仏教ってどんなの?

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1名無しさん@3周年
仏教ってどんな教えなんですか?
お寺に行くのも怖いし・・
うちは浄土真宗なんですけど、
そんなより分け(宗派わけしないで)
仏教ってこんないいもんなんだよっていうのを教えて下さい。

ケンカしないでまたーり教えて下さいです。

お経読んでもサパーリわからん。
2名無しさん@3周年:03/09/30 01:03
なんてわかりやすいスレなんだろ。
>>1
転生輪廻から解脱し飄々と空を眺め、安息を得もって救いとする宗教です。
しかーしホンとはそんな事どうでも良くて、ちゃんと生きるための教えらしい。
3名無しさん@3周年:03/09/30 01:04
3get
4名無しさん@3周年:03/09/30 01:06
>>2
そこんトコ詳しく
52:03/09/30 01:07
>>4
栗なので無理でつ。
61:03/09/30 01:07
2さん

早速アリガトウございます。
でもむずかしい。シャカとかブッダとか
人や神様の名前がいっぱい出て余計分からないです。

誰が最初に何を言い始めたの?
んでどうなって今に至るの?

要は理想の人間になって極楽浄土をめざせと
そういう事?
72:03/09/30 01:23
うー。
>>6
ゴータマシッタルダつまり釈尊=仏陀は神様ではなく、
王族としてインドに生まれ、見晴るかす不平等な世相に嘆息いたし
菩提樹の元に悟りを得て、インド古来の宗教から独立し
仏教という宗教を開きました。彼が最初です。
仏教はさまざまな宗派に分派し、釈尊自らが予言した末法の態を
様しながらも、その教えの根幹を正しく受け継がんと欲する人々によって
現代に受け継がれています。
要は、仏教で言うところの悟りの境地に至り
あらゆる煩悩から開放され自由になることを目的とします。
それがすなわち極楽浄土であり、そこを目指せということです。

仏教には密教と顕教があり、密教で言う大日如来は、
顕教で言うところの大ビルシャナ佛と同じ存在です。
仏教にも本来神はあります。その神はサル神をはじめとする多神ですが、
仏法の捕らえる本質は実はひとつらしいです。
それはとてもとても大きくて、考えるのは無意味なのでやめましょう。
と、そういうことらしいです。
以上、付け焼刃の栗すれすんまそん。
82:03/09/30 01:25
栗レスで訂正。しまつ。
9名無しさん@3周年:03/09/30 01:29
ぐぐれ。
10名無しさん@3周年:03/09/30 01:31
仏教は実に汚らわしき教えであり、日本の古来からある神々を
信じ敬うべし
11名無しさん@3周年:03/09/30 01:40
>>7
クリスチャンにもかかわらず比較的ちゃんと理解しているよい説明だ。
仏教者もこれくらいクリスチャンの説明ができればいいのだが、不勉強だ。

とりあえずここらへんで聞いてみそ。

【毛綱】 浄土真宗 燃えスレ  晨朝  【唐門】
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1063987345/l50

比較的活発な議論をしているスレみたいだ。
宗派ぬきで説明してくれと言っても応じそうなレベルの高さを感じる。
121:03/09/30 02:32
さらにありがとう。
でも・・・
そしたら何も望まなかったら欲しいものが無くなって
幸せになれるって事なんかな?

生きてる事を望まなくなったら?
食べる事を望まなくなったら?
それがそくしんぶつ(字忘れた)って事???

イマイチつかめんのう。
一人で考えて一人で解決してるような気がしてならない。
そして前に進もうとしてる気がしてならない。
全部放棄してしまってるような・・・?
それが仏教???

もっとみんなが幸せになれるように説いた宗教は無いのかなー?
だって、それだったら、みんなで一緒に生きてる意味ないような???
宇宙に一人だけでも良いよーな?

がっかりした。

なんか誰か、仏教好きな人、それ違うよーって解釈をプリーズ。
131:03/09/30 02:34
>9

もちろんかなりぐぐった。
でも、要は?しか思わなかった。ごめん。
人の名前はもっとぐぐらないとダメだね。ごめん。

>10

うん。でも今は仏教って?興味あったから、
聞いてみたの。日本の神様は何やったんだろ?
ぐぐってもよく分からない。
もっとみんなが幸せになれるようにって考えた宗教はないの?

>11

ありがとう。でも宗派分け自体が好きじゃない。
それに余計分からなくなるから。
なんで宗派分けしたんだろう。もっと仲良くせーよ。
他の宗教もそうやけど。

キリスト教もタダで貰った聖書をペラペラと読んだだけやけど、
要は悪魔とキリストのお父さんとの戦い?

神様やったら悪魔の心を入れ替えさせて欲しいと望んでしまうんやけど・・・。
悪魔はそれだけ強いって事?悪魔の方が強いって事?

イマイチ受け入れられない。

もっと人も動物も地球もみんなが幸せになれる宗教はないのかなー。
がっかりだ。
142:03/09/30 02:50
一応責任として>>11さんに褒められたみたいだからレス付けときます。
ひとりで考えて一人で悟りを得るのを小乗といいます。
これがお坊様だとすると、この人の後を着いてゆくと道があって
小難しいもんはいらなくて、目的地に至れるというのが大乗となります。
ただしなんでんかんでん差っぴくと、
「なんみょうほうれんげきょ」で片付いちゃったりします。
もはや呪文でつ。開け護摩の世界でつ。
「おいおい!」でつ。多分釈尊は蓮の半座を空けて、やっぱ座りなおします。
やばげになるので、以上。。
では真剣に原理に走るとどうなるかというと、オウムになります。
しかし仏教には中庸という言葉があります。
にせんびゃくどう歩んでください。詳しくは専門スレで。
15名無しさん@3周年:03/09/30 04:10
私も素人でつが、八万四千の法門と言って、
救いに到る道はひどく沢山あると言いまつ。

仏教を俯瞰するという事は出来ないと考えて良いでつ。
16名無しさん@3周年:03/09/30 04:17
>>14
オウムを原理と言ってくれるな。
おーむは、完全に取り違えているるるるるるる。
17名無しさん@3周年:03/09/30 04:43
放って置いたら?
オウムをわざわざ叩く人だって何か怖い感じだし、
放置が一番。
18名無しさん@3周年:03/09/30 05:23
オウムは仏教その他の宗教を都合よく利用したものでしかないです。虚構です。(キチガイ)
放置。
19名無しさん@3周年:03/09/30 10:53
ま、
キリスト教が、人は全て罪人であると言うのに対して、
仏教は、人は全てキチガイであると言うわけですよ。

如何にせん、人間は度し難い生き物です。
20電波男Ψ(´д`)Ψ ◆oGUHqg51EY :03/09/30 11:05
>>2
あんた、タダモノじゃないでしょ?
21名無しさん@3周年:03/09/30 11:29
原始仏教にしとけ。尾ひれが付いてないんだからさ。

http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1062907375/l50
テーラワーダ仏教とヴィパッサナー瞑想

日本に広がってる仏教なんて、じゃどうすればいいんだ?には答えられないだろ?
ヴィパッサナー瞑想が救ってくれるよ。
22名無しさん@3周年:03/10/01 01:59
疑問
原理主義にもいろいろな解釈があるが、
修行による解脱を説く経典によることを以って原理と言うのか、
諦観から修行を否定している他力の論理展開を以って原理と言うのか。
大乗はいわば仏教のプロテスタンティズムと言えないか?
仏教を突き詰めていくと、他力信仰になるのではないか?

推測
釈迦当時の状況では他力など言ってもバカにされるだけで見向きも
されないような思想背景があったから自力を基礎に置いたのではないか。
また、仏教が開始されてからも、その弟子たちが、自分たちが元々修行していた宗教の
修行形式を取り混ぜて経典にしたものではないか。
23名無しさん@3周年:03/10/01 03:02
ageないなら質問箱でしたほうがいいよ。>>22
24名無しさん@3周年:03/10/03 05:28
やっとこのスレも、
小さな声が大声にかき消されないくらいには静かになったかな?

↑こんな言葉を文字に出して言わないと伝わらないもんだから、
掲示板て厄介なんだよね。
掲示板で「私の中に生きる宗教」を伝えたくても私には無理。

基本的に両者が信頼の絆で結ばれていない人間関係の中で
宗教を語ると必ず駄目になる実例が2chかもね。

せめて絵チャットだとかネットワークRPGだとか、
そっちに誘導すると話も弾むんだろうけれど……
251:03/10/03 21:31
>>24

なんか生きる道標が見えなくて
宗教に助けを求めても
納得行く答えが見つからない。

それは宗教に求めてはいけない事なのかなと
ふと思ってしまったり。。。

人生に負けてはいけないと頑張っているのだけれど
それに何の意味があるのかと
負けそうになってしまう。

頑張っていても天災などで思いもよらぬ死を迎えたり、
それが神のお導きと一言では納得がいかん。
この世の宗教が全てを助けてくれるとはいかない物なのかの。

自分がここに存在し、個々に考えて生きてる事は
神がいるという事と思って生きているのだが・・・・。
26名無しさん@3周年:03/10/04 10:24
どんくらい宗派があるんだ?仏教。いろいろあるんだよな。
27&lro;:03/10/18 01:03
 
28&lro;:03/10/26 14:39
 
29&lro;:03/11/03 01:28
 
30ここからスレタイ変えます:03/11/09 09:17
統一教会を批判するおかしな面々!!【星明子編】

1 :1 :03/11/05 10:01
小さい頃は神さまがいて 不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持で目覚めた朝は おとなになっても 奇蹟はおこるよ  
カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の やさしさに包まれたなら 
きっと 目にうつる全てのことは メッセージ

統一反対派に告ぐ!
君たちのことはよーくわかった!
原理を全く否定できない!
君たちの神は泣いている!
心の鎧を脱げ、カツラを取れ、垢は毎日おとせ、寝る前にはストレッチ(これおすすめ)    
サタンの武器を捨てて全員出てきなさい!!
神が君たちをお持ち帰りするためにここで待っている!!!

お題は「THE純潔」!
31名無しさん@3周年:03/11/09 09:29
統一教会は、
破壊的カルトです。
騙されないで下さい。
32太刀山型の土俵入り:03/11/09 09:40
>>25
時代や環境によって求められる宗教は変わってくる。もちろん宗教によって
変わらせられる場合もあるが経済的な理由の方が大きい。
あなたの生きる道標がわからなくてという悩みがいかに贅沢なものか、まず理解
しましょう。別に途上国をことさら差別する気はないが、彼等はそんな悩み
もつ暇ないよ。それを悩みとしてもつ経済的安定性を欠いてるから。

キリスト教にしても、イスラム教にしても、仏教にしても、1000年〜2000年の
歴史は経ているから経済的安定期の悩みに対する答えはもってるんだろうけど、
気をつけなきゃならないのは、その時期って社会全体のことよりも個人の悩みの
方がどうしても大きくなっちゃってるから自分勝手な方向にいきすぎる傾向は
あるだろうねえ。

平和有難くして平和あり、ご飯食べがたくして飽食す。この得難き状況において
行うべきこととはなんぞや?
ってとこかいな。
33名無しさん@3周年:03/11/09 16:42
>32
まーまーそう極論を言わないで。
とりあえず2ちゃんにスレを立てられる状況を享受しているのは
ここにいる全員同じと違います?

あなたの云っている事は給食の時に好き嫌いを云った子供に
飢餓状況の難民の話をして叱りつける先生に似ているよ。
ま、確かに全世界には好きなものを好きな時に食べられる人間の方が少ない。
しかし、子供が好き嫌いをなくしたら難民は救われるのかね。
あるいは難民は「飢えた人がいるからこの給食食べてあげるよ!ハグハグハグ」な
子供の話を聞いて何がしか救われるのかね?
どっちも気分を悪くしておしまいじゃないのか。
ま、子供の好き嫌いはなくなるかもしれないが引き合いに出す話と違うだろ。

そして選択肢がある時代だからこそ自分が何が好きで何をすべきか
分からなくなる。それがありがたいと思えるには道のり遠い人間もいる。
そもそも釈迦とて恵まれすぎた王者だったがそこに悩みは深かった。
恵まれているからといって悲哀や苦悩と遠いわけではない。
それをまじめに相手にしてくれるのが教えだと思うがね。
34お釈迦様:03/11/14 20:53
>>1

お釈迦様は王子の時、
なぜ人は病気になるのかな?
なぜ老いるのかな?
なぜ死ぬのかな?

と考えました。
35お釈迦様:03/11/14 20:57
老病死の苦しみ。
これを解明しようと、出家をし、ある先生の弟子になりました。
そして、先生の言うとおりに六年も苦行をしました。
しかし、解明は出来ませんでした。
36名無しさん@3周年:03/11/14 21:33
|  |
|  |_∧
|_|ω・`) 仏教では神様はいないといってまつが
|仏|o ノ  神々という言葉は出てきますね。それが神じゃないの?
| ̄|u'
37お釈迦様:03/11/14 21:48
苦行は悟りにはならないと思ったお釈迦様は、苦行をやめて、
菩提樹の下で一人考えました。
そして、『十二因縁』を発見しました。
人間はなぜ老病死のあるこの世に生まれるのか。
それは12の行程を経て生まれ、苦しまなければならないのだと。
38名無しさん@3周年:03/11/15 02:13
>>18
> オウムは仏教その他の宗教を都合よく利用したものでしかないです。虚構です。(キチガイ)
> 放置。
大乗仏教なんかはヒンドゥーの神様まで祭ったりしているよ。昔からいいとこどりというかごちゃ混ぜ大好きなのが,仏教。
中国は道教系だし,韓国仏教は儒教的。
39名無しさん@3周年:03/11/15 02:19
>>36
> |  |
> |  |_∧
> |_|ω・`) 仏教では神様はいないといってまつが
> |仏|o ノ  神々という言葉は出てきますね。それが神じゃないの?

神々だから複数いるわけですね。ユダヤ,キリスト,イスラムでの神は絶対神で,他は偽者。
だから対立するわけ。

さて,仏教での神々って、ヒンドゥー(バラモン教)から来ていて,六道の最上位=天界の住人以上の
魂(?)を指すみたいですよ。神々も徳が尽きれば人間や動物界などに転生します。

もっとも、ブッダはバラモン教のアートマン(魂・霊魂)を否定していた節があるそうです。
実際には無記といって「それは論じない」というスタンス。でも時代背景を勘案して直接否定しなかっ
た可能性も否定できない。

だから神々を祈る、祭るということは無かったって話もあるよ。 偶像崇拝を禁止していたしね。
40うっかり八兵衛:03/11/15 03:14
>>39
|  |
|  |_∧
|_|ω・`) 厨房な質問に答えていただいて感謝でつ
|仏|o ノ  これでやっと納得して眠れまつ
| ̄|u'
41お釈迦様:03/11/15 08:19
しかし、十二因縁を人に伝えても誰も信じる者はいないのではないかと
思い、自分の心の中に納めておこうと考えた。
そのとき、梵天界という天界の天子が現れ、お釈迦様慈悲も大事な修行です。
どうか人々に十二因縁を説いて上げて下さい。と言った。
そこで、お釈迦様はまず、師匠に伝えようと考えた。
しかし、師匠はすでに亡くなっていた。
42お釈迦様:03/11/15 18:34
そこで、お釈迦様は釈迦族から一緒に出家した五人の仲間に伝えること
にした。お釈迦様が五人の近くに現れたとき、中の一人が言った。あいつは
出家したが、苦行に挫折した男だ、口を聞いてはいかんぞ。と。
しかし、お釈迦様が近づいたとき、五人は口をそろえて、『お久しぶりです
お元気でしたか。』と言ってしまった。そこでお釈迦様は五人に十二因縁を
説いた。さすがに出家の五人は五人とも
それを理解し感嘆した。



43お釈迦様:03/11/16 21:03
十二因縁とは。

1.無明(無知)
2.行(身、口、意)
3.識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識)
4.名色(色、受、想、行、識)
5.六入処(眼、耳、鼻、舌、身、意)
6.触(眼、耳、鼻、舌、身、意)
7.受(苦受、楽受、不苦不楽受)
8.愛(欲愛、色愛、無色愛)
9.取(欲取、見取、我取、戒取)
10.有(欲有、色有、無色有)
11.生
12.苦(生老病死憂悲悩苦)
44名無しさん@3周年:03/11/16 22:07
>2.行(身、口、意)

意識と感情を分けてないんですね。
45名無しさん@3周年:03/11/16 23:29
女子校の男性教師

私は聖職者だという意識

ハァハァ...ハァハァという感情

別物ですな。
46太刀山型の土俵入り:03/11/18 07:04
>>33
失礼な奴だな。全ての人がオレとあんたと同じように子供だと思うなよ。
おれは大人相手に書いてんだからさ。
47名無しさん@3周年:03/11/24 17:11
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1064295228/416

カルマは方便。

そうだったんですか?
48仏教好き24歳:03/11/25 02:29
お釈迦様、さんの説明はうまくまとめてるし
内容も正しいよ。ただ、無味乾燥で知らない人には
「???」だろうね。
手塚治虫の「ブッダ」よんでみな。きちんと分かるよ。
下手な入門書より格段いい出来だから。
1〜12巻セットで5,6千円だったかな。
漫画喫茶でもいいから行って読みな。
49名無しさん@3周年:03/11/30 05:57
すかしてトボケさったような言説で人々を煙に巻いて、
何となくありがたそうに思わせる宗教
50コピペ:03/11/30 08:53
13 :髑髏派麺 ◆fC7rfSTUPw :03/10/28 12:04
わからないものにフタをして見ないフリする宗教=仏教

14 :髑髏派麺 ◆fC7rfSTUPw :03/10/28 12:07
ゴミ分別ができなくて黒い袋にまとめてしまう宗教=仏教

15 :髑髏派麺 ◆fC7rfSTUPw :03/10/28 12:08
わからないときの神頼み=空

29 :気喪衣 :03/10/28 18:16
不明なところは追求せず思わせぶりであいまいな言葉に置き換えて自己満足する
キモイ宗教の総称を仏教という

56 :太刀山型の土俵入り :03/10/28 22:28
そもそも仏教的ってなんじゃ。生きてることに興味なくして抜け殻に
なることじゃねえのんか?

67 :太刀山型の土俵入り :03/10/29 01:07
>>66
そういう考えこそまさに仏教的。不可知論ゆえになにやってもなにゆっても
まかりとおっちゃうという。
51コピペ:03/11/30 09:02
126 :名無しさん@3周年 :03/10/31 19:08
仏教は、もともと宗教ではない
お経もなかった
偶像崇拝もなかった
仏教をシャカ教と言わないところに
仏教の本質がある

178 :太刀山型の土俵入り :03/11/02 01:07
>>165
○輪廻転生からの解脱を目指すだなんだいってても、輪廻転生を認め
生前悪事を行ったものは来世に報いを受けるとか言うたわけたことを
抜かしてる限り、当然金でなんとかしてもらおうとか、金くれたら
良い来世に生まれ変わらせてあげますよとかいうイカレた連中を生み出さず
にはおらんだろう。

○屠殺業者を直接卑下せんでも肉食は悪業をつむとかいったらどうしたって
卑下されちまうだろう。

○女が教団入ったお蔭で500年で仏教は廃れるとかいわんかったっけ?
 大体男に生まれ変わらんと女のままじゃ成仏できんとかいう話あんじゃん。
 娼婦は観音を念じなくたって鏡を下半身に向ければ見えるじゃん←これはネタ
 ちなみに娼婦蔑視と書いたのは半分ネタだ。本当は女性蔑視

○問答無用についてだが、唯摩の沈黙雷鳴の如しというのなかったっけ?
 日本の仏教徒が糞だったのかしらんけど、議論とかって最終的には
 軽く見られてた気が済んだが気のせい?

でお釈迦さんの意図が違うんだとしたら誰がねじまげたんだ?
直弟子か?2世代目か?中国人か?チベット人か?朝鮮人か?日本人か?

現実として仏教は今の被差別部落民問題とかに大きく関与してきただろ。
まあ浄土真宗はちがうのかもしれんが。 
52コピペ:03/11/30 09:23
197 :名無しさん@3周年 :03/11/03 04:33
なんていうか、仏教って俗世間の道徳からすれ
ば「害悪」以外の何物でもないような気がする
んだが。
諸行無常・諸法無我なんて、ラディカルすぎて
ビビるよ。ドロワが「仏教ほど反実体論的な思
想はない」なんて言ってるけど、それも然り。
常識は無常だし、我々が道徳の根拠だと思って
いることにも、実は根拠がない。一神教は、そ
の他の神が登場すればすぐ道徳の底が抜けて役
に立たないけれども、そうした無常を悟ること
によってこそ慈悲が成り立つなんてある意味無
茶苦茶なことを言っていて、それが実に痛快と
言えば痛快だと思う。
ナショナリズムの幻想も共産主義の幻想をも打
ち砕く仏教、これ最強。

202 :名無しさん@3周年 :03/11/04 18:31
やっぱ、あれでしょ。
明治以後、日本の国教としての地位を明け渡し、もはや滅びの途上にある宗教。
セルシオに乗りたくもなるだろう、キリスト教的価値観で、仏教の聖なるモノ
が破壊されているのだから。

219 :名無しさん@3周年 :03/11/12 12:43
ところで仏教って
どんな教えなの?

220 :太刀山型の土俵入り :03/11/12 21:46
>>219
現実に不幸な人がいても「不幸ということに執着することが迷いなのだ」
とかなんとかわけわからんこといって、手助けせず見捨てる宗教。
53カミミタ ◆y7MWjAcJGA :03/11/30 12:00
―人のいない林のほとりで楽しみ、樹の根もとで瞑想し、大いにみずから満足すべきである―
  そこはニルヴァーナに近く、安らぎの境地ニルヴァーナを知るにはその方法以外にはない。
  そこで、全ての悩みを断て、迷いを断て、こだわりなき愛着なき者となれ、善悪の両者
  にも汚されることなく、精神統一された明智ある者となり、この世の苦悩を乗り越える
  者となればよい。

―美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気持ちもよく起き上がった―
  明智ある者は、このような楽しみを得て、生存の輪廻に堕ちることはない。
  自分の有不利益にこだわるな。損得にも悩まされない。あの世もこの世も望む心を
  捨て去り、過ぎ去ったことを思い出して悲しむこともなく、未来のことにあくせく
  することもなく、ただ現在のことだけで暮らす者は、顔色も心も明朗。

―争論を楽しみ、迷妄の性質に覆われている人たちは、目覚めた人(ブッダ)の説きた
 もうた教えを説明されても理解しない。かれは無明に誘われて、人を苦しめ悩まし、
 煩悩が地獄に赴く道であることを知らない―
  論じ合うが悟らない。論から悟りを見出す怠惰な者は地獄の門を叩いている。悟り
  から得る見解は「どのようなこともない」とする見解が正しいとするからだ。
  また「願い求める者は欲念がある」その欲念を断つことがブッダの教え。ブッダからは
  人の願い求める心を絶つことを学ぶのである。仏は神聖、人は不浄。仏に願い求めて
  止まない者は地獄の門を叩いている。
  
  
 


54カミミタ ◆y7MWjAcJGA :03/11/30 12:17
―足ることを知り、不満なく、この世の喜びを追い求め続ける貪欲を捨て、生活も
また簡素であり、諸々の感覚が静まり、聡明で、驕り高ぶることなく、人々の非難
を受けるような下劣な行いを、決してすることはない。
いかなる生物生類であっても、怯えているものでも強剛なものでも、長いものでも、
大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗大なも
のでも、目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住む
ものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の
生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、平安であれ。

何ぴとも他人を欺いてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。
悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではなら
ない。―


 己の幸せに囚われるな、人の幸せを喜ぶ心を保つようになれ。人に対してそれ
  以外に仏の心を知ろうと思うことなかれ。人が仏教に対して、こんな善い心の
  持ち主はないと思える心を保てるよう学ぶべきである。
 
55カミミタ ◆y7MWjAcJGA :03/11/30 12:42
―あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように、そのように一切の生きとし
生けるものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。
また全世界に対しても無量の慈しみのこころを起こすべし。
上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行うべし。
立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥しつつも、眠らないでいる限りは、この
慈しみの心づかいをしっかりとたもて。この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。

諸々に邪まな見解にとらわれず、戒めを保ち、諸々の欲望に関する貪りを除いた人
は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。―


 人は欲念を捨て明智を得て、生存のための妄執と生存の断滅のための妄執を退け
 識別する心をも捨てて全てに慈しみある者となれ。自分の有不利益にかかわらず
 人を愛せ、損失させる者を許せ。
 聖なるものを人の邪念が願い求めるものに変化させ、それを信じるようになれ
 ば地獄か生存の輪廻に堕ち、そして徳を失って生まれる。その理法は人によって
 一切変えられないからである。
56名無しさん@3周年:03/11/30 12:48
@他力本願
この言葉は世間では,他人の力を当てにして自分の願い事をかなえるという怠け者の代名詞のように使われていますが,本来の意味は全く違うのであります。
他とは仏さまのことで,仏さまにお願いするのではなく,仏さまから願われているということです。
宗教とは無病息災,商売繁盛,入試合格など自分の欲を満たすために願かけをすることと思っている人が多いようです。
浄土真宗の御開山親鸞聖人は,このような宗教はにせものであると言われました。
私達のお寺には,お札,お守り,おみくじなどはありません。
人の欲は際限がありませんし,誰しも人生はいつどんなことかあるか分かりませんので,他人と比べて自分がどれだけ欲を満たしているかを幸せの判定基準にすることはできません。
私達の本当の幸せは仏さまの願いにおまかせし,安心して生かしていただくことと思います。
無条件に先回りして案じていてくださる仏さまのお心を,親心にた
とえられます。
57実行委員長:03/11/30 12:50
止息法まつり開催中
58名無しさん@3周年:03/11/30 12:58
@他力本願
この言葉は世間では,他人の力を当てにして自分の願い事をかなえるという怠け者の代名詞のように使われていますが,本来の意味は全く違うのであります。
他とは仏さまのことで,仏さまにお願いするのではなく,仏さまから願われているということです。
宗教とは無病息災,商売繁盛,入試合格など自分の欲を満たすために願かけをすることと思っている人が多いようです。
浄土真宗の御開山親鸞聖人は,このような宗教はにせものであると言われました。
私達のお寺には,お札,お守り,おみくじなどはありません。
人の欲は際限がありませんし,誰しも人生はいつどんなことかあるか分かりませんので,他人と比べて自分がどれだけ欲を満たしているかを幸せの判定基準にすることはできません。
私達の本当の幸せは仏さまの願いにおまかせし,安心して生かしていただくことと思います。
無条件に先回りして案じていてくださる仏さまのお心を,親心にた
とえられます。
A悪人正機
この言葉も世間では,悪いことをした者でも救われるという間違った意味で使われています。
宗教での悪人とは,法律や道徳でいう悪人と違い,自分の本当の心の姿に気づいた人のことで,善人とはまだ気づいていない人のことです。歎異抄の「善人なおもって往生をとぐ,いわんや悪人おや」
という親鸞聖人のお言葉も宗教でいう善人,悪人の意味であります。
浄土真宗は聞く宗教で,お寺は聞法の道場といわれています。
聞くとは,我欲のかたまりでしかない,何ともおはずかしい,どうにもならない自分の本当の心の姿に気づかされ,こんな私を救いの目当てと誓われる仏さまのお心に遇わせていただくことです。
私達にとって,大事なのは知識や能力ではなく,謙虚で素直な心だと思います。
他人を責めたり裁いたりできるような自分ではありません。
最も恐ろしいのは慢心であります。
59名無しさん@3周年:03/11/30 18:27
「死後の世界」「来世」はあるのですかと質問されて、
「そんなことより今をしっかり生きることが大切だ」
とかなんとか言って回答をうやむやにする宗教。
利いた風な口を利きやがって。
60名無しさん@3周年:03/11/30 20:59
>>59
まあ、そうやっかむな。
61名無しさん@3周年:03/11/30 23:02
とてつもなく大きな数字を並べたりして、人々の度肝を抜こうとする宗教。
「数キロ四方の岩を、100年に一度天女が衣でなで、その岩が磨り減ってなくなるまでの時間」
だの何だの、びっくりさせようという意図がみえみえなんだよ。
極端なことを言うのはインド病か?
経典とかに書いてある数字を真面目に研究している人いるの?
62名無しさん@3周年:03/11/30 23:02
ホームページ開設しました。
http://homepage3.nifty.com/hot-hot/7254.html
63名無しさん@3周年:03/12/01 13:15
test
64名無しさん@3周年:03/12/05 08:39
人を仏陀だの阿羅漢だの凡夫だの、ランク付けする宗教。
65実行委員長:03/12/05 09:28
仏陀は、阿羅漢のことです。
再びこの輪廻の世界に、生まれかわらなくするための技術を学ぶところです。

それが、仏教です。
66名無しさん@3周年:03/12/05 09:45
生まれ変わる原因は、仏教では何と説いていますか。
漏れは生まれ変わるのは嫌なので。
欲や執着とかなのかな?
もしそうなら「欲や執着を捨てるために、財産を寄進しなさい」などと言い出すだろうねww
あるいは現世的利益を求めることに罪悪感を持つようにさせられるとか。
宗教はいろんな理屈で人を支配する。仏教も例外ではない。
67名無しさん@3周年:03/12/05 10:31
>>66
輪廻転生はブッダが生まれる以前からの考え方です。
ブッダはあなたと同じ悩みを持ち悩んだ末に腹が減って
「馬鹿馬鹿しい。腹が減るだけだ。飯でも食いに行くか」
スジャータさんという女性から牛乳を戴いて一気に飲み干しました。

まさか「前世の記憶」なんて信じていないでしょ?あったとしても
生まれ変わったとしても生まれ変わったことに気がつかないんですよ。
「前世の記憶」なんて言う奴は頭がおかしいんです。

だから好き勝手に生きて良いんです。でも周りも好き勝手に生きる権利があります。
だからある程度は控えめに生きましょう。

「私は○○の生まれ変わりだ」とか言う人は嘘つきなので気にしないでくださいね。
68名無しさん@3周年:03/12/05 18:57
前世の記憶は法華経のバカどもが説いたもの。人は記憶のないまま前世の
悪い行いの苦悩を受ける。そして、神も仏もないとわめきちらす。
69お釈迦様:03/12/06 12:24
>>66
>>もしそうなら「欲や執着を捨てるために、財産を寄進しなさい」などと言い出すだろうねww
>>あるいは現世的利益を求めることに罪悪感を持つようにさせられるとか。
>>宗教はいろんな理屈で人を支配する。仏教も例外ではない。

そんなことはありません。それは一部の僧侶です。99%位かな?
あとの1%の僧侶はまじめに仏教の研究に励んでいますよ。
本当は、僧侶も経典が何を言っているのか、解らないのですよ。

だから自分勝手に「自分の意見」喋っているだけで、お釈迦様は
そんなこと言っていないのですよ。



70お釈迦様:03/12/06 12:28
>>59
>>「死後の世界」「来世」はあるのですかと質問されて、
>>「そんなことより今をしっかり生きることが大切だ」
>>とかなんとか言って回答をうやむやにする宗教。
>>利いた風な口を利きやがって。

仏教の意味を知らないと、僧侶はそういってごまかすしかない。
71名無しさん@3周年 :03/12/06 13:45
>>70 
捨置記といって、釈迦自身が「死後の世界はあるのか」とかのいくつかの問いに黙して答えなかったはずだよ。

確か、マークンルヤとかいう弟子が何度質問しても釈迦は黙して答えなかった。
ある日「死後の世界はあるのかどうか、お答えいただけなければ私は今日で教団を去ります」
とまでいったのに、釈迦は有名な「毒矢のたとえ」を話してやり込めてしまったのだ。

この、もったいつけて質問に直接答えず、論点のすり替えをしてやり込めてしまうという、
暗く気持ち悪い釈迦の性格ややり口を踏襲してきたのが坊主だちだということだ。

釈迦は実際はこんな対応をしておらず、経典に残るときこのように記載されてしまっただけだというのなら、
悪くとってしまって釈迦に申し訳ないが・・・。
72お釈迦様:03/12/06 14:16
>>71  
>>捨置記といって、釈迦自身が「死後の世界はあるのか」とかのいくつかの
>>問いに黙して答えなかったはずだよ。

それは誤解ですよ。釈迦は「仏の死後はあるか否か」について、無記といっ
たんですよ。
73名無しさん@3周年:03/12/06 14:52
訂正 マークンルヤ → マールンクヤ 

>>72 
検索してみたけど、いろんなページでこの話は紹介されていて、
だいたい「死後の世界はあるのか」という話だったよ。
「仏の」というのは、書いてなかった。根拠は何?

それに、無記(回答しない)とか“いった”のじゃなく、
目の前で礼にかなった態度で質問されたのに、釈迦は黙って答えなかったのだろう?
人間のとる態度としておかしくないか? 
“仏陀”なら人との対話を無視してもいいというわけか?
「ごちゃごちゃ聞いてくるな。鬱陶しいんじゃボケ。すぐに立ち去れ!」とか怒るほうが人間としてまだまし。
「ああ、答えられないか、答えたくないかで、要するに答えてくれないんだなあ」とはっきりわかるし。
この方が気を持たされてうやむやにされるよりましだと思うよ。

まあ、時代や文化が違うから、作法のあり方も違ったのかもね。
74名無しさん@3周年:03/12/06 16:04
>>73
答えは「毒矢のたとえ」で返事をしたから、別に態度が悪いなんて思わないんだけど。
お釈迦様の教えって苦しみを乗り越えることに尽きるんだから、死後の世界のことを
考えるのはその教えからはズレてると思うし。
それに、もしあると答えてもないと答えても、弟子は信じちゃうでしょ?
死んでみなきゃ知りようがないことは、仏教としてはおかしくない?
お釈迦様はあくまで「体験」できるもののみを説いているのだから。
7571=73:03/12/06 16:39
>>74
直接返事をしていないって。
「あります」「ないです」「わからないです」「答えるとあなたの修行の害になるので答えないです」
「答えたくないです」等々が直接の返事だと思うよ。

しかるに、奴は再三質問されても、思わせぶりな沈黙をしていて、最後は論点のすり替えでやり込めてしまった。

質問に答えるか、答えないという態度や理由を積極的に表明していたら、漏れは奴が暗くずるい性格のヤシだとは思わないよ。
76孔子:03/12/06 17:01
>>75
論点はすり替えていないですよ。今を生きることのみが大切なのに、あるかないか分からないものを
考えてることに価値を感じない、というのは筋が通っています。

 いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん

とだれかも言っていた。
77孔子:03/12/06 17:15
>>73
なぜそのような批判になるのだろう?
釈迦の店は現在屋で、死後の世界とかカルトネタを取り扱う妄想屋ではない、
と言っているだけだろう。電気屋に生魚を買いに行ったようなものだ。

自分の求める解答が得られなければ、相手をこき下ろすという態度のほうがよっぽど
礼を失している。

 その易めんよりは寧ろ戚め

少し違うが、だれかが言っていた。(万事整えることよりも、慎むほうが先だ)
78名無しさん@3周年:03/12/06 17:17
死後の世界があるか無いかを問うよりも、自分のその態度を直す方が先決だ
と釈迦も言っているに違いない。
79お釈迦様:03/12/06 17:30
>>73
悪いことをした者は「地獄に生まれる」と言っているから、やはり「死後は
有ることになりませんか?」
80名無しさん@3周年:03/12/06 17:43
教えてください。
仏教の世界観を知りたいのですが、よい本はありませんでしょうか?
よろしくお願いします。
81名無しさん@3周年:03/12/06 18:04
>>80
単純に、「スッタニパータ」(訳:中村 元)とかどうかな?
82名無しさん@3周年:03/12/06 18:13
スッタニパータが一番。欲のない話は誰も好んで聞かない。
安らぎを大切にしようとする者はいない。
しかし、正直に説いているのがスッタ二パータ(ブッダのことば)

大乗仏教の経典は、人を釣るものが入っているから気をつけて。
83名無しさん@3周年:03/12/06 18:29
>>81
>>82
ありがとうございます。
さっそく購入して読んでみます。
84名無しさん@3周年:03/12/06 18:37
まあ、とにかく、ブッタは死後の世界については何も言ってない。
85お釈迦様:03/12/06 18:52
>>84
それは違うでしょう。
ブッタは「悪いことをせず、慈悲に生きた者は天界に生まれ、悪いことを
した者は死後三悪道(地獄・餓鬼・畜生界)に生まれる」と言っていますよ。
86名無しさん@3周年:03/12/06 18:56
死後の世界がなければブッダはいません。人はこの世で好き勝手に生きろ
というのが慈悲になるような教えではありません。
87名無しさん@3周年:03/12/06 18:59
思わせぶりなことばかりいい、弟子の質問にも正面から答えられず、
弟子たちもあきれて次々といなくなり、最後まで流浪の旅に一人つ
いて行ったアーナンダが言いました。
「先生、俺ずっと先生についてきたけど、先生の言ってることが
まだ全然わかんねーよ。死ぬ前にちゃんと教えてくれよ」
とすがりつくも釈迦は、
「アーナンダよ。私は教えることなどない。人間は一人で生きるものだ」。
結局、肝心なことは答えない(知らない、考えたこともない)釈迦
なのであった。その結果が、葬式屋、祈祷屋、カルト集団、
だらけの宗教を生むことになったのだ。そして、そのようなむちゃく
ちゃな状況をも、8万4千の入り口があるのだといいくるめる。
88名無しさん@3周年:03/12/06 19:00
>>84
それはどの本(経典?)で言っていることですか?
8988:03/12/06 19:02
間違えました。>>84ではなくて>>85です。
90お釈迦様:03/12/06 19:07
>>88
阿含経典ですよ。
91名無しさん@3周年:03/12/06 19:14
死後の世界についての釈迦の答えは、「無記」(不可知なことを考えてもしょうがない)だろ。
92お釈迦様:03/12/06 19:16
>>91
これは誤解ですよ。
「如来の死後ありや」の質問に対して「無記」ですよ。
9371:03/12/06 19:17
多分、いろんな経典で当たり前の事実のように言っているよ。阿含経でもね。

そのため、いつも漏れが思うのは、
「死後の世界はあります。いつもその前提で話しているでしょうに。」と
マールンクヤになぜ話さなかったのかなあと・・・。

スッタニパータにも、輪廻転生を前提にした文句は出てくるのでは?

仏教知りたい人には、漏れとしてはダンマパダ(法句経『法華経』ではない)をお勧めしたい。
仏教のアンソロジー(要約集)といわれていると何かで読んだ。
94名無しさん@3周年:03/12/06 19:21
空には誰も答えられないし、欲望とブッダのことばを聞いて、この世で
何か目的を達成しようとする者には絶対受け入れられない教え。
成仏世界には、人の思考さえないのだ。あれや、これやと思いめぐらすな。
精神統一された状態、迷い無き明智を得た状態が人である状態での悟りなの
だ。

95お釈迦様:03/12/06 19:24
法句経って、知りませんが、お釈迦様の言葉ですか?

96名無しさん@3周年:03/12/06 19:25
>>92
それは入滅前にアーナンダに言ったことだろう。
スッタニパータでは、人間一般の死後の滅不滅について
不可知と言ってるだろう。
97名無しさん@3周年:03/12/06 19:27
やっぱ、スッタニパータでしょう。=仏教ってどんなの?
98名無しさん@3周年:03/12/06 19:33
釈迦の話に輪廻転生が出てくるとしたら、「お前らが信じてる輪廻転生
の考えの中で、漏れの考えを理解するとすれば・・・・」と方便で言ってるんだよ。
まあ、先祖崇拝思想の日本人に対しては、先祖のご恩をネタにして法話を解くよう
なものだ。
9971:03/12/06 19:35
>>95 
ダンマパダは、スッタニパータと同じく、原始仏典です。
『ブッダの真理の言葉(中村元 訳)』として岩波文庫からも出ています。
100名無しさん@3周年:03/12/06 19:43
釈迦が言ったのは次の二つである。
人生哲学として、
・苦しみの根源は欲である。欲が暴走しないように節度もって生きなさい。
宇宙についての哲学として、
・万物は相互に連関しながら、生滅を繰り返すはかないものである。

墓や寺や霊魂など釈迦とは関係ないのである。
101名無しさん@3周年:03/12/06 19:49
死後は肉体は入れない。思考もない。境地だけが存在し、それは完全な喜びの境地
ニルヴァーナ。完全消滅の世界と言われる。善いだけの人間は消滅できない、霊体
となって白い光のもとに生まれるとある。キリスト教の「神は光だ」というものに
相当するのだろう。しかし、その世界に入るにも難しい。

「そこには、すでに有ったものが存在せず、虚空もなく、識別作用もなく、太陽も
存在せず、月も存在しない。水も無く、地もなく、火も風も侵入しないところ―そこ
には白い光も輝かず、暗黒も存在しない。さとりの究極に達し、恐れることなく、疑
いが無く、後悔のわずらいの無い人は生存の矢を断ち切った人である。これがかれの
最後の身体である。これは最上の究極であり、無上の静けさの境地である。一切の相
が滅びてなくなり、没することなき解脱の境地である。自分に等しい、あるいは等し
くない生まれ、生存をつくり出す諸の形成力を聖者は捨て去った。」


102名無しさん@3周年:03/12/06 19:55
人のいない林は楽しい。世人に楽しまないところにおいて、愛著なき人々
は楽しむであろう。かれらは快楽を求めないからである。

 とりあえず、林の中で瞑想してれ。論争と論じ合いによって、悟りから
 遠ざかるとある。
103名無しさん@3周年:03/12/06 20:02
>>1
仏陀の教えを知りたいなら、スッタニパータとダンマパダを読め。
いろいろ訳本、解説本がある。
仏教諸宗の教えとなると、これはもう、それぞれの教祖(お経の著者)
の完全オリジナル作品ともいえるもので、仏教に共通する思想など
なきがごとき。各宗派の本でも読め。
104お釈迦様:03/12/06 20:06
阿含経によると、衆生は「地獄界・餓鬼界・畜生界・阿修羅界・人間界・欲天」
を死んでは生まれ、転々と輪廻している。各世界の寿命は。
地獄界の寿命は千年。
畜生界の寿命は・・。
餓鬼界の寿命七万年。
阿修羅界の寿命は天の千年。
人間界の寿命は百年。
天界は天の千年。
だそうです。
105お釈迦様:03/12/06 20:20
その他、沢山の世界がありますが、龍と金翅鳥の世界もあって
龍・金翅鳥の寿命は一劫。
金翅鳥は龍を食べているそうです。
106名無しさん@3周年:03/12/06 20:24
>>105
きっとあなたの言ってるとこ地獄じゃ?阿含経だけはやめとけ。
ついでに法華経もな。
107名無しさん@3周年:03/12/06 20:26
>>1
おまいの家の浄土真宗という教団のことはおいておくとして、
浄土の教え自体は、易しく、明るく、いいもんだよ。
阿弥陀仏の願いにより、すべての人は救われてるんだ。
我々は、そのことに気づいて感謝していればいいんだ。
「苦しくても悲しくてもそれでもお前はすでに救われてる」んだ。
要するに「だいじょうぶだあー」教といっていい。
108お釈迦様:03/12/06 20:29
>>106
法華経は良い教えだと思いますが、どうしてだめなのですか?
109名無しさん@3周年:03/12/06 20:33
>>104>>105の数字について
やはり漏れはインド人は極端な数字を挙げたりして、
途方もない大きなことを言おうとする癖があると思うよ。
何かの本でもそう書いていた。

それと、漏れの経験上、外国人は概ねとても嘘つきだよ。
インド人はとてもずるいと聞くし。
日本人の正直さ率直さ善良さ勤勉さには、
漏れは世界に類を見ない素晴らしいものを感じる。
110名無しさん@3周年:03/12/06 20:43
南無妙法蓮華経を唱えることが、世界唯一の信仰で、後は邪教
とするバカがいるから。何かを唱えて救われるというのはバカ
が信じるもの。特殊なものを唱えて救われ、その特殊なものを
唱えられない、救われない世界の多くの人々が存在する教えは
バカの考えること。
釈迦の教えは、空をあらためて説いたもの。悩みなき、こだわり
なき者にはいらない。
111名無しさん@3周年:03/12/06 21:00
何かを唱えて救われるなんて、オカルトそのものじゃん。
112名無しさん@3周年:03/12/06 21:25
>>85
1には死後の世界と、六道とは別個のものだと考えられていたらしいということ、

2には最近は古層の阿含の端本が大分発見されて、地獄等に言及されている
部分だけすっぽりなく、明らかに後世の付加といえる個所がいくつか特定され
ているということです。
11371:03/12/06 21:48
>>112 
地獄とかの六道輪廻の世界観は漏れも嘘と思うよ。
性格の暗いマゾ野郎(orサド野郎)が怖そうな話を勝手に混入したに違いない・・・と漏れは想像する。
地獄の期間とかも、とてつもなく長い年月を書き込みやがって。作為を感じないほうがおかしいよ。

しかし漏れは、死後の世界や生まれ変わりは事実あると思っている。
“仏教”で説かれている三悪道はないと思うが。
114名無しさん@3周年:03/12/06 22:06
>>112
どちらかというと、地獄等の記述はありませんでしたが、輪廻説の方がもとは採用され
ていて、死後の世界というものを信じていないようです。
115お釈迦様:03/12/06 22:23
>>112
>>1には死後の世界と、六道とは別個のものだと考えられていたらしいとい
>>うこと、

でも、輪廻は死後六道のどこかに生まれると書いてありますよ。
116名無しさん@3周年:03/12/06 22:41
>>115
それはないと思います。
まあ私も六道という言葉を使いましたが、古くは五道説で、諸注釈書でも
これらを一括りに取り扱う場合、断り書きをしているものもあるくらいで
すから。

この辺にしておきます。
117名無しさん@3周年:03/12/07 08:46
うんまん
118名無しさん@3周年:03/12/07 08:48
117の唐突な発言は何を示唆しているのだろうか
119お釈迦様:03/12/07 09:13
>>116
確かに阿含経にも五道となっています。
したがって、衆生は五道を転々と生まれ死にしているわけです。

12071:03/12/07 11:15
お釈迦様氏は、人間は動物にも転生しうると思う?
それはあやしいよ。
退行催眠とかでは、人間としての過去生か中間生(中有?)しか思い出さないみたいだよ。
人間はこの世に生まれるとき人間としてしか生まれないんじゃないかな?
121お釈迦様:03/12/07 12:18
>>120
大分前に、テレビで後退催眠をやっていて、スタッフがかかってしまい。
机の下に隠れようとしていた。それでどうして机の下に隠れるのか尋ねると
私はカニです。人間に見つかると殺されるので。と言っていました。
これ、どう思いますか?
122太刀山型の土俵入り:03/12/07 12:25
>>1
松本史朗「縁起と空」をまず読めば。仏教への正しい理解が得られるかどうかは
別として仏教系カルト(つうか仏教そのものか)に対する興味は消えうせるから
仏教なんつう無駄なもんに時間とられずにすむから人生をもっと有意義に使えるよ
12371:03/12/07 12:31
嘘(演技)か、自分の思い込みだと思います。
退行催眠中は思い出すだけです。机の下に行かないはずです。
惨い殺され方をした場面とかになると、
息を荒げることはあるみたいですけど。

それに、カニが善徳を積んで人間に生まれ変わるのはどうすればいいの?
人間に都合のよいこと(食べられる、遊びで殺される)をすればいいの?
考えるとおかしいと思います。
124太刀山型の土俵入り:03/12/07 12:42
仏教の開祖っていわれてる人って兎の時人間に食われるために
火の中飛び込んだって話してたやうな。

これを応用すると天皇のために死ねという例の教えになります。

くわばらくわばらw
12571:03/12/07 12:58
>>124
>仏教の開祖っていわれてる人って兎の時人間に食われるために
>火の中飛び込んだって話
本生譚(ジャータカ)に載っている話だよね?
この話も、暗ぁーい性格のマゾ野郎がいかにも作りそうな話だと漏れは思っています。
126太刀山型の土俵入り:03/12/07 13:05
おいおい都合が悪いと人のせいか?
いいかげん仏教=ヒンドゥー教=差別主義(無分別のね)
って認められんのかネエ。
仏教は無知じゃなくて無恥の宗教ですね。
12771:03/12/07 13:18
>>126
実際、本生譚は、釈迦没後に仏教が発展して、
「カルマの法則」とかの教義が整えられて絶対化されてから、
その教義とのつじつまを合わせるため、想像力を働かせて作った話ではないの?
「仏陀となる原因が過去生にあるはずだ」と考えて作ったのでは?

