魔女狩りについて

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1アイアンメイデン
魔女狩りについて詳しく教えて下され。
2世界@名無史さん:2001/05/14(月) 12:49
ヨーロッパの魔女狩りについて、でいいのかな?
どの辺から話せばいいのかな?

制度化された魔女裁判について、とか。

よく、「中世の魔女狩り」とイメーヂされてるけど、歴史的には
近世に入って宗教改革と対抗する反動宗教改革の動きの中で
組織化された魔女裁判が推し進められた、とか。
そういう話でよいのかな?

どの辺から話せばよいのか糸口をつけてくれると助かる。
3T・S:2001/05/14(月) 13:18
 同様のスレがあったような気がするのだけど。
4世界@名無史さん:2001/05/14(月) 13:44
両サイドを伸ばしたまま、脳天だけをキレイに剃り上げます。
5日本@名無史さん:2001/05/14(月) 15:41
魔女狩りは、先入観を排してもう少し冷静に論議されるべき問題だと思う。
6世界@名無史さん:2001/05/14(月) 18:37
>>3
とりあえず、スレタイトルで検索すると「魔女狩りの町 セーラム」くらいしか見当たらないですが。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=975666059

題名からの脇レスで「魔女狩り」に話題が及んだスレはちょっとわかりません。
7おサル:2001/05/14(月) 21:06
魔女狩りほど残酷な風習(?)って珍しいと思う。
年老いた女性や妊婦、幼児まで容赦しなかった。
お腹に新しい命を宿した女性が、どんな気持ちで生きながら
焼き殺されていったか、想像するだけで胸が痛む。
それが「戦争でも何でもない」ごく日常生活の中で行われていた
というから、狂気の沙汰である。
無知な農民達は、天災で農作物被害にあうたんびに、怪しいと思う
罪のない女性をピックアップして、すべての責任をなすりつけた。
しかも殺害した後、「悪を無事滅ぼした」と記念碑まで建てたことも
あったという。そして、一度狙われたら最後、けっして許されることはない。
人間の狂気を示すいい証拠ではないだろうか。
8世界@名無史さん:2001/05/15(火) 00:31
古代多神教からキリスト教への改宗って魔女狩り的なことはなかったの?
レオ1世とかグレゴリウス1世あたりの時代の多神教徒ってどんな扱い
だったんでしょうか?信仰の自由は許されてたの?
9世界@名無史さん:2001/05/15(火) 10:31
>>8
脇レスだと思いますが。
>古代多神教からキリスト教への改宗って魔女狩り的なことはなかったの?

古代多神教からキリスト教への動き、大まかには以下のようです。
303年=古代ローマでキリスト教徒に対する最後の大迫害、と呼ばれるものがありました。
311年=ガリレウスが寛容勅令を出しています。
313年=ミラノ勅令。コンスタンティヌスがキリスト教を公認しました。
このときは「キリスト教を信じてもよい」です。後にコンステンティヌスは臨終に際して洗礼を受けたので影響力がありました。

コンステンティヌスの死後“背教者”皇帝ユリアヌスが多神教勢力を再統合しようとしたが失敗。

380年=テオドシウスがキリスト教を国教とする勅令を発しました。
このときは伝統的なローマ宗教(多神教)を奉じる貴族達が、地方の田園に身を引くなどの動きが目立ったそうです。

「古代多神教からキリスト教への改宗って魔女狩り的なこと」は、あったかもしれませんが、あまり目立っていません。
それよりも、ローマに公認されないでいた間に、広いローマ各地で教義にバリエーションが増えすぎていたので、何が正統なキリスト教義であるかを整理することの方が重大事件でした。
平たく言えば異端派の認定ですが。
「何が正統か」が定かではなかったので「異端」というのも「正統教義」が定まった後に明確になった概念になります。

>レオ1世とかグレゴリウス1世あたりの時代の多神教徒ってどんな扱い
>だったんでしょうか?信仰の自由は許されてたの?

レオ1世とかグレゴリウス1世の頃の中世には、現代的ないわゆる「信仰の自由」はありませんでした。
「信仰の自由」は、厳密には、政教分離が成立しないとでてこない概念です。
10:2001/05/15(火) 22:37
>9

>信仰の自由は許されてたの?
この書き方じゃ、確かにおかしいですね。言い方を変えます。


多神教徒のコミュニティはどの時代まで存在したのでしょうか?

ホノリウス帝の時代には、まだ多神教徒の方が数としては多かった
というのを聞いたことがありますし。多神教とキリスト教の移行期
の多神教徒は迫害されて滅亡したのか、自発的な改宗(嘘っぽく聞
こえますけど)によってキリスト教徒になったのか、単純に疑問に
思ったもので・・・。


119:2001/05/16(水) 06:06
>>10=8
なるほど。
古代と中世とでも異なりますし。純然たるローマ帝国臣民と、侵入したゲルマン族とで異なります。

ローマ帝国臣民については、すでに記しましたが、国教化の後「伝統的なローマ宗教(多神教)を奉じる貴族達が、地方の田園に身を引くなどの動きが目立った」そうです。

公認以前、キリスト教教線の伸長は都市部を中心にしていました。
一説によると、古代末期には大都市では核家族化が進行し、いわゆる「伝統的コミュニティー」は解体していたとの説もあります。
これは、墓石に記された銘文の形式の推移を比較検討しての研究です。

異論もあるのですが。「伝統的コミュニティー」が予め解体していた、から、キリスト教が広まったと唱える意見もあります。
この説を踏まえるならば、キリスト教国教化の時までに、都市部では「多神教徒のコミュニティ」は形骸化していた、とみなせます。
キリスト教以外の新興宗教(小アジア、西アジア起源の諸宗教)の流行も考え併せると、うえの説、わたしは説得力を感じます。

ゲルマン系については、都市部と逆で、古代から中世の頭にかけて部族ごとの改宗例が多かったです。
族長が改宗したから部族をあげて改宗する、みたいな事例ですね。
12世界@名無史さん:2001/05/16(水) 06:17
>>10
>ホノリウス帝の時代には、まだ多神教徒の方が数としては多かった
>というのを聞いたことがありますし。多神教とキリスト教の移行期
>の多神教徒は迫害されて滅亡したのか、自発的な改宗(嘘っぽく聞
>こえますけど)によってキリスト教徒になったのか

ローマ的異教からキリスト教への改宗は、周囲の社会的圧力による“自発的”改宗が多かったと思います。
国教化以降は、都市ではキリスト教に入信しないと幼児洗礼や葬儀に預かれなくなるわけで。これではまともな生活ができない。
地方に関しても、出世栄達しようとすれば、キリスト教に入信する必要が増してゆくわけで。この辺が「社会的圧力」と思います。

>>9でも言われていますが、古代末期〜中世にかけては、キリスト教の内の異端派とか、ローマ以外から入っていたマニ教などとキリスト教の競合の方が激しかったようです。
ローマ的異教からキリスト教への移行は、比較的緩やかだったように思われます。
13:2001/05/17(木) 00:43
レスどうも有り難うございます。

単純にコルテスとかピサロの南米征服の話やルターの異端や異教(ユダヤ教?)に対する態度を
聞きかじった印象(知識はいい加減なんで、偏見ならすいません)から、キリスト教は他宗教を
根絶する性質があるという決めつけを無意識に行っていたかもしれませんね。

日本人の一人の仏教徒として思うのは、戦国〜江戸時代にキリスト教を日本か根絶出来て、本当
によかったなってことです。これに失敗したら、今頃日本はフィリピンの様にキリスト教を信仰
する英語(スペイン語でも可)圏の国になってたのでは・・・。

完全に魔女狩りと関係ないですね、すいませんです。
149:2001/05/17(木) 10:25
>>13=8
「魔女狩り」と関係しなくも無いと思うので簡単に。

私見にすぎませんが、「他宗教を根絶やしにする性質がある」のは、西欧社会「だった」と思います。
あるいは西欧的キリスト教(ローマカソリック、プロテスタント、西欧修道院)に顕著な傾向「だった」とは言えると思います。
ただし、ローマンカソリックは、現代に入って、その体質を克服しようと多大な努力をはらっていることは、認められるべきでしょう。

ヨハネ・パウロ二世の「教会合一運動」(これもよくない訳語ですが)が典型ですけど。合一運動のルーツも第二次大戦前に溯ります。
シュバイツアーや、マザー・テレサなどを出したのもまた、西欧的キリスト教です。

魔女狩りに話を戻すと、やはり宗教が現世的な政治権力と結びつく、または競合しあうと魔女狩りのような事態もおき易いでしょう。これはキリスト教に限ったことではないと思います。
ただ、西欧社会の歴史には、宗教権威と政治権力が競合しあう事態が多かったとは言えるのでhないでしょうか。それこそ中世の皇帝権と教皇権の競合からはじまっています。
その結果「政教分離の思想」を生み出したのも、西欧社会でしょう。

余談になりますが、単にキリスト教と言った場合、西欧的キリスト教以外の東方教会やコプト教会etcが失念されがちなのは、これは日本の世界史理解の傾向なのかなぁ?

さらに余談、わたしは、戦国末期にキリスト教禁令が出なかったら、日本って国が今のように一つの国に纏まってるかも怪しいように思います(ワラ
ifの話ですが、三つ〜4つくらいの国になってるかもしれません。
15世界@名無史さん:2001/05/17(木) 14:13
> 宗教権威と政治権力が競合しあう事態が多かった

魔女狩りは、中世に繰り返し登場した軍事的メシアの
ような異端への教会による弾圧と深く関係している
という指摘もありますね。
16世界@名無史さん:2001/05/17(木) 14:24
>>15
えぇっと、質問というか、確認というか、その辺のニュアンスでお教え願いたいのですが。

「軍事的メシアのような異端」とは、千年王国運動のようなものを指しておられますでしょうか?
それとも異端カタリ派のようなものも含まれますでしょうか?

