悟りを得た人、何か書いてみて  その8

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1ロウシ
哲学の極意とは悟りにあるのではないかと思います。
真理を確信して迷いが無い状態です。
悟った方。あなたの悟りを書いてください。

以前のスレッドはこちら
悟リを得た人、何か書いてみて  その7 
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1057427872/
悟りを得た人、何か書いてみて  その6
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1054934694/
悟りを得た人、何か書いてみて  その5
http://academy.2ch.net/philo/kako/1026/10261/1026153294.html
悟りを得た人、何か書いてみて その4
http://academy.2ch.net/philo/kako/1019/10191/1019138310.html
悟りを得た人、何か書いてみて その3
http://mentai.2ch.net/philo/kako/1014/10142/1014222719.html
悟りを得た人、何か書いてみて その2
http://mentai.2ch.net/philo/kako/1004/10043/1004337403.html
悟りを得た人、何か書いてみて
http://mentai.2ch.net/philo/kako/985/985189582.html

「悟り」というものを西洋哲学的に考えるのではなく、
東洋哲学的に考えるのであれば、
自然と答えは見えてくるはずです。
つまり、理屈っぽく考えるのではなく、
日々の日常の中で地道に感じる事なのだと思います。
「悟り」について語りたければ、
まず、自分の考えている「悟り」の定義の提示からお願いします。

sage進行でお願いします。
決してageないで下さい。
2考える名無しさん:03/11/21 15:25
2
3ロウシ:03/11/21 15:25
以前、弥勒氏も言っていたが、「悟り」の定義が出来ていないと、
お話にならない。
まず、「悟り」の定義からお願いしたい。
4考える名無しさん:03/11/21 15:37
暇なんで過去ログ見てたけど、このスレ歴史があるんだねぇ。。part1から目に付いたのをコピペ。

312 名前: 猿捕 投稿日: 2001/05/04(金) 08:10

哲学の極意(目的?)が「悟りを得る」というの、初めて聞きました。
でも、もしそれが本当なら、これって最初から破綻した指向になりま
せん? そもそも「悟り」って何か知らないから、「悟り」を求める
わけでしょ? でも、仮にその「悟り」に至ったとして、それを「悟り」
だって自分では分からないはず。だって、知らないんだもの。誰かに
「悟り」だと認定してもらわなければ客観性は生まれない。だけど、そ
れを認定する人が「悟り」を得ているというのにも、また、別の認定が
必要になる。という連鎖構造になるしかない。とすれば、自己申告でし
か「悟り」というのは成立しないわけだけど、その場合、普遍的な意味
での「悟り」なんてあり得なくて、その人が主張したものを認めるしか
ないわけ。そして、その主張をした人の印象が「悟り」の目安になり、
その目安に近いか遠いかで客観的な認定がされることになる。誰が最初
に「悟り」なんてことを言い出したのか知らないけど、もし、釈迦であ
るなら、釈迦のような印象に近ければ、周囲はそれを認定するわけだが、
全く違った印象であれば、例え自己申告の「悟り」であっても、周囲は
決して認めないわけね。つまり、「悟り」なんて言う概念そのものが、
最初から破綻した性質のものでしかなく、普遍性や絶対性を宿したもの
ではあり得ないわけで、哲学なんて極めなくても、ただ自己申告すれば
いいだけだと思うよ。「私は悟っている」とね。それを周囲が認定する
かどうかは分からないけど、でも、周囲にはそれを否定できる理由はな
いんだ。だって、「悟り」が何かを知らない者が、「悟り宣言」を否定
する術は持たないんだから。気に入らなくても、認めるしかないわけ。
ということは、これは「言ったもん勝ち」なわけで、大して意味のない
概念になると思うけど。こんなもの追いかけて哲学なんてやろうとした
ら、命がいくつあっても足りない。
5考える名無しさん:03/11/21 15:39
定義より何より、その、悟りとやらを得たような御仁が、何が悲しゅうて
2chのあたりをうろつき、あまっさえカキコまでする考えるのか?


↑原初の疑問。
6ロウシ:03/11/21 15:48
>>5
確かに、ぼくも当初そう考えてた。
しかしながら、こういった場を持てる2chはそんなに馬鹿に出来ないんじゃないかと、
最近思うようになってきた。
ソクラテスではないが、「対話」によって得られるものが大きいのではないのかと。
7考える名無しさん:03/11/21 15:49
>1さん頭が老死していませんよね



8考える名無しさん:03/11/21 15:56
埋め立て
9考える名無しさん:03/11/21 15:57
埋め立て
10考える名無しさん:03/11/21 15:58
埋め立て
11考える名無しさん:03/11/21 15:59
埋め立て
12Tar ◆SQIDAUQYpc :03/11/21 15:59
1000?
13考える名無しさん:03/11/21 16:00
いい加減にしろ粘着!
14考える名無しさん:03/11/21 16:02
>>13
埋め立て
15マユミ ◆P89uNOq0rE :03/11/21 16:03
何だここ
笑ったましたわ
16考える名無しさん:03/11/21 16:04
いい加減に風呂をしろ粘着!
17考える名無しさん:03/11/21 16:06
上げるな天ぷらを粘着!!!
18考える名無しさん:03/11/21 16:08
>>16
埋め立て
19考える名無しさん:03/11/21 16:09
>>17
埋め立て
20考える名無しさん:03/11/21 16:09
老死して埋め立て
21考える名無しさん:03/11/21 16:11
粘着老死して埋め立て
22考える名無しさん:03/11/21 16:11
埋め立て
23考える名無しさん:03/11/21 16:12
埋め立て
24考える名無しさん:03/11/21 16:13
埋め立てで老死する粘着w
25粘着:03/11/21 16:15
これから、ウンコーを埋め立てまつ!
26考える名無しさん:03/11/21 16:17
老子粘着により老死w
27考える名無しさん:03/11/21 16:47
はるのよのゆめばかりなるたまくらにかいなくたたんなこそおしけれ
28考える名無しさん:03/11/21 16:51

 と
  ん
   ど
    ぴ
     か
      ぁ
       〜
        の
         自
          演
           だ
            ね
             こ
              の
               シ
                リ

29考える名無しさん:03/11/21 16:52

 と
  ん
   ど
    ぴ
     か
      ぁ
       〜
        の
         自
          演
           だ
            ね
             こ
              の
               シ
                リ
                 ー
                  ズ
30考える名無しさん:03/11/21 16:59
過労死した老子は老死だ!!!



31考える名無しさん:03/11/21 17:04
粘着により老死した老子は過労死だ!



32考える名無しさん:03/11/21 17:36
三三昧
33前スレ990:03/11/21 22:25
>>1
乙。まあマターリやろうや。荒れてるみたいだから今は静かに下がるのを待とう
34ロウシ:03/11/21 22:51
>>33
だね。
荒れてるのを傍観するのも、なかなかおつだなぁ。
35666:03/11/21 23:15
>5
ツァラトゥストラの、『贈り与える徳。
36考える名無しさん:03/11/21 23:16

俺ってそんなにくせーですか?

  ::::::::::::::::::::                        ::::::::::/ ):::::::::
:::::(\:::::::                _人           / / ):::::::::::
:::::/\\             ノ⌒ 丿        /  / /ヽ::::::::::::
:::: ヽ \\         _/   ::(        /  / / /::::::::::::::::
:::: ( \ \\      /     :::::::\      l  三 / / ):::::::::::::::
:::::::ヽ ヽ . ミヽヽ     (     :::::::;;;;;;;)    /   二 / /::::::::::::::::::
::::::: ( \ ヽミ ヽヽ    \_―― ̄ ̄::::::::::  /    二 ___/ヽ ...::::::::::::::
::::... /ヽ ヽ ニ ヽヽ  ノ ̄     :::::::::::::: //   ニ _______/   ...:::::::::
:::.   ヽ____  ニ ヽ (     .::::::::::::::;;;;//    ニ ____ノ     .....::::::::::
      ヽ___,  ニ/ ̄――――― ̄ ̄::::::::\ ニ ___ノ +   + ....:::::::::
        ヽニ -‐(        :::::::::::::::::::::::::::::::::≡ __ノ+ ┼ *:::::::::
         ヽ---\__::::::::::::::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ノ_ +  ┼  .::::::::::
 :::::...     + ┼ +   +    ー-、___~'''''ー-、   :....::::::::::::
  :::::::....     + ┼    *+     +~~'''ヽ ..:...::::::::::::::::::::
   :::::::::::::::::.....    +   * .   ┼  :....:::::::::::::::::
    ::::::::::::::::::::....: + *     +   .....:::::::::::::::::
37考える名無しさん:03/11/21 23:19

  >>1糞スレ立てんなゴミ虫死ね!!
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       ∧_∧
      (・∀・ ) ≡≡≡3        シィィィイイッ!? ジィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ッ゙!!?
   ⊇○⊆と  ) __ ≡≡≡3    ハギャァーーーーーッ!! ドメ゙デェ゙ェ゙ェ゙ッ゙!!
   ,ー//(⌒( ノニ二,ーヽ、 ̄'ヽ.,, (´⌒;;                 ,;(´(´⌒;"'
  ( (i(@ij)~ロ(_ノ国((=(@ij)≡≡(´⌒ー-、.,    ,∧,λ∩,,,,,≡≡≡(´⌒;(´⌒;;"≡≡3
  ヽ.,_,.ノ,; .・ , ; ': ヽ.,_,.ノ,.;ツ (´;⌒(´⌒;;' ~ヽ⊂》(#>;0<);;;;;;;;つ,.;ツ:(´(´⌒;;,'≡≡≡≡3
  ブロロロロロロ・・・    ゛ ' '"; '; ・        ゙゙゙'゛""゙゙゙''; (´⌒;,(´,(´⌒;;'"
                              ズザザザザザザザザザザザザザーーーーッ



38考える名無しさん:03/11/21 23:22


       人
      (_)
      (___)
     (,,・∀・)  ウンコー
      ( O┬O
  ≡ ◎-ヽJ┴◎  キコキコ
39考える名無しさん:03/11/21 23:36
ケコーンしない方がイイと悟った
今日この頃・・・・・。
40考える名無しさん:03/11/22 00:00
自分はどこにいるのか。
その自分とは何か。
自分の存在とは、どういう事態か。
そもそも存在とは。
これらを身体のうちに捉えた。
41考える名無しさん:03/11/22 00:09
地球の一部にスギナイと悟った
今日この頃・・・・・。
42考える名無しさん:03/11/22 00:14
精神が不滅であることを悟った。
43考える名無しさん:03/11/22 00:25
君たち、あまいぞ。

「悟りを悟りと思うな。」


44考える名無しさん:03/11/22 00:26
      ____
     /∵∴∵∴\
    /∵∴/∴∵\\
   /∵∴<● > ∵< ●>はあ?
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
    \∵ | \◎ノ .|/ 
   / \|___/\
  │ ∴∵━━○━∴│

45考える名無しさん:03/11/22 00:28
仕方ない。
すべてを体得したのだから。
46考える名無しさん:03/11/22 01:47
悟った 悟りまくった
とりあえず弥勒菩薩は超えたが
釈迦までは一歩及ばず
惜しい 惜しかった
47やっぱりここは:03/11/22 01:58
埋め立て
48考える名無しさん:03/11/22 02:00
埋め立て
49考える名無しさん:03/11/22 02:01
埋め立て
50考える名無しさん:03/11/22 02:03
埋め立て
私にとって
「真理を確信して迷いが無い状態」で言うと、

「2ちゃんねるは私にとってつかれる」
52 ◆5m18GD4M5g :03/11/22 09:22
神様はいないと思ってるけど、近頃、自分の中に神様を持ってる方が持ってないよりいくらかいいかなと思いました。神様は私のことを見ているから、卑劣な言動はできない、それによって怠惰にならなくなる。神様信じようかなー?
53わむて ◆wamuteW7DE :03/11/22 09:33
   ___
 <_葱看>
/ ((レ    i \
  从_  _人
    ui~~u   はやくひとつになりたいの
    く_ :|〉
    し'J
   ___
  <_葱看>、
/ (ハ((iヽl, i \
  .ノゝヮ゚∠イヽ
    iYiu      ふしぎな呪文を唱えてね
    〈|: _>
    .ヽ∪
54わむて ◆wamuteW7DE :03/11/22 09:34
   ___
  <_葱看>、
/ (ハ((iヽl, i \
  人゚ヮ ゚∠ノヽ
    iYiu       #7Hjj9qn$と心をこめて
    〈|: _>
    .ヽ∪
   ___
  <_葱看>、
/ I .((ハ)) i \
  ノゝ゜ヮ゜ノハ
    uiYu      そうよあなたも、みる、みる、みるまらー
   .〈|: _>
    ∪∪
55考える名無しさん:03/11/22 10:01
少しの間、漠然とだけど神様を信じてみる、良かったら、神様はいることにしようとおもう。心から信じないと・・・
56考える名無しさん:03/11/22 10:10
でも性欲はいけない?
57考える名無しさん:03/11/22 10:13
性欲は我慢しなければならないですか?
58考える名無しさん:03/11/22 11:28
>>57
しなくていいよ、そのまんまで街を徘徊しなさい。




おまわりさ〜ん、こいつで〜す!
59 ◆5m18GD4M5g :03/11/22 16:43
信じるものは救われるとはよくいったものだね
60ロウシ:03/11/23 04:51
「喫茶去」 趙州

「人に噛み付く前に、お茶でも飲んで落ち着きなさい」

ぼくたちは攻撃の態勢に入ると、口が渇き、興奮状態に陥る。
よく、緊張して喉が渇くというのは、これを指している。
しかし、喉の渇きを潤し、胃に物を入れると、たちまちの内にリラックスしてしまう。

悟りについて考える前にまず、リラックスしよう。
悩みがあるなら、悩みを解決してからにしよう。
迷いがあるなら、迷いが無くなってからにしよう。
不安があるなら、不安が去ってからにしよう。

悟りを、悩みや迷いや不安を無くす為に追求する事はやめよう。

まず落ち着きなさい。
考えるのはそれからだ。

という訳で、下がるまで待ちましょう。
61ロウシ:03/11/28 23:25
いい具合に下がってきてるな。
もう誰もいないのかな?
62考える名無しさん:03/11/29 18:56
いますよ
63ロウシ:03/12/05 03:22
般若心経の中で釈迦がこう弟子に答えている。

不生不滅 不垢不浄 不増不減

最近になってやっと理解できるようになったのだが、
以上の事は「比べる」ことをしなければ、何も無いことになる、
ということなのだと。

つまり、「全ては無」というのは、対比や区別をしないことが前提なのだと。
善は悪があってはじめて存在しえるのであり、
老いも若さというものがあってはじめて存在する。

ぼくたちは、集団生活の中では決まり事をせずに生きていく事は難しい。
しかし、その決まり事のせいで生きる苦しみを生み出している。
もし、自分が何事も決め事を作らないでいられるならば、
悟る日も近いと思う。

なるべく、人との接触を絶て。
全てを受け入れろ。
自然の摂理に学べ。
以上の事が実践できれば、ぼくも悟れるかもしれない。
64考える名無しさん:03/12/05 12:20
考えるだけじゃあ無理
悟らないと
65ロウシ:03/12/09 02:47
あんまりぼくばかり書くと、削除されるな。
66考える名無しさん:03/12/11 12:04
だって話題に発展性がないんだもん。
以前なんか書いたらそのとおりだねで終わってしまったから
67考える名無しさん:03/12/16 23:51
あのう、悟りの定義っていう場合の「定義」とは、
人類共通の恒常普遍の絶対的な定義のような定義ではなく、
定義の提出を受けて誰かと話し合う機会があったときのための、
要するに便宜としての定義ってことだよな?

それでよければ、せっかくなんだから以前挙がった「自然」について突き詰めたい。
献身的なスレ主のロウシさん。
具体的にいうと論争なんだけど。俺が相手になってみますんで。
6867:03/12/17 00:05
>>66
論議するにあたっての見解発表にもなるんだけど、

一方通行的な「そのとおりだね」になってしまうのは、>>4にもあるとおり、
悟りのについての対話が「言った者勝ち」の性格をもつからだな。
悟りを追究しようとすれば、個人の精神をその個人が自身で検証することにどうしても行き着くからな。
自己申告の一方通行になるのも止むを得ない。

最後は>>4のコピペのようになるとは思う。
はじめから答えのわかっている問題に挑むみたいで尻込みもするけど、
「言った者勝ち」で結んでしまうのは拙速だといわねばならない。
拙速にたいして巧遅という概念がある。
よって、ゆっくりと慎重に論議を進めれば、このスレにとって悪いことにはならないと思う。
6967:03/12/17 01:13
ちょっと気がついたんだけど、>>63の前半

「全ては無または空だ」という言説はいったい何の用を為すのか、チンプンカンプンになるときが確かにある。
ここでいう「全て」には「全ては無または空」という言説自体も含まれるのだから、詭弁になってしまう。
この場合は、「仮託増広」の便宜のために言葉を使っていると考慮しないといけない。

「このテーブルは無」というふうに対比や区別のできるものが対象だった場合、これは根拠を待てば把握しやすい。
でも「全て」が対象だった場合は事情が異なる。
全てというふうに対比・区別する対象がない対象、つまり無を対象とするのが明白なものを
無と言っているのだから「何の用を為すのか」になる。
これは根拠を待つのではなく、
論議を進めるための仮託を条件とする、という前提が先にないと、言われた相手は大混乱になる。

―たとえば、データヴァッタが家にいないにも関わらず、誰かが「データヴァッタは家にいる」と言うとしよう。
そのとき、他の誰かがこれに対して「いない」と答えた。
この場合の「いない」ということばは、データヴァッタが存在しないことをつくりだすのではなく、
ただ、データヴァッタが家にいないことを知らせるだけである。それと同じように…―ナーガールジュナ

「仮託」のことを既に知っていたら、でしゃばり君ですまない。
ただ、「仮託を前提とする」という条件無しに話をはじめたら、無益な感情的対立に陥る場合があるっぽい。
これまでいくつも見てきた。
それを防ぐために、仮託のときは「仮託が前提です」と条件をつけることをお互い心がけたいんだ。
70ロウシ:03/12/17 01:56
>>67>>68>>69
こんばんわ、お相手ありがとう。
よろしく。

>あのう、悟りの定義っていう場合の「定義」とは、
>人類共通の恒常普遍の絶対的な定義のような定義ではなく、
>定義の提出を受けて誰かと話し合う機会があったときのための、
>要するに便宜としての定義ってことだよな?
その通り。

>託のときは「仮託が前提です」と条件をつけることをお互い心がけたいんだ。
えと、「仮託」、つまり置き換えって事ですな。
もちろん、結構です。
その条件でいきましょう。

まず、「比べる」という意味がどういう事から、来ているかの説明からですな。
71ロウシ:03/12/17 02:11
まず、悟りに至る前の当面の目的として、
「今現在の不安や悩みや心配事をクリアにしたい」
これに同意してくれるとしての前提があって話を進める。

先程の例にある、
>―たとえば、データヴァッタが家にいないにも関わらず、誰かが「データヴァッタは家にいる」と言うとしよう。
>そのとき、他の誰かがこれに対して「いない」と答えた。
>この場合の「いない」ということばは、データヴァッタが存在しないことをつくりだすのではなく、
>ただ、データヴァッタが家にいないことを知らせるだけである。それと同じように…―ナーガールジュナ
これだが、これはただ単に「データヴァッタ」が「家にいる」、「いない」という点に関して述べているに過ぎないだけで、
「データヴァッタは家にいる」事で誰かが悩んだりする事を言っているのではないと思う。

つまり、ぼくたちはなぜ不安になるのか、悩むのか、心配事があるのかということに対して、
ぼくは、物事を「比べる」事によって自ら不安や悩みや心配事を作り出しているのではないかと、
こう考えている。
だから、「データヴァッタは家にいる」事は誰かの幸せになるかもしれないし、ならないかもしれない。
しかし、論点はそこにあるのではなくて、論点は、「データヴァッタは家にいる」事で、
なぜ幸せになるのか?なぜ不幸になるのか?ということだと思う。
72ロウシ:03/12/17 02:25
で、なぜこれが「無」に繋がるのかと言うと、
観念論でしかないが、そう自分に言い聞かせることでこの宇宙を理解するという事になるのだろうか。

つまり、「老い」も「若さ」も人がつくった「比べる」尺度であり、
「強さ」も「弱さ」も人がつくった尺度に過ぎない。
「強さ」も「弱さ」も「老い」も「若さ」も事実としてあるのは、ぼくも認める。
しかし、自然の境地からして見れば、自然の手の中に「強さ」も「弱さ」も「老い」も「若さ」も無い。
それらは、自然の一部分であり、システムそのものなのだ。

というわけなので、期待した答えではないかもしれないが、
「比べることをしなければ無だ」
という言葉を論理的に考えていけば、破綻する事間違い無しだ。
67氏の言うことはごもっともなことだ。

つまり、人の気持ちや心構えは、ディスカッションやディベートの方式では計り知れないと、こう思う。
73ロウシ:03/12/17 02:41
で、加えて、
>>4のような結論になるのは、これも仕方が無いと思う。
これは結局、「悟り」というものを西洋哲学的(論理的)にしか考えてないという事につながる。
それが西洋哲学の限界だ。

しかし、ぼくたちには論理的に考えるほかに、感覚というものに頼る一面がある。
東洋哲学では、この感覚を大切にしている。

「自然=神」という概念はもう、感覚で捉えていただくしか方法が無い。
こればっかりは論理的に説明のしようが無い。
それはもう、事実ですらないばかりか、人によっては矛盾だらけの概念である。
しかし、ぼくにとっては唯一無二の真理であり、この考えを前提にして考えれば全ての宗教が理解できるはずだ。

長文スマソ。
74考える名無しさん:03/12/17 21:13
人間は自然のなかで生きているので逆らうのは賢い選択とは言えないわな
7567:03/12/18 00:28
>>72
>つまり、ぼくたちはなぜ不安になるのか、悩むのか、心配事があるのかということに対して、
>ぼくは、物事を「比べる」事によって自ら不安や悩みや心配事を作り出しているのではないかと、
>こう考えている。

「6は12より小さく、4より大きい。このとき6は大きいと同時に小さい」
こんな感じで、もしも自分の懸命な努力の結果が、「大きいと同時に小さい」としたら、
どっちに頭を回していいのかの基準を失う。
臨機に応じて大きかったり小さかったりする立場にたつことになる。
だんだん結果がわかってきて、人前で故意に喜んだり、失望したりするようになる。
こんなわざとらしいことを続けるのはいかにもつまらないし、煩らわしい。
もっと大きな目で物事を俯瞰したい、喜ぶのなら本当に喜びたい、
絶望なら本当の絶望を味わうんでも構わない、と努めはじめる。
これは子供のころの話だな。
こうして主観による比較の否定を自身で模索し始めるのだが、
それがなかなか終わらないわけだから、こうしてこんな物騒な場所に現れるという具合だ。

だから、俺にとって悩みや心配事って言ったら、主観の比較を離れた場合の空虚感、
物事は空虚なのかどうなのかについてだったんだけど、この点ちょっと君の発言とずれるかな。
12や4などの、6を比較しうる対象を全部取っ払った場合、6はその指し示す意味を失うだろう。
単なる記号になる。これが空しい。「この空しさはどういうことだ?」と
相手の定まらぬ不満を抱くわけだ。君は「無」に恐ろしさや不満を抱いたことはないの?
7667:03/12/18 00:59
>>73
俺も『荘子』「知北遊篇」や『淮南子』で、
―そもそも道というものは聞くことも見ることも言うこともできない。
見たり言ったりしたとき、それは道でなくなってしまう。
というのを読んで、また荘子が大層な美文家なものだから、
半分打ちのめされたようになって、しばらく論理にたいして億劫になっていた。

だが、感覚に頼ることこそ「一方通行」に至る弊害ありとは思わないだろうか。
「「自然=神」を感覚で捉えてもらう」では、大詩人同士の刎頚の友でもなきゃ、
何の通じ合いもないもの。こう聞くと、もしかしたら君にこんな考えが浮かぶかも
しれない。「知りたい」という欲求が我執となって、結果、悟ることに関しての妨げになる。
だから「知りたい」はちょっと休憩にして、「感じる」ことを重んじ、
実践に打ち込むことを教示していた、と。

また引用になるけど、夏目漱石『草枕』の冒頭、
「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。」を
西洋の人に紹介すると、他の二つはわかるとして、最初の「智に働けば」が納得いかないそうだ。
智に働かないと角が立つ、ではないかと尋ねてくると。
理解は有用なんだけど堅苦しいのだ、という意味なのにねぇ。
とにかく西洋の連中はこんな感じで本気で理性を重んじている。
カントが生まれるには、日本とは異なるそれなりの文化の経緯があるんだね。
7767:03/12/18 01:06
つづき
端的に考えて、論理に委ねることで道(悟り)でなくなってしまう、
で構わないじゃないか。数千年の文化の相違がなんだい。論理が苦手でも構わない。
お互いそれを合意のうえで、論理が砕いた残骸を拾って「こうだったのかな?」と
感覚で把握する。A氏がA氏の主観を照らし合わせるためにB氏が必要なんだから。
それも否定した場合、対話も億劫になって俺たちはひどく臆病な人間嫌いになっちまう。
だが、感覚こそ主観の賜物なのだから、結局主観からは逃れられない…、ということについてはまた今度だな。

こちらも長文スマソ。見ず知らずの状態で相手はいかほどの者かの探りあいなのでご勘弁。
78ロウシ:03/12/18 01:12
>>75
「虚しい」という事は、自由という事ではないかと。

例えば、「名前」。
「名前」というものは誰の為にあるか?
それは名前の持ち主の為ではなく、名前を呼ぶ人の為にあるのかと、こう思う。
自分の名前は、あたかも自分の為に用意されている様に思うものなのだが、
実を言うと、自分を呼ぶ人の為に用意されているものなのだ。

もし、ぼくたちが一人で何年も無人島で暮らすとすれば、自分の名前の意味の無さに気づくかもしれない。
しかし、その時こそ真に自分の名前の自由な時かと。

>君は「無」に恐ろしさや不満を抱いたことはないの?
ある。
しかし、それはぼくの生活の自立と共に無くなっていった。
社会に出たり、友人を持ったり、恋人を持ったりと、ぼくたちは守るものを持つと、次第に空虚感は無くなると思う。
しかし、それでも空虚だとすれば、ただ単に地に足がついていないだけかと。
自分の人生を、自分の足で歩き、自分の手で切り開く時こそ、その空虚感は自由という意味に変化すると、こう思う。
79ロウシ:03/12/18 01:32
>>77
ええっと・・・
何に答えていけばいいのかな?

>だが、感覚に頼ることこそ「一方通行」に至る弊害ありとは思わないだろうか。
>だが、感覚こそ主観の賜物なのだから、結局主観からは逃れられない…、ということについてはまた今度だな。
感覚に頼ると一方通行になり易く、
主観からは逃れられない、だから、感覚に頼っていると弊害が出てしまわないか?ということか?

上記でよろしければ、
主観は弊害への第一歩かと、激しく同意する。

しかし、要はバランスだ。
論理的な思考と感覚的な感性を、バランスよく身に付けることこそが大事ではないかと。
8066:03/12/18 12:49
>>68
けれどこの場で理にかなわないことが指摘されなかった以上あとは現実世界での実践によってしか
正しいのか正しくないのかを証明することは出来ないので私はここにはレスのしようがないのです。
しかし正しい正しくないという表現は適切じゃありませんね。あくまで個人の主観ですから。
なんと言えばいいのか分かりませんが自分が満足するかどうかってことかな。
でも自分が満足しているかしていないかを決めるのも結局自分の意思なわけで・・・もう全然わからんw
なのでとにかく実践するしかないということです。また行き詰ったら考えればいいと思っています。
今は本当に書くことがないんですよ。スマソ
8167:03/12/18 23:17
>>80
主観と客観の謎について突き詰めていくと、ことばを失う時期ってあると思う。
そのとき、相手とのあいだに対話はあるのだけれど、その二人は独り言を
つぶやき合っているとしか感じられないんだからそら恐ろしい。この患いが酷くなると、
壁に向かって話すことと人に向かって話すこととの違いがかつて何だったのかわからなくなるほどだ。

これを打開するのは、自分が他者にことばを与えるとき、自分のことばの自己同一性を捨てる、という試みだ。
いま、このことばは自分のじゃない、それは相手の場合も同様だと、まず無条件で信じ込んでみる。
自分や相手の発言の真偽がどうしても気になるから、これが難しいんだけど、
この「真か偽か」へのこだわりを放ったらかしにする。
自分の主観が偽なのは絶対に避けたい、真でなくては嫌だという情熱を忘れてしまうように試みる。
すると、確かに自分の発言なのに所有者がいないという状態になるんだけど、
この空虚な状況のなか新らしい所有者が現れる。
その所有者とは自分・相手の二人の一組ということなんだ。
8267:03/12/18 23:24
つづき
俺もなに言ってるのかわからなくなってきた。…キャッチボールで例えると、
失語の患いのときは、気がつかずに自分のボール箱のボールを相手に投げている状態。
回復の状態は、相手から届いて、いま、手許にあるボールを投げる状態。
もちろん、ただやって来たボールをじゃなく、自分の知見や感想を貼りつけて投げ返すわけね。
8367:03/12/19 00:28
>>79
昨日の>>77は誤解があっての書き込みだった、すまない。
簡単には感覚(瞑想のことかな)重視の姿勢を譲れないと誤解した。
バランスについてはもちろん同意だよ。

>>78
名前の話しは面白いね。
俺が培った「縁起」の考えと一致する見解がよく現れている。

>社会生活のなかで「虚しさ」への悩みが無くなっていく
でもそのとき、「比べる」への悩みはどうなっているんだろう。
社会生活こそ「比べる」への悩みに陥った舞台だったと思う。
君がこのスレにいるのは、何か特殊な対処方法を体得しているからだと見た。
で、その「特殊さ」を、とことん照らし合わせたい。
(これは最初のレスのくり返しだけど、こうした叙述が仮託のことね)
で、照らし合わせるには俺の定義も知ってもらう必要がある。

悩んだんだけど、それは明日にさせてもらいたい。理由は師走だから。ご勘弁を。
8467:03/12/20 01:50
このスレが定義にこだわることになったいきさつは、たぶんこんなものだったと思う。
専門的に洗練されたものであれ、素人の個人的で矮小なものであれ、
みな「悟り」に関して見解に相違がある。「悟り」に関して払ってきた注意の対象に相違がある。
このスレがいわば流派の坩堝と化しているから、先に定義をあげて便宜を図る、と。
いま「悟り」スレが三つか四つに分派しているのも、この流派の違いに由来する。
よって派閥をはっきりすればよりレスの経済化につながる、と見た。

よって、俺はド素人だけど、それでも腹を据えて流派がはっきりとわかる定義を示さねばならない。
自分は中観派です。空観論、縁起論、唯名論、こんな論理を駆使します。
一言でいえば「一切空」です。
好きな哲学者思想家は誰か、手本や模範になるのは誰かといえば、竜樹になります。
8567:03/12/20 02:10
特に大きな相違に至るなと思ったのは、個人は主観を
解脱できる、消滅させられる―声聞的、小乗仏教的
主観からは逃れられない―菩薩的、大乗仏教的
この一点をどう捉えるかの違いだ。

スレpart4の弥勒さんと凡夫さんの論争や、part7からのハルカさんに関わる論争も、
この主観の解脱が可能か不可能かを話し合っているに尽きる。
声聞だ小乗だと言ったら、侮蔑の意味を含んでいるみたいで申し訳ないんだけど。

そして、この板にきて一年近くになるけど、
この大乗と小乗の別れ道がいかに途方もない規模のものかが、よくわかった。
「こっちにこそ個人の命の重みがかかってんだ」の言い合いが、この一点によってまったく噛み合わないんだから。
哲学徒の告別というのは、かくも重く厳しく痛烈なんだな、と思った。
人と人との死別よりも断然シビアだ。
86ロウシ:03/12/20 20:05
67氏の言いたい事はわからんでもないが、既存の宗教用語で「悟り」を考えてみても、
普通の人には理解は難しいわな。

でも、本来「悟り」というものは、そんなに難しくないと思う。
ごく当たり前で、身近にあって、普通に目の当たりにする為に、
気付く人が少ないだけの話だ。

なるべくなら、宗教用語を抜きにして、「悟り」を考えたい。
(まあ、「悟り」もいわゆる宗教用語であると思うが、その辺は勘弁してもらいたい)
なぜなら、このスレをROMっているであろう人たちに、
わかりやすく説明していきたい、と考えているからだ。
いかにも大乗仏教的な考え方であるかもしれないが、
こういった良い場所を提供して頂いてる身からすれば、当然かと。
「悟り」への認識を一部の人たちだけで独占していいはずがないと思っている。

宗教用語での論争は既に故人がいくらでもやってるはず。
そういったことを知りたければ、それこそ、本を読んだほうが早い。

そういった、感謝の気持ちを込めて、いつも書き込みさせていただいている。
8767:03/12/20 23:55
論争と照らし合わせを盛んに強調をしたのは、
中観派がプラサンガ(帰謬論法)という論法を取るからなんだ。ひたすら誰かと論争する。
極端な話だと、我々には具体的な教義はない、主張を持たないとまで言っている。
少々泥臭く詭弁に陥りがちになってでも、相手を誤謬に帰させる、互いがそうする、その行為のなかにこそ悟りを求めていると読んでて思った。
まるでスポーツの対戦のような論争が美しく繰り広げられているんだ。まず、「すべての物事に本体はあるのか」のイエスかノーかの立場を
はっきりさせてから論争がスタートする。最高の真実から見た場合、どちらとも言えるんだから、論客はどちらを選んでもいい。
反論、それを受けての返答、延々と続いていく。あれは間違いなく、互いが研鑚し合って理解を得ることでなく
訣別をつけることでを了解して悟りを究めんとしている。
それが逆説的に哲学徒と哲学徒の理解になる。訣別をつけることが悟りになるとは思わなかった。
とにかく、こうした論争が中観派を信条とする人の悟りの追究には不可欠っぽい。これを方法論のひとつとして実践できたらという企みだった。
紹介にもなるし。俺がしなくちゃ、何とか相手を探してと…ね。

でもね、俺はもちろん譲歩するさ。いくらなんでもスレを独占することを脅迫してるみたいなんだもの。
予感はとうぜん最初から十分にあった。互いの信条とする方法論が食い違うと。
なんていうか、君の返事を見て俺自身にも重荷になったの。狙いの紹介だけ済ませて看板を降ろさなくちゃと。
そしてROMる人を無視するみたいなことが絶対できない。それは君と同じ理由なんだろうか…。
とにかく雑談的な話の中に互いの悟りを見出そう。やっぱり俺にとって最後まで信条となるのは、
―自分が仏となるのに、この仏国に生まれる生きものがみなおなじ金色になるのでないならば、
そのあいだ自分は正覚して仏となることがない(『大無量寿経』法蔵菩薩第三願)―にあるような教義だから。
で、巡り巡って君が悟りを究めないとなると俺も困ることになる。看板を降ろしたばかりで俺はどうすりゃいいんだろう、熟考熟考…。

大した結びでない長文スマソ。
8867:03/12/21 00:09
>本来「悟り」というものは、そんなに難しくないと思う。
>ごく当たり前で、身近にあって、普通に目の当たりにする為に、
>気付く人が少ないだけの話だ。

>このスレをROMっているであろう人たちに、
>わかりやすく説明していきたい、と考えているからだ。

同意、お互いのことを話そうと思う。


>ごく当たり前で、身近にあって、普通に目の当たりにする為に、

俺はこの板で今起きていることを考えていたら、自分の心身に大変なことが起こったんだけど。
どうにかして伝えたいんだけど…。どんな順序がいいんだろうか。
89考える名無しさん:03/12/21 13:46
二人しかいないのかよと
9067:03/12/22 22:48
>>78 「名前について」の返事を改めて。
人間の精神にとって、名称はこの世の原子のように常にそこら中に散らばっている。
人間の意志がその名称に呼びかけると、初めて人間はその名称を自分の所有物として得ることができる。
文章なり対話なりに使用するのはそれからである。その意味では、個人の言葉はみな主観的な呼称に過ぎず、客観性を持たない。
叙述の前に注意深く観察してみると、個人の精神は必ず名称に呼びかけている。

人間がものに名前を付ける。
この行為は、あだ名を考えてもらうとわかるが、その対象に注目して特徴や親しみを見出したからこそ行うものである。
ひとり電車に乗って周りの人がみな名前を知らぬ人だったら、誰にも注目はせずに電車を降りるのみである。
でも仕事場に行けば、親しい人がいて名前を呼びあい、冗談を交わす。
このように名称を使う、名前を付与するというのは、対象と精神を交し合う、
対象が精神を持っていない物体なのならば魂を吹き込む、そんな行為である。
何もない虚無に天地が生まれ、荒涼とした大地に繰り返し種が蒔かれ、芽を吹かす、そんな行為である。

理性に長けた人は抽象的な名称に常に注目する。一方、感性に長けた人は具体物の名称に注目する。
この両者の駆使する言葉の差異のなんと大きいことだろう。
その差異の二項対立的関係は、常に拮抗し、相互を補完し合う。その様のなんと美しいことだろう。

そして、名称への呼びかけを失うときの、その精神の逼迫と荒廃の様はいかほどだろう。

俺も生粋の唯名論者でね。
テレビを見るとする。でも、俺はいま、果たしてテレビの番組を見ているのか、それとも「テレビ」という文字を目前としているのか、
まったく定かじゃない。そんな感じだ。

長文スマソ
91考える名無しさん:03/12/24 13:46
ぷぷぷ
92考える名無しさん:03/12/24 13:48
悟りがすぐできる人は
それだけの人
93考える名無しさん:03/12/24 14:51
悟るって、気付く という事。
私は真実の自分の姿に気付いた。
それ以来、過去の自分の行為の根拠がわかるようになった。
間違いも含めて。
でもそれはごく狭い範囲の気付きでしかないけどね。
94考える名無しさん:03/12/24 15:06
なにか悩みやいやな事がある時
なぜ自分が悩むのか、
なぜイヤだと思うのか
その本当のところをトコトン考える。
→自ずと解決策が見えてくる。
95考える名無しさん:03/12/24 21:05

やはり、実践と継続が大切です
96考える名無しさん:03/12/24 21:07
悟りを得てクリスマスも2chで哲学かよ!ウエハハ
97考える名無しさん:03/12/24 21:20
悟ったよ。
でも忘れた。
覚えているのは「悟りなんて詰まらんものだ」ということ。
98考える名無しさん:03/12/25 17:32
おりゃ〜!!!
99考える名無しさん:03/12/26 15:40
悟ると、感情の変化が少なくなる気がするんだが。
100考える名無しさん:03/12/26 16:00
>>99
痴呆症と同じ症状かよ
101考える名無しさん:03/12/26 16:54
ともさかりえはえりかさもと
102考える名無しさん:03/12/26 17:24
寝ないと死ぬかもしれない
103考える名無しさん:03/12/26 22:07
>>99
仏教系の悟りは少なくと感情の変化を否定してはいない。
ただ、意味もなく悲しんだり、苦しんだり、憎んだりはなくなるが
104考える名無しさん:03/12/26 23:10
意味も無く悲しんだり、苦しんだり、憎んだりしなくなった時、
それが「悟る」という事ならばそれは「人間らしさ」も捨てさってはいないだろうか?
105考える名無しさん:03/12/27 00:09
悟りね〜、懐かしいな〜。
あの瞬間は大笑いしたな〜。
106考える名無しさん:03/12/27 00:12
メビウスの輪
107考えた名無しさん:03/12/28 01:11
私の勝手な判断で、悟ったと思われる人を挙げてみます。
仏陀、イエス・キリスト、親鸞聖人、パスカル、ソクラテス、
ニーチェ、クリシュナムルティ、ケン・ウィルバー
どうでしょう?
この世界に関心を持たざるを得なくなって1年しか経っていません。
したがって、詳細なことはまだ知らないことも多いです。
しかし、上に挙げた人は、みな表現と方法が異なっていますが、
目指すところは一緒のように思います。
他にもまだまだ、いると思いますが、その他多くの人の思想なり、
言葉なりはこれから読んでいきたいと思っています。
ちなみに、ケン・ウィルバーは老子の言葉に影響を受けたそうです。
気が向いたらまた来ます。
108imo:03/12/28 07:22
悟りを開くって言うけど、此れは既に悟った人が
それをひとに開示するって事なのか?
109考える名無しさん:03/12/28 07:23
>>105
おれは泣いたな。
110・ ◆32reqGPkuc :03/12/28 07:31
悟るとは、別の漢字で書くと【覚る】
すなわち悟りを得るとは、「いつでも正しく覚る態勢が具わる」という事だと思います。
「悟りを開く」だと、そのまえは「閉じている」んでしょうね。
つまり、人生のさまざまを経験することによって「閉じてゆく」ものがあるのでしょう。
それを開いて、より生の本分に近い「物の観方」を得る……

私は悟っていませんよ。
111考える名無しさん:03/12/28 07:32
お前ねえ 悟ったらそれで信者が沢山集まるだろ?
そんでお供え物沢山もらえるだろ?
そしたらこんな所で書き込みしてねえんだよ
112・ ◆32reqGPkuc :03/12/28 07:37
あ〜と……「お前」は私?>>110
113考える名無しさん:03/12/28 07:40
仏陀も便所入るだろ。
そこで落書き読んで何か感じること有ったら
付け足すんじゃないの。
おれは逆に匿名でのそういう行為が
覚者の行いに近いと思うのだが。
自己顕示欲押さえられるしな。
114112 ◆32reqGPkuc :03/12/28 07:42
(『>>110』は、『>>111』の間違いだった……)

布教かな
115考える名無しさん:03/12/28 07:45
新興宗教の教祖ほどあやしい者は無いからね〜
116浮人 ukito:03/12/28 07:47
悟り=保守&執着=歩みを止め、時流を見失うものになり得る。と考えます

なぜか。。。悟りとは

 ある思考過程をパターン化し、同じような問題に再度直面したときに
 同じ思考の工程作業をし苦悩することを避ける、短絡思考主義のようなもの

と、社会に小さい法則をみつけた私はおもうようになりました。

悟りというショートカットをつくった当時はいいのです。
よくできた思考の論察結果なら2年はもちます
だが、時代も 人の意識も 好みすら 変動します。

すべては流動的です。すべては無常なのです。
おそらく『究極の悟り』すら無常かもしれませんね。

敵のいない環境で鳥は飛ばなくなるといいます。得てして私も含め生物は、かくまでも疲れやすく
かくまでも、サボリでメンドクサガリなのです。

「悟り」そのようなものを脳に装備したとたん。時流の流れから遠ざかり思考を停止するものだと反省しました。
117考える名無しさん:03/12/28 07:52
経験と知恵の集積を勘と言います。
118考える名無しさん:03/12/28 07:54
中身を全部飲んだものは空き缶といいます。
119浮人 ukito:03/12/28 07:57
>>115「新興宗教の教祖ほどあやしい者は無いからね〜 」

いつかレス立てようと、おもってたのですが
話題に出たので「少しジャブ」を

宗教とは、今の時代には生まれ得ないものですか?
一連の「オウム事件」のとき「白装束の集団報道」のとき

私はあることに恐怖しました。

私は神などいない!とハッキリ確信するタイプなので
各宗教の教義や「頭沸いてる系」の話には、興味ないのですが。

何に恐怖を覚えたか。=この国には今後、真理や宗教は生まれ得ないのか?
          =そういうことを考える人、知的財産の継承も失うのか?
          =坊主や牧師も過去の教えの上塗りだけで脱却できないままか?

