日本の国語教育6

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1実習生さん
文理系を問わず生産的な
読解力と表現力、議論能力を培いうる
日本の母語の教育について語りましょう。

前スレ:
日本の国語教育5
http://school5.2ch.net/test/read.cgi/edu/1131541742/l50
日本の国語教育4
http://school5.2ch.net/test/read.cgi/edu/1126353198/l50
日本の国語教育3
http://school5.2ch.net/test/read.cgi/edu/1124978770/l50
日本の国語教育2
http://school5.2ch.net/test/read.cgi/edu/1123168191/l50
日本の国語教育
http://school5.2ch.net/test/read.cgi/edu/1017432781/l50
2ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/08(月) 13:24:47 ID:0QWB2lbH
前スレ
>>884
その目標とやらを見ていると頭痛とめまいがするんだわ。いい加減にやめてほしい。
議論、作文、スピーチができる? そんなの目標でも何でもないだろ。
どんな内容の議論、作文、スピーチをするのかという視点が、お前の話にどうして
常に欠けているのか理解に苦しむ。

つまりだ、議論、作文、スピーチをするということは、単に何かを書かせたり話したり
させることだけが目標なのではなく、必要な知識や技術の取得は当然として、当該
問題に対して自分はどのようなものの考え方をするのか、またそれはなぜなのかを深く
考えてもらう契機のひとつだ。さらには、例えば未知の新しい概念をどう獲得してそれを
どう活用するか(または活用しないか)といった、知的レベルで自己形成していく方法
構築の一手段だと思う。本でとりあえず知識が得られるとか面接がうまくいかないと就職
できず餓死するとかいう理由で読書・面接を勧めるお前の話は、読書・面接の話では
あっても教育の話では決してないわけ。

これまでの国語教育は読解偏重で、よい文章を読んでそこから学べという話だったので、
その内容をきちんと理解したのかどうかは問われても、それを踏まえて自分はどう思うのか
という点はどーでもよかったわけだ。その反省の上に自己主張の場としての作文やスピーチが
あると私は考えとるんですわ(勝敗を競う形式のスピーチはむしろ準備段階の方に重要性が
あるんでねーかと思うのでよくわからん。やらないよりはましという程度)。
3ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/08(月) 13:25:27 ID:0QWB2lbH
>>889
それから、ネットで調べれば何でもわかるみたいな話も聞き飽きた。ネットからの引用
だけで学術論文書けますかってこった。誰も信用しねーよ。小学生の宿題レベルの
話をいつまで続けるつもりかね。お前はネットが教育の場であるかのように言うが、
悪意があったり面白半分だったりする人が多い中でどうして自己形成しなくては
ならんのかわからん。新興宗教サイトに啓示を受けたと感じてオウムみたいなのに
入信したり、詐欺サイトにだまされて身ぐるみはがされたりした人がいた場合、
お前はどう責任を取るわけ?

温暖化の話だって、CO2によるものか定期的な変動なのか学者の中でさえ議論が
分かれているわけで、社会的にすらどちらが正しいとは言えない。アメリカの京都議定書に
対する態度を見れば、政治的な意味も十分すぎるほどある。しかしもし原因がCO2
だったら後々手遅れになるんじゃねーかというわけで大騒ぎしているんでしょ。でも、どうして
引用が2ch掲示板なわけ?お前はここで聞きかじった知識を前提に話を展開している
だけなのだとしたら、お前の話なんぞ聞く価値ないのですが。渡辺正でも読んどけ。
4実習生さん:2006/05/08(月) 14:53:49 ID:KdDM+6ul
5213:2006/05/08(月) 17:28:11 ID:CAYBUzqL
前スレ>>896国語の勉強さん、レスありがとうございます。
>是非とも実態を教えて欲しいところです。あっても少数派だと思います。
実態は私も聞きたいですね。中学現国の参考資料として、これだけ多くのレトリック関連書
が挙げられていることに、私も少なからず驚きました。
以前、別のスレ(確か言語学板のスレ)で高校でレトリックの授業云々という話は聞いていた
のですが・・・単に中学教師の為の参考資料ということなのでしょうかねえ・・・もしそうなら私
の勘違いですね。

>当然持っています。読んでいます。私も名著だと主張します。
らしいですね・・・私はまだ未読ですが、2冊とも今日アマゾンから届きますので、楽しみです。

>アホな文章が評価されている現実を教えてもらったことに感謝します。
多分それは早合点ですよ。
このサイトの文章は小論文とはあまりにもかけ離れていますもの。
まるで女の子の日記を盗み読みしたような感覚でしたね。
ただ、そのリアルさ、心の通った生の言葉にある独特な力のようなものは、感じられました。

そんな意味で、面接君には読んで欲しいなと思いました。
あの悪文も、恐らく意図的なものだと思いますよ。意図的に叙情的なものにしているのでしょう。
まあ、これもかなりのテクニックを要するものだと思いますよ。「そこらの おばちゃんの会話を文語
に置き換えただけ」と評す国語さんに、こんなこと言ってもまた怒られるだけだからこれ以上は言いませんが。

>私は未読の本を他人に紹介したりしません。こんなことを最後に付け
>加える貴方に「アホ」の言葉を返しておきます。
手厳しいですね・・・。アホですので良いんですけどね。
感覚としては、「面白いらしいから一緒に観ない?」って感じだったのですが、あまり良い事ではないのかな?
以後気をつけます。
6国語の勉強は英語で:2006/05/08(月) 18:16:26 ID:K4OJtkjB
>>869 呼び捨てでいいですよ。私は時々口汚くなるので。

私も口汚くなります。でも他人を日常的に呼び捨てにする感覚は有りません。


>>誰が 実際の国語教師かどうかなんてどーでもいいと思う。

私も誰が国語教師かを主題にする気持ちはありません。私が問題にしているのは「専門の
国語教師が現実に国語を教育しているのか」「その能力があるのか」です。

無能な国語教師が多いのが現実です。前スレッドの 759,761 で国語教師だと自認される
方が書いています。見易くするため、次のスレッドに再掲しておきます。このような国語
教師が実在して他人から金を取っているならば詐欺です。これで「国語の表現力を付けさ
せている」と言ったら笑い話です。これに比べたら、ここで皆から非難されている面接さ
んの文章のほうが何十倍もましです。これでも国語教師が勤まってしまうこと、非難され
ることもなく教えつづけられることを問題としています。


なお、759,761 のスレッド主がこれを見ていて著作権を主張するならば、その旨を返答く
ださい。悪文の例として別の機会に使うつもりです。笑いも取れる悪文ですから。

7国語の勉強は英語で:2006/05/08(月) 18:17:06 ID:K4OJtkjB
>759 :実習生さん :2006/05/02(火) 02:29:50 ID:+nR9H1sO
>国語教員だけど賛成だよ、私は。
>というか社会が国語という教科に期待しすぎが問題と思っているから。
>それをみたすには現行の教科書や時間配分では不可能に近い。もっと細分化した方がいいと考えている。算数の掛け算のように漢字×字修得とかね。
>できるのにも読書なんて馬鹿らしいという人いたが、あえて時間設定することで、まず手にしない大正辺りの文学や古典、外国文学に触れたりする機会を作ることもできる。
>問題は、こうしたものを作る際、新教科に返るということで社会や文科、教委の反発で無理だろうなぁ。
>詰め込み教育とか色々。法整備が面倒だから反発して、現行でなんとかしろ、かな。
>あと国語教師の数や授業数増加の問題があるから予算面等でも、生徒の反発も含めて無理ですね。
>国語教科としては、細分化されたことの実行は不可能じゃない。
>受験用の市販の教科書や予備校の教材の面接、小論文、文法の問題集をある程度流用できる。準備期間いるけど。
>ちなみに、ゆとり教育前の私立進学校だった母校は昔校長の方針で強制読書ありましたね。
>教養となる本や受験に役立ちそうな小説、古典、新書なんかをホームルームの時間に読みました。
>ただ、進学校で、読書の面白さや大切さを知っている生徒と一日七時間位授業あった週二日導入前、私立ということで自由に教科をいじれる強みあった時だから参考にならないでしょうけど。
8国語の勉強は英語で:2006/05/08(月) 18:17:39 ID:K4OJtkjB
>761 :実習生さん :2006/05/02(火) 04:43:10 ID:+nR9H1sO
>前にも書いたこととかぶるとこもある。
>学校にもよるが、小中高の国語の教材をきちんと消化すれば、社会に通用する国語力はつきます。
>ところが、授業どころじゃない現状がある。小では、生徒のしつけを優先させないといけない。昔はこの段階のハードルがない。
>あと個性や総合教育、行事により授業時間の確保が厳しい。
>また国語力のチェックは時間がかかるのだが対応できる人がいない辺り。
>結果として授業としては行っているが、反復作業は個人にまかせている所が大きいはず。
>家庭できっちりやるならいいけど期待出来ないから。
>中高もこの延長。あと小の国語が「楽しく」に主点が置かれていたのに文法や暗記と作業制が強くなって嫌う人もいるかな。
>ついでに小の国語をさぼった人は文字嫌いが多い。
>そいで、レベルの低い子が多いほど内容のレベルをおとさないといけず、しかし落しすぎも出来ないということで、面接君のような生徒はでるでしょう。
>逆に上位校はばっちりかと。日本語の基本的な漢字、熟語、短文作成や理解は中学受験対策として一年位反復作業を小で塾でやるから。
>中程度の学校や生徒は問題かな。下位の生徒に足をひっぱられ伸びなやむことはあるはず。ただ本人のやる気や塾でカバーは可能なので半々かな。
>これらを避けるためには学年全体の習熟度別授業展開が必要と思うけど無理かな。
>親も生徒も国語軽視で評価されるの嫌うし、人員予算制度の変更は上も嫌う。
>学年による漢字検定を義務化して進級条件にするだけでも違うけど。
>後は二極化が進むだけと思う。国としてはエリートと学のない労働階級に別れても問題ないし、学歴だけのナンチャッテは増えるんでしょ。
>採用する側は、だから学歴だけではみなくなると。
9国語の勉強は英語で:2006/05/08(月) 18:19:23 ID:K4OJtkjB
>>869 私は添削を通じて指導するタイプだったけど

私は、添削する国語教師を直接には知りません。貴重な少数派だと思います。アマンさん
が国語教師の集団の中で浮き上がっているのではないかと心配です。

>1)日本語:文法、評論、作文(批評)
>2)日本文学:文学史、文学、感想文(鑑賞)

>が渾然一体となって、それを積極的に区別しようとしないところにも原因があるんじゃない
>だろうか

同感です。同時に文学の教育なんてできない、されていないと主張します。三島由紀夫の
「文章読本」を持っています。この中で様々の小説の言い回しを、彼の視点から解説して
くれています。小説家の言語感覚の凄まじさが分ります。この「文章読本」に書いてある
ような解説が文学の授業でなされるのならば意味があります。文学の授業では生徒の読解
を上回るものを教師・教科書が提示しなければ意味がありません。そんな授業は殆んどな
いのが現実でしょう。

文法も教科書に書いてあるヨーロッパ文法の焼き直しをなぞって教えているだけだと主張
します。「象は鼻が長い」さえ説明できない文法です。生徒に教える文法は文章の読解や
作文に応用できなければ意味がありません。そんな文法教育をできる教師がどれほどいる
のか。
10国語の勉強は英語で:2006/05/08(月) 18:20:02 ID:K4OJtkjB
869>>ただ、英語でする必要はないでしょ。

同意します。でも現在の中学・国語教育に意味があるとは思えません。論文を書くときに、
高校時代の国語の教科書を読み直す馬鹿はいないでしょう。でも先にも出した下の URL
は論文を書くときにも十分に使えます。

http://grammar.ccc.commnet.edu/grammar/

現状では多くの中学・高校の国語教育は時間の無駄です。作文の添削さえ珍しいのですか
ら。それぐらいなら、少し頭の良い中学・高校生は英語の勉強を兼ねて上の URL を読ん
でいたほうが国語力が付くと、誇張ではなく本気で主張します。

「国語の勉強は英語で」は、アホな国語教育への皮肉だと解釈してください。
11実習生さん:2006/05/08(月) 19:57:39 ID:swOKEZfj
>国語の勉強は英語でさん

759と761は同一人物なんですが、悪文というなら内容、まずいとこに突っ込みしてくれない?

ちなみに私はネット、特に2chは文を書くとこというよりは会話を交わしているという気持ちなので、会話調で推敲してないからね。
あと、「国語教育」の話と「国語教員個々の授業工夫」はわけて話すベきじゃない?

おまけに貴方高学歴もしくは本読むでしょ?
幼い子や勉強が出来ない子に対して配慮ないしね。
12213:2006/05/08(月) 20:20:16 ID:CAYBUzqL
ママンさん、スレ立てありがとうございます。

>必要な知識や技術の取得は当然として、当該問題に対して自分はどのようなものの考え方をするのか、またそれは
>なぜなのかを深く考えてもらう契機のひとつだ
同感です。知識ってのは道具でしかない、その道具を吟味、選別して、磨き上げて、技術と感性でもってどう使うのか
ってのが知識を得る目的な訳で、この手にした道具を使う「技術と感性」によって、初めて道具がその役割を果たせるのだ
と思います。道具ばかり沢山持っているのに、それを磨こうともせず、適材適所に使う術をも知らないのならば、宝の持ち腐
れ、猫に小判、豚に真珠、面接君にガウスでしょう。
勿論、その知識が直接的に関わらなかったとしても、バックボーン(刃物で言えば砥石かな)として働くものもありますよね。

学校の授業で行う議論、作文、スピーチ等は、吟味の仕方、選別の仕方、磨き上げ方、は勿論、その道具を使って、何を作
り、何を表現し、何を求めるのか、という自己形成の模索こそ目的の中心なのだと思います。

何をどう感じ、どう考えるか、なんてのは教えられるものじゃなく、自分自身で探求、構築していく以外にないのですものね。
教育者には、その機会と使う道具を与えるという大切な役割・責任があるのだと思います。

・・・ちょっとまってくださいよ・・・。
自己形成は、自分自身で探求することによって構築されていくもの、教師はその機会と道具をあ・た・え・ることしか出来ない
・・・のならば、結果的に面接君となんら変わりは無いじゃないですか・・・。
もしも、その構築段階で教師に出来ることが他にあるとするのならば、それこそママンさんの主張の焦点になる筈では?
ママンさんは何が大切かという主張はされていても、どうやって大切にするべきで、面接君の案はそれに反する手段を用いて
いるのでNO!という方法論としての具体的な反論が一切無く、面接案の観測的リスクや、理想主義的机上論の域を脱してい
ない抽象的発言しかされていない事に今気付きました。>>628でも感想文で何を書くべきかということを具体的に示されなかった
のも>>672自己主張の研磨に際しての教師の指導方法も具体的に示されなかったも、もしやママンさんでは?
13213:2006/05/08(月) 20:21:15 ID:CAYBUzqL
多分、ママン先生が実践で培われた、生徒との知的コミュニケーション技術というようなものが、おありになればこそのご意見と
推察いたします。
不躾で申し訳ありませんが、ご教授願えませんでしょうか?
面接案に足りない具体的な教師の役割、そしてその役割を果たす為の方法論を。
14GEN(213改め):2006/05/08(月) 20:49:17 ID:CAYBUzqL
ハンネ変えます。
>>9国語の勉強さん
>添削する国語教師を直接には知りません。
そうなんですか、私の小学校の先生は、原稿用紙が赤く染まるほど添削して返してくれてました。
もういないんですかね、そんな先生は。
添削をしないで、白いままで返却するのですか?二重丸とか花丸とか付けて?

>生徒に教える文法は文章の読解や作文に応用できなければ意味がありません。
確かに、文法の授業には疑問を感じていましたね。
文章の読解や作文に応用出来る文法の授業ってのは、どんなものなのか受けてみたいですね。
どんな感じなのでしょう?具体的にではなくても、なにかポイントがあればご教授願えませんか?
15国語の勉強は英語で:2006/05/09(火) 00:38:26 ID:Pmnd8NaQ
11>759と761は同一人物なんですが、悪文というなら内容、まずいとこに突っ込みしてくれない?

答える前提として、前後関係から 「759と761 "と 11" は同一人物なんですが」と補って
読んでいますが。宜しいでしょうか。Yes/No の違いによって、答え方が変わってきます。

また、759と761 "と 11" が同一人物ならば、759 と 761 の著作権の放棄を了解してもら
えますね。

>幼い子や勉強が出来ない子に対して配慮ないしね。

私は国語の専門教師によって行われる中学以上の国語教育を問題にしています。幼い子や
知能障害のある子、家庭環境に問題の子たちについては言及していません。その資格もな
いと考えます。
16国語の勉強は英語で:2006/05/09(火) 00:41:49 ID:Pmnd8NaQ

>>14 原稿用紙が赤く染まるほど添削して返してくれてました。

そんな方もいるのですね。羨ましい。だから GEN さんの優しさも備わったのでしょう。

>文章の読解や作文に応用出来る文法の授業ってのは、どんなものなのか受けてみたいですね。
>どんな感じなのでしょう?具体的にではなくても、なにかポイントがあればご教授願えませんか?

私は人様に教授するような立場ではありません。さらに GEN さんの対象とされる小学生
での前提となる知識の蓄積が少ない段階では早すぎることもあることでしょう。中学生以
上を前提に、私の意見を一つ書いてみます。

日本語にはヨーロッパ言語の関係代名詞構文がありません。これは日本語の欠陥とも言え
る、また文体にもかかわる問題だと考えます。日本語では、常に上流側から下側に修飾し
ていきます。ヨーロッパ言語のように上流側/下流側両方から修飾することができません。
複雑な構文を避ける努力をしないと、直ぐに読み取りにくい文章になります。修飾関係を
線で書き込むことを必要とする文章になってしまいます。私は単純な構文を心がけていま
す。

このことは、先に出てきた「日本語の作文技術 朝日文庫 本多 勝一 (著) 」でも、句読
点の打ち方に関連させて詳しく論じられています。
17実習生さん:2006/05/09(火) 00:53:45 ID:fiusbohL
小学校と中高の国語は分けて考えた方がいいんじゃないかな。

小学校では確かに添削して返してくれたよ。
でも中高ではほとんどなかった。
読書感想文は書かされたけど、あれ、返してくかないのな。びっくりした。
ママンさんのいうようなタイプの小論文を書かせたのは、
高校では、倫理と政経の先生だった。これは真っ赤にして返してくれた。
そのかわり、えらい時間がかかったけど。
18http:// p2045-ipbf25osakakita.osaka.ocn.ne.jp.2ch.net/:2006/05/09(火) 00:55:52 ID:IO4xrRj2
guest guest
19実習生さん:2006/05/09(火) 01:04:06 ID:fiusbohL
>18
もしもし、裏2ちゃんねるの入り口はここじゃありませんよ。
20実習生さん:2006/05/09(火) 01:05:54 ID:cohUbFiE
私は、このスレの11と前スレ759と761が同一人物だとは認めます。

文に関しては、この日本の国語教育6スレで内容や悪い点を吟味し、添削なり反論する時のみ使用を許可します。

21国語の勉強は英語で:2006/05/09(火) 02:08:14 ID:Pmnd8NaQ
20>> 私は、このスレの11と前スレ759と761が同一人物だとは認めます
じゃあ答える。

>>ちなみに私はネット、特に2chは文を書くとこというよりは会話を交わしているという気持ちなので、会話調で推敲してないからね。
自分で「推敲してないからね」と言っている。これが悪い文章の根本原因。しかも「会話
調で」が理由になっていない。文章になっていない。文章スタイルは個人の特性もあり「
会話調」が一概に悪いとは言わない。でも推敲していない文章が悪文になるのは当たり前。
普段から文章の推敲などしていないのが透けて見える。国語教師ならば推敲しなくても無
意識に整った文章になってしまうほど文章を書いて訓練をせい。文章を書く訓練が全くな
されていなのが明白。だから面接さんより劣った文章だといっている。


20>> 文に関しては、この日本の国語教育6スレで内容や悪い点を吟味し、添削なり反論する時のみ使用を許可します。

人に「まずいとこに突っ込みしてくれない? 」と頼みごとをしておきながら、「許可しま
す」などと言えるのか。人間性を疑うわ。また匿名の人間が著作権を主張することはでき
ないのは解っているな。自分の住所氏名を書き添えて提訴できるか。こんなアホな文章を
書いたのが国語教師であるお前だと裁判所で証明するのか。やってみろ。

あなたに生徒の文章の添削なんてできるはずもない。生徒から金を取れる授業でないのは
明白。人格も卑しい。貴方が教師の振りをしているだけであることを願う。教師ならば直
ぐに辞めろ。生徒が迷惑だ。
22実習生さん:2006/05/09(火) 03:07:10 ID:fiusbohL
>21
君はまだ >11 の文章の悪いところを指摘していないよ。
なんか怒ってるというのはわかるけどね。

それから、アンカーは 20>> ではなく、>20 または、>>20 としてくれた方が便利だと
思う。個人的に。

また、君がアマンさんと呼んでいるのは、ママンさんではないかな。

ああ、君はすぐに誤解しそうだから言っとくけど、私は件の国語教師氏ではないよ。
23GEN(213改め):2006/05/09(火) 05:50:53 ID:nIX1uYm4
>>20
私は国語の教師ではありませんが、あなたの要望にお答えして少しだけ添削させていただきます。

>7「国語教師だけど賛成だよ、私は」
いきなり妙な倒置法ですね。
話し言葉にしたとしても、第一声で主語も示さずにいきなり「国語教師だけど」はないでしょう。
これによって、「私は」が「国語教師」と「賛成」の両方に掛かってしまい文章が曖昧になっています。
「私は賛成」という関係をとるならば、「国語教師だけど」の意味が曖昧になりますね。
この文の意味で考えれば、「私は国語教師だけど、賛成だよ」とするべきでしょう。
これでも「賛成」する対象となる主語が明確に示されていないので、不完全ですが・・・レスの流れ
に依存して、言葉を端折ってしまうのもわかりますが、だとしてもせめて
「私は国語教師だけど、この案には賛成だよ。」若しくは倒置法を使ったとしても
「私は国語教師だけど賛成だよ、この案には。」とした方が妥当でしょう。

>というか社会が国語という教科に期待しすぎが問題と思っているから。
「というか〜と思う」で完結していればまだましですが、「思っているから」とすると、「から」が前の文の「賛成」
の理由として文章を関連付ける「〜だから」の役割なのか、この文を「根拠」に後述につなぐ「だから〜」の役割
なのか曖昧になりますね。
完結するにしても、文章を整えて
「というか、社会の国語という教科に対する過度な期待に問題があると思います。」若しくは
「というか、問題は国語という教科に対する社会の過度な期待にあると思います。」
とするのが妥当だし、こうしてもこの文章が新たな問題点の指摘なのか、賛成する理由なのか曖昧です。
後段の流れを読むと、この文は後述の「現状説明」と、ご自分の「意見」に繋がっていますので、前の文と流れ
とは切り離して、新たな問題点を指摘する
「現状の問題は国語という教科に対する社会の過度な期待にあると思います。」
とした方が妥当でしょう。「というか」は余計です。
「というか」と付けたいニュアンスは解りますけどね。
24GEN(213改め):2006/05/09(火) 06:00:28 ID:nIX1uYm4
>できるのにも読書なんて馬鹿らしいという人いたが
文章になっていません。

>問題は、こうしたものを作る際、新教科に返るということで社会や文科、教委の反発で無理だろうなぁ。
問題の所在が「新教科に返るということ」なのか「社会や文科、教員の反発」なのか曖昧な文章です。
一つの文章に問題の提示と結論が、数珠繋ぎになってしまっているのも妙ですね。
「問題は、こうしたものを作る際の、新教科に移ることへの社会や文科、教員の反発にあう事でしょう。」若しくは
「こうしたものを作るに際して、新教科に移ることへの社会や文科、教員の反発に遭い、非常に困難でしょう。」
あたりが妥当ですかね。

>詰め込み教育とか色々。
前後の文との関連付けが為されていないため、文章として意味不明です。
>法整備が面倒だから反発して、現行でなんとかしろ、かな。
添削不可能。意味は汲み取れますがね。

>あと国語教師の数や授業数増加の問題があるから予算面等でも、生徒の反発も含めて無理ですね。
「無理」の理由がめちゃめちゃに連なっていて・・・。
>国語教科としては、細分化されたことの実行は不可能じゃない。
ああ・・・もう疲れました。一行としてまともな文章になっていませんね。

現職の国語教師の方から、ご意見を賜るのは非常に参考になるので、大歓迎なのですが・・・これでは返って不安になります・・・。
でも添削って難しいですね、一文を添削するのに、その文章自体を理解しなければならないばかりか、前後の流れも把握しなけ
ればいけないし、全体の形も把握しなければならない。
何度か他のスレで面接君の文章を書き換えてみましたけど(あ、ビデオ君か)それとは違いますね。
勉強になりました。こんなのが添削といえるかどうか分かりませんがね。
25GEN:2006/05/09(火) 06:31:46 ID:nIX1uYm4
>>16国語の勉強さん
レスありがとうございます。
今日はこれから仕事ですので、また改めてレスさせていただきます。

>GEN さんの優しさも備わったのでしょう。
恐縮です・・・(^^;
先生にはとても感謝しています。
そういえば、私の小学校時代の先生(みんな女性でした)は3人とも添削してくださったなあ。
特に456の先生は若いけど(当時20代半ば)厳しくやさしく、すばらしい先生だったと思います。
前に立たされて十人連続ビンタとかされましたよ。今は良い思い出です。感謝orz
26実習生さん:2006/05/09(火) 06:53:28 ID:cohUbFiE
>GENさん
添削ありがとうございます。
勉強になりました。
ただひとつだけ言い訳させて頂くと、私は携帯で書き込みを行っていますので、この場では文章を書く際にかなり無理やりつめこんでいます。
本当は短文で要点を簡潔に書くことができればよいのですが、力が足りず申し訳ありません。

>国語は英語でさん
とりあえずいきなり怒り出す点で知識はともかく議論する能力に関しては疑問を私は持ちました。
私があげた勉強ができない子の例で、何故障害児とかが出てくるのでしょうか。
普通校ですら、教科書を読むのに苦労する子がいるのです。
貴方の意見は高みに立ちすぎるのです。
貴方は文章や言語に関しては素晴らしい知識をお持ちのようですが、その知識を生徒にどのようにして伝え育てていくのでしょうか。
貴方は私の書いた内容に関しても反発を覚えたのだと思います。
私は私の書いたことが全てはありません。
言い足りないことに関しては他の方が書いていますので割愛しました。
前スレも読みなおしましたが、これ以上議論する意味はなさそうですから、これで失礼します。
27ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/09(火) 13:25:05 ID:z6zRocKD
>>16
>日本語にはヨーロッパ言語の関係代名詞構文がありません。これは日本語の欠陥とも言え
>る、また文体にもかかわる問題だと考えます。日本語では、常に上流側から下側に修飾し
>ていきます。ヨーロッパ言語のように上流側/下流側両方から修飾することができません。

関係代名詞がないとどうして欠陥言語になるの?テュルク諸語、ハングル語、日本語、琉球語
といった膠着語は全てこうなわけでしょ?君の話は、ハンドルネームも含め、かなり偏った言語観に
基づいていると思うね。西洋のオリエンタリズムを内面化しているんじゃねーの?上流下流両方
から修飾というけど、上流は形容詞、下流は関係節のことかね。それで?という感じ。どちら側から
修飾する方がエライとかヨイとか、何の基準で言っているわけ?あほ草。
28ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/09(火) 13:26:32 ID:z6zRocKD
>>12
>自己形成は、自分自身で探求することによって構築されていくもの、教師はその機会と道具を
>あ・た・え・ることしか出来ない ・・・のならば、結果的に面接君となんら変わりは無いじゃないですか・・・。

どうしてこういう話になるわけ?「機会と道具をあ・た・え・る」とはどういう意味で使っているの?
道具を与えて終わり?じゃあ添削の意味は何なの?君のいう添削は小学校の花丸添削が前提に
あるのかな。私も国語の教育氏と同じく、中高生の国語教育を問題として書き込んでる。私のいう
添削は、単に君が>>23-24でしたような、また面接君がかつて例示したような、「意味の通らない
箇所を直す」ことが目的じゃない。少なくとも以下のことが必要:

1)誤字、脱字、段落不整備、意味不明瞭な部分等を指摘、訂正
2)答案の内容の趣旨が添削者にどのように理解されたか簡潔にまとめる
3)説得力に欠ける点、妥当性を欠く点をその理由を添えて指摘する
4)2の趣旨を実現するためにはさらにどのような論点が必要だったか、また補足すべきだった
事例等について採点者側からの提案をする

これらのことをするためには、当然ながら当該テーマについて採点者側の広範な知識と理解が必要。
予備校の小論文対策添削ゼミなどではいたって普通にやられているんだけどね。国語教師ができ
ないはずはない。この添削の問題点があるとすれば、仕方のないことだが4で添削者側の主観が
大きく反映されるところだろう。だから、もし複数の添削者で添削できれば生徒にとってはかなり実り
多い実践教育になると思う。
29ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/09(火) 16:30:57 ID:AqIRJUGW
>>9
>文法も教科書に書いてあるヨーロッパ文法の焼き直しをなぞって教えているだけだと主張
>します。「象は鼻が長い」さえ説明できない文法です。生徒に教える文法は文章の読解や
>作文に応用できなければ意味がありません。

例えばどういう部分が「ヨーロッパ文法の焼き直し」なの?いまひとつよくわからんよ。
日本独自の国際的基準に拠らない古い文法論に依拠してるというならわかるんだけど。
逆に、「文章の読解や作文に応用」できない文法の授業というのはどういう授業のことを
言っているんだろう?できればGEN氏にも聞きたいところです。

>文学の授業では生徒の読解を上回るものを教師・教科書が提示しなければ意味がありません。

現状では、研究者による「通説」なるものが指導書に紹介されていて、それを解説するというのが
一般的な文学の授業なわけだけど、文学批評界においてその説が覆されるということもままあるよね。
国語教師は文学研究者ではないから、時代もジャンルも異なる個々の作品において自前の読みを
提示するというのは無理でしょう。絶対的な「正しい読み」など存在しない中で、君はどのように文学の
授業をすればよいと考えているの?
30国語の勉強は英語で:2006/05/09(火) 17:27:09 ID:LF8iTovA
>>27 修飾する方がエライとかヨイとか、何の基準で言っているわけ?あほ草。

エライとかヨイではなく特性です。日本語に欠陥があれば、その欠陥をカバーする表現を
選択せねばなりません。国語教師は日本語を誉めるだけではなく、その特性を(良い点も
悪い点も含めて)教えるべきと主張します。

なお私は英語も欠陥を持つ言語だと思ます。世界で一番使われているから必要なだけです。
過去の様々の経緯からできあがっている自然言語には様々の欠陥が付きまといます。英語
の一番の欠点はスペルと発音の不一致です。表音文字を使いながらスペルから発音を決め
られないなんて馬鹿げています。私は spell checker なしでは英語で文章を書けません。


>何の基準で言っているわけ

両方から修飾できて、関係代名詞のように修飾される名詞が一つに特定されるほうが、混
乱をもたらすことなく複雑で長い文章・構文を構成できるのは明白でしょう。
31国語の勉強は英語で:2006/05/09(火) 17:27:52 ID:LF8iTovA
関係代名詞が利いてきて読みづらくなっているのが法曹関係の文章です。できるだけ法律
要件を厳密に記述しようとするため、長い文章の中に複数の修飾節が入り込んできます。
その修飾関係を線で結ばないと理解できないのが法律文です。もっとひどいのが特許です。
特許請求項はどんなに長くても一つの文章にすることが慣例になっています。箇条書きも
使いません。普通の人間では二回/三回読んだぐらいでは意味を取れない文章です。ママ
ンさんも、これらの文章を見たことがあるはずです。法律・特許分野の日本語が正しいと
思いますか。

ある法曹関係の方から「法律文が今のように解りにくい悪文になっているのはドイツ法学
の直訳文体を使っているからだ」と説明されました。確かに関係代名詞を使うことで、後
ろ側から何段階も修飾した法律文にできます。ヨーロッパ言語で法律文が長くなるのは理
解できます。それを直訳すれば日本の法律文体になるのも理解できます。でも その結果、
解りにくい悪文の日本語法律文になってしまいしまた。
32ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/09(火) 18:42:55 ID:z6zRocKD
>>30
>両方から修飾できて、関係代名詞のように修飾される名詞が一つに特定されるほうが、
>混乱をもたらすことなく複雑で長い文章・構文を構成できるのは明白でしょう。

何を言っているの。いわゆる先行詞と関係代名詞の間に長い文が挟まって、修飾される
名詞が一つに特定できなくなる場合だって当然あるでしょ。

私も、別に日本語を擁護したいわけじゃない。欠点はいくらでもある。例えば漢字。
音読みに数種類(呉音漢音宋音唐音)ある上に日本語としての訓読みもあって、
同じ漢字を使われ方や場所によって読み分けなくてはならない。また、明治期の
新造語は入ってきた外来語をうまく訳してしまった故に、原語の持つ語構造を壊して
しまって汎用性がなくなってしまった(例えばinternational=国際。「際」にinterの
意味はないね。)あとは「階段」(具体的)「段階」(抽象的)とかよくわからんね。

翻訳はそもそも完璧にできるはずがないから、翻訳調の文章がおかしいのは当然と
いえば当然だね。今は法律用語も現代語に近くする切り替えが進んでいるみたいだよ。
33GEN:2006/05/09(火) 22:43:06 ID:nIX1uYm4
>>28
>じゃあ添削の意味は何なの?
流石、やっぱりそうきましたね。
ママンさんは自らを「添削を通じて指導するタイプ」と仰られているので、さぞかし素敵な添削指導をさ
れているのかと思い、ちょっと鎌かけ(遊び)ました、ご容赦orz

ママンさんの仰る添削、正直・・・ヤッテホシイー!ですねえ。私自身。
私の中学時代の先生は、小学とは両極端に全然添削をしてくれませんでした。
1年次の先生など提出した直後、目の前で、読みもしないで花丸くれましたよ・・・アホ草と思いましたね。
私、恥ずかしながら高校へは満足に行きませんでした。
大検とって専門へ進学しましたけど、当然国語の授業で作文・論文の添削なんて羨ましい事はしても
らえませんでした。

私は若い頃から、文章を読むのも書くのも好きでしたので、読んだ本の感想・・・というか本から得た考
察ネタを好き勝手に弄繰り回すような、小論文めいたものはよく書いていました。
遅まきながら20代半ばから哲学に目覚め、糞の役にも立たない理屈を捏ね繰り回したような文章を書き
連ねていましたが、それが非常に勉強になったと自負しています。
身になっているかどうかは、よく分かりませんが。
もし、この時に書いたものを誰かに(ママン先生のような方に)添削してもらっていたら、どんなに為になって
いたことかと、痛切に思います。

しかし、幸い私には良き先輩格の友人が居り、よく朝まで哲学談義をしたことが、思想的な論理的添削(とで
も申しましょうか)の「役割」、つまり>>28で言えば、ママンさんの仰る「添削」の役割を果たしてくれたのだと思
っています。感謝感謝。
いまだに彼とは、よくやり合っていて、先日はここの議題も卓袱台の上に載りました。あまり美味では無かっ
たようでしたがね。

ママンさんの教え子さんが羨ましいです。
きっと私のような優しい人間に成長されることでしょう・・・orz
34GEN:2006/05/09(火) 22:45:44 ID:nIX1uYm4
(続きです)
閑話休題、ママンさんが内容薄き読書マラソン案に反対されるのも、ここに到って非常に納得がいきます。
しかし、果たしてママンさんが「国語教師ができないはずはない。」と仰るほど、>>28の添削方法を適切に
行う能力と時間を、多くの国語教師が持ち得ているのでしょうか。
(まあこの台詞は、その能力もなく努力もしない教師を揶揄した発言にも取れますが。)

私にはどうもママンさんが、ご自身の国語教師としてのプライドを基に創り出した、国語教師に対する感情的希
望的幻想的理想的願望によって反対を示されているようにも思えます。
勿論、実践されているママンさんは、ご自身の教育方針を貫かれれば、好ましい結果が妥当数得られるものと
思いますし、そんな実践をされている尊敬すべき先生の教育理念に茶々を入れる気は毛頭ありません。
しかし、現実的に、ママンさんの実践を全ての教師が同等に行えるとはとても思えません。

多くのみなさんが問題視するように、教師の技術的格差は既に甚大な問題として現存してしまっている。
良い先生の教育が、良いのは当たり前ですが、悪い先生の教育が与える生徒への影響は最小限に留めたい。
こんなことを言わざるを得ない教師の現状も、嘆かわしいのですが・・・現実、教師の質の向上には時間がかかりすぎる。
子供の教育はそれを待ってくれるほど甘くは無い、極めて火急の問題です。
この状況下で教育のシステムを模索する際、重要になってくることは、より多くの教師が実行可能なシステム(方法
論)なのではないでしょうか。。
つまり、出来るだけ多くの生徒をある一定レベルに到達させる為の、教師其々の技術的格差(低さ)に影響され難
い基本システムの構築を、目標とするべきなのではないでしょうか。
35GEN:2006/05/09(火) 22:47:46 ID:nIX1uYm4
(更に続きです)
その意味ではママンさんのプライド、理念、案への反対の根拠となる、>>28で挙げられた実践的指導・教育方法は残
念ながら「より多くの教師が実行可能なシステム(方法論)」とは言いがたいと思います。
だからと言って、読書マラソンが良いということではありません。

ただ、この板で読書マラソンを巡り議論をすることが契機となり、この現状打破のヒントが僅かばかりでも得られる場と
なれば好いと思っています。

多分これも私の、感情的希望的幻想的理想的願望・・・なのでしょうが。
36実習生さん:2006/05/09(火) 23:21:37 ID:muzHTD3k
>>28
3と4が難しいと思う。私が素人だからかね。

>>35
大工の源さんですかw。
>教師の技術的格差
これを埋めるのは大変。身をしみて感じる。
そういう役をもらって三年目。難しいよ。システムだけ作っても
多くの人は動けないw。ここでうまい方法が出てきたら、ちゃっかり参考に
させてもらうよw。
37実習生さん:2006/05/10(水) 03:29:18 ID:rDfKkaQl
このスレは、あと一週間以内に止まる。
ような気がする。
38国語の勉強は英語で:2006/05/10(水) 07:04:02 ID:RmCeFV/y
>>29 ママンさん

>現状では、研究者による「通説」なるものが指導書に紹介されていて、それを解説するというのが
>一般的な文学の授業なわけだけど、

>君はどのように文学の 授業をすればよいと考えているの?

私は「研究者による通説」に殆んど価値を見出せません。小説を教えるならば、その小説
の感動・面白さを伝えることが先にあるはずです。教師が面白いとも思っていない小説で
通説を教えても欺瞞でしかないと主張します。私の川端康成の読み方を他人に強制される
筋合いはありません。読んだ小説を無意味だと判断するのも一つの読み方です。


国語の読解では「理解できないことを意識する」読み方も教育すべきです。科学関係の書
籍を読みこなすためには、自分が「理解できないと意識」することが重要です。教科書に
書いてあることのうち「理解できない個所」を、具体例で検討したり別の書籍で調べたり
することで、科学理論を自分のものにしていきます。分らないまま読むことを続けていて
は、難しい理論体系の理解は困難です。応用の利かない定理の丸暗記になるだけです。

「理解できないと意識する」ことの重要性は科学理論書に限りません。宗教や政治の世界
では特に重要です。著者も理解していない受け売りが数多く入り込んでいます。哲学用語
は受け売りの可能性大です。人間の思想・主張など権力・富に迎合するものです。哲学用
語の意味なぞ簡単にひん曲がります。理解できないままに丸暗記しているだけの宗教・思
想を見抜く力を育ててやってください。
39国語の勉強は英語で:2006/05/10(水) 07:04:39 ID:RmCeFV/y
>>32 ママンさん

>翻訳はそもそも完璧にできるはずがないから、翻訳調の文章がおかしいのは当然と
>いえば当然だね。今は法律用語も現代語に近くする切り替えが進んでいるみたいだよ。

「現代語に近くする」の意味は、「漢字カタカナ文」を「漢字ひらがな文」に変えるの意
味でしょう。また特許請求項の文章には元となる英文はありません。オリジナルなものを
特許申請するのですから。それにもかからわず現状の特許文です。

文化の伝承は悪い面も含めての伝承です。文体は文化の伝承に強く根付いています。普通
の法曹関係者たちは、自分たちの法律文体がドイツ直訳文体とは考えません。特許関係者
は現在の一行センテンスの書き方が厳密な文章のために必要だと主張します。

40ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/10(水) 13:56:42 ID:UXxLLxKJ
>>34
>果たしてママンさんが「国語教師ができないはずはない。」と仰るほど、>>28の添削方法を
>適切に行う能力と時間を、多くの国語教師が持ち得ているのでしょうか。
>国語教師としてのプライドを基に創り出した、国語教師に対する感情的希望的幻想的
>理想的願望によって反対を示されているようにも思えます。

別にプライドなんかないんですけど...(これも釣りかなあと思いつつ)。
添削が何か特別なことだと思っていること自体がきわめて問題なんだと思うよ。その原因は、
おそらく学校で「自分がやってもらったことがない」ということに尽きるでしょ。君の先生だけでなく、
私の先生も例外なく添削なんてやってくれなかったよ。教師はやはり教壇に立つ際に、以前
自分が受けた同テーマの授業をとりあえずの模範とするもの。そこで作文の経験がなければ
やりにくいのは当然。しかし、「ヤッテホシイー!」と思うことがあるならそれをやるべきでしょ。
別に禁じられているわけでなく、指導要領でも国語教育の範疇であることは明白なんだから。

よくわからんのは、大学入試においてさえAOや小論文が激増していて需要があるのに、なぜ
国語科として恒常的にやらねーのかという点。国語教育としても書く能力の養成は重要な
部分を占めているはずなのに、高校3年であわてて該当者向けに補講をするというのはおか
しいな。教師側に時間がないとか経験がないなんて理由にならんでしょ。少しずつうまくなれば
いいわけで、誰でも最初は未経験で下手なんだから、それを厭って面倒臭がっているのは
端的に怠慢でしかない。いわゆるぺーパーテストの学力では測れない能力を見るということで
導入された入試のはずなのに、高校では依然としてペーパーテスト学力養成でよしとしている
保守性がわからん。

小論文で求められているのは、まさしく説得力ある形で社会的妥当性を備えた自己の見解を
書く能力でしょ。いくらでも追い風が吹いてる状況なのに、なぜ予備校に任せっぱなしなのか
理解できん。読解偏重の教条主義的な授業はもううんざりでねーの、いんちき会話導入で
ごまかしている英語教育も含めて。
41ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/10(水) 14:25:21 ID:UXxLLxKJ
>>36
添削全体からみた分量としては少なくても、一番難しくて一番重要なのは、2だよ。
ここがない添削はほとんど意味がねーと思うよ。

>>38
とりあえずいわゆる小説や詩と、論説文は分けて考えてよ。
理論体系や思想・宗教は論説文の方でしょ。小説・詩といった文学は言語芸術と考えて、
やることは注釈と鑑賞だと思った方がいい。

>>39
陪審員制度導入を控え、法律文書は表記レベルではなく表現レベルで変わると聞いているけど。
42GEN:2006/05/11(木) 03:24:56 ID:WCG/Q5xK
>>40ママン先生
>別にプライドなんかないんですけど
いえいえプライドは持ってくださいよ。持つに値する理論と実践だと思いますよ。
ただ、「国語教育はこうあるべきだ」「国語教師はこうあるべきだ」「それを実行できないのは怠慢だ」
という理想論的現状批判は、本当に本当に本当に残念なことに、現状打破の効力が無いに等しいのです。

>よくわからんのは、大学入試においてさえ・・・(中略)・・・ペーパーテスト学力養成でよしとしている
>保守性がわからん。
この一段、全てに激しく同意します!
ただ、わからなくは無いです。
>>34とは逆説的ですが、「より多くの教師が実行可能なシステム(方法論)」への過度の依存こそが、教師の質
を下げる要因の一つだったのではないかと思います。
つまり、システマチックに教科書の教師用指導書を消化するだけでも、教師の役割を果たしている体裁は保てう
るシステムにより、教師自らの工夫を凝らした授業を行う意義を胡乱なものと化してしまったのではないかと思うのです。
工夫を凝らし、教科書に縛られない授業をすることで得られる、評価基準の曖昧な目に見えない能力向上よりも、
テストによる具体的な数字で評価可能な学力向上を図るほうが、より明確で楽なわけですものね。

教師のみならず教育界全体(親を含む)の客観的評価偏向・システム依存により、教師は積極的に授業に革新
的な工夫を凝らす必要性も無く、かえって保守的でシステマチックな授業を行ってテストの対策さえしておれば、
上司や外部から問題視される危険性も低い。
このシステム上では、そんな考えの保守的で怠惰な教師及び学校が主流となるのも必然なのかもしれません。
そういった、教師自体の情熱と創造性を剥奪してしまったのも、この「より多くの教師が実行可能なシステム(方
法論)」への、盲目的依存が要因だったのでは無いかと思います。

そんな意味において、私は教師の技術的格差を埋める為の「より多くの教師が実行可能なシステム(方法論)」
の構築など糞食らえだと思います。
どんなに効率的で普遍的教育システムが出来上がろうとも、教育者は、生(なま)の教育の理想を絶対に捨てて
はならないと思います。否、捨てないで欲しいと願います。
43GEN:2006/05/11(木) 03:29:19 ID:WCG/Q5xK
(つづきです)
苦しいですね。私なんかより実際に教育の現場に立っておられるママン先生などは、本当に苦しいのではないか
と思います。国語の教育さんも心配しておられましたが、私もママン先生が、国語教師の集団の中で浮き上がっ
ているのではないかと心配です。
ママン先生のような、よい教師を評価できる価値観と才能と想像力を、現代社会全体に求めます。
HPを検索していると、http://homepage.mac.com/beulah/kokugo/index.htmlの峰先生をはじめ、その他活気有
る研究と啓蒙に熱心な先生がおられることに、心強さとともに、ある種の憂いと憤り(体制に対する)を感じます。

>小論文で求められているのは、まさしく説得力・・・(中略)・・・なぜ予備校に任せっぱなしなのか理解できん。

社会自体がその「社会的妥当性を備えた自己の見解を書く能力能力」の社会的重要性に気付くのが遅かった。
逆に言えば学校教育における欠損部分が社会に於いて顕在化し、その欠損部分の重要性が教育界よりも先に実践社
会によって逸早く認識されたということだとは思います。これは当然といえば当然な構造ですね。
しかし、本来この順序はあってはならないことだと思います。
それを察知する想像力が教育界に欠落していたことは否めないでしょう。

上記の問題以上に切迫した問題は、社会がそれに気付いた時点で、学校教育は、先にもあげたシステムへの依存
により、柔軟性と対応能力の無い状態に硬化してしまっていたことにあると思います。

私が主張した「より多くの教師が実行可能なシステム(方法論)」の構築は、あくまでも緊急措置でしかありません。
このシステムに過度に依存しては絶対にならないという前提があります。
本来は、ママン先生の仰るような教師の育成と、それを進めうる、教育界を含めた社会全体の価値観の再考と認識
の深化を求めるべきなのでしょう。
44GEN:2006/05/11(木) 03:30:14 ID:WCG/Q5xK
(最後に)
私が求める、この現状打破の「理想的方策」としては、【その「システム」を実践することにより、教師自体の質の向上
も期待でき、システム自体も教師の質の向上に伴い発展可能な、「より多くの教師が実行可能なシステム(方法論)」
を構築し実践する】ということです。

この観点から何かご意見はありませんか?それ以前に、この観点自体にご意見があれば賜りたいと思いますが、いか
がでしょうか。
45実習生さん:2006/05/11(木) 04:46:40 ID:Q0AiwFHf
責難は成事にあらず。
46国語の勉強は英語で:2006/05/11(木) 07:40:28 ID:kjubZb2O
>>45 「責難は成事にあらず」

これを GEN さんに言える権利を持つのは「成事」を実践している教師だけだ。貴方にそ
の権利があるのか疑わしい。

GEN さんは >>23 >>24 のように、赤の他人の作文添削までしている。GEN さんには「責
難」する権利がある。23,24 以上の添削を GEN さんは生徒たちにしているはずだ。

>>45 も GEN さん以上に作文の添削をこなしている稀有な国語教師であることを期待する。
どんな添削をしているのかママンさんとは別の実践者の意見を開陳して欲しい。

現実には >>7,>>8 に代表されるアホ国語教師が多い。Cliche だけを書いて分ったふうに装う
45 にもアホ国語教師が連想される。>>45 が作文の添削などしない/できない多数派のアホ
国語教師ならば、「責難は成事にあらず」などと言う権利はない。私の推測が正しいならば
「アホ、馬鹿、教師なぞ辞めろ。生徒が迷惑だ」の言葉を送る。
47国語の勉強は英語で:2006/05/11(木) 23:18:54 ID:AoWoT3pB
Writing の世界では "Don't use cliches" がよく言われる。多くの人が書いている。で
も今一つ cliche を使ってはいけない理由が納得できないでいた。その理由が今回の
>>45 のスレッドでやっと分った。

今ひとつ納得できなかったのは、これに類した言葉を日本人から聞いたことがないためだ。
日本語で書かれた著作物でも見たことがない。何故なのだろうと不思議だった。その真意
も計りかねていた。

"Don't use cliches" を日本語に訳すならば「警句を使うな」か? 少しニュアンスが違
う。私の言葉で訳せば「手垢にまみれた洒落た風な言い回しをするな」とでもするところ
だ。

実際このスレッドの文脈で「責難は成事にあらず」だけを書いていたのでは、「誰か偉い
人が間違いだといってるよ。その理由は偉い人に聞いて。」と言っているのと大して変わ
らん。2c で "wwwwwww" とだけ書いているのと殆んど同じだ。知識のひけらかしが鼻につ
くだけ下劣だ。

要は「他人の権威に縋っただけの主張をするな」との意味なのだろう。「拙くても平易な
自分の言葉で主張せよ」と理解できる。Plain english の要求とも整合する。日本語では
plain に書くことをあまり要求されないので "Don't use cliches" も言われないのだろ
う。

"Don't use cliches" は日本語で書いたり話したりするときも概ね従っておこう。
48実習生さん:2006/05/11(木) 23:40:55 ID:4c7UtLyl
>>47
温故知新
49実習生さん:2006/05/11(木) 23:52:09 ID:OhHA4O3R
日本じゃはやらないが、USでは引用句辞典なんてのもあるくらい。
それをふまえて、あまり使いすぎないほうがいい、ってことだと思うよ。

文化が違うのに、一面だけを見て評価するのはどうだろう。
日本の諺なんかも外国とおなじだけれど、生活の智恵って側面もある。

要は書きよう。
50ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/12(金) 19:36:49 ID:a/ioJtsx
>>42
>ただ、「国語教育はこうあるべきだ」「国語教師はこうあるべきだ」「それを実行できないのは怠慢だ」
>という理想論的現状批判は、本当に本当に本当に残念なことに、現状打破の効力が無いに
>等しいのです。

別に理想論をぶちあげているつもりはないんだけどなあ。理想論と受け取られること自体が少な
からず驚きだよ。いたって普通にやってたんだから。ただ、もちろん作文と添削が唯一の方法とは
思わない。いろいろなやり方があるはず。それから「先生」はやめてつかあさい。

作文がいいと思うのは、相手(読む)側の視点に立って説明を工夫しなければ成功しないという
ところかな。感想文/小論文の違いは主観的/客観的などと言われるけど、要するに小論文
では感想文のように自分の立場を説明するだけでなく、その立場に読み手の同意を得なければ
ならないんだよね。単純に「書く」という行為だけをしているわけではないということをわかっている
答案とそうでない答案の差は明白で、そこを乗り越えられるとすごく上達する。この相手側に立つ
という感覚を教えることになるという気もするね。
51GEN:2006/05/13(土) 04:58:34 ID:5YCzyu4O
ママンさん
>理想論と受け取られること自体が少な
>からず驚きだよ。いたって普通にやってたんだから。
ママンさんがいたって普通にやっていることが、現状大多数の教師に出来ていない。
その大多数の教師には、それを「いたって普通に」行う能力も時間もないし、【意欲}】もない、否、起きない。

この現状に於いて、「『普通に』出来て『当たり前』、『出来ない』『やらない』のは、現在・過去の『教師としての怠惰』
の循環にその要因がある。その循環を『断つ』為には、現在の教師の『出来ないものに対してチャレンジする【意欲】』
とそこで培う『経験』と、それに時間を割く『意義の認識』が必要だ。」というのは、一見正論に見えますが、この主張は、
「問題解決することによって問題解決しよう」というパラドックスに陥っていることにお気づきですか?
言ってみれば、「能力と時間と経験と意欲と意義の認識の問題を、能力と時間と経験と意欲と意義の認識によって解
決しよう」ということであって、問題の根本的要因の抽出・認識・解決の観点が欠如してしまっているのです。

これは、ある対象に対して「こうあるべきだ」「そうあって当然だ」 という理想像を根本に、「現状そうではない」問題につい
て議論するときに起こりやすい論理誤謬です。
これは「頑固爺さんの理論」とでも言いましょうか・・・多くの議論で耳にする論理誤謬です。
大多数の人が、これに気付かずに議論を展開している。果ては、この論理誤謬を基に解決策を導き出している。
これは本来不可能なことなので、結果「強制力」によって形式にはめ込むことで解決しようとする。
政治で言えば「ゆとり教育」「少年法の改正」「愛国心問題」などは、その具体例といってよいのではないかと思います。
もっとも、法律というのは本来そういったものなのですが。
52GEN:2006/05/13(土) 05:00:11 ID:5YCzyu4O
(続きです)
このような、「問題の根本的要因の抽出・認識・解決の観点」の欠如による論理誤謬から導き出された「強制力」によ解決
案が、根本的問題の解決になりえないのも必然と言えば必然なのでしょう。
しかし、仮にそれが「問題の根本的要因の抽出・認識・解決の観点」から導き出された「強制力」であったとしても、現場
の人間にその「観点」が失われてしまっていては、その導き出された「強制力」としての解決案も、張子の虎でしかなく目
論見どおりに機能しない可能性も多分にあるでしょう。

問題の要因は到るところにあります。その要因一つ一つを抽出して解決していくのは不可能に近いと思います。
これをやろうということ自体、理想論でしかないのだと思います。
しかし、少なくとも「そうあるべきだ」という、ある意味思考停止から逃れ、常に追求するスタンスを保つのに役立つ「観点」
ではないかと、私は思っています。

少し抽象論的になりましたが、以上の意味でママンさんの主張に対し「理想論的現状批判は、現状打破の効力が無いに等
しい」と申し上げました。
私も添削が唯一の方法とは思っていません。>>45で挙げた峰さんが実践されている【・生徒の文章を使った読解指導】よう
な方法も非常に効果的ではないかと思います。
この方法論も峰さんなりの「問題の根本的要因の抽出・認識・解決の観点」から導き出されたものだと思います。
53GEN:2006/05/13(土) 06:07:07 ID:5YCzyu4O
>>46国語の教育さん
フォローありがとうございます。
ですが「責難は成事にあらず」・・・その通りだと思います。
私は残念ながら教師ではなく大工です。
そんな私の意見など、現場の先生方から見れば、どんな意見であろうとも外部の無責任な意見
でしかないのも事実でしょう。
「実践するのは俺達教師だ、偉そうに語るだけなら誰でも出来るわい」と思われるのも致し方ない
と思います。

しかし、国語の教育さんのご指摘のように、この言葉を他者に投げかける安直さには正直少々腹
立たしさを感じます。
事を成し遂げた人間、若しくは成し遂げようと実際に努力している人間が、この言葉を他者への訓告
として発するならともかく、成し遂げた事実も提示せずにこの言葉を他者に投げかけるのは、その「責」
から逃れようとする意識を正当化しようとする「ずるさ」が無意識に働いていると思います。
「責難は成事にあらず」という言葉の意味自体に、「責難」の性質が含まれている以上、この言葉は、
「事を成し遂げた人間、若しくは成し遂げようと実際に努力している人間」以外の人間にとっては【自
戒】としてのみ有効な言葉であると解しています。

私に対してこの言葉を発する正当性のある方は【その「システム」を実践することにより、教師自体の
質の向上も期待でき、システム自体も教師の質の向上に伴い発展可能な、「より多くの教師が実行可
能なシステム(方法論)」を構築し実践】出来ている若しくは、それについて努力している方のみだと思
います。
勿論、先にも述べましたが、私自身この言葉を言われることも致しかたないとは思いますし、この言葉を
自戒とするところではあります。
54実習生さん:2006/05/13(土) 10:11:21 ID:NtolTLo5
今日は新しいことわざを覚えたお。

責難は成事にあらず

なるほどねえ。お利口になったお。
55ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/13(土) 13:15:50 ID:uCUckO3w
>>51
>問題の根本的要因の抽出・認識・解決の観点が欠如してしまっているのです。

別に議論のための議論をしているつもりはないよ。とにかくこの読解偏重教育をおかしいと思わ
ない方が逆におかしいと思うし、読解にしても規範的な読みへ導きそれを誇示するだけでは
教師も生徒もつまんないんでねーかと思う。

じゃあ、そんでどーすんの?という時に、私はたまたま教材の内容に即した作文や創作文を始めた
というだけのこと。添削に社会科の先生を巻き込んでもっと活動を広げてもいいし、教材の読解に
いろいろ工夫を加えてもいいし、さらにはスピーチコンテストを準備し発表の機会を作るなど、工夫の
余地は限りなくあるんでねーでしょうか。
56実習生さん:2006/05/13(土) 20:58:58 ID:LXqJeTE1
【教育】図書館などでの絵本の「読み聞かせ」に細かい注文…著作権めぐり作家ら
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1147511774/
57国語の勉強は英語で:2006/05/15(月) 22:31:51 ID:RQEMN8vW
ママンさん。こんばんは。

できたら >>7, >>8 の悪文を材料に GEN さんがやったように、ママンさんも添削をやってみてもらえないでしょうか。国語教師の添削の見本を示してやって下さい。図々しいお願いなのも分っています。そこをなんとか。

出張で週末までレスできませんが、お時間を見つけて添削することをご検討ください。よろしくお願いします。
58実習生さん:2006/05/15(月) 23:54:40 ID:IALoDdBD
>>892
今の国語教育の実例があるのでそれを考えると使える
という意味。

>>893
平行でもどっちでもいい。 並行なら、放課後とか宿題で本読み。
余った時間に議論とかやらせる形。
59実習生さん:2006/05/15(月) 23:58:02 ID:IALoDdBD
>>2
目標がないと適当な理由をつけられていらないことをやらされる。

目標があることによって適当な理由をつけられても、作文がかけてない
と指摘すれば簡単に間違っている方法といえることができるわけ。
どんな内容のスピーチでもということ。


>読書・面接の話では あっても教育の話では決してないわけ。

読書面接をできるようにするために教育があるんだけど。
60実習生さん:2006/05/16(火) 00:02:15 ID:IALoDdBD
>>3
何でもというわけでないけど7割型わかる。
いままで出てこなかった情報を手に入れられるんでね。

そしてネットですべてがてに入るわけでない。本も必要。
ネットでとれる情報と本で取れる情報があって、2つを活用
している。

そしてCO2 が原因でないならスレで議論してくればいいかと。
おそらく負けるだろうけど。議論したことないからわからないだろうけど
相手は論理的に攻めてくるんで、論理的に納得した答えに到達する。

ネットを使ってないだけあって思い込みの誤解が多いね。
61実習生さん:2006/05/16(火) 00:07:37 ID:HqD1CQrs
>>6
リアルでは作文なんて作家でもないのに何枚も書くということがない。

ネットではじめは1行がやっとだったけど何年かやっていくと知らずに
長文を書けるようになっている。


その国語教師と言う人はネットの経験が浅いからまだ文を書くのがうまく
なっていないだけかと。

こういうのもあって、授業にネットで掲示板で議論と言うのがものすごい
重要だと考えている。
62実習生さん:2006/05/16(火) 00:14:29 ID:HqD1CQrs
>>12
得た知識は、何か問題にぶち当たったときにそれを用いて考える時に使う。
議論の時に使う と言うのが多い。


議論をさせることでそのえた知識を使うから議論をさせればいい。

>>14
採点は難しい。それを毎日やるとすごい仕事量になるし
採点できるほど国語力が高い人が国語の教師になっているのかも
あやしい。

大量に文章をかかせてそれで自然と身につかせて行く形が一番
なのかと。その途中で教師が大まかに修正点というのを時々
指摘してあげる。  たとえば日本語では、同じ言葉を繰り返し
用いないとか。
63実習生さん:2006/05/16(火) 00:16:26 ID:QLSyQQRg
面接君、ようやく、ここを見つけたか。
今日まで気づいてなかったろ?
64実習生さん:2006/05/16(火) 00:26:08 ID:HqD1CQrs
>>28
採点はあまりいらないと考えている。
本を読む経験をつむと、ほんの文体と言うのがわかってくる。
自分の文章を書いたとき、ほんの文とどのあたりが違うかなど
勘でわかるようになって、変な箇所を自分で修正するようになる。

そのため採点は重要視していなく、経験でどうにかできるものだと
考えている
65実習生さん:2006/05/16(火) 00:29:06 ID:HqD1CQrs
>>29
文学も教える必要がなくて、本を読ませることで生徒に経験をつませ
ある程度の能力にいってから、その文学の解説本を読ませてどういう風に
読んでいくかをつかむので十分かと。

それをやりつつ、文学作品の問題集を解く。解説どおりよみとれれば点を
採れる。
66実習生さん:2006/05/16(火) 00:37:02 ID:HqD1CQrs
>>35
読書マラソンは必要だと考えるんだけど。

読書をしないで、文に慣れないし、文法みたいなものも体得できない。

マラソンをすることで活字中毒にすることができ、本を読むのが苦痛でなく
なるばかりか、勉強までも苦痛でなくなる。ストレスの発散を本などでする
形にもっていける。

知識が身につく


など、本を読むと言うのは国語の基礎みたいなものだと考えている。
大人の勉強と言えば本を読むことと言う人が多く、本を何千冊もよんで
大量に知識を入れるのに時間を費やしている。

>>38
面白さを伝えると言うけど、そんなことできる国語教師が何人いるんでしょう。
ものすごい難しい気がする。
そして難しい本なんていきなり読まないで自分の能力に合った基礎の本から
読んでいくことでいい。 知らず知らずに難しい本が読めるようになっているんで
67ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/16(火) 04:06:46 ID:+3WCHKVB
>>57
>>7-8もう一度読んでみました。添削したいのはやまやまですが、ちょっとこういうのは困りますな。
そもそも添削を前提に書かれていないからテーマもなく感想めいているし、スレの文脈に依存して
いる表現が多いので、単独で読んでもよくわからねーのです。たとえば>>7の1行目の「賛成」や
2行目の「ていうか」が前スレが落ちている今となっては何を受けているかあいまいでしょ。また、執
筆者と添削者の間の前提事項が少ないのも気になるなあ。添削する意味は限りなく薄そう。

>>7 「国語教科の細分化の可否」(仮)

