ここは一条ゆかり先生の「有閑倶楽部」が好きな人のためのスレッドです。
お約束
■sage推奨 〜メール欄に半角文字で「sage」と入力〜
■妄想意欲に水を差すような発言は控えましょう
*作品への感想は大歓迎です。作家さんたちの原動力になり、
スレも華やぎます。
前スレ、関連サイト、お約束詳細などは>2-10のあたりにありますので、
ご覧ください。特に初心者さんは熟読のこと!
◆作品UPについてのお約束詳細(よく読んだ上で参加のこと!)
<原作者及び出版元とは全く関係ありません>
・初めから判ってる場合は、初回UPの時に長編/短編の区分を書いてください。
・名前欄には「タイトル」「通しナンバー」「カップリング(ネタばれになる
場合を除く)」をお願いします。
・性的内容を含むものは「18禁」又は「R」と明記してください。
・連載ものの場合は、二回目以降、最初のレスに「>○○(全て半角文字)」
という形で前作へのリンクを貼ってください。
・リレー小説で次の人に連載をバトンタッチしたい場合は、その旨明記を。
・作品UPする時は、直前に更新ボタンを押して、他の作品がUP中でないか
確かめましょう。重なってしまった場合は、先の書き込みを優先で。
・作品の大量UPは大歓迎です!
◆その他のお約束詳細
・無用な議論を避けるため、萌えないカップリング話であっても、
それを批判するなどの妄想意欲に水を差す発言は控えましょう。
・作家さんが他の作品の感想を書く時は、名無しの人たちも参加
しやすいように、なるべく名無しで(作家であることが分からない
ような書き方で)お願いします。
・あとは常識的マナーの範囲で、萌え話・小ネタ発表・雑談など
自由にお使いください。
・950を踏んだ人は新スレを立ててください(450KBを越えそうな場合は
950より前に)。
他スレに迷惑にならないよう、新スレの1は10行以内でお願いします。
テンプレは以上です。
このスレでもマターリできますように・・・ナムナム
__ ._ ,,--.、
く.^''-、 〈゙''-、 _,ヽ~゙.N,, )
.,〉 .゙i、 ゙l :"'''''ー.,! ̄'゙lッ-"″
.,r’ .ノ゜ ゚'ミヽ、 ,,,,,,/ ,.ッ .゙L゙l、 ゙'i、
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.| ,l゙ .| ."'゛ ,/ ,i´ .r.ミ''′ ,「~''-、./
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ぐ''-. .i―-゙l. 'ん_,)
゙'i、 `i、 .,,,-┘ `≒″
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.,i´ .,ノ',! ゙l .| ゙l | .゚'―-_
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.ヽ .,l゙ .\,,_ .._,/ .゙\, .,l゙
⌒  ゙̄` ~^
スレ立て乙でーす。
このスレも前スレ同様、盛り上がるといいね。
野梨子は少し落ち着いたようだった。
安心したような寝息が魅録の耳に入ってくる。
長い睫毛。濡れた黒髪。(何、やってんだオレは…)
野梨子を傷つけてしまった。
彼女の綺麗な、綺麗な初恋をリアルにさせて、そして、
──終わらせてしまった。
(ごめんな。考えなしで)そっと髪を撫でながら口の中で呟く。
『しっかり彼女を守ってくれよな』裕也の言葉が蘇る。
そして自然に強く、うなずいた自分自身。頭を掠めた、彼女の大切な幼馴染みも。
(だけど、オレが)深く、息を吐く。
オレが誰より、君を守りたいんだ。凛とした強いところも、瞳に翳るその脆さも。
さっきまで触れていたその白くて、壊れそうな肌。
抱きしめる事さえままならない。
(って、何だよ)思いついた自分に魅録は軽く笑った。
でも。
あの時はっきり色づいて見えた想い。その名前が、もう少しで分かりそうなのに。
真紅の唇はうっすら開いて、静かな呼吸が聞こえる。
永遠を閉じ込めた、一瞬の出来事だった。
幾度も幾度も頭を撫で、そっと、彼女の前髪をかき上げる。
そして。
眠り姫の額にくちづけた。
もちろん魅録は裕也の「おでこにチュー」は
知らないので間接キスしてしまったということで、
どなたか続きをお願いします。
>ホロ苦い青春編
話がどんどん進み始めて嬉しい。ついにチューだ、ワーイ!
間接キスにワロタw
>ホロ苦い青春編
やたっ!どんどん続きが…
やっぱり金沢は鬼門だったのねw
間接キスは思いつきませんですた、ていうか忘れてた…しっかりしろ、自分。
「よく働くなぁ、腹減るぞ」
やっと牡蠣を食べに行くことを諦め、気を取り直して6つ目の弁当を食べ始めた悠理は感心したように言った。
「体動かしてる方が性に合ってるみたいです。貧乏性なのかも―――――」
そう言って舌を出す仕草は何とも言えず可愛らしい。
「ここ、空いてますわよ」
野梨子が気を利かして魅録と野梨子の間の空席に誘導する。
「すみません、じゃあちょっとだけ」
そう言いながら座ろうとした小夜子は魅録が見ていた車の雑誌に目を留めた。
「お好きなんですか?車」
「あ、うん。え、まさか興味あるの?」
『まさか』と言うのはいささか失礼な表現だが、そう言いたくなるくらい小夜子の容姿はその手の話題にそぐわない。
「兄が好きなんで少しだけ。下手の横好きなんですよ。『真のスポコンマニアはオートマじゃなくマニュアルで勝負するんだ!』って言って勢いで6速のマニュアル車買っちゃって」
小夜子は苦笑しながら可憐が入れたエスプレッソを飲んでいる。
「でも気持ちわかるなぁ、オートマは楽だけど運転が楽しめるのはやっぱマニュアルだよな」
「エアロを修理されるんですか?」
魅録がさっきから熱心に読んでいたページを小夜子が覗いた。所々にペンで赤く丸が付けてある。
「ん〜、先週フロントスポイラー割っちゃってさ。これくらいなら自分で修理出来るかもって思ってやったんだけど、塗装した後が中々上手くいかなくってさ」
「ガラス繊維とFRPの中に空気が入らないようにローラーを使ってエア抜きするといいですよ。あと乾燥する時、自然乾燥じゃなくて赤外線ヒーターとか使うと上手くいくと思いますよ」
「なるほど」
魅録は感心している。
『少しだけ』どころではなくかなりマニアな会話だ―――――。
「う〜ん、乾燥するのは自然乾燥で充分って2ちゃんに書いてあったんだけどな。
ツメが甘かったか・・・」
「『2ちゃん』ってどこの放送局なの?」
漸く入れそうな話題に可憐がすかさず突っ込む。
「インターネットの巨大掲示板サイトの事ですよ。『「ハッキング」から「今晩のおかず」までを手広くカバーする』事がコンセプトらしいですよ」
新聞紙から顔を上げ、清四郎が会話に入る。
「今晩のおかず!!・・・ちょっと見たいかも」
美童はあらぬ想像をしている。
「へえ、意外・・・、清四郎も2ちゃんとか見てんだ」
小夜子が車に詳しいことと云い、今日は意外なことばかりが魅録を驚かせる。
「書き込みはしてないんで、ロムだけですが。中々興味深いネタが多いですよ。
『先物板』なんか意外と侮れませんし」
「『金融板』とか『ハゲ・ズラ板』とかもおもしろいですよね」
小夜子が真面目な顔をして意見している。
「ぶっ・・・『金融』はともかく『ハゲ・ズラ』って・・・」
魅録が堪えきれずに笑いだす。
「まだ必要無いでしょう」
捉えようによっては極めて失礼な発言を清四郎が言う。
「なぁ、ネットでどーやってメシ買ったりすんのかな?宅急便とか?」
悠理はどうやら『今晩のおかず』というフレーズに美童とは別の意味で反応している。
そんな悠理を相手にするでもなく、可憐と美童は少なからず小夜子に驚いていた。
「人は見かけによらないって言うけどホントだね〜、どう見ても車とか株とか云う話題とは無縁っぽいのにね・・・」
テーブルの向こう半分では清四郎と小夜子、魅録の3人が話に花を咲かせている。
「ん〜、そのまんま『女清四郎』って感じね〜」
「もしかして普段の服とかも清四郎みたいに年寄臭いのかなぁ・・・ちょっと嫌かも」
どうやら美童は小夜子を中身もフランス人形の様だと思っていたらしい。
「それは無いんじゃない?あの子結構ブランドとか詳しいわよ。この前もバーゲンの話で盛り上がっちゃって。来週一緒に行く約束したのよ」
「へ〜、じゃあ『バージョンアップ版 清四郎』かぁ・・・」
どうしても清四郎に似せたいらしい。
今日の話題は、野梨子には事の他、理解し難かった。
居心地が悪い―――――。
何だか自分の居場所ではないような気がする。
「わたくし、そろそろ・・・」
場の雰囲気を壊さないように皆に聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声で囁いた。
せっかく話が盛り上がっているのに、水を差すのは悪い。
美童ではなく、清四郎や魅録が女の子と話が盛り上がる事は滅多に無い事だ。
ところが意外にも、野梨子の言葉に一番最初に反応したのは小夜子だった。
「あ、野梨子さん、帰られるんですか?御一緒させてもらっていいですか?」
『いいですか』と聞きながらも、小夜子はもう鞄を持って野梨子の側まで来ている。
「え、でも・・・」
「そろそろ帰らなきゃ、って思ってたんです。御迷惑じゃ無かったら」
さすがの野梨子もここで『御迷惑です』と言うような人間ではない。
実際、迷惑とまでは思わない。
「あ・・・じゃあ帰りましょうか」
「良かった」
天使のような顔が微笑む―――――。
―――――胸が締め付けられるような感覚がした。
『可愛い』―――――純粋にそう思った。
もちろん野梨子にそういう趣味は無いが、こんな風に微笑まれたらそう思わざるを得ない。
女の自分だってそう思う位だ。いくら恋愛感覚が皆無とはいえ、男の清四郎だったら惹かれてしまうかもしれない―――――。
野梨子の心に小さな穴が開く、小さな小さな穴が―――――。
結局その後、清四郎も帰ると言い出し、3人で帰ることになった。
帰り道でも清四郎と小夜子の話には花が咲いていた。
野梨子はもちろん2人の話している話題などわからず、やはり居心地の悪さを感じながら、1歩後ろを歩いていた。
小夜子はそれでも後ろの野梨子に気を使い、時折話題を振るのだが清四郎は話に夢中になっている。余程楽しいのかもしれない。
ふと会話が途切れたとき、小夜子が突然後ろを振り向いた。
「野梨子さん!」
「はいっ?」
あんまり突然だったので条件反射で返事をしてしまう。
「クレープ、食べたくありませんか?」
「え?」
「駅通りの英会話教室の向かいにすっごく可愛いクレープ屋さんが出来たんですよ、知ってました?」
―――――知っている。というより寧ろ思い出したくない。
先月、開店の日に悠理と可憐と野梨子の3人で行った。後ろに50人くらい人が待っていて行列が出来ているのに、悠理が30種類あるメニューを一通り頼んで大恥をかいた覚えがある。
「え・・・ええ、あのピンクの看板のお店でしょう?」
「はい。それです!前から噂だけは聞いてたんですけど中々行く機会が無かったんです。さっきふと思い出しちゃって考えてるうちにど〜しても食べたくなっちゃって――――。
野梨子さん、良かったら今から行きませんか?」
隣で清四郎が苦笑いしている。
「僕も付き合いましょうか?」
珍しく清四郎が自分からそんな事を言い出した。普段清四郎はそういう場所には行きたがらないのだが―――――。
小夜子と離れ難いのかもしれない。
野梨子の心に開いた穴が音を立てて疼く――――。
「いいんですかぁ、清四郎さん?女子高生や中学生がたくさんいるんですよ〜。人気のお店だから並ばなきゃいけないだろうし。私はいいですけど?」
「ん・・・さすがにそれはちょっと・・・今日は遠慮しときますか。――――野梨子はどうするんです?」
正直言って悠理のせいで大恥をかいたので、あの店に行くのは気は進まなかったが、今日は悠理も居ないし、相手が小夜子だったら先月のような事も起こるまい。
何より野梨子はこの気まずい雰囲気の中、帰るのは嫌だった。
「あ・・・お付き合いしますわ」
「うれしい!ありがとうございます」
「まぁ、頑張って行って来てください。それじゃ小夜子、また明日」
そう言って微笑みながら清四郎は踵を返したが、思い出したように振り向いた。
「そうだ野梨子、今日は夜、御宅へお邪魔しますから」
「え・・・どうしてですの?」
「おじさんとおばさんから洗濯機の修理を頼まれているんですよ」
「そうですの・・・いつもごめんなさい」
「いいですよ、じゃ夜に――――」
「すみません、無理に誘っちゃって――――」
小夜子はクレープの端から零れ落ちそうになるブルーベリーを慌てて食べた。
「いいのよ、わたくしも甘いものが食べたかったの」
抹茶のアイスが入ったクレープを食べながら野梨子はそう答えていたが
心の中では違う事を考えていた。
――――――きっと小夜子はクレープが食べたかったのではないだろう。
多分清四郎と小夜子の会話に気後れしている野梨子に気を使ってああ言って連れ出してくれたのだ。
野梨子に嫌な思いをさせないように、小夜子の我儘のように見せかけて―――――。
情けない―――――。自分より2つも年下の小夜子にそこまで細かい気配りが出来るのに、自分は清四郎と小夜子の仲の良さにつまらない嫉妬心を抱くばかりだ。
心の穴がまた少し大きくなる―――――。
すみません、書き忘れました。
「檻」の続きです。
まだ、続きます。
>檻
小夜子タンに有閑の男共が興味を持つ描写がすごく自然でイイ!です。
これから小夜子タンは野梨子にどう関わってくるのか、
そして「檻」のタイトルが持つ意味は・・・興味津々でお待ちしております。
これは補足なのですが、一文を適当なところで改行していただけると
読みやすいです。たぶん、ワープロで作ってコピペされてると思いますが
今の状態だと、ブラウザによっては横にひたすら長い文章が表示されてます。
ごめんなさい、sage忘れた・・・
逝ってきます。トホホ。
>20
端で下り返すように、設定を変えればいいんじゃない?
檻の作者さんがどうかは判らないけど、他の二次創作スレで
書いてる時、私も檻の作者さんみたいな形でやってる。
2chの場合、1レスの行数制限があるから、そういう形にした
方がやりやすいんだよね。
新スレ立て、乙です!
>>10さまの続き、いかせていただきます。
―誰かが、私の頭を撫でている。
何度も、何度も。
こんなに優しい手は、母様?父様?
それとも。
前髪がさらり、と音をたてた。
そして、何かが、静かに額に触れた。
ああ、きっと、この方は私のことが愛しいんですのね。
熱で体はだるいのに、こんなに幸福な気分になるだなんて、
私も、この方が愛しいのね。
ねえ、母様、きっとそうですわね。
また、眠りがやってくる。
まだこの幸福感の中で揺られていたいんですのに…。
顔を野梨子の額から離して、魅録は、くちづけたその場所をぼんやり見つめた。
―ホント、何やってんだ、俺は。
これ以上触れるのがためらわれ、自らが乱した野梨子の前髪を
もとのように整えることもできなかった。
―畜生、何なんだ、俺は。
野梨子は笑っているようにも見えた。
魅録は自分の唇を噛み、撫で、摘み、抓り、押さえ、擦った。
そうしているうちに夜が明けてきて、その頃には野梨子の熱も落ち着いていた。
夜が明けてきました。続きお願いします!
背中に爪の傷跡が残らない情事に、はかなさを覚えるのは間違いなのだろうか?
魅録は夜勤なのに、シンデレラのごとく悠理は12時には帰ってしまう。
悠理を先に帰して身仕舞いを整える時、ふと、鏡に映る背中を見てしまう。
前は、野梨子にバレるのを恐れてのことだったが、今は違う。
明らかに、僕は悠理にのめりこんでしまった。
傷跡のないことが、愛されていないというネガティブな感情を呼び起こす。
女でも、愛のないセックスができるというのは、よく知られた事実である。
でも、僕は、行為の最中に悠理の漏らす吐息、喘ぎ声を身体だけの反応とは思いたくない。
快楽だけで、僕と関係を持っているのだとは思いたくない。
僕はいつも、タクシーに乗って家へ帰る。
当たり前だが、野梨子はもう寝ている。
起こさないように、あまり物音をたてずにシャワーを浴びて着替え、寝室に入る。
部屋にはシングルベッドが2つ。
ダブルベッドを嫌がった野梨子を、つれないと思ったのは随分昔のことだ。
今では、気を遣うことなくベッドに潜り込めていいと思うようになっている。
傍らの野梨子はいつも、ちゃんとした時間に起きて一通りの家事をこなして10時頃には
白鹿流本部へと出かけていく。
次期家元として忙しい野梨子のために、以前、家政婦を雇うことを言ってみたこともあった。
だが、育った環境への反動からか、他人が家の中に入ることを嫌がって、その話は実現しなかった。
それでいて、僕に家事を分担して欲しいと頼むことは皆無だ。
本当に、野梨子は何も頼まない。
「おはよう、野梨子」
僕は、遅くても9時には起きるようにしている。
仕事に出るまでにはまだ時間があるので、服装はごくカジュアルなものだ。
「あら、清四郎、ちょっと待っててくださいね。今、用意しますから」
野梨子は、それまでしていたことを中断し、手早く朝ご飯を用意する。
その表情に、ただ待っている僕に対する不満めいたものは微塵も見られない。
僕は、用意ができるまで新聞を読んでいればいい。
10分とたたない内に、ご飯にお味噌汁にといった和風の朝食が一人分並べられた。
野梨子はすでに済ませているらしい。
最後に湯飲みにお茶を注ぐと、野梨子は何かをするために一旦台所を出て行った。
静けさが場を支配する。
新聞をめくる音だけが、やけに部屋中に反響している。
「清四郎、今日もお昼からですの?」
身支度を終えた野梨子が、ほぼ朝食を終えて湯のみ片手にダラダラと新聞を読んでいる
僕のところに戻ってきた。
「ええ、そうです。10時くらいには帰れると思います」
昨日も全く同じルーティンで勤務していたのだが、帰ってきたのは夜中の1時過ぎだ。
「何か用意しておきましょうか?」
野梨子は、決してこの台詞を忘れることがない。
「野梨子は、今日はどうなんです?」
「いつも通り、夕方には戻ってきますわ」
「それなら、お願いしますよ」
野梨子は完璧主義者だ。
こうやって聞かなければ、例え様々な付き合いで遅くなっても、無理をして僕の帰る
30分前に家に帰ってきて支度する。
僕が帰る頃には全て準備が整っていて、僕はただそこにいさえすればいい。
僕はもともと、身の回りを几帳面に整えておくことを好む性質である。
今のめりこんでいる女とは正反対である。
僕があの女に惹かれるのは、本当はもっと雑然とした環境に我が身を置きたいのかもしれない。
「わかりましたわ。それでは、行ってきます。後をお願いします」
野梨子は、足取りも軽やかに出かけていった。
「気を付けて」
僕は、いつもと変わらず野梨子を送り出した。
しかし、心の中では違う。
テーブルを片付けると、リビングのソファに寝転がる。
これから2時間弱、昨日の情事の余韻に浸る。
【つづく】
>>22 > 端で下り返すように、設定を変えればいいんじゃない?
えっとですね、私のブラウザでは折り返されますが、そうじゃない方も
いる……と思います。けして煽りではないですが、読みやすいように
途中で改行を入れるのはわりと、何ていうのか、よくあるというか、
皆さんなさる方法だと思われるんですが、どうでしょう>all
ただ、
> 2chの場合、1レスの行数制限があるから、そういう形にした
> 方がやりやすいんだよね。
レス数を分けてはいけないのでしょうか?ごめんなさい、本当にわからないので。
私自身は二次創作うpの時は、一文を適当なところで改行し、30行前後でおさめ、
数レスに分けてうpするようにしてます。
作家さんによって事情が違うかと思いますので、
その点伺えれば参考になります。
妄想と関係ないので「まゆこ」に移動してよろしいでしょうか。
>ホロ苦い青春編
もう二人の気持ちは向い合っているのに!
たまらない〜〜っ。このジレジレ感、いいわあ。
>いつか、きっと
今回は清四郎サイドですね。一筋縄ではいきそうもない不倫ものですね。
清×悠の関係に心奪われつつも、地に足のついたお互いの配偶者の存在が
辛い・・・。続きお待ちしてます!
>いつか、きっと
鮮やかなコントラスト。うー、カコイイ。
作者様、待ってました。
大人なのに深みにはまってる二人に、私もめちゃくちゃはまってます。
清×悠は可愛いのも似合うが、クールだったり大人な関係も妙に似合う。
ますます続きが楽しみ・・・というか読みたくて読みたくてツライぐらい!
お待ちしてます!
>いつか、きっと
大人っぽくて好きです〜。
悠理のビジュアルが頭に浮かびます。
絶対「だじょ」なんて言わないw
野梨子スキーなのでかわいそうだけど…
>>24さんの続きです。
カタン。キュッ、ジャー…
自分を気遣う物音の心地よさに、自然に目が覚めた。
「魅録…?」「わりっ、起こした?」
タオルを用意していた魅録が振り返る。「いいえ」
「もう平気か?でもどんどん顔色も良くなってたしな」
「…ずっと、看ていてくださったんですの?」
「あっ、や、まぁな。仮眠取ったから平気だよ。─そんな顔すんなって」
本当は一晩中、野梨子を見つめ想いを張り巡らせていたのに。
野梨子の体調もさる事ながら、ただ、自分が、自分だけが彼女を見つめている
事実を、もっと感じていたかったから。
「どうだ?熱」額を触ろうとした魅録を、野梨子はビクッと撥ね付けた。
「!?」「あっ、ごめんなさい」(昨日起きてたのか…!?)
少しの沈黙のあと、野梨子が言葉を選ぶように喋り出した。
「昨日、夢を見ていて」「うん」
「誰かがずっとずっと、私の髪を撫でてくださるんですの。暖かい手で」「…うん」
「それで──」野梨子はつと、自分の額に手をやった。記憶の向こう。
今にも出発しそうな新幹線。軽く額に触れた唇。初恋の終わりのスタンプ。
あれは…夢?夢ならどうして、こんなに今、胸がはやるの──
「…ねえ、魅録?」
続きお願いします。野梨子が何を言うかに期待w!
>ホロ苦い青春編
どんどん続きがあって、うれしいったらありゃしない。
パソコンの前に、嬉し涙が止まらん!!
額にちゅーって、なんか新しい扉が開いたようで、魅録、ガンガレ!!
>檻
うおー、続き、非常に気になるっす。個人的に、シチュエーションと
落ち込む野梨子に萌え。早く、早く続きを・・・・
「檻」の作者です。
>20
自分でも何気に変だなと思ってたので御意見いただいて解決。
スッキリしました!ありがとうございます。
22さんもどーもです。
まだ、続きます。
「やっぱり洗濯槽が外側のパネルに当たってますよ」
清四郎は前のめりになりながら、洗濯機を覗き込んでいた。
「どうすれば直りますの?」
野梨子は熱いほうじ茶を清四郎の傍らに置きながら尋ねた。
―――――野梨子の一家は3人揃って機械音痴である。
『三人寄らば文殊の知恵』と言うが、野梨子と、父青洲、
そして母の三人で機械に対する知識を総動員しても、
出来ることは精々電池の入れ替えくらいだ。
野梨子が中学に上がった辺りから、専門の大きな部品や資格が無ければ出来ないことを
除いては白鹿家の電気機器修理はいつのまにか清四郎が行うようになった。
最初は電球の取り替えなど簡単な事をやっていたが、
その内に段々と電気屋がやるようなちょっとした修理まで手を出すようになった。
お抱えのお医者様、兼、お抱えの電気屋さん状態だ。
「メカケースの軸変形と洗濯槽を支えている4本のサスペンションの交換でOKですよ」
聞いたはいいが、野梨子にはさっぱりわからない。
「電気屋さんに頼まなければ無理ですわね」
専門の部品が必要らしい。さすがの清四郎にも無理だろう。
「御心配無く、準備万端です」
清四郎は持ってきていた大きなボストンバックの中から
野梨子には見たことも無い部品をたくさん取り出した。
「おばさんから大体の症状は聞いていましたから、魅録に頼んで部品を調達してもらったんですよ。
マニュアルはネットで検索してプリントアウトしてきましたし、バッチリです」
何だかすごく楽しそうだ。
「嬉しいですねぇ、一度洗濯機を分解してみたかったんですよ。
以前家のをばらして中を見ようと思ったんですけど親父とお袋に叱られまして」
男の子はある程度の年頃になるとそういう事に興味を持つのが普通だろう。
男兄弟が居ない野梨子でもそれは何となくわかる。
だが、携帯やCDデッキを分解するというのならともかく、洗濯機を分解したがる子供も珍しい。
やはり清四郎は変わっている―――――。
「にゃぁ〜」
白い猫が入ってきた。清四郎の姿を発見して嬉しそうに小走りして近寄る。
「こんにちは、桜。ごきげんはいかがですか?」
野梨子の家で飼っている猫だ。清四郎の手を嗅ぎまわっている。
「すみませんね、今日はお土産は無いんですよ」
そういって両手を広げて何も無いことをアピールする。
「だめよ、桜、清四郎の邪魔をしては」
手には何も無い事を確認したらしく、今度は清四郎が持ってきたバックや部品の
匂いを嗅いでいる。
「今はちょっと忙しいんですよ、また今度遊びましょう」
そう言って桜を抱きかかえてそっと横に置く。
野梨子は思わず吹きだしてしまう。
魅録や悠理ならともかく、清四郎が動物と会話するシーンは何度見てもおもしろい。
「桜もおじさんが居ないと淋しいんですね」
野梨子の父、青洲は今個展の為海外に行っている。
「それが最近、桜は父様の部屋へは出入り禁止ですのよ」
「へえ、それは・・・どうしたんですかね」
清四郎は早速洗濯機の分解に取り掛かっている。
「さあ・・・」
2人は『雪月花強奪事件』の壮絶な結末を知らない。
桜はいよいよ清四郎が何も持っていない事が判明すると
もう用は無いといった感じで、来た時と同じ足取りで出て行った。
「小夜子さんって博識ですのね」
野梨子が小夜子の話題を振る。何となく清四郎の反応が知りたかった。
「まったく、あの知識の広さには感心させられますよ。
どこであれだけの情報を得てるんでしょうね」
清四郎はマニュアルを見ながら、サスペンションの交換をしている。
「ああいう方とお話するのは楽しいでしょうね」
ついこんな話し方をしてしまう―――――清四郎に嫉妬心を覚られなければいいが。
「打てば響いて返ってくる会話は気持ち良いですよ」
確かにそうだろう。囲碁、小説、伝統品・・・野梨子と清四郎には共通の趣味や話題がたくさんある。
だがそれは2人の趣味が同じというより、清四郎の趣味という大きい円の中に
野梨子の趣味というあまり大きくない円がすっぽり入っているといった表現がきっと正しい。
どんなに野梨子が頑張っても清四郎の興味が広がる速度にはついてはいけない。
その中にはパソコンの様にどう転んでも興味を持てない対象もある。
趣味が全部同じでなければ付き合ってはいけないという馬鹿げた決まりなど無いが
清四郎とて何を話しても話が通じる人間と話す方が楽しいだろう。
「興味あります?小夜子さんに―――――」
答えを聞くのが怖いくせに聞いてしまう―――――。
「ん〜・・・そうですね・・・一体どれだけの事に精通してるのかは興味がありますけど。
株や経済にも詳しそうですし」
清四郎は修理に熱中している。やはり専門的な事は難しいのだろう。
「小夜子さんみたいに出来た方なら清四郎の恋人も勤まるかもしれませんわね」
核心に触れる―――――。
一番聞きたかった質問で、一番聞きたくない質問でもあった。
「変な事を言うんですね、野梨子。話が合ったくらいで付き合っていたら
僕は今頃、姉貴と結婚してますよ」
清四郎は笑っている。まともに取り合っていない。
『興味を持っているようだから心配しているのに―――――』
そう思って野梨子はふと気が付いた。
こんな感じのやり取りを清四郎とした記憶がある―――――。
裕也に恋心を抱く前に、清四郎に止められた時だ。
あの時は立場が逆だった。
あの時、野梨子はムキになる清四郎を見て、
裕也を男性として好きになるなんてあるわけ無いのにおかしなことを言う、
と不思議に思った記憶がある。
だが野梨子は、裕也と恋に落ちた―――――。
「大抵の場合は友達はパスして恋人になるんですよ」
―――――そう言ったのは他の誰でもない、清四郎だったはずだ。
「そういえば」
清四郎は作業を続けながら、野梨子に背を向けたまま言った。
「今日小夜子と魅録と話してたんですが、来月ユニバーサルスタジオへ
遊びに行くことになったんですよ、野梨子も行きませんか?」
『まるで小夜子の付録みたいだ』そう思ってすぐに打ち消した。
嫌な自分だ。いつからこんなにひがみっぽくなったのだろう―――――。
当然この後、可憐や悠理も誘うに決まっているし、
何も野梨子だけが後で誘われた訳ではない。話の発端が小夜子というだけだ。
なのにどうしてこんなに気持ちが沈むのだろう―――――。
『もし清四郎が小夜子さんを好きだったら?』
そうだ、肝心なのは清四郎の気持ちだ―――――。
いくら野梨子が清四郎を好きでも清四郎が他の女性を好きだったら仕方ない。
小夜子の事を好きじゃなかったとしてもいつかは他の女性を好きになるだろう。
それは悠理かもしれない―――――。
可憐かもしれない―――――。
自分の全然知らない女性かもしれない。
その時自分はどうすればいいのだろう?
平気な顔で祝福出来るのだろうか?
黒い気持ちが頭の中を霧がかかるように支配する。
瞼が重くなり頭がくらくらする。
心の穴が広がり、もう穴であった事さえわからなくなった。
昼間の可憐の言葉が頭を過ぎる。
『本当に欲しいんだったらどんなことをしてでも手に入れなきゃ、
例え少しくらい自分を傷つけてでも―――――』
野梨子はまだ制服のままだった。
音も無くスカートのホックを外し静かにスカートか滑り落ちる。
リボンを解き、上からゆっくりボタンを外す―――――。
「悠理も喜ぶでしょうね、先月大阪に行った時は行きそびれて怒ってましたし」
清四郎は野梨子の変化には気がつかないまま、背中を向け作業を続けながら話し掛ける。
最後のネジを取り付け、修理は終わった。
試運転をして洗濯機が回る。もうガラガラと音はしない。
「出来ましたよ、野梨子、大成功です。意外と中は簡単な作りでしたよ、野梨―――――――」
振り向いた瞬間、清四郎は凝固した―――――。
そこには下着1枚だけになった野梨子が立っていた。
胸を両手で隠している。人形のように表情が無い。
清四郎は何かを話そうとするが声が出ない―――――。
話そうとすると、心臓どころか五臓六腑が飛び出そうな勢いだ。
驚きのあまり、後ろによろけてしまい、修理したばかりの洗濯機にもたれる格好になった。
肌を露わにした野梨子がゆっくりと近づいてきた。
「檻」の作者です。
>「大抵の場合は友達はパスして恋人になるんですよ」
この清四郎のセリフは本編では清四郎の心の中ので思ったことになっていますが
この中では、口に出したことになっています。
>檻
おおっ、の、野梨子! 大胆なっ!
よろけた清四郎に萌え〜〜
>檻
( д )゚ ゚ 野、野梨子〜!!
パンツ一丁!
>>30のつづきです。
11時ごろ、魅録はふらりと出て行った。
これから先何時間か、自分ひとりの時間だ。
あたいはソファから立ち上がって部屋に行き、置きっぱなしにしたバッグの中から携帯を取りだす。
早速、昨日会ったばかりの男に電話する。
理由なんて、ない。
「清四郎、起きてたか?」
絶対に朝寝坊などしないとわかっていて、わざと聞いてみる。
「まだ多少眠いですけど」
「野梨子は、そこにいるのか」
つい、聞いてしまう質問。
朝の10時を過ぎれば仕事に出て行くと知っていながら。
野梨子とずっと親友だからだろうか、自分でも理解できない感情だが、野梨子にだけは、
知られたくない。
自分が清四郎を想う気持ちと、野梨子への友情は自分の中では完全に独立したものである。
「もう、出かけました」
「そうか。今日は、昼からか?大変だな」
清四郎は、本当にタフだ。
しかし、自分が我がままを言って会い続けることが、清四郎に大きな負担を強いていると
いう考えは常に頭の中にある。
「それほどでもありませんよ。大丈夫です」
「……ああ、もう時間じゃないのか、悪かったな。じゃあな」
壁掛け時計が、ふと、視界に入ってきた。
「待ってください、悠理。……ありがとう」
「切るから。またな」
清四郎の最後の言葉は、あたいの心を少し、暖めてくれる。
午後からの入院患者の回診を終えた僕は、精神科の医局に戻って、自分の席につく。
親の病院であるとはいえ、今の僕は一精神科医でしかない。
姉も同様だ。
一息ついてコーヒーでも飲もうと席を立った時、一人の看護婦が近づいてきた。
「先生、美濃さんですけど、今週中にK病院に移転ということでよろしいでしょうか?」
美濃は、一月ほど前に幻覚症状を訴えて入院してきた患者で、その原因は長期にわたる
アルコール依存症からきていた。
この病院にはこの種の専門家がいないため、本来ならすぐにでも専門の病院へ移送するのだが、
たまたま先方に空きがなくてずっと預かる形になっていた。
ぼくがここで施すことができたのは、アルコールで弱りきった内臓を内科と協力した上で
回復させることと幻覚症状への対処療法のみであった。
「そうですね。確か木曜日に向こうの受け入れ態勢が整うはずです。再確認をお願いして
いいですか?」
「わかりました。若狭さんにも連絡入れておきます」
用件が終わると、看護婦はすぐに医局を出て行った。
他の医師はまだ回診やら外来やらに追われているのか、部屋の中には僕一人。
精神科は患者次第で診療が長くも短くもなる。
だから、次から次へと時間に終われて何も飲めず食べられずで過ごすこともあれば、
今日みたいなゆとりがある時もある。
ようやく、部屋の片隅のコーヒーメーカーから一杯分のコーヒーを注ぐ。
ミルクも砂糖もいれない、ブラック。
自分の椅子に戻り、鍵のかかった引き出しを開けて、財布なんかと一緒に入れてある
携帯電話を取り出す。
今朝遅く、電話で話したばかりの女にメールを入れる。
電話にしないのは、女の夫が家にいるかもしれないから。
『今度、いつ、会えますか?』
腕時計を見ると、内科の医師との約束まで、あと20分ほどあった。
この話の中に出てくる設定につきましては、私の妄想から出てきているものなので、
現実と照らし合わせておかしい部分はスルーをお願いします。
話は、まだ、続きます。
>ホロ苦い青春編
金沢を出てからの展開のオイシサ!やはり鬼門だったのか・・・。
魅録と野梨子はこのままうまくくっつくのか?それとも気持ちは
お互い惹かれつつもまだまだくっつけない展開も萌え〜
>檻
自然で目茶苦茶上手い文章で、二人の会話と野梨子の
複雑な気持ちを味わっていたら、いきなり強烈なシーンに突入?
どうなっちゃうの〜
>檻
す、すごい急展開にビクーリ
本当にどうなるんだー!
>いつか、きっと…
恋は清四郎が口にするコーヒーのようにほろ苦いのに、
求め合う気持ちは、何て切なくて甘美なんだろう。
すっかり、うpされるのを心待ちにするようになってしまいました。
>35さんの続きうpします。
(あのキスは夢だったんですの?……なんて、聞けるわけないですわね)
言葉が続かなかった。
魅録はどうしたのだろうか。何故、難しい表情を浮かべているのだろう。
「それで……どうしたんだ?」
「えっ、あの……つまり」
どうしても声が小さくなってしまう。
「魅録が……あの手の持ち主だったのかしら……なんて」
馬鹿な事を聞いているだろうか。
そうだ、魅録なら熱を出した友達の頭を撫でるくらいのことはするかもしれない。
いつも悠理にしているように自然に。
――悠理。
その名に心が重くなった。
おそらく、今自分が一喜一憂していること――魅録と二人きりで過ごすこの時間――は、
悠理にとっては、ごく普通のことなのだ。
「……ただの夢ですわね」
魅録の答えをよりも先に、野梨子は結論づけた。
どうして期待してしまうのだろう。魅録は優しいから誤解してしまう。
彼は、誰にでも自分にしてくれたように親身に接するのだから。
あの夢の中の感触は、私の想いが作り上げた都合のよい幻なのだろう。
「……俺は」
魅録のかすれた声が、野梨子の耳に届いた。
その刹那、緩やかなメロディが部屋に流れ出す。野梨子の携帯の着信音だった。
布団の側に置かれた鞄から、野梨子は携帯を取り出した。
そして――ディスプレイを見て、そのまま動きを止めた。
『菊正宗清四郎』
「どうした?取らなくていいのか」
不審に思ったのか、横から魅録が覗き込む。
野梨子は、鳴り続ける携帯を見つめることしかできない。
どなたか続きお願いします。
>ホロ苦
きゃー、清四郎ったら何の用なの?! こっちはいいとこなのにぃ〜!
かなり間が開きましたが、「two minutes」〜「six hours later」の翌朝の話をupします。
これまでの話は嵐様のサイトで『a few minutes』シリーズとしてまとめていただいております。
4レスいただきます。
コーヒーの夢を見た。
見た、というのは正しくないかもしれない。
眠りから抜けた時、記憶に残っていたのはその香りだけだった。
昨日の生徒会室の、あの妙な雰囲気によっぽど違和感があったのだろう。
目覚めは、いいとは言えなかった。
清四郎のカップで飲んだコーヒーは、とても美味しかった。
だってあれは、ミセス・エールのお土産で、本当に貴重ないい豆だったから。
それを清四郎は、ひと口も飲まないままカップごと寄越して、
そしてそのまま出て行った。
両手をあたためるようにカップを持ち、口元を隠すようにそれを口に運ぶ野梨子。
扉の向こうを睨むような目つきのまま、固い背中を向けて廊下に消えた清四郎。
寝起きにしてはしっかりした頭だった。はっきりと思い出せる。
または、昨夜は眠ってはいなかったのだろうか。
いつまでも『このまま』が続くはずはないと思ってたけど、早かったのかしら、
それとも遅かったのかしら。
ああ、ついに昨日、ホントに動いちゃったんだわ。
脳が命令を出さなくても、条件反射のように体はいつもと同じ朝を過ごす。
すなわち、一通りのエクササイズ、シャワー、スキンケア、ブロウ、
朝食とその準備と片付け、各種サプリメントの摂取、学校用の化粧、着替え。
ふと気が付くと、もう出掛ける準備は万端だった。普段より20分も早い。
別に早く行きたいわけじゃない。否、どちらかというと、行きたくない。
会いたくない。
全く、あいつらときたら、たいていの事は何でも小器用にこなすくせに、
ことそっち方面に関してはそろって下手くそだ。
本人たちより、あたしの方がその相関図をよく知ってる。
惹かれあっているふたりと、気付かず割り込んだかたちになっている男。
そしてあたしは、どちらにしろ恋を失う。
分かってたんだけどね。
例えば、もしも昨日より前に想いを告げていたら?
彼はその誠実さで、可憐のために答えを探しただろう。
自分に向き合っただろう。そうしたら、やっぱり自らの気持ちに気付く。
結果は同じだ。
始まる前から、あらかじめ失われた恋だった。
…思わずもう一度確認してしまった。もしかしたら、と思ったから。
周りのざわめきが耳につき、考え事からふと我に返った時には
いつの間にかラッシュの電車を降り、学校への道を歩いていた。
意識していないと、視線はどうしてもアスファルトの黒さを確かめに行ってしまう。
せめて何も変わらないままで、と願うのは所詮無理なことだった。
「可憐」
会いたくない女の声が顔を上げさせた。そのまま勢いで振り向く。
会いたくない男もその横にいた。
「珍しいですね、今日は早いじゃありませんか」
何も変わらないような、ふたりの並んだ姿。朝にぴったりの笑顔。
あんな強張った顔をした清四郎を、昨日、夢で見たのだろうか。
そう思うほど、清四郎の表情は穏やかで余裕があった。
野梨子にも昨日の不自然さはない。
どうして?どうしてそんな、なんでもない顔ができるの?
どうしてあたしのほうが落ち込んでるの?
あんたのあの辛い顔が、あたしを悩ませてたのよ?
もうひとりの当事者は何か教えてくれるかしら。
このふたりに尋ねるのは、自分に残酷すぎる。
「失礼ね、あたしだって晴れてりゃ早く来るわよ」
そういう芝居なら、あたしの方が得意だわ。
だって現に、気付かなかったでしょ?あたしのこと。
清四郎が自らの気持ちを知ってしまったのなら、
それが叶わなかったとしても、もう自分の出番はない。
清四郎には、振られたからといって他の女を身代わりにするような弱さも、
他の女に目移りするような軽薄さも皆無だから。
そんな時くらい不実な男だって構わないのに。
野梨子が何か話し掛けたので、その顔を見る。眩しくて凝視できない。
恋を知る者の一種独特の色気が、生来の美しさと相まって可憐をどきっとさせた。
いっそ、この子のこと嫌いなままならよかった。腹いせに傷つけてやるのに。
何でも持ってて、美人で、すましてて、高飛車で、あたしよりモテる。
そんな女、大っ嫌い。
なのになんであたしは、この子のことが好きなのかしら。
嫌いなところなら100個だって言える。1000個だって、言える。
好きなところはいくつ? たぶん片手で足りる。
だけどあたしはなぜか野梨子の幸せも願ってる。
魅録にちゃんと、大事にしてもらうのよ。
あんた達は清四郎を傷つけて、あたしの恋も壊したんだからね。
あたしは笑ってふたりに並んで歩く。間には、入らない。
今朝は、本当によく晴れてる。
可憐サイドでした。お邪魔しました。
>ホロ苦
>魅録のかすれた声
めっちゃ萌えますたw
「檻」の続きです。
ひたすらうpします。
こんな格好になったものの、自分でも何をしようとしているのか
野梨子にはわからなかった。
一歩一歩、清四郎に近づく。
目の前まで来て清四郎の手にそっと触れた。
清四郎の手はひんやりとしていて冷たい。
大きな手―――――。
何度となく自分を守ってくれた手―――――。
目を伏せながら、清四郎の手を取り、静かに自分の胸へ導いた。
「好きです、清四郎、愛しています―――――」
心臓が大きく波打っている。
その振動で清四郎の手が揺れてしまうのではないかと思う程に―――――。
ふと、顔を上げると清四郎と目が合った。
清四郎の目の中に映る自分の姿を見た瞬間―――――涙が出た。
違う―――――。
ひんやりとした清四郎の手に野梨子の涙が止め処なく流れる。
こんな事を望んでいたんじゃない。
―――――清四郎が好き。
―――――いとおしい。
―――――いつもそばにいて欲しい。
―――――誰にも渡したくない。
―――――抱かれたい。
その気持ちに嘘は無い。
でも違う―――――。
何かが違う―――――。
玄関の方から音がした。遠くで母とお弟子さん達の声がする。
野梨子は我に返って涙を拭き、慌てて服を着た。しばらくすると野梨子の母が姿を表す。
「ただいま、野梨子さん。ああ、やっぱり清四郎さんいらしてたのね。
玄関に靴があったから来ているんじゃないかと思ったのよ」
清四郎は黙っていたが、野梨子の母はさして気に留める様子もない。
「おかえりなさい、母様、随分お帰りが早かったのね」
泣いて赤くなっている目がばれないように、顔は母親の方には向けずに話し掛ける。
今日は神奈川の方で、関東の主だった家元を集めての茶会が開かれるということで、
野梨子の母もお弟子さん達を連れて、朝早くから家を空けていた。
帰りは夜中過ぎという予定だったのだが、まだ9時だ。
「今日は確か清四郎さんが修理に来てくれる日だったから、急いで帰ってきたのよ。
清四郎さん、もう御夕飯は済ましたの?
昨日、お弟子さんの御家族の方からふぐのお刺身をいただいたのよ。
清四郎さんと野梨子さんが揃っているときに皆で食べようと思って取って置いたの」
母はいそいそと割烹着を着けようとしている。
「母様、清四郎は明日、生徒会の仕事で学校に早めに行かなければいけませんの」
もちろん嘘だ。
「そうなの・・・、それなら遅くまで引き止めれないわね。
じゃあ、明日にでも食べましょうね。清四郎さん、今日はありがとう、助かったわ」
残念そうに気落ちしている―――――ごめんなさい、母様。
「玄関まで御送りしますわ、清四郎」
密かに流れている気まずいとも只ならぬともいえない独特の空気を
母に知られてはいけない―――――。
大きな扉を開け、外に出た。
まだ9月とはいえ、夜になると少し冷え込む。
風が強い――――台風が近づいているのかもしれない。
「ごめんなさい」
―――――野梨子はうつむき加減でそう言った。
清四郎は黙って野梨子を見つめている。
月明かりに映し出される野梨子は少し憔悴していた。
慌てて着た為か制服のリボンが少し乱れている。
「清四郎―――――」
綺麗な人形のような目が、真っ直ぐ清四郎を見据える。
風が吹く―――――風、風、風。
野梨子の綺麗に揃えられた髪が舞い乱れ、リボンがほどける――――――。
スカートが膨らみ、舞い上がる―――――。
その下から見える白い2本の素足が眩暈がするほど艶っぽい。
『もうきっと元には戻れない―――――』
野梨子はそう確信していた。
「さようなら―――――」
それは清四郎が見た、今までで一番美しい野梨子の姿だった―――――。
まだ、続きます。
連載いっぱいでうれしい悲鳴です!
>いつか、きっと
悠理と清四郎の気持ちがすごくじれったくて、いいです。
こんな二人だから別の相手と結婚しちゃったのかな。
>ホロ苦い青春編
> 「……ただの夢ですわね」
切ないよー、野梨子の気持ちが。ホロ苦い、だからアンハッピーエンドも
ありかな?
>next morning
> 惹かれあっているふたりと、気付かず割り込んだかたちになっている男。
これ、すごい気になります。割り込んだ方ってどっち?
>檻
くぅー、寸止めかぁ。惜しい…
「可×清 可憐さんにはかなわない」をうpします。
9レス使います。
>>
http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1061058759/620 久しぶりに六人が集まったのは、美童グランマニエ邸のパーティールームだった。
女達は何やら用意があるとかで、男だけで先に飲み始めている。
鮮やかなブルーのテーブルクロスがかかった小テーブルの上に、洒落たつまみと
数々の高級な酒、それにグラスが並ぶ。
「『秋の夜更けに恋人達と語らう宴』ねぇ。どうせ、美童が考えたんだろ、
このネーミングセンス」
「悪かったね、その通りだよ。でも、ぴったりじゃない?」
シルバーのタキシードで決めた美童が艶やかに笑う。
が、魅録はそれには答えずグラスを思い切りあおった。
グラスの中の琥珀色の液体が彼の喉にたちまち消えていき、美童が目を丸くする。
ふぅっとため息をついた友人に、これもブラックタキシード姿の男が話し掛けた。
「妙に飲みっぷりがいいじゃないですか、魅録」
話しかけられた方といえば、これもグレイのタキシードを身につけているが、
いつもに増して髪の色が明るく派手になった上に、耳にピアスの穴が2つ増えている。
しかも、どうしたことか瞳が全く見えない暗色のサングラスをかけている。
イライラした調子で吹かす煙草は灰皿に山積みだ。
紫煙の立ち上る煙草片手にグラスを空け、空けては煙草をぷかぷか吹かし、
吹かしては新しいグラスを取り、取っては中身を空にしている。
ガラの悪いこと、この上ない。どう見てもこれは、
(荒れている……)(ぐれている……)
美童と清四郎は顔を見合わせて目配せした。
「で、その後どうなったんだよ。結果くらい報告してくれよな」
突然、背中をどやされて清四郎のワインがこぼれた。手にかかったアルコールを
ナフキンで拭いながら答える。
「なんとか仲直りすることができましたよ。魅録のアドバイスのおかげです」
感謝の意味を込めて魅録の瞳を見ると、ニヤッという笑みが返ってきた。
「え〜、仲直りって?可憐と!?て、ことは可憐と喧嘩してたんだぁ。
へ〜〜、ぜ〜んぜん知らなかったなぁ、ボク」
美童が棒読みな台詞で割り込んできた。
喧嘩の原因は美童にも一因があるわけなのだが。清四郎は黙ってジト目を返した。
そんな冷たい視線を気にしてないのか、気づかないのか美童は無邪気につっこんでくる。
「それで?可憐とはどこまで行ったんだよ、清四郎。最後までいった?」
「もうちょっと小さな声で話してくださいよ、美童。まだですよ」
片耳を指で塞ぎながら、清四郎が低い声を出した。
あくまで無邪気に美童が首をかたむける。
「えっ、何々?聞こえないよぉ。最後までいったの?」
「だから、まだです」
「んっ、聞こえないなあ。もう、最後まで……」
コトンと音を立ててワイングラスを置くと、清四郎はおもむろに美童の左耳を
引っ張り上げ、腹式呼吸で発生した。
「ま だ で す っ !!」
☆☆☆☆☆☆
「いいじゃな〜い、このドレス。野梨子が選んだの?」
別室で上品なオパール色に輝くドレスがくるりと回った。
惜し気もなく肩のラインを出した、オフショルダーのドレス。
深めのフリルスリットと胸元にちりばめられた柔らかい色のスパンコールが
可憐のゴージャスなセクシーさを引き立たせていた。
「美童が選んだんですのよ。この靴やカツラも」
自分もドレスを手に取りながら野梨子は微笑んだ。
野梨子が手にしているものも、可憐と同じドレスだ。再びドレスがくるりと回った。
可憐は上機嫌で鏡に映る己の姿に魅入っている。
「でも、なんでカツラ?」
「だーーーっ、落ちる!野梨子、これ何とかしてくれよ!」
ベッドに腰かけドレスの着用に四苦八苦していた悠理が、胸元を押さえて怒鳴った。
野梨子が悠理の前に回る。
「やっぱり落ちてきますの?」
「だから言ってんじゃんよー。あたしに可憐と同じドレスなんか合うはずないだろ!?」
オフショルダーのドレスが悠理の胸では低すぎて引っかからないらしい。
裁縫道具を取り出しながら野梨子が答えた。
「私と同じサイズですのよ、悠理。私は背が低いですから丈をつめましたけど、
悠理は胸をつめた方がよかったですわね」
「野梨子っ。おまえ、あたしとドッコイの胸してるくせに偉そうなこと言うな!」
極細コンビの会話をよそに、可憐は金髪のカツラをかぶり、腰に手を当てポーズをつける。
「どぉぉ?」
ドレスが優美なラインを形作っている。スリットから見える脚は男だったら頬擦りしたく
なるようなカーブのふくらはぎと、キュッとしまった足首を備えていた。
金髪が半ばかかった顔に濡れた紅を乗せた唇が色っぽい。
「素敵ですわ、可憐。マリリン・モンローみたいですわ」
野梨子はにっこり笑う。その奥で悠理はしかめっ面をしていた。
可憐は鏡の中の自分をじぃぃっと見つめていた。
――少し、大胆過ぎやしないかしら。
――清四郎はきれいと思ってくれるだろうか。
――私だってわかってくれるかしら。
野梨子から、これからすることの詳細を聞いてからと言うもの、なぜか胸がコトコトと
鳴っていた。同じ格好をしたシルエットの自分達三人を、男性陣に選んでもらう。
選んだ女性が今夜のパートナーである。
「清四郎がちゃんと選んでくれるといいですわね」
野梨子の言葉に、可憐は当たり前でしょ、と笑ったのだが少し自信がない。
清四郎は影で私がわかる程、私のことを見つめてくれていただろうか。
どうも怪しい気がする。逆に体のラインでわかる程、観察されていたら、
それはそれで、うれしいが顔が赤くなりそうだった。
でも、もし、もし、一目で私だって見抜いてくれたら。
得意そうに微笑む清四郎が、自分に向かって手を差し出すところを想像する。
もし、そうだったら、私を選んでくれたら、今夜は――清四郎と……。
「でもさぁ、可憐は清四郎に選んでほしいんだろ?どうするんだよ、清四郎が可憐を
選ばなかったら。もし、他の男が可憐を選んだら?例えば、魅録がさ」
ドキッとして振り返る。そこには何とかドレスを着て、無造作にカツラをかぶった
悠理がいた。金髪のカツラは色白な彼女をハーフのように見せている。
可愛かった。おどけた口調に似合わない真剣な瞳。
そんな悠理の様子に可憐はふと口をつぐんだが、やがて鮮やかな笑顔を見せた。
「大丈夫よ。魅録が選ぶのは私じゃない、あんただもの」
悠理と魅録が大人の関係だと知らなかった野梨子は、あら、と驚いた。
オパールの光りに包まれた悠理は、それでも自信なさげな様子だった。
☆☆☆☆☆☆
待ちくたびれた男達の前に大きな白いスクリーンが運びこまれる。
きょとんとする清四郎と魅録に美童がこう告げた。
「さあ、ショータイムだよ」
部屋の明かりがストンと落ちた。そして。
巨大なスクリーンに三つの影が浮かび上がった。
どの影も大きくウェーブのかかったロングヘアに、身体のラインを際立たせたドレス。
靴で調節しているのか、身長差がほとんど無い。
三つの影たちは身じろぎもせずに立っている。
「これは……」
困惑する清四郎の後ろに美童がそっと忍び寄る。
「当てて。惚れた相手なら影だけでもわかるでしょ。言っとくけど、自分が選んだ
子が今夜のパートナーだからね。あとでお楽しみも用意してあるし、がんばってよ」
顔を見合わせる魅録と清四郎。再びスクリーンに目をやる。同じような影が三つ。
清四郎は額に手を当てた。
(これは……困ったぞ)
名案を思いついた。
「レディ達、ちょっと横を向いてもらえますか」
くすっという声が聞こえた。
彼女達は揃って右を向く。清四郎と魅録はため息をついた。皆、同じに見える。
(茶わんでもつめてるんですかね)
魅録は向って一番右の影を凝視していた。影の中で一番落ち着きがなく、キョロキョロ
している。右を向く時も、少しもたついていた。悠理だな、ありゃあ。
一番左は肩幅の狭さとなで肩具合から言っても野梨子――。と、いうことは、真ん中が
可憐か。そこで魅録はふと気づいた。一番右の影が少しうつむいてから、髪を後ろに
振り払う。あの、仕草は――可憐がよくやる癖だ。
清四郎は左の影が若干だが他の二つより背丈が低いことに着目した。野梨子でしょうね。
あと、二つは……。今は正面を向いた影を凝視する。胸の高さは茶わんか何かで誤魔化し
てるんでしょうが、横幅は騙せないような気がする。そしてわずかばかり真ん中が
胸からウエストにかけてのくびれ具合がいいような気がする……いや、でも右もいい感じ
かも。いやいや、やっぱり真ん中か。
清四郎と魅録の視線があった。清四郎は少し照れながら言う。
「僕は真ん中を選びますよ」
もちろん中央が「可憐」だと思ったからである。
ところが魅録の口からは思いがけない言葉が飛び出した。
「俺、真ん中にする」
魅録は右端が可憐、真ん中が悠理と考えたのだ。そして「悠理」を選んだ。
しかし、目の前の男はそうはとらなかったようである。
(魅録、可憐を選ぶんですか?)
清四郎の片眉が驚いたようにあがった。
「真ん中は……ですよ?」
「い、いや、違うって、だって右端……」
言いかけて魅録は言葉を飲み込んだ。清四郎を差し置いて当てちまっていいのか?
清四郎も気づかない何気ない可憐の仕草を、俺が気づいていいのか?
それはまずい。俺の方が良く可憐を知ってるんだ、みたいな素振りは豚汁の二の舞いだ。
こんな会話、悠理が聞いたら又……。まいったな。
急ピッチで飲み干した酒のせいで、魅録は今一つ頭が回らなかった。
「と、とにかく俺、真ん中!」
(真ん中が可憐だって。わかれよ、清四郎!)
魅録は酔った頭を振り絞りながら、必死で清四郎に目配せした。
彼は自分がサングラスをかけてるのを、すっかり忘れている。
グラサンかけたピンクの髪のヤンキーが清四郎に向かって、乱暴に顎をしゃくっていた。
(いいから、とっとと、俺に、可憐をゆずれ!?どういうことですか、魅録!?)
清四郎の顔が険しくなる。目線で左上を少し指し示しながら、訴えかける。
(この間は、僕と可憐の間を、心配してくれたじゃないですか)
(可憐のことは、僕が、一番よく知ってるんですよ、口出ししないでください?)
眉間に皺を寄せた清四郎がこう言っているかのように魅録は捉えた。
(あちゃー、怒らせたかな。まいったな。そうじゃないんだって。)
違う、違う、と魅録は手を顔の前で横に振った。
それを又、清四郎は誤って解釈する。
(.忘れた、忘れたあ……?なんですとーーー!?魅録!?男の友情をそんなに容易く破って
いいんですか?……いいんですか、そうですか。魅録を信じていた僕が馬鹿でしたよ。
とにかく僕は可憐だけは絶対に譲れません。)
美童は殺気だっている二人の様子に恐れをなして離れていたが、おそるおそる切り出した。
「あのぅ、そろそろ決まった?」
清四郎と魅録は同時に叫んだ。
「真ん中!!」「俺も真ん中だ!」
小競り合いが始まった。
「どうして魅録が真ん中なんです!?魅録は右端でしょう!?」
「いいんだよ、俺が真ん中だっていったら真ん中なんだよ。清四郎は右端にしろって」
「僕はもう決めました。僕が真ん中です」
「だから、真ん中はだめだって」
「なぜだめなんですか」
「だから……俺が真ん中だから」「魅録!」
「清四郎、俺の言う通りにしろよ!可憐のことは俺の方がよく知ってんだから!!」
そこで魅録は口をすべらしたことに気がついた。
「あっ……」
スクリーンの後ろで野梨子と可憐は息をひそめている。悠理の体から青い炎がゴオゴオと
立ち上っていた。悠理は怒りで真っ青になり、今にもドレスを引きちぎりそうだ。
(あんのやろう……っっっ!!!)
清四郎は腕組みをして微笑んでいた。しかし、両腕を掴んでいる指は力が入り過ぎて
白くなり、額にはくっきり青スジが立っている。
魅録は引きつった笑いを浮かべているが、譲る気配がない。
まあまあ、と美童がなだめに入る。ジャンケンで勝った者が順番にパートナーを選ぶことに
なった。全身に気合いが入った清四郎が勝ち、なんと魅録は美童にも負けて最後になって
しまった。当然、清四郎は真ん中、美童は迷わず左端、しぶしぶ魅録は右端を選ぶ。
こんな捨て台詞を残しながら。
「俺、知らないからな、清四郎」
清四郎は知らんふりをしている。合図でスクリーンが上がった。
清四郎と魅録は呆然としていた。
すっと美童が前に進み、自分の選んだ左端のパートナーの手を取る。
当惑気味の黄桜可憐が美童に手を取られて歩いてくる。
清四郎は額に手をやり、つぶやいた。
「あ、あれ、おかしいな……」
ふと気がつくと隣に自分のパートナー・真ん中の白鹿野梨子が微笑んで立っていた。
「選んでいただいて光栄ですわ」
あわてて清四郎は可憐に弁解する。
「い、いや、違うんですよ。よく見て、あの、選んだつもりだったんですけど……」
可憐はフンと顔を背けると、拗ねた調子で美童の腕を取り、そそくさと庭に出ていった。
部屋を出る時に美童はちらりと野梨子を見た。野梨子は手を軽く上げてうなずいて
見せる。美童は清四郎と野梨子を素早く見比べると、なぜか複雑な表情を浮かべ
出ていった。野梨子は美童の表情を不思議に思った。
スリットから脚を出しドレスを蹴り上げながら、悠理が近づいてきた。
「よ、よお。右端、悠理だったんだ。合ってたんだな。よかったんだ、右端で」
魅録は両手を前に出して悠理をなだめるような仕草をしたが、悠理は無言で
近づいてくる。
初めから悠理を選ぶはずだったのに、おかしいな、なんで俺、言い訳がましいんだ?
そして、なんでじりじり後退してるんだ?
やがて、魅録の前まで来た悠理は低い声で言った。
「……悪かったな、可憐じゃなくて」
「ち、違うって、ゆ……」
魅録は皆まで言えなかった。顔面に悠理のパンチが炸裂したからである。
落ちた魅録のサングラスを踏んづけると、悠理は肩を怒らし、どかどかと出ていった。
床にのびた魅録に清四郎が近づくと、彼はなぜか両目のまわりに丸くアザを作っている。
清四郎はぐちゃぐちゃに潰されたサングラスと魅録の顔を見比べてため息をついた。
「なるほど。それでサングラスをかけていたんですか」
以上です。つづきます。
>next morning
可憐ヒロインのお話読みたかったのでスゴイ嬉しいです!!!!
萌え萌え萌え〜〜〜可憐が清四郎を癒してあげるのは
ありえないのでしょうか…
続きをとてもとても楽しみにしています。
>70
next morningは、two minutesの続きですよ〜?
>檻
風の中の野梨子が綺麗…
そして。
可憐さんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!
今日ここに可憐さん読みたいーって書くつもりですた。
入り組んでる作戦でつね!
でも早く美×野が自分の気持ちに気付きますようにw
長文スマソ。
>可憐さん
久々でうれしい・・・。
グレ気味の魅録がめちゃカワエーでつ。
>ホロ苦い青春編
野梨子、電話取っちゃだめ!あなたには、魅録がいる…
>next morning
清四郎、気付け!あんたの側に、とびっきりのいい女がいることを
可憐さん…
キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
待ってました!
可憐ヒロインの話って大好きです。
魅録が哀れですね〜。幸せになれよ(w
かなり可憐に振り回されてる清四郎が可愛い(*´∀`)
>>50の続きです。
あたいが清四郎と会うようになったのは、…もう、2年も前になるのか。
「目が覚めましたか…」
あたいは、真夜中の午前2時、見覚えのない場所でベッドに横たわっていた。
かたわらのソファには、清四郎が座っていた。
あたいは、自分が何故ここにいるのか全く分からなかった。
「あんなに飲んでたんじゃ、覚えてないのも無理もないでしょう」
あたいはあまりの頭の痛さに、何も考えられなかった。
とにかく起き上がろうと身体を起こすと、清四郎が水の入ったコップを差し出してくれた。
あたいは奪うように受け取り、一気に飲み干し、清四郎につき返した。
清四郎は、何も言わずコップを受け取ってサイドテーブルに静かに置き、何事も
なかったかのように、文庫本のページを繰り始めた。
午前4時、あたいはベッドから抜け出して、バスルームへ入った。
清四郎はしばらく前から、ソファに座ったまま眠っていた。
あたいはこのまま寝かせてやろうと思って、音をできるだけ立てないようにした。
サッと顔を洗って、見られなくもない程度に寝癖を直して。
あたいは忍び足でバスルームから出て、備え付けの机に向かった。
清四郎のことだから、どうせ字が汚いとか間違っているとか言うだろうが、一応、
介抱してくれたお礼ぐらいは書くべきだと思ったのだ。
なのに。
「悠理、もう少し、付き合ってくれませんか…」
あたいは、びっくりして、声のする方向に振り向いた。
そこには、悲しそうな表情をした清四郎が、人恋しいと言わんばかりにあたいを見つめていた。
清四郎がソファから立ち上がった時、あたいの足は引きつけられるように清四郎の方へと向かった。
そして、あたいと清四郎の間の距離がほとんどなくなった時、あたい達は…。
それが、始まりだった。
僕が悠理を最初に気にし始めたのは、…いったい、何年前だろうか。
僕と悠理は、婚約していた。
お互いがお互いを好きになってその上で、なんて甘いものでは全くなかった。
悠理の母親の我儘から、『剣菱』を継げる人間が必要になったから。
しかも悠理が母親に、自分よりも強い男でないと言ったせいで、僕は悠理と決闘なんか
するはめになった。
もちろん、僕が勝利を修めたが。
それからわずかの間、剣菱グループの会長代行をやり、そこそこの実績を残してただの高校生に戻った。
悠理の母親の我儘も一段落着き、『剣菱』を継ぐ人間も必要なくなって婚約も自然解消となった。
ひとつ屋根の下で、それが剣菱邸のような広大な屋敷であっても、一緒に暮らした間に
僕は悠理の別の面を知ることになった。
悠理は確かに、朝はメイドが2〜3人がかりで起こさないと起きなかったし、どこに行くにも
車の送り迎えがあったし、家の用事を何一つするわけではなかったし、両家の子女らしく
振る舞うことは全くなかった。
だが、たくさんいるメイド達にえこひいきもしなかったし高飛車な態度も取らなかった。
自分なりに家の状況を理解しているらしく、只でさえ重圧で押しつぶされかねない兄を
気遣って明るく振る舞うし、ごく普通に父親や母親に付き合って、どう考えても普段の
悠理なら行かないような所へ行ったりもしていた。
そしてある日。
「清四郎、そんな根詰めてやってると、身体もたないぞ」
悠理が、ソファでいつの間にか転寝してしまっていた僕の頭を軽くポーンとはたいた。
「珍しいですね、心配してくれるんですか?」
ゆっくりと身体を起こしながら僕の口から出たのは、皮肉めいた台詞だった。
「ま、まあな。それもみんな、うちのとーちゃんやかーちゃんのせいなんだし…」
悠理は、いつものようにつっかかることなく、決まり悪そうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ。僕は鍛えてますからね」
僕は、悠理を安心させるためにニッコリと微笑んだ。
すると、悠理の表情が大輪のひまわりのごとく花開き…。
それが、始まりだった。
まだ、続きます。
>いつか、きっと
(・∀・)イイ!!
