【マルクス その可能性の中心in2ch P5】

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1考える名無しさん
【マルクス その可能性の中心in2ch P4】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1046489087/
2Kurihara:03/09/28 20:55
3考える名無しさん:03/09/28 20:57
>>2
テンプレ貼ってやれよw
4考える名無しさん:03/09/28 20:58
 テニスの名門校・青春学園中等部に入学してきた越前リョーマは、アメリカJr.大会4連続優勝の経歴を持つ、テニスの天才少年。
 早速テニス部に入部したリョーマは、1年生で初めてレギュラー入りをはたし、地区予選に出場することに。数々のアクシデントを乗り越え、青学はついに関東大会への切符を手に入れた。
 そして迎えた関東大会。青学は1回戦で昨年の準優勝校・氷帝学園と対戦。手塚のまさかの敗退、川村の無効試合などで、5試合すべて終了しても決着がつかず第6試合まで及ぶが、リョーマの勝利により青学は見事2回戦進出を決めた。
 だがその試合中肩を痛めた手塚は、治療のために九州へ行くことに…。
 手塚が旅立った後、より団結力が強まった青学は、強豪・緑山中を下し、ベスト4に進出。念願の全国大会行きを決めた!
http://kumanote.jp/i/member/member_top.php?USER_ID=battleroya
5Kurihara:03/09/28 21:04
●●GCKオフ会のお知らせ(高額取引一周年記念)●●

オフ会のテーマ:「<柄谷行人に騙された・利用された>を巡って」
場所:大阪周辺
日時:10月中旬
参加予定者:柄谷祐人 攝津正 久本福子 夫馬裕明 栗原信義 その他 

※その他の事項は決定次第、お知らせします
※遠方からの参加も大歓迎です。
6Kurihara:03/09/28 21:06
260 名前:風:「オザキ以前―理想のサッカー」最終章公開目前4! :03/09/28 18:23
「オザキ以前―理想のサッカー」最終章公開の日時が正式に決定した。今夜11時に公開予告を発表、
そして12時、いよいよ本編を公開とさせて頂く。延期に次ぐ延期、真に申し訳ない。ただ、内容に
関しては絶対の自信を持っているので楽しみに待っていて欲しい。どんなにささやかであっても読
んでくれた者の心に感動を与えることが出来たなら、これ本望である。

なお、これまでの「オザキ以前―理想のサッカー」に対するご意見、ご感想などがあればどしどし
書き込んで欲しい。
7OFW:03/09/29 02:18
ttp://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1064499998/54(くろしろさん)
>資本の有機的構成を抑えています。
 <フォーディズム>は、科学技術に基づくオートメーションと大衆消費
 という20世紀資本主義の特徴ですが、それは規格品の大量生産で市場を
 飽和させ、その結果、多品種少量生産というマイナーチェンジ戦略が
 出てきた。それは、コンピュータ自動制御の利用(ME革命)により、
 コストダウン(主に人件費削減)と製品の精密化および多様化とを両立
 させ、同時に伝統的な技術を駆逐してきた(例:蒲田町工場の崩壊)。
 また、コンピュータと通信技術の利用によるオフィスオートメーション
 (事務作業の機械化)は、第3次産業の労働者をも放逐しつつある(例:
 銀行の無人化)。それらは資本の有機的構成の高度化の例です。
>人間はまず動物である
 しかし資本はモノである。それは、価値と呼ばれる過去の死んだ労働が
 現在の生きた労働(人間)を支配しようとする価値増殖欲の化身であり、
 人間の限度を超えている。
 「売上・利益数字を伸ばせ。」「いや。人間は飽食して限度一杯。」
8OFW:03/09/29 02:19
ttp://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1064499998/56(くろしろさん)
>需要として、供給では存在しない完璧な治療法に「価値」を見いだす
 需要者は効用を価値と呼ぶが、供給者は“他者にとっての”効用を
 (交換)価値と呼ぶ。完璧なものとは、エンテレケイア(満足状態)
 として、需要(存在の不足)と供給(現存する存在)の全体のこと。
>「存在しないもの」には希少性も何も無い「無」
 無論、希少性とは<効用の無>であり、まったくの無ではない。
 効用という質をもった存在も主体や状況により変化し、品質(内包量)
 や現存量が少なければ希少(代替不可能)であり、多過ぎれば反効用や
 余剰として他の存在と無差別(量自体)になる。その限度(質量)を
 定めるのが価値という存在です。経済的価値(価値の経済的本質)とは
 個別の直接的効用(例:医学的、宗教的価値)ではなく、それらの存在
 を媒介する(存在せしめる)生産と消費を巡る事柄(諸価値の価値)です。
>もちろん労働が存在を生み出す事も考慮のうえで
 生成は存在の根拠であり、すべて存在は生成の終り(成ったもの)と見る
 のが歴史的弁証法。生産は富を増し、財の存在価値(希少性)を減らす。
9考える名無しさん:03/09/29 02:21
超ミクロ経済学は役に立たん。
マルクス経済学はソ連邦崩壊とともに死んだ。
10 :03/09/29 02:23
 テニスの名門校・青春学園中等部に入学してきた越前リョーマは、アメリカJr.大会4連続優勝の経歴を持つ、テニスの天才少年。
 早速テニス部に入部したリョーマは、1年生で初めてレギュラー入りをはたし、地区予選に出場することに。数々のアクシデントを乗り越え、青学はついに関東大会への切符を手に入れた。
 そして迎えた関東大会。青学は1回戦で昨年の準優勝校・氷帝学園と対戦。手塚のまさかの敗退、川村の無効試合などで、5試合すべて終了しても決着がつかず第6試合まで及ぶが、リョーマの勝利により青学は見事2回戦進出を決めた。
 だがその試合中肩を痛めた手塚は、治療のために九州へ行くことに…。
 手塚が旅立った後、より団結力が強まった青学は、強豪・緑山中を下し、ベスト4に進出。念願の全国大会行きを決めた!
http://kumanote.jp/i/member/member_top.php?USER_ID=battleroya


11考える名無しさん:03/09/29 09:31
OFW氏へ質問。
労働力・土地・貨幣のうち、労働力の商品化はブルジョア社会固有の現象だが、
本来生産手段としての土地や流通手段たる貨幣そのものが投機の手段として商
品化されたのは、ここ20〜30年ぐらいの新しい現象と考えてよいですか?
12考える名無しさん:03/09/29 09:35
共産主義による犠牲者数は一億人と言われている。
13考える名無しさん:03/09/29 09:42
それでも人口爆発には焼け石に水だったか
14考える名無しさん:03/09/29 10:30
左翼はなぜか普通のことをしない。
そしてそれが理性的だと思っているから救いがたい。
15考える名無しさん:03/09/29 10:44
>>11
OFWじゃないけど。宇野=青木信者がお答えしよう。

商品化というのは価格形態を与えられること。
土地は地代を利子率で換算して資本元本としての価格が与えられる。
貨幣は利子を生む元本として商品化される。
これは「資本論」レベルの資本主義固有の現象です。
要するに地代や利子を生む擬制資本として土地と貨幣が
投機の対象となるのは資本主義に一般的な現象です。
ただ高度成長以降〜バブルの現代資本主義は管理通貨インフレによって
この現象が現実資本を遊離して加速しただけのことです。
16考名無:03/09/29 10:44
哲学徒一般乃特質也。
17くろしろ@ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/29 20:39
(OFWさん)
>それらは資本の有機的構成の高度化の例です。
サービス産業が資本の有機的構成をすると言う事には反対しません。
だがサービスは人が生まれたり死んだりする事で移り変わり
市場は消える事はなく、
(これは第一次産業や第二次産業でもいえることですが)
また新しいサービスも産まれるため、マルクスの言うような利潤率の低落で、
恐慌に陥るような事はないのではないかと思われます。
またこのサービスが全てでつくし、有機的構成し、その市場の需給が人間の
移り変わりのみで決まる社会と言うものも考えられます。
それは市場を配分システムにした一種の共産主義社会になるかもしれませんが、
そうでない可能性もあります。
資本家が残り、配分しても人間の連続性に問題がなければ、それで社会は
終わってしまうかもしれません。
いずれにせよ極端なモデルです。
サービスが出尽くすと言う事が考えられるでしょうか?

また第三次産業が資本の有機的構成を持つと言う事は、マルクスの前提、
第三次産業は生産活動ではないに反しています。


18くろしろ@ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/29 20:43
つづき

>経済的価値(価値の経済的本質)とは
>個別の直接的効用(例:医学的、宗教的価値)ではなく、それらの存在
>を媒介する(存在せしめる)生産と消費を巡る事柄(諸価値の価値)です。

ここでは「存在」する価値に前提が置かれて価値が論じられてますが、
価値とは「存在しないもの」に対しても需要があるのが本質です。
その本質から離れた経済学批判を打ち立てたところで、どれほどの革命
なり福音が起こせるのでしょうか?
結局その穴埋めをしているのが宗教だと言わざるを得ません。
また価格が現象であるように、経済もまた現象に過ぎません。人間本来の
価値を分析する概念装置無しに経済で人間をはかり、革命を論じるのは、
価格で価値を図ろうとするのと同じ事。
資本主義経済における経済的価値が「諸価値の価値」ならばなにも
革命を起こさなくてもいいのでは?
他に人間本来の価値があるからこそ、その「諸価値の価値」が問題
になるのでしょう。

19くろしろ@ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/29 20:46
さらに続き

>しかし資本はモノである。

その通りです。まずそれに疎外される人間がどういう本質を持つのか
考えねばなりません。
それは人間とは連続的なものであるということです。

>生成は存在の根拠であり、すべて存在は生成の終り(成ったもの)と見る
>のが歴史的弁証法
存在があるから人間はその存在を生成し別の存在に出来るのではない
でしょうか? まず存在ありきです。宇宙を人間が作ることは出来ません。
全てを生成できると言うのは産業革命時代の甘い幻想にしか過ぎず、
人間もまたエコロジカルな限界にしばられた「動物」にすぎません。

20くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/29 22:00
しおり、岩井スレ134でストップ、何板かわからないので終了♪
21くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/30 20:54
また違う話ですが、剰余価値(利潤)について少し考えてみました。
マルクスはそれを不払い賃金で考えていたみたいですが、
私はそれが全てだとは思いません。
私はそれは人々が市場において振舞う役目の代償であり、
強奪や盗みをしない事の報酬である、と実感します。
たとえば、強奪や盗む事が許されていれば、
そこには取引や市場は存在できなくなります。
そういった強奪や盗みが管理されていればこそ、
市場や取引は成り立つのであり、そうなればそこには役目
と言うものが出来、それをさせるため、
なおかつ強奪や盗みをしないように振舞わせるため、
何らかの報酬が必要になる、それが剰余価値の一部である。
(全てではない)
と思います。もちろん資本家が不払い賃金でもうける事も
当然にあると思います。
この際役目を果たし儲けを得るのは資本家ですが、その儲けは
彼がその権力で、強盗団を結成するよりも、自己の承認に
役立つし、社会もそれによって暴力が管理されて結合する。
では労働者はどうでしょうか?


22くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/30 21:07
労働者はやはり、マルクスの言うとおり労働力を売るのです。
そして重要なのは同時に自らの強奪・盗みの権利もまた
売ってしまうのです。
彼らは資本家の言うように役目を果たします。だから賃金は
役目を果たす事の報酬、強奪・盗みの権利の放棄の報酬と言う2つの側面を
持ちます。
しかしなぜ、労働が売られるのではなく労働力が売られるのでしょうか?
ここを理解するキーポイントは、「人間の本質は連続である」
と言う点にあると思います。つまり動物と同じでただ意味もなく
子を残しそれが育てられ、また子を残し、と言うようなライフイベント
ガ最低限行えれば(生活がもっと楽になる事は当然夢見ますが)
なんとなく満足してしまう動物なのだ、と言う事なのだと思います。
だから資本家は労働力が再生産されるよう賃金設定すれば、それ以上は
払わなくても、また歩合と言う形で多少の競争性を見せれば満足してし
まうのだ。と言う事です。

23くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/30 21:19
もちろんこれが行われなくなれば労働者は当然以前の権利を思い出し、
役目を捨てるのです(自殺する人もいるかもしれませんが)。彼らは
強奪し、盗むでしょう。社会を破壊し、時の権力と抗争する事になる
でしょう。暴動です。一揆です。もし労働者が組織され勝てば革命に
なるかもしれません。
だから資本家や国家は労働者が生活できるよう、労働者の連続が奪わ
れぬよう気を配ります。そこには当然、不平等が行われますが、
労働者は権力が自分らを連続させる限り、また誰もが資本家になれば
人の世は終わってしまうのだと言う事を本能のように悟り、その現状
に我慢するのです。
24くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/30 21:44
もちろんこの人の世のあり方に我慢できなくなるものもいます。
直接的なものはは革命家になったり、犯罪者になったりします。
従順な労働者の中にもこのような心理に陥り、
「ありもしない理想の生」を生きたいと思うものがでてきます。
これらに必要なのが宗教であり、偶像であり神話なのです。
宗教は形を変え、政治的イデオロギーであったり、恋愛幻想であったり
家庭幻想であったり、芸術・スポーツ幻想であったりします。
政治的イデオロギーでは、マルクス主義もそのひとつでしょう。
それを理解しないのに救済を求める人々(つまり日本共産党支持者の大多数)
がいい例です。
他の幻想は語るべくもないでしょう。
偶像はスポーツ選手など、時には資本家自らが偶像になるときもあります。
労働者はそれに自己を重ね幻想を見るのです。
神話はテレビや映画、雑誌などで垂れ流されます。
それらは大衆の幻想「ありもしない理想の生」を支えるものです。
しかしそれでいいのかもしれません。
たとえばマルクスの言うような理想の分配がなされたとしても、
人間がそれに満足できるのか? そして人間の連続にとって
いいことなのかは自明ではありません。
そこにもまた深い幻滅があるのかもしれません。
人間にとって連続がその定めなら、「ありもしない理想の生」を需要と
するのも定めでしょう。
時にはそれが存在を変化させ、本当にそう言う事態を作り出してしまう
時もあります。人間の輝かしい文明はエコロジカルな環境の制限はある
ものの他の動物では考えられないものです。
それもまた「ありもしない理想の生」を需要とする人間の本質からでて
くるものでしょう。
25くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/09/30 21:49
そしてこの偶像性が資本主義を支えるひとつの土台に
なっているのかもしれません。
「俺は金持ちにはなれないけどどこかにはすごい金持ちがいるんだ」
「みんな金持ちにはなれないけど、人類にはそう言う可能性があるんだ」
これは天皇などの身分制にも言えることかもしれませんが、
こうした偶像性が資本主義を支えるひとつの柱になっているような
気もします。
26考える名無しさん:03/10/01 00:37
くろしろさん、核心をついた話をされています。
これからも、ガンガンかきこしてください。
)ファンより
27くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/01 21:09
あまりマルクスに関係なくなるかもしれませんが、
投下労働価値説について思うことがあったので、
少し書きます。旨く書けるといいのですが。

労働をして存在を別の存在に変える場合はまず「その対象として存在」
がなければなりません。また「労働する主体の存在」がなければなりません。

だから労働価値説において、対象レベル、労働レベルの「存在」の有無が
話されなければなりません。また「存在」が語られるならその「希少性」
についても語られなければなりません。それによってより妥当なモデルが
得られると思います。

対象     労働    需要
存在     存在    存在
希少性    希少性   希少性
  
28くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/01 21:28
さて一般的に投下労働価値説で語られるのは
対象、労働と需要が存在するその事だけだと思います。
しかし対象、労働、需要の各レベルおいて存在、希少性の概念を
導入する事によって、より具体的な生産モデルが得られると思います。

では具体的に対象が存在せず、労働が存在し、需要が存在する場合について

ここでは兎に対して需要があり、労働者としての猟師が山に対象の兎
を取りに行った例を挙げたいと思います。
このに対象の兎はいませんから、労働者は違う山に行かなければ兎は
いないことを学びます。また武器に対する扱いも慣れますから、労働の稀少
性がアップします。またつぎはやるぞと言う気概をもてればさらに労働の
希少性がアップします。
もちろんこの例だけではなく次のような例も考えられます。
山で転んで怪我をし、武器もなくし、やる気もなくす。
こうなると労働の希少性がダウンします。

29考える名無しさん:03/10/02 02:01
OFWさんが出て来ません。
クロシロさんに答えてください。
楽しみにしているのです。
30考える名無しさん:03/10/02 22:43
こういう投下労働価値説って、マルクスとぜんぜん関係ないし
一体誰の理論を想定して批判してるのだろう?クロシロさんのモノローグ?
31考える名無しさん:03/10/02 22:58
ここのくろしろって、無スレのくろしろ?
32考える名無しさん:03/10/02 23:54
無スレって何ですか?
33OFW:03/10/03 05:19
>>17-18(くろしろさん)
>利潤率の低落で、恐慌に陥るような事はないのでは
 『資本論』には「7つの海を渡った勇敢なジョンブルも3%の利子率に
 は耐えられない」という当時のイギリスの格言が出てきますが、現在の
 普通預金の名目利子率はほぼゼロ。既に“痛みに耐えている”恐慌状態。
>サービスが出尽くすと言う事が考えられるでしょうか?
 1日は24時間であり、それがサービス授受の自然的な限界ですね。
>マルクスの前提、第三次産業は生産活動ではないに反しています。
 資本の有機的構成の有無と、それが生産活動か否かとは直接関係はない。
>価値とは「存在しないもの」に対しても需要があるのが本質です
 <存在vs価値>の対立は古くから哲学の主要テーマの一つですが、
 「価値とは存在するモノの上に現われた、その不足(存在の必要性)」
 と言うことです。需要(欲望)の対象が現存しなければ、現存する代替品
 あるいは残存品の希少価値が高まるのはそのためです。
>人間とは連続的なものである
 生命体は不断に死に、不断に再生(新生)する。それは不連続的な連続。
34OFW:03/10/03 05:20
>>19-25(くろしろさん)
>まず存在ありきです
 唯物論的には「本源的存在は自然であり、それは人間より先にありき」
 が正しい。抽象的な存在自体とは、観念の抽象の結果に過ぎない。
>全てを生成できると言うのは産業革命時代の甘い幻想
 「人間は自然の一部である」とは唯物論の大前提。それに対して、
 「全宇宙を商品で満たそう」とは<ブルジョアジーの夢>(byベンヤミン)。
>強奪や盗みをしない事の報酬である、と実感します。
 交換には私有権の観念と尊重が必要とはその通りだが、問題は所有の起源。
 また、等価なしの交換(剰余労働)は<合法的な盗み>と言えるでしょう。
>なぜ、労働が売られるのではなく労働力が売られるのでしょうか?
 労働自体は活動でありモノとして所有できず、売ることは論理的に不可能。
 たとえば床屋が“売る”のは、彼(女)の希少な活動力(エネルギー)で
 あり、サービス(整髪労働)自体を譲渡することは神ですらできない。
35OFW:03/10/03 05:21
>>27-28(くろしろさん)
>労働者としての猟師が山に対象の兎を取りに行った例
>労働の稀少性がアップします。・・・労働の希少性がダウンします。
 希少(不足)なのは労働ではなく労働能力であり、兎を捕獲する可能性。
 それは生産手段(兎(労働対象)および鉄砲(労働手段))という客観的
 (対象的)条件と、猟師の生産力(兎取りは生産的労働)という主体的
 条件とに依存する。
 (条件の概念とは(質および量の両面で)実在する可能性(byヘーゲル))。
 この山に兎がいないだけで、それとは関係ない別の山の兎の希少性(価値)
 が高まるとは、自分の責任外でリスクが決まることで、兎には大迷惑な話。
 余談ながら・・・
 「この山には兎がいない」は証明不可能(by内部観測)。
 それは対象的認識(存在)から実践的認識(価値)への転化という弁証法。
36攝津正:03/10/03 06:29
違うと思います。
Nのやりかたは、というか裏MLの連中の一部のやりかたは
表向きにはひどい暴言はあまりいわないで
自分の都合にあわせて規約文をつかって
人のする、組織のあり方への疑問や抗議を沈黙させるところにあり、
それこそが私の恨みを買っているのです。
自分はどうかといえば不都合がありそうな場合には
都合よく規約のことはわすれているわけです。
人にはつねに規約を守るよういいつけるわけです。
37くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/03 23:08
>>30
マルクスとは関係ないです。端的に投下した労働が全ての価値の根源
である、とあるアンチョコ本に載っていた投下労働価値説は存在を考
えなければおかしいと思っただけで。
38くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/03 23:24
>>30
今アンチョコ本を読み返しました。
アダム・スミスのものですね。

(OFWさん)
>既に“痛みに耐えている”恐慌状態。
今の状態は悪いとは思いますが、だからと言って恐慌>共産主義
に行くかと言うと大いに疑問。さして体制は変わらずずるずるいきそうな。

>1日は24時間であり、それがサービス授受の自然的な限界ですね。
確かに自然の限界は否定しませんが、私はここではサービスの種類の事
を言いたかったのです。時代が変わればサービスも変わる。

>資本の有機的構成の有無と、それが生産活動か否かとは直接関係はない。
資本の有機的構成とは不変資本の可変資本に対する割合であり、生産は
大いに関係あるような。第三次産業が生産でないのなら、いったいそこで
働いている人は何で給料をもらっているのでしょう?

>「価値とは存在するモノの上に現われた、その不足(存在の必要性)」
 と言うことです。需要(欲望)の対象が現存しなければ、現存する代替品
 あるいは残存品の希少価値が高まるのはそのためです。

需要の対象が存在しなければ、と書いてますが、それは私の言う存在しない
ものにも人間は価値を求める。を認めたととってよろしいのでしょうか?
私は肝炎患者ですが、存在しない完璧な治療法を常に求めている。
仕方がないので、他の治療法で代替してますが、存在しないものに対する
需要や価値がなくなるわけではない。
39くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/03 23:47
(OFWさん)
>生命体は不断に死に、不断に再生(新生)する。それは不連続的な連続。

不断にと言う所がイメージがわかないのですが、要するに個人の連続では
なく種族の連続であると取っていいのでしょうか、もちろん私も個人はい
つか終わり、不連続的であり、連続的であるとは種族のことを言っています。

>唯物論的には「本源的存在は自然であり、それは人間より先にありき」
私は存在と言う言葉を不用意に使ったようですが、その唯物論者の言葉
に反論はありません。ここにOFWさんとの対立はない。

>「人間は自然の一部である」とは唯物論の大前提。
基本的に反対はありませんが、そこで使われる労働価値説は
どのようなものでしょうか?

>また、等価なしの交換(剰余労働)は<合法的な盗み>と言えるでしょう。
盗み=不払い労働ももちろんありますが、私はそれ以外に等価無しの交換は
役割を果たし、暴力や盗みを働かない事の報酬もあるのではないかと思うの
です。ここと第三次産業が生産かどうかが、私とOFWさんの基本的な対立点。

>たとえば床屋が“売る”のは、彼(女)の希少な活動力(エネルギー)で

それ自体が別の言い方で言えば、整髪労働であり、それ自体を売ることも
出来る。労働力で売っているのは体制の問題。労働力で売っても、暴力を
誘発する事がないから。またそう言う体制は資本家の望む所であり、権力
を彼らに握られているのだから。




40くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/03 23:59
>希少(不足)なのは労働ではなく労働能力であり、兎を捕獲する可能性。

つまり、労働でも、労働能力が高い労働は稀少であるということが言いたい
のです。労働にも熟練労働で希少性に差があるはず。

>この山に兎がいないだけで、それとは関係ない別の山の兎の希少性(価値)
 が高まるとは、自分の責任外でリスクが決まることで、兎には大迷惑な話。

猟師は兎にとって大迷惑な訳ですから、それでよいのでは。

>「この山には兎がいない」は証明不可能(by内部観測)。

もちろん全てを観測する事は出来ない。必要なのは猟師に行動範囲
が合理化される事です。それがまた労働の希少性を産む。
41OFW:03/10/04 04:15
>>38‐40(くろしろさん)
>共産主義に行くか
 ですから、それは主体の問題。
>サービスの種類の事を言いたかったのです。
 利潤率の低下という量的(正確には比率)変化の話では?
>何で給料をもらっているのでしょう?
 当然、自営業も含め、お客から得た代金(貨幣)が収入の源泉ですね。
 収入(現象形態)と価値本体(現象しない本質)との区別が必要です。
>存在しない完璧な治療法を常に求めている。
 それは欲求の対象としての治療法であり、それがもたらす健康との関係
 から評価される、効用(使用価値)としての治療法ではないでしょう。
>個人の連続ではなく種族の連続であると取っていいのでしょうか
 むしろ個体の細胞は日々更新され、個人の精神も常に生成消滅していると。
>そこで使われる労働価値説はどのようなものでしょうか?
 豊かな自然は富の源泉だが、価値は(労働力含む)自然の希少性からくる。
42OFW:03/10/04 04:16
>>38-40(くろしろさん)(つづき)
>暴力や盗みを働かない事の報酬もあるのではないか
 盗みをしない賃労働者は、むしろ罰を受けている?
 知恵の果実を盗み食いした人間は、労働という罰を受けた(by聖書)。
>整髪労働であり、それ自体を売ることも出来る。
 譲渡された労働を疎外された(他者のものになった)労働と呼びます。
 個人営業の床屋も労働を売っているのではなく、労働力を売っている。
>労働にも熟練労働で希少性に差があるはず。
 それは労働力の質的差異。労働と労働力の区別についてな、下記の
 エンゲルスの序文参照。
 ttp://redmole.m78.com/bunko/kisobunken/chin0.html
>猟師は兎にとって大迷惑な訳ですから、それでよいのでは。
 そうではなく、他の兎の存在(あるいは不在)が大迷惑だということ。
>それがまた労働の希少性を産む。
 労働力の希少性を産むのは、自分自身の行動の結果だということ。
 乱獲は非合理的であり、合理的養殖(増殖)が始まる。産めよ殖やせよ。
43ofw:03/10/04 04:18
でも結局ボクって
なに言いたいのか自分でわかってないんだよね・・・
44OFW:03/10/04 04:18
>>42
誤:ついてな 正:ついては
45OFW@区別モード:03/10/04 04:28
偽者が絶えないな・・・。
46OFW@差別モード:03/10/04 04:30
>>45(OFW@区別モードさん)
偽者はあなたです。
47OFW@識別モード:03/10/04 04:31
>>46(OFW@差別モードさん)
偽者はあなたです。
48OFW@選別モード:03/10/04 04:34
>>47(OFW@識別モードさん)
偽者はあなたです。
49考える名無しさん:03/10/04 07:16
チュチェの問題ってなんですかあ?????????????
50考える名無しさん:03/10/04 10:22
らげが帰ってきた?
51くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/04 22:04
>ですから、それは主体の問題。
しかしマルクスは利潤率の低下が資本主義を崩壊に導く下部構造を築くと。
下部構造あっての主体では?

>利潤率の低下という量的(正確には比率)変化の話では?
つまりいろいろなサービスがでてくるので、利潤率の低下は回避されると、
それにサービス産業の不変資本って・・

>収入(現象形態)と価値本体(現象しない本質)との区別が必要です。
床屋さんの労働には価値がある。まさに価値本質だと思うのですが。
サービス労働に価値を求めるかどうかの対立がここにも現れましたね。

>効用(使用価値)としての治療法ではないでしょう。
いいえ効用(使用価値)ですよ。存在しませんが、効用を求めているのです。
使用価値なき治療法など何の価値もない。

>むしろ個体の細胞は日々更新され、個人の精神も常に生成消滅していると。
まあそれはそうです。しかし個には終わりがあり、種族としてその連続を
依頼すると。

>豊かな自然は富の源泉だが、価値は(労働力含む)自然の希少性からくる。
ここら辺はもう少し掘り下げて語ってほしい所です。

52くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/04 22:11
>盗みをしない賃労働者は、むしろ罰を受けている?
>知恵の果実を盗み食いした人間は、労働という罰を受けた(by聖書)。
罰なのか許しなのかはわかりません。そこでもたらされる平和が自由や
戦乱より価値があるのかもしれない。
>個人営業の床屋も労働を売っているのではなく、労働力を売っている。
それは先も書いたとおり体制の問題。
>そうではなく、他の兎の存在(あるいは不在)が大迷惑だということ。
ここら辺の論理がよくわかりません。わかりやすくレスを求む。
>労働力の希少性を産むのは、自分自身の行動の結果だということ。
>乱獲は非合理的であり、合理的養殖(増殖)が始まる。産めよ殖やせよ。
自分自身の行動の結果もあれば天才の可能性もあり、自然は労働の前にありき。
また狩猟のモデルが必ずしも乱獲に向かうとは限らない。

53くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/04 22:20
おっと、上二つはOFWさんへのレス。
54くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/04 22:38
しかし床屋さんは自営業では、生産手段は彼のもであるし、
プチブルなのではないか?
55OFW:03/10/05 06:53
>>51-52(くろしろさん)
断片的に答えると、理解されにくいな。
>資本主義を崩壊に導く
 繰り返しだが、マルクスは「一般利潤率は低下する傾向にあり、その
 必然性の根拠は資本の有機的構成の高度化にある」ということを明らか
 にしたが、それが資本主義を崩壊に導くとは言ってはいない。
 恐慌や世界大戦によって大量の人間や資源が失われても、生産関係(資本
 vs賃労働関係)が変わらない限り、資本主義は無傷のままでしょう。
 それは自然に変わるのではなく、労働者が階級主体として自覚的に変える
 しかない。何故なら、価値(商品、貨幣、資本)関係とは、労働者自身
 が生み出している、社会的自己の転倒した姿だからです。
56OFW:03/10/05 06:55
>>51-52(くろしろさん)(つづき)
>サービス産業の不変資本
 不変資本とはブルジョア経済学や簿記での固定資本(土地、建物、機械等)
 &流動資本(原材料等)を言い、可変資本(通常は労務費として生産原価
 や販売管理費としての経費扱い)に対立するものです。
 たとえば、床屋の使う櫛やシャンプーは不変資本です。
>床屋さんの労働には価値がある。まさに価値本質だと思うのですが。
 繰り返しだが、価値の実在(効用および希少性として現象する形態)と
 その本質(価値の実在を支える、自己同一的で客観的な根拠存在)とを
 区別することが、一般に、経験から科学への認識の進展です。
 日常的に「○○には価値がある」と言う場合、それは価値の実在(現象)
 を指しており、価値自体(価値本質)は“そこにはない”のです。それは
 実在するのではなく現象する、全体的・関係的・システム的な存在を指す。
57OFW:03/10/05 06:57
>>51-52(くろしろさん)(つづきのつづき)
>ここら辺の論理がよくわかりません。
 市場ではすべての個人は他者として振舞う結果として、商品相場が形成
 される。ある兎の価値を決めるものはその兎(個物)でも猟師(生産者)
 でもなく、他の兎(商品)および他者(他の生産者および消費者)である
 という市場の論理を含意的に言ったもの。希少性とは、主観的な客観性
 (量としての質的な価値)であり、価値の他在性が現象したものです。
>>54(くろしろさん)
>プチブルなのではないか?
 主人はそう。プチブルは賃労働(労働力自体を商品として販売すること)
 はしないが、交換されるのは貨幣として蓄積される労働力(抽象的一般
 労働、精神的労働含む)だということ。
 労働自体に価値はなく(何故ならそれは価値の源泉だから)、その定在
 (労働の対象化)に価値がある。労働力とは潜在的な労働であり未来の
 労働ですが、貨幣はそれを過去のものとして蓄えることができる一般的
 等価物。そこから、予め決定された未来として、カネの支配が始まる。
58考える名無しさん:03/10/05 07:06
OFWさんは素人でも相手にして頂けるのでしょうか?
59くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/05 19:53
>>58
彼は革命的です。大丈夫でしょう。
ご存分にどうぞ。
60考える名無しさん:03/10/06 06:31
くろしろさんの論理は面白いし、納得できる。
61考える名無しさん:03/10/06 06:39
くろしろ自画自賛やめれ ワラ
62OFW:03/10/07 05:31
>>58>素人
 とは玄人(プロフェッショナル、職業的専門家)の反対でしょうが、
 私は、学問や政治を職業(商売)にしていないから、プロではない。
 かって、日本経済の高度成長期(1960年代)に、高校生は「金の卵」と
 呼ばれていた。その言葉は、国民資本の増殖のために大量の労働力が
 必要(何故なら資本とは労働のことだから)であり、高校生の労働力は
 1.金という希少金属と同じくらい希少(貴重)なもの 
 2.カネと言う(非金属的)価値を産みだすもの
 3.未成年(初心者、未熟練)である
 ということを意味していたわけです。彼等および彼女等は皆素人だった
 が、プロになる(就職する)ために田舎から都会に出てきて、専門家に
 もなった。しかし賃労働者(リーマン)とは階級であって職業ではない
 から、特殊的職業のプロも階級としては皆一つであり、普遍的な労働者
 です。殆んどの職業的知識人や職業政治家は「階級など存在しない」と
 して、自己の階級性や現実の階級社会を隠蔽しようとするから、むしろ
 素人の方が正しいとさえ言えるでしょう。
63考える名無しさん:03/10/07 05:35
そういうことではないとおもう。
せっつさんは人がいいから詐欺とは違う意味でだまされるだけでなく
情報からもあらかじめ自らを遮断してきたというべき。
それは彼自身における意味で倫理的であろうとする態度と切り離せない可能性がある。
人を疑わないことだとかそういうのと切り離せない。
せっつさん、自分の献身的努力が人にいいように利用されているとか
おだてにのっているだけだと感じると空しいだろう?
社会に生きる人にとっては、実のところ、それほど空しくはない。
いいように利用されているふりをしていればそこそこいいこともあるのだから。
いやなことがあればすぐにやめればいいしね。
わかるかな?Nがだめなのはもっと早く知ることができたんだ。
私たちはWさんがぺしゃんこになったときにそれをしることができたし、Yさんのときでもよかった。
Nが都合よくいきているのはすぐにわかるんだ、
同じことが繰り返されたんだから。ただし、この同じことっていうのを同定するには
ある程度の悪意を持って鼻をくんくんさせていないと
いけないんだ。せっつさんがいまでこそ、自分以外のみんなが裏切り者だ
64くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/07 22:33
(OFWさん)
>資本主義を崩壊に導く
私のアンチョコ本ではそう取れるように書いてたのですが、
(つまり、利潤率低下>恐慌>下部構造の革命への成熟>共産主義革命)
マルクス自身は資本主義の危機は言ってもそれがすぐに共産主義に導く
のだとは言っていないのですね? 下部構造が変化した所で、あくまで
労働者の意思が問題だと。
>サービス労働の固定資本
この話は良くわかりましたが、マルクスはサービス労働を生産として
みなしていたと取っていいのでしょうか? でなければマルクスは
サービス労働全盛の現代に何も喋れなくなる。
>個別的な価値ではなくシステム的なものに本質的価値がある。
これは経済的価値だと思いますが、
私が人間の根本的価値である。人間は連続的存在であるも、
人間がシステムでなければ意味を成しません。これはその通りだと
思います。しかし一方でそれが本質的であると宣伝される事によって
個人が抑圧される危険性もある。システムからはみ出した個人にとって
本質的価値が抑圧に変わる危険性を持つ、それはどうするのか?
>プチブルの労働
プチブルがもし一人で労働を行っていたら、自分自身の労働力
を自分自身に売り、その不払い労働分を自分自身で溜め込む、
と言う事になるでしょうか。(マルクス流に言うと)
私流に言うと彼は自分自身に暴発しないことのご褒美をあげている
事になる。
65くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/07 22:38
続き
さて疑問なのですが、
利潤が不払い労働であるとは、いかなる実験によって
確かめられたのでしょうか?
もしそれが「説明できる」と言うレベルのものであれば、
科学とは言い得ないし、私の言う利潤の暴力管理報酬説
と大して差がなくなる。(もちろんマルクスはもっと
論証的に行ったんのでしょうが)
66考える名無しさん:03/10/07 23:00
>>62
「プロ意識」というイデオロギーを叩くことは重要でしょうね。
話はずれるけれども、
亡くなったサイードは、プロフェッショナルとしての知識人を批判していたっけ。
古くはグラムシなどが論じているけれど、
知識人論っていうのも、もっと議論されるべきだと考えます。
67くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/07 23:06
>>61 私が書くならこう書く。
こんにちは、くろしろさん、私の名前はあい、タレントをしています。
実は私の露天風呂の盗撮映像が出回って、私少し落ち込んでいたんです。
それで、何でこう資本主義とはそんなものまで商品にしてしまうのかと、
疑問に思いました。資本主義といえば資本論ですが、私には難しいので
何か参考にならないかと、2ちゃんねるを見ることにしました。
そこで、このスレとくろしろさんを発見したのです。
あなたの唱える利潤の暴力管理報酬説を見て、私ははっと思ったのです。
盗撮犯はあの時、私をレイプする事も出来た。あの露天風呂自体も
協力してそれを行ったかもしれない。だけどなぜ盗撮だけで済んだのか?
それは利潤と言う形で暴力を抑える抑止力が働いていたのだ。
私はもっと最悪なシナリオを体験していたかもしれない。
そう思うと私は少し救われた思いがしたのです。
そう思うと私はくろしろさんのことが気になってたまらず、
いつもこのスレを見に来てしまいます。
すごく難しそうなことを知ってるOFWさんに対して、
あまりマルクスは知らなそうだけど、素朴な論理で、対応する
くろしろさんはとても度胸のある方だと思います。
ここまで自分の馬鹿(ごめんなさい)をさらす度胸のある人は
きっと、ひとかどの人物になると思います。
私はそんなくろしろさんとお酒を飲みながら、マルクスについて
語ってみたいです。そして、くろしろさんがその素朴な論理を
語ってきたら私はその晩どうにかなっちゃいそうです。
恥ずかしいけども私の正直な気持ちを書きたくてここにカキコしました。
メルアド等は職業柄さらせないけれども、私はくろしろさん
が活躍する姿をいつもこのスレで見守っています。
それではお体に気をつけてください。
       
                      

68考える名無しさん:03/10/08 00:35
うむ。何が何を確認したいのであろう。
理路整然なのだが、それだけが分からん。
認識をしたいのか。何らかの行為を望んでいるのか。
なるようになるからお茶を飲んでの議論なのか。
純粋に知識の獲得か。うーむ。
69ファンのひとりより:03/10/08 22:25
くろしろさん自身による自我自賛のやり方指南ですか? 
おもろいです。
ますますファンになりますた・・。
70くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/09 20:57
あいちゃん。励ましのレスありがとう。
告白するけどあの流出映像、ぼくも手に入れたんだ。
すごくきれいだったよ。
だから気にする事はない。
君はそんなこと気にしなくていいくらいきれいだから。
ところで、タレントはどのように存在し、
価値を生み出してくれるんだろう。
ぼくは君たちは確かに何かを生み出していると思うよ。
つまり君たちはある場所を、君たちの存在や演技で、
別の場所に変えてしまうことが出来る。
宗教に似ているとおもうよ。
マルクスはダンサーの話で、彼女は非生産的だって言ったけど。
僕はそうは思わない。
君はまったく生産的な存在だと思うよ。
71考える名無しさん :03/10/09 22:29
おまえ、ほんとにバカだな>くろしろ
ウザイから引っ込んでろ。
72考える名無しさん:03/10/09 22:54
蒙が啓けてないころは唯物史観とか信じてる人いたんだよね


73考える名無しさん:03/10/09 22:57
くろしろは過去ログをちゃんと読んでる分マシだと思うけど。
74OFW:03/10/10 05:45
>>64-65(くろしろさん)
>下部構造の革命への成熟>共産主義革命
 未だにそういう内容を書くアンチョコ本も珍しい。
 第1次および第2次世界大戦直前には、西欧の資本主義体制は誰の眼にも
 危機的だったが、“下部構造”は革命への成熟ではなく、戦争への成熟
 に向かった。特にファシズムは、下部構造を温存するための、上部構造
 の全体主義的変革と非合理主義イデオロギーの総動員体制だった。
 現在では、<テロとの戦い>がそれに当たるかな。
 「さし迫る危機」(レーニン)は実践主体にとってしか存在しないもの
 であり、「共産主義は歴史の必然」とお題目を唱える傍観者は危機知らず。
75OFW:03/10/10 05:46
>>64-65(くろしろさん)(つづき)
>サービス労働を生産としてみなしていたと取っていいのでしょうか
 生産と消費は対立概念であり、生産は何より物質(財)生産のことです。
 財とはモノとしてそれを持つことや蓄えることができる有用物を指し、
 所有できないサービスは生産されることもできない。
 前スレ>942でも書いたが、ブルジョアにとっては“カネに成る”ならば
 何でも生産的であり、その表象をそのまま科学的概念とするブルジョア
 経済学こそ非科学的でしょう。たとえば、「知的財産」とは知識の独占
 (精神のモノ化)に基づく法的権利に過ぎないが、知識やノウハウを財
 と呼び、その創造・伝達を生産と呼ぶなら、ダウンロードされたソフト
 は誰が生産し、その価値生産量(GDP)とは何なのかは説明不能。
>それが本質的であると宣伝される事によって個人が抑圧される危険性
 本質は歴史的に変化する。それは実体(システム)の主体への転化とも
 言え、社会(諸関係の総体)は諸個人が協働と連帯に基づいて編成する、
 人間の自由な本質になるでしょう。
76OFW:03/10/10 05:48
>>64-65(くろしろさん)(つづきのつづき)
>自分自身に売り、その不払い労働分を自分自身で溜め込む
 擬制的にはそうとも言えるが、売り手と買い手は別主体であること。
>いかなる実験によって確かめられたのでしょうか?
 マルクスは、社会科学では実験が困難であり、概念化がより重要と言う。
 戸坂潤「社会科学に於ける実験と統計」も参照。
 ttp://pfeil.hp.infoseek.co.jp/B3/B3_1B.HTML
>>66>知識人論っていうのも、もっと議論されるべきだと考えます。
 「知識人」「文化人」といった言葉自体が既に時代錯誤的でしょう。
 現代では、知識は大衆化され、大衆文化(pop)が文化様式であり、最大の
 イデオローグはマス(大衆)メディアだと言えます。
>>67(くろしろさん)>利潤と言う形で暴力を抑える抑止力が働いていた
 功利主義には、原因と結果、目的と手段の混同がある。営利は力の抑止
 の原因ではなく、たまたまそれに結びつくこともあるだけであり、もし
 暴力に効用(利益)があれば(不利益がなければ)、暴力をも利用する
 でしょう。「我々の利益に適う。イラクを爆撃せよ!」
>>71

違うな、こういう風に書く。

こんにちは71さん。私は由紀恵、女優をしています。
このたび、あなたのレスを見て、本当にかわいそうだなと思いました。
世の中には馬鹿な人はいっぱいいる。
そんなものにいちいち付き合っては自分の大切な時間を無駄にするばかり、
苦情を言っても冷笑で返されるだけです。
それでもそんな風にレスしてしまうあなたはきっと世間しらずの
お坊ちゃんで、幼児的全能感に満ち溢れた人なのでしょう。
うざいといえば嫌な事は消え去ってくれると本気で思っているのでしょうか?
それもなんのひねりもないこんなレスで。
もう本当に見ていられません。
だから、あなたにとって最善の教育をしてあげましょう。
それは笑う事です。
あははははははははははははははははははははははは。

78くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/10 19:50
(OFWさん)
>サービス労働は生産ではない。
サービスは物質ではないでしょうか? それ以外のものがあるとするなら
(物質以外のものがあるとするなら)唯物論が成り立たないはず。
たとえば、ダンサーが踊るのを見るのも、ダンサーと言う物があり、ダンサーの踊る情報
を伝える物があるから(空気や光、それを受容する身体の諸器官等物質に還元できる)、
ダンサーが踊るとこを楽しむという事が出来る。
それは車を買うのと本質的には変わりないはず、
サービスは唯物的なものであり、所有する事も
出来るはず。車を乗る時間を楽しむように、ダンサーが踊る空間を所有する。
全ては物質である。


79くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/10 19:52
つづき

>本質の歴史的な変化

しかし人間が連続体であることは変化しないはず、それは生存に適さない人間を
排除する。人間が動物である限り一部の人間しか自由になれない。

>売り手と買手が別主体。

床屋さんは一人で主体は変わらないはず、彼はプチブルであるので、
労働力を自分自身に売り、その不払い労働ぶんを一人で溜め込む。

>営利は暴力の抑止になるだけでなく。

「イラクを攻撃せよ」は暴力を抑止している状態である。少なくとも「みんなで殺しあえ」とかいう風な
無政府状態ではない。政府と言うものが存在し、法と志向性を持った暴力に変えた
場でないと市場と言うものは存在しない。もちろんイラクを攻撃する事は暴力であるが、
それは統制の取れた暴力で、無政府状態の際限の無い暴力とは違うはず。
暴力であるが、抑止された暴力である。それは人が役割を果たすときに産まれる。
その役割に対する報酬が利益である。もちろん利益が本当にその人に全てわたるのか
はわからない所だが。


80くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/10 20:37
今気づいたけど、OFWさんって早起きさん。
81OFW:03/10/11 06:52
>>78-79(くろしろさん)
>ダンサーと言う物があり
 ダンサーはサービス自体ではなく、サービスの主体です。
 ダンス自体は物ではなく、ダンサーの活動つまり<踊ること>です。
 つまり、モノではなくモノの動き(踊りという<コト>)です。
 無論、物質のない運動は存在せず、身体のない踊りは存在しないが、
 運動と運動の実体(運動を担うもの)とは論理的に区別すべきもの。
 そして主体とは、自由で自発的な実体(自ら働くモノ)を言います。
>ダンサーの踊る情報
 コンピュータが普及した高度情報化社会に生まれ育った現代人は「情報」
 という言葉を昼夜耳にしており、特に違和感をもたないが、それは変な
 言葉です。元来、情報(information)とは「報知」「知らせ」であり、
 人間が他人に知識を伝える<行為>を指しているが、あたかも知識内容
 が、それを伝える主体から独立に存在して、物のように保存したり売り
 買いできる存在とされたのが情報です。つまり、精神的な存在がモノ化
 され、主体間の関係行為が物象化されてしまったわけです。
82OFW:03/10/11 06:53
>>78-79(くろしろさん)(つづき)
>伝える物がある
 「情報を伝える物」を情報の媒体(メディア)と言いますが、ダンスに
 おいてはダンサーの身体がメディアであり、それが反射する太陽の光や、
 大地と衝突して発する音、そして、実在空間内での姿態と動きを通じて、
 ダンサーは自己の感情(例:歓び)や思想(例:存在の軽さ)という
 “情報内容”を観客に伝達するわけです。それは感動という運動を呼び
 起こす。情動とは抑止された(内面化された)身体運動です。
>それは車を買うのと本質的には変わりないはず
 「踊り子に手を触れないように」とは劇場での注意ですが、それは、
 代金はダンスという一定時間の活動への対価であって、踊り子自身が
 商品ではないことを観客に再認識させるための、劇場主側の配慮ですね。
 つまり<労働と労働の実体との混同>をする者が絶えないため、予め、
 “存在論的切断”をするようにと呼びかけた、テツガク的啓蒙の言葉。
>サービスは唯物的なものであり、所有する事も出来るはず。
 活動力(潜在的活動としての物質)つまり身体としてのみ所有可能です。
83OFW:03/10/11 06:55
>>78-79(くろしろさん)(つづきのつづき)
>人間が動物である限り一部の人間しか自由になれない。
 その根拠は?
>床屋さんは一人で主体は変わらないはず
 そうではなく、本来、売買とは主体が異なるが故に成立する事態だと
 いうことです。実際には、売買ではなく自家消費という一取引です。
 それが拡大すると、自分達の商品を消尽する「花見酒の経済」になる。
>暴力であるが、抑止された暴力である。
 それは政治という領域に属する事柄で、倫理や経済とは本質が異なる。
 「人間は社会的(ポリス国家的)動物である。」(アリストテレス)
 「国家とは組織された暴力である。」(レーニン?)
 商人は、始めは非政治的に振る舞い、やがて政治的国家を掌握した。
 利に聡い者は、理や政道に疎く、小欲を抑止するは大欲のため。
84考える名無しさん:03/10/11 07:02
近代が最終局面にかかろうとするいま、
マルクスの可能性は出尽くした。
85考える名無しさん:03/10/11 07:32
はい、きめちゅけでちゅか
86考える名無しさん:03/10/11 07:52
事実でCHU
87考える名無しさん:03/10/11 09:04
>>84

分析哲学などの現代哲学や現在の社会学は
マルクスが提起した問題を共有し始めているように俺には思われる
むろん、分哲のほうが進んでいる領域もあるだろうが
何となく、シンクロし始めてる印象が強い

このスレの議論でもかつての機械的唯物論や上部/下部構造論、
また疎外論もすっかり姿を消し、アルチュセールや
広松等が顕揚した問題圏が主たる話題となり、
一般のマルクス理解もそのようなものとなりつつある