現実問題として国語教科目標の細分化は各方面からの反発を受けて無理と思われるが、実行
は不可能ではねーという話ですな。1、2行目は文脈不明、7行目の「新教科に返る」も何のこと
かわからんので説明が必要。

細かいところはともかく一番の問題点は、読ませどころのはずの「細分化されたことの実行は不可能
じゃない」という主張の根拠として、受験用の教科書や予備校の問題集が流用できるとされている
ところ。流用できるとなぜ実行できるのかがまずよくわからんし、あれほど各方面の反発があって細分
化は無理だと言っていたのに、流用すればすぐ可能というのもおかしい。末尾の母校の話は強制読
書(細分化)があったという話なのに全く活かされてない。ここをもっとふくらませたらいいんでねーか。
68ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/16(火) 04:07:18 ID:+3WCHKVB
>>8 「小中高の国語の教材をきちんと消化すれば、社会に通用する国語力はつきます」(笑)

小中高の国語の教材をきちんと消化すれば社会に通用する国語力はつくはずだが、小では時間
が足りず、中高でもうまくいっていない。そのためレベルに差が出てきており、高低の二極化が進むと
いう話ですな。

面白いのは、うまくいかない理由として「しつけを優先」「総合教育」「行事」「対応できる人がいない」
「文法や暗記」などが指摘されているところ。もしそうならこれは構造的な問題であり、教材をきちんと
消化できるはずがない現実があるのに、なぜ「消化すれば、社会に通用する国語力はつきます」と言え
てしまうのか大いに疑問。さらに2極化の裏には塾での学習があるとされており、それでは塾に行けない
子は高レベルになる可能性すらないことになる。

一番の問題点は、自称国語教師としての発言であるにも拘わらず、責任感ある内容が全く見られ
ないところ(添削では表現や論理性だけでなく、執筆者の立場を考慮して主張の是非を問う場合も
多いよー)。おめーが教えてる結果がこーいう状況なんだってことをすっかり忘れているような書き方が
ここでは問題視されるべきでねーかや。どうやらここで言う習熟度別というのは、できるやつはできるから
いい(進学校)が、できんやつはどーしようもねー(低レベル)から足を引っ張らないでくれということでしょ。
教師なら現状を疑問視して2極分化を防ぐ手立てのための工夫や努力くらい提案しろってこってす。

ま、以上はあくまでも添削されるべきまじめな小論としてみた場合のコメントね。
69GEN:2006/05/18(木) 23:43:47 ID:270jprzV
忙しくて書き込む暇がありませんが、また週末にでも。
とりあえずage
70実習生さん:2006/05/19(金) 00:10:04 ID:r1nbf6gx
少年犯罪の番組をいぜんにやっていて、少年院の人が言うには、
どの子も作文を書けないのが多くまずは作文からはじめるみたい。

感情をきちんと言葉で表現できないなら、犯罪起こしたみたいなことを
いっていた。


つまり、国語教育によって犯罪が減るかもしれないというわけなんです。
だけど、しゃべれるDQNも普通にいるから関係ないかも。
71実習生さん:2006/05/19(金) 00:12:51 ID:r1nbf6gx
>敬語を自由に使うことができる

これがいまだにわからない。 敬語を使う場面を設定して敬語をつかわせるか
書かせる。 そしてここが敬語として間違っているという指摘をする。

これを繰り返していくことで敬語を身につけていくというのでOKだろうか。

指摘するまえにまずいくつかの敬語表現 たとえば めす とかを暗記する必要も
あるでしょう。

暗記 → 敬語の本、問題主をやる →
作文、口頭などをやらせて、間違った箇所を指摘→敬語を自由に操れる人間の誕生?
72実習生さん:2006/05/19(金) 00:17:12 ID:r1nbf6gx
>会話のキャッチボールができる(レベル高 話していると面白い会話をできる)

2人をおいて、会話をさせる。10秒たったら、相手に発言権がかわり10秒経ったら
また相手に発言権が行く形。これでうまく会話を続けられたらOKとか、
うまくて面白い までいくといい。

ただ、会話の習得のために会話をそのままやると言う方法が一番適切かはなぞ。

>どんな場面設定でも適切なスピーチが5分はできる。

実際にありえる場面をいろいろみつけて、その上位10位くらいの場面設定で
練習する→そのお手本と言うのを100くらい読ませてパターンをつかむ
→実際にスピーチを書いてみる 、声にだしてやってみる →これで習得できる?
7337:2006/05/21(日) 00:37:58 ID:iToOC++3

  ほら、止まった。
74実習生さん:2006/05/21(日) 00:43:17 ID:aGKcFooZ
wwwwwwww
75国語の勉強は英語で:2006/05/21(日) 06:04:07 ID:+ILa4xb0
>>67 ママンさん、図々しい添削のお願いに答えて下さり有難うございます。アマンさん
に教師の優しさを感じます。

>添削する意味は限りなく薄そう。

この悪文には「自分の考えを他人に効率的に伝え、自分の意見を他人に理解してもらう」
という視点から修正すべき点が多くあると主張します。

この文章のレベルでは、箇条書きの文章を書かせること、個別 sentence の添削をするこ
とから始めるべきでしょう。でも これでは小学生レベルの添削になってしまいます。論
文の添削ではありません。

意味の通る個別 sentence がかけるようになってから、次に paragraph に分けて論文を
書く段階に到達できます。私が添削者ならば、paragraph の意味・必然性を理解・納得さ
せてから、個別 sentence を分類し直して paragraph として構成し直すこと、そして
paragraph の間に話しの筋道をつけた形に書き直させます。たんに思いつくままを書き連
ねた、箇条書きより劣る文章では添削に値しないと主張します。


>一番の問題点は、自称国語教師としての発言であるにも拘わらず、責任感ある内容が全く見られ ないところ

私には、この国語教師は「生徒を教育する気持ちが皆無」なだけではなく「生徒を小馬鹿
にしている」と感じられます。この国語教師が努める学校が判ったならば、この悪文を根
拠に校長に対して管理責任を詰問します。校長がダンマリを決め込むならば PTA 教育委
員会と続けます。職を失う教師が可哀想とは思いません。こんな教師に授業料を払いなが
ら教えられる生徒が可哀想です。私が生徒の親だったら授業料の返還だけでなく再教育の
ための塾の費用と貴重な時間をロスさせた慰謝料の支払いを校長に要求します。

こんなアホ国語教師が稀有な例外ならばいいのですが、前スレッドの様子や自分の経験か
らすると、このレベルの国語教師が多数いるようです。アマンさんが普通の教師ではなく、
実際に国語を教えられる稀有な例外的教師に思えます。
76実習生さん:2006/05/21(日) 19:17:40 ID:2yzGeSF9
    /    ||    :ヽ
   ┌|(⌒ヽ :|| ..:⌒: |┐   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |::|::ヽ.__:):||(___ノ ::|::|  │
    |:|: ..   :||    .. |:|  │
    :|: ..   ||    ..|| < >>75 日本語でおk
     :\ [_ ̄] /::|   │
::     |\|_|_|_|_/:::|    \________
   __| |   / / :|___
77ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/24(水) 02:38:30 ID:X8RQG3WX
>>75
>この文章のレベルでは、箇条書きの文章を書かせること、個別 sentence の添削をすること
>から始めるべきでしょう。

これは最初に必要でしょうね。以前GEN氏がしてくれていたおかげで、今回私は省略できました。

>私が添削者ならば、paragraph の意味・必然性を理解・納得させてから、個別 sentence を
>分類し直して paragraph として構成し直すこと、そして paragraph の間に話しの筋道をつけた
>形に書き直させます。

私の添削は内容面の指摘がほとんどでしたが、このような形式面からの指摘も重要でしょうね。
おそらく、文や段落といった概念は教材の読解の際に教わるものになっているのではないかと思い
ます(この文章を3つに分けるとどの段落で切れるか?等)。これは書く際にも同様の比重で指導
すべき基礎的なことでしょうね。できれば書く前にしっかり理解しておいてもらいたいところです。
78ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/24(水) 03:16:03 ID:X8RQG3WX
>こんなアホ国語教師が稀有な例外ならばいいのですが、

字面を見る限り、実際どーしようもない教師ですわな。こんなのに教わる生徒・児童がかわいそう。
私も「稀有な例外的教師」などとおだてられるとすぐにその気になって失敗するタイプですので人の
ことは言えません。

スレ進行がまったりしてきましたね。上記の国語教師も病んでますが、私にとって最も病んでいると
思われるのはやっぱり読書君です。本当に掲示板で修行していそうだから。掲示板でしか自分の
書いたものを見てもらえないんだろうな。実際、学校を卒業してしまえば後は実践や成果の問われ
る場になってしまって、添削やコメントをもらうことは難しい。そこで評価を突きつけられて初めて自ら
の文章力のなさに愕然とする人も多いのではないかしら。結局は国語教育側の力不足ですな。

読書君は自分の文章力のレベルをしっかり自覚しているところは好感が持てるんだけど...。国語の
教育氏が述べるような形式面での技術は皆無だし、一番問題なのは論拠という概念がないんだ
よね。自分の経験が全てに優先するという発想では説得力があるわけがなく、その経験を1つの
(しかし強力な)事例として扱う勇気が必要。

また、知識が全てという考え方もどーかと思う。ネットで何でもわかるという発想もなんだかなあという
感じ。時刻表や場所などすぐに確認できて便利なのは確かだけど、そういう「日常生活上の知識」
を得ることと、個人の「思想」や「主張」を知ることを混同してるんじゃねーの。鈴木大拙『禅と日本
文化』などを読んで、知識経由じゃなくて体感しなくてはわからんものもあることを知ってほしいね。
まあここで私がごちゃごちゃ言っても意味ないわけだが。
79実習生さん:2006/05/24(水) 03:41:38 ID:sMBgKl2Y
ママンさん、ちょっと確認したいんだが、
君は国語教師?
それとも別の科目の先生?
80実習生さん:2006/05/24(水) 21:40:59 ID:fbkGtSJ/
大学行ってからとかここで提示した国語力うpはものすごい
役立つのは間違いないでしょう。
掲示板で議論(文章経験値うp) は有効な手段かと
ネットがない1997年あたりだとこんな方法で大量に文章書くこと
なんてなかったですし

715 名無しさん@おだいじに New! 2006/05/24(水) 02:00:28 ID:/5QcQyWW
授業は難しくはない。今まで全く知らなかったことを覚えるのに、少し苦労するだけ。
留年するパターンは実習の単位が多いかと。実習の期間は体力と文才がかなり必要。
それに加えて患者、現場ナース、実習グループ、指導教官との人間関係。
理系で入った人の苦手な部分だったりするからね…
81こっち:2006/05/24(水) 21:41:42 ID:fbkGtSJ/
715 名無しさん@おだいじに New! 2006/05/24(水) 02:00:28 ID:/5QcQyWW
授業は難しくはない。今まで全く知らなかったことを覚えるのに、少し苦労するだけ。
留年するパターンは実習の単位が多いかと。実習の期間は体力と文才がかなり必要。
82実習生さん:2006/05/24(水) 23:27:38 ID:cKM/WGbh
確かにネットで文章を書く機会が増えたのは、普段文章を書くことの無い人の文章力向上に一役かっているものとは思う。
しかし文章表現が出来ること【以前】に”表現すべき内容”を選別・思索・探求する術を得るということは、もっと生々しい経験
から成るものではないだろうか。
いくら本やネットで知識を得たとしても、それが何の為にどんな目的を持っているのか定まらないのであれば自分の人生に
生かすことも出来ない。
全ての物事は【目的】を定めて初めて意味と方向性が生じてくる。

その目的を果たす為に必要な知識と見識を自らの人生の中から汲み出すためには、その根拠となる”生々しい経験”が必
要となる。
議論の為に知識を得るのではない。
議論によって物事を自らが好いと思われる方向に向けるとしても、その”好いこと”をしっかりした根拠をもとに認識出来なけ
れば、論者は自らの正しさも誤りも認識することは出来ないだろう。

さて何を目的にした時に何が好ましく如何なる方法が有効であるのか・・・その根拠となる生々しい経験とそこから得たその結
論は、何一つとして疑うべからざる真理なのだろうか?
いや【真理】さえも目的を定めた時にのみ意味を生じる【言葉】でしかないのである・・・ならばここで重要なことは【真理を解き明
かす】ことではなく、より普遍的な【目的を定める】事なのである。

さて私たち人間の【目的】とは如何に・・・。
83実習生さん:2006/05/24(水) 23:33:13 ID:psHMi3gd
哲学みたいになってきたぞ
84ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/25(木) 00:08:00 ID:sNW0SYwz
>>81
あんた読書君かね。それは何の例のつもり?
文脈から都合のいい部分だけを切り取って、それが何だというわけ?
かわいそうに、くだらない本をたくさん読んだんだね。

テーマを決めて、600字〜1000字くらいの間でまとまった文章を書いてごらんよ。
それをこのスレに書き込む気があるなら添削するよ。
85ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/25(木) 00:09:33 ID:sNW0SYwz
>>79
確認って何のこと?
86実習生さん:2006/05/25(木) 00:32:28 ID:nO0ntPBt
面接君(読書君)。
私もママン氏に賛成だ。
テーマは「私たち人間の【目的】とは如何に」ってことでどうだろう。
哲学書もたくさん読んだのだろうし、人間の教育について語るのならば「人間の目的」についての
君の哲学を基にしなければ話は始まらんのじゃないのかね。
8779:2006/05/25(木) 02:50:46 ID:dstKCjmd
>85
俺はかなり読解力の低い人間だが、
君はこれまで自分から教師だと称したことはないと思う。
他スレでは知らんが。
が、大工さんも、英語君も君を教師であるとみなしているようだ。
それが何故なのか、俺には興味がある。

もう一つ、君が国語教師なら、高校の「国語表現」という科目について
質問したいと思っている。

あるいは、君が国語教師ではなく、別の科目の教師であるなら、
君の同僚の国語教師が、君の目にはどう映るか聞いて見たい
と思っている。

以上の理由から >79 の質問をした。
天地神明に誓って、他意はない。
88こっち:2006/05/25(木) 23:15:49 ID:QYQQwDhS
>>82
選別・思索・探求する術は、議論をしたりすることで勝手に身につくもの
だと考えている。 実際、やってみるとそういう風になった。

>いくら本やネットで知識を得たとしても、それが何の為にどんな目的を持
>っているのか定まらないのであれば

無駄な知識は思わぬところで使えるので、必要。目的とかそこまでこだわる必要が無い。
実際やってみるとわかる。 そういう経験があるから、今では何でも情報をとるようになった。


議論は情報の交換。 相手が知らない情報を提示して、それで相手を納得させるということを
するのが議論。
89こっち:2006/05/25(木) 23:16:38 ID:QYQQwDhS
>>86
採点して何になるんだろう。 国語教育すれだけど
90これが目標:2006/05/25(木) 23:17:51 ID:QYQQwDhS
>>86
<目標>
国語教育に於ける生徒の習得目標を以下のものとする。

うまい字を鉛筆でかける
漢字がわかる
本を読む速度がはやい。

議論ができ、能力もたかい。
論文、作文が書ける
敬語を自由に使うことができる
面接がどんな場合設定をしても平然とできる
国語のテストで点が取れる
会話のキャッチボールができる(レベル高 話していると面白い会話をできる)
どんな場面設定でも適切なスピーチが5分はできる。
91実習生さん:2006/05/26(金) 00:24:20 ID:zqrVcwyx
>>90
この目標は【なにを目的とした目標なのか】答えてごらん。
92実習生さん:2006/05/26(金) 01:18:29 ID:9/gJ/di8
>>90
学習指導要領って知ってる?
93これが目標:2006/05/26(金) 07:17:31 ID:VewtoSCj
>>91
国語の目標。 教養と、リアルで使う国語を習得する
94これが目標:2006/05/26(金) 07:18:41 ID:VewtoSCj
>>92
知ってどうなるんだろう。今の学習指導要領だと、教科書の作品を解説
のみで、その要領をみたしているわけだ。こちらは、これが全部中学卒業後
すらすらとできているか確認作業というのがあるわけ
95実習生さん:2006/05/26(金) 07:54:27 ID:XqVcwV2e
>>93
何のために国語の教養を身に付けるのかな?
96これが目標:2006/05/26(金) 08:02:50 ID:VewtoSCj
>>95
リアルで使うためと教養。
97実習生さん:2006/05/26(金) 10:09:21 ID:XqVcwV2e
その教養をリアルにつかって何を為そうというのかな?そしてそれは何のため?
98実習生さん:2006/05/26(金) 12:52:59 ID:9/gJ/di8
>>94
で、読んだことあるわけ?現在の学習指導要領を。
99これが目標:2006/05/26(金) 20:36:52 ID:NV98oUbA
>>97
リアルでつかってリアルで試す

>>98
何か関係あるのかと。 作品を解説するだけで要領にそっているわけだし
その程度の要領
100実習生さん:2006/05/26(金) 21:24:24 ID:zqrVcwyx
>>99
リアルで使ってリアルで試すのは、何の為?
リアルでどんな目的のために使ったり、試したりするの?
101実習生さん:2006/05/26(金) 21:36:40 ID:zqrVcwyx
なにげに100ゲッツ。

>何か関係あるのかと

・・・学習指導要領って何なのか分かってる?

小学校学習指導要領(国語)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122601/002.htm
中学校学習指導要領(国語)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122602/002.htm
高等学校学習指導要領(国語)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122603/002.htm
102これが目標:2006/05/26(金) 22:25:06 ID:/ynbUTQg
>>100
字がうまいと恥をかかなくてすむし、漢字読めると本読める。

読む速度が速いと短い勉強時間で大量に情報得られて時間の節約になるし
議論ができると自分が不利な立場にいてもきちんと内容を主張できる。

国語の点数いいといい学校に入れて、職業の幅が広がるし、

など 役立つけど。 これができない場合、

学校出たくせに

漢字すら知らず、字も下手で、本を読んだこと無いから読むのがのろく、
議論ができないから自分が有利な立場でもまるめこまれて不利な立場にもっていかれるし

国語ができないから、学校行けず、職業の幅が底辺
103これが目標:2006/05/26(金) 22:26:47 ID:/ynbUTQg
>>101
それを満たすのが今の学校の授業でしょうこちらは>>90の試験を
卒業のときにやって、きちんとできているかはかると言うものすごい
単純明快なもの。 いろいろ理屈こねて逃れる策をなくす訳です。
104実習生さん:2006/05/26(金) 22:49:39 ID:zqrVcwyx
>>102
なぜ恥をかきたくないのかな?

本を読んで得た知識でもって、なんの為に自己防衛しょうとするのかな?

何のために国語の点数を取って、いい学校に入って職業の幅を広げるのかな?

何の為に学校に行って、いい職業に就くのかな?
君は何故、それが【いい事】だと思っているのかな?
105実習生さん:2006/05/26(金) 22:55:14 ID:zqrVcwyx
>>103
とりあえず小学校学習指導要領を読んでみてから、感想と批判をしてみな。
勉強になるはずだよ。
議論する上で君の主張を説得力あるものに強化する為の情報がたくさん詰まっているよ。
106これが目標:2006/05/26(金) 23:37:17 ID:Z2N7NnSk
なんか小学生みたいなレスだね。普通の人は概要をいうと全部
理解するんだけど・・

>>104
> なぜ恥をかきたくないのかな?

汚い字でいいならそれでOK。学校教育をうけてきてこの字」とか教育を見ている人が
思わないならそれでいい。

> 本を読んで得た知識でもって、なんの為に自己防衛しょうとするのかな?

本を読んで得た知識はいろいろなところで役立つ。病気の本読んだら病気にかからないように
できる。病気にかからない=人命 。 経済についてまなんだら、株とか、自分が勤めているとき
どんなことをするのが最適ががみえてくる。

> 何のために国語の点数を取って、いい学校に入って職業の幅を広げるのかな?

生きるため。

> 君は何故、それが【いい事】だと思っているのかな?

底辺、ホームレスがいいならそっちを選んでもOK
107これが目標:2006/05/26(金) 23:39:15 ID:Z2N7NnSk
>>105
ものすごい読みずらい。 国語の日本の第一人者みたいな人が
TVでこういう文章を採点していたら 0点くらいのすごい低い点数
をつけていた。 こういう文は日本語の文としてあまり言い文でないらしい。
108これが目標:2006/05/26(金) 23:41:43 ID:Z2N7NnSk
長くて呼んでられないけど、1つわかるのは指導するしか書いていない点。
>>90みたいなものでなく、指導さえすれば結果がどうなっても問われない。
>>90だとこれに達してナイト教え方が悪いとすぐにわかる。
109実習生さん:2006/05/27(土) 00:01:59 ID:09jBO2wL
汚い字でOKではない社会の現状を前提に考えて・・・何故君は汚い字を書いて恥をかく
ことを良しとしないのかな?
何を目的に、きれいな字を書いて恥をかかないようにしようとするのかな?

なぜ株で儲けたいのかな?
なぜより良い仕事の効率を求めるのかな?
なぜ君は「底辺、ホームレス」を良しとしないのかな?
な・ぜ・命を大切にし、病気にかからないように健康を保とうと努力するのかな?

>生きるため。

・・・・【人は何の為に生きる】のかな・・・・・
110実習生さん:2006/05/27(土) 00:02:56 ID:jPtq2lUQ
で、君の言う目標を達成できない児童はどうするわけ?

>国語の日本の第一人者みたいな人
誰?www
行政文書なんだから的確で誤認がなければそれでいいんだよ。
文章の目的ってもんがわかってねえな。

>>90
の目標ってまったく具体的じゃないんだけど、その辺どうなの?ww

つーかマジであんた軽度の発達障害あるでしょ?
悪気が無いだけに扱いにくいことこの上ない。
111実習生さん:2006/05/27(土) 00:14:53 ID:09jBO2wL
>>107
あるキツネが木の枝に実ったリンゴをみつけました。
キツネはリンゴを取ろうと何度も跳びつくのですが、枝は高くてどうしてもリンゴを取る
ことが出来ませんでした。
あきらめてキツネが一言。
「あのリンゴはどうせ腐ってしまっているさ。」
            ↓
「こういう文は日本語の文としてあまり言い文でないらしい。 」

<心理学>
112これが目標:2006/05/27(土) 00:15:56 ID:owiZiIlJ
>>110
目的を達成できなければできた指導をした教員を全国から探し
どんな方法でトレーニングしたのか傾向と対策をつかみ今後の
指導に役立てる。 今だと放置なんで。あまりにできない生徒を量産する
教員はry。数値ですべてみえてくるのがこれ。

できない生徒は、そのまま今のように上の学年にあがるけどね。

>文章の目的ってもんがわかってねえな。

国語のきちんとした文章で書いてもいいわけだけど・・ 第一者
がいっているのが間違っていると言うならそれでいいんでしょう。

目標のどこが具体的でないんだろう。 明確なんだけど。
113これが目標:2006/05/27(土) 00:18:40 ID:owiZiIlJ
>>109
> 汚い字でOKではない社会の現状を前提に考えて・・・何故君は汚い字を書いて恥をかく
> ことを良しとしないのかな?
> 何を目的に、きれいな字を書いて恥をかかないようにしようとするのかな?

良しとするなら、学校はいらないということ?何にも学ばせる必要がないと。

> なぜ株で儲けたいのかな?

株はあくまで例。

> なぜより良い仕事の効率を求めるのかな?

12時間自給700円の仕事につきたいならどうぞ。

> なぜ君は「底辺、ホームレス」を良しとしないのかな?

なりたいならなればいい。日本の多数がホームレスになるような
教育とならないような教育とどちらを望んでいるのか

> な・ぜ・命を大切にし、病気にかからないように健康を保とうと努力するのかな?

医療保険費が高いから。

> >生きるため。
>
> ・・・・【人は何の為に生きる】のかな・・・・・

人類を存続させるため。
114これが目標:2006/05/27(土) 00:21:18 ID:owiZiIlJ
書き方がどうあれ意味が伝わればそれでいいというのでもいい。
だけど普通の人は、読みやすさとか日本語の正確さも考慮して
文章を書く。 しかも、だれもがよむ決まりのもの。
この決まりを書いた人がその専門家より日本語的にものすごい研究をして
ものすごい理にかなった考えをもっているというならこれでOK.
115実習生さん:2006/05/27(土) 00:23:42 ID:jPtq2lUQ
>>112
うまい字を鉛筆で書ける

これのどこが具体的なの?どの程度うまいの?
どううまいの?誰が判断するの?判断の基準は?

漢字がわかる

どの漢字がどうわかるの?書けるの?読めるの?
書き順まで含めるの?満点主義なの?一定の点数を取ればいいの?
同音異義語は?四文字熟語は?慣用句は?

本を読む速度がはやい

どの本のどの部分を読むの?毎分何ページ読めればいいの?内容の理解度は測るの?
どういう基準で読む本を決めるの?
116これが目標:2006/05/27(土) 00:26:33 ID:owiZiIlJ
>>115
> これのどこが具体的なの?どの程度うまいの?
> どううまいの?誰が判断するの?判断の基準は?

ペン習字とかすでにあるでしょう。


> どの漢字がどうわかるの?書けるの?読めるの?
> 書き順まで含めるの?満点主義なの?一定の点数を取ればいいの?
> 同音異義語は?四文字熟語は?慣用句は?

学校で教えられている漢字。 かける読めるノテストをする。書き順も一部する。
一定の点数とれればおk。  熟語まで時間がまわればするのかしないのかわからない。

> 本を読む速度がはやい
>
> どの本のどの部分を読むの?毎分何ページ読めればいいの?内容の理解度は測るの?
> どういう基準で読む本を決めるの?

学校が指定した本
117実習生さん:2006/05/27(土) 00:26:56 ID:09jBO2wL
>>108
>1つわかるのは指導するしか書いていない
>指導さえすれば結果がどうなっても問われない。

指導要領とは「第1目標」「第2−1目標」を達成する【目的】で設定された
「目標を達成する事を目的とした指導方法」なのですから「結果がどうなっ
ても問われない。」ものではありません。
もし君がそう読み取ったのだとしたら完全なる「誤読」です。
118これが目標:2006/05/27(土) 00:29:45 ID:owiZiIlJ
>>117
発言できるようになるというようなのがあるけどどの程度のレベルの
発言なのかとかかかれていないでしょう。ただその各分野の能力を伸ばす
のみであってレベル設定がない・・
119実習生さん:2006/05/27(土) 00:31:04 ID:jPtq2lUQ
>>116
どのペン習字のどういう基準を使うの?
鉛筆筆記とかなり違うけどいいの?
適切に判断できる人間をどうやって育てるの?
きれいに書けない子はどうするの?


漢字については、一定の点数って何点?どういうテストで何点?
「おk」じゃない場合はどうするの?留年?そのまま放置?

本については、どういう文章を指定するの?指定の基準は?
速さについては毎分何ページ?内容の理解度は測るの?
120実習生さん:2006/05/27(土) 00:31:42 ID:T2WM2H2x
なに、この気色の悪い流れ。
>115
お前は何でいつまでも相手してんの?
それで何を証明したいの?
おまえは自分の発言に意味があると思ってんの?
自分の人生に意味があると思ってんの?
どういうぼんくら育てられたら、お前みたいなカスが生まれるの?
お前のオフクロは出産と脱糞の違いがわかってんの?
121ぎんぱち先生:2006/05/27(土) 00:32:50 ID:1TkIM9LA
漢字と文法と読書やっとけばいいのでわ。
あと古漢
122実習生さん:2006/05/27(土) 00:32:51 ID:jPtq2lUQ
>>120
それは盲点だったな。
いやあ賢いな君は。
特に脱糞なんて思いつきもしなかった。
123これが目標:2006/05/27(土) 00:35:53 ID:owiZiIlJ
>>119
> 鉛筆筆記とかなり違うけどいいの?

小学生は鉛筆。 中学あたりで筆記。

> 適切に判断できる人間をどうやって育てるの?

おおまかに判断できればいいのかと。

> きれいに書けない子はどうするの?

練習する

> 漢字については、一定の点数って何点?どういうテストで何点?
> 「おk」じゃない場合はどうするの?留年?そのまま放置?

留年しないでそのまま放置。学校の形が変わらない限り無理。

> 本については、どういう文章を指定するの?指定の基準は?
> 速さについては毎分何ページ?内容の理解度は測るの?

学年によって全国できめる。 人のよって能力の差があるので
難しいの読みたいならそれを読ませる。 理解度はよんでそれを
説明できればいい。 速さは、読む経験をつむと自動的に速読に
なるのではからないんだろう。
124これが目標:2006/05/27(土) 00:36:38 ID:owiZiIlJ
>>121
古文漢文はまじでいらない・・ あれは専門でやりたい人だけやらせたい。
あの時間をついやすならほかの時間に勉強をあてたい
125ぎんぱち先生:2006/05/27(土) 00:39:05 ID:1TkIM9LA
日本の文化を知らない人間を増やさないためにも
一応やっといたほうがいいかと思うが。古文漢文。
中国の影響も多大に受けているわけだし。
別に小難しい問題とけんでもなんとなく昔はこうだったんだな、
程度の知識でも持ってるだけでずいぶん違うでしょう。
126これが目標:2006/05/27(土) 00:40:37 ID:owiZiIlJ
>>125
かるく触るならいいけど、それがセンターとか大学受験の範囲にされると困る。
あまりにリアルの優先順位が低いものに勉強時間を費やすのが無駄でしかたがない。
使わないやつには使わないんで・・
127実習生さん:2006/05/27(土) 00:41:47 ID:jPtq2lUQ
>>123
「鉛筆筆記」で一語

おおまかでいいの?じゃあ目標が明確じゃないじゃないか。

練習してどうする?最終テストだろ?

放置するならテストやる意味ないだろ。現状とまったく変わらない。

説明ってどの程度の説明?自動的に速読になんかならないよ?
128ぎんぱち先生:2006/05/27(土) 00:43:54 ID:1TkIM9LA
漢文はともかく古文から受験で逃げられる奴は殆どいないかと思うのですが。
受験に不要かどうかは微妙ですが、リアルでの優先度を考えたら中学以降の
数学なんか全く実社会で使わないでしょう?必要なのは数学“的”思考なわけで。
それでも間接的に役立つという発想から教授されているんじゃないかなぁ。
古文漢文も然り。
129実習生さん:2006/05/27(土) 00:44:35 ID:09jBO2wL
なぜ学ばせて恥をかかせないようにする必要があると【君】は考えるの?

なぜ高給取りがいいと【君】は考えるの?

>日本(人)の多数が(、)ホームレスになるような教育とならないような教育
>とどちらを望んでいるのか 。
【君】はなぜ「ならないような教育」を望んでいるの?

【君】はなぜ人類を存続させたいの?
何を目的として・何を目標として人類は存続するべきだと【君】は考えるの?
130ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/27(土) 00:45:33 ID:iIESsVld
>>87
他意があると疑ったわけではないよ。
前スレで、以前底辺私立で勤務したことがあるとは書いたことがあったと思う。

「国語表現」については学校ごとにそれぞれだろうと思うよ。
131ぎんぱち先生:2006/05/27(土) 00:45:36 ID:1TkIM9LA
>>129

っ【国力】
132実習生さん:2006/05/27(土) 00:48:08 ID:09jBO2wL
>レベル設定がない・・
「2 内容」の項目で詳細な具体的能力レベルが明記されています。
誤読どころか読めないのですか?
133ぎんぱち先生:2006/05/27(土) 00:53:10 ID:1TkIM9LA
アメリカのホームレスは道端に落ちてる新聞すら読めない。
日本のホームレスは新聞読めるし、政治経済について意見したりもする。

これが日本の国語教育だ。


と思う。
134ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/27(土) 00:59:25 ID:iIESsVld
>>89
添削と採点の違いがわかってなかったのか。
まあもうどーでもいいわ。

>>90
毎回毎回同じ話だな。前回と比べて推敲も進歩も何もないじゃねーか。
お前の書き込みは質より量か?大量の即時レスが「勝利」への第一歩なのかね。
それでこれがお前のいう掲示板での修行なわけ??ま、がんばってつかあさい。
もっと慎重に表現を選んで語ったらどうだね。お前のくらだない発言が誤解や
揚げ足取りを生んで、さらなる多量の質問を生んでいるように見えまっせ。
135ぎんぱち先生:2006/05/27(土) 01:03:40 ID:1TkIM9LA
国語力と面接やスピーチのスキルは別物
136実習生さん:2006/05/27(土) 22:09:17 ID:09jBO2wL
【面接君の案】

<問題提起>
現行の国語教育を修了しても、社会的、日常的一定レベルの実践的国語能力を身につけることが出来
ないという現状がある。
この現状を打破する為には、主に義務教育で行われる国語教育の改革が必要である。

<目標>
国語教育に於ける生徒の習得目標を以下のものとする。
1、硬筆による一定以上の書写能力の習得
2、議論に於いて必要な一定以上の建設的論理能力の習得
3、論文、作文等作成に於ける一定以上の文章構成能力の習得
4、一定以上の常用漢字の習得
5、一定以上の敬語・謙譲語の習得
6、読書に於ける一定以上の黙読速度高速化
7、面接時に於ける冷静かつ適切な一定以上の自己アピール技術の習得
8、筆記試験に於いて一定以上の正答能力の習得
9、会話に於ける一定以上のコミュニケーション能力の習得
10、一定以上のスピーチ能力の習得
*「一定」の基準を、社会的・日常的生活を営む上で支障をきたさない程度とする。

<案に於ける教育理念と総則>
生徒の能力向上を図る上で、ある程度の【強制】は必要である。
国語能力を基礎能力と応用能力に分けた場合、現状の問題は基礎能力の低さによるものと推定する。
よって以下に示す能力分け優先度によって授業を行う事により、国語能力全般の向上が期待できる。
1、基礎能力を「読み・文章理解」等の受信能力とし、この能力の習得を最優先とする。
2、応用能力を「書く・要約・話す(会話等)」等の出力能力とし、基礎能力と平行して向上を図る。
137実習生さん:2006/05/27(土) 22:10:05 ID:09jBO2wL
<具体的方策>
1、根拠
知識及び言語能力の高い識者を独自に分析した結果、及び自らの体験から、読書による国語力の向上
効果の有効性を確認し、これを本方策の根拠とする。
2、主旨
読書及びこれに付随した課題を設定し、これを修了することによって国語能力の向上を図る。
3、具体案
●読書マラソン●
 @6年間で1000冊読破を目標とする。(例・5年生で一年間100冊、文字数1000万文字 )
  効果・・・読む力が付く。活字に慣れ読書を習慣化出来る。多くの情報が入力される。
 A文字数を記録し順位付けすることにより生徒間の競争心を扇動する。
  効果・・・競争心により、読書に対する自主性が芽生える。
 B読後、教師に本の内容を要約して話す。
  効果・・・内容を記憶し要約する能力が養われ、話すことにより言語能力も付く。
 C本の選択は推薦図書1000冊の中からする。
  効果・・・国語能力の向上が期待できる書物を限定して生徒に提供できる。
 *原則として、これらを【強制的】に生徒に課すことによって、課題の修了を徹底する。
 **但し、課題未修了者に対しての罰則は設けないこととする。
138実習生さん:2006/05/28(日) 17:31:53 ID:OVBz0AEb
教師を目指している大学生なんですが、一つ質問があります。
現職の先生の多くが学習指導要領を読んでいないというのは本当ですか?
139実習生さん:2006/05/28(日) 23:51:55 ID:o0z0R+TK
面接(読書・ビデオ)君はいつになったら質問に答えてくれるのかな?
140これが目標:2006/05/29(月) 21:20:47 ID:oyyNpbio
議論やればやるほどわかってくるのが、数学が論理的思考力を
身に着ける科目というのがわかっていたけど、議論はこれと同じくらい
重要だと思ってきた。 国語に、ディベートみたいのが絶対必要だと考える。
141実習生さん:2006/05/29(月) 21:34:20 ID:q0/xw5/t
>>140
>議論やればやるほどわかってくるのが、数学が論理的思考力を
>身に着ける科目というのがわかっていたけど、議論はこれと同じくらい
>重要だと思ってきた。 

もう少し分かりやすく書いてよ。
142実習生さん:2006/05/29(月) 21:56:47 ID:/tMCmqmR
>>140は世の中にディベートの必要性を訴える前に、
自身の国語力をまず養えってことか。
143実習生さん:2006/05/29(月) 22:07:04 ID:oyyNpbio
983 名無しさん@6周年 New! 2006/05/29(月) 21:56:38 ID:NlLqmjcA0
俺のおかんは塾講師だけど
10年ぐらい前からすごい勢いで日本語のできない生徒が増え続け
今や質問に対して自分の考えをきちんと日本語で答えられる生徒は
ごく一部の例外になっちゃっているんだと・・・(自分も話を聞いた時はまさかと思ったけど)
論理的思考ができない子供を量産する小学校って何なんだ
もしかして今の小学生って母国語に対する苦手意識でもあるのかい
学校のセンセはいったい何をやってるの?
10年前に何が起きた?
【社会】 "先生の質に、批判高まる" 教員免許の更新制、現職にも適用…中教審に報告へ★2
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1148720524/
144ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/29(月) 22:56:43 ID:3gyqFUkY
>>138
大学生なら、教育実習の時に指導教諭その他に聞いてみればいいんじゃねーの。
そろそろ実習の時期だろう。
145実習生さん:2006/05/30(火) 10:46:11 ID:nYRh5yRR
面接君
まず君に必要なことは、文章の構造を理解するということだね。
いわゆる文法の知識と、文章の流れに対する意識があまりにも低
すぎて、論理的意見以前に文章としての整合性が欠如してしまっている。
ここが2chだということを差し引いたとしても、正直こんなに酷い文章を私は見たことがない。

小学生でももう少しましな文章構成は出来ているものだが。
146実習生さん:2006/05/31(水) 00:19:38 ID:0ThIIaAn
>>140これが目標さん
>>127>>129の質問に答えていただけますか?
147ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/05/31(水) 01:17:20 ID:la2pD4k9
GEN氏や国語の教育氏はもういないのかな。
なんだかさびしいね。
148平下流:2006/05/31(水) 02:04:30 ID:IMzVLOam
質問 このスレの主題は、如何に学習指導要領に忠実に教えるかということですか。
149実習生さん:2006/06/01(木) 23:21:22 ID:hSLIJz45
>>127
ペン習字というのがすでにあるけどあれは採点できているわけだし
採点はできる。

>説明ってどの程度の説明?自動的に速読になんかならないよ?

読書したことない発言だね。速読している人は速読しているわけでなく
本を読んでいたらいつのまにか普通の人からみると速読のはやさでよめていた
と言う人が多いんで。

>>128
古文・漢文なんて数学的思考みたいなでかいものはないけど。
150実習生さん:2006/06/01(木) 23:27:05 ID:hSLIJz45
>>129
ごはんたべられないと死ぬから。

>>133
比較すると高いけど、現状の必要レベルからみると低い。

>>141
数学の思考力はリアルでその思考力が生かされるから意味がある。
その生かされる場面の1つが議論。
議論と数学の考えは微妙に違うから議論は議論として能力を上げないと
あがらない。

論客が育つという言葉があるように、議論には訓練が必要で訓練によって
あがっていく。

数学は間接的に使えるもの。議論は直接使えるものなのでかなり重要と言うこと。
学校で議論力を実社会で使える程度まであげておくのが大事
151ぎんぱち先生:2006/06/02(金) 00:11:37 ID:TdiA4tY9
>>149
古典に触れていることは後々、間接的にではあるが約に立つだろうということです。
日本という国はどんな国なのか、どんな生い立ちを持ち隣国とどう関わって今日があるのか。
そういうことを色々知る契機にはなるでしょう。
これは別に助動詞の活用を丸暗記して云々、というのとはまた別の話です。
152ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/02(金) 00:27:10 ID:PuUN5PJq
>>150
>論客が育つという言葉があるように、議論には訓練が必要で訓練によって
>あがっていく。

それを体系的に教えようというのが作文であったり、添削であったりするわけですが。
お前のように、とりあえずやっときゃ自然に覚えるだろという無責任な話ではない。

数学の抽象的思考力は評価しておきながら、お前の議論はどうして大雑把なんだ?
数学が議論においてどのように「間接的に使える」のか説明してみろや。
153平下流:2006/06/02(金) 01:14:45 ID:bo+GCSwR
>>152および板の皆さん。

国語教育の目的は何ですか。
154実習生さん:2006/06/03(土) 03:04:57 ID:1f6nI812
>>153の質問に誰か答えろよ。
特に、ママン、GENそれに国語の教育
目的がわからなければ、何を言ってもトンチンカンだろ。
俺?俺は答えられない。w
155実習生さん:2006/06/03(土) 06:00:04 ID:nLm7wCZq
>>154
小学校一年生は、
ひらがなを書ける。
句読点に気をつけて教科書が音読できる。

ということを四月から五月の目標にしていると
よく分かりました。
@小学校一年生の保護者

学校で習うのと家で教えるのとでは大違い。
ひらがなの字の形から一字一字ものすごく丁寧に教えてくれて
よく点検してくれる先生に脱帽です。
ここの二ヶ月で、我が子の字の読み書きがものすごく上達して
驚いています。

これって、国語ですよね?
小学校一年生では、国語教育は立派に機能していると
感じています。おそらくこの1年では、カタカナ、簡単な漢字についても
丁寧に指導してもらえるでしょうし、作文というか文章を書く事に慣れる
ようなきっかけも、たくさんもらえるでしょう。保護者の視点から見て、
小学校一年生の国語のありかたには、全く不満はあまりせん。

他学年については分かりません。

156実習生さん:2006/06/03(土) 07:52:48 ID:l66u/7h8
ヒント;まともな家庭の子息なら就学前に覚えてる
157実習生さん:2006/06/03(土) 08:10:32 ID:nLm7wCZq
>>156
一文字人文字のとめ、はね、はらい程度は気をつけましたが、
例えば「ま」の字を例に挙げると
穴はナガマルであることとか横線の斜め具合までは、
とても家庭では教え切れませんでしたw。
156さんは、立派なご家庭で、うらやましいです。
158平下流:2006/06/03(土) 12:30:55 ID:1f6nI812
>>155
まったく同感です。
ただ、日本語の読み書きの訓練が6年間、ずっと続くことを望みます。
159ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/03(土) 15:00:42 ID:KKIsWpMo
>>154
なんでそんな唐突な質問に答えなきゃいけないんだよ。私には何の義務もねーよ。

国語教育は、まず第1に「読む」「書く」「話す」「聞く」の言語運用能力を高める技能
教科だろ。それから文法や文学史といった言語に関わる知識の獲得も目的のひとつ。

国語(母国語としての日本語)の能力と一口に言っても幅広いわけで、例えば「読む」と
言っても漫画を読める能力と、新聞の社説を読める能力は全然違う。なかなか目には
見えないけれど、日常的なものから専門的・学術的なものにまで少しずつ運用能力の
レベルを高めていくということをしてるわけでしょ。どのような意図の質問かわからんから
これ以上答えようがねーわ。
160154:2006/06/03(土) 15:18:38 ID:1f6nI812
>>159はママンの意見なのかな。それとも文部省の方針なのかな。
161ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/03(土) 15:50:47 ID:KKIsWpMo
>>160
え?159はきわめて一般的な話だと思うけど。そんな特別なこと言ってないでしょ。
文科省のお題目を詳しく知りたいなら教育指導要領でも見てごらんよ。
162154:2006/06/03(土) 16:42:48 ID:1f6nI812
>>161
ということは、>>159の範囲ではママンの意見も文科省のお題目とは一致しているということですね。
単なる確認です。

でも、もともと平下流の質問なのに、なんで俺がレス入れてんだ。
平下流出て来い。
163実習生さん:2006/06/03(土) 20:26:13 ID:PwDHJSbK
国語の目的は、突き詰めれば、文章の内容を読み取る技量の養成

メルクマークとして大学受験国語について考えてみるのが一番妥当
そこでは、話すことや聞くことなどは全然問題にされていないし、書くことだって
個性的であったり、創造的な文が求められているわけではない。

文章を読み取る上でスキーマは大事な要素だけど、それさえも本質的ではない。
スキーマは努力や経験を通じて緻密化することが出来るからだ。
それよりも文章を読み取る技量やセンス、言い換えれば読解力こそが求められている。
だけど、求められているものは明確化してきているけど、その方法論に関しては
まだまだ確立されているとは言えない。それこそ認知心理学からのフィードバックが
待たれていると思う。個人的には文を読み繋ぐ方法論が確立されたらイイと思う。
164GEN:2006/06/03(土) 20:42:45 ID:ru4v6HGU
ママンさん皆さん、お久しぶりです。殺人的多忙により長らく書き込みできませんでしたが>>154さんからお
呼びがかかったようですのでレスさせていただきます。

平下流さん。
>>153の質問にはお答えできません。何故なら、この「国語教育の目的は何ですか。」という設問に対して”国
語教育の目的はこうあるべきだ”という私の思う目的を示せばいいのか、現状行われている国語教育の目的に
ついて示せばいいのか、若しくは”歴史的に観るとこのようである”という、歴史的根拠に基づいた普遍妥当性の
高いと思われる”国語教育の目的”を示すべきなのか判らないからです。平下流さんご自身がおっしゃるように、
この質問にお答えするにしても「目的がわからなければ、何を言ってもトンチンカン」になってしまいます。

ご質問の意味・目的を明確に提示していただけませんか?
165GEN:2006/06/03(土) 21:40:51 ID:ru4v6HGU
>>163
まず君がメルクマークとして大学受験国語について考えてみるのが一番妥当と考える理由を示して頂かねば・・・。

君が「文章の内容を読み取る技量」を養成する方法論を確立する為には認知心理学からのフィードバックが必要だと考
える理由も示して頂かねば・・・。

君が「文を読み繋ぐ方法論が確立されたらイイと思う。」理由を示して頂かねば・・・。

・・・君のスタンスも意見の正当性も確認できない以上、賛同も批判も出来ませんよ。
166実習生さん:2006/06/03(土) 22:42:57 ID:SVXs73R3
>>151
軽く読む程度ならOKだけど、今みたいなのはいらない。

>>152
数学の問題を解くときに頭の中で思考する能力が議論にやくだつ。

作文採点だと議論になりにくい。掲示板をつかったリアルタイムでの議論とか
口でのディベートとかが必要だし、作文は応用に入るから、いきなりやらせると
難しい。 議論はやっていたら負けるとかあるのでそれで自然に覚えるわけだけど。

経験ということばはしぜんに覚えると同じでそれを実際にやってそこから学んで
成長していくことを意味する。
167実習生さん:2006/06/03(土) 22:59:42 ID:sd52N1Il
河合全党ネタバレ
http://etc4.2ch.net/test/read.cgi/kouri/1148224554/
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168実習生さん:2006/06/03(土) 22:59:56 ID:PwDHJSbK
由、理由とすべてを因果律で理解しようとするのはどうかと思うね。
自然科学をやっている訳じゃないんだから、お互いにお互いの前提を供給するループ
な関係などそこら中に溢れているよ。

先のレスで文部科学省の指導要綱を目的の根拠にあげる意見があったから、
そんなことでは、より大事なところと、さほど大事でないこととがあやふやになってしまうと
思った。大学側は受験国語を通じて、大学教育を受けるに値する能力を持つ者を選抜
したいわけ。だとすれば、求められるより高度な国語力とは何かは、自ずと明らかであろう。

科学的認識を方法論にフィードバックすることの有効性など、、、、恥ずかしくて書けません(笑

読み繋ぎ、、、こそが文章や話を理解する上で、一番根元的に求められる能力だと思うから、、、だね。
もうひとつ有力な方法として、文章や話を総合化していく能力も想定出来なくはないが、
たぶんこれは、読み繋ぎの次の段階で求められる能力であり、はじめからこの能力を
目的化することは、逆に読み繋ぐ能力を削ぐ結果を招来すると思う。
169GEN:2006/06/04(日) 01:21:30 ID:ICb9H3og
>>168
>理由とすべてを因果律で理解しようとするのはどうかと思うね。
>お互いにお互いの前提を供給するループ な関係などそこら中に溢れているよ。
そんなループな関係の上での議論を本当によく見かけるが、私はこれこそこの世に下らんいさかいが起こる
元凶だと思っています。自らの目的・理由を示し、双方の思想的スタンスを明確にし、理解(賛同の意味ではなく
相手の立場と思想を推し量る意味)しあい、その観点から其々の問題点を抽出し調整することによって、初めて
生産的な議論が成立するのではないでしょうか。
お互いの理解もなく、其々の異なった立場と思想からの意見の対立は、生産的議論どころか対立を深刻化させ
るのみでしょう(例は上げる必要もないでしょうね)。
議論に際して最も重要なことは、お互いのスタンスを理解しあうことだと思います。
だから私が「理由を示せ」と言う目的は、君の「因果律で理解しようとする」ということとは意味が違うのです。

>大学側は受験国語を通じて、大学教育を受けるに値する能力を持つ者を選抜
>したいわけ。だとすれば、求められるより高度な国語力とは何かは、自ずと明らかであろう。
ここで君のスタンスの片鱗がうかがえるわけですが、議論の主旨が少し偏狭・偏向していますね。
大学で行われる「より高度な国語力」の教育と、一般に求められる国語力の教育とは、一緒に語りえませんよ。
「より高度な国語力」が国語教育全般の【目的】である訳ではありませんよね。
それが目的となりえるのは、大学へ行って「高度な国語力」を身につけ、その「高度な国語力」を駆使して社会生活
を営むという更なる【目的】を持った人のみです。
これを根拠に、国語教育の目的を考える上で「メルクマークとして大学受験国語について考えてみるのが一番妥当」
とするのは、いかがなものでしょうか?
君の意見は”現代社会が「高度な国語力」と認識し求めている能力は読解力である”ということでしかなく、それが文
部科学省の指導要綱を排してまで主張する「国語教育の目的」の結論にはなりえないのです。
170GEN:2006/06/04(日) 01:22:25 ID:ICb9H3og
(続き)
ちなみに私は、あくまで大学教育の観点から観たときには君の結論に一部賛同します。
でも、読解だけでは駄目でしょう。読解したものをもとに文章表現・言語表現を駆使して自己表現出来なければ、求め
る側への発信が出来ません。これが出来なければ、求める側が確認・判断出来ず需要を満たすことも出来ないわけ
ですからね。

>科学的認識を方法論にフィードバックすることの有効性など、、、、恥ずかしくて書けません(笑
なんで恥ずかしいのか分かりませんねえ。
私も認知心理学や発達心理学、脳科学等の科学的認識を方法論にフィードバックすることの有効性には期待しています。
なぜなら科学は統計的な、普遍性の高いデータを提供してくれます。特に行動分析学的なスタンスの心理学には有効な教
育方法論のヒントとなるデータは非常に多いと思っています(決して詳しくはないですが)。
ですので私は純粋に、君がその考えに到った根拠を知りたかったというところもあるのですよ、実のところはね。

>読み繋ぎ、、、こそが文章や話を理解する上で、一番根元的に求められる能力だと思うから
おいおいループしてるぜ・・・。
何故いいと思うか?って質問の深層に、君のこの答え自体への問いが含まれているのが読み取れないのかい?
再度・・・なぜ「読み繋ぎこそが文章や話を理解する上で、一番根元的に求められる能力」だと思うのか示してくれる?
あとね、「読み繋ぎ」って具体的にどんなことを言うの?ゴメン調べてみたけどわからんかったんで教えてもらえる?
171実習生さん:2006/06/04(日) 02:03:05 ID:N4QtIFxz
>>170
関西人か?
172GEN:2006/06/04(日) 02:16:53 ID:ICb9H3og
いや、東京のもんだが・・・なんで?
173GEN:2006/06/04(日) 02:20:44 ID:ICb9H3og
>わからんかったんで
これかあ・・・。
単なる言い回しじゃけ。
174実習生さん:2006/06/04(日) 02:21:06 ID:34wwOQrR
>>172
歳は50代か?
175GEN:2006/06/04(日) 02:26:19 ID:ICb9H3og
いや38だよ。
・・・なんでさ?
176実習生さん:2006/06/04(日) 02:38:36 ID:34wwOQrR
>>173
まるで違う。
>>175
まぁ気にしないでくれ。
177実習生さん:2006/06/04(日) 06:24:06 ID:5ElQGhZH
生産的な議論ねぇ、、、そんなウドンゲの華みたいなことを、
梯子外しを文化とする2チャンネルで言われても困っちうね。
ましてや持論を押し出して、議論に勝つことなどを目的にこのスレを覗いている訳じゃないしね。
書き方が断定的で誤解を招いたのかもしれないが、俺自身は
「どうすれば、読解力が付くか?」の一点に興味がある。そのとっかかりなり、ヒントなりを
このスレで拾えたらと思うんだけどね。

国語教育のメルクマークとして受験国語を挙げたのは、そこに一つの到達点を見いだせると思うからだ。
そこを突破することで、はじめて大学で専門知識を身につける契機を得るんだと思う。
世の中には別段専門知識を必要としない職業や生活もたくさんあるわけで、そこに照準化すれば、
受験国語まで必要ないという意見に何の異論もない。

いまさら科学的認識の重要性を言挙げして説くような美意識は持ち合わせていません。

読解の技術上、言葉を繋ぐことの重要性を強調するのは、別に俺オリジナルな意見ではない。
河合塾の国語の先生方(複数である点が大事)が書かれた本の要諦だ。
と言っても、安易にその意見に乗っかかったわけでもない。いろいろ読解に関して模索を繰り返した上での、
現時点での到達点ということです。
178GEN:2006/06/04(日) 12:42:37 ID:ICb9H3og
>>177
>そのとっかかりなり、ヒントなりを
>このスレで拾えたらと思うんだけどね。
なんだそれ?矛盾しとらんか?
自分は生産的な議論はせんが、興味のある点のヒントは拾いたいと?
生産的議論は他人まかせにしておいしいところだけ頂戴しようってか。
しかも2チャンは梯子外しを文化とする場だから、ここで生産的議論云々言われても困ると?
・・・馬鹿ですか君は?
議論は勝ち負けを目的とするもんじゃない。
一人の偏狭な思考や知識だけで出来ない考察を、他者とのやり取りによって行うことに意義がある
のだよ。勝ち負けで言うなら他者の意見を如何に自分の意見に取り込み深めていけるかということ
であって、その目的に於いては言い負かされることこそ勝利とも言える。
これによって今までの自分の考え方の「穴」を認識し、更に強固な新しい理論を構築することが出来る。
完全に言い負かされる喜びや意義ってのを知らんで議論に参加する輩は、言い負かすことこそ議論の
意義・目的だと思ってるアホウだ・・・と思うがな。
しっかり言い負かされる為には、他者の意見をしっかり理解し、相手にも理解されなければ為しえないのだよ。
それを前提にしない議論は不毛な空中戦にしかならない。時間の無駄だ。

>いろいろ読解に関して模索を繰り返した上での、 現時点での到達点ということです。
ヒントを拾いたいと思うのなら人任せにせずに議論に参加して、自分の意見を相手に理解させる努力を惜し
まず、相手の意見を理解する努力を惜しまず、自分の意見の穴を正確に攻撃してもらうことが最も手っ取
り早い有効な方法だと思うが。
>いろいろ読解に関して模索を繰り返した上での、現時点での到達点ということです。
この到達点に到る模索を示して見なさいよ、しっかり理解された上での批判・反論はその到達点から更に進
む為の最も貴重なヒントとなりえるものだぜ。
179実習生さん:2006/06/04(日) 15:19:08 ID:M7Gr1uit
よく問題で
「このときのOOの心情は…」とか「どうしてこのような
行動をしたのか?」とかあるけど…いろいろあって答えられない。
評論とかならそういうのないからいいんだけど…
このとき彼はこうも考えたし、ああも考えたし、そうしてやっぱりこう
考えて、でもそのどれでもなくて、そのすべてである。
みたいな読み取りしか…本はいっぱい読んでるんだけど、
(大岡正平さんとか東野さんとか詠美さん(上の名前忘れた)が好き)
どうして読解力がつかないんだろぉ・・・??
180ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/04(日) 20:08:35 ID:XqdCq/Xd
>先のレスで文部科学省の指導要綱を目的の根拠にあげる意見があったから、

それは>>161-162のことかな。161はそういう意味では書いていないぞ。私の考える一般論であって、
文科省がどうこうという話と同一ではない。確認しておくれと言っているだけ。162は誤解してるよ。

>そんなことでは、より大事なところと、さほど大事でないこととがあやふやになってしまうと
>思った。大学側は受験国語を通じて、大学教育を受けるに値する能力を持つ者を選抜
>したいわけ。だとすれば、求められるより高度な国語力とは何かは、自ずと明らかであろう。

これはまたずいぶんナイーヴな意見だこと。高校の国語は全て大学受験に従属しているとでも言う
のかね。じゃあ例えば、どうして小論文を高校でやらないの?

>国語教育のメルクマークとして受験国語を挙げたのは、そこに一つの到達点を見いだせると思うからだ。
>そこを突破することで、はじめて大学で専門知識を身につける契機を得るんだと思う。

どんな到達点だよ。説明しなよ。大学受験で採用されている形式が無条件に最高の形式なのかね。
「専門知識を身につける」ために読解能力が必要なのかね。そこには、既存の先行研究の枠をなぞる
ことしか想定されていないんじゃねーの?批判的に読む、独自の視点を探す、といった「勉強」ではなく
「研究」に必要な要素は大学で独学しなさいという話かね。大学進学しない人にはそのような訓練は
まったく必要ないというのも失礼な話だと思うが。
181国語の勉強は英語で:2006/06/04(日) 20:26:55 ID:DgbRH0xT
>>179
>よく問題で
>「このときのOOの心情は…」とか「どうしてこのような
>行動をしたのか?」とかあるけど…いろいろあって答えられない。

多くの場合「いろいろあって答えられない」が正解です。人間の心理を一つの言葉・セン
テンスだけで説明するほうに無理があります。

貴方の疑問点を文章にして教師に質問してみることを勧めます。ネット上での知り合いに
も意見を求めることを理由に文章での返答をお願いしてみてください。書面で解答してく
れる教師ならば、それだけで有能な国語教師だと推測できます。(たぶん屁理屈を付けて
書面での解答を拒否するでしょう。)その問題と教師の解答をここに公表すれば、様々の
方の意見がもらえるでしょう。それらの意見を参考に貴方なりの結論が出ると思います。

まともな解答がないときは教師と問題を疑うべきです。私に言わせれば、生徒に貴方のよ
うな疑問を抱かせることだけで教師の仕事として不適切です。自分が出した問題の解答が
正しいことを生徒に納得させられない教師の表現力を疑います。さらには、その教師の読
解力も疑います。

多くの国語教師には文章の読解力も表現力もありません。教師向けの指導書に書いてある
ことを繰り返しているだけです。指導書に書いてある問題と解答を丸写ししただけだろう
と推測します。


>どうして読解力がつかないんだろぉ・・・??

