分としてのパリアの存在や、それへの差別は憲法で否定されている、とのことですが。
一方で、実態としては3000万人以上の集団が、この立場に留まっているという意見もあります。
282 :
世界@名無史さん :02/07/13 16:46
>>281 この立場に留まっているという意見もあります。
インドに旅行に行けばわかるが、実際いっぱいイルよ。
ほうきもってオフィスのトイレ掃除やってるよ。
あと、「パリジャン」じゃなくて、「ハリジャン」だよ。デリーではな。
283 :
世界@名無史さん :02/07/13 19:20
アメリカ大陸を発見したのは法顕だと 学校の先生が言っていましたが 本当ですか?
違います。
284 何でですか?理由を教えてください。 気になります
>>285 >>283 で言われている学校の先生の場合がどうかはわかりませんが、
よく世間で「アメリカ大陸を発見したのは中国人だ」とか言ってる説(法顕説に限りません)の根拠は『山海経』という文書です。
この文書は、風物誌の体裁で、中国各地に伝わった民間伝承を収拾した内容で。
その記述も、遠方についてのものになればなるほど曖昧化している、という特徴があります。
もともとの記述が曖昧なので、北米のことだ、とか、インドのことだ、とか、無理矢理こじつけられる(?)書き方になっています。
ですので、『山海経』を根拠にした、「北米の中国人発見説(法顕に限らず)」は、信用できない説、とみなされます。
要するに神話に書かれた記述を全て真実と考えるような論法に似たもので、
説が正しいか/間違ってるか以前に、考え方が間違っているのです。
287 :
世界@名無史さん :02/07/14 02:14
>>278 :世界@名無史さん :02/07/13 02:04
>誰か文化人類学者が言ってたらしいが、今知られているすべての部族で所有の概念が見られるそうだ。
>>280 :世界@名無史さん :02/07/13 07:24
>>278 アメリカインディアンには本来ないと読んだ気がするけど
そこは、土地所有とそれ以外の私有財の所有とを区別してかないと、話がこんがらがると思われ
極論、遊牧民には土地所有の観念はない、が、私有財の観念はある
288 :
世界@名無史さん :02/07/14 15:39
289 :
世界@名無史さん :02/07/14 15:40
失礼!!↑206です。
ありがとうございました
先史時代のことになるんですが、 学校にて「人類が農耕によって自らの手で 食料生産を行うことができるようになった」点を 「第一の革命」と言っていたんですが、 この言葉って有名なんでしょうか? 誰ぞや著名な人の言葉なら、教えていただけないでしょうか? 先史時代って正確には歴史って言えないですけど…
292 :
世界@名無史さん :02/07/15 02:49
>>291 「第一の革命」
実はこの言葉、概念は、今はいろいろな意味に分化しています。
大元になる考えを最初に言い出した人は、有名なイギリスの考古学者、G・チャイルドという人です。
この人は、文明の定義を19世紀的なものから整理しなおした事で知られます。
高校世界史だと「肥沃な三角地帯」と言うことを最初に言い出したにがこの人です。
ただし、この人が言ってた「第一の革命」は正確には「新石器革命」です。
意味は、「穀物の大量生産が可能となり、文明が発達しはじめたこと」を指します。
その後、今ではチャイルドの唱えた「新石器革命」を、「農耕革命(初期の粗放農耕の始まり)」と「灌漑革命」の2段階に分けて考えようとする人達、
「農耕革命」以前に「定住革命」と言うことを唱える人達、
それから、チャイルドが考えた「地中海沿岸部」農業革命以外に、「根栽農耕文化(東南アジア)」「サバンナ農耕文化(アフリカ)」「新大陸農耕文化(メソアメリカ)」の多元性を考える、多元進化説を考える人達などがいます。
ちなみに>先史時代って正確には歴史って言えない
高校での勉強では、こうした事にも注意するのはよいことだと思います。
が、高校の勉強を離れると、「先史時代って正確には歴史って言えない」と考える人は今では少数派ではないかと思いますよ。
だって、その考えを突き詰めれば、「考古学は歴史と関係ない」って考えになりますから。
>>292 ありがとうございます。
この言葉を紹介してくれた先生が異動しちゃったんで
確認できずにいましたので、スッキリしました。
294 :
世界@名無史さん :02/07/17 19:29
なんでインドネシアはイスラム教なんですか?
295 :
中国産@名無史さん :02/07/18 00:04
>>275 さん
お礼がおくれてすいません。ありがとうございました。
社会の先生に「日本の朝鮮進出は世間ではひどく言われすぎなのではないか」と聞いたのですが 「その発言は認識不足ですよ。」と返されてしまいました。 僕はあることないこと悪く言われすぎだと思うのですが、皆さんはどう思われますか?
297 :
コギャル&中高生 :02/07/18 11:22
298 :
世界@名無史さん :02/07/18 11:37
世界史Bと政治・経済はどちらが難しいですか?
299 :
世界@名無史さん :02/07/18 12:24
>>298 そりゃもう政治・経済のほうが圧倒的に楽ですよ。暗記しなければならない項目が少ない
ですからね。
ただ、問題は政治・経済のほうは世の中の仕組みとか、考え方、大げさに言えば社会構
造の理解や政治思想への理解が必要ということです。
つまり、かつあまり偏った理解をしていないという前提で、ある程度社会的関心があるの
ならば、受験科目として政治・経済を選択すると楽に点を稼ぐことができるということです
ね。
まぁ、高校生で、特に勉強していなくてもたとえば社会主義と共産主義の違い、資本主義
と民主主義の意味の違いを的確に答えられる程度の前提知識があれば、OKですし、逆
にわからないようなら、無理をしないで歴史などの暗記にたよれる科目にしたほうが無難
です。
301 :
世界@名無史さん :02/07/18 12:47
>>296 そうですね。実際に韓国や北朝鮮が主張しているほど、日本の朝鮮支配が過酷であったとは
思えません。
単純に歴史的な事実関係だけ追っていけば、あなたの言うとおりでしょう。
しかし、韓国にせよ北朝鮮にせよ、その建国神話に悪辣な日本帝国の植民地支配と戦った民
族の栄光の歴史というものが組み込まれています。
従って、隣国の公式歴史見解は歴史上の事実とは別に、史上類を見ない暴虐な植民地支配
という虚構を維持しつづけるでしょう。
国際関係から言えば、日本国政府は、これを黙認するか受け入れるしかないでしょうね。
302 :
世界@名無史さん :02/07/18 12:53
>>296 本当に詳しく知りたいならば、ハン板へ逝くことをお勧めする。
303 :
世界@名無史さん :02/07/18 13:02
ギリシアのアクロポリスについて詳しく教えてください。 自分で調べても詳しいことまで分からないんです。
>>300 どうもです。
>>301 日本で言う団塊世代に当たる人々が主に反日主張が強いと聞きました。
早くそういう世代から社会主権が入れ替わって、希望的観測かもしれませんが
今よりマシな国際関係になって欲しいです。
>>302 2chで韓国をバカにしたネタが騒がれていたので、ワールドカップのこともありますし
インターネット等で調べてみようと思ったんです。だからハン板も数回見に行きました。
しかし、ちゃんとソースを提示していない主張も少し多いような気がしました。
305 :
世界@名無史さん :02/07/18 16:20
>>304 > 日本で言う団塊世代に当たる人々が主に反日主張が強いと聞きました。
残念ながら、日本でいう団塊世代に相当するのは韓国では386世代、つまり
現在30代で1980年代に学生時代を過ごした1960年代生まれの人々なの
です。
で、この人々が韓国社会の主導権を握るのは、これからですので、当分は関
係改善の見込みはありません。
この人々は観念的なナショナリズムと反日教育を受けた人々ですから、一部
の国際体験を持つ人々を除いては徹底した反日ですよ。
ただ、韓国だけでなく、アニメやマンガ、音楽などを通じて日本文化を受容して
いる層は存在しますので、政治面での反日と文化面での日本受容とが平行し
て進むことになるのではと思います。
>>305 そうなんですか、あさはかでした。ありがとうございます。
307 :
世界@名無史さん :02/07/18 17:28
>質問高校生 最近は自動翻訳チャットなんてのもあるから 若い韓国人と会話を試みるのもいいかもよ 反日熱狂から距離を置く中流階級には分かり合える人がかなりいる筈
>>307 自動翻訳の掲示板なら覗いたことがあります。スレ?立て主は結構親日な人だったんですが
日・韓ともに煽り屋がいて結局平行線になっちゃったんですけどね。
と、これ以上カキコムとなんか韓国スレになりそうな予感(w なので僕はこれで。皆さん返答ありがとうございました。
309 :
世界@名無史さん :02/07/18 23:29
>>294 ,
>>303 何を聞きたいのかわかりません。どういうことがわかってて、どういうことを聞きたいのか書いてくださいな。
310 :
世界@名無史さん :02/07/19 00:18
なんでインドネシアはイスラム教なんですか? 地理的には仏教の場所だと思います。 イスラム教圏は植民地活動もしていないので あんな場所にイスラム教国がある理由がわかりません。
311 :
世界@名無史さん :02/07/19 00:26
>>310 イスラム商人が海上貿易で中国へ行く途中に立ち寄っていたからです
アフリカ東部も同じ理由でイスラム教です
312 :
世界@名無史さん :02/07/19 00:26
>>310 インドネシアにイスラム王朝ができたのは16世紀
中部ジャワにできたデマクです。
これに先駆けて、イスラム商人はインドの方から多数移住して来ています。
これはインドネシアに限らず東南アジア地域で一般的な経緯です。
彼らイスラム商人は、交易を仕切って社会的地位を築きました。
あ、ケコーン (w
314 :
世界@名無史さん :02/07/19 00:30
いまや世界から嘲笑を受ける大韓民国こと韓国。 海外にまで出向き犯罪、偽造、暴行を繰り返す韓国人は、すでに世界的な害悪である。 矢張り、朝鮮人達は独立国家など運営できる器ではなかったと言うことだろうか。
315 :
世界@名無史さん :02/07/19 00:36
問題:イクター制、レーエン制、そして領主制の違いについて述べYO! お願い、誰かおしえて。
>>314 高校生にしてはずいぶんオサーン臭い質問だなw
答えはソウルに逝って自分で探してください。
317 :
世界@名無史さん :02/07/19 00:42
>>316 チィ!バレたか。現役生あたりなら答えられると思ってたんだがな。
これは、マーチ系列某大学の講義、外国史のテスト問題だ。
318 :
世界@名無史さん :02/07/19 01:41
すいません どうしてもわからない問題があるのでお願いします 1848年は如何なる年であったか説明しなさい(400字程度で あとヴィクトリア女王の時代について説明しなさい(400字程度で なんかその時代にどんな出来事があったかだけでなく もっと運動や思想のまとめみたいなの書かなくてはいけないといわれましたが さっぱりです お願いします 教えてください
319 :
世界@名無史さん :02/07/19 01:51
>>318 1848年は受験レベルなら二月革命とその影響で説明しやすいはず。
ヴィクトリア女王(在位1837〜1901)については、
・イギリス議会政治の黄金期(グラッドストン・ディズレイリ)、選挙権拡大
・植民地の拡大、インド帝国、ロシアとのグレイト・ゲーム
だけで十分説明できるのでは?
320 :
世界@名無史さん :02/07/19 02:01
321 :
世界@名無史さん :02/07/19 21:27
>303 :世界@名無史さん :02/07/18 13:02
>ギリシアのアクロポリスについて詳しく教えてください。
>自分で調べても詳しいことまで分からないんです。
アクロポリス、と言うのは直訳すると「岡(の上)の都市」の意味です。
有名なのはアテネのアクロポリスで、これは神域として作られています。
他にも岡の上に神域を作ってアクロポリスと呼んだ古代ギリシア都市はあったような気がします。
>>309 の方も書いていますが、
>詳しく教えてください。
と言われても困るので、書いた事を手がかりにして、何を聞きたいか、整理してみてください。
322 :
買ってみた受験生 :02/07/20 16:01
山川の「各国別世界史ノート」いいよ〜。 質問ちゃうけど。
323 :
世界@名無史さん :02/07/22 20:38
イスラム教がベドウィンに受け入れられた理由って何ですか? ムハンマド達もベドウィン達も砂漠型人間だからでしょうか?
主に受験で扱われるような部分を書いたオススメの小説ってないでしょうか。 興味が持てなくて覚えにくいんです。 一冊でカバーできるとは思っていないのでなるべく数多く教えて下さい。 お願いします。
>>324 高校生くらいなら、塩野七生とか、司馬遼太郎あたりが読みやすいかな?
下手に小説から入ると、史実に反することもあったりするので注意。
>>323 何にもない荒涼とした砂漠では、日本のように、自然や自然現象・動物を神とすることは難しい。
ゆえに、天上の唯一神が信仰の対象となった。
ageよう。
>>326 ほんとかよ。
じゃあイスラム教受容前のアラブ人はなんで多神教を信じてたんだ?
328 :
世界@名無史さん :02/07/24 12:34
>>323 :世界@名無史さん :02/07/22 20:38
>イスラム教がベドウィンに受け入れられた理由って何ですか?
こういう質問は幾つかの答えがある事が多くて、
だいた歴史の真相としてはいくつかの原因が絡んでいるものです。
(高校の勉強ではそれでは困るかもしれませんが)
1つの理由としては次のような事が言われています。
ムハンマドの頃のアラビアは、金持はどんどん大金持ちになり貧乏人はどんどん貧乏になる
といった時期でした。
イスラム教は、貧富の拡大に伴う不公正を食い止める働きがあったと言われます。
で、ベドウィンですけど、もともと仲間内の平等意識の強い人達でした
(平等意識と言っても、相手が誰であろうと平等に復讐する、とか、いろいろ現代人とは違いますが)
イスラム教は、このベドウィンの平等意識にもアピールした、と言われます。
一方で、無闇やたらな復讐(血讐と言います)も宗教戒律で歯止めをかけた、これも当時、多くの人に歓迎されたと言われます。
329 :
世界@名無史さん :02/07/24 14:03
民主政と共和政の違いを教えてください。 お願いします。
330 :
世界@名無史さん :02/07/24 16:15
age
331 :
世界@名無史さん :02/07/24 21:05
あの、1776年にアメリカがイギリスから独立して、それから、いつの間にアメリカは 経済が成長したんですか?また、なにが決め手となって成長していったんでしょうか? 教えてください。お願いします。
332 :
世界@名無史さん :02/07/24 23:18
マンコについて教えて下さい。 マンコは最初の皇帝なのですか。最後の皇帝なのですか。 情報が錯綜としています。 マンコについて正確なところを知りたいです。
インカ256代の皇帝は皆マンコという名前を受け継いでいます。
>>329 が気になって調べてみたんだが、
民主政:多数者(国民とも市民とも)の支配する政体。
共和政:君主制と対立する政体で、元首を国民が選出する。
とありますた。
これは、具体的な例を上げれば、
民主制が多数の代議士が政治を行う日本の議院内閣のような統治で、
共和政が国民から選出された元首による大統領制による統治。
と、いう執政の方法についての違いだということでOKなんですか?
335 :
世界@名無史さん :02/07/24 23:21
マンコのことが知りたいです。 知りたくて、知りたくて、たまりません。
336 :
世界@名無史さん :02/07/24 23:23
マンコ=カパックのことを最後の皇帝だと書く人たちが2ちゃんねる上にたくさんいるみたいです。 彼らは全員間違っているのですか。
337 :
世界@名無史さん :02/07/24 23:26
最後のマンコからは子孫が出なかったのですか。 それとも、スペイン人に殺されてしまったのでしょうか。 最後のマンコはアタワルパなのでしょうか。
338 :
世界@名無史さん :02/07/24 23:29
夏休みの自由課題にマンコを選びました。 マンコについてなんでも知っていることを教えてください。
339 :
世界@名無史さん :02/07/24 23:31
>>334 なんでも質問スレよりこぴぺ
大雑把に言えば、国政の最終決定を個人の決断ではなく
何がしかの会議、議会で行っていれば共和政となる。
だから、国民の大多数が政治に参加しなくても、ごく少数の
貴族が会議で政治を決定していれば、それは共和政となる。
(一般的にはこういうのは貴族共和政とよばれるけど)
対義語は専制政治とか独裁政とかかな。
民主政は貴族政(寡頭政)・君主制と対置される言葉で
権力をどの階層が握っている(ことになっている)かを表す言葉。
340 :
世界@名無史さん :02/07/24 23:33
マンコは256人もいるのですか。 何年ぐらい続いたのでしょうか。 インカには文字がなかったと思いますが、マンコの家系図はどのように残ったのですか。
>>339 イミダスで調べたんですが、なんか逆のことを言ってるみたいで混乱してきました。
「政治体制が複雑化している今日においては、共和政、民主政という区別の仕方はナンセンス」
だと自分に言い聞かせて現実逃避します。
342 :
世界@名無史さん :02/07/24 23:43
最後のマンコはスペイン人によって血まみれにされたのでしょうか。 ひどいと思います。
343 :
世界@名無史さん :02/07/25 00:07
人類の半分はマンコです
344 :
世界@名無史さん :02/07/25 00:08
たぶんここの管理者は、マンコについてあまり知識がないのですね。 そんなの、すごく情けないと思います。 厨房以下です。
夏厨は今年も元気です。
346 :
世界@名無史さん :02/07/25 00:10
くやしかったら、マンコについて知っていることを、とうとうと語ってください。 それから、343さん、なにをいっているのですか。 ぼくが知りたいのはインカ皇帝マンコのことです。
>>341 共和制というのは、君主がいない政体だ。
国王だろうが天皇だろうが皇帝だろうが、とにかくそういう国家元首となる個人がいない状態。
今の日本は天皇がいるので共和制ではないということになる。天皇の権力なんて形式的なもんだけど、それでも共和制じゃない。
民主制は、端的に言うと普通選挙が実現している政体。つまり、税金を納めている額だとか性別だとかで政体への参加が制限されてるようだと、民主制とは言えない。
これでいいと思うんだが。わかんない?
わかりました。 全く別のことを定義してるのね。
>>340 文字はありませんでしたが口承の伝説が残っていますた。
スペインの宣教師が、奴隷的支配の中で完全に失われてしまう前に記録を残したのです。
インカの王朝は256代、と言われていますが眉唾です。
初期の皇帝たちは200年300年生きたとかとんでもないことになってますから、
伝説は伝説として割り引いて考える必要があるでしょうね。
第一代の皇帝がマンコ・カパックで、クスコに都を造りました。
その後マンコの名は絶対権力者を表す一種の称号となって子孫に伝えられていきます。
ちょうどローマにおいて、カエサルの名前が皇帝を意味するようになったのと似てますね。
350 :
世界@名無史さん :02/07/25 00:23
>>347 君主と元首は別物だぞ。
それに今の日本の天皇は君主でも元首でもない。
>>350 憲法学の議論だと
君主 1.伝統的かつ世襲的な権威を持つ 2.統治権を一部有する
元首 1.統治権少なくとも行政権の一部を持つ 2.対外的に国家を代表する権限を持つ
というような要件が普通必要とされるので
>君主と元首は別物だぞ。
>それに今の日本の天皇は君主でも元首でもない。
こういう議論は成り立つと思いますが、
常識的な理解では
>>347 氏の説明でいいんじゃないですか。
スマソ、総理大臣の任命権とかあるから君主だと思ってたんだが、違うのか。 板違いな気がするのでsage。
353 :
世界@名無史さん :02/07/25 17:48
>>324 映画とかは?
世界史の先生オススメのは「ラストエンペラー、13デイズ、グラディエーター、
ジャンヌ・ダルク、ブレイブハート、薔薇の名前」とか。
私のオススメは↑と「シンドラーのリスト、王は踊る、始皇帝暗殺」とか。
観てないけど「会議は踊る、蝶の舌、エリザベス」とかイイかも。
ってか小説じゃないけど…わかりやすいし興味持てると思うから、まぁ気向いたら観てみー
354 :
世界@名無史さん :02/07/26 11:48
明の海禁と倭寇にはどんな関係があるのですか? 私貿易を禁止したのは国家財政を潤すためだが、 倭寇は私貿易を望んでいたので反発した、っていうことでしょうか。
>>347 貴君の、『共和制=(省略)国家元首となる個人がいない状態』は残念ながら誤り。
むしろ逆。『国民の普通選挙により選出された<個人>が元首として国家を代表する
政治制度』、それを共和制というんです。
要は国家の元首の政治的正当性の現れ方のひとつである、といえます(元首に
ついての定義は
>>351 が示してくれています)。
アメリカ・フランスなどがその典型といえるでしょう。そこでは大統領が
国民の統治者・国家の代表として、強大な権限を付与されています。
しかし、必ずしも元首が国内の最大権力者である場合ばかりではありません。
ドイツが典型ですね。国内で大統領は象徴的な地位にとどまりますが、対外的には
元首として国家を代表します。
さて、日本はどうでしょうか? 最高権力者は国権の最高機関である国会が選出した
首相ですが、元首ではありません。憲法に明示はありませんが、『国民の総意に基き』
象徴の立場にある天皇が、元首として国家を代表すると解されています。
つまり、日本は立憲君主制下の議院内閣制、といえます。イギリスと一緒ですね。
ちなみに日本で首相公選制、つまり共和制への移行を議論すると、絶対に
突き当たる問題があります。おわかりですね。つまり、元首の地位を公選首相に
付与するか、あるいは天皇がそのまま元首としてとどまるか、という問題です。
必然的に憲法改正も伴いますし、なかなかの難問のようです。
あぼーん
別に
>>347 の肩持つわけじゃないけどさ、ちょっと断定的すぎ。
>貴君の、『共和制=(省略)国家元首となる個人がいない状態』は
これ引用ねじ曲げすぎ。
>『国民の普通選挙により選出された<個人>が元首として国家を代表する政治制度』
揚げ足取りたくないけどさ、ドイツの大統領って間接選挙だろ。
間接選挙と普通選挙の関係は直に結びつけちゃっていいのか?
>憲法に明示はありませんが、『国民の総意に基き』
>象徴の立場にある天皇が、元首として国家を代表すると解されています。
ちょっとクリアカットすぎるのでは?
いわゆる元首とは言えない、が、学界の多数説でしょう。
政府見解でも「いわゆる元首とは言えないが、儀礼的な元首ではある」
と持って回った言い方しているでしょう。
高校生対象のスレであっても、
元首という概念と象徴天皇制との整合性に悩まずにはいられない日本の苦渋に
きちんと触れた方が良いと思うけど。
358 :
世界@名無史さん :02/07/26 18:53
>>355 『国民の普通選挙により選出された<個人>が元首として国家を代表する
政治制度』
の定義で行くと、”共和政”ローマなんかは当てはまらなくなってしまうけど、
ほんとにそれでいいの?
359 :
世界@名無史さん :02/07/26 19:33
共和政と民主政の違いについて質問したものですが… よくわからなくなってきました。 予備校の授業でカスル程度に扱っていたのですが、わかりませんでした。 その先生はかつて京都大学の問題になったといっていましたが… ふう…難しいですね。
360 :
世界@名無史さん :02/07/26 20:33
初めて質問させていただきます。 国家社会主義と、社会主義とは何が違うのでしょうか?
>共和制というのは、君主がいない政体だ。
>国王だろうが天皇だろうが皇帝だろうが、とにかくそういう国家元首となる個人がいない状態。
私がここで「国家元首」という言葉を使ったからややこしくなったみたいですな。
国家元首を「君主」と改めて下さいな。私が思っていたのは伝統的な権威や世襲権を持っている、いわゆる「君主」の方なので。
というか念頭にあったのはポーランドやローマの「共和制」なんで。
議論をややこしくしちゃったみたいですね、スマソ
>>359 とりあえず定義の仕方がそもそも全然違うんだ、でいいと思いますよ。
>>360 国家社会主義は社会主義の一類型ですな。この言葉を聞くとナチスとか思い出しますが。
これ以上変なこと言わないように、説明は他の人に任せよう(藁
362 :
世界@名無史さん :02/07/26 22:04
363 :
世界@名無史さん :02/07/27 00:18
>>360 社会主義にもマルクス主義とかオーウェン主義とかいろいろありますが、
社会主義と国家社会主義、根底に共通して持っているのは
「社会や経済は自由放任であってはいけない」というところです。
で、どんな方法論でどんな社会を目指すのかが違ってきます。
オーウェンは協同組合的な方法で労働と生活の調和のある社会を目指し、
マルクスは革命とプロレタリア独裁で富の公正な分配の行われる社会を目指し
(もっともマルクス主義では社会主義は理想社会である共産主義へのステップに過ぎませんが)
国家社会主義といえばヒットラーの国家社会主義ドイツ労働者党=ナチスが代表的ですが、
ヒットラーは民族意識の発揚と国家権力による経済、社会の統制で、国民が一致団結して
国家の目的に取り組む社会を目指しました。(そのためには社会主義的な政策も
部分的に行われたりもしました)日本の戦時体制なんかも広い意味で言う
国家社会主義といえるかもしれませんね。
かつてのソ連はシステム上国家社会主義に近いものがあったので、当時の西側は
この辺を宣伝材料にしてたのを記憶しています。
364 :
世界@名無史さん :02/07/28 12:11
>国家権力による経済、社会の統制で、国民が一致団結して国家の目的に取り組む社会 「目的」を戦争、とすればまんま戦時統制経済だね。 ソ連のシステムは戦時統制をモデルにしたと聞いたけど。 ageるようなレスでもないけど、下がってきてるんでageるよん。
365 :
世界@名無史さん :02/07/28 19:38
弥勒化粧信仰について教えてください。
366 :
世界@名無史さん :02/07/28 19:40
洪秀全はなぜキリスト教を信仰して 上帝会を結社するに至ったかを教えてください。
すまん、俺が悪かった……。
>>365 ,366
1を読んでください。
>・自分でも調べてわからないことを質問しましょう。
>あまりに単純な質問は自分で調べなさいと言われがち。
>自分で調べたのはどこまでか、そして何がわからなかったか書くなどすると解答率が高くなります。
ちなみに、なんでそういう疑問を持ったのかも述べると、話が盛り上がっていいかと思いますよ。
戦時統制の元祖は第一次大戦後期のドイツですな。 ルーデンドルフを中心とする軍部独裁による経済統制。 あれが非常にうまくいった(?)ためいろいろなところでマネされた。 ヒトラー,スターリン,日本陸軍。
369 :
世界@名無史さん :02/07/31 21:20
黄金海岸について質問。 用語集では『西アフリカの海岸諸地方へしきりに船をおくっていたポルトガルは, 1470 年代に,この地方から大量の金を入手するのに成功した。 ポルトガルにつづいて,イギリス,フランス,オランダ,デンマーク, ブランデンブルク等もこの地方に交易拠点を築いた。 しかし,内陸地方に発達していたマンデ系商人の交易組織のため, 海岸拠点でのヨーロッパ側の金の入手は思うにまかせず, 当時アメリカ大陸開発のために需要の大きかった,そして金よりも入手が簡単だった黒人を, ヨーロッパ諸勢力は奴隷として大量に〈黄金〉海岸から積み出すことになった。』 とあるんですが、マンデ系商人って?その人達が何をしたんでしょうか。 それと、ポルトガル以外は金を持ち出せなかった (だから代わりに黒人を連れて行った)と見ていいんですよね?
