SS統合スレッド(#5)

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54灰色(1)
聞きなれた声がぼんやりと聞こえている。
……名雪? いや、目覚し時計だ。
重たい腕を伸ばし、目覚まし時計のスイッチを切ると静寂が訪れた。

眠い……今朝のベットはいつもより50倍程の引力を持っていた。
暖かくて、なかなか起きあがる事が出来ない。
これは俺の意思では無い、引力と言う自然だ、
大自然は素晴らしいんだ!
ぐぅ……

「……」
いつもならすんなり起きられるのに今日はなんだか体が重い。
心なしか頭もぼぉっとしている。
風邪かな……
そんな考えが頭をよぎったが、病は気からという言葉もあるので
気にしない事にする。
なんとか気力を振り絞って起きあがり、制服に着替えると
毎朝の日課である幼なじみを起こしに向かった。

廊下に出たところでなゆきの部屋から第8回水瀬家合唱コンクール
が始まった。
「名雪ー、起きろー」
頭痛に耐えながらドアをダンダンと叩く。
「な……」
あれ? 大きな声を出そうとすると頭に空白の時間ができてしまう。
部屋の中から聞こえてくる過激な音色も俺の頭を締め付ける。
少し考えてからドアを空けて名雪の部屋に入ることにした。
大声が出せない以上、近くで声をかけるしかないしな。
55灰色(2):01/09/16 04:59 ID:6GI2H.pw
ドアを開けるとベットの上ですやすやと眠っている名雪の姿があった。
こんな状態で良く眠っていられるとつくづく思う。
俺はズキズキと痛む頭を抑えながらベットの側に近づく
そして名雪の肩に手をかけ、ゆすりながら声をかけた。
「なゆ……」

あれ? また頭に空白ができた。
目の前には名雪の顔がある。
名雪の微かな息遣いも感じるくらいの距離だ。
「……うにゅ」
名雪の目が開いて俺と見つめ合う形になった。
「……え? ゆういち?」
名雪は薄く目を空けたまま俺を見ていた。
状況を把握しよう、俺は名雪を起こそうと肩に手をかけようとした、
だが一瞬意識を失いそのまま覆い被さる様になっているわけだ。
多分。

「わ! 祐一っ! え、え、でも、昨日は宿題やって
それから、えっと、お」
慌てる名雪をみて逆に落ち着いてしまった俺は
「朝だぞ、早く起きないと遅刻するぞ」
と言って名雪の部屋を後にした。
「え? そ、そうだけど……でも」と聞こえてきたが
そのあとの言葉は過激な歌声によってかき消されてしまった。
56灰色(3):01/09/16 05:01 ID:6GI2H.pw
階段を降りてリビングに出るとキッチンから秋子さんが
「おはようございます」といつもの笑顔で迎えてくれた。
「……祐一さん、顔色が良くないですけど大丈夫ですか?」
と手にコーヒーポットを持った秋子さん。
「ええ、大丈夫ですよ」
もちろん嘘だ。
「そうですか」
俺の顔をじっと見てから、俺の席のカップに湯気のたっている
コーヒーを淹れる。秋子さんにはすべて見透かされてるように
思えてしまう。
そしてコーヒーを淹れ終わるともう一度俺のほうを見る。
「無理はしないでくださいね」
「大丈夫ですよ」
ははは、と作り笑いを浮かべてから俺は自分の席につく。

「おはよぅ……」
真琴が寝ぼけまなこをこすりながら現れた。
「わっ、祐一顔真っ青」
真琴でもわかるぐらい酷い顔なのか……
「俺はいつも真っ青なんだ」
「……でも、昨日まで憎たらしいぐらい元気だったじゃない」
憎たらしいと面と向かって言われると結構くるものがあるな。
心を静めるためにも秋子さんの用意してくれたコーヒーを喉に流し
込む。心地良い熱さが俺の眠気を吹き飛ばす。
……はずだった。
カップを覗き込むとそこにはいっているはずの黒い液体が入ってなかった。
あれ? 俺飲んだっけ?
57灰色(4):01/09/16 05:02 ID:6GI2H.pw
「わたしのカップ……」
制服に着替えた名雪がリビングに立っていた。
「それにそこはわたしの席……」
俺の席はリビングから見て一番手前の席だ。
そして今は名雪の方を向いているのに奥にもう1つ席がある。
そこにはコーピーが湯気をたてているカップが置いてあった。
みんなの視線が俺に集まる。
「は、はは……ちょっと寝不足気味でさ……」
俺はそう言って自分の席に座り直そうと立ちあがった。
嫌な空気が流れている。