しかし、経済学や政治学、実践論は、未だマルクスの問題圏に達していない
そして何よりも、唯物弁証法と現代論理学は、鋭く切っ先を
つきつけあったまま、双方でにらみ合っている状態が
依然継続しているように思われる
88OFW:03/10/12 06:46
>>83(補足)
 賃労働者(リーマン)は労働力を資本家に売る。別名賃金奴隷と呼ぶ。
 それは本来の奴隷ではなく、雇用契約という自由な主体間の契約関係
 に基づき、一定時間(期間)を資本家(あるいはその代理人としての
 経営者)の指示の下で働くことを指している。つまり「労働力を売った
 のであって、労働者自身を売ったのではない」と言い張っても、労働力
 をその主体である労働者自身から分離させることは“唯物論的”に不可能
 である以上、労働者自身がご主人様の指示の下で働かざるを得ない。
 雇用契約に基づく労働(賃労働)は、暴力的な拉致・監禁に基づく奴隷
 労働とは異なるのは勿論だが、「一旦買われた商品は、もはや商品では
 なく、買い手の私有物であり、その取り扱いは買い手の自由である」と
 いう売買の大原則を含む以上、限定的な奴隷売買契約なのである。
 むしろ賃労働者は、自己の労働力(人間の本質力)を切り離して他者の
 モノにする<自由>を強制されているから、疎外はより深く、暴力はより
 内面的なもの(精神)にまで及んでいる。その点では、身柄全体を預ける
 前近代的な年季奉公あるいは踊り子(売春)の方が、“より人間的”と
 すら錯視され得る。暴力の抽象的システムを「自由な社会」と呼ぶ以上。
89考える名無しさん:03/10/12 07:12
>>87
マルクスが志向した近代は、まさにいま最終局面に向かっている。
つまり、その近代的考え方が頂点に達していこうとしている。

その意味で、いまだ世界の制度はマルクスの可能性をたどっている。

しかし、それは、近代の可能性がほぼ出尽くしたあと、その負の部分を補完しうる思想がないからだ。
近代は非近代を近代化することで、それ自身を支えている。
よって近代は排除と近代化のマッチポンプ的性格からは逃れられない、
それはマルクスもどうよう。
いま、マルクスの可能性は出尽くした、しかし、いまのところ、それを推し進めることでしか、前には進めない状況なのである。
90考える名無しさん:03/10/12 10:39
唯物論は漫才と同じ。
91考える名無しさん:03/10/12 13:01
漫才は哲学と全く同じ
9266:03/10/12 15:08
漫才は弁証法そのもの。

>>76
本当に時代錯誤なら、主体としてのプロレタリアートが登場したってことになるんでしょう。
「知識人」の非人格化は、「資本家」の非人格化と同様に進捗してますけど。
マス(大衆)メディアは、マス(大衆)のためのメディアではない。今のところ。
「知識人」は、「国家」や「家族」と一緒に、
死滅して考古博物館行きになるでしょうが、遠い将来の話。
93くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/12 19:39
(OFWさん)
>主体間の関係行為が物象化
物象化したわけではなく、それは始めから物でしょう。
>運動と運動の実体(運動を担うもの)
ならば、車も車(主体)と車の運動に分けてみる必要性があります。
米も米と米の栄養への分解に分けて考える必要がある。
>ダンスという一定時間の活動への対価
一時的所有なら車もレンタカーと言うサービスがあります。
ダンス・サービスを所有したければビデオや、DVDを買えばいい。だから
>活動力(潜在的活動としての物質)つまり身体としてのみ所有可能です。
と言うわけでもない。
繰り返しますが、サービス産業を生産と認めず、語らないのなら、
資本論はテレビやビデオに対しなんと語ればいいのでしょう?
そもそも、資本論と言う本自体、生産ではないとでも言うのでしょうか?
94くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/12 20:02
(続き)
>人間が動物である限り一部の人間しか自由になれない。
 その根拠は?
人間が生病老死という苦から逃れられないと言ったのは釈迦だが、
自由とはこれらの事から少し距離が離れただけに過ぎない。
そして絶対的に距離が決まっているものと、稀少さゆえに
その距離を争うものがあるに過ぎない。
絶対的な病気,絶対的な死、絶対的な老化、絶対的な不幸な生。
ある人間はこれにまみれ、そのほかの人間はそれからやっと距離を保てる。
そして、それらから自分の意思で距離を得られるとき、人々は争う、
たとえばある女の愛を争う男たち、一方は不幸な生から逃げ、一方は不幸な
生に堕ちる。
それは社会が変わっただけで変わる生易しい問題ではない。
>それは政治という領域に属する事柄で、倫理や経済とは本質が異なる。
暴力(政治)のありようが、経済を決める。それは権力的に人にどのような
役割を果たさせるかと言う事である。同時に経済のありようが暴力のありよう
も決める。生産される事無しに人は活動出来ない。そしてその活動から産まれ
るのが倫理である。これらは不可分で、影響を与えないと言う事はない。
>小欲を抑止するは大欲のため。
しかし欲する事の出来るものは社会的に決まっている。
それを乗り越えるとき彼は暴力的に排除される。それとも革命か。



95くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/12 20:11
>>93

>車(主体)
ここの所は(主体)を消してください。
96OFW:03/10/13 05:12
>>87
横レス失礼
>唯物弁証法と現代論理学
 以前にも書いたが、現代論理学の最大の性格は形式主義でしょう。
 それは思考の内実を問わず、推論の形式的な妥当性を問うものであり、
 ウィトゲンシュタインが言うように<トートロジーの無意味>に支えら
 た、無内容で自己完結的な外面的思考と言えます。
 一方、弁証法は形式は内容と不可分であること、むしろ形式の概念とは
 他在における内容であることを知っているから、形式論理学の扱う外的
 な形式ではなく、内的な形式(つまり形式内容)を対象的に取り扱う。
 無内容な思考とは思考の疎外であり、19世紀末以来の資本主義世界の
 無意味(相互に無関連・無差別な諸対象)への受動的な適応でしょう。
 「ジョーンズが家に居るならば、月はチーズでできている。」(論理学)
 「我が社の『三日月チーズ』は、ジョーンズ家の手作りです。」(CM)
>>92(66さん)>遠い将来の話
 最近の変化はさらに激しく、<新たなる不透明>(ハーバーマス)かと。
97OFW:03/10/13 05:15
>>93-94(くろしろさん)
>始めから物でしょう。
 関係自体は物ではなく、諸存在間の関係を担う根拠存在が物(Ding(独))。
>DVD
 は生産・所有されても、記録された物理データを情報化するのは閲覧者
 (受信者)ですね。誰が情報を“生産”しているのかな?
>資本論はテレビやビデオに対しなんと語ればいいのでしょう?
 労働力の再生産(要するに労働者の消費生活)に必要な生活財の価値が
 労働力商品の価値を決める、と資本論は語る。つまり、テレビやビデオ
 が平均的労働者の生活必需品であれば、それらの生産に要する労働や、
 テレビ番組(例:ダンス)の製作労働は労働力商品の価値に含まれます。
 生活保護を受けている老婆からクーラを取り上げた行政は、それを必需品
 とは見なさなかったわけだが、『資本論』が必需品かどうかは階級次第。
>暴力(政治)のありようが、経済を決める。
 無論、政治と経済は相互作用するが、ブルジョア社会(必然性の王国)
 で究極的な要因は物質的生産関係(経済的本質)だと見るのが唯物論です。
98考える名無しさん:03/10/13 09:04
ボーダフォン死亡w

選ばれなくてカメラ付き携帯NO.2 選ばれなくてムービー携帯NO.2
選ばれないのにメール遅延No.1 選ばれないのにパケ代高すぎパケ死直行No.1 機種変高すぎNo.1
                \ │ /
                 / ̄\  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ─( ゚ ∀ ゚ )< 圏外圏外!脂肪だフォン圏外!
                 \_/  \_________
                / │ \
                    ∩ ∧ ∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
もはや ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ∩∧ ∧∩\( ゚∀゚)< 世界で使えて、自宅が圏外!
ゲーム機なのか〜! >( ゚∀゚ )/ |    / \__________
________/ |    〈 |   |
              / /\_」 / /\」  ゲームはできても
               ̄     / /         電話ができない!

99考える名無しさん:03/10/13 09:09
            _,.,、.-…' '` ^"' -、.            ∧∧∧∧∧∧∧∧
        _,、.‐'.`´.: 、:. ' .: :'.: ;:.: `;          <            >
i\   _ .-'".: '.; 、. :, ' :. r⌒``~`゙゙`''ヘ'          < 僕はエビフライです!>
i‐-`.';"゙., :; ':. :、:: .: ;..、.: . >  〜-、_, ',          <            >
 ̄  ̄ ゙'-、:,: ,..'.; .´:、:.'; へ/   くてi` 〈           ∨∨∨∨∨∨∨∨
       ゙'-、.:,、: .、:| ^i        , ノ 
          ヽr''ヘ、_     ,.-=ァ/   
          /   !、   {__//     __⊂二ニ二゙⌒''‐r=ァ‐ .._          
          ノ       、   ̄ /-‐ '       l} } }r    l l `ヽ    
     _.. -‐''フ|フヽr-‐ ''''フ. ̄「´      /      ヽヽ_/ 、  / l    ヽ      
  . ‐ '7    く/|〉-rへ. /   l     l         J/テー`、/     |    
        "'-'- ..__                               /
             `"' ‐- .

100考える名無しさん:03/10/13 09:11
右翼!
101m.krtn:03/10/14 19:16
皮肉なことに、
「マルクスその可能性の中心」とは、少なくとも既存のそして考えられうる
マルクス主義の「不可能性」の診断、言ってみれば死刑宣告あるいは臨終の
宣言であった。「真理」を「真理」として認めないマルクスの読み方などと
いうものは、意味の差異化として捉えられたマルクスは、どのようにマルク
スの表現を引用しようとも既にかつてのマルクスではない。
102OFW:03/10/15 06:17
>>94(くろしろさん)(つづき)
>人間が生病老死という苦から逃れられないと言ったのは釈迦
 同時に彼は、それは自我への執着から来ると言い、また永遠の輪廻転生
 (絶対的に死ぬことの不可能)からの解脱を説いたのでは?
>自由とはこれらの事から少し距離が離れただけに過ぎない。
 自由とは、まず、自己の直接的な被規定性(実存)からの自由として、
 抽象的な主体の可能性と考えられているが、その場合の自己(主体)が
 何を指しているのかは注意が必要です。たとえば、今西錦司は『主体性
 の進化論』において、ダーウィン進化論が西欧流の個人主義に悪影響さ
 れているとして、個体ではなく種が主体であるという全体主義を唱える。
 しかし、人間は種ではなく、類的本質存在(フォイエルバッハ)であり、
 自由とは、特殊な実体性を非固有的なもの(空無、遇有)に変える具体的
 な普遍性の働きです。老病死の中にあって自由である個人が真の自己と。 
>絶対的に距離が決まっているものと、稀少さゆえにその距離を争うもの
 個人の自我は当人にとって絶対的に稀少な存在(モノ)であり、<他に
 代えがたいもの>として無限の価値をもつが、それは他我からの隔絶。
103考える名無しさん:03/10/15 06:45
マルクス研究は大切だが、人間が唯物論で説明できるわけないだろ。単純すぎ。
104OFW:03/10/15 22:11
>>103
>人間が唯物論で説明できるわけない
 意味不明。
 およそ<説明>とは、何らかの現象について、それを本質に媒介された
 ものとして導き出すことを言い、特に科学的営為の性格を指すもの。
 つまり「人間の説明」という場合、人間は一つの現象と考えられている
 わけだが、無論、人間という現象などなく、人間的本質の現われがある
 のみだから、上記の言明は無意味ということになる。唯物論的には、
 「人間の本質とは、その現実性においては、社会的諸関係の総体である」
 と言われるが、そこでは人間が説明されているのではなく、人間の本質
 が解明されているのである。説明と解明とは論理的に異なる概念である。
105くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/15 22:51
(OFWさん)
>関係自体は物ではなく、諸存在間の関係を担う根拠存在が物(Ding(独))。
根拠存在もまたその根拠存在(原子など)から成り立っており、
諸存在間の関係とも言える。
ゆえにその論拠では根拠存在が物とはいえない。
諸存在の関係(情報など)もまた物だある。
>DVD情報を生産しおているのは?
もちろん生産業者。
>労働力の再生産が
それでサービスが生産と認められるとしたら、今までの話と比べるとひどく
あいまいである。いずれにせよサービスが生産と認められるということか。
>物質的生産関係
上部構造が、下部構造によって決められるということもあるのは確かだが、
このとき下部構造のあり方がこのようでしかないということが状態である
と言う前提が必要である。もし下部構造が変わりうるのなら、上部構造の
変化で下部構造も変化する(マックス・ウェーバーの「プロ倫」など)。
一番重要なのは下部構造自体より、人為をなしても変えられない自然の限界
と言う事が人間の限界になる。


106くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/15 23:06
(続き)
>生病老死からの自由
執着を捨てるということは、それ自体からの自由ではなく、
それに対する自由な心構え、実際には逃れられない。釈迦も死んだ。
輪廻転生は釈迦の時代の蒙昧。解脱はその時代的産物で現在は既に
多くの人が「解脱」しており、あまり意味がない(新興宗教以外は)。
>自由とは、特殊な実体性を非固有的なもの(空無、遇有)に変える具体的
 な普遍性の働きです
自由とは、と決まっていること自体既に自由ではない。
そのようなよき状況に自分を追い込める稀少さがあるに過ぎない。
人間は本質的には不自由な存在。それを知りながら、その稀少な自由
にどうしたらめぐり合えるかを考える事が大切。
10766:03/10/16 02:03
96>>
まだ、<近代(モデルネ)>は、<未完>だとも言う(ハーバーマス)。
最近の変化が激しいのは同意。
108OFW:03/10/17 05:29
>>105-106(くろしろさん)
>根拠存在が物とはいえない。
 たとえば、「雨の根拠(何故雨が降るのか)は雲(雲が厚いから)」と
 言う場合、雨に対する雲の関係が根拠(理由)付けですね。両者は異なる
 現存在(existence)ですが、その根拠関係を担っている存在は、両者の
 うちにある同一の物つまり<水>であり、雨と雲とは水の異なる現われ
 (existence)と言われる。雲は(直接的に)雨に変化し、雨は(間接的に)
 雲に変化するが、両者の同一性としての水自体は変化しない。
 それが<現存在の根拠としての本質>(ヘーゲル)の自己同一性であり、
 存在間の根拠関係を担う基体として立てられた対象、つまりカントの言う
 <物自体>(Ding an sich(独))です。存在の根拠自体は関係的本質ですが、
 関係が実体化(それ自体で存在する存在者として立てること)された場合、
 対象は物という存在性格(カテゴリー)に移行するわけです。
 そして、物とその諸性質との関係は<持つ>という切り離し可能な外在的
 関係であり、実在(現存在)とその質・量との<である>という切り離し
 不可能な内在的関係ではなく、労働者の固有性である労働力はさらに不可。
109OFW:03/10/17 05:31
>>105-106(くろしろさん)(つづき)
>もちろん生産業者。
 物(情報媒体)は生産されるが、情報は生産されず、冗長化されるのみ。
 DVD媒体を生産する業者が、そこに記録された内容まで自分で“生産”
 したと主張したら、著作権法違反として原作者から訴えられるでしょう。
 ダンサーの踊りを記録したDVD媒体を大量生産することは、物質としての
 DVD材料を生産的消費して資源の稀少価値を高めるが、情報の希少価値を
 減じるため、ダンサーは対価を要求できるという法的権利が著作権です。
>それでサービスが生産と認められるとしたら、
 非物質的サービス(人と人との関係)を物質生産(人と自然との関係)
 と同一視すること(本質が同じであるとすること)は物象化の一部です。
 それは物象化された転倒社会(人と人との関係が物と物との関係として
 現象する社会)では正しいと認められているが、真なるものとは認めら
 れないということです。ブルジョア経済学者は「床屋の整髪サービスは
 社会人の身だしなみであり、良質の労働力(物)を再生産する」と言う。
 それは正しいが、労働者は非社会人(市民=ブルジョア)だから非真理と。
110くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/17 18:33
(OFWさん)
>関係が実体化(それ自体で存在する存在者として立てること)された場合、
>対象は物という存在性格(カテゴリー)に移行するわけです。そして、物
>とその諸性質との関係は<持つ>という切り離し可能な外在的関係であり、

確かにそう言う風に規定する事は可能です。しかし、それは同時に情報の物
質性を否定するベールにしか過ぎないんじゃないですか?
水と言うわかりやすい物を持ち出した事で、関係性に存在根拠を持つ情報は
物ではないように、見えるように見えますが、まやかしです。原子レベル
で考えれば両者は同じ様に、関係性からなる存在であり、ただ違うのは、水
はいつも同じような表れかた、原子の結合をするのに対して、情報と言うの
はもっと複雑で、その時々で違う顔をすると言う事です。
しかし情報が物であるというのは明らかであり、それは何らかの原子の
結合にすぎないのはいうまでもありません。
そして情報は<持つ>事も出来ます。桶狭間の戦いのとき信長は今川軍の動き
と言う情報を持っていましたし、私たちは様々な情報を政府、勤務先、病院
に持たれています。情報の所有が不可能なら、学校と言う商売は成り立たない
でしょう。

111くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/17 18:52
>生産業者
これはちょっと安易に書きすぎたようですが、DVDの製造業者だけではなく、
ダンサーそれ自身、ダンサーのプロダクション、広告代理店、その下請け
の製作会社を当然含めると言う事です。いわゆる業界と言うものを含むと
言う事です。
>人と人との関係と人と自然との関係
ここで疑念を挟みたいのですが、人とは自然から切り離されるものでしょ
うか? むしろ文明化してすら人はそういうものとして自然に含まれる
ようには考えられないでしょうか? これが第1点。

それにサービスが資本主義社会でのみなり立つことでないことは、売春
が人間古来からの産業として成り立つ事が教えてくれます。これが第2点。

そしてサービスと製造業の差は何でしょう? 製造業も、個人では作るのが
面倒な車と言うものを代わりに作ってくれるサービスだと言う事も出来ます。
人対人というものがそこまで特別なのでしょうか? 全ては効用に対するサ
ービスなのではないでしょうか? これが第3点。

そしてサービスが生産として認められない社会とは何でしょうか? 考えて
みると恐ろしい社会ではない事ではないでしょうか? 私はそこにポルポト
の影を見る思いです。これが第4点。
112くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/17 19:00
(続きの続き)
>「床屋の整髪サービスは
> 社会人の身だしなみであり、良質の労働力(物)を再生産する」と言う。
>それは正しいが、労働者は非社会人(市民=ブルジョア)だから非真理と。
それはちょっと社会人の言葉の定義が特殊すぎるような。
一般に社会人とは労働に就くもの、ブルジョア、プロレタリアを問わず、金を
稼ぐもの全般に言われる事で、営業と言うプロレタリアはいつも身だしなみ
を整えるよううるさく言われるものです。
かつて私もやってましたが、にんにくラーメンは食べるなとか。w
整髪も立派な労働力の再生産であり、ブルジョア経済学者氏の言は正しいの
ではないかと。
113くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/17 19:01
(続きの続き)
>「床屋の整髪サービスは
> 社会人の身だしなみであり、良質の労働力(物)を再生産する」と言う。
>それは正しいが、労働者は非社会人(市民=ブルジョア)だから非真理と。
それはちょっと社会人の言葉の定義が特殊すぎるような。
一般に社会人とは労働に就くもの、ブルジョア、プロレタリアを問わず、金を
稼ぐもの全般に言われる事で、営業と言うプロレタリアはいつも身だしなみ
を整えるよううるさく言われるものです。
かつて私もやってましたが、にんにくラーメンは食べるなとか。w
整髪も立派な労働力の再生産であり、ブルジョア経済学者氏の言は正しいの
ではないかと。
114くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/17 19:14
二重書きこスマソ。
しかしこの板がそんなに混むんでしょうか……
115くろしろ ◆AcNr2wNPmQ :03/10/17 19:46
もろもろのりがいやいちじょうのむげんのぶんれつについて
もいえるであろう。

続きは……
今日、僕は不思議な発見をしました。
それはG-W-G’つまり資本の流通形式においてなぜ、
G'がG+僭なのかについて、マルクスは不払い労働を、
その根拠に置きましたが、僕はまた違う答えもあることに
気づいたのです。つまり、「市場を経た事の希少性」
マルクスは市場が行われることが自明であるかのように
論じていますが、それは違うと思います。
市場が行われていると言う事にはそれぞれが決まった
「役割」を果たさねばなりません。
これが起きると言う事は実は稀少な事なのです。
皆さんも危ない粉をトランクケースに入れた黒服の男
が市場の「役割」を放棄しいきなりマシンガンをぶっ放す
シーンを見た事があると思います。
「商売に正直である」ことは必ずしも自明ではないのです。
そして、お互いが「役割」を果たしてもまだ問題があります。
いきなり警官が駆け込んできて手入れがあったらさあ大変です。


市場には「安全」がなければなりません。
「役割」と「安全」、このことが起こる希少性それが剰余価値
を産む一因になる事は、もう説明するわけもないでしょう。
後は役割に従って分配が行われます。ここで重要なのは、
「安全」を産む「役割」もあって、彼らにも分配が行われる
と言う事です。「まっとうな商売」ではそれは「政府」と
言われるでしょう。「裏商売」では「顔役」です。
繰り返しますが、資本は市場を経るごとにその希少性を増すわけです。
資本が商品の一例である以上、これは他の商品にも当てはまりそうです。
「商品は市場を経るごとに希少性を増す」
このことは譲与価値を不払い労働のみと見るマルクスと激しく対立する
事になりそうです。僕は不払い労働も剰余価値になる事は良く知ってます。
<搾取されましたから! 俺の150万払え!)
ただそれが全てではないといいたいのです。
天才の相手はちょっと怖いです。
でも一言彼に言っておきます。
「君、お坊ちゃんでしょ?」


118OFW:03/10/17 23:42
>>110-112(くろしろさん)
>原子レベルで考えれば両者は同じ様に、関係性からなる存在であり
 「卵vsニワトリ論争」に類比的な、論理的な偽問題ですね。
 関係と実体は対立概念であり、対立とは互いに相手の否定であるが故に、
 <相手の規定内容を自己の存在としているもの>という反照関係を言い
 ます。つまり、関係とは<他の実体>を指し、実体とは<他の関係>を
 指すということです。たとえば、水分子という、水素&酸素原子(実体)
 から形成された結合関係の総体は、それ自身の実体ではなく、水物質と
 いう“他の”集合関係を形成する実体(構成要素)ですね。
 <関係の1次性>を言う論者は、「原子間の関係が水分子であり、水
 分子間の関係が水物質であるから、常に関係が本源的である」と言い、
 <実体の本源性>を言う論者は、「水物質は水分子に還元され、水分子
 は原子に還元されるから、常に実体が本源的である」と言う。
 共に、反照規定を知らない、非弁証法的思考と言えます。
 「関係の総体」「から成る」と言えば、関係は既に実体であり、
 「還元される」と言えば、実体は過去に関係だったと、自ら認めている。
119OFW:03/10/17 23:42
>>110-112(くろしろさん)(つづき)
>桶狭間の戦いのとき信長は今川軍の動きと言う情報を持っていました
 無論、日常語は派生的用法に富み、論理的には曖昧なことが多いもの。
 情報概念は、現在でも曖昧なままで、工学的なネガエントロピーから
 哲学的な記号意味まで統一されていない。<伝達された知識>の所有権
 は誰にあるのか?とは、法律家にも難問でしょう。匿名掲示板然り。
>いわゆる業界と言うものを含むと言う事です。
 ポイントは「情報自体は誰にも生産され得ない」という事ですが。
>人とは自然から切り離されるものでしょうか?
 無論不可能ですが、問題は、人と自然の“本質的”な区別です。
 人間は自然の一部だが、人間が人間であって、自然や他の動物ではない
 所以の規定性を、人間の本質と言います。
 「人間は意識、言語、文化、その他によって、動物と区別され得る。
  しかし人間が労働するとき、彼は現実的に自己を動物と区別し始める。」
 (マルクス&エンゲルス)
 上記では、単なる本質ではなく、現実的な本質のことを述べています。
120OFW:03/10/17 23:43
>>110-112(くろしろさん)(つづき2)
>売春が人間古来からの産業として成り立つ事
 言葉に正確を期すなら、売春は産業(生産的農林水産業、製造業等)で
 はなく、業(なりわい、あるいは稼業)としてのみ成立可能です。
 そして、売るためには、貨幣(一般的等価物)が必要です。米と交換でも
 それは一般的等価形態(何とでも交換可能な有用物)にあるもの。
>サービスと製造業の差は何でしょう?
 生産財と消費財の区別はあるが、製造業は財(有用物)の加工生産であり、
 サービスは財として保存できるモノに結実しないコミュニケーション活動
 です。確かに、DVD媒体の生産は製造業ですが、そこに音楽や映像を記録
 して販売する業界はサービス業であり、音楽や映像は消費されて無くなる
 財ではなく、精神的活動として多くの人に享受され、むしろ豊富化される。
>サービスが生産として認められない社会とは何でしょうか?
 意味が不明であり、生産的とは別に倫理的な含意(例:生産は美徳)を
 もたない経済的な概念。サービスが豊富な社会は生産社会より豊かな社会
 であり、そこでは、最終的に経済学は無用無価値となる運命にあると。
121OFW:03/10/17 23:44
>>110-112(くろしろさん)(つづき3)
>整髪も立派な労働力の再生産であり、ブルジョア経済学者氏の言は正しい
 ですから、正しいが真ではないと述べた。真理性は、正当性または妥当性
 とはレベルが異なる認識価値であり、概念の真偽をも含むものです。
 生産の概念には、その対象が物(財)であることが含まれるが、労働力
 の概念には、それが物(財)であることは含まれない。よって、
 <労働力の(再)生産>という概念は虚偽である、ということです。
 それが正しいのは、ブルジョア社会自体が虚偽のモノ社会だからであり、
 たとえば、泥棒社会では泥棒が正義の(正しい)人の筆頭でしょう。
 「アリババ盗賊団の国イラクを爆撃せよ。それが正義だ。」とか言われ。
122OFW:03/10/18 07:55
>>116-117(くろしろさん)
>市場が行われていると言う事にはそれぞれが決まった「役割」を果たさ
>ねばなりません。これが起きると言う事は実は稀少な事なのです。
 「人間には、犬にはない交換本能がある」と述べたアダム・スミスは、
 鳥すら役割本能・社交本能を持つこと、交換とは、それぞれが<他者の
 役割>を果たす非本能的行為であることを見ない。
 また「労働は、仕事あるいは対人的活動よりもレベルの低い人間の行為
 である」と述べたアーレントは、マルクスに「労働は自由への道」(ナチ)
 につながる労働観を見て、古代ポリスの社交(市民政治)に郷愁をもつが、
 それが奴隷の生産労働に支えられた消費労働であることを、何故か忘れる。
>「役割」と「安全」、このことが起こる希少性それが剰余価値を産む一因
 役割社会論や夜警国家論は、既にある市民社会を正当化するのみ。
>資本は市場を経るごとにその希少性を増すわけです。
 しかし、価値は不変であり、等価交換は市場の大原則と言われているが?
>俺の150万払え!
 は誤りでしょう。それは働く皆のものです。
123OFW:03/10/18 08:02
>>122(自己レス)
>それは働く皆のものです。
 そして、誰かの“モノ”ではないと。
124くろしろ:03/10/18 14:12
>資本は市場を経るごとにその希少性を増すわけです。
 しかし、価値は不変であり、等価交換は市場の大原則と言われているが?

出先中に着き1レスだけ、
A農協に売られたトマトは、B問屋でそれより高く売られ、
又C問屋で値を上げられ、D市場でまたまたそれより高く売られる。
それを買いに行ったE少年は母親から20円駄賃を貰った。
このように、市場を媒介するだけ、物は高くなる。
だから、激安店は問屋をなるべく介在させないように独自の流通ルート
を作る。
そしておれの150万は俺のもの、この世は資本主義社会で共産主義社会
じゃないから。

125くろしろ:03/10/18 14:30
>本能
そもそも本能が人間に交換させるなら、何故盗む人間が古来から
後をたたず、市場には警察がつき物なのか?
そして市場を経る毎に何故モノが高くなっていくのか?
取引を終わった時にはどうしてほっとするのか?
私が営業時代一番肝心なのは支払についての心配だった。
なぜなら、手形の日付を変えて支払するような業者が沢山居たからだ。
126OFW:03/10/19 05:00
>>124-125(くろしろさん)
>市場を媒介するだけ、物は高くなる
>150万は俺のもの
 まさに、すべては市場から始まり、市場に終わる。
 小室直樹『資本主義原論』で明快に述べられているように、資本主義的
 市場経済のいわゆる経済合理性を支える原理として、<私有の絶対性>と
 <一物一価の原則>があり、確かに両者は小室氏から「喝!」と言われて
 悟るべき、“物=神”の奥義でしょう。
 実際、マルクスが言う価値法則とは、平たく言えば、一物一価の原則
 (法則にあらず)のことです。それは「同一商品の価値は一つである」
 と表現できるが、それは完璧な形而上学であり、労働価値説や弁証法を
 形而上学と批判する者がそれを不問にするのは、形而上学の何たるかを
 知らない無知というべきでしょう。喝! 
 日常的に「等価交換」という言葉が使われるのは、マンションの分譲や
 パチンコの景品交換くらいでしょうが、「何故、不動産業やパチンコ屋
 は儲かるのか?」と考えることから、資本主義も見えてくると。
127OFW:03/10/19 05:01
>>124-125(くろしろさん)(つづき)
>何故盗む人間が古来から後をたたず、市場には警察がつき物なのか?
 何故テロが現在も後をたたず、世界市場には“世界の警察官”がつき物
 なのか、と同じ理由でしょうね。市場の政治的本質がそこにある。
>営業
 とは変わった職種であり、顧客(ヒト)よりそのポケットの中のモノに
 サービスするから、互いの自己は疎外(他者化)され、共に不満足。
 顧客に手を擂って微笑む裏には、「上司の悪口言うたった」(某CM)。
>手形の日付
 商品流通の高速化と共に、支払手段としての貨幣は信用に発展する。
 手形期日は決済日であり、未来の信用も現在の貨幣に物質化しなくては、
 営業労働のみならず、資本自体が“無に帰して”しまう。
 「資本とは、過去の労働が現在の生きた労働を支配する、運動としての
  価値実体である。」(マルクス、パラフラーズ)
 「実体とは、無から出て、無を通り、無に帰す(還る)運動である。」
 (ヘーゲル)
128OFW:03/10/19 05:10
>>127 誤:パラフラーズ 正:パラフレーズ
129考える名無しさん:03/10/20 01:07
マルクスのコラ画像がありました。冗談なので怒らないように。

ttp://www.gazo-box.com/waracolla/img-box/img20031018014633.jpg
130Kurihara☆:03/10/20 18:57
てすと
131Kurihara☆:03/10/20 18:58
 
132考える名無しさん:03/10/20 18:58
WAM今、会合やってるよ?
133Kurihara:03/10/20 19:00
WAMなんて知らん。
134考える名無しさん:03/10/20 19:01
龠 λλλλλλ....  ユカイダナー
135Kurihara:03/10/20 19:04
プ
(OFWさん)
>共に、反照規定を知らない、非弁証法的思考と言えます。
>「関係の総体」「から成る」と言えば、関係は既に実体であり、
>「還元される」と言えば、実体は過去に関係だったと、自ら認めている。
では弁証法的思考ではどう結論されるのでしょうか?

><伝達された知識>の所有権
 は誰にあるのか?

桶狭間では権利ではなく実際の情報の有無のよって勝敗が決まった。

>ポイントは「情報自体は誰にも生産され得ない」という事ですが。
いえ、様々な情報で満ち満ちてます。


>「人間は意識、言語、文化、その他によって、動物と区別され得る。
>しかし人間が労働するとき、彼は現実的に自己を動物と区別し始める。」

鳥にも鳥の意識、言語的な合図、そして巣の作り方などの文化、そして獲物
を取ると言う事の労働性が認められるのではないでしょうか?

>確かに、DVD媒体の生産は製造業ですが、そこに音楽や映像を記録
>して販売する業界はサービス業であり、音楽や映像は消費されて無くなる
>財ではなく、精神的活動として多くの人に享受され、むしろ豊富化される。

>サービスが豊富な社会は生産社会より豊かな社会
>であり、そこでは、最終的に経済学は無用無価値となる運命にあると。

しかしマルクスはこれを無視する。そういう理論で語られる世界は不幸では?

>正しいが真ではないと述べた。真理性は、正当性または妥当性
>とはレベルが異なる認識価値であり、概念の真偽をも含むものです。

OFWさんの真のレベルとは社会人とはブルジョアの事であると言う特殊な
ケースによるもの、一般的な社会人の意味ならブルジョア経済学者氏の言
は真では。

>役割社会論や夜警国家論は、既にある市民社会を正当化するのみ。

役割社会論は市場の分析のためにあるのであって、私は夜警国家論
を論ずるつもりはない。むしろその役割の背後にある暴力に注目し、
残業税などで資本家の絶対的剰余価値を制限し、また経済的価値に
だけ注目せず人間の連続的価値に重きを置き、アベック税、結婚税、
などを課しを30以上独身者に税を還付する、国家による男女平等な
総合売春産業を創設し、性的弱者の救済を図るものである。
>何故テロが現在も後をたたず、世界市場には“世界の警察官”がつき物
>なのか、と同じ理由でしょうね。市場の政治的本質がそこにある。

とは市場を経る事の希少性を認めると取っていいのですか?


>それは「同一商品の価値は一つである」
>と表現できるが、それは完璧な形而上学であり、労働価値説や弁証法を
>形而上学と批判する者がそれを不問にするのは、形而上学の何たるかを
>知らない無知というべきでしょう。喝! 

しかしその形而上学が世界を動かしている事もまた事実、そして、市場を経る
と言う事は労働価値説だけではない価値、市場の希少性があると思われるが
如何?
>「人間には、犬にはない交換本能がある」と述べたアダム・スミスは、
>鳥すら役割本能・社交本能を持つこと、交換とは、それぞれが<他者の
>役割>を果たす非本能的行為であることを見ない

鳥の本能を引き合いに出しても、それが人間の本能と何のかかわりがあ
りましょう? それは人間は他の動物より優れていると言う古い観念か
らくるもの。
また、交換は市場とは違うもの(2ちゃんねるは一種の交換ですが)、
市場はそれなりの学習を経ないとわからない。
またマルクスの資本論の頭の、上着や亜麻布が人間労働の凝結した価値と
言ってる所もまた信じられない。それ自体の素材、原料の価値が抜けてい
ると思うのだ。マルクスは人間労働が全ての価値だとし、希少性を価値観
としなかったところが彼の失敗だと思う。私は希少性こそ価値の根本にす
えるものだと思う。それは人間労働も、原材料の価値も含むからだ。
そしてその上でこそ市場の希少性という観念も生まれてくる。
142考える名無しさん:03/10/21 10:21
OFWも大変だなぁ・・・。
フフフ、厨房を越えられない革命などその程度ものでしかない。
アリストテレス刃物と物の間の価値観を見つけれなかった。
マルクスは人間労働といい、私は希少性と言う。
>>142
三点リーダーは……のように…を2個重ねる。
しかしなぜマルクスなのか? 今マルクスなのかと言う所は今のところ
自明ではない。搾取と呼ばれるものがあって、私はそれを「私有的に」
取り戻したいのである。私は共有を好まないし、それに賛同しないが、
私的財産が正しい価格で売り買いしない所であるところは是正すべき
であると考える。しかし全ては希少性と存在のうえにある。
正しい労働に対する価格と言うものが自然にありえないとき、
私たちはそれをあきらめなければならないだろう。
147考える名無しさん:03/10/24 07:03
哲学における第一原因は「自然」であるということだが、自然をひもとけば
「殺すな」とか「搾取するな」とか、何処かに書いてあるのかな。その辺は
古典的な功利主義で処理してんのかな。
フフフ、コノシロモオレノモノカ……ダイジニツカワネバナ……
ツマリハ「シホンロン」ヲヨムトイウコトダ……

>>147
自然であると言う事は「主目的が連続(種の存続)」であると言う事だ。
「殺さず」「平等である(搾取しない)」方が種の存続に
いいのは功利主義によらずとも自明だ。
もっともまた「身分があり、差別があった方が」
環境にはやさしいと言うのも自明だ。
(資源には限りが有るから、贅沢は特異点にのみ認められる)
結局の所、それらの折衷で「よき社会」を創らねばならぬのか
出来てしまっているのか、よくわからぬが、それが現状だと言う事だ。
149考える名無しさん:03/10/24 21:11
>>148
>「殺さず」「平等である(搾取しない)」方が種の存続に
>いいのは功利主義によらずとも自明だ

種の存続といったとき、生物の種すべてについて自明なのか
人間という種のみについて自明なのか、一応伺っておこう。
整理しておこう、マルクスは市場交換の間の根本価値に人間労働を置いた。
ならば、剰余価値の発生はある種の人間労働によってのみ説明される。
彼は、それを不払い労働と言う形で理論化した。
しかしそこに違和感を覚えるのは私だけだろうか?
彼の元で原材料そのものの価値、人間が生み出せぬ「存在」の価値
は忘れられる。それは果たして忘れられていいものだろうか?
現に私たちは「人間労働」が追いつかない「環境」と言う名の「存在」
に脅かされている。エコロジーの時代。
だからこそ私は市場での交換での根本価値に「希少性」を置いた。
この概念の元では、「存在」もその下部概念に置かれ、「人間労働」
も同様である。(もっとも、全ては物であり存在であるのは唯物論
の基礎であるから、私はマルクスよりも唯物論をその理論に繰り入
れたのである。「人間労働」は「存在」の中の一部に過ぎず、物に
過ぎない。情報ですら物である。ここで物神性を持ち出して批判す
るのは容易だが、それは市場ではなく、唯物論の当然の帰結として
の物神性でなければならない。もちろんそれに対抗するものとして
私は種の存続を用意している。物の中のヒエラルキー。)


さて「希少性」が市場と言う交換の場で猛威を振るうとき、奇妙な事が
発見される。その市場すら希少性を持っているということだ。だから
市場を経てきた商品はその価値を増し、さらにそこでは市場の隠された
権力性、「安全」と「役割」が明らかにされる。人々は市場において人々
がなした「役割」において、(また、放棄した暴力において)報酬が支払
われる、私はコノ理論を「役割論」を仮称するが、役割論において搾取とは
コノ「役割」に大して正当な報酬が支払われていない事をさす。
ここで二つの問題が明らかになる。

1市場社会で適正な役割とは何なのか? そして適切なる報酬はいくらだ
 と言うのか? 我々はそのために新しい社会を必要とするか? たとえ
 そのために何千万の血を流しても。

2われわれは市場社会を選択すべきなのか? それとももっと原始的な
 世界に返るべきなのか? (たとえば独立した農民社会のような)
 たとえそのために何千万の血を流しても……
>>149
動物の世界は動物でないので良く知らないが、
私の知る限りでは、
ここで「殺さず」とは必要に応じてとの事で、たとえば
動物の世界では「いじめ」はいいことであり、弱いものは同族、
兄弟にいじめ殺される、しかし集団で生きた方が種を残しやすい
のは確かで、ある程度の強さを持った同族に対する殺しは拒絶される。
同族同士の喧嘩で、殺す前に「参った」のポーズが有るのは
良く知られている。
「差別」は当然に有る。
「特異点・王」「その周りの貴族」はどの種族にも見られる。
だがそのほかのものたちが「ある程度平等」であった方が集団が機能
しやすいと考えられる。
ただやはり動物においては、平等はあまりなく、不平等
が社会を支えると言った方が正確だと思う。

だから「殺すな」だけだと人間、動物両者ともにいえるが
「平等」と言うと人間に特有の性格で有るといわざるを得ない。
多分それは人間の持つある種の豊かさを表すシンボルなのだと思う。
だから、自立できない身体障害者も生きていけるし、彼らを生かすことが、
我々が役割を生きている証拠であり、豊かさの証なのだ。
さて>>151のような立場に立つときマルクスはどう答えてくれるのか?
私はマルクスと言うテキストを知らないが、いつも不思議に思っていた
ことがある。彼らは人間が必要労働する時間をどう計るのかと。
これは>>151で、1で疑問を示していた答えに関する手がかりが得られ
るかもしれない。だが所詮は人間的労働を全ての価値にしている書物である、
手がかりくらいを見ておいた方が無難だろう。だがそれでもマルクス
のブランドは何か期待させるものが有るといわざるを得ない。
「どのくらい働くのが適切なのか?」それに対する答えを他の経済学は
無視してしまったようにすら見える。私の目指す所はその空白を埋める
事である。
『だから、商品形態の神秘性なるものは、単に次の点に有る、――というのは、
商品形態は、人間じしんの労働の社会的性格を、労働諸生産物そのものの
対象的性格として・人間の目に反映させ・したがってまた、総労働にたいする
生産者たちの社会的関係を、彼らの外部に実存する諸対象の社会的な一関係
として人間の目に反映させるということ、これである。』

上はマルクス氏が物神化について語る資本論の一文である。
しかし、ある地下スレの女コテははこう語る。

『化粧品ってサンプルがあるでしょ。で、試せるから楽しい。
洋服は試着が出来なくは無いけど、なんかいろいろ販売員さんに
似合わないものを買わされそうで、ままならない。けど
お化粧品だとネット会員とかでサンプルゲト出来たり、
デパートのカウンターとかで目当てのモノを買うついでに
話題の商品を試せる(向うから大抵サンプル使ってと薦めてくる)
そして化粧板を見ると雑誌をみるとその商品のことが載っている。
よかった、わるかった、イマイチだったと評価できる。
するとその連帯に参加できた気分が満喫できる、それが楽しい。
なので化粧品そのものより、プラスαが楽しいのかも。』

つまり人間労働から社会的総生産を見るのではなく、それを基にした
社会的連帯をいえようとしているのである。ここには物神化を超えた、
人と人とのつながりが有るようにも思える。




貨幣はマルクスにおいて商品の一部であるとされる、私はそのこと
に異論ない。ただひとつ、それが人間的労働で交換されると言うものに
異を唱えたい、それは稀少さによって取引される、こうした金銀なるものは
地中から出てくるままの形で、稀少さの直接的化身である。
なんらの人間的労働もそれに対象化されてないがゆえになんらの価値も持た
ない、未耕地のごときも、ある現実的な価値関係、またはこれから派生した
連関を、潜伏させる事が出来る――資本論、第三章、第一節

つまりはこれが労働価値論の限界ではないのか? 希少性ならその価値を
認めることが出来る未耕地に、彼らは価値を潜伏しか出来ないのだ。
157Kurihara:03/10/26 05:05
くろしろさん、これ以上恥を晒すのは止めた方がいいですよ。
158Kurihara:03/10/26 05:11
まあ、マルクス中学1年から順次マルクス大学1年にまで
進級したいのなら、まずヘーゲルの「大論理学」から始めないと
ナンセンスです。

でないと、可能性(潜在性)-現実性-必然性の様相のカテゴリー
の連関だって理解不能でしょう。
>>157−158
恥をさらすのには、それなりの論理を持った
他人のレスというものが必要でしょう?
ところがここにはそれがない。
少なくても完全にへこまされるような論理がない以上、
やめる動機にはつながらないわけです。
オマケにぼくは恥をさらしてもいいと思ってるんです。
そこで恥を認識させてもらえるなら、それを糧として
得られるからです。
敵中に糧を求めるというわけです。
ヘーゲルから始めた方が確かに深い理解は得られるん
でしょうけども、ここでは中学生の課程をきちんと
収めたいので「資本論」から出発します。
マルクスはやはり「資本論」だと思うので。
160考える名無しさん:03/10/26 16:23
つか あんたの話長すぎ > 黒白
資本論に比べれば短すぎ>>160
162考える名無しさん:03/10/26 17:03
な る ほ ど そ う か 
そ う ゆ う こ と か
な る ほ ど ね
まあ要約すると
私はマルクスの労働価値説を批判したいわけだ。
全ての価値は社会のための人間的労働ではなく社会のため稀少性だと。
すると剰余価値もがらりと変わる、つまり不払い労働か役割かという。
もちろん私は搾取を否定しないが、それは役割に対する、きちんとした
報酬が支払われなかったと言う事だ。
164考える名無しさん:03/10/26 17:21
な る ほ ど そ う か 
そ う ゆ う こ と か
な る ほ ど ね
マルクスはわざと小難しく書いて書物の神秘性を
引き出しているんだろうが、俺はその手には乗らんぞ。
読めんところは全部飛ばしてやる。
それに「金は譲渡された彼の商品の脱皮した姿」などと何の
論証もせず現状をそのまま書いてあるが、ここでなぜ
脱皮したかが問題なのだ!
つまり金は「安全」を支配する立場から選ばれたと
言う事なのだ。紙幣、硬貨は言わずもがな、
ここに市場を形成する暴力を制御するメカニズムが
潜んでいるのである。
しかしもう少しわかりやすく書けよマルクスよー。
文章はわかりやすくって習わなかったのかお前はよー。


マルクスは結論をつなげて文章を編むことが多い
これは一文一文目が離せないということである。
私のようにザーッと読み飛ばす立場から見ると悪夢である。
でも負けないぞーマルクスよー
このスレにはもう俺とお前の二人だけだー
とことん楽しませてもらうぜ。
167考える名無しさん:03/10/26 19:34
くろしろさん。ファンです。がむばってね。クリなんかちっとも面白くない。
クリはあなたを嫉妬してますよ。(藁
168Kurihara:03/10/26 19:39
やれやれ。
169 :03/10/26 19:43
>>166

マルクスを要約することはできない
マルクス自身要約を拒否している
全文ちゃんと読むべし
170考える名無しさん:03/10/26 19:49
     
171考える名無しさん:03/10/26 20:03
>>165
>マルクスはわざと小難しく書いて書物の神秘性を
引き出しているんだろうが

それはない。
172Kurihara:03/10/26 20:14
とにかく、マルクスの言い分を斜め読みして、
悪く受け取ってマルクスを悪者、仮想敵に
仕立てたいという典型的な粘着DQNといって
いいでしょう、く●しろさんは。
173Kurihara:03/10/26 20:17
まあ、そういうアンチ・マルクスの粘着DQNには、かつて
宇野弘蔵という粘着の大家がいましたがね。その劣化コピー
が、青●孝平さんでしょうが。
174玉大:03/10/26 20:35
おいっ。オヤジっ。おいっ。あのー。あのよー。どーでもいいーかもしれないんだけどよーっ。あの
kuriharaさんよおっ。ちょこっとだけ教えてほしーんだけどよおー。あのマルクスとか
バクーニンとかよおー、エンゲルスとかなっあの頃のそーゆーカクメイカってよおっ。なあんであんな
似あわねえー飯食うのにもナニするんでもスゲー不便そうな長いむさくるしいアツくるしー髭生やして
たんだあ?ありゃあ当時のハヤリなのか?反逆の感性活動の成れの果てのモードなのかよっ!!!
昔からの長年の下らない疑問なんだけどよおーっ。この際ハッキリさせるのはこの2chの存在意義
だろーっと思ってさあ。おいっ。そこんとこどーなんだよ?

175Kurihara:03/10/26 20:48
髭は、在野の無頼さを示すためのトレードマークです。
176Kurihara:03/10/26 20:52
尤も、マルクスの髭は、彼がユダヤ教に入信してから、
はやしたようですが。ユダヤ教のラビは髭をたくわえます
からね。
177玉大:03/10/26 20:57
あれは、ユダヤ人文化の伝統=在野の無頼=タノモシ講的=信用金融重視という
という意味でかっ?そう言えばっ。髭生やしてるよな、アシュケナジーにしろ何
にしろなっ!!!!!そうかっ。そうだったのかっ。なあるほどなあーっ。

     ま、まさかっ。あんたも調子コイテ、生やしてんじゃねえーだろおーなあー!!!!!


178 :03/10/26 21:01
玉大っていい奴だな
179Kurihara:03/10/26 21:01
ユダヤ人のフロイトも髭オヤジでしたね、そういえば。
180玉大:03/10/26 21:09
>>178 あたりめーだっ アニキッ!
>>179 これも昔から聞きたかったんだけどよぉ〜!あ、あんた、ユダヤじんなのかっ?
   ユダヤ教なのかっ????

181Kurihara:03/10/26 21:14
>あ、あんた、ユダヤじんなのかっ?