私の経験からは、問題を出した側がアホの可能性が大です。あなたの読解力が教師を上回
っている可能性もあります。
182ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/04(日) 20:42:07 ID:XqdCq/Xd
>>179
>「このときのOOの心情は…」とか「どうしてこのような
>行動をしたのか?」とかあるけど…いろいろあって答えられない。

これは出題文が悪いのかもしれないね。このような問題は、小説の物語世界内で登場人物が
「実際に」どのような心情から行動したのかという【現実世界に即した問い】ではなく、あくまでも
周辺の文章に記述されている情報を総合的に判断して、最も蓋然性の高い理由を指摘しな
さいという【情報収集と常識的な判断ができるかという問い】なわけ。

もし現実世界に即して(つまり、登場人物や物語の設定を現実世界のリアルなものと同様に)考える
なら、生身の人間である登場人物(=他人)の心情などわかるはずがない。ある行動から心情が推測
できるとしても、本人が心の中で実際にそのような考え方をしているかどうかまではわかりっこないから。
だからそのようなことは聞かれていないし、聞けるはずもない。

小説(文学)は言語によるフィクション(虚構)であって、現実世界との一番大きな差異は、しようと思えば
自由自在に登場人物の心情が描写できるということ(もちろん推理小説など、わざと心情を明かさない
ことによる効果を狙う場合もあるけど)。それを前提に国語の問題が作られているから、当然「このときの
OOの心情は…」などと聞かれているなら、文章中にその登場人物の心情が明かされている部分がある
はずだと考えなくてはならない。それは直接明かされている場合もあるし、直接でなく行動や表情などの
描写から間接的にしかわからない場合もある。間違っても「登場人物が君ならどう考える?」などという
ようなことが聞かれているわけではねーよ。
183ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/04(日) 21:19:25 ID:XqdCq/Xd
>>180
>多くの場合「いろいろあって答えられない」が正解です。人間の心理を一つの言葉・セン
>テンスだけで説明するほうに無理があります。

これはちょっとどうかな。「いろいろあって答えられない」のなら、そもそも問題にすること自体がおかしい
ということになるでしょ。>>181にも書いたように、そもそも「人間の心理を一つの言葉・センテンスだけで
説明」するのが文学なわけで、現実世界に即した心理の推測が求められているわけではない。つまり、

現実世界(われわれの生活している実際のリアルな世界)
物語世界(文学作品内で展開する架空の虚構世界)

のふたつは別の世界であることを厳しく前提とした上で、物語世界は現実世界に即した条件を備えて
いることも認めなければならない。

例えば、「太郎はベットの上で起き上がった」で始まる作品があったとして、当然ながら太郎はおそらく
人間であり、われわれの寝るようなベットから起き上がったのであろうという推測をしつつ読むことになる。
登場人物の太郎が植物の種や緑のスライムであったり、太郎が住む物語世界は引力のない世界や
4次元であったり、犬が8本足で海水が甘かったりするような可能性は無限にあるはずなのに、それらの
可能性は無意識に除去される(この読書習慣を逆手に取って驚かせる文学も当然存在するが)。
物語世界が現実世界に即した条件を備えているというのは以上のような意味ね。

しかし、現実世界と物語世界は別の世界なのだから、先ほども述べたように、登場人物その他の心情が
具体的に開陳されうるという点など、現実世界と異なる場合も当然あるのだと考えるとわかりやすい。
君の意見では、全ての次元において現実世界と物語世界が同一視されているような気がするよ。
もし、「いろいろあって答えられない」のなら、教師と議論しても何ら有益なものは得られないじゃないの。
心情が具体的かつ詳細に理解しうるという前提を踏まえた上なら、それぞれの読解の持つ説得力の
優劣を問うことはできる。
184ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/04(日) 21:22:43 ID:XqdCq/Xd
ありゃ、アンカーミス。
180→>>181
181→>>182です。
185GEN:2006/06/04(日) 22:04:30 ID:ICb9H3og
>>179
>「このときのOOの心情は…」とか「どうしてこのような
>行動をしたのか?」とかあるけど…いろいろあって答えられない。

よくこの手の出題形式には「文中の語句を使って説明しなさい」という指示が付いてるものじゃないかなあ。
もしその形式でない場合は、国語さんの仰ることもごもっとも。その形式であればママンさんのご指摘通り
文中に”心情・行動の動機”が何らかの形で示されている筈だよね。私の記憶では常に後者の形式を採っ
ていたと思うよ。最近は如何なのか知らんけど、少なくとも正解がある問題ならば文章から読み取れる範囲
の回答が正解となっているはずだけどね。そうでなきゃ採点出来んでしょう。
186実習生さん:2006/06/04(日) 22:05:30 ID:4YtnZMN4
>>179
読書の好みは人それぞれだが、
東野圭吾や山田詠美辺りを出して読解力云々は問題だと思う。

とりあえず、ドラゴン桜を読んでみることをすすめる。
読み方を漫画で解説してくれている。

その後、色々本を読むといいと思う。
187ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/04(日) 22:36:58 ID:XqdCq/Xd
>>166
答えになっとらんよ。

>>177
この件に関してはGEN氏も言うように、君に「この到達点に到る模索を示して」ほしいね。

>読解の技術上、言葉を繋ぐことの重要性を強調するのは、別に俺オリジナルな意見ではない。
>河合塾の国語の先生方(複数である点が大事)が書かれた本の要諦だ。

河合塾の国語の先生は大学入試対策を仕事にしてるわけだから、読解中心の大学入試を
踏まえて、読解の技術として何かを重要視するのは当然でしょ。複数の先生が同じことを言って
いるのは単に河合塾としての方針なのかもしれないし、「言葉を繋ぐ」などと何か大事そうな表現を
使って、河合塾だとその技術が習得できますよという、受験生心理に訴えかけようという戦略なの
かもしれない。正直言って、「言葉を繋ぐ」なんて聞いたこともないし、どういうことなのかさっぱり
わからんよ。君が簡単に説明してくれると議論が盛り上がるんじゃない?
188GEN:2006/06/04(日) 23:54:05 ID:ICb9H3og
ドラゴン桜・・・へえそうなんだ。ドントコイ超常現象じゃなくて・・・。

東野圭吾も山田詠美も読んだことがないので何とも言えないけど、二人とも一応直木賞作家でしょう?
ぐぐってみたけど結構面白そうだね。今度一冊読んでみようかな。

ここの皆さんはどんな小説読んでます?私は推理小説好きでね。京極夏彦・綾辻行人・竹本健治は好きですね。
「絡新婦(じょろうぐも)の理」以前の京極は別格だけど。論理的な読解力云々で言えば綾辻の「館シリーズ」はお
勧めかな。新本格推理なんていわれてたけど、緻密なプロットと張り巡らされた伏線を読み解くのは高度なパズル
を解く面白さに似てるよね。細部まで読み取り記憶してないと綾辻作品の面白さは解らんだろうし、記憶した情報を
繋ぎ合わせて真相を推理・考察していくのも論理的な訓練になるんじゃないかな。

京極は良い意味でも悪い意味でもヤバイ・・・。これは読んだ人ならわかるかな。「うぶめ」が映画化されたけど最低
だったなあ。

小説じゃないけど以前このスレで挙げた本田勝一の「日本語の作文技術」は面白かった。修飾語の並び順の原則
や読点の打ち方・助詞「は」「が」の使い方・文章のリズムなど、私も普段文章を書くときに気を配っているつもりだけ
ど更に認識を改めることになった。実践はまだ出来てないけど少しずつ訓練して行こうと思ってます。
189GEN:2006/06/04(日) 23:55:00 ID:ICb9H3og
そうそう、一つ疑問があるんだけどママンさん国語さんあたり教えてもらえませんかねえ。

「楽しかったです。」「痛かったです。」「良かったです。」などの「です。」の使い方おかしいと思いません?でもこれっ
て他に言い方ありますかね。多分「楽しゅうございました。」とか「痛うございました。」「良ろしゅうございました」とかが
正しい用法なのだと思いますが、こんな言葉今時使わんでしょう?「〜だった。」っという終止形の後に「です。」って
付ける言葉っていろいろあるでしょう。でも変ですよねこれ。「思ったです。」とか「行ったです。」のような明らかに間違
った用法で「思いました。」「行きました。」に修正可能なものはともかく、修正すると古めかしい言葉になってしまうもの
は誤用であっても慣習的に正しいとされてしまうものなのでしょうかね。敬語の成立背景を鑑みるとこれも致しかたない
こととは思いますが、現代の国語教育ではどう扱われているのか興味があります。ご意見頂けませんか?
190国語の勉強は英語で:2006/06/05(月) 00:11:34 ID:IoFWZ9kP
>>183
>周辺の文章に記述されている情報を総合的に判断して、最も蓋然性の高い理由を指摘しな
>さいという【情報収集と常識的な判断ができるかという問い】なわけ。

現実問題として【情報収集と常識的な判断ができるか】は出題者の主観に依存します。も
っと有態に言えば、出題者の意図を推測し、出題者の望む解答を当てなさいという意味で
す。こんな試験問題で良い点をとっても、数学・理科・経済・法律などの面倒で難しい本
の読解力には結びつきません。ゴマすりの能力はつくでしょうが。

>、「いろいろあって答えられない」のなら、教師と議論しても何ら有益なものは得られないじゃないの。

国語教師の多くが議論を拒否しているのが現実です。>>179 の生徒の疑問は最初に教師に
ぶつけられるべきです。でも そんな質問を国語教師にすべきでないと考えたからこそ
2ch のような所に解答をを求めてみたのでしょう。ママンさんが国語教師だったら、この
ような疑問を持つ生徒を誉めるでしょう。ママンさんのような答えを得ることにも繋がる
のですから。でも多くの国語教師は、この生徒の質問を嫌がるでしょう。

>それぞれの読解の持つ説得力の優劣を問うことはできる。

だから何なのと言いたい。小説:虚構の世界の解釈の優劣などに如何程の価値があるので
すか。水戸黄門のドラマの解釈に優劣を付けるのと同等の愚劣さだと主張します。芸術は
受け手の感性に依存します。Bach の音楽の解釈に優劣を付ける意味があるのは Bach の
演奏者たちに限られます。普通の聴衆は Bach の演奏が好きか嫌いかで十分です。小説で
も同じだと主張します。

国語教育で虚構のお話に過ぎない小説を教える意義があるとしたら、生徒の読み取った以
上の読み方があることを教えてあげることだと主張します。瑣末な語句の言い回しを試験
で問いただす意味は殆どないと主張します。
191GEN:2006/06/05(月) 00:13:21 ID:TDn6I83y
今気付いたけど「〜だった」じゃなくて「〜かった」でこの現象がみられますね。「だった」の場合は「だったです。」
ではなく「だったのです。」「だったんです。」という使われ方もありますね。これも変ですが「でした。」に修正してし
まうと少しニュアンスが変わってしまうように感じます。どうなんでしょうか?
192実習生さん:2006/06/05(月) 00:40:20 ID:9JfL6r8F
>>190
見当違いな主張はよそでやってくれ。
193GEN:2006/06/05(月) 00:51:12 ID:TDn6I83y
国語さん
>>190
あくまで>>185の形式であればの話ですが、この問題は文章の繋がり・関係性を読み取る技術を測る目的で出されたものだと思いますよ。
芸術作品に対する感じ方や理解度などは、確かに優劣を付けるものではないと思います。しかしここで示されている問題に関してはそうい
った類のものではないと思います。単に文章理解の技術として各文章の関係性や流れを意識して読むことが求められた出題ならば、それ
を読み解く技術の優劣は判断できますし、読解力の養成と言う意味に於いても有効な問題なのではないかな。>>179がこんな疑問を持った
ということは、採点後の解説が為されていないのかもしれませんね。採点するだけで修正は生徒任せってのはよくあることだろうけど、これ
こそ問題なんじゃない?
194国語の勉強は英語で:2006/06/05(月) 00:54:49 ID:IoFWZ9kP
>>189

>「楽しかったです。」「痛かったです。」「良かったです。」などの「です。」の使い方おかしいと思いません?でもこれっ
て他に言い方ありますかね。

これには私も悩まされています。「楽しいです」と書いたら小学校の作文になってしまい
ます。「だって大きいんです」とは書けますが、宇能鴻一郎の文体になっちまいます。「
良かったのです」の書き方もあるのですが、古めかしい言い方になってしまいます。「で
す/ます」の直前にもってこれるのが形容動詞と名詞に限られることは、私のように元々
は文章の書くのが嫌いなものにとっては強すぎる制限です。

中国語や英語ならば「です/ます」に続けられます。「美しいです」は小学生の作文です
が「綺麗です」「beautiful です」は日本語として許されます。中国語や英語の多用に繋
がります。大和言葉で済ませられるならば、そのほうが単純・明快だと考えていますが、
そうも言ってられません。文章が連続するときは「・・美しい。・・」「・・楽しかった。
・・」と「です/ます」を省くこともあります。

なお国語の文法の授業で、このこと言及しないのは不思議な話です。
195ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/05(月) 01:06:31 ID:L96DUjF8
>>191
GENさんの感じるおかしさとは、断定の「だ」「です」と過去の「た」の助動詞の順番ですか?

名詞と形容動詞(ナ形容詞)の場合は「だった」「でした」
形容詞(イ形容詞)の場合は「(かっ)た」「(かっ)たです」

というように、「でした」「たです」が逆になりますね。
さらに、特に形容動詞の場合は「でした」に加え、「だった」の後に形容詞のように「です」が接続する
「だったです」という丁寧表現も可能です。名詞でも「だったのです」「だったんです」とも言えますね。
【例】 きれいだったです(きれいでした) 金曜日だったのです(金曜日でした)
前者は後者の強調表現ということになりますか。

よくわからないので詳しい人に教えてもらいたいですが、もともとは丁寧表現のための「です」の追加に
関わる、2種類の形容詞の活用の混同と拡張じゃねーでしょうか。世代の差なのか、私にはおかしいと
いう違和感はないのですが。
196国語の勉強は英語で:2006/06/05(月) 01:20:12 ID:IoFWZ9kP
>>192

>あくまで>>185の形式であればの話ですが、この問題は文章の繋がり・関係性を読み取る技術を測る目的で出されたものだと思いますよ。

「文章の繋がり・関係性を読み取る技術を測る目的」で「このときのOOの心情は…」と
不明確な心理を問うことが適切でしょうか。小説芸術の文脈で、そのような問いかけにど
んな意味があるのでしょうか。私は「文章の繋がり・関係性を読み取る技術を測る目的」
で心理のように不明確な対象を扱う文章を使うのは不適切だと主張します。

私自身も >>179 のように中学・高校のときは「どうして読解力がつかないんだろぉ」と
思っていました。今は国語教師の側に読解力がなかったのだと考えています。
197実習生さん:2006/06/05(月) 01:30:32 ID:dkpantfw
>>196
見当違いな主張はよそでやってくれ。

お前は根本的に間違っている。
198GEN:2006/06/05(月) 01:33:21 ID:TDn6I83y
>>194
>なお国語の文法の授業で、このこと言及しないのは不思議な話です。
そうですよね。小学生の夏休みの日記帳なんか「楽しかったです。」の嵐ですよ。でもこの用法に教師は何も指摘するこ
とは無いんですよね。「楽しかったです」が誤用であっても、それに対して修正する言葉がありませんもの。文章全体の
書き換えで「楽しみました。」とすることは出来るでしょうが、これは高度な文章力を必要としますよね。小学生には無理
でしょう。しかし何処でも修正されること無く何の疑問も感じずにこのような誤用を続けてしまっている多くの日本人(大人)
達を見ると、国語教育の貧弱さを感じずにはいられませんね。本来はどこかでこの問題に言及する必要があるのだと思
います。

今日は家族で遊園地に行きました。ぼくはジェットコースタが一番楽しかったです。お化け屋敷はとても怖かったです。

今日は家族で遊園地に行きました。僕が一番楽しかったのはジェットコースタです。お化け屋敷ではとても怖い思いをしました。

う〜ん・・・。
199ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/05(月) 01:41:15 ID:L96DUjF8
>>190
>だから何なのと言いたい。小説:虚構の世界の解釈の優劣などに如何程の価値があるので
>すか。水戸黄門のドラマの解釈に優劣を付けるのと同等の愚劣さだと主張します。

GEN氏の言う通り、美的な鑑賞についての話では全くなく、飽くまでも文章読解のレベルの
話なのです。優劣というのは論理的【読解】の話であって、美的【解釈】の話ではねーのですよ。
しかし両者が微妙に交わる地点もあるでしょう。そういう場面は問題にしにくいので出題を
回避しようとしてはいるはずです。

>芸術は受け手の感性に依存します。

だとしたら、

>Bach の音楽の解釈に優劣を付ける意味があるのは Bach の演奏者たちに限られます。
>普通の聴衆は Bach の演奏が好きか嫌いかで十分です。

などとは言えないでしょ。「普通の聴衆」は「受け手」にさえなれないと?じゃあ何でコンサート
みたいな催しがあるのか。演奏者たちが内輪で演奏術の議論をやってればいいんじゃないの。
テレビ・ラジオや映画も小説も、専門家しか解釈を語れないなんておかしいでしょ。視聴者や
読者は情報と専門家の解釈をただただ受け入れて批判もできない存在なの?独裁国家の
権威主義政権みたいだ。

ところで虚構の世界の解釈は無意味で、Bach の音楽の解釈に優劣を付ける意味があるのは
どうして?両者にどんな差異があるのか。
200国語の勉強は英語で:2006/06/05(月) 01:48:53 ID:IoFWZ9kP
>>197

>見当違いな主張はよそでやってくれ。
>お前は根本的に間違っている

たぶん お前は国語がなんたるかを分かっていないアホ国語教師だろう。

お前に国語の表現力があると主張するならば「主張と、その論拠」を他人を説得できる形
で示せ。お前の国語力のレベルは「面接さん」より劣る。お前の書いていることは
WWWW の一行レスと大差ない。段落を持たせた文章で自分の意見を示せ。これ以上、お前
のアホなお前の一行レスは無視する。

お前が国語教師の前提で言う。「アホ、無能国語教師。早く教師を辞めろ。生徒が迷惑だ」
201ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/05(月) 01:50:22 ID:L96DUjF8
>>197
間違っているというのは私も同感。でも違和感を表明するだけでなく、ぜひそれを言語化してよ。
結論は同じでも理由は人それぞれだから、議論が深まるだろうしね。

>>198
GENさん、それって誤用なの?知らんかった...。
202実習生さん:2006/06/05(月) 01:51:50 ID:XuyXYd6J
>>199
およしなさい。向こうは【技能】と【解釈】の区別ができていない。
203実習生さん:2006/06/05(月) 01:55:22 ID:XuyXYd6J
>>200

>お前に国語の表現力があると主張するならば

主張していない。すいぶん自分に都合のいい「仮定」だな。

見当違いな主張はよそでやってくれ。
お前は根本的に間違っている。
204ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/05(月) 02:12:21 ID:L96DUjF8
>>200では国語さんと同じこと書き込んじゃった。理由が知りたいのは私も同じです。

>>196
>「文章の繋がり・関係性を読み取る技術を測る目的」で「このときのOOの心情は…」と
>不明確な心理を問うことが適切でしょうか。

「不明確な心理」という点がそもそもおかしいのでは?前にも書いたように、文学作品において
登場人物等の心理は、他の事項と同じく、明確に記述されている可能性がある。

そうすると、「このときのOOの心情は…」と問うことと、例えば「このときのOOの行動は…」と問う
こととの間には、答えはそれぞれ違っても、その答えを導き出すまでの手続きや思考過程(該当
する情報を探して統合し、ふさわしい形で答えを考える)にほとんど本質的な差異はない。
つまり心情を問うことには、その他の何かを問うことと何ら変わらず、特別な点はないということね。

それでも「不明確」であるというなら、それは【書かれたものからある特定のことを読み込む行為】
自体が持つ不明確さであって、心情だろうが行動だろうが情景だろうが、何について問う場合に
も生じる「解釈の幅」という話だろうと思う。
205GEN:2006/06/05(月) 02:13:13 ID:TDn6I83y
ママンさん。
>断定の「だ」「です」と過去の「た」の助動詞の順番ですか?
いや順番という事ではないと思います。終止形「だった。」の後に「です。」を”あとづけ”しているように感じるんです。
「だったです。」ではなく「でした。」とするのが正しいと思い込んでいました。
強調表現として誤用ではないのですか・・・。
「だったのです。」と言うのは「・・・実は〜だったのです。」という時には普通に強調する意味で使いますが、
それとはまた違う用法なのでしょうかねえ。「きれいだったです。」なんて物凄い違和感がありますけど・・・。

形容詞の場合は私も「楽しかったですよ」なんて普通に使っています。でもやはり「かった。」という終止形の後に
「ですよ。」と言うのは違和感がありますね。「タノシカッタッスヨ。」なんて言ってしまいますが「楽しませていただき
ました。」ではニュアンスも意味も微妙に狭くなるし、「楽しゅうございました。」ってのも(私のキャラならありえるの
ですが)古臭い。
今気付きましたが国語さんが指摘されている「楽しいです。」に関しては違和感を感じません。だから「古臭いですね」
としても違和感無いんです。でも「古臭かったです。」となるとバリッと違和感が出て来ます。何だか解らないけど・・・。

>世代の差なのか
ゲ・・・。ママンさんて世代が違うほどお若いの?私・・・頭の固いオヤジ・・・なのかなあ(汗)
206実習生さん:2006/06/05(月) 02:15:29 ID:XuyXYd6J
>>204
あなたは優秀な人のようだ。
彼に対してはあえて説明しない。説明しないかわりに、説明しない理由を述べる。
彼の発言を見てわかるように、彼には「技能」がないから。
説明したところで曲解されたのでは、説明の意味がない。

あなたやGENが丁寧に説明をしているにもかかわらず、このザマだ。
207国語の勉強は英語で:2006/06/05(月) 02:35:33 ID:IoFWZ9kP
>>199

>演奏者たちが内輪で演奏術の議論をやってればいいんじゃないの。

実際に演奏家同士で議論しています。でも個別の小節を演奏者が何声と解釈しているかの
演奏家の議論を普通の聴衆には話しません。大部分の聴衆も意識しません。普通の聴衆は
「気持ちいい演奏だった」「面白くない演奏だった」で十分です。もちろん、演奏家の同
等のレベルの解釈で演奏を聴き分けることも自由です。通ぶるのもいいでしょう。でも演
奏家レベルの解釈を一般の聴衆に強要する必要はありません。

>ところで虚構の世界の解釈は無意味で、Bach の音楽の解釈に優劣を付ける意味があるのは
>どうして?両者にどんな差異があるのか。

小説家どうしでは解釈の議論を繰り返すしてくれて結構です。評論家も参加してください。
小説芸術を音楽の時と同様に発展させてください。でも学校教育で小説の解釈押し付ける
意味はないでしょう。もっと言えば小説芸術の教育なんでできるはずもないでしょう。ま
してや小説の理解度の採点なんて無意味でしょう。

さらに言えば、生徒が将来小説を書く可能性は殆どないでしょう。でも企画書を書いたり、
論文を書いたり、他人を説得する文章を書くことは普通に発生することです。小説の解釈
の押し付けにがける時間の何倍も、これらの文章の作成能力の育成に使うべきです。こち
らならば、小説の解釈とは異なり、生徒の生得の資質とは無関係に技能として教えられま
す。この点はママンさんにも同意してもらえるはずです。
208GEN:2006/06/05(月) 03:08:04 ID:TDn6I83y
ググって調べてみました。やはり同じような感覚を覚える人は多いようですね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
質問1:「ほしいです」 とか 「寒いです」 のような、形容詞に 「です」 をつけた
  表現は、何か不自然な感じがするんですが。
→たしかにそういう人はかなり多いようです。そういう人でも 「ね」 や 「が」
などをつけて 「ほしいですね」 「寒いですね」 などにすれば、不自然では
なくなるようです。
もともとは形容詞のていねい体は 「ございます」 をつけた 「ほしゅうござい
ます」 とか 「さむうございます」 だったんですが、それがていねいすぎると
感じられるようになってあまり使われなくなったんでしょう。そして 「です」 の
形が進出してきたんですが、まだ抵抗のある人も多いということです。
若い人ほどだんだん抵抗がなくなってきているようにも見えます。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/miyairi/nihongobunpou02.html「はじめての人の日本語文法」

過去形は付けなくてOK―欲しかった(過去形)
http://www.geocities.jp/chadda_nari/nihongo/keiyousi/keiyousi.html「日本語教師になりたいな」
209GEN:2006/06/05(月) 03:09:00 ID:TDn6I83y
とても良いところ見つけましたよ。↓

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「美味しいでした。」と書かれたのは、年配の方じゃないですか。
かつては、「美味しいでした。」という言い方のほうが一般的だったようです。
外国から来た方々のための日本語教育が必要となって、日本語教師の草分け的な先生たちが
外国人にとって学びやすい日本語を整備しました。
そのとき「美味しかったです。」という形容詞文の過去形を採用したのだそうです。
当時、文部省は難色を示したけれど、日本語教師側がある種強引に踏み切ったところ、
今では、「美味しいでした。」より、「美味しかったです。」の方が馴染みよくなったんですね。
http://nhg.pro.tok2.com/qa/keiyoushi-1.htm
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「美味しいでした。」には笑ってしまいましたが、これが一般的だったのには驚きましたね。
なんとまあ日本語ってのはこんなにも未完成だったとは・・・。
210GEN:2006/06/05(月) 03:43:07 ID:TDn6I83y
勉強になるなあ。

>名詞と形容動詞(ナ形容詞)の場合は「だった」「でした」
>形容詞(イ形容詞)の場合は「(かっ)た」「(かっ)たです」

こんなこと覚えてませんもの。どうやらナ形容詞の場合は「だった」の後に「です」をつけることは憚れるようですね。
でもイ形容詞「かったです。」は強引に「あり」とされたようですね。・・・国語教師さんたちの仕業ですか、グローバル
化の歪(戦後でしょうがいつの時代のことか)みたいな事が、こんなところで起こっていようとは思いもよりませんで
したよ。面白かった・・・です。

久しぶりに夜更かししてしまいました・・・明日がキツイなあ。寝ます。
211GEN:2006/06/05(月) 03:46:12 ID:TDn6I83y
>・・・国語教師さんたちの仕業ですか
国語教師ではなく日本語教師さんでしたね、失敬orz
212実習生さん:2006/06/05(月) 05:52:23 ID:CgY80O6v
またかよ。
213実習生さん:2006/06/05(月) 10:07:19 ID:Lu4zZDZe
>>208-210へーそうなんだ。まじ勉強んなった。でもちょっとトリビア。
214実習生さん:2006/06/05(月) 12:05:35 ID:Ci21otSo
>>207
俺はGENさんでも、ママンさんでも。>>260さんでもないが、何か根本的に勘違いしてない?

もう他の方が何人か解説してくれているが、
「このときのOOの心情は…」と問うこと自体は不適切ではない。
なぜなら>>204にあるように、
>文学作品において登場人物等の心理は、他の事項と同じく、明確に記述されている可能性がある。
から。簡単な例をあげると、「そのとき彼は、目に涙を浮かべてため息混じりにつぶやいた。」
なんて書いてあったとしたら、大概の人は"落ち込んでいるんだ"と思うだろうし、
小説に限らず、実生活でも、その場の雰囲気や、相手の表情から、
その人が今どのように感じているかと言うことを推測するわけで、つまり、場の空気を読むってことかな。
何度も言っているように、論理的にその場の状況を説明することができるような設問であれば、全く不適切ではない。

もし、それでも結局は個人の感性の問題だというなら、それは単なる屁理屈。
215実習生さん:2006/06/05(月) 14:45:47 ID:ejEljmTw
>>207を読むと、彼の「物語文の学習」観がわかる。

おそらく彼は、
『物語文の学習とは、学習者の解釈に優劣をつけあい、優れた解釈を押し付けるものである。』
と思い込んでいるのだろう。
これを前提に必死の反論がくりだされるが、誤った前提ゆえにすべて見当違いな主張にしかならない。

彼自身が「ボクは間違っていた」と自覚しない限り、あらゆる説明は徒労に終わる。
216ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/05(月) 21:00:42 ID:L96DUjF8
>>207
>企画書を書いたり、論文を書いたり、他人を説得する文章を書くことは普通に発生することです。
>小説の解釈の押し付けにがける時間の何倍も、これらの文章の作成能力の育成に使うべきです。

じゃあプロジェクトの企画案とか公文書や通達の類が列挙された教科書を作ったらいいんじゃないの?

国語は言語運用能力を伸ばす教科なんだから、例えば「読む」に限って言えば、多くの文章の種類に
接することが重要視されるのは当然。このような観点からすれば、いわゆる論説文や記事、エッセイだけ
ではなく、多くの割合を占めているはずの小説や韻文だって取り上げる必要があるでしょ。結局、そこで
問われるのは論理的な読み取りがどんな文章スタイルにおいてもできるかどうかというだけの話で、個人
的な感受性に左右される鑑賞・解釈が求められているわけじゃない。センター試験の現代文でいつも
論説文と小説が1題ずつ出されるのも同じ理由でしょ。そこで小説の鑑賞が求められているとでも?

敢えて言えば、どんな歴史的事件に基づいたドキュメンタリー記事であっても、そこには執筆者による
主観が濃厚に反映されているだけのことで、同じ事件を全く別の視点から記述したものと比べると
とんでもなく的外れだとされる可能性が常に存在する。偉そうに文明間の対話を論じる解説文だって、
めまぐるしく変化する現実の諸側面を完璧に捉え切っているなどとは言えないだろう。小説が真実を語ら
ない虚構だから意味がないと言うなら、執筆者の主観に立脚した議論が展開されるこれらの「論説文」
(=言説)だって虚構じゃねーの。
217平下流:2006/06/05(月) 21:12:48 ID:aUaRZ5Jd
国語の勉強は英語で VS ママン
面白くなってきましたね。
218GEN:2006/06/05(月) 22:55:18 ID:TDn6I83y
国語さん。
虚構云々で言えばどんな文章であれ、筆者の主観的観点及び主観的言語認識による主観的表現を読者の主観
的言語認識と主観的文章理解等で読み取るわけで、決して筆者の「真実」を読者が読み取る訳ではありませんね。
あくまでも読者の主観で読み取った文章が読者自身の想像により(筆者からすれば)2次的な「真実」が作られるの
であって、ここに筆者と読者の正確な共通認識が成立している訳ではありません。所詮は共同幻想でしかない。
でもこれって当たり前のことですよね。自分自身でさえも過去の手記を読み返して、当時の情報を正確に想起する
ことなど出来ません。

”虚構云々だから無意味”という論理は、現実・真実とは何かと言うことを完全に知り尽くした存在が言うことですよ。
そんな奴は実際存在し得ないわけですが。

大仰な話になってきましたが、もともとここで問題になってるのは虚構だからダメという話ではないでしょう?
文中の曖昧な心情表現を読み取る【読解力】は、国語教育に於いて必要か否かということですよね。
>>193にも書いたしママンさんも再三仰っていますが、各文章の関係性を認識・理解し文章其々の役割・意味を論理的
・構造的に把握する【技術】を培う意味で、多種多様な文体を課題として設定することは国語教育の目的する【読解力】
向上に有意義なことだと思いますよ。
企画書や論文だけが文章として精緻で論理的な訳ではありませんしね。
219実習生さん:2006/06/05(月) 23:11:06 ID:aUaRZ5Jd
国語の勉強は英語で VS ママン ・GEN
益々面白くなってきましたね。
220国語の勉強は英語で:2006/06/06(火) 01:25:05 ID:1+lRF/JG
私には >>179 の生徒の気持ちが良く分かる。同様なことを考えていたから。

>本はいっぱい読んでるんだけど、
>(大岡正平さんとか東野さんとか詠美さん(上の名前忘れた)が好き)
>どうして読解力がつかないんだろぉ・・・??

この生徒が読解力がない生徒に思えますか?小説に偏りすぎているけれど下手な国語教師
よりましな読解力を持っていそうです。

この生徒の国語の点数を上げさせる一番良い手段は、国語の試験が「出題者の意図を推測
し、出題者の望む解答を当てるゲームである」ことを教えてあげることでしょう。国語の
試験の点数が悪くても読解力があると判らせてあげることでしょう。


>>193 この問題は文章の繋がり・関係性を読み取る技術を測る目的で出されたものだと思いますよ。

私は、この目的のために小説を使うのは、特に心理描写を使うのは不適当だと主張します。
現実に先の生徒は何を答えるべきか判らないと困っているのですから。論説文なら
ば、まだ迷いが少なくなるでしょう。さらに言えば、法律文章やコンピュータ・ソフトの
操作マニュアルなどを題材にしてほうが「文章の繋がり・関係性を読み取る技術を測る」
のに適しているのは明白でしょう。検証不可能な虚構の世界よりも、現実の結果として確
認できる世界を題材に使うべきです。
221実習生さん:2006/06/06(火) 01:51:17 ID:6sTR0n8m
>>179
どうでもいいことだけど、一応、日本語のスレなので、
誤 大岡正平
正 大岡将兵


222実習生さん:2006/06/06(火) 02:20:34 ID:ypq/VP0j
>>220

>私は、この目的のために小説を使うのは、特に心理描写を使うのは不適当だと主張します。
>現実に先の生徒は何を答えるべきか判らないと困っているのですから。

先の生徒が困っているのは解くための技術を会得していないから。
対象が心理描写だからではない。

技術のないお前には理解できないかもしれないが、
しっかりとした技術を身につけている者は、対象が法律文章であれ、操作マニュアルであれ、心理描写であれ、
正しく読み取れるのだよ。
223国語の勉強は英語で:2006/06/06(火) 03:13:41 ID:1+lRF/JG
>技術のないお前には理解できないかもしれないが、
>しっかりとした技術を身につけている者は、対象が法律文章であれ、操作マニュアルであれ、心理描写であれ、
>正しく読み取れるのだよ。

国語教師だからといって、そんな便利な読解技術なんぞ知っているはずがない。お前の読
解技術とやらでは具体的に何をすると言うのか示してみろ。口だけだろう。自分が正しい
と思いこむことではないぞ。

コンピュータの操作マニュアルを読みこなす速度で競争するならばお、俺は決してお前な
んぞには負けない。たぶんお前が読解技術を知らないとする先の生徒にさえ負けるだろう
よ。コンピュータのマニュアルを読むこなすことはコンピュータを使いこなすことだぞ。
屁理屈を述べ立てることではないぞ。判っているか。
224実習生さん:2006/06/06(火) 03:29:07 ID:aT5ReBwH
>>220
学校の学問は、修行や訓練なのだから、
読みとりの容易なものにする必要はない。

ついでに、例にあげた作家は大衆小説家。
大衆小説は、わかりやすく面白くが要求されるもの。
それを知らずに例を出した時点でどうかと思う。
特に、山田詠美は、学歴社会の否定、一人称等で、
よみやすく、中高校生の共感を得やすいものが多い。
入門や趣味ならいいが、力は付きにくい。

本を読む方法は2種あって、共感して読むやり方と分析して読むやり方がある。
主観と客観とおきかえてもいい。
自分が小説等の人物の気持ちを感じ、共感するやり方がある。
ただし、この読みの未熟な人は、素直に読まない。
自分の思考や感情をおしつける。
例えば、こんな感じかたはおかしい、という風に。
あるいは、自分ならこう感じるのに、と。
そして、自分と違う考えや合わないものを読まないという形をとる。
共感しやすい本というのは、理解に訓練があまりいらないから、
読み手に力をつけさせるのには少し弱い。
読書に慣らすために、最初は合うのからというのはかまいません。
しかし、読解力をつけたいなら、感性に合わない本を読み、受け入れる姿勢を作る必要がある。

もうひとつの分析の読みに関しては他の方が書いていますね。
付け加えるなら、分析には文化理解の側面もあります。
例えば、砧(きぬた)をうつ、という表現は、
恋しい男を待つ女性の気持ち、という意味があります。
それこそ、レトリックやシンボルへの知識を試されているの。
225実習生さん:2006/06/06(火) 05:02:46 ID:cIqSy415
>>223

>国語教師だからといって、そんな便利な読解技術なんぞ知っているはずがない。
これこそまさにお前自身が言う思い込みだな。
読解技術があるからこそ国語教師をやっている人間がいるという発想は、お前には無理か。

>コンピュータの操作マニュアルを読みこなす速度で競争するならば
またお得意の、自分に都合のいい仮定か。

ここ数回の自身の書き込みを振り返ってみろ。お前の話は「〜でしょう」「〜だろう」「〜ならば」ばかりだ。
すなわち、自分に都合のいい仮定を用意して、そこから予想しているだけなのだよ。

解釈クンよ。お前に賛同する者がほとんどおらず、だが親切に説明してくれるのはなぜなのかわかるか?
諸氏の説明に耳を傾けろ。お前は間違っているんだよ。
226国語の勉強は英語で:2006/06/06(火) 05:39:09 ID:1+lRF/JG
>>225

アホ国語教師のおでましかよ

>操作マニュアルであれ、心理描写であれ、 >正しく読み取れるのだよ。

といっておきながら、

>>コンピュータの操作マニュアルを読みこなす速度で競争するならば
>またお得意の、自分に都合のいい仮定か。

かよ。アホか。お前こそ自分に都合よく話を捻じ曲げて他人を非難しているだけだ。

>国語教師だからといって、そんな便利な読解技術なんぞ知っているはずがない。お前の読
>解技術とやらでは具体的に何をすると言うのか示してみろ。

に答えられないアホ国語教師のくせに。

お前ができるのは他人を非難することだけ。お前に体系だった文章が書けるのか。お前に
生徒の作文の添削ができるのか。国語教師の片鱗を見せてみろ。無理だろうけれど。

アホ国語教師は辞めろ。生徒が迷惑だ。

227国語の勉強は英語で:2006/06/06(火) 05:51:05 ID:1+lRF/JG
>>224
>学校の学問は、修行や訓練なのだから、
>読みとりの容易なものにする必要はない。

同意します。よりレベルの高い小説も読めるように手助けしてやってください。でも小説
文芸の世界は読者と著者の相性がありまます。合わない小説を強制することは避けてくだ
さい。

>本を読む方法は2種あって、共感して読むやり方と分析して読むやり方がある。

ここで「本」とは小説文芸に限っているようにとれます。私は小説文芸は共感しながら読
んでいけば十分だと考えます。ただ教師は、文芸の分野でもより深い世界、別の世界があ
ることを示してやることを願っています。

小説文芸を普通の読者は分析して読む必要はないと主張します。生徒の大部分は小説家に
ならないのですから。これらの意味で小説文芸を教育することに無理があると考えます。


小説文芸とは別に分析的に読まねばならない、著者の書いた内容を 100% 理解することを
目標として読む文章があります。理数系の書物、法律・政治・経済の本がそうです。哲学
書や宗教書も、無理はありますが 100% 読みとることを目標として読むべき本です。これ
らの本は分析的に積み上げていく読み方が必要です。これらの読み方を大部分の国語教師
は解っていない、教育できていないと主張します。
228実習生さん:2006/06/06(火) 13:38:41 ID:p93QjAf0
>>227
> 小説文芸とは別に「、」著者の書いた内容を分析的に読んで 100% の理解を目標として読む文章があります。
 
「分析的」と言っても、
ここは「現象」を記述した部分
ここは現象を分析する「方法」を解説した部分、
ここは分析結果をどう解釈すべきかと言う見解を述べた部分
その他
ぐらいで、
 
文章の中で個々の部分がどんな役割を果たしているかを確かめるだけだから、
たいていの国語科教員はやっていると思います。
 
まさか、大部分の国語科教員が、100% 読みとることを目標として
理科の説明文で理科の授業をしたり、社会の説明文で社会の授業をしたり、
はしていないと思います。

229実習生さん:2006/06/06(火) 14:33:33 ID:StBqOnKH
>>小説文芸とは別に分析的に読まねばならない、著者の書いた内容を 100% 理解することを
目標として読む文章があります。理数系の書物、法律・政治・経済の本がそうです。哲学
書や宗教書も、無理はありますが 100% 読みとることを目標として読むべき本です。これ
らの本は分析的に積み上げていく読み方が必要です。

私は分析的に読む行為に懐疑的です。内容が簡単な文章、あるいは自分の知っているスキーマ
から、一歩、2歩踏み出す程度の文章なら分析的読み方で間に合うでしょう。

しかし、ほとんど未知の内容であったり、幾重にも論理を積み重ねて文章が構成してある場合、
分析的な読み方だと内容を追随できません。
たとえばある仮定の下で話が展開するとします。その仮定自体が受け入れられないと、
あるいは、そこに間違いを見出してしまったとしたら、後の展開は読み手にとってどうでもよい内容へと変わります。
そこに注意を払って以下を読み進めたとしても、そのような仮定が2,3続けば、それこそ読むに値しないと
勝手に判断してしまうことでしょう。
実際には、その仮定に下した負の判断自体、読み手の間違いであることなどいくらでもあるにもかかわらずです。
このようにスキーマをあてがって文章を把握する行為は、読み手を隘路へと導きます。
読解を目的にしていたにもかかわらず、意識の使い方が読解から離れがちになる読み方、、、、、、
それが批判的な読み方だと思います。

難しい文章を読む場合、予断を廃し、頭を空っぽにして筆者の構想と言うか、論理を静かに後追いするのがよいでしょう。
そして、このような静かに後追いする行為を、文章を読み繋ぐ技術として確立化していく必要があると思います。
批評や分析は、筆者の言いたいことすべて読み終えてからなすべきものでしょう。
230国語の勉強は英語で:2006/06/06(火) 21:41:16 ID:au8n6dnm
>>228
>まさか、大部分の国語科教員が、100% 読みとることを目標として
>理科の説明文で理科の授業をしたり、社会の説明文で社会の授業をしたり、
>はしていないと思います。

私は、これができなければ国語教師失格だと主張します。これができないことは、理科や
社会の文章など読めなくても構わないと主張していることになります。もちろん国語教師
は理科などの教科書全てを解っている必要はありません。でも理科などの教書の読み方は
教育できねばならなりません。理科などについて生徒と同レベルの理解レベルには到達し
ていなければならない。その上で、理科などの教科書の読み方を教えねばならなりません。

生徒たちは、国語の授業の大部分で「著者の書いた内容を分析的に読んで 100% 理解し
ていく」作業をいます。これの作業に役立たない国語教育は無意味です。虚構を前提にし
た小説の主人公の心理状態などを読み解く訓練より、こちらを優先すべきです。この意味
で小説の読解は無意味とさえ言いたい。

現実には、その無意味な国語教育が大部分です。だから私は現状の中学・高校国語教育は
時間の無駄だといっています。英語の勉強をかねて米国の writing の勉強をしたほうが
国語力が身につくと主張しています。
231国語の勉強は英語で:2006/06/06(火) 21:42:12 ID:au8n6dnm
>>229
>しかし、ほとんど未知の内容であったり、幾重にも論理を積み重ねて文章が構成してある場合、
>分析的な読み方だと内容を追随できません。

追随できないのは読めないことを意味します。小説・随筆の文芸とニュースのような事実
記述の羅列を除いたら殆どが論理を積み重ねて文章です。数学、物理、法律、経済学など
に限らず、コンピュータ(ソフトも含む)マニュアルまで論理を積み重ねて説明されてい
ます。「内容を追随できない」のは読むだけの知的レベルに到達していないことを意味し
ます。最初を理解できなければ、その後ろは より難しくなります。

公式は理解するものです。理解することで応用が利く形で自然に頭に入ります。貴方は応
用を利かせることには無頓着に、数学や物理の公式は暗記するもんだと思っているでしょ
う。また「文章を読み繋ぐ技術」ことが何を意味しているかも自分でも解っていないでし
ょう。それが具体的に何をするのか言えないでしょう。

受け売りで言葉の意味も解らずに鸚鵡返ししていることを含めて、教師向けの指導書を板
書しているだけと私は非難しています。

自分で解っていないことを生徒に教えないでください。生徒が迷惑します。

232実習生さん:2006/06/06(火) 22:26:58 ID:StBqOnKH
>>231
>内容を追随できない」のは読むだけの知的レベルに到達していないことを意味

コテハンからして奇異に感じてはいたが、どうもあなたは読むという行為が
何を意味するか全然わかっていないようだ。
知的レベルって何だよ?知能指数のことか?ほとんど関係ないでしょ?
様々な読解技術や、ある系統の文章を読むための背景的知識が足りなくて文意が掴めなく
なるのが文章ってものでしょう。そこら辺は当たり前の共通認識でしょう。あなたの場合、
そこさえ外れている。

公式のお話?ワケわかめ。寝言は寝て言いましょう。妄想は書き込まない方があなたのためでしょう。

いいですか、私は読み継ぐ技術が大事だと思うから、認知心理学の助けなどを借りながら
その技術が開発されるべきだと言っているのであって、
>「文章を読み繋ぐ技術」ことが何を意味しているかも自分でも解っていないでしょう。
などどピント外れな指摘を受けても、口あんぐりです。
233実習生さん:2006/06/06(火) 22:48:08 ID:0nzFPbXa
>>230-231
あなたの言う所の国語の授業はつまらなそうだよ。
そんな授業、私は受けたくないw。
私は国語が理科や数学のようになってはいかんと思うよ。
あ、私は国語教師ではないからね、念のため。
一見役にも立たない事をやってもいいじゃないか。
数学だって、役にも立たない事をたくさんやっているよw。
・・・それだって実際はどこかで役に立っているんだろうけどね。

自分が心情などに価値を見いだしていないからと言って、
他の人もそうであれ、と押し付けるのはやめれ。
教科書に載っている小説等を楽しんでいる人もいるわな。
私は、学校教育は役にも立たないと言われながらも、何と言うか
人生を楽しむ幅を広げるものでもあるとここ数年感じているんだ。
個人的だけどね。国語や社会という教科は、楽しみの幅を広げる事が
しやすい教科のような印象を私は持っている。

ところで、今の教科書はそんな小説ばかり載っているのか?
はるか昔の記憶だと、あまり好みではない論説文も載っていたような
気がするんだが。
234GEN:2006/06/06(火) 22:49:25 ID:DHUW7jsy
>>229
>意識の使い方が読解から離れがちになる読み方、、、、、、
>それが批判的な読み方だと思います。
私はそうは思いません。”批判する”ということは、(感情的な嫌悪は別として)当該意見を批判す
るだけの知識と見解を要するものです。読解に際しても、文中の内容を批判するだけの知識と見
解を読者自身が持ち得ていなければそれは為しえない訳ですね。ただ頭の中を真っ白にして内容
を追随する読み方というのは、文中の意見を考察すること無しに単に情報として入力するというこ
となのでしょうね。読解力ということが、単に”文章に顕されている内容の客観的理解”ということであ
ればそんな読み方もあるのでしょうかね・・・しかしそれが本を読破し内容を理解するのに適した方法
であり、逆に批判的な読み方は読解力を養う際に不適切な読み方としてしまうのには疑問を感じま
すね。

心理的に考えて、本の内容に限らず何かを理解しようとした時そこには懐疑による【好奇心】が芽生え
るでしょう?そしてそれを求めて情報を得ようとすることは丁度パズルのピースをはめ込んで行く様に
その疑問を埋めるに足る情報を選択し拾い上げ・吟味してはめ込んでいく作業を行うことですよね。当
然拾い上げたピースが容易にはまらない事もありますが、それを絵柄が合うように向きを変えたり形を
合わせたりしてはめ込むことに成功するときもあり、やっぱりどうにも嵌められずに取り落とすことにな
るときもあったりと・・・そういった試行を重ねて絵柄を完成していく。単に目の前に散らばったピースを
端から順に【手にとって】一個ずつ並べてみても絵柄は一向に完成せぬまま、全てのピースは右から左
へと通り抜けていくのみ・・・パズルに限らずこんな経験ありませんか?情報は、疑問を持ったり選別・分
析したりする【意欲】=【好奇心】を持って注目せねば、単に眼の前を通り過ぎて行く宣伝看板でしかなく
「覚えてるけど何の宣伝だかわかりまシェン」状態(よくありますよね)にしかなり得ないのではないでし
ょうか。
235GEN:2006/06/06(火) 22:51:00 ID:DHUW7jsy
(続き)
読書に関しても同じことが言えると思います。本で得た情報は確かに記憶していても個々の情報同士が
関連付けられず全体の構造を把握できていない為、構造の一部である個々の情報の役割・意味を【理解】
出来ず、結果自分の知恵に生きていない。興味・好奇心(懐疑)を持って情報に向かう時、初めてそこで得
た情報が【知恵】として生かせる【理解】が出来るのではないでしょうか。

私の持論ですが【知る】ということと【解る】ということとは別の段階にあるものだと思います。情報を【知る】と
は、情報の信号をそのままの形で極めて客観的に受信することであり、全体の構造の中で其々がバラバラ
に置かれている状態です。これが先に言った”文章に顕されている内容の客観的理解”であると思います。イ
メージ的には一冊の本の内容が印刷された紙が一束ずつ綺麗に並んでいる状態ですかね。これに対し【解る】
ということは、受信した情報其々の役割や意味に興味・疑問を持ち、選別・分析して得た結果を基に関連付けが
為され、情報一つ一つが一個の全体構造の構成要素となっている状態です。イメージ的には全ての字面が浮
き上がり一つの固まりになって繋がったり重なったり変換されたりと目まぐるしく動いている(生きている)状態です。

さて、これらを考え合わせて導き出される【有意義な読解能力】とは一体どんなものなのでしょうか?

私は【常に批判的な態度による読書法を身に付ける方が、有意義な読解能力を養う上でも社会生活を営む上
でも好ましい】と結論付けますが、みなさんはいかがでしょう?
236実習生さん:2006/06/06(火) 22:52:00 ID:QzX2WY7I
>>230
時代は忘れたが昔は科学読み物が国語の読本に入って、それで科学に対する知識や
背景を身につけた、と聞いたことがある
237実習生さん:2006/06/06(火) 23:02:23 ID:jV1oVcMO
>>236
それが読書なんだよ。本を読んで情報を得て知識を増やす。

そのために本をたくさんよませたい。国語の教科書に載せても
量はしれているんで、読書マラソンで競わせて読ます。
238GEN:2006/06/06(火) 23:08:50 ID:DHUW7jsy
【常に批判的な態度による読書法を身に付ける方が、有意義な読解能力を養う上でも社会生活を営む上
でも好ましい】

勿論それ以前に、柔軟で寛容な態度は必要ですがね。
239国語の勉強は英語で:2006/06/06(火) 23:24:42 ID:au8n6dnm
>>232
>いいですか、私は読み継ぐ技術が大事だと思うから、認知心理学の助けなどを借りながら
>その技術が開発されるべきだと言っているのであって、
>>「文章を読み繋ぐ技術」ことが何を意味しているかも自分でも解っていないでしょう。
>などどピント外れな指摘を受けても、口あんぐりです。

受け売りの言葉はどうでもいいですから、他人を納得させる「文章を読み繋ぐ技術」の具
体例を提示してみろと言っています。「読み継ぐ技術」と漢字を変えたところで、他人に
意味は伝わりません。

人間の抽象的認識は具体例に支えられて構成されます。アホは言葉を暗記しただけで解った
気になります。具体例のない抽象は単なる言葉遊びです。具体例を提示できない「文章を
読み繋ぐ技術」では、他人の言葉を意味も解ずに弄んでいるだけです。公式を丸暗記した
だけで解った気になっているアホの主張です。
240実習生さん:2006/06/06(火) 23:35:10 ID:StBqOnKH
ずっと以前(part3くらい)にも書いたことですが、麻雀の例が読解にも相通じます。
麻雀はルールやテクニックを覚えるに従って、強くなっていきます。しかし、ある地点まで
到達したとき、テクニックへの囚われが、さらなる上昇を阻む要素となるのです。
自分が捉えた情報を、言語的に処理する作業は、情報の軽重加減を間違えやすいのです。
軽く扱うべき情報を過大に評価したりして、判断を間違えやすいのです。
何も麻雀だけではなく、双葉山の木鶏の心境や、川上哲治のボールが止まって見えるなど、
達人の域は相通じる点があります。
読解に関しても、テクニック的なことは存分に学べばよいと思います。
しかし、実際に文章を読む際にはそれらのテクニックを無意識下に収め、明鏡止水の心境で
文に向かうのが良いと思います。
241国語の勉強は英語で:2006/06/06(火) 23:52:37 ID:au8n6dnm
>>238
【常に批判的な態度による読書法を身に付ける方が、有意義な読解能力を養う上でも社会生活を営む上
でも好ましい】

知的背景も語彙も異なる赤の他人の著者が考えたことを自分の物にするためには、自分の
経験に照らし合わせ直し、自分の言葉に言い換えていく作業が必要です。これは批判的な
態度ではありません。読者自身の言葉に言い直すほどに読んでくれたならば、著者も喜ぶ
はずです。

逆に詳しい考察もなく、一部の言葉だけを丸暗記して異なった意味に使うほうが著者への
冒涜でしょう。
242実習生さん:2006/06/07(水) 00:28:39 ID:Cvom/8Y9
私は以前、文章の話題を捉え、作者の結論を拾い、結論に至る論理構成を掴めば、
その文章は理解したも同然と考えていました。
しかし作者が本当で注目してもらいたい箇所が結論ではなく、結論に至るまでの論理的(目から鱗)箇所で
あるような文章にたくさんぶち当たってきました。なにも、作者が一番主張したいことが
結論である必要はない。考えてみれば、当たり前のことです。

上のことを踏まえると、話題や結論を中心に文章を読み解く方法の普遍性のなさに気付かされます。
読み繋ぐ技術は、話題、結論中心の読み方へのアンチテーゼです。

私たちはある概念を人に話始めるとき、予め論理構成が出来たものを蕩々と話すこともありますが、
自分の頭の中で概念を整理しながら、次の文章を繋いだりすることもよくあることでしょう。
また、聞く方も同じような頭の使い方で、話者の話す内容を前文と次の文の繋ぎを考えながら
理解しようと努めます。そこでは、話題を確定的に捉えたりすることは難しいですし、
ましてや結論の先取りはなど出来ません。
そこで可能なことは、センテンスとセンテンスが如何に繋がっていくかに注意を払うことでしょう。
そして繋がりの理解に苦労しなければ、そこから派生的に予測行為や今まで語られた内容を整理する
ことに頭が使えるようになるのだと考えます。

文章もこれと同じ流れで理解することが読解の基本線と考えます。
243GEN:2006/06/07(水) 00:36:53 ID:5P1OvRkU
>>241
国語さん
>知的背景も語彙も異なる赤の他人の著者が考えたことを自分の物にするためには、自分の
>経験に照らし合わせ直し、自分の言葉に言い換えていく作業が必要です。これは批判的な
>態度ではありません

私から見ると国語さんがここで仰っていることは【批判的な態度による読書】の一面ですね。私が示して
いる【批判的な態度による読書】という言葉は>>229の「批判的な読み方」という言葉に呼応して、あえて
使ったものです。内容的には>>234-235に書いたように疑問(懐疑)・興味(好奇心)と同質(この言葉も
適当か解りませんが)です。この意味の中に>>229さんが言う【批判】が含まれていると考えています。
批判するためには知識と見解が必要であり、知識と見解は疑問(懐疑)・興味(好奇心)によって得られ深められる。
深められた知識と見解から派生した疑問(懐疑)・興味(好奇心)には【批判精神】が内在している筈・・・という
意味ですが、あえて反論として明確にする為にこの【批判的による読書】という言葉を選びました。
244GEN:2006/06/07(水) 00:41:21 ID:5P1OvRkU
>>242
御意!やっと解りました。
全てに於いて賛成です。
245GEN:2006/06/07(水) 00:48:23 ID:5P1OvRkU
「読み繋ぐ」ってのは>>235で書いた【解る】のイメージに通ずるものですね。

これを身に付ける方法論が実践されているんですか。早速「河合塾」チェックしまっす。批判的にね。
246平下流:2006/06/07(水) 02:17:44 ID:9Ac2uGTh
>>159
>それから文法や文学史といった言語に関わる知識の獲得も目的のひとつ。

何故、国語に文学史がでてくるのですか。
247ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/07(水) 12:16:43 ID:aVuf7roW
>>230
>生徒たちは、国語の授業の大部分で「著者の書いた内容を分析的に読んで 100% 理解し
>ていく」作業をいます。これの作業に役立たない国語教育は無意味です。虚構を前提にし
>た小説の主人公の心理状態などを読み解く訓練より、こちらを優先すべきです。この意味で
>小説の読解は無意味とさえ言いたい。

この「100%理解」というところが問題をあいまいにしているんじゃねーでしょうか。文学をやっている
人にとっては常識なんだけど、他人の言語表現の意図が「100%理解」できることなどありえない。
国語の読解では、【読者⇒作品⇒作者】というように読者が作品を介して「作者の意見」にたどり
着く作業をするのでは決してないでしょ。

なぜなら、言語は多義的、自己循環的できわめてあいまいなものであり、言語によって全てが表現し
つくせるはずがねーから(文章によっては誤解や多義的な解釈を与える場合があると言っているのでは
なく、そもそも自らの意見を言語によって100%表現すること自体が無理なわけで、したがって他人が
その文章を読んで作者の意見を100%理解することなどさらにあり得ない)。

結局国語でやっていることというのは、読んでもこのような言語のあいまいさが比較的意識されない
教材を選んで読解の練習をしているというだけの話で、そこで理解された内容が100%作者の意見で
ある保証がされるわけではなく、結局無限にある読解の可能性の中からひとつの読解を選択している
にすぎない。「作者」という現実世界から切り離された作品を「作品」そのものとして読むしかないという
意味では、文学とその他の文章に本質的な違いは何もないというこってす。
248ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/07(水) 12:17:16 ID:aVuf7roW
前置きはともかく、現実には「無限にある読解」などと言っていても仕方がないので「社会的に妥当な
読解」ができる能力を獲得する必要がありますね。>>242さんの言う「話題や結論を中心に文章を
読み解く方法の普遍性のなさ」に気づくというのは、読解能力を高めるひとつのステップではあると思う。
しかし、なぜこのような「アンチテーゼ」が持ち出されなければいけないのかということを考えると、国語の
授業において、これまでひたすら「作者の意見」「話の結論」が問われてきたからでしょうね。いくらアンチ
テーゼであったとしても、「読み繋ぎ」はそれらの延長線上にある読解テクニックの変種でしかない。

結局、GENさんの言う意味での「批判的な読み方」が真の「アンチテーゼ」なんだと思いますよ。与え
られた文章を読み、その内容を理解することだけが求められていることに対してはきわめて強い違和感
がある。私に言わせれば、読書に際しての「明鏡止水」なんて何の意味があるのかわからん。
読解した内容に対して自分はどのような意見を持つか、さらにそれをいかに表現できるのかといったことが
問われることなしに、読解テクニックばかりを論じていても何にもなんねーと思う。国語がつまらんのは
「正解=作者の意見」発見ゲームになってしまっているからで、国語さんに限ったことではないけれど
「100%読解」のような幻想を生む本当の理由はおそらくこの現状にあるんだと思いますよ。教材への
批判体験が少しでもあれば、「作者の意見」をどこにでも求めてしまう態度がここまで増殖されなかった
んでねーの。この現状は英語教育でも驚くほど酷似しているわけで、日本の教育がいかに偏っているか
わかろーというものです。
249実習生さん:2006/06/07(水) 12:26:13 ID:aVuf7roW
>>246
文学は言語芸術なわけで、言語を扱う授業としては当然取り上げるものでしょ。
文学史はその分野の一部であるわけなんだけど、常識的な教養という位置づけもあるし
奈良時代の昔から日本人はエライ文学作品を書いてきましたよ、我々の遺産ですよ、
日本人の誇りですよというナショナリズム育成にはぴったりなものでもあるわけです。
授業で教えなくなることはまずないと思いますよ。
250ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/07(水) 12:28:48 ID:aVuf7roW
あれ、ハンドルネーム消えた
ところで平下流は以前国語の目的を聞いていたけど、結局それに対するコメントはなかったね。
251実習生さん:2006/06/07(水) 12:36:40 ID:Mq6pdbu+
>>250
目的だけかかれてもそれを試験して数値化できる方法がないと今の
学校みたいなただの棚の上のかざりみたいなものになるよ。

内容は成果出せてないのに、理念だけは良いみたいな
252国語の勉強は英語で:2006/06/07(水) 19:50:36 ID:0RxfZNRJ
>>247

>>生徒たちは、国語の授業の大部分で「著者の書いた内容を分析的に読んで 100% 理解し
>>ていく」作業をいます。これの作業に役立たない国語教育は無意味です。虚構を前提にし
>>た小説の主人公の心理状態などを読み解く訓練より、こちらを優先すべきです。この意味で
>>小説の読解は無意味とさえ言いたい。

>この「100%理解」というところが問題をあいまいにしているんじゃねーでしょうか。文学をやっている
>人にとっては常識なんだけど

まことに失礼しました。逆を書いてしまいました。
「生徒たちは、国語--以外--の授業の大部分で「著者の書いた内容を分析的に読んで 100% 理解し ...」
でした。「以外」の文字が抜けてしまいました。

旨い校正の方法はないものでしょうか。見直してはいるのですが、見逃してしまいました。
私の行っている校正方法では検出できない種類のミスです。
253国語の勉強は英語で:2006/06/07(水) 19:51:34 ID:0RxfZNRJ
>>247 続き

また、人間の心理など 100% 理解することができるハズがないことも同意します。だから
こそ、そんな不確かなもので

>現実には「無限にある読解」などと言っていても仕方がないので「社会的に妥当な
>読解」ができる能力を獲得する必要がありますね。

とすることに反対します。私は、そんな能力は獲得する必要はないと主張します。そのよ
うな読解訓練は無意味です。小説という虚構のうえに、さらに虚構での設問に解答する訓
練ですから、言葉遊びの世界です。現実に読んで理解していかねばならない他分野の多く
の文章を読んでいくとき、何の役にも立ちません。

もちろん小説家になろうとする人間に限れば意味があることは認めます。でも大部分の普
通の生徒には虚構の心理描写を題材に使った言葉遊びなど無意味です。先の生徒のように、
不必要に読解力がないと悩ませるだけです。

逆に、数学・理科・法律・経済の教科書は 100% 読み取ることを要求されます。小説のよ
うにあやふやなまま読み進めていくと、後で訳が解らなくなる文章です。コンピュータの
マニュアルでさえ、この類の文章です。国語を除けば、生徒たちが学校で理解に苦労して
いる文章は 100% 理解しながら積み上げていく読み方が要求されています。

そして、これらの文章を読みこなしていく訓練を国語では殆ど行っていません。大部分の
国語教師が、これらの 100% 理解しながら積み上げていく読み方を知りません。本来論説
文が、そのような役目を担わされているのでしょうが、大部分の国語教師には、論理で積
み上げられた文章なぞ扱えないでしょう。数学や理科の教科書を小説と同じように読み進
んでいく国語教師が大部分でしょう。
254実習生さん:2006/06/07(水) 20:25:57 ID:aVuf7roW
>>253
国語さん、誤解しているようだけど私は>>248で小説のことだけを言っているのではないのですよ。
人文科学系の文章はあいまいで、自然科学系や社会科学系の文章は論理的だとでも言いたげですね。
繰り返しになりますが、言語を使用している以上、どんな文章だろうとあいまいでないものなどねーのです。

法律の文章を100%読み取ることが可能なら、なぜ同じ条文を扱ってその解釈に差が生じるのですか。
それは読解能力の差だとでも??
数学の数式が論理的に見えるのは適応する範囲を極端に限定しているからで、それは飽くまで数式なので
あって言語でも何でもないでしょ。

それに、小説は心理を扱っているしそれに虚構だからあやふやだというのはもう聞き飽きた。
心理だろうが何だろうが、そこで「語られているもの」を語られているように読み取るという話をしているだけで、
その「語られているもの」が社会常識に照らして正しいかどうか、個人的に好きか嫌いか、あやふやかどうか
といったような判断は読解の成否と全く関係ないでしょ。
255ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/07(水) 20:27:08 ID:aVuf7roW
失礼、またネーム消えた
256ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/07(水) 20:47:27 ID:aVuf7roW
小説だろうが論説文だろうが教科書だろうが、全ての文章は言語のあいまいさを包含せざるを得ない。
逆に言えば、言語の持つ限界に近づき、そのあいまいさが露呈しかかるような文章ほど高度な文章なわけです。
他教科との比較の上で国語科で扱う文章を特別視するならこのような意味であるべきでしょう。
多義性も誤解の余地もないような文章は、読みやすくはあっても内容はたいしたことない。
257国語の勉強は英語で:2006/06/07(水) 21:33:20 ID:0RxfZNRJ
>人文科学系の文章はあいまいで、自然科学系や社会科学系の文章は論理的だとでも言いたげですね。

自然科学の文章は小説文芸に比較すれば曖昧性がずっと少ないのは明白でしょう。

>法律の文章を100%読み取ることが可能なら、なぜ同じ条文を扱ってその解釈に差が生じるのですか。

まさか言語感覚に優れた三島由紀夫のような小説家に法律条文を書かせれば、法律条文の
解釈について争うことが少なくなると言わないでしょうね。法律条文が小説ほどの曖昧さ
では法律にならないことも明白でしょう。そして読解の訓練をするのならば、小説文芸を
題材にするよりも客観的な検証可能な題材のほうが効率的なのも明白でしょう。なぜ小説
で読解訓練をすることにこだわるのか不明です。

私は小説も詩と同様に、普通の読者は味わうだけで済ましてよいと主張します。なぜ小説
で読解の訓練をするのですか。論説文のほうが読解訓練に適しているのは明白でしょう。

>多義性も誤解の余地もないような文章は、読みやすくはあっても内容はたいしたことない。

数学の文章の曖昧性は殆どありません。物理の文章で曖昧性が小説ほどに曖昧性が入り込
んだら、それは著者がまずい文章を書いたことになります。アマンさんの主張では物理や
数学の「内容はたいしたことがない」ことになります。本気ですか。


>逆に言えば、言語の持つ限界に近づき、そのあいまいさが露呈しかかるような文章ほど高度な文章なわけです。

そんな高度な文章で、中学や高校生の言語訓練をすべきなのですか。作文の添削もできな
いような国語教師が、そんな高度な題材を使っての読解訓練など絶対できません。
258ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/07(水) 21:46:25 ID:aVuf7roW
何度やっても堂々巡りですねえ。まず言っておきたいのですが、この話題において私は、小説の文章と
その他の文章の区別をしていません。文章であることに変わりはないから。

>まさか言語感覚に優れた三島由紀夫のような小説家に法律条文を書かせれば、法律条文の
>解釈について争うことが少なくなると言わないでしょうね。

そんなこと言いませんよ。言語そのものがあいまいなんだから、誰が書こうと言語のあいまいさに
変わりはないでしょ。

>数学の文章の曖昧性は殆どありません。

高度な数学、高度な物理が書かれた本は、素人でも読んだらすぐわかるんですか?
それは数学や物理に対して失礼だと思いますよ。
259実習生さん:2006/06/07(水) 21:48:44 ID:YFAosVwY
>>257
>数学の文章の曖昧性は殆どありません。物理の文章で曖昧性が小説ほどに曖昧性が入り込
>んだら、それは著者がまずい文章を書いたことになります。アマンさんの主張では物理や
>数学の「内容はたいしたことがない」ことになります。本気ですか。

読んでみたが、ママンさんはそんなこと言っていないぜ。
「数式が論理的に見えるのは適応する範囲を極端に限定している」と
言っているだけではないのか?ママンさんが「数式」と限定している所は
「いや、数式だけじゃないけど・・・。むしろ言語に近い」とは思うが、
適応する範囲を限定しているという点では鋭い所を付いていると思ったがね。
260国語の勉強は英語で:2006/06/07(水) 22:51:33 ID:0RxfZNRJ
>小説の文章とその他の文章の区別をしていません。文章であることに変わりはないから

