SS統合スレッド(#5)

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1名無しさんだよもん
SS関連スレが合体、投稿スレがパワーアップして帰ってきた!
投稿、感想、アドバイス、葉鍵っぽいSSネタならなんでもOK!
トラブルのない投稿の方法は>>2-5を参考にしてね。

力作はもちろん、実験作、シチュ等、君がSSだと思ったらそれはSSだ!
職人修行中の方も気軽に質問、投稿よろしく。
初心者の質問・素朴な疑問なども大歓迎。
スレを盛り上げるためにも、投稿作品には(・∀・)イイ!の一言でも
いいので感想を書いてみよう!
もちろん無言で答えるのも感想のうちだけど(;´Д`)

前スレ等は>>3-5

※SS投稿の告知があった場合は、投稿を優先させてあげましょう。
※板が重くならないように、長文投稿後しばらくはageない方が良いでしょう。
※スレの寿命を伸ばすために、雑談などではリダイレクトの使用を控えよう。
 かちゅーしゃ対応(>1、>1)がお勧め。

【便利な関連サイト】
mio_2ch氏による回収サイト(thx!)
http://members.tripod.co.jp/mio_2ch/
三告平氏によるSSトレーニングルーム
http://www.hakagi.net/ss/
2名無しさんだよもん:01/09/09 06:14
【投稿の手順】

1:まず、投稿する旨を告知するカキコをすると良い。
  「今からSS投稿します。なお、××な内容です」など。
  鬼畜・陵辱・スカなどのジャンルでは特に。読むのを嫌がる人もいます。
  (時間帯・スレの状態・信念・その他で省略可)
2:書いたSSを30行程度で何分割かしてひとつずつsageで書き込む。
  (名前欄に、タイトルと通しナンバーを入れると分かりやすい)
3:回しは不要。旧スレからの変更です。
4:最後にsageで作者名・タイトル・あとがきなどと共に、
  アップしたところをリダイレクトする(>>1-2みたいな感じ)と(・∀・)イイ!

基本的には、手順の【3】だけでOK。
初めて投稿する人は、前スレや、前回投稿なども参考に。
3名無しさんだよもん:01/09/09 06:15
【前スレ・関連スレ】

SS投稿スレ
1:http://cheese.2ch.net/test/read.cgi?bbs=leaf&key=992895490
4名無しさんだよもん:01/09/09 06:21
とりあえず立ててみたのでよろしく。
分散傾向にあった職人系のスレだけど、なるべく本家である
ここを大切にしてくれると嬉しいかな。
スレ立てお疲れさまでした〜!
6名無しさんだよもん:01/09/09 12:58
スレ立てお疲れさまです。
このスレが賑わいますように。
よろしく、高野山。スレ違い。
7別れ@:01/09/09 16:55
目の前に広がる景色が歪むような灼熱地獄のように暑い日…
俺は遮蔽物も何もないバス停にただ佇んでいた。
何故こんなことをしているんだ、俺は?
また、俺は逃げだすのか?

俺は全てに背を向けた。
観鈴を見捨てて神尾家を飛び出し、そして今度は…
みちるを失って孤独になった遠野までを見捨てようとしている。
遠野の母親はまだ夢の中をたゆとうている。
実の娘の呼びかけにも答えず、彼女はえいえんに夢の中で暮らすのであろう。
母親に認められず、たった1人の親友のみちるを失い、悲しみにくれる遠野。
そんな失意のどん底の遠野に対して俺は、
元気づけようとも、無理やりモノにしようともしなかった。
元気づける? どう元気づけろというんだ? 俺には人形を使った3文芝居しか出来ないのに!
無理やりモノにする? 傷心の女をモノにして果たして彼女は真に幸せになれるのか?
…小学校にも行っていない俺にわかるかよっ!
そして遠野には、何も告げずにここに来た。

ふと海を眺めてみる。
海面は穏やかに凪いでいて、どこまでも続いていた。
凪いでいる海面をじっと見つめていると、茹だるような暑さを忘れるほどに、
不思議と心は落ち着いてきた。
「何と言い訳したって結局俺は…逃げたんだよな…」
心の底からそう思った。
俺は自分自身が情けない人間だと思う、都合が悪くなれば逃げ出す、
そんな…弱い人間だよっ!
8別れA:01/09/09 16:56
―――やわらかな風が吹いた。
その風はさらにやわらかな髪を俺の眼前に運んだ。
隣を見やると遠野がぽつんと立っていた。
いつの間に現れたのだろう?
「……国崎さんは…私がいなくても平気ですか? 私は必要ないんですか?」
遠野が言っている事は本心に思えた。
滅多に変化のない彼女の顔に、明らかな感情が見えたから。
9別れB:01/09/09 16:56
でも、ここで彼女を連れ出すことが本当に正しいのだろうか?
そんな疑問が頭をかすめる。
「別に平気だよ…今までもずっと1人だったし、これからも…」
俺はそこで口を噤んだ。いや、おそらく遠野の悲しげな表情が俺の口を噤ませたのだろう。
「……国崎さんが…一緒にいこうって言ってくれれば、私は…」
遠野の消え入るような声はバスのエンジン音でかき消された。
俺は遠野に背を向け、無言でバスに向かおうとした。
くいっ、くいっ、と服の裾を掴み俺を足止めした遠野は、
小さな瓶を俺の前に差し出した。
「…これは?」
「……星の砂、です。 お父さんに貰った…私の…宝物です。
 …だから私を連れて行ってくれないのなら…せめてこれを…。」
彼女の瞳は真剣だった。
その勢いに流されてか、やけに素直にそれを受け取る事ができた。
「でもいいのか? 宝物なんだろ?」
「……実は同じ物がもうひとつあるんです…
 2人で同じ物を持っていればきっと…また会えますから…」
そう言い終わると遠野は俯いたまま何も喋らなかった。
おそらく…泣いていたんだと思う。
ここ数日、雨という雨はなかったのに遠野の足下に染みが出来ていたから。
それが泣いている証明、―――涙。
その遠野の涙が俺にある決意をさせた。
決意を固めた俺は、
「またな」
俺は遠野にそう言い残して、バスに乗った。
決して遠野を振り返ることはしなかった。
もっと強い人間になってから必ず遠野の元に戻ると決めたから。
その時までは―――。
10ぴょん基地:01/09/09 17:00
>>7-9=別れ@−B
とりあえず訓練所に書いたものの加筆訂正をアップ。
これでヘタレ現役SS職人を名乗れる…
11名無しさんだよもん:01/09/10 01:22 ID:t77GBDxo
>10
セリフとか心情が生き生きとしていてうまいと思う。
でも最後のシーン、美凪に決意が伝わっていないような
気がするのがちょっと気になった。
それとも気づかせないけど一人決めた決意、だったの?
気になったのはそこだけで、後は結構好みの話だったので
よかったと思うよ。
12名無しさんだよもん:01/09/10 18:09 ID:SFl/ZiEc
っつーか、それ機種依存文字じゃないのか?
13真琴の日記(Page1):01/09/11 03:42 ID:/RIdZDFM
1月16日

今日から保育所のお手伝いに行くことになった。
秋子さんが日記をつけなさいっていうのでつけることにした。
でもこれは後から書いてるの。色々あったから。
保育所の子供は可愛いけど、日記もお仕事もメンドクサイな。
祐一を歩いている時、子猫を見つけた。
真琴が踏んづけたのを恨みに思ってついてきたと思ったら、
祐一が「お前になついてる」って言った。
嘘だと思ったけど、抱いてみたら暖かくて、ふわふわ。にゃ〜って泣くの。
でも、真琴の肉まんを半分食べた。
祐一はそれを見てたのに、祐一の肉まん半分しかくれなかった。けちな祐一。
でも、猫は野に帰すのが一番いいと思って子猫を歩道橋から放り投げた。
祐一が怒った。ケンカした。あんまり思い出したくない。
苦しくなるから。
ごめんね、ぴろ。

1月17日

ぴろを探して歩いてた。
やっと見つけたのは夕方近く。あの丘で見つけた。
とっても懐かしいような、不思議な場所。
肉まんはやっぱり一つしか買えなかったっけ。
ぴろと二人で仲良く食べて寝ていたら、いつの間にか知らない場所にいてびっくり。
慌てて外に飛び出したら、階段から落ちて足をぶつけた。
寝てる間に、祐一が秋子さんの家に運んできたんだって。
一緒に肉まんと、秋子さんの料理を食べた。
でも、丘で眠っちゃう寸前、祐一は何て言ったのかな?
祐一は結局教えてくれなかったけど、なんとなく分かった。あはは。
まだ足が痛いよぉ…もう寝る。
14真琴の日記(Page2):01/09/11 03:44 ID:/RIdZDFM
1月18日

ぴろに名前をつけた。ぴろしき。可愛いでしょ。
祐一にしてはセンスある名前だよね。
でも、今日はまた祐一がお風呂に入ってきてすごく迷惑。
ぴろがミルク飲んでるの見ても感動しないし、ダメな祐一。
ぴろはいつ見ても可愛いのにね。
保育所にも連れてけないし、みんな嫌い。あぅー。

1月19日

やっぱり保育所にはもう行かない。つまんない。
でも祐一や秋子さんに怒られるからないしょ。この日記もかくしとこっと。
街でぼんやりして時間をつぶして、それから学校へ祐一を迎えに行く。
祐一は一緒に遊んでくれない。あいかわらず、けち。
でも、やさしい時もあるんだよね。

1月20日

祐一と一緒に学校に行って、一緒に帰った。
祐一と、ぴろと、3人で一緒に眠った。
ずっと祐一と一緒。
なんで、こうなったんだろ? 真琴にもよく分かんない。
15真琴の日記(Page3):01/09/11 03:46 ID:/RIdZDFM
1月21日

祐一とあの丘に行った。
あの場所、知ってる。すごく嫌なことがあったの。でも、思い出せない。
祐一に本を読んでもらった。
前は読めた本なのに、今は分からない字がある。おかしいな。
でも祐一といっしょだから、いいよね。

1月23日

歯みがきもできなくなった…こなが、からいの。
ゆういちがみがいてくれた。あんしん。

1月24日

ゆういちに、大事なものを2つもらった。
うれしかった。
16真琴の日記(Page4):01/09/11 03:47 ID:/RIdZDFM
1がつ26日

2、3日まえまではかけてたよーなきがするのにかけない。あうー。
かんじがわかんないからじしょをひこーとするんだけど頭がいたくなるからやめた。
はしもうまくもてなくなってこわくなったのでれんしゅうするけどでもだめ。
なんぼんもはしをおったのにうまくもてないの。
とてもとてもこわい。これからどーなるんだろ。
でもゆーいちはさいきんやさしい。
わたしのあたまをなでてくれてしわわせな気もちになるの。
いっしょにねるとあったかいぴろもいっしょ。
ずっとこーしていたいな。

27にち。



ありがとゆーいち。
17名無しさんだよもん:01/09/11 03:49 ID:/RIdZDFM
「真琴の日記」
>>13-16(リダイレクトダメだっけ?)

ネタはあれですね。つーかこのネタ誰かやってそうですが。
俺の復帰第一弾はこれかぃ…。
一発ネタにした方が良かったかな?
かちゅ〜しゃ嫌いだ。途中ageすまそ。
18名無しさんだよもん:01/09/11 04:08 ID:zDfU.BzI
>13-16
元ネタはわかってるのに涙が……
花束を。
19佐祐理さんは最高だよもん:01/09/11 04:15 ID:CErby822
真琴SS、素晴らしいです。萌えSSの傑作だとおもいますね。
どんどん書いてください!
20名無しさんだよもん:01/09/11 09:47 ID:ID4BjLCQ
うう、真琴のSSはやっぱりきく……
でも元ネタがわからない……
>18
アルジャーノン?
あれ読んだこと無いなぁ……
2118:01/09/11 12:18 ID:xxGsavl2
>20
真琴シナリオがアルジャーノンだってのは有名な話。
とかいう俺も人に言われるまで気づかなかったけどな(w;
ま、いい話だから読んでみれ。
スレ違いsage
2220:01/09/11 12:55 ID:NnBHNCG6
話題性があったから名前だけ知ってるけど、マスコミに大々的に取り上げられてる
作品って、なんか性に合わないこと多かったんで、避けてたよ。
同じ作者だったと思うけど、多重人格の話とか。(24人の〜とかいうやつ)

文庫版出てたような気もするし、今度読んでみる。
って関係ないのでsage
23名無しさんだよもん:01/09/11 22:59 ID:vTo5jzMM
>17
(o^ー')b
24名無しさんだよもん:01/09/12 18:20 ID:XyMtSxMc
「アルジャーノンに花束を」はまず中篇版をオススメ。
短いのを一気に読んで泣け。

>17
帰ってきた真琴を祐一が莫迦にしたらどっかに旅立っちゃったり(藁
25名無しさんだよもん:01/09/12 19:29 ID:POToxSVE
>>24
> 「アルジャーノンに花束を」はまず中篇版をオススメ。
その後で長編を読んでもネタがわれてて感動できなかった、とかならない?
『エンダーのゲーム』といっしょで。
俺はむしろ長編だけでいいような気がするなぁ。
いや、俺が長編版のほうが好きだから言ってるんだけどね。

鍵と関係ない話題ばっかでアレなので。
13-16を読んで、真琴シナリオをプレイしなおしてみる。
とてつもなくやるせない気持ちになって鬱。
17よ、生活に支障がでるようなSSを書かないでくれ……
2624:01/09/12 21:27 ID:XyMtSxMc
>>25
それなら長編よんだあとの短編も。じゃないかな?
まあ好みの問題だが。

漏れとしては

「勢いで最後まで一気に読め(中断不可。短いし)」の中篇版
「じっくりゆっくり、時間をかけて思いをめぐらせたり」の長編版

なので……中篇を進めた理由。
1.漏れが好き(藁
2.短い。←長文に慣れてない人(あんまり小説読まない人とか)向きかな?
3.ネタが勝負のSSに対して長編は読ませる系(だと思っている)

3.の補足だが、世の中にはネタが予め解っていても読める本が沢山あります。
それに該当している、と考えてみたり。
2720:01/09/12 22:23 ID:Pl6lBXAk
>24-26
まだ本屋に行ってないから見てないんだけど、短編・中編 ・長編 の3種類あるって事?
ハードカバーのは高いし置き場に困るので文庫版買ってこようと思うんだけど
これも3種類でてる?