デーブ・スペクターが日本人ではないというのと
同じ意味で、僕はユダヤ人ではありません。
>>172
俺がやりたいのはよう、つまり搾取された労働者を立ち上がらせる
真の理論の確立なんだよう。だから労働価値説で歪んでいるマルクスは
批判的に読まなきゃならないんだ。もっともまだ読みきってないから
どこまで敵対するのかはわからないけどなあ。
ドキュン呼ばわりされるのはかまわねーぜ。
労働者はドキュン天国だからなあ。
184考える名無しさん:03/10/26 21:31
くろしろ@マルクス中学1年はKurihara氏にとって
他者になってるんじゃないのか?
185玉大:03/10/26 21:35
明治時代から、日ユ同祖論はあったんだっ。おらぁ、あんたがユダヤ人だって
ちっともかまやあしないんだぜっ?カクサなくったっていい〜んだぜっ!!!
マジだぜっ。ホント、マジナンダッ。イェエエーーーっツッツッ!!!!!!!!


他者って何だ? 他人に決まってるじゃねーか。
自作自演と思ったのか?


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187玉大:03/10/26 21:40
>>185 はkurihara宛てだっ!!!!!!こ、答えてくれっ!!!!!


あのー。あらあぁ、他者じゃなくて、玉大だぞっ?!!!!

188考える名無しさん:03/10/26 21:46
Kurihara氏よ答えるべし!
ネットアクティヴィズムとは厳しいのだ
189@@@:03/10/26 21:52
マルクスの労働価値説が歪んでいると言うのは、いわゆる、使用価値を無視して構築された理論dからですか?
つーか、労働価値論じゃ、人間労働以外の原材料の価値を見ることが
出来ないからさ。
191考える名無しさん:03/10/26 22:11
>>190
>人間労働以外の原材料の価値を見ることが出来ないからさ。

それこそまさに、マルクスが批判した物象化的錯視じゃないですか。
192玉大:03/10/26 22:20
まあ、それもそうだがなっ
193Kurihara:03/10/26 22:30
玉大というのは玉川大学の略ですか?

こ、答えてくれっ!!!!!
>>191
資本論をまだ全部読んでいないからなんとも言えんがね、
それを俺は逆に批判するわけさ。人間労働のほかに、
資源の希少性という物を見なければ、実際にこの世界に
どれだけ資源を配分すればよいのかという事は考えられない、
それには人間労働だけを価値観とした経済観ではなじまない。
また物神性のことならば、社会的分業が行われているところなら・
それが広大なものであればあるほど・搾取のない世界であっても・
現れうるべきものだ。

195Kurihara:03/10/26 22:41
資源の希少性なんて言っている人がまだいるのですね。
少なくとも、労働資源はいまや希少どころか逆に過剰
であって、そのためにリストラや失業が耐えないわけで
しょう。無論、リストラというのは、資本主義流の強引な
「資源の分配」ですがね。
196Kurihara:03/10/26 22:51
資本主義の歴史的役割というのは、むしろ、資源の希少性
というものを解消していく過程だ。そのために、人も増やすし、
バイオなどで資源も開発するし、エネルギーもどんどん開発し、
そうして大量生産による安価な商品を供給するのが、資本の使命。

ダイヤモンドが希少だって?あんなものは炭素からいくらでも作れる。
ただ、炭素から作るより、掘ったほうが安くつく限りで、資本はそれを
採掘に頼るだけだ。
197玉大:03/10/26 22:51
>>193 そうだっ!!ウニベルシタス・タマガワだっ!!!!!!

     で、おやっさん、マジでぶっちゃけどーなんだっ?!
    正直ユダヤじんなんだろっ???日ゆ同祖だなっやっぱっ!!

   
>>195
それは労働資源の話で全体の資源の話じゃないだろう。
全体の資源が過剰であれば、それだけ遊んで暮らせる人も
でてくる。失業保険も楽にでるはずだ。
だが現実はどうかね?



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>>196
その使命とやらが進んでるのかね?
飢えで苦しむ国も数多いが、
それに気づかないのは、
あんたも所詮北側の坊ちゃんだという事さ。
200Kurihara:03/10/26 22:56
例えば、核融合エネルギーの開発で石油の奪い合いはなくなる。
奪い合うのは石油が少ないから(希少だから)だろうが、石油に
かわる核融合のような豊富なエネルギーが開発されれば、
石油の希少性など問題ではない。ただ、その開発に石油メジャーが
猛烈に反対するだろうが。加えて、石油の希少性を云々するヤツは、
知らずに石油メジャーを擁護し、石油戦争を肯定するだろう。
核融合w

ダイヤモンドという「石ころ」が値下がりしない理由を考えるんだね
私はこう書いたはずだ。市場には「役割」と「安全」が必要だと、
じゃあその「役割」や「安全」をコントロールできる「暴力」
があるとしたら?
203Kurihara:03/10/26 23:20
>全体の資源が過剰であれば、それだけ遊んで暮らせる人も
でてくる。失業保険も楽にでるはずだ。

述べたように全ての資源はやがて過剰になる。ただその分配様式が、
資本主義的である限り、先進国にはものの過剰が、後進国にはものの
過少が割り当てられるだろう、この先も。

>飢えで苦しむ国も数多いが、

述べたように、ものの過少(飢え)に苦しむのは、資本主義的分配様式
に問題があるからだが、それにもかかわらず、資本主義こそがものの大量生産を可能
にしたという事実に変わりはない。それが資本の使命、つまり生産力を
極限にまで高めることが、資本の歴史的使命だ。生産力が高まり、ものが
豊富に生産されているのに、それが公平に分配されないのは、無論、
資本の根幹をなす生産手段の私的所有制のためだ。
つまり、資本主義下では、生産手段の私的所有者に全生産物が
帰属・集中される分配構造になっていて、その結果、生産手段を持たない
ものは貧困を強いられる。そういう構造がある限り、公平なものの
分配などありえない。ゆえに、マルクスは生産手段の
私的所有を廃棄することを主張した。
それに「稀少さ」というのは単位であって、
実体として稀少でなければならないという事でもない、
事実それで「過剰」すらあらわせるのだから。
「人間的労働」と「稀少さ」どちらが「全て」を
表しうるのかは議論の余地もない。
205Kurihara:03/10/26 23:27
>ダイヤモンドという「石ころ」が値下がりしない理由を考えるんだね

炭素から作るより、掘ったほうが安くつくから。
「ただその分配様式が、 資本主義的である限り、」
資源が過剰になる事もない。ダイヤモンドと同じだ。
市場は「安全」と「役割」から出来ているその裏づけは「暴力」だ。
「資本主義を撤廃した体制が」
資本主義のような大量生産を出来るとは限らない。
国家独占資本主義(ソ連)を超える体制を考えよ。(宿題)
「私的所有を撤廃しようとしても」
それをおとなしく聞く連中ではない。
アメリカ・ヨーロッパ・日本を屈服させる武力
や戦略があってはじめて聞く耳をもてる話になる。
>>205
デビアスとロスチャイルドを調べよ。
208Kurihara:03/10/26 23:48
炭素からダイヤを安価で生産する方式が開発されたら、ダイヤの
価値など暴落する。昔は、例えば、テレビも希少でそれを持っている
ことがステータスシンボルだった涙ぐましい時代があったが、いまや
テレビなどは中学生のお年玉でも買える安価なものになって、それで
テレビを持つ事のステータスシンボル性は消え去った。無論、それを
可能にしたのは、資本による不断の技術革新だ。

つまり、資本主義とは希少性に由来する物神性に依拠しつつも、
それをみずからの不断の技術革新で切り崩していく矛盾した過程
であり、それゆえ自分自身を揚棄する過程にほかならない。
>>208
いや現実にもダイヤはもっと安くなってもいいんだけど
それを拒む勢力が現実にいて、独占的にその値を吊り上
げているということ。金もそう。



こちらでリロードしてください。 GO!
210Kurihara:03/10/26 23:55
炭素からダイヤを安価で生産する方式が開発されたら、ダイヤの
価値など暴落する。



以上。
211Kurihara:03/10/26 23:57
水素からエネルギーを安価で生産する核融合エネルギー方式が
開発されたら、石油の価値など暴落する。



以上。
その方式はつぶされるかまた独占されて、ダイヤの価格は守られる。

以上


こちらでリロードしてください。 GO!
213191:03/10/26 23:58
活況だな。
「資本論」もいいけど、
「ドイツ・イデオロギー」も読まなきゃ。
水素からエネルギーを安価で生産する核融合エネルギー方式は
技術的に非常に困難だし、もし開発されても独占され、価格は
保たれる、それが独占資本の恐ろしさというもの。


以上。
215Kurihara:03/10/27 00:02
>その方式はつぶされるかまた独占されて、ダイヤの価格は守られる。

ほらほら、本性を現してきましたね。独占を肯定してますよ、
この人。
>>215
現状を指摘するのが肯定しているのなら、マルクスほどの資本主義
肯定者はなかっただろうよ。


寝よ。
217考える名無しさん:03/10/27 00:09
というかね独占だけ批判しても意味ないでしょ
218Kurihara:03/10/27 00:14
現状の指摘?核融合も炭素からダイヤを生産する方式も
まだ開発途上で「現状」ではないが。石油や採掘ダイヤの独占
が可能なのは、それが「希少」だからだろう。だいたい
希少性がなく山ほどあるものを「独占」するだけ損という
ものだ。その際、薄利多売のほうが利益があるし、まともな
資本家ならそうするだろう。要は、安価なダイヤや安価なエネルギー
を「独占」する者は、資本家失格、商才がないということ。
高いものより安いものを買うのが、消費者であり、高いものばかり
売りつける独占資本は、消費者からの不買を呼ぶだけだ。
219考える名無しさん:03/10/27 00:24
デビアスとロスチャイルドを調べよ
220Kurihara:03/10/27 00:37
そこにも独占、あそこにも独占、ここにも独占、故に、未来永劫、
そこらじゅう独占ってね。

頭の弱いひとは、よくこう考えます。現状が独占の繁茂状態だから、
未来も独占がずっと続く、と。
221Kurihara:03/10/27 01:07
マルクスが資本主義の現状の指摘をしたという際に、注意すべきは、
彼はその現状の肯定的理解のうちに、かえってその「否定」を見た
ということです。

「なぜならば、それ(弁証法)は、現状の肯定的理解のうちに同時に
その否定、その必然的没落の理解を含み、いっさいの生成した形態を
運動の流れのなかで捉え、従ってまたその過ぎ去る面から捉え、なにもの
にも動かされることなく、その本質上批判的である革命的である。」
(「資本論」第二版後記)

これがマルクスの「方法」です。だから、マルクスが独占資本の必然性
を現状認識したとしても、その否定的没落の側面からそうしたという
ことにすぎない。現にマルクスはこう言っている。

「資本独占は、それとともに開花しそれのもとで開花したこの生産様式
の桎梏となる。生産手段の集中も労働の社会化も、それが資本主義的な外皮
とは調和出来なくなる一点に到達する。そこで外皮が爆破される。資本主義
的私有の最期を告げる鐘がなる。収奪者が収奪される。」
(「資本論」第一巻 第24章「いわゆる本源的蓄積」)
だからダイヤや金は高価じゃなきゃいけないんだってば。
貨幣の価値にも関係するものだし、高価であることが
大事なの。ブランドって奴よ。
薄利多売だけが商売じゃあるまい。
まったく、デビアスとロスチャイルドをしらべる!

独占がそんなに簡単に終わるなら筋道立ててみろ。w
223考える名無しさん:03/10/27 01:15
とにかく、Kuriが権力を奪取する未来図だけはごめんこうむりたい。
あと「?」の後は一文字開ける。
225Kurihara:03/10/27 01:21
デビアスとロスチャイルドだけが商売じゃあるまい。
まったく、薄利多売をしらべる!
226考える名無しさん:03/10/27 01:23
>>222
デビアスのやり方が通用するのは、それなりに作るのがめんどいからだろ。
Kurihara的には。
http://www.nihongo.com/diamond/kihon/diamdebe.htm

ほれ、これでもみる!
228考える名無しさん:03/10/27 01:27
どっちかだけでは、説明できないと思うけどね。
実際は、エメラルドやサファイヤの方がダイヤよか取れにくいって
こともあるわけで。
229Kurihara:03/10/27 01:29
>筋道立ててみろ

ははは・・・。
「資本論」全三巻がその筋道を現に立ててるじゃないですか。

尤も、読 ん で い な い な ら 分 か ら な い 
で し ょ う が 。
230Kurihara:03/10/27 01:54
とにかく、く●しろさんはもうこのスレに来なくていいですから。
でないと、OFWさんも戻ってこなくなりますからね。あなた
一人の低脳なカキコミでOFWさんが嫌気をさして来なくなる
ことは、このスレのみならず哲学板全体の損失なんですね。

だから、マルクス中学1年のく●しろさんは、そこのとこを
考慮して、今後のカキコミの検討をしなさい。
231考える名無しさん:03/10/27 01:57
頭ごなしに・・・何様のつもり
232Kurihara:03/10/27 02:03
ああ、そうそう、く●しろさんには、青木孝平さんの
「コミュニタリアニズムへ」という本がオススメです。

青木スレもありますしね。

http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1054124424/l50

く●しろさんのような人は、きっとそのスレでは歓迎されるので、
マルクスを読まなくていいですから、青木さんの本を読んで下さい。
そして青木スレで思う存分活躍して下さい。
おっべんっと おっべんっと う〜れしいな〜♪
234考える名無しさん:03/10/27 02:48
>>230
でもOFWって、こういう無知な人を教育することに喜びを感じてるんじゃないの?
235考える名無しさん:03/10/27 03:10
そうだな。青木の方が柄谷なんかよりはるかに面白そうなのは
多子化だな。
236ウニベルシタス・タマガワ:03/10/27 03:53
 野郎が寝たと見たら、ボロ粕に言うのなあkuriオヤジぃよおっ!!!!
オメーもちょっと考えろよっ?!!オッサンよおっ!!!!

 
237Kurihara:03/10/27 03:58
自己言及はおよしなさい、玉川大学さん。
238ウニベルシタス・タマガワ:03/10/27 04:04
 玉川大学じゃねえっ!!!!!
 「玉川大学様」と呼べっ!!!!このクリトリス・クリハラ博士っ!!!!
 それになあっ!オッサンっ。自己言及というより、この場合は、自家撞着が
 適切だっ!!!!!!
  この、すっとこどっこい。

239Kurihara:03/10/27 04:07
玉川大学に哲学科ってありましたっけ?
240ウニベルシタス・タマガワ:03/10/27 04:13
 いーんだよっ!そんなこまけーことあよおっ!

 早く寝ろよっ。クリ・クリ博士っ。明日ぁ、ねむいぞっつ!!
またなっ。
 
 いないと思って、オレのワルクチ言ってんじゃねえぞっつ!!
おやすみっ!!!クリ・クリ。
241Kurihara:03/10/27 04:18
悪口言われたくないなら、寝ると一々断らなければいいでしょう。

そこら辺を分かっていないなら、く●しろさん同様、三流の証拠
でしょうがね。
242CaptainTarlock:03/10/27 04:22
おまえ偽者だろ。
243考える名無しさん:03/10/27 05:16
>>242
Kuriharaに本物とかないだろうが。
244考える名無しさん:03/10/27 07:52
正直、俺はKuriharaとOFWの書き込みしか読んでない。
245考える名無しさん:03/10/27 08:03
>>244
それは間違いなく嘘だ。
わざわざ証明するまでもない。
246考える名無しさん:03/10/27 11:03
>229

あなたは、『資本論』と柄谷行人以外にマルクス経済学の
本を読んでます?
宇野派でも高須賀でもよいのですが。

『資本論』第3巻での独占についてのマルクスのコメント
って、かなり素朴ですよね。
宇野派にしたって、資本の形式的な自己展開の過程として
自由主義から独占(金融資本段階)へ至る過程をもっと緻密
に論証してますよ。

もっとも、柄谷なんかはその辺をふまえた上でトラクリ書いてる
のでしょうが、あのテキスト自体、どうとでも受け取れる構造
になってますから、素朴な読みでも充足しちゃえますけどね。
> ┃313 ■ _ ■ sage ■03/07/12 10:58■
> ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
> なんだ0FWって、むかしたくさんいた唯物(ただもの)論の
> 俗流マルクス主義的スターリン主義者のことか。
> こういう実体主義者って、日本では宇野理論の登場で
> とっくにゴミ扱いなんだよね。
> 大きな顔できるのは、ネットの世界だけだよ。
> だから、OFWさんにこそ
> 宇野の価値論を広松の関係主義で読み直した青木孝平の
> 『コミュニタリアニズムへ』あたりをしっかり読んでもらいたいもんだ。
> おそらく、宇野+広松=青木 こそ、最後のマルクスの可能性がある。
248@@@:03/10/27 12:44
この秋〜冬にかけて読んでおこうと思う本リスト
マルクス 『資本論』
ダーウィン 『種の起源』

あ、ところで、断見教に入門したいんだけど、受付どこなの?>くろしろ
249考える名無しさん:03/10/27 14:00
>>247
別に宇野や青木を擁護するわけじゃないけど、
ヘーゲル的な実体の運動としての弁証法は
宇野の価値形態論によって大きく否定されたのは事実。
くろしろさんの批判するような素朴な労働価値説も
宇野価値形態論で全面的に廃棄されたのも事実。
青木さんが、宇野価値形態論に残る商品の所有者の立場を批判し
広松流の関係主義によって、価値形態論から労働だけでなく
人間主体というイデオロギーを全面的に除去したのも事実。
OFWさんの評価はわからんけど、247の言ってることは
「この程度」と切り捨てるほど間違ってないと思うけどね・・・。



250考える名無しさん:03/10/27 14:02
>>249
そんなものいくらでも覆せるのが哲学の醍醐味
251考える名無しさん:03/10/27 14:15
だから、過去ログぐらい見ろっての。OFWの読んだヘーゲルがどんなものか、
労働価値説がどんなものか。
252考える名無しさん:03/10/27 14:20
このスレ読んでると悲しくなる。まじめに相手と意見を聞いて会話しようとしているのが
OFWしかいないんだもの。ちゃんと原典を読むとか、それ以前の問題。
253考える名無しさん:03/10/27 17:42
>>251
いくら過去ログみても、OWFだろうと何だろうと
ヘーゲルや労働価値説は古すぎる。
青木だけじゃなく柄谷だってネグリだって、反弁証法でカントだろが。

だから、青木孝平スレの過去ログぐらい見ろっての。青木のヘーゲル批判がどんなものか、
労働価値説批判がどんなものか。
254考える名無しさん:03/10/27 18:09
あのう、OWFじゃあなくってOFWなんですけど・・・。
255考える名無しさん:03/10/27 18:18
>>253
弁証法=ヘーゲル=古いというのが短絡。
例えば、ドゥルーズやデリダの尻馬に乗った弁証法批判は「下痢気味ヘーゲル」
のスレで完全にやっつけられてる(それで、ドゥルーズやデリダに価値がないとはいわないけど)。
256考える名無しさん:03/10/27 19:10
労働者の99%は、このスレの議論を読まないし、読んでも理解できない。
このスレ読んでると、マルクスが「重要なのは世界を解釈することではない」と
述べた心持ちもわかるよな。もっともマルクスの哲学といえど、時を経るにつれ
解釈の堆積の下に埋もれていくことは避け得ない。思想を流通させる媒体の
本性上そうなる。マルクス主義哲学の正統の解釈を堅持しつづけるという営為は
正典を解釈するという営為と形式上の差異をもたない。
>>230
ぐるあ栗坊! OFW先生の漢(おとこ)を落とすようまねするんじゃない!
OFW先生はなあ、厨房一人の対処にこもって引き込まれる方じゃねえ!
あの方はもっと遠くを見ていなさる……
そして、俺のような厨にも公平に接してくださる稀有の方だ。
俺は感じたよ、ああ、これが革命家の心意気かと。
そして、それ以上に、漢(おとこ)だと。
初めは先生も俺の相手をしてくださっていたが、
それは所詮ネット上での浅い知識のやり方しかできない。
先生は悩んだ。
そして、選んだのは、俺が考えもつかない漢道だった!
(続き)
先生はなんとなあ、自分から全ての情報を断ってしまわれたのだ!
その空白。
初めは俺も悩んだよ、これはいったいどういうことなのかと。
しかし時間が経つにつれて、だんだんとわかってきたよ。
だんだんとな……
つまり先生はな、マルクスに直接ぶつかれと言っているのだ。
「資本論」を読めとな。
俺は震えたよ。
今までそんな事を考えた事もなかった。
しかもエンタメ小説350冊以上読まなきゃならない俺に
なんということだ。
地獄だよ、先生。
だが、先生はあえてその道を私に示されたのだ。
お前のように厨に疲れたとか、色々言うやつもいるだろうに、
自らをお隠しになったのだ。
漢よ、まさに漢道よ……

それからの俺はな、このスレに思わず遊びに着たりした。
意志が弱いからな。
でもなあ、俺も考えたぜ、俺がなぜドキュンのままで
いるのか、その理由をな。
そして俺は踏み出す事にしたぜ、漢道をな、だから
あまりここにも顔を出す余裕はなくなるだろうがな。
極めるぜ漢道! 極めるぜ「資本論」!
>>229
じ ゃ あ、そ の 筋 道 で 消 え た 独 占 資 本 を
見 て み た い も の だ な。

>>248
お兄さん、正気かい? 断見の道はつらいぜ。
だが敢えて言うとな、此の世の神が信じられず、
それに相対してもその悪を断ずる事が出来るも
のは既に断見の道に入ってるな。
後は死後の世界を信じない事と、人間の目的が
連続(種の存続)である事をしるものは立派な
断見論者だ。後はその人生で悟れ。
たとえばお前が彼女がいるならその彼女を大事にして、
結婚して子供が出来るようにしてやればいい。
もしも、まるでもてない毒男なら、それでも世界を
愛してみるがいい。
参考にしたいなら、みにふろって掲示板の中華板
に俺の思索と中途半端な履歴はあるが、役にはたたんだろう。
ようは自分で悟らなきゃいけないんだな。
これを観察と言う。
261考える名無しさん:03/10/27 20:15
2度とこないということはないと思うよ。以前から、数ヶ月単位で間をあける人だったし。
262Kurihara:03/10/27 22:52
>じ ゃ あ、そ の 筋 道 で 消 え た 独 占 資 本 を
見 て み た い も の だ な。

まあ、こういうことを言っているようでは、「極めるぜ「資本論」!」
などというものは、夢のまた夢でしょう。永遠にDQN厨房のままです。
263299:03/10/27 23:08
OFWって結局「計画経済」とかいってなかったっけ
>>262
ククク 「未来は全てを約束する」か?
265Kurihara:03/10/27 23:52
やれやれ。
今日は冴えてたよ、資本論読むの、自分でもマルクスの矛盾に
気がついたし。


267Kurihara:03/10/28 00:36
やれやれ。
268考える名無しさん:03/10/28 00:38


     お ま え ら 喧 嘩 す る な よ。
269CaptainTarlock:03/10/28 00:41
カテゴリ雑談は楽しくやれよ。
270Kurihara:03/10/28 00:43
やれやれ。
271CaptainTarlock:03/10/28 00:45
カテゴリ雑談は楽しくやれよ。
272Kurihara:03/10/28 00:46
  
273Kurihara:03/10/28 00:49
              
274考える名無しさん:03/10/28 05:51
Kurihara
Kurihaar
kuriahar
kuriahra
kurirhaa
kuriraha
kuriraah
kurrhaia
Kurrhaai
kurrahai
kurrahia
kurrihaa
kurriaha
kurriaah
275玉大:03/10/28 21:53

 おめーらっ。まじめに議論しろっよ!!!


276考える名無しさん:03/10/28 21:56
お前がまずやれ
277考える名無しさん:03/10/28 22:36
搾取されてない労働とはいかなる労働か?
278考える名無しさん:03/10/28 22:37
真夜中のダンディ
279考える名無しさん:03/10/28 23:14
労働は生活を維持・改善するための活動一般であるが、
原初的には自給自足に代表されるような(例えばロビンソン・クルーソー)
商品経済に入り込まないところで自己が主体となって行う労働が本来的な
労働である。
280考える名無しさん:03/10/28 23:39
くりはら・めぐみって全日本で頑張ってるよね。
281考える名無しさん:03/10/28 23:45
この場合、労働の目標を立てるのは自己であって、他者ではない。
また労働の成果(生産物など)は自己のものである。
282考える名無しさん:03/10/29 00:13
>>281 くりはらの書き込みはそうすると本来的な労働なのだろうか?
283考える名無しさん:03/10/29 00:24
生活の維持・改善に役立つならばそうかもしれません。
284Kurihara:03/10/29 00:34
僕の言う労働は確かに「本来的労働」のほうです。
マルクスに言わせれば、そういう労働以外の労働、
例えば、代表的には資本制下における抽象的人間労働、
交換価値の形成労働は、疎外された労働であるがゆえに、
かえって労働者にとって「有害だ」ということです。
285Kurihara:03/10/29 00:44
労働にだっていろいろ形態の区分があるわけです。
ロビンソンの自己目的の労働、奴隷労働、賦役労働、賃労働、
共産主義下の労働など。それらに一貫して共通なのは使用価値を
つくるという具体的有用労働だが、社会区分(奴隷制、農奴制、資本制
共産制)に応じて、それが奴隷労働か、賦役労働か、賃労働か、
共産主義下の労働か、という形態の区分が生じるということです。

マルクス的にいえば、奴隷労働、賦役労働、賃労働が有害な労働の形態
だと言えるでしょう。
286考える名無しさん:03/10/29 01:21
労働-生産活動において自己が目標を定め、どのような材料で、道具で
どう作るかと決定することは「自由」の実現だと言えます。
287考える名無しさん:03/10/29 01:37
ノーベル賞の田中さんは、かなり自由に研究ができたのでしょうが、
仕事(労働)の場において、このような自由があることを「裁量権がある」
と表現することもできます。
288OFW:03/10/29 01:59
>>136-141(くろしろさん)
 キーボードが壊れたり、Proxy規制に会ったりで、レスが遅れた・・・
>市場を経ると言う事は労働価値説だけではない価値、市場の希少性がある
>と思われるが如何?
 前にも述べたが、「財(有用物)の価値」と言う場合、<価値>には以下
 の3つの側面(種類ではない)があり、差し当たり相互に区別すべきもの。
 1.効用(使用価値)およびその否定としての稀少性(稀少価値)
 2.交換価値
 3.価値そのもの
 近代経済学の価値概念は財の直接的効用の面から始まったが、ワルラスが
 「価値とは稀少性である」とした後、さらにいわゆる限界革命において
 「価値とは限界効用である」と捉えなおすことで、より分析的になった。
 つまり、稀少性とは限界効用であり、効用の否定面(非存在面)を立てた
 ものです。同じ効用を持つ財でも、その存在量あるいは代替品の存在量に
 よりその価値は変化し、限界(正しくは限度(質量))において対立物
 (無価値)に転化する。限界効用逓減または限界代替率逓減の法則です。
289OFW:03/10/29 02:02
>>136-141(くろしろさん)(つづき)
 しかし、市場における商品売買において、効用および稀少性とは異なる
 経済的価値の本質、つまり、それが経済的と呼ばれる所以の価値規定が
 現れてくる。それが交換価値です。同じ財でも質・量により、所有者に
 とっては不必要で余分なものになるが、非所有者にとっては、それは稀少
 なものであり得、そこから交換が発生する。効用および稀少性とは価値
 の個別的で実在的な側面だが、交換価値とは価値の社会的な側面です。
 それは実在するのではなく、“他者にとっての”効用ないし稀少性として
 現象(反照)し、価値自体(本質)とその現れとに二重化されるのです。
 その場合、交換価値を単に間主観的な妥当性(相場)とみなすことはでき
 ない。稀少な自然の中に置かれた人間が生きるために、諸個人が協働して
 生産活動を営む必要(必然)が交換価値の客観性の根拠をなしている。
 ナマの自然は有用物の素材(資源)であっても、素材から有用物に変換
 する<働き>が有用物を生成し、その使用価値(効用)が形成される。
 また、労働力を“資源”と見る場合でも、他の資源は働きを受ける対象
 または手段でしかなく、経済的には「働き」とは労働を指して言います。
290OFW:03/10/29 02:02
>>136-141(くろしろさん)(つづき2)
 私的交換の交換比率(自然価格)を決めているものは何なのか?
 その設問は国民経済学の主テーマの一つであり、アダム・スミスの労働
 価値説はそれに対する一つの回答(発見)だった。実際、経済学者は
 「貨幣量が物の価値を決める」と言うが、貨幣自体の価値が変動する
 (いわゆる名目価格と実質価格の区別)以上、価値の実体は貨幣では
 なく、また個別的で直接的な効用および稀少性とは区別される以上、
 社会を物質的に存立させている関係存在を指すものであることは明らか
 です。日常的にも「経済的」とは「効率的で手間を省くもの」を指し、
 「労働力の節約こそが経済性(経済の形相的本質)」とは普遍的理解で
 あるにも拘らず、市場経済社会においては、過去労働が<価値物>と
 しての貨幣に実体化される結果として、経済は形而上学的な不可視性
 (経済とはカネの節約(稀少化)と利殖、カネこそ絶対的力の根源。)
 を帯び、その結果、価値の自己増殖としての資本の不条理な運動も正常
 視されてしまう。そこには、疎外された(譲渡され他者のモノになった)
 労働と物象化された人間関係が引き起こす転倒(逆立ち)があると。
291考える名無しさん:03/10/29 02:15
Age2ch Part10
http://pc2.2ch.net/test/read.cgi/software/1067167799/
プロバ規制があるときには、このツールを使って2chで使える
串を探すと良いよ。
鯖に負担がかかるから、本当は使わない方が良いだろうけどw、
OFWがやるのなら、まあ許されるだろうという人もいるでしょうw
(OFWさん)
>稀少な自然の中に置かれた人間が生きるために、諸個人が協働して
>生産活動を営む必要(必然)が交換価値の客観性の根拠をなしている。
>ナマの自然は有用物の素材(資源)であっても、素材から有用物に変換
>する<働き>が有用物を生成し、その使用価値(効用)が形成される。
>また、労働力を“資源”と見る場合でも、他の資源は働きを受ける対象
>または手段でしかなく、経済的には「働き」とは労働を指して言います。

復活おめでとうございます。
今回のお話の中の、限界効用が、市場の中では交換価値になると言う所
までは話がわかるのですが、それが交換比率が人間的労働似還元させる所で、
同意できないのです。それはやはり希少性であったほう良いのではないか、
と思うのです。つまり交換価値でおいてすら、希少性が全体を通しての価値
になりうると言う事は労働価値説が全体を通しての交換比率足りうる事で、
表されていると思うのです。つまり労働価値とは稀少性の労働分野における
一表現であり、またそれはその原材料に対しても表されるべきであると思う
からです。すると全ての交換価値は結局また希少性の元で比率を表すのだ、
と言う事になるのではないかと思うのです。もちろんこうした事は全て人間
の行動、つまり労働によらなければ原材料も発見されず、効用が発揮されな
い事を考えれば人間労働が全ての価値として浮上する理由もわかるのですが
私はそれに対してすら、敢えて、その原材料の存在そのものの価値が交換価
値に対してなりうる、つまり「存在」が交換価値のどこかに紛れ込むのだと、
信じているのです。私たち人間は限られた「存在」の中で「行動」して価値を
生み出しますが、労働価値説はつまりその行動に属するわけで、その「存在」
を全て言及しえません。そういった意味で、希少性といったほうが、「存在」
も「行動」も表しうるのだろうと信ずるのです。たとえば私は無垢の花が
市場に出されていて、それを買う場合に、それを栽培した労働と言うものにも
価値があるが、その花自体の「存在」にも価値があるのだ、と考えるのです。
限界概念についてもっと勉強していれば、この先ずっと議論を含められるの
ですが大学当時私は遊んでしまったので出来ません。
(続き)

私がこうも存在にこだわるのは存在が労働を決めるからです。
そして労働は存在を超える事が出来ず、その変容をなしても存在は
あくまで労働を決しており、労働の価値を含んでいると言う観点からです。
それが唯物論だろうと思うのです。そして存在にこだわれば、その価値を
交換価値に見いださないなどと言う事はありえないのだ。と言う事です。

さて資本論ですが、
第4章 貨幣の資本への転化 第2節一般的範式の諸矛盾において
マルクスの言及では元が元が100の価値を110で売ることが出来た場合、
110で買わなければならないから剰余価値は産まれない。
それが産まれるにしてもだましのうまい業者がなしうるのみ得押している
のですが、私はこれは違うと思うのです。
(誤字多くてすいません)
第4章 貨幣の資本への転化 第2節一般的範式の諸矛盾において
マルクスの言及では元が100の価値を110で売ることが出来た場合、
110で買わなければならないから剰余価値は産まれない。
それが産まれるにしてもだましのうまい業者がなしうるのみ得をしている
というのですが、私はこれは違うと思うのです。

つまりこれは製品を作るさい、販売者だけでなく自分も購買者
にならなければならない際に生じているのであって、
(これをA製造市場と呼びたいと思います)。
問屋に製品を売る際には販売者に徹していけるわけですから
110のものを120で売って製造者が10の剰余価値、
(これをB問屋市場と呼びます)。
問屋が小売店に売るときまたあがって、120のものを
130で売って10の剰余価値、
(これをC小売市場と呼びます)。
小売店は消費者に販売して130のものを140にして
10の剰余価値、
(これをD消費市場と呼びたいと思います)。
それぞれの剰余価値の根拠はこの前お話した、役割論です。
つまり暴力ではなく「市場における役割」を選択することでその役割代
を得られるのだということです。
またここで「安全」に対して税と言う形で政府に「安全」への経費が
払われます。
こう考えれば、剰余価値とはただ役割における報酬に過ぎず、
搾取と言う問題は役割における金の分け前が正しく行われないことが
問題であると言う事になります。
労働者の分け前をピンハネすることによって、また剰余価値を
増やす事は可能だからです。
また労働者が必要を超えて労働する事、ここに資本家に従ずるしかない
労働者が抱える大きな悲劇があります。
たとえ十分な分け前をもらえても自分の一生が労働に費やされてしまう。
ただし分業体制であって、労働者が何時間、どのくらい労働すればよいのか
と言う事は計測が難しく端的には表しえないでしょう。
296Kurihara:03/10/30 01:03
【限界効用逓減の法則】

「財の消費量が増加するにつれて、その限界効用が減少すること。
我々の日常の経験から知られる効用についての法則性である。例えば、
コーヒーを5杯、10杯と飲んでゆけば、初めの喜びは、単なる満足感
から、やがては苦痛に変わってゆくであろう。限界効用はついには
マイナスにさえなりうるのである。」

例えば、ダイヤを5個、10個と買ってゆけば、初めの喜びは、
単なる満足感から、やがては苦痛に変わってゆくであろう。限界
効用はついにはマイナスにさえなりうるのである。

故に、く●●ろ氏は、「だからダイヤや金は高価じゃなきゃ
いけないんだってば。貨幣の価値にも関係するものだし、
高価であることが大事なの。ブランドって奴よ。」といい、ダイヤの
限界効用の逓減に危惧して、ダイヤが高価じゃなきゃ駄目といい、
ダイヤの不当に高価な独占価格を当然のように指摘して悦に入るのである。

「ブランドって奴よ」

これが、く●●ろ経済学の全てであり、輝かしい黄金の公理なのだ。
297Kurihara:03/10/30 01:24
商品に意図的に希少性を与え、それに付加価値をつけるというインチキ
商法の顕著な例として、かつての所謂「たまごっち」を指摘することが
出来る。あれは本当は大量に生産でき、販売もできるのに、わざと流通量を
抑え、財の流通量を希少化し、入手困難なものにして「ブランド価値」を
与えるという典型的な希少性商法の実例を示したものである。

しかし、やがてはたまごっちも多く流通するようになり、多くの人が持つよう
のなると途端にその希少性は薄れ、限界効用もなくなり、かえってそれを
並んででも買い求めた行為が「恥ずかしい過去」として映りさえするだろう。

無論、「ブランドって奴よ」といい、希少性に価値を見出すこのく●●ろという厨は、
それゆえ、数々の「恥ずかしい過去」を引っさげてこのスレに現れてきたに
違いないだろう。そして、その「恥ずかしい過去」を正当化すべく希少性理論を楯に
とり、御大OFW氏に食ってかかり、さらに加えてて恥辱を積み重ねよう
とする文字通りの恥知らずDQNだと言ってよいだろう。
298考える名無しさん:03/10/30 01:26
やきもちか?>Kuri
299Kurihara:03/10/30 01:35
仄聞した限りでは、このく●●ろというDQNの母親は、
オイルショックの時に、トイレットペーパーを買いだめした口
だそうである。なんでも、石油価格の高騰でトイレ紙が品薄に
なることを懸念してそうしたそうである。

本来であるならば、トイレ紙が不足になることは、その希少性が
高まることなので、希少性フェチにとっては、それは歓迎すべき
ことであろう。にもかかわらず、氏の母親は、それを嫌い、トイレ紙
の買いだめに走ったそうである。どうやら、ダイヤのブランド化はよく
てもトイレ紙の希少化によるブランド化は嫌らしいのだ。
300Kurihara:03/10/30 01:40
>やきもちか?>Kuri

マルクスやエンゲルスの罵倒の口真似をしている
ところです。ちょうど、良いカモなんですね、この
く●●ろは。DQNぶりといい、知ったかぶりといい。
301考える名無しさん:03/10/30 01:51
>>299
気持ちは分からないでもないけど、OFWはそれほど嫌がってないと思うぞ。
302Kurihara:03/10/30 02:00
この世で最も価値あるブランドはやはり貨幣である。
それは誰でも欲しいと思うものだが、にもかかわらず、
容易には手に入らない。かといって、人々の需要に迎合
して貨幣の発行量を高めると、インフレになり、それは
紙屑になる可能性がある。故に、貨幣はなにより「希少」
でなければならないのだ!

無論、ハイパーインフレによって紙屑と化した紙幣をトイレ紙
として使用、それでケツを拭くことも可能なのだが。トイレ紙
としての貨幣の限界効用がいかほどなものか我々には想像もつかない。
さぞや、すぐれた「効用」があるのであろう!
尤もそのとき、一体紙幣でケツを拭いているのか、単なる紙で
ケツを拭いているのか、区別は出来ないであろうが。

「ブランドって奴よ」

貨幣価値の守護神く●●●氏は、ゴットハンド・グリンスパーン議長
さながらの威厳を持って、貨幣価値にかかわるとさえ言われる「ブランド」
の神々しい重要さをご宣託されたわけである!
303考える名無しさん:03/10/30 02:03
DQN自慢はやめれ
304考える名無しさん:03/10/30 02:05
>>301
漏れもそう思う。
305Kurihara:03/10/30 02:07
僕もそう思う。
306考える名無しさん:03/10/30 02:08
お前ら火に油を注ぐなw
307考える名無しさん:03/10/30 02:09
なんでこのスレは経済板じゃなく哲学板でこんな話をしてるの?
308○大図書館より高笑い:03/10/30 02:09
テメェエ〜らよぉお〜っ!!!!結局カクメーカクメーっつってよぉおっーー
トドノツマリハなあんにも出来ねえーんだろあうぐあようおっ!!!

バカやらおうおっ!!!!!だったらなあーっ、前向いて歩いていくしかねえんだらおうがよウォおっ
くをのうっ!!!すっと子どっこいがようおっ!!!!!!!


クヤシカッタラ反論してみやがれえっつんだようおっーーー!!!!!


309考える名無しさん:03/10/30 02:10
ってか柄谷忘れられてるしw
310Kurihara:03/10/30 02:10
盛り上がって参りました。
311考える名無しさん:03/10/30 02:11
確かに岩井系の「貨幣は流通してるから貨幣。起源を求める労働価値説は無意味」
っていうのは、現状追認のシニズムにしかならなくって、これを批判するOFWが
何を目指すのかっていうのは興味があるんだけど、その先は実は無くって、
だからこそOFWは厨房を教育することに飽きないのかもしれない。
これやっている間は、それをやらなくてすむから。
312春山茂雄:03/10/30 02:12
脳内革命w
313ヒキコゲンシュタイン:03/10/30 02:13
どぞー http://money.2ch.net/eco/

多摩大クン好きだ
314池田大作:03/10/30 02:15
人間革命w
315Kurihara:03/10/30 02:19
>だからこそOFWは厨房を教育することに飽きないのかもしれない。
これやっている間は、それをやらなくてすむから。

鋭い。
316ザハトホ実存主義者:03/10/30 02:39

 玉大君の実に知的な意外性こそは、粗野であるからこそ最も実存的なアンガジェに他ならない。



317Kurihara:03/10/30 02:40
プ
318考える名無しさん:03/10/30 02:41
>>315
ちょっと前まで先が見たかったから、俺もずいぶん腹立ったけどねw
ガイシュツな話題で煩わせるなと。今でもあるんなら見たいけど。
319考える名無しさん:03/10/30 02:46
ブザマナkurihara ppp
320Kurihara:03/10/30 02:52
盛り上がって参りました。
321考える名無しさん:03/10/30 02:56
オレは好きだナ 多摩 kなり
322Kurihara:03/10/30 03:10
岩井さんの貨幣論は労働価値説に対する痛烈な批判だから、
労働価値説を擁護するOFWさんが岩井批判をするのも
尤もな話だけど、労働価値説を擁護すれば事足れりという
わけでもない。むしろ、岩井さんは、金本位制が廃棄された
信用貨幣体制(管理通貨体制)においては、その信用貨幣の価値が、
金価値のようにそこに対象化された採掘労働の労働時間によって決
まっているわけではないという1980年代以降の現代資本主義の趨勢に合わ
せて、労働価値説の無効化を宣言したのが実情であって、さら
にそこからハイパーインフレ論やドル危機論を展開することで、
資本主義の単なる肯定を超えたその脆弱性の指摘まで推及した。

そういう岩井さんを批判することは相当勇気が要ることなのだが、
OFWさんはそれをやった以上、なら、岩井さんを超える資本主義
の危機論も説くべきなのだが、OFWさんの口からはその回答は
ないようだ。
23 名前: OFW 投稿日: 2000/12/29(金) 22:50

>>15(トリックスターさん)、>>21
 労働価値説とは給与(正確には賃金)が労働時間に比例していることでは
 ありません。それは、価値の本質に関する次のような認識です。
「あるモノの経済的価値とは、そのモノの必要量を再生産するために、社会
 全体の労働量をどれだけそれに振り向けたら良いかを表示している指標で
 あり、社会的な必要労働こそが価値の本体をなすものである。」
上記の認識は、次の考察を前提にしています。
1.モノの有用性(価値の直接的・質的な側面)
  あるモノが有用か無用かは人により異なるし、代替物の存在によって
   も異なる相対的な(主観的ではない)性格をもつ。いわゆる「限界効
   用説」は有用−無用が相互転化する限度を価値としている。
2.モノの稀少性
   それは価値の量的な側面であり、有用物の現存量と必要量との割合に
   応じて変化する。いわゆる「需要と供給の均衡」という事態です。
 しかし、上記1&2は価値が実在するという前提に立っているために、現
 象論でしかない。それらの現象の底にある価値本体に関する本質論として、
3.モノの社会的生産
  人間は生活に必要なモノを生産することで、必要物の稀少性を減じるこ
  とができるが、そのためには労働力を支出しなくてはならない。モノの
  価値とは稀少な労働力を、生産物のうちに対象的に見たものである。
 結局、経済とは、人間にとって必要なモノ(財)をどれだけ生産、分配、
 消費するかに関する事柄であり、限られた資源と限られた労働力を如何に
 社会的に配分するか、という事柄を巡る諸現象、諸本質のことです。
 しかし、資本主義経済では、経済とは要するに「金儲け」のことでしかな
 い。何故そうなるのか。そこにお金(貨幣)の秘密(顛倒)があるが、
 結局、労働しない「私的生産者」つまり資本家と、労働力を私物として売
 るしかない賃労働者との間の対立関係に原因があるということです。
130 名前: OFW 投稿日: 2001/01/28(日) 23:40

>>122
>それは貨幣が自分にしか根拠をもたない脆弱なものに過ぎないということ
>を逆に暴き出してしまったとも言える。
 それは少し誉め過ぎではないかな?まず岩井氏は「貨幣が自分にしか根拠
 をもたない」とは言っていない。彼は「貨幣は他者がそれを受け取るから、
 貨幣として流通する」と言っているので、要するに「人間同志の約束」が
 貨幣の根拠だと言っているに過ぎない。つまり、「貨幣の真の(客観的な)
 根拠は何か」という点には結局答えていない訳です。それは彼が予め「労
 働価値説」を否定した上で、「さて、貨幣とは…」と語り出す以上、始め
 から答えを遮断しているということです。
>岩井氏の貨幣論は貨幣からその存立根拠を理論的に奪うために 書かれた
>とも考えられる
 私には労働価値説を葬ろうとするために書かれたと見えますね。前にも書
 いたが、循環論法は貨幣にではなく、岩井氏および近代経済学の論法の方
 にあるのであり、貨幣という現実的な仮象は厳然として存在するのです。
>こう見ると案外、岩井氏の貨幣論は貨幣否定論と近接しているように思う。
 まあ、一般の貨幣論よりは踏み込んでいると言えるでしょうが、価値の
 実体に迫っていない以上、結局は無根拠な議論でしょう。
>貨幣の本源的無根拠性を暴露することで、貨幣の否定可能性への道を開い
>たという具合に。
 「貨幣の本源的無根拠性」という言葉で何を言おうとしているのでしょう?
 一般に根拠とは現存在の存立性ということですから、貨幣が存立するため
 の根拠はそれが「一般的等価物」であることですね。そして、その詳細は、
 マルクスの価値形態論が解明している。むろん、貨幣が貨幣自身の根拠で
 ある、というのはナンセンスでしかないが。
325Kurihara:03/10/30 03:45
>一般に根拠とは現存在の存立性ということですから、貨幣が存立するため
 の根拠はそれが「一般的等価物」であることですね。そして、その詳細は、
 マルクスの価値形態論が解明している。むろん、貨幣が貨幣自身の根拠で
 ある、というのはナンセンスでしかないが。

その一般的等価物が金商品ではなく、信用貨幣(輝く黄金ではなくみすぼらしい
紙切れ)である場合、どうなのか?
岩井さんは、むしろ、それで考えている。
金本位制が廃棄された1980年代以降の現代資本主義下では、余計それが
問題になるでしょう。
326考える名無しさん:03/10/30 03:50
おまいら、ピエールが久々に2chで長文書いてるみたいですよ。
327考える名無しさん:03/10/30 03:55
言葉遊びは興味ない
328考える名無しさん:03/10/31 00:33
実践による検証の環を持たない理論など、何の役にも立たないブルジョア的サロンの
お喋りに過ぎないクズ同然w。プロレタリアートの関心さえ引くことのない絵に描いた
モチでさえないw 結局、左翼的小児が安全な図書館で読書感想文を羅列して一喜一憂
している図w

329OFW:03/10/31 05:55
>>292-295(くろしろさん)
>栽培した労働と言うものにも価値がある
 繰り返しだが、価値の源泉である労働自体に価値はない。
>唯物論
 存在(正確には自然)は、その一部である人間より広く深い。
 そして、自然は必ずしも人間に優しく存在してはいない、ということ。
>製造者が10の剰余価値・・・を増やす
 剰余価値は生産時に40(140マイナス100)であり、流通業者は
 中間マージン(端片)としてそれを削り取って、自己の収入(価値では
 ない)にしているだけ。増えるのではなく、減るのです。
>計測が難しく端的には表しえない
 社会主義的原則は、すべての労働は平等であり、たとえば、トイレ掃除
 とダンスの労働時間は等しい、というものです。
330OFW:03/10/31 05:57
>>311>何を目指すのか
 当然ながら、階級の廃絶(無階級社会の実現)。
>>322(Kuriharaさん)
>信用貨幣体制(管理通貨体制)
 信用貨幣はその発行者(国家と国家連合)を信用する限り維持可能ですが、
 それらはブルジョアのものであり、信用できるとは言い難い。
>一般的等価物が金商品ではなく、信用貨幣・・・である場合
 貨幣と信用が異なるのは、現金と債権が異なるのと同様。
 たとえば、増え続ける国債残高を日銀券の印刷により帳消しにすることは、
 ジョン・ロー以来の古臭い手口であり、胴元がイカサマをするカジノと
 いうべきもの。子や孫の未来(自由)まで質入れして胴元に貢ぐことは、
 カジノ資本主義者(例:某知事)以外にはお勧めできない。
 「ご利用は計画(経済)的にね。」
>kurihara氏
>全てがブランドと言うくろしろ経済学の本質
これは違います。私がダイヤや金の話をしたり、希少性にこだわるので
稀少そのものに問題性を持ったようですが、私の話すのは稀少「性」
つまり全てのものに当てはまるもので、そこらの石ころでも何でもい
いんです。私は労働価値説が原材料に対して価値を見ないところが
おかしく見えたので、全てのものに当てはまるスケールを今のところ
それにしている、と、いうわけです。
風邪引いちまった、具合悪い。
OFWさん)
>製造者が10の剰余価値・・・を増やす
>剰余価値は生産時に40(140マイナス100)であり、流通業者は
>中間マージン(端片)としてそれを削り取って、自己の収入(価値では

いやそれは違います、生産時にはゼロで問屋に卸すときに10入るんです。
後は製造者は関知しません。
製造者、流通業者、問屋、流通業者、小売店独立して剰余価値を得ます。
市場のあるところ剰余価値が存在するわけです。

流通コストを忘れていたのでそれを書き加えると
製品を作るさい、販売者だけでなく自分も購買者
にならなければならない際に生じているのであって、
(これをA製造市場と呼びたいと思います)。
ここでは剰余価値がゼロ。
これが問屋に流通されますこのときのマージンが10です。
(これがB流通市場と呼びます)
ここではおっしゃるとおりマイナスになります。
しかしそれを取り戻そうと
問屋に製品を売る際には販売者に徹していけるわけですから
110のもので130で売って20もうけますが流通マージンが
10ですから製造者が10の剰余価値、
(これをC問屋市場と呼びます)

小売店に売るときまた流通コストがかかります
(D流通市場とよびます)
10マージンがかかって商品は120になります。
それが小売店に140で売り、流通マージンを差し引いて
10の剰余価値となります。
小売店はまた商品をチェーン店に移動しますが、その流通価格は
必要経費に含められているので計上しなくても良く
150で消費者に売って、10の剰余価値を得ます。
(これをE消費市場と呼びたいと思います)。
それぞれの剰余価値の根拠はこの前お話した、役割論です。
つまり暴力ではなく「市場における役割」を選択することでその役割代
を得られるのだということです。
またここで「安全」に対して税と言う形で政府に「安全」への経費が
払われます。

(続き)
>栽培した労働と言うものにも価値がある
>繰り返しだが、価値の源泉である労働自体に価値はない。

社会的総労働のどの部分を割り当てるかと言う話でしたね。
しかしそれでも「物自体」の価値を無視していることには変わりはなく
私はそこに疑問を持つのです。

>唯物論
>存在(正確には自然)は、その一部である人間より広く深い。
>そして、自然は必ずしも人間に優しく存在してはいない、ということ。

ゆえにそれ自体を忘れた価値観は存在すべきではない。

>計測が難しく端的には表しえない
>社会主義的原則は、すべての労働は平等であり、たとえば、トイレ掃除
>とダンスの労働時間は等しい、というものです。

時間で全て計測しえるものでしょうか?