曖昧さの程度が異なるでしょう。同意していただけますか。

>そんなこと言いませんよ。言語そのものがあいまいなんだから、誰が書こうと言語のあいまいさに
>変わりはないでしょ。

自然言語には曖昧さが付きまとうことには同意します。でも記述対象によりその曖昧性は
大きく変化します。人間の心理を記述することには数学や法律を記述することとは比較に
ならない曖昧さが付きまといます。そんな題材を使って読解訓練する難しさに何故同意し
てもらえないのでしょうか。

>>数学の文章の曖昧性は殆どありません。

>高度な数学、高度な物理が書かれた本は、素人でも読んだらすぐわかるんですか?
>それは数学や物理に対して失礼だと思いますよ。

曖昧性がないことと解りやすいことは別です。高校数学の文章には曖昧性は殆どありませ
ん。でも それを理解・読解するのに生徒は苦労しています。
261平下流:2006/06/08(木) 00:11:06 ID:bWCTtqLU
>>250
コメントは>>246です。

>>249
>文学は言語芸術なわけで、言語を扱う授業としては当然取り上げるものでしょ。

言語と言語芸術とは別では?
語学と文学とは別では?
日本語と日本文学とは別ではないですか。ですから、「当然」とは言えないでしょう。

262横レス失礼:2006/06/08(木) 00:17:09 ID:lIOQZj1/
>>261
国語という教科の特性を考えれば、「当然」。

国語≠論理学の授業
国語≠修辞学の授業
国語≠文学の授業
国語≠コミュニケーションスキルの授業

中等教育で課される「国語」とは、そのすべてを
うすくひろく「そこそこ」扱うための時間ですから。
263平下流:2006/06/08(木) 00:31:16 ID:bWCTtqLU
>>262
あなたの考えですか、それとも「中等教育で課され」ていることだからですか。
264俺も横レス:2006/06/08(木) 00:33:25 ID:y4SKItPJ
>262
じゃあ、その「国語という教科の特性」っ何だよって話になるよね。
教えて。
265実習生さん:2006/06/08(木) 00:37:53 ID:bWCTtqLU
>>263>>264の質問レス、観点はちがうけれど、両方とも肝心なことだね。
266ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/08(木) 02:18:06 ID:MDFsCMFF
>>260
だから、小説における心理の記述と法律の記述にどのような差異があるというのですか。
私の言ってるのは、「彼は悲しかった」という文から「彼は悲しかった」ということを読み
取る類のことです。

数学の文章というのは例えばどのような文章のことでしょう?
267ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/08(木) 02:25:59 ID:MDFsCMFF
>>261
図画工作の授業で6年間かけて粘土細工と楽焼を学ぶとして、景徳鎮の歴史や利休の
愛用した名碗について勉強したらおかしいのですか。ある意味当然だと思いますが。
268GEN:2006/06/08(木) 04:34:54 ID:TVFpyvEd
興味深いやり取りですね。「曖昧」と言う言葉が正に曖昧になってます・・・。
単語の共通認識すらこのように困難なわけですね。カール・ポパーの「フレームワークの神話」を思い起こさせます。
反証としてね。まあ私は、ポパーの言う所の議論の意義・目的というものがまず納得できんので、否定的な訳ですが。
269実習生さん:2006/06/08(木) 07:11:55 ID:sYZv0hRV
話を少し戻しますが
読書の方法の件で、
GENさんが、「批判的な読み」と主張していましたが、
この言葉を「疑問を問う読み」にして欲しいと考えます。

理由は、批判的という言葉では、大半の人が否定的な見方をすること勘違いしているからです。
言葉の意味では知っているつもりでも無意識に引きずられます。
読書でも会話でもいいのですが、批判しようという気持ちがあると、
他者の文や意見を無意識のうちに自己判断し否定してしまいます。
本や会話で重要な順番は、
1、相手の意見を完全に近い形で理解すること。
この時に、自己の経験や価値で判断せず、
情報の発信者に近い気持ちや肯定的な気持ちになる。
2、なぜ発信者は書いたかへの疑問を持つ。3、その疑問に対して、多くの立場から分析し評価する
(最も多く唯一の評価になりがちなのが自己の価値観)
270実習生さん:2006/06/08(木) 07:27:34 ID:sYZv0hRV

国語の読む力がある人は、この課程をほぼ無意識にこなします。
ところが、読む力の無い人にとっては訓練すべき技術になります。また読む力がある人でも見逃したりします。
例えば、ママンさんは240出された明鏡止水ということをくだらないといっています。
確かに、読書という全課程においては百%肯定はありえません。
しかし、私の書いた課程1においては有効です。
ここで、ママンさんは判りきったことと処理し、2をとばしたのでしょう。
ここで丁寧に疑問をもち、
なぜと考えていたら良かったでしょう。
実際には、この一語が理解できなくても
大きなミスにはなっていません。
これはママンさんの読解能力が高いため
重要な所はおさえているからです。

読解力のない人間や姿勢ができていない人は
自己の読みたいように読むでしょうから誤解もますでしょう。

現実にひとつの解釈や答えしかないマニュアルだけで生活できるわけではないんですよね。
271実習生さん:2006/06/08(木) 07:54:32 ID:Aj3kNBYz
いくら読む力が増えても受験のテストで点をとれるような読み方でないと
意味がないわけだが。 問題集をやらせることで読み方は改善されるから
問題集をやらせればいい。

そして、読み方なんてかってにおぼえる。君たちがいちいち説明されないでも
よめるようになったようにね
272実習生さん:2006/06/08(木) 15:20:01 ID:565NPeGr
>>267
大人ならともかく、子どもたち、それも義務教育レベルにある人々に教えるならそんな
に意味はないだろうよ。それよりきちんとした道具の使い方を覚えるほうがいい。

あなたのレスは分からないでもないが、とても小中高レベルを対象とした国語のレベル
ではないと思うよ。まぁ意図的にズラして自分の説を述べているんだろうけど。
273実習生さん:2006/06/08(木) 16:10:25 ID:UkwCjEHn
「文章の読解力と一番関連の深い学問領域は何処か」という疑問のもと、
言語学、認知心理学、言語認知学、社会言語学、統語論、意味論、語用論
などざっと概観してみたが、どうやら「文章・談話論」という分野が一番相関関係が高そうだ。

http://www.f.waseda.jp/mayumisa/

>「文章論」と「談話論」は,それぞれ,日本語の書き言葉と話し言葉の最大の言語単位である「文章」と「談話」を研究対象として,
それぞれの表現と理解のしくみとはたらきを解明する分野である。

言語学が、文字、音、単語、文法、文などの最小単位を離れて、時代要請に応じて
まとまりとしての文章へと展開してしていった先に、文章・談話論という領域が確立されたみたいだ。
ただ、まだまだ新しく、これからの研究が期待される分野みたいだ。

ここでの主要な研究課題が
>文章を構成する複数の文の間に見られる意味の「つながり」と「まとまり」を解明することにある。
というのは、非常に興味深い。
274実習生さん:2006/06/08(木) 20:26:40 ID:Aj3kNBYz
>>267
やりたい人はそれをやればいいでしょう。 こちらの意見としては義務教育の
学校で教えるものは、リアルで使うものを優先して教えたい。

でないと学校でて職業がないとか、病気になって死んだとか、法律知らなくてタイーホ
とか、事態に陥るんで。
275実習生さん:2006/06/08(木) 20:27:42 ID:RLxzvGn5
敬語を使えない朝日新聞

★お忍びで散策した。→お忍びで散策された。
★出かける際→お出かけになる際or出かけられる際
★植物を見るなど→植物をご覧になるなど

安倍晋三官房長官
「ここで敬語を使わなければ誰に敬語を使うのかと感じる。感じ方を強制するわけではないが、政治家個人としては違和感がある」
と述べ、天皇、皇后両陛下を報じる記事に敬語を用いないことに疑問を示した。

★人権弾圧国家・中国から、良いマスコミと賞賛される朝日新聞
★朝日新聞の記事、社説は朝鮮人系日本人が書いています(全部ではありませんが)

276262です:2006/06/08(木) 20:41:39 ID:YSFtS7e6
>>263 :平下流
>あなたの考えですか、それとも「中等教育で課され」ていることだからですか。

なぜ「それとも」という接続語でつながっているのかよくわからないですが、
「中等教育で課されている以上はそうであるべきだし、実際そういう作業が行われ、
評価もされている」という、わたしの考えです。現場(高校。まあまあ進学校)にいます。

>>264 :俺も横レス>262
>じゃあ、その「国語という教科の特性」っ何だよって話になるよね。
>教えて。

国語を適切に表現し的確に理解する能力を育成し,
伝え合う力を高めるとともに,
思考力を伸ばし心情を豊かにし,
言語感覚を磨き,
言語文化に対する関心を深め,
国語を尊重してその向上を図る態度を育てる。

上記は、高校学習指導要領の「第1節 国語」の「第1款 目標」の
全文です。これだけのことを、ほんとうに律儀に全部やらされます。
ひとつひとつがうすくなるのはある意味当然のことだとは思いませんか。
277262です:2006/06/08(木) 20:53:32 ID:YSFtS7e6
続き
私は、上記の基準にのっとった学習指導を実践すべき者として国(まあ直接は都道府県)に
採用され、給料をもらってますから、毎日それをしています。
もちろん私の得意不得意と、個人的に思う所もあるので、全部やるとはいえ意識的/無意識的に
色づけ(若干の取捨選択)をしている所はあると思いますが、程度問題だと思います。
しかしながら、一応は、文章・発話の理解能力、伝達能力の向上を目的とした作業だけでなく、
心情を豊かにするための刺激や、言語文化に対する関心の喚起も含め、毎日の授業時間を
組み立てています。

今このまましばらく常駐するだけの余裕はないので、この後のレスはしないかもしれません。
言い逃げで申し訳ない。(ちなみにこのスレの過去スレでもほんの時々、発言はしてました。)
278実習生さん:2006/06/08(木) 21:05:42 ID:sYZv0hRV
>>274
義務教育=即役立つものの教育、というのが勘違い。
なぜ、初等、中等、高等教育という名称がついているかを考える。
今の学生のレベルはともかく、
中学以上の勉強は、エリートになるための基礎教育でもある。
それを義務教育として行うことに価値があった。
はっきりいって、読み書きそろばんできれば、肉体労働で最低限の生活は可能。
日本は、徒弟制度や終身雇用の社員教育があり、
仕事に即必要な技能は現場で教えるという意識もあったでしょう。即役立つもの以外無駄という発想が変。

あと法律教えないと即逮捕って何それ?
基本として、盗まない、殺さない、契約守るができればいい。
その辺りは家庭教育の問題では?
無料で調べられる図書館はある。
市役所辺りの無料相談もあるだろ。
常識や家庭教育、自己学習を完全放棄したような意見だね。
279実習生さん:2006/06/08(木) 21:10:22 ID:Aj3kNBYz
>>278
>その辺りは家庭教育の問題では?

この間のひき逃げ事件みてなかったんでしょうか

そしてリアルでつかうものがいらないといいますが、それなら
病気になって死ぬのもOK? 知識>>>>>命 ということ?

そして、所詮教えているのは5教科でしかないでしょう。
5教科が教養といえるとはおもえないですけどね・・
280実習生さん:2006/06/08(木) 21:23:11 ID:sYZv0hRV
上で276が書いていることが行われる。
逆に無駄と考えるなら、職業訓練校なり、就職も考えればいい。
幅広い視点や教養なんて、人材育成する人間やリーダー以外なくてもどうにかはなる。

自分の役に立たない=無駄な時間と考えることが、
自分の価値観しか基準にしていない証拠ですし、
国語という科目を身につけていない証拠でない?

とりあえず、ドラゴン桜13巻まで読んできてよ、役立つから。
281実習生さん:2006/06/08(木) 21:29:52 ID:Aj3kNBYz
>>280
>自分の役に立たない=無駄な時間と考えることが、 自分の価値観しか基準にしていない証拠ですし、

役にはたつよ。だけど、物事の覚える効果のある順の優先順位はあるわけでいらないのが
まず先頭にきているのが今の学校。 白内障とか教えてくれなかったからそとでまくりで
将来手術するはめになるだろう。 役に立たない知識しか教えてくれないからかなり不快なんだけど
282平下流:2006/06/08(木) 22:04:21 ID:bWCTtqLU
>>267 :ママン

>>261
図画工作の授業で6年間かけて粘土細工と楽焼を学ぶとして、景徳鎮の歴史や利休の
愛用した名碗について勉強したらおかしいのですか。ある意味当然だと思いますが。

例がちがうのでは ?
置き換えると次のようになるでしょう。

文学創作の授業で6年間かけて小説と詩歌を学ぶとして、洒落本の歴史や芭蕉の
愛読した源氏物語について勉強したらおかしいのですか。ある意味当然だと思いますが。

この場合、「図画工作」に対応するのは「文学創作」であり「国語」(日本語)ではありません。
また、「国語」に対応させるとすれば、「図画工作」ではなく「理科」(粘土の勉強)となります。
283実習生さん:2006/06/08(木) 22:13:16 ID:sYZv0hRV
なんか面倒になってきたな。

>>279
まず「最近おきた」事件で、法律を学校でやる必要と考えたなら、
メディアに踊らされすぎです。

次に、普通でおきないから事件というわけです。

最後に、簡単な法律なら、中学では現代社会で、高校は公民で習います。大学では法律の授業そのものがある。

仮に、法律の勉強が必要だと考えるならば、
情報のように科目を増やすように法律に訴えましょう。
多分許可されないでしょうが。
先進国は法治国家であり、
法を理解し操ることができる人が
政治家や弁護士等のエリートとして君臨します。
そこに到達するまでに使う学習時間に専門学校にお金とかかります。
自分達の既得権益を誰でも学べる学校でやるわけない。


白内障て、国語と関係ない保険体育の授業じゃないか。
他に、保健室辺りから保健だよりみたいなものなかったか?
そのへんは、学ぶ姿勢の問題。
284国語の勉強は英語で:2006/06/08(木) 22:25:06 ID:YVcQ2KEt
>>266
>だから、小説における心理の記述と法律の記述にどのような差異があるというのですか。

アマンさんと意見をすりあわせできない理由が解ってきました。

>>223, >>225, >>226 で行った下の別の国語教師との遣り取りが象徴的です。

>>操作マニュアルであれ、心理描写であれ、 >正しく読み取れるのだよ。
>といっておきながら、
>>>コンピュータの操作マニュアルを読みこなす速度で競争するならば
>>またお得意の、自分に都合のいい仮定か。
>かよ。アホか。お前こそ自分に都合よく話を捻じ曲げて他人を非難しているだけだ。

この国語教師はコンピュータ マニュアルでも小説でも適用できる特別な読み方の技能が
あり、分かっているとしていました。現実のコンピュータ マニュアルを読解する段階に
なると、読み方の技能なぞないことを露呈させました。人文系の多くの方がコンピュータ
マニュアルを小説と同様に読んでいきます。それでは読み取れません。だからこそ、コ
ンピュータ スクールで手取り足取り教えるビジネスが成り立ちます。

アマンさんも小説の読み方と、コンピュータのマニュアルや数学書の読み方を同じだとし
ているようです。私は読み方を変えます。変えなければ読み取っていけません。たぶんア
マンさんは、コンピュータのマニュアルや数学書を本腰を入れて読んだことがないでしょ
う。読み方を変える必然性が感じていないでしょう。

ここで、マニュアルや数学書を読解する目的は試験で点を取ることではありません。著者
が説明している内容を 100% 読み取って自分のものにすることを意味します。自分で自在
に使いこなせるようになることを意味します。
285国語の勉強は英語で:2006/06/08(木) 22:25:50 ID:YVcQ2KEt
>>266 続き

>数学の文章というのは例えばどのような文章のことでしょう?

中学三年で扱うピタゴラスの定理を例に使ってみます。ピタゴラスの定理は「直角三角形
の斜辺上に立つ正方形の面積は、他の2辺上に立つ正方形の面積の和 に等しい」ことを主
張します。

この定理の意味を著者が望んでいるレベルまで中学生が読解・理解するのは簡単ではあり
ません。また著者がピタゴラスの定理について知っていることを全て書き表すことも紙数
の制限などからできません。この文章だけから著者の言いたいことを 100% 理解するのは
無理です。

でもピタゴラスの定理は自然法則です。直角三角形という数学対象が客観的に存在します。
読者が自分で様々の直角三角形を書いてみて、具体例に対してピタゴラスの定理を検討で
きます。ピタゴラスの定理という抽象と、現実の具象的な直角三角形との間を読者自身で
何度も往復することで、著者が述べようとしたことを補完できます。これにより 100% 近
い読解が可能になります。

このようにしてピタゴラスの定理を読解することと単なる丸暗記とでは、その理解に雲泥
の違いがあります。後の三角関数の理解の段階で、その違いが拡大されていきます。

数学に限らず、コンピュータ・マニュアルなど現実のことを記述した文章は抽象的であっ
ても現実によって補間できます。読者は抽象と具象の間を往復することで、著者の述べよ
うとしたことを 100% 近く理解できます。

このような 100% 理解しながら積み上げていく読み方を教えるべきと主張します
286ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/08(木) 23:10:39 ID:MDFsCMFF
>>282
>置き換えると次のようになるでしょう。
>文学創作の授業で6年間かけて小説と詩歌を学ぶとして、洒落本の歴史や芭蕉の
>愛読した源氏物語について勉強したらおかしいのですか。ある意味当然だと思いますが。

例えとして粘土はよくなかったかな、失礼。ところで文学創作の授業なんて学校でしてるの?
国語の授業で6年間かけて読解と表現を学ぶとして、日本語の歴史や言語芸術としての
文学について勉強したらおかしいのですか、と言いたかったんだけど。

いわゆる技術を学ぶ際に、それの歴史やその芸術としてのバリエーションを知っておくことは
当然だと言ってる。料理を学ぶ際には、日常の料理方法を学ぶだけでなく、道具や料理
の歴史、有名コンテストの入賞作品(味はもちろん、見栄えや場面との相性も評価される)
の解説などもあるでしょ(初めからこちらの例を出せばよかった)。
287実習生さん:2006/06/08(木) 23:14:36 ID:6lIj/R1j
>>285
>100%理解しながら積み上げて行く読み方を教えるべき

あのー、それは数学じゃないんですか?自分で言っているじゃないですか。
数学と小説は読み方を変えるって。自然に読み方を変えるように
数学では導く(生徒に意識させなくても暗黙のうちに)のだから、
わざわざ国語に入れる必要無いんでは?

数学的な考え方の中に特殊化とか帰納的推理とかがあるというのは
ご存知だと思うけれど、あなたが言っている>>285の例では、その
二つを使っていますよね?
まさに数学の授業でやるべき大切なことですよ。もっとも、「暗記しろー」という
数学教師がいないとは言い切れませんけれども。

曖昧さのない読み方をするものについて「数学、コンピュータのマニュアル」
しか例が挙がらないなら、それに応じた読み方を数学なり情報なりで
扱う方がすっきりするのではないですか?

288実習生さん:2006/06/08(木) 23:30:41 ID:Aj3kNBYz
>>283
>まず「最近おきた」事件で、法律を学校でやる必要と考えたなら、 メディアに踊らされすぎです。

例の1つとしてあげただけで法律知っていたらおきていないものが
結構あるんだけど。

>情報のように科目を増やすように法律に訴えましょう。

科目として成り立たないなら、こうやって法律を勉強すればかなり覚えられると言う
勉強の指南のみでもOK。勉強のやり方すらわからないのと、やり方をしっているのと
ずいぶん違うんで

>他に、保健室辺りから保健だよりみたいなものなかったか?

白内障について知っているんでしょうか。 知っているならなぜ運動会は行われるのかと。
紫外線浴びまくりで体に悪い。 しょうらいしわになるなど ろくなものでないんだけど。
289ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 00:07:13 ID:MDFsCMFF
>>285
ここは他よりも慎重なレスが必要と思いますが、とりあえず以下のことを述べときます。

ピタゴラスの定理:
「直角三角形の斜辺上に立つ正方形の面積は、他の2辺上に立つ正方形の面積の和に等しい」
を例にすると、「直角三角形」「斜辺」「正方形」「辺」「面積」「和」「等しい」といった用語は、全て
ある程度【厳密】に定義されてるとしましょう(実際には正三角形など理念的なものであって、紙に
書いた「正三角形」など厳密には正三角形ではねーですよ)。

しかし、例えば「斜辺上に立つ正方形」と言われても普通は何のことかわかりませんよ。斜辺上に「立つ」
とはどういうことかわからないし、「正方形」がどのような正方形かも明確でない(少なくとも当該斜辺と
同じ長さの1辺を持つ正方形であることを明示しないとこの定理は不完全です。しかしそれは今はたい
した問題じゃない)。「他の2辺上に立つ」なんて日本語としてさらにわからない。

逆に言えば、「読者が自分で様々の直角三角形を書いてみて、具体例に対してピタゴラスの定理を検討」
しなければこの定理が理解しえないのだとすると、それこそ言語のあいまいさが存在するという証左でしょ。

ところで、ピタゴラスの定理は簡単な数学の部類に入ると思うけど、高度な数学(私にとっては数列や行列、
微分積分など)になるとどうなるの。特に行列なんかどうやって図示するわけ?逆行列の概念を視覚的に
把握することができるのかね。レベルが日常生活を離れて抽象的になっていけばいくほど、その説明は言語を
尽くさなければならないわけで、言語のあいまいさが露呈してくることになるでしょう。解釈が相違が生じるのは
そのためで、この意味では哲学だって物理だって同じはず。
290国語の勉強は英語で:2006/06/09(金) 00:17:48 ID:zb6SYqtt
>>287

>曖昧さのない読み方をするものについて「数学、コンピュータのマニュアル」
>しか例が挙がらないなら、

話の都合上二つだけ例示しました。物理/化学/全ての工学/法律/政治/経済など具体
的な対象を学問として抽象的に扱うもの全てが 100% の理解を目指して読解するものとな
ります。政治・哲学や宗教も本来 100% の読解を目指して読まれるべきものと主張します。
暗記されるだけでスローガンだけが一人歩きすることが多いのが現実ですが。

100% の読解を目指す必要がないものは小説や詩など一部に限られます。その小説で読解
訓練をするのは無用な苦労をしいると主張します。
291ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 00:39:36 ID:sIQUbeNg
>>284
>アマンさんも小説の読み方と、コンピュータのマニュアルや数学書の読み方を同じだとし
>ているようです。私は読み方を変えます。変えなければ読み取っていけません。

国語さん、君は小説を小説として読んでいるんだね。美的に鑑賞するもの、自己の体験と照らし
合わせて感動を生じるような、そういう読書が可能なものとして。もちろん、小説の持つ本来の力が
そういうものであることは否定しません。私もそういう意味では小説の読み方を変えてますし。

ところがですよ、国語の問題で扱う小説というのは、そういう読み方をしないように【わざと】扱うわけ
ですよ。そうしないと「私はこう読んだからいいじゃねーの」のオンパレードで、評価のしようがないから。
私的な感動とか、自分に引き付けて読む読み方は、小説の受容方法として明らかに適切である
にも拘わらず排除して、つまり美的・芸術的な要素や鑑賞に間する部分は徹底的に除外して、
単にある情報が「書かれたもの」として小説を扱うわけです。何度も言ってますが、多種多様な文章
を読解する能力を確認したいから小説文体も扱っているというだけで、それ以上の意味はねーのです。

私が小説とその他を同等に扱うと言ったのは、以上のような意味ね。だから、小説内に心理描写
があっても、自然描写があっても、数学の数式があっても、全て「書かれたもの」として【書かれている】
ように読み取ることが求められているわけ。ここでの目的は飽くまでも読解能力の確認だから、国語
さんが心配するようなあいまいな心理描写があったとしても、どう【書かれている】のかあまりはっきりし
ないと思われる場合は、最初から国語の問題にはしねーのです。わかってもらえたかしら。
292ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 00:47:09 ID:sIQUbeNg
>>290
ふむふむ。問題がはっきりしてきた気がします。
言語哲学が好んで扱う領域ですな。
293実習生さん:2006/06/09(金) 00:50:50 ID:6net1Up0
>>291
まったくそのとおりですね。
このあたりを分かっているかどうかが試験の結果に反映されますね。
294実習生さん:2006/06/09(金) 01:10:10 ID:3eROOH56
>ママン

相変わらず言ってることが支離滅裂ですね。それを指摘する人があまりいないのも
困ったことです。

>>2
>つまりだ、議論、作文、スピーチをするということは、・・・
>知的レベルで自己形成していく方法構築の一手段だと思う。
>本でとりあえず知識が得られるとか面接がうまくいかないと就職
>できず餓死するとかいう理由で読書・面接を勧めるお前の話は、読書・面接の話では
>あっても教育の話では決してないわけ。

公教育って、そんなたいそうなものですかねwそういう役割も持っているかもしれない。
しかし、プラグマティックな側面を否定(罵倒)することで根拠付けられると考えているようでは
「>知的レベルで自己形成」がなされてきたとは到底思えません。

だいたい、形成の方向性を問わないで(曖昧にしたままで)国語の道徳を語っても
無意味です。力とは大きさ以外に方向があるのです。

立派そうなことを言っても、ちっとも立派ではない好例でした。論理的倒錯でもあります。
このような主張に矛盾するような発言が後で登場するから困ります。

>>78
>鈴木大拙『禅と日本文化』などを読んで、知識経由じゃなくて体感しなくては
>わからんものもあることを知ってほしいね。

大衆とは、プラグマティズムを体現しつつ知るもんですよね。だったら、最低限の
道具として捉えるような考え方は十分ありです。リアルな経験で体感するのですから。

そもそも、禅か鈴木か知らんけど、言語以前を問うているんでしょ?
西田みたいな二流な思考しかできないからトンチンカンになる。
295実習生さん:2006/06/09(金) 01:10:43 ID:3eROOH56
言語以前を問うのは、すでにスレを大きく飛び出しているということです。
思考の圏域を整理して考えた方がいいでしょう。

なお、知識を論駁するために「体感」などと言うのは完全に『知識』の産物です。
宣長は何と言いましたか?それこそが漢意だと言っています。

「野生の思考」とは、(西洋的)知に対峙するために存在してはいません。位相が
異なります。野生の思考とは、(西洋的)知を知らない、知る必要もないということです。
暗黙知とは独我論を成敗するために誕生したのではありません。共時的にも
通時的(論理的)にも、そのような誕生以前に存在していることに意味があります。

体感、野生の思考、暗黙知・・・このようなもので「知」を撃つことが
西洋的であり知性主義の産物なのです。

このような二項対立に囚われていること自体が完全なる知識だということです。
この程度は、石原の受験用書物にも書いてありますよ。

ストロースやポランニーが、勝手に悪用して近代を撃っただけのことです。
アンチテーゼとして遡る、あるいは退行するのはよくある手です。

子供が大人になる話しは児童向け。
大人が子供(の純粋無垢)を取り戻すのが高尚。
これがパターンだっていうことも石原が指摘しています。

一事が万事。とりあえず。
296ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 01:10:55 ID:sIQUbeNg
>>293
しかし、授業では鑑賞の部分も扱うわけだから話がややこしくなるわけですね。
混乱する児童・生徒がいるのは当然かも。また、読解ばかり求めて、小説でも論説でも、
それを読んでどう思ったかが全く聞かれねーという現状もこれまたおかしなわけですよ。
297実習生さん:2006/06/09(金) 01:14:25 ID:3eROOH56
>>292
>言語哲学が好んで扱う領域ですな。

?????????????????
298ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 01:14:41 ID:sIQUbeNg
ははあ、どっかで見たような文体だねー。ご無沙汰。
とりあえず、議論のための議論はしないのでよろしく。実りある話にするよう努力
してちょうだい。
それから、誰かの理論を持ってくるのは結構だけど、自分の言葉で説明するように
しようね。それができないというのは君自身わかってねーということで、そんな話に
付き合うつもりも暇もねーということを言っておきます。
299国語の勉強は英語で:2006/06/09(金) 01:18:28 ID:zb6SYqtt
>>289

>逆に言えば、「読者が自分で様々の直角三角形を書いてみて、具体例に対してピタゴラスの定理を検討」
>しなければこの定理が理解しえないのだとすると、それこそ言語のあいまいさが存在するという証左でしょ。

仰るとおりです。数学を記述するときでさえ自然言語には曖昧さが付きまといます。でも
人間とは独立して直角三角形が存在します。具体的な直角三角形の三辺に正方形を作る作
業を行うことで「辺に立つ」という曖昧な表現の意味が著者と読者の間で同じ意味を持た
せられます。これは数学を読解していく過程で常に行われます。このことは数学に限らず、
事実を抽象化して論ずる全ての自然言語表現と その読解でなされます。

>私にとっては数列や行列、微分積分など)になるとどうなるの。特に行列なんかどうやって図示するわけ?

行列は代数の分野であり、直接には図示の対象になりません。1+1 = 2 などのように、計
算規則と計算結果が具体的な対象となります。具体的な計算過程と抽象的な行列定理との
間で読解の確認作業が行われます。(n 次の行列式が n 次元空間での符号を持った体積
の意味で幾何学的な関連付けがなされますが、副次的な話です)

>レベルが日常生活を離れて抽象的になっていけばいくほど、その説明は言語を
>尽くさなければならないわけで、言語のあいまいさが露呈してくることになるでしょう。

ご指摘のとおり行列は高度に抽象的です。でも人間が自然法則から抽象したものです。小
説のような虚構ではありません。行列は自然に裏付けられています。ですから行列を使い
こなすものの間では常に同じ意味を持ちます。同じ計算結果を導きます。言葉の曖昧性に
より表現が異なっても行列により意味させるものは同じになります。だからこそ、曖昧な
言語ではなく行列を使った記述を使って自然を記述していきます。

哲学や宗教でも、客観性を持った人類の共通資産として論ずるならば数学と同様な作業が
なされるべきです。現実にはできていないことは認めます。
300実習生さん:2006/06/09(金) 01:20:45 ID:3eROOH56
>>290
>物理/化学/全ての工学/法律/政治/経済など具体
>的な対象を学問として抽象的に扱うもの全てが 100% の理解を目指して読解するものとな
>ります。政治・哲学や宗教も本来 100% の読解を目指して読まれるべきものと主張します。

仰りたいことが分かりません。
どのようなものであろうとメタレベル(外部)との相互侵犯によって読みは
なされます。また、理論物理学の示唆することは、そのような決定論の不可能性です。
いつの時代の理解でしょうか。

なお、例えば、法律が解釈学の圏内であることの証明は裁判の存在によって
明らかですね。読みの多様性が前提されており、その正当性(正統性)は(政治)力学に
よって決定されます。

いい加減がすぎるようです。
301実習生さん:2006/06/09(金) 01:23:03 ID:3eROOH56
>>298
分かる人には分かるものです。
阿呆相手に


コピーではなくオリジナリティを主張する滑稽さよ。



パッチワークでオリジナリティ。

でも、上手につぎはぎしてね♪
302国語の勉強は英語で:2006/06/09(金) 01:26:28 ID:zb6SYqtt
>>291
ところがですよ、国語の問題で扱う小説というのは、そういう読み方をしないように【わざと】扱うわけ
ですよ。そうしないと「私はこう読んだからいいじゃねーの」のオンパレードで、評価のしようがないから。

同意します。私の言葉で言い換えれば「出題者の意図を推測し、出題者の望む解答を当て
なさい」というゲームです。アマンさんは嫌がるでしょうが。

ゲームだとくさす理由は現実の読解には殆ど無関係だからです。そのような試験で点を取
れるはずの国語教師が現実を抽象的に記述したコンピュータ マニュアルや数学などを読
み解く力になると劣ってしまうからです。

さきの >>179 の生徒に「>どうして読解力がつかないんだろぉ・・・?? 」と悩む必要
がないと言いたいからです。そんなものは日本の現代国語という限られた分野の読解力に
過ぎないのだから悩むなと言いたいからです。
303実習生さん:2006/06/09(金) 01:30:26 ID:3eROOH56
>>302
読解にコンテクストという要素を考慮しないのは理解に苦しみます。
304実習生さん:2006/06/09(金) 01:32:58 ID:ze173+/l
ああ、帰ってきちゃったよ。
コテハンはどうした、猫。
305実習生さん:2006/06/09(金) 01:43:33 ID:6net1Up0
>>296
そうですね。
私自身も幼い頃は「どう書いてあるか?」を「どう感じるか?」にすりかえて問題を解いていました。
しかし、さすがに高校生ぐらいになると、その誤りに気付いて修正しました。
まぁ、賢い人間はいずれ気が付くんじゃないですかね?
306国語の勉強は英語で:2006/06/09(金) 02:38:07 ID:HJQNVMb4
>>300 私には知識のひけらかしと、議論のための議論に感じられます

>理論物理学の示唆することは、そのような決定論の不可能性です。 いつの時代の理解でしょうか。

Shroedinger 方程式は決定論です。理論物理を分かった風な口ぶりですな。本当に分かっ
ているのですか。Shroedinger 方程式は決定論だが、Laplace の悪魔は古典論からは思い
もよらない形で否定されている。

貴方の言い方は私には皮相な受け売りとしか感じられません。とりあえず Laplace の悪
魔の否定のされかたを聞かせてもらえますか。なお、google で検索しても答えは書いて
ありませんから。
307平下流:2006/06/09(金) 03:00:01 ID:vtscj1OP
>>286トリセツ
言わんとしていることは解ります。
小説も言語、詩も言語、学術論文も言語、トリセツも言語、活字になっているものは全て言語です。
また、ラジオもテレビも新聞も雑誌も広告チラシもメールも2ちゃんも言語。
さらに、会話も言語、電話も言語です。
聞く、話す、読む、書く、全て言語です。

何故に文学作品の歴史のみを学ぶのが当然で学術論文の歴史、トリセツの歴史、ラジオの歴史、テレビの歴史、新聞の歴史、雑誌の歴史、チラシの歴史、会話の歴史、電話の歴史が取り上げられないのですか。
いずれも、文学以上に生きていく上で必要なことではないですか。
308平下流:2006/06/09(金) 03:02:19 ID:vtscj1OP
>>286の後のトリセツはミスです。
309実習生さん:2006/06/09(金) 10:39:10 ID:LE0hXc96
どなたか具体的に設問の例を挙げて頂けないでしょうか?
ここまで議論が散漫になってしまっては、せっかく稀にみる良いメンバーが集まっても、生産的議論に展開しにくいのではないかな。もっと議論の焦点をしぼって、現具体例に対して検証し議論を進めた方が有意義じゃない?もったいないなー。
310実習生さん:2006/06/09(金) 12:28:43 ID:fmTIdNQs
>>307
そういうのをあげたらきりがない。今の学校のスタイルだと教えきれない。

この本を読んでおけみたいなのをだして個人で読ませる形にするしかない。

チラシの歴史を覚えさせるためにここのHPをよめ

会話を学ぶために  この本とこの本 をよめばわかる

など指南だけする。 これをやったら覚えられるとか方向性をきちんと教えておくのと
今みたいに何も教えておかないのとではぜんぜん違う。 教科書をあたえてテストをさせる
といった古すぎる学校の形式からだっきゃくすることが重要
311GEN:2006/06/09(金) 16:09:40 ID:Tg0Rmvfk
>>291ママンさん
>国語の問題で扱う小説というのは、そういう読み方をしないように【わざと】扱うわけ
>ですよ。
そうなんでしょうかねえ?私は、国語教育が単に「『書かれたもの』を【書かれている】ように読み取ることが求
められている」訳ではないと思います。
学習指導要領にも記されているように、国語教育が「読み」を扱う時には、道徳的精神や思考・豊かな感性・想
像力等の養成と、ママンさんが示された上記の「読解力」の養成とが同時に行われているわけでしょう?
それぞれ国語の教育に於いて大切なことだと思いますが、問題は、これを一つの課題の中で【同時】に行って
しまうことにあるように思います。
ママンさん・国語さんが仰る”対象(本の種類)・目的によって読み方を変える”というのは【読む技術】の一つな
のだと思います。この読み方を変えるべき対象と目的を分けることなく、いっしょくたに教え込み、いっしょくたに
結果を判断しようとすることで、生徒は課題から求められている目的を理解できず、対象に対し”読み方を変え
る”べきことすらも認識できずに混乱する。噛み砕いて言えば、課題の文章を読むときに、その文章から「『書かれ
たもの』を【書かれている】ように読む」ことを求められているのか、「内容についてどう感じ・どう思うか」を求めら
れているのか、其々の要求に対してどのように読み、どのように答えるべきなのか判断できない。それどころか、
その違いを認識することすら出来ないということです。更にいえば、教育し出題する側さえも、この生徒の混乱と
その要因を認識していないのではないでしょうか。

このような現状が、今の国語教育に於ける教師と生徒の「読解」に対する共通認識を妨げ混乱(例>>179)させる要
因となり、結果的に「目的に沿った読解」という【技術】を習得することが出来ない(教師がマニュアルを理解できない)
ということに繋がっているのではないかと・・・ママンさんと国語さんのやり取りを拝見して・・・思いました。
312GEN:2006/06/09(金) 16:13:45 ID:Tg0Rmvfk
(続きです)
そう考えると、国語の授業でこの二つの「読み方」を分けて教える必要があるのではないかと思います。
読解の程度を測る時に、この内容についてどう感じた?どう思った?という感想を求め、そこから内容の理解度を
判断することってよくありますよね。それも小説や紀行文、コラムや思想的なものには有効であると思います(私が
先に挙げた『批判的な読み・疑問を問う読み』には対応していると思います)。
でも、理科や数学の教科書やマニュアルなど、単に客観的事実としての情報を理解することが目的である文章読解
に関してはこの手は使えませんよね。この場合、文章の客観的構造を分析させることで対応するべきなのでしょう。
(先の>>179の設問は、後者の”文章の客観的構造を分析”の能力を測る目的でありながらも、登場人物の【心情】と
いう、前者の【感想】と混同する危険のある表現を設問の内容に含んでしまっているところに欠陥があるのでしょう。)
そういった意味では、実生活に於いて最も実用的な読解技術を、しっかりと分けて教育していないと言えるのではな
いでしょうか。

これらを考え合わせて〈小説や紀行文、コラムや思想的文章〉と、〈理科・数学の教科書、マニュアルの文章(論理パズ
ルなんかも良いんではないかな・・・クイズみたいで楽しいし。)〉とを個別に分け、それぞれ【異なった目的】の基に導き出し
た方法によって、個別の授業で教えるべきなのではないのか・・・という考えに到りました。
皆さんどう思われますか?
313GEN:2006/06/09(金) 16:21:16 ID:Tg0Rmvfk
>>310
>これをやったら覚えられるとか方向性をきちんと教えておくのと今みたいに何も教えておかないのとではぜんぜん違う。
面接君、驚いたことに同意見です。
314平下流:2006/06/09(金) 20:22:28 ID:vtscj1OP
>>310
>>307
そういうのをあげたらきりがない。今の学校のスタイルだと教えきれない。

そう思います。なのに何故、文学史のみは例外扱いで「当然」になるのですか?
315実習生さん:2006/06/09(金) 20:59:54 ID:FJd+wXbz
>>314
文学史もHP嫁になりますが。 歴史とか漫画でさらっとよめば普通の人は十分だと
考えている。 まず使わないし、1つ1つ覚えてもわすれるし時間がかかる。
頭にもやもやと残す程度で十分。

>>313
これが同意できるなら他のも同意できるでしょう
316ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 21:32:11 ID:sIQUbeNg
>>307
申し訳ないけど、トリセツって何のこと?初めて聞いた。

日本語の歴史を学ぶ際に、いくらなんでも全ての【書かれたもの】を扱うわけにはいかんでしょ。
チラシや新聞も含んだ【書かれたもの】の中で、一番権威があるのが文学なわけ。
辞書の用例にチラシの文章が採用されないのはなぜか考えてごらんよ。
以前も書いたけど、文学史というのは民族アイデンティティ発揚の役割も持ってる。
チラシ史に同様のインパクトはねーでしょ。
317GEN:2006/06/09(金) 21:45:27 ID:Tg0Rmvfk
取り扱い説明書のことですよ。略してトリセツ。
318ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 21:56:52 ID:sIQUbeNg
>>311 GENさん
私は国語の問題(=テスト)の現状について説明しているだけで、国語教育全般について
話をしているわけではないよ。>>296のような疑問があると思ってます。

例えば感想文で【感想】を書かせながら、一方で小論文のような説得力ある【論述】を要求
するような現状がありますが、それぞれの作文方法をほとんど指導していないため、どちらも
ろくにできないという悲劇的な状況になってるのではないかな。

以前も触れたけど、私の考えでは日本語と日本文学は別の授業にすればよいと思いますよ。
日本語(文法、表現、読解、小論文)
日本文学(鑑賞、文学史、感想文)

この際、文学作品(よくも悪くも、日本語の文章の代表という位置づけがされている)を日本語
の教材に使うのも問題ないでしょう。
319実習生さん:2006/06/09(金) 22:05:03 ID:z0j3a1fI
>>318
>日本語(文法、表現、読解、小論文)
>日本文学(鑑賞、文学史、感想文)
比率はどれくらい?日本語:日本文学
320ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 22:05:17 ID:sIQUbeNg
>>317
あ、そういうことですか。どうもです。
取扱説明書史という研究があったら文化史として面白いと思いますねー。
321平下流:2006/06/09(金) 22:30:47 ID:vtscj1OP
>>320
そうです。文学史は文化史です。
国語と直接関係の無い文化史です。
何故、文化史の中で文学史だけが{当然」となるのでしょう。
322ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 22:33:25 ID:sIQUbeNg
じゃあ日本語の歴史をどう教えるんですか。
323平下流:2006/06/09(金) 22:56:38 ID:vtscj1OP
>>322
じゃあ、どう教えるか、の前に肝心なことは、無批判に「当然」とせずに、
言葉の歴史=言語史と、言葉を使って作られた(ものの内のあくまでも一つである)文学作品の歴史=文学史とは、明らかに別物であるという事実認識ではないですか。
324ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 23:01:21 ID:sIQUbeNg
>>319
最初は日本語の比率が多い方がいいべ。

日本語と日本文学を分けようというのは、単に学校での混乱を抑止しようとかそういうことだけではなく、
「自己主張」の場を明確に設けることに意義があると思う。現状では、読解偏重ばかりで自己主張の
機会がきわめて少ない。これは、受身のマニュアル人間増産につながっていると思いますよ、冗談でなく。

以下仮説:
自己主張をしないというのは日本人の美徳でもなんでもなく、人為的に作られているもののような気が
する。学校の成績は自己主張とまったく関係ないし、逆に自己主張すると目立って薮蛇になるという
ような状況で教育を受ければ、求められていることを理解しそれにふさわしい反応をする能力ばかりが
身につくことになる。英語を読むことはなんとかできても、初歩の会話すら満足にできないという英語教
育の現状は、国語の状況とまさしくパラレルな関係にある。

国語と英語という、言語を扱う両教科のこの現状は、単に偶然の一致ではなくどちらも読解偏重に
よる弊害だという点で深刻なんでないかと思う。特に今の英語教育は、外国語教育として明らかに
不適切な形で進められていて本当にどーしようもない。

こういう日本人が育つことで得するのは、権力機関でしょ。政治や社会に興味も関心もなく、自己
主張をしない傾向を持つ国民ほど操作しやすい国民はない。全てを国語教育に還元するつもりは
ないし、フランスの母国語教育がどうかも知らんけど、例えばフランスで起きたような学生運動は日本
で起こらねーと思いますよ。
325ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 23:09:24 ID:sIQUbeNg
>>323
あれれ、言語の歴史=その言語で「書かれたもの」の歴史でしょ(昔に録音機器はないから)。
君の言う「言葉を使って作られた」ものから抽出されるのが言語史じゃねーの。
だったら、当然のことながら文学史=言語史(の中のひとつ)でしょ。

多くの言語史の中から、一番権威がある文章だから文学史を取り上げるわけです。
なぜそれが当然じゃないんですか。チラシ史やトリセツ史の方がいいんですか?
326GEN:2006/06/09(金) 23:10:09 ID:Tg0Rmvfk
>>318ママンさん
>私は国語の問題(=テスト)の現状について説明しているだけで、国語教育全般について
>話をしているわけではないよ。

あ、そりゃそうですよね失礼。実はママンさんの>>296のコメントを読んで考えがまとまったのですよ。

>以前も触れたけど、日本語と日本文学は別の授業にすればよいと思いますよ
そうでしたね。その時は>>311で述べた視点を私自身持ち得ていなかったので、主旨を捉え切れませんでした。
文章を理解し「知ること」は出来ても、意見の内容に対して問題意識(見解と疑問)を持っていなければ、正しく「理解」できない
ってことを自で行ってしまいましたね。これはマニュアルや理・数の教科書を読んで「理解」する上でも必要なことですね。
文章の構造分析によって、文章を理解できたとしても、そこで示す内容を理解する為には、当該内容に対する疑問・好奇心や
必要性を感じていなければ、正しく理解することも出来ないでしょう。

そう考えると、国語教育の目的として、「読解力」の育成を”内容理解の伴う文章理解”と捉えた場合、単に教材と授業を分けるだけ
ではなく、しっかり分けた上での関連付けを上手くしていかなければ、その目的を果たせないということになるのでしょうかね。
327平下流:2006/06/09(金) 23:15:18 ID:vtscj1OP
>>325
>言語の歴史=その言語で「書かれたもの」の歴史でしょ

その言語で「書かれたもの」の歴史 は「言語文化史」
言語そのものの歴史が「言語史」

誰か言語史を勉強した人、いませんか。
328ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/09(金) 23:34:48 ID:sIQUbeNg
言語そのものの歴史というのは国語史のことですか?
例えば昔のハ行はファ行だったとか、蜆縮涼鼓集とか仮名文字遣とか、表記・発音の歴史
や文法の変遷をやるんですか。

君は私が>>286で言語の歴史と言ったことにひっかかっているの?
確かに厳密な意味では言語の歴史=上記のような国語史になるかもね。失礼。
しかし現状では、例えば文語文法を学ぶだけで終わりではなく、その使用形態である古典
文学を読解するということになっとるよ。
329平下流:2006/06/09(金) 23:58:45 ID:vtscj1OP
>>328
>言語そのものの歴史というのは国語史のことですか?
例えば昔のハ行はファ行だったとか、蜆縮涼鼓集とか仮名文字遣とか、表記・発音の歴史
や文法の変遷をやるんですか。

概ね、そういうことを言っています。


> 君は私が>>286で言語の歴史と言ったことにひっかかっているの?

ひっかかってるのは、言語の歴史にではなく
>言語芸術としての文学について勉強したらおかしいのですか
とのところです。


>しかし現状では、例えば文語文法を学ぶだけで終わりではなく、その使用形態である古典
文学を読解するということになっとるよ。

そうなると、話がややこしくなるので、以前に次の質問をしたわけです。

148 :平下流 :2006/05/31(水) 02:04:30 ID:IMzVLOam
質問 このスレの主題は、如何に学習指導要領に忠実に教えるかということですか。
330GEN:2006/06/10(土) 00:19:44 ID:UDjMLwBa
平下流さん、横レス失礼します。
>如何に学習指導要領に忠実に教えるかということですか。

結局、学習指導要領に示される目標に沿って、如何に教えるかべきかということでしょうかね。
少なくとも私は学習指導要領に示される学年別の目標を、全否定する見解を持っていませんので。

本題での議論を期待しています。
331ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/10(土) 00:20:52 ID:KcLcZxBz
>>299 国語
>n次の行列式がn次元空間での符号を持った体積の意味で幾何学的な関連付けがなされます

すげー。こう説明されてもよくわからんので恥ずかしいけど、とにかくこういう形で説明をしてくれる
先生はいなかったなあ。ところでひとつ質問ですが、無限や虚数みたいなのも自然の記述なんですか。
332ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/10(土) 00:21:31 ID:KcLcZxBz
あ、国語「さん」が抜けちゃった
333GEN:2006/06/10(土) 00:26:59 ID:UDjMLwBa
私も「自然の記述」に関して興味があります。
数字・数式というものと自然言語とは、同一の「自然の記述」という認識で括れないものではないかという疑問があります。
334実習生さん:2006/06/10(土) 00:45:24 ID:yxcJ8MGg
>>306
コンテクストを無視した、というよりあえて切り離すことでしか問題となりえない
設定を捏造しての反論ですね。ま、あまり大したことは言ってない。

ホーキングの愛弟子を自称するガチガチの理系である和田純夫は言う。
『20世紀の自然観革命』(朝日選書)pp.138-
「コペンハーゲン解釈をとれば、・・・(中略)。つまり量子論は、決定論ではないことになる。
しかし、・・・(中略)・・・多世界解釈に従えば、・・・・(中略)・・・。この立場では、
量子論は決定論であると考えていいだろう。」

ここで重要なのは、異なった立場(解釈)によっているということ。
物理学が解釈や立場に依拠するものであるということ自体、一般的な理解では
決定論とは見なせないということだ。

なお、和田は典型的な理系馬鹿だから殊更デカルトを辱め、ニュートンを称揚する。
その理由は前者が哲学者だからであり、後者が科学者であるということである。

ニュートンが一番精力を注いだ錬金術は瑣末であるとしてのことだ。
デカルトが数学者であって科学者であったという事実さえ知らないようだ。
335実習生さん:2006/06/10(土) 00:46:24 ID:yxcJ8MGg
なお、重要なのは先の引用に続く部分だ。
「もちろん、どのような解釈を採用するにしても、人間が観測結果を予測できない
という事実には変わりない。ただ、その事実をどのように解釈するかが異なる。」

このような言説によって、理論物理学は(一般的な理解による)決定論を否定した
ということだ。もう一度言う。立場によってだけ根拠付けられる決定論とは決定論
ではない。コペンハーゲン解釈の立場による決定論とは「確率的にしか予測できない」
決定論に他ならない。このことを考慮し、私の発言の文脈を精査すれば何も訂正
するべき箇所はない。

驚くべきことに、和田はこのあたりを論じるのにカントの認識論には一切言及しない。
お粗末の極みである。観測(観察)と対象の問題が量子力学の核心をなしている
にもかかわらずだ。なお、和田を引用したのはガチガチの理系でも・・ということだ。
和田はクーン流の相対主義から「科学」の営為を救い出し、再び普遍と絶対と連続を
与えることにご執心なようだ。そんな和田だからこそ登場を願ったという次第である。

当方の理解は例えば、
『量子力学のイデオロギー』(佐藤文隆、青土社)などに負うている。
佐藤くらい読んでから発言した方がいいと思うけど。彼が、「イデオロギー」
という用語を使用したこと自体の意味を考えるべきだ。(佐藤は尊敬できる科学者です)
336実習生さん:2006/06/10(土) 00:48:41 ID:u7gxJIiN
337実習生さん:2006/06/10(土) 00:50:04 ID:u7gxJIiN
>>334
だいぶ勉強しましたね。
338実習生さん:2006/06/10(土) 00:52:12 ID:u7gxJIiN
>>330
全否定でなければ、部分否定は無視するのですか?
339:2006/06/10(土) 00:54:08 ID:u7gxJIiN
340実習生さん:2006/06/10(土) 00:59:28 ID:yxcJ8MGg
あえてネットからww

「現在科学では「ラプラスの悪魔」の存在は量子力学の登場により否定
されています。ハイゼンベルクの不確定性原理によると、素粒子の正確な
位置と速度を同時に決定する事は不可能で、確率的な挙動をするため、
「ラプラスの悪魔」もこれを正確に予測する事は出来ないとさています。
(但し、アインシュタインを始め現在でも量子力学が示す世界観に異を唱え、
決定論的世界観を支持する学者も居ます。)」

☆ アインシュタインの「神はサイコロを振らない」は有名ですね。
  しかし、笑えます。「神がサイコロを振る」のが(決定論的)科学なのか?w
  神学的予定調和にイメージ的に頼っていてはいけないよ、ガチなら。

  彼は晩年神秘主義に陥ったのは当然のことだったんでしょう。
341GEN:2006/06/10(土) 01:00:25 ID:UDjMLwBa
否定の箇所とその理由が明確に出来ないでいます。部分をはっきりと否定する為には、全体構造(目的)の把握が先ず必要だと思います。
342GEN:2006/06/10(土) 01:03:23 ID:UDjMLwBa
>「神がサイコロを振る」のが(決定論的)科学なのか?w
「神はサイコロを振らない」の意味は「神はサイコロを使わない」といういみですよ。
343実習生さん:2006/06/10(土) 01:15:23 ID:yxcJ8MGg
>>1
読解とは世界の読解です。
理解とは世界知識が可能とさせます。

スレ主なら、もう少しキッチリと行司さばきをお願いしたい。
あまりにも鈍い発言が多すぎますよ。例えば、

>しかし現状では、例えば文語文法を学ぶだけで終わりではなく、その使用形態である
>古典文学を読解するということになっとるよ。(>>328

文法は言語使用から事後的に遡行されて見出されるということが無視されているのが
気になります。ここでの文法がチョムスキー的な意味だとは理解しがたい。

>国語の勉強は英語で

そのそも英語によって止揚させたいのなら、「日本語」にして欲しい。
気になって仕方がない。どうでもいいことにウダウダ言ってるが肝心なことには
鈍すぎます。

広義においても、この二項対立は引っかかる。

>ご指摘のとおり行列は高度に抽象的です。でも人間が自然法則から抽象したものです。(>>299

数学という学問が飛躍したのは、そのような自然から呪縛から解放されたからですね。
公理でさえも自然には根拠付けられないというというのが(現代)数学の立場です。
逆に、そのような自然とは無縁な演繹形式体系が後で自然の記述に使うことができたと
見出されるのです。
344実習生さん:2006/06/10(土) 01:18:18 ID:yxcJ8MGg
>>342
もう少し読解力が必要です。
ポイントは「神」です。振るか使うかは全くどうでもいい。

超越論的な外部のアナロジーで量子力学の確率論を否定する無邪気さ
を指摘したのです。
345GEN:2006/06/10(土) 01:20:11 ID:UDjMLwBa
では正しくは「神はサイコロを使わない」のが(決定論的)科学なのか?w
と表現するべきでしたね。
346実習生さん:2006/06/10(土) 01:22:06 ID:yxcJ8MGg
>>345
あなたのこだわりが理解できません。すいません。。
347実習生さん:2006/06/10(土) 01:26:45 ID:yxcJ8MGg
アインシュタイン 神はサイコロを振らない(1926年12月にマックス・ボルンへの手紙にある記述、

"He does not throw dice"
348GEN:2006/06/10(土) 01:30:55 ID:UDjMLwBa
>>344
>超越論的な外部のアナロジーで量子力学の確率論を否定する無邪気さ
>を指摘したのです。

アインシュタインは決してこのような根拠や願望によって量子力学の確率論を否定した訳ではありませんよ。
ソベール会議においてのハイゼンベルグを中心とした量子論側との壮絶な議論が展開できたのも、量子論を最も理解し
その「穴」を正確に指摘することが出来たからです。
このソベール会議の議論によって、量子論の論理性は更に強固なものになったのだと思いますよ。
ハイゼンベルグ自身、アインシュタインほど量子論を理解している者は他にはいないだろうという意味のコメントしていますよね。
349実習生さん:2006/06/10(土) 01:36:50 ID:yxcJ8MGg
客観的に自然が存在し、それを主体が認識し言語で記述するという立場を
当然と見なして議論するのも理解できない。

カントから復習するべき。
350GEN:2006/06/10(土) 01:42:44 ID:UDjMLwBa
>客観的に自然が存在し、それを主体が認識し言語で記述するという立場を
>当然と見なして議論するのも理解できない。

そんな立場で議論している人ってここにいます?
言語に関していえばカントではなくソシュールやヴィトケンシュタインではないの?
カント好きですけどね。
351実習生さん:2006/06/10(土) 01:52:04 ID:yxcJ8MGg
>>348
>アインシュタインは決してこのような根拠や願望によって量子力学の
>確率論を否定した訳ではありませんよ。

そっかなー。

ハイゼンベルグの賛辞は、アインシュタインへのリップサービスもあるでしょう。
ま、ボーアなども含めて最初から喧々諤々の議論が今にまで続いているという
こと自体が何か示唆させるということです。

そして、それらを収斂させるものが解釈であったり立場であったりするということが
興味深いということです、個人的には。
352GEN:2006/06/10(土) 01:58:26 ID:UDjMLwBa
同じく。興味深いですね。
でもこのスレでは、そういったことは思想的背景とするに留め、議論の本題に具体論として反映させるべきではないでしょうか。
まあ楽しいですけどね。
353実習生さん:2006/06/10(土) 01:58:34 ID:yxcJ8MGg
追記、あるいは敷衍

>>306の反論のポイントは「計算できるものは決定しうる」という立場ということですね。
しかし、そもそも計算は大きな捨象が前提されているわけです。少なくとも自然の記述に
使われたのなら。

なお、「『わかる』とはなにか」(岩波新書、長尾真)は面白い。著者は工学部長から
京大総長になった人。彼はわかっている人ですね。
354GEN:2006/06/10(土) 02:02:47 ID:UDjMLwBa
お?>「『わかる』とはなにか」(岩波新書、長尾真)は面白い。
私の持論を携えて批判的に読んでみたいですねえ。
勉強になりそう。早速アマゾン。
355実習生さん:2006/06/10(土) 02:09:30 ID:nHQHpfA8
長尾氏は総長職をすでに勇退なさっていますね。
京都大学の校風をアリストテレスにたとえられたんじゃなかったかな。
356実習生さん:2006/06/10(土) 02:10:10 ID:yxcJ8MGg
>>350
ソシュールはあんまり関係ないと思います。
ウィトゲンシュタインは転向者であるから面白いんですね。

転向者と言えば、ロラン・バルトの読解は参考にすべきです。
何を読むのか。意味の起源とは。オリジナリティの理論的否定=引用の織物。

そういう先人に少しでも敬意を払えば、もう少し慎重になるべきだと思います。
いろいろな学問分野の名前が挙がっていたから、ちょっと口出ししました。

>>352 の発言は空気への穏当な配慮を感じます。あなたの真意をよーく分かって
発言していました。だから、一層たちが悪いんですが。。。。では、また。
357実習生さん:2006/06/10(土) 02:17:32 ID:yxcJ8MGg
>>354
はい、あのような視線を「国語」教育にも注ぐべきでしょうね。

>>355
長尾さんや佐藤さんのようなガチ理系のように思われる人が、実は
目からウロコのようなことを仰います。湯川さんも同じような芳しさを
持っていたように思います。自らが校風であったのでしょう。
358GEN:2006/06/10(土) 02:24:36 ID:UDjMLwBa
>長尾さんや佐藤さんのようなガチ理系のように思われる人が、実は
>目からウロコのようなことを仰います。

ほんとですね。私の頭では数式を理解することなど出来ないけど、理系からはかなり学び取るところがありました。
佐藤さんは凄い人(あたりまえですが)ですよね。私も数冊読みましたよ。

おやすみなさい。
359国語の勉強は英語で:2006/06/10(土) 03:03:41 ID:CK1UwRyb
>331 アマンさん
>ところでひとつ質問ですが、無限や虚数みたいなのも自然の記述なんですか。

虚数は自然の根源的な存在構造だと主張します。虚数は単なる二次方程式の根ではありま
せん。具体的には時間の存在と絡んでいます。波動方程式など、時間については自乗する
と -1 になる性質が物理の多くの箇所で出てきます。だからこそ一見では辻褄あわせにす
ぎないような複素数が現実世界の多くを記述するのに使えています。無限には言及する能
力はありません。

自分でも好きな話なので、おだてられると詳しくも書いてみたいのですが、ここではスレ
違いになりすぎると考えます。ここらで止めときましょう。
360国語の勉強は英語で:2006/06/10(土) 03:05:02 ID:CK1UwRyb
>>334 猫さん
>コンテクストを無視した、というよりあえて切り離すことでしか問題となりえない
>設定を捏造しての反論ですね。ま、あまり大したことは言ってない。

猫さんは Shroedinger 方程式を自分で解けません。Shroedinger 方程式が決定論である。
すなわち一つの結果しか導かないことを解っていません。だから Shroedinger 方程式だ
けでは Laplace の悪魔が否定されていないことに矛盾を感じていません。出版された本
に量子力学によって Laplace の悪魔が否定されたと書いてあるだけで納得できるのでし
ょう。

でも思想家と称する方の現代物理学の解釈なぞ、あなた自身の現代物理の解釈と同じレベ
ルです。自分で方程式と格闘したこともないくせに、他人が書いたり話したりした感想を
もったいぶった言葉で受け売りしているにすぎません。猫さんの主張の最後にも「・・・
と本に書いてある」と付けるべきです。

猫さんが多くの本を読んでいるのは判ります。でも、それらに書いてある内容と格闘して
きたとは思えません。結論だけを暗記して、もったいぶった言葉を振り回しているだけで
す。素人は騙せても、少し解っているものからすれば言葉をひけらかしているだけだと看
做されます。説得力がありません。

事実を抽象的に扱った理論体系は 100% の理解を目指して読解していくべきです。哲学や
思想の世界でも 100% の理解を目指して読解を積み重ねていくべきです。でも内容が難し
すぎます。そこに誤訳・誤読が重なってきます。そこで 100% 理解の読解を積み上げるの
ではなく、結論だけを暗記して再生産する輩が出てきます。それでも尤もらしく振舞える
てしまいます。猫さんも、その末席にいます。

私は たいしたことを言っていません。でも自分で格闘しながら理解を積み上げた結果を
元に書いています。他人の受け売りの言葉を羅列していません。猫さんとの これ以上の
遣り取りは止めます。言葉遊びをする気はありませんから。
361実習生さん:2006/06/10(土) 04:37:35 ID:u7gxJIiN
わー!ややこしくなってきたなー’
362国語の勉強は英語で:2006/06/10(土) 06:04:17 ID:CK1UwRyb
私が猫さんの主張を「受け売り/言葉遊び」だと決め付けるのは具象に裏付けられた抽象
認識ではないからです。抽象段階の言葉だけが独り歩きしているからです。抽象を具体の
世界まで戻して 100% 読解・理解していく積みあげ過程を経ていないからです。

私は >>306 で下のように具体的に主張しました。

>Shroedinger 方程式は決定論です。理論物理を分かった風な口ぶりですな。本当に分かっ
>ているのですか。Shroedinger 方程式は決定論だが、Laplace の悪魔は古典論からは思い
>もよらない形で否定されている。


これに対し猫さんは >>334 のように言います。

>コンテクストを無視した、というよりあえて切り離すことでしか問題となりえない
>設定を捏造しての反論ですね。ま、あまり大したことは言ってない。
>ホーキングの愛弟子を自称するガチガチの理系である和田純夫は言う。


具体的な Shroedinger 方程式での議論を避けて、言葉遊びの世界に留まります。量子力
学と格闘して理解した人間ならば、Shroedinger 方程式での具体的な議論に移ってきます。
互いに話を絞って明確にしあおうとします。それを他人の本の引用で反論する愚かしさで
す。自分の言葉での反論さえも避けています。猫さんは具体的な Shroedinger 方程式レ
ベルでの議論に移れません。これより猫さんには Shroedinger 方程式を自分で解く能力
の無いことが判ります。具象での裏付けのない言葉遊びの思想であることが判ります。

思想の世界では、100% 理解することを放棄して、他人の結論だけを丸暗記して言葉遊び
をしている輩が多く存在します。それで本を出版しているもの、それなりの名声を得てい
るものさえいます。でも今回のように抽象の世界に対する具体例を論じられるか否かで簡
単に口先だけであることが判別できます。高尚そうに見える言葉だけの思想に騙されない
でください。
363実習生さん:2006/06/10(土) 09:42:10 ID:u7gxJIiN
どっちが正しいのか判らないけど、こことは関係ないんじゃない、
364ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/10(土) 11:05:16 ID:KcLcZxBz
>>295 ネコ
「西田」「宣長」「ストロース」「ポランニー」「石原」などの固有名詞をちりばめてそれらの【権威】に
すがらないと何も言えないのは相変わらずだね。「パッチワーク」や「つぎはぎ」をしてんのはお前の方
じゃねーの。あほ草。

私をスレ主と思っているようだから言わせてもらうが、スレタイと関係ないどーでもいい誰かの説の紹介
はいいから、国語教育についてのお前の考えを述べろや。考え何もないの?
365ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/10(土) 11:06:10 ID:KcLcZxBz
>>362 国語さん
まあ、自分の言葉で語れない者をまともに相手にすることはありませんよ。

ところで、>>290などでの小説=虚構論ですが、「真実」に到達し得ないという意味では、物理や
化学、政治、宗教なども全て虚構でしょ。それらの学問は具体的な「自然」に立脚していると言うけど、
昔は現実性を帯びていた「神」「天動説」「エーテル」「フロギストン」などは今では虚構扱い。しかし、今
からパラダイム転換や新発見が起こって「ビッグバン」や「クォーク」が虚構とされる可能性も十分あるわけ
で、結局これらの分野の言説はあるひとつのものの見方、考え方を提示している「物語」にすぎない。
「自然」との結びつきはそれほど強くはねーのですよ。

このようなことを厳しく前提した上で、さらに小説はそれらの諸「物語」とは違って「自然」に立脚する可能
性はあり得ないと言わなくてはならんでしょう。しかし、逆にそれだからこそ、小説・文学は他の分野と違って
「真実」への志向性を持たず、言語規範からも逸脱しながら、新たな独自の表現世界を獲得していると
評価してもいいのでは?時として文学が、他の学問よりも雄弁にあるひとつのものの考え方を示すことだって
あるわけですから。
366国語の勉強は英語で:2006/06/10(土) 13:22:31 ID:Zvj1Dhtr
>>365 >「自然」との結びつきはそれほど強くはねーのですよ。

アマンさんは> >289 で 「>>2856 ピタゴラスの定理」の例示に対し下の表現の拙さを指摘しました。
>しかし、例えば「斜辺上に立つ正方形」と言われても普通は何のことかわかりませんよ。

数学という互いに共通で単純な客観的存在対象を表現するときは、このように拙い表現能
力でも誤りを補正しあいながら、誤り無く情報の交換ができます。この意味で客観的対象、
自然との結びつきは強烈です。言語表現に誤りや矛盾があれば、それは直ぐに露呈します。

>小説はそれらの諸「物語」とは違って「自然」に立脚する可能
>性はあり得ないと言わなくてはならんでしょう。しかし、逆にそれだからこそ、小説・文学は他の分野と違って
>「真実」への志向性を持たず、言語規範からも逸脱しながら、新たな独自の表現世界を獲得していると
>評価してもいいのでは?