>可憐さん
(・∀・)イイ!! (・∀・)イイ!! イイ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!
> いつか、きっと
やった、今夜も読めて嬉しい〜!
馴れ初めも次第に明らかになってますます目が離せません。
引き止める清四郎が堪らない・・。
どうなってしまうの、二人〜。どうか幸せになってホスィ。
続き、楽しみにしてます。
>可憐さん
なで肩とか可憐の癖…は、結局ボケボケ男性陣の勘違いなの?
それとも、野梨子の策略なのかな?
続き待ってますー。
>いつか、きっと
い…いいっす!
清×悠 スキなのでとっても嬉!
余りべたべたしすぎず、かといってドライでなさすぎず。
今後の展開にも期待してマス!
続きまってまーす。
六本木、午後11時40分。
ターゲットの二人は、寄り添って繁華街を歩いていく。
気付かれぬように、10mほど間をあけて後にしたがう。
もう夜半に近いのに、この街は多種多様な人種が煩雑に入り乱れ、昼間と同じく
(もしかしたら昼間よりも)賑わっていて、その中で同じ人物を、
しかも一瞬たりとも目を離さず追い続けるのは、思っていたよりもずっと骨が折れた。
尾行は慣れていない。
もう少し距離を詰めようか。急に路地にでも入られたら見失うかもしれない。
追跡者は少し歩幅を広げた。まだ近づいても大丈夫かな。
こんなに人が多いんだから、滅多なことでは気付かれまい。
それにしても、この二人はどこに行くのだろう。
この明るい街の、どんどん暗い方へ暗い方へ向かっている気がするのは思い過ごしか。
…おい、ちょっと待て。この先は、いわゆるホテル街じゃないのか?
…マジかよ…。マジで、そういうことなのか?
「だからあ、結局清四郎はさあ、どう思ってんの?」
完全に酔っている。しかも、からみ酒だ。
美童は白い肌を実に色っぽく上気させて、清四郎のグラスに酒を注ぎ足す。
美童の土産の、なんとかいう地酒だ。座るなりいきなりハイペースで
呑み進めてしまったものだから、銘柄をじっくりあらためる暇がなかった。
美童は、珍しく振られたらしい。
約束の時間に2時間も遅れてきた今日のデートの相手は、なにやら美童の
プライドが甚く傷つくようなことをひとこと言い放ち、去って行ったらしい。
美童がどうしても口にしないので、詳しい内容は量り知れないが。
とにかく、なぜか一升瓶を一本ぶら下げて美童が菊正宗邸にやってきたのは
もうすぐ午後10時半といった頃で、そのせいで清四郎は隣家の様子を
窺うのを(正しくはそこの一人娘を、だが)中止しなければならなかった。
清四郎とて、噂を信じている訳じゃない。完全否定しているといってもいい。
隣に住んでいて、いつでもその真偽を確かめられる状況にいたのに
あえてそうしなかったのは、野梨子に対する信頼の証拠だった。
野梨子を監視、なんて、やってしまうとおそらく自己嫌悪のあまり死んでしまう!
けれどやっぱり、やっぱりどうしても気になる。
それで今夜はついに見てないような顔で、見えているだけだといった風情で、
視界の中に常に隣家を入れて夜を過ごしていたのだ。罪悪感に苛まれつつ。
だからどんな理由であれ、美童の急な訪問は清四郎にとって有難かった。
よかった。死なずに済んだ。
尾けられている。
さっきよりも追跡者との距離は近付いている。気付かれないと油断しているのだろう。
追跡者の正体は、こちらにはだいたい見当がついている。
やはり内緒にしておくのは無理があったのだろうか。
隣を歩く人物も背後の存在に気付いたようだ。互いに目で合図する。
タイミングを合わせて振り返る。
「うわあっ!」
二人から3mの距離にいた追跡者は、飛び上がらんばかりに驚き、大きな声を上げた。
その声にターゲットの二人は大慌てで同時に追跡者をたしなめる。
ただし事情により『!』は付くが、ささやく程度の音量で。
「バカ、悠理!」
「声が大きいわよ!」
魅録と可憐の静かな剣幕と、尾行がいとも簡単に発覚した驚き及び気まずさで、
悠理の言い訳はすごい早口で、しかも句点が無くなっていた。
「だって、なんかあたいに内緒でさ、二人でコソコソしてるからさあ、
気になってさ、ちょっと、おどかしてやったら面白いかなーって、思って…、
ごめん、こんな、だってこんなとこに来るなんて、お前らが、だって、
そんな、そんな付き合いってさ、あたい知らなかったんだもん!」
喋っているうちに興奮と照れで悠理の顔は赤くなり、それにつれて
どんどん声のボリュームが上がっていく。
大声で目立つ訳にいかない。可憐たちの『ターゲット』もすぐそこにいる。
「違うわよっ、とにかくちょっと黙りなさい!」
可憐は喋り声に合わせて上下する悠理の両腕を押さえた。
そして魅録は悠理のぱくぱく大きく開けて音を発する口を押さえにかかり…、
しかしその前に、悠理の声は止まっていた。ただし、口は大きく開いたままだ。
そして、魅録と可憐が急に声と動きを止めた悠理の顔を同時に見た、
その長めの一瞬の後、悠理の丸く見開いた目は何かに固定され、
開いたままの口が親友の名前を呼んだ。
「野梨子」
「悠理」
そして、悠理に向き合っている魅録と可憐の背中の向こうから、
彼らの『ターゲット』の声が聞こえたのはそれと同時だった。
今回は以上です。失礼しました。
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
ヌハー悠理がかわいいよぅーw
可憐も原作っぽさがすごく出てて好きです。
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
わーい!待ってましたよ。
有閑っぽい雰囲気がすごくイイ!
野梨子は本当に男とホテル街に消えてたのか・・・?
ターミネーターのテーマが聞こえる。
悠理は、カバンの中に入れたままにしていた携帯電話を取った。
「もしもし」
「遅くにごめん。美童だけど、ちょっと手伝って欲しいことがあって」
美童の声は恐ろしく聞き取りにくい。
恐らく、どこかのクラブにでもいるのだろう。
「お前、デートなんだろう?一体どういった風の吹き回しなんだ?」
もうそろそろ寝ようと思っていただけに、厄介な話は勘弁してもらいたい。
「僕一人じゃ、清四郎を担いで帰れそうにないんだ。頼むからさ」
美童の声は、どうにも冗談を言っているようには聞こえない。
だが、デートと清四郎がどう繋がるのかわからない。
「なんで、デートに清四郎を連れて行ったんだ?」
「デートはキャンセルした。理由は後で話すから、とりあえず、ここまで来てくれない?」
「ちょっと待て。書くもん用意するから」
悠理は机に座って、紙とシャーペンを用意する。
「で、どこだ?」
「『Hangout』って知ってるだろう?」
「ああ、知ってる」
確かに、都内にあるクラブで、倶楽部の面々とも行ったことのある場所である。
「頼む。ほんとに悪いけど」
悠理は、重い腰を上げることにした。
どうも、真剣に取り合うべき事態であるらしい。
「わかった。なるべく早く行くな」
約1時間後に、悠理は目的の場所についた。
車で単純に行けば30分もかからないのだが、1ヵ所寄り道した為に倍以上の時間が
かかってしまった。
急いで地下の入り口への階段を下りてドアを開けると、週末でもないのに、むせ返るほど
人で溢れている。
清四郎が潰れていることを考えて、隅っこの方から歩くことにした。
「悠理!こっち、こっち」
ほどなく、美童の声が聞こえてきた。
悠理は目を凝らして周囲を見渡すと、入り口の真反対付近で美童が手を振っているのが見える。
悠理は、同伴者の手を引いて器用に人ごみをすり抜けていく。
美童達のテーブルの前に辿り着くと、美童の隣に酩酊状態の清四郎がいた。
「大変だったな、美童」
美童は、予期せぬ人物が悠理の傍らにいるのに驚愕の色を隠せない。
「野梨子……」
「なんとなくさ、呼ぶべきだと思ったんだ」
悠理は今まで、野梨子を蚊帳の外に置き続けたことに良心の呵責を感じていた。
悠理自身関わりあいたくて関わってしまったわけではないが、何かが自分の周りで起こっていて
自分だけが何も知らないというのは、決して気分がいいものではない。
悠理の言わんとしている所がわかった美童は、隣の清四郎を見て言葉を発した。
「清四郎だって、時には、こんな風になったって、いいと思うんだ。でないと、前に
進めないからね」
「そうですわね、美童」
野梨子は清四郎の隣に座り、その右手が握り締めていた空のグラスを、指を一本一本
ゆっくりと外してテーブルに置く。
悠理もいつの間にか、美童の隣に座っていた。
その夜、美童は清四郎を自宅に連れて帰った。
杏樹は林間学校で昨日からいないし、父親は仕事で本国に帰っていたからだ。
母はいるが、グランマニエ家唯一の常識人である彼女は、例えこんな状態の清四郎を
見たとしても、後日絶対に清四郎をからかったりなどしない。
むしろ、清四郎のプライドの高さを思えば、気の強すぎる姉と心配性の母が待つ自宅へ
帰す方が気の毒な気がした。
もちろん、清四郎の家に電話を入れることは忘れなかった。
まだ、続きます。
>いつか、きっと
わー、どうしよう。不倫な二人に肩入れしてしまいそう。
でも二人の配偶者も気の毒過ぎる…。ひょっとしてこの二人も?
てなことはあるのかな。
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
ドキドキしますね、一体野梨子はどこへ行くのか…。
続きが早く読みたい!
>Sway
はぁ〜、ほんとにいい友人に囲まれて清四郎も、魅録も、可憐も
よかったよね。でも酔いつぶれたてことは清四郎は本気で可憐が
好きだったんだねぇ、残念(まだリベンジあるのかな?)。
「雨がボクを狂わせるので」うpします。4レス使います。
美童グランマニエは、ものすごい喉の乾きに襲われて目覚めた。
起きるなり、今度はひどい二日酔いに見舞われ、頭を押さえて唸る。
船酔いのような目眩と吐き気、そして頭痛。
冷たい水を求めて起き上がる。起き上がる時にシーツが裸の皮膚にくっつき、
ばりっと剥がすと一瞬痛みが走った。喉がひどく乾いている。
カーテンを閉切った暗がりの部屋の中で、床の上に落ちていたものを蹴飛ばし、
机の上にあったミネラルウォータをグラスについで飲み干した。
しばらく頭を押さえていたが、やがて立ち上がり窓のカーテンを一気に開ける。
眩しい太陽の光り、爽やかな風、微かに聞こえる鳥のさえずり。
気持ちのいい朝だった。ひどい二日酔いであることを除けば。
それでも新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むと、このところ続いていた不安感から
解き放たれたような気がして、美童はうれしくなった。
さて、今日のデートの予定はどうだったかな。
そこで初めて部屋の中を振り返った。
まず目に入ったのは木っ端みじんになった瀬戸物の大きな飾り皿だった。
部屋の中は嵐が通ったように滅茶苦茶になっていた。倒れた椅子や放り投げられた
衣類、床にはアンティークなランプの残骸と、花瓶に生けてあったはずの薔薇が
散乱している。自分が寝ていたベッドに近寄ってみると、白いシーツに点々と
赤い染みがついている。美童は自分が震えているのに気がついた。
思わず自分の両腕を抱え込んだ時、鈍い痛みが襲う。白い腕には無数の新しい
傷跡が出来ていた。よろよろと大きな鏡の前まで自分を運んだ美童は、
恐怖の余り、声にならない悲鳴を上げた。
鏡の中には、体中に無数の赤い傷をつけた自分が立っていたからである。
白磁の男の胸に腹に背中に、まるで罪人が鞭打たれたような赤い印が、
くっきりと刻まれていた……。
美童は失神した。
点滴の液がぽたりぽたりと落ちている。
話し終わった美童は、ふっと一息ついて、ベッドの傍らの人物に話しかけた。
「ねぇ、清四郎。僕が例えば二重人格だったり、夢遊病者だとしたらさ、
何か気づいたことない? 普段と変わったことを言ったり、変なことをしたり
したことないかな。」
どんな時も冷静な顔を崩さない男は黙ってベッドに横たわる友人を見ていたが、
やがてこう言った。
「別に気づきませんでしたね。いつもと一緒だと思いますよ」
がっかりしたような、諦めたような表情で美童は天井を見た。
「……そう。なら、いいんだ。」
清四郎はじっと点滴の液が落ちるのを見た。ぽたりぽたり。
「美童、これは例えばの話なんですが……、例えば、もしも美童が二重人格か
夢遊病者だとして、それはいけないことなんでしょうか。」
青い瞳が怪訝そうに清四郎の方に向いた。
「どういうこと?」
「つまり……、二重人格だとしたら本来の美童とは違う別の人格の美童、夢遊病だと
したら夢を見ている時の美童、それが存在するのは、美童は嫌ですか?」
「嫌だよ!当たり前じゃないか。取り返しのつかないことになったら、どうするんだよ。
だって、その時の僕は僕じゃないんだぞ?」
「そうじゃないかもしれない。」
独り言のように友人が呟くのを聞いて、美童は憤慨して体を起こそうとしたが、
ふと気がついて、背筋に寒気が走るのを感じた。
「清四郎……。お前、何か知ってるな……?」
清四郎は窓の方に向かって立ったまま、振向かない。明るい太陽の光りが彼の表情を
伺うのを妨げた。やがて美童の方に向き直った清四郎は静かな声で問う。
「知りたいですか?」
ぽかんとした顔で清四郎を見ていた美童は、彼の視線の強さに耐え切れず瞬きをした。
そして掠れた声で答える。
「……知りたいよ、僕のことだもん。」
清四郎は尚もたおやかな美男子の顔をじっと見つめ続けたが、うなずくと彼の部屋を
後にした。
「わかりました。『みんな』にも協力してもらいます。」
部屋のドアを閉める時、不安そうな美童の顔が、ちらり、と、見えた。
***つづく***
>雨がボクを〜
わぉ!
クライマックスですね!
「みんな」がそれぞれのことを知っているのが
こわいー。
でも続きたのしみー
>雨
前回感想書きそびれちゃったんですが、
清×美のシーン、すごい迫力で圧倒されました。
金の狼と美しい鷹って表現がイイ!
真実を知ったら、皆どうなっちゃうんだろう。想像もつきません。
そして、冒頭のシーンにどうつながるのか…。
早く読みたいです。
>雨
待ってました!
私も前回書き込むタイミングを逃しちゃったんだけど、>112タンと同じく
金の狼と美しい鷹っていう表現が好きでした。
クライマックス、とても楽しみにしてます。
思いついたのでupします。
1レスお借りします。
「うん、またね。・・・もちろん、ぼくも愛してるよ」
彼女が切ってから通話を終える。
苦痛に満ちた一瞬。
部屋に降りた沈黙の粒子が増殖するそのまえにやらなくてはならないことがある。
「えっと〜、あとはシャルロットととソフィーとセシルに電話してっと」
ことさら明るい声で、メモリを探る。アドレスにながながと名を連ねる
世界各国の彼女たちは、とりどりの花々にも似て彼の人生を彩ってくれる。
彼が生きてきた証、存在する理由。
ーーしかし。
「・・・なんか、気がそがれちゃったな」
なぜか、あの大食らいの底抜けに明るい笑顔が浮かんだ。
太陽のような、と形容するにふさわしい生気に溢れた輝き。
緑の瞳だったのか、青いそれをしていたのか、遠い海の向こうの彼女たちは
眩いその光にくらんだかのように無彩色に褪せてしまった。
ヨーロッパと日本のあいだの距離を埋める作業に空しくなる。
音楽のように耳を刺激してくれるだろうフランス語の甘い響きよりも、
確かなものがあるのだから。
「あーあ、お腹すいちゃった、・・・かな?よし、ご飯でも食べにいこう!」
ダイアルしたら、誘い文句は決まっている。
呼び出し音が終わる。
わずかなノイズの向こうに無限の広がりを感じた。
「もしもし、悠理?よかったら、これから焼き肉でもどう?」
すいません、sageるのを忘れてしまいました。
逝ってきます・・・。
止まらなくなったので、どんどん行きます。
>>110 玄関のベルを押す。しばらくしてからドアが細く開き、チェーン越しに久しぶりに
見る可憐の顔が現れた。可憐はじっとこちらを見ると、
「なんの用?」とつっけんどんに聞く。
「美童の件です。」
その途端、ドアがバタン!という音を立てて閉まった。
清四郎がもう一度ベルを鳴らそうとした時、ドアが再び開き、彼は招き入れられた。
可憐は煙草に火をつけた。二人ともずっと黙ったままだ。耐え切れず、可憐が口火を切る。
「それで、美童は何て?あたしに悪かったって謝ってきたの?」
「いえ、全然。」
ムカッとして可憐は振向いた。
「じゃあ、何しに来たのよ!」
清四郎はソファに腰かけたまま、膝の上で手を組んでいる。
「可憐の話を聞きに来たんです。何か美童に話したいことがあるんじゃないかと
思って。」
そう言って、持参したビデオカメラを取り出した。
「何よ、それ。カメラに向かって喋れっていうの?やめてよ、馬鹿馬鹿しい。」
「これは余り気にしないでください。ただの、立会人みたいなもんです。それよりも
僕に、教えてくれませんか。美童がどんなふうに可憐に関わったのか。そして、
可憐が美童によって、どう変わったのか。」
「やめてよ。」
「美童に与えられたものは何か。美童は何をしに来たのか。」
「……」
「どうぞ。可憐。」
ビデオカメラのレンズが可憐の方に向けられていた。レンズの中に
自分が映っているのを可憐は見た。
あの時の自分、そして美童。美童が私に何をしたか。それは――。
可憐は座った。
久しぶりに見る可憐は、少しやつれたようだった。化粧気のない頬は白く、いつも
知っている彼女より幼い感じがする。画面の中で彼女は散々ためらったあげく、
決心したようにこちらを見据え話し始めた。
「あの日のことだけど、美童――。私は怒ってないわ。」
あの日。気がついたら目の前にドアがあった。何でこんなところにドアがあるんだろう。
ああ、そうだ、僕は出かけていくとこだったんだな、と思い、ドアを開けたら、
後ろから可憐がかけてきた。可憐は――裸だった。
「美童、美童はあの時、私をなぐさめに来てくれたのよね? 私、心がぐちゃぐちゃ
だったから、美童が来てくれてとても嬉しかったの。美童が来て、やさしく話を
聞いてくれて、それでそれで……、一緒に『パスタを食べた』よね?」
パスタ……。色は?味は?どんな皿だった?何も覚えていない。
「うれしかったの。帰る時、「何も覚えてない」ってふりされて、すごくショックだった
けど、考えたら、それも美童なりのやさしさだったのかなって。私達、友だちだし、
気まずくならないように考えてくれたのかなって。ね、美童?」
可憐は微笑んだ。その目尻に何か光った、と思った瞬間、画面が切り替わる。
見覚えのある家だった。豪奢な調度品。栗毛色の髪をした彼女。
話しずらそうに咳ばらいをしている。
「あの、埋めた子猫に名前つけてやったから。どんな名前になったか、知りたかったら
来いよ。おわり。」
何の子猫だろうと考える間も無く、又画面が変わった。
一瞬、ピンク色の髪が映ったがすぐに画面からはずれる。立ち上がったらしい。
カメラも移動して、窓際に佇む魅録の姿を捕らえる。
煙草を吸うのをずっと映し続けている。
黙ったまま、魅録はずっと煙草を吸い続けていたが、やがてため息をつくと、
こちらに向かってきて、画面に手を伸ばす。一瞬真っ黒になった。
着物姿の野梨子が歩いている。ここは、白鹿家の庭だろう。野梨子の後をカメラが
追いかけている。野梨子の前にまわる。困った顔でこちらを見上げる野梨子。
「清四郎、やめてくださいな。」
ここで、清四郎の声が入った。
「野梨子、今の美童への気持ちを言ってください。」
はっとした顔で画面を見る野梨子。俯き、じっと考えている。やがて、ぽつりと
呟いた。
「愛してますわ。」
画面が切り替わった。――どこだ、ここは?
窓の外で稲光りが光った。雷鳴が轟く。雨が降り出す音が聞こえた。
ぱちりと部屋の灯りがつくと、僕の部屋だった。
ベッドに腰かけているのは――『僕』だ。
笑っている。こちらに向かって話しかけてくる。
「何を撮ろうというんだい、清四郎。ずいぶん様になる格好だね。」
清四郎の声がする。
「君が言ったんですよ、美童。本当のことを知りたいと。」
ベッドの上の『僕』はにやにや笑っている。
「知りたい、か。とぼけてくれるね、全く。とっくに知ってるはずさ、『彼』は」
「何も知らないみたいでしたよ、『あなた』は」
「違うね、『彼』は知ってるよ。だって僕は彼の腹の中にいたんだもの。知らないはず
はないのさ。ただ、理想の自分と僕が余りにもかけ離れているもんだから、
他人のふりをしているってわけ。」
僕の顔がだんだんと大きくなり、画面いっぱいのアップになった。
画面いっぱいの僕は僕にこんな顔ができるのかと思うくらい、邪悪な笑顔を浮かべて
いた。邪悪で、凶悪で、だが自分ながら見愡れる程、美しい笑顔だった。
「ね、そうだろう、『美童』くん?」
『僕』が画面に近づいてきたかと思うと、画面をはずれて何も見えなくなった。
一瞬の暗闇の後、画像が終わり、砂嵐になった。
僕は、美童グランマニエは、砂嵐になっても画面から目を離すことができなかった。
隣で菊正宗清四郎がリモコンを使ってテレビを消す。
その表情は、僕に同情したようにも、僕を負かしたような勝利の笑みのようにも見えた。
彼は知っている―――。
「清四郎、どう思う?僕は全て知ってるんだろうか。知っていて忘れたふりを
しているんだろうか。例えば―――、これも。」
パジャマの上半身を脱いで、まだ傷跡が生々しい体を指し示す。
清四郎は真っ暗になったテレビの画面を見つめたまま、動かない。
僕はしつこく言った。
「ビデオに映っていたのが僕だとしたら、確かに僕は知っていて、思い出せない
だけなのかもしれない。清四郎、思い出す手伝いをしてくれないかな。」
「無理に思い出すことはないでしょう。あなたと彼、住み分けているなら、
その方がいいんじゃないですか。思い出すということは、つまり―――
彼とあなたはジキルとハイドでも、夢遊病でもなく、本質的に同じだという証明になる
んですよ」
なぜか清四郎は苦しげに言い放った。
「それでも、いいんですか。」
僕はそれでも言い募った。
「それでも、いい。知りたいんだ、僕の本当の姿を。」
清四郎はこちらを見た。驚いたことに、彼の瞳に浮かんだのは歓喜の色だった。
「……いいでしょう。だが、最初に断っておきますが、楽ではありませんよ。」
僕の喉が無意識にゴクリと鳴った。清四郎は僕のベッドの下を探ると、何やら
取り出した。それは―――。
「せ、清四郎……!?」
黒く光り、よくしなるソレは、僕がかつて愛用した乗馬用の鞭だった。
清四郎は鞭の先をしならせ離すと、ヒュッと音がした。
そのまま近づいてくる。僕の目の前まで来ると、冷たい表情でこう言った。
「行きますよ。」
「わ、わっ。ちょ、ちょっと、待て、清四郎。嘘だろーっ!?」
僕の叫びも空しく、振り上げられた鞭はそのまま僕の皮膚を直撃した。
。。。つづく。。。
>雨がボクを狂わせるので
わー、起きててよかった! 一晩で2回も読めるとは! 続き激楽しみです。
カメラを向けられたそれぞれの反応が良いです。特に魅録。そりゃあ、あんなこと言えねえってw
>雨がボクを狂わせるので
昨日の晩、ストーリーを再度叩き込むために嵐さんとこで読み返してきました。
ようやく、美童は知ったのか…。でも、杏樹がまだ出てきてないってことは、
もうちょっと何かあるのかな?
124タンに禿同。確かに、魅録、あんなこと言えないはず…。
…6、7、8…、清四郎は呼出し音を数えていた。野梨子はまだ電話を取らない。
13、14…。たまらなくなって清四郎は通話終了のボタンを押した。
昨日、魅録と出掛けたことは知っている。野梨子の気持ちも知っている。
そして朝までに帰らなかったことも。今、野梨子がどういう状況にいるのかを
考えると心配で、いや、不安で、いてもたってもいられなかった。
正直、昨夜は一睡もしていない。
どうしてこんなに僕は野梨子を気にかけてしまうんだろう?
折り返しての着信は、ない。
野梨子は、電話にすぐ出なかった自らの不自然さを後悔していた。
もう鳴り出してから20秒近く経っている。ディスプレイを確認してからも10数秒。
清四郎と分かって出なかったと、魅録に知られるのは嫌だった。
魅録が野梨子のそばに来て、訝しげに野梨子の手元を覗き込んだ瞬間、
着信音は途切れ、ディスプレイの名前も消えた。
魅録は、清四郎の名前を見ただろうか。
どうしてこんなに私は清四郎にも魅録にも後ろめたい気分になるのかしら?
ライトも消えた携帯が、野梨子の手の中で熱い。
一瞬で充分だった。魅録のよく知った名前がディスプレイから消えていった。
画面に機械的に表示されたそのただの小さな数文字は、消え際のたったの一瞬で
重い錠となって魅録の口を閉ざし、発露しかけた想いを閉じ込めてしまった。
このタイミングで電話をかけて来た清四郎。発信者を知って、あえて出なかった野梨子。
その意味は?考えるのが怖い。
「なんだ切れたのか、誰だったの」
「非通知だったから、ちょっと躊躇しましたの。最近いたずら電話が多くて…」
…野梨子、その嘘の意味は?
もう、電話が鳴る前の会話は続かなかった。野梨子は今度は自分で汗を拭き、着替えた。
今から出ても、東京に着くのは早くても昼を過ぎるだろう。
それまでの数時間、二人きりでいられることが嬉しいのか辛いのか、
二人とも、もうよく判らなくなっていた。
どなたか続きお願いします。
「あの…魅録?」「…なに」「もう、出ませんこと?時間も時間ですし。
今から出ても夕方になりますわ」
ふと壁に目をやると、時計の針は9時を指していた。「…ああ」
1秒でも多く一緒にいたいと思った想いは、嘘じゃない。
今だって、手を伸ばせば触れられる距離なのに。
お互いのあいだに流れる空気の色がさっきとは違う事。
簡単に超えられそうで、決して変えることの出来ないその一瞬が2人の胸を締め付ける。
この場所から逃げたい。胸が焦がれる。哀しい。哀しい。
ガチャ
合鍵を友人の指定した場所に置き、2人はアパートを後にした。
「……」「……」魅録は何も言わずに車を運転していく。
野梨子は野梨子で、行きと同じように膝元のバッグをまさぐっていた。
「…なぁ」「え?」「ホントにごめんな、俺…」前を向いたまま、静かに告げる。
うつむいた野梨子が静かにかぶりを振って言った。「ありがとう、魅録」
運転席の彼を見つめた。黒髪が衣擦れの音をたてる。「──ありがとう」
(───!)きれいな笑顔。イノセンス。
胸がつまって、何も言う事が出来なかった。
そろそろ車は家路に着く。道が込んでいて、辺りはもう暗くなっている。
何も終わっていない。まだ、始まったばかりだ。
キキッ
「本当にありがとう。熱の事も。白波さんによろしくお伝えくださいね。またあし」
無意識のうちに野梨子の手首をつかんでいた。
裕也の笑顔。『しっかり彼女を守ってくれよな』
『菊正宗清四郎』光る携帯のディスプレイ。何もかもが、頭の中を駆け巡る。
黒く澄んだ瞳は紫の夜に溶けて、深い。
「……」
何も終わっていない。まだ、始まったばかりだ───
どなたか続きをお願いいたします。
>ホロ苦い青春編
やっと金沢から帰ってきたのね、お帰り〜〜。
長い旅行だったね(W 裕也のことは一件落着し、二人の間はどうなる
のかな。作家さん達ありがとう!続き楽しみです。
>雨
好きな作品なんで読めて嬉しいです。
それぞれの反応がそれらしくてイイ!
目に浮かんできます。
どう決着がつくのか、楽しみにしています。
>恋人までの距離
久々の美×悠だ!
このカップリング、結構好きです。
これから、恋人になるまでの話が読みたいです!
ぜひ、続きをお願いします!!
>>87の続きです。
「あんたも、子供産んだらいいのよ」
可憐の腕の中には、3ヶ月になろうとする娘がすやすやと眠っている。
あたいと可憐の声にびくともせず、やすらかな寝顔は天使そのものだ。
「そのうち、な」
あたいは、あいまいなことを言ってやり過ごす。
可憐は、あたいと清四郎が会ってるなんてもちろん知らない。
つい一年前まで美童と二人してロンドンに留学してたし、帰ってきて早々に子供が出来たしで、
このところの可憐はかつてのように鋭くはない。
「あんたんとこってさ、豊作さんとこにも子供いないでしょ。おじさまもおばさまも
待ちかねてるんじゃないの?」
「確かに、そうだけどな」
うちの両親だけじゃなくて、意外にも魅録の両親もそんなそぶりを見せる。
でも、子供が出来るために必要なことを全くしていないあたい達は、いつも苦笑いして
ごまかすことしか出来ない。
「うちのママなんか、『結婚はどうでもいいけど、子供だけは産んで頂戴ね』とか
言ってたんだから」
可憐は腕の中の我が子を、本当に愛おしそうに見つめる。
玉の輿だ、男はステイタスだとか言っていた頃の面影は、全くない。
「でも、大変だろう?仕事もして、赤ちゃんもいると」
「大変じゃないなんて言わないけど、美童もいるし、ママもいるし、何とかなるもんよ」
親がかりなあたいに比べて、自分を持っている可憐は、たくましい。
あたいは、中途半端な自分が、嫌になってくる。
「そうそう、忘れる前に渡しとかなきゃ。悠理、ちょっと抱いててくれる?」
可憐は立ち上がり、ほいっと娘をあたいの前に差し出す。
あたいは両手を出して、可憐の娘を抱き取る。
可憐は左手奥にある部屋に一旦入って、小箱を片手に戻ってきた。
「これ、おばさまに頼まれてたもの。遅くなっちゃって、ごめんなさい」
中には、いかにもかーちゃんが好きそうなチョーカーが入っていた。
「忙しそうだね」
僕は、久しぶりに人と酒を飲んでいる。
目の前の人物に会うのは、何年ぶりだろうか?
「美童も、忙しいんじゃないんですか?」
「僕は、入りたての人間だから。こき使われるのは当たり前」
大学を卒業してから大学院に行ったりして、美童が社会人としてスタート切ったのは、
つい1年前のことである。
某新聞社に入社して、『朝討ち夜駆け』が当たり前の政治記者をしている。
あの遊び人が、こんな拘束時間の長い仕事をよくしているものだと感心する。
「で、どんな感じなんですか、新聞記者っていうのは?」
僕は、ある意味、美童がどういう職業を選ぶのかに興味があった。
美童の父親は大使をしていたが職業外交官ではなかったし、破産寸前だったといわれる
フランスのグランマニエ本家を建て直したが、私欲のない人間として有名である。
もちろん、本人が望めばそこでそれなりにキャリアを重ねることができるだろうが。
「おもしろいよ、正直なところ。政治って、人だからね。どう質問したら相手がこっちの
聞きたいことに答えてくれるか考えてると、ちょっと、女の子口説くのに似てるかもとか
思ったりする」
美童はいたずらっぽく微笑み、グラスを重ねる。
親の期待も、周囲の思惑も関係なく、時間こそかかったかもしれないが、じっくり考えた末に
決めたのだろう。
僕は、作られたレールの上を乗ってきた自分に嫌気がさしてくる。
「誤解しないで。もう、昔のように遊んだりしてないって」
「そんなこと、誰も言ってませんよ」
慌てて釈明する美童に、僕は思わず笑ってしまう。
「相当な覚悟でもって結婚したことくらい、わかってますから。しかも今は子供まで
いるんですから…」
僕がここまで言うと、美童は自分の娘がいかにかわいくて、いかに自分と可憐の
いいところばかりとっているかについて語り始めた。
僕は、当分、この親バカぶりに付き合わなければならない。
【続く】
>いつか、きっと
魅×悠はセックスレスなのかぁ。それは、やはり魅録も・・・?
続きお待ちしております。
すみません、どんどんうpさせていただきます。
>>123 先生は黒髪をかきあげると、僕が差し出した答案に、ボールペンで朱を入れていった。
その間の僕は、マホガニーの机の下で、時々、先生が組替える白い脚に
目が釘付けだった。黒い膝上5cmのスカート。
太腿の上にスリットが入ったそれは、思春期の僕には刺激的過ぎる。
僕のよこしまな思いを知ってか知らずしてか、先生は微笑すると満点の答案を返してよこした。
「はい、完璧。すごいわね。美童の弟だっていうから、期待してなかったのに。」
「あんなバカと一緒にしないでよ。」
自慢じゃないが僕は学年トップ3にはいつも入っている。
脳みそをどっかに置き忘れてきた兄とは、一味違うのだ。
先生は長い黒髪をかきあげると苦笑した。そして、僕の頭をいい子、いい子する。
「何、これ?」
「よくできたから、ご褒美よ。」
「ご褒美なら、こっちがいいな。」
僕は先生の唇にキスすると、黒のミニスカートの中に手を差し込む。
途端にぴしゃりと手をひっぱたかれた。
「こらこら、調子に乗るんじゃないの。まだ中学生でしょ。早い!」
早くないんだけどなぁ、先生。今時の中学生知らないでしょ。
キスやセックスを大人の専売特許だと思ったら大間違いだよ。
―――僕はまだ未経験だけど。
見ててね、先生。
僕がもっと大人になったらすごいテクニックで何回も、何回も先生と……。
「こらっ!ぽけっとしないで問題やりなさい!」
中学生の男子はつらい。
無理して大人ぶっても子ども扱いされ、それではと甘えてみれば自分で何とかしろと
突き放される。ストレスは溜まる一方なのに、それを発散させる術、例えば酒、例えば煙草、
例えばセックス、賭け事、喧嘩etc.を青少年は禁止されているのがオチだ。
真面目な奴は性衝動をスポーツに置き換えて、日々肉体を酷使することで欲望の存在を
忘れようとする。不真面目な奴は早々街へ繰り出して、やれ童貞を失っただの、
夕べは何人とやっただの、獣化していくことに命を賭ける。
真面目でも、不真面目でもない僕は、そのどちらをも醒めた目で見てしまう。
だって僕は、そんなつまらないことではなく、もっと、刺激的で、スリルがあることを
望んでいるから。
家庭教師の先生を玄関まで見送りに出た時、悪いことに兄貴のバカが帰ってきた。
その後ろには有閑倶楽部の面々が首を揃えている。
兄貴は早速先生に声をかけた。
「やあ、みどり先生。もう帰るの?今度僕も古典教えてほしいな。また成績下がっちゃって
さー。やっぱり先生じゃなきゃ駄目だよ。」
「何言ってるんだよ。先生は僕でもう手一杯なの。兄貴の勉強見てる暇なんかないよ。
兄貴は清四郎さんや野梨子さんに見てもらえばいいだろ。」
むくれる兄貴を「そうだ、そうだ」の声と共に有閑倶楽部の連中はゲストルームへと
去った。面白くないことに兄貴を見送る先生は満更でもない顔だ。
「背が高くなったわねえ、美童。いつも楽しそうでいいわね。」
兄貴の美童グランマニエは長男の癖に好き勝手なことばかりやってる。
毎晩毎晩夜遊びして、女とホテルに泊まって、やれ誘拐事件だの、やれ警察に追われて
るだの、喧嘩はからきし駄目なくせに、しょっ中大怪我しては病院にかつぎこまれて
いる。ドンパチに巻き込まれるのはいつもの事で、その度に大騒ぎしては死ぬかと
思ったと大袈裟にため息をつくのだった。いっぺん死んでみろ。
兄貴と来たら、本当に本当に―――楽しそうだ。
それに引き換え、僕はいつも退屈で、不機嫌な気持ちをいつも持て余している。
まるで、ついさっき降り出した五月の雨のように、心底重くもないが
かといって晴れやかな気持ちにもなれず、天にいる誰かが気紛れに降らす雨を
気紛れに引き上げるのを、ただひたすら待つだけの日々。
この気持ちの名前はたぶん、うんざり、というのだろう。
ゲストルームに顔を出した。有閑倶楽部の連中はさっき顔を出したらしいパーティー
の噂で持ちきりだった。可憐さんがどこぞの御曹子に一目惚れされ、どこに行くのにも
ついてきて、最後は女子トイレにもついてこようとしたので、悠理が『丁重に』
お引き取り願った、らしい。連中は大笑いしていたが、そのパーティーにも、御曹子にも
会ったことのない僕には余り面白くなかった。
「そういえばさ、」
とマジシャンのような奇抜な格好をした悠理さんが言い出した。
「美童も変な男にしつこく話しかけられてたじゃないか。」
「どんな方ですの?」
大きな瞳を兄貴に向けて野梨子さんが聞いた。上品な白襟のついた紺のワンピースを
着ている。いつ見ても清楚で上品な人だった。その横でモデルのように手入れの
行き届いた肌をした可憐さんが色っぽくグラスに口をつけている。
「杏樹、こっち来るか?」
魅録さんが僕を呼んでくれ、清四郎さんとの間に座らせてくれた。
僕はこの二人が大好きだった。知的で武道の達人の清四郎さんも好きだが、
男っぽくて楽しくて明るい魅録さんが一番好きだ。
軟弱なあの男じゃなくて、この二人のどちらかが兄貴だったらよかったのに。
心外な顔で兄貴はブランデーを舐めていた。
「変な男じゃないよ。有名な心理学者の先生だぞ。今度家に遊びにおいでって
言われただけだよ。」
それが、五月の終わりだった。
もう遠い昔のようだ。退屈で安寧な日々。ほんのちょっとスリルを望んでいた
子どもの日々―――。
(((つづく)))
雨>
杏樹、出てきましたねー。どきどき。
昼寝から覚めたらちょうど雨が降っていて、ものすごく浸りました。
雨のうちにもう一回はじめっから読んできます。
すいません、とか言わないで、どんどんどんどんうpしてください!
>雨がボクを狂わせるので
やっと、美童が狂ってしまう過程がわかるのかあ……
>>すみません、どんどんうpさせていただきます。
お願いします、どんどんうpしてください。
>雨
とうとう杏樹が!
このまま突っ走っちゃってください。
突っ走ります。
杏樹、野梨子他、有閑メンバー総汚れなので、お嫌いな方はスルーお願いします。
今回、杏×野でRありです。
>>142 RuRuRu RuRuRu
真夜中、電話の音で目が覚めた。寝ぼけマナコで廊下の電話を取る。
「……はい?」
電話の向こうは沈黙している。
「もしもし……?」
女のため息の音が聞こえた。もう一度何か言おうとした時、電話は切れた。
どこかで聞き覚えのある、色っぽいため息だった。
雨が降っている。
午後、チャイムの音で出ると、白いブラウスに白と黒の千鳥格子のスカート姿の
野梨子さんが立っていた。その清楚な佇まいにドキリとしながらも
僕は兄貴の不在を告げ、中で待つように誘った。
アイスティーを勧めると野梨子さんは礼を言って、白いストローを口元に
運んだ。小さな赤い唇がきゅっとすぼまって、ストローをくわえこんだ。
野梨子さんはどこか憂いを含んだ表情だった。黙ったまま、アイスティーを
口にしている。僕は場を和ませようと、話題を振った。
「よく振るよね、雨。どうだった、蓼科の別荘は?雨ばっかりですること
なかったんじゃない?」
蓼科、の言葉を聞いた途端、野梨子さんの顔がばぁっと赤くなった。
こちらを探るような目つきで僕の顔を見る。何か悪いことを言ったのかな。
あわてて弁解しようとした時、兄貴が部屋に入ってきた。
ずぶ濡れだった。ズボンから滴り落ちる水が床に水たまりを作っている。
兄貴は野梨子さんを見た。野梨子さんは兄貴を見ると、辛そうな悔しそうな
表情で俯いた。兄貴は野梨子さんの前に立つと、顔を覗き込む。
じっと野梨子さんの表情を伺っていた兄貴は、やがて、にやっと笑った。
狡そうな悪辣な笑い。普段のおっとりした兄貴は余りしない顔だった。
「おいでよ」
兄貴は野梨子さんを部屋へ誘うと、二人で階段を上がっていった。
野梨子さんは部屋を出がけにこう言った。
「アイスティー、ご馳走様でした。今度、うちにもいらしてくださいな、杏樹。
今度は私がお茶をたてて差し上げますわ。」
僕はテーブルの上に残ったアイスティーのグラスを見た。飲みかけのアイス
ティーにささった白いストロー。僕は、辺りに誰もいないのを確かめると
そっとその白いストローをくわえ、その先を舌で嘗めた。甘い味がした。
ふと、さっきの兄貴がした表情を、自分で作ってみた。何か、嫌な感じがした。
それからしばらくして、僕は白鹿邸の中にある、由緒ある茶室にいた。
頭を屈めて這うようにして入る入り口の、ごく小さな空間に香の薫りが
立ち込めている。僕の隣に正客として清四郎さんが座っていた。
馬鹿兄貴は何を血迷ったか剣道を始めたのはいいが、合宿でだいぶこらしめられた
らしく、今日はベッドから出られないと言って欠席だった。
野梨子さんが着物姿でお茶を立てる姿は、美しい、としか言い様がなかった。
清楚で、可憐で、神秘的ですらある。でも、と僕は隣の清四郎さんを見上げた。
きっと野梨子さんは清四郎さんとつき合っているんだろうなあ。
僕の前で余りベタベタしたところは見せないけど、垣間見る二人の表情に
親密感が感じられて、秘かに僕はこの二人の関係に憧れたりしていたのだ。
この二人は、もう手なんかつないでいるんだろうか。
ぎゅーっと抱きしめたり、キスなんかもしてるんだろうか。
そして、いわゆるあれ……も、してるんだろうか。してるだろうな。
清四郎さんが着物の野梨子さんを押し倒している姿を想像して、僕は一人で
赤くなった。二人が目の前にいるというのに。だから嫌だ、思春期って。
そういえば、とふと気がついたことを口にする。
「あのさ。今日うちに悠理さんから電話があったんだけど。
兄貴が最近変じゃないかって。野梨子さん、何か気づいたことある?
変っていえば、最初っから変な奴なんだけどさー。ね?清四郎さん。」
妙、としか言い様のない沈黙が続いた。それから清四郎さんが言った。
「別に変わったことには気づきませんでしたが。野梨子は何か気づきましたか?」
「いいえ。何も」
それきり二人とも黙ってしまった。僕は気まずい思いで天井を見上げた。
僕の前に薄茶が出された時、いきなり清四郎さんが立ち上がって驚いた。
野梨子さんが静かに問う。
「どうしたんですの、清四郎?まだお点前の途中ですわよ。」
「大事な用を思い出しました。申し訳ないですが、お先に失礼します。
杏樹、すみません。君はゆっくりしていってください。」
清四郎さんは僕と視線を合わせず、さっさと茶室から出ていってしまった。
野梨子さんもたしなめることも、引き止めることもせず、まるであらかじめ
わかっていたかのように、清四郎さんが出ていくのを見送った。
後に残された僕は、あまりと言えばあまりの清四郎さんの態度に驚くと共に
何か、変な感じがした。まるで、わざと置き去りにされたような気がしていた。
しかし、困惑して野梨子さんを見ると、野梨子さんは今までの沈黙が嘘のように
柔らかな微笑を浮かべていたので、僕は一気に天にも昇るような気持ちになった。
「どうぞ、召し上がれ。良かったら、お菓子まだありますわよ」
お薄をおいしくいただいたものの、あまりマナーを知らない僕はここで
さっさと帰った方がいいのか迷って、ちらちら野梨子さんを伺った。
足の痺れも限界に来ている。
野梨子さんは笑って足を崩すように言ってくれたが、そろそろ窮屈になってきたので
礼を言って立ち上がろうとしたが、ものの見事にひっくり返った。
あわてて野梨子さんが側に来て、ひっぱり上げてくれたが、
痺れたままの僕の足は使い物にならずに、野梨子さんを巻き添えに倒れてしまった。
僕の下に野梨子さんがいた。わざとではないものの、押し倒すような形になって
しまい、僕はあわてふためいて、体を起こそうとする。
が、情けない僕の足は全くの役立たずだった。
ごめん、と言おうとして、野梨子さんが僕をじっと見ているのに気がついた。
押し倒されたまま、起き上がろうともせず、何かを伝えるようにじっと僕を
見つめていた。
僕の心臓がドクンと激しく脈打った。体中の血という血が激しく飛沫をあげて
流れ出すのを感じた。野梨子さんのあやすような瞳。唇が半分開いて濡れていた。
着物の裾が乱れ、白い素足と白い足袋がのぞいている。
息をするのがやっとだった。これは、これは、ひょっとして……。
いわゆる、あれか?そんなことが、そんな美味しいことがあるはずなかった。
兄貴の友だちで、たぶん清四郎さんの彼女で、有閑倶楽部一真面目でお堅いと
言われている野梨子さんが、こんな僕なんかに―――。
野梨子さんは両手で僕の右手を取って小さな声で言った。
「虫が―――、虫が入って気持ち悪いんですの。取ってくださいな。」
対する僕の声は混乱し、興奮しきっていて、かん高い声だった。
「む、虫!?ど、どこに……っ。」
「ここ、ですわ。」
白く小さな手が僕の手を着物の胸元にいざなった。
きつく締め上げた着物の下に、泣きたい程柔らかな肌の感触。
どこにいるかわからない虫を求めて、僕の手が這いずり回ると、野梨子さんは
身悶えして熱いため息をついた。
滑らかな肌に気が遠くなりそうになった。震える声で聞く。
「どこ、虫? いないよっ?」
野梨子さんは目を細めながら言う。
「もっと、下に……いますわ。」
その言葉を待っていたかのように僕は手をさっと抜くと、着物の裾を割って、
野梨子さんの下腹部に手を伸ばした。驚いたことに野梨子さんは下着をつけて
いなかった。その事実が僕をまた興奮させて、思わず「ううっ」と声が出る。
柔らかな毛に覆われたところを「探す」と、野梨子さんの体がぴくりと痙攣する。
僕は無我夢中で彼女の足を押し広げると、指と舌を使って虫を捜しまわった。
どこだ、どこにいるんだ。その時、黒い円らな瞳が言った。
「杏樹……、もっと中ですわ。中を探してくださいな。」
「……野梨子、さ……ん」
もう僕は誰の声も聞こえなかった。帯の解き方も知らない不様な僕は、
ズボンを慌ただしく下ろすと、着物をつけたままの野梨子さんの足の間に突入した。
そして野梨子さんの声とか顔とか息づかいとか、何もかも、味わう前に
忙しく腰を動かして、たちまち達してしまった。
「あっ……の、野梨子さ……」
僕は気づかなかった。入り口の扉がほんの僅か開いていることに。
その隙間の向こうに、暗い瞳をした清四郎さんが壁に背を持たせて立っていたことに。
僕はその日、何の心の準備もないまま「少年」から「男」になった。
そして、野梨子さんも又……。なぜなら彼女の桃色の襦袢に赤い染みがついたから。
彼女は足にもついたその印を、懐紙を取り出して、ぬぐった。
放心し切った僕は、背中を丸めながら、チリチリとした罪悪感とふにゃふにゃした
虚無感に苛まれていた。
(今日は忘れられない日になりそうだ)
しかし、実は忘れられない日は、まだ続いたのだった。
〜〜〜つづく〜〜〜
中々終わらなくてゴメンナサイ。おかしいなあ(汗
続きは又今度うpします。
きゃあきゃあ。この連休は「雨」祭りですね。
清四郎は、すっかり美童の言うなりなのー?不気味です…。
>雨
うわ〜、続きが気になる!!
野梨子と杏樹って実はかなり好きな妄想カップル。
ダークだけど読めてちょっとうれしい。
>雨
野・・・野梨子さん!
杏樹、かなりオイシイですね。
続き楽しみです。
>雨
わー!なんで?なんでそんなことに!野梨子ったら、杏樹ったら、清四郎ったら〜〜!
ううー、ラスト早く読みたいような、終わってほしくないような…。
でも続き、熱く待ってます。
>雨
杏×野ずっと待ちこがれてました!!
雨ザーザーですね〜野梨子どうしたんでしょうか。
続きを楽しみにしています。
>雨
うーーーーーーーーーん!
エロス!!!!!
最高っす。堪能っす。
>雨がボクを狂わせるので
怒涛のうpありがd。
野梨子の暴走っぷりが、すごく新鮮。まさか野梨子で、年上の…パターンがくるとは、
思ってみなかった…。そんで、次の展開の予想がつかん…。
>雨
は、早く続きを…
もー、どーなっていくのかわからない!!
明日も来たら読めるかな?
>いつか、きっと
大人になった可憐、きっとまさにこんな感じなんだろうなぁ。イイ!
魅録との夫婦生活がセクースレスなら、
清四郎とする時はさぞかし・・・なんて想像してドキドキしてしまった。
ああ〜続きが楽しみです。
>いつか、きっと…
美童が記者とは、意外。目立つ記者だなー
魅録とセクースレスなのは、清四郎が原因?それともその前から?
清四郎と野梨子は?
気になる…
>雨
うおぉぉぉ……の、野梨子!
>雨
昨日今日と来てなかったら、怒涛のうpがあったようでビクーリ。
今一気に読ませてもらいました。
杏×野にすごくドキドキしました。野梨子や清四郎は一体・・・。
続き、待ってます。
>163
>目立つ記者だなー
ワロタw
菊正宗の横に白鹿のあった店にまたいったら
菊正宗 白鹿 黄桜 菊正宗
となっていてまた萌えますた。
いつかきっとの可憐発言は無神経でちょっとイヤ・・・
美×野の短編うpします。
4レスお借りします。
ザワザワ…
『おはようございます』『ごきげんよう』…一日が始まる。
いつもの朝。いつもの空気。いつもの通学ラッシュ。
そして、10年以上共にここへ通う二人もまた、いつもの、風景である。
そこに加わったもう1つの『いつも』の光景は、1ヶ月近くたって
生徒にも馴染みのあるものになってきている。
「おはよー、野梨子♪」「おはよう、美童」「おは」
「好きなんだ。ぼくと付き合わない?」『イヤーッ!』「お断りしますわ」『ホッ…』
美童に消された清四郎の声と彼らのファンの心の声を含め、
全7会話によって、朝のイベントは構成されている。
「ちぇーっ。またぼくの負けかぁ。ま、やりがいがあるってもんよ」
「…」野梨子は呆れてため息をつく。「じゃあとでね〜」金髪美少年は校舎内へ消えていった。
「何なのですかしら、毎日毎日…もう1ヶ月経ちますわ」「28日ですね。
その間、休みなどで会わなかった日が5日、2回告白した日が4日、3回の日が1日
ですから、」息を吸って言う。「合計29回、彼はあなたに愛を告げている事になりますね」
「…」少女は本日二度目のため息をついた。
1ヶ月前…いや、27日前。
野梨子は外を見ていた。生徒会室の、窓辺に腰掛けて。幼馴染みを待つあいだ
自分しかいないこの部屋に、ほんの少し開いた窓から初秋の柔らかい風が吹き込む。
ふくらむカーテンと、揺れる黒髪。自分の心を、甘くかき乱す風。
「────」
つと、気配を感じて振り向くと、そこには美童が立っていた。
「…なに、泣いてるの?」「え…?」
右手でそっと頬に手をやると、確かにそこは自分の涙で濡れていた。
彼は静かに窓に近づいて、野梨子と同じ景色を眺めた。
そこに見えたのは、彼らの友人であった。
たおやかなウエーブを揺らして笑う、その目線の先で、バイクを押して
同じ微笑みを返すその人。
「…何も見てないよ」落ち着いた声で、彼は言った。
その雰囲気で、野梨子を包む事さえ出来そうな。青の瞳。
「…」ぽろぽろぽろ
風に急かされて涙が零れる。一緒にいる2人を見るまで気付かなかった自分の想い。
ドンッ 美童の胸に逃げ込んだ。
「見ないで…」「見てない見てない」
「…誰かに言ったら、絶交ですわよ」「はいはい(笑)」
優しく優しく、自分の髪を撫でてくれる。胸に安堵が広がっていく。
次の日から、『好きなんだ付き合って攻撃』が始まったのだった。
次の日。29日目。
「おはよー、野梨子♪」「おはよう、美童」「おは」
「好きなんだ。ぼくと付き合わない?」『イヤーッ!』「お断りしますわ」『ホッ…』
無事30回目の告白を終えて、美童はゴキゲンにその場を去って行った。
いつもの、朝だった。
それを野梨子が見たのは、休み時間のことだった。
裏庭で2人きり、女の子と話している。あんなに目立つ金髪、この学園に2人といやしない。
むかむかする。(…いやですわ。美童だって、私を慰めているだけなのに)
あの日から、毎日同じようにして、自分を癒してくれた人。
いつのまにか、魅録と可憐を見ても、微笑む事が出来るようになったのも。
のどが渇く。胸が痛い。
瞳を閉じても、まぶたの裏に浮かぶ影。
さらに次の日。30日目。
「おはよー、野梨子♪」「おはよう、美童」「おは」
「好きなんだ。ぼくと付き合わない?」『イヤーッ!』「……」『エッ!?』
野梨子は美童の青い瞳をしっかり見据えて言った。
「もう、やめて下さいな。…好き…って言っても、他の女の子と変わりません
のでしょ!?昨日だって、〜〜とにかく、信じられませんの。美童の言う事。
これ以上私を馬鹿にしないで」「…」(言いすぎ…なんて事ありませんわよね)
「うん。わかった!ごめんね毎朝毎朝」顔を上げて美童は言う。
一瞬見せた傷ついたような顔は、気のせいだったのに違いない。
そして、1ヶ月目。
「おはよー、野梨子♪」「…おはよう、美童」「おは、……ようございます」
(!)「じゃああとでね〜」
これで元通り。こうして欲しいって言ったのは自分。
何、違和感を感じているの──?
「…野梨子?」彼女の顔を、幼馴染みが覗き込む。「何でもありませんわ。
それより、挨拶が言い切れてよかったですわね」「ええ、1ヶ月ぶりですよ」
「──」「──」
何を喋っていたのか、全く覚えていない。
1ヶ月前までの『いつも』と同じ半日を終え、野梨子はひとり、部室に来ていた。
あの日と同じように、窓辺に腰掛ける。
あの日と同じように、友人2人が見えた。
同じように風が吹き込み、胸をかき乱す。あの日のように。
あの日とは、違う人を想って。 会いたい。会いたい。
私だけを見て─────
「…なに、泣いてるの?」「え…?」
本当に自分は泣いているらしい。触れた右手が涙に濡れている。
「あーやったら、絶対ぼくが恋しくなると思ったんだ」
「なっ──!!」走ってその場から逃げようとした野梨子を、美童の大きな胸が受け止める。
「あの女の子に何言ったか教えてあげる」「…?」
「『ぼくは今ほんとうに好きな女のコがいるから、遊んだり出来ないな』って」「!」
「しっかし早いなぁ。もうちょっと我慢づよいと思ったのに、野梨子も」
真っ赤になった彼女の、口元で甘く、囁く。「──ぼくも」
涙に濡れた、ケーキよりも甘いキス。頭の芯まで、しびれて甘い。
柔らかく唇を離して、彼は言った。
「好きなんだ。ぼくと付き合わない?」
おわり
ありがとうございました!
>DAILY SWEET
きゃー、憎いわ、美童ったら。
野梨子はまんまと網にかかったわけですねW
ご馳走様!
>DAILY SWEET
上等な砂糖菓子のようなお話を、ありがとうございます。
>174
その表現、ピッタリだと思う。<上等な砂糖菓子
>DAILY SWEET
美童らしく、そして野梨子らしい、可愛いお話が
読めて凄く嬉しい。
「こんなに空が澄んでいる日は、きっと運命の王子様が迎えに来てくれるのよ・・・」
甘い匂いを吸い込みながらカモミールティーを注いでいるのは可憐だった。
「おい、頭がめでたい奴だと思われるから外では言わねー方がいーぞ、それ」
右手で携帯のメールを打ち、左手でバイク雑誌をめくりながら口には月餅を
ほおばっていた悠理が目線だけ可憐に寄越し言った。
とても3年とはいえ、苦楽を共にしてきた友人の言葉とは思えない―――――。
「あんた何やってんの、メールか雑誌読むか食べるかどれかにしなさいよ」
「週末に魅録とツーリング行くんだ。今メールでどこ行くか決めてんだよ」
「そーいえば魅録はどーしたのよ」
「今日は中学ん時のダチに会うんだってさ」
「ふーん・・・美童はデートだし清四郎も早々に帰っちゃったし
ま、たまには女だけっていうのもいいわよね」
「月餅の取り分も増えるしな!」
「あんたはそんなことしか考えられないの・・・にしてもよくそんなに
一度に色々出来るわね、どーしてその器用さが料理や勉強に反映されないのかしら
ねぇ野梨子。・・・野梨子?」
野梨子は可憐が入れてくれたカモミールティーに手も付けずにどこを見るでもなくただじっと座っていた。
「どーしたんだよ野梨子、昼メシも半分も食べなかったじゃないか」
その残りを全部食べた覚えがあったので悠理はよく覚えていた。
「そーよぉ、今日はあたしと悠理しかいないんだし、女同士で隠しっこなしよ」
そう言われてしばらく可憐と悠理を見ていたがまた元のように
よそを向き、独り言のようにどこを見るでも無く、口を開いた。
「わたくし・・・昨日清四郎に告白しましたの」
「!!」
「!!!!」
――――――可憐の口からカモミールティーが噴水のように噴出し
悠理の月餅が勢いよく宙を飛び、放射線を描く―――――。
「こっ、こっ・・・」
「こくはくぅ〜〜!?」
最初に落ち着きを取り戻したのは可憐だった。
「・・・で、どうなったの?二人が結ばれてハッピーエンドっていう顔じゃないわよねぇ、
その顔は」
鋭い―――――。この手の事を可憐に隠すのは難しい。
「でもかといって清四郎があんたを振ったり突き放したりしたとは考えにくいのよ。
あたしの勘じゃ清四郎も野梨子に惚れてるし」
野梨子は心の中で苦笑する。
『清四郎も野梨子に惚れてる』のはどうかわからないが
他の事はまるで見ていたかのようにお見通しである。
しかしさすがに自分がやってしまった大胆な行動までは話す気にはなれなかった。
「帰りますわ」
そういってかばんを持って立ち上がったが、ふと気づき、
足元に落ちていた月餅を拾い、先程から這いつくばって探していた悠理に手渡して再び立ち上がった。
「変なこと話してごめんなさい。」
そう言いながらドアノブに手をかけながらゆっくり振り返った。
「魅録や美童には内緒にしておいて下さいな。清四郎にも」
「わかったわ、3人の秘密・・・ね」
可憐は人差し指を口に当てながら悠理にも目線を配った。
悠理は野梨子が拾ってくれた月餅を口にくわえたままその目線に気づき
あわててうなずいた。
家に帰ると玄関先に母親があわただしく出迎えに来た。
「ああ、野梨子さん、やっと帰って来たのね、お帰りなさい」
「どうしましたの、母様?」
その時、お手伝いさんが電話の子機を持ってきた。
「菊正宗様の奥様から御電話です」
「ああ、ちょうど良かったわ、詳しいことは菊正宗さんから
聞いて頂戴」と言って野梨子に子機を渡し、
『野梨子さんの着物はどれがいいかしら』などと言いながら
着物が収納してある部屋へ入っていった。
『菊正宗』という言葉に少し驚きはしたが、電話の主は今、一番顔を合わせづらい
清四郎ではなく、その母親らしく、少し安堵しながら電話を取った。
「はい、野梨子です」
「ああ、野梨子ちゃん、やっと連絡が取れたわ。清四郎にかけるように言ったのだけど
『母さんがかけたほうがいいですよ』って言ってかけなかったものだから」
それはそうだろう、自分を避けたいのだ。昨日あんなことがあって
いくら清四郎だって平気で顔を会わせられまい。
しかしそれをまさか清四郎の母親に言う訳にはいかない。
「あの、何か御用でしょうか?・・・」
「あのね、突然で申し訳ないんだけど今日夜、家に来てくれないかしら、奥様も御一緒に」
「??」
よくわからなかった。『夕食を』という意味だろうか?
菊正宗家と白鹿家で食事を共にすることはよくある事だが、
それは清四郎の父、修平と野梨子の父、青州の囲碁とお酒がメインなので
青州が不在の今日、食事をするというのは変だ。
野梨子がそんなことを考えながら黙っているとその空気を察したのか
清四郎の母が言い難そうに口を開いた。
「実はね、今日兼六財閥の奥様とそのお嬢様が家にいらっしゃるのよ・・・」
『兼六財閥』
・・・確かそれは悠理の家の剣菱財閥のライバルではなかっただろうか?
その兼六財閥の娘が清四郎の家に何の用なのだろう。
まだ先が見えてこない野梨子に清四郎の母は話を続けた。
「そのお嬢さんが先月盲腸でうちの病院に入院なさって、
そこに偶然来ていた清四郎を気に入ったみたいで、どうしても結婚させたいっておっしゃるのよ・・・」
顔は見えていないが、明らかに清四郎の母の口ぶりは嫌そうだった。
「それ以来何度も電話があったり病院の方に来たりして
その度にやんわりと断ってきたんだけど、諦めるどころか益々しつこくなってきちゃって・・・」
野梨子が知る限り、滅多に他人の悪口など言わないおとなしい性格の清四郎の母が
『しつこく』などという言葉を使うあたりかなりしつこいのだろうということは想像に難くない。
「2日前も病院に来て『結婚できないのなら婚約だけでも』って・・・。
あんまりしつこいから修平さんが『清四郎には婚約者がいるんだ!!』って怒鳴っちゃったのよ・・・」
ようやく話が見えた。
「向こうの方も、意地になってるみたいで
『嘘じゃなかったらその方を見せてください』ってことになっちゃって・・・」
「それで今日、野梨子ちゃんのお母様にお話したら快く引き受けて下さって・・・。
先に野梨子ちゃんに話を通すのが筋なんだけど・・・ごめんなさいね」
そこまで一気に言って急に不安になったのか清四郎の母は少し沈んだ声を出した。
「あの・・・やっぱりだめかしら?」
人生というのは、どうしてこんなに一度に大変な事が集中するのだろう―――――。
小夜子の事と、昨日の夜の自分の大胆な行動だけで頭の中はいっぱいなのに、この上、見合い話だ。
しかも相手は兼六財閥の御令嬢。正直に言えばもちろん嫌だった。
だが、引き受けたくても、引き受けられない―――――。
清四郎には昨日、野梨子自ら別れを告げたばかりだ。
断らなくては―――――そう思う。
うつむいた野梨子の目に、制服のリボンが目に入る。
昨日の夜の出来事が鮮明に脳裏に甦る―――――。
「おばさま」
野梨子は思う――――。
「お引き受けしますわ」
どうして口は心の言う事をきかないのだろう―――――?