すいません、もう一つ質問です。 『サヘル』と『スーダン地方』の定義を教えてください。 かなり重なってる、というか(地域的には)同じ?と思ってしまうんですが。
371 :
世界@名無史さん :02/07/31 21:58
食料増産に対する人口増加の優越は、共産主義の考え方では どのように克服されるはずだったのでしょうか。
372 :
世界@名無史さん :02/07/31 23:16
>>370 「サヘル」は元は「サハラ周辺地域」の意味ですね。
元々は環境学の考え方がベースで、「サバンナが砂漠化しつつある観狂気検地域」という意味合いがありました。
これに社会・経済的な意味合いが重ねられて、
今では最貧地域の1つとして「サヘル」が用いられることが多いですね。
「スーダン地方」というのは、もともと、中世イスラム社会が唱えた地域概念で「地中海沿岸地域からサハラを越えた黒人社会の地域」といった意味合いでした。
歴史地理的な概念ですし、当時の文化概念が被さった地理感覚ですね。
それが証拠(?)に、アラビア半島と古くから交流のあったエチオピアなど、今で言う「アフリカの角」地域は「スーダン」には含まれなかったようです。
>>370 さんは、きちんと区別がついてられるようですが、高校生用スレなので念のために書いておくと、
今のスーダンと歴史地理的な「スーダン地域」は一致しないですね。
373 :
=372の訂正 :02/07/31 23:23
※誤入力したんで、わかるかもしれませんけど、一応 ×>元々は環境学の考え方がベースで、「サバンナが砂漠化しつつある観狂気検地域」という意味合いがありました。 訂正>元々は環境学の考え方がベースで、「サバンナが砂漠化しつつある環境危険地域」という意味合いがありました。
374 :
世界@名無史さん :02/08/01 01:36
375 :
世界@名無史さん :02/08/01 08:43
資料集で清朝末期の地図をみると、 ここがイギリスの勢力範囲、ここがフランスの、ここがロシアの、ここが日本の と表示されていますが、 具体的にはその列強はどんな権益をもっていたのでしょうか? 実行支配?経済のブロック化?鉄道敷設? ??
376 :
夏休み工房 :02/08/01 15:02
夏休みの宿題で「世界史に関する事なら何でもOK」なレポートを 書かなくてはなりません。 ルーズリーフ裏表書いて2枚以上書けといわれました。 PCで作るので、もう少し実際の字数は多くなります。 第2次世界大戦か最近の世界に関する事(テロとか)について書きたいのですが、 具体的なテーマが思いつきません。 インターネットで調べられて、面白いようなテーマは無いでしょうか? 参考になる、図書館で借りられるような本もあれば教えてください。 おねがいします。
377 :
世界@名無史さん :02/08/01 17:03
>>376 手を抜かずにまじめに取り組む場合の方法をアドヴァイスします。
夏休みのレポートならば、ここに書くような方法ではなく、もっと楽に済ませることもできるかもしれませんが。その辺の判断はあなたがしてください。
こういうレポートの場合、
まず、大づかみにテーマを決めて
次に、時代なり、地域なり、組織なり、事件なりを絞り込んで
レポートを書くのがコツです。
>具体的なテーマが思いつきません。
とのことですが、これは「大づかみなテーマ」についてまだ詳しく調べてないからだと思います。
高校生なら無理もないでしょう。
で、「大づかみなテーマ」について、調べていくには、基本的な情報が、ある程度網羅されてる資料に2、3冊目を通すことです。
ここで、レポート用紙10枚以上くらいにまとめられる程度材料を集められれば、
多分、テーマを絞り込んでもレポート用紙2枚程度はまとめられるでしょう。
(実際にレポート10枚をまとめる必要はありません、
まずそれくらいの材料を探しましょう、という話です)
(もっとも、レポートに10枚まとめるのではなく、それに見合った分量くらい、事項カードを作っていくことができれば、実際のレポート作成のとき、グッと役に立つでしょうが)
さて、テロリズムについて「参考になる、図書館で借りられるような本」をあげてみます。
いずれも、「基本的な情報が、ある程度網羅されてる資料」で、比較的手に入り易いだろう物です。
a)佐渡龍己、『テロリズムとは何か』、文春新書124、文藝春秋
ISBN4-16-660124-5 C0231
b)浦野起央『世界テロ事典』、三和書籍
ISBN4-916037-40-5 C0531
c)山内昌之、編、日経文庫『ベーシック世界の民族・宗教』、日本経済新聞社
ISBN4-532-10354-0C1231
いずれの本も、高校生の人には少しむづかしいかもしれません。
国語辞書と歴史事典をそばにおきながら読んでみてください。
a)b)は新書本なので、買ってしまってもよいと思います。
まず、a)を通読、辞書、事典でわからない箇所は、c)やb)も参照しながら読んでください。b)かこれに類した事典は図書館で探しておくとよいでしょう。
a)を通読するときは、わからない箇所は一通り調べながら、
「調べてわかったこと」事項カードを作っていくと後々、役立ちます。
一通り調べてもわからなかったら、
「調べてもわからなかった箇所」メモ(わかったこと事項カードとは別)をつけながら、ともかく一度は通読してください。
5日間なら5日間で、調べをしながらともかく一読する、とか計画をつくると夏休みの宿題らしくなりと思います。
そうこうしていく内に、実際にレポートに使う具体的なテーマが決められるようになるかと思います。
378 :
>>377の訂正 :02/08/01 17:36
>>376 ケアレスミスしました。ごめんね。
訂正しておきます。
×>a)b)は新書本なので、買ってしまってもよいと思います。
訂正>a)c)は新書本なので、買ってしまってもよいと思います。
b)は3000円くらいですね。
>>375 それ、面白そうなのでちょっと調べてみました。
どうやら「勢力範囲」というのは1898年に設定された租借地および「不割譲条約」の対象となった地域のようです。経済的な優先権だけではなく、軍隊の通行権も持っていたようですね。
実行支配に近いみたいですけど、地租は清政府(というかその地方政府)が徴収してました。
鉄道の権益はこれとは別に設定されたもので、多くの場合(全て?)「敷設権」です。つまり、そこに鉄道を敷く権利。鉱山などの採掘権も付随していたとか。
380 :
夏休み工房 :02/08/01 20:39
>>377 丁寧なレス、ありがとうございます。
明日にでも図書館に行って、本借りてきます。
381 :
世界@名無史さん :02/08/03 01:57
1920年代、一次大戦後にあぶれた飛行機乗りが 空賊になっていたというのは本当でしょうか?
382 :
世界@名無史さん :02/08/03 03:30
世界ではじめて鉄をしようした国ってどこですか?
国だそうです。 こりゃ難問ですな。
384 :
世界@名無史さん :02/08/03 20:05
>>382 教科書的に言えば,ヒッタイトということで間違いはないだろう。
385 :
世界@名無史さん :02/08/05 21:56
>384 ハッティ族は他民族から製鉄法を学んだって思うのは違いますかね? ロマンがあっていいじゃないですか^_^ どっちにしろ教科書的にはヒッタイト帝國ですね
386 :
世界@名無史さん :02/08/13 13:57
夏休み宿題age
388 :
世界@名無史さん :02/08/13 15:31
加藤あいちゃんはどうしてあんなにかわいいのですか。
390 :
世界@名無史さん :02/08/13 20:28
J・F・ケネディの名言について質問なのですが、 「互いの違いに寛容に・・・・」とかいう言葉があるのご存知ですか?? 教えていただきたいのですが。。。
391 :
世界@名無史さん :02/08/13 21:51
イギリスの産業革命の歴史的前提条件を教えてください。 できれば、教科書レヴェルではなく、最新の学説にまで踏み込んで 教えてください。興味があるもんで・・・
392 :
世界@名無史さん :02/08/13 21:59
>391 そんなもんただで聞こうとは虫が良すぎる。 予ゼミか駿台に金払って聞け。
>>391 教科書にあんまり書いていない話としては、
1)18世紀までに国内の木を切りまくった(船舶用とか薪用)結果、森林が丸裸になった。
その結果、当時は粗悪な燃料とみられていた石炭に手をつけざるをえなくなった。
こうして偶然、化石燃料への転換をなしとげた。
2)イギリスの綿織物は当初インドのそれにくらべると粗悪でとても競争できる代物じゃなかった。
しかし、大西洋の三角貿易システムでアフリカに市場を見いだし、売りまくることができた。
むりやり需要をつくりだしたわけだが、それによって技術革新が促進された。
3)プラッシーの戦いの結果、インドのベンガル地方の徴税権を得た。
それまで、イギリスのインドとの貿易関係は大赤字だったが、インドで集めた税金でインドの
物品を買うことができるようになった。つまり、代価をはらうことなく富をまきあげる
システムをつくりあげた。イギリスは大もうけだが、インドは窮乏化していく。
394 :
世界@名無史さん :02/08/13 23:27
高3なんですけど、皆さんは世界史ってどうやって勉強したんですか? 私は理系なんでセンターしか受けないんですけど、センターの世界史って 記述より難しいような気がして模試とかではいつも勘でマークしていつも30点 ぐらいです。何かいい勉強方法ってありませんか?
395 :
世界@名無史さん :02/08/14 00:50
>>393 さんきゅー
(1)は納得。
(2)は、ほんとうにアフリカなの? 三角貿易では、アフリカには工業製品はあまり流れていないはず
(3)は、これと産業革命との直接的な関係がイマイチよくわからない。
「インドの物品を買うことが可能になった」ことが、どうしてイギリスの産業革命につながるのでしょうか?
396 :
世界@名無史さん :02/08/14 01:05
397 :
世界@名無史さん :02/08/14 01:24
質問です。 1.シベリア出兵の時、日本はなぜ樺太を占領しておきながら 撤退したのですか? 2・レパント海戦(あってるかな?)でのスペインの勝利後は 地中海貿易が衰退したと聞きましたが何故? 3.普墺戦争は接戦だと聞いたけど、なぜ7週間で 決着がついたんですか? 4.ブローデルって誰? 5.欧米諸国が19世紀頃にアジアに進出してたと思うんだけど なんで同治中興とかが可能だったんですか? 6・普墺戦争で敗れたオーストリアは普仏戦争のときに フランス側につかなかったの? わからないことを後で質問しようとノートにメモっといたんだけど、 夏休みに入っちゃって質問できなかったんで 教えて下さい。おねがいします。 変な質問ばかりですみません。
>>395 2については本当。大西洋三角貿易とは、
イギリスからアフリカへ…綿織物、火器、蒸留酒など
アフリカから新大陸へ…奴隷
新大陸からイギリスへ…綿花
アヘン戦争の原因となったアジア三角貿易とは別。(あっちは産業革命後)
3については、金(資本)がないところに産業は発展しないという単純な理由。
マルクスはそこらへんを「資本の本源的蓄積」なんて言ってる。
もうけた金をどうつかうかはお国柄によって違う。土地を買ったり官職買ったり
芸術のパトロンになったり贅沢したり様々だが、イギリスの場合、「もっとふやしたい」
ということで投資に向かったわけ(マックス・ウェーバーのいう「プロテスタント
の倫理と資本主義の精神」ってやつですな)。
>>397 全部答えるのはえらく大変そうだな。少しずつ、端折った答えだが我慢してくれ。
1.
ttp://ww1.m78.com/ のシベリア出兵のコーナーを読んでみるとよい。めちゃ詳しい。
2.当時、すでに貿易の中心は大西洋に移っていた。レパントの海戦との直接的な因果関係は
ないと思う。
3.プロイセンの参謀総長モルトケは最初から短期決戦を狙ってた。鉄道で軍をすばやく集結し、
分進合撃でオーストリアの主力を捕捉し撃破する計画。のぞみどおり、ケーニヒツグレーツで
決戦となったが、意外にオーストリア軍が善戦して押しまくられた。国王もビスマルクも真っ青に
なったが、モルトケは落ち着いていた。結局、おくれて戦場に到着した軍が側面ついて勝敗は決した。
会戦そのものは接戦だったが、戦争全体はモルトケの計画通り、完勝だった。
とりあえずこのへんにしとく。
400 :
世界@名無史さん :02/08/14 13:00
横レス
>>398 大西洋三角貿易におけるアフリカへの綿布輸出量は、イギリスの綿布総輸出量において
ほとんど無視できるほどの規模しかない。貿易品目としては出てくるが、輸出規模として
それが産業革命を誘引するほどのものではなかったことは明らか。アフリカへの綿布輸出と
イギリス産業革命には有意な因果関係はない。
3については、産業革命期のインドからの富の流出の規模は、学界で100年以上に渡る大論
争のテーマとなっており、確定的なことはわかっていない。現時点では、そういいきれない。
また、マルクスの言う「資本の本源的蓄積」は、それが正しいか誤っているかは別にして、
あなたのおっしゃるようなことを指しているのではない。ヴェーバーにしても、それをイギリス
産業革命と結びつけることができない、というのが現在の主流の考え方。
>>398 の2についても、そんなことはありません。大西洋に経済・貿易の中心が移ったのは、
18世紀以降のことです。
ちょっと気になったので、訂正。
>>400 訂正サンクス。
そこまで詳しい話しらんかったよ。
勉強しなおしマス。
402 :
世界史@高2 :02/08/14 19:32
教えてください。 第5回十字軍(1228〜29)で、ドイツ皇帝が外交交渉で一時的に聖地エルサレムを 回復したと教科書にあります。具体的にどのような交渉(条件)だったのでしょう か? お願いいたします。
ドイツ皇帝(正しくは神聖ローマ皇帝)はフリードリヒ2世。 この人は、父親から神聖ローマ皇帝位を、母親からシチリア王国を受け継いでいた。 シチリアの国際的文化のもと育った彼は宗教に寛容で、正直十字軍をあほくさいと思っていた。 ただ即位したときに教皇に十字軍へ行くという約束をしていたので、行かざるを得なかったが、 忙しかったのとやる気がないのが重なってぐずぐずしているうちに、しびれをきらした教皇に 破門された。フリードリヒはお構いなしに、破門されたまま聖地に向かった(笑)。 ただ、フリードリヒは武力を用いるつもりはなく、出発前から交渉をはじめていたらしい。 イスラム側もエジプトとダマスクスが対立している状況で、フリードリヒにはとって有利だった。 フリードリヒはもともとイスラム文化大好き人間だったので、エジプトのカリフとの交渉は順調に進んで、 エルサレムが十字軍側に明け渡された。宗教的寛容だけが双方の守るべき条件だった。
404 :
世界史@高2 :02/08/15 00:45
>>403 ありがとうございます。
現代からではちょっとわかりにくい条件ですね。
405 :
世界@名無史さん :02/08/15 01:48
>>399 ありがとうございます。
モルトケって凄い人なんだな。
世界一周に初めて成功したのはマゼランというのは知っています。 でも、マゼランは途中で殺されてしまったと習いました。それでもなぜ、 彼の名前が残ったのでしょうか? 生き残って一周達成した人の名が残るのが自然だと思うけど。 よろしくお願いします。
407 :
世界@名無史さん :02/08/17 00:06
>>406 ちょっと自信なくてスマソだが。
あれは「世界一周航路をはじめて開拓した人」って意味ではないのかな?
誰か詳しい人プリーズ。
408 :
世界@名無史さん :02/08/17 03:13
少し板違いかもしれませんが、世界史板で質問させて下さい。 予備校の世界史の授業で、豊臣秀吉は●●●(←わざと声を小さくしたので聞き取れなかった) の出身で、それで針売りで全国を回って売っていたと聞きました。本当なのでしょうか? 通説では農民出身ということになっていますよね。 世界史板では以前、豪族出身という説を見たことがあるように思います。 あと、↑の●●●についての歴史の本を書いた東大の先生が 完成直後に急死したという話も聞きました。 それは事実なんでしょうか?
1215年の「マグナ・カルタ」は大憲章と訳しますが、一般にマグナ・カルタとその まま言います。けれど英語では「グレート・チャーター」だと先生が言ってました。 マグナ・カルタってラテン語ですか?イギリスなのにどうして英語読みではないの でしょうか?
「マグナ・カルタ」はドイツ語でっす。 なんで英語読みではないかと。 きっとそのころには英語は確立してなかったのでないかと。
いや、ラテン語でいいかと。
412 :
世界@名無史さん :02/08/19 04:38
>>406 あの船団の隊長がマゼランだったから、名が残ってるんです。
さらにいうと、マゼランは若い時にアフリカ・アジア経由で東南アジアに
行ってるので、新大陸経由でインドネシアあたりに行けば世界を一周したことに
なります
当時のヨーロッパの国際語はラテン語 教会人が識字層の中心を占めてるので仕方ないはなぁ 英語にしろフランス語にしろ俗語にしか位置づけられていないので 公的な場では必ずラテン語が出てくる 俗語の地位が向上するのはルネサンスないし宗教改革までまたないと駄目
414 :
世界@名無史さん :02/08/21 01:18
下関条約が中国で馬関条約と呼ばれるのはなぜですか?
>>414 下関はその古称を赤馬(間)関[あかまがせき]といったのでつ。
今でも馬関と言うこともあります。
416 :
世界@名無史さん :02/08/23 21:46
ノルマン朝の次に来た、プランタジネット朝最初のヘンリ2世は フランスアンジュー伯ガティネ家の人間。ということは、現イギ リス王家はアングロサクソン系ではないってことですか?
417 :
アマノウヅメ :02/08/23 21:54
現イギリス王家はハノーバー朝でドイツ系です。 初代は一生英語が話せなかったとか。
現王家はドイツ色が濃厚。 ハノーヴァー朝はドイツからやってきた王家で、歴代王妃もドイツ人が多い。 エリザベスの旦那はドイツ系ギリシア人でイギリスに帰化。 それはさておき、ノルマン朝からすでにアングロ・サクソンではないね。 アングロ・サクソンの王家というとヘプターキーとかのこと。
フランス人は、ゲルマン民族ですか?ラテン民族ですか? 大移動期のフランク人はゲルマンだし、 山川の用語集にはラテンとあるし よくわからん
420 :
世界@名無史さん :02/08/24 05:22
教会の建物に使われた石はどのようにして山(?)から切り出されたのですか?
421 :
世界@名無史さん :02/08/24 05:34
>>419 支配階級=貴族(氏名に'de'が入る)はゲルマン人。
庶民はラテン人。
もちろん1600年も経っているんだからかなり混じり合ってはいるけど。
422 :
世界@名無史さん :02/08/24 10:37
>>421 さんに補足。
フランスは、ローマ化したガリア人を征服したゲルマン人が支配する、という形で成立した。
宮廷ではラテン語が使われ、民衆もラテン語の方言を使用。
「フランス語」が出来る時、これらのラテン語をもとに作られた。
ので、フランス語はラテン系(ラテン語派)の言葉。
起源をたどっていくとケルト系、ゲルマン系、ラテン系の混じった民族ということになるんだけど、
民族を「〜〜系」と分類する時は言語の分類をもとにするので、
フランスはラテン系、ということになる。
>>421 氏が貴族の印としてあげた前置詞"de"はラテン語なのです。
レスありがとうございます。 デーン朝・ノルマン朝=ノルマン系 プランタジネット朝=フランス系 ランカスター朝・ヨーク朝・チューダー朝=フランス系 スチュアート朝=アングロサクソン系 ハノーヴァー朝・ウィンザー朝=ドイツ系 という理解でよいでしょうか?
スチュアート朝はスコットランド系。 あとノルマン朝はフランス化しとるからカヌート大王なんかとは違うやろ。 チューダー朝は父系だけたどるとウェールズ系で、それをかなり意識していた。 例えば、ヘンリー7世は長男をアーサーと名付けた。
宿題なのですがわかる人がいたら教えてください。 穴埋めです。 日中戦争の中で、日本は( )の率いる当時のドイツ、 ( )のイタリアと「枢軸」と呼ばれた同盟関係を形成しました。
おいおい、教科書読めよ。 中学生レベルの問題だぞ。
てっきり、金正日の北朝鮮と、サダムのイラク、ハマーンのアクシズのことだと思ってたよ。<枢軸
>>427 いや、ひょっとしたら、
ヒトラー・ムッソリーニと答えると、
ナチス党・ファシスト党が正解と言われる罠かもしれん。
>>416 デーン朝とノルマン朝は別物です。
デーン人ってのはデンマークなどから直接北海を渡ってきた人々をさします。
7王国期からイングランドに侵入し、アングロサクソン系はほどんど滅ぼされたんですが、
その後サセックスが盛り返してデーン人を追い払い、統一に成功。
ところが11世紀にデンマーク本国からの侵略が始まって、
ついに1016年にデンマークのクヌート大王が全イングランドの王になりました。
これがデーン朝です。
ノルマン人というのは、北フランスにノルマンディー公国をうち立てたバイキングの末裔です。
彼らはフランス化し、ノルマン訛りのフランス語を話してたようです。
デーン朝の崩壊後、イングランドは一時アングロ・サクソン系の王に統治されるんですが、
その後跡継ぎ争いが起こり、ノルウェー王とノルマンジー公が介入。
ノルマンジー公ギョーム(ウィリアム)が勝利してイングランド王となり、
ノルマン朝をうち立てます。
デーン朝とノルマン朝は血縁関係はあり、どちらももとをたどれば北欧系なのですが、
イングランドを征服する際の本拠地が違うわけです。
しまった。サセックスじゃなくてウェセックスです。 ウツダシノウ……
>431 ドンマイ&イ`。長文お疲れ。
学校の宿題で 「ローマ帝国が形成される過程でローマ市民の権利拡大がどのように図られたか」 「ローマ市民の持つ権利とはどのようなものか」 という点を中心にレポートを書かなくてはならないのですが。 どんな点に留意して書けばいいのか分からないのです。 教えてください!!
教科書に出てる法律を追っていくだけでもかなり書けると思うが。
436 :
世界@名無史さん :02/08/29 00:26
歴史の中に人類の普遍性を探るというようなテーマの歴史書でいいのが あったら教えて下さい。
僕もそうだとは思うんですが、 僕が馬鹿なために教科書を学校に忘れてきたんですよ...。 いろんなページから手探りで独力でやっている状態で...
438 :
世界@名無史さん :02/08/29 10:37
どなたか、中国の主要都市の歴史的意義とやらを教えてください。 学校の宿題何ですが……分けがわかりません。
>438 これまでの歴代王朝の都を調べるとか、そういうことかな?
440 :
世界@名無史さん :02/08/29 23:12
僕は歴史が苦手なので、克服のために取り合えず一人の人物について詳しく知ってみようと思い質問させていただきました 関係資料が沢山あって面白いエピソードが多い人っていませんか? アバウトな質問なんですがよろしくお願いします
441 :
世界@名無史さん :02/08/29 23:45
地理という科目がありますが、歴史という科目との 関係がよく解かりません。ある国の地理とは、現代の 状態ということでしょうか?
442 :
世界@名無史さん :02/08/29 23:53
活版印刷術について質問です。 事典に「西洋式活版印刷術の発明については諸説あり、 オランダのコステロ説、チェコ説、イタリア説などある」 とあるんですが、有名なグーテンベルクは具体的に何をやったんでしょうか? 「発明」はせずに発展させた?それとも、「西洋式」でない活版印刷術を発明した? 混乱しています、詳しく教えてください。
>>440 知識が浅いのならば、資料よりも歴史小説などを読むほうが良いと思います。
人物は好きに選んでかまわないでしょう。司馬遼太郎や塩野七生が読みやすいです。
面白いエピソードを期待するのであれば、そういうものを集めた本を読むのが手っ取り早いと思います。
>>441 地理とは、地理学のことでしょうか。
地理学(≠地誌)は、地形・気候・生物・人口・都市・産業・交通・政治の状態や
相互関係を研究する学問です。一方、歴史では人間社会の変遷を扱います。
極端に単純化すれば、歴史学が縦軸(時間軸)ならば、地理学は横軸(空間軸)になるわけです。
もちろん、互いに多少の関連はありますが。
>>442 活字を用いてプレス印刷を考案したのがグーテンベルクの功績であるとされます。
オランダのコスターという人物の考案を、グーテンベルクが発展させたようですが、
コスターが活版印刷を完成させたという文献もあり、オランダではそれが支持されました。
しかし、コスターのほうには具体的な証拠がないことから、消えていったようです。
この「発明」というものは、紙や火薬と同様、一人ですべてを作り上げたわけではありません。
そのため、イタリアのパンフィロ・カスタルディーやフランスのプロコピウス・ワルドフォーゲルなど、
各国が愛国的な自己美化のために候補を担ぎ出してしまい、混乱してしまったのです。
445 :
世界@名無史さん :02/08/30 08:33
446 :
世界@名無史さん :02/09/02 20:31
夏休みの宿題を聞いてくる人が多そうなんで age
447 :
世界@名無史さん :02/09/07 11:46
向こうに質問が集中しちゃってますな。 ageますよ〜
448 :
世界@名無史さん :02/09/08 03:15
すぐ落ちるな。age
449 :
世界@名無史さん :02/09/09 17:54
ヤギェウォ(ヤギェロー)朝age
450 :
世界@名無史さん :02/09/10 15:35
age そろそろ授業が始まるから、質問が増えないかな…?