SSネタとして中篇版を買ってくるべきか、長いのは苦にならないから長編買うべきか・・・

ってドンドン葉鍵から離れていくなぁ・・・ゴメン、みんな。
2824:01/09/12 22:44 ID:XyMtSxMc
あ、中短編ってやつかな。中編とか短編とか混乱させてスマソ。
向こうじゃそういう分類もあるらしい。
「心の鏡」ってのに入ってるよ。

……漏れも真琴で「けーかほーこく」とか書いたクチだ>17
だれかうぐぅ版「たったひとつの冴えたやり方」かかんか?(藁
栞とうぐぅの「冷たい方程式」とか。がいしゅつかな?
2920:01/09/12 23:46 ID:Pl6lBXAk
>28
あ、そういうやつね。確かに海外物では中短編ってのあるね。
……さて、どっちを買うべきか……

悩んでても仕方ないので、先に目に付いたほうにしてみるよ。
30名無しさんだよもん:01/09/13 00:01 ID:/KY2olOY
SSネタ雑談も楽しいけど、せっかく回し不要にして投稿しやすくしたんだから。
キャラスレに投下する感覚でSS投稿しようよね。
閉鎖中、訓練所や避難所では盛り上がったのに・・・やはり個人サイトがいいの?
ここでも大丈夫、叩いたりしないから。
というか訓練所でそこそこ評価されてココで叩かれるなんてありえないとおもうが。
訓練所で既出したSS転載でも構わないんだし、シチュでもいいんだけど。
個人的にゴール職人さん復活きぼん。

話の腰折ってスマソ。アルジャーノンか。
SS書きお勧めの小説ってほかにあるの?

たまに図書館に足を運んだりするとイイやつは貸し出し中・・・ばかり。
3125:01/09/13 00:55 ID:HgfcOym2
>>26
> 3.の補足だが、世の中にはネタが予め解っていても読める本が沢山あります。
なるほど、言われてみればその通りだな。
真琴シナリオにしても、先がよめる展開なのに目頭が熱くなってしまったからなぁ。
って、ちょっと違うかな。

>>30
すまん、俺は読み専なんだ……
32Aqua:01/09/13 01:06 ID:uQf8Hgks
訓練所に投稿したものですが、次にアップします。
あちらで読んでくれた人には申し訳ないですけど我慢してください。
ONE の茜ネタで6分割です。
33永遠への誘い (1/6):01/09/13 01:07 ID:uQf8Hgks
コチコチコチ……
ぼーっとする意識の中に、時計の時を刻む音が聞こえてくる。
どうやら目覚ましが鳴る前に目が覚めたようだ。
目を擦ろうとして、そこに冷たい感触を感じ、茜は手を止めた。
「……泣いていたの、私?」
夢の中の記憶。
消えかける夢の記憶を辿ると、そこには一人の少年の姿が浮かんできた。
「……浩平……」
よかった。ちゃんと覚えている。まだ記憶から消えていない。
覚えていたことに安堵して、でも消えてしまった人の事を考えて心が沈んだ。
コチコチコチ……
目覚まし時計の音が大きく聞こえる。
茜は机の上を見た。
あの日、浩平の誕生日。浩平がこの世界から消えた日。
一度は受け取ってくれた誕生日のプレゼントは、今は茜の机の上で時を刻んでいる。
「……約束、守って下さい。待ってるんですから……」
ぽつりと呟くと茜はベットを抜け、着替えを始めた。

浩平が消えてからどのくらいの日が過ぎたのだろう。
一緒に過ごした日々よりも長い、ただ待つだけの生活。
そこには何も無かった。
ただ浩平との想い出が消えないように、浩平のことを想って待ち続けるだけの生活。
忘れないために、他の想い出を作らない様に過ごす日々。
浩平と出会う前に送っていた日常の再現でしかなかった。

周りの奇妙な視線に気づいたのはいつからだろう?
元々一人で居ることが多かった茜は、だからクラスメートの視線に気づいたのかもしれない。
視線が自分を通り、そして通り過ぎていく。
だけど、それが何を意味するのかは判らなかったし、判ろうともしなかった。
34永遠への誘い (2/6):01/09/13 01:08 ID:uQf8Hgks
一人でいる時、茜は浩平との幸せだった日々を思い出して過ごした。
一緒に歩いた商店街。一緒に食べたワッフル。雨の中、初めてキスをした公園。
学校が終わると公園に行き、ただ待つ日々が続いていた。
浩平と初めて出会った空き地には家が建ち、浩平との想い出の場所はここしか残されていなかった。
浩平が去った世界。そして浩平が今居る世界。
なぜ浩平が消えたのかは判らない。ただ、茜は浩平の居る世界を考えるようになった。
そこには茜と浩平、そして幸せな記憶に囲まれた世界。
浩平さえ帰ってきてくれれば、あの穏やかな日々がずっと続く。
浩平のくだらない冗談を聞き、一緒に昼ご飯を食べる。
放課後には商店街を通って一緒に帰る。
同じ事の繰り返しの毎日。かけがえのない平凡な日常。
そんな浩平の居る世界が、そんな日々が再び訪れる。
浩平さえ帰ってきてくれれば、必ず。
ただそれだけを信じて茜は公園で待ち続けた。
35永遠への誘い (3/6):01/09/13 01:09 ID:uQf8Hgks
放課後、茜は手にスケッチブックを持った一人の少女が歩いてくるのを見かけた。
いつもは茜のお下げにぶら下がり、自分に三つ編みを編ませて欲しいと頼む、妹のような後輩。
話せない、というハンデを負っていてもそれを微塵も感じさせない、元気で明るい茜の大切な友達。
「澪ちゃん」
茜が声をかけると澪はびくりと体を震わせ、おずおずとこちらを見た。
「これから帰るところですか?」
茜の声に不審そうな顔をした澪は、手にしたスケッチブックに何かを書き込んだ。
「何かご用ですか?」
「……澪ちゃん?」
しばらく沈黙が漂う。
茜が口を開こうとしたとき、澪は手にしたペンを走らせた。
「茜さんなの。こんにちわなの」
「澪ちゃん、帰るところですか?」
うん、と頷く。
「今日は部活がお休みだから商店街に寄って帰るの。ワッフル食べるの」
さっきまでとは違い、にっこりと笑ったいつもの澪だった。
「だったら一緒に行ってもいいですか? 私も食べたいですから」
うんうん、と大きく頷くと茜の手を取って走り出した。
36永遠への誘い (4/6):01/09/13 01:11 ID:uQf8Hgks
「さっきはどうしたんですか?」
公園で焼きたてのワッフルを幸せそうに食べている澪が首を傾げた。
「廊下で会ったときのことです」
んと、と考え込んでいた澪はスケッチブックを取り出して何かを書き込んだ。
「あのね。茜さんと気づかなかったの」
「知らない人と思ったの。間違えたの。ごめんなさいなの」
瞬間、茜の体が硬直する。
目の前にいて、気づかない。良く知っているのに、知らない人。周りから忘れられた人。
それは……
「本当にごめんなさいなの。どうかしてたの」
心の奥から来る震え。
ペコペコと澪は頭を下げていた。
「……別にいいんですよ……。さあ、冷めないうちに食べましょう。」
うん、と頷いて2つめを食べ始める澪を見ながら、茜は自分の体が震えていることに気づいていた。

家に帰ってから茜は一人ベットに腰掛けて考え続けていた。
クラスメイトの視線。
見ず知らずの他人を見るような、澪の表情。
「知らない人と思ったの」
あの人の時と、そして浩平の時と同じ……
あの時、前兆となった詩子の声。
「この人、だれ?」
愕然とした浩平の顔が浮かぶ。
私も……?
私も消えるの……?
そうなったらどうなるの?
浩平が帰ってくるその時に、私がこの世界に居ない?
私が消える。
どこに行くの?
私が消えたら、浩平と同じ所に行ける?
37永遠への誘い (5/6):01/09/13 01:13 ID:uQf8Hgks
また、体が震えてくる。
浩平が最後まで感じてた恐怖。この世界から消えていく感覚。
消えるまでの間、こんな思いをして、ゆっくりと消えていった浩平。
誰からも忘れられ、最後にはこの世界からも忘れられてしまった少年。
私も浩平と同じ……
それでも私は待ち続けないといけないのに。
この世界に、浩平が帰ってくるこの世界に居ないといけないのに。

しかし、一瞬よぎった考えが茜の頭を支配した。
浩平の世界に行く。
それは茜が願っていた日々が再び訪れると言うことだ。

駄目。消えちゃ駄目。浩平のために。「お帰りなさい」と言ってあげるために。
わたしが消えたら、浩平に会えなくなる。
浩平に言ってあげられなくなる。
そんなの、駄目。
浩平に会えなくなるなんて、そんなの、駄目。

茜はギュッと目をつぶると、そのまま布団の中に潜り込んだ。
明日になれば、きっと普段の生活に戻れる。浩平が帰ってくるのを待つ日常が続く。
そして明日はきっと浩平が帰ってきてくれる。明日が駄目でも明後日が……
そう自分にいい聞かせて。

きっと夢の中でなら浩平に会える。
明日戻ってくるかもしれないけど、でも会える。
いつも夢の中には浩平が居る。わたしの記憶の中にもいる。
だから浩平にはいつだって会える。
38永遠への誘い (6/6):01/09/13 01:14 ID:uQf8Hgks
コチコチコチ……
時計の音を聞きながら茜は自分が眠りにつくのを感じていた。
「浩平……」
自分の声が遠くで聞こえたような気がした。

「茜。一人にしてゴメンな。」
聞きたかった声が聞こえ、茜は振り向いた。
信じられなかった。
そこには、目の前には一番会いたい人が、浩平が居た。
穏やかに、少し照れくさそうな顔をして。
「……浩平?本当に浩平なの?」
「……私、私ずっと待ってたんですよ……」
「……約束、守ってくれたんですね……」
会いたかった人。好きだった人。ずっと一緒に居たい人。
「……浩平……お帰りなさい。」
声にならない。でも言いたかったことは伝わっている。
もっと見たいのに、目の前がぼやける。見ていたいのに世界が歪んでみえる。
それでも確かに浩平はここに存在する。
「ゴメン。一人にしてゴメンな。だから泣かないで……」
「俺はここにいるよ。茜のそばにいる。どこにも行かない。」
本当に欲しかった言葉。守って欲しかった約束。
浩平の暖かさを感じる。浩平はここにいる。私のそばに。
「もうどこにも行かないですよね。私を一人にしないですよね。」
「俺はもうどこにも行かない。茜とずっと一緒にいる。約束だ。」
「約束ですよ……」
「これからもずっと茜のそばにいる。ずっと。約束する。」

コチコチコチ……
時計の音だけが変わらず時を刻み続けていた。
誰も居ない、部屋の中で。
39Aqua:01/09/13 01:17 ID:uQf8Hgks
>33-38 『永遠への誘い』
以上です。

訓練所に投稿した内容に誤字等の多少の修正をしたものです。
読んでもらえたら嬉しいです。
40Aqua:01/09/13 01:35 ID:uQf8Hgks
本当は書き直してみたかったんですけど、どうも私の文章は長くなってしまうみたいで……
短く書けない自分が歯痒い(^^;)
41名無しさんだよもん:01/09/13 02:18 ID:Yqp0Kxmk
良かったですよ。
う〜ん、長いですか?
訓練所で拝見したときはすこし長く感じましたけど。
なぜか2chだとすごく読みやすい。ココに染まってますねえ。
分割されているせいでしょうか?
42名無しさんだよもん:01/09/13 02:39 ID:zx4uql8Q
>>Aqua
(・∀・)!
っていうか訓練所でもこっちでも長さなんて気にしない方がいい。
書きたい物を優先させて構わないと思うよ〜。
4325:01/09/13 07:15 ID:I.sf7ack
>>33-38
訓練所はチェックしてなかったんだけど、うまいな。思わず感嘆のため息がでたよ。
ただ、茜が「消えちゃダメ」と思ってるのに、そのままあっさり消えてしまったのはちょっと不満。
このあたりの彼女の微妙な心情のユレが描けたら、もっと読みごたえのあるものになると思うよ。
詩子とからませてもおもしろいかもしれない。
ま、これはこの長さできれいにまとまってるから、余計なものは足さないほうがいいかもね。
好き勝手言ってるから聞きながしてくれ > Aqua
44名無しさんだよもん:01/09/13 07:16 ID:I.sf7ack
う、名前消し忘れ
45Aqua:01/09/13 13:35 ID:cSypuVJU
本当は新しいのが投稿できたらよかったんですけどね。
再録なのに読んで頂いて有り難う御座います。

書いてるとどんどん長くなるんで、少しは押さえようとしてるんですけど
気がついたら長くなる……

長編小説が好きだからかな?