それと、漏れはまあまあ仏教反対者です。
・この世は苦しい
・生まれ変わりを尽きさせよう
ということについてだけは、仏教に共感してはいるが。
128名無しさん@3周年:03/12/07 13:27
>>124 
それ応用じゃなくて、誤用。

人が死にそうで困ってたら
自分の命を捨ててでも助ける事だろ?
しかも、自分の為にそうしている
というのが、凄いって話しだ。

身分は関係ない。一番困っている人を救うのだ!
当時の日本で一番困っていたのが天皇だったら、
いまごろ、だれも批判しちゃいないよ。
129太刀山型の土俵入り:03/12/07 13:53
蛇足だけど、当時ほとんどの日本人は天皇批判してないよ。
批判つうか騒いでたのは間違って生き残っちゃったヘタレ共産主義者とか
虐げられてた在日の人とかでしょ。まあ在日の人たちはしょうがないけど
ヘタレ共産主義者どもが下手に騒がんかったら今ごろ天皇制なかったかも
しれんのに返す返すもその点は残念だ。

そうしたらテレビ東京も昭和天皇死んだ時高視聴率とれなかったかもしれんけど

130名無しさん@3周年:03/12/07 14:12
>>124
粉飾しすぎ。
人間でなくて老人、ウサちゃんがどうやって助けるかを話したもの。

本生譚は基本的には蔵外だけれども、この手の教訓譚はどの世界にもあります。

>>127
釈尊はれっきとしたカルマヴァーディンです。カルトを否定するあまり極
論に走らないように。
131太刀山型の土俵入り:03/12/07 14:21
>>130
後世でどう受け取られて扱われたかの実際上の効果も考慮しようや。
宗教にいやな意味でのめりこんでる連中全般にいえることだけど。
132お釈迦様:03/12/07 17:01
阿含経に婆羅門の摩納父は大司祭であったが死んで、白犬に生まれ変わった
という話が載っていますよ。
133名無しさん@3周年:03/12/07 17:46
>>131
こうした話しを持ってきて、安直に結びつける社会学者・政治学者が多いんですよ。
実際に当時の記録をみると、関係ない場合が多いのです。

新宗教が脅迫に使うことは、けしからんですけれど。

>>132
>>これらを一括りに取り扱う場合<<といいましたけれど、地獄・餓鬼といったも
のと人・天などをこれと一緒くたに扱うかいなか、の問題で、元来両者は関係
なかった、という見方のことを言ったつもりだったんですけれどね。

「死して...」といった場合と、「死後の世界」といった場合と異なります。
最終的には意識の流れが形勢力としてあることが認めら、そのほかに存在はない
とされます。単刀直入に言いますと、これは業の流れでもあります。
それは一人の人がこの生を享けても実体的にはあり得ず、幻なる者にしかすぎま
せん。この流れは解脱するまで続きます。この間に幻なる者はある時は人に、あ
る時は畜生なる者の意識として生活されます。この存在の箇々の境目が、世諦とし
ては死生として呼ばれたりするのですが、法としては間断ない1つの流れとして意
識されたようです。この他に別の次元が、その人の意識のなかにあってはならない
ようです。
134名無しさん@3周年:03/12/07 18:02
>>129
だったら、>>124のような批判的な事をいう必要はないんじゃない?

あなたは、なんだかんだといって仏教を否定をしたがるが
それは建前で、実際はたんに認めたくないだけじゃないですか?
その例として、主観的にしか仏教を見ていない。
(解釈がおかしいとよく突っ込まれる。)
客観視の出来ない人は、謝らないし、聴く耳を持たない。

「実際上の効果」というが、よい効果、悪い効果の両方があるだろう!
現代の国家が決める教育方針も、宗教です。
同様に良い所も、悪い所もがあるでしょう。
それは、何においてもそうです。完璧なものなんて無い!

我の強い人間は我を否定する宗教が一番苦手らしい。
135お釈迦様:03/12/07 19:09
「仏教ってどんなの?」という掲示板だから、仏典を語っているのに、
初めから仏典をことごとく否定されたのではね。
136名無しさん@3周年:03/12/07 22:35
確かに今は仏典でしか仏教は伝わらないのだから、仏典を否定したらこの
スレの意味がないもんね。
お釈迦様、気にせず教えてください。
137名無しさん@3周年:03/12/07 22:42
もうね、口伝なんてものは、昨日のことでも人々の
頭の中でバイアスがかかっていい加減なものになるのよ。
500年も600年も口伝されたものの記録なんて
もはや創作と考えるのが自然でしょ
138名無しさん@3周年:03/12/07 23:16
>>137
インド人の記憶法を知らないらしい。

それに仏典がどのような趣旨に基づき編纂されているのか知らなさすぎる。
異本間の相違がどのように生じたか具体的に判明しているものもある。
139名無しさん@3周年:03/12/07 23:28
詩ゲの形にして、暗誦して口唱し、口伝で伝えていく方が正確だとの意見も聞いたことがある。
間違えないか、師や仲間にチェックされるし。

また、漏れの意見として、いつでも調べられる文書として保管しているだけというのと、
暗誦して頭の中に入っているのとでは、その僧侶の能力が天と地ほど違うだろうと思うw(当たり前かw)
140名無しさん@3周年:03/12/08 00:03
たとえば、十二因縁とかどの宗派でもあるのかな?
どの宗派にも共通してあるものが、仏教の真の教えって考えるのは
浅はかですか?
141名無しさん@3周年:03/12/08 01:06
>>139
>口伝で伝えていく方が正確だとの意見も聞いたことがある
んなことありえん。
142名無しさん@3周年:03/12/08 01:07
>>138
>インド人の記憶法を知らないらしい。
漏れも知らん。教示すれ。
143名無しさん@3周年:03/12/08 01:12
最近は夜、眠る前は、たとえば、好きな子と手をつないでデートしてるとこ
など・・・楽しいことを考えるようにしています。
144名無しさん@3周年:03/12/08 02:35
仏教って哲学なの?宗教なの?
少なくともキリスト教やイスラム教のような宗教ではないよね?
145名無しさん@3周年:03/12/08 02:45
宗教の定義はわからぬが、人間はどのようにして生きればいいか、
を教えたものである。
146太刀山型の土俵入り:03/12/08 10:19
>>134
流石仏教徒さま。素敵!
>>129のような状態だから問題なの。
そして日本人を家畜化したモノこそ仏教。主体性ない連中ばっかりだったら
そら争いは起こらんわなあ。反抗するとかそういうこと知らんわけだし。
一向一揆なんかは仏教としては珍しく自分達の主体性をもってた連中だと思うぞ。
とった方法が正しかったとはいえんが。まあまわりが仏教化した日本人しか
いなかったから殲滅させられたけどね。
147名無しさん@3周年:03/12/08 13:21
>>146
主体性をもって行動していたから日本の歴史で主要な問題を投げかけ続けて
いたんだよ。

主体性をなくしたのは廃仏毀釈以降、戦後の政教分離で決定的とされる。

君の言葉で「日本人の家畜」根性が宗教云々ではなくて、日本人が本来
持つ性向として丸山真っ青さんら、その周辺は問題にし続けていたけど
もね。君のような「○○のせいだ」とすぐにするのも悪癖として、太平
洋戦争に突入していった原因としていたぞ。
148名無しさん@3周年:03/12/09 00:24
>>146
偉そうな事をいって申し訳ないけど、
あなたはもっと、仏教の良い面も目を向ければ

また、否定的にみている時事すべてにおいて
の良い面も目を向けれるようになれば、
ただ否定している事もぐっと深みが増す。
それ以前に、仏教に対する見方が変わると思うけど。
149名無しさん@3周年:03/12/09 09:27
>>146
というより、市販の啓蒙書程度は一通り読んで、さらに専門知識を
多少蓄えてから口にすべき話題ですよね。

それまでは思っていても口に出すべきではありません。
150太刀山型の土俵入り:03/12/09 15:02
>>148
立場が変われば仏教の良い面ももちろんありますよ。
不当な搾取も理不尽な暴力も全て前世の因縁とか日頃の行いとか、心の持ち様とかで
勝手に自分の中で自己完結しちゃってそのままの状態で文句もいわずいるんだから
搾取する側にとってこんなに楽な相手はいないわな。

151名無しさん@3周年:03/12/09 15:53
>>150 とても痛烈だなw 漏れがそれだったよ。
152太刀山型の土俵入り:03/12/09 16:01
>>151
今は違うの?であれば心からおめでとうと言いたい。
153名無しさん@3周年:03/12/09 16:12
仏教を学ぶならここが宜しいかと!
https://www.shinnyo-en.or.jp/kokoro/issue/0204_02.html

直接飛ばないで下さい
コピーして上のアドレス欄に
貼り付けてから「移動」して下さい。
154151:03/12/09 16:16
信仰者という名の奴隷にされて精神的にも物質的にも搾取されまくりだったが、
今は違う。

あ、それと漏れは148氏ではないので。念のため。
155名無しさん@3周年:03/12/09 16:41
>>153のようなのが
>不当な搾取も理不尽な暴力も全て前世の因縁とか日頃の行いとか、心の持ち様とかで
>勝手に自分の中で自己完結しちゃってそのままの状態で文句もいわずいるんだから
これにあたるんだろうな。

これを仏教と言うべきなのかどうなのか。

あと>>150のようなものなら宗教によくありがちで、特に仏教という必然性がない。

156名無しさん@3周年:03/12/09 18:41



     仏教の男女差別(・A・)イクナイ!!



157名無しさん@3周年:03/12/09 19:52
>>140
―あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように、そのように一切の生きとし
生けるものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。
また全世界に対しても無量の慈しみのこころを起こすべし。
上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行うべし。
立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥しつつも、眠らないでいる限りは、この
慈しみの心づかいをしっかりとたもて。この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。

諸々に邪まな見解にとらわれず、戒めを保ち、諸々の欲望に関する貪りを除いた人
は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。―


 これぞブッダの教えの基本だと思う。欲念から様々な迷いを持たず、こだわらず、迷わず、
 欲のないブッダから、欲のない話を聞くこと。そして、これ以上ない最高の
 善い思いを持つことを目指すこと。
158名無しさん@3周年:03/12/09 19:57
欲のない者(ブッダ)から、自分たちの欲を見出そうとするから迷う。
スッタ二パータはお勧めだよ。仏教からは、欲のない者になろうとす
る心得がないと、何もならないのではないか。
15971:03/12/09 21:40
諸悪莫作(しょあくまくさ)
衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)
自浄其意(じじょうごい)
是諸仏教(ぜしょぶっきょう)

というのが仏教だと読んだ。
「悪いことをなさずに善いことをなし、心を清めること。これがもろもろの仏の教えである」
という意味のはず。
160名無しさん@3周年:03/12/09 21:48
難しいこと言わずに、分かりやすいことばで言って。
しょあくまくさなんて言ってるから、仏教は変だと
思ってしまう。ひけるんだよ。
悪いことをなさず〜仏の教えであるって最初から言
えば、争いのキリスト教よりいい教えってことわか
るじゃん。>>159
161名無しさん@3周年:03/12/09 22:35
>>150

それは仏教を利用した悪魔ともいえる人達の行為だ。
仏教とは言いません。
根本なところで履き違えていてどうするのですか。
これ以上、「仏教を認めたくない」というのをアピールしても
だだをこねているとしかみえません。
16271:03/12/09 22:41
キリスト教って、教えは到底信じかねるようなものが多いが、
“礼拝(土下座)”しない点は漏れは気に入っている。
でも、キリスト像の前で跪くことはあるか・・・・。

イスラム教は、カーバ神殿の方向に礼拝(土下座)してる。

仏教は、仏像に三拝(三回土下座)するし、
宗派によっては坊主にまで土下座三回することがある。
生きている人間を崇拝するのは、まるで危ないシューキョーだな。
163名無しさん@3周年:03/12/09 22:53
そう?教えてもらう生徒が先生に礼をするのは普通だと思うけど。
16471:03/12/09 23:02
礼をするのはいいが、崇拝するのはおかしい。
何か媚を売って利益をもらうつもりか?
奴隷の態度をとって大事にしてもらうつもりか?
それに、崇拝(土下座)は人間としての尊厳を捨てて
相手に服従するという意味合いの行為ではないか。
16571:03/12/09 23:11
いくら先生が自分よりも優れていても、
自分の主体性というか人間の尊厳を捨てるような挨拶をするようなことがあっていいものか。
人間を土下座して崇拝するのは、未開人なみの行為だと思う。
それをさせていた釈迦や麻原って・・・・。
まあ、釈迦の時代のインドでは(あるいは今でも)、
宗教指導者の足に頭丁をつけて挨拶するのが普通だったのかもしれないが・・・。
166163:03/12/09 23:16
>>165
そう、土下座って言うけど服従の意味合いじゃないんだと思う。
スッパニパータを読めばお釈迦様がそんな人間じゃないのはよく分かる。
167名無しさん@3周年:03/12/09 23:43
スッタ二パータを読めばブッダの教えの根本がわかると思う。
欲のない話なので(あたりまえだが)多くの衆生には好い教え、気に入られる
教えではないが、それ故、大乗仏教という人を惹きつけるもの=釣るもの
が入ってないので、迷わずブッダの教えがわかると思う。

168名無しさん@3周年:03/12/10 00:06
尊厳と慢心は違う。
169名無しさん@3周年:03/12/10 01:13
>>150
>勝手に自分の中で自己完結しちゃってそのままの状態で文句もいわずいるんだから

おれはぶっきょーとの端くれだが、文句言うぞ?
あんた、なんか勘違いしてないか??
170名無しさん@3周年:03/12/10 08:51
>>169
150さんはホントのところはどうでもいいからそう自分で決めつけて、ここで
嫌がらせして日頃の鬱憤を晴らしているだけさ
17171:03/12/10 08:53
>>168
確かに、ダライラマは、礼拝(三拝)の意味について、
「慢心を捨てるためです」と説明していた記憶がある。
ダライラマを漏れは尊敬はしているが、こんなので納得いくか。

漏れは、合掌・一礼程度なら、挨拶として問題がないと思う。
ではなぜ礼拝はだめかというと、こういう服従の行為を積み重ねると、
精神・心情までそれについていってしまうからだ。行為が精神を規定するのだ。
自分の主体性をなくして、相手のいうがままという奴隷精神がついてしまうのだ。
もの言わない仏像に三拝するのはまだ危険が少ないかもしれないが、
生きている人間に心情的屈服させられるのは危険だ。
人に支配されるのが好きな、マゾの人ならそれでいいのだろうが。
172(´・ω・`):03/12/10 09:01
>>71
どうにも、土下座(或いは、土下座くらいまで頭を下げる行為)に「支配」・「服従」や「惨めさ」を感じているようですが
それは今日日本の価値観倫理観でモノを判断してるように思えますが。
確かに古今、支配者や偉そうな人が、下の者にむかってそれを強要してきたことも在るとは思いますが、
土下座=上から強要されてやる事=人間の尊厳を捨てた行為 と言う図式があるようですが。
17371:03/12/10 09:19
実を言うと、漏れは坊主にも三拝するようなカルト痔院に関わったことがある。
もともと熱心な仏教者であった漏れは、最初は坊主に三拝するのはそんなに抵抗なかったのだ。
しかし、どんどん相手(坊主)の言いなりになっていき、自分の意見を封じ込めるような癖がついていった。
とても舐めた利用や搾取をされ続けたのだ。
いつも土下座している相手に、何かにつけ反発できないのだよ。
174(´・ω・`):03/12/10 09:33
>>71
それは、僧侶を敬ってる信徒の姿を勘違いした僧侶の慢心に、嫌気が差したという
ことでしょうか。イロイロと勉強されておるようで、その中で自身の経験から
仏教僧全体に対して賛同できないと思われる部分があるのには、自分も仏教を学ぶ
一人として、納得のいくところがあります。


 近代の西洋的研究が入ってくると、それまでの日本の仏教に警鐘を鳴らし始めた方が
出てきたことも考えていただきたいなあ、といった所も。
 勿論その警鐘に耳を傾けない僧侶がまだまだたくさんいて、「職業坊主・葬式仏教」と
非難されるに相応しい生活をしてるわけですが(´・ω・`)
175太刀山型の土俵入り:03/12/10 23:32
>>155
>これを仏教と言うべきなのかどうなのか。
本人たちは仏教だっていってるし、ほとんどの日本の「仏教徒」は名前さえ仏教名乗ってれば
仏教か仏教じゃないかなんて教義上見分けなんかつけられませんがナニか?

>あと>>150のようなものなら宗教によくありがちで、特に仏教という必然性がない。
そう仏教以外の宗教もやってるけど仏教教団もやってるのよね。
そこはあえて触れてないのかしらん?

176板井:03/12/11 01:17
悪態ついてりゃ、カッコイイと思ってる太刀山クン。
一昔前の万年野党「はんた〜い・はんた〜いの社会党」を思い出させるのぅぅぅ
177太刀山型の土俵入り:03/12/11 09:25
>>176
悪態?仏教がろくでもないもんじゃないならキッチリ証明してみろや。
無理だろうけど。
178名無しさん@3周年:03/12/11 09:28
>>175
それは逆で教義上で区別がつくはずなんだけれど。
大方の新宗教は、仏・神・キリストの既成の権威を利用するために名乗っているんです。
179名無しさん@3周年:03/12/11 09:31
>>太刀山型の土俵入り
なんだカルトキリスト教信者か。
180名無しさん@3周年:03/12/11 09:59
 271 :太刀山型の土俵入り :03/11/26 06:57
  増健スレのお蔭で久しぶりにヴァネッサ・パラディの記事を見た。
  たまには増健厨も役にたつもんだ。

  16か17くらいで「白い婚礼」(原題忘れた)でまっぱだかになってたのが
  もう2児の母か。正に月日は100代の過客だのう。
  当時あの映画で1回抜かせてもらいますた。
  ちなみにヴァネッサ・パラディの方がオイラより幾分年上だあね。

  いいパイオツしてたな。

  ちなみにいいパイオツといえば北勝海もよかったあね
  
     ↑
こういう香具師の方が、よっぽどロクでもないんだけれどもね。
181名無しさん@3周年:03/12/11 11:56
>>175
>そう仏教以外の宗教もやってるけど仏教教団もやってるのよね。
>そこはあえて触れてないのかしらん?
というか、そういうのはすでに宗教とかの閾ではなくて、思想や体制が陥りがちな弊害の
部分だよね(国体思想・皇国史観なども)。
だからみな問題にするんでしょう。

それをあえて仏教に限定して持ってくるから、違うんではないかい?と言っているわけで、、、小一時間。
182名無しさん@3周年:03/12/11 14:12

日本人は「スッタニパータ」や「ダンマパダ」を有り難がってる。

近代仏教学者が文献学的に古いというだけで、これら経典を
さも仏教の根本の教えみたいに説いたせいだが。

はっきり言って南伝仏教でもこれら経典はたいして重要な位置は与えられていない。
言うなれば刺身のツマみたいなもの。釈尊の教えの真髄を知りたければニカーヤ文献を読め。
183太刀山型の土俵入り:03/12/11 17:30
>>180
あんたは正しい。よく見つけてきたね。あそこ人少ないから書き込みの
一つでもしてきてくれてたら嬉しいっす。

斉天大聖此処に至るとかね。
184名無しさん@3周年:03/12/11 17:34
>>182
欲の深い者にはわからんってか?
185太刀山型の土俵入り:03/12/11 18:02
>>182
中村元ちゃんが全て悪いというのかあああああああ。そのとおりです。
186名無しさん@3周年:03/12/11 18:06
18771 :03/12/11 20:33
>>182
内容的にみて、ダンマパダは仏教の要約みたいなものだと思うが。
短いので覚えられる人もいるだろう。
188名無しさん@3周年:03/12/11 21:01
ダンマパダは真理のことば、感興のことばはヴダーナヴィルガ。
ダンマパダを読んだら、スッタ二パータを読もう。
189名無しさん@3周年:03/12/11 22:18
仏教=釈迦マンセー教

釈迦の言動は、何をしても言っても、深い意味を勝手に見出される。
釈迦に疑問を呈するものは、自動的に愚者か罪人にされる。

(※「マンセー」は2ch用語で、
「先生!」×10=「千セー」×10=「万セー(マンセー)」なのだよね?)
190名無しさん@3周年:03/12/11 23:28
源流を訪ねるのもいいと思うけど、そうでなくてもいいと思う。
釈迦だって一人の人間。その教えだけが唯一と盲信するのはイクナイ。
191名無しさん@3周年:03/12/11 23:52
>>177
キッチリしたいのだが、比較基準も無しにろくでもないもんじゃないことをキッチリするのはしんどいよ。
証明してあげるからそこらへんなんとかしてください。
192名無しさん@3周年:03/12/11 23:58
俺も俺も!!しっかり論証してあげるから、議論したいんだったら同じ土俵
に立てるように、準備ね?
193名無しさん@3周年:03/12/12 00:06
>>190
同意。盲信はイクナイ。仏教徒は祈らない。それが釈迦であっても。
そういう教えじゃないんだっけ?
>>189
疑問はOK。で、なんで自動的?に愚者か罪人にされるの?
あんたどっか変な所に所属してたの?そうじゃなかったら嘘つき。
五戒も守れないような奴は仏教徒じゃないのでさようならー。
194名無しさん@3周年:03/12/12 00:06
>同じ土俵に
太刀山型の土俵入りをするかもな。
195名無しさん@3周年:03/12/12 00:09
>>194
そういう意味で言いました。
早く早くぅー、土俵さんー
196195:03/12/12 00:17
つまんねえ。
蛙。
197189:03/12/12 00:50
>>193
仏教徒じゃなく見られて、とても光栄です。
えーと、>>189では大げさに書いたけど、嘘のつもりはないよ。
経典とかを見ればいつでも「釈迦が賢明なことを言って迷妄の深い愚者を諭してあげました」
みたいな構図の話ばかりだ(あたりまえだけど)。
それと、あんたは仏教徒を美化しすぎだな。
現実の仏教徒は普通の人間なのだから、
「またまた、お釈迦様の言うことを受け入れられない馬鹿が出てきたよ。やれやれ」
みたいな雰囲気がすぐにできるぞ。
「増上慢」だのなんだの、愚者と決めつけて非難するための言葉まで作ってあるところもある。
あまりごねると謗法だとか言い出すよ。悪業だと言われちまうよ。
釈迦マンセーさは現に「仏身に傷をつけると無間地獄」などという教義にも現れてないかい?
198名無しさん@3周年:03/12/12 01:04
神格化されたらそいつはもうおしまい
199名無しさん@3周年:03/12/12 01:06
根本的質問だけど、釈迦は「俺は仏になった」みたいなこと
、あるいはそれをほのめかすようなことを自分で言ったの?
もし言ってたらDQNケテーイだけど。
200名無しさん@3周年:03/12/12 01:10
>>197
あんたが嘘つきじゃないのは分かった。
ただ、あんたの仏教はやっぱり仏教じゃないんじゃない?
お釈迦様を頂点にしたヒエラルキーが出来た宗教は仏教じゃないよ。
お釈迦様はあくまで先輩。それを勘違いしてる人は本当に仏教を理解
出来ると思う?
偉そうなことは言えないけど、土俵さんの批判精神はそこから出てるんじゃ
ないかな、とか思ったりする。
201189:03/12/12 01:20
>>199
シャカは悟りを開いた直後に、元の修行仲間の五比丘に真理を伝えに行き、
「私を『君』と呼んではいけない。(ブッダなのだから)」みたいに言ったはず。
それに、六師外道との対決の時かなにかに、
「私はブッダだ。人から教えを受けない」みたいなこと言わなかったっけ?

シャカがDQNかどうかは漏れは知らないが、人に利用されたらヒジョーに危ない発言だろうね。
“最終解脱”したオウム麻原が、これの真似して(?)いかなる権威にも従わないのもよくわかる。
202名無しさん@3周年:03/12/12 01:23
んじゃ、多くの新興宗教の教祖と同じく、
かなり頭はよかったけども(考えすぎて?)
やっぱりトリップしてしまったんだな。
203名無しさん@3周年:03/12/12 02:02
釈迦は実在したかどうかわからんし、
後の人が勝手に作り出した「釈迦像」がいわゆるお釈迦様。
その釈迦イメージを色々利用(解釈?)しながら、各地域・時代に合わせて教義を変化させてきたのが仏教だと思う。
(民衆の救済とか、坊主の利権拡大とか、変化の仕方は様々だけど)
で、日本ではさらに、明治になるまで神と仏はごちゃ混ぜでアバウトーな信仰形態だったわけだが、

そのあたりをふまえながら、だれか詳しい人、語って下さい(他力本願)

204189:03/12/12 02:28
>>200
>お釈迦様を頂点にしたヒエラルキーが出来た宗教は仏教じゃないよ。
>お釈迦様はあくまで先輩。
同意。そうであってほしい。
まともな人ならそう考えるだろう。
日本仏教の諸宗派は、釈迦にそれ程とらわれていないので、漏れはまあまあ評価している。
しかし、仏像が釈迦像だけのような宗派は、やはりヒエラルキーの頂点に位置づけがちだ。
205名無しさん@3周年:03/12/12 02:36
釈迦に準拠してるかどうかなんて、どうでもいいことよ。
釈迦が実在としても、釈迦が正しいこと言ってる保証はないんだし、
釈迦の言ったことが伝わってる保証もないんだから、
それぞれの宗派の教義そのものを見て、よいと思ったら帰依すればいいことよ。
そうだろ?
206名無しさん@3周年:03/12/12 03:29
>>205
それでいいと思います。はい。
207名無しさん@3周年:03/12/12 09:42
ひとつ訂正入れさせてもらうよ。
「ダンマパダ」はテーラワーダでも非常に重んじられているよ。
本来は「スッタ二パーダ」のほうがしかるべき地位を与えられてよいはずなんだが。
208カミミタ ◆y7MWjAcJGA :03/12/12 20:21
>>201
ブッダは地上の者とは違う、死後、地獄とは違う成仏世界の境地を生存者として
得た。その世界から、一切は苦であると悟るのである。地上では決して味わえない
この上なき最上の喜びの境地ニルヴァーナを得ているのに、誰と論じ合う価値があ
るのだろうか?地上の者は地上のことしか知らない。それより、ニルヴァーナに近
い自然の中で瞑想し地上で喜びを得て、死後妄執を払いのけ生存の因を断つことが
幸せであると言っているのだ。
私はニルヴァーナを知り、しかし妄執に破れ現在の通常の境地に至った。ブッダの
ことばスッタ二パータがどんなに価値のあるものか知った。今はない至上の喜びの
境地ニルヴァーナと共に生きるのはブッダのことばに拠ることがなによりである。
ニルヴァーナを知らなければ、ブッダなどに価値を見出すことはなかったが........
209ソーシキ仏教:03/12/13 03:18
>>日本仏教の諸宗派は、釈迦にそれ程とらわれていないので、漏れはまあまあ評価している。

   ¥にとらわれてますが・・・
210名無しさん@3周年:03/12/13 03:24
葬式仏教も仏教のうち。
211名無しさん@3周年:03/12/13 03:57
99.9%葬式仏教ってとこが、モンダイだな。
212名無しさん@3周年:03/12/13 04:00
100%葬式仏教もまたいいじゃないの。
なにしろ信者をイパーイ集めた宗派の勝ち。
213名無しさん@3周年:03/12/13 10:32
反対に、葬式仏教じゃなきゃ困るよ。
坊主が、この複雑な現代社会に生きる人々に口を出し始めると大いに問題。
全知全能じゃあるまいし。
上座部仏教の国とかでは、この愚を犯しがちだと思う。
214名無しさん@3周年:03/12/13 13:17
先祖の霊に感謝し、供養する。
日本人にとっての仏教はそれでいいじゃないの。
215名無しさん@3周年:03/12/13 14:16
>>214 
大賛成。
あまり「信仰」とか「修行」とかにこだわらない感覚の方が漏れは好き。
216名無しさん@3周年:03/12/13 14:17
ホントに今の仏教は形式だけだね
217名無しさん@3周年:03/12/13 14:33
遺族は、葬式の準備、会葬者の接待、お坊さんや葬儀社への支払い、などに
忙殺されて、しばし悲しみを忘れる。訳のわからない読経も精神を安定させる
作用がある。葬式仏教はそれなりの社会的機能を果たしている。他人の心の
中に土足で踏み込むような他の宗教よりもマシ。キリスト教、特にプロテスタント
のように過度に人為的な精神性を重視する宗教は、却って人間の精神の健康に
とって有害。
218名無しさん@3周年:03/12/13 14:41
精神をその場に応じて仏教、神社、あるいは自然や芸術に多様にゆだねる。
柔軟で危険性がなくていいんじゃないか、日本人の宗教観。
219名無しさん@3周年:03/12/13 14:42
まあ、南方仏教国とか他の国の心配より
カネカネカネのわが国の行く末を〜〜〜
220名無しさん@3周年:03/12/13 20:40
>>214
それって儒教
221名無しさん@3周年:03/12/13 22:06
日本の仏教すごいですよ。
儒教、神道、土着信仰、生活習俗、儀式をすべて取り込んだ総合宗教。
222名無しさん@3周年:03/12/14 17:45
>>221
それはどの宗教でもそうだけどね。キリスト教のクリスマスとか、上げたらキリがないだろう。
223城の内ミサ:03/12/14 22:53
いやいや、数では仏教サンの足元にも及びません。
比べあうなんて、滅相もありません。
224名無しさん@3周年:03/12/15 03:46
仏教の場合、土着の信仰を吸収して教義を拡大すると共に
その土地にあった宗教へと変貌していくみたいだから。

西洋の宗教みたいに土着の宗教を弾圧して唯一絶対神を
信じ込ませるのとはやり方が違う。
225名無しさん@3周年:03/12/15 04:42
ホントに今の仏教は形式だけだね
226名無しさん@3周年:03/12/15 09:27
>>224
という歴史もかかえているが、内実はどの宗教も同じ。
実際私の友人の欧米人たちが来日し、多くの人が仏教のことを口にします
が、「キリスト教の方が分岐もしていないし、単純明快でいいじゃないか」
というと、ほぼ全員「ローマ時代にすでに原型が見失われ、その後複雑多岐
に分裂し、派により国により全く別なものになっている。仏教の方が原型を
留めている」という。

それぞれ同じことを言い合っていますよ。
土着の習俗を無視しては社会自体が成り立たない。個々の土地それぞれの習慣を踏まえた上で、
そこに各宗教の教えをどう実践していくかで、宗教はその地に根ずくものなので、その辺は洋の
東西は変わらない。

天幕でなかったり、復活祭然り、イースター然り、三位一体然り。
227名無しさん@3周年:03/12/15 09:31
追加
>という歴史も抱えているが
というのはカソリックが土着を排除しようとした歴史のこと。
(結局はうまく行かなかったようだけど。次のことではない)

>>224
>仏教の場合、土着の信仰を吸収して教義を拡大すると共に
これは意味が分からない。どういうことなのかオセーテ。
228太刀山型の土俵入り:03/12/15 11:24
>>227
横からスマンが
>仏教の場合、土着の信仰を吸収して教義を拡大すると共に

しっかりした骨子がないから土着の影響もろに受けていいように変節させられる。
て面も多大にあると思うぞ仏教。
最近邪魔臭すぎてついに小泉首相からも見放された中曽根と仲がいい梅原猛とかは
その部分が気に入ってるみたいだけど。
229大クンニ:03/12/15 14:44
>>タチ
だいぶん、度量が広くなってきたじゃないか(w
230名無しさん@3周年:03/12/15 20:03
>>228
森にはいって木しか見えない的な発言のが多いな。
具体例書いてよ。

私的にはキリスト教の方がよっぽど土着習俗にと結合の度合いが高いと思えるんだ
けれども。といいつつもどの宗教についても同じ現象はみられるんだけれどもな。

ttp://www.littera.waseda.ac.jp/festival/index.html

キリスト教固有の行事というのは以外と少ないんだよなぁ。
231名無しさん@3周年:03/12/15 23:29
人の心を掴もうとするには、その土地その土地のモノを
利用すべし。
232名無しさん@3周年:03/12/16 09:02
>>231
>人の心を掴もうとするには
どうしてそういう見方しかできないのかな?
233名無しさん@3周年:04/01/02 19:30
仏教の教えは犯罪人には会わないような気がするのですが?

特に行動的な犯罪者には・・・

キリスト教がダウン系なのに対して仏教はアップ系の感じがします。
偏見かもしれないけど。
234名無しさん@3周年:04/01/02 22:07
>>233
ダウン系?アップ系?その意味をもう少し教えて。
わからない。
235名無しさん@3周年:04/01/03 00:53
キリスト教は攻撃性がある
236名無しさん@3周年:04/01/04 20:28
>>235
攻撃性を抑えるためのキリスト教じゃないのか?
237名無しさん@3周年:04/01/08 15:22
一仏教ファンです。
仏教とは基本的に、何かを信じる宗教ではなく、何かを探す、そして、何かを見つける宗教だとおもいます。
釈尊は、その原理、方法、結果などを説き、悟りに至るのは、あくまでもその個人次第ということになると思うのです。
初期の仏典を読んでいると、「滅せよ、、]などという言葉が沢山出てきて、「そんな、無感情な人間にはなれないし、なりたくない、、」などと思っていました。
しかし、読み進めるうちに、「滅せよ、、」などという言葉が、別の意味を持っていることがわかったのです。
釈尊時代の言葉では、「滅せよ、、」という言葉が、「コントロールする]という意味にも使われていることを知りました。
「馬を滅する」と言ったら「馬を乗りこなす]と言う意味に使われていたんだそうです。
納得できました。
私が仏教好きな理由は、仏教が、絶対唯一神を信じる宗教とはちがい、この世の物のあり方などについて探求する、宗教と言うより、哲学に近いところです。
「縁起の法」や、最後の説法の、「法灯明、自灯明」などは、仏教と言う宗教の教義ではなく、人間の真理のように思えます。
238名無しさん@3周年:04/01/08 15:55
質問

仏教では なにを拝んだら良いのですか?
239名無しさん@3周年:04/01/08 23:55
>>238
宗派によるよ
240240:04/01/09 23:46
皆さんは仏教を体得するために何かの実習をしておられますか。
各宗派の読経などは実習に入りませんよ。
241名無しさん@3周年:04/01/29 18:19
絶対的に教養が足りない私が宗教を語ることは恥を晒す事と同じですが少しだけ。

恐らく宗教とは教えられる物ではなく、生きてきた過程その物を指すのではないでしょうか。
本来自然に芽生える物なので過去に作り上げた仏教と言う教えを受け入れられなくても不思議ではない。
特に自身の行動を法律以上に制約する物には嫌悪感さえ抱くのは当然でしょう。
もし地球に自分1人しかいなかったら好きに生きられます、10人だったら少しのルールで済みます。
しかし何十億と人間がいたら、「生き方」が必要です。
法律は「禁止」するだけで「奨励」はしてくれません。出来ないのです。
「無宗」教国の日本には1億2千万人以上いますがベストな教えで生きているのでしょうか。
そうやって考えてみたら既存の宗教もまんざらでは無いと思います。
242名無しさん@3周年:04/03/14 18:25
葬式仏教でいいじゃないか
243名無しさん@3周年:04/03/14 20:52
_,,,,,,,,
     , - ' ゙    `` ‐ 、_,,,,,
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【ゴールデンレス】
このレスを見た人はコピペでもいいので
10分以内に3つのスレへ貼り付けてください。
そうすれば14日後好きな人から告白されるわ宝くじは当たるわ
出世しまくるわ体の悪い所全部治るわでえらい事です
244り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/03/14 20:55
ダライ・ラマの仏教と浄土真宗の間に通じ合うものがあるのでしょうか。
同じ仏教徒としての意識を持っていますか。
245名無しさん@3周年:04/03/15 03:19
どちらも原始仏教から派生したものだが、かなり違う。チベットでは日本に伝わったような教えは異端とされている。

日本の密教はチベット仏教にやや近いが。
246名無しさん@3周年:04/03/29 06:25
人は価値観や背景が違うから相手の目線で思いやりなさいみたいなこと仏教(浄土系)の坊さんとカトリック信者が言ってた。プロテスタントみたく一人が同じ考えだと百人も同じだろうと決め付けるて愛だの思いやりだのぬかすのと違う
247名無しさん@3周年:04/03/29 06:31
人には百人いたら百通りのドラマがあるんだよ!プロテスタントの糞がっ!あと自分を好きになれないのは他人も好きになれないんだよ!プロテスタントの呪縛を救ったのが仏教仏教は「自分らしく」を教えるとこ
248名無しさん@3周年:04/03/29 06:38
仏教=性悪説だけど加点式。人は悪いことだらけといいながらも他人のいいとこを見つける。 カトリック=性悪説だけど加点式。 糞プロテスタント=性悪説で減点式。(30点から90点取っても10点間違えたとねちねちいう)
249名無しさん@3周年:04/04/23 22:01
日本仏教には空海派と最澄派の二つの流れがある
250名無しさん@3周年:04/04/24 21:51
>>249
ヲィヲィ。臨済宗はどちらですか?
251カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :04/04/28 20:37
輪廻転生について、それは釈迦が説いた教えではなく
ヒンズー教の概念であり、サムサーラの独自解釈であり、
御釈迦さんそのものは、そんなもの信じていないとおっしゃてる方います。
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1083137984/l50
の42、45
もしそうならこれは仏教の根幹にかかわることではないでしょうか?
この話は本当なのですか?
私はスレを荒らすのが目的ではありません。ただ本当のことを知りたいだけ
なのです。御釈迦さんは本当に輪廻転生など説いていないのですか?
252名無しさん@3周年:04/04/29 01:27
*その思想が登場した文化的背景・当時の価値観社会情勢はいかなるものだったのか
*発言者のその文化(社会)の中での発言前の立ち位置はどこか
*発言者のその文化(社会)の中での発言中の立ち位置はどこか
*発言者のその文化(社会)の中での発言後の立ち位置はどこか
*発言者に対する直近周囲(直接やり取りした者)の認識・理解・反応はどういったものだったか
*発言者に対する遠方周囲(伝聞・噂で知る者)の認識・理解・反応はどういったものだったか
*初期発言内容(初期に遡れなければより原型に近いもの)の確定・推定
*発言内容を理解し受け容れたのはどういった立場・思考・境遇の人物だったのか
*発言内容を理解し拒絶したのははどういった立場・思考・境遇の人物だったのか
*発言内容を理解できず拒絶したのははどういった立場・思考・境遇の人物だったのか
*発言内容をいきなり拒絶したのははどういった立場・思考・境遇の人物だったのか
*そしてそれぞれの理由は何か
*そもそも発言者は誰に対して発言していたのか
*立場の違う人間に対して同じ事を同じように発言していたのか
*それとも個々のケースで違っていたのか
*また発言者は発言するだけだったのか
*それとも何か行動を伴っていたのか
*発言者存命中の継承者たちの言動はどうだったのか
*発言者と継承者の言動への周囲の評価はどうであったのか、どちらが知られていたのか

*登場から現代までに発言内容に変遷はあったのか
*あるならばその変遷はいかにして生じたのか
*それは発言者存命中からのものなのか、死後のことなのか

*いつ、どこへ、だれが、だれに、拡げていったのか
*或は誰が発言内容を継承していったのか

*現在どれほどの変遷(どれだけの種類)が確認されるのか(→それぞれについて上記の各種点検が必要)