「あぅ〜……もしかして、あたしのせい?」
さっきからずっと席につかず俺の側に立っていた真琴が
恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「何が?」
「だって、昨日の夜もあたしのいたずらで……おとといの夜も、
その前もそのその前も」
「馬鹿、俺はそんなにやわじゃないって」
俺は腕を伸ばし真琴の頭に手を載せて髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「あぅーーっ」
「それに仮にそうだとしても、俺に恨みがはら……」
そこまで口にしたところで目の前がぐにゃりとゆがんだ。
最後に見たのは整頓された食器棚と髪の毛を直してる真琴だった。
58灰色(5):01/09/16 05:03 ID:6GI2H.pw
目を空けると目の前に真琴の顔があった。
「あっ! 起きた」
真琴はそう言うと駆け足でドアから出て行った。
ここは……俺の部屋か、制服ではなくパジャマを着ていた。
ベッドから起きあがると、朝の記憶が戻ってくる。
まいったな……

少しすると水の入ったコップを持った秋子さんと一緒に
真琴が戻ってきた。
「気分はどうですか?」
「あ、はい、もう大丈夫です」
「でも顔さっきより真っ青……」
秋子さんの後ろに隠れていた真琴が口をはさむ。
「……」
そう言われると俺は何も言えなくなってしまう。
「とにかく、今日はこれを飲んでゆっくりしててくださいね」
秋子さんは俺に薬と水を手渡し、俺がそれを飲むのを見届けてから
真琴を連れて部屋から出て行った。

時計を見ると午前八時二十分、窓の外は灰色の雲に覆われて薄暗かった。
まあ、1日ぐらい休んでもいいか。
頭がガンガンと痛んでいるのは確かなのでもう一度寝ることにする。
「……ぁぅ〜」
目を閉じていると耳が自然と澄まされる。
「あぅーっ」
ドアの向こうから何度も声が聞こえてくる。
きっと秋子さんに起こしちゃだめよとでも言われたために
入ってくる事が出来ずに困っているんだろう。
俺は苦笑いをしながら声をかけた。
59灰色(6):01/09/16 05:05 ID:6GI2H.pw
「真琴、いるんだろ? 入っていいぞ」
「えっ! う…うん」
ドアをゆっくりあけて隙間から顔を覗かせるようにこっちを見ている。
「どうした、こっちに来いよ」
「うん……いいの?」
「ああ、大きな声は頭に響くんだ」
「そっ、そうなんだぁ」
真琴はベッドの側まで歩いてきた。
「で、なんか用か?」
下を向いたまま何も言わない真琴に話しかける。
「う、うん、別に用はないんだけど……」
また黙ってしまった。
「良かったじゃないか、俺に復讐が出来て。
こんなに辛いのは初めてだぞ」
冗談地味た声で言ったつもりだが真琴の目にはうっすらと
涙が滲んでいた。
「うん……ふくしゅうするつもりだったんだけど……
あたしはそこまでするつもりじゃなくて……あぅ、
いつもの祐一じゃなくなっちゃうのは、えっと、
かわいそうだから、本当に少しだけ、心配なのかも」
少しずつ言葉をつむぎ出して行く真琴は、なんだか
今までの真琴とは少し違うような感じがした。
60灰色(7):01/09/16 05:06 ID:6GI2H.pw
「あのな、冗談だよ、俺が風邪をひいたのはおまえのせいじゃなくて
この町に来てまだ少ししか立ってないから体調を崩しただけなんだ。
こんなに寒いところに急に住み始めたんだから今まで元気だったのが
奇跡だったんだよ。お前が気にする事じゃない」
重たい腕を伸ばし真琴の頭をやさしく撫でる。
「あぅーっ」
「だからお前がここにいるとうつしちまうかもしれないから
自分の部屋に行ってろ」
「うん……」
とは言ってもなかなか立ち去ろうとしない。
「俺は大丈夫だから心配すんな」
「心配なんか……してるのかも知れないけど、
そんなのほんの1ミリぐらいよぅ」
天邪鬼ぶりはあんまり変わっていないが真琴の暖かい気持ちは
しっかりと伝わった気がする。
「さて、俺は眠るからな」
「うん……はやくいつもの祐一になると……いいのかも」
真琴は静かに部屋から出て行った。
窓の外を見ると、どんよりとした曇り空、
これから雪が降るのかもしれない。
静かな部屋で一人灰色の空を眺めていると、
限りなく心が沈んでいくような気がしたので、目を閉じた。