ということです。
いかがでしょうか?レス違い申し訳ないです。
120・ ◆32reqGPkuc :03/12/28 07:59
悟りとは、「ハイ、それまぁでェ〜よ♪」ですね。
自分を、世界をじっくり見つめて「おお、コレだぁ!」のこころ。
だから、人それぞれ【悟りLv.】があると思います。
簡単な人は、3分。
難しい人は、60年……とかね。

『究極の悟り』は、もはや設定ですよね。
到達可能かどうかとかでなく、目標だと思います。
流動を正しく感じるために【止まる】のも、悟りだと思いますよ♪
121・ ◆32reqGPkuc :03/12/28 08:01
パナウェーブは、山道動きすぎですね。
停まっちゃいけない所に車とめるし。
122浮人 ukito:03/12/28 08:01
>>117氏。言い得て妙かもしれません。悟りではなく「勘」かもしれません
もしかすると本来は
悟りといわれるものは「勘」とおなじかもしれませんね?
ただそれの積み重ねで、より研ぎ澄まされた「人の生」への「勘」と
その結果の集積なのかもしれませんね。
123浮人 ukito:03/12/28 08:06
失礼な話、ど素人の一般市民の私から見ても

パナウエーブは痛かったですね。。
しかし数人でも動かす彼女?のカリスマ性と論理力すごいです。
124考える名無しさん:03/12/28 08:09
論理力って?
125浮人 ukito:03/12/28 08:17
幾人かでも、彼女の説く真理や論理についていったんでしょ?
突っ込む間をあたえなかったのか、意識させなかった話術かは知りませんが。
126imo:03/12/28 08:23
>>119
今後新しい革新的な宗教が生まれることは無いでしょう。
現在の新興宗教の殆どは在来の歴史的裏打ちの有る宗教の
足元にも及ばないと思っています。
ただ現代の無宗教の風潮の中で堕落しきった世の中においては
なんらかの精神的基軸か必要であると思います。
そしてそれの出現は必然であるでしょう。
東洋哲学と西洋科学のハイブリッドが其れを実現すると思います。
127大川隆法:03/12/28 08:31
呼んだ?
128浮人 ukito:03/12/28 08:31
imoさん。有難うございます。
非常に面白い展開になりそうなので専用のスレをたてさせて頂きました。
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1072566926/
よろしかったら、こちらで論察をおきかせください^^
(>>99->>126の文章は引用させていただいてます。)
129考える名無しさん:03/12/28 13:02
俺は悟った!うんこに卵を溶いたモノを一緒に痛めて醤油で味付けた料理は最高ってことだ。あはあ!
130考える名無しさん:03/12/28 13:19
だから仏教系(特に禅宗)の悟りはすごいもんじゃないんだ。
悟ったら世界が変わるわけでも超能力が使えるわけでもない。
悟った後と前の自分は違うんだなどと言う様じゃ悟りではない。

神様のいる宗教は悟りは普通ないな。
真理は神様が教えてくれる物で人の能力はないに等しいから
131考える名無しさん:03/12/28 13:48
夜中は、なかなか見もの論理対決だったのに
朝起きてきてみたら、、、なんじゃこれ!

あたまわるそうなスレばっかあがって、、、最悪〜
132まゆ ◆zuR5mPABII :03/12/28 14:17
わたしは、悟りっていうのは、
石器時代の遺伝子と文明生活の間にある矛盾の解決では
ないかと思うのですが、いかがでしょうか。

遺伝子というのは、数千年単位では変化しないらしいです。
最低数万年かかるそうです。
これがほんとうなら、
われわれの遺伝子は、数万年前に形成されたものです。
数万年前、われわれは、狩猟採取の生活をしていました。
なので、われわれの遺伝子は、狩猟採取の生活に最適化されています。
なので、われわれの喜怒哀楽、嫉妬、憎悪、快楽、優越感、差別意識は、
狩猟採取の生活で、より多くの子孫を残せるように最適化されています。

しかし、この感情システムの歯車は、文明生活には、不向きです。
その結果、石器時代の感情システムは、文明生活において、
無意味に空回りし、オーバーヒートして、
すごいストレスになっています。

そこで、自分の中の感情の歯車を調整して、オーバーホールして、
文明生活向けにチューニングすることができたとき、
人間は、「悟った」と感じるのではないでしょうか。
133考える名無しさん:03/12/28 15:45
>>131
朝からのは駄目レスは同意するが
夜中のも悪いが勉強不足だな
134ロウシ:03/12/28 23:15
67氏へ
冬休みが終わったら、また話そうか。
135弥勒 ◆LY666//S/s :03/12/29 20:23

ずう〜っと前から言っていたことだが、『悟り』の定義付け無しには論議が進まないと
指摘していたのに,いまだに堂々巡りをやってるんだな。

およそザッと考えられる項目として、

@必定なる摂理みたいな『定理』を理解・把握した瞬間の“認識”
 (例えば誰かのように、“生”とは苦である、とかみたいな…)

A神秘主義的な恍惚体験
 (念仏宗系の御来光や基督教左道派の神秘体験etc…
  つまり、私は或る者に守護されている、という理解…)

B禅宗的な実存的覚醒。
 (実存主義者として実存とは何かを思惟することではなく、実存そのものを“活きる”こと)

発言者はどの立場なのか、番外ならばその趣旨をC、Dとして明示してもらえれば
話も進み易くなるのではないかと思うのだがどうだろうか?
136考える名無しさん:03/12/29 21:41
一年じゃ悟れんものかなー・・・
137ロウシ:03/12/29 23:05
お、久々にこのスレに弥勒氏が出てきたじゃん。

>>135
賛成。

という訳で、みんな、定義付けからやってみよう。
13867:03/12/30 02:19
>>134
合点承知之助。
139107:03/12/30 21:10
>>109
私も泣きました。あれが、悟りというものなら。
恐ろしくて部屋の隅で震えて・・。
140107:03/12/30 21:47
私の定義づけをしておきます。
悟りとは、
C「私は仮にはある。しかし実態としての私は存在しない。」という事実に気が付くこと
これはたしかクリシュナムルティの表現です。
仏教でいえば「空」です。
その瞬間、不思議な体験はありました。
独りでもくもくと仕事をしているときに。
14167:04/01/01 18:47
>>140
まさに空観だな。たいしたもんだよ。
「私は仮にはある。しかし実態としての私は存在しない」の真偽がいずれだとしても、
そんなふうにビシッと断言できるのは。
142考える名無しさん:04/01/02 18:33
悟るだよ全員集合!
143考える名無しさん:04/01/02 18:41
一切皆空。西洋哲学の使徒は悟りなさい。
144考える名無しさん:04/01/02 23:26
悟りで仕切らせていただきやす
145考える名無しさん:04/01/02 23:34
希哲学撲滅!哲学の真髄は悟り!
146考える名無しさん:04/01/03 23:12

資本主義社会での 悟りは、

「 すべて (愛も平和も健康も幸福も知識も) 金 (かね) !  」

以上
147考える名無しさん:04/01/03 23:17

資本主義社会での 悟りは、

「にもかかわらず、金で買えない“やさしさ”ってものも、世の中には確かにあるんだ(涙)」

以上。
148考える名無しさん:04/01/06 17:41
>>147
簡単ですよ、金で雇った催眠術師に金で囲った女の洗脳やって貰えばよいのです。
そんな彼女から向けられるやさしさに、「虚しい・・」とか言って貴方が疑念をはさまなければ良いのです。

149考える名無しさん:04/01/06 18:39
今更かもしれませんが

「時間」なんぞ単なる個人の都合で捉えられている ということに
気づいたときは怖かった。一瞬「自分」を見失いました。
「無というものはありえない」と気づいた時
「色即是空」「空即是色」を認識した時
は感動しました。

悟りに「こと」の大小があるのかは知りませんが そういったことを知り得てから
色々なことに気づき歓ぶ瞬間が増えたのは 個人的に嬉しいことです。

そうやって少しずつ疑問や謎が その時々の自分の中で解決していき世界が
はっきりと見えてきて どんどん辻褄が合っていくのが 悟りではないでし
ょうか。
150でびん:04/01/06 18:39
すいません
151考える名無しさん:04/01/06 18:40
                   ボカァァッ!   ,,----、,,,,,,,,,、、
                          / ,,-‐―、ヽヽヽヽ
              l⌒)OOo         ,,-‐―― 、/ //ヽ))))ヾ
   ∩___∩      {  )  )    >>1  /。○      ヽヽξ
   | ノ      ヽ  | ::::::/          i!Ξ/' ,,,,、、 ,,,,,,ヽ
  /  ●   ● |  /  ::::|         , レ;:;::;:;)=-.ヽ,==- ヽ 
  |    ( _●_)  ミ/    ) ,,・_   , (/ ;:;:;ノ'、,(_,、)( "",,ノ 
 彡、   |∪|   /   / ̄  ’,∴ ・ ¨  l    ;::)‐=‐^ン:/
/ __  ヽノ  /   /  、・∵ ’     ヽ.   ;:丿..:::::...::::::/ 
(___)     /    /       (ヽ、__,.ゝ、   ::::::::::::::_ノ
152考える名無しさん:04/01/06 19:08
欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲欲美
欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲美欲
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153考える名無しさん:04/01/06 20:14

尾翼  
154考える名無しさん:04/01/06 22:44
悟りも何もねーよ。なんでもねーよ。
155考える名無しさん:04/01/07 01:13
面白い奴が数名いるから期待
156ミヤギ:04/01/07 16:01
右手でワックス、左手で拭き取る
あとは、でんでん太鼓に聞け。
157考える名無しさん:04/01/07 16:08
私は悟った、皆の者生きよそしてそのうち逝け
158考える名無しさん:04/01/07 16:12
悟りなどないッ!
159考える葦:04/01/07 18:00
煩悩無くして悟り無し、悟りに執着すれば即ち煩悩
私自身は、悟りは、無条件の愛、無知の知、仁、吾唯足知、などと同義であると解しています
宗教団体は、信者への影響を維持する為にある種故意に悟りを難しくしているところがありますね
160考える名無しさん:04/01/08 00:50
>>156
素晴らしい。
>>158
156を見習うように
161ミヤギ:04/01/08 00:54
>>160
おおダニエル。
ミヤギうれしい。ニッポンの心。沖縄の空手。
162考える名無しさん:04/01/08 02:35
>>160-161
おまえら大丈夫か。
163考える名無しさん:04/01/08 10:52
作麼生(そもさん)!
164考える名無しさん:04/01/08 12:51
死ぬ
165考える名無しさん:04/01/08 14:37
いくら考えても、いくら勉強しても世の中わからないことだらけ。
それが苦しくて苦しくて、もう考えるのをやめようと思った。
これって悟り?
166考える名無しさん:04/01/08 15:17
>>165
もう考えるのをやめようと思う前までが、気づき。
気づき続けるのが悟り。
167考える名無しさん:04/01/08 17:08
おれさあ、たくさん勉強してたくさん知識を得たら、いろんなことが
わかるようになって、他の人より幸せに生きられるんじゃないかと
思ってた。でも今ふりかえると、知識を得れば得るほど苦しくなって
いった気がする。かつてすっきりしていたはずの自分の心が、知識を
得るたびに切り分けられ、いまはもうメタメタに切り裂かれて、
ボロボロになってる感じ。だから自分の中に、これをいったん白紙に
戻したい、阿呆のように生きたいっていう衝動がある。これって
俺だけかなあ。
168考える名無しさん:04/01/08 18:14
うまく消化できなかっただけだろ
そういう意味で大事な知識が抜けてたんじゃないか?
169考える名無しさん:04/01/08 18:38

ほっかほか亭の「すきやき弁当」は、うまい。

しかし、アルバイト学生がつくるやつは、まずい。

やはり、パートのおばさんがつくるのは、うまい。

と、いうか、店長が居るときの弁当は、早くて うまい。
170考える名無しさん:04/01/08 19:10
この板は過疎化している。
171考える名無しさん:04/01/08 19:18
か、 そうか〜 ?
172考える名無しさん:04/01/08 19:45
生きる喜びって未知の中に生ずるって思う。
知識を得るとさ、それ以降そのことは「既知のこと」になっちゃう
じゃない。そしてそれはさ、俺の心の奥では「〜にすぎない」という
形になってしまうように思う。そうしたらもう、それの本当の喜びは
俺からはもう手が届かないところへ行ってしまうんだよ。

一方でさ、いくら知識をつめこんだって、世の中わからないことだらけ。
ものすごく無力感ただようんだ。俺はこの二つの感覚の間で板ばさみに
なって、自分の知識が重荷になっている。これを全部おろしたら、
心が身軽になって、新しい境地が開ける気がする。
173考える名無しさん:04/01/08 19:47
今の人にないのは、知識じゃなくて「教養」・・・かな?
174考える名無しさん:04/01/08 19:47
一回見たAVでもずっと見てないと
新鮮に感じるよ
175考える名無しさん:04/01/08 20:49
>>167
今のおれの職場は院卒とか結構高学歴が多い。
だが、おれが思うに長い間学校に通っていればそれだけ生命力ってか
パワーが失われて行くような気がするんだよな。起業家には結構低学歴が多いし。
DQN程元気いいしな。学校に長く居れば居るほど飼い馴らされてるんじゃないのかな。
そんな中で阿呆やってると結構叩かれて大変だ、
こっちから見れば只の専門馬鹿なんだけど。

そういう連中は知識自体が目的で、知らないということにコンプレックスを感じる。
おれもかつてはそうだった。でも人間の認知の限界ラインを悟ってからは、
別に役に立たない知識なんてどうでも良くなっている。
ソクラテスの無知の知ってとこかな。
要は、単なる知識の羅列よりも、知識から何を得てどう人生に適応していくか。
また、複合的な知識からどんな新しい結論を導き出せるかの能力の方がよっぽど大事だと思う。
いわば、知恵とか見識ってやつだな。
176考える名無しさん:04/01/08 20:51
良いもの沢山食ったって、
噛まなきゃ腹こわすよ。
質素でも、姿勢正して
笑いながら、明るい食卓。
177107:04/01/08 22:18
>>172
>生きる喜びって未知の中に生ずるって思う。

>一方でさ、いくら知識をつめこんだって、世の中わからないことだらけ。
>ものすごく無力感ただようんだ。俺はこの二つの感覚の間で板ばさみに
>なって、自分の知識が重荷になっている。これを全部おろしたら、
>心が身軽になって、新しい境地が開ける気がする。

冒頭に書いてある通り、「生きる喜びは未知の中に生じる」と思っているのであれば、
「世の中わからないことだらけ」=「喜びが生じることだらけ」でしょ?
あなたは、「知ることが喜びだ」と思い込んできたけど、
深層心理で、「それは違う」と分かっていることに気づき始めたのだと思います。
だから無力感が漂うのだと思います。

あなたの過去を思い出してください。
知識を得ることによって、それ自体に喜びを感じたのではなく、
知識を得ることによって、周囲からあなたに愛が与えられたのではないですか?
それが、喜びに変わったのではないですか?
よくよく、自分の心を見つめてみてください。
178ロウシ:04/01/10 15:00
下がってきたかな。
まだまだ下がれ。
179166:04/01/11 14:01
>>174
気づいたな。
>>177
>知識を得ることによって、周囲からあなたに愛が与えられたのではないですか?
愛の認識が多様化しているからなんともだね。
他からの働きかけによる主体的な喜びを得たということかな。
それもあるだろうし、人には純粋な知的好奇心(満たすと一時的に満足)もあると思うよ。
でも鋭いよね。君も。

ここのスレはいい雰囲気なんだね。感動。感謝。
180葵 ◆pJ.PWEBprI :04/01/12 00:05
>>175学校は権力階級の再生産工場ともいうしね

181考える名無しさん:04/01/12 06:35
>>185
それならまだいいよ。
俺には社畜生産工場に見える。
182ロウシ:04/01/12 14:13
>>181
だから、上げるなよ
183:04/01/12 15:44
悟りとは純粋な経験である。そのため悟りを得たものが、人にそれを語るには喩を持ってしか語りえない。
禅宗の悟りでは、理性の働きを活殺自在にできるところにある。感覚そのもののみには、苦痛や不安、悩みなどの理性の働きは含まれないからである。
そのためには、理性の作用(思慮分別)というもの徹底的に無にする必要があるが、その最も効率的なのが、座禅である。
意識を明晰に保つため目をあけて壁に向かって座る。超能力や奇跡が起こってもそんなものは、一時的なものに過ぎない、
よって、そんなものは受けながせ、といったもんだからキリストさえも手も足も出ない始末だ。「仏に逢っては仏を殺せ」
By臨済。そこに禅のクールな側面が観える。
岩波書店の「無門関」に取り組むべし。
自然界すべてのものに仏性があるというのに、仏性がある犬に仏性が無いのは何故か?
これの本当のところを分かれば、迷いも悩みも痛みも、笑ってすごせるというようなものだ。
自分はさらにあと数十年はかかるな。

184考える名無しさん:04/01/12 15:53
>>181
日本の近代化に必要だったのは、
お前のいう所の社畜だったから。
185考える名無しさん:04/01/12 17:48
悟りには何段階ありますか
変身後のフリーザとどっちが強いですか
186考える名無しさん:04/01/14 10:10
>>6 禿同。
187ロウシ:04/01/15 04:13
結局ぼくたちは、土から生まれて土へ還る。
それ以上でも、それ以下でも無く。

食べたい時に食べ、寝たいときに寝る。
今しなければいけない事をし、余計な事を考える暇を自分に与えないことこそが、
ぼくたちの使命ではないかと。

自然をありのままに受け入れ、現実を否定せず、ただ流れに身を任せて。
つまり、夏目漱石の言うところの「則天去私」ということ。

よい出来事も、わるい出来事も、あざなえる縄の如し。
人生は万事、塞翁が馬。

そんなに難しいことじゃない。
難しいのは自分の我を抑えること。
我を抑えるということは、我慢とはまた違う自然への理解がなせるわざ。
我慢はいつか爆発するが、自然への理解を通しての我の抑制は、とてもエコロジー。
188166:04/01/15 10:20
>>187
面白いな。
>我慢はいつか爆発するが、自然への理解を通しての我の抑制は、とてもエコロジー。
おれが「自分以外と自分との折り合いをつける作業」と別スレで書いている内容に近いのかな。

人がそれぞれ最も大切に思っていることはなんだと思う?出来たら君の見解を教えて欲しいな。
189ロウシ:04/01/15 14:39
>>188
質問ありがとう。

>人がそれぞれ最も大切に思っていることはなんだと思う?出来たら君の見解を教えて欲しいな。
あなたの求めている答えとは違っているかもしれないが、

「今、自分の持っている『もの』を守ること」

ではないかと。

多くの人は「もの」を持つことでしか、自分の存在意義を量れない。
それは自然が決めた掟であり、人が悩みを抱く原因にもなる。

ある人は「信念」を持つことで、人生の指標を決め、
またある人は「家族」を持つことで、仕事を持続し、
またまたある人は、「自尊心」を持つことで、自分の価値を見出している。

人は「もの」を持たずには生きられない。
しかし、「もの」を持つ量を減らすことは出来るはずだ。
「もの」の数だけ悩みがあるように、「もの」を捨て去る努力の数だけ、人は成長するに違いない。
190166:04/01/15 17:29
>>189
なるほど。その通りだろうね。

おれはある結論に至ってこの板でことあるごとに書いてることがある。

人は自分の気持ちを大切にしている ということ。

多くの人がそのことに気づいていないで、その実その場の気持ちに行動を左右されている。
本当はこうしたかったのに、何かのきっかけで気持ちに変化が生じて出来ないとか。
または、君のいう大切にしている「もの」も、よくみると自分の気持ちを満足させる道具だから大切にしているとか。
隣人愛や自己犠牲も自分の気持ちを大切にした結果という見方もできると思う。
19167:04/01/15 20:11
ロウシさん
俺は今、他スレで哲学の特訓というか修行というか、(道場破りに近い形にもなっているのだが)、
とにかく話し合いをしている。仲のよい人もできて、居心地は決して悪くはない。

いずれ帰ってくるつもりだけれど、そのときいい土産話の一つでも持ってこれたらいいのだが、それはまだどうなるかわからない。
とにかく交通事故にでも遭わない限りは、数週間以内に戻ってくる。
それまではアディオのままだ。お元気で。
19267:04/01/15 20:34
166さん
この対話における際の論の内容と遊戯感覚は、某スレの17さんだと見た。俺は70です。
このスレが俺の本拠地です。見始めたのは一年半前、ちょくちょくと書き込みだしたのは半年ほど前から。

もう知っていたら、でしゃばり君になってしまうのですけれど、
あなたを悲しく健気に笑い飛ばしたハルカさんや、そのほかあなたを知っている人の何人かは、半年前このスレを飛び出していった人たちです。
今でも見ているのかどうかはわかりません。

その他、過去スレ3,4などは、俺は何度読み返したかわからない。
そんな感じで見所満載のスレですよ。
193ロウシ:04/01/15 22:09
>>191
OK。

>>192
ハルカは放置で、NGワード指定がいいと思う。
194166:04/01/16 09:46
>>192
あらま。そうなんだ。
指摘通り某スレの17だよ。このスレは平和そうだね。あまり読んでいないけど。
おれは去年から哲学版に来て、あるスレで一人に突っ込んだ。そこにハルカが現れたんだ。
みんなに逃げられっぱなしだよ。
元々はテレビドラマ板と犬猫板を読んでいたんだけどね。レスしたこともあまりなかった。
哲学板は頭が固い人が多いので正直驚いたよ。

なにやら彼女らしき人がおれのお笑いスレでぼこられてる。というかおれがやっているんだけど。
続きはあっちにレスしまーす。
195考える名無しさん:04/01/16 10:56
>>194 >>196
やっぱりお二方はあのお二方でしたか。すぐ分かりました。
このスレもだんだん新しい人が増えてきてまたいろいろな話が聞けそうで楽しみです。
漏れはほとんどROMの人だけど一応ずっとここに居座ってきたんでね。
悟りの定義とかいろいろあるけど漏れが知りたいのはこのスレの悟りだからこのスレに人が増えるのはやっぱうれしい。
ハルカの解脱とかその他はあまり興味ないんで。
196166:04/01/16 12:06
>>195
へ〜。そうなんだ。どなたかわからないけど、レスはしてなかったということかな?

新参者ですので失礼もあるかと思うけど宜しくお願いします。
197ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/16 13:02
このスレに荒らし目的以外で、人が増えるのはぼくもうれしい。
ROMってる人も、積極的に書き込んでほしいな。

という訳で、騙られる前にトリップつけてみました。
198198:04/01/17 00:34
198

イチ キュッ パッ           いい 響き だ
199考える名無しさん:04/01/17 16:08
涅槃へ・・・
200考える名無しさん:04/01/17 16:27
只今に生きる
道に生きる
201201:04/01/17 18:37
じゃ、俺も201をゲットしておこうかな。
202201:04/01/17 18:44
>>190
>隣人愛や自己犠牲も自分の気持ちを大切にした結果という見方もできると思う。
何の見返りも期待しなかったら、当人にとって最高なんだがな。
しかし、「〜のため」がないと、動機がないし、動く気にならない。
そこがジレンマだろうな。
203考える名無しさん:04/01/18 01:48
自己満足
204考える名無しさん:04/01/18 03:20
ま、やめとくか
205166:04/01/19 09:50
>>202
なるほど。「〜のため」が「自分の気持ちを満たすため」という解釈なんだよ。

例えば、自分の気持ちが落ち着いてる人がいたとする。落ちつた状態にも様々あると思うけど、
とりあえず極めて冷静で状況判断が自在、なおかつ五感によって様々な感性を楽しめる
ような状態としよう。
そのような人がなにやら困っている人の存在を認知した場合、無視できず自分の落ち着いた
気持ちに大きな変化(不快感のようなもの)が生じたとする。
その人は自分の気持ちの変化を不快に感じそれを落ち着かせる術を検討する。結局なにやら困っている人が
そうでない状態になる以外に術がないと悟る(まあ、そういう人は経験上知っているだろうけど)。
そこで何らかの働きかけをする。

これは隣人愛の大まかな心理分析。自己犠牲も類似している。人は自分の肉体より自分の気持ちを重視することは
いろいろな例から推測可能だと思う。

>>203
うん。
相手の気持ちは突き詰めれば他人にはわかりようもないので、結局隣人愛や自己犠牲的な行為
の全ては「自己満足」が基本だと思うよ。
結果的に受けた側が満足すれば「いいひとだなー」という「評価」がでるだろうし、不満足であれば
「余計なお世話だなー」という「評価」かも。
いずれも他人の評価だし、これは絶対的なものでも評価を下した人の「本心」とも判別不可。
よって、「自己満足」という認識がない行為は自分を苦しめる(なんだよせっかくやってやったのに)
ことにもなりかねないかな。
206195:04/01/20 13:41
なんだか漏れがハルカを中傷したみたいなことになってるんでどうでもいいんだけど一応言っておくと
要するに輪廻や脱却その他の神秘体験抜きにして語ってほしいっていうことが言いたかったわけです。
多分みんなはわかってくれてるだろうと思ってるけどね。
漏れには何か不思議なものが見えるわけでもない。輪廻の存在も確認したわけじゃない。
他の悟りスレはそういうを話題するところだからそういう話題はあっちでもできるんで
だからこそここでは心や感情やそういうものを語ってほしいと思って>>195を書いた。
でもただの一人の名無しの意見だから強要してるわけじゃないです。

とにかくそういうわけですよSさん。ここを見てるみたいだからここに一応書いたけど。
>>195は別に中傷したつもりはない。あなたもたまには色眼鏡を外してありのままのレスを見てみては?
207ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/20 15:20
>>206
激しく同意。

>輪廻や脱却その他の神秘体験
これはオカルト板でやってくれ。
哲学的に考えてどうにかなる問題じゃない。

ぼくは思うのですよ。
人は悟っても、特別何も変わらない。
仙人みたいに神通力を使えるわけでもなく、神に選ばれた預言者になるでもなく。
ただ、他の人と比べて、身の回りに起こった出来事をすんなり納得できるようになるだけじゃないかと。

「悟り」は神秘的な体験でもなければ、敬われるものでもない。
ただ、旧約聖書のヨブ記のヨブのように、大自然の前に畏敬の念を表すのみ。

という訳で、「悟り」は激しく地味なものなんで、失望する人は結構いるんじゃないかなぁ、と思う。
208166:04/01/20 16:43
悟りの捉え方は人それぞれだろうな。

悟りを定義して設定したのでなければ、捉え方は自由だね。定義があるならそれに則した物だ。

知識に欠けるおれとしては、悟りとは自分がよく見える状態でいること というとらえかた。

生存は死と隣り合わせ。「苦」と捉えれば生存全ては苦となる。
そのような「苦」からの逃避が解脱という発想に至ったのかなと思う。
おれにはその気持ちがよくわかる。

でもロウシの言にあるように悟りは全くの別物という解釈が一般的かな。おれもそう思う。
209S ◆4Ijqvx1jbw :04/01/20 19:05
横レス失礼します。

ロウシさんの>ハルカは放置で、NGワード指定がいいと思う。
17さんの>なにやら彼女らしき人がおれのお笑いスレでぼこられてる。というかおれがやっているんだけど。

主語を自分に置き換えて考えればわかってもらえると思うけど、、、
ハルカさんは自分の志向の押し付けなんかしてないし、まして今はスレを住み分けてるし17さんのスレ(?)
にもいなかったよ。なのになんでわざわざここでそんなこと言うのさって思うよ。つるんでネタにしてる人もね。

そんだけだよ。それじゃ、失礼しました。
210201:04/01/20 21:08
>>209 お笑いコンビが仲間を見つけたんだろ
211201:04/01/20 21:22
>>205
ふむ。自己満足。それが 「〜のため」とか言うもの。
それは、OKだって。そのとおりだって。
なぜ、自己満足が必要なんだい?
もう2、3歩進んだらどうだい。
212考える名無しさん:04/01/20 21:48
ROMってる奴等もっとカモン!!
213考える名無しさん:04/01/21 01:39
↓   ↑
↓   ↑
→→→↑
214ぴかぁ〜:04/01/21 01:47
↓ ↓   ↑↓   ↑
↓   ↑
→→→↑↓   ↑
↓   ↑
→→→↑ ↓   ↑
↓   ↑
→→→↑ ↓   ↑
→→→↑  ↑
↓   ↑
→→→↑
215東大文T:04/01/21 01:50
感情に囚われている時点で悟りの道など遠いわ
小童め
216:04/01/21 02:55
荘子で、左腕が鶏になっちゃった人の話が扱われる。普通なら激鬱な状況だが、男は、それならば今日からは、張り切ってみんなに朝の到来を知らせてやろうと意気込んでいる。悟りのヒントがこの話にある気がする。
217考える名無しさん:04/01/21 03:00
>>216
Let’s ポジティブ シンキングですか。
218考える名無しさん:04/01/21 03:12
悟りとは人を許す心の事なのよ;;
219考える名無しさん:04/01/21 03:17
>>218
体も?
220考える名無しさん:04/01/21 03:25
体は本人の許しを正式に申請してから、順序を踏まえたうえで、
あらゆる未来の可能性を考慮に入れた上で色々やってください
221考える名無しさん:04/01/21 03:33
罪を憎んで人を憎まず。
東京拘置所から犯罪者を解き放ちましょう。
これが、悟り?
222考える名無しさん:04/01/21 03:38
許した上で拘置を続けるべきです、法律家よ悟りなさい
223考える名無しさん:04/01/21 03:45
>>222
許したのに拘置する理由がない。
あるとすれば偽善の許し。
それが悟り?
224考える名無しさん:04/01/21 03:48
>>223
悪い人だから監視しなくちゃいけないという理由で拘置してるわけじゃないでしょ?
偽善であっても実害が無い方がよいと思う
225考える名無しさん:04/01/21 03:54
東洋的に表現すれば仏教に見られる解脱の境地。
西洋的に解釈すれば人が存在論的に真に「生」である状態、つまり
非存在の受容による、神の非存在証明によって立証される実在証明。
悟ったという実感と、悟ってはいないかもしれないという不安の境界線上。
それが悟りの境地というものですな。

つまり、悟ったと言う者は悟ったと思うことさえも悟っていない。
悟ってはいないと言う者は、少なくとも、人が完全に悟りきることはないということだけは悟っている。

だからいつかの哲学者は、常に自分に「私は何かを知っているだろうか?」と問い続けたのさ。
226考える名無しさん:04/01/21 03:54
>>224
実害を恐れる時点で保身を考えることになり、
悟りとはいえないよね。
227考える名無しさん:04/01/21 03:55
>>225
仏陀は自ら悟ったと思ったわけですが何か?
228考える名無しさん:04/01/21 04:26

罪を憎んで人を憎まずというのは、悟りとは関係ない。
てか、その境地では憎しみの感情など入り込む余地が無い。

>>225
解脱において本当に悟っているかどうかは自明である。
また、西洋哲学的手法だけでは悟れるわけが無い。
229考える名無しさん:04/01/21 04:31
>>228
憎しみの感情の欠落は悟りですか?
そんなよい子は、生まれたての赤ちゃんか、故かまと婆さんしかいないんじゃない?
230考える名無しさん:04/01/21 04:46
>>229
つまりまとめるとこうなります、悟りを開いたものは、生き残るために
ありとあらゆる手段を使うが、その事に左右されない
保身など微塵も考えたりしない。
231考える名無しさん:04/01/21 04:54
>>230
でも、それって自分勝手な人になりそうだね。
それに、そんな人がどうやって現実社会と折り合いをつけていくかが興味深いよね。
釣りバカの浜ちゃんみたいになるのかな。
232考える名無しさん:04/01/21 05:02
利己主義も嫌われなきゃ結構幸福なもんだと思う
233考える名無しさん:04/01/21 05:08
>>232
エゴイズムはベンサムが言うところの幸福に反してるよね。
234考える名無しさん:04/01/21 05:12
>>230
多分、違うと思うよ。
235考える名無しさん:04/01/21 05:41
当然、世俗社会との軋轢は有る。
だが、己のためだけに生きている訳ではない。
236考える名無しさん:04/01/21 05:49
お前ら頼むから上げんなよ。
sage進行でいこうや。
237考える名無しさん:04/01/21 09:50
>>209
押し付けとか以前に板違い(オカルト)を排除してるだけなんだけどね。
だから別にハルカに限ったわけじゃない。
それにやっぱり中傷には見えんよ。まあ本人が見えると言ったら法的にはそれまでだが。
むしろハルカの罵倒の方がよっぽど問題あるように見えるがその辺は気にしないの?
今のところあの罵倒を諫めたのはじゆんさんだけのようだが。

まあめんどくなるかもしんないからみんな気をつけてください。荒れるのはカンベンです。
238ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/21 12:24
「なんぢら人を審くな、審かれざらん為なり。
己がさばく審判にて己もさばかれ、己がはかる量にて己 も量らるべし。」
新約聖書 マタイによる福音書 七章1節〜2節

「なんぢの剣をもとに収めよ、
すべて剣を取る者は剣にて滅ぶるなり。」
新約聖書 マタイによる福音書 二十六章52節

>>209
自分が半ば神格化した存在を、否定されたS氏の気持ちもわからんでもないが・・・

ハルカはその持論もさることながら、書く言葉に罵倒が多いため荒れるのだよ。
ああゆう書き方しか、出来ないというのであれば仕方が無い、
ぼくも、

>ハルカは放置で、NGワード指定がいいと思う。

という対応を取らざるおえなくなる。

なぜ非難するかを非難する前に、なぜ非難されるかを考える方が前向きでいいと思う。
239S ◆4Ijqvx1jbw :04/01/21 18:37
>>ロウシさん

>「なんぢら人を審くな、審かれざらん為なり。
>己がさばく審判にて己もさばかれ、己がはかる量にて己 も量らるべし。」
>新約聖書 マタイによる福音書 七章1節〜2節

>「なんぢの剣をもとに収めよ、
>すべて剣を取る者は剣にて滅ぶるなり。」
>新約聖書 マタイによる福音書 二十六章52節

既に住み分けているにも関わらず、わざわざここで人を審いているのは誰でしょう。剣を立てているのは。
神格化しているなどと言う貴方はボクがハルカさんと批判的に対峙してきた経緯を知っているのでしょうか。
彼女が罵倒で返すのは相手がしつこく粘着している経緯があります。その殆どが内的体験を実証しろなど、
無理な要求をごり押ししているもの。過去には病気扱いして憚らない者もいました。彼女の言葉使いを過去
にボクは批判しましたが、今は控えています。無遠慮に繰り返される状況に対して発せられる彼女の言葉に、
彼女の思いの正当性を認めるからです。

貴方の引用はボクの希望でもあるのです。それと、「相手の立場を思いやる大切さ」をボクは訴え続けてき
ました。どうかよき議論を。。。
240201:04/01/22 00:37
気になるところを2つほど・・
上で「なんぢら人を審くな」と書いておきながら
すぐ下で非難する。
上で「なんぢの剣をもとに収めよ」と書いておきながら
すぐ下で非難する。
君、言ってることが矛盾している。
それとも、忘れっぽいのか、自分は例外なのか。

もひとつ、コテのロウシって何の意味なんだ。
まさか、老子じゃないよね。
241考える名無しさん:04/01/22 00:43
>>537
>>240
老死じゃないの?
ボケちゃってるんだよ。
242201:04/01/22 01:11
ナットク。
>「悟り」は激しく地味なものなんで、失望する人は結構いるんじゃないかなぁ、
それで、こんな発言が飛び出すんだね。
243ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/22 01:45
>>239
OK。承知した。こちらも剣を収めよう。
お互いによい議論を・・・

>>240
この引用はお互い様という意味ね。

>>241
上げるんぢゃねえよ。

>>242
何をナットクしたか詳しく教えておくれ。
244201:04/01/22 08:41
>>243
はて?何がお互い様なのか?何か矛盾していることを言ったっけ?
240を繰り返すと、
1.言っていることが、文章の上と下で矛盾している。なぜか?
2.コテのロウシの意味はなにか?

>何をナットクしたか詳しく教えておくれ。
文章の矛盾に対する答にナットク。
245166:04/01/22 09:27
>>211 201
>なぜ、自己満足が必要なんだい?
>>結局隣人愛や自己犠牲的な行為の全ては「自己満足」が基本だと思うよ。
>>「自己満足」という認識がない行為は自分を苦しめることにもなりかねないかな。

必要とは書いていないね。その行為のもとに自己満があるよと書いたんだよ。
よく読んでね。

>もう2、3歩進んだらどうだい。
わかった。君はどう進んだのかな?
246166:04/01/22 09:35
>>209
君は困ったちゃんだね。
そう主張したければ初めからそうしたらどうかな。
おれに直接レスも返せないのは本当に問題だと思うよ。
おれは「らしき」と書いた。根拠は2つ。
彼女がおれのレスを晒した後に久しぶりにレスがあったこと。
「かすってさえもいない」という独特の表現があったこと。
むろん断定はしていないし、出来ない。これについては君も同様だよ。
おれは逃げてばかりいる彼女を挑発した。文句はおれに直接どうぞ。
あとは君のスレで。
247考える名無しさん:04/01/22 10:37
>>242
つまんねー煽り入れんな
248ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/22 12:30
>>244
ネタや煽りでない事を願って、マジレスすると、
ぼくは>>238の引用を持ってきて、煽りあいを静めたかったのだ。

もっと噛み砕いて言うと、S氏の分別がある事を事前に理解したぼくは、
引用と矛盾する言動を取ることで、

「その引用はそっくりそのままお前に返すよ!
でも、こっちもお互い様だな・・・」

という分別のあるの答えを導き出したかったのだ。
結果、予想通りS氏は思いのたけをぶちまけ、収束に至った。

ぼくは、S氏の情熱に免じて、ハルカの悪口はもう言うまい。
ただ、他の人が悪口を言うことに関してはなんら関係を持たない。

ロウシのコテの意味は特に無い。
名前なんてどうでもいい。
さらに意味なんて、何の意味もない。

201氏がどうしても気に入らないというのであれば、
コテを変えるが、どうか?
249S ◆4Ijqvx1jbw :04/01/22 19:21
>>ロウシさん

広い心で受け止めて戴き、感謝します。
指摘されたこちらの非については理解し、受け止めております。お騒がせしました。

>>166さん

ボクの思いは貴方のレスに先んじて為された、ロウシさんとの対話に示し、収束しています。
その上での>>246のレスについては、ボクからお返しする言葉はありません。
また、この件はこの件のみにて、他の問題と関連してはいませんので混同されんことを望みます。
250201:04/01/22 22:59
>>248
了解。煽りに加わったわけではないよ。
コテに意味があるなら、名前負けしないようにね。
ってことだけ。

それと
>「悟り」は激しく地味なものなんで、失望する人は結構いるんじゃないかなぁ、
で、ブッダが菩提樹の下で、悟ったとき、うなだれて失望した姿を想像したので
ちょっと、可笑しかった。
これが、君のブラック・ユーモアなら最高なんだが。
だから、君に悪意があるわけではない。
251考える名無しさん:04/01/23 07:19
このスレ全然悟ってないジャン
252247:04/01/23 08:49
>>250
煽りじゃなかったのか。
早とちりアンドスレ汚しすみません。
253166:04/01/23 15:08
>>249
君がおれと関わらないという意志は伝わったよ。
>>250
おれに対しては?
>>251
スレは悟れないからね。
あっそーかーなどと気づいた瞬間を悟りと捉えたら、なるほどねと納得することも書いてあると思うよ。
254N ◆XEvUT1ciAM :04/01/24 00:30
>>245
>必要とは書いていないね。その行為のもとに自己満があるよと書いたんだよ。
よく読んでね。
うむ。わかったよ。
255ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/24 02:42
>>254
201氏=N氏なの?
256マジレス:04/01/24 03:01
一応、悟っちゃた人間としてw 
哲学や文学で悟れなかったからクスリを使ったんだけど。
「悟る」て言うのは、A=B B=Cみたいに命題として
理解するものじゃなくて、「ある状態」を体験する事。
その状態に至る過程を自覚的に取り出す事。
誤解を招きそうだけど、イメージで言うと、人間の自意識は理性の力も
相俟って何層にもなっていて、その下層にはエントロピーの大きい無意識の
世界がある。そのさらに下方に純粋な意識がある。
仏教で言う「ブラフマンとアートマンの統一」て言う世界がはっきりとある。
「母親の胎内に入る感覚」「世界の始まりの場所」そう表現する人も知ってるけど。
特別な訓練の積み重ねやクスリがないとこの世界に到達するのは無理な気がする。
257ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/24 03:36
>>256
頼むから上げるなよ。荒れるだろ。

てか、それらは弥勒氏による以前の書き込みの、α波やβ波がどうやらといったものと同等かな。
弥勒氏が言うには、座禅をすることによって、ある瞬間にある種の幻覚作用が生ずると言ってた気がする。

しかし、それはあくまでただの幻覚作用であり、心身ともにリラックスするのには良いが、
悟りとは何の関係も無いと思うんだが・・・


「悟り」というものはたぶん、

「あなたは悟りましたか?」

という質問に対して、無言で答えるか、もしくは、

「それは私が決めることではない。あなたが決めることだ。」

という答えが返ることだと思う。
間違っても自己申告制でないことは確かだ。
禅問答のように聞こえるが、ぼくの認識している「悟り」に関してはこう思うわけだ。
ちなみにぼくはまだまだ悟りに至るには遠いので、あくまで推測にしか過ぎないんだけどね!