試しにこれを加筆修正したやつ書いてみたんですが、やっぱり長くなった。
行数は約3倍(^^;)
消える前の茜を書いてみただけなのに……

って、今気づいたけど澪の台詞の「」が直ってない……
訓練所で指摘されてたのに……あぅ。
46名無しさんだよもん:01/09/13 14:11 ID:5uNJnvr2
新スレおめでと〜、って遅いな、俺。
訓練所の人たちが来てくれてるんだね。
ぴょん基地 氏とか Aqua 氏とか。

ぴょん基地 氏の「えいえんのおわり、えいえんのはじまり」が結構好きだったな。
柚木が良かった。出来れば改訂版読みたい。

Aqua 氏のは長いけど俺は気にならなかった。
2作目は長かったけど一気に読めたし。

後は 夏 氏の「あまいもの」とか。
夏 氏もこっちで何か書いて欲しい。

訓練所に居た新人さん、出来れば全員に新作きぼん。

ついでに 25 氏 も。
新たな世界が呼んでるよ。
47名無しさんだよもん:01/09/14 02:05 ID:wS6JEucE
新作期待age
48『風邪をひいた日』:01/09/15 00:08 ID:ApTllAsw
 目覚めは最悪だった。
 頭がガンガンするうえに、熱っぽい。
 立ち上がって歩こうとするが足下すらおぼつかない。
「往人さん、おはよー」
 返事をしないでいると、観鈴が俺の顔をのぞき込んできた。
「顔赤いよ、大丈夫?」
 心配そうに尋ねる。大丈夫だ、そう言いかけたのだが言葉を発することすら出来ず、
 その場に崩れ落ちる。
 ぱたぱたと駆け寄ってきた観鈴の手が額に触れる。
「わ、凄い熱……」
「お布団用意する方ちょっと待っててね」
「用意できたよ〜」
 思い通りにならない体を引きずり、やっとの思いで用意された布団にたどり着く。
 崩れるように倒れ込んだ俺の体に掛け布団がかけられる。
「お昼お粥でいいよね?」
「食欲がないから何もいらん」
「ちゃんと食べなきゃ病気よくならないよ」
「……」
「というわけでお昼はお粥に決定ーっ!」
 勝手にそう言って部屋を出ていった。
 一人になった部屋の中まぶたを閉じる。セミの声がうるさい。
 それでも、しばらくすると意識が遠のいていった。
 ……。
49『風邪をひいた日』:01/09/15 00:09 ID:ApTllAsw
 額の冷たい感触に、目を開ける。
「あ……ゴメン。起こしちゃった?」
 手を持っていくと塗れタオルがあった。
「今何時だ?」
「11時30分」
 3時間ほど寝ていたのか……。
「お昼出来てるけど食べる?」
「ああ」
「じゃあ持ってくるね〜」
 そう言って台所に向かう。温め直していたのだろう、しばらくして盆を持って戻ってくる。
「すごく熱いから冷ますね」
 ふーふーと息を吹きかけ、すくった粥を冷ます。
「はいっ、あーん」
 観鈴がレンゲを差し出す。
「一人で食えるからいい……」
 そのレンゲをひったくって自分で粥を口に運ぶ。味は悪くない。
「おいしい?」
 とりあえず頷いておく。
「ちょっと薄味かなって思ってたけど、よかった」
 そんな他愛のない観鈴の話に相づちを打ちながら、レンゲを動かす。
 10分もしないうちに食べ終える。
「ごちそうさん」
「おそまつさまでした。あ、そうそう、往人さんシャツ着替えた方がいいよ」
「そうか?」
「だって汗かいてて気持ち悪いでしょ?」
「……そうだな」
 着ているシャツを脱ぎ、観鈴が持ってきたシャツと交換する。
「これは洗濯しておくね〜」
 ぱたぱたぱたと観鈴は俺の脱いだシャツを持って洗濯機に駆けていく。
 手に取ったシャツに視線を落とす。
50『風邪をひいた日』:01/09/15 00:10 ID:ApTllAsw
「これは……」
 ばっちりとステゴザウルスがプリントされていた。
 まあ出かける訳じゃないし、これでも構わないだろう。
 ステゴTシャツに袖を通す。乾いた生地の感触が心地いい。
 そうして再び布団に潜りこむ。しかし眠気はなかなか訪れなかった。
「あれ? 往人さん、眠れないの?」
「まあな」
「じゃあトランプしよっ、トランプ!」
「俺は病人なんだが……」
「う〜ん、じゃあ往人さんが眠れるように、わたし子守歌歌うね」
 子供じゃあるまいし、そう言おうとする前に歌い始めていた。
 せっかくなので目を閉じて、観鈴の口からゆるゆると紡がれる言葉に耳を傾ける。
 とても……懐かしい感じがした。
 あれはいつのことだっただろう。
 その日俺は風邪をひいて、朝から付きっきりで母に看病をしてもらった。
 いつもは大道芸で大勢の人を相手にしている母を、その日は独り占め出来たような
 気がして嬉しかったのを覚えている。
 そんなことを思い出しながら再び眠りについた。

「往人さん笑ってる……きっといい夢見てるんだよね。どんな夢見てるのかなぁ……
 気になる。起きたら聞いてみよっと」
>48-50 『風邪をひいた日』
30さんのレスを見て誘蛾灯に引き寄せられる蛾の如くやってきてしまいました。
萌えないかもしれませんが、萌シチュです。
長文(それほど長くはないかもしれませんが)は難しかった……。
それはさておき……
だよさん、見習いさん、しでんかいさんや名無しの萌職人の皆さんは今頃どうし
ておられるのでしょうか。
52名無しさんだよもん:01/09/15 02:31 ID:6Pju6/fM
>48-50
萌え、というよりホッとする感じ。なんだか(・∀・)イイ!ね。

だけど、皆消えてしまっただ……キャラスレも静かで、人がいない……(鬱
ところで、横井庄一はいささか古いと思われ(藁
5330だよもん:01/09/16 02:17 ID:9MA6UlMo
いや、復活おめでとうです。
SSも良いですね。短いものが良ければエロスレでもいいそうですが。
なんつーかたまにSSよりはるかに長いシチュもありますが。あちらも、べつにえちーssでなくともOKのようです。
54灰色(1):01/09/16 04:58 ID:6GI2H.pw
聞きなれた声がぼんやりと聞こえている。
……名雪? いや、目覚し時計だ。
重たい腕を伸ばし、目覚まし時計のスイッチを切ると静寂が訪れた。

眠い……今朝のベットはいつもより50倍程の引力を持っていた。
暖かくて、なかなか起きあがる事が出来ない。
これは俺の意思では無い、引力と言う自然だ、
大自然は素晴らしいんだ!
ぐぅ……

「……」
いつもならすんなり起きられるのに今日はなんだか体が重い。
心なしか頭もぼぉっとしている。
風邪かな……
そんな考えが頭をよぎったが、病は気からという言葉もあるので
気にしない事にする。
なんとか気力を振り絞って起きあがり、制服に着替えると
毎朝の日課である幼なじみを起こしに向かった。

廊下に出たところでなゆきの部屋から第8回水瀬家合唱コンクール
が始まった。
「名雪ー、起きろー」
頭痛に耐えながらドアをダンダンと叩く。
「な……」
あれ? 大きな声を出そうとすると頭に空白の時間ができてしまう。
部屋の中から聞こえてくる過激な音色も俺の頭を締め付ける。
少し考えてからドアを空けて名雪の部屋に入ることにした。
大声が出せない以上、近くで声をかけるしかないしな。
55灰色(2):01/09/16 04:59 ID:6GI2H.pw
ドアを開けるとベットの上ですやすやと眠っている名雪の姿があった。
こんな状態で良く眠っていられるとつくづく思う。
俺はズキズキと痛む頭を抑えながらベットの側に近づく
そして名雪の肩に手をかけ、ゆすりながら声をかけた。
「なゆ……」

あれ? また頭に空白ができた。
目の前には名雪の顔がある。
名雪の微かな息遣いも感じるくらいの距離だ。
「……うにゅ」
名雪の目が開いて俺と見つめ合う形になった。
「……え? ゆういち?」
名雪は薄く目を空けたまま俺を見ていた。
状況を把握しよう、俺は名雪を起こそうと肩に手をかけようとした、
だが一瞬意識を失いそのまま覆い被さる様になっているわけだ。
多分。

「わ! 祐一っ! え、え、でも、昨日は宿題やって
それから、えっと、お」
慌てる名雪をみて逆に落ち着いてしまった俺は
「朝だぞ、早く起きないと遅刻するぞ」
と言って名雪の部屋を後にした。
「え? そ、そうだけど……でも」と聞こえてきたが
そのあとの言葉は過激な歌声によってかき消されてしまった。
56灰色(3):01/09/16 05:01 ID:6GI2H.pw
階段を降りてリビングに出るとキッチンから秋子さんが
「おはようございます」といつもの笑顔で迎えてくれた。
「……祐一さん、顔色が良くないですけど大丈夫ですか?」
と手にコーヒーポットを持った秋子さん。
「ええ、大丈夫ですよ」
もちろん嘘だ。
「そうですか」
俺の顔をじっと見てから、俺の席のカップに湯気のたっている
コーヒーを淹れる。秋子さんにはすべて見透かされてるように
思えてしまう。
そしてコーヒーを淹れ終わるともう一度俺のほうを見る。
「無理はしないでくださいね」
「大丈夫ですよ」
ははは、と作り笑いを浮かべてから俺は自分の席につく。

「おはよぅ……」
真琴が寝ぼけまなこをこすりながら現れた。
「わっ、祐一顔真っ青」
真琴でもわかるぐらい酷い顔なのか……
「俺はいつも真っ青なんだ」
「……でも、昨日まで憎たらしいぐらい元気だったじゃない」
憎たらしいと面と向かって言われると結構くるものがあるな。
心を静めるためにも秋子さんの用意してくれたコーヒーを喉に流し
込む。心地良い熱さが俺の眠気を吹き飛ばす。
……はずだった。
カップを覗き込むとそこにはいっているはずの黒い液体が入ってなかった。
あれ? 俺飲んだっけ?
57灰色(4):01/09/16 05:02 ID:6GI2H.pw
「わたしのカップ……」
制服に着替えた名雪がリビングに立っていた。
「それにそこはわたしの席……」
俺の席はリビングから見て一番手前の席だ。
そして今は名雪の方を向いているのに奥にもう1つ席がある。
そこにはコーピーが湯気をたてているカップが置いてあった。
みんなの視線が俺に集まる。
「は、はは……ちょっと寝不足気味でさ……」
俺はそう言って自分の席に座り直そうと立ちあがった。
嫌な空気が流れている。

「あぅ〜……もしかして、あたしのせい?」
さっきからずっと席につかず俺の側に立っていた真琴が
恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「何が?」
「だって、昨日の夜もあたしのいたずらで……おとといの夜も、
その前もそのその前も」
「馬鹿、俺はそんなにやわじゃないって」
俺は腕を伸ばし真琴の頭に手を載せて髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「あぅーーっ」
「それに仮にそうだとしても、俺に恨みがはら……」
そこまで口にしたところで目の前がぐにゃりとゆがんだ。
最後に見たのは整頓された食器棚と髪の毛を直してる真琴だった。
58灰色(5):01/09/16 05:03 ID:6GI2H.pw
目を空けると目の前に真琴の顔があった。
「あっ! 起きた」
真琴はそう言うと駆け足でドアから出て行った。
ここは……俺の部屋か、制服ではなくパジャマを着ていた。
ベッドから起きあがると、朝の記憶が戻ってくる。
まいったな……

少しすると水の入ったコップを持った秋子さんと一緒に
真琴が戻ってきた。
「気分はどうですか?」
「あ、はい、もう大丈夫です」
「でも顔さっきより真っ青……」
秋子さんの後ろに隠れていた真琴が口をはさむ。
「……」
そう言われると俺は何も言えなくなってしまう。
「とにかく、今日はこれを飲んでゆっくりしててくださいね」
秋子さんは俺に薬と水を手渡し、俺がそれを飲むのを見届けてから
真琴を連れて部屋から出て行った。