17世界@名無史さん:2001/05/17(木) 16:22
私の理解と知識はおおざっぱなので細かい突っ込みには
答えられませんが、カタリ派のようなものも含めてよい
のではないでしょうか(いま出典が手元にありませんで、
すいません)。
中世カトリックの「異端審問」のおこりはカタリ派に対
するものだったですよね、たしか。教会にとっては、
自らの正当性と政治経済的基盤を揺るがす存在を根絶やしに
することが元々の主目的だったのではないでしょうか。
具体的な知識には欠けるので間違っているかもしれませんが。
しかしイエスもユダヤ教における異端=軍事メシアだったと
いう人もいるし、ユダヤキリスト教の伝統といえるのだろうか。
18世界@名無史さん:2001/05/17(木) 16:24
15=17>>16です、失礼。
1916:2001/05/17(木) 17:04
>>17
なるほど。異端審問の一形態、一時期としての魔女狩りって整理ですね。
了解しました。


20世界@名無史さん :2001/05/17(木) 21:28
アリウス派、ネストリウス派、カタリ派、フス派とかのいわゆる異端派は
今でも存在しているんでしょうか?まさしく、魔女狩りの標的になってそ
うですけど。
コプト教の現在の状況は以前、テレビの特番で見たことはあるんですが・
・・。

ところで、カタリ派とマニ教って同じなんですか?ちょっと知識があやふ
やです。
21世界@名無史さん:2001/05/17(木) 22:00
>>20
カタリ派はマニ教とは別宗派です。
マニ教はキリスト教ではありませんし。カタリ派はキリスト教の異端派です。

カタリ派の起源は諸説あるのですが、東欧で形成されたのポゴミル派(ボゴミル派)とする説が最有力です。
ポゴミル派もマニ教も二元説的なので、関連を推測する説もありますが、これは定説ではないでしょう。

カタリ派の起源にビザンツ経由で入ったグノーシスの影響を考える説もあります。こちらにもマニ教との間接的関連を考える論者もいます。


22世界@名無史さん:2001/05/17(木) 22:09
>>20
>アリウス派、ネストリウス派、カタリ派、フス派とかのいわゆる異端派は
>今でも存在しているんでしょうか?

私も詳しくは知らなかったのですが、ネストリウス派のキリスト教会は現存するそうです。
現在、エキュメニズムを進めている、ローマカソリックの関る宗教的魔女狩りの標的にはなっていないと思われますが。
その代わり、民族紛争の火種にはなっているかもしれません。

「『ギリシャ正教の最高指導者』って?」をご覧ください。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=989032377

特に「>>14」。

後、同スレ「>>19-20」で触れられているマロン派も古代の公会議で異端認定された単性説です。
やはり同じ個所で言及のあるヤコブ派も、確か異端派だったと思いますが、ちょっと確認とれていません。
2322:2001/05/17(木) 22:15
>>20
そうそう一番肝心なことを書き忘れました。
カタリ派は現存しないはずです。もし現存したら伝奇ロマンの世界です(笑)。
同様にフス派も現存しないでしょう。
これらは中世ヨーロッパに派生した異端派なので確実と思います。

アリウス派は古代に分岐した異端派で、高校教科書などでは現存しないとされていたかと記憶していたのですが。
ネストリウス派系統の教団が現存すると聞いて(>>221)自信が揺らぎました(笑)。
24湾岸戦争の時に:2001/05/17(木) 23:06
イラクの外務大臣をつとめていたアジズ氏は、ネストリウス派のクリスチャン。
25アマノウヅメ:2001/05/19(土) 02:36
16世紀のドイツでは、特に魔女狩りが多かったのですが、カトリックとプロテスタントの
争いが激烈だったのが主因でしょう。
その上、世の中が混乱しているのに乗じて、悪徳領主と背徳僧が、グルになって
商売で魔女狩りやってた例も多かったようです。
魔女(広義の魔女には老若男女を問わずいました)の嫌疑をでっち上げ、拷問で有罪にして
火あぶりにして(とろ火で絶命まで1時間以上かけるなんてお達しがあった)
財産は召し上げて、領主と教会が山分けにするわけです。
金が必要になると金持ちの町人を逮捕するというわけで、随分もうかったようです。
kる
26世界@名無史さん:2001/05/19(土) 16:44
既出でしたら申し訳ありません。
井沢元彦氏が監修されている
教科書が絶対教えないキリスト教 封印の世界史 -西欧文明のダークサイド (徳間書店)
にキリスト教の女嫌いの部分が書かれてあります。
私は女ですが読んでてめまいがしそうでした。
27世界@名無史さん:2001/05/19(土) 17:23
上のほうにある「魔女狩りの町 セーラム」スレッドで
初めて魔女狩りで殺されたのは評判の悪い老婆という説がありますが、
初めて殺されたのは産婆という説をどなたかご存知でしょうか。
処女懐胎を一番に無理だと思っていそうだからだそうなのですが。
28おサル:2001/05/19(土) 18:39
>>27
お産が楽になるよう助けるのは、聖書にある「女は苦しんで子を産む」
べきだという考えに反するから必要なし、と教会が考えたことも
原因の一つです。その上、薬草を扱うため、魔法を使うのではないかと
疑われやすかったようです。東ヨーロッパでは、山で薬草狩りを
していた老婆が怪しいと「市民の側から」告発があり、当局は穏便に
済ませようとしましたが、「市民の側が」納得せず、厳罰に処すよう
要求した例があります。権力者の陰謀と言うより、一般市民が積極的に
魔女狩りを行っていたようです。
29世界@名無史さん:2001/05/19(土) 19:08
>>26
井沢元彦監修の本に何が書かれていたかは存じませんが。
魔女狩りの話題と西欧キリスト教の女性蔑視を繋げて考えるのは短絡です。

Witchは概要「悪魔の下僕となった者」といった意味で、いわゆる魔女狩りの犠牲者には多数の男性もいました。
3027:2001/05/19(土) 20:02
>>28
ありがとうございます。大変参考になりました。
31アマノウヅメ:2001/05/20(日) 12:41
魔女と異端審問に関する本なら、次のようなものがあります。

  クルト・バッシュビッツ
  「魔女と魔女裁判」
    法政大学出版局

  森島 恒雄
  「魔女狩り」
    岩波新書

  池田 博行
  「ロシアにおける魔女狩り」
    研究社叢書

  ジュール・ミシュレ
  「魔女」上下
    現代思潮社

  コリン・ウィルソン
  「オカルト」上下
    新潮社

古い本が多くてすみません。
図書館ならあると思います。

岩波新書はまだ、絶版にはなってないはずです。
32世界@名無史さん:2001/05/20(日) 13:45
>>31の他に次の3冊も挙げておきましょう。
上山安敏,『魔女とキリスト教 ヨーロッパ学再考』,講談社学術文庫1311
ISBN4-06-159311-0

ジャン・ミッシェル・サルマン『魔女狩り』知の再発見双書16、創元社
ISBN4-422-21066-1

度会好一『魔女幻想 呪術から読み解くヨーロッパ』中公新書1494
ISBN4-12-101494-4

個人的には、中公新書の『魔女幻想』が糸口としては手頃かと思います。

>>31で挙げられている岩波新書の『魔女狩り』は「観点がやや旧い」として批判があることを特に記しておきます。
また、ジュール・ミシュレの『魔女』も分野の古典なのですが、「ロマン派である」との批判が多いことも知っておかれた方がよいでしょう。
上に紹介した批判の当否は読者が読んでそれぞれに判断すべきことであるのは、言うまでもありませんが。
33アマノウヅメ:2001/05/20(日) 13:56
>>新しい本を教えてくださって有難うございます。
最近この類の本を調べる暇がなかったので・・・
時間ができたら、買いにいってきます。
34世界@名無史さん:2001/05/21(月) 07:51
>>31-32
質問しようとして来たら、もう有りました。
ありがとうございます。
35世界@名無史さん:2001/06/08(金) 22:12
魔女裁判にかけられても、生き残ったって例はあるの?
やっぱり、みんな処刑されてるの?
36世界@名無史さん:2001/06/26(火) 21:09
>>35
魔女裁判でも上訴できれば無罪になったりした例はあるようです。
37旅人:2001/06/26(火) 22:31
いぜんドイツの・・・・名前は忘れてしまったのですが、
なんとかという町に魔女と疑われた女性を拷問する道具が、
展示されていました。とてもイタソーでしたよ。
・・・確かロマンチック街道の一都市だったような気がします。
38アマノウヅメ:2001/06/26(火) 23:00
>>36
生きてた人はいるでしょう。
セーレムの魔女狩りのときは生存者がいたという話ですから。
もっともこれは最後の魔女狩りです。

15,16世紀の頃は拷問だけで命は無いと思われ。
39ドクトル・ゲー:2001/06/26(火) 23:23
西洋の拷問器具って種類がやたら充実してますよね。日本や中国と
比べると。鉄の処女とかコウノトリとか。ギミックが複雑なのも結
構ありますし。やはり魔女狩りの歴史がそうさせたんでしょうかね。
40世界@名無史さん:2001/06/27(水) 03:45
つうか中国は拷問よりも処刑法が多彩すぎるよ
41世界@名無史さん:2001/06/27(水) 14:15
魔女狩りについては中世末期という時代の状況を考えたほうが良いと思います。誰か、当時のヨーロッパでの森の減少など急速な自然破壊と結びつけて考えていた研究者がいたと思いますが。
42アマノウヅメ:2001/06/27(水) 15:19
>>41
魔女狩りってのは、中世末期というより、近世初時のものなんですね。
当時自然破壊を考えた人は0でしょうね。ただし、当時森の奥にすんでいた
薬物の研究家やモグリ医師(免許持ちより腕が良い)
何んかは困ったでしょうね。

魔女狩りにあうんですから。
4341:2001/06/28(木) 05:40
そう、近世初頭といったほうがいいかな。自然破壊を考えたっていうんじゃないよ。森林が急速に減ったりしてそうした環境変化により社会心理に独特の状況があったということ。
44世界@名無史さん:2001/06/29(金) 00:40
ヨーロッパの「森」の消滅時期と魔女狩りの時期はずれているかも…