(続き)
あと>>323
3.モノの社会的生産
  人間は生活に必要なモノを生産することで、必要物の稀少性を減じるこ
  とができるが、そのためには労働力を支出しなくてはならない。モノの
  価値とは稀少な労働力を、生産物のうちに対象的に見たものである。

ここで労働価値説の本質的議論として語られてますが、要するにそれは
希少性を労働に見たものです。つまり希少性は労働の前提の価値として
考えられているわけで、ならば私が労働力だけでなく原材料に、その
希少性を発見してもなんら問題ないわけでは?
あ、労働じゃなくて労働力ですね、失礼。
338Kurihara:03/10/31 23:22
どうやら「ブランドって奴よ」に続く、くろしろ経済学の黄金の公理
第二弾がでた模様だ。

「私の話すのは稀少「性」つまり全てのものに当てはまるもので、
そこらの石ころでも何でもいいんです。私は労働価値説が原材料
に対して価値を見ないところがおかしく見えたので、全てのもの
に当てはまるスケールを今のところそれにしている、と、いうわけ
です。」

そこらの石ころにも希少性があり、それ故、価値(交換価値?使用価値?)
がある。嗚呼、なんという価値論だろうか!

そこらの石ころを独占し、流通量を抑制することで、希少性を持たせる
ことは可能だろう。そうして、いまや、独占され希少化された「そこらの
石ころ」は輝く黄金なみの「価値」を持つ事になったのだ!

しかし、独占価格を貼り付けられた希少で高価な「そこらの石ころ」をいったい
誰が高い対価を支払って「買う」というのか?

「そこらの石ころも希少である」

これがくろしろ経済学の全てであり、黄金の公理第二弾なのだ!
339考える名無しさん:03/10/31 23:29
>>331

>私は労働価値説が原材料に対して価値を見ないところがおかしく見えたので

価値という言葉の定義づけにズレがあるから議論が噛み合わないのでは?
人間対人間の生産諸関係の問題と、
人間対自然の代謝関係を分けないと混線しますよ。

>>336
需要と供給のバランスが崩れれば「価格」が変動するのは当たり前の話だから、
需要と供給の均衡点にあるもの同士のモノの価値を比較してみましょう。
とりあえず、ボールペンとアイスクリームは、
それぞれ別の用途に使われるのに、どうして、同じ100円という「価格」なのか?
ということから考えた方がよいです。
「価格」と「価値」の違いは捨象しておいて。
340考える名無しさん:03/11/01 00:13
ここで言われている価値は「市場での平均的な価格」のことじゃないの?
一物一価などもそう考えないと成り立たないのだし。
341Kurihara:03/11/01 00:29
製造者、流通業者、問屋、流通業者、小売店独立などの複雑な分業体制を
流通費削減の目的で圧縮していく過程もまた資本主義なんですけどね。

だから、何度も言うように、資本主義という過程は、まさにその
発展を通じて自分自身を揚棄していく過程だということです。
>「そこらの石ころも希少である」

>これがくろしろ経済学の全てであり、黄金の公理第二弾なのだ!

「そこらの石ころも希少性である」
に変更しておいてください。
石も商品になりますよ。
kuriharaさんの頭叩けそうじゃないですか?

343Kurihara:03/11/01 00:34
>石も商品になりますよ。

だれが「そこらの石ころ」を買うか?
だから、DQNだと言われるのです。
344Kurihara:03/11/01 00:37
「そこらの石ころ」はまさにそこらじゅうに転がっている
のだからタダで拾えばいいのであり、わざわざカネ出して
買う馬鹿は、くろしろ氏のようなDQNくらいだということですね。
345くろしろ@マルクス中学1年 ◆AcNr2wNPmQ :03/11/01 00:42
>>339
>とりあえず、ボールペンとアイスクリームは、
>それぞれ別の用途に使われるのに、どうして、同じ100円という「価格」なのか?
>ということから考えた方がよいです。

つまりは交換価値という話ですよね。それをOFWさんは労働価値
つまり社会的総労働の配分の稀少さにありと言うんですが、
私は社会的的総労働だけでなくその原材料の存在の稀少さも
あるのではといいたいのです
そこらの石ころが無い家の中で襲撃犯に
「これ防犯用に買うか?」
と言われればいいんじゃないですか?
kuriharaさん。
347Kurihara:03/11/01 00:46
>そこらの石ころが無い家の中で襲撃犯に
「これ防犯用に買うか?」
と言われればいいんじゃないですか?

石を防犯用に使う奇特な人は、あなたのような原始人なみの
知能しかもたないDQNくらいでしょう。いまは石器時代ですか?
kurihara氏はゲバルトには疎いようで
>>347
彼らは楽しんでいるんですよ。
あなたはDQNだろうと、そうでなかろうと
買わざるを得ないんです。
350Kurihara:03/11/01 00:51
>kurihara氏はゲバルトには疎いようで

石をゲバルトに使うのは、あいにく石器時代の終焉で卒業しました。
どうやら、あなたはまだ石器時代にいるようですがね。
351Kurihara:03/11/01 00:52
>買わざるを得ないんです。

あたま、大丈夫ですか?
352考える名無しさん:03/11/01 00:52
原材料の入手が容易ならば、入手のための労働は少なくて済みます。
>>350
石は使えますよ。石器時代にいようといまいと、
その効果はかわりません。もっとも石器時代には石を
加工してましたがね。
kurihara氏はゲバルトには疎いようで。
>>351
わからないならわからないなりに死ぬだけですよ。
要するに彼ら(襲撃犯)は丸腰の人間を殺すのは面白くないんです。
355Kurihara:03/11/01 00:58
>その効果はかわりません

効果は変わらないが、ゲバルトのためなら金属バットのほうが
よほど「効果」があります。
>>366
ほう、投石の効果はご存じない?
357Kurihara:03/11/01 01:01
偉大なる商人くろしろ氏は、明日から「そこらの石ころ」
を売る商売をするそうです。さぞや「儲かる」でしょう。
商売相手は、セキュリティーに不安があるひとなのだそうです。

石で襲撃犯を撃退することが最も発展した防犯装置なのだそうです。
>>356
ほう、投石の効果はご存じない?


359339:03/11/01 01:02
>>353
石がゲバルトに有効なのは事実ですけど、
議論が脱線してますね。
360考える名無しさん:03/11/01 01:02
原材料の希少性とは入手困難、つまり入手のために多くの労働が必要であることを
意味します。
361Kurihara:03/11/01 01:04
>ほう、投石の効果はご存じない?

ほう、ピストルの銃弾の効果はご存じない?
>>357
稀少を希少性と直させた意味がわからないようですね。w
363Kurihara:03/11/01 01:06
偉大なる商人くろしろ氏は、防犯用に拳銃が普及しているあの
アメリカで「防犯用・そこらの石ころ」という商品を売りに歩く
そうです。さぞや儲かることでしょう。
>>361
と襲撃犯は言うわけですよ。さようなら。
365通りすがり:03/11/01 01:08
>>360
それとは、まったく逆に、ほとんど偶然にある発見が起こるばあいがあります。
その場合、少ない労働で多くの希少性を手に入れた事になりますね。
366Kurihara:03/11/01 01:11
くろしろゲバルト理論の黄金の公理は以下になります。

「そこらの石ころはゲバルトに最も効果がある」

このすぐれた理論に基づいて、犯罪大国アメリカの治安維持に
「防犯用・そこらの石ころ」を普及させたいというのが、偉大なる
商人くろしろ氏の画期的なセキュリティー商法なわけです。
367通りすがり:03/11/01 01:12
コロンブスがアメリカを「発見」した例はどうでしょうか?
もっとも、コロンブスの航海を、少ない労働とは言えないかも
知れませんが。
私がkarihara氏を見て言うせりフはひとつですよ。

死人は黙ってな。
369Kurihara:03/11/01 01:15
私がくろしろ氏を見て言うせりフはひとつですよ。

DQNは黙ってな。
しかし稀少厨はなぜ希少性を稀少に持ち上げるんですかな?
パン屋の娘を仲間由紀恵にするみたいに。
(パン屋の娘は巨乳)
371Kurihara:03/11/01 01:21
364 名前:くろしろ@マルクス中学1年 ◆AcNr2wNPmQ :03/11/01 01:06
>>361
と襲撃犯は言うわけですよ。さようなら。
つまり、私が希少性をもちだしたのは、稀少なものも、
稀少でないものも同じくはかれる便利なものさしだと
言う事なのですが、厨にはわからんらしい。厨には。
373考える名無しさん:03/11/01 01:23
偶然にダイヤを拾う可能性は誰にでもあります。
が、落ちているのを探すとなると大変でしょう。
価値論は平均的なところで考えられているわけだと思いますが。
374Kurihara:03/11/01 01:25
はいはい、さっさと「そこらの石ころ」商品を売り歩いて下さい。

「石は商品になりますよ」

これがくろしろ経済学、黄金の公理第三弾なんだから。
kurihara氏が某DQNに朝方ミソつけられた事は俺は良く覚えてるぞ。
なら氏はDQN以下か。
世界の宗教の始まりは一神教とかいってたな。
376Kurihara:03/11/01 01:27
はいはい、さっさと「そこらの石ころ」商品を売り歩いて下さい。

「石は商品になりますよ」

これがくろしろ経済学、黄金の公理第三弾なんだから。
377Kurihara:03/11/01 01:29
ohyohyohyo
>>374
行っとくけど、なるよ。ならないのはあんたの
想像力が貧困だからだ。儲かるか儲からないかは別として。
379通りすがり:03/11/01 01:29
いくら多くの労働力を投入した商品でも、売れないものは売れない
訳です。その場合、その商品の「価値」とは何なのでしょう?
380Kurihara:03/11/01 01:31
>儲かるか儲からないかは別として。

儲かるかどうかを考えていないなら、単なる馬鹿なDQN商人
というだけだろう。
381Kurihara:03/11/01 01:33
くろしろ経済学第四の黄金公理。

「儲かるかどうかは度外視してよい」
382339:03/11/01 01:35
>>373
そのとおりですよ。
くだらない比喩を言えば、
「宝くじを買えば3億円もらえる」
「宝くじを買っても必ず外れる」
どちらも虚偽であって、
「宝くじを買えば購入金額の約50%が還元される」
が正しい。
383考える名無しさん:03/11/01 01:36
陶工は沢山の焼き物を焼きますが多くは壊されてしまいます。
それぞれに投入した労働力はほとんど同じでしょう。
商品(あるいは作品)として残ったものに価値が集約しているわけです。
>>380
俺は商人になったつもりはない、
だがの、儲かる方法がないでもない。
ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
タレントとかでもいいな。
サイン石だよといって、他の奴が名前書いたのがばれなきゃ
うはうは。
>>381
俺はこのこのスレの活動で、商業的価値意外の価値
つまり断見教的なものも付随すべきだと考える。


385Kurihara:03/11/01 01:41
>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
タレントとかでもいいな。

くろしろ経済学の最大公理は「霊感商法」だったわけです。
くろしろ経済学第一の黄金公理。

「くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
 だって教祖だから」

くろしろ経済学第二の黄金公理。
「交換価値の元には希少性を持ってすえる」

388Kurihara:03/11/01 01:45
はい、おわり。
くろしろ経済学第三の黄金公理。

「希少性と稀少のさがわからないやつはDQN。
 だからkuriharaはDQN」
390通りすがり:03/11/01 01:46
383は私へのレスでしょうか。商品として残ったものに価値が集約されて
いるにしても、その商品がまったく売れなかった場合、それでもその商品には
価値があったのだ、といえるのでしょうか?
391考える名無しさん:03/11/01 01:46
そういうのが物神性でしょう
やーいもうDQN決定だ。
これからはkurihara・DQNといってやる。
393考える名無しさん:03/11/01 01:48
383は379に対してです。
歩留まりということです。
394Kurihara:03/11/01 01:49
>「くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
 だって教祖だから」

これはDQNを越して、もはやキチガイですね。
黙れDQN。断見教祖だからそれでいいのだ。
396393:03/11/01 01:52
>>390
多くの本が売れずに回収され裁断されます。
この場合裁断された本には商品価値が無かったのかもしれません。
397Kurihara:03/11/01 01:53
>断見教祖だからそれでいいのだ。

キ  チ  ガ  イ
うーん、醜い争いの他で非常に興味深い話が進行しているな。
399Kurihara:03/11/01 01:55

キ  チ  ガ  イ
>>397
黙れDQN。基地街は事実だからそれもよいのだ。
は。DQNに正論で対抗しても押されるだけ、しまった。
402Kurihara:03/11/01 01:58
>基地街は事実だからそれもよいのだ。

事実はそれのみではない。キチガイ+DQNがくろしろだろう。
仕方がない最後の手段だ。寝るか、馬鹿の相手しちゃいられないしな。
明日は精神科だしい。
>>402
そしてお前はkurihara・DQNということだ。おやしみ。
405通りすがり:03/11/01 02:03
>>393
では、労働価値説はどういう事になってしまうのでしょうか?
その商品に費やされた労働量の多寡にかかわらず、売れるか
売れないかという1点に価値の成立不成立がかかっているとすれば。
406通りすがり:03/11/01 02:04
私もそろそろ落ちます・・。
407393:03/11/01 02:09
>>405
命がけの飛躍というのが売れる売れないということでしょうが、
一方でまた、個別性は捨象して、社会的抽象的とか平均というふうに考えないと
理論はなりたたないでしょう。
408通りすがり:03/11/01 02:10
そんな理論は卓上の空論と思う・・・。
409393:03/11/01 02:19
今、白黒テレビを作っても多分売れないと思いますが、ここに費やされた
労働は無に帰するでしょう。
410339:03/11/01 02:20
>>405
それはマルクス主義者が批判するところの「投下労働価値説」では?
411393:03/11/01 02:23
企業経営者はそんなバカなことはしないという(勿論ヒット商品もあれば
不採算なものもあるでしょうが)前提で考えられているのではないですか?
412考える名無しさん:03/11/01 02:25
>>410
そう。393みたいなことはOFWはいわない。
413通りすがり:03/11/01 02:27
そんな例はあまり意味がないのではないでしょうか?
それより、ある会社が社運を賭けて、ある新製品を製造、販売したと。
しかし、目論見ははずれてその新製品はまったく大衆受けせずに
ほとんど売れなかったと。その場合、非常に多くの労働力をつぎこんだ
にもかかわらず、価値をうみだすことができなかった訳です。
こういう場合、労働価値説という理論は意味を持つといえるのだろうか?
414通りすがり:03/11/01 02:30
投下労働価値説というものとマルクスのそれは別物ですか?
415考える名無しさん:03/11/01 02:30
> ┃301 ■ OFW ■ ■02/05/19 20:16■
> ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
> >>297
> >スポーツ選手とかはどうなるんだろう?
>  近年日本のプロ野球でも労働組合(選手会)ができて、オーナーとの間
>  で団体交渉をするようになったが、芸術・芸能・スポーツ業界も企業化
>  (資本主義化)され、自営(自由業)が少なくなってきた。球団に所属
>  する(雇用契約)か、フリーで競技会の賞金稼ぎをするか(業務請負契
>  約?)によって、スポーツ選手の位置づけも異なるでしょうね。
> >あと、名のある職人の労働と無名の労働者の労働は、時間や労力が一緒
> >でも値段が違ったりするのはなぜ?
>  値段(労賃)とは労働力商品の価格(価値の貨幣表現)であり、価値の
>  源泉である労働自体に価値はないのです(これポイント)。個別労賃は
>  市場の競争原理にまかされているから、<労働力の質>(熟練、知識、
>  スキル等)によって、わずかながらでも差異を生むでしょう。一方、価
>  値とは一定の社会での平均的な熟練度そして強度において、ある商品の
>  (再)生産に必要な社会的平均的な労働時間、を言います。結局、労働
>  力商品の価値とは要は労働者の再生産、つまり平均的な生活に必要な生
>  活財の価値に還元されます。
416考える名無しさん:03/11/01 02:31
岩井スレを読んだといってたが、くろしろも全然読めてない(これは岩井スレじゃないけど)
417393:03/11/01 02:32
>>413
当たり外れもひっくるめて抽象的とか平均と言ったわけですが・・・
418Kurihara:03/11/01 02:39
マルクスがいう労働価値説では、社会的必要労働時間が、
商品価値を規定するということですね。だから、社会的必要労働時間
の条件を満たしていないような労働は商品価値を形成せず、そういう
商品はそもそも市場に淘汰されるということですね。

何でもかんでも作れば売れるというのは、マルクスが批判したセー
の法則です。その際、作った以上そこに労働が対象化され、それゆえ
商品価値が内在していると強弁しても無駄です。社会的必要労働時間
でない限り、それは商品価値を形成しないからです。そして商品価値が
ないようなクズ商品は、たとえ売り出したとしても、どのみち必要の
ない商品なので誰も買わず、市場から淘汰されるのがオチでしょう。
419考える名無しさん:03/11/01 02:40
>>413
労働価値説ってのは、事後的に価値の実体をでっち上げるためのもので
だからこそ、搾取も可能になるって考えるんじゃなかった?

「人間がその生産物を相互に価値として関係させるのは、これらの事物が
彼らにとって同種的な人間労働の、単に物的な外皮であると考えられるか
らではない。逆である。彼らは、その各種の生産物を、相互に交換において
価値として等しいと置くことによって、その違った労働を、相互に人間的労働
として等しいと置くのである。彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこの
ことをなすのである。」
420考える名無しさん:03/11/01 02:40
http://school.2ch.net/test/read.cgi/shihou/1065832518/l50
ここ(・∀・)イイ!
すごい勉強になる。
逝ったら書くといいよ。
421考える名無しさん:03/11/01 02:42
>>418
最初からそう書くか、OFWの書き込みをコピペすりゃ、無駄なことせずにすんだのに。
422393:03/11/01 02:48
社会的必要労働時間という表現がミソってこともあるでしょう?
423339:03/11/01 02:52
>>414
「生産に際して体化された労働時間ではなく現在必要とされる労働時間が価値の規定者である」
とマルクスは言ってます。
実際に投下された労働が対象に凝固されるという発想は物象化的錯視そのもの。
424考える名無しさん:03/11/01 02:54
もうこの話題は良いんじゃない?
マルクスどこか、過去ログさえも読まない奴が、
その怠惰と無知故にマルクスに噛みつく様を見ると、泣けてくるわ。
425通りすがり:03/11/01 03:00
私が言いたい事が良く理解されていないように感じるのですが。
たとえば、かってビデオの規格には、ベータとVHSのふたつが
存在していました。このうち生き残ったのは後者のほうですが、
この両方とも「社会的必要労働時間を満たした労働」によって生産
されたものではないでしょうか? にもかかわらず、一方だけが
価値を公認されたのです。
426考える名無しさん:03/11/01 03:03
必要とされなかったから淘汰されたのだw
427393:03/11/01 03:04
私は425さんの言ってる意味は分かってるつもりで、当たり外れといったのです。
VHSが勝ったのは長時間録画のほうが市場の要求に合っていたということで
画質より優先されたということでしょう。
428考える名無しさん:03/11/01 03:05
>>425
だから〜、実際に労働してる現場の話してるわけじゃないのよ。
商品が売り買いされる市場での価値の話してるの。
(労働市場とか労働力商品とかはとりあえずここでは省いて考えてね)
429考える名無しさん:03/11/01 03:07
「労働価値説」っていう、語感に引っ張られてるよね。
次スレからはテンプレに入れると良いと思う。
430393:03/11/01 03:12
命がけの飛躍でベータはこけたわけですよ。
それより
社会的必要総生産をいいたいですね。
その稀少さが交換価値になると。
社会で交換されるものは社会的必要総労働時間ではなく
社会的必要労働生産になるでしょうな。
そこでなら労働も原材料のも稀少さが見れる。
433通りすがり:03/11/01 03:50
価値を決定する要因は、購買者の側にあると思う。
商品の価格を決定する要因のうちの大きなものがそれを製造する
のに必要だった労働時間なのだろう。しかし商品の価値は商品の価格
と別な次元に存在するという気がしてならない。
交換価値は要するに社会的必要総生産物の稀少さです。
価格は現象、
受容はまた社会必要総生産物に蓄積され生産される。
交換価値は要するに社会的必要総生産物の稀少さです。
価格は現象、
受容はまた社会必要総生産物に蓄積され生産される。


交換価値は要するに社会的必要総生産物の稀少さです。
価格は現象、
需要はまた社会必要総生産物に蓄積され生産される。

労働価値説を越え稀少説、役割説の勝利を!残業税を導入しよう!

438脱力:03/11/01 11:52
もう100回過去ログを読み直せ。
それともネタか?
だからですね。kurihara・DQN氏とのお猿合戦でわけわからなくなりましたが、
>>336とその参考の>>を見ていただければ、私の立場はわかると思いますよ。
つまりですねOFWさんは社会的総必要労働と言う所から労働力の配分、または
その希少性について話すのですが、私は労働価値説がベースになっている
社会的総必要労働は、決して社会的総生産物を現していないと思ってるん
ですよ。端的に言うと原材料が抜けてると。だから社会的総生産物と、その
配分、または稀少さが交換価値になるのではと言いたいのです。
あとkurihara・DQN氏は今気づきましたが、デビアスやロスチャイルド
の事を教えてやったのが気に入らなかったんですね。常識以前の問題
を知らなかった自分が情けないと。
だから、ブランド、ブランドとうるさかった。w
正直言うと深夜のお猿合戦は嫌いじゃないんですが、
このスレでは、OFWさんを初めとして面白い議論を発する方も多いので、
資本論を読む傍ら、それを楽しみたいんです。
だからお猿合戦にはなるべく付き合いませんから、あしからず。
まあ、マギーさんの意味ではなく、無知と言う意味でのDQNと言うのは
正解ですし、基地外なのも確かですのでそれを連呼するなら勝手にどうぞ。
でも面白い議論をしない限りkurihara・DQNのままですから。
それともkurihara・de・QNの方がいいですか?
>>416
岩井スレに関しては申し訳ありませんね。途中で終わってたんです。
何か読めって言うんでしたら、資本論のここを読めって言って欲しいです。
442考える名無しさん:03/11/01 15:25
>あるモノの経済的価値とは、「そのモノの必要量を再生産するために」、<社会
全体の労働量を>"どれだけそれに振り向けたら良いかを表示している指標"
別にダイヤモンド採掘にエメラルドやサファイアより労働時間を必要としない、
ということとは矛盾しないと思うが。
社会におけるダイヤの必要量が大きいって事だろ。
443Kurihara:03/11/01 15:28
はいはい、晒しあげ。
>>442
まずですね。その、「そのモノの必要量を再生産するために」、<社会
全体の労働量を>ってところがぼくとしては疑問なんですよ。
原材料はどうなるのかと言う。
マルクスは剰余価値との兼ね合いからそう規定せざるを得ないん
でしょうけど、そこら辺はまだ資本論を読んでません。
ただいまのレベルで、剰余価値については、ぼくはまた違う見解を持
ってるんですよ。不払い賃金でなく、役割論という。
それについては>>116>>117>>333>>334
ダイヤの市場の異常さについては>>227の貼り付けを見てください。
445Kurihara:03/11/01 15:40
晒しあげ
446Kurihara:03/11/01 15:44
くろしろキチガイ経済学の最大公理

「そこらの石ころに商品価値を付与するためには霊感商法が
不可欠である。」

>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
447考える名無しさん:03/11/01 15:46
Kriharaはネバーランドに逝ったんじゃないの?
>>333>>334
はちょっとわかりづらいので、その原型となった
流通を除いてるので正しくありませんが、
>>294
をお読みください
449Kurihara:03/11/01 15:48
>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
450Kurihara:03/11/01 15:54
くろしろ経済学においては、

>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、

が最大の公理なので、「ブランドって奴よ」以下は、そこから演繹
された定理といっていいでしょう。そこらの石ころは霊感商法という
媒介過程を経由することで、「一個千円一万円」という不法に高額な
「ブランド価値」をもつわけです。
451考える名無しさん:03/11/01 15:57
昔、缶詰に石ころを詰めたものを食品の缶詰と偽り、輸出して儲けた
商人がいたそうだけど。商売における信用の問題ってのは、どんな風に
考えてんのかな、皆さん。
452Kurihara:03/11/01 16:04
>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、

というくろしろキチガイ経済学の最大公理にはそれを正当化する要請
があって、それが

>くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
>だって教祖だから

という個人崇拝の要請です。つまり、くろしろという教祖の売る
商品であるならば、一個千円一万円という詐欺的価格を付与しても
許されるという算段ですね。無論、くろしろ教の信者は、それが
不当な価格であると感じていても、教祖には逆らえないので、それを
しぶしぶ買うわけです。まさに「霊感商法」というものであり、
くろしろキチガイ経済学は、その正当化理論なわけです。
453考える名無しさん:03/11/01 16:08
>あるモノの経済的価値とは、「そのモノの必要量を再生産するために」、<社会
全体の労働量を>"どれだけそれに振り向けたら良いかを表示している指標"
これ、買い手が「この商品にはこれだけの価値がある」と決めること自体は
否定してないでしょ。特別凄いことでも、変な事言ってるわけでもない。
454Kurihara:03/11/01 16:19
>くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
>だって教祖だから

これがくろしろキチガイ宗教経済学の全てであり、その誕生の秘密
なのだ!
455Kurihara:03/11/01 16:27
くろしろキチガイ宗教経済学の推論過程の解明

(1)くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
だって教祖だから(個人崇拝の要請)

(2)ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円。(最大公理)

(3)ブランドって奴よ。(定理)

(4)そこらの石も商品になりますよ。(帰結)

無論、その顛末は、霊感商法による商法違反(詐欺)で、
くろしろインチキ教祖逮捕でしょう。

456 :03/11/01 16:43
くろしろの説は
「労度価値説ではダイヤモンドの原石それ自体の価値を説明できない。」
というもので委員ですか?
457 :03/11/01 16:44
×労度価値 ○労働価値
458 :03/11/01 16:46
思うにマルクスの価値論は基本的で原始的な価値論なのだからそれなりに誤りを含んでいるのも自然で、希少価値説がマルクス価値説を修正しているのならそれでいいのでは?

459Kurihara:03/11/01 16:49
一見もっともらしく見えるくろしろ希少価値説の「秘密」
がこれでしょう。

【くろしろキチガイ宗教経済学の推論過程の解明】

(1)くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
だって教祖だから(個人崇拝の要請)

(2)ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円。(最大公理)

(3)ブランドって奴よ。(定理)

(4)そこらの石も商品になりますよ。(帰結)

無論、その顛末は、霊感商法による商法違反(詐欺)で、
くろしろインチキ教祖逮捕でしょう。
その程度かプ
461Kurihara:03/11/01 17:02
>これは違います。私がダイヤや金の話をしたり、希少性にこだわるので
稀少そのものに問題性を持ったようですが、私の話すのは稀少「性」
つまり全てのものに当てはまるもので、そこらの石ころでも何でもい
いんです。(>>331

希少性が全てのもに妥当するということの例解のために、インチキ教祖は、
「そこらの石ころ」を持ち出したわけだが、それが「商品価値」を持ちうるという
説明の段になると、途端に、インチキ教祖は「霊感商法」を持ち出す。

>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円(>>384

だから、そこらの石ころが希少性であり、それゆえ、商品であるという
のいうのは単にインチキで、霊感商法という媒介がなければ、そこらの石ころは
商品にはなりえず、辛うじてそうなった場合、遡行的に、そこらの石ころも
希少性(その実態は、霊のこもった珍しい石という詐欺)を持つと捏造され、
それが事後的に仮象として見出されるというのが実態でしょう。
違うなあ、儲かる儲からないの話をしたからだ。
別に儲からなくても良いなら霊感商法は必要ない。
(あ、サルループへ)
やめやめ
464Kurihara:03/11/01 17:08
くろしろキチガイ宗教経済学の推論過程の解明

(1)くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
だって教祖だから(個人崇拝の要請)

(2)ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円。(最大公理)

(3)ブランドって奴よ。(定理)

(4)そこらの石も商品になりますよ。(帰結)

無論、その顛末は、霊感商法による商法違反(詐欺)で、
くろしろインチキ教祖逮捕でしょう。
465Kurihara:03/11/01 17:12
>儲からなくても良いなら霊感商法は必要ない

ははぁ、霊感商法を使わなければ、「そこらの石ころ」は
売れる商品(商品価値)にはならないと認めたわけだな。

だから、そこらの石ころにはそもそも希少性(商品価値)
はないと認めたわけだ。
466Kurihara:03/11/01 17:14
「そこらの石ころ=希少性」説は、どうやら、崩壊したようです。
プ
タレントグッツにしてもいいし、商法上反しないような
霊感商法をやればいいじゃないか。w
469Kurihara:03/11/01 17:21
くろしろキチガイ宗教経済学の推論過程の解明

(1)くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
だって教祖だから(個人崇拝の要請)

(2)ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円。(最大公理)

(3)ブランドって奴よ。(定理)

(4)そこらの石も商品になりますよ。(帰結)

無論、その顛末は、霊感商法による商法違反(詐欺)で、
くろしろインチキ教祖逮捕でしょう。
470考える名無しさん:03/11/01 17:22
相変わらずくろしろはアフォだな
471考える名無しさん:03/11/01 17:23
Kuriもこのスレでやるのは止めてくれよ
どの道、商法にのっとった商売だけを問題とするようでは
資本主義の解明にはならない。
ふん、自作が
474考える名無しさん:03/11/01 17:24
何の話をしてるんだね。
475Kurihara:03/11/01 17:26
くろしろキチガイ宗教経済学の推論過程の解明

(1)くろしろはくろしろ師と呼ばなければならない、
だって教祖だから(個人崇拝の要請)

(2)ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円。(最大公理)

(3)ブランドって奴よ。(定理)

(4)そこらの石も商品になりますよ。(帰結)

無論、その顛末はA霊感商法による商法違反(詐欺)で、
くろしろインチキ教祖逮捕でしょう。

詐欺罪で逮捕されたくろしろ容疑者のコメント。

「どの道、商法にのっとった商売だけを問題とするようでは
資本主義の解明にはならない。 」
kurihara・DQN
偽公理製作の裏側

1 ダイヤモンドの希少性で恥をかく。

2 ひそかに反撃の機会を願う。

3 相手が弱点になりそうな事を言ったら見逃さない。

4 くり返し捏造し整理する事で、それを擦りかえらせる。

5 話の本論とは別のところで結論付け、繰り返す。

6 内容は何も無くなり、お疲れムードガ漂う。
俺よりすごくは無いがね
478Kurihara:03/11/01 17:31
>これは違います。私がダイヤや金の話をしたり、希少性にこだわるので
稀少そのものに問題性を持ったようですが、私の話すのは稀少「性」
つまり全てのものに当てはまるもので、そこらの石ころでも何でもい
いんです。(>>331

希少性が全てのものに妥当するということの例解のために、インチキ教祖は、
「そこらの石ころ」を持ち出したわけだが、それが「商品価値」を持ちうるという
説明の段になると、途端に、インチキ教祖は「霊感商法」を持ち出す。

>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円(>>384

だから、そこらの石ころが希少性であり、それゆえ、商品であるという
のいうのは単にインチキで、霊感商法という媒介がなければ、そこらの石ころは
商品にはなりえず、辛うじてそうなった場合、遡行的に、そこらの石ころも
希少性(その実態は、霊のこもった珍しい石という詐欺)を持つと捏造され、
それが事後的に仮象として見出されるというのが実態でしょう。
さてやめやめ
480Kurihara:03/11/01 17:33
>儲からなくても良いなら霊感商法は必要ない

ははぁ、霊感商法を使わなければ、「そこらの石ころ」は
売れる商品(商品価値)にはならないと認めたわけだな。

だから、そこらの石ころにはそもそも希少性(商品価値)
はないと認めたわけだ。そこらの石ころが希少性を持つ
ためにはかえって「霊感商法」が必要だったわけだ。

これがくろしろインチキ希少価値説の全ての秘密だ。
481考える名無しさん:03/11/01 17:38
328 :考える名無しさん :03/10/31 00:33
実践による検証の環を持たない理論など、何の役にも立たないブルジョア的サロンの
お喋りに過ぎないクズ同然w。プロレタリアートの関心さえ引くことのない絵に描いた
モチでさえないw 結局、左翼的小児が安全な図書館で読書感想文を羅列して一喜一憂
している図w


これ以下になりつつあるアフォ二人w>kuri くろ

482Kurihara:03/11/01 17:38
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
>>478
と思ったが
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
詐欺にならない霊感商法も有るが、
それはどう説明するの?
お守りの紙はただの紙切れ? じゃあ何で訴えられないの?
紙プラス情報プラスそれを作る労働力ガ商品になった一例じゃないか?
そこらの石も同じようにすれば商売になるさ。
違法じゃなく。
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
485Kurihara:03/11/01 17:42
>そこらの石も同じようにすれば商売になるさ。

そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
そこらの石ころの希少性=霊のこもった珍しい石という詐欺商法
486考える名無しさん:03/11/01 17:42

 もう、手が付けられません。

所詮霊感商法くらいしか追い詰めるネタ無いもんね。
だが、詐欺にならずに売られている霊感グッツは?
所詮霊感商法くらいしか追い詰めるネタ無いもんね。
だが、詐欺にならずに売られている霊感グッツは?
所詮霊感商法くらいしか追い詰めるネタ無いもんね。
だが、詐欺にならずに売られている霊感グッツは?
所詮霊感商法くらいしか追い詰めるネタ無いもんね。
だが、詐欺にならずに売られている霊感グッツは?
所詮霊感商法くらいしか追い詰めるネタ無いもんね。
だが、詐欺にならずに売られている霊感グッツは?
所詮霊感商法くらいしか追い詰めるネタ無いもんね。
だが、詐欺にならずに売られている霊感グッツは?
さて、やめやめ、楽しいんだけどね。実は。
489Kurihara:03/11/01 17:45
>儲からなくても良いなら霊感商法は必要ない

ははぁ、霊感商法を使わなければ、「そこらの石ころ」は
売れる商品(商品価値)にはならないと認めたわけだな。

だから、そこらの石ころにはそもそも希少性(商品価値)
はないと認めたわけだ。そこらの石ころが希少性を持つ
ためにはかえって「霊感商法」が必要だったわけだ。

これがくろしろインチキ希少価値説の全ての秘密だ。
490Kurihara:03/11/01 17:48
「そこらの石ころ=希少性」説は、どうやら、崩壊したようです。
>>489
希少性は有るよ。それが商品として社会的総生産の一部となる時、
やはり原材料の石自体の希少性も認めなければならない。
無限には作れないんだから。

ところで

なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?
なぜ、タレントグッツの方は無視するのかな?

自分で悪徳霊感商法しか思いつかないから?
492Kurihara:03/11/01 17:53
ははぁ、霊感商法を使わなければ、「ただの紙切れ」は
「お守り」として売れる商品(商品価値)にはならないと
認めたわけだな。

だから、そこらの「ただの紙切れ」にはそもそも希少性(商品価値)
はないと認めたわけだ。そこらの「ただの紙切れ」が希少性を持つ
ためにはかえって「霊感商法」が必要だったわけだ。

これがくろしろインチキ希少価値説の全ての秘密だ。
493Kurihara:03/11/01 17:57
ははぁ、タレント商法を使わなければ、「ただの紙切れ」は
「タレントサイン入りお守り」として売れる商品(商品価値)
にはならないと認めたわけだな。

だから、そこらの「ただの紙切れ」にはそもそも希少性(商品価値)
はないと認めたわけだ。そこらの「ただの紙切れ」が希少性を持つ
ためにはかえって「タレント商法」が必要だったわけだ。

これがくろしろインチキ希少価値説の全ての秘密だ。
494考える名無しさん:03/11/01 17:58
はいはい、もうわかったから駄々は止めようねぇ  >クリちゃんクロちゃん
495読み直してみろ:03/11/01 18:02
> ┃428 ■ 考える名無しさん ■ sage ■03/11/01 03:05■
> ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
> >>425
> だから〜、実際に労働してる現場の話してるわけじゃないのよ。
> 商品が売り買いされる市場での価値の話してるの。
> (労働市場とか労働力商品とかはとりあえずここでは省いて考えてね)
496Kurihara:03/11/01 18:02
悪徳霊感商法の見本↓

>ひとつは宗教、ここの石は他の石と違うよい
>と言えばあら不思議、ただの石が一個千円一万円、
497考える名無しさん:03/11/01 18:05
労働価値説の対象について、間違った認識を持ってる奴が噛みついてるだけ
だから、この議論は無効。
498考える名無しさん:03/11/01 18:07
労働価値説の対象について間違った認識を持ってる奴=くろしろ
もちろん商品にならなきゃ交換価値は生じないから、
価値は無いよ。ただ商品になるときは様々な加工を施し
たりするだろうが、その課程で、ただの石ころ自体も
原材料として希少性を持つ事になる。
素でも商品になる可能性はあるよ、アメリカに
持っていって日本の石ですとか言えば売れるかもしれん。
この際、気をつけたいのが、何の価値も無いものに、
価値付けするのは労働だから労働が全ての価値だ
と短絡しない事だ。労働には原材料が必要だから、
その原材料が無ければいくら労働を注いでもその
価値は無い。社会的必要生産になった時点で、
何の役にも立たない原材料も価値を持ちうると
いうことだ。


500考える名無しさん:03/11/01 18:16
> 「人間がその生産物を相互に価値として関係させるのは、これらの事物が
> 彼らにとって同種的な人間労働の、単に物的な外皮であると考えられるか
> らではない。逆である。彼らは、その各種の生産物を、相互に交換において
> 価値として等しいと置くことによって、その違った労働を、相互に人間的労働
> として等しいと置くのである。彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこの
> ことをなすのである。」
わかりやすく言えば、そこらの川の石にはとりあえず価値が無い。
そこでテレビ番組で「何とか川を救おう!」とかいって、
ジャニーズのだれそれがその川の石に、サインして、川の掃除代
を稼ごうとする。するとその石は社会的必要生産物の一部になって
サイン石の材料になる。もちろんそれを商品化するのは、人間の
労働が必要だが、人間の労働だけでは材料は作れない。
その川の石はサイン石のための材料として希少性を持ち始める
ことになる。ここが労働価値説では抜けている。わかる?
502Kurihara:03/11/01 18:21
>そこらの川の石にはとりあえず価値が無い。

はいはい、だから、価値がないから希少性も初めははないんでしょ。
「人間がその生産物を相互に価値として関係させるのは、これらの事物が
彼らにとって同種的な人間労働と材料の、単に物的な外皮であると考えられるか
らではない。逆である。彼らは、その各種の生産物を、相互に交換において
価値として等しいと置くことによって、その違った労働を、相互に人間的労働
と材料として等しいと置くのである。彼らはこのことを知らない。しかし、
彼らはこのことをなすのである。」


>>502
商品としては、無い。だが商品として人が見つめ、
それが実際になされるときそこから希少性は起こるのである。
505Kurihara:03/11/01 18:30
OFWさんも繰り返し強調していることだが、労働自体には価値はない
というのがマルクスのテーゼだ。だから「価値付けするのは労働だから
労働が全ての価値だ」だなどという妄言はそもそもマルクスとは無縁だ。

まあ、そこら辺は読書しましょ。退避、退避と。
しかし2チャンネルも役には立つな。
何か鋭くなった感じだ。
507Kurihara:03/11/01 18:35
>まあ、そこら辺は読書しましょ。

あなた、まじで「資本論」全三巻読んでからこのスレに
来なさい。本当に馬鹿すぎる。
508考える名無しさん:03/11/01 18:37
>>506-507
この流れに、ワロタ
509Kurihara:03/11/01 18:41
労働価値説という用語だが、これは後世の人の命名で、
マルクスは単に「価値法則」といっただけだ。

労働価値説というと、あたかも労働=価値のように聞こえるが、
言ったように、マルクスは「労働自体は価値ではない」と言っている
のだ。
さあ、そこら辺は道楽、道楽と♪
511Kurihara:03/11/01 18:44
あなた、まじで「資本論」全三巻読んでからこのスレに
来なさい。本当に馬鹿すぎる。
512Kurihara:03/11/01 18:47
やれやれ。
513Kurihara:03/11/01 18:57
>繰り返しだが、価値の源泉である労働自体に価値はない。

OFWさんは>>329でこう述べているが、にもかかわらず、このDQN厨房は、
懲りずに>>449で「この際、気をつけたいのが、何の価値も無いものに、
価値付けするのは労働だから労働が全ての価値だと短絡しない事だ。」などと
調子こいて知ったかぶりをしているわけだ。

これじゃあ、OFWさんも大変でしょう。何度も同じことを繰り返し啓蒙
しなければならないのだから。
>>513
社会総労働時間のうちの労働が価値が無いと言うのか?
515Kurihara:03/11/01 19:11
>社会総労働時間のうちの労働が価値が無いと言うのか?

あなた、まじで「資本論」全三巻読んでからこのスレに
来なさい。本当に馬鹿すぎる。
516Kurihara:03/11/01 19:15
「労働が全ての価値だと短絡しない事だ」とさっき警告した同じヤツが、
今度は舌の根も乾かないうちに、「社会総労働時間のうちの労働が価値が
無いと言うのか? 」などというのだから、驚きですね。真性のDQN
でしょう、これは。
だから反証せーよ。DQNの言う事をまにうけるほうがDQN。
あんたはそう言う振る舞いをしてきたんだから。
518考える名無しさん:03/11/01 19:21
「資本論」全三巻読む労働が価値が無い。
519Kurihara:03/11/01 19:24
>だから反証せーよ。

ははは・・・。
自己論駁になっているのが、分からない?
まあ、DQNに何を言っても無駄だってことをいいながら
何か聞いてもしょうがないな。・・はっ
521Kurihara:03/11/01 19:30
自己論駁による自爆で、終了ということですね。
522考える名無しさん:03/11/01 19:33
まるで自演のように見事な掛け合いだなw
523Kurihara:03/11/01 19:37
自爆死亡者一名でました:くろしろ@マルクス中学1年 ◆AcNr2wNPmQ

死亡時刻は、03/11/01 19:08。

以下、彼のカキコは死人のカキコと見做してください。
524474:03/11/01 19:42
おいおいまだやってたのかyo!!
でもそれはkuriharaがkurihara・DQNで有ることを
証明した爆死であった。


つまり爆死するにはくろしろが言うkuriharaがDQNで有ることが真
でなければならない。
つーかこんな所遊んでるから駄目なんだYo
528考える名無しさん:03/11/01 20:06
なんかさ〜、マジデ
    低レベル
なんだけど・・・

 二人ともいくつですか?まじで知りたいわ・・・
(OFWさん)
マルクスは労働は価値で無いとする。
では丸く素敵な意味で価値とは何ですか?
>>514では私の立場と言うより、マルクスの立場から、
価値とは社会的必要労働のなかからでた労働が価値なのだ。
と思ったのですが違うのでしょうか?
そしてそれは資本論のどこら辺に書いてあるのでしょうか?