時計を見ると午前八時二十分、窓の外は灰色の雲に覆われて薄暗かった。
まあ、1日ぐらい休んでもいいか。
頭がガンガンと痛んでいるのは確かなのでもう一度寝ることにする。
「……ぁぅ〜」
目を閉じていると耳が自然と澄まされる。
「あぅーっ」
ドアの向こうから何度も声が聞こえてくる。
きっと秋子さんに起こしちゃだめよとでも言われたために
入ってくる事が出来ずに困っているんだろう。
俺は苦笑いをしながら声をかけた。
59灰色(6):01/09/16 05:05 ID:6GI2H.pw
「真琴、いるんだろ? 入っていいぞ」
「えっ! う…うん」
ドアをゆっくりあけて隙間から顔を覗かせるようにこっちを見ている。
「どうした、こっちに来いよ」
「うん……いいの?」
「ああ、大きな声は頭に響くんだ」
「そっ、そうなんだぁ」
真琴はベッドの側まで歩いてきた。
「で、なんか用か?」
下を向いたまま何も言わない真琴に話しかける。
「う、うん、別に用はないんだけど……」
また黙ってしまった。
「良かったじゃないか、俺に復讐が出来て。
こんなに辛いのは初めてだぞ」
冗談地味た声で言ったつもりだが真琴の目にはうっすらと
涙が滲んでいた。
「うん……ふくしゅうするつもりだったんだけど……
あたしはそこまでするつもりじゃなくて……あぅ、
いつもの祐一じゃなくなっちゃうのは、えっと、
かわいそうだから、本当に少しだけ、心配なのかも」
少しずつ言葉をつむぎ出して行く真琴は、なんだか
今までの真琴とは少し違うような感じがした。
60灰色(7):01/09/16 05:06 ID:6GI2H.pw
「あのな、冗談だよ、俺が風邪をひいたのはおまえのせいじゃなくて
この町に来てまだ少ししか立ってないから体調を崩しただけなんだ。
こんなに寒いところに急に住み始めたんだから今まで元気だったのが
奇跡だったんだよ。お前が気にする事じゃない」
重たい腕を伸ばし真琴の頭をやさしく撫でる。
「あぅーっ」
「だからお前がここにいるとうつしちまうかもしれないから
自分の部屋に行ってろ」
「うん……」
とは言ってもなかなか立ち去ろうとしない。
「俺は大丈夫だから心配すんな」
「心配なんか……してるのかも知れないけど、
そんなのほんの1ミリぐらいよぅ」
天邪鬼ぶりはあんまり変わっていないが真琴の暖かい気持ちは
しっかりと伝わった気がする。
「さて、俺は眠るからな」
「うん……はやくいつもの祐一になると……いいのかも」
真琴は静かに部屋から出て行った。
窓の外を見ると、どんよりとした曇り空、
これから雪が降るのかもしれない。
静かな部屋で一人灰色の空を眺めていると、
限りなく心が沈んでいくような気がしたので、目を閉じた。
61名無しさんだよもん:01/09/16 05:12 ID:6GI2H.pw
>>54-60 『灰色』
真琴SSです。
雰囲気でてると良いんですが、どうでしょう。
62名無しさんだよもん:01/09/16 12:40 ID:knyxIAw6
作品ガイド並びに簡単な感想など。ジャンルは適当。

>>7-9 『別れ』(美凪・シリアス)
訓練所にあったものを手直ししたものですね。
往人の複雑な心境が、上手く描写できてると思います。

>>13-16 『真琴の日記』(真琴・シリアス)
アルジャーノンネタで直球勝負ですね。素直に感動。
判ってるのに泣かされるあたり、オリジナルに近いっていうか。

>>33-38 『永遠への誘い』(茜・シリアス)
訓練所にあったものを手直ししたものですね。
非常に完成度が高い、実に上手い作品だと思います。
ちょっぴり長いですが、一読の価値あり。

>>48-50 『風邪をひいた日』(観鈴・ほのぼの)
穏やかで優しい、とってもいい雰囲気の小品でした。
何故か観鈴ちんより往人が可愛く感じたのは秘密。当方ホモに非ず。

>>54-60 『灰色』(真琴・ほのぼの)
最後のところ、真琴がしおらしくなるのは良いんだけど、
いささか尻切れ気味なのが残念。でも、雰囲気はとっても良かったです。
名雪がとってもラブリー。お陰で真琴の影がやや薄いかも(w
>54-60
「灰色」
真琴がイイ!
普段とはちょっと違った振る舞いの描写がうまい。
祐一君、病人の割に雄弁なのが気になりましたが、
萌えた。
64名無しさんだよもん:01/09/16 22:07 ID:NcqGPRk2
>61
いいですね。
真琴の裕一に対する感情の表れがすごくいい。
やっぱり真琴はこうでないと。

俺は暴走アスカ(EVA)な真琴が苦手だから(w
65名無しさんだよもん :01/09/17 00:58 ID:oTA2eBis
今日「アルジャーノソに花束を」買っちまったよ。
66灰色(8):01/09/17 01:10 ID:oYPOlAQY
気になる人の顔を思い浮かべながら目が覚めた。
美坂栞、はじめて出会った時は物静かな暗い印象を受けたけど
学校であったときには良く笑う明るい感じの子だった。
毎日学校で合う度に惹かれていく気がした。
どこか儚げな印象もそれを助長しているのかもしれない。
時計を見ると十二時五十分、学校は昼休みか……
窓の外はどんよりとした空から雪が降っていた。
……まさかな。
体が弱いと言っていたからこんな日にくるはずはないだろう。
俺は頭を振り、そんな考えも振り払った。
朝よりは楽になっていたけど、まだ頭の奥がズキズキしている。

でも、あいつは俺がこの学校というだけでずっと中庭で待っている
ような奴だった。俺が休んでいる事をあいつが知るわけもないし。
推測は確信に変わっていく。
そうだ、電話だ。でも俺は栞の電話番号を知らない。
香里の妹だと思っていたけどその考えは栞や香里本人も
否定したから違うんだろう。多分。

「……」
俺は学校に行くことにした。
学校へ行って帰れと言えばそれで終り。たったそれだけの事。
……栞に会って、帰れというだけ、それだけの事だ。
67灰色(9):01/09/17 01:14 ID:oYPOlAQY
制服に着替えて1階へ行くと秋子さんと真琴が遅い昼食を食べていた。
「ふぁっ、ひゅういひ……」
真琴が食べていたうどんをゴクンと飲みこんでから上目遣いで
俺を見つめる。
「顔色悪いから、まだ寝てないとだめよぅ……」
「祐一さん、学校へは連絡しときましたから、
今日はゆっくり休んでください」
どこか強い口調で秋子さんが俺に言う。
「すぐ戻りますから」
秋子さんが俺を凝視する。
「……行ってきます」
俺は秋子さんの返事を待たずに玄関へと向かう。
「待ちなさい」
より強い口調で呼びとめられた。
振りかえる。
しかし秋子さんの顔はいつもの笑顔だった。
「せめて一口うどんを食べてから出かけてください」
やっぱり秋子さんだ。
「あ、あたしの食べていいよ」
真琴が食べ掛けのうどんを俺に差し出す。
「……さんきゅ」
食欲はなかったがとりあえず湯気の立っているつゆを一口飲む。
喉から一気に暖かくなってくる。次に麺を一本すする、
しっかりとコシがあってつゆの味も染み込んでいる。うまい。
「お餅も少しなら食べてもいい……かも」
箸でかき混ぜると下の方から鍋底大根ならぬ、丼底お餅――
我ながらまんまなネーミングだと思う――がでてきた。
多分最後に食べようと真琴がとっておいた物だろう。
相変わらずというかやはりというか、自然と笑みがこぼれる。
68灰色(10):01/09/17 01:16 ID:oYPOlAQY
「……なによぅ」
「いや、なんでもない、ありがとうな。……おいしかったです」
うどんを真琴に返して俺は学校へと向かう。


外は思っていた以上に冷たかった。頭がズキズキ痛む。
体が弱くなると、こんなにも辛い世界だったのか。
ある日突然、気圧に耐えられなくなった。そんな気分だ。
1歩、1歩、踏み出すたびに沈んで行く。

俺は本当に栞のことが気になっているのだろうか?
……それは間違っていないと思う。だけどそれは昨日までの俺の
気持ちで今日の俺はもっと大事な物を見つけたような気がする。
昨日の夜に死んで今日の朝生きた俺は別の選択肢を望んでいた。
俺が栞じゃなくて真琴を選んだとしていったい何が悪いんだろう。
一緒にいることが出来る時間は限られている、その人のために一緒に
いることで他の可能性をなくしてもいる。俺は真琴と一緒にいたい。
栞には別の可能性が待っている。

もしかしたら学校に来なかったのかもしれない。
もしかしたら学校に来たのかもしれない。
頭に雪の帽子をかぶって昼休みが終わる頃に現れた俺に向かって、
おそいですぅ〜と文句を言ったかもしれない。
けれど、最後は笑っていたかもしれない。

……明日も中庭で待っているかもしれない。
でも俺は窓からそれを見ているだけ。
栞はあの中庭で一人待ち続けるだろう。
そしていつか中庭に来なくなる。
栞の道は別の方向へと向かって行く。
69灰色(11):01/09/17 01:18 ID:oYPOlAQY
俺は家に引き返し、改めて俺の分のうどんを食べた。
――これが現実だ。


真琴はきょとんとして俺を見ている。
まだ頭はズキズキと痛む。
俺の大事な人はここにいる沢渡真琴。
それでいい、それだけで十分。
な、真琴。

「……なによぅ」


END
70名無しさんだよもん:01/09/17 01:21 ID:oYPOlAQY
『灰色』
>>54-60 前投稿
>>66-69 今回

感想ありがとうございます。
尻切れ気味と言われたら、書くしかないだろう
ってことで投稿です。良く喋る祐一は許して。
71なにがしだよもん ◆ie2wgyeo :01/09/17 02:19 ID:/U/so6Oo
>>66-69
ヨッシャアアア!! (何が)
補完されました。

思いを巡らした末に栞を切る辺り、知らぬ事とは言え、何か切ない。
彼女が"去った"あと、祐一は何を思うのだろう。ちょっと深い。

お餅のくだりが真琴らしくてイイ。全部じゃなくて"少しだけ"という辺り、
子供っぽさがうまく表現出来ていて良かった。

「で、気になった点でしゅが。真琴しゃん?」
「あうー…。いきなり"大切な人"って気付かれても困るわよぅ…。もう少し
前振りが欲しいわよぅ…」
72名無しさんだよもん:01/09/17 14:09 ID:1MXct6Nk
>70
うう、栞が……
こういう風に続くとは思いもしなかったのでちょっとびっくり。
でも真琴がいいですね、やっぱり。
73小雪の舞う屋上で(1/8):01/09/17 14:32 ID:Jpy1XmJA
校内は閑散としていた。
こんな時間に残ってる生徒なんて訳有りの生徒ぐらいだろう。
部活のある奴はとっくに行ってるだろうし、帰宅部の奴はもう帰ってるはずだ。
わざわざ職員室で進路の事で嫌味を言われるなんて馬鹿げている。
もうすぐ3年になるが、受験なんて漠然とした事を真面目に考えてる奴が何人居るんだろう?
「北川、お前の成績だとここは少し難しいかもしれないぞ」
「一つ下のランクを狙った方がいいんじゃないか?」

しかし、その時に見えてしまったクラスメイトの進路調査。
一覧になったその紙の中で、一人だけ赤い線が引かれてある。
あいつの進路希望は赤ペンで線が引いてあった。
『転校』
担任の小言は俺の中に留まることはなく、ただこの2文字だけが頭の中を巡っていた。

部室を覗いたがそこに彼女の姿はなく、でも下駄箱にはまだ靴が残っていた。
何処にいるのか分からないまま、俺は思いつくかぎりの場所を探し続けていた。

俺は屋上に続く扉をそっと開けた。
まだ2月という冬の中、ここに居るはずがないと思いつつ、俺は見回した。
しかし目の前には1組の足跡が小雪の舞う中に残っている。
その先には、一人の少女が佇んでいた。

見つけた……

俺は声をかけようとして、躊躇った。
74小雪の舞う屋上で(2/8) :01/09/17 14:33 ID:Jpy1XmJA
香里はただ静かに中庭を眺めている。
その横顔には何の表情も浮かんでいない。
ただ遠くを見つめている。そこにはない、何かを見つめているような。

俺はどう声をかけようか考えつつ、香里のそばに歩いていった。
足跡が聞こえているはずなのに、振り向こうとはしない。

「こんな天気なのに何してるんだ? 風邪引くぞ」
「……北川君か……何の用?」

香里の声はいつものように冷静で、しかしそこには何の感情も込められていなかった。
その横顔は綺麗で、その声も澄んだ音色を秘めているのに、何もない。
虚無。
そんな言葉が浮かぶ。

「美坂を探してたんだ」
「どうして?」
「あ……ちょっと聞きたいことがあってな」
「わざわざここまで?」

いつもの会話。いつもと同じ口調。
しかしそこには暖かみがない。
この雪と同じように、ただ冷たい。
彼女の目は何も写していない。

俺は香里の横に立った。ここから見渡せる中庭には誰の姿もない。
この間まで中庭に私服の少女が立っている事があったが、その姿も最近は見かけない。
香里の視線は動かない。1本の木を眺めている。
その少女がいつも居た木を静かに見つめている。
75小雪の舞う屋上で(3/8) :01/09/17 14:34 ID:Jpy1XmJA
「……それで? 何の用かしら?」
「ああ……ちょっとな……」

切り出しにくい。
最近の香里はどこか無理をしていた。
何かを我慢しているように、でもそれを知られたくないように。
気丈に、いつもの振りをしていた。
見ていて痛々しいかった。
しかし彼女の力になりたくて、でもそれを問いだたすことで彼女が傷つくような気がして。
いや、その事でいつもの関係が壊れそうで。それが怖くて。
俺は言葉がかけられなかった。
そして、今も。

俺の逡巡を知ってか知らずか、香里の声は続く。
「……用がないなら帰った方がいいわ。あなたこそ風邪引くわよ」

無理をしている。それだけは分かる。
「……そう、か……」
「どうしたの? いつもの北川君らしくないわね」

香里が初めて俺の方を向いた。
いつものポーカーフェイス。
でもその仮面はどこか取れかけている気がした。

「なぁ、転校するって……本当か?」

「先生に聞いたの? そうよ、転校するわ」
俺の必死の問いは、あっさりと答えが返ってきた。
76小雪の舞う屋上で(4/8) :01/09/17 14:34 ID:Jpy1XmJA
「今までお世話になったわね。ありがとう」
冷静な声。感情を伴わない声。

「……なんで、なんでそんなに冷静なんだよ……」
「……なんで、そんなにあっさりと……」

「もう決めたから。ここは……辛いこと多かったから」

香里の顔には何の感情も浮かんでいない。
ただ、事実を淡々と告げる。
何かを隠すような、それでも能面のような顔。

「……水瀬さんや相沢は知ってるのか?」
「名雪は知らないわ。相沢君が言ってなければね」
「……相沢は知ってたのか……」

あいつにそんな素振りはなかった。
しかし最近のあいつも香里と同じで、何かを堪えているような表情をしていた。
いつものように4人で居ても、どこかみんな無理をしていた。
気付いていないとでも思っているのだろうか?

