SS統合スレッド(#5)

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125accord(1/10)
2月12日

「祐一〜」
ドアが少し開き名雪が顔を出した。
「何か用か?」
「ケーキあるんだけど一緒に食べない?」
ケーキか……甘い物はあんまり好きじゃないが小腹がすいてるな。
二時間ほど前に食べた夕食のビーフシチューとフランスパンは
すでに消化されていた。多分。
「食べる」
「それじゃ用意するね〜」
け〜き、け〜きと口ずさみながらパジャマに半纏姿の名雪がパタパタと
ドアを開けたまま階段を降りていく。
その間に俺は来客用の小さなを机を用意した。
「おまたせ〜」
お盆の上に真っ白でふんわりとしたケーキと、
湯気を立てた紅茶をニセット乗せて、名雪が戻ってきた。
名雪がカチャカチャと俺の用意した机の上に並べる。
「食べるか」
「うんっ」
フォークを手に取り真っ白なケーキを小さく区切り口に運ぶ。
……へぇ、真っ白なクリームの中にイチゴが隠れてたのか。
ふと視線を感じ、名雪を見るとフォークも持たずに俺を見ていた。
126accord(2/10):01/09/28 01:02 ID:auPqZ2gI
「……おいしい?」
「うまい」
「ほんと?」
「ほんとだって、なかなかいけてる」
「よかった……それね、わたしが作ったんだよ」
改めてケーキを見つめる、市販のケーキと言われても
信じてしまうぐらい良くできたケーキだった。
形はまるでユキウサギのようで……。
「祐一、あ〜ん」
目線を上げると名雪が小さく取った自分のケーキをフォークにさして
俺の前に出していた。
「ほら、あ〜〜ん」
「恥ずかしいからいいって」
なんだか照れてしまい、首を振ってしまう。
それでも名雪は食べさせようとケーキを近づけてくる。
……二人っきりだし、別にいいか。
俺は口を開けケーキを食べる、はずだった。
口を閉じようとした瞬間ケーキは引っ込められそのまま
名雪の口のなかへと入っていった。
「……っん、おいしいよ〜」
「名雪」
「うん? なあに?」
はぁ……。
127accord(3/10):01/09/28 01:03 ID:auPqZ2gI
「ふぅ〜うまかった」
たまには甘いのも悪くないな。
「祐一、口の回りがクリームだらけだよ」
「こうやって食べるのがうまいんだ。名雪、ティッシュ取ってくれ」
「うん、でもその前に目を瞑って。ちょっと動かないでね」
「なんで?」
「いいから」
別にたいしたことじゃないので俺は言われるまま目を閉じた。
名雪が近づいてくる気配があって、唇に甘い感触。
「名雪っ?」
目の前には、名雪の顔があって。
名雪は少し驚いた顔をした後、小さく笑って
俺の唇の回りをきれいに舐めてくれた。
名雪の舌は、暖かくて、柔らかくて、甘くて。
「うん、きれいになったよ」
笑顔の幼なじみは、なんだか、
「……なんだか、猫みたいだな」
「うん、わたし猫さんだよ」
そう言って名雪は俺の膝の上に転がってくる。
「うにゅ〜」
名雪はごろごろと顔を俺の胸に摩り付けてきた。
「祐一〜」
名雪を優しく抱きしめ、さらさらの髪を撫でる。
シャンプーの香りがした。名雪の体は暖かくて、柔らかい。
「あったかいよ〜」
「ああ、名雪を抱いてると気持ちいいな」
「わたしも祐一に抱かれていると気持ちいいよお」
「おーよしよし」
「うにゅ」
俺達はしばらくそのままじゃれあった……
128accord(4/10):01/09/28 01:03 ID:auPqZ2gI
暖かい祐一の膝の上でわたしはすっかり時間を忘れていた。
神妙な顔をした祐一の顔に気付きふと我に返る。
あれ、どうしたんだろう?
わたしが呼んでも、祐一の視線はわたしをとらえてはいなかった。
もしかして……嫌われたのかな……。
わたしあんなに恥ずかしいことしちゃったもんね。
うー、今思い出しても恥ずかしいよ。
でも、祐一がわたしの作ったケーキおいしいって言ってくれたから
うれしくって、なんかお返ししなくちゃと思ってたらついあんなこと
しちゃったよ。だけど祐一も優しい顔してたから大丈夫だよね。
そうそう、急に嫌われるなんて考えすぎだね。
「名雪……お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」
え? ほんとに嫌われちゃったのかな……。
さっきまで優しくしてくれたよね、そんなこといわないよね。
「ごめん」
嘘、なんでそんなこと言うの、聞きたく無いよ……わたし……。
「ユキウサギ受けとってやれなかった」
え……。
「思い出したんだ……全部」
そう……なの……でも……思い出しちゃうと、あの時の女の子
のことも……わたしは……わたしはどうしたらいいの?
「俺……は……やらなきゃいけないことがあるんだ」
見たく無いよ……祐一の涙なんて……。
「ごめん、出掛けて来る」
まって、お願い、行かないで!
やっと仲良くなれたのに、どうして、今、この時に。
そんな、ひどいよ。