253つづき:04/04/29 01:28
各板、いや、ネット(2ch)中に於いて、誠実に質問してきている人はポイントを抑えた質問であり、また素直に受けとめてくれてるようだが、批判してる奴らというのはどうしてこうも不勉強なのか。
宗教(仏教)の概要(主に初期状態)を理解する上で必要と思われる要素を、とりあえず今思いつくだけ上げてみたが(まだまだ足りないだろう)、
少なくとも君たちの憤りに答えるには、上記の事柄全てを(しかもいっぺんに)説明せねばならないようだがネット上ではまず不可能だ。各項目一つずつがそれぞれ膨大な情報量と厳密な検討を必要とする。それぞれが研究分野として一カテゴリーとなりうるほどに。
勿論、自分に上記全てを解説する力はないが、(多少は自信がないでもないのだが、2chってコワイ所だし、時間をかけた長長長長・・・・・文はそれだけで批判の対象になりそう・・・)
ともかく、煽り・荒らし的な批判をする人間は、宗教(仏教)を論じる上で上記のような事柄の把握が非常に大切だということを解っているのだろうか?
巷のいかがわしい本(或は哲学関係?)はいっぱい読んでいるようだが、たとえば、部外者の論としてマックス・ウェーバーなどは興味深い考察をしてくれてるけど当然ふまえた上で発言しているのだろうか。
コピペして各スレに貼り付けたいぐらいに(?_?)なので・・・
長文失礼

>>251 とりあえず乱暴に言えば説いています。なぜならそれは、当時のインドの常識の一つだから。
ただし、相手によってその説き方(どう理解すべきか・どう受けとめるべきか)は様々です。
否定「は」していません。また、当時、輪廻を否定する思想家(行者)もいました。
お釈迦さんの真の心の内は判りませんが、もしかしたら本音では「んなことあるわけねぇじゃん」と思ってたかも・・・とか考えないこともないです(笑)。
254カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :04/04/29 03:22
>>252
レスどうもありがとうございました。
他の仏教の掲示板でも同様の質問をしたのですが、
未だに返事こず(涙)

いろいろHP回っていましたら、おもしいHPがありました。
ttp://sapporo.cool.ne.jp/nichiren/meiso.htm
ところで釈迦は、
「人間にはどうしてもわからないことがある。わからない事はわからないと認める
心もだいじなのだ」
と、いうような意味の事を弟子に言ったと、どこかのHPで見たような気がするのですが、
その時の文言を詳しく知っている人いませんか?
255ワルシャカ   :04/04/29 03:30
まあ
10人中1人ぐらい
必ず“じぇんしぇ〜”のこと
鮮明に憶えてるっていう確率なら
ちょとハナシ聞いてやっても
イイぜ!
256名無しさん@3周年:04/04/29 04:40
>>255だけでなく、前世に関する矛盾で批判する方々へ。
 『私個人は』前世など信じておりません。
また、前世があろうとなかろうと、お釈迦さんの教え(その骨子)が揺らぐとも思いません。
すぐに書き込めるかどうかわかりませんが、もし問い質したいのであれば答えることに吝かではありません。

>>254 ほんの一部の仏典しか読んでいないので、論文的に・具体的にお答えすることはできませんが、様々なところで散見されます。
コピペのように単なる付け加えの場合や、全く別の人物への回答として残されているもの、或は後代の注釈として述べられている場合等色々です。
『死後「タターガタ(「如来=この場合仏陀」OR「霊魂=この場合は輪廻する主体としての存在」)」は存在するのですか?』
『この(私たちの生きている)世界は永遠普遍(不滅)のものですか?それともいずれ消滅するものですか?など、六師外道と言われる同時代の他の行者の思想についての問い(当然六種全てに対してある)』
『アートマン:Skt.(アッター:Pali.)とはいったい何ですか?
あなたがアートマン(この場合、質問者がアートマンという言葉で何を指していたか、釈尊が何を想定したかで大きく意味合いが変わってくるのだが・・・)なのですか?』
だったと記憶しますが・・・。他にもあったかな?
そして、答え方としては
『それは涅槃に資さない問いである』『・・・・・(無言)』の二種であったような気がしますが、どなたかのフォローがあれば幸いです。
しかし、そのHPの言葉はあまりにも意訳し過ぎですね・・・というより全く別な言葉だ・・・w

私はこの板の原始仏教スレをチラッとしか読んだことはありませんが、
その中でも出てくる中山書房の季刊原始仏教(片山一良訳)のシリーズは、
中村元の岩波シリーズやその他原始仏典の訳出物と比べて最も信頼性のある(→仏典に誠実な)ものではないかと評価しております。でなければ、やはり南伝大蔵経でしょうか。

よく、「ぐぐれ」と言われますがw 笑止!
疑問があるなら、きちんと原典にあたることをお奨めします。(もっと言えば原語に・・・(笑))
そして、その原典も多種多様で全く矛盾する記述も存在することを頭の隅に入れておいてください。
257レンマ:04/05/01 21:03
>>251>>254
ここで質問しましたか?
原始仏教 その6
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1074834929/l50

たとえば、輪廻転生と輪廻は別な概念で、仏教では輪廻を説くけれど、
転生は基本的には説かない。
いわゆる、肉体の死をもって輪廻とは言わない。

あるいは、良き所(または梵天)に生まれる、とは説きますね。
258名無しさん@3周年:04/05/01 21:29
>257
原始仏教のスレを読んでもらえばわかりますが、仏教では輪廻転生は随所で
説かれています。
259名無しさん@3周年:04/05/01 21:48
最高裁まで粘ったが織田無道の有罪確定
http://plaza.rakuten.co.jp/geinou/diary/2004-05-01/
260名無しさん@3周年:04/05/01 21:57
>>258 同意。
輪廻転生を前提にしたものがあれほど多く仏典に出てくるのに、
仏教は輪廻転生を説いていないなどと考えるのは明らかに不自然だろう。

ただ俺の予想するに、
『その当時の民衆は輪廻転生を信じており、
それを否定して法を説いても民衆は受け入れることができないから、
対機説法を旨とする釈尊は民衆が信じていることを前提にわかりやすく法を説いたのだ。』
という感じの解釈をするようなヤシもいるだろう。
261名無しさん@3周年:04/05/02 01:18
>>260
>仏教は輪廻転生を説いていないなどと考えるのは明らかに不自然だろう。

「仏教は”本来”輪廻転生を説いていない」
と考えれば不自然でもなんでもないね。
262レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/10 02:09
輪廻と転生をわけて考えてね。
輪廻は認めたが、転生は説かなかった、しかし、後世の仏典には、
転生思想が多く混入した、といった感じでしょうか。
263名無しさん@3周年:04/05/10 02:17
質問があるのですが、カルマの法則は
御釈迦さんが説いた教えなのですか?
それとも後生のもの、大乗仏教の教えなのですか?
264レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/13 21:57
カルマの法則?え〜っと・・(^-^;;

おそらく、仏教で業(ごう)といわれている用語は、一般にはかなり誤解されていると思います。
その典型が、「業(ごう)が深い」という例ですね。

仏教で説く業(ごう)は、サンスクリットでカルマ(行為)という意味です。
人の行為をカルマと呼び、善行も悪行もともにカルマです。

悪因悪果、善因善果のカルマの法則は、原始仏典で、すでに説かれています。
その意味で、釈尊その人が説いたといえるでしょう。
後世、いささか悪のみ強調されましたが、良いことをして良い結果を生むのも
カルマの法則です。
それと、これは重要なことですが「縁起の法則」も興味があればネットで検索して
みてください。カルマの法則とはすこし違うのですが、重要な教えです。
265名無しさん@3周年:04/05/14 01:12
>>264
たとえば私が、なにをやってもうまくいかず、世の中に対して憎悪のようなもの
をいだき、そこいらにいる奴らをだれでもいいから殺してやると
包丁を持って、街をうろついたとしましょう。
そこで通りかかったマザーテレサをみて、「何を善人ぶりやがって、目障りなんだよ!」
と思い、殺してしまったとしましょう。
さて、これもカルマの法則で、釈迦の説いたカルマの法則にのっとった現象であり、
殺されたマザーテレサに非があったのだと。
つまりマザーテレサのカルマによりそうなったと。それが真理なのですか?
釈迦は本当にそんなことを言ったのですか?
それともそういう解釈は、一部のカルトの間違ったカルマの解釈でしょうか?
こういうケースはまったく有り得ないはなしではありません。
悪人が、悪人を殺した例はあまり聞きません。
事実、この手の事件や、悪人の被害者になるのは、えてして善良な人たちのケースが多いですね。
266レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/14 22:50
> 殺されたマザーテレサに非があったのだと。
> つまりマザーテレサのカルマによりそうなったと。
> それが真理なのですか?
ちがいます。(^-^)きっぱり

> 釈迦は本当にそんなことを言ったのですか?
いいえ、それは誤解です。釈尊の説いていることは別な法則です。
人間の行為は、原因となり結果を生むと説いたのは事実です。

> それともそういう解釈は、一部のカルトの間違ったカルマの解釈でしょうか?
そういう解釈は、日本ではカルトに限らず一般的といえるでしょう。
しかし、まったくの誤解です。(^-^;;

--- 【縁起の法則】相応部経典
これがあるから、かれがあり、
これがなくなれば、かれがなくなる。
---
【解説】
釈尊は、自分が苦しむのは、なにがしかの原因があり、
その原因をなくせば、苦しみから逃れることができる!
と説いたのです。(^-^)
その原因とは、欲望、執着、煩悩などと説かれ、これが悪因というものです。
どのような原因があるかを見抜く智慧を”さとり”といい、
さとりによって、苦しみから逃れることを”解脱”といいます。
原因と結果の法則とは、このようなものです。
267名無しさん@3周年:04/05/14 23:25
原因があって結果を生むとは説いたが、
結果から原因を逆算するのは、誤りだということかい?
もしそうなら、マザーテレサの例は、運が悪かったということか。
反対に、刺し殺したほうは、自分の行為が原因となって、
捕まって処罰を受けたり、長い間逃亡生活の不自由な目に合うということか。
268名無しさん@3周年:04/05/14 23:33

その例の場合マザー・テレサは殺されたのではありません。
なぜなら「アナッター(無我)」だからです。マザー・テレサというのは
諸もろの構成要素が集まって仮に「マザー・テレサ」という通称で
知られる心身を成立させていたに過ぎません。
だから殺された者はいなかったのです。
殺した者もいません。しかし無我の真理を悟っていない限り、
命を奪ったことに対する諸もろのサンカーラ(行)は必ずその人に
苦しみの結果をもたらします。
269名無しさん@3周年:04/05/15 01:54
受肉された者は滅びの一形態として殺される事は有り得る。
後、善悪は有限次元空間で把握出来るものなのか。
270レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/15 08:34
>>263
結果には、必ず原因があります。
しかし、原因を細かく特定することが間違いなのです。(^-^)

どのような結果であれ、複雑に原因が絡み合い、単純に、
これこれが原因だ、と特定しようと考えるのが間違いです。

したがって、釈尊の説く教えの方向は、原因の細かな特定ではなく、
原因が、無明、煩悩、欲望、執着などにあると見抜くことです。

たとえば、金持ちに生まれるのは、過去世に善行を行ったからだ、
という考えは、釈尊の教えではありません。
271レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/15 09:06
七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)

諸悪莫作(しょあくまくさ)
衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)
自浄其意(じじょうごい)
是諸仏教(ぜしょぶっきょう)

【通解】
もろもろの悪を行うことなく、
もろもろの善を行い、
自ら、その心を浄らかにせよ、
これが、もろもろの仏の教えです。
272実行委員長:04/05/15 09:35
仏陀に成ることが、仏教です。
その技術が重要です。
273実行委員長:04/05/15 15:40
智慧によってカルマを断つのです。
274名無しさん@3周年:04/05/15 16:39
>結果には、必ず原因があります。
>しかし、原因を細かく特定することが間違いなのです。(^-^)
>どのような結果であれ、複雑に原因が絡み合い、単純に、
>これこれが原因だ、と特定しようと考えるのが間違いです。
これには俺も賛成。
刺し殺された人は「前世で人を刺し殺したことがあるからだ」とまで単純に原因を
特定できないと思う。
しかし、自分がしてきたそっくり同じことを、
いつか他人からそのままモロにされる場合も多くあると思う。
ていうか、俺に心当たりありw。
(前世とかじゃなく、今生の過去の行いの報いと思われる・・・・。)
275実行委員長:04/05/15 18:40
日本では、戦後一億を超える人工中絶があった。
近いうちにその結果が出る?
276実行委員長:04/05/15 18:41
アメリカ人が生きたまま首を切られて殺された。人工中絶も同じと考えます。
277自治誘導 ◆dLxb.Apy42 :04/05/15 20:56
同一趣旨のスレッドが存在しておりますので、下記スレッドをお使い下さい。
現在「心と宗教板」では同一内容スレッドが乱立し非常に使いにくい状態です。
ご協力お願いいたします

卍 卍 新・仏教質問箱@参学用 卍 卍 パート1
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1081319012/

=====================心と宗教板 自治誘導========================
278太刀山型の土俵入り:04/05/18 10:34 ID:voSjmik8
今生でありようが来世につながると考える仏教は往々にして子殺しや
弱者の排除に陥りやすい。

・子殺しには悪事を働いて今より悪いところに生まれかわらないようにするため。
・弱いものいじめには弱者というのは前世悪いことをしたから今その罰を受けているので
あってそれに責め苦を与えるのは理に適っている。で、弱いものいじめをしている自分は
一見悪いことをしているようだが、弱者の贖罪を手助けしているのであるから
自分の行いは功徳があるのだ。

というような素敵な言い訳を与えてくれるのが仏教ですね。
279名無しさん@3周年:04/05/18 19:16 ID:oHo8opj8
また、視野の狭い
独断と偏見のカタマリの
太刀山型がおいでなすった(W
280太刀山型の土俵入り:04/05/18 20:54 ID:voSjmik8
>>279
おっしゃるとおり、確かに何の疑惑も抱けずになにも調べず仏教=善とかいう風に
思い込めるほど視野広くないっす。

つうか大概の仏教徒って視野自体ないんとちゃう?
自分が仏教徒ってことに疑問抱いてる人間の方が少数派だわなあ。
281名無しさん@3周年:04/05/18 20:59 ID:Ykjminw0
>今生でありようが来世につながると考える仏教は

そうかな?、こないだ菩提寺に行った時に
宗門で出してるパンフレット見たんだけど
宿業論・宿命論を否定する内容だったよ
282名無しさん@3周年:04/05/18 21:01 ID:xRClZ3Wa
諸行無常
諸法無我
が真実であるということに同意し、
この法を体得していないがゆえにすべてが「苦」なのであり、
涅槃寂静
の境地を得れば「苦」ではなくなるのだということを信じて修行する。
これが仏教です。
「諸行無常・諸法無我・涅槃寂静」を三法印といって、
これが仏教であることの印なのです。
さて、その修行の方法にさまざまな教えがあり、
諸宗に分かれていますが、
人々の住んでいる環境や、素質・性格によって修行法も変わってきます。
十人十色だから方法も幾種類もあるのです。
基本は三法印です。
283太刀山型の土俵入り:04/05/18 21:04 ID:voSjmik8
>>281
そこの寺は先祖供養の理由付けはどう説明してんの?
284281:04/05/18 21:18 ID:Ykjminw0
>>283
先祖がいなけりゃ自分が無いわけですから
血の繋がりのある人間を弔うという以上でも以下でも無いですけど。
285太刀山型の土俵入り:04/05/19 00:06 ID:Xiq3mcqF
>>284
一応確認するけどそれはあなたの意見?それとも寺の意見?
もし寺の意見だとするとそこの寺は葬儀や法事は遺族の自己満足行為だって
いってるのかな?
286名無しさん@3周年:04/05/30 18:53 ID:9KtUgmO9

実況スレ

NHKアーカイブス ◆ けやきの証言 荒行の造形
http://live8.2ch.net/test/read.cgi/livenhk/1085898098/
287名無しさん@3周年:04/05/30 20:55 ID:Oi2Ndkl0
「生きとし生けるものが、幸いであれ。安穏であれ。安楽であれ」
これが仏の慈悲の教えです。

亡くなり、生まれ変わった親兄弟、ご先祖様がどうか幸せであれ、
安穏であれ、安楽であれと願って法要の座を設けることは、
物質至上主義の外道からすれば自己満足ですが、仏道に身を
置く者にとっては祈りであり修行です。
288名無しさん@3周年:04/05/31 01:17 ID:gKH8ATmD
あのー初めて宗教板に来たのでここで良いのかわからないのですが。
仏教の基本原理を初歩から学べる解説書みたいなものがあれば教えてください。
お願いします。
289名無しさん@3周年:04/06/01 23:59 ID:NU3QUFKx
290名無しさん@3周年:04/06/03 00:49 ID:+Lo8FR1i
>>289
ありがとー
291名無しさん@3周年:04/06/03 01:31 ID:fgk0lCZK
>>290
基本原理ならだんぜんこっちを薦める。
http://www.shunjusha.co.jp/book/13/13256.html
仏教入門
292名無しさん@3周年:04/06/03 02:20 ID:ysEqPh2A
仏教の概論を知ろうとしたら哲学並みに難しい。
まるきり初心者なら西田、鈴木から入っていくのがいい。

理由
仏教自体の世界が広いため、抽象的概念だらけで頭がパンク。
どだいサンスクリット語を中国語にして無理やり日本語に訳した聖典は
解説なしには分からないから。ちなみに西田、鈴木を勧めるのは彼らが
禅研究者だから。そして割と読みやすいから。また、日本は歴史的にも
感情的にも禅が受け入れられやすい土壌。例えば日本文化と言われし武
道、剣道、華道、茶道はすべて禅を基盤とした仏道にある。
293名無しさん@3周年:04/06/03 18:55 ID:+Lo8FR1i
>>291-292
ありがとー

>>292
西田、鈴木とは誰ですか?
無学なの。ごめんなさい。
294名無しさん@3周年:04/06/04 00:11 ID:JQxYbGSl
西田幾太郎
鈴木大拙
295名無しさん@3周年:04/06/04 00:17 ID:tlQa4LU0
            オイ、キタロウ!
              (◎.)
            _,ノ(_)ヽ---ヾ _
          /           \
         /  ノ人         ヽ
           | イ・ヽ\)         )
         | .|   |   ヾ、       )
         ヾ人__ノ(。。` ヽ        /
          | ⌒     |   ノ  ノ
          人   |     レノ   /
           ヽ、 ⌒   ノノノ人__
           /~/`ーーーー´/___/ヽ
296名無しさん@3周年:04/06/04 00:57 ID:DTsQTs4T
>>294
両名とも禅に偏りすぎ。
しかも臨済宗に。
西田哲学は難解で有名。
鈴木にも批判がある。
要するに、初学者向きではない。
297名無しさん@3周年:04/06/04 00:58 ID:DTsQTs4T
でも、いくらわかりやすくても、ひろさちやは薦めない(w
298名無しさん@3周年:04/06/09 17:33 ID:cqhKU4y5
禿々
299机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/06/09 17:40 ID:BgLAoiip
>>292
>道、剣道、華道、茶道はすべて禅を基盤とした仏道にある。

これは、私がカキコしたパクリだな(ニガワラ
300まとめ:04/06/09 17:52 ID:8UQUukHm
13 :髑髏派麺 ◆fC7rfSTUPw :03/10/28 12:04
わからないものにフタをして見ないフリする宗教=仏教

14 :髑髏派麺 ◆fC7rfSTUPw :03/10/28 12:07
ゴミ分別ができなくて黒い袋にまとめてしまう宗教=仏教

15 :髑髏派麺 ◆fC7rfSTUPw :03/10/28 12:08
わからないときの神頼み=空

29 :気喪衣 :03/10/28 18:16
不明なところは追求せず思わせぶりであいまいな言葉に置き換えて自己満足する
キモイ宗教の総称を仏教という

56 :太刀山型の土俵入り :03/10/28 22:28
そもそも仏教的ってなんじゃ。生きてることに興味なくして抜け殻に
なることじゃねえのんか?

67 :太刀山型の土俵入り :03/10/29 01:07
>>66
そういう考えこそまさに仏教的。不可知論ゆえになにやってもなにゆっても
まかりとおっちゃうという。
301@  @:04/06/09 22:39 ID:T08YLkEw
木を見て、森を見ず___のタティヤマ、びゃんじゃい!!!(w
302天使のささやき:04/07/01 19:10 ID:cAKqHgM7
巡回 しております。
保守 担当の、天使のささやき と申します。
よろしく お見知りおきください。(ここで名刺を両手で持ち、差し出す)
romさん 名無しさん コテハンさん
今日と言う日は、全宇宙時間の中で 2度と無い日です。
がんがって じゃなく マタ〜リと、カキコお願いします。m(___)m
☆彡(注) アプリで自動実行されてます。
303天使のささやき:04/07/14 03:10 ID:Dw9j7z6J
巡回 でぇ〜す。。
保守 担当の、天使のささやき と申します。
よろしく お見知りおきください。(ここで名刺を両手で持ち、差し出す)

romさん 名無しさん コテハンさん
今日と言う日は、全宇宙時間の中で 2度と無い日です。
がんがって じゃなく マタ〜リと、カキコお願いします。m(___)m

☆彡 (注) Age2ch と言うアプリで自動実行 されてます。

▲一部の方には、ご不快の念、これありと伺っておりますが、
これもスレご盛会をただ願う一念でございます。
ご了承ください。 m(__)m
304けちゃっぷ:04/07/15 13:39 ID:U4+DeU2m
仏教はどんな教えか?人生の苦(不満・ストレス)の原因を明かし、軽減する。ただそれだけではないでしょうか?真理を知るのも目的ではなく手段にすぎない。
305けちゃっぷ:04/07/15 13:41 ID:U4+DeU2m
お金がなくて苦しんでるなら、お金がなくても平気な心になるか、お金のための苦労なら愚痴を言わず実行できる心になればいい。お金欲しくて働きだしたら、次は仕事が辛いと愚痴る…それじゃあキリがない。自分で選んだ道を、ただ歩く。
306名無しさん@3周年:04/07/15 13:44 ID:Kzu9MGvo
苦しみの輪廻転生からの脱出だよ
方法は37ある
307けちゃっぷ:04/07/15 13:57 ID:U4+DeU2m
生命(その人を生かしてる無数の縁を仮にこう呼ぶ)は無常。誰の所有でもない。だから、道端で突然殺されることもあります。ただそれだけ。「おっ、僕の最期はこのパターンだったか。んじゃあ、先に浄土へ往くから、あとはまかせたよ!」
308名無しさん@3周年:04/07/17 08:52 ID:nFkF8kNP
イベント名: THE MESSENGER ラエル講演会

   「新しいブッダ」
    〜マイトレーヤ ラエル その教えの真髄〜

 日程:  2004年8月8日(日曜日)
 開場:  13:00
 開演:  14:00
 入場料: 大人:当日2000円(前売り1800円)
        高・中学生:当日1800円(前売り1500円)
        小学生:当日1300円(前売り1000円)

 場所:  日本教育会館内 一ツ橋ホール
309 誘導:04/07/21 21:49 ID:i2b08HKC
質問は下の質問用スレで聞いたほうが答え早くもらえますよ。

|†| キリスト教@質問箱119 |†|
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1090249443/

卍 卍 新・仏教質問箱@参学用 卍 卍 パート1
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1081319012/

☆ ○ 神道 @ 質問箱 ○ ☆
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1088081440/

☆ ★ 宗教なんでも@質問箱 4 ★ ☆
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1079783590/
310天使のささやき:04/08/02 15:27 ID:tRlEap/I
巡回 です。。
保守 担当の、天使のささやき と申します。
よろしく お見知りおきください。(ここで名刺を両手で持ち、差し出す)

romさん 名無しさん コテハンさん
今日と言う日は、全宇宙時間の中で 2度と無い1日です。
がんがって じゃなく マタ〜リと、カキコお願いします。m(___)m

☆彡(注) Age2ch と言うアプリで自動実行 されてます。

▲一部の方には、ご不快の念、これありと伺っておりますが、
これもスレご盛会を願う一念でございます。
ご了承ください。 m(__)m
311名無しさん@3周年:04/08/10 13:36 ID:Usx/opGx
皆さん、見性に興味のある方は一度はおいでくださいまし。

★見性を本当に得たもの同志が語らうスレ★
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1091363340/l50
312天使のささやき:04/08/24 01:37 ID:KHwxl7Eu
巡回 です。。
保守 担当の、天使のささやき と申します。
よろしく お見知りおきください。(ここで名刺を両手で持ち、差し出す)

romさん 名無しさん コテハンさん
今日と言う日は、全宇宙時間の中で 2度と無い1日です。
がんがって じゃなく マタ〜リと、カキコお願いします。m(___)m

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▲一部の方には、ご不快の念、これありと伺っておりますが、
これもスレご盛会を願う一念でございます。
ご了承ください。 m(__)m
313名無しさん@3周年:04/08/24 14:29 ID:Yl1X8jXO
 一切皆苦

この世がいわゆる「地獄」という場所だったの?
314名無しさん@3周年:04/08/24 16:00 ID:H56ddwYc
いまでも地獄ですよ。働かなければホームレスですよ。税金や年金を引かれ、わずかな給料でやりくりしなきゃいけないのですから。
315名無しさん@3周年:04/08/25 08:21 ID:Lt0agZ1t
>>313
ちがいます。天国から地獄まで、すべてが苦。
そのなかで中位の苦しみをもっているのが、この世とされます。

だからこそ行して解脱する以外、逃れる方法がない。
死んでも、自殺しても、逃れられず、諸世界を巡るだけ、というのが仏教の見方です。
316名無しさん@3周年:04/09/02 05:01 ID:Ggsf4tdo
ブッダになるための教え
317名無しさん@3周年:04/09/13 06:31:52 ID:WVeM8sH1
便乗の質問ですみませんが、日本の仏教ってなんで神の概念に近い仏というのがあるんでしょうか?
仏教の本来の始まりはあくまで純粋な哲学で、それがインドから流れてくるうちに
土着神話と混ざって神のような仏の概念ができたって聞きますが、それが本当なら
分かった時点でそういう概念がなくなりそうですが・・・無宗教の人間からの疑問ですが、
教えていただければ幸いです。
318名無しさん@3周年:04/09/13 07:45:46 ID:s9FLbjaL
>>317  日本の仏教ってなんで神の概念に近い仏というのがあるんでしょうか?

大衆志向がおおもとにあるのでは。
多くの信者を集めてお布施をたんまり。

仏教は教えではなく、進行でもなく、実践にあると思います。四諦八正道。

しかし、これではお金にならない。大衆受けしない。

手っ取り早く、誰でもわかる、誰でもできる、すぐできる、なみあむだぶつでお浄土へ。セレモ二ー。世間体。

そんなわけ無いとは思いながらも、他を知らないから取りあえず、なみあむだぶつ。

お布施たんまり。坊主丸儲け。

319名無しさん@3周年:04/09/13 07:46:50 ID:s9FLbjaL
>>318 進行→信仰
320名無しさん@3周年:04/09/13 18:37:53 ID:e7nWhysw
世界的に有名なソギャル・リンポチェ師(「チベット生と死の書」の著者)の来日特別講演です
1)上 智 大 学 の 一 般 講 演
テ ― マ : 「生と死の書について」
−困難な時代を生き抜くための思いやりに満ちたアドバイス―
  日  時 : 9月23日(木)  開場 13:30  講演 14:00
会 場 費 : 1800円
  場 所 : 東京都千代田区紀尾井町1−7(8号館 4階410室) 
(JR四谷駅下車徒歩5分) 

エスニックな雰囲気に包まれたラウンジ
2)ス − パ − デ ラ ッ ク スでの一般講演会
テ ― マ :「 混迷する世界で心の平和を求めて」
―チベットの仏教的な智慧で心に打ち勝ち、
あなたの生活を変えていく―
エスニックな雰囲気に包まれたラウンジでマーシャルのDJや大岩昭之写真展、琴奏者磯貝まきのソロ・パーフォーマンスをお楽しみ下さい 
  日  時 : 9月24日(金)  開場 19:00  開演 20:00
会 場 費 : 2500円 
場 所 : 東京都港区西麻布3−1−25 B1F
      電話 (03)5412−0515
  お問い合わせ、ご予約は9月7日より下記へ
チベット文化研究所   東京都品川区西五反田2-12-15-401
            (03)5745−9889(TEL)
                  3493−3883(FAX)
http://homepage3.nifty.com/tcci/

非常に貴重なチベットのリンポチェ(高僧)による、一般向けの分かり易いお話です。
仏初心者にもわかるように、あまり専門的な話しと言うより今の時代の生き方についてのはなし。
321百寺巡礼:04/09/16 05:48:25 ID:TQ2H8tbI
仏教とは 大河の一滴です。青春の門でもあり他力でもあります。
322百寺巡礼:04/09/16 06:01:28 ID:TQ2H8tbI
私は一介の物書きの弟子に過ぎないが、素人からみて 仏教は心の平安が分かるものだと分かりました。それ以上のご利益や幸運は望めません。ご利益や幸運に辿りつく、きっかけ程度です。しかしたかがきっかけ されどきっかけです。
323名無しさん@3周年:04/09/16 07:35:46 ID:g2VhKYwm
本家インドでの扱いを見よ

仏教がインドから衰退して行く過程で、仏教はヒンドゥー教の一部として取り込まれた。
仏教の開祖のゴータマ・ブッダはヴィシュヌ神の生まれ変わりの一人であるとされるが、
彼は「人々を混乱させるためにやって来た」ことになっている。
その衰退の過程で、仏教徒はヒンドゥー教の最下位のカーストに取り込まれて行ったと言われる。
ヒンドゥーの庇護のもとに生活をすることを避けざるをえなかったためである。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88

>仏教徒はヒンドゥー教の最下位のカーストに取り込まれて行った
これは普通に酷い話だ。
324名無しさん@3周年:04/09/28 19:57:36 ID:tBuSa7Gf
316 名前:あはさんpasiru語 ◆FNpT2a5MGA [sage] 投稿日:04/09/27(月) 20:37:00 ID:bT02vi4u
犬に、仏性があるか?
あるに決まってる。
だが、そこを、無、と言うらしい。
この公案以後の禅は、ここに尽きると言う。 しかし、飲み込めない。
犬に仏性があるとも、答えている。  これはまともだと思う。
然し前の、いぬに仏性が有るか、無。
がひっかかる。
空の理解は、している。
仏性のある、なし、には、かかわらない。  仏性は、あるに決まっている。
犬に仏性はあるか。無。  これは、受けと入れない。
犬に仏性は、あるか。空。
これだと、門の内側に入る。
無。
これに、迷う。
空では、無いのか、と。
325名無しさん@3周年:04/10/30 12:22:32 ID:PfFM4Pf4
『この法は諸法の中において最も殊勝(すぐ)れたり。
 解り難く入り難し、周公孔子もなお知ること能(あた)わざりき。
 この法は能(よ)く無量無辺福徳果報を生じ、すなわち無上菩提を成し辨(わきま)うるに至る。
 譬(たと)えば、人の意に随う宝を懐きて用うべき所に随いて盡(ことごと)く情(こころ)のままなるが如し。
 この妙法の宝もまた然(しか)なり。祈(もと)め願うこと情のままにして乏しき所なし 云々』


326&lro;:04/11/13 22:06:03 ID:rjkN0UHE
 ‌‌‌‌‌‌‌‌‌‌‌‌‌
327名無しさん@3周年:04/11/20 22:13:53 ID:uU3oTRht
あがえ
328名無しさん@3周年:04/11/25 20:46:00 ID:PrLDwM5w
仏教は霊の世界について語ることをパスしています。
ですから仏教は霊を否定していませんでした。それどころか、
仏教ではこの世界がまさに精神世界以外の何物でもないと言っています。
形而下・形而上という区別に意味はないですが、はっきり言って
物質の世界だけしかないと思ってしまうことほど大きな間違いは無いのです。
329名無しさん@3周年:04/11/26 18:53:33 ID:jFSDoYqQ
 最近、首都圏・名古屋圏で「神経症は君だけじゃない・メンタルヘルス友の
会」というポスターを見ます。実はあれは、浄土真宗一の会がやっています。
なぜか名前を隠し、ダミーグループで人集め・金集めしています。
 あれは本当の仏教とはかけ離れています。どうして名前を隠して人集めする
んでしょうか?仏教は単なる、ビジネスですか?仏教でもピンからキリまであ
るんでしょうね!
330名無しさん@3周年:04/12/09 23:20:39 ID:7HCc9ykW
阿含宗桐山教祖の逮捕歴

昭和二十七年八月十六日 詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署

十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署

二十八年八月 酒税法違反 私文書偽造容疑 逮捕
警視庁防犯課

二十九年 三月酒税法違反 私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪
331名無しさん@3周年:04/12/10 00:14:29 ID:Jw4uRTPR
みほとけの名を騙って、カネ儲けする
ヤカラがウヨウヨ在るから気をつけなくっちゃ!
332名無しさん@3周年:04/12/12 15:46:20 ID:YlGv/oyD
そのみほとけ自身も、
金儲け(金銭の授受はなくても、財物や経済的利益を得ること)
していたんじゃない?
333:04/12/12 22:50:01 ID:T5w561ge
いや、たから
蓄財やオネエチャンやお酒ナドナドでは浮かばれないと
思ったから仏教を説いたわけで・・・
334名無しさん@3周年:04/12/13 19:35:53 ID:TvgBpfie
財などを儚いくだらないものと思わせて捨てさせようと企む。
捨てる先は、大海などの人の手に渡らないところではなく、教団にである。
教祖は弟子・信徒には厳しい無欲生活を説きながら、
自分だけは王様のようにかしずかれる生活ができる仕組みである。
ゴータマと麻原と、どこが違うの?
335名無しさん@3周年:04/12/15 16:04:42 ID:3AJLc/kC
>>328
霊の世界を語ることをパスしているのに、
「物質の世界だけしかないと思ってしまうことほど大きな間違いは無い」
というのは矛盾してるんじゃないか?
「物質の世界だけしかないと思ってしまっても仕方がない」と言うべきだろう。
336名無しさん@3周年:04/12/18 06:14:14 ID:JQINThIV
いかにして、欲に捕われずに生きていく事だろ?
それがいつからか、欲まみれになっちまったな
337名無しさん@3周年:04/12/18 06:16:10 ID:JQINThIV
>>328
わざわざ難しく書かなくて良いから、わかりやすく説明してよ。
猿でも解る位にさ
338普通でありたい ◆MrV8TyTQp6 :04/12/18 07:01:20 ID:u2nrX/in
私は宗教家ではないので携わってる人には釈迦に説法かも
知れませんが、まあ目をつぶってやって下さい。
まずキリスト教の”神”と仏教の”仏”の違いですが、
神は万物の創造主であり、キリストはその生まれ変わり。
で、キリストを偶像化して崇めているわけですね。
仏教の”仏”とは境涯(簡単に云うとその人の環境や境遇)の最高位
なのですが(仏に関してはかなり深い領域なので詳しい方に教えてもらって下さい)
キリストが偶像なのに対し、仏はいついかなる時も自分の中に存在し、
前世・来世に於いても存在すると云う教えです。
あと、キリスト教が他力本願(懺悔で罪を償う)のに対し、仏教では、
他力本願は通用せず、自分の中で解決しなさい(境涯を高めなさい)と云う教えです。
土台、簡単には説明できるものではないんですが、掻い摘んで言うと、
こんな所でしょうか。あと、専門家の方々補足宜しくお願いします。
339名無しさん@3周年:04/12/18 08:15:05 ID:FgMPBhs8
1941年8月には貞明皇太后が入信し、第62世日恭から皇室に対して本尊が授与された。
日蓮正宗
340名無しさん@3周年:04/12/18 15:55:42 ID:Djl1Wuzw
「諸行無常」というのも仏教の罠だ。
「あらゆるものは変化する」と言えばいいものを、
現在恵まれた境遇にいる者(富者・強者など)を、
はかないものとこき下ろして馬鹿する意味づけをする為に
「常ではないんだぞ」という言い方をするいやらしさ。
僻み根性のきわまり。そしてそれはタカリ根性をベースにしている。
341ロイター通信@さん:04/12/19 01:15:46 ID:Omz3bgoO
厭世観のない出家者は、クソ!___FROM JAPAN
342名無しさん@3周年:04/12/29 01:18:34 ID:uflxt41N
>>340
あらゆるものは変化するを漢文でいえば諸行無常になるだけなんだが。
343名無しさん@3周年:04/12/29 01:35:45 ID:/1liEhgY
>340
トンデモ仏教理解者発見
344名無しさん@3周年:04/12/29 01:40:04 ID:/1liEhgY
>338
まず、他力本願の理解がまちがってるわな。
本願って、そもそも阿弥陀さんの本願なんだから
キリスト教に阿弥陀さんが登場することはない。
懺悔で罪を償うというのも本願とは関係ない。
345名無しさん@3周年:04/12/29 01:47:24 ID:69S8ytah
『この法は諸法の中において最も殊勝(すぐ)れたり。
 解り難く入り難し、周公孔子もなお知ること能(あた)わざりき。
 この法は能(よ)く無量無辺福徳果報を生じ、すなわち無上菩提を成し辨(わきま)うるに至る。
 譬(たと)えば、人の意に随う宝を懐きて用うべき所に随いて盡(ことごと)く情(こころ)のままなるが如し。
 この妙法の宝もまた然(しか)なり。祈(もと)め願うこと情のままにして乏しき所なし 云々』
346名無しさん@3周年:04/12/29 01:48:34 ID:69S8ytah
下す 東海・東山・北陸三道諸国の源氏並びに群兵等の所
     早く清盛法師並びに従類叛逆の輩を追討すべき事
   右前の伊豆守正五位下源の朝臣仲綱宣べ、最勝親王の勅を奉って称く、清盛法師並
   びに宗盛等、威勢を以て[帝王を蔑し]、凶徒を起こし国家を亡ぼす。百官万民を
   悩乱し、五幾七道を虜掠す。皇院を幽閉し、公臣を流罪す。命を断ち身を流し、淵
   に沈め楼に込む。財を盗み國を領し、官を奪い職を授く。功無くして[恣に]賞を
   許し、罪非ずして[猥り]に過に配す。[これに依って巫女宮室に留まらず、忠臣
   仙洞に仕えず。]或いは諸寺の高僧を召し誡め、修学の僧徒を禁獄す。或いは叡岳
   の絹米を給下し、謀叛の粮米に相具し、百皇の跡を断つ。抑も一人の頭、帝皇を違
   逆し、佛法を破滅す。[その振る舞いを見るに誠に]古代を絶する者なり。時に天
   地悉く悲しみ、臣民皆愁う。仍って吾は一院第二の皇子たり。天武皇帝の旧儀を尋
   ね、王位推取の輩を追討し、上宮太子の古跡を訪い、仏法破滅の類を打ち亡ぼさん。
   ただ人力の構えを憑むに非ず。偏に天道の扶けを仰ぐ所なり。これに因って、帝王
   三宝神明の冥感有るが如し。何ぞ忽ち四岳合力の志無からん。然れば則ち源家の人、
   籐氏の人、兼ねて三道諸国の間、勇士に堪うる者、同じく輿力せしめ、清盛法師並
   びに従類を追討すべし。もし同心せざるに於いては、配流追禁の罪過に行うべし。
   もし勝功有るに於いては、先ず諸国の使に預かり、兼ねて御即位の後、必ず乞いに
   随い勧賞を賜うべきなり。諸国宜しく承知すべし。宣に依ってこれを行う。
     治承四年四月九日       前の伊豆守正五位下源の朝臣
347名無しさん@3周年:04/12/29 01:50:16 ID:DzHsDlJl
>340
「諸行無常」というのは「あらゆるものは変化する」という意味なんだが。
自分の思い込みを勝手に投影するな。お里が知れる(w
348名無しさん@3周年:04/12/29 01:54:28 ID:69S8ytah
吾は一院第二の皇子たり。天武皇帝の旧儀を尋
   ね、王位推取の輩を追討し、上宮太子の古跡を訪い、仏法破滅の類を打ち亡ぼさん。
   ただ人力の構えを憑むに非ず。偏に天道の扶けを仰ぐ所なり。これに因って、帝王
   三宝神明の冥感有るが如し。何ぞ忽ち四岳合力の志無からん。然れば則ち源家の人、
   籐氏の人、兼ねて三道諸国の間、勇士に堪うる者、同じく輿力せしめ、清盛法師並
   びに従類を追討すべし。
349名無しさん@3周年:04/12/29 02:29:04 ID:bthGp26C
仏教は経典が多すぎ。
密教とかになると釈迦の教えとまるで別物みたいだし
釈迦は来世(輪廻)の否定・・・まではしないけど認めてないみたいだし
どこから手をつけたものやら・・・
350名無しさん@3周年:04/12/29 07:09:10 ID:69S8ytah
『この法は諸法の中において最も殊勝(すぐ)れたり。
 解り難く入り難し、周公孔子もなお知ること能(あた)わざりき。
 この法は能(よ)く無量無辺福徳果報を生じ、すなわち無上菩提を成し辨(わきま)うるに至る。
 譬(たと)えば、人の意に随う宝を懐きて用うべき所に随いて盡(ことごと)く情(こころ)のままなるが如し。
 この妙法の宝もまた然(しか)なり。祈(もと)め願うこと情のままにして乏しき所なし 云々』
351340:04/12/29 19:08:11 ID:xy9eOYqx
>>342>>347
無常というのは、「常」を否定する形態の言葉だろうが。
この「否定」で始まる教説に、気持ち悪さを感じねーの?
仏教側からは、
「迷妄の愚者は、喜びの対象を常であって欲しいと思うだろうが、そういうものはないのだよ」
と教え諭してやってるつもりだろうが、大きなお世話だ。
人間をなめるなというのだ。
352名無しさん@3周年:04/12/29 19:23:32 ID:69S8ytah
『この法は諸法の中において最も殊勝(すぐ)れたり。
 解り難く入り難し、周公孔子もなお知ること能(あた)わざりき。
 この法は能(よ)く無量無辺福徳果報を生じ、すなわち無上菩提を成し辨(わきま)うるに至る。
 譬(たと)えば、人の意に随う宝を懐きて用うべき所に随いて盡(ことごと)く情(こころ)のままなるが如し。
 この妙法の宝もまた然(しか)なり。祈(もと)め願うこと情のままにして乏しき所なし 云々』
353340:04/12/29 19:33:31 ID:xy9eOYqx
>>350>>351
まさしく“宗教”そのものだな。
「この教えは最も優れているが、非常に難解なので、
よく学び、頑張って修行すればわかるようになる可能性があります」
どの宗教も、こんな感じの主張をするのでは?
354名無しさん@3周年:04/12/29 19:36:26 ID:/1liEhgY
>351
まあ、こういうお方には何を言っても理解出来ないようだからスルーが適当。
「無常」なんて特別なこと言ってるわけじゃなく、あたりまえのことなのにな。
人間は永遠に年をとらず、バブルの頃には日本の繁栄は永遠だと
思っていたんでしょうな、こういうおめでたい人は。
別に、そういう方には「無常」なんてわかって欲しいと思わないから、
どうぞ、お一人で勝手に幸せにやってくださいな。
何もお世話なんかやかないから、こんなスレッドに来ないでいいのに。
かまってほしいわけ?
355名無しさん@3周年:04/12/29 20:45:26 ID:ANNPrM0x
>351
当たり前のことが分からないのが大部分の人間だからね。
事物を実体化するという、いわば病気にかかってる人間に対して語るには否定形しかありえないだろう。


356名無しさん@3周年:04/12/29 20:52:31 ID:ANNPrM0x
>349
春秋社から出てる、原始仏教から読んでみたら。
パーリ語の仏典が収録されてる。