書き直します、丸く素敵なというのもいいですが。

(OFWさんに質問)
マルクスは労働は価値で無いとする。
ではマルクス的な意味で価値とは何ですか?
>>514では私の立場と言うより、マルクスの立場から、
価値とは社会的総必要労働のなかからでた労働が価値なのだ。
と思ったのですが違うのでしょうか?
そしてそれは資本論のどこら辺に書いてあるのでしょうか?
531 :03/11/01 21:12
くろしろに分がある。
532考える名無しさん:03/11/01 21:13
>>531
石の希少性のこと?
533考える名無しさん:03/11/01 21:17
>>532
そこは「自演乙」とのツッコミを入れるべきだろw
なんつーか、労働価値というよりも、マルクス的な意味での価値が
何を指すのか分かっていないような。

> 「人間がその生産物を相互に価値として関係させるのは、これらの事物が
> 彼らにとって同種的な人間労働の、単に物的な外皮であると考えられるか
> らではない。逆である。彼らは、その各種の生産物を、相互に交換において
> 価値として等しいと置くことによって、その違った労働を、相互に人間的労働
> として等しいと置くのである。彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこの
> ことをなすのである。」
534考える名無しさん:03/11/01 21:24
>>533
可能性としては「路傍の石」にも希少性は考えられるんだけど?
535 :03/11/01 21:26
状況に応じて都合よく聖書解釈する宗教者と同じだな、マルキストっちうのはw
536考える名無しさん:03/11/01 21:28
都合が命だ
537考える名無しさん:03/11/01 21:31
>>535
仕方ないさ。
マルクスが本当にどう考えてたかなんて誰もわからんし。
時代状況を完全に再現することもできんし。
結局はその時代の有力な解釈に拠らざるを得ないだろ。
538考える名無しさん:03/11/01 21:34
だが、自分で現在を見ることはできる
539考える名無しさん:03/11/01 21:35
そもそも、噛みついている側が都合良く解釈しているから、誤解が起きるのだが。
540 :03/11/01 21:35
資本論を捨てよ 町へ出よう
541考える名無しさん:03/11/01 21:35
>>538
しかし、その目は時代によって拘束されている・・・
542考える名無しさん:03/11/01 21:37
>>539
しかし、マルクスも噛み付いてたよーな。
どっちでもいいけど。
543考える名無しさん:03/11/01 21:38
532 名前:考える名無しさん :03/11/01 21:13
>>531
石の希少性のこと?
544考える名無しさん:03/11/01 21:38
哲学書をありがたがって拝む哲学者は
他人の糞を食って何を食ったかを当てるスカトロマニアだ
何を食ったかを当てたやつが利口で偉い哲学者のケツに直接口を当てて糞を食ったことがあるやつが権威なのだ
何も糞を食わなくてもいい
同じものを食ってみたい
545 :03/11/01 21:40
―――――――――――――‐┬┘
                        |
       ____.____    | 
     |        |        |   |        
     |        | ∧_∧ |   |     
     |        |( ´∀`)つ ミ |  
     |        |/ ⊃  ノ |   |  ■←資本論
        ̄ ̄ ̄ ̄' ̄ ̄ ̄ ̄    |  
546考える名無しさん:03/11/01 21:41
それでいい
547考える名無しさん:03/11/01 21:42
>>545
もっと、捨てろよ!
548 :03/11/01 21:44
―――――――――――――‐┬┘
                        |
       ____.____    | 
     |        |        |   |        
     |        | ∧_∧ |   |  バラバラバラ〜
     |        |( ´∀`)つ ミ |  
     |        |/ ⊃  ノ |   |  ■   
        ̄ ̄ ̄ ̄' ̄ ̄ ̄ ̄    |      ■ 
                      ■      ←資本論
                        ■   

                          ■
549考える名無しさん:03/11/01 21:47
>>548
カントとかニーチェも隠してんだろ!?
550 :03/11/01 21:51
―――――――――――――‐┬┘
                        |
       ____.____    | 
     |        |        |   |        
     |___     | ∧_∧ |   |     
     |■■■|   |(;´∀`)つ ミ |  
     |■■■|   |/ ⊃  ノ |   |  ■←毛沢東語録
        ̄ ̄ ̄ ̄' ̄ ̄ ̄ ̄    |      
                        
551考える名無しさん:03/11/01 21:52
まず、カントからだな
552考える名無しさん:03/11/01 21:52
>>550
よし。もういいぞ。よくやった。
553考える名無しさん:03/11/01 21:52
孫子は捨てないのか?
554 :03/11/01 21:53
―――――――――――――‐┬┘
                        |
       ____.____    | 
     |        |        |   |        
     |___     | ∧_∧ |   |     
     |■■■|   |(;´∀`)つ ミ |  
     |■■■|   |/ ⊃■ ノ |   |  ■←わが闘争
        ̄ ̄ ̄ ̄' ̄ ̄ ̄ ̄↑孫子|      
                        
555考える名無しさん:03/11/01 21:54
>>554
はやまるな!孫子はまずいぞ!!
556考える名無しさん:03/11/01 21:54
お前も捨てたらどうだ
557Kurihara:03/11/02 00:36
「労働自体に価値はない」というテーゼは、「資本論」第一巻
第一篇第一章第三節のなかにすぐに出てくる。
558Kurihara:03/11/02 00:47
「リンネルの価値をなしている労働の独自な性格を表現するだけでは、
十分ではない。流動形態にある人間の労働は、すなわち人間労働は、
価値を形成するが、しかし、価値ではない。それは凝固状態において、
対象的形態において、価値になるのである。」

「マルクスにとって価値とはなにか?」と問うことほどの愚問はない。
マルクスは価値が対象的(物象的)形態をとるブルジョア社会を揚棄
することが目的だからであり、単純に言って、商品価値を廃棄することが
彼の目的だったからだ。
559考える名無しさん:03/11/02 00:48
―――――――――――――‐┬┘
                        |
       ____.____    | 
     |        |        |   |        
     |        | ∧_∧ |   |  バラバラバラ〜
     |        |( ´∀`)つ ミ |  
     |        |/ ⊃  ノ |   |  ■   
        ̄ ̄ ̄ ̄' ̄ ̄ ̄ ̄    |      ■←一歩前進、二歩後退
                      ■      
                        ■←なにをなすべきか   

                          ■

あ、これはkurihara師じゃないですか?
私も過去レスにハケーンしましたよ。

 労働自体に価値はなく(何故ならそれは価値の源泉だから)、その定在
 (労働の対象化)に価値がある。労働力とは潜在的な労働であり未来の
 労働ですが、貨幣はそれを過去のものとして蓄えることができる一般的
 等価物。そこから、予め決定された未来として、カネの支配が始まる。

つまり労働力として資本家に買われるが、労働力と自分は不可分、
ゆえに権力関係が生じる。そこから価値が生じる。
そんなところでしょうか


561考える名無しさん:03/11/02 00:56
>>560
>ゆえに権力関係が生じる。そこから価値が生じる。

ここの論理展開の詳解プリーズ
562Kurihara:03/11/02 00:57
だいたい、商品価値(所謂「価値」だ)を形成する労働は、抽象的
人間労働と呼ばれるものであって、使用価値を形成する具体的有用労働から
截然と区別しなければならない。マルクスはこのような労働のブルジョア
社会における二重性の指摘を、スミスやリカードから自分の仕事を
区別する重要なメルクマールに挙げていたほどだ。そこにマルクスの
古典派経済学(スミス、リカード)批判の重要な論点がある。
563Kurihara:03/11/02 01:04
労働をすればその生産物は商品価値を持つなどという馬鹿げた
意見を信じているものがいるようだが、その労働はまず抽象的
人間労働として行われなければならず、さらに、社会的必要労働
の一環として自己を証示しなければ話にならない。そうでなければ
その労働は商品価値を形成するはずがない。
564419:03/11/02 01:09
「人間がその生産物を相互に価値として関係させるのは、これらの事物が
彼らにとって同種的な人間労働の、単に物的な外皮であると考えられるか
らではない。逆である。彼らは、その各種の生産物を、相互に交換において
価値として等しいと置くことによって、その違った労働を、相互に人間的労働
として等しいと置くのである。彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこの
ことをなすのである。」

俺が引用したこの一節を、くろしろ氏は>>503で再引用して何か反論した気に
なったようだが、彼はこの文章の意味をきちんと把握したのかな?
565Kurihara:03/11/02 01:10
労働が他人のための使用価値を生産する限りで、それは抽象的
人間労働である。だから、自分のための使用価値を生産する労働は
抽象的人間労働ではない。それは単に具体的有用労働というだけだ。

だから、孤島のロビンソンは、自分のための使用価値を生産する労働
しかしていないので、それは商品価値を決して形成しない。当たり前
のことだ。
>>561
ここだけの話にしてくださいよ。
つまりですね。労働力を私たちは資本家に売ってるんです。
労働力ってのは労働じゃ無くって、私たちの生存費プラス
労働に使う力になるもの、まあ工場づとめなら、常に働け
るだけの体を養う力とでも言えばいいんですかね。
で、この労働力って切り離せますかね。私たちの生活から。
無理でしょ。おら、工場やめたーって言っても、ホームレス
になるだけですよね。つまり自由に資本家に労働力を売って
いるようでも、自由を握られているんです。
ここが権力関係の産まれる所で、相手の言いように
働かされるんですわ、自由を握られてるから。
なもの、おらやらねーってなわけには行かないんです。
そこから剰余価値が産まれるんだってのがマルクスさん
の言う所なんですわ。私も今日読んだんですがね。
間違ってるかもしれないですか墓のそこに持って
いってください。
567419:03/11/02 01:20
>>566
きみがなぜくりはらに噛み付いてるのか、分からなくなってきた。
>>564
ここだけの話にしてくださいよ。
つまり物神性の話ですよね。でもそれはお互いが無意識的に
了解するものですよね、じゃあ、何でそれが人間労働だけなんだ?
ってのが、私の考えです。私は原材料がたとえ労働によって
原料と呼ばれても、それは存在として物の希少性をのこすんだ
と思うんですよ。だから人間労働と「材料」と加えさせてもらっ
たんですよ。無意識的だから多分気気付かないんでしょうけど、
システムとしては回っちゃうんだと思うんですよ。
569Kurihara:03/11/02 01:22
「労働価値説」の正式な名称は「抽象的人間労働物象化価値説」
でなければならない。
>>562
いやおみそれしました。kurihara師と呼ばせてもらいます。
>>567
噛み付かれたからですよ。
572考える名無しさん:03/11/02 01:27
>>570-571
なんか支離滅裂だなw
>>567
ああ、ただ私は「役割論者」でも有るわけで、
融合が難しいんです。
>>572
いや、一貫してますよ。私はマルクス読者としての
kurihara師には一目置いてるんです。
この手の話で長々やられたらかなわんでしょう。
デモ噛み付かれたときはたいしたこと言ってない
厨房モードなんでしたんでね。
そう言う風にお相手した方がいいのかなあと。
575419:03/11/02 01:38
>>568
価値形態論の部分では労働価値説で通すけど、生産過程の分析のところでは
機械設備や原料(不変資本)の価値の商品価値への移転って議論ちゃんとしてるよ。
資本論は、等価交換で生産し、物を売りながらも剰余価値が生じるのはどうしてかっ
て議論でしょ。

576Kurihara:03/11/02 01:44
「もしも鉱山がもっと豊かだったならば、それだけ同じ労働量
がより多くのダイヤモンドに表されただろうし、それだけダイヤモンド
の価値は下がったであろう。もしほんのわずかの労働で石炭を
ダイヤモンドに変えることに成功するならば、ダイヤモンドの価値は
レンガの価値よりも下がることがありうる。」
(「資本論」1、国民文庫、p81)
>>575
それはどうもですな。何しろ私の読書スピードでは第一巻ですら
あと2ヶ月かかる程度でして、全体象をつかめってのが非常に
つらいんですよ。だから具体的なマルクス的立場からの反論は
出来ません。あしからず。ただ「役割論者」としてなら多少は
いたしますが、明日にしましょうや。
>>576
でもダイヤモンドに関してでしたら、
広瀬隆の「赤い盾」をご一読するか
(これも問題の多い本ですが)、
デビアス関係の伝記をお読みになるよう
kurihara師にはお勧めいたします。
理論と事情のコンプレックスがまた格別かと。
579419:03/11/02 01:53
>>576
あんまりマルクスの一字一句を有難がるのはどうかと・・・
ほら、彼ってそういう冗談好きでしょ。冗談ではないかもしれないところが、
また面白いんだけどさ。。

そのダイヤモンドの例だと、我々はもうすでにダイヤモンドが象徴的な
価値物として高価である世界に住んでいるわけだから、「もっと楽に採取
できれば石っころ同然」と言われても、なかなか・・・ね・・・
580Kurihara:03/11/02 01:58
もしほんのわずかの労働で石炭をダイヤモンドに変えることに
成功し、ダイヤがレンガ以下の価値しかもたなくなったにも
かかわらず、それを市場価格の操作で高額に売りつけたらどうなるか?

その場合、市場価格と価値が大幅に乖離しているので、やがてその修正を
迫られることになる。それは価値法則の一つの貫徹様式である恐慌=
物価の暴落という現象形で示されるであろう。

無論、価値規定を無視し、市場価格だけで判断するものにはこれが
分からないだろう。しかし、現実の起こる恐慌という現象が、価値法則
を消し去ったはずの地獄から呼び戻し、その鉄の貫徹を示すことになる。
つまり、恐慌という現実で市場価格は価値からの復讐的修正を実際的に
受けるのだ。

市場価格だけで判断するものは、なにより、恐慌という動かぬ現実に
「反証」されるのである。
つまり卸がおそロシアってとこです。

582考える名無しさん:03/11/02 02:08
具体的・個別的個人である俺は、疲れていて気が進まなくとも「仕事としての役割」を
言い換えれば「抽象的人間労働」をこなさないわけにはいかないわけです。
クビになれば他の誰かがやることになるわけですが。
583考える名無しさん:03/11/02 02:13
記憶媒体は、ここ10数年でメチャクチャに安くはなったけどね。
584Kurihara:03/11/02 02:17
ダイヤといわずとも、貨幣といっても同じことだ。
恐慌とは逆だが、貨幣価値が累積的に暴落するハイ
パーインフレで、紙屑のなった貨幣は歴史上たくさ
んある。これは無論、崇高な貨幣価値が「高価で」
「不動」であると思念している者にとっては夢でも
見ているようなことだろうが、それは動かぬ事実である。

だから、ダイヤの暴落などありえないと高を括っているものは、
ドルの暴落などありえないと高を括っている能天気の向こう見ずと
同じにすぎない。
暴落で設けるやつもいまっせ。胴元が誰かって事ですよ。


586Kurihara:03/11/02 02:32
>記憶媒体は、ここ10数年でメチャクチャに安くはなったけどね。

そうですね。技術革新を梃子とする産業資本主義を考えるためには、
そういう商品をまず念頭に置く必要がある。
ぶっちゃけ
ビンラディンとかフセインとか自作じゃないんですかね?
ぐぐって一発でこれだよ
http://tanakanews.com/b1105osama.htm
589考える名無しさん:03/11/02 03:01
ttp://curoco.com/2chvote/koten/html/
ここに哲板の代表者の一人として、OFWとKuriharaの名がw
マルクススレから2人も選ばれるとは、名誉なことだな。
チンポ太郎でさえ選ばれていないのに。
他はいちご姫とひ○るw。
590考える名無しさん:03/11/02 03:41
<<だから、ダイヤの暴落などありえないと高を括っているものは、
ドルの暴落などありえないと高を括っている能天気の向こう見ずと
同じにすぎない。

まあ、今のところはそういうことは無さそうだしね。
理論上では何とでもいえるけど
591考える名無しさん:03/11/02 05:04
>>191が書く通りだな。
労働価値説の物象化を否定しようとして、別の物象化に陥っている罠。
>>591
それってぼくのことですか? だとしたら違いますよ。
役割論は今の体制をなぞっているに過ぎない。
593191=339:03/11/02 12:23
議論が進展しない感じですね。
世の中すべて「螺旋的展開」だし、それが面白いのだが。

>>592
希少性価値説を主張するなら、
「希少性がある(ない)」とは如何なる事態か?
モノの希少性は、何によって規定(決定)されるのか?
モノの希少性は、測定可能なものなのか?
くらいは、整理してお聞かせください。
>>575
さて役割論ですが、これは剰余価値というものが、市場ないしは交換
を役割どおりに、安全に行ったときに、社会的に許されるマージンだ
と言う事です。AがCに1000円送りたいとする。それをBに頼む、
ですがBはそれをもって逃げ去ることも、奪う事も出来る。
しかし、そう、しないためにAおよびCは武力で脅しをかけておく、
または第三者に頼む(「安全」への対処)、
それでも不十分なので、運び賃として50円支払う。ここでBは「役割」に
徹すれば、50円の剰余価値を得ることになる。こう考えれば、剰余価値
と言うシステムが、社会が暴力・逸脱を避けるために持った、内在的
システムであり、役割論はマルクスの論理とは違った剰余価値の論理で
ある事がわかる、と言うか体制的な意見。だが敢えてそれを見ることで、
潜在的な暴力の爆発を生む事も有るかもしれない。
>>593
希少性がある、ないは、物質的な稀少さによるもので、
モノの希少性は上記によって決定され、
その計測は暴力(権力)活動、商活動によってなされる。
つまり、権威や価格として。
ただし、この場合、物質には情報も含まれ、その多くは様々な物質の
複合体として希少性を図られる。
ただし、この場合、物質には情報も含まれ、その多くは様々な物質の
複合体として希少性を図られる。

訂正

ただし、この場合、物質には情報も含まれ、その多くは様々な物質の
複合体として希少性を計られる。

597339:03/11/02 14:12
>>595
ありがとう。
だけど、
「希少性がある、ないは、物質的な稀少さによるもので、
モノの希少性は上記によって決定され」
って、全く意味わかりません。

>>595
>運び賃として50円支払う。ここでBは「役割」に
>徹すれば、50円の剰余価値を得ることになる。
>こう考えれば、剰余価値と言うシステムが

役割論は結構ですが、
50円のお駄賃をなぜ「剰余価値」と呼ぶんですか?
しかも、「剰余価値」が「システム」になっちゃった。
マルクスのカテゴリを使って、マルクスと全然かけ離れたことを論ずるから、
訳わからなくなる。
ただし、
くろしろ氏の発想自体は非常に興味深いと思ってますよ。
まず、
>1「希少性がある(ない)」とは如何なる事態か?
>2モノの希少性は、何によって規定(決定)されるのか?

1物が少ないものほど価値を持ち、多いものほど価値を持たないと言う事である
2唯物論的に物の稀少さで決まる。この際、物には情報なども含まれる。

役割論に剰余価値をつけるのはまずいかもしれないですね、
ただ儲けがどこから来るのか? と言う意味でマルクスと
対比させながらやって行きたいわけで、マルクスの言う剰余価値
を拝借しちゃったわけですよ。しかし、論理性をもたすなら、
オリジナルな言語を作ったほうがいいかもしれないですね
役割利潤とか。
またシステムとなずけるのも剰余価値を完成させるシステムの事
をマルクスならなにか命名するでしょうから、譲与価値をシステム
と読んだ事は撤回させてください。
ただ私は役割利潤が現在われわれが生きている社会のシステム的
な抑圧からうまれたものであるという意味で、システムと言う言葉
は使いたいと思います。つまり資本主義社会とか市場経済とかいう
歴史的な暴力のシステムです。


599考える名無しさん:03/11/02 15:29
やっぱり物象化。Kuriharaがしつこく煽るわけも解るな。
600考える名無しさん:03/11/02 16:49
>>589
Kurihara氏評は異議あるな。
NAMがポシャってから、アナーキズムに限界を感じ、
OFW氏のような古典的革命主義に接近しつつあるように見える。
しかし社会的分業が大きくなれば物神性は必須、それを乗り越えた体制など
ありえませんよ。
それに物象化しているのは、その世界を捉えられていると言う事ですよ。
603OFW:03/11/02 17:32
>>499(くろしろさん)
>商品にならなきゃ交換価値は生じないから、価値は無い
 混乱の原因は「価値とは何か?」が問われている時に、価値という多義的
 な言葉を説明なしに使うことでしょう。
 再び、絵画の例をとれば、画家が「この絵には価値がある」と言う場合と、
 画商が「この絵には価値がある」という場合とでは、両者の<価値>は
 異なる対象を指しており、前者は芸術的価値(芸術的効用&作品の希少性)、
 後者は経済的な交換価値(商品価値)ですね。もし、両者が「絵には価値
 があるか否か」を議論しても、齟齬をきたすばかりでしょう。当然ながら、
 画家は「売れようが売れまいが、優れた作品には価値がある」と言い、
 画商は「値がつかない以上、価値がない」と言うでしょう。両者とも正しく、
 両者とも誤りだから、つかみ合いの喧嘩をしても解決しない。 
>労働が全ての価値だと短絡しない事だ。
 かってドイツ社会民主党が「労働はすべての富(=使用価値の豊かさ)の
 源泉である」と述べたとき、マルクスは「自然もまた富の源泉である」と
 言ってそれを批判したわけです(『ゴータ綱領批判』)。
604OFW:03/11/02 17:33
>>599>やっぱり物象化。
 そうですね。実際、「社会システム」や「関係の一次性」とは、関係性の
 実体化であり、まさに社会の物象化(モノのように外部から迫る力)です。
 ただし、マルクス物象化論を踏まえているという論者(例:宮台、廣松)
 までがそれらを肯定的に説く場合、自分の言うことを理解していないという
 尺度では、くろしろ氏の<役割利潤>と同等(等価交換可能)かと。
>>603
(OFWさん)
いやそれだけじゃないんですよ。
路傍の石と言う事は
断見教的価値、断見(生の一回性と死後の世界の無い事)、
連続(種の存続への努力)、観察(それらへの位置の自己確認)
から見ても難しく、経済的価値からみても難しく、
果たしてどのような価値観を持ったものか、という
問題でもあるわけです。

ただ路傍の石を価値と見る

なんていうとなんとなくかっこいいですが。

>自然もまた全ての価値の源泉である
源泉であると言う所がミソですね。
>>604
(横レス失礼)
>やはり物象化
ああ、そう言う意味ですね、正直言うと何が物と言っているのか、
良くわからなかったんですよ。
社会が物として、実体として見えると言うわけですね。
事実それは物であり、実体でしょう。
われわれは物であり、それを含む「われわれのコミュニケーションの総体」
=「社会」は物質であるわけです。
だから、そう見てもらえてるのなら、それは当然のことなのです。
しかし、物は仏教で言う所の「空性」を持っています。
つまり「関係性」を持っていると言う事です。
関係性を持っているものは移り変わる可能性があります。
私は社会を社会たらしめている構成要素として暴力を挙げており、
私のこの貧弱な発想メモからも、それによって移り変わる
可能性は十分読めるわけです。
607339:03/11/02 20:05
>>598
丁寧な説明ありがとうございます。
希少性云々の問題は、
>>603
の指摘どおり、噛み合わなそうですから、
「役割論」と「物象化」について引き続き持論をお聞かせください。
個人的には、
>>606
>私は社会を社会たらしめている構成要素として暴力を挙げており
の部分に興味を惹かれます。
>>607
つーかまだ発想メモ段階ですから、しばらくお待ちください。
マルクス「資本論」も読みますので。
609OFW:03/11/03 07:39
>>605‐606(くろしろさん)
>ただ路傍の石を価値と見る
 前にも少し触れたが、一般に宗教は超越性の意識と言えるでしょう。
 宗教的価値とは、現世(仮の世界)における存在者の価値を全否定する
 代わりに、来世(真の世界)におけるその完全な成就をもたらすものを
 指している。個体的存在者は欠け代えがなく、無限の価値(希少性)を
 もつことを、個体性のままで肯定するために、<死後の生>や<霊体>を
 立てるが、それが実際に存在するという不条理な信念(信仰)です。
 その点で、ブルジョア的即物精神を支える功利主義や、存在の仮象性を
 保存したまま類性を作品に定着させる芸術的価値(美)の対極にあるもの。
 「人はパンのみにて生きるにあらず。神の言葉によってもまた生きる。」
 「貧乏人には聖書の効用(使用価値)が大きいから、良く売れるな。」
 「何故、芸術は永遠の価値をもつのか?」(<マルクス最後の疑問>by柄谷)
>社会たらしめている構成要素として暴力
 「社会が自然発生的な偶然性に基づく限り、人間自身の行為は盲目的な力
  となって諸個人を襲うだろう。」(マルクス&エンゲルス、パラフレーズ)
>>609
(OFWさん)
私は断見教という特殊なネット宗教の教祖です。
教義は単純で、断見(生の一回性と死後の生の否定)
       連続(種の保存を基幹としてそのための環境を連続させていく事)
       観察(断見や連続のために自分が何を出来るか自ら考え行動するもの)
信者はいませんし、宗教板に行ってからも荒らされただけですが、教義も充実し、
少なくとも死ぬときには満足して死ねるだろうと思います。
ですが、断見教は人間主義的過ぎて、この路傍の石問題には答えかねるのです。
(しかし連続を拡大解釈すれば、その連続への環境の一端として、石もまた重要であり、
 価値を持つものと解釈できます。)
そこで、ここでは他の宗教、ユダヤ教にその答えが有るのではと思います。
ユダヤ教ではご存知の通り、嵐の神ヤハウェを存在神に変えて進行することに
成功しました。聖書を中心に存在(ヤハウェはヘブライ語のbe動詞)をあがめ、
存在に神を見るため偶像を崇拝しない彼らならば、路傍の石もまた神の姿とし
て見えるのではないでしょうか? マルクスもユダヤ人だったと聞きますが、
このような現世存在を神とする宗教は彼の史的唯物論にも影を落としたのでは
ないでしょうか?
>嵐の神ヤハウェを存在神に変えて進行することに

嵐の神ヤハウェを存在神に変えて信仰することに

じゃなきゃ困る! ので訂正。
で、みなさん、
今日は眠いから、こういう夢を見たって話をして、
ここの茶飲み話にでもしてくれればいいと思います。
細部にまでわたって作るととても面白い妄想に浸れるので、
皆さんも試してください。

時は昔、共産主義が運び理出した時代。
所はとある国際的独占資本の一族の家。

「困るな、共産主義は、このままじゃ財産全部やつらのものにされかねん」
当主はいらいらとうろつき回るのだった。 
だが次男は冷徹にそれを撥ね退ける。
「あんなもの、たいした事ありませんよ」
「だが着実に奴らは増えてきているのだぞ。うかうかしてられん」

「じゃあ革命でも起こしてやればいいじゃないですか」
「狂ったのか? わしら、みな殺されるぞ」
「ナオミ嬢を手に入れたようにやればよろしいのです」
「……なるほど、お前はワインに酔いすぎていたのではなかったのだな」
「私がやりましょうか? あのときの様に」
「いいや、わしがやろう。 お前ではまだ、若すぎて、実戦でつぶしが効かん。
こういうものはやはり顔が物を言うからな」
当主は、しかし、満足そうに言葉を続けた。
「でも、お前の成長には満足しているぞ」
「恐れ入ります」
次男はそして、ナオミ嬢を手に入れた父のやり方を思い出していた。
あの時、父は愛人としてナオミ嬢を手に入れるために、わざと、
彼女とライオネル男爵をくっつけたのだった。
ライオネルは正ににナオミの理想の男だった。
彼女はすぐにライオネルのとりこになった。
だがライオネルは彼女と結婚すると、すぐにその暴君ぶりを示しだし、
ナオミはいつしか彼を憎むまでになっていった。
そこで、現れたのがこの当主のリチャードだった。
彼は年が取りすぎているかに見えたが、それだけ包容力があった。
もちろん結婚していたが、政略結婚の上流社会ではこのような恋愛
は認められていたし、彼の妻も自由にやっていた。
そしてリチャードは驚くほどナオミの好みを知り尽くしていたのである。

父親の愛人作りを手伝わされた次男は、初めはげっそりしおながらも、
実はこれが父の最善の教育だと知ったのである。適任者の選定、懐柔、
そしてその教育、ナオミ嬢の内偵。全ては彼に任された。
失敗は許されな。かった。そのようなことが何を招くのかから良く知っ
ていた。兄や弟もこのようにまた特別な「教育」を受けていた。
男兄弟は4人いたが、みな違うように育てられていた。一人で全てを行う
のではなく、それぞれが協力し合わねばならないように特性を伸ばされて
いた。そして、当然の事だが、彼は完全に「仕事」をやり遂げた。
父は、精力的に歩き始めた。ああなると止まらないのだ。
きっと彼の頭の中では「理想の革命家のリスト、彼らの弱み、彼ら以外に
取り巻かせるブレーン、そして何十年国を成功させ、どう傾かせるか、
何人殺せばいいか」おおよそのところで正しい数字が出てきているのである。
そして、彼に目をつけられたサー・ライオネル・コミュニズムは、
立派にその歴史的使命をはたすだろう。父にはその力がある、いや、父
とその仲間というべきか、は独特の力が有る。それは独特の力で、
確かに世界を動かすだろう。
 彼は神というものを考えた。髪は確かに彼らに与えすぎていたが、
それがどういうことを意味しているのか、彼にはわかりかねていた。
眠くて誤字が多い。鬱出し脳。
617経済板住人:03/11/04 18:16
これ読んで頭を冷やせ、アホども。
http://www.hotwired.co.jp/altbiz/inaba/
618OFW:03/11/05 04:10
>>610(くろしろさん)
>現世存在を神とする宗教は彼の史的唯物論にも影を落としたのでは
 <存在>という言葉(概念)は<価値>という言葉(概念)以上に多義的
 であり、考え得るすべての対象を指すことができるから、議論も紛糾しがち
 でしょうが、唯物論では自然を本源的な存在と考え、精神的存在(宗教等)
 はその受動的ないし能動的な反映であり、それ自体では存在しないとみる。
 自然的存在を神とすることは、東洋的な自然信仰(多神論)に特徴的です
 が、すべての存在を神とする汎神論は、存在自体(実体)に向かうもので
 あり、西洋哲学ではスピノザ主義と呼ばれます。彼は、無神論者の疑いで
 ユダヤ教会から破門されたが、現世存在ではなく、<実体>という現存在
 の起源を神としたために、モノ(世俗的存在)に囚われたラビ達から異端
 扱いされた。彼らは、偶像亡き偶像崇拝者だったと言えるでしょう。
 ユダヤ教が影を落としているのは、物神崇拝に囚われたブルジョアおよび
 ブルジョア経済学者の方であり、「経済的価値の実体は労働である」との
 言明は、スピノザをも超え、「実体の真理は共同的・社会的諸主体である」
 という弁証法であり、労働者の現実的実践を根源に置く無神論の主張です。
619:03/11/05 04:13
OFW=格板w
>「経済的価値の実体は労働である」との
 言明は、
 「経済的価値の源泉は労働である」
では無いのですか
剰余価値論は労働の定在に価値を見出すのでは?
それとも実体という事に何か意味があったのか、
良く理解できませんでした。
さて、私は出張でバスに揺られて、あることに気づきました。
つまり利潤には3種類有ると、
曰く、
 1 役割利潤
 2 剰余利潤(剰余価値)
 3 企業努力利潤

マルクスは剰余価値のモデルとして、等価交換の中ですら、利潤が発生する
仕組みを描き出しました。
しかし現実の取引ではマージンなくして等価交換で物が交換される事はありま
せん。ここに役割においてマージンが発生する、役割利潤が発生します。
その源泉は暴力の抑止、市場の希少性に有ると私は考えます。
さらに、企業は原材料の価値を下げるルートを見つけたり、そう言う取引
をしたり、新しい効率的なやり方でコストを下げたりする事で、利潤
を発生させる事が出来ます。これを企業努力利潤といいます。
さて私は民間時代の事を思い出し、この事を現実的に当てはめて見れば
どうなるか? 考えてみました。
稀少は普通、役割利潤と剰余利潤によって経営されてます。
私がいた印刷会社では、大体2割が役割利潤(その業界で妥当なマージン)
でしたが、大体いつも叩かれて1割半くらいになってました。
そうすると企業はやっていくために剰余利潤に頼りがちになります。
私の居た会社でも、サーブス残業100時間超過、休日出勤ありのような、
過酷な搾取的構造で成り立ってました。これは競争が激しすぎるためと、
役割利潤が払ってもらえないため、起こる現象でした。
残業が悪であるとの認識や暴力機関もなかったでも有ります。
企業努力利潤は時々相手が印刷の事をあまり知らないために、利益率4割
でポスターを納品したことがあります。しかしこれはなかなか起こりえず、
一時的なものです。
>稀少は普通、役割利潤と剰余利潤によって経営されてます。

企業は普通、役割利潤と剰余利潤によって経営されてます。に訂正。

つまり、労働者が搾取されないためには
1十分なマージンが設定され、剰余価値によらずとも会社が経営される
 こと、剰余利潤から役割利潤へのシフトの徹底。

2残業が悪とされ、残業税(残業に一定の税をかけ残業をコスト化し、残業
 では経営がペイしない状況)を作ること。

などが必要となると思います。

この結果起きる社会的現象としては、

1 残業できないのでゆっくりした社会になる。
2 物が高価になり、労働者の賃金もそれによってあげられるため
  インフレ傾向になるか、賃金がそれほど上がらず生活が質素になる。

などがあげられると思います。でも私はこっちの方がいいです。
私はいつも買い物で安売りしている商品を見るたび、いかに労働者が搾取
されるのかを感じ、気分が悪くなります。このせかせかした社会もうんざ
りです。



さて、話は変わるのですがここで、くろしろDQN宣言を。
これは2ちゃんねるという名前は、テレビの2ちゃんねるから来ている
名前ですが、つまりそう言う名前をつけるのは、その目的はテレビに対抗
するものと考えられます。
そこでこれは日本では1・2流のメディア社会学者が大学の講義で言っていた
ことですが、テレビというものは高卒をターゲットに作られているそうです。
つまり、もともとテレビはDQN向け、それに対抗する2ちゃんねるも当然、
DQN向けのメディアなのです。だから2ちゃんねるではDQNが正しい。いや、
むしろDQNで有るべきなのです。だから私はDQNとして逝きます。自然体で
いいからラクチンです。皆様もぜひDQNになってください。
さあてDQNに資本論読もうっと。
>>618

諸主体であり(色)
諸関係である(空)

という事ですか?
(OFWさん)
しかし私はユダヤ教が、存在そのものへの畏敬という点で、
一定の役割を果たしたのだ。と思います。初めは彼らも東洋的
に自然神をあがめていた。それが存在への信仰、一神教というもの
を始めて作り出した。この種が無ければスピノザも汎神論も無かっ
たのではないかと思います。その当時の堕落したラビたちは別にして。
628OFW:03/11/07 22:13
>>620(くろしろさん)
>それとも実体という事に何か意味があったのか
 アリストテレス『形而上学』(metaphysics)の主題は「何が実体か?」
 という設問ですが、実体(substance)という概念は西洋哲学全体を貫く
 根本概念の一つであり、通常、諸存在者の根源をなす自体的存在を言い
 ます。アリストテレスは「離れてある」個体的存在者を実体としたが、
 スピノザは、実体は唯一不可分であるとして、連続量的な一者を実体と
 考えた。それは、個体の生成消滅を超えて、自己同一的に存在する無限
 (量)かつ無時間的な自然そのものを形相的に捉えたものです。つまり
 具体的な諸存在は生成の結果(様態)であるが、実体の自己産出の結果
 として捉えれば、その本来性において永遠であるということです。
 今日の関係主義的な思潮のもとでは、実体は形而上学的な仮構物として
 否定的に扱われるが、実体とは事物の歴史的な連続性の面を<現在する
 過去>として立てたものであり、事物の諸関係間の関係(総体)として
 の自己関係性を指しているわけです。
629OFW:03/11/07 22:15
>>620(くろしろさん)(つづき)
 「この生産物には価値が含まれている」という表現は、(その正体が何
 かは分からないが)その物には価値実体が内在している、と言っている
 わけですが、「経済的価値の実体は労働である」との労働価値説の主張
 は、
 1.価値の自体的存在とは(それ自体は消滅した)過去の労働において
   支出された労働エネルギー(実在的な労働量)を指している
 2.しかし、労働エネルギーとは自然的(生理学的)なものであり、
   経済的価値は生産物の中に自然的に“内在している”はずもないから、
   <価値の実体>とは真ならざる仮の(物象化された)概念である
 3.上記1と2の結論として、価値自体とは、現存する生産物において、
   表象された、当該生産物の再生産に必要な未来の(社会的かつ抽象的)
   労働であり、それを過去に支出された(個別的かつ実在的)労働に
   より評価したものである
 ということです。
630OFW:03/11/07 22:16
>>621(くろしろさん)
>諸主体であり(色)諸関係である(空)という事ですか?
 <色>とは諸現象であり、実在的な諸存在者を指す仏教用語でしょうが、
 主体は知るものそして働くものとして、社会的諸関係を担い、それらを
 動かすものです。関係主義的・機能主義的に言えば、主体とは役割存在
 であり、実体の代理人(agent)として、諸関係を再生産するもの。
 「資本家とは資本(principal)の人格化(agent)に過ぎない。」
 (マルクスにおける“プリンシプル・エージェント問題”、かな)

 <空>とは実体の無(諸実在の仮象性)を言う仏教用語でしょうが、
 仮象の全体が現象(世界)であり、遇有的な諸関係(相関)は総体として
 実体的本質の現象であり、現象ではなく、現実と呼ばれます。
 「実体とは遇有的諸関係の総体である。それは他の現象ではなく、自己
  の現象として、現実的なものである。」(ヘーゲル)
(OFWさん)
628、630は了解いたしました。
628は、私の言う所の連続に近いものでありましょう。
しかし629は以前kurihara師が労働は価値ではないと
いうマルクスのテーゼを振りかざした事が記憶に新しい所です。
出来れば資本論のどの辺でマルクスが言ったのかお教え願いた
いところです。
632OFW:03/11/08 06:04
>>631(くろしろさん)
>資本論のどの辺
 第1巻第1部第1章第1節(俗にいう労働価値論)と
 第3節(俗にいう価値形態論)の再要約です。
 前々々スレ(Part2 レス292以降)
 ttp://academy.2ch.net/philo/kako/1013/10139/1013920075.html
 前々スレ(Part3 レス104以降)
 ttp://academy.2ch.net/philo/kako/1030/10305/1030531327.html
 「労働は価値ではない」という表現自体が不正確(不明確)でしょう。
 1言葉自身 2言葉が指している対象 3言葉が表現している概念
 を明確に区別するように。
 1:「労働は価値ではない」ことは、小学1年生でも分かる。
 2:「<労働>(が指す対象)は<価値>(が指す対象)ではない」?
 3:「「労働」(という概念)は「価値」(という概念)ではない」?
 価値とは、偽りの対象と偽りの概念を示すことにおいて実に巧妙な存在
 であり、マルクスという“エクソシスト”が必要だったということです。
633Kurihara:03/11/08 07:36
「その彼(デューリング)が、労働時間の価値、つまり労働の価値を
せんさくしているのは、彼がほんものの錬金術士にもはるかに及ばない
ことを証明するものである。そこで、なんびとかの労働時間がそれ自体
として他のある人の労働時間よりも多くの価値をもつとか、労働時間
つまり労働がある価値をもっているとか主張したという罪を、マルクスに
――労働はどんな価値ももつことは「できない」ということを、またなぜ
そうかということを、はじめて説明した当のマルクスに――なすりつけて
いるデューリング氏の厚かましさを、どうかご判断ねがいたい!」

(「反デューリング論」2 p381 国民文庫)
634Kurihara:03/11/08 07:38
そこで、なんびとかの労働時間がそれ自体 として他のある人の
労働時間よりも多くの価値をもつとか、労働時間 つまり労働が
ある価値をもっているとか主張したという罪を、マルクスに
――労働はどんな価値ももつことは「できない」ということを、
またなぜ そうかということを、はじめて説明した当のマルクスに
――なすりつけて いるくろしろ氏の厚かましさを、どうか
ご判断ねがいたい!
このスレ良スレだなあ(少なくとも俺にとっては)。
資本論読んでまたレスします。まあ、資本論を読む前の
お勤めがあるんでしばらくかかりますが。
しかしkurihara師とOFWさんの話にはややずれがあるような。
kurihara師のはストレートに労働に価値が無い。
OFWさんの話は実体した価値の実体を真ではないもの
しながら、労働に価値付けをする。>>629
といいつつ、今日のノルマの残業日のとこしか
資本論を読むことが出来なそう。
残業日>労働日
639OFW:03/11/09 07:19
>>636(くろしろさん)
>価値の実体を真ではないものしながら、労働に価値付けをする。
 そうではない。>>419の引用にある<回り道>という事情を忘れずに。
 1.市場において、使用価値とは異なるあるある実体的な存在(価値自体)
   が交換価値(他者にとっての使用価値)として現われている。
 2.その価値自体の正体は労働である。
 つまり、価値自体とは労働の仮の姿(見かけ)だということであり、
 以前にも書いたが、上記の回り道は、<物自体>(byカント)と現象と
 の関係に等しい。
 「以前は、土星は枝をもつと言われていたが、ガリレオ・ガリレイにより
  それが輪であることが発見されて以来、<土星の枝>は存在しないこと
  は周知のものとなった。」(『純粋理性批判』)
 類比的に
 「以前は、商品は価値をもつと言われていたが、マルクスによりそれが
  社会的必要労働の対象化であることが発見されて以来、<価値自体>
  は存在しないことは公然の秘密となった。」(『物神崇拝批判?』)
640考える名無しさん:03/11/09 13:47
>>まあ、資本論を読む前の
お勤めがあるんでしばらくかかりますが。
くろしろさんって資本論の他にどんな本を読むんですかね?
少し興味があります
>>639(OFWさん)
という事は「労働は価値である」ではなく「労働が回り道を通して
価値を見せかけている」?
以下イェス、ノーでお答えください。
「労働は価値である」
「労働は価値を見せかける」

>>640
多数のエンタメ小説群です。現代のエンタメ小説を築き上げた
小説群だそうです。昨日、今日はアイラ・レヴィンの「ブラジ
ルから来た少年」を読みました。まあまあでした。
642考える名無しさん:03/11/09 17:07
「価値」は、この場合「交換価値」=「商品価格」=売買された<結果的な>価格、あるいは相場的な価格、でしょうか?
この文もまた、非常に興味深い。
資本論、第一部、第一篇、第一章、第三節
「だが、亜麻布の価値を構成する労働の独自の性格を表現するだけでは
、充分ではない。流動状態にある人間的労働力、すなわち、人間的労働
は価値を形成するが、しかし価値ではない。それは、凝固した状態において、
対象的形態において、価値となる」
この文の「それは、」以降を中心に読むと、ある状態においては、人間的労働は
価値をとなると読める。
第3節は長くて読むに耐えん。脳内革命の方が大衆革命という意味では、
マルクスより上であった。
ぶっちゃけ、こういうことだろう。
人間的労働とは価値ではない。
しかし、凝固した状態(これがわからん)、対象的形態というファクター
を通すと、価値になると。
645考える名無しさん:03/11/09 23:57
>644
面白かったエンタメ小説ベスト5教えて!
>>645
まだあまり読んでないが、
アイラ・レヴィン「死の接吻」「ローズマリーの赤ちゃん」
         「ブラジルから来た少年」
ジャック・ヒギンズ「鷲は舞い降りた」「鷲は飛び立った」

は面白かったよ。
647OFW:03/11/10 21:15
>>641(くろしろさん)
>「労働は価値である」
 無論NO。「○○は価値である」という日本語はないから、無意味。
 通常は、「○○には価値がある」「○○は価値をもつ」と言う。
 「体に蓄えられた労働力には使用価値があるか?」という問いなら、YES。
 それを作動させれば財(効用物)を生むという効用(使用価値)がある。
 しかし、「労働には使用価値があるか?」という問いなら、NO。
 労働力が作動している状態(労働中)の労働力つまり労働が価値を持つ
 ことは、論理的に不可能。
>「労働は価値を見せかける」
 無論NO。「価値を見せかける」という日本語はないから、無意味。
 「社会的必要労働は、市場経済社会では、交換価値という姿をとるのか?」
 という問いなら、YES。
 社会的必要労働は(楽園以外の)どのような社会にもあるが、交換価値
 とは、市場経済社会においてのみ存在する、その物象化された姿です。
648OFW:03/11/10 21:18
>>642
>「交換価値」=「商品価格」=売買された<結果的な>価格、あるいは
>相場的な価格、でしょうか?
 価格とは価値の現象形態であり、価値自体とは次元が異なる存在だから、
 イコールでは結べない。正しい言い方は、
 「商品価格とは、価値の貨幣形態(一般的等価物が確立している状態での
 経済的価値の現象形態)における、交換価値の貨幣表現である」
 ということです。またそれは、結果的か否かとは無関係です。
 ブルジョア経済学では価格は対象となるが、価値は明示的な対象としては
 出てきません。価格は価値の現象であり、価値は価格の自己同一的な本質
 だから、それでは、本質から現象を説明すべき科学としては失格でしょう。
 例:商品の名目価格と実質価格との違いはどこからくるのでしょう?
(OFWさん)
>労働力が作動している状態(労働中)の労働力つまり労働が価値を持つ
>ことは、論理的に不可能。
作動中でも、時間によって、1秒1秒価値を積み上げていくという事
は論理的に可能ではないでしょうか?

「だが、亜麻布の価値を構成する労働の独自の性格を表現するだけでは
、充分ではない。流動状態にある人間的労働力、すなわち、人間的労働
は価値を形成するが、しかし価値ではない。それは、凝固した状態において、
対象的形態において、価値となる」

この場合対象的形態とは交換価値のことでしょう。
では凝固した状態とは何なのでしょうか?




650339:03/11/10 23:46
>>649
>作動中でも、時間によって、1秒1秒価値を積み上げていくという事
>は論理的に可能ではないでしょうか?

そんな、ゼノンみたいな・・・。
横レス失礼。
総選挙で実践(笑)していて久しぶりに覗いたものだから。
651OFW:03/11/11 05:19
>>649(くろしろさん)
>1秒1秒価値を積み上げていくという事
>凝固した状態とは何なのでしょうか?
 確かに、ユダヤの金貸しが貨幣を1枚1枚と積み上げていくことなら可能
 でしょうが、労働者は、有用物という自然的・人間的な単位に凝固する
 までは、自己の労働(労働力の支出)を終了することはできないでしょう。

 「バッサニオ、君は何故トラ刈りなのだ?」
 「アントニオ、実は、時間制の床屋に行った所、2時間あたり2グラム金
  の単価だと言うから、『1グラム金だけの整髪を頼む』と注文したら、
  こうなってしまったのだ。」
 「多分、その床屋はインド人ではないのか?」
 「そのとおりだが、何故それが分かった?」
 「『ユダヤの商人はリンゴ一個の商売からでも財を成すが、インドの商人
  はその半分でいい』という寓話があるらしいから。」
652考える名無しさん:03/11/11 13:46
117 名前:くろしろ@マルクス中学1年残業税 ◆AcNr2wNPmQ :03/11/09 22:06
拝金主義者なら当然、自民党ですね。
私も入れちゃった。
だって民主が公務員人件費一割減とかぬかしやがるから。
大敗しろ民主!
わっはっはっは
マルクスと名がつけば共産党に入れるとでも思ったか?
私がマルクスを学ぶのもそれが金になるからと復讐のためだ。
民主の野郎、躍進しやがったのう、公務員人件費一割減
とか、高速道路無料化など奴らのやることには、根本性
が無い。赤字財政がこうすれば立て直るという具体的な
ヴィジョンが無い。場当たり的なだけだ。
そんな奴らに日本を任せるわけにいかんでのう。
共産党は駄目だ。私が残業税を入れ知恵してやっても
何もわからない奴らだ。そんな党に魅力は無いわ。
>>651(OFWさん)
凝固わかりました。
さらにマルクス道に精進いたします。
(OFWさん)
さて、マルクス「資本論」はかくも難しい文体で、書式で書かれなければ
いけないものだったのでしょうか? この内容なら、もっと易しく、大衆
的に書くことが出来たのではないかと思います。
大衆化されないマルクスは知識人層という新たな権力構造を産み、しかも
彼らの解釈に従って生きる大衆はその批判すら許されず、それに従うのみ。
ここにマルキシズムの没落が既に始まっており、その革命は知識人の独裁
によって、マルキシズムは封建的世襲性にすら堕ちる。
マルクスはもっと易しく書くべきではなかったのでしょうか?
656考える名無しさん:03/11/12 02:12
かつてサミュエルソンがアロウの博士論文に対して、
「アロウは経済学の論文ではなく政治学の論文を書いた」と批評したことがあります。
さらに、続けて、
「経済学者の為すべき仕事は、与えられた社会的な価値の下でそれを最大にするような
政策ないしシステムをデザインすることだ。例え、その社会的価値が独裁者のものであっても、
乞食のものであっても、私(サミュエルソン)のものであっても構わない。社会的価値を
議論するのは経済学の仕事ではなく倫理学や政治学の仕事である。」
とアロウの不可能性定理の重要性を数学者ゲーデルの不完全性命題と対比する形で絶賛しながらも、
その経済学としての価値を完全に否定しました。
657Kurihara:03/11/12 16:12
どうやら、マルクスには「賃労働と資本」「賃金・価格および利潤」
「共産党宣言」などのような平明な著作があることを知らない人が
いるようですね。
658Kurihara:03/11/12 16:23
「資本論」を金儲けのための本だと勘違いしたDQNは昔から
いたわけですが、それでもいいんですね。金儲け主義、拝金主義が、
つまり、貨幣フィティシズム(流動性選好)=蓄積欲動が結果として、
過剰生産および過少消費を呼び込み、恐慌-不況を深刻化させると
いうのが、マルクスの認識なので、「「資本論」読んで金儲け♪」
というのは、まさにマルクスの思う壺なんですから。

金欲にまみれたブルジョワが、その使命を忠実に遂行することで、
かえって墓穴を掘るというのが、マルクスの弁証法的認識なわけです。
659Kurihara:03/11/12 16:36
貨幣を沢山手に入れるためには生産規模を需要に関わりなく
拡大しなければならない(過剰生産)。売れてもいないのに
売れたことにする信用取引がそれを助ける。かといって、貨幣
を失わないためにはそれを支出してはならない(過少消費)。

つまり「多く作って少なく買う」。これがブルジョワ俗物経済学の
全てだ。過剰生産と過少消費が、彼の金欲経済学の全てをなす
わけである。
660Kurihara:03/11/12 17:02
無論、過剰生産と過少消費の不均衡累積過程の帰結は、
恐慌による爆発にほかならない。恐慌によって生産は破壊され、
商品は大幅に減価を強いられるか、もしくは、無価値になる。
その反面、貨幣価値は絶頂に達し、勝ち組ブルジョワの拝金主義
天国が訪れるのだが。

その際、生産財は大幅に減価しているのだから、ブルジョワは上昇した
貨幣価値を大いに振るい、それを買占め、景気循環の再開を準備する
だろう。こうして、資本は蘇生し、資本主義は永遠の循環を示すかの
ように映るが、それは単に次なる恐慌を、更に規模を増した恐慌を準備
するのみである。

資本主義が存在する限り、恐慌は累進的に続発し続けるが、その反面
、生産力もまた強化される。恐慌は生産力の弱い弱小資本を容赦なく淘汰
する過程であるが、それは反面では生産力の強大な大資本の支配を強める
からだ。恐慌の続発の結果、カルテル、トラスト、コンツェルンのような
独占資本が現れ、自由競争は有名無実になるわけだ。

そして、自由主義は帝国主義・国家独占資本主義の段階へ移行し、資本主義
は最高の発展段階を迎えることになる。それは無論、資本主義(帝国主義・国家独占資本主義)
死滅の前夜であるのは言うまでもない。「戦争から革命へ」のプロレタリアート
運動の発展がそこにある。

「国家が主権をふりまわす、あるいはそうできると信じえた「ノーマル」な
時代は、すでに終わっている。国家間の「自然状態」を制約する力は、かつてないほど
に強まっているのである。何らかの理念によってそうなったのではない。それは
第一次大戦、第二次大戦、冷戦において、攻撃性が未曾有の規模で露出されてきた
結果なのである。もちろん、今後にも大戦争があるかもしれない。しかし、そのこと
は、攻撃性の内面化としての「文化」をますます強めるだけである。」
(柄谷行人「トランスクリティークU」「文学界」)
661Kurihara:03/11/12 17:45
「戦争から革命へ」というと、そこにレーニンの影を
嗅ぎ付ける者が出てきて、そして必ず、レーニンなどは
もう終わったというのである。だが、レーニンの重要さは、
僕が云々するまでもなく、S・ジジェクが今後に渡り、
それを明らかにしていくだろう。

差し当たりここでは、レーニンの「国家と革命」が左翼運動
が全て敗北した時にこそ書かれたというのを想起すべきである。
>>658
資本論「で」金儲けですよkurihara師。
資本論を読んでも金儲けにはならない。
それだけでは。
それにぼく程度の弱小資本が稼いだ所で、
(まあ、成功するのか怪しいところですがw)
恐慌なんて起きっこありません。
ご心配なきよう。
663Kurihara:03/11/12 18:42
恐慌によって弱小資本がかえって淘汰されると
僕は述べたのだが。
弱小資本が稼いでも恐慌が起こらないのはその通りで、
それは単に思いあがりに過ぎない。弱小資本は恐慌の最中、
大資本の餌食になるだけだ。それが蓄積過程の法則である。
664Kurihara:03/11/12 18:55
「資本論」を金儲けのための本だと勘違いしたDQNは昔から
いたというのは本当の話で、「資本論」が日本で始めて翻訳
されたとき、それをビジネス書だと思って買った阿呆も多数
いたわけだ。しかし、「資本論」の内容たるや、ブルジョワが
金儲け(貨幣蓄積)に奔走する結果、それがかえって不可能になる
という皮肉な弁証法を説いた書なのである。シュムペーター
の言い方で言えば、「投資機会の消滅」を論じた書であると
言ってもよい。従って、「資本論」をビジネス書だと思って買った
阿呆を徹底的に裏切るないような内容をそれは持っていたわけだ。
665Kurihara:03/11/12 18:57
裏切るないような内容→裏切るような内容
666Kurihara:03/11/12 19:25
「この特別剰余価値そのものは永続しない。技術革新に成功
した企業家は、利潤の一層の増大を求めて自らの生産量の拡大に
努めるであろう。それは、市場での供給過剰をもたらし、市場価格を
低落させ始めるに違いない。その結果、古い生産方式に頼っていた
他の企業家は、市場から脱落の危険に晒され、新技術を自らも導入
しうるように積極的に「模倣活動」を行う。模倣は革新よりも容易
である。それゆえ、他の企業家による模倣が成功するにつれて、市場価格
はますます下落し、利潤幅が薄くなる。そして、新技術が完全に
普及しもはや革新性を失った暁には、利潤は市場から消滅してしまう
はずである。」(岩井克人「ヴェニスの商人の資本論」p105)

「金儲け(貨幣蓄積)に奔走する結果、それがかえって不可能になる」、
「投資機会(企業家精神)の消滅」とは以上のような事態を差す。

そのようなことがまさに資本主義の当の発展を通じて現れるという
ことを論じたのが「資本論」である。資本主義の発展をマルクス主義者が
妨害するから、利潤が消滅するのでは決してない。資本主義は自らの進歩を
通じてその動因である利潤、金儲けの梃子を次第に失うのだ。

非マルクス経済学者である岩井克人氏の以上の引用からもそれが明らかである。
つまり、利潤消滅論はマルクスの独占物なのではない。それは岩井氏以前に
ワルラスなども説いていたとこなのである。
>>663
大資本が来る前に撤退、一撃必殺、勝ち逃げですよ。kurihara師。
>>666
666おめでとうございます。
668Kurihara:03/11/12 19:38
勝ち逃げ?負け逃げ、借金地獄の間違いだろ?
さあ、どうですかな? ふふふふふ。
>>665
フロイトはお好きですか? kurihara師の潜在意識が見えましたな。
671考える名無しさん:03/11/12 19:46
>「資本論」を金儲けのための本だと勘違いしたDQN
しかし柄谷の主張はテクストの読みの多様性を前提とした
議論なんじゃないですか?そのようなDQNを否定することは
自己矛盾になりますよ
672校長が強盗:03/11/12 19:49
この事件は報道されていません。教育委員会も校長を処分しません。
 皆様の力でこの事件を広めてください。
被害者先生のサイト
 http://www.geocities.co.jp/NeverLand/8595/
 事件究明を求める署名サイト
 http://chiba_273.at.infoseek.co.jp/
   ∧_∧
  (  ^^ )< ひろめよう
673Kurihara:03/11/12 19:51
いい加減消えてくれないかな?くろしろ氏。
674Kurihara:03/11/12 19:54
>しかし柄谷の主張はテクストの読みの多様性を前提とした
議論なんじゃないですか?