>>417 初代ジョージ1世とジョージ2世はドイツ語しか話せず
その統治(1714〜1760)はウォルポール首相のもと議会制民主主義が
発達した。英国が議会制民主主義の母国になれたのはこの二人のおかげでもある。
452 :
世界@名無史さん :02/09/12 18:15
時々聞く選帝候国ってなんですか? 七選帝候の領地はみんなそうなんですか?
453 :
世界@名無史さん :02/09/15 11:29
世界史好きなのに暗記が苦手なんですけど (出来事の羅列がつまらない) 楽しく世界史を勉強できる本ってないですか? 厨っぽい質問なので反感かわれたら答えて頂かなくて結構です。
455 :
世界@名無史さん :02/09/15 11:47
456 :
世界@名無史さん :02/09/15 12:15
小学館文庫 羽仁進「5日でわかる世界歴史」
457 :
世界@名無史さん :02/09/15 12:47
>>455 だった・・・鬱
それにしてもレビューの書き方はあんまりだ(w
459 :
世界@名無史さん :02/09/15 13:01
>>456 レスありがとうございます。
それもなかなか面白そうですね。
チェックしてみます。
460 :
世界@名無史さん :02/09/15 13:02
>>458 でも★印は4つついてますし少なくとも
良書であることに違いはないんでしょう。
461 :
世界@名無史さん :02/09/16 14:44
あるテキストで勉強していて疑問に思ったので質問します。抜粋↓ >地中海最東奥・パレスチナの聖地に1948年にイギリス、アメリカなどの支援によって、 >人工的に作られたユダヤ人の新国家。建国以前パレスチナにはオスマントルコ帝国の >一部として、アラブ系のイスラム教徒が平和に暮らす土地であったが、ユダヤ教の >聖典でもある聖書の「神の約束して土地」の記載を理由に2000年前”この地”を離れ、 >ヨーロッパ各地に散在したユダヤ教徒たちの「民族的郷土」の主張(シオニズムという。 >1947年バルフォア宣言)によって、この土地に住んでいたアラブ人たちを追い出して >国家建設された。 ”この地”とはどこを指しているのでしょうか? 文の前後からして2000年前”この地”を離れたのはユダヤ人だと思いますがその次の文では >ヨーロッパ各地に散在したユダヤ教徒たち とあります。ユダヤ教徒たちには各地に散在していた人たちと、 ”この地”に固まって暮らしていた人たちがいたということですか?
>>461 シオニズムも知らんのか君は。もう少し勉強してから質問したまえ。
464 :
世界@名無史さん :02/09/16 15:16
>>462 レスありがとうございます。パレスチナに置き換えてみると
>地中海最東奥・パレスチナの聖地に1948年にイギリス、アメリカなどの支援によって、
>人工的に作られたユダヤ人の新国家。建国以前パレスチナにはオスマントルコ帝国の
>一部として、アラブ系のイスラム教徒が平和に暮らす土地であったが、ユダヤ教の
>聖典でもある聖書の「神の約束して土地」の記載を理由に2000年前”パレスチナ”を離れ、
>ヨーロッパ各地に散在したユダヤ教徒たちの「民族的郷土」の主張(シオニズムという。
>1947年バルフォア宣言)によって、”パレスチナ”に住んでいたアラブ人たちを追い出して
>国家建設された。
こうなりますがおかしくありませんか?私は
>>461 (元文)を読んでおおまかに
・パレスチナにはアラブ系イスラム教徒がいた
・ユダヤ人が聖書を読んで各地に散在してたみんなを集めてパレスチナへ
・1948年イスラエル建国(アラブ人追い出す)
と解釈しました。イスラエル国家を建設するためにユダヤ人一同が
パレスチナに集まってきたということじゃないんですか?
>>463 すいません。でも調べてものってないんです。
もしかして「2000年前”この地”を離れ」の文は脳内あぼーんしても問題ないですか?
465 :
世界@名無史さん :02/09/16 15:27
>>464 2000年前の古代パレスチナに住んでたって事。
>>465 やっと理解できました!ありがとうございます。
467 :
世界@名無史さん :02/09/17 21:28
468 :
世界@名無史さん :02/09/18 03:28
トルコ人が白人っぽく見えるのは、ビザンツ人と混血したからですか?
469 :
パシッチ ◆YugocC.c :02/09/18 09:58
>>468 混血した、というかなんというか。
「トルコ人」というのは人種じゃないのです。
自分がトルコ人であると認識し、トルコ語を話す人々のこと。
つまり文化的な問題ですね。
祖先が全員ギリシア人であったとしても、
歴史の流れの中でイスラム教を受容し、トルコ文化を受け入れていったなら、
その人はトルコ人なのです。
470 :
auaua- :02/09/18 14:29
学校の文化祭のポスターで、マハトマ・ガンジーの写真を使いたいんですが、 検索してもガンジーさんの写真があらわれません。 どなたか、ガンジーのありかを教えてください
471 :
アマノウヅメ :02/09/18 15:18
472 :
アマノウヅメ :02/09/18 15:20
あじゃ、また直リンしてしまった。まあ、いいか。
473 :
世界@名無史さん :02/09/18 16:02
turkの発祥地ってどこですか? 匈奴の中核部族はturkなの? 匈奴の中核部族は東征したスキタイ系民族なの? turkを自称した連中って元はどこに住んでいたの?蒙古人種なの?
6世紀のヨーロッパについて質問させて下さい。 ビザンツ帝国の皇帝のレオ3世と、 カールの戴冠で、カールに帝冠を与えたローマ教皇のレオ3世は、 同一人物なのでしょうか? 違う人物なのでしょうか?
475 :
パシッチ ◆YugocC.c :02/09/18 18:50
>>473 えーと。
正直、中核部族ってなんじゃいな、という気がするんですけど。
遊牧民は一人カリスマ的な人物が出ると我も我もと集まって集団を作る。
なので、発祥を探るのは難しいし、意味があるかどうか。
そのうえ、自称と他称が入り乱れてたりするのでどうとも言い難い。
例えばスキタイはどうやら、ギリシア人が北方の草原に住む遊牧民たちを漠然と指した言葉らしい。
スキタイの中にもいろいろな部族があって、それぞれ全然違う文化を持っていたということが、
ヘロドトスの「歴史」に書いてある。
かなり怪しい噂も含まれているのでアレだけど、ギリシア人のスキタイ観がよくわかる本です。
答えになってないのは自分でもわかってるんだけど(汗。
ようするにようわからんよってことです。
>>474 別人ですね。
ビザンツ皇帝レオ3世、680頃〜741。イサウルス朝。
皇帝在位717-41。ウマイヤ朝のコンスタンティノープル包囲を撃破、小アジアの大部分を回復。
偶像廃止令を出して東西教会分裂の原因を作った。
ローマ教皇レオ3世、750頃〜816。
教皇在位795-816。799年に反対派の暴動でローマを追われ、カールの援助で復帰。
カールに帝冠を与えた。
50年ぐらい差がありますね……。
「レオ」はラテン語で「獅子」という意味です。ビザンツ皇帝の方はギリシア語で「レオン3世」とことも。
476 :
世界@名無史さん :02/09/18 19:50
呼衍、須卜、蘭、丘林について、詳細を教えてください。
477 :
世界@名無史さん :02/09/18 19:52
土門の弟、ディザブロスについておせーて
478 :
世界@名無史さん :02/09/18 19:53
クルグズって何だよ!?
475さん、ありがとうございます! 詳しいですね!とても勉強になりました! どうもありがとうございました!
480 :
世界@名無史さん :02/09/18 22:24
>474 まったくの別人です。 調べるのはそれほど難しくないから、まず自分で調べてみ。
481 :
世界@名無史さん :02/09/18 23:18
ここの住民は騎馬民族関連に弱いようだ。
482 :
パシッチ ◆YugocC.c :02/09/19 01:32
煽られた(藁 私のコテハンから専門分野を察してください。 でもって付け加え&誤りの指摘があるならどんどん希望。
483 :
世界@名無史さん :02/09/19 02:12
>turkの発祥地ってどこですか? 丁零がturkの音写だという説がある。なお、丁零とは紀元前3世紀ごろ、 バイカル湖の南方からアルタイ山脈の間に分布していた遊牧民族。もし丁零が 突厥と同じくturkを自称していたなら、丁零が確認できる最古のturkである。 その生活範囲も上に述べたとおり。 >匈奴の中核部族はturkなの? 匈奴とは別にturkと推測される丁零がいたことから、匈奴の中核部族は turkではなかったかもしれない。匈奴の人種系統や言語系統は一様ではない。 そもそも「匈奴」は民族名ではなく、王族あるいは中核部族たる攣?氏の下、 様々な遊牧集団によって形成された遊牧国である。 >匈奴の中核部族は東征したスキタイ系民族なの? そもそも攣?氏の言語系統を示唆する資料は皆無に近い。 ただ、匈奴の文化がスキタイ文化の影響を受けたことは確か。 >turkを自称した連中って元はどこに住んでいたの?蒙古人種なの? turkの故地はウラル山脈以東の草原ということになっている。 また、資料から推測する限り最古のturkは丁零である。分布地域から 考えて、大部分が蒙古人種であろう。
484 :
世界@名無史さん :02/09/21 21:59
上の方で中公文庫の世界の歴史の話が出ていますが これは大学受験において教科書の代わりとなれるものでしょうか?
485 :
アマノウヅメ ◆/knRokaQ :02/09/21 22:22
>>484 山川の『世界史詳説』のほうが、受験には有利です。
私は、高校生の時「世界の歴史」読んでたら、そんな暇があったら、数学と英語
勉強しろと担任に怒られました。担任は世界史の先生でしたが。
487 :
世界@名無史さん :02/09/21 22:46
>>485 『世界史詳説』は「大学受験において教科書の代わりとなれ」ません
488 :
世界@名無史さん :02/09/21 23:00
アフリカの土人は何で文明がないんでしょうか?
489 :
世界@名無史さん :02/09/22 01:00
古代アルメニアのチグタン2世について (或いは古代アルメニア王国についてでも 結構ですので)教えてください。
490 :
世界@名無史さん :02/09/22 01:23
論述の添削見て欲しいです。
491 :
世界@名無史さん :02/09/22 01:26
進研ゼミかなんかに頼めよ。
492 :
トトメスV世 :02/09/22 01:28
>>488 文明の発生自体はかなり遅いですが、13世紀初頭からナイジェリア西部のヨルバ人が、独自の都市文明圏を創っています。
18世紀頃まで続き、その後、西洋化していますね。
いやZ会だろ。
494 :
世界@名無史さん :02/09/22 02:01
>>493 ここにきて、この手の話をする工房にはZ会は、ちと無理かと思われ。
495 :
世界@名無史さん :02/09/22 06:00
「都市の空気は自由にする」という成句は日本語として不自然な気がします。 「都市の空気は自由に(しておくのがよい)」という意味なのか、 「都市の空気は(なにかを)自由にする」という意味なのか・・・ 原語をご存じのかた、解説願えませんでしょうか。
496 :
世界@名無史さん :02/09/22 06:42
「我々市民は都市の空気を自由にする」 「都市では空気が自由である」
497 :
世界@名無史さん :02/09/22 08:37
>>485 >>487 やっぱそうですか。レスありがとうございます。
世界史好きなんですけどなんか細かいこと覚えられないんですよね。
とくに正誤問題が苦手。マジャール人だったかアヴァール人だったかとか。
498 :
世界@名無史さん :02/09/22 08:39
>>487 あれ?今思ったらこれってどういう意味ですか?
499 :
世界@名無史さん :02/09/22 14:27
>>495 Stadtluft macht frei.という独語。
Stadtは都市、Luftは空気、machenはmake、freiはfree。
目的語がないのはホントなんだが、何を表した言葉なのかがわかれば、
自ずとわかるような・・・ 意味は教科書に載ってるよね。
ちなみに発音は、シュタット・ルフト マッフト フライとかだな。
500 :
世界@名無史さん :02/09/22 14:52
「都市の空気が(人を)自由にする」という意味だろう。 奴隷が自由都市に逃げおおせて一年間を経ると晴れて自由民になれるという 慣習から来た言葉だというふうに習ったが。
そういえばアウシュビッツ強制収容所の門扉にも 「労働は自由にする」という言葉が掲げてあったっけ。 こっちの自由は大変な欺瞞だったけれど。
502 :
世界@名無史さん :02/09/22 14:59
↑って18世紀のドイツでのことですか…?
まちがえました十三世紀ですね
504 :
世界@名無史さん :02/09/22 15:53
カラ・キタイ朝の宗教は何ですか? 自分の持ってる本にははっきりと載ってません イスラム政権の真っ只中に出現した異教徒王朝なんでしょうか?
505 :
世界@名無史さん :02/09/22 16:02
506 :
世界@名無史さん :02/09/22 16:50
>>504 仏教。おそらくシャーマニズムも維持していただろう。
カラ・キタイは宗教的に寛容だったが、
最後までイスラム化しなかったのは確か。
第三代皇帝直魯克に取って代わったナイマン部のクチュルクは
仏教の熱心な信者で寛容政策を放棄しイスラム教徒を迫害して人心を失い、
モンゴル帝国にあっさり敗れてしまった。
507 :
世界@名無史さん :02/09/22 17:08
508 :
世界@名無史さん :02/09/22 21:47
ロシアの不凍港って黒海沿岸だけなんですか? バルト海もウラジオストクも凍るんですか?
ウラジヴォストーク【Vladivostok・浦塩斯徳】 ロシア極東部、沿海州南端部の日本海に臨む商港・漁港・軍港。1860年海軍基地として開港。 シベリアの門戸であるが、冬季結氷する。シベリア鉄道の終点。人口63万1千(1994)。浦塩。ウラジオストック。 ムルマンスク【Murmansk】 ロシア北西端のコラ半島にある港湾都市。バレンツ海に臨む不凍港で、北極海沿岸有数の大都市。人口41万(1994)。 セヴァストーポリ【Sevastopol’】 ウクライナ南部のクリム半島南岸にある港湾都市。黒海艦隊司令部所在地。黒海に臨み、クリミア戦争および 第二次大戦の激戦地。人口37万4千(1993)。セヴァストポール。 クロンシュタット【Kronshtadt】 ロシア西端、フィンランド湾の奥にあるコトリン島上の港湾都市。ネヴァ川口にあり、かつてのバルチック艦隊の 母港。十月革命の中心地の一。 いくらムルマンスクが不凍港だと言っても、こんなところから出発してると間に合わない。
>>480 はい。あのあと調べてみたんですけど、おっしゃる通り全然違いますね。。。
スペイン継承戦争の時みたいに、フランスの人がいきなりスペインの王様に
なったように、
レオ3世も、ビザンツ帝国の人なのに何かの理由で
突然ローマ教皇になったのかなー?!と、思ったんですけど、
年代が全然違いましたね。。。。
亀レスすみません
名前が一緒でも全然違う人だなんて世界史って難スィィ!(・∀・)
511 :
世界@名無史さん :02/09/23 00:20
別スレにあったんですが、これはホントの話ですか 寒山碧『ケ小平伝』中公新書 49P 毛沢東には饒漱石を葬りたい理由があった。毛は1940年3月の 汪兆銘政権の発足、9月の日独伊三国軍事同盟調印などの情勢の変化に 鑑みて、10月に「連日連汪(兆銘)反蒋」を提唱し、当時の中共機関紙 『新中華報』に、「独、伊、日、ソ同盟を論ず」と題した社説を発表していた。 そして当時、新四軍の政治委員であった饒漱石に電報を送り、代表を派遣して 汪兆銘に談判させたが、成功しなかった。毛にとってこの時の行動は、まさしく 民族を裏切る「漢奸路線」であり、拭い去りたい汚点である。掲載した『新中華報』 は戦火に消え、その事実を具体的に知るものはいまや饒漱石のみであった。
496-503のみなさん、解説ありがとうございました。 やっぱり原語を直訳したから変な日本語だったんですね。 すっきりしました。
>>510 よくあることです(笑
逆のパターン(神聖ローマ皇帝カール5世=スペイン王カルロス1世)もよくある。
人名はタイトル付きで覚えることをおすすめします。
もっとも、最近はその国の言葉で(フランス王ならフランス語で、教皇ならラテン語で、ビザンツ皇帝ならギリシア語で)言うことが多いので、あまりかぶらないとは思いますが。
>>509 ムルマンスクから冬に出航しようとしたら、ノルウェーの海岸づたいに南下しなければならないのですぐにばれそうですね。
514 :
レンテンマルク :02/09/23 14:28
第一次世界対戦後のドイツ共和国なんですが、教科書に首相と大統領どちらも同時にいたように書かれてるんですがどういうことか?とあと役割のちがいとかあったら教えていただけませんか?
515 :
世界@名無史さん :02/09/23 14:32
首相は国家元首で名誉職的存在。権限は多くない。 大統領は行政府の長で実質的な権限が強い。 首相(名)と大統領(実)という俺の大雑把な理解ではこんな感じ。
516 :
世界@名無史さん :02/09/23 14:48
>>515 逆でしょ。大統領が名誉職的な国家元首で首相が行政府の長。
共和政で議院内閣制の国の典型的パターン。
時々聞く選帝候国ってなんですか? 七選帝候の領地はみんなそうなんですか? お願いしますだー。気になって夜も寝れんのです。 平に平に、宜しくお願いします。
518 :
世界@名無史さん :02/09/23 15:13
みんな騙されるな。452は煽りだぞ。
つまり大統領とは選挙制の名誉会長みたいなものですか?
国によって大統領と首相の役割分担は異なる。 アメリカは首相居ないし。
521 :
世界@名無史さん :02/09/23 20:12
世界四大文明ってそれぞれどんな特徴(相違点) があるんですか? 教えてください。
とりあえず、教科書を読むことを勧める。 まず君自信の言葉でまとめてみよう。
エジプトとメソポタミアの違いは大体わかってる つもりですが・・・。 その二つにインダスと黄河を含めた場合 わかんないのです。
524 :
世界@名無史さん :02/09/23 20:49
大統領が名誉職で、首相が実権を持つ国 ドイツ、オーストリア、イタリア、西欧の大半の国々 大統領が権力者で、首相がパシリな国 フランス、ロシア そもそも大統領しかいない国 アメリカ、アメリカを真似したラテンアメリカの国々とアフリカの国々 そもそも首相しかいない国(普通は立憲君主国) イギリス、日本、オランダ、スエーデン、デンマーク もともと、アメリカの大統領制度は特殊だったが、なぜかラテンアメリカやアフリカ、 アジアの国々では政治機構の手本として採用され、実質的には独裁者となってい る。 西欧は、立憲君主国であるか、君主の代替としての大統領を元首とするため、政治 権力は議会や首相にある。例外は、フランスとロシア。
525 :
世界@名無史さん :02/09/23 20:50
>>516 第3共和制のフランスも同じ仕組みですか?
>>523 =521
いや、無理も無いとは思うけどね。
インダス文字は解読されてないし、黄河文明っていつまでどこまでを含めるか難しいから。
そうだな、黄河文明の特徴。
商(殷)は、古代エジプトのような諸王の王(ファラオとは「大きな家」を意味した)を
たててそこに権威を集中させる社会でも、メソポタミアのように、自律性の高い諸都市が連合したような社会でもなかった。
殷は、その貴族(?)が集団で宗教祭儀を司り、同盟都市はこの祭儀に参加する人物を派遣することで同盟の証とする形式だった。
実質的に、政治上の人質の意味もあっただろうが。
宗教祭儀で結束した軍事集団は主に、北方民族との戦闘にあてられ、これが同盟結束の理由にもなっていただろうと推測される。
宗教祭儀による、農耕の豊穣祈願、これはエジプトやメソポタミアでももみられる。
青銅器制作の管理を統括していたことが商のイニシアティブだった、おそらくは必要な金属資源の採掘監督と流通も統括していたのではないか(?)と思われるがこの辺の実態解明は半ば以上今後の課題。
できたら、エジプト文明とメソポタミア文明について、
君が思う特徴と相違点を書いてみてくれるかな?
そうしたら、それを手がかりに、インダス、黄河の相違点を挙げれそうな気はする。
527 :
世界@名無史さん :02/09/23 22:45
>大統領が権力者で、首相がパシリな国 ワラタ
四大文明展でインダスは一番、展示品が少なかった・・・ 売りが都市遺跡だからねぇ。
529 :
世界@名無史さん :02/09/23 23:09
>>525 そうです。ド・ゴール以前は議会優位の議院内閣制でした。
1870年代に王党派のマクマオン大統領が王政復古を企てたため、
大統領の権限が制約されたのです。
第3共和政も第4共和政も大統領は名誉職的存在です。
日本のモンゴル学の権威は誰ですか?
531 :
世界@名無史さん :02/09/23 23:22
日本でモンゴル学の権威は誰ですか?
誰だろ?江上波夫のおっちゃんかなあ。
533 :
世界@名無史さん :02/09/23 23:29
では早稲田東洋史で有名なのは誰ですか?
534 :
世界@名無史さん :02/09/24 00:07
age
535 :
トトメスV世 :02/09/24 00:30
536 :
世界@名無史さん :02/09/24 00:32
カリフって何?地位?
537 :
世界@名無史さん :02/09/24 00:34
いつの段階のカリフだ?
538 :
世界@名無史さん :02/09/24 10:41
>>530 京大の杉山正明。
最近の若手モンゴル史研究者はほとんど杉山教授のグランドデザインに沿って
研究をやってる、と評されていたのを読んだことがある。
>>536 カリフ(アラビア語でハリーファ、「神の預言者ムハンマドの代理人」を意味する)は
イスラム信徒共同体のリーダーのこと。
まあ、地位ですな。
539 :
世界@名無史さん :02/09/24 10:46
杉山さん出すなら岡田英弘さんも。
既出だったスマソ
岡田先生は追従者・後継者がいないからなぁ…。 しかも杉山・岡田は基本的な傾向が一緒なのに互いに距離を置いているフシがある。
542 :
世界@名無史さん :02/09/25 19:40
李氏朝鮮のことを「朝鮮王朝」ということが多くなったのはなぜですか? また、「李朝」という言い方がされなくなった理由も教えてください。
543 :
世界@名無史さん :02/09/25 20:11
>>542 李氏朝鮮または李朝朝鮮を朝鮮王朝と呼ぶことは、別に多くなってはいませんよ。
ただ、韓国政府が李氏朝鮮の呼称を使わないように申し入れているので、マスコミ
などでは朝鮮王朝と表記する例が出始めているだけです。
理由ですが、韓国のアカデミックな歴史学界は一応は普通なんですが、在野の歴
史学者と自称するデムパな人々が自民族中心主義のトンデモ説を次々に称えて、
政治的に歴史教科書(韓国は国定教科書制度です)にトンデモの一部を取り入れさ
せるのに成功したことが背景にあります。
例の、5000年の歴史(韓国人は半万年の歴史と言うようです)というのがそれです。
学術レベルでは、当然、神話としてしか扱われない「檀君」を実在と見なし、逆に、こ
れまで李氏朝鮮という区分を必要とした原因である古代の「箕子朝鮮」と「衛氏朝鮮」
を存在しなかったものと見なすことで、、檀君の朝鮮を「古朝鮮」とし、李氏朝鮮を単
に「朝鮮」と呼ぶように要求しているのです。
箕子朝鮮については、伝説であるとする見方も強かったのですが、衛氏朝鮮を一時
的な政権として、王朝と見なさないのは、民族主義に基づく恣意的な歴史解釈です
し、檀君朝鮮を実在と見なして歴史教科書に記載することにいたっては、あえて論評
を避けたいと思います。
早い話が、困ったもんだですから、李氏朝鮮や李朝朝鮮が呼称として問題があるな
どという馬鹿げた話に耳を貸す必要はありません。
544 :
世界@名無史さん :02/09/25 20:52
古代アルメニアのチグラネス2世について (或いは古代アルメニア王国についてでも 結構ですので)教えてください
545 :
世界@名無史さん :02/09/26 06:40
ジャコバン派と山岳派の詳細な意味的違いは何ですか?
546 :
トラメメ ◆zgMEwuBE :02/09/28 20:10
>>545 ジャコバン派 → ジャコバン・クラブという政治結社
山岳派 → モンターニュ派という政党
山岳派がジャコバン派と呼ばれるのは、山岳派の議員にジャコバン・クラブの会員
が多かったから。
こんな感じでいいですか?
547 :
世界@名無史さん :02/10/01 12:45
ageますね
548 :
世界@名無史さん :02/10/01 20:08
すみません 世界初の女性首相って誰ですか? 二番目がインディラ・ガンディーってことはわかったのですが・・・
549 :
世界@名無史さん :02/10/01 20:21
大統領ならアイスランドなんですけどねえ
550 :
世界@名無史さん :02/10/01 20:45
>>548 セイロン(現スリランカ)で1960年にバンダラナイケの奥さんが就任してますね。
551 :
世界@名無史さん :02/10/01 22:28
552 :
世界@名無史さん :02/10/01 22:32
死刑執行の方法を定めた法律はないと聞いたのですが、 法律がないのにどうしているのですか?