パーリ仏典の場合、仏陀と記述者の関係は、新約聖書におけるイエスと福音書の関係よりも近い。
357349:04/12/30 01:56:10 ID:IOAft7OK
ありがとうございます
やっぱり原始仏教からですかね・・全体を把握するためには
358名無しさん@3周年:04/12/30 04:35:07 ID:KwHyeaGu
吾は一院第二の皇子たり。天武皇帝の旧儀を尋
   ね、王位推取の輩を追討し、上宮太子の古跡を訪い、仏法破滅の類を打ち亡ぼさん。
359名無しさん@3周年:04/12/30 04:55:30 ID:KwHyeaGu
ただ人力の構えを憑むに非ず。偏に天道の扶けを仰ぐ所なり。これに因って、帝王
   三宝神明の冥感有るが如し。何ぞ忽ち四岳合力の志無からん。
360名無しさん@3周年:04/12/30 04:55:56 ID:KwHyeaGu
然れば則ち源家の人、
   籐氏の人、兼ねて三道諸国の間、勇士に堪うる者、同じく輿力せしめ、清盛法師並
   びに従類を追討すべし。
361名無しさん@3周年:05/01/11 14:27:04 ID:l5hM/FxD
仏教はサイケデリックです。
もっとハッピーになってください。
60年代アメリカなんてむちゃくちゃ各地の宗教取り入れた上で、
ドラッグまで使ってますよ。
日本仏教もそのくらい開放的で無いとね。
すなわちヒッピー仏教。
362名無しさん@3周年:05/01/11 14:27:49 ID:l5hM/FxD
サイケなお経、サイケな仏壇、サイケな僧衣も必要です。
大体チベットなんてサイケだぞ。
363名無しさん@3周年:05/01/11 22:49:32 ID:L73bW5bA
今なら、仏教でなくてもニューエイジがあるぞ。
364名無しさん@3周年:05/01/11 23:04:54 ID:YP2BC/gQ
ニューエイジって何?
365名無しさん@3周年:05/01/11 23:21:36 ID:L73bW5bA
>364
伝統宗教や組織にしばられず、かつ大衆的に広がる霊的・精神的な関心のこと。
Encartaには、
霊的な覚醒を通じて、それまでの経験とはことなる異次元にふれ、人と人や人と物との新しい結び付きを発見するなど自己を変容させようとする運動。
宗教教団とはことなり、個々人が自由に自己を探求しようとする特徴をもち、その実践の形態は多種多様で、幅ひろい基盤をもっている。

366名無しさん@3周年:05/01/11 23:22:17 ID:L73bW5bA
>364
これをニュー・エイジというのは、そうした運動がひろがることによって人類の意識進化がなされ、新しいユートピア的な時代、すなわち調和と進歩の時代がおとずれると考えているからである。
 個人や活動家集団、ビジネス、専門家集団、霊的リーダーとその信奉者たちからなるこの運動によって、フェミニズム、エコロジー、精神世界、人間の潜在力などに対する関心が一九八〇年代に強まった。
367名無しさん@3周年:05/01/11 23:24:18 ID:L73bW5bA
>364
アメリカをはじめとする各国で、自然食や水晶占い、瞑想、癒しの援助はもとより、これらに関する本や雑誌、テープ、ビデオ、ワークショップ、暝想や修行のための隠遁所、展示場は、巨大なマーケットを生みだした。
以上。
オカルト風でもあるが、サイケな仏教、ヒッピーな仏教は、ニューエイジと変わらなくなる。
368名無しさん@3周年:05/01/11 23:27:33 ID:YP2BC/gQ
サンクスコ
369たかのてるこでーす:05/01/11 23:27:43 ID:f4l+VOKi
シンスケさん復帰バンザーイ!やっとコメントもらってた番組が流せる〜♪
http://www.toei.co.jp/tv/special/teruko/index.html
みんな私の「ダライラマに恋して」読んでくれた?
ダライラマに大金つんでヤラセやってきたっていうのにどうなるかと思ったわ〜
失恋テーマに番組企画しちゃったもんだから新しい男ができたっいうのに隠さなきゃいけなくて大変だっつーの!
不倫だってバレないうちに慰謝料つんで別れさせなきゃ!
早いとこ放映してみそぎ済まさなきゃ。ラオスで9つ下の男の子を喰ってお持ち帰りで
国際結婚なんていってたことを水に流さないとね〜
日本では負け犬でも大丈夫だから!みんなも海外で金バラまいて男喰ってきてね〜
370名無しさん@3周年:05/01/12 00:05:42 ID:J6xCGEQA
ニュ〜エイジ思想の背後にメーソンの影あり、という説もある。
371名無しさん@3周年:05/01/12 01:17:51 ID:L2uU9D56
>370
オカルトねた。
策謀史観ではメーソンは常連だが、
実際には秘密結社とも陰謀とも関係はない。
372名無しさん@3周年:05/01/14 15:35:30 ID:h3DwFh17
 329の方へ

一の会へ以前行きました。N根は、エロイって聞きました。
373名無しさん@3周年:05/01/15 16:52:34 ID:gB0nqCyu
 メンタルヘルス友の会は、カルト化してます。
374名無しさん@3周年:05/01/15 17:49:20 ID:fcPaRcuW
なる
375名無しさん@3周年:05/01/15 17:51:08 ID:fcPaRcuW
ほど
376名無しさん@3周年:05/01/19 23:32:00 ID:LB24JOL/
悟りを開く(固定観念を捨て冷静に考える)を目指す思想運動だった筈が
偶像崇拝の下劣な宗教活動へ堕ちてしまった。シャカも嘆いとるだろう
377名無しさん@3周年:05/01/19 23:49:35 ID:bZSZEWPd
弥勒{*-_'-}人ナム

教えますよ。

http://hp8.0zero.jp/123/rapha666/
378名無しさん@3周年:05/02/19 21:14:21 ID:fyxT+Jy+
>>352
日蓮末法の初の五百年に生を日域に受け、
如来の記文の如く三類の強敵を蒙り、
種種の災難に相値て身命を惜まずして、
南無妙法蓮華経と唱へ候は正師か邪師か。
能能御思惟之有るべく候。

上に挙ぐる所の諸宗の人人は、
我こそ法華経の意を得て
法華経を修行する者よと
名乗り候へども、

予が如く弘長には伊豆の国に流され、
文永には佐渡島に流され、
或は竜口の頚の座等、
此の外種種の難数を知らず。
経文の如くならば
予は正師なり善師なり。

諸宗の学者は
悉く邪師なり悪師なりと
覚し食し候へ。
379名無しさん@3周年:05/02/19 21:15:46 ID:fyxT+Jy+
吾は一院第二の皇子たり。

天武皇帝の旧儀を尋ね、

王位推取の輩を追討し、

上宮太子の古跡を訪い、

仏法破滅の類を打ち亡ぼさん。
380名無しさん@3周年:05/02/19 23:15:58 ID:fyxT+Jy+
我等が居住して
一乗を修行せんの処は
何れの処にても候へ、
常寂光土の都為るべし。
我等が弟子檀那とならん人は
一歩を行かずして天竺の霊山を見、
本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事、
うれしとも申す計り無し、
申す計り無し。
余りにうれしく候へば契約一つ申し候はん。
貴辺の御勘気疾疾許させ給て都へ御上り候はば、
日蓮も鎌倉殿はゆるさじとの給ひ候とも
諸天等に申して鎌倉に帰り、
京都へ音信申すべく候。
又日蓮先立てゆり候て鎌倉へ帰り候はば、
貴辺をも天に申して古京へ帰し奉るべく候。
381名無しさん@3周年:05/02/20 09:25:34 ID:i0XLwJwK
日蓮は是れ法華経の行者なり。
不軽の跡を紹継するの故に。
軽毀する人は頭七分に破れ、
信ずる者は福を安明に積まん。
問て云く、
何ぞ汝を毀る人頭破七分無きや。
答て云く、
古昔の聖人は仏を除て已外之を毀る人、
頭破但一人二人なり。
今日蓮を毀呰する事の非は
一人二人に限るべからず。
日本一国一同に同じく破るなり。
所謂正嘉の大地震、文永の長星は誰か故ぞ。
日蓮は一閻浮提第一の聖人なり。
上一人より下万民に至るまで、
之を軽毀して刀杖を加へ、
流罪に処するが故に、
梵と釈と日月四天と、
隣国に仰せ付けて之を逼責するなり。
大集経に云く、仁王経に云く、
涅槃経に云く、法華経に云く。
設ひ万祈を作すとも、
日蓮を用ひずんば、
必ず此の国今の壱岐・対馬の如くならん。
我が弟子仰て之を見よ。
此れ偏に日蓮が貴尊なるに非ず。
法華経の御力の殊勝なるに依るなり。
身を挙ぐれば慢ずと想い、身を下せば経を蔑る。
松高ければ藤長く、源深ければ流れ遠し。
幸なるかな、楽しいかな、
穢土に於て喜楽を受くるは
但日蓮一人なるのみ。
382名無しさん@3周年:05/02/20 20:07:12 ID:dErT1v5D
結局、日蓮って、仏教界のトンデモさんだったんですね。
仏教学の世界でもそんな扱いだし・・・
383名無しさん@3周年:05/02/20 20:13:20 ID:JkWAkLYT
様々な意味でトンデモだと。それなりにその影響を観てもらいたい。
384名無しさん@3周年:05/02/20 21:46:27 ID:wP4dW2UP
シャカの唱えた教えには、現実で確認できない現象、
いわゆる超常現象が含まれていたのですか?
もし最初から含まれていたのであれば、
私は他の宗教と同等とみなし、仏教を学ぶことはやめようと思っています。
385名無しさん@3周年:05/02/20 22:00:12 ID:dErT1v5D
>>384
含まれていません。
教えそのものは哲学や論理といったもので現代の科学とも矛盾しません。
もちろん、後の時代になってシャカが神格化されると、
伝記のなかに奇跡的な出来事が付加されますが、現代の仏教学では、
それが後にインド土着の神話などの影響を受けて出来たものだと考えられています。
超常現象のような、奇跡がなければ仏教が成り立たないということはありません。
日本の仏教宗派のなかには、超常現象のようなことを言うところもありますが、
それも後に混じったものであることは、あきらかになっています。
386名無しさん@3周年:05/02/20 22:17:45 ID:wP4dW2UP
>>385
早いレス、ありがとうございます。
シャカの教えは宗教よりは哲学のカテゴリーに入れたほうがよいようですね。
仏教というものに大変興味が湧きました。
これから勉強していきたいと思います。
387名無しさん@3周年:05/02/20 23:05:51 ID:5hvRNXXJ
既存の神話や、超常的な力を用いるバラモン教など存在を認めた上で説法をしているとすれば、
超常的なパワーの存在を認めていると思われても仕方はない。
また、超常的なパワーを完全に否定したわけではなく、精霊や神の存在、空間や現象の本質を
追究する事についてはノーコメントを貫いている。

こういった曖昧な部分は意見が分かれる原因になりやすいが、この曖昧さは初期仏教に見られる
代表的な特徴の一つであり、仏教が宇宙的寛容を持つに至る重要な要素であろう。
この曖昧さ寛容さは、霊的な存在の有無、超常的な力の有無、カースト制度のような立場の違い
に柔軟に対応出来る布教の土台となっており、時代による生活の変化、原初的な自然信仰意識
の変化、また後の世で提唱されるであろう宗教形態との衝突を避ける智慧であり、また方便とし
て宗教者から着目されている。

東洋大学に潜入したとき、こんな事を言ってた。
「信仰も学問も、とことん突き詰めれば良いのです、必ず行き詰まります、そのときに初めて信仰
と学問が互いに歩み寄ることが出来るのではないでしょうか。」
388名無しさん@3周年:05/02/21 15:15:54 ID:p0V+o8IX
>>384
もしよければこの辺の本読んでみて下さい。
全部入手し易い文庫本です。品切れ、絶版もあるかも。

講談社学術文庫

『 古代インド 』 中村元 著
『 インド仏教の歴史―「覚り」と「空」 』 竹村牧男 著
『 龍樹 』 中村元 著
『 空の思想史―原始仏教から日本近代へ 』 立川武蔵 著
『 ゴータマ・ブッダ 』 早島鏡正 著
『 仏陀の観たもの 』 鎌田茂雄 著
『 仏陀のいいたかったこと 』 田上太秀 著
『 仏教の根底にあるもの 』 玉城康四郎 著
『 釈尊のさとり 』 増谷文雄 著
『 仏陀のおしえ 』 友松円諦 著
『 仏教民俗学 』 山折哲雄 著
『 仏教の来た道 』 鎌田茂雄 著
『 仏教信仰の原点 』 山折哲雄 著
『 密教の哲学 』 金岡秀友 著
389名無しさん@3周年:05/02/21 15:16:47 ID:p0V+o8IX
岩波文庫

『 仏教 上 』 ベック 著
『 仏教 下 』 ベック 著
『 インド思想史 』 J.ゴンダ 著

中公文庫

『 理趣経 』 松長有慶 著
『 密教 インドから日本への伝承 』 松長有慶 著
『 般若経 空の世界 』 梶山雄一 著
『 仏教の源流―インド 』 長尾雅人 著

角川ソフィア文庫

『 仏教の思想 一 知恵と慈悲 「ブッダ」 』 増谷文雄 梅原猛 著
『 仏教の思想 二 存在の分析 「アビダルマ」 』 櫻部建 上山春平 著
『 仏教の思想 三 空の論理 「中観」 』 梶山雄一 上山春平 著
『 仏教の思想 四 認識と超越 「唯識」 』 服部正明 上山春平 著
『 仏教の思想 五 絶対の真理 「天台」 』 田村芳朗 梅原猛 著
『 仏教の思想 六 無限の世界観 「華厳」 』 鎌田茂雄 上山春平 著
『 仏教の思想 七 無の探求 「中国禅」 』 柳田聖山 梅原猛 著
『 仏教の思想 八 不安と欣求 「中国浄土」 』 塚本善隆 梅原猛 著
『 仏教の思想 九 生命の海 「空海」 』 宮坂宥勝 著 梅原猛 著
『 仏教の思想 十 絶望と歓喜 「親鸞」 』 増谷文雄 梅原猛 著
『 仏教の思想 十一 古仏のまねび 「道元」 』 高崎直道 梅原猛 著
『 仏教の思想 十二 永遠のいのち 「日蓮」 』 紀野一義 梅原猛 著
390名無しさん@3周年:05/02/21 15:19:12 ID:p0V+o8IX
岩波文庫

『 ブッダのことば ―スッタニパータ― 』 中村元 訳
『 ブッダの 真理のことば 感興のことば 』 中村元 訳
『 ブッダ 神々との対話 』 中村元 訳
『 ブッダ 悪魔との対話 』 中村元 訳
『 ブッダ 最後の旅 』 中村元 訳
『 仏弟子の告白 』 中村元 訳
『 尼僧の告白 』 中村元 訳
『 般若心経 金剛般若経 』 中村元 紀野一義 訳注
『 浄土三部経 無量寿経 上 』 中村元 紀野一義 訳注
『 浄土三部経 感無量寿経 阿弥陀経 下 』 中村元 紀野一義 訳注
『 法華経 上 』 坂本幸男 岩本裕 訳注
『 法華経 中 』 坂本幸男 岩本裕 訳注
『 法華経 下 』 坂本幸男 岩本裕 訳注
391名無しさん@3周年:05/02/21 15:21:05 ID:p0V+o8IX
もう一丁!

中公文庫 大乗仏教経典

『 大乗仏典 一 般若部経典 』
『 大乗仏典 二 八千頌般若経 一 』
『 大乗仏典 三 八千頌般若経 二 』
『 大乗仏典 四 法華経 一 』
『 大乗仏典 五 法華経 二 』
『 大乗仏典 六 浄土三部経 』
『 大乗仏典 七 維摩経 首楞厳三昧経 』 長尾雅人 丹治昭義 訳
『 大乗仏典 八 十地経 』 荒牧典俊 訳
『 大乗仏典 九 宝積部経典 』 長尾雅人 桜部建 訳
『 大乗仏典 十 三昧王経 一 』 田村智淳 著
『 大乗仏典 十一 三昧王経 二 』 田村智淳 一郷正道 訳
『 大乗仏典 十二 如来蔵系経典 』 高崎直道 訳
『 大乗仏典 十三 ブッダチャリタ 』 原実 訳
『 大乗仏典 十四 龍樹論集 』 梶山雄一 瓜生津隆真 訳
『 大乗仏典 十五 世親論集 』 長尾雅人 梶山雄一 荒牧典俊 訳

ダライ・ラマ14世

『 ダライ・ラマ自伝 』 ダライ・ラマ14世 / 文春文庫
『 チベット わが祖国 』 ダライ・ラマ14世 / 中公文庫
『 ダライ・ラマの密教入門 』 ダライ・ラマ14世 / 知恵の森文庫
『 ダライ・ラマの仏教入門 』 ダライ・ラマ14世 / 知恵の森文庫
『 ダライ・ラマ「死の謎」を説く 』 ダライ・ラマ14世 / 徳間文庫
392立て看板:05/02/24 00:28:50 ID:5Qfsksvi
坐禅と見性 第十四章
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1108144172/
一粒の芥子、よく須弥山(しゅみせん)を隠す。
一掬(きく)の水の中に人魚たちが心ゆくまで踊る。
私は終日汝に相対していて、劫初以来会った事がない。
看よ、東山全嶺が水上を歩いている。
エックハルトの乞食の挨拶 「[朝な朝な好(よ)き朝です」。 雲門 「日々是好日」
扇を扇と呼ぶな、鋤(すき)を鋤と呼ぶな。
昨日は痛かったが、今日は痛くない。 さっきは泣きわめいたが、今は笑っている。
腹が減れば食い、疲れれば眠る。
雪がすべての山を白く覆うている時、なにゆえにあるひとつの山は覆われずにあるのか。
清浄の行者、涅槃に入らず、破戒の比丘、地獄に堕ちず。
我の知っている事を汝は知らず、汝の知っている事を我はことごとく知る。
大力の人がどうして彼の両脚を挙げることができないのか。
柱が毎日動き回っているのに、どうして私は動かないのか。
わたしは釈迦の出現以前からさとりの状態にある。 光あれと命ずる以前の神と共にあれ。
393A:05/02/24 00:46:24 ID:vLe1R/fR
仏教は「無我」を説いている。魂の存在を否定している。
3942犬:05/02/24 00:53:59 ID:zqe8v6Fk
このスレ、
まだあったのか。
395名無しさん@3周年:05/02/24 01:06:22 ID:0GwlnPZ5
最終目標は悟りを開くことだが、実現できた人はたぶんいない宗教。
少しでも悟りに近づければいいかな。←こう思うことがは間違いかな。
とにかく奥深い宗教です。


396M:05/02/24 01:25:42 ID:MVCl9dhQ
無門漢はいいとこついていると思う。
397名無しさん@3周年:05/02/24 02:39:02 ID:V3Q1Vbwj

日本では一般的に知られていないようですが、
釈尊の言葉に一番近い言葉は、スッタニパータ(経集)です。
釈尊が悟りを得たときにしていた瞑想は、ウィパッサナー(観法)です。

スッタニパータを読む+ヴィパッサナーを実践する/2
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1108816014/l50




398名無しさん@3周年:05/02/24 07:48:08 ID:r9qHAPzn
日蓮末法の初の
五百年に生を日域に受け、
如来の記文の如く
三類の強敵を蒙り、
種種の災難に相値て
身命を惜まずして、
南無妙法蓮華経と
唱へ候は
正師か邪師か。
能能御思惟
之有るべく候。

上に挙ぐる所の
諸宗の人人は、
我こそ法華経の意を得て
法華経を修行する者よと
名乗り候へども、

予が如く弘長には
伊豆の国に流され、
文永には佐渡島に流され、
或は竜口の頚の座等、
此の外種種の難数を知らず。
経文の如くならば
予は正師なり善師なり。

諸宗の学者は
悉く邪師なり悪師なりと
覚し食し候へ。
399名無しさん@3周年:05/02/24 07:51:10 ID:r9qHAPzn
我等が居住して
一乗を修行せんの処は
何れの処にても候へ、
常寂光土の都為るべし。
我等が弟子檀那とならん人は
一歩を行かずして
天竺の霊山を見、
本有の寂光土へ
昼夜に往復し給ふ事、
うれしとも申す計り無し、
申す計り無し。
余りにうれしく候へば
契約一つ申し候はん。
貴辺の御勘気
疾疾許させ給て
都へ御上り候はば、
日蓮も
鎌倉殿はゆるさじと
の給ひ候とも
諸天等に申して
鎌倉に帰り、
京都へ音信申すべく候。
又日蓮先立てゆり候て
鎌倉へ帰り候はば、
貴辺をも天に申して
古京へ帰し奉るべく候。
400名無しさん@3周年:05/02/24 07:51:44 ID:r9qHAPzn
日蓮は是れ法華経の行者なり。
不軽の跡を紹継するの故に。
軽毀する人は頭七分に破れ、
信ずる者は福を安明に積まん。
問て云く、
何ぞ汝を毀る人頭破七分無きや。
答て云く、
古昔の聖人は仏を除て已外之を毀る人、
頭破但一人二人なり。
今日蓮を毀呰する事の非は
一人二人に限るべからず。
日本一国一同に同じく破るなり。
所謂正嘉の大地震、文永の長星は誰か故ぞ。
日蓮は一閻浮提第一の聖人なり。
上一人より下万民に至るまで、
之を軽毀して刀杖を加へ、
流罪に処するが故に、
梵と釈と日月四天と、
隣国に仰せ付けて之を逼責するなり。
大集経に云く、仁王経に云く、
涅槃経に云く、法華経に云く。
設ひ万祈を作すとも、
日蓮を用ひずんば、
必ず此の国今の壱岐・対馬の如くならん。
我が弟子仰て之を見よ。
此れ偏に日蓮が貴尊なるに非ず。
法華経の御力の殊勝なるに依るなり。
身を挙ぐれば慢ずと想い、身を下せば経を蔑る。
松高ければ藤長く、源深ければ流れ遠し。
幸なるかな、楽しいかな、
穢土に於て喜楽を受くるは
但日蓮一人なるのみ。
401shidda:05/02/27 18:14:17 ID:1CBuDNF8
仏教において、人間のレベルを超えた状態、と言う意味では、超能力的なものは
存在します。その状態を解脱したと表現したり、悟りを得たと表現したりします。
若し、本当の悟りを体得したのに、凡人と同じ精神状態であったり霊的能力しか
無かったらそれは偽者と言えます。
402名無しさん@3周年:05/02/27 18:24:33 ID:bGa3z0J1
あのさぁ、お経とかマジで霊に効くとでも思っているの??
あんなの唱えても全く意味なし・・・。
403名無しさん@3周年:05/02/27 18:39:27 ID:xi0CgReG
>>402
霊って何ですか?
見たこと無いんでそんなもん知りませんけど。

だれだったか言ってたが、経を唱えて五体投地を何千回もする修行
をやったらしいけど、辛かったがそのうち辛すぎて修行している自分を
他の人が自分を見ているようにやたら客観的に見える瞬間が来たんだと。
そのあたりにも、ヒントがあるような気がした。
404名無しさん@3周年:05/02/27 18:48:15 ID:bGa3z0J1
スピリチュアスレにいらしてください。霊についてお話しています。
405名無しさん@3周年:05/02/27 18:51:04 ID:h1Sdcjb+
>>401
超能力的なものって具体的になんですか?

あなたはそれを見たことがありますか?
406名無しさん@3周年:05/02/27 20:17:23 ID:xT4BpZT4
『この法は諸法の中において
最も殊勝(すぐ)れたり。
解り難く入り難し、
周公孔子も
なお知ること
能(あた)わざりき。
この法は能(よ)く
無量無辺福徳果報を生じ、
すなわち無上菩提を
成し辨(わきま)うるに至る。
譬(たと)えば、
人の意に随う宝を懐きて
用うべき所に随いて
盡(ことごと)く
情(こころ)のままなるが如し。
この妙法の宝も
また然(しか)なり。
祈(もと)め願うこと
情のままにして
乏しき所なし 云々』
407名無しさん@3周年:05/02/27 20:19:02 ID:xT4BpZT4
>>402
吾は一院第二の皇子たり。

天武皇帝の旧儀を尋ね、

王位推取の輩を追討し、

上宮太子の古跡を訪い、

仏法破滅の類を打ち亡ぼさん。
408名無しさん@3周年:05/02/27 20:24:21 ID:ByfGJnyp
あやしいスレになってきたな。
超能力とか霊とか日蓮オタクとか
一番仏教から外れた話ばっかりになってきた。
これを2ちゃんねるらしいと言えばいいのか・・・
409名無しさん@3周年:05/02/27 20:25:51 ID:bGa3z0J1
仏教は将来的には破滅します。
そんな程度の低い釈迦を信じていてもしょうがない・・・。

人間サイドでのイメージと霊界サイドでは全く違うものです・・・
http://www5a.biglobe.ne.jp/%7Espk/news-letter-11.htm#11-3

スピリチュアが地上世界を支配するときです。ぐへへへへ
410素朴な言葉 ◆B2HNWyA9.. :05/02/27 20:32:04 ID:lueAZcq1
死後に一切悪の存在しない世界があり(成仏世界)、このような人間の心も全て消えうせ、平安の境地
ニルヴァーナにただ喜ぶ世界が存在する。その境地にただ幸福であり、安穏であり、安楽であり、喜び
に満ちている。
 
その喜びは、この世のものは一切皆苦であると悟るほど安楽な境地である。
この世では、〜一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ〜となり、この世
の生きものに対しても、幸福であること、安穏であること、安楽であることを願うばかりの心となる。

苦しんでいる者、困っている者に対しては、安穏であること、安楽であることを願う。
 〜一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに罪過は存在しない〜(サンユッタ二カ
 ーヤT)
 
411素朴な言葉 ◆B2HNWyA9.. :05/02/27 20:32:51 ID:lueAZcq1
■永遠の命の国への命令    
〜この平安の境地に達してなすべきことは〜一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、
安楽であれ〜何ぴとも他人を欺いてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。
悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない〜
〜母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、
無量の慈しみのこころを起こすべし。上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行
うべし〜眠らないでいる限りは、この慈しみの心づかいをしっかりとたもて〜諸々の邪まな見解にと
らわれず〜諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう〜
(スッタニパータ)
412素朴な言葉 ◆B2HNWyA9.. :05/02/27 20:33:39 ID:lueAZcq1
■いつ頃まで修行するのか
〜神いわく―「ひとは、どれだけの日時にわたって修行者の行いを行うべきであろうか?―もしも自
分の心を制することができないならば。」〜
〜尊師いわく―「修行僧は、自分の粗末な思考をおさめとり、何ものにも依存することなく、他人を
悩ますことなく、束縛の覆いを完くときほぐして、なんぴとをも謗るな。」〜(サンユッタ二カーヤ)

■何ものにも依存することのない完成された人
〜この世では自己こそ自分の主である。他人がどうして自分の主であろうか?賢者は、自分の身をよ
くととのえて、自分の主となり得る〜
〜この世では自己こそ自分の主である〜賢者は、自分の身をよくととのえて、いろいろの幸せを得る
〜この世では自己こそ自分の主である〜賢者は、自分の身をよくととのえて、天の世界に生まれる〜
(ウダーナヴァルガ)
413名無しさん@3周年:05/02/27 20:35:34 ID:bGa3z0J1
こういう盲信ぶりははあまりよろしくないみたいです。。。。。。

修行しないと霊界へいけないわけではありません。

馬鹿信者がエゴ幻想に浸って唱えているだけです。無視あるのみですよw。
414名無しさん@3周年:05/02/27 20:44:02 ID:xT4BpZT4
>>413
日本国の一切衆生は
皆五逆罪の者なれば、
かくせめられんをば
天も悦び、
仏もゆるし給はじ。
あわれあわれ
はぢ(恥)みぬさきに、
阿闍世王の
提婆をいましめ(戒)しやうに、
真言師・念仏者・禅宗の者どもを
いましめて、
すこしつみ(罪)を
ゆるくせさせ給へかし。
あらをかし、あらをかし。
あらふびん、あらふびん。
わわく(誑惑)のやつばらの智者げなれば、
まこととて、
もてなして事にあはん
ふびん(不便)さよ。
415名無しさん@3周年:05/02/27 20:44:32 ID:xT4BpZT4
『この法は諸法の中において
最も殊勝(すぐ)れたり。
解り難く入り難し、
周公孔子も
なお知ること
能(あた)わざりき。
この法は能(よ)く
無量無辺福徳果報を生じ、
すなわち無上菩提を
成し辨(わきま)うるに至る。
譬(たと)えば、
人の意に随う宝を懐きて
用うべき所に随いて
盡(ことごと)く
情(こころ)のままなるが如し。
この妙法の宝も
また然(しか)なり。
祈(もと)め願うこと
情のままにして
乏しき所なし 云々』
416素朴な言葉 ◆B2HNWyA9.. :05/02/27 22:02:42 ID:TkVBO3E5
〜世間は無明によって覆われている。世間は貪りと怠惰のゆえに輝かない。欲心が世間の汚れであ
る〜(スッタニパータ)

〜多くの呪文をやたらにつぶやいても〜内心は汚物に汚れ、欺瞞にたよっている。王族でも、バラ
モンでも、庶民でも〜下水掃除人でも、精励してつとめ、熱心であり、つねにしっかりと勇ましく
行動する人は、最高の清らかさに達する〜(サンユッタ二カーヤU)

〜園に植え、林に植え、橋を作り、井戸の舎や貯水池を作る人々、休息所を与える人々、―かれら
の功徳は、昼夜に常に増大する。それらの人々は、法に安住し、戒めを身に具えて、天におもむく
〜(サンユッタ二カーヤT)

 自分の心を制することを身に着けたならば、何ものにも依存することなく、自己こそ自分の主と
 して歩み、人々を幸福にすること、安穏にすること、安楽にすること、快適な暮らしにすること
 につとめ、世間を輝かせ、自らもいろいろの幸せを得て、天におもむく。
417名無しさん@3周年:05/03/04 19:18:09 ID:Y1XLMoPU
平左衛門尉が一の郎従
少輔房と申す者はしりよりて、

日蓮が懐中せる
法華経の第五の巻を
取り出して、
おもて(面)を
三度さいなみて、
さんざんとうちちらす。

又九巻の法華経を
兵者ども打ちちらして、
あるいは足にふみ、
あるいは身にまとひ、
あるいはいたじき(板敷)
たたみ(畳)等
家の二三間に
ちらさぬ所もなし。

日蓮
大高声を放て申す。

あらをもしろや
平左衛門尉がものにくるうを見よ。


とのばら(殿原)、但今日本国の柱をたをす、


とよばはりしかば上下万人あわてて見へし。
418名無しさん@3周年:05/03/11 17:23:05 ID:vvwLz08t
 一の会には二度といきたくない。
419名無しさん@3周年:2005/04/06(水) 17:44:54 ID:x/5Y2kke
>>1
>仏教ってどんなの?

仏教とは・・・・

『シッダールタ太子が究めた悟りの追体験を希望する人達向けの学科及び実技の教え』のこと

その学科と実技を学ぶためには各地に在る『寺院』と呼ばれる全寮制の教習所に入所(専門用
語で出家と呼ばれる)して共同生活をしながら段階的に修得していくことになる。比丘と呼ばれる
教習生の制服は黄色い腰巻とベストその上に黄色の布を巻きつける独特のスタイルである。教
習生への給食は後援者(専門用語で在家と言う)からの寄付によって賄われており早朝に食器
を持って裸足で後援者宅まで出向き食物を食器に入れてもらう(専門用語で托鉢と呼ばれる)。
食事は午前中の一回のみである。教習所は後援者からの寄付によって運営されており地域・共
同体の共有となっていて公民館・集会所・孤児院等を兼ねている場合が多く葬儀や地域住民の
会議の場、夏には野外映画鑑賞会、影絵芝居の会場ともなる。

入所(出家)にあたっての条件は、二十歳以上の男子、健康体であること、親族の了承を得てい
ること、債務がないこと、制服・食器・教材費が用意できること(後援者が用意してくれる場合が多
い)くらいで門戸は広いが、学科・実技を修め『悟り』に至る者は稀である。尚教習期間は無期限
で月謝は無料であるが入所時に寄付をする場合が多い。入所して寮生活をするにあたり細部に
わたっての詳細な規則が227戒ある。
420名無しさん@3周年:2005/04/06(水) 17:54:44 ID:3amoU6vb
海中から
仏教の楽の音が聞こえ、
その響きは
雷の音のようで、
日輪のように美しく照り輝いている

日本書紀
421名無しさん@3周年:2005/04/10(日) 00:46:33 ID:2qY7YPXc
仏教では「自我」を否定していますか。
「我が強い」と「自我が強い」は同じですか。
心理学でいう「超自我・自我・無意識」の自我と仏教のそれは同じものですか。
「自我が強い」というと悪いことのようですが、「自我の崩壊」は大変ですよね。
物事の判断は自我でしていると思うのですが、自我は弱いほうがいいんでしょうか。



422名無しさん@3周年:2005/04/10(日) 09:25:25 ID:26gSwbWA
自我得佛来 [われ、仏を得てよりこのかた] そのとき余は最勝の「さとり」
に達し
○自分が仏になれば最も勝っている
人がそのままの姿でよいなら、なぜ信仰しなければならないのか
 
423名無しさん@3周年:2005/04/10(日) 09:30:16 ID:26gSwbWA
自我得佛来の自我は、私は最勝の悟りに達し、それ以来いつも教えを
説いている。
424名無しさん@3周年:2005/04/10(日) 10:41:38 ID:D2irexO/
たい‐が【大我】

たいが1仏語。個人的な主観や執着を離れた自由自在の悟りの境地。我見・我執を離れた自由自在の境界。
2インド哲学で、唯一絶対の宇宙の本体をいう。

Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988.国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988.
425421:2005/04/11(月) 06:13:08 ID:A9U/vKpu
>422-424
ありがとうございました。
でも、ごめんなさい、全然分かりませんでした。


426名無しさん@3周年:2005/04/11(月) 07:24:05 ID:uZM2O5Ly
仏教とは大きく分けて密教と顕経(大乗、小乗)

まずは般若心経読みなされ
そこにある空を学びなされ
427名無しさん@3周年:2005/04/11(月) 19:37:35 ID:uhBDUySQ
仏教でいう自我とは、法華経に書いてある「自我得佛来」のこと。
自我得佛来=われ、仏を得てより来(このかた)=余は最勝の「さとり」に達しと
いう意味。
「さとり」の境地が法華経に書いてある「さとりの境地を説こう。すべての存在
は水の泡か陽炎のごとし。速やかに一切の存在に対し嫌悪を抱け」だから、「さとり」
の境地が空であり、仏界は一切の存在に対し嫌悪を抱いている。

自我を弱くして仏の教えを聞き、法華経は「戒行を守ろう、善き性格をもち、安楽に共
同生活をし、忍耐強いであろうし、平静であろう。他人を羨望せず、心に怒りがなく、
心に悪意がなく」ような仏弟子となるよう教えている。
428名無しさん@3周年:2005/04/11(月) 20:54:45 ID:GOEQ5g5G
『この法は諸法の中において
最も殊勝(すぐ)れたり。
解り難く入り難し、
周公孔子も
なお知ること
能(あた)わざりき。
この法は能(よ)く
無量無辺福徳果報を生じ、
すなわち無上菩提を
成し辨(わきま)うるに至る。
譬(たと)えば、
人の意に随う宝を懐きて
用うべき所に随いて
盡(ことごと)く
情(こころ)のままなるが如し。
この妙法の宝も
また然(しか)なり。
祈(もと)め願うこと
情のままにして
乏しき所なし 云々』
429421:2005/04/13(水) 02:34:50 ID:hwdaRZqQ
仏教でいう「自我」は、
やはり単なる「本能的、自己中心的欲求」(我欲と言うんでしょうか)のことではなく、
「外界と接触し、知覚し、考え、判断し、環境の変化に応じた適応的機能を果たすもの」
(byハルトマン)と表現できる部分のことでしょうか。
そして、それをたとえば機能と、内容(外界と接触し得られた判断基準なり物事の見方
=教えられた道徳的なものや知識や経験による物の見方)に分けて考えると、
仏教では、「自我の内容」は否定しているということになるでしょうか。
この「個人的な経験などによる物の見方」(これを我見といいますか)を、
お釈迦様の考え方とすっかり同じに入れ替えてしまうのが良い、ということで。
そしてお釈迦様の「物の見方、とらえ方」は大我と同一(宇宙の本体としての
大我とも同一?)であり、真理(=悟り)であり、その具体的な内容が「仏教」
ということになるのでしょうか。
また、個人的な経験による物の見方にこだわって、耳を傾けることができない
(聞く耳を持たない、考え方においての食わず嫌い)は良くないので、
「個人的な経験による物の見方=自我=我見」(自我=我見?)を
弱くする必要があると。
「自我の機能」については、
教えを聞き、理解しようとするのはここだから、
否定はしていないということになりますか。

やはり何か見当違いっぽいですかネ
430名無しさん@3周年:2005/04/13(水) 03:31:06 ID:BHJ7g3Xd
>>1
良スレ立てた。あなたはいい人。


さて、頭から読んでいくとするか……
431名無しさん@3周年:2005/04/13(水) 04:15:27 ID:Ki/M3jq2
原始仏教の基本思想、かんたんにまとめてみました。

オウムスレで、オウムの教義の矛盾点を明確にするために書いた
内容ですが、仏教を知らない人にもわかりやすいように、努めて
書いてきたものです。
よければ、読んでみて下さい。
間違いの指摘や訂正も歓迎です。

▼仏教が説く「真理」とは
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1111674215/836-840

▼原始仏教と日本仏教の違い - 時代背景と基本的なこと
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1111674215/791-795

▼無我と中道について [補足]
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1111674215/843-844
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1111674215/858-859
432名無しさん@3周年:2005/04/13(水) 21:05:01 ID:ZH+QJJHM
>>429
>そしてお釈迦様の「物の見方、とらえ方」は大我と同一(宇宙の本体としての
>大我とも同一?)であり、真理(=悟り)であり、その具体的な内容が「仏教」
>ということになるのでしょうか。

>>424のレスをした本人ですが、2の【インド哲学で、唯一絶対の宇宙の本体をいう。】
は、仏教以外の外道思想かと思われます 。仏教は無我や空の教えですから、宇宙の本体
とか本質といった実体思想に結びつくようなことは説きません。しかし、あまり論理性や
言葉に拘らなければ、その限りではないでしょう。外道といっても、決して道を踏み外した
教えという意味ではありませんから。

>「自我の機能」については、
>教えを聞き、理解しようとするのはここだから、
>否定はしていないということになりますか。

諸法無我を悟るのも自我の機能なしにはできませんね。
地面に倒れた者が地面に依って立つように。



433432:2005/04/14(木) 18:50:11 ID:Ki/VtEvZ
>>432
>>「自我の機能」については、
>>教えを聞き、理解しようとするのはここだから、
>>否定はしていないということになりますか。

>諸法無我を悟るのも自我の機能なしにはできませんね。
>地面に倒れた者が地面に依って立つように。

誤解のないように補足しておきますと、教えを聞き、理解しようと
する「ここ」とは、内省と観察に基づいた反省思考のことでしょう。、
反省思考が機能することを仏教で敢えて言葉にすれば、無我の我とでも
申しましょうか。無我ですから実体がなく、常に縁起継続する現在作用我
で、捉えどころがなく不可得です。
無我から無分別智へと移行しますが、無分別智といっても、石ころのよう
になって、心もなく、なにも考えず、分別をしないことを無分別智と言って
るのではありません。心は明晰に覚めていて、空性の中にある状態が無分別
智です。
434名無しさん@3周年:2005/04/15(金) 02:17:13 ID:nHoblnLI
>433
補足、ありがとうございます。
上手く言えないのですが、自分も何か引っかかっていたのですが、
落ち着きました。
435421:2005/04/15(金) 02:21:32 ID:nHoblnLI

434=421
436独り言 ◆ZZW30U26jo :2005/05/02(月) 22:42:57 ID:su/o2+Hw
これも
437おしえてあげるよ:2005/05/13(金) 22:23:42 ID:y/fx3sfk
仏教とはもともと、バラモン教の教えに反発してできたものです。
バラモン教とはもともと、輪廻(生まれ変わり続けて決して死ぬことができないこと)
を掲げていました。輪廻は、インドでは苦しみとして扱われます。
ですが、御釈迦さんは、成仏(完全に自分が消えること)してその苦しみから解放されるために修行をしました。
そして悟りを開いて成仏しました。悟りを開いて涅槃(死ぬこと)する間に、
さまざまな説法をしました。それが仏教です。
仏教は生き方です。輪廻の苦しみから脱するための教えが仏教です。

日本は大乗仏教で、浄土真宗は大乗仏教の経の浄土三部経を読みます。
どういう内容かといいますと、南無阿弥陀仏と唱えて(唱えるだけで極楽にいけるみたい)
極楽に往生(極楽浄土にいくこと)して、そこで修行して悟りを開いて成仏する
というのが真宗の教えですね。
他の宗派は、なんか修行して成仏するって感じですかね?