(sage進行でお願いします)
258マジレス:04/01/24 03:55
>>ろうし
それは悟りについて過剰に期待しすぎだと思うよ。
サイケデリックス・トリップ状態と瞑想状態は確かに近い。
意識がそれ以上深まらない「点」があるんだけど、
俺にはあれ以上の意識なんて考えられんしな。
色即是空なんて易々と自分の身体の上に体現できる。
その地点からなら釈迦やキリストが言う言葉をあたりまえに感受できる。
個人的に釈迦は空腹時に変な草を食べてラリッたことで悟ったと思うぜ。
259マジレス:04/01/24 04:03
>ろうし
まあ、もう少し言うと、自己申告がどうのなんていう位相には
他者の概念が挿入されているけど、これは倫理の問題だね。
その境地(悟り状態)では自他の区別が完全に消失する。
統一されるんだね。幻覚でも何でも無く。意識の上で。
申告がどうのなんて言ってるのは、ずっと次元が低いぜ。
260考える名無しさん:04/01/24 04:19
「薬で悟ったというのはまやかしだ」とはよく聞くが。
おれはそうは思わない。確かに危険だし奨められることではないが、
悟りを有る状態を指して言うのなら薬物の有る無しはあまり関係が無いと思う。
戻って来た時の大変さは違うだろうがね。
まあ、苦労の先払いか後払いの違いと言ったらいいのか。。。
それに、薬物だけでは決して悟れないことも事実だと思う。
指向性と下地が無いとね。

様々な宗教が儀式に薬物を使用していた事もまた事実。
だけど、おれは奨めないよ。
何度も死にそうになったし、代償を厭わない覚悟が必要だ。
しかし、止めもしない。
これは内なる冒険だからね。

わたくし的には>>256は本物認定。
261考える名無しさん:04/01/24 04:31
「結局、何も分からない。」

これがあらゆる疑問の答えと思います。
思考停止、逃避といわれようがしかたありません。
どんな思想を編み出そうとそれが真理なるもの(あるとして)かどうかを
検証することは誰にも不可能。
過去の哲学書全てが妄想。
当然、『「結局、何も分からない。」』という私のだした結論も私の妄想。
これはもう仕方ないと思います。


262考える名無しさん:04/01/24 04:41
それは問に拠るのでは?
私には、不可知領域と可知領域の切り分けがはっきりと出来る。
そのラインは”分かり”ましたよ。
263考える名無しさん:04/01/24 05:39
>>262
昔は私もそう思ってたけどね…。
でも結局、活字文化の影響が骨の随まで染み込んでしまったがゆえに
そう見えてしまうのかも知れないとは思う。
264考える名無しさん:04/01/24 05:50
>>268
ボケただけ。
265考える名無しさん:04/01/24 06:49
>>264
本当は誰に宛てたレス?
266考える名無しさん:04/01/24 06:57
悟りとは、漠然と世界の原理を知ることに限定するなら
釈迦やキリストでは足らないだろ普通に。
267考える名無しさん:04/01/24 07:00
>>266
私もそう思うよ。悟りは知ると言うより、
育てあっていると言う方が適切なんだと思う。
268考える名無しさん:04/01/24 07:01
いや、自分で書いてて違和感が有る。267は撤回。
269考える名無しさん:04/01/24 07:22
自分わそして他人も活かされているのだとかんじた
270考える名無しさん:04/01/24 07:38
悟るてラリッてしにかけることをゆーのか
271考える名無しさん:04/01/24 07:42
>>270
それは仏の来迎って奴。誤解している人は多そうだけどね。
272考える名無しさん:04/01/24 08:07
だからボケて死にかけたらだれでも悟られんだろ
273考える名無しさん:04/01/24 08:11
んで何を得たんだ
274考える名無しさん:04/01/24 08:18
口は災いの元だと言う事を悟ったね。
275166:04/01/24 11:47
>>256
同感。
何の薬か知らないけど、極めて有効だろうね。でも準備を怠ると心身ともについていけなくてやられちゃうんじゃないかな。
だから、一部で薬でなくある種のトレーニングが励行されているんだろうね。慣らしていかないと危険だと思う。

「潜在的」とはよく使われるけど、それを活用し得ない生活環境における戯言でもあると思うよ。
安寧な生活をよしとして生活レベルを「快適」に求めた結果が今だろう。
特殊なトレーニングも第一歩は極めて地味。それを積み重ねるのはかなりめんどくさい。
なおさらこのような刺激的な生活の中でひたすら自己を見つめ続ける作業は尋常な神経では困難だね。

でも脳内の神経伝達物質に様々な種類のものがあることは知られている。それをコントロールできる
可能性も否定できない。本気で実践している人が少ないだけだよ。
276ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/24 13:12
>>258
>>259
>>275
なるほど、そういった悟りもあるわけか。
勉強になりました。

じゃあちょっと座禅でもしてみるか。
277考える名無しさん:04/01/24 14:10
ロウシさんとやら。
済まないが、そのコテ名乗るのはやめてもらえないか。
貴方はまだ老子を名乗るに値しない。
老子もまた悟っていたのだよ、玄という概念でな。

薬について補足説明、道教の発祥の地は中国の成都、
ここは漢方薬のメッカでもある。
278N ◆XEvUT1ciAM :04/01/24 15:58
>>255
201=Nだよ。
はて?あっちのスレで会いましたっけ?
279考える名無しさん:04/01/24 18:56
>>290
ありえない。
280266:04/01/24 19:02
人は前進している。
これから先ももっと深部を見ることが出来るし
事実それは起こっている。

真理を知る=トリップじゃないよ。
薬に頼るのは心が弱いから。鍛錬が足らない。
そんな人に心理は近く出来ない。
物事の中には、近くするためには、焼けた鉄を飲むような痛みを伴うものもある。

281トキュソ:04/01/24 20:37
今日ひさびさに母親以外の家族がそろって夕飯を食べた。
オヤジの顔がだいぶ変わったことに気がついた。
ここ何年も顔を向き合わせた会話なんかしたことがない。
そもそもうちのオヤジは仕事だけして家庭のことは母親に一任という
典型的な日本のサラリーマンなので会話は無いのが普通だったのだ。
金だけはキッチリ稼ぐが父親としての存在を放棄した男にぼくはあるころから
非常にいらだっていた。自分のコンプレックスが全てそのことに起因するように
思えたからだ。父親の返答に困るような意味のない話し掛けや、人の話を聴かずに
自分の言いたいことだけを言う鈍感さ、一挙一動すべてが憎かった。
そして今日、ひさびさに男兄弟と父親という編成で食事をしたのだ。オヤジはもう
定年間近なため会社でもあまり居場所がないのかもしれない、息子たちからは疎まれ
母親からも疎まれ、会社でも疎まれ、いったいこの男の居場所というのはこの世界のどこい
あるんだろうか、と思うとこの男の父親としての無責任さを憎み切ることはできなくなった。
ここで自分までもがこの男を排除してしまったら、この男には居場所がないこと。しかし親といえど
他人だ。父親の心の置き場になることがどんなにしんどいことかは想像がつく。
無責任な父親であった報いだと切り捨ててしまえばどんなに楽だろうか。
282考える名無しさん:04/01/25 01:49
>>266=にせもの
283考える名無しさん:04/01/25 02:20
薬で悟ったとは、おめでたいヤシだ。
何を悟ったか言ってみな。
284☆キキ+キ゚Д゚ ◆qpmo.OOqAo :04/01/25 02:21
哲板最強のカリスマ・☆キキ+キ゚Д゚♪が満を持して再登場!

物事に表面上の美しさを求めるな、
深く掘り下げれば真実が見えてくる、、、

そんな☆キキ+キ゚Д゚♪の哲学HPはココ↓

http://www.geocities.co.jp/HeartLand/8862/

僕の哲学は、学問ではない。
人間が生きていく中、背負うべき道徳なのだ。(HPより抜粋)

孤独を越え、闇から光を見出した☆キキ+キ゚Д゚♪だからこそ言える!
もう何も迷う事は無い、、、

☆キキ+キ゚Д゚♪に触れ、明日への一歩を踏み出すのだ!
285・ ◆32reqGPkuc :04/01/25 02:22
286考える名無しさん 。:04/01/25 02:36
>>284
何が言いたいのかまず自分で整理して書き込もう。
287考える名無しさん:04/01/25 03:25
>>283
人に聞くってのは悟って無い証拠。
288考える名無しさん:04/01/25 06:58
自分自身も含めてここに居る人達は全員、
悟りを語る資格無し。
289166:04/01/25 09:28
>>283
非難するのは容易だね。悟るのも容易。
気づいたと悟ることがない人のほうが少ないんじゃないかな。

悟りを大げさなものととらえる人にとっては成し得ないものだろうし、当たり前のこと
ととらえている人にとっては容易かも知れない。

いずれにしろ到達したら終わりというものではないだろう。悟り続けなければ悟った経験をもつ人だ。
薬で悟りを体験したところで「知識」を得たに過ぎない。
薬で悟り続ければ廃人だね。社会的にも非難される。でも本人の自由もそこにある。

いい悪いは自分で決める他ない。非難するのは自由。
悟りたければ悟り続ける他ないと思うよ。
290考える名無しさん 。:04/01/25 13:18
>>289
下の方のレス、サルトルチックだね。
実存主義に近い。
ところで、悟りですが、仏教以外でそれを目標に掲げている宗教は無いんじゃない。
だから、悟りの概念は一部の宗教的活動の発露ではないかとも思われる。
つまり、多くの他の宗教にとって悟りは関係ないわけで万人真理ではないんだな。
291考える名無しさん:04/01/25 13:19
本当に悟るような賢人は、2chなんかには書き込まんだろ。
292166:04/01/25 14:13
>>290
>下の方のレス、サルトルチックだね。実存主義に近い。
へーそうなんだ。よく知らないんだよ。

>つまり、多くの他の宗教にとって悟りは関係ないわけで万人真理ではないんだな。
そういう捉え方は充分可能だね。日本人は悟りという概念に思い入れが強いみたいだ。
おれは自分の思い込みに気づくことも悟りととらえてる。客観的に思い込みを利用する
という形ならわりと万人の真理だと思うよ。

>>291
そういうのを思い込みというかもね。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
「本当に悟るような賢人」に伺ってみないとわからない。
293考える名無しさん:04/01/25 15:08
コペルニクス的転回
アインシュタイン的展開
アポロ計画捏造的天界
294☆キキ+キ゚Д゚ ◆qpmo.OOqAo :04/01/25 15:31
哲板最強のカリスマ・☆キキ+キ゚Д゚♪が満を持して再登場!

物事に表面上の美しさを求めるな、
深く掘り下げれば真実が見えてくる、、、

そんな☆キキ+キ゚Д゚♪の哲学HPはココ↓

http://www.geocities.co.jp/HeartLand/8862/

僕の哲学は、学問ではない。
人間が生きていく中、背負うべき道徳なのだ。(HPより抜粋)

孤独を越え、闇から光を見出した☆キキ+キ゚Д゚♪だからこそ言える!
もう何も迷う事は無い、、、

☆キキ+キ゚Д゚♪に触れ、明日への一歩を踏み出すのだ!
295ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/01/25 15:49
>>290
>だから、悟りの概念は一部の宗教的活動の発露ではないかとも思われる。
>つまり、多くの他の宗教にとって悟りは関係ないわけで万人真理ではないんだな。

宗教の言葉の表面的なところを理解すればそうなるかもしれんが、
キリスト教でも仏教でも言わんとしてる事は同じでないか?
イエスの言葉一つを取ってみても、言葉は違うが言わんとしてる事は仏陀と同じ事かと。
宗教を表面で理解すると、>290のような考えになり、
宗教戦争や魔女裁判のようなアホな事になるんじゃないのか。

例えば、宗教団体は創られたはじめは何らかの意志があったかもしれないが、
時間が経つにつれて、利権団体となり、はじめの意志はないがしろにされる。
なぜこうなってしまうかと言うと、宗教の意思を感じ取る努力をしていないからだ。
宗教の意思を感じ取る力とはつまり、仏教では智慧にあたる。

経典や聖書を読むのは知識になるかもしれないが、大切なのは智慧であって知識ではない。
ましてや人生経験や幻覚体験でもない。

その人が何を言わんとしているか、その本の著者は何を言わんとしているのか、
それを読み取る力が無ければ、経験や知識なんてゴミのようだ。
それは人と人とのコミュニケーションも同じ事。
296考える名無しさん:04/01/25 16:17
なんだこのスレ?
馬鹿どもしか書き込んで無いな。
297考える名無しさん 。:04/01/25 16:22
>>295
まあ、悟りという構成概念そのものが解釈に過ぎないのだが・・・。
ちなみに、
>キリスト教でも仏教でも言わんとしてる事は同じでないか?
とあるが、これは大間違いだぞ。
まず、キリスト教と仏教では目指すベクトルの向きが真逆であり、
一神教と多神教という観点からも大きく違う。
また、キリスト教は、内省よりも懺悔を重視している点からも
自己浄化というより絶対神に身を委ねることが良しとされているし、
不可侵になっている。
298考える名無しさん:04/01/25 17:48
正直、死にたい。。
299考える名無しさん:04/01/25 20:06
正直、死んだ方がいいと思う。。
300ITD ◆IApAHNvIKg :04/01/25 22:01
こんな所に来て何かするより単語の一個でも覚えた方がよっぽど・・・
301考える名無しさん:04/01/25 22:21
よっぽど・・・社会の歯車になれる
302考える名無しさん:04/01/25 22:23
まあいいや。
名古屋市熱田区字小路2−4−15

ほら晒したよ。それで?
303260:04/01/26 07:25
>>マジレス
おれはあんたに興味を持った。
今どんな仕事しているんだ。
どう生きようとしている?
差し障りの無い範囲でいい。
304肛門84:04/01/26 08:07
期待大
出てコイ
にゃごやHAPPY 語れ。
 
305考える名無しさん:04/01/26 12:33

てんこ盛りでダンス

シャバダバランバダエビバーリ

なんだか体中感じる

感覚タンデム中(まだまだ)  ×2
306考える名無しさん:04/01/26 12:37
ワシは死ぬ間際まで煙草手放さないんじゃ〜
とじじいが吠えてました
307考える名無しさん:04/01/26 13:00
まあ、おじいちゃんったらボケちゃって。
308Unhappy:04/01/26 20:44
『悟り』なんて得たところで全てが虚しく見えるだけ。
人生を楽しく生きていたかったら『無知』な方がいい。
知りたがり屋だったオレが様々な事を知って、
『悟り』とやらを得てもその先に幸せは無かったよ。
だから、『無知』で恥を掻いても勉強しない方がいいよ。
結局、世間で人気者になるのは『無知』な人間だから。
(『無知』なフリをするといいのだが、私はそれが苦手なんだ)

だから、電波板で電波飛ばして遊んでいるのだと思う。
309☆キキ+キ゚Д゚ ◆qpmo.OOqAo :04/01/26 21:00
今日、チャットをしようじゃないか。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand/8862/  の

http://tetsugaku.crown.cgiboy.com/  に午後9時30分に来てくれ。

僕も間違いなく行く。
一度チャットで生々しく話してみようではないか。

天才に勝てると思うなら来なさい。
上のチャットは時間帯により、重い恐れがあるので、重かったら↓で

http://leaf.fishbowl.rm.st/kaku/
310考える名無しさん:04/01/26 21:04
キキキの中のひとも大変だな・・・(藁
311マジレス:04/01/27 00:24
>>260
いや・・だから悟るって、そんなに大袈裟なものじゃ無いと思うぞ・・。
いまは、愛知県で自動車関係の営業をしている。
もう少し自分に合った仕事がいいと思って、3月末で辞める予定です。
先は未定だけど・・。これからも、周りに迷惑掛けて、心配掛けて、
泣いたり、喜んだり、落ち込んだり、普通に生きていくと思いますw。
312マジレス:04/01/27 00:27
ただ、この体験は自分にとって
本当に素晴らしいものだったと心から思うけど。
313考える名無しさん:04/01/27 02:32
お前ら激しくスレ違いな。
ここでやってくれ。

http://tmp2.2ch.net/test/read.cgi/ihou/1070173003/
314260:04/01/27 03:02
返事ありがとう。

おれはしがないプログラマーやってる。
悟りを得ても生活を維持しながらその状態を保つのは難しいね。
宗教作って教祖になるのもなんかウソ臭いしな。
今ではおぼろげながら心の片隅に置いてある。

あのまま行ってしもう者もいただろうが、とにかくおれは戻って来た。
そして、おれは今、なんとか強い子孫を残そうと悪戦苦闘している。
いまこの世に戻って来ているのも、生命を肯定していることの証しだし。
人間らしく生きているよ。

おれはあんたを本物と認めたが、おれも梵我一如は経験している。
じゃ無いと本物かどうか解らないだろう。まえの方のレスにも有ったと思うが、
最近その経験者が増えているような気がするのだよ。
この時世がそれを要求しているのかも知れないね。

あの場にそしてこの落書きに居合わせた事に縁を感じています。
315考える名無しさん:04/01/27 11:38
どっちがいいとか言ったり思ったりしてる時点で悟りは無いよ
316考える名無しさん:04/01/28 01:07
_| ̄|○ 重たい
317考える名無しさん:04/01/28 10:26
↓本物なら、これを信じる事だって出来ますよ。



#もし貴公が、悟りではなく仏の来仰を受けたのだとしても、
#貴公が絶対者と出会った価値を否定出来るわけでは無い。
318317:04/01/28 10:37
しまった。私の方こそ狐に取り付かれてた。
ええい、忌々しい。修行やり直して来ます。
319317:04/01/28 10:39
317は撤回します。
それにしても…難しいです。
私は「経験者」にはとてもなれません。
320ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/01 03:17
そろそろここも終わりかな。

あとはdat落ちを待つだけか・・・
321107:04/02/02 00:15
>>290
>ところで、悟りですが、仏教以外でそれを目標に掲げている宗教は無いんじゃない。
>だから、悟りの概念は一部の宗教的活動の発露ではないかとも思われる。
>つまり、多くの他の宗教にとって悟りは関係ないわけで万人真理ではないんだな。

宗教のことを詳しくは知りませんが、表現が違うだけと思います。
クリスチャンの方から、「聖書には真理が書いてある」と言われました。
ある事情で私も教会に通うようになり、ある日、「自分は実体の無いものだ」
ということに気が付きました。
私は自分に起こった、訳の分からない状態を理解したく、説明が欲しく、
クリスチャンになろうと決めました。しかし、そこに待っていたものは、
「ただ、神を信じなさい」という言葉と、洗脳(だと思います)の儀式です。
落胆し、儀式には鳥肌がたってしまいました。
そして、クリスチャンにはなりそこないました。

牧師の発したいくつかの言葉が私の深層心理に働いたのは間違いありません。
聖書には真理が書いてあるのではなく、
「真理に導く言葉があいてある」のだと思います。
322107:04/02/02 00:20
その後、色々な本を読み、仏教が私に起こったことを全て説明できることを
知りました。私が実践してきたのは、理趣経のようです(まだ詳しく知りませんが)。
ただ快楽を追求してきたのではありません。
一生懸命生きてきたのです。
「よく生きる」といいますが、それこそが修行だと思います。
一生、修行あるのみです。

イエスキリストは真理に気づかせる強烈な言葉をのこした、
仏教は真理を理論的に捉えようとした、のだと思います。
浄土真宗はイエスキリストの手法ですね。
本物の宗教はみな「よく生きる」ことを旨としているのではないでのしょうか?
目指すところは一緒だと思います。
323考える名無しさん:04/02/02 01:16
そうだなー
信者が滅亡してしまってはその宗教自体が存続出来ない。
だから長い歴史を誇る宗教は其れだけで尊重出来る。
快楽を求め過ぎてもいけないし、逆もいけない。
バランスの上で成り立っているんだよな。
人間の営みは、机上で考えたようなものだけでは決して維持出来ないということ。
天皇制を宗教とするかどうかは別として、あれだけ長い間家系を維持してきたのは評価出来る。
アインシュタインもそんなこと言ってたね。
天皇を評価出来るのはただその一点。
32467:04/02/02 02:52
>>320
馬鹿な。そんなことはさせない。
あと一週間待ってくれたら、何らかの手柄を引っさげて帰ってくる。
このスレの今後に役立つであろうほどの手ごたえは、ある。

>>321および322
その国家、その時代、政治の趨勢、文化の形式等において、これらに翻弄される人間たちの
心の拠りどころとなる点では、どの宗教も同じだろう。
このような「似ているね」で済ますのではなく、
思想としての深遠の部分に区別をつけるのが、この板での活動が果たす役目だと思うんだけどなぁ。

例えば、キリスト教のアガペーと仏教で否定される愛との相違はどうだ。
現代では同じ「愛」という言葉で綴られているが、表す内容が決定的に違う。
これでは、悟りの入り口に立っている人たちにとっては、「愛していいのかいけないのかわからない」となってしまう。
この辺りが明らかになっていない段階が、俺にとって一番やりきれぬ痛みを伴った日々だったのだが…。
325考える名無しさん:04/02/02 03:01
そんな痛みは屁だ。
326ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/02 03:23
ありゃま、dat落ちはしないのか。
327317:04/02/02 07:20
私は流れて行く。どこかで又遭おう。
328考える名無しさん:04/02/02 13:43
>>326
ダメ!絶対!
ROMの人も困る。まあいずれ漏れも書き込むだろう。
それに今この板はdat落ちは半年近くかかることもあるからその間に息を吹き返したりも必ずするだろうし。
今まで幾度となくどうしようもないくらい荒れたり寂れたりしたこのスレだけど
今もこうして生き残ってる。やっぱり必要とする人がいるからなんじゃないかな。
329ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/03 03:23
みなさん、すごい意気込みですね。
感心しますわ。

ぼくはこのスレのみなさんや、弥勒氏のおかげで、なんとなくだがわかってきた。
たぶん、これからの人生はそのわかってきたことを確認する作業かな。
330107:04/02/04 00:58
>>324
勉強不足で申し訳ありませんが、「アガペー」とはどういった愛なのでしょう?
ギリシア哲学の本をチラッと見たときに、そんな言葉があったのは覚えていますが、
それだけの知識しかありません。
教会に通ったのもわずか4ヶ月。読んだのは、マタイの福音書くらいです。

一方、「仏教で否定される愛」というのもよくわかりません。
禅宗の坊さんは結婚しないと、聞いた記憶がありますが、その辺のことでしょうか?
理趣経を読まれたことはありますか?
またはどんな内容が書かれているが知っていますか?
NHKの文庫本で「迷いから悟りへの12章」とかいう本だったと思いますが、
私はそこで理趣経の内容を知りました。
「男女の交わりのエクスタシー、それは菩薩の境地です。」
こんな内容だったと思います。
念のため、決して「快楽を追求しろ」という意味ではありません。
求め、悩み、苦しみ、考える。
恋愛は人を磨くのに最高の舞台だと思います。
33167:04/02/06 00:52
>>330
おぅおぅ、『理趣経』読んでみたよ。
大乗仏教が起こって以後、またまた実社会の実相に合致するように変容した内容と見た。

「大乗非仏説」というのがあるように、大乗仏教が釈迦の頃の仏教をいしずえとしているか否かでさえ
議論の対象となるほどなのだ。
俺が言っていたのは釈迦の頃の仏教のことだったから、『理趣経』の内容に関心を持つ君が>>324
不思議に思うのも無理はないな。

ちょっと詳しく言うと、
仏教においては、対象が具象化したものへのあらゆる愛着が、煩わしい我執に繋がるとして否定される。
キリスト教におけるアガペーは、対象の特定のない究極の博愛とでもいったような愛のことなのだ。

この二つの区別も知らず、かつこんな情念の吹き溜まりのような掲示板にて、
男女の交合のエクスタシーが菩薩の境地だと説くというのは、いい意味で無鉄砲だな。
332考える名無しさん:04/02/06 23:23
こやつの言うてる事はどう思う?

>俺は電波な事を言ってるのかも知れないが聞いてくれ

>1 :考える名無しさん :03/12/27 00:56
>ここ数ヶ月、以前とは明らかに違う何かをうっすら感じ取る事が出来る。
>"それ"は自分でも何かは分からないし、存在自体もよく分からない。
>真っ暗な中でぼや〜と何かが浮かび上がった時のような、そんな程度にしか感じ取れない。

>自分が感じる"それ"ははっきりとは説明できないが、
>世の中の流れとか、世の中の根本原理、自然の摂理とかそんな感じのもの。
>自分が何か行動をしようとするとき、"それ"が自分に「こうすれば世の中は円滑に動く」と教えてくれる。
>もちろん話しかけてくるわけでは無いが、"それ"から感じ取ることが出来る。
>常に教えてくれるわけではない。
>時々突然"それ"の存在が頭に浮かび、教えてくれる。

>俺が肌で感じる、というか心の中でぼや〜としたものを感じ取る、
>いや第六感というべきかとにかく"それ"の存在はとてつもなく大きなもので、
>世の中の全てを司っていて、まるで"それ"の
>中の要素にこの世の中が存在しているような気すらしてくる。
>これは俺が実数しか知らなかった時に実数は複素数の要素だと知った時の気持ちに近い。
>一つ上の階層を知った気分だ。

http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1072454218/l50


333トリビア:04/02/07 11:13
悟りスレの香具師は

















いまだ悟っていない
334ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/08 03:58
>>333
へぇ〜
335考える名無しさん:04/02/08 10:47
どうやら1へぇみたいだから誰か>>333に100円あげて
336107:04/02/08 23:25
>>331
「大乗非仏説」というものがあるのですね。初耳です。

「愛着」の否定であれば、「愛に対する執着」の否定と理解します。
なので、「愛」の否定ではないと思います。

お釈迦様は「極端を避けて、真ん中を行きなさい」と言われたのですよね?
極端を避けるということは、余計な苦しみをなくすという事だと思います。
そして、どんどん余計な苦しみをなくしていっても、その努力をしても、
取り除けない苦しみが残ります。
その苦しみを受け入れて冷静に分析することが必要なのだと思います。
神に祈る。
ただただ、阿弥陀様におすがりする。
座禅をする。
クリシュナムルティーは、「苦しみを見つめなさい」と言いますが、
上にあげた三つは、彼の言葉に共通すると思いませんか?
みな、自分を見つめているのです。
最後まで取り除けない苦しみの原因がわかったとき、
自分には実体が無いことに気づきます。
そうすると、精神上の話ですが、
自分と他との境界線があいまいになるような感じがします。
それが博愛につながっていくのではないかと思います。
337107:04/02/08 23:27
仏教に対する知識はすずめの涙程度で、ほぼ主観でしか書けないのが申し訳ないです。
67さんには是非、Ken Wilber(ケン・ウィルバー)を読んでもらいたいです。
大野純一さんが訳された「万物の歴史」という本が良いと思います。
私には大変難しい内容もかなりありますが、なかなか面白いですよ。

>男女の交合のエクスタシーが菩薩の境地だと説くというのは、いい意味で無鉄砲だな。

おっしゃる通り。書こうかどうしようか迷いましたが、
だいぶ下がってきたので、良いかなと判断しました。
「理趣経」と書いただけでは読んでくれなかったでしょう?

荒れなくて良かったです。
338107:04/02/08 23:56
>>332
第六感の存在は否定しませんが、話の内容が抽象的すぎですね。
この文章だけで判断すると、思い込みが強いように思います。
まあ、主観的なことを伝えるのは、難しいのですけど。
主観的なことを客観的に分析する努力が欲しいですね。
339Tar ◆SQIDAUQYpc :04/02/09 01:56
←┐           ┌→【感覚】→┐           ┌←【直観】←┐           ┌→     
「現実」⇔『自然』⇔「現実」     「理想」⇔『自我』⇔「理想」     「現在」⇔『文化』⇔「現在」
→┘           └←【感情】←┘           └→【思考】→┘           └←
340Tar ◆SQIDAUQYpc :04/02/09 01:57
{感覚→思考(直観の否定)}(感性)

{直観→思考(感覚の否定)}(知性)

感情(悟性)
341考える名亡しさん:04/02/09 15:47
{感覚→思考(直観の否定)→現在}(感性)の充足
AND
{直観→思考(感覚の否定)→現在}(知性)の充足

{→感情→現実}(悟性)
342Tar ◆SQIDAUQYpc :04/02/09 16:09
男女の体が大人になってからセクースしておめでたな訳ですね。
343考える名無しさん:04/02/10 14:50
規制議論でここの話題出しちゃった。ごめんなさい。
でももういいです・・・。全て終わったから・・・。
344Tar ◆SQIDAUQYpc :04/02/11 02:03
感性と知性を総じて理性。
そこから発展して悟性って事にしとこう。
345考える名無しさん:04/02/11 02:12
感性と理性は別ものじゃないか?

あと、みんな悟りを日本的な感覚で捕らえているようだけど。
それでは、大悟というものを特定するのは難しいんじゃないかな。
346考える名無しさん:04/02/11 02:15
ぶっちゃけ仏教の悟りって自我の放棄だろ。
密教系なんかそのまんまじゃん。チベット密教なんてマーヤーだもんな。
347Tar ◆SQIDAUQYpc :04/02/11 02:20
>>345
このスレをあげるとロウシがお怒りになります。w
348ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/11 02:31
>>347
もう、怒らんよ。
流れに身を任せる。
349Tar ◆SQIDAUQYpc :04/02/11 02:34
>>348
うげ!おったんかいな。w
350ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/11 02:38
哲学板自治議論スレ@2ch批判要望
http://ex3.2ch.net/test/read.cgi/accuse/1076157275/

上のスレで93氏がここが良スレだと褒めてくれてる。
うれしいな。

>>349
いつも、いますよ。
351ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/11 02:43
>>343
一応、規制反対と書き込んでおいたよ。
352考える名無しさん:04/02/11 03:01
93氏は学校の先生なのかな?
ただなんとなくそんな気がしたもので。。。
353ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/11 03:39
>>352
先生なのかな?よくわからんが。

93氏の主張は、「将来生まれるであろう良スレをつぶしたくない」というものっぽい。
で、規制賛成派は、神経質屋や哲学を美化したがる輩っぽいな。

つーか、スレ違いスマソ。
354考える名無しさん:04/02/11 03:48
哲学には規制と言う言葉は似つかわしくないのにな。
まあ、頭の固いヤシがいるのも確かだが。。。
その辺を越えないといつまでも堂々巡りなんだけどね。
355考える名無しさん:04/02/11 03:53
「死が全てを解決する」
これはどういう意味なんだ?
また全てとは何なんだ?
356考える名無しさん:04/02/11 03:57
だれが言ったかで解釈は変わるな。
357我   無:04/02/11 06:40
留置所のおまわりさん。
358考える名無しさん:04/02/11 12:47
だとしたら、死ねば皆仏と言うことだな。
359343:04/02/12 10:24
スレ違いスマソ

>>352-353
先生じゃないよ。でも高校のときの先生がそんなこと言ってた。
いい先生だったからかなり影響は受けてます。

>>351
どうも。
ここは立派な良スレ。大事なのは表面的な内容(〜について)じゃなくて話す内容だと思う。
既存の哲学者の名を冠したスレでありながら内容は身がないスレも多い。
悟りは一見宗教っぽいけど中身は立派な哲学。そもそも哲学自体に決まった定義なんてないし。
このスレを今でもたまに読み返すけどpart1を見ただけじゃ今のスレはほぼ絶対に想像できない。
でも結局このような良い流れになってる。大事なのは根気だと思った。
規制なんて一番ラクに見えるけど形だけで中身は変わらない。
夏にスルー寂れて保守燃料投下にコピペ。そんなロウシさんのような地道な努力によって良スレは作られる。
そんなこのスレを話題に出させていただいたわけです。
だからこれからもがんばってください。
360ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/12 21:29
>>359
ありがとう。
こんなに応援してくれてる人がいるなんて、知らなかった。
ぼくはただ、自分の「悟り」の為にがんばっただけなんだけどね。

これからも、荒らしはスルーでがんばっていきます!
361考える名無しさん:04/02/12 21:31
>>360
悟りを開いたら迷いはなくなるはずだが?
362ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/12 22:08
>>361
ぼくはまだまだ悟りには至っておりません。
363考える名無しさん:04/02/12 22:25

あのね、悟りを開いた人とはね、  一度しか言わないよっ、

現実の社会における自分の可能性に妥協することや、

世界の将来を察知することではなく,

自分が、この世で生きられる年数を数えられて、そのあいだに

どれだけ この世で未練なく生活できるかを

深く考え、実行できる人のことを いうのである。

そして、残された この世での時間を

善でいきるか、悪で生きるかを、迷っている人のことである。

善とは、自己犠牲で この世の人々のために生きることであり、

悪とは、おのれの欲望に素直に自己中心的に生きることである。

その結果、歴史的に名を残すことになることもある。
364短パン花子:04/02/12 23:57
もし『悟り』というものが『煩悩』の排除を指して語られるのだとするならば人は「人であるために」むしろ『悟るべきではない。』と断言したい。
恐らく、人から煩悩を取り除いたらそいつは『ロボット』にすぎない。
なので、私達が本当に欲しているものは、あくまで『煩悩のコントロール』
であり、決して「煩悩の排除」では無いと言う事を確認した上で
この問題に取り組んだ方がいいように思う・・・。なんてのでいいかな?
365365:04/02/13 00:02
365 日 = 一年
366366:04/02/13 00:04
あっ、ごめん 今年は

366 日 だった。            てへ
367考える名無しさん:04/02/13 00:24
>恐らく、人から煩悩を取り除いたらそいつは『ロボット』にすぎない。

煩悩=非科学や非論理と勘違いしているのでは無いか。
だからこそロボットと言う比喩になったのだと思う。

煩悩とは、
例えば寒い冬に炬燵から出て行けなくする心の働きの事であり、
出て行きたくないと願う事を煩悩とは言わない。
368考える名無しさん:04/02/13 00:53
悟りへの過程で煩悩を排除しなければならないのであって
決して煩悩を否定している訳ではないよ。
なんせ自我を抑制しなければならないのだから。
悟った後は、むしろ煩悩の意義が実感として解る。
そして何が過剰な欲望なのかも。
369考える名無しさん:04/02/13 01:34
悟りとは。。。
370鉄冠子 ◆RXK0cjy7yg :04/02/14 12:30
俺は67からレスしていた者だが、スレを跨いでいるので、コテハンを使うことにした。

>ロウシさん
今日こそは帰還を宣言するよ(待っていたりはしねぇか…)。
今どんなことに取り組んでいるのん?

>107さん
俺は、君の読書生活のお供じゃないんだからサ…。
でも、ケン・ウィルバー関連のホームページを入念に見たよ。
もろ現代下の思想家で、ちょっと怪しげな風貌のおっさんだったな。
「前/超の虚偽」っていうのは、痒いところに理知の手が届いたっていう感じだった。
つぎ図書館に行ったとき『アートマン・プロジェクト』てのを借りてみようかな。
371マジレス:04/02/14 13:09
俺はこここスレの上でも書いたマジレすだけど、
悟りってのは科学的にある程度証明できる意識状態の事をさすんですよ。
哲学やラカンその他の精神分析・芸術の意識(あくまで意識状態ね)を
超えた上にある。ユイマギョウ(変換できねー)が言うように、悟りを得た後
煩悩を捨てる必要も無いし、出来るわけも無い。
現実的にこういう人が悟りを得た人なんて、逆向きに説明できるものじゃない。
>>260
返事ありがとー。最近は自分を取り巻く環境が特に大切だと感じてます。
372マジレス:04/02/14 13:15
一応哲学板てことで。著名な哲学者で一番「意識のあり方」が
高い次元で思考したのはライプニッツだと思う。
373鉄冠子 ◆RXK0cjy7yg :04/02/14 14:44
>>371、372
うーむ…。
その意識状態のとき、自他の区別は希薄になるのだとしても、
記憶して上のように叙述している限りは、物事を認識している主体は一人必要ですよね。

古今東西にそういう意識状態があるんだとすると、
空間や時間の差異に従って、それぞれに人の名前を付けて区別しているのに
過ぎないのかもしれませんね、この現実の世は。

その意識状態のときは、本当に誰になっているんでしょうね。なんかかなり不思議だな。
374ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/15 02:24
>>370
おかえり。
待ってましたよ。
レスが遅くなってスマソ。

新コテおめでとう。
コテは芥川竜之介の「杜子春」の仙人ですか。
なかなか、文学的でいいですな。

特に取り組んでることは無いんだけど、折角だから文学的に「悟り」をいってみようか。
375ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/15 02:53
芥川竜之介の作品には、随所に禅的な思想が見受けられます。
「杜子春」や「鼻」、「仙人」などなど、枚挙にいとまがありません。

夏目漱石は、「則天去私」にならって「明暗」を執筆する前に、
この「鼻」を高く評価しています。

ちょうど「鼻」の内容と、漱石の晩年の思想と、似通ったところがあったのでしょう。

そこで、質問。
鉄冠子さんは芥川竜之介の「鼻」をどう読まれましたか?