野梨子が帰った後、可憐と悠理はじっと座ったまま考え込んでいた。
野梨子がいなくなってさらに取り分が増えた月餅をおとなしく食べながら
悠理はつぶやいた。
「あたい・・・野梨子の気持ち、なんとなくわかるような気がするなぁ・・・」
意外な人物から出た、意外な言葉に可憐は驚いた。
「えっ?どうして?」
「ん・・・ん〜?、なんだろな・・・」
言い出したくせに問い返されると悩んでいる。
「あれだけ、車やバイクに詳しい女の子って珍しいなって思ってさ。
魅録もすげー喜んでたよなぁ。あの様子じゃそのうち2人でドライブとか行くかもな」
天使のように可愛らしい小夜子の口から『ハゲ・ヅラ』などという強烈な言葉が出れば
魅録じゃなくても笑うだろう―――――。
可憐はそう思ったが、珍しく真面目な顔をしている悠理にそれ以上の突込みを入れるのは控えた。
大人しくしていれば悠理は相当の美人だ。
いつもこんな顔をしていれば女だけではなく、男にだってかなりもてるだろう―――――。
可憐は2杯目のカモミールティーを差し出しながら悠理の顔を見つめた。
悠理は椅子の背を抱えながら、しんみりと月餅を食べている。
―――――悠理は小夜子と魅録の仲に嫉妬している、だが自分では気づいていない。
いや、それどころか魅録を男として意識している事すら自覚が無い。
だが、自分が当たり前のようにいた『魅録の隣』という指定席を
小夜子に摩り替わられそうで本能で怖がっているのだ。
可憐的に言えば、自分がヤキモチを焼いている事すら気づいてない
悠理の恋愛レベルは『入園前の幼稚園児』並みだ。
『可愛いわねぇ』
可憐は悠理の頭を思わず頭をなでた。
「やめろよ可憐」
悠理は照れながら可憐の手を払い、続ける。
「野梨子さ、嫌だったんじゃないかなぁ、小夜子と清四郎が仲良くってさ、
自分の居場所が無くなってく気がしたんじゃないのかな」
『だから野梨子は清四郎に告白したんだ』と悠理は言いたいのだろうが、
それはイコール『自分も魅録を好き』という結論になることに彼女は気がついていない。
その鈍感さが悠理の可愛いところなのだが。
「だけど小夜子って全然嫌な奴じゃないんだよなぁ」
それは可憐も思っていた。
可憐の今までの経験から言えば、そんな風に男に近づく女は大抵何かしら欠点があるか、
たとえ完璧でも女に嫌われているかのどちらかだった。
でも小夜子そのどちらでも無かった。
容姿、性格、知性、教養・・・何もかも人よりもずば抜けているのに、
人に対する気配りや配慮の上手さはそのさらに上を行く。
人に対する配慮も男性より可憐たち女性に使う事が多く、
常に同姓、先輩を先に立て、自分は一歩後ろにいる。
始末が悪いのは小夜子のそれはほぼ天然な事だった。
可憐の経験から言っても『天然』ほど強力な武器は無い―――――。
そしてそんな小夜子の良さを、悠理も野梨子もわかっている。
わかってはいるが、それが計算された強かさではなく、
天然なものだとわかっているから嫉妬してしまう。
そしてどうしていいかわからなくなり自分の心の中で不完全燃焼したり、
訳のわからない言動に出たりする。
ましてや恋愛音痴の悠理や野梨子だから尚更だろう。
ほうっておくとまずいことになるが、それでも悠理はまだ今は大丈夫なように見えた。
問題は野梨子だ。あの様子だと清四郎も含め、深刻な事態になっているに違いない。
「あたしやっぱり野梨子にちゃんと話を聞くわ」
さっきはあまりに落ち込んだ様子の野梨子に深く聞けずに帰してしまったが
このままだと取り返しのつかない事になりそうでそのままにはして置けなかった。
「あ、あたいも行く!!」
「よし!じゃあ明日は休みだし、今日は野梨子んちに泊まりに行こ!!」
と言いながら携帯を取り出し、野梨子の携帯へ電話をした
「あ、野梨子?ねえ、今日悠理と一緒にそっちに泊まりに行ってもいい?
・・・え、清四郎んち?・・・お見合い!!??清四郎が?兼六財閥の娘!?」
『兼六財閥』という言葉に悠理が反応してこちらを振り向く。
「もしもし、野梨子!野梨子!?」
「おい、どーしたんだよ!野梨子!野梨子!」
悠理が可憐の携帯を奪って叫んでいる。電話は切れていた。
もし運命の王子様が、今、可憐のところに『明日行きます』と電話をかけてきたなら、
『もう1週間待ってから来てください』―――――きっとそう返事をするだろう。
可憐には何が何だかわからなかった―――――。
側にあった椅子に倒れるように座り込む。
『落ち着いて可憐、順を追って整理しなきゃ―――――』
キーワードを並べてみる―――――。
『小夜子』『兼六財閥』『お見合い』そして『野梨子の告白』―――――。
『小夜子』をまず除ける。
小夜子自体は何もアクションを起こしていない。
『小夜子』は、野梨子にとって18年間ただの幼なじみだった清四郎に告白しなければ
いけなくなったただのきっかけに過ぎない――――。言わば『引き金』だ。
そしてまず昨日―――――。
野梨子が清四郎に告白した。どういう状況で、どういう結果だったかはわからない。
これは可憐の勝手な予想だが、きっと清四郎は野梨子を振ってはいない。
だけどあの今日の野梨子の沈み方からして、きっと受け入れてもいない。
そして今日、清四郎が兼六財閥の娘と見合いをする。
これはきっと急に決まったはずだ。昨日清四郎は何も言っていなかったし
事前に決まっていれば可憐たちに言うはずだろう。
そして野梨子はその見合いの場の清四郎の家に行くらしい。
ただ見に行くだけなのか、それとも他に役割があるのかはわからない。
『小夜子』と『野梨子の告白』その2つと『兼六財閥』『お見合い』。
これは別々の事柄だ―――――。
一緒にするから混乱する。
もし、野梨子と気不味くなったとしても
だからといって勢いでお見合いをするほど、清四郎は馬鹿な男ではない。
タイミング的な事を考えても見合いをする日にちが今日というのは早すぎる―――――。
―――――やっぱりだめだ、整理してみてもわからない事が多すぎる。
そうだ、清四郎は?清四郎は今何を考えているのだろう?
今日は部室でも会っていないし、一度も顔を見てない。
清四郎の携帯に電話―――――。
いや、清四郎の性格から言って、素直に全部話すとは思えない―――――。
清四郎が可憐を操る事は出来ても、その逆は不可能だ。
精々、さっきの野梨子の電話のように、表面的な事だけ言って切られるのがオチだ。
でもきっと清四郎はこの見合いに対して本意ではないはずだ。
清四郎が好きなのは野梨子だ―――――。
何も確証は無いのに、可憐にはこれが今の時点で一番断言出来る事のように思えた。
どうしよう、どうしたらいい――――。
「なぁ、清四郎どうしたんだよ。野梨子何て言ってた?」
悠理が可憐の袖を引っ張っている。
不安なんだ―――――捨てられる寸前の子犬のような顔をした悠理を見ながらそう思う。
何とかしなければ―――――。
今回はいつもブレインの役割をする清四郎と野梨子を中心に事が起きている。
消去法で考えると、魅録と悠理も消える。恋愛絡みでこの2人は頼りには出来ない。
美童―――――。そうだ、美童ならきっと頼りになる。
どちらにしても一旦皆で集まった方がいい。
悠理に詳しく事情を説明するのもその時の方がいいだろう。
今ここで事情を説明して、悠理が暴走したらとても可憐1人では押さえる自信は無い。
「悠理」
悠理の方に向き直り、手をつかむ。
「何?」
「助けに行こう」
「・・・?助けるって誰を?」
「清四郎と野梨子」
「!やっぱ大変なんじゃん、早く行こーぜ!」
可憐の手を振り解いて外へ出ようとする。
「だめよ、ちゃんと作戦立ててからじゃないと」
もう一度悠理の腕をつかむ。
「悠理」
静まり返った部室に、遠くから帰宅途中の生徒の声がかすかに聞こえる。
「大丈夫だから―――――。あたしがちゃんとする。
今回は清四郎も野梨子も動けないけど、その分、あたしが頑張る」
悠理のくしゃくしゃの髪の中にゆっくり手を入れる―――――。
「野梨子も、清四郎も、あんたも、魅録も―――――」
可憐は母親のように微笑む。
「誰も悲しませたりしない。あたしが―――――守ってみせる」
可憐の手は、暖かくて心地良い―――――。
「可憐―――――」
「ん?」
「美童―――――忘れてる」
―――――――――――――――――
―――――――――――――――――
「ぷっ」
「ぐっ」
「ぶはははははは―――――!!」
「はははははは―――――!!」
「ふふ、ごめん、そーだった!すっかり忘れてた」
シリアスな雰囲気は長くは続かない。
「でも、いーのよ。あいつはきっと自力で幸せになるから」
「そーだな」
「今日6時に悠理ん家に集合。大丈夫?」
「うん、平気」
「あと、悪いけど魅録に連絡取って。あたしは美童に連絡しとくから」
「わかった、じゃあ帰るな」
悠理は鞄を持ってドアを開けようとした―――――。
「可憐」
ドアの方を向いたまま可憐に話し掛ける―――――。
「ん?」
「―――――信じてる」
可憐も悠理の方は、向かずに答える。
「知ってるわよ」
書き忘れました。
「檻」の続きです。
思いっきりナンバーダブらせました・・・。
すみません、逝ってきます・・・。
>檻
野梨子の周りに嵐が吹き荒れてますね。
清四郎がはっきりしてくれればいいんだけど、
可憐姉さんの登場を待つしかないみたいですね。
それにしても、忘れられた美童・・・カワイソウW
>DAILY SWEET
こんな美×野、とっても大好きです。ここの美童、トッテモカコイイー!!
毎日毎日の『好きなんだ付き合って攻撃』も、全然しつこくなくてとってもさわやか。
>>130の続きです。
しかし、背後の人影に気づき、魅録は彼女の手を離した。
「清四郎・・・」野梨子がつぶやく。
清四郎は黙ったまま野梨子に近づき、その瞳をじっと覗き込んだ。
耐えられず野梨子は目をそらす。
「目が潤んでいますね。体調でも悪いんですか。」
「あ、あの・・・、熱が出て・・・。もう下がりましたわ。」
「悪ィ。野梨子を連れ出した上、病気にさせちまって。」
魅録の言葉に野梨子は違和感を覚える。
(なぜ清四郎に謝るんですの。清四郎は私の保護者じゃないわ。
それに連れ出したなんて・・・。私が一緒に行きたいと思ったんですのに。)
と考えていたら、ふわっとスカートが舞った。清四郎が抱き上げたのだ。
「えっ、清四郎・・・?」
「まだ微熱があるようですからね。念のため病院で診ておきましょう。」
いや・・・。清四郎と二人になりたくない。野梨子は思う。裕也とのことを
反対していた清四郎に、彼に会いに行ったことを知られたくない。
しかも魅録と一緒にいたいが為なんて。その上、熱のせいとはいえ二人で
宿泊してしまったこと、携帯に出なかったこと・・・。
清四郎には何も言えない。でも問い詰められるんじゃないだろうか。
問い詰められたら耐えられないんじゃないだろうか・・・。
野梨子の心は千々に乱れる。
「魅録・・・。」すがるような目で魅録を見たが、彼は黙ったまま、抱きかかえら
れた野梨子が清四郎の家に入っていくのをじっと見ているだけだった。
続きお願いします。
>檻
可憐姐さん素敵です…
>ホロ苦
清四郎!なんでいるんだ!!
魅録!野梨子を奪いとれ!!
>193サン
なんでいるんだ!!に禿ワロタ(w
>>136の続きです。
『悠理、電話くらいちゃんと出なさい。こっちは用事があるからかけてるんですよ』
あたいは、タクシーの中で携帯の留守電を聞いた。
かーちゃんからのメッセージ。
この怒り様だと多分、最初に自宅に電話しただろうな。
あたいが不思議でしょうがないのは、かーちゃんは何で、いつもあたいが清四郎と
会ってる時に電話を寄越してくるのだろう。
そう言えば、あたいが魅録と結婚するってことになった時、かーちゃんが一番
心配してたような気がする。
そんなことは置いといて、まずは電話しとかないと。
「もしもし、かーちゃん、悠理だけど。今日は何?」
「悠理、あなた、今何時だと思ってるの?」
かーちゃんの眠そうな声に腕時計を見てみると、午前零時二十分。
「ごめん、今気付いたからさ」
言わなくてもいいことを言った気がしたが、とりあえず正直に言ってみる。
「明日、剣菱商事の五十周年のパーティーがあるから、できれば魅録くんと
出席してほしいのよ」
あたいは実質専業主婦といってもいい状態だが、剣菱がらみのパーティーや視察やら、
かーちゃんの判断でそういうものはこなしている。
「あたいは大丈夫だけど、魅録はわかんないよ」
「そんなこと言わずに、お願い」
かーちゃんの思惑はわかっている。
いつか魅録が警視庁を辞めて、剣菱に入ってくれるのを望んでいるのだ。
魅録にはそんな気、さらさらないのに。
「でも、いろいろと大変みたいだからさ、あんまり言えないんだよね。かーちゃん、
わかってよ」
「……そうなの。それなら無理にとは言わないけど、あなた一人でも来て頂戴」
あたいは、かーちゃんの残念そうな声を聞くのは好きじゃない。
でも、こればっかりは、あたいにはどうにもならない。
「清四郎、最近うちに全然顔見せに来ないじゃない。たまには野梨子ちゃんでも
連れて来なさいよ」
午前中の診療が終わってお昼を食べようと思っていたら、姉貴が診察室にいきなり入ってきた。
バツ一で幼い息子一人を抱えている姉貴は、今は両親と同居している。
「これから、お昼ご飯食べようと思ってるんですけどね」
「母さんが、たまにはあんたの顔見たいって言ってるのよ」
暗に早く引き取ってくれと言ったつもりだったが、やはり通用しない。
確かに、実家にはここのところ、全く行っていない。
「そんなこと言われても、なかなか忙しくて……」
「何言ってるのよ。うちの病院は原則週休2日でしょ。野梨子ちゃんだって、
融通きくでしょ」
姉貴の言うことは、いつも正論だ。
それだけに、論破するのは骨が折れる仕事である。
「野梨子も、親のところだからって、我儘は言えないんですよ。あの世界には、僕には
窺い知れない複雑さがあって、常に付き合いで忙しいんですから」
事実、結婚して同居するようになって初めて、野梨子の忙しさを知ったといってよい。
茶道の家元と聞けば風雅でおっとりしている感じがするが、煩雑な実務をこなすには
本当に多くの人の手を必要とする。
「清四郎、あんたはこの前も似たようなこと言ってたじゃない。今日こそいい加減、
はっきりしなさい」
僕に対する姉貴の口調は、子供の時からこんな感じである。
仮にも仕事場では、もう少しまともな口を利いてくれればと思ってしまう。
「……わかりました。今日帰ってからでも、野梨子と話をしてみますよ。母さんの都合は
どうなんです?」
「母さんなら、あんたが来ると聞けば、つまらない用事はキャンセルするわよ」
姉貴はそれだけ言い捨て、ようやく出て行ってくれた。
思わずため息が出てくる。
【続く】
>>191さんの続き。
菊正宗病院での診察の後、野梨子は空いた病室のベッドに
横になって点滴を受けた。
枕元では、清四郎が文庫本に目を落としている。
(どうして何もききませんの?)
野梨子は幼馴染の整った顔をうかがうように見上げた。
彼は、自分の視線に気づかずに本に没頭している。
(あの時、魅録は何を言おうとしたのかしら)
魅録につかまれた手首に毛布の下でふれながら、野梨子は
こっそりため息をついた。
清四郎には野梨子のため息が聞こえていた。
まだ残る微熱で目をうるませ、苦しげに息を吐く野梨子は
はっとさせられるほど色っぽい。
(まさか、野梨子と魅録は昨夜…?)
考えれば考えるほど、その考えが頭から離れない。
(どうして今朝、携帯に出なかったんですか──?)
肩をゆすって問いつめたい衝動にかられる。
しかし清四郎はただ必死で、文庫本のページを繰り続けた。
その時。
「悪い、やっぱり野梨子の具合が気になって」
ドアの開く音とともに、魅録の声が病室に響いた。
続きよろしくです。
> いつか、きっと…
結婚した友人とのやり取り、自分の家族や連れ合いの身内との付き合いとか、
日々の暮らしぶりとか、リアルだ。
なんだか実生活とかでもあるよなー、こういう感じ。
実家に戻ってる和子姉ちゃん、これまたリアルだ。
手に職もあるし夫に妥協しないだろうし。
周囲の様子も色々見えてきて、今後の展開が楽しみ。
ますますハマりそうな予感・・。
>ホロ苦い青春編
金沢脱出以降(w、本当にどんどん話が進んでますね。
作家さん達、オツ!です。
野梨子と清四郎のいる病室に魅録も登場して、
この先どうなるかかなり気になります。
三人模様ー。
こんばんは。性懲りもなく、今夜もうpします。
今回清×美の801風味Rがあるのでご注意ください。
あと、今回話の前後をちょっと変えたので、一部前にうpしたところと
ビミョーに話が噛み合わないところがあります。御容赦ください。
重たい空気を孕んだ雲が空一面に広がっていた。
喫茶店を出て数歩踏み出したものの、気になって振り返った。
反対方向に歩き出した美童は、見るからにしょんぼりと、元気なく歩いている。
その萎れた後ろ姿に思わず声をかけた。
「美童!元気出せよ!協力してやるから。大丈夫だって!」
驚いた顔でこっちを見た美童は、泣きそうな笑顔を作った。
「そ、そうだよね。ありがと、魅録!」
そんな友人に魅録は笑顔とピースサインを送った。
美童の後ろ姿をしばし眺めていた魅録は、歩き出した途端に誰かにぶつかった。
「いてっ。あ、わりぃ……て、清四郎か。」
頭脳明晰な生徒会長が厳しい顔をして、魅録の行方を阻んでいた。
「美童とデートですか。何か相談でも?」
「ん……まあな。」
魅録は言葉を濁した。
清四郎は探るような目つきで魅録の目を覗き込んだ。
「よかったら僕にも聞かせてくれませんか。」
「いや……話す程のことじゃないんだ。俺、今日友だちのライブ見に行くから、じゃ。」
そう言ってさっさと立ち去る魅録を、清四郎は苦渋の顔で見送った。
その夜、降りしきる雨の中、清四郎は灰色の洋傘を差して、赤い小さな扉を持つ
一軒のいかがわしい店の前にいた。やがて赤い扉が開き、中から髪を派手なピンクに
染めた若い男と、下品な赤と黒のドレスをまとった金髪の大女が出てくる。
若い男は大女に向かって「じゃあな、ミチコ。また明日。」と軽く手を上げ去った。
踵を返して店内に戻ろうとした大女は、突然右腕をつかまれ、ものすごい力で
路地裏に引きずっていかれた。
あちこちに水たまりのできた、狭い路地裏で清四郎はミチコの金髪をつかみ、
壁に押しつけている。
びしょぬれになりながら低い声で問い質す。
「どういうことですか、美童。一体、魅録に―――何を仕掛けようっていうんです。」
厚化粧の中に埋もれた青くどんよりとした瞳が、清四郎の姿をとらえる。
「どういうことって、どういうこと?何をって、こっちが聞きたいわ。」
「ふざけると痛い目を見ますよ。」
清四郎の目は本気だった。
乱暴にひいた赤のルージュが笑った。
次の瞬間、彼女―いや、彼の左腕がねじれ上げられ、ミチコは自分の顔が冷たい
コンクリートに強く押しつけられるのを感じた。
小さな悲鳴を上げる。左腕は増々ねじり上げられていく。呻いた。
「んん、ああっっ!」
艶を含んだその声に清四郎は一瞬たじろいだ。くっくっと笑い声がする。
「あ……ん、痛いー。感じちゃうー。痛いから、ミチコ喋っちゃおうかなあ。」
清四郎は『ミチコ』を振向かせると思いきり、その頬を打った。
『ミチコ』は側に積んであったゴミ袋の山の中へ倒れ込む。
清四郎は無理矢理立たせると、怒気のこもった声で吐き捨てた。
「お遊びはもう終わりです。僕や野梨子や、杏樹までも玩具にして、まだ足りない
んですかっ!?」
ゴミの中の『ミチコ』いや美童はキョトンとした顔をしている。
「玩具?何てこというのさ。僕は皆のリクエストに応えているサンタクロースだよ。」
RuRuRuRuRuRu
真夜中に電話のベルが鳴る。杏樹は寝ぼけ眼で受話器を取った。
「……はい?」
「杏樹か? 俺だよ、魅録。こんな真夜中に悪いんだけど、美童帰ってきてるか?」
「なんだ、魅録さんか。兄貴?確か女と一週間位旅行に行くって言ってなかったかな。
ちょっと待ってて。」
杏樹は受話器を保留にすると、美童の部屋をのぞきに行った。
思った通り、部屋の主はいなかった。
キングサイズのヨーロピアン調のベッドはきちんとベッドメーキングされたまま、
皺一つない。ただ、机の前の窓だけがなぜか開けっぱなしになっている。
カーテンが風にはためき、雨が吹き込んで机を濡らしていた。
杏樹は窓を閉めた。その時、机の上に開きっぱなしになっている日記帳に気がついた。
中に書かれた野梨子、の字に目が吸い寄せられる。
魅録からの電話に兄の不在を告げると、杏樹は急いで兄の部屋にとって返し、
震える指で日記をめくった。
ゴミ袋の山に埋もれたまま、美童はため息をついた。
「やれやれ。全然わかってないんだな、清四郎は。」
清四郎は黙ったまま、美童に冷たい視線を送る。
「まぁ、いいさ。いつか、きっと君にもわかると思うよ。僕の大いなる愛が。」
「僕の、何ですって?」
せせら笑った清四郎を美童が同情した目つきで見上げた。
「淋しいんだね、遊んであげようか、清四郎。この間のお茶会はどうだったの?」
途端に清四郎から笑いが消えた。美童から視線をはずすと、無表情になる。
「野梨子から散々聞き出したんじゃないんですか。」
皮肉な笑いを浮かべて美童は立ち上がった。
「ふん。可愛い犬だよ、野梨子は。ご褒美さえあげれば、何でも言うことを聞く―――。」
清四郎は唇を引き締めると、目をつむる。そんな彼に容赦なく美童は囁く。
「どんな風に杏樹を男にしてやった? 初めて男を受け入れる時の痛みは?
杏樹を誘っている時にもう濡らしてたか?……みんな野梨子の口から言わせたよ。」
耐え切れずに清四郎は壁に両手をついた。
「もちろん僕に話して聞かせている時も、彼女は濡らしてたけどね。いけない子だな、
野梨子は。優等生なんかじゃない。不良だ。だから、お仕置きした。」
美童は壁に手をついて荒れる息をこらえている清四郎の背中に、ゆっくりと手を回し、
シャツのボタンをはずす。そして清四郎の肌を撫で回し始めた。
清四郎の声は震えていた。
「お……仕置き? どんな?」
女装姿の美童はルージュのついた口で笑うと、背後から清四郎の股間に手を伸ばす。
微かな音を立ててチャックが下ろされる。
「び、美童。やめろ……。」
「顔はやめろって言ってないよ。言って、清四郎も。野梨子が女になった時のこと。
外で聞いてたんだろ?」
清四郎は激しく首を振った。
「やめてくれ……。」
「野梨子はどんな風に杏樹を誘惑した?無理矢理迫ったのか?杏樹の可愛い息子を
くわえたのか?」
冷たい美童の手が清四郎のズボンの中から取り出したものを、上下にしごき出す。
清四郎は悶えた。
「あっ、くっ、はあっ。」
彼の耳元で美童が「教えてよ。」と囁く。清四郎の唇から言葉が漏れた。
「の、野梨子は、虫がいるから取ってほしいと、杏樹の手を取って、自分の……
着物の中へ入れた……。」
清四郎自身から分泌されたねっとりとした液が、美童の手に絡み始める。
「いいね……、やるなあ、野梨子。そして、虫はどこへ?」
「野梨子の下腹部へ……杏樹がそこへ指を……」
「野梨子は感じてた?」
「感じて……た、……うっ、はぁっ、杏樹は指だけじゃなく、唇と舌を使って
野梨子の感じる部分を探し回ってた……それから」
うわ言のように呟く清四郎を美童は促した。
「それから?」
「もっと……中だと。虫が、もっと中にいると、野梨子が。それを聞いた杏樹は
すぐにズボンを脱いで野梨子の……」
「野梨子の……?」
「野梨子の中……に。」
清四郎の瞳は熱で澱んでいる。美童は彼の前に回ると、熱くそそり立ったものを
口中に含んだ。
「あっ……あ、ああ……くっ、ふう、ああっ、あっ。」
哀しげな歓喜の声が雨音にかき消されていく。美童が囁いた。
「かわいそうな清四郎……。僕が愛してあげるよ……。」
清四郎は雨が静止して見える、と思った。
6月×日
明日は念願のみどり先生とデート! 天気が悪いかも。
雨の場合のデートコースを考えておかなくっちゃ。
6月×日
もしかして可憐とやっちゃったかも・・・。
どういうこと? 何も覚えてないよ・・・。
あやまるべきなのかな。
6月×日
明日から蓼科の別荘に有閑倶楽部で一泊。
可憐はあれから学校に来ていない。電話にも出てくれない。
心配だ。旅行も雨が降りそうでゆううつ。
6月×日
野梨子が蓼科から帰ってからというもの、僕を避けている。
なぜだ? 清四郎から身に覚えのないことを聞かれて???
一体、僕の周りで何が起こってるの?
6月×日
朝、学校へ向かったはずなのに、気がついたら夜でベッドの中だった。
体中ぐしょぐしょだし、
おまけにホッペタが誰かに殴られたみたいに腫れている。
まいったな。夢遊病なんだろうか。自分が怖い。
6月×日
可憐に引き続いて悠理まで姿が見えない。野梨子は相変わらず。
清四郎はガン飛ばしてくるし、やってられない。
僕のせいじゃないって。眠れない。
6月×日
なんと、あの野梨子に告白された!前から僕のこと、好きだったって。
妙に僕を避けてたのは、恋のためだったのか。うわお。
すごくうれしかった。もちろんOKする。
6月×日
毎日毎日野梨子のことばかり考えている。ベッドに誘ったら答えはノー。
僕がこんなに野梨子に入れ込んでるのに、彼女は何だかつれない。
会っていても、誰かと待合せしていて、時間潰しで僕と会っている気がする。
考え過ぎかな。気長に行こう。剣道を習い始めることにした。
6月×日
気がついたら合宿が終わっていた。そんなことってあるか?
何だかおかしい。何だか変だ。清四郎も野梨子も、何か隠している。
何なんだ、一体。自分が自分でないような気がしている。不安だ。
誰かに相談したい。魅録に相談してみようか。うまく言えるだろうか。
突然、窓が鳴って杏樹はびくっとした。雨の音がわずかに聞こえる。
震える手で日記を元通りに置いた。
「どういうことだよ……?」
===つづく===>
>雨
うおおー美童の日記に、すごいドキドキしました。
続き!続きをー!
>193-194
私も、なんでいるんだ!! に大笑い。
でも、すっかり忘れてたけど、ホロ苦い青春編って、
>ふとしたことから愛し合うようになった魅録と野梨子。
>それを知った清四郎は驚くも、相手が魅録ではケチがつけられない。
>「幸せにしなかったら許しませんからね」などとお決まりのセリフを
>吐いてみたものの、心には何故かポッカリと穴があいたような……
>それまで自分に頼り切りだった野梨子が何かというと魅録・魅録に
>なったから寂しいんだろう、と自己分析していると、可憐が一言
>「案外ニブイのね」。
(以下略)
が元ネタだったんだね。嵐さんとこも「魅×野・清×可」とあるし。
金沢から帰って来たから、清×可も動き出すのかな。
>197で魅録が戻って来たし、いよいよ楽しみだ。
リレー作者さんたち、よろしくです!
>>209 漏れも清×可があるというのをすっかり忘れ・・・、いや知らなかったW
「檻」の続きをうpさせていただきます。
「・・・というわけだから今日は清四郎の家に行きます、決定」
剣菱邸の悠理の部屋に集まり、『野梨子が清四郎に告白したこと』以外を
うまくかいつまんで可憐が事情を話し終わった頃にはもう外は夜の帳に包まれようとしていた。
「行ってどーすんだよ」
悠理に頼まれたスポーツカーのプラモデルの色を塗りなおしながら魅録がたずねた。
「お見合いを見張って、いざという時お見合いをぶっつぶします」
伊達メガネをかけた可憐が背筋を伸ばして3人に答える。
『清四郎の代役』を意識しているせいか、口調まで清四郎に似せている。
「そりゃやりすぎだろ。
無理矢理つぶしていい見合いなら清四郎のおじさんもおばさんもとっくにつぶしてると思うぜ。
わざわざ野梨子に芝居打たせてまで回りくどいことしないだろ。
俺達が勝手にぶっつぶしたらおじさんたちの面子丸つぶれになるんじゃねーか?
相手はあの兼六財閥だし、怒らせたら清四郎の病院ぐらい簡単につぶしにかかりそうだし」
「ぐっ・・・」
ポスト清四郎撃沈―――――。
悔しいが、魅録が言うことは一々もっともだった。
たしかに清四郎の菊正宗病院は日本でも有数の大病院だ。
だが兼六は財閥だ。財閥ともなると規模が違う。
「それに清四郎だったらうまく立ち回るだろ、野梨子もいるし」
その野梨子が今回はアテにならないのだ、清四郎とて今は冷静な状態ではないだろう。
『野梨子が清四郎に告白したこと』を話せば魅録にもわかってもらえるかもしれないが
それは野梨子との約束があるから話せない。
もどかしい気持ちを持て余していると、それまで黙って聞いていた美童が助け舟を出した。
「出番が無かったらそれでもいいんじゃない?見に行くだけ行ってみようよ。
財閥のお嬢様なんて興味あるし」
そういうと可憐のほうを向いて小さくウインクした。
「ま、確かにそーだな。清四郎の反応も興味あるし。
・・・よし!出来たぞ悠理。おまけでマフラーとエアロも作り替えといたからな」
「魅録ちゃん、愛してる〜!」
お決まりのセリフで魅録の腕に絡みつく。
「へーへー」
いつものお約束なので魅録は受け流すが、別に振りほどこうともしない。
いつまでもこのままでいい―――――このままがいい。
悠理はそう思っていた。
「この間思い切って着物を新調しておいてよかったわ」
野梨子の母はまるで縁日に行く子供のように楽しそうにはしゃいでいた。
母は普段は滅多にはしゃいだりしない―――――。
それは、母がそういう性格だからかもしれないし、
家元という、厳格な地位にあるからかもしれない―――――。
「楽しそうですのね、母様」
裏腹に野梨子の心は真っ暗だったがそんな素振りは針穴ほども見せずに母に問いただした。
「ええ、だって仮にとはいえ野梨子さんが清四郎さんの婚約者なんですもの」
ドキッとするようなことをサラっと言う。
母はどこまで私の気持ちを察しているのだろう―――――。
「母様、わたくしが清四郎と結婚したら、うれしい?」
今となっては有り得ない事だか、何となく聞いてみる。
「うれしいわ。野梨子さんと、清四郎さんと、お父様と。
ずーっと4人で暮らせたらきっと毎日が楽しいわ」
本当に少女のようだ―――――。
母は決して世間知らずではないけれど、時々『夢見る少女』的な事を言い出すときがある。
それは大学を出てすぐに、歳の離れた包容力のある父と結婚したせいだろうと野梨子は思っていた。
そしてそんな母を見るたびに、自分が守らなければいけない、という思いに駆られる。
だが、昨日野梨子がしてしまった事は母のそんな思いを無にするような事だった。
きっともう清四郎が気軽に野梨子の家に来ることは無くなるだろうし、
その逆もまた然りだ―――――。
息子のように思っている清四郎との付き合いが無くなれば、きっと母は悲しむ。
清四郎に告白した事は後悔していなかったが、
母を悲しませる結果になった事は、野梨子が唯一後悔している事だった。
―――――ふと気づくと、母がついて来ていない。
振り向くと少し離れた所に立ったまま、こちらを見ている。
「どうしましたの、母様?」
気分でも悪くなったのだろうか―――――?
野梨子が駆け寄る。
「大丈夫よ―――――」
音も無く、そっと抱きしめられた―――――。
「清四郎さんは、野梨子さんが好きなのよ。私にはわかるの」
小さい子にするように野梨子の頭をゆっくり撫でている。
「だから心配しなくていいのよ。お見合いの相手がどんなに素敵な人でも
清四郎さんの心は動かないわ、他の人のものになったりしない―――――」
母の匂いが野梨子を落ち着かせる――――。
「清四郎さんはずっと野梨子さんの側にいるわ――――」
―――――目指す菊正宗邸は目前だった。
>檻の作者さま
最初のレスに「>○○(全て半角文字)」
という形で前作へのリンクを貼ってもらえると
読みやすいです。他の作家さんを参考に
してみてくださいね。
それと、最後に「続く」といれてもらえると、
次のレスがしやすいです。まだ続きがあるかと思って
しまうんで・・・。口うるさくてごめんなさい。
檻,すごく楽しい!原作より面白い。
これをもとに漫画書いてほしいくらい。
伊達メガネをかけた可憐、とか目に浮かぶよう。
野梨子の母様も綺麗でうれしいなあ。
「雨」も濃厚なシーンと緊迫感がたまんない。
日記も美童っぽい。どういう結末を迎えるのか楽しみ。
最近、レベルの高い作品が続いていて、うれしい・・・
作者さまたちに感謝です!
>>197さんの続き。
「それでは、僕は帰りますよ」
清四郎は、パタンと文庫本を閉じて立ち上がった。
ベッドの傍らには、ひとつしか椅子はない。
そこに誰が座るべきか、清四郎は嫌と言うほどわかっている。
「せ、清四郎……」
野梨子が何か言いかけているのが聞こえたが、清四郎は振り返らず、逆に病室の中に
入ってくる魅録の肩を軽く叩いた。
「……頼みましたよ」
清四郎は、病室を出て行った。
病院の廊下を歩きながら、ふと清四郎は、いつの日だったか忘れたが可憐が言っていた
言葉を思い出す。
……あたしたちが下手に介入していいことでもないと思うし、ね。
裕也も魅録もいい男よ。野梨子が駄目になるようなことはしないわ……
清四郎は、野梨子の変化を、成長を受け入れるべき時期が来たのだと思った。
それに関わっていくのが自分ではないことに、正直なところ、我が身を引き裂かれるような
痛みを感じている。
19年、何と長い歳月だろう。
しかし今、野梨子が一歩踏み出しているのだから、もう、引き止めるようなことはすまい。
清四郎は病院の外に出てから近くにあったベンチに座り、胸ポケットに突っ込んだままに
なっていた箱から煙草を1本抜き取って火を点ける。
充分に吸い込んで煙を吐き出した時、遠くの方からこっちに向かってくる足音が聞こえてきた。
最初は暗くてよくわからなかったが、近づいてくるにつれ、淡い月光がその全身を優しく
形どっていく。
清四郎は、その人をよく知っているしその美しさも充分に知っているはずだった。
だが、今、それが自分の思い過ごしだったことに気付かされる。
「……可憐…?」
続きお願いします。
>檻
登場人物が皆優しくて良いですね。
何も知らないようで全部分かっている野梨子の母様がすごく良かったです。
清四郎のお見合いがどうなるのか、続きがとても気になります。
ちょっと切なげな悠理もできれば幸せにしてあげてほしいな〜。
>ホロ苦い青春編
おお、とうとう清×可が!
可憐がどうやって清四郎を癒すのか、楽しみですねえ。
>217
本当、最近面白い作品が多くて私も嬉しい。
ここを読むのが楽しみで仕方ないです。
>檻
大好きです。可憐最高!!
5愛を読んでから、DeepRiverやこのお話
を読むと、野梨子ママのビジュアルが鷹見ママ
に思えてなりません。
>209さん
私はまだまだ魅×野×清をひきのばしまくって
可憐がポンってくる感じなのかなーって思って
おりました。でも
>ホロ苦
可憐登場ですね。清×可の会話が楽しみ。
>檻
この可憐、イイ!
伊達眼鏡をかけた可憐をビジュアルで見てみたい。
>220
私ももっと魅×野×清があってから可憐がくるのかなーと
思ってました。
でもホロ苦の続き楽しみです。
作家さん達いつもありがとー!
少し遡って、午後11時30分。
3日前可憐が野梨子らしき人物を見た辺りに、魅録と可憐はこっそり佇んでいた。
もう1時間近くじっとしている。
現れるかどうかも、どころか、本人かどうかも分からない人間を待つには、
気温が安定しない10月の半ばの夜の屋外は、いかにも寒い。
「可憐〜、寒みぃんだけど、俺」
「うるさいわね、あたしだって寒いわよ。嫌なら帰りなさいよ」
「ホントに来るのかよ」
「知らないわよ、来るかどうか分かんないって言ったでしょうが」
「もしかしてさ、来なかったら明日も」
「…」
「…なぁ、バイクあんなとこ置いてきちゃったけど大丈夫かな」
「もういいわよっ! さっさと帰んなさいっ!」
可憐に持ちかけられた時はそれなりに真剣だったのだが、
いざ現場で待ち伏せ、となると、この場所と野梨子のあまりのミスマッチに、
魅録はいささか気分が醒めてきていた。馬鹿馬鹿しい、酔ってたんだよ、こいつ。
まあ、可憐が野梨子を見たという時刻までは付き合ってやるか、と
魅録はひとつため息をつき、なんとなく首をまわした。
その時。一瞬、見えた。
魅録にも、可憐が『あたしが野梨子を見間違うと思う?』と言った意味が分かった。
野梨子だった。
赤い地に、もっと赤い薔薇が描かれたワンピースを着て、聞いた通りの野梨子がいた。
嘘だろ…。
すっかり放心しきった魅録を引っ張って、可憐は尾行を始めたのだった。
そして、その10分後。
図らずも清四郎と美童を除く4人が、薄暗い路地に集合していた。
「清四郎はいませんのね」
三人の顔を見渡し、開口一番、野梨子は言った。
化粧した顔の表面は見慣れなかったが、ほっとしたその表情は
確かに三人のよく知っている野梨子だった。
その傍らには、三人のまったく知らない男がいた。
魅録と可憐もその男の顔を初めてまともに見た。
「…野梨子、…だれ?」
悠理でなければ、こんな不躾な訊き方はできなかっただろう。
普通の感覚を持つ人(今の場合、魅録と可憐)ならば、
『大変失礼ですが、こちらの方はどなた様でしょうか』と、遜っただろう。
初老の男は、確かに日本人なのにどこか貴族の香りのする、上品な紳士だった。
野梨子の派手な衣装が下品すぎてその隣にそぐわないほど。
「こちらは…」
口を開きかけた野梨子を、紳士は愉快そうに笑って遮った。
「初めまして、私は天寿、といいます。野梨子の恋人なんですよ。
ここは寒いでしょう。よろしければ、お友達もご一緒しませんか」
魅録も可憐ももう寒くは(寒さを感じる余裕は)なかったが、
天寿の言葉に反対する理由もまた、なかった。
悠理は、なにを『ご一緒』するんだろうと思いながら、四人の後を付いていった。
路地のもっと奥へ。
同じ頃、菊正宗邸。
自分がいかに女性にモテて、それを維持するのにどれだけ努力しているかを
美童はとくとくと清四郎に語って聞かせていた。二人の前に置かれたグラスには
美童の手によって絶え間なく酒が注ぎ足される。自慢の金髪のキューティクルを
整えるためにイタリアから取り寄せているトリートメントの話が一段落し、
二人は揃って一口、酒を飲んだ。
「ぼくが、なんでわざわざ野梨子にノート借りにいくんだと思う?」
急に話題が変わったが、酔っぱらいには普通のことだ。
清四郎は大して気にも留めずに話題の変換に付いていった。
それは、野梨子のノートはきれいで読みやすい上に、借りにいっても、
自分よりは説教したり嫌味を言ったりする度合いが多少軽いからだろう、
と清四郎は言いかけたが、美童の絡み酒は静かに流してやるのが
一番だと知っていたので、あえて黙っていた。
「心配だからさ。でも用もないのにあんまり周りウロウロしたら、
あいつ心配されてるって気付いて、気つかうでしょ。それで余計に強がっちゃうもん」
「え?」
美童の返答は予想外だった。これが女性に対する一流の気遣いというものか。
「今日も見たと思うけど、参ってるじゃない、野梨子」
「…野梨子がモテるのはいつものことでしょう」
清四郎は大勢の男子生徒に囲まれて、見えなくなっていた野梨子を思い出す。
なんとなく、苦い、居心地の悪い感情がよみがえる。
「違うよ、男はいいんだよ。女はおカタいより柔らかい方がいいに決まってるからさ。
けどさあ、女はインケンなんだよ。すました顔して、フツーの声でさ、
女にしか分からない言い方で、信じられないようなキツい厭味言うんだよ」
また予想外のことを言う。清四郎が口を挟む間もない。
美童は勢い付いたのか酔いがいよいよ回ったのか、酒瓶を見つめながら話し続ける。
「もともと野梨子は僻まれやすいでしょ、あんなに完璧だからね。
けど今までは突っ掛かりたくても無かったんだよ、そういう、なんていうのかな、
突いていける穴、っていうか『ほころび』がさ。彼女らにとっちゃ、
嘘だろうが幻だろうが何でもいいんだよ。そういう『ほころび』から
はみ出した糸を引っ張って、穴でも開きゃあいいなって、無責任に願ってるんだ」
「美童」
美童の、酔っぱらっているのにもかかわらずしっかりした物言いに、
清四郎は、思わず彼の名を呼んで話を中断させてしまった。
しかし、その後に続けて掛ける言葉は用意していない。
美童は少し赤くなった目で清四郎の顔を見、スッと音をさせて息を吸い、言った。
「とにかく、ぼくが何が言いたいかっていうと、清四郎はもっと余裕を持って
野梨子をちゃんと守ってやれっていうことだよ。誰からも、これまで通り」
その声色は美童らしからぬ真剣さで、清四郎はすぐに返事ができなかった。
「…そんな、僕は今までと変わってるつもりなんてありませんし…」
「何言ってんの、清四郎に隙があるから野梨子が狙われるんだよ。
もし清四郎が本気出してくるんだったらぼくだって殴られんのヤだし、
まあ、こうやってアドバイスにだって来るんだけど。
これくらいのことで清四郎がそんなわたわたしちゃうんならさ、全然怖くないもん」
「ちょっと待ってください、どういう意味ですか」
『隙がある』と言われて清四郎はムッとした。
しかも、こんな隙しかないような男に、『怖くない』とまで言われる理由があるか?
「だから、もらっちゃうよって言ってんの!」
「?」
一瞬、前後のつながりのない美童の言葉に、清四郎の思考回路が止まった。
自分もかなり酔ってるな、と清四郎は思った。
「だから、ぼくがその気になったら野梨子だって落ちる、って言ってんの!」
「何言ってるんですか、そんな、何の冗談…」
「冗談?」
「だってそうでしょう、美童が野梨子をなんて」
「そう思うの?」
「え?」
「黙ってても野梨子は自分のだなんて、清四郎の思い上がりだよ。
あいつは、もっと遠くにだって行けるんだ。
清四郎の見てないところにだって、行けるんだよ。
…あーもう清四郎のバカ、こんなこと言うつもりじゃなかったのに!
とにかく、清四郎はしっかりしてろってことだよ! 終わり! 寝る!」
言うなり美童は清四郎のベッドに俯せになり、見る間に寝息を立て始めた。
誰が馬鹿だと、反論する間もなかった。
一升瓶の中身はまだ4分の1ほど残っていたが、朝にはたぶん空になっているだろう。
よかった。明日が土曜で。
相変わらず仲睦まじく腕を組んで歩く野梨子と天寿氏の後を、
可憐、魅録、悠理の三人は一言も会話を交わさず並んで歩いていた。
それぞれの頭の中は、それぞれが考えつく限りの疑問と憶測で溢れ返っていて、
各々のホテルが工夫を凝らして派手に光らせているネオンサインも
この三人に対してはまったくムダな明かりになってしまっていた。
不意に前を歩く背中が無くなり、可憐が我に返ると、
野梨子と天寿氏は後ろを気に留める様子もなく(実は三人とも気付かなかっただけで
野梨子はちゃんと声を掛けたのだが)、傍らのビルに入っていく所だった。
どこかあらぬ方向を見ながら直進し続ける他の二人を引きずるように、
可憐は、その名前も表記されていない建物の、強化ガラスの扉を押した。
今回は以上です。失礼しました。
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
>「うるさいわね、あたしだって寒いわよ。」
超言いそうw最近ここの可憐にはまってます。
美童もイイ!!そして野梨子は謎を深めていきますね。
続きを楽しみにしています。
清四郎が出て行って、病室は沈黙に包まれた。
魅録が、来てくれた。私を想って?期待していいのかしら──?
ほんの1時間前までと同じ、一緒にいたいのに、その時間が嬉しいのか
悲しいのかわからない、霧のかかった時。
「…平気?点滴なんて、さ」「清四郎が、大袈裟なんですわ。私、全然平気だって
言いましたのに」気にして欲しくない。早口で、魅録に告げた。
実際清四郎が本当に、自分の病状だけを心配してここまで運んだとは思いがたい。
だからと言って何が理由かなんて、自分にはわからないけれど。
「あの…魅録?」「何?」「…その…撫でて欲しいんですの、頭を」
優しく笑って、魅録は静かに、彼女の艶めいた黒髪に手を滑らせていく。
すると。
手に、何か濡れるものがある。
「!?なっ…どした、野梨子!?」「…ごめ…なさ…」
野梨子の脳裏に、魅録が去った後の清四郎との会話が蘇る。
『降ろしてくださいな』『……』『──降ろして』地面に足がつく。
ほんの少し前まで、この手は魅録の中にあったのに。
あの時、何を言おうとしていたの──?
『頬が赤いですよ、野梨子。熱は─』『さわらないで』言ったときには、もう遅かった。
夢の中で、魅録の唇に触れた額が、今は清四郎の手のひらの中。
涙が溢れる。言葉で繋げない2人の空気を、夢ではないと示してくれたしるしが──
野梨子は静かにかぶりを振った。言えない。魅録には、言えない。
だって、夢の中の出来事だもの。今も、夢に違いないわ──
「…俺、やっぱ行くわ。清四郎呼んでくるし」
(なんで泣くんだ。清四郎か?)ギリギリのところで、どうして踏み出せないのだろう。
『……頼みましたよ』(自信がねー…)追いかける事は出来ても、受け止める事がまだ、出来ない。
パタン 静かに、魅録は病室を後にした。
清×可が思いつかなかったので残された魅×野
の会話にしてみました。
そして最近すごくもりあがっているので
まだまだこじれさせたくてこんなにしてしまいました。
どなたか続きをお願いします。
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
こういう、有閑らしい話大好きです。
テンポもよくて読みやすい!
野梨子は一体何をしてるの〜?そして天寿氏って何者?
続き、楽しみにしてます。
>ホロ苦い青春編
魅録がんばれ〜と思いつつも、こじれてくれて嬉しい。w
>檻
野梨子ママの言葉がすごく良かったです。影の主役って感じですね。
ポスト清四郎の可憐もワラタ
>ホロ苦い青春編
話がどんどん進んでうれしい!清四郎はけっこうあっさり
引き下がってしまいましたね。チョトバトルってほしい気もしたけど、
清×可が控えてるのでいいか!て思いました。続き楽しみです。
>白鹿野梨子の貞操を〜
可憐と魅録の会話がマジ面白かった。あと清四郎と美童の会話も。
登場人物が活き活きしてて楽しいです。それにしても野梨子は一体・・・?
>>207 風で窓がガタガタと音を立てていた。
僕は自室のベッドに横たわったまま、兄貴の部屋から持ち出した日記を
何回も読み返していた。
兄貴と野梨子さんがつきあっている―――。
衝撃のその事実よりも、もっと引っかかることがあった。
あの日。兄貴たちが蓼科から帰ってきて間もなくだった、野梨子さんが
兄貴を家に訪ねてきたのは。何らかの仲違いがあったにしろ、
その時点で二人の関係は修復されていたような気がする。
だが日記には、兄貴がずっと避けられていた野梨子さんに「突然」
告白されたような記述がある。「突然」だったからこそ、兄貴は驚き
喜び、且つ野梨子さんを受け入れた。今までの態度は恋から来るものだと
兄貴なりに解釈した。しかし、その後も野梨子さんは兄貴に心を開いて
いなかったようである。なぜだろう。
野梨子さんの狙いは何だ?
まさか、僕? おめでたい僕は一瞬浮かんだ図々しい考えを、すぐさま消去した。
そして嘆息する。僕に近づくために、まず兄貴に接近するなんてやり方は、
よっぽど僕らに接点がない人物がとる方法だ。兄貴と仲良しで
僕と面識もある野梨子さんがわざわざそんなことをするとは思えなかった。
そして何より考えられない理由は―――あれから一回も野梨子さんから
連絡がないことだった。この悲しい事実は、あの強烈な出来事が白昼夢だったと
僕に思わせるに充分だった。青臭い春が垣間見せたマボロシ。
それでも僕は野梨子さんを恨む気持ちはさらさらなかった。
例え夢の中だとしても、あの清らかな野梨子さんの皮膚に触れ、彼女の粘液を
味わい、僕の体の一部を彼女の中に挿入し、僕の痕跡を彼女の体に残せたことは
望外の幸せだった。例え、彼女にとっては一時の気の迷いだったにしろ。
もっとも、願わくばもう一度チャンスを、と思わないでもなかったが。
兄貴の部屋のドアがバタンと閉まる音がして、僕はハッとした。
帰ってきてる。しまった、日記を返さないと。
ドアをそっと開けて、兄貴の部屋の中を伺った。
気づかれないように細く細く開けたので、兄貴の姿は見えなかった。
たぶんベッドに直行したのだろう。
何やらくぐもった独り言が聞こえた。
僕は日記を戻す事を諦めて、そっとドアを閉めた。
次の日、兄貴が出かけたのを見計らって、日記を戻しに兄貴の部屋へ入る。
兄貴は日記がないのに気づいただろうか。
机の上に赤いものが載っていた。赤い、飲み屋でおいてあるタイプのマッチだった。
銀の文字で『confidentiality』とある。コンフィデンシャリティー。守秘。
何やら怪しげな店名だ。何の店かわからないものの、不健全な匂いがプンプンする。
僕の好奇心がムクムクと湧いてきた。
魅録さんは『コンフィデンシャリティー』の名前を聞くと、一瞬言葉をつまらせた。
電話の向こうから「誰に聞いたんだ、その店の名前。美童か?」と疑わしげな声が
聞こえる。
「誰からだっていいじゃない。魅録さん、知ってるんだね。何の店?今度、連れて
ってよ。面白そうだ。」
沈黙の後、帰ってきた答えは僕をがっかりさせた。
「子どもがいく店じゃないぞ。杏樹が行ってもつまらないって。」
「いいよ、つまらなくっても。僕、行ってみたい。ずるいよ、魅録さんや兄貴ばっかり
面白いとこ行って。魅録さんが連れていってくれないなら、僕一人でも行くよ。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てって。」
大きなため息の後、魅録さんはこう言った。
「お前にゃ適わないな。あのな、面白いとこ行きたいんだったら、今度とびっきり
お薦めの店に連れてってやる。だから、あの店には来るな。絶対、来るな。
いいか、杏樹。来たら、絶交だぞ。わかったか?」
「……うん。」
絶交とまで言われては引き下がるしかなかった。
それにしても魅録さんは「行くな」ではなく「来るな」という言葉を使い、
それは暗に魅録さんが日参or常駐していることを表してるわけで。
―――そんなわけで。
好奇心旺盛な僕は日記を見つけた日の三日後、赤い扉の店の前に立っていた。
その後、僕は、この時の僕のとった軽率な行動を恨み倒すことになった。
===つづく===>
>雨
ううっ。怒涛のうpが嬉しい。
杏樹視点、らしくてとても好きです。
>>196の続きです。
5年前のあたいは、すごく幸せだった。
まずはその春に、高校の頃からずっと付き合っていた魅録とようやく結婚できた。
夏の初めには妊娠していることがわかった。
あたいがそれを告げた時の魅録の顔は、今でもありありと思い出せるほど、喜びに
満ちていた。
あたいは何一つ疑うことなく、『十月十日』の後に無事子供を産むものと信じていた。
なのに。
夏が終わろうとしていた頃、あたいは、清四郎の病院のベッドの上でそれが叶わなく
なってしまったことを知らされた。
魅録が、それをあたいに伝えた。
そのときの魅録の顔は、今でもありありと思い出せる。
見たことがないほどに、悲しみに打ちひしがれていた。
入院していた間、魅録は毎日見舞いに来てくれたが、あたいは魅録の顔を見るのが
本当に辛かった。
もちろん、あたいに気を使って、魅録はいつも笑顔で、その日一日あったことや友達や
知り合いのことやら話してくれて、そのことには何一つ触れなかった。
退院してからも、そのことには全く触れず、表面上は前とほぼ同じ日々を過ごしていた。
ただ、何一つ変わったのは、魅録があたいを、前ほどには求めなくなったことだ。
例え求めたとしても、毎回必ずコンドームをつけた。
魅録は、多分、あたいが妊娠することを恐れている。
そして1年半前くらいを最後に、魅録はあたいに触れていない。
野梨子と結婚したのは、僕がようやく大学を終えて半年も経たない頃であった。
幼馴染として始まった関係が、紆余曲折を経てお互いの気持ちに気付き、周囲の後押しも
あってごくスムーズに結婚に到った。
そして野梨子は僕にとって、申し分ない妻である。
家事全般は問題ないし、僕の両親や姉とも非常にうまく付き合ってくれるし、万事に
わたって僕を立てて尽くしてくれている。
なのに。
僕は野梨子に、彼女がもっとも望むものをもたらせないだろうことがわかってしまった。
それは、結婚して1年が過ぎた或る日のこと。
僕は野梨子の実家にいて、野梨子の両親と談笑していた。
その頃、ちょうどお弟子さんの一人が子供を産んだばかりであったから、野梨子の母が
そのことを僕達に仄めかした。
その時、野梨子は恥ずかしそうに頬を赤らめただけだったが、僕は何故か、僕自身が
その原因ではないかという思いに囚われてしまった。
一旦不安になると、実際に調べてみないと気がすまない。
数日後から僕は誰にも悟られないよう、空き時間を使って自分で自分自身を検査した。
慎重にデータを集めて分析したところ、結果は、恐れていた通りだった。
姉貴に子供がいる僕の家の方はいいとしても、一人っ子の野梨子の両親がこのことを
知ったら、どんなに嘆くだろうか。
その事を考えると、気が重くなってくる。
【続く】
>いつか、きっと…
不倫にセックスレス、流産、男性不妊ですか…。ヘビーだ。
まるで、有閑倶楽部in家庭板or鬼女板ですね。
清四郎はプライド高いから、ものすごく傷つきそう。
もうちょっと、うpします。
>>241の続きです。
「なーんだお前、あんだけ寝といてまだ眠いのか?」
魅録の声に、あたいは我に帰った。
今日のあたいの身体には、キスマークがいくつもある。
昨日の清四郎は、どこかおかしかった。
「ううん、そんなことない」
あたいは振り返って、魅録に笑顔を向ける。
魅録の非番の今日は、久しぶりに魅録と出かける。
一昨日だったか、魅録が『今度の休みに海にでも行こっか』なんて言ってきたから、
あたいは二つ返事で『行く、行く』と答えた。
海水浴の季節はもう、とうの昔に終わってしまったけど、この季節の海も嫌いじゃない。
そんなことを可憐なんかに言うと、絶対『あんた、柄にもないこと言うわね』とか
言われそうだけど。
あたいは、ともすると昨日のことに思いを馳せがちな自分に喝を入れて、先に
出て行こうとする魅録に言った。
「魅録、江ノ島行こう」
この場所に、特に意味はない。
「ああ、わかった。江ノ島な」
魅録も特に突っ込まなかった。
「魅録、気持ちいいなー」
魅録は制限速度なんて守ることなく、飛ばしている。
少しひんやりとした風が気持ちよく、顔を、身体全体を撫ぜていく。
「どうだ、この車。いいだろ?」
今日のあたい達は、アルファ・スパイダーとかいう、真っ赤なスポーツカーに乗っている。
魅録が最近買った車だ。
「うん、好きだよ。あたいも今度運転していい?」
「いいけど、お前、気をつけろよ」
「わかってるって」
そう言いながらも、あたいは、多分この車を運転しないだろうと思う。
それは、魅録がどうこう言うからじゃない。
あたいは、車に乗ることにそれほど興味がないからだ。
「…清四郎、清四郎、聞いてますの?」
野梨子の声に、僕は我に帰った。
僕の背中には、傷痕がいくつかある。
一昨日の悠理は、どこかおかしかった。
「あ、ああ。聞いてますよ。で、僕はどうすればいいんですか?」
僕は新聞から顔を上げ、野梨子にニッコリ微笑んだ。
「やっぱり、聞いてませんのね。……来週なんですけど、ちょっと京都まで行かなくては
いけませんので、3日ほど留守にしますから」
野梨子は、呆れた顔で僕にそう言った。
今でこそ白鹿流は東京に本部を置いているが、明治の初めまでは京都だったという。
そんな関係で、100年以上経つ今でも京都とのつながりは絶えることがない。
僕は、ともすると一昨日のことに気を取られがちな自分に喝を入れるべく、広げていた
新聞を閉じて言った。
「野梨子、気をつけて行ってらっしゃい。で、今日は早く出れそうですか?」
「あら、何かありますの?」
野梨子はきょとんとした顔で聞いてくる。
「たまには、外でご飯でも食べましょう。それとも、僕が何か作った方がいいですか?」
僕は両肘をテーブルにつき、両手に顔をのせて野梨子を見つめる。
「……私、久しぶりにあのお店に行きたいんですの…」
僕は、余裕をもって6時半には家を出た。
ビストロ風のレストランだが、一応、ジャケットにネクタイにコーデュロイのパンツに
革靴といった格好はしてみた。
野梨子がツーピースのスーツを着ているだけに、僕だけがカジュアル過ぎてもバランスが
取れない。
当日で予約が取れるか余り自信はなかったが、なんとか席は取れた。
ドアを開けるとウェイターが近づいてきて、席に案内してくれる。
僕は早速食前酒のメニューを見て、カヴァというスパークリングワインを頼んでみた。
それをほぼ飲み干す頃に、野梨子が表れた。
「待ちました?本当は、もうちょっと早く出られそうだったんですけど…」
野梨子は、息を切らして上着を脱ぎ、椅子に座る。
「いいえ、僕もちょうど飲み終えたばかりですし、いいタイミングですよ」
【続く】
「なにしてんの」
可憐は、清四郎に姿をその目で捉えていながら、
清四郎から1mの距離まで近付いてから、言った。
「…可憐こそ」
清四郎は声を出して初めて、喉がひどく乾燥していることに気付いた。
「昨日のこと、気になって野梨子んちに電話したら、ここだって言うから。…お見舞いよ」
「それなら、805号室ですよ。―あ、でも今は」
「魅録が居る?」
「…そうです」
「じゃあ遠慮とこうかしら」
せっかくだから顔くらい出して来たらどうですか、と言おうと口を開いた清四郎を、
可憐はさらっと静止した。
「いいのよ。それに、野梨子よりあんたのほうが、お見舞いが必要みたい」
夜の中で可憐がちょっとだけ笑う。
「なんて顔してんのよ」
清四郎は自分の表情が自分で見られなくて本当によかった、と思う。
「見苦しいですか」
「そうね」
即答。そして、可憐は続けて言う。
「けど、そういうのもいいんじゃない、あんたも。たまにはね」
完璧でいなくてもいい自分、を清四郎は久しぶりに―もしかしたら初めて―意識した。
「ありがとう、可憐」
清四郎はそれ以上、言葉が出なかった。それ以上、可憐の顔を見ることもできなかった。
静かな話し声が聞こえて、魅録は足を止めた。
あの清四郎が、野梨子のためならこんなに情けなくなれるのか。
俺は、どうだろう。そんなに俺は、野梨子を思っているだろうか。
やっぱり、身を引くべきなんだろうか。
「魅録?」
可憐と、目が合った。
どなたか続きよろしくお願いします。
雨を読んでたら、杏×野なお話が読みたくなってしまった・・・。
>250
私もー!!
しかも野→杏が読んでみたかったりして…。
中学生に翻弄される野梨子。
私は杏→野なお話が読みたひ。
>いつか、きっと
それぞれ微妙な問題を抱えてのね。
二人の関係は少しずつ変わりはじめてるんだろうか、とか、
読んでると、没頭してしまう・・・。
続きが読みたくて仕方なくなります。
>ホロ苦い青春編 魅×野・清×可
『けど、そういうのもいいんじゃない、あんたも。たまにはね』
この台詞、好きです。可憐の包容力が、イイカンジ。
>ホロ苦い青春編
いいですねー。可憐らしい優しさがすごく好き。
魅録登場でこのあとどうなるんでしょー。
個人的にはもうちょっと清四郎に頑張ってほしいかも。
>205
それ、私も読みたい。
>いつか、きっと
不妊とは!大人の世界だ・・・。
悠理で大人の世界が書けるなんてすばらしい作者様。
でも野梨子がけなげでかわいそうだよ〜。
走ります。とりあえず全員潰してみました。
今回も801風味がありますので、ご注意ください。
杏樹、美童、魅録他、有閑メンバー総汚れなので、お嫌いな方は
スルー願います。
>>238 僕は件の店『コンフィデンシャリティー』が見おろせる、カフェの二階に
居座り、窓越しに魅録さんが来るのをじっと待つ。そぼそぼと窓ガラスを
打つ雨が、視界をぼやけさせている。夜が深まっても中々魅録さんは現れない。
退屈の余り僕は居眠りをしていたらしい。カフェの店員にもう閉店時間だと
起こされた。夜11時だった。
ネイビーブルーの傘を差して、赤い扉の前に佇む。思い切って扉を開けても
どこからどう見ても中学生にしか見えない僕が追い出される可能性は
高かった。帰るしかないのか。諦め切れず佇む僕の隣を、男性が通り過ぎて
赤い扉を開けた。扉の隙間から喧噪が溢れ出す。
気がついたら僕は、その男性に後にくっついて、するりと店内に潜り込んでいた。
潜り込んだものの僕は少々後悔した。その店は期待していたような、
可愛い女の子が想像もつかないようなサービスをしてくれる店とかではなく、
かと言ってかっこいいお兄さん達が秘密の話に興じる店でもなく、
暗い照明と怪しげなライトで誤魔化した、荒んだ、すえた臭いのする店だった。
偽者の女が客と戯れている。何だか気分が澱んできた。
「ミチコの弟?よく似てるわね。ミチコはその奥の部屋よ。今、お客さんが
来てるから終わったらね。」
店のママのような男から声をかけられた。
ミチコという名前に覚えはなかったが、奥の小部屋に目をやると、部屋の前に
脱がれた靴に目がいった。スリッパと履き古したナイキ。見覚えがあった。
吸い寄せられるようにその部屋の前に立つ。
お邪魔だろうか。
純真な僕は顔を赤らめつつも、部屋の中の物音に聞き耳を立てた。
と、魅録さんが何か言った声がした。
それに続いて聞こえる声……兄貴?
僕はそっと、襖に手をかけ、小さく、開けた。
僕の目の中に飛び込んできたのは、鮮やかなピンク色だった。
なんだ。やっぱり、魅録さん来てたんだ。
魅録さんは何だか辛そうな顔をしていた。一体、どうしたんだろう。
じっと耐えるように目をつぶり、時々嫌なものを追い払うように激しく首を振り、
それでも時々、堪え切れずに悲鳴を上げていた。
畳についた両方の骨っぽい手や、男らしい肩や背中に汗が浮かんで
零れ落ちる。とても辛そうだった。
魅録さんは何も身につけていない。
「くっ……」
苦しそうな顔をして、魅録さんが片肘をついた。
魅録さんの上にのしかかって、彼を苦しめていた『モノ』が口を利く。
『モノ』は金色の髪と、透き通るように白い肌をしていた。
「魅録……。ありがとう、助けに来てくれて……。うれしいよ、ボク……。」
荒く息をしていた魅録さんが吐き捨てるように言った。
「……どういたしまして」
そして、ふと入り口に目をやる。襖が開いていることにギクッとしたようだった。
魅録さんの目と覗いていた僕の目が合った。
彼の眉が歪んだ。瞳に悲しげな色が浮かぶ。
「杏樹……」
その声に『モノ』が振向いた。
僕の目の中に、汚れた金色の髪、剥げ落ちた厚化粧、かすれたルージュが飛び込んできた。
乱れた金髪の奥で僕と同じ色の瞳が、キラリと光る。
「……杏樹?」
キョトンとしていた『モノ』はやがて、邪悪な笑顔を浮かべ、僕に向かって手を伸ばした。
「杏樹、おいでよ。」
僕は金縛りにあったように動けなくなった。その時、魅録さんが怒鳴った。
「やめろ、美童!」
僕の目の前でピシャリと襖が閉められた。
「杏樹?遅かったじゃない、今、帰ってきたの?何してたの、こんな遅くまで。
……杏樹?どうしたの、トイレ?吐いてるの?杏樹?杏樹?大丈夫!?」
家に帰るなり、トイレに直行した僕は、心配そうなママの声を聞きながら
内臓まで出るかと思う位、吐いた。吐いて、吐きまくった。
吐きながら、吐く苦しみのせいか、ツンとする鼻のせいか、それとももっと他の
理由なのか、わからなかったが、泣いた。泣いて、泣いて、泣きまくっていた。
吐きながら、泣き、泣きながら、吐いた。涙と唾液が混じり合って、
すごいことになった。
「杏樹?どうしたの?ママに話して?杏樹?杏樹?杏……。」
大丈夫、ママ。ありがとう、ママ。大好き、ママ。
でも、話せない。
何も、話せない。
あんな店で兄貴が魅録さんを……なんて。誰にも話せない。
その時、はっとした。日記、日記だ。
トイレから飛び出して、唖然とするママを尻目に階段を駆け昇り、兄貴の部屋に
飛び込んだ。日記は三日前に僕が置いた状態のまま、机に載っていた。
あわただしく頁をめくる。
---------
6月某日
魅録に相談した。彼は親身になって聞いてくれる。いい奴だ。
て、いうか、他人の日記を盗み読みするなんて、いい趣味だね、杏樹?
---------
僕はへなへなとその場に膝をついた。
これは、これを書いたのは………………………………誰?
雨の音が一層激しくなってきた。
僕の瞳から又、勝手に熱い涙が沸き出し頬を濡らした。
欲しかったのは、ほんのちょっとのスリル。
上映時間90分のシネマのような、お子さまランチの旗が立った冒険。
だけど、これは。嫌だよ、こんなの。誰か。助けて。
恐怖がじわじわと僕の体を蝕み始めた。
これは、この悪夢は、いつ覚めてくれるのだろう。
雨が降り続いている。
このままずっと降り続くのか。
一体いつになったら止むのだろうか―――。
僕は普段口にしない神様の名前を呼びながら、夢よ覚めろと、祈った。
=========================
6月某日。六人目。杏樹グランマニエ。あと−−0人。
=========================
@@@つづく@@@
雨、どうなるの?どうなるの?