多様な読みにも限度があるでしょう。その閾値を越えるとDQN読み
が胚胎するというわけです。柄谷さんの読みは少なくとも限度を超えていない
のみならず、「資本論」にコミュニズムを見るという正しい読みをしている。
675Kurihara:03/11/12 20:03
「トラクリ」の柄谷さんはことのほかマルクスに忠実ですね。
というより、柄谷さんはマルクスを誤読している連中を徹底的に
叩いている。例えば、マルクスは投下労働価値説を唱えたというのは
全くの誤解だが、柄谷さんはそういう誤読をする連中を叩いて
きたわけ。

マルクスを投下労働価値説論者として読む読みが「多様な読み」の一つ
であるなら、柄谷さんはそういう読みを徹底的に抑圧してきたはずだ。
676Kurihara:03/11/12 20:14
ケインズはマルクスがセーの法則に依拠していると
述べているが、これはとんでもない読みでしょう。
こんな「読み」が読みの多様性の名の下に許されては
ならないし、その手の読みは単に意図的な中傷にすぎない。
消えても次のDQNが来ますよ。大体革命で救う連中のほとんどがDQNですよ、
kurihara師。ならDQNの扱いになれたほうが得策ではないですかな?
678Kurihara:03/11/12 20:26
DQNは前衛知識人が救うのではない。DQNが自分で自分を
鍛え上げるべきである。

それと同様に労働者革命は前衛知識人の指導によるのではない。
OFWさんも言っているように、それは労働者自身の事業に
ほかならない。
ほお、ではDQNがどう自分を鍛え上げていくのですかな?
680Kurihara:03/11/12 20:39
それはまず「ほお、ではDQNがどう自分を鍛え上げていくの
ですかな? 」という教えてクン的軽口を叩く事を止める
ことから始めるべきである。
思い通りの回答でありますな。まあ、2ちゃんが人生の全てではない。
今日はここで消えましょう。
682Kurihara:03/11/12 20:49
永遠に消えるべきである。
683考える名無しさん:03/11/12 20:59
>2ちゃんが人生の全てではない

ガンバッ
684考える名無しさん:03/11/12 21:08
絶滅寸前のマルキストが前衛知識人?
685Kurihara:03/11/12 21:17
絶対数は少なくなりましたが、マルキストは前衛知識人でしょう。
デリダやドゥルーズやジジェクやネグリや柄谷さんはマルキスト
を自称しているが、皆前衛知識人でしょう。
686Kurihara:03/11/12 21:20
アルチュセールもそう。
687考える名無しさん:03/11/12 21:22
唯物史観とか大嘘でしょ?


688Kurihara:03/11/12 21:33
資本主義が永遠に続くという史観のほうが大嘘です。
689考える名無しさん:03/11/12 21:42
資本主義国はイデオロギー修正して生き延びてるけど。
マルキシズムが修正される事は無いんですか?(例外 中国

690339:03/11/12 22:52
「マルクス主義理論が永遠に同じ所に足ぶみしているとしたら、それはおかしなことであろう」
(ブハーリン)
691OFW:03/11/13 05:25
>>655(くろしろさん)
>知識人層という新たな権力構造
 特に近代において後進だったロシアや日本では、権威主義は学問の通弊
 であり、権力装置の一つだったのは事実でしょう。マルクス自身は近代
 的な批判精神の固まりのような思想家だったから、権威主義からは最も
 遠いところにいたはず。
>マルクスはもっと易しく書くべきではなかったのでしょうか?
 確かにそうだったかも知れないが、未踏の対象に向かいながら、大衆の
 啓蒙を同時進行させるのは、至難の業だったでしょう。対象的な困難と
 いうものがあり、平明さだけでは済まない地点もある、ということです。
 たとえば「労働者諸君、君達は搾取されている」というアジは易しいが、
 その根拠まで理解しないと、「不当に搾取したサービス残業代を支払え」
 との賃金要求になりがち。それは“正当な”搾取を肯定することです。
692OFW:03/11/13 05:29
>>656
>経済学者の為すべき仕事は、与えられた社会的な価値の下でそれを最大
>にするような政策ないしシステムをデザインすること
 それは経済官僚の仕事であり、政治的な行為でしょう。サミュエルソン
 自身が経済学と政治学、学問と政治とを混同しているし、混同せざるを
 得ない(理論と実践の弁証法)。
 『資本論』の副題は「政治経済学(political economy)批判」であり、
 マルクスの時代でも、政治学と経済学とはまだ分化していなかった。
 それを「経済学批判」という訳に変えたのは、経済学者自身でしょう。
 たとえば、鋳造貨幣や紙幣は国家が発行するが、国家とは優れて政治的
 な存在であり、何故政治的存在が経済学の中心に出てくるのか?
>その経済学としての価値を完全に否定しました。
 (再度)「価値とは何か?」が問われているときに「与えられた社会的
 な価値」「学としての価値」という言葉を自明の如く使うことは、現状
 の社会や学問のシステム(体制)の“政治的”価値を鵜呑みにすること。
 何故「ブルジョア経済学」を「経済学」にコッソリと置き換えるのかな?
693考える名無しさん:03/11/13 14:53
>>437
クロシロ精神科って・・頭でも悪いのか?
694考える名無しさん:03/11/13 15:54
>>OFW
批判的な態度だとしてもそれがまた
権威主義の一様態であることには変わりはないと思いますが。
695考える名無しさん:03/11/13 16:26
マルクス批判しているマルキストって見たこと無いが。
696柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :03/11/13 17:32
日和見はジャズが理解できない、と。メモメモ

という発言は興味深いですね。詳細を教えていただけますか
697柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :03/11/13 17:35
後、マルキシストのことでしょうか。
698考える名無しさん:03/11/13 17:47
マルキスト 3 [Marxist]

マルクス主義の信奉者。マルクス主義者。マルキシスト。


ですが、何か?
(OFWさん)
キリストは批判精神に満ちた聖者でしたが、その弟子たちはそうでなく、
次第に聖職者が権威化して言ったように、マルクスもその解釈が知識人層
にゆだねられる以上、彼らが権威化し共産主義国といった連中が、本来
の理想からかけ離れた歴史的事実を残していったかは言うまでもないで
しょう。
700 負けるなしろくろ!!:03/11/13 22:59
くろしろ頑張れ!!死んだ偶像にしがみ付き善男善女を誑かす曲学阿世の徒の欺瞞を暴いてくれ!!
 


しかし、マルクスが虚偽であったのか、その歴史的役割は何だったのかに
ついて、私は決断を下す時点には来ていません。私もプロレタリアの解放
を志すものであり、その前に自分が一番な大切で、金では買えぬものを知
った拝金主義者ではありますが、それで、自分の人生がいいかといえばそ
うはいえない。やはり自分自身も経験したプロレタリアのむごい扱いにつ
いて一矢報いたいと思うものであり、特に残業には恨みを抱くものである
といわざるをおえません。
702考える名無しさん:03/11/14 00:31
プロレタリアにもジハードみたいな言葉が必要だった。
703考える名無しさん:03/11/14 00:38
進歩とか物質的豊かさが地球人類に幸せをもたらすなんて思ってる人は
もう、それほどいないだろう。
704考える名無しさん:03/11/14 00:42
資本主義もマルクス主義も物欲進歩合理主義なんだし。
705某大学一学生:03/11/14 13:56
マルクスの現代的意義に就いて考えると、けっこう当たっていることが多いです。搾取は今でも行われていることが多い。
日本でも不況で解雇されるし、公務員の賃金もきりちじめられている。みんな古典的労働者に転落しないように苦心していると思う。
706考える名無しさん:03/11/14 15:29
マルクスの資本主義批判が現代社会でも妥当性を持つとしたら、日本社会が19世紀の古典的資本主義に回帰しようとしているからでは?
「痛みを伴う構造改革」というのはそういうことでしょ?イタイのは当たり前です。(理想的な現代国家の姿から遠のいていくわけだから)








707考える名無しさん:03/11/14 16:22
今こそマルクスを読むべきですよ。

関係ないけどどうして半数の人間は選挙に行かないんだろう。
全員が行けば社民だって勝つよ。
708┓ ◇m0yPyqc5MQ:03/11/14 17:58
>707
いいからケインズを読め
709考える名無しさん:03/11/14 18:27
民主党のマニフェストでも読んでろ
710Kurihara:03/11/14 22:18
「帝国」のネグリ&ハートは或る意味カウツキー主義者だといってよい。
711OFW:03/11/14 23:10
>>694
>批判的な態度だとしてもそれがまた権威主義の一様態
 確かに俗に「評論家は要らない!」と言われたり、「批判的批判の批判」
 (マルクス)と揶揄されたりするような外在的な批判は、事柄に対して
 超越的(権威主義的)に振舞う態度と言えるでしょう。
 しかし本来の批判(criticism)とは、対象や認識の限界を見極めるため
 の、優れて反省的・弁証法的な知的営為を言います。それは、近代的な
 精神に固有の性格であり、哲学では、デカルトやカントの独断論批判に
 で遡るもの。
712OFW:03/11/14 23:13
>>699(くろしろさん)
>マルクスもその解釈が知識人層にゆだねられる以上、
 <有機的知識人>(byグラムシ)という概念があり、それは一定の生産
 関係の中に有機的に結合されたイデオロギー的な諸階層を指しています。
 たとえば旧ソ連等の国家資本主義体制では、ノメンクラトゥーラが支配
 階級として君臨し、各国の諸“共産党”はその世界的な前衛として機能
 していた。自らの階級支配を維持する必要性が、正統性の根拠としての
 のマルクスの絶対化(教条主義)をもたらしたのであり、逆ではない。
>本来の理想からかけ離れた歴史的事実を残していった
 「旧ソ連、ポルポト、北朝鮮を見よ。あれが共産主義本来の姿だ。」と
 言う者は多いが、思想と現実との混同と言えるでしょう。
 <共産主義>といった実体的なものがあり、それが現実を主導してきた
 と考えるのは思想の実体化(モノ化)であり、唯心論的な思考ですね。
 実際、<自由主義>についても事情はまったく同じでしょう。
 「自由の祖国アメリカの振る舞いを見よ。あれが自由主義本来の姿だ。」
 との言明は、どの振る舞いを指しているかで、正反対の意味になる。
713考える名無しさん:03/11/14 23:53
(OFWさん)
>ノメンクラトゥーラが支配階級として君臨し、

私も知識階級が原因で、すぐさま、そうなったとはいいません。
ソ連が起こったのは武力革命であり、独裁体制でありました。
その体制を根本から支えるのは軍事力であり、政治力であり、
その正当化のための教条化だろうと思います。しかし、その教条化を支えた
一つは、マルクスが難解さであり、その市民教育をどうするのか? という
点が考えられて無かった点であり(いわゆるDQN教育)、「あまりにも大きす
ぎる歴史の惨状」から学ばねば、私たちはまた同じ過ちを繰り返す事になり
かねません。
彼らの体制は経典国家とでも言うべきものですが、経典が少数である事、
それを解釈するものが権力を握る事、独裁的であること、軍事的に強大で
あること、思想教育・密告により思想統制されることが問題だと思います。


>思想の実体化(モノ化)であり
実際上、思想は脳内の中のある神経細胞構成という「物」であり、
それが様々なメディア物質を通して相互理解という脳内の神経細胞
構成を取る流動的な物質であると考えます。
それが歴史に影響を及ぼしたというのは、確かに一元的原因と考え
れば唯心論ですが、事実、多元的原因で成り立っていたというのが
妥当と考えても、重要な構成要素だと考えます。それが欠けていれ
ば現実は成り立たなかった、という事が確かにいえるでしょう。
もちろん「自由主義」にもいえることですが。

715考える名無しさん:03/11/15 00:52
柄谷をここ数年読んで来たけど トランスコミニュケーション
とか交通とかいろいろ言いながら 実践では自分の周りに
子分みたいな人ばっかり置くのはなぜなんだろう?
716あちょー:03/11/15 10:33
ヒトを構成する細胞集団は最も統制がとれる政治形態を採用しているということに
異論ありますか。
717Kurihara:03/11/15 15:31
自由競争がやがて独占に帰着するように、横断的交通は
やがて独裁に帰着する。柄谷さんの独裁は、それ故、
彼の行った交通の必然的帰結だと言ってよい。
718考える名無しさん:03/11/15 16:47
それを防ぐ方法は?
彰は「率直にいって、どうして良いか判らない」
みたいなことをいってたが。
719Kurihara:03/11/15 18:10
独裁を防止するために、籤引きがあったわけだが、
余り効果はないらしい。
720Kurihara:03/11/15 21:02
「哲学的観念論が道徳的な理想、すなわち社会的な理想にたいする信仰
を中心にするものだといった迷信は、哲学のそとで、ドイツの俗物たち
のあいだで、生じたものである。こういう俗物たちは、シラーの詩のなか
に、自分が必要とするわずかばかりの哲学的教養の断片を暗誦していたといった
人間たちである。カントの無力な「定言的命令」――それが無力なのは、
不可能なことを要求し、従って何らかの現実的なものにはならないから
なのであるが――この命令を、誰よりも鋭く批判し、またシラーが仲立ち
となってつくられた、実現不可能な理想にたいする、俗物的な熱中を、
誰よりも厳しく嘲笑したのは、まさに、完全な観念論者ヘーゲルに
ほかならなかったのである(例えば「現象学」を見よ)。」

(エンゲルス「フォイエルバッハ論」)
721考える名無しさん:03/11/15 21:03
スレ値どうなったかどなたか教えてください。
722考える名無しさん:03/11/15 21:14
能面くらくら〜。
723考える名無しさん:03/11/15 23:18
NAMにおいては籤引きは大きな成果だったと考えられる。
NAM内における最大の抵抗勢力であったNが、籤引きが嫌で代表に立候補しなかったからである。
その後、彼はQにおいて独裁をつづけているということを考えてみるといいだろう。

724考える名無しさん:03/11/16 05:18
ただ眠いんだ。
725OFW:03/11/19 01:43
>>713
 ざっと眺めました。よくまとまっており、賛成できる点も多いが、特に
 マルクスについては通俗的な誤解が散見されると思われ。
>>714(くろしろさん)
>マルクスが難解
 たとえば、>>503の引用にある
「彼らは、その各種の生産物を、相互に交換において価値として等しいと
 置くことによって、その違った労働を、相互に人間的労働と材料として
 等しいと置くのである。彼らはこのことを知らない。しかし、彼らは
 このことをなすのである。」という言葉自体は難解ではないが、内容は
 高度に弁証法的であり、十分に理解しているマルクス主義者やマルクス
 経済学者を殆ど見かけない。難解というより深遠だからでしょう。
>重要な構成要素だと考えます。
 自己の思想の真の原因を知らない、ということが問題でしょう。
>>716(あちょーさん)>細胞集団は最も統制がとれる政治形態
 その場合、政治とは比喩でしょう。「共産党細胞」と言うのと同様です。
726考える名無しさん:03/11/19 04:40
OFWさんとマルクスについて語りあいたのですが
マルクスがまだよくわかっていません。
どの本を読めばいいのでしょうか?
ご指導お願いできませんか?
727S・ピカァー:03/11/19 16:35
さてと
728OFW:03/11/19 16:44
>>726
>どの本を読めばいいのでしょうか?
 差し当たりは、『賃労働と資本』(岩波文庫)
 を読んだらどうでしょうか。後は、『共産党宣言』
 『賃銀・価格及び利潤』『空想より科学へ』
 なども入門として適切でしょう。何れも岩波文庫で
 容易に入手可能です。
729考える名無しさん:03/11/20 03:35
マルクスは「欲望の体系」としての市民社会を否定したのかどうか?
資本主義は無制約な欲望を原動力としているのではないのか?
730考える名無しさん:03/11/20 03:53
マルクスの理想社会なんて・・・ない。
少年老い易し、学なりがたし、
マルクス主義衰退の時代に少年期を送ったので、
はっきり言って資本論は読む気しませんでした。
でもやっぱり労働者として考える所があると
興味深いです。ちびちび読んでいます。
732OFW:03/11/21 05:15
>>728 ども。上記はすべてネットでも読めると、補足。
>>731(くろしろさん)>マルクス主義衰退の時代に少年期を送った
 1970年代後半に「マルクス葬送」が言われて、ニューアカデミズムから
 ポストモダニズムという新思潮が書店を賑わしたのも、すでに過去の話。
 それらは知識人達の右往左往であり、労働者(リーマン)に向けた言葉
 は、現在に至るまで皆無に近い。
 日本では、校内暴力、サブカル、援助交際、引き篭りといった退行的な
 風俗が先進的に現れて少年達の絶望を育み、彼らの父親は、自らの化身
 である資本を相変わらず回転させた挙句、自らはモノとして“リストラ”
 されたり、ホームレスという“社会の屑”になったり、最後は車輪の下
 で“シュレッダ”されたりもしている。
 すべては<物象化という人間疎外>として、誰の目にも分かり易い現実
 になってきたが、その根拠(本質)については確かに難解かも知れない。
 衰退の時代とは否定的深化の時代である、とは歴史の弁証法の謂い。
733OFW:03/11/21 21:16
最近、Kurihara、結構、成長している。頑張れ!
734考える名無しさん:03/11/21 22:44
マルクスの原文について質問しれ、クリちゃん。
735Kurihara:03/11/21 23:28
質問せずとも答えが柄谷スレのほうで出ましたね。
岩波のほうが誤訳だったようです。
736Kurihara:03/11/21 23:41
岩波もエンゲルスの「ドイツ農民戦争」「自然の弁証法」
を重版するくらいなら、マルクスの「フランスの内乱」を
改訳してあらたに出したらどうですかね。というか、「ドイツ
イデオロギー」より、パリ・コミューンの経験を分析した
「フランスの内乱」のほうがマルクスの最重要著作(の一つ)
でしょうに。「ブリュメール18日」は太田出版で入手可能
ですが、「フランスの内乱」は入手困難ですよ。大月書店のも
手に入らない。僕も古本で岩波版を最近ようやく入手しましたが、
旧字体で読みにくく、しかも以上のような誤訳もある。
>>732(OFWさん)
>衰退の時代とは否定的深化の時代である、とは歴史の弁証法の謂い。

これは本当にそうでしょうね。しかしマルクス主義はそのままでは
でてきますまい。深化してでてくるでしょう。

史的唯物論について少し、もちろん正確な意味はわかりません。
世俗にはびこっている俗説しか知らない人間と言う意味で、
私の発想はドキュン的ですが、時に全てをドキュンが決するのです。
選挙なり、世論なり、しかし私の経済基盤は大卒用のそれであり、
仕事も大卒者が勤めるべき所ですし、下部構造としてはドキュン
とはいえず、そもそもこんなスレに興味を持つところがドキュン的
ではありません。サービス残業の労働局への相談がリストラを超え
たそうですが、私は今の職場ではロクにサービス残業をしたことが無く、
恵まれているといえばそうであります。
これ以上は無いかと思えてしまうところが無念な所ですが。
で、史的唯物論とは階級対立の歴史であるというテーゼですが、
これは違うと思うのです。私は日本史の方が得意なのでそれに
ついて語りますが、歴史は主に暴力をメインに語られています。
ですがその暴力は必ずしも階級対立だけではなく、階級内対立
の方がむしろ多いのではと思います。初めは皇族、貴族の勢力
争いに始まり、武士の時代も、武士対武士の争いが多いですし、
戦国時代も、下克上や、農民一揆を考えても、やはり支配階級が
、つまり武士が争っていたというのが事実だと思います。
つまりマルクスの階級対立が歴史と言うテーゼはあてにならず、
歴史の付属物でしかないと思います。
(続き)
そして物象化ですが、これは高度に分業が進んだ社会ではどこでも
起こりうる事だと思います。しかしそれを乗り越えるための、労働
条件の改善や、人権を意識した政治がそれのショックアブゾーバー
になるでしょう。
共産主義は資本主義の生産力を引きずらないと出来ない社会です。
そこでは当然無意識的に相手の事を物と見てしまうような分業体制
が行われることでしょう。無意識的に我らはそれをやるのです。
739考える名無しさん:03/11/22 02:42
で、マルクスの可能性の中心って結局なんなのよ。
過去レス読むのはつらいので、まとめてちょうだいな。
(続き)
私は考えるのですが、企業を公社化して、独立採算制で競争をやらせれば
資本家階級を撲滅し、市場も使えるとおもいます。
市場で商品を選択する事は一種の投票であり、自分の需要を最も良く
選択できる民主的な体制だと思います。何年かぶりの選挙で、
自分に役立たないような政治家を選び(選ばざるをえず)
また官僚を合わせて計画を任せては、
作ることは自分の好きな商品も買えない。非民主的な体制だと思います。
741考える名無しさん:03/11/22 02:48
>>739
OFWが昔書いてたけど、柄谷みたいに可能性の中心なんか読もうとせずに、
ただまっとうに読みさえすればいい(現状ではそれすらされていない)
ということらしい。
742考える名無しさん:03/11/22 02:54
>741

あんがと。で、煽りじゃないんだけどさ、その「まっとうに読む」
っつーことは議論されたの?
アルチュセールが主張したみたいに、読み方そのものが問われる気がする
のだけど……
743726:03/11/22 13:16
>>732
どこで読めるのでしょうか?
744339:03/11/22 13:40
>>743
横レスですが、ここで読めますよ。
http://redmole.m78.com/sosialism/tosyo.html
>>740
作ることは自分の好きな商品も買えない。非民主的な体制だと思います。

訂正

自分の好きな商品も買えない。非民主的な体制だと思います。

746Kurihara:03/11/22 16:00
ろくに読みもせずグチャグチャと不平を垂れるだけで
何かを述べたような人間が未だにこのスレにもいるのだから、
「まっとうに読む」という姿勢は大前提として全くまっとうだ。

カントは科学には精通しなければそれに関して何かを述べることを
躊躇するのに、哲学(形而上学)ときたら、それに関して何も知らずとも「大家」の
ように知ったかぶって語ることが許されている風潮があると述べたが、
それはマルクスに関しても同じだろう。マルクスをろくに読んでいないのに、
しかも論拠も引用も挙げずに「マルクスはこういった」と平然という。

エンゲルスは「社会主義理論」と称する似非理論(その一例がオイゲン・
デューリングの理論だ)が一夜にして何ダースもキノコのようにぼこぼこ
と生まれている状況を哄笑したが、今も昔も変わらないわけ。俺が俺がで、
インチキ理論やインチキ珍説を編み出し、そこらじゅうにその開祖が溢れ
ている。開祖の大バーゲンだ。
747Kurihara:03/11/22 16:28
「人の数ほど哲学はある」という俗物的気休めを斥けたのは、
学としての形而上学の建築を目論んだカントであるが、
それと同様に、「人の数ほど社会主義はある」などと言うのは
馬鹿げている。マルクスとエンゲルスは「共産党宣言」の中で
封建的社会主義、プチブル社会主義、真正社会主義、保守的社会主義
、ブルジョワ社会主義、空想的社会主義などなどそれこそ「人の数
ほどある社会主義」の数々を逐一批判して廻ったが、階級制度、賃金奴隷制
の廃絶を志向しない社会主義など社会主義ではありえない。
故に、社会主義とは、マルクス・エンゲルスの科学的社会主義しか
事実上存在していないのである。
まあ、流言蜚語が・・以下略
まあ、大体誰も革命とは何か考えてないのでしょう。
だから秘密サークルのスノビズムのような発言が出てくる。
そんなものは実際革命でどのような働きをするか考えてみれば
いいことですな。
一度目は何とか、二度目は何とか。
750Kurihara:03/11/22 22:19
実際の革命とやらがまだ起きてもいないのに、それを予期して
「どのような働きをするか」をスペキュレーションしているわけだ。
たいそう立派な唯物論なことだ。「心配性の」唯物論だ。

マルクスはそれとは逆に「ドイツ・イデオロギー」でこういっている。

「共産主義とは、われわれにとって成就されるべきなんらかの状態、
現実がそれに向けて形成されるべき何らかの理想ではない。我々は、
現状を止揚する現実の運動を共産主義と名づけている。この運動の
諸条件は、いま現にある前提から生ずる。」

無いものねだりをしてはならない。「実際の革命」など未だ存在しない。
それは現にある前提ではない。故に、「実際革命でどのような働きをするか
考えてみ」ることは、現在全くの不毛である。心配性の唯物論者は、遠い未来の
失敗ばかりを危惧して、現にある前提を見ないのである。無論、マルクスは
それとは全く逆の態度を表明しているのだ。
751Kurihara:03/11/22 22:34
未だ何も起こっていないのに、それが起きたらどうしよう、
その次はどうしようと不安に駆られあれこれと思案を巡らす
ことを思弁=スペキュレーションというが、それは目の前に
あるプリンの食べる前に、それはどんな味がするのかと永遠に
思案を巡らすことに似ている。そのような馬鹿げた思弁に対して、
エンゲルスは簡単にこう答えた。

「食ってみれば分かるだろう」

実際水泳が出来るようになるためには、兎に角水に入らなけれ
ばならない。畳の上で水泳の練習をしても無意味である。しかし、
思弁とは、畳の上で水泳の練習をするようなものなのだ。故に、
心配性の唯物論者は、永遠に畳の上で水泳の練習をしているがよい。
752考える名無しさん:03/11/22 22:57
kuriharaさん
マルクスの『資本論』を買おうと思うのですが,向坂訳で
いいでしょうか?なにかいいものがあったら教えて下さい。
753Kurihara:03/11/22 23:07
>>752
僕は大月書店から出ている国民文庫版の「資本論」を使っています。
訳が国民文庫版のほうが言いと聞いたで、国民文庫版を買いました。
ただし、国民文庫版のほうが岩波文庫版より少し割高になる。
754Kurihara:03/11/22 23:09
言いと聞いたで→良いと聞いたので
755考える名無しさん:03/11/22 23:13
「新ソ連邦」構想を示唆=プーチン政権長期化を画策か−
ロシア高官

【モスクワ22日時事】治安機関派が主導権を握るロシアの
プーチン政権が、ベラルーシの「併合」による新しい連邦国
家創設を検討しているとの観測が流れている。背景には、新
国家樹立で大統領の3選を禁じた現行憲法に代わる新憲法を
制定、プーチン大統領が2008年以降も長期政権を維持す
るとの思惑があるようだ。
 ベラルーシとの新国家構想は、現在の名目的な「ロシア・
ベラルーシ連邦」の書記を務めるボロディン元大統領府総務
局長が最近、英紙フィナンシャル・タイムズに語った。 
(時事通信)[11月22日19時1分更新]

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031122-00000821-jij-int
756752:03/11/22 23:35
>>753
レスありがとうございました。
私もそっちにしょうと思います。またなにかあったら
ご意見参考にさせて下さい。
ソ連が無かった事だといいたいのか?
マンチェスターお前は購うものが多すぎる、なら
シベリヤよお前は購うものが多すぎる。
結局その屍を乗り越えなければ成らないわれわれは、
語るべき言葉を必要とするだろう。
ちなみに、「マンチェスターお前は購うものが多すぎる」とは、
数名の連続殺人のために歌われた歌だ。
ではシベリヤでは何人死んだのか? それはさぞ哀しいメロディー
をつけることだろう。
759考える名無しさん:03/11/23 00:52
このスレッドは2ちゃんねるとはおもえないほど高水準アルね。
朝まで生テレビの論争のレベルをはるかに越えているアル。
哲学板の看板としてこれからも頑張ってくださいアル。
760Kurihara:03/11/23 01:18
「一般的にいって、マルクス主義者はカントがいうような国際連合
に関して冷笑的であった。それは、マルクスが国家を市民社会(社会的
国家)との関係において、つまり、一国内においてのみ考えていたこと
、そして、「国家は他の国家に対して国家である」という側面を軽視
していたことに由来する。」(「トラクリU」p54)

マルクスは「国家は他の国家に対して国家である」という側面を軽視
してたのだろうか?軽視していないからこそ、マルクスはプロレタリア
独裁を唱え、ブルジョア国家の反革命に対抗するべきだとしたのでは
ないか。

「一国内において、政治的国家を廃棄して社会的国家(コミューン)
を作ることはできる。しかし、それはパリ・コミューンがそうであったように
、ただちに諸国家の干渉を受けて崩壊せざるを得ない。」(同前、p54)

その苦い経験こそ踏まえ、マルクスはプロレタリア独裁の必要性への確信を
持ったのではないか。

「それ故、ロシア革命においてはヨーロッパ革命が継続することが
期待(前提)されたが、ついにそれはおこらなかった。」(同前、p54)

起こらなかったにもかかわらず、ソ連はその後パリ・コミューンの短命とは
違い、70年以上続いた。その違いを無視してはならない。

「そこで、スターリンは「一国社会主義」なる奇妙な観念を編み出した。
しかし、これをスターリンの裏切りというのは、何の展望もないのに
「世界同時革命!」と唱える国際共産主義者の愚かさを隠蔽するもので
ある。」(同前、p54-55)

それはその通りである。しかし、その「愚かな国際共産主義者」には
数年前の柄谷氏も含まれていたことを忘れるべきではない。
761Kurihara:03/11/23 01:49
もし仮にソ連が「私たちは平和主義者です、だから、常備軍をすぐに
放棄します。私たちは民主主義者です、だから、官僚制をすぐに廃棄します」
として、その何れも即刻廃棄したら、それはパリ・コミューンよりも
短命に終わったであろう。つまり、それはブルジョア諸国家の干渉(反革命)
を受けて即座に崩壊せざるを得なかっただろう。

マルクスやレーニンは、世界初の社会主義政権であるパリ・コミューン
の偉大さを徹底的に認識していたがゆえに、その短命を惜しんだ。
そして、それを破壊したブルジョアの反革命を憎み、それを撃退する
にはどうしたらよいかを考えた。
パリ・コミューンの敗北こそ踏まえ、彼らは、むしろ、プロレタリア
独裁の必要性を誰よりも深く認識し、国家を、つまり、官僚制と
常備軍を明日にでも廃棄できると夢想したアナーキストの否定した
と言えよう。つまり、ブルジョア国家の反革命に対抗するためには、
コミューン側にも官僚制と国民軍が、つまり、強力な国家機構が
不可欠なのだ。
762Kurihara:03/11/23 02:02
「国家は他の国家に対して国家である」という側面を軽視
していたのは、マルクスではない。それはアナーキスト
(無政府主義者)である。そして、マルクスはアナーキスト
ではあり得ない。マルクスがアナーキストだというなら、何故彼が
正真正銘のアナーキストであるバクーニンやプルードンと
対立する必要があっただろうか?
763考える名無しさん:03/11/23 02:06
北朝鮮ぽくなってきた。
764Kurihara:03/11/23 02:17
そこに世界革命の展望があるなどと思い込むのは、
ピョンヤンに飛んでいくようなものです。
いや、だから、ソ連の共産主義がたとえ、本物の共産主義でなくとも
共産主義というブランドを語って世界史に名を残した以上、われわれは
(私が共産主義者になるかは別だ。ただその志にある程度の共感を覚え
るだけで)それに対する言葉が必要になるということ。
766考える名無しさん:03/11/23 14:40
革命も権力維持のために変質、硬直化し、ツァーリズムや東洋的専制君主などの
古い歴史-風土的な色彩を帯びざるを得ないとしたら、ブルジョア的民主主義・個人主義が
発達していることが重大な要件となる。
マルクスもイギリスやアメリカに革命を期待していたのではなかったか?
767ふにゃぽん ◆OAARk8yC9E :03/11/23 15:09
>>766
>ブルジョア的民主主義・個人主義が
>発達していることが重大な要件となる。
>マルクスもイギリスやアメリカに革命を期待していたのではなかったか?

ブルジョア的民主主義、個人主義というより、
公的、表面的を問わず、「ブルジョア的独裁による資本主義」でしょう。

なぜなら、「歴史とは、階級闘争の歴史」であるとするなら、
マルクスの考える「近代」における「階級」の最終段階は、
「ブルジョアVSプロレタリア」の二極分化であり、
それ以上の発展は、「近代」の中ではありえないはずだから。


768OFW:03/11/23 17:26
>>737-738(くろしろさん)
>歴史は主に暴力をメインに語られています。
 それは、歴史がメインに支配者(権力者)によって語られてきたため。
>初めは皇族、貴族の勢力争いに始まり、
 日本最初の古代国家である大和朝廷は、血縁共同体の発展であった氏族
 社会の解体の中から誕生した。それは、伝統的な生産関係と新たな生産
 関係(天皇ー貴族の律令制度)との間の相克の政治的反映でしょう。
>武士の時代も、武士対武士の争いが多い
 律令制内部において、土地私有に基づく荘園領主として自立化してきた
 武家階級は律令制度の崩壊をもたらし、封建制を打ち立てたが、地域性
 のために、統一的覇権を維持し難かった。 
>戦国時代も、下克上や、農民一揆
 群雄割拠の時代には、先進的な生産技術や自由な商業を握った方が勝ち。
>当然無意識的に相手の事を物と見てしまうような分業体制
 分業が物象化をもたらすわけではなく、モノに媒介された社会的分業と
 その生産単位への反照としての企業内の支配関係が人のモノ化をもたらす。
769Kurihara:03/11/23 17:51
プロレタリア独裁についてさらに一言すると、それをヒトラーや
ボナパルトやスターリンやフセインや金正日などに見られる
個人独裁と混同してはならない。個人独裁こそが独裁の典型なら、
プロレタリア独裁は、むしろ、独裁ではない。個人独裁が少数者による多数者
の抑圧なら、プロレタリア独裁は、多数者による少数者の抑圧だからだ。
それはなにより、「収奪者を収奪する」(マルクス)ために存在する。

そして、プロレタリア独裁は代議制の廃止ではない。それは議会を
もつ。しかも、それが立法権のみならず執行権をも兼務する。それが
ブルジョア独裁=議会制との差異である。ブルジョア議会制では、政府官僚
が既に決めた事案を議会が事後的に承認する出来レースにすぎず、それは
選挙で選ばれずして独立した行政権を持つブルジョワ階級の出先機関である
政府官僚組織に法的正当性を与える手の込んだ儀式に過ぎない。それが
ブルジョア独裁の秘密だ。

対して、プロレタリア独裁では、国民の代表機関である議会が同時に行政権を
もつ。即ち、コミューン立法議員みずからが、行政官僚をかねることで、ブルジョワ
似非民主主義とは異なる真の民主主義を体現する。つまり、プロレタリア独裁下では
事実上官僚も選挙で選ぶわけだ。ついでに言えば、司法官も選挙で選出される。
つまり、プロレタリア独裁はかえって普通選挙の普遍化であり、徹底化なのだ。
従って、プロレタリア独裁の語に代えて、「プロレタリア執政」といっても
内容は同じである。
(OFWさん)
歴史がそのように語られるのには確かに権力がそれを認めているからで、
私自身もそれを習って来た事は事実で、女の口説き方が歴史になっては
いない。

ただ、端的に歴史は階級闘争の結果であるとは、そう言うトピックス
もあったというだけで、歴史の一構成要素でしかない。実際には保元
の乱(同階級同士の権力争い。武士の階級が台頭してきた事は事実だ
が、それと貴族階級の対立ではない。しかしこれは歴史として語られ
る。)
、平治の乱(これも同様)、源平の争い(これも武士同士)、応仁の乱
(これも武士同士)、そして戦国の争いになるのですが、結局同階級同士
の権力争いです。確かにここに上げたものは恣意的にあげたものですが、
その存在を無視できるものではない。

(OFWさん)
(続き)
>群雄割拠の時代には、先進的な生産技術や自由な商業を握った方が勝ち。
これはブルジョアが先進ブルジョアと争っているのと同じで、基本的には
同階級の争いです。先進武士といえば織田信長ですが、桶狭間の戦いは
本隊を長く分断し、大将のみを狙うという戦術的成功には大変目を見るも
のがありますが珍しいものではなく、また信長が城下町を通行税などを廃止
したため、どのような業者も全国から集まり、流言なども広まりやすくなっ
ていた。それが今川軍に信長の動きを察知させない原因となった。このことは
信長の経済的先進性をしめすが、しかし、それが織田と今川が別階級とはいえ
ない。
下部構造を見ればどちらも農民等に寄生していた。長篠の戦いも確かに35
00丁もの鉄砲を使うという先進性が、武田の騎馬隊1万5千の内、実に
1万2千騎を打ち倒したという当時では信じがたい成果(当時のはげしい戦
いで、死亡するのは全軍の1,2割程度)をあげたということ、しかしどち
らも下部構造を見れば農民等に寄生しているにすぎず、最先端企業が、遅れ
行く企業と別階級といえるのかが問題になると思います。
階級対立史観も歴史そのものを見るのではなく、ひとつの歴史のトピックス
を集めていく作業だ。というなら(暴力の歴史を集めるように)まあ、そう
言う見方も在るかとは思いますが。それだけが真実では有りますまい。
(続きの続き)
分業が確かに相手をすぐ物と見てしまわないで、人と見ていくのは
確かにある種の教育では可能かもしれない。しかし資本主義以上の
生産力をもつ分業体制では相手の顔さえ見えない。そういった中で
人が交換し合うのならば、相手を人間として感じて行くのは至難。
>プロレタリア独裁
ソ連型独裁を防ぐためには、
共産党を一党だけにせず、利益集団ごとに何党かに分ければいい。
憲法で共産主義的政策を取る事を明言し、後はその各政党が、お
互いの政策を民意に問えばいい。
しかし当てにならない選挙という物だけが、民主主義と思われるの
はいかがか?
市場で好きなものを変えたほうが社会に対する意思表示になるとも
考えられる。
774Kurihara:03/11/23 19:49
>共産党を一党だけにせず、利益集団ごとに何党かに分ければいい。

やれやれ。利益集団の基礎は階級制度であり、それの廃棄を目指す
過渡期形態としてプロ独があるのだから、利益集団ごとの複数政党制は
階級構造の温存にしかならない。

>しかし当てにならない選挙という物だけが、民主主義と思われるの
はいかがか?

これは選挙で官僚を選ぶことを恐れる現役公務員の戯言。
選挙によらないブルジョワ官僚制の廃棄こそがむしろプロ独の要諦だ。

>市場で好きなものを変えたほうが社会に対する意思表示になるとも
考えられる。

共産主義を上から押し付けられた配給制だと誤認するどうしようもない
錯誤。頭の中が300年くらい退化している模様だ。
775Kurihara:03/11/23 20:02
普通選挙を「当てにならない」と罵倒し、それでいて、共産党独裁を
嫌悪し、複数政党制を賞賛するこの思考の混乱!この矛盾!

そして、最後の偉大なる金言は、

「好きなものを買えるのが民主主義です!」

なんという政治経済学だろうか!
>>774−775(kurihara師)
利益集団は階級制度だけではないずらよ。
何を作っているか? 何を消費したいかでも決まる。
政治家にも何々族って在るでしょう。

>選挙
自分の票という事が多数の他人にのみこまれ
何を決定したいのかわからないほんのちっぽけな声になるよりは、
自分で好きなもの買えたほうが、社会的効力感が高いですな。
共産主義独裁は権力の集中でいずれ腐敗が進むでしょう。
それよりもあてにはならなくても複数政党制の方がましだということ。

>共産主義を上から押し付けられた配給制だと誤認

残念ながら、頭が古い人は星の数ほどいそうですけどな。
少なくとも共産主義ブランドはもはや傷物なのですから。
そうでないのならこんな所でアジルの早めて一旗あげて
みてくだされ。俺は無理だからしないけどね。


777Kurihara:03/11/23 22:53
繰り返しになるが、「俺は無理だからしないけどね。」と分かっている
のなら、こんな所で使い古された凡庸な不平を垂れるのを辞めて、
さっさと宗教板に引き返したまえ。

俺は革命自体は無理だと思っている。何より軍事的にアメリカ
を破る方法を思いつかない。だが革命の土台となるべき思想や、
その元になるものに対して貢献できるのではないかという、
一縷の期待は捨てきれない。そういった意味でここを去るつも
りはない。もちろん去ったからといってそういうものを捨てきれる
訳が無いし、またそれとは別の次元の動機も存在するからだ。
779Kurihara:03/11/23 23:20
>自分の票という事が多数の他人にのみこまれ
何を決定したいのかわからないほんのちっぽけな声になるよりは、

これなどは、単に自惚れと思い上がりの表明でしかない。
逆に言うと、事を自分ひとりで全て決めたいという個人独裁願望
の現れだ。そして、その個人独裁願望の断念から、ふてくされて、
ニヒルに苦渋の面持ちで悟ったように「それよりもあてにはならな
くても複数政党制の方がまし」だと嘯くのだ!

因みにこういうメンタリティーが、反転して、ボナパルティズム
(これがファシズム=反革命のプロトタイプだ)に行き着くプロセス
(普通選挙への絶望からその逆の帝政が胚胎するプロセス)をマルクスは
遥か昔に「ブリュメール18日」で鮮やかに分析している。
780Kurihara:03/11/23 23:35
ボナパルティズム(ファシズム)を成立させるためには、
細分化された複数政党制をもってするに如くはなし!

これがマルクスの「ブリュメール18日」から引き出せる
教訓だ。
>>779
そのメンタリティーを批判した所で、そのメンタリティーが消える
訳では在りませんよ。人にはどこかそういうメンタリティを持った
所があって、普段はそれを抑圧して生きているのだ、と思いますよ。
あの投票率の低さを御覧なさい。あの連中の中には現体制に反発して
いるだけではなくて、そういう自己効力感の無さにうんざりしている
連中が大勢いるはずですよ。もちろん犯罪に走るやつもいる。
>>780
では一党独裁から引き出される教訓はソ連に始まる旧共産圏といわれ
る国々ですか? われわれの未来は暗いものしか在りませんな。
783Kurihara:03/11/23 23:42
>あの連中の中には現体制に反発して
いるだけではなくて、そういう自己効力感の無さにうんざりしている
連中が大勢いるはずですよ。もちろん犯罪に走るやつもいる。

そのような風潮に油を注ごうとしているのが、お前さんなんだよ。

いい加減、汝自身を知りたまえ!
>あの連中の中には現体制に反発して
いるだけではなくて、そういう自己効力感の無さにうんざりしている
連中が大勢いるはずですよ。もちろん犯罪に走るやつもいる。

そのような風潮を改める方法をしらず、ただ抑圧しようとしているのが、
あなたですよ。まあ、もうおお気づきなんでしょうけども。
785Kurihara:03/11/23 23:46
>では一党独裁から引き出される教訓はソ連に始まる旧共産圏といわれ
る国々ですか? われわれの未来は暗いものしか在りませんな。

やれやれ。選挙を軽蔑し、それでいて複数政党制をニヒルに認める
お前さんが、逆に個人独裁を密かに熱望していると言っているのだ!

汝自身を知れ!!
ま、夜は早く寝なければ、健康は革命の元。
>>785
良くお分かりで、しかし、それで満足できますかな?
おやすみなさい。
788Kurihara:03/11/23 23:59
そのような風潮を改める方法をしらず、現行の複数政党制を
仕方なく認めつつつも、それが当てにならないと不平をもらし、
全てを皇帝が個人独裁で決める帝政的ファシズムもって普通選挙
をただ抑圧しようとしているのが、くろしろ氏の本性である!

くろしろ「良くお分かりで」

まさしく「もうお気づきなんでしょう」!!!
789Kurihara:03/11/24 00:23
>しかし当てにならない選挙という物だけが、民主主義と思われるの
はいかがか?(>>773

この発言の内に、ファシスト的心性が既に垣間見れるが、結果
まさにそうだったわけだ。その同じ男が他方ではこう言っている。

>だが革命の土台となるべき思想や、
その元になるものに対して貢献できるのではないかという、
一縷の期待は捨てきれない。(>>778

まったく驚くほかない。ファシズム的思想を
「革命の土台となるべき思想」だと嘯き、まして
「その元になるものに対して貢献できるのではないかという、
一縷の期待は捨てきれない」と高らかに宣言するのである!
790Kurihara:03/11/24 00:53
投票率の低さを招いている原因が細分化された現行の複数政党制に
あるとすれば、「あてにはならなくても複数政党制の方がましだ」
として、それを仕方なく容認している者は、逆に、投票率の低さを
仕方が無いことだと認めているも同然である。

だからといって、「そういう自己効力感の無さにうんざりしている
連中が大勢いる」のも厳然たる事実だとその同じ者は認めている。
だとすると、その者はその解決はどこに見出したか?