隠すと言うことは知られたくないと言うことだ。
だから俺は聞かなかった。見なかった。いつものように振る舞っていた。
だが、そのなかに香里の件もあったのだろうか?

「ちゃんと言った訳じゃないわ。転校するかもしれない、とは言ったけどね」
「この学校で知ってるのは先生と、相沢君と、あなただけかもね」
77小雪の舞う屋上で(5/8) :01/09/17 14:35 ID:ugKtKjYk
相沢には教えていたのに、俺には教えてくれてなかった。
俺の中で昏い情念が渦巻く。
同時に香里の中に俺が居ないことがはっきりして……

「なんて顔をしてるのよ。別に二度と会えない訳じゃないんだし」

香里の声はやはり冷静だ。
しかし、その声に触発されるかのように俺の中で様々な感情が爆発する。

「……なんで……」
「……なんでそんなに冷静なんだよ!」
「なんで、俺じゃないんだよ!」
「なんで相沢なんだよ……」
「俺じゃ……俺じゃ駄目なのかよ……」
「いつも一人で居て……俺じゃ駄目なのかよ……」

暴発した感情。
それでも、俺の気持ちは香里を動かすことはなかった。

しばらくの間、俺達は互いの感情を読みとるかのように見つめ合った。
香里にあった感情は、やはり、虚無。
その中に何かの感情が浮かんいると思ったのは、多分俺の気のせいだろう。
取れかけていても、それはやはりポーカーフェイスだった。

「……わかったよ。じゃ、元気でな……」

言いたい事はこんな言葉じゃない。
俺の気持ちは、こんな言葉で表される事じゃない。
しかし出てきた言葉はこれだけだった。
78小雪の舞う屋上で(5/8) :01/09/17 14:35 ID:ugKtKjYk
俺はフェンスを離れるとドアに向かった。
俺は臆病で卑怯なのだろう。
かすかな期待を込めて。声をかけてくれるのを期待して。

そんな俺の願いは、叶えられたのだろうか?

「ごめんなさい」
「それと……ありがとう」

かすかに聞こえた香里の声。
俺は足を止めた。
しかし聞きたかった声はこんなものではなかった。
まだ、仮面の奥から出てくる声の方が良かった。

「……北川君。また会えるわよ……」
「生きてさえいれば、会えるんだから……」

壊れた仮面の声は、弱々しかった。
その声には初めて感情が込められていると思った。
でも俺は、涙に掠れる声を聞きたかったんじゃない。
俺の所為で悲しみを呼んでしまったことが辛かった。

だから俺は振り向かなかった。
そんな姿を見たくなかったから。
きっとそんな姿を見られたくなかっただろうから。
彼女をそんな風にしたのは俺の責任だから。
79小雪の舞う屋上で(7/8) :01/09/17 14:36 ID:ugKtKjYk
でも、それでも言わずにいられなかった。

「……なぁ、美坂……約束してくれないか?」

俺の願い。それは悲しみに暮れる彼女の姿を見たいんじゃない。

「いつか、必ず……会ってくれるか?」
「その時まで、美坂のこと、俺……」

続きは口に出来なかった。
でも分かってくれると思った。
俺の、香里に対する気持ちを。

「そうね、いつか……」
「いつか会いましょうね……」

きっと伝わったと思う。
「……だから……ありがとう、北川君」


俺は言いたかった言葉を飲み込んだ。
だから俺は願いを込めた。その言葉が伝わってくれることを祈った。

「約束だからな」

必ず、次に会うときは笑ってくれているはずだ。
彼女が笑顔を取り戻したとき、その時が約束の時。

俺は扉を閉めた。
80小雪の舞う屋上で(8/8) :01/09/17 14:37 ID:ugKtKjYk
『生きてさえいれば、会えるんだから……』
その時の彼女の、その声に秘められた理由なんて全然わかってなかった。
その言葉の重さなんて分かってなかった。

それでも香里なら、その時が来たらきっと会ってくれる。
きっとその時が来る。

だから、きっと。
いつか、きっと。


「……やっぱり……俺、ふられたのかな……」

俺の呟きは誰にも聞かれなかった違いない。
そっと扉を閉めたのに、扉はやけに大きな音を立てて掻き消してくれたから。

俺は静かに階段を下り始めた。
小雪の舞う道を一人で帰るために。
81Aqua:01/09/17 14:53 ID:jtukhplg
>73-80 『小雪の舞う屋上で』
以上です。

北川と香里の微妙な関係が表現できてたらいいなぁ……
8265どーでもいいが:01/09/18 23:51 ID:7r/p1DGw
アルジャーノンやっと読み終えた。長かった。
面白いというか…」なんかムカツクシーンが多かった。
直訳と思わしきとこがありすぎ。
あーでも泣きエロゲーに出来そうだ。
妹萌えとか先生萌えとかカバーしているしね。
>73-80

ああ…いいかんじだ…。

香里の仮面を外したくて、感情そのままに叫んでしまう北川。
でも…外れた隙間からのぞいたものは、彼の望まなかった涙。

その描写が悲しいね…。切ないね…。

そして、曖昧にもつれた結末。
「ふられたのかな」
無知から発せられたとはいえ、北川のセリフに、胸が少し痛んだ。

また、書いてください。
これからも、頑張って。
84名無しさんだよもん:01/09/19 01:57 ID:JNMiWwmg
(・∀・)ageテモイイヨネ? マワシテナイケド・・・

age!
85名無しさんだよもん:01/09/19 23:10 ID:sYL6JRsg
ものすごく昔の書き込みに対するレスで恐縮ですが、
>>13-16のようなSSを見ると、
「アルジャーノンに花束を」ではなく、
「バイオハザード」を思い出す俺は外道ですか。
かゆ。うま。
86夏空(序):01/09/20 13:30 ID:8Q/ljLIM
観鈴は言った。
「かぶと虫はつがいだった。だから水入らず」……と。

観鈴は言った。
「ふたりでひとつのものを探すことは楽しい」……と。

遠い時の流れの中に忘れ去られた二人の少女の思いを微かに留めるこの町にも、
千回目の夏が巡ってきた。
87夏空(1):01/09/20 13:31 ID:8Q/ljLIM
「往人さん、またここにいる……」
「何だ、観鈴か」
「お仕事終わったの?」
「さっぱりだ」
「もう、何でそうかなぁ」
俺は、全然はかどらない仕事に郷を煮やして、海沿いの堤防に涼みに来ていた。
潮風に身をさらしていると、体から少しずつ汗が引いていく。
そんな所へ、俺が居候させてもらっている家の娘の観鈴が話しかけてきたのだった。
しかし観鈴は、今日はこの堤防のすぐ側にある学校の補習に出ているはずだった。
「観鈴、補習はどうした?」
「が、がお……」
ぽかっ。
観鈴が困った時の口癖。
この癖を直してやってくれと観鈴の母親の晴子さんから、きつく頼まれている。
それに観鈴の教育については、俺がこの町にいる間は全権を任されていた。
「どうして叩くかなぁ」
「お前こそサボりだろうが」
「そ、そんなことないですよぅ」
「本当か?」
「本当ですよぅ。遅刻したから、一時間ここで潰してるだけ……」
「かわらん!」
ぽかっ。
88夏空(2):01/09/20 13:32 ID:8Q/ljLIM
海と山に囲まれた小さな町。
俺が長い旅の途中でたまたま立ち寄っただけの、何もない静かな町。
(金が稼げれば、早くここを出て行けるんだが……)
俺は軽く溜め息をつくと、遠くの水平線を眺めた。
沖合いには小さな漁船が浮かび、さらにその向こうには積乱雲が遥か上空まで聳え立っている。

ふと俺は、初めて会った時の観鈴の姿を思い出した。
「なあ、あの話、今でもそう思っているのか?」
「あの話?」
「空の上にもう一人の自分がいるような気がする、って話」
観鈴は、少し困惑したような顔をして目を伏せた。
「……この頃、夢を見るの」
「ユメ?」
「うん、夢。わたしが空を飛ぶ夢。ものすごい速さで空を飛んでいるの。
 でも、わたしの翼は出来が悪くて、そのうちバランスを崩して落ちていくの。
 何もない、どこまでも真っ暗な闇の中に」
「……」

俺はもう一度、目の前に広がる海を眺めた。
翼の少女。
俺が子供の頃から聞かされていた、あこがれの少女。
翼の少女は、今もまだ、この空の上のどこかにいるのだろうか?
その少女もまた、深い孤独と哀しみを抱えているのだろうか?
89夏空(3):01/09/20 13:33 ID:8Q/ljLIM
俺はいきなり観鈴を抱えると、堤防から海に向かって一直線に走り出した。
「わっ、何するの往人さん!」
「飛ぶんだよっ」
「とぶ?」
「そうだ。この真っ青な空の上までな」
「でも、わたしに翼は……」
「俺が力を貸してやる。俺の法術の全てを」
「そうしたら、どこまでも飛んでいけるかな? もう一人のわたしにも会いにいけるかな?」
「ああ、きっと会える」



 陽光が揺らいだ。

 一羽の鳥がひるがえり、空を目指していた。

 その先はもう、まぶしくて見えない。

 今、目を閉じたなら、連れていってくれるだろうか。

 この翼のない肉体を地上に残して。



次の瞬間、俺と観鈴は思いっきり海中に落っこちていた。
空高く水しぶきが上がり、空中に虹がかかる。
「ぶはっ」
「にはは、墜落〜」
「喜ぶなっ!」
90夏空(4):01/09/20 13:34 ID:8Q/ljLIM
俺は、海面に浮かび上がると仰向けになって空を見つめた。
視界一杯に広がる天空と、自分を包み込む水の感覚。
その二つが重なり合い、今ここにいるはずの自分が拡散していくような感じがする。
結局俺は、遠い昔の約束を果たすことも出来ないまま消えていく小さな存在に過ぎないのだろうか?
数多くの人たちの喜び、苦しみ、悲しみ、願い、夢。
それらがどんなに重く、また大切なものであっても、結局は時の流れの中に埋もれていくものでしか
ないのだろうか?

「往人さん、何考えてるの?」
観鈴が浮かんでいる俺の体に手をつき、顔を覗き込んでいた。
「……俺の探し物のことを、な」
「探し物……」
「……」
「往人さんは、まだ探し続けるの? また、旅に出るの?」
「わからない」
そう答えて、俺は静かに水を掻く。
何故俺は、今でもこの町に留まっているのだろうか。

本当は、何を探しているのだろうか?
本当は、何を求めているのだろうか?