まだ読んでなければ、↓。
ttp://www.internetacademy.jp/~01050068/hana.html
376鉄冠子 ◆RXK0cjy7yg :04/02/16 03:19
>ロウシさん
新コテがめでたいだなんて、いや、そんな滅相もございません。

夏目漱石『硝子戸の中』より
「…私の罪は、―もしそれを罪と云い得るならば、―すこぶる明るいところからばかり写されていただろう。
そこに或る人は一種の不快を感ずるかも知れない。しかし私自身は今その不快の上に跨って、
一般の人類を広く見渡しながら微笑しているのである。今までつまらないことを書いた自分をも、同じ眼で見渡して、
あたかもそれが他人であったかの感を抱きつつ、やはり微笑しているのである。」(大正四年二月十四日、…ちょうど今の季節だ)

これと『鼻』の
「内供は鼻が一夜の中に、また元の通り長くなったのを知った。
そうしてそれと同時に、鼻が短くなった時と同じような、はればれした心もちが、どこからともなく帰って来るのを感じた。」(大正五年)

この二つの情感に強い類似性を見たので、以下のような評価になったのだろう。

「あなたのものはたいへんおもしろいと思います。落ち着きがあってふざけていなくって、
自然そのままのおかしみがおっとり出ているところに、上品な趣があります。…」

天の下の出来事に、一個の人間が何を抗う必要があるのだろう。
たとえ奇怪な鼻をしているか否かの出来事でさえ、
それが上記の小説のような想像架空のものであるとしても、また、現実に自分の身に起きることだとしても、
そのいずれでも、天の下の出来事である以上は、何を案ずることがあるのだろう。
…こんな感慨のままに任せるときは俺もあるけど、果たしてどうだろうね。
377ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/16 03:58
>天の下の出来事に、一個の人間が何を抗う必要があるのだろう。
>たとえ奇怪な鼻をしているか否かの出来事でさえ、
>それが上記の小説のような想像架空のものであるとしても、また、現実に自分の身に起きることだとしても、
>そのいずれでも、天の下の出来事である以上は、何を案ずることがあるのだろう。

全く素晴らしい。ぼくも同意です。
まぁ「鼻」の内容からして、あまり他の意図は汲み取れそうに無いですが・・・

つまり、単純と言われそうですが、ぼくにとっての「悟り」とは「鼻」で表現した所にあるのです。
ぼくたちは既に十分に持っているのです。

ぼくたちは幸福を追求します。
それは幸福を持っていないからです。
ぼくたちは不幸に見舞われます。
それは不幸を持っていないからです。

今持てるもの以上のものを追及しようとする必要は無いと、常々思うのです。


「かつてはその人の膝の前に跪ずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。
私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥ぞけたいと思うのです。
私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。
自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、
その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」

「こころ」 夏目漱石作 岩波文庫 より抜粋
378考える名無しさん:04/02/17 02:29
支那竹
379考える名無しさん:04/02/17 17:53
>>371
>悟りってのは科学的にある程度証明できる意識状態の事をさす
ささない。
380考える名無しさん:04/02/17 19:23
>>379
何の論拠も示さずに否定する連中が多いなぁ。
ただ人を否定したいだけなら外へ行ってやりな、心の貧しき者よ。

>>371は脳波のこととかを言っているんだろ。それは十分に有り得る。
ただ、どっかの馬鹿共のようにヘッドギアつけて悟れるものとは思わないけどね(
w

381考える名無しさん:04/02/17 20:10
>>380
どっかのヘッドギアみたいなのと、座禅による瞑想と、薬による幻覚なんて、
それこそ区別がつかねぇじゃねえか。

たのむから、哲学で語ることじゃないし、激しく板違いなので、

薬・違法板
人・神・宇宙の真理、気づいた/悟った人いますか?
http://tmp2.2ch.net/test/read.cgi/ihou/1070173003/

↑に行ってくれ。
382考える名無しさん:04/02/17 22:18
ようやくわかったよ。愛こそ全てなんだって。
383考える名無しさん:04/02/17 22:26
>>381
梵我一如はインド哲学として倫理の教科書に載っている。そんな事もご存じで無かったのですか?
インド哲学での悟りに於いて、脳波などに異変が起きていることは十分に有り得ると言っているのだ。

ところで>>379の論拠はまだですか?
384マジレス:04/02/17 23:40
>>379
軽く聞き流して。
ダライラマは「科学が証明する事と仏教の間に矛盾があったら仏教が変わらなければいけない」とまで言ってる
瞑想を科学的に検証したのはロバート・キート・ワレス著「瞑想の生理学」
に詳しい。精神集中⇒瞑想⇒三昧という意識の流れは本山博の「超意識への飛躍」てのがオモロイ。
この人は西田幾多郎のお弟子さんだね。西田の場の哲学にもチョッピリ触れてる。

悟りを哲学するのは、これはこれで有意義だろうけど、眼高手低を託つというか、本人の状態は悟りから
どんどん遠ざかる。ヘーゲルの絶対知は主客の対立が解消されるって意味では、悟りと言い換えても間違いじゃないけど
バタイユはヘーゲルがバタイユのいう不可能の可能性を見て見ぬ振りして体系へ逃げた事を批判するわけでしょ?
無意識がフロイトが言う共有財産なのと同じ意味で、悟り、禅定なんてのも共有財産だと思う。

385考える名無しさん:04/02/18 02:20
僕は悟りに遠い人間だけど、「この人悟りを得てるのでは?」と思える知人がいます。
迷わず、頼らず、恐れず、拘らず、いつも楽しそう。
自分のための行動が結局他人からも好かれる。
でも、「何故そういられるの?」ときいても、
「自分がそうしたいから、そのほかの理由なんてわからない。」としかいわない。
悟りというのは(普遍的な)説明ができなければならない存在(または説明自体)なのでしょうか。
それとも、憧れの対象として存在するものなのでしょうか。

・・・いかにも悟りから遠い人間の言い草ですね。
386379:04/02/18 05:35
>>384
落葉と枯葉の違いは何?
387マジレス:04/02/19 00:40
>>379
この質問は子供が父親に向かって「なんで空は青いの?」ってのと同じだね
ハナから答えなんて期待しちゃいない。相手の不能性を顕わにするのが狙いだもん。
悟ったからって、神様になれないのは当たり前でさー。
>>鉄冠子さん
気が触れてるわけでは無いですけど、「俺って誰だっけ??」みたいな感じには
チョッピリなります。魂が感じてるみたいな。
主客の対立がなくなるのは、精神の集中と感情移入の衝動が強くなること、
頭頂葉の体勢感覚を司ってる連合野への情報入力が遮断されることが関係してるぽいです。
388鉄冠子 ◆RXK0cjy7yg :04/02/19 01:44
>>387
他スレでもあったことなんですけど、
眉間の辺りに金属とか尖ったものを近づけると、何かしらの反応を知覚できる人がいるみたいですね。
俺もトライしてみたんですけど、この部分の神経の電圧があがる感じがします。
389考える名無しさん:04/02/19 01:52
>>385
全てはそう思えばそうだと言うこと
心配なら心配だし、疑問であるなら疑問だし、答えと思えば答えと言うこと。
もっと言えばそのように自身が自身をそのように作り上げていると言うこと。

390p:04/02/19 03:04
>>388
眉間に有るのはアジュアーナチャクラでしたか、いわゆる第三の目ですよね。
体調や精神のステージによりますが、私もこの部分が活性化されることが有ります。
暫く御無沙汰だったのですが、このスレのお陰か最近復活しつつあるんですよ。
活性化されると軽く痺れた感じに成りますね。
ここが活性化されると人の心の動きとか場の空気を察知する能力が上がるような気がします。
以前かなりステージが上がってここがビンビンに成ったことが有るのですが。
その時は五感よりも此処から得る情報の方が大きかったなんて事も有りました。
インド人等がよく印を付けている場所です。やっぱり何か有るんでしょうね。

マジレスさん、シンクロニシティーや集合意識を実感したことが有りますか?
391考える名無しさん:04/02/19 12:16
身体を無視した言語のみの悟り談議は、童貞の妄想セックスと一緒。
392考える名無しさん:04/02/19 13:26
女を知らないおまいらは人生を50%までしか楽しめないってこった。
393考える名無しさん:04/02/19 23:49
>>389
そういえばそうですね。
ありがとうございます。
394107:04/02/20 00:02
>>370
うはは。こういう話をする機会がないから、つい嬉しくなりました。
それにしても、ここに来ると自分の知識の無さを実感します。

>>385
私の職場にも、そういう人がいます。
いつもニコニコ、自分より他の人のことを気にかける人。
自分の身に起こったことを、彼女も体験したのではないかと思い
自分の全てをさらけ出し、訪ねてみたことがあります。
「苦しみを見つめて、あることにふと気が付き、
自分が今まで支配されてきたものが見えた。
そのとき、ものすごい感覚に襲われた。そんなことがあった?」と。
彼女は体験については、よく分からないと言っていました。
そのあとに付け加えて、
「ただ、今、生きているのが不思議ね。」
と言って、「ふふふ。」と笑っていました。
その数ヶ月後に知ったことですが、
彼女は相当な苦しみと共に生きてきたようです。

385さんは、「知人」というからにはそれほど親しくはないのでしょうか?
その方が、苦しみとどういう風に付き合ってきたか、私も興味津々です。
395考える名無しさん:04/02/20 12:47
悟り得たって、タンスに足の小指ぶつけたら死ぬほど痛いだろ。
人間の脳で感じること全てを細分化して、
その細分化された一つで悟ったというのはある。
しかし、全て悟るというのはない。
396え!!!:04/02/20 13:14
!!!
>395は真理だ!!!
397考える名無しさん:04/02/20 15:59
前このスレにいたコテハン女のやつ名前なんつったっけ?
398ぷらら男:04/02/20 16:35
ヒッキーダ・テンコウ?
399考える名無しさん:04/02/20 23:32
ボクにはもう光しか見えない
400考える名無しさん:04/02/20 23:35
哲学は空しい。されど、悟りはなお悲しい。

全ては、儚い。されどもがくしかない。
401マジレス:04/02/21 02:09
>>pさん
僕はユングがいう集合無意識なるものを詳しくは知らないから、なんとも言えないけど
シンクロニシティーや集合無意識の感覚を感じた事は無いですね。
ただ、自分が大きな愛の中で生かされてる(イタイ表現だけど)それは感じます。
眉間と頭頂は瞑想にはいる前、恐ろしく活性化されますよね。
瞑想中は脳内の血流が20%増える事が知られてます。
腎臓と肝臓の血流が40%減少する事から、その血液が流れているのでは?
と言われてます。
402マジレス:04/02/21 02:10
>>391
ホント仰るとおりですよ。
403p:04/02/21 03:02
脳内の血流が20%増加ですか、これでは血管を浄化しておかないとまずいですねw
頭頂については直径10cm位の環状に痺れがくることがよく有りました。
西洋の宗教画などによく頭の上に輪っかが乗ってますがあれと関係が有るのかも知れません。

集合意識についてですが、私はそれ程ユングの著作を読んだ訳では無いのでたぶん同じもの
だろうという憶測でしかないのですが。。。
意識下において、自我を越えた意思みたいなものが有って、何重にも作用し有って表層意識に
現れているのではないかと。
例えば、家族の意識、会社の意識、国の意識、人類の意識...そして宇宙意識。
和風に言い換えれば魂と言ってもいいかも知れません。
団体をよく法人と言いますが、これなどは集団を一つの人格として扱っているので、
やはり個々人の帰属意識の集合を一くくりにしているんですよね。
一時期これにはまりましたが、今でも漠然としたままですねw
もともと漠然としたものなのでしょうけど。でもこのような無意識の世界を垣間見た事は、
自分にとってかなり有意義であったと思っています。
今は個人主義が幅を利かせていますが、意識は決して個人の枠だけでは括れないものであると。
それはマジレスの感じている大きな愛に生かされているという感覚に繋がっているものかも知れませんね。
404p:04/02/21 03:16
読み返したら呼び捨てに成っちゃってますね、悪しからず。
集合意識を空間的に説明しましたが、これに時系列も加わるとまさに4次元、
とても人間なんかの手に負える代物では有りませんでしたとさ。
405考える名無しさん:04/02/21 04:54


         悟り1     2      3      4      5      6      7
     ?b?b?b?b?b◯?b?b?b?b?b◯?b?b?b?b?b◯?b?b?b?b?b◯?b?b?b?b?b◯?b?b?b?b?b◯?b?b?b?b?b◯死亡
同調した人の数   5人    2人    150人    0人    3万人   150万人   20億人   
406考える名無しさん:04/02/21 07:35
マミーと口裏合わせとかなきゃ駄目なのよケニー君
407ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/02/29 04:11
学を絶てば憂い無し。唯と阿と相い去ること幾何ぞ。
美と悪と相去ること何若ぞ。美と悪と相去ること何若ぞ。
人の畏るる所、畏れざるべかざるも、荒として其れ未だ中きざるかな。

老子20章


夫智慧多ければ憤激多し知識を増す者は憂患を増す

旧約聖書 伝道の書 一章18節


なまじ色々経験したり、持てる知識が増えても、かえって余計な悩みが増えるものです。
頭を空っぽにしましょう。

南隠禅師も「茶一杯の禅理」で同じ事を言ってますね。

というわけで、保守。
408鉄冠子 ◆RXK0cjy7yg :04/03/01 00:52
>>377>>407
最近読んだ、W.ジェームズって人がこう言っている。

 …それ(哲学)は、私たちを生来の独断のまどろみから目覚めさせ、こり固まった偏見を打ち破る。
 それは歴史的に見ると、常に科学、詩、宗教、論理(形而上学のことかな)という四つの異なった人間的関心のあいだに行われる
 相互の受精作用のようなものであったと言える。

 哲学はその詩的要素によって文科的な人びとの気持ちを惹きつけ、
 その論理性によって彼らの知性を強固にし、その弱さをためなおす。
 その論理性は理科的な人びとを惹きつけ、その詩的要素によって彼らの知性を柔軟にし、
 彼らがひどく無味乾燥な専門家かたぎに陥るのを防ぐ。

この男の言っていることを真実とするならば、君は四つの関心のうちの詩と宗教という立場を担っているのがよくわかる。
文学者や宗教者の、詩的引用が多いことによって。
俺としては、瞑想などによる経験を科学的知識によって補ったり、実存の問題に形而上学によって切り込んでいったりするのは、
余計な悩みを増やしてでも取り組むべきかなと思って、そうしていたんで、

>今持てるもの以上のものを追及しようとする必要は無いと、常々思うのです。
と言われてびっくりしてしまった。果たしてどうだろうね。

「学びて思はざれば即ち暗く,思いて学ばざれば即ち危うし」(『論語』)
一応、学問としての「悟り」の盛り返しとして、こんな返事をさせて頂戴!

俺のレスの頻度って、、、自分で言った内容と食い違っていて、無責任に見えたりしないかなぁ。
いつも遅レスで済まない。
409悟り:04/03/01 01:20
>>407
 本当にそうですね。学で何事もできると思うて、理屈やソロバンでやろうとて、できたことなら、
なにも苦労はせんぞ。リクツの悪に囚われて、何をしようとて、アッチへごっつん、こちらへごつん
めくらがめくらを手を引いて、どこへ行くつもりやら。人間の歴史を見てみよ。どれも、これもスコタン
ばかり。はよう神の道へかえりてくれよ。はよう改心してみたま磨き結構。一等の早道ざぞ。
 ですね。
410ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/02 04:15
見よ、或人みもとに來りて言ふ『師よ、われ永遠の生命をうる爲には、如何なる善き事を爲すべきか』
イエス言ひたまふ『善き事につきて何ぞ我に問ふか、善き者は唯ひとりのみ。汝もし生命に入らんと思はば誡命を守れ』
彼いふ『孰を』イエス言ひたまふ『「殺すなかれ」「姦淫するなかれ」「盗むなかれ」「僞證を立つる勿れ」
「父と母とを敬へ」また「己のごとく汝の隣を愛すべし」』
その若者いふ『我みな之を守れり、なほ何を缺くか』
イエス言ひたまふ『なんぢ若し全からんと思はば、往きて汝の所有を賣りて貧しき者に施せ、さらば財寶を天に得ん。
かつ來りて我に従へ』
この言をききて、若者悲しみつつ去りぬ。大いなる資産を有てる故なり。

マタイによる福音書 十九章 16〜22節

>>408
>は四つの関心のうちの詩と宗教という立場を担っているのがよくわかる。
そんな大層な者ではないですよ。

今持てる物を捨てることも、大事なことだと思ったわけですよ。
411107:04/03/07 23:03
自分の考えを人に伝えるとき、100%完全に同じようには伝わらないですよね。
共感して、「自分もそう思う」と考えたときでも、
それぞれその根底に抱えているものが違う。
各人が自分の過去の経験に照らし合わせて解釈してしまう。
しかも、それぞれの能力の範囲で。
それを分かっていて、利用しなければ宗教は存続できないのも分かります。
難しいです。

>>410
>今持てる物を捨てることも、大事なことだと思ったわけですよ。
「捨てる」という表現は適当でないと思いますよ。
ロウシさんの引用された文は私には難しくて、
自分の簡単な聖書を引かなくてはよく分からない私が言うのも
失礼かもしれませんが・・・。
412107:04/03/07 23:08
21 イエスは彼に言われた。「もし、あなたが完全になりたいなら、
帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人に与えなさい。
そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。
そのうえで、わたしについて来なさい。」

22 ところが、青年はこのことばを聞くと、悲しんで去って行った。
この人は、多くの財産をもっていたからである。

大事なのは、「財産をどのように考えるのか」ということです。
『「自分の手元に財産を山のように蓄えて自分が満足する」のと、
「その財産で困っている人を助けて、多くの人に喜んでもらえる」のと、
どちらがいいですか?』
と、問うているのだと思います。

最近読んだ「唯識三十頌要講」で出てきた「有漏(うろ)の善」
(善を行うその心には、自分の為になるという思惑がある)
の段階ですね。
イエスはまず、精神的にそこまで成長しなさいといった。
でも、質問者には分からなかったんだなーと、思ったのが
私の考えです。
413ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/08 03:31
>>411
>>412
>ロウシさんの引用された文は私には難しくて、
すいませんっ(汗)、なんせ文語体が好きなもんで。

ええっと、解釈はあくまで解釈であって人それぞれ違ってくるのは仕方がないと思います。
かのカフカも「審判」で、

「わたしはきみにこの話についてのいろいろな見解を教えているだけだ。
そういう見解をあまり気にしてはいけない。
不変なのは書物で、見解などというものは、しばしばそれにたいする絶望の表現にすぎないのだ」

と表現しています。
それを踏まえた上で・・・
414ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/08 03:57
イエスは若者にこう言いました。

『「殺すなかれ」「姦淫するなかれ」「盗むなかれ」「僞證を立つる勿れ」
「父と母とを敬へ」また「己のごとく汝の隣を愛すべし」』

しかしながら、ぼくたちは知っています。
イエスが若者に言った誡めは、裕福で尚且つ平和でなければ達成が困難なのです。
にもかかわらず、若者は言いました。

『我みな之を守れり、なほ何を缺くか』

そして、イエスは更なる課題を若者に与えたのです。

『なんぢ若し全からんと思はば、往きて汝の所有を賣りて貧しき者に施せ、さらば財寶を天に得ん。
かつ來りて我に従へ』

つまり、財産を捨て流浪の身になってしても戒めを守ることが出来るのか?という課題です。

そこで若者は気づきました。
自分はぬるま湯の中で誡めを守っていたことを。
そして、自分の情けなさに落胆し帰って行ったのです。

「この言をききて、若者悲しみつつ去りぬ。大いなる資産を有てる故なり。」




こんなんで、どおでしょ?
415ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/08 05:21
補足

善い行いをしたり、勉強したりするのがダメという事ではなく、
善い行いをしたつもり、勉強したつもり、というのがダメという事なのです。

「右手のする事を左手に知らせてはいけない」

正しいことをしたからといって、自分が正しいと思ってはいけない。
もっと言えば、
善い行いや知識の探求は自身の慢心を招きやすいので、
それらを実行しないか、もしくは実行してもすぐに忘れてしまいなさい。
416166:04/03/08 14:26
あくまでも伝承だからイエスが確かにそのように語りかけたかは不明かな。

それをひとまず置き、その言葉だけを見ると規制が多くこうしろと指図していることがわかる。
いずれも偉そうであるが故にありがたみも湧きそうだ。

規制して指図するからにはそれなりの根拠があるだろうし、その指摘によってある方向性を
示しその対象をある状態にする意図があろうかと思う。

逸話は多くのことを示唆するが、本質が見えにくい。どのような解釈も可能。

仮に伝承が本当だとしたら、イエスのその言葉はその若者には適切かもしれない。
類似した状況の人が応用したり、そうでない人がその意味を考えることも意義があるだろう。

でもシチュエーションは多種多様だから、イエスの言葉は発せられた細かい状況を考慮しないと
日常に応用するには無理があるかな。編者の意図の方が強い場合もあるしね。
水さしてごめんね。
417ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/08 15:31
>>416
その通りなのですよ。

当時のユダヤ人の価値基準や生活水準、政治形態などを知らずして、
聖書を読むのはキケンです。



宗教においての誡めは、秩序やモラルを保つ為だけではなく、
いかに立場や状況が変わってもその誡めを守ることができるかという試練であり、
恐らくは大多数の人が守れないものなのです。

だからこそ、誡めを守れないからこそ、人は神(自然)に対して常に謙虚でなければならない、
罪を告白する立場でなければならない、という事だと思うのです。



しかしながら、所詮ぼくの見解もカフカの言うところの「絶望の表現」に過ぎないのです。
418166:04/03/08 16:11
>>417
なるほど。

宗教は戒律を規定してそれを守ることに救いを見出そうとしているようにも見える。
そのような形は信仰に対する取り組みをわかりやすくかつ困難にもしているかも。
つまり、こうすれば救われるという提示をされるが実行は難しい。だからありがたみも演出されている。

ありがたさを与えられるという考え方を強制しかねない危険性を伴うが、癒された感(依存による快感かな?)
を導くかもしれない。
個々人の悟りを促すより、救われた感じを与えることを優先させるのが多くの宗教にみられる手法。

ありがたいと思う主体があってのことだと気づくと悟りっぽい方向にいくかな。イエスの言葉とされるものにも
「汝の信仰が救った」といった自己の主体性を指摘するようなのがあったかと思う。
この言葉は、「信仰が大事」というとらえ方が一般的かもしれないけど、「自分で自分を救える」という
とらえ方も可能かなと思う。
イエスはどのようなことを人々の「救い」と考えたんだろうね。
419107:04/03/08 22:41
確かに、歴史的・文化的背景も考える必要があるかもしれません。
ただ、歴史的・文化的に背景にその内容が制限されてしまうのなら、
イエスの言葉が聖書の形で、長い月日を越えて世界中に広がり、
今日まで残っているほうが不思議ではありませんか?
解釈が、人によって違ってくることはよく理解できますが。

>『なんぢ若し全からんと思はば、往きて汝の所有を賣りて貧しき者に施せ、さらば財寶を天に得ん。
>かつ來りて我に従へ』

上の言葉の解釈の違いですね。
私は「財産を捨てて、流浪の身になれ」と言っているようには思えないのです。
「いっぱい財産があるなら、
半分くらい減ったって、まあまあ生きて行けるなら、
明日をも知れない人たちに分けてあげてみなよ。」
と言っているのだと思います。
一言付け加えると、2年前の私なら、確実にロウシさんと同じように
「財産を捨てて、流浪の身になれ」
という解釈をしていたと思います。

>つまり、財産を捨て流浪の身になってしても戒めを守ることが出来るのか?という課題です。

この部分は、ちょっと意地悪な形に変えると、こうなりませんか?
「財産を失い流浪の身になったホームレスも、戒めを守ることが出来るのか?」
どうでしょう?

そうではなくて、
「自分の財産に執着する狭い心を捨て、
自分の財産を分け与えることで、多くの人とその心を理解できる、
広い心を得なさい。」
と言いたかったのだと思います。
420107:04/03/08 22:44
実は同僚にカフカ好きがいるのです。
私は実際にカフカを読んだことは無いのですが、
話を聞いていると、自分の小さな世界に閉じこもって、
自虐的になり、そこに心の平安を見出している人物のようですね。
半年ぐらい、カフカの立場と仏教の立場(のつもり・・)で、
意見のぶつけ合いをしていました。
私は自分の殻を破り、努力して広い世界を見ようとするべきだと
思うのですが。
421107:04/03/08 22:46
>>415
そもそも、「善い、悪いとは何か」が問題です。
何をもって善いとするか、または悪いとするか。

こんなことを問われたことがあります。
「原子力発電は、善いか、悪いか?」
422ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/09 02:52
>>418
そうなのですよ。

自分を救えるのは自分でしかないのです。
イエスもそれはわかっていたはずです。
さまざまな人がイエスによって救われていますが、
それはイエスというきっかけによって、自浄作用(自らを救う)が生じたに過ぎないと思うのです。

「罪と罰」ではラスコリーニコフが、罪の告白によって救われるのです。

ぼくは、「後ろめたい気持ち」こそが謙虚の印かと思います。
善人よりも罪びとの方が、罪びとの気持ちを理解できると、ぼくは思うのです。

自分が正しいと信じて疑わない人こそが、独善的になり易い事は歴史が証明しています。
423ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/09 02:56
>>419
ぼくは聖書においての解釈の違いを議論をしようなどとは思いません。
人それぞれだと思います。

>>421
ぼくは物事の善悪を議論しようなどとは思いません。
不毛極まりないと思うからです。
424166:04/03/09 10:21
>>419
>イエスの言葉が聖書の形で、長い月日を越えて世界中に広がり、今日まで残っているほうが不思議ではありませんか?
そうだね。また、他にも多くの人の言葉が残っている。
時代を経て受け継がれた言葉は全て真理だ。でも実際は「へ〜」といったとリビアの泉的なものかと思う。
意味を与えているのはそれを受け取る側だと思うよ。

>と言いたかったのだと思います。
そうかもしれない。でも違うかもしれない。もう知る術がないんだよ。
君がそのように思いたいならそのように思う、それが真理だと思う。

>>421
横レス失礼。
>「原子力発電は、善いか、悪いか?」
悩ましいね。
電力を有効に生み出す方向性で考えると「必要なこと」
放射性廃棄物の実害を考えると「地球環境を変化しうる重大事」
両刃の剣。そして世の事象全てがそのようにとらえられるんじゃないかな。
短絡的に善悪を決めることは難しそうだね。
425166:04/03/09 10:31
>>422
うん。イエスはきっかけだね。
これは「思い込み」を偶発的に巧みに有効利用した好例ともとらえられる。
でも再現性に乏しい(様々な要素が絡み合う)ので奇跡的に映る。
自己免疫を高める暗示を巧みに利用した難病の治療にも類するところがあると思う。
>それはイエスというきっかけによって、自浄作用(自らを救う)が生じたに過ぎないと思うのです。
まさしくそういうことだろうね。

>自分が正しいと信じて疑わない人こそが、独善的になり易い事は歴史が証明しています。
そのような人はあまり当人にとって好ましい評価を他から得られ難いね。
でもあくまでも他人の評価だから、気にする・しないは当人の自由。
独善的が世の発明を生む可能性は否定できない。成功の源ともいえる。
でも、結局それは思考が柔軟ではないので本人も周りも辛くなりそうだ。
難しいところだね。
426107:04/03/10 23:55
>>424
「原子力発電は、善いか、悪いか?」
>悩ましいね。
>電力を有効に生み出す方向性で考えると「必要なこと」
>放射性廃棄物の実害を考えると「地球環境を変化しうる重大事」
そうですよね。
私たち人間の生活を安定させる点では「善い」と言えるし、
放射能により生活を乱されるという点では「悪い」と言える。
人間の価値観では、人の心の安定を中心に善い悪いの判断が
なされているように思います。

では、人間を離れて「地球環境を変化しうる重大事」を考えてみましょう。
「地球に恐竜が住んでいた時代、隕石が地球に衝突して恐竜が滅んだ。」
これが事実だと仮定します(詳しいことはよく知らないので)。
これは、善いか、悪いか?
こうなると善いも悪いもなくなりませんか?

恐竜が滅んで、その環境に適応できた哺乳類が幅を利かせた。
そのうち人間が現れて、環境に適応するだけでなく、
自分の都合のよいように環境をつくり始めた。
それは、最初人間にとっては安定を作り出す行為であったが、
その行為の裏には公害等の心を乱す要素も作り出された。
すると、その心を乱す要素を取り除く取り組みがはじまる。
427107:04/03/10 23:56
山に降った雨が、川となり高度の低い海へと流れて、安定に向かっているように、
人間もただただ、安定に向かっているのではないかと思います。
川の流れは堆積物により変わることがありますが、やはり海へと流れていきます。
人間は脳という複雑な変換機をもっている為、
安定に向かってより複雑に変わることができます。

究極的には、全宇宙において存在するものは、安定に向かう力だけ。
太陽系も地球も、川も人間も、人間の作り出したものも、
全て安定に向かう力の一つの現われ。
これら全ての安定に向かう力のことを、神と言ったり、
仏性と言ったりしているのではないでしょうか?
このことに気づく過程で、善い悪いを追求していくことは必要だと思います。
428鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/11 02:40
>>413>>415 ロウシさん
俺は、近頃とり組んだ科学と形而上学の勉強のせいで頭が固くなっちまったのか、
>今持てる物を捨てることも、大事なことだと思ったわけですよ。
を読んで、君が柔らかい態度ながら過酷なニヒリズムを説いていると思って、
返事に窮してしまった。

頭の中を改めて返事をすると、
>正しいことをしたからといって、自分が正しいと思ってはいけない。
>もっと言えば、
>善い行いや知識の探求は自身の慢心を招きやすいので、
>それらを実行しないか、もしくは実行してもすぐに忘れてしまいなさい。
これは納得。俺は、というより人間全員、意識下でたった一人自由自在にものを考え、決断し、行動に移すのだけれど、
こうした教戒が供わっていないと、帰納的にみても経験を踏まえてみても、災難を招くよね。
429鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/11 02:49
でも、そうなると人は、自分なりの確信をまったく失った状態に陥ってしまわないかな。
あらゆる定めに留まれず、何もかも疑心暗鬼で、慄然としてしまう。
終いには傍目から見て病的になったりとか。

その、、、端的に言って、君の悟り体系においては、人はニヒリズムとどう付き合っていくんだい?
430ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/11 04:25
>>428
>>429
>君が柔らかい態度ながら過酷なニヒリズムを説いていると思って、
>返事に窮してしまった。

確かにぼくはニヒリズムを説いているのかもしれません。
しかしながら、ぼくのそれは、過酷で排他的なニヒリズムではないと信じています。

>でも、そうなると人は、自分なりの確信をまったく失った状態に陥ってしまわないかな。
>あらゆる定めに留まれず、何もかも疑心暗鬼で、慄然としてしまう。
>終いには傍目から見て病的になったりとか。

ぼくは、自分の信じていたものが正しいのか間違っているのかが問題であるとは思っていません。
人は誰しも自分の信じた道を歩むはずです。

実は問題は別のところにあるのです。
それは、自分の信じていたものが間違っていた時に、素直にその間違いを認めるかどうか、なのです。
もっと言えば、自分に対して常に正直でいられるか、という事です。

ぼくたちは結局、自分の信じたいものだけしか信じようとしません。
しかしながら、自分の信じていたものが間違っていた時には二通りの方法を取ります。

・間違いに目をつむり、訂正しない。
・間違いを受け入れ、訂正する。



なんぢら悔改めよ、天国はちかづきたり

新約聖書 マタイによる福音書 三章2節
431166:04/03/12 09:20
>>426
ごく最近の研究結果では隕石は恐竜絶滅よりずっと以前に落ちたということらしい
ね。

善悪に関しては 善悪とは何か?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1069656245/l50
ここの60としておちゃらけて自己主張してきたように、各自の主観であって絶対的な
ものはないと思うよ。

人がなぜ安定を求めるかは知らないけど、君の指摘通りそれは事実だね。
人は生誕と同時に「安定」した環境(実は羊水の中だから不安定だが安心はある)か

「不安定」な環境へ出される。そこで「不安」を知り、泣く。抱かれることでかりそ
めの安心と安定を得る。
そのようなことが真理かと思うよ。
432166:04/03/12 11:21
>>427
>山に降った雨が、川となり高度の低い海へと流れて、安定に向かっているように、
>人間もただただ、安定に向かっているのではないかと思います。
雨の流れは重力の作用によるところが大きいと思う。
人はそれにわりと逆らいたがっているように見える。安定を求めるなら二足歩行は不合理じゃないかな。
利便性(両手が空く状態)を優先した形が二足歩行だから、「ただ安定に向かっている」わけでもなさそうだね。

>これら全ての安定に向かう力のことを、神と言ったり、仏性と言ったりしているのではないでしょうか?
そうかもしれないし、そうでないかも。
「安定に向かう」という見解は成り立ちそうだけど、人の思い込みを前提とした見解だ。こうであって欲しいとか、
この世の仕組みはこうであろうなどといった希望がそこに含まれていないかな。
そういった意味合いでいえば「神」「仏性」もそのようなものかもしれないね。

>このことに気づく過程で、善い悪いを追求していくことは必要だと思います。
自分を見つめる上ではかなり役に立つだろうな。
433107:04/03/18 00:02
>>431
遅くなってすみません。
>ごく最近の研究結果では隕石は恐竜絶滅よりずっと以前に落ちたということらしいね。
そうなのですね。図書館にでも行ったら雑誌でも探してみたいです。

>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1069656245/l50
>ここの60としておちゃらけて自己主張してきたように、各自の主観であって絶対的な
>ものはないと思うよ。
ごめんなさい。ちょっと他のスレッドを読む気力が今ないので、
読まずにレスさせてもらいます。
私もそう思います。善悪は各自の主観という意見。
また、気力のあるときに読んでみます。

>>432
>人はそれにわりと逆らいたがっているように見える。安定を求めるなら二足歩行は不>>合理じゃないかな。
>利便性(両手が空く状態)を優先した形が二足歩行だから、「ただ安定に向かってい>>る」わけでもなさそうだね。
人間が地面で安定した姿勢を保つことを最重要課題としていたらなら、
二足歩行は確かに不合理ですね。
でも、安定した姿勢を保つことより、姿勢を高くして遠くを見ること、
空いた前肢を使って食料を効率よく確保することが大事だったかもしれません。
それが一つの安定の方向と言えなくはないでしょうか。
434166:04/03/18 09:27
>>433
>それが一つの安定の方向と言えなくはないでしょうか
いえると思うよ。
君は
>人間も「ただただ」、安定に向かっているのではないかと思います。
というように、ひたすら安定にのみ向かっているような表現をしていたかと思う。
方向性が一方向に見えたとしたら、それはその見解を示した個人の主観でしかない。
世の事象は様々なとらえ方が可能にもかかわらず、多くの人が「善悪」といった分類で方向性を
決めたがる。
「これでいい」という生き方が決まっていると楽なんだけど、どうやらないようだね。
435鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/19 03:36
またまた返事が遅れて申し訳ない。ふざけたような返事しか思い浮かばなくてね。
あと、俺の>>428の「帰納的、経験上」ってのは、同義語の反復になってしまっている。
本筋とは離れた部分なのでホントはどうでもいいんだけど、謝して訂正する。

>>430
俺は物事の究極の形態を考え抜くのが好きな人間で、今回も以下のようなことを考えるんだ。

それは、
ある日を境に、人間という人間のすべてが、自分の信条の、認識しうる全ての間違い訂正の機会において、
一の方法(自らに嘘をついて、間違いを訂正しないこと)を選んだら、、、それはどんなことになるのか? というわけ。
・俺はごく普通にこの方法をとることが可能である。
・俺のように理性でもって間違いに対処する(要するに考えた上で対処する)人間なら、誰でもが可能である。
この二点は揺るがない。
そこで、父さんも母さんも先生も社長も、ロン毛の人も眼鏡の人も、アメリカ人も日本人も(以下キリがないので略)、
要するに理性以外のあらゆる条件を省いた上での、人間という人間が、半ば機械的に、間違いの訂正を避けて我を通すとする。
あらゆる日常的な意志の決定において、またそうした通常の思考の底の部分においても、ちょっとお困りの方向に走るとする。
そして、そうしたことが、滞りなく伝染し続ける。千年でも二千年でも一万年でも、要するに時間の条件を超えて際限なく続くとする。
そうするとどうなるのか???
436鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/19 03:43
突然なに大袈裟なことをとびっくりするかもしれないけれど、
俺にとって間違いの訂正っていうのは、とにかく「何のために?」という疑問が伴うものだからなんだ。
自分のメンツに関わるような、信条というヤツの間違いについては特に…。みんな似たようなものだろうけどね。

俺、、、親譲りの臆病な自尊心と尊大な羞恥心とで、子どもの頃から損ばかりしている。
自身の損得にはもうこだわらないけれど、正直ではいたい。
つまり、間違いは間違いで正したい。
そのためには間違いが間違いである合理的な理由が要る。それがないと、架空の間違いを訂正したような気分になる。

そこで、自分が臨む「今のこの間違い」の素直な訂正を拒否した場合の、最悪に究極の形態を推測する。
もう突き詰められないほどの究極の形態が供わってはじめて、間違いが間違いらしく、訂正も訂正らしくなるのではないのか。
437鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/19 03:45
で、>>435の問いかけの結果なんだけど、普通に「滅亡」にたどり着くわけだ。戦略を練るとか武器を持つとかして争い合うもの。
どのくらいの規模で滅亡するのかは、人それぞれだろうけど、際限なく推測するんだから、際限なく滅亡する結論にたどり着く。
つまり、「人間が間違いを訂正しない」というのと、「星とか世界の滅亡」とは、【規模は違えど神髄は全く同じ】で、
そのようなことが人間の一つの心において起きる、っていうことを、探りの深さ広さの程度によって人は把握できるみたい。

ある国家や文明が間違いを訂正しないとき、絶え間ない爆弾や銃声や怒号や悲鳴によって、星がざわめくのと同じように、
ひとりの人間の胸の内も、葛藤に伴う感情の応酬などでざわめく点によっても、このことは裏付けられる。

別のイメージを付け加えると
古今東西の人間全部を束ねて一つの生命と見立て、
「お前は信条の誤りを正すとき、それはどんな気分でそうするのか?」と尋ね、
「実際、素直になれない場面もあるのだけれど、自己の破滅の引き金になるのなら、しょうがない。訂正する」―と答えるとする。
この答えと同じような具合で、人間も間違いを訂正するのでないと、「素直だ」とは言えないんじゃないのか。
つまり、ひとりの人間が、その規模や神髄を把握していないで、間違いを訂正しても、
架空の間違いを訂正したような疑問が残り、迷いとなるんじゃないのか。

「もしあなたの内なる光が暗ければ、その暗さはどんなであろう?」―マタイの第六章二十三節
438鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/19 04:21
166さん
どうもオヒサです。って俺はこのスレの67兼「悟りとは苦とは」の70です。
紹介のあったスレでも、何と言うかご健筆のよう。
極真やってんですね。俺も格闘技はじめようかと思っています、太極拳とか柔らかい方のを。
忙しいんで挨拶だけで失礼。
439166:04/03/19 10:02
>>438
どうも。おれも太極拳少し習った。下半身鍛えるには適してるかも。
忙しいんだね。がんばって。
440107:04/03/24 01:18
>>434
>「これでいい」という生き方が決まっていると楽なんだけど、どうやらないようだね。
本当に。
社会に出てからよく分かったのですが、
世間には「これでいい」と決めてしまって人生を送っている人も稀にいますね。
あれは「生ける屍」です。
そうならない為にも、広い世界を見つつ
自分はどうするべきかを考え続けないといけないなぁと思います。

ところで、
「善悪とは何か?」のスレ、200まで読ませてもらいました。
すごいですね・・・。よく付き合ってあげています・・・。
結末が気になります。
441107:04/03/25 00:10
166さん、善悪のスレで紹介されていたスレッドを開いてみました。
まだ読んでいないのですが、ちょっと気になったのでお尋ねします。
あなたは、去年夏ごろ宗教板の「キリストは本当に偉かったか?」
というようなスレッドでの「k」さんと同一人物なのでしょうか?
442THE グル:04/03/25 13:10
いいですか、
悟りとはミイラです。
成田署の方には悪いですが、でもそれは生きているんです。
これが断言できます。
どうかしましたか?
443166:04/03/25 17:36
>>440
そうだね。常に自分を見つめ続けていないと自分を見失いがちだ。

あのスレの結末は・・・
でもよく読んでいるね。もう馬鹿丸出しだから質の悪いお笑いを見る覚悟が必要かも。
ごめんね変なスレ紹介して。

>>441
違う。kという一人称はあのスレでしか使っていないよ。
気が向いたらあのスレに書き込んで欲しいな。
444107:04/03/25 22:59
>>443
そのうち書き込みしたいと思います。
その前に、全部読むのにかなり時間がかかりそうですが・・。
445THE グル:04/03/25 23:13
                \ │ /
                 / ̄\  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ─( ゚ ∀ ゚ )< ていせつていせつ!
                 \_/  \_________
                / │ \
                    ∩ ∧ ∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ∩∧ ∧∩\( ゚∀゚)< 定説!定説!定説!
ていせつ〜〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ |    / \__________
________/ |    〈 |   |
              / /\_」 / /\」
               ̄     / /
                    ̄
446考える名無しさん:04/03/25 23:31
自分を見失うも見失わないも 悟れたも悟れないも
ここに書き込むのも書き込まないのも 

すべては風の吹くまま

その風を操る!という風が吹くか 吹かないか という風が吹く という風が吹く
運命なんてないと思う運命 言葉は無意味だ〜
447166:04/03/26 09:46
>>444
よろしく。
448鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/28 01:07
>166さん
自分も「善悪とは何か?」を読みました。「!」でした。いつものKさん節と異なる調子を、俺は目にしている!
「おれは罵詈雑言を浴びせる作戦は使わないと思う」って言ってたのに、ちょっと怪しいところがあるんですものw
でも、実証性のためにアンケートを取れという指摘は、自分にも重く響きました。
テーマの善悪そのものについては、両者が通低を見た意見に俺も同意で、それ以上は答えがないです。
とにかく、挿話を紹介して強調していた、166さんの実証性に懸ける執念が、あのスレでの収穫でした。


そこでなんですけど、166さん、ロウシさん、107さん、その他好意ある諸兄の方々に尋ねたいことがあります。
…人生で最初の記憶と、自分が言葉を使って思考をはじめた最初の記憶は一致する。
これの正誤についてなんです。これは自己観察だけでは、思い込みの域を出ない。どうしても他人の見解が要る。

「人間は考える葦である」「良識はこの世で最も公平に配分されているものである」「我思うゆえに我あり」等々、
理性的な思考、言葉を使ってものを考えること、つまりロゴスについての名言は、枚挙に暇がありません。

少年のときに単なる一教養として哲学に触れたとき、まずはじめに教科書とかで目にしたのも、これらだと思います。
いわば、家とか宮殿とか人間的な営みのある空間の門扉と表札みたいなものです。
ここにおいて、むかし俺が「哲学わがんね。馬鹿みでぇ」と放り出してしまったのは、
自分がそのときすでに充分に持っていたものが、代表格として紹介されているからなのでした。
「くぐる必要なし。興味ない。ドラクエやFFの進捗状況の方がずっと…」というわけです。

ですが、いまや、自分の理性的な意識の進捗状況の方が興味深いわけです。生活上もう充分に整いきったものなのにも関わらず。
すなわち、その霞みがかった嚆矢を知りたい。何か重大な秘密が隠されている気がする。
他は…、何も要らない。不思議なくらいに要らない。
449鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/28 01:09
ここで、ちょっと自分のケースを紹介してみますね。自分の人生最初の記憶は、二歳から三歳に移った辺りのものです。
親戚、近所の人が、「○○くん、いくつ(年齢)になったなや〜」と尋ねてくる。
時を変え場所を変え人を変え、押しなべて甘い笑顔で何べんも尋ねてくる。
…という感覚が根底にありました。

単純に「三歳」と答えていた俺は、その単純さへのマンネリを感じました。そのマンネリの積もり積もる過程と、
「これでいいんだべが?」という言語を使った思考が構築されていく過程、
この二つに、何か受精とか孵化とか脱皮とか、そういう生命の魔法みたいな作用が加わって意識ができた、気がします。
すなわち、「自分と世界が在る。視界が在る。音響が在る。総じて五感が在る」というやつです。

でも、次の記憶は定かではありません。マンネリそのものを解決したからでしょう。
それは簡単です。理性で判断した、何か別の年齢宣言を為せばいい。
例えば、てクルっと一回転してパチンと手を叩き、「三歳だじぇ」と答えるとか。
突然でんぐり返しをはじめ、それをあと二度繰り返すという極端な象徴主義に走るとか。
無愛想にそっぽを向くが、頬のところに指を三本立てているとか、もしくは背中にTHREEという文字のある服を着ているとか。
もちろん、俺はこんなおませな芸能小僧ではなかったことを、親戚の証言が証明しています。
450鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/28 01:11
話しがふざけすぎています。今宵週末、自分はへべれけでした。元に戻します。
とにかく、おそらく、何か満足の行く方法をロゴスによって編み出したのでしょう。
【だから記憶がないんです】。

というのは、今の日常生活において、理性的意識の記憶が残らないのと同様だ、という理由からです。
「大人になると、月日の過ぎるのが早いよ」と、子どもの頃よく言われたと思います。
大人になって仕事で理性を駆使する。フル回転させる。
次の日になると、いや、一分前のことでさえ、理性の作動中における、情景や音響など感覚を通した意識は、覚えていないんです。
残っているのはロゴスだけです。無残な論理のかけらだけです。日々是建築です。
もちろん今、これを記しているときの出来事も、すぐに消えるでしょう。…だから月日が早い。

こんな感じじゃないでしょうか。
つまり、人間の記憶の中でも、五感を伴うもの、懐かしめるもの、そのとき確実に生きていたと思えるもの、
すなわち、思い出というヤツと、理性的意識は貸借の関係にあるのではないか、と思うのです。
451鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/28 01:16
これは大変なことかもしれません。別の例を挙げます。
複雑にこんがらがったストーリーの映画作品を鑑賞していて、余りの複雑さについていけなくなったとき、
再生を一時停止して、ストーリーを自分なりに再構築したいと思うでしょう。そのとき、
・映画が記憶に残っているのは、理性的意識が作動していないから。
・言葉を使って映画を追うとき、そのとき流れている映画を記憶に残せないのは、自分の内で別の生き物が作動しているから。
と考えられないでしょうか。

二つ目は、ちょっと説明が必要ですね。
現実下の映画鑑賞の自分は、肉体があって寿命があってと、ごく普通に現実的に標準的に存在しています。
でも、映画を止めてストーリー構築中のときの自分は、何か違う。存在の性質が違う。
肉体と複雑すぎる映画作品の条件が整えば、未来永劫に限りなく近く、考えつづけることができる、こんな風じゃないでしょうか。
時間が存在しない、という風じゃないでしょうか。

この映画を人生そのものに置き換えたとしたら…。いや、もう、まとまりません。先は今度にします。

一切を忘れてレスをまとめると、
一、人生で最初の記憶と、自分が言葉を使って思考をはじめた最初の記憶は一致しないか。
二、普通の日常生活で、思い出に残るような意識状態と理性的な意識状態は貸借の関係にないか。
に、アンケートに答えるような軽い感じでいいんで、答えをもらえないでしょうか。
誰でもが本当に考える葦なのか、自分なりに実証したいんですけど。よろしくどうぞ〜。

いつもいつも長文ですいません。サイズオーバーにも注意しなくちゃな。
452N ◆XEvUT1ciAM :04/03/28 01:31
悟を知ることは、実は事実以外は一切ないということ
妄想が消えるということ
不思議なものは一切ないということを知ることなんです。

善と悪とは何だと思います?
善と悪を対立させているのは、一体、誰なんでしょう。
善と悪を明確に分けられますか。
善と悪は事実ですか妄想ですか。
どちらだと思います?
453鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/03/28 02:10
>>452
昔、Sさんが自分のことを
「冷静に見れば、妄想の翼を信じて全速力で崖に突っ込もうとするバカなのでしょうね。」
と言ってました。俺は機会を逸したんですけど、
「冷静に対極を見れば、案山子に怯えて逃げ出す翼もまた、妄想の産物だろうよ」
という返答を用意してました。

善悪はてめぇで決めるものと、自分は思います。
かつ、自分はこの世で最も見聞覚知しにくいもの、とも思います。
チャレンジしかないでしょう。
454166:04/03/28 11:35
>>448
>自分も「善悪とは何か?」を読みました。「!」でした。
お疲れ。お笑いという見方をしてくれるとありがたいな。

>いつものKさん節と異なる調子を、俺は目にしている!
>「おれは罵詈雑言を浴びせる作戦は使わないと思う」って言ってたのに、ちょっと怪しいところがあるんですものw
言い訳をすると、あっちのスレにおいてはハルカの好む暴言調は控えるという意味。
実際「わかっやんだよ」という自スレでは罵詈雑言雨あられ。本来そのような人間。

>とにかく、挿話を紹介して強調していた、166さんの実証性に懸ける執念が、あのスレでの収穫でした。
架空の話はとても面白いし大好きだけど、根拠もなしに決め付けるのは悲しいな。
実証性ということでいえば、どんな不可思議に見えることでも信じたい方だから、納得させて欲しい
とおもっているから疑問が出るんだと思うよ。疑問封じは洗脳の第一歩だね。
455166:04/03/28 11:55
>>451
>一、人生で最初の記憶と、自分が言葉を使って思考をはじめた最初の記憶は一致しないか。
人生最初の記憶がどれかが判断できない。
事実関係が親と符合している記憶は3歳になる前に父に連れられて海に行き足を板で傷つけ
出血した記憶。言葉を使って思考したかどうかは判然としない。ペンギンがいたという思い込みと
血が赤いという記憶。夜家に帰ったら赤ん坊の弟がベッドで寝ていて母方のばあちゃんが来ていた
という記憶。

これより前の記憶と思われるものも多数ある。ちゃぶ台から食事を作る母の姿を見ていた記憶。
団地のとなりの子の家に遊びにいっている記憶。
その団地には3歳まで住んでいたのでそこの団地の記憶は3歳以前ということになる。
言葉による思考は三歳児の頃していたことは明白だが、最初の記憶と一致するかは不明。

>二、普通の日常生活で、思い出に残るような意識状態と理性的な意識状態は貸借の関係にないか。
日常生活を自己にとって利便性の高い思い込みによる反射的な行動に依存していると気づきが減る。
気づきは発見ともいいかえられる。
発見のない日常はつまらない。なおかつ日々自ら課した義務をこなすことに時を費やすと無意味に時が過ぎたように
感じるかもしれない。
君のいうとおりだと思うよ。
456166:04/03/28 12:57
>>452
君はどう思うのかな?

