想像以上に柔らかく、なめらかな唇だった。涙のためか、しっとりと濡れている唇に
美童は何度もキスを繰返している。
野梨子は瞳を閉じて、優しい感触に身を委ねていた。
野梨子の腕がいつの間にか美童の背中に回されている。
思わず唇から吐息が漏れる。
「美童…」
そして。二人はハッと気がついた。
あわてて体を離す。美童は顔面蒼白、逆に野梨子は真っ赤になっていた。
「ごごごごごめん。野梨子には清四郎がいるのに…」
「わわわわ私も!美童には可憐がいらっしゃるのに…」
二人とも引きつった顔で笑った。
「そっ、それじゃ僕デートがあるしっ。あっ、さっきの忘れて〜」
「もちろんですわっ、もう忘れました! 私も本屋に寄りますので!」
しかし。
(忘れて、ですって!? 勝手にキスしておきながら。やっぱり美童って軽薄な
殿方ですわ!)
(もう忘れた、だって!? この僕のとっておきロイヤルなキスを〜
これだから、男とつき合ったことない奴は困るよ!)
こうして野梨子と美童は憤慨しながら、全く逆の方向へと、走って別れた。
しかし野梨子も美童も気づかない。野梨子の頬が涙で濡れるのは、清四郎とでは
なく、美童といる時だけだということに…。