553 :
世界@名無史さん :02/10/01 22:33
>549 最初の女性大統領はアルゼンチンのペロン夫人では? (夫のペロン大統領死去により副大統領より昇格)。
フィンボーガドゥッティルは最初の「公選による」女性大統領。
555 :
世界@名無史さん :02/10/01 23:32
ハンブンコって人いましたよね?何した人ですか?
検索したところ、553氏の書かれた通りペロン夫人のようですね。 しかし
557 :
世界@名無史さん :02/10/01 23:57
冊封体制について、200字程度でまとめろって言われたんだけど、 なんかしっくりいかなくて、うまくまとめられないんです。 助けてくださいおながいしまつ。
558 :
世界@名無史さん :02/10/02 00:14
冊封体制 中国を文明の中心地とし、周辺諸民族を文明の及ばぬ蛮地と規定する 華夷の別(中華思想)に基づいて、中国皇帝が周辺諸民族の王を臣下と して認め、王はその見返りに朝貢貿易を行うことができるという東アジア における外交関係。
559 :
世界@名無史さん :02/10/02 00:19
>>558 お〜すげー。
非常に助かります!
サンクス!
560 :
世界@名無史さん :02/10/02 00:44
情報密度が濃くて説明が明晰だな。ここが2ちゃんとは思えないくらいに。
561 :
世界@名無史さん :02/10/04 07:14
イギリスのチャールズ皇太子は、何で王太子ではなく皇太子なんですか? 孫のヘンリー王子とウィリアム王子は、王孫ではなく、何で王子なんですか?
562 :
世界@名無史さん :02/10/04 07:57
>なんで皇太子 これは日本での、天皇の後継者を皇太子と呼ぶことの兼ね合いから慣例上 使っているだけだと思われる。諸外国では、どちらもプリンスで通じるわけで。 ヘンリーとウィリアムについては、王位継承権を持つ子息という意味に着目して 王子と呼んでいるのだろう。順当に王位が継承されるならエリザベスから チャールズを経てヘンリーかウィリアムに渡るわけだから。
>>562 さんありがとうございました。
でもなんかよく解んないと言うか納得出来ないような…。
564 :
世界@名無史さん :02/10/04 18:26
受験生です エリザベス1世が貨幣を改鋳した時に それを提言したとされる人物を教えて下さい
565 :
世界@名無史さん :02/10/04 18:36
566 :
世界@名無史さん :02/10/04 18:42
ありがとうございます 助かりました
567 :
世界@名無史さん :02/10/04 18:52
>>563 562氏に補足すれば、
外交儀礼上、日本の天皇と諸外国の王、
日本の皇太子と諸外国のクラウンプリンスは同格だから
皇太子と呼ぶことが慣例として受け入れられていることもあるかもしれない。
昔の外交文書では日本の天皇も外国の王も
「〜国皇帝陛下」と呼ぶことで対等扱いにして処理していたらしい。
例えば、イギリス国王のことを大ブリテン国皇帝と呼んでいた。
王孫を「〜王孫」と呼ばないのは
王族の男子であれば王の孫だろうと曾孫だろうとなんだろうと
身分としては「王子」だからでしょう。
維新以前の日本では臣籍降下しなければ
天皇から何世代離れていても「王」の称号を有していたように。
568 :
世界@名無史さん :02/10/04 20:59
BC(紀元前)は英語なのにAD(紀元後)はなぜラテン語なんですか?
ADという言葉ができたときラテン語が元気だった。 BCという言葉ができたとき英語が元気だった。
570 :
世界@名無史さん :02/10/05 05:55
アメリカで1929年10月24日(木曜日)におきた恐慌は何が原因なんですか? なんでいきなりおこったんですか?
571 :
世界@名無史さん :02/10/05 07:35
>>571 ありがとうございます!おかげで疑問が解けました
573 :
世界@名無史さん :02/10/05 15:01
愛新覚羅ってなんですか? 授業でちらっと聞いたのが頭にひっかかってて…
574 :
世界@名無史さん :02/10/05 15:04
575 :
世界@名無史さん :02/10/05 15:11
>>573 清朝皇室の姓。満州語の「アイシンギョロ」の当て字。
577 :
世界@名無史さん :02/10/05 16:45
ユダを征服したのは新バビロニアなのに バビロン捕囚をしたのはアッシリアなの?
アレクサンダー大王とヘレニズムの関係について知りたいんですけど。。。 抽象的ですいません。
579 :
世界@名無史さん :02/10/05 17:03
>>577 >ユダを征服したのは新バビロニアなのに
>バビロン捕囚をしたのはアッシリアなの?
アッシリアを打ち倒したのが、新バビロニア(カルデア王国)。
ユダ王国を崩壊させたのは、新バビロニア。
バビロン補囚をしたのも新バビロニア。
紀元前1000年頃〜586年:ダヴィデ〜ソロモン王の王国から南北王国分裂へ
紀元前586年:南ユダ王国、バビロニアによって崩壊⇒最初の民族離散
紀元前586年〜550年:イスラエル、バビロニア帝国領に
紀元前550年〜333年:イスラエル、ペルシア帝国に服属
580 :
世界@名無史さん :02/10/05 17:18
>>578 アレクサンダーが「倒した」と言われるアケメネス朝ペルシアは、キュロス大帝による創建時から七大豪族とも呼ばれる有力一族の力が強かった。
キュロスの王統もこの七大豪族の最有力者にすぎなかったと言える。
このため、キュロス大帝やダリウス大帝(1世)のように強力な指導力を発揮する才能あふれる王者がいないときは、地方に特権を持つ貴族と帝国に服属した各地の都市と、皇室とが複雑な権力闘争を繰り広げるのが常だった。
事実、アレクサンダーに追われた、ダリウス3世の前皇帝も、その前皇帝も暗殺(毒殺)で死んだ、と伝えられる。
アレクサンダーがペルシア帝国を「倒した」という評価は、彼の死後の経緯から後づけでつけられた歴史評価。
没前の大王の政治選択を見ると、彼は、アケメネス朝の継承者を自認していたと思われる。
例えば、大王は、宮廷政治にペルシア風の風習を取り入れている。
大王の死後、征服地は、配下部将により分割される。継承者戦争、と呼ばれる時期が続く。
いわゆるヘレニズムは、後継者が継承した、旧ペルシア領(大王が進出するまでエジプトもペルシアに制圧されていた)各地での政治-社会動向。
例えば、教育制度のギリシア化、宮廷言語のギリシア化などなど。
一言で言えばギリシア化だが、現在では、ヘレニズムの評価は様々に分裂している。
長期的に見れば、ギリシア化が政治中枢や上層にしか浸透しなかったかため。
もともと旧ペルシア領の各都市や地方貴族(豪族)の自立性が強かったためだろう。
例えば、極端な例では、ヘレニズムとはギリシア人貴族が現地化していく過程だった、とまで言う研究者もいる。
(注:政治-社会動向としてのヘレニズムとは別に、建築、彫刻など文化史的なヘレニズムは、時代区分の意味をさほど疑われていない)
581 :
世界@名無史さん :02/10/05 17:28
<<579 あ、ネブカドネザル2世は 新バビロニアでしたか 勘違いしてました ありがとうございます
582 :
世界@名無史さん :02/10/05 18:13
583 :
世界@名無史さん :02/10/05 18:24
うまいことおっしゃる
584 :
世界@名無史さん :02/10/07 23:59
フランスの化学者ラボアジェの業績(科学的な業績は除く) にはどのようなものがあるのでしょうか?
585 :
世界@名無史さん :02/10/10 20:26
age
586 :
世界@名無史さん :02/10/11 07:30
36 :朝まで名無しさん :02/10/11 02:59 ID:uOib2Ci1 悪習(チョンマゲ、さかやき)はモンゴル高原方面から 天皇やその騎馬強盗一味が持ってきた習俗。日本土着民とは関係ない。 鉄兜被ったときのクッションと蒸れ防止を考えた髪形。 清朝中国の辮髪と同系統、これも漢民族とは関係ない。 ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑ こういうレスがあったんですが本当なんでしょうか? 世界史とは関係ないかもしれないですが、意見お願いします。
587 :
世界@名無史さん :02/10/11 08:17
単語を覚えるだけでは問題は解けないのですが どうすればしっかりと記憶に定着できますか? 嫌いな中国文明(羅列した漢字を見るだけでも嫌)を特にどうにかしたいです。
>チョンマゲ、さかやき がいつ頃からはやりだしたか、よっく調べてからもう一度訊け
中国の絶対不寛容って何ですか?
590 :
世界@名無史さん :02/10/11 14:42
>>586 丁髷、月代は日本独自のものであって、蒙古等、騎馬民族発祥の
風俗ではないですよ。
36 :朝まで名無しさん :02/10/11 02:59 ID:uOib2Ci1
この方は、結髪と丁髷の区別がつかないのでしょう。
591 :
世界@名無史さん :02/10/11 14:58
さかやきを堂々と「つきしろ」と読んだ私は炒って良しですか?
592 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/11 15:12
高校の時、私の同級生にしゃれをしゅらくと読んだのがおりましてね。 別に逝くほどのことはないと思いましが。 でも、「炒って」っては初めてですね。変換ミスですか?
593 :
世界@名無史さん :02/10/11 15:14
なんか炒めるのって刑罰みたいな感じがして、そのまま使ってみますた 「火の鳥」の牧村隊員の気分です。
595 :
世界@名無史さん :02/10/11 16:52
ローマ共和国を滅ぼしたのは誰ですか。 参考書見てもフランス軍の介入としか書いてない。
596 :
世界@名無史さん :02/10/11 20:14
>>587 私も嫌いでしたね。五胡十六国とか、知らない漢字ばかりでしたし。
まずは、主要な国名を例の「アルプス一万尺」で覚えてしまいましょう。
都、人物名など、まだまだたくさんあるので、慣れるしかないです。
知識として持っていて損はないことばかりなので、何とか頑張りましょう。
「世界史V用語」を使ってみるのもいいかも。非常にくだらないんですけれども。
597 :
世界@名無史さん :02/10/11 22:45
>>595 ローマ共和国の成立が1849年。
フランスではその前年にルイ・ナポレオン(後のナポレオン三世)が
大統領に就任(第二共和制)。
よって、責任者を敢えて出すとすればルイ・ナポレオンかと。
598 :
世界@名無史さん :02/10/12 17:43
いつもお世話になっております。 ところで絶対王政時代、なんでオーストリアやフランスは 血縁者を王に据え置くだけで簡単にスペインを手に入れる ことができたんでしょうか? 王様1人で本国と同じぐらいの領土が瞬時に獲得できたり喪失したり するのは凄く違和感があります。 スペインの人たちは墺や仏出身の王様で不満じゃなかったんでしょうか。 やっぱり自国出身の王様が欲しかったのではないんでしょうか?
>>598 まず、ハプスブルクとのつながりから。
スペイン王国は、カスティリャのイサベル女王とアラゴンのフェルナンド2世の婚姻により成立。
スペインは安定のためにハプスブルクに同盟を申し入れ、その際スペイン王女フアナ
(狂女として有名な彼女です) は、ハプスブルクから夫としてフェリペ1世を迎えます。
そして、この2人の間の子、カルロス1世がスペイン王位を継ぎました(1516年)。
その後、ハプスブルクのマクシミリアン1世(フェリペ1世の父、つまりカルロス1世の祖父)が亡くなると、
スペイン王であるカルロス1世が、神聖ローマ帝国の王位をも継承したわけです。
この時代の王族の婚姻は政略結婚が多いので、かなり血が交じり合っていました。
戦争による領有の変化も激しかった時代ですし、別に不自然でも何でもないわけです。
600 :
世界@名無史さん :02/10/12 21:19
>599 わお、はやい! どうも有難うございます。 政略結婚っておいしいんですねえ。 しかしハプスブルク家とスペインの繋がりは理解できたんですが、 スペイン継承戦争ところがどうもわかりません。 ハプスブルク家と違ってルイ14世の場合、スペインに戦争ふっかけて、 つまり無理やり、強引にスペインを奪ったわけじゃないですか。 「昨日まではハプスブルク家のために働いてたらしいが、 今日からはブルボン家のために働け」と。 にもかかわらず、今までハプスブルクのために動いてきたスペインの官僚機構や スペイン人がフランスに大人しく従順するというのはどういうこと なんでしょうか? 「スペインはハプスブルクの物ずら!ブルボン、カエレ!」といったスペイン人の 抵抗運動というものはおこらなかったんでしょうか? ハプスブルク家とブルボン家といえば宿敵同士ですし、 いくら血が繋がってると言っても心情的にキツいものがあるのでは?
「スペインはハプスブルクの物ずら!ブルボン、カエレ!」といったスペイン人の 抵抗運動というものはおこらなかったんでしょうか? ハプスブルク家とブルボン家といえば宿敵同士ですし、 いくら血が繋がってると言っても心情的にキツいものがあるのでは? 一般市民にとって、君主がだれであろうと生活上、関係ないからねぇ。 中国だって、宋代以降は異民族の支配受けてるけど、直接その事に対する 反乱は興ってないでしょ。(王朝末期の世相が乱れてき時とかは別として)
602 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/12 21:52
大体現代的な国家意識はフランス革命以降ですから。 ルイ14世の宰相のマザランはイタリア人ですが、名門貴族はともかくとして それ以下の人たちは特に意識していなかったらしい。 ルイ14世の母は、スペイン王女のアンヌ・ドートリッシュで、 王妃のマリー・テレーズもスペイン王女だし、スペインは女子継承権を 認めているから、スペイン・ハプスブルグが絶えるとなると、孫をスペイン王に しろという要求も特に無茶ではありませんね。 オーストリアのハプスブルグも、そのころ男子は余ってなかったし。 妹のマリーは
603 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/12 21:54
最後の1行はルイ13世の妹ですがややこしくなるのでやめます。
604 :
世界@名無史さん :02/10/12 22:04
>601-603 物凄く有難うございます! 絶対王政の頃まだナショナリズムってものはあまりなかったんですね。 学校の授業でもこれぐらい説明してくれたらなー
605 :
世界@名無史さん :02/10/12 22:12
>>604 ナショナリズムってものがはっきりしてくるのは
だいたいフランス革命くらいからだと言われてます。
606 :
世界@名無史さん :02/10/12 22:18
>605 そうですか、詳細どうもです。 ナショナリズムがでてきてから一気に受験世界史がややこしく なりますね。特にオスマン帝国のせいで・・・
それがおもしろい、と言ってみる(藁
608 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/12 22:41
>>606 逆に敵がいるからナショナリズムが生じるともいえます。
エリザベス1世時代のイギリスは、スペイン何するものぞ、という意識があったようです。
ナショナリズムとまではいえませんが、スペインとフランスに挟み撃ちされてましたから。
イギリス史家リンダ・コリーは、初期のイギリスのナショナリズムはプロテスタンティズムだったと指摘してます。 「キリスト教徒」というアイデンティティが失墜していったのと関係があるのかもしれない<ナショナリズムのはじまり
610 :
世界@名無史さん :02/10/14 21:00
文化史のうまい覚え方ありませんか?
611 :
名無し象は鼻がウナギだ! :02/10/16 21:50
19世紀イギリスの急進主義とは、「議会改革」と同一視して良いのですか? 19世紀イギリス急進主義とはどういう意味で使われるのですか?
612 :
世界@名無史さん :02/10/16 22:07
なぜ中国はヨーロッパのような階級間の闘争による革命ではなく 易性革命なのですか? 高校世界史のみを勉強していると ヨーロッパ人は民主主義に発展していく要素を持っていたが アジアはいつもでも専制君主の国家でしかあり得なかったという 印象を持ち劣等感にさいなまれてしまいました。
613 :
世界@名無史さん :02/10/16 22:12
>>612 あなたが支那人や朝鮮人であれば、劣等感を覚えてもよいのですが、日本人な
ら別です。日本に専制君主がいた時代というのは、ほとんどありませんから。
アジアとひとくくりしては歴史を間違えます。近代社会の前段階としての封建制を
持つ社会は、西欧と日本くらいだとも言われていますね。
614 :
世界@名無史さん :02/10/16 23:02
>>613 まぁ劣等感と言うよりは、なんであいつらはいつもギリシアもローマも
近代ヨーロッパも最終的に平民の権力が強くなるんだろうと言う疑問です。
日本も確かに天皇→貴族→武士→庶民と言った流れで
まぁ、市民階級の台頭というよりは薩摩長州の復讐的な
要素を感じないこともないですが
市民階級が力を持てば政治の場でも権利を主張したのかもしれません。
ともあれ浅はかな知識でアジアをひとくくりにしたのは誤りでした。
時代背景にもよるけど、専制君主制<<民主制、とは限らないんじゃない? 教育機関が全くないような時代に置いては、王の子供たちは唯一、政治家のやることを見て学べる立場にあったわけで。
616 :
世界@名無史さん :02/10/17 20:53
>>615 それはもちろんそう思います。
ですから劣等感と書いたのは誤りでした。
しかし専制君主制に比べると民主制の方がベターだと思います。
専制君主制は聖人を生むときもあれば
同時に暴君も生むと言う性質を持っている気がします。
ところで誰か中国がなぜ易性革命なのか教えていただけないでしょうか。
なぜワンパタンーンなんでしょう?
617 :
世界@名無史さん :02/10/17 21:00
易姓革命だけじゃないだろ。徳のある王に対しては禅譲という形(実際は形式 だけで、恫喝に近かったにしろ)で平和裏に帝位が移るという建前がある。 基本的には放伐による帝位簒奪は徳の無い野蛮な奴だということで、ワンランク 低い覇王とみられていたのだ。
>>616 民主制は衆愚政治にしかならないので必ず悪です。
619 :
世界@名無史さん :02/10/17 21:16
禅譲も易姓革命の一形態だたと思たが 「[王朝の]姓を易(か)え、[天]命を革(あらため)る」 とかいう意味だたろ?
>>619 そうだったね…ショボーソ
なぜ易姓革命かというと、儒教原理の枠内で政権交代を正当化するための
論理的基盤が必要だったからだろう。要は下克上という(臣下の関係にとって
あるまじき)現実を目の当たりにした儒者が、前の王は悪い奴で徳が無いから
こうなって当然だと辻褄を合わせるために作ったイデオロギーだね。
裏返せば、王でも悪い奴なら放伐されちゃうかもなー、という脅しでもあるわけだ。
622 :
世界@名無史さん :02/10/18 21:45
>>620 レスありがとうございます。
易性革命に興味を持ったのは現代文の問題で
万世一系の反対を答えよ、というものがあり
答えが易性革命だったからでした。
王になれる人間は王の血に連なるもののみと言う考えが
浸透していると自分が代わりに王になってやろうという気を起こさず
身分はそのままでも、
その身分における権利の増大を計ったんだろうか、、、
623 :
世界@名無史さん :02/10/18 21:50
>>621 愚民に対する教えみたいですね。
いいことすりゃ極楽、悪いことすりゃ地獄みたいに。
最近こんな感じの煽りが増えたねぇ
625 :
世界@名無史さん :02/10/19 08:28
高校生ではないのですが、お聞きしたい事があります。 青銅器や鉄器の使用が歴史を変えたみたいな話を学校の先生がしたんですけど、 昔の人たちがどうやって鉄や青銅を発見したのかがよくわかりません。 誰か教えていただけますか? 全然知識がなくて想像できないんですけど、 鉄とか青銅って金属の塊で発見されるわけではないですよね? 鉄器・青銅器の元になる鉱物を昔の人は、どうやって発見したのでしょうか。 熱して加工できることをどうやって発見したのでしょうか。 先生に質問してみたのですが、先生もよくわからないみたいです。 よろしくおねがいします。
>>625 参考になるかどうかはわからないけど、私見を。
青銅、鉄の発見というのは、鉱物の発見というのではないのでは。
冶金の技術はある程度、他の金属にも応用できるのでは。
で、青銅って銅と錫の合金ですよね。
割合がうまくいかないといい青銅にならない。
どの割合がいいのか、が発見されるというのが重要だったのかも。
鉄も、「鉄器」などといいますけど、鉄そのものでは脆いそうで、
炭素との合金、つまり鋼にしないと使い物にならないそうです。
……微妙に答えになってないよなあ。
銅は、金属の塊に近い形で存在することがあります。(自然銅) 最初はこれを叩いて加工していたらしいです。「冷間鍛造」と呼びます。 その後、孔雀石という、極めて銅の含有量の高い石を焼くと、後に金属 銅が残ることが発見されました。この技術を洗練して、現在でも銅の原料 になっているフツーの銅鉱石を使った精錬技術が確立します。 鉄も、極めて鉄の含有量が高い「隕鉄」というのが自然界に存在します。 今のトルコで、銅の精錬技術を応用して鉄の利用が起こりました。銅と 一緒で、そのうちにもっと鉄の含有量の低い黄鉄鉱なんかを利用することが できるようになりました。 青銅は、たまたま銅と錫の両方が混じった鉱石を熱して、あれ?いつもの 銅より硬いのができたぞ?これはイイ!・・・から始まって、銅と錫の比率を 試行錯誤して出来上がったと考えられています。
補足です。 >熱して加工できることをどうやって発見したのでしょうか。 これも、焚き火の周りにたまたま孔雀石があり、焚き火の跡に銅が残ってた のが発見された、という説が有力です。 冷間鍛造した銅の道具を焚き火に落としたら・・・ってな想像もできますけど。
南北戦争のあたりを授業で聞いてて思ったんですけど、 もし現在のアメリカで、州民投票による賛成、州議会による可決のもと某州が連邦離脱決議をしたとして、 連邦政府はどのような反応をすると推定されるのでしょうか? また、アメリカはなぜカリブ海諸国、キューバやフィリピン、沖縄などを準州や州にして連邦に組み込まなかったのでしょうか?
敢えて仲間にはしない。 なぜならば、そのほうが遠慮なく搾取できるからだ。
631 :
世界@名無史さん :02/10/19 20:53
それじゃあ、なんでソビエト連邦はモンゴルや戦後の東欧を加えなかったの?
632 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/19 21:03
>>627 さん
その辺にあるあまり金目じゃない銅やら鉄やら熱してみなさいよ。
で、焼いて、冷水につけたり、放っといたり。
幼稚園生でも何か判ってくるから。うちはセガレに持ち出されて損したけど。
633 :
世界@名無史さん :02/10/19 21:55
634 :
625です :02/10/20 09:07
みなさんありがとうございます。 素材の歴史という所も読みました。すごく難しかったけどすごく面白かったです。 理科にあんまり興味がなかったんですけど、教えてもらった所を読むときに CrとかNiってなんだろう?って思って、理科の教科書を読んじゃいました。 あんまり書いてなかったです。クロムとニッケルってすごいな、って思って さっき家のフライパンを触っていました。フライパンってステンレスなんですよね。 クロムとニッケルってどこで見つけたんですか?何でクロムとニッケルっていうんだろう? あと、読んでて製鉄技術のことはなんとなくわかったんですけど、 鉄や銅ってどういう風に見つかったのかがよくわかりませんでした。 今から近くの山とかに行ったら道具に使える鉄とか銅って見つかりますか? 小学校の時に磁石で砂場の砂鉄を集めたりしたんですけど、 昔の人は磁石なんて持ってなかったと思うし、そんなにいっぱい見つからないし、 僕は鉄があると知ってるから、そういう風に探せるけど、昔の人は鉄なんてしらなかったのに 地面の中にある石が鉄だとわかるなんてすごいと思います。だけど、なんで鉄を火に入れようと思ったんだろう? ばかでごめんなさい。 うつのが遅いし土日の朝しかパソコンつかっちゃいけないので、 返事がかけません。これ書くのも1時間かかりました。すいません。 本当にありがとうございました。
635 :
625です :02/10/20 09:13
ごめんなさい。一番最初の文をあまりよんでませんでした。 単純な質問は自分で調べないと駄目なんですね。 あいまいな質問ばっかりしてごめんなさい。 先生とかお父さんに聞いてもわからなかったので何も考えないで質問しました。 もうしません。ごめんなさい。
>>635-636 まぁがんがれ。
世界史板は非常に勉強になるので、興味のあるスレをのぞいてみても損はないと思います。
2chの中でも、比較的レベルが高い板ですし。
かくいう私も、Part1の頃からここに張り付いてるんですね。
おかげで入試の世界史も楽勝でした、なんつって。
あきらかな宿題の押し付けはいけませんが、真剣な質問ならほぼ対応されてます。
ただ、Googleで検索するなどして、ある程度自分で調べるくらいの努力はしてほしいですが…
鉄や銅の発見についても以前の話に出ていたような…難しかったかもしれないけれど。
銅や鉄は自然界(岩石の中など)に大量に存在するので、偶然見つかる可能性は高かったといえます。
また、金属の中には、自然界にはほとんど存在しないものも数多くあります。
人間の手で人工的に作り出すことで「発見」された金属も多いです。
参考までに。 ●ニッケルについて その昔、南ドイツでは、銅や銀などの鉱産資源がさかんに開発された時期がありました。(15世紀くらい)。 あるとき、赤味を帯びた銀色の金属鉱石を大量に産出する土地が発見されました。鉱夫たちは、 この鉱石を溶かせば山ほど銅が採れて、大儲け間違いなしと喜びました。ところが、どうやっても、 純粋な銅が分離出来ず、すべての試みは徒労に終わります。その後、他の鉱山でも同じぬか喜びと 失敗が続き、いつしか、この鉱石は呪われた銅、地下妖精の一種族、悪魔のニックが、鉱夫を 惑わせるためによこしたもの、「ニックの銅」と呼ばれるようになりました。 しかし、18世紀に入り、ニックの銅から、鉄に似た銀色の、錆びない金属が発見されます。 新元素は、ニックにちなんでニッケルの名を受けた。地霊の正体というわけです。 *この「ニックの銅」は、見るからに銅が取れそうな色でした。しかし、銅は含まれていませんでした。 ●クロムについて 1798年にクロム鉄鋼鉱石(Chromite)が発見されました。クロームはもともとギリシャ語で 皮膚の色を表す言葉でしたが、この金属からいろいろな色の化合物が作られるので、 それが金属の名前になったらしいです。クロムは主に化学薬品として、なめし皮加工や 顔料などに幅広く使われてきました。20世紀に入り、テルミット法、続いて電解法による 金属クロムが生産されるようになりました。金属クロムは、大気中で安定、水に不溶解、 耐食性に優れ、また他の多くの工業材料と比較すると、使用上安全で、取扱い上でも 特別の注意を必要としない扱いやすい材料です。
>>636 のリンク先ミスった・・・(;´Д`)
補足。
鉱石といっても、いまでは金属の含有量はそれほど高くないものが多いです。
昔は良質な鉱石が豊富でしたが、ほとんど採掘されつくしてしまい、
金属の価値にもよりますが、最近では含有量1%以下なんていう鉱石まで製錬されています。
無駄補足。 ニッケルと同様の語源を持つ金属に、コバルトがある。 コバルトも妖精の名前で、ファンタジーRPGでよく見かけるコボルトのこと。
本日学校の中間試験でロココ様式芸術出ました。 試験問題でサンスーシ宮殿の写真が出されて “写真の宮殿を建設させた皇帝の名を答えよ” と書かれていましたが、あくまで フリードリヒ2世はプロイセン「国王」ですよね? 当時のヨーロッパでは「皇帝」と名の付く君主の専制国家が 神聖ローマ(オーストリア)とロシアだけかと思いましたが 皇帝‐王‐公といった上下関係や外交ルールがあったんでしょうか? また、アジアにおける中華皇帝と周辺諸国の冊封関係とは どんな違いがあるのでしょうか?教えてください。
641 :
世界@名無史さん :02/10/23 22:51
世界史史上最古の文明は、エジプト中国どちらなのでしょうか?