同意します。逆に言葉だけの世界だからこそ、優れた言語感性が要求されます。「斜辺上
に立つ正方形」などの拙い表現を繰り返していては読者は読み続けてくれません。優れた
言語感覚の小説家の作品ならば、虚構だからこそ若い生徒たちの言語感性を磨く手段に使
えると思います。

その前提として生徒たちが自分の言語感覚の拙さを自覚していなければなりません。生徒
の拙い言語表現で他者に情報を伝えるもどかしさを思い知っていれば、優れた小説家の言
語表現を自分のものにもしようとするはずです。そのためには、前もって作文と その添
削により生徒自身の言語表現が拙いことを自覚をさせておかねばなりません。そんなこと
は実践されていません。

現実には多数の国語教師の側にも言語感覚の鋭さがありません。小説家の言語表現の優れ
たところを指摘するためには、生徒の拙い表現を対比させねばなりません。「斜辺上に立
つ正方形」などと対比するものの提示が必要です。これが可能な国語教師がどれ程いるの
でしょうか。私は そのような授業を受けたことがありません。教師向けの指導書を板書
しているだけでは、小説が優れていても言語感性の磨き上げなど不可能でしょう。
367国語の勉強は英語で:2006/06/10(土) 13:23:12 ID:Zvj1Dhtr
>>365 続き

言語感性を磨くのに小説を使うのは理解できますが、それを読解技法の訓練や評価に使う
のは馬鹿げていると主張します。

100% 読解の積み上げを繰り返していくときは小説とは異なった読み方をします。私は文
章と格闘している感じがします。知らない単語や表現に出会えば、直ぐに辞書を引きます。
知らないままに文章との格闘を続けるより、ずっと楽だからです。文章の意味が理解でき
なければ具体例に引き戻って考えて見ます。至る所で書き込みが入ります。小説では筋を
追うほうを優先します。書き込みなど殆どありません。

本来は論説文が、100% 読解技法の訓練や評価の役目を受け持つはずです。でも多くの国
語教師が論説文と小説の読み方を区別して教えていません。抽象的な論説文よりもコンピ
ュータや数学という具体的対象があるコンピュータマニュアルや数学書のほうがずっと単
純な読解です。その単純な読解でさえ生徒と同じレベルの読解力しかない国語教師が、よ
り程度の高い論説文の読解を教えることなどできるはずもありせん。ここでも多くが教師
向けの指導書を板書しているだけです。現実には何も教えていないと主張します。

368実習生さん:2006/06/10(土) 16:40:46 ID:vCAlwtrh
ディベートって何の意味があるんですか?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1128937220/
論理ができないやつを議論で負かすには?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1148229635/
369実習生さん:2006/06/10(土) 17:09:17 ID:6MZ4ZWVy
>>367
>コンピュータマニュアルや数学書のほうがずっと単純な読解です。

マニュアル書いてる人がクソだと、それがそうならない。
それが国語力です。

>その単純な読解でさえ生徒と同じレベルの読解力しかない国語教師
いいたいのここだけでしょ?
370実習生さん:2006/06/10(土) 17:16:46 ID:lz2lyR4M
>>367
あなたの学生時代の国語の成績は?
また、大学入試センター試験200点満点でどのくらいの得点?
371実習生さん:2006/06/10(土) 19:56:10 ID:u7gxJIiN
まあまあ、みんな落ち着いて。
372国語にディベート入れるの無理だ・・:2006/06/10(土) 20:56:27 ID:vCAlwtrh
347 公共放送名無しさん New! 2006/06/10(土) 20:44:54.74 ID:6kJ3Smff
なんで左翼の人ってマナーに沿った議論ができないの?

389 公共放送名無しさん sage New! 2006/06/10(土) 20:47:01.83 ID:hELrkftK
>>347
論理的ディベートをして勝てないのを知ってるから
だから、感情的発言でその場を乗り切るとともに
根拠のない感情論で同情を煽ろうとしてる。

ある意味、見事なディベートテクニックだと思う

404 公共放送名無しさん sage New! 2006/06/10(土) 20:48:16.20 ID:OYjgNbUb
>>389
それって日本だからこそ成り立つテクニックなのかなぁ・・ってオモタ
半島とかはともかwく欧米あたりだと通用しなさそう。

409 公共放送名無しさん New! 2006/06/10(土) 20:48:40.37 ID:X/5fcG8C
>>404
なんで日本でしか通用しないんだろう。

427 公共放送名無しさん sage New! 2006/06/10(土) 20:49:51.94 ID:A5UoupBX
>>409
欧米では学校でディベート訓練してるから
373実習生さん:2006/06/10(土) 21:13:21 ID:u7gxJIiN
>>372
何かスレ間違えてますね。
374平下流:2006/06/11(日) 00:14:20 ID:zjMmjNtv
>>328 >>330
私がこだわるのは、国語と文学との癒着です。
例えば、
文学が嫌いで、物理学が好きで物理学部をでた国語教師と
物理学が嫌いで、文学が好きで文学部をでた国語教師と
どちらが、国語教師として相応しいか、少なくとも害がないかです。
375実習生さん:2006/06/11(日) 00:47:44 ID:aS/elk2D
>>360
はっきりさせておきましょう。
私が噛み付くのは一つの釣りです。食いつき方とその後の展開で本質が分かります。
馬鹿の壁。分かる人には分かるものです。あまり上品で賢明な方法論ではないですが、
結果として弁別できているから満足しています。

みーんな、見ていますよ。おもねる必要なんか全くない。頑張ってくださいね♪

>具体的な Shroedinger 方程式での議論を避けて、言葉遊びの世界に留まります。量子力
>学と格闘して理解した人間ならば、Shroedinger 方程式での具体的な議論に移ってきます。

そういう嘘を言ってはいけません。
なぜ、ガチ理系馬鹿の和田を引用したか、あなたは理解していない。そんな和田でさえも、
況や・・・

できるだけ丁寧にレスをしますから、よくご理解の上反論をお願いします。
言葉遊びなどという印象操作に拠らないで、徹底して論破してください。

あなたの信憑は、シュレディンガー方程式「そのもの」とは何の関係もありません。
それを巡る、すなわちメタレベルに立つ立場の問題です。方程式の解が一義的に
決定されるということとは「直接的には」関係ないのです。その方程式巡る=解釈する
『立場』の問題です。
すなわち、あなたは 多世界解釈 の立場に立っているにすぎないのです。それは一つの
イデオロギー、偏見と言えるものです。私は、そのような事態を表現するのに最も適切
なのが「信憑」だと考えています。本当は立場や解釈という(既に確立されている)ターム
よりも適切だと思います。
376実習生さん:2006/06/11(日) 00:59:49 ID:aS/elk2D
(続き)
あなたは自らの立場=信憑を多世界解釈だと前提させずに、あたかも公理のように扱いつつ
実は他の選択肢を巧妙に隠蔽します。

まずスタートに恣意的な決め付けがあり、そのような起源を隠蔽しかつ決め付け=信憑
を自明の公理のように扱い、なおかつその公理が自然から帰納される唯一無比のごとく
見なして議論する頭=心性を糞扱いしているわけです。

なぜ、コペンハーゲン解釈を否定(無視)できるのか説明してから支離滅裂な
意見を開陳されるのがいいでしょう。

あなたは、ここが国語スレだということで文系馬鹿ばかりだと思っているのでしょう。
こけおどしとハッタリでしかものを言ってないようで、残念です。決して、捨て台詞で
逃げないでくださいね♪ビッシとお願いします。

例の(ガチ理系馬鹿の)和田でさえも次のように言います。
「実は、量子論の解釈については、まだ完全な意見の一致ができているとはいえず、
量子論誕生の頃の主張の影響が残っていて、人間の意識の役割を重視するのは、
理論的な整合性もあるが、対象の客観的実在性という、近代科学の精神に最も
適合した考え方だからでもある。近代科学の精神なるものに合わせるため、むりやり
理論をねじ曲げるのはもちろん正しい態度ではないが、無理をせずそれが実現できる
としたら、心安らかになれるというものである。」(p.49)
377実習生さん:2006/06/11(日) 01:15:43 ID:aS/elk2D
上記の引用の訂正

「「実は、量子論の解釈については、まだ完全な意見の一致ができているとはいえず、
量子論誕生の頃の主張の影響が残っていて、人間の意識の役割を重視する人もいる。
第5章で私が、「多世界解釈」というある特定の立場の説を強調するのは、理論的な
整合性もあるが、対象の客観的実在性という、近代科学の精神に最も適合した考え方
だからでもある。近代科学の精神なるものに合わせるため、むりやり理論をねじ曲げる
のはもちろん正しい態度ではないが、無理をせずそれが実現できるとしたら、
心安らかになれるというものである。」(p.49)

和田は現代科学を近代科学との連続性に呪縛させたいという身勝手な情熱を持っており、
それはハッキリと言明している。そのような嗜好があるのだから、どのような立場を
選択するのが「>心安らか」なのかは明白なことでしょう。

最低限、和田程度の言い訳をしておくべきだと言いたいのです。『『国語』』さん

☆ 和田を引用し、また和田への修飾語句が非礼なものであるのは一種のレトリック
  であって、彼自身の業績を否定するものではありせん。しかし、彼は専門以外の
  理解は不十分です。科学哲学や認識論を語りながらクーン、ポパーあるいはカントを
  分かっているとは思えません。おそらく、彼の情熱(=科学の連続性・普遍性・絶対性)
  が邪魔をしているのでしょうが。

  しかしながら、多くの理系馬鹿はそのようなメタレベルを垣間見ることすらなく、
  論外であるのは言うまでもありません。その意味で、和田はまだ無邪気な良心を
  感じさせます。ある理論的立場を選ばせるのが「心安らか」という『『意識』』の
  問題にしている幼さに苦笑します。

  もちろん彼の矛盾を言いたいのですが。
378平下流:2006/06/11(日) 01:20:13 ID:zjMmjNtv
>>374の訂正
なんか生々しくなるので物理学を工学に訂正します。
379国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 01:25:35 ID:LlVkwZPN
>>375

>>具体的な Shroedinger 方程式での議論を避けて、言葉遊びの世界に留まります。量子力
>>学と格闘して理解した人間ならば、Shroedinger 方程式での具体的な議論に移ってきます。

>そういう嘘を言ってはいけません。

事実を述べているだけです。

>なぜ、ガチ理系馬鹿の和田を引用したか、あなたは理解していない。そんな和田でさえも、

貴方の意図など判る気もありません。

>できるだけ丁寧にレスをしますから、よくご理解の上反論をお願いします。
>言葉遊びなどという印象操作に拠らないで、徹底して論破してください。

言葉遊び、議論のための議論としか思えません。
380国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 01:26:13 ID:LlVkwZPN
>>375 猫続き
>あなたの信憑は、シュレディンガー方程式「そのもの」とは何の関係もありません。

「あなたの信憑」で何を言いたいのか判りません。解る人がいるとも思えませんが。ただ
し猫さんの現代物理の理解がブルーバックス レベルであることは判っています。それを
もったいぶった言葉で糊塗しているだけです。自分で方程式を弄くる事ができない人間の
現代物理学談義を聞く気はありません。

>それを巡る、すなわちメタレベルに立つ立場の問題です。方程式の解が一義的に
>決定されるということとは「直接的には」関係ないのです。その方程式巡る=解釈する


上の文章に続くパラグラフは、さらに私は理解できません。解釈のための努力をする気に
もなれません。たいしたことを言っているとも思えません。ですから、私には反論できま
せん。論破したいとも思いません。

今の私は哲学や思想に関わる事は人生の無駄遣いだと思っています。私をあざ笑いたけれ
ばどうぞ御自由に。
381平下流:2006/06/11(日) 01:30:30 ID:zjMmjNtv
どっちが国語教師として子供たちには相応しいんでしょうかね。
382実習生さん:2006/06/11(日) 01:38:55 ID:aS/elk2D
(続き)

あなたの隠蔽した問題点を掘り起こし、私の理解を私なりの表現で言えば
『関与(観測)を認めず、その意識も消滅させ、人間に死を宣告した時にだけ
決定論が成り立つ』ということの重大性に気付かないことが問題なのです。

主体(我々人間)とは無関係に対象が存在し、純粋に客観的に認識(認知、知覚、
観測・・)できるという素朴(粗雑)な立場こそを内部から揺るがすのが理論物理学
だと言いたかったのです。

カントはずーーーと昔に言ってたけど、哲学者の言ってることなんか見下していた(る)
自然科学プロパーがいまでも存在するのは悲しい。

☆ 量子論こそ読解(=解釈)に大いなる示唆を与えるから論じるに値するのです。

馬鹿が、理系的(=科学的!!)文章は100%の理解が可能だと妄言を吐くのも
和田と全く同じような誤謬に起因するのですね。

100%!!を強弁する本当の動機は「心安らか」だから笑える。
このような滑稽さを反復している人間になってないかい、『国語』さん♪
383実習生さん:2006/06/11(日) 01:39:10 ID:HjCsj67U
>今の私は哲学や思想に関わる事は人生の無駄遣いだと思っています。

悟った風を装わないで、はっきりとその理由を書いてもらいたいもんだね。
その理由が個人的なものだったら、笑っちゃうけどね。
384平下流:2006/06/11(日) 01:45:03 ID:zjMmjNtv
どっちにしろ、スレタイとは関係ないのでは。
385実習生さん:2006/06/11(日) 01:45:09 ID:aS/elk2D
>>380
>私をあざ笑いたければどうぞ御自由に。

当方が予言したような結末になりましたね。

>ブルーバックス レベル

あなたの国語あるいは日本語理解は新書レベルにもなっていませんw

>今の私は哲学や思想に関わる事は人生の無駄遣いだと思っています。

だんだん本音が出てきました。
ま、私の読解していた通りのお答えが著者からもたらされて満足です。

☆ 佐藤や和田は自然科学では一流ですよwwww
  馬鹿みたいに方程式を連呼しないで、先人に敬意を払うべきでしょう?
386実習生さん:2006/06/11(日) 01:50:53 ID:aS/elk2D
>>384
そういう妄言は止めた方がいいですよ。
解釈を最も真剣に詰めているのはどこなのかを知るべきです。

スレタイとは関係ないというのは口実であって、単に知的怠慢でしょ?
その態度が、日本の言語教育の問題を起こす大きな理由の一つなんです。
387実習生さん:2006/06/11(日) 02:01:52 ID:aS/elk2D
では、ガチ文系馬鹿路線で看過されるべきでない核心を一つ

>国語の勉強は英語で

このコテだけは、止めた方がいいです。
ここでそれを掲げるのは、粗雑過ぎて発言がすべて疑わしいものに
なってしまいます。「国語」ではなく、「日本語」にするべきです。

別宮貞徳が紹介していた話で、今でも意義深いと反芻しているんですが、

最初、日本の看護学校のカリキュラムはアメリカのそれを丸ごと真似したらしい。
で、アメリカのEnglishを英語にしたから看護学校は英語の授業が多かったとか。

これは国語と翻訳するべきものだったのでしょうね。
しかし、もっと重要なのはそういう国語っていう「イデオロギー」は日本に
特殊に誕生しているものだということです。アメリカには国語はおろか公用語さえも
ない。そういうことの意味を考えて論じるべきでしょう?

況や、「国語の勉強は英語で」・・・・

方程式だけ論じる方がいいかもしれません。
388平下流:2006/06/11(日) 02:04:18 ID:zjMmjNtv
>>386
トルストイがこんな話をしていました。
水車小屋の若者が、もっと良く粉を挽きたいと思い、
まず、水車の構造、材質の勉強をしました。
でも、水車は水で回ることに気付き今度は水の研究に励みました。

これに近いものを感じます。
どうなのかはここの住人に任せましょう。
389平下流:2006/06/11(日) 02:06:21 ID:zjMmjNtv
>>387
>「国語」ではなく、「日本語」
には賛成です。
390実習生さん:2006/06/11(日) 02:21:04 ID:aS/elk2D
>>388
兼好の「一の大事」ということでしょうね。
あなたの仰ることはよーく分かります。分かった上であえての狼藉です。
意図はお分かりになると思います。

>>374 の発言は非常に意味あるものですね。
私の破廉恥に紛れてしまったことをお許し下さい。
私もあなたの問いに対する展開には大変興味を持っています。

私が、理系馬鹿・文系馬鹿と表現しているのも同じような気持ちからです。
文学部はブルーバックスの量子力学くらい読むべきでしょうね。分かるかどうかは
関係ないと思います。自然科学やテクノロジーを倫理的に指弾するような態度を
取る国語教師はたいていコンプを隠し持っています。そこが問題ですね。

すり替えを読解にしているから、生徒には伝わらないのだと思います。

道徳を語る者は、それによって何かを明らかにしているのではなく、何か
自らにとって非常に困るものを隠そうとしていることが多いのですね。
391実習生さん:2006/06/11(日) 02:30:32 ID:aS/elk2D
>>388
あなたの発言はアナロジーです。私もよく使いまし、好きです。
しかし、それが理解の正しさを損ねるという指摘もあります。

実は量子力学などもよく使っているんですよね。
「シュレディンガーの猫」とか。

でも、慎重にしないと単なる印象操作になります。
ただし、政治プロバガンダや広告はこういうのを逆手に取っているということも
知っているべきですね。少しずつずらしていくアナロジーで最後は似て非なるもの
にするような手法には要注意ということです。
392平下流:2006/06/11(日) 02:40:56 ID:zjMmjNtv
>>391
そのような意図は有りません。
ただ、確率それに不確定性を持ち出したら、荷にもいえなくなってしまうことにもなります。
そこらへんは、曖昧でどうですかね。
393実習生さん:2006/06/11(日) 02:57:31 ID:aS/elk2D
>>392
いえいえ、私の発言が誤解を生むものだったようです。
あなたの発言の真意は正しく私に伝わっています。
一般論として、アナロジーの注意点を述べました。少々自戒の意味も込めて。

>そこらへんは、曖昧でどうですかね。

真意には同意します。ただ、私なりに敷衍させてください。
人間にとってハッキリできるもの、あるいはその程度を見極めた上で
問題を構成する要素にプライオリティを付けるべきだということですよね。

私が乱入したのは、むしろそのあたりが無秩序になっていたと思ったからです。
いろんな学問分野がトンデモな状態で出てきていたので、口出しした次第です。

あなたからママンさんに言ってあげて欲しいんですが。
皆さん度量があるというか、穏当というか・・、でも野放しはいけません。

あなたならお分かりになると思っての発言です。勝手なことを言って申し訳
ありません。
394GEN:2006/06/11(日) 03:27:01 ID:n6qcplNg
猫さん
>いろんな学問分野がトンデモな状態で出てきていたので、口出しした次第です。
もうそろそろ、猫さんが批判の的とされる国語さんの【国語教育についての】意見に対しての直接的な批判
が欲しいものです。そしてそれを解決する方法論を示唆していただけると非常に助かります。
国語さんだけではなく、私の【国語教育についての】意見にもママンさんの【国語教育についての】意見にも
ご意見いただけると非常に助かるのですが。

そしてこのスレで議論されている(た)、当該問題を構成する要素にプライオリティをを示していただき、それを
根拠に猫さん自身が導き出された【国語教育についての】見解を明らかにし、具体的方法論を提示していただ
けると、今後の議論に具体性が出て来るように思います。

お願いできませんでしょうか?
395287:2006/06/11(日) 03:56:22 ID:jW7ilJG4
>>299に反論しようとしたら、>>343の下四行に書いてあったw。

>>229さん、道具としての数学に慣れている様子なんだが
数学では1+1=2ですら証明の対象にするのですがな。それと、数学では
曖昧なものはないというのが前提で話をされていますが、そいつはちと
認識が違うんでないかな?確かに道具として使う分には曖昧な事はないのかもしれない。
しかし、数学は近代で一度危機に陥ったらしいですぜ。そいつを救ったのが
>>343の下四行に書かれているような話らしい。「らしい」という伝聞系で書いているのは
そんこところは複数の資料から調べた訳ではないから。

世間では「曖昧な所等無い」とされている数学ですらこのありさま。
そこから推測すると、他の分野には本当に曖昧さがなく100%のなどと言い切れるものが
あるのかいな?

ついでにもう一つ、100%に「近い」とあなたが言っている例には
すべてそれ相応の特殊な知識が必要である。国語の先生にすべてそれを背負わせる
ようなことが、果たして可能なのか?

ほんの一例であった「三平方の定理」。あれですら現在メジャーな教え方
つまり、あなたの言う所の「100%の読解」をさせる方法はすぐに
三通りぐらい思い浮かびますよ。国語の先生は、他に挙げられたたくさんの
例についても、いやほんの一部であっても、背負えるのですかいな?

396実習生さん:2006/06/11(日) 04:00:12 ID:9zVseyjQ
>>383
きっと悟ったゆえの結論じゃないだろうね。単純に、理解できないからだと思うよ。
>国語の教育は英語で
だんだん本音(ボロ)が出てきたな。
397GEN:2006/06/11(日) 04:33:59 ID:n6qcplNg
ママンさん、この流れって議論の為の議論ってやつですかね・・・。他者を潰す目的にしか見えません・・・。
398国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 05:22:57 ID:LlVkwZPN
>>385
>>387
>佐藤や和田は自然科学では一流ですよwwww
>馬鹿みたいに方程式を連呼しないで、先人に敬意を払うべきでしょう?

猫が理論現代物理学の話を持ち出して無意味な理屈をこね始めたのに対し、猫の理論物理
学はブルーバックスレベルにすぎないと言っていだけ。佐藤氏や和田氏については言及し
ていない。猫のように方程式も扱えないものが

>>300 理論物理学の示唆することは、そのような決定論の不可能性です。 いつの時代の理解でしょうか。

「決定論の不可能性」ように言葉だけ解った風な主張の無意味さを言っているだけ。こん
なことはブルーバックス レベルの人間が言うと、こけおどしでしかない。

ついでに、先の Laplace の悪魔の私の答えを書く。猫に理解できるとは思えないが。波
動関数には位相の不確定性が付きまとう。これは人間が測定できない。決められない。
Laplace 将来を完全に計算できたとしても、初期条件:位相が定められない。結果として
人間の意志が選択したのか、あらかじめ機械論的に決まっていたのか決められない。これ
が思いもかけない Laplace の悪魔の否定です。この話は貴方の好きな本には書いてない
でしょう。でも量子力学が解っている人間ならば否定できません。

「決定論の不可能性」の表現の無意味さ理解してもらえるでしょうか。
399国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 05:26:22 ID:LlVkwZPN
>>385 続き
>>国語の勉強は英語で
>このコテだけは、止めた方がいいです。
前にも書きましたが、再度書きます。

中学・高校の大部分の現代国語は読解力も表現力も教育していない。無意味だ。大学で論
文を書くときに高校時代の国語の教科書やノートを読みなおすのは馬鹿でしかない。

私は、文章を書く必要にせまられたとき様々の模索をした。日本の国語関係者の作文指導
書など一つも役にたたなかった。「日本語の作文技術」「理系の作文技術」倉島保美倉「
理系のための英語ライティング上達法」など非国語関係者のものしか役に立たなかった。

上の二人から writing が役にたつことを知らされた、下の URL を読んだ。日本語で此処
に指摘するほどの作文について書かれたものはない。句読点の話以外は、ここが日本語の
作文でも一番役立った。

 http://grammar.ccc.commnet.edu/grammar/

自分が人様に理解してもらために書く立場になってみると、私が教えられた国語教師には
国語の表現力も読解力もなかったことが判った。国語の試験なんて、読解力を測っていな
かった。

さきの >>179 「>どうして読解力がつかないんだろぉ・・・?? 」と悩む生徒:過去の自分に言いたい。
・現代国語なんて読解力も表現力も教育していない。
・大部分の国語教師にも国語の読解力/表現力なんて無い
国語の試験で点数をとりたければ、「出題者の意図を推測し、出題者の望む解答を当てる」
というゲーム」に徹しろ。本気で国語の表現力/読解力を付けたかったら、英語の勉強を
兼ねて上の URL を読んだほうが効率的だ。これは皮肉だけでなく現実だ。

この意味で、コテを変える気は無い。
400国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 05:34:39 ID:LlVkwZPN
>>395

>数学では
>曖昧なものはないというのが前提で話をされていますが、そいつはちと
>認識が違うんでないかな

「100% の理解を目指して読解を積み重ねていくべきです」といっています。文脈によっ
て「目指して」を省略していますが、理解してもらえる範疇だと考えています。

287 さんも猫に見えます。知識のひけらかし具合、議論のための議論の仕方が同じです。違いますか。
401287:2006/06/11(日) 08:22:50 ID:jW7ilJG4
>>400
私が猫さん?ありゃっ、それは違いますよ。議論のための議論になっていたらごめんね。
国語さんの「今の国語で扱っている文章は不適切である数学、法律、以下略のような
ものを扱うべきである」という話には反対なだけ。

ついでに言うと、私はある程度自分に知識がある分野しか書かないので、
哲学だのウィトなんとかとかいう名前は絶対にださないですw。

>>394
大工の源さん、ごめんね。せっかく>>394で書いてくれたのを
つぶすつもりはのではなく、リロードせずに>>395
書いてしまったのです。
402287:2006/06/11(日) 08:26:15 ID:jW7ilJG4
>>401
訂正「今の国語で扱っている文章は不適切である。数学、法律、以下略のような
ものを扱うべきである」

すまん。句読点は大切だwwww。
403実習生さん:2006/06/11(日) 08:34:25 ID:WDKHWg3Q
みなさん、猫の相手をしちゃいけません。
猫ってのはね、「可哀そうだった昔の自分」をせめて理屈の上で救おうとして、
本を濫読しているうちに、今の自分が台無しになっちゃったという人ですからね。

昔、「批評空間」って雑誌がありましてね、猫の出す話題ってのは、たいてい、この
雑誌に載ってたものなんだ。カントも本居宣長も猫は読んでないよ。全部、この雑誌
からの孫引きか、柄谷行人からのパクリ。
かつて入院だか蟄居(「引きこもり」ともいう)だかしてたときに、一生懸命読んだん
だろうね。

でさ、「批評空間」には毎号座談会があってさ、猫にしてみりゃカッコよく見えたん
だろうね。「俺も、ああいう話し方をしてみたい!」と思っちゃったわけよ。
で、いろんな掲示板が襲撃を受けることになったわけさ。
404実習生さん:2006/06/11(日) 08:34:57 ID:WDKHWg3Q
「そういうことは友達とやれよ!」と思うだろ?
でも、だめ。猫には友達はいないから。
だってさ、猫の話し方ってのは、例えば、誰かが釣りの話をしていたとして、
「釣りを語っていながら、釣りキチ三平に触れないのはなぜ?」
と、いきなり聞くようなスタイルだからね。
で、「知ってるけど今の話にとりあえず関係ないし…」というと、
「知らないくせに知っているかのように言うところが糞です。聞いてる人には
ちゃーんとわかっているんだwww」と来る。
で、英語君みたいにプライドが高い人だと「いや、知ってるって。昔の漫画だろ」
と答えちゃうわけだが、すると猫は
「やっと白状したな。お前は釣りキチ三平を隠蔽して釣りを語ってたんだ。それが
釣りというイデオロギーなのです」というのだよ。
だから、友達がいなくなっちゃうのも当然だよね。

その結果、猫が辿りついた結論は…   共 同 体 は 糞 だ!


というわけで、猫の相手をしちゃいけません。
むなしいだけですよ。
405きゅーじぅ:2006/06/11(日) 08:53:48 ID:KX0IEfDQ
↑あなたがいちばん相手しているようにも見えるが。
書かれたものとその背後にある実体という点では興味深いテキストといえないこともないかもしれない。

287さん
>>401,402
どういった意味で反対なのでしょうか、興味があります。

おいらは国語さんの目指す基本的な方向性は心情的には賛成です。
(「心情的には」という限定は、自分自身に賛成と言い切る知識や
経験に自信がないから)
個々の話になると、数学と法律の文章自体は反対です。数学は、数学で
やれ、という話になるし、法律は(憲法ぐらいにでっかいのはともかく)
意図が二重になっている場合が多いからその点でむつかしいと思うので。

国語さんのような意図のもと具体的なテキストを選定しようとすると
書かれた文章自体とその指示対象との関係が難しくなるところがやっかい
だと思います。
とはいえ今の国語教育が目指している大まかな方向性は、実は国語さんが
いっているような方向を向いているとも思います。
406実習生さん:2006/06/11(日) 09:41:18 ID:WDKHWg3Q
>405
なに、その取ってつけたようなレス。
407国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 12:30:32 ID:X8zIuPHZ
>>401

>私が猫さん?ありゃっ、それは違いますよ。議論のための議論になっていたらごめんね。

変な疑いを掛けて失礼しました。その前提で返答を続けます

>ほんの一例であった「三平方の定理」。あれですら現在メジャーな教え方
>つまり、あなたの言う所の「100%の読解」をさせる方法はすぐに
>三通りぐらい思い浮かびますよ。国語の先生は、他に挙げられたたくさんの
>例についても、いやほんの一部であっても、背負えるのですかいな?

読解を教えるのであり、数学を背負う必要はありません。数学教師に背負わせれば済みます。

100% 理解を目指して読解を積み上げていくときの肝は「著者の主張を自分が解らない」
という自己理解に対する正直さです。抽象的に述べられた著者の主張を具体化できないと
気づくことです。三辺が 3,4,5 の比にある個別の具体的な直角三角形は誰でも理解でき
ます。3,4,5 比の直角三角形でピタゴラスの定理が成り立つことは誰でも確認できます。
理解が難しいのは、任意の直角三角形と言う抽象的な対象でピタゴラスの定理が成り立つ
ことです。

国語教師の数学教科書での読解指導は、生徒が解らない部分を意識させること、それを他
人に理解させられるように表現することまでです。
408国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 12:31:20 ID:X8zIuPHZ
>>401 続き

生徒が数学教科書で解らない部分を表現できるようになれば、学校では それを数学教師
に質問できます。国語教師が数学教科書で行う読解指導は、何が不明かを生徒に表現させ
る所までです。数学教師が数学の質問に答えるときは、数学教科書の著者と同じレベルで
の答えが返ってきます。単純な数学は、それだけの明快性を備えています。

学校を卒業したら解らない部分を親切に教えてくれる教師はいません。只では質問できま
せん。疑わしい答えも混じってきます。自分で調査・判読していかねばなりません。この
部分の読解は格闘とも言えます。著者自身が解らずに書いている文章さえ普通に存在して
いるのですから。思想/哲学/宗教の文章なんて著者も解らずに書いているほうが多いと
主張します。

さらに広げます。国語教師が教科書の論説文の文章で、「著者のこの言い方は理解できな
い」と説明することがないのは騙しだと主張します。全てを解る人間なんていないのです
から。
409実習生さん:2006/06/11(日) 13:20:28 ID:w4Iaq6wn
Genさんへ

そのようなことはさんざん論じたんですけれど・・
「国語の勉強は英語で」という表現も一種のアナロジーなわけです。それが意図するであろう
方向性も正確に論じたことがあります。母語の自明性に寄りかかるような怠慢で日本語を
学ぶ(というか、じゃれる)のではなく、第二言語の反(半)自然性を意識化し再び
空気のような母語である日本語を照射する。こういう方法論も入り口は論じました。

しかし、日本語ではなく国語にこだわること自体が、そのような可能性を完全に壊しています。
『国語』とは旧来の忌むべき枠組みの核心なんですよね。そこから壊さないと一歩も進めません。

ここでの発言は、そのような根幹での矛盾が多すぎるということです。

テキスト、言語材料の問題をプライオリティの筆頭に取り扱うのはどうかなって思います。
そのことで既に隠されて取り返しのつかないような事態が訪れます。

「国語の勉強は英語で」というトンチンカンな御旗で、数学は客観的に読解できるんだという愚かさを
指摘しています。こういう馬鹿は、いくら理系的で多様な解釈を許さないようなテ「ク」ストを読んでも
既に意味は汚染されているのです。

入試問題「だけ」で、十分に論理的思考を養うことはできるものです。小説であっても。
料理人の腕が悪ければ素材は生かされません。
410実習生さん:2006/06/11(日) 13:29:55 ID:w4Iaq6wn
>>395
数学の話も過去にさんざんしましたね。他所でも。
完全、普遍、客観、100%・・・の例で数学を出そうということが既に取り返しの
つかない偏見です。そういう頭で数学を読解しても論理的思考に何の寄与もしませんよね。

森毅がどこかで書いてたんですが、京大の教授会で論理的な議論を展開するのは実は
芸術系の人だったりするわけです。ガチ理系は支離滅裂・・

ま、彼らの多くが「現実においては」論理的に考えられない理由は国語さんに見出されます。
自然に根拠を持たさないことで救われた数学の意味をまるで理解しようとしません。

数学も物理学も実は詩的言語によって支えられているんだということが分かってきてから
個人的にはある種の乗り越えを体験しました。本当に長く苦しかったですが。
411287:2006/06/11(日) 14:06:29 ID:jW7ilJG4
>>407>>408国語さん
えっと、ある文章があって、生徒が「著者が書いたこの文章、言いたい事は分かる。
でもその意味する所は分からないからそこは数学の先生に聞こう」という状態まで
持って行くのが国語の仕事ということ?
私が生徒だったら「何か気持ち悪いなあ。すっきりしない授業を毎回やりやがって」と
怒りだしそうだけどww。ある程度は授業の中ですっきりさせていかないと、
人間相手というか、体は大きくても子供相手だからなあ・・・。
機械ならば感情的に納得できないってことはないだろうけれど。
という訳で、私は中高生の授業としては、まず成立しないという方に一票入れます。
大学生ならば、1人で家でそれにじっくり取り組む意欲も能力も備えている人「も」
いると思います。全員は無理だろうけれどw。

>>405きゅーじうさん
よくまとめてレスしたいんですが、ちと今バタバタし始めたので、また後で。

>>410
オヒサでーす。お元気でした?
>>403>>404読んで、悪いけれど笑っちゃったよw。ごめんよー。
・・・怒られそうだな・・・。
412実習生さん:2006/06/11(日) 14:09:49 ID:w4Iaq6wn
>>398
アンタ、分かってないねw

>波動関数には位相の不確定性が付きまとう。これは人間が測定できない。決められない。

だいたい、「これ」が何を指しているか不明なんだが・・、というか雰囲気で流れた例か。

では、
人間は波動関数が表す世界全体を観測できない。それはそのような世界の外部に立てないからだ。
我々もまた物質であり、観測という行為は物質的な交換があるから相互に影響を与えてしまうからだ。

ここでは実証(観測、観察、実験)という旧来の科学の手法自体が無効になる『危機』が訪れた。
だから、ポパーなどが反証可能性などで救おうとした。外部との参照による確認ではなく、純粋に
論理的な操作の可能性に根拠付けることとなった。

佐藤も言うように、物理学はその理論から認識主体を取り除くことで発展してきた。量子論は
その典型となるだろう。数学が理論的に自然とは無関係な演繹体系であることで救われたように。

そのような数学が事後的に自然の記述に使われたからといって、いささかも数学それ自体の
構成に影響を持たない。
413実習生さん:2006/06/11(日) 14:10:35 ID:w4Iaq6wn
(続き)

言語教育とは、認識主体が世界とどのような交渉にあるかを問うことが根幹の一つである。
従って、量子論あるいは物理学、数学から何か有益な示唆を見出そうとするなら、やはり
認識主体の関与を捨象して救うような態度を言語教育に取るわけにはいかないということだ。

そういう根本的なことを何も分からず、矛盾だらけを知るべきだと言っているんです。

量子論が教える、客観的な観測そのものが相互に浸透し変化をもたらすということが、言語教育にとって
重大なのです。テクストを読む行為、そのテクストがどのような種類のものであっても、それは
相互に変化することであり、回避されないのです。我々がテクストから何かを学ぶだけではなく、
我々もテクストを変化させているのです。このような視点からは、読みという一般的には受動的だと
思われている行為が理論的に能動的な活動となる大いに有意義な可能性がしっかり確保されます。

あなたが、数学を出しても物理学を出しても、何ら有意味な示唆がもたらされていないことは
どういうことなんですか?

失礼なことを言ってますが、あなたなら「量子力学のイデオロギー」(佐藤文隆、青土社)を
読めるでしょうし、私より学ぶことが多いと思います。ぜひぜひお読みください。
414実習生さん:2006/06/11(日) 14:18:01 ID:w4Iaq6wn
>>411
中高の授業で数学や法律の読解したら、どうなるか。

「国語」教育は変異するだろうが、公教育は崩壊するでしょうね。
誰も聞かないどころじゃーない。暴動になることに一票
415実習生さん:2006/06/11(日) 14:23:12 ID:w4Iaq6wn
アナロジー、あるいはメタフォー

>>403>>404も、言語のそういう側面に依拠した印象批評ですね。
アナロジー、あるいはメタフォーは便利で分かりやすい(と感じる)が、危険性が
あることは既に指摘しました。ま、その通りの好例が出たのですが。

「黒板を押したら、黒板が押し返す」という反作用。これもアナロジー
「シュレディンガーの猫」も同じ。

物理や数学のこのような詩的な言語使用を考えることは非常に意義があるとは思う。
しかし、それはテクストの問題ではなく、料理人の問題だということだ。
416平下流:2006/06/11(日) 15:07:51 ID:zjMmjNtv
>>415
特に最後の二行、同感です。

ところで、皆さん。
サイバネティックスなんか一つのキーワードというか参考になりませんかね。
測定、制御、通信、フィードバックと、単に狭い意味での情報に限らず、ここでの話しにも役立つのでは。
417国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 15:31:17 ID:X8zIuPHZ
>>412
>アンタ、分かってないねw

>>波動関数には位相の不確定性が付きまとう。これは人間が測定できない。決められない。

>だいたい、「これ」が何を指しているか不明なんだが・・、というか雰囲気で流れた例か。

「これ」は波動関数の位相を指している。方程式が解ける人間ならば通じる表現だ。解っ
ていないのは猫だ。

私は波動関数の方程式を解けるからといって人間や思想が優れているなどとは主張しい。
でも波動関数も解けずに現代の理論物理学を理解するなどできない。波動関数を解けない
人間の現代思想における量子力学議論など無意味だ。こけおどしにすぎない。先にも書い
たが大部分の思想家の量子力学の考察は無意味だ。解った風に言葉遊びをしているだけだ。
だから理論物理学者は、思想家の量子力学解釈を無視する。

ブルーバックスなど理論物理学者が素人向けに書いたものは 100% 情報を伝達することを
目指していない。数式を使わずに全てを説明することが無理だからだ。雰囲気を伝えるこ
としかできない。ブルーバックスを読むときは、著者が理解しているものを 100% 自分の
ものにしようとしても無意味だ。ブルーバックスは小説のように横になって流し読みする
ものだ。
418国語の勉強は英語で:2006/06/11(日) 15:31:47 ID:X8zIuPHZ
>>412 猫 続き
>アンタ、分かってないねw

そのようなブルーバックス レベルでの理解を元に思想を論ずる無意味さに何故気づかな
いのか不思議だ。それなりの頭はあるのに。

>失礼なことを言ってますが、あなたなら「量子力学のイデオロギー」(佐藤文隆、青土社)を
>読めるでしょうし、私より学ぶことが多いと思います。ぜひぜひお読みください。

嫌だ。ブルーバックスに毛の生えたものを読むより佐藤氏の原論文を読む。佐藤氏の理解
したものを 100% 自分のものにする努力をする。その後でイデオロギー部分は自分で考え
る。それでなければ無意味だ。

しかし、あまりにもスレ違いになっている。これ以上は物理スレッドに移すべき。こちら
では、これ以上レスしない。なお、猫が物理スレッドで同じことを主張しても「とんでも」
扱いされるだけだと保障する。
419ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/11(日) 17:17:08 ID:a7t1EL8y
>>375
>私が噛み付くのは一つの釣りです。食いつき方とその後の展開で本質が分かります。
>馬鹿の壁。分かる人には分かるものです。あまり上品で賢明な方法論ではないですが、
>結果として弁別できているから満足しています。

これは自分が馬鹿の壁を使って他人の馬鹿さ加減を判断するとでも言いたげな発言なわけだが、
自分自身も馬鹿の壁の中にいるかもしれないという至極当然な可能性はしっかり「隠蔽」されてる
のではないかね?これに続く以下の発言を、他人に言う前に自分で熟読した方がいいね。
それより、いつまでやるのか知らんけど、いい加減こういうのくだらねーと思わんの?

>まずスタートに恣意的な決め付けがあり、そのような起源を隠蔽しかつ決め付け
>を自明の公理のように扱い、なおかつその公理が自然から帰納される唯一無比のごとく
>見なして議論する頭=心性を糞扱いしているわけです。

>>413
>我々がテクストから何かを学ぶだけではなく、我々もテクストを変化させているのです。このような視点
>からは、読みという一般的には受動的だと思われている行為が理論的に能動的な活動となる大いに
>有意義な可能性がしっかり確保されます。

で、その「有意義な可能性」の確保を指摘するのはいいとして、それをどう国語教育に活かしていくかと
いう話をしとるわけですよ。テクストの快楽だけ言っとっても仕方ないでしょ。文学理論を学んで教育実習
に出かけた学生みたいに、感想文を書かせ、みんな違ってみんないいみたいなくだらん授業をするわけ?
能動的だから読解だけやっとりゃいいという話になるのか、そうじゃないのか、具体的な話をするべ。
420実習生さん:2006/06/11(日) 18:20:16 ID:DOTWCqRm
499 名前:実習生さん 投稿日:2005/11/18(金) 16:40:59 ID:c8L+qxLn
>>497
猫とそのお友達の大好きなギロンとは、例えば以下のようなもの。

実習生さん:1+1=2 ではないということか?

猫先生:  数学という演繹形式体系においては1+1=2だが、いつもそうだとは限らない。
      カントの認識論の系譜からはもっと別の地平が開示されるんだが。

乙先生:  数学といっても過去が重層的に重なって成り立っているものなんだよ。
      例えば、l + l = という問題でも、原始人なら縦棒3本、横棒3本と解釈したりしてたわけだ。
      で、地方の年寄りには原始時代と通じる地平で生活を送っている人もいるわけ。
      君がもし社会人なら、仕事をするわけだよな?んで、例えば君の勤める会社に出資してくれる見込みの人がいたとして
      その婆さんが原始時代と通じる地平で生活を送っている人で、
      君が金融会社や不動産会社の営業マンとしてその人とコミュニケート
      しなければならないとしたら、どう?

実習生さん:はぁ??

参考レス:http://school5.2ch.net/test/read.cgi/edu/1131541742/10
421実習生さん:2006/06/11(日) 18:40:48 ID:jjvPPGlH
>>417
どこまでも馬鹿やねw温情をかけたのが悪かったのかな。
方程式にしがみつくことで必死に守ろうとする。しかし、それが自分の首を絞めつつ
あることには全く気付かない。

波動関数が実存か道具(私の理解では規則)か、それ自体が問われていることを知らないんだろう。

このあたりに関しては、佐藤が実にうまく説明してくれる。
平均値は実存しない。影は、既に多くが捨てられている。

なぜ、彼が「波動関数の実在性の考察」に徹底したか、そんなことは
どうでもいいんだろう。

でね、スレタイの主旨を鑑み、かつ、あなたの主張を最大好意的に受け取るなら
「国語」というコテは、一種の自虐か、それとも白痴露出の趣味のどちらかなんだ。



『 国 語 』 は、あんたが侮蔑する文学的で思想的で政治的なものなんだよ。
どうして、まずそれを撃たない理由を聞いているんだ。それは新書レベルで十分分かることなんだ。
方程式の資格を問う、その同じ論理で自らに問うことをしろ。真性の馬鹿か?

引っ込みが付かないから開き直って、生き恥晒すものまたよし。
422実習生さん:2006/06/11(日) 18:43:52 ID:jjvPPGlH
>>419
「 国語 」を撃つことから始めないで、どんな実用があるんだ。
鈍いにも程がある。違いますか?
423実習生さん:2006/06/11(日) 18:45:57 ID:YXNnHspr
>>420
実習生さん:1+1の考えが伝わらないような価値観をもっているということは
        普通の説明で相手を説得しても相手に理解されないということでしょうか?
424ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/11(日) 19:12:14 ID:a7t1EL8y
>>422
別にいいんじゃねーの。なんで人のコテにそんなにこだわるの。
スレタイからして「国語」教育じゃねーか。どんな趣旨を鑑みたわけ?
引っ込みがつかないのは自分でしょ。
425GEN:2006/06/11(日) 20:48:53 ID:n6qcplNg
猫さんの議論はいつもこんな感じなんですか?
いいかげんにドーナツ作りは辞めてアンパン作っておくんなさい。
426きゅーじぅ:2006/06/11(日) 21:42:03 ID:KX0IEfDQ
なんだかえらいことになってきたというか。
猫さんへ:シュレーディンガー談義は打ち切るべきだと思いますよ。
正直今差し当たっての議論に深刻な関係を持っているようには思えない。
もしそこで「本当に」そこでの解釈の違いこそが対立の根本だ、というのならば
いずれそこに戻ればよいでしょう。


面接君も、国語さんも、おいらも、ある点でにていると思う。(て言われたらそれぞれ
心外だろうけれど)
国語科の内容が文芸よりになっている不信感とか、いざ社会に出た場合、出ようと
した際に、じぇんじぇん役に立たなかったという感触とか。

そこでおいらなんかが聞きたいのは、ここでの国語のプロパー、あるいはそれに
近いらしい人は、そういう感覚が理解できないわけじゃないと思うので、そういう
感覚によりそったところからの意見なのです。

おいらから見ても、たとえば国語さんの提言は、なかなかそういうのもうまくいかないん
じゃないのかなぁ、とは思うけれど、でもその提言の問題点をつらつらあげつらうよりも、
その問題意識とどう向き合うのか、ということを聞きたい。

現実に、たとえばおいらは最近ある高専生と話をしたさいも、似たような理由で
「国語なんてくだらねー」といっていたのを聞きましたし、そういう人は絶対かなり
多いですよ。
427平下流:2006/06/11(日) 23:29:28 ID:zjMmjNtv
>>399
>私は、文章を書く必要にせまられたとき様々の模索をした。日本の国語関係者の作文指導
書など一つも役にたたなかった。「日本語の作文技術」「理系の作文技術」倉島保美倉「
理系のための英語ライティング上達法」など非国語関係者のものしか役に立たなかった。

>・現代国語なんて読解力も表現力も教育していない。
・大部分の国語教師にも国語の読解力/表現力なんて無い


仮に、あなたの言う通りだとしても、
それは、作文をする上で国語関係者の書いたものは役に立たなかった、
大部分の国語教師にも国語の読解力/表現力なんて無い、という現状認識に過ぎません。
やけになる気持ちは解りますが、いくら作文に役にたったからといって、
だから英語というのは飛躍しすぎと感じます。

読解にしろ表現にしろ言葉は技術のまえに感覚あるいは体感でしょう。
日本語の感覚と英語の感覚は当然違います。言葉は文化・民族?の基本です。
428実習生さん:2006/06/11(日) 23:35:02 ID:52zsLXyg
敬語を使えない朝日新聞

★お忍びで散策した。→お忍びで散策された。
★出かける際→お出かけになる際or出かけられる際
★植物を見るなど→植物をご覧になるなど

安倍晋三官房長官
「ここで敬語を使わなければ誰に敬語を使うのかと感じる。感じ方を強制するわけではないが、政治家個人としては違和感がある」
と述べ、天皇、皇后両陛下を報じる記事に敬語を用いないことに疑問を示した。

★人権弾圧国家・中国から、良いマスコミと賞賛される朝日新聞
★朝日新聞の記事、社説は朝鮮人系日本人が書いています(全部ではありませんが)

他にもあるけど、とにかくひどいわ。
http://www.asahi.com/national/update/0515/TKY200605140168.html
429実習生さん:2006/06/12(月) 00:54:38 ID:EfvkqSd5
きゅーじぅさん

別に、シュレンディンガーでも何でも同じことです。ことさら区別する必要はないと
いうのが基本です。ホイットマンの詩集が英和対訳で岩波から出てて読もうと買ったんですが、
それよりちょびっとだけシュレデインガーの方が面白いと思ってます。少なくとも詩的言語使用
を考えるには刺激的だということです。

>国語科の内容が文芸よりになっている不信感とか、いざ社会に出た場合、出ようと
>した際に、じぇんじぇん役に立たなかったという感触とか。

そういうプラグマティズムでアメリカの公教育は崩壊しました。内容云々というレベル
で留まらない。音楽や美術などがカリキュラムにない小学校がありました。
社会で役に立たないという理由で。国語!!さんのような問題意識は正常ですか?

>今の私は哲学や思想に関わる事は人生の無駄遣いだと思っています。

こういうことを平気で言い放つ人間の意識がまっとうに問題を捉えられますか?

>その問題意識とどう向き合うのか、ということを聞きたい。

問題意識なんてーない。単なるルサンチマン。あったら、「国語」なんて口が裂けても言えない。
そういうことが分からない人間が多すぎるのが理解できません。
430実習生さん:2006/06/12(月) 00:56:20 ID:EfvkqSd5
>現実に、たとえばおいらは最近ある高専生と話をしたさいも、似たような理由で
>「国語なんてくだらねー」といっていたのを聞きましたし、そういう人は絶対かなり
>多いですよ。

だから、287さんが発言するのです。
その高専生には文芸こそが必要なんでしょう。287さんが主張したいことが痛いほど
分かります。ガチ理系馬鹿に必要なものとは、足りないものです。
国語教師は量子力学のブルーバックスを読む必要があるのとパラレルな関係にあります。
こういう論理的な思考が国語!!さんにできないことが信じられない。彼は論理的な形式操作が
不得意なようだ。

同じく、きゅーじぅさんの高専生のエピソードは、国語教師に言い訳を許し、
国語(教師)を文芸に留まらせる論理を与えていることになるのです。

役に立つ立たないという議論は一見簡単そうに思えます。
しかし、実はそうではない。何の役に立つのか。役に立つってどういうこと?

なぜ、右傾化なのか。なぜ、オウムがいまだに若者を引きつけるのか。
なぜ、国旗国歌なのか。リアル弱肉強食におびえる実社会の戦士は、F総研のセミナーで
毎日毎日精神論なのはなぜか。企業が高い金を払って送り込むのはなぜか。

精神が空っぽなプラグマティズムの戦士はセミナーで大声を注入される。感謝を叩き込まれる。
忠誠を染み込ませられる。
431実習生さん:2006/06/12(月) 00:57:07 ID:EfvkqSd5
残念ながら、ここには実社会でビジネスの不条理に翻弄されているような人はいないようです。

プレゼンって、何?
営業のデモって何が大事なの?クロージングの決め手は 文芸 なんだということが分かっている
人間はここには一人もいない。なにしろ、大人になっても学校しか知らないんだからね。

高専生は卒業後、技術者として戦士の仲間入り。歯車としての不条理を感じる頃には
身動きできないことを自覚する。が、悲劇はまだ始まっていない。30代も後半に入ると
だんだん選別されて、40のバースデイで営業に回ることになる。彼は、287さんの
思いを知ることになる。

飛び込みくらいやってから、プラグマティズムを語るべきだろう。
マクドのねーちゃんでも、それくらい求められているんだ。
432実習生さん:2006/06/12(月) 01:05:17 ID:EfvkqSd5
愛する家族が難病で死を覚悟するときのプラグマティズム。
リストラを打ち明けられないオヤジのプラグマティズム。
愛する彼女を失ったモテナイ君のプラグマティズム。

クロージングの最後の一押しを可能にするプラグマティズム。
北朝鮮に拉致を認めさせるプラグマティズム。

>「国語なんてくだらねー」

という高専生に絶望しない。そういうのはよくある光景だから。彼はこれから成長=変化
するべき存在なんだから。導かれるのはこれからなんだ。

>国語科の内容が文芸よりになっている不信感とか、いざ社会に出た場合、出ようと
>した際に、じぇんじぇん役に立たなかったという感触とか。

こういうプラグマティズムは、この生々しい「生」においてどう 役立つ のか。
公教育ということの意味は何なのか。287さんが語らないのは、忙しいからではない。

重すぎるから簡単にできることではないんだ。そう勝手に思ってる。

自分の見える狭い狭い圏内でだけ有効な役に立つという論理を打破するのが
言語教育なんだと思う。少なくとも公教育はそうあるべきだ。

高専生は国語に数学や物理を求めているだけのことでしょ?アホ草
国語!!さんも同様。そういう人間が意外とハルマゲドンにはまるということから
考えたいものです。

で、そういう高専生も国語ではなく日本語という教科にしろって叫ばない。

京大理学部は擬古文を読める人間を求めているということを知らなければ
所詮二流三流のエンジニアで終わることでしょう。それを突きつけるのが
国語教育、いや日本語教育です。
433実習生さん:2006/06/12(月) 01:18:47 ID:EfvkqSd5
>>427
>読解にしろ表現にしろ言葉は技術のまえに感覚あるいは体感でしょう。
>日本語の感覚と英語の感覚は当然違います。言葉は文化・民族?の基本です。

(同じような表現を借りれ)方向性や心情は理解できます。
しかし、そういう安易な表現は危険であり相手に餌を与えます。

サピア=ウォーフの仮説、あるいは言語相対主義。
そして、カント → ウィトゲンシュタイン

母語である日本語が世界を刻み、我々に与えるのです。先に純粋な感覚があると
するのはかなり問題があります。非常に微妙なところですが。

彼は本多の「日本語・・」でさえ、読めていない。句読点や修飾語句の位置の前に
もっと大事なことを力説しているんですが、故意か分からないのか知りませんが、
完全に無視です。

そもそも、なぜ「日本語の作文技術」なのか、本多はその一点でさえ句読点や修飾語句
よりずっと大事なことだと見なしているのです。技術とはそういうことです。

あなたの仰りたいことは、287さんと同じだと勝手に思っています。
だからこそ、微細に語りたいと思います。非常に重要なポイントだからです。
434平下流:2006/06/12(月) 01:39:38 ID:qPxC+mrd
>>433

>相手に餌を与えます。

これには思わず笑ってしまいました。


>先に純粋な感覚がある

私が感覚という言葉を使ったのは、アプリオリな感覚という意味ではありません。
日本語には日本語特有の感覚がある、その言語感覚こそ文化であり、理論や技術の前に拠り所ではないか言う意味です。
435平下流:2006/06/12(月) 01:54:59 ID:qPxC+mrd
>>434の続き
ましてや、「国語の勉強は英語で」では具合が悪いでしょ、という意味です。
436実習生さん:2006/06/12(月) 03:09:38 ID:CCVPNStg
501 名前:497 投稿日:2005/11/18(金) 19:32:01 ID:VgWBmj3Z
>498 >499 >500
日本の国語教育というスレですな。一通り拝読しました。
他人の意見は全部反論(もちろん賛同者はスルー)し、
自説に対する反論は細部の語義解釈に異議を唱えることで論点を曖昧にし、
結果として自分以外の発言を論として認めない。
おかげで一向に議論が展開しないのですが、
それに関しては気にした風もない、と。
空理空論厨がやや進化したようですね。
今時こんなのに引っかかるとは・・・
自らの浅はかさを恨んで半年ROMります。スレ汚し申し訳ない。


520 名前:実習生さん 投稿日:2005/12/03(土) 23:57:09 ID:44gwaJTx
猫が来たスレの後にはペンペン草も生えなくなるな。


521 名前:実習生さん 投稿日:2005/12/04(日) 01:38:56 ID:cr0MMFbV
猫が、勝利したと満足するまで終わらないからね。
だれもうんざりして書き込まなくなって、スレが死ぬ。

437ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/12(月) 13:02:01 ID:JOSc//wn
>>432
いいかげん国語がどうこうという話はやめたら?くだらねーよ。
2年ほど前に、国語学会は日本語学会に名称を改めた。教科としての国語もそのうち日本語に
なるでしょ。大学の国語学専攻や国文学専攻という名称も同じ。しかし現在はまだ教科名は
国語なんだから、名称についてはそれを前提に語ればいいだけの話じゃねーか。
438ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/12(月) 15:13:52 ID:JOSc//wn
>>374 平下流さん
>私がこだわるのは、国語と文学との癒着です。

よくわからんのですが、

>日本語には日本語特有の感覚がある、その言語感覚こそ文化であり、理論や技術の前に
>拠り所ではないか

まさしくこういう「日本語特有の感覚」や日本「文化」を表象するものとして、日本「文学」が良くも悪くも
利用され、また語られてきたわけでしょ。その是非はともかくとして。で、君はどうやってその「日本語特有の
感覚」を授業に取り入れようとするわけ?言語史をやればその感覚が身につくのかね。
439平下流:2006/06/12(月) 20:36:03 ID:qPxC+mrd
>>438
あなたの問いの中に答えはあります。

質問。>>>374 平下流さん
>私がこだわるのは、国語と文学との癒着です。

>よくわからんのですが、

答え。
>まさしくこういう「日本語特有の感覚」や日本「文化」を表象するものとして、日本「文学」が良くも悪くも
>利用され、また語られてきたわけでしょ。
440国語の勉強は英語で:2006/06/12(月) 20:57:04 ID:pGYkoTkF
>>411 & 287

>持って行くのが国語の仕事ということ?

今の国語教師でそれができれば大進歩です。もちろん国語教師がが数学の質問に答えるの
も構いません。そのほうが望ましいでしょう。現状では国語の質問にさえ満足に答えられ
ていません。

>私が生徒だったら「何か気持ち悪いなあ。すっきりしない授業を毎回やりやがって」と

287 さんは、現状の国語教育がすっきりしているのですか。何を教えられたと主張されるのですか?