目が離せないよ〜
>雨
ほんっとに目が離せないです!!
最後の一人は杏樹…日記怖すぎ。
>>246の続きです。
「まあ、悠理、具合悪いんじゃありませんの?」
目の前には野梨子がいる。
あたいは今日、野梨子と買い物に来ていた。
「ちょっと昨日、飲みすぎたかな。大丈夫って」
この場に可憐がいなくて、助かった。
アイツに隠しとおすことは、恐らくできない。
「なら、いいんですの。今日は久しぶりにこうやって出られて、私、嬉しいんですの」
野梨子の満面の笑みに、あたいは良心がチクリと痛む。
「お前はほんと、普段忙しくしてるもんなあ」
時期家元というのは全然甘いものではなく、大学を卒業してからというもの野梨子は
白鹿の仕事で振り回されている。
ほんの申し訳程度に剣菱に顔を出すあたいとは大違いだ。
「まあ、褒めてくださるのね。でも、悠理の評判もよろしくてよ」
「そうか?」
「うちのお弟子さんの中に、剣菱の関係の方は少なくありませんもの」
野梨子の言葉に、それはそうかもしれないと思った。
なにしろ剣菱に限らず、大企業の幹部クラスに茶道をたしなむ人が少なくない。
剣菱の幹部で、あたいが思いつくだけでも数人はいる。
若い頃から好きでやってる人もいれば、それなりの地位について慌てて始めた人もいる。
いろんな人間を相手にしなきゃならないなんて、野梨子も全然楽じゃない。
「ま、あたいは決まった時間だけ猫かぶってるようなもんだしな。ほんとのところ、
いなくてもたいしたことないし」
あたいは、皿に残っていたケーキの一切れを勢いよく口の中に放り込んだ。
そうでもしないと、このたった一切れを永遠に片付けることが出来ない気がした。
あたいはその理由をわかっている。
「悠理、私は嘘なんか言ってませんことよ。そう、ある人が言ってましたわ、
『悠理さんには、会長を思わせるオーラがある』って……」
あたいは思わず、野梨子に全てをぶちまけたい衝動に駆られてしまった。
あたいはとんでもない女だ。
人の夫と寝ておいて、知らぬ顔でその妻と友達でいるのだから。
でも、それも近いうちに終わりにする。
次に清四郎に会う時は、別れの時だ。
「魅録、待ちましたか?」
「いや、ちょうど来たところだ」
「で、美童は?」
「娘が病気なんだとよ」
今日は、魅録とさしで飲むのか。
僕は、予定外のことに辛いなと思った。
そもそも今日誘いに応じたのは、美童も含めて3人で久しぶりにということだったからだ。
「仕方ありませんね」
「まあな」
僕は魅録と向かい合わせに座り、それぞれ飲み物を注文した。
魅録はギムレットを片手に、マルボロを一本取り出して火を点ける。
僕もジン・バックを片手に、ラッキーストライクの箱を胸ポケットから取り出す。
「…お前、まだ吸ってたのか?」
魅録はあらぬ方向に白い息を吐き出してから言った。
僕が煙草を吸うことを知っている人は少ない。
魅録と違って常習性が全くなく、ここ数年はこういうところにでも来なければ吸わない。
だからこの煙草も封を開けたままほったらかしになっていて、正直まずい。
「ええ、ごくまれにですが」
それ以上、何故か僕も魅録も口を開かなかった。
僕の頭の中は、4日前のことでいっぱいである。
目の前に、その4日前に自分を振った女の夫がいるのに、僕はどうして平気なんだろう。
そう、悠理は、『魅録と野梨子を騙し続けることに疲れた』と僕に言った。
そして、『お前だって、そうじゃないのか?ここらでもう止めよう』とも。
しかし僕は、わずか2年の間に、野梨子と夫婦でいることと魅録と友達であることと
悠理とそういう関係であることとに何の矛盾も感じなくなっていた。
だから、本当は、こうして魅録とさしでいたって、辛いと思うのは嘘かもしれない。
「何、考えてるんだ?」
魅録が突然問い掛けてくる。
見ると、魅録のグラスも僕のも空っぽだ。
煙草もそれぞれ、灰皿の中で息を引き取ろうとしていた。
「別に。もう、帰りますか?」
特に話すべきことはない。
美童の存在の大きさを実感する。
【続く】
>いつか、きっと…
悠理、ひょっとして…ですよね!?
>雨
どんどん走ってください!私もどこまでも追っかけて読みますからw
実はこの作品、最初の頃はスルーしてたんだけど(スマソ) でもなんとなく
目に付いて、さらっと読んでみたら「ぬぅぉ〜!!」って引き込まれますた。
毎日コレを読むためにワクワクしながらパソを立ち上げてまつ。
>いつか、きっと
凝ったディテール、巧みな時間運びと展開、
導かれるままに読んでいくと、どんどん引き込まれる。
読んでて止まらなくなるー!
続き、楽しみにしています。
前スレ585の続きです。
http://blue.ribbon.to/~loveyuukan/thre/t16-2.html 観念したように、可憐は学校に通いだした。
倶楽部にもたまには来るが、野梨子とは会わない。会ったところで目も合わさない
のだから、どちらにしても変わらない。
少しずつ、彼女は離れて行く。それが、逃げる事に限りなく近くても。
可憐の居ない生徒会室で、当たり前のように悠理が呟いた。「つまんねーな…」
想う人と、見つめあえたら。
心が向き合えたなら。抱きしめ合えたなら。
少し視線がずれるだけで、こんなにも痛いのだ。
私の視線を、あなたは交わす。 僕の視線は、届かない。
それとも。
届かない痛みに。恋の甘美を確かめているの?
ガチャ
放課後、部室のドアを開けると、清四郎が一人で新聞を読んでいた。
文協と体協の委員会があるので、今日は野梨子と悠理は来ない。
一瞬かち合った瞳が、左右に泳ぐ。彼はしっかり、自分を見据えている。
「…久しぶりですね」新聞を手元に下ろして眼鏡をはずし、彼は言った。
静かな、よく通る声。この間とは違う表情。
その、人を見透かすような真っ直ぐな瞳が綺麗だと、可憐は思った。
「…うん。久しぶり…」見ているだけで、瞳が濡れる。
この間の事もはっきり、自分の中に刻み込まれているというのに。
それでも消えずに、胸を締め付ける想いがある。
心の嵩はあと一滴涙を垂らせばすぐにでも満杯になるだろう。
そして溢れるのに違いない。
恋愛は複雑で、哀しい。想いと視線と、涙が心を取り巻き、いき交い、すれ違う。
でも。
自分の心を占めてやまないその人を前にしたら、その想いはもっと単純なものに思えた。
シンプルで、まっすぐで、切なく甘い。
指の先まで、それだけで満たしたい。
『あなたが好き』
その果実を採って行ったその人を追い求め、そこから心は苦くなる。
一瞬が一分にも、一時間にも思えた。2人きりなんて耐えられそうもない。
もうこの間のような事は二度とないと、流れる空気がそう言っているけれど。
ただただ、側にいられない。
「ごめん、やっぱ帰るね」「──可憐」立ち上がって、清四郎は言う。
自分の名前が長くなくてよかった。
だってあんたがあたしの名前を呼ぶ、そのあいだ中ずぅっとドキドキして
いなくちゃならないじゃない──
背を向けても、彼が名前を呼べばそれは魔法となって彼女を振り向かせる。
「この間は、すいませんでした」頭を下げた。
「……」泣きながら追い返した、自分を傷つけた彼を恨んでいないはずないのに。
謝罪の言葉が余計に胸を締め付ける。2人の心は向き合うことはない事が。
「僕は、野梨子が好きなんです」「…知ってるわよ。トドメささないでよ」
「本当に」「……」「それだけでいい」顔を上げた。
「本当にすいませんでした。あの日僕は可憐の心を何より、傷つけた」
それだけで瞳に涙が盛り上がってくる。もう泣きたくないのに。
「…いいわ、よ」大好きな人の、瞳を見つめて言う。かすれた声。
「あたしは今も──あんたが好きなの」
向きを変え、今度こそドアノブに手をかけた。「可憐」引き止めるように清四郎は言う。
「でも」言葉を選びながら。「でもあの朝、あなたが僕をここへ呼び出した時
あなたを抱きしめたのは、──触れようとしたのは」息を吐いた。
「ただあなたが、綺麗だったからです。──本当に」
もう振り向く事は絶対に出来ない。瞬きひとつで、溢れる。
「人を想う心が、儚くて、綺麗だったから」
パタパタッ 静かに瞼を閉じた可憐の手の甲に、煌きに濡れた涙の粒が落ちた。
清四郎の瞳に映るのは、左右に揺れる柔らかいウエーブ。
ガチャ 今度こそ可憐は、部室を出て行った。
部屋を出ると、こちらへ歩いてくる人影が見えた。
透き通る金髪。美童だ。
可憐に気付くと彼は完璧な笑顔でニコッと笑った。「どうしたの?」
「ううん、何でもない」「…そっか」
想い人の恋は、その人のもののように切なく心に伝わってくるという。
だって、君に恋をしてるから──
「言いたくなったら、すぐ僕に言いなよ」「…なんで?」「え?」
「あたし、最低だと思った。自分。美童に甘えてた。いつもいつも、
あんたを傷つけてた」ほんの少し前の清四郎との会話。
あいつは、痛いくらい野梨子が好き。
あたしは、泣きたいくらいにあいつが好きなの。
急に抱きしめられる。「…だって、可憐を守りたいから」「─離して。嫌なの。
今までごめん。見られたくないの」ふいに零れた言葉に驚き、付け加えた。
「…今更だけど」
そっと体を離す。美童の体はいつも、温かい事を知っている。
いつもいつも側にいてくれた彼に、自分ばかりで気付かなかった
どうして、清四郎の為に流す涙を、見られたくないって思うようになったんだろう。
「もう行く、ね」制服を正して、駆けていく。
涙が止まらない。
どうして? みんなただ、好きな人を想うだけ。
ただ、いちばん好きな人としあわせになりたいだけなのに───
続きます。
>KISS
可憐の辛い恋にやっと決着がつきましたね。がんばれ可憐。
作者さんにチョト質問です。
>少しずつ、彼女は離れて行く。それが、逃げる事に限りなく近くても。
ここは可憐視点で離れていくのは「野梨子」から「可憐」がですよね。
>少し視線がずれるだけで、こんなにも痛いのだ。
>私の視線を、あなたは交わす。 僕の視線は、届かない。
>それとも。
>届かない痛みに。恋の甘美を確かめているの?
僕の〜は清四郎ですよね。
視線がずれて痛いのは「可憐」と「野梨子」の関係だと思ったんですが、
清四郎のことを言ってるんですか?
長文スマソ
>雨
日記の最後の行怖すぎる!!
一瞬背中がぞくっとしたよ〜。
>276さま
細かく読んでくださってありがとうございます。
>私の視線を、あなたは交わす。 僕の視線は、届かない。
>それとも。
>届かない痛みに。恋の甘美を確かめているの?
「視線がずれる」というのは美→可→清←→野←魅
というように自分が相手を見ていても相手は別の方向を
見ている、ということで、私、と僕というのは有閑メンバー
のことで、5人の気持ちがいきかっているという意味でした。
抽象的すぎましたよね。すみません。
これからこういう表現は控えます。
長文失礼致しました。
> 見ている、ということで、私、と僕というのは有閑メンバー
> のことで、5人の気持ちがいきかっているという意味でした。
作者さんレスさんくすです。なるほど、そういうことだったんですか。
有閑全員を指しているとは思いませんでした。
これを台本にしてビジュアルにすると、いい感じかもしれませんね。
ただ、文章で読むとどうしても細かいところがわからないと、
イメージしにくいなというのがありました。説明してもらって
作者さんの意図がチョトわかった気がします。
続き楽しみにしてますのでガムバってください!長文レス スマソ
放課後の生徒会室。今日は6人揃っている。
カサッ
「あら?何コレ」床を掃いていた可憐が何か、白い紙のようなものを拾い上げた。
「誰かの?」5人は銘々好きなことをしながら、チラッとそれを視界に入れて、
5人ともがかぶりを振った。
「開けるわよ、白い封筒。何も書いてないの」
ガバッ 雑誌を読んでいた魅録が思いっきり顔を上げる。
何も書いてない白い封筒だと────!?
なんで”あれ”がここにあるんだ!!??
だっ、だってあれは………
記憶は今朝にさかのぼる─────
**************************************
…よしよし、誰も来てないな?放課後も考えたけど、やっぱり早朝大作戦
だよな。5時おきした甲斐があったぜ。
っと、あいつの下駄箱は…よし、これだよな。そーっと、そーっと…
『ガタンッ』 ってオイ!!んだよ、ホウキかよ。閉まっとけよちゃんと〜。
『ガチャ』─────なんだなんだ?お前ら昨日から仕込み組か?
1234…すでに7通もあるじゃねぇか。
フッ。不憫だな、同士よ。俺もお前らの仲間さ。
あいつは毎日毎日、俺の目の前でお前らの想いをゴミ箱にINさ。
なんでなんだろーな。仲間の一人なのに。
けど、あいつの気の強いとことか、人に気を使えるところ、真っ直ぐな瞳。
たまに脆くなった時、俺が守ってやりたいって思うんだ。
─って、浸ってる場合じゃなかった。
さよなら。
今だって抱きしめたいくらい。本当にほんとうに──君が好きだ。
『カトン』
**************************************
…うん。間違ってないよな?
ハッ。もももしや、落としたって言うのかい?野梨子さんヨォォォ…
「開けるわよ」「ぐっ」
カサカサ「…なんだ、野梨子宛てのラブレターじゃない。つまんなー…あら?
これってみ」「ゲホッ、ゲホッ、ぐはっっ」「…はーん♪」
なんだ可憐、怪しげに目を光らせやがって。似合いすぎだっつうの。
「なんだよ?あたいも見たーい!」「あんたはいーのよ、あんたじゃないのよ」
「そーだぞ、悠理。ほら、可憐さんそれを俺に渡しなさい」「やーよ」なんだって!?
「これは読むべき人が読むものじゃない」「うっ…」そりゃそーだが、俺はもう
失恋したつもりで…「ね、野梨子?」ひぃぃぃぃぃーーーーー
さすがの野梨子も関心を寄せて輪に入ってくる。「なんですの?可憐」
「貸せよ、可憐!」「はい、野梨子。パスっ」手紙は野梨子の手元に収まった。
フッ… 「何魅録、悟り開いたような顔しちゃってんの」ほっとけ、美童。
お前には分かるまい。俺の切ない恋心よ…
「…?」訝しげな表情をして、野梨子がテーブルの上で手紙を開く。そしてすぐに消えた。
──え?消えた?
視線を上にやると、清四郎の奴がそれを持っている。そして全員がそれを読んでいる。
160cm以上の世界である。
全員の表情が、同じバロメーターで変化していく。ニヤついてんじゃねーよ!
そして1分後に、手紙は野梨子のもとへたどり着いた。
もう、どうにでもなれ。それは本当の、俺の気持ちだ。
薄くて、赤い小さな唇がかすかに動いて、俺の言葉を追っていく。
『野梨子へ
これは俺の失恋記念だ。いつもいつも一緒にいて、沢山いろんな事したけど、
俺はいつもお前を気にしてた。気が強いとことか、はっきりしたところ。
もちろん、着物の似合う、日本美人のとこも。だけどやっぱり野梨子にとって
俺は、仲間の一人でしかないんだと思う。だから今日この手紙を、他の手紙に
混ぜてお前が捨てる時、俺はもうこの想いを終わりにする。だけど、……』
そして4人の表情がゆるんでいったくだりで、野梨子の頬は赤く染まっていく。
いや、ほっぺただけじゃないかも。ってか、赤ッ!!
ガタガタンッ
真っ赤になった野梨子がいきなり立ち上がると、椅子が後ろにひっくり返った。
「せっ、せいしろう?」……声が震えている。
覚悟を決めたように早口で言い切った。
「私、今日一緒に帰れませんわ。この手紙を下さった方と帰らなくては
いけませんの。明日の朝も、放課後も」
そして聞き取れるか聞き取れないかギリギリの声で、付け足す。「…これからずっと」
…え?
なんつった?野梨子。聞こうにも、彼女はもう出て行ってしまった。
「ほら。早く行ったらぁ〜?」「『これからずっと』〜♪」言い返す間もなく俺は駆け出した。
いつも見てた君の、残り香を追いかけて。
「…僕は独りですか」「まーまー」「あたしが慰めてあげるわよ」「えっ」「嘘よ」
「僕が慰めてあげる」「遠慮します」「すげーよな、ポエマー」「ポエトリーですよ、悠理」
『…だけど、俺は野梨子が好きだ。
誰よりも強く、お前を守るよ。ずっとずっと。
朝も昼も夜も一緒にいたいんだ。ほんとは今でも、そう思ってる。』
ありがとうございました!
>>ラブレター
読みながら(*´∀`)ニヤニヤしちゃったよ。
魅録も野梨子もかわいくって。
>前スレ450続き
「じゃあ、可憐にはあの人頼むわ」
美童に役を振って以来、魅録はようやく具体的な計画の変更に頭を動かし始めた。
有閑倶楽部のウリは、何もその行動力だけではない。その行動力を保障するのは、
プロも真ッ青の情報収集能力である。
可憐の役割は、美童のそれとほとんど同じだった。これも毎度のことである。
「可憐さんにまっかせなさい♪」
気軽に言って可憐が向った先は、何を隠そう戸村社長本人。更に彼女には仕事
があって、次に経理部長をハシゴする予定である。ふたりの幹部は同じ反専務派で
あるが、クリーンなイメージのある戸村社長とは違い、経理部長はきな臭い噂の耐え
ない人物である。
高校生とは思えない色っぽい可憐の背中を見送った後、清四郎はくるりと振り返り、
少し面白がるような表情で「僕はなんの役なんです?」と聞いた。
(笑ってられるのも今のうちだぜ、清四郎)
「……魅録。なんですか、その含み笑いは」
知らず知らずのうちに、笑っていたらしい。魅録は笑いをしまい、コホンと咳払いして
気を取り直す。
「清四郎。お前にやってもらうことは――スリだ」
「――それはまた……」
清四郎が眉をしかめた。
「捕まったらヤバいどころの話じゃないですね。」
「捕まらないようにやれるんだろ、お前なら?」
「何を根拠に……」
「お前が、スリやら詐欺などの犯罪技能一般を見事に習得してること、俺が知らな
いとでも? ああそういえば、お前はピッキングどころかカム送り解錠もできるって
前に言ってたな」
口は禍の元――まったく、先人はよく言ったものである。
要らないことを魅録に言った過去の自分を呪うものの、後の祭りである。
「今更でしょう? 清四郎の前科なんて、二桁を軽く超えてるんですもの――不法
侵入、器物破損、盗み、盗聴・盗撮、公文書偽造、恐喝、薬事法違反エトセトラ。
前科一犯二犯どころの話ではありませんわね」
幼馴染は、魅録を止めてくれるどころか、楽しそうでさえある。扇子をはらりと
広げて、微笑んだ口元を隠す。先ほどまでの自分同様、他人事なら誰だって楽しい
のだ。 このどこから見ても大和撫子である筈の野梨子が浮かべる危険な笑みを、
彼女の信奉者たちに見せてやりたいものだと、諦めにも似た気持ちで清四郎は思う。
「清四郎に何を盗ませたいんですの?」
「――携帯電話、でしょう」
諦めの溜め息をつきながら、魅録のかわりに清四郎がそう答えた。さきほど事件の
あらましの説明を受けたときに、GPSつき盗聴器を剣菱精機の要人の携帯電話に
取り付けるつもりだと聞いた。
だが、その方法までは聞いていない。――つまりは、そういうことなのだろう。
「その通り。いやー、お前ら全員、察しが良くって助かる。大丈夫、これだけの
混雑だし――実は、豊作さんにちょっと騒ぎを起こしてもらうよう頼んでんだ」
「騒ぎ?」
首を傾げる清四郎と野梨子に、魅録は悪巧みするときの楽しくて堪らないという
顔をして、こっそりとあることを耳打ちする。
元々それは魅録が自分でやるつもりのことだった。これから起こる騒ぎに紛れて
ならば、自分だってそのくらいは出来る。だが、清四郎の方がもっとスマートに
出来るだろう。
「頼むぜ」
たまにはお前も苦労してみろと笑う親友に、仕方ありませんねと清四郎は言った。
清四郎と細かい打ち合わせをしたあと分かれると、魅録と野梨子が残った。
「わたくしは余りましたけど……わたくしにも何か出来ることがありますの?」
小首をかしげて野梨子が聞いてくる。だが彼女には悪いが、現時点でしてもらう
ことはない。
「今はとりあえずない。――いや、待てよ。悠理の方を様子見に行ってやってくれ
ないか。俺が行ってもいいだろうけど、男友達が同伴していると知られたら、作戦
的にあまりうまくねーだろうし」
「分かりましたわ」
野梨子が悠理の方に向うのを確認すると、ふうと一息つく。なんとも妙なことに
なってしまった。だが、何か悪巧みをするときには、やはり全員が揃った方が上手
くいくものらしい。
それにしても、これから俺はどうしたらいいだろうか。
一人になった魅録は、少々時間を持て余してしまった。
自分がやろうとしていたことを全て仲間が変わってくれたため、やることがない。
自分では動かず、仲間の報告だけを待つというのは、ちょっと飽き飽きするもの
だったらしい。
皆は上手くやっているだろうかと周りを見回したが、広い会場内の中、すでに誰も
見えない。
と、そのとき見知った人がふたり、目に入った。
魅録が気づくと同時に、向こうも気づいたようである。
「松竹梅君じゃないか。」
開発部の研究員である加瀬と、室長の高田だった。
* * *
一方、野梨子は内心で膨れていた。
(そりゃあ、わたくしは足手まといですけれど)
特別な技能を持つわけではない。こうやって皆で悪巧みをするのは楽しいけれど、
そのことを思い知らされることも度々だった。器用貧乏とは自分のことかもしれない。
とにかく、今は悠理の様子を見に行こう。
(――あら?)
魅録に言われたとおりのところまで来たものの、そこには悠理の姿がなかった。
今井グループの御曹司とこの辺りで話をしていると聞いていたのだが……。
(移動したのかしら)
人の流動の激しいパーティーのことである。有り得ないことではない。
(ということは、わたくしどうしたら?)
少し戸惑ったようにして悠理を探す野梨子の姿を、参加者の目が吸い付くように
追いかける。なにしろ野梨子は目立つ。何度も声を掛けられては引き止められ、
野梨子は何のために自分がこの場にいるのか、分からなくなってきた。
同世代の少年が集う学園ならば、高嶺の花である野梨子を誘うのに、このように
馴れ馴れしくする者はいない。だが、財政会やそれに準ずるパーティーでは、無礼な
大人たちに声をかけられることは度々だった。そして、相手によってはそれを下手に
跳ね除けることが許されないときもある。
考え込んでいると、またもや声をかけられた。
「お嬢さん。もしお一人なら、僕とお話でもどうですか」
少し気障な声音に、野梨子はうんざりしながら振り返った。
――せっかくのお誘いなのですが。
猫をひとつもふたつも肩に乗せると、微笑んで口を開きかける。そして、そのまま
表情が僅かに揺らいだ。一刹那。何事もなかったように、表情は元に戻る。
それは、ごくささやかな変化であった。
「喜んで」
先ほど考えていたこととは全く別の言葉を、唇は綴っていた。
目の前の青年と面識はない。だが、彼女はその人物の顔を知っていた。十数分前
に、魅録から見せられたばかりである。
八代儀一。
最も注意すべしとされている人間だった。
ツヅク
>秋の手触り
うーん、犯罪技能一般習得って、そもそも魅録さん、あんたが第一人者のような気が…。
女ったらし八代が、野梨子にどうアプローチするのか楽しみだ。それで、野梨子がどう
八代をうまくけちょんけちょんにするかがさらに楽しみだ。
>ラブレター
破られることを想像してラブレターを書く魅録に・・・W
もっと自信持ちなよ〜と言いたい。まくしたてる野梨子さんにもワラタ
>秋の手触り
わ〜い、久しぶり!えっ、清四郎がスリ?野梨子が美人局?
何だか面白くなりそうですねぇ。ニヤリ
有閑倶楽部が一暴れしてくれそうでうれしいです。
次回を楽しみにお待ちしてます!
>>267の続きです。
あたいは予め、とーちゃんとかーちゃんに『大事な話があるから時間を空けといて欲しい』と
電話しておいた。
そして今、実家の門をくぐって玄関を通ってふたりの部屋へ向かっている。
今日のこの時まであたいはずっと、ふたりに言う予定の言葉を何度も何度も練習した。
あたいは、ぶっつけ本番では、言ってはいけないことを言ってしまいそうな気がしたのだ。
もちろんふたりは、あたいが何かを隠してることに感づくだろう。
でも、言いさえしなければ、ふたりはわかっててあえて追求しないだろう。
あたいには、そんなに時間がない。
「とーちゃん、かーちゃん、今からあたいが言うことに驚かないで欲しい」
あたいはひとつ深呼吸をし、肺に充分に酸素を入れてから言った。
「あたいは今、妊娠してる。でも、それは、魅録の子じゃない」
「………」
「悠理!どういうことなの!」
とーちゃんは唖然として言葉もなく、かーちゃんは目を白黒させている。
無理もない、こんなこと言われて驚かない親の方がどうかしてる。
「もちろん、魅録とは別れる。アイツのキャリアに傷がつかないようにしなきゃなんない。
……あたいは、どうしてもこの子を産みたい。それにはとーちゃんとかーちゃんの助けが
必要なんだ……」
あたいは、顔を上げて真っ直ぐ二人を見た。
ふたりの動揺はまだ収まっていない。
でもあたいは、ここでふたりに見捨てられたら、どうやってこの子と生きていったら
いいかわからない。
しばらくの沈黙の後、とーちゃんがあたいの目を見て言った。
「悠理、おめ、相手の男には言っただか?」
「事情があって、それは言えない。……ごめん、聞かないで欲しい」
あたいは、がっくりと肩を降ろした。
これだけは、どんなに追求されても言うわけにはいかない。
「わかったわ。私達もそのことは聞かないし、豊作達にも他のみんなにも聞かせません。
離婚に関しては、魅録くんの条件を全部のんできなさい」
かーちゃんはそれだけ言って、とーちゃんに縋りついた。
とーちゃんは優しくかーちゃんを抱き締め、心配そうな顔であたいのことを見た。
あたいは、このふたりを見てきたから、あんなにも好きだった魅録と結婚したのにな。
今更、そんなこと言っていられない。
あたいは、もう、ひとりじゃない。
悠理に突然別れを告げられて1月もたたない内に、野梨子から、悠理が魅録と別れたと
聞かされた。
これは、僕にとっては全くの青天の霹靂である。
あの時、悠理が魅録と改めて向き合うと思ったからこそ、僕は悠理の言葉を受け入れたのに。
僕は訳がわからなくて、気付いたら悠理に電話をかけていた。
悠理はいつも、1コール目か2コール目には出るのに、10回鳴っても15回鳴っても出てこない。
僕は一旦切ってまたかけなおしたが、結果は変わらなかった。
悠理とは古い付き合いとはいえ、今の僕が今の彼女のことを根掘り葉掘り聞くことはできない。
いったい、何があったというのだろうか?
僕は、診察室でため息をついた。
これから来る患者は、3日前に、僕を指名して予約を入れてきた。
全くの初診だが、僕はその患者を知っている。
だが、彼がどういうつもりでこんなことをしたのかはわからなかった。
「魅録、どうしたんですか?話があるならこんなところでなくても、いつでも都合
つけますがね」
ドアを開けて入ってきた魅録を見るやいなや、僕は口を開いた。
魅録は僕の言葉に答えず、ずかずかと進んできて患者用の椅子に座る。
いつもなら、患者が椅子に座ったところで診察を始めるのだが、目の前の魅録はどう見ても
精神科を必要としている人間には見えない。
「……医者って、守秘義務があるはずだよな」
「ええ、もちろんです。医師法にも、そう書いています」
「なら、今日の俺は、お前の友人の松竹梅魅録ではなく、一人の患者に過ぎないと
いうことにしてくれ」
魅録は明後日の方向に視線をやり、ぶっきらぼうに言った。
僕が何か言う前に、魅録はなおも続ける。
「頼むから、細かいことは何も聞かないでくれ。もちろん、これから話すことは他言無用だ。
……カルテには、ノイローゼとか適当に病名をつけて」
何となくだが、魅録がこれから吐き出そうとしている事柄が頭に浮かんでくる。
僕は、それを、聞きたいか?
違う、今の僕に選択権はない。
僕はひとりの医者で、魅録がひとりの患者なら、僕は最後まで冷静に、聞かねばならない。
「……わかりました」
【続く】
> いつか、きっと
凄い!上手すぎる!!
情景がつぶさに目に浮かぶ。
悠理が背徳の十字を背負い命の全てをかけてでも生みたいと思う、切実で確固たる気持ちが伝わってくる。
本当にどうなっちゃうんだろう。
続き、お待ちしています。
>いつか、きっと
悠理が清四郎と別れた時、どうしたんだ?と思ったけど、そういうことだったんだ。
悠理が大人でイイ!
魅録には何て言って離婚したんだろう。
本当の事は言えないよなぁ…
続き、待ってます。
>秋
いやーん!いけ!野梨子!!
>秋の手触り
続きが読めて嬉しい!
野梨子がこの後八代をどうするのかがものすごい楽しみです。
野梨子のこういう役回りってほとんど見れないもんなあ。
続き、楽しみにしてます!
>いつか、きっと
うわー、なんだか皆つらいっすねえ。
悠理もだけど、それ以上にそれぞれの配偶者(魅録と野梨子)が
かわいそうすぎて。
清×野の短編をうpします。
ほのぼのです。
4レスお借りしますね。
部室のドアを開けると、清四郎がいた。
「あら、午後は用事があったんじゃありませんの?」
清四郎は新聞から目を離し、
「野梨子も可憐達と銀座じゃないんですか」と聞く。
「ええ、忘れ物の本を取りに来ただけですの…」
「僕は約束の時間までの暇つぶしですよ」と小さく笑った。
会話の途中から、野梨子は棚の上などを探している。
「伊東屋にも行きますけど、何か買ってきて欲しい物あります?」
清四郎は再び顔を上げた。
「そうですね…別に…」と答えようとしたが、フッと何か思いついた様子で
「では、前もお願いしたボールペンを」と言った。
「グレーのですわね。わかりましたわ。…あら、こんな所にありましたわ」
野梨子は見つかった本を鞄に入れる。
「では、行ってきますわね」
「あ、野梨子!ボールペン、夜に取りに行きますね」
さりげなく言ったつもりだが、清四郎は少し照れくさそうだ。
野梨子はビックリしたのか「そうですの?夕方には戻ってますわ」とだけ答え、
もう一度「行ってきます」と言い、静かにドアを閉めて部室を出た。
清四郎はそのドアを見つめた後「フーッ」と大きく息を吐いて天井を見上げた。
日が沈み、薄い闇が舞い降りた頃・・・
白鹿邸のチャイムが鳴った。
きっと清四郎に違いないと思ったのだろう、野梨子が出る。
「上がってくださいな」と言った野梨子は、珍しく家の中でもワンピースだ。
ホワイトチョコレートの様な、優しく甘い白が良く似合う。
腰のところでベルト風に結ばれた、大きめのリボンが華やかだ。
清四郎の視線に気づいてか、野梨子は顔を赤らめ
「今日、可憐と悠理が買ってくれましたのよ。似合います?」と言った。
「とても似合ってますよ」と答えつつ、野梨子の部屋に着き、中へ入る。
「今日は、誕生日ですよね。おめでとう」
「ふふっ、覚えていてくれたんですのね、ありがとう。
それで、その花束を私に下さるのね。」と微笑んだ。
清四郎は「バレましたか」と笑って、後ろ手に隠していた(つもりの)
バラとガーベラの可愛らしいピンクの花束を野梨子に渡した。
「かわいいですわ…本当にありがとう、清四郎」
ギュッと花束を抱きしめた後、そっと机に置くと、
野梨子は頼まれていたボールペンを鞄から出そうとして、清四郎に背を向けた。
(ボールペンは、この花束を渡す為の口実でしたのね。)
野梨子は小さく微笑んだ。
「野梨子…ちょっと座って下さい」
「?」振り向くと何やら厳しい顔の清四郎。自らも正座して座っている。
急にどうしたんだろう・・・
「何ですの?」疑問に感じつつも、ワンピースをフワリとさせ同じく正座した。
清四郎は上着のポケットから包みを取り出し、「これを…」と差し出した。
清四郎の瞳をまっすぐ見つめてから、野梨子は包みに視線を戻し、
手のひらにのせて包みを解いた。
(もしかして…)
清四郎は沈黙したままだ。
「もうひとつ、誕生日のプレゼントですよ」なんて台詞も無い。
野梨子は小さな箱のフタを、静かに開ける。
胸の鼓動が、彼に聞こえそうで、彼からも聞こえる様だった。
指輪だった。
艶やかな光を放つダイヤが、ひとつ、中央にある。
野梨子は清四郎を見つめた。
「今日、野梨子は16歳だから、その…あのですね…」
珍しく清四郎が焦っている。こんな彼を見るのは初めてかもしれない。
清四郎は正座をピシッと直し、小さく息を吐いて野梨子の瞳を見ると
「結婚の約束をしたいんです」とやや早口で、一気に言った。
野梨子は見開いた瞳を閉じ、もう一度清四郎を見つめ直した。
涙が溜まって、零れ落ちる。
そのまま野梨子は何も言わず、スッと立ち上がったかと思うと、
机の脇の、鍵のかかった引出しから木箱を取り出した。
そして又、清四郎と向き合って正座し、木箱を開ける。
「実は私…ある方からプロポーズされてますの」
(エッ!な…突然何を言い出すんだ!)
清四郎は口を開け、何も言わずに、言えずに閉じた。
「驚きました?でも、それは清四郎ですのよ」
「エッ!!?」
木箱から取り出したのは、おもちゃの指輪。ピンクの石が付いている。
「覚えてないかしら…皆で旅行に行った時、私たち勝手に行動して、
母様や清四郎のお父様達とも逸れてしまって…
私が泣いていたら、清四郎、近くにあったお土産屋さんでこの指輪を買ってくれて。
『僕がいるから大丈夫。ずっと私の傍にいて守るから、
大人になったら結婚して、お嫁さんの私に寂しい思いはさせないから』…って」
(あぁ…思い出した…)
清四郎の膨大な記憶の中に、淡く優しいヒカリが灯る。
「そんな生意気なこと言ってたんですね」と照れた。
「そうですわね」と野梨子も少し笑って、
「でもそれ以来、私は清四郎のお嫁さんになることを夢見てましたの。」
二人でいることが当たり前すぎて、時々不安になる。
『本当に私のことが好き?』
毎日温かい眼差しで見ていてくれても、言葉で言って欲しいときもある。
触れて欲しいときもある。
・・・でも、私の不安の雲は晴れわたった。
今まで通り、彼を信じて、となりにいたい。
「うれしいですわ、清四郎」
「じゃあ…」
「勿論、お受けいたしますわ」
見つめ合う二人。
すると、清四郎は「ハー…」と安堵のため息をついた。
「僕はずっと野梨子が好きですよ。野梨子が僕を好きでいてくれた
長い年月と同じ位、いえ、それ以上に好きだった自信があります。
何だか嬉しくて、言ってる事がメチャクチャですが…
これからも野梨子の傍にいますよ」
そう言うと、ダイヤの指輪を取り出し、野梨子の左手薬指に通す。
上半身を傾けて白いワンピースに包まれた野梨子を抱きしめた。
彼の肩に顔を埋めて、野梨子はもう一粒、涙をこぼした。
その時、遠くで母の声が聞こえた。
「野梨子さん、お食事の支度ができましたよ。」
「あっ…」と、はにかんで二人は離れる。
「清四郎も一緒に食べていってくださいな。折角の御馳走なんですけど、
父様は四国に行っていておりませんの。母様と二人じゃ寂しいですわ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。でも何だか緊張しますね」
清四郎は赤くなって笑った。野梨子はいたずらっぽく笑って、
「清四郎、指輪、はめて行ってもよろしいわよね?」と聞いた。
翌朝(しかも5時)、可憐は母親に叩き起こされた。
「ちょっと、可憐ちゃん!可憐ちゃん、て、ば!」
「なぁに〜…、ママ…まだ寝かせてよぉ…」
「寝てる場合じゃないの!もうママ黙っていられないの!清四郎さんがね…」
「清四郎?清四郎がどーしたって言うのよぉ…」
可憐はまだベッドに横になっている。
娘の眠気を無視して、耳元で昨日までの出来事を語り始めた。
「指輪ー!ダイヤの?!そうか、ついに清四郎が!」
可憐はガバッと起き上がると、「ママ、良く黙っていられたわね」と言った。
「お客様の秘密だし、ママだって苦しかったわ…でももう時効ね!」
優雅にウィンクしてみせる。
結果は明らかだ。 「こうしちゃ居られないわ!パーティーね、ママ」
「そうね!あ、結婚指輪も是非ウチでって頼んでおかないと」
「そう来るか!」
美人親子は爆笑したのだった。
☆おわり☆
申し訳ありませんm(__)m
5レスになってしまいました。
ありがとうございました。
「檻」の作者です。
216さん、口うるさいなんてとんでもないです。
アドバイスありがとうございました!
常識的な事をやっていませんでした。
申し訳ありませんでした。
「檻」の続きです。
>>215の続きです
今日もあの夢を見た―――――。
夢の中では、いつものように気分が悪い―――――。
心臓が痛い―――――。
『誰かを想って胸が痛む―――――』
『嫌な事があって胸がむかつく―――――』
そんなセンチメンタルな痛みではなく、リアルに『心臓』という個所が痛い―――――。
これが現実の世界なら、専門の医者である父、修平に診てもらうのだが
そこは夢の中なので、それも叶わない。
夢の内容はいつも同じだ。
野梨子がいる―――――。
今日もやっぱりいた。セリフもいつも同じだ。
「清四郎、一緒に食事をしましょう―――――」
清四郎は何も答えない。笑いもしなければ、怒りもしない―――――。
次に言うセリフも決まっている―――――。
「清四郎、一緒に囲碁を打ちましょう―――――」
やはり清四郎は何も答えない―――――。
次のセリフが最後だ、いつもここで夢は終わる―――――。
「清四郎、一緒に遊びに行きましょう―――――」
―――――これで夢は終わる。
苦しみから開放される――――――。
「清四郎」
「!?」
何故終わらない―――――?
「好きです、清四郎、愛しています―――――」
野梨子は下着1枚で胸を手で隠している―――――。
そのセリフは―――――、その格好は―――――、その表情は―――――。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「清四郎、準備は出来た?」
突然声をかけられ清四郎は思考の渦から現実に引き戻された―――――。
「ええ、大丈夫です」
「少し帯が曲がっているわ」
今日の清四郎は和服姿だ。野梨子が振袖を着てくるらしいので清四郎も
合わせて和服で――――ということになった。
「清四郎」
「はい?」
清四郎の母は屈んで帯を直していた。
「先方が強引に話を進めてきたら頑として断ってもかまいませんからね」
――――母は心配している。
確かに兼六財閥の強引さは生半可ではない。悠理の母、百合子といい勝負だ。
ただ百合子と違う点は他人の気持ちなどお構いなしで自分達を中心にしか物事を考えない所だろう。
「私もお父さんも貴方の将来を犠牲にしてまで病院を守ろうなんて考えてませんからね」
「わかってますよ」
清四郎は心配そうな母を見ながら少し微笑んだ。
菊正宗邸の和室。
あと1時間も経てばここに兼六財閥の親子が鎮座しているはずである。
お手伝いさんの手によって生けられた花や台がセッティングされていた。
そこにいかにもだるそうに座っているのは、清四郎の父、修平と姉、和子だった。
「またあの親子と会わにゃならんのか、気が滅入るのぉ・・・」
そう言いながら修平はタバコに火をつける―――――。
「あら、私はいい機会だと思うけど。
あの自己中親子には色々言っておきたいことがあったのよ」
鮮やかな真っ白のスーツ姿の和子は事も無げにそう言い放った。
「それにあの子に『お姉さん』とは呼ばれたくないわね」
この毒舌ぶりはさすが清四郎の姉というところか。血は争えない。
「まあ、そんなにすごい方ですの?」
そう言いながら入ってきたのは野梨子の母だった。後ろから野梨子も顔を覗かせる。
「野梨子ちゃん、おばさま」
とたんにさっきまで仏頂面だった和子が笑顔になった。
「御時間の方はよろしかったかしら?」
和子に座ることを勧められた野梨子の母が修平に聞いた。
「ああ、ちょうどいいよ。もうすぐ兼六親子が来る。今日は悪かったなぁ白鹿さん、
面倒な事を頼んで」
「いいえ、とんでもないですわ。本当の事を言うともう楽しくて楽しくて。
たとえお芝居でも清四郎さんと野梨子さんが婚約なんて」
「本当になぁ・・・。今日も可愛いな、野梨子ちゃんは。こっちおいで」
そういって上座に座っている自分の横にいそいそと座布団を置く―――――。
ただでさえあまり広くは無い上座に
体ががっしりしている修平が座っているはきつそうに見える。
例え野梨子のような華奢な体つきの女性でも、横に人1人が座るのが困難なのは明白だ。
まるでプリクラのフレームに
無理矢理ギュウギュウ詰めに収まろうとする女子高生を思わせる―――――。
「ちょっとぉ、何やってんのよパパ!!
そんな所に2人も座ったら変に決まってるでしょ!
そこは家長のパパが1人で座るの!!野梨子ちゃんは清四郎の隣!
こっちからママ、私、清四郎、野梨子ちゃん、おばさまの順なの!!」
―――――凄まじい勢いで、仕切りまくる。
「それにパパみたいなオヤジが高校生の女の子に『隣に来い』なんて強要するのを、
世間じゃセクハラって言うのよ」
実の娘にしてこの態度、正に毒舌極まれりだ―――――。
実はこれはこれで仲が良いのだが、それはわかるの者にしかわからない―――――。
「早くお嫁においで、野梨子ちゃん。そうすれば問題無い―――――」
和子の猛攻撃にも我関せずの威風堂々とした態度はわずかながら清四郎の影を
思わせる―――――。
「野梨子ちゃんがうちなんかにお嫁に来るわけないじゃない―――――」
和子は呆れている―――――。
「何じゃおまえ、野梨子ちゃんがうちに来るのが嫌なんかい?」
「な訳ないじゃない。大歓迎よ!でもよく考えてよパパ、野梨子ちゃんみたいな
可愛くてもてて男の子なんて選り取りみどりの子が、
清四郎みたいな面倒くさい男をわざわざ引き受けると思う?」
弟、清四郎にも毒舌ぶりは容赦ない―――――。
「ん〜・・・」
妙に納得しながら唸っている修平を見ながら野梨子は心が温まるのを感じていた。
『空気』に色を付けれるとしたら、菊正宗家の空気は『行灯』の色だと野梨子は思う。
多弁な和子と修平―――――そしてそれを聞きながら清四郎と清四郎の母が
会話の間に、たまに突っ込みを入れる―――――。
そういう場にいる時は、緩やかに流れる雲の切れ間に身を投じているような
感覚が野梨子を包む―――――。
オレンジ色でもない、黄色でもない、柔らかく暖かい『行灯』の色だ―――――。
野梨子は修平が好きだった―――――。
自分の父、青州とはどちらかというと違うタイプだが
大病院の院長という大きな肩書きにもかかわらず、妙に人間臭い修平に好感が持てた。
清四郎の姉、和子にしても同様だ。一人っ子だった野梨子を小さい頃から実の弟、
清四郎と同じように可愛がってくれた。
野梨子の母に右に習うわけではないが
『この人たちが本当の家族になったらどんなに嬉しいだろう』
いつもそう思う―――――。
野梨子にとって『清四郎を好き』ということは清四郎自身だけではなく、
清四郎をとりまく環境ごと好きということになる。
正に少女漫画や小説に出てくる『あなたの全てが好きなの』
という口に出すのも恥ずかしいような形容がぴったりだった。
野梨子がそんなことを考えていると、野梨子と同じく2人のやり取りを
微笑ましく見ていた野梨子の母が修平に尋ねた。
「あの・・・先ほど和子さんがおっしゃってた兼六財閥の娘さんってそんなにすごい方なんですの?」
その話題を振られて2人ともそろって苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「すごいもすごい。口は悪いわ、わがままだわ、金にモノを言わすわで
すごいなんてもんじゃない。しかも親子そろってと来とる。最悪だぞ」
和子も修平に便乗する。
「特に娘の口が悪いのは天下一品よ。
あそこまで根性曲がってるのはある意味滅多にお目にかかれないわね。
野梨子ちゃん気をつけてね、今日は野梨子ちゃんに矛先が向きそうだから。
でも何を言われても気にしちゃだめよ」
「失礼致します」
お手伝いさんの声がする―――――。
「兼六様がお見えになりました」
開幕のベルが鳴る―――――。
「檻」の作者です
すみません、せっかくリンク貼りを教えていただいたのに
いきなり失敗してしまいました・・・
まだ、続きます
>檻
とうとうお見合いが始まりますね。
ここに他の可憐達他のメンバーも加わってどうなっていくのか、楽しみです。
野梨子と清四郎の気持ちがどうなっていくのかも。
それから、菊正宗家の「空気」の描写がとてもいいな〜と思いました。
317です。
書き込みの下にものすごい空白が…。
気付かずに書き込み、すいませんでした。
「two minutes」〜「six hours later」の翌朝の話、「next morning」です。
5レスいただきます。
(next morning 可憐サイド →
>>60〜
>>63)
薄暗い部屋の中で他に見るものもなく、
なんとなく見つめていた目覚まし時計が第一声を発すると同時に、
野梨子はその音を止めた。
ほとんど眠っていないのに、寝不足の気怠さはない。体中がはっきり醒めている。
布団から抜け出して窓を開け、清四郎がまだ眠っているだろう方向に目を向けた。
とはいっても、頑丈な作りの塀と見事な庭と植樹に阻まれて、
平屋の野梨子の家の中のどこからも隣家を窺うことは出来ない。
しかし、たとえ見えなくても分かっている。
無言で建つその邸宅は、高さのあるがっちりとした威圧感を持って、
常にそこでこの家を見下ろしているのだ。野梨子が生まれる前からずっと。
野梨子が意識していないときも、横でいつもいつも見守っていた清四郎のように。
―見守って『いた』。
やっぱり清四郎を失ってしまったのかもしれない。
昨日、最後に見た清四郎の横顔が野梨子の頭の中に薄く引っ掻き傷を作った。
表面上は何ともないのに、ちょっと動いても、風が吹いても、滲みるように痛い。
見たことのない顔だった。強張った、無表情。『無』なのに辛いと分かる顔。
自分が、その顔をさせたのだ。そう思うと、また傷が痛む。
清四郎のことを、清四郎の気持ちのことをちゃんと考えるのは、
野梨子にとって昨晩が初めてで、それに気付くとさらに眠れなくなった。
自己中心で不誠実な自分が、たまらなく厭らしく思えた。
あの時、清四郎にちゃんと言うことが出来たのに、そうしなかった。
言ったら確実にこの人を失ってしまうという恐怖が、無意識に尻込みさせた。
私は、狡い。
野梨子は窓を閉め、登校の準備を始めた。
学校に行かないほどには狡くないし、弱くない。
いや、狡いからこそ、弱いからこそ行くのか。
何も気付いてないふりをして、清四郎をまた傷つけるために?
いつものように靴を履き、いつものように鞄をもち、
いつものように玄関の引き戸を開け、いつものように門を出ると、
いつものところにいつもの人物が立っていて、
いつものようにおはよう、と言う。
そうだったらどんなにいいだろう。
あんな表情はもう見たくない。
魅録を愛しているということも罪のように思うなんて。
私は、魅録に対しても汚い。
そして野梨子は、いつものように靴を履き、いつものように鞄をもち、
いつものように玄関の引き戸を開け、いつものように門を出た。
すると、いつものところにいつもの人物が立っていて、
いつものようにおはよう、と言った。
見たことのない顔だった。
ただしそれは、野梨子の傷を痛ませるものではなく、
優しくて温かい笑顔だった。少し疲れた感じではあったが。
「…おはよう」
野梨子は挨拶を返したが、笑顔は作れなかった。
いつものように並んで歩きながら、口に出す次の言葉もまた、作れなかった。
と、ふっ、と頭上から小さく笑うような声が聞こえて、野梨子は右側を見上げた。
野梨子を見下ろして、いたずらっぽく笑う清四郎が見えた。
「昨日、」
清四郎の一言めに野梨子の心臓が爆発しそうになる。
昨日、なんですの?
「夜、魅録が来たんですよ、家に」
「え?」
思いもよらなかった。魅録が? バイクの音はしなかったのに。
「すごく、色んなことを話しました。気がついたら5時でね。
ずっと呑みっぱなしだったから、さすがにちょっと疲れましたよ」
「…」
「でもあんなに魅録と話をしたのは考えてみると初めてで、
これが実に楽しかったんですよ。いいもんですね、たまには。でね、野梨子」
清四郎は急に歩みを止めた。野梨子も同じように止まる。
ずいぶん長く歩いたような気がしていたが、まだ一つ目の角も曲がっていなかった。
清四郎は野梨子の目をしっかり見据えて言った。
「野梨子が魅録を好きになるのは、正解だと思います」
野梨子は、何か言おうと息を吸ったが、言葉は頭の中で文の形にもならない。
「だから、どんどん好きになって、どんどん好きになられてください。ただし」
清四郎は野梨子からまだ目を離さない。
「野梨子が傷つくのも、魅録が傷つくのも、僕は許しませんよ」
それだけ言うと清四郎はまた前を向き、歩を進める。
野梨子は、清四郎が振り向くまでの5歩の間、その背中を見つめていた。
そこに清四郎の本心が浮かび上がっていないかを、確かめるように。
「野梨子、言ったまま受け取ってください。嘘は、吐かないって決めたんです」
清四郎は、振り向くと野梨子の心を見透かしたように笑った。
「ほら、行きますよ」
小走りで再び清四郎に並びながら、野梨子はやっとひとことだけ言えた。
「…ありがとう」
「昨日、魅録にも言われました。それ」
『?』の浮かんだ顔で見ると、清四郎はもういつものようにすましていた。
「詳しいことは、男同士の秘密ですけどね」
野梨子はやっと笑うことができた。
今回だけ、もう一回だけ清四郎に甘えよう。
清四郎の強さと優しさに頼るのは、これで、最後だ。
私は、清四郎がいなくても独りで歩かなくてはいけない。
清四郎がいつも左を見下ろしていなくてもすむように。
清四郎が前を見て歩けるように。
私たちは、ちゃんと、ひとりとひとりになって、
それから並んで歩こう。今からそうしよう。
「清四郎、私」
ちらりと清四郎が野梨子に目を向ける。
「大人になろうと思いますの」
清四郎の唇がきゅっと上がり、そのまま開いた。
「偶然ですね、僕も昨日、そう思ったところですよ」
笑い合うと、ざらついた胸の中の埃がすっかり飛んでいく気がした。
野梨子は前に向き直ると、自らの歩みを確かめた。
これが大事な一歩。しっかり、力を入れて。
背筋を伸ばすと、少し前を歩く友人の後ろ姿が見える。
彼女に聞いてもらいたいことが沢山できた。
「可憐」
振り向く可憐の髪がふわりと揺れて、青い空に映えて、
踏み出した朝にぴったりのきれいなシーンだと、野梨子は思った。
野梨子サイドでした。なお、可憐サイドとはレス数も時間軸もあっていません。
失礼いたしました。
>メモリー
16歳になると同時に予約を入れるのね。清四郎w
などと思ってしまいますた。
ていうか、可憐ママ…(w
清野スキーなのでPCの前で赤面しながら読みました。
>檻
菊正宗ファミリーがイイ味だしてますね。
特に和子さんが好きだー!
それにしても兼六財閥の娘がどんな娘なのか非常に気になります。
>next morning
リアルタイムに遭遇しました!嬉しいヽ(´∀`)ノ
清四郎がいい男だ…。
幼なじみがお互いを大事にしながらもひとり立ちしていく様がすごく胸を打ちました。
>私たちは、ちゃんと、ひとりとひとりになって、
>それから並んで歩こう。今からそうしよう。
ここがたまらなく好きです。
作品がたくさん読めて嬉しいです。作家さんたちありがとう!
>next morning (side-N)
こんな、幼馴染の関係、いいなあ。この経験があるから、今後、野梨子と清四郎って
とても信頼しあう関係になりそうだなとか妄想してます。
可憐と野梨子がこの後どんな話したのかも気になります。
>秋の手触り
待ってました〜!何か企んでる六人っていうのが有閑っぽくていいですね。
魅録が頭脳っていうのがとても新鮮です。八代 vs 野梨子のバトルに期待!
>メモリー
清×野、すごくカワイイ。可憐を叩き起こすママが素敵です。
>檻
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! いよいよ見合い本番ですね。ワクワク。
>next morning (side-N)
イカス清四郎に萌えっ。本当にいい男だ〜。
>>315の続きです
「おい、いいのかよ、こんなとこ来て」
難しい医学書が並んだ本棚を嫌そうに見ながら悠理は魅録の袖を引っ張りながら尋ねた。
2階の和子の部屋である。
「ちゃんと本人に許可とってあるんだから、やましいことねーよ。
悠理、そこのコード取ってくれ」
魅録はコードをつなぎ、モニターの色合いを調節している。
「でもお見合いする場所って1階の和室じゃないの?ここじゃ見れないんじゃない?」
美童がカーテンをめくり外を伺いながら聞いた。
「そのためにこれを仕掛けたんだよ」
魅録の手に無数のコードが幾重にも絡まっている。
「でも何だかんだ言っても和子さんもノリがいいわよねぇ、
カメラ仕掛けるの手伝ってくれた上に隠れ場所に自分の部屋まで提供してくれるなんて」
ドレッサーの鏡で自分の前髪を気にしながら可憐が言った。
和子に協力を要請して、悠理、魅録、可憐、美童の4人は
清四郎が着物に着替えている間に裏口からこの部屋に通してもらった。
その上、和室にカメラを取り付けてもらい、更にこの部屋まで提供してもらったのだ。
「和室の隣の部屋も空いてたけど、野梨子はともかく清四郎には絶対気づかれるからな。
まあひょっとしたらカメラも気づかれるかもしれないけど
それでも隣の部屋にいるよりはばれる確率は低いぜ」
魅録がつなぎ終え、写ったモニターを見て悠理が叫んだ。
「あっ、野梨子がいるぞ」
仕掛けられたカメラは3つ―――――。
和子の部屋で悠理たちが見るモニターも1つのカメラにつき1つで合わせて3つある。
和室の真ん中に細長い台があり、1つのモニターは上座よりちょっと後ろの視点で
部屋にいる全員が見渡せるようになっている。
残り2つのモニターは菊正宗側と兼六側のそれぞれのメンツの顔が
正面から見れるようになっていた。
『雨がボクを狂わせるので』うpします。
ダークかつ、杏樹、美童、野梨子他、有閑メンバー総汚れなので
お嫌いな方はスルーお願いします。今回痛い系です。
「『綾香様』だ―――――」
美童がモニターに写っている見合い相手を見て呟く―――――。
「何だそれ?何か宗教の教祖様か?」
悠理が美童の頭を軽く小突きながら聞く。
「違うよ、僕がたまに行ってるクラブの常連――――。
みんなが『綾香様』って呼んでるんだ。本名は知らなかったんだけど、
兼六財閥の御令嬢だったんだ―――――なるほど・・・」
1人で納得している―――――。
「何系?」
可憐が横槍を入れる。
「ギャル系、お嬢様系、お水系・・・、ん〜どれも違うなぁ」
モニターをじっと見ている。
「あえて言うなら・・・『魔性系』―――――かな?」
「ましょおけい〜?」
3人が口を揃える。
「白魔導士と黒魔導士どっちだ?」
悠理の部屋のファイナルファンタジーはクリアしないまま、途中で止まっている―――――。
「『魔性の女』って意味?」
可憐が話が脱線する前に本線に戻す。
「うん、意味合い的にはそんな感じなんだけど、『魔性』って言葉はキレイすぎる表現かも。
どっちかっていうと『ハイエナ』とか『蛭』って表したほうが的確だろうね」
「『蛭』ってあの血を吸うやつ?」
悠理が舌を出して、あからさまに嫌な顔をする。
「要するに『男から搾り取れるだけ搾り取る女』って事でしょ?」
可憐は先の先を読む―――――。
「何だ、可憐がやってる事と同じじゃん」
見も蓋も無い上に、永遠に会話が断絶しそうなセリフを平気で言う―――――
悠理に悪気は無い―――――
ごめんなさい、なんとかぶった。
『檻』さんお先にどうぞ。
「ちょっとぉ!」
可憐は口を尖らせているが、悠理は平気な顔で和子の部屋にあった
『おばあちゃんのぽたぽた焼き』を食べている。
おそらくこの量から見ると、和子が悠理用に大量に用意したと考えられる。
ちょっとした気遣いが心憎い―――――。
「さすがに一緒にするのはどうかと思うな―――――
可憐が相手に出させるのは、精々食事代とかデート代くらいだろ?
『綾香様』はマンションとか外車とか平気で買わせちゃう」
「マンション!!」
「外車!!」
合図も無いのに、可憐と魅録の息が合っている―――――。
案外、コンビを組んだら上手くいくかもしれない。
「ひどいもんだよ、学生だろうが、社会人だろうが関係ナシ―――――
とにかく搾り取れるだけ搾り取る―――――
僕の先輩なんかカード25枚持ってて、『綾香様』に貢いで、全部カード破産したんだよ」
「ひえ・・・」
もはや干からびるような声しか出ない―――――。
「すっげぇなぁ、あたいと魅録なんか2人で出かけたってお金出すの
ジャンケンとか、何かで勝負したりして決めるぞ―――なっ、魅録!!」
その根っから明るい言い方から察するに、悠理にとってその行為は
苦痛ではなく、むしろ楽しいことのようだ―――――。
「ホントになぁ・・・」
『生き方は人それぞれ』
そう言われればそれまでだが、魅録には綾香に貢いだ男の気持ちなど
一晩中膝を突き合わせて酒を飲んで語り合い、兄弟の盃を酌み交わしたとしても
きっとわかりはしない―――――そう思う。
「最近まで付き合ってたのはヤクザの天海組の幹部で・・・
ええっと、何ていう人だったかなぁ・・・たきざわ、たきぐち・・・」
「滝岡さん?」
「そうそう、そんな名前!・・・ってよく知ってるね、魅録、知り合い?」
「うん、タキさんには、小っちゃい頃から世話になってたんだ」
『タキさん』などと親しみを込めて呼ぶあたり、かなり御世話になったらしい。
「小っさい頃は俺もよく悪さしててさ、オヤジによく殴られたりしてたんだよ」
今はそんな時宗の威厳など、片鱗も見当たらない―――――。
「そんな時、後でタキさんがあの大っきな手で頭撫でてくれて
いっつも慰めてくれてたんだ、
『気にすんな、男は悪さしながら大きくなってナンボなんだよ』ってさ―――――」
眉根を寄せて、目を伏せる―――――声は沈んでいる。
尊敬の念さえ抱くほどの人物が、20歳そこそこの小娘に骨抜きにされたという
事実は、義理堅い魅録にとっては耐えがたい事なのだろう―――――。
「闇金やって逮捕されたって聞いた時は、さすがにショックだったな―――――」
―――――いつのまにかティッシュの箱が移動して4人の真ん中に来ていた。
可憐などはすでに視界が霞むほど、涙ぐんでいる―――――。
「ん」
悠理が黙って、『ぽたぽた焼き』を1枚、魅録の膝元に置く―――――。
『食って元気を出せ』と言いたいのだろう。
「ば〜か」
魅録が苦笑しながら悠理の頭に軽くデコピンする―――――。
「いてっ」
悠理は真っ赤な目で笑い返す―――――。
『ば〜か』は『ありがとう』と同じ意味、
『デコピン』は『感謝の気持ち』の裏返し―――――悠理にはわかる。
『こういうのを、幸せって言うんじゃないのかな?』
何億のお金も、何百着の洋服も、何十個の広い部屋も、それだけでは
『魅録のデコピン』のような気持ちにはさせてはくれない―――――。
その気持ちは天気のいい休みの日に、万作の畑で
自分と万作とペットたちで、レジャーシートを広げて具が入ってない
塩がかかっているだけのおにぎりを食べるあの気分に似ていた―――――。
『綾香』はこんな気持ちになったことは無いのだろうか―――――?
だとしたら悠理にとって『綾香』は『嫌な奴』ではなく『可哀想な奴』だ―――――。
「思い出した!天海組ってこの間、ニュースでやってたわよね」
涙を拭いたティシュをゴミ箱に入れながら可憐が叫んだ。
すでにゴミ箱は悠理と可憐と美童が泣いて使ったティシュで溢れ返っている―――――。
「確か警察の手が入ったって言ってたけど―――――」
「うん、闇金の運営やって捕まったってオヤジから聞いた」
「闇金」
美童がその部分だけ繰り返す―――――。
「でもそんなオッちゃんじゃなかったんだろ?」
魅録の話ではそんな事をする人間には聞こえない―――――。
「そうだな、俺もオヤジも大好きだったし、舎弟連中の面倒見も良かったし
上からも下からも慕われてたよ、金のかかることもやんなかったし
酒も賭け事も趣味程度だったんじゃないかな」
「そんな人が何で『綾香様』に引っかかっちゃったのかしら?」
極めて素朴な疑問を可憐が投げかける―――――。
「淋しかったんじゃないかな、タキさん。
10代の終わりに結婚して、すぐ娘さんが生まれたらしいけど
娘さんが3歳の誕生日に奥さんと一緒に交通事故で亡くなったらしいんだ。
それからは奥さんと娘さんの事を思いながらずっと一人だったらしいんだ―――――」
『誕生日』というインパクトの強いフレーズと
淋しさに耐えているタキさんの姿の妄想が再び3人の涙腺を刺激しかけるが、
いつまでも泣いていては話が進まない―――――ぐっと我慢する。
「魅録には悪いけど――――やっぱり僕の聞いた人と『タキさん』は間違いなく同一人物だと思うな」
美童が申し訳無さそうな顔をする―――――。
「もしかしたら違う『天海組の滝岡さん』かもしんないだろ!!」
そんなことはまずありえないが、悠理の中ではさっきの魅録の話で
『ヤクザな役を演じる渡瀬恒彦』のような渋いタキさん像が頭の中で出来上がっている。
出来れば『綾香様』ごときに骨抜きにされた男であってほしくは無い―――――。
「そうなんだけど―――――」
美童は魅録を気にする―――――。
「いいよ、大丈夫」
魅録はGOサインを出す。
例えどんな醜聞を聞いても魅録の中で『タキさん』は『タキさん』だ―――――。
その評価も、尊敬の念もきっと変わらない―――――。
ここまでです。
「雨僕を狂わせるので」の作者様
本当にごめんなさい。
いえいえ、こちらこそごめんなさい。しかも二度も(汗
それでは改めてうpします。
あせってタイトルまで間違えました。
本当に失礼致しました。
>>261 I'm singing in the rain Just singing in the rain
What a glorious feeling I'm happy again
僕の目の前でティーとトーストが冷えきっていた。
あれから一睡もできずに布団に潜り込んでいたが、心配するママに無理矢理
起こされた。もちろん食欲などあるわけもない。兄貴は明け方帰ってきたらしく
まだ食堂に現れなかった。ママは手つかずのトーストを見て、心配そうな
瞳を僕に向ける。でも、思春期の男の子の親らしく、あえて僕が元気がない理由を
問い質そうとはしないので助かった。僕は目の下に大きなクマを作り、唇は乾き
切ってカサカサしていた。一口、ティーに口をつける。すっかり冷たくなって、
口の中に嫌な苦味だけが残る。
階段を降りる足音が聞こえる。全身が緊張した。食堂のドアがギィと開く。
心臓の鼓動が速くなった。体が凍り付いたように振向くことも逃げることもできない。
「おはよう、ママ。杏樹。コーヒー頂戴〜」
「おはよう、美童。早いわね。夕べ、遅かったんでしょう?土曜日だから、もっと
寝てればよかったのに。」
聞こえてきたのは、兄貴―――美童グランマニエの間の抜けた、のんびりした声
だった。一斉に全身が弛緩する。恐る恐る顔を見る。寝ぼけた顔。
いつもの兄貴だった。
ほっとした途端に食欲が出た僕は、兄貴の様子を伺いながら猛然とパンに喰らいついた。
一枚では足りず、もう一枚自分でトーストしようと立ち上がる。
兄貴が僕に声をかけた。
「杏樹〜。僕にもトースト頂戴〜」
「自分でやれよな。」
と、言いつつ兄貴の分も入れて二枚、ポップアップトースターに放り込む。
やがて香ばしい匂いがし出して、僕のお腹がグゥグゥ言い出した。
フランス産のバターをたっぷり、自分と兄貴の分に塗り、皿に乗せた。
「ありがと。」
微笑む兄貴に皿を手渡す。僕に伸ばされる白い兄貴の手。親指の爪のフチに赤いものが
こびりついている。マニキュア……?