ちなみに仏教には大乗仏教と小乗仏教の2つがあります。
小乗とは、自分だけ修行して自分だけが救われるという考えです。

大乗は、菩薩(仏教の修行をしてる人)がいて、その菩薩が他の人々も救ってあげようという
内容です。
まぁ浄土真宗は阿弥陀如来がですがね。(阿弥陀さんも悟りを開いて如来になる前は菩薩だったんですよ)

以上
438名無しさん@3周年:2005/05/18(水) 16:49:05 ID:QAXRr1n7
見事に迷いまくってるスレ
439名無しさん@3周年:2005/05/18(水) 16:58:57 ID:QAXRr1n7
手塚治虫の”ブッダ”が解りやすいと思う。消防でも解る。大人でも面白い。
440名無しさん@3周年:2005/05/20(金) 19:25:53 ID:A/Qfa0Dn
そうそう。いかに気持ち悪い宗教かということが解る。
441名無しさん@3周年:2005/05/23(月) 23:40:24 ID:N8oeB3oN
>>431さんのは、多分「オウム・アーレフの教義は完璧か?35」に
あると思うんだけど、35だけ過去ログ読めないみたい。
それより前のも後のも見れるのに。
442名無しさん@3周年:2005/05/24(火) 00:30:02 ID:oLFrEjW9
>>437

釈迦自身は成仏という言葉を使ってないだろ

成仏は大乗の観念だからな

小乗という言い方は既に時代遅れ

教えてあげるよ、なんてえらそうに言うなっての。
443名無しさん@3周年:2005/05/24(火) 21:38:50 ID:hSheG4HB
この↓サイトで般若心経がよくわかる

ttp://tokyo.cool.ne.jp/hannnya/index.html
444名無しさん@3周年:2005/05/31(火) 12:04:06 ID:mDp7WpWo
パネル展示&ビデオ上映会をやります。

日時:6月5日(日)11:00〜17:00
場所:パルテノン多摩
   京王線多摩センター駅で下車し、改札口を出て左側の
   パルテノン大通りを直進(徒歩5分位)
タイトル:「ミステリーサークル&UFO&仏教美術パネル展」
入場:無料
445:2005/06/01(水) 03:11:59 ID:m9nnrPf2
オカルト好きの、新宗教にだまされやすいタイプを集める、
どこかの新宗教の勧誘にしか見えないんだけど・・・
もちろん、表向きは否定するでしょうが。
446名無しさん@3周年:2005/06/07(火) 19:48:23 ID:dKjsAwes
仏教とヒンドゥー教の違いについて教えてください。
ほとんど兄弟みたいなもんなのでしょうか。
447名無しさん@3周年:2005/06/07(火) 20:19:53 ID:DrYuI4N1
>>446
ヒンドゥーとはインドの宗教・文化全般を指します。

ヴェーダ信仰から各地の地元の信仰まで全てをまとめてヒンドゥーです。
仏教はシッダルタの興した宗教ですが、インド当地では時の流れと共にヒンドゥーに飲み込まれてしまいました。
448名無しさん@3周年:2005/06/07(火) 20:57:19 ID:dKjsAwes
>>447
丁寧にありがとうございます。
参考になりました。
449名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 01:21:23 ID:tPHL7KTi
450ありがとう宗教:2005/06/09(木) 18:08:06 ID:HAuI8W0X
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
451名無しさん@3周年:2005/06/17(金) 02:24:55 ID:vrmzeluv
2年前にHPビルダーで般若心経(お経)のホームページを
作成しました。せっかく作ったのでこのたびアクセス回数1000回を
目指すことにしました。
皆さんよろしければ一度ご覧ください!
(皆さんの底力を見せてください!)

http://www.h4.dion.ne.jp/~kiyokiyo/
尚、アクセカウンターは最下部にあります。
452名無しさん@3周年:2005/06/17(金) 22:04:51 ID:Ni3HHA2Y
仏教がどんなのか知りたければ、祇園あたりの高級クラブに行けばわかるよ
特に友引の前の夜に行くとわかりやすいよ
行ってみれば、いかに仏教がウンコであるかよくわかると思うよ
453名無しさん@3周年:2005/06/23(木) 19:58:49 ID:l5nHo77g
2年前にHPビルダーで般若心経(お経)のホームページを
作成しました。せっかく作ったのでこのたびアクセス回数1000回を
目指すことにしました。
皆さんよろしければ一度ご覧ください!
(皆さんの底力を見せてください!)

http://www.h4.dion.ne.jp/~kiyokiyo/
尚、アクセスカウンターは最下部にあります。
454名無しさん@3周年:2005/06/28(火) 13:39:43 ID:Z2ONKMW2
原始仏教経典
 ・スッタニパータ
 ・ダンマパダ
455名無しさん@3周年:2005/06/28(火) 15:57:50 ID:5b45sO+v
そうっすね。
あと、竜樹の「中論」とその解説書を読めば、仏教の根本思想は把握できると
思う。
問題は、どの解説書を読むか。
おすすめは、Webサイトの佐倉哲の「仏教について」。
無料ですぐに読めるし。
でも、初学者には言葉遣いがちょっとカタイかも。
http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/
2回読めば理解できると思う。
1回目は「慣らし」程度のつもりで肩の力を抜いて...。
456名無しさん@3周年:2005/06/28(火) 17:06:31 ID:w1PAXE6R
>>455
>あと、竜樹の「中論」とその解説書を読めば、仏教の根本思想は把握できると
>思う。

空理に根本とか最終とかがあるんですか
457名無しさん@3周年:2005/06/28(火) 20:26:24 ID:5b45sO+v
極論しちゃうと、釈迦が初転法輪で語ったとされる「縁起の法」が
仏教思想の核心じゃないんですかね。
竜樹の「空」の思想も、縁起の法を論理的に説明したものだし。

と、現段階では理解してます。
458名無しさん@3周年:2005/06/28(火) 20:29:04 ID:5b45sO+v
無常も、無我も、空も、慈悲も、五蘊も、四諦八正道も、
みーんな「縁起の法」の応用でしかないような気がする。
459名無しさん@3周年:2005/06/28(火) 21:37:02 ID:PAZhcJDs
無常は凡夫も修行者も同じように感じられるもの
無我になると、機根あるものだけが少し思索を深めた感じ
空は更に思索が深まって、慈悲は無上智慧より自然と湧き出でる利他行
五蘊や四諦八正道は、修行を実践するための方便

と、現段階では理解しています。

>>456の質問は、無尽縁起を踏まえての質問であります。

お答え、ありがとうございました。
460名無しさん@3周年:2005/06/30(木) 06:04:26 ID:G6zou2l7
葬儀に関わるブディッシュマン
呪文を唱える創価マン
461名無しさん@3周年:2005/06/30(木) 07:12:00 ID:G6zou2l7
462光 照 庵:2005/07/03(日) 21:39:41 ID:jBQkG+V1
時が来れば芽生えて花が咲く。
TOMORROW
明日を信じよう。
http://sunrise-hs.hp.infoseek.co.jp/
463名無しさん@3周年:2005/07/18(月) 04:50:37 ID:JRTABFo8
仏教は欲を否定しません。
欲に執着することがだめだといってる。
執着心がすべての苦の原因

ただただ禁欲だけの人生なんてつまらない。
程よい欲をもってさわやかに生きましょう。
人生を幸せにするのは感謝する心です。
感謝できれば、食事もおいしいし、妻もいつまでたってもかわいいし、、、

それが仏教がいってることじゃない?

464名無しさん@3周年:2005/07/21(木) 11:57:42 ID:J1GIKz4D
465名無しさん@3周年:2005/07/21(木) 12:51:58 ID:/CPA0Ixs
「縁起の法」を解説してください
466名無しさん@3周年:2005/07/21(木) 14:48:35 ID:CeQd6Bs2
pratitya-samutpada-dharma

諸法縁起のことでしょうか?それならまず、諸法とは何かまず調べてください。
有為法についてはdharmaとdharminの関係に注目すると良いでしょう。
縁起はagamaの12支縁起や唯識のアラヤ縁起など各派に諸説あります。
467名無しさん@3周年:2005/07/21(木) 15:01:39 ID:jqDucS3m
手塚治虫の「ブッダ」で語られてる事が仏教の基本的な教えと理解してもよかですか?
468名無しさん@3周年:2005/07/29(金) 17:27:54 ID:ImoZ5dpK
世界史板の雑談で仏教についての薀蓄で盛り上がり中
のぞいてみては
469太刀山型の土俵入り:2005/07/30(土) 06:19:52 ID:oqVBt1Y3
仏教は内容がわかるとその底の浅さにみんなあきれてしまうので、
もったいぶれるようにお経は民衆の言葉には訳されません。
470名無しさん@3周年:2005/08/01(月) 22:54:36 ID:97oJIZje
阿含宗桐山教祖の逮捕歴

昭和二十七年八月十六日 詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署

十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署

二十八年八月 酒税法違反 私文書偽造容疑 逮捕
警視庁防犯課

二十九年 三月酒税法違反 私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪
471名無しさん@3周年:2005/08/02(火) 12:11:21 ID:pVZLHgJt
「りっきょうこうぎ」という仏教の会に知人が入っているのですが、どんなところですか?
472太刀山型の土俵入り:2005/08/03(水) 07:55:36 ID:Y7VV+4dm
>>471
もうその知人と縁切った方がいいよ。
473名無しさん@3周年:2005/08/03(水) 15:06:35 ID:OGqDlXZL
>>469
>仏教は内容がわかるとその底の浅さにみんなあきれてしまうので、
>もったいぶれるようにお経は民衆の言葉には訳されません。

太刀山さんのような底の浅い人にも、やさしく理解出来るように方便の用意
されているのが仏教なんです。
方便にたくみになれば、あなたにとってはよそよそしくもったいぶっってると
思われるお経だって、一段と親しみ易く身近に感じられます。


474名無しさん@3周年:2005/08/03(水) 23:06:10 ID:mjPCevCA
>>467
あれは手塚教といった方が適切。
475ブッコク堂:2005/08/03(水) 23:08:51 ID:roYI3a0s
>>469

ぷっ!
現代語訳があるではないかい。
476太刀山型の土俵入り:2005/08/04(木) 10:10:59 ID:oKvZU4jQ
>>475
ここは笑えばいいのかな?
477太刀山型の土俵入り:2005/08/04(木) 10:33:41 ID:oKvZU4jQ
>>473
もったいぶってるっていうか暗記するように韻踏んで作ってあるから、
それ丸々翻訳されると冗長になってわかりにくくなるのはしょうがねえよなあ。
478太刀山型の土俵入り:2005/08/04(木) 23:12:45 ID:oKvZU4jQ
仏教徒にとって最も子供思いな行為それは堕胎。
罪を犯す前に殺せば、それ以上低位の悪趣に堕ちないからね。
479名無しさん@3周年:2005/08/05(金) 01:04:02 ID:2OlI6OfG
じゃ、キミ、死ね
480太刀山型の土俵入り:2005/08/05(金) 06:57:02 ID:QuBWNDuO
オレ仏教徒じゃないしw 命の重さは理解してるよん。
>>479は仏教徒らしくて感動した。
481名無しさん@3周年:2005/08/05(金) 18:28:52 ID:9rsPZQmP
しかしさ〜、おいら思うんだけど、釈尊は菩提樹下で悟ってから
この法を説くかどうか相当迷ったと教典にある。
要するに『この法門』を説くのは大変なことだってわかってたから
だろうと思う。
たとえば教学ひとつとっても『空観』やら『唯識』やら、どれを
とっても簡単なものではないわな〜。
482つづき:2005/08/05(金) 18:36:25 ID:9rsPZQmP
それらを理解したとしても、それはサッカーのルールブックを
読んだようなもので、サッカーが出来るようにはならんわな〜。
でもとりあえず教学だというならば、田舎のおばあちゃんや、
脳に障害のある人なんかはわからんわな〜。
そこで浄土門や日蓮系のように念仏や題目をとなえさえすれば............
という発想がうまれてくるんだろうな〜。
釈尊は一部の人のために仏法を説いたのだろうか?
483つづき:2005/08/05(金) 18:39:17 ID:9rsPZQmP
そうではないような気がするんだが、みんなはどう思う?
484名無しさん@3周年:2005/08/05(金) 22:10:52 ID:xuOuAT8K
まあ、これは大乗の根幹にかかわる問題だと思うし、そうでないならば
ヨギの行者みたいに、ひとり山奥かなんかで一生修行してればいいのかも
しれないけど、独覚のために釈尊が法を説いたとも思えない。
大乗非仏説というけれども、実は釈尊は大乗への展開を予測していたんじゃ
ないかな〜。
485名無しさん@3周年:2005/08/05(金) 23:45:34 ID:AQvXDqBn
手塚治虫もある宗教の信者だったとか・・
「ブッダ」もその宗教の影響受けてるんじゃない?
486名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 03:05:49 ID:IlA4Rd1p
できれば具体的に「ブッダ」と原始仏教の違いを教えてホスィ(´・ω・`)
日本の仏教はわかるんだが、大本の「仏教」の思想が知りたいとです。
487名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 03:34:18 ID:MCxXp2fO
悟りと自覚
488名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 05:02:49 ID:e1UbtFsN
>>486
原始根本仏教を知りたければ、
スッタニパータとダンマパダの日本語訳だけ読めばいいさ。

そのまま読んでも、長い割に
内容の重複が多いから(基本的に音読する詩だし)、
その二つの解説本をいくつか読めばなお良し。
489名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 05:14:19 ID:e1UbtFsN
仏陀の発見した「不幸にならない説」に、
尾ひれと胸びれが付いたのが、仏教(ブッディズム)。

日本では、その尾ひれの先のコケを信仰することが、
仏教だと思われている。
490名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 09:06:11 ID:jEVkVAt6
はっきり言って、仏教のことほとんど知らないし
このスレも1しか読んでないけど
仏教に興味持つきっかけとして質問させて下さい

単刀直入に、仏教の教えの中で「幸福」って何でしょうか?
それはその人の心がけ次第で、生きているうちに得られるものでしょうか?
491名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 09:47:03 ID:hTqikneZ
仏教の幸福は、涅槃です。それ以外は全て苦です。
よい師について真剣に行すれば得られるでしょう。
492名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 10:13:37 ID:tAaO75/K
>>489
ナイス表現
493486:2005/08/06(土) 11:33:45 ID:IlA4Rd1p
>>488
Thx.
スッタニパータ買ってきました。
思ったより抽象的で(詩だから)面食らいましたが読んでみます ノ
494名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 11:59:11 ID:MCxXp2fO
>>490極楽浄土で何の障害もなく、阿弥陀仏に仏教の修行ができること
495名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 12:21:08 ID:MCxXp2fO
苦もなく修行できるというのが聖なる矛盾かな。まあ、なんのせ悟り得る者一人もなし。現世で仏教を説くことこそが間違いなのかも。それじゃ広がらない。これも聖なる矛盾
496名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 12:50:29 ID:Lfbwiob7
凡夫は欲望と貪りとに執著しているが、眼ある人はそれを捨てて道を歩め。
この世の地獄を超えよ。

彼岸は執著する拠りどころもなく、五感への刺激もなく安楽である。
>>494かの世もこの世も望まない。自己が永遠にあるというのは間違いで、
かの世もこの世も望まない自身が自己であると悟ること。今現在に精神統
一された状態を目指すのが仏の教え。
497名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 12:53:45 ID:MCxXp2fO
↑これが間違った例
498名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 13:30:20 ID:Ki1tWDbd
>>490
仏教における完璧な幸せはやはりさとって仏になることです。
ところが現状では難しく、浄土に往生してそこで仏になる道もありますが、
幸せな考え方に、少しでも近づくことは、この世でも出来ます。
仏教のめざす、さとりの方向性を知ることです。
欲望を出来るだけ抑えること、執着しないこと、自分をきちんと見つめること、など。

たとえ、お金持ちでなくても、病気を持っていても、
満足を知る方法はあるし、それがわかれば、幸福です。

499名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 22:25:22 ID:Xk3IEtuD
自己が自分のものではない、今現在の自己が死後まで続くという無知な
見解を持った輩の教えを避けるべきである。
 「愚かな者は生涯賢者につかえても、真理を知ることが無い。それ故
  聡明な人はかの世もこの世もともに捨て去る。」

ましてや念仏など唱える筈がない。釈尊の教えに従い瞑想するなら、悟
りに近づくが、念仏などは悟りに至らない釈尊以外の人間が捏造した間
違った教えである。

在家者でも、釈尊の教えを尊重して五種の欲望の対象と第六の意の対象
の貪欲を離れて、人のいない森や林で瞑想修養を行ったほうが、安らぎ
に近づく。
500名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 01:48:17 ID:j1vC+aNi
500ゲットォォォ⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡
501名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 01:52:32 ID:qv7N57E3
仏教とは

あらゆる存在は、刻々と変化する現象であり、故に
なんであれなにものも執着されるべきでない。ということです。
502名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 03:30:02 ID:Mf9zY6yn
「不幸を感じなくする法」これが仏教じゃない?


仏教を客観的に知りたければ、中村元さんのこの本。
宗教(仏教)の話ではなく考古学的な観点から、
2400年前位の、仏陀の本人の姿が書かれていて、
本当に読みやすいです。

Amazon.co.jp: 本: 原始仏教―その思想と生活ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140011114/
携帯用アドレス↓
ttp://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html/?a=4140011114
503490:2005/08/07(日) 07:11:19 ID:z7q+vXD0
お礼が遅くなりましたが
答えてくださった方ありがとうございました
やはり仏教について勉強していかなければ
回答して下さった方の話も、完全には理解しきれない感じですが
勉強するきっかけにもなり、そして自分で幸福について考えるきっかけにもなりました
くだらない質問だったかも知れませんが、
真面目に答えて下さって本当にありがとうございました
504名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 18:27:19 ID:ruYxYa03
何だ、490さん、終了しちゃったのかい
505名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 05:55:09 ID:ftwoiROs
仏教好きな人は、やはりニヒルで皮肉好き、論理をこねくりまわすから、
純粋に好奇心を持った初心者に敷居が高すぎて質問しにくい。


このスレも、もっと分かりやすく行こうよ
506太刀山型の土俵入り:2005/08/08(月) 20:27:02 ID:G52MRI9m
仏教とは欲望を抑えることをいうことにより、欲望の対価を吊り上げる守銭奴の教えである。
507名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 20:36:00 ID:K5l6CQKR
 日本テーラワーダ仏教協会の機関紙『パティパダー』に連載中の
巻頭法話をご紹介します。スマナサーラ長老が、日常生活のなかで出会う問題に即して
仏教の教えを説かれた人気コーナーです。ダウンロードして、ごゆっくりお読みください。
http://www.j-theravada.net/howa/index.html
508名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 20:39:47 ID:jlIIrWRs
仏教は彼岸に到達した釈尊のこの世の人々への教え。それは全世界に通じ、完全な根拠に
基づく教えであるから、これが正しいかもしれないといって迷わせないものであるし、本
来は対立しない教えである。

完全な安らぎである彼岸から、仏教を学ぶ人がそれぞれの能力、境遇、体力などに応じ教
えに専念すればよく(法華経参考)、この道だけを歩めというものではない。

たとえば修行僧は執着しない安楽な彼岸に基づき、五感もなく欲望もない安楽な彼岸に基
づき、無所有で安らぎを追求した。在俗信者は分かち与え、貪りから離れ自制を学んだり
する。執着することもなく無所有で安楽な世界に基づき、羨望やねたみを廃する。

仏教は道理を大切にしているから、根拠のない対立は本来あり得ない。人に仏教を教える
場合は釈尊の教えと彼岸とをよく思慮し、道理によって教え釈尊の教えに反駁し得ないも
のとして教えなければならない。
509名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 23:40:53 ID:Ucl5hVY6
釈迦の教えを簡単に言うと、
「求めないこと」
じゃないか。
欲や執着を持たずにいれば、満足は得られないが不満を感じる事がない。それが喜びだってこと。

オレ教かもしれんが。
510名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 00:45:48 ID:P0Spsrhx
遅すぎるか・・・
>>490
南伝版の六方礼経(シンガーローヴァーダ・スッタ)も読んでみてはいかが?
511名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 21:24:56 ID:0e2aRF+g
イエスの教えは、ずばり「神」と「愛」だろう。

仏教は屁理屈こねて自分を崇高に見せて、
相手に何か期待させて銭を騙し取る教えだろう。
512名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 22:12:31 ID:cyT8WkOw
イエスの教えは他宗教を邪教と規定し、髪に変わって罰すること。
仏教は教えそのものに拘らないから、耐性がない。
513名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 22:14:06 ID:Fmh/fyDy
キリスト教はピンキリ
バリバリの選民思想から社会福祉に熱心なものまで
514太刀山型の土俵入り:2005/08/10(水) 10:24:41 ID:avT+QPJr
お経は逃げることだけ、坊主は金勘定だけ
515名無しさん@3周年:2005/08/10(水) 10:50:06 ID:rR/0DC9J
坊主(細木かずこ含む)は一般人より明らかに次元が低い。
516名無しさん@3周年:2005/08/10(水) 13:29:45 ID:SzkbSGBe
>>515
不幸な人だな、そういう坊さんにしか出会ったことがないのか・・・・
517名無しさん@3周年:2005/08/10(水) 13:31:42 ID:SzkbSGBe
>>515
まあ、細木を坊さんに含めるようだから、
テレビに出てきて、除霊したり、加持祈祷をするのが仏教だと思ってるんだろうな。
518太刀山型の土俵入り:2005/08/10(水) 13:44:48 ID:avT+QPJr
>>517
そう思われてる現状については何も思わんの?
519名無しさん@3周年:2005/08/10(水) 13:57:53 ID:4Xl2dsnu
バイブルやコーランと違って仏典ははっきりした物がないからなぁ。。。
各宗派独自の解釈で書かれてるから何とも言えない。
仏教が世界に広まらない一因にもなっているから困ったものである。
520太刀山型の土俵入り:2005/08/10(水) 14:03:57 ID:avT+QPJr
>>519
>仏教が世界に広まらない一因にもなっているから
不幸になる人が増えなくて結構なことじゃないですか。
521ダイアモンドハート:2005/08/10(水) 16:03:46 ID:8ON5KL31
>>509 求めないことだと思う。

煩悩の嵐の元の小さな家が我が家(わが心)。
敢て窓を開けて嵐を求めない。
色とりどりの欲望は苦しみの元なのだと知って。

しかし諸の欲望は甘美な姿で我々に雨あられと襲いかかる。
だから私たちは小屋の屋根をしっかり葺いておく必要がある。

じゃあ欲望の元に対して、わが心を閉ざして一体何があるのか。
そこにはえもいわれぬ平安(ニルバーナ)が有ると言うのだが。

それこそが金剛心=ダイアモンドハート?

ニルバーナ ⇔ 欲望  どちらを目指すべきなのか。

諸の欲望は、得られて後に苦しみ、得られなくてそのときに苦しむ。
焼けた鉄の玉を飲み込むほどの苦しみの元だというのだが。

しかし諸々の欲望の元は何故にこれほどに甘美に我々を誘惑してやま
ないのだろうか。
522ダイアモンドハート:2005/08/10(水) 16:05:21 ID:8ON5KL31
煩悩の嵐の元の小さな家が我が家(わが心)。

↓(訂正)

煩悩の嵐のに襲われる小さな家が我が家(わが心)。
523名無しさん@3周年:2005/08/10(水) 21:42:14 ID:9XcrDqwt
>>511
仏教は慈悲。慈しみのこころづかいをたもつことがこの世で崇高な境地(スッタニパータより)

情欲や快楽への耽溺などで恐れが生じる。「死んでから、われらはどうなるのだろうか?」と
思い悩む。そこで何ものかに依存する。

「かれは思慮深く、瞑想に専念し、林のほとりで楽しみ、樹の根もとで瞑想し、大いにみずから
満足すべきである。」自然修養して恐れおののきを消滅した人は、何ものにも依存しない。
524名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 02:37:15 ID:ORGI57rl
ちと乱暴だが、現在の「坊主」は仏教徒と言えないのではないかと思う。
原始仏教と日本の諸宗派とあまりに違いすぎるよな。
525名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 02:51:26 ID:BabA+KyR
昔:坊主は住所不定無職の乞食
現代:坊主は金持ち
526ダイアモンドハート:2005/08/11(木) 12:56:45 ID:6zsPxg2o
「見解だけでは浄らかになることができない」という文面(経典)がある。
お勉強だけではどうにもならない。
行為と言葉と思い(身口意)があなたの業を作る。

捨てよ捨てよ、何もかも捨てよとブッダは教える。
じゃあまあ「男女のこと」は捨てよう。あまり実害?は無い。
「金銭」はどうなんだ。捨ててしまって生きていけるのか?
命さえ捨てよという。盗賊の刃の元でにっこり笑った修行者も
居ると言う。わが身を捨てればにっこり笑えるんだろうが。

それは究極の幸せだとは認めるけど。

笑えない、捨てられない。
こういう場合はひたすら神仏に頼るしかないのかなと思う。
527名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 19:30:39 ID:eKHowue/
【ロンドン=飯塚恵子】「この世に本当に神はいるのか、疑っても仕方がない」――。

未曾有の大惨事となったインドネシア・スマトラ島沖地震による津波災害を受け、
英国国教会のローワン・ウィリアムズ・カンタベリー大主教は2日付の英日曜紙
サンデー・テレグラフに異例の手記を寄せ、深い嘆きを表した。
世界に7000万人以上いる英国国教会信者の頂点にある大主教は「感覚が麻痺
する規模のこのような苦しみを容認する神を、どうして信じられようか。疑問が
生まれない方が驚きだ。祈りも、魔法のような解決は与えてくれない」と記述し、
信仰に対する疑問を呈した。そのうえで、「信者たちは生き残った人々と情熱を
持ってかかわらないといけない」と訴えた。

>>511 神は迷い
528名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 19:33:07 ID:eKHowue/
1 :名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 02:10:57 ID:Bc2yQ9fP
最近、広島長崎の原爆問題とかテレビでやってますが
原爆を投下した乗務員はなぜか90歳前後まで生きていて
長生きなのです。
あれだけ人殺したのにです。
なのに人殺しなどしてない某プロレスラーH本などは
40歳で死んだりとかなんか変です。

これって悪いことをしたから罰が当たるなんてのは嘘っぱち
なのではないかと思います。
宗教家が奇麗事言ってるだけだと思いますがどうなのでしょうか?


>>神は迷いを生み出す。たとえひとりを納得させても、また別の人が
また迷うだろう。
529名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 19:36:48 ID:eKHowue/
或る特定の名称を呼ばせて救われると教えるなら、別の名称を呼ばせて
救われるという人たちと対立する。
530名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 19:43:26 ID:2dBnhUjm
死後の世界はあるのですかときくと、
キリスト教者はあるというだろう。
神の国に行くのであると。

仏教者は屁理屈をこね回して明答を避け、
そういう質問をすることが愚かだと
こちらに責任をなすりつけてくるだろう。
531名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 22:29:01 ID:qShpWeNh
>>527
神は冷酷、残忍。しかし人には愛がある。人はその神と戦うこと。
それで人は成長するのだ。人はまず神を乗り越えなければならない。
532城跡 ◆kWe8Iv03RI :2005/08/11(木) 22:51:59 ID:rJhB0P99
>>530
そういうこと専門のスレが他にありますよ。
>>531
いやぷー
533名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 23:14:15 ID:BabA+KyR
キリスト教(西洋)は死後の世界がないんじゃないの?復活するために棺に入れとくんでしょ。
死んでから肉体を焼く所は魂が抜けてあの世にいったためでしょ。
いずれにしても煉獄(地獄)という概念があるんだよな。
やっぱり魂と肉体は別々なのか?本来の教義にはないのか?
キリスト教の天国は今の肉体まま復活して神様と仲良く暮らすんでしょ。
仏教の天国は輪廻の鎖から外れて無に帰る(宇宙と一体になる、仏になる)ことでしょ。
534名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 08:37:52 ID:iFgrW3bt
>>511
「忍耐と寛容」は全ての宗教に通ずる共通の理念。
535太刀山型の土俵入り:2005/08/12(金) 11:42:55 ID:FKAIDouq
んなこたあない。
536ダイアモンドハート:2005/08/12(金) 13:08:26 ID:kd0NcIdf
もちろん仏教にも「あの世」はある。
あの世があり、死者があり、死者の魂がある。だからこそ、
死者の供養も、そうそう、お盆(盂蘭盆会)だってあるわけだし。
537ダイアモンドハート:2005/08/12(金) 13:17:02 ID:kd0NcIdf
善い行いをすれば善い結果が得られ、悪い行いをすれば、悪い結果に結びつく。
というのは仏教の概念だけど。。。。タイムラグがあるみたい。

善いことばかりしている人には、意外と嫉妬する場合がある。
「あんなよい子で良い事ばかりして!だからあいつって幸せなんだよな」
と無意識で嫉妬している。

悪い事している人には、意外と嫉妬していない。
「あんなことをしたって、いいのは今のうちだけだよ。きっと転ぶよ。見ていなさい。」
とか。

二次大戦の戦士達は、みんな「殺し屋」のはずなのに、とてもいい顔をしている。
人も殺したけど、わが命も捨てているからだろうか?

みんな85歳とか90歳とか長寿みたいだけど、60年経っているわけだから、
生き残った人はみんなその年だよね。70歳ならその頃は10歳。75歳なら、
その頃は15歳なんだから。

538530:2005/08/12(金) 13:21:46 ID:DAo4LkPK
キリスト教者には正直ついていけないが、
仏教者よりは潔いと思う。
539名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 13:23:35 ID:DzCcPbEN
まず顕彰会とキリスト教が同じ場所で語られるのがおかしい。
540ダイアモンドハート:2005/08/12(金) 13:27:00 ID:kd0NcIdf
林芙美子は(林真理子じゃなくって)、今度生まれ変わったら「花」に
なりたいと書いていた。「花」の世界って本当に天国なんだろうか?

先日テレビで戦犯が「虫になっても生き残りたい」という遺書を残していた。
「私は貝になりたい」という映画もあったそうだけど。

虫の世界は地獄だと思う。わずかの草地から、コンクリートの側溝に這い
入ってしまって、方角も分からず、知能も無く、水も食べ物も無く、日に焼かれて
入ったり来たりしているマル虫たち。 これは地獄の有様だ。地上には
このように当ても無くさまよっている生物が数限りなく存在している。

煉獄というのは、仏教では中有界のことだろうか。
541ダイアモンドハート:2005/08/12(金) 13:31:57 ID:kd0NcIdf
善いことをすれば善業があり、悪いことをすれば悪業があり、
それを自業自得として、輪廻しながら自分自身で背負っていくのが
本当の仏教者であり、

善いことをしようが、悪い事をしようが、免罪符(ナムナム、ナムミョウ)
で救ってもらって、後は好き勝手、というのは決して仏教者ではない。

ナムナムで現世さえ良ければいいというのであれば宗教者でもない。
542名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 13:34:41 ID:zFNIt4q+
>善いことをすれば善業があり、悪いことをすれば悪業があり、

善悪で物事を分ける行為そのものが苦しみとなる。つまり、頭脳判断によらないものは善悪を超越しており、
頭脳判断を使ったときが悪の発生である。
543ダイアモンドハート:2005/08/12(金) 13:42:19 ID:kd0NcIdf
識別は苦の元である。
感受は苦の元である。
食物は苦の元である。
無明は苦の元である。

それらに耽溺してはならない。

食物は苦の元であるが、必要なものでもある。
感受は苦の元であるが、必要なものでもある。
(この身体をこの世に持ってしまったからには)。

認識はどうだろう。 それはさておいて、

認識があるから善悪があるのではなく、善悪は認識以前に存在する。
認識は無明から生まれたものかもしれないけど、
善悪は法(法則)として存在する。と思う。
衆生に安楽をもたらすものが善であり、苦をもたらすものが悪行なの
かも知れない。
(長期的かつ深遠?な意味での安楽だけど)。
544ダイアモンドハート:2005/08/12(金) 13:58:55 ID:kd0NcIdf
輪廻を脱して、永遠の平安を求めるなら、自己を浄める(清める)しかない。
自己を浄めるものは、行為(身体、言葉、心=身口意による行動)しかない。

理念(考え、お勉強)だけで自己を清めることはできない。

善行が無ければ、善業は積むことができない。
すごろくゲームで上がり(ニルバーナ)に到達するには、ポイント(善行)
ゲットするしかない。

ポイントは我々の頭脳が認識しようがしまいが法則として存在する。

そしてそれ(善悪)を見抜くのは、頭脳よりハートかもしれない。
例えば経費などをごまかすと、(私の場合は)頭脳は喜ぶんだけどハートは悲しむ。
545太刀山型の土俵入り:2005/08/12(金) 14:31:10 ID:FKAIDouq
輪廻が存在してるっていうのとキミの財布の金は本来オレのものっていうのは

同じレベルのヨタ話にしか聞こえない。
546名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 20:08:38 ID:3JC8uy5z
彼岸があって仏教があり、おおよそ身体への好ましく愛すべきものを享受することは苦し
みであると説かれる。
学ぶことに生きがいを認め、奉仕を楽しむ人は一つの極端。快楽は享受すべきであり、清
らかであるとこのように見なす愚者どもがいる。これが第二の極端。賢者は「世の中は泡
沫のごとしと見よ。世の中は陽炎のごとしと見よ。この身は泡沫のごとしと見よ。この身
は陽炎のごとしと見よ。」という道を歩む。彼岸という迷いのない世界は、諸々の事物が
静まって無常と悟り、この世の現象に囚われることなく安楽であると説かれる。こだわり
を捨てた人は悩むことがない。

自己は自分のものではないが業は自分のものであるとされる。善業も悪業も自分のもので
ある。その報いが熟しないあいだは、悪人でも幸運に遇い、善人でもわざわいに遭うこと
があるとされる。それが事実か否かは別として、人は互いに人の幸福を損なう行為をわざ
わざすべきではないと思う。賢者は自分の身をよくととのえて、いろいろの幸せを得る。

聞かれたことは聞かれただけのものであると知り、考えられたことは考えられただけのも
のであると知るならば、苦しみが終滅すると説かれる。学んだことにもこだわらない。


547名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 01:46:20 ID:0MtzaKjc
仏教ってどんなの?=お釈迦様は、生きながら彼岸に到達した
人類にとってまれな人。そこからのお話。
548名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 08:19:30 ID:JNNzPaTv
みんなおのれの仏教観でもって問いに応えているが、
しかし、今の仏教の定義は広いからね‥‥


たとえばキリスト教では、
旧約新訳とは別に独自の書を立てたら、
即ちカルト認定が下る。
(モルモン教のモルモン経など)


しかし仏教では、チベット仏教でみられるように、
当たり前のように偽書が聖典になってたりするし、
戦後にハワイで書かれた、「ダイアモンドヘッド経」も立派な経典だ。

自分で何かを書いて、それを「仏教の経典」と言えば
そうなるのが仏教。
啓示宗教の、神から与えられたとする「啓典」ではないから、
どんな書も仏教の経典になっちゃうのが、混乱のもとだろう。
549名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 08:24:46 ID:JNNzPaTv
>>544はどこかの大乗仏教の教えだろうし、
>>546は原始仏教からの引用だろう。

このどう読んでも違う二つ、しかし、
どちらに聴いても、自分達こそが仏教であると答えるだろう。

仏教の情報を持たない初心者が混乱する根拠になっている。
550太刀山型の土俵入り:2005/08/13(土) 10:21:07 ID:s9xwnOJv
大体、不立文字・教外別伝とかいう戯言をありがたがってる時点で終わってる。
551名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 10:33:35 ID:CTc5P/1o
仏教には「教えの中から真実なるものを選びとり、偽りのものを捨てる」
という教えがある。七覚支というさとりを得るために役立つ七つのこと
がらのうちのひとつである択法。

「この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、
法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあ
れ」

他人の意見は他人の意見として参考とする。しかし、複数の経典に書か
れている同一の教え、また同じような方向性をもった教えは真実な教え
として認めるべきである。そして「道理」も複数の経典に書かれており、
「道理を語らない人々は、善い人々でない」とまで書かれているなら、
その教えはどうして説かれたか自分で考えて真実かどうか確認すること。

他人の意見は法を知るうえで参考にはなるが、自らをたよりとして真実
かどうか確認する。人をむやみに信じてはいけないだろう。その人の人
生が他人のものとなる可能性だってあるのだ。
552名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 19:15:58 ID:tH8HZD5p
>>548
> たとえばキリスト教では、
> 旧約新訳とは別に独自の書を立てたら、
> 即ちカルト認定が下る。

しかし、旧約にも新約にも聖書には、
天国があるとは書いていない。
聖書原理主義のエホバがうちに来たときに聞いてみたら、
答えられずに、後日やってきたが、
聖書には書いてないそうですと言うから矛盾をついたら、
しどろもどろになっていた。
553名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 20:36:10 ID:Cnvh+YGd
there is no heaven
554名無しさん@3周年:2005/08/14(日) 01:06:46 ID:UIeexqor
神というものが存在するのか?
 それを彼岸では存在するとも存在しないとも思慮しない。思考の及ばぬ静かな
 境地とあり、神を永遠に考えることもないし、意識することもないだろう。

震災などで苦しむ人々がいる。神はどうしてそのようなことをするのか?
 彼岸では迷いなく神を考えることもない。神が冷酷なことをしたと考えたらそ
 れは迷いである。

神がいなくても慈しみのこころづかいはこの世で彼岸に通じる
 一切が幸福、安穏、安楽世界が彼岸。この世では一切の生きとし生けるものは
 幸福であれ、安穏であれ、安楽であれと願う心が彼岸に通じると教えたとして
 も不自然でない。本当は人間が存在せず安穏だろうが、人間に教える教えとし
 て慈しみのこころづかいがある人が多いと、人に無礼な人が多いより人々は安
 穏な暮らしができるはずだ。

教えの希求としての瞑想
 迷わない人は幸福だろう。粗雑な思考を治めるための自然の中での瞑想。そこ
 でおおいに自ら満足し、様々な人の迷いをなくするのが釈尊の教える修養方法。
 本能的な行いを制することで、自制心を身に着ける。
555太刀山型の土俵入り:2005/08/15(月) 10:04:17 ID:wfFLUHye
仏教は逃げることを追求してきた宗教なので官僚と結びつくと最悪である。
556名無しさん@3周年:2005/08/15(月) 21:20:10 ID:nrUgAvNp
what is the heaven?
557名無しさん@3周年:2005/08/15(月) 22:02:13 ID:QWkHYAXg
念仏不回章)同じ念仏の道を歩む人々の中で、自分の弟子だ、他の人の弟子だといういい争いがあるようですが、それはもってのほかのことです。
 この親鸞は、一人の弟子も持っていません。
なぜなら、わたしのはからいで他の人に念仏させるのなら、その人はわたしの弟子ともいえるでしょうが、阿弥陀仏のはたらきにうながされて念仏する人を、わたしの弟子などというのは、まことに途方もないことだからです。
 つくべき縁があれば一緒になり、離れるべき縁があれば離れていくものなのに、師に背き他の人にしたがって念仏するものは往生できないなどというのは、とんでもないことです。
如来からいただいた信心を、まるで自分が与えたものであるかのように、取り返そうとでもいうのでしょうか。
そのようなことは、決してあってはならないことです。
 本願のはたらきにかなうなら、おのずから仏のご恩もわかり、また師の恩もわかるはずです。
 このように聖人は仰せになりました。
558名無しさん@3周年:2005/08/15(月) 22:55:38 ID:Mw3zVl4v
仏教はこの世を厭い離れ、または厭い離れるひと時を幸せに思う
宗教でもある。一切皆苦だから、この世のわずらいを離れた時、
その時は幸せ。
559名無しさん@3周年:2005/08/15(月) 22:58:51 ID:Mw3zVl4v
そして在家者は、世間で暮らしていかなければならないから、
僧侶から善業と悪業の報いを聞かされるのだ。
世間で悪いことをすれば、その報いは自分に降りかかると。
560名無しさん@3周年:2005/08/16(火) 12:35:46 ID:GonHQDQq
仏教って非生産的ですよね。
望むと苦しむので望むな、という教えは、人類の文明の発展に逆行するような。
現代を含めた各時代の俗な一般人に受け入れられないのもわかる気がします。
そのせいで日本の鎌倉仏教みたいなのができたのだと思うけど。
561名無しさん@3周年:2005/08/16(火) 18:07:52 ID:MdjITOUo
>>560
生産的な教えもあるよ。
「アジタよ、世間は貪りと怠惰にゆえに光り輝かない。欲心が世間の汚れで
ある。苦悩が世間の大きな恐怖である。園に植え、林に植え、橋を作り、井
戸の舎や貯水池を作る人々、休息所を与える人々、かれらの功徳は、昼夜に
増大する。それらの人々は、法に安住し、戒めを身に具えて、天におもむく。」

仏教には八正道という教えがある。その中で『正命』は身と口(ことば)と意
(こころ)とにおける三種の行動を清らかにして、正しい理法に従って生活す
ること。衣食住は勤め励んで正しく得ること。怠惰な人々には飢渇など悪魔の
軍勢に敗れるという。
562名無しさん@3周年:2005/08/16(火) 18:43:12 ID:FZXcKh22
で、仏教で最高に清らかな生活をしてるはずの出家者は
衣食住を勤め励んで正しく得てるの?
563名無しさん@3周年:2005/08/16(火) 21:23:00 ID:GbJtnfmf
どれだけの日時にわたって修行者の行いを行うべきであろうか?