私は「中学・高校の国語では何も教えていない。作文の添削一つしない/できない」と主
張します。現状の国語教育に対して文句を言わない生徒ならば、「何か気持ち悪いなあ。
すっきりしない授業を毎回やりやがって」とは絶対なりません。
441国語の勉強は英語で:2006/06/12(月) 20:59:27 ID:pGYkoTkF
>>427 平下流さん
>やけになる気持ちは解りますが、いくら作文に役にたったからといって、
>だから英語というのは飛躍しすぎと感じます。

やけになっていません。「騙されたと」怒っています。ここでのスレッドでは「私のよう
に騙されるなよと」の思いも持って書いています。同時に現在の中学・高校の現代国語の
授業を受けて時間を無駄に過ごすよりは、英語で rhetoric を勉強をしているほうがマシ
だと本気で主張します。Rhetoricwでは使える writing 技術を教えています。

私が現職の国語教師に否定してほしいのは「多く国語教師が教師向けの指導書を板書して
いるだけ」です。これを否定して何を教えているのか書いてほしいのですが、アマンさん
の作文添削ぐらいしかありません。これが現実なのは平下硫さんも認めてもらえますでし
ょうか。

平下流さんが主張が今一つ不明です。「教師向けの指導書を板書」を黙って再度ノートに
写しなおし、黙って授業料をちゃんと払い、黙って先生にお礼を言いなさいと主張してい
るのでしょうか。これでは邪推しすぎなのは承知しています。でも、平下流さんの短い内
容では、この邪推も否定しきれません。現実を肯定しているのか、あるべき理想から私を
批判しているのかも不明確です。(後者だとは思いますが。)私への批判とは別に、平下
流さんの目指していることを体系だって書いてもらえますでしょうか。
442きゅーじぅ:2006/06/12(月) 21:41:47 ID:59Qdv7QW
>>432
なるほろ。確かにルサンチマンであれやるせなすであれバカの壁であれ
それぞれがそれぞれに持っている。それは取り替えのきかない固有な
思いであるのと同時に容易に普遍化していいものでもないですな。
確かに納得できる部分はあります。おいらのまわりにも、一方でテッテ的な
数学嫌いもいますし。
まぁ、話題がループしそうなのでこの辺でまた引っ込んどきます。
443平下流:2006/06/12(月) 23:04:34 ID:qPxC+mrd
>>441
>やけになっていません。「騙されたと」怒っています。ここでのスレッドでは「私のよう
>に騙されるなよと」の思いも持って書いています。

あなたの姿勢に、それこそルサンチマンを感じます。
出発点が怨念であるかぎり、そこから如何に良いと思われる理論なり技術がでてきたとしても・・・。

でも、怒りの対象とすべきは日本語ではなく、日本語を飯の種としてきた人達ではないですか。
日本語そのものには罪はないでしょう。
ですから、日本語を学ぶのに日本語ではなく英語というのは、日本語が可哀想だと思います。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ではなく、「袈裟が憎けりゃ坊主も憎い」

長くなりましたが、これはあなたへの批判ではありません。あなたを含めてみんなが犠牲者との思いです。

444287:2006/06/12(月) 23:16:39 ID:706UeOm4
>>405>>426きゅーじうさん
>そこでおいらなんかが聞きたいのは、ここでの国語のプロパー、あるいはそれに
>近いらしい人は、そういう感覚が理解できないわけじゃないと思うので、そういう
>感覚によりそったところからの意見なのです。

>おいらから見ても、たとえば国語さんの提言は、なかなかそういうのもうまくいかないん
>じゃないのかなぁ、とは思うけれど、でもその提言の問題点をつらつらあげつらうよりも、
>その問題意識とどう向き合うのか、ということを聞きたい。

提案を論説文と小説、文芸とに分けます。
論説文が好きでない人対象
論説文
論説文が好きではない、嫌いだ、訳分からんという人には、
その学年に該当するとされているものよりも易しい文章を題材として
扱います。単に扱うだけでは「オマエ、同じ事を繰り返すな、ふざけるなこの野郎
金返せ!」となりますから、概念地図を導入します。ぐぐると多少出てきます。
小学校中高学年程度の論説文を中学生や高校生にやってもいいと思います。
やり方の説明をします。準備するものは白い紙と鉛筆。
445平下流:2006/06/12(月) 23:16:57 ID:qPxC+mrd
>>441
後半の質問には返事をしていませんが、ワールドカップをゆっくりと見たいので後ほど。
446287:2006/06/12(月) 23:18:41 ID:706UeOm4
その文章に出てくるキーワード(学年よりも下の題材を扱う場合は、キーワードの意味すら
不明で、という障壁は多分無いでしょう)を白い紙にまず抜き書きます。
キーワードを抜き書きしたら、キーワードとキーワードがどのように
つながっているのかを文章から読み取り、線を引きながらつながり方を表す言葉を
書き加えます。(この言葉はなるべく文中から抜き出すという条件を付けてもいい)
完成した地図に
・必要なキーワードが入っている、入っていないが明確である。
・キーワードとキーワードを結ぶ線があり、それをつなぐ言葉があるないが明確である。
が一目瞭然なので、お互いすっきり納得。

易しい文章でなれてきたら、少しずつ難しいものも取り入れて行きます。
構造は易しいけれども、キーワードが難しいというものをやれば、
その用語の意味さえ分かればこれは分かるのだ、という実感もわくでしょう。

概念地図というものの存在は、大学で学びました。目から鱗でした。
教えてくれたT先生、ありがとおお。ただし、ここの書いたのは記憶の中の
原本ママではないです。勝手にアレンジしてあります。

>国語さんのような意図のもと具体的なテキストを選定しようとすると
>書かれた文章自体とその指示対象との関係が難しくなるところがやっかい
>だと思います。

これでここの難しい点は解決・・・かな?

447287:2006/06/12(月) 23:19:42 ID:706UeOm4
>面接君も、国語さんも、おいらも、ある点でにていると思う。(て言われたらそれぞれ
>心外だろうけれど)
>国語科の内容が文芸よりになっている不信感とか、いざ社会に出た場合、出ようと
>した際に、じぇんじぇん役に立たなかったという感触とか。

文芸
単に「オレはできなかったし面白くなかったから、文芸はいらねえ」という人対象。
先に述べた、論説文を文芸作品よりも前に学習しといてもらって、
「とにかく文章中から抜き出す」技を準備しといてもらいます。
小説を題材にした試験問題を解くだけの話に限定するなら、
上でたくさん説明されているように(レス番省略してごめん)、
まずは聞かれている所がここかな?という所の見当を付ける。
見当付けたら抜き出す。の繰り返しを練習します。
すると、点数が取れるようになる(と、うまくいくと勝手に話を進めて)。
そうすると、あらら、不思議な事に「ふざけるな、国語!」というブーイングも減る。
えっと、何分素人ですので山盛りの不備があると思う。実の所、私は文芸作品で苦労した
経験があまりなかったw。正直、うまい先生に教わりたい。
448287:2006/06/12(月) 23:20:15 ID:706UeOm4
>国語科の内容が文芸よりになっている不信感とか、いざ社会に出た場合、出ようと
>した際に、じぇんじぇん役に立たなかったという感触とか。
もしも無くなったとしたら、と考えてみます。話は試験の点数ではなく、
日常生活に持って行きます。
国語の文芸作品以外で他の人の感情を疑似体験し(させられ)、共感したり反発したり、
あるいは無関心を装ったりという体験はどこで積みましょうか?そんな体験は
必要ないでしょうか?
人間は所詮人間ですから、感情は誰にでもあります。自分の感情を形ばかりでも
理解してもらえれば嬉しいし、そうでなければムカつく。他の人の感情の動きに
敏感で、さっするのが上手な人はそれだけで世渡りが楽ですが、そうでない人から
共通して与えられた疑似体験である「文芸作品」すら取り上げてしまったら?
まず、今より他の人の感情を理解するのが上手にはならんでしょう。

ところで、文芸よりが許せないかもしれないですが、どうもそれはそもそも「空気嫁」の
文化から来ているものジャマイカと私は考えます。
449287:2006/06/12(月) 23:23:32 ID:706UeOm4
あ、言うの忘れた。私、国語素人ですwww。プロに聞きたかった人、
ごめんよ。
450実習生さん:2006/06/13(火) 00:56:37 ID:vd42Gw3S
国語!!!!さんよ

本多の名誉のために粘着させてもらうよ。アンタは彼の「日本語の作文技術」を
称揚する。が、しかしだ。アンタは彼を最大に侮辱しているんだ。オツムはまともか?

正直腹が立って収まらない。むかーし、本多の著書はほとんど全部読んで少々フェチだった
オイラとしては。

『日本語の作文技術』より
「(「論文の書き方」)を書いた清水氏にしてもこうした告白をしているのだ。一般の間に
日本語は「特殊」だとか、あるいはヨーロッパ語に比べて「論理的でない」と
いった俗説がはびこっているのも当然であろう。「特殊な語順」というような全くの誤りは、
日本の知識人が西欧一辺倒であって、ひざもとのアジアはもちろん、日本国内のことにさえも
いかに無知であるかをさらけだしている。国内でいえばアイヌ語をみよ。一番近い隣国としての
朝鮮語をみよ。いずれも日本語と同じ語順だ。アジアではインドやトルコをはじめ日本語式の
語順がむしろ普通だし、ヨーロッパでもバスク語が同じだし、アフリカにもたくさんある。
エスキモー語などはもっと徹底した「特殊」ぶりであろう。「陰気な気分になってしまう」のは、
このような西欧一辺倒知識人の無知を見るときではなかろうか。それにしても、たとえば私なども
学生時代に読んだ金田一春彦氏の『日本語』は、岩波新書という大衆的な本のひとつである。
そこには日本語の語順の少しも特殊ではないことが世界諸言語との比較の上で書かれている。
これはもはや常識ではなかろうか。
「日本語は論理的でない」という俗説を強化するのに役立っている西欧一辺倒知識人---私は
植民地型知識人と呼ぶことにしている---の説を分析してみると、ほとんどの場合、ヨーロッパ
という一地域にすぎない地方の言葉やものの考え方によって日本語をいじっている。(後略)」
(p.19)
451実習生さん:2006/06/13(火) 00:59:39 ID:vd42Gw3S
(続き)

本多は、アンタのような人間から、アンタのような考え方から日本語を救い出すために
あの本を書いたんだ。そのあたりの思いがネットリと、第一章『なぜ作文の「技術」なのか』に
書いてある。本当にお前は読んだのか?それとも読んで踏みにじるのか?

本多は、日本語を国語といって平気でいるような人間から日本語を救いたいんだ。
国語から日本語を救うために書いたんだ。作文の技術とは、そういうことなんだ。
なぜ、それを無視する。それを踏みにじる。

まだ引用が必要か?

頼むから、本多の第一章を黙読五回、音読三回してくれないか。

それが国語教育というものだ。
452ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/13(火) 10:08:02 ID:bVHI0YH8
>>439
わからんのは、「日本語特有の感覚」「文化」を重視しておきながら、これまでそれらを担っていた文学を
否定するところ。聞きたい「答え」は、じゃあどうやってそれを授業に取り入れるのかということの方ですよ。

>>450
なんで個人的な本多のフェチに付き合わせようとするの。話が国語教育じゃなくて本多になってるじゃねーか。
引用部分はまさしく妥当なことを言っていると思うが、本多だって神様じゃないんだから間違いもするわけで
(一番近い隣国って台湾かロシアじゃねーの?どーでもいいことだけど)、神格化してしまえばそれらを指摘する
こともできなくなる。○○読めというのはいい加減もうやめにして、自分を見せてよ。
453実習生さん:2006/06/13(火) 13:35:04 ID:QDhixs23
【文化】 "「ふきだし」や「コマ割」理解できず" マンガが読めない子供たち★2
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1150166313/
454国語の勉強は英語で:2006/06/13(火) 20:50:27 ID:DDDaAMjD
>>451 >まだ引用が必要か? --- 不必要です。

私も日本語で考えて/喋って/書いて、日本人に理解してもらわねばならない立場にいま
す。旨く翻訳されているならば、英語よりも日本語で読んだほうが楽です。私も日本語で
効率的に情報伝達する手段を求めています。

翻ってみると、明治以降の日本は思想的にはヨーロッパ文化に rape されています。自分
の頭で考えるのではなく、ヨーロッパ人の文章を丸暗記して日本語に翻訳するだけで分か
った気になる風潮が続いています。思想界なんて、ヨーロッパ語の翻訳思想用語を大層に
使って分かった風に書いているだけなのが大部分です。自分でヨーロッパ思想を租借した
後に、自分の日本語で書いているものがどれだけあるのかと言いたい。また法曹界で使わ
れるドイツ語直訳文体の日本語は、rape で子供を生まされたのを誇っているようにさえ
見えます。

歴史をもっと遡れば、奈良時代に大和言葉が中国語に rape されました。でも時間が経ち
すぎました。「日本語は大和言葉と中国語のチャンポンだ」というと変なことを言うやつ
だと受け取られるほどです。

そのような rape され続けてできあがった日本語では中国語:漢字の使用は避けられませ
ん。またカタカナ語や ATM などの頭文字言葉も多く使われます。一方、現代人はでは漢
文よりも英語の読解能力の方が勝っています。ですからカタカナ言葉/頭文字言葉を使う
ぐらいなら生の英語を full spell で使ったほうが情報伝達が効率的なことも多くなりま
した。

一方で大和言葉も日本人の根源として強固な岩盤のように存在し続けています。大和言葉
は単純であるだけ分かりやすくなります。中国語や英語を使わずに大和言葉で済ませられ
るならば、そのほうが望ましいと主張します。Writing での plain English を日本語に
適用するならば、大和言葉を多用した文章記述になると考えます。

本多フェチさんにも賛同して頂けると思います。如何でしょうか。
455実習生さん:2006/06/13(火) 22:30:04 ID:EOLYt1Wr
↑極東の地で先人が成し遂げた近代化を愚弄するような発言ですな。
456実習生さん:2006/06/14(水) 00:11:39 ID:cEC9WB6R
>>452
丁寧にレスするから、誤魔化さないできちんと返してくださいね。

>担っていた文学を否定するところ。

だいたい、アンタの発言はこういうのが多い。もともと鈍いのか、それとも意図的な
ズラシ、すり替えなのか、そこは判断しかねているんだが。

国語と文学の『『癒着』』を問題にしているのに、どうして文学それ自体の問題になるのかな?
国語教育とは、こういう倒錯を放置しない能力と精神を鍛えることを目指すべきだと思うけど。

で、そういうのは他にたーくさんある。逐一の指摘が必要か?

>それを授業に取り入れるのかということの方ですよ。

少なくとも、支離滅裂を口にする人間はどんな方法論をもってしても、どんなテキストでも
どんなテクストでも無理ということだけは分かる。まずは頭を治そう。

>本多のフェチに付き合わせようとするの。

ほら出た、ズラシすり替えの例。
かつてのフェチであったということ。そして、それは転向を意味している可能性が多分にあるという
基本的読解ができない言語的な鈍さが信じられない。
457実習生さん:2006/06/14(水) 00:12:53 ID:cEC9WB6R
練習問題
「彼女のことは愛していた。」 Q 今は愛しているの?

>話が国語教育じゃなくて本多になってるじゃねーか。

なんでやねん。なぜ技術なのか、そのプラグマティズムの礎石を明らかにしている
ところなんだ。ここからは日本語教育の礎石をうかがい知ることができるんだぞ。

ズラシ、すり替え、捏造での反論が得意なのは分かる。問題はそれに気付かない、あるいは
気付いてもスルーしてどうでもいいことでやり取りできる空気なのかもしれない。

>(一番近い隣国って台湾かロシアじゃねーの?どーでもいいことだけど)

こういう、付録にこそ真髄が宿ると読むのが大事。
で、朝鮮半島では何か困るのか?
そもそも、台湾が国家とするのは、それほど簡単ではないだろ?w

>自分を見せてよ。

??????
アンタは自分を見せたことがあるのか?添削のことか?www
一つでいい、アンタのオリジナリティを言ってくれ。

アメリカでは、高校生のレポートでも自分の意見考えでないことを明示しなければ
落第するんだぞ。

独創性が強く求められる論文は引用の脚注で満ち溢れているということをどう考える??
で、オイラが暇に任せてパッチワークのデタラメを一つ残らず解明することを欲しているの?

注:このあたり(オリジナリティという妄想)は語らせたらうるさいことを知らないのか?w
458ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/14(水) 00:14:16 ID:IHTfnmNS
むむ、よくわからん話になってきとる。思想と、語彙と、文体の話がごちゃまぜ。

まず、「大和言葉」ということで何を意味したいのか不明。中国語と漢語、英語と英語起源の
外来語も区別せず使っているんでねーの。

思想の話と言語の話も区別して考えたら?学術用語で外来語(漢語+西欧語起源の語)で
ないものなんかほとんどないでしょ。言語純化なんて今の時代ありえんよ。わけのわからん新造語か
誰も知らんような古語が増えるだけ。それから、このような語彙の問題と記述の問題がどういう関係
にあるわけ?
459実習生さん:2006/06/14(水) 01:06:07 ID:cEC9WB6R
>>454
論外。
よくもまー、そんなトンチンカンが言えるものだと感心してる。嫌味でなく、
本当に幸せなんだと思うよ。

一つだけ。

大和言葉がオリジナリティだとする根拠は何だい?

アンタがちっぽけで歪んだ知識から「自分で考え」てオリジナルなものに到達したから
といって、誰もが同じだとするのは大変困る。

大和言葉こそが外来なんだよ。分かってるのか?

それから翻訳を口にしない方がいい。アンタは何も分かってない。
オイラは少々得意だ。俺はアンタや他の人間みたいにハッタリで言わない。
知らないことは知らない。しかし、自分で一定以上煮詰めたものは揺るがない。
どこまでも付き合うぞ。お望みならば。

で、一行ずつの逐一反論があるんですが、必要ですか。
賛同する部分など微塵もない。というか、事実は一つもないから。

☆ 翻訳論っていえば、柳父の一連の仕事に興味を持っている人はいますか?
  彼の日本語論も秀逸です。ぜひ、意見交換をお願いします。
460ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/14(水) 01:07:53 ID:IHTfnmNS
>>456
「丁寧」なレスどーも。しかし私のレスは簡潔なのでよろしく。売り言葉に買い言葉しても仕方ねーし。
>>452のご指摘の部分は、>>438-439のやり取りを踏まえての言い換えですが。

>独創性が強く求められる論文は引用の脚注で満ち溢れているということをどう考える??

この質問にはちょっと長レス:
そりゃそうでしょう。しかし論文ならテーマがあるはずで、そのテーマが論じられなければ意味ねーわ。
つまり君のやってんのは先行研究概観にすぎないわけで、その先の考察の部分がねーのですよ。
引用の脚注が目的化してんじゃねーの。引用数を誇っても肝心の中身がなきゃ独創性も何も。

誤解してるようだが、「自分を見せろ」としつこく言ってるのは、その考察の部分を見せてつかあさいと
いうこと。○○はどう言った○○はこう書いたということを踏まえて、君はスレタイについてどー考えている
わけ?君は今のところ国語教育をどーするべという話をひとつもしないまま、こいつは馬鹿だのあいつは
阿呆だのと言ってるだけじゃねーの?

以前私が同様の指摘をした時、君は「道徳は糞だ」などと言っとったけど、今もそうなのかね?
ま、>>419の後半の質問をスルーしてんのはなぜかは知らんが、例えばこれまでの君のレスを読む限り
そーいうような話をこちらはしたいわけ。そっちがしたくなきゃ別にいいけど。
461実習生さん:2006/06/14(水) 01:24:35 ID:cEC9WB6R
ここで語られている内容で考慮に値するものはあったか?
なーんもない。だったら指導書の音読と板書で十分だと思う。これは嫌味ではない。
それを上手にしてくれたらいい。本当にそう思っている。教科書以外のテクストを
オリジナルに選ばなくてもいい。そんな恣意的なもので結果的によくなる可能性は
低い。

添削ってそれほど簡単か?有益か?
正誤の規範はどこに求めるのかは全く語られない。添削には興味ない。
興味あるのは、それを可能にする規範だ。そういう肝心なことが語られることなく
国語教育の具体的な方法論が語られ、それに満足することに辟易する。

まずは、そういう鈍さを取り除くことから始めるべきだというのが持論だ。

アンタの添削とオイラの添削が同調する可能性は理論的にどう保証されるんだ?

生徒は小学校からずっと一人の先生に教えてもらうのか?
ブレは生徒レベルでどう解消されうるのか、どの程度の多様性が認められるのか、
何は譲れないのか、そういうことはいつどう決まったのか。

阿呆の妄想談義なら指導書の方が何倍もましだ。
指導書よりマシだと胸を張れる人間はいるか?お相手したい。
462実習生さん:2006/06/14(水) 01:26:36 ID:MhAk8XU9
なんで猫はコテを辞めたのか。あんなにコテにこだわる、とか言っていたのに
463実習生さん:2006/06/14(水) 01:28:09 ID:cEC9WB6R
指導書は糞かもしれない。

しかし、それを糞以下が言っても意味はない。
生徒に努力を要求するなら努力しろ。勉強を言うなら勉強しろ。
当たり前のことだろ?
464実習生さん:2006/06/14(水) 01:31:34 ID:cEC9WB6R
>>462
少しはものを考えろ。
465実習生さん:2006/06/14(水) 01:42:54 ID:MhAk8XU9
ID:cEC9WB6Rが反応しているけど、あんた猫なのかい?まぁ連投っぷりとかオイラとか
それっぽい気もするけどね。
466実習生さん:2006/06/14(水) 03:23:12 ID:lRZexbhz

25 招き猫 ◆yk/JpL/Z9U sage 2006/06/14(水) 01:24:35 ID:cEC9WB6R

試してみよう。
467実習生さん:2006/06/14(水) 09:43:23 ID:KRi57I2v
生徒:国語と文学の"癒着"が問題なんですよ。

添削:文学の意味や価値を否定することが問題なんだ。


こんなゴミのような教師が添削すると思うとゾッとする
468実習生さん:2006/06/14(水) 09:44:32 ID:fFdr1qRi
test
469実習生さん:2006/06/14(水) 13:07:59 ID:ce9bFCQz
>>467
そもそも、採点なんてそんなあいまいで難しいものは
無理なんだよ。 ここのスレの人はできる前提で語っているけどね。
生徒に勝手に本を読ませて、そのご問題集やって、考えを修正していく
という形でないと変な方向に向かわされるだけ。
470ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/14(水) 20:55:14 ID:IHTfnmNS
>>461
>アンタの添削とオイラの添削が同調する可能性は理論的にどう保証されるんだ?

完全に同調する必要はないでしょ。するはずもねーし。
私は添削がいいと言っているわけではなく、書くにしろ話すにしろ自己表現の機会が必要だと言っとるの。
しかもそれに対する教師側の反応を示す形でね。そのひとつの形が添削であるというだけのこと。

>ブレは生徒レベルでどう解消されうるのか、どの程度の多様性が認められるのか、
>何は譲れないのか、そういうことはいつどう決まったのか。

どう決まったのかじゃねーよ。まだ体系化されてねーんだから、決まるならこれから決まるんだろうが。
『作文の基礎』といった統一的で包括的な基準は必要になるだろうね。しかしそんなのはまだない
わけで、もしやるなら教師個人ではなく、チームを組織してやらなきゃ問題はあるだろうとは思う。
出題意図、作問、評価の基準の作成は、教科を超えた教員同士が頭を絞って取り組むことだね。
学校ごとに多少のズレがあったとしても、それが言語表現にまつわる根本的な問題なんだから
いいじゃねーの。添削の基準が気に入らず、生徒が怒って別の基準を標榜する他校に移るなんて
ことになったら面白いと思うね。
471実習生さん:2006/06/15(木) 00:24:42 ID:tV+HpZpj
>私は添削がいいと言っているわけではなく

国語!!!!!!!さん、よーく聞いといてね。

>書くにしろ話すにしろ自己表現の機会が必要だと言っとるの

そんなきれいごとの問題ですかね。
公教育としての言語教育では、もっと訓練の要素が必要です。文科省の
馬鹿な指導要領に同調するような美辞麗句では何も変わりません。

その意味では「技術」ということで、国語!!!!!さんと同じ方向性と
いうことになると思われます。しかし、彼は「技術」がまるで分かってないし、彼には
技術はない。そもそも論理的な思考などない。技術とはそういう人間を作らないという
ことに他なりません。思想「内容」が右でも左でも上でも下でもどうでもいいことです。

支離滅裂、デタラメ、矛盾、論理倒錯などをなくすことが「技術」の目標です。
残念ながら、国語!!!!!さんは自らの存在と言語行為によって、「技術」を
否定しているのです。言ってることが滅茶苦茶ということです。指摘すると得意がってる
ことに粘着したりしますが、ボロも出ます。それをまた言い訳するから、結局迷走です。
もう既に十分に証明されました。
472実習生さん:2006/06/15(木) 00:32:18 ID:tV+HpZpj
同じことは、あなたにも言えます。

具体的を連呼する前に、当方の指摘に対するレスをお願いできませんか?

国語と文学の"癒着"の問題が、国語の否定になることは重大です。そういうことに
鈍感で指摘しても知らん顔。指摘とは添削です!!!!!!!!!!!!!!!!!

あなたには添削されたくないですね。技術はないし、常に論理的倒錯です。
最悪なのは、添削そのものの意味や価値を自らが否定していますから。

私の行為が、あなたの主張する
>そのひとつの形が添削であるというだけのこと。
にはならない理由が分からない。私の粘着によって、あなたは自己表現の機会がずいぶん
耕されたと思いますが。

>後半

それは国語教育とは関係ないですね。正確には国語教育あるいは国語が一つの
対等な要素ということですね。スレタイとは無関係です。メタレベルの問題を
考えつつ、その主導権を握る国語(教育)ということなら、もう少し丁寧な
発言をするべきでしょう。というか、もう少し煮詰めてから発言するのがいいと
思いますよ。

>添削の基準が気に入らず、生徒が怒って別の基準を標榜する他校に移るなんて
 ことになったら面白いと思うね。

あんまりこういうことを言わない方がいいでしょう。
ありえない可能性での印象操作です。
473実習生さん:2006/06/15(木) 00:41:02 ID:tV+HpZpj
現実的対案

・指導書を最大限に使って指導すればいい。それ以上ができる教師は、好きにやればいい。
 しかし、くだらん印象批評しかできないんだったら、指導書を音読してろ。

・言語科学という視点を認めない国語教師は指導書を音読することを義務付ける。
 テメーの妄想は聞きたくない。

・認知科学や脳神経科学の知見を援用する意志がない国語教師も指導書を音読してろ。

・いつまでも、「大村はま」とか単なる個人の経験主義を信仰する国語教師も
 指導書を音読してろ。イチローの振り子打法を真似る前に、走りこんで下半身を
 鍛えろ。それから、運動生理学くらい知っとけ。そういうことだ。

外野の素人が、教師に文句付けるならもう少し勉強してからにしろ。
それが最低限の礼儀だ。道徳ではない。礼儀であり、矜持だ。

ここでデタラメをほざいている馬鹿よりは指導書を音読する国語教師に加担する。
それは嫌味ではない。非常に現実的な選択だ。
474実習生さん:2006/06/15(木) 00:48:40 ID:tV+HpZpj
添削を推奨する人間は添削されると
どういう反応するかをよーく観察するといい。

オイラは常にそういういやらしいストラテジーをもって発言する。

一番深いところからえぐらずに、何を議論するんだ?
475実習生さん:2006/06/15(木) 01:15:21 ID:X4VglZsh
>>474
>添削を推奨する人間は添削されると
>どういう反応するかをよーく観察するといい。

言い得て妙ですね。
こちらがせっかく添削をしてもむこうに修正の意識がなければ添削の意味がないですからね。
476国語の勉強は英語で:2006/06/15(木) 01:40:41 ID:tjaWGCbX
猫、引用猫、おいら猫の三人とも同一人物だと思う。たとえ別人だとしても全員がディベ
ート・ゲームを望んでいる点で同じだ。

元々が名無しの掲示板でディベート・ゲームが成立するはずもない。たとえ今さら猫を名
のっても、ここで発言している人たちはディベート・ゲームに参加する気はない。単なる
時間の無駄だ。深いところをえぐるのではなく、罵り合いになるだけなのが見えている。
ここでディベート・ゲームをする気がない人間をいくら煽っても無駄だ。

一つ提案する。"【つまらん?】 国語の授業 【おもしろい?】" のスレッドが空いて
いるようだ。また面接さんが そちらで暇そうだ。さらに面接さんはネットでの議論・デ
ィベートが好きだ。猫、引用猫、おいら猫の全員、その空いているスレッドで面接さんと
ディベート・ゲームをやってくれまいか。私も差し入れぐらいする。面接さんをディベー
トで論破できたら一級品のディベータと認める。
477実習生さん:2006/06/15(木) 03:29:10 ID:krtEI5nC
>476
猫 に は 返 事 を す る な。

猫は「症例」として扱うべきです。
あなたは理系の人だと思うが、良い研究者というものは
実験の手順や結果の分析を、マウスと相談したりしないものです。
そうでしょう?
478実習生さん:2006/06/15(木) 09:43:56 ID:g1Iu1Y2h
ま、結局は具体的に指摘しても添削しても何の効果もないことを自ら証明する
人間が添削を勧める。重大な欠陥を指摘され添削されると不愉快になり、ますます
しがみつく。こういう人間の人間的なおぞましさはあまりにも文芸的である。

言論は言論によって反応するのではなく、言論を封殺する方向を目指す人間が
言語教育を論じようとうする末期的な症状。馬鹿どうしが馴れ合って、何か言った
ような気分に浸りたいという卑しい心性。

どれだけ論理的矛盾を繰り返しても決して治らない。治さない。
丁寧に治療(=添削)しようとすると逆上する滑稽さは笑えるか?

どんどん狭くなり、惨めにしがみつく。
いつまでもルサンチマンに燃え、結果>>477となる。


言論は言論で
論理は論理で

添削「される」のが嫌なら、されないように発言することを心がけよ。
それが進歩であり成長だ。そう受け取るような生徒だけが、添削の恩恵を受ける。

お山の大将と取り巻きサロン

よーい、ドンッ!!
479実習生さん:2006/06/15(木) 12:47:09 ID:p6t1qt+5
>>478
レスアンカー間違ってるだろ。
>いつまでもルサンチマンに燃え、結果>>477となる。
>>478だろ
480実習生さん:2006/06/15(木) 12:56:04 ID:9YD8Rv22
>>476
>面接さんをディベー トで論破できたら一級品のディベータと認める。

論破されるのはよくあるけど。頭がいい人と議論するとすぐに答えに
到達して何が間違っているか何を知らなかったかわかる
481実習生さん:2006/06/15(木) 13:42:50 ID:W1j9Csy+
日本人ってのは、徹底的に論理に弱い民族だと思うね。
教育で論理性を身につけることに重点が置かれていないことに加えて、
日常のコミュニケーションの中で、論理性が目立つ話し方をすると嫌われる。
これは司馬遼太郎なんかも指摘していることだよね。

このたびのワールドカップでも、目的合理性なかんずく形式合理性を整えていない
日本代表を見ていて、日本人ってほんとに頭が良い民族と言えるのかどうか、
つくづく考えさせられた。

西欧以外で最初に近代化を成し遂げた民族であり、現在でも世界第2位の経済規模を
誇る国家を建設しはした。そこら辺に勘違いのもとがある。何をもって賢い民族と定義するか
の問題はあるにせよ、論理性を著しく欠きながらの賢さであることは間違いなさそうだ。

日本人ってのは、村八分されたら非常に生きにくい社会を作ってきた。そこでは、自分勝手を押さえる
ことが美徳とされた。論理際だつ指導者など必要としない社会だった。共同体へ高度に調和する
人間性こそが尊ばれた。
そういう資質の人間がたくさん居て、それに加えて全体を見渡せる少数のエリートとのマッチングで、
この国は、多少なりとも成功を収めてきたのだ。これがこの国の現実であろう。
482実習生さん:2006/06/15(木) 14:08:52 ID:ULEYBn9c
>>481
で、国語教育と関わって何がいいたい?
483実習生さん:2006/06/15(木) 15:44:04 ID:W1j9Csy+
日本人のどんな資質が、明治維新や戦後の高度成長を可能にしたか。
先ほど、自分勝手を押さえる資質を挙げたが、もちろんそれだけではない。
細かい部分に関する感性、心遣い。イデオロギーを持たない故の柔軟性。
これらの資質は、論理性を持たないことの裏返し的側面が強い。
もし、一般教育において、論理の獲得を目指す方向へ舵を切れば、日本人らしさが
失われる可能性は非常に高い。

かといって論理性の獲得を全面否定するわけではない。なぜなら、日本ではリーダーたる者の
高い総合判断力の獲得が求められている。その際論理力は大きな武器になるであろう。
そう、今の日本に必要なのは、高い総合判断力と高い倫理性を兼ね備えたエリートだ。
言い換えれば、腐敗しにくいエリートを継続的に世に送り出せるシステムをいかに構築するかが一番の問題であろう。
484実習生さん:2006/06/15(木) 16:04:46 ID:dUz67xPj
>>483
それには教育の機会均等がいい考えだと思います。
ビンボーだから高校に行けないとか、公教育の二極化は
よくないと思います。
485実習生さん:2006/06/15(木) 17:04:26 ID:BIC05awD
>>483>>484
愚民政策がよい、と言っているわけですね。
一部のエリートに導かれる馬鹿な集団、それが日本というわけ?

しかし、一部のエリートが間違ったら?結果は壊滅的。

それは危険なので、馬鹿の意見も尊重しましょう、というのが民主主義。
本当に馬鹿かどうかは、かなり先にいかないとわからない、ってことがあるから。

経済政策は問題だけど、民主主義のほうがリスクは少ないんじゃあないのかなあ(笑
486実習生さん:2006/06/15(木) 17:17:49 ID:W1j9Csy+
昨今の小泉人気に象徴されるように、衆愚政治のほうがよっぽど危険だと思うけどね。
これは政治学上、結論の出た話じゃないのかな。。
487実習生さん:2006/06/15(木) 17:28:10 ID:7LzE5Ccy
基本的に単一、農耕民族で、植民地支配されたことがない
国家。世界的にみても珍しい国だね。
だから、本能的に厳しい議論より和を尊び、周りの目を気にする。
しかし、DNAは優秀だからおいつめられると異常なパワーを発揮する。
それは、歴史が証明していると思う。
しかし、仲間意識がぬけないレベルだから、本当に優秀な人材、
組織というものを客観的評価できない。
また、ひろく世界にたいしての対話能力も低い。(特に戦前)

まあ、もうそろそろ机上点取り君(戦前昭和エリート軍人)のような
無能エリートではなく、前者が述べてるノブレス・オブリジェ精神の
真のエリートが必要である。

戦後は民間企業が企業・国際間競争にもまれてアメリカ型のエリート
教育、人材登用により現在も結果をだしてきているが、戦前的エリート
(ぺーパー試験優秀だが職務能力に乏しい)がまだ跋扈する役人と
医学の世界を改革するのが急務と思われる。

488実習生さん:2006/06/15(木) 17:46:44 ID:W1j9Csy+
>しかし、DNAは優秀だからおいつめられると異常なパワーを発揮する。
それは、歴史が証明していると思う。

これは、何のことを言ってるのか?
どうして、DNAが優秀だと言い切れるのかわからないし、
異常なパワーを発揮した歴史的場面って何のこと?
489実習生さん:2006/06/15(木) 18:59:51 ID:EojBqkKM
>>485
一部のエリートは間違わないんで・・

間違わないと言うより、一番最適な答えをだす。馬鹿な国民の意見なんて
今の社会そのものなんだけど・・
490実習生さん:2006/06/15(木) 19:00:49 ID:EojBqkKM
>>486
愚政治にしているのは大多数の馬鹿国民。 選挙権は国民がもっているので
国民がYESといえばなんでもできる。ただし、馬鹿なので政治に興味が無いから
ばかな政策でも何でも通る。
491ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/15(木) 19:40:08 ID:s9jWp1AY
>>490
そーいう国民は今の教育で作られているんじゃねーの?といつも思う。
DNAなんかじゃなく、後天的なものだというのは明らかでしょ。
492実習生さん:2006/06/15(木) 19:54:25 ID:r5LY3HIX
国語を通してどんな人材を作る手助けをしたいのかな。
エリートってなにかな。
493ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/15(木) 22:01:54 ID:s9jWp1AY
>>471-472
うへえ、相変わらずなんだかおかしな話になっとる。

>公教育としての言語教育では、もっと訓練の要素が必要です。文科省の
>馬鹿な指導要領に同調するような美辞麗句では何も変わりません。

自己表現だって訓練しなきゃ身につかんよ。それに作文教育は「書く」ことの教育なのだから、国語の指導
要領に載っているのは当然。しかし、それがまともにやられていないから問題なんでしょ。

>私の行為が、あなたの主張する
>>そのひとつの形が添削であるというだけのこと。
>にはならない理由が分からない。

分からんのは、添削が何なのか理解できていないからじゃねーか。自分の2ちゃんのレスと添削を同一視
している時点で既にどーしようもない。あほ草くてまともに相手にできんよ。

>>473が具体的対案??笑わせてくれるね。「釣り」なら「釣り」でいいから、もう少しましなのにしてよ。
494実習生さん:2006/06/15(木) 23:25:04 ID:Eg30WxSc
なかよしでおながいしまつ。

子どもたちに見られているかもよ(笑
495実習生さん:2006/06/16(金) 00:13:38 ID:e+PMrrks
ID:W1j9Csy+ さん

スレ違いと言われるかもしれませんが、いい視点だと思います。
ただし、あなたの言われるエリートがどのような層なのか、正確には分かりません。

戦後の経済はエリートあるいはトップによって支えられたのではありません。
末端の労働者の質が良かったので、その結果商品の歩留まりがよくなり品質を獲得
しました。例えば、アメリカでは自動車工場の労働者で英語を理解しない人間はたくさんいます。
だから簡単な指示でも伝わらないので工場内の表記でも道路標識みたいに図示されている。
こういう非能率は非常に大きなファクターとなります。
最近は改善されましたが、アメリカの労働者の質はかなり悪かった。いい加減な組み立てを
してたから、ネジの一つや二つなくて当たり前。新車のボンネットを開けたらコーラのビンが
入っていたという話もあったようです。

日本は裾野の優秀さで他国を圧倒していたのではないでしょうか。
トップの優秀さで抜きん出ていたことは昔も今もないと思いますよ。

日本の公教育は世界に誇るものだった。コストパフォーマンスという意味でも。

「ゆとり教育」というのは、本質的にはエリート育成と愚かな消費者を育てる
政策だったことは既に明らかになっています。短いレスですが、>>484さんは本質
を突いています。いつでも引きずりおろされる可能性によってトップは活性化する
んだと思いますよ。
496実習生さん:2006/06/16(金) 00:17:36 ID:e+PMrrks
>>491
やっと大事なことに気付いたようですね。

>そーいう国民は今の教育で作られているんじゃねーの?といつも思う。

かつて、どのように国民が作られてきたのか、それを精密に考えることから
未来を考えるべきだということですね。

ちなみに、『国語』とは(均一な)国民養成の道具ということです。
早く>>491の続きをお話ください。
497実習生さん:2006/06/16(金) 00:27:43 ID:e+PMrrks
ID:W1j9Csy+ さん への問い

論理性と美徳は背反するでしょうか?論理性と美学は俳中律の圏内でしょうか。

数学の教師が論理的に考えることができるというのは偏見です。そもそも、彼らの
論理とは閉じた体系に特有なものです。我々の生を背理法で考えるような馬鹿もいます。

数学の論理が適用できなければ、すぐさま非論理的になると考えるのも困ります。
ただし、仰りたいことは分かっています。もう少し掘り下げたご意見を頂戴したく思います。
498実習生さん:2006/06/16(金) 00:34:45 ID:CrkkCIg8
まぁこういう話しも面白いのだろうけど、途中から出てきた人にどんどん引っかき回されて
なんか今までの話しと違う、遠い方向に行くってのはROMっている住人にとってはどんな
気持ちなんだろうか。
499実習生さん:2006/06/16(金) 15:43:02 ID:TGJy6D0b
>あなたの言われるエリートがどのような層なのか、正確には分かりません。

理想的なエリート、指導階級等の概念を妄想するとき、
人によってさほど差異が生じるとは思いません。
有り体に言えば、継続的に高い総合判断力を発揮出来る人材でしょう。
ただ、ここで問題にすべきは、どのように、そのような人材を生み出すシステムを作るかです。
エリート層をどのくらいの年齢で囲い込むとか、エリート層に食い込めなかった人々を
どのようにケアしていくのか、特権的な地位に起こりがちな腐敗をどのように担保していくのか、
どのような人材が教育を担うべきか等々。
エリート教育の開始年齢一つ取ってみても、あまりに早すぎると、庶民感情を全く理解しない
エリートになってしまうし(現状この感あり)、また遅すぎても、エリート層に食い込むために
費やされるエネルギーのために、余力なしでのエリート教育になりかねません。

>「ゆとり教育」というのは、本質的にはエリート育成と愚かな消費者を育てる
政策だったことは既に明らかになっています。
>日本は裾野の優秀さで他国を圧倒していたのではないでしょうか。

そうですね。ただ「愚かな」という言葉が表記された途端、
だれもゆとり教育をもう一度見直そうとはしないでしょうね。
ここで問題とすべきは、ポストモダンな社会に、一律、平等、詰め込み等の成長期モデルの教育スタイルが
制度疲労を起こしているということです。
そのことは文部官僚も判っていて、だからこそのゆとり教育だったのでしょう。
その後の顛末はご存じのように、学力低下という形で現れ、ゆとり教育批判へとつながっていきます。
ゆとり教育批判は、脱構築を図る意味ではよいでしょう。
ただそれが以前の教育モデルへの回帰を意味するならば、私は反対ですね。
500実習生さん:2006/06/16(金) 15:46:05 ID:TGJy6D0b
続き

>論理性と美徳は背反するでしょうか?論理性と美学は俳中律の圏内でしょうか。

今の日本で回帰出来る美徳なんてありますかね?
私の世代で言うと日本男児や大和撫子であって欲しいなどど思ったりもしますが、
そんな私の思惑など足下から突き崩されて、だんだんと肩身が狭いです。
ここで問題とすべきは美学と論理の両立でななく「空気の支配する社会と論理との併存は可能か?」
ってことになるでしょう。
日本人の空気に支配される体質ってのは、未曾有の敗戦を経ても何も変わらなかったわけで、
それこそ空気を読めない奴は日本人じゃないって言っていいくらいのしがらみを有しています。
この空気を読む行為と論理を使いこなす行為との相性の悪さは言うまでもないでしょう。
ただ、全く救いがないわけではありません。それは、日本人が論理の側に近づく可能性ではなく、
社会が論理をさほど必要としないものへと変質していっているからです。
論理が近代と抜群の相性を見せるのとは裏腹に、ポストモダンな現代は脱論理の流れが非常に太くなってきています。
意味を必要としない大衆が増加していると言うことです。
501実習生さん:2006/06/17(土) 00:19:08 ID:nvXugRXP
>>499
>そのような人材を生み出すシステムを作るかです。

その通りですね。

>囲い込むとか

その必要はありません。少なくとも公教育においては。自然淘汰が最適です。
下克上がない社会はよどみます。囲い込みは親の経済的な状況に決定される
というのはいろんなところで言われていますね。すなわち、二極化です。
このような格差の固定は、現代の「囲い込み」として機能していますが、
全体への寄与は希薄です。公教育は、このような囲い込みが壊される方向を
目指さないとなりません。しかし、現実は反対で放棄してしまいました。

囲い込み=階層的な弊害を打破するために科挙は生まれました。
広く人材を求めるためですね。結果的には受験戦争というレッテルを貼られるような
弊害もあるでしょうが、囲い込み=固定化よりは何倍もましです。それは今証明
されつつあります。
502実習生さん:2006/06/17(土) 00:28:00 ID:nvXugRXP
エリートとは現代的な意味においての科挙によって生まれるものでないといけません。
徹底した機会の保証です。経済的に厳しい人間でも優秀な人材は眠っています。
そういう人にも可能性を与えるようなシステムが全体を活性化するのです。

優秀な小学生に奨学金の制度を作るとか。それによって塾に通える。
金持ちの馬鹿からはガッポリ税金を取ればいいのです。

門地門閥など関係なく、能力によってだけ判断されるシステムだけが全体を
救えるでしょう。ただし、

>エリート層に食い込めなかった人々をどのようにケアしていくのか

という視点も大事ですね。
イメージで言えば、上限はリミットオフで下限は公的に制限するような感じです。

>ポストモダンな社会

日本はかつてモダンが形成されたことはありません。そのことはよく論じられて
いますね。ずーっとモダン以前だったから、簡単にポストに移行しただけのように
見えます。
日本は、ある意味一度モダンになるべきでしょう。それは西欧的な意味においてで
いい。殖産興業というのはモダンの一面である。そして、それは本質ではない。

個人の内面において、モダンになるべきだということです。徹底した違和感=齟齬感
とともにモダンになるべきでしょう。そのとき、旧来の国語教育は変貌するでしょう。
「技術」という言葉で粗雑に語られている問題の多くは、この圏内において把握
されるでしょう。
503実習生さん:2006/06/17(土) 01:04:38 ID:nvXugRXP
>脱構築

日本は二項対立がなかった。だから脱構築もなかったし、これからもない。
理論的にありえない。西欧的な意味において、対立がなくてはならない。
前近代が今まで副流水のようにずーっと流れてて、ちょっと噴出すると脱構築の
ように見えるだけです。

取り合えず、方法論的に便宜的に西欧的なモダンを(擬似)体験することを
意識化することが大事です。国語!!!!さんのように、ガチ理系で技術を
連呼するが情緒的な思考、いやパブロフ犬のような反応しかできない頭の駆逐
を目指すべきです。

これは西欧の真似ではない。一度は侵略され植民地化され、そしてなおかつ独立
しないと目覚めないのです。そういう深さで考えないから困ります。

なんとなく流れ込んで、混在してきたような過去の反復では何も見えません。
荒療治ということです。

>「空気の支配する社会と論理との併存は可能か?」

これなら分かります。
>「空気の支配する社会」とはモダン以前=中世の神学的な空間=彩られた時空間
に他なりません。日本の『空気』はしっかりと色付けされています。それに染まらない
ということが論理ということになりますね。
504実習生さん:2006/06/17(土) 01:10:30 ID:nvXugRXP
>それは、日本人が論理の側に近づく可能性ではなく、社会が論理をさほど必要としない
 ものへと変質していっているからです。

こういう認識こそが日本的で情緒的で非論理的で空気的ではないでしょうか。
論理が必要か否か以前の段階であるということが重要なのです。いまだ社会は
論理を経験してはいません。

ドリアンを食べたことがない人間が、それを不味いと言うようなもの。
そして、まるで食べたかのように感じ振舞えるのが日本的なのです。その真髄が
国語ですね。まさしく、空気の醸成を意図します。

日本の社会とは未経験の論理をまるでたらふく食べたかのように感じるように仕向けられる
「場」です。そして、そこに漂う空気は国語を中心として満たされます。

>論理が近代と抜群の相性を見せる

近代がいまだ存在していない(なかった)日本は論理が未来のものだということです。
要不要以前の問題です。江戸の住人は携帯を欲しがりませんでした。そういうことです。

>ポストモダンな現代は脱論理の流れ

それもまた別の論理かもしれません。少なくとも私はそういう視点で考えています。
情緒的なものというのは、徹底した論理ですくい取れないものに名付けられるべきものです。
しかし、対立するものであるかのように語られる。上では、そのような意味で私も使っていますね。
いつか、日本では相補的になるようにしたいものです。そのためには徹底した論理です。
505実習生さん:2006/06/17(土) 01:20:31 ID:nvXugRXP
>意味を必要としない大衆が増加していると言うことです。

こういうのを(悪い意味で)情緒的な思考(=非論理)と言います。
要不要とは西欧の猿真似にすぎません。日本はまだ論理の味を知りません。
同じように意味を知りません。知らない意味が過剰しているのが日本です。

というか、記号がいまだ意味を誕生させないまま充満している。
そのような記号と戯れ意味を捏造させる。日本の中世的な神学空間というのは
キリスト的な単一な色付けではなかった。解釈が場によって決定される。日本という
場は意味を豊か=何でもありにするようなところなんですね。

日本はまだ意味を知りません。
それはあなたが意図したような意味においての「意味」です。キリスト的中世神学空間
はリジッドで単色です。それを払拭するかのように近代のデカルト空間=均質無限空間は
誕生しました。キリスト色は完全に拭えていないのはもちろんのことです。問題は、
それが単色だったということです。淡い水色の画用紙は、無色に近似します。少なくとも
均質であるということは重大です。

日本は既にグチャグチャでした。脱色してもグチャグチャへの色付けは難しい。
どんな記号も意味を万華鏡のように変化させるでしょう。予測不可能。

意味の過剰からの逃避 → ネットウヨ、オウム、小泉のワンフレーズポリティックス
             国旗国歌(まさしく単色!均質!)、2ちゃん国語教育スレ・・・

意味を必要としないのではなく、近代のデカルト空間を歪んで体験しようとする。
キリスト的神学こそがデカルト空間を可能にした。そのような単一なものを倒錯的に
求めるのが日本の大衆です。弱さが欲するのです。放置していても、そうなるのです。
ならば、近代を手に入れる方がずっとましです。
506実習生さん:2006/06/17(土) 01:25:03 ID:nvXugRXP
不自然に齟齬を全身に感じつつ、シッカリと西欧に浸る。そこから、考えないといけません。
まさしく空気のようにチビチビと侵略されるから麻痺するのです。

急性アルコール中毒で運ばれないとアルコールの恐ろしさは分からない。
大衆とはそういう存在ですね。

国語とは、もう一つの逃避行であってはいけません。
我々日本人は、彼らを「演じる」ことができるということ。そのことによって、
旧来の国語を撃つことができるでしょう。西欧かぶれは、演じるのではなく、
そのままを自らだと思いあがり生きてしまう弱さということです。しかも、
まるで西欧を知りません。それが特徴ですね。
507実習生さん:2006/06/17(土) 05:09:09 ID:6l1/4FSW

と、こうしてなにやら新春対談のごとき毒にも薬にもならぬ
やり取りが続くのです。

これこそが、猫の夢だったのです。
508実習生さん:2006/06/17(土) 07:50:09 ID:sbDiAtaA
と毒しか吐けない輩もいるようだw
509実習生さん:2006/06/17(土) 10:05:46 ID:37tuALOU
スレが腐っていく。。。
510実習生さん:2006/06/17(土) 14:26:22 ID:6m4jlaA6
小学校に英語導入とかで導入する理由が、しゃべる動機付けとか
いろいろ理屈をこねくりまわして言っている。
あれだとどちらが正しいかわかりにくいけど、その授業をうけた生徒を
後々テストすれば何にも英語話せないか話せるかすぐにわかる。

テストさえすればいいか悪いかすぐにわかるということ。


つまりこれは国語の議論においても同じことがいえて、いくら言い悪いの
理屈をこねくり回してもわかりにくいだけ。 国語を終えるとこんなテストをさせて
これのテストでこれだけ点がとれるみたいにいわないと。
511実習生さん:2006/06/17(土) 14:29:12 ID:6m4jlaA6
>>136

1、ペン習字のテスト
2、議論をさせて評価、議論をやった時間
3、作文を書かせて評価、書いた枚数
4、漢字テスト
5、敬語でしゃべらせてテスト
6、実際によませて時間をはかるテスト
7、面接をやらせてテスト
8、筆記試験の成績
9、 会話をさせてテスト
10、スピーチをさせる。

と全部テストができる。
512平下流:2006/06/17(土) 22:44:31 ID:fBYn5Skw
暫く、留守にしていましたので、遅くなりました。

>>452
>>439
>わからんのは、「日本語特有の感覚」「文化」を重視しておきながら、これまでそれらを担っていた文学を
>否定するところ。聞きたい「答え」は、じゃあどうやってそれを授業に取り入れるのかということの方ですよ。

相手の目的が解らないのに、何故、手段を求めるのでしょうか。
手段から逆算すれば、相手の目的が解るということでしょうか。

初めに手段ありき、とすればその後の話は混乱するばかりで、不毛と考えます。
目的が明確になれば、手段はそれから考えればいいことでしょう。
513実習生さん:2006/06/17(土) 23:51:33 ID:VD0Fhx1L
突き詰めれば、和魂洋才でいこうって話なんでしょうね。
それでもって、和魂の要が国語ってことか。
まあ、おフランスも最後の砦に仏語を据えて、これさえ外さなければどんなフランス人もOKって
ところまで思考を煮詰めているますからねえ。現代思想の卸問屋がそうなんだから、
相当本質的な設定だと思う。

近代の徹底なくしてポストモダンなしってことだけど、
社会の発展史観に囚われすぎているんじゃないだろうか。
発展史観は西欧の歴史から抽出された一般論であって、
日本人の精神の停滞をうまく説明できない。
教育勅語的な道徳観を有していた期間こそが、日本の歴史の中での例外だと思う。
それこそ先日亡くなられた今村昌平監督の「楢山節考」に描かれる世界のほうが
よりリアリティーがある。それこそ、情緒的観測だと言われちゃうかもしれませんがね。
514実習生さん:2006/06/18(日) 00:40:29 ID:rxpj4zB7
>目的が明確になれば、手段はそれから考えればいいことでしょう。

御意
目的がプラグマティズムだとすれば分かったような気になるのが困ります。
ビジネスの世界で即使えるようなことだけがプラグマティズムではない。
リストラされても、内的には統一的に生きられるような本質的に生を支える
言葉が真に実用的なんだ。搾取されるために生きているんではない。生きるために
少々搾取に耐えているだけなんだ。何がより根源的かを考えられない阿呆で
"国語"は汚物まみれになった。

>言語教育破壊者

文芸って、別称による印象操作は論理的か?w実用的か?w

末期ガンの患者がベッドで契約書を読んで、精神の平静を保てるのか?

実用的とはな、我々の生をより根源的に支えるものからプライオリティを考えて
判断するべきものなんだ。公教育ということを少しは考えろ。

阿呆とは、思想は糞だーと叫びながら必死こいて思想を語る人間のことだ。
何度指摘しても、何度論理を説いても情緒的にしか反応できず、逆ギレや開き直り
で誤魔化す人間のことだ。

そして、言語教育とはそういう阿呆を指弾するものでないとならない。

で、皆さんリアル実社会で同じ言葉言えるんでしょうか?
一度オフ会をしたいですね。ここで告知して。
515実習生さん:2006/06/18(日) 01:19:53 ID:rxpj4zB7
>日本人の精神の停滞をうまく説明できない。

矛盾です。
「停滞」と断定するためには西欧的発展史観を絶対的な公理=前提としなくてはいけません。
別の系譜だと解すればいい。ただ、それが外部世界というレベルでは単に異端あるいは
エラーとなるのです。多数決です。

悪役を演じる人間は極悪とは限らない。
我々は西欧を演じればいいのです。意識化とは対象化ということです。これは認識主体
とは対立するものです。いつのまにか内面化している現状を憂います。

近代文学であっても、古典であっても、現代思想かぶれの評論であっても、
空気のような内面化を揺さぶるものであればいい。その意味において反国語教育です。

古典は日本という国民国家の正当性(正統性)を支持しないということが重要です。
源氏でも万葉集でも、今の規範や倫理では読めません。父親の愛人に欲情する倒錯者の
リビドーの美学と読まないで何をするの?あのときのエクスタシーが忘れられないわ、って
詠える美学を読まないでどうする?
516実習生さん:2006/06/18(日) 01:20:25 ID:rxpj4zB7
>教育勅語的な道徳観

こういうものに日本の精神の真髄を見るような言説がいまだ耐えませんね。
白痴なんでしょうかねー。儒教道徳の申し子。ありがたがる神経が理解できない。
売国奴であるか、無知であるかのどちらかなんでしょうが。

>今村昌平監督の「楢山節考」に描かれる世界

あまりにも自然史の必然道徳なのですね。
なぜ、草食動物は群れているか、そういう摂理と同値であるからこそ
リアリティを持つのでしょう。阿呆は何でも捏造された物差しで見ようとする。
そして、現代は捏造された世界を生きることが自然になってしまったということです。
ならば、そういうすべて(自明なこと、空気・・)を対象化することが言語教育
の役割です。空気の流布が役目だとしたいのは為政者です。彼らは国語によって
国民と国家を形成し維持したいのですね。もちろん、そのおこぼれは頂いている
ということを十分に分かった上で言ってます。そういう微妙なことも全部勘案し
「演じる」と言ってるのです。
517実習生さん:2006/06/18(日) 01:41:12 ID:br7S9SvE
rxpj4zB7氏よ、どこか他のWEBサイトに主張をまとめてくれないか。ブログでもいいけど。
518実習生さん:2006/06/18(日) 14:52:16 ID:TfE7xq53
まあ読んでないんだけどね
519ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/18(日) 16:51:45 ID:NXLejevo
いやはや、ネコ君、相変わらずだねえ。
言いたいことはたくさんあるようだけど、全く整理されていないように見えるよ。
会社でプレゼンをしたことあるかい?学会(≠研究会)発表は?そしてその後の聴衆からの反応は?

優れた者は、技量や知識に秀でているだけでなく、自分の専門領域を論理立てて体系的にわかりやすく
実演・説明できるもの。私もずいぶんいい加減な話をしているので人のことは言えた立場じゃないが、それ
でも君のレスについて述べさせてもらうと、内容がどうこうという以前にだね、少なくとも「聴いてる/読んでる
人に自分の主張をわかってもらうための工夫や努力」の跡がほとんど見えないんですわ。自分の考えを単に
連発するばかりか、それが「自分の文脈」での発言にしかなっていないということに気づいていないの?

君の話は具体例を欠いていて、わかりにくいんだわ。比喩的な言い換えをしてもそれは例じゃないし、説明
したことにはならん。例えば>>501-506
「エリート」「ポストモダン」「脱構築」「論理」「近代」などといった君の好きな用語が出てくるとそれに飛びついて
解説を始めるのはよいが、それが何の文脈でどう繋がって、>>506の「国語とは、もう一つの逃避行であっては
いけません」になるのさっぱりかわからん。別にその論旨がいいとか悪いとか今の時点で言うつもりはなく(という
より端的に何が言いたいかわからん)、敵対的な感情をぶつけているわけではないので誤解なきよう。とことん
付き合うから、きちんと説明せーや。
520実習生さん:2006/06/18(日) 18:37:04 ID:zUcWQIIN
↑あんたもこのスレで偉そうにしているわりには、意外と中身がないんだねぇ。
このレスでただ単にエラソーにしたいだけなのが、よーーーーく、わかりました。
521実習生さん:2006/06/18(日) 18:56:31 ID:pULV7RHS
表現は簡潔に!
522きゅーじぅ:2006/06/18(日) 20:51:03 ID:BDyjvgmL
287さん
>>444,446,447,448
丁寧なレスありがとうございます。

嫌いな科目に対しては、なんに対してだって「こんなのなんの役に立つの?」
みたいな話はつきないし、それはサボリ心の正当化の理屈に過ぎなかったり
するのであまりきまじめにとってもしょうがない、というところがありますね。
(これは猫さんもよく言っていることですが。)
まぁそれにしても国語科の授業は、国語が得意な人にもそうでない人も
嫌われがちな気がしますが。どんな科目であっても、その科目自体が好き、
ていう人はその科目の初等教育者としては実は向かないのではないかと思っています。

>>448
意図や意義は基本的に賛成ですが、取り扱いは抑制的、限定的で
あるがよいような気がします。特に>>448のようなものが主目的
であるとすると、その理解の深さが点数化につながるとすると、
なかなか気分的につらいかも。

>ところで、文芸よりが許せないかもしれないですが、どうもそれはそもそも「空気嫁」の
>文化から来ているものジャマイカと私は考えます。

「それ」の指す対象がよくわからないので、よくわかりません。が、おもろそうな
話ですね。どういうことですか?

同じ話かどうかわかりませんが、あの「空気」はなんとかならんものですかねぇ。
あれが人から言葉を奪っている。話して、表現して、わかってもらえなければ
だめだ、という状況もあることを理解してほしいのですが。
523実習生さん:2006/06/18(日) 22:56:57 ID:bWnAb1we
>>519
>会社でプレゼンをしたことあるかい?学会(≠研究会)発表は?そしてその後の聴衆からの反応は?

そういう閉じた狭い共同体でジャーゴン(jargon)をモノローグのように語っても
公教育として「"国語"教育」にはかなり距離があると思うけどね。

千差万別、多種多様、罵倒の嵐・・・の相手に一発勝負している状況においては、糞なことだ。

アンタ、飛び込みの営業をしたことあるか?ま、そういうことだ。

>内容がどうこうという以前にだね

こういう重大なことをサラッと言ってのける神経が分からんよ。内容を引き算して、
後は揚げ足取りをしたいということか?

>「国語とは、もう一つの逃避行であってはいけません」になるのさっぱりかわからん。

あのね、「国語」が国民養成の道具だというあたりは常識でしょ?それとも、そういう
論に異を唱えるんですか?あなたには「国語教育」を論じるベースをもっと説明するべきなんですか?
当方の説明の仕方の問題でなく、常識の欠如が不理解の原因だとしないのはなぜですか?

その上、その常識を説明したら
>解説を始めるのはよいが、それが何の文脈でどう繋がって
となる。どうしても満足してもらえないみたいですね。

日本語教育とは
母語としての日本語、標準語としての日本語、方言としての日本語、侵略語としての日本語・・・
たくさんの位相を捉えて欲しいのです。国語とは、その一つにすぎません。それを疑う視点を
同時に提出するような教育が望ましいのです。
524実習生さん:2006/06/18(日) 22:58:13 ID:bWnAb1we
無限に漂う記号は、無限に意味を生成させます。実は日本の「空気」は崩壊しているのです。
だから、国語や国旗国歌によってコンテクストの地ならしが必要になっているのですよ。
大陸・半島からの流入→欧米からの無制限の侵入などによって、ずっと以前から「空気」は
既に危機を迎えているのです。宣長の憂いはそういうことです。ま、彼自身も漢意に囚われていた
ということを彼は自覚していなかったことが痛すぎるのですが。外部に敏感になりオリジナリティ
探しは馬鹿なネットウヨに受け継がれているわけだ。

実体は七変化のコンテクストに不安を覚える。すると、単一なものを求めるんだ。
すると、腐ったナショナリズム、君が代の強制、『『国語』』にズッポリはまるという
按配だ。そういう捏造された絶対普遍単一信仰よりは、近代を演じることの方が
ずっと健康的だと言っている。それを担うのが言語教育だ。

日本なんかに「空気」などとっくにない。だから、慌てて「空気」を捏造する必要が
出てきて暗躍する人間が登場する=小泉劇場の始まり。ポピュリズムもまた空気捏造の
一幕だ。

空気嫁って、ここでもどこでもよく聞く。阿呆としか言いようがない。空気って、本当の
空気って読むものじゃーない。江戸の人間は#空気#なんか知らなかった。
空気って、どうしても取り除けないようなものなんだ。あなたたちから、空気を読めない
典型として扱われるオイラに、西洋から来た人間はずっしりと重い「空気」を感じることだろう。

空気とはそういうものだ。内部者には分からないものなんだ、本当は。
道徳=共同体の掟などなどを空気にするな。どうして、精密に考えることができないんだよ。
525実習生さん:2006/06/18(日) 23:06:58 ID:bWnAb1we
単一絶対普遍がない不安を国語で取り戻してどうするの?
言語教育とは、無意識の真なる空気の対象化を目指すべきなんだ。そこで初めて他者との
コミュニケーションの契機が開示される。

オイラは標準語・共通語としての日本語それ自体を否定はしていない。それは一つだ。
それを絶対化するんではなく、相対化する。国語の外部に出る。そこでしっかりと日本語を
見つめ考えることが大事だと思う。

日本人であること、日本語であること、こういう非物質的なことがまるで物質的であるかのごとく
迫ってくるのはどういうときか。外国に行ったとき、日本語を解する人間が一人もいないとき、
相対化・対象化とはそういう「場」を疑似体験するための方便なんだ。

>とことん付き合うから、きちんと説明せーや。

えっ??
今まで指摘したことにはお付き合い願えないんですか??????
例えば、「国語と文学の『癒着』の問題」を「文学の『否定の問題』に歪曲したような
例をいくつか挙げました。しかし、黙殺です。これは瑣末ですか?オイラには
あなたの発言の中心であり、スレタイ「国語教育」の根幹に触れる部分だと思いますよ。

添削を自己表現の機会の一つだとあなたは言ってのけた。その時点で、それだけで
アンタは完全にアウトだ。あのな、自己表現を言うんだったら分かればいいという
方向になると思うけどね。すなわち、「反」添削だ。このあたりも瑣末か?オイラには
どう考えても根幹だと思うよ。

ま、こういう例は枚挙に暇がない。なんなら、このスレの最初から精査して列挙しようか?

取り巻きも弱いというか、なんというか。どうでもいいことで言葉を紡ぐ。
で、根幹に関わる矛盾はスルーだ。一体何を目指しているんだ?