>>640 >皇帝‐王‐公といった上下関係や外交ルールがあったんでしょうか?
席次がどうのこうのという、儀礼的なレベルでは、あった。
だから例えばブランデンブルク選帝侯がプロイセン王を、ザクセン選帝侯がポーランド王を、
ハノーファー選帝侯がブリテン王を兼ねたりすると、バイエルンのヴィッテルスバッハ家も王国に昇格されたがった。
また、神聖ローマの解体を見越して、1806年にハプスブルク家がオーストリア皇帝を称したのも、
ロシア皇帝・フランス皇帝(ナポレオン)の風下に立ちたくなかったから。
>また、アジアにおける中華皇帝と周辺諸国の冊封関係とはどんな違いがあるのでしょうか?
東洋史はよく知らないが、わかる範囲で言うと、
册封体制の根本には、皇帝は普遍的な存在である、すなわち世界にただ一人である、
という発想があった。
西欧についても中世のある時期までは皇帝は普遍的な存在である、という発想は生き延びていたが、
その一方でフランスなどを中心に、
rex imperator in regno suo(国王もまたその王国では皇帝である)
という発想が成長した。
すなわち、西欧では皇帝だろうが王だろうが、あるいは場合によっては公だろうが、
imperium≒主権を行使する複数の主体が多元的に併存する、
という国際モデルが古くから芽生えていたといえる。
643 :
世界@名無史さん :02/10/24 00:16
>>641 最古の大都市は、現状、普通はメソポタミアと言われるはずです。
組織的灌漑農耕は、現状、普通はメソポタミアが最古と言われることが多いです。
が、かねてより、地中海東岸のシリア〜パレスティナ地帯、とする根強い対抗意見があります。(古代エジプトへの組織的灌漑農耕は、シリア〜パレスティナから流入した、と言われることが多いです)
組織的灌漑農耕以前の粗放農業は、出土遺物の遺伝子解析が進んだため、現状、どこが最古かわけがわからなくなっています。データ収集、整理が地域ごとに取り組まれている段階です。
古代中国文明に関して言えば、長江下流域での、粗放農業は大変古い、と言われています。
>世界史史上最古の文明は
受験勉強でどこまで関係するかはわかりませんが、まじめに応えるとするならば、文明の定義によります。
(粗放農業まで含めて考えるとわけがわからない、と言うのが、現状での一番正しい答になります)
現状、普通はメソポタミアが最古と言われることが多いと思います。
(受験勉強ではメソポタミアが最古と覚えておくとよいと思います)
644 :
世界@名無史さん :02/10/24 00:18
>>641 高校生なら素直にメソポタミアと覚えとけ。
質問があります よく2ちゃん見てると朝鮮の語源は貢物すくなしだそうで 明の皇帝がつけたということになっていますが これって本当でしょうか? 色々自分で調べてみたんですけどよく分からなかったので 誰か知っている人いたらソース出して証明してください お願いします
>>642 ご回答ありがとうございました。
「大英帝国」の名前もその辺なんですかね。
649 :
世界@名無史さん :02/10/31 22:19
ウィンストン・チャーチルが 「人類は自らを絶滅させる事ができる道具を手に入れた」 と第一次大戦を見た回顧録はなんて言いましたでしょうか。 また、日本で刊行されている本はないものでしょうか?
世界史に関する新書で、おすすめのものがあれば教えて下さい。
651 :
世界@名無史さん :02/11/03 14:28
社会契約説と社会契約論ってどうちがうの?
652 :
世界@名無史さん :02/11/03 14:32
前者は思想の名称、後者はルソーの著書のタイトル。
653 :
世界@名無史さん :02/11/03 14:34
>>650 中公新書の「物語 ○○の歴史」のシリーズが手軽でよい。
ボニファティウス8世はどの教科書にも「アナーニ事件の後憤死した」と書いてあるのですが、 憤死ってどういう死に方だったのですか?
655 :
世界@名無史さん :02/11/03 17:01
怒って死んじゃうこと。別に死因は何でもいい。多分自殺。
>>655 キリスト教では自殺が禁じられてるしそれはないと思われ。
失意のあまり生きる気力を喪失したかあんまり腹を立てたかそれとも恥辱感かで頭の血管が切れたりしたんじゃないかと。
くだらないけどほんとに気になるんですが…… 大日本帝国の大ってどこからきたんですか? 素直に日本帝国じゃだめだったんですか? 大英帝国を真似たのかなとも考えたのですが、そもそもイギリスって グレードブリテンだけど王国だし、この帝国はどこからきたのでしょう? 質問がふたつになってしまった……
658 :
世界@名無史さん :02/11/04 04:16
今、日本国内の国際結婚率って5%くらいらしいな。 首都圏だとこれが10%くらいに跳ね上がる。 という事は、新生児の5%前後はどこかの国とのハーフと いう事になってくる。。。
>656 あー、そういえば西欧では自殺禁止か・・・ 何となく憤死って中国のイメージがあったもので。 >頭の血管が切れたりしたんじゃないかと これ、自分も一時期そう思ってたんですが実際にそういう事って ほぼ無いんじゃないかと思いまして・・・。
660 :
世界@名無史さん :02/11/04 11:14
>656 直接の死因がぼかされているから、カトリックでタブーである自殺だろうと推測しちゃだめかな >657 大英帝国は、ヴィクトリア女王がインド皇帝(ムガール皇帝から禅譲)を兼ねた事から来た名前じゃないかな。 大日本帝国がいつから正式名称になったのか、よく覚えていないけど、かなり末期のコトだった覚えが。
>憤死 憤りのあまり発狂して……ということかも。 >大日本帝国 日本史板の方が詳しいでしょうけど、明治憲法って「大日本帝国憲法」なのでは? 明や清もたしか国号に「大」をつけてたので、そのあたりが原因かも。
662 :
世界@名無史さん :02/11/04 15:53
おねがいします。 カール大帝にローマ皇帝の帝冠を授けたローマ教皇レオ3世と 聖像禁止令を出したローマ皇帝ルイ3世は同一人物ですか。 あと参考書で(文英堂9)でゲルマン民族が西ローマ帝国に 進入し滅ぼされた後「ローマ帝国は」などと書かれているのですが これはビザンツ帝国のことを指しているのでしょうか。
663 :
世界@名無史さん :02/11/04 15:57
申し訳ないですがもう一つ カール大帝にローマ皇帝の帝冠を授けたと書かれていましたが(文英堂) これは間違っていないでしょうか。西ローマ皇帝になったのだと思うのですが。
>662 >カール大帝にローマ皇帝の帝冠を授けたローマ教皇レオ3世と >聖像禁止令を出したローマ皇帝ルイ3世は同一人物ですか。 No.東ローマ帝国皇帝レオ3世とローマ教皇レオ3世は別人。 >これはビザンツ帝国のことを指しているのでしょうか Yes. >663 Yes.しかし子供たちへの相続で分割して消滅。
ありがとうございます。 別人だったのですね。 ローマ教皇レオ3世は正確にに言うと東ローマ(ギリシア正教会?)教皇レオ3世か ローマ=キリスト教会教皇レオ3世のどちらかなのですか。
ローマ=キリスト教会 × ローマ=カトリック教会 〇 でした。 あと西ローマ帝国=フランク王国ですか。 何度もすみません。ここの範囲はむずかしいなあ…
>>663 >>474 ,
>>475 を参照。
これくらいは用語集で調べれば済むことだし、
せめて検索くらいかけてから質問してほしいな。
まぁ、がんがれ。
便宜的に東西つけてるけど、どっちも実際には只の「ローマ帝国」だからねぇ。
>665 西の宗教=ローマカトリック 東の宗教=ギリシア正教 西宗教トップ=教皇 東宗教トップ=皇帝が兼任(よって教皇いない) 教皇、と出てきたらそれはローマカトリック以外にありえない。 >666 西ローマ帝国とフランクは実際は別物だが、 領土の大きさや権威(教皇の)によって西ローマ帝国の復活を号した。 まぁ一種のパフォーマンス。権威付け。 ・・・とりあえず、ローマ帝国分裂から順序だてて覚えた方が覚えやすいよ。
>>667 既出でしたね。すみません。がんばります!
>>668 東西分かれるからややこしいんですよね〜
>>669 なるほど!教師ですか? 宗教の力は強大なんですねと今更ながらいってみる。
この板は親切な方が多いので驚きました。これは自慢ですかそれとも愛?
レス付けてくれた方々ありがとうございます。
671 :
世界@名無史さん :02/11/04 20:42
よくいろんな本で「科挙のカンニング下着」を見るけど 具体的にカンニングがばれた有名人がいたら知りたいです 科挙にすべった有名人なら本に書いてあるんだけどなあ ・・・ただの好奇心っすね・・・
戦争と紛争の違いは何ですか。
>672 大体一緒。 紛争は規模が小さい規模が小さい戦争や内乱に使われることが多い。
675 :
世界@名無史さん :02/11/06 01:04
元において西域諸国の人が色目人と呼ばれ重用されていましたが、 何故彼等はそのような扱いを受けていたのでしょうか?
676 :
世界@名無史さん :02/11/06 11:54
色目人というのは中間管理職でしょ。 異民族支配のセオリーのひとつですよ、間にひとつ、被支配者層の憎悪の的となる 中間管理職を入れるというのは。 支配者であるモンゴル人はもし都合が悪ければ色目人を処罰すれば 漢人の不満をある程度和らげることが出来るのだから。 英国の植民地でもしばしば同様の構造が見られたよ。 東南アジアでは中華系の人たちは植民地支配の頃、ほぼ色目人と同じ役割を果たしていた。 だからインドネシアなどでは今も反華僑の暴動が起きたりするんだよね。
677 :
世界@名無史さん :02/11/06 15:28
モンゴル人は農業社会を支配するにあたって 支配下の社会を安定して統治することには関心が薄く (華北と華南の各種の制度差は金と南宋の時代の分断状態のまま放置されていたとか) そこからいかに効率よく富を吸い上げられるかという点にのみ気を使っていた。 長いこと遊牧民の支配の元で農村社会をまとめる仕事をしてきた 中央アジアの定住民はそこのところがわかっているから モンゴル人としては使いやすかったのではないかな。 ちなみに色目人という言葉は「諸色目人」のことで モンゴル人や漢人以外のその他いろいろの出自の人々を指すカテゴリーだったらしい。
678 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/11/06 16:40
679 :
世界@名無史さん :02/11/06 19:47
高校生じゃないけどダッチワイフの語源が知りたい。 オランダ人の妻ってことだよね。 なんで?オランダ人の妻はマグロだと言われていたとか? それともオランダ人は商人が多くて、妻に会えないからああいうのを 作り出さなくちゃいけなかったとか?
680 :
世界@名無史さん :02/11/06 19:49
イギリスの女王レディー・ジェーン・グレイ について教えていただければありがたいです。
681 :
世界@名無史さん :02/11/06 19:56
>>675 うーん。こんな事をいっては申し訳ないのですが、
漢人・南人・色目人・蒙古人という分け方は、
あくまでも被支配階層の中国人から見たものではないでしょうか。
実際には民族にあまりとらわれないで、実力第一主義だったという風に思います。
もちろん受験では大切だと思いますが、
現実には所謂「モンゴル人第一主義」が中華思想から見た幻想に過ぎない、
といえばいいでしょうか。
当時は、可汗の下に集うものが皆「モンゴル」として迎えられたという認識があります。
色目人が重用されたというのは、
これまで中国人が独占してきた官職を、いわゆる「胡人」に取られた
という認識から生まれてきたもの、と考えられると思います。
682 :
世界@名無史さん :02/11/06 20:06
>679 ダッチワイフってのは元々、抱き枕のことなんだよね。 インドネシアあたりでは籐夫人なんて言うけれど。この辺りが本場だった訳だ。 で、インドネシアってのはオランダ領だったので、ヨーロッパにその習俗が伝聞される過程で、 ダッチワイフと呼ばれるようになった。 それが性的なものに変わって行ったのは多分、戦後のこと。 セックス処理用とは大っぴらに言えないので業者が抱き枕=ダッチワイフとして販売したため、 ダッチワイフそのものの意味が限定されるようになってしまった。
683 :
世界@名無史さん :02/11/06 20:15
>680 えー、ジェイン・グレイは7日女王と言われていますが、正式には女王とは認められていません。 そこのところまず指摘させていただきます。ジェインが女王にかりそめにも擁立された経緯は非常に複雑ですので、 検索してご自分で調べられた方が言いと思いますが、元々はヘンリー8世が息子欲しさに王妃を次々に取替え、 あまつさえそれを咎めたローマカトリック教会と断絶し、英国国教会を興したことに遠因があるのです。 この辺りの事情はエリザベス女王、メアリー1世、いずれの伝記にもきっと詳細に述べられていることでしょう。 フィクション作品としてはチャールズ・ディケンズの「ロンドン塔」がジェイン・グレイを扱っています。
684 :
世界@名無史さん :02/11/06 21:08
腹立たしい態度 私は「このスレ」(無知、人を頼る)の高校生が嫌いだ。 高校生(馬鹿)がほとんど人の考えでに仕立て上げていく。 犯人というのは慎重な捜査と裁判で明らかになっていくもので、高校生が勝手に決めて良い物ではない。 新一のえらそうな態度が腹立たしく感じるのだが、いかがなものか。 (埼玉県・沼田 隆・26歳)
非常に参考になりました。ありがとうございました。 特に681さんの書き込みは興味深かったです。 受験世界史以上の事柄を知ることができたのでよかったです。
687 :
世界@名無史さん :02/11/06 23:48
>>682 さん
教えてくれてありがとう。すっきりしました。
>>682 氏に補足。
どうもオランダ人=ケチ、というイメージがつきまとっているらしい。
つまり、ダッチワイフはケチで女も買わないオランダ人が使ったから「ダッチ」ワイフ。
割り勘を go Dutch というのもこのイメージから。
689 :
世界@名無史さん :02/11/07 22:57
神聖ローマ皇帝やナポレオンはカトリック教会の、ビザンツ、帝政ロシアはギリシア正教会の権威によって帝位を得ていましたが、 では神ロ帝国崩壊後のオーストリア帝国、フランス第二帝政、ドイツ皇帝、ブラジル帝国などはどのような宗教的権威によって帝位を得ていたのでしょうか?
教会の権威によって帝位を保てなくなったから 神聖ローマ帝国は崩壊したんでは?
なんだか根本的に勘違いしてるみたいだな…… 宗教的権威がないと皇帝にはなれない?
わかる範囲で答えてみると、ナポレオンは宗教的権威で帝位についたわけではない。 本来ローマ皇帝はローマ市民の(というか元老院の)選挙によって選ばれたという原則を持ち出して、 市民の選挙という手続きを取って皇帝になった。 ナポレオンはローマが大好きだったらしく、征服地をローマ風に改名させたり、「統領」をなのったりしている。 ので、宗教的権威に選ばれたから皇帝、ではなく、民衆が正当と認めたから皇帝、というわけです。 教皇が皇帝に戴冠できるのは、教皇がローマ市民の代表だと主張したのが始まりだったはず。 他の例はよく知らないので、詳しい人の解説希望。 個人的にはオーストリア帝国の成立過程が気になる。
ナポも伝統気にして教皇に戴冠させてるシナー。自分でかぶったけど。
>678 んなこと容易に想像できますが何か? 科挙にすべった有名人がいるんだから カンニングがばれてしまった有名人がいるんじゃないかと思うのは 自然な発想だと思いますが。 軽い質問だったのですけどね・・・
695 :
世界@名無史さん :02/11/08 19:33
>>683 遅くなりました。
ジェーンのことには興味があるので、今度是非調べてみようと思います。
有難うございました。
>694 えっと。 科挙にすべった人→後に有名になる事はできる 科挙でカンニング発覚した人→アボーンされて将来ない。無名のまま と思うのですが。 科挙受けた時点ですでに著名な人っているんか?
698 :
世界@名無史さん :02/11/08 23:47
>>698 康有為は科挙に及第したのは1895年だが
有名な主著『大同書』を著したのは1884年。
1888年には皇帝に上書して改革を進言。
700 :
世界@名無史さん :02/11/09 13:23
>689 ヨーロッパにおける皇帝という概念はローマ帝国初代皇帝アウグストゥスに由来するものです。 王=民族集団の長、皇帝=多民族国家の長ということです。 アウグストゥスは軍事司令官(インペラトール)の名において帝国の軍権を掌握しましたから、 インペラトールという言い方が皇帝という意味に転化していきました。 英語のエンペラー、フランス語のランペルールはこれに由来しています。また、アウグストゥスの家名であるカエサルという固有名詞も、 皇帝という意味に変化していきました。ドイツ語のカイゼル(カイザー)、ロシア語のツァーリなどがそうですね。 皇帝というのは @王たちの王(多民族国家の首長) A神聖権力の保持者 というふたつの側面を持つ君主だけの占有物とされていたのです。 具体的には西ローマ帝国皇帝の継承者とみなされた神聖ローマ帝国皇帝と、 東ローマ帝国皇帝の末裔を主張したロシア帝国皇帝のみが国際的に皇帝と名乗ることを承認されていた訳です。 ナポレオンはこうした慣例を無視し、自由主義の名において自らの権力を神聖なるものと主張したために、 皇帝を名乗りました。その軍事力のために諸国はそれを追認するしかなかったのです。 ナポレオン戦争にオーストリアの君主が敗れて、正式に神聖ローマ帝国が解体されたため、 オーストリアの君主は本来はオーストリア王となるべきでしたが、オーストリアそれ自身が多民族国家だったため、 半ばこじつけてオーストリア皇帝を称しました。 当時のオーストリアの君主は神聖ローマ皇帝としてはフランツ2世であり、オーストリア皇帝としては フランツ1世です。 オーストリアの君主はそれまでは正式には大公であり、これは国内にハンガリー王国などを抱えるオーストリアとしては、 大公では示しがつかないという事情もあったでしょうね。 それ以後はなし崩しです。誰が皇帝を名乗ろうとも咎め立てる人はいませんでした。 中央アフリカ皇帝なんて例もありましたよね。
>700 カエサルからツァーリ・カイザーへの転化は ユリウス・カエサルから取ったのか、アウグストゥスの家名から取ったのかが 前々から疑問だったのですが、やはり後者だったのですか。ささいな事かも しれませんが微妙に意味あいが違いますからね。 >中央アフリカ皇帝なんて例 アメリカ皇帝ノートン一世・・・・(w
メキシコ皇帝とか、ブラジル皇帝とかマシな方か(w
ノートンってファーストネームでしょう?
704 :
世界@名無史さん :02/11/10 10:26
ノートンってのは苗字みたいだね。ジョシュア・A・ノートンというらしい。 不思議な人だよねw
705 :
世界@名無史さん :02/11/10 17:40
「金門橋をかけたのはノートン一世」と覚えて構わないのでしょうか?
706 :
世界@名無史さん :02/11/10 19:12
いま、第二次大戦の頃を授業でやってるんですが。 ・関東軍はどうして張作霖を爆殺したんですか? というか、当時の関東軍には陰謀好きしかいなかったんですか?どう考えても調子に乗りすぎだと思うんですが。 ・自由フランスってイギリスで何してたんですか? 亡命政府、というのが理解しがたいのです。 あと、どこから運営資金が出てたんでしょうか。
>>706 落ち着いて教科書を読み直してみることをお勧めする。
>707 読み直してきました。 理解しがたいのは、日本政府ではなく関東軍がそれをやったという事です。 教科書の書き方だと、関東軍自身が満州を欲しがったように見えるのですが。 どうしてわざわざ秘密結社か諜報機関まがいの事をしているのも納得できないと言うか…… 自由フランスも、どこから資金が出ていたのかは書かれていませんでした。 亡命政府というのは、他の国に助けてくださいというのが仕事という事でしょうか。何でそんなものが必要なんだろう……
すみません日本語が変ですな。
<張作霖爆殺> 当時、満州を支配していたのは日本の支援を受けた軍閥の大元帥の張作霖で、 蒋介石率いる中国国民党勢力を防ごうと考えていた。 しかし、関東軍首脳部は張作霖では蒋介石に対抗できないと判断した。 そのため、張作霖を中国国民党の仕業と見せかけて暗殺し、 その混乱に乗じて事態の安定化を名目に満州全土を軍事制圧しようと企てた。 要は、日本(関東軍)にとって使えなくなったからですな。 で、張作霖を消して、新たな親日指導者の誕生を期したが失敗(→張学良) というわけだ。やりすぎかどうか?……歴史には陰謀は腐るほどある。 昔ほどではないにしても、今でもアメリカはこんなことをやってるしね。 <自由フランス政府> フランスが占領されて、ペタンが降伏したせいでフランスはドイツの犬になってしまった。 これでは、憎きドイツに対抗できない。大陸に残るフランス人の愛国心に火をつけたい…… そこで、ロンドンに逃れて形だけの新政府を樹立、ラジオなんかでレジスタンスを煽ったわけだ。 金がないなら、同盟国が貸してくれるさ。
711 :
世界@名無史さん :02/11/11 03:01
防衛大学の入試問題なんですが オスマン朝とサファヴィー朝の戦いって何ですか? オスマン朝とマムルーク朝だったかな、北シリアで戦った戦いも教えて下さい。 問題回収されちゃったんでうろ覚えですけど。 難しかったな・・・
712 :
世界@名無史さん :02/11/11 08:10
>>711 オスマン朝とサファヴィー朝は16世紀から17世紀の半ばまで断続的に戦ってるんだけど…。
一番有名なのはオスマンのセリム1世とサファヴィーのイスマイル1世が
1514年に東アナトリアで戦った「チャルディランの戦い」。
同じセリム1世がマムルーク朝と北シリアで戦ったのが
1516年の「マルジュ・ダービクの戦い」。
どちらも、従来のイスラム勢力と同じく
トルコ系・コーカサス系の騎兵に頼ったサファヴィー朝・マムルーク朝を、
鉄砲・大砲で武装した歩兵を主力とするオスマン朝が破った戦いだと言われるから
その線からの出題だったのかな。
713 :
世界@名無史さん :02/11/11 19:41
防衛大の出題はさすがに難しいね… 日本国も安泰だな
うん、昔俺も受けたけど防大の問題はかなり難しかった。 もちろん落ちた。 そのときの問題で覚えてるのは 「小ピットは何故フランス革命時に対仏大同盟を組織したか。 (イギリスで市民革命はすでに済んでいて、その波及を恐れる必要は なかったのに)」
715 :
世界@名無史さん :02/11/12 21:05
>714 それはパワー・オヴ・バランスとか、そういうこと?
716 :
そんな事知っていても :02/11/12 21:11
>711 「近現代史」に弱かったら鬱だ…。
>715 試験の時にはわからなかったんで、帰ってから高校の教師に聞いたんだけど・・・ その教師もすぐにわからなかった。(鬱 あとで自分の考えを教えてくれたけど、内容忘れてしまった。(w いい先生だったんだけどな・・・
防大か……なつかすぃ。 勧誘員に押し切られて仕方なく受けたけど、もし受かったら 勧誘がしつこくて本命どころじゃなくなると思ったので、2日目は休んだっけ(藁
質問スレあげ
上がってないよ(笑。 age。
721 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/11/15 17:22
高校生並の質問なのでここでお願いします。井伏鱒二が 「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」と訳した五言(七言?)絶句の 元の詩と訳をど忘れしました。古い記憶なモノで。 「新唐詩選」「中国名詩選」も行方不明です。どなたか教えてください。
>>721 高校でそんなの習ったっけ。覚えてないなぁ…それはともかく。
Googleで検索したらすぐ見つかりましたけど(干武陵の「勧酒」だそうです)
質問する前に検索は試しましたか?