修行僧は、自分の粗雑な思考をおさめとり、何ものにも依存することなく、他人を
悩ますことなく、束縛の覆いを完くときほぐして、なんぴとをも謗るな。―まで。

もしも自分の心を制することができないならば、修行を続ければよい。

ひとを下界に結びつける五つの束縛を滅ぼせば生まれない者となる。
その五つとは貪欲・怒り・有身見(われとかわがものとかいう観念を離れぬ我執)、
戒禁取見(誤った戒律や禁制を正しい修養方法であるとして執着すること)・疑い。
564& ◆6MV0/Hszmo :2005/08/18(木) 21:48:28 ID:qnkzH5Bv
初めまして,hannnyaと申す者です。
仏教の経典。論。など知らない人間です、お経も,知っているの般若心経だけです。
般若心経を勉強しているなかで気づいた事が有ります。般若心経は整った美しい姿をしている点です。般若心経の解説書は世間にごまんとあふれ、何千字、何万字と費やして余計に解らなくしているのが多いですね。

私のホームページを見て頂きたいのですが、般若心経274文字だけで
般若心経を語る、いや、般若心経が自身で語る姿です。

30秒〜1分で解りますのでご多忙と思いますが是非御訪問をお願いします。

http://tokyo.cool.ne.jp/hannnya
565名無しさん@3周年:2005/08/19(金) 00:33:13 ID:Pz5pzT39
H
566名無しさん@3周年:2005/08/19(金) 02:11:59 ID:Aj3MChwr
キリスト教では、姦淫すべからずだが

仏教では、邪淫すべからず
567ニーチェ:2005/08/26(金) 19:19:54 ID:xNddiKDI
仏教サイコー ホントサイコー
568名無しさん@3周年:2005/08/26(金) 23:13:03 ID:3W9mqT5v
仏教
フォーー!
569浄土真宗 仏教徒:2005/08/27(土) 15:32:13 ID:fbNd268a
>1

http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1119064568/
に、仏教の教えについて長々と書き込みさせていただきましたので、
よろしければ、ご覧になってください。
570名無しさん@3周年:2005/08/27(土) 17:36:40 ID:I/Hy1bU0
>>569
「浄土真宗 仏教徒」なんて名乗っていますが、
それはダミーであって、実体は「親鸞会」ですね。
姑息なことしないで、ちゃんと名乗れば?
571名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 01:17:19 ID:4XAZt3UF
>>570
はい。
すみませんでした。

本当は「親鸞会」の宣伝です。
572名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 04:03:03 ID:y0n7Tep2
親鸞会=顕正会の親鸞レーベル。機関紙は同じ「顕正新聞」。
573reirei:2005/08/28(日) 04:16:12 ID:0960L7/+
中山真言宗の名を語り、高利の金貸しと詐欺を繰り返す、岩田綾乃。
娘の宝乃香に今までのことを全部しられてもいいのか?
恥を知れ。他人の幸せを壊す権利がどこにある?いい加減にしなさい。
カード詐欺ももう、止めなさい。千葉の本山も、寄付がもらえるから見逃している
のか?
574名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 04:51:56 ID:4XAZt3UF
>>572
まじすか?
顕正会は危険すぎ。
純朴な高校生を数万人単位で騙して犯して(洗脳して)いる凶悪団体。
575名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 05:25:58 ID:y0n7Tep2
>>574
顕正会が経営しているわけじゃないけど。日蓮と親鸞を入れ替えたらほぼ同じ。
学習は真宗の経典や文章じゃなくて、会のテキストを暗記するらしい。そういう
のも同じ。親鸞会は高校生を勧誘する話はない。大学生中心みたいだ。
576宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/08/28(日) 06:52:21 ID:Ml6hEZTs
【釈尊の説いた教えは自分で研究すること】

―この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、
法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ―

―永いあいだ修養したので、よくととのえられている。わたくしにはいかなる悪も
存在しない―

―この世では自己こそ自分の主である。他人がどうして自分の主であろうか?賢者
は、自分をよくととのえて、自分の主となり得る―

(質問)どれだけの日時にわたって修行者の行いを行うべきであろうか?もしも自
分の心を制することができないならば。
―修行僧は、自分の粗雑な思考をおさめとり、何ものにも依存することなく、他人
を悩ますことなく、束縛の覆いを完くときほぐして、なんぴとをも謗るな―


577宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/08/28(日) 06:53:31 ID:Ml6hEZTs
仏教には七覚支という修行法があるが、その中で「択法」=教えの中から真実なる
ものを自分で選びとり、偽りのものを捨てる―というものがある。

経典の中にある教えが偽りか正しいかは各自他人をたよりとせず自分で真実なるも
のを選びとること。〔七覚支〕も〔他人をたよりとしないこと〕も〔よくととのえ
ること自分の心を制すること〕などは複数の経典にあるので仏教の真実な教えとし
てよい。

他人をたよりとすること、何ものかに依存すること、他人に従属することは反仏教
的な教えである。

―従属することのない人はたじろがない。しかし従属することのある人は、この状
態からあの状態へと執著していて、輪廻を超えることができない―
578名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 07:07:35 ID:nFwKKQMa
釈迦の仏教ことが信仰すべき対象となる宗教だ。
あとは駄目。諦めて仏教に汁。
579名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 16:32:59 ID:KADhU+LB
釈迦の教えと余りに乖離した諸宗派が仏教の現実を表してる希ガス
580名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 20:49:34 ID:uFgGHRBo
>>578>>579 原始人君、がんばってますなw
581城跡 ◆kWe8Iv03RI :2005/08/28(日) 20:55:06 ID:0Zc//3eh
>>580
日本にはこういう言葉がある。馬鹿って言ったやつが馬鹿!
582名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 21:00:32 ID:uFgGHRBo
じゃ、あんたは二回も言った(書いた)ことになるじゃん!
583名無しさん@3周年:2005/08/29(月) 02:28:54 ID:uf+Hel6f
じゃ、おまいは三回
584名無しさん@3周年:2005/08/29(月) 10:04:00 ID:Y8hl5Mfq
揚げ足取りばっかりやって、面白いか?
585582:2005/08/29(月) 19:00:18 ID:VTLNoSeZ
>>583 漏れはその言葉を発してないぞ!
586名無しさん@3周年:2005/08/29(月) 21:50:44 ID:JZA4TXWC
仏教を自分勝手に解釈している人が多いですが、
正しい仏教、本当の仏教、真実の仏教をよくしていただきたいと思います。
詳しくは
http://blog.livedoor.jp/midanoseigan/
を、ご覧になってください。
587名無しさん@3周年:2005/08/29(月) 22:47:37 ID:uQbtzz7G
>>586
おいおい、また親鸞会の宣伝かい。
親鸞会が攻撃している浄土真宗なんて名前使って、
そんな姑息なことはやめて、正々堂々と親鸞会を名乗れよ。
588名無しさん@3周年:2005/08/30(火) 21:10:21 ID:fI1s94xb
―この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、
法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ―

人の考えを真に受けぬこと(仏陀)
589名無しさん@3周年:2005/08/30(火) 21:44:10 ID:0+L5R3DS
>>586へ質問
仏教の教えの目的が南無阿弥陀仏を唱えること?
590浄土真宗:2005/08/30(火) 21:59:55 ID:wIfK++Iv
>>1
生きるということは、信じるということです。
私達は何かを信じなければ生きてはゆけません。
信ずるということは言葉をかえればたよりにする、あて力にするということです。
私達は何かをたよりにし、あて力にしなければ生きてはゆけません。
即ち、何かを信じなければ生きておれないのです。
妻は夫を信じ、夫は妻を信じ、親は子供をたよりにし、子供は親をあて力にして生きております。
その他、自分の身体や生命、財産や金銭、家や名誉や社会的地位等、何かをあて力にして人間は生きております。
だから生きるということは信ずることなのです。
神や仏を信ずることだけが信心ではありません。
昔から鰯の頭も信心からと言われますが、つまらぬものでも信じていればその人の信心です。
だから総ての人は何らかの信心をもっているのです。
ところが私達は、ただ生きているのではありません。
幸福を求めて生きている人ばかりです。そして一切の苦しみ悩みを厭うております。
苦しみ悩みはどこから起きるのか考えてみますと、信じていたものに裏切られた時に起きて来るのです。
病人の苦悩は健康に裏切られたからであり、家庭の悲劇は夫を信じ切っていた妻が、夫に裏切られたからです。
子供に裏切られた親、親に裏切られた子供。家の子供にかぎってと深く信じていればいる程、裏切られた時の親の苦悩や悲しみ怒りは大きいのです。
これで分かるように我々は何かを信じなければ生きてはゆけませんが、やがては我々を裏切ることのあるものを信じて生きるということは馬鹿げたことです。
では、この世で生命をかけて信じても後悔のない、所謂、絶対に裏切ることのないものはあるでしょうか。
結論を急ぎましょう。何もないのです。
この世の一切は死ぬ時にはなんのあて力にもなりません。この肉体さえ焼いてゆかねばなりませんから。
今死ぬという時でも変わらぬもの、それは三世諸仏をして成仏せしめた本師本仏の阿弥陀如来あるのみです。
この仏を信ずるものこそ、永遠不滅の無上絶対の幸福で生きぬくことが出来るのです。
このことを皆さんに、まずよく知って頂きたいと思います。
詳しく知りたい方は、http://blog.livedoor.jp/midanoseigan/
を見てください。
591名無しさん@3周年:2005/08/30(火) 23:44:48 ID:VTqZky76
>生きるということは、信じるということではありません
まで読んだ
592名無しさん@3周年:2005/08/31(水) 01:40:54 ID:xZHIGz6m
>>590
だから、浄土真宗なんてウソつかないで、
ちゃんと堂々と親鸞会と名乗りなさい。

オレは2行目までは何とか読めたが、
後は頭が痛くなった。
なるほど、これで思考停止状態にして
マインドコントロールか。
593宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/08/31(水) 21:38:18 ID:0+NeeM5Y
仏教の七覚支
 (1)托法・・・・・・教えの中から真実なるものを選びとり、偽りのものを捨てる。
 (2)精進・・・・・・一心に努力すること。
 (3)喜・・・・・・・真実の教えを実行する喜びに住すること。
 (4)軽安・・・・・・身心をかろやかに快適にすること。
 (5)捨・・・・・・・対象へのとらわれを捨てること。
 (6)定・・・・・・・心を集中して乱さないこと。
 (7)念・・・・・・・おもいを平らにすること。

―この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、
法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ―
 自らをたよりとして《教えの中から真実なるものを選びとる》

他人に従属し、他人をたよりとして、何ものかに依存する時点で既に仏教の教えではない。
真実から遠ざかることであり、成仏を目指す仏の教えを妨げるものである。
594宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/08/31(水) 22:57:22 ID:FJTb1hiW
【裏切らない心の状態
  一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ】

人々の幸福、安穏、安楽を願って努力し、それにより名誉・地位・財産を得たとしても、名誉
・地位・財産を喜ぶ心は裏切られるだろう。しかし、生きとし生けるものの幸福・安穏・安楽
を願う心は裏切らない世界に通じる。

名誉・地位・財産を欲して、その求める心に従い生きたとしても、その心は裏切られる。

五感を抑制して、静けさを喜ぶ心は裏切らない世界に通じる。

妄執は裏切られる。悪い心は裏切られる。生存のための妄執も生存の断滅のための妄執も永遠
の幸福を裏切るだろう。
595宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/08/31(水) 22:58:16 ID:FJTb1hiW
「一切の形成されたものは苦しみである」と信じることも「一切の事物は我ならざるものであ
る」と信じることも決して裏切ることはない。
「世の中は泡沫のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。この身は泡沫のごとしと
見よ。この身はかげろうのごとしと見よ。」とこのように観ずることも裏切らない世界に通じ
る。
「人のいない林は楽しい。世人の楽しまないところにおいて、愛著なき人々は楽しむであろう。
かれらは快楽を求めないからである。」快楽も裏切る。

 たとえ何ものかを信じたとしても裏切るだろう。その時は、何ものかを信じた自己さえない。
 しかし、このような自己も存在せず一切が平安で、幸福で、安穏で、安楽な世界は決して裏
 切らない。
596名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 00:59:05 ID:6r6hz8FG
エロ…もとい、識者の皆様にお聞きしたいのですが、
今、お釈迦様のエピソード集のような本がないかと探しています。

「うちの子が死んじゃったんですけど、生き返らないもんですかね」という若いお母さんに対して
「一度も人が死んだことのない家からとある物(忘れた)を貰ってきなさい」と言って
若い母は頑張るんだけど「結局どこの家でも誰かは死ぬんだわ」と気がついて立ち直った話とか、

バラモンが大事な息子たちに財産の生前譲与をしたとたん、息子たちが手のひらを返したように
父親を邪魔にしたので、とうとう親父はコジキにまでなってしまい、お釈迦様に相談したら、
演説原稿を考えてくれて、そのおかげで息子たちはバラモンの地位を奪われた。

というような良い話が沢山載っている本ってありませんか?
でも当方、昔からの文献を読めるような教養に欠けるので
出来るだけ現代語で書かれているような読みやすいものを求めています。
最近読んだテーラワーダ仏教のA・スマナサーラさんの「発句教」の中のコラムに
いくつか為になる話が載っていたのですが、もっと読みたいんです。

オススメなものがありましたら教えてください。
維摩居士という人にも興味があります。
597名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 01:01:07 ID:6r6hz8FG
596ですが、自己レス
×発句教
○法句教
でした。
598名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 06:27:15 ID:10vzDKW7
>>596
釈尊の生涯 水野弘元 (春秋社)
599名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 07:38:43 ID:KPP0ytHR
600名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 08:12:20 ID:ZsbJuLwA
hhh
601yun ◆80A335Xyc6 :2005/09/01(木) 09:19:03 ID:56VLn698
あげ
602名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 12:36:50 ID:Qrl09Xyj
>>596 分家新宅の新婚夫婦の家なら、まだ死んだ者がいない場合があるぞ。
603名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 13:04:26 ID:ckD1CCI/
>>602
昔のインドでの話。
キサー・ゴータミという女性の有名な話。
604名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 18:41:47 ID:6r6hz8FG
>>598>>599
596です。どうもありがとうございました。
検索をしてもみたんですが、タイトルだけだと内容がわからなかったので助かりました。
一瞬値段にビビリましたが、アマゾンのユーズドを利用すると
多少安く買えるものもあるようですね。早速入手します。
605602:2005/09/01(木) 19:23:06 ID:BPvY9h7z
>>603 
死者が出たことがない家からゴマか何かを貰ってきなさい、
そうすればあなたの子供を生き返らせてあげようとゴータマが言った話だね?

分家新宅の一代目の家なら、まだ死んだ者がいない場合が多くあるじゃん。
606名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 01:19:15 ID:xggMHunY
>>605
だから昔のインドの話だって言ってるでしょ。
昔のインドは分家新宅などなかった。

ちなみに芥子の実ね。
607602:2005/09/02(金) 17:54:12 ID:5XFN3r90
古今東西、分家新宅がない社会などないでしょう。

ああいう話に感心する人がいるとすれば、
最初から「お釈迦様の人を諭す智慧・方便に感心してマンセーしよう」
という心構えができているからなのだよ。

そういう先入観で勝手に感心したりするのは、
新興宗教信者と何ら変わらないよ。
608名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 18:55:07 ID:ByBHmKLe
 怨みは怨みによって果たされず、忍を行じてのみ、よく怨みを解くことを得る。これ不変の真理なり。 (5)

 わが愚かさを悲しむ人あり。この人すでに愚者にあらず。自らを知らずして、賢[かしこ]しと称するは愚中の愚なり。 (63)

 戦場において、数千の敵に勝つよりも、自己に勝つものこそ、最上の戦士なり。 (103)

 たとい百歳の寿命を得るも、無上の教えに会うことなくば、この教えに会いし人の、一日の生にも及ばず。 (115)

 人に生まるるは難く、いま生命あるは有難く、世に仏あるは難く、仏の教えを聞くは有難し。 (182)

 もろもろの悪をなさず、もろもろの善を行ない、おのれの心を浄[きよ]くす。これ諸仏の教えなり。 (183)

 子たりとも、父たりとも、縁者たりとも、死に迫られしわれを、救うこと能わず。 (288)
609名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 21:19:19 ID:FPe2B62l
>>607
最初から否定してやろうと意気込んで話を聞くのも問題だと思うがな。
大体、分家新宅だろうが何だろうが、
新生児死亡率の恐ろしく高かった時代家人で死を知らない人はまずいないし
人は皆死ぬという話の趣旨を鑑みれば揚げ足をとる理由が無い。
610602:2005/09/02(金) 21:47:46 ID:FhXqcUMH
ゴータミーが必死で頑張って探せば、
死人が出たことのない家から芥子の実を貰ってくることができたはずだ。

最初から否定してやろうと意気込んでいるわけではないが、
俺はいつもこの話をおかしいと思って納得できなかったのだ。
611名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 21:56:45 ID:ZA/rNW93
生まれ変わらない脳を作る呼吸法を教えるところです。
それが、仏教です。
612名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 21:57:11 ID:4iFw3IXu
2500年前のインドの国勢調査の資料でも出てくるなら、
それなりに意味のある疑問になるだろうが・・w

後世の人間の読み取り方は、そこまで突き詰める必要はない。
勿論、個人的興味・追及を妨げるものでもない。

アプローチの仕方は様々でも、「人間釈尊に迫りたい」という人間は多いと思う。
(自分もそうであったし・・・)。
613602:2005/09/02(金) 22:12:06 ID:FhXqcUMH
嘘も方便とはよく言ったものだ。
614名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 22:15:42 ID:w/5h+r5Y
質問です。
仏教では親が死んだ人をどのようにして諭すのでしょうか?
仏教は霊魂や死後の世界を認めないと聞いたので、ぜひどのようなものか知りたいのです。
615602:2005/09/02(金) 22:23:29 ID:FhXqcUMH
俺は坊主に死後の世界の有無を質問したことがあるが、
「あなたはアートマンを常住だと考えているな?うんぬんかんぬん・・・・」
などと言い出したぞ。
はぁ?アートマン?何じゃそれ。あほか。
616名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 22:28:12 ID:xggMHunY
>>615
最初から疑ってかかって質問をぶつけてくるのはわかるもんじゃよ。
それが見抜かれて、適当にあしらわれているだけの話じゃな。
617名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 22:39:34 ID:4iFw3IXu
大学の時、ちらっと先生が言った。

『「仏教ではこれこれこうです」
「経典にはこう書かれています」
「一般的にはこのように考えられています」
と言うのは簡単だ。(→勉強すれば誰でも解る)
けど、大切なのは
「自分はどう思うのか?」
「自分はこう受け止めているんだ」
という自らに引き当てる姿勢のない説明は軽い。』
というような意味のことを・・。
今の時代、引用しか喋れない人間(学者)が多いと・・・。


チラシの裏でした。  m(_ _)m
618602:2005/09/02(金) 22:41:44 ID:FhXqcUMH
何度も書くが、最初から疑ってかかってないって。
誰もがしそうな普通の質問じゃん。
あほ坊主はまともな会話すらできないってこと。
619名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 23:14:49 ID:yOFvQE6U
>>601
枕元に不動明王を飾っている。先月中古探しに行ったら見た瞬間に即決した。
カッコイイ、マジで。そして怖い顔。にらめっこしても勝てない、マジで。ちょっと
感動。しかも江戸時代の木彫りだから、半分朽ちていて良い。不動明王は力が無いと言わ
れてるけど個人的には強いと思う。如来と比べればそりゃちょっとは違うかもしれないけど、
そんなに大差はないって店員も言ってたし、それは間違いないと思う。
ただ夜中とかで目が合うとちょっと怖いね。前に進まないし。
位に関しては多分、如来も明王も変わらないでしょ。如来見たことないから
知らないけど光背があるかないかでそんなに変わったらアホ臭くてだれも不動明王な
んて買わないでしょ。個人的には不動明王でも十分に強い。
嘘かと思われるかも知れないけど五大明王でフクロにしたら如来や観音ですら勝てないと言うわけで、
それだけでも個人的には大満足です。
620宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/02(金) 23:51:59 ID:HmySUgVJ
>>614
仏教はニルヴァーナを知るという経験があるとわかり易い。しかし、そのことに対しては信じ
ないだろから理屈で説明する。仏典に書いてあるなら信じるだろう。しかし、押し付けがまし
く信じろというわけではない。自分で考えること。

《妄執が人を生まれさせる〜生存するものが、輪廻に堕している》そのとおり。妄執が私のニ
ルヴァーナを失わせた。

《尊敬されるべき人の教えを聞いて、人が死んで亡くなったのを見ては、「かれはもうわたし
の力の及ばぬものなのだ」とさとって、嘆き悲しみを去れ。》
 「世の中は泡沫のごとしと見よ、世の中はかげろうのごとしと見よ。」「この身は泡沫の
  ごとしと見よ、この身はかげろうのごとしと見よ。」【すべては水の泡か陽炎のごとし、
  一切は虚妄である】この世全てから遠ざかり離れる。心も無常である。

 人が死んだら今現在の境地とは別の状態になる。人間がいくら死者に対して供養をしても、
 死んだら別の状態になり、この世のことは忘れてしまうから力は及ばない。
621宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/02(金) 23:52:38 ID:HmySUgVJ
怖いのは妄執だけで、その人が死後ニルヴァーナに至るか、妄執に従うかが問題になる。

ブッダはニルヴァーナのことを主に教える。「死んだらどうなるのか、なぜ生きるのか、その
他諸々の心の迷いは存在しない。この世もかの世も望まない。それらを望むことさえ迷いであ
り苦しみである。」
ニルヴァーナは何も迷わず、こだわることなく、悩むことなく、恐れおののきさえなく、苦悩
が一切存在しない境地である。

今現在の状況では、森や林の中で静かに瞑想して安らぎを得る。静けさを楽しむ。
《かれは思慮深く、瞑想に専念し、林のほとりで楽しみ、樹の根もとで瞑想し、大いにみずか
ら満足すべきである》原始仏典に書いてあることは正しい。自然の中で静けさを楽しみ、安ら
ぎを楽しむことはニルヴァーナのすぐ近くにいる。

 原始仏典に書いてあることは正しい。論じ合うことなく行いをすること。

 世間では慈しみの心づかいを戒めと持つことが大切だと思う。人を悩ませないこと、人の幸
 福を奪わないように世間を遍歴すること。妄執という悪い心の正反対が、「一切の生きとし
 生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ」
622名無しさん@3周年:2005/09/02(金) 23:56:21 ID:xggMHunY
>>618
謙虚な気持ちで聞いてみたいをいう態度をとる人はわかります。
たとえ理解できなかったとしても、
> あほ坊主はまともな会話すらできないってこと。
とは言わないでしょう。見抜かれています。

623602:2005/09/03(土) 18:53:44 ID:+z5vZ1WL
>>622 
謙虚な気持ちで聞いてみた漏れの怒りをかもしたのは、
あほ坊主のあほ対応の方だと思うが。
坊主や仏教徒には、ああいうのが多いよ。
624602:2005/09/03(土) 18:54:52 ID:+z5vZ1WL
質問を質問で返すタイプな。
625宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/03(土) 22:37:57 ID:WDtvy/QT
【彼岸は一切が平安で幸福で安穏で安楽を喜ぶ境地であり、この世の思いは一切無く迷いも無
 く安楽である】
【妄執により現在の人の思いが生まれた。妄執以前の状態が善である】

自然の中での瞑想修行で粗雑な思考をおさめとる。欲望を抑えることで自制心を身に付ける。

「死んだらどうなるのだろうか?なぜ生きているのか?このような私が永続してかの世を望み
たい。私はできるだけ労をしないで怠けるが有益な生き方はどのような生き方だろう。満足せ
ず常にこの世でよい思いをしたい。病気が怖い。将来が不安である。彼らはどうして自分の思
い通りにならないのだろう。私に有益になる人はいないのか。」
 など諸々の思いが人には存在する。しかし、それらは妄執に従って生まれたものであり、妄
 執以前の状態は、何も迷いは無くただ一切が平安で幸福で安穏で安楽な境地を喜ぶばかりで
 ある。それらの迷いは苦しみである。

自然の中で瞑想を楽しみ、静けさを楽しみニルヴァーナに近い状態で粗雑な思考をおさめとる。
626宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/03(土) 22:38:46 ID:WDtvy/QT
【一切の生きとし生けるものは幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ】
《何ぴとをも他人を欺いてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。悩
まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない。あた
かも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生けるものども
に対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。〜上に、下に、また横に、障害なく怨みな
く敵意なき慈しみを行うべし。〜この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。諸々の邪まな見
解にとらわれず、戒めを保ち、見るはたらきを具えて、諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、
決して再び母胎に宿ることがないであろう。》

 世間で暮らすには《一切の生きとし生けるものは幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ》と
 する永遠の自己に通じる思いを抱いて生きること。人々から貪り得ようとする心は既に妄執
 に従っている。どのような人にも怨み敵意を抱かず、それらの思いが生まれたら嫌悪を抱く
 こと。たとえ自分の意向に反する人でも、幸福であれという思いを忘れず、苦しみように望
 んだり、不幸を願ってはならない。
627名無しさん@3周年:2005/09/03(土) 22:44:19 ID:C7GqwZe6
>>624
お釈迦さんとか経典自体そういう言い方多いからな(^^;)

最初からだよ、それはw
628名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 00:44:59 ID:x8T8/cSc
>>627
それは偏見
629名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 01:20:44 ID:kAabB/1B
ってか一般人がわからんものをそこら辺の坊主がわかるわけないじゃん

というのも偏見でしょうか
630名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 01:35:29 ID:yY8yDa3i
>>623
> 謙虚な気持ちで聞いてみた漏れの怒りをかもしたのは、
> あほ坊主のあほ対応の方だと思うが。
> 坊主や仏教徒には、ああいうのが多いよ。

本当に謙虚な気持ちで聞いたのなら、
相手の対応ごときで、怒ったりはしません。
そんなことぐらいで、あほ坊主などとは言いません。
相手が悪いんであって、自分は絶対悪くないという態度、
自分のことは、見えないものです。
631602:2005/09/04(日) 13:02:13 ID:+VjLAWWT
・お前なんかに答えたくない
・そんなことわかるわけないだろ
・いろんな宗派でまちまちだ
こういう返答なら全然俺は怒ったりしない。
論点をずらしてこちらに専門語で質問し返すような態度が
あほ坊主だというのだ。
632名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 14:40:06 ID:H9HL9zpw
論点をずらして専門語でいいくるめようとする坊主は、
人を自分の意のままに操ろうとする坊主。
633名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 16:12:40 ID:yY8yDa3i
>>631
謙虚に聞きたいという態度ではなく、
答えの難しい質問をして相手をためしているのが見え見え。

> ・お前なんかに答えたくない
> ・そんなことわかるわけないだろ
> ・いろんな宗派でまちまちだ
> こういう返答なら全然俺は怒ったりしない。

上のような答えが想像できるような質問をなぜするの?
634yun ◆80A335Xyc6 :2005/09/06(火) 11:17:19 ID:86t0/zLm
仏教は基本的に「差別をしない教え。」
と解釈しています。
635名無しさん@3周年:2005/09/06(火) 11:51:37 ID:c1pnGUJb
生まれ変わらない私には、苦しみが存在しない。
636名無しさん@3周年:2005/09/06(火) 21:11:55 ID:ADNvoxdz
仏陀(ブッダ)とは、「目が開いた」という意味です。

仏陀になるとは、なにかに気付いて、
世の中があきらかになるということ。

そしたらもう、迷わない、悩まない、苦しまない。

具体的には仏陀の言葉とされる古い本を読み、
そこに書かれている、
物事には原因があって結果が起きるという因果を知り、
無我を意識することが出来れば、
あなたはすでにブッダ、お釈迦さまです。
637名無しさん@3周年:2005/09/06(火) 22:31:40 ID:55Gj+igh
涅槃は静まった世界だろう。
そこにはもう人の存在はない。
ひとり静かに座して、そこに
安らぎを見出す。

世の中のざわめきから離れ、
静かに瞑想をし、世の中は
過ぎ去り永遠の安らぎに入
ることを悟る。

そこで問題がある。安らぎ
を求めない限り成仏できな
いと。途中で人生を自分で
止める人は永遠に迷う。
638名無しさん@3周年:2005/09/06(火) 23:04:09 ID:4da8q4uA
『仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、
旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。
他人に従属しない独立自由をめざして、
犀の角のようにただ独り歩め。』

この言葉をそのまま実践したら
日本脱出して一人でインド放浪者だな

この言葉は日本人には実践不可能だね
集団行動文化だから

会社員は会社に隷属せざるおえない
国民は国家に隷属せざるおえない

日本は大乗仏教向きなのかな
639名無しさん@3周年:2005/09/06(火) 23:17:31 ID:8oplYPq0
>>638
精神的にでなく、社会的に文化的に
お釈迦さんの教えを近い形で現在トレースすることは不可能なのだよ(^^;)

無一文の行者が生活できる環境ではない。
年金や保険料、市県民税所得税
健康保険は当然入れないだろうし、文字通りホームレス。
社会は、行政はそれを認めてくれるだろうか・・・?
640名無しさん@3周年:2005/09/07(水) 17:41:15 ID:EiJyp35f
(質問)どれだけの日時にわたって修行者の行いを行うべきであろうか?もしも自
分の心を制することができないならば。
―修行僧は、自分の粗雑な思考をおさめとり、何ものにも依存することなく、他人
を悩ますことなく、束縛の覆いを完くときほぐして、なんぴとをも謗るな―

人などに頼ってばかりいる人間が増えても仕方が無い。
 自制心の無い人間が増えても仕方が無い。
 それより慈しみのこころづかいをしっかり保ち、人の幸福や安穏や安楽
 な暮らしに役立つ人間が増えるほうがよい。
 

641名無しさん@3周年:2005/09/07(水) 18:39:32 ID:hAAQv3O9
ぼくは○○を信じて助かりました。ぼくは○○を信じて幸せです。
さあ、君も○○を信じて幸せになって下さい。

 という人よりも、

自分の悩みを既に解決して、自分を犠牲にするくらいにして人々の
幸福や安穏や安楽な暮らしのために役立つ人のほうが素晴らしい。
642名無しさん@3周年:2005/09/07(水) 21:32:52 ID:6wLSMMRb
>>636
当たり前のことです。
仏陀の教えとは、目が開いてなにかに気づいて、世の中を明らかにしたということです。

自分の悩みを解決する道が厳しいのです。悩んで生きるより悩まず生きる人は健康な精神
を持つのです。悩みも恐れも怒りも欲求不満も自分の身体のみで行われている有限のもの。
有限のものを極力小さくし、無限のものを大きくすれば平安です。
643名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 18:11:52 ID:0TXNiEBX
シルバーバーチよりコピペ
「地上界は永い間の物質偏重の生活によって、霊性を鈍らせてしまったのです。人類もかつては目に見えない
界層との連絡活動を盛んに行っていたのです。内在する永遠の実在の資質である霊的能力について、ちゃんとした認識があったのです。
古い時代の記録、たとえばキリスト教のバイブルを細かくご覧になれば――といって、わたしがバイブルにこだわっていると思われては
困りますが――太古にさかのぼるほど、心霊的能力が自然に使用されていたことがわかります。残念なことに、それが他の能力と同じように、
使用されなくなるにつれて退化していき、今日では、霊的波動を捉えることのできる人は、ごくごく少数となってしまいました。
 今日の人間は“牢(ろう)”の中で暮らしているようなものです。その牢には小さな窓がたった五つしかついておりません。それが五感です。
目に見え、耳に聞こえ、鼻で嗅ぎ、舌で味わい、肌で感じるものだけを実在と思い、それ以外の、身のまわりに起きている無数の出来事には、
まったく気づいていらっしゃいません。あなたが存在するその場所、およびその周辺には、次元の異なる世界がぎっしり詰まっていて、そこでも
生命活動が活発に展開しているのです。見えないから存在しないと思ってはいけません。あなたの感覚ではその波動が捉えられないというだけのことです。
 人間が“死”と呼んでいるのは、その物的身体が活動を止めるというだけのことです。往々にしてそれが、残念なことに、魂に十分な準備ができて
いないうちに起きることがあります。が、いずれにせよ、死とともに、本当のあなたである霊は肉体という牢から解放され、より精妙な身体、
霊的身体――幽体と呼ぶ人もいます――を通して自我を表現することになります。それまでずっと無意識のうちにその時に備えていたのです。
あなたがたが“死”と呼んでいる現象は、実は、それまでとは比較にならないほど大きな活動の舞台、生命活動の世界へ誘ってくれる門出なのです。
なぜなら、その時から霊的能力が本格的に機能を発揮しはじめるからです」
644名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 18:12:28 ID:0TXNiEBX
「死後も地上の同じ場所に留まるのでしょうか。それとも、まったく新しい別世界となるのでしょうか」

「宇宙はたった一つです。が、その中に無数の世界が存在するのです。生命はたった一つです。
が、それも無数の段階があるのです。こうした霊的実在の問題を扱う際に直面するのが、言語の不便さです。
大ざっぱで、ぎこちなくて、意を尽しがたい、ただの符号(シンボル)にすぎないものを使用しなければなりませんので、
わたしの本意が伝わりにくいのです。
 生命は一つです。宇宙は一つです。そこには限界というものがありません。ここが宇宙の端っこですという、最先端がないのです。
ですから、皆さんの視界から消え去った過去の人たちは、今もあなたと同じ宇宙の中で生き続けているのです。しかし、界層が異なります。
波長の次元が異なります。次元の異なる意識の中で生活しているのです。それでいて、あなたと同じ場所にいるのです。
その肉眼に見えないだけです。それはちょうど、あなた自身は気がつかなくても、あなたは今わたしの世界である霊界にいるのと同じことです。
 生命のあらゆる側面が一つに融合しているのです。仕切り線というようなものはありません。
その中に物的な側面と霊的な側面とが存在し、同じ場所で融合しているのです。
645名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 18:13:14 ID:0TXNiEBX
たとえてみれば、無線の周波のようなものです。あなたのいらっしゃる
同じ位置に、周波数の異なる電波が無数に存在するのです。宇宙空間に
充満しているのです。が、そのうちのどれをキャッチするかは、受信機
の性能一つにかかっています。それと同じで、あなたは今の段階では物
的波動に制約されています。それしかキャッチできないのです。霊視能
力者というのは同じく光の波動でも物的なものとは次元の異なる、より
精妙な波動をキャッチできる人のことです。霊聴能力者というのは、同
じく音波でも物的なものを超えた、より繊細な波動をキャッチできる人
のことです。すべてはその人の性能にかかっております。
 さて、死後のことで、ぜひとも知っておいていただきたいのは、肉体
を捨ててこちらの世界――生命の別の側面、いわゆる霊の世界へ来てみ
ると、初めのうちは戸惑いを感じます。思いも寄らないことばかりだか
らです。そこで、しばらくは地上世界のことに心が引き戻されます。愛
情も、意識も、記憶も、連想も、すべてが地上生活とつながっているか
らです。そこで、懐かしい場所をうろつきますが、何に触っても感触が
なく、誰に話しかけても――我が家でも会社でも事務所でも――みんな
知らん顔をしているので、一体どうなったのだろうと困惑します。自分
が“死んだ”ことに気づかないからです。しかし、いつまでもその状態
が続くわけではありません。やがて霊的感覚が芽生えるにつれて、実在
への自覚が目覚めてまいります」
6461 ◆ZOMG9eE6/2 :2005/09/11(日) 18:23:15 ID:R+6EWEze
1
647壊れ者:2005/09/11(日) 21:12:53 ID:+oPPHqhv
>>1
お釈迦様が説かれたのかは不明だが、簡単に。

地球って丸い物体の中に、微生物、植物、昆虫、動物、人間といものが生きている。
それぞれ、喰いつ喰われつしながら、食物連鎖を繰り返している。
その生が終わると、輪廻という生まれ変わりの世界に送り込まれる。
生きている時にしてきた事から総合判断されて、次の命へと生まれ変わる。
最終的に、仏教の教えを学び終えて、全ての生き物を助けられると判断されると、この輪廻から抜け出して、生き物を見守る仏になれる。

その「助けられる」というのは、なにから助けられるのかというと、「苦」から助けてあげることです。
四苦八苦って言葉を聞いたことがあると思いますが、その4つの「苦」が
・生きる苦しみ
・老いる苦しみ
・病気の苦しみ
・死ぬ苦しみ

で、プラス4つの苦で、
・恋愛の苦しみ
・人を恨み妬む苦しみ
・求めても得られない苦しみ
・どんずまりになる苦しみ
8つの苦があります。

これらの苦しみから生きている物達を逃れさせる方法を考えるのが仏様の使命です。
その為には、物事を正しく見て解決法を考える必要があります。
それが、仏の証しなのです。
常に物事を正しく見、正しく考え、正しく伝える事が要求されます。
また、幾ら言っていることが正しくても、見本とならないような生活や行動を取っていては説得力がないので、常に見本となるような生活を求められます。
(続く)
648& ◆leeu9yXmtk :2005/09/11(日) 21:15:35 ID:+oPPHqhv
そういった諸々の事を踏まえた上で、以下の10の約束を守るように言われています。
・殺さず
-簡単ですよね。殺してなんでも解決させるな。蚊め!血を吸いやがって!ばしっ!いけませんねぇ〜。あっちへお行き フッ が正しい。マジ...。

・盗まず
- 人の物盗んだら、相手が困りますよね。必要なときに手元になくなっていたら困ります。自分がやられて嫌なことはするな。

・愛欲におぼれず
- 俺はあの人が好きだ!地球が滅亡しても、彼女のために尽くすぞ! おい、生きている物全てを救わなくちゃ駄目だろ。他の人達はどうする気だ!

・嘘を言わず
・戯言を言わず
・裏表を持たず
- しまった!間違ったことを教えちまった!ここは得意の嘘でごまかしちまえ!暫くして...げげ、こりゃ自分一人じゃ無理だ。誰かに頼もう。しかじかこうこうで...おい、お前真実を言っていないだろ。その話じゃ、ここの話がおかしいだろ。しゅみません...。

・物を惜しまず、貪らず
- え〜貸すのいや〜だって、俺のだもん。お願いします、ここを解決するのに必要なのです。やっぱ嫌〜。困りものですね(^^;。
- ここ解決するのに必要なんだよ!絶対に手にいれなきゃ、誰よりも先に!って、みんなが必要としていたらどうしましょ。譲り合いの精神が必要ですね。

・怒らず、憎まず
- ここ教えて下さい!何度同じ事聞きにくるの!いい加減にして!自分の教え方が悪かったと何故気づかない。言い方変えて分かり易く!
- こいつ嫌いだから適当に教えてやれ!なんでこんな事もできねぇ〜んだ!だって、習ってないですよ。おい、お前、こいつの教育係お前だったろ!やば!

・間違った考えをせず
- こんな従わない奴殺してしまえばいいんだ!そうすれば全ての障壁が取り除かれる!殺して楽しちまえ〜!楽するなちゅーの。その人にだってやらなきゃいけないこととそれなりの考えがあったんだぞ〜。

という十の約束に集約されています。

(続く)
649& ◆V1kwoShQaI :2005/09/11(日) 21:16:10 ID:+oPPHqhv
続いて、六波羅蜜と呼ばれる幸せになれる秘術を。これを皆が偽善と呼んでいるものです。

・お布施をすること
- ま、今で言う募金ですね。言うまでもなく恵まれない人にせめてお金でもという気持ちです。
もちろん、人助けや、ボランティアもお布施に含まれます。

・戒を持つこと
- 仏様になる道を目指したり、仏様とお近づきになることは特に目指してはいないが、
少なくとも他の人の迷惑にならないようにしていよう...。

・我慢すること
- うぉ〜!堪忍袋の緒が切れそう!でも、ここは我慢我慢。
- 俺も欲しいじゃ!でも、他の奴らも欲しいだろう...俺は次回でいいや、我慢しよ。

・一生懸命まっすぐに頑張ること
- 嫌々任された班長の仕事...何かむずかゆいけど任されたからにゃ頑張らねば!

・心落ち着かせること
- あいつがあんな事しなければ、上手く行ったのに!イライラ、ムカムカ。
はい、心を落ち着かせて、しんこきゅー。

・正しく学ぶこと
- あれは、あいつがいけなかったからでしょ、これは、あいつのせいで。これは...
ちゃうちゃう、あれはあんたが悪くて、彼はこの辺りが悪かったの。
これは使った道具が悪かったんであって、誰が悪いわけでもないの。
物事もっと広い視野で見てちゃんと学びなさい。

(続く)
650& ◆V1kwoShQaI :2005/09/11(日) 21:18:41 ID:+oPPHqhv
最後に、ご自身の宗派浄土真宗に関して。

簡単に言ってしまえば、前出の輪廻に捕らわれず、自分の名前「南無阿弥陀仏」
(なむあみだぶつ)と唱えた人達は全員、自分の国に生まれ変わらせてあげよう
というものです。だから、死んでから南無阿弥陀仏の元で学ぶから、取り敢えず、
生きている間は、念仏(南無阿弥陀仏と唱えること)だけを唱えて生きようという
のが基本的な教えです。

ただ、実際には南無阿弥陀仏と唱えると、南無阿弥陀仏の教えをその時点で受ける
ことができるようになっているので、死んでから浄土に行くというよりは、
今生きている世界を南無阿弥陀仏と共に浄土にして行こうという考え方の方が
正しい現状と言えます。

南無阿弥陀仏と唱えると、(他の宗派と混同してしまっているかもしれませんが、)
南無阿弥陀仏と同じ地位に同じ地位につかせてもらえ、その地位を使って、いざと
言うときに、他の人を仏の教えで説き伏せる事ができるのです。そう言った意味では、
他の人より、優れた能力を持っているように受け取られがちですが、あくまでも、
南無阿弥陀仏のお力によるものだと肝に命じるべきでしょう。

(続く)
651& ◆V1kwoShQaI :2005/09/11(日) 21:19:32 ID:+oPPHqhv

そう言った意味で、自分で修行をしているのか、南無阿弥陀仏の力なのか、その
境が曖昧になりがちで、せっかく自分で仏となる道を選んでいるのに、余計な
お世話を...と思ってしまう人がいるのも事実です。そう言った人達は、他の
宗派を選んで修行に励むべきでしょう。浄土真宗というのは、文字も読めなかった
人達にも仏様の救いを与えようという目的で、ただ「南無阿弥陀仏」と唱える
だけで救われると言う、念仏を勧めていたのですから。

あと、せっかく南無阿弥陀仏と唱えているのに、特にご加護がないぞ...と思ったら、
それはあなたが幸せで、ゆとりがあり、道をそれていない証拠です。ご安心下さい。
南無阿弥陀仏は極悪人から成仏させることを心に決められているから、そちらに
注力されているのです。ほら、出来の悪い奴ほどかわいいって奴ですね(^^)。
じゃあ、悪さした方が特じゃんって、ほら、嫉妬しないことって約束が
ありましたよね。良い子にはあまり口出してこないのです。まずは、学べる範囲で
自習していましょう(^^)。

長くなりましたが、簡単な仏教講座でした。
652名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 22:42:21 ID:zh1/qPiw
南無阿弥陀仏が釈迦の教えとは別で、647 648 649は釈迦の教えでないの。
653壊れ者 ◆V1kwoShQaI :2005/09/11(日) 22:52:36 ID:+oPPHqhv
>>652 いや...釈迦が説かれたかは不明ですが、観音が説かれたのは事実かと...。
654名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 22:53:50 ID:bgrWbubV
>>652
釈迦の教えだけが仏教でも無いと最近私は思ったりしますが。どうなんでしょう。
655名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 23:03:41 ID:QlD6VmMU
釈迦の教えは、世界にも通じる教え。

特殊なものを重要視すると、キリスト教と同じ運命をたどる。

層化だって同じ。

どうしてですか?と問うと、正しいんだから正しいとしか返事
が返ってこなくなる。そして後はダメという答え。

656名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 23:25:54 ID:bgrWbubV
>>655
でわ、仏教のどっから特殊になるのかっていう話になりますが。。。。
657名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 03:16:16 ID:psD1Ml7Z
>>656
三宝印(または四宝印)でググってみ。
Wikipediaでも解説されてる。
658名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 18:27:55 ID:DfPUeZzr
他が悪く、自分たちだけが正しいという宗派が一番危ない。
仏教の本質は、心の迷いと、信じた瞬間から善い道を歩ませ
成仏させる教え。その道は人それぞれが自分にあった道を
自分で選ぶこと。
659名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 20:20:36 ID:qGX7P2tP
>>648 
蚊を殺しまくってますが何か?
蚊や寄生虫を殺してはいけない教えなど、漏れは認めない。
660宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/12(月) 21:09:54 ID:aN9oTH2h
【善悪の両者に汚されない】

「麗しい白蓮華が泥水に染まらないように、あなたは善悪の両者に汚されません」
善悪の両者を超越し、悪魔を征服しみずから彼岸に渡りおわった人、正覚者ブッダ。

・・・・・一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ・・・・・
・・・・・上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行うべし・・・・・
この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ

 自分たちが善いとか、正しいとか、相手は悪いとか、正しくないとか言う人は、悪魔の領
 域を超えていない。宗教がそれを主張するなら、悪魔教である。人の過失を見ることなく、
 他人をわが意に適っているから良いとすることなく、自身をよくととのえよとブッダは教
 える。人をわが意に適うものと執着を示すことなく、人の過失を見ることもなければ彼岸
 に近く安らぎに近い。彼岸では「一切の事物は我ならざるもの」と悟る。
661宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/12(月) 21:10:47 ID:aN9oTH2h
【決まった道が存在しない】

「学ぶことに生きがいを認め、奉仕を楽しむために戒律をまもって生きる人」―これを一つ
の極端説であると説かれる。
「快楽は享受すべきであり、清らかである。快楽のうちに欠点は存在しない」―とこのよう
に見なす愚者どもがいる―これを第二の極端説であると説かれる。
 「世の中を泡沫のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。身体は泡沫のごとし
 と見よ。身体はかげろうのごとしと見よ。」

 世の中にも、身体にも囚われない道。こだわりを捨てて、「これだ」という断定を捨てた
 ならば、それで人は思い上がることはない。かれらには決まった道が存在しないのである。


662宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/12(月) 21:11:32 ID:aN9oTH2h
【戒め】

「善をなすのを急げ。悪から心を退けよ。善をなすのにのろのろしていたら、心は悪事を楽
しむ。」

立派な人は、莫大な富を得ると、自分を楽しませ、父母を楽しませ、妻子を楽しませ、使用
人、友人、同胞を楽しませ、食乞う人々を飲ませ食わせ満足させ、天の場所におもむく。

園に植え、林に植え、橋を作り、井戸の舎や貯水池を作る人々、休息所を与える人々―かれ
らの功徳は、昼夜に常に増大する。それらの人々は、法に安住し、戒めを身に具えて、天に
おもむく。

学び修めた賢明な人は、食物を用意して、食乞う人々を飲食物をもって満足せしめよ。心に
喜んで、撒き散らし、「与えよ」「与えよ」と語る。かれは、天が雨降らすごとくに、その
轟きを発するのである。その豊かな功徳の流れは、施しを与える人に、降り注ぐ。

 自分の貪りに生きていた人は、学び修めた後、世間の人々の中で生きるならば「人々の幸
 福や安穏、安楽」に勤めることを戒めとして生きる。
  
663壊れ者 ◆V1kwoShQaI :2005/09/12(月) 22:05:25 ID:Mlc1KY2r
>>659
自分は、蚊も殺さないし、蟻踏んづけないように避けて歩いている。
でも、肉食をしている...。肉好き...。偽善だな。やっぱり...。

ま、仏教突き詰めていくと、気が狂いそうになるので、普通に暮らすべし。
苦から逃れさせる為なのにね。仏教って(~~;。

いざとなったら、アッラーに助けて貰うし(w
でも、豚肉喰ってるから、やっぱり救われないか...。
人間らしくて結構好き。イスラムの教えって。
664太刀山型の土俵入り:2005/09/13(火) 10:24:08 ID:SXaimxeQ
イスラム教の戒律は聖職者だから守らなきゃいけないとか、一般信徒だから守らなくても
いいということがない。

だから平等だといわれる。
665名無しさん@3周年:2005/09/13(火) 12:29:19 ID:vkHhKFxY
偶像崇拝を徹底的に排しているのはいいな>イスラム教
でもフセイン像があったのはどういうわけだ!?ww
666名無しさん@3周年:2005/09/13(火) 13:43:19 ID:hTyptsXP
メタルフセインは
単なるかざりもので
礼拝対象ではないのです。
667名無しさん@3周年:2005/09/13(火) 17:42:40 ID:F6tfjRUM
等身大ならまだ許せるが、
実物よりも何十倍も大きい像は、単なる飾り物ではない。
仏像でも、大きなものをつくりたがるだろう?
668名無しさん@3周年:2005/09/13(火) 18:46:41 ID:tABWDJje
先祖供養だ お告げと言われる呪いの言葉 日蓮系だかなんだか 勝手に信仰してくれ 押し付けるなよ 不倫してるくせに
669名無しさん@3周年:2005/09/13(火) 19:07:27 ID:tJCh8QLk
仏教も偶像崇拝は禁止してたはずなんだが、いつの間にか180度転換してるな。
670名無しさん@3周年:2005/09/13(火) 19:38:02 ID:vRWYJwGr
それぐらい骨のないやつらだということだよ。
有利になるなら権力迎合だろうが水子供養だろうが何でもあり。
671名無しさん@3周年:2005/09/13(火) 20:52:39 ID:hTyptsXP
大日如来はクリシュナもどきニダ!
672名無しさん@3周年:2005/09/13(火) 23:49:51 ID:QpTp/g5t
今の日本の仏教はお経とか焼香のイメージが強いのでは?仏教原点は釈迦にある。彼は葬式とか法事のことは一言もいってない。ただ信実に目を開いただけ。そして釈迦は神でもない、一人の人間だ。俺が言うのもなんだが仏教はよりどころとして間違いはないよ。
673名無しさん@3周年:2005/09/14(水) 01:45:17 ID:8Z9re3uz
キリスト教の僧院は西洋版出家仏教(小乗仏教)と言える。
修道僧は断食やったりイタコ術を修行したりして
密教・修験道を実践している。