取り合えず
526実習生さん:2006/06/18(日) 23:18:52 ID:bWnAb1we
知らないことは知らない。が、ハッタリでは言わない。それでは粘着して連投など
できない。続かないから。

ここは、思いつきをパッパッとおしゃべりするのが空気のようだ。
パブロフ犬の国語教育に変えたらどうなんだ?

いい加減な言論で言語教育を一刀両断。気持ちはいいだろう。しかし、失礼だろう?
スレタイを大声で100回言ってみよ。

F総研のセミナーをお勧めするぞ。
あそこに行けば、馬鹿でも立派な歯車に仕立ててくれる。もちろん、実用の神様だw

そういうところは昔もあって、話題になった。そうそう、G理研とかT教会とか言ったっけ。
国語なんて、国旗国歌なんて、日本のナショナリズムなんて、そういうのと何一つ変わらない。

てめーら、ホントに救う気はあるのか?
527実習生さん:2006/06/19(月) 00:58:47 ID:Xa3RjxvD
でもさ、あんたの連投、粘着、衒学趣味の言葉遣い、で、それこそ、日本の国語教育の過去
スレが何度も止まり、あげくには落ちたのもあるじゃん?そういう"実績"を無視して言葉だけ
カッコイイことを言い続けるのかね?
528実習生さん:2006/06/19(月) 16:01:11 ID:yATE4/f5
文章は短くまとめて簡潔に言わないと、だれも読んでられない。

簡潔にかいて足りない部分は議論で説明と言う形がいろんな人に
理解される方法
529実習生さん:2006/06/19(月) 16:16:48 ID:cuDWt5xh
誰と誰がセックスしてもいいんですよ(互いの同意でね) キモチィ〜セックスしろよ〜
誰と誰がどんなセックスしてもいいんですよ(互いの同意でね) キモチィ〜セックスしろよ〜 
ヤリタイ盛りのセックスしてもいいんですよ キモチィ〜セックスしろよ〜 
ヤキモチの相乗効果を利用したセックス? 
男(彼氏・旦那)が求めてくるの目的(男が怒る場合もあるかな) キモチィ〜セックスしろよ〜
530実習生さん:2006/06/19(月) 16:28:06 ID:cuDWt5xh
>>529
Family planning!コンドームの知識!セックスによる免疫不全症候群や他の病気の知識!
531実習生さん:2006/06/19(月) 17:40:28 ID:byakKcrF
昨日のあんな時間に書き込みしていないで、
川口のPK場面でのスーパーセーブを是非見てもらいたかったね。
論理を無意識が超越した瞬間だったのだから。

話はこうだ。猫さん的論理構造では、キッカーが玉を蹴り出した後で、
その球筋を確認してから、体を倒す方向を決めていたのではゴールを
割られてしまう。
だから、2分の一以下の確率ではあるが、事前に飛ぶ方向を決めておき、
あるエリアを潰す戦略が正しい。
あるいは、偽情報としてこちらが飛ぶ方向をキッカーに示し、キッカーの蹴る方向を
誘導する。そうして、偽情報とは逆の方向に飛びキャッチの確度を上げる。
まぁ、論理マンセーが陥りやすい発想ではある。

しかしあの場面は違った。川口が、奇跡を起こした。
そう、我々蓄群(笑)は奇跡の証人となったのだ、、、、、。
と書いてみたが、実はあれは研ぎ澄まされた集中力のなせる技なのだ。

高い集中力は、大事なことと些末なこととを鋭く峻別する。
あの暑さの中、川口の視界、意識からは、観覧席、ピッチ上の選手、審判、そして
ボールまでも意識の中から削げ落ちていた。残るは、すくっと立つキッカーの一挙手一頭足。
キッカーは、論理で主体を同一視するクロアチア人。
どうして彼があらかじめ蹴る方向を決めないというようなことがあり得ようか?断じてあり得ない。
彼が蹴る方向を決めた瞬間、明鏡止水で構える川口の意識に小さな小さな変化が映った。
そしてその小さなサインは、ボールが蹴り出されるまでの一連の動きの中で、
徐々にその波動を大きくしていった。
そして、川口はただその波動に動きを連動させれば良かったのだ。

我々がワールドカップの期間中数々の超越を垣間見ることだろう。
532GEN:2006/06/19(月) 23:47:01 ID:8ce7bNWe
猫さん
レスを控えて成り行きを窺っていた私としては、猫さんの講義・・・非常に為になりましたよ。
ただ、現状認識と、そこから問題を抽出する着眼点は優れていると認めるにしても、一向に
その現状を打開する具体的方法論に至らないところが悩ましいですね・・・。
せっかく鋭い視点を持っておられるのに、外堀を埋めるだけで肝心の具体案が見えてこなく
ては、残念ながら観念論に留まる空論としか捉え切れません。

猫さんほどの方なら、その深い見識でもってコレゾという案を導き出して行く展開になるのかと、
期待していたのですが、>>473の”現実的対案”には、はっきり言って失望しました。

>不自然に齟齬を全身に感じつつ、シッカリと西欧に浸る。そこから、考えないといけません。
>まさしく空気のようにチビチビと侵略されるから麻痺するのです。
これなんか、最初はナルホド(本来の社会主義への移行に似)と唸りましたが、よく考えてみると教
育される側の子供達は、このを感じる為の相対としての”感覚”を、何処で身に付けるのかという疑
問が湧きました。演じる以前に”自分”が無い子供達は、”演じている”自覚も出来る訳がなく、不自
然さや齟齬など感じることなど出来ないと思いますが?

それ以前に、「チビチビと侵略されるから麻痺」した、教える側の大人達・教師達がどうやって「不自
然に齟齬を全身に感じ」られるのでしょうか?

それを可能にする為の方法を教えていただけませんか?

私も、この猫さんの視点とは少し違いますが、こういった根本的なことってのは(天変地異や大革命
が起こらない限りは)人為的・作為的な方法では、成し得ないと諦めています。
ですから、あえて現状もっとも目に余る表象の部分を、「チビチビと侵略」するように変えていくほかにな
いと思っています。
533実習生さん:2006/06/20(火) 00:07:40 ID:LOuzW+lB
>>527
オイラが原因だとでも言いたいんでしょうか?
それは違うでしょ。原因を指摘しただけですよ。誰も気付かないから。

何度も言ってるんだが、阿呆が得意気に妄想と論理的倒錯をおしゃべりする
スレではないだろって。

いや、立派なことを整合性を持って言ってるというんだったら、指摘されて
オタオタしたり、都合が悪いことはスルーしたりしないことだ。

おーい、生徒は見てるぞwww
生徒は誰に教えてもらいたいかって考えたことはないか?


ここではチクッた人間が一番悪いらしい。ホント空気って怖い。
534実習生さん:2006/06/20(火) 00:29:03 ID:LOuzW+lB
まっ、このスレが糞なのは ママン ごときが、大将気取りなのが原因だ。
取り巻きも、反対者も目糞鼻糞。見てると本質的な矛盾やトンチンカンは何も
触れずに仲良く進行していく。

こういうことを言うから、ますます嫌われ友は去っていく。
「お前はリアルでも友達いねーだろ」って真剣に忠告する人間もいる。
もー、うんざりだ。ここには学校(あるいは、それに準ずるようなところ)しか
知らない人間ばかりのようだ。塾や予備校などなども同じだ。アカポス、研究職
も同様。

だからねー、一期一会の客宅での"言葉"なんて全く知らない。実用なんてほざく馬鹿も
何も分かってない。プレゼンなんて上品なことは仲間内の戯言。デモって言えよ。

ここの誰より、テレアポのおばはんの方が言葉の重さを知っているんだ。
毎日毎日同じ言葉を何千回何万回も言う。しかし、毎日発見であり試行錯誤だ。
毎日誰もが同じ言葉を無限な顔の見えない他者に繰り返す。しかし、その言葉は
『技術』によって様々な様相を呈する。素人がちょっと聞いたぐらいでは分からない
ようなレベルでだ。

もう、ハッタリは言うな。
ママン、あんたのことだよ。
535実習生さん:2006/06/20(火) 00:46:18 ID:LOuzW+lB
>>531
言葉遊び、乙
超越とは徹底して留まろうとすることで可能となる。
論理からの超越もまた論理に粘着する中から生まれる。残念ながら、それ以外は
ない。サッカーフリークとしても有名な蓮見が次のようなことを言ってて考えて
しまった。見開かれた思いがした。

スポーツとは禁止の体系だ。
我々人間の体の自由をあれこれ禁止する。ルールとは束縛である。
そのことによって、肉体は常識をはるかに超越して躍動する。
スポーツの超越的美学を可能にするのは論理的な禁止体系に他ならない。

☆ 手は使えない。すると、足を手のごとく使う契機が誕生する。
☆ 自由に体を使えるのなら、我々の肉体は日常を超越しない。

点字に触れたことがありますか?普通の人間はどれも同じように知覚する。
禁止により、人間の能力は、人間の美学は、人間の無意識は超越する。
禁止とは論理構造に他ならない。

論理に徹底した人間にだけ、その彼岸は開示される。これは常識だとしたい。
536ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/20(火) 01:00:13 ID:6lasghbP
相変わらずどーでもいい情報が多いね。見るべきものはたいしてない。

>>520 >>534
>↑あんたもこのスレで偉そうにしているわりには、意外と中身がないんだねぇ。
>このレスでただ単にエラソーにしたいだけなのが、よーーーーく、わかりました。
>まっ、このスレが糞なのは ママン ごときが、大将気取りなのが原因だ。

いやあ、愉快愉快。結局言いたかったのはこれかね。子どものけんかみたいじゃねーの。
くだらないというか、幼いというか。君がこんなことしか考えてないとはねえ。

>例えば、「国語と文学の『癒着』の問題」を「文学の『否定の問題』に歪曲したような
>例をいくつか挙げました。しかし、黙殺です。

歪曲したと勝手に判断してるのはそっちでしょ。それで、これらをどういう問題として論じたいわけ?
今からでも遅くないので改めて議題にしてもいいよ。

>添削を自己表現の機会の一つだとあなたは言ってのけた。その時点で、それだけで
>アンタは完全にアウトだ。あのな、自己表現を言うんだったら分かればいいという
>方向になると思うけどね。すなわち、「反」添削だ。

何言ってるのかわからねー。私に言わせれば、自己表現は分かればいいと言っとる時点で君はアウト
なんだが。私たちの間で添削の定義がおそらく異なってるんだろうよ。分かればいいなら添削なんて
もちろん必要ないだろ。戦争万歳でも泥棒宣言でも、分かりゃなんでもいいのか。あほ草。
537実習生さん:2006/06/20(火) 01:15:14 ID:LOuzW+lB
>>532
GENさん、あなたには誠意を感じます。それは、ヨイショの部分ではなく
反論にこそそれを感じます。あなたの人柄が身に染み入ります。似て非なる反論
だと思います。

>外堀を埋めるだけで肝心の具体案が見えてこなくては、
 残念ながら観念論に留まる空論としか捉え切れません。

こういう指摘は何度か繰り返されています。
具体的な方法論は簡単に言えるようなものではないでしょう。全体像を簡潔に
言うことはアポリアです。

まず、テキスト。学校の教科書で十分だと思います。もちろん、それ以外に使い
たいものはたくさんあります。しかし、恣意的に選んでも自己満足にしかなりません。
また、教科書以外を使いこせる人間は教科書も使いこなします。入試問題も同様です。
ここの論者で教科書以外を使える人間はいません。なぜなら、入試問題から逃避している
だけだから。教科書を批判できるほど分かっている人間はいないでしょ?

ま、教科書を効率よく消化できたなら(授業で)、ビジネスの交渉の場(営業)
で必要となる言葉の技術をいくつか考察するの面白いでしょう。
「Yes,but法」は英語の譲歩構文。「鸚鵡返し」は、精神分析やカウンセリングの
手法ですね。ま、結果だけ書いてあるのがほとんどだし、実践している人間(例えば、営業マン)
はその起源を全く気にしません。しかし、そのあたりは掘り下げて考えると面白いだけでなく、
実にいろんなことが分かります。
538実習生さん:2006/06/20(火) 01:28:33 ID:LOuzW+lB
しかし、方法や道具以前に目的論をしないとなりません。
プライオリティから考えるのがまともな人間ではないでしょうか。

なお、具体的な方法についてはできるだけ具体的な事例を取り上げ質問・反論を
してください。例えば、「添削」についてどう考えるか、とか。
総論で語ろうとすると1000連投くらいになりそうです。

具体を簡潔にすると抽象になるんだが、それを無視して簡潔に具体的なことを
語れと言われる。私は倒錯できないんです。

>演じる以前に”自分”が無い子供達は

いいえ、違います。先に自分があるということが偏見です。オリジナリティなんて、
外部や他者によって危機を感じてはじめて、見出そうとするものです。
既に例示したように、我々が日本語や日本人を強く意識するのは、外国や外国語に
触れたときです。漱石の自覚です。

日本を強く意識する=ナショナリズムは、外国の存在によって契機付けられるのです。
サッカーで日本(人)を意識するということから帰納的に考えてください。
また、国旗国歌(日の丸、君が代)の歴史を詳しく調べてみてください。
黒船来航が一致団結を可能にしたということも。そういう例はたくさんあります。

まず、他者であり外部です。逆ではありません。人間(個体、主体)はそのように脆弱です。
539ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/20(火) 01:32:27 ID:6lasghbP
>>523
>母語としての日本語、標準語としての日本語、方言としての日本語、侵略語としての日本語・・・
>たくさんの位相を捉えて欲しいのです。国語とは、その一つにすぎません。それを疑う視点を
>同時に提出するような教育が望ましいのです。

君は現在の国語教育で標準語や方言について触れていないとでも思っているの?
「国語」という名称ばかりに捉われて、全てを乱暴にひと括りにして雑駁な論を展開するのはやめてくれや。
ところで「侵略語としての日本語」の位相はどう提示すべきだと思うわけ?海外の日本語文献でも扱うかい。
それとも沖縄文学を取り上げるのかね。とにかく君のレスには具体性が皆無で、お題目にしか聞こえない。

>>525
>それを絶対化するんではなく、相対化する。国語の外部に出る。そこでしっかりと日本語を
>見つめ考えることが大事だと思う。

「国語の外部に出る」疑似体験はすばらしい体験になるだろうね。しかし、それをどうやってするのだね。
その具体的提案もなく、単に努力も工夫も欠いた理想論だけ言っとっても仕方ねーだろ。
「そこでしっかりと日本語を見つめ考えることが大事」も同じ。そりゃ大事でしょう。誰でもそう思うわ。

>日本人であること、日本語であること、こういう非物質的なことがまるで物質的であるかのごとく
>迫ってくるのはどういうときか。外国に行ったとき、日本語を解する人間が一人もいないとき、
>相対化・対象化とはそういう「場」を疑似体験するための方便なんだ。

で、その方便をどう現前させるんですかということ。みんなでホームステイにでも行くわけ?
多言語国家では、社会における言語間のすさまじいまでの序列化を目の当たりにすることができる。
そこで母語を抱えつつ生きている人たちの言語観はきわめて戦略的で生々しい。そういう現実と比較
した時、君の言う日本語の「相対化・対象化」とは何を意味しているのか、もしくはしたいのか非常に
あいまいでよくわからない。
540実習生さん:2006/06/20(火) 01:52:30 ID:LOuzW+lB
>それ以前に、「チビチビと侵略されるから麻痺」した、教える側の大人達・教師達がどうやって
 「不自然に齟齬を全身に感じ」られるのでしょうか?

まず覚醒が必要でしょうね。そして、それは非常に困難なことです。よーく分かっています。
しかし、あきらめることはできません。だから、ここでも粘着して罵倒し連投します。
もっとスマートな方法があるんでしょう。私にはそれが上手くできないということです。

>ですから、あえて現状もっとも目に余る表象の部分を、「チビチビと侵略」するように変えて
 いくほかにないと思っています。

それは結果であって、方法論としては使えません。
熱湯を冷ますのには冷水をドバッと入れるでしょ?私がここで少々過激になっても
結果はあなたの言うほどにも変化しないでしょう。そこまで見越してどういう方法論を
取るのか、ということです。
私は、ここで発するたいていのことは徹底して煮詰めてギリギリで選択しています。

あなたの問題意識とはさほど距離があるわけではないと思っています。
ですから、それを煮詰めてみてください。失礼ですが、パブロフ犬になっては
いけません。何度も反芻してください。

あなたのチビチビくらいでは、全く対抗できません。
逆ベクトルのチビチビは数は多いのです。その合計と拮抗するほど多くはないチビチビ
だということです。俯瞰して、合成ベクトルで考えて判断することが肝要です。

偉そうに言いました。ですが、あなたには目覚めて欲しいのです。願いです。
541実習生さん:2006/06/20(火) 02:01:37 ID:LOuzW+lB
>>536
> >>520 >>534

これは別人だ。だんだん裸の王様を口にする人間は一人ではない。

>戦争万歳でも泥棒宣言でも、分かりゃなんでもいいのか。

とにかく、こういう重大なことをサラッと言える神経が分からん。
お前は本など読んだことがないんだろう。それでここに常駐か。困った奴だ。
「国語=道徳空間」こそがお前のオツムを生むんだ。人を殺す美学もまた
同じ価値を持つ文学なんだ。しかし、それを許さない空間がある。隠蔽によって
お前のような頭が出来上がるということだ。そういうことを石原は子供向けの
本に書いてた。それくらい読め。
んでね、それは文学だけでなく哲学でも大事な問いなんだ。池田晶子や永井均ら多くが
子供向けの本で論じてる。

「なぜ、人を殺したらいけないか」、これは難しい問題なんだ。
それを考えるのが国語教育になるべきなんだ。

せ、他もトンチンカンばかり。治癒不可能なのか?
542平下流:2006/06/20(火) 02:24:24 ID:ZKK//iso
前のレスですが、大切なことだと思うので。

国語さん、以前あなたは>>10
>現状では多くの中学・高校の国語教育は時間の無駄です。作文の添削さえ珍しいのですか
>ら。それぐらいなら、少し頭の良い中学・高校生は英語の勉強を兼ねて上の URL を読ん
>でいたほうが国語力が付くと、誇張ではなく本気で主張します。
と主張しています。

Plain English についてはどう考えていますか。
543実習生さん:2006/06/20(火) 02:53:34 ID:l1ylx2Ig
大独演会ですな。>総論で語ろうとすると1000連投くらいになりそうです。
あんた掲示板使う資格ないってw
544ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/20(火) 03:03:33 ID:6lasghbP
>>541
>「なぜ、人を殺したらいけないか」、これは難しい問題なんだ。
>それを考えるのが国語教育になるべきなんだ。

だから、それをどう考えるのかってことが問題なわけ。何度言わせるの。
君には何ひとつ具体的な意見がないのはなぜ?

そのひとつの方法が作文なわけでしょ。作文→添削→終了と考えているんじゃねーの?
予備校じゃないんだから、双方向の意見交換ができるのが学校の強みだろうに。
545ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/20(火) 14:44:38 ID:6lasghbP
>>512
>>452は誤読させてしまう表現だったかな。

>聞きたい「答え」は、じゃあどうやってそれを授業に取り入れるのかということの方ですよ。

ここにおける「それ」とは、「文学」ではなく「日本語特有の感覚」「文化」の方ですよ。
これまでこれらは主に文学の授業が担っていたと思うが、文学が手段として否定される場合に
何が新しい手段となるべきなのかと聞いているわけね。
546実習生さん:2006/06/20(火) 17:07:03 ID:h7piu/N8
言いわけばかりしてると思う
547実習生さん:2006/06/20(火) 17:34:26 ID:tmF5w9DK
何しろ脆弱な自尊心を、人を見下すことでようやく保ってる人ですから。
その自覚症状もあるやらないやら。
プロパーを超える範囲では謙虚に構えていればさほど誹りも受けまいに。
548国語の勉強は英語で:2006/06/20(火) 20:04:43 ID:kartZtLc
>>542 平下流さん:Plain English についてはどう考えていますか。

日本語でも plain English の考え方を活用すべきだと主張します。Plain Japanese な文
章にすべきです。日本では教えられていませんが。

アメリカでは plain English が共通規範となっています。Writing の授業で叩き込まれ
ます。掲示板で「もっと plain に書ける」と文句が付けられたりします。もちろん、専
門分野での文章で technical term を使うのは当然認められます。想定する読者によって
文章表現も変化します。

「Plain English で書く」とは「できるだけ多くの読者に楽に解ってもらう文章を書け。
不必要に難しい表現を使うな。」ということです。衒学趣味に浸った文章を書いて著者の
頭の良さを表現しても、読者には何の役に立たないからです。

Plain Japanese な文章とは、不必要な漢語(現代では明治以降に作られた翻訳漢字語も含
みます)やカタカナ言葉/頭文字略語を多用しない文章だと考えます。結果として大和言
葉が多くなります。

日本でも国語の授業で plain Japanese を教えるべきです。以前のスレッドで数学教科書
やコンピュータ マニュアルの文章も国語の読解訓練に使うべきだと書きました。これら
の文章は一握りの technical term を除けば、残りは単純な文章です。これらの文章は読
解だけではなく表現の訓練にも適していると主張します。
549実習生さん:2006/06/20(火) 23:36:55 ID:h5kGVS+5
plain Japanese は使えます。ただ、自分の経験から考えると、
まず、自分の興味のある分野でいいので大量の読書と、
そして、読んだ本の内容を人に教えると言う基礎が必要でしょう。
でないと自分の場合はまったく伸びない状態でした。本をよみ、本を
読むことでしか得られない文の仕組みを理解し、説明することで
要約する能力と、話の流れでの暗記能力があがります。これがない状態で
plain Japanese を教えても体得できない人間が幾人か発生するでしょう。

この大量読書をほどほどにやりながら、 plain Japanese の説明をして、
plain Japanese の問題をやらせます。
外国の小学生の授業をみると、HPを生徒に読ませて
そこに書いてあるものを要約するとか人に説明すると言う、
自分のあげたトレニング方法そのままを行っていました。

ディベート(議論)の能力をあげる授業を行っているレベルの高い外国の国語
能力でつかわれている方法ですし、まず、やって間違いと言うものではないでしょう
550実習生さん:2006/06/20(火) 23:42:13 ID:kRgXSNDj
でじゃぶー
面接君でつか?
551実習生さん:2006/06/20(火) 23:51:35 ID:Za1yCJpB
>technical term を除けば、残りは単純な文章です。

馬鹿か?
意味不明な物体が残るだけだぞ。また、ハッタリだけか。
552実習生さん:2006/06/20(火) 23:55:57 ID:Za1yCJpB
マニュアルの例


キャンセルボタンをクリックしても何の問題もありません。 
起動するたびに キャンセルするのがいやならば、パスワードを設定し直すのが簡単です。
検索でパスワードのファイルを探します。パスワードは、ウインドウズフォルダにある
ユーザー名のついたファイルで、拡張子がPWLのファイルに保存されています。
このファイルを削除し、次の起動時に新しいパスワードをいれます。
553実習生さん:2006/06/21(水) 00:00:41 ID:kRgXSNDj
うわ、読むからにいやな文章。
マジでこれやると考えているのおー?勘弁してよw
554実習生さん:2006/06/21(水) 01:04:21 ID:o5SkHRMR
頭がおかしいとしか思えない。

カタカナ語を多用しない文章がいいと言う。そして、PCのマニュアルがいいと言う。
大和言葉がいいらしい。そして、数学の教科書ってか。助詞だけが大和言葉なのか?

一体、何を言ってるか分かる人はいますか?
いるなら説明してください。
555実習生さん:2006/06/21(水) 01:08:06 ID:o5SkHRMR
>アメリカでは plain English が共通規範となっています。

また、こういう印象批評をする。治癒は絶望的か。
だいたいアメリカには、国語はおろか公用語などもない。そういう視点から考えないで
「共通規範」などというターム!!!!を捏造して、一体何を企んでいるのか。


「共通規範」ってなーに?
556plain Japanese の例:2006/06/21(水) 02:03:52 ID:2+pqWRzD
おねえちゃんへ

きらい。
いつもいじめる
なんで。
リカちゃんにんぎょうあ
りがとう。
みつあみしてくれてあり
がとう。
おねえちゃんきらい。
おねえちゃん
サンタさんているの

しほより
557猫激賞:2006/06/21(水) 02:08:36 ID:2+pqWRzD
「うんことしょんべん」

 なぜ、うんこはかたくて、しょんべんは
水みたいなんだろう。うんこも水みたい
になる。
 みんな、みんなうんこをみると「くさい
くさい」という。
 ハエにとってはうまいごちそうだ。
558国語の勉強は英語で:2006/06/21(水) 05:33:21 ID:W9+iE4mV
猫への返答ではない。debate game ならば「【つまらん?】 国語の授業 【おもしろい?
】」でやろうといっている。こちらでは返答しない。


猫による他人への批判は自分自身に向けられるべき

>また、ハッタリだけか。
猫の半分はハッタリでできている。

>「共通規範」ってなーに?
共通規範が造語ならば印象批評も造語だ。

>うわ、読むからにいやな文章。
猫語よりはずっとましだ

>一体、何を言ってるか分かる人はいますか?
猫語が解る人はいない
559実習生さん:2006/06/21(水) 09:10:29 ID:Ey37Nc9V
言いわけの仕方が下手だからつまんねー
560実習生さん:2006/06/21(水) 13:18:44 ID:hZkFC6vI
>>535>論理に徹底した人間にだけ、その彼岸は開示される。これは常識だとしたい。

もの凄く大事なことが、猫さんの筆致によって間違った方向で結論づけされようとしている。
話をわかりやすくするために少し視点をずらし「完全に自分のものにするとは?」という枠組みで
考えてみたい。

たとえば「坂道発進」。教習者にとっては、それは初め、理屈そのものである。
「サイドブレーキのノッチを押さえながら、アクセルをジワッと踏み込むと同時にクラッチを
ゆっくりと繋ぎ、それに合わせるようにサイドブレーキをゆっくりと緩める。」
左足と右足と左手でジワッとな手順を同時に行う。これを初めて経験するの者には結構難しい。
だけども、繰り返しこれを練習すれば、いわゆる「体で覚える」ことができる。
この一連の流れを意識の中でより精査していっても、坂道発進はうまくいかない。
それよりもポイントは、一連の手順を意識の上らせないことにあるのだ。

たとえば外国語の習得などはどうであろう?ここでは覚えなくていけないことがたくさんある。
私も人並みに覚える努力はしてきたつもりだけど、話すことが出来ない。予め意識の中で言いたいことを
英作文し、それを発することはどうにかなっても、言葉をついて話すことなど出来ない。

またむかし、中国の残留孤児の家族のお世話をしたことがあるのだが、日本語の習熟は下の子供ほど早い。
561実習生さん:2006/06/21(水) 13:19:45 ID:hZkFC6vI
続き

これらはみんな我々の認知の仕組みを示唆している。それは意識の中で一生懸命覚える作業では、
「完全にものにする」ことはできない。覚えたものを使う際に、それをいちいち意識の上らせていたのでは、
使いものにならない。覚えたものをいったん無意識の中に入れ、そこから意識の中で組み立てることなく、
無意識の中から直接取り出しして使えてこそ「完全に自分のものにした」と言える。

それは、猫さんの言うように「徹底した論理の先」に開ける道ではない。と言うかそれだけでは足りないのだ。
たぶんそれは「徹底した論理」と「無意識化」のかけ算みたいなものだと思う。
しかもポイントは無意識化のほうの数値あると思う。
一生懸命覚えることの先では、コペルニクス的転回が必要になる。そしてこれは結構難しい。
そうではなく一生懸命使うことで無意識化が進み、「完全に自分のものにする」ことが出来るのだと考える。
562ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/21(水) 15:42:22 ID:fiSnUtFj
>>548 国語さん
>Plain Japanese な文章とは、不必要な漢語(現代では明治以降に作られた翻訳漢字語も含
>みます)やカタカナ言葉/頭文字略語を多用しない文章だと考えます。結果として大和言
>葉が多くなります。

何の話かよくわからないですよ。まず「不必要な漢語」とは何なのかよくわからない。
国立国語研究所が外来語の言い換え案を出してるけど、
ttp://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian1_4/iikaego.html

アイデンティティ → 自己認識
デジタルデバイド → 情報格差
トレーサビリティー → 履歴管理
ナノテクノロジー → 超微細技術

例えば上記のような言い換え例は、国語さんに言わせれば「カタカナ言葉」から「漢語」もしくは「明治
以降に作られた翻訳漢字語」に言い換えたということになるんじゃないでしょーか。さらにこれらを「大和
言葉」に言い換える必要があるの?

「ナノテクノロジー」を、例えば「まことに小さな匠の技」(拙訳)なんてしてもそれこそ「訳」わからんべ。
563ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/21(水) 15:51:44 ID:fiSnUtFj
つまり、日本の学術用語体系は長い間「漢語」および「明治以降に作られた翻訳漢字語」によって
培われてきたわけで(近年は欧米語)、それらを取り去った後の「大和言葉」なんて何も表現できは
しないのだと思いますよ。
564GEN:2006/06/21(水) 20:09:45 ID:AmsaOGrI
>>573-583
猫さん丁寧なレスありがとうございます。

>具体的な方法論は簡単に言えるようなものではないでしょう。全体像を簡潔に
>言うことはアポリアです。
その通りですね。だからこその”議論”なのだと思いますよ。一人では完全なる方
法論など導き出せないし、議論によって煮詰めたとしても、実践による試行錯誤の
繰り返しの上で修正が為され、漸く妥当と思われる方法論が暫定的に導き出される
ものでしょう。どんなに緻密な計算の上に構築された方法論であっても、完全なもの
など出来ないのですから、それがたとえ困難であったとしても、間違いであったとして
も、的確な批判を期待する上で議論のまな板にのっけてみることが大切だと思いま
すよ。

その為の前提となる根本理念は確かに高いプライオリティを有するものでしょう。
しかし、ママンさんもご指摘の通り、その理念に如何にして具体性帯びさせることが出
来るか、ということを目的に据えた意見でなければ、”受け手側”に対する”説得力”に欠
けてしまいます。
猫さんが、真剣に「国語教育」というものとその周辺(根本ともいえますね)に対して、危
機感や憤りを感じているのは、非常によく解ります。だからこその罵倒なのだということも
よく解ります。私から見ればママンさんも国語さんも面接君も平下流さん、きゅーじぅさん
もその問題意識については同等だと感じられます。勿論その意識の向いている方向は
それぞれ異なっているとは思います。
だからこそ、しっかり理解してもらい、自分とは違う視点でもってしっかり批判してもらえる
ように「言葉を選ぶ」必要があると思います。
理論的に理解されないことよりも、感情的に理解されないことの方が恐怖ではないですか?
どんなに正論を唱えても、選ぶ言葉によって印象付けられる態度・人間性を否定されては
通るものも通らない(売れるものも売れない)でしょう。
営業トークで言えば、論理の正当性によって契約が取れるものではなく、その人間に対する
信頼感によるものが大きいと思います。その論理が不正であったとしても信頼感を獲得した
ものの「言葉」は非常に有効です。詐欺の手口などはそんな意味では非常に勉強になります。
565GEN:2006/06/21(水) 20:10:46 ID:AmsaOGrI
(続きです)
猫さんは真面目すぎで不器用な方ですね。いや器用貧乏というやつですかね・・・。
言い方は悪いですが、上手に言葉を操る者は、先ず相手の心を操ることに主眼を置くものでしょ
う?(勿論、操ることに対する責任感は必須のものですが。)本当に理解されたいのならば、相手
の意見を確りと理解した上でそれを受け入れ(Yes)、僅かでも信頼感を得た後にその意見の問
題点を指摘(but)し、自分の意見を提示する・・・という段階を踏まねば成し得ないのではないでし
ょうか?これは、技術でもありますが、それ以前に大切な”人との関わり”に於いての”心”の問題で
もあるわけですが。
「心をつかむ」という言葉がありますが、これは「論理の正当性」によって成されるものではないでしょう?
本当に理解され「変えよう」とする為には、人々の(このスレの中だけでも)「心をつかむ」こと
が最も重要なことであるということは、過去の指導者達の例からも有効であると言うことは猫さん
も否定なさらないのではないですか?

いかにネット上の活字であろうと、言葉は魂ですよ。
せっかくの魂の叫びから紡ぎ出した、冷静な洞察と精緻な分析からなる論理も、汚い言葉や奢った態度で
は、人を遠ざけ、相互理解を妨げます。これは非常に残念なことでもあり、恐ろしいことでもありますよね。
前のスレで面接君にも同じようなことを指摘したことがあります。2chだから云々ではなく、人とのかかわりに
於いての「言葉の力」を意識した時には、論理の正当性という意味に於いての「言葉を選ぶ」ことよりも以前に
「心をつかむ」ための「言葉選び」が必要なのではないでしょうか。
仲良しや馴れ合いも、この「」大切な「言葉」の一部なのだと思いますよ。
566GEN:2006/06/21(水) 20:11:27 ID:AmsaOGrI
それは恣意的だと仰られるかもしれません。でも、猫さん流に言えば心の「論理」だと思います。
>>560さんのご指摘は、誤解だと思っています。
猫さん自身、論理に基づいた反芻を主張なさっていますよね。私にも進言されていたように・・・。
この指摘は既に猫さんの書き込みの中から読み取れるものです。
(更に)
私は、理論的なフォームから形式的(具体的)に実践を重ね反芻することで、本質的な理解と体得・感
得に到るものと思っています。これが猫さんに具体論を要求する私の意図(前述の”まな板”とは別に)なのです。
”意味”は実践した後で理解される(創られる)ものでしょう?そんな意味からも、表象の(形式的・具体的)問題を、
深い視点による理論から導き出した表象(方法論・フォーム)によって解決していくことが、実践・実用という面から見ても
理論を理解する(批判する)事から見ても、プライオリティーは高いと思います。

目指してくださいよ、如何に困難であろうとも、メタメタに批判されようとも、「学校の教科書で十分」に日本語教育を実践
する為の、【具体的方法論】の構築を。
567GEN:2006/06/21(水) 20:14:13 ID:AmsaOGrI
熱くなって、支離滅裂になってしまいました・・・が、猫さんの心に届きましたか?
568平下流:2006/06/21(水) 22:19:15 ID:hXM4eoDD
>>564-566 GENさんへ

仰る通りだと思います。

でも、あえて私は猫さんはこのままでいいと思っています。
わたしは彼の2ちゃんならではの物言いを楽しんでさえいます。
奥歯に物が挟まった言い方ではなく、その点、解かり易いです。
会話や電話や手紙や公の場、マスコミ等では彼もここでのような言い方はしないでしょう。
ここでは彼は謂わば確信犯です。日常生活ではマナーを守っているでしょう。

>理論的に理解されないことよりも、感情的に理解されないことの方が恐怖ではないですか?
>どんなに正論を唱えても、選ぶ言葉によって印象付けられる態度・人間性を否定されては
>通るものも通らない(売れるものも売れない)でしょう。
>営業トークで言えば、論理の正当性によって契約が取れるものではなく、その人間に対する
>頼感によるものが大きいと思います。その論理が不正であったとしても信頼感を獲得した
>ものの「言葉」は非常に有効です。詐欺の手口などはそんな意味では非常に勉強になります。

「猫さんこのままではあなたが損ですよ。」と聞こえます。猫さんのために言っているとしたら、
余計なお世話加も知れません。失礼かもしれません。

実は、自分のために言っているとしたら、貴方は猫さんに説得されたいのですか、
いい印象を与えてほしいのですか。 気持ちよくなりたいのですか。

私は彼の物言いではなく、発言の内容に興味があります。(誰に対しても同じですが。)
彼の文章を感情ではなく理性で読んでいます。その論理を理解しようとしています。
私は相手の態度や言葉遣い(=貴方の言う詐欺師)によっては説得されません。
相手の主張を自分の頭で理性で判断します。

ただ、色々な考えがあっていいとは思います。
569平下流:2006/06/21(水) 22:41:13 ID:hXM4eoDD
私としては長くなりました。

結論
猫さんの人間には全く興味はありません。(もっとも、ここでは解りようがありません。)
猫さんの話の中身に興味があります。
570ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/21(水) 23:45:34 ID:fiSnUtFj
私も話の中身には興味がある。
ただ、まともな議論にならんのはどうしてなのか。

受けなかったのを客のせいにしている漫才師みたいなんだけど。
571実習生さん:2006/06/22(木) 00:26:08 ID:eU06JKNg
>>560-561
「理屈なんてーない、体で覚えるんだよ」という教習所の教官は要らない。結果的には
そーなんであっても、それによって過程(方法論)は正当化されない。よく考えましょう。

子供に自転車の乗り方を教えるとき、どう表現してどう手助けしたらいいのか困る。
なかなか上手くいかなくて、いらだつことも多かった。あれこれ言って上手く伝わったら
嬉しい。でも、そんなことは珍しい。気が付くと補助輪なしで乗れていた。体で覚えたんだろうね。

だからといって、つべこべ言うのを止めるのがいいとは思わない。
やはり、あれこれ理屈を考え何とか伝えようとするだろう。
ま、そういうことだ。

無意識を意識化して、可視化して語るのはいただけない。論理矛盾であり、自己矛盾
である。無意識は語るとき既に論理的である。フロイトが無意識を発見したと言われる。
彼は無意識を構造化した。構造化とは 論 理 に他ならない。

この世は理屈で割り切れない。だから理屈なんだ。そういう考えができないから困る。
米の中に小石が混ざっている。米だけが欲しい。だからといって、米を選んでつまみ出す
のは阿呆でしょ。小石を徹底追及すればいいんだよ。

論理の徹底が彼岸を開示する。常識としたい。
572実習生さん:2006/06/22(木) 00:39:29 ID:eU06JKNg
朝から晩まで「yes, but法」や「鸚鵡返し」をしているんだから、もういいでしょっていうこと。
スマイル0円というのは、それ自体のためにあるんじゃーない。バーガーに金を出させる
ためにある。基本的に営業とは騙しです。というか、資本主義とは騙しですからね。

ここでの発言は他の何もののためにでもない。それ自体のためにだけあるんです。
少なくとも、私にとってはそういうものです。

ちなみに、道徳を語る者は営業ができない。営業は道徳を語るように売る。
営業できる人間に道徳があると思うから売れる。勝手に勘違いしてくれる方法論が
たくさん本屋に並んでいる。

「yes, but法」とは英語の譲歩構文。butの前に筆者の真意はない。全くない。
引っかからないようにすること大事。これは英語長文読解の基本、だが、そうハッキリ
書いてあるものはほとんどない。たいていの受験生は善良だから引っかかる。

スマイル0円に主張はない。その後に続くbut以下がすべてだ。

だから、マック(マクド)のおねーちゃんは店の外に出てまでヘラヘラしてないでしょ。
573実習生さん:2006/06/22(木) 00:51:05 ID:eU06JKNg
GENさんはいい人ですね。それはずーっと前から分かっています。
あなたが伝えたいと思っていることも初めから分かっていました。ただし、ここで
営業なんかするつもりは毛頭ありません。

ここの人間で営業できる人間は一人もいないでしょう。
教師や教師もどきは基本的に営業なんかできません。使えません。

一発でアポを取るようなトークをしたこともない人間ばかりでしょ。
アポで行く前は緊張して必ずトイレに行ってしまう毎日を知らないでしょ。

あなたの家にかかってくる無数の勧誘の電話。あのトーク、あれの基本になる
トークがどれだけ練られているか分かってない。

ちなみに、オレオレ詐欺も同様です。あれが言葉の技術というものです。

私は、ハッタリでは言わない。

営業は基本的に水商売と同じなんだよね。
574実習生さん:2006/06/22(木) 00:53:48 ID:eU06JKNg
>目指してくださいよ、如何に困難であろうとも、メタメタに批判されようとも、「学校の教科書で十分」に日本語教育を実践
 する為の、【具体的方法論】の構築を。

以前から、コツコツやってたんですが。
また展開していきます。
575実習生さん:2006/06/22(木) 01:00:43 ID:eU06JKNg
>>568
そういう人間を資本は恐れる。
そういう人間は小泉劇場にスタンディングオベィションしない。
そういう人間は営業に後悔しない。引っかからない。

日本語教育とは、そういう人間を育てることを目指したい。


私は、スマイル0円で買って欲しくない。
そんなことをするのは、よほど不味いものを売ってるからだろう。

本当に美味しい、安い、品質がいいと思ってくれる人に買ってもらいたい。
だから他に方法はないのです。
576実習生さん:2006/06/22(木) 01:08:45 ID:oX9HA3Wr
>571
>論理の徹底が彼岸を開示する。
質問。これは「彼岸を見て取ることができない者は論理を徹底できていない」という
ことを含意しますか。
577実習生さん:2006/06/22(木) 01:12:47 ID:eU06JKNg
ママン

>受けなかったのを客のせいにしている漫才師みたいなんだけど。

そういう惨めったらしいことを言うのがいけない。
常に自分を、自分の価値を担保させようとする魂胆が透ける。

あのね、そんな阿呆ばかりじゃーないんだよ。

>私も話の中身には興味がある。

すり寄りつつ、ちょっとだけ上に頭を出しておきたいのがいけない。
徹底して罵倒してくれた方が助かる。オイラの一番嫌いなパターンということです。

相変わらず、どうでもいいことを学問的な知見を完全無視してのらりくらり。
すり寄らんでもいいから、まともなことを言え。それですべて解決する。

というか、もうちょっと勉強するべし。

おそらく、教員養成系の社会(たぶん地理?)あたりを出たんでしょ。(憶測)
どうも、歴史教科書の各時代の「文化」の項目に出てきそうなことを、また、そういう
レベルでだけ理解して語るからいらだつ。

態度や言い方なんて、まったくどうでもいい。
品質だけ保証してくれ。営業なんか糞だ。

営業は商品に力がないから必要になる。これは本質だ。
578実習生さん:2006/06/22(木) 01:16:01 ID:eU06JKNg
>>576
いいえ、いきなり彼岸へワープする人もいるでしょ。
でも、それは天才とか狂気とか呼ばれてるものです。
公教育は、それを目指すものではないでしょう。しかし、そういうものが
存在することを(論理的に)否定するものではありませんね。
579実習生さん:2006/06/22(木) 01:27:13 ID:oX9HA3Wr
すみません。私は「彼岸」が何を意味するのかわからぬまま話をしております。
先日、鶴見俊輔の対談に書いてあったのですが、クラインという論理学者が
「論理なんてね、ありゃフェイクだよ」と晩年を言っていたそうです。
クラインのこの境地は猫さんのいう「彼岸」と関係がありますか。
580実習生さん:2006/06/22(木) 01:56:09 ID:eU06JKNg
>>579
おそらく、クワイン(Quine)のことですね。
私は詳しくないというか、ほとんど知りません、彼のことは。
ただ、そういう軌跡はよく見るものです。例えば、ロラン・バルト。彼は最初
数学のように読むことを目指した。で、転向・・。例えば、ウィトゲンシュタイン。

大まかには、そう理解してもらっていいです。

やりすぎは神秘主義になったりする。ゲーデル、アインシュタイン。オウムの理系
も同様に理解できるでしょう。振り子は逆にも大きく振れるから困ります。
581実習生さん:2006/06/22(木) 02:05:35 ID:eU06JKNg
徹底することと、やりすぎは似て非なるもの。

いい加減に、やりすぎるのが一番いけない。
徹底してほどほどがいい。ここは分かってもらえますか・・

遊び心はあった方がいい。それは無知や論理矛盾の言い訳にならないようにして。

できない、としないは本質的に違う。でも、見た目は同じように見える。

どれほど、学校で徹底しても「彼」の日常ではチョビットなわけだ。
だから、学校ではゴンゴンやればいい。
582実習生さん:2006/06/22(木) 02:06:42 ID:xHKMBSwo
490 名前:実習生さん 投稿日:2005/11/17(木) 15:28:00 ID:JgjfkHs2
えー、なんかノラ猫が迷惑かけてすみませんねぇw
今まではウチの近所で騒いでいたんですが、みんなにあざけられてこっちに来たみたいです。
特に夏休み中は、毎日(“毎日のように”ではなく文字通り“毎日”w)何時間も2チャンにかじりついてニャーニャー鳴いてましたし、
2チャンがマタタビより好きみたいなんですね。

2チャンのスレで天下取るのが生き甲斐なので、そのためには卑怯なマネもやりますので注意してくださいね。
まぁ、そのおかげで、ウチの近所では嘲笑われてたんですがw

491 名前:実習生さん 投稿日:2005/11/17(木) 15:33:45 ID:JgjfkHs2
そうそう。そのうち“オレにはコテハンで発言することの覚悟がある”とかって威張りだしますけど、
本当は、自作自演が得意技なんですよ。ウチの近所ではこういうことがありましたw

日本の国語教育2
>761 :招き猫 ◆yk/JpL/Z9U :2005/08/21(日) 00:17:05 ID:qGwDxVNY ←ID注目w
>>>759
>お馬鹿な厨房君は論文を読んだことがないのかな?w
>引用と脚注のオンパレードが常套。オリジナリティなんて
>ほんのひとかけら。
>☆ 内容に言及できないのが痛いww
>☆ 若いときはとにかく文句が言いたいもの。だったら、まず梯子を登れ。

                 ↓

>764 :実習生さん :2005/08/21(日) 20:38:58 ID:qGwDxVNY ←ID注目w
>>>762 おめーらは白痴

>招き猫さんの言ってることを反復してどうするの?w

はい、ここまでです。IDでバレてるのに、自分のことを「招き猫さん」と呼んでるのが笑いどころですw
583実習生さん:2006/06/22(木) 02:09:34 ID:xHKMBSwo
492 名前:実習生さん 投稿日:2005/11/17(木) 15:52:48 ID:JgjfkHs2
そうそう、知識をひけらかすと言えばね。別のスレではこんなことがあったんですよw
“メタレベルで教育を〜”

>猫:企業は「自己保存」に邁進しているのだぁー
>実習生さん:VCについてはどう思う?

>---------数時間後(猫、検索で関連HPをお調べ中w)---------

>猫:VCってのはナンチャラカンチャラ、チンプンカンプンってわけよ。ところでキミの意見は?
>実習生さん:へーよく知ってるんだねぇ。で、VCってやっぱり「自己保存」なの?
>猫:・・・・
>実習生さん:それだけVCに詳しいならわかるでしょ
>猫:・・・・
>実習生さん:検索してそれを丸写ししただけだろ、お前w
>一堂:カンニングするんじゃねーよw

猫:(退散)

以上、>>83〜94辺りまで。


493 名前:実習生さん 投稿日:2005/11/17(木) 16:41:12 ID:tSwLIcaA
どこいっても同じなんだから一箇所でやってくれ。猫軍団の人たち。
584実習生さん:2006/06/22(木) 02:19:21 ID:oX9HA3Wr
あ、もう一つ。
>578 は、何だか変だという気がしてきました。
「論理を徹底する」ということと「いきなり彼岸にワープ」という
ことはつながりませんものね。
言い換えます。
「論理の徹底が彼岸を開示する。

という言明は
(A) 「論理を徹底するなら、必ず、彼岸を開示する」
(B) 「論理を徹底すると、彼岸を開示することもある」
の、いずれでしょうか。
(A) ならば対偶をとると「彼岸を開示しないなら、論理を徹底していない」
ということになります。
585実習生さん:2006/06/22(木) 02:29:46 ID:oX9HA3Wr
と、のんびり書いていて、レスを頂いたことに気づけませんでした。
ああ、クワインでしたか。私は壷の人かと思い込んでいました。

>徹底することと、やりすぎは似て非なるもの。

>いい加減に、やりすぎるのが一番いけない。
>徹底してほどほどがいい。ここは分かってもらえますか・・

いいえ、わかりません。具体的にはどういうことですか。
586ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/22(木) 03:01:05 ID:fKxj+vV+
相変わらずだな。君はそれで面白いのかね。

>>577
具体的な話なら興味があるが、君の自己語りに付き合うつもりはないんだわ。
私に対するいらだちさえも明確に言語化できず、「勉強しろ」とか「のらりくらり」としか表現できない
君に何を言われようが、痛くも痒くもないんで逆につまらんのだよ。

どーでもいいけど、目覚めろとか馬鹿の壁とか「常識としたい」などという言辞を弄する君の方がまさしく
「常に自分を、自分の価値を担保させようとする魂胆が透け」てるんじゃねーのかと思いますが。

>ここでの発言は他の何もののためにでもない。それ自体のためにだけあるんです。
>少なくとも、私にとってはそういうものです。

なんのこっちゃ。じゃあここに発言してみんなに見てもらわなくてもいいじゃねーの。
結局、君は何も変わらないし、何もわかっていない。GENさんの意見も自分に都合のよい
ように理解しただけみたいだし。
587ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/22(木) 03:02:08 ID:fKxj+vV+
>>573
これはGENさん宛のレスだが、悪いけど何がいいたいのやらさっぱりわからんよ。

>ただし、ここで営業なんかするつもりは毛頭ありません。

別に君のいう「営業」をしろなんて誰も言ってないじゃねーか。で、「水商売」のような「営業」をしない
とか「ハッタリでは言わない」という宣言はしたけりゃ勝手にすればいいわけだが、結局何をする/したい
という意思表示なのかわからずじまい。まさか、これまで通り自己語りをしますという話なのかね?

>以前から、コツコツやってたんですが。
>また展開していきます。

以前からコツコツの部分なんかなかったじゃねーかと思いますが。
「また展開」ということは、これからもそんなものはねーということでしょう。
588ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/22(木) 03:14:23 ID:fKxj+vV+
GENさん宛のレスというのは、>>573がネコからGENさん宛だったということね。
この>>587自体は、横レスの形でもちろん私からネコ宛。
589ママン ◆Wnuu8oi5MU :2006/06/22(木) 03:38:33 ID:fKxj+vV+
ネコ君

売り言葉に買い言葉じゃ仕方ねーし、生産的じゃないので、ひとつ質問。

>>541で君は「なぜ殺人が悪いことなのか」を考えるのが国語教育だと述べていたと思うが、
どのような形で国語の教育現場に導入し、いかなる教育効果を狙うのだね。具体的に説明
してくれや(>>544の再掲)。もしくは、>>523末尾で述べてた日本語としての種々の位相を
捉える教育のあり方でもかまわんよ。建設的で具体的な話をするべ。

ちなみに君が「具体的な方法についてはできるだけ具体的な事例を取り上げ質問・反論をして
ください。」(>>583)としてたから、それに従って質問している。どちらも君の出してきた視点だから、
答えやすいはずだろ?

その際、別の話を持ち出して、「日本語教育の礎石をうかがい知ることができるんだぞ」(>>457
というような議論はもう十分したと思うので、必要最低限の言及でよろしく。
590実習生さん:2006/06/22(木) 08:46:09 ID:JL6EfCjE
ここのスレの議論が変なのは、自分がそのやり方で国語力あげた
わけでないのに、ほとんど空想でいっているにすぎないところ。
じっさいにやって点があがったという実績すらないのに、語っても
実際とはなれた国語力上げ議論にしかならない。
591実習生さん:2006/06/22(木) 12:42:52 ID:x4NNu33m
世の中には色々な思想があるという当たり前のことを
学校で教えてないんじゃないか
例えば、自虐史観なんかも一つの思想に過ぎない。

592実習生さん:2006/06/22(木) 12:46:04 ID:1btVqvlY
誰かさんがブログでも立ち上げたらって書いていたけど、まったくその通りだと思う。
これは排除的な意味合いではなく、猫さんの全体性がよくわからないからだ。

垣間見える範囲で言及すれば、デカルトに始まる近代哲学、ニーチェに始まる現代思想、
ソシュールの言語学、フロイトの精神分析、マルキシズム、ラカン等の構造主義、
丸山学派影響(本居とか、論理の徹底等)、認知心理学、脳神経学、数学等にも詳しそうだ。

でも、まぁ、あえて言えば丸山学派の流れってことになるのかなぁ。
よくはわかんないんだけど、丸山学派の流れは、日本の社会分析をする上で本流だとは思う。
だけど、これに現代思想の考え方をどれほどブレンドするかによって、いろいろなお題に対する
評価が全然違ってくると思うんですよね。

しかも、猫さんの場合、フィールドワークの視点が欠けていると思うのは私だけだろうか?
実際に若者の間で起きていることを、俯瞰的な立場、言論で分析するだけで、
そこへ分け入っての構造分析であるとは思えない。少なくともサブカル研究の成果も
分析の道具に取り入れるべきだと思う。

ママンさんが議論が噛み合わないことを指摘していたが、ここに挙げた学問的な広がりから
考えれば、それは当然のことだ。私たちが、それぞれの学問について、何を語れるかを
考えてみれば答えは自ずと明らかであろう。しかも、現代思想が絡んでくると、私たちの
一般常識の虚を突いてくるわけで、話はより難しくなる。

初めに戻るけど、やっぱ、ブログを立ち上げて欲しいねぇ。こういう対話方式での啓発の不毛さは、
もう十分すぎるほどわかってるでしょ。まとまった書き込みから、出版への流れというものが、
インターネットを通じて出来つつあるんだから、それを利用しない手はないと思う。
情けないかな、そういう箔がついてこその言葉の重みというものもあるのだから。
593・・・。:2006/06/22(木) 13:23:43 ID:hmEpy9EL
594実習生さん:2006/06/23(金) 00:00:05 ID:cVChF8xB
>>585
いい加減なことをいつまでもダラダラやるのはアカン。
やるときは思いっきりやる。徹底して、スパッと転じる。

だから、演じるということです。

>>590
自分で実践した(している)ことや他人に実践したことを頭に置いて発言してるけど。

>>591
自虐史観と皇国史観という陳腐な対立で何を語るのか。ま、何も考えずにパブロフ犬という
ことだけが分かる。ネットウヨはこれだから困る。

じゃー、考えるというのはどういうことか。
『新しい歴史教科書』に見られる皇国史観こそが自虐的だと見抜かなければいけない。
脆弱な自らにおののく、しかしその弱さを受け止め味わうことしない。逃げるだけ。
どこへ逃げるのか。そう、シェルターがそういう”思想”なんだよね。

「大きな物語」にすがって、惨めな弱さを克服したかのような錯覚に生きたい。

国旗国歌の歴史を詳しく調べたことがあるか?外国から国歌くらい持ってないと
ダメだよっと言われて慌てて作ったのが「君が代」。選定には外国人の審査員を
入れてたのが笑える。

いつまで外にビクビクして生きるんだ?

で、鈴木邦男って知ってるか?彼くらいの矜持を持って欲しい。
でなければ単なる馬鹿ウヨだ。
595実習生さん:2006/06/23(金) 00:16:59 ID:iRAEL+Kj
>>592
そういうのは好きじゃーないんです。面倒くさいし。それに、皆さんが思ってるほどは
思い上がれない不幸を持ってます。

一つだけ
丸山学派なんて関係ない、というかあまり知らない。結果的に同調しているとしても
それは過程の同調を意味しません。基本的に何でもありだから、何かに収斂させることが
遠ざかっている感じがします。
596実習生さん:2006/06/23(金) 00:46:36 ID:iRAEL+Kj
たくさんありすぎて、逆に困ってしまう。

例えば、中学生か高校生を思い浮かべよう。
「コルベ神父」の本や「無知の涙」はどうだろ。それと一緒に「姥捨て山」=「楢山節考」
を読んでもいい。何も言わず、感想文を書かせる。何でもいい。ここでは一切の誘導や揺さぶりは
しない。

永井や池田などから抜粋して揺さぶる。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309242103/503-4122353-4291956
http://homepage2.nifty.com/kiriya/essei5.htm

考えることとは自明さを疑うこと。疑うとは方法論的に否定する。そう、否定弁証法か。
ここからディベートに横滑りもできる。

永井や池田の発言から、最初にもどって精読をする。今まで気付かなかったことが見えてくるだろう。
もちろん、その前に永井や池田の文章は英語のように一言一句噛み締めて読み込む。論理の徹底だ。
しかし、その論理の徹底が開示するものは明らかに闇だ。その論理は明かりを灯さないだろう。
彼岸を見ようとする。そして、向こうを見ようとする眼で最初に戻る。

例えば、「姥捨て山」
時間空間を共有しない善良さや、狭い道徳では何も見えず絶望する。
彼岸に立つことが深い絶望を余儀なくさせる。やはり、論理だ。

なぜ、人を殺すことがいけないか、そんな理由はない。そう論理は迫る。
徹底された極限で、それでもはねのける。それは叫びだろう。魂が論理を撃つ。

また、戻ろう。「姥捨て山」で誰を撃つのか。何を撃つのか。

草食動物が群れることの摂理を嗤う、あまりにも人間的な作られた精神。
そういう現代の(学校)空間が流布させたい”心”の惨めさに恐怖する。

さあ、ここからがスタートだ。
597実習生さん:2006/06/23(金) 00:58:56 ID:iRAEL+Kj
>ママン

>「水商売」のような「営業」をしない

そういうことは言ってない。
アンタは常に曲解する。それは何も知らないからだ。「文化」欄の知識だけ。
そして、校門の外を歩かない。もちろん、飛び込みはしない。

オイラが言いたいのは、営業とはすべて水商売だっていうこと。
水商売じゃーない営業はないんだよ。

ま、アンタにはどうでもいいことなんだろう。
挙げたらきりがない。だから、うんざりする。

他の方はもうそんなトンチンカンはしてないだろ?反論は大いにけっこう。
すり寄るのはいけない。もっといけないのは、トンチンカンだ。

謙虚に丁寧に トンチンカン は止めてくれ。

胸に迫る罵倒を望む。
598実習生さん:2006/06/23(金) 01:02:24 ID:UA5uZl3S
>594
>いい加減なことをいつまでもダラダラやるのはアカン。
>やるときは思いっきりやる。徹底して、スパッと転じる。

なんだか受験勉強の心得みたいですね。そういう意味ではよく理解できます。
ところで、>580 と重ね合わせると、
  ゲーデルとアインシュタインとオウムの理系は、いい加減なことをだらだら
  していたから、神秘主義になった
ということになりますが、そういう理解でよろしいですか。

あと、
>だから、演じるということです。
この点はよくわかりません。
例えば、ER に出演しても外科手術ができるように
なるわけではないですよね。

あっ、それから、お目にとまらなかったかも知れませんが、
>584 にも、お答えを頂きたく存じます。
599GEN:2006/06/23(金) 01:16:10 ID:dkHQn3ir
猫さん、時間がなくて>>573へのレスは後日。
>徹底された極限で、それでもはねのける。それは叫びだろう。魂が論理を撃つ。
その通り。実感しています。

永井均ですか。なるほど面白いかも・・・。
しかし、その闇を照らす明かりを自らともせぬ子供は、如何に導くのか。
600実習生さん:2006/06/23(金) 01:48:52 ID:Ne6knSKr
『月刊WiLL』 2006年7月号
特別対談 
■石原慎太郎・藤原正彦
「世界に冠たる日本人の美的感受性」
http://web-will.jp/latest/index.html

この対談で藤原が言ってるけど、フランスに留学していた天才数学者の岡潔が、
早々と留学を切り上げて帰国したとき、その理由について、「フランスで二つの
ことがわかった。これから私が専攻すべきなのは多変数解析函数論であることと、
芭蕉の俳諧を究めること」というようなことを言ったんだって。
つまり、文化的感性と科学が関係あるってこと。
たしかに、「インド人の優秀性」という場合は、明らかに教育以前に、ヒンドゥー教
その他のインド文化があるのが間違いない。
そのへんのところをもっと岡潔に説明してもらいたい。
いずれにせよ、日本人にとって、日本文化が最も大切だということだな。
601平下流:2006/06/23(金) 02:08:02 ID:JBsRW2sl
>>596
紹介されている http://homepage2.nifty.com/kiriya/essei5.htm 読みました。

「〜してはいけないという言い方は、外からの禁止命令だ。禁止する理由としては、罰則があり、法律があるからとしか言いようがない。では、なぜ殺す事は「悪い」ことなのか、と問いを変え、自分の中のこととして考えてみようと池田さんは質問を変える。」

「では、なぜ殺す事は『悪い』ことなのか、と問いを変え」のところが気になります。
「殺す事は『悪い』」という前提に立っています。疑いを徹底しているようで、実は不徹底。
「殺すことは本当に悪いことなのか」これこそまず疑うことではないですか。

殺人を悪とするのは自明のことではない
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1127238686/l50
このスレはコテハンは使っていませんが、私がたてました。

なお、最初のURLの永井均の本はニーチェでお世話になっいます。
602実習生さん:2006/06/23(金) 02:26:31 ID:boD1TwuT
ってことは、これ自作自演ってヤツ

>35 平下流 New! 2005/09/23(金) 03:12:36
>>>1
>同意
>価値観は時間・空間の落とし子。

いや、「自作自演は悪なのか」と根源的wな疑問をだされと困るけどさ。
603平下流:2006/06/23(金) 02:30:52 ID:JBsRW2sl
>>602
自作自演です。
哲学板では平下流のコテハンでスレを立てると、追っかけ荒しがきますので。
604実習生さん:2006/06/23(金) 03:30:35 ID:fr5+10T/
ポックル星人の絵本を読め。
605実習生さん:2006/06/23(金) 08:54:57 ID:kUERRlMa
>>598
やりすぎは徹底するのと全く違う。そんな難しいことではない。日常的なことだ。
毎日きちっと薬を飲む。決められた分量を決められた時間に。これは徹底することだ。

やりすぎることとはかなり違う。

ずーっと薬を飲んでると神秘主義になる。
彼らにとって合理主義は信仰だった。というか、基本的に善良だったけど、人間社会
に対する認識や判断という当たり前の思考は凡人以下だった。アインシュタインは反省して
平和運動に力を入れるようになった。目の前にオウムがあったら、彼はサリンを作っていた
と思う。これは比喩でも誇張でもない。文字通りの意味だ。
606実習生さん:2006/06/23(金) 08:57:00 ID:kUERRlMa
>例えば、ER に出演しても外科手術ができるように
 なるわけではないですよね。

外科医だけでなく医者は演技を常に求められています。よく考えてください。

母語を揺るがす第二言語。それに徹底することで母語を発見するという可能性。
西欧近代を演じることで我々の見据えるべき未来が垣間見えるかもしれない。
そういうこった。齟齬、違和感、外部へ・・

誰も母語を演じろとは言ってない。また、第二言語を演じて結果母語になるとも
言ってない。言ってないことに吠えるのはママンと同じ。

あなたは、本質を表層でずらして分からないという。理解したくなければ、どんな
ことも分からないでしょう。単にそういうことだと思いますよ。

ちなみに、昔、「お母さん」役をおはこにしている女優は全員独身だったという話を
興味深く聞いたことをよく思い出す。森光子、京塚昌子、山岡久乃・・・・・

演じたリアリティが、オカンを上回るのは不思議ではない。
コピーはオリジナリティを超えるのだから。その根拠をデジタルに求めるのは
頭の弱い論者の仕業。大昔から変わらない。なぜなら、それを可能にするのは
我々の生物学的制約によるからだ。認識より認知・知覚というタームで考えよう。

閾値は変わってない。我々に与えられた物質的基盤は変わらない。

我々以前に何か確かなものがあるとしたいのは自然科学者の信仰者。基本的にはプラトニズムの
圏内である。我々以前には存在しないとするのは超人なんだろう。

少なくとも、我々以前を問うことはできないとするのがまっとうな人間なんだ。
実は今の自然科学も我々以前は問うてはいない。問うことはできない。そんな簡単な
ことも分からない科学者がいるのは不思議なことだ。院レベルでの科学基礎論を
復習して欲しい。阿呆はいらん。
607実習生さん:2006/06/23(金) 09:06:33 ID:kUERRlMa
>>599
>しかし、その闇を照らす明かりを自らともせぬ子供は、如何に導くのか。

ええっ?
そんな絶対性を信仰しているんですか?あなたはそういう精神を疑っているのかと
思いましたよ。あなたの問いに対する答えはあなたを裏切るものでしかないということ。

しかし、問う行為自体を否定したいわけではない。そういう行為を象徴的に「魂の叫び」
としたんです。もはや問いではないということです。叫びなのです。叫びは基本的には
『論理』的な答えで報いることはできない。叫ぶとき、既に論理を超越しています。
しかし、ずっと叫んでいると狂気が訪れるでしょう。そういうものですね。
608実習生さん:2006/06/23(金) 09:13:03 ID:kUERRlMa
>>601
あなたの問いに対する私見は改めて言います。昨日はよく眠れず、頭が回りません。
私が驚くのは、「殺すことは悪いのか」という問いが基本的な例題にもかかわらず、
まるでそういうことがないかのように、ここではずーーと議論がなされてきたことです。

そういうことがあまりにも多すぎます。
そんな阿呆で「日本の国語教育」が絶望させます。現状の絶望より、ここでの馬鹿の妄想談義
が絶望させるということです。オイラが言うべきことじゃーないんですが、ホント謙虚さが
まるで感じられない。失礼というか、恥知らずというか。

ま、ここではオイラだけが礼儀知らずになってるわけですが。
609実習生さん:2006/06/23(金) 09:24:17 ID:+bDfNdrR
>>594
実践をしたなら、どうして、誤読を防ぐためにわざわざ教育したりと
するんだろう。 言っている本人はそんなことしないでも読書の経験で
勝手にみについたものにすぎないのに、それを教育するとなると
やってないことをやらせているにすぎない。
610実習生さん:2006/06/23(金) 18:12:47 ID:T0Td8xQN
>私は、ハッタリでは言わない。

75 名前:招き猫 ◆yk/JpL/Z9U 投稿日:2005/12/08(木) 23:07:28 ID:Hh2uIgae
ロンドンでテロ騒ぎがあったけど、その直前に行ってたからニュース見てゾッとした。
で、四つ星のホテルでも日本のビジネスホテル以下のところはいくらでもある。
夜も仕事があるから、それなりのイスを持ってきてとお願いしても調子のいい返事だけ。
国際電話もカードで!だって。最近は詐欺もあるから持って行ってなかった。同僚の
カードの番号をオペレーターに言ったら調子のいい返事。で、結局つながらない。
おいおい使えるカードは限られているなんて説明しなかったよな。ヴォケか。

うん、やっぱりまずはリスニングだと思う。
同行した人間の中には、キャセイのチーフパーサーと靖国問題を議論していたのもいた。
意外と固い話題の方が話しやすい。これも経験から言える。もっとも、英語以前に知的レベルの問題があるから一概には言えないか。

78 名前:塾講師A 投稿日:2005/12/09(金) 13:57:48 ID:muHbJFK4
>国際電話もカードで!だって。最近は詐欺もあるから持って行ってなかった。同僚の
>カードの番号をオペレーターに言ったら調子のいい返事。で、結局つながらない。
>おいおい使えるカードは限られているなんて説明しなかったよな。ヴォケか。

私の経験上、カード番号はチェックインの際にdepositとしてフロントに告げているはず。
それに国際電話がかからないホテルの電話がカードを使えばかかるようになるなんてあ
りえないと思います。

おそらくは、テレホンカードを使って、ロビーの公衆電話などからかけるように指示されたの
ではないでしょうか?
611実習生さん:2006/06/23(金) 18:16:58 ID:T0Td8xQN
82 名前:招き猫 ◆yk/JpL/Z9U 投稿日:2005/12/09(金) 22:34:17 ID:ukPzqGS6
>おそらくは、テレホンカードを使って、ロビーの公衆電話などからかけるように指示さ
>れたのではないでしょうか?