俺は微笑を浮かべている観鈴の顔を、そっと見つめた。
答えはすぐ傍にあるのかもしれなかった。
「観鈴、泳ぐか」
「うん。でもちょっと怖い」
「大丈夫だ。俺が一緒にいてやる」
「約束……ですからね、往人さん」
「約束する。ずっと、一緒だ」

俺と観鈴は、沖に向かって静かに泳ぎ始めた。
91名無しさんだよもん:01/09/20 13:35 ID:8Q/ljLIM
>86-90 『− 夏 空 − (from AIR)』
DC版AIR発売記念という事でAIR SSです。
何か、本編の亜流みたいな感じですが(汗
なお>89の真ん中の台詞は本編のプロローグのものです。

DC版のプレイが終わったら、また書けると良いなぁ。
それでは(・_・)ノ
92Aqua:01/09/21 12:15 ID:nj77a5Pk
NIMDA にやられてようやく復旧できました。
皆さんも気を付けて下さいね。

>83
読んで頂いて有り難う御座います。
ちょっと北川のイメージが違うかもしれないけど実際はこんな感じ
じゃないかな、と。

>86-90
温かくていいですね。
本編でこんな二人を見たかった。

次の作品を期待しています。

そう言えばDC版Airをソフマップで買ってきたけどかなり恥ずかしかった。
声とかはあまり違和感なかったので結構よいかと。。
93名無しさんだよもん:01/09/23 04:24 ID:1daUqGV6
さがりすぎなのでage
94名無しさんだよもん:01/09/24 02:40 ID:FTjHHATU
新作カモン!
95名無しさんだよもん:01/09/25 14:13 ID:1ndMW9PI
全く流れと関係無くて悪いが、視点の切替えってそんなに気になる?
実写やマンガなんかでは演出技法として成り立ってるけど。
96名無しさんだよもん:01/09/25 19:41 ID:/wXWSP8A
あんまり多いとうざいけどNE!
適度になら気にならない。どのへんが適度かってのは人によるんだけどね。
97名無しさんだよもん:01/09/25 20:12 ID:rXkM/qcg
わかりにくくならなければ別に良いと思うけど、
やっぱりクライマックスに使うのが効果的だと、思う。
物語の内容にもよるけど。
98NTS ヘ( ヘ・∀・)ヘ:01/09/25 21:52 ID:vS.jtq9Q
うぅ、思いっきり視点切り替え使ったSS書いてそろそろ投稿してみようかと思ってたのだが・……
3話構成でそれぞれの話し後とに視点が違うって のは気になるレベルでしょうか
99名無しさんだよもん:01/09/25 23:57 ID:mDfxFATo
>>98
 ちゃんと話として独立してて視点が違うんだったら問題ないと思われ。
 問題なのは、なんの脈絡もなく突然別人の視点になること……じゃないかな。
100名無しさんだよもん:01/09/26 00:14 ID:EcwhwWkY
>>98
投稿してから話すのがいいよ。
101犬威:01/09/26 00:52 ID:QuOMJD9A
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=army&key=1000984725

軍事板にこんなスレ立てたの、ここの住人?
あんまり他板に迷惑かけちゃだめですよ。
特に軍事板はテロの影響で駄スレが乱立してるんだから。
102名無しさんだよもん:01/09/26 00:56 ID:qbjzWVQQ
>101
いや、さすがにそれは違うと思われ……
途中で調子に乗った奴はいたみたいだが、
あれがここの住人だとしたら断固として謝罪と賠償を要求したいくらいヘタだし。
103なにがしだよもん ◆ie2wgyeo :01/09/26 01:03 ID:p9S8eDiA
>>101
ワーイとか言いながら訪問してみたら…本家筋だったか(;´_`;)

萌えない…萌えないよゥ。
104名無しさんだよもん:01/09/26 01:12 ID:Qf0Qf4NI
>>101
本気で言ってんのか?なあ?
105名無しさんだよもん:01/09/26 06:11 ID:avvejAqw
17 名前:名無しさんだよもん 投稿日:01/09/26 06:03 ID:ZF4oU.Zc
>>101
SS=ナチス親衛隊だから向こうの住人がたてたんじゃないの?
途中で乱入したヤツはいたようだが(w

…と、書いたはいいが思いっきり向こうのスレに誤爆。
東部戦線へ逝ってきます…。
106この夏、私の想い:01/09/26 11:32 ID:EPDYIA..
 太陽が、すごく、まぶしい。
 生まれ育った雪国とは違う太陽の光。あの街を少し離れただけなのに、日の光がこんなにも
違うなんてちょっと驚きだった。視線を地上におろせば、目の前に広がるのは、どこまでも果て
しなく広がる青い空と、遥か水平線の彼方まで続く青い海。海岸には大勢の人々が集り、夏の
海を楽しんでいた。
 私はその光景を少し離れたビーチパラソルの日影の中から眺めていた。海辺で遊んでいる子
ども達の笑顔がとてもまぶしい。太陽の光を一杯に浴びながら元気に走り回っている姿は、こう
して眺めているだけでとても幸せな気持ちになれる。
 ちょっと視線をずらして、海で泳いでいる人達の様子を眺めてみる。泳ぎの上手い人も、そう
でない人も、一緒になって泳いでいた。
 そんな中に相沢さんと真琴の姿を発見し、私は思わず微笑みをもらした。浮き輪をつけ必死
になって泳いでいる真琴に、相沢さんはつきっきりで泳ぎ方を教えいる。海水を飲み込んでしま
ったのだろうか? 真琴は泳ぎを中断して咳き込んでいた。涙目になり「あう〜」といつもの台詞
を言う真琴の姿が容易に想像できて少し可笑しかった。相沢さんはそんな真琴に対し、やれや
れといった感じで背中をさすっていた。
 相沢さんと真琴。長い間望んでいた姿が、今、目の前にあった。
 とても心温まる光景。あの日、あの子が消えてしまった時からずっと夢見てきた姿。
 真琴が帰ってきたのは今年の春。それは突然の出来事だった。私も相沢さんも当然の事なが
らそれに驚き、そして心の底から喜んだ。なぜ真琴が帰ってこれたのかは分からない。でも、私
達は素直にその奇跡に感謝した。神様の存在を信じてもいいと思った。
 特に相沢さんの喜び様はひとしおだった。真琴が消えてしまった事で一番傷ついたのは相沢
さんだったのだから、それは当然の事だ。相沢さんは文字通り私の手をとって、踊るようにその
喜びを表現した。正直、ちょっと恥かしかったけど、相沢さんが喜んでいる姿を見るのはとても
嬉しい事だった。
107この夏、私の想い:01/09/26 11:32 ID:EPDYIA..
 真琴が居なくなった後の相沢さんの姿は、見ていてすごく辛いものがあった。相沢さんは極力
明るく振舞おうとしていたけれど、無理をしていたのは一目瞭然だった。顔では笑っていても、そ
の瞳には常に悲しいなにかが居座っているように思えた。
 私は相沢さんに元気になってもらいたかった。相沢さんには私の様になって欲しくはなかった。
だから私は、私に出来る可能な限りの事をした。相沢さんの前では決して悲しい顔をしないよう
努力した。面白くはなかったかもしれないけれど、冗談を言ってみたりもした。勇気をだして、お
花見に誘ったりもした……。
 でも、相沢さんに元の笑顔は戻らなかった。結局、私では役不足だったのだ。
 だから、真琴が帰ってきて、相沢さんに元の笑顔が戻った時、私は本当に嬉しかった。真琴が
帰ってきたそのことよりも、相沢さんが元気を取り戻してくれた事の方が、私にとっては嬉しい事
だったのかもしれない。
 もう一度、相沢さん達の様子を眺めてみた。相沢さんと真琴はちょうど海からあがったところで、
相沢さんが真琴になにを言ったのか、真琴は顔を真っ赤にして怒っている。浜辺でいがみ合う
ふたり。やがてふたりは追いかけっ子を始めてしまった。
 追う真琴に、逃げる相沢さん。
 真琴は怒っていたけれど、二人はとても幸せそうだった。そんな二人をこうして遠くから眺めて
いるだけで、私はとても温かい気持ちになれた。ふたりが幸せであるならば、それだけで私も幸
せだった。

 ――だけど……。

 だけど、なぜ、私の胸は苦しいのだろうか?
 真琴と一緒の時の相沢さんの笑顔。とても幸せそうなその笑顔は、私自身も望んできたもの。
でも、私はそれを見ているだけでとても苦しくなる。胸がぎゅぅ、と締めつけられる。温かさと苦し
さが入り混じった複雑な感情。こんな感じは始めてだった。
108この夏、私の想い:01/09/26 11:33 ID:EPDYIA..
 この感情が芽生え始めたのはいつのころからだっただろうか? 最初はただ純粋に喜んでい
た。ふたりの幸せそうな姿を見ているだけで、私の心は満たされた。とても温かい気持ちになる
事ができた。
 でも、やがて私はそんなふたりの姿を見る事に苦痛を憶え始めた。今でもふたりの幸せそうな
姿は私に温もりを与えてくれる。それは私が長い間望んできたものだから、私が幼い頃の、あ
の時以来の夢だから……。でも、真琴と接している時の相沢さんの笑顔を見てしまうと、その温
もりの中に奇妙な異物が混じり始める。それは言葉では言い表せない感覚。苦しく、そして切な
い。それは、水の中にそそがれた油のように、混じり合うことなく私の心の中を漂い、そして掻き
乱した。
 ……私は、一体、どうすればいいのだろうか?

 その時だった。いきなり後ろから、冷たいなにかが私の頬に張りつた。
「きゃっ!」
 私は驚きのあまり、思わず短い悲鳴を挙げてしまった。驚いて振り向いてみると、そこには無
邪気に笑う相沢さんが立っていた。
「もう、いきなりなにをするんですか」
 相沢さんはひとしきり笑ったあと、「悪い、悪い」と言って、先程、私の頬に張りつけたと思われ
る缶ジュースを差し出した。
「コーラで良かったか?」
 私は「ええ」と言って、そのコーラを受け取った。コーラはよく冷えていて、受け取った両手から
心地よい冷たさ伝わってきた。
「それにしても、いきなりあんな事するなんて酷いです」
「ははっ、天野がぼーっとしてしてたもんでついな」
109この夏、私の想い:01/09/26 11:34 ID:EPDYIA..
 私の抗議に対して、相沢さんは悪びれたふうもなく答えた。コーラの栓を抜きながら、私の隣
に腰を下ろし、自分のコーラを一口飲んだ。
「真琴は、どうしたんですか? どこにも見当たりませんが……」
 私は周囲を見渡してみたが、真琴の姿はどこにも見当たらなかった。それを聞いた相沢さん
は、また無邪気に笑って言った。
「真琴なら撒いてやったよ。今ごろどこかで迷子にでもなってるんじゃないか?」
「もう、あまりいじわるしたらダメですよ。真琴がかわいそうです」
 相沢さんは無邪気に笑いながら、手をひらひらと振り「大丈夫、大丈夫」と言ったあと、残った
コーラを一気に飲み干した。そんな相沢さんの無邪気な笑顔。真琴と一緒にいる時、
真琴について話している時、相沢さんは本当に無邪気な笑顔を見せる。その笑顔は、私にあの
感情を呼び起こさせ、私の胸はぎゅぅ、と締めつけられる。苦しく、そして切なくなる。
「相沢さん……、一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
 私は相沢さんの顔を直視する事ができず、うつむき加減になりながら、前から聞こうと思ってた
事を聞こうと思った。相沢さんは飲み干したコーラの缶を右手で弄びながら「うん?」と答えた。
「なぜ……、私を誘ってくれたのでしょうか?」
 相沢さんが私を海に誘ってくれた時、私は最初、その申し出を断ろうと思った。せっかく相沢さ
んと真琴のふたりの旅行を邪魔したくないと思った事と、なにより、相沢さんのあの笑顔を見る
のが辛かった。
 しかし、相沢さんはどうしても私を連れて行きたいと言い、結局、私は誘いを断ることができな
かった。
「うーん、どうしてと言われてもなぁ」
 相沢さんは両手を高く上げて、伸びをしながら答えた。
110この夏、私の想い:01/09/26 11:35 ID:EPDYIA..
「天野には色々世話になったからな。その恩返しはしなきゃならないと思ってたし、それになによ
り俺達は友達だろ? 友達を遊びに誘うのは当然だと思うけどな」
「友達……ですか」
 ――友達。それは私にとって長い間、縁のなかったもの。その言葉を相沢さんから聞いた瞬間、
私は嬉しくもあり、そして、なぜだか悲しくもあった。
「それと真琴も天野のことを連れて来いって。あいつ、天野と一緒じゃなきゃ嫌だってうるさくてな」
「真琴が、ですか?」
「ああ、あいつ、すっかり天野になついててな。ホント、あいつの遊び相手になってくれて助かるよ」
「そんな……、私も真琴と遊ぶのは楽しいですから」
 私はそう言いながら、浜辺を見つめていた。この浜辺のどこかで相沢さんの姿を探している真
琴のことを思っていた。
「あと、もう一つ」
「なんですか?」
「天野を誘った理由だけど、俺、なんだか天野に避けられてるような気がしてさ、もしかしたら嫌
われちゃったかな? と思って。もしそうならば、その理由を聞きたかったし、なにより謝りたかっ
た。」
 相沢さんは、ぽりぽりと頬を掻きながら言った。
「……俺、天野に対してなんかしちゃったかな?」
 私は慌てて「そんなことありません!」と答えた。たしかに私は相沢さんの事を避けていた。だ
けど、それは決して相沢さんの事を嫌いになった為ではなく、ただ、私自身の弱さの為。相沢さ
んの笑顔から、あの感情から逃れる為。その為に相沢さんに心配をかけさせて知らなかった。
111この夏、私の想い:01/09/26 11:36 ID:EPDYIA..
「わ、私は、相沢さんの事を嫌いになったりしてません! 私、相沢さんのことは……」
 そこまで言って言葉に詰まった。私にとって相沢さんとは一体なんなのか? 考えたこともなか
った。
 ――相沢さんは私の友達? 相沢さんは私の事を友達だと言った。だけど、私はそれを認め
ることができなかった。自分の口から『相沢さんは私の友達です』と言う事ができなかった。それ
を言ってしまうと、私の中でなにかが終わってしまうような気がした。
 真琴を接点として私は相沢さんと出会った。悲しい昔話。私と相沢さんとの間には、常に真琴
の存在があった。それは真琴が消えたあとも同じ。私達は同じ傷を持つ同志だった。そこに真
琴の姿はなくても、強く、その存在を意識した。そして、真琴が帰ってきたあと、そこには文字通
り真琴の存在があった。私が相沢さんと会う時、そこには常に真琴が居た。それがなぜだかは
わからない。でも、私が相沢さんと会う時は常に三人だった。
「そうか、それを聞いて安心したよ」
 私が言葉を言い終える前に、相沢さんの答えは返ってきた。
 相沢さんは、相変わらず、あの無邪気な笑顔を浮かべていた。その瞬間、私と相沢さんの目
が合い、なぜだか私はドキッ、とした。
「ほら、前はよくふたりで話したりしてたのに、最近はなんだかそういう事がなくってさ。なんだか、
俺、天野に嫌われたかな〜? って。でも、結局は俺の思い過ごしだったというわけだな」
 相沢さんはそう言って笑った。でも、私の胸はドキドキと高鳴っていて、その笑顔を見ることが
できなかった。
112この夏、私の想い:01/09/26 11:38 ID:EPDYIA..
 なぜ、こんなにも胸が高鳴るのか? いつもなら、相沢さんの笑顔はあの感情を呼び起こすの
に、なぜ、今はそれが起こらないのか? なんとなくだけど、私はその理由がわかるような気が
した。