「火刑台への道」ミヒャエル・クンツェ著/鍋谷由有子訳/白水社/1993

古本屋で見つけたこの本↑を読了したばかりです。

ミュンヘンでの魔女裁判(裁判記録がほぼ完全に残っているため法制史上有名とのこと)
についての本ですが、大都市の司法権力による「魔女狩り」では法論理が見事に貫徹して
いることに驚かされました。大衆の妄想レベルなどでは決してなく、ヨーロッパの近代理性と
合理精神が魔女狩りにおいても見事に発揮されています。

それと、マイスターの国だけあって、拷問・処刑方法も、念入りで、手が込んでいます。
いや、恐れ入りました。日本人の方が淡白ですね。
45世界@名無史さん:2001/06/29(金) 01:40
でも自分で自分を魔女だと思っていた
(としか思えないような記録の)
例もけっこうあるみたいね。
集団心理って怖い。
46世界@名無史さん:2001/06/29(金) 04:39
魔女狩りが法律の整備、裁判の手続きの発達を促したと聞いたことがある。
47アマノウヅメ:2001/06/29(金) 05:08
>>46
魔女教と呼ぶべき悪魔崇拝者の団体があったという説と単なるマス・ヒステリア
だったという説があります。
正統派の学者は魔女教を認めたがりませんが、後世でも悪魔崇拝者はいますから、
殺された内のいくらかは悪魔崇拝者だと思われます。

ごく少数ですけどね。
48世界@名無史さん:2001/06/29(金) 05:23
>>46
うーん、アマノウズメさんが言われてる後世の悪魔崇拝者は
どの辺の時代のどの国のそれでしょうか?
もし、18〜19世紀くらいの英・仏それのことをお考えで
したらば、魔女教=ウィッカとは性質が異なるように思うのですが。

アマノウズメさんの投稿はよく拝見しています。
私もミシュレは好きです。
よければ、マッタリ(と言うのですよね、2chでは?)お話お聞き
できるとありがたく思います。
49アマノウヅメ:2001/06/29(金) 05:52
都市の郊外にはローマ時代の遺跡が残ってますね。
そこで14〜17世紀頃怪しい集会を開いていた連中がいたようです。

昔読んだ本なので詳細は忘れました。ごめんなさい。
50名無し:2001/06/29(金) 23:55
日本では魔女と訳すので,女性と思われますが,男も魔女として裁かれ
焼き殺されました。
魔女とされた人の財産は没収になったので,金目当てでも魔女裁判が
行われたようです。
証拠が無いので,拷問で自白を求めました。
だから担当者は嘘であることを知っていたと思います。
でもそれを言うと,殺されるので黙っていたのでしょう。

言論の自由,匿名発言の自由の価値が良く分かります。
51世界@名無史さん:2001/06/30(土) 02:31
曝し首や獄門等、日本でもヨーロッパでも公開処刑は民衆の娯楽の一つだったと言うこともいえる。
アフリカなんかじゃ今でもあるし。
52世界@名無史さん:2001/06/30(土) 02:59
>>50さん
あげ足とるつもりは、毛頭ありません。

でも、魔女狩りの本を読むと、きっかけは、共同体内での何らかの危機の発生、
それに対抗するための、共同体や権力側の問題のすり替え=犠牲山羊の必要性と
そこに流れる「風説」、当局側の「密告=匿名発言」の奨励、などが顕著のような気が。

むしろ、当時の状況と今の日本社会が似ていなくもないような気もします。
好奇の対象ではなく、他山の石とすべきです。

さげ
53アマノウヅメ:2001/06/30(土) 16:39
>>48
ルイ14世の寵姫モンテスパン夫人も加わっていたという悪魔崇拝は
魔女教とは別物です。
ヨーロッパの魔女狩りが一段落ついてから、流行りだしたようです。
現在でも魔女教というか、魔女愛好家というか、そういう人はいるようです。
54世界@名無史さん:2001/06/30(土) 16:44
         1UP
   ∧_∧ ∩
  ( ´∀`)丿
  ⊂   )  1UP
   ノ  γヽ
  (__丿\__ノ
      ヽ(´Д`;)ノ| ̄ ̄ ̄ ̄
      (___)|
      ◎ ̄ ̄◎|
      | ̄ ̄ ̄ ̄
      |
      |
| ̄ ̄ ̄ ̄
55ペストを治すには:2001/06/30(土) 17:02
ペストを治すには、半オンスのスイバの汁、1ドラグムのテリアカ
を、病人に飲ませなさい。その際、この混合物が適度に温まるよう
に気を付け、それから、病人をよくおおって発汗させると、ペスト
に罹ってすぐならば、きっと治る。これは、古今の何人もの偉大な
著述家たちにに認められてきた秘法である。
56小蜥蜴の糞について:2001/06/30(土) 17:03
年配になっても美しいと思われたいご婦人方には、この糞をおおい
にお薦めする。なぜなら、これはあらゆる種類の皺をのばし、肌を
白くし、女性にきれいで快い艶を与えるからだ。
(中略)
小蜥蜴の糞、イカの甲、白ワインの酒石、鹿角精を削ったもの、白
珊瑚、米の粉を、いずれも同量ずつ取り、乳鉢で気長に砕き、ごく
細かなふるいにかけ、それからその粉を同量のアーモンド、ブドウ
畑か庭にいるナメクジ、ニワタバコの花を蒸留した水に一晩浸し、
さらに同量のきれいな蜂蜜に混ぜ、もう一度全部一緒に乳鉢で摺り
つぶしなさい。こうして調合したものは、銀かガラスの清潔な容器
に気をつけて保管するように。これを顔や手、胸元、首筋など、好
きなところに摺り込めば、この秘法の効能が間違いないとわかるだ
ろう。
57世界@名無史さん:2001/06/30(土) 19:47
そういえば、高校時代の英語の先生に魔女みたいな先生がいたなー。
風貌がさ。
58世界@名無史さん:2001/06/30(土) 20:22
>アマノウヅメさん
元ネタは澁澤あたりでしょうか?
でも、澁澤のパクッた本って、今では、いっぱい翻訳されてますよ。

1.「妖術師 秘術師 錬金術師 の博物館」グリヨ・ド・ジブリ/林瑞枝訳/法政大学出版局/1986
2.「魔法 その歴史と正体」K・セリグマン/平田寛訳/人文書院/1991
3.「カバラとその象徴的表現」G・ショーレム/岡部・小岸訳/法政大学出版局

2は完訳本。2の巻末の参考文献一覧は、邦訳で入手可能な本の一覧です。

>48さん
あなたってとても優しい人ですね。
59アマノウヅメ:2001/06/30(土) 23:02
>>58
元ネタは澁澤龍彦ではなくて(結構、読んでますが)オカルト関係の本です。
一時請ってましたのでね。
多分1はもってるはずです。

澁澤龍彦の本は昔は上製本でしか手にはいりませんでしたが、本当に
パクリは多いですね。
60世界@名無史さん:2001/07/01(日) 03:55
アメリカの女教師(元?)が
魔女裁判を起こしたね。
意味が違うが・・・
61国民:2001/07/01(日) 20:25
魔女裁判というのは、人間の知性,理性の限界を示す良い例だ。
このような話を数百年も信じて,実際に殺人を行う。
私は非難するのではない。これが人間だと言う認識を持ってもらいたいのである。

人間は精神的に,不安定な存在である。周りの空気でとんでもないことをする。
自分を含めて,信用しにくい生物である。こうした認識を持ってもらいたい。

近代の魔女裁判症候群は,共産党主義独裁下で発生した。
外国のスパイ容疑で多くが逮捕され,拷問をかけられ老若男女数千万人が処刑された。
この悲惨さは,到底中世の魔女裁判の被害者の比ではない。
62世界@名無史さん:2001/07/23(月) 09:01
age
63世界@名無史さん:01/09/25 00:42
 
64S:01/10/12 22:56
それにしても、言いがかりで村一番の美人をとっ捕まえてきて
あんな事したりこんな事したりして拷問にかけたりなんかして

ぅぅぅ、ボッキしてしまう。
65世界@名無史さん:01/10/12 23:41
村一番とはかぎらんのでは
(美しい人ほど疑われたとか?)
66世界@名無史さん:01/10/12 23:54
>村一番

…都市で一番美しい盲目の美少女を火炙りにした…

「魔女狩り」 森嶋道夫 岩波新書 pp???(忘れた)
67世界@名無史さん:01/10/16 10:34
角川ホラー文庫からでている、桐生操さんの本に、かなり詳しく書いてあります。
68ななし:01/10/16 11:02
>>65

>村一番とはかぎらんのでは
(美しい人ほど疑われたとか?)

振られた腹いせなど。
69アマノウヅメ:01/10/16 13:05
自分が密かに惚れてる女性が毎晩夢に現れてろくろく眠れず、頭はぼんやりするし
体の調子は悪いしで参ってしまい「あの女は魔女に違いない」と訴えた例が
結構あったとか。
振られた腹いせではなくマジですが、迷惑なことこの上なしですね。
70ななし:01/10/16 13:11
なんだかなぁ・・
訴えられた側ではなく訴えた側の方が遥かに主の御心に反して居るやつらばっかだなぁ・・
そいつらを火あぶりにした方が遥かに社会の健全化がはかれるのに。
71大スキピオ:01/10/16 15:03
結局は嫉妬の産物なんですな。
72世界@名無史さん:01/10/17 17:32
ソース忘れてスマソ でもUP

>嫉妬

魔女であると拷問で自白させた後に、さらに、仲間を言えというのがテク。
一度拷問を味わうと、二度とご免だから、ペラペラ喋る。

司法官「○○も仲間じゃないのか?」
被疑者「は、はい、お役人様、そのとおりでございます。」
司法官「(自分が敵対している行政官名を挙げて)マクシムスもそうだろ?」
被疑者「え、ええ、あのお方も、ブロッケン山の集会でお見かけしました。」