ホントにロンドンへ行ったのかな?
公衆電話もカードでかけれるようになっている。が、かからない。だから部屋からかけた。

オペレターは了承したが、つながらなかった。だから、何度か抗議の意味も込めて電話したら、 ダンマリ。で、最後はThe line is busy.で終了。

短期の滞在でテレフォンカード買う馬鹿はいない。残高どうすんの??
ま、そんなことはどうでもいい。

83 名前:招き猫 ◆yk/JpL/Z9U 投稿日:2005/12/09(金) 22:43:12 ID:ukPzqGS6
>>81
靖国は宗教問題ではなく、政治問題。
そういうことに対して、外国の人間の意見を聞こうという態度は大いに評価するべき。
ま、オイラの若いモンが取った行動は全く正しい。ここはきっちり弁護しとく。
アンタ、異文化理解の基礎からやり直しした方がいいな。

スチュワーデスって・・一体いつの時代の人間なんだい。
ちなみに、そのチーフパーサーは男だった。男の場合が多いでしょ?

84 名前:実習生さん 投稿日:2005/12/09(金) 22:49:51 ID:U/Ix6o6B
>同行した人間の中には、キャセイのチーフパーサーと靖国問題を議論していたのもいた。

まぁ、宗教でも政治でもいいが、いきなり外国人とそういう話しをしないようにしよう、なんてことは、海外生活の
マナー本にも書いてあることだよな。本当にこいつはバカw
612実習生さん:2006/06/23(金) 18:20:27 ID:T0Td8xQN
85 名前:招き猫 ◆yk/JpL/Z9U 投稿日:2005/12/09(金) 23:04:02 ID:ukPzqGS6
>>84
靖国はなー、話の成り行きでそうなったけのこと。
えらく長い間話したみたいだから。もちろん、乗務員さんが熱心だったんだが。

86 名前:実習生さん 投稿日:2005/12/09(金) 23:09:25 ID:U/Ix6o6B
>>85
>>靖国はなー、話の成り行きでそうなったけのこと。

あり得ないw 
バーサーだろうがスッチーだろうが客商売してるんだし、
彼らの方こそそういうマナーには一番気をつけてるんだからw

89 名前:塾講師A 投稿日:2005/12/10(土) 00:25:00 ID:0w9LO/ua
>>短期の滞在でテレフォンカード買う馬鹿はいない。残高どうすんの??

今後のために一応コメントしておきますが、海外から日本に電話するときは残高がもったいないとしても、
ホテルの電話からかけるよりテレカを使って公衆電話からかけたほうが安いと思いますよ。
日本にもそういうところありますが、ホテルの電話料金は異常に高い。

それから、海外のテレカって日本と違って番号を入力する方式なので最初戸惑いますよw
613実習生さん:2006/06/23(金) 18:23:02 ID:T0Td8xQN
91 名前:実習生さん 投稿日:2005/12/10(土) 00:52:27 ID:Odt2EF9b
>>85
>>靖国はなー、話の成り行きでそうなったけのこと。
>>えらく長い間話したみたいだから。もちろん、乗務員さんが熱心だったんだが。

読めば読むほどおかしいな。
これは、外国人と付き合うときのマナーというより、客室乗務員という立場なら絶対機内でこんな話し
はしないはずだ。

例えば、スチワーデスが機内でイラク戦争の話しを声高にする場面を考えてみろ。
どんな国籍や宗教の人が乗っているのかわからないのに、そんな対立を煽るような話しをしたら、
お客さんに不快な思いをさせるだけじゃなく、危険でさえある。
そんな話しをし始めたら、同僚が止めるだろう。他の客がたしなめたりしてもおかしくない。
614実習生さん:2006/06/23(金) 23:58:20 ID:+LjNbzJz
ID:T0Td8xQN は荒らしか?

私怨を持ち込むな。見苦しいぞ
615実習生さん:2006/06/24(土) 00:15:33 ID:c2Jw3Emo
平下流さん

例のスレ、記念カキコ終了
616実習生さん:2006/06/24(土) 00:33:51 ID:c2Jw3Emo
>>601
そういうこだわりはあまり持ちませんね。

「してはいけないこと」=「悪いこと」なのか?

悪とは何なのか、それはsinなのか、crimeなのか。
倫理的なものか、法的なものか。
時空間による拘束はどうか。戦争では殺すことが善となる「時空間」があった。
そういう具体的な問いがない方が情けない。殺人が絶対的な悪となる論理は死刑反対
となる。しかし、それを主張する人間は被害者の遺族ではない。時空間を共有していない
んでは何でも言える。

ま、考えるべきことはたくさんある。
永井や池田がすべてではない。契機というだけのこと。
ま、彼らも大したことは言ってない。だから、中高生で使えると思う。
問いそのものも精密ではなく粗雑である。特に、池田。だから使える。

難しいと思うのは、教授者の知的怠慢。中高生を馬鹿にしている。
というか、自分の愚かさが露見する可能性があるから困るのかな。
617実習生さん:2006/06/24(土) 07:26:28 ID:C7rQpR1E
>605
>やりすぎは徹底するのと全く違う。そんな難しいことではない。日常的なことだ。
>毎日きちっと薬を飲む。決められた分量を決められた時間に。これは徹底することだ。

うん。徹底するということがそういう意味なら「やりすぎる」ということとの違いはわかりますよ。
風邪薬は一回三錠と決められたら、きちっと三錠飲め、早く直そうとして一気に百錠飲んだら
死んじゃうよって話でしょう。
あ、違うか。神秘主義になるってんだから、ラリパッパになるって話か。

でも、「論理」という言葉とつながると、よくわかんなくなるんです。
今のところの私の理解としてはですね、
  論理を徹底すると彼岸がわかるよ。
  でも論理のやりすぎは神秘主義になっちゃうんだ。
ということですよね。
そこで、「論理を徹底する」と「論理をやりすぎる」の違いは? とお尋ね
しておるような次第です。
そこで、先ほどの薬の例を重ね合わせると「論理は毎日決まった分量だけ
やるべきだ。やりすぎは身体に毒」と、私のゆるい頭では、そういうことに
なっちゃうんですが、そうですか? 違いますよね。
というわけで、「論理の徹底」と「論理のやりすぎ」について、再度、ご説明
願います。
馬鹿を相手にするのは厭でしょうけど、国語教師になったつもりで
よろしくお願いします。
618実習生さん:2006/06/24(土) 07:26:59 ID:C7rQpR1E
>606
ええっとですね。また、>594 に戻りますが、
  >いい加減なことをいつまでもダラダラやるのはアカン。
  >やるときは思いっきりやる。徹底して、スパッと転じる。
>598 で書いたように、私はこれを「受験勉強の心得」的に解釈したんですよね。
浅いといわれりゃ、それまでだけど。ですから、「スパッと転じる」の部分は
「休むときは休む。遊ぶときは遊ぶ」ってな具合に理解したわけで。

ですから
  >だから、演じるということです。
の部分が、なんとも唐突で、わかんなかったんです。
で、「演じる=別の舞台ではガラッと違う役柄になる=スパッと転じる」
と考えてみたわけなんですが、そうすると、演じている最中は「やるときは
「思いっきりやる」に当たるわけだから、「論理を徹底する=演じる」でもある。
でも、それだと意味がわかりません。
つまりね、物理学者は物理学を研究しているんであって、物理学者を演じてる
わけではないですよねってことです。
演じるのは俳優です。でも俳優はどんなに見事な演技をしても物理学者になれる
わけじゃありません。
それで「例えば、ER に出演しても外科手術ができるようになるわけではないです
よね。」と言った次第です。

感じられるのは、猫さんが「演じる」という言葉に何か特別な意味を込めていると
言うことだけです。でも、それは私にはわかりません。

619実習生さん:2006/06/24(土) 07:27:30 ID:C7rQpR1E
 >誰も母語を演じろとは言ってない。
   その通り、実は私も言ってないんです。
 >また、第二言語を演じて結果母語になるとも言ってない。
   そうですよね。誰だ、そんなこと言うの。
 >言ってないことに吠えるのはママンと同じ。
   ……… ひょっとして人違いしてません?

>あなたは、本質を表層でずらして分からないという。理解したくなければ、どんな
>ことも分からないでしょう。単にそういうことだと思いますよ。

第二の文については同意しますが、第一の文については冤罪です。
私は猫さんの喩えがよくわかんないと言っているだけです。
ここをわかった振りして、やり過ごすのはまずいような気がしているんです。

「母語をゆるがす…」以降と「ちなみに…」以降について。
この点については何ともコメントのしようがありません。ただ一つ質問を。
「演じたリアリティが、オカンを上回るのは不思議ではない。」以降で、猫さんが
言いたいけど言わずにいることは何ですか?
それは >595 の「思い上がれない不幸」と関係がありますか?
まあ、これは答えたくないなら、答えなくても結構です。
620実習生さん:2006/06/24(土) 07:30:02 ID:C7rQpR1E
それで、ですね。私のそもそもの質問は
「論理の徹底が彼岸を開示する」ということの意味です。
それは
  (A) 「論理を徹底するなら、必ず、彼岸を開示する」
  (B) 「論理を徹底すると、彼岸を開示することもある」
の、どっちなんでしょう? というのが、私の当初の疑問だったわけです。
(A) ならば対偶をとると「彼岸を開示しないなら、論理を徹底していない」
ということになります。

で、いま思ったんですけど、
  (C) 「彼岸を開示しようとするなら、それは必ず論理に拠らねばならない」
という意味にも取れなくはないですね。ひょっとして、これですか?
621実習生さん:2006/06/25(日) 00:11:10 ID:bAlDgA9o
>>617
それほど自分を卑下する必要はないでしょう。慇懃無礼よりは単刀直入がいいというのが
私のスタンスですから。

「演じる」ということと同時に考えてください。悪役をどんなに必死に(=徹底して)演じても
魂を売り渡しているわけではありません。ましてや、悪役を演じることは悪人になるためでもありません。
「やりすぎ」とは演じるんではなく、そのものになってしまうわけです。
論理に徹底することは、魂を売り渡すことではありません。やりすぎると演じるのではなく、
本物の悪人になることを意味します。

論理に徹底するだけでなく、「反」論理に徹底することもあるでしょう。
しかし、それはあくまで論理が先にあるのですよね。で、狙いは結局、弁証法だとしたら
陳腐になりますかね。
テーゼをしっかりと定立させずして、展開はありません。

静的に考えるのではなく、運動として考えたいですね。
一度外部に出る(=論理に徹底する)ことをしないで、何が分かるのでしょうか。

漱石の意味とはそういうことだと思います。
622実習生さん:2006/06/25(日) 00:35:56 ID:bAlDgA9o
>つまりね、物理学者は物理学を研究しているんであって、物理学者を演じてる
 わけではないですよねってことです。

そうですね。
しかし、立派な物理学者が研究室以外では非論理的に振舞うことがあるわけです。
彼は徹底しているが、決してやりすぎてはいない(笑)やりすぎると、日常の
あらゆる場面で物理学者となる。彼はやはり物理学者を演じているわけです。私の
意味で。

以前、やりすぎると分裂症になるというような話を読んだことがあります。
分裂症の人は整合性も持っているんですね。持ちすぎるとダメなんです。

アインシュタインやゲーデルが分裂した理由はそこにあるんでしょう。

アインシュタインはずば抜けた物理学者であったが、ひとたび研究室を離れると
凡人以下だった。それは彼の邪悪さを言いたいのではない。彼は児童の純粋無垢な
心を持っていた。ま、ある種のアダルトチルドレン。しかし、彼の善良さが幼児性
を正当化しない。(一般の本ではそういう傾向になるようだ)

彼が原爆製造に加担したと自責の念から社会を意識するようになった。
残念ながら、彼は何も分かっていなかった。少々、研究室でやりすぎたようだ。

だから、分裂したのだとも思う。
どっちを取るのかということになるんだろうが。
623実習生さん:2006/06/25(日) 00:49:51 ID:bAlDgA9o
>「演じたリアリティが、オカンを上回るのは不思議ではない。」以降で、猫さんが
 言いたいけど言わずにいることは何ですか?

言い渋っているわけでもないです。
外部に立つからこそ見えるわけです。彼女らは母親ではなかった。そう外部に立って
いた。あなたが普段一番見えないものは何ですか?あなた自身ですよね。そういうことです。

観察したことをつなぎ合わせると、リアリティを持つのです。
営業とはそういうテクニックなのですね。

小説のリアリティも広義に意味において同様です。
リアリティとは事実そのものではないですね。内面の心象です。
だから、喚起すればいいだけのことです。事実以上にそのような心象=リアリティ
を喚起するものがあるのです。テレビのCMという嘘が、なぜ我々に届くのか。

我々以前に何かがあるのではない。たとえ、あったとしても問えないんです。

そういうことになる理由は何か。それが我々の生物学的な制約ということです。
認知の物質的制約ということです。我々自体がそもそもデジタルなんですよね。
もちろん、言語もデジタルなんですよね。本質論的にはアナログなんてーない。
少なくとも、我々には届かない。仮に届いても、それを表現することは既にデジタル
の圏内だということです。
624実習生さん:2006/06/25(日) 01:13:39 ID:bAlDgA9o
>>620
私は論理を形式論理の意味に閉じて考えません。そのように閉じて考えることも
あるし、そういう意味で使うこともあります。その場合は、そう言います。

西欧の論者が形式論理だけを意味して「論理的」だとしているわけではありません。

私は、自然言語の有する日常論理をも射程においています。このあたりを精密に論じた
文章にお目にかかってはいないので、知っている人から詳しくご教示いただきたいのですが。

例えば、
「春は曙」

これにも、「必ず」や「絶対」、「すべて」は付いていません。
我々が使っている自然言語は『常に』にそう使われます(笑)
彼女に振られたら、世界で一番不幸だと感じるかもしれません。しかし、世界中の
「すべて」の人間と比較して言っているわけではありません。
三日も連続して遅刻すると、お前はいつも遅刻するとなるのが日常です。

日常において、我々は確率論的なことを決定論的に語ることが普通です。
だからといって、それが非論理的に必ずしもなるとは言えないのです。
その場合の非論理とは形式論理に反するというだけの意味ですからね。

あなたは、「論理の徹底が彼岸を開示する」に『『だけ』』形式論理を適用
しようとする。これは、非論理の典型例です。他のすべての言明、他の方の
すべての発言にも同様に形式論理を適用しつつ理解しようとしなくては
整合性一貫性に欠ける全く非論理的な振る舞いです。

そして、あなたの発言自体が常に形式論理を参照してなされたものではないと
いけないわけです。

自分の首を絞める、天に唾する、そういう質問ということです。
625実習生さん:2006/06/25(日) 01:21:56 ID:bAlDgA9o
あなたが、そこにこだわった理屈は事後的に考え出されたもので、原因や理由では
ありません。ですから、あなたの形式論理によるパラフレーズそのものは意味をなさないし、
どうでもいいことです。

論理的な意味における原因理由はない。しかし、内面の動機はあります。
そこには重大な関心を持っています。あなたは、論理の徹底が彼岸に到達しない
ことにこそ価値を見出したいという動機を隠し持っている。一方、それを隠蔽する
ためにこそ形式論理を援用したのです。

撃つ理由は常に事後的に見出されます。通時的に先んじているのは動機だけですね。

そして、そのような理解こそが日常での精密な読解ということです。
まだまだ展開したいことはありますが、取り合えず。

で、何の変更もなしに 「論理の徹底が彼岸を開示する」 
626実習生さん:2006/06/25(日) 01:28:39 ID:bAlDgA9o
あなたは、「論理の徹底が彼岸を開示する」ないことを論じたらよかったのです。
部分否定という形式論理の問題ではありません。価値の問題です。価値が異なって
いるんですから、多数決で納得するものではありせん。それをねじ曲げて、まるで
多数決の問題、部分否定の問題にしてはいけません。

そもそも遠まわしで慎重にしたこと自体がいけない。
単刀直入がよかったのです。

私が嫌いなものは、ハッタリとパブロフ犬です。
知識の問題だけじゃーないです。自分でどこまで煮詰めたかということです。

ここの阿呆レベルに染まったんではないですか?
627実習生さん:2006/06/25(日) 01:33:27 ID:bAlDgA9o
一つ見落としをしていました。

>(C) 「彼岸を開示しようとするなら、それは必ず論理に拠らねばならない」
  という意味にも取れなくはないですね。ひょっとして、これですか?

この意味に取れないことはない、のではなく、この意味です。これ以外にない。
形式論理でパラフレーズするなら、西欧語の論理を考えないとならない。
かかる言明は、まさしく無生物主語なんですね。
628GEN:2006/06/25(日) 01:50:49 ID:Hp+ZnDnq
>>607
>ええっ?
>そんな絶対性を信仰しているんですか?

「その闇を照らす明かりを自らともせぬ子供は、如何に導くのか。」という問いかけから、何故
私が”絶対性を信仰している ”と読み取られたのか解りません。
逆に、「闇を照らす明かり」に絶対性が無いからこその問いなのですが・・・。

その前にハッキリしないことがあります。
>>596で、”人を殺すことは、いけないことである”という理由は無いという論理を跳ね除けるの
は”魂の叫び”である・・・とし、それが「彼岸を開示する」と(この言い回しについては後ほど言
及させていただきます。)仰っていますよね。
これに私は同調しましたが、実際に私はこれを経験しています。しかし、全てを削ぎ落とした後
に最後に残った”魂の叫び”によって私は更なる【論理】に到達しました。決して神秘主義にも陥
らず(一度思いっきり陥りましたが)極めて客観的で単純な論理を獲得しました。これと同様の論
理を語っている哲学者等、有識者を私は”知り”ません。謂わばオリジナルです。
(オリジナルとは自らの経験則をもとに形成したもののことです。唯一のものとか、初物とかいう意
味ではありません。「オリジナル」とは、形成時に同一のものを”知らなかった”という事実でしかあ
りません。)
私はこの理論を見つけることにより「闇を照らす明かりを自ら灯す」ことが出来ました・・・が、これ
は誰でも出来ることではないと思います。まして、子供達が自ら辿り着ける境地だとは思えません。
(私は運が良かった)

子供達を闇に落とすのは、その闇から救い出す責任を全うすることが出来て初めて許される方法
論だと思います。私は、私の達した境地に子供達をいざなう自信は全くありません。なぜならその
境地でさえ普遍的絶対性など保障できませんもの。これは私の中では最も普遍的絶対性の高い
理論(その意味では”絶対性を疑いつつも確保している”ということになりますかね・・・抽象的です
いません)ですが、全ての子供達がそれを信仰する・し続けることを保障できないという意味です。
629GEN:2006/06/25(日) 01:51:52 ID:Hp+ZnDnq
(続き)
そこで猫さんに「その闇を照らす明かりを自らともせぬ子供は、如何に導くのか。」と問うたのです。
絶対性の無いものを、あえて絶対という幻想を用いて教え・導いていかねばならなくなる。これを採
るならば、その「絶対」をどのような言葉で、若しくはどのような方法で実践するおつもりなのでしょう
か?それとも教えなくても良いということでしょうか?もしそうならば、教えず・導かず、闇に落とし込
み、自ら這い上がってくることを期待するということでしょうか?

・・・という意味の問いなのですが・・・>>607のレスでは、論理を徹底し、闇に陥り、それでも問い続
ける行為を「魂の叫び」 とし(ここまでは良いとして)>しかし、ずっと叫んでいると狂気が訪れるでし
ょう。そういうものですね。 ・・・と結んでいますね。これでは、「論理の徹底が彼岸を開示する。」の意
味が”論理の徹底が狂気をもたらす”ということになってしまいませんか?
私はその闇の中でもなお問い続ける・求め続ける行為が「魂の叫び」であり、僅かな明かりを見失わ
ずに生きていく力となるとも思っているのですが、「問い続ける・求め続ける」ことを諦める危険性も否
定できないと思っています。これは「狂気(絶望・完全なる闇)が訪れる」ということです。ならば、この
方法論は【狂気が訪れる】ことを防ぐ方法を盛り込み、明かりを灯す、若しくは「問い続ける・求め続け」
られるように徹底せねば、「諸刃の刃」になってしまうのではないでしょうか。

私は私の経験則による方法論としては、猫さんの「論理の徹底」には同意します。しかし、子供を教育
する上で、絶対的(幻想であれ、信仰であれ)な答えを提示出来ない、若しくはそこへ導く方法論無き
教育の危険性をご指摘します。この危険性を排除する方法論の結論を示していただけませんか?そ
れが仮令>あなたの問いに対する答えはあなたを裏切るものでしかないということ。・・・であったとして
も一向に構いません。 ”裏切る・裏切られる”という意味をご存知でしょうか?もし知っているとすれば、
その意味に於いて、私は誰かに”裏切られること”はありえませんのでご心配なさらずに。
630GEN:2006/06/25(日) 01:57:07 ID:Hp+ZnDnq
「論理の徹底が彼岸を開示する」
私なりに分析させていただきます。
先ず其々の語句の定義から。
論理の徹底・・・ある概念・事物・事象に対する全ての因果関係を、言語によって無矛盾に証明すること。
彼岸・・・言語による論理を超越した知覚(悟り)
開示・・・教え示すこと。事柄の内容を明らかに示すこと。

この文章を読み解くのに先ず問題になるのは、ここには主語がないということです。
このスレの大前提として、【教育】があるわけですので、「論理を徹底する」が掛かっているのは、教育者側なのか
生徒自身なのかということも検証しなければならないでしょう。
ここでは”教育者が「論理を徹底する」ことにより、生徒に「論理を徹底」させる”ということと捉えるのが妥当でしょう。
「論理を徹底する」が、対極する双方に同時に掛かることになります。
次の「彼岸を開示する」はどうでしょう。
先ず問題は「開示する」が「教え示すこと」なのか「事柄の内容を明らかに示すこと」なのかということです。
前者の場合・・・教師が論理徹底によって生徒に彼岸を「教え示す」/生徒自身の「論理を徹底する行為自体」が、
生徒自身に対して彼岸を「教え示す」・・・という二つの意味に取ることが出来ます。
後者の場合、前者の「彼岸を教え示す」を「(彼岸)を明らかに示す」に入れ替えた二つに加え・・・生徒自身が自ら
「事柄の内容(彼岸)を明らかに示すこと」・・・という意味に捉えることも出来る。
恐らくは・・・生徒自身の「論理を徹底する行為自体」が、生徒自身に対して彼岸を「教え示す」・・・という意味に捉
えるのが妥当でしょう。
まとめると・・・【教育者が「論理を徹底する」ことにより、生徒に「論理を徹底」させ、論理を徹底した生徒自身の「論
理を徹底する行為自体」が、生徒自身に対して彼岸を「教え示す」】・・・とするのが妥当でしょうか。
>>535でさきに「論理に徹底した人間にだけ、その彼岸は開示される。」 と表現されていますので、これを考え合わ
せて、もっと単純に簡単に・・・【論理を徹底することによってのみ悟りを開くことが出来る】・・・としても差し支えない
かな?
631GEN:2006/06/25(日) 01:58:28 ID:Hp+ZnDnq
(続き)
猫さんの文章全体の文脈を考え合わせると、私の解釈では・・・

   【論理を徹底することによってのみ、悟りを開く(為の道を開く)ことが出来る(可能性がある)】

・・・ということになりますが、どうでしょうか?
632実習生さん:2006/06/25(日) 02:28:45 ID:bAlDgA9o
>>628
少々言葉足らずだったかもしれません。
しかし、子供を導くという捉え方には、そう感じざるをえません。
彼岸を指差さすところにまだ一緒に行くことはできるでしょうが、渡るかどうか
までは分かりません。というか、指差すところまで行けるかどうかも、分かりません。

ただ、そう意志することを言いたいのです。あまり、安易に考えてはいないのです。
が、あきらめることもするべきではありません。意志する、志向することが大事です。

>「オリジナル」とは、形成時に同一のものを”知らなかった”という事実でしかあ
  りません。

仰りたいことは分かりますが、それを論理的(笑)に整理すると単に『オリジナルとは
無知に根拠付けられる』となります。

何も知らない人間ほど、簡単にオリジナリティに立てますよね。
そうなると、オリジナリティが無意識のコピーでもあるということになります。

それでもなお、そういうオリジナリティに価値を見出すとなれば、自己満足という
以外にはないでしょう。それでは、あまりにも寂しい。それでもかまわないのなら、
完全終了です。
633実習生さん:2006/06/25(日) 02:29:29 ID:bAlDgA9o
>最後に残った”魂の叫び”によって私は更なる【論理】に到達しました。

おそらく弁証法ではないですか?
運動だから、まだ更新し続けているような【論理】でしょうね。

>保障できないという意味です。

結果の保証は危険です。
ですから、志向・意志の問題。すなわち過程の問題。だから、たとえ到達しなくても
OKなのですね。我々は預言者や救世主ではありません。意志者です。

>それとも教えなくても良いということでしょうか?もしそうならば、教えず・導かず、闇に落とし込
 み、自ら這い上がってくることを期待するということでしょうか?

意志する姿を徹底して見せる=教えることはできるでしょう。その意味では導くことも
可能です。
期待ではなく、自ら這い上がることを見せ付けることはできます。そして、それしか
できないでしょう。
634実習生さん:2006/06/25(日) 02:30:38 ID:bAlDgA9o
>論理の徹底が狂気をもたらす”ということになってしまいませんか?

「徹底」と「やりすぎ」は精密に論じました。よくお読みください。

>私はその闇の中でもなお問い続ける・求め続ける

そうですね、まさしく運動、弁証法ですね。

>【狂気が訪れる】ことを防ぐ方法を盛り込み、

それは既に織り込み済みです。
すなわち「演じる」ということです。正味ということではありません。
徹底して演じることを学校ですればいいんです。チャイムでちゃらけてもいい。
校門に出たら忘れるのは止められない。というか、四六時中そんなことになったら
狂気ですね。

やるときはやる。そういうことです。徹底してやる。スパッと転じる。

>危険性を排除する方法論

演じるということ。徹底するということ。中途半端はいけない。
徹底すると齟齬を味わうことにもなるから。チビチビでは、気付かず汚染されます(笑)

他の方へのレスもお読みください。お答えになっていると思います。
635実習生さん:2006/06/25(日) 02:46:08 ID:bAlDgA9o
>>630
基本的には、教授者がそういう姿を提示することでしか伝えられないでしょう。
結果、生徒がどう受け取るかまでは分かりません。しかし、提示の方法論とかは
煮詰めることはできるし、常によりよい方法を考えるべきでしょう。

>【論理を徹底することによってのみ、悟りを開く(為の道を開く)ことが出来る(可能性がある)】

彼岸が悟りであるかどうかも、分かりません。糞かもしれません。
論理の向こうがある。しかし、道程は論理なのですね。そういうことです。
また、彼岸がスタートラインだったという可能性もあるわけです。

それ(糞やスタートライン)を見ることも含めて志向するのです。
道徳ではないですから、善が彼岸にあるとは言い切れません。

でも、意志する、志向するのです。
きっとあると思って。暗闇での跳躍です(クリプキ)。

ま、賭けでもあるんだから。そもそも論理を徹底すること自体が賭けです。
何も得られないかもしれない。少なくとも、今ここで救えない。だったら、
歩むしかないでしょ。ここでは見えない。ここではつかめない。ならば、運動
です。

救おうとせず、見ようとせず、つかもとしないなら、完全終了です。
スタートなし。
636実習生さん:2006/06/25(日) 02:51:00 ID:bAlDgA9o
>All

十回を「じっかい」と読むのが正解で「じゅっかい」は間違いになる。
これが国語教育。どっちでもいいとはしない理由が分かりません。

「右」と「左」の書き出しの違いも。

現場では実際どれくらいこだわっておられますか?
ぜひぜひご意見をお聞かせください。(類するようなことも)
637実習生さん:2006/06/25(日) 12:31:02 ID:eMqJ+1eL
http://www.youtube.com/watch?v=VezP6yqhs9k
これ国語?確かに爆笑
638実習生さん:2006/06/25(日) 12:45:08 ID:ByM7uQU8
>>637
すげえ
英語のへにょへにょ感がなくって
かっこよく聞こえるwwww
俺もこういう英語でいこうかな
639実習生さん:2006/06/25(日) 13:02:10 ID:9vedzCPi
がんばって話しているようだけど、教えておくと君たちのやりかたで
国語力は伸びないよ・・

伸びるのは国語力高い生徒のみ。
640実習生さん:2006/06/25(日) 13:15:22 ID:dZMeTsSN
トートロジー というか
完全に同語反復も珍しい。

論理以前の問題か。
641実習生さん:2006/06/25(日) 20:45:38 ID:rTit6UQi
>>636
「十」の読み方が、「じゅう」もしくは「じっ」だから。
読み方のテストなら、答えられてないから×
書き順は従っておいた方が得。字のバランスつまり上手い下手にかかわる。
パソコンあるからとあなどるな。
意外に手書きで書いたりする機会多いですから。
642実習生さん:2006/06/26(月) 01:44:32 ID:ZfhQcDM1
平下流さん

例の哲学板、少々常駐して試したけどまるでダメ。まともに考えてる人間は
あそこにはいませんね。んで、そもそも頭が狭いから話にならない。
例えば、生物学など周辺にも目配りして発言する人がいないから、うんざりします。
643実習生さん:2006/06/26(月) 02:30:46 ID:w0w2FUTX
国語教育スレの過去スレであれだけ書き込みしているんだから、論点をまとめて
もらえんもんかね>猫氏 あるいは主張が複数あるならそれを別個に立てててくれ。
いまはwikiとかもあって議論しつつまとめるにはそういうのが便利だぞ。
644実習生さん:2006/06/26(月) 21:27:12 ID:cuFFNAks
いままで、子供にあまり音読をさせてきませんでした。
と言うのも、文章を意味の固まりとして読みつなげるように
なるには、黙読のほうが良いように思ったからです。

この考え間違ってるのかな?
645実習生さん:2006/06/26(月) 22:29:13 ID:Z+ks9qqW
読書は量をこなせば勝手に速読ができるようになるし文意も
読み取れるようになるので、量をよませることですね。
作家とかきくと驚くほど本を読んでいる。ものすごい表現が多彩
だとおどろいていたら、その裏には一般人にはありえない量の本を
読んでいたという共通点がありました。

つまり、量を読めば国語力はあがるわけです。
646実習生さん:2006/06/26(月) 22:32:01 ID:Z+ks9qqW
欧米では幼稚園から言語技術と言う科目をやって、すべてを論理的に
説明し、議論できる能力を幼稚園から行っているらしい。

ここで考えるより、まず外国で行っている優れた国語教育方法を探した
方がずっと有益ですね。実践で結果まで出した方法であるわけですし。
ここのスレはほとんどまだ実際にやってない方法を話しているに過ぎず、実際に
あがるかどうかは謎なものがおおい。自分がここのスレの教育方法をうけても
まず100%国語力はあがりませんね。
647平下流:2006/06/26(月) 22:44:06 ID:BQ4znjeg
>>642
やはり、あなたでしたか。
あの板はいろんな人がいますので、即断即決は禁物かもしれません。
もう少し、気長に付き合ってみたらどうでしょうか。
648実習生さん:2006/06/26(月) 22:45:49 ID:cuFFNAks
読書量が読解力養成に有効なのはよくわかるのですが、
わりかし楽に読める文章を多読するのと、多少骨のある
文章をじっくり読むのとではどちらが有効ですかね?
一応小3をモデルでお願いします。
649実習生さん:2006/06/26(月) 22:57:39 ID:Z+ks9qqW
>>648
小三が読みたいものを読ませればいいでしょう。何を読めばいいかと
常人の何倍も読んだ人がいうには、読みたいものを嫁 というものでした。

活字中毒になれば、勉強も苦にならないのでそれがいいでしょう。ただ
知能が高いと小説とかを嫌う可能性が高いので、何か知識が得られるものを
進めるのもOKでしょうね。
650実習生さん:2006/06/26(月) 23:00:27 ID:3kU0Dqyf
音読は音読
黙読は黙読でまったく別のもんだから
両方やればいいんでない?
651実習生さん:2006/06/26(月) 23:03:15 ID:cuFFNAks
音読のプラス面とマイナス面を考えてみると、、、

プラス
脳を活性化させる。
同じ文章を繰り返し読むことで、文章や文の構造が身に付きやすい。
集団学習では、音読場面が欠かせない。
姿勢、心肺機能などにも効果がありそう。
もしかしたら、自分の声を耳から聞くことで、力強い言語野が形成されるかもしれない。
伝統的な読み方であり、その伝統を無視しきれない。

マイナス(黙読のプラス面)
後戻りに馴染まないので、意味把握が曖昧なまま読みが進められる。
黙読に比して、単位時間で読める量が圧倒的に少ない。
音読で文章を読む大人はおらず、その意味で成長過程限定の読み方でしかない。
音読みが中心であり、どこかで意味読みへとドラスティックに変更する必要がある。
音読3回こなせる時間があれば、黙読なら5回はこなせる。そうすれば、問題なく、
文章や文の構造が身に付く。
652実習生さん:2006/06/26(月) 23:11:02 ID:Z+ks9qqW
自分の記憶では黙読している大人がすごいというのがある。
はじめは音読以外で本を読めなかった。それがいつのまにか
黙読で読めるようになった。
音読は基礎みたいなものでしょうね。いろんな意味があるでしょうけど
頭いい人があえて音読しているのを見たことはありませんし。


そして日本で取り入れるとしたら 言語技術トイウ科目でしょうね。

議論をする能力を考えていましたが、外国ですでに行ってきちんとした
人間を教育できているのでそのまま取り入れられます。これと平行して
掲示板で議論、リアルで議論も応用編として行えば、論理的に表現でき
考えられる人間を育て上げることができるでしょう
653実習生さん:2006/06/26(月) 23:21:52 ID:cuFFNAks
むかし、活字中毒っぽい状態になったことがあります。とにかく、文章を読んでいる状態が
気持ちの上で一番落ち着くのです。そのとき気付いたのですが、
たえず人の書いたものに思考を預けていると、人間{馬鹿}になります。
自分で世界観の構築をはかることをしなくなるんですよ。
動機的には賢くなりたくて多読を始めたのに、逆効果に気づかされました。
系統だった世界観を持っていることが賢さの尺度だとすれば、多読にはアイロニーが潜む。
654平下流:2006/06/26(月) 23:29:02 ID:BQ4znjeg


何故、皆さんは国語の技術、手段、方法といったハウツーを求めるのでしょうか。
効率的な王道があるのでしょうか。仮に、技術、手段、方法が身についたとし、目的はなんでしょうか。

少し前、ワールドカップの話が出ていました。
中田には感動しました。彼には、明確な目的意識がありました。
オーストラリアの後、次のクロアチア戦をどのように戦うかとの問いに「どうもこうのない、とにかく走らないことには始まらない。」という趣旨の発言をしていました。
ブラジル戦を前にしては「考えたって仕方が無い。動くしかない。」と言っていました。
作戦だ、技術だ、方法だなどどは言っていません。そんなことより、勝ためにはひたすら走ること、動くこと。

ここで、肝要なのは、目的は必要条件、十分条件は体力だということ。
母国語にとってその体力とは何なのか。少なくとも、ハウトゥー的なものでないことは確かでしょう。
まして、母国語にとって必要な基礎体力を身に着けるのに、実績がいくらあるにしても、外国語とは・・・。
655実習生さん:2006/06/26(月) 23:42:47 ID:cuFFNAks
とにかく走ることってのは、サッカーというゲームの性質上、圧倒的に正しい戦略だと思いますよ。
汗っかきが相手の攻撃の目をつぶし、自分たちの攻撃の幅を広げる。
まぁ、中田から見るとその当たり前のことをチームメイトが実践できていないように映ったのでしょう。
それにあまり国語の話とは結びつかないと思いますね。

論理の建て方としては、まず多読をこなし、ある年齢に達した後に論理的な読解技術を付加するのがよいか、
あるいは幼少から同時並行で進めるのがよいか、、、でしょう。
ちなみに前者に一票。
656平下流:2006/06/27(火) 00:06:09 ID:YnaP2jz6
>>655
一言。

>とにかく走ることってのは、サッカーというゲームの性質上、圧倒的に正しい戦略だと思いますよ。

私の趣旨は走ることは体力の問題であって戦略ではないということです。
657平下流:2006/06/27(火) 00:10:41 ID:YnaP2jz6
>>656の補足
戦略を立てるにしても、その前提としての体力が無くては、絵に描いた餅、机上の空論という趣旨です。
658GEN:2006/06/27(火) 00:10:49 ID:lLtQbej2
>>644
音読は非常に良いですね。
黙読の方が良いということでも、音読の方が良いというわけでもありません。
双方、同じ「本を読む」という行為ですが、其々効果が違います。

勿論、「脳に与える効果」も違いますが、それ以上に音読は「コミュニケーション」であるということが非常に大きいと思います。
読み聞かせは、受ける側になりますが、音読は表現者・発信者になります。
是非人前で音読させてあげてください。楽しませてあげてください。そのためにはあなたも楽しんでください。

量を押し付けるのではなく、好きな本を何度でも読ませてあげてください。読み聞かせの時も、何度も何度も同じ本を「読んで」
とせがまれたでしょう?子供は日々成長しています。まだまだアメーバのようにグニャグニャです。同じ本を読んでも毎回が
新しい発見です。私たち大人も同じですが、子供は大人の比になりませんよね。大人は頭が石ですから。

小さいお子さんは、好きな本を好きなように読ませることが大切です。決して押し付けてはいけない。
本を読む楽しみを感じられれば、押しつけずとも自ら本を読みます。好きなのならば、あたりまえですね。
音読も強制はいけない、子供の好きな本を一緒に楽しむ気持ちでいてください。興味深々でいてください。あるときは黙読している
子供の邪魔をして本を覗き込んでみたりするのも良いでしょうかね?とにかく読んで聞かせてあげたいと思わせることです。
読んでくれたら喜んでください。楽しんでください。子供は内的な読書から、外的表現の楽しさを知ることが出来ます。
読み終えたら、毎回感想を話し合いましょう。感想を言葉にすることで、人に伝える楽しさと難しさを知ります。

国語の能力や論理能力を考える前に、先ず豊かな感受性を育むことを考えてください。
以上です。

ちなみに私は独身の大工ですが、人間を愛しています。参考になさるかどうかは他の方の意見も聞いた上で、ご自分でご判断を。
659実習生さん:2006/06/27(火) 00:16:56 ID:+bBCxzSv
<音読と黙読>
・バランスよくするのがいいと言うのは全くその通りだけど、それぞれの特性を
 どれだけ理解しているかが重要です。
・黙読は意味内容を理解するのに有効です。速度も基本的に黙読です。何でもかんでも
 音読を優先していると速読できない頭になります。
・音読は、意味内容を(黙読によって)理解しているものをするのがいいでしょう。
・意味内容を考え理解しないで音読するのは、G理研=T教会やF総研のセミナーと
 同じで思考停止によって、単純な思想の注入=洗脳のように機能する場合もあります。
 これはスローガンの連呼の機能と同じということです。要注意。
・音読は視覚だけでなく、聴覚も必要となるだけでなく、脳の運動野も使うから
 脳のアイドリングやウォーミングアップに有効でしょう。

・授業の始めに、それまで習って十分に理解したところを音読する(コーラス)のが
 簡単にできることです。ただし、参加しない生徒もいるでしょう。そこまでは面倒を
 見切れません。また、一人一人読ませるのは時間の無駄です。よく国語の時間にありますね。
 これは自己満足以外のなにもない。
・先生が何度も練習して朗読するのは、モデルの提示として意味があります。
660実習生さん:2006/06/27(火) 00:18:19 ID:fOXhom+s
あ、失礼。戦略は間違えました。戦術でした。
661実習生さん:2006/06/27(火) 00:25:20 ID:+bBCxzSv
>>653
>たえず人の書いたものに思考を預けていると、人間{馬鹿}になります。
>自分で世界観の構築をはかることをしなくなるんですよ。

そういう思い込みとハッタリはいけません。そして、そのデタラメはあなたの
オリジナルではなく、どこか既にあったもののすり込みということです。

思考とは引用の織物です。
そうでない例があったら、一例でいいから挙げてください。あなたの考えに合致
している例を。ちなみに、そういう二項対立(コピーvsオリジナル)が完全な囚われであり、
古い枠組みの確認にしかすぎません。
662GEN:2006/06/27(火) 00:27:26 ID:lLtQbej2
猫さん>>632-635御意!!
まるで僧侶が成仏を目指すかのごとく。
あ〜レスしたいのですが多忙で・・・すいません。
でも、猫さん。確信しましたよ。あなた同胞(同房?)ですね。仲良く喧嘩しましょう。
663平下流:2006/06/27(火) 00:31:10 ID:YnaP2jz6
>>660
了解いたしました。
ただ、私の趣旨としては、戦略を戦術に置き換えても同じことです。
第一に、戦略も戦術もハウトゥーであり、目的ではないということ。
第二に、戦略も戦術もハウトゥーであり、体力ではないということ。
664実習生さん:2006/06/27(火) 00:39:27 ID:Tobmo2fE
ちょっと口を挟みたいことが一つ。
国語力を身につけるために読書するんじゃなくて
面白い体験(読書)と出会うために国語力を身につける
そう考えようぜ
665実習生さん:2006/06/27(火) 00:40:23 ID:fOXhom+s
馬鹿になるってのは私の体験に基づく実感です。
字面を脳に流し込みたい欲求とでも言いましょうか。
べつにオリジナル、コピーを問題にしているわけではありません。
脳に流し込んだものを整理するような頭の働きをしなくなる状態です。
絶えず、流し込んでいるだけとでも言いましょうか。
もちろん今はそんな読み方をしていません。ただ、その当時読んだものがどれほど
自分の身になっているかは、疑問ですね。「鉄は熱いうちに打て」と言うじゃないですか。
たぶん打つ作業をしないで済ましているような状態を指すのだと思います。
666実習生さん:2006/06/27(火) 00:52:11 ID:+bBCxzSv
>>647
分かっています。戦略=戦術wとして、燃料投下・餌まきをしました。
チビチビやらないんです。すいません。

>>654
勝とうという気持ちがずーっと低かったから負けた、と川口が言ってました。
中田の「走る、動く」とはまさしく、そういう意味だと思います。
従って、体力の問題なんかではない。というか、実践でスタミナがもたない
理由とは何かを問うているのです。
そう、まさしく練習のときの精神を問題を問うているんでしょう。それは試合での
精神の問題に直結します。

意志、志向の問題です。

基本的に彼はチームメイトを見下しています。
だから、せめて一生懸命に走って動こうとする『精神』くらい持てと言ってる
のですね。彼を要約すると「意気地なし、根性なし」ということ。

彼はチームメイトに技術論を期待するほど自惚れてはいません。
戦略という問題を封じることで、個人のヘラヘラさを指弾したのです。

他の選手が逃げられない問題を投げつけられたと感じているか、どうかは
分かりませんが。

ま、技術や戦術も結果であって理由ではありません。
原因とは、それらを根源で左右する意志の問題だと彼は言いたかったのです。

☆ (まとめ)下半身を鍛えようと走り込みをするかどうかは、意志の問題ですよね。
667実習生さん:2006/06/27(火) 01:08:51 ID:+bBCxzSv
GENさん

>音読は「コミュニケーション」であるということが非常に大きいと思います。
 読み聞かせは、受ける側になりますが、音読は表現者・発信者になります。

いいえ、意味内容を考え理解しない音読は反コミュニケーションの機能を持っています。
カルトやセミナーで大声を出させるのはどういうことか、ということです。

>国語の能力や論理能力を考える前に、先ず豊かな感受性を育むことを考えてください。

耳に心地よい道徳ですね。「まず感受性」ということで論理の欠如が正当化されます。
論理に対峙させられた感受性は既に死んでいます。感受性は凌駕するものです。でないと
いけません。

論理より先にというのは、体よく論理を否定しているにすぎないのですよ。
論理を否定しても感受性は保証されません。トンチンカンやデタラメを言うと
感受性があるのですか?

関係ないでしょ?感受性とは、何かを否定的に指差すことで明らかとなるものではない
のです。

幼い子供の感受性は論理とは無関係です。先んじているんでもありません。
彼ら(彼女ら)は、その(論理の)存在をしらないんですからね。

ひとたび論理を知ったなら、突き抜けるような経験が必要です。
そうすると幼児と同じスタートラインにつけるのです。簡単なことではありません。

ゴッホのように、感受性がある人はどうでしょうか。
彼は論理より「まず感受性を豊か」なんて考えていない。実は彼の感性とは
彼の論理に他ならないんですね。彼に二項対立は存在しなかったと思いますよ。
668GEN:2006/06/27(火) 01:14:53 ID:lLtQbej2
いえ猫さん。私の真意はそこにはありません。精読を願います。
669実習生さん:2006/06/27(火) 01:35:14 ID:uobKUYOx


  最近の東亜板(アジアメディア発のニュース取扱板)で、
  「誤審」 「判定」で検索してみると……


「詐欺だ」「審判を除名すべきだ」…韓国スターたち、不当審判をいっせいに非難★2[6/24]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1151156642/l50

抗議殺到で、韓国からのサイトへの接続を遮断★3[06/25]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1151250444/l50

MBC「サッカーは今日…死んだ」/「詐欺だ」のドゥリは英雄、「判定も試合の一部」の智星は非難…中央日報批判[6/26]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1151318942/l50

よく誤審に巻き込まれる韓国…もどかしいが方法はない。ただ、誤審の最後は悲惨だったという歴史を慰めとするしかない[6/26]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1151328839/l50

英ガーディアン紙「スイスゴールの瞬間、韓国の『審判運』が尽きた」[06/24]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1151162841/l50
670実習生さん:2006/06/27(火) 02:34:27 ID:Tobmo2fE
教科書読んで大事なことって
面白いか面白くないかだよな。
それによって授業は深みを増してくる。

または、授業で一般書を読むことをしたほうがいいかもな
一時間
671実習生さん:2006/06/27(火) 07:52:19 ID:7mDbltG5
>>653
そういう人もいるんでしょうね。ですが、自分の場合はいい情報のみきちんを
考えて、餞別して入れられています。入れられない人と入れられる人は何が
違うのかわかりませんが、おそらく入れた情報を議論するとか、情報をつかって
他の人と考えると言うことが無いからおきるんでしょう。

他の人と議論すると、いろんな考えがみえて、こう考えると正しいとかわかってきます。
日本では議論の教育が限りなく足りないわけです。
国語・数学・スポーツの基礎が議論だと今は思ってます。 ものすごい応用範囲が広いからです
672実習生さん:2006/06/27(火) 07:55:04 ID:7mDbltG5
>>654
日本のサッカーで国語教育を取り入れているのを知らないんでしょうか・・

欧州のサッカー選手は、なぜこのようなプレイをしたのかというのを「この場合は
こうでこの場合はこうでこの場合はこうなのでこれをしたのは間違っていない」
などものすごい論理立てで説明します。 こういうのを日本がみて、国語教育が
大事だとわかり普通に練習メニューに議論の練習みたいのが組み込まれています。
673きゅーじぅ:2006/06/27(火) 09:27:04 ID:TWIjXizG
>>664
禿道
674実習生さん:2006/06/27(火) 09:47:22 ID:Eieoecmu
>>671
思考や認識が議論であるというのは、大変おおざっぱでありますが注視すべき
点です。

弁証法(Dialektik/dialectics)はもともとソクラテスの問答法から始まった
ものとされます。そもそも、対話だったんですね。他者の思考、外部への思考だったんです。
dialogue(ダイアローグ)は英会話でよく聞くでしょ?

ま、こういう話になると必ず日本のオリジナリティを口にする人間が出ますね。
オリジナリティという考えがあまりにも西洋的だということに気付かないのが情けない。
この陥穽にはまったのは宣長も同じだったのです。

ここも、やっとまともなスタートラインについたようです。
675実習生さん:2006/06/27(火) 09:49:49 ID:Eieoecmu
>>673
そうでしょうか。
そのような素晴らしい出会いのための読書を可能にする国語力を付けるには
どうすればいいか。やはり、読書なんでしょうね。目的も方法過程も読書と
いうだけのこと。

目的そのものが過程を明らかにするということが分かります。
だから、まず目的論なんですね。
676644暫定コテ:2006/06/27(火) 13:24:03 ID:fOXhom+s
>>658,>>668
GENさん、私は読み聞かせを否定しませんよ。
黙読と音読と読み聞かせとは、それぞれ別物と認識しています。

>>667ここに猫さんの認識が現れていますよね。
しかも私を含めた一般の認識とはずいぶん違う。
違いすぎて何を言っているのかよくわかんないんですよ。

で、質問。
>耳に心地よい道徳
ふつう道徳ってのは、共同体内部の視線を意識した行動基準を表しますよね。
私は、神と対峙して自己を見つめることでの内省すなわち倫理と区別して使います。
猫さんがどういう意味で「道徳」を使うのかわからない。

>感受性
感受性の存在自体を否定しています??何が言いたいのかさっぱりわかりません。
猫さんが論理を重んじる立場だというのはわかります。だけど、論理は
大脳生理学、神経生理学、解剖学などの知見では、
大脳皮質という一番最後に出来た脳の活動ですよね。
論理などは、あくまで感情、感覚等の古い脳とのバランスの中で捉えられるべきものです。

>ひとたび論理を知ったなら、突き抜けるような経験が必要です。
そうすると幼児と同じスタートラインにつけるのです。

もう少し詳しく書いて欲しい。とくに、「突き抜けるような経験」の部分と
「幼児と同じスタートライン」の部分。

677644暫定コテ:2006/06/27(火) 13:47:28 ID:fOXhom+s
続き

>彼の感性とは彼の論理に他ならない

どうしてすべてを論理に引きつけて処理しなければならないのか、
さっぱりわかりませんね。
私なんかは逆の認識です。論理や理屈などは、なにがしかの感情を
前提とする閉じた体系に依拠した展開でしかないという考え方です。

>彼に二項対立は存在しなかったと思いますよ。

二項対立とは弁証法のことですよね。思考の方法論のひとつであり、
論理の基本的方法論ですよね。ゴッホの感性を論理で括っておきながら、
そこに二項対立を見いださないというのがよくわかんないですね。
まぁ、二項対立を有さない論理があるってことなんでしょうか。
論理って言ったって「空の論理とか」「感情の論理とか」
いろいろな使い方が出来るわけで、猫さんがどの範囲で使っているのか
よくわかんな過ぎ。

>トンチンカンやデタラメを言うと感受性があるのですか?関係ないでしょ?

これもなんかおかしい。トンチンカンやデタラメも真偽のほどは別にして、やっぱ
論理の一種じゃないのかなぁ?もちろん感受性でないことには同意しますけど。

678平下流:2006/06/27(火) 21:38:23 ID:YnaP2jz6
>>672
知りませんでした。

でも、情けない話ですね。

ただ、一流のスポーツ選手はみな頭が良いですね。
679実習生さん:2006/06/27(火) 22:04:44 ID:4lww+Lpr
>>678
スポーツでうまい人は頭よく無いとできないよ。

ただスポーツは馬鹿がやるものなのでトップとは比較してはいけない・・・
680実習生さん:2006/06/27(火) 23:47:36 ID:Tobmo2fE
>>675
おまえの文章に教養が感じられなす
681実習生さん:2006/06/27(火) 23:50:13 ID:4lww+Lpr
読書は知識をつける物と言う形が主でいいでしょう。
682実習生さん:2006/06/28(水) 00:05:13 ID:MTSHsPiX
>>681
イヤだ。楽しみが主だ。娯楽だ。
楽しくなければ読まないよw。
683実習生さん:2006/06/28(水) 00:08:40 ID:18Q2xKbQ
>>676
>ふつう道徳ってのは、共同体内部の視線を意識した行動基準を表しますよね。

私は道徳を「共同体の掟」と決まって表現します。何度も言及しています。ここでは
内面化そのものは必然じゃーない。嫌でもそのような掟に拘束されてしまうようなもの
でもありますから。もちろん、内面化されている場合もあるでしょう。
ポイントは時空間が限定され、かつ共有されている掟ということです。

例えば、 感性は暖かく包み込み、論理は怜悧に刻む
これはそのような掟の内面化にすぎません。(無意識での)注入です。
そのように迫るものが道徳です。ある種の偏向された価値が既に前提されています。
そのバイアスとは制限された時空間の要請によるものであって、普遍性や絶対性
を持っていません。

そもそも美的なものは論理的であったというような事実は無視されています。
昔は、芸術家は同時に科学者であったということから分かります。ダヴィンチに
形容されることが多いですね。

そう、あのコードを読み解くにも『制限された』時空間が必要ですよね。
デカルト空間では無理です。西欧では、禁忌に触れるものとして物議をかもし、
一方日本では単なる謎解きの娯楽としてもてはやされる。
まさしく、道徳の視線です。

感性が暖かいものだとする視線こそが、道徳的偏向なのです。
684実習生さん:2006/06/28(水) 00:23:17 ID:18Q2xKbQ
>感受性の存在自体を否定しています??

そもそも理解しようとする気はないから分からないだけではないですか?
それと(科学的)認識にも誤りがあるようです。

感性の存在自体や感性そのものの意味や価値を一度たりとも否定してはいません。
ただ、その理解がトンチンカンだから異議を唱えているだけです。その誤った
理解を生み出すものを道徳だとしているのです。

>大脳生理学、神経生理学、解剖学などの知見では、
 大脳皮質という一番最後に出来た脳の活動ですよね。
 論理などは、あくまで感情、感覚等の古い脳とのバランスの中で捉えられるべきものです。

非常にルーズな理解で閉口します。
ただ、議論がワープしそうなので我慢し、かつ最大譲歩して私見を言います。
「一番最後にできた」というのは、人間を特徴付けるものになるんでしょ?
一番古いものに価値をおきたいのは、あなたの勝手です。しかし、そういう無意識の
パブロフ犬的反応こそが、ノスタルジックに感性を擁護しようとする道徳の仕業では
ないですか?
685実習生さん:2006/06/28(水) 00:41:26 ID:18Q2xKbQ
>バランスの中で捉えられるべきものです。

そんなこと既に言及済みです。そして、それはスタートであって結論にするのは
全く意味がないのです。それくらいのことは分かっていいようなものです。
バランス、中庸・・・そのような『道徳』を結論にするのは、耳に心地よく
何か分かった、何か達成したようなエクスタシーをえられるんでしょうね。

で、そのバランスの中身は一向に語られない。語ることはできない。なぜなら、
そもそも何もないから。ただただ、バランスというタームによって快感が得られる
頭になっているんでしょう。そういう仕組みを道徳だといっているのです。

だからこそ、私は『あえて』論理だとしたいのです。
方法論的に論理を徹底したい。そこから、バランスの中身が見えるものだとしているのです。
あなたが読解力がないのを責める気はありません。ただ、読めないことを当方のせいにだけ
するのはどうかと思うんですが。
686実習生さん:2006/06/28(水) 00:42:47 ID:18Q2xKbQ
ところで、左脳右脳を出して議論した方がはくがつくと思いますが。

柄谷(書名は・・確認は面倒)が言ってたが、(かなり付け足して)
そういう感性や美的なものっていうものこそが、単純に物質的還元がなされて
しまっている。ランナーズハイはSMと同じ快感。全く同じ!!簡単に薬で
得られるものです。

我々に残っているのは、認識だけだと。
全くその通りなんだよね。道徳によって称揚したい感性や情緒の領域こそは
簡単に物質的還元がなされるものであるという背理。

CGに自然をしみじみ感じる我々を擁護する論理の建築をまずは目指す
べきなんだよ。

MITのミンスキーのように「心は機械だ」っていうテーゼでしこしこ
やってる科学者は実に多い。あの利根川もそうだ。

そういう輩を撃つのに竹やりを持ってくるのとは一緒に闘えない。
あなたのような低レベルの論では、彼らの思う壺ということです。

私は、あなたではなくミンスキーを撃ちたいのです。
ただそれだけです。
687実習生さん:2006/06/28(水) 00:45:28 ID:U1MEm8hR
>>684
閉口したままでいてくれ
688実習生さん:2006/06/28(水) 00:52:13 ID:18Q2xKbQ
>>677
はっきりさせておくと、あなたはあまり頭がいいとは思えません。
もう一度、いや二度三度当方の発言を精読してください。

>論理や理屈などは、なにがしかの感情を
 前提とする閉じた体系に依拠した展開でしかないという考え方です。

そういう認識をもたらす道程こそが論理の徹底だとしているのです。
透徹した論理によってもすくえないものがある。論理の網の目からこぼれ落ちる
ものがある。それを我々真の意味で経験しないとならないのです。あなたはまだ
そういうところには至っていないようです。宣長が指摘したように、あなたのような
頭こそが漢意に囚われているのです。

その認識は彼と共有しますが、それからは全く異なります。
私の立場は、だからこそ論理の徹底なのです。そう、その立派な論理を命がけで
試してみるのです。そして、自壊をもたらすことができれば彼岸です。

他で優ったかのような論は印象批評です。
しかし、自壊はそうではありません。

自己矛盾を突きつけるのが一番痛い攻撃なんですよ。
689実習生さん:2006/06/28(水) 00:59:10 ID:18Q2xKbQ
>まぁ、二項対立を有さない論理があるってことなんでしょうか。

ある。
少なくとも彼にはあった。彼が耳をそぎ落としたのは、整合性がないと思ったからだ。
彼の論理を理解できないからといって、ないとはいえない。

そこでは美学と論理は癒着していて腑分けは無理だ。そこは狂気の淵かもしれない。

>トンチンカンやデタラメも真偽のほどは別にして、やっぱ論理の一種じゃないのかなぁ?

だったら、二項対立がない論理なんて完全にある、ありまくり!www

で、私の発言の一部をコンテクストから乖離させて論じてほしくない。
前後を含めてよく読め。そもそも、疑問文、それも修辞疑問文ということが
分かっているのか?
690GEN:2006/06/28(水) 01:00:05 ID:q+fK9YFu
猫さん。
私は感受性を第一に考えます。
何故なら論理を追求し意思を貫き、知を求めることは、好奇心から発するものと考えているからです。
好奇心がなければ、目的の設定すら出来ないと思います。事象・事物など、刺激として入力された情
報に好奇心をもってその視線を向けるには、先ず「感じ・受け止める心」が必要なのではないでしょうか?
そして論理を追求する為にも、苦悩するからこその追求と、苦悩と戦う心の強さが要求されます。
知ることに歓喜し、知らないことに苦悩し、求める。そこに目的を見出し、強い意志のもとに論理を追求していく。

目的は論理によって形成されるものであっても、発生源はあくまでも”受け止め求める心”にあると考えます。
猫さんは、知の探求心について、先ず最初に何が最も必要なものであり、何が人を”論理の徹底”に向かわせるとお考えですか?
691実習生さん:2006/06/28(水) 01:04:52 ID:+QTPYuOn
>>682
知識をつけるのが楽しいわけですけど。
小説とかただの何にも得ない娯楽で読むのももちろん
ありですが、小学生に教えるとしたら、知識が付くほうを
すすめるべきでしょう
692平下流
>>681
>読書は知識をつける物と言う形が主でいいでしょう。

そうですか。色々な人がいて面白いですね。

私にとっては、物を考えるきっかけ、ヒントです。
読書をしていても、物を考え始めたら、書物は閉じてしまいます。