>>453
>善悪はてめぇで決めるものと、自分は思います。
>かつ、自分はこの世で最も見聞覚知しにくいもの、とも思います。
まったくその通りだね。
事実であり真理だと思う。
457107:04/03/28 23:32
>>451
幼児期の記憶というか幼児期に形成された「思考」は、
一生ついてまわるものだと思います。
実際私は幼児期に考えたことを四半世紀、自分では気づかずに続けていました。
気が付いたときは恐ろしかったです。
今でもその呪縛から完全に解かれることはできません。
そういう風に思考するように作られた、同時に自分が作ったのでしょう。
458107:04/03/28 23:34
(続き)
>一、人生で最初の記憶と、自分が言葉を使って思考をはじめた最初の記憶は一致しないか。
私の最初の言葉は覚えていません。
最初の記憶はわかりませんが、
強烈に覚えている記憶・思考はとてもつらいものです。
「こんなに辛いのに、なんで私は生まれてきたのだろう。」
何か言えば辛い目にあう。
これが全てではないでしょうが、私の思考の大部分を占めていました。
私が自分の身の安全を守る最善の方法は、「黙る」ことでした。
「黙る」ことを決めたのです。
だから、言葉を覚えていないのかもしれませんね。
それに加えて、
「自分は嫌われている。可愛がってもらえない。」
とも思っていました。
459107:04/03/28 23:39
>二、普通の日常生活で、思い出に残るような意識状態と理性的な意識状態は貸借の関係にないか。
(続き)
だから私は愛に飢えていて、理趣経を実践することになったのでしょう。
以前の辛い環境を離れ、ある男性から愛をもらいました。
そのうちお互いかみ合わない時は来るものです。
普通は喧嘩するのでしょう。
でも、私には「黙る」ことしかできなかった。
その先にあるのは別れです。

本当に愛に飢えていたのでしょう。
その後も何人かと付き合うことがありました。
でも肝心なところで何も言えない。
それを繰り返していました。
ただ、何年かかけて少しずつ自分の気持ちを言えるようには、なっていたのです。
一番最近の恋が風前のともし火のとき、恋にも疲れてきて、
「なんか同じ事繰り返しているなぁ・・・」
と思った時、私は幼児のときに形成した思考のまま
行動をしていることにきがつきました。
自分で考えて行動していたつもりだったのに、
私の行動は幼児期の思考の域を出ていなかったのです。

すごかったですよ、この瞬間。
画像が、目から脳の中に切り替わりましたよ。
ほんの数秒程度のことだったと思います。
460107:04/03/28 23:41
なんだか恥ずかしい話を披露してしまいました。
書きながら泣いてしまったじゃないですか。
とにかく、私の人生に限って言えば、
鉄冠子さんの説に大筋で当てはまるようです。
461ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/03/29 03:01
>鉄冠子
遅レスすいません。
最近忙しいもんで。

>>437
これについては、そこまでこだわる必要は無いと思う。
人は涙を流したり、糞尿を垂れたり、汗をかいたりすると、ある一種の恍惚感が生まれる。
懺悔はその典型で、精神的に洗われる行為だと思った訳。
つまり、懺悔も糞尿を垂れるのも一緒だとw

>一、人生で最初の記憶と、自分が言葉を使って思考をはじめた最初の記憶は一致しないか。
これには同意。
なぜなら、言葉での思考以外に記憶が残っていないんだもの。

>二、普通の日常生活で、思い出に残るような意識状態と理性的な意識状態は貸借の関係にないか。
貸借というよりは、主従の関係だとぼくは考える。
なぜなら、今現在のぼくは、時折過去の記憶のフラッシュバックに見舞われる。
当然それは自分のネガティブな行為の記憶である。
今、当時の人たちに謝りたい。
というか土下座したい、とさえ思う。
その忌まわしい記憶が、若い人たちへの叱責を抑えることが出来、
また、他人に対しての応対が増長せずに済むのだ。

ぼくは恥ずかしい。
昔の無知な自分が。
いつも心の中で懺悔をしている。
許してもらえるとは思わない。
なぜなら、その過去の記憶が主であり、今現在が従者であるのだから。
462abc:04/03/29 03:29
最後は愛しか残せないです
間違ってるも正しいもないです
言葉にした時点で言葉です
だからおもしろいがあるです
みんな好きです
463考える名無しさん:04/03/29 03:45
>>462
まだ愛の罠を知らないようだ。

いや、別に否定している訳ではないよ。
親心ってやつかな。
464abc:04/03/29 23:53
愛の罠ってなんですか?
教えてくださいです。
あたしはバカになったから悟りをえた人と
沢山と話をしたいです。
あなたはいい人ですね463さん
あなたは何が好きですか?
大きくなったら何になりたいですか?
465鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/01 00:25
>>454
なんだ、じゅんさんアタリだったのか。
自分は、黙考型の、熱血青年です。一日に一回は何かにイチャモンつけていないと気が済みません。
イチャモンをつけるくらいでないと、発見がありませんもの。

>>455
大抵の友達も覚えていないって言います。俺も定かじゃなくなってきたな。
「ブーブー(ミニカー)」だとか、単なる単語を言っていた時期の記憶はないんです。親から話しを聞くのみです。
何か赤ん坊特有の、勝手な解釈と独断による、新名称を言いまくっていたのが滑稽だったと。
知り合いに二歳の子どもがいるんですけど、やっぱり単語だけで滅茶苦茶なことを言っている。

赤ん坊はいつ主語と述語の技術を獲得するんでしょう? 主語にはじめて自分が居座ったら、どうなるんでしょう?
今現在と以前というふうに時間の認識の分化から記憶の形成へと移るのは、上の二つの後なのか間なのか前なのか。
この辺りは謎だらけですね。勉強しなきゃ。

でも、しばらく、俺はロゴスが意識を引き連れてくるという説を採りたい。
五感が備わった意識が生じたときには、もう既にロゴスが構築されている、と。
だから、最初の物心を突き詰めていっても、言葉のない時期というのはない。
先に意識があって、言葉がゼロから生じてくる奴、いるのかな。
狼少女やイルカや犬の意識って、どんな何でしょう???
466鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/01 00:30
>107さん
俺は、小っちゃなころからひょうきんで、十五でそれに相応しい称号で呼ばれてもよかったくらいだったんだが、
実際は全く出鱈目なことになった。俺も黙ったんだ。
きっかけは不明。いじめとかは一切なかったんだけど。わからないや。性欲の目覚めとか転校とかかな?
幼児期の朗らかさというものは、俺において、よくぞあれほど見事にひっくり返ったものだ。
重ねてまずいのが、理性的思考においても凍りついたことだ。つまり思考が断片的で拙く、系統性が欠けていた。
俺は感受性が強いと一貫して言われて育った子どもで、論理的思考が得意だとは言われなかったし、思ったこともなかった。
子どもは誰でも理性に未熟なものだが、それが十年も二十年も続くと大変だ。
結果、ものを系統的に言えない青年が誕生する。自分の気分とか、物事の経緯がどうしても満足に表現できない。
それどころか内面の理性的思考においても、表現できてない。
後付けで分かったことだけれど、これがやり切れぬほどの痛みの元凶だった。
幼児期の思考の域って、こういうことかい?

とにかく、そんな日々が終わるときもあるものだ。それも、前回と同じ具合で見事にひっくり返る。
今や、まるで、十年余分を一枚にまとめた怒りと屈辱のカレンダーを、一息で剥がし切ったような壮快な日々だ。
それは、単純な意味で言う「哲学する」ことで解決したわけだ。自分の論理性の弛まぬ研磨の必要性に気づいたわけだ。
哲学者独特の、他の著述の仕方とは一線を画す精巧な論理性には、まったく頭が下がる一方だ。

返事サンクスこ。
467鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/01 00:39
>>437 ロウシさん
>>これについては、そこまでこだわる必要は無いと思う。
そうかい、失敬。俺も何言おうとしてたか忘れた。

>>貸借というよりは、主従の関係だとぼくは考える。
今、この二つの言葉を厳密に区別する労を、俺は厭う。二つの意識の状態があるのが分かってもらえればいい。
心象の空間(みたいな)のなかで、自分の声が「ぼそぼそブツブツ」と響いている状態のときと、
「ぼそぼそブツブツ」が一切なく、かつ、以後に思い出として記憶に残るであろうような状態のときと。

フラッシュバックって、自分で思い出そうと務めないでも、過去の情景が浮かんだり、
それに付随して嵐のような感情が湧いたりするようなことなのかい? 仕事中にやらかすと厄介なんだよな。

それにしても、悟り関係のスレでは、自分の苦しみを告白する人が多いね。
キッパリと訣別した証拠なのかな。
468考える名無しさん:04/04/01 16:52
>>465
>なんだ、じゅんさんアタリだったのか。
?どういうことだろう。

>一日に一回は何かにイチャモンつけていないと気が済みません。
うん。
おれはおっさんだけど、同じようだね。一回どころではないけど。

>赤ん坊はいつ主語と述語の技術を獲得するんでしょう? 主語にはじめて自分が居座ったら、どうなるんでしょう?
教育環境によって様々だと思う。赤ん坊は自分の領域も判然としないところから始まっている。また、母親に関しては
同じ肉体を共有していたこともあって体感的に通じるところがあるかもしれない。これも育児環境によるけど。

潜在能力的には無限ともいえる可能性を秘めているだろうけど、意識が分化されるには時間も必要だしやはり教育環境も
大きく影響すると思う。例えば会話が多い家庭とそうでない家庭ではかなり時間差が生じそう。
無言の家庭ではどうだろうね。
うちの長女は7ヶ月くらいの時から名前を呼ぶと確認するように自分の鼻を指差していた。
「おまえは鼻かよ」とよく突っ込んだ。息子は2歳近くまでそのような反応はなかった。

>狼少女やイルカや犬の意識って、どんな何でしょう???
狼に育てられたとされる少女は後に人との接触で言語を理解するようになったと記録されているね。
姉妹の発見時が十歳前後だからその頃までは言語による意識ではない。四足歩行だしね。遠吠えもすれば
夜目もきいたらしいし。
犬は人の言語を覚えるけど、視覚も使っているようだ。喜んだり、ふざけたり、遊んだり
いじけたり、ふてくされたりといったように見える行動をとる。面白い。
469107:04/04/02 00:28
>>466
>子どもは誰でも理性に未熟なものだが、それが十年も二十年も続くと大変だ。
>結果、ものを系統的に言えない青年が誕生する。自分の気分とか、物事の経緯がどうしても満足に表現できない。
>それどころか内面の理性的思考においても、表現できてない。
>後付けで分かったことだけれど、これがやり切れぬほどの痛みの元凶だった。
>幼児期の思考の域って、こういうことかい?

ちょっと違うような気がします。
「ものを系統的に言えない」とか「理性的思考が表現できない」という点で、
苦しんだ記憶はありません。作文とか大嫌いでしたが、
いつも適当なことをことを書いてやり過ごしていました。

私が言いたい「幼児期の思考の域」とは、
「反射」のようなものだと思います。
『何か言ったら辛い目にあう』→『なにも言わないでおこう』
こう考えた、実践しました。これを繰り返すうち、
『何も言わない』という行動だけがのこり、
それが私の苦しみの原因となったのです。
今思うと、20歳くらいまで
辛いことを回避する為に何か言おうとする
感情すらありませんでしたね。

おそろしい。
470107:04/04/02 00:31
(続き)
>とにかく、そんな日々が終わるときもあるものだ。それも、前回と同じ具合で見事にひっくり返る。

気合を入れてくれたのでしょうか。ありがとうございます。
今は多くの人たちの愛で私のこころは豊かになることができました。
愛をもらうと同時に、多くの人の見方・考え方を知り、
より自分を客観的に見ることができるようになったと思います。
だから、自分の苦しみにも気づけたのでしょう。
この苦しみとは一生付き合うことになると思いますが、
気づけたことで軽減もされたと思います。

それから、過去の反動からか、今は結構好き勝手やってます。
いや、おばさん化しているのかな・・・。
社内では直属の上司を完全無視することで有名。
(もちろん対応は人によります。)
「恐いね」と言われることもしばしば。
言い訳させてもらうと、奴は以前私が書いた「生ける屍」なので・・。
しかも普通に接すると、自分は偉いと勘違いし始める・・。
話がそれはじめたのでこの辺で。
471166:04/04/02 15:13
>>468は166のスレ。
472166:04/04/02 15:14
>>471
たびたび失礼。スレでなくレス。申し訳ない。
473鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/03 02:04
166さん
>>なんだ、じゅんさんアタリだったのか。
>?どういうことだろう。
別スレで指摘があったでしょう? 「まぬけ氏へ」から始まったやつ。あのとき判別できなかったんです。でも些細なことです。

>>後半
犬に自意識はあるんでしょうか。自分という主観を通じて、生きているんでしょうか?
犬に鏡を見せても自分を見ているという反応がありませんでした。ウチの犬だけかもしれませんけど。
主人にしっぽ振ったり、産んだ子どもを可愛がるのは、自分で考えてそうしてるのではなく、
本能による反射的な行動でしかないんでしょうかねぇ。

107さん
>『何か言ったら辛い目にあう』→『なにも言わないでおこう』
>こう考えた、実践しました。これを繰り返すうち、
>『何も言わない』という行動だけがのこり、
これぞまさに、理性的な思考の凍りつきじゃないんだろうか。硬直化した理性によって、反射的な判断しか為しえていない。
俺は、「何を伝えても、それは自分にとって二義的なことに過ぎない」→「沈黙していても構わない」だったけど。
違いといっても、顔のよく似た兄弟くらいの違いしか見当たらない。

でも、なんとかしてこれまでの理性的意識の話を悟りの話に関連させなくちゃね。今、考をまとめている。
474166:04/04/05 17:22
>>473
>あのとき判別できなかったんです。
なるほどそういうことか。
あの前にハルカがSのスレで晒したんだよ。おれがハルカに働きかけたのがきっかけだけど。

>犬に自意識はあるんでしょうか。自分という主観を通じて、生きているんでしょうか?
わからないね。

>犬に鏡を見せても自分を見ているという反応がありませんでした。
鏡の知識や認識がなければ人も同じだと思うよ。犬に関しても何度も繰り返し見せる
うちに認識するかも。

>主人にしっぽ振ったり、産んだ子どもを可愛がるのは、自分で考えてそうしてるのではなく、
>本能による反射的な行動でしかないんでしょうかねぇ。
犬のことはわからないね。
でも人も同じようなものだと思うよ。本能ばかりではないけど、事象に対する反応は
大方思い込みに照らして反射的・機械的だと思う。
「自分を見つめていく」にしつこく書いてあるよ。
475ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/04/05 21:57
まぁ、ぼくも、犬も人間も大して違いは無いと思うわけだが。

ぼくたちはたぶん、ぼくたちより優れた知能の持ち主から見れば、
ほとんど本能に従って生きているように見えると思う。
それは、ぼくたちが犬を見ているのと変わりないはずだ。

たぶん、犬はこう思っていてもおかしくない。
「ねずみやゴキブリには自意識があるんだろうか?」
476166:04/04/06 17:29
>>475
そうだね。
知能はそれなりに使わないと苦しみを生むかもしれない。

犬の話では主人に忠誠を誓ったかのようなものが多く、主人が亡くなって別の人が
餌をあげても食べずに餓死したというのもある。うちの犬では想像つかないけど。
犬ほどの知能がないものではそのようなことが起こるだろうか。

人は自分の知能を果たして有効に使っているのかな。苦しいんでいる人が多いことを考えると
かなり疑問かな。
477107:04/04/09 21:57
遅くなりました。
>>473
ちゃんと伝わっていたのですね。失礼しました。

>でも、なんとかしてこれまでの理性的意識の話を悟りの話に関連させなくちゃね。今、考をまとめている。
世間には私と同じように気づいた人が結構いるのではないかと思っています。

今、悟りに興味のある人が集まる場所に行かせてもらっています。
そこは、悟りに対しての強烈な意思を持ってくるような場所ではなく(と思います)、
ただ気分を変える為とか、心身の健康の為という方もいると思います。
そこには、「この人は気づいた人じゃないかな?」と思う人が、二人います。
極普通の社会人です。
実際にそういう話はしていませんが・・。
単なる直感というか、同じ匂いがするというか・・、思い込みかも知れません。
そんなところで「私は悟ったのかも」なんてこと、とても言えません。
(実際、会社で言ってみたら、「へぇ・・」と無関心だったり、
「オマエはそんなに偉いというのか!」と怒られたり・・。
偉いとか、そういうものではないと思うのですが。)
だから、気づいても皆そんなことは言わないのだと思いますよ。

ちゃんと解ってもらうには、自分の全てを曝け出さないといけないしね。
478鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/11 23:54
>>464
読んでるかな? 遅すぎるかな?
期待が大きい上に、一定の時間を経たあとで返事をもらうと、理解の妨げになる、
…というような性質を、期待や時間は持っていないことを俺は祈る。

*愛の罠について俺が思うこと*
はじめは、他の似たような感情の群生のなかに、全く同じような一つの芽生えとして認識される。
人生におけるさまざまな感情の内の、単一のものにすぎないように思われる。
人間、最初は育ちの早い雑草の芽生えの方を大事にするから、萎れかけることもある。
もっと悪いことが生じるのは、
その群生のなかに、迫真の予感とともに愛と呼ばれるような本当の生命の芽生えが見つかったばかりの時だ。
すると、大勢の思惑が寄ってたかって、本物を踏みつけながら、本物の代わりに他の雑草の芽生えを、愛と名づけて育て始める。
最悪なのは、
ガサツな手で本物の芽生えをつかみ、「これだ、見つけた! これしかない!」などと叫びながら、
植えかえたり、肥料をやったり、矯め直したり、散々引っ張ったり、要するにいじくり回すので、芽生えが花を咲かせないまま死ぬ。
そうすると、人間、「こんなものは下らない。馬鹿馬鹿しい。自己欺瞞だ」などと了解し合って、以後、全く見向きもしなくなってしまう。

…ようなことを、463さんは言いたかったのかな?
479鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/12 00:01
>>475
犬も人間も、動物的な本能に従って生きている点は認めるけれど、
二つを截然と分け隔てるものもある。今まで話題にしてきた理性のことなんだけど。
だって、人間の理性が「ワン」だけに退化して、代わりに尻尾が与えられたとしたら、
大部分の人間は落胆するだろうから。
言葉のやり取りが示す、人間と人間の遠い距離に、
ため息が出たり、相手のせいにしてしまいたいと思うときもあるけど。
480鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/12 00:55
…それで、やっぱり理性の話なんだ。
通常、人間の一生というと、生年月日から死亡年月日までの肉体の生存というように扱われる。
これはこれで現実的な重みがあり、疑う余地がない。

しかし、自分の一生を思うと、
明白な意識があって、理性に則した仕方で絶えずそれが働いていたこと、
という、上のとは異なった扱いを想定することができる。

異なった扱いというのは、
言葉には、肉体のような、時間上の生年月日や死亡年月日は認められないということ。生き物じゃないから。
この生き物じゃないものに、半ば本体を預けるような形で、人間の意識としての一生がある。
空間的にも、意識は明確な規定を持たない。
漫画の吹きだしのようなものが頭の隣にあったら、これ以上ない明確な規定になるけれど、それはない。

このように何が異なっているかと言ったら、
時間上にも空間上にも明確な規定を持たない仕方で、生きている生命がある、ということ。
481鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/12 01:31
このあたりは難しい…。トンデモ話をしているみたいな気がする。
ただ、次の事を防ぐことができる。

時間的にも空間的にも限定を受けた肉体の生存を人間の生命と見立てると、
手の施しようのない不合理に陥る。「生きる意味ってあるの?」と尋ねられても、答えが出てこないのがそれ。
いずれ死ぬのだから、そうした観点の生命にとっては全てが無に帰す。
他スレとかで、「人生に合理的な意味などないんだ。あるとしてもそれは死ぬことだ」と、
憤りとともに主張してくるニヒリストがいるけれど、その主張自体が言葉で成り立っている以上、
内容に逆らって、生きていて意味を有する別の生命への観念形態をさらけ出していることになる。
つまり、このトンデモくさい理性的な意識としての生命は、ニヒリズムへの対抗手段としてなら、有用性を持つ。

何もこんなに強調する必要もなく、人間が無意味かもしれない生存を、死に向けてこなし続けているのは、
理性によって構成された、もう霊的とも言えるような生命を残せることを、
誰もが(哲学書を開かない人でも)勘付いているからに他ならない。
482鉄冠子 ◆eXy.uUaIfM :04/04/12 02:08
>>477
ふーん。特殊なサークルなのかな?
俺は真剣に思想を交し合う友達は一人だけで、もう頻繁に会える仲でもなくなった。
ちょっと寂しい。

>そこには、「この人は気づいた人じゃないかな?」と思う人が、二人います。
二人。悟っている人って全面に満ちているものなのか全く乏しいものなのか、どっちなんだろ。
時々、自分が群畜から抜け出した得意満面な予感に達することもあるし、
反面、自分がやっと小市民的な営みの意味にたどり着いたんだなと恥ずかしげな気持ちになることもある。
483107:04/04/13 22:46
>>482
>ふーん。特殊なサークルなのかな?
いえ、ちょっと遠まわしな書き方をしてしまいました。
お寺に座りに行っています。座禅ですね。
こう書いてしまうと、「座禅をすれば気づける」と思い込んでしまう人も
いるかと思ってあんな書き方をしました。

大切なのは、広い世界や多くの人の見聞を知り、
その上で、自分はなぜ苦しいのか、どう生きていくのかを
考えることだと思っています。
座禅は自分を見つめる一つの方法だと思います。
寺には仏教思想があり、それもまた魅力です。

教会もいいと思いますよ。
実際、私の場合は牧師の発した言葉が「気づき」の瞬間によみがえりました。
教会に行くことを勧めてくれた方、教会の方達、牧師にはとても感謝しています。
ただ、そこには洗脳のプログラムのようなものが待っているので、
まずその辺をよく理解したうえで行くのが良いと思います。
フロイトの表現する「ほれこみ」だったでしょうか。
ヒトラーも人間のこの心理を利用したようですね。
484107:04/04/13 22:48
(続き)
>俺は真剣に思想を交し合う友達は一人だけで、もう頻繁に会える仲でもなくなった。
ちょっと寂しい。
そう。そういう相手、いないんですよね・・。
チョット前まで、同僚とお互い声を荒げて議論(というか言い合い)を
していたのですが、なんだか一段落着いてしまいました。

お寺では借りてきた猫のように大人しくしています。
最初は「そういう話がしたい」という希望もありましたが、
・・・無理ですね。
485107:04/04/13 22:50
(続き)
>二人。悟っている人って全面に満ちているものなのか全く乏しいものなのか、どっちなんだろ。
本心を言えば、「よくわからない」です。
迷いもあるし、人間の好き嫌いもあります。
ただ、「気づき」の前後で変わったこともあります。
それは、「怒り」の感情が「悲しみ」に変わったことです。

「怒り」の感情は「自分の思い通りにならない」
という所から出てくるものだと思います。
気づくことによって「思い通りにしよう」という意思の
無意味さを実感したのでしょうか。
よく分かりませんが、変わったことだけは実感できます。

仏教関係の本を読んでいると、「大慈悲なる心のお計らい」とかいう表現が出てきます。
仏教なんか興味のないころは、
「『大慈悲』の『悲』ってなによ?」
と思っていましたが、今は、
「怒」に取って代わった感情が「悲」なんだと理解しています。
486エヌ ◆XEvUT1ciAM :04/04/14 02:02
>それは、「怒り」の感情が「悲しみ」に変わったことです。
「怒り」の感情は、湧きあがってこなくなり、
同じ場面では「悲しみ」を感じるようになります。

それは「満たされない」原因を「どこに求めるか」だと思います。
「怒り」は「他」に原因を求め、
「悲しみ」は「自」に原因がある または 原因は「他にない」と思う、
「不安」は未来を思うときにあり、
「絶望」は不可能と感じるときです。
487107:04/04/15 23:24
>>486
>それは「満たされない」原因を「どこに求めるか」だと思います。
>「怒り」は「他」に原因を求め、
>「悲しみ」は「自」に原因がある または 原因は「他にない」と思う、
なるほど、確かに「怒り」は「他」に原因を求めているように思えます。
でも、「自」に原因があると感じるとき、
その感情は自分を責める「苦しみ」のように思えます。

イラクで誘拐された日本人3人の開放を求めるため、
先日、川口外相がイラクに向けて発言をしている場面を見ました。
はっきりとは覚えていませんが、
「日本人は、驚きと怒りを感じている」
こんな表現があったと記憶しています。
そのときに私は、
『「怒り」ではなく「悲しみ」だ』
と思いました。

武装勢力もアメリカも、
「自分の利益や目的だけを追求する」ようなことをせず、
お互いが相手の立場にたって物事を考える事ができるだけで、
血で血を洗うような行為を避けることができるのではないの?
と思い、悲しくなりました。
488166:04/04/16 09:48
>>487
>お互いが相手の立場にたって物事を考える事ができるだけで、
>血で血を洗うような行為を避けることができるのではないの?
そうだね。
それに関しておれは考えるところがあって2chにいる部分もある。

>「自分の利益や目的だけを追求する」
これは人の本質であり、人はそのようにしか行動しない。生存のためには大切なことだよ。

でもさ、考え方一つ。とらえ方ひとつじゃないかな。
おれはその「自分の利益や目的だけを追求する」ことで人はうまく折り合いをつけることも
可能だと思うよ。というかそのような人の本質を「悪」と決め付ける既存の思想体系にうまくいかない
問題の本質があると見ているよ。

くどいけど、自己犠牲や隣人愛は自分の利益のためにするというとらえかたもできると思うよ。
489107:04/04/17 00:59
>>488
>>「自分の利益や目的だけを追求する」
>これは人の本質であり、人はそのようにしか行動しない。生存のためには大切なことだよ。
そうですね。
「お互いの立場にたって、平和的に解決する」
これもまた、自分の利益・目的を追求する一つの項目になり得ますね。

ただ、人は身体とは別に、心も成長するものだと思います。
生まれてからしばらくは、自分中心でしか物事を考えられない。
そのうち、色々な人々と関わり、世間でもまれることによって、
自分中心の考え方だけでは、周りとうまくやっていけないことを
学習するでしょう。

自分と同じ民族・同じ宗教内でまとまる心、
自分と違う民族でも違う宗教でも理解しあえる心、
前者よりも後者の方がより成長した広い心ではないかと思います。
前者の心で利益を追求すれば、「自分たちの民族・宗教がよければ良い」
というところで留まってしまうのではないでしょうか?
詳しくは分かりませんが、
これが現状の一神教の抱える問題なのだと思っています。

「『より広い心を持とうとしない自分』の利益や目的を追求する」のではなく、
「『より多くの人の心を理解し相手を思いやることのできる自分』の利益や目的を追求する」、
このようになれないのかと思いました。
490エヌ ◆XEvUT1ciAM :04/04/17 16:36
イラク人質事件の報道のあり方、大勢はエゴ丸出しだった。
アメリカ人が数百人何人殺されようが、捕虜が殺されようが、民間人がバラバラにされようが、
誰も問題にしない。対岸の火事ぐらいにしか思っていないようだ。
イラク人が何千人死のうが、民間人が何万人殺されようが、対岸の火事程度だ。
ところが日本人が、拉致されたら大騒ぎだ。殺されてもいないのに、毎日、トップニュースになる。
人命尊重というけれど、なぜか日本人の人命だけが尊重なのだ。
同じ日本人ということ。これが、人命尊重の必須条件になっている。
つまり、人命が尊重されているのではなく、
同じ日本人の立場というだけの「私に対する扱い」の尊重ということだ。
491166:04/04/17 17:09
>>489
「思いやり」というのは共通認識的に「良い」雰囲気を付帯させてとらえられているね。
でも、本質は相手のことを考えるというところだから、「わからない」ことを自分勝手に
考えて「思い違い」をする可能性もあると思う。

相手のことを理解することは出来ない。出来たと思った時点で「思い込み」。人の気持ちは
常に変化可能。

でも、もしかしたら人の本質はみな同じかもしれない。それに気づくと人を理解する手がかりや
方法は見つかるかもしれない。

おれはみんな幸せになりたがっていると思うよ。幸せを認識しない人はほんの少しの喜びを
求めているかもしれない。
だけど幸せや喜びの形は人によって異なる。自分はこれが幸せ!という思い込みで相手を思いやっても
その人は別の形の幸せを望んでいるかもしれない。
幸せや喜びは形ではないかもしれない。
でも人がそれぞれの「喜び」を求めていることさえよく理解していれば君の望む状態が実現すると思う。
492166:04/04/17 17:35
>>490
確かにね。
でもあれは日本のメディアが商売的な利益を上げるためと、日本のメディアが求められている
と思い込んでいる日本関連の事件を報道するという本質に照らした場合、しかるべく行なわれた
結果だと思うよ。

君の分析通りだろうけど、日本人の立場を尊重した報道ばかりでもなく、危険地域に自ら赴いた
人質たちに対する認識の甘さを訴えていたものも少なくなかったんじゃないかな。

また、日本政府も危険地域に自衛隊を派遣させられないという法を作った手前、民間人に対して
イラクが「危険地域」だと明言して渡航を抑止できなかった不手際がある。

エゴを「悪い」ととらえるのは自由だけど、おれにはよくわからないが「エゴ」とされる
ものが人にはあるわけだろうから、認識をあらためて対処の仕方・利用の仕方などを検討したらどうかな。

人の本質がエゴならそのようなものなんだろ。それが出せない社会がおかしいとも考えられるよ。
社会はそうあるべきものではなく、どのようにでも作れるんじゃないかな。
493エヌ ◆XEvUT1ciAM :04/04/17 19:13
>エゴを「悪い」ととらえるのは自由
エゴが悪いなんて一言もいってない。それは思い込みだね。
人命尊重ということがエゴによる誤った見栄だよと指摘しているだけなんだよ。
494166:04/04/18 10:32
>>493
君の指摘したとおり「自由」だよ。
エゴに付帯する雰囲気が「悪い」ととらえたけど、思い込んでもいないね。
きみはエゴをどのようにとらえて使ったのかな?
495考える名無しさん:04/04/26 04:51
悟りを語るとき、どうしてもみんな私的言語になるんだよね。
それをわかってない奴が多い。他人が理解できないことが理解
できていない。それが、見ていてかわいそうになるんだよね。
496考える名無しさん:04/04/26 04:58
(´C_` )ソッスカ
497107:04/04/27 00:08
>>495
>他人が理解できないことが理解できていない。
人はそれぞれの「考えられる範囲」内でしか、思考が働かないようです。
色々な人と話すうちにだんだん分かってきました。
ただ、人には「考えられる範囲」を固定しようとする人と
「考えられる範囲」を広げることができる人がいるようですね。
私自身は後者でありたいと思っているのですが、
自分のことが一番見えてなかったりするのですよね・・・。
498考える名無しさん:04/04/27 22:27
天上天下唯我独尊
499人生最大の悟り:04/05/01 19:05

 知 性 と は 醤 油 だ 。

 何 に で も 醤 油 を か け れ ば 食 え る だ ろ う 。


とゆー人生最大の悟りを得たんで、書く場所を探してやってきました(藁)
でもsageなんだねえ・・・そらそうか
500考える名無しさん:04/05/01 23:30
醤油がなくても食えるぞ。

さて、どうする?
501人生最大の悟り:04/05/02 07:48
>>500
ヘルシーでつね
502考える名無しさん:04/05/02 11:38
>>501
ワロタ
503503:04/05/02 14:48
503 EDWIN
504考える名無しさん:04/05/02 15:30
>>499 プラス1を推奨。
ワラビ・ゼンマイ類は、灰汁でさらしてから食った方がよい。
でないと、身体に悪影響があると思われ。
505500:04/05/02 16:16
意味が伝わらなかったようだな。
悟りとは醤油もなんにもかけないで食すること。
506501:04/05/02 16:35
>>505
>>500の切り返しには、その辺も含蓄されていると思い
不覚にも笑ってしまった。
本人が自覚されているかどうかはわからんが。
507考える名無しさん:04/05/02 17:50
504は本人じゃないよぉ〜、、、面白半分で書いただけだヨォー
500は逃げた。
508考える名無しさん:04/05/02 17:52
>499コーヒーゼリーにお醤油かけて食べても多分美味しいと思わないよ
509タイラー:04/05/02 21:19
お前は ゙物゙ に支配されている
510考える名無しさん:04/05/02 21:34
>>505
いやだから、ヘルシーで良いんじゃ。
511考える名無しさん:04/05/02 21:53
アンカーがずれてる?
512107:04/05/03 02:16
>>498
『天上天下唯我独尊』
『梵我一如』
513考える名無しさん:04/05/03 19:48
結局のところ生とはむなしいもんなんだよなぁ〜
514考える名無しさん:04/05/03 19:52
死ねばいい
515考える名無しさん:04/05/03 20:11
ねばねばいい
516考える名無しさん:04/05/03 20:27
納豆、おくら、やまいも、搗きたての餅。

搗きたてのほかほかした餅のなかに、
山芋を摩りおろしたものと、納豆、刻んだおくらを包んで
がぶりと食べる。
517考える名無しさん:04/05/03 22:24
それで満足ですか?
518考える名無しさん:04/05/03 22:32

いいえ、それと、銀河高原ビールがあれば、いいよね
519考える名無しさん:04/05/04 09:41
空腹こそ最強
520考える名無しさん:04/05/04 11:57
答えを急がず、自然に…
521考える名無しさん:04/05/04 12:14
梵我一如。
全ては必然、決定論。

はい、全て解決!!
522考える名無しさん:04/05/04 12:20
天上天下唯我独尊
523ロッキー:04/05/04 12:21
神は我の上に人を作らず我の下に人をつくった
524考える名無しさん:04/05/04 12:22
射精したあとおしっこのでが悪くなる
525考える名無しさん:04/05/04 13:34
鼻クソをほじりすぎると、指が水虫になる。
526考える名無しさん:04/05/04 15:10

あーあ

悟りはトリビアか。
527考える名無しさん:04/05/04 15:24
マーフィーの法則は、悟りの書
528考える名無しさん:04/05/04 15:27

ロウシさんも呆れて何処かへ行ってしまったよ。
529考える名無しさん:04/05/04 15:32
私だって人間だもの
                ロウシ
530考える名無しさん:04/05/04 15:38
このスレで求められていたのは大乗的な悟りであり、
小乗>大乗の流れについていけず崩壊した。
ということでよろしいか?
531考える名無しさん:04/05/04 15:39

大乗夫

532考える名無しさん:04/05/04 15:46
居丈高 故にな・・・
533考える名無しさん:04/05/04 15:56
あ、仏教スレでしたか。お邪魔しますた。
534考える名無しさん:04/05/04 18:08
いまならできる 秒速10往復シゴキ
535考える名無しさん:04/05/04 20:09
人間が幸せに生きるために必要なのは自分の居場所
どこでもいい
ただ足を運ぶ場所がある、そこに安らげる人がいる
それだけでいい
一番幸せなのはその場所が残っているうちに死ねる事だろう
536老子 ◆8HdYpQBrEo :04/05/04 20:12
幸せは不幸が無いと感じる事はできない
だから不幸な状態を教えるしか無いでしょう
現代のように衣食住揃っている完全な幸せを手にいれてるのに
不幸をしらないから幸せを感じられないでしょう
そおなのか? 俺今ネカマにはまってさ。某板で痛いキャラをつくり
あげて大笑いしているよ。カヒミに似せようと思うんだが、そう言う服
ってどんな雑誌に載ってるの? オリーブ?
538考える名無しさん:04/05/05 01:51
神とは宇宙を存在させている力、幽玄両方にまたがる無限の法則を支配している力である。
何者も神と離れて存在するものはない。神の実在の何よりの証拠は、こうして私たちが存在していること、
そのものである。もしも神が存在を否定するとしたら、それは自己の存在、宇宙の存在、花を咲かせ、生命に息吹を与えた
偉大なる生命の源の存在を否定することになるだろう。
539考える名無しさん:04/05/05 02:01

訂正
神が→神の
540考える名無しさん:04/05/05 02:23
========================
================================================
創価学会員が奇妙な「哲学」を披瀝しています。
硯学の皆さん、この男の曲学を正してあげてください……。
                ↓
大切な想いをあなたに伝えたい/創価・公明@2ちゃんねる
http://society.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1083426009/

>名前:希水 ◆O5iHeCraTI 投稿日:04/05/02 01:36 ???
>現在の私たちには「知識」と「知恵」の調和こそ急務です。
>その知恵の源泉こそ妙法であり、この情報化社会という
>荒海も信心という無量無辺の知恵の舵で……

>第一に大切な点は「全体性」もしくは「連関性」です。

>深層心理学や生態学の成果が明らかにしているように
>人間と人間、人間と自然・宇宙との関係を追っていけば
>つながりは無限に広がってゆくでしょう。
>小宇宙(ミクロ・コスモス)と大宇宙(マクロ・コスモス)とは……
========================
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541考える名無しさん:04/05/05 12:51
========================
================================================
      哲学板住人vs創価学会員「希水」
静かなバトルが始まっています。「祭りの予感」
                ↓
大切な想いをあなたに伝えたい/創価・公明@2ちゃんねる
http://society.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1083426009/

カルト信者の「インチキ哲学」を紛糾しましょう。

>名前:希水 ◆O5iHeCraTI 投稿日:04/05/02 01:36 ???
>現在の私たちには「知識」と「知恵」の調和こそ急務です。
>その知恵の源泉こそ妙法であり、この情報化社会という
>荒海も信心という無量無辺の知恵の舵で……

>第一に大切な点は「全体性」もしくは「連関性」です。

>深層心理学や生態学の成果が明らかにしているように
>人間と人間、人間と自然・宇宙との関係を追っていけば
>つながりは無限に広がってゆくでしょう。
>小宇宙(ミクロ・コスモス)と大宇宙(マクロ・コスモス)とは……
========================
================================================
542考える名無しさん:04/05/05 21:51
このスレの流れからは、一種の悟りコンプレックスが見てとれる。

悟りを到達不可能な有難いものとした上で傷口を舐めあっているとスレが安定する。
逆にスレの趣旨である悟りの報告が始まると、定義論や煽り・荒らしが現れてスレを壊そうとする。

結局、このスレや哲学板で求められているのは
宗教ではなく哲学だと言い訳できる宗教なのだろう。
543kinpega:04/05/08 12:16
本当に可哀想なのは相手ではなく自分だ
         ↑
    この意味わかってもらえますか?
544考える名無しさん:04/05/08 13:22
本当の幸せを追求していった先には、多くの人々から見た不幸に辿り着く。
545I ◆9APf5HThHI :04/05/08 14:23
自分のメモ帳に書いてあることを何も考えないで貼ってみるテスト