キリスト教信者は西洋版在家仏教徒(大乗仏教)で、
信徒は出家者に布施を施し、隣人愛(菩薩行)を行い、
マントラを唱えて他力に縋る教えを信じている。
674名無しさん@3周年:2005/09/14(水) 14:26:32 ID:2ZZBPyEe
お釈迦様の教えは「中道」、つまりは普通に生きなさいって事だよ。
まあ、世界三大宗教も似たような教義なんじゃん?
675名無しさん@3周年:2005/09/14(水) 17:10:06 ID:JN6FhF60
>>673
あほなこと言いなさんな、無知をさらけだしていますよ。
676名無しさん@3周年:2005/09/14(水) 17:11:30 ID:JN6FhF60
>>674
> まあ、世界三大宗教も似たような教義なんじゃん?
少しは調べてみれば?教義がまったく異なる。
677名無しさん@3周年:2005/09/14(水) 17:35:56 ID:IROWCpCl
仏陀・阿羅漢 = タカリ道を極めし者たち。
678名無しさん@3周年:2005/09/15(木) 00:58:41 ID:g6L6Gsnq
>>676
いや、「普通に生きなさい」ってのと似たような事書いてあんじゃん?
って意味だったんだけど。
もしかして、それは仏教だけだったのかな?
さてさて・・・。
679名無しさん@3周年:2005/09/15(木) 12:45:40 ID:PBOwqY1L
・戒名制度をやめろ
・偶像崇拝をやめろ
これができたら、仏教を認めてやる。
680名無しさん@3周年:2005/09/15(木) 12:47:15 ID:PBOwqY1L
認めるといっても、黙認だけどな。
681宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/16(金) 22:11:15 ID:vMJFsRgy
【苦しみの要因】

世間は妄執によって導かれる、妄執によって悩まされる、妄執によって人は生まれる、
妄執というひとつのものに一切のものが従属した。

六つのものがあるときに世間が生起し、六つのものに対して親しみ愛し、世界は六つ
のものに執着しており、世界は六つのものに悩まされる。(その六つとは)世間には
五種の欲望の対象があり、意の対象が第六であると説き示されている。それらに対す
る貪欲を離れたならば、すなわち苦しみから解き放たれる。

 彼岸はこの世のもの一切に喜ぶことなく、ただ平安の境地を喜び、安穏であり、
 安楽であり、幸福に満ちている。その境地を失う要因は妄執であり、妄執によ
 り五感を享受できるようになり、快楽や享楽をも享受できるようになった。
682宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/16(金) 22:12:16 ID:vMJFsRgy
決して死を知ることのない永遠の自身は苦しみが一切存在せず、この世で苦しみを味
わうのは肉体である。

有ると言われる限りの、色かたち、音声、味わい、香り、触れられるもの、考えられ
るものであって、好ましく愛すべき意に適うものの貪欲により迷妄が起きるとされる。

怒りから悩みが生じ、睡眠の貪欲によっても迷妄が起きるとされる。

欲情から憂いが生じ、欲情から恐れが生じる。快楽から憂いが生じ、快楽から恐れが
生じるとされる。

 身体への快く好ましく愛すべき意に適うものを享受するに従い、迷いなき悩みなき、
 恐れなき、こだわりなき平安の境地から遠ざかる。
683宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/16(金) 22:13:09 ID:vMJFsRgy
一切の所有物を捨て去り、わずかな食物で暮らし、心静まり、自然の中で楽しむ修行
僧。彼らは天のくびきをも捨て去っている。

何物ももっていない人々は楽しんでいる!他人に従属しないで、自分が思うがままに
なし得る主である人々は楽しんでいる!何も貪らない人々は楽しんでいる!悩める人
々のあいだにあって、われらは悩みなく、いとも楽しく生きて行こう。

貪欲に生き、他人を羨望し、また「わたしには子がある。わたしには財がある」と思
って悩んでいる世間の人々。しかし、それらを改め、気前よくわかち与え、もの惜し
みせず、ブッダと真理との教えに信仰心をもち、修行者に対して熱烈な尊敬心をもつ
ならば、天界に生まれて、そこで輝く。もしも人間の状態になっても、富裕な家に生
まれる。

 食乞う人々に与えること、生ける者をあわれみ、安穏でない人、安楽でない人、
 幸福でない人に尽くす人々は多くの徳を積み、天界に生まれてそこで輝くか、
 煩悩の残り(この世への想い)があれば、富裕な家に生まれる。
684城跡 ◆kWe8Iv03RI :2005/09/16(金) 22:14:47 ID:pcGOkq2c
>>680
こう返されるぞ。
「おまいに認められても嬉しかないぜ。」
685名無しさん@3周年:2005/09/17(土) 06:28:20 ID:u1yRRGls
生まれ変わらない思考と脳を持ちなさい。
686名無しさん@3周年:2005/09/17(土) 23:51:24 ID:Q5+LOqHN
>685
実行委員長?
又止息法って書くの?
687宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/18(日) 19:09:51 ID:wqfrskU4
人のいない林は楽しい。煩悩を乗り越え、愛着なき人々は楽しむであろう。かれら
は、快楽を求めないからである。しかし、人々は恐怖にかられてから、山々、林、
園、樹木などにたよろうとする。

貪りから離れ、怒りや怨み憎しみ睡眠の貪欲から離れ、欲情や快楽から離れ、かの
世もこの世も望まず現在に精神統一され、苦しみの終滅におもむく八つの尊い道を
歩む人。かれらは欲望の享楽に耽らない、またその心は濁っていない。すべての迷
妄を超えている。「美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気持ちよく起き上が
った。」修養を行い迷妄を超えた人々は、心が濁らず悩まない。

一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ、上に、下に、
また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行うべし。慈しみのこころづかいを
しっかりとたもて。この世ではこの状態を崇高な境地と呼ぶ。諸々の邪まな見解に
とらわれず、戒めを保ち、見るはたらきを具えて、諸々の欲望に関する貪りを除い
た人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。
688宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/18(日) 19:10:37 ID:wqfrskU4
【人を釣るために餌を投げ込む】

多くの人々は、信仰により欲望を達成しようと望んでいる。願い求め、このような
生存状態を希望し、また功徳を積もうとして神々に献供する。欲望の享楽を自制す
ることなく愛欲により悪い境遇に陥り、わが物という愛着のために、わが物の拡大
を思い貪り求める。天にかかわる施しをしない。生ける者をあわれみ、安穏でない
人、安楽でない人に安穏を与え、安楽を与え、幸福を求める人に幸福を与えること
をしない。そこで神の子らは・・・・・・・・
〈神の子ヴェータンバリ〉物質的なかたちに執着し、神々の世界を喜び、それらの
人々は、来世のために正しく教えさとす。
〈尊師〉(神の子ヴェータンバリに悪魔がこっそりと忍び込んだことを知り)この
世またはかの世におけるいかなるかたちでも、空中に現れる光り輝きや彩色でも、
これらはすべて〔悪魔〕ナムチの褒めたたえるところである。魚を殺す(=魚を釣
る)ために餌が投げ込まれたのである。
689宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/09/18(日) 19:11:37 ID:wqfrskU4
修養によって恐れおののきを離脱しない人、自己のこのような生存状態を来世でも
続くように願い希望し熱望し、貪欲を捨てきれず、一切の生きとし生けるものの幸
福と安穏と安楽を思わない人は、悪業を積んで悪い生存状態となり生まれる。

煩悩を捨て去る修養ではなく、神々の世界を喜び、かの世を望ませ人を釣りながら
教えさとす。献供など宗教的行いにより功徳を求める人々には、それで釣りながら
教えさとす。

しかし、神の子マーナヴァ・ガーミヤは、尊師(ブッダ)について、
 空行くものどものうちでは、太陽が最もすぐれ、諸々の星のうちでは月が最もす
 ぐれ、神々と共にある世界にとっては、ブッダが最も勝れている。

何ものかに依存し、神々の世界を喜び、かの世を望んで教え聞かされる人よりも、
粗雑な思考をおさめとり、何ものにも依存せず、自制心を身につけ、慈しみのここ
ろづかいをしっかりとたもつ人のほうが勝れている。

690名無しさん@3周年:2005/09/19(月) 18:15:33 ID:/c3oWM1C
大乗経典を書いた人は、所有物関係なく幸せ、
森や林の中のほうが幸せ、悩みもなく幸せ、恐れもなく幸せ、
人々のために一生懸命働けて幸せ・・・・・・・ってな具合に
庶民がならないと知っていた。

そして神々など何ものかに期待をかけ信仰をすること、依存す
ることで幸せを獲得させようとした。
691名無しさん@3周年:2005/09/19(月) 19:43:32 ID:W98Tmy1W
大自然は素晴らしい、そして悩みなく幸せ、
 いつも晴れてニコニコ。
彼岸はなあ、自分の持ち物を持っていけないんだぞ、
 何もなく幸せだぞ。
いいえ、庶民には生活活動があり、その中には苦労や苦悩あり。
 神々は信仰を深めて、信仰をして正しく生きればその問題は
 いずれは解決できる希望の大乗経典を作成した。

勿論、悩みなく人に迷惑かけずに生きていればそれに超したこと
 はないだろうが。これこそ信仰の自由。
692名無しさん@3周年:2005/09/19(月) 19:47:50 ID:axRiL0MG
>>675
具体的に指摘してくれない?
「仏教」を西洋に翻訳したものが「キリスト教」であることを教えてあげたい。
693名無しさん@3周年:2005/09/22(木) 12:45:37 ID:rjVIYZve
>1
詐欺の総合商社。
しかも老舗。
694名無しさん@3周年:2005/09/23(金) 04:57:16 ID:MN60VN4R
あれは感動したなぁ。
「かつて死人の出た事のない家から辛子の種を・・・」(だっけ?)ってやつ。
試して見れば無理な事が分かるものね。
無理なことは無理なんだよねぇ。
695名無しさん@3周年:2005/10/04(火) 01:17:56 ID:odtUXXMn
    /∵∴∵∴\
    /∵/∴∵\∵\
   /∵<・>∴∴.<・>∵|   あのような欲望を叶えたい、あのような欲求を満たしたい、と
   |∵∵/ ●\∵∵|   俗世の様々な欲が浮かんでは消え浮かんでは消え
   |∵ /三 | 三|∵ |   そしてそれらは所詮儚い夢であり、人生のままなら無さを
   |∵ |\_|_/| ∵|    思い知ったヒトは終わり無き日常にただただ絶望するので御座います
    \ | \__ノ  |/    しかしそれらの欲望が皆叶うと言ったらどうでしょう
   /.∴\___/      そう、この我が腹に縫い付けたる何の変哲も無き物入れ袋でもって
  (∴∵∵∵∴∵∴ \   皆様の限りなき欲望を叶えて差し上げると言ったら…
 .  \∵ _∴ _ ∵∴ ヽ  あっ、あぁ、あぁあ゙あ゙、壊れるほど愛しい銅鑼ェ門様…
      ̄\  ̄ \\ ∴∵ヽ
       ヽ∴∵) ヽ∴∵|
       丿∴./  . ヽ∴ |
       (∵/     |∵ノ
696太刀山型の土俵入り:2005/10/04(火) 07:34:12 ID:LQTIZNU6
蓄財したくて起こしたの大乗仏教運動。
より多くの金品を供出させるために生まれたのが密教。
697名無しさん@3周年:2005/10/05(水) 23:26:27 ID:I5e8iN90
自分の欲望に生きようとする人生は、誰でも行いやすい。
釈迦が「慈しみ」を教えたからといって、「はいそうです」と
する人がどれだけいるだろうか?

人を釣って、釣って、釣って、釣りまくる。他人に対して、
慈悲のかけらのない人が世の中にいては迷惑だ。その人々
は死んでから極楽に行け!何を信じてもいいから、悪いこ
とだけするな!


698名無しさん@3周年:2005/10/05(水) 23:53:51 ID:gKIhsWkF
実際、釈迦の教えに真っ向から背く人間が必ずいる以上、仏教は破滅の教えになってしまうよな。
聖者は破滅を幸福と捉えられるからいいかもしらんが、未熟者にはつらすぎる。
699名無しさん@3周年:2005/10/06(木) 18:56:36 ID:FYr4NHje
人々の幸福や人に対して慈悲があって医者になろうとする人。
一方、自分の名誉や将来の豊かさを求めて、裏口入学までして医者になろう
とする人。自分の欲でしか人生を考えない人は、他人にも迷惑。
そういう人に、慈悲を説いても聞かない。地獄と極楽を説いて教えさとす。
700名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 17:04:08 ID:svHNK9as
>>699
方便としての輪廻転生論ね。
それなら別にいいんだが(その時に覚えた輪廻は、心の在り方の表現として、
後に各人の中で再構築できるから)。
輪廻転生を前提とした世界観を構築され、あまつさえ仰々しく教学まで組み立て
られると、エラい迷惑やな。
困ったことに今の新興宗教はそんなんばっかしやがな。
701名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 19:15:46 ID:04HorXF1
>>625
宗教の存在意義として、死んだら一切が幸福と安穏と安楽を想定して、
それを善と定義する。

人に幸福や安穏や安楽を与えることを善いこととし、人々がそれを行え
ば幸せな世の中ができる。

 (質問)人に幸福や安穏や安楽を与えることができない人は、どうすればいい
 のか?たとえば不景気で仕事がない人、人に幸福を与えるどころが、
 自分が食べていくのに精一杯の人は?

信仰して御利益的期待の持てないものは、信仰の価値を見出すことがで
きない。完璧なようで完全でない。
702名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 19:35:57 ID:04HorXF1
>>682
死んだら肉体がなく安楽な世界と想定して、この世で肉体への好ましく愛すべき
意に適うものなどを享受しないと迷妄が起きないとする。

欲情や快楽をやめれば、恐れないとする。死んだ世界は肉体への刺激もなく安楽
だから、それらの刺激をやめれば人は堂々としたものになる。

嘘じゃん。貧乏で飢え死にしそうな人が、なんの恐怖も感じないだろうか?
理屈上の教えは、理屈だけであって、実際とは違う。

貧乏人で持ち物もなく、明日食べていくのに大変な人は、そうかと思って慰められる
だろうけど、それだけの教え。

信仰して何か御利益を期待することにより、明日を生きる力になる。



703名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 19:51:11 ID:04HorXF1
>>576
自分の心を制することができるまで修行すると。

嘘じゃん。自分の心を制することができないから信仰をしているんだと
いってるようなものじゃん。
それだったら、なぜお釈迦様が仏教という信仰を創めたのか説明がつかない。
704名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 20:04:56 ID:pxJqeMi4
>>703
仏教は信仰ではなく
受け止め方だよ。
705名無しさん@3周年:2005/10/13(木) 10:22:25 ID:vB2qsTwf
>>701-703
「嘘じゃん」という言い方は違うな。
「ムリじゃん(オレには)」だろ。
民衆は、「現世で利益を得たい」と執着するから苦しむ。
釈迦は、その願望を捨てることで安らぎが得られると説く。
理論的には真理だが、もまいのような一般的な人間には酷な話だな。いわば理想論。
だから「現世利益」を抜きにした宗教は流行らない。
それだけのことだ。
706名無しさん@3周年:2005/10/14(金) 00:05:19 ID:l1qDc00F
>>703
お釈迦さんは信仰を捨てなさいと言ってるんだが。
707宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/10/15(土) 07:17:42 ID:ZDX0n7GN
このような人間の思いは存在せず、一切が幸福であり、安穏であり、安楽である最
上の境地が存在する。それは理論でなく、ブッダが神通力を示したというのがブッ
ダが生きながら彼岸に到達したという証拠。全ての人は妄執に従属し、妄執という
ひとつのものに悩まされるようになった。人は悪い思いに従属し、現在の人間の境
地に至ったのである。最上の境地とともに、本来人は神通力があるということを知
るだろう。もしも、一切が幸福であり、安穏であり、安楽である境地を完全に得と
くできたならば。

修行僧は、妄執に導かれた世間から離れ、自然の中で瞑想を楽しむ。恐れなく、こ
だわりなく、悩みなく、執着なく、自然の中で楽しむ人々は、悩める世間の人々と
は別に楽しく生きる。妄執に導かれない彼岸は、この世のものも存在せず、この世
のものは一切皆苦であると知り、安楽であるからブッダと修行僧は妄執に導かれた
ものから一切厭い離れる。
708宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/10/15(土) 07:18:47 ID:ZDX0n7GN
「美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、気持ちよく起き上がった。」修行僧は
いつも清々しい心で生き、悩みなく恐れも存在しない。慈しみ、他人を損なうこと
をしない。人は妄執に導かれ恐れるようになった。妄執に従属し無明となり生活活
動をするようになった。

【大乗仏教】

「諸君怖れることはない。怖れることはない。われわれに安心を授けられる偉大な
志を持つ求法者アヴァローキテーシュヴァラを、われわれは声を揃えて一緒に呼ぼ
う。そうすれば、諸君はたちどころに盗賊や敵どもの恐怖から免れることができよ
う。」(法華経)

 煩悩をなくすることができない普通の人は、何かを強く信じて恐怖や不安を取
 り除く。安心は妄執を乗り超え、しかし、いつも怖気づいて暮らしている人は、
 できることもできなくなってしまう。
709宗教の定義 ◆eywXvxAU7c :2005/10/15(土) 07:19:33 ID:ZDX0n7GN
「かれらはまた各自に根本的な正しい理念を持つ者となるであろう。」「かれら
はまた自分の福徳の力を保持する者となり。」「かれらを、愛欲も、憎しみも、
愚かさも、羨望も、嫉妬も、中傷も、自惚れも、傲慢さも、虚勢も、害うことは
ないであろう。」「自分の所得だけで満足する者となろう。」(法華経)

 世間の中にあってこの世だけで暮らし、利益を得ようとして働き、諸々の欲
 望を享受する。恐ろしいことに、人は妄執のまま生活活動をしている。世間
 の人々は自分の利益のために交わりを結び、自分の利益のために他人に奉仕
 する。誠実・自制・施すことを喜び、耐え忍び・忍辱を必要なこととして行
 わない。人々は仏教により自分の欲望にかなわないことも行えるようになる
 のである。

しかし、妄執に導かれた世間から離れ、自然の中で暮らし、わずかな食物で耐え、
悩みなく暮らすブッダと修行僧は勝れていると思わねばならないし、尊敬しなけ
ればならない。妄執から離れた自身の永遠をこの世で思うことになる。

710名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 16:36:40 ID:9UnKzjVB
欲望に負け、人々の幸福、安穏、安楽、施しをしない組織が
新聞に載る。

欠陥車を覆い隠すことも、保険金を支払わないことも、下等
競争により従業員に安全運転より過酷を強いて脱線事故を起
こしたことも慈しみのこころづかいよりも、目的や利益を優
先した結果だ。
711名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:20:37 ID:QwrHxQPq
目的や利益を優先する事は何も悪い事ではない。
問題はそれが本当の目的に役立っているかどうか。
そののものとして最善で在り、考え、行為をしているのかどうか。
712名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 18:32:33 ID:UZqXC+QH
人々は自分の幸せや安穏な暮らしや平安や安楽を求めて暮らしている。
人々の幸せに役立つ人間となるよう学習し知識を身につけることは悪い
ことではない。技術を身につけることも悪いことではない。
一般に世間の幸せな暮らしに役立つことを目的として会社があり、そこ
で働くことは悪いことではない。
人が自分のなんらかの利益を目的とし行動することはあたりまえのことで、
普通ならそんなこと教えなくてもいい。できれば働かずに世間で作られたもの
を摂取したいだけの人もいる。

知恵のある人の教えは、自分の利益の優先を教えない。他人に施与するこ
とを教えて自分の利になることを教える。
713名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 20:44:49 ID:9YjHCnpf
>>712
人間に偏りすぎだと思う
714名無しさん@3周年:2005/11/28(月) 00:23:10 ID:IB3x6Nnh
仏教とは何か

とりあえず、四諦、八正道だと思う。

四諦、八正道とは何か、

今のオレには説明するだけの気力ないが
この言葉を定義する概念を自分で調べた方が
仏教の全体像をそれなりにつかめると思う
715名無しさん@3周年:2005/11/28(月) 21:02:45 ID:eHke7Vt2
死体 発症道
716名無しさん@3周年:2005/11/29(火) 19:56:09 ID:r6H9CmKu
>>714 
表向きの教義はそれだろうね。
実態は言葉遊びで自己満足する宗教。
717名無しさん@3周年:2005/11/29(火) 20:07:52 ID:jCfnycD/
>>716
実態は、その程度しか理解していないんでしょうな。
718名無しさん@3周年:2005/11/29(火) 20:11:50 ID:xTM8NEQo
出たな、「あなたには理解できない」攻撃!
719名無しさん@3周年:2005/11/29(火) 22:21:10 ID:qhHiMHXy
>>716
ブッダや修行僧のように、今現在に精神統一された状態、
煩悩からくる悶えや迷妄を取り除いた状態であれば、
人は信仰を捨て去る。
720名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 00:14:30 ID:90sv9qKv
仏教は絶対もともとの教えから時が経つほどに
難しく解釈して伝えてると思う
721名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 02:04:57 ID:CSoHkplM
というよりも、都合の良い様に解釈し直して伝えてる。
仕方の無いことなのかもしれんが、宗教とは危ういものだな。
722名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 07:03:57 ID:f5R4Ds4q
『この法は諸法の中において最も殊勝(すぐ)れたり。
解り難く入り難し、
周公孔子もなお知ること能(あた)わざりき。
この法は能(よ)く無量無辺福徳果報を生じ、
すなわち無上菩提を成し辨(わきま)うるに至る。
譬(たと)えば、
人の意に随う宝を懐きて
用うべき所に随いて
盡(ことごと)く情(こころ)のままなるが如し。
この妙法の宝もまた然(しか)なり。
祈(もと)め願うこと
情のままにして乏しき所なし 云々』
723名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 07:07:46 ID:f5R4Ds4q
「和を以て貴しとす。
忤うることなきを宗とす。
人皆党あり。
また達る者少なし。
是を以て或は君父に順わず。
また隣里に違えり。
然も、
上和ぎ下睦びて事を論うに諧うときは、
事理自らに通う。
何のことか成らざらん。」
724名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 07:11:42 ID:f5R4Ds4q
「忿を断ち、
瞋を捨てて、
人の違うを怒らざれ。
人皆心あり。
心各執れることあり。
彼是なれば我は非なり。
我非なれば彼は是なり。
我必ず聖しきあらず。
彼必ず愚にあらず。
共に是れ凡夫ならくのみ。
是非の理、
誰か能く定むべけん。

相共に賢しく愚かなること、
鐶の端なきがごとし。

是れを以て彼の人瞋ると雖も、
還りて我が失を恐れよ。
我独り得たりと雖も衆に従いて同じく挙え。」
725名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 10:34:03 ID:H3AcOSX3
>>719
仏陀の教えは、彼岸を教えたもの。論争や争う人々に「空」と平安を教え、
一切皆苦、つまり自身があって苦しみがあり、肉体からくる様々な煩悩を
自制することにより、この世の地獄を乗り越えるという教え。

自身が存在しなければ苦しみは存在しない。しかし、そういうわけにはい
かないから、諸々の欲求を自制することにより安楽を求める。彼岸は迷い
など一切なく、「あの世もこの世も望まない」今現在に精神統一された心
の状態を追求する。

怒りや怨み、冷酷や残忍さ、嫉妬や羨望、何ものにも満足しない激しい欲
望(貪欲)、わが物という愛着により、人までわがものと思いなし他人を
自分の思い通りにしようとする心、「子ある者は子について憂い、牛のあ
るものは牛について憂う」全て自分の思い通りになると思っていれば、思
い通りにならない場合に苦しみが生じ、また彼岸のように何もなくても幸
せと思っていれば、他人を羨望したり嫉妬することもない。
726名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 10:45:04 ID:CSoHkplM
>>725
真理だと思うが、如何せん現実にそぐわないのが問題だったんだろうな。
その教えに賛同しない者に蹂躙されて終わってしまう。
727名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 18:20:35 ID:VA25isOD
もともと仏教(釈迦)の教えは、ブッダを信じる人が、自制心を身につけ
依存的信仰から開放され、自分を頼りとして生きる力を身につけること。
何ものかに依存しようと思っても、本当は依存できるものは無い。自制心
を身につけた自分自身が自分の頼り。つまり現実をありのまま教える。




728名無しさん@3周年:2005/11/30(水) 18:30:41 ID:VA25isOD
この世で自己こそ自分の主である。他人がどうして自分の主であろうか?賢者
は、自分をよくととのえて、自分の主となる。

この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島と
し、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ。

(神いわく)どれだけの日時にわたって修行者の行いを行うべきであろうか?
      もしも自分の心を制することができないならば。
(師いわく)修行僧は、自分の粗雑な思考をおさめとり、何ものにも依存する
      ことなく、他人を悩ますことなく、束縛の覆いを完くときほぐし
      て、なんぴとをも謗るな。
729名無しさん@3周年:2005/12/01(木) 00:39:49 ID:jFujY/Pf
インドのヒンズー教徒の修行してる人たちが
一番当時の仏陀みたいな気がする
730名無しさん@3周年:2005/12/01(木) 11:50:36 ID:bKSWEQZE
少なくとも今の日本の僧侶は完全に別物だわな。
731名無しさん@3周年:2005/12/03(土) 22:50:10 ID:H7t/YF99
大衆は修行僧のように粗雑な思考をおさめとることなく、死んだらどうなる
んだろうかと悩み、生活に不安を持ち、この世の貪欲を捨てきれず、怒り、
他人を悩ます可能性があり、他人を謗り、罵倒する可能性などあるから、
大乗仏教が生まれた。

信仰により安心を与え、基本的な悪を止めさせるように教える。
732名無しさん@3周年:2005/12/03(土) 23:32:40 ID:237wxdOp
大衆をなめすぎじゃない?
日本の大衆は精神的にも物質的にもしっかりしているぞ。
733名無しさん@3周年:2005/12/03(土) 23:41:52 ID:4tfFWWgY
>>732
日本の大衆が精神的にしっかりしているとは思えんな。
現世利益ばかり求めて占いや迷信にこる。
視聴率の高いテレビ番組が細木数子だもんな。
あんなインチキに気がつかずに信じる精神構造は幼稚だ。
734名無しさん@3周年:2005/12/03(土) 23:56:01 ID:TeL5HLog
もちろん彼岸は一切が幸福であり安穏であり安楽であり、地上の思いは何も無く
安楽な世界だろう。地上の思いから厭い離れれば、心の苦や悩みは存在しないと
いう。そして慈しみの心づかいをしっかりと保てば、悪事を行わない。

しかし、全ての人々が自制心を身につけ、平安に生きているとは限らない。
何かに依存したい人もいるわけだ。

大乗仏教は神々の世界や死後の成仏世界を意識させることにより、悪事を止める
よう仕向け、この世のことばかり考えて生き、行き詰った人々に救いの手を差し
伸べる。

自分がしっかりしていれば、自分は信仰しませんと言うはずだ。
何かを信じて生きたい人々もいる。何かを信じて助かったという人々もいる。

735名無しさん@3周年:2005/12/04(日) 00:03:08 ID:237wxdOp
>>733 外国のこと知らないだろ。
736名無しさん@3周年:2005/12/04(日) 00:04:02 ID:2A6NgM1i
ここもいい加減な知識の奴が多い。
737名無しさん@3周年:2005/12/04(日) 00:43:13 ID:9ZhrBZ2V
>>721
本当ですね。
738名無しさん@3周年:2005/12/04(日) 10:02:58 ID:9JXYWlKd
>>721
>というよりも、都合の良い様に解釈し直して伝えてる。
>仕方の無いことなのかもしれんが、宗教とは危ういものだな。

かく言うあなた自身も、御自分の価値観によって御発言しているわけですよね。
ですから、自帰依・法帰依を仏教は初期の段階で説いています。
釈尊御自身の御遺言でもありますよね。
739太刀山型の土俵入り:2005/12/04(日) 10:04:48 ID:rfNU7DPo
坊さんベンツ乗るよりプリイウスとか乗れよ。
それかレクサス
740名無しさん@3周年:2005/12/04(日) 11:28:03 ID:vzciiH2y
741名無しさん@3周年:2005/12/04(日) 23:34:19 ID:7X+b1J9X
まぁ、日本の今の坊主はほとんど世襲だからな、
釈迦や仏教に興味を持って出家したわけではないのだから、この惨状は仕方ないかもしれん。
そうなると完全に葬式仏教としてしか存在意義が無くなるが。
742名無しさん@3周年:2005/12/04(日) 23:52:26 ID:c7UHkywM
まあ、衣を着ていないときの坊さんは普通の俗人だな。
まあ、偽善者よりはましだけど。
743名無しさん@3周年:2005/12/05(月) 19:32:33 ID:4YtjP+9e
>>742
衣を着ている時も、普通の俗人だよ。
  仏教の施与してもよい人

 1.実に執著することなく世間を歩み、無一物で、自己を制した全き人がいる。
 2.諸々の欲望を捨てて、家なくして歩み、よくみずから制して、ひのように真直ぐな人々がいる。
 3.自己をよりどころとして世間を歩み、無一物で、あらゆることに関して解脱している人々がいる。

  そのような人々にこそ適当な時に供物をささげてよい。

家を捨て、無一物であることが条件。
744名無しさん@3周年:2005/12/05(月) 19:42:25 ID:K9ggQLrH
年金払わなくてもいいですか?
病気や怪我の時、タダで診療治療してくれますか?
住所不定無職という社会的存在を養ってくれる社会体制はどのようなものですか?
公園や駅の構内はホームレスを締め出す傾向にありますが、
寝泊りする場所は誰が提供してくれるんですか?
真冬を過すには、冬山登山並の装備がいりますが?
金銭に触れてはいけませんか?托鉢でいただくのは現物しか許されませんか?
一見さんの乞食をタダで入れてくれる銭湯ってありますか?
住民税も払わなきゃなりませんか?健康保険料も払わなきゃなりませんか?
745名無しさん@3周年:2005/12/05(月) 21:09:51 ID:WX/ELCJk
>>744
オマエよりホームレスのほうが筋が通ってる。
746名無しさん@3周年:2005/12/05(月) 22:08:04 ID:AtSvhO3Q
(修行を積んで)諸々のひとの家から貪ることがない(人となること)

衣食住は(働いて)正しく得ること。

多くの呪文(今でいうお経)をやたらにつぶやいていても、内心は汚物
に汚れ、欺瞞にたよっている。王族でも、バラモンでも、庶民でも、下水掃除人
でも、精励してつとめ、熱心であり、つねにしっかりと勇ましく行動する人は、
最高の清らかさに達する。

 呪文や神々信仰などに依存して、宗教的行いに依存していた人々などを、何
 ものにも依存しないこと、人々のために尽くして(働いて)正しく生きるこ
 とを教えた釈尊の教え。

世間は貪りと怠惰のゆえに輝かない。欲心が世間の汚れである。物が欲しかっ
たら勤め励むことを教え、物が無くても悩まないことを教えた。

 
747名無しさん@3周年:2005/12/06(火) 02:13:15 ID:fzlgjigK

   欲や執着が無いなんてウラヤマシス

748名無しさん@3周年:2005/12/06(火) 05:49:57 ID:46Q8CM2q
>>747
頑張れば素人でも一時的になら可能だぞ。
鬱になったりストレスがたまったりした時はそうして鎮めてる。
749名無しさん@3周年:2005/12/06(火) 12:17:45 ID:1xdGet+7
仏教徒で固定ハンドル ・ ・ ・ 看板に偽りあり
750名無しさん@3周年:2005/12/06(火) 15:27:15 ID:EO/6TbTr
>>748
一時的というのは仏教では意味がない
癒し系の音楽聴いたり、観光客が寺の庭見て癒されたというのと一緒。
751名無しさん@3周年:2005/12/06(火) 21:41:16 ID:RGdEypGl
                 あるがままにみよ
 
出家修行僧は何物も持ってない。見よ、何物も持ってない人々は楽しんでいる!
人々は人々に対してかたちが縛られ、何物かを持っているためにかえって悩んでいる
のである。他人に従属することは全て苦しみである。(彼岸を求める人々は無所有や
五感を抑制して安らぎを得る)

園に植え、林に植え、橋を作り、井戸の舎や貯水池を作る人々、休息所を与える人々、
―かれらの功徳は、昼夜に増大する。それらの人々は、法に安住し、戒めを身に具え
て、天におもむく。(功徳などは人々の暮らしなどに役立つ行為)

 仏教では尊敬する人をブッダと出家修行僧であるとし、彼岸の安らぎを追及して
 明確な行為に及んでいる人。

 人々のために働く人がこの世を光り輝かせる。ブッダと出家修行僧は安らぎを
 提供する。





752名無しさん@3周年:2005/12/06(火) 21:45:23 ID:uo41hGJc
>>751 それは所有を軽んじさせて(教団に)捨てさせる扇動教義。
753名無しさん@3周年:2005/12/06(火) 23:31:35 ID:uWaGHQ9O
釈迦は自分の教えたことに対して、食物を得ようともしなかった。
当時は、宗教的行いにより人々から物を得ることが行われていた。
「聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる。」それを
言うのは悪魔とした。釈迦は功徳を人々が働く行いとした。

また、功徳は食乞う人々に与えることとした。
「信仰心あり、学び修めた賢明な人は、食物を用意して、食乞う人々を飲食物
をもって満足せしめよ。心に喜んで、撒き散らし、与えよ、与えよと語る。か
れは、天が雨降らすごとくに、その轟きを発するのである。その豊かな功徳の
流れは、施しを与える人に、降り注ぐ。」

 現実に即した行いにより功徳が積めると。


754名無しさん@3周年:2005/12/07(水) 01:22:05 ID:dVKIF+qz
よく仏像とか座禅と言うか座って目を閉じてるけど
あの座り方は長時間は辛いと思う
まあ
こんな事を言ってる時点で駄目だろうけど
755名無しさん@3周年:2005/12/07(水) 01:57:28 ID:iVOpi2YJ
『この法は諸法の中において最も殊勝れたり。
解り難く入り難し、
周公孔子もなお知ること能わざりき。
この法は能く無量無辺福徳果報を生じ、
すなわち無上菩提を成し辨うるに至る。
譬えば、
人の意に随う宝を懐きて
用うべき所に随いて
盡く情のままなるが如し。
この妙法の宝もまた然なり。
祈め願うこと
情のままにして乏しき所なし 云々』
756名無しさん@3周年:2005/12/07(水) 01:59:41 ID:iVOpi2YJ
海中から
仏教の楽の音が聞こえ、
その響きは
雷の音のようで、
日輪のように美しく照り輝いている

日本書紀
757名無しさん@3周年:2005/12/07(水) 23:47:57 ID:dVKIF+qz
いまだに菩提樹の下では聖地として修行してる人が沢山いるよね
758名無しさん@3周年:2005/12/08(木) 21:49:03 ID:KJQSNjCK
真の仏教徒まら購入しよう!
http://www.rakuten.co.jp/naka/611977/611978/
759名無しさん@3周年:2005/12/10(土) 04:14:40 ID:Sp4izxAc
解説

>>758は 仏像の写真。
760名無しさん@3周年:2005/12/11(日) 12:48:35 ID:zKwuzQ86
>>758
>大仏 阿弥陀如来(超大型)

>サイズ:奥行き3.8km 幅4.4km 高さ14.4km
>材質:銅らしきもの

「銅らしきもの」ってなんだよw

761名無しさん@3周年:2005/12/23(金) 13:28:56 ID:dSyjCMN6
>>1
スレイヤーを聴け
762名無しさん@3周年:2005/12/23(金) 14:07:03 ID:dSyjCMN6
仏教=無欲、無気力、無意味
763名無しさん@3周年:2005/12/23(金) 14:31:29 ID:P5pcaX0m
坐禅って下手するとエコノミークラス症候群になると思う
そんな長時間する人いないだろうけどさ
764太刀山型の土俵入り:2005/12/23(金) 14:35:32 ID:8zZQp+MF
>>1
ハッタリだけかまして生きて生きたいんなら学んでもいいんじゃない?
中身をきちんと身に着けたいなら仏教には近づかない方がいいよ。
765名無しさん@3周年:2005/12/23(金) 18:52:13 ID:MTVOfo9V
>>1
坊主が在家から尊敬と糧を得て生きていくための屁理屈。
766名無しさん@3周年:2005/12/24(土) 00:31:34 ID:3crr5Sn3
>>763
座禅って、呼吸法が問題なんだろう。
単純に胡坐をかくのとは違う。
たぶんならないと思うぞ。
767名無しさん@3周年:2005/12/27(火) 00:25:53 ID:8VF5tpr2
酒で儲けてる人達には仏教は迷惑だろうな
768名無しさん@3周年:2005/12/27(火) 00:32:08 ID:XT/LBfTK
>>767
ヒント:般若湯
769ふー:2005/12/27(火) 00:33:18 ID:cHh7M+Hs
ブッタが語源だったような
770名無しさん@3周年:2005/12/28(水) 02:51:56 ID:0ZqIf4Qx
何か凄いよなあ
国王の息子が乞食みたいな修行僧になるなんて
今現在なら金持ちの官僚とかが何もかも捨てて出家する感じか
普通落ちこぼれのほうが世俗を捨てやすいよ
771名無しさん@3周年:2005/12/28(水) 22:25:02 ID:Y3shJ1DB
>>770 
周辺強国に侵略されたら、処刑されるから逃げたのでは。
現にシャカ国はコーサラ国に滅ぼされた。
出家してからはカルト教団を起こして実質的に王族生活に返り咲いた。
772名無しさん@3周年:2005/12/29(木) 03:38:46 ID:OENO1XFK
俺ゴウタマさんの人生ってよく知らんのだけど、彼は自分の国が侵略され
滅ぼされる、ということに気づける状況にいたの?出家当時。
773名無しさん@3周年:2005/12/29(木) 10:31:28 ID:icPPmxWX
昔の事過ぎて、誰も正確にはわからんと思うが…
コーサラの属国状態だったなら、まぁ危険性は推測できるのでは。
だとしても、当時の超階級社会で、王族>乞食に転身したのは凄いと思う。
774名無しさん@3周年:2005/12/29(木) 12:19:33 ID:GWJOdM4S
そこが奴の凄いところだよ。生きるためなら何でもするという。
775名無しさん@3周年:2005/12/29(木) 12:57:20 ID:xG06fj3l
仏教のなんかの原本に書かれてることは綿密に論理的ですげーって教授が言ってた
776名無しさん@3周年:2005/12/29(木) 16:40:27 ID:Ec9stiMl
後から捏造でつじつまを合わせれば、それを読んだ疑わない人は驚嘆するだろう。
777名無しさん@3周年:2005/12/30(金) 05:09:35 ID:Q7Kho6K7
わざわざ曲解したい現代人がいるようだな。
778名無しさん@3周年:2005/12/30(金) 13:31:41 ID:eaFJDYUx
捏造捏造の繰り返しが、
一生かかっても数回しか読めないような
膨大な経典を残す結果となった。
その中にはあらゆる矛盾した教説を入れてあり、
いろんな場合によって使い分ける。
まさしく八万四千の罠。
779名無しさん@3周年:2005/12/30(金) 14:43:15 ID:eaFJDYUx
「この経典の記述とこの経典の記述は、矛盾してるじゃん」
という指摘には、
・仏様の智慧は凡夫の計り知れるものではない
・対機説法といって、その当時の人にわかるように例えて説いたのだ
と言ってごまかす。
糞宗教、人をなめすぎだぞ。
780名無しさん@3周年:2005/12/30(金) 23:59:16 ID:eHvqZt7r
ブキョーけしからん! と、ここで油売ってるヤシ。本当にそう思ってるの?
いけた駄作の葬家が政権入りしている現状。今ここに、危機があるんだよー。

まっ、仏教側はありゃ、いけた駄作カルト教と鼻っから頭ン中には無いだろが・・・
781名無しさん@3周年:2005/12/31(土) 15:40:20 ID:PQrWWI6X
仏教けしからん、という考えと、
層化はダメだ、という考えは全然矛盾していないと思うが
782名無しさん@3周年:2005/12/31(土) 23:57:55 ID:+E97EYKb
純粋理性批判に対して、
それをテーマにした論文が五万とあるようなものだよ。
若干多いか(笑

信仰無しに宗教書を読むほど時間の無駄もないな。
聖書にしろコラーンにしろ、矛盾のかたまり。
書かれている内容を信仰心という心眼で読まないと意味がない。

783名無しさん@3周年:2006/01/01(日) 09:59:50 ID:JWMgyhet
「読書百遍自ずから意味通ず」ともいわれるが、
大蔵経でそれをやれるものならやってみやがれと思うw
784名無しさん@3周年:2006/01/01(日) 14:59:24 ID:UZltBukR
昔の高僧はそれやってたんじゃないの?
785名無しさん@3周年:2006/01/02(月) 10:44:32 ID:OnrW/T2K
>>784 >>783二行目
786名無しさん@3周年:2006/01/07(土) 17:39:46 ID:kyyLlUho
>>784
実際は始めにパラパラと粗読して、ピーンと来たものを精読したのでしょう。
787名無しさん@3周年:2006/01/07(土) 18:04:31 ID:ENKQ78Nl
話豚切ってスマソ。

 ウチは真宗なんだけど、こんど、門徒を辞めたいと思っています。
信仰心なんて全然ないし、寺が金ばっかり取ってアタマ来るから。
そんな話題がふさわしいスレか板があったら紹介して下さい。
 それで困るのは、葬式の時くらいかな。
788名無しさん@3周年:2006/01/07(土) 20:16:19 ID:kyyLlUho
文化の神社・仏閣板に行くとよろしいかと
789名無しさん@3周年:2006/01/07(土) 20:35:55 ID:VcA0zXpv
ものすごく初歩の質問なんですが、
例えば「うちは真宗(葬式のみ)だが、ふだん坐禅をしたり
般若心経を読んだりしている」
っていうのは、宗派的にはアリなのでしょうか。
790名無しさん@3周年:2006/01/07(土) 21:08:28 ID:kyyLlUho
>>789
宗派的にはナシです。
趣味的にはアリです。アーメン・ソーメンをやってもよろしい。
791名無しさん@3周年:2006/01/07(土) 21:18:54 ID:VcA0zXpv
>>790
早速のお答えありがとうございます。
なんか、選挙のときの「うちの会社としては○○党を支持する」、
みたいな感じですね(笑)。
うちは真宗なのですが、イマイチしっくりこないので、
軽い気持ちで自分がしっくりくるものをやってみたいと思っています。
792名無しさん@3周年:2006/01/07(土) 21:30:40 ID:PtyaOC7U
浄霊するぞ〜 浄霊するぞぉ〜
793名無しさん@3周年:2006/01/09(月) 12:47:44 ID:f83DZQh6
腑抜けの宗教です
794Mr.名無しさん:2006/01/11(水) 13:01:50 ID:q8hcccjL
失礼致します。
私の考えで行けば、まず「図解仏教」「図解仏陀」(仮称)のような本を
読んで、基本的なところを理解されるといいと思います。
「四諦」「八正道」「十二因縁」など。
特に始めの方は、普段いだいていた「宗教」的な感じがしないと思います。
795Mr,名無しさん:2006/01/12(木) 15:49:26 ID:gV3OQlDt
このサイトに投稿できる力量は、私にはございません。
従って、しばらくは市民講座等で「易しい仏教の基本中
の基本」を勉強致します。
また長期にわたって投稿は控えさせて戴きます。
いろいろ教えて頂き本当に有り難うございました。
796名無しさん@3周年:2006/01/13(金) 01:26:37 ID:j8ktwum0
何で仏教ではお釈迦さま以外にも仏さまがたくさんいるんですか?
如来(例:阿弥陀如来、大日如来、薬師如来)とか菩薩(例:観世音菩薩、弥勒菩薩)とか
何がどう違うのかいまいちよくわかりません。
みなさん(というか多くの人)は一体どの仏さまを中心に信仰しておられるのでしょうか?
797名無しさん@3周年:2006/01/13(金) 02:13:18 ID:boOxI7pe
>>796
その辺の知識的な話はwikipediaを参考にすると良い。