ってな具合で、都市裁判だとお偉いさんもけっこうヤラれてる。
芋づる式に上層階級にまで及んで、時の司教名が挙がったときに
突如、裁判打ち切り命令があったとか、書いてありましたな。
(確か、ヴァンベルクの事例だった。あそこは大司教領だったかな?)
73梵阿弥:01/10/19 12:16
>>20
ボヘミアとモラビアの兄弟団はフス派の流れを引いています。
74         :01/11/04 17:12
>>65
美人が魔女裁判にかけられた可能性はあるでしょう。
性的拷問もあったようですし。
75世界@名無史さん:01/11/04 17:33
やぶにらみと産婆は魔女にされやすかったとかなんとか。
76世界@名無史さん:01/11/13 02:51
卒論のテーマに魔女狩りを選んでしまいました。本を読めば読むほど
ワケわかんなくなってきました。
どーしましょ。マジで。
77 :01/11/13 05:14
なんだかカンボジアのポルポト政権における虐殺とその根本が似てる気が。
78世界@名無史さん:01/11/13 05:19
↑アナロジーでしか捉えられないよしりん信者発見(ワラ
それを言うなら特別高等警察と隣組が支配していた、おまえらの大好きな大日本帝国だろうが(ワラワラ
79世界@名無史さん:01/11/13 12:49
>>74
告解に来た美人をレイープするようなドキュソ坊主もいたっていうし…
証拠隠滅のためのデッチアゲとかもあったのかなあ?
80世界@名無史さん:01/11/14 23:02
初めまして。もう20年近くも前になりますが
大学に入って読んだ最初の本が森島恒雄氏の「魔女狩り」で、大きな感銘を受けました。
このスレによればやや時代遅れという評価になってるようですね。
(まあ時間がたってる以上当たり前かと思いますが)
確かに今読むと、森島氏の視点はやや近代市民社会的な価値判断に偏ってるかな?
…と読めないところもなくはありません。
森島氏の著作以後、どのようなかたちで魔女狩りについての研究が進展したのか
もしよろしければ若干かいつまんで話していただければ幸いです。
81世界@名無史さん:01/11/15 01:42
67>桐生さん以外で詳しいの知らない?あの人のはあんまり信用できないので。
82世界@名無史さん:01/11/21 15:26
>>66
どうなんだろ、ワイドショーでも被害者は若い女性だとみんな美人にされちゃうし
新撰組の沖田だって実際はただのデブだって話しだし、話半分で聞いたほうがいいかも
83世界@名無史さん:01/11/21 16:45
スペインの蜘蛛マンセー!
84世界@名無史さん:01/11/21 17:13
>82
デブというかヒラメ顔だったのではないかと言われております
85世界@名無史さん:01/12/23 15:11
挙げ
86世界@名無史さん:01/12/23 18:38
魔女狩りに精を出し過ぎて領主によって裁判にかけられて殺された異端審問官とかもいましたなぁ。
人口が減りすぎて困るのはこっちなんじゃボケ、て感じで。
異端審問官のほうは魔女狩りをするとその諸費用を被害者から徴収できるし財産も没収できるから
すぐ調子に乗ってやりすぎちゃうんですよね。
87おサル ◆XIyjiLAc :02/01/01 22:21
カール大帝は勅令で「何人も魔女や魔法使いだと決めつけて火あぶりなどの
リンチをしてはいけない」と魔女狩りを禁止していますから、あながち時の
権力者の責任とはいえません。
88世界@名無史さん:02/01/01 22:50
>87
カール大帝と魔女狩りが盛んだった時期とはちょっと違うと思われ。
とはいえ基本的には同意。
異端審問は別として、魔女狩りを積極的に推進した権力者って
あんまり見あたらない。
歯止めをかけるかかけないかの違いはあるけれど。
89世界@名無史さん:02/01/01 23:44
>異端審問は別として、魔女狩りを積極的に推進した権力者って
>あんまり見あたらない。

聖職者(新旧両派とも)も世俗権力(皇帝・国王・都市当局)
両者ともに教書や勅令・命令を乱発していますね。
逆に、抑制的に動いたというほうが例外ですね。
90世界@名無史さん :02/01/02 05:04
>>75
産婆が多く”火葬”に処されたのは、彼女達が洗礼前の子供を殺し(実際は死産)、
なおかつ避妊の知識を広めているから(殺人の罪?)とかそんな理由だったかと……。

↓の「魔女の禍い」の章に詳しいので興味のある方はどうぞ。面白い本なんで未読の方にもお奨め。
『カトリック教会と性の歴史』ウタ・ランケ=ハイネマン著/高木昌史他訳/三交社 
91世界@名無史さん:02/01/27 19:25
魔女と異端者というのはやっぱり別かな?
前者は共同体内で浮いた存在。
後者は、しばしば共同体ごとそうなってしまう、と言う点で。
92世界@名無史さん:02/01/27 19:50
魔男狩り、もあった?
93世界@名無史さん:02/01/27 22:51
それをひっくるめて魔女狩りという。
94考える名無しさん:02/02/09 15:12
あれ?
95世界@名無史さん:02/02/09 17:05
何でもセックスと結びつけるのは何ですが、魔女裁判は
裁く連中が坊主で、その抑圧された性のはけ口を女性の拷問に
(意識的でないにしろ)向けていたようですね。
魔女には必ず身体のどこかに「印」があるから、それを調べるからと
裸にして、しかも魔女はその「印」を見えなくする技を持っている
なんて理屈を付けて、「印」が出てくるまで何日も裸のままで
いたぶったそうだ。そりゃ何日も拷問受ければ痣が出来るよな。
96世界@名無史さん:02/02/13 14:12
>92
確かスイスなんかじゃ魔男の方が魔女より多かった地域もあったはず。
97世界@名無史さん:02/03/14 23:30
阿部謹也氏が、著書の中で、
「魔女裁判に象徴されるこの時代の特徴は幻想の検閲であり、想像力を検閲し、
抑え込もうとしたことにある。現代の西欧文明はその意味で宗教改革の産物であり、
特に想像力を抑えこむことによって生み出されたものであり、その結果生まれたのが、
現代の精密科学と技術だというヨアン・クリアーノの考えを吟味する必要があろう」
と書いていましたが、みなさんはこの考え方について、どう思われますか?
98世界@名無史さん:02/03/15 16:46
>>97
文脈が分からないけれども、言及されている部分だけだと
"三段論法"、トートロジーみたいですね。
99世界@名無史さん:02/03/15 19:37
ジョン・ボダンはよい
100世界@名無史さん:02/03/15 19:43
魔女の箒は有名だが、あれは、箒の柄に淫薬を塗り込んだおなにーだったといわれてる。
101世界@名無史さん:02/03/22 09:18
「アウト・ダ・フェ」というのは「信仰の盛儀」という意味のポルトガル語で、
スペインでは「アウト・プブリコ・デ・フェ」だそうです。
本来は異端審問官が召集する公開の宣告と説教を意味する言葉ですが、
のちにスペインで火刑の儀式と切っても切れない連想を誘う恐ろしい言葉と
なりました。
102アマノウヅメ:02/03/22 15:45
>>81
このスレの>>31>>32にかなりの数あがってますが。
31は私で本が古いそうですが、トンデモ本やインチキ本じゃありません。
103山野野衾:02/03/22 15:49
カルロ・ギンスブルク(イタリアの歴史学者)も良いかと。「ベナンダンティ」等
お奨めです。
104世界@名無史さん:02/03/22 23:27
異端審問の際の拷問ですが、
「審問官たるもの、新たな拷問を考え出すがごときことがあってはならない」
「私は残忍な異端審問官たちに反対する。彼らは法と羞恥心を蹂躙し、
無防備な被告に、落命したり手足を砕くほどの苦痛を加える。釈放するにも
処刑するにも、被告は五体健全でなければならないのだ」
と書かれているぐらいですから、そうとうな乱用があったようです。
105世界@名無史さん:02/03/23 01:47
>>102
ミシュレやコリン・ウィルソンは超DQNじゃないですか?
実証史学とは言えないと思います.
106世界@名無史さん:02/03/23 03:53
魔女狩りって、本当の目的は財産の没収だったって言いますよね。
魔女だと認められて処刑されると、財産は全て没収できるからと…
でもこれって一回くらいしか聞いた事無い。ほんとなんですか?
107世界@名無史さん:02/03/23 04:36
なんだかんだいったって、結局は世俗の利益を求めてしまうのね。
この幻想チックな時代の風潮においても、現実的基盤から逃れられない人は哀れ・
108世界@名無史さん:02/03/23 04:51
キリスト教徒が一番現実から乖離してると思われ
109夜叉:02/03/23 14:18
さすが白人は基地がいが多いとうなずける。
110世界@名無史さん:02/03/23 20:19
魔女狩りよりイチゴ狩りのほうがいい。
111世界@名無史さん:02/03/23 21:16
「彷徨える市井ヲタは魔女狩りの対象」
なんてスレもあったな。懐かしい。
112アマノウヅメ:02/03/23 23:32
>>106
どうもホントらしいです。
魔女(男性も)で死刑になれば財産没収で、うるおうのは領主ですからね。
坊さんとグルというのは結構あったらしい。
113世界@名無史さん:02/03/23 23:34
火刑で、灰になるまで焼き尽くしたのは「大物」だけで、
一般人の場合、それほど丁寧に焼いたわけではないらしいですね。
14世紀初頭、南仏である女性が火刑になったとき、兄弟が生焼けの
肉や骨を拾い集め、袋に入れてもって帰ったとか。
114山野野衾:02/03/24 00:06
>106
それが全てだったとは言えないと思いますが、(財産目当てやトラブルで)
訴え出た人間を訴えられた資産家が買収工作により逆に魔女扱いした例ま
であったそうです。
115世界@名無史さん:02/03/24 00:51
狐付きも形を変えた魔女狩りだったかもしれない。
116世界@名無史さん:02/03/24 01:50
フランス映画は幾度となくジャンヌ・ダヌクを映画化してきた。
処女ジャンヌは魔女として母国に売られて英軍の手に落ち火刑に処せられるが、
フランスを苦境から救わんとした彼女こそ、後の自由の女神のモデルではないか。
117世界@名無史さん:02/03/24 02:02
そして、誰もいなくなった。いかがなものか。
118世界@名無史さん:02/04/21 19:07
アメリカのセイラムでの魔女狩りは、ホーソーンが小説の題材
として、何度も取り上げているから、読んでみるといいかも。
ホーソーンは魔女狩りの先頭に立ってた、自分の先祖を非難して
いるから。
119>>102:02/05/14 00:33
インチキ本ではないにせよ、概して古めとゆーのは確かです。
ただし、だからといって最近の研究書がマトモかとゆうと、
到底そんな事は言えないですが。
120世界@名無史さん:02/05/14 20:50
財産没収というとテンプル騎士団の顛末を
思いだしてしまう。
あれも異端の罪だとね?
121世界@名無史さん:02/05/14 21:18
>>120
そうです。罪状は異端でした。
丁度アヴィニョン捕囚の時期で、フランス王権が裁いたんですけどね。
122世界@名無史さん:02/05/17 00:41
>>119
>>32に挙がってる本は内容まともだと思いますよ。