この世界に本当に意味のあるものなど存在しない。

物質に意味を求めていった時、最後にたどり着くものは、「無意味」だ。
そんな無意味なもので作られた人間には、もちろん意味など存在しない。
存続するという無意味な目的を持って、今も存在する。

しかし、俺は世界が虚無だからと言って投げやりになったり世界に失望したりしようとは思わない。
この世界はとても面白いし、見ていても楽しい。そうだ。俺は俺の為に生きる。
人は社会や組織を作ると、ようやく意味を持つ。意味を求めればそれが永遠にループする。「AはBの為に、BはCの為に、CはAの為に。」と。その社会や組織というのは、広い意味を持っている。小さい組織では、個人であったり(AはAの為に)二、三人の家族や恋人同士。
大きい組織は会社(社員は会社や社長の為に、社長や会社は社員がいるから成り立つ)や、国や地球社会のように。
だから、人はむやみに死のうとは思うべきではない。俺はそう思う。

まあそれはどうでもいい、とにかく意味のあるものは決して存在しない。
決して。

これは俺が忘れないようにメモっておいた文章の一部です。
故に自分のみが見ることを想定しています。
文章が多少おかしくても無視してください。
叩くのはかまいませんが論理的に理由をつけてください。
546考える名無しさん:04/05/11 23:18
>叩くのはかまいませんが論理的に理由をつけてください。

叩くも何も・・・


>まあそれはどうでもいい、とにかく意味のあるものは決して存在しない。決して。

なら、他の人の意見も反論も無意味なら、聞く必要もない。


>故に自分のみが見ることを想定しています。

それなら、何も書く必要もない。日記に書いたままでいいんじゃないの。
掲示板に書き込む作業も無意味な存在だという証明をしたかったいですか?
これに、答えることも無意味なんでしょうけど・・・なんで掲示板を見て書き込みする必要はない。

>しかし、俺は世界が虚無だからと言って投げやりになったり世界に失望したりしようとは思わない。
>この世界はとても面白いし、見ていても楽しい。そうだ。俺は俺の為に生きる。

だったら、君の人生は君にとって意味があるんじゃないかなあ。でも

>とにかく意味のあるものは決して存在しない。決して。

と言う君は、分裂していないかなあ? どうだろうか?
別に叩くつもりは全然ありませんが・・・
547箜間桐孤 ◆TIGERSM8e. :04/05/11 23:39
>>545 自分も昔ちょうど同じような事書いたよ
    感動した。・゚・(ノД`)・゚・。
548考える名無しさん:04/05/12 01:03
>>547
君には思い遣りってもんが無いのかな〜
利他心とか愛とか。
もっと暖かいレスしてやれよ。
549548:04/05/12 01:04
ごめん
>>546だった。
550考える名無しさん:04/05/12 01:14
>549

ごめん

別に冷たくしたつもりはないよ
論理的にといわれたので・・・一応・・・彼のことは、嫌いじゃないよ・・・
じゃあ ほかには嫌いな人がいるんだな?
552考える名無しさん:04/05/12 02:32
あえて叩きます。

>物質に意味を求めていった時、最後にたどり着くものは、「無意味」だ。
>そんな無意味なもので作られた人間には、もちろん意味など存在しない。
>存続するという無意味な目的を持って、今も存在する。

唯物論が前提になっているが、自明だろうか?
存在は物質で説明しきれるものではないのではないか。

>人は社会や組織を作ると、ようやく意味を持つ。意味を求めればそれが永遠にループする。
>「AはBの為に、BはCの為に、CはAの為に。」と。その社会や組織というのは、広い意味を持っている。小さい組織では、
>個人であったり(AはAの為に)二、三人の家族や恋人同士。
>大きい組織は会社(社員は会社や社長の為に、社長や会社は社員がいるから成り立つ)や、国や地球社会のように。
>だから、人はむやみに死のうとは思うべきではない。俺はそう思う。

この意味というのは、一時的で表面的なレッテルだろう?
もちろん死を避ける可能性はあるし、それを否定するのではない。
ただ、本質的な意味と言えるものではない。
553548:04/05/12 02:32
>>550
そうでしたか、スマソ。

本題に戻ると。。。
意味の有る事は無い。。。。か。

確かに意味は無いかもしれない、
有ったとしても理性で理解出来ることではない。
それは理性の限界を越えているから。

悟りとは感じること。
それでも納得は出来る。
554548:04/05/12 02:35

人間はその存在に意義を求めたがる。

だが、人間自体には無い。

意識の存在が重要なのだ。
555考える名無しさん:04/05/12 09:01
マンコはぐろい
556考える名無しさん:04/05/13 04:01
エクスタシー
   エクスタシー
557考える名無しさん:04/05/13 04:31
人間は、と始まるのか?
人生、か?
どっちでもいい。
それぞれに大事なものが、
傷つけ合う事無く存在できる世界、
欲望と本能の頸城から逃れられた時、
誰もが幸せな、
ユートピアが、
少なくても、自分の心に在ることが許されるならば。

ユートピアを求めるなら、
そこに必ずその世界があると信じたいから。
今はまだ、途中だけど。
558考える名無しさん:04/05/13 07:36
>>557
欲望と本能の頸城って何?
ののたんののたん
560考える名無しさん:04/05/15 00:23
あんたはえらい
561考える名無しさん:04/05/15 00:26
いいや、そうでもないよ、へへ
562考える名無しさん:04/05/15 01:42
悟りの書をゲットして、ダーマの神殿にむかうところです
563部外者:04/05/15 01:46
氏ね
564I ◆9APf5HThHI :04/05/15 01:56
再び何も考えずてす

本当に、脳だけなのか?
心というやつを作っているのは、タンパク質の塊だけなのか?
確かに精神は、完全に肉体に依存している。
肉体があるからこそ、世界を知覚し、考察する事が出来る。
体こそが、唯一外界と自分をつなぐもので、脳だけが、感情や記憶や理性を持たせている。
でも、
本当に、
それだけなのか?
もっとほかに、あるんじゃないのか?
脳や感覚器官のほかに、あきらかに世界を知覚しているものがある。
肉体を媒体として、外界を知覚している“魂”が確かにそこに存在する。

もし本当に脳と肉だけで生きてるのなら、ロボットと同じように、自動的に動き、勝手に社会を作っているはずである。わずかな時間の中で。

でもリアルタイムで知覚している“俺“が、確かにここに、存在している。
前田知晃でない“俺“が、ここにいる。

これは俺が忘れないようにメモっておいた文章の一部です。
故に自分のみが見ることを想定しています。
文章が多少おかしくても無視してください。
叩くのはかまいませんが論理的に理由をつけてください。
565I ◆9APf5HThHI :04/05/15 01:57
注:仮名ね
566考える名無しさん:04/05/15 02:23
>>564
本名書くなぁー!
削除依頼出せば?仮名ならスマソ。
(あと、これに対するレスは仮名です。が懸命。)

現代科学は物質以外の存在を否定してないよ。(○槻教授とかね)
世界の存在は未だに人間も掴めてない。
だから哲学板での議論になるんじゃないかな。
567I ◆9APf5HThHI :04/05/15 02:48
仮名ですよ
だって、「俺でない“俺“が、ここにいる。」
だったら変でしょう。仮名って書くの忘れてレスしちゃったけど。
でも、忠告ありがとうございます。
568考える名無しさん:04/05/15 03:47
569考える名無しさん:04/05/15 10:22
悟りとは宇宙との恋愛体験だと思う。
人に激しく恋すれば、世界が変貌して見える時がある。それまでに
蓄えた知識、経験で培われた自我が崩れるときにそれは起こる。
物に恋したり、組織に恋したりするように、世界や宇宙に恋すると
き物と心の和集合の部分で、確固とした存在に見える物質世界の枠
が崩れて、人の五感に対して全く新しい世界の扉が開く。
恋愛と同じくそこで壊れる人もいれば、生まれ変わって新たな認識
に到達する人もいる。それは言葉では表現しきれない世界経験であ
る。ほとんどの人は自我が壊れるほどの恋愛をしないように、激し
く答えを求める人のごく一部に悟りは現れるだろう。
570考える名無しさん:04/05/15 18:10

なるほど、うまい表現ですね。

ベートーベンの第9、歓喜の歌も悟りの状態を表していると思います。
571考える名無しさん:04/05/15 20:34
>>569
まるで「うる星やつら」の、めがね みたいだね。

なんだとー もろぼしーっ !
572考える名無しさん:04/05/16 12:24
>>571
ほんとだぁ
573考える名無しさん:04/05/18 22:35
574考える名無しさん:04/05/25 22:16
恋愛話の続きですが、
最後に鍵となるのは意識とこころである。意識から全ての認識が生
まれるし、その意識をコントロールするのはこころである。この世
は物質の枠組みがあるために、こころによって物質は影響を受けな
いが、あの世はこころによって世界が影響を受ける。
 悟るとは詰まるところあの世とこの世は地続きであることと、我
々を見守っている意識とこころが遍在することをこころから納得す
ることであろう。この世は過去から連綿と連なっている因果のタペ
ストリのような世界であり、しかも氷山の一角である。
 この世は果てしなく多くの異世界の共有作業領域であり、その間
を行き交うのが意識とこころであろう。悟ったあとでも人間は生き
ていく。意識とこころを育む場としてのこの世で何を為すのだろう。
普通に生きていくのが一番難しいのかもしれない。
575考える名無しさん:04/05/26 12:03
全ては虚しい塵と影
576考える名無しさん:04/05/27 07:25
>>570
第九交響曲第四楽章「歓喜の歌」は、悟りの状態を表しているのではなく、
悟らんと、苦悩している状態ではないかと思います。
交響曲の文法を、あえて破壊し、終楽章に、このようなものをもってきたところに
作曲者の苦悩を感じます。もちろん、聴いていて感動はしますが。

ブルックナーは、ベートーベンに傾倒しつつも、この終楽章には
大いに疑問を感じ、交響曲第五番の終楽章で、1−3楽章の主題を否定するパロディーを
展開しました。

さらに、交響曲第八番では、終楽章のコーダで、1−4楽章の主題を
同時に鳴り響かせるという大胆な試みを行いました。
単なる技術の問題ではなく、深い思想に裏打ちされた第八交響曲を
聴いていると、指揮者も、オーケストラも消え、コンサートホール
の天井を突き抜けた、はるかな高みから、大いなるものが姿をあらわすような、
それと一体になるような体験をすることがあります。生きていてよかったと
思う瞬間です。

スレ違いなことを書いているようですが、
私には、これが569さんが書いていることのような気がします。
577考える名無しさん:04/06/01 12:53
かかって来い卑しい豚どもよ
578考える名無しさん:04/06/01 13:48
人に伝えられるようなものは悟りとは言えんね。
579考える名無しさん:04/06/01 16:34
悟りが最終的なゴールではない。
580考える名無しさん:04/06/01 18:11
悟りは誰にでも宿っている。たまに体から白い毛が生えるように。
581考える名無しさん:04/06/01 22:51
>>581
そりゃ白髪やろ
きみたち、むずかしく考えすぎ。

すべて生きているのはすべて 自分のために生きているの!
他人のためにも生きていられるのは余裕のある人だけ。 まずそんな人は居ない。
あなたのためを思ってとゆうひとほど自分の気が済むためにゆっているにすぎない。

そう考えると世の中は大変単純に理解できる。
坊主も医者も政治家も弁護士も篤志家もボランティアも旧家の旦那も
牧師さんも役人も芸術家も農家も漁師も介護士も看護師も
すべて 自分のために 仕事して程度に応じた対価を得て生きているのです。

親、家族、親戚も基本は自分のために生きている。
子供や夫、妻のために生きているわけではない。
ただ、職業とは違って 家族のため の部分はいくぶん多いと思う。

しかし、人が生きるのは すべて 自分のため。 これなくして人は生きられない。
583考える名無しさん:04/06/02 15:14
最近分かった事は、自分が「無私」の概念が好みだという事である。だから、
他人でも「無私」のような態度、気持ちが見られる人が好みになる。582
さんの言うように、100%の「無私」がこの世に存在しない事は理解して
いるつもりだし恐らく真実であろう。今まだ40歳の若造に過ぎないが、あと
3〜40年後ぐらいには、バランスの取れた「無私(に近い)」の態度・心を
持てればいいな、と考えている。
584考える名無しさん:04/06/02 16:27
>>582
あなたは餓鬼ですね。
悟りに至るまであと何回転生すれば良いのやら。
585考える名無しさん:04/06/03 00:21
>>582
まったくその通りであります。私が声を大にして言いたいことを
ずばり言ってくれました。

他人の為に生きる人の話をよく聞きますが、
生活に余裕のある人か、裏の話のある人の言うことなのでしょう。
しかし、根本的には自分が一番大切なわけであり、その為に生きているんです。
そーですよね。

>>584
餓鬼の絵を見たことありますか?その醜い姿は難民にも似ています。
その世界では、物を食べようとすると燃えてしまい、
一度も食べることを許されないそうです。
その貪りの心は感情を表に現し、この程度ではありません。
582さんは、人間の奥深くに潜む”本当の人間の姿”を言っているのです。
586考える名無しさん:04/06/03 01:37
もちろん状況によって人の心は移ろうでしょう。
ただ、餓鬼の状態を本来の人間の姿とするのは、
短絡的な性悪説と変わりが有りません。
587考える名無しさん:04/06/03 03:09
 悟りとは欲望を超えた
無意識を得たいとする欲望である。
 0から始まり0に終わることの
自己成長否定から、
ごく僅かな収穫を得たいとする欲望である。
588考える名無しさん:04/06/03 05:29
ひとつだけわかったのは
わからないということだけ
589考える名無しさん:04/06/03 06:13

解らないものは何か?

は解りましたか?
590583:04/06/04 09:56
悟りには色々なパターンがあると考えます。582さんのような悟り型も「あり」
なんでしょうね。ぜひ極めて頂きたいと思います。(しかしながら、究極の「自分
のため」はどうなるのでしょうか?私は非常に興味有りますね。582さん是非
教えてください。)
591考える名無しさん:04/06/05 01:23
age
592エヌ ◆XEvUT1ciAM :04/06/06 00:02
エゴには2種類ある。
自分の存在を守るためにするエゴ。
自分のイメージを守ろうとするエゴ。
どちらも、身についていて当然のもの。
人の行動の動機はこのエゴから生まれている。

自分のために働き、自分のために家庭を持ち、
自分のために仕事して対価と評価による満足を得ている。
これが上のエゴ。

人に施しをする。隣人に施しをする。
自分のイメージが良いことに満足する
これが下のエゴ。

このエゴを見なければ、一体何を見つけられようか。
問題はここにある。この問題を避けて、何を解決できようか。
「無私」はこのエゴを素通りしては訪れない。
593考える名無しさん:04/06/06 00:34
そうだな
>>592
見事。
自分のエゴを認めない人は危険ですよね。
595考える名無しさん:04/06/06 00:44

でもコテハンに言われてもな〜
596考える名無しさん:04/06/06 00:44
見事。
自分のエロを認めない人は危険ですよね。
このスレすごい長く続いてるね。

「悟り」とは原始仏教を学べば分かるでしょう。
お坊さんすら本当の仏教を知ってる人が少ないのが今の現状だけど。
>>596
それも正解。
599考える名無しさん:04/06/06 01:22
お前たちは悟った気になってるだけ。
第一、仏典を読んだところで、それは
本当に仏陀の言ったことか分からない
もしそうであっても編纂したのは弟子
であって、本人ではない。伝えられたことを
全て正しく受けとれるわけはないし、
弟子の都合のいい様に歪められている
ものと考えてまず間違いない。
例え、仏陀が悟りを開いていたとしても
原始仏教から悟りを得ることは不可能。
>>599
ちなみに自分が悟っているだなんて思ってません。
現在の葬式仏教は宗教と見ていいでしょう。
しかし、原始仏教は哲学に近いです。
釈迦の説いた「純度100%」の仏教は残ってないだろうけど予測することは可能。
師匠の教えに「手垢」をつけずに後世に伝えることのできるような優秀な弟子ばかりでないことも最初から計算済み。
601考える名無しさん:04/06/06 02:23
予測など不可能。
もはや、見るも無残な結果となっているだろう。
手垢程度ならよかったんだがな。
602考える名無しさん:04/06/06 03:53

常識的な思考から抜け出せないでいるな。
603考える名無しさん:04/06/06 08:28
>>600
予測では悟りを開くことにはなんないんでは?
>>601
今のお坊さんはお経の意味も分からずに唱えてる始末。
今の仏教を見るだけではまったくの別物だから予測などできないだろうけど
少ない文献から原始仏教を勉強している人もいるぐらいです。
>>603
釈迦とまったく同じ精神構造でないと「悟り」と呼べないなら誰も悟れないでしょう。
「悟り」を開いても死ななくなるわけでも煩悩がなくなるわけでもない。
そうなるんだったらそれは「宗教」に分類される。
原始仏教は生きる人のための哲学だから。
「悟り」はあくまでもそういう精神状態。
まず「悟り」の状態を理論的に納得すること。
これはまだ悟りを開いた状態ではない。
次に長い年月をかけて心の奥底から完璧に「悟り」の状態を納得すること。
これが「悟り」。
605考える名無しさん:04/06/06 14:27

なんかチグハグだな。
しかし、当たらずとも遠からじ。
>>605
自分も勉強中ですので。
間違いがあるなら指摘しつつ訂正してください。
607考える名無しさん:04/06/07 00:43
原始仏教つまりインド哲学における悟りの境地は
宇宙意識のと一体化。
この境地に達したものは至高の意識レベルを共有する。
釈迦もまた然り。

その境地は永遠そのものであり、
また煩悩と我は完全に滅却している。

悟りの境地を持続したままでは生きて行くことは出来ない。
この世に戻って来たならば、
自らの生命維持の為に適宜我欲を取捨選択しなければならない。

※ここからが重要

生命には共通の意識レベルが有る。
その認知をベースとし、無私の利他心を重要視して
社会を構築して来たのが、東洋社会。

西欧の利己主義に犯され、
この社会様式は崩壊しつつある。
餓鬼の跋扈する世界の出現。

真の豊かさは利他心に宿る。
608考える名無しさん:04/06/09 03:05
悟りというのは、すべての人に共通共有のものなのか?
つまり、みんなそこでは『同じもの』を見ているのか?
その人の今までの人生経験だったり個性というものが反映したりはしないのか、個性を越えた上位概念なのか?


我が消える、というのは、欲望が消えるということか?それとも自分という『個』が消えるということか?
そこでは自分という『個』を維持した上で自意識みたいなものはあるのか?
それとも個性が消えて共有意識みたいになるのか?



「肉体を喪失しても、思考はネットを巡り、個を特定したまま、その存在を維持し続けられると?」
「殻を捨てた意志が、ネットの海で個を維持できるとは考えにくい」
「じゃあ生きてなお個を喪失し続ける者にとって、この世界は絶望?」
「何をして絶望と捉えるかね」
「とりあえず死んでみるって手もあるんじゃない?」
609考える名無しさん:04/06/09 22:06
肉体は精神に影響する
個人的に、体鍛え始めてから精神状態も充実して安定している
悟りについてもやはり肉体との関係は無視できないのではないかと思う
610考える名無しさん:04/06/10 07:55
悟った。
もう書き込みは、やめる。
611考える名無しさん:04/06/10 21:19
「悟り」それはスタート地点に立つということである。
612考える名無しさん:04/06/10 22:03

吉永さとり
613考える名無しさん:04/06/11 02:26
614考える名無しさん:04/06/12 03:59
w
615考える名無しさん:04/06/12 22:29

最近、ほんと、このような悪戯を行なう愉快犯が多すぎる。

昔は、ほんの一部の者だったのが、今や誰もが加害者になりうる。

なぜだろう。 そこで、社会学が登場するのである。

しかし、社会学は、はたして科学といえるのだろうか。

なんてことを考えていると、 あっ、

『科学と方法』ポアンカレ を思い出した。 再読しよーとっ ! 

で、小腹もすいたので、ポアンカレーを作ろうっと !

って、それは、 ( 略
616神の子:04/06/12 23:56
( ・v・) 23歳になる直前に死にかけて誕生日から4日だけ悟ってたよ
617考える名無しさん:04/06/12 23:59
人生はなんてたちの悪い冗談なんだろう。
618考える名無しさん:04/06/13 00:14
>>616
残念だったね

>>617
>人生は、〜
と、読点( とうてん ) を、打ったほうが読みやすいよ。
619考える名無しさん:04/06/13 06:05
インドのブッダガヤに行った時に会ったインドの坊さんと
チャイ飲みながら聞いた話。
  悟った人はブッダとか聖人とか呼ばれるけど
  その人がもっと修行するとまるで普通の人に戻る
  Maybe
とインド訛りの英語で言っていた。
ブッダガヤは笑えるくらい俗な町だったけど
示唆に富んだ話が聞けてよかった。
  
620考える名無しさん:04/06/14 11:50
酒の力を超える悟りは、無いな。
>>619
こん〜
はつよろ〜
インドの話し、もっと聞きたいですね〜
聞かせてください、【キボン
622ハルカ ◆0tZOcyVq86 :04/06/25 17:54
ああ、もう。
本当に…ハッキリ言っとこう。


人間は決して救われない。
如何なる救いも有り得ない。
そもそも生存している自体が−生誕した事それ自体が元凶なのだから。
生誕したそれ自体が【不幸】や【苦】の入口なのだ。
釈迦が言った【生老病死】の本当の意味とは。
本来なら【生】だけで十分なのだ。
すべては【生】から派生するのだ。
『生』きているから『老』いる。
『生』きているから『病』む。
『生』きているから『死』ぬ。
【老・病・死】の苦などは【生】の苦を一段と際立たせる為の補強材料、付随に過ぎない。
正しくは【四苦】ではなく【一苦】なのだ。
生れ落ちたそれ自体が【苦】の始まりなのだ。
何処ぞの低脳祖師や馬鹿学者の言う様な『生れ落ちた時の苦しみが【生】の苦なんだ』なんて事じゃない。

そして【苦】からの完全な脱却は絶対に不可能だと断言出来る。
何故なら【生命】とは【苦】の『大量生産装置』であるからだ。
生産能力を限りなく低くしたとしても決して0には『成り得ない』。
生存を続ける限りは『【生命】という名の大量【苦】生産装置』は停止しないのだから。

いつまでも【悟り】を『新しい生き方』『素晴らしい価値観』『大いなる救い』等とほざくド低脳の猿どもへ。
ありったけの親愛を込めて。
623考える名無しさん:04/06/25 21:24
【苦】という一面だけを抽出してどうするよ。
悟りたいという欲の深さがもたらした「深いあきらめ」なのか。
何かを探す前に、自分を許してあげなよ。
624考える名無しさん:04/06/25 21:35
悟りって、何も考えずに生活してるときだと思うんだけど…。
てすと
>>625
すみません、他のスレで、書き込めなくなりましたので、テストさせていただきました、m(_ _)mペコリ
627ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/06/26 04:50
いまだに落ちないのか、このスレは
628ハルカ ◆0tZOcyVq86 :04/06/29 18:59
>>623
…だから『ド低脳の猿』だっつーんだ。
いいか?
釈迦が、シッタルダが何を説いた?
【苦諦】だ。
【生老病死】の【四苦】だ。
それすら、心底実感しないで何が【悟り】だ。
何が
>何かを探す前に、自分を許してあげなよ。
だ。
その頭かち割って出直せ。
629親切な通行人:04/06/30 00:45
>>628残念ながら、それは君の描いた君のためだけの君にだけ当てはまる、君の
サイズにジャストな世界観にスギナイよ。早く素に戻る事だ。必死な事はよく
わかるんだけどね。そのまま行っても、結局同じメンタリティーのくりかえし
じゃない?
630考える名無しさん:04/06/30 02:32
>>628
ゴータマ・ブッダが説いた【苦】はサンスクリットでdukka【意のままにならない】というニュアンスだよ。
漢訳するときに【苦】という字をあてただけで、正しくは「生老病死も自分の思い通りにはならない」という意味。
しかも後の4世紀に成立した般若心経(般若経典群の一つ)では【無苦集滅道】とゴータマ・ブッタの説いた四諦も無いとバッサリ。
よもやゴータマ・ブッダだけが悟りを開けたとは言うまいよ?
ハルカ◆0tZOcyVq86 の五感にはこの世は苦痛に満ち溢れたものなのだろう。
【苦】の意味を取り違えて「心底実感」しては、さぞや生きるのも苦しかろう
しかし君は夏の桜を見て「この木は花が咲かない、もう切り倒してしまおう」と言っているようなものだ。
あちこちのスレで『ド低脳の猿』とか悪言を吐くのは、もうやめないか?
人を罵倒しても君の感じている苦しみとは関係ないだろう?
口を開けばハラワタまで丸見え、まるでアサリだよ。
ちなみにゴータマ・ブッタは入滅の地クシナーガルに向かう途中
「この世界は美しいものだし、人間のいのちは甘美なものだ」(大パリニッバーナ経・梵本)
と言っている。
人の人生=苦しいなどと、囚われてはいけない。




631考える名無しさん:04/06/30 08:09
最近、自己中心と他者中心について考えています。私なりに分類してみました。自己中心は、
1 desire 2 control 3 hypocrisy。他者中心は1 help,support 2 compliance
3 sympathy。こういった分類で適当かどうか、ご判断ご意見いただければありがたいです。
632考える名無しさん:04/06/30 08:12
>>631
なんで英単語で説明するのかちょっとわからん。
633考える名無しさん:04/06/30 08:37
悟り=勘の良さ(割り切りが早い)
悟られ=勘付かれ易さ(分かり易い)
634631:04/06/30 09:30
>632
日本語で、1物欲2支配欲3偽善 1援助2従順3共感 と書くと何か私の感じてる
ニュアンスと違うのです。不自然な書き方で申し訳有りません。
635考える名無しさん:04/06/30 09:37
>>634
なるほど、余計なこと言ってごめんね。
636ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/06/30 13:47
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。
あるは音楽と彫刻である。」

夏目漱石 『草枕』より抜粋

人の世が苦しければ、住み易いようにすればいいだけ。
その苦しさを味わっているのなら、創造的なものにその苦しみをぶつければよいかと。
ここで吐き出すのはお門違い。

少しでも精神修行をすればそんな事はわかってると思うんだが。
637考える名無しさん:04/06/30 15:35

釈迦は、錬金術は不可能であると言いたかったのか。
638考える名無しさん:04/06/30 15:49
アニメや同人誌やゲームがはやってますね。>>636
>>630
ありがとう ございます。
手をあわせて、読みました。
わたしのよく、スレに、コピペして、紹介させていただきました。
ご報告します。

坐禅と見性(机龍之介はアクセス禁止)
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1084840058/
640考える名無しさん:04/07/03 11:47
641考える名無しさん:04/07/03 11:50
>>639






























仏壇のコマーシャルかな。
642http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/ihou/1084110655/l50:04/07/03 11:51
643質問!:04/07/03 21:19
いままで優秀な音楽を創る事ができれば優秀な映画を創る事ができると
思っていたのですが、この辺の才能の分別ってのはどうなってるのですか?
例えばウォーホールって映画もやってましたがどっちも一流。でもゴダール
には音楽創れなさそう。。
これはやっぱ「脳」の医学的問題なのですか?幼少の頃からの環境とかが
関係してくるとか。。っていうのは私自信、音楽も絵も映画も好きなんで
どのみちで食っていこうか悩んでるんです。教えてください!

東京都
学生 まみ(20歳)
644まみ:04/07/03 21:22
よくわかんないこと言ってますね。
つまりさああ ゴッホに絵が無くて音楽をやっていればモーツアルトに
なりえたの?
645考える名無しさん:04/07/03 21:27
オーホルの映画が一流とかいってる時点でさようなら。
646まみ:04/07/03 21:48
ヲーホルの映画が一流じゃなかったところでなぜさよならされるの?
わたしは才能について聞いてるだけなのですが。。

っていうか「ヒート」とか言うのしか見てないんだけどね
647まみ:04/07/03 22:27
すいあせんがもういいです。くだらない質問をすいませんでhした。
明日も暑くなりそうですね。
ありがとうございました。
648考える名無しさん:04/07/04 03:07
万物は隔てなく一つであり、
空間の感覚も、時間の経過の間隔もない。
自己とそれ以外の世界との間に境界はない。
そもそも、主観的な自己というものがなく、絶対的な合一の感覚だけがある。
思想もなく、言葉もなく、感覚もない。
心に自我はなく、純粋な、未分化の気づきとして存在している。


対立や葛藤や矛盾は、融和的で完全な『一なるもの』の中に解消する。
一言で言うと、宇宙に溶けるイメージ。
649考える名無しさん:04/07/04 13:08
ただあるようにある、それだけ
650考える名無しさん:04/07/05 00:46
精神病にも似てるよね
坐禅と見性(机龍之介はアクセス禁止)
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1084840058/

ここも、生きて よく動いているよ。
652考える名無しさん:04/07/19 22:29
坐禅と見性第2章☆平等と自由を学ぶ
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1090052679/
653考える名無しさん:04/07/27 13:03
迷うことは悟ること、悟ることは迷うこと







654考える名無しさん:04/08/04 16:13
自分にとっての幸せとは何か?ということを悟った。
私にとって幸せとは、何かを考えることが出来ることと、
何かを選択できることだ。
その選択によって自分が破滅の道を歩くことになっても、
選択できたという時点で私は幸せ者だ。
と、言うわけで、私は考えることを選択する。
655考える名無しさん:04/08/14 05:39
宇宙がいかにして生まれ、地球が出来、山が生まれ、海が出来、
と言うのを勉強した時、自然への、と言うか大きなものへの
畏怖に自分がちっぽけな事を悟りました。


こんなんでいい?
656考える名無しさん:04/08/14 05:45
色即是空 空即是色
657考える名無しさん:04/08/14 05:53
アンドレジイド「背徳者」
658考える名無しさん:04/08/14 07:30
>1
創価カルトの臭いがプンプン
659考える名無しさん:04/08/14 08:27
よくもわるくもあおりなしでいこう
660考える名無しさん:04/08/18 21:03
死ぬほど坐ってみたけど、悟りなどもうどうでも良くなった。
661考える名無しさん:04/08/18 21:05
>>660
それでいいんじゃないの?
「君子危うきに近寄らず」と同じもんだと思うけどね。
662考える名無しさん:04/08/20 20:58
    ∧_∧   
  ( ´∀`)< あぬったら〜♪

663考える名無しさん:04/08/22 02:37
たまにはババンとホシュ
664考える名無しさん:04/08/22 02:38
もう一回ホシュ
665考える名無しさん:04/08/22 15:25
>>662 づれてたのでもう一発
 
  ∧_∧   
( ´∀`)< あぬったら〜♪
666考える名無しさん:04/08/22 15:26
やっぱりづれるな〜
667考える名無しさん:04/08/22 15:35
これでどうかな?

    ∧_∧   
  ( ´∀`)< あぬったら〜♪
668考える名無しさん:04/08/22 15:36

だめだ----------------------------------------------------------------
669考える名無しさん:04/08/22 15:38
>>660
うまい。
670考える名無しさん:04/08/26 18:50
最近は自分の良心が自分の本体であるような実感がある。
671考える名無しさん:04/08/26 18:50
最近は自分の良心が自分の本体であるような実感がある。
672考える名無しさん:04/08/26 18:55
その実感は、ほとんど当たりに近いと俺も思う。
673考える名無しさん:04/08/26 18:57
>>1
まんこーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
674考える名無しさん:04/08/27 00:42
人間が悟ったら、こんなふうになるんじゃないか、
っつー例を創作物中の人物から少し紹介。

手塚治虫『ブッダ』の、アッサジと獣になった男
映画「敦煌」の仏画師
映画「ディーバ」の悟りの境地にいる人

お勧めのがあったら紹介してくんろ…
675考える名無しさん:04/08/27 12:52
ひらくんじゃなかった…orz
676考える名無しさん:04/08/29 02:28
つまるところ相対主義なんだろ?
677十二使鳥:04/08/29 02:58
このスレ長いなぁ〜。その8か。
678考える名無しさん:04/08/29 05:11
しょせん全ては穴
679考える名無しさん:04/08/29 05:22
くだらね
680レス暮れさん:04/09/06 01:06
はじめて書き込みします。
よろしくお願いします。

悟りについてですが、
私自身は、悟る・悟らない・悟ろう・等々 人それぞれだと思っています。

しかし、弥勒さんが135で書いたように分類するならば、
@の理解する悟り、Aの神秘体験する悟りも「あり」だと思います、
でも生きている以上、無やあるがまま生きることは出来ませんし、
神秘体験をし続けることも難しいと思います。
だから、
そういうこと(@、A)を理解しつつも、
「自分の道を歩む」ことだと思っています。
だからBに近いかな。

でも今の自分がBを実践できてるかどうかなんて自信ないです。
多分、毎日が自分の感覚としっくり合致して生きている境地、
みたいなものを持ってる人って羨ましいです。

なにかレスくれると幸いです。
681考える名無しさん:04/09/06 16:17
高尚な心境に達するのが悟り、とは如何なものか。


日々をあるがままに生きる、これこそが悟り。


されど困難。


ほどほどの妥協で生きる、これが人にできる悟り。
682考える名無しさん:04/09/06 16:29
浅間山 容疑がかかると 人に降る
683考える名無しさん:04/09/13 23:35:42

    サトリ ダッテヨ…ブハハハハッ♪  (o_ _)o バタ !!
684はとみね:04/09/14 01:17:31
>>680
レスを提供してやろうじゃないの。
忙しいのでメモをそのまま載せるから、不具合があるだろうし、ズン長いんだけれど、
よろしくねん。


今日の読書で、仏教に了義教と未了義教という考え方があることを知った。
「了義教」は、その説くところが完全な真理を示すものであり、
それに反して「未了義教」は、そこに書かれた文字をそのままに信じるべきでなく、
無明の人を真理へ導く"方便の教えとしてのみ"理解されるべきものである、という。

ナーガールジュナの著作でこのことを知った。小乗と大乗の張り詰めた論争の中で、
最後の最後、「仏陀が言ったから」という理由を切り札に、自論を防御する場面で使われていた。
そこで、相手はこう反論するのである。
「それは表向きの発言で、裏には○○の意図があったに違いない。未了義の教えなんだ」というように。
685はとみね:04/09/14 01:19:22
仏陀の言葉を読んでいると、説き方に苦慮した形跡があちこちに見られる。
それは、個人の人生についての、二つの相反する捉え方を、どちらにも受け取れるように説いていたからだと思う。
仏陀の孤独な熟考の末の二枚舌が読み取れるのである。
小乗と大乗への後の分裂を当然のこととして予期していたかもしれない。

ここで僭越ながら、二千五百年後の2ちゃん哲学板における私事の話に進めたい。
この数年、俺にとって弥勒さんとハルカさんの存在が大きかった。
はじめは弥勒さんの大乗的な教えがただ一つあったきりだった(2002年頃)。俺はこれをそのまま、完全な真理として理解した。
後、ハルカさんの火のような小乗的厭世主義が現れた(2003年頃)。大乗の教えを完全な真理として理解していても、
現今の社会と自分の経験を見渡して、腑に落ちない点があった俺には、彼女の思想は充分に検討の余地があった。
すると、大乗的な教えが「未了義教」として考えられるようになった。大乗的な教えは、言わば、探求の道から蹴り落とされ、
「これぞ真理」という王冠を奪われ、一言で言って小さくなった。

しかし、しばらくすると、また劇的な変化が起こった。
現今の世界という水平の視点をやめて、人間の歴史という縦の視点を見渡してみると、
小乗的厭世主義にも腑に落ちない点が認められた。なぜ人間は生き続けるのか。なぜこれからも続いていくのか。まだ了解し切れない。
こうして、今度は「了義教」として大乗の教えが信じられ、「未了義教」として小乗の教えが認められるようになった。
686はとみね:04/09/14 01:21:03
そして、その交代の起きた瞬間に、どちらの教えも語り継がれ、維持され、要するに「生きなければならない」ことがわかった。
重要なのは、順序に関わらずいずれの教えも、了義のもの未了義のものとして、
個人の中で通過されねばならない、ということなのではないのか。

事の真偽は置いておいて、大乗的な教えの了義/未了義、小乗的な教えの了義/未了義、
この四つの学習を済ますとどうなるかと言うと、その人の説くところのものは、仏陀の説いたことと同じような扱いを受けることになる。
大学の制度のように「学び、修め、博める」まで事が達成された場合、
その人の教えは、いずれの道を説き博めても、裏側を秘めた謎めいた教えとして、その人が死んだ後も生き続けることになる。
それは、そっくりそのまま仏陀の教えと同じ扱いである。そんな人間は、俗な言葉で言って、プチブッダ(菩薩&声聞)である。
仏に限りなく近いとされる菩薩や声聞(阿羅漢)に、限りなく近づきうる生身の人間が、こうして現実味を帯びて予感される。
あれほど疑わしかった悟りの教えも、外堀が消え、霞のなかに本丸が浮かび上がるのである。

そんなこんなで今の世、この瞬間があるのではないのか。

これは、双方とも不可解だけれど、なんとなく今まで残ってきたんだし、だから二つとも正しいのではないかという、
及び腰の理解ではなくて、そうならなくてはならなかったような原理がひとつ、明瞭に会得されるような理解なのである。
687はとみね:04/09/14 01:23:38
また、生に対しての大乗的な肯定と小乗的な否定の他に、悟りの完成を志すのならば避けて通ることの出来ないものに、
肉体についての明確な条件である神秘体験がある。
この神秘体験を修めながら、学究の追いついていない人物のことを、俺は「縁覚」と呼べると考えている。
仏教哲学十界論における、三乗の最後の一つである。

それ以外の、何にも修めていない餓鬼畜生どもがこの世の大半なのだろう。このスレにたむろっている俺や君等っつーわけだ。

弥勒さんのインパクトが強いのは、大乗的な教えを表面に出しながらも、小乗的な教えを余裕に捉えるだけの理解もあり、
かつ明確な肉体の体験(神秘体験)も経験しているからなのだろう。もう仏の一歩手前、隙がないのである。

おしまい。
688考える名無しさん:04/09/14 09:00:41
タシカニ ナガイ。 ヨメンww
689考える名無しさん:04/09/14 10:24:19
欺瞞イパーイ
690考える名無しさん:04/09/14 11:08:40
長文乙。
はねとみのココロの中の物語、チョトおもしろかた。
大昔のサンガはさておき、今の個人レベルまで小乗/大乗で分ける必要はないでしょうにと思た。
生まれ持った自分の性質やセンスを信じればいいじゃないか。
あと、ハルカはどう読んでも男だと思うが、
女と誤認するあんたに神秘を感じた。
691考える名無しさん:04/09/14 11:17:38
ハルカさんは仏教をよく知らない人だと思うけど・・・
それを上座部仏教の代表のように扱うのはいかがなものか?
弥勒という人については、私は存在すら知らないので、
なんとも言えませんが。
692考える名無しさん:04/09/14 11:20:07
ハルカさんは神秘主義に惹かれてるようですが、
仏教は、神秘主義とはまったく異なるものだと思いますよ。
693考える名無しさん:04/09/14 11:49:17
人というものは、好む好まざるを問わず、見えて、聞こえて、嗅いで、味わい、触れてしまうものと思う。
そしてこられの永遠に変化を続ける外部からの情報を元に心が感じ、行動し、反省によるオリジナル情報を得て、
さらに心が変化していくものと理解している。
従って人が生まれながらの心を維持する事は極めて困難、いや不可能だと思う。
私は時代に片意地張るよりも、生まれ変わるたびに様変わりしている現世の自然な流れに添いながら、
自然に前世からの記憶と運命と現実にこの時代に落とされた天命を知る方が楽だと感じた。
それを知った時、始めて人は大いなる自然界の歯車や軸、ある意味良き道具に成り得るのではないだろうかと思う今日この頃である。
694レス暮れさん:04/09/14 20:10:37
はとみねさん レスありがとうございます。
非常に、その完成を目指しているのだなぁと感じました。

私はどちらかというと、
学究も神秘体験もそこそこで、道に生きていくもそこそこの
中途半端な人間なのかもしれません。
特に完成を目指してはないです。
でもそれでもいいかなぁと思っています。
今は、夏の湿り気を嫌がりながら秋風を楽しんでるという感じですかね。
もしそれが私が餓鬼畜生と言われてもしかたがないのかもしれません。
695考える名無しさん:04/09/15 06:52:42
ソモソモ カンセイガ ナニカ シラヌヤツガ、カンセイヲ メザセル ワケ ナイダロw
696レス暮れさん:04/09/17 00:23:34
>695
はい。その通りです。私は完成を知りません。
697はとみね:04/09/17 23:41:21
>>688
精密さを期すとどうしても長くなる。申し訳ないぜー。あと、

キョウノレスモ、トッテオキノナガサナンダゼェ、アンチャン


>>690〜692
小乗大乗がお気に召さないのなら、他にいくつか着せ替え用の名称の用意がある。

でも、まず経緯を詳細に。
昔、二人がチョットだけ言葉を交わしたとき、
弥勒さん「大乗仏教のドグマでは…」で始まり、
ハルカさん「スタンスが異なることがハッキリしました」、で終わってなかった?
ピシャンと扉が閉まり、二人が背中を向け合ったようになってなかった?