 ――それは、その笑顔が私に対して向けられたものだから――

 思えば、私は相沢からこんな風に笑いかけられた事なんてほとんどなかった。あるのは、真琴
が消えたあとの悲しい笑顔だけ。私は、相沢さんのそんな笑顔なんて見たくなかった。相沢さん
には元気になってもらいたくて、それで、色々と努力をした。相沢さんにとっては迷惑だったかも
しれないけれど、私なりに頑張った。でも、真琴が帰ってきて、相沢さんに本当の笑顔が戻った
あと、私は相沢さんの笑顔を見ることができなくなっていた。相沢さんの笑顔を見るのが恐かっ
た。あの感情を呼び起こしたくなかった。いつしか、私は相沢さんを避けるようになっていた。で
も、私に向けられた笑顔は、あの感情を呼び起こす事なく、そのかわりとして、私の胸を高鳴ら
せた。

 あの感情を呼び起こすもの。
 その正体がなんなのか、今、はっきりとわかった。
 私は、真琴がうらやましかったのだ。
 そして、私は相沢さんの事が――

「あーっ! 祐一、見つけたぁ!」
 突如、私の思考をさえぎるかのように、浜辺の方から大きな声が聞こえた。見ると、手にした
浮き輪をぶんぶんと振りまわし、真っ直ぐこちらに走ってくる真琴の姿があった。
113この夏、私の想い:01/09/26 11:40 ID:EPDYIA..
「やべっ! 天野、悪いが俺は逃げる。またあとでな」
 相沢さんは、そう言って真琴とは反対の方向へ走っていった。
「こらーっ! 待ちなさいよーっ!」
 再び始まる相沢さんと真琴の追いかけっ子。ふたりは本当に仲が良かった。
 相沢さんの表情はとても活き活きとしている。本当にうらやましいくらいだった。
 やっぱり、私では真琴に敵いそうにない。相沢さんは真琴の事が好きで、真琴も相沢さんの事
が好きだった。そして、私はそんなふたりが大好きだった。ふたりにはずっと笑っていてもらいた
い。心からそう思う。
 私は立ちあがり、「うーん」と大きく伸びをした。
 太陽は相変わらずまぶしかったが、それはとても心地よいものに感じられた。
 この夏、私の想い。生まれて初めて抱いたその想いは、まるで蜃気楼のように現われ消えた。
誰にも知られる事のなかった想い。私はこの想いを密かにしまいこんだ。
 浜辺では、相沢さんと真琴が延々と追いかけっ子を続けている。
 私は、そんなふたりを飽きる事なく見守り続けた。
 海はきらきらと輝き、空は貫けるように青く、それは永遠に続いているように思えた。


                                                FIN
114犬威:01/09/26 11:46 ID:EPDYIA..
>>106-113 「この夏、私の想い」
以上、みっしー夏モノSSです。
なんだか、思いっきり季節外れですね。
でも、AIRが9月に発売されるような御時世ですので、見逃してくだちぃ。

>>105
自分も軍ヲタなので、SS=ナチス親衛隊くらいは知っていますが、
あまりにスレタイトルが似ているのと、レスが全然ついていなかったのとで
「もしや?」と思ってしまいました。
お騒がせしてすみません。
115なにがしだよもん ◆ie2wgyeo :01/09/26 13:39 ID:4ChrKqzY
>>106-113 「この夏、私の想い」

さわやかな読後感が印象的。

泳げない真琴につきっきりの祐一の描写など、その場の映像が容易に想像でき、良かった。
缶ジュースの冷たさに飛び上がるくだりなど、美汐の可愛らしさがうまく表現できていてGood!
読むうち去り行く夏を想い、しみじみとしてしまった次第。
ああ、海に逝きたかった…。

物語の流れにも計算が感じられ、興味深いと思った。
(a)自分には友達と呼べる人が居ない→(b)祐一から友だちと言われて嬉しくもあり悲しくも
あった→(c)祐一の本当の笑顔は、悲しみではなく喜びを感じさせる→(d)祐一に本当の
笑顔をもたらすのは真琴、自分にはできない→(e)真琴にはかなわない、自分は二人の
笑顔をずっと見ていたい(から恋をあきらめる)…
あえて言うなら(b)から(c)への移り変わり部分、友だちと言われて悲しいと感じた気持ちの
やり場をどうするのかについて、描写にやや物足りなさをおぼえたけれども…イイです。

気になったのは以下の言葉の誤用でした。
「役不足: 俳優などが与えられた役に満足しないこと」

脈絡無い感想で申し訳ない。
116犬威:01/09/26 15:48 ID:dMwtOv/I
>115 なにがしさん
いつもながら、丁寧なご感想ありがとうございます。
今、読み返してみましたが、ご指摘どおりc→dへの移行が弱いですね。
自分がSSを書く際は、イメージ先行で、それを繋げる部分がどうも弱くなってしまいます。
以後、気をつけないと……。

それと、投稿したあとに誤字を発見(鬱 >>110の最後の行です。

×その為に相沢さんに心配をかけさせて知らなかった。
〇その為に相沢さんに心配をかけさせていたなんて知らなかった。

誤字というより、修正時のミスですね。
何度か推敲したのに、やってしまいました。鬱です。
117名無しさんだよもん:01/09/26 17:12 ID:Q6F6KglQ
>>106-113
単体で見ると素直でいい感じだと思う。
なんかほろ苦いと言うか甘酸っぱいと言うか、とにかく青春。

でも、真琴復活させるといろいろ面倒なんだよねー。
みしおたんの狐は復活しなかったんだから。
前と全く同じ関係になれるかどうか。

あと、私には説明が多いと感じてしまう。
分かりやすいテーマだからサラッと見せてもいいような。
118名無しさんだよもん:01/09/26 22:08 ID:Ehsn3K4k
>ワーイとか言いながら訪問してみたら…本家筋だったか(;´_`;)

軍事板のショートストーリー専用スレは別にありますですよ、お兄さん。
ここ。
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=army&key=993285159
有名劇画家の自営業先生(k林g文さん)の作品がタダで読めます。
あっちでSSを書きそれなりの評価を受けるにはこれ位でないと・・・
我々にはちと無理だと思われ。
こっちで言うSSスレもいずれ出来るような動きがあるね。
名称は全く別で、多分、ハカロワっぽい形式になると思うけど?
ハカロワの職人さんあたりなら知識があればそつなく纏めてくれるかなあ。
119名無しさんだよもん:01/09/26 23:22 ID:IiHiBg/6
>117
>説明が多いと感じてしまう
語りすぎということですかね。美汐ものを沢山読んでいればたしかにそうかも。
ターゲットしだいということでしょうか。始めて美汐SS読む人だったらあまり
省くと唐突に感じると思います。
120名無しさんだよもん:01/09/27 00:44 ID:Sm38GL0U
>>106-113 「この夏、私の想い」
 よかったっす。
 説明っぽいのも……美汐っぽくていいかな(w
 だたちょっと美汐の心の動きが急展開過ぎる気がしたなぁ。ほんの数十分で、自分の
心のもやもやが恋だと気づいて、あきらめるまでいっちゃうし。そこが美汐らしいのかも
しれないけど……。
 あと、真琴と美汐の水着姿の描写きぼーん(w せっかくの海岸なんだしさぁ。
121犬威:01/09/27 02:38 ID:wF6VazvI
沢山のご感想ありがとうございます。
こんなに感想を頂けるなんて、恐悦至極でござりまする。

>117
やっぱり説明臭かったですか……。
自分でも、もっと描写を中心にして書きたいとは思っているのですがねぇ。

>119
自分はそれ程SSを読む方ではないので、そこらへんも原因ですかね。

>120
はっきり言って、無理は承知でした。
こんな短時間でこんな展開にはならないだろうと思いつつ、
御都合主義でやっちゃいました。勘弁してくだちぃ。
水着の描写については、正直、そこまで気が回りませんでしたね。
ストーリーを完成させる事で精一杯で、遊び心を忘れてました。


次回の目標:説明よりも描写を!
122なにがしだよもん ◆ie2wgyeo :01/09/27 03:00 ID:8/IcexTg
>>118
そうか…向こうにもSSワールドがあったのですか。
仮想戦記があるから、何処かにはあるだろうなと思っていたのですが…
ご紹介有り難うございました。

K林G文さんて、漫画だけじゃなくて、小説もものされるのですか。
はじめて知りましたよ、ビックリ。
123名無しさんだよもん:01/09/27 03:35 ID:uxNiL1Do
k林g文さんは軍事板のあちこちのスレに鋭いレスを付けてます。
あやふやな知識でナチスSSものなど書いたら直々にご指導下さるはず。
洋書で海外の資料に当たり、模型などでいちいち考証するレベルでないと・・・
自営業先生はそういうスタイルですからね。
あの方専用のスレもたしかあったはずですが。

人生経験の無いヤツに漫画など描けるか!
とどこかで語っていたのが印象的です。工員から叩き上げた方ですから。
優れた小説、文章を越える漫画は難しいとも言っています。
表現のむずかしさをわかっているからあえて色々と挑戦されるのだと思います。
お手軽になんでも作品にするばかりでなく、じっくり資料を集めたりするのも必要ですね。
124名無しさんだよもん:01/09/27 20:15 ID:IscyW6ks
経験が無いから描けるものもある。
知らないから不思議に思う。知らないから常識にとらわれない。
知らないから知ってる限りの言葉で伝えようとする。

例えば…こどもの詩とかね。
125accord(1/10):01/09/28 01:01 ID:auPqZ2gI
2月12日

「祐一〜」
ドアが少し開き名雪が顔を出した。
「何か用か?」
「ケーキあるんだけど一緒に食べない?」
ケーキか……甘い物はあんまり好きじゃないが小腹がすいてるな。
二時間ほど前に食べた夕食のビーフシチューとフランスパンは
すでに消化されていた。多分。
「食べる」
「それじゃ用意するね〜」
け〜き、け〜きと口ずさみながらパジャマに半纏姿の名雪がパタパタと
ドアを開けたまま階段を降りていく。
その間に俺は来客用の小さなを机を用意した。
「おまたせ〜」
お盆の上に真っ白でふんわりとしたケーキと、
湯気を立てた紅茶をニセット乗せて、名雪が戻ってきた。
名雪がカチャカチャと俺の用意した机の上に並べる。
「食べるか」
「うんっ」
フォークを手に取り真っ白なケーキを小さく区切り口に運ぶ。
……へぇ、真っ白なクリームの中にイチゴが隠れてたのか。
ふと視線を感じ、名雪を見るとフォークも持たずに俺を見ていた。
126accord(2/10):01/09/28 01:02 ID:auPqZ2gI
「……おいしい?」
「うまい」
「ほんと?」
「ほんとだって、なかなかいけてる」
「よかった……それね、わたしが作ったんだよ」
改めてケーキを見つめる、市販のケーキと言われても
信じてしまうぐらい良くできたケーキだった。
形はまるでユキウサギのようで……。
「祐一、あ〜ん」
目線を上げると名雪が小さく取った自分のケーキをフォークにさして
俺の前に出していた。
「ほら、あ〜〜ん」
「恥ずかしいからいいって」
なんだか照れてしまい、首を振ってしまう。
それでも名雪は食べさせようとケーキを近づけてくる。
……二人っきりだし、別にいいか。
俺は口を開けケーキを食べる、はずだった。
口を閉じようとした瞬間ケーキは引っ込められそのまま
名雪の口のなかへと入っていった。
「……っん、おいしいよ〜」
「名雪」
「うん? なあに?」
はぁ……。
127accord(3/10):01/09/28 01:03 ID:auPqZ2gI
「ふぅ〜うまかった」
たまには甘いのも悪くないな。
「祐一、口の回りがクリームだらけだよ」
「こうやって食べるのがうまいんだ。名雪、ティッシュ取ってくれ」
「うん、でもその前に目を瞑って。ちょっと動かないでね」
「なんで?」
「いいから」
別にたいしたことじゃないので俺は言われるまま目を閉じた。
名雪が近づいてくる気配があって、唇に甘い感触。
「名雪っ?」
目の前には、名雪の顔があって。
名雪は少し驚いた顔をした後、小さく笑って
俺の唇の回りをきれいに舐めてくれた。
名雪の舌は、暖かくて、柔らかくて、甘くて。
「うん、きれいになったよ」
笑顔の幼なじみは、なんだか、
「……なんだか、猫みたいだな」
「うん、わたし猫さんだよ」
そう言って名雪は俺の膝の上に転がってくる。
「うにゅ〜」
名雪はごろごろと顔を俺の胸に摩り付けてきた。
「祐一〜」
名雪を優しく抱きしめ、さらさらの髪を撫でる。
シャンプーの香りがした。名雪の体は暖かくて、柔らかい。
「あったかいよ〜」
「ああ、名雪を抱いてると気持ちいいな」
「わたしも祐一に抱かれていると気持ちいいよお」
「おーよしよし」
「うにゅ」
俺達はしばらくそのままじゃれあった……
128accord(4/10):01/09/28 01:03 ID:auPqZ2gI
暖かい祐一の膝の上でわたしはすっかり時間を忘れていた。
神妙な顔をした祐一の顔に気付きふと我に返る。
あれ、どうしたんだろう?
わたしが呼んでも、祐一の視線はわたしをとらえてはいなかった。
もしかして……嫌われたのかな……。
わたしあんなに恥ずかしいことしちゃったもんね。
うー、今思い出しても恥ずかしいよ。
でも、祐一がわたしの作ったケーキおいしいって言ってくれたから
うれしくって、なんかお返ししなくちゃと思ってたらついあんなこと
しちゃったよ。だけど祐一も優しい顔してたから大丈夫だよね。
そうそう、急に嫌われるなんて考えすぎだね。
「名雪……お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」
え? ほんとに嫌われちゃったのかな……。
さっきまで優しくしてくれたよね、そんなこといわないよね。
「ごめん」
嘘、なんでそんなこと言うの、聞きたく無いよ……わたし……。
「ユキウサギ受けとってやれなかった」
え……。
「思い出したんだ……全部」
そう……なの……でも……思い出しちゃうと、あの時の女の子
のことも……わたしは……わたしはどうしたらいいの?
「俺……は……やらなきゃいけないことがあるんだ」
見たく無いよ……祐一の涙なんて……。
「ごめん、出掛けて来る」
まって、お願い、行かないで!
やっと仲良くなれたのに、どうして、今、この時に。
そんな、ひどいよ。