お勧めはこれかな
>上山安敏,『魔女とキリスト教 ヨーロッパ学再考』,講談社学術文庫1311
>ISBN4-06-159311-0
123世界@名無史さん:02/06/07 00:35
age
124世界@名無史さん:02/06/07 11:23
スレとはあんま関係ないけどさ

魔女=ウイッチ
魔女で男(変な言い方だな)=ウォーロック
って呼ぶんだってさ。

魔女狩りだったら、岩波新書の森島恒推雄のがオススメか。

125世界@名無史さん:02/06/07 11:44
ガイシュツだったと思いますが、
男性魔女(MaleWitch)とWarlock(ウァーロック)は、異なる西欧民俗概念です。

Witchは悪魔の下僕−−となったと信じられる女性、男性です。
Warlockは、伝説上のファウスト博士に近いような、悪魔と相務契約を交わした、と信じられる魔法使いの事です。
ですから、女性のWarlockもあり得ます。
126世界@名無史さん:02/06/08 02:25
アメリカでも17世紀ごろ、魔女狩り事件があったような記憶が。
127世界@名無史さん:02/06/08 23:02
>>126
ガイシュツもガイシュツ、魔女狩り研究の基本です。
セーレム(あるいはセーラム)で検索かければ山のように出てきます。
128世界@名無史さん:02/06/10 00:14
魔女狩り全盛期に、日本では逆にキリスト教徒が大弾圧受けてた。
ある意味皮肉。しかし、日本の状況を知ってたらローマ教皇などが十字軍
を差し向けてきたかも(歴史にifはないが)。
129世界@名無史さん:02/06/10 00:19
>128
そして100年以上戦いつづけた日本軍にボロ負け、歴史が変わる、と。
130山野野衾:02/06/10 00:21
>128
魔女狩りに遭ったのは魔女ではありませんでしたが、キリシタン狩りに遭っ
たのは本物のキリシタンでしたから、全く質の異なったものです。
日本では転べば助かりましたし。
それと日本での事は欧州でも知られており、ボンゾ(坊主)やヤマブシら悪
魔の国と言われるようになりました。十字軍についてはもう時代遅れの存在
でしたし日本遠征は無理だったでしょう。
131世界@名無史さん:02/06/10 10:54
>>119
ノーマン・コーン『ヨーロッパの内なる悪魔』は、
もう古いと思われてるのでしょうか?
132世界@名無史さん:02/06/10 11:51
>>126
セーラムの魔女狩りについては、こちら

http://mentai.2ch.net/whis/kako/975/975666059.html

133126:02/06/10 22:02
>132
ありがとう・・・そして逝きます
134世界@名無史さん:02/06/30 11:51
age
135世界@名無史さん:02/07/02 00:23
魔女狩りについて、論文課題が出されたんですが、
何をテーマにしたらいいかと悩んでます。
ご意見キボンヌです〜
136世界@名無史さん:02/07/02 01:55
>135
アメリカのセーラムの魔女の家をネタに、米国の魔女狩りの歴史と
H.P.ラグラフトにより、現代によみがえった魔女伝説について。

参考文献。
死食鬼の矯正           アーカム・マサチューセッツ州ミスカトニック大学出版協会
ウィルバーウェイトリー小伝       〃
キタブ・アル・アジフ断章※    非出版刊行物

※注)当書籍は、通常閲覧できません。噂によると、合衆国大統領署名入りの
    FBIの閲覧許可書がいるらしいです。 
137世界@名無史さん:02/07/02 05:01
今はやりの「おやじ狩」みたいなもんか?
138世界@名無史さん:02/07/02 07:53
アメリカのセーラームーン
139世界@名無史さん:02/07/02 17:33
基本的に冤罪であることを前提に話しが進んでいるようですが
魔女狩りのほとんどが冤罪だったのでしょうか?
もちろん魔女が本当にいるとは思ってませんが、アンチクリストを具現化した
祭りが現実に行われていなかったのか疑問を感じています。

はっきりと反キリストを表に出した悪魔信仰は一時期のフランス王宮において
ひんぱんに行われていたようですし、一般庶民の間でも悪魔信仰は存在していなかったのでしょうか?

また、農村に残ったキリスト教以前の習俗(祭りでの乱交行為や非キリスト教的な習慣)を捉えて
魔女狩りの対象としたケースはあったのでしょうか?

別に自分はクリスチャンではないし、教会主導の残虐行為を是とするわけではありませんが
ほとんどの魔女裁判が事実無根であったと考えるのは、キリスト教の支配力を過大に見積もっている
ような気がします。
140デーモン○暮:02/07/02 18:45
我が輩はヨーロッパ各地の祭りやパーティーに一々出席出来る程暇ではないのだよ。
141世界@名無史さん:02/07/02 19:26
>>139
>ほとんどの魔女裁判が事実無根であったと考えるのは、キリスト教の支配力を過大に見積もっている

大まかな話になるのは悪いのですが。
前提となる認識が逆でしょう。

中世西欧に伝道されたキリスト教は、主に都市部から教線を伸ばしました。
そのため、古代から農村部には、前キリスト教的な土俗信仰が残存していたと考えられます。

この類の信仰は、啓蒙主義の時代にも批判されましたし、地域によってはさらに後まで残存していたことが、民俗学的研究他で明らかです。
ですので、魔女狩りの時代にもにも残存したと推定されます。

まず、第一の問題点は、これら前キリスト教的信仰の内容が「アンチクリストを具現化」ようなものかどうかです。
有力な説は、ルネッサンス期に魔女狩り推進者の側で大成された悪魔学の方が、部分的であれ土俗信仰の類をアンチクリスト的なもの、としてとり込んだ、一種のイデオロギー解釈がおこなわれた、とする説。

次の問題点は、農村に残ったキリスト教以前の習俗にどういう宗教実態があったのか、あるいはなかったのかという点です。
こちらは研究者の間に古くから対立する立場があります。

史料検討を重視する文献史学者は、どちらかと言うと、土俗信仰は、各地でバラバラでまとまりのないものであるとする説を唱える傾向があります。
例えば、民間医療で薬草から煎じ薬をつくるといった類や、産婆さんなどがまず、魔女としてやり玉に挙げられるところから、段階的に魔女狩りの対象者が拡大していったという説です。

一方、民俗学・民族学などの知見を歴史研究に応用しようとする研究者や、歴史人類学の研究者の間には、
魔女狩りの時期以前の西欧には、広域に(と言っても飛び地があちこち散らばったというイメージですが)信仰内容を一にした密議宗教的な結社集団が実在した、と唱える人達もいます。
こちらの研究者の間でも、「祭りでの乱交行為」が「土俗信仰」として実際に行われたと考える人は少ないです(こちらはどちらかと言うと古代末期の異端派のイメージで前キリスト教的な土俗信仰とはやや結びつきが弱いんです)。

ただし、例えば、旧くは神聖視されていた森の内の巨木などに生け贄祭儀を行う宗教団体があったのではないか、的なことを考えている人は少なくはありません。
142=141(捕捉):02/07/02 19:52
>>139
>>141>中世西欧に伝道されたキリスト教は、主に都市部から教線を伸ばしました。
>そのため、古代から農村部には、前キリスト教的な土俗信仰が残存していた

つまり「キリスト教の支配力」はそんなに「過大」ではなかったがゆえに
前キリスト教的な土俗信仰が残存し
それが、広汎な魔女狩り事象の背景なしは土壌になった、というわけです。

土俗信仰の内容に関する評価は>>141に書いたようにいろいろ論点はあるのですが、「キリスト教の支配力」に関しては、各立場の研究者の間でも、大筋の味方はそんなに違っていないはずです。
143135:02/07/02 21:18
136さんありがとう。
参考にします。ところでですね、魔女狩りについては大まかな
概要くらいしか把握していないのですが、
H.Pラグラフトにより・・・という知識が皆無です。
簡単に教えていただけたら嬉しいです。
144≠136:02/07/02 21:36
>>143
>H.Pラグラフトにより・・・

はネタだゾ(w

ラブクラフトは20世紀はじめに執筆したアメリカのホラー作家
ニュー・セイラムの魔女狩りを題材にした小説も書いてるが、
ただのフィクション。

ファンタジー、ヲタ房のヨタだから無視すればよろし。
145世界@名無史さん:02/07/02 22:13
魔女の疑いのあるものを川に投げる

浮くと魔女決定 拷問。

浮かばずに沈むと無実。

しかし溺れ死ぬ。

どっちにしても死ぬんだなこれが・・・。
146世界@名無史さん:02/07/02 23:27
>>141-142
ありがとうございます。
すごく勉強になりました。
魔女狩りは前キリスト教習俗が混交していた農村部に教会の力が及んでいった
ことが原因の一つかもしれませんね。

乱交行為のことについても勉強させてもらいました。
ヴェネツィアでは仮面をつけて乱交を行うという話しを本で読んで
こういう習俗が欧州全般にあったものと誤解していました。
147135:02/07/02 23:32
ネタですか・・・
この類の話には疎いので何も言えません
148136:02/07/03 01:41
>147
そんなに悪気はなかったスマソ。
超有名な怪奇小説作家ネタだから、笑ってくれるかなあと。