723 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/11/15 18:36
>>722 ありがとうございます。検索を怠っていました。
よく考えると大学で習ったのかも。
724 :
世界@名無史さん :02/11/15 21:46
フランス第4共和政とフランス第五共和政では一体何が変ったんですか? 他の共和政の変わり目にはナポレオン1世、3世の即位やドイツの侵略とか きちんと区切りがあるのに、第四、第五共和制の間にはさして何も ない気がするんです。別に名前変える必要性を感じられないんです。 フランス人は何をもって共和政の番号を変えてるんですか? そしてもし現在フランスでどんな事件が起きたら 第六共和政に移行するんでしょうか?
大統領<議会だったのが、大統領>議会になった。権力の強さね。 つーか、新憲法が発布された。<第五共和制
726 :
世界@名無史さん :02/11/15 22:17
>>724 憲法とそれに基づく統治システムが変化しました。
第四共和政までは議会優位で大統領が名目的存在であったのに対し、
第五共和政では大統領中心の行政権優位の体制になっています。
共和政の番号が変わるのは、憲法の根本的改正が行われる場合ですが、
第五共和政はアルジェの反乱という国家的危機が背景にありました。
敗戦か内乱か、そんなことでもない限り現体制が続くと思われます。
727 :
世界@名無史さん :02/11/15 23:07
>725-726 迅速レスありがとうございました。 謎はとけました。
1866年のケーニヒグレーツの戦い(サドヴァの戦い)で モルトケの指揮によって プロイセンはオーストリアを破りましたが、 その際、プロイセンはオーストリアを 完璧に撃破することができたのに、 あえてオーストリアに退路を残し 全滅させなかったと言うことなのですが、 それはどうしてなのでしょうか?
729 :
世界@名無史さん :02/11/25 04:36
728の質問、放置されてるなあ。高校生向けなのでやや質問が難しいのでは。 世界史なんでも質問コーナーの方に行ってみては?
730 :
世界@名無史さん :02/11/25 04:46
プロイセンの目的はドイツ統一のヘゲモニーを認めさせ、 オーストリアがそれを邪魔しないでくれればよかった。 だからオーストリアがボコボコにされながらも 「今回のところはプロイセンに譲ってやるぜ」 という気分になってくれればそれで十分。 徹底的に叩きのめして「城下の誓い」をたてさせてしまうと 面子をかなぐり捨ててあらゆる手段を使って反プロシア活動を始める虞れがある。 そうなればプロイセン主導の小ドイツ主義によるドイツ統一は失敗に終わるか何十年も先になる。
731 :
世界@名無史さん :02/11/25 06:27
だがフランスを徹底的に叩いてしまった・・・
732 :
世界@名無史さん :02/11/25 06:33
七週間戦争を七年戦争にしたくなかったということさ
733 :
世界@名無史さん :02/11/25 06:34
普仏戦争ではルイ・ナポレオンが無能すぎたの! ナポレオン1世が泣いてるぞ。
門外漢な意見だが、フランスを徹底的に叩いたら南ドイツの親仏諸国に言うこと聞かせられるからじゃない?
735 :
世界@名無史さん :02/11/25 17:07
中国史の宋でせん淵の盟や慶暦の和約、紹興の和議は 北方民族の圧力があったとかやったのですが具体的にどのよう内容だったのでしょうか?
736 :
世界@名無史さん :02/11/25 17:40
朝貢貿易をしてやんないと、騎馬民がどんどん進出して実力で農地を潰して牧草地に使っちゃう<圧力 たいていは、中華王朝の方で軍隊出してもパーッと引き上げちゃうから始末に悪かったらしい。 宋代に限定すると、もっと個別の事情があったかもしれないけど。 いつの時代もありがちだった圧力としてはこんな感じ。
738 :
世界@名無史さん :02/11/25 18:18
739 :
世界@名無史さん :02/11/25 21:20
老荘思想の影響を受けて成立した民間思想って 何ですか?
Tao
741 :
世界@名無史さん :02/11/25 21:27
道
道教
道教でいいんですか?
単語がわかったら検索すべし。
>>743 民間道教(教派道教ではない奴)ね。
>影響を受けて成立した
って言うより、影響を受けて方向性が明確化した、くらいのニュアンスで捉えた方がいいと思うけど。
746 :
世界@名無史さん :02/11/25 21:46
道教 老子 民間 くらいのキーワードで検索すると、割りと手ごろなのが出てくるな。
してみたのですがイマイチわかりません・・・。
749 :
世界@名無史さん :02/11/25 21:51
>>747 なんとかわかりそうな検索ページを2、3個読み比べてみて、
どこがイマイチわからないか、質問を整理してみると吉。
どこでわからなくなるか、自分なりに絞り込んでみる。
無為自然とかとは違うのですか?
>>750 オレもそんな詳しい話題じゃないんだが。
一応、いきがかりじょう(苦笑)、大まかな話で簡便な。
(その内、詳しい人もくるだろ)
「無為自然」ってのは、あれだ、もともと老壮思想の方のキーワードだろ。
だから「老荘思想の影響を受けて成立した」の条件にあてはまらんわな。
じゃ神仙思想ってのはどんな感じの代物なんですかね? 聞いてばっかですいません・・・
>>752 そういうのこそ、まず検索かけるくせつけるといいんだよ。
これだと、道教 民間 神仙 思想 あたりかな(?)。
多分、神仙 思想、と検索キーワードわけた方がいいと思うが(←山勘)。
その辺のコツも、いろいろやってりゃ、段々見えてくるから。
広辞苑とか、漢和辞典とか、歴史事典とかを読んでみてもいい(とっかかりとしては意外と役立つぞ)。
手ごろな短さの解説を2、3個比較して、自分なりの整理を積み重ねるくせもつけるといいな。
神仙思想ってのは、あれだ、人間が変な修行したり手間暇かけて妙な薬を自分で作って飲み続けて、おまけに無為自然を身につけると、いつかその内、段階ふんで、段々偉くて凄い神仙に変身でて、天地と同一化できる、
みたいな、なんかそういう考え方(思想)だ……多分(苦笑)。
細かい事はオレは知らんが、仙人にも段階があるんだそうだ、普通、初級から入って、限定解除してくらしい(w)。
大雑把な説明だから、細かいことは、
【不老】神仙・道教の歴史【長寿】でもみてみることお勧め。
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1033140073/
>>753 さん
いちいちありがとうございます。
検索のコツとかがわかってきました。(遅せーよ!)
755 :
五分後の世界 :02/11/25 23:22
いきなり手前勝手な質問で申し訳ないのですが、東南アジア古代王朝 時代で、カンボジアのアンコール=トムを建設した人ってジャヤヴァルマン 2世ですか? ジャヤヴァルマン7世ですか? 乙会の問題集の記述と 自分が使ってる参考書の記述が違ってて、(゚Д゚)ポァ?状態なんです(´・ω・`) うぬ・・ どっちを信じればよいのだろふ・・・
756 :
世界@名無史さん :02/11/26 17:00
>>755 講談社現代新書の『アンコール・ワット』では
ジャヤヴァルマン七世になってますね。
この本によるとジャヤヴァルマン二世はアンコール王朝初代の王(802年即位)。
ちなみにアンコール・ワットの建設者はスールヤヴァルマン二世。
757 :
世界@名無史さん :02/11/26 19:02
中国は北方民族に常に悩まされていたようですが 北方民族の中国に対する優位性とはなんでしょうか? 現在の常識からすると文明の高い国が 軍事的にも優位に立つという気がするのですが。
758 :
世界@名無史さん :02/11/26 19:10
軍事:遊牧社会ゆえの騎馬技術。 政治:遊牧社会ゆえの結束力。
>757 近代以前は文明国より遊牧民・蛮族の方が基本的に戦闘力高い。 確かに文明の力で叩き伏せる事もなくはないが、その力(緊張)を持続できないのが 文明国の弱み。遊牧民・蛮族はいつでも強い。
760 :
世界@名無史さん :02/11/26 20:08
まず機動力であろう。定住せざるがゆえに常に移動をこととする。さらに 北方においては文明のしがらみがさほどないため、どんどんと新しい文明を 採り込む柔軟性を有した。宗教的にも寛容ゆえ宗教対立を克服しえた。 さらに芸術面では雄渾な北族の気風を表わした。雄渾でありながら素朴、これは 北方草原地帯ゆえの特徴である。
761 :
世界@名無史さん :02/11/26 20:27
つーか「農耕社会を後背地にもつ都市文明」の方が 「都市文明を包摂した遊牧社会」よりも “常に必ず経済的・技術的・文化的・規模的に上のはず”だ という思い込みに、根本的に問題ありと思われ。
762 :
世界@名無史さん :02/11/27 00:06
王戎(234〜305)は竹林七賢最後のひとり。
字は濬仲。琅邪郡臨沂の人。王渾の子。王衍の従兄にあたる。
尚書左僕射に上り、吏部を宰領し、司徒にまで上った。
顕官にありながら談論にふけり、晋朝の危機にありながら政務に関心を持たなかった。
性至孝、蓄財を楽しみ、倹嗇であったという。
西晋滅亡時、匈奴に捕らえられ、単于の前で西晋の滅亡の原因を得々と説明した。
単于は「お前等の国が滅びたのはお前のような者たちのせいだ」と言い、王戎の首を刎ねた。
この掲示板の何人が単于に殺されずに済むだろうか?
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1037963390/513-534 という発言を見つけたのですが、どなたか王戎とこの単于について詳しく教えてください。
763 :
世界@名無史さん :02/11/27 00:16
文明だの野蛮だのって陳腐な問題ではなくて騎兵ってのは純粋に戦闘力が高い。 技術によって戦力が左右されるのは火器が大々的に製造運用されるようになった16世紀以後だろう。
764 :
世界@名無史さん :02/11/27 00:35
火器は近世を象徴する、宗教改革とともに。
765 :
世界@名無史さん :02/11/27 01:47
>>757 >北方民族の中国に対する優位性とはなんでしょうか?
北方騎馬民族の戦闘力・機動性の高さは他のレスでも言われている通りです。
よく言われることは、騎馬民族は、ぬきんでた統率力を有する指導者が出ると、そのポテンシャルが発揮されるが、中華王朝の外交力によって政治的に分断され、部族間対立が誘導されると脅威足り得なかったと言う事です。
>現在の常識からすると文明の高い国が軍事的にも優位に立つという気がする
この説についてはとりあえず置いておきます。
文明度という尺度を一端棚上げにして、社会の様態が違うという点に注目して考えてみるとよいと思いますよ。
中華社会は、統一王朝が機能している期間は、組織された官僚機構が主軸となって意志決定と実行をおこなう社会です。
これに対して、北方騎馬民族の方は、支族⊂部族⊂部族連合といった、官僚機構より、融通が効く社会様態でした。
部族連合レベルの意志決定者が不在の間は、部族なり、支族なりに個別の意志決定が実行に直結するタイプの社会だったんですね。
(どちらも前近代の話です)
これが「北方民族の中国に対する特性」であり、あるときは優位性となりあるときは弱点となった、とこういうところだと思います。
ローマ帝政について、五賢帝を含めてのそのようすを教えてください。
先日の模試で国民国家についての論述問題があったのですが、 国民国家というのはどういうものですか? それまでと何が違うのでしょうか? ドイツ第二帝国、イタリア王国、明治維新後の日本、 トルコ共和国、ロシア帝国などについての論述でした。 解答自体は指定語句から推測してできました。
768 :
世界@名無史さん :02/11/28 00:07
>>767 国民国家というのは「ネイションステイト」の訳語で
軍隊と官僚制に支えられた中央政府の主権の元にまとめられた「国家(ステイト)」を
言語・文化・歴史などを共有する人々すなわち「民族(ネイション)」が
「国民(ネイション)」となって構成する体制のこと。
現在の世界に存在する国家は基本的にこの体制を取っている。
統一のドイツやイタリア、維新以前の日本は
人々の間におおざっぱな「〜人」意識はあっても
集権的な統一国家がなく一体意識を共有する国民の実態はなかった。
イスラム教を中心に多くの民族が結び付けられたオスマン帝国は
「オスマン国民」という意識を生み出すことができずに解体して、
かわって「トルコ民族」の国家トルコ共和国が生まれた。
>766 ・元はカエサルが元老院主導の寡頭体制では広大な領土を効率よく統治できないので、一人の トップが判断するという帝政を志向した。その考えを受け継いだアウグストゥスが初代皇帝。 ・でもアウグストゥスが上手くごまかしたので皇帝っつってもそんなにえらそげじゃない。 ・皇帝業は激務 ・五賢帝のトラヤヌスの時にローマ領土最大。ぱっくすろまーな。 ・社会福祉と公共事業がやたら充実。 ・変な人が皇帝になると困る。でもそりゃなる時もある。最初様子見でこりゃあかんと 思ったら仕方ないからあぼーん。皇帝なんざなるもんじゃねー。 ・めちゃ完成された社会だったが五賢帝中期以降は停滞ムード。風紀乱れまくり。 ・ディオクレティアヌスが皇帝をえらそげに改造。 ・コンスタンティヌスがローマの柱をキリスト教に。合理的なローマの特性失われるぽ。
770 :
世界@名無史さん :02/11/28 06:01
政治と経済の関係が解らないので質問をしたいのですが、その質問も上手くまとまらないので多くなってしまいますが御寛恕願います。 共産党というのはどの国でも必ず左翼に分類されるものなんですか? 共産党と社会党は相容れないものでフランスで形成された人民戦線というのは異例の事なんですか? 例えば、社会党が政権を握ったとしてそうなると経済構造は社会主義になるのですか? 教えてください。
771 :
パシッチ ◆mWYugocC.c :02/11/28 12:30
>>770 えーと、「左翼」ってどういう意味で使っておられるんでしょ。
もし、改革派という意味なんだったら、ソ連崩壊後のロシアでは共産党が保守派でした。
共産党と社会党は仲が悪いことが多いですね。
人民戦線はフランスの他、スペインでも結成されましたけど、多分ナチズムの台頭という時代背景が作用した「異例なこと」と言っていいかと思います。
社会党が政権取ったら経済構造が社会主義になるというわけでは。
日本でも社会党政権が二回ありましあけど、経済構造が変わったわけでは。
というよりは、みなさんが考えてる「社会主義」経済構造って、多分スターリンとかを念頭に置かれているのでは?
あれはむしろ戦時経済を恒常化したもので、社会主義とイコールじゃないです。
772 :
世界@名無史さん :02/11/28 20:05
ワイマール共和国について教えてください。 1920年代に、余暇の拡大によって大衆文化が興ったそうですけど、 ヴェルサイユ条約によって莫大な賠償金を課せられたのに、 国民にそんな文化を楽しむ余裕があったのでしょうか?
総統!>772が訊いています!! ────v───────────┘ ( 孟≧ ≦子 > (,,゚Д゚)_∬___∬_(´■` ,,) .// ,⊃⊃.目\≠/旦 ⊂<!>+⊂' ) ||(,,,~───┬─┬──┘/",._|| || ̄'J.J | | (__(_) || _____∧__________ / | わしが政権を取った過程を見ていけば判ることだ。 | ユダヤ人は退廃文化でドイツを骨抜きにしようとしたのだ!!! \_______________
774 :
世界@名無史さん :02/11/29 01:25
現在高校2年ですが 暗記って効率よくやるにはどうすれば? 物理系の言葉はおぼえられるんだけど 人名や事件など世界史や日本史が覚えずらいんだけど どうすれば?
775 :
世界@名無史さん :02/11/29 01:29
>>774 自分で単語帳か問題集を作る。
もしくは大量に忘れてもいいように、大量に歴史物を読む。
776 :
世界@名無史さん :02/11/29 01:50
>771 丁寧なレスに感謝します。 便宜から自分の先程の質問に1、2、3と附けさせてもらって、1は理解できました。 3に関してですが、申し訳ないのですが全く解りません。確かに自分は社会(共産?)主義を毛沢東政策の人民公社とかスターリン時代のソ連の経済構造だと思っています。 というか共産党なんだからそうするのが当然だと思っています。じゃないと共産党の存在する意味が理解できません。 社会主義=社会党・共産主義=共産党というの考え方は正しくないのでしょうか?
>>776 >3に関して、ってのは、
>例えば、社会党が政権を握ったとしてそうなると経済構造は社会主義になるのですか?
のことだろ?
例えば、憲法で国民に広範な財産権が保証されている国家で、共産党が政権を採ったとしても、合法的に改憲をするか、実力で独裁体制にもってく(クーデタなど)でもしなければ、共産主義の経済体制に持っていく事は事実上できない。
市場主義の経済体制の枠内で、共産主義的な施策を実行するのがせいぜいなわけ。
> 自分は社会(共産?)主義を毛沢東政策の人民公社とか > スターリン時代のソ連の経済構造だと思っています。 むしろこれらの経済体制のほうが、もともとの共産主義の理論から考えれば特殊だと思う。 >771が言っているように戦時経済の恒常化だよね。 なお、 > 例えば、社会党が政権を握ったとしてそうなると経済構造は社会主義になるのですか? ってはなしだけど、まあ場合によりけり。 たとえばチリのアジェンデ政権は合法的に選挙で選出され、最低賃金の引き上げや 企業の国有化など、経済構造を社会主義的なものに変えていこうとした (が、クーデターで倒れた)。 このへんは面倒でも、事例を一つ一つ見ていって研究すべきだと思われ。
ていうか>776は共産主義理論を理解してないだろ。 「資本論」か、せめて「共産党宣言」くらい読んだほうがいいと思う。
780 :
世界@名無史さん :02/11/29 02:46
>779 はい、ド素人です。でも読んでる時間が無いので・・・・。 共産党って今まで好戦的・独裁的な政党だと思ってたので政権握ると直ぐ一党独裁体制を敷くのかと思ってました。僕の勘違いですね。 777さんのレスがとても解り易かったです。例えば現代日本で共産党が与党になっても国家は企業を国有化できないって事ですよね。例え国民が共産主義経済を切に望んでいて選挙で共産党を選んだ結果としても。
>780 > 例えば現代日本で共産党が与党になっても国家は企業を国有化できないって事ですよね。 いや、できるよ。憲法に規定されている各種権利に抵触しないような 新しい法律を作って運用するだけでOK。 今だって、破綻した銀行を国有化うんぬんの議論してるでしょ? > 例え国民が共産主義経済を切に望んでいて選挙で共産党を選んだ結果としても。 本当に「国民が共産主義経済を切に望んでいる」場合、国民投票という手続きを踏んで合法的に改憲→共産主義経済化できると思われ。
782 :
世界@名無史さん :02/11/29 03:18
>>772 >1920年代に、余暇の拡大によって大衆文化が興ったそうですけど、
>ヴェルサイユ条約によって莫大な賠償金を課せられたのに、
>国民にそんな文化を楽しむ余裕があったのでしょうか?
「1920年代に、〔ドイツで〕余暇が拡大」したかなぁ?
きみがみたソースの根拠は何が挙げてあっただろう?わかるなら引用してみてほしい。
普通言われるのは、30年代から家電が普及しはじめた、だと思う。
普及し「はじめた」であって、余暇に関しては、都市部と地方とで返って格差が広がった。
1920年代のドイツでは、一端、人口総数は増えたのに、25〜50歳の男性人口が減ったんだよね。
結果として、女性の就労が進んだ。で出生率は20年代半ばに激減した。
個人的な推論だけど、都市部で大衆文化が興ったのは、こうした家族構成の変動に基因する物と考えた方がいいんじゃないかな(?)。
20年代は失業率も高かったけど、普通はそれを「余暇が増えた」とは言わんと思うがな。
783 :
パシッチ ◆mWYugocC.c :02/11/29 13:47
>>780 そもそも社会主義ってのは、
「自由放任だったら金持ちだけが豊かになってるじゃねーか、貧しい奴を国が助けてやれよ」という思想なので、
ニューディール以降各国に取り入れられてます。
こういう社会主義の好例は北欧諸国の社会主義で、
税金を高くしてそれを保険福祉に回すという政策で知られました。
「ゆりかごから墓場まで」って奴です。
共産主義というとマルクス主義とかスターリン主義ですが、
実はその中でもいろいろ派閥抗争があるらしい。
基本は「今はブルジョワの世の中、虐げられている労働者は立ち上がり革命せねば」。
スターリンは第一次大戦の戦時経済から、企業を国有化し、経済を全部国のコントロール下に起きましたが、
実はこれは「労働者の革命→みんな平和、国なんていらない」と主張するマルクス主義と正反対。
共産主義という観点からは異色というか異端なのですが、
経済の国有化は元植民地にとって発展の近道と思われたので、多くの国で模索されました。
「開発独裁」という言い方もします。
とはいえ、私も「共産党宣言」読んでない人間なので。間違ってたら訂正希望〜と言って遁走。
784 :
世界@名無史さん :02/11/29 14:35
>はい、ド素人です。 でも高校生用質問スレで共産主義理論を語る玄人もかなりヤだぞ。
785 :
世界@名無史さん :02/11/29 14:38
>はい、ド素人です。 でも「高校生用質問スレ」で共産主義理論を語ってる玄人もかなりかなーりヤだぞ。
786 :
世界@名無史さん :02/11/29 20:20
世界史と政経の、おおよその区切りは何処らへんなのでしょうか? 自分が思うには冷戦までくらいは世界史かなと思うのですけど
>786 > 冷戦までくらいは世界史かなと思うのですけど んなこたぁーない。極論すれば、昨日のことだって歴史学の対象になる。 要はどこにフォーカスするか&手法の問題。
>780- 資本論はともかく、共産党宣言は文庫で100ページちょっとの薄さなので、 読んどいても損はないと思われ。
>>786 787ともかぶるが、
世界史は世界の歴史の大きな枠組みと流れを理解し考察することで
歴史的観点にたった思考力を培う教科、
政経は現代における政治、経済、国際関係などについて理解し考察することで
公民にふさわしい能力を養うための教科、
といったように学習指導要領で定められており、
目的も手法も異なる。
だから扱う時間によって範囲を区分することは不可能だ。
790 :
世界@名無史さん :02/11/29 20:59
>>786 >>787 さんの書いてる通り、本来は別に区切りなんかない。
同じ出来事を扱っても、歴史学と政治学、経済学では研究テーマやアプローチ方法、それから参照される学説リソースが微妙に違うだけ。
ただ、同時代史は、どうしても政治問題が絡むので歴史学的な研究はしづらい、その他の歴史学分野以上に定説が出難いってことはある。
それやこれやで、世界史の教科書なんかでは、どうしても薄くなりがちってことはあるだろうな。
>>773 ……というふうに、第三帝政下では言われたんですか?
国民の不満をそらすために、大衆娯楽文化は継承されたんじゃ??
でもAAは可愛いですね。
>>782 8時間労働が法律で定められたので、
これまで上層階級のものだった余暇が民衆まで広がった、
これを「余暇の民主化」という。
という感じのことを読んだんですが……今、ちょっと本が手元にないので題名が分かりません。
ダンス、レコード、ラジオ、トーキー映画なんかを楽しんだらしいんですけど。
792 :
世界@名無史さん :02/11/30 00:10
高校世界史=世界史概説=広く浅く学び、今後の選択テーマに広がりを持たせるための もの。大学以降は各論=分析的研究に踏み込む。総合的視野の構築から、分析的研究・論文作成 に移行するというふうに考えています。だから、退屈に感じても高校世界史は没入する 必要がある。
>792 大学で歴史専攻しねーヤシは寝てていいですか?
>>782 今日改めて図書館へ行って別の本を借りて読んだらあっさり解決しました。
木村靖二さんの山川出版社の『ドイツ史』を見てみたら、302ページに
「二〇年代なかば、八時間労働による余暇時間の拡大、経済の回復によって……」
とありましたので。お手数をかけてすみません。
……ちなみに。私が読んだ本は同じく木村靖二さんの
『ドイツの歴史 新ヨーロッパ中心国の軌跡』(有斐閣アルマ)でした。
795 :
世界@名無史さん :02/11/30 20:21
モロッコ事件がよくわかんないんだけど教えて
「よくわかんない」って、ことは少しはわかってるってことか? まず、自分でわかってるところまでまとめてみよう。
797 :
名無しさん :02/11/30 20:48
要塞や城に立てこもってはみたけれど、食料がなくなってあえなく落ちる・・ なんてパターンがあるようですが、城や要塞内に畑を作ったり 鶏などの家畜を飼ってある程度持ちこたえられるようにはしなかったのでしょうか?
