SS統合スレッド(#5)

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66灰色(8)
気になる人の顔を思い浮かべながら目が覚めた。
美坂栞、はじめて出会った時は物静かな暗い印象を受けたけど
学校であったときには良く笑う明るい感じの子だった。
毎日学校で合う度に惹かれていく気がした。
どこか儚げな印象もそれを助長しているのかもしれない。
時計を見ると十二時五十分、学校は昼休みか……
窓の外はどんよりとした空から雪が降っていた。
……まさかな。
体が弱いと言っていたからこんな日にくるはずはないだろう。
俺は頭を振り、そんな考えも振り払った。
朝よりは楽になっていたけど、まだ頭の奥がズキズキしている。

でも、あいつは俺がこの学校というだけでずっと中庭で待っている
ような奴だった。俺が休んでいる事をあいつが知るわけもないし。
推測は確信に変わっていく。
そうだ、電話だ。でも俺は栞の電話番号を知らない。
香里の妹だと思っていたけどその考えは栞や香里本人も
否定したから違うんだろう。多分。

「……」
俺は学校に行くことにした。
学校へ行って帰れと言えばそれで終り。たったそれだけの事。
……栞に会って、帰れというだけ、それだけの事だ。
67灰色(9):01/09/17 01:14 ID:oYPOlAQY
制服に着替えて1階へ行くと秋子さんと真琴が遅い昼食を食べていた。
「ふぁっ、ひゅういひ……」
真琴が食べていたうどんをゴクンと飲みこんでから上目遣いで
俺を見つめる。
「顔色悪いから、まだ寝てないとだめよぅ……」
「祐一さん、学校へは連絡しときましたから、
今日はゆっくり休んでください」
どこか強い口調で秋子さんが俺に言う。
「すぐ戻りますから」
秋子さんが俺を凝視する。
「……行ってきます」
俺は秋子さんの返事を待たずに玄関へと向かう。
「待ちなさい」
より強い口調で呼びとめられた。
振りかえる。
しかし秋子さんの顔はいつもの笑顔だった。
「せめて一口うどんを食べてから出かけてください」
やっぱり秋子さんだ。
「あ、あたしの食べていいよ」
真琴が食べ掛けのうどんを俺に差し出す。
「……さんきゅ」
食欲はなかったがとりあえず湯気の立っているつゆを一口飲む。
喉から一気に暖かくなってくる。次に麺を一本すする、
しっかりとコシがあってつゆの味も染み込んでいる。うまい。
「お餅も少しなら食べてもいい……かも」
箸でかき混ぜると下の方から鍋底大根ならぬ、丼底お餅――
我ながらまんまなネーミングだと思う――がでてきた。
多分最後に食べようと真琴がとっておいた物だろう。
相変わらずというかやはりというか、自然と笑みがこぼれる。
68灰色(10):01/09/17 01:16 ID:oYPOlAQY
「……なによぅ」
「いや、なんでもない、ありがとうな。……おいしかったです」
うどんを真琴に返して俺は学校へと向かう。


外は思っていた以上に冷たかった。頭がズキズキ痛む。
体が弱くなると、こんなにも辛い世界だったのか。
ある日突然、気圧に耐えられなくなった。そんな気分だ。
1歩、1歩、踏み出すたびに沈んで行く。

俺は本当に栞のことが気になっているのだろうか?
……それは間違っていないと思う。だけどそれは昨日までの俺の
気持ちで今日の俺はもっと大事な物を見つけたような気がする。
昨日の夜に死んで今日の朝生きた俺は別の選択肢を望んでいた。
俺が栞じゃなくて真琴を選んだとしていったい何が悪いんだろう。
一緒にいることが出来る時間は限られている、その人のために一緒に
いることで他の可能性をなくしてもいる。俺は真琴と一緒にいたい。
栞には別の可能性が待っている。

もしかしたら学校に来なかったのかもしれない。
もしかしたら学校に来たのかもしれない。
頭に雪の帽子をかぶって昼休みが終わる頃に現れた俺に向かって、
おそいですぅ〜と文句を言ったかもしれない。
けれど、最後は笑っていたかもしれない。

……明日も中庭で待っているかもしれない。
でも俺は窓からそれを見ているだけ。
栞はあの中庭で一人待ち続けるだろう。
そしていつか中庭に来なくなる。
栞の道は別の方向へと向かって行く。
69灰色(11):01/09/17 01:18 ID:oYPOlAQY
俺は家に引き返し、改めて俺の分のうどんを食べた。
――これが現実だ。


真琴はきょとんとして俺を見ている。
まだ頭はズキズキと痛む。
俺の大事な人はここにいる沢渡真琴。
それでいい、それだけで十分。
な、真琴。

「……なによぅ」


END