……酷いよ
129accord(5/10):01/09/28 01:05 ID:auPqZ2gI
全部思い出した、楽しかったことも、悲しかったことも。
最後に会ったときのあゆの言葉。
「もう会えないと思うんだ」
会えるはずがなかった、だけど俺達は出会っていた。
わからなかった。だけどやることだけはわかっていた。
俺は色を失った雪の上を走り出した。
「待って!」
立ち止まる。
振りかえると、名雪がいた。
俺が立ち止まったのを見てから名雪はゆっくりと近づいてきた。
「……えぐっ、わたし、祐一のこと……」
泣いていた。
「だけど……祐一は……うぐっ……でも……それでも……わ
たしは……祐一のことが……」
涙で頬を濡らしながら、
「祐一は……わたしのこと……わたしは……わたしは」
涙声で、
「わたしのこと……見てよぉ……」
そこまで言って名雪は堰を切ったように泣き出した。
名雪はパジャマ姿で、裸足のままだった。
本当、馬鹿だな……
俺は。
何も言わずに飛び出しちまったもんな……
また名雪を傷つけるなんて。
「名雪」
名雪は溢れ出る涙を拭いながら俺に視線を向ける。
「……俺はお前のことが好きだ……世界中の誰よりも」
130accord(6/10):01/09/28 01:06 ID:auPqZ2gI
「……う……そ……」
「嘘じゃない。俺の素直な気持ちだ」
名雪は目を大きく開き、
「……わたしも……祐一が大好き、誰よりも好き!」
名雪は俺の胸に顔をうずめて、また泣き出した。
俺は名雪の体を優しく抱いた。
こんな簡単なことなのに、
こんなに簡単に言えるようになっていた言葉なのに、
もっと早く言ってあげることだってできたのに。
どうしてこう、俺は……。

「どうだ、落ち着いたか?」
「とっくに落ち着いてはいるよ……だって、これはうれし泣きだよ」
名雪にはいつもの笑顔が戻っていた。
「冷たくないか?」
俺は足元を指差す。
「言われてみたら寒いし冷たいかも」
あははと笑う名雪。
「ほら、これ着ろ」
俺は部屋を出る時に掴んで、慌てて羽織ったコートを
名雪の肩にかけてやる。
「あったかい……でもこれじゃ祐一が」
俺は名雪に背を向けしゃがむ。
「乗っかれ」
「え? ……うん」
「な、こうすれば俺も暖かいし、名雪の足も冷たくない」
131accord(7/10):01/09/28 01:07 ID:auPqZ2gI
「そうだね……」
名雪が俺にぴったりとくっつき、
「じゃあ行くぞ」
歩み出す。
「あれ、家は反対側だよ」
「やらなきゃ行けないことがあるって行っただろ」
「でも1回家に帰らないと……鍵も開けっぱなしだし、お母さんもきっと心配してるし」
「秋子さんには申し訳無いけど、どうしてもこのまま行きたいんだ。
それに」
少しでもはやくあゆの時間を……
「名雪の胸が背中に当たって気持ちいい」
「わっ、祐一のえっち」
俺達は約束の場所へと向かった。


