SS統合スレッド(#5)

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7別れ@
目の前に広がる景色が歪むような灼熱地獄のように暑い日…
俺は遮蔽物も何もないバス停にただ佇んでいた。
何故こんなことをしているんだ、俺は?
また、俺は逃げだすのか?

俺は全てに背を向けた。
観鈴を見捨てて神尾家を飛び出し、そして今度は…
みちるを失って孤独になった遠野までを見捨てようとしている。
遠野の母親はまだ夢の中をたゆとうている。
実の娘の呼びかけにも答えず、彼女はえいえんに夢の中で暮らすのであろう。
母親に認められず、たった1人の親友のみちるを失い、悲しみにくれる遠野。
そんな失意のどん底の遠野に対して俺は、
元気づけようとも、無理やりモノにしようともしなかった。
元気づける? どう元気づけろというんだ? 俺には人形を使った3文芝居しか出来ないのに!
無理やりモノにする? 傷心の女をモノにして果たして彼女は真に幸せになれるのか?
…小学校にも行っていない俺にわかるかよっ!
そして遠野には、何も告げずにここに来た。

ふと海を眺めてみる。
海面は穏やかに凪いでいて、どこまでも続いていた。
凪いでいる海面をじっと見つめていると、茹だるような暑さを忘れるほどに、
不思議と心は落ち着いてきた。
「何と言い訳したって結局俺は…逃げたんだよな…」
心の底からそう思った。
俺は自分自身が情けない人間だと思う、都合が悪くなれば逃げ出す、
そんな…弱い人間だよっ!
8別れA:01/09/09 16:56
―――やわらかな風が吹いた。
その風はさらにやわらかな髪を俺の眼前に運んだ。
隣を見やると遠野がぽつんと立っていた。
いつの間に現れたのだろう?
「……国崎さんは…私がいなくても平気ですか? 私は必要ないんですか?」
遠野が言っている事は本心に思えた。
滅多に変化のない彼女の顔に、明らかな感情が見えたから。
9別れB:01/09/09 16:56
でも、ここで彼女を連れ出すことが本当に正しいのだろうか?
そんな疑問が頭をかすめる。
「別に平気だよ…今までもずっと1人だったし、これからも…」
俺はそこで口を噤んだ。いや、おそらく遠野の悲しげな表情が俺の口を噤ませたのだろう。
「……国崎さんが…一緒にいこうって言ってくれれば、私は…」
遠野の消え入るような声はバスのエンジン音でかき消された。
俺は遠野に背を向け、無言でバスに向かおうとした。
くいっ、くいっ、と服の裾を掴み俺を足止めした遠野は、
小さな瓶を俺の前に差し出した。
「…これは?」
「……星の砂、です。 お父さんに貰った…私の…宝物です。
 …だから私を連れて行ってくれないのなら…せめてこれを…。」
彼女の瞳は真剣だった。
その勢いに流されてか、やけに素直にそれを受け取る事ができた。
「でもいいのか? 宝物なんだろ?」
「……実は同じ物がもうひとつあるんです…
 2人で同じ物を持っていればきっと…また会えますから…」
そう言い終わると遠野は俯いたまま何も喋らなかった。
おそらく…泣いていたんだと思う。
ここ数日、雨という雨はなかったのに遠野の足下に染みが出来ていたから。
それが泣いている証明、―――涙。
その遠野の涙が俺にある決意をさせた。
決意を固めた俺は、
「またな」
俺は遠野にそう言い残して、バスに乗った。
決して遠野を振り返ることはしなかった。
もっと強い人間になってから必ず遠野の元に戻ると決めたから。
その時までは―――。