私は原始仏教マンセーなのでどの仏を信仰するとかは無いな。
798名無しさん@3周年:2006/01/13(金) 09:11:21 ID:Pjz3lrdI
ノリとしては、怪獣や怪人やヒーローが色々な種類存在したり、
そういうのを考えて楽しむ、ってのと近いような気がする。
799名無しさん@3周年:2006/01/13(金) 22:36:52 ID:Z7GnDXpq
>>798
無知
800名無しさん@3周年:2006/01/14(土) 03:10:56 ID:y/3+Q8Qk
無知の何が悪い? 
具体的に説明できないくせに他人の揚げ足を取るなよ。
801名無しさん@3周年:2006/01/15(日) 15:05:12 ID:PX8xXDjj
知などない方が幸せだよ
802名無しさん@3周年:2006/01/15(日) 15:11:11 ID:T2bBSDys
詐欺師の繰り広げた屁理屈に巻き込まれて人生を見失うな!
803名無しさん@3周年:2006/01/15(日) 17:09:46 ID:PX8xXDjj
盗人にも一分の理、とやら
804802:2006/01/15(日) 20:09:10 ID:bgvZFoPA
それはとても言えてる。
「嘘から出たまこと」とも言うし。
人を騙すためにきれい事を並べ立てて理屈をこねたのに、
それを真に受けてまともに実践して本当に体現する者も稀にはいるかもしれないし。
805名無しさん@3周年:2006/01/15(日) 22:44:26 ID:PX8xXDjj
トイレのハンドクか
806名無しさん@3周年:2006/01/16(月) 22:08:12 ID:fnKgz+xG
周梨槃特(シューリ・ハンドク)のこと。
807名無しさん@3周年:2006/01/16(月) 22:39:23 ID:agpGUftU
片仮名で書くなら、チュッラ(チューラ)・パンタカだろw
808名無しさん@言葉:2006/01/17(火) 09:52:20 ID:i+RiRrBd
仏教より道徳に近い感じが致しますが、私の場合は、友松圓諦さん著の
「法句経」(ほっくきょう)や「法句経講義」を、時折り読んでいます。
809名無し一年生さん:2006/01/19(木) 10:43:47 ID:a6CTAQat
わたくしは、瀬戸内寂聴さんの「生きる智慧・法句経を読む」を
読ませていただいております。
810名無しさん@3周年:2006/01/19(木) 14:34:25 ID:tUMgwzKH
おいおい・・・
811名無しさん@3周年:2006/01/19(木) 14:59:03 ID:qrBQLLry
別にいいじゃねえかよ。
812名無しさん@3周年:2006/01/19(木) 16:16:57 ID:yBqFwETL
白楽天がある坊さんに、仏教ってのは何なんだ、と聞いたそうだ。そうしたらそのぼうさんは、

悪いことはしない
善いことをする
じぶんの心を清める

って教えだと答えた。
白楽天が、そんなのガキでも知ってるじゃん、と言ったらそのぼうさんは、
ガキでも知ってるけど、ジジイになってもやるのは大変だ、って言ったらしい。
813名無しさん@3周年:2006/01/19(木) 16:40:00 ID:bGXaACFL
仏教各宗派って浄土とか地獄の解釈っていうか世界観も違うの?
814名無しさん@3周年:2006/01/19(木) 18:24:03 ID:JOgTUSP4
>>812
まさにそうだね。自分の行動をそうやって改めて言う行為を
「修養」っていうらしいよ。
815名無しさん@3周年:2006/01/20(金) 22:00:01 ID:Qm2YWzgD
しかし何で日本の(つうか)仏教はこんなにも多くの宗派に分かれていて
宗派によって言ってることが全く異なるのだ?
そのくせに日本古来の神道と結びついたりしているし訳がわからん。
将来的に日本統一仏教ということはありえないのか?
816名無しさん@3周年:2006/01/20(金) 23:56:33 ID:MrbqtPeb
>>815
仏教は現世の貪欲の回避のためのものだから、何でもいいのです。
そして釈尊は現世で悟り、信者は死後悟る。
欲望も無く、迷いも無く、この身も無く、全て無く、苦しみも無い彼岸を。
817名無しさん@3周年:2006/01/21(土) 00:50:05 ID:WX45Y4dB
>>815 まず、お経(お釈迦様が説いたとされる教えを記録した書物)がたくさんあり、
どのお経を重視するかという点で分かれています。
818名無しさん@3周年:2006/01/21(土) 02:00:23 ID:C6jt/H9j
>>815
釈迦が死んで少しした時点で既に仏教は分裂してる。
教えの解釈を巡ってその後も分裂分裂。
日本に伝わる頃には経典の数が物凄いことになってて、
有志が自分が正しいと思った経のさらなる解釈をして宗派を起こし現在に至る。
819名無しさん@3周年:2006/01/24(火) 23:06:14 ID:WafO7s1J
彼岸という人の消滅世界は言えない世界であり、迷いをなくす
瞑想修行が必要だった。五感の抑制、無所有、世俗から離れて
の出家修行。

人に伝えようとすると、わけわからんものとなるのは当たり前。
煩悩の無い世界を学ぼうとするには、諸々の欲望の自制、怒り
の抑制、怠惰にならない、冷酷・残忍にならないなど、行いに
よってのみ仏教を知ることができるから。
820名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 01:30:09 ID:3XY4FvQR
>>819
わかるように書けよ^^;
821名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 12:09:11 ID:10g354vK
世俗の言葉で聖なるものを説いていると言うこと。
だから、わからないのです。
わかろうとしないで、先ず実践から。
822名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 13:01:36 ID:0Ir/5qIT
>>821
人に勧める前に自分で「実践」してごらん。
布教ってのはわかるように説くことだよ。
823名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 13:28:22 ID:10g354vK
>>822
ご心配無用。
毎日日課を実践している。
不況などしていない。
ちなみに小生は>>819 ではないので、為念。
824名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 14:44:06 ID:4PRkGGXj
仏教について真面目に勉強されている方大勢いるんですね。
このスレを励みにし私も悟りを目指して勉強を続けます。
825名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 18:45:38 ID:VcZB57EF
その悟りという言葉を気軽に使っているが、
その内容ははっきりしているのか?
目的がはっきりしない修行や勉強をすると一生台無し。
826名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 19:02:24 ID:6n9tJgjF
人生の苦悩の原因を減らし、苦悩を減らすことが「さとり」では?
究極的にはニルヴァーナだけれど、
そこまでいけない一般信者でも、
日常の中で小さな「さとり」、小さな「気付き」が可能ではないでしょうか。
827名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 19:38:37 ID:VcZB57EF
苦悩、ニルヴァーナ、気付き、
これらも抽象的な言葉だよ。
それにあんたの書くことに異を唱える仏教者もいるだろう。
828名無しさん@3周年:2006/01/28(土) 20:00:59 ID:TOSHgOo9
いくらでも異を唱えればいい。
異を唱え続けてきたのが仏教の歴史だ。

自分の道は自分にしかわからんのだ。
どうして他人が、自分の道を知っていようか?
829もくれん ◆iNRvdhFos2 :2006/01/28(土) 23:10:53 ID:jwRTVh/3
虚像を消す
パチンっと

830名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 00:21:20 ID:0t3hwdxQ
>>826
彼岸は苦悩がないからね。苦悩があるのは自分自身に囚われすぎている
からだ。たまには、釈尊のように大自然の中で瞑想するのもいいかも。
慈悲行という、人に対する慈悲が、自分自身の煩悩を少なくすることも
あるだろう。
831名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 08:49:46 ID:7egGDflo
苦悩があるのは、害のある人間のせいであることが多いのでは?
832名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 12:33:22 ID:UIhExWGU
害のある人間、その害とは何か?
害とされる要素で何故苦悩するか?
自らの行いでそれから開放されるためにどうすればよいか?

仏教てのは個人個人の哲学だと思う。
833名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 12:52:14 ID:drUkTyFR
いやいや、犯罪者とか異常に性格の悪い奴とかがいるじゃないか。
そういうのが周りにいると苦悩があるってこと。
「自分自身に囚われている(w」とかの個人の内面の話ではない。

苦しみの原因は自分にではなく周りにある場合が多い。
834名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 15:21:13 ID:I6WHWMuY
>>833
おめー仏教がてんでわかってねーな。
釈迦が命を狙われた時でも、「お前をゆるす」って言ったんだよ。
つまり、人を憎んでも仕方がないって話だ。「憎んだだけつまらん思いを
抱く。お前ら覚えておけ!わかったか!ボケナス!ボケナス!うざいバカ死ね!」
つまり死んで仏になったら憎まないって話だよ。

犯罪者を取り締まるのは警察。そこに通報するのは人。憎んでも怒っても行為がな
ければ何もならない。内面と整えた人は、良い行為に結びつく。

>>833のように、犯罪者がいる、異常に性格の悪い奴がいる。ぼくちん、困るぼ!
そんな奴の何ができるというのだ。バカかお前は。
835名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 16:45:15 ID:BuTG5gPk
そういう犯罪者とか基地外の存在を変に意識することで余計な苦悩ができてしまう、
って話だろうにな。客観情勢は解釈しだいでいかにもできるだろう。
836名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 17:07:54 ID:q0rH7UXe
>>834-835
宗教の罠にかかっているな。
憎んで行動を起こさなければ何も変わらないだろうに。
たぶんひどい事されても通報すらせずに自己納得してしまうのだろうな。
その釈迦とかいう奴に騙されるな。
837名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 17:19:39 ID:OgLx07DC
>>834
俺はその釈迦の言葉は納得出来ないな
また同じ過ちを起こすだろ
838名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 17:25:00 ID:BuTG5gPk
>>836
いや、そうじゃなくて、ひどいヤツがいたら警戒するし、
事件を見かければ通報するが、DQNの存在をむやみに意識して、
起きてもいないことで常におびえるのはおかしいってことだよ。
お前はわざと曲解しようとしている。
839名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 17:26:21 ID:q0rH7UXe
常習犯罪者が狙いをつけるのは、どんな人間だと思う?
840名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 17:26:43 ID:BuTG5gPk
とりあえずお前とは永遠に平行線みたいだし、
どんなことでも突っかかってくる気でいるんだろうから、
ここらで俺が退散するけどね。それでお前の気が済むなら安い物だ。
841名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 17:28:13 ID:BuTG5gPk
俺だって日常生活ではそれなりに安全に配慮している。
すべて無防備で暮らしてるヤツは単なるバカだ。
お前は、俺が無防備で暮らしているバカであってほしいみたいだけどな。
842名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 17:28:43 ID:q0rH7UXe
>>838 それなら別に異論はないが。
843名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 18:39:56 ID:5mfK4WTg
>>841
単なるバカかも知れないが、悪い奴ではない。
ここがポイントだ。
844名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 21:43:34 ID:4g0mjX8Y
病気で死ぬか、災害で死ぬか、殺人犯に殺されるか。
きっかけにかかわらず、死にたくないという執着があると苦悩が起きる。
いつ死んでもそれが人生さと思えれば、殺人鬼もこわくない。
845名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 21:46:46 ID:A7hILbwY
坊さんでも殺人鬼に殺されそうになったら
しょんべんチビッて泣くと思う
846名無しさん@3周年:2006/01/29(日) 21:49:44 ID:uLjrHWIZ
>>845
禅ではそれが正解
847名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 04:41:22 ID:8Ba39Mll
その辺の話は北斗の拳を思いだすな。
無抵抗主義者をラオウが蹂躙する場面。
現世利益を求めるかどうかが問題なのだろうか。
848名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 17:38:32 ID:vB5FCDZs
価値観だろ。
自らのうちの、価値付けでの優先順位。

それまで、自分可愛い可愛いで来た人間も、子どもができた途端
我が子が不動の一位になるのはよくあること。
そこに何がくるか?って話だとおも。
849名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 18:19:25 ID:02V2wx3t
>>844 
仏教に全然毒されていない人がこれを読めば、
やはり異常な宗教に映るのだよ。
850名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 19:27:27 ID:x9A/28LZ
>>849 仏教は、俗世間の価値観を離れた教えですからね。
俗世間の価値観を「正常」と呼ぶなら、仏教の価値観は「異常」です。
で、「異常」ではいけないのでしょうか?
851名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 19:39:47 ID:vB5FCDZs
>>849や、太刀には
道場に2・3年詰めて禅に漬かってみてほしいとこだなw
852849:2006/01/30(月) 21:13:48 ID:EnCAvG2b
洗脳合宿か?w
853849:2006/01/30(月) 21:35:33 ID:EnCAvG2b
すかしてとぼけたような言説に惑わされるな!
人間が生きるというのはもっと熱く光あるものだ!
そしてもっと現実的なものだ!

意欲! 根性! 執念! こだわり! 人との絆! 闘志! 

・・・・そして愛!
854名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 21:45:58 ID:TROmyvU8
>>850
理想社会を思って失望を生むよりも、「世の人々」と悟りを目指す人と分ける。
悟りを目指す人は、世に対する悪を行わない。そういう人が多ければ、結果と
して世の中の悪はなくなるというような論理。

その教えの根本は彼岸だ。彼岸に煩悩は存在しない。誰でもいつかは死ぬ。こ
の世で悪を断った人だけが輪廻から逃れる。信仰の対象が彼岸という特別なも
のでないから、意味不明な対象物を信じれば救われ、信じないと救われないと
争うこともない。
855名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 21:46:47 ID:vB5FCDZs
>>853
その通りだよ
856名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 21:51:23 ID:vB5FCDZs
>>853
補足w
だから仏教は、本来アウトカーストなのだよ。
聖義と世俗との両方が説かれるのだよ。
857849:2006/01/30(月) 21:57:44 ID:/nssdyzl
ダライラマの著作を読むと、
怒りの調御の重要性をいつも説いていて、
その点は誰にとっても重要な課題だと思うし、
なかなか参考にはなった。

でも宗教全体に関わっていくと・・・・・。
858名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 22:01:34 ID:x9A/28LZ
>>853 愛やこだわりが強ければ強いほど、苦悩や煩いや怒りや恐怖が大きく多くなる。
その因果関係を理解したうえで、愛やこだわりに溺れず、
愛やこだわりを冷静にコントロールすべきでしょう。
煩悩と苦悩の因果の道理を理解できていないことを、「愚痴」と言います。
自分で欲して選択した道なのに、
その道にともなう苦労に文句を言うことを、
「愚痴る」といいますね。
859名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 22:08:52 ID:x9A/28LZ
いかり・むさぼり・ぐち。この三つの煩悩を、三毒煩悩といいます。
西遊記の三匹の妖怪は人間の三毒煩悩を象徴したものだと聞いたことがあります。
だとすると、西遊記は、三蔵法師が煩悩を制御しながら旅をする物語か。
860名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 22:23:51 ID:vB5FCDZs
>>859
おもしろいw
そういう立論の研究者って、文学界にいるのかな?
861名無しさん@3周年:2006/01/30(月) 23:31:16 ID:L2EpLQmM
まあ、「俺が俺が」な部分を抑えるだけでも
世界が変わって見えるようになるんだけどね。
862名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 00:42:22 ID:iYBUZFQB
孫悟空が釈迦如来の掌から出られなかったという話も、
以前は単に、神通力において釈迦如来のほうが悟空より強かったんだと思ってました。
しかし、仏教的にこのエピソードを見ると、
悟空が釈迦の指を世界の果ての柱だと思い込み、引き返してしまったのは、
悟空自身の慢心のせいだと感じました。
慢心のせいづ、指を指だとありのままに観ることができず、
妄想してしまったのです。
863こころ:2006/01/31(火) 08:12:25 ID:YKfFnlUD
素朴な質問ですいません・・なみあぶだぶつ の意味を
わかりやすく教えて下さい。私は障害者です。。目も少々悪く探しにくかった
 のでお願いします・・
864名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 08:30:02 ID:iYBUZFQB
「なむ(南無)」は、
「帰依します」「帰命(キミョウ)します」「わたしをお任せし委ねます」という意味です。
もともとはインドのことばで、
漢字は、アルファベットや片仮名のない昔に、中国で似た発音の字で表記されただけです。
「あみだぶつ(阿弥陀仏)」とは仏様の名前です。
阿弥陀とは「はかりしれない(無量)」という意味。
阿弥陀仏は、寿命と光明がはかりしれない仏です。
仏とは、真理にめざめた者、悟った者のことで、如来ともいいます。
「なむあみだぶつ」とは、
「阿弥陀仏に帰依します」「阿弥陀仏に私を委ねお任せします」です。
865名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 10:55:58 ID:yWLrmh33
>>844
死にたくないという執着がないと自殺者が現状の数十倍にふくれあがるだろうね。人類は滅亡するかも。
死の恐怖発生機能は生の連続を続けるのに必要不可欠な機能。

866名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 12:11:56 ID:7929yz8F
>>865
ブッダはそれを理解していて、
自分の教えは「生きるため」の方法だと説いている。
867名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 12:34:47 ID:iYBUZFQB
>>865 「死にたくない」も執着なら、「死にたい」もまた執着でしょう。
死ぬことで何かを守りたい、あるいは何かから逃げたい、傷つきたくない。
これらは執着です。
生かされているうちは生きればいい。死ぬまで生きればいいだけのこと。
868名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 14:54:54 ID:yWLrmh33
同じ病気になったとして 死んでたまるかとい意思を持ってる人と死んでもええよなんて思ってる人
では生存率はかなり違うんじゃないか。意思の力は生命の持つ自然治癒力にも影響すると思うよ。
病は気からともいうし。
869名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 17:26:14 ID:+oP/7ux/
>>868
勿論やれることはやる。
ただそのあとは、じたばたせずに
どーんと構えるだけ。
870名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 17:26:37 ID:gmqrW/Yl
自殺するのは苦しみ絶望する余り、それから逃れようとした為ではないのですか?
執着しなければわざわざ死のうなんて思わないのでは?
生きてる限り死ぬのであるから懸命に生きればよろしい。
執着がないのと「死にたくない」と思わないことは同じではありませんよ。
871名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 19:02:05 ID:yWLrmh33
試合の勝ち負けに執着して負けた後悔しさのあまり号泣する人のほうが勝敗に全く執着せず負けてもニコニコしている人
より伸びると思うけどね。執着しない人はアスリートや勝負師にはむかなそうたにはむかん気がする。
872名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 19:52:06 ID:LGAJL6a6
悔しさのあまり号泣するような人は、プレッシャーにも弱そうな気がする。
執着しない人のほうが、プレッシャーを感じないと思う。
ただ、実力・結果がともなうかとはまったく別問題(笑)。
873名無しさん@3周年:2006/01/31(火) 22:02:11 ID:iYBUZFQB
トップアスリートだから人生幸せとはかぎらない。
才能ある人でその分野が好きな人なら、放っておいても実力がついてくるでしょう。
好きなことなら、自分の才能に応じた成績がついてくる。
才能以上の結果を求めなければならないことなんて、この世にはないでしょう。
874名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 01:46:11 ID:KODdeGsZ
書籍:『日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ』を無料で差上げます。読むだけで確実に運勢は変わります。宗教の勧誘ではありません。ご希望の方はメール下さい。
875名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 02:32:29 ID:fUGxxi3v
苦しさをバネにはいあがるハングリー精神は必要よ。
876名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 07:47:25 ID:V0YU1ZAj
>>875
何に必要なんだ?

社会で意欲的に活躍し成功するためには仏教の教えなど守ってられんだろう。
蹴落としてなんぼ、利益追求してなんぼの世の中だしな。
877名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 08:23:12 ID:M5dRnPbt
>>876 利益追求よりも心の平安が大事では?
食べるのに困らない日本で、なんで自殺するのか。心が平安じゃないから。
878名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 12:51:20 ID:fUGxxi3v
結局 仏ってのはスポーツなんかでも試合に負けて悔し涙にくれるより、勝敗にいっさい執着せず勝っても負けても
心平安 ニッコニコってのを勧めるのかね。俺はそうは思わないがな。
879名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 12:52:02 ID:fUGxxi3v
おっと教がぬけた 仏->仏教
880名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 17:20:33 ID:0d19uZGJ
>>878
>結局 仏ってのはスポーツなんかでも試合に負けて悔し涙にくれるより、勝敗にいっさい執着せず勝っても負けても
>心平安 ニッコニコってのを勧めるのかね。

そうだよ(´∀`)b
881名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 18:22:34 ID:Xcdny+4w
基本的に仏教は、殺そうと襲ってきたヤツがいたらとことん
命乞いしまくって、それでも無理ならあっさり殺されましょうって
ことだからな。
882名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 19:00:10 ID:M5dRnPbt
>>880 ゲームなどのように、純粋な遊びならば、
勝っても負けても「あぁおもしろかった。(*^_^*))」ですみます。
しかし勝敗に損得がからんで執着がついてくると、負けても楽しむ余裕がなくなり、
ゲームそのものは楽しくなくなる。勝たないと楽しめなくなる。
教育心理学の講義で聞いた話で、
はじめは勉強そのものを楽しんでいた子供に、「成績が上がったらご褒美をあげる」と言うと、
子供はご褒美のために勉強するようになり、やがては、ご褒美がないと努力しなくなるそうです。
883名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 19:39:16 ID:lnS2tRT9
>仏教ってどんな教えなんですか?
原因があるから結果がある。
苦しみを除くにはどうしようか。求道。
あ、その原因である「欲」を滅すれば 寂静になれるなあ。
そして思いやりを持てばみんなで幸せになれるなあ。
競争しないで。
先祖の祟り? そんな確認できないこと、考えて祈ったりしても逆に迷っちゃうよ。
そんな考え、捨てなよ。 By釈迦。



884名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 21:01:37 ID:fV438ltD
>>881
それは大げさだね。
俺を殺そうとしたヤツは痛い目をみる。
命はしょうがないから助けてやるけどな。
885名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 21:18:34 ID:KSApM2yY
いや、うまいたとえだと俺は思ったよ。
あんたのモットーじゃなくて、
仏教の教えを言っているのだよ。
886名無しさん@3周年:2006/02/01(水) 21:49:13 ID:Xcdny+4w
>>884
別に君のことを言っているんじゃないよ。
887名無しさん@3周年:2006/02/02(木) 00:35:41 ID:Kc6zQjXJ
比叡山の僧兵って知ってる?
888名無しさん@3周年:2006/02/02(木) 00:59:08 ID:EgqkK/xh
知ってるけどあれは本来の趣旨からすると間違いってことだろ。
889名無しさん@3周年:2006/02/02(木) 01:49:42 ID:oU0nUt/F
日本どころか中国に伝わった時点で既に、
仏教=釈迦の教えそのものでなくなってるからな。
890名無しさん@3周年:2006/02/02(木) 16:40:12 ID:iQsRzRmn
>>889
文学ではないので、その意見は却下。
891名無しさん@3周年:2006/02/03(金) 16:38:38 ID:9ir3sgac
>>883
欲は滅するものじゃないですよ。滅するには欲に拘らないことです。
滅することに拘るとそれが欲になります。
892名無しさん@3周年:2006/02/04(土) 00:21:27 ID:U43ci6zV
便宜上そう言っただけで大した意味はないと思うけどなあ
893名無しさん@3周年:2006/02/05(日) 15:14:31 ID:p8UPe3ev
こういう理屈は考えすぎる質の人のためのものでしょ。
競争は必要だけど、それをわかったうえで仏教の教えが救いになるわけで。
考えない人なら、しゃにむに競争できるわけだし。でも、その中でも仏に手を合わせると
それだけ安らぎが得られたりする。
戦国武将が信心深かったのもそういう理由でしょ。
894名無しさん@3周年:2006/02/05(日) 15:42:48 ID:2B5EEJSU
>>893
仏に手を合わせよってどの経典に書いてあるの?
経典の名前と、その箇所を教えて。
895名無しさん@3周年:2006/02/05(日) 15:46:33 ID:4LyepEjh
>>894
釣りか?w
896名無しさん@3周年:2006/02/05(日) 15:51:53 ID:p8UPe3ev
>>894
普通にみんながやってる風にやればいいでしょ。
仏教の経典って、そんな子細なことじゃなくて
もっと抽象的なもんじゃないの?
897名無しさん@3周年:2006/02/05(日) 16:12:49 ID:0SSgTrTq
岩波文庫の「大パリニッバーナ経(ブッダ最後の旅)」を読んでみてはいかがでしょうか。
898名無しさん@3周年:2006/02/05(日) 16:19:38 ID:6kM9MrJ3
>>895
馬鹿か?経典に書いてないことを人が勝手に思い込みでやる場合だって
あるだろ。経典に書いてないことを勝手にやったら仏教の意味がないだ
ろ。「仏に手を合わせろ」とはどの経典のどの場所に書いてあるのか
示せ!

899名無しさん@3周年:2006/02/05(日) 19:37:19 ID:oKeGAbJm
妙法蓮華經觀世音菩薩普門品第二十五
爾時無盡意菩薩即從座起。偏袒右肩合掌向佛而作是言。
900真の仏教とは…:2006/02/07(火) 13:02:35 ID:ZiDXyErG
この宇宙の事を完全無欠に説き切って真に幸せになれる力を持っているのは唯一日蓮大聖人の正しい仏法しかありませんよ。その根拠と詳細は→http://k.excite.co.jp/hp/u/marutomo-2006/?subpid=00&yid=marutomo-2006&SSL=4HBQEG75B8HGV1W45G2P#TOP
901太刀山型の土俵入り:2006/02/07(火) 18:05:01 ID:R1izDf+H
↓のスレを見れば仏教徒という連中がよくわかる。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1130157999/
902名無しさん@3周年:2006/02/07(火) 18:16:41 ID:Nl2nFi5L
>>901
葬式や戒名なんかに金払うのが嫌な人間がいかに多いか
がよくわかった。
903太刀山型の土俵入り:2006/02/08(水) 09:29:57 ID:gZ7uMqa+
>>902
無駄に金払うほど馬鹿じゃないってことよ。
904南無大師遍照金剛:2006/02/08(水) 18:52:32 ID:cI0FO5m1
仏教は仏の教え。宇宙の法則。人が如何にみんな窮屈なく生きていけるか(o^-’)bキリスト、イスラム全ての主義思想価値全て認める。たたし、皆が住みやすいようになることが前提(o^-’)b
905名無しさん@3周年:2006/02/08(水) 20:44:24 ID:xbEEL52b
悟りを目指す人は、基本的に悪を抑える。他人に危害を加えない。
悪が起こるのは、悪いことをしても自分の欲望を達成しようとするから。

だだ唯一のものを拝ませて救われるというものがないから、排他的にな
らない。
自分の悪い行いに対して、その報いを受けるという教えがあるから、悪い
行いをしないという心得をもつ。
906名無しさん@3周年:2006/02/08(水) 21:12:20 ID:KUIYey06
偶像崇拝ダメなのにイスラムときたらあのとおりだ
907名無しさん@3周年:2006/02/08(水) 21:16:31 ID:EZbbfSgv
「悪魔の詩」事件を忘れるな!
908南無大師遍照金剛:2006/02/09(木) 15:56:37 ID:IvHPqE4F
本物の仏教は自分の心の運転の仕方教えてくれるもの。それが、いつのまにか、教祖に運転させられちゃってる(T.T)
909南無大師遍照金剛:2006/02/09(木) 15:59:47 ID:IvHPqE4F
>>907 宗教は本来人が幸せになるための手段道具にすぎない。道具を使う人が道具に使われたり使う人が駄目ならどうにもならない(T.T)
910南無大師遍照金剛:2006/02/09(木) 16:41:53 ID:IvHPqE4F
正直おぅむ真理教てイスラム原理主義だと思ってた(-_-;
911南無大師遍照金剛:2006/02/09(木) 16:53:37 ID:IvHPqE4F
仏教のお経は、生活の知恵、悩みの解決方法一杯詰まってる( ̄ω ̄)死んだ人の為じゃなく生きてる人の為のもの。般若心経は悩める人に、解決方法が書いてある
912南無大師遍照金剛:2006/02/09(木) 16:57:00 ID:IvHPqE4F
観自在菩薩行深般若波羅密多時…菩薩が自らを見つめていた。ツマリ自問自答していた。その行為が波羅密多という状態に達した時
913南無大師遍照金剛:2006/02/09(木) 17:01:49 ID:IvHPqE4F
照見五蘊皆空度一切苦厄…一切の苦厄は空から成り立ってるって見つけちゃった。つまり、今の状態は原因[=空〕があるからなんだ。
914南無大師遍照金剛:2006/02/09(木) 17:06:39 ID:IvHPqE4F
色不異空、空不異色、色即是空…色と空はオンナジ。つまり、色今の形あるのは空[=原因]とは無関係じゃないんだ。悩みには原因がある
915南無大師遍照金剛:2006/02/09(木) 17:11:56 ID:IvHPqE4F
是諸法空相…もろもろの法則性は空[=原因]なんだ。つまり、因果応報かな。空は無じゃないし、空でもない。般若心経には無って使われてるから無と空は分けて使ってる。(-_-;
916名無しさん@3周年:2006/02/09(木) 21:19:21 ID:JKiGDEVE
何が言いたいのか・・・???
917名無しさん@3周年:2006/02/09(木) 21:21:42 ID:DVmb5+vW
http://suzuken.webin.jp/
ここで心を清めなさい(笑)
918名無しさん@3周年:2006/02/09(木) 22:25:38 ID:CasfBpmm
原光(はらみつ)
919太刀山型の土俵入り:2006/02/10(金) 00:19:21 ID:mQc4nrOF
仏教を突き詰め極めたのがオウム真理教。
920名無しさん@3周年:2006/02/10(金) 01:18:26 ID:CWKk3Hax
浄土真宗なんですが仏壇の隣の床の間に仁王像とか置いていいんですかね
921太刀山型の土俵入り:2006/02/10(金) 01:33:05 ID:mQc4nrOF
>>920
なぜ置きたいの?
922名無しさん@3周年:2006/02/10(金) 01:56:12 ID:CWKk3Hax
父が亡くなり、仏壇を購入しました。
以前から床の間にあった仁王像をどうするか母と意見が合わなかったのでご相談しました。
僕は感覚的に置かない方がいいような気がしますが、
仏教的にどういった意味合いの像かわからず、
また床の間は神様のおられる場所らしいので、他教との混在になるのではないかと思っています。母としては、好きな像なので置きたいそうです。
923南無大師遍照金剛:2006/02/10(金) 07:26:15 ID:US5I068F
(゜_゜)お寺に聞くとよいょ。神棚自体はあるの?仏壇の真上には置いてないよね?神棚。
924名無しさん@3周年:2006/02/10(金) 23:29:25 ID:TrxFfoNK
>>915 は、かの教祖だ
925南無大師遍照金剛:2006/02/11(土) 00:02:27 ID:US5I068F
>>924 ( ̄ω ̄)ん?
926名無しさん@3周年:2006/02/11(土) 19:27:43 ID:Rbmp0RZ6
真宗だったら阿弥陀如来以外はダメなんじゃないの?
よう知らんけど。
927南無大師遍照金剛:2006/02/11(土) 21:05:35 ID:R1cyoXa0
( ̄ω ̄)ん?シン宗?オイラ?
928名無しさん@3周年:2006/02/11(土) 23:17:05 ID:c/YrC5hE
>>926 一般家庭なら、べつにかまわないんじゃないでしょうか?
(阿弥陀仏の仏壇の横に仁王像とか)
念仏者は、諸仏諸天の守護をうけると言われています。
仁王様だって念仏者を守ってくれているはずです。
929名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 02:20:49 ID:7pP6YkPu
一心に念仏を唱えろって宗派なんだから他は好きにすればいいと思うが。
と適当な事言ってみる。
930南無大師遍照金剛:2006/02/12(日) 11:08:09 ID:6uPJS4gY
( ̄ω ̄)質問。ニチレンさんの何がよいの?ホレゲッキョてどんなお経?
931名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 15:17:11 ID:hQlFu5se
>>930
邪教を叩ききったことがよかったと思います。
932南無大師遍照金剛:2006/02/12(日) 15:48:22 ID:6uPJS4gY
(゜_゜)邪教?なんで邪教なの?邪教ってなに?最初に邪教ありきじゃオイラ分かんない
933名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 17:02:28 ID:Cp5gp06Z
>>930
日蓮さんの教えっていうのはね、南無妙法蓮華経を唱えれば功徳がある
などと言うとぼけた人のための教え。

人はとぼけるとね「南無妙法蓮華経」を唱えることが世界で一番だと思ってしまうわけ。

なぜそれを唱えるの?と聞いても、とぼけているから明確な回答をしないわけ。
934南無大師遍照金剛:2006/02/12(日) 19:52:01 ID:6uPJS4gY
ニチレンのスレ行ってけど怖くてスレ出来ない(T.T)
935名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 20:55:31 ID:/uUlnMv5
こんなところに来てまで折伏する気か?
936名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 20:55:43 ID:BgX44pUb
仏教は、唯一のひとつのものを正しいとせず、また排他的にならず、
そのため平和的。つまり、平安というものが正しく、寛容が正しい。
日蓮という坊主が、仏教をでたらめのものにした。

正しいのは彼岸のみであり、南無妙法蓮華経などを唱えろなどとは
言ってはいない。争う煩悩を滅することが正しいのだ。
すなわち、排他的にならず、争わなければ正しいのだ。
937南無大師遍照金剛:2006/02/12(日) 21:07:03 ID:6uPJS4gY
ナルヘソ( ̄ω ̄)じゃ、ホレゲッキョどんなお経?
938名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 21:38:29 ID:h4QeVkMq
天台宗も法華経を唱えているわけだが日蓮と天台宗の違いって何よ?
939南無大師遍照金剛:2006/02/12(日) 22:11:27 ID:6uPJS4gY
ニチレンさんはテンダイ出身( ̄ω ̄)途中で自分で宗教起こしたの。凄いねぇ
940名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 22:30:05 ID:WYAYLIfW
>>938
大雑把に書きますが、最澄こと伝教大師は沢山の蔵書を唐より持ち帰ってきて、
延暦寺を開き天台宗を立宗しますが、修徳してきた分野は法華経だけでなく、
禅・密教等多岐に渡っていました(この事が後々のトラブルに発展するわけですが)。
帰国してからは国立戒壇の建立・お弟子さんの教育・徳一との論争等々
非常に多忙を極める日々を送り、教学の更なる発展という事は特に着手
していません。といっても彼が持ち帰ってきた天台教学は、唐の天才・智
が完成させたものであり、一乗仏の教えを説く分にはそれで十分だったとも
いえます。

ただ、このような激務をこなしながらでは、自分自身の更なる研鑽は、と
いうと恐らく最澄自身が納得できるまではできなかったのではないかと。
何せ最澄さんが亡くなった時に、遺品を整理すると、(唐から持ち帰ってき
て)梱包も解かれていない経典・論書が出てきたといいますから(その後
それを整理しなくてはならなかったお弟子たちの阿鼻叫喚の日々は想像
するだけで・・・・)。

その後延暦寺はいわゆる仏教の総合大学のような位置づけとなり、ここから
多数の僧侶が現れ、下山して自宗を開いていっています。
浄土真宗の親鸞・浄土宗の法然・臨済宗の栄西・曹洞宗の道元・時宗の一遍
等々。日蓮もその一人です。
日蓮自身、天台教学を更に展開させた日本向きの教学を作りあげようと苦心
したようですが、結局は成功していませんね。
941名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 22:39:19 ID:+5S/ipPI
長すぎて読む気が萎える
942名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 22:42:15 ID:WYAYLIfW
空海こと弘法大師と最澄こと伝教大師は色々と対比的に書かれる事が多いのですが、
こと教学の完成度という点においては、(その後の発展をみれば判るように)弘法大師の
それは、それ以上発展させようのないほど完成された代物であったと考えられます。

空海は天才過ぎる天才であり、であるが故にお弟子さん達は完成されたものを伝承
していくだけで満足してしまった。結果、高野山からは後に(広く)名を残すような弟子が
産まれていません。
逆に最澄が残したものは明らかに不完全であり、不完全なものでは満足できなかった
後進の者たちは更なる研鑽を求めて、下山し自宗を続々と開いていった。

これをどう捉えるか?非常に面白い議題になりますが、スレの流れを読んでない
レスなのでスルーしてくださいな。
943名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 22:47:34 ID:mgIXQVzn
世間の様々な貪欲から離れ、仏の教えを様々な観点から学び、
求法そのものが仏の教え。排他性などありえない。求法その
もので輪廻から離脱することができるから。
944名無しさん@3周年:2006/02/12(日) 23:45:41 ID:cC8VtWF+
>>934
この板を「日蓮」でスレ検索したけどふつうの日蓮宗のスレが一つもないのには驚いたね。
945南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 01:06:29 ID:bI2Bs+bb
そそ…ソカ?腱鞘炎?あと、なんか。こわぃょ(T.T)
946南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 01:10:39 ID:bI2Bs+bb
(゜_゜)でもサイチョさんのお弟子さんたち弘法大師のお弟子さんになっちゃった…気するな。
947けちゃっぷ:2006/02/13(月) 01:16:20 ID:v1ZV26bN
日蓮さんの思考は、
「正しい仏法が流布している国ならば、天災も人災もない平和な国のはず」
というとこからスタートします。
→「でも現実には今の日本は天災も人災もあるひどい状態」
→「ってことは、今の日本には正しい仏法が広まっていないにちがいない」
→「じゃあ、今ある教えはすべて邪教だな!」
→「ほんとに正しい仏法は何だろ?
何を広めれば災害もなくなって外国からの侵略もなくなるんだろ?」
→「法華経だ!これしかない!」
→「総理大臣!聞いてください!今ある邪教は廃止して法華経に帰依しないと、日本は滅びますよ!」
948けちゃっぷ:2006/02/13(月) 01:18:54 ID:v1ZV26bN
ですから日蓮仏法には、現世利益的な要素が強いし、
社会運動政治活動にも結びつきやすい。
949けちゃっぷ:2006/02/13(月) 01:23:11 ID:v1ZV26bN
日蓮さんのすごいとこは、幕府の権力者に自ら直訴に行ってるとこですね。
新興宗教の教祖がいきなり首相をたずねて、
うちの教えを信じなければ国が亡ぶと本気で訴えたら…
当然カルト扱いされますよね。
950名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 01:27:36 ID:KsXPGHh/
>>947
ふつうの日蓮宗の人たちもそんな考え方しているのか?

>>946
最澄さん自身も密教部分の解釈で行き詰まり弘法大師のお弟子さんに
なったんじゃなかったっけ?
951南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 01:28:22 ID:bI2Bs+bb
ケチャップ美味ソ(゜_゜)てか、カルトでしょ?
952南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 01:40:40 ID:bI2Bs+bb
お弟子さんに経典盗み見して来いって、命令して逆にお弟子さん全部とられたような。なんかサイチョさんもだと思ったげと?弘法大師は密教の正統真言宗の第八祖でしょ?全部持って来ちゃったでしょ。ケイカ和尚から。カナワナイョ。サイチョさん
953名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 01:45:00 ID:bI2Bs+bb
>>950ケンショの人から誘われてさ。シャカが言いたかったのはホレゲキョ。だから、他の経要らないって言うからさ。興味あってさ。せいぜい観音経くらいしか読まないんだけど。相手観音経しらねーの(T^T)
954名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 12:38:44 ID:v1ZV26bN
観音経って、法華経の中の一部分を抜粋したのじゃなかったっけ?
955南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 13:53:36 ID:bI2Bs+bb
そそ(゜_゜)ネンピーカンネンリキってやつ。腱鞘の人、ホケキョじゃなくなんか違うの朝晩唱えてるみたい
956名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 14:07:51 ID:iLmjoQ+D
観音なんて拝んでも駄目ですよ。題目を唱えないと。
957南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 14:15:41 ID:bI2Bs+bb
なんてお題目?(゜_゜)
958名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 14:19:05 ID:sHZ82h6M
観音菩薩の名を称えると、観音菩薩が(いれば)聞いてくれるかも知れないが、
お経の名を称えても、お経が聞いてくれることはないだろう。
959南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 15:03:00 ID:bI2Bs+bb
(゜_゜)ホォ…ナルヘソ。因みにヨガと気功やるオイラから言わせるとカンノンキョ唱えると、狂った、リズム修正する効果ビミョにあるねぃ
960名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 16:00:12 ID:rMjGQ7qg
>>958は目から鱗だなw
961南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 16:47:50 ID:bI2Bs+bb
(>人<) マサニソノトウリ…アリガタヤアリガタヤ
962名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 18:24:28 ID:Fp508rUJ
観音さんが実在するわけでもないし、
お経さんが拝みを聞いてくれるからお経を拝んでるわけじゃないと思うよ
963名無しさん@3周年:2006/02/13(月) 18:29:03 ID:zRrJIY/Z
観音様います
964南無大師遍照金剛:2006/02/13(月) 18:48:12 ID:bI2Bs+bb
(-_-;観音様…いるかな?イヤいてほしいなぁ
965太刀山型の土俵入り:2006/02/16(木) 10:13:58 ID:zHdmnB5b
浅草ロック座行けば観音様拝めるぞ。
966南無大師遍照金剛:2006/02/16(木) 11:01:46 ID:Dj/PUpTs
( ̄ω ̄)オイラは何時も半角へ会いに行くょ。そこには、神様がいっぱい。毎日沢山の観音様貼ってくれる。たまに悪魔もいて、荒らすけど
967名無しさん@3周年:2006/02/16(木) 23:12:48 ID:hQn6XOcF
南無観世音菩薩
ttp://hairy.amkingdom.com/02/
968名無しさん@3周年:2006/02/19(日) 03:04:34 ID:wnUhCjsl
偶像崇拝はブッタが禁じた事なのに、、、ヒンズー教の神々と合わせられた仏教が広まり現在にいたるのである!
969名無しさん@3周年:2006/02/19(日) 07:18:49 ID:6gzUULBg
>偶像崇拝はブッタが禁じた
経典の根拠は?
それとも口頭での伝承?
970名無しさん@3周年:2006/02/19(日) 08:06:57 ID:l5Sgltyg
大王・仏・仏弟子の骨を納めた仏塔(ストゥーパ)を拝めば、心が浄くなる。
仏・法・僧に帰依すれば、将来(死後)必ず悟れると知ることができる。
こういう教えは初期経典にもあるようですが。
971名無しさん@3周年:2006/02/19(日) 08:16:06 ID:l5Sgltyg
ストゥーパに不思議な力があるとかじゃなく、
ストゥーパを拝みながらりっぱな人達の人格に思いを馳せるだけでも、
心が浄くなるという意味でしょう。
で、心が浄くなることで死後に天へ生まれると説かれています。
仏の人格に思いを馳せるための道具としては、ストゥーパも仏像も同じでは?
また、仏の徳をよりデフォルメしたキャラクターである如来・菩薩達を拝むのも、
同様の効果があるのでは?
972暇人:2006/02/19(日) 08:24:17 ID:vsy3kcAl
仏舎利塔は最初からあったが

仏教に 仏像が登場したのは カニシカ王の時代だね
カンダーラがギリシア的な仏像を作り
対抗してマツラーが東洋的な仏像を
973名無しさん@3周年:2006/02/19(日) 09:35:19 ID:gDgwSTTW
釈迦個人の思想としては偶像崇拝どころか自分を拝まれるのにも反対しただろう。
スッタニパータやヴァッカリ経などの原始経典を読めばわかると思う。
974名無しさん@3周年
本来の釈迦の説いた教えは後世の人達により、かなり歪められ伝えられてきたのである!