「ここは……大きな木があった場所?」
森の中にぽっかりと空いた空間に立派にそびえたっていた木は
切り株を残して無くなっていた。
その場所を眺めるほどに、悲しい光景が頭に思い浮かぶ。
きっと、ここなら会えるはず。
そう信じて俺は待った。
「祐一くん……」
声のした方を振りかえるとあゆが一人たたずんでいた。
「思い出しちゃったんだね……」
あゆがつぶやいた。
「名雪、ちょっとあゆとふたりだけで話をさせてくれ」
「え? ……うん、いいよ。わたしはもう大丈夫だよ」
笑ってくれた名雪を切り株の上に乗せて俺達は少し離れた。
132accord(8/10):01/09/28 01:08 ID:auPqZ2gI
夢じゃ……ないよな?
いざその瞬間になるとやはり信じられない。
俺はほっぺたをつねってみた
「イタタタっ!」
ほっぺたを抑えて痛がるあゆ。
夢じゃないか……
「いきなりなにするんだよっ」
「いや、夢かどうか確かめようと思って、
イタイならこれは夢じゃないんだな」
「そういうことは自分でためしてよっ!
うぐぅ、いたいよぉ」
そこにいるのはいつものあゆだった。
「あゆが見つけたって言ってた探し物って、あの時埋めた人形だよな」
あゆがダッフルコートのポケットから人形を取り出した。
羽は片方が取れていて、所々ほつれがあり、泥で汚れている、
……それでも天使の人形。
「願い事、あと1つ残ってたよな」
「……うん」
「よし、俺に出来ることならかなえてやるぞ、さあ言ってくれ」
「……それじゃあ」
あゆは笑顔を作り、
「名雪さんとこれからもずっと仲良く、笑顔で、
幸せに過ごしてくださいっ、ボクの最後のお願いですっ」
こいつは、いつも他人のことを優先して、
自分のことを……。
「それでいいのか」
「うんっ」
あゆの顔は笑顔だけど……、
「本当ににそれでいいのか」
133accord(9/10):01/09/28 01:09 ID:auPqZ2gI
「うん……だってボクは祐一くんに二つもお願いかなえてもらったし、
もう会えないと思っていた祐一くんにも会うことができたし、
それから、一緒に大好きなたいやきも食べられたし、祐一くんと
あそんだりもできたし……だから、ボクはもう十分幸せだから
祐一くんと名雪さんも幸せになってください」
……やっぱりこいつは子供のままだ。
こいつの時間はあの時のままで止まってしまっている。
こいつの小さな世界だけで物事を考えている。
あれから、あの時からの七年間で俺は確かに成長をしていた。
あの時の記憶は、俺が成長して、しっかり受けとめられるように
なってから戻ってきた。だから、今ならわかる。
あゆを救ってやることができる。
「ばか、大体俺たちはな、あゆにお願いされなくたって
楽しく幸せに過ごしていけるんだ」
「そっか、ボクなんかがお願いしなくたってよかったんだね……
ほんとにボクはばかだね……でもそうするとお願い事なんて
……ボクにはもう無いよ」
あははと笑うあゆの笑顔はすこし痛かった。
本当に些細な幸せしか知らなくて、
いつも他人のことばかり気にして、自分が我慢すればそれでいいと
思っているあゆ、小さい頃のこいつの姿は容易に想像がつく。
だから俺が言ってやらないと。
「お前はいらない人間じゃない」
あゆが一瞬びくっとした。
親戚中でたらい回しにされ、いらない子だと言われ、いらない子だと
思っていたんだろう。大好きなおかあさんもあゆを置いていなくなって
しまった。小さな子供にはそれをはねのけるなんて無理だ。
134accord(10/10):01/09/28 01:10 ID:auPqZ2gI
「俺は、お前にここにいて欲しい」
だから俺がこいつを救ってやればいい、解らないことがあれば
教えてあげればいい、もっと大きな世界を教えてあげればいいんだ。
それが本当は大人が子供に教えなくてはいけないことだと思う。
「わたしもあゆちゃんにいて欲しいな」
名雪が後ろに立っていた。
「こんな静かなところだよ、聞こえちゃったよ」
「祐一くん、名雪さん……」
あゆが尋ねた、今にも消えてしまうそうなくらい小さな声で。
「……ボク……ここにいてもいいのかな……」
俺たちは声をそろえて、
「もちろんだ」
「もちろんだよ」
誰かに言ってもらうはずだった、
誰にも言ってもらえなかった言葉を伝えた。
「うぐっ、ボクは……ボクは……うわああああああああん」
あゆが俺の胸に飛び込んできた。
俺はしっかりと抱きしめてあげる。
「ボク……ほんとは辛かったんだよっ 悲しかったんだよ!
だから泣いてばかりいたら、泣いてばかりじゃだめだって言われて
そんな子供は引き取りたく無いって言われて……
ボク……どうしたらいいかわからなくて……」
悲しかったら泣けばいい、
慰めてあげるから。
「誰に言ったらいいかわからなくて……」
辛かったら言えばいい、
聞いてあげるから。
135accord(11/10):01/09/28 01:11 ID:auPqZ2gI
「あゆ、お前の本当の願いを言ってくれ」
「ボク……ボク、ほんとは……大好きなたい焼きをもっと食べたい!
もっと遊びたいっ、もっと……ずっと……
一緒にいたいよぉ……」
この小さな体にこんなにたくさんの想いを
抱えていたんだよな……。
「あゆ、その願いはかなうぞ」
「……うぐっ……え?」
あゆの体は薄くなっていた。
どうしてあゆが今まで目覚められなかったのか、
その理由がわかったような気がする。
「あゆ、心配するな。俺たちは絶対にまた会える。
だからその時は本当の笑顔で会おうな」
「わたしも待ってるよ」
もう大分薄くなっていたあゆだけど、
とびっきりの涙の笑顔で、
「うんっ! 約束だよっ!」


END