それで俺は、「異なるスタンスって何よ? 一つに対して一つしかないじゃんよ」と思った。
続いて、別スレにて、「芯・我・私」というような意識の解剖を、ハルカさんが開陳し始めた。
図書館で部派仏教系の書物を開くと、同じ様な意識の解剖が載っていた。(言葉が煩瑣で、難しかったからすぐ本を閉じたけど)

同時に、ハルカさんという存在の周囲に巻き起こるヤジを吟味してみると、
大きな乗り物に乗っている人たちの、小さな乗り物に乗っている人へのヤジに見えた。
しかし誰も気付いていないみたいだった。
「俺は確変を引いたんじゃないだろうか」と思って、そのイメージを暖め続けた。
後、この辺のことを別スレで建議してみたところ、まァなんつうか…、本人からも周囲からも賛同してもらえた。
698はとみね:04/09/17 23:46:30
つづいて、真相の説明を。
俺は、上記の経緯を踏まえて、悟りという思想体系に、理想の異なる二つの傾向を垣間見たと言ってもいい。
知の働きが元になる【真】と、情の働きが元になる【善】とか【美】の理想というように。

ソムリエと普通の酒飲みの違いがわかりやすいかも。
酒を吐き出して味を分析するのが前者で、酒を飲み込んで、ただあるがままに味わったり憩い合ったりするのが後者でしょ?
同じ「酒」に対して、自己が属性で、最後まで賓客として、その味を通して内実や性質を知ろうとする傾向と、
最初から最後まで自分が主体で、客体としての酒を従え、それが与える情緒を歓迎する傾向と、
態度が明らかに異なるでしょ? 客観と主観という態度の違いね。

これと同じように、悟りのなかにも二種類の理想の傾向があると見た。
解決し得ぬ存在の疑問! そこに形而上学による意識の解剖によって立ち向かう【真】の理想と、
絶え間なく続く人間社会の堕落! この滅びへの道程を何とか立て直そうという【善美】の理想、の二つ。

「究めること」と、「語り継ぐこと、絶えぬよう託すこと」
この二つは、なかなか一緒にできるものじゃない。よって分業が起きる。

だから、姿勢や役割の意味で、「プロフェッショナルとアマチュア」、
お勤めという観点から見れば、「ホワイトカラー(研究員)とブルーカラー(現場作業員)」
頭の使い方で言えば、「理系と文系」、「左脳型と右脳型」だとか、
現代社会の単語からも名称を借りて、ある程度まで説明することができる。
ちょっと前に話し合ったときは、「認識論と幸福論の違いだねぇ」というように解し合った。
…こういうイメージを抱いているんだけど、どうかなー?
699はとみね:04/09/18 00:00:10
>>693
あんた、輪廻転生を信じてるの? いまどき珍しいね。俺は半信半疑だナァ。
手塚治虫の『火の鳥』とか読むと、あるのかなぁって思う。
けれど、科学的な確証となると…、ねぇ?

>>694
あんたは呑気派ってところだな。俺は追究しないといても立ってもいられない感じだった。
餓鬼畜生ってのは、自分の謙遜のために使ったのさ。
謙遜しているのに十界の中位だったら、本物の餓鬼畜生に文句言われるじゃん。
巻き込んで悪かったね。
700はとみね:04/09/18 00:05:06
ここからはサービス。

悟りについては、古来さまざまな人が取り組んで、何やらを書き残していった。
で、俺には、その古今東西の思想家の個性とか人格とか、要するに本名が現すものが脇に置いやられ、
二つの理想を抱く「純粋な人間自体」みたいなものが感じられるの。
半ばマシーンの作業と、その結果としての二つの思想の潮流が。
最新で最奥の知的体系を築こうとする、【真】の理想を抱いた知の働きと、
その最新最奥の形式を踏まえながら、時代に即して社会に敷衍させるための、【善】や【美】を理想とする情の働きを感じるわけ。

誰だって、知と情の働きを持っているだろうと思う。真から偽を分かちたいし、
善美の幸福を味わいたい、というとキナ臭い話になるな、
入れ替わり立ち替わりあらわれる、「いま意識が焦点を合わせているAはA'になったらいいなー」というような志向を持っているでしょ?

そして、自分にもその二つの精神の機能を確認できるや否や、
過去を遡ればネアンデルタール人、未来については人間の滅亡までの規模で、
自分と同様の、この働きの繰り返し繰り返しを感じてしまう。
つまり、自分や他人の中の「名無しさん」に気づく。自他の区別が小さく、希薄になっていく。「無我」の感じになるわけ。
人間が生き続けていく諸法実相に触れるみたいな感じ。
701はとみね:04/09/18 00:06:20


それでもやっぱり、俺は本名をわきまえているし、意志判断しているのは間違いなく自分であり、要するに確かな自意識がある。
上記の無我の感じから先のことは、神仏しか知らない領域のこととして、腰を抜かして呆然とする他ないね。
「何でいま俺は在るんだろう? 一体どんないきさつで俺の意識は今現在を認識しているんだろう?」
俺の意志判断は、なぜ起こるんだろう。その結果何が起きるのか? 肉体が機能を失ったらこの意識はどうなるんだろう?」
こんなふうにね。

いやー、不思議ですねぇ。ちょっと恐ろしいですねぇ。それでは、さよならっさよならっ、…さよなら。
702 :04/09/18 10:40:38

 よかった!



ww www ww  w www
 ww  www ww w  www

面白かったので、マーキングです。 きゃんっ
703考える名無しさん:04/09/18 13:41:49
この世に有るのは、自然の摂理のみ。
そして、その舞台に乗っかっている自分がいる、
この世に起きるすべての現象をどのように感じるか、
楽しいと感じるも、苦しいと感じるも、すべて自分が作り出している、
すべては自分が作り出した幻想、マトリックスだ、
そもそも、この世に楽しいも苦しいも無い、
そこに有るのは、淡々とした自然の摂理のみ。
704考える名無しさん:04/09/18 13:50:21
自然の摂理もマトリックス。人の心もその一部。
705考える名無しさん:04/09/18 13:59:26
俺は女房の体を使ってオナニーすることに成功しつつある。
これは悟りであると思う。
706考える名無しさん:04/09/18 14:05:48
欲情の愛欲からの自立か?それなら悟りでなく堕落だろ。
707考える名無しさん:04/09/18 14:20:28
http://c-au.2ch.net/test/-/saku/1029939409/i
感謝の声も多数あがってますってよwwwww
こんな勘違い野郎がいるから哲学板は駄スレしか残らないんだなww
708考える名無しさん:04/09/18 20:56:23

自己が起き上がる
世界を顕現させそこに石を投じて波を立てた私・・・・
帰ってきた波に翻弄される私・・・・
なんと世界のさまざまな問題は自己の結果だったのだ

私は世界の夢を見ている
世界を顕現させている
目覚めるたびに世界が出現する
その中に埋没してしまい何時しか自らが世界を顕現させている事も忘れて・・・・・

『それ』は完全だった
何の運動もなかった
ただ鏡のように全てを沈黙の内に映していた
波の立たない湖面のように底まで見通せた
『それ』は名前はない、『それ』は全ての背後に横たわっている
『それ』は名付けられない、『それ』は沈黙の監視者

自分の全てを『それ』に向かって投げ出そう
ビルの屋上から後ろ向きに倒れるほどに勇気がいる
『それ』 は 『私』 を受け入れてくれるだろうか?

私は『それ』の中に溶け込み
『それ』は私の中に溶け込む

もう世界は顕現しなくなった。



ただ 『在る』 だけが・・・・・・

709考える名無しさん:04/09/18 21:00:18
ほんとか?
710710:04/09/18 21:17:11
710 年 平城京に遷都
711考える名無しさん:04/09/18 22:18:50

遠い昔、『私』 は 『それ』 から分かれた
私は 『楽園』 を放棄した
その代わりに 『肉の喜び』 を得た

粒子は粗いが官能的で匂いも良く美味しくかった
『私』 は何時しか肉の虜になってしまっていた
楽園の記憶は薄れ肉しか観えなくなっていた

触覚が 『肉の喜びを感じるな』 と気が付いたとき
皮膚の表面を臨界面として世界が分離していることに気が付いた

目覚める度に出現する肉の世界
自己が起き上がる度に顕現する肉の世界
『私』 の意識は肉の世界にピントが合ってしまい肉に感応する
『私』 は世界の中に取り残され迷子になってしまったようだ。

楽園に戻る道はすっかりと忘れてしまっていた
かつて楽園に住んでいたことすらも・・・・



712考える名無しさん:04/09/18 22:33:42
だから・・・ほんとか?
>目覚める度に出現する肉の世界
夢の中でもだろ?
713考える名無しさん:04/09/18 23:40:21
なんだか明晰夢のなかで超越体験した感じの文章ですね。
714考える名無しさん:04/09/19 02:15:03
>>708
>『それ』は名付けられない、『それ』は沈黙の監視者
そうそう、そのとおりですよ。
はっきり、見たのですね。
>ビルの屋上から後ろ向きに倒れるほどに勇気がいる
いや、もっと勇気がいる。
永遠に「私」が消滅する。
>ただ 『在る』 だけが・・・・・・
・・・
>>711
>遠い昔、『私』 は 『それ』 から分かれた
>私は 『楽園』 を放棄した
>その代わりに 『肉の喜び』 を得た
放棄したのではなく、執りつかれたと言ったほうが正確かな。
715考える名無しさん:04/09/19 02:19:36
ただ「在る」。もう何も思わない。
何も、思考がやって来ない。
だが、存在している。
これは、死か?
完全に停止している。
これは、無か?
何もない。
これは・・・

再び復活する
一斉に盛大な祝福を受けて再生する
716俺は名無しでも:04/09/20 09:21:43
>>714
コテハンにしてくださいよー。
717考える名無しさん:04/09/20 13:54:10
>>715
あなたの言うの「ただ存在している」「無」な状態が
悟りを得ている状態なのですよ。
悟りについてあれやこれや述べている時点で悟りを得るにはほど遠い。
まぁ無な状態を貫くか、それとも意味や価値のある人生を送るかは人それぞれすね。
718考える名無しさん:04/09/20 14:58:40
他を排斥するのではなく、学び合う、その意味で活発に動いているスレを紹介します。相互に訪問しあって、お互いの境地が深めればいいなと思います。

坐禅と見性第7章☆無心にして花、蝶を招く
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1094822033/

卍卍 新・仏教質問箱@参学用 卍卍パート2
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1095178011/

唯識
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1092796044/

★見性を本当に得たもの同志が語らうスレ★
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1091363340/

精神世界で癒される
http://life5.2ch.net/test/read.cgi/healing/1094528758/
719考える名無しさん:04/09/21 19:06:32
迷うこと、悩むことを悟りっていうんだ。
確かなものなんてないんだからね。
720719:04/09/21 19:15:04
さぁ皆、僕を神と呼んでくれ。
721719:04/09/21 19:15:43
さぁ皆、僕をネ申と呼んでくれ。
722山陰線沿線住民 ◆CrPkFwngP2 :04/09/21 22:59:29
ハルカちゃん、たまにはうちのスレにも遊びきてよ〜。
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1085853705/l50
723考える名無しさん:04/09/21 23:23:12
>>1
悟りとはあきらめだよ
724考える名無しさん:04/09/22 00:12:36
午い午いと日の丸掲げる仕出しかな
725慶應哲学科:04/09/22 00:19:32
人生は歌だぜ
726考える名無しさん:04/09/22 00:44:19
悟りを得た人は、2ちゃんには書き込まない
727考える名無しさん:04/09/22 00:53:38
風よ、あの娘に伝えておくれ、僕が悟ることは絶対ないだろうと〜
728考える名無しさん:04/09/22 01:06:35
水よ、忘れさせないでおくれ、悟る事がけして人に幸せを約束するものではないことを〜

729考える名無しさん:04/09/22 01:09:48
>>728 そのぐらいにしといてはどうかと思うが
730考える名無しさん:04/09/22 01:11:18
You saw me crying in the SATORI 〜
731考える名無しさん:04/09/22 01:14:36
やば!お前が・・・
732考える名無しさん:04/09/22 05:32:48
「…」。
733考える名無しさん:04/09/22 07:15:48
迷うこと、悩むことを悟りっていうんだ。
確かなものなんてないんだからね。
734考える名無しさん:04/09/22 22:31:39
山に篭って妖怪のさとりとタイマン
発狂さえしなければ、確実にして近道
735考える名無しさん:04/09/23 02:50:57
>>733
あなたは答えを見つけるために迷い、悩んでいるの?
だとしたらそれは悟りとは言いません。
736考える名無しさん:04/09/23 10:44:12
自分
737考える名無しさん:04/09/23 19:20:12

悟りを得た人は、その悟りを 決して タダ では教えない。


おまえら、虫がよすぎるよ。
738考える名無しさん:04/09/23 20:06:51
数学は言語があるという前提の上に初めて成り立つ。
739考える名無しさん:04/09/23 20:16:14
>>735
悟ったとか思ってる人はただ思考を止めただけなんだよ。
迷うことが本当の悟りだよ。
740考える名無しさん:04/09/23 20:17:20
どういうこっちゃ
741考える名無しさん:04/09/23 20:18:38
あくまでも「本当の」ね。
742考える名無しさん:04/09/23 20:19:02
意思はもう充分示した。言葉は渇れた
743考える名無しさん:04/09/23 20:19:07
>>1
メビウスの輪
744考える名無しさん:04/09/24 03:53:45
俺はついに絶対的な真理を悟った…
釈迦如来の悟りに匹敵するほどのな…
それは











   鼻   毛   は   鼻   毛   だ 







ってことだ
745考える名無しさん:04/09/24 13:27:47
たしかにな
746考える名無しさん:04/09/24 18:51:33
答えなんてないんだよ。迷うことが真の悟りだっていってんだろ。
747考える名無しさん:04/09/24 21:03:33
>>744
けつ毛もね!
748考える名無しさん:04/09/25 11:07:02

肉体の輪郭が溶けていくと浮かんでいるような感覚になった やがて色は落ちていった
色が落ちると広漠たる空間が出現した 否、出現したのではない元々そこに在ったのだ
今まで色に塗り潰されていて観えなかっただけなんだ 私はこれが禅で言うところの
『空』なのでは?と直感した 私は光の洪水の中に浮かんでいた

方向がない・中心がない・座標が置けない 八方が同時同方向に観える
しかも内側外側同時に 否、内側も外側もない、重なり合うものがない
影になることができない 境目がない・・・・

回転している地球上には常に『日の出』が連続している そして『日の出』は一軸に平行し
て何処までも続いている そうか人間の一生も一軸の経巻なんだ・・・・

全体の中に個が在り個の中に全体が在る 全体の中に無数の個が居て百万の瞳の中に
一なる全体を映していた 何処の一点にも仏が常住している そうかこれが曼荼羅なんだ・・・・

聴覚が捉える前に聞こえる 私はレコード盤の溝から音を拾う針ではなくレコード盤の上か
ら音の溝を鳥瞰している しかもA面B面同時に 長大なシンフォニーもひとつの和音なんだ 
そうかこれが音を観するということなんだ・・・・

やがて輪郭が現れてきて色が戻りまた世界が顕現してしまった 空は私を受け入れては
くれなかった・・・・この体験も結局は『観る者と観られる物』の関係でしかなかったのだ
空を観ている『私』が在った 空を観ている『私』が残った なんと『我』とは強力な・・・・
私はまた混乱した世界に投げ出されて現実の中で眠り続けている。

私は『空』で『矛盾は矛盾したまま一なるものとして受け入れれば良い』と言う事に気付いた
私は『空』で『対立は対立したまま一なるものとして受け入れれば良い』と言う事に気付いた
749考える名無しさん:04/09/25 11:30:55
ネタだな
750考える名無しさん:04/09/25 11:38:45
莫妄想
751考える名無しさん:04/09/25 13:19:21
きまってただけなんじゃねーの?
752考える名無しさん:04/09/25 14:07:38
俺、妄想癖あるな・・・・
753716:04/09/25 14:58:13
>>748
うん。こんなカキが見たい。今は。
うんこ んなカキでなく。
754単、直:04/09/26 12:15:12
>>748 名前:考える名無しさん
748のカキコとても興味深かったです。

今下記のスレで仏教における覚りと精神世界のおける
宇宙との一体感について考察を行なっているのですが
少し観られて関心が生じればよろしかったらもう少し下記スレにて
話を聞かせて戴ければ幸いですが、よろしくお願いいたしますm(___)m

精神世界で癒される
http://life5.2ch.net/test/read.cgi/healing/1094528758/
755レス暮れさん:04/09/26 23:23:33
>748
とっても綺麗な文章で、すごい。

私にとっては「気づいた」その後、どう毎日生きるか。
が今、問題です。
756考える名無しさん:04/09/27 00:05:21
とりあえずかいてみます。長くてすみませんが・・・。

私たちが不完全なものとしてここにいるのは、真の完全性へと向かうためです。
不完全さえ内包しなければ、それは真の完全ではないのです。
例えば「わからない」経験をしたことのない「完全」な教師が、生徒にとって最もよい教師でしょうか。
「わからない」を理解し得ない教師が、生徒に最も適した方法で教えることが出来るでしょうか。
確かに彼は、想像によってそれを克服できるかもしれません。本を読み人に尋ねるかもしれません。
しかしそれらは全て間接的にであれ、「知る」ということなのです。
彼は「完全」な教師になるために、「不完全性=わからないという事」を知らなければならないのです。
そこにはもう完全と不完全の対立はありません。元々そんなものはなかったのです。
しかし「この対立=相対性」を経験することは決してムダではありません。
私たちは、「相対性」というものもあったということを知って、真の絶対性へと進むのです。
知らなければ、統合できないのです。統合とは、多様でありながらひとつになることです。
757756:04/09/27 00:07:02
真理を言語化して定義することはできません。
真理は普遍的なものですが、それ故に普遍化は許されないのです。
真理の全てを完全に説明しようとすると、真理は壊れて死んでしまいます。
なぜなら人間の思考は有限で、言葉も論理もまたそれに基づいているからです。
有と無、肯定と否定、静と動、拡大と縮小、生と死、善と悪、瞬間と永遠。
これら全てが本当はひとつのものだということが、わかるでしょうか。
真理は定義は無意味です。でもそれは何をしてもよいということではありません。
全価値の否定を意味するのでも、存在そのものの虚しさを主張するのでもありません。
むしろその逆です。そこには在るがままのものが在るのです。
真理を定義しないということから生まれる愛は無限です。それは範囲を限定しません。
それは多様なものを多様なまま受け入れ、結びつけひとつにすることができるからです。
その結びつける働きこそが究極の愛、永遠なるものなのです。
それが私の思う真理です。価値のないものなど何も無いのです。
もしそうでなければ私たちがここにいるわけを説明できません。
758756:04/09/27 00:08:05
仮にここに悟った人がいるとしましょう。
彼はもう死を恐れてはいないし、また求めてもいません。
彼は死の恐怖だけでなく、生のもつ虚しさをも超えたのです。
彼は鋭い感受性をもちながら、囚われはないのです。
彼はこの社会を嫌わず避けず、また人間に絶望することもありません。
彼の望みは、全ての人の幸福です。彼の悲しみは全ての人の苦悩です。
彼はこの世界で、真理としての愛を体現しようとするのです。
ここは本来、いのちの清らかさを内包した世界です。
私たちは真理を知ったあと、この世界に戻ってくるのです。
この世界に目的をもって生まれてきたことを思い出すのです。
悟りとは真の調和と完全性への終わりなき始まりではないでしょうか。
759考える名無しさん:04/09/27 06:53:37
GLA系だな。イイ!
760単、直:04/09/27 07:02:31
756さん期待以上のレスでした。(748さんと同じ方ですよネ?)
私だけで観るのは惜しいと想うので仲間にも分かち合いたいのですが
上記スレに転載許可戴ければうれしいです。
如何でしょうか?厚かましいとは承知のお願いですが
どうぞよろしくお願いします。 m(___)m
761  ♪  :04/09/27 09:08:39
>>758=真の完全性

完全に、真と偽の2種類あるってかw


762  ♪  :04/09/27 09:19:21

>>757=真理は定義は無意味〜究極の愛〜それが私の思う真理です。

結局、究極の愛は定義できない、ということになるなw

愛と真理、違う性格のものを同一線上並べて、一方を否定。
愛の優秀さを語らんがために、真理を否定をしたがってるよ〜にうつるw

763考える名無しさん:04/09/27 09:29:52
>>758=仮にここに悟った人がいるとしましょう。

仮の話かw
実在しない、ってことだな。

どっちにしても悟りが
全ての人の苦悩を背負うことをもたらすよ〜だなw

仮の話だから、仮に答えとくが、


     「そんなの、クソクラエ !! 」 だろw


764考える名無しさん:04/09/27 10:04:24
キューキョクノ アイッテ、イミナカッタンダァ  (o_ _)o ドテ
765考える名無しさん:04/09/27 10:38:25
>私たちが不完全なものとしてここにいるのは、真の完全性へと向かうためです。
何故そう言えるのですか?
その向かうべき完全性って何ですか?
>「わからない」経験をしたことのない「完全」な教師が〜
「分からない」経験をしたことのない教師が、何故「完全」なんですか?
766考える名無しさん:04/09/27 10:43:59
>真理を言語化して定義することはできません。
でしたら、あなたの発言自体が意味をなしませんが・・・・
言語化できないものは、人と共有できないので自分勝手の「真理」に
なると思います。そんな真理に何か意味があるのでしょうか
767考える名無しさん:04/09/27 11:20:41
その人にとっては、意味がある。
768考える名無しさん:04/09/27 14:10:47
この世は流体である。
769考える名無しさん:04/09/27 15:40:46
>>760
>(748さんと同じ方ですよネ?)
748≠760
708=711=748
770769:04/09/27 16:07:06
ああ、ミスタイプです
×748≠760
○748≠756

>>748の文体は内省的で主張がない
>>756の文体とは違うような・・・・
708=711=748 でしょう
771考える名無しさん:04/09/27 16:07:49
748=754=755=756=760だろ
772考える名無しさん:04/09/27 16:09:46
2×2=4
773考える名無しさん:04/09/27 20:39:26
316 名前:あはさんpasiru語 ◆FNpT2a5MGA [sage] 投稿日:04/09/27(月) 20:37:00 ID:bT02vi4u
犬に、仏性があるか?
あるに決まってる。
だが、そこを、無、と言うらしい。
この公案以後の禅は、ここに尽きると言う。 しかし、飲み込めない。
犬に仏性があるとも、答えている。  これはまともだと思う。
然し前の、いぬに仏性が有るか、無。
がひっかかる。
空の理解は、している。
仏性のある、なし、には、かかわらない。  仏性は、あるに決まっている。
犬に仏性はあるか。無。  これは、受けと入れない。
犬に仏性は、あるか。空。
これだと、門の内側に入る。
無。
これに、迷う。
空では、無いのか、と。
774考える名無しさん:04/09/27 21:33:39
みんな、悟空になれると思ってるんだね
775考える名無しさん:04/09/27 21:41:59
ココデスカ、ドラゴンボールノ スレハ?
776考える名無しさん:04/09/27 22:21:57
>>773
俺にも仏性はない。

まあ、気にしないことだ。
777レス暮れさん:04/09/27 22:26:58
誰もレスしてくれないから、もう一回書きますね。

>756
とっても綺麗な文章で、すごい。

私にとってはその後、どう毎日生きるか。
が今、問題です。
778考える名無しさん:04/09/27 23:11:28
まあ、あたりまえにやっていくことだ。
779考える名無しさん:04/09/28 14:18:32
原始仏教 その9
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1096158297/

69 名前:机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. [] 投稿日:04/09/26 17:14:41 ID:qlmOpQKv
>>59
>論理的に議論をしろといいつつ、非論理性ですか、最大の矛盾ですね。

人間というのは、そもそも自己矛盾性を内在してる。
そこを底流にせねば、哲板になりさがる。

ここは宗教板だから、これくらいのことは分かってもらわんと(ry
780はとみね:04/09/28 15:37:30
>>777
悟りとか哲学とかが、毎日の実際的な問題に解答を与えることは、極めて困難なことだと思うぞ。
なぜなら、哲学が実際的な問題を解決したとき、それは別の学問、別の教えに名称がすり替わるからだ。
別の教えっていうのは、一例を挙げると、本屋でひしめき合っている「○○のための何十の方法」みたいなのだ。
781はとみね:04/09/28 15:45:09
このことを踏まえて、哲学上の解答を求めているのなら…。

理論上の悟りへの無限のアプローチ(声聞&菩薩)への、
現実上の俺や君の無限のアプローチは、あり得るのかもしれないと以前書いた。
だから、日々考え思え、としか言えない。

自分が考えたことは、自分の善美への志向に合致しているのか、絶えず胸に思うこと、
…という自分の思いは、自ら進んで偽に向かうものになっていないか、絶えず頭で考えること、
後は肉体による行動を怠るな。
782弥勒 ◆LY666//S/s :04/09/28 19:07:00
>>773

犬に仏性の『自覚』が有るか、を聞けばよかったのに…


>空の理解は、している。
では、なぜ“空”でなくてはならないのかをそいつに訊いて来てくれ。
783756:04/09/28 19:15:42
756(=757=758)です。
学校が終わったのでかきこみます

>>760 ありがとうございます。もちろんOKですm(_ _)m

>>言語化できないものは、人と共有できないので自分勝手の「真理」になると思います。
訂正します。「定義できません」→「言語化には価値がありますが、危険を伴います」
「真理」を自負する組織が、自分達が至善であろうとするために争いあった歴史があります。
宗教戦争も「神」という信者にとっての絶対真理と絡み合い、残酷な悲劇を生みました。
真理ゆえに、人は残酷になれる面もあります。それはとても悲しいことです。
某大統領の「この世から悪を廃絶するのが私の使命だ!」もそうですし。
・・・でも、まあここに書き込んで何が起こるわけでもないですねw

>>何故そう言えるのですか?その向かうべき完全性って何ですか?
これを説明するのは本当に難しいです。↓のHPはいい線だと思いますが。
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/rpg/c56.htm
784756:04/09/28 19:17:51
>>私にとってはその後、どう毎日生きるか。
私は、「悟った、終わった!」というわけではないですが、少し(?)見えたのでかきます。  

@普通の現実→A内面的空虚の自覚→B矛盾を生む相対性の否定から無へ→
C相対性の「否定」という、相対性に気付く→D再び現実へ

@とDは同じ現実の世界ですが、認識が変わります。
・漠然とした不安はなくなり、空虚感は自由と解放に変わります。
・目を閉じても何も浮かんでこない。いつも静寂と調和がある感じがする。
・怒りを感じることが、少なくなります。怒ってもすぐに消えていきます。
(周りからは、「すごく寛容になった」と言われてしまったが・・・)
・積極的になる。安らぎと情熱が共存する。
・自然にまわりの人たちとの関係がよくなる。
・環境のことや、人の苦しみに感応してしまう。
一応最後ですが、それで絶望するってわけではないです。
絶望というより、積極的に行動する方向に変わります。
(たまにきついですが、自分を本当に救えるのは自分だけだと思うことにしています・・・)
まとめると、現実をよりよく生きられるようになった。
毎日が新しさのある生き生きとしたものになった・・・そんな感じです。
現実を受け容れた上での理想主義とでも言うのでしょうか。
785  ♪  :04/09/28 23:34:55






     悟りという概念は実在しない
     あるというなら、それが何か、説明してみ。

   当然だが、悟りを得た者もいない
     いるというなら、名を挙げてみ






786考える名無しさん:04/09/29 00:11:51
俺は悟った
世界は、俺の夢の中でしか存在していないと
787考える名無しさん:04/09/29 01:24:12
>>785
悟りとはこの世の真理、原則を体感、理解、認識することである
788考える名無しさん:04/09/29 02:10:29
「悟り」の内容を他人に言語によって説明することは困難である
いわゆる「悟り」の内容を説明したあらゆる文章・言葉には誤解の余地が残される
概念を言語によって明確に疑いの余地なく定義できることとするならば
悟りという概念は実在しないことになる
しかし、悟りという概念はなくても、「悟り」そのものはあるといえる
これは極めて宗教的な問題であり、個々人がどのように考え、感じるかである
従って、悟りを得たというものはこの世に数多く存在するだろう
それが、正しいのか間違っているのか議論するのは無意味である
何故なら、定義できないものは議論の対象とならないからである
結論としては「悟り」は哲学板で扱うのではなく、宗教板で扱う
べきものと考える

789考える名無しさん:04/09/29 19:04:27
大天使タン(;´д`)ハァハァ
790考える名無しさん:04/09/29 20:45:36
何回同じ事繰り返してるんだよ。
791考える名無しさん:04/09/29 23:03:12
生まれてきた意味なんて、何も無い。人生にも意味なんて全く無い。
だからこそ、我々は何らかの意味を作る。

我々は何故生まれてきたのか? それは楽しむためだ。
あらゆる何らかの心地良さを感じる為に我々は生まれてきた。

無は素晴らしい。
俗物的な幸せは当然何もないが、
痛みも、苦しみも、餓えも、乾きも、悩みも何も無い。
だが、生物はそれには絶対に辿り付けない。
我々の意識は死ねない。それは輪廻を永遠に繰り返す。
死んだ後は地獄に辿り着き延々と続く苦しみを嫌という程受ける。
それから解放されたいという願いがある日突然叶う。

生まれる事によって。
792考える名無しさん:04/09/29 23:31:03
>無は素晴らしい。

工エエェェ(;´Д`)ェェエエ工

悲観的なのか楽観的なのかワカランな。
793考える名無しさん:04/09/29 23:54:08
>>782  弥勒 ◆LY666//S/s  さん
> >>773
> 犬に仏性の『自覚』が有るか、を聞けばよかったのに…> >空の理解は、している。> では、なぜ“空”でなくてはならないのかをそいつに訊いて来てくれ。

348 名前:あはさんpasiru語 ◆FNpT2a5MGA [sage] 投稿日:04/09/29(水) 23:37:34 ID:Rtd3uHm9
犬に、仏性があるか? 無。 あるに決まってる。悉有仏性。
だが、そこを、無、と言うらしい。
この公案以後の禅は、この「無」 に尽きると言う。 しかし、飲み込めない。
また、他の僧には、犬に仏性が有るとも、答えている。
然し最初の、「いぬに仏性が有るか、無。」 がひっかかる。
空の理解は、している。  仏性が、ある、なし、には、かかわらない。  仏性は、あるに決まっている。

これに、迷う。 無ではなく空では、ないのか、と。
無、と答えれば、老荘とのかかわりが、出てきそうだ。
「犬に仏性は、あるか。空。」  このほうが、禅的には、うなずけるのだが。
794考える名無しさん:04/09/29 23:54:40
>>622

>人間は決して救われない。
>如何なる救いも有り得ない。
>そもそも生存している自体が−生誕した事それ自体が元凶なのだから。
>生誕したそれ自体が【不幸】や【苦】の入口なのだ。
>釈迦が言った【生老病死】の本当の意味とは。
>本来なら【生】だけで十分なのだ。
>すべては【生】から派生するのだ。
>『生』きているから『老』いる。
>『生』きているから『病』む。
>『生』きているから『死』ぬ。
>【老・病・死】の苦などは【生】の苦を一段と際立たせる為の補強材料、付随に過ぎない。
>正しくは【四苦】ではなく【一苦】なのだ。
>生れ落ちたそれ自体が【苦】の始まりなのだ。
>何処ぞの低脳祖師や馬鹿学者の言う様な『生れ落ちた時の苦しみが【生】の苦なんだ』なんて事じゃない。

>そして【苦】からの完全な脱却は絶対に不可能だと断言出来る。
>何故なら【生命】とは【苦】の『大量生産装置』であるからだ。
>生産能力を限りなく低くしたとしても決して0には『成り得ない』。
>生存を続ける限りは『【生命】という名の大量【苦】生産装置』は停止しないのだから。

>いつまでも【悟り】を『新しい生き方』『素晴らしい価値観』『大いなる救い』等とほざくド低脳の猿どもへ。
>ありったけの親愛を込めて。

同意。
それは輪廻転生によって補強され、生物は永遠に苦しみ続ける。
それこそ永遠に。
だからこそ、生きている時に感じる何らかの心地良さを大切にしなければ。
795考える名無しさん:04/09/30 00:06:16
>>792

無の境地に達する事が出来たとすれば、それはまさに天国でしょう。
俗物的な幸せや快楽は何も無いのですが、
苦しみ、悩み、餓え、乾き、妬みetcetc、それらも一切無い。

しかし生物は絶対に無へは辿り付けません。
何故ならそれは、罰を与えられているから。
動き出してしまった事に対する罰を与えられているから。
「動きたいのならば永遠に動いていればいいじゃねえか」という、
ガキの喧嘩みたいな理由による神の罰を。
この原罪がある限り、生物は絶対に無に辿り付けず、
輪廻転生によって生を繰り返させられるのです。
それこそ地球が壊れる瞬間、いや、宇宙が終わってしまうまで。

辿り付けない以上、諦めるしかないじゃないですか。
諦めた上で、生きる意味を考えれば上記の答えが出て来ます。
現在の私は、悲観的哲学主義を経た上での肯定的現実主義者です。
796考える名無しさん:04/09/30 00:12:31
ついでに言えば、宇宙が終わった後はまた宇宙が出来るはずです。
そしてまた生物を作り、滅ぼし、これを繰り返す。
というか、現在の宇宙って本当に1回目だと思います?
実は既に何度か輪廻を繰り返した宇宙だったりして。

この現実に発狂しそうになりませんか? でも発狂なんて意味が無い。全く。
797弥勒 ◆LY666//S/s :04/09/30 02:28:23
>>793
表現が変わっただけの内容では?
何かの受け答えになっているのだろうか?

解釈@
或る求道者が梵我一如(神秘体験)の経験をして世界と自分とが不即不離の
全一的存在であったと理解し歓喜したとする。すべてが聖なる存在である。
森羅万象一切を動かす理法すらその聖なるものの力の発露である。
問題はそれに気づかない“愚昧さ”にあるのであって、それに気づくことが
出来れば皆々悉く聖なる存在である(と、いう認識に至ったとする)。
森羅万象すべてが聖なるもの(仮にそれを『仏性』”と呼ぶ)であるのなら
全宇宙の【一表現】たる野良犬の存在にも『仏性』はあるだろう。
だが気づかなければ『仏性』も無いのと同じではないか。
798弥勒 ◆LY666//S/s :04/09/30 02:28:46
【空】
例えば地球環境は永久機関のように、すべてが『循環』し、変化し続けている。
子供向けのクレイアニメーションのように、粘土の玉の表面を様々な形状の
粘土がグネグネと形を変えながら隆起し、また粘土の中に還り埋もれてゆくように、
サバンナを駆ける猛獣も、林立する超高層ビル群も、我々の肉体さえもが、
何億年と経たないうちに、この粘土のように地球の質量の中へと還元されてゆくのだ。
では、私というこの存在は、いったい何か? 単体の存在として独立したもので
あるのか?
そうではない。私は、私という存在は、地球環境の中の、もしくは宇宙の変化の
潮流の中の、『通過点』に過ぎないのだ。様々なつながり(縁)の中で私という
存在が成り立っているのだ。無心の状態を経験すれば、様々な感情もまた何かの
影響(縁)によって生まれてくるのが解かる。
全てが変化の通過点であり、いつかは悠久の時を経て万物の誰しもが何物にも
成り得るとしたならば、私個人を他と選り分ける属性は何処にあるのか?
ところが私自身すらが『縁起』の派生でしかないとするならば、私自身に『本質性』
というものがあるだろうか? いや、あるのはただ【変化】という流動性だけだ。
流動変化が前提の世界に、他と自分を分け隔てる『本質性』などあろうはずがない。
流動変化の通過点に立つ仮象の世界において、一切合切は全て仮の存在にすぎぬし、
取捨分別の付かない粘土の一塊でしかないのかも知れない。
ならば個々の本質は『空』ではないか。
799弥勒 ◆LY666//S/s :04/09/30 02:29:12
解釈A
金剛般若経のように、「名称そのものは本質ではない」という意味で、様々な
考案の如く「犬に、仏性があるか? 無」と答えた…
800考える名無しさん:04/09/30 03:47:58
大疑団となって、「無字」の公案に取り組みんしゃい
801考える名無しさん:04/09/30 04:32:22
悟りを得るためには、労働せずとも生きていける現実を獲得することと、
現世的なことに対して本質的に無責任になればいい。
802けちゃっぷ:04/09/30 05:17:58
「あなたの言う〈仏性〉とは何ですか?〈仏性〉がこの世に存在するなら、目の前に〈仏性〉とやらを見せてごらん。」…言葉はあいまいですからね。〈仏性〉という概念を自分と相手がはたして共有できてるの?
803ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/09/30 05:51:22
みんなsageてくれよな。

>>802
仏性でググってみたらいいと思う。
人によって様々に表現が変わってるので、なんとも形容しがたい。
仏性とはその瞬間の現象であり、有るも無いもない。
全てに有り、そして全てに無い。
犬嫌いな人に犬に仏性を見つけるのは難しいかもしれないし、
犬好きな人には日常的に犬に仏性を見つけることがあるかもしれない。
犬に仏性が有るか無いかを考えるのではなく、犬に仏性が有るか無いかを感じるのだ。

仏性を間違えて捉えてるかもしれないが、少なくともぼくはこう考える。
弥勒氏よ、よければ訂正と補足を。
804考える名無しさん:04/09/30 06:54:28
仏性:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%80%A7

宇宙の理法そのものが仏性の発現であるとするならば、
老子の「道(タオ)の働きによって天地は巡る」というのと
大差無いな。
805けちゃっぷ:04/09/30 07:27:00
「犬」も空ですしね。たまたま足が四本あってワンワン鳴く生きものたちを、人間がまとめて「犬」と呼んでるだけ。一匹ずつ違う生物だし、刻一刻と細胞は代謝し別の物体になってくのに。
806弥勒 ◆LY666//S/s :04/09/30 17:35:22
>>803
> 犬嫌いな人に犬に仏性を見つけるのは難しいかもしれないし、
> 犬好きな人には日常的に犬に仏性を見つけることがあるかもしれない。

好き嫌いの分別智が仏性とどう関係するのかな?


> 犬に仏性が有るか無いかを考えるのではなく、犬に仏性が有るか無いかを感じるのだ。

ニュアンス、て〜ことですか?
頓悟というものは、明らかなる確信でなければならないと思う。
理解把握する透徹した意識には、自身の中に理路整然性が貫かれなければならない。
そうでなければ名を残した僧者等の気概が嘘になる。
807ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/09/30 20:29:20
>>806
>好き嫌いの分別智が仏性とどう関係するのかな?
そう、むしろ、好きと嫌いという言葉に頼らず、それに対して意識しているかいないかというところ。
もっと言えば、好きだから嫌いだからというのではなく、自分の意識の向いている方向が大事だと。

>ニュアンス、て〜ことですか?
>頓悟というものは、明らかなる確信でなければならないと思う。
>理解把握する透徹した意識には、自身の中に理路整然性が貫かれなければならない。
>そうでなければ名を残した僧者等の気概が嘘になる。
そのニュアンスを確信にまで高めるのが悟性かと。
「感じる」事を理路整然と確信するまでには紆余曲折が多いが、
少なくともぼくは「感じる」事に確信を抱いている。
それは誰に対しても証明できるものではなく、ただそう確信している。
間違ってもオカルティックなものではなく、感じることの繰り返しが、
ぼくに対して、その「明らかな確信」をもたらしている。
808考える名無しさん:04/09/30 20:29:23
空なる仏を頭で妄想して実体視。ナイス釣り。
809考える名無しさん:04/09/30 20:33:49
我輩は悟りを求めて今125歳。しかし、ホントに悟りってあるのかなあ。
810考える名無しさん:04/09/30 20:47:57
俺は20031歳。まだ悟れね。
811弥勒 ◆LY666//S/s :04/09/30 20:58:12
>807
じゃあもう少しつきあうよ。
多分ロウシは仏教というジャンル限定で『悟り』を話しているのでは
ないのだろうね。
でも、『仏性』という話の流れからだから、もう少しだけ引っ張ろう。

臨済録にこうある…

 仏に逢(お)うては仏を殺し、
 祖(そ)に逢うては祖を殺し、
 父母に逢うては父母を殺し、
 羅漢(らかん)に逢うては羅漢を殺し、
 親眷(しんけん)に逢うては親眷を殺し、
 始めて解脱(げだつ)を得、物と拘(かかわ)らず、
 透脱(とうだつ)なり

恐らくこの流れからいけば、仏性を神聖視する感情も屠られることだろうね。
ならば、貴きものを全て消し去るこの求道の欲するところの真意は、いったい
何だと君は考える?
812考える名無しさん:04/09/30 22:16:43
お前等は結局言葉のみだなあ。
813考える名無しさん:04/09/30 22:21:15
>812
宙に浮いてる画像でも欲しいのか?
814考える名無しさん:04/09/30 22:23:45
従事半まで俺がすべき反省事項を聞こう
815考える名無しさん:04/09/30 22:46:39
>>813
言葉を並べて遊んでいるのみで、結局何も悟ろうとしていないって事だよ。
816考える名無しさん:04/09/30 22:49:40
自転車には、「悟る」 が必要だ。

それは、サドル だろ !