次の瞬間、皿はトーストごと床に落ち、派手な音を立てて砕け散った。
動悸がおさまらないまま僕は、トーストを焼き直した。
ぶつぶつ言う兄貴はママと二人で皿の残骸を片付けている。
やっとのことで食べ物にありついた兄貴は、相変わらず眠そうにトーストに齧りつく。
「ねえ。」
僕の発した声に眠そうな青い瞳がこちらを向いた。ティーカップを口に運びながら
「なに?」
と、面倒くさそうな言葉が返ってくる。いつもの兄貴の言い方だ。
そう思いながらも次の問いをせずにいられなかった。
「最近、兄貴変わった事ない?」
兄貴の顔に怯えにも近い表情が浮かんだ。その手からカップが滑り落ちる。
カップが割れる音と「又?どうしたのよ、あんた達は!」とママの困惑する声がした。
「美童。今夜は杏樹のバースディパーティーをするから早く帰ってきなさいよ。」
ママの言葉に軽く頷くと兄貴が外へ出ていった。
「雨が降る前には帰ってくるよ」
の言葉を残して。だが兄貴は結局、パーティーがお開きになる頃になっても
帰ってこなかった。
「今日はありがとう。また、学校でね。」
最後の客人―――クラスメイトを送りだすと僕はため息をついた。
家の中ではママが仕事が終わった出張シェフと、話に華を咲かせていた。
彼らに礼を言うと僕は自分の部屋に戻る。
階段の踊り場にあるステンドグラスを雨が濡らしていた。
疲れた僕は夕べ一睡もしてないのもあって、いつの間にかベッドでぐっすり
眠っていた。目を覚ますと真夜中だった。家の中はシンとしている。
トイレに行こうと部屋のドアを開けると、足下に白いカードが落ちていた。
『パーティーに出れなくてごめん。プレゼントを僕の部屋に用意してるよ。
起きたらおいで。』
いつ帰ってきたのか全く気づかなかった。まだ起きているらしく、兄貴の部屋
から暗い廊下に灯りが漏れている。
「兄貴?」
僕は彼の部屋のドアを開けた。
部屋の中に小テーブルが置かれ、ワインクーラーにワインが冷やされていた。
兄貴は椅子に腰かけ、足を組んでグラスを傾けている。
酔っているのか、「雨に唄えば」の一節を口ずさんでいた。
I'm singing in the rain Just singing in the rain
What a glorious feeling I'm happy again
僕の存在に気がつくとニコニコしながら寄ってきて、僕の肩を抱くとベッドの
前まで連れていった。ベッドの上には白いシーツをかけた大きなものがある。
「遅くなってごめん。僕からのプレゼントだよ。見てごらん。」
戸惑いながらも僕はシーツを剥ぎ取った。
艶のある黒髪が目に入った。
目隠しをされていて円らな瞳は見えなかったけれど、愛らしい唇はまぎれもなく
野梨子さんのものだった。彼女は白いブラジャーとパンティだか身につけている
だけである。一言も喋らなかったが不安そうな様子でベッドに腰を下ろしている。
長い金髪を後ろにやりながら、思考停止状態の僕に兄貴は囁いた。
「お好きにどうぞ。杏樹が一番欲しいものだよ。」
体中の血が逆流しそうになった。最初に考えたことは、あの茶室での一件を兄貴が
知って、怒りの余り、僕や「恋人の」野梨子さんに腹いせにこんなことをしている
ということだった。
「な……な、兄貴、どういう意味?」
「どういう……って、ああ。リボンがなかったね。」
そういうと兄貴は野梨子さんの白い首に赤いリボンを巻いた。野梨子さんは身じろぎ
したが、声は出さない。僕は掠れた声を出した。怖かった。
「やめて。」
「プレゼントよりケーキの方がよかったかな。」
兄貴は小首をかしげると背中を向けた。
銀色のボールに泡立てた生クリームが、それこそ山のように入っている。
兄貴は手でクリームを掬うとペロリと舐めた。
満足そうに微笑むと、野梨子さんの背後に廻り彼女のブラジャーをはずす。
僕の前に彼女の白い胸が可愛い乳首を伴って現れる。
「何するんだよ!やめてよ、兄貴!!」
僕の声など耳にも入ってない様子で兄貴はクリームを掬うと、野梨子さんの体に
クリームをつけ始めた。
たちまち野梨子さんの肩も胸も太腿もクリームだらけにされる。野梨子さんは
冷たいクリームをつけられる度に熱いため息をつく。顎をそらせながら、
じっと耐えている。兄貴は「雨に唄えば」を口ずさみながら、次々とクリームを
なすりつけていく。やがて出来に満足したらしく、僕の腕をつかむと野梨子さん
の前に連れてくる。
「さあできたよ。食べて。」
これは夢だろうか。僕は夢とも現とも判断がつかぬ気分のまま、言われるままに
野梨子さんの肩を舐めた。甘かった。野梨子さんが身じろぎする。
兄貴が囁く。
「全部食べていいんだよ、杏樹。君のものだ。」
彼女の首筋、乳房と唇を進める。僕の顔や服はたちまちクリームまみれになった。
野梨子さんの両腕をしっかりと包み、彼女の乳首を味わう。吸う。噛む。
はぁっと彼女の唇から漏れる息を止めたくて、野梨子さんの唇を奪う、舌を入れ
口内を舐めつくす。僕は、半ば錯乱状態だった。その時、じっと僕の様子を見ていた
兄貴がポンと手を打った。
「そうだ。バースディケーキに一番大事なあれを忘れていた。」
目の前に炎が揺らめいている。それを見てもなお、僕の意識は覚醒しない。
灯芯を燃やす炎に赤いロウが溶け出して、ポタポタと床に落ちていく。
兄貴の手にもいくつも赤い筋がついた。熱くないんだろうか。僕はぼんやりと
思っていた。
「ぁぁぁああっっ。」
野梨子さんが呻いた。彼女の白い肌の上に熱く赤いものがポタリポタリと垂らされて
いく。たちまち彼女の皮膚に玉のような汗が噴き出した。
「ぁぁーーっ。あっ、いやぁっ。」
逃げ出そうとした彼女の背中の上にも兄貴は容赦なく赤い汁を垂らしていく。
「声出しちゃだめだよ、野梨子。約束だろ?」
そう言うと兄貴は野梨子さんのパンティを剥ぎ取り、白い太腿の上へポタリと
垂らす。
「ひっ。いやっ。いやぁ、美童……。」
悲鳴。泣き声。僕はやっと我に帰ると、兄貴を突き飛ばした。反動で落ちたロウソクの
火をスリッパで叩き消す。兄貴は表情も変えず、ベッドの下から乗馬用の鞭を
取り出した。
「悪い子だね、野梨子。お仕置きしてほしいの?」
今度は僕が兄貴に床に転がされた。鞭のしなるビュンという音。バシッともビシッとも
いう嫌な音がした。
「ああっ、美童、ごめんなさい……っっ!」
野梨子さんの白く小さな尻に赤い傷跡がついていた。兄貴は彼女の謝罪に耳も傾けず
再び鞭を降り下ろす。又、野梨子さんが呻いた。だが、何ということか、繰返される
狼藉に野梨子さんは悲鳴をあげながら、その実、どこか待ち焦がれているような
艶のある表情をしている。一方兄貴の方は冷酷この上ない顔をして、鞭を彼女の
上に振り下ろしているのだった。たまらなかった。
「ぅあああっっっ。」
気がつくと僕は兄貴から鞭を奪い取り、めちゃめちゃに兄貴を叩いていた。
兄貴は僕の鞭を避けるでもなく、薄ら笑いを浮かべて立っていた。
彼の白い肌にみるみる内に赤い傷跡がたくさんつき、血が流れ出していた。
兄貴は笑っている。
「何なんだよぉっっっ。やめろぉぉぉっっ。」
僕は部屋の中のものを無茶苦茶にひっくり返した。飾り皿をたたき壊し、テーブルを
蹴飛ばし、ワインの瓶を投げ付けた。
野梨子さんは黙って見ている。
「やめろ、やめてっ、やめてよぉっっ。」
僕は僕の悲鳴を聞いた。雨の音が強くなってきた。兄貴は床に倒れている。
溢れる涙を止めることもできず、僕は野梨子さんの目隠しをはずすと、ふらふらと
兄貴の部屋を出た。
***つづく***
「檻」の作者です。
迷いましたが、切りのいい所まで
もうちょっとだけ、うpさせていただきます。
「雨がボクを狂わせるので」の作者様、しつこいようですが
先ほどは数々の非礼、本当に失礼致しました。
ですがリアルタイムに続きが読めて本当はちょっと嬉しかったです。
>>337の続きです
「さっき闇金って聞いて思い出したんだけど、後日談で聞いた話によると
その『綾香様』に貢ぎまくったヤクザさんはとうとうお金が無くなって
資金集めの為に闇金始めたらしいんだ」
呼称が『ヤクザ』から『ヤクザさん』に昇格されている。
いつのまにかベットの上に腰掛けている美童を中心に3人が
その下で取り囲む形に座っている―――――
アグラをかいている魅録の両端に珍しく可憐と悠理がキチンと正座している―――――。
膝に揃えられた手は、真剣に話を聞こうとしている証だ―――――。
美童のレクチャーは続く――――。
「貢がせていた男の持っていた財産が無くなる―――――
普通だったらここで打ち止めだよね、ここまででもホントは充分ひどいんだけど」
『タキさん』への同情からか美童の表情も曇る―――――
「でも『綾香様』がホントに怖いのはここから―――――
お金が無くなっても、ターゲットから離れたりしない」
聞いている3人は一言も話さない。
下手なホラー映画よりリアルに怖い―――――。
「金が無ければ作らせる、その方法も『まともに働かせてそのお給料の中から』
なんてぬるいやり方じゃない―――――」
魅録などそのまともな方法でも女に貢ぐなど、きっと耐えられない―――――。
「ヤクザに頼んでヤバイ仕事やらせたり、会社の金を横領させたり―――――
ひどい時はその男自身をゲイバーとかに売ったりするんだ」
「それじゃ女に売春させて遊び歩いてるチンピラと変わんないじゃない!!」
可憐が激昂する。
「それよりタチが悪いよ、自分自身は腐るほどお金持ってるんだから」
「そーだよ、何でそんな事するんだ?
家だって金だって車だってたくさんあるんだろ、わざわざそんなことする必要ないよな」
同じ財閥のお嬢様としての悠理の率直な意見だ―――――。
「お嬢様が欲しいのは『スリル』―――――
そうやって自分に惚れてる男が身を削って自分の為に悪事にまで手を染めるのを
見るのがお嬢様の最高の満足感につながる―――――」
もはやコメントのしようが無いくらい最悪な人間だ―――――。
「それでタキさんは、闇金始めたんだ・・・・・・」
魅録が呟く―――――。
「多分、綾香が始めさせたんだと思うよ。
『自分は絶対手を汚さない』それが彼女のやり方だから―――――」
ついに『様』が無くなる―――――。
すでに4人の頭の中では綾香は大悪党確定だ―――――。
「でもどうして清四郎なのかしら?
清四郎はどう考えても女に貢ぎそうなタイプには見えないけど」
可憐が皆の頭の中から消えかけていた本日のお題『清四郎』を召還する―――――。
「清四郎は本命なんだと思うよ―――――
顔良し、頭良し、家柄良し―――――お嬢様だっていつまでも遊んでばっかりは
いられないだろうし、この辺で確実なモノを一つくらい押さえておきたいところだよね」
「清四郎はモノじゃねーぞ!!」
もはや綾香絡みの事は何を聞いても腹が立つのだろう―――――悠理は怒っている。
「ねぇ、野梨子は今日は『清四郎の婚約者』っていう肩書きなんだよね・・・」
美童が可憐の顔を見る―――――
きっと2人が考えている事は同じ事だ―――――。
部室から野梨子に電話したときは野梨子が何の為にここへ来るのかはわからなかったが
さっき和子にこの部屋へ案内してもらった時に
今日の野梨子の役割は『清四郎の婚約者』であることを聞いた―――――。
「まずいよねぇ・・・」
美童が頭を抱える―――――。
「あたしも今の美童の話聞いて思った」
可憐も同調する―――――。
「だよな・・・」
魅録も理解したらしい。
「何で!!都合がいーじゃん!!」
悠理は訳も無く1人で元気だ―――――。
「みんな!あたいの作戦を聞け!!」
―――――そう言うと和子の机の上にあった紙とボールペンを取り出し
難解な字で何かを書き始めた―――――。
『白しか野梨子 〜守れ! 清四郎とその愛〜』
とタイトルらしきものが書き出される―――――。
『野梨子を清四郎のこん約者と発表する
↓
2人でいちゃいちゃして愛のパワーを見せつける
↓
あやかが弱っている所に、野梨子とく意のイヤミを連発する
↓
それでも言う事を聞かなければ
最後は野梨子があやかをぶんなぐる
↓
勝利 』
「完璧じゃん」
悠理はこれ以上は無いだろうというような満足げな笑顔を浮かべる―――――。
「『いちゃいちゃ』ってのは何だよ、『いちゃいちゃ』ってのは・・・
しかも野梨子は人を殴ったりしねぇだろ・・・」
魅録は叱る気力も失せている―――――。
作戦遂行以前に、この内容を野梨子を知らせた時点で
4人と野梨子の友情が危ういだろう―――――。
「ん〜、じゃあやっぱ口で攻撃作戦かなぁ」
懲りてはいない―――――。
「よし、言ってやれ!『清四郎は渡しませんわ、早くお帰りあそばせ』ってな!!」
目を細めてすまし顔で横を向く――――野梨子の真似らしい。
「誰なんだよ、それは・・・」
魅録が脱力しながら突っ込む。
「野梨子」
「野梨子は言わねぇって、そんな事・・・」
「じゃあ清四郎」
「・・・清四郎は何て言うんだよ」
呆れついでに聞いてみる。
悠理は自分の物真似が魅録に求められていると勘違いしたのか
仁王立ちになって腰に手を当て、もったいぶる。
「あいつはなぁ、こう言うんだよ!『バカに付ける薬は無いですね』ってな」
表情は野梨子の時と似ているが、両手で前と横の髪を後ろに上げ
前髪を何本か垂れ下げている―――――。
これは清四郎のオールバックとすだれを再現しているらしい―――――。
若干、野梨子の真似より声が低めなのも注目すべき点だろう。
「それは清四郎が見合い相手に言うんじゃなくて
おまえがいつも清四郎に言われてるセリフだろ・・・」
魅録の鼻と口から同時にため息がもれる―――――。
「そうじゃないよ、悠理」
美童が悠理と魅録のショートコントもどきに口を挟む―――――。
「彼女の性格から言って、ライバルがいたら余計競争心が強くなって
諦めが悪くなっちゃうって事だよ」
「しかも野梨子みたいな『汚れを知らないお姫様』タイプは彼女の
神経を一番逆撫でするタイプよね、きっと」
可憐の意見に美童も頷く―――――。
「ただ『清四郎を手に入れたい』だけならまだいいけど
それに『野梨子を傷つけてやりたい』が加わったら大変だよ」
「野梨子はそんな弱い女じゃねーぞ」
「そう思う?」
可憐が悠理に意味ありげな視線を寄越す―――――。
可憐と目が合って、悠理は今日の部室での野梨子の様子を思い出した―――――。
「あ―――――」
『清四郎に告白した』と悠理たちに報告した時の野梨子はひどく
落ち込んでいた―――――。
今日の野梨子はいつものしっかり者の野梨子ではない――――。
「そういえば―――――」
美童がモニターを見る。
モニターの向こうの和室では、メンツも揃っていよいよお見合いが開始されようと
している―――――。
「さっきから清四郎、誰とも話さないね―――――野梨子とも」
話しながらもちょこちょこモニターを見ていたらしい。
「そう?」
可憐はとぼける――――。
「何かあったの?」
さっきの悠理との会話で気付かれたのかもしれない―――――。
「別に」
約束だ、言うわけにはいかない―――――。
「可憐―――――1つ貸しだね」
美童はそれ以上は追求しない―――――。
「高くついたわね―――――」
可憐がため息をつく―――――。
モニターの中では美しいお雛様とお内裏様がまっすぐ前を見据えていた―――――。
本日はここまでです。
長々とありがとうございました。
次回予告
沈黙を守る清四郎、愛しか見えない野梨子―――――。
清四郎の見る夢には一体何の意味があるのか――――?
そして小姑和子、2人の愛を信じる悠理の技が菊正宗邸に炸裂!!
その時、可憐は、魅録は、美童は――――?
次回、待たせすぎだぞお見合い編!!
『和子&悠理パワー全開―――!!
悪党綾香――――地獄がおまえを待っている!!』
まだ、続きます。
>雨
野梨子の壊れっぷりが痛快だわー
先の展開が全く読めず、ドキドキです。
早く続きを・・・!待ってます〜
>檻
続きがヨみたい
運転手に紙幣を押し付けると、清四郎はタクシーを飛び降りた。ホテルへ向かって走り出す。
頭の中では、自宅からホテルへと向かう間中ずっと、美童に言われた言葉が繰り返されていた。
『今日、可憐が新開に会うって清四郎は知ってる?』
清四郎が電話に出るなり、美童はそう言った。
『いえ、知りませんでしたけど……それがどうかしたんですか』
『落ち着いてる場合じゃないだろ。お節介かもしれないけど、もう黙って見てらんない。
清四郎、可憐を止めないとダメだよ』
『可憐の人生にかかわる問題ですよ。僕がどうこう言うことじゃない』
『どうしてそんなに素直じゃないんだよ!
僕は、清四郎に後悔して欲しくないんだ。……可憐のこと、好きなんだろ』
美童に言葉にされ、返す言葉が何も出てこなかった。
『清四郎。今、動かないと間に合わないよ。
取り返しのつかないことになってからじゃ遅いんだよ!』
『可憐は……どこにいるんですか』
そして、家を飛び出した。
……可憐のこと、好きなんだろ。
美童の言葉はあまりにもストレートだった。
唇には、あの日の可憐の感触が今だに残っている。
彼女に思わずキスした時も、そして今も、言葉に出来ない感情が体中を支配していた。
行かせたくない。
それは、新開が可憐を幸せにするとは思えないから、などという理由からではない。
ただ自分が可憐を失いたくないからだ。
――僕は可憐が好きだ
自分の心にある想いを清四郎はようやくはっきりと自覚した。
ホテルの回転ドアに体当たりするようにして、ロビーへと足を踏み入れる。
辺りを見渡すとすぐに可憐の姿は見つかった。
ロビーの一番奥の、壁際に背の高い観葉植物の並べられた付近に、薄緑色のソファが配置されている。
人気のないその一角に、新開と向かい合って可憐はいた。
艶やかなウェーブヘアがオフホワイトのワンピースの背中に流れ落ちている。
普段彼女が好んで身に付けるような肌の露出が多いドレス姿などではない。
それでも可憐は、後ろ姿からでさえも、女らしさが匂い立つかのようであった。
その肩に新開の手のひらが置かれている。
清四郎がその光景に眉を顰めた時、可憐を見つめていた新開の視線が清四郎の姿を捕らえた。
新開の口元が皮肉げに歪む。
どことなく優越感を含んでいるように感じられる笑みは、清四郎に不安をもたらすのに十分であった。
「これはまた奇遇ですね」
新開の言葉に可憐が振り返る。
「清四郎……?」
可憐は立ち上がり、足を清四郎へと踏み出そうとした。が、同じく立ち上がった
新開によってその場に引き止められる。
瞬間、清四郎は、体中の血がカッと熱くなった。
清四郎に向けられている新開の顔が、こう告げているように思えた。
可憐は自分のものだと。
遅かったのだろうか。
可憐は……新開と行くことを選んだのだろうか?
その考えに、清四郎は足元が崩れていくような錯覚を覚えた。
「どうしてここに?」
可憐の問いに清四郎はすぐに答えることが出来なかった。
(新開と行ってしまうんですか)
嫌だ、行かないでくれと、可憐を引き止めることが出来たならどんなにいいだろうか。
なんという高すぎる、つまらないプライドだろう。
しかし、取り乱すことなど清四郎には出来なかった。
それなら、どうすればいいか。清四郎は混乱した頭を必死で回転させる。
そう、奪い返せばいいのだ。新開から可憐を。
既にその切り札は手に入れているのだから。
「あなたを止めるためですよ。可憐。
幸せになれないと知っていて、行かせるわけには行きません」
清四郎の言葉に、可憐を背中に隠すようにして新開が前へと進み出る。
「聞き捨てならない台詞ですね。なにかはっきりした根拠でも?」
新開の声は清四郎とは違い余裕があったが、目は清四郎を冷ややかに見据えていた。
「いろいろ調べさせて頂きましたよ。新開グループが置かれている状況や、
トラブルを引き起こしているのが、誰かということ。
新開達哉、あなたの父ですが、彼とあなたの間にあったこともね」
父親の名を聞いた途端、新開の眉がピクリと持ち上がった。
「新開グループを崩壊させようとしているのは、あなたでしょう。
それをどうこう言うつもりはないが、可憐を巻き込まないで頂きたい」
新開は厳しい顔で清四郎を見たが、ふっと笑った。
「言いがかりも邪推も、ここまでくると笑うしかないな。
もっとも君の気持ちもわからないではないが……彼女はあまりにも魅力的だからね」
新開は可憐を振り返ると、またも肩に触れ、今度は自分の側へと引き寄せる。
「仮に君の言うことが本当だとしても……君が彼女を僕以上に幸せに出来るとでも?
確かに、先日僕自身が言った通り、君はとても優秀な青年だし、前途有望なのは間違いないだろうね。
でも現時点では、ただの高校生でしかない」
新開はにやりと笑う。
「経済的な点ではそうでしょうね。だが、可憐の心はどうなんですか。
あなたが心の底から可憐を愛しているとは僕には思えない」
「君が、僕と彼女の何を知っていると言うんだ。僕は彼女を本気で愛しているよ。
だからこそ、彼女に一緒に来て欲しいと言った」
「じゃあ、ジュエリーアキのことはどう説明するんです」
清四郎の言葉に可憐が不安げに新開を見上げた。
「ジュエリーアキって? どういうことなんですか。渉さん」
「少なくとも、このホテルが潰れることはあなたなら予想しうる事でしょう?
愛する女性の母親の店をどうするつもりなんですか」
「ホテルが潰れる? どういうこと……?
渉さんがグループを崩壊させるって……渉さんがママの店も一緒に潰すって言うの?」
「誤解だよ。可憐。僕にそんなつもりはない。僕よりも彼の言うことを信用するのかい?」
「だって、清四郎はこんなことで嘘をついたりしないわ……」
「可憐に近づいたのもそれが狙いだったんでしょう。
だが、父親に復讐するだけの為なら、可憐は何の関係もないはずだ。
それとも、自分が苦しめられたから、他人の絶望する姿が見たいんですか」
「……あたしに近づいたのはそんな理由だったの」
呆然と可憐が新開を見つめる。
「騙してたの? あたしを。あのキスも。あの言葉も全部……。あたしを傷つける為の嘘だったの?」
信じられない、可憐は言葉を紡ぎながら、新開から離れようとする。
新開の表情が不安定に歪んだ。
「違う! そうじゃない」
清四郎は新開の叫びを聞きながら、
「……そんなこと誰も信じませんよ。さあ、可憐」
そう言うと、可憐に手を伸ばした。
「可憐。行くな!」
新開の腕が可憐を引き止める。
「僕は――あなたがいないと駄目なんだ。あなただけが、僕を救ってくれた」
「……渉さん」
可憐の動きが止まる。
清四郎もまた動けなかった。
新開が可憐へ告げた中で『愛している』の言葉だけは真実であったらしい。
今やその瞳は、以前の何も見ていないような眼差しではなかった。
それは、自分と同じ――可憐を想う情熱に溢れている。
「愛してるんだ。それだけは信じて欲しい」
「わからないわ、渉さん。あたしはあなたの何を信じればいいの……?
今まで見てきたあなたが本当のあなただったのか……あたしには全然わからない!」
可憐は頭を振りながら、新開の腕から逃れようとしたが、
「可憐!」
新開が可憐を抱き寄せる。「行かないでくれ……」信じられないような弱々しい声だった。
抱きしめている腕さえもかすかに震えている。
可憐は驚き、明らかに戸惑っているようだった。が、新開の腕を、振り払おうとはしなかった。
「……話を聞くわ」
新開に抱きしめられたまま、可憐は小さな声で告げた。
可憐は新開の腕をゆっくりと解くと、彼を見つめる。
新開は今だ青い顔のままであったが、可憐をいざないエレベーターへと歩き出した。
二人の後ろ姿を見ながらも、清四郎は引き止めることが出来ず、ただ立ち尽くしていた。
去り際に、可憐が一度だけ清四郎を振り返った。
その瞳は濡れていて、ほどなく頬に一筋の光るものが流れ落ちた。
(涙……?)
しかし、彼女の涙が何の為なのか、清四郎にはわからなかった。
長々と失礼しました。
どなたか続きお願いします。
月曜日からこんなにお楽しみがいっぱい♪でいいのかしら〜
作者さま、ありがとうございます!
>檻
すごいハイスピードですね!悠理達が無事、見合いをぶちこわすことを
願ってやみません(W
>雨
野梨子どこへ・・・
>想い出がいっぱい
すごい進みましたね、ヤタ!続きヨロシク〜
この勢いで誰か有閑キャッツもキボンヌ
>檻
「雨僕を狂わせるので」チョトおもろかったでつ。
悠理カワエエ…白しかってあんたw
有閑らしさに溢れていて大好きです。
>雨
え、SM〜〜〜野梨子は何を考えているのでしょう。
>想い出
作者様、進めてくれてありがとう!これを機に
想い出vsホロ苦うp戦争になったらうれしいな〜w
>>297の続きです。
あたいが『ここ』に来て、5ヶ月が経とうとしていた。
『ここ』の場所は、とーちゃんとかーちゃん以外の人は知らない。
『ここ』は、誰にも病気を知られたくない人間ばかりが集まっているところ。
あたいの場合は病気じゃないけど、知られてはいけないということでは同じだ。
とりあえず、産んでしまうまではここにいるつもり。
それから先のことは、あんまり考えてない。
僕は結局、野梨子と別れた。
僕も野梨子も周囲には何も話さなかったので、僕達の離婚は多くの人を驚かせた。
それでは僕達の間では充分に話し合いがなされたかというと、そうではない。
その時の僕はひとつの謎が解けず、野梨子に何をどう話せばいいのか全くわからなかった。それでも何か聞かれれば、多分、僕はわからないままに話していたと思う。
だが野梨子は、何一つ聞いてこなかった。
檻、とっても面白い。読んでて楽しい。
でもちょっと「 ――――― 」大杉かな。
「―――」か「――」位で、使う箇所減らしてほしいな。
一読者の勝手なお願いスマソ
生まれてきたのは、女の子だった。
助産師から赤ん坊を抱き取ってその肌に触れた時、涙が両目に溢れてきたのがわかった。やっと、会えた。
あたいは娘を抱いたまま、分娩台に横たわっている。
最初は怖がっているのか泣いていたが、しばらくして漸くおとなしくなってきた。
周りの人はあたい達の様子を伺いつつ、でも急かさない。
あたいは医学書なんて読んだことがないからわからないが、こうやって赤ん坊をその母親に
慣らすってのはいいことだと思う。
その間に、娘の顔をじっくりと見つめる。
割に多いくせっ毛の髪、薄めの瞳の色、ぷよぷよした頬。
見てくれは、あたいに似るのかも。
ということは、中身が清四郎に似るのかもしれないと思うと、思わず吹き出しそうになった。
「悠理、あなた、何がおかしいの?」
気付いたら、かーちゃんが側にいた。
律儀にも予定日の1週間前にこっちに来て、赤ちゃんがいつ生まれてもいいように『ここ』の
ゲストルームに泊り込んでいたのだ。
この10日間ほどの間、ガキの時以来って言っていいほど、かーちゃんとベッタリだった。
かーちゃんに何か言おうと見上げると、その視線はすでにあたいの腕の中に移って
しまっている。
「万作さんも明日来るし…。まあ、なんてかわいいのかしら。孫なんて、本当、
諦めていたのに……」
かーちゃんの表情を見ていると、あたいも心が安らいでくる。
この子には父親がいないけど、でもそれに負けない人達がいる。
あたいはこの子を産んで、よかった。
この子が大きくなった時には、これだけはちゃんと伝えたい。
僕は、親父の病院を去ることにした。
もともと、野梨子と別れた時点で、環境を変えたいという思いはあった。
が、きっかけは、突然である。
半年前に学会で再会した大学の先輩が、その話を持ち込んできたのだ。
曰く、自分の地元の病院で同僚がひとり去ることになったので、後任を公募していることのこと。
曰く、病院の精神科は各種依存症の治療に力を入れて取り組んできているので来たがる人間は
多いが、その雰囲気から考えて、金や権力の亡者には到底勤まらないとのこと。
曰く、公募だけれども、学生時代から今までの『菊正宗清四郎』という精神科医のよさを
充分に知っているつもりなので、もし来てくれるなら自分は最大限推薦するとのこと。
最初僕は、僕の事情が風の噂で伝わって、ひやかし半分なのではないかと疑った。
が、話を聞くうちにその先輩が純粋に僕に誘いをかけていると知り、僕の口は後先のことを
全く考慮に入れず、『選考はいつですか?』と、勝手に言葉を紡ぎ出していた。
3ヵ月後に、採用通知を受け取った。
まず初めに、親父に報告する。
「そうか。それで、いつからなんだ?」
親父は驚いた様子もなく、極めて事務的に僕の退職時期を訊いてきた。
「先方には、出来れば7月から来て欲しいと言われています」
僕も事務的に答えた。
「わかった。こっちもお前の後釜を探さんといかんからな」
【続く】
371です。
いつか、きっと作者さま。
作品を切ってしまってゴメンナサイ。
>いつか、きっと…
この間の魅録の相談は何だったんだろう、う〜ん、気になる。
ニクイワ作者タン。清四郎は野梨子とどうなったんだろう。
続きが早く読みたいです。
>いつか、きっと
このお話、好きとか何とか言うよりも、もう虜。
読まずにいられない。
リアルで読めてとても嬉しい。
最盛期の一連の金ドラを見ていた頃のトキメキや、やるせなさを思い出すなぁ。
毎回気になる所での”続く”や、まだ明らかにされない清四郎と魅録の会話の内容。
ほんと、巧みすぎる、作者様!
>雨
野梨子はどこにいっちゃうの〜。戻ってきて〜。
>いつか、きっと
切ないなあ。悠理も清四郎も魅録も野梨子も。
魅録と野梨子の様子が気になる。魅録は薄々気付いてたのか?
野梨子も?
そして、この先一体どうなるんだろう。
>いつか、きっと
すっかりハマッてしまった。
魅録と野梨子は何を思っているのだろう。
診察室での清四郎と魅録は何を話したのか。
万作と百合子はどこまで知っているのか。
(↑この2人、特に百合子が何も気付かない筈がない、と思うので)
そして1番気になる、これからの清四郎と悠理は・・・。
作者さま、早く続きが読みたい。
えっと、突然ですが吉野家ネタです。
軽ーく読み流してやってくださいww
昨日、校内の白鹿様ファンクラブ行ったんです。ファンクラブ。
そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで入れないんです。
で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、皆で告白しようとか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、告白如きで普段来てないファンクラブに来てんじゃねーよ、ボケが。
告白だよ、告白。
なんか生徒の父親兄弟とかもいるし。一家4人で告白か。おめでてーな。
よーしパパラブレター出しちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、封筒と便箋やるからその席空けろと。
ファンクラブってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
大理石テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。父兄はすっこんでろ。
で、やっと座れたかと思ったら、隣の奴が、メールで告白、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、メールなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、メールで、だ。
お前は本当にメールで告白したいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、ラブレターでなくメールでって言いたいだけちゃうんかと。
告白通の俺から言わせてもらえば今、告白通の間での最新流行はやっぱり、
直接お宅訪問、これだね。
弟子入りと見せかけて襲う。これが通の告白の仕方。
弟子入りってのは勿論白鹿流。そん代わり足が痺れる。これ。
で、美味い茶が飲めて作法も身につく。これ最強。
しかし菊正宗君に見つかるとその場で殺されるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前らド素人は、ラブレターでも書いてなさいってこった。
>379
教えてチャンでごめんなさい。
このネタをいろいろなところで見かけて気になっていたんです。
吉野家ネタってことですがもうちょっと詳しく教えてください。
>380
「侍魂」逝け
>380
最低半年はロムってから書きこめ。
ここは2ちゃんだ。最近作家にも初心者多すぎてウゼェ。
そろそろ
「あなた、2ちゃんに向いてないんじゃないですか」
の自称プロねらー登場の悪寒・・・
誰にでも初心者の時代はあった
藻毎も、ウザイと思われていた時代があったのだ
>379
>しかし菊正宗君に見つかるとその場で殺されるという危険も伴う、諸刃の剣。
コレ、ワラター
ふと思ったんだけど、悠里も見た目だけなら美人なんだから他校の生徒から
ラブレターってきてもよさそうですよね。悪評が広まりすぎててムリかな(w
>>385 そうですね、悠理の見た目に騙されて一目惚れをしちゃう哀れな男の子がいてもいいかも。
・・・なんか書けそうだな。
それか悪評だけ聞いて、ドスコイ体型のブスを想像していた男が
悠理本人を見てビックリ一目惚れなんてのもアリかと(w
>檻
綾香さまのヴィジュアルを「エメラルドの帯締め事件」のあのお嬢様で想像してたので
魔性の女と言われてもしばらくついていけなかったw
私は「ロマンチックください」の教祖の女の子を想像していた。
「檻」作者です。
>387さん、388さん
すんませんです
いつか、きっと… 清×悠をうpします。
>>373の続きです。
「もしもし、魅録だけど。…今いいか?」
懐かしい声が聞こえてくる。
でも、5年前と比べて、ちょっと老けちゃったような気もする。
「うん。大丈夫だよ」
あたいは、そんなに広くはないリビングでひとり、コードレスの受話器を片手にソファに
深々と座っている。
昼間なら、あたいの側を纏わりついて離れないちっちゃな天使は、もう、夢の中である。
何か、真面目な話を聞くには、いいタイミングだ。
「……俺、も一回、結婚することにした」
「おめでとう」
あたいは、間髪入れずにそう言った。
言ってから、何だかとてもうれしくなってきた。
あたいが傷つけてしまった魅録が、やっと、幸せになる。
「……俺、これはお前に許可もらっとかなきゃと思ってさ。で、俺は、お前とのことも、
その、野梨子に話そうと思っている。……お前の子供のことも含めて……」
「のりこって?」
「…白鹿……野梨子だ」
野梨子か。
そういや、野梨子も清四郎と別れたんだったけ。
何がどうなってそうなったのかわかんないけど、多分、他の誰よりも魅録を幸せにして
くれそうだな。
「いいよ、魅録。……野梨子に、ヘンな誤解されると困るもんな」
あたいは、野梨子に詰問されてしどろもどろになっている魅録の姿がふと頭に浮ぶ。
野梨子は、曲がったことが嫌いなヤツだからな。
「……そう意味じゃないんだ。…その、もしよければなんだけど、内輪だけのにお前にも
来て欲しいんだ。もちろん、子供も一緒にさ。野梨子も、清四郎に来て欲しいと言ってるし。
それから……」
魅録の声はまだ続いてる。
でも、あたいの頭ん中は、ぐちゃぐちゃになり始めた。
まず、自分が再婚するのに、前の人間をわざわざ呼ぶもんなのだろうか?
それに、あたいが娘を連れてったら、いろいろと厄介なことを言われるに決まってる。
で、何よりも困るのが、清四郎に会わざるを得ない……かもしれないこと。
あたいは、いったいどういう顔して会えばいいのだろうか?
清四郎は、気付くだろうか?
【続く】
>いつか、きっと…
リアル遭遇だー!
魅録は知ってたんですね、子供のこと。
ってことは清四郎も…?
清×悠の行く末も魅×野の動向も気になる。
>いつか、きっと
魅録と清四郎は何を話したんだろう?
魅録は全てを知って別れたのか?野梨子は?
清四郎はどこまで知ってるのか、知らないのか?
そして悠理と清四郎は再会するのか!?
う〜続きが気になりまつ。
>394
「いつか、きっと…」の次回予告みたいになってる…W
>いつか、きっと
悠理と清四郎の再会にドキドキ!
清四郎の男性不妊は誤診だったのかな・・・
種無しではなく、薄かっただけなのでは。
ナカター゙シ清四郎に激萌え。
いくら不妊とはいえ、不倫してるのに中田氏って・・・。
漏れの旦那ならボコボコにしまつw
これで実は美童の子だったら笑うな。
>400
だよね。清四郎がそんなことするとは思えないんだけど・・・
男として、人間としてどうかと思うもんね。
悠理が安全日だと騙したとか?あるいは402タンの言うとおり美童の・・・
いや、わざとではなく
瞬間、抜くのが間に合わなかったとか
激しくのぼりつめているときなら仕方ないと思われ。
っていうか、何を語り合ってんでしょうねぇ私たち(w
不倫だけど、本気で溺れちゃってるわけだから
せめてもの所有の証としての中田氏
・・・だったりすると、ダークだが自分的には萌える。
激しすぎて破れたをキボン
でもコンドームの避妊率は80パ−セントくらいだっけ。
うろ覚え。悠理はピル飲むべきだったな。
あ、でも魅録と行為ないのにピル飲むの怪しいすぎるか。
もう見てないかな……
>380
嵐さんとこの「2ちゃんねる初心者さんへ」を読むべし。
下のほうには、吉野家ネタをはじめとする2ch用語専門
サイトへのリンクもあるから。
自分で調べる癖をつけないと、また同じ目にあうよ。
>405
>406
も、萌え、萌え〜!!
とにかく、”あの”清四郎が自制が効かない程、溺れてるっていう状況を想像すると、本当にたまらない。
理知的な彼の視界が澱む程激しいのをキボンヌ>清四郎
ただし、ピロートーク無しの野獣系で。
喋り出すとうるさそうだから(はあと
過激な話題だわー(・∀・)ドキドキ
清四郎にガツンと言うたった
中田氏するなと言うたった
心の中で言うたったー
清四郎らしからぬ激情にハァハァ。
理性ある男が我を忘れるのは色っぺーなー。
ってかみんなのレスにもハァハァだよ!
逝く瞬間失神
結果、中田氏になった説も捨てがたい...
>412
それまたイイ!
そんな狂おしい清四郎にハァハァ…
対野梨子でも読んでみたい。
「今日はどうしたんですの?」みたいな。
いや、相手が悠理だからこそ清四郎の乱れっぷりが目立つのかもしれない?
可憐や野梨子だとやっぱりそういう時がたまには有ってしかるべきな感じがする(w
そうかもねw
やっぱり不倫というスパイスが効いてこそかも。フフフ。
野梨子相手っていうのはかなり想像できてしまうなあ。
普段澄ましたキャラだけにそういう姿は余計に燃えそうだし。
可憐相手でも大人な不倫の感じでいいな。
うわぁ〜思わぬポイントで盛り上がってるなぁw
いつかきっと作者タンも、まさか
「妊娠=中田氏=激情にかられた清四郎」
という流れで萌えられるとは思わなかったのでは。
私も皆のレスで急激に妄想ふくらんだよ!アリガd!!
清四郎vs悠理
ヤル気薄な悠理が清四郎の思わぬ禿しさに駄目だよ・・・と
いいつつ、乱れてしまってほしい
清四郎vs野梨子
慎み深い野梨子が清四郎の行為に思わず声を漏らし、
いやっ・・・W
清四郎vs可憐
ヤル気満々だが、ふざけてじゃれてる内に二人ともハアハア
最初の頃に悠理が、
サバサバした魅録との関係とは対照的な、清四郎との関係について述べてて、
そんじゃ清四郎との関係は、セックスもさぞかし激しいんだろうなあと思ってたら、
いつのまにか、こんな話題に!
盛り上がってますなぁ〜。
ああ大人って楽しい♪
それにしても「いつか、きっと… 」、
続きがホント楽しみだよー!
いつも冷静で落ち着いてるからこそ、嵐のようなチェクスを望む
リアルな話題ですが、相手との遺伝子の相性でも不妊になったりします。
「いつか、きっと・・・」の清四郎と野梨子もそうかも
スレ汚しでスマソ
へぇ〜、そうなんでつか>遺伝子
微妙なんだ。
やっぱり授かりものなんですね。
勉強になりました!
今日のうpはないのかな〜?>いつかきっと
すっかり虜になってます(*´▽`*)
清×悠スキーとしては二人と子供が幸せになってほしぃ
>419に萌えた。
可憐とはお互い火遊びのつもりが本気に・・・というのがいいな。
それはそうと、いつか、きっとの清四郎が自分の旦那だったら嫌だ。w
自分の親友の嫁とは、いくら好きでもな〜。
妄想ではいいんだけど。
クラプトンとジョージ・ハリスンですな・・って古っ(w
自分の旦那だったら嫌だけど、
自分の不倫相手だったら、いけないって気持ちが余計に恋の炎に拍車をかけたりして・・・ドキドキ。
まあ、魅録と野梨子は別れて正解だなとオモタ。
愛情の有る無しより人間としてちょっとなぁ。
自分と夫婦でいるときに親友との子供ができてたことを二人はいつか知るんだろうか。
419をストーリー化してくださる神降臨きぼん!
>427
魅録と野梨子・・・?
盛り上がってる清四郎セクースネタでつが、では「ふむっ」を
言うときはまださめてるということでよろしいですかw?
>429
魅録は悠理と、野梨子は清四郎とってことでは?
>430
なるほど。ありがとう。
…にしても、読解力つけなあかんな、私。
>429
いや、私も「魅録と野梨子が?」って思いますたよ。
>429
私も思いますた。でもカキコしなかっただけw
430タソの解説みて、ほほう、と納得したクチです。
私は後の文章を読んで言いたい事は分かったが。
って、ひっぱり続ける話題でもないね。スマソ
>>392の続きです。
清四郎、今、よろしくて?」
懐かしい声が聞こえてくる。
最後に声を聞いてから4年と少したったが、少しも変わらない。
相変わらず、きれいな透き通った声である。
「ええ、大丈夫ですよ」
僕は、病院の近くに小さいながらも一軒家を借りている。
ここに来た当初は一部屋のアパートに住んでいたが、その陰気さと狭苦しさに息が詰まり
そうになり、先輩に頼んで今の場所を見つけてもらった。
窓を開けると、向こうの方に海がおぼろげながらも見え、気のせいかもしれないが潮の
香りも漂ってくる。
「……私、再婚することにしました」
「おめでとう」
僕は、間髪入れずにそう言った。
野梨子が、新しい幸せを手に入れようとしている。
それは、とても喜ばしいことだ。
「……で、これは魅録とも話してるんですけど、私、内輪だけの披露宴に、清四郎にも
来ていただきたいと思ってますの……」
「みろくって?」
「魅録って、魅録ですわ、清四郎」
魅録か。
何がどうなってそうなったのだろう。
今更、僕が首を突っ込むことではないのだが。
「でも、折角のおめでたいことに僕が出て行くのは、何だか場違いな気がするんですが…」僕には、呼ばれたからといって、前の人間が出席すべきかどうかがわからない。
「でも、清四郎は私にとっては大事な幼馴染ですし、魅録も悠理に声を掛けてますし……。
…その、私は清四郎に、魅録は悠理に、それぞれ祝福してもらいたいと思ってますの。
……それは、私達の我儘なのかもしれません。でも、出来ましたら……」
野梨子の声はまだ続いている。
でも、僕の頭の中は混乱し始めた。
悠理に子供がいる。
それは、5年前に魅録を『診察』した時に、知ってしまった。
魅録の子供ではない、悠理の子供。
僕は、いったいどういう顔して悠理に会えばいいのだろうか?
ましてや、野梨子や魅録の前にどんな顔をして出ればいいのだろうか?
あたいは迷いに迷った末、今日、きちんとした格好でこの場に娘とやって来た。
都内のフレンチレストラン。
あたいにしては珍しく、時間通りである。
傍らの娘は単純に、新調した、オフピンクのきれいなドレスを着られるのに有頂天である。
あたいはドアの前に突っ立って、ひとつ深呼吸して取っ手を回した。
「あら、悠理じゃない?」
少し離れたところにいた可憐はあたいに気付き、手を振ってきた。
相変わらずやわらかなウェービーヘアにナチュラルメイク、シックなライトブルーの
ツーピースを身につけている。
あたいは、娘の手を引っ張って可憐の元まで歩いていった。
側まで来た時、娘の存在に気がつき、視線は娘に釘付けになる。
「……あ、あんたって、こ、子供いたの?」
可憐はしどろもどろである。
「…まあな。それにしても、久しぶりだな」
あたいは、完全にしらばっくれて答えた。
変にびくびくすると、痛くもない腹を探られる。
だが、さすがに可憐も伊達に年を食ってないらしく、動揺を抑えてその場にしゃがみこむ。
「初めまして。お姉ちゃん、ママのお友達で可憐っていうのよ」
娘は、自分と同じ目線まで降りてきた可憐に、ニッコリ微笑んで自己紹介する。
「初めまして、可憐お姉ちゃん。わたし、あすかです」
「まあ、あんたの子供っぽくないわね」
可憐はしゃがんだままあたいを見上げていい、娘の頭をヨシヨシと撫でた。
「一言、多いんだよ。しかも、いい年して『お姉ちゃん』なんていうなよな。
……お前んとこの子供は、今日、どうしたんだよ?」
「美童と一緒に、あっちにいるわ」
可憐は立ち上がって、ある1点を指し示す。
そこには、美童と、美童と可憐の娘と、清四郎がいた。
「清四郎、来れたんだ」
美童は相変わらず長い髪をひとつにまとめ、きりっとしたスーツを着ている。
側には、栗色の髪の毛と色白の肌とライトブラウンの瞳を持つ彼の一人娘がいる。
「ええ、3日休みを取りまして、ついでに実家にも顔を出そうと思ってるんです」
「ほんと、清四郎、全然こっちに帰ってこないんだから」
東京に戻るのは、本当に久しぶりである。
仕事がとりわけ忙しいというわけではないので、単に、逃げているだけなのかもしれない。
「美童はどうなんですか?」
美童が大阪に転勤になったと聞いたのは、1年前だったか。
「僕は、休みごとに戻ってきてるから」
僕と話しながらも、娘から目を離さない。
『目に入れても痛くないほど』というのは、こういうことかもしれない。
それにしても、と周りを見渡してみる。
レストランそのものも、そんなに広い場所ではない。
中にいる人間も、松竹梅家・白鹿家につながる人々というより、魅録・野梨子個人と
つながりのある人々の集まりのように思われる。
中には清四郎が知った人もいるが、話ができるという意味で言えば、美童しかいない。
「あっ、悠理が来たみたい」
突然、美童が僕の肩をポンとたたく。
ほら、と美童が指し示す方向を見る。
そこには、悠理と可憐と、そして美童と可憐の娘より少し幼く見える女の子がいる。
「あのちっちゃな女の子、まさか悠理の子供じゃないよね?」
「そうかもしれませんよ」
僕は冷静さを装って言った。
だがその実、僕の目はその女の子に釘付けになっていた。
【続く】
>いつか、きっと、、、
役者がそろいましたね!
釘付けになった理由は、何でしょう。
魅録は誰の子供か知っているのかしら、、、。
あぁ、続きが気になってめ眠れない、、、。
>いつか、きっと…
とうとう再会だ!
魅録、もしかして悠理の相手が清四郎ってこと、知ってたのか?
だから診察に行ったのかな。
この先、ドロドロの展開だったりして。う〜ん気になる。
くわーっ、続く、ですか!
毎回山場、もう夢中にさせられっぱなし。
これで続きを渇望せずにいられようか〜。
いよいよ再会出来るんですね。
もードキドキして待ってます。
ハッピーエンドを願う一方で、
不倫の結末はやはり…という退廃的展開も読んでみたいな。
悠理は魅録を、清四郎は野梨子をそれぞれすごく愛してたからこそ
別れたんだと思って読んでたんで、やっぱりせつな〜い終わり方がいいなー。
どっちにしろ、どう再会させてくれるのか楽しみっす。
くっついたものの、やはり他の人に手を出してしまうとか。w
ダークすぎか。でも不倫の結末なんてそんな綺麗に終われる事って少なそうなイメージ。
まあ、この場合元の二組の夫婦は、不倫が無くても破綻は時間の問題だった気も・・・。
既に結婚生活の中身は、仮面夫婦とではいかなくても空虚だったわけだし。
だからこそ、それぞれあっさり別れたんじゃないかなぁ。
元々は、妻を、夫を、本当に愛して大切にしてたからこそ、
もう二度と修復できない程の傷を負っちゃったんだと思うよ。
4人とも幸せになってホスィ・・。
>>438の続きです。
「悠理、何か軽くつまみに行きませんか?」
披露宴が終わって帰ろうとしていた時に、清四郎が声をかけてきた。
それは、可憐達が『じゃあね、また』と言って去ってからだった。
「あ、ご、ごめん。こ、こいつ、ちょっと疲れてきてるみたいだから、帰るわ」
あたいは、娘の手を取って歩き出す。
今まで全然大丈夫だったのに、急に心臓がバクバクし始める。
「ママ、あすか、大丈夫だよ」
娘が、あたいの手を引っ張って、あたいを見上げている。
あたいは立ち止まって娘の顔を見る。
いつもなら、ぐずって帰りたがるところなのに、今日はどうしたというのだろう。
「披露宴は、あんまり子供が食べられるものはありませんからねぇ。あすかちゃん、
お腹すいてるんじゃないんですか?」
清四郎は、尚もあたいに話し掛けてくる。
娘は、あたいの娘だけど、あたいみたいに大食いじゃないんだ。
可憐の娘と二人して、好きなモンをあちこちのテーブルから少しずつ食べてたんだから、
お腹なんかすいてる訳ない。
「あすかちゃんは、何が食べたいですか?」
「うーん、アイスクリームとチョコレートパフェと…」
「あすかっ!」
いつの間にか、清四郎は娘の前にしゃがみこんでいる。
どっちかというと大人の男の人が苦手な娘が、清四郎には恐れる様子を見せない。
清四郎は間違っても、子供に好かれるタイプじゃない。
「悠理、別に、2時間も3時間もって訳ではありませんから」
怒鳴ってしまったあたいに、清四郎はなだめるように言う。
その表情は、可憐達がいた時から全くと言っていいほど変わらない。
あたいはこんなにも動揺しているのに。
沈黙が続く。
僕は、あのまま悠理と別れてしまうのが嫌で、無理やり誘ってここまで来てしまった。
僕の記憶にあった、おいしいコーヒーを飲ませてくれる喫茶店。
店内は静かで、マスターも決して客の中に入り込もうとしない。
悠理の娘は、本当においしそうにアイスクリームを食べている。
悠理自身は窓の外を見つめたまま、頼んだサンドウィッチに全く手をつけていない。
「悠理、食べないんですか?」
これだけを言うのがやっとだった。
「お前、……どういうつもりなんだよ。あたいがどんな思いで……」
昔なら、掴みかかってきていただろうが、今はさすがに座ったままである。
しかも、僕のほうを全く見ようとしない。
「わかります、今なら。……でも、僕も……」
「あたいには、他に方法が思い浮かばなかったんだよ……」
僕の言葉を遮った悠理は窓の外を見つめたままだったが、目には涙が溢れていた。
「ママ、どうしたの?どうして、泣いてるの?」
悠理の娘がスプーンを置き、心細そうな面持ちで悠理を見ている。
「……済みません」
僕は、ただ、謝ることしか出来なかった。
「……お前だけが、悪いんじゃない。……じゃあ、あたい、行くわ。さよなら」
悠理はさっと涙を拭って僕に笑顔を見せ、席を立った。
悠理の娘も、続いて席を立つ。
「悠理……」
僕はただ、去っていく悠理達の後ろ姿を見ることしか出来ない。
悠理の娘は、あすかは、恐らく僕の子供だろう。
だがそれは、永遠に表沙汰になることはあるまい。
悠理は、あの子にすら、僕が父親であることを言いはしないだろう。
【続く】
>いつかきっと
やっと再会出来たと思ったら…読んでいて涙が出てきました
清×悠のハッピーエンド物スキーとしては、最後は清四郎、悠理、あすかちゃんの三人が幸せに暮らす展開になって欲しいと願っています
>いつかきっと
悠理の涙が切ないです…
Deep River うpします。
5レスお借りします。
http://freehost.kakiko.com/loveyuukan/long/l-44-1.html ほんの少し、窓を開けた。
入り込んでくる風は秋のそれとは比べ物にならぬほど、研ぎ澄まされている。
野梨子は思わず身震いしたが、閉めようとはせず、そのまま朝露を纏った自室の窓に凭れた。
主の居ない隣家の二階の角部屋をぼんやりと眺めながら、野梨子はふっと嘆息した。
もう四年、と昨夜美童は言った。
彼等にとっては、きっとそうなのだろう、と野梨子は思う。
この四年の間に、高等部を卒業し、大学部へと進学し、
そして来春には卒業を迎えようとしている。確かに、短い時間ではない。
四年の間に、魅録と悠理は友人の域を越えた。魅録はじき総括となる悠理の兄、
豊作の手伝いを始めたと、悠理がはにかみながら言っていた。
昔のように遊べないと不満を漏らしながらも、将来を見通しての魅録の決断に
内面の喜びを隠しきれずにいる悠理の姿は、同じ女である野梨子の眼にも綺麗に映った。
可憐は相も変わらず玉の輿に乗るべく努力していたが、
ひとまず卒業後はジュエリー・アキを継ぐべく、母親に付いて業務を学んでいるという。
忙しくて肌荒れがと、ぼやく可憐の横顔は既に、
仕事の責を負っている人間独特の厳しさを垣間見せるようになった。
皆、着実に次への一歩を踏み出そうとしている。
そんな中で野梨子独りだけが立ち止まり、移ろい行く季節を微塵の焦燥感も抱かずに見詰めていた。
清四郎は自分の為に、全てを捨てて姿を消した。
そんな清四郎の為に野梨子が選んだ贖いの術は、変わらずに居ることだったのだ。
突然の美童の告白に動揺したのもまた、事実であった。
彼の視線に、言葉に戸惑い――野梨子は戸惑ってしまった自分に更に困惑していた。
清四郎が去ったあの日以来、感情は捨ててしまったはずだった。
何も感じなければ、痛いこともない。
何も期待しなければ、絶望することもない。
旧友たちの間にさえも壁を作り、このまま緩々と朽ちていきたいとさえ願っていた。
なのに美童はその壁を易々と越え、野梨子を揺り動かそうとしたのだ。
野梨子は窓から離れると、久しく開けていない方の押し入れを開けた。
屈み込んで奥に積んであるアルバムを引っ張り出し、膝に乗せた。
紅の表紙に、うっすらと埃がかかっている。
野梨子は震える手で表紙を捲った。
花見をしたときの写真、七夕をしたときの写真、海へ行ったときの写真――
屈託なく笑う自分がいることに何処か違和感を抱きながら、
野梨子は頁を捲り続けた。
このアルバムを購入したときは、直ぐに想い出で一杯になるのだと疑いもしなかった。
然し――アルバムは三分の二程しか埋まっていない。
ふと、野梨子の手が止まる。
彼女の視界に飛び込んで来たのは、最後の旅行で撮った一枚の写真だった。
夜景を前に清四郎と野梨子が薄く微笑んでいる。
まるで数多の蛍を従えたように灯りは滲み、幻影的な雰囲気を醸し出していた。
写真の中央で微笑む清四郎の姿を、野梨子はそっと指でなぞった。
指が、唇が震えるのを、野梨子は止めることが出来なかった。
失って改めて気付く、清四郎という人間の大きさ。
そして彼との想い出は風化するところか、野梨子の中で日毎その重さを増して行く。
もう一度だけで良い。
言葉を交わすことが出来なくとも、触れ合うことが叶わなくとも、
もう一度だけ清四郎に会いたい。
野梨子の頬を伝った一筋の涙が、写真の中の清四郎へとぽとりと落ちた。
「兄ちゃん、朝飯ぐらい緩り食えよ」
のんびりとパンを頬張る妹に、豊作は神経質に眼鏡のズレを直しながら言った。
「世の中はとっくに昼食の時間だ。全く……俺も大学生に戻りたいよ」
柄にもなく苛ついた兄の様子を不審に思った悠理が、
スクランブルエッグを口に運びながら訊ねた。
「なんかあったの?」
「大有りさ」
向かいの席に腰を下ろした豊作はネクタイを乱暴に緩めると、
運ばれて来たスープに口を付けた。
「どうしたの?」
「お前に相談出来るような事じゃない」
突っ慳貧な返答にむっと唇を尖らせた悠理に気付いたのか、
豊作は苦笑しながらスプーンを置いた。
「すまない……少し苛々していたんだ」
「兄ちゃん、どうしたの? なんか凄い疲れてるよ」
「昨日から仕手筋がうちを狙っているという情報が流れて来てね。寝ていないんだ」
「シテスジ?」
悠理が聞き慣れない単語を問い掛ける意味でそう口にしたが、
豊作はそれを話の先を促したと勘違いしたらしく、そのまま話し続ける。
「ああ。日本のジョージ・ソロスと呼ばれている男が、うちの子会社を狙ってると、
株屋が漏らしていたらしい。その対応で大童さ」
豊作の携帯が鳴った。
煩そうにそれを取り出すと、豊作は気忙しく食堂を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、珈琲を飲んでいた悠理の携帯も鳴った。
耳に馴染んだIMPELLITTERIの着メロは、自然と悠理に笑顔を齎した。
『起きたか?』
「魅録? ちょうど良いや、教えて欲しいことが有るんだ。
ジョージ・シテスジがうちを狙ってるんだって。
兄ちゃんがそれで大変みたいなんだけど、あたい何のことなのか良く解らないんだよ」
『……俺はお前の言ってる意味の方が解らねえよ。
とにかく、今日の昼に集合って約束、忘れてないだろうな?』
悠理は慌てて腕時計に視線を落とした。時計の針は既に十三時を回っている。
すっかり忘れていた。
魅録の久々の休日に合わせたかのように、美童と可憐から相次いで相談が持ち込まれ、
それならば皆で遠出をしようかという話になっていたのだ。
「も、勿論覚えてるよ!」
悠理は引き攣る頬を宥めながらそう応えたが、
受話器の向こうの声は疑わしげな声で言った。
『へえー……待ち合わせ時間、もう一時間も過ぎてるんだけどな。
可憐も美童も待ちくたびれててなあ』
「い、今向かってるよ。もう直ぐ付くって!」
がなるようにそう告げた悠理の後ろで、がちゃりと扉が開いた。
「何処に向かってるって?」
携帯越しではないその声に悠理が恐る恐る振り返ると、
其処には三人の美丈夫が憤懣やるかたなし、という表情で立っていた。
とりあえず、悠理は笑って誤魔化すことにした。
何処か余所余所しい美童と可憐の様子をバックミラー越しに垣間見ながら、
魅録はハンドルを握り続けた。
「で、相談ってなんだよ?」
美童と可憐が一瞬だけ視線を交わした。それが合図であったかのように、
美童が静かに告げた。
「野梨子に、告白したんだ」
刹那、魅録の脳裏に浮かんだのは、未だ消息が掴めない友人の姿だった。
助手席の悠理にしても、それは同じであったらしい。
後部座席の可憐は既に知っているのか、表情を変えずに居る。
「……そうか」
魅録の台詞に苦笑しながら、美童は言った。
「驚かないんだね」
「知ってたからな」
胸ポケットから煙草を取り出しながら、魅録が応えた。
「でも、今度は本気なんだよ」
「それも、知ってるよ」
其れと同時に、可憐が沈黙を守っている理由も、
そして可憐が相談したいという内容も、魅録は朧ろげながら理解していた。
四人で来たのは、失敗だったな。
魅録は内心で舌打ちをしながら、アクセルを踏み込んだ。
<続きます>
>Deep River
リアルタイムキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!
野梨子抱きしめてあげたい。
みんなすごく綺麗。魅録かっこいいです。
ほんとにほんとに大好きです。
ほんとに好きです。
>Deep River
>456タンに続いて、キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
前回のうpからずっと待ってました。
「ジョージ・シテスジがうちを狙ってる」という悠理と、それに対する魅録の、
>……俺はお前の言ってる意味の方が解らねえよ。
が二人らしくてイイ!本当に言いそう。
それにしても、ずっと清四郎を思い続ける野梨子が切ないですね。
それぞれがそれぞれに歩き出してるのに野梨子だけがそのままだというのが…。
清四郎は一体どこで何をしてるんだろう。
可憐と美童も最終的には幸せになってくれるといいんだけど。
>Deep River
私も待ってました。
アルバムを見る野梨子の描写が胸に来ました。
あと、魅録が本当にかっこいい…。
この状態では頼りになりそうなのは魅録と悠理くらいだし、活躍を期待してます。
清四郎がどのように再登場するかも気になります。
>いつか、きっと
うーん、やはり易々と親子対面とはいかないんですね。
二人はこのまま別れていってしまうのか……頼みます、作者さん!
>Deep River
ずっと一人を追い続ける野梨子が好きです。
ジョージ・シテスジはワラタ! どこの国の人やねん!
>Deep River
ジョージ・シテスジってあんた!(w
それにしても野梨子がせつなすぎるわ。
清四郎の再登場が待ちきれない…けど美童も好きだから
どっちとくっついてくれてもいいんだけど。
>Deep River
全てから距離を置いて、変わらずにいる野梨子が切なくて切なくて…
このまま化石みたいになっちゃうなんて、何とかならないもんなのかしら…
>いつか、きっと
ようやく会えたと思ったら・・・。
うわーん、子供にだって父親の存在を知って、父親に愛される権利も、愛する権利もあるはずだよ〜、
と言ってみるテスト。
切ないよー゚・(ノД`)・
二人は幸せにはなれないのだろうか・・・。
>Deep River
寝る前に覗いてみたら久々のうpが!待ってたよ〜。
押し迫ってくるような、独特の空気感のある文章が好きです。
しかし野梨子があまりにも切ない・・・。早く元気になって欲しいよ。
でも、切ない話だけど、悠理の存在が少し切なさを緩和してくれるのがイイ。
ジョージ・シテスジにハゲワラ。
こういうところが悠理の良さよね〜と思いました。
続き、楽しみにしてます!
魅×野「two minutes」〜「six hours later」の翌朝の話、「next morning」です。
5レスいただきます。
可憐サイドとも、野梨子サイドともシンクロしていません。
(next morning 可憐サイド→
>>60〜
>>63、野梨子サイド→
>>320〜
>>324)
なんか、やだ。
魅録と野梨子が、『友達ではなくなった』らしい。
なんでも、魅録は、ずっと前から野梨子のことが好きだったらしい。
それでおめでたいことに、いつの間にか野梨子も魅録を好きになってたらしい。
ふーん。
よかったじゃん。
あーあ、赤くなっちゃってさ。楽しそうにさ。
なんだろう。なんか、気持ち悪い。
なんか、こう胃の、上のあたりが、ふがふがする?ぼわぼわする?
違うなあ。
新聞紙を一枚、くしゃくしゃに丸めて胃の入り口に突っ込んだみたい。
そっか、だからさっきから目の前の煎餅の量が減らないのか。
う〜、やっぱ、気持ちわるい…。
始業時間前、珍しく6人が揃った生徒会室で悠理は黙って座っていたが、
自分がそうしていると忘れるほど頭の中がうるさかった。
同じ言葉が何度もいくつも湧き出ては消えていくだけなのに、
それでもその度に頭の中でがさがさと音が鳴るように不快だった。
こいつらみんな、ホントに良かったと思ってるか?
あたいは、なんかやだと思うよ。
清四郎は? 野梨子をとられたと思わないのか?
あたいは…。とられたと思ってるのか?
魅録を。
それじゃ、魅録に惚れてるみたいじゃないか!
違う、そんなんじゃない!
そんなんじゃなくて、なんだよ?
(side-Y-S)
おや、悠理が混乱していますね。やっぱり予想外でしたか。
そんな、眉間に皺なんか寄せたら、ふたりとも気にするじゃないですか。
って、見ちゃいませんね、あいつら。
もしかして、悠理、魅録を好きだったんですか?
ある訳ないですね、それは。
(side-Y-K)
大丈夫よ、悠理。
あんたは魅録に惚れてるわけじゃないわ、ちょっと寂しいだけよ。
だってあんたが惚れてるのは。
……教えてやらないけど、絶っっっ対。
(side-Y-B)
ああもう、悠理。
そんな思いっきり困った顔しちゃって。
焼き餅焼きだなあ、さすが金持ちの末っ子。
心配しなくても野梨子も魅録もいなくなったりしないよ。
これくらいのことでバラバラになっちゃうぼくらじゃないだろ?