米国をお勧めしたのは、怪奇小説につかわれるくらい、事件が有名で
対象範囲/期間も狭く論文として纏めやすいかなと思った。

勉強の息抜きに、ホラー小説もお勧めしとく。はまると危険だけど。(藁
149=142=141:02/07/03 03:08
>>146
どうもです、お役に立てば幸いと思います。
ただ、先の書込みはすごく大ザッパにまとめた概要なので、参考程度に踏まえてください。

例えば、
>乱交行為のことについても勉強させてもらいました。
>ヴェネツィアでは仮面をつけて乱交を行うという話しを本で読んで
>こういう習俗が欧州全般にあったものと誤解していました。

この件1つをとっても、果てしなくややこしくめんどくさい議論が専門研究者の間にあります。
混乱させたくないので、ポイントだけ書くと
「ヴェネツィアでは仮面をつけて乱交を行う」の類、“魔女信仰”実在論者の一部にはこの系統の宗教団体が、都市部での弾圧を逃れ、広域の各地に広がった、と真剣に唱えてる研究者は複数います。

困ったこと(?)、こうした信仰に付随する宗教的遺物(遺跡ではありません)が、魔女弾圧の激しかった地方で発掘されたりしているそうです。
実在論者はこれらを論拠に“魔女信仰”の結社集団が広域に分散してた、という一種の推定論を出すのですが。
完全捏造論者は、遺物証拠は数が少なすぎる、魔女弾圧地方にしても発掘例に偏りがある、文献的裏付けも乏しい、根拠薄弱と言って認めません。

もし、関連した碑文の類でもみつかれば、状況は変わるかもしれませんが、
この件は現状では、どっちの言う事ももっとも(基本的に、考古学研究と、文献学的研究とどちらを重視するかの方法論の違いの影響大)ですので、
私も含めた、非・専門研究者は、決定打には乏しい、とみなしておく方が無難と思います。
(個人的意見では、一応、実在してないぞ説の方が優勢かな、と思いますが、実在してたぞ説にもリカバーの余地はあると思います。この辺はご自分で概説書を読んで、あなた自身で判断してください)

それから、(>>139)>反キリストを表に出した悪魔信仰は一時期のフランス王宮においてひんぱんに行われていたようですし、一般庶民の間でも悪魔信仰は存在していなかったのでしょうか?
、と言うのは、わかるんですけど、誤解に基づいたイメージなんです。

フランス王宮では宗教改革時期〜ブルボン朝にかけて何度かオカルトブームがおきて、貴族の間で黒ミサなどが行われた時期がある、これは確かなんです。
イギリスでは、ルネサンス期と前後して「悪魔学」の方が盛り上がったりしています。

ただ、中世農村部の土俗信仰一般は、歴史的には、後の時代の悪魔信仰とイコールとは言えないんです。多少の偏差の可能性はあっても一般論としては、複数あったルーツの1つ、という事です。
黒ミサとか錬金術師のイメージを「魔女信仰」の名の元に悪魔崇拝として一括したのは、これは間違いなく「悪魔学」のネガティブな達成だからです。

困ったことに、19世紀ころからのヨーロッパで、自然回帰〜エソロジカルな魔女術(復古魔女信仰)を実際にやってる人達は、歴史学的検討(実在論も含めて)とはまた別のレベルで、「古代から伝統があった魔女信仰が、キリスト教側に歪められた」とか真剣に唱えてます。
この人たちは黒ミサはしません(w)。歴史上も黒ミサとかを確実にしてたのは魔術師で、現役の魔女信仰の人達は魔術師の事も悪し様に言います。
実は日本では、マスコミを通じて、こっちのリアルな魔女さん達の主張が魔女狩りの歴史的イメージに混入してるふしがあります。

まぁ、やはり19世紀に復古されたドルイド教を信仰してる人もヨーロッパには。たくさんいますし、この辺は信仰の自由に基づく、宗教的信念って扱いにしとくのが無難でしょう(w
150世界@名無史さん:02/07/03 07:13
>145
溺れ死んだ人の名誉回復はなされるのでしょうか?
151世界@名無史さん:02/07/03 10:37
>>149
ちょいと悪魔・黒ミサとは趣を異にするのですが異端も同じだと考えてよいのでしょうか?
たとえば、アルビ派という連綿とした宗教的組織があったのではなく、
正統派からアルビ側に偏差した個別の土着信仰みたいなのがあって、
それが個別撃破された、みたいな。
152世界@名無史さん:02/07/03 11:42
>>148
ネタを書くときは、ネタだってわかるヒントをね。
せめて検索で引っかかる「ラブクラフト」や「青心社」という名前を。
153山野野衾:02/07/03 16:43
>145
古代バビロニアなら溺死しなければ無罪。訴えた人間は死罪だったそうです。こっ
ちの方がずいぶんましですね。
>146
「ベナンダンティ」という本を参考になさる事をお奨め致します。始めは教会側に
容認されていた「ベナンダンティ」なる能力者達が宗教改革が進むにつれて否定さ
れて来た様子が分かりますから。(舞台は16世紀のイタリア)
なお彼らの行動や能力は農村部の自然信仰に基づいたものでした。
それと、17世紀までドイツにはオーディン・フリッグが原型らしき神に収穫した
麦穂を捧げる習慣があったそうです。
154世界@名無史さん:02/07/03 17:21
>>151
>アルビ派という連綿とした宗教的組織があったのではなく、
>正統派からアルビ側に偏差した個別の土着信仰みたいなのがあって、
>それが個別撃破された、みたいな。

中世西欧最大の異端と呼ばれたアルビ派には、確固とした宗教組織がありました。
アルビ派は、中世西欧異端のカタリ派と呼ばれる諸派の最大集団と言われます。
南仏で隆盛しましたが、南仏の土着信仰が元になったとは考えられていません。

カタリ派の多くはそれぞれに宗教組織を持っていました。
が、それぞれは各地で独立に自生的に派生したもので、全体を連絡するような組織は持っていませんでした、
――と私が大学生だった頃は言われていたのですが。

近年、実は各地のカタリ派の代表者が異端教派の宗教会議を持っていた、という説が出されています。
私には、この説自体は信頼性があるように思えるのですが、
そうすると従来自分が持っていた歴史的理解をいろいろ修正しなくてはいけなくなるので、
ここのところなんとなく困ってます。
別に専門研究者ではない私が、困る必要もないか(w)。

「連綿とした宗教組織」これは難しい。アルビ派の起源については、普通は中世ビザンツ圏のバルカンで派生した異端ポゴミル派が西欧に伝わったもの、と言われます。
が、この件には、古くからもう1つの説、「アルビ派の起源は西欧に伝わったマニ教だ」と言う説があります。
どちらかと言うとパタリ派起源説の方が有力説ですが、マニ教説の一派に、ポゴミル派の起源がマニ教にあるとする説もあるので、話は簡単ではありません。
一部の研究者は、ポゴミル派やアルビ派を中世マニ教と呼びますが、この説は大方では論拠に乏しい、と言われているのが現状です。
さらに、少数派ですが、アルビ派の起源を古代末エジプトのグノーシス派に求める説もあります。マニ教も普通はグノーシス派の宗教と言われますが、
この説は、特定のグノーシス教派ではなく、雑多なグノーシス思想が混交しつつ西欧に伝わりキリスト教化したのがアルビ派、という意見です。
こちらの説は、極・少数派です。
155世界@名無史さん:02/07/03 17:23
>>151
>正統派からアルビ側に偏差した個別の土着信仰みたいなのがあって、それが個別撃破された
これはすごく答えるのが難しい問いなんです。
カトリックがアルビジョワ十字軍を出してアルビ派を徹底弾圧したとき、バチカンからはアルビ派に対する様々な中傷がなされました。

例えば、a)アルビ派は不死を求める魔術的な信仰を唱えている、b)アルビ派は女神崇拝をしている、c)アルビ派の高位聖職者は乱交行為をしている、などなど。
他に、カソリック側に当時からあった「俗説」に、
a)との絡みで、d)アルビ派は聖骸布を継承しているとか、
e)アルビ派はイエスとマグダラのマリアの子を子孫であるとの伝承を密かに伝えている、とかいうのもあります。

普通、硬い研究者はc〜eは、根拠のない俗説、とみなします。
a)については、普通は、アルビ派の宗教教義が、周辺に曲解されたとみなされます。

問題の焦点になるのはb)で、
アルビ派マニ教起源説の人達は、マニ教にもあるグノーシス的な宇宙観が元になって、こうした偏見が言われた、と言います。

で、土着信仰との絡みですが、cとbについて、これは古代末期に南仏に入って土着化した密儀的な地母神信仰がアルビ派とは「別に」中世まで残存していたのだろう、という推測にはあまり異論を唱える研究者はいないと思います。
要するに、アルビジョワ十字軍が派遣されると同時に、南仏には何人もの異端審問官が派遣されています。十字軍が引き上げてからも南仏での異端審問は引き続いています。

こうした背景で、「バチカン側からは十羽ひとからげに断罪された人々の内に、本来アルビ派の信徒ではない、土着信仰に熱心だった人がいるのではないか」という可能性は、まじめに考えている人はいます。
この件についても後年の魔女狩り同様、
「異端審問官の方がアルビ派異端に偏見を持っていたので、拷問と誘導尋問で、土着信仰が続いていたかの自白を引き出した」と言う人もいれば
「いや、アルビ派信徒の間にもきちんとしたアルビ派神学と土着信仰の区別を曖昧にしかつけられなかった人々もいて、自白につながったんだ」という人もいます。

個人的には、この件の最終的判断は、現状ではつけ難いように思います。
決定打に乏しく、いずれの説も状況判断に依存してる部分が大きいと思われます。

ただ、オカルト論者には、上記a〜eのすべてをアルビ派の秘密教理みたいに言う人もいるのですが、さすがにこれは考えづらいです。
156世界@名無史さん:02/07/03 17:24
>>151
>悪魔・黒ミサとは趣を異にするのですが異端も同じだと考えてよいのでしょうか?
悪魔崇拝のイメージというのは、魔女狩りと並行して推進派が「撲滅のための研究」として作り上げ、魔女狩りが退潮すると今度はオカルト的な活動の典拠として使用された、という困ったものなわけです。