798 :
世界@名無史さん :02/11/30 20:52
してた。 っつーか、西洋は城塞の中に丸ごと街が入ってたりすることもある。
799 :
世界@名無史さん :02/12/01 00:21
同じく中世の都市について質問です。 中世のフィレンツェやヴェネツィアは城壁で囲まれてたそうですが、 もし都市の規模が城壁より大きくなって、城壁の中が飽和状態に なってしまったらどうしてたんですか? 古い城壁を壊し、新しいのを作って広げてたんですか? それにしても、あまりにももったいなさすぎませんか? コンスタンティノープルの城壁とか、年代物なんでしょうし、 壊すとしたらもったいなさすぎですね。
田舎から出てきた貧乏人は、城外に田畑を作ってたかと。
801 :
世界@名無史さん :02/12/01 01:04
19C頃のドイツ史についてなんですが・・・ 分裂していたドイツの中心的存在だったプロイセン。筆頭に立つ程の力の源はどの ようなところからきたのですか? ナポレオン時代とウィーン体制時代に何があってプロイセンは力をつけていたのですか? 教えて下さい!お願いします。
>>729-734 さん
質問者です。
1週間もお礼が遅れて申し訳ありません。
ありがとうございました。
803 :
パシッチ ◆mWYugocC.c :02/12/01 12:15
>>799 別に壊してるわけじゃなくて、その外側に新しい城壁を作ってるだけみたい。
イスタンブールに行ったことあるけど、町の真ん中に城壁が立ってたりして面白かった。
>>801 プロイセンの隆盛はもっと前。三十年戦争からやね。
もっともそのころは「ブランデンブルク辺境伯」だったけど。
三十年戦争末期のフリードリヒ=ヴィルヘルム(大選帝侯、1640-88)が国力増強に努め、
ルイ14世に追い出されたユグノーを保護した。
その後、フリードリヒ=ヴィルヘルム1世(1713-40)が軍備を整えた。
このあたりからすでに大国への道を歩んでいた。
804 :
世界@名無史さん :02/12/01 12:41
>>803 もしかして801はフリードリヒ大王についてもよく知らないんじゃないか?
805 :
世界@名無史さん :02/12/01 15:14
亀レスだが。
>>783 「開発独裁」は、一般的に政治的にはむしろアンチ共産主義。
一番顕著なのがインドネシアで、スハルト体制への移行に伴って
共産党解散、支持者を50万人も虐殺している。
経済の国有化、というか国有企業と途上国開発の問題は複雑だが、
アジアに限れば多くの場合、国内の財閥に実際の開発をさせて、政治は
法整備や海外からの援助割り当て、利害調整などが中心だった。
(もちろん、石油などの重要資源は国有化しているが)
韓国のヒュンダイ・サムスンや東南アジアの政商たちは、もともと
こういう経緯で力をつけた財閥。
806 :
世界@名無史さん :02/12/01 17:39
803> ありがとうございます。
807 :
世界@名無史さん :02/12/01 19:09
あの、雲南地方って今のどの変なんでしょうか? 最後に、まっかつ族はどの辺にいつの時代に活動していて、おもにどんな国を滅ぼしたとかおしえてください。資料見てもよくわかりませんでした。
>>807 中国の雲南省。昔の大理国のあたり、ユンコイ高原かな。
マッカツは…今の言い方なら東北地方・ロシアのハバロフスク地方かと。
滅ぼしたのは…、渤海ぐらいかな。
補足お願いします(汗)。
>>801 他の有力諸侯が勝手にこけた、という事情も大きい。
ファルツ選帝侯→30年戦争でこける。
バイエルン選帝侯→スペイン継承戦争でこける。
ザクセン選帝侯→ポーランドと同君連合を形成し国力を消耗。
特にファルツ、ザクセンがこけた後は、ライヒ内でハプスブルクに対抗しうる領邦は他になく、
プロイセンは(プロテスタント)諸侯の盟主としての地位を最大限に活用していく。
811 :
世界@名無しさん :02/12/01 20:03
プロイセンとブランデンブルクの合邦ですけど、なぜ新国名がプロイセンになったのでしょう。 選帝侯の一つであるブランデンブルクの方が格式も上の様に思われるのですが。
>799 亀レスだけど、大砲が主力兵器になって城壁の意義が薄れてからは、取り壊してしまうケースが多い。 取り壊した跡地は、環状高速道路になっていたり、 最近ではパーク&ライドの境界線に使われてたりすることも多いから、 外国に旅するときはそのへん注意して地図を見てみると面白いかもよ。
>>812 ブランデンブルク領主は辺境伯のままだが
プロイセン領主のタイトルは公から
プロイセンにおける王(Koenig in Preussen)
→プロイセン王(Koenig von Preussen)に格上げにされたから。
プロイセン領主が王になれたのはこの地域が神聖ローマ帝国の外側だから。
帝国の内側にあったバイエルン・ザクセン等が王になったのは神聖ローマ帝国瓦解後。
815 :
パシッチ ◆mWYugocC.c :02/12/04 12:54
ageときます。
イスラムの王朝で黒羊朝と白羊長について教えてください 資料集で見つけたけど一言も触れられてなくて 禿しく気になってます
817 :
世界@名無史さん :02/12/04 21:06
19世紀にイギリスが奴隷貿易、奴隷制度を廃止していますが、 なぜ廃止しようとしたのでしょうか? ブラジル帝国で帝政が廃止された理由は何ですか? 1997年のアムステルダム条約って何ですか? おねがいします。
818 :
世界@名無史さん :02/12/04 21:14
レーニンはなぜ武力によってヴォリシェビキ独裁を行ったんでしょうか? 誰か教えてください
819 :
世界@名無史さん :02/12/04 23:28
>>816 ここで聞いてみるといい
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1033482388/l50 まあどっちもイル・ハーン朝解体後のイラン北西部で勃興したトルコ系遊牧部族中心の王朝。
最初に強盛になったのは黒羊朝ことカラ・コユンルのほうだがその君主ジャハーン・シャーが
白羊朝ことアク・コユンルのウズン・ハサンによって殺されるとアク・コユンルが一気に強大になった。
西部イランでの変動を知った東部イランから中央アジアを支配していたティムール朝最後の統一君主アブー・サイードは
アク・コユンルに対して遠征を行うがかえってウズン・ハサンに敗死する。
事実上アク・コユンルはイランの最強勢力となったが当時メフメト2世が君臨していたオスマーン朝との関係がこじれて
1473年オトゥルリベクの戦いで敗北して王朝の拡大は止まる。
しばらくしてウズン・ハサンが死ぬとしばらくして内紛状態に陥ったあげく彼の血を引くアルダビールのサファヴィー教団の教主
イスマーイールによって1501年に主要都市のタブリーズを奪われて1508年にはイスマーイール率いるサファヴィー朝によって
最後の拠点バグダードを奪われて王朝は消滅した、といったところが概説になるかな。
手軽に読める本で一番いいと思われるのは山川の世界各国史の『西アジア史』2巻。
でも難関私大でない限りこんなもんテストには出ないからあえて読む必要もないと思われ。
≫819 非常に詳しく、ありがとうです まぁ、漏れは理系なのでセンターまでですし むしろ志望校の関係上センターすらほとんど要らない罠(^V^)
821 :
世界@名無史さん :02/12/09 02:12
「国際連盟にも加盟し、ケロッグ=ブリアン協定(不戦条約)にも調印したが、 侵略戦争を行い、国際連盟から脱退した三つの国を挙げよ。」 という問題で、答えは日独伊の三国だったのですが、 ソ連を入れたら不正解でしょうか? ソ連は国際連盟に加盟していたし、不戦条約にも調印したし、 ポーランド侵入で国際連盟を脱退させられたのでちょうどだと思います。
822 :
世界@名無史さん :02/12/09 16:49
質問です。 豊臣秀吉が朝鮮に進出した際、日本軍は鉄砲を装備していたそうですが、 朝鮮は鉄砲を持たず原始的な武器を使っていたと本で読みました。 明は朝鮮に援軍を送り込みますが、この時の明の武装について知っている方 いらっしゃいますか?
823 :
世界@名無史さん :02/12/10 22:07
今現在偏差値50です。この際それはどうでもいいんです。 センター試験で8割以上とりたいんです。 この板の人はセンターは満点や9割をとれるひとがざらにいると聞いたので いまから1ヶ月少し、本気でやるので(他教科との並行した勉強にはなりますが) どうにかとれる方法、参考書等を教えてください。努力は惜しみません。 よろしくおねがいします。
>823 2chなんか見てないで勉強汁!
>>823 世界史を好きになれ、としか言いようがない。
この板の人らは確かにセンター世界史でいい点を取ったかもしれないが、特別な勉強法があったから出来たんじゃない。
好きな教科だから点を取れたんだ。
受験や定期テストの世界史でいい点を取ろうというスレは時々見かけるけど、どのスレでも具体的な方法はあまり出てこない。
よくて語呂合わせの披露宴になる。
つまり、世界史板の住人が当たり前にやってるんで言う必要もないだろ、と思ってるようなことに実はいい点の取り方が隠れているのか、
もしくは住人のように好きになってしまうか、
方法はそれしかない。
826 :
世界@名無史さん :02/12/10 22:34
池田大作先生は、なぜあんなにも一身にありとあらゆる美徳が 備わっているのでしょうか。
強引な釣り師だなあ(w いや、好きだよ。その豪腕な直球
828 :
世界@名無史さん :02/12/11 00:09
829 :
県立新座高校 :02/12/11 01:00
>>817 奴隷制の廃止について
産業革命が本格化するにつれ、奴隷を労働力として働かせるメリットが希薄になったんじゃないかな。
むしろ、自国で奴隷制を維持することで生じるデメリットの方が大きいような気もするし・・・
18世紀の2大革命の影響も大きいと思うよ
まぁ推測ですけどね
生臭い質問でご勘弁。 「南京大虐殺はあったのかorなかったのか?」 あった派、小規模であった派、そのような事実はなかった派が 素人にはよくわからない史料を交互にあげて、結局、回答が得られないです。 統一見解としてはどうなっているのでしょうか? 数万人を虐殺したと言われている事実は本当にあったのでしょうか、教えてください。
統一見解ていうのはまだ無いかと。 だから一般には語られにくい。 強いて言えば秦郁彦氏の主張でしょうか。
>>817 >奴隷制
アメリカ独立戦争に負けたことが一つの契機。
同じプロテスタントの国に負けた→神罰→奢侈を生み出す奴隷制は廃止すべき、というのと、
奴隷を使う「自由の国」アメリカへの対抗意識。
もちろん、奴隷制がなくてもやっていけるという背景も重要だけど、当時のイギリスではかなり熱狂的に迎えられたらしい。
>アムステルダム条約
EUの奴だよね?
正式名は新欧州連合条約というらしい。
・過半数の国の合意が成立すれば、まずそれらの国で統合を実施しうる。
・共通外交・安保政策については全会一致に配慮するが多数決で議決する。
・欧州委員会と欧州委員長の法的裏付け。
ということらしい。
833 :
世界@名無史さん :02/12/11 22:35
834 :
世界@名無史さん :02/12/12 00:03
辛亥革命のところで、武昌蜂起の後「大部分の省が独立した」と ありますが、これってどういうことなんでしょうか? 連邦制なら分かるんですが・・・・ 「独立」を決定したのは、誰なんですか?民意?省の長官?? お願いします。
貴重な意見アリガトウございます。 好きではあるからもっと好き度を上げようと思います。 一ヶ月で・・・
836 :
世界@名無史さん :02/12/12 12:29
NIESについての質問です。 山川の用語集にはNIESにブラジルが含まれていますが、 ある大学の問題では、NIESに含まれない国を問う問題で ブラジルが正解にあがっていました。どちらが正解なのでしょうか。 それと、タイ、メキシコ、ペルーの中でNIESに含まれる国はありますか?
>>834 「辛亥革命」について
1911年10月10日の武漢の蜂起に続いて一ヶ月内に
陝西、山西、雲南、江西、江蘇、浙江、貴州、広西、安徽、広東、福建
の諸省が独立した。武漢以外では武力衝突はなかった。
中心になったのは、各地の実力者、郷紳で、立憲体制などの緩やかな
流れを考えていたが、急速な革命の流れをみていち早く革命の流れに
のった。
結局これが不充分な体制変革であったと言う者もいる理由だろう。
839 :
世界@名無史さん :02/12/12 17:10
アブル=アッバースとアブー=アルアッバースどちらが 正しいの?(両方正しい場合もあると思うが。 それと、受験ではマンスールorアル=マンスールどちらでもいいの? 歴史上の人物でマンスールは他にいないと思うし。
840 :
世界@名無史さん :02/12/12 17:18
>>839 どっちも正しいといえば正しいし逆もまた然り。
要はアラビア語の定冠詞アルをどう表記するかという問題なのだが
結局のところ外国語の音訳には限界があるからな。
まあ気にするほどのことではない。
あと受験ではマンスールでいいんじゃない?
受験生のときは漏れもそう書いてた。
841 :
世界@名無史さん :02/12/12 17:38
中国の清王朝って満州族が建てたんですよね。 漢民族は自分たち以外を蛮族・劣ったものと見なしていたと聞きましたが、 異民族の支配下に入ることに反発や嫌悪感は無かったのでしょうか。 元と比べて清が非常に長く続いた理由を知りたいです。
842 :
五分後の世界 :02/12/12 17:52
>756 ありがたふございますたm(_ _)m 更に質問なのですが、某トン キン経済大学の文化史の問題を解いてると「フランス人のアンドレ= マルローは義勇軍航空将校として共和派を助け、(D)を書いた。」 というコンテクストで問いが「空所Dに入れるのに最も適切なものを @-Cの中から一つ選び、マークして答えなさい。」 @ 「希望」 A 「征服者」 B 「王道」 C 「人間の条件」 となってて自分的にどう考えても@とCが答えのような気がしてなら ないんですけど、答えが@のみになってて(゚Д゚)ポァ? 此れって問い 自体が破綻してるのですかねぇ? それとも漏れの頭が破綻? 馬鹿馬鹿しいけどどうかお願いします・・m(_ _)m
843 :
五分後の世界 :02/12/12 17:58
っていうか 辞書引いてみたら全部マルローの作品じゃん・・・ この問題はサービス問題なの・・・・・・?
844 :
世界@名無史さん :02/12/12 18:04
>>842 コンテクストの説明不足だと思われ。
正解が@「希望」なら
”(D)を書いた”の前に”その体験を元にして”の1文が入るべきだろう。
845 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/12/12 18:20
>>842 全部マルローの作品ですが、スペイン内乱に参加して書いたのは「希望」ですね。
「征服者」と「人間の条件」は中国革命の体験、「王道」は遺跡調査から。
それにしても、マニアックというか、根性悪いというか、凄い問題。
ついでに言っとくと「ありがとう」の歴史的仮名遣いは「ありがたう」です。
歴史的仮名遣いは読めればいいんで、書けなくてもかまいませんが。
846 :
五分後の世界 :02/12/12 19:13
>844+845 なーる・・ っていうかそんなん解るかヽ(`Д´)ノ って感じなんですけど・・・ 一問だけそんなマニーのが紛れ込んでる なんて東京経済大学侮りがたし・・ 自分はマルローの作品、希望と 人間の条件しか知らなくて、答え二つあるじゃん(゚Д゚)ハァ?と思ってたら そんな深いところまで読んで答えなくてはならなかったとは・・ 某皇室御用達大学の世界史の問題も「スウェトニウスの書いた 『カエサルたちの伝記』という本によると、カエサルはガリアとイタリア の境界のルビコン川を越えてイタリアへ帰還する前夜、製粉所に 立ち寄って、(1)を調達したという。」っていう問題で 答えが ロバ なんていうの出してたし意味ワカメ・・ 一体こんな問題を出して受験生の何を試したいのか・・・と小一時間(以下略 あぁ 愚痴ってしまった。 ありがたうございますたm(_ _)m
847 :
世界@名無史さん :02/12/12 19:15
>>839 念のためアブー=アル=アッバースで覚えろ
848 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/12/12 19:30
>>846 五分後の世界さん
そんな問題は捨てた方がいいですよ。
私はファンなんでほぼ全作品読んでるけど、そこまでやってたら他の科目が
危ない。ついでに言うと私はあなたより30年ばかり長く生きている。
どうせ、正解者は鉛筆転がしたかなんかだろうし。
849 :
世界@名無史さん :02/12/12 19:32
スペイン内戦は高校生ならヘミングウェイとオーウェルの作品だけ押さえれば十分だろう。
850 :
五分後の世界 :02/12/12 20:55
>848様 えぇ そんなに年上の方だったとはガ━ΣΣ(゚Д゚;)━ン・・ っていうかここの板の方達皆凄すぎます・・ 知識が半端じゃねぇっす・・ 尊敬しまくりです・・ 自分は浪人かまして、今年の5月から気合の独 学で血ヘド吐きながら世界史始めたんですけど、偏差値70越えた今、や っと世界史が楽しくなり始めてきますた。 大学生になっても趣味でや ろうかナァとか、やっと思い始められた訳で・・ ってその前に受から なきゃ(´・ω・`) ほんとクダラナイ?質問にわざわざレスを有難うござ いましたm(_ _)m
>850 ていうか趣味でやるには深すぎるよ>世界史 少なくとも西欧主要4ヶ国語(英仏独伊)は読みこなせないといけないし、 シルクロードなんかやろうもんならそれに加えてペルシャ語、中国語、白文も できないとあかん。 知識はあって当たり前、そっから先の世界だよー。
そうですね。かなりの努力は必要ですな。 自分も大学では語学をやろうと決めました。 将来歴史を学び、世界各国を旅してみたいので…… 英仏独露アラビアは何とかなったので、あとは 伊と中とペルシャかぁ…… しかし、趣味でここまで来てしまっていいものかと気にはなります(笑
853 :
世界@名無史さん :02/12/12 22:49
くだらない質問ですが・・・ 「ユリウス・カエサル」と「ユリウス=カエサル」の表記の違いはなんですか? っつーか、=はどんな時に使うの?
854 :
世界@名無史さん :02/12/12 23:29
>>853 厳密なルールがあるのかは知らないのですが、「・」で区切るのは単に氏・名の
ようなケースで、混在させる場合には「=」で区切るのは二重姓とか、氏姓の部
分ですね。
たとえば、チャーチルは「ウィンストン・レオナード・スペンサー=チャーチル」など
と表記されますが、この場合、ウィンストンとかレオナードは名前、次のスペンサ
ーとチャーチルが二重姓で、2つの家系を継いでいることを示しています。
あなたが例にあげた「ガイウス・ユリウス=カエサル」の場合は、ガイウスが個人
名、ユリウスが氏族名、カエサルが家名です。日本風に言えば、名・姓・氏の順
ですね。尊氏・源=足利みたいな感じですかね。
とはいえ、単純に氏名の区切りとして「=」を使っている例やチャーチルのように
書き分けたほうが適切と思われる場合も、すべて「・」で表記する例があるので、
割といいかげんなものと考えてよいでしょう。
すみません、歴史というよりも言葉の成り立ちとか言語学とか になってしまい唐突で申し訳ないのですが、 現在の多くのヨーロッパ言語のアルファベットにおけるkとhって そのアルファベットの基となったものにおいては同じもしくは 非常に近しい文字だったのでしょうか? 形・音などが似てる感じがすると思うのですが・・ それとvとwは当然としても、vとu、qとgやpとf、iとjとy などはどうでしょうか? もしこういう分野に詳しい方おられましたら教えてください。
すみません、sageてしまった、、、
858 :
世界@名無史さん :02/12/13 03:20
>>856 質問の主旨が今一つはっきりしないのですが、
アルプァベットのある文字が他と関係があると言うのはその通りですね。
ヨーロッパの言語の多くは大きくわければおなじFamily になります(印欧語族)。
そのもとになったとする「印欧基語」と言う学問上の仮説の言語の話者は文字を持ちませんから、
元になった言葉の文字との比較においては違うということですね。
御存じの通りアルファベットのもとはフェニキアですから。
時代が全然違います。(印欧基語の想定年代の方がずっと古いので)
Phonetics (音韻学)と言いますが、
k と h は印欧語の伝播派生の過程で「音として」入れ代わったりした可能性の
非常に高い組み合わせの一つですね。
日本人が苦労する v と b もそうですし、
おっしゃる通り p と f もそうですね。
文字的な親戚関係もあり得ますが、ほとんどは「音」です。
ただ、q と g や v と u については音が全く違うので
ちょっと違うかもしれませんね。
とここまでお答えしましたがわたしは門外漢なので、
この手のことは言語板いって、高校生(ダヨね?)だと名乗って
スレ立てるまでもない質問スレで質問したら、
すごく親切に教えてくれると思いますよ。
859 :
世界@名無史さん :02/12/13 03:49
>>858 レス大変ありがとうございます。
>ヨーロッパの言語のもとになったとする「印欧基語」と言う
>仮説の言語の話者は文字を持ちませんから、元になった言葉の文字
>との比較においては違う
そっか・・音だけ「印欧基語」(初耳でした、勉強不足w)というもの
ではkとhの文字としての形の類似性みたいなものは何もいえないんですね。
僕もヨーロッパのアルファベットの元がフェニキア文字だというのは聞いていた
のですが、もっとずっと前からその親の言語みたいなものが存在して
いたということですね・・と、例えばkとhの伝播派生の過程上で、
もともと近しいこれら二つ音に文字をあてがう時に、形の近い
「k」と「h」の2文字をそれら二つ音に対応させた可能性は・・
とか妄想してしまうのもあながち間違ってないのでは・・とか思って
しまうのですが・・
>ただ、q と g や v と u については音が全く違うので
>ちょっと違うかもしれませんね。
違うんですね・・ちょっと残念。ただ、素人考えで申し訳ないのですが
qは「く(みたいな発音)」でgは「ぐ(同)」、また
vは「ヴ」でuは「う」で似てるようにも思うのですが、どうでしょうか。
改めて丁寧なレスありがとうございました&長文でスマソ
>>859 ちょっと補足ですが、印欧基語の話者と言うのは学問的な仮説上の人々なので、
本当にその人たちがこの世に存在していた物的証拠は考古学の分野であって、
言語学としては現存する言語からさかのぼって類推しているわけです。
そう言う人がいたかも実はわからない。だから文字もないと仮定してるわけです。
詳しくは岩波新書の「印欧語の故郷を探る」でも読んでみて下さい。
それから q ですが、むしろ q と k の関係、あるいは k と g の関係
の方を考えるべきと思います。
言語によっては q のない言葉もあったはず(ギリシャ語、ロシア語?)
v と u は発音するときの口の形が全然違うんです。
v と f は言うまでもなくさんざん入れ代わってますね。
以上、門外漢はこれ以上言わないことにいたします。
uはyとのほうが関係ありそうっしょ
>>856 さん
そういうときは小文字よりも大文字で考えた方がいいです。
小文字の方が成立遅いから。
Gは起源的にはC(<Γ)です。両方とも本来は[g]という音ですね。
ギリシャ文字では無声音がK、有声音がΓだったんですが、ローマに伝わる途中でKが使われない地域があって、
初期のラテン語では[k]にも[g]にもΓを使ったようです。背が丸くなってC。有声であることを示す為記号をつけてG。
VとUはラテン語まではVと書きました。ラテン語のVの発音は[w]です。これが中世の間に[v]に変化して今の形になりました。
PとFは……Pは本来Πで、Fは確かEから派生した(なのでEの次に並んでる)ので、あまり関係ないと思います。
IとJは、ラテン語では両方Iと書きました。[j]という発音になることを示す為にIの尻尾を曲げたのがJの起源です。
Yは、似てなくもないのですがギリシャ語にあってラテン語にない発音[y](イとウの間のような音)を表記する為にギリシャ文字をそのまま持ってきました。
865 :
五分後の世界 :02/12/13 13:39
856以降のやり取りが神によるものに見えてしょうがないのですが、何か? >851 そっ そこまで行くとはもう趣味じゃなくてお仕事では・・? 漏れは細々と精々高校世界史で学んだ知識を発展させる程度で勝手な自己満に浸る ことにいたします(((( ;゚Д゚)))ガクブル それはそうと中南米現代史がさっぱり です・・ ニカラグアなんて何処にあるのかすら解りません・・ アメリカが 何やら妖しい動きをしてたってことは何となく解るんですけどねぇ・・ 何か高校生レベルの、中南米現代史について書いてある本ってありますかm(_ _)m?
>>860 さん
レスありがとうございました。
なるほどアルファベットの中の物の類似性を
時代を遥か昔に遡って考えるときには
アルファベットの文字形については考えてはいけない
というか考えられないんですね。
印欧基語というものについて教えて頂いた本をちょっと
見てみようと思います。大変ありがとうございました。
>>BVLGARIさん
リンクありがとうございました。丁度知りたかったような情報
が沢山で特にギリシャ語→ラテン語の対応表が私のような
素人にはとても助かりました。
>>863 さん
そうですね、本来は言語学板で質問すべきでした・・。
実は今となっては・・自分の質問のあまりの無知さに気づき(汗)
ここで私のような素人めにみなさんが親切に教えて頂いたから
よかったぁ、と思ってます・・。(恥)
>>864 さん
レスありがとうございました。
すごくわかりやすくて、どのアルファベットとどのアルファベットが近しい
のかとかすごくすっきりわかりました。
やはり858さんが言われたようにKとGを考えなければ
いけなかったんですね。(恥) KとGの説明をちょっと感動しながら
読ませて頂きました。ちょっと改めて書かせて頂くと‥‥
ギリシャ時代 → ローマに伝わる途中
K(無声音) Kが一部で使われず
Γ(有声音) Γが[k]と[g]の両方を表す
→ ラテン語
ΓがC(無声音)になり
その有声音がGとなる
という流れがすっきりして感動しました。
また、Jの起源、Yのギリシャ語起源などもわかりやすかったです。
改めてとてもわかりやすい解説でありがとうございました。
869 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :02/12/13 16:07
フランス国旗の色の意味なんですけど、赤=自由 白=平等 青=博愛 ってのは解るんですが、元々の由来は、赤=市民(第三身分) 白=ブルボン王家 青=貴族 なんですか?
870 :
アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/12/13 17:01
>>869 たしか、元々のいわれは、パリと国王の親和(ルイ14世は幼時のトラウマで
パリを嫌ってヴェルサイユに引っ越したから)を祝して、パリの旗の赤と青の
間にブルボン家の白をはさんだ、と記憶しますが。
>>870 そーなんですか。
ありがとうございます。
872 :
世界@名無史さん :02/12/13 18:31
今日、学校の先生がベンガル分割令をだしたカーゾンとヨーロッパのカーゾン線はおなじ人間から名をとったとか言ってたんですが 別物ですよね?