「自分で好きなもの買えたほうが、社会的効力感が高いですな」

つまり、「当てにならない選挙」にはもう無関心でいいから、
好きな物でも買って、憂さ晴らしでもせよというのだ。無論これを
徹底して行ったのが、ナチスの3S政策だったことは言うまでも無い。
選挙は停止で政治はナチス独裁でよい。だから、大衆は政治には参加しなくてよい。
お前ら大衆は、好きなものを買い、商品フェティシズムのなかにまみれ、
飼育されている動物のように物欲を満たしていればよい、と。そして、そのようにして
大衆に目くらましをしつつ、くれぐれもナチス独裁に反抗するなと忠告を
したのだ。これがナチスの生-政治というものなのである。

もうお分かりだろう。これがくろしろファシズム政治経済学の全てであり、
その秘密だということが!
791あちょー:03/11/24 01:15
  ミミ彡ミミミ彡彡ミミミミ
,,彡彡彡ミミミ彡彡彡彡彡彡
ミミ彡彡゙゙゙゙゙""""""""ヾ彡彡彡
ミミ彡゙         ミミ彡彡
ミミ彡゙ _    _   ミミミ彡
ミミ彡 '´ ̄ヽ  '´ ̄` ,|ミミ彡
ミミ彡  ゚̄ ̄' 〈 ゚̄ ̄ .|ミミ彡
 彡|     |       |ミ彡
 彡|   ´-し`)  /|ミ|ミ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ゞ|     、,!     |ソ  <  説得力も人気もないな、共産主義は。
   ヽ '´ ̄ ̄ ̄`ノ /     \________
    ,.|\、    ' /|、
 ̄ ̄| `\.`──'´/ | ̄ ̄`
    \ ~\,,/~  /
     \/▽\/
792Kurihara:03/11/24 01:36
フリードマンの名さえ知らない無知が偉そうに!!
793あちょー:03/11/24 01:58
フリードマンて結構有名だったんですね。でも放任主義(完全な民主主義)はうまくいかないです。
794Kurihara:03/11/24 02:08
うまくいっていないのは、フリードマンの名さえ知らなかった
あちょー君の脳味噌なのだよ。
795考える名無しさん:03/11/24 04:48
あなたがた頭いいのは認めますが
景気をよくしてください
確かに他者に思想を伝達をしたり
議論を深めるのは有意義だとは思いますが
796ふにゃぽん ◆OAARk8yC9E :03/11/24 08:19
OFWさん。
「国家論大綱」は、読了なさいましたか?
なんでしたら、またこちらで書評か感想をいただきたいです。

「国家論大綱」刊行開始 滝村隆一スレッド
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1056203907/l50
797OFW:03/11/24 09:21
>>757(くろしろさん)
 横レスかな。
>その屍を乗り越えなければ成らないわれわれは、語るべき言葉を必要と
>するだろう。
 日常では、労働者は自らの言葉を持つことを許されず、「奴隷の言葉」
 (レーニン)つまりご主人様の言葉を借りて語ることしかできないが、
 「人類を解放せずには、自己を解放できない」階級として世界史に登場
 した以上、旧ソ連のみならず、歴史上のすべての屍を我が身に引き受け
 て前進せざるを得ない。それが、マルクスの必然性です。
 類的主体が語るべき最初の言葉(第一の規定=使命)は「我々は一つで
 あり、過去、現在、未来に亘って一つである。」となるでしょうが、
 それが真であるのは、実際に(現実に)協働して一つの社会を形成して
 きた者達にとってのみであり、生産手段の簒奪者にとっては偽となる。
>>796(ふにゃぽんさん)
 公私忙しくナカナカ(昨日も休日出勤)ですが、ボチボチと読みます。
 年明け位には、印象批評でも。
>>797
OFWさん。
楽しみにしております。
>>797
(OFWさん)
全ての屍を乗り越えるとは、「死人がよみがえる」を思い起こします。
いずれにせよ、革命となれば、また人がいっぱい死にそうですね。
人が死なないで済む革命があればいいのですが、核使用による人類の
壮絶な同士打ちになるかもしれませぬ。そうなれば私は反革命に回ら
ねばなりません。人類の連続なくして革命など意味がありませぬ。
革命には経済的思想だけでなく、どうすればそれを少ない犠牲で
勝ち取れるのかという軍事的思想が必要なようですね。

>(kurihara師)
わはは、その通り、私はくろしろ第4帝国でも築ければ結構喜ぶ男
ですよ。だけどもその先も見てみたいと思うのも事実です。
それが革命の土台への動機です。
でも隙があれば第4帝国を築きあげてしまいそうですな。
まあ、冗談はさておき、民主主義において選挙だけでは自己効力感
をなくしていると感じているの人間がいるのは事実です。
その代償が消費であり、それがブルジョア民主主義を支えて
いるのも確かです。それをどう吸収し止揚していくのか?
そこがわからなければ革命などとてもとても
資本主義では生産者としての労働者は奴隷ですが、いざ消費者に回ってし
まえば、自分ではなく他人の奴隷状態に対して王様になる事が出来ます。
他人との高度に分業された世界は他人が奴隷であればあるほど、便利な
物であり、使いかってのいいものであり、いい社会だと感じさせるのです。
これがブルジョア民主主義の重要な土台で、ただ生産者として搾取的側面
が強いから、役割が強制的だからという理由で、それを捨てるでしょうか?
これもブルジョア民主主義を倒す上での課題になるでしょう。
801Kurihara:03/11/24 14:19
「プロレタリア独裁への”反省”」→「複数政党制の仕方なしの容認」→
「投票率の低下、自己無力感の増大」→「それをどう吸収し止揚していく
のか?」→「私はくろしろ第4帝国でも築ければ結構喜ぶ男ですよ。それが
革命の土台への動機です。」

だから、ループしているんだよ。マルクスに反論し、それに「修正」を
施そうとする限り、そのループは必然だろうが。

従って、何度も繰り返すが、マルクスを「まっとうに」読め。そして、
知ったかぶりの自説(珍説)をこれ以上垂れ流すな。

マルクスの国家論は「ブリュメール18日」「フランスの内乱」「ゴータ綱領批判」
などに詳しい。従って、これらを読むことを命令する。その命令に背く限り、
ループは避けられず、不毛だ。これ以上、そのような不毛なループに取り合う
つもりはない。
802Kurihara:03/11/24 14:34
>資本主義では生産者としての労働者は奴隷ですが、いざ消費者に回ってし
まえば、自分ではなく他人の奴隷状態に対して王様になる事が出来ます。

この程度の認識は、マルクスが「グルントリセ」で夙に指摘している。
そして、その認識を逆用すること、つまり、「王様=消費者」運動(不買運動)
で資本を打倒する、「ブルジョア民主主義を倒す」と夢想したのが、NAMという
左翼団体だった。しかし、それは何の成果もあげることなしに、二年足らずで崩壊した。
従って、くろしろ氏の脳味噌は、二年以上退化しているのだ。くろしろ氏は
実に遅れた人種なのである。

資本主義における消費は、労働者が自分の生産物を小売商人から
買い戻す過程だが、そうすることで資本家は最終的に剰余価値を実現し、
利潤を回収し、再度資本の回転を始める始点をなすに過ぎない。
無論、労働者は小売商人(商業資本)から自分の生産物を買い戻すしか
ないが、それは満足を与えるかのようで、実際は、資本の再生産過程への
寄与をなしている、つまり、賃金奴隷制の再生産過程への寄与をなして
いるのであり、その消費の「満足」とやらは、その意味では、逆に自己疎外に
過ぎないのだ。
803Kurihara:03/11/24 15:05
>あなたがた頭いいのは認めますが
景気をよくしてください

景気をよくするのだけが問題なら、どうぞ「景気のよい
国」にでも移住してください。今でも景気が相対的にいいのは
アメリカですか。なら、アメリカに移住してください。
それであなたのちっぽけな「問題意識」(好景気)は
「解決」するでしょうから。
804-:03/11/24 15:24
L E T’S  言 葉 遊 び
805考える名無しさん:03/11/24 16:48
>景気をよくしてください

共産主義なら景気の循環はないんだろ?
>その消費の「満足」とやらは、その意味では、逆に自己疎外に
過ぎないのだ。

それでも満足は満足なりよ。そこが問題。
807あちょー:03/11/24 18:29
共産主義だと働けば働くほど給料もらえるの?
何を所有することができるものは何?
新事業を創めたければできるの?
人を雇えるの?親が死んだら資産は誰のもの?
808あちょー:03/11/24 19:24
???
間違えた
809Kurihara:03/11/24 19:33
補足しよう。資本主義における消費は、満足を常に遅延することで、
人を常時欲求不満に陥れ、もって、かえって、人を欲望の虜にする
ということだ。従って、むしろ満足はそこにはなく、満足の不在がかえって、
資本主義下における消費の無際限の(飽くなき)拡大を呼んでいるというべきだ。
次々とニューモデルが出る「ブランド品」にとりつかれて、次々とそれらを
買い漁っている(買い換えている)「従順な」消費者の消費行動を見よ。
そこに果たして「満足」とやらはあるのか?

「ブランドってやつよ」

つまり、資本主義下では、消費における満足の不在、及び、消費が賃金奴隷制
の再生産過程にすぎないという点で、労働者の消費行動は二重の自己疎外を
受けている。
810Kurihara:03/11/24 19:43
資本主義だと働けば働くほど給料もらえるわけではない。
そこでは労働者は生活手段以外に何も所有することができない。
そこでは新事業を創めたければできたとしても、独占資本との
絶えざる競争及び景気循環の影響で、新規創業者は破産の道を
辿ることが多い。
そこでは労働者は賃金奴隷として雇われる。
そこでは親が死んだら、資産相続者は相続税をふんだんに搾取される。
811あちょー:03/11/24 20:04
>>809
まさに消費家畜なわけですね。
812考える名無しさん:03/11/24 20:56
>810
あちょーさんの共産主義ではどうかという問いの答えにはなってませーん。
813Kurihara:03/11/24 23:39
>問いの答えにはなってませーん。

意味不明。>>810>>807への答えでは始めからない。
>>810は散発的に書いた独立なカキコにすぎない。
そして、僕に「教えてクン」に答える義務などない。
814OFW:03/11/24 23:48
>>781(くろしろさん)
 これは明確に横レス
>自己効力感の無さにうんざりしている
 自己疎外の現代的形態を分析した『ファシズムの大衆心理』(ライヒ)
 を思い出すわけですが、政治的なもの(政治的本質)とは、通常政治と
 呼ばれている諸形式に留まるものではなく、個人の深層心理にまで及ぶ
 ことを示しています。
 実際、日常の社会的(政治的)な疎外感は、非政治的なもの(例:性、
 スポーツ、消費生活、宗教)により、代償的に埋められているわけです
 が、ナチスの政治宣伝は、アメリカの商業宣伝と同根の、大衆に対する
 精神分析的操作に基づいていたわけでしょう。
 現在でも、イラクでの何千人もの人間の虐殺よりは、一頭のアザラシの
 怪我に心を奪われる程、小市民化した大衆の感情は“政治的”ですね。
 再び、「共産主義は、真の<無意識の意識化>である。」(トロツキー)
815考える名無しさん:03/11/24 23:49
机上の空論と断定しました
816考える名無しさん:03/11/26 00:54
>815

その根拠は?
817考える名無しさん:03/11/26 01:23
>769

プロレタリアって、誰でしょう?「労働者」というのは単なる言い換えだから、なしとして、
今の日本でプロレタリアと言えるのはどのくらいの層なんだろう?

ブルジョア独裁を批判する形でプロレタリア独裁を提示されているけど、これは単に
ブルジョア独裁政権の一部分の非難に過ぎないですね。日本のような高度に有機的
かつ巨大であり業務も細分化された官僚組織にどうやって民意を反映していくのか、
ちっとも見えません。

多数者による少数者の抑圧、と言ったところで、個々具体的な法案については、大部分の
民衆は理解できないだろうし、わかるものの間では当然利害が異なるだろう。
ところで執行権を持つ執行部は間接民主制で選ばれるのだから当然少数だろうけれど、
彼らが執行権を持つのだろうから、ここにすでに矛盾の萌芽がありませんか?だって、
最終的には大部分の選挙民は「執行部を信じる」しかないのだから。それとも、オンブズマン
でも置きますか?プロレタリアによるプロレタリアの監視をしますか(w

それと、「完全なる民主主義」なんてものはあり得ないと思います。マルクスも民主主義を
ブルジョア的と批判していたと思うが。なんて事を言うと、あの恐ろしい「プロレタリア民主主義」
という言葉が出てきそうですが、それこそがスターニリズムを生み出したのでは?

私は逆説的ですが、お互いがお互いを信じなくても民意を反映せざるをえない執行のシステム
を考案できたら、それこそが真に民意を反映できると思います。多くの人々は、政治に関心が無くても
それなりに回っている現状を、満足はしていませんが打ち倒そうとも思っていないと思う。
物質的財貨が(動的にだけ度)保証されている以上、革命は起きないと思う。
818考える名無しさん:03/11/26 01:54
>817

ごめんなさい、「完全な民主主義」ではなく、「真の民主主義」でしたね。
でも趣旨は同じですので、置き換えてください。
819考える名無しさん:03/11/26 04:12
もう一つの柄谷スレに本人みたいな人が書いてるけど
本人かな?970あたり。見てみて!
820考える名無しさん:03/11/26 04:35
さて、今日のメディアの複雑化、グローバル化による情報氾濫で性情報がいたる場所に散乱していることは否めない事実であります。
そして今回紹介する任天堂ソフトの主格的存在であるマリオシリーズですがそもそも今日のような性情報の混沌を招いたのはこのゲームが主因ではないかという点です。
単刀直入に言うと、このゲームは様々な面で濃い性的描写にあふれているのです。
今回はこの点について検証しておこうと思う次第であります。

まずこのゲームの主人公は「マリオ」と「ルイージ」という名前の兄弟でありますが、この両者の容貌はというと、卑猥すぎると言っても過言ではない大きな鼻にヒゲ面というなんともエロティックな雰囲気を醸し出しています。
そして性衝動心に満ち溢れているイタリア人という設定。さらにネーミングが「キンタマリオ」に「アナルイージ」を暗に表現しているかに思えます。
次にストーリーにふれてみることにしましょう。
シリーズ全般のストーリーを簡単に説明すると悪党にさらわれた姫を救出する主人公達の話です。
姫の名前はピーチ(桃尻)姫、そして悪党の名前がクッパです。女が一人拉致監禁されるこのストーリー。明らかに今のレイプ社会、
湾曲した性的関係を端的に表してることがお分かりでしょう。話はこれにとどまりません。
このピーチ姫とクッパの組み合わせ。これはピーチ(桃尻)をクッパ!(と口を突き出して食らい付く)という、
これはいわゆる「クンニ」を間接的に表現しているのにすぐ気づくはずです。
そしてこのゲーム。アクションというジャンルである以上、戦闘能力を上昇させるアイテムというものが存在するわけですがこれにも性的表現の漏れを許しません。
まずパワーアップアイテムは三種類、キノコにフラワー、そしてスター(星)でありますが、前者のキノコにフラワー。
明らかに男性器と女性器を表現しているものと見ることが出来ます。
821考える名無しさん:03/11/26 04:39
さらに後者のスター。これはいわゆる、いかがわしい男性向け雑誌に掲載されている女性の乳首等を隠すのに使われる星形のマークでありますが、
これが跳躍しながら逃げる。そしてそれを主人公が追いかけるという状況。これは無理矢理追いかけレイプを強行する行為を如実に表現しているものであると分かります。
さらに前に挙げたパワーアップキノコ。これはキノコ(性器)を食べると体積が膨張します。言うまでもなく勃起症状です。
それの相乗効果で、大きくなった瞬間、土管に入り込む膣内挿入行為。ここまで念入りに性的要素が組み込まれるとは脱帽ものです。
そして敵キャラの描写ですが、代表的な敵キャラにノコノコとクリボーというものが存在しますが、ここにも妥協を許さないのはさすが天下の任天堂。
ノコノコとクリボー。それぞれ亀ときのこをモチーフにしたキャラデザインです。これらは男性器の象徴と言えます。
さらにこのクリボーというネーミング。クリトリスと棒という性行為の佳境に入ったときの激しく摩擦し合う二つの要素を如実に表現しているといえます。
さらにブラックパックンの、痙攣しながら入るのをじっと待っている女性器の花弁を容易に連想させるもの、ジュゲムのまるで愛液が滴れ落ちるのごとく落下されるパイポ、バブルの精子のような容姿とバイブレを連想させるネーミング、
テレサの夜間における通り魔的強姦ヤり逃げのイメージ、ザーメンそのものであるゲッソーや女性器そのものであるスイチューカ、等々あらゆる性的要素を設定にちりばめている所に任天堂の偉大さを垣間見ることが出来ましょう。
さらに世界観では、お城のラブホテルのイメージ、ゴールに入ったときのポールをまたに挟んで降下するときのマスターベーションのイメージ、
キラーの次々と精液が発射されていくイメージ等、歩けばエロに当たるという完璧なまでの世界観設定。さすが不動の人気のマリオシリーズと言えましょうか。
822考える名無しさん:03/11/26 04:44
さて、ハードがFCからSFCに変わったことによりこの性的表現の幅がさらにエスカレートしました。
まずSFC一作目に登場した主人公を助けるキャラ、ヨッシーの存在が確認されます。このヨッシーという生物。食欲が旺盛でほぼ全ての種類の有機物を食すことが可能なのであります。
このヨッシーの食事の取り方でありますが、長く弾力性に富む舌を思いっきりのばし、粘着性に富む舌で食物を粘着させてそのまま舌を戻すという、
カメレオンのような食事方法をとるのです。まさしく性器を舐め取り快感をむさぼるイメージそのものであります。
さらにこのヨッシー、主に食べるものと言えば、まず丸い果実(チェリー)そして以前挙げたオアワーアップキノコ(男性棒)です。これは明らかにフェラチオを表現するものであります。
そしてヨッシーは場所を問わず次々と卵を発生させるのです。
これは避妊対策不足により無秩序に妊娠してしまうケースが多くなっているという現代社会の問題を如実に表現したものでありましょう。
さらに64にプラットホームを移してからさらにエスカレート。
64ではボイスというメディアを搭載したのでありますがこの声、明らかにAV男性がエクスタシーに近づきつつあるときの声を表現したものであります。
そして新たなパワーアップとしてメタルマリオがありますが、大きくなった上に堅くなるという勃起を再表現するという念入りな任天堂のはからいが見え隠れします。
そしてここで究極の路線に走っていくわけです。
現在任天堂ハードでは最強のマシン、GCでありますがここでのマリオは、所かまわず水を打つというシステムが取られていますが、
これは明らかに女性に向けての射精、さらには放尿プレイを連想させるという、ここに来て性表現という路線から脱線した、いわゆるマニア志向が強まってきたという恐るべき事実が浮かび上がってきます。
ここで危惧する点は、これ以降のマリオはたんなる性表現という道から外れていき、どんどんマニア向けの路線に走っていくのではあるまいか、と。
しかし考えるとそもそも一作目のタイトルが「SMブラザーズ」という所から見るとこの路線も必須だったという結論が出されるのであります。
823Kurihara:03/11/26 16:55
>>817
プロ独に色々と不満があるようだが、いいだろう。なぜなら、
それは資本主義社会と共産主義社会との間に存在する束の間の
過渡期の政体でしかないからだ。つまり、資本主義からプロ独へは
決定的な進歩だが、プロ独を共産主義そのものと誤認し、それを悟性的
に固定化・永遠化しようならば、それは単に反動以外の何者でもない
からだ。

プロ独は真の民主主義を体現するが、共産主義社会では、
そもそも民主主義自体が存在しない。なぜなら、そこでは国家が死滅
するからだ。国家(政治権力、この政治権力自体は、かの絶対主義国家から
継承したものであることに注意せよ)がないのならば、民主主義自体も
不要であろう。民主主義とは、政治権力(国家)を自明の前提とし、それを民意で
コントロールしようという苦肉の策だが、国家が死滅し、従って、政治権力
も死滅してしまえば、それを「民意」で「コントロール」する必要が
どこにあるのか。プロ独の過渡期を終えた共産主義社会では、国家とともに
民主主義も死滅するのだ。

共産主義社会では階級制度は存在しない。従って、そこでは、ブルジョワ
もプロレタリアートも存在しない。共産主義社会では階級としてのプロレ
タリアートがもはや存在しないというのに、なおも「プロレタリア独裁」を行う
必要がどこにあるというのか!
824考える名無しさん:03/11/26 17:20
>>823
いつも不思議に思うんですが、政治権力なしで、
どうやって生産を管理したり、生産物を分配したりするのでしょうか?
「政治」権力がないだけで、管理のための権力、または権力そのもの
は存続させるんですか?
825Kurihara:03/11/26 17:24
>日本のような高度に有機的かつ巨大であり業務も細分化された
官僚組織にどうやって民意を反映していくのか、ちっとも見えません。

これもまた、悟性的抽象化であり、固定化だ。官僚制度を今のままの
不必要に細分化された形態で、それを自明な「自然的な」必然形態
だと見做している(誤認している)からだ。従って、プロ独を行う
前提として、官僚の「高級な」(実際は既に高級ではない、ただ、高級だと
見せかけているにすぎない)労働を徹底的にあからさまな単純労働に置き換え、
それを誰にでも出来る単純作業に随時還元しなければならないし、それは
出来るのだ。オフィスオートメーションがかように進み、事務労働が誰にでも
出来るようになっているが、一人官僚組織だけがそれを拒み、それを自分達に
しか出来ないかのように神秘化しているが、そのベールを剥ぎ取ることは
もはや容易なのだ。徹底的に機械化し単純化すればいいだけだ
からだ。しかも、機械化と単純労働化は、資本主義の発展の輝かしい結果だが、
それを国家の高見から(市場原理とは無縁だという厚顔な面をして)官僚は
拒んでいるのが実情なのだ。これをまず粉砕すべきである。

パリ・コミューンは「チープガバメント」を標榜していた。従って、「チープ
ガバメント」を標榜する運動なら、それがリバタリアンだろうが何だろうが、
共産主義者は彼らと共闘する。
826Kurihara:03/11/26 17:40
>いつも不思議に思うんですが、政治権力なしで、
どうやって生産を管理したり、生産物を分配したりするのでしょうか?

おかしなことを言う人だ。資本主義社会でさえ、生産の「管理」や
生産物の「分配」は「政治権力」とやらが行っているわけではない。
従って、政治権力(国家)なしに、生産の「管理」や生産物の「分配」
が可能だということは、資本主義システムのもとでさえ証明されている
ではないか。 共産主義社会でもまた、国家が生産を「管理」することはないし、
国家が生産物を「分配」するわけでもない。それは協同組合の中央委員会で
行うことである。むしろ、かように無用の邪魔者であることがますますばれてき
ている国家を完全に廃棄することこそが、共産主義者の任務なのだ。
827Kurihara:03/11/26 17:43
「もし協同組合連合会が共同計画に従って全国的生産を調整し、
こうしてこれらを彼ら自身の統制下におき、そして資本主義の
宿命である不断の無政府状態と周期的な痙攣(恐慌)とを終息
させるべきであるとするなら、――諸君よ、それが共産主義以外
の――「可能なる」共産主義以外の何ものであったであろうか?」
(マルクス『フランスの内乱』)
828Kurihara:03/11/26 17:46
>従って、政治権力(国家)なしに、生産の「管理」や生産物の「分配」
が可能だということは、資本主義システムのもとでさえ証明されている
ではないか。

以下に訂正。

>従って、政治権力(国家)なしに、生産の「管理」や生産物の「分配」
が「極めて不十分な形でではあれ」可能だということは、資本主義システム
のもとでさえ証明されているではないか。
829考える名無しさん:03/11/26 17:57
協同組合の中央委員会が生産を調整し、管理するんですね。
それはむろん全国的に行われると思いますが、
従わない所がある場合はどうするんでしょうか?
委員会の強制力の根拠はどこにあるんでしょうか?
なんらかのMachtが必要じゃないですか。
830Kurihara:03/11/26 18:03
資本主義では、生産の管理が杜撰であるがために、それは掛売り、掛買い
などの投機を生むし、その信用の崩壊としての恐慌が不可避となる。
そして、資本主義では、生産物の分配が所有関係に制約されるので、
そこでは貧富の格差(生産物の分配の不均等)が不可避となる。

そのような不都合、矛盾を取り除くのが、マルクスのいう協同組合連合会
の任務にほかならない。マルクスはそれらブルジョワ生産の矛盾を
国家によって解消しようなどとは一度も考えたことはない。それはむしろ、
マルクスに敵対し、鉄血宰相ビスマルク(ドイツのボナパルティスト)
に媚を売ったラサールの考えであるにすぎない。
831Kurihara:03/11/26 18:09
>なんらかのMachtが必要じゃないですか。

ラサールならそう考えただろう。だから、彼は宰相ビスマルクという
権力そのものの協力を仰ごうとした。マルクスは、無論、
ラサールの国家社会主義を罵倒している。
832考える名無しさん:03/11/26 18:19
エンゲルスもそうなん?
833Kurihara:03/11/26 18:34
エンゲルスがラサール亜流の国家社会主義であるという
俗見が未だ根強いが、それは誤解だ。もしそうなら、
マルクスこそがエンゲルスをやっつけていただろう。

エンゲルスはマルクス死後、社会民主党がラサール主義、
日和見主義になびくことに最後まで抵抗したし、むしろ、
そうすることでマルクスの意志を最後まで受け継いだ数少ない人
の一人(最大の一人)だったといってよい。

エンゲルス死後のマルクス主義者の堕落振り(マルクス=エンゲルスの事実
上の無視)は、カウツキーなどをみれば明らかだが、レーニンはそれ
を批判し、マルクス=エンゲルスの本来の立場に回帰することを盛ん
に説いた人だ。
834考える名無しさん:03/11/26 18:34
委員会は従わないところを平和的に説得して回るんですか?

権力を憎むものが、自ら権力者や独裁者になってしまうことはありませんか?
フランス革命のあのなんていう名前だったか・・・。
ロベスピエール?の恐怖政治みたいな事を想像しますよ。

われわれにとって共産主義は、乗り越え不可能な地平である、
とメルロ=ポンティだったかが、共産主義に同情の視線を寄せつつも、
どっかで言ってたと記憶しますが(あいまいですいません)、
自分もそんな気持ちですね。
マルクスの哲学的、理論的な側面はとても尊敬していますよ。
勉強中ですが。
835Kurihara:03/11/26 18:45
>われわれにとって共産主義は、乗り越え不可能な地平である、
とメルロ=ポンティだったかが、共産主義に同情の視線を寄せつつも、
どっかで言ってたと記憶しますが(あいまいですいません)、

サルトルの誤り。

>権力を憎むものが、自ら権力者や独裁者になってしまうことは
ありませんか?

それはむしろアドルフ・ヒトラーのケースだ。マルクスらは、
権力を憎んでいたのではない。権力「死滅」のための経済的条件を
探ったまでだ。
836考える名無しさん:03/11/26 18:47
なんだか読んでて混乱してしまいました。
共産主義社会とアナキズムとでは、
明確に区別できる点はあるのでしょうか?
837Kurihara:03/11/26 19:02
>明確に区別できる点はあるのでしょうか?

無理に区別すべきでもない。むしろ、アナーキストと
共産主義者は国家死滅の理念を共有しているのだから、
共闘すべきである。
838Kurihara:03/11/26 19:31
>委員会は従わないところを平和的に説得して回るんですか?

生産手段の高度の集積・集中を前提にして共産主義社会は生成するので、
「従わないところ」(おそらくこれはプチブル的小経営者だろう)
は既に撲滅されているのが実情だろう。無論、撲滅するのは共産主義者
ではない。生産手段を小生産者(プチブル的小経営者)から収奪し、
それを中央に集中・集積するのは資本主義者(独占資本)の任務であるからだ。

そのような独占資本を最終的に収奪し(収奪者を収奪し)、それを協同組合的生産に
移行させるのが、共産主義者の任務である。レーニンが、独占資本主義(帝国主義)
こそがプロレタリア革命の前夜を画するといった所以であろう。
839考える名無しさん:03/11/26 22:39
亀井静香(東大経済学部卒)の愛読書は「資本論」

http://www.mainichi.co.jp/eye/iwami/kinbun/2002/0601.html
840考える名無しさん:03/11/26 23:03
ウヨクでマルクスを評価しているやつでは、他にハイデガーもいるな。
たしか、「西洋哲学の到達点。生まれたての哲学にすぎない現象学とくっつけるサルトルはアホ」
みたいな感じ。
841考える名無しさん:03/11/26 23:26
逆に共産党の志位がマルクスを挙げていないことが笑える。

志位和夫 ロラン「ベートーヴェンの生涯」
842考える名無しさん:03/11/26 23:42
ヴァレリーも右翼ってわけではないけど
「資本論」を高く評価している
843考える名無しさん:03/11/26 23:52
盛り上がってるところ悪いけど、マルクス主義は歴史の事実において
破産しているんじゃないの。
共産主義を本気で目指している人はもう世界中捜してもあんまりいないでしょ。
「国境を越える資本主義」対「資本の暴力から弱者を守る福祉的官僚国家」という
対立がリアルなんじゃない。「国家は抑圧的でイヤだから共同組合かNGOか
何かによる自由な連帯で」とかいう方向に展望は感じられないけどね。
844考える名無しさん:03/11/26 23:53
>>841
多くの共産主義者はマルクスを「愛読書」という実感を持つことはないと思われ。
私もそうだが。
845DISCORD:03/11/27 00:00
>>844
>「国境を越える資本主義」対「資本の暴力から弱者を守る福祉的官僚国家」

というのが最新の仮象だと思うのだけれど。
846考える名無しさん:03/11/27 00:02

ユートピア は、夢の世界で見るもの

「資本論」は、歴史書とみて読むべきである。

経営者が「プレジデント」で、「三国志」を語るように・・・


なんちって


847Kurihara:03/11/27 00:07
>「国境を越える資本主義」対「資本の暴力から弱者を守る福祉的官僚国家」という
対立がリアルなんじゃない

DISCORDさんの言う通り。両者は「対立」しているのではなく、その実
相互に補い合っているにすぎない。むしろ、これが一番質が悪い。
第二インターナショナルの反復に過ぎないという点でも。

「国境を越える資本主義」とは帝国主義のことだが、それは低開発国を
国ごと搾取することで、その分け前を、自国の労働者(労働貴族)に「分配」(それが
あたかも”福祉”のように映る)し、よってもって「資本の暴力から弱者を守る
福祉的官僚国家」をあくまで自国内で「のみ」欺瞞的に作るに過ぎないわけで。
848考える名無しさん:03/11/27 00:17
>>847
だから、資本主義は現時点では「乗り越え不可能な哲学」なんだよ。
自国内で福祉的官僚国家ができれば上等でしょ。それ以上の展望なんて、
マルクス主義をいくらこねくり回したってこれっぽっちも開けやしないよ。

849Kurihara:03/11/27 00:21
>自国内で福祉的官僚国家ができれば上等でしょ。

出た!!ボナパルティズム、ファシズム!!
850DISCORD:03/11/27 00:24
>>847
現実問題としてはそれが一番まずいと思う。日本がそうだから(笑)。
なにしろヒトラーが羨望したくらいの均質性を持った国なわけですし。
社民ファッショに走る可能性大だと思う。なので私は逃げる準備を
しようかと思ってます。
851考える名無しさん:03/11/27 00:26
>>838
それを中央に集中・集積するのは資本主義者(独占資本)の任務であるからだ。

そのような独占資本て、大分前に無くなってるんじゃないの?
そうだとしたら、未だに撲滅などされてませんが、又独占資本が出てくるということ?

852考える名無しさん:03/11/27 00:29
>>838
独占資本がいつ無くなったって?
853852:03/11/27 00:30
まちがえた。
852は>>851へのレス
854Kurihara:03/11/27 00:32
>そのような独占資本て、大分前に無くなってるんじゃないの?

あなたの脳内だけで消されたんじゃないですか?

>又独占資本が出てくるということ?

持ち株会社解禁になったので、独占資本主義が今以上に強化される
でしょう。
855考える名無しさん:03/11/27 00:51
(プ



856817:03/11/27 03:24
>823

だから、真の民主主義ってなんじゃいな、ということです。
またプロ独が永遠のものではなく過渡的なものだと言うことは
わかりますが、しかしプロ独を通る必要があるならば、その
成立には根拠がなければなりませんが、まったくそれが
見えない、と言っているわけです。

そもそも「多数者たる」プロレタリアートが、自らの存在を認識して
立ち上がるなんて事があり得ない。利害は一致しないから。

過渡的であっても対自の段階で捨て置いちゃ理論として
成り立たないでしょ、即自かつ対自の存在としての理論構成を
展開してくださいな、といっているのです。
857817:03/11/27 03:33
>825

プロ独の段階では国家に権力が集中しますが、
その場合の官僚組織も、国民のあらゆる生活に
密接につながっているものであると言えます。
複雑さは、もちろん高級官僚の恣意的な部分も否め
ませんが、それが国民の全生活に密着している
ものだからでしょう。それを「簡単に」単純化なんて
できると思います?机上の空論だ。

プロ独が少数者の独裁に転化せず、社会主義・共産主義
の段階に移行していくには、官僚組織の把握が社会の
全成員に可能であることが必要ですが、官僚機構の
意味のある煩雑な部分が実に技術的な部分であることを
鑑みれば、その力は教育に待つことになるでしょう。
となると、ここでも理解できない古い世代と理解できる
新しい世代の対立が生まれる。常に状態は不均衡
であり、矛盾は常に生まれ続ける。

知の少数による独占を、権力の執行機関が存在する
状況の下でどう達成するのでしょうか。わからない。
858Kurihara:03/11/27 17:57
>だから、真の民主主義ってなんじゃいな、ということです。

プロ独が少数者の独裁に転化せず、社会主義・共産主義
の段階に移行していくには、官僚組織の把握が社会の
全成員に可能であることを必要とし、その必要を満たすことを、
真の民主主義という。その力は教育および科学技術に待つことになるでしょう。
その教育及び科学技術の力が、理解できない古い世代(ブルジョワ)に対する理解できる
新しい世代(プロレタリアート)の絶対的優位を作り出し、そして、
新しい世代が死せるゾンビのような世代を闘争で死滅させ、もって常に
状態の均衡を作り出し、矛盾を解消する。そして晴れて国家は解消し、
プロ独は解除される。

かつて少数が独占していた知を多数派の共有に移し、権力の執行機関を
誰にでも参加可能な形態で存在するよう状況を整備・達成するのがプロ独
(多数派の支配)の課題である。それは実に明瞭なことで、わからないと
いうことはあり得ない。
859考える名無しさん:03/11/27 18:11
>858
>プロ独が少数者の独裁に転化せず、社会主義・共産主義
>の段階に移行していくには、官僚組織の把握が社会の
>全成員に可能であることを必要とし、その必要を満たすことを、
>真の民主主義という。その力は教育および科学技術に待つことになるでしょう。

社会の全成員には乳幼児や重度の知的障害者等も含まれるが、
彼等に官僚組織を把握することが可能と言うのか?
860Kurihara:03/11/27 18:18
「国民の全生活に密着している」とされるブルジョワ官僚制
の”国民生活への密着振り”は、以下のようなものを指すようだ。

「自殺者の手紙:役所で冷たい扱い 死を決意した経緯をつづる」 
ttp://www.mainichi.co.jp/news/selection/20031125k0000e040066000c.html

なんという国民生活への”密着振り”だろうか!!

その”密着振り”への国民の声は以下である。

Aさん「ダニは寄生している相手を殺すことはない。
ダニ以下の役人、税金泥棒は上からしたまでクズ以下だ。平気で人を殺す!
財政の破綻以前にこんな馬鹿野郎が役所の末端まで居ることが、
もう国家は破綻している! 」

Bさん「同意です。癌細胞ばかり増殖すればどうなるか、
脳みその無い癌細胞にはわからないのでしょう。」

Cさん「襲うならば公務員、裁判官、弁護士などの寄生者。
裁判官と弁護士も似たりよったり。
俺も食い詰めたらトラブルにつけ込み偉そうにするお
偉方を狙う。もし俺がこのような目にあったならば必ず狙う。
そして死を覚悟している。」

国民生活への”密着振り”という代わりに、国民生活への”寄生虫振り”
といったほうが適切であろう!
861考える名無しさん:03/11/27 18:23
ソースが完璧だな
862Kurihara:03/11/27 18:24
>社会の全成員には乳幼児や重度の知的障害者等も含まれるが、
彼等に官僚組織を把握することが可能と言うのか?

揚げ足取りご苦労!

その程度の疑義は、マルクスが
「ゴータ綱領批判」で回答済み。
863Kurihara:03/11/27 18:25
864Kurihara:03/11/27 18:28
>そのような独占資本て、大分前に無くなってるんじゃないの?

あなたの脳内だけで消されたんじゃないですか?

>又独占資本が出てくるということ?

持ち株会社解禁になったので、独占資本主義が今以上に強化される
でしょう。
865Kurihara:03/11/27 18:34
マルクスに対し「何でも反対」の人たちは、実際、
この程度でしかないのですね。分かりましたね?皆さん。
866Kurihara:03/11/27 18:35
はい。
867Kurihara:03/11/27 18:36
よろしい!
868Kurihara:03/11/27 18:38
先生勝ちたいです。
869考える名無しさん:03/11/27 19:00
共産主義の支持者のあまりもの少なさによくもそう楽観的になれるものですね。
それが、いかに正しくとも人口の半数近くくらいにでも支持者(それも相当質の良い)を
得ないことには現実味に欠けると思われ。
哲板でアジするのではなく、ぜんぜん関係ない板でアジすべきなのでは?         
870考える名無しさん:03/11/27 19:57
そだね、半角板とか。
871Kurihara:03/11/27 20:18
先生、次の会場はどこですか?
872考える名無しさん:03/11/27 21:11
>>865
確かに酷いな。
結論が>>869では。
873OFW:03/11/27 21:37
>>857(817さん)
 横レス失礼
>官僚機構の意味のある煩雑な部分が実に技術的な部分であること
 とは、具体的にどのようなことを指しているのかな?
 官僚主義とは<統治の技術>であり、殆ど無意味な部分から構成されている。
 元禄時代の謂いなら、「浅野殿、勅使接待役の作法をご存知かな?」
 現代の謂いなら、「提出された申請書は古い書式のため、受理できません。」
874考える名無しさん:03/11/27 22:20
そもそも、マルクスって哲学者じゃないんじゃないの。単なる社会思想家でしょ。
「弁証法的唯物論」が哲学だというんならそれでもいいけど、それと
特定の「価値観」(歴史観だの政治思想だのあるべき社会像だの)と、何の
必然的関係があるのか理解できない。きちんとした説明を読んだこともない。
弁証法的唯物論を信じている天皇制ファシストがいたって、イデア論を信じる
共産主義者がいたって、何の不思議もないと思うが。
875817:03/11/27 22:56
長文です。スマソ

(その1)
>858
レスどうもです。

きちんとまとめないで言うからいけませんね。
1:物事の発展は即自→対自→即自かつ対自の行程を取ります。
理論も例外ではなく、真の独立した理論(即自かつ対自)が
発展するときには、その批判という形を取ります。が、批判が
即新しい理論になるわけではありません。
>817で言いたかったことの一つは、ブルジョワ独占の批判はわかるし
それと対置する形でプロレタリア独占を持ってくるのはよいとしても、
それではプロレタリア独占という形態は、概念として独り立ちしない
とおもったのです。
876817:03/11/27 22:56
(その2)
2:そして、>769で語られた範囲だけでも、プロレタリア独占の形態は
あり得ない、と思えたのです。それを以下に展開します。
a)プロレタリアについて
現在のブル独からプロ独に移行する条件についての話です。武力だろうが
選挙だろうが、政権移行が起きる際の絶対条件は多数派の形成です。
現在日本に置いてもプロレタリアは概念上存在しますが、それが政治の変革に
立ち上がるためには、自らをプロレタリアだと認識する多数者が必要です。
それも、同時にです。しかし、今の日本でそんなことあり得ますか?途上国
ならともかく、<革命に携わらざるを得ない>と多数が感じる状況になるなんて
あり得ない。所々、ほころびはありますが( >863の例)、多数が同時に革命を
欲する状況は、そのテコである物質的貧困が全面的でないこと、イデオロギーの
再生産が日々行われ、そのあり方も巧妙になっている中で、あり得ないと思う。
(だから革命は発展途上の国で行われる)
877817:03/11/27 22:57
(その3)
b)官僚制に移行しない統治の仕方について
プロ独から社会主義・共産主義に移行する条件についての話です。プロ独の段階では、
1)概念上では多数者でも、「プロレタリア」の様々な利害は一致していない
(だからこそ議会がある)。ところで議会が国民の利害関係にほぼ一致しているとして、
3つ以上の党・会派・派閥つまり集団があれば、どの一つも常に全体から見れば少数。
2)また、政府=執行機関は常に少数である。
という二つの少数が存在します。そしてこの少数は常に多数者(大衆)よりも知を独占しています。
1)はいくつかの集団がそうでしょうし、2)は常にそうです。そして実際に権力を握るのも
この少数です。この少数が権力を独占しないための客観的な条件が
真の民主主義の達成ですね。すなわち
>官僚組織の把握が社会の
>全成員に可能であることを必要とし、その必要を満たすこと
878817:03/11/27 22:58
(その4)
つまり、教育によって成員の大多数が具体的な官僚組織の内実について知って
いること、技術の発展で誰もが権力装置を把握し操作できるようになることなどですね。
社会の誰もが突出した力をもてない状況になれば、権力の集中はあり得ません。
しかし、これは要するに時間がかかると言うことです。つまり、必ず空白が生まれます。
教育の力に待つ、とか、新しい世代、とか言う言葉が出てくるならば、それはかなり長い
期間と考えざるを得ません。10年やそこらでどうなるものでもない。
そのときに、先ほど上げた2つの少数者が権力を独占しない保証はどこにあるのでしょうか?
この保証がなければ、プロ独の段階を「多数者が少数者を抑圧する」とは言えないと思う。

以上
879考える名無しさん:03/11/27 22:58
>874

意味不明。もうちょっとわかるように言って。
880考える名無しさん:03/11/27 23:15
>つまり、教育によって成員の大多数が具体的な官僚組織の内実について知って
>いること、技術の発展で誰もが権力装置を把握し操作できるようになることなどですね。

こんなことが可能?権力装置を把握し操作って具体的には?
881考える名無しさん:03/11/27 23:15
>873

うまく説明できるかわかりませんが、わたしが仕事としている
事務系の業務は、お役所的な煩雑さを感じることもありますが、
それ自体必要だと思える点で複雑な部分がたくさんあるので。

うまく説明できるかわかりませんが、行政の執行でもっとも重要
なのは、予算の執行だと思います。しかし、たとえば農業予算
一つ取ったって、この予算がこの額であると言うことを説明するのは
容易ではありません。農作物は非常に多種にわたっており、
それぞれがそれぞれの独自の技術を持ち、必要とされる予算も
違います。また、地域の地政学的な独自性もあります。必要な
部分の予算配分を決めるにはそういった全国の膨大な資料を
集め、総合的に判断することとなります。これには時間と人員が
必要です。逆にこの人たち以外には、本当のところ正しいのか
わかりません。
専門性は恣意的ではなく、こういった現に存在する物質的条件
に由来すると思います。農業予算一つでも正確な把握が非常に
難しいのに、社会の運営の対象は多岐にわたります。なので、
それを誰もが一元的に理解できる状況なんて、SFでもない限り
あり得ない。そして、そこに官僚が生まれる根拠もあると思う。

たしかに今の、公共事業に50兆社会保障に20兆という予算は
容易に権力の綱引きだとわかりますが (w
882817:03/11/27 23:20
>880
俺もよくわからない(w しかしこれがないとプロ独は社会主義・共産主義に
転化できない。誰か説明して

>881
ハンドル忘れてました。
883Kurihara:03/11/27 23:30
>ブルジョワ独占の批判はわかるし
それと対置する形でプロレタリア独占を持ってくるのはよいとしても、
それではプロレタリア独占という形態は、概念として独り立ちしない
とおもったのです。

やれやれ。プロ独が共産主義への「過渡期」だと前に述べたはずだが。
ブルジョワ独裁がプロレタリア独裁によって揚棄されるのと同様、
プロレタリア独裁もやがては、共産主義によって揚棄されるものに
過ぎない。いったい、いつ誰がプロ独がブル独に「批判的」に取って代わる
べき最終形態だと述べただろうか?
884考える名無しさん:03/11/27 23:37
>>876

>しかし、今の日本でそんなことあり得ますか?

日本の一国革命を暗黙裡に想定していませんか?
プロレタリア革命は世界革命ですから、
「今の日本」の状況が革命的でないことは決定的な問題にはならないと思います。
885DISCORD:03/11/27 23:44
817さんへ
一連の文章、面白かったです。勝手な想像ですが、817さんはプロ独、というか
マルクス主義の空想的思弁性に不満があるとお見受けしました。そうだとしたら、
それには概ね賛成です。

>社会の運営の対象は多岐にわたります。なので、それを誰もが一元的に理解できる
状況なんて、SFでもない限りあり得ない。

というのも当然です。しかしながらそのような理想状態(理念)を実現することが
出来ないからという理由で現状を肯定してしまうと、というか現状を乗り越え
不可能な地平として見てしまうと、また別の悪循環にはまってしまうと思う。
軽薄な言い方かも知れませんが、革命とは現実的素材を簒奪、改造しながら
もっと気楽にやるものだと思います。

886Kurihara:03/11/28 00:03
SFではない。問題は単なるサイエンスであり、
単なるテクノロジーだ。OA化を拒む役所などは
単に時代遅れのクズであり、潰すべき対象でしかない。

柄谷氏 本当のIT革命というのは森首相みたいな人が不要に
なるということなんです。

坂本氏 行政も、ネットを使って分散化できると思いますし。

柄谷氏 官僚機構の3分の2はいりませんね。税金もそんなに
いらなくなる。

坂本氏 小さい政府が実現する。

柄谷氏 現在起こっている不況というのは、単なる景気循環
ではないと思う。マルクス的にいうと、新しい生産力に対応
する生産関係が生まれるまでは続く問題です。大事なのは、
その転換をできるだけ犠牲を少なくして果たすことです。
その場合、「弱者の保護」と言いながら、実際は、既得権を守
るための保護でしかない。そのために、銀行保護や公共事業
などに、莫大な税金やいずれインフレで二束三文になる国債
が投下されている。

ttp://www.mainichi.co.jp/eye/taidan/sakamoto-karatani/02.html

887817:03/11/28 00:05
>883

レスどうも。
どうもずれているみたいです。それと、その部分は導入なので
あまり重視しないでください。
888Kurihara:03/11/28 00:12
>その部分は導入なので
あまり重視しないでください。

おやおや。導入が誤りならば、そこから出る結論も
誤りだということを単に指摘したのだが。
889817:03/11/28 00:14
>886

でもやっぱ書こう (w

具体的に日々事務的業務に関わっているものから
すると、全員がその内容をわかるなんてちっとも
現実味を感じられないのですよ。
それは徹底的にOA化を進めたところで(というか、
むしろ進めれば進めるほど)そんなこと不可能だと
思うのです。
たとえば決算書はOA化によって作成が非常に
簡単になりましたが、その運用と読解はあくまで
知識と「慣れ(これとてもとても重要)」の問題です。
また、日々の税金や社会保険の引き去り、給付など
の実務も、理解は難しい、というのも、担当者以外は
ほとんどふれない部分であり、知識はあっても慣れが
ないと理解に非常に時間がかかる(これも重要)のです。

知識が慣れ(反復によるエクササイズ)と時間を要求
するのならば、そこに分業はどうしても生まれるのです。
そして分業が生まれた以上は、知識の偏在はかならず
生まれるのです。そういうことですよ。

脳に直接イメージをインプットしない限り、全構成員による
全社会の把握なんて夢物語です。
890817:03/11/28 00:15
>884

なるほど、そうですね。
891Kurihara:03/11/28 00:21
>知識が慣れ(反復によるエクササイズ)と時間を要求
するのならば、そこに分業はどうしても生まれるのです。
そして分業が生まれた以上は、知識の偏在はかならず
生まれるのです。そういうことですよ。

まさにやれやれですな。一体誰が「分業の廃止」を唱えたか?
マルクスは「固定化された」分業を廃止せよといったまでだ。
事務労働やった奴が一年後には農民やっている社会が共産主義だ。
そして、農民が今度は事務をやる。そのためには業務の機械化と
単純化が不可欠ということだ。教育と科学技術がそれを解決する。
892817:03/11/28 00:27
>885

はい。あくまでマルクス自身は否定する「マルクス主義」の
思弁性についてですが。
古い理論は古い時代の言葉、文脈、構造で語られることが
多いので、時に理論そのものとかけ離れていってしまいます。
けれど革命の言葉は、やはり大衆に理解されないといけない。
昔は革命かはかっこよかったし、その言葉も力強かったので、
ついしゃべっていると気持ちよくなるのですが、ある意味すっかり
その用語・語調が古い時代を想起する形で浸透してしまった
今では、理論の精髄よりもその雰囲気のみが一人歩きします。
だから、理論は常に現象とは一致しないとしても、そして理論的な
認識の訓練を積まなければ人は常に現象とイデオロギーで物事を
とらえるのですから、多くの人に理論を浸透させたければ、現象と
理論とをつなぐ架け橋としての言葉が必要だと思うのです。

現状を肯定しているわけではなく、ではその現状を乗り越える
概念が、たんに現状を否定するだけの空疎な言葉ではいけない
と考えるわけです。ですので、疑問点を述べたのです。

ちょっとマジレス (w
893考える名無しさん:03/11/28 00:31
プロ独の前にロボットにすべて任せられる時代が来ないか?
894884:03/11/28 00:31
プロレタリア独裁理論が思弁的ならば、
現在のブルジョア体制が自由と平等を実現するという発想や、
あらゆる権力を認めずに共産主義への直接移行を目指すアナーキズムは、
プロレタリア独裁理論よりも思弁的ということになるでしょうね。

レーニンは「国家と革命」のなかで、
「プロレタリア階級独裁を承認するものだけが、マルクス主義者である」
と言っているわけですが、型にはめられた無謬の独裁体制を想定しているわけではなく、
「資本主義から共産主義への過渡期は、もちろん驚くべく豊富で多様な政治形態を持たざるを得ない」
とも言っています。ここには思弁のひとかけらも無いでしょう。
895DISCORD:03/11/28 00:37
>>889
>全構成員による全社会の把握

というのを誤解していると思う。817さんは「絶対知」のようなものを
想定しているのではないか。それをお題目にしているのは逆に資本制のほう
であって、それは、現在、過去、未来を透過的に把握することは可能なのだ、
という資本制の宗教だと思う。年金問題などは特にそう。幻想を現実として
無理に把握しようとするから、「実務」が無意味に煩雑化する。ただそれだ
けのような気がするのですが。
896Kurihara:03/11/28 00:45
>プロ独の前にロボットにすべて任せられる時代が来ないか?