……酷いよ
129accord(5/10):01/09/28 01:05 ID:auPqZ2gI
全部思い出した、楽しかったことも、悲しかったことも。
最後に会ったときのあゆの言葉。
「もう会えないと思うんだ」
会えるはずがなかった、だけど俺達は出会っていた。
わからなかった。だけどやることだけはわかっていた。
俺は色を失った雪の上を走り出した。
「待って!」
立ち止まる。
振りかえると、名雪がいた。
俺が立ち止まったのを見てから名雪はゆっくりと近づいてきた。
「……えぐっ、わたし、祐一のこと……」
泣いていた。
「だけど……祐一は……うぐっ……でも……それでも……わ
たしは……祐一のことが……」
涙で頬を濡らしながら、
「祐一は……わたしのこと……わたしは……わたしは」
涙声で、
「わたしのこと……見てよぉ……」
そこまで言って名雪は堰を切ったように泣き出した。
名雪はパジャマ姿で、裸足のままだった。
本当、馬鹿だな……
俺は。
何も言わずに飛び出しちまったもんな……
また名雪を傷つけるなんて。
「名雪」
名雪は溢れ出る涙を拭いながら俺に視線を向ける。
「……俺はお前のことが好きだ……世界中の誰よりも」
130accord(6/10):01/09/28 01:06 ID:auPqZ2gI
「……う……そ……」
「嘘じゃない。俺の素直な気持ちだ」
名雪は目を大きく開き、
「……わたしも……祐一が大好き、誰よりも好き!」
名雪は俺の胸に顔をうずめて、また泣き出した。
俺は名雪の体を優しく抱いた。
こんな簡単なことなのに、
こんなに簡単に言えるようになっていた言葉なのに、
もっと早く言ってあげることだってできたのに。
どうしてこう、俺は……。

「どうだ、落ち着いたか?」
「とっくに落ち着いてはいるよ……だって、これはうれし泣きだよ」
名雪にはいつもの笑顔が戻っていた。
「冷たくないか?」
俺は足元を指差す。
「言われてみたら寒いし冷たいかも」
あははと笑う名雪。
「ほら、これ着ろ」
俺は部屋を出る時に掴んで、慌てて羽織ったコートを
名雪の肩にかけてやる。
「あったかい……でもこれじゃ祐一が」
俺は名雪に背を向けしゃがむ。
「乗っかれ」
「え? ……うん」
「な、こうすれば俺も暖かいし、名雪の足も冷たくない」
131accord(7/10):01/09/28 01:07 ID:auPqZ2gI
「そうだね……」
名雪が俺にぴったりとくっつき、
「じゃあ行くぞ」
歩み出す。
「あれ、家は反対側だよ」
「やらなきゃ行けないことがあるって行っただろ」
「でも1回家に帰らないと……鍵も開けっぱなしだし、お母さんもきっと心配してるし」
「秋子さんには申し訳無いけど、どうしてもこのまま行きたいんだ。
それに」
少しでもはやくあゆの時間を……
「名雪の胸が背中に当たって気持ちいい」
「わっ、祐一のえっち」
俺達は約束の場所へと向かった。


「ここは……大きな木があった場所?」
森の中にぽっかりと空いた空間に立派にそびえたっていた木は
切り株を残して無くなっていた。
その場所を眺めるほどに、悲しい光景が頭に思い浮かぶ。
きっと、ここなら会えるはず。
そう信じて俺は待った。
「祐一くん……」
声のした方を振りかえるとあゆが一人たたずんでいた。
「思い出しちゃったんだね……」
あゆがつぶやいた。
「名雪、ちょっとあゆとふたりだけで話をさせてくれ」
「え? ……うん、いいよ。わたしはもう大丈夫だよ」
笑ってくれた名雪を切り株の上に乗せて俺達は少し離れた。
132accord(8/10):01/09/28 01:08 ID:auPqZ2gI
夢じゃ……ないよな?
いざその瞬間になるとやはり信じられない。
俺はほっぺたをつねってみた
「イタタタっ!」
ほっぺたを抑えて痛がるあゆ。
夢じゃないか……
「いきなりなにするんだよっ」
「いや、夢かどうか確かめようと思って、
イタイならこれは夢じゃないんだな」
「そういうことは自分でためしてよっ!
うぐぅ、いたいよぉ」
そこにいるのはいつものあゆだった。
「あゆが見つけたって言ってた探し物って、あの時埋めた人形だよな」
あゆがダッフルコートのポケットから人形を取り出した。
羽は片方が取れていて、所々ほつれがあり、泥で汚れている、
……それでも天使の人形。
「願い事、あと1つ残ってたよな」
「……うん」
「よし、俺に出来ることならかなえてやるぞ、さあ言ってくれ」
「……それじゃあ」
あゆは笑顔を作り、
「名雪さんとこれからもずっと仲良く、笑顔で、
幸せに過ごしてくださいっ、ボクの最後のお願いですっ」
こいつは、いつも他人のことを優先して、
自分のことを……。
「それでいいのか」
「うんっ」
あゆの顔は笑顔だけど……、
「本当ににそれでいいのか」
133accord(9/10):01/09/28 01:09 ID:auPqZ2gI
「うん……だってボクは祐一くんに二つもお願いかなえてもらったし、
もう会えないと思っていた祐一くんにも会うことができたし、
それから、一緒に大好きなたいやきも食べられたし、祐一くんと
あそんだりもできたし……だから、ボクはもう十分幸せだから
祐一くんと名雪さんも幸せになってください」
……やっぱりこいつは子供のままだ。
こいつの時間はあの時のままで止まってしまっている。
こいつの小さな世界だけで物事を考えている。
あれから、あの時からの七年間で俺は確かに成長をしていた。
あの時の記憶は、俺が成長して、しっかり受けとめられるように
なってから戻ってきた。だから、今ならわかる。
あゆを救ってやることができる。
「ばか、大体俺たちはな、あゆにお願いされなくたって
楽しく幸せに過ごしていけるんだ」
「そっか、ボクなんかがお願いしなくたってよかったんだね……
ほんとにボクはばかだね……でもそうするとお願い事なんて
……ボクにはもう無いよ」
あははと笑うあゆの笑顔はすこし痛かった。
本当に些細な幸せしか知らなくて、
いつも他人のことばかり気にして、自分が我慢すればそれでいいと
思っているあゆ、小さい頃のこいつの姿は容易に想像がつく。
だから俺が言ってやらないと。
「お前はいらない人間じゃない」
あゆが一瞬びくっとした。
親戚中でたらい回しにされ、いらない子だと言われ、いらない子だと
思っていたんだろう。大好きなおかあさんもあゆを置いていなくなって
しまった。小さな子供にはそれをはねのけるなんて無理だ。
134accord(10/10):01/09/28 01:10 ID:auPqZ2gI
「俺は、お前にここにいて欲しい」
だから俺がこいつを救ってやればいい、解らないことがあれば
教えてあげればいい、もっと大きな世界を教えてあげればいいんだ。
それが本当は大人が子供に教えなくてはいけないことだと思う。
「わたしもあゆちゃんにいて欲しいな」
名雪が後ろに立っていた。
「こんな静かなところだよ、聞こえちゃったよ」
「祐一くん、名雪さん……」
あゆが尋ねた、今にも消えてしまうそうなくらい小さな声で。
「……ボク……ここにいてもいいのかな……」
俺たちは声をそろえて、
「もちろんだ」
「もちろんだよ」
誰かに言ってもらうはずだった、
誰にも言ってもらえなかった言葉を伝えた。
「うぐっ、ボクは……ボクは……うわああああああああん」
あゆが俺の胸に飛び込んできた。
俺はしっかりと抱きしめてあげる。
「ボク……ほんとは辛かったんだよっ 悲しかったんだよ!
だから泣いてばかりいたら、泣いてばかりじゃだめだって言われて
そんな子供は引き取りたく無いって言われて……
ボク……どうしたらいいかわからなくて……」
悲しかったら泣けばいい、
慰めてあげるから。
「誰に言ったらいいかわからなくて……」
辛かったら言えばいい、
聞いてあげるから。
135accord(11/10):01/09/28 01:11 ID:auPqZ2gI
「あゆ、お前の本当の願いを言ってくれ」
「ボク……ボク、ほんとは……大好きなたい焼きをもっと食べたい!
もっと遊びたいっ、もっと……ずっと……
一緒にいたいよぉ……」
この小さな体にこんなにたくさんの想いを
抱えていたんだよな……。
「あゆ、その願いはかなうぞ」
「……うぐっ……え?」
あゆの体は薄くなっていた。
どうしてあゆが今まで目覚められなかったのか、
その理由がわかったような気がする。
「あゆ、心配するな。俺たちは絶対にまた会える。
だからその時は本当の笑顔で会おうな」
「わたしも待ってるよ」
もう大分薄くなっていたあゆだけど、
とびっきりの涙の笑顔で、
「うんっ! 約束だよっ!」


END
136まな板:01/09/28 01:12 ID:auPqZ2gI
『accord』>>125-135
名雪、あゆエンド。
137名無しさんだよもん:01/09/28 21:33 ID:VJ98UvdE
>>136
 こういうの、いいですねぇ。あゆ、名雪とも幸せになるエンディング。
 うまくあゆエンドの台詞を取り入れようとしてるところもよかったっす。
 ただ4のところだけ名雪視点に突然なってるけど、こうする必要はなかったんじゃ
ないかなぁ。祐一視点のままで。
 あと、何の脈絡もなく祐一が雪うさぎのことを口に出すのが、違和感有ったかな。
138名無しさんだよもん:01/09/28 22:46 ID:DteW6lII
>>123は誤爆としか思えんが…。
>お手軽になんでも作品にするばかりでなく
だよなあ。Kanonキャラスレにヘボシチュを書き込んで場を荒らした連中や
葱板にシチュスレを立てた奴にこの言葉を聞かせたいよ。

>>136
秋子さんを登場させたのも読んでみたいなあ…。
139名無しさんだよもん:01/09/28 23:06 ID:VJ98UvdE
>>138
 別にアレはアレでいいんじゃん<シチュ
 物語としてのSSじゃなくて、キャラに萌えるためのシチュってことで。
 まぁその結果萌えられないヘボシチュもあったのかもしれないけど、みんながみんな
上手いのを書けるわけでもなし。
140名無しさんだよもん:01/09/28 23:11 ID:1cwEuCpc
>>138
>ヘボシチュ
煽りでないのなら具体的な例を。
良駄の両方ヨロ。
141犬威:01/09/29 04:50 ID:FWbfC0v.
シチュはお手軽さが売りですからね。
萌えシチュとSSの明確な区分は難しいですけど、
双方を一緒に考えるわけにはいかないでしょう。

それと、>138は一個人を特定して攻撃しているような気が……。
142名無しさんだよもん:01/09/29 05:02 ID:elDhUi02
>141、犬威
う〜ん、その辺があいまいだから>138みたいなことが
起きるんでしょうが。

とりあえず、ここは広範囲受け、萌えシチュも受け付けますですから、
がんがん、気軽に投稿して問題ないと思います。
逆アナはえっち主体みたいな感じになってますし。
…あ、叩かれるのは覚悟してくださいね、一応(w
修行と思えば、それぐらい…(w
143名無しさんだよもん
>142
「起こるんでしょうが。」だと不満があるみたいですね(汗
むしろ憂いです。ごめん。