>>872 同じです。
George Curzon、初代カーゾン侯爵(1859-1925)
1889-1905、インド総督(ベンガル分割令は1905年)
1919-1924、外務大臣(カーゾン線の提唱は1920年)
有能だが傲慢な人物で敵も多く、インド総督辞任後は長く政界引退。
第一次大戦の勃発で復帰するが、期待していた首相の座には結局つけず、
失意の死を遂げた・・・ということらしいです。
なんかインド総督になっちゃった人物は頂点に立てないのが宿命だったようですな。
854さん855さん どうもありがとうございました。
875 :
世界@名無史さん :02/12/14 16:52
あの〜アラブ帝国とはウマイヤ朝のことだけさしてるのでしょうか? それと、対照的にイスラム帝国とはアッバース朝だけを さしてるのでしょうか?教えてください。 それと、アッバース朝はアラブ人の国ですが、これの首都を ブワイフ朝が946年に占領してるんですよ。ちなみに、 民族はイラン人ですね。その後、セルジューク朝がバクダードを 1055年に占領してるんですよ。ちなみに、トルコ系ですね。 そのあとに、イル=ハン国が1258年にバクダードを占領して アッバース朝を滅ぼすんですが、どうして、ブワイフ朝がアッバース朝の 首都バグダードを占領したときに、アッバース朝を滅ぼさなかったのですか? 民族違いますよね。それに、セルジューク朝だって、滅ぼすこと できましたよね。で、なんかカリフの称号(スルタン)もらって、支配権 を手に入れたと記述してありますが、アッバース朝を 倒せば、別にスルタンもらわなくて、すむと思うのですが。 また、ガザン=ハンのガザンは名前で、ハンってなんでしたっけ? 苗字じゃなくて、なんかあったよね〜。
876 :
世界@名無史さん :02/12/14 17:57
本沢朝もアラブ帝国ですよ
キモい口調の質問には答えない主義。
878 :
世界@名無史さん :02/12/14 18:01
質問です。 イギリスの植民地支配がイギリス国内の奴隷労働禁止とどのような関連があるのでしょうか?(1833年頃) なぜ、奴隷労働禁止とともに植民地化が一気に広がったのでしょうか?
フランスの三色旗の起源というと、パリの赤青の市旗+王家の白っつー説明で終わっちゃうことが 多いけど、ホントはパリがなぜ赤青で王家が白なのかもちゃんと理由があったりする。
>>879 もったいぶった人なんか教えてくれないでいいです。Yo.
881 :
世界@名無史さん :02/12/14 19:24
1.1953年にアラブ連盟に加盟した国はどこですか? 2.イスラエル共和国において日本国大使館のある都市はどこですか? この2つを教えてください
2.はTel Avivだな。 イスラエルの首都機能はテルアビブが請け負っている。
冬休みに向けて、宿題スレ化するのだけは避けたいところだ。
>>882 もともと、宿題テーマ程度の質問を本来の質問スレから隔離するために設置
されたのだから、ある程度はやむを得ないのではないかな。
ただ、インターネットで検索できる時代なのだから、まず自分なりに調べてから
わからないことを聞いてもらたいたいものだ。
885 :
世界@名無史さん :02/12/14 21:00
886 :
世界@名無史さん :02/12/14 21:15
(ヨーロッパから見た)新大陸の発見とは コロンブス、あるいはアメリゴ=ヴェスプッチ かなんかだと思うんですが 教科書にはノルマン人も到達したとあります。 いったいどうやってわかったんでしょうか?
>>886 追加。
どうやってわかったんでしょうとは
ノルマン人が到達していたという事実が
どうやってわかったんでしょうかという意味でした。
888 :
世界@名無史さん :02/12/14 22:26
上の問題(1953年に加盟した〜)は1時間くらいネットで検索しましたが わかりませんでした。 アルジェリア、イラン、スーダン、チュニジア、リビア のうちのどれかです。
890 :
名無し募集中。。。 :02/12/15 00:25
朝鮮出兵で明の死傷者はどれぐらいだったのでしょうか?
>>889 リビアみたいですね。
45年のオリメン→エジプト、サウジアラビア、シリア、ヨルダン、イラク、レバノン、イエメン
53年、リビア
56年、スーダン
58年、モロッコ、チュニジア
61年、クウェート
62年、アルジェリア
67年、南イエメン
71年、カタール、バーレーン、オマーン、アラブ首長国連邦
73年、モーリタニア、
74年、ソマリア
76年、PLO
77年、ジブチ
93年、コモロ諸島
ふ〜。
別の辞典だとリビアの加盟は51年になっていましたが、細かい事情は不明。
>>889 消去法で考えなさい。
まず、常識的なことですが、イランはアラブ諸国ではありませんので、除外
してよいでしょう。
次に、1953年にアラブ連盟に加盟したということは、その時点で国家として
独立していたということですから、1960年に独立したアルジェリアや1956年
に独立したスーダンとチュニジアを除外できます。
>>889 というか、あなたが受験生であれば、その問題に関連して記憶すべきことは
アラブ連盟の年次別加盟国の一覧ではなく、
>>893 に出ているような事項、
1 イランはアラブ諸国ではない。
2 エジプトを含む中東のアラブ諸国は、トルコ帝国の解体により、第ニ次大
戦前には独立していた。
3 これに対して、アフリカ諸国の独立は第二次大戦後で、リビアが1951年
に独立して先鞭をつけ、以後、1956年に3カ国が独立し、「アフリカの年」
と呼ばれる1960年に17カ国が一度に独立している。
という基礎的な知識ですよ。
単なる悪問に見えますが、上記の1〜3のアラブ、アフリカ近現代史の常識
的な知識の範囲と推理力で解答可能ですので、良く考えられた問題なので
す。
896 :
世界@名無史さん :02/12/16 21:36
897 :
世界@名無史さん :02/12/19 00:26
両税法を開始したことで貴族制の没落を促したと言われますが 両税法が没落にどのように関係したのでしょうか。
言い方が悪かったです、すみません。 入試過去問に 「貴族制の没落を促した一つの要因に税制の変革がある。 土地の支給を受けた人を単位に課税する租庸調制を改めて、 現住地で課税する両税法に変わった。」とあったんです。 具体的にどのように貴族の没落に作用したのかが知りたいです。
part3のスレをたてました
>>1 です。
(part1、part2をたてた方とは別人ですが)
>>930 以降、
>>950 以前に、Paart4をたてるつもりでいます。
基本的には、part3の
>>1-2 に準じた主旨文でいくつもりです。
つきましては、主旨文について提案のある方はカキコお願いします。
参考にさせていただきます。
質問しても回答はしばらく待とう。「明日までに教えてください」とか書いて都合よく回答がくるとは限らない。
とかは加えようと思っています。
世界史板は怒涛のようにレスがつくことは少ないしねぇ…… 毎回950レスを越える前に倉庫に落ちちゃってるから、そんなに 慌てなくても良いのではないかと思ふ。
902 :
世界@名無史さん :02/12/19 21:06
要望だが「アゲ進行推奨」はどうか。 リアル工房やリア廚を引き付けるのがいいと思われ。 ところでこのスレの回答者は同業者の皆さんが多いのかな。
903 :
世界@名無史さん :02/12/21 02:28
問題1 前43年に3人の実力者が手を結んでローマの政治を動かしたが、これを何というか? 問題2 問題1の実力者のひとりで、クレオパトラと結んだ、もとカエサルの部将は誰か 問題3 問題1の実力者のひとりで、エジプトを除くアフリカ北岸を勢力圏とした部将は誰か 問題4 問題1の実力者のひとりで、カエサルの養子は誰か 問題5 エジプトのプトレマイオス朝最後の女王は誰か 以上の5問をお願いします。
>>903 教科書って言葉知ってるか?
全部載ってることだぞ、一応。
答えは
1:第2回三頭政治
2:アントニウス
3:レピドゥス
4:オクタヴィアヌス
5:クレオパトラ7世
>>904 高校生騙すなよ(;´Д`)
>>903 1:第7回三頭政治
2:ティベリウス
3:ティトゥス
4:カエサリオン
5:クレオパトラ2世
>>905 質問スレなんで、そういうことをするのはちょっとどうかと思うのですが。
>>904 の方が正解ですよ、念のため。
>>906 誘導元のなんでも質問スレを見てたら、
「ぉぃぉぃ、お前自分で全く考えなかっただろ」とか思っちゃいまして。
なんにせよDQNな行動でした。すみません。
にしても、この程度も調べる気のない奴が、世界史スレッドなんか 来るなよ。
>>905 が怒ったのはよく分かるし、2ch的なノリでこういうレスをつけ直した
理解できる。同一人物だろうことは、書き込み時間を見れば分かるしな。
>>906 は、あまり親切すぎるのもどうかと思うのだ。
>>883 参照。
>>2 より引用。
・自分でも調べてわからないことを質問しましょう。
あまりに単純な質問は自分で調べなさいと言われがち。
自分で調べたのはどこまでか、そして何がわからなかったか書くなどすると解答率が高くなります。
というのが、前スレでの統一見解。(を
っつーわけで、
>>903 みたいな質問は罵倒するべし。
911 :
世界@名無史さん :02/12/21 19:05
そだよ。こんなのに答えると本人のためにならんよ。
しょせん隔離スレ。自分で調べる学生はこんなとこに来ない。 教科書や用語集見てもわからないような質問なら なんでも質問スレにしても「高校生だろ」とまず言われないし。
うぃ。そですな。スマソです。 そっか、世間一般では冬休みなのか……
まぁ、結構面白い質問もあるしね。 学校では教えてくれないことだってあるから、質問は大歓迎だね。 このスレは高校生用というか、受験云々のスレが乱立することの 防波堤にもなってるんじゃないかな? 様々な質問を受け付けるってことで。
915 :
世界@名無史さん :02/12/21 23:58
単発質問スレ防止用に唐揚
916 :
世界@名無史さん :02/12/22 04:00
まともな質問はいいのよ。 ただ903はひどすぎるからこの手をどうやって防ぐかだよね。 903ミタイなのはすぐ答えないで 「自分でやってから戻ってくれば?答え合わせはしてあげるよ」 というのはどうか? これ英語板の「高校生用質問スレ」でやってるけど結構成功してると思う。 次スレ立てる人、テンプレで考慮をお願いすます。
905が無かったら、俺が905を書いてたよ(w
919 :
世界@名無史さん :02/12/22 08:45
>917 そういう事情を斟酌してやっても903の質問はひどすぎますな。 下手したら一般常識じゃないか、これ。歴史の教科書ってのは内容は薄いけど、 その薄い教科書にさえほぼ間違いなく書いてあることでしょう。 調べるのにものの5分もかからんはずだよ。
920 :
世界@名無史さん :02/12/22 08:56
>>919 古代ローマの年代が分からないと、教科書の後ろの方を探してしまうかも知れない。
921 :
世界@名無史さん :02/12/22 09:21
>>920 それは授業をちゃんと聴いて、ノートをきちんと取ってればあり得ないので、
それこそ宿題がわからなくても自業自得と言うものです。
922 :
世界@名無史さん :02/12/22 09:23
ヴィクトリアは「女王」なのになぜインドを併合した途端 「皇帝」になれたんですか?さらにインドを手放したあとは また王様になってますよね、これはどういうわけなんでしょうか。 王様より皇帝のほうがえらいんだからずっと皇帝を名乗っとけば いいのにという感じがするんですが。
923 :
世界@名無史さん :02/12/22 09:36
>>922 ビクトリア女王はイギリスの支配者(というと語弊があるが)としては「王」ですが、
インドを併合したときにムガール帝国の「帝位」を形式上継承した事にしたので。
「インド皇帝」なのです。つまり同一人物が2つの位を同時に持ってたと言うことです。
王様より皇帝がエライのかどうかは議論がつきないところで、
ここで簡略に述べるのはチトしんどいです。
たしかそんなことを議論しているスレがあったかもしれないので
検索かけてみて下さい。
924 :
世界@名無史さん :02/12/22 09:42
>923 わかりました。
926 :
世界@名無史さん :02/12/22 17:14
イギリスにおける「ジェントリ」と呼ばれる人たちは、 ピューリタンが多いのか国教徒が多いのかどちらなんでしょうか。 教科書や用語集を調べてみると、ジェントリは主にピューリタンで ピューリタン革命の主役になったとあります。 しかし共和政が終わった後(それ以前もですが)の議会は 貴族やジェントリが多数派を占めたと書いてあります。 共和政の後制定された審査法により非国教徒は議員になれないのに、 何故ピューリタンのはずのジェントリは審査法の制定に反対せず、また制定後も残っていたのですか? 用語集などには書いてないけど実は国教徒に改宗したとか、そういう事実があるのでしょうか?
927 :
世界@名無史さん :02/12/22 20:46
>>962 社会史はいつ頃どうで、誰がどうで、と言うことの難しい分野ですが、
なるべく平板に説明しましょう。鍵はカトリックです。
ジェントリが実際にどういう人たちであったかというと「大地主」です。
産業革命以前の社会では土地をどれだけ持っているかが全てですから
彼等は支配者階級の一角であった。
16世紀の宗教戦争の時代に実際に信仰を選べたのは教養のある
支配者層が主です。
つまりジェントリーにはピューリタンも国教徒もカトリックもいた。
そこで17世紀ですが、
実際には革命前にピューリタンが国教会と激しくぶつかったことは実はない。
たいていは「新大陸」へと逃れていくか、国教会の教義に自分たちの
解釈を施して、じっと様子をうかがっていたのが本当のところです。
(長いので分割します)
928 :
業務連絡(質問) :02/12/22 20:48
=900です。 解答者の皆さんに質問です。 単なる思い付きですが、スレタイを中高生質問スレと改変するのはどうですか? もし、改変するなら、中学生は質問にその旨書いた方がよい、とアドヴァイスしようと思いますが。 あまりに房すぎる質問が入るのは嫌、とかありますか?
>>926 つづきます
ではなぜピューリタンが革命の主導であったのかと言うと、
チャールズ2世の宗教政策がカトリックに似た方にぐっと傾いて、
それを国教会の教義として押し付けてきたからです。
ピューリタンにとって国教会はなんとか妥協できても
カトリックは駄目だった。。
だからチャールズ二世の宗教政策にたいして、
ピューリタンのジェントリの反発が強かった。
彼等が議会軍の主力になったのも理解できるわけです。
もちろん国王派のジェントリ(国教徒が主)もいたのです。
で、結果としてピューリタンのジェントリの多い共和政体ができた。
>>262 最後
共和制の12年間、実際には共和制(とクロムウェル)の勢力低下とともに
その旗頭だったピューリタンの勢力も衰えていった。
細かい教派に別れていて、それぞれが団結できなかったのも大きな原因です。
1660年の王政復古の際には、だから主なピューリタンの勢力は弱まっていた
と考えられます。国教会も無傷ではなかったがその中庸路線が幸いして
国民統合の宗教的基盤としての地位を確立した。教会の世俗化が進んだと
言えるでしょう。
そこへ帰ってきた新国王チャールズ2世がカトリックよりだったのですから、
ピューリタンとしては息をひそめて、(改宗したものもいるでしょう)
国教会の枠内に戻るか「新大陸」か、決断をもう一度迫られたと言うことです。
この時期のピューリタン文学の傑作バニヤンの「天路歴程」が「個人の(社会ではなく)平和と救いをテーマにしているのもそうした背景からです。
なお、清教徒革命が宗教的な理由だけで起こったのではないことは(むしろ宗教的な理由はひとつのバックグラウンドに過ぎない)おさえておいて下さい。
>>927 納得しました。
詳しい説明ありがとうございます。
>>928 べつにいいんじゃない?
ただ、この板にリア厨がどれくらいいるかは分からないが。
そもそも、中学生には敷居が高いのかもしれないなぁ……。
しかし、自分から積極的にスレ立て宣言する人も珍しいな(w
まぁ、叩かれない程度にがんがれ。
次スレの要望として、ジャンプタグはいらないと思う。
>>1-2 の、いかにも他人任せで、回答者を馬鹿にしたような口調と
誤字脱字を直すこと。くらいかな。ちょっと強めでもいいと思う。
いまのままじゃ、高校生同士で話し合ってるようにしか思えない。
933 :
五分後の世界 :02/12/22 23:30
いきなり質問なんですけど、誤文を選べ。っていう問題で「アリストテレスは マケドニア王フィリッポス2世に招かれ、家庭教師を務めた。」という文と 「アリストテレスは、師プラトンの学説を継承し、イデア論に基づく二元論的 哲学を発展させた。」という2文があって、自分的に「アリストテレスはア レクサンドロス大王が子供の時の師だろ!!」って思って勿論前者を答えにした のですが、答えを見ると後者が正解に・・・・ どちらの史実も細かすぎて 調べ方がさっぱり分からないのでどうか教えていただけませんかm(_ _)m 用語集如きでは太刀打ちできません・゚・(ノД`)・゚・
>>933 フィリッポスはアレクサンドルの父でしょ。
フィリッポスが子供の為にアリストレテスを招いて家庭教師にしたのだから、
前者は正しいのでは?
>>933 パシッチ君が書いてるのとかぶるが、とりあえず(パシッチ君スマソ)
君は問題の読みが甘い! きっちり出題者の罠にハマっている。
誤文を選ぶんでしょ?
1)「アリストテレスはマケドニア王フィリッポス2世に招かれ、家庭教師を務めた。」
2)「アリストテレスは、師プラトンの学説を継承し、イデア論に基づく二元論的哲学
を発展させた。」
文が2つしかないんだから消去法でもいいわけだが
>>自分的に「アリストテレスはアレクサンドロス大王が子供の時の師だろ!!」
そうです。ところで子供のアレクサンドロスは自分で家庭教師を雇ったのか?
これで答えはでたも同然だが、アリストテレスの哲学についてもちゃんと調べて
(用語集や参考書で十分)、なぜ(2)が間違いかも確認しましょう。
>>935 いえいえ、お気になさらず。フォローは大歓迎ですので。
そうですね、実は知識問題と見せかけて単に罠を張ってるだけって問題は結構あるということは、
頭の片隅に置いておいた方が良いかも>高校生の方々。
937 :
五分後の世界 :02/12/23 00:55
あぁ そうか・゚・(ノД`)・゚・ わっ ワイはアホやぁぁぁ (゚ロ゚|||) ほんと、 くだらない質問にレスありがとうございますm(_ _)m ほんとは5択だったん だけど、気合で二択に絞って、皆さんのおっしゃる通り、罠にはまって間違え ますた(´・ω・`) なーるほど ちゃんと選択肢を読めば見えてくるのか・・・ 目から鱗だ・・ 後、用語集をひくと「アリストテレスはプラトンに学び、イ デア論を克服。」としか書いてないんですけど、どういうことなんでしょうか ・・・・・・・・(゚Д゚)? ヤヴァイ さっぱりだ・・・
>937 あんた、じつはあの女子高性携帯顔文字コピペの原文書いた人でしょ?
焦るな。座して動かざること山のごとく待て
941 :
世界@名無史さん :02/12/23 01:53
942 :
世界@名無史さん :02/12/23 01:56
>939 均田制だと、戸籍に対応した納税が行われるから、出稼ぎ人を雇ってきて 脱税しまくるという荒技が使えたが、両税法になって出稼ぎ人が生計を営む現地 ごとで課税されることになったので脱税が出来なくなり収入減で没落したと いうことかなあ。中国史の詳しい方にフォローをお願いしたい。
943 :
世界@名無史さん :02/12/23 02:17
>>939 貴族を通して税を徴収していたのを、税吏がやってきて徴収するようになったからでは?
944 :
世界@名無史さん :02/12/23 10:43
フルシチョフがスターリン批判をした目的って何ですか?
945 :
五分後の世界 :02/12/23 11:31
>>938 女子高生携帯顔文字????? 何ですか? そりは・・・・・?
946 :
パシッチ ◆mWYugocC.c :02/12/24 08:41
帰省age。
>>945 まあ、そういうコピペがあるんですわ。
遠回しにあなたの顔文字がうざいので何とかしてくれろと言いたいのだと思われ。
>>944 チトーと仲直りする為、というのがユーゴ史から見た見方なんだが、実際のところは知らない(笑
アメリカとの協調路線とかだったかな。
947 :
世界@名無史さん :02/12/24 09:53
ピラミッドはなんの為に造られたのか、回答をマッハでお願いしますm(__)m
教科書に書いてありますと解答をマッハでお伝えしました。
949 :
世界@名無史さん :02/12/24 10:06
厳しいなー(*_*)
>>901 、
>>902 、
>>932 、
>>941 、ご意見感謝です。
>>932 「ばかにしてる」との感想は意外でした(汗)。
私としては質問者の方への敷居を低くした方がよいと思いまして。
多少語尾などをいじってみました。大目にみてやってもらえるとありがたいです。
>>941 板の全スレに目を通してるわけでもないので、「板住民に周知徹底させてくらさい」と言っても難しいです(汗)。
1〜4はだいたいその線になってると思うので従来通りでよいかと。
多少、親切な人や厳しい人が混在するのは、従来くらいならまぁよいのではないかと思います。
なんというか、回答者と質問者が離れ離れになってる印象を受けるんだよなぁ。 「〜といわれがち」「ヘソを曲げる人が出る」「宿題の丸投げは叱責される」とかさ…… ちょっとごちゃごちゃいらないことを書きすぎてると思ったんだが。 誤字脱字も直ってないし。まぁ、さっそく向こうの2さんに言われてるが……
ここはいったん削j(略
ピラミッドの建築目的なんか、それだけでスレッドが立っても良いくらい 奥深すぎるネタだ。 俺は失業対策の公共事業だと勝手に信じている。 使用目的を考えない箱物行政は昔からの伝統なのだ。 とMachカーネルで書き込み。
>>951 業務連絡氏
>>私としては質問者の方への敷居を低くした方がよいと思いまして。
敷居は高い方がいいでし。別に威嚇する必要はないが、文言はもっとはっきりさせた方
がいいと思われ。「へそ曲げる」とか書くと、まるで回答者の方がイケズしてるようでし。
というわけで、以下を<回答者へのお願い>として次スレに貼ってもよろしいか?
<回答者へのお願い>
1.あまりにも初歩的な質問や、教科書、用語集、参考書で十分調べられる質問
については、その場では即答せずに、「調べてから出直そう」「自分で問題を
解いてから帰ってきたら答え合わせをしてあげます」などなどの意見を付けて
一旦断って下さい。それが彼等のためです。
2.きちんと調べた上での質問には真摯に解答よろしくです。
3.その質問事項が簡単な Q & A のやり取り数回では済まないような
大きなテーマの場合で、既に該当スレがある場合は、そちらへ誘導もOKです。
新スレはたてないように伝えて下さい。そのテーマを吸収しうる既存スレがあるはずです。
以上の点を踏まえて、解答よろしこです。
>>954 まぁ、ピラミッド公共事業説は最近の有力説のようですが、高校生質問スレというか、教科書レベルの
建設目的では「王の墓とするため」でしょうし、せいぜいが「巨大な王墓を通じて、王の権威を示すため」
ってところじゃないでしょうか。
トンデモ説以外では、墓であることを否定している学説はないのですから、まず、その点から解説する
のが常道だと思いますよ。その上で、公共事業、失業対策として行われたという説を説明すべきでしょ
う。
高校生用だということを忘れると、ピラミッドが王墓であることは当然の前提として、他の副次的な目的
についての説を考えてしまいますが、それはここではまずいでしょう。
>>956 、
>>954 、
>>947 こんな感じかな?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
初期のピラミッドやピラミッドの前身であるマスタバ墓は王族の墓地として建てられました。
その後建てられた、有名な3大ピラミッドなどは、単なる墓ではないという説も出されています。
教科書的な説明では、「巨大な王墓を通じて、王の権威を示すため」でよいでしょう。
つーか、いくら後から付け足したところでどうせレスが100を越すと
ほとんどの質問者って
>>1 以外見ないと思うけど。
960 :
世界@名無史さん :02/12/27 10:36
おそらく教科書レベルのことなのでここでききます。 イスラム商人が盛んに輸入して大きな利益を上げた物産と産出国との組み合わせとして 適切でない物は次のどれか。 (ア)内陸アフリカ…金 (イ)ロシア …毛皮 (ウ)インド …綿布 (エ)中国 …火薬 (オ)東ローマ …手工芸品 某大学の過去問でこのような問題を見ました。答えはエだったのですが 考え方が分かりません。そもそもエが適切ではないとは思えないのですが、 考え方を教えてください。
961 :
世界@名無史さん :02/12/27 10:49
各国を代表する輸出品という視点で見れば誤り。 中国なら絹や陶磁器でしょう。
>>961 レスを新スレにコピーさせていただきました。
私の方が書き込みがタッチ遅かったもので、事後になってしまい申し訳なし。
(^^)
965 :
世界@名無史さん :03/01/19 12:29
さgべhr
おい、あげるな。ふざけるんじゃねえ。 以下sage
エーゲ文明の発見者と アレクサンドロス大王遠征の理由を教えてください。 テスト範囲なのに先生が教えてくれません。 マジレスキボン。
やっぱ緊急なんでAGE
971 :
世界@名無史さん :03/03/07 13:11
東方不敗 といわれた人物や、語源を教えてください。
(^^)
974 :
世界@名無史さん :03/04/01 05:02
ルーマニア人はスラブ人じゃないんですか?
だからこのスレはもう役割を終えて久しいのでageないで。新スレへ
>>972
(^^)
978 :
世界@名無史さん :03/04/18 13:02
新スレ、ダット落ちされてないかい?落ちてしまってたら、誰か建てれ。
∧_∧ ( ^^ )< ぬるぽ(^^)
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―