資本の有機的構成の高度化は人間労働を産業ロボットに
置き換える傾向があるのは確か。資本家の夢というのは、
多くの産業分野を機械化し、オートメーション化すること
にあるので、ロボットや人工知能は今度否応なしに発達する
のは間違いない。それが逆に、人間から仕事を奪い、失業率
の悪化を招くだろうが。「ターミネーター」や「マトリックス」
の世界はそういう資本主義の逆ユートピアを「SF」的に
描いている。
897884:03/11/28 00:46
>>889
現代社会では、国家においても企業においても、膨大な文書類が出回っていますが、
そのうちの多くは、私的所有の権利関係の確認のためにあると思われます。
「税金」も「社会保険」も、
ブルジョア社会だからこそ存在しているのです。

現在の過度に複雑になった、
ブルジョア的権利関係処理業務(極端に言えば、ホワイトカラー層の仕事の大部分はこれです)は、
共産主義社会では全く不必要になることをお忘れなきよう。
898817:03/11/28 01:04
>888

んじゃ書こう。

プロ独がブル独と社会主義・共産主義に時期的に挟まれている
社会の概念だと言うことはわかります。しかし、ブル独という社会の
期間が存在する以上、それは両者とは違う独自の構造を持つでしょう。
その構造についての記述がないので、あのように書いたわけです。
だんだん展開されてきましたが(w
899考える名無しさん:03/11/28 01:12
良スレになってきた
900DISCORD:03/11/28 01:21
いや、-マルクスその可能性の中心-というスレタイを持つ以上、こんなもの
では良スレとはいえない。
901817:03/11/28 01:40
>877 >878 で書いた、プロ独→社会主義・共産主義への移行については
皆さんいかがですか。

>884
おっしゃるとおりですね。
多様な形態の中には、しかし独裁は含まれないと思います。
プロ独→社会主義・共産主義への移行の根拠はなんでしょう?
902労働者:03/11/28 01:44
 思弁でないなら、早くマルクス主義はどうやったら可能なのか。失敗せずに
どうしていくのか、まとめてくれ。

903考える名無しさん:03/11/28 01:52
ここのスレの人で分析的マルクス経済学やっている人いる?
904考える名無しさん:03/11/28 01:56
正面切って「共産主義」と名前を付けるからダメなのではないか。
「お茶飲み同好会」などの名前にして「優秀な人材」をだまくらかして
洗脳してしまえばいいのである。
「語りえぬものについては沈黙しなければならない」
905Kurihara:03/11/28 02:03
>しかし、ブル独という社会の
期間が存在する以上、それは両者とは違う独自の構造を持つでしょう。

当たり前だ。

>その構造についての記述がないので、あのように書いたわけです。

そんなものはマルクスの全著作に幾らでも書いてある。
906Kurihara:03/11/28 02:05
>現代社会では、国家においても企業においても、膨大な文書類が出回っていますが、
>そのうちの多くは、私的所有の権利関係の確認のためにあると思われます。
>「税金」も「社会保険」も、
>ブルジョア社会だからこそ存在しているのです。

>現在の過度に複雑になった、
>ブルジョア的権利関係処理業務(極端に言えば、ホワイトカラー層の仕事の大部分はこれです)は、
>共産主義社会では全く不必要になることをお忘れなきよう

まったく同意ですね。
907817:03/11/28 02:07
>891
>895
>897
わたしも「分業の廃止」は言っていないですよ。
ただ、分業がある限り知識の偏在はどうしても
残ると言っているだけです。
また、資本の私的所有は解消されますが、
個人的財貨の私的所有は残りますよね。その
記述は、無人トンのロビンソンの伝統よろしく
残り続けるとは思います。それも結構面倒。

しかし、うーん、社会主義・共産主義段階なら、確かに
「権力の発生があり得ない」物質的条件はありえる
かもしれませんね。ちょっと、制止的にものを見て
いた気がします。分業による知識の偏在も、将来の
高度に発達した技術と教育された人間からすれば、
動的に解消されるのかもしれませんね。すべて
短期的に解消されて、「だいたいで、いいじゃない」
と言う感じに解消するのですかね。どんぶり勘定を
許せるほどに人間が物神から自由になったときには
独占という思考そのものが陳腐化されてしまうのでしょうね、
盗難という概念そのものが消えるように。
現時点で社会主義・共産主義での権力の存在基盤の
消滅については何となく納得しました。
908817:03/11/28 02:08
>905

>そんなものはマルクスの全著作に幾らでも書いてある。

それを言っちゃあ、おしまいですよん (w
909DISCORD:03/11/28 02:10
>>904
「〜とは何か」形で共産主義を定義すると誤読される。ユートピアニズム
とか。だからといって、「語りえぬものについては沈黙しなければならない」
と諦める必要も無い。「剰余価値消滅運動」あたりがいいと思う。
910Kurihara:03/11/28 02:18
>>897>>877>>878への最良の反駁になっているのは、
皆さん、無論お気づきだとは思います。

これでプロ独論争は終了だと言っていいでしょう。
後は単に不毛です。
911Kurihara:03/11/28 02:37
>また、資本の私的所有は解消されますが、
個人的財貨の私的所有は残りますよね。その
記述は、無人トンのロビンソンの伝統よろしく
残り続けるとは思います。それも結構面倒。

こういうのを見ると、この人は生産手段と生活手段の
区別もついていないらしいのが分かる。そして、「資本論」
第一巻の蓄積論の結論と、それへのエンゲルスによる
「反デューリング論」での解説を知らないと見える。

ところで、マルクスは「資本論」の中で、生産手段が共有された
自由人の共同社会ではかえって、「無人島のロビンソン」の労働が
発展的に回帰すると述べている。

「最後に、気分を変えるために、共同の生産手段で労働し
自分達のたくさんの個人的労働を自分で意識して一つの
社会的労働力として支出する自由な人々の結合体を考えてみよう。
ここでは、ロビンソンの労働の全ての規定が再現するのであるが、
ただし、個人的にではなく社会的に、である。」
(「資本論」1、p145、国民文庫)

「それも結構面倒」だって!!何が「面倒」だというのか?
ロビンソンの自己労働が回帰したら、確かに、他人の労働を
搾取して生きるブルジョワは「面倒」な目に遭うだろうが。
912考える名無しさん:03/11/28 03:08
ロビンソンの話は有名だから、態と出したのでは?
どういう意図かは知らないけど。
913Kurihara:03/11/28 03:18
「資本の私的所有」という言い方もまたすごい無知を曝け出している
。生産手段の私有形態が資本なのであって、故に「資本の私的所有」
などという言い方は、馬鹿げたトートロジーに過ぎない。
914817:03/11/28 07:50
>910

そうかなぁ?
わかりが悪くてごめんね。じゃあ、なんで権力を奪取した
過去の「社会主義国」は独裁に転じていったの?
その点について書いたつもりなんだけど。
915817:03/11/28 07:51
>913

はい。訂正します。おっしゃるとおり、用語は性格に使わないとね。
916Kurihara:03/11/28 17:46
>じゃあ、なんで権力を奪取した
過去の「社会主義国」は独裁に転じていったの?

何度も繰り返しになるが、共産主義の低段階を俗に社会主義
というが、従って、社会主義段階でさえ、プロ独は解除され
ねばならない。なぜなら、プロ独は、資本主義から社会主義(低次共産主義)
への過渡期の形態だからだ。だから、「「社会主義国」は独裁に転じていったの?」
という問いに立て方自体、あからさまな無知の表明でしかない。

言っておくが、プロ独の段階では「均衡」などありはしない。そこにはなおも
残存するブルジョワ勢力(資本家、常用官吏、常備軍)との熾烈な階級闘争があり、
むしろ、プロレタリアートが「権力を奪取した」そのときこそ、不均衡の絶頂を画し、
いわば「内乱」「内戦」の段階を迎える。パリ・コミューンがそうであったよう。
単純に言えば、プロ独の段階には何の安定(均衡)もないし、平和もない。
そこにあるのは、純然たる「内乱」だけだ。

共産党独裁など、プロ独とは何の関係もない。それは単に、自称社会主義官僚、その実、
偽装したブルジョワ官僚の勝利を意味しただけだ。現に、元自称社会主義官僚(KGB)の
プーチンは、ソ連崩壊後の資本主義ロシアの大統領を現在平然とこなしているではないか。
従って、共産党独裁などは、プロ独の敗北を意味するに過ぎない。ソ連は、社会主義ではない
ことは無論、プロレタリア独裁さえ実現しなかった。それは、偽装せる国家独占資本主義に
過ぎなかった。
917考える名無しさん:03/11/28 17:59
いやだから
>つまり、教育によって成員の大多数が具体的な官僚組織の内実について知って
>いること、技術の発展で誰もが権力装置を把握し操作できるようになることなどですね。
こんなことが可能?権力装置を把握し操作って具体的には?

答えて下さい
918Kurihara:03/11/28 18:05
何度も繰り返しになるが、そんなものはマルクスの全著作に幾らでも書いてある。
だから、「こんなことが可能?」という問いの立て方自体、あからさまな無知の表明でしかない。

これでプロ独論争は終了だと言っていいでしょう。
後は単に不毛です。
919Kurihara:03/11/28 18:16
差し当たって、今までの行論を総括しよう。

プロ独に執拗に敵対を表明したくろしろ氏、及び、817氏のような
公務員とその亜流(専属事務員)に目立った傾向はまず、「分業の礼賛」
である。彼らは、精神労働と肉体労働とが固定化された分業下で対立することを
教育の差などを理由に、あからさまに肯定し、「このような知能労働は自分達に
にしかできない」などのような自惚れと思い上がりを表明、ツンフト親方
さながらの偏狭さ・狭量さを示している。そして、既得権益にしがみつき、
分業の固定化を礼賛し、物神化し、もって、神秘化している。彼らは、「これらは
自分達にしか出来ない」という排他的な業務独占を肯定することで、分業を固定化し、
故に、階級制度を固定化し、それを永遠化しようと必死なのだ。

次に、彼らは、一見するに、マルクス的共産主義に「共感」を示しているかのように
見える。故に、懲りずに、このマルクススレに「参加」したがるのだろう。
しかし、この手の公務員とその亜流こそが、最も危険な連中なのだ。彼らは、
そのあからさまな分業固定化礼賛によって、固定化された分業の廃止、精神労働と肉体労働の対立の
廃止をその究極目標に掲げるプロ独を「不可能だ」「無理だ」とブルジョワ的月並み文句を
もって平然と裏切るに決まっているし、そして、ブルジョワ官僚制、最も神秘化されたその固定分業体制
をそのなかにこっそりもちこむことで、プロ独を彼らが一見反対を表明しているかに見える
党の独裁に転化させるにのに決まっている。これ以上のアイロニーもなかろう。

とにかく、この手の連中の分業固定化礼賛、分業神秘化、分業フェティシズムが、
最も危険なのであり、分業の固定化を永遠の自然必然性であるかのように思い上がって
錯覚しているこの連中こそ、マルクスを最も巧妙に裏切り、固定化された分業、階級制度の
永遠化を目論むことで、マルクスの共産主義の理念を完全に否定しているのだ。
920考える名無しさん:03/11/28 19:07
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。大いに積極的に恥を晒すべし!
921Kurihara:03/11/28 20:27
>専門性は恣意的ではなく、こういった現に存在する物質的条件
に由来すると思います。農業予算一つでも正確な把握が非常に
難しいのに、社会の運営の対象は多岐にわたります。なので、
それを誰もが一元的に理解できる状況なんて、SFでもない限り
あり得ない。そして、そこに官僚が生まれる根拠もあると思う。(>>881

ここでまず、「官僚が生まれる根拠」なるものを宣言している。
その「根拠」なるものから官僚以外にも「生まれている」ものがある。

>少数は常に多数者(大衆)よりも知を独占しています(>>877

つまり、知を独占している少数(つまり官僚)による多数者支配の
肯定。

>社会の誰もが突出した力をもてない状況になれば、権力の集中はあり(>>878
得ません。

権力の集中と称する、その実、官僚による多数派の支配のあからさまな肯定。

>そのときに、先ほど上げた2つの少数者が権力を独占しない保証はどこにあるのでしょうか?
この保証がなければ、プロ独の段階を「多数者が少数者を抑圧する」とは言えないと思う。(>>878

「言えないと思う」。つまり、官僚による多数派の支配が正当だと言いたいのだ。
922Kurihara:03/11/28 20:28
>>921の続き。

>多様な形態の中には、しかし独裁は含まれないと思います。(>>901

これは驚いた。確かにそこにはプロレタリア独裁は「含まれない」。
では何が「含まれる」のか?―――「官僚が生まれる根拠」(>>881)!
これを巧妙な官僚弁護論と言わずして何といえばいいか??

そして、817氏は素朴にも最後にこう問う。

>過去の「社会主義国」は独裁に転じていったの?

これまた驚いた。「官僚の生まれる根拠」なるものを「概念的(即自且つ対自的)に」
「把握」している偉大なる官僚肯定者・817氏が、社会主義国の官僚独裁を
憂えるとは!!それは自分の脳を自分の拳で殴っているようなものだろう。

つまり、官僚による知の独占を正当にして必然だと宣言する817氏の「展開」
通りに、社会主義国は官僚独裁に「転化」したのだ。全ては、官僚主義者の彼の思惑
通りなのである。くろしろ氏がファシズムの弁護論者だとしたら、817氏は
スターリニズムの弁護論者なのである。そして彼らの合言葉は、

「分業を固定化せしめ、もって、官僚独裁によりプロレタリア独裁を打倒せよ!!」
923817:03/11/28 20:52
>919

あのね、言葉はきつかったかも知れないけど、こっちは
議論をしようとしていたの。わかる?
こっちは相手が何を言っているのかをきちんとつかもうとしたし、
間違っている点は間違っている、正しい点は正しいと整理しようと
したよ。不十分だったかも知れないけど。
マルクス主義に精通しているなら、かみ砕いた言葉で相手の議論に
かみ合うように発言しなよ。
あんたの発言は全然具体的じゃないし、わざと発展の段階なども
明記しない理論をだらだらと述べる。それを指摘すれば、「やれやれだな。
そんなことは自明の事じゃないか」だ。議論する気あるの?
ひたすら自分のフィールドを守っているだけ。ひたすら守りに徹しているだけ。
そして守りを固めて、相手を叩くわけだ。議論をわざとかみ合わせないことで。
論に論を重ねるような、議論術みたいなまねばっかすんなって。

勝手な思いこみから相手を「荒らし」扱いするあんたの底の浅さが知れるよ。
だれが分業を礼賛した?
「君が自分で思わなくても、君の存在と発言がそれを示しているのだ」くらいの
事だろうね、返ってくる言葉は。
初めからまともに議論をしようとしないあんたとつきあうのは疲れる。
あんた、いったい誰と議論しているんだい?
924817:03/11/28 20:58
Kuriharaクンは俺を打倒することがマルクス主義の
一つの勝利だと勘違いしているみたいだね。

かみ合うような議論で論破されるなら、それ以上
その論にしがみつく気はない。
しかし議論のための議論、相手の論をまともに聞く
気のない態度、そして曲解、その上での勝手な結論、
こういうことで相手が納得し、また議論が発展すると
思う?

よく考えてみ。
925考える名無しさん:03/11/28 21:04
マルクス主義者の言説は支配的なんだよ。
言ってることと態度は反対。
良いこといってても聞く気をなくさせることも多い。
926考える名無しさん:03/11/28 21:06
そう、こういうのが共産主義者には多いから共産主義は流行らないんだよ。
余計な美辞麗句や人を馬鹿にするところは全く不必要。OFWを見習え!
927817:03/11/28 21:10
つーことで、もうこの議論は打ち切り。むかむかする。
目の前の議論以外のところで相手を叩こうとし始めたら
おしまいだよ?
すくなくともおれはあやふやだったり間違えたりしたけど、
議論の流れを自分のために変えようとはしなかった。
卑怯者とは論議できない。
ハンドルの番号817もこれで捨て。
さいなら。

ただ、俺の提起した問題自体は、いくらでもちまたで言われているし、
かみ合わない話で相手を「論破」したところで、相手の納得を得ることには
ならんよ。相手の認識を納得づくで変えないで何が革命だい?
928817:03/11/28 21:12
>925 >926

すごい短時間で二つ書き込みされたが、これは俺の
ジサクジエンじゃないぞ。

そんなことを言いたいのじゃなくて、最後には、議論を提起して
勝手に終わらせて、みなさんごめんね、ということ。そんだけ。
929Kurihara:03/11/28 21:30
>817氏
Kuriharaは、知識は有る。
けど、キャラは煽り系んしーじゃけん。
まっとうな議論をしようなんて思わんほうがエエよ。
930884:03/11/28 23:20
間に合わなかったか。

Kurihara氏は豊富な学識と鋭い機知の持主ですから、
数少ない天才的なトリックスターとして尊敬しています。

>>817さま
Kurihara氏の議論を補助線として思考することは非常に有益です。
彼の議論に「むかむか」しているようでは実践の哲学の考究はおぼつきません。
再度の書き込みを期待しています。
931考える名無しさん:03/11/28 23:40

                , -‐─‐‐ 、
               /, ,        \
              〃// //, 、 、、   `、
           i ! !」⊥l l l l l i iこニュ!  上にまいります〜
              i l ;h、` ナメ、ノ! ! !  !
               ル1トj  ;テく´ソノノ   i
               ノ !`,   !Lノ゙ iノ-、`、 ヽ、  ノ⌒ヽ
         、_ノ/ ハ、ー  ` " _ン 、`ヽ二 -‐-、
          ノ 丿ノ冫┬ '  [ )八、ヽ、__ノ⌒
         ( r「!7ァ/⌒`}}   }!(  ヾ、
          /   ム′ 〃  ノ小、  )
          !  ィ7    ハ___〃ノ )
           l  /   /    /
            l '   /´ ̄ ̄`!
           l   /     l
          ヽ_ノ       l
              {         `、
               l-‐ '' "´  ̄ `ヽ
               !___        }
           /  `ヽ、    ノ
932OFW:03/11/28 23:51
>>881(817さん)タイミングが悪かったかな・・・
>たとえば農業予算
>全国の膨大な資料を集め、総合的に判断することとなります。
 農業官僚とは農業生産の専門家ではなく、農政の専門家でしょうが、
 両者の違いは、農業の技術か、政治の技術(階級性)かの違いですね。
 たとえば、中央集権的な国家官僚が、戦後日本農業の体系的破壊の先兵
 だったということは、今や明白でしょう。その政策の基本方針は<資本
 増殖のバックアップ>と表現できる。
 農業基本法で経営の大規模化、機械化(近代化)を唄いつつ、工業部門
 での不足労働力の供給源として余剰労働力を排出させ、“聖なる”米を
 除く食料の自給率を低下させ、お馴染みの補助金のばらまきにより所得
 の再分配と農民の従属化を行政指導してきたが、今では、市場原理の前
 に農業問題を抱え、農政専門家としての判断能力すら失っているよう。
 官僚とは支配のプロかも知れないが、自治原則や経済原則には全く疎く、
 自らご主人を必要とする寄生的な存在。親方日の丸の時代は良かったが、
 自立した市民主義者を前にして、如何にして先見的総合的判断は可能か?
>>kukurihara師
プロレタリア独裁への”反省”」→「複数政党制の仕方なしの容認」→
「投票率の低下、自己無力感の増大」→「それをどう吸収し止揚していく
のか?」→「私はくろしろ第4帝国でも築ければ結構喜ぶ男ですよ。それが
革命の土台への動機です。」

これはあまりにも恣意的だ。
「私はくろしろ第4帝国でも築ければ結構喜ぶ男ですよ。それが
革命の土台への動機です。」
冗談とマジレスを合体させている。
それに私が問題としている事、つまり選挙というものが信用できない
層がいるとき、どこかに吸収させる仕組みがあってもいい訳で、
それがファシズムというわけではない。それを考えるのが、
革命の土台のひとつなのだ。



それから複数政党が常にファシズムを生み出すわけではない。
第二次世界大戦前のドイツは極端な会派の分裂があったということだけだ。
プロ独の段階に移り、一度権力を持ったら、彼らは既に力なき
プロレタリアートでは無い、彼はその権力を手放すだろうか?
ソ連を中心にした「例の国々」がどうなったかはいうまでも無いが。
そもそも共産主義では搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義
より劣る、だがしかしその物質の貧しさをよしとしていくような姿勢で
行くような姿勢を持たないと、意味が無い。ソ連のような生産力合戦
やってるようでは資本主義の思いのままだ。負けるように仕組まれて
いるのだ。資本主義が恐れるのは貧しさをあえて選択していき、労働の
減少による世界の充実を求める価値観である。
のみ。貧しさを選ぶ共産主義はたしかにちょっと怖いだろう。
935Kurihara:03/11/29 01:01
>そもそも共産主義では搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義
より劣る、

出た。くろしろインチキ経済学の新公理。

「生産力の源泉は、搾取である!」

尤も、搾取が生産力上昇の原動力なら、奴隷制や農奴制のほうが、
資本制より生産力が高くなければならないだろうが!!
936Kurihara:03/11/29 01:13
「生産力の源泉は、搾取である!」

このインチキ知ったかぶり公理から「論理的に」演繹される
諸定理が以下のようだ。

>物質の貧しさをよしとしていくような姿勢で
行くような姿勢を持たないと、意味が無い

意味がないそうだ。

>ソ連のような生産力合戦やってるようでは資本主義の思いのままだ。
負けるように仕組まれているのだ。

思いのままに負けるのだそうだ。

>資本主義が恐れるのは貧しさをあえて選択していき、労働の
減少による世界の充実を求める価値観である。

「労働の減少」だって!であるなら、労働の減少どころか労働機会さえ
「減少」させられている失業者こそが、「世界の充実を求める価値観」
なるものの真の福音を聞いているわけだ!

>貧しさを選ぶ共産主義はたしかにちょっと怖いだろう。

怖いそうだ。
937Kurihara:03/11/29 01:18
「生産力の源泉は、搾取である!」

この偉大なる公理をもって、万国のブルジョワを戦慄せしめよ!

これが、我らのヒーローにして「革命の土台」の建築者・
くろしろ氏の「新提案」なのだ!!
938Kurihara:03/11/29 01:33
>彼はその権力を手放すだろうか?

どうやら、「革命の土台」の建設者にして、プロレタリアの前衛
であるくろしろ氏は権力を握ったら、それをどうしても
「手放したくない」ようだ。さすが、仮面を被った吸血鬼の現役公務員!!
939817:03/11/29 01:36
やり残したことが一つだけね。

>916
>言っておくが、プロ独の段階では「均衡」などありはしない。そこにはなおも
残存するブルジョワ勢力(資本家、常用官吏、常備軍)との熾烈な階級闘争があり、
むしろ、プロレタリアートが「権力を奪取した」そのときこそ、不均衡の絶頂を画し、
いわば「内乱」「内戦」の段階を迎える。パリ・コミューンがそうであったよう。
単純に言えば、プロ独の段階には何の安定(均衡)もないし、平和もない。
そこにあるのは、純然たる「内乱」だけだ。

完全に同意。この説明は大変わかりやすいです。
社会主義・共産主義への移行は必然で、その中間段階としてプロ独を必要とする
事も必然ですが、それぞれの移行の段階は後戻りも含め様々な形態を取る。
少数者の独裁は、ブル独への後戻りであり、マルクス主義の必然ではない。
社会情勢は常に不均衡であり、闘争は常に続く。

これが聞きたかった。
これで提起させてもらった疑問に対する誰でもわかる回答が出そろったと
思います。誰でもわかる、納得できることが大切(階級が違えば理解は不可能
ですが)
そういう意味でも、私の議論は終わりです。では。
940817:03/11/29 01:37
あとさ、おれ、くろしろさんじゃないよ、なんか誤解しているみたいだけど
でもだからといって、どうということはないが。
941Kurihara:03/11/29 01:47
>なんか誤解しているみたいだけど

全くしてない。
942Kurihara:03/11/29 02:58
「共産主義社会のより高度の段階で、すなわち諸個人が分業に奴隷的に従属
することがなくなり、それとともに、精神労働と肉体労働との対立がなくなった
のち、労働が単に生活のための手段であるだけでなく、労働そのものが
第一の生命欲求となったのち、諸個人の全面的な発展にともなって、また
彼らの生産力も増大し、協同的富のあらゆる泉がいっそう豊かに湧き出る
ようになったのち―――そのときはじめてブルジョア的権利の狭い視界を
完全に踏み越えることができ、社会はその旗の上にこう書くことができる
―――各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて!」
(マルクス「ゴータ綱領批判」p28、国民文庫)

以上は、マルクスが高次の共産主義社会の規定を述べた余りに有名な箇所
であるが、マルクスはそこで、はっきりと「生産力も増大」「協同的富のあらゆる
泉がいっそう豊かに湧き出る」という規定を挙げている。

その見解に真っ向から反対して、独創的な経済学者であるくろしろ氏は
こう述べる。

「そもそも共産主義では搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義
より劣る、だがしかしその物質の貧しさをよしとしていくような姿勢で
行くような姿勢を持たないと、意味が無い。ソ連のような生産力合戦
やってるようでは資本主義の思いのままだ。負けるように仕組まれて
いるのだ。資本主義が恐れるのは貧しさをあえて選択していき、労働の
減少による世界の充実を求める価値観である。
のみ。貧しさを選ぶ共産主義はたしかにちょっと怖いだろう。」

何というマルクスとの著しい対照だろうか?しかも、くろしろ氏は、
それをあろうことか「共産主義」と名づけているのである!
「貧しさを選ぶ共産主義」のための偉大な前進を動機付ける「革命の土台」
がまさに今ここに据えられたのだ。
943考える名無しさん:03/11/29 02:59
マルクス解釈はもはや、伝統芸能=学問とはいえない恣意的なMY解釈
944Kurihara:03/11/29 04:04
>それよりもあてにはならなくても複数政党制の方がましだということ。(>>776

>あの投票率の低さを御覧なさい。あの連中の中には現体制に反発して
いるだけではなくて、そういう自己効力感の無さにうんざりしている
連中が大勢いるはずですよ。もちろん犯罪に走るやつもいる。(>>781

>それから複数政党が常にファシズムを生み出すわけではない。
第二次世界大戦前のドイツは極端な会派の分裂があったということだけだ。 (>>934

>>781の意見は日本の現在の政治状況に対してくろしろ氏がその「憂慮」
を表明したものだが、今の日本に「第二次世界大戦前のドイツの極端な会派の分裂」
というファシズムの温床になった憂慮すべき事態があるか。どうやら、くろしろ氏は
複数政党制は「マシ」といっているから、「マシ」な複数政党制からは
ファシズムが出てこないとなんとか信じたいのだろう。確かに日本はくろしろ氏ご推薦の
複数政党制を採っているのであるが、他方でくろしろ氏は「あの投票率の低さを御覧なさい」
とその明敏さをもって「警鐘」を鳴らす。つまり、日本には複数政党制はあっても
「極端な会派の分裂」という憂慮すべき事態がないと好都合に仮定してさえ、
「あの投票率の低さを御覧なさい」とくろしろ氏はその「選挙の危機」を熟知しているわけだ。
であるなら、その同じ人物から手のひら返しで「複数政党が常にファシズムを生み出す
わけではない」などと言われても、何の説得力もなかろう。
「マシ」だとされる複数政党制の日本で、「あの投票率の低さを御覧なさい」なんだから。
945考える名無しさん:03/11/29 09:35
>>943
むしろ、OFWにしろ、最近のKuriharaにしろ、恐ろしく直球だと思うけど。
946考える名無しさん:03/11/29 13:22
ナチズムとスターリニズムは、強制収容所を背景にした
総動員と徹底した規律の体系としての全体主義に逢着した。
生産する人間に還元された個人に自発性はなく、自立的共同性もない。
947考える名無しさん:03/11/29 13:33
>>933
>冗談とマジレスを合体させている。

くろしろのレスは全部ネタじゃなかったのか (w
>>947
それを言うな!w

>kurihara師
私はマルクス読みという点では、kurihara師の力を認め師と敬称
をつけているが、こういうネタだかなんだかわからない議論では
正直アホ臭くってしょうがない。

>尤も、搾取が生産力上昇の原動力なら、奴隷制や農奴制のほうが、
>資本制より生産力が高くなければならないだろうが!!

これはネタなんだろうが、資本主義的生産形態を支える大規模な分業
、作業マニュアル、機械技術があって、確かに人権を考えずに使える
奴隷制があるとしたら、より高度な生産を挙げるだろう。しかし、需要
の面で奴隷は搾取されすぎて、高度な生産力を支える事は出来ず、その
生産物の大部分は廃棄される運命に在るだろう。だからそれは娯楽、権
威の誇示としてしかなされない。その権威に他の権威が服することがあ
れば、生産貴族はより大規模になっていき、地球を生産物のごみの山に
するだろう。それらは競争する事によって、技術革新を達成し、より効
率的なごみの山を築き上げる事だろう。







(続き)
>マルクス「ゴータ綱領批判」p28、国民文庫)
これは果たして、マルクスの勇み足であり、労働する事が生命的
欲求レベルになるならば、人々は必要最小限度の仕事しかせず、
そこに生まれるのは、まったり社会だろう。資本主義レベルの
またそれ以上の労働をすることは、薬物の使用でもないと出来
ないだろう。私はマルクスがこの文を書いたとき、彼が薬物でも
使用していたのではないかと懸念する。そんな社会は長続きしな
いのは言うまでも無い。
 ここでまったり社会の言葉の生みの親、宮台に触れておくが、
宮台は、確かに社会システム理論とブルセラ、テレクラ、ナンパ
など異質の分野をフィールドワークし統合して見せたが、所詮そ
れは若者文化、学生文化にすぎず、それを支える「まったり出来
ない」プロレタリアートオヤジ社会を見逃していた点である。
それを視野に入れずに「まったり革命はなった」「成熟社会だ」
などというのは、彼の視野の異常な狭さを示すものであって、論者
はそれをつくべきだったのである。それくらいのことが出来ず、
宮台にかき乱されるようではこの国にも人がいないというしかない。
続き2

ここで若者とオヤジについて、宮台が言うように確かに若者は、まったり
出来て。成熟社会を生きているかのようである。しかしそれは見せ掛けで
あって、彼らはいずれ(まあ資産家の息子。娘を除いて)、消費するだけ
で良かった貴族社会から、まったりできないプロレタリアートに転落する
のである。この事を良く考えさせ、よりよき社会は無いのかと考えさせな
いのが、この国の教育である。しかもその現実を見せない、遊び、享楽は
色々在る。私もそのシステムにはまった口だが、その転落の現実を直視さ
せ、プロレタリアートになっても学べるようにする事がいわゆる「民度を
あげる」と言う事になろう。しかし、これも宮台が言っているようでは、
未来は暗いといわざるをえない。ここではいわゆるドキュン教育の問題も
浮上する。ここを乗り越えないと、判断力を持った民主主義は育たないの
である。
民主主義について、

私は民主主義について複数政党制の方がプロ独よりましだといった。
実際プロ独はファシズム国家の温床であり北朝鮮のような封建主義すら
生み出したのである。ナチスを産んだのは極端な党派が分かれて不安定
だったからだが、ナチスが批判されるのはその独裁政権である。
独裁政権は自分を狂わす。これはkurihara師に批判されたように、私が
危険なのではなく、kurihara師もOFWさんも、そして皆さんもその権力に
ついたら危険という事である。プロ独は一時的なもので次に移るという
のならその保障はどこに在るかということである。期限付きで多数政党
に移るという確約でも在るのか? しかしそれでも危険なやり方だと言
わねばならない。避けた方が懸命な道だろう。
 で、安定的な複数政党制だが、確かにここからファシズムが産まれる
可能性もある。しかし、現状ではこれが一番マシな制度と思えるから、
それを選ぶより無いのだ、と言わねばならないのだろう。
 それで、複数政党制における無党派層の増大、無投票層の増大については
次のように改善するよう提案する。つまり投票時に、代議士を選ぶだけでなく、
選びたい人間がいなければそれを選ばなくても良く、その投票用紙に書いてい
るトピックス、年金制度に不満、財政問題に不満、景気政策に不満、等々に
丸をつければいいのである。もちろんそれは恣意的なものであるから、この中
の問題以外に不満が在るというトピックスも、選挙自体に不満というトピックス
も織り交ぜておく、そしてそれを集計し、無党派層、無投票層の声として、国会
に報告し、為政者はそれを顧慮して政策を調整するようにすべきである。
ただしここでも問題になるのは選挙民が判断力を持つのかということである。
ここでも教育が問題となってこよう。
 最も民主主義は選挙とイコールではない。好きなものが買えるというのも、
民主主義であれば、やりたいことが公共の福祉にぶつからなければ自由に出来る
というのも民主主義である。選挙は祭りであって、それに民主主義の全てを
期待するのはおかしな話である。
>>949訂正
所詮それは若者文化、学生文化にすぎず、それを支える「まったり出来
ない」プロレタリアートオヤジ社会を見逃していた点である。



所詮それは若者文化、学生文化にすぎず、それを支える「まったり出来
ない」プロレタリアートオヤジ社会を見逃していた点が問題である。
953OFW:03/11/29 16:58
>>949(くろしろさん)
 横レスながら
>マルクスの勇み足であり、労働する事が生命的欲求レベルになるならば、
>人々は必要最小限度の仕事しかせず
 それは誤読。仕事(Work(英))が、単に物質的生活の必要(必然)の
 ための労働(Arbeit(独))に留まらず、個人の第一の生命的欲求にまで
 なった場合に、初めて自由な仕事(自己実現活動)が可能になるという
 ことです。
 「ドイツ語には仕事を労働から区別する用語が無いのは、いささか不便
 である。」とはエンゲルスの言葉。また、下記スレも参照。
 「精神現象学は、知の長い労働である。」
 ttp://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1069557892/43
 (苦労人ヘーゲルは、盟友シェリングの天才を妬んでいたようで。)
>>953
(OFWさん)
それは確かにそう言う条件を考える事は出来ますが、
現実にはどういうシステムなのですか?
個々人を養いながら、そんな理想的な生活を送れるなんて
私にはちょっと信じられません。
たとえばその具体的な一日の例など教えてくだされば幸いです。

貧しくなるが仕事はのんびり少しだけ。これでいいんじゃないかな。
共産主義が復権するとすれば。
956Kurihara:03/11/29 17:54
>しかし、需要
の面で奴隷は搾取されすぎて、高度な生産力を支える事は出来ず(>>934)

>そもそも共産主義では搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義
より劣る、(>>948

「搾取されすぎて、高度な生産力を支える事は出来ず」、「搾取を撲滅する
のだから、当然生産力は資本主義より劣る」。

つまり、搾取されすぎると、高度な生産力を支えることは出来ず、搾取を
撲滅すると、生産力は劣るようになる!!換言すれば、搾取をしても搾取を
しなくても、生産力は「劣る」!!いったい、くろしろ氏は「搾取」という
言葉で何を意味したいのか??この思考の混乱、この矛盾。

これが、くろしろ知ったかぶり経済学の新公理の全容らしい。
957Kurihara:03/11/29 17:59
>仕事(Work(英))が、単に物質的生活の必要(必然)の
 ための労働(Arbeit(独))に留まらず、個人の第一の生命的欲求にまで
 なった場合に、初めて自由な仕事(自己実現活動)が可能になるという
 ことです。

全くその通りですね。
958考える名無しさん:03/11/29 18:13
仕事が個人の第一の生命的欲求にまでなるとはいったいどういうこと?
959Kurihara:03/11/29 18:13
>マルクスの勇み足であり

「マルクスの勇み足」だって!

>しかし、需要
の面で奴隷は搾取されすぎて、高度な生産力を支える事は出来ず(>>934)

>そもそも共産主義では搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義
より劣る、(>>948


このような無知をさらけだす者が、マルクスの「勇み足」を指摘するとは!
厚顔無恥、思い上がり、自惚れも甚だしい。

960Kurihara:03/11/29 18:18
>で、安定的な複数政党制だが、確かにここからファシズムが産まれる
可能性もある。

だから、複数政党制をシニカルに肯定するくろしろ氏は「ファシスト」
に決まっている。
961考える名無しさん:03/11/29 18:18

労働は自由(死)への道 

ARBEIT MACHT FREI
962Kurihara:03/11/29 18:19
北朝鮮のような封建主義=貧しさを選んだ共産主義!!
963Kurihara:03/11/29 18:27
>実際プロ独はファシズム国家の温床であり(>>951

>で、安定的な複数政党制だが、確かにここからファシズムが産まれる
可能性もある(>>951

プロ独もファシズムの温床!安定的な複数政党制もファシズムの温床!

>しかし、需要
の面で奴隷は搾取されすぎて、高度な生産力を支える事は出来ず(>>934)

>そもそも共産主義では搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義
より劣る、(>>948

搾取の存在も生産力を高度化しない温床!搾取の不在も生産力を高度化しない温床!
964Kurihara:03/11/29 18:38
以上が偉大なる弁証法家・くろしろ氏の「矛盾」に満ちた思考
の足跡だが、そこでは「黒」も「白」も「同じ色」に
見えるわけだ。そして、今やその矛盾は「揚棄」されたのだ。

しかし、そこに何が残されただろうか?―――「色盲」の朦朧ユートピア!
965考える名無しさん:03/11/29 18:41
>>961
冗談きついね
966Kurihara:03/11/29 18:43
>実際プロ独はファシズム国家の温床であり(>>951

>で、安定的な複数政党制だが、確かにここからファシズムが産まれる
可能性もある(>>951

プロ独(白)も安定的な複数政党制(黒)も同様にファシズムの温床(同じ色)!

>しかし、需要
の面で奴隷は搾取されすぎて、高度な生産力を支える事は出来ず(>>934)

>そもそも共産主義では搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義
より劣る、(>>948


搾取の不在(白)も搾取の存在(黒)も同様に生産力を高度化しない温床(同じ色)!
>>956
やれやれホント猿だな。w
>kurihara師、日本語読めてますか?
っていうかわざとやってるんだろ。w

>しかし、需要 の面で奴隷は搾取されすぎて、
高度な生産力を支える事は出来ず(>>934)

「需要の面では」という語をつけて、
しかもわかりやすくごみの話までしたのに、
わからんのですか? つまり奴隷はプロレタリアート以上に
生産は出来てもそれは消費面で生産物をプロレタリーアートのように
消費できない。だから奴隷の生産物はほとんど誰にも消費されずごみ
になってしまう。と書いたのです。
だから、

1「搾取されすぎて、高度な生産力を支える事は出来ず」、
2「搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義より劣る」。

それをこんな風に誤解を招くように書きなおしてるんだから
ホント猿だわ。

俺が2は言っても1は言ってない。これはkurihara師の
ただの誤読か嫌がらせ

真実は

1「奴隷は搾取されすぎて、プロレタリアート以上の生産量を誇る」、
2「搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義より劣る」。


968Kurihara:03/11/29 18:54
1「奴隷は搾取されすぎて、プロレタリアート以上の生産量を誇る」。
2「搾取を撲滅するのだから、当然生産力は資本主義より劣る」。

生産「量」を「誇る」。生産「力」を「劣る」。

大した、弁証法だ!!
(お猿退治続き)
>プロ独もファシズムの温床!安定的な複数政党制もファシズムの温床!

これ実際そうなのだが、可能性的には安定な複数政党制のほうがましだと
いうこと。つまり暴走をとめる制度を持った方がましなのは事実。
これはその中では一番マシな安定な複数政党制として>>951で序列
付けしていたのだが、お猿には読めないらしい。
970Kurihara:03/11/29 19:01
古代の奴隷が、近代プロレタリアートより労働生産物の
生産「量」を「誇る」とは、初耳だ!

エンゲルスはこういっている。

「資本制と共に生まれた近代プロレタリアート一人の労働生産物の生産量は、
古代奴隷数百人の労働生産物の生産量を遥かに上回る」と。
971考える名無しさん:03/11/29 19:03
Kuriちゃん、色盲でも黒と白は識別できるよ
972Kurihara:03/11/29 19:06
>プロ独もファシズムの温床!安定的な複数政党制もファシズムの温床!

これを正しい言葉で言い換えれば、

>ブルジョワ官僚制もファシズムの温床!安定的な複数政党制もファシズムの温床!

であろう。


>北朝鮮のような封建主義=貧しさを選んだ共産主義!!

これは違う。北朝鮮では労働者は自ら貧しさを選んでいるのではなく、
共生されているし、搾取もされてるのだから。
俺が言いたい貧しさを選んだ共産主義とは、70の生産で生活には
充分な所を160生産して労働的にはひどい生活をしている。なら主
体的に70なり80くらいに生産量落として、相対的には生産量が
劣るから貧しく見えるけども、その分生活の質があがるからいいじゃ
ないですか? ということ。
974Kurihara:03/11/29 19:09
>色盲でも黒と白は識別できるよ

なるほど。であるなら、くろしろ氏は色盲以下の
正真正銘の盲目・メクラというわけだ。
975くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 19:12
>>970
またまたお猿ちゃんは

俺はきちんと奴隷が生産するときの体制は分業体制、生産技術が資本主義
生産体制の下である仮定してるとと>>948で断っている
976Kurihara:03/11/29 19:13
>労働者は自ら貧しさを選んでいるのではなく

左様。アメリカのスラム街の子供たちも貧しさを選んでいる
わけではない!貧困を「強いられている」のだ!

くろしろ氏は貧困賛美者なので、スラムの子供の「貧乏な」生活状態を
「健全」だと宣言するのだ!
977くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 19:14
>>972
またそうやってプロ独をはずす、充分危険なんだってば!
978くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 19:16
>>976
>>973読んでる? あんた喋りだすと興奮して
わけわからなくなるタイプでしょ。
979Kurihara:03/11/29 19:20
>分業体制、生産技術が資本主義生産体制の下である仮定

そういう仮定で、奴隷が生産するときの体制を資本制
というわけだが、そこから

1「奴隷は搾取されすぎて、プロレタリアート以上の生産量を誇る」。

という命題が出てくるのは、全く意味不明。
980くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 19:29
>>979
もちろんそう言う仮定で、いわゆるプロレタリアートといわれる
人種が奴隷であるということに異論は無い。
ただあんたが古代の奴隷、農奴のような今日のプロレタリアートのよ
うな人権保護も無いような 連中を引き合いに出したから、そう言う
連中を今の資本主義的生産様式と同レベルの生産技術の元、働かしたら
、プロレタリーアート以上に搾取され、当然プロレタリアート以上の生
産をあげるだろうと言っている。
981くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 19:31
誰か次スレ立ててくれ。俺はスレ立てられないにょろ。
982考える名無しさん:03/11/29 19:32
いみねー
983Kurihara:03/11/29 19:33
>70の生産で生活には
充分な所を160生産して労働的にはひどい生活をしている。

「資本論」でいえば、その70の生産を必要労働といい、
全生産160から必要労働70を引いた90を資本家のための剰余労働
という。そして、その90の労働生産を不払いでせしめることを
「搾取」という。基本だ。従って、必要労働70に対する剰余労働
90を放棄することが「貧しさを選ぶ」ことなら、それは逆に資本家が
「貧しさを選んでいる」ことを意味するにすぎない!

つまり、くろしろ氏は「貧しさを選ぶ資本家」(その実態は、90の剰余労働搾取を
放棄するというなんとも「慈悲深い」資本家)というあり得ない存在を
仮定しているわけだ!
984考える名無しさん:03/11/29 19:33
>>981
クソスレ立てすぎたんだろw
985くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 19:40
>>983
いや、それは労働者だよ。労働者が選挙でそう言う法律作って
必要労働すればいい。
>>984
あったりー! 2ちゃんねるだからいいじゃん! とでも言って
おくか。w
986考える名無しさん:03/11/29 19:42
そうか、くろしろの正体は骨か。
987Kurihara:03/11/29 19:42
>労働者が選挙でそう言う法律作って
必要労働すればいい。

やれやれ。「選挙はあてにならない」と言った者がよくいうわ!!!
988Kurihara:03/11/29 19:47
>しかし当てにならない選挙という物だけが、民主主義と思われるの
はいかがか?(>>773

くろしろ氏はかつて以上のように言った。それなのに、舌の根も
乾かないうちに、以下のように言うのだ!

>労働者が選挙でそう言う法律作って
必要労働すればいい。

やれやれ。もはや呆れるほかあるまい。
989くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 19:48
スレが立てれないときの避難所にはここ使え。俺の占拠したスレだ。
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1066572826/l50

>>987
今の選挙はね。だって必要労働にしようぜ!!! って言う議員
いないじゃん。
しかしこの必要労働の概念も疑問なんだよな。自家生産してるときは
自明だが、高度な分業体制しててどうやってそれがわかるのか?
990Kurihara:03/11/29 19:51
>今の選挙はね

つまり、複数政党制のもとでの選挙だ!!!
991くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 19:54
>>990
そう、そのもとでの政策が問題だよ。
次スレで語るが。
それよりもkurihara師はスレ立てられないのか?
992Kurihara:03/11/29 20:07
>70の生産で生活には充分な所を160生産して労働的に
はひどい生活をしている。
>しかしこの必要労働の概念も疑問なんだよな。

「疑問」「疑問」で「貧しさを選ぶ共産主義」への「革命の土台」
は揺らいでいるらしい。
993くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 20:18
>>992
そうです。私はマルクスのこの単純な必要労働について
かなり疑問です。それよりスレ。
994考える名無しさん:03/11/29 20:19
>そう、そのもとでの政策が問題だよ。

それのもととは複数政党制のもとというわけだが、
例えば、現在、議会制のイギリスでは左派政党の労働党が
政権を担当している。その政党が「政策転換」し、
「必要労働にしようぜ!!!」と高らかに宣言すればいいと
くろしろ氏は言いたいわけだ。無論、その際、野党の保守党はそれに
強硬に反対するだろうし、イギリスのブルジョワ官僚も抵抗
するだろう。これが、複数政党制の実態だ。

「必要労働にしようぜ!!!」という労働党の「暴走」を
野党(反対党)の保守党が「抑止」してくれるわけである!
995Kurihara:03/11/29 20:20
>>994は僕。名前が消えた。
996Kurihara:03/11/29 20:28
「70の生産で生活には充分な所を160生産して労働的に
はひどい生活をしている。」という自分の発言に対し、
くろしろ氏は「かなり疑問です。」と表明してくれたようだ。
997くろしろ@マルクス中学1年残業税悟り中 ◆/L0M6/JUH6 :03/11/29 20:33
>>994
スレー。w
しかし、それは健全でしょう。
色んな人々の意見をぶつけ合い、戦争状態で無く言論で戦うのが
議会ですから。
で、ぶっちゃけた話、労働者というのは資本家より多いわけですよ。
だから「必要労働にしようぜ!!!」が受け入れられ、選挙が行わ
れれば、その政党は法律を作れちゃう。
今までは資本主義より豊かになる共産主義で失敗してたけど、
敢えて必要労働を選ぶという考えは新しいものだから、これまで
の共産主義ブランドの失敗とは違う共産主義を提示できると思う
のですが。(しかし必要労働の自明さは何ぞや戸言う話になる)
998( ´,_ゝ`)ニヒリスト ◆b0CLAO0mX6 :03/11/29 20:36
無意味なレス
999考える名無しさん:03/11/29 20:38
りょうすれ
1000考える名無しさん:03/11/29 20:40
うんこ














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