だけど、とられたくない。
魅録を。
野梨子を。
可憐も美童も清四郎も、誰にもとられたくない。
みんな、あたいのとこにいてくんなきゃ、やだ。
「悠理」
誰かが呼んだ。
「予鈴、鳴りましたわよ」
みんなもう、席を立っている。悠理ものろのろと立ち上がる。
――なんか、つまんないの。
外に好きなヤツができたって気になんなかったのに、ヘンだけどさ。
ふたりだけで特別になられちゃったら、困る。
だって、だってあたいら
くしゃっ、と頭の上で音がした。
「ちゃんとみんな、悠理のそばに居ますよ。
それが、有閑倶楽部でしょう」
もう一回、髪をくしゃくしゃっといわせて、
清四郎は見上げた悠理に笑いかけ、扉に向かう。
清四郎の声が聞こえたのか、可憐と美童が立ち止まって笑顔を見せた。
悠理は、もともとくしゃくしゃな髪を、なんとなく元に戻した。
指の間を髪が通る3秒の間に尖っていた唇がゆっくり弛んでいく。
……。
自分の単純さが時々嫌になるけど、今は良かったと思う。
清四郎の手も言葉も魔法だ。たったそれだけで、安心する。
ああ、そうだなって、思える。
時間は過ぎていくけど、いろんなものが動いていくけど、
変わらずにいるものだってある。信じてれば。簡単なことだ。
胃の入り口につっかえてた新聞紙も溶けてしまったみたいだ。
気付くと、もう誰も部屋にいない。
悠理も慌てて扉を開けた。
渡り廊下に出ると快晴の青さが眩しくて、悠理は一瞬目を閉じた。
目を開けると、息を吸ってダッシュする。
そして、並んで歩く魅録と野梨子の間に飛び込んで、
魅録の左腕と、野梨子の右腕の間にぶら下がった。
「何だよ、悠理」
「ちょっと、重いですわよ」
やっぱ、いい顔してんじゃん。
悠理はふたりを交互に見つめて、ニコッと笑った。
悠理サイドでした。失礼しました。
>next morning (side-Y)
悠理の戸惑いが、悠理らしくていいです。
そんな悠理を見守っている清四郎、可憐、美童がいい味出しているなと思いました。
>next morning
悠理が好きなのは倶楽部の皆なんですね。
なんだか可愛くっておかしい。三人の女子の中で一番子どもだなW
一連のシリーズの、切なくてもどかしい雰囲気が大好きです。
びょ、病院坂・・・そろそろ降臨キボンヌ
続きが気になってます〜。
>473
私も続きがかなり気になってるよ〜。
最近止まってる「檻」や「貞操」も気になるんだが。
止まってる作家タンの降臨をお待ちしています。
>>447の続きです。
ママ、靴脱いでもいい?」
季節外れの海岸は人もまばらで、目の前の海は穏やかである。
そんなに寒いわけじゃないので、あたいは首を縦に振って娘が裸足になるのを止めなかった。
急にこんなところに止まったあたいに、娘は何も訊かずにいてくれる。
いつもはあんなにもいろいろと訊いてくるのに。
「こら、あすか、あんまりそっちに行くな、危ないから」
ちょっと、まとわりついている感触がないと思ったら、娘は波打ち際の方へ行って
しまっている。
よくわからないが、今日、娘は妙にはしゃいでいる。
あたいは娘を目で追いながら、とうとうここに来てしまったことに自分の弱さを思い知る。
もう、振り切ったはずだったのに、久しぶりに会ってしまったあの時から、清四郎のことが
気になってしまっている。
だから、その、可憐たちとの会話の中でさらっとしか触れられなかった、清四郎が今
住んでる所の名前が忘れられない。
「ママー!こっち、こっち」
娘は、あたいの前方5メートルぐらいのところから呼んでいる。
これ以上距離が開きすぎると心配なので、ちょっと走って娘を捕まえてギュッと抱きしめた。
そのまま、随分重くなった娘を抱き上げる。
娘はあたいの頬や鼻や耳や首やらに触っている。
あたいはゆっくりと歩きながら潮騒に耳を傾け、海風を心地良く感じている。
これで、忘れられるだろう。
これまでもこれからも、あたいにはあの子がいて、あの子にはあたいがいる。
僕はそれが、遠目からでも悠理であると確信していた。
空き時間にふらりと来たこの海岸。
夏場はさすがに人でごった返すが、今の時期では人もまばらである。
そんな場所で、悠理が、娘を抱きかかえたまま砂浜を歩いている。
もちろん悠理が、決して僕に会うことを予測に入れてここに来たのではないとわかっている。
だが僕は、両足をどうにも止めることが出来ない。
砂浜には身を隠せるようなものが一つもないのに、まるでストーカーのように悠理を
追っている。
僕は何をどうしたいのか?
考える間にもどんどん進んでしまい、目に映る悠理の姿はだんだんと等身大になってくる。
「あーっ!!ママ!」
僕と悠理との距離が2〜3メートルほどに縮まった頃、悠理の右肩から女の子がひょっこり
顔を覗かせ、僕を見て叫んだ。
僕の両足は突然金縛りにあったかのようにその場に張り付いてしまい、動けなくなってしまう。
悠理は大声を出した娘の顔を見ようとまず横を向き、そのまま振り返ってこちらを向く。
「清…四郎…?」
悠理の、娘を抱きかかえる両腕に、より一層力が入るのがわかった。
悠理が、動揺している。
僕は必死の思いで何か言うべき言葉を探したが、何ひとつ思い浮かばない。
僕は、どうしようもないほど見っとも無い状態で、立ち竦んでいるに違いない。
清四郎の眼差しが、痛い。
あたいの全身を貫くような強烈なそれに、あたいは思わず腕の力が緩んで娘を
落っことしかねなかった。
あたいは、娘を抱きかかえる両腕に力を入れることで、その場にへたり込みそうな
自分を奮い立たせる。
あたいの目は、清四郎に釘付けになっている。
こんなことになるかもしれないと、どうして考えなかったのだろう?
「ママ…?ママ、どうしたの?」
娘の声に我に帰る。
娘は、心配そうな顔をしてあたいを見ている。
あたいが、しっかりしないと。
「ちょっと、びっくりしただけ。あすか、覚えてるかな?ママの友達」
あたいは娘にニッコリと微笑みかけ、娘がちゃんと清四郎の顔を見れるように身体の
向きを変える。
「うん。あの、アイスクリーム食べた時の、おじちゃん」
途端に、娘の表情は柔らかくなって、なんだかとてもうれしそうである。
とーちゃんやにーちゃん以外の男の人が苦手で、あの甘ったるい雰囲気を持つ
美童ですら慣れるのに時間がかかった娘が、である。
これは、本能がそうさせてるんだろうか?
あたいは今少し清四郎に近づき、娘を腕から下ろして言った。
「そうだよ、あすか。あいさつは?」
娘はペコリと清四郎に頭を下げた。
すると、それまで動かなかった清四郎がしゃがんで娘に微笑みかけた。
「こんにちは、あすかちゃん」
気のせいか、清四郎が娘に、あすかに見せる表情が、特別なものに思えてくる。
そんなことを考えていたら、あたいは急に胸が締め付けられるように苦しくなってきた。
思わず、娘の腕を掴んで清四郎から逃げようと歩き出してしまう。
娘はバランスを崩しながらも、引っ張られるままに歩き始める。
だが、フリーだった左腕を掴まれる。
「…悠理、……待って下さい………」
あの日、僕と悠理はひとつの決断を下した。
僕達はあくまでも、聖プレジデントの幼稚舎からの付き合いの『友達』であるということ。
だから、あの、2年ほどの時については絶対に誰にも口外しない、と。
「……野梨子に、赤ちゃんが出来たってさ」
春がもうそこまで来ていた或る日、悠理は、さりげなく僕の妻だった人の近況を語った。
悠理があすかと一緒に、ふらりとここに遊びに来るのは今日で2回目である。
「…って、お前はもう知ってるよな。あたいも可憐から聞いたんだ」
僕は美童から知らされたので、元はどのみち可憐である。
「野梨子は、幸せそうですか?」
「可憐が、そう言ってた。だから、間違いない」
そう答えた悠理の表情がとても穏やかで、僕は、もちろん野梨子が幸福であることに安堵したが、
それ以上に悠理がそういった表情を見せてくれるようになったことをうれしく思った。
こんな風に落ち着いて、普通に悠理と話せるようになるなど、少し前まで想像もつかなかった。
無理に現状を変えてどうにかなるくらいなら、このままでいい。
「……悠理」
「何だ、清四郎?」
悠理はさっきから、右手にカフェオレの入ったマグカップを持ったまま、開け放った窓辺に
立って海を眺めている。
あすかは疲れたのか、ソファで昼寝をしている。
「…いえ、そんなに見ていて厭きませんか?」
他に何か言うべき言葉があった気がしたが、僕は、何でもないことを口にした。
僕自身は椅子に座って、悠理やあすかのいるこの光景を、ずっと厭くことなく見ている。
と、どのくらい時が経ったのだろう、ふと、悠理が呟く声が聞こえる。
「…なあ、これで、すべてがうまくいくよな……。これで、みんな幸せになるよな……」
消え入りそうなその声音が、僕の脳裏に、美童が数ヶ月前にメールで添付してきた写真を蘇らせる。
それは美童が娘と一緒に水着姿で写っていて、どこかのリゾート地に行った時に可憐が取った写真。
……僕達に、そんな日が来るのだろうか?
わからない。
だが僕は、いつか、きっと、そんな日が来ることを願っている。
以上で、『いつか、きっと… 清×悠』は終わりです。
読んでくださった方、スルーしてくださった方、ありがとうございました。
感想をカキコしてくださった方には、心からお礼申し上げます。
>next morning
可憐に惚れました…
>いつか、きっと…
本当に、本当にご苦労様でした。
いつの間にか思い入れが大きく過ぎて辛いぐらい、夢中で読んでました。
最後に僅かに見えた一筋の愛の光をありがとう。
いつか、必ずその日が来ることを、清四郎と同じように信じます。
本当にありがとうございました。
>いつかきっと
リアルタイムでうPに遭遇して嬉しかったです。連載お疲れ様でした。
私、個人は野梨子が魅録と再婚して幸せになったんだから、清四郎と悠理も幸せになれたらと願っていましたので、友人という関係を選択した最後に少し残念な気がしました。でも最後の一行にこれからの未来に対する希望が感じました。
文章下手くそなので感想が支離滅裂ですが…この作品は本当によかったです!本当に連載お疲れ様でした。
>いつか、きっと…
ヌハッ!リアルタイム遭遇だ!
「ここで終わったのかな?」と思い
next morningの感想だけカキコしてしまいました。
「いつか、きっと」3人が幸せになる日が
くるんだって思います。作者様お疲れ様でした。
…ホロ苦、ホロ苦を、誰か続けてくだされ!
またフェイドアウトしちゃうと悲しい…
「雨がボクを狂わせるので」うpします。
ダーク且つ有閑メンバー総汚れなので、お嫌いな方はスルーお願いします。
>>347 泣きながら階段を駆け降りた。踊り場のステンドガラスに、庭木が雨に濡れた枝を
ざわざわと擦り付けている。
逃げよう、逃げよう、でもどこへ?
僕の心は恐怖でいっぱいになっていた。倒れてピクリとも動かない兄貴の姿が
フラッシュバックする。
ひょっとして殺してしまった?まさか。ああ、まさか!
戻って兄貴の様子を見ようか。ママの助けを呼ぼうか。それとも救急車?
階段の中途で立ち止まり、行く事も出来ず戻ることも決心できず、僕はぐずぐずと
後悔の涙を流す。
どうしよう、どうしよう。まさか、いや、万が一……!
その時、玄関のドアが鳴り出して、僕の心臓が口から飛び出しそうになった。
どんどんどん、どんどんどん、と外から扉を突き上げるような音。
瞬間、警察だと思った。
僕を捕まえに来たんだ。
野梨子さんが警察に電話を。
中学生が兄撲殺。
もう逃げられない。
舌が喉の奥に落ち込みそうだった。
震えが止まらない。覚悟を決めてドアスコープから訪問者を確認する。
灰色のレインコートに雨傘を携えた男が見える。
膝の力が抜けた。清四郎さんだった。
鍵を回す音がして、扉が小さく開いた。
ドアの隙間の向こうから、美童に面影の似た少年が、白い顔をより一層青白くして
こちらを伺っている。
杏樹の顔を見ると、胸の中で罪悪感が渦を巻き、僕を苦めた。
杏樹はこんな明け方近くに訪れた僕を非難するわけでも、迎え入れるでもなく、
ただ黙ってこちらを伺っている。ポツンと呟いた。
「僕を捕まえに来たんだじゃないよね?」
唐突な問いだったが、彼が怯えているのがわかったので、手短に否と答える。
彼は唇を噛むと長い睫毛を伏せた。
「よかった……。」
すでに泣き腫らしていたような顔に、新しい涙が道筋をつけた。
もう声を上げて泣く気力も残っていないようで、差し出した腕の中に転がり込んで
来ると、僕のレインコートに顔を押しつけて嗚咽を繰返している。
その時はまだ、彼が体験した事を僕は全く未知だったが、美童が引き起こした事態で
あろうことは容易に想像がついた。
僕の手の中にある、細く未成熟な骨格。
もし僕や野梨子がしたような体験、眼を開けたまま見た夢のような、強烈なストーリーを
彼が経験したのであれば、気の毒という他はなかった。
だが、この少年を憐れむと同時に、そのストーリーを知りたいという欲求が沸き起こる。
もちろん、そんなことはおくびにも出しはしなかったが、自分の心の内に潜む出歯亀、
よく言えば探究心、悪く言えば只の助平心に気づき、内心赤面ものだった。
傷ついた少年を前によくもそんな冷淡なことを考えられるものだと、
我ながらぞっとした。
ぱたん、ぱたんとスリッパで階段を降りてくる小さな足音があった。
その小柄な人物は白いレインコートを身に纏い、無表情のまま一歩一歩階段を降りて
来る。杏樹の顔が引きつり、喉がごくりと鳴る音が聞こえた。
「の……。」
「美童は大丈夫ですわ。ベッドに寝かせてあります。清四郎、朝になったら様子を
見てあげてくださいます?」
こちらが声をかけるより先に、野梨子の静かな言葉が降ってきた。
僕が軽く頷くと、野梨子は無表情のまま、ほっとして泣きそうになっている杏樹には
目もくれず、玄関のドアに手をかける。
「帰るんですか?」
野梨子はドアを開けた。激しかった雨と風が止み、辺りに静けさが戻ってきていた。
ちらとこちらに視線をやると、こんな言葉が戻ってきた。
「雨があがりましたので。又、雨が降ったら参りますわ。」
美童の部屋は嵐が通り過ぎたような惨状だった。杏樹によって叩き壊された物々に
囲まれ、王子様はベッドですやすやと寝息を立てていた。
そっと布団をめくり、彼の傷を確かめる。白い肌につけられた無数の赤い傷。
ところどころ皮膚が破れて血が流れ出していたが、大した傷ではない。
そっと美童の皮膚に這うミミズ腫れに手を伸ばした。
触れても美童は目を覚まさない。
「つまり、こういうことですね。彼は5月の終わりに、友人のパーティーで
件の男に出会った。そして誘われるままにその男の家に遊びに行ってから、
どうも、その、変わったらしい、と」
僕は杏樹の話が終わってから、なるべく彼を刺激しないよう冷静にこう言った。
杏樹は膝の上で生白い手を組んだり離したりしながら、記憶を必死で辿っているよう
だった。そんな彼の様子に目をやりながら、決心する。
もう潮時ですね。もう、終わりにしなければ。
彼の小さな弟にまで塁が及んでしまっては、もう美童をこのまま放置しておく訳には
いかないだろう。僕は後から後から沸き起こる「別の」考えを頭から振り払って、
ゲームの幕引きをすることを決めた。
「杏樹、お願いがあります。これから話すことを黙って聞いてくれませんか。
杏樹にとっては、非常に辛く聞くに耐えない話です。でも、先に進むには杏樹に
大体の事を知ってほしいんです。」
杏樹はうなずくと、好きな体勢で聞いていいかと言ってきたので許可する。
彼は自分の部屋から古ぼけた毛布を持ってくると、それを体にグルグル巻き付けて
僕の話に耳を傾けた。
僕は僕が知りうる限りの美童の行動を、非常に簡潔に、ある部分はぼかして
杏樹に話して聞かせた。杏樹は時々悲鳴を上げ、涙を流し、取り乱したりもしたが
最後まで話を聞いた。
僕の話が終わった後、僕は杏樹から逆に美童の情報を聞き出そうとした。
しかし、杏樹の口から聞けたのは、パーティーで会った男の家に美童が行ったこと
しか、美童が変わったことの原因として思い当たることはないというものだった。
しばらく沈黙してから、ふいに杏樹が口を開いた。その目に疑惑の色が宿っている。
「なぜ……なの?」
「……なんですか?」
「そうだよ、あなた、なぜ今まで何もしなかったの?なぜ、兄貴をそのままに……。
まさか、まさか、あなた……」
杏樹が言いたい事が手に取るようにわかる。そして、それはたぶん正しい解だ。
それでも僕は否定してみせる。
「いや、違う。」
「違わないよ。僕にはわかる。そうだよ、あなた。あなたは兄貴に元に戻ってほしく
ないんだ。元の彼に、美童グランマニエに戻ってほしくないんだ……」
「邪推ですよ、杏樹くん。僕も君と目的は同じ。美童に目を覚ましてもらいたいん
です。」
虚ろな自分の声が、あまりにも嘘に満ちた答えをする。
そうだ、杏樹の言う通り、僕は美童に元に戻って欲しくないのかもしれない。
あんなにも苦痛に満ちた体験を、もう一度もう一度と心が望んでいる。
だが、そうだ、もう決着をつけなければ。
僕がもっと早く決断していれば、せめて魅録や杏樹は巻き込まずにすんだだろう。
杏樹が僕を見ている。僕は黙って杏樹の静かな非難を受け入れた。
<<<つづく>>>
>雨
>「雨があがりましたので。又、雨が降ったら参りますわ。」
怖いです〜ほんとに、目が離せないです。
清四郎もこわいし…
>484
はげど。
しかし、ホロ苦ってもう最終回に向かってるのかな?
それがわからなくて。>ALL
>492
可憐も出てきたばっかりだし、もっとこじれさせてもいいんじゃないかな。
丸く収まるなら収まるで、それもいいと思うし。
う〜ん、我ながら参考意見になってない…。
どうなっちゃってもいいから読みたい!というのは勝手でつか?w
自分は有閑キャッツの続きが読みたい…
キャッツだけでなく、リレー作品ってどれも面白かったし
みんなで少しずつでいいから書き繋げていこうよ〜
文才に自信のない人はネタ提供だけでも!
「剣菱家の事情2」のような名作よ、ふたたび!!(切望)
>>248さんの続きです。
「野梨子、入るわよ」
ノックをしたが返事はなく、可憐はそのまま病室へと足を踏み入れた。
「びっくりしたわよ。家に電話したら病院に行ったっていうし、具合どう?」
軽快に声をかけながら近づくと、野梨子の目から涙がぽろぽろとこぼれている。
「……どうしたの」
何か言おうとしたようだったが、嗚咽が漏れるばかりで言葉にならないらしい。
可憐は野梨子の肩を引き寄せると、ゆっくりと背中をさすり始めた。
胸の中で野梨子は肩を震わせてすすり泣いている。
小さな肩だった。さらさらと揺れる黒髪からは甘い香りが立ち上り、
睫毛についた細かな涙の粒がきらきらと光っている。
泣いている野梨子は、同性である自分から見ても、ひどく魅力的で――
可憐はそう感じた自分に思わず苦笑したのだが――不思議と守らなくてはならないような
気にさせられた。
清四郎は幼い頃から、そんな幼なじみを見続けてきたのだ。
あんな風に打ちのめされるのも無理はない。
野梨子が魅録を好きにならなければ、すっと側で守っていくつもりだったのだろう。
その考えに、胸の奥がかすかに痛んだ。
先ほどの清四郎の辛そうな様子を思い出したせいかもしれない。
しかし可憐はもう一つの心配事へと頭を切り替える。
その清四郎と魅録を2人きりにして果たして良かったのだろうか。
場の空気を感じ取り可憐は席を外したのだが、あの時清四郎だけでなく、
魅録もまた複雑極まりない顔をしていた。
野梨子が泣いていることも考えに入れれば、旅行中に何かあったのは確かだった。
自分が口を出すべき事ではないかもしれないが、
恋愛に不器用な3人のことを思うと、可憐の不安は募っていく。
どなたか続きお願いします。
>>354の続きです
「まあまあ、本日はお日柄も良く」
今日は9月13日金曜日、暦の六曜は先負―――。
お世辞にも良いとは言い難いが、きっとこの親子には関係ないのだろう。
50歳前後と思われるその女性は、髪を結い上げ、高価そうな友禅を着ていた。
つり目でキツネ顔のあっさりした顔つきの美人だ。
銀座のママだと言われても信じそうな風采を放っている―――。
しかしせっかくの美しさと高価な着物もオプションの趣味の悪さで半減され、それが残念だ。
耳が千切れんばかりの大きさのイヤリング、爪にはびっしりと毒々しい真っ赤なマニキュア
親指以外の全ての指に大きなガラス玉のような宝石がついた指輪をはめている。
「結納にはもってこいの日ですわね」
菊正宗サイドの人間は誰一人として今日を結納などと思ってはいないのに
勝手に今日を結納と決め付けている。聞きしに勝る強引っぷりだ。
「こちらが清四郎の婚約者の白鹿野梨子さんと野梨子さんのお母様です」
和子も負けてはいない。兼六夫人のセリフなど丸無視で野梨子を紹介する。
「初めまして、白鹿野梨子です」
野梨子がうやうやしく挨拶をした。
「まあ、おとなしそうなお嬢様ですこと、確かお母様は白鹿流のお家元だとか・・・
今日はうちの綾香も着物を着せようかと思ったのですけど
まだ若いでしょう?ドレスの方がいいかと思いまして。
ほら、若い女性が着物を着ると年寄り臭く見えますしねぇ」
聞いてもいない事を、マシンガンのようにまくしたてる。
綾香と呼ばれたその女性は大胆に肩を露出させたロングドレスを着ていた。
シルバーのかかったオレンジ花柄のレースを重ねたマーメイドラインの
体のラインが浮かび上がるタイプのドレスだ。
細身とはいえ、スタイルに自信がなければ着ずらい服だろう。
色白の顔に少し釣りあがった目、高めの鼻、唇は薄め。
母親譲りのキツネ顔だが、世間一般の基準に合わせると、
やはり相当美人の部類に入るだろう。
「そうですわね、綾香さんは22歳とまだ御若いのに
ずいぶんと御顔が老けておられますもの、
服で誤魔化しでもしないと若い清四郎とは釣り合いませんものねぇ。
そのドレス、お似合いですわよ。ホステス顔負けですわね」
和子はすました顔でお茶をすすっている。
部屋の中が水を打ったように静まり、庭の獅子脅しの音だけがやけに鮮明に響く―――。
―――人の血管が切れる音は本当に本の中の様に『ブチッ』という音がするのだろうか?
それを確かめるならば、この静まり返った部屋の中で兼六夫人の
血管が切れそうな正にこの瞬間が最適だろう。
だが、こんな事でダメージを受ける綾香ではもちろんない。
「でもお姉様、野梨子さんは一人っ子と御聞きしましたわ。
菊正宗病院を継がれる清四郎さんとの御結婚は無理でしょう?」
駆け引きも何も無い。いきなり本題に入る。
「それなら御心配なく、菊正宗病院は私が継ぎますから。
清四郎は白鹿家に婿養子に入ってもらって一向にかまいませんのよ。ね、お父様」
和子も間髪入れずに返事を返す。
この大らかな父と温和な母の遺伝子を、
一体どこをどう組み合わせて和子と清四郎が生まれたのかは非常に疑問視される所だ。
「お父様」
凄みを含んだ、しかし穏やかな声で和子は修平に返事を促す。
「あ・・・ああ、大丈夫だ」
そう言うのが精一杯な修平の頭の中には何故か数年前に沖縄で見た
『ハブVSマングース』の記憶が甦っていた。
「あと」
和子はそこで区切って、満面の笑みを浮かべる。
「お姉様と呼ぶのは止めていただけないかしら。とても不愉快なの」
―――再び部屋中が水を打ったように静まり返った。
顔を真っ赤にした兼六夫人が腰を浮かし何か言いかけようとするのを
綾香が手で制しながら低い声で言った。
「そうですね、まだそうお呼びするのは早すぎましたわね。ごめんなさい、おねえさま」
「ヒモよーし!!」可憐。
「ヒモよーし!!」これは悠理。
「メガネよーし!!」再び可憐。
「メガネよーし!!・・・・・・って可憐、メガネはいらないだろ、メガネは」
再び伊達眼鏡をかけている可憐に魅録は突っ込みを入れる。
「可憐・・・その格好、わざわざ着替えたの?」
見るとさっきまでワンピースを着ていた可憐は、いつの間にか
白いブラウスと紺色のミニのタイトスカートに着替えていた。
「どぉ?ちょっとは賢そうに見えるでしょ?」
伊達眼鏡の両サイドに細いチェーンを装着し、よりそれらしく見せる。
小道具も欠かさない。
「何かエッチだなぁ・・・怪しいビデオの女教師みたいだよ」
美童からありがたいとは思えない感想を頂く。
日頃から磨きに磨かれた可憐の色っぽさが仇となる悲しい瞬間だ。
「しょーがないでしょ!あんな賢そうな連中の中に入って話するんだから。
とりあえず格好からよ、まぁ威嚇ってとこね」
確かに清四郎一家4人のIQだけでも、ここにいる4人の倍はありそうだ。
「知ってるぞ!『敵を欺くにはまず威嚇から』だろ」
「悠理、ことわざも使い方も間違ってるって・・・」
可憐は眼鏡のフレームの端を人差し指で持ち上げ、3人に向き直る。
「じゃあ最終チェックよ。
まずあたしが兼六親子に話をつけるから。美童、魅録、サポートお願いね」
「OK」
「了解」
「おい!あたいは何すんだよ」
不満そうな悠理に可憐はビシッと指を差し、言い放つ。
「あんたは『暴走しないでじっと耐える』のが仕事よ、魅録、悠理の事頼んだわよ」
魅録の左手の手首と悠理の右手の手首はがっしりと紐でつながれている。
これは周到な悠理暴走対策として仕掛けられた方法で
これで悠理が急にキレた時も、瞬時に対応出来るだろうという可憐の作戦の一つだ。
「ちぇっ、つまんねーの」
「あとあまり考えたくはないけど、最悪の場合は―――」
可憐はそこで少し言葉を詰まらせる。
「野梨子だけでも助ける―――だろ?わかってるって、まかせとけよ」
まだ不満そうな悠理の横で魅録が親指を立てて余裕を見せる。
「よし!じゃあ乗り込むわよ!レッツ―――」
「待って!何か様子が変だよ、清四郎が何か言ってる」
モニターを見ていた美童が、手をかざして可憐のセリフを遮った。
「お姉様」
和子に『呼ぶな』と言われたにもかかわらず綾香は意地で呼称を変えない。
「お姉様は私と清四郎さんの結婚に反対されてますのね」
少し悲しげな面持ちで、うつむく。
「それに野梨子さんの事を、すごく気に入っていらっしゃるのね」
「勘違いなさらないで」
和子は能面のように表情を崩さない、同情は一切しない。
「確かに私は野梨子ちゃんの事を実の妹のように可愛がっているし
清四郎との結婚も望んでいるわ」
知り合ってから今までの過程で、和子は綾香の二面性を充分知り尽くしてきたつもりだ。
和子も含め、清四郎に直接関係ある人間にはあたりが良いが
そうじゃない人間や、まして敵対関係にある人間に対する態度は、目に余るものがある。
「でもあなたと清四郎の結婚に反対するのは、それだけじゃないわ」
この手の人間にははっきり言わなければわからない。
いや、はっきり言ってもわからないだろう―――。
「私はあなたという人が嫌なの、あなたの人間性に疑問を抱いているのよ」
和子は綾香をじっと見る。――ダメージを受けた様子は無い。
「こんな事は申し上げたくは無いのですけれど」
口調だけは遠慮がちだが、態度は飄々としている。
「父に頼めば菊正宗病院程度の病院、明日には無くなっていましてよ?」
日本有数の大病院を『程度』と言い切るあたり、財閥特有の厭らしさを感じる。
いや、やはり性格だろう。同じセリフを万作や百合子が言ってもきっと嫌味には聞こえない。
「それならそれで結構!例え一家が全員丸裸で放り出されても、父と私の腕があれば
菊正宗病院を再建するのはそう難しい事ではないわ」
和子は怯まない――。
この展開は細かい部分のズレを除けば、ある程度和子が予想していた展開だ。
それは父も母も同じだったのだろう。
2人ともうろたえてもいなければ、妙な茶々も入れない。
「菊正宗病院だけじゃありませんわ」
綾香は以前、飄々とした態度を崩さない。
台に肘をつき手を顎の下で組み、ほっそりした顎を乗せながら話す。
「お姉様の大事な大事な野梨子さんのお家だって、無くなるかもしれませんわよ?」
「!!」
完全に虚を突かれる―――。
野梨子に矛先が向くことはある程度予測していたが
ここまで直接的な攻撃を仕掛けてくることは計算外だった。
まさか野梨子の家の事まで『潰してもらっても結構』とは言えない。
いくら和子が頑張っても、
野梨子の両親の白鹿流茶道家元と日本画壇の巨匠の座を守り通す事は難しい―――。
「どうという事はありませんわ」
野梨子の母が凛として臨む。
「お茶とお道具があればお茶は点てれます、画材があれば絵は描けます。
地位も名誉も必要はありません。大切なのはお茶を点てる心、絵を描く心です」
口調が穏やかな分、妙に生々しい迫力がある。
野梨子の『開き直ると怖い』性格はどうやら母譲りらしい。
綾香はしばらく野梨子の母を侮蔑した目で見ていたが
分が悪いと感じたのか、やがて和子の方に視線を戻した。
綾香のような女にとって、清廉な雰囲気を持つ野梨子の母のようなタイプの女性は
鬼門なのだろう。
「よく、わかりましたわ――」
以前肘をついたまま、綾香は呟く。
「でもお姉様、肝心な事をお忘れじゃありません?」
「肝心な事?」
和子は不意を突かれた事を感づかれないよう、警戒しながら返事をする。
「清四郎さんの御気持ちですわ」
本日はここまでです
ありがとうございました
>檻
うーん!もうドキドキワクワクです!
カッコイイ和子さんに惚れました!
綾香さん、ここまでくると立派です?!
続きキボンヌ
>檻
有閑ワールドなので、なんとも凄いお見合いですねw
現実では服装からしてありえないよ〜(見合い結婚経験者)
>檻
自分も 503 と同じく、和子さん凄いイイ!! と思った。
原作での登場回数少ないけど、読んでて「さもありなん」って感じで面白い。
この調子でとばして欲しいです。
可憐の登場も楽しみだし、続き待ってます。
>檻
おい、ここで切るのっ?!
おとなしく続き待つでつよ・・・
私は野梨子の母にカンドー。実際作品で言われたら
同じように言い返しそうな感じかもw
>檻
面白い〜〜っっ。いいです、いいです!!
和子vs綾香もっと見たいような。
なにげに可憐達の行動も笑えます。続きとっても楽しみにしてます!
ちょっと短編うpします。
とりあえず4レス使用。続きます。
509 :
なにが悠理をそうさせた:03/11/17 17:17
「近頃、悠理の様子がおかしい」
そういいだしたのは魅録だった。
「おかしいってどんな風によ?」
「もともと普段からどこかおかしいのが悠理だろ」
「まぁ、悠理がまじめに勉強しだしたりしたらかえっておかしいですけどね」
「清四郎ったら、そんなことがあるわけないですわ」
笑い出す皆を前に、魅録はまじめな顔でいった。
「実はそのまさかなんだ。ここ2〜3日、授業中は居眠りもしないし、
それどころか手を上げて質問したりするんだぜ。今だってここにいないのは
多分職員室へ質問に行ってるからだと思うぜ。」
「悠理が呼び出されたわけでもないのに職員室へ行ったの?」
「ちょっと可憐、そのいいかたはあんまりなんじゃないか。気持ちはわかるけどさ」
「美童もそう思うでしょ。これが天変地異の前触れじゃなきゃいいけど」
大騒ぎする美童と可憐を横目に、清四郎と野梨子は魅録を質問攻めにしていた。
「いつごろから様子がおかしくなったんですか?
何かきっかけになるようなことは思い当たりませんか?」
「全教科ともまじめに勉強してるんですの?それとも特定の科目がありますの?」
「ちょっと待ってくれよ、そんなにいっぺんに聞かれても無理だよ。
俺だって悠理のことばっかり見てるわけじゃないんだし…」
と、たじろぐ魅録。
「それもそうよね。悠理って気まぐれだし」
「そういえば僕も悠理を職員室で見かけたよ。また呼び出されたんだと思って
声をかけなかったんだけど、あれって質問してたのかなぁ」
美童も思い当たることがあったようだ。
「相手はどの先生でしたの?」
「ほら、先月アメリカから来たっていう英会話の先生だよ。名前はえぇっと…」
「コアントロー先生なの?あの先生って若くてイケメンだからファンの子は
多いけど、悠理はそんなこと気にする子じゃないし」
考え込む可憐。
「あっ、でも悠理がおかしくなったのってちょうどコアントロー先生が
来た頃くらいからだぜ」
「それは本当ですか?」
「あぁ、こんなことでウソついても仕方ないだろ、清四郎」
「えぇっ、じゃあ悠理はコアントロー先生が好きで勉強しだしたってことですの?」
「ふぅん、悠理がねぇ」
感慨深そうに美童がいうと、野梨子や可憐も妙にしみじみとしてしまった。
「ちょっと待ってください。魅録、他の先生に対する態度はどうなんですか?」
「う〜んと、そうそう、もう一人いたぞ。悠理がよく質問する相手。
そうか、そうするとコアントロー先生を好きということはないな」
一人で納得してうなづく魅録に可憐が抗議する。
「どうしてよ、そっちの先生のことも好きなのかもしれないでしょ」
「だって政経の越野だぜ、もう一人は」
「あの寒梅に質問だって?そりゃ確かに恋愛対象外だよ」
しみじみという美童。
政経担当の越野寒梅先生は数年前に定年退職となったが、その豊富な知識を
見込まれ、現在も非常勤講師として教壇にたっている。
「清四郎も越野先生は苦手でしたわね」
「ああいう学問一筋の人の知識にはかないませんからね。
こちらは広く浅くですから」
「広く深くのくせによくいうよ」
「何かいいましたか?美童」
「ひとり言だよ」
「でもコアントロー先生と寒梅に共通点なんかあるの?
かたや若くてイケメン、かたや年寄りで頭ガチガチじゃない」
可憐の言葉に一同は考え込んでしまった。
すみません
最初の書き込み時にsage忘れました
おお、早速のホロ苦うp、作家様ありがd!
可憐に活躍してほすぃ〜。
>ホロ苦
わーありがとう!可憐綺麗だなぁ。
>檻
エッチ可憐が目に浮かびます。可×魅と
なったら嬉しいな…w
重箱の隅をつつくようでスマソですが、
野梨子ママが「点てれる」とら抜き言葉で
あったのが少し気になりました。
>檻
和子さんカコイイけど、清四郎の両親はどうしたんだぁ!w
もう少し父親の威厳を見せ付けて欲しいよー!
あそこまで言われて黙ってる父親なんて悲しい序。
>>495さんの続きです。
「魅録、どこに行くんですか?」
清四郎は、自分の目の前を無言で通り過ぎようとしていた魅録に声をかけた。
月明りでもそれとわかるベージュピンクの頭髪は、心なしか意気消沈しているように見える。
「可憐が来たからな。男の俺についてられるより、野梨子も安心すると思ってさ」
清四郎が座るベンチの前で立ち止まり、サングラスを外し、魅録はたった今思いついた
言葉を並べ立てた。
そのもっともらしい言い訳に、清四郎の胸の奥底で、マグマが少し蠢き始める。
「可憐は、様子を見に来ただけですよ。…もうそろそろ出てくるはずです」
その声は極めて冷静さを保っているように聞こえたが、魅録を見上げる眼差しは鋭く真剣である。
魅録は、背筋が冷やりとした。
清四郎は明らかに、魅録の自信のなさを見抜き、非難している。
「じゃあ、お前が戻ればいい。…俺、野梨子に、お前呼んでくるって言っといたから」
ぶっきらぼうにそう言い放つと、再びサングラスをかけ、歩き始めた。
一刻も早くこの場を立ち去りたい。
「魅録」
魅録の左肩に清四郎の右手が置かれる。
「逃げるんですか?あなたの野梨子への想いは、そんな、ちっぽけなものなんですか?」
中途半端ですが、どなたか続きお願いします。
「『想い』って何だよ。俺が野梨子を、どう思ってるって言うんだ?」
可憐の去り際の言葉が、魅録の耳の中にまだ響いている。
『もう、魅録、野梨子ひとりにしてきたの?』
そうだ、俺は、体調が悪くて、しかも泣いている野梨子をあの寂しい病室に置いてきた。
自分が居心地が悪いという理由だけで、そうした。
そんな俺に、野梨子に対する『想い』などないだろう?
「お前が行ってやればいいだろう? 俺には、……無理だ」
―清四郎の、野梨子への強い感情に勝つことは。
「野梨子が待ってるのは魅録ですよ」
「俺は待たせてねぇよ」
魅録は清四郎の言葉に間髪入れず喧嘩腰の返答をしてしまった。
しまった、と思ったがもう遅い。
清四郎は、冷たい眼差しを魅録に向け、ひと言、言った。
「わかりました。気を付けて帰ってください」
そう言われれば、魅録はもう帰るしかなかった。
もう何の言い訳もできなかった。
自分が野梨子をどう想っているか。
それを考える機会も、清四郎の視線に凍らされ、失われた気がした。
可憐はしゃくりあげる野梨子の肩を抱き、思案に暮れていた。
魅録が泣かせたわけ? それとも清四郎?
もう、なんでこう上手くいかないのよ。魅録も野梨子が好きなんじゃなかったの?
恋愛は押しなのよ、清四郎に遠慮なんかしてどうするのよ、ばか!
かちゃっ、とドアノブが回る音がした。
ああ、やっと戻ってきたわね、
「魅録――」
そこに姿を現したのは、清四郎だった。
どなたか続きよろしくです。
519さんの続きです。
魅禄―――
ドアを開けた瞬間、確かに可憐はそう言った。
そう言って、清四郎の顔を見ると気まずそうに口を噤んだのだ。
魅禄は絶対に戻ってくる。
あいつはそんなにヤワじゃない。
そう信じた可憐は二人に落ち着いて話をする場を与えるべきだと瞬時に考えた。
「清四郎、ちょっと外に出ない?」
可憐は泣きじゃくる野梨子を一度抱き締めると、そこからそっと離れる。
野梨子は両手で顔を覆ったまま、大きく頷いた。
可憐の心遣いが優しく野梨子の心に染み渡る。
これ以上誰かに心乱されて取り乱す姿を清四郎に見られたくない。
それが、清四郎を前にした素直な感想だった。
取り乱す姿さえも見せ、お互い分かり合いたいと思う相手が、幼少からずっと横にいた相手では無かったのだと、野梨子自身にもやっと解ってきたような気がする。
「魅禄……」
いまだ時折泣きじゃくりながらちいさくその名を呼んだ時、ドアが再び音を立てた。
短くてごめんなさい
どなたか続きお願いします
>ホロ苦青春編
わーい。続きが!作家の皆さんありがとうヽ(´▽`)ノ
魅×野なのはわかっているけど、いつも思うこと。
幼馴染って切ない・・・。
可憐、清四郎を幸せにしてやってくれ!
>ホロ苦青春編
タイトル通りホロ苦くなってきましたねー
1レスずつなのに見事にリレーになっていて、
展開からも目が離せない状況なのが素晴らしい!
作者さんたち、感謝感謝です。
>ホロ苦
イイ!!魅録、がんばれお前はそんなヤワじゃない!w
484タンの言うとおりあらすじ提供とかでもいいし、
(はじめのコンセプトが気軽な…だったし)
どんどん進むといいでつね。
>ホロ苦
清四郎もがんばれ! 最終的にはあんたには可憐がいる!
これからもどんどんホロ苦くなれ〜!
あ、今気付いた。519さん、30分で書いてる…
>ホロ苦
これからの可憐について。
4人の中で1人くらい余裕な人がいてもいいけど、
清四郎に押せ押せ言ってるのになんか胸にひっかかって
「恋愛は押しなのに」みたいに可憐までほろ苦く
なっちゃうのもいいなー。
>>520さんの続きです。
「なんか俺、野梨子にひどいことしてばっかだな」
ベッドサイドの椅子に腰掛けながら魅録は口を開いた。
「金沢に連れて行けば、カゼひかせちまうし。今だって……」
視線を感じ取ったのか、野梨子は慌てて顔を背ける。泣きはらした目が痛々しい。
「さんざん泣かせちまっ……」
その言葉は野梨子によって遮られた。
「魅録のせいじゃありませんわ!」
俯き加減のまま、髪で顔を隠すようにしながら、野梨子は続ける。
「元はと言えば、私が間違っていたんですわ。……魅録は全然悪くありません」
「それはちがうぜ。だいたい俺が野梨子を金沢なんかに連れて行かなきゃよかったんだ」
「どうしてそんなこと言いますの? 魅録はただ私の為を思ってしてくれただけですのに」
興奮したのか、顔を隠すのを忘れたらしい。野梨子のまっすぐな眼差しが魅録に向けられている。
(なんでそんな顔すんだよ……)
じわりと罪悪感が心に広がっていった。
「余計なことしただけだぜ、俺。……野梨子の裕也への気持ち、無茶苦茶にしちまった」
思わず口にしてしまったその名に、さすがに野梨子は黙り込んだ。
当たり前だ。こんな風に寝込むほどショックだったのだから。
責められる方がどんなにいいだろう。俺は結局、野梨子の何の役にも立てないのか。
「……信じてもらえないかもしれませんけど、裕也さんとのことは、もう私の中で、
終わっていたんですの。だから魅録に気にして欲しくありませんわ」
「なんでそんなに無理すんだよ」
どうして俺を頼らないんだよ、とは言えなかった。
(やっぱり、清四郎か)
野梨子が心を開くのは俺じゃない。それが無性に悲しかった。
どうしてこんなに心が苦しくてたまらない?
息が詰まりそうなほどの苦しさに、気づかぬうちに生まれ、そして今も大きくなる感情を嫌でも自覚する。
だからこそ、その気持ちは言えるはずもない。
野梨子をこれ以上、悲しませることなど出来ない。
どなたか続きお願いします。
>527さんの続き(可憐と清四郎サイド)
魅録の背中が病室に消えるのを見届けたあと、清四郎は
小さくため息をついた。
「可憐にはこうなることがわかってたんですか」
「……まあね」
ドアの向こうでは今ごろ、二人がぎこちない会話を交して
いることだろう。
廊下から動こうとしない清四郎に、後ろから声をかける。
「気になるだろうけど、邪魔しちゃだめよ」
「しませんよ」
そう言いながらも、視線はドアに釘付けである。
「あのねぇ」
呆れて清四郎の顔をのぞきこんだ可憐の表情が変わった。
黒い瞳が少し潤んでいるように見えたからだ。
「清四郎、あんた──」
「ごみが目に入ったんですよ」
そう言って、清四郎はそっと顔をそむける。
可憐は黙ってその隣に立ち、目の前の肩に寄り添った。
ドアはまだ開かない。
どなたか続きよろしくです。
>>520さんの続きになります。
>>527さんが魅×野なので、清×可のシーンに挑戦しました。
「じゃあね、野梨子」
可憐は、ドアの辺りでもう一度、野梨子に声をかけた。
それからゆっくりと、ドアを閉める。
最後、これから戻ってくるであろう魅録と野梨子がうまく話ができるようにと、
祈るような気持ちでドアノブを今一度握り閉め、そして離す。
「清四郎、行きましょう」
その場に立ったままの清四郎を促し、真っ暗な廊下を静かに歩き始めた。
別に、入院患者に気を使っているわけではないのに、沈黙が続く。
いつも威風堂々と歩いているはず清四郎の足音が、病院中にやけに物悲しく響き渡っている。
可憐は今までの経験から、ここであえて話し掛けないほうがいいと気付いていた。
清四郎は、胸の奥の苦しみを吐き出すことで痛みから立ち直れる人間ではない。
誰にも見られないところで胸の奥の整理をつけつつ、人前では何事もなかったかのように
振る舞い続けて時間が癒してくれるのを待つタイプである。
そんな人間が、今、言葉を失っているのである。
可憐にできるのは、ただ、側で何も言わずにいることだけのような気がした。
とりあえずはタクシーの拾えるところまで一緒に歩いてもらって、そこからは
ひとりにさせるのが一番なのではないか?
可憐は、小さくため息をついた。
…できるものなら、あたしがなんとかしてあげたい。
中途半端ですが、続きよろしくお願いします。
かぶっちゃった?
528さん、ごめんなさい。
1段目は丸々かぶっているので、脳内あぼーんお願いします。
可憐の素っ頓狂な声が、天井の高いだだっ広い空間に響いた。
「愛人契約ぅ?!」
「可憐、人聞きが悪いって」
たしなめる魅録の声は、敷き詰められた毛足の長い絨毯に吸い込まれる。
「人ったって、あたしたちしかいないじゃない」
明るいところで見ると、天寿はさっきより老けて、疲れた感じだった。
やっと天寿のそばから離れた野梨子は、奥にお茶か酒かを準備しにいっている。
ホテル街の一本裏手に入った路地の、何軒めかのビルの地下の一室。
といっても、地下にはその一室しかなく、かなりの広さがあった。
悠理が『ウロウロしてるやつら』がいないか、びくびくしながら
魅録のジャケットの裾を引っ張りつつ歩いた階段と廊下の暗さを思うと、
分厚い一枚板の扉の向こうは、冗談のように明るかった。
「いや可憐さん、私、妻は居ませんのでね、恋人、ですよ」
天寿は深々とソファに腰掛けてリラックスした様子だ。
上品な英国調の壁紙、天井にはクリスタルのシャンデリアが下がり、
ゆったりと充分間を取って、上等なビロード張りのソファが
向かい合わせに何十組か対をなして並んでいた。
で、その各々のソファの間には、これまた上等な分厚い一枚板の、
…碁盤。
「…月何回いくら、とか?」
真面目な顔で尋ねた悠理の後頭部を無言で一回ぱちんと叩き、
魅録は足下のずっしりと重そうな碁盤を撫でながら言った。
「やっぱり、これ関係で知り合ったんですか?」
天寿はいかにもうれしそうに笑った。
先月やった碁の大会の、女の部で優勝した野梨子に、
その大会のお偉いさんだった天寿のおっさんが一目惚れして、
そんで無理に対戦を申し込んで、もしおっさんが勝ったら、
しばらく付き合ってくれって話だったんだって。
で、野梨子が負けて、3ヶ月、付き合ってんだって。
…って、碁、やるだけだよ。
お前みたいに、お前が考えてるようなこととか、援助交際とかじゃないからな。
それにしても野梨子が負けるんだから、おっさん、相当うまいんだな。
この時点までの情報として、あとになって悠理は美童にそう説明した。
大分はしょってはいるが、まあ、これでだいたい正しい。
野梨子は手慣れた様子で三人と自分に酒を出し、天寿には湯呑みを手渡した。
そして自然に天寿の傍らに収まる。
…なんかある。
可憐も魅録も悠理も、野梨子の天寿に対する妙に献身的かつ
馴れ馴れしい態度に、裏に何か隠している怪しさを感じていた。
疑問も質問も次々に湧き出てくるのだが、しかし、積極的に口を開けない。
なぜなら、さっき路地で遭遇した瞬間から、野梨子が『何も聞くな』と
大書きされた顔で三人を牽制し続けているからである。
つぶらで清楚で美しいと評される黒目がちのその瞳が、
圧倒的な威圧感を持って三人が言葉を発するたびにその方向を射る。
ただしその口元は優しく笑ったままで。
―この子、やっぱり怖い…。
―よかった、俺、こいつと友達で。
―こいつ、絶対かーちゃんみたいになる。
このビルは天寿の持ち物で、この部屋は趣味の碁をいつでも打てるように
特に豪華に手をかけて作ったこと、本当は畳の上で打ちたいが、
足が悪くなって正座が出来ないこと、野梨子が『対局に』付き合うようになって
若返った気がすること、もう、ひとりの身寄りもないこと。
天寿は新しい友達が出来て嬉しい、と言わんばかりに気さくで饒舌に喋った。
話も上手く、頭の中に無数の疑問符さえなければかなり楽しい時間だった。
―どっちにしろ、『関係』があるわけではないわけね。
―よかった、肝心な部分は嘘ってことだよな。
―やっちゃってはないんだな、あ、ほっとしたら眠くなってきた…。
その一点はどうやら確実なようで、三人はそれぞれ安心した。
「…実は野梨子は、昔の恋人によく似てるんです。初めて会った時、すごく驚いてね。
もっとも、彼女は碁など打ちませんでしたがね」
話が一段落すると、天寿はおもむろに、少し恥ずかしげに言った。
写真を見ますか、とジャケットの内ポケットを探り始める。
その様子を見つつ、可憐はもう一度状況を復習していた。
この場所にビル持ってるってことは、『金持ち』よね。で、『身寄りがない』のよね。
で、『野梨子にベタ惚れ』なのよね。…なるほど、(以下自主規制)。
ああ、それにしても野梨子、あたしがもっと巧く化粧してあげるのに!
一方、魅録は一種の感慨に耽っていた。
美童や悠理のそっくりさんに続いて、野梨子のそっくりさんまで見られるのか。
有閑倶楽部やってると、なんでこう珍しいことばかりに遭遇するんだろう。
よかったのか、悪かったのか、は、今はまだ分からないな。
野梨子、なにをまだ隠してんだよ。ちっきしょー、問い詰めてえ!
悠理は天寿と野梨子を見比べながら、鼻をぴくぴくさせた。
野梨子の態度は怪しい。睨みも怪しい。天寿のおっさんも、なんか怪しい。
それくらいのことならあたいらに内緒じゃなくてもいいじゃんか。
…もしかして、事件の予感? うわ、ちょっと楽しくなってきたぞ!
「ああ、ありましたよ」
天寿が、一枚の写真を碁盤の上に置いた。
三人は思わず身を乗り出した。一瞬、誰も声が出ない。
「…え…」
やっと開きかけた悠理の口の動きを、野梨子が目で止めた。
その写真に写った女性は、
野梨子にはまったく、似ても似つかなかった。
結局ひとりで最後まで一升瓶を空けてしまった清四郎は、
薄明るくなりかけた町内を、酔い醒ましの散歩をしていた。
美童と添い寝するわけにもいかないし、かといって床で眠るには寒いし。
と、清四郎は夜通し起きていたが、それはただの自分への言い訳で、
おそらく目の前にふかふかの羽布団が用意してあったとしても眠れなかっただろう。
『野梨子をもらう』
どう反応すればよかったのか、今でも分からない。
野梨子、と、その名前だけが清四郎の頭の中にぽかんと浮かんでいた。
町内を一周して、白鹿邸の裏手に差し掛かった時、よく知った二人の友人が見えた。
うちひとりは、今まさに思っていた名前の持ち主だったが、
その外見は、見たことのない、しかし噂ではよく聞いている派手な姿だった。
清四郎は、二人から思わず身を隠した。
電柱の向こうから、声だけが聞こえる。
「…か。これも清四郎には内緒だな」
「清四郎に秘密が増えてしまって、なんだか…」
「いいんじゃねえか。心配させるよりは」
「そうですわよね」
「明日、またさっきのとこまで迎えにくるから」
恐る恐る様子を窺うと、魅録が野梨子の髪に手を触れている所で、
清四郎は、再び素早く身を隠した。どきどきしている。
「じゃあな、楽しかったぜ。ああ、眠みぃ。お前が寝かせてくんねえからさ」
「もう、意地悪ですわね、魅録。気をつけてお帰りくださいね」
いかにも親密に笑い合う声が聞こえる。
…いや、親しいのは当然なのだが、今の清四郎にそのことに気付く余裕はない。
意を決して清四郎が再度電柱の陰から顔を出すと、もう野梨子は邸内に消えており、
魅録も向こう側の角を曲がるところだった。
どういうことだ。
野梨子は魅録と夜中に遊び回っていたのか?
僕に内緒で、か? 『寝かせてくれない』って何だ?
ちょっと待て、落ち着け、落ち着け、自分。
………魅録があんな格好をさせているのか?
いやいや、だから落ち着け、自分…。
落ち着け、と自らに言い聞かせるほど、どんどん落ち着きを失う清四郎の姿、
それは大変珍しく、きっと仲間たちが見ていたらその場で腹がよじれるほど笑い、
そのあと一生語りぐさにしただろう。
残念な(清四郎には幸運な)ことに誰もそれを目にすることはできなかったのだが。
今回は以上です。お邪魔しました。
あやうく又サンドイッチしそうになってしまいました。
リロードしてよかった。すぐお後に失礼します。
「雨がボクを狂わせるので」うpします。
有閑メンバー総汚れなので、お嫌いな方はスルーお願いします。
>>490 清四郎はガラス越しに、友人が歩いてくる姿を観察した。
真っ白なスカートに白いブラウス、七分丈のカーディガンを合わせている。
柔らかくうねる髪を首を傾けて横に払う仕草は、スマートだが、どこか物憂げだった。
彼女がドアを押して入ってくると、無人に近い巨大なガラス張りのビルに、
彼女の靴音だけがカッカッカッと響いた。
バブル時代に建設されたものの、施主が不渡りを出し、誰も買い手がつかないまま
放置されたビルである。剣菱万作がほんの気紛れで購入したらしい。
とは言っても何の用途に使うわけでもなく、ただ一週間に一回の掃除が入る他は
手つかずのままだった。
狂乱の時代の産物らしく、円形のビルの外壁は全てガラスで構成され、
明るい陽射しを素直に受け入れるようになっていた。
ガラス以外の壁や柱、天井その他は全て白く塗られている。
ビルの中央は一番上まで吹き抜けになっていて、外壁に沿うようにして、
二階から五階までの店鋪向けに作られた各フロアが西と東に設置されたエスカレータで
つながれていた。むろんエスカレータは休眠状態である。
可憐がこちらに向かってくると、清四郎も迎え入れるように彼女に近づいた。
彼も白いズボンに白いシャツ、白いネクタイを合わせている。
「早いですね。一番乗りですよ、可憐。」
やや顔を強ばらせた可憐は少し微笑んだ。そして、ふっと息を吐く。
「今日のことが気になって眠れなかったのよ。それから一番乗りは清四郎でしょ。
それに……。」
清四郎の背後をちらっと見る。
「美童も。」
可憐が入ってきたのとは真逆の方向に太い柱がある。その柱の向こうに長い金髪が
見え隠れしていた。清四郎はちらっと背後を振り返ったが、すぐに可憐に向き直った。
「お次が来たようですね。」
ドアが開くと同時に微かなハードロックの音が聞こえてくる。
白いTシャツに白いオーバーオール。耳につけたヘッドフォンから音楽が漏れ出して
いる。彼女のスニーカーにはローラーがついているようで、スイーッとすべるように
二人の元にやってくる。
「おっす。」「いらっしゃい。」
にこやかに清四郎は悠理を迎えた。可憐は少し恥ずかしそうに「久しぶりね」と
悠理に話しかける。悠理は可憐を見て照れたように笑ったが、特に言葉はない。
その代わり、清四郎に
「これだけ?他のやつらは?」と聞く。
「ええ、まだ。魅録から何か聞いてますか?」
清四郎がそれだけ言うと、二階のバルコニーから一階に向かって身を乗り出している
人物がいる。
「俺ならここにいるぜ。」
魅録はピンク色の頭を軽く振りながら、眠ったエスカレータを駆け降りてくる。
あっという間に清四郎達の前までやってきた。
「実を言えば俺が一番乗りというわけ。久しぶりだな、可憐、悠理。」
魅録と清四郎の視線が一瞬合って―――離れる。
「あとは野梨子だけか。来ないのか?」
彼も白いズボンに白いシャツを着て、第二ボタンまで開けている。
「いや……。」
そう言ったまま沈黙する清四郎に皆の視線が集まる。そして、そのはるか後方にいる
美童にも。あるものは切なく、あるものは穏やかに、あるものは厳しく、
そして一様に問いたげな目つきで見ている。
ドアが開いた。コツン、コツン、コツンというゆっくりとした足音が近づいてくる。
清四郎達は黙って、その人物を待つ。
やがて、彼女は清四郎の前に立つと、背の高い幼なじみを見上げ、口を開いた。
「遅くなりましたわ。」
澄んだ瞳の彼女に清四郎は些か腑に落ちない顔をしたが、頷いて皆の顔を見回した。
「それでは、全員集まったので始めましょう。」
フロアの中央に用意されたパイプ椅子に各自座った。パイプ椅子は全部で六脚、
円を描くように並べられている。椅子が一つ空いている。その椅子の主は相変わらず、
向こう側の柱の陰に隠れている。
美童に背中を向けるようにして清四郎が座り、その右隣に可憐、左隣に魅録が座る。
可憐の隣には悠理、そして魅録から一つ置いた席に野梨子が座った。
野梨子は清四郎と対峙する形になる。皆が席についたのを見回してから、清四郎は切り出した。
「電話で話した通り、今日集まってもらったのは、美童の最近の事情とその対処について
話し合うため、です。」
「これは彼個人の、非常にプライベートな問題であり、且つ彼の内面に関する事柄で、
話し合いというのはそぐわないと思うのですが、」
清四郎はゆっくりと、一人一人の顔を見ながら、話を進めている。
「そうも言ってられなくなってきました。ここは一つ、この問題を共有している『我々』
で、事態の打開を計りたいと思います。」
そこで一旦言葉を切る。一瞬の沈黙の後、可憐の椅子がガタンと鳴った。
可憐は信じられないといった顔をしている。
「……ちょっと待ってよ。問題を共有しているってどういうこと?我々?私が悩んで
ることと同じことで皆悩んでるってこと?」
「少なくとも俺はそうだぜ。それと、野梨子も、だよな?」
魅録が腕組みをし、押し殺した表情で答える。可憐は強ばった顔で野梨子を見た。
野梨子は魅録の顔を見て微笑した。魅録は悠理を見る。
魅録の無言の問いかけに疲れた顔で悠理は頷いた。魅録はじっと悠理を見て瞬きする。
それから視線を床に向け、隣にいる清四郎に、顔を向けずに問いかけた。
「清四郎、お前はどうなんだよ。」
「僕も皆と立場は同じです。」
可憐が、悠理が、清四郎を見た。清四郎は無表情に野梨子に視線をやる。
野梨子はじっと清四郎の視線に答えた。
腕組みをしたまま、視線を落とした魅録はやはり清四郎の顔を見ずに呟いた。
「そっか。」
陽が高くなってきた。悠理はまばゆい光りが落ちてくる天井を見上げた。
ガラス張りの屋内は熱せられ、室温が上昇していく。無性に暑かった。
ずっと話続けている清四郎の額にも汗が浮かんでいる。
「……と、いうわけで、その心理学者の先生の家に行ってきました。美童がもしかしたら
簡単な暗示にでもかかっているのではないかと思ったんです。が、結論から言えば
違いました。」
「暗示じゃなかったんだ。」
悠理が呟く。清四郎は首を振った。
「美童がそこを訪れた日、先生は何らかの用で留守だったんです。だから暗示を与える
ことはできなかった。その代わり、先生のお姉さんに当たる中年のご夫人がいて、
美童の相手をしたようなんです。」
可憐は中年の婦人と聞いて、ふっくらとした色白の優しい笑顔の女性を思い浮かべる。
「やや体格のよい、50代後半の女性で、人のいいおばちゃん、といったタイプの方
でした。話の面白い方で、美童とも2、3時間話し込んだそうです。」
やや低めの落ち着いた声。熱く入れられた紅茶。大きなガラスのティーポットの中で
湯を注がれた茶葉がぐるぐる踊る。踊る。踊る。
大皿に盛られた手作りのクッキー。バターのいい匂いが漂っていて……。
「……れん?可憐?」
ハッとして可憐は我に返った。あわてて聞く体勢に戻る。
「美童とはすごく話が合ったそうで、恋の話などする内に、彼に相談されたそうなんです。
『僕は相手にとても尽くすのに、最後には結局捨てられてしまうのは何故だろう』と」
悠理が狐につままれたような顔になったのを、魅録は見ていた。
悠理の気持ちが手に取るようにわかる。デ・ジャ・ブ。既視感。
これと同じような場面がどこかで……。
「彼女は言った。『尽くすと言っても、美童くんは、自分の好きなように尽くしてる
んじゃないの?本当に相手のためを思うなら、相手のことをよく知って、本当に相手が
望むことをしてあげなきゃ。』彼女がそう言うと、」
(「そ、そんなことはわかっていますってば!」)
可憐は瞳を見開いた。
笑い声。カップをソーサーに置く音。憤慨した美童の声。
彼が軽くテーブルを叩いたら、カップが揺れて紅茶が零れ……。
清四郎が話続けている。
「美童は興奮して『そんなことはわかってます!』とテーブルを叩き、紅茶が零れて」
あわてて美童が揺れるカップを押さえた。
「美童、お前なー、痛いところを突かれたからって興奮するなよ。」
魅録の声に美童はシュンとなる。野梨子が手早く布巾でテーブルを拭いている。
紅茶が零れて絨毯に染みを作った。恐縮して可憐が婦人に謝る。低く落ち着いた声が
「いいのよ、気にしないで」
と言っている。悠理、悠理は―――クッキーを頬張るのに夢中で紅茶が零れたことなぞ
気にしてないようである。清四郎は雲行き怪しい空を窓からちらりと見た。
悠理はテーブルの上で湯気の立つ紅茶のカップを見て思う。
これ、母ちゃんのお気に入りのカップと同じ奴だ。
美麗なローズの柄のカップが、一、二、三、四、五、六、七脚。七脚。
七脚―――。
可憐の叫ぶ声に魅録は現実に引き戻された。
「どういうことよ、清四郎。私、知ってる。美童と先生のお姉さんとの会話も、その時
出た紅茶のカップも、皆知ってる。どういうこと?」
「私達も、美童と一緒に先生のお宅に伺ったんですのね。」
静かに野梨子が言う。
魅録は頭を何かに殴られた気がした。悠理が頷く。
「そうだよな。あたしもカップの柄まで覚えてるもん。一緒に行ったんだろうな。」
「そんなに簡単に納得しないでよ!今の今までそんなこと忘れてたのに……。
それに、それに、美童が暗示を受けたかもしれない家にあたし達も行ったって、
それは……どういうこと、まさか……。」
魅録は突然周囲の音が聞こえなくなった。ただ一人、暗闇の中に取り残される。
清四郎の声だけが暗闇に響いた。
「可憐が考えている通りです。暗示を受けたのは僕達だったんです。」
〜〜〜〜〜〜〜つづく〜
>ホロ苦い
今夜も活発でいいですね!かぶりだってイエーイ!
もう可憐に清四郎を引きずっていって欲しい!
>白鹿野梨子の貞操を〜
ちょっと!面白いでつ!どうしよう、最近本スレ面白杉!
>白鹿野梨子の貞操を〜
>魅録のセリフ「ああ、眠みぃ。お前が寝かせてくんねえからさ」
に萌え〜w
これから魅録が野梨子の送り迎えをするんでつね。
ますます親密になって行く二人に清四郎大混乱とかw
作者様、続き何卒お願いしまつm(__)m
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
おぉぉ、寝る前に寄ったらUPされている〜。感激。
慌てふためく清四郎に萌え!
まだまだ謎がありそうな野梨子の態度にも興味津々。
なるべく早く続きキボーン。
>貞操を狙え!
》いやいや、だから落ち着け、自分…。
動転する清四郎に禿藁。かわいいぞ!
>雨
ついに謎解きが!!
主観がくるくる変わって読んでるこちらも眩暈がしそうでつ。
白装束の4人と服装の描写のない2人。
どんな意味が隠されているんだろう〜。気になる気になる気になる…。
>白鹿野梨子の貞操を狙え!
もしかして3人のダービーレースになったりするの?!
誰が白鹿野梨子の貞操を奪うのか?!なんて展開に。
うぉぉぉー!こんな真夜中に妄想が止まらないョ。
>雨
いよいよクライマックス!?