「異端派」も「悪魔学」により、後の悪魔崇拝のイメージ的なソースとして利用された、という点は“魔女信仰”と呼ばれた土着信仰と同様です。

ただし、質問主旨が「中世異端派は、悪魔崇拝同様にアンチ・クリスト的な新巧打だったのか?」という事でしたら、答はNOです。
少なくとも中世西欧の異端史で知られる大きな教派はいずれも「アンチ・バチカン」ではありましたが、「アンチ・クリスト」ではありませんでした。
時期が早かった宗教改革運動、という側面はあります。

ただし、異端派の内には、イエスと旧約の神を対立的に捉えるグノーシス的教義を持つ教派もありました。実はポゴミル派やアルビ派も、こうした教義を持つ現世非認的な的な宗教です。
日本でいったら浄土真宗のような世界観をイメージしてもらうと、そう外れてはいないと思います。
この辺は後の新教諸派と違った面です。

157世界@名無史さん:02/07/03 19:39
要するに異端派は正当派とは教義が異なるだけで、基本としてのキリスト教で有る点に
代わりは無い(仏教でも色々有るでしょう、狭い日本でも)。悪魔崇拝はキリスト教に
対するアンチテーゼの意味合いが大きく、キリスト教の影響を大きく受けたカルト(仏教
で言うところの立川流?)、魔女信仰はむしろ古来からの土着の宗教や密議を受けた民衆
信仰(仏教で言う所の雑密?)。しかし後年に成って、修験道とも言うべき物が誕生して
過去にその起源を求めたからややこしくなった。
 大体弾圧に負けて消滅していたら、ギリシャ正教もプロテスタントも異端だ。
158世界@名無史さん:02/07/03 20:04
>>157
>弾圧に負けて消滅していたら、ギリシャ正教もプロテスタントも異端だ。
ギリシア正教については無理があるのでないかな?
プロテスタントについては異存ないが(スレ違いかな?)

正教は、たんじゅんに「オーソドクス」と言う、
これに対する異端が「パラドクス」
ローマ国教時代、5大主教座が揃っていた頃からのオーソドックスを引き継いだのがギリシア正教。
「オーソドクス」のブランドをビザンツに占有されたのでバチカンはカソリック(普遍信仰)を看板にした。

ビザンツとバチカンは相互破門してるんだから、オーソドクスを異端と言うのはバチカン中心史観(そんな言葉聞かないが:w)
159世界@名無史さん:02/07/03 21:03
>>157
分かり易い要約ありがとうございます。
ただ、魔女狩り、“魔女信仰”の話については(だけじゃないんですけど)、
>後年に成って、修験道とも言うべき物が誕生して過去にその起源を求めたからややこしくなった

とだけは要約しきれないから、とてもややこしくなるんだと思います。

●当時までの歴史的背景
●当時の当事者の宗教的(迷信的)信念
●当時の一般的偏見
●魔女狩り推進派の教導
これがごちゃごちゃになって、後代の偏見を醸成してった。
それを今現在の視点から振り返ると、「魔女信仰完全捏造説」「魔女信仰部分実在説」「魔女信仰実在説」とでも呼べる諸説が別れてしまう、といったところですが。

中世の土俗信仰で神聖視されていた巨木があったとします。
当事者達は、これを神聖視することが異端であるとは思っていなかった。
周辺の一般信徒はなんとなく迷信っぽいかな、くらいに思っていた。
当時までの教区聖職者は、概ね旧い信仰と折り合いをつけるため「無害な迷信」だから、無視していればよい、程度の態度をとっていた。
ところが魔女狩りがはじまると、異端審問で魔女狩り専従になる審問官(これらは、異端教派を審問する聖職者に比べると下級で教養も怪しげだったと言われます)達が、「おまえらがあがめる巨木はデーモンなのだ」とか言い出す(推進派の「悪魔学」)。
魔女狩りが盛んになるのと並行して、こうした怪しげでゴッタ煮的な「悪魔学」が権威化される。
「悪魔学」権威化が起因となってWitchとは「悪魔と契約した拝教者」との偏見が俗信として定着し、広まる。これは「後年に成って」の過程とは言えないと思います。

上で図式的に整理したような過程は、マクロにみれば、魔女狩りの経緯の一部として並行した歴史事象だと思います。
160世界@名無史さん:02/07/03 21:34

良スレ確定あげ
161さぶりな:02/07/03 23:30
魔女狩りはいつまで行なわれてたの?18世紀くらいまでかしら?
162151る:02/07/04 04:37
>>154
やはりいろいろな系譜が考えられていて、確定はしていないのですね。
僕が読んだのはクセジュなのですが、かなり断定調で
ゾロアスター → マニ → ボゴミル → ? → カタリ
みたいなことが書いてあって(と思う)半信半疑だったのでした。
(あとミトラも出てきたかな)

>>159
>>これらは、異端教派を審問する聖職者に比べると下級で教養も怪しげ

例の、スペインの有名な人は結構教養があり神学上の著書もあったような気がするのですがどうなんでしょうね。

163世界@名無史さん:02/07/04 10:08
>>161
>魔女狩りはいつまで行なわれてたの?

魔女裁判・魔女狩りと、異端審問一般、それから隠れユダヤ教徒審問を区別しての話ですが。
魔女裁判は1670年代以降は沈静化した、とされます。
スイスのジュネーヴでは1681年の例があり、
神聖ローマ帝国領内では18世紀まで散発したといいます。

地域による差もありますし、1670年代まで常時魔女裁判・魔女狩りが各地でおこなわれていたわけではありません。

個人的には、古代ローマでのキリスト教弾圧に少し似たパターンと言えるように思います。
禁令は常時有効なのですが、社会的運動としての大きな弾圧は波状的に起きたし、地域によって差があった。

ただし「1670年代まで常時魔女裁判・魔女狩りが各地でおこなわれていたわけではありません」。
これは、「悪魔と性交し悪魔の僕となる契約を交わした」などと、「悪魔学」によって定義されるような魔女断罪についてです。
隠れユダヤ教徒審問を含んだ異端審問などについては、また別です。
164世界@名無史さん:02/07/04 10:16
>>162
スペインの場合は、ユダヤ教からキリスト教に改宗した人や
隠れユダヤ教徒に対する審問がありますし。
イスラムから国土回復した地域でもありますので。
審問官にも高度な神学知識が要請されただろうと思います。

実際、旧教側の対抗宗教改革が先鋭だった地域でもありますしね。
165世界@名無史さん:02/07/04 10:50
>>162
そろそろ、異端派・異端審問メインの話題は、「◎●◎キリスト教総合スレ◎●◎」に移した方がいいかな?とも思うのですが。
話の流れで一応。
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1012622120/

>やはりいろいろな系譜が考えられていて、確定はしていないのですね。

宗教思想の影響関係、系譜関係と、宗教実態の伝播関係はレベルも経緯も別にしないと混乱しますので。部分的に重なりはしても一端分けて整理していかないと。

ポゴミル派→アルビ派の件については、宗教実態の伝播関係も考えられる範囲と思います。
ビザンツから南仏に逃れてきたポゴミル信徒が、アルビ派に影響を及ぼした、などということを想像することにも比較的無理は少ないと思います。
アルビ派もそうですが、異端派の場合、信徒と聖職者の間の垣根は組織に歴史がある正統派ほど強固ではありませんし。

ただ、アルビ派を含めた異端運動も広がるに連れて独自の教団組織を作っていくので。
アルビ派の組織は、「確固なもの」は作られたけれど、「連綿」としたものとは言えない。
例えば、ポゴミルやマニから送られた布教団が南仏で教化をおこなった、というような事は考えづらい、といったことです。

クセジュは『アルビジョア十字軍』だと思いましたが、内容は大分忘れてしまっているのですが。
>ゾロアスター → マニ → ボゴミル → ? → カタリ
というのは、多分、宗教思想の影響・系譜関係について、ではありませんでしたっけ?

少し旧い考えかもしれませんが、
カタリ派というのは、カソリックの側が使っていた呼称なので、
西欧でカタリと総称されていた諸派の内実はかなり違うんですよね。
ワルド派なんかは、後の宗教改革に近い内容だと思いますし、アルビ派はやっぱりグノーシスっぽいと思います。
ただ、ポゴミルは、東欧経由でドイツの方に伝わった経路もあるそうで、そっちの方のカタリには実体的系譜関係の可能性が濃厚なものもあるとか、ないとか。
(この辺、実は異端派代表者の宗教会議があった、という話で修正も必要になってくるかもしれないのですが:困笑)
166山野野衾:02/07/04 14:51
>161
魔女を取り締まる法律が撤廃されたのは英独では20世紀半ばになってから。他の
国も似たようなものでは。
167世界@名無史さん:02/07/04 22:59
>>161
俺の記憶だと、確か1782年に最後の処刑が
スイスのグラールス州であったはずです。
168世界@名無史さん:02/07/05 12:50
>>162
>例の、スペインの有名な人は結構教養があり神学上の著書もあったような気がするのですがどうなんでしょうね。

ちょっと記憶が曖昧だったので、資料本を見て裏をとったのですが。

異端者や、隠れユダヤ教徒あるいは、ユダヤ教徒から改宗したキリスト教徒を処刑しまくったスペインの異端審問所ですが、
魔女に対しては寛大(?)であったと、当時から目されていたようです。

現在の観点から統計をみても、魔女に対しては寛大なようで、
魔女である、との判定を下しても、国外追放処分に処す場合が大変多かったようです。

個人的な推測ですが、やはり教養程度は魔女裁判専従審問官より高かく、実際は魔女の危険を認めていなかったか(迷信視していた)か、
キリスト教的な危機意識が魔女に対してより異端に対しての方が先鋭だったか、なのだろうと思います。
169世界@名無史さん:02/07/05 13:25
>>166=山野野衾さん
>魔女を取り締まる法律が撤廃されたのは英独では20世紀半ばになってから。他の国も似たようなものでは。