キコキコ
817716:04/09/30 23:26:54
ごめんなさい。下がった?性りません。
818ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/09/30 23:40:34
>>811
汝我面の前に我の外何物をも~とすべからず
汝自己のために何の偶像をも彫むべからず
又上は天にある者下は地にある者ならびに地の下の水の中にある者の何の形状をも作るべからず
之を拜むべからずこれに事ふべからず
我エホバ汝の~は嫉む~なれば我を惡む者にむかひては父の罪を子にむくいて三四代におよぼし
我を愛しわが誡命を守る者には恩恵をほどこして千代にいたるなり

出エジプト記二十章三節から六節より


名は実の賓なり。
われ、はた賓の為にせんか。
鷦鷯森林に巣くうも、一枝に過ぎず。
偃鼠河に飲むも、満腹に過ぎず。

荘子 逍遙遊編より


わたしはきみにこの話についてのいろいろな見解を教えているだけだ。
そういう見解をあまり気にしてはいけない。
不変なのは書物で、見解などというものは、しばしばそれにたいする絶望の表現にすぎないのだ。

カフカ「審判」より
819弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/01 00:47:41
類似の引用が答え?
単に、外に貴いものを求めている限り自分の足元が疎かになるぜ、ってことなんだけど。

--------------------------------------------------------------

悟るとはいうが、いったい何を『悟る』のだろうか?
それは「己自身の在り様」を悟るのである。
“本然の自己”という言葉が散見するのを語録・経典で見かけるが、
それならば本然の自己でない【私】というものがあるのだろう。
それは何か? 既存の価値観、固定観念、惰性的日常感覚の中に
がんじがらめにされて囚人の如く自由を奪われた【私】という
セルフイメージがそれである。この観念は実は拘束衣のような
ものであり、しかもその囚人は催眠術にかけられて拘束衣を自分の
肉体(皮膚)であると誤解しているのだ。
我執とは、こういう不自由さをそれと気づかず堅持しようとする
ところから生まれる。怒りやねたみ、劣等感も優越感なども、その
自分が傷つられるのではないかという不安感や、刺激によって自分を
満たして補強・補填したいという衝動から生まれる。
普通一般の生活上ではこの不自由さの状態こそがデフォルトであり、
それ以外の精神・意識状態が在り得るなどとは夢にも思わない。
座禅や瞑想に否定的な者は必ずここに蹴躓いているのだが、瞑想の
精神状態というのは非日常的な精神・意識状態に自分を置く行為であり、
自分の意識をもっとも「死の状態」へと近づけることによって、
日常意識的な『我執』の拘束衣を脱ぐ試みなのである。
それによって、固執すべきような“我”など幻影に過ぎないのだと看破し、
【実存的覚醒】とも呼べるこの透徹した意識状態こそが本然の自己
なのだと気づくのである。大悟とは己に気づくことである。
融通無碍とは実存的無垢のことである。
820ロウシ ◆tjrOUSHIdk :04/10/01 01:38:03
>>819
引用のみで失礼しました。
言葉で飾るよりも引用のほうがそれらしいと思ったから。

---------------------------------------------------------------
以下はぼくなりのデフォルメ

悟るとはいうが、いったい何を『悟る』のだろうか?
それは「自然の在り様」を悟るのである。
生きとし生ける物は自然の摂理によって、生滅する。
すべての物質は自然の物理法則によって成り立っている。
では自然の摂理に歯向かうとどうなるのか?
どうにもなりはしない。あるべき因果によって、それなりの結果しか出ないからだ。
しかし、その自然に歯向かうひとの意思に対してさえも自然は許容する。
斉天大聖さえも釈迦の掌から抜け出れないように、
ぼくたちも自然の摂理から逃れられない。
煩悩の多さによってひとの悩みがつくられる。
自己の煩悩を消すことに一喜一憂するも、
自己の煩悩を育てるも、自然は許容するのみ。
蟻にしても、蜂にしても、ひとにしても、自然からみれば皆同じ。
かくいうぼくも自然の一部。
ぼくの意思も自然の一部であり、ぼくのものではない。
ここで、「自己の無」を自覚する。
ただし、それさえも自然は許容している。
大悟とはそんな自然に気づくことである。
821考える名無しさん:04/10/01 05:43:43
>>820
>悟るとはいうが、いったい何を『悟る』のだろうか?
>それは「自然の在り様」を悟るのである。
そんなもん見える姿そのままだろ?何を難しく考える必要がある?
822弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/01 06:20:12
>820

ああ、妙好人経由か…
自力も他力もその効能として一乗だからな。
823考える名無しさん:04/10/01 20:48:07
>>782  弥勒 ◆LY666//S/s  さん
> >>773
> 犬に仏性の『自覚』が有るか、を聞けばよかったのに…> >空の理解は、している。> では、なぜ“空”でなくてはならないのかをそいつに訊いて来てくれ。

348 名前:あはさんpasiru語 ◆FNpT2a5MGA [sage] 投稿日:04/09/29(水) 23:37:34 ID:Rtd3uHm9
犬に、仏性があるか? 無。 あるに決まってる。悉有仏性。だが、そこを、無、と言うらしい。この公案以後の禅は、この「無」 に尽きると言う。 しかし、飲み込めない。また、他の僧には、犬に仏性が有るとも、答えている。
然し最初の、「いぬに仏性が有るか、無。」 がひっかかる。空の理解は、している。  仏性が、ある、なし、には、かかわらない。  仏性は、あるに決まっている。
無。 これに、迷う。 無ではなく空では、ないのか、と。無、と答えれば、老荘とのかかわりが、出てきそうだ。「犬に仏性は、あるか。空。」  このほうが、禅的には、うなずけるのだが。

97 名前:弥勒 ◆LY666//S/s [sage] 投稿日:04/09/30(木) 02:28:23  さん
>>793>表現が変わっただけの内容では?何かの受け答えになっているのだろうか?

何かに迷っているのでは、ありません。自分に問いかけているのです。そして、自分に答えているのです。


824824:04/10/01 21:42:47
8=2*4
825けちゃっぷ:04/10/02 01:49:55
「わしが阿弥陀になるじゃない 阿弥陀のほうからわしになる」。今の自分は、なりたい自分。結局、なりたい自分になるだけ。できることしかできない。したいことしかできない。
826けちゃっぷ:04/10/02 01:56:22
仏性があるか?を尋ねた人は、仏性がなきゃ困るの?仏性があっては困るの?自分と師匠の見解が同じだと不安だから確認したかったの?師は、それを見抜いたから「無」と答えたのでしょう。くだらん!って意味
827考える名無しさん:04/10/02 15:49:56
>>826  さん
路傍で坐禅していらっしゃる釈尊に、息せき切って走ってきた若者たちが、酒臭い息を吐きながら、訊ねる。
「酒盛りの最中に俺たちの金を持って逃げた。女がここを通らなかったか、教えてくれ。」
釈尊は静かに、「人を尋ね、探していくよりも、自分のこころを探す方が、大事ではないか。」と言われました。
その言葉を聞いて、ドキッとして、釈尊の顔を見つめる若者たち。
「あなたたちは人を尋ねていくけれどそれより大事なのは自分たちのこころが、今、どこをうろついているのかそれを探し求めるのが、大事だろう」と、言われたと言う。
仏性、ほとけのいのち、は、「悉有仏性」
>「仏性を自覚できる人間」,・・・日常、わたしたちは、逆立ちをして物事を見ていると言われる。
生きているものは、ほとけである。この常識を、否定するのが、無、である。狗子に仏性はありますか?無。
そこを、わたしは、『狗子に仏性はありますか?空』、と、受け取った、うなずいたと言っています。
あみだ様は、全ての存在は、全宇宙に遍満しているほとけである。仏が、仏に手を合わせていくのが、南無阿弥陀仏と、おっしゃっています。
阿弥陀様、わたしたちが手を合わせる前に、既に こちらに手を合わせていらっしゃいます。
ほとけが、ほとけに手を合わせている。「悉有仏性」と言います。
禅の公案は、ほとけのいのち 「さとり」、に目覚めるものだと思います。
828考える名無しさん:04/10/02 15:51:38
↑  あはさんpasiru語 ◆FNpT2a5MGA  です。m(__)m
829考える名無しさん:04/10/02 17:00:13
すべてが仏なら、犬や、仏や、「〜に」も、有無も、空すらも無いだろう?
 それが空だと思う。
830弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/02 19:12:17
>>825
> 「わしが阿弥陀になるじゃない 阿弥陀のほうからわしになる」。
>今の自分は、なりたい自分。結局、なりたい自分になるだけ。
>できることしかできない。したいことしかできない。

この解釈はおかしいのではないのか?
君は他の板で、自分が浄土系の信仰を持つ、と言っていたと記憶するが…

「阿弥陀のほうからわしになる」というのは、念仏を一心不乱に唱える
【三昧境】に至ることによって、全一的な法悦の境地(神秘体験)に至るという
意味であろう。
『御来光』を垣間見た人々の念仏三昧は、密教の「求聞持法」のように
【三昧】こそを要旨とするはずである。

そんな安っぽい解釈じゃないだろ?
君らはもっと“最低限”ググれよ。
831けちゃっぷ:04/10/02 20:08:14
>830 他力の念仏は、三昧発得をめざすものではありませんよ。それでは、三昧を得られる一部の聖者しか救われません。口から念仏が出る瞬間が幸福であり救いです。
832考える名無しさん:04/10/02 20:09:50
なぜだ
833けちゃっぷ:04/10/02 20:16:09
「阿弥陀のほうから…」という語は、妙好人と呼ばれる熱心な念仏信者である、一介の下駄職人の言葉です。自分から仏に近づくのでは自力。他力は、仏の方から私に近づいてくる。凡聖一如ですね。
834考える名無しさん:04/10/02 20:19:54
いや関係ない。もうこれ以上はない。抵抗の状況は整っている。全部否定できる状態に今いる
835けちゃっぷ:04/10/02 20:23:37
先の妙好人は、親鸞信者ですから、絶対他力信仰。私が念仏するんじゃなく、阿弥陀仏が私の口を使って念仏してるんです。仏という役者が、私という役柄を演じてるんですね。
836考える名無しさん:04/10/02 20:25:44
ちっとぉ、穏やかじゃないなぁ。冷静に冷静に。
837考える名無しさん:04/10/02 20:26:44
ひろちさやかおまえは
838けちゃっぷ:04/10/02 20:31:37
四念処の中の「受念処」は、感覚の苦性を観察する修行です。すべての入力は苦。念仏者にとっては念仏が平安です。念仏中に物音がしたら意識がそっち向いて念仏が中断します。念仏以外は、苦です。
839けちゃっぷ:04/10/02 20:36:09
念仏者にとっては、念仏は呼吸と同じ。肉体の操縦などの目的のために、念仏から意識を出して使うのは、呼吸を止めて水に潜ってるようなもの。意識が仕事を終えて念仏に帰る時、平安の中に休めるのです。
840弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/02 20:42:17
>>けちゃっぷ

君が話しているのは三昧への過程そのものではないのか?
841けちゃっぷ:04/10/02 20:42:28
南無阿弥陀仏という役者が、僕という役を演じる仕事をしていて、ふと素の役者に戻って休憩するのが、念仏です。念仏が主人で、念仏以外の入力・出力は客。念仏は映画のスクリーン、余念は過ぎ去る映像。
842考える名無しさん:04/10/02 20:44:49


今日もメシがうまい! 良い糞がたんまり出た!




843考える名無しさん:04/10/02 20:46:12
>>840
そそ。お念仏解説書の丸写し。

このスレとは関係ない
844考える名無しさん:04/10/02 20:47:21
>>842
汝、徹せり。
845考える名無しさん:04/10/02 20:49:17
>>844
2chで初めて、まともな人間に遭った…うれしいぞ。

では、また何処かで再見!
846けちゃっぷ:04/10/02 20:50:19
>840 法然いわく「ただし三心四修(念仏の信心や実践についての解釈や注意点)と言われる事柄はすべて、“必ず南無阿弥陀仏で往生できる”と思うことの中に、含まれています」。
847弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/02 20:53:52
>846
「三昧」を脇に除けた理由の説明になってるか?
その一心が三昧へとつながるのに…
848けちゃっぷ:04/10/02 21:05:35
>弥勒さん あ、僕は、「三昧」というのを、仏や浄土のビジョンをありありと観るような、「観想念仏」の「念仏三昧」のことかと思ってました。もっと広義で言ってらっしゃったのですね。
849弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/02 21:14:46
>>848
「三昧」はその“過程”を指すものであって、その“結果”として「御来光」が来るのでは?
俺の解釈がいかんかったのか?

荘子にも三昧を匂わせる話はゴロゴロしてるが…
850考える名無しさん:04/10/02 21:15:54
いいから、けちゃっぷsageろな
851レス暮れ:04/10/03 21:57:04
レスありがとうございました。


私は博識でないので、上手い文章が書けないのですが、

ヘッセのシッダールタの、世のそれを川の流れに見い出したように、たえず変化し、それ自体があるがままなのでしょうね。

しかし私は舟守ではないです。
明日、仕事ですし頭を下げて受注を取り納期を守るんです。

仕事中の私は空ではない。
なかなか大変なものです。
852852:04/10/03 22:54:29
ヘッセのシッダールタ、昔読みました。
悟りにあこがれていた頃、何度もあの小説を読み返したもんだ。
その後、悟りを知ることになったが、現実はあれとは違う。
ヘッセが正しく伝えているのは、あの「目覚め」の描写のところだけだ。
853852:04/10/03 22:57:38
河を見つめたところで、どうにもなりはしない。
ヘッセは何か勘違いをしている。
自己の心を見つめない限り、それに近づくことはない。
854弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/03 23:08:21
【空】という観念に囚われすぎて心を殺し続けることを戒める禅話もあるのは
なぜだろうか?
それならば「無機質」な木石の存在のほうがよっぽど有り難い存在であるからだ。
だが、そんなものに何の意味があるか?
肉欲を抑え切れぬ修行者が自分のモノを思い余って切り取ったが、非難されたという。
欲をコントロール出来る「意志の強さ」こそが意味を持つのであって、欲の根源を
切除しては、単に「逃避」にしかならないからである。
禅僧が閑静な寺院に座って座禅を組む。だが刺激の少ない閉鎖的な空間に篭城して
「私の心は乱れがない」とのたまわったところで何の意味があろうか?
試しに檀家の者がそいつをキャバクラにでも誘ってやればいいのだ。
維摩詰が俗世にあるのは正しい在り方である。
欲の多い場所、誘惑や刺激の多い俗世こそが本当の「求道」の場所ではないか。
他人との軋轢や挫折、思い煩い、別れの悲しみ、小さな諍い、ひとに嘲られる苦味、
これらどれひとつをとっても心の“道場”である。
寺に通ったかどうかが問題ではない、在野にあることこそが修行そのものなのだ。
855レス暮れ:04/10/03 23:27:31
>854さん

納得できてきました。
有りがたく、お言葉頂戴しました。

856考える名無しさん:04/10/04 04:25:30
>>853
ヘッセは何もわかっていない、それはそうなんだが…。
河を見つめてもいいんだ。
邪念を払う入り口として何かを見つめる方法は、実際にある。
たとえば月、蝋燭の炎、線香の灯、文字…、眼前に見つめる対象があれば、
そこに没入することで集中が可能になる。

禅堂に端座してもなお、五感を真に鎮静化するのは至難の業、特に眼は
瞼を閉じれば睡魔に襲われ、半眼では視力が妄念を連れて来る。

没我の閾は、宇宙の果てより遠く、自分の眉間より近い…

857考える名無しさん:04/10/04 09:05:10
ナニ イッテンダ コイツラ? オマケニ ジエンw
858考える名無しさん:04/10/04 17:17:34
絶食したり、感覚に一様な入力を続けることで、脳をおかしくしているだけだろ。
859レス暮れ:04/10/04 21:24:48
>857

久しぶりの書きこみですね。

こういうのも2chっぽくて私は好きですが

860考える名無しさん:04/10/05 01:54:00
サトリノ ハンタイゴ ッテ ナンダ?
861考える名無しさん:04/10/05 02:38:55
悟り・・・・心が5つに口が一つ。
862考える名無しさん:04/10/05 02:58:35
やっぱり、生きることには時々、虚しさを感じてしまうな。
自分の言葉に酔ってるだけの観念論をいくら聞かされても
少しも実感を伴って心に響いて来ない。
言葉(バーチャリティ)と現実この乖離が問題です。
美しい言葉を紡ぐのは、私にとっては簡単だけど、
美しい現実を作るのには、かなりの努力が必要なんだと思う。
863考える名無しさん:04/10/05 03:22:01
>>862
【校正】
×美しい言葉を紡ぐのは、私にとっては簡単だけど
、            ↓
〇美しいと自分だけでヨガッている言葉を紡ぐのは、
、   私にとって甘美で安易なオナニーだけど
864考える名無しさん:04/10/05 03:25:25
オマイ、ナニ ヤッテンノw
865アセンションダンサー:04/10/05 16:40:36
先日あるオーラをリーデングする先生に見てもらったら、
「貴方はこの肉体の侭、不老不死の状態になる。人類の覚醒の為に降りてきた存在。」と言われま
した。生まれた時から前世の記憶や能力がある。過去世の半分以上が霊能力を開いた精神指導者を
していたとか。自分の中に異常なほど不老不死になれる確信が自信がアセンションなんて言葉聞くずっと
以前からありました。その先生が言うにはそう言うレベルの人は今回地上に結構居て今ネットワークを作り
つつあるとか。皆さんの中で同じ様な感覚や人にどこかの先生に告げられたり保証されたりした人は居ませんか?
●NESARA・フォトンベルト・アセンション ●
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1090988467
866はとみね:04/10/05 21:12:02
挑発的なレスというのは数多く目にするけれど、今日のはな〜んかカチンと来るんだよナァ。

言葉が仮想っていうのはやばいでしょ。
このスレで行われていることが「思弁的」な観念論だから、というのならわかるんだけれど。

言葉が仮想なのなら、この世の発言のすべては自分勝手な了見だ、というように単純にまとめられてしまう。
やがて、思惟する存在としての自己、誰にとっても第一に、そしてこの上なく現実的な存在である自己も仮想になってしまう。
そうなったら、美しい現実なんて夢のまた夢さ。
「時々虚しくなる」だったのが、「頻繁に虚しくなる」に変わるだろう。
そのとき、自分にとって唯一確かなのは、
記述することは許されないけれど、絶えず感受される人間への絶望だけになるだろうからサ。
867考える名無しさん:04/10/05 23:54:36
>>865
オウムの初期勧誘法と同じ。w

カルトは妄想狂いの馬鹿ばかりだから、手口も皆そっくりw
洋の東西を問わず、同一手口で愚者を引っ張り込む、大笑いであるw
868昇天舞姫♪D:04/10/07 12:27:50
>>867 ワッハハッ!
頭が固いのか?
心が弱いのか?
何でもかんでも同じ様に見てしまうのは偏見だよ。
色々な方便があるのだよ。
貴方に言わせればオカルト板は全部基地外かな?
哲学か宗教のみに審理がる訳では無いだろう?
妄想狂いの馬鹿ばかりと言うが仮に私に相談したり意見したりしている人々は
皆妄想の馬鹿扱いなのかな?
大迦葉を見て凡夫は汚い乞食坊主と見て托鉢に何も入れてくれなかった。
お釈迦様自身が大迦葉を丁重に扱う様を見て初めて汚い僧が高僧だと知る。
このスレの名前に因んで参加している者なら私の記述やそれに対する人々の話題を
読んでから物を言うべきではないかな?
例えピエロを生業としている人でも漫才を生業としている人でも覚者は覚者である。
それが心霊主義の皮を被っていても、オカルトの皮を被っていても、
ニューエイジの皮を被っていても、商売人の皮を被っていても、
マスコミ業界で生きていても、覚者はどんな皮でも被れるし脱ぎ捨てられる。
良く読んで詳細に物を言うべきだ。
お待ちしております。此処でも何処でも良いですよーん♪
869考える名無しさん:04/10/07 19:14:48
「悟り」ってのは、主観的なもんだと思う。
ある人が「悟った!」と主張すれば、"その人にとっては"悟ったことになる。
ある人が客観的に悟ったかどうかを判定することなど出来ないし、
「悟り」を客観的に定義することなど出来ないと思う。
870869:04/10/07 19:16:25
>>869
訂正

誤: 客観的に悟ったかどうかを判定
         ↓
正: 悟ったかどうかを客観的に判定
871昇天舞姫♪D:04/10/07 21:47:35
( ゚Д゚)<おおごと吹かして他人様を否定し、
個人と集合的な人間をまとめて愚弄した者は、
それなりの論証を詳細にするべきだが、
気が小さくてコショコショと大上段に発表出来ない様だな。
時間かけて人様を根拠なく愚弄した者は、
( ゚Д゚)<読み応えのある文章を書き出してもらわないとなあ。( ゚Д゚)<
>>1
>哲学の極意とは悟りにあるのではないかと思います。
>真理を確信して迷いが無い状態です。

たわけッ!
ジェンジェン違ふ。

其れこそが“反”哲學的態度。

漏れ樣によると、哲學の極意とは悟ら無ひコトにアルと思われ。
眞理を確信せず迷ひ續ける状態こそが哲學スルとゆーコトなのダッ♪
樂になりてーンだったら、とっとと迷わずロボトミー手術を受けるコトをオススメする。

哲學に悟りは無用でアリ、有害無益ッ♪
874考える名無しさん:04/10/07 23:02:51
この宇宙に在るもの全て無意味
875考える名無しさん:04/10/08 07:44:15
世の中をわける最も合理的な基準はSかMかである。
876考える名無しさん:04/10/08 12:43:54
>>869-870
野狐禅があり、野狐の悟りがある。君の言うのがそれである。
主観に止まり主観に終わる。

悟りとは、主観客観の別を超えた場所へ到達すること。
「個」を内へ内へと辿り尽くせば、無辺のアゴラ(広場)へ出る。
そこで出遭えば、一瞬でわかる。=「拈華微笑(ねんげみしょう)」
877考える名無しさん:04/10/08 14:37:13
http://life5.2ch.net/test/read.cgi/healing/1094528758/l50

153 :いずこ :04/10/04 23:49:08 ID:te7hyc4q


お師様(お釈迦様)はやはり、EO氏の体験の先まで行っていた事は間違いありません
あらゆる感情、思考、想念をはぎ取った先にある深層意識の底にいた真我(魂・アートマン)のさらにその奥
宇宙(真理・ブラフマン)の領域まで到達する、そこでシュタイナーの唱えるアカシックレコードに
触れることが出来る、そこで改めて宇宙(真理・ブラフマン)の根底には慈愛が存在している事実
カオスではあっても決して虚無主義ではない事、現世は修行の場であるため一切苦である事
それを修行の末に真理に到達して来るのを悟りという

と言ってるのがいる。これはどうか?
878考える名無しさん:04/10/09 00:14:36
ナニ ワケ ワカンナイコト イッテンダヨw
879考える名無しさん:04/10/09 00:16:32
今日の俺の屁はとても臭かった



悟ったよ
880ワトソン:04/10/09 02:09:01
人間に思考能力はない。思考と思われたものは所詮必然的な因果の連鎖の結果にすぎない。人間は自分に思考能力があると脳に思い込まされているだけだ。そうしないととてもとても真実に耐えられないだろうし。快不快や感覚にすっかり支配されてしまっている。
現在の学問は、人間が思考の自由を持っているという事を無根拠に前提としているため、行き詰まっているように感じる。
思考する時に自分の思考パターンを計算に入れる事を忘れているのだ。

881考える名無しさん:04/10/09 02:41:03
>>1-1000 へ失礼ながら言わせてもらうが
人生、恋愛せずに生きてると思うのは強がりじゃないか。
そうでなければ、君は人でないか、生きていないか。

とにかく私の言いたいことは君の悪はあまりに人為的で
理性的で社会的であるということだよ。
偽悪者とでも言うべきかな?
無邪気ないたずらっ子は自分以外の絶対者の掌で
意外性も無く安定な動きを繰り返す怠惰な玉だね。
まあ、その通りだからしかたないか。
こんな言葉も君への優しさなのだが……わかってくれないかな?
882考える名無しさん:04/10/09 20:16:45
ソノ ブンショー ジャ、ダレモ ワカランボ ^^;
883考える名無しさん:04/10/09 20:31:26
テツガクヤルマエ コクゴヤッテコ^^
884考える名無しさん:04/10/09 20:43:32
オマエラ モナー
885考える名無しさん:04/10/09 20:52:03
ハンカクモジデ イジイジコソコソ シカデキナイ オレ(>>882-885)ガナー

イチバンカスダ^^
886考える名無しさん:04/10/09 20:55:21
>>882-885
反省して出直せ。
887考える名無しさん:04/10/10 01:57:24
自分ってどこにあるんですか
そもそも、ある、んですか
ある、と言っているのは誰ですか
まずはそこからですよ
888考える名無しさん:04/10/10 03:54:21
この世に確かな物がないなら不確かな物で我慢しなさい
889 ◆fxcM7qMtJ. :04/10/10 03:57:33
>>887
まずはトリップを付けるんだ
890考える名無しさん:04/10/10 04:00:21
まずはsageる事から始めよう。
891考える名無しさん:04/10/11 01:21:46
892考える名無しさん:04/10/11 02:36:21
DOMINUSTECUMUBENEDICTUSTU
893考える名無しさん:04/10/11 02:38:21
那南風吹来清涼 那夜鶯・・・
894考える名無しさん:04/10/11 02:44:08
http://www.pornphilez.com/smgp/006/jp009gw.html
上ヲ一生懸命見タリト雖モ不立。此ハ悟リト言ハズシテ何ゾヤ。
895考える名無しさん:04/10/11 17:30:00
不能ナリ
896考える名無しさん:04/10/13 08:41:31
世の中まだまだ分からんことが多いのに悟っただと抜かすアホは逝ってよし!。
897けたゃっぷ:04/10/13 19:15:20
「わからないことをわからないんだと気付くのが悟りだ」と、どこかの禅僧が言ってました。
898考える名無しさん:04/10/13 20:01:26
そんなものは悟りじゃない
たんに覚っただけだ
899考える名無しさん:04/10/15 08:56:24
世の中のことは世の中に任せておけばいい
悟りとは、世の外へ出ることだ。生きながら世の外へ出た体験をいう。
>>897
さよう。
大半の人間が、何がわからないのかをわからないままで死んでしまう。
900考える名無しさん:04/10/16 11:54:47
今思ったけど人間っていないほうが良くね?
他の動物から見ればこれ以上の邪魔はないっていうくらい邪魔でしょ?
保護とかいってる人もいるけど人間いなけりゃそのまま生き延びるっつうの。
虐待とかする人までいるんだよ。なんも悪くないのに。
兵器なんて作っちゃってwなんに使うんだよ。
結局は人間中心なのね┐(´〜`;)┌
901考える名無しさん:04/10/16 12:09:49
そう思ったんなら
まずテメーが自殺して消えれば?
902考える名無しさん:04/10/16 12:17:40
じゃあ人間全部消してしまおうか。
903考える名無しさん:04/10/16 12:22:13
だからそれをする前に
テメーがまず死んでみろってことを言ってるんだよ。

>>900のようなことを言う奴は
「人間すべては死ぬべき」と言いながら
自分は絶対に死のうとしない、という矛盾を抱えてるんだよ。
904900:04/10/16 12:22:25
>>901じゃあ君はどう思うの?この考えを誰が伝えるの?
何時でも死んでいいんだよ俺は、いつでも死ねる。
905考える名無しさん:04/10/16 12:28:56
人間と一口に言っても
その行為は多義に渡るものであって、一つのものではない。
つまり、「虐待する人まで居る」といったところで
「虐待をしていない人」に「虐待をした人」の罪はなんにも関係ない。

それと、人間外の動物は人間のような言語能力をもっていないので
意思を共有することができない。
「動物は人間を邪魔だと思っている」かどうか、(一部の)人間が勝手に
決め付けてるだけ。
906考える名無しさん:04/10/16 12:31:50
じゃあ食われる鳥や豚の気持ちになってみろよ
せっかく生まれたのに食われるために生まれたんだよ。
907考える名無しさん:04/10/16 12:35:05
野生の動物世界でも捕食関係は存在する。
人間に食べられる鳥や豚の気持ちになってみたことがあるのに、
ライオンに食べられるシマウマの気持ちになったことはないのか?

もし食われる動物が可哀想と真に考えるなら、
まず自分がベジタリアンになってから周りに言うべき。
908考える名無しさん:04/10/16 12:43:15
それから、そもそも鳥や豚は
人間のように複雑な「気持ち」というものは持ち合わせていない。
これは各生物の脳の部位を見れば明らかなこと。
気持ち以前に、鳥には痛覚すらない。
909考える名無しさん:04/10/16 13:22:16
|:::::::::::::::::::::::::::::::  
|" ̄ ゙゙̄`∩::::::::::::::::  
|,ノ  ヽ, ヽ:::::::::::::::::::::::::  
|●   ● i'゙ ゙゙゙̄`''、::::::::::::::::
| (_●_)  ミノ  ヽ ヾつ::::::::::  猟友会のおじさん
| ヽノ  ノ●   ● i::::::::::   ぼくたちを撃たないでクマ
{ヽ,__   )´(_●_) `,ミ:::::::
| ヽ   /  ヽノ  ,ノ::::::
910考える名無しさん:04/10/16 13:33:50
|:::::::::::::::::::::::::::::::  
|" ̄ ゙゙̄`∩::::::::::::::::  
|,ノ ・ ヽ, ヽ:::::::::::::::::::::::::   パスン
|◎   ◎ i'゙ ゙゙゙̄`''、::::::::::::::::
| (_●_)  ミノ ・ヽ ヾつ::::::::::  
| ヽノ  ノ◎   ◎ i::::::::::   
{ヽ,__   )´(_●_) `,ミ::::::: パスン
| ヽ   /  ヽノ  ,ノ::::::

911考える名無しさん:04/10/16 14:41:05
でもなんかかわいそうっていう感情も無いのかおまいら
912考える名無しさん:04/10/16 15:53:57
人間と動物を分けなくたっていんだよ。人工と自然を無理に区別しなくたって
いいんだよ。大きく考えればおんなじ事なんだよ。
913ネ申:04/10/16 16:27:21
えぺけーいな てーす うーしあす
914考える名無しさん:04/10/16 21:10:11
|:::::::::::::::::::::::::::::::  
|" ̄ ゙゙̄`∩::::::::::::::::  
|,ノ  ヽ, ヽ:::::::::::::::::::::::::  
|p   d i'゙ ゙゙゙̄`''、::::::::::::::::
| (_C_)  ミノ  ヽ ヾつ::::::::::  戸に手をかけて、顔をおしつけ、
| ヽノ  ノp   b i::::::::::   しくしくと、なみだをながして泣きました。
{ヽ,__   )´(_O_) `,ミ:::::::
| ヽ   /  ヽノ  ,ノ::::::
915考える名無しさん:04/10/16 23:22:04
差取り
916考える名無しさん:04/10/16 23:25:17
差取り
917考える名無しさん:04/10/17 01:49:19
家畜にしてみれば人間が外敵から身を守ってくれて
餌にも不自由せずにたくさんの子孫を増やし
次の世代に遺伝子を残せるんだからどっちかといえば共存だよ。
自然の生態系のほうがもっと厳しい。豚とかソッコー食われそう。
人間が戦争したり環境破壊するのも生物の自然の本能だな。
それがいけないと思うのも本能だけど。
918考える名無しさん:04/10/17 03:40:34
娯楽の「娯」は女へん
919考える名無しさん:04/10/17 15:59:41
708=711=748は前段階までたどり着いたのだろうが
そこから先が困難な様子・・・・・
920考える名無しさん:04/10/17 17:13:20
  おチンチンびろーん
   ∩___∩     
   | ノ      ヽ/⌒) 
  /⌒) (゚)   (゚) | .|  
 / /   ( _●_)  ミ/
.(  ヽ  |∪|  /
 \    ヽノ /   
  /      /  
 |   _つ  /    
 |  /UJ\ \       
 | /     )  )       
 ∪     (  \    
        \_)
921考える名無しさん:04/10/17 23:50:45
>>920
なんかそれ笑えるなぁ〜^^
922考える名無しさん:04/10/25 12:12:07
あっげ
923考える名無しさん:04/10/25 14:41:43
ネタコテと、名無しのトラクリ、僕は大好き。
924弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/25 21:05:46

物凄く下手な初心者が、スロットの目を合わせようとボタンを押し続けている。

席を移動して、もうすぐ9台目。

空箱に、僅かの玉とクシャクシャのタバコ

「暇つぶしなんだから、いいじゃん」

換金出来る所もあるというのに

蛍の光
925考える名無しさん:04/10/25 21:24:53
万個は内蔵された朕子である。
926考える名無しさん:04/10/25 21:27:04
虚数チンポでしょ?
927考える名無しさん:04/10/25 21:44:14
幸せであるなら、それでいい。
928考える名無しさん:04/10/25 21:46:32
君は君以上の何かでしょ?
929考える名無しさん:04/10/25 21:56:43
人の心に咲く花を見て、美しいと感じた時自分の心に同じ花が咲く。
人の心の絵画を見て、美しいと感じた時自分の心に深みが出来る。
930考える名無しさん:04/10/25 21:59:53
みつおはみつお以下の何かでしょ?
931弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/25 22:01:30
おれもいま「みつお」って思ってた
932考える名無しさん:04/10/25 22:08:19
人を差別ではなく、区別でき、人は人では無く、子孫を残す花である
その過程に積もる塵を歴史とし、残し、土となり、山となり、高みに上る

山を登る旅人に災いあれ

詠み人、日本
933考える名無しさん:04/10/25 22:08:58
弥勒はオトコでしょ?僕も。
934弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/25 22:15:09
「あるがまま」という言葉は便利なもので、いかようにも使えるが、
そもそも「あるがまま」というものとはいったい何ぞや、と。
「自分らしく」とは言うが、自分らしさを貫くには努力が要ろう。
その"無理強い”は果たして「あるがまま」であろうか?

酔うておるのだよ諸君。
935考える名無しさん:04/10/25 22:15:37
山を登る旅人に災いあれ?
936考える名無しさん:04/10/25 22:19:37
フロイト的言間違い?
937弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/25 22:22:19
>山を登る旅人に災いあれ

出る杭は村八分だ!、ってか・・・?
938考える名無しさん:04/10/25 22:25:48
我、大悟と叫びけり。
939弥勒 ◆LY666//S/s :04/10/25 22:28:26
獅子吼。
940考える名無しさん:04/10/25 22:29:08
じじぇく
941考える名無しさん:04/10/25 23:13:43
私の場合は小悟かな。
942死招草 ◆SISU...... :04/10/26 13:26:42
大好きな人を笑わせたり、喜ばせたりした時の暖かい気持ちと
大嫌いな奴をブン殴ったり、苦しませたりした時の征服感のような気持ちは、とても似ている気がする訳だが

・・・・・・俺が歪んでいるだけ??
943考える名無しさん:04/10/26 21:22:32
>>942
一緒じゃないの。
だって脳内に麻薬物質が出てるだけだからね。
944単、直:04/10/27 13:43:15
友人スレの1さんが何か急ぎでお願いが
もしよかったら皆さんの御知り合いスレにも告知
お願いできないでしょうか?↓

356 名前:1[] 投稿日:04/10/27 08:22:24 ID:5G13O49Y

イラクで再び日本人が捕らえられた、政府は情報の収集を急ぐよう指示された様だ、
そして、首相はイラクから撤退しない事を即座に表明した。、、、それはしかたない。
しかし、、
彼は小泉さんに危険な所に出てきた事を『すみません』と言う言葉で詫びていた
捕らえられた人物は間違いなく彼の発言から日本人である事は明白だ
何とかして助かって欲しい。
彼は、何処のどんな人物で、何をしてきた人物なのか、彼のヒューマニズムを即座に探してアルジャジーラアルアラービアヘから放送してもらう必要がある。

ネット上で、何か分かったら下記へ貼り込んで頂き、この文面をあちらこち貼り込んでください
ませんでしょうか

どうしたら良い世の中がくるんでしょう? その2
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1096018631/l50

アルジャジーラ、アルアラービヤへのネット上のアクセスは皆さんに掛かっている。
何とかして助かって欲しい。イラク、イスラムとも何とか友好を持ち続けたい、、、
皆で力を合わせて働きかけをして欲しい。 お願いします、、、

945考える名無しさん:04/10/29 23:52:55
悟り
946アヒル村長:04/10/30 16:51:50
なぜイラクでは誘拐とかが大量に起きるのだろうか。
イスラムに対するイメージは悪くなるし、イラク人に対するイメージも
なぜか悪くなる。結局、要求も通らないし、デメリットばかりだと
俺は思うんだが… それとも、これは単に、平和ボケした日本人の
バカな考えなのだろうか?
947考える名無しさん:04/10/30 19:02:05
悟りました。
948考える名無しさん:04/10/30 19:04:37
さっきオナニーして屁こいた瞬間に悟りました。
949考える名無しさん:04/10/30 19:11:01
>>948
そのときのオカズおしえれ。
950考える名無しさん:04/10/31 20:55:32
わかった。ゆうこりん。
951考える名無しさん:04/10/31 20:57:17
人は皆人間社会の中では現人神である。
952考える名無しさん:04/10/31 21:12:57
>>946
それはね、略奪婚の風習と関係があると思う。
953考える名無しさん:04/11/01 00:06:33
何でも人のせいにしている人は
人間的にどうかと…
954考える名無しさん:04/11/01 00:26:28
オケーとかはいそうですかだけではないのは人間性を冒涜することに対する抵抗だ。確かにこちらにも非はあるが最終的に折り合いをつけようと云う態度まで泥をぬるなんてどうかしてるんじゃないか
955考える名無しさん:04/11/01 00:31:06
潜在的な非は認めよう。しかしそれだって互い違いの鏡みたいなもんじゃないか。暴力に暴力を重ねる繰り返しを説くことが大人なんておもしろいこというよ
956考える名無しさん:04/11/01 00:48:10
つか、このスレの役目はもう終わった。
1000まで埋めよう。
くれぐれも次スレ立てるなよ。
957考える名無しさん:04/11/01 00:51:22
so!ya!na!
958考える名無しさん:04/11/03 01:41:26
人気“2ちゃんねる”ブラウザー「OpenJane」の機能拡張版“Jane Style” ----
http://www.forest.impress.co.jp/article/2004/11/02/janestyle.html
人気“2ちゃんねる”ブラウザー「OpenJane」の機能拡張版“Jane Style”が、10月20日に公開された。
本ソフトは、IEコンポーネントを使う「Jane Style」と、
IEコンポーネントを使わない「Jane Doe Style」、
「Jane Doe Style」からOfficeXP風のメニュー表示を省いた「Jane Doe Style lite」の3種類があり、バージョンはいずれもv041020 α 0.1.12.2。
本ソフトはWindowsに対応するフリーソフトで、編集部にて
Windows 2000/XPで動作を確認した。現在作者のホームページからダウンロードできる。
“Jane Style”は、軽快動作を目的に作られたオープンソースの“2ちゃんねる”ブラウザー「OpenJane」の派生版の1つ。
□JaneStyle
http://janestyle.s11.xrea.com/
□OpenJane(仮)
http://sakots.pekori.jp/OpenJane/
959ロウシ ◆SRBroushi6 :04/11/04 15:33:02
トリップ変えてみた。
このスレも終わりそうなので、ぼくの好きな老子の詩をひとつ。

持してこれを盈たすは、其の巳むるに如かず。
揣えてこれを鋭くするは、長く保つべからず。
金玉堂に満つるは、これを能く守る莫し。
富貴にして驕るは、自ら其の咎を遺す。
功遂げて身の退くは、天の道なり。

「老子」九章

悟るというのは結局、自分との闘いなのだと痛感した今日この頃。
960考える名無しさん:04/11/06 07:17:08
また1000まで逝くな。
961地球人:04/11/08 03:26:26
2001年3月からこのスレは始まっている。色々な人々が書き込み
去っていった。ちょっと聞いてみたい。悩めない奴はいるか、手を挙げて。
962ロウシ ◆SRBroushi6 :04/11/08 03:58:55
は〜い、悩めません
963Tar ◆SQIDAUQYpc :04/11/08 04:03:29
地球人さん、お久しぶりですね。
964考える名無しさん:04/11/08 07:43:19
37才♂現役?暴走族で逮捕
38才♀早食い大会で窒息死

悟れよ!
965考える名無しさん:04/11/08 07:44:22
hage
966ロウシ ◆SRBroushi6 :04/11/10 03:39:36
良スレをageる事で板の健全性が保たれると思います。


無門は言う、「倶胝も童子も、指先ぐらいで悟ったわけではないぞ。
もしお前たちにその本当のところが見抜けるものなら、天竜和尚、
倶胝和尚、そして童子らと一緒に、お前自身も一串にし刺し貫かれるであろう」。

頌って言う、
倶胝は天竜小馬鹿にし、光る刃で子供を試す。
巨霊の神は造作なく、崋山の山を引き裂いた。


なので書き込みつつage
967考える名無しさん:04/11/10 04:42:16
「悟り」より、「境地」に関心があるんだが。「境地」というのは、
とあるステージを上り詰めた場所ではないし、
悟りの境地ではなしに、さまざまな「境地」があると考えるべき
ではありませんかね

弁証法的な身体=精神論とか言わないが。
968ロウシ ◆SRBroushi6 :04/11/10 12:32:51
>>967
悟りの境地の境地じゃ無く、さまざまな境地?

うーん、それはヘーゲルが弁証法を考え出したときの境地みたいに、
ある哲学的な結論に至る精神状態って事ですか?
969考える名無しさん:04/11/10 12:34:46
JE SUIS STUPIDE

TU ES STUPIDE TOI AUSSI

LES HOMMES SONT STUPIDE
970ロウシ ◆SRBroushi6 :04/11/10 12:57:46
ん?
愚か=私、人、es
であるならば、愚かとは何でしょう?
971考える名無しさん:04/11/10 13:09:32
J AI SIMPLEMENT ECRIT CE QUE JE PENSE
DONC JE N AI PAS BESOIN D EXPLIQUER LE MOT STUPIDE.
ENTRE TOI ET MOI IL N'Y A AUCUN RAPPORT, POUR QUE JE TE DONNE LA REPONSE.
RESOUS CE PROBLEME TOI-MEME IMBECILE!!
972ロウシ ◆SRBroushi6 :04/11/10 13:15:26
ごめんなさい、フランス語わかりません。
973考える名無しさん:04/11/10 13:19:30
いや、こちらこそすみませんw

stupideの意味は又今度考えておきますw
974ロウシ ◆SRBroushi6 :04/11/10 13:29:59
お決まりのコピペになりますが、以下が「stupide」の意味なんですかね。

学を絶てば憂い無し。唯と阿と相い去ること幾何ぞ。
美と悪と相去ること何若ぞ。美と悪と相去ること何若ぞ。
人の畏るる所、畏れざるべかざるも、荒として其れ未だ中きざるかな。
老子二十章

夫智慧多ければ憤激多し知識を増す者は憂患を増す
旧約聖書 伝道の書 一章十八節

不立文字 教外別伝 直指人心 見性成仏
菩提達磨大師
975ロウシ ◆SRBroushi6 :04/11/10 13:47:27
>>966の無門関ですが、書き込みが前後しますが、
この様な考案のあとに>>966が続きます。

倶胝和尚は、誰かれとなく挑戦的な問答を仕掛けてくると、
決まって指を一本立てられた。
倶胝の処にいた童子が、ある時外からやってきた客に、
「ここの和尚はどのように仏法の肝要を説いておられるか」
と尋ねられ、直ちに指を一本立てて見せた。
これを聞きつけた倶胝和尚は、刃をもって童子の指を切断してしまった。
童子は痛みに堪えず号泣して走って逃げた。
すると倶胝和尚は「おい、おい」と童子を呼び止められた。
童子が振り向くと、今度は倶胝和尚がすっと自分の指を立てられた。
その途端に童子はいっぺんに開悟してしまった。
倶胝は臨終を迎えると大衆を集めて
「私は天竜和尚の処で一指頭の禅というものを得たが、
一生かかってもそれを使いきることが出来なかった」
と言って、すぐに息を引き取られた。

無門関 岩波文庫
976考える名無しさん
イデアはそこにある