どんなラストになるのか想像もつかない。楽しみなような怖いような・・・
続きです。 4レス使用。
>>512 次の日も、またその次の日も悠理は生徒会室に姿を見せなかった。
「いったいどうしちゃったのかしらね。コアントロー先生だけじゃなくて
越野にもくっついてるってことは恋愛感情があるわけじゃなさそうだし」
「あら、可憐はまだわかりませんの?」
「恋愛以外のこととなると鈍くなるんですかね」
秀才2人にからかわれてむっとする可憐。
「何よ、それじゃああんたたちにはわかるっていうの?」
「もちろんですわ、ねぇ、清四郎」
「えぇ、ポイントは2人の先生の担当教科ですよ。英会話と政経、このことと
悠理の立場を考えれば答えは自然にでできますよ」
「つまり悠理が剣菱財閥令嬢である自分の立場を自覚したといいたいのか」
それまで黙って話を聞いていた魅録が口をはさむ。
「そう考えるのが自然だといってるんです。大体悠理はいままで自覚が
なさすぎましたからね。これで少しはおじさんたちも安心するでしょう」
「それじゃあ、悠理が今日から一週間学校を休むのはどういうわけなんだ?」
「休むって悠理が?なにかあったの?」
「俺に聞かれてもわからんよ。今日、担任がそういったんだよ。
悠理は一週間くらい欠席するって」
「悠理ならきのう家に来たよ」
そのとき、部屋に入ってきた美童の言葉に一同騒然とする。
「じゃあ、美童は悠理の欠席の理由を知ってますの?」
「あぁ、知ってる。でも悠理と約束したから話すわけにはいかないよ」
「で、悠理はどこへ行ったんですか?」
「悪いけどそれもいえない。とにかく一週間したら帰ってくるよ」
女性との約束は、例え相手が悠理であっても守り通す美童に
他の4人はそれ以上追及するのをあきらめるしかなかった。
数日後、自室でエクササイズに励む可憐の携帯が鳴った。
「もしもし、あぁ、野梨子。えっ?悠理が?TVがどうしたって?」
「ですから今すぐNHKを見てくださいな。悠理が写ってますのよ」
話が見えないまま可憐がTVをつけるとそこには確かに悠理がいた。
そして彼女の隣で誇らしげに微笑んでいるのは…
「シュワルツネッガーじゃないの。一体これはどういうこと?」
「だから悠理はずっと彼の知事選を応援していましたのよ。
それで就任式に招待されたというわけですの」
「そうか、じゃあ英会話と政経の勉強はそのためだったのね。
可愛いとこあるじゃないの」
「美童のお父様にもいろいろと聞いていたらしいですわ。おじさまは
駐日大使の前は駐米大使をしてらしたそうですから」
「それで美童がしってたわけね。でもこんな風にTVに写って
学校のほうは大丈夫なのかしら」
「それがどうも越野先生が渡米を勧めたらしいですわ。
いい勉強になるからっておっしゃって」
悠理の帰国が明日になることを告げて野梨子は電話を切った。
2日後、悠理が久しぶりに生徒会室に姿を現した。
「お帰り、悠理、楽しかったかい?」
「シュワちゃんにキスくらいしてもらったの?」
美童と可憐が声をかけるが、返事がない。
「どうしましたの、悠理。どこか具合でも悪いんですの?」
「まだ時差ぼけがとれないんじゃないですか?」
野梨子と清四郎の言葉にも反応せず、ぐったりと椅子に座り込む悠理。
いぶかしげに見守る4人に悠理の後から入ってきた魅録が
笑いながら説明する。
「悠理が元気がないのは寒梅のせいだよ。アメリカの知事選について
レポート提出だとさ」
「畜生、あいつやけに一生懸命アメリカ行きを勧めたと思ったら
最初からあたいに勉強させるのが目的だったんだ。感謝して損した」
机につっぷしてぼやく悠理。
「みんなにだまってコソコソ行動するからバチが当たったんですわ。
野梨子がそういうと生徒会室に笑い声が広がった。 おわり
>>104の続きです。
一週間後、剣菱邸、午後10時。
清四郎は悠理に呼び出され、メイドの案内で数ある応接間のひとつに向かっている。
『とにかく来てくれ』と、悠理らしく説明が少なく、悠理らしからぬ深刻そうな声に取る
ものもとりあえず駆けつけた。
「清四郎、突然呼び出して、悪かったな」
悠理は、いつかの日のようにロッキングチェアを揺らしていたが、ドアが開いて清四郎が
入ってくると立ち上がった。
「いいえ。でも、何ですか?」
ソファに座っている、見知らぬ先客に視線を向け、それから悠理を見る。
「こいつ、魅録の北中ん時の後輩で、今は北高3年の村重っていうヤツなんだけど」
紹介の言葉と同時にその男は立ち上がり、清四郎に頭を下げる。
「初めまして。村重です」
「で、お前、蔵守って知ってるよな」
悠理が、ある男の名前を出した。
都立北高校生徒会長蔵守。
学校が違えども同じ生徒会長ということで、蔵守とはそれなりに付き合いがある。
「で、北高の人間が、何故僕に?」
言葉こそ皮肉めいていたが、村重の状況がわかっていた。
清四郎が『高校生狩り』について調べだしたのは、聖プレジデントの生徒一人が被害に
あったことが明らかになってからである。
可憐への想いを断ち切らなければということもあって、珍しくのめりこむように情報を集めた。
しかし、なかなか糸口が見えてこない。
そんな中、ふと耳に入った内部分裂の噂が気になり、そちらも同時に調べることにした。
都立で、学力及びスポーツで一、二を争うといわれる北高。
そこで、成績学年トップでそれなりに人望もあり、教職員の横槍なしに生徒会長になった
蔵守に対抗する勢力が大きくなっていた。
その頭目が目の前にいる村重。
いったいどんな人物だろうかと思っていたが、実際に会ってみると正直なところ、
『魅録』としかいいようがない。
成績は上の中というところで、運動神経がずば抜けていて、喧嘩に強いという情報も
そうだが、何よりも村重が持つ雰囲気が『魅録』なのだ。
おそらく、村重は自分でどうこうするタイプではなかろう。
ごく自然に、自分の周りに人が集まってしまったのだ。
その結果、自分の学校の生徒会長が暴走している。
あれ、swayさん、これでうpオワーリ?
「ほんとは、俺、魅録さんの手伝いをしてたんですけど…」
村重は、沈痛な面持ちで口を開いた。
「わかってます。あまりにも、多すぎるというわけですね」
魅録が聖プレジデントに来たのは、高等部からである。
「多分、ショックが大きいと思うんです。俺も、そうでしたから…」
村重はうなだれたままである。
本来は長身で筋肉質の男が、ひ弱な少年のように見える。
「明日、でいいですか?」
清四郎が訊く。
「お願いします」
すいません、うpの途中でアクセスできなくなってしまって、
今、やっと戻れました。迷惑かけてすみません。
『Sway』まだ、続きます。
すいません、もう少しうpさせてください。
「ほんと、溜まってるなあ。ずっと、放ったらかしだったからな」
テーブルの上に山積みになった書類を前に、悠理はうんざりといった表情である。
「仕方ありませんわね。でも、25日には全てのクラブ活動の部長会議がありますから、
それまでにこれらをまとめておきませんと」
野梨子は、その場にいる一人一人にほぼ均等に書類を手渡していく。
「で、肝心の人物がここにいないのは何でなんだ?俺、用事あるからこんなにたくさん
こなせないんだけどなあ」
今日、魅録は不覚にも、ホームルーム直後に悠理に捕まってしまった。
ここのところ『高校生狩り』絡みの情報収集に忙しく、可憐のボディガードをする以外は
単独行動を取っている。
学校外の横のつながりをフルに使って調査し、ようやく馬鹿どものパターンが見えてきた
ところである。
今日は、そのことで久しぶりに村重にも会うことになっている。
正直なところ、ここで時間を潰せない。
「ごめんなさいね、魅録。美童にもデートをキャンセルしてもらってますの。魅録だけ
特別扱いするわけにはいきませんわ」
野梨子がいつもの取り澄ました顔でさらりと言った。
「そうだよ、それでなくても、最近ほとんど顔出さなかったくせに」
美童まで、便乗して文句を言ってきた。
可憐は、魅録同様顔を出さなかった分、口を挟むことができない。
何も言わない悠理の表情が、妙に不気味に感じられる。
「わかったよ」
魅録は抵抗をやめ、渋々受け取った資料を読み始めた。
あとの4人も、一旦仕事モードになると、その場の全員がいつになく真面目に取組み始めた。
余分な話をせず、資料を読んではそれについて意見交換しているうちに外が暗くなってくる。
「腹減った。残りは明日にしようぜ」
悠理の声に窓際の壁掛け時計を見ると、7時半になっていた。
「野梨子、うちの車乗っていけよ」
清四郎なしで野梨子をこの時間に一人歩かせるほど、悠理は友達がいのない人間でない。
「すみません、悠理」
野梨子は手際よくテーブルの上を片付けている。
「おい、美童、もしもってことがあるから、お前も乗ってくか?」
冗談っぽい口調だが、腕に全く覚えのない美童を気遣ってのことである。
「頼むよ。今ごろ多分、うちの車出てっちゃってるから」
急いで自分の荷物を持って、美童は2人の後ろをついていった。
「帰ろっか、俺らも」
美童が出て行ってドアがバタンと閉まった後、魅録はポツリを呟いた。
「魅録、用事あるならいいわよ。そんな心配してくれなくても、大丈夫よ」
可憐はカバンを手にし、出て行こうとする。
「そんなこと、言わないでくれ」
魅録は部室の電気を消してドアに鍵をかけ、二人は真っ暗になってしまった校内を歩く。
「最近のアイツら、よくわかんないよな」
ふいに、魅録が話し掛けてくる。
「どうしたの?」
可憐は、魅録と普通に会話を交わせるようになっていた。
「今までになかった組み合わせじゃねえか」
その声音にどこか寂しさを感じ、ちょっとからかい気味に言ってみる。
「魅録も仲間に入れて欲しいんだ」
「そういうことじゃないんだけどさ」
魅録には、何かが引っかかっていた。
ただ、それは漠然としていて、故に言葉で説明できないのだが。
「あたしも、気にならないとは言わないわ。でも、今はあれこれ言っちゃいけない気が
するの。アイツらにはいろいろと迷惑かけたし…」
可憐は立ち止まって少しの間地面を見つめ、何かを振り切るように勢いよく顔を上げる。
二人は、魅録がバイクを置いてある場所に着いていた。
今日のうpは以上です。また、続きます。
スゴイスゴイ!レス進みすぎ。感無量でつ。
>ほろ苦
野梨子が泣く理由に早く魅録が気付いてほしい。
でも気付いて欲しくないw
>貞操
貞操作者さまは、文章の運びも然ることながら
セリフ回しが原作らしくて好きです。すごく「ぽい」!
>雨
暗示???怖いです。
するする謎が解けて行くのがまた、目が離せません。
>Sway
魅録の可憐を守りたい気持ちがすごく伝わってきます。
清四郎派だったはずなのに今は絶対魅×可w
長文スマソ。
>Sway
待ッテタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
続きがすごく気になってたので再開オメです。
次のうp待ってます!
>>529さんの続きです
清四郎の視線は、ドアを見つめたまま動かない。
「……」「……」
彼の心は、いつも自分の側にいたひとりの少女で満たされている。
ある意味で言えば、これからもずっと側に居続けるのだろう。でも。
彼女の心の傾きを知っていながらにして、それが出来るのだろうか?
幼馴染みとして。
それ以上でも、それ以下でもない。成り得ないのだ。
自分だけが乗り越えようとして、その先を見てみたら。
野梨子はするりと抜けて外を見ていた。
僕には、「幼馴染み」の枠組みと、知ってしまった苦さだけが残る───
「…可憐」「…?」
「幼馴染みって、お互いを想うバランスがきっと、大切なんでしょうね」「…そう、ね」
「可憐、僕は…」
もしも。
もしも僕らが、幼馴染みでなかったなら?
ただ見知らぬ2人として出会っていたら?
──それは愚問だ。
もしそうなら、僕は野梨子を想っていない。
幼馴染みだからこそ、ずっと見続けてきたからこそ。
これからもずっとずっと、そうしていく事を望んでいたんだ──
澄んだ瞳に宿る脆さ。綺麗だと、可憐は思う。こんな清四郎は、あたししか知らない。
そう思うと自然に、唇から言葉が零れていた。
「…あたしがいるじゃない」
どなたか続きお願いします。
>ホロ苦
>「…あたしがいるじゃない」
可憐イイ!(≧∇≦)b
清可も動き始めましたね。続きが楽しみだ〜!
>なにが悠理をそうさせた
悠理が勉強に打ち込むのはシュワちゃんのためかぁ(W
ルシアンの部屋に忍び込んで歯磨き盗んだ悠理は、今度もシュワちゃんから
何か取ってきてるかも・・・W
>sway
まだ清×可なのか魅×可なのか決着がついてない・・・。
作者さん焦らし過ぎ!もぉ〜〜。
清四郎ガンガレ!
>ホロ苦い
清四郎が野梨子への想いを振り切って、可憐の元へ行くのはいつの日か。
可憐ははっきりしない清四郎にジレジレされてほしい!
誰か新鮮なカポーで美味しいRよろしく〜!
希望Wはカエサル王子×可憐、チチ×魅録、ミュスカ×美童。
中には無理矢理カポーもあるが・・・。
>>572 カエサルはたくさん婚約者がいたから、何げにテクニシャンかもね。
チチ×魅録は若い情熱が燃え上がりそう……イエイ!
ミュスカ×美童はミュスカに惚れた美童が、お姉様を泣き落として
ベッドへ……てシチュはいかが?
>カエサルはたくさん婚約者がいたから、何げにテクニシャンかもね
うぉぉ…読みたい……!
チチとミュスカが前ってことは攻めは女性の方でつか?(w
>572-573
今まで出てなかったネタだけど、そういうのも面白そうだね。
つっても私は文才ないので、どなたかヨロシクです。
クレクレ厨でスマソ
カエサルじゃなくてカサルだった。間違えてゴメン。
うぶな顔してテクニシャン王子とテクな顔して生娘可憐。
「王子ったら・・・、私初めてなのに、こんなところをイヤン」
ってな感じ?朝からスマソ
>576
朝だろうが昼だろうが、その気になった時が
妄想タイムw
その続きで頑張ってくれー
>>501の続きです
野梨子は考えていた。
綾香は自分が気に入らない。
『野梨子がこう言ったから』『野梨子がああいう行動を取ったから』ではなく
『清四郎の婚約者』というだけで、存在自体が気に入らない。
現に見合いが始まって以来、野梨子自身は挨拶しかしていないのに
その攻撃は野梨子の母を脅迫するにまで至っている。
このまま野梨子がここにいたとして
事態が悪化することはあっても好転することは無いだろう。
自分を頼ってくれた和子や清四郎の両親には申し訳ないと思うが
今は自分の存在自体が綾香の攻撃を増長させ、足枷となっている。
『この場は一旦退席するのが良し』――野梨子はそう判断した。
だがそう思う一方でこの場を離れたら、清四郎に永遠に会えなくなるような気がしていた。
隣に住み、同じ学校に通い、物心ついてから1ヶ月と離れた事は無いのに
何を馬鹿な事をと頭では思うが、野梨子の勘が『もう会えなくなるかもしれない』
と警告を告げている。
冷静な判断を選ぶべきか、勘を信じるべきか―――。
しばらくの間悩んだが、やはり冷静な判断を取る。
このままここにいても悪循環の繰り返しだ。
決意をして立ち上がろうとしたその瞬間
―――隣にいた清四郎に手を捕まれた。
「え?」
和子は思わず拍子抜けして聞き返してしまう。
「清四郎さんの御気持ちですわ」
綾香は別段気を悪くした様子も無く、相変わらず飄々とした調子で同じセリフを繰り返した。
「いくら外野が反対しても、結婚するのは清四郎さんでしょう?
結婚は本人の自由な意思で行うものですもの」
―――信じ難い事実だがこの言い方から察するに、綾香は清四郎が間違いなく
自分を選んでくれると思っている。
ここまで自信過剰な綾香を見ると、怒りを通り越して哀れにさえ思えてくる。
「そうね」
和子の筋書きでは清四郎に気持ちを告白させるのは
いよいよどうにもならなくなった時の最終手段として考えていた。
清四郎自身が自分の口から強引に断れば、綾香は必ず清四郎に報復措置を下すだろう。
生意気だろうが、喧嘩ばかりしようが、和子にとって清四郎は
やはりたった一人の血を分けた弟だ。そんな目には遭わせたくは無い。
和子一人が矢面に立ち、それで事が済めばそれに越した事はないと思っていた。
だが綾香の方からそれを望めば話は別だ。
綾香自ら破滅へのフィナーレを飾るお膳立てをしてくれるならば、それは願ったり叶ったりだ。
機は熟した―――和子はこの瞬間、勝利を確信する。
「言ってお上げなさいな清四郎!あなたの本当の気持ちを」
捕まれた手から清四郎の気持ちが流れ込んでくるような気がする――。
立ち上がろうとして清四郎に手を捕まれてから
そのまま離さずにずっと手をつないでいる。
台の下で手をつないでいるので、誰にも気付かれていない。
『手を握られている』―――ただそれだけで
小夜子の事、綾香の事―――今までの不安が嘘のように吹き飛ぶ。
『何を不安に思っていたんだろう?』
今はそんな風にさえ思えてくるから不思議だ。
野梨子の目前では、綾香が清四郎本人に気持ちを聞こうと和子に詰め寄っていた。
捕まれた手から清四郎の気持ちが流れ込んでくるような気がする――。
立ち上がろうとして清四郎に手を捕まれてから
そのまま離さずにずっと手をつないでいる。
台の下で手をつないでいるので、誰にも気付かれていない。
『手を握られている』―――ただそれだけで
小夜子の事、綾香の事―――今までの不安が嘘のように吹き飛ぶ。
『何を不安に思っていたんだろう?』
今はそんな風にさえ思えてくるから不思議だ。
野梨子の目前では、綾香が清四郎本人に気持ちを聞こうと和子に詰め寄っていた。
「言ってお上げなさいな清四郎!あなたの本当の気持ちを」
きっとお見合いはもうすぐ幕を閉じるだろう。
清四郎が自らの手で終わらせてくれる。
今なら―――信じられる。
つながれていた清四郎の手が離れる――。
明日は土曜日、みんなを家へ呼んで自分の料理を振舞おう――。
清四郎の両親と、和子と、悠理達も呼んで。
可憐はきっとこのお見合いの事を心配しているだろう。
心配をかけたお詫びに、うんとおいしい料理を作ろう。
清四郎がゆっくりと話し出す。
「この度は誠に良いお話、深く感謝致します」
野梨子は明日、繰り広げられるだろう光景を思い巡らせる――。
10人前くらい食べても足りずに他人の分まで食べようとする悠理。
それを怒りながら止めるのは魅録。
その光景を見ながら呆れている可憐。
美童は和子の隣に座って口説いている。
そのうちに濃い味付けが好きな修平が
清四郎が好きな薄い味付けで作った野梨子の料理を
『ちょっと味が薄い』と不満を言い出す。
清四郎は話し続ける。
「自分のような弱輩者に、兼六財閥の次期当主が勤まるかどうかはわかりませんが――」
不満を言う修平には、和子のお決まりのセリフが待っている。
『野梨子ちゃんが作るんだから清四郎の好みに合わせて作るのは当たり前なの!』
野梨子の母と清四郎の母は、笑いをこらえながらそれを見ている。
清四郎、清四郎は―――。
皮肉屋の清四郎は、きっと素直に『美味しい』とは言わないだろう。
でも綺麗に食べてくれた後、きっと微笑みながら言ってくれる。
清四郎は畳に手をつき、深々と頭を下げる。
「このお話、謹んで受けさせていただきます」
『腕を上げましたね、野梨子』―――――と。
やってしまいました、二重投稿。
すみません。
本日はここまでです。
ありがとうございました。
>檻
えええっっ! ま、まさかっ!
せ、清四郎〜〜〜っっ。続き早く読みたいです!
>檻
うわー、いいところでー!
まさか清四郎の方からそう言うとは。
これからどうなってしまうのか、すごく続きが気になります。
新鮮でこういう展開もいいなー。
破局にはならないか…
>檻
意外な話の展開とさくさく読めるテンポのいい文章で、読んでいて楽しいです。
清四郎がお見合いを受けたのはやっぱり・・・?
続きを期待して待ってます。
清四郎が可憐の方をゆっくり向いた。
言葉の意味を理解して可憐を見たのではなく、
声が聞こえたのでその方向に顔を向けたという感じだった。
可憐の発言をどうとらえたのか、表情からはわからない。
なぜなら、その瞳は野梨子への切なくて強くて重い恋情だけで
いっぱいになっていて、他の感情が入り込む余地がなかったから。
見てられない。こっちの方が苦しくなる。
今、自分の気持ちを吐露して、何の意味があるだろう。
「…可憐、」
清四郎はやっと可憐の発言に反応しようとしたが、
可憐は答えさせることができなかった。何を言われても辛いだけだと思うと、
全く吟味せずに言葉を続けてしまっていた。
「…あたしがいるじゃない、なんで、あたしに頼らないのよ。友達でしょ」
言ってしまって、可憐はしまったと思った。でも、止まらない。
いちばん言ってはいけないのに、口に出してしまった。『友達』と。
しかし、口から出た言葉は全部、可憐の本当の気持ちでもあった。
可憐の大事な、三人の親友。
それぞれの恋が始まる前からの、親友。
自分もまた辛いのに、可憐は彼らが苦しんでいる姿を見たくなかった。
「そんなに好きなら、無理に諦めなくったっていいじゃない。
まだ言ってもいないんでしょ? どうして終わらせようとするの?
そんな決着の付け方したら、あんた絶対後悔するわ!」
言いながら、可憐は涙をこらえるのに必死だった。
自分の言葉が全部自分に返ってくるような気がした。
切なさのあまり、最後は怒鳴ってしまった。
―しょうがないじゃない、これがあたしの性格だもの。
どなたか続きお願いします。ホロ苦可憐にしてしまいました。
>ホロ苦い
可憐いい女、いや、いい奴だぁ。
魅×野も清×可も結ばせたいような、ホロ苦で終わらせたいような。
>檻
清四郎が握った手が全て、って感じですね。
>ほろ苦
可憐いい〜〜〜ラストの一文がいいっす。
ついに可憐もほろ苦突入ですかぁ…
今までは絶対ハッピーエンド派でしたが、
ホロ苦ラストもありかな、と思い出しました。
有閑倶楽部の大活躍で、マリアチ将軍一派は全員逮捕された。
命拾いしたカサルと可憐は剣菱邸で互いに抱きしめ合いながら、
無事を喜ぶ。カサルは可憐の髪を撫でながら、頬に唇にキスを繰返した。
「ああ、可憐。愛しい人…。無事でよかった」
可憐もカサルのやや癖の入った髪に長い指を差し込みながら、うっとりと呟く。
「カサルも…怪我がなくてよかったわ…」
それを聞くと、ますます情熱的に可憐の唇を奪うカサルだった。
優しく上品に、だが一方で荒々しいカサルの口づけに、可憐は瞳を閉じて答える。
カサルの、可憐の腕を持つ手に力が入ったかと思うと、次の瞬間、可憐は
横抱きに抱えられている。
「え…? か、カサル?」
可憐はふわりとベッドまで運ばれ、優しく横たえられた。
逃げる間もなくカサルが覆い被さってくる。
可憐のセクシーなドレスの肩紐の下に手を入れ、さっとずらした。
美しい乳房が零れ落ちる。
キャッという声と共に可憐は真っ赤になった。隠そうにも両腕がカサルに捕まえられて
いて身動きができない。
「あ…、いや…っ、カサル…、いや…」
「愛してる、可憐…。可憐が欲しい、優しくて強い可憐が…。それとも、僕じゃだめ
ですか?」
カサルが愛の言葉を口にしながら、可憐のふくらみをゆっくりと揉みしだき出した。
あくまでも口調は優しい。言葉が終わると乳房をもて遊びながら、又可憐にキスをする。
「あ…、カサル…」
「僕が嫌い?」
真剣で真直ぐなカサルの漆黒の瞳に思わず可憐は首を振る。
カサルは微笑むと、再び可憐にキスをし、舌をからませた。
そして、そのまま首筋、胸、乳首、腹と唇を移動させる…。
こんな感じ?W 奇特な人、続きよろ。
>>565の続きです。
「あなたが関わっていたとは……」
清四郎は、目の前の男を見て、ため息をつかざるを得ない。
知らない男ではない。
特に親しいわけではなかったが、学校が違えども同じ生徒会長ということでそれなりに
付き合いがあったし、そんなにネガティブな印象を持っていなかった。
「あんたに、理解してもらおうなんで思ってない」
男は冷たく言い放つ。
都立で一、二を争う北高の生徒会長が何でという思いを振り払えない。
「村重、あんたの理想主義にはみんな疲れてんだよ」
清四郎の隣に立つ村重の顔は、静かなる怒りに歪んでいる。
蔵守の後ろには、村重の後輩が何人もいる。
「で、あんたはどうしたい?雲海和尚の一番弟子のあんたが、こんなところでボコボコに
なったら末代までの恥じゃないのかな?」
蔵守は不敵な笑みを浮かべて、清四郎と村重を挑発する。
「あなたも不幸な人ですね。せっかく、滅多に出会えない人間と交誼を結ぶチャンスが
あったというのに」
清四郎は、蔵守に、自分が陥ったかもしれない姿を見て拳を抜く気もなれなかった。
嫉妬に狂った人間というのは、どうしてこうも醜く情けなくなるのだろう。
「うるさい!!俺を見くびってもらっては困る。どっからでもかかってこい」
清四郎は、威勢を張る蔵守に対して、気分が萎える一方である。
対等に向き合う価値さえ、見出せない。
「村重君、帰りましょうか?こんな人間に付き合うなんて、全く、時間の無駄です」
清四郎は、隣の村重の肩を軽くはたいた。
「…えっ、菊正宗さん?あっ、……はい、わかりました」
村重は、清四郎の言葉に少し驚いたものの、すぐに平静を取り戻す。
「『高校生狩り』の大元が誰かわかったことですし、ここからは警察の人の仕事でしょう」
清四郎は、蔵守達にくるりと背を向けて歩き出した。
村重も、蔵守達に一瞥をくれてから歩き出す。
すると、今まで蔵守の後ろについていた男達の一人が、群れの中から抜け出して村重の後ろにつく。
一人が抜け出すと、我も我もと何人もの男達が後に続く。
あっという間に、蔵守は、夜陰に一人取り残される形となった。
魅録と可憐はタンデムで、夜の都内を駆けていく。
魅録は、ツーリングではないので不必要に飛ばさず、吹き付ける風が心地良い程度の速度に留める。
最初は、今更その後ろに乗ることに抵抗を覚えたが、自分を心配してくれる魅録に頑なだった
可憐の気持ちが解れてきている。
今日もいつもと同じ様に、ビルの前まで送ってもらった。
「ありがと、魅録」
可憐はメットを取って、魅録に渡す。
いつもならバイクから降りないでそのまま去っていく魅録が、バイクを脇に停めた。
路上で、可憐を抱き締める。
「魅録……」
戸惑いに動けなくなっている可憐の唇を奪う。
覚えのある感触に、可憐は流されそうになったが、慌てて魅録を突き放す。
「……ごめんなさい。あたし、まだ……」
魅録は無言のまま、その場を離れた。
「連絡遅くなって、すまん」
都内を少し飛ばした後、魅録は村重に電話を入れた。
「魅録さん…」
受話器の向こう側で、村重が言葉を濁す。
「何かあったのか?お前、大丈夫なのか?」
約束の時間からかなり遅くなってしまって、後ろめたさが湧き上がってくる。
「……終わりました。もう、とりあえずは大丈夫です……」
「はぁ?」
何がどう終わったというのか、魅録には村重の言っていることがわからない。
「……本当は、俺、もっと前からわかっていたんです」
聞こえてくる声は、ひどく震えている。
「……魅録さんを騙す形になって、本当に申し訳ありません。……実は、俺、悠理さんに
頼んで、助けを借りてたんです」
「なんで、悠理が出て来るんだ?」
いきなり出てきた名前に動揺して、厳しい口調になってしまう。
「そしたら、菊正宗さんを紹介されて……」
「なんだって!!」
魅録は、絶句してしまった。
返すべき言葉が見つからないまま、受話器からは違う人物の声が聞こえてくる。
「魅録、村重君を責めないでください。全ては、僕がでしゃばったことですから」
「清四郎……」
「僕だって、偶には、自分で動きたい時があるんです。身体を動かしたい時がね」
「……」
「それに、あなたにはこっちの心配するより、他にすべきことがあるでしょう」
静かな清四郎の声音に、思わず、『アイツの心の中には、まだお前がいるんだよ!』と
怒鳴りそうになってしまった。
だが、それは喉元で勢いを失う。
「………村重が、世話になったな。いろいろと、済まん…」
「ごめんね、呼び出したりして」
「何言ってますの?そんな水臭いことを」
可憐の部屋に、野梨子がいる。
魅録と別れた後、どうにも気持ちが落ち着かず、たまたま電話をかけてきてくれた野梨子を
捕まえた。
野梨子は訳も聞かず、すぐに来てくれた。
そして今静かに、ベッドの縁に座る可憐を見上げている。
しばらくの間沈黙が続いた後、可憐はようやく話し始めた。
「野梨子、あたし、自分がよくわかんないの…。……ほんと、つまらないことでケンカ
しちゃって、もう、だめだって、思ってて、でも、うれしかった…」
一生懸命搾り出しているのか、言葉が途切れ途切れになる。
「…なのに、なんで、なんだろう?あたし、まだ、迷ってる、わかんなく、なってる…」
その先が続かない。
可憐の視線は、膝の辺りをさ迷っている。
そんな可憐を見て野梨子は可憐の側に近寄り、まるで子供を抱きかかえるかのように
可憐を抱きしめた。
野梨子の暖かさに、可憐は素直に身体を預けた。
強張った全身が解き放たれてくる。
知らず知らず、涙が溢れてくる。
「……野梨子…」
「可憐、大丈夫ですわ。…魅録は、待つことの出来る殿方ですもの。人の気持ちを
推し量ることの出来る殿方ですもの……」
野梨子の手は、可憐の頭を優しく撫でていた。
今日のうpは以上です。次で終わる予定です。
>カサル×可憐
おおっ! ついに・・・w
カサルの慣れた女ったらしぶりがツボですた。
可憐はこういうのに弱そう。どなたか続きを〜
>Sway
恋愛問題になると可憐が慰めたり励ましたり
することが多いのに、それと逆で野梨子が
可憐を励ますというのが新鮮で良かったです。
身体を動かしたい時があるという清四郎にも、
分かるなーと説得力を感じました。
次で最後とは寂しい・・・
>Sway
600タンと全く同じこと言おうと思いますた。>可憐と野梨子
私も路上で魅録に抱きしめられたい。
彼すごく「すまん」って言いそうだって思います。
終わるのサミシイナ…
>>Sway
切ない可憐…
魅禄も苦しいだろうけどもっと清四郎も苦しんでるよね
幸せになって欲しいよママン…
>602
ママンにワロタ。
一ヶ月ほどネット出来なくて、やっと復活してここを見に来たら!
いっぱいうpされてる(嬉)この三連休で一気に読みました♪
どの話も続きが楽しみだなぁ♪
嵐さんとこのまとめサイト見ていて思ったんですが
連載途中でとまってしまった作品(リレーじゃない個人の作と思われるもの)
の続きを別の誰かが書くというのはアリでしょうかね?
誤解しないでもらいたいんだけど、これは誘いうけを意図したものでなく、
えーと、なんて言ったらいいのかな、
2次創作と言えど自分で考えて書き始めたものって思い入れがあるだろうし
他人に勝手に続きを書かれたら嫌な人もいるかな・・・と。
連載休止から1年たった作品は誰が続きを書いてもいいとか
なんかルールあったら書きやすいかなぁと思うんですが皆さんどう思います?
それとも、これ以上お約束増えたらマズイですかね?
書きたかったら勝手に書けばいいと思うけど。
ただ書き始めた人が復帰する場合も考えて、別の誰かが続きを書く場合は
それとわかるように名前欄に「贋作・〇〇〇」とか
タイトルの前に別人バージョンだとはっきり明記するのはどうかな?
それだったら本来の作者が続きを書いたとしてもはっきり区別できる。
で、言うまでもないけど「書いてもいいですか?」は
誘いうけになるの書かないでさ
「違う作者ですが『〇〇〇』の続きを勝手に書かせていただきます」
って一言だけコメントするんでいいんじゃないかな。
>606
お約束には入れる程じゃないけど、勝手に続き書くのはいいんじゃないかな。
基本的に607タンの
> 「違う作者ですが『〇〇〇』の続きを勝手に書かせていただきます」
>って一言だけコメントするんでいいんじゃないかな。
に賛成。
「贋作・○○」とか「続・○○」とかで書いたらどうかな。
それにしても606タンが何の続きを書こうとしてるのか、非常に気になるが(W
私は止めた方が良いと思うなー<勝手に続き
作者さんなりの考えで作り上げた構想を壊すと思う
続きが無いのでじゃあ私が、ってのもどうだろう、安直すぎないかい?
読む側の解釈は様々だから作者さんの考え通りいかない部分も出てくるだろうし
だいたいどこをもって連載休止とするかだって人によって違ってしまう
自分の思い通りに話が進まなそうだと分かったらすぐに「休止みたいなので私が(私の満足する)続きを!」って人だって出てこないとも限らない
作者さんには作者さんなりのペース配分があるだろうし、それに横槍入れるような真似は作品を楽しみにする自分たちの首を絞めると思う
なによりそれを見て本物の作者さん達が萎えてしまったら最悪
二次創作の二次創作(四次創作?w)は歓迎すべき物では無いと思う
流れをぶったぎる発言でごめんね
んーでもさぁ、606タンが書いてるように
>連載休止から1年たった作品は誰が続きを書いてもいいとか
ならいいんじゃない?
贋作とかフェイクとかパラレルとか題名に付けてさ。
個人的に「続・○○」は紛らわしいんじゃ?と思う。
つーか、
妄想スレ自体が個人の作品から湧き上がる妄想で成り立ってるんだし
最低限のルールを守りつつ、どんどん妄想が広がるのは読者的には嬉しいかも。
肝心なのは四次創作?される作家さん達がどう思うかだろうけど…。
>609
作品放置で一年経ってたら、すでに作家の意欲は萎えてるのでわ?
とは言っても、そんなに旧作の続き書きたい人いないんでないかい?
ここはとりあえずgoで様子見ではだめ?
やったことないし、やってみればってのが私の意見。
611ですが、
でも休止作家で「これはやめて」て人がいたら、名乗りをあげるとか。
読者でも「これは作家本人に続きを!」て意見あったらあげるとか。
この話題続きそうだったら、まゆこ、逝った方がいくない?
やめてっていうなら続き書いてくれーって言われそうだから
作家様も名乗りあげないような気がする。
1年たってたらOKとか、ルール作ってやってみたら?
私は続き読みたいのあるから歓迎。
>613
うむ、まゆこに行ったほうが良いと思う。
>613 >615
まゆこに書いてきました。
>ALL
ということで、続きはまゆこスレにて。
>>583の続きです
「清四郎!!」
勢い良く開いたふすまの向こうに髪を振り乱した可憐と
紐で手首をつながれている悠理と魅録、そして美童が立っていた。
「可憐!どうしてここに――」
突然の乱入と、可憐達4人の形相の凄さに野梨子は驚きを隠せない。
魅録が美童に目配せし、美童が野梨子の側に近寄る。
「美童」
美童は野梨子と野梨子の母の間から覗き込み、野梨子の耳元でそっと囁いた。
「ごめんね遅くなって、辛かっただろ」
野梨子は微笑みながらも、困惑の表情を浮かべざるをえない。
助けにきてくれたらしいことは何となく判ったが、
みんなが何故ここにいるか今一つ事情が飲み込めない。
「和子さんに協力してもらって、彼女の部屋から隠しカメラでお見合いを見てたんだ」
綾香に聞こえないように、極力小さな声で話す。
そんな事が綾香に判れば、和子の身に危害が及ぶ事は間違いない。
美童が小さくふすまの向こうを指差す。
「野梨子、こっちこっち」
見ると可憐の後ろから悠理が顔だけ出して手招きしている。
野梨子は立ち上がり、悠理の側に駆け寄った。
「悠理」
ずっと張っていた気がやっと緩み、自然と笑顔がこぼれる。
「助けに来た。もう大丈夫だからな」
右の手は魅録によって塞がれていたので、左手で野梨子の手を握る。
野梨子は小さく頷き、つないでいる手に力を込めた。
この手は、ほんの3分前まで清四郎とつないでいた手だ――。
そう思うと、少し複雑な気分になる。
「あらあら、何処かで見た事のある顔だと思ったら、剣菱財閥の出来損ないのお嬢様じゃない」
綾香が悠理を見つけて小馬鹿にしたように言い放つ。
突然の闖入者達にも、特に動じる様子は見られない。
「どうしてこんな所にいらっしゃるのかしら?お父様の野良仕事のお手伝いは終わられたの?」
クスクスと笑いながら両手を広げ、悠理を挑発する。
「!!こんのぉ・・・」
「よせ!悠理!」
キレかけ、一歩踏み出した悠理の紐を慌てて魅録が引っ張った。
「猿に構うな」
魅録が綾香を睨みつける。
「かしましいハエですこと」
綾香は口の端だけ上げ、笑う。
魅録はその堪らなく厭らしい顔つきを見ると、吐き気がするほど嫌悪感がこみ上げてくる。
自分なら、例え冗談でもこんな女と結婚するとは言えない。
清四郎の心に微妙な変化が起きている―――。
可憐は『野梨子の心』『お見合い』『綾香』これにばかり気を取られて
『清四郎の心』をあまり重要視しなかった。
厳密に言うと、重要視しなかった訳ではないが『清四郎の心』は
『野梨子を愛している』という気持ちで占められていて
それ以外の何にも変化はしないだろうと高をくくっていた。
だが野梨子が告白した事によって、清四郎の心に何か変化が起きている。
しかもお見合いを受けた事や、今日の野梨子に対する態度を見ると
それはあまり良くない方向に変化しているような予感がする。
可憐は今更ながら、自分の行動を悔やまずにはいられない。
何故夕方、野梨子からお見合いの話を聞いた時、すぐに清四郎に電話をしなかったのだろう。
そうすれば清四郎の心の変化に、気が付く事は出来なかったまでも
こうなる事は防ぐ事が出来たかもしれない。
心が動揺する。
落ち着いている時間は無いが、落ち着かなければいけない。
とにかく、考えてみる――。
『清四郎は敵の懐に、一時的に飛び込むつもりかもしれない』
ほんの一瞬考えてみたが、すぐに心の中で首を振る。
それは『財閥』という力に抵抗力の無い、普通の男が選ぶ気弱な選択肢だ。
たかが鯉1匹の誘拐で、警察を弄び、何億ものお金をかすめ取る事の出来る
思考力と実行力を持つ清四郎がわざわざそんな事をするとは思えない。
それにその作戦を実行したとしても
伴ってくる代償が『結婚』というのは余りにもリスクが大き過ぎる。
再度考える――。
今、この状況は可憐が全く予想していなかった状況だ。
これから何をするべきか、全く判らない。
可憐は、勝利の余韻に浸りながら高慢な笑みを浮かべている親子に目線を移す。
今更この親子に何を言っても状況は変わらないだろう。
『清四郎の姉』という強力な武器を持つ和子があれだけ頑張って駄目だったのだ。
可憐あたりが頼み込もうが、強気に出ようがきっと何も効き目は無い。
それより今問題なのは、清四郎が自ら結婚の申し出を受けた事だ。
清四郎自身がそれを撤回しない限り、この話は御破算にはならない。
ならば今ここで、清四郎の本音を引き出すしかない。
途端に弱気になる――。
普段、清四郎と野梨子の難しい会話を聞いているだけでも具合が悪くなるのに
まさか自分が清四郎と対峙する日が来るとは、思っても見なかった上に思いたくはなかった。
どう考えても、万に一つも勝ち目は無い。
だけどやらなければいけない。
可憐は悠理に約束をした。
『誰も傷つけさせない、みんなは自分が守る』と。
「清四郎」
可憐は勝負に出る――。
「聞きたい事があるの」
「清四郎さんのお友達は不作法ですのね、ズカズカと乗り込んできて謝りもせずに―――」
「うるせぇぞ!!!」
綾香の言葉を、ふすまが揺れるほどの怒号で魅録が遮る。
「今は俺達が清四郎と話してんだ―――黙ってろ」
綾香はまだ先を言いたそうだったが、魅録に軽蔑を込めた一瞥をくれた後、黙り込む。
「清四郎、あんた野梨子の事好きなんでしょう?」
随分とダイレクトな言い方になってしまうが、仕方がない。
回り道をすると、口達者な清四郎に煙に巻かれてしまう恐れがある。
「好きですよ」
清四郎は表情の無い顔を、可憐の方に向ける。
「18年間ずっと一緒にいたんです、情が移って当然ですよ。妹のように―――」
「ふざけんじゃないわよ!!」
清四郎の言葉を、先程の魅録に匹敵するほどの極妻張りの怒鳴り声で可憐が遮る。
冷静にしようと頑張るが、中々上手くいかない。
「誰がそんな能書き聞きたいって言ったの?
あたしが聞きたいのは、野梨子を女として愛してるかって事よ」
こんなに大勢の人間がいる前で、野梨子には悪いと思うが
悠長にしている時間も、方法を考えている時間も無い。
今、ここでこの事を聞かなければ清四郎との距離が更に離れてしまう。
「例え綾香さんと結婚しなくても、野梨子とは結婚出来ませんし、付き合う事も出来ません」
『?』
奇妙な答えが返ってくる―――。
愛しているか愛していないかを聞いているのに
まるで方向違いの返答だ。それは答えになってはいない。
「そう、わかったわ」
納得は出来ないが、この事についてはこれ以上は追求しない。
追求して、更に野梨子に否定的な意見が出れば、野梨子の心を傷つける事になる。
「でもあたしには、あんたがその人の事を愛しているとは思えないんだけど」
可憐は食い下がる―――。
こうなったら、何としても結婚だけでも阻止しなければならない。
「愛していませんよ」
清四郎はためらいもせず、即答した。
「!?なっ・・・!!」
驚きの答えが返ってくる。愛は無いが結婚するという。
「それでいいのよ」
今まで魅録に黙らされていた綾香が、ここぞとばかりに口を挟む。
こんな衝撃的なセリフを聞いても尚、動じる様子は無い。
寧ろ当然の事といった顔をして微笑んでいる。
「愛なんてあったって邪魔なだけよ」
本日はここまでです。
ありがとうございました。
>檻
うんぉ〜、面白いっす〜。意表をつく台詞や展開で、完全に作者さんに
捕まってしまいました。なぜだ!なぜ野梨子と結婚できないんだあっ、
と清四郎をユサユサしたくなりました!
『雨がボクを狂わせるので』最終話うpします。
10レス使います。
>>547 にわかに雲行きが怪しくなってきた。全面ガラス張りのビル内はもろに
天候の影響を受けて、薄暗くなる。清四郎は席を立つと、照明のスイッチを探しに行った。
誰も何も喋らなかった。誰もが顔も動かさずに沈考しているようで、
その実、視線だけでお互いを観察している。
皆、口には出さずとも、清四郎の言葉を疑っている。
やがて、照明がつき、辺りが白い光で包まれた。
白いパンツに白いボタンダウンのシャツを合わせた清四郎が、これも又白いジャケット
を脱いで手に持ち帰ってくる。
灰色のワンピースの野梨子がぽつりと言った。
「暗示を受けたのが私達と言いましたわね。もしかしたら私達が経験した出来事は?」
彼女は辛そうな表情をして、手を握りしめていた。
「そう、夢です。心が作り出した妄想だったんです。」
清四郎の言葉に可憐が安堵したように、ふぅっと息を吐いた。
「何だ、そうだったんだ。よかった。」
皆の顔を見回しながら、清四郎はポケットからメモ用紙を何枚か出した。
「暗示を解くキーワードを聞いてきましたので、教えます。一人一人、暗示を解いて
いきましょう。」
その時、腕組みをして座っていた悠理が視線を床に落としたまま、口を開いた。
「あたし達、なんで暗示を受けたんだ?」
納得いかない顔をしていた可憐が、気がついたように清四郎を見る。
「そうよね。全員が暗示を受けるなんて、何か、きっかけが……ねぇ?」
「そうですわ、清四郎。それに、どんな内容の暗示を受けたんですの?」
野梨子も問いかける。
魅録は柱の陰にいる美童が気になっていた。ちらっと立ったままの清四郎を見上げる。
清四郎も美童を見ていた。風もないのに、金髪がなびいているように見える。
「なぜ暗示を受けたのか、どんな内容の暗示なのか、教えてくれませんでした。
知らない方がいいわよ、と。」
ピンク色の髪が左右に揺れた。魅録が肩凝りをほぐすように首を動かしている。
「それ、嘘だろ、清四郎。やっぱり暗示を受けたのは美童一人じゃないのか。」
魅録の言葉にも清四郎は表情を動かさない。可憐と悠理は困惑して顔を見合わせる。
「どういうこと?」「どういうことだよ、それ。」
「暗示を受けたのは美童一人。つまり、それは、俺達が体験したことは全部……」
絶望的な顔で可憐が呟く。
「……事実ってことね。そうなの、清四郎?」
野梨子が立ち上がり、ドアに向かって歩き出した。
「そういうことでしたのね、清四郎。」
清四郎が走って行って彼女の腕をつかんで引き止める。
「野梨子。待ってください。全員必要なんです。」
「嫌ですわ、私、できませんもの。清四郎、私の気持ちを知ってるくせに……。」
二人の間に可憐が割って入る。
「ちょっと待ってよ。何が何だかわからない。ほんとはどっちなの、清四郎?」
「暗示を受けたのは美童ですわ。」
「違う、僕達です。」
清四郎と野梨子の言い争いに、魅録と悠理も立ち上がる。
「清四郎がそう思い込みたいのは勝手ですわ。でも、事実は事実、現実は現実です。
美童が暗示を受けたんです。『雨が降る時、あなたは変わる。愛する人の願いを
かなえる優しい天使に。』って。」
「あ、雨……!?」
ぎょっとして魅録は呟いた。暗雲がビルの真上を覆い始めている。
あの日のことを可憐は思い出していた。
ママの結婚を聞いた日、心の中にぽっかり空いた穴を美童が癒しに来てくれた。
私の『淋しさ』を埋めに来てくれた。
可憐の目前では清四郎と野梨子が言い争っている。
「あんな風にされるのが、『あなたの願い』なんですか、野梨子……?」
「その通りですわ。そして、『あなたの願い』でもあったんでしょう、清四郎?
私は認めますわ、自分の中にあった秘かな願望を。それを美童はかなえに来てくれたんです。
私、『あの美童』を愛してるんです。」
厳しい顔で野梨子を見つめる清四郎の肩に、魅録が手を置いた。
「その暗示を解くにはどうすればいいんだ?」
「皆が一人ずつ決めたキーワードがあります。それを美童の耳に囁いてください。」
「わかった。だけど、あいつはそれを望んでいるかな?」
「魅録、暗示がかかってるのは僕達なんです。美童ではなく、魅録は暗示を解きたく
ないんですか?」
一拍おいて魅録は答える。
「もちろん、解きたい。」
不安そうに悠理が清四郎を見る。
「だけどさ、美童の耳に囁くってことはさ、やっぱり美童が……。」
「言い忘れましたが、もう一人『暗示にかかってる』人物がいます。彼は、個別に
僕が暗示を解くので、ここには来てません。彼のためにもお願いします。」
「杏樹か。」
魅録が呟く。彼は清四郎の真意を理解した。清四郎に手を差し出す。
「俺のキーワードをくれ。」
(「えっ、暗示……ですか?」
房子―――心理学者の妹の何気ない言葉に、美童は怯えた顔をした。
紅茶を口に運びながら、房子は悪戯っぽく微笑む。
「そうよ。遊びでやったことがあるだけだけど、単純な人はかかりやすいの。
美童くん、かけてあげましょうか?」
面白い、と魅録は思った。
「暗示かけてもらえよ、美童。女心がわかる男になれますようにって。」)
メモ帳の切れ端に見慣れた筆跡がある。自分の字だ、と魅録は思った。
キーワードは、『心の友』。
何か苦いものを魅録は感じた。
清四郎は可憐にも白い紙片を渡す。受け取りながら、可憐は「でも……」と
戸惑いを隠せない。
「『僕達の』暗示を解きましょう、可憐。美童にキーワードを囁くことによって
偽者の美童は僕らの前から消え、僕らは全てのことを『忘れる』んです。」
「忘れる……の?」
「忘れるはずありませんわ。だって、暗示がかかってるのは美童なんですもの。
暗示によって出てきた、あれが本当の美童なんです、清四郎。プレイボーイで
軽くて、弱虫な美童が偽者なんですわ。彼は本当の自分を取り戻したんです。」
野梨子の必死の言葉にかぶせるように、清四郎は言う。
「忘れます。忘れなくちゃいけないんです。美童のためにも、僕らのためにも。」
「嫌ですわ、清四郎、嫌!」
清四郎の真剣な眼差しと、野梨子の泣き顔の前で可憐はオロオロしている。
その時、悠理が立ち上がった。
清四郎の前に来ると手を出す。
「美童のためなんだろ?くれ。キーワード。」
(房子の言葉に悠理は身を乗り出した。
「そんなにいい暗示なら、あたしもかけてよ、おばちゃん。『お前は天才だ』って。」
「あほぅ、『お前は女だ』の間違いだろ。」
悠理と魅録のやり取りに、房子は優雅に微笑む。
「暗示と言っても、お遊びなんですよ。だから、その人が本来持っている以上のことは
できないと思いますわ。」
「無理だってさ。」
魅録はむくれる悠理に笑いかけた。)
悠理は紙片を開く。汚い字で、『女』と書いてあった。
(珍しく神妙な面持ちの可憐が口を開く。
「でもエスパーでもなけりゃ、暗示がかかっても人の心なんてわからないんじゃない?」
「そうでもありませんわ、可憐。第六感という言葉がありますでしょ。」
「でも、でもねぇ、ひょっとして、その相手がうんと変なこと考えてたら嫌じゃない?
知らなきゃよかったって思うわよ、きっと。」
野梨子は頷いた。
「知っても、どうにもならないってこともありますわよね。」
「美童は人の心の機微に敏いところがありますし、意外にその方面の能力が備わって
いるかもしれませんよ。暗示をかけられたら、スーパー・プレイボーイになって、
毎日美女に囲まれて過ごせるかもしれませんね。」
暗示をかけるところが見たい清四郎がけしかけたおかげで、すっかり美童はその気に
なっていた。
「でも、暗示にかかって元に戻れなくなったらどうしよう。」
そんな美童に房子がウィンクする。
「大丈夫、ある条件が揃った時に『スーパー・プレイボーイ』になれるようにしましょう。
例えば、雨が降っている時だけとか。それから、いつでも暗示が解けるように、
ここにいる皆でキーワードを決めましょう。」)
可憐は自分の字に視線を走らせた。
『浮気者』と書いてある。
「それでは、彼を連れてきます。」
清四郎は紙片を手に固まっている野梨子を見ながら、美童の方へ歩いていった。
黒い瞳が揺れているのに気づき、可憐はそっと野梨子の肩を抱いた。
「しっかりして、野梨子。美童のためよ、美童のためなんだから。」
諦めたように野梨子は瞳をふせた。
「……ええ、可憐。」
可憐は野梨子のキーワードが気になって聞いた。
「野梨子、キーワードは何なの?」
「―――『雨』ですわ、可憐。」
金髪がだんだんと近づき、目の前に見えるところまで来た。柱越しに語りかける。
「待たせましたね、美童。ようやく全員の意見が一致しました。」
ふと、自分の紙片を開いて見る。
『好奇心』
清四郎は天井を仰ぎ見て、しばし瞳を閉じる。
やがて金髪に近寄る。
「これで終わりです、美童。一緒に夢から覚めましょう。」
青い瞳が何か言いたそうに瞬いた。
「―――あれ、美童か?」
「わからない、たぶん、そうだと思う。」
清四郎は美童を運んでくると、椅子の円陣の中央にドサリと降ろした。
美童は身動き一つせず、一言も発しない。いや、できなかった。
彼は首から下を白いシーツでぐるぐる巻きにされた上から、荒縄で縛られていた。
唯一外に出ている頭も、口には猿ぐつわを咬まされている。
「ちょっとやり過ぎだろ、清四郎。」
青い瞳に涙がにじんでいるのを見て、魅録が猿ぐつわをはずしにかかる。
清四郎は冷酷に言った。
「やり過ぎじゃないのは、魅録が一番知ってるでしょう。」
切れ長の瞳が一瞬何か言いたそうに清四郎を見たが、魅録は構わず猿ぐつわをほどいた。
口の中に押し込まれたハンカチを取り出し、咳き込む美童の背中をさする。
「大丈夫か、美童。」
咳がおさまった美童は喉をヒュゥと言わせて魅録に礼を言う。
「ありがとう、助けに来てくれて。魅録はやっぱりいい奴だね。」
青い瞳が光る。美童はニヤッと笑った。
ぞっとして可憐と悠理が後ずさる。
黙って立ち上がる魅録を清四郎はじっと見ていた。
魅録は外を見た。かなり暗くはなっているが、雨は降っていない。
二人の美童の境界が曖昧になってきているのか、と魅録はぞっとした。
清四郎は宣告した。
「それでは、キーワードを。可憐から。」
可憐、悠理、魅録が美童の横に膝をつき、耳元にキーワードを囁くのを、
魂が抜けたように野梨子が見ている。
それぞれ小さな声なので、何と言っているか聞こえない。
そんな野梨子を気にしながら清四郎もキーワードを美童に囁いた。
「余計な『好奇心』は身を滅ぼすのが、よくわかりましたよ、美童。『好奇心』。」
「ありがとう。」
美童が小さな声で礼を言った。
立ち上がった清四郎は野梨子を促す。
「さあ、野梨子も言ってください。」
野梨子は涙を溜めた瞳で清四郎を見ると、美童の横に屈み、彼の耳に囁いた。
やがて全員が立ち上がって、横たわったままの美童を見つめた。
「これでいいのか?」
魅録の問いに清四郎は頷く。美童は瞳を閉じて眠っているようだった。
「これで暗示は解けたはずです。もう僕達は幻想を見ることはありません。
そして、今までのことは全て忘れている、はずです。いいですか?」
「わかったわ。」
悲しそうに微笑む可憐の横で、悠理がぶつぶつ言っている。
「あれ?でも、あたし、まだ覚えてるようぞ……なぁ?」
そんな悠理の両脇を魅録と可憐ががしっと掴むと、外に引きずっていく。
「おい、何だよ、可憐、魅録!」
「いいから!あとで教えるから、黙ってて!」
「おしっ。何かうまいもん喰いに行こうぜー。行くだろ、野梨子?」
うつむいたままの野梨子に可憐は走り寄ると、手を取って外へ歩き出した。
野梨子はとぼとぼと歩いて行く。
彼らがビルの外へ出たのを見届けてから、清四郎は美童の横に屈み込んだ。
「行ってしまいましたよ、美童。お疲れ様でした。」
美童はぱっちりと眼を開けた。
「ふぅーっ、疲れた。僕、何で縛られなきゃいけないのさー。」
「ちょっとした演出ですよ。ワルの演技も中々でしたよ。おかげで皆、あなたが危ないと
思って、すんなりキーワードを言ってくれました。」
清四郎に縄をほどいてもらいながら、おどおどと美童は言う。
「これで僕、元に戻るのかなぁ。」
「そのはずです。というか、元に戻ってくれなかったら困りますよ。」
「何でさぁ、今日まで誰も暗示にかけられたことを覚えてなかったんだろう。」
「そうですね。房子さんとお会いしたことさえ、忘れていましたね。彼女がそういうふうに
暗示をかけたんでしょうか。」
うーん、と考え込みながら美童は呟いた。
「ねぇ、結局どっちだったの、暗示にかかってたのは?僕?それとも皆?」
清四郎は少しガクッとなったが、思い直して微笑む。
「さぁ……。どっちだったんでしょうね。」
「まぁ、いいや。」
戒めを解かれた美童は痛そうに腕をさすりながらも、どことなく機嫌良さそうに
思い出し笑いをしている。
「どうしたんです?」
「いやぁ、やっぱり野梨子は前から僕のことが好きだったんだなぁと思って。」
「? なんのことですか?」
「だってさ、キーワードは僕が変わる前に決めたんだろ。それが、あれだったなんて。」
清四郎は腑に落ちない顔をしていたが、ある事に思い当たって、さっと青ざめた。
「美童、野梨子はあなたに何て言ったんです?」
「えっ、やだなぁ、知ってるくせに、清四郎。『愛してます、美童』だよ。」
遠雷が聞こえてきた。
清四郎の脳裏に、野梨子が紙片に書いた字が蘇る。
達筆な字でこう書かれていた。
『雨』。
ビルの外を見やる。もちろん、すでに友人達の姿はどこにもない。
美童が憂鬱そうに天井を見上げる。
「また降りそうだね、雨。もう気にしなくてもいいんだろうけど、何となく憂鬱だな。」
長い金髪が後ろに跳ね上げられ、フワリと舞った。
絶望的な思いに捕われながら清四郎は答えた。
「……そうですね、今度の雨は長く、長く降るかもしれませんね。」
やがて、ざぁーっという音を立てて、雨が降り始めた。
美童は清四郎に背中を向け、外の雨の様子を見ている。
その背中に見つめていた清四郎は、呟いた。
「美童。つきあいますよ、僕も。この雨が止むまで。」
清四郎の声に美童が振り返る。金色の髪が翻り、青い瞳が光る。
振り返った彼の顔に邪悪な微笑みが浮かんでいるのを、清四郎は、見た―――。
「―――共に、行きましょう、美童……。」
『雨が降る時、あなたは変わる。愛する人の願いをかなえる、優しい天使に。』
川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川川川川『雨がボクを狂わせるので ・ 完』川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川川川川川川川ありがとうございました川川川川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川
これで終わりです。
有閑メンバー総汚れの為、不快に思われた方、申し訳ありませんでした。
拙作に感想くださった方、熱くお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
>雨
とっても面白くて怖くて、毎回引き込まれるように読み入ってしまいました
作者さんお疲れ様でした すごく素敵でした
またハラハラなお話書いて下さいね
>雨がボクを狂わせるので
6月の雨の季節に始まって、「ダークは苦手だから恐くなって
きたら読むのやめよう」と思いながら読み進めてとうとう最後
まで来てしまいました。最後の方はもうのめりこむように読んでいました。
美童も恐くて、野梨子も恐いのにでもすごく綺麗で目が離せません
でした。最後もぞぉ〜〜〜です。
稚拙な文章でごめんなさい。本当に楽しませていただきました。
5ヶ月間、お疲れ様でした。
>雨
最後の最後までハラハラさせてもらいましたー。
回を重ねるごとにストーリーが凄みを増して、ダークにもかかわらず
人気作品にしてしまった作者さんの力量に脱帽です。
特にミチコへの変身っぷりや、どしゃぶりの中の美×清シーンが
印象に残ってます。(801好きではないんですけど)
他にはない異色作として、妄想スレ史に残る作品じゃないかな。
本当に乙でした!
>雨
連載終了お疲れ様です。
私もダークなものはあまり得意ではないのですが、この作品は
読み進めるうちにどんどんはまってしまいました。
杏樹がこっそり読んでしまった美童の日記のシーンなど、本当に
ぞくっとしました。
楽しませていただいて本当にありがとうございました。
>雨がボクを狂わせるので
連載終了、お疲れ様でした。
今までにない作品で、最初は普通に読んでいたのが途中からはまってしまいました。
ただ、最後の方の一文
“振り返った彼の顔に邪悪な微笑みが浮かんでいるのを、清四郎は、見た―――。”
を読んで、私は、まだ何かあるような気がしてなりません。あるのかどうか、
ひとりで考えてしまっています。
>檻
先の読めない展開で、続きが気になります。
清四郎はこのまま本当に結婚しちゃうんでしょうか。
「愛なんてあったって邪魔なだけよ」と動じずに言う彩香様、逆にすげえ
女だな、と思いました。w
続きを楽しみにしてます。
>雨
連載終了、本当にお疲れ様でした。
私の言いたいことはだいたい言われてしまったのですが、本当に読めば
読むほどはまる、面白い作品で大好きでした。
後を引くような終わり方もナイスです。
一休みしたら、また何か書いていただけると嬉しいです。
>雨
ついに完結、お疲れ様でした。
最初は何かグロくて苦手って思ってたけど、いつの間にか
はまってて毎回怖がりながらも連載楽しみにしてました。
それにしても最後まで怖いし…野梨子ぉ。
新しい話をうpさせてください。
カポーは清×可×豊(W 、一部、清×悠です。
最初にお断りしておきます。
大人向け昼ドラ泥沼系を目指します。
お子さまや苦手な方はどうかスルーお願いします。
<暴走愛> 序章 〜壊れた愛〜
秒針が小刻みに震え、時を刻んでいた。
剣菱豊作は冷たいミネラルウォーターの入ったグラスを可憐に手渡し、彼女を気づかった。
「だいぶ緊張しているみたいだね、可憐ちゃん。大丈夫?」
知らず知らずに真っ青な顔になっていたのを見られたらしい。
可憐は恥ずかしくなって、今度は逆に頬を赤く染めた。
冷たい水が喉を通り越しても、胸の動悸がなかなかおさまらなかった。
それだけ大事な場面に私は挑んでいるんだわ。
豊作が後ろから可憐を抱きしめる。
「豊作さん……」
「親父が怖い?」
コクリとうなずくと、「大丈夫、僕もだよ」と言いながら可憐の唇にキスをした。
やさしく、包容力のある豊作の態度に、かちかちになっていた可憐の体から力が抜ける。
可憐は神経質で凡庸だと思っていた豊作が、実は社会人らしい知性と、御曹子らしい
大らかさ、それに何気ないユーモアのセンスを持ち合わせていることに
うれしい驚きを隠せない。
この人とだったら、これから先、長い人生を共に歩んでいけそう。
可憐がぶるっと身を震わせたのに気づいて、豊作が「寒い?」と声をかける。
彼女はあわてて首を振る。頬が赤いのからして、寒さのためではないらしい、と
豊作は思った。きっと、これから親父と対面する緊張感から来る震えだろうと。
残念ながら、豊作の予想ははずれていた。
彼女は突然襲ってきた記憶のフラッシュバックに驚いたのだった。
身体の芯を快感が突き抜ける。胸がうずいた。
脚の付け根が潤ってくるのがわかる。
いやだ……、私。豊作さんとの未来を考えた瞬間に、あの男との情事を思い出す
なんて。なんて、淫らで、嫌らしい女なんだろう……。
いくら頭から振り払おうとしても、淫らな記憶が足下からじわじわと押し寄せてくる。
思いあまって可憐は、豊作の唇を自ら求めた。
突然、ガチャッと音と共に部屋の扉が開き、二人はあわてて身を離す。
入ってきたのは剣菱万作だ。
あわてて可憐は頭を下げ、豊作は「父さん」と万作を部屋に通す。
万作は常になく上機嫌の様子で、二人はほっとする。
「豊作、何ぞ大事な話があるっちゅう事だったかな。おお、可憐ちゃん、来とっただかい?」
豊作は心持ち緊張した顔で可憐の肩を抱きよせた。
「父さん、実は僕は黄桜可憐さんを妻に迎えたいと思ってるんだ」
万作は大きく目を見開いた。
「……おめ、おめ、ほんとだか?間違いねぇだか?ほんとに可憐ちゃん、こいつと結婚
してくれるだか?」
可憐はここぞとばかり、深々と頭を下げた。
「はい。ふつつかな嫁ですが、どうか可愛がってください」
次の瞬間、万作はがっはっはと大笑いし、そのまま廊下に飛び出して行った。
取り残された豊作と可憐は顔を見合わせる。
万作の大笑いが再び近づいてきた。聞き慣れた声も一緒だ。
「悠理!早く、早く来るだよ!こんなことがあるんだなぁ。だから人生は面白いんだがや」
悠理の迷惑そうな声が聞こえる。
「何だよ、父ちゃん。全然わけわかんないよ。豊作にいちゃんがどうしたって?」
「豊作は結婚するだがや、可憐ちゃんと!」
驚愕した悠理の顔が現れた。
「可憐……」「悠理!」
思わず二人で抱き合い再会を喜ぶ。
「久しぶり!卒業以来よね?」
「そうだよう。卒業してから全然皆集まらないし淋しかったんだぞ!それにしても、
可憐、ほんとににいちゃんと結婚するのか?」
うなずく可憐に、悠理はおめでとうを言うのも忘れて考え込んでいる。
「どうしたの?そんなに衝撃的だった?」
「いや……、驚いたっていうか、まさか、豊作にいちゃん『も』結婚するとはなあ」
驚いた顔で豊作が悠理につめよる。
「おいおいおい、豊作にいちゃん『も』ってどういうことなんだよ。……!まさか?」
満面の笑みの万作が割って入る。
「そうだがや、さっき悠理からも結婚の報告を受けて喜んでたところだがや」
恥ずかしそうな悠理の顔に、可憐の目がまん丸になった。
「ちょっ、悠理!どうして教えてくれなかったの?水くさいー。相手は誰?」
「水くさいのはお互い様だろ」
万作が廊下に声をかける。
「おーい、遠慮しないで入ってくるだがやー」
軽い靴音と共に、背の高い青年が部屋の中に入って来た。
可憐は久しぶりに見る彼の顔を見つめた。
伶俐な性格そのままの瞳、自分に愛を囁いた唇、額を出した髪型も全て昔のままだ。
自分を喜ばせ、感じさせ、何度も絶頂に導いた手が、自分の婚約者に向かって
差し出されるのを可憐は気が遠くなりそうな思いで見つめている。
「お久しぶりです、豊作さん」
悠理が照れくさそうに呟いた。
「何か、言いにくくってさ……」
久しぶりに呼ぶ名前を、こんな形で呼ぶことになるとは思わなかった名前を、
可憐は口にした。
「清四郎……」
「久しぶりですね、可憐。ふつつかな義弟ですが、悠理共々よろしく頼みます」
差し出された手を握ると、可憐の身体に電流が走った。
菊正宗清四郎は冷たい微笑みを浮かべながら、昔の恋人の手を握りしめた。
うれしそうに笑っていたはずの豊作の瞳が眼鏡の奥で光る。
悠理は不安そうな顔で清四郎、可憐、豊作の顔を見比べている。
ただ一人、万作だけが何も知らず上機嫌に笑っていた。
続く
1のタイトル失敗しました。すみません。
>暴走愛
続きが気になるー
豊作と可憐の話はいつか読みたいと思ってたから嬉しい!