フランスの場合ですが、1682年にルイ14世の名で出された勅令
「もろもろの犯罪、特に毒殺者の犯罪、占い師、魔術師、まじない師と自称するもの達の犯罪に対する刑罰のための、また食料品屋と薬剤師に対する法規をともなう勅令」は、
研究者の間では「魔女(witch)や、魔女術(witch-craft)の名が法規に見えない点が画期的」と言われているようです。

勅令で定められた法規でも、「(魔女が)まじないをした」とみなされれば処断されることも可能なはずですが。
フランスでは勅令に先立つ1624年、魔女訴訟は、地方裁判所の管轄ではなく、パリ高等法院の管轄であることが定められているそうです。

魔女裁判、魔女処刑の実態は、本格化と並行して地方裁判所や、甚だしい場合は巡回魔女裁判といった制度で行われるようになりました。
おおまかに概括すると、初期は異端裁判一般の内に魔女断罪も含まれていたのですが、
魔女狩りが広汎な社会現象と化すと、巡回魔女裁判のような制度に分化、特殊化し、末期に裁判が中央集権化されると消えていった、という流れを見ることができます。

このスレでも過去に、魔女裁判・処刑はa「社会的マス・ヒステリー現象」か、b「キリスト教会に主導されたものか」、c「地方領主の経済的利害が主要起因か」という異見が並立しています。研究者の間でも異見の並立はあるようですが。
私は、「aが根本原因で、cにbがつけ込む型で拡大した」という観方に賛成なんです。

ともあれ、法規の内容だけでは、「魔女狩りはいつまで行なわれてたか?」(>>161)は、うまく整理できないと思います。
魔女狩りに関しては、裁判システムが国家に中央集権化され教会の関与が減ると、激減しているとは言えます。
170山野野衾:02/07/05 21:00
>169
有難う御座いました。
171世界@名無史さん:02/07/05 21:14
http://members.jcom.home.ne.jp/0365465501/

週末限定!パックリ、丸見え!
172147:02/07/06 12:43
これから文献探しに図書館に行ってきます〜。
本読んで基本的な知識身につけますますです。
173:02/07/06 13:41
>>1682年の勅令
これは例の毒薬事件の直接的な帰結ですよね。
当時は怪しげな自称魔女・魔術師が横行していて、
その一部が毒薬や怪しげな薬品の類を使い
直接行動にでていたようです。
1679年、一斉に検挙されましたが微妙な名前がボロボロでて
捜査は曖昧なまま中止(1682/7/21)。
例の「7月の勅令」は8月30日、高等法院により発効されています。

捜査の過程を見てみると、「魔女」「黒ミサ」そのものに対する
関心は全くないようですね。当時すでにこの類のものは
眉をひそめる対象ではあっただろうけど、それ自体糾弾すべき対象である、
という意識はなかったのでしょうかね?
174=169:02/07/06 14:30
>>173
えーと、私は魔女狩りについては、
「経済的社会変動にともなう『社会的マス・ヒステリー現象』に、
『地方領主の経済的利害』が巻き込まれ、
そこに宗教改革・対抗宗教改革にかかわる『新・旧キリスト教会の教導』が関る型で拡大した」
って意見に説得力を覚える意見なんです。

バイアスがかかってる意見で、一部に個人的な推測論が混じる、とあらかじめお断りしたうえで−−

>当時すでにこの類のものは眉をひそめる対象ではあっただろうけど、それ自体糾弾すべき対象である、
>という意識はなかったのでしょうかね?

「魔女」については、少なくともパリ大学とか、高位聖職者とか、あるいは貴族のアカデミーに出入りするような知識人階層は
土俗信仰の類は迷信にすぎない、という理解をルネッサンス期、早ければ末期中世には獲得していると思うんです。

「悪魔学」は、「Devilは堕天使、Demonは頽楽した異教の神」って定式を西欧社会全般に広めたわけですけど、
本来のユダヤ・キリスト教には聖霊と悪霊と言う考え方はあったけど、悪魔という考え方はなかった。(多分、古代末期にキリスト教が異教とせめぎあってたころにDemonって考え方がギリシア語観念から取り込まれたんじゃないかな、と思いますが。よくわかりません)

ともあれ、「悪魔学」を整えた連中はそうしたソースも持ち出してゴッタ煮を作った。
で、細かくはいろいろな異見があるところですが 、
私としては、魔女狩りの当時はすでに土俗信仰の信仰対象は、「神(異教神)」って理解のされ方を信者にすらされていなかった、事の方が多かったと思います。
イングランドの例なんかだと土俗社会では「妖精」とみなされていた。
悪魔学が整えた「黒ミサ」の原型は「妖精の祭り」って土俗的なイメージだ、って説がありますよね。

旧教会の中枢の方は、「魔女信仰」は迷信だって意識を魔女狩り時代を通じて持ってただろうと思います。
私が思うに、異端審問や隠れユダヤ教徒審問を推進しようとした関係で、魔女狩りをコントロールしきれなかったのではないかな、という気がします。
だからと言って、旧教中枢の関与責任が軽減されるとはもちろん思いませんが。

「黒ミサ」の方については、魔女狩りの時代を通じて、キリスト教の典礼・儀式をパロディ化する式次第のイメージが形成され流布されましたので、
こうした儀式を実演する連中が登場した場合、教会の神経はすごく逆なでされただろう、とは思います。
「糾弾すべき」云々では留まらなかっただろうとは思います。
ただ、「魔女が箒にまたがって集会に行き黒ミサをした」とか言えば、17世紀当時の知識人は苦笑したのではないでしょうか。
地域差はあったと思います。中央集権の進まなかったドイツでは、悪魔学のイメージが混入した魔女のイメージは返って後代まで土俗的に残っていますよね。
175世界@名無史さん:02/07/06 15:27
猫=魔女というイメージがあり、猫を飼っているだけで魔女扱いされたり町で見かけた猫を次々に殺していったため、ねずみ増殖→ペスト流行という話を聞いたのですが、本当でしょうか?
176世界@名無史さん:02/07/09 13:21
>>175
どうなんでしょうね?
少し調べてはみましたが、よくわかりませんでした。
まったくあり得ないとは断定できませんけど。
個人的には、少し考えづらいような気がします。

>猫=魔女というイメージがあり
猫や蛇が妖精の化身であり、“魔女”と近しいという観念は古くからあったようです。
けれどそれを言ったら、作物を荒らす鼠も昔から嫌悪されていた動物のようです。

現代的な医学知識ではありませんが、鼠の大量発生と疫病の流行を結び付ける考え方も古くからあったようです。

そうすると、「猫を飼っているだけで魔女扱いされたり町で見かけた猫を次々に殺していった」という事が、そうそう起こるとも思えないのですが。
これは現代的な考え方が混入した推測なので、間違っているかもしれません。

ありそうな話としては、ペストで壊滅した町がなぜ壊滅したかを近隣の町で説明する噂話(今で言ったら都市伝説?)として、言われているような話が生まれた、などはあるかもしれません。
これも憶測にすぎませんが。
177世界@名無史さん:02/07/09 14:06
魔女狩りは現代の女性ようにセックスに奔放だったり挑発的だったり動物的にふるまったりする
女性的な本質を暴走させる「魔女」を
社会が危険と察して片っ端から抹殺しようとしたのが本質では?

一見中世的で実はすごく近代の始まりを象徴する現象。
178世界@名無史さん:02/07/09 14:13
そう考えると猫もすんなり納得いきますね。
179世界@名無史さん:02/07/09 15:39
魔女狩りといえば、セーラムの魔女狩り映画「クルーシブル」。
集団心理の怖さ、ゾクゾク。映画終わってこれほど後味の悪い映画もない。
よく出来た作品で、ダニエル・デイ・ルイス&ウィノナ・ライダーも良い
のだが、何しろ後味が・・・。

歴史って知れば知るほど面白い。
180山野野衾:02/07/09 18:57
>175
ベルギーの或る町ではペストが流行した際猫に厄を負わせて塔の上から放り投げた
そうです。逆効果。
猫については中世に建てられた教会の天井に何故かフレイヤらしき半裸の猫を連れ
た女性と裸で箒に跨った女性の姿が描かれたものがあります。
ペスト追放の為鼠退治にせいを出したのがかのノストラダムス。
181世界@名無史さん:02/07/09 19:11
「猫の大虐殺」てのもあったねえ。
カンケないけど
182世界@名無史さん:02/07/09 19:14
>>181
>「猫の大虐殺」
それどういうのですか?
よければ教えて。
183世界@名無史さん:02/07/27 02:18
♪魔女になりたいの 今夜は〜
184世界@名無史さん:02/07/27 02:25
>>182
ロベール・ダントンで検索すれ
185世界@名無史さん:02/07/27 05:55
クルーシブルって史実と全然違う
186世界@名無史さん:02/08/16 07:54
奥様は魔女で、魔女狩りの時代にタイムスリップしてしまうというのが
あって、ダーリンがへんな中世のような衣裳を着てたのしか覚えてないけど
参考までに(w
187世界@名無史さん:02/09/09 08:38
188世界@名無史さん:02/09/29 18:37
あげ
189世界@名無史さん:02/10/17 23:26
190世界@名無史さん:02/10/18 09:40
>>14
>私見にすぎませんが、「他宗教を根絶やしにする性質がある」のは、西欧社会「だった」と思います。
あるいは西欧的キリスト教(ローマカソリック、プロテスタント、西欧修道院)に顕著な傾向「だった」
とは言えると思います。

なぜ西欧の社会だけがこうなったのかなあ。その理由がイマイチよくわからない。

>ただし、ローマンカソリックは、現代に入って、その体質を克服しようと多大な努力をはらっていることは、認められるべきでしょう。
ヨハネ・パウロ二世の「教会合一運動」(これもよくない訳語ですが)が典型ですけど。合一運動のルーツも第二次大戦前に溯ります。
シュバイツアーや、マザー・テレサなどを出したのもまた、西欧的キリスト教です。

「ヨーロッパの歴史は弁証法的に展開する」と書いている人もいたなあ。

191世界@名無史さん
ロイヤルタッチ!