作者さんがんがって下さい(・∀・)
>>599の続きです。
『高校生狩り』の騒動が一段落つき、ごくありきたりの日常が戻ってきた。
部室にもほぼ毎日6人が揃って、生徒会の仕事をしたりずるずる駄弁ったりと、表面上は
穏やかな日々である。
だが、可憐と魅録の間にあまり変化は見られなかった。
騒動が収まってから魅録が可憐のボディガードをすることもなくなり、ふたりの間が
どうなっているのか正直なところ、倶楽部のメンバーでさえもよくわからない。
ただ清四郎だけが、失恋の痛みから徐々に立ち直っているように見えた。
悠理をからかったり、野梨子と囲碁をしながらするどくつっこみあったり、美童の
果てしないメールに呆れてみたり、可憐や魅録にも普通に話し掛けるようになっている。
それは彼なりの、状況の好転を図ろうとの努力であるのは明らかだった。
「どうしたんだよ、悠理。前は連れてけって煩かったのによ」
「ツーリングって気分じゃないんだよ。それよりもさ、野梨子、あの、新しく出来た
モールに買い物に行こうぜ」
悠理が、魅録からのツーリングの誘いを断っている。
恋愛に疎いと言われる悠理でも、こんな微妙な時期にふたりだけで行くのは気が
乗らないらしい。
可憐が部室に来る前に、野梨子ととっとと出かけてしまおうと席を立つ。
「悠理、付き合いますわよ。……それでは、また明日」
本当に出て行ってしまった悠理の後を追って、慌てつつも涼しい顔をして野梨子は
去っていった。
後に残るは男三人。
最初に席を立ったのは清四郎だった。
「僕は、今日はE.S.P.研究会の会合がありますんで、失礼しますよ」
テーブルに広げていた新聞をきちんとたたんで鞄の中に入れ、悠理と野梨子が
置きっぱなしにしたカップを片付けて会釈して去っていく。
「僕は…」
同じ様に言い訳を言い始めた美童を魅録が遮る。
「お前は聞かなくてもわかってる。どうせ、デートだろ?行けよ」
魅録の口調は、諦めも入っているのかそっけない。
美童は、強がってみせる魅録を少しからかいたい気もしたが、壁の向こう側から
こちらに向かってくる足音が聞こえてきたので、すぐに退散することにした。
「魅録、じゃあね」
満面の笑みを残して美童が去ると、魅録はひとり、部室に残された。
ようやく、魅録の耳にも足音が聞こえてくる。
我知らず、緊張していくのがわかった。
「あら…、魅録だけ?」
ドアを開けた可憐がさっと室内を見渡すと、そこには魅録しかいなかった。
あの夜以来、魅録とふたりっきりになるのを避けていた可憐に、緊張が走る。
煙草を咥えていた魅録は、煙草を灰皿に置いて言った。
「さっき、美童が出てってたんだ。…俺ももう帰るけどな」
確かに、このまま部室に残ってすべきことなど特にない。
悠理に断られた時点で帰ってもよかったのに帰らなかったのは、可憐のことが
になっていたからである。
「そっ、じゃあ、あたしも帰るわ」
可憐は部室に入りもせず、そのままドアを閉めた。
ノブから手を放した時、少しホッとする。
それから下駄箱に向かって、薄暗がりの廊下を歩き始めた。
「可憐、ちょっと待ってくれ!」
魅録が急いで部室のドアに鍵をかけて、可憐に近づいてくる。
可憐は何故か、金縛りにでもあったかのようにその場を動けない。
数秒後には、校内であるにも関わらす、魅録は後ろから可憐を抱き締めていた。
「可憐…。もう一度、初めから、俺と、付き合って欲しい…」
魅録は、可憐の柔らかな髪に顔を近づけて言った。
言いながらも、魅録は自分の取った行動に、少しばかり動揺している。
それでも、自分の想いを止められない。
「…初めからって言っといて、こんなこと、しちゃいけないんだろうけどな……」
照れ隠しにそんな言葉を呟いてみたものの、両腕を解くつもりはない。
ただ、腕の中の可憐が思っていた以上に華奢で、つい力を入れすぎてしまいかねない
自分をなんとか抑えている。
「…可憐、今すぐ返事してくれってわけじゃない。……でも、真剣に考えて欲しい。
やっぱ、俺、お前のこと諦められねえから」
外は確実に、より暗くなっていく。
限界まできていた可憐の胸の高鳴りは、だんだんと落ち着きを取り戻していく。
どのくらいそのままでいたのかわからなくなった頃、ふと、自分の腰の辺りに回された
魅録の腕に可憐の視線が止まった。
太すぎることも細すぎることもない、筋肉質のしっかりした腕。
決して雄弁ではない魅録は、美童みたいに器用に女の欲しい言葉を紡ぎだしたりは
しないけど、この腕はいつも可憐の為にあった。
なのに、大喧嘩したあの夜、可憐は抱き締めてくれた魅録の腕を振りほどいてしまった。
あの時、もう少しそのままでいたなら、こんなことにならなかったのではないだろうか?
「……魅録、ほんとに、あたしでいいの?」
可憐の両手が、おずおずと魅録の両手に触れる。
魅録は可憐の髪にキスし、耳元で囁いた。
「…可憐じゃないと、……俺、だめなんだ」
END
読んで下さった方、スルーしてくださった方、ありがとうございました。
何より、感想を下さった方には本当に感謝しております。
>Sway
最後の魅録の言葉がいいですね。
校内なのに抱きしめちゃうところも凄く魅録っぽいし、
口に出さなくても気遣っている他のメンバーも
いい感じでした。
完結が、嬉しくも寂しいです。お疲れさまでした!
>Sway
わーい!うp直後!!!静かな中に原作らしさもあって、
清四郎はかっこいいしw、好きでした。
作者様お疲れ様でした!
>Sway
やっぱり魅録と可憐は元サヤに・・・。清四郎を応援してた私は残念ですが、
魅×可も好きでした。連載終了お疲れ様です。
新作をお待ちしております。
>Sway
今回、脇にまわった清四郎や悠理達も含め登場人物が
みんな誠実で優しくて、暖かく読めました。
清四郎の今後がちょっと気になってます、気が向いたら
書いていただけると嬉しいです。
連載お疲れさまでした。新作を楽しみにしています。
>Sway
連載お疲れ様でした!!!
原作読みながら、魅録と可憐はそれぞれ実は一番古風なタイプで
正統派のカップルになりそうだなと思っていたので、
最後のシーンの魅録の台詞は沁みました。お幸せにw
すごく(・∀・)イイ!!恋愛話読めて私も幸せですw
658タン同様、私も清四郎の今後が気になってます〜
もし気が向いたらぜひぜひ。
>暴走愛
新連載ですね!これからどうなっていくのか楽しみです。
恋のめまい、愛の傷を連想させるような清×可の出会いにワクワクでつ。
大人向けのサービスもお待ちしております。
>暴走愛
新連載、ありがとう!!
“大人向け昼ドラ泥沼系”に大いに期待してます。
さっそく、続きが読みたくてウズウズしてきています。
どなたかホロ苦の続きをプリーズ…!
読みたいよぅ
キャッツはどうなった?
キャッツ!!
秋 もどなたか続きを!!
>664
秋の続きを書くのは秋さんでしょうが。
<暴走愛>うpします。4レス使います。
>>647 <暴走愛> 第1章 〜虚偽の愛〜
豊作と可憐、悠理と清四郎の婚約記念パーティーが、剣菱記念会館で盛大に催された。
一体何人の社長に挨拶をし、令息令嬢に世辞を言ったり、世間話をしただろう。
社交好きな可憐でさえ立ちくらみがしてきた。
剣菱夫人になるって大変なことなのね……
そんな時、また挨拶をしようと近づいてくる人々がいる。
可憐は気力を振り絞ると、笑顔を作った。
にこにこと笑いながら近づいてきたのは、美童グランマニエとその家族だった。
「久しぶりだね、可憐。この度は婚約おめでとう」
美童の父や母、そして杏樹も笑顔で二人を祝福し、豊作になれそめ話を聞いている。
そっと美童が可憐を脇に引っ張った。
「豊作さんと結婚するんだ、可憐。ちょっと残念だな」
美童は高校時代、可憐に告白して振られている。
その時、可憐は清四郎に恋をしていたのだが、そんな可憐に美童はやさしく、
清四郎への恋の橋渡しさえ買って出たのだった。
彼は可憐と清四郎がうまく行かなかったのを内心残念に思っていた。
「まさか清四郎が悠理と結婚するなんてね」
残念そうな美童の言葉に、可憐は黙って微笑んだ。
清四郎と悠理はとっくに堅苦しいパーティーから裏庭に逃げ出していた。
悠理はがめてきた料理を噴水脇に並べ、ガツガツと平らげている。
「腹こわしますよ」とたしなめながら、清四郎は考え事をしているようだった。
そんな清四郎に悠理は呼びかける。
「驚いたな、可憐がにーちゃんと結婚するなんて。清四郎、平気なのか?」
悠理の言葉に清四郎はゆっくりと振向いて、手にしたシャンパンを口にした。
「別に、どうということはありませんよ。可憐とのことは昔の話ですから」
「嘘つきだな、清四郎は。今からだって止めていいんだぞ、あたいとの結婚。
どうせ愛があってするんじゃないんだから」
清四郎が唇に人さし指を当てて制止する。
「しぃっ、悠理。誰か人が聞いていたらどうするんですか」
「別に聞いてたっていいだろ、父ちゃんや母ちゃんに聞かれなきゃ。
清四郎はあたいと結婚して、剣菱で腕を奮う。あたいは『結婚』したから、
結婚しろ、結婚しろと五月蝿く言われないですむ……。
まぁったく、よく思いつくよな、こんな計画」
「いい話でしょう、悠理にとっても、僕にとっても」
悠理は一気に唐揚げ10個を口に放り込む。
「まあな。結婚なんて薄気味悪いこと、絶対したくなかったし。……そうだ、
清四郎。あの約束、絶対守れよな」
「約束……?はて、なんでしたかな」
とぼける清四郎を、悠理はじろりと睨む。
「忘れるなよ!二人きりでいても、絶対あたいに手え出すなよ。当然、ベッドは別!」
清四郎の冷たい視線に悠理はたじろぐ。
「な、なんだよ。そういう話だったよな……?だって、あたいら仮面夫婦だし……」
「悠理。僕と結婚して本当に貞操を守る気だったんですか?結婚したら夫婦なんだから
悠理を煮ようが焼こうが僕の勝手だし、誰にも文句は言われませんよ」
「……!な、なななな、清四郎!」
悠理は真っ赤になって清四郎につかみかかった。清四郎はぺろっと舌を出す。
「まぁ、そういう事もできる、という話で。悠理はその事を念頭に置いて、余り僕ら夫婦
の秘密をあちこちでペラペラ喋らないでいただきたいですね」
ニヤッと笑う。
ここで、やっと悠理は清四郎にまんまとはめられた事が分かったのだった。
(こんの〜〜〜っ。悪魔っ!)
「しかし、……困りましたな。妻が体を許してくれないのであれば、僕は男として
非常に辛いですよ。ということで浮気は容認でお願いしますね」
「……やだ。それじゃ、まるであたいに魅力がないみたいじゃないか」
「仕方ありませんな。それとも責任とってベッドを共にしてくれますか?」
「それもやだっ」
「じゃあ、浮気したっていいでしょう。世間にはばれないようにしますから」
「だめだっ。浮気はだめっ」
むつかしい顔をして悠理は考え込んでいる。
その顔がおかしくて噴き出しそうな清四郎は、建物の影から現れたカップルに気がついた。
「大丈夫、可憐ちゃん?疲れたね、休もうか」
豊作はやさしい声で可憐を気づかっている。可憐は照れたように顔の前で手を振った。
「ううん、大丈夫。顔がほてっちゃって、ちょっと夜風に当たりたいだけ。
それにしても、想像はしてたけど、やっぱり剣菱ってすごいのねぇ。
豊作さん、見直したわ」
「……すごいのは親父さ」
可憐は豊作の言葉に影を感じ、傍らの婚約者を見上げる。
その時、二人は噴水の周りに腰かけた悠理とその側に立つ清四郎に気がついた。
二人の影を意識しながら、清四郎は悠理の前に屈み込む。
「悠理、お願いがあるんですが」
「なんだよ」
「僕はしばらく剣菱で死にもの狂いで働きます。おじさんや豊作さんを補佐して、
そして、きっと剣菱を『立て直して』見せます」
悠理はじっと清四郎の真剣な顔を見つめる。
「もし、剣菱を救えたら、一晩だけでかまわない。悠理を僕にくれませんか?」
清四郎の顔から視線をそらすと悠理は呟いた。
「お前、自信あるのか?」
「あります」
悠理はふっと笑った。
「……なら、いいよ」
清四郎と悠理は何やら親密そうに話し合っていた。
可憐は何気なさを装い、元来た道を引き返そうとするが、豊作は何を思ったのか、
動かなかった。
やがて清四郎が悠理に顔を寄せる。
「なんだよ、清四郎」
「悠理は忘れっぽいですからね。忘れないように……これは、契約書です」
「契約書って……せ、清四郎……う」
清四郎の唇が悠理の唇に熱く重なった。
抗って清四郎の腕から悠理は逃げようともがいたが、やがて諦めて身を任せた。
初めての口づけにオロオロする悠理の舌を、清四郎の舌が探して見つけ、
からめて取った。そして、決して彼女から嫌われていないということを彼は知る。
しかし、視線の端にはかつて愛した女の姿を捕らえたまま、
彼女に見せつけるように、清四郎は再び悠理の舌を吸った。
恋人達の姿に視線を走らせていた豊作は、可憐がドレスの端を握りしめて
いることに気づいた。あまり力を込めて握っていたので、指先が白くなっている
ことに可憐は気がつかない。豊作はギロリと傍らの婚約者にきつい視線を向けた。
続く
>暴走愛
すごい!
今からドロドロの予感・・・楽しみです!
清四郎×悠里もかーなーり気になります!
>暴走愛
ドロドロの中の清×悠がかわいくてイイ!!
でもそのうち悠理が可憐に恨まれたりするの
かしら…
何にせよ、Rが沢山ありそうなのが楽しみな私です。
>暴走愛
早くもドロドロしてきましたねー。
ドキドキしながら読んでしまいました。
可憐をめぐり、豊作と清四郎がどのように動いていくか、可憐はどうするのか、
今後の展開がかなり楽しみです。
>暴走愛
可憐を巡って男達が争うっていうシチュエーション、私にとってかなりおいしい展開です。
まだ出て来ていない魅録は、いったいどういう役回りなんでしょうか?
>暴走愛
>一晩だけでかまわない。悠理を僕にくれませんか?
このセリフ、はまりました!
清四郎の狙いは一体何?
続きが楽しみです!
<暴走愛>うpします。
泥沼系・Rありなのでご注意ください。
>>670 可憐はそのまま剣菱豊作と結婚した。剣菱百合子の趣味でウエストミンスター寺院で
億とも言われるウエディングドレスを身につけて挑んだ結婚式は、それはそれは豪華で
贅沢の限りをつくしたものだった。だが、花嫁・可憐の笑顔は少々硬い。
なぜなら結婚式が悠理・清四郎ペアと合同だったからである。
『汝、菊正宗清四郎。剣菱悠理を生涯の妻にすることを誓いますか?』
はい、と清四郎が答えた時、可憐は心の中のある思いに、そっと鍵をかけて
永遠に封印することにした。
二組のカップルが結婚して一ヶ月程経ったある夜のこと。
夜遅く帰宅した豊作の体から酒の臭いが立ち昇っているのに、可憐は気づいた。
「豊作さん、飲んできたの?余り強くないんだから、無理しちゃ駄目よ」
赤く充血した目の豊作は、そんな可憐を見て笑う。
「な、何?」
「いや、可憐ちゃんも奥さんらしくなったなと思ってさ」
可憐はほんのり顔を赤く染めた。
「可憐ちゃんて呼ぶのやめてって言ったじゃない。奥さんなんだから可憐、で
いいわよ」
「10も年下だから、どうしても可愛くて、ちゃんをつけちゃうんだよ。
それに僕が可憐、って呼ぶなら、可憐ちゃんも僕のこと、豊作、って呼んでよ」
「私は……豊作さんでいい」
入浴後、可憐は厚手のガウンをはおると、悠理達の部屋へ向かう。
可憐・豊作夫婦も悠理・清四郎夫婦も、剣菱邸の中に部屋を与えられており、
いわば同じ屋根の下に住んでいるのだ。プライベートな部屋達は居間など
他人が出入りする部屋からは大分離れている。それでもガウンで他の夫婦を
訪問するのは、もちろん可憐と悠理の間柄だからである。
悠理は可憐を喜んで迎えた。
可憐は用件を手短に伝える。
「最近、豊作さんの様子が変なの。今日も強くないのに飲んで帰ってきたわ。
今日の重役会議、清四郎も出席してたわよね。なにかあったのか、聞いてない?」
部屋の奥の扉が開き、『悠理の夫』が顔を出した。
「おや、可憐、久しぶりですね。同じ屋根の下で暮らしているというのに一向に
会わないので、どうしているかと思ってたんですよ」
会わないのは当然だった。可憐の方で意識して清四郎を避けていたのである。
悠理が可憐の訪れた用件を清四郎に伝える。
清四郎は可憐の方を向いたまま、悠理の口元へ体を傾けて耳を近づけていた。
この夫婦の仲睦まじさに、可憐は目を背けたい衝動に駆られる。
「ああ、豊作さんですか。落ち込んでましたか、無理もありませんね。彼は今日の
会議で発表した内容の矛盾点を突かれて、立ち往生してしまったんですよ。
おじさんや、他の重役連中もいる前でね。酒も飲みたくなると思いますよ」
情け容赦ない清四郎の言い方に、可憐はカチンと来た。
これではまるで剣菱豊作が無能だと言わんばかりではないか。
「……もちろん、清四郎は豊作さんを助けてあげたのよね?」
「僕がですか?そんなことしたら、ますます豊作さんの立場がなくなりますよ。
ただでさえ便りにならない……失敬。それにね、実を言えば矛盾点を突いたのは
何を隠そう、この僕なんです。助けるどころか、窮地に追い込んでしまいました」
あの大人しい豊作を、清四郎が高校生の時から定評のある底冷えのする声で
追いつめている場面が頭に浮かび、可憐はすっかり頭に血が昇った。
悠理がはらはらして二人を見つめている。
清四郎は冷たい目で可憐の様子を伺いながら、グラスにウィスキーを注いだ。
「すみませんでしたね。これからは豊作さんに負担をかけないよう気をつけますよ。
最も……可憐が望めば、の話ですが。どうしますか?」
清四郎の態度は、可憐に自分に向かって頭を下げろと言わんばかりだった。
可憐はキッと清四郎を見据えた。
「……ありがとう。でも、心配は御無用よ。豊作さんは清四郎の助けなんか
なくても立派にやっていける人よ。見くびらないで」
そう言い捨てると、荒々しくドアを閉め去って行った。
清四郎は閉まったドアを見つめ、ウィスキーに口をつける。
ふと、悠理のとがめるような視線に気がついた。
「……お前、父ちゃんやにーちゃんを補佐するって言わなかったか?
もともと頼りないにーちゃん追いつめてどうすんだよ!」
口を尖らせて抗議する悠理に、清四郎は目を細めた。
悠理の髪に手を伸ばし、くしゃくしゃする。
「大丈夫ですよ、悠理。豊作さんは見かけより、ずっとしっかりしてますよ。
何たってお義父さんの息子、悠理のお兄さんじゃないですか」
悠理に弁解しながら、清四郎の頭に浮かぶのは、資料片手に真っ青な顔で
立ち尽す豊作の哀れな姿だった。
(お坊っちゃんにはさぞかし辛い経験だったでしょうな)
再び清四郎は冷たい瞳に戻ると、舌を出してウィスキーを舐めた。
ベッドが性急にきしんでいた。
「あん……あっ、い、痛い、痛いわ、豊作さん!」
妻の悲鳴に豊作は我に返った。あわてて妻の体を気づかう。
「ご、ごめん。痛かった?可憐ちゃん」
「大丈夫……。豊作さん、何か心配事でもあるの?」
ベッドサイドに置いたランプの灯りの中に、ベッドに腰かけた豊作の
裸の肩が浮かび上がる。黙ってこらえている豊作を、可憐は裸のまま背後から
抱きしめた。眼鏡をはずした豊作の顔は、より一層地味に見える。
彼は大きく息を吐いた。
「彼は……清四郎くんはできる奴だね。彼がうちの社長になったら、剣菱も持ち直す
かもしれないな」
「社長って……豊作さんがいるじゃない。それに清四郎はまだ大学を卒業した
ばかりなのよ」
「年は関係ないよ。できる奴が上に立つ。そうじゃない奴は例え親族だろうと排除
される。これからはそういう時代だ」
豊作の肩が小さく見えた。可憐は豊作の胸の内が痛い程わかって何も言えず、
そっと彼の肩に口づけた。やがて豊作は妻に向き直ると、天の恵みを充分に受けた
彼女の豊満な胸に顔を埋めた。再び二人は夫婦の営みに戻る。
その晩、豊作はうっぷんを晴らすかのように可憐を責め続け、
夜明け近くにやっと寝入った。
夫の寝顔を見つめても尚、可憐は眠れなかった。
先刻まで夫を受け入れていた体が、うずく。
あの男の冷たい言葉が、可憐の体の芯を蕩かしてしまいそうだった。
(……清四郎)
あんなに豊作に責められても辿り着けなかった高みへ昇りたかった。
可憐は全裸のままベッドから降りると、カーテンの陰に立った。
そして、欲望の淵へ手を伸ばす。
(……んっ、くっ、あっ、はぁ)
自慢の長い指が何の抵抗もなく、自分自身の中へ吸い込まれる。
秘部を弄びながら、空いている方の手で乳房を鷲掴みにし、乳首をいたぶる。
自分を慰めつつ思い出すのは、あの男のやり方だった。
清四郎の指、清四郎の唇、清四郎の腰、全てを思い出しながら可憐は己を責め立てる。
だが、笑顔が、清四郎の笑顔だけがどうしても思い出せない。
(ぁぁっ、ぁぁっ、ぁっ……!)
思いとは裏腹に暴走した体は止まれなかった。
(あぁ……、せいしろう……)
小さな悲鳴と共に可憐は達した。
体内から溢れる液体をティッシュで拭いた可憐は、傍らで眠る夫にちくりと罪悪感を感じ
心の中で詫びながらベッドに潜り込んだ。
その晩、清四郎はふざけて悠理のベッドに入ろうとして、彼女に飛び蹴りを喰らわされた後、
仕事の続きをしようとノートパソコンを立ち上げていた。
キーボードを熱心に打っていたかと思えば、時々何か考え事をしているかのように
ぼんやりし、ふと思い直して、又せっせとキーボードを打つのだった。
続く
>暴走愛
続きが楽しみだあ。
豊作さんは可憐の身体目当てで結婚!な〜んて裏の部分があったりして。
>暴走愛
それより清四郎が恐いです…
>暴走愛
なんか、むちゃくちゃツボです。
ものすごーく悪者っぽいね、清四郎。
更なるワルっぷりが楽しみ。
豊作さんもどんどん壊れていきそうですなあ。
「…ごめんな。ほんと、ごめん」
何を言っていいか分からなくて、魅録はただ、謝った。
裕也に会いに行かせたことをなのか、野梨子を泣かせていることをなのか、
清四郎を結果的に追い出して自分がここに居ることをなのか、
ただ座っているだけで何もしてやることができないことをなのか、
それなのに野梨子を抱きしめて、もう一度ちゃんと口づけたいという気持ちが
どんどん強くなってきていることをなのか…、わからない。
たぶん、そのすべてだろう。
ここにきて、やっと魅録は自分の気持ちをはっきりと自覚した。
ずっと認めたくなくて、認めることで誰との関係も壊したくなくて、
意識的に逃げていた結論だった。旅の間にも何度も辿り着きそうになった結論だった。
俺は、野梨子が好きだ。
裕也でも清四郎でもなく、俺が野梨子を守りたい。野梨子のそばにいたい。
たとえ野梨子が誰を好きでも、その気持ちは変わらない。
しかしその結論を、決して声に出すことはないだろうと、魅録は知っていた。
好きな女なら尚更、悲しませたり困らせたりすることはできないから。
野梨子が魅録を見ている。じっと目を見つめている。何を考えているのだろう。
口を開きかけた野梨子をさえぎるように、魅録はもう一度言った。
「ごめ…」
「謝らないで!」
思いがけず強い口調で野梨子が言った。
「謝らなきゃならないのは私の方ですわ、だって」
魅録の優しさに甘えた。利用した。狡くも、好きだと告白もせずに。
急に言葉を切った野梨子を、魅録は不安げな目で見ている。
「だって私は」
再び口をつぐんだ野梨子と、魅録は見つめ合っていた。
病室の空気は重く、動くと音がしそうなほど静かだった。
そのせいでその時、廊下で大声を出す可憐の言葉が薄くだが、二人にはっきり聞こえた。
――『そんなに好きなら、無理に諦めなくったっていいじゃない…』
あまり進められませんでした…。どなたか続きお願いいたします。
>ホロ苦
胸がきゅぅぅぅぅうんとしました。
まさにホロ苦。清四郎と可憐もからんできて
ドキドキです。進めてくれてありがとう。
>暴走愛
ドロドロものでしたら、誰かが刺されるなんて展開あるんでしょうか?期待してます
>ホロ苦
進んでる!うれしいでつ。ありがd
可憐のこの言葉に野梨子は途切れていた言葉を取り戻した。
「私、清四郎にも魅録にも甘えきっていたんですわ」
互いの心臓の音が聞こえそうなくらい、辺りは静まり返っていた。
野梨子の声はかすかに震えてはいたが、そこには確かな野梨子の意思が
備わっている。ゆっくりと魅録の目を見つめて再び口を開く。
「清四郎は私にとって大切な人です」
その言葉に魅録はいたたまれなくなって反射的に耳を塞ごうとした。
清四郎の名が出たことで今までの関係に何らかの決着が着いてしまう。それを恐れた。
「魅録!最後まで聞いてください、お願い」
野梨子は魅録の塞いだ手をゆっくりと自分の方に引き寄せた。
「私裕也さんを訪ねて金沢に出掛けた時、ずっとどきどきしっぱなしでしたの」
野梨子が魅録を自分のほうに引き寄せた為二人の距離はずっと近い。
魅録は野梨子の瞳に映る自分を見ていた。
「魅録と二人きりでいられるのが嬉しかったんです」
野梨子は嘘偽りのない感情を魅録にぶつけるよう覚悟を決めた。
「魅録が金沢行きを提案してくれた時点で、私の裕也さんに対する想いはすでに
いい思い出に昇華していました。でも私、本当のことが言い出せなかったんですの」
野梨子は魅録の手を被ったままにしていた。そうしていると一層勇気が出せる気がした。
「野梨子・・・」
何か言いかける魅録を制して野梨子が続ける。
「私、魅録といると胸が苦しくって苦しくって、でも清四郎にも本当の事が
言えなくて。・・・それ程私にとって魅録は特別な人ですの」
野梨子がしっかりと魅録の瞳を見据えて言った。
「私はあなたが好きです」
いたたまれなくなって野梨子に告白させてしまいました
中途半端でスマソ
>ホロ苦
>「あなたが好きです」
キタ━━━━━━\(゚∀゚)/━━━━━━ !!!!!
野梨子の告白、読んでてドキドキしますた。
作者さま、進めてくれてありがとう。
>ホロ苦い青春編 魅×野
キターッ!いよいよクライマックス!?
野梨子の告白にモエモ~
<暴走愛>うpします。
まっ逆さまに暗くなってきました。
ダーク&Rなので苦手な方、お子さまはスルーお願いします。
>>681 よく晴れた朝、剣菱家の若夫婦付きの運転手、小輪は寒さに身をすくめながらも
ぴかぴかに磨き上げたロールスロイスの艶に満足していた。
黒い鏡面に映る自分の顔を見ながら、煙草に火をつける。
寒さに震えながら白煙を吐き出し顔を上げると、落ち着いたサーモンピンクの
ワンピースに灰色の高価そうなコートを手にした若奥様がメイドに見送られ
車の前に立っている。あわてて煙草を携帯灰皿で揉み消した。
「失礼しました。おはようございます、可憐さま」
おはよう、と優しく微笑む可憐は少し眠そうだった。
「小輪が磨いた車は乗るのが勿体無い位、ぴかぴかね。うれしいわ」
褒め言葉に小輪の耳が赤くなる。そこへ豊作も出て来て、車に乗り込む。
「おはようございます、豊作さま。今朝は剣菱電工の新社屋でよろしいですね」
「ああ」
新妻の横に乗り込んだ豊作は可憐の衣装を褒めると、ワープロ文書を取り出した。
「今日の新社屋完成披露パーティーで、祝辞を言わなければならないんだ。」
「大変ね」と可憐が労うと、豊作は苦笑して、親父の代理も大変だよとこぼした。
案内されたパーティー会場は、普段は大会議室らしかった。
会場へ足を踏み入れた二人、いや特に豊作は、いつもと違う雰囲気を感じた。
財閥の会長であり、電工の名誉理事である万作の、代理である自分が顔を出せば
たちまちワッとお偉方に取り囲まれるのが常であった。
ところが、今日は先に出来ていた人垣から、一向にこちらに人が寄って来ないのだ。
豊作の顔が強ばったのに可憐は気づいた。
人垣の中心になっている二人がこちらに気づいたようだ。
「にーちゃん!」
サイケデリックな色彩が渦を巻いたようなファッションの悠理が無邪気に手を振って
いる。その後ろにスラリとスーツを着こなした清四郎が、部長達を従え、悠然と
立っていた。
可憐は頬が引きつるのを感じながら、無理矢理笑顔を作り、悠理に手を振り返す。
二つのカップルを比べてみれば、圧倒的に悠理達に華があった。
可憐は笑みを浮かべながら、豊作を引っ張り悠理に近づく。
彼女に近づいて、せめて会場の華の一部になろうとした。
やがて剣菱電工の社長の挨拶が終わり、乾杯の声がかかる。
しばらく歓談の時間があった後、司会者が壇上に上がる。
きっと来賓から祝辞をもらおうとするに違いない。
豊作はグラスを置きかけた。
『……それでは菊正宗清四郎さん、こちらへお願いします!』
可憐は持っていた皿を取り落としそうになった。
あわてて豊作を見ると、彼の顔は青いのを通り越して土気色になっていた。
壇上では清四郎が、社長と週末ゴルフに行った話を交え、ユーモアたっぷりな
祝辞を披露している。会場のあちこちから笑い声があがった。
男性陣はこの若い男を感心したように眺め、奥様方は小声ではしゃぎながら
お互いに突つき合って、若くハンサムな弁士をうっとりと見つめていた。
会場の注目を一身に浴びている清四郎に、可憐は唇を噛み締めた。
なぜ、なぜ清四郎が先に挨拶するの? お義父さまの代理で来ているのは豊作さん
なのに……
割れんばかりの拍手に送られて清四郎が壇を降りた後、つけたしのように豊作の名前が
呼ばれる。豊作は取りあえず余裕の顔を作ったものの、頭の中は真っ白になっていた。
用意したコメントも肝心の部分でつっかえて、会場に白けた雰囲気が漂う。
清四郎と比較され、笑われているのが豊作には痛い程わかった。
豊作は心の中で、父・万作を呪った。
なぜだ、なぜ僕にこんな仕打ちを!? お父さん……!
帰りの車中で豊作はずっと黙りこくったまま、頭を抱えていた。
可憐は豊作の気持ちを思うと、どんな慰めの言葉も気休めにしか聞こえないような
気がして、黙って彼の手を握りしめていた。
運転席では二人のただならない様子が気になるのか、時々小輪がミラー越しにこちらを
伺うのがわかった。心配そうな声で病院に向かいましょうか、と聞いてくる。
豊作は手を振って、いい、というジェスチャーをした後、可憐の肩にもたれてきた。
「父さんは、清四郎くんに剣菱の後を継がそうとしているのかもしれない」
可憐は全身に冷たい水を浴びせられた気がした。
「彼が来てから、ずっと感じていたことなんだ。この剣菱の中で少しずつ少しずつ
彼の発言権が増して来ている。僕の力は、その度に少しずつ少しずつ取り上げられて
いってるんだ。今日のことがあって、わかった。父さんは、剣菱万作は僕を後継者に
する気はない」
「そんな……。豊作さんの考え過ぎよ」
と言いながら、可憐は小輪が気になった。こんな重大な話を他人がいるところでして
いいものだろうか。豊作は力なく笑う。
「小輪は大丈夫だよ。車内でのことは彼ら運転手は一切『見てない』んだ。名輪の
息子だから、その辺はしっかり仕込まれてるよ。なっ、小輪?」
ミラー越しに小輪は黙って目線で頷く。
眼鏡をはずして豊作は疲れたように目を押さえる。
「期待されてないとは思っていたが、まさか10も年下の若造に脅かされるとはな。
身内だと思って甘く見てた」
「だって、そんなはずはないわよ。清四郎は剣菱に籍を入れてないし、悠理だって
豊作さんを差し置いて、なんて考えてるはずないわ。だってお兄さんですもの。
お義父さまだって、お義母さまだって可愛い豊作さんを見捨てるわけないわ」
可愛い、という言葉に豊作は苦笑いする。
「可愛い……か。僕達に子どもでもできたら、孫可愛さに考え直してくれるかも
しれないね」
豊作は少し元気を取り戻したかのように見えた。
可憐は胸がいっぱいになって、豊作の手を握りしめる。
「そうよ! 心配することないわ。元気出して豊作さん!」
「可憐……」
初めて豊作は「ちゃん」をつけずに妻の名を呼ぶ。
優しい彼女の笑顔に言葉がつまり、妻を抱き寄せた。
強く抱擁されながら、可憐は豊作の耳元で「大丈夫、大丈夫」と囁く。
豊作には天使の声に聞こえた。
突然、豊作の中で堰が切れた。
可憐は呆然として、年上の夫が、いつも大人で紳士然として振舞う夫が、溢れる涙を
堪え切れず、声を上げて泣くのを見つめた。
「……豊作さん、」
その声に弾かれたように豊作は可憐をシートに押し倒した。
妻の唇に激しくキスをしながら、彼女の体をまさぐる。
豊作が何をしようとしているのかに気がついて、可憐が驚愕した。
「や、やめ……豊作さ」
「小輪、そのまま走り続けろ」
豊作はそう命令すると、後部座席のカーテンを引き、運転席と後部座席の境の窓も
ピシャリと閉める。
「やめて、豊作さん!嫌よ、こんなところで!」
必死の可憐の哀願も豊作には届かない。
「可憐……お前だけだよ、側にいてくれるのは、可憐……」
ワンピースが裂ける音がして、乳房が露出する。
思いきり乳首を吸われて、可憐はうっと喘いだ。
小輪は運転に集中しようとしていた。しかし、思わずバックミラーに目をやると、
豊作が美しく白い太腿から下着を剥ぎ取るところだった。
小輪は危うく赤信号の交差点に突っ込みそうになった。
豊作は可憐の膝を彼女の口元まで折り曲げ、その膝を自らの両手で押さえつけている。
上半身はワイシャツのまま、ズボンをずらし、自分の悲しみを
美しい天使の体内に叩きつけていた。
可憐は彼の激情にあえぎながら、豊作が何度も
「愛してるんだ、可憐、愛してる……」
囁くのを聞いて、目をつぶった。
豊作の悲しみも可憐の悲しみも知らず、
車内には、ただ、二人の肉体が擦れ合う、淫猥きわまりない音が響いていた。
続く
>>622の続きです
「それでは御式は21日という事で」
清四郎が結婚を承諾してからというもの
すっかり機嫌が良くなった兼六夫人がいそいそと事を切り出す。
「はぁ?」
清四郎の母が、間の抜けた返事を返す。意味がわからない。
「御心配いりませんのよ、1週間もあれば東西一の結婚式の準備が出来ますから」
「あ、あの・・・21日ってもしかして今月の――」
清四郎の母は青ざめながら聞き返す。彼女はこの場の急すぎる展開についていけていない。
「ええ、ちょうど大安ですし、土曜日ですから御式には都合が良いかと」
スラスラと暦や曜日が出る所を見ると、予めこの日を予定していたと思われる。
「僕はそれでかまいません、よろしくお願いします」
清四郎はまるで事務処理のごとく、淡々と話す。
「ねぇ、清四郎さん」
綾香が甘ったるい声を出す。
「今、清四郎さんが通ってらっしゃる学校とうちではかなり距離がありますわ。
うちに来て頂く事になれば、きっと通学が不便になると思いますの」
綾香はちらちらと野梨子を意識しながら話している。
「思い切ってうちの近くの高校に転校して頂いた方が良いと思いますわ」
清四郎はほんの数秒考えていたが、やはり先程と同じく淡々と答えた。
「それではお言葉に甘えて、そうさせて頂きます」
「おまえ!何考えとるんだ!!」
台を叩く大きい音と共に、ついに今まで黙っていた修平が怒り出した。
「そうだよ清四郎!それがどういう事だかわかって言ってるの?
野梨子だけじゃない、僕らとも離れる事になるんだよ!」
美童は必死になっている。こんな事で清四郎と離れたくは無い。
「後々の事や、利便性を考えると――」
「りべんもせんべいもねぇ!!」
清四郎の言葉を、激昂した悠理が遮る。
「お母様」
綾香は自分の母親に眉根を寄せながら話し掛ける。
「こんな害虫の溜まり場みたいな所に、清四郎さんを置いておくのは忍びないですわ」
まるで汚物でも見るかのごとき顔で悠理を睨む。
「早速、明後日の月曜日からうちに来て頂きましょうよ。
その日にプレジデントの退学の手続きと新しい学校の転入手続きも行って。
そうすれば次の日からスムーズにうちから新しい学校へ通えますわ」
「ちょっと待ってよ!じゃあプレジデントにはもう1日も来れないって事になるじゃないか!」
美童が激しく抗議するも、どんどん綾香のペースに陥る。清四郎が同意する分、速度は速い。
「月曜に退学届を出す時に行きますよ」
清四郎の口から、何とも淋しい答えが返ってくる。
「清四郎!!」
いきなり名を呼び、パァンと強烈な張り手の音が響く。
「うわっ!」
美童が両手で目を覆う――。見ている方が痛くなりそうな強烈な平手打ちだ。
「――話にならないわ」
和子は清四郎の頬を叩き、それ以上は何も言わず黙って部屋を後にした。
こんな事が、現実にあるのだろうか?
野梨子には信じられない――。
『例え綾香さんと結婚しなくても、野梨子とは結婚出来ませんし、付き合う事も出来ません』
それは謎多き清四郎の言動を、野梨子の頭の中で全て解明させるのに充分なセリフだった。
もし野梨子の推測が当たっていれば、清四郎は大きな思い違いをしている事になる。
こんな馬鹿げた話は、ここにいる誰に話してもきっとわかってもらえない。
野梨子自身でさえ、清四郎のその心情を読み取ることは出来ても、理解も納得も出来はしない。
それは感情より脳が先に働く、清四郎自身にしか判らない気持ちだろう。
「清四郎」
誤解は解けないかもしれない、だけど何もしないよりはずっと良い。
「貴方を愛しています」
上手く伝わると良いが――。
「貴方が誰と結婚しても、わたくしの事を愛してなくても――例え」
こんな悲しい思い違いは、あってはいけない。
「――もう一生、逢えなくても」
まるで切り取られた絵のように、2人の間にだけ、甘いとも切ないとも言えない空気が流れる。
「自分の心を、もう一度見つめ直す事です。
野梨子、真実は君の心の中にある――」
悲しいかな、やはり野梨子の予想した通りの答えが返ってくる。誤解は解けていない。
「てめえはノストラダムスか!!」
予言めいた清四郎の謎の言葉に、悠理が苛立ちを露わにする。
「僕は綾香さんと結婚します」
改めて言われても、野梨子は取り乱したりはしなかった。
「かまいませんわ」
自分の心は決まっている。
「それでも、わたくしが愛するのは貴方だけですわ。
今も、これからもずっと―――」
パンパンと、ゆっくりとした拍手が響き渡る――。
「素敵!素敵ですわ!!素晴らしいスタンドプレーでしてよ、野梨子さん。
白鹿流茶道家元のお嬢様は『男嫌い』でも、離れていく男を引き止めておく術は
よく御存知ですのね、どなたの御仕込みなのかしら?」
綾香が聞くに堪えないセリフを言う。
「でもごめんなさいね。清四郎さんが選んだのは私なの」
言葉とは裏腹に、心から嬉しそうな顔を隠しもしない。
「『かまいません』と言いましたわ」
大事なのは自分が清四郎を愛しているという気持ちだ。
何を失っても、それだけは見失ってはいけない。
「わたくしが本当に欲しいのは『清四郎の愛』
貴女が手に入れようとしているのは『清四郎』という名の虚像ですわ」
清四郎を除く全員が、野梨子と綾香のやり取りを息を呑んで見つめている。
「清四郎の意思を無視して横から無理矢理奪ったところで、喜びも幸せも感じませんわ」
綾香は『ふふん』と声が聞こえてきそうな顔をして、余裕を見せる。
「仕方ありませんわねぇ、言わせておいて差し上げますわ。負け犬は吠えるのが仕事ですもの」
「ぷっはー!!」
悠理が真っ赤な顔で、息を存分に吐き出す。
悠理は2人のやり取りを熱心に見つめる余り、息をするのを忘れていた。
「おい、清四郎!こっちを見ろ!!」
突然、隣にいた野梨子の肩をつかむ。
「いいか、よく聞け!野梨子はあたいが一生守る!!」
悠理は清四郎に本気で腹を立てていた。
このお見合いを壊すために、悠理は走り、可憐は考え、魅録も美童も奮闘した。
清四郎の家族や野梨子の母も、家を犠牲にする覚悟で清四郎を守ろうとした。
野梨子においては清四郎に告白して気まずくなっても尚
婚約者の振りを努め、清四郎の結婚宣言を聞いても『愛している』と健気な態度を見せる。
なのに清四郎自身は何もしていない。
やっと口を開いたかと思えば、自分達の苦労を端から崩す事ばかり言う。
清四郎が一体何を考えて結婚を承諾したかは判らないが、人の気持ちを無にするのも程がある。
悠理はつかんだ野梨子の肩をぐっと自分の方に引き寄せ、高らかに清四郎に言い放つ。
「おまえがその女と離婚して、後になって『やっぱり野梨子を返して下さい』
って土下座して謝っても、絶対返してやらないからな!!」
『肩を抱かれて、自分の事を「一生守る」と力強く宣言される』
プレジデントの悠理のファンの女の子なら、誰もが夢見るそんなシチュエーションを
惜しみなく野梨子に捧げる――。
「後悔しても遅いんだぞ!!」
悠理は清四郎の気持ちを野梨子に向けるために、頭の中に思いつく限りのセリフを並べてみる。
「じゃあよろしくお願いします」
清四郎からあっさり返事が返ってくる。
「あぁ?」
「悠理が野梨子を守ってくれるのなら安心です。思い残す事無く結婚できます」
不覚にも、清四郎を不安にさせるどころか、安心感を与えてしまう結果となった。
「お前――後押ししてどうするんだよ」
案の定、魅録から悲しい突っ込みが入る。
悠理の渾身の作戦はここに終了した――。
「とりあえず一旦帰ろうよ。何か変だよ、清四郎」
美童が可憐と魅録の間で囁く。
「そうだな」
魅録も頷く。これ以上自分達がここにいても、事態はきっと好転しない。
「おい、ちょっと待て!清四郎とあの女をボコボコにしてから―――」
魅録が悠理の口を手で塞ぎ、引きずって連れて行く。
「清四郎・・・」
可憐が搾り出すような声を出す――。
「せいしろうっっ!!」
怒鳴っても、清四郎はピクリとも動かない。話を聞いていないのかもしれない。
「野梨子は、野梨子はねぇ・・・」
所詮は負け犬の遠吠え、だがこれからの野梨子の気持ちを思うと言わずにはいられない。
「あんたの事を信じてたのよ――」
結局、可憐は誰も幸せには出来なかった。
「あんたが結婚を承諾する――最後のその瞬間まで」
この世に本当に神様がいるならば――。
今の可憐の願い事はただ一つ。
『玉の輿』も『運命の王子様』もいらない。
だから神様――。
――野梨子を助けて。
清四郎を――連れて行かないで。
9月13日 金曜日 先負
結婚式まで――あと8日。
本日はここまでです。
ありがとうございました。
>檻
最近この作品がうpされるのが楽しみになってます。
キャラがそれぞれ、らしくて、読んでいて面白い!
それまで黙ってた修平さんがとうとう怒鳴っちゃうあたりに、事の
異常さを感じました。
式まで時間がないけど、これからメンバーが阻止のためにどういう
行動をとるのかも楽しみ。清四郎の心情も気になります。
>ホロ苦
きゃーーーー!!!むねきゅん!!
でもまだまだ終わってほしくないなぁ。
>暴走愛
豊作さんを見てるといたたまれないです。
でも清四郎カッコイイ…
>檻
清四郎は何を考えているのでしょうか?
すごくキャラ立ちしてて、セリフ回しに
魅力を感じます。悠理の「一生守る」
すごく感動しました。
>694さんの続きです。
自分の耳に届いた言葉が信じられなかった。
ほんの数秒前まで、野梨子はただの友達としてしか自分のことを見ていないと思っていた。
一番近くで彼女を見守ってきた清四郎には敵わないと思っていた。
しかし、今、野梨子の目は魅録をしっかりと見つめている。
――信じられない。
心の中で繰り返す。
呆然とするというのは、こういう状態なのだろう。
黙りこくっている魅録の様子に不安を覚えたのか、
真っ直ぐに魅録を見据えていた野梨子の表情が揺らぎ始めていた。
自分はどうするべきなのだろうか。
魅録はぎゅっと目を瞑った。
目の奥に浮かぶのは、大切な仲間だった。
先ほど、自分と清四郎を心配そうに見つめていた可憐の表情。
野梨子のことで、あれほど不安定な様子を見せた清四郎。
悠理、美童――いつもその仲間達と共に過ごしてきた楽しい日々。
そこには微笑む野梨子の姿も必ずあった。
どちらも失いたくない。どちらかを選ぶなんて出来るようなもんじゃない。
だけど――野梨子のこの手を離したくない。
ゆっくりと目を開けた。
魅録の手は野梨子の手のひらに包まれたままだった。
ぎゅっとその手を握り返す。
野梨子の肩がびくっとした。そのまま野梨子を引き寄せながら、魅録は心を決めた。
「好きだ」
野梨子は先ほどの自分と同じように呆然としていたが、魅録はその顔に自分の顔を近づける。
初めての口づけは、甘いだけでなく、なんだかとても切なくて、魅録は少し胸が詰まる気がした。
どなたか続きお願いします。
>暴走愛
清四郎の悪役振りがイイ!
豊作さんが哀れ〜
可憐はやさしいなぁ。
これからどうなるのか、ドキドキしてます!
>暴走愛
豊作しっかりしろー!
原作で、結婚騒動の時にバルコニーで泣いてた彼を思い出しました。
豊作さんのことまであんまり深く考えて読んでなかったなかったけど、
実はこんな心境だったのかなぁと急に気の毒になってしまった・・・
>ホロ苦
ちゅーキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!
でももう一波乱きぼんぬw
>檻
清四郎は一体何を勘違いしてるんだろう…早く知りたい!
それにしても皆さんも書いてらっしゃいますが、
面白杉。登場人物がイキイキしてて、行動も有閑らしくって
すごく楽しいです。早く続きが読みたいです。
>ホロ苦い青春編
魅×野ついに告白しましたね。だが、鬼畜な私はホロ苦い結末キボンヌ〜
>ホロ苦
付き合ってまだまだ波乱が欲しいところw
<暴走愛>うpします。
大人向け昼ドラ泥沼系なので、苦手な方、お子さまはスルーお願いします。
>>703 剣菱家のコンピュータルームに入ると、プリンタが音を立てて紙を吐き出していた。
目当ての人物がいないことに、なぜか可憐はほっとしつつ、何気なく印刷された
用紙を1枚手に取った。「剣菱グループ 再編案」とある。
「企業秘密ですよ、可憐。たとえ次期会長の奥様と言えども、お見せできません」
聞き慣れた男の声と共に、手の中の紙が取り上げられ、可憐は驚いて振向いた。
「……清四郎」
清四郎がコーヒーを片手に立っている。
「『義姉さん』。僕に何か御用ですか」
言いたい事を暗唱してきたのに、いざ威圧感漂う清四郎を前にすると、何も言葉が
出て来ない。
「悠理とはうまくいってるの?」
「わざわざ、そんなことを聞きに来たんですか。うまくいってますよ、最高に」
清四郎の言葉に含まれた棘に、胸がずきりとする。
「ねぇ、なんで悠理と結婚したの?……あたしへの当てつけ?」
「そうです」
サラリと肯定されて、可憐の心臓がバクバク言い始めた。
彼は一体何を考えているんだろう。
「嘘でしょ、そんな理由で結婚するなんて……悠理がかわいそうじゃない」
「彼女は願ったり適ったりで喜んでますよ。この先男とつきあう気もないのに、
いずれ縁談がセッティングされるのは目に見えてますからね。それなら、気のおけない
友人を旦那にする方が、赤の他人とセックスするよりいいと思ったんじゃないですか」
「やめてよ……二人とも変よ、そんな愛のない結婚するなんて……」
「不思議なもので」
清四郎はコーヒーをすすりながら淡々と答える。
「毎日肌を重ねていると、自然と愛が生まれるみたいですね。」
プリンタが吐き出した紙がトレイから溢れて床に舞い始める。
悠理が清四郎と寝ている。夫婦なら当たり前のことだ。
にも関わらず可憐は動揺している自分に、驚いた。
心のどこかでこの二人に限って「ない」と考えていたのだろうか。
清四郎は悠理と結婚しても、まだ自分を忘れられずにいるのではないか。
そんな虫のいいことを考えていた自分に気づき、泣きたくなる。
清四郎は皮肉な笑みを浮かべている。
「そちらこそどうなんですか、豊作さんとの体の相性は?
最近豊作さんはお疲れのようですね。可憐がおねだりし過ぎなんじゃないですか。
年なんですから少し労ってあげないと、この先持ちませんよ」
可憐は恥辱を受けて顔を赤くした。
「豊作さんはまだ34よ!自分が若いからって自惚れないでよ。
男はねぇ、30過ぎてからが勝負なんだから。清四郎もせいぜいやり過ぎないようにね」
「そうしますよ。悠理にまともにつき合ってたら身が持ちませんからね」
可憐は身をひるがえした。背中に清四郎の冷たい声が投げかけられる。
「帰るんですか?」
そうだ。わざわざ見たくない男に会いに来たのには用があったからなのだ。
「……清四郎、豊作さんをどう思う?」
意地の悪い笑みが清四郎の顔に浮かぶ。
「どうって……正直に言っていいんですか、パートナーの前で」
「どうぞ」
くっと笑い声がする。
「豊作さんは真面目で、責任感が強い。実直で、下にも上にも気を使う気さくで
人好きのする性格です」
思いがけない褒め言葉に可憐の顔がほころぶ。だが無情にも清四郎は後を続ける。
「……が、彼には圧倒的に経営センスというものが欠けている。剣菱万作に見られる
博打打ちのような決断力も、かと言って物事を冷静に見極める判断力にも乏しいと
言わざるをえません。肝心な場面、特にリストラなど人的問題には極めて逃げ腰で
自らの手を汚すのを避ける典型的なお坊っちゃん気質です。経営者には、時には冷徹で
毅然とした態度も要求されるのを彼はわかっていない……続けますか?」
首を振って目をふせた。
「もう、いいわ」
一呼吸おいて可憐は哀願するように言った。
「でも豊作さんは悪い人じゃないわ」
「そんなことはわかってます」
「これ以上、彼を悪い立場に追い込まないでほしいの」
「それは僕が決める問題じゃない、お義父さんの意向です」
「お義父さまの……?」
清四郎は可憐の手を取って、巨大なスクリーンの前の皮張りのチェアに座らせる。
背もたれが可憐の頭以上もある、それは非常に座り心地がよい。
「これは元々お義父さんが座る椅子です。そして、今は僕が座っている。
豊作さんに、ここに座る度胸があるかどうか、お義父さんは疑ってらっしゃるんです」
目の前に刻々と変わる剣菱グループの状況が映し出されている。
巨大グループの常として、剣菱グループも大きくなり過ぎたようだ。
屋台骨がしっかりとしているようでいて、徐々にどこかが軋み始めている。
思い切った改革が必要だった。
可憐は重大局面に立たされる豊作を思って、黙す。
悄然とする豊作の妻に容赦ない清四郎の声が飛んだ。
「失敗したと思ってるんじゃないですか、可憐? 豊作さんじゃなく、僕を選んで
おけば、今こんなに彼の処遇に奔走することもなかったかもしれないと」
可憐は美しい瞳で声の主をキッと睨んだ。
清四郎の瞳に気がついてドキンとする。
いつのまにか可憐の全身に清四郎の視線がからみついている。
清四郎は腰かけた可憐の前に膝まずく。
「……剣菱の後継者である剣菱豊作でなく、僕を選べばよかったんだ。
あんな頼りにならない男ではなく、医者を目指していた、この僕を。
そうすれば、こんなに惨めな思いをすることも、明日のことを考えて
眠れなくなることもなかったのに。そう考えているんじゃないですか」
「やめて……清四郎」
男の指が脚を登ってくる。足首から脛、膝、太腿、腰を撫でるように動く。
やがて可憐の両肩をつかみ、彼女の顔へ自分の顔を近づける。
可憐はじっと清四郎の顔を見据えた。
彼の息がかかりそうだ。
思わず瞳を閉じたその瞬間、ふいに彼は立ち上がった。
軽蔑の眼差しが可憐を射ぬく。
「義理の弟とはいえ男の前で目をつぶるのは軽率ですよ、お義姉さん」
清四郎は立ち上がると、コンピュータルームの扉を開け、うやうやしく廊下を
指し示す。可憐に帰れと促しているのだった。
「義兄さんにお伝えください。義理の弟が『義兄さんに期待してる』と
申しておりましたと」
可憐は立ち上がると清四郎には目もくれず、コンピュータルームを出ていった。
立ち去る可憐の後ろ姿を清四郎は見送ると、部屋に入ってドアを閉めた。
向こうからやって来た剣菱豊作が二人に気がついて足をとめ、妻の後ろ姿と
コンピュータルームに消えた男を見比べ、暗い瞳をした。
続く
>暴走愛
清四郎の悪漢ぶりが(・∀・)イイ!
豊作は二人の関係に気付いていそうですね。
可憐と清四郎がなぜ別れたのか、悠理と清四郎の
本当の仲は? など、気になることだらけです。
続きが楽しみ〜
>713さんのつづき。
抱きしめたまま、顔を見ないまま言う。背中に響く声。
「あっち行った時も、ずっと気にしてた。お前を傷つけちまったって、来なきゃ
よかったって思ったけど、でも」静かに息を吸い込んだ。
「裕也にお前をさらわれなくて良かった、って思った」
ギュッ よりいっそう強く、抱きしめる。
「あとあの電話」「!」「清四郎からの。出て欲しくなかった。何度も何度も鳴って、
けど出なくて、すげぇホッとした。嬉しかった」野梨子の瞳がひとまわり大きくなる。
胸の鼓動が、甘く高鳴ってくる。魅録に伝わってしまうかしら…
扉の向こうで、可憐は瞳を閉じた。2人は何をしているのだろう。
でも、入っていけない。自分の予感がそう告げている。
清四郎が、こちらを向いた。もう帰ろうと、瞳で促す。やわらかく微笑んだ。
彼に似合わない、気持ちがむき出しの表情。
(清四郎────!)
何も言えない。だけど、泣くことも出来ない。掠れた声で、やっと言う。
「…あんたはあんたの、やりたいようにやっていいのよ」「───」
「辛くなったら、あたしが─みんながいるって。ねっ」心がひりひりする。
─魅録はそっと体を離して、野梨子と瞳を合わせた。もう一度口付けて、そして抱きしめた。
「今日はすげー一日だったな」「…ええ」「何回病室出入りしたんだっていう(笑)」
つられて笑う野梨子の声が、鈴のように耳に届く。
「これから、何があっても。今日の事は絶対忘れない」「ええ。…私も」
長かった一日が終わる。夜だけが、彼らを見ている。
『これから、何があっても』─────
どなたか続きをお願いいたします。
一波乱起きてほしくてこんな感じにしてみました。
>ホロ苦
>『これから、何があっても』――――
2人がうまく行って嬉しいけれども、何かが起こるのを期待してしまいます。
それにしても、魅録の
>「何回病室出入りしたんだっていう(笑)」
私もそう思いながら、リレーを見守っておりました。
えーと、
清と野がいる病室へ魅が訪ねて来て、清退室。すぐに魅も出て行って、
その後、可が登場して、野のいる病室へ。
そこに清が再び登場。清と可が退室。野梨子がひとりぼっちで泣いていると、
最後に魅録が再来室…でいいんだよね。
みんな忙しいな(w
>ホロ苦
726さんの説明に激藁。
これでもう一波乱となると、もっと出入りの回数増えるね。
>ホロ苦
私も病室出入り解説、笑いますた。
今日はもういい加減帰りなさい、明日は学校だよ(だよね?)、学生さんがたw
って、私が看護婦ならそろそろ注意する罠。面会時間外だしw
>>728 > って、私が看護婦ならそろそろ注意する罠。面会時間外だしw
全く関係ないが「面会時間外」って言葉に萌えた!
「面会謝絶」もセクシー!(なんでだ)
Sway終了後に『清四郎の今後がちょっと気になってます』との感想をいただいて、
調子に乗って思いついてしまったのでうpします。時間のある方、読んでいってください。
「悠理、僕とデートしようよ」
放課後の生徒会室で、美童は、クッキーをぱくつく悠理に極上の笑顔で微笑んだ。
「な、何言ってんだ、お前!!」
微笑まれた悠理は驚きのあまり、手元のクッキーを床に落としてしまった。
それだけではない、その場にいた可憐は不必要に爪を切ってしまったし、野梨子は右手で
思わずカップを倒してしまい、僅かに残っていたコーヒーがテーブルに流れている。
清四郎だけが何事もなかったかのように新聞を読み続け、いささかの動揺も見せなかった。
「今日、どこかのカフェかレストランでもオープンするんですか?」
「違うよ。僕、結構本気なんだけどな。悠理、どう?」
美童は、清四郎の言葉をさらりと交わしてなおも続ける。
「僕ってさ、清四郎や魅録みたいに喧嘩強いわけじゃないから絶対悠理に手なんて
挙げないしさ、悠理が友達思いですっごく優しいのも知ってるし、そんでいっつも
明るくて素直で、でも時々泣き虫なのも知ってるしね」
その声は、きりっと引き締まるような感じこそないものの、しごく真面目なものに聞こえる。
「ねえ、美童、あんたに何があったって言うの?ここ最近、女の子に振られまくってるとか?
それとも、杏樹がもてまくってるのが気に入らないとか?」
ようやく気を取り直した可憐が、美童の顔を覗き込んで尋ねる。
同様に、不思議そうな面持ちをした野梨子が、可憐と美童を交互に見つめる。
美童はそのふたりに視線を返すことなく、窓の外をチラッと見て言った。
「悠理、ほら、車来てるよ」
悠理は慌てて椅子から立ち上がり、鞄を引っつかんでバタンと音をさせて出て行った。
続いて美童までがゆっくりと席を立って帰り支度を始める。
「それじゃ、僕も帰るから。バイバイ」
後には、呆気にとられた可憐と野梨子、何食わぬ顔で尚も新聞を読み続ける清四郎が残された。
「清四郎、何かご存知ですの?」
校門を出るか出ないかのところで、野梨子は隣を歩く清四郎に言った。
自分と可憐があんなに驚いていたのに、清四郎は眉ひとつ動かさなかったのだ。
「美童のことですか?僕は何も聞かされてませんよ。恐らく、魅録もそうだと思いますけど」
清四郎はあっさりと答えた。
見上げる野梨子の目に映ったその表情は嫌になるくらい変化がなく、何を考えているのやら
全くわからない。
「清四郎は気になりませんの?」
珍しくしつこく訊いてくる野梨子に、清四郎はその場に立ち止まって逆に尋ねる。
「野梨子は、どう気になっているんですか?」
「私は、…ただ、……美童がいつから悠理のことを想うようになったのかとか、
何かキッカケがあったのかとか、……いろいろとですわ!」
清四郎の真摯な眼差しに、野梨子はしどろもどろになってしまい、思わず怒鳴って
しまった。
倶楽部のメンバーのあれこれは、普段なら、学校の行き帰りに交わされる取り留めの
ない会話のひとつでしかないはずである。
なのに、今日に限って、ふたりの間の空気はどこかぎくしゃくとしていた。
「そんなこと、僕達が気にしても始まらないと思いますがね。なるようにしかならないと
思いますよ」
清四郎はそれだけ言うと、野梨子にニッコリと微笑み、止めていた足を再び動かし始めた。
その場に残された野梨子は、急いで清四郎の後を追う。
ひとりで歩く清四郎の速度は意外に速く、野梨子は少しの間走らなければならなかった。
「せ、清四郎、ちょっと速すぎますわ」
曲がり角のところでようやく追いついた野梨子は、そこで待っていたらしい清四郎に不満を
ぶつけた。
野梨子を見下ろす清四郎は、僅かにすまなさそうな表情をしている。
「すみませんでした。さあ、一緒に行きましょう」
清四郎は帰宅後自分の部屋に上がり、昨日手に入れたばかりの医学書を読もうとページを
繰り始めた。
それは、かなりの間欲しいと思っていた英文の医学書で、都内の本屋を片っ端から
探したものの見つからず、ネットオークションで競り落としてようやく届いたものである。
昨日の夜は夢中になって読んでいたので寝たのが午前3時になってしまったのに、
今は全然内容が頭に入ってこない。
清四郎は諦めて本を閉じ、ベッドの上に仰向けに寝転がった。
そのままボーっとしていると、野梨子の問いかけが頭の中に蘇ってくる。
「『清四郎は気になりませんの?』って、言われましても…」
知らず知らずのうちに、独り言が口からついて出てくる。
清四郎は確かに美童から何を聞かされたわけでもなかったが、美童の様子がちょっと以前と
違っていることには気がついていた。
まず、携帯を手にする回数が減っている。
以前の美童なら、生徒会室で、暇さえあれば携帯を片手にエンドレスとも言えるくらい
メールを打ち続けていた。
それから、『デート』という単語が美童のボキャブラリーからほとんど姿を消している。
これも以前の美童なら、今日は誰それちゃんとデートだとか、明日は何時からデート
だから付き合えないとか、昨日のデートはどうだっただとか、それこそ耳に蛸ができる
くらい聞かされたものだ。
最後に、これは魅録が清四郎にボソッと漏らしたことであるが、美童が明らかに悠理を
『見ている』のである。
最初聞いた時は我が耳が信じられず、魅録に向かって『ムンクの叫び』のような表情を
してしまったが、冷静になってよくよく観察してみると確かに見ている。
それにしても、と清四郎が不思議に思うのは、あの、鋭い可憐が全く気付いていなかったと
いうことである。
もともとこういうことに疎い野梨子と同じくらいキョトンとしていたのだ。
しかし、可憐と魅録の間の雰囲気が随分と柔らかくなっていることを考えると、
それも無理はないと思う。
自らの思いに一途な可憐は恐らく、美童どころの話ではなかったのだろう。
胸の奥に残る割り切れない何かが、清四郎にため息をひとつ、つかせていた。
続きます。
>sway番外
わーい、番外だ!今度は美×悠も入ってくるのかな。
本編の美童がいいヤツだったので幸せになれますように……ナムナム
>sway番外
わー、番外嬉しい!
残りの4人にも幸せを見つけて欲しい・・・。特に、清四郎。
しかし『ムンクの叫び』には激しく笑いました。
>Sway番外
超待ってた!!!うれしいなぁー。
『叫び』笑いました。あれって実は、『叫び』声が
恐ろしくて耳を塞いでいる絵なんだそうですよ。
野梨子スキーなので可愛い彼女が見られて嬉しい。
あの・・・ふと気付いたんですが、450KB超えているようです。
レス番号は950よりだいぶ前だけど、
>>4にあるように早めに次スレを立てたほうがいいのかな?
>736
へ〜、へ〜、へ〜・・・そうだったのね。
私はてっきり叫んでいる図だと思ってたよ。
>>737 > あの・・・ふと気付いたんですが、450KB超えているようです。
ほんとだ。専用ツールで見てたからわからんかった。
現在490KB超えてるが、実際どの位で即死なんだかわからんが
小説うpあったらやばいのかな。(←調べたが何KBで即死か今一つわからん)
結構連載など毎日うpあるし、早めに立てとこうか。
うわっ、今492KBだよ。
500KBになると書けなくなっちゃうから、
SSのウプは新スレまで待ってもらった方がいいと思う。
残り少ない資源を大切に使うために、ひとまず
ここに書くのはやめて、まゆこスレで相談しましょう。
>ALL