ニッカボッカを履いてたからじゃなかったっけ
87 :
世界@名無史さん:2012/04/25(水) 21:49:12.55 0
昔、佐世保にあったオランダ村でオランダ娘の伝統衣装を着て観光客の
相手をしていたのは、実は近所の米軍基地に駐留している軍人の奥さん達だった。
日本人にはオランダ人もアメリカ人も区別付かないし、いいバイトだったことだろう。
ハウステンボスになってからはどうなのかは知らないが、多分今も同じことをやってるんじゃないだろうか。
88 :
世界@名無史さん:2012/05/04(金) 08:06:01.00 0
89 :
世界@名無史さん:2012/05/08(火) 22:07:10.40 0
スリナムの人口の30%は、ジャワ系らしい。
オランダ領ギアナの時代に、プランテーションで働かせるためジャワから連れてこられた。
90 :
世界@名無史さん:2012/05/09(水) 23:34:47.32 0
オランダ領アンティルとかブラジルにも多いのかな
91 :
世界@名無史さん:2012/05/12(土) 11:12:45.27 0
92 :
世界@名無史さん:2012/05/15(火) 00:04:13.44 0
なんでフランドル地方って、あれだけリベラルな伝統が生まれたんだろう。
93 :
世界@名無史さん:2012/05/15(火) 23:38:05.18 0
94 :
世界@名無史さん:2012/05/16(水) 19:32:00.05 O
>>92 それ以前に、何故ここらへんが一番先進地域だったのかわからない。
フランク族の出身地だったからとか。
95 :
世界@名無史さん:2012/05/16(水) 21:40:06.86 0
フランク族自体は蛮族じゃないの?
>>94 ライン川を中心とする内陸水運と、北海水運の結節点だった
ここまではすぐに思いつくんだが
工業化(風車・水車の利用)、高度な干拓技術なんか、なんでここで異様に発達したのか
よく分からん
しかし、カールの帝国の時点で中部フランクに配分され、ロレーヌ(ロートリンゲン)とともに
フランクの要地として扱われていたこと、等を踏まえると、それ以前それもローマ末期くらい
から先進地だったのかもしれん
>>96 国境ということは交易拠点ということも意味する。
両勢力が余程の絶縁状態でない限り、発展していく。
98 :
世界@名無史さん:2012/05/20(日) 00:04:34.66 0
99 :
世界@名無史さん:2012/05/23(水) 22:39:57.18 0
100 :
世界@名無史さん:2012/05/29(火) 22:36:56.40 0
>>99 ベルギーという国はウィーン体制下で建国された国だから。
列強の保守派を警戒させないためにはその程度の保守色を繕う必要があった。
102 :
世界@名無史さん:2012/05/31(木) 20:19:22.06 0
いや、オランダの話なんだが。
>>102 オランダは独立当時国王はいなかったろ
ネーデルラント連邦共和国だ
オラニエ家とオランダの関係って複雑なのよね
104 :
世界@名無史さん:2012/06/01(金) 23:00:42.89 0
貴族は結構いたんじゃないの?
>>104 そりゃ、ネーデルラント独立戦争は、等族(貴族)のスペインに対する反乱だもの
106 :
世界@名無史さん:2012/06/02(土) 17:44:56.44 0
近代ヨーロッパの誕生という本によると、
オランダやイングランドは後進国だったポーランドや北欧やロシアの資源を生かして
産業革命を成し遂げた。
フリース人は今はマイナーだが
8〜9世紀に栄えたフリース人の都市ドレスタットは交易で栄え
フリース人の織物やライン川、バルト海周辺の産物が取り引きされ
ベネチアのような杭打ちによる干拓が行われていたらしい。
108 :
世界@名無史さん:2012/06/10(日) 08:02:44.42 0
19 名前:オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2012/04/08(日) 20:11:24.54 0
そう言えば、オランダは一時期ブラジルに侵入したことがあるね。
フェリペ2世がポルトガルを併合した時、当時スペインと戦ってたオランダは、
スペイン領になったブラジルへの侵入を積極的に進めてたからね。
ポルトガルがスペインから独立し、ブラジルが再びポルトガル領になってからも、
オランダ人はしばらくブラジルに居座り続けてたし。
20 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/04/08(日) 20:51:44.09 0
オランダ領ギアナ・スリナムあたりは、カリブ語族の故地だね。
マニオク耕作の発展で、紀元前にまずアマゾン中流域(伯・マトグロッソ州辺り)まで拡散して、
そののち紀元後にはカリブ諸島へも拡散してる。
アマゾン原住民はほとんど上流から降りてきてるパターンだから、例外的存在といえる。
21 名前:オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2012/04/08(日) 21:48:11.25 0
へ〜、そうなんだ。オランダ領ギアナってカリブ族の故地だったのね。
まぁ、オランダ領ブラジルというと一般的には北東部の辺りが中心で、
同じオランダ領でもスリナムとは少し離れてるんだけどね。
カリブ族はブラジルにも少しはいるらしいね。
109 :
世界@名無史さん:2012/06/30(土) 12:24:29.57 0
アパルトヘイトとアーミッシュは正反対のように見えるけど、彼らの心理の核にあるのはオランダ〜ザクセン辺りの村落共同体を理想としている事。
中世のあの辺りの村落共同体もアーミッシュも、都市=雑多な人種・考えが出入りする所として嫌悪している。
中世において、ユダヤ人は土地所有を禁じられていたので当然「都市的なもの」の象徴として差別された。
110 :
世界@名無史さん:2012/07/20(金) 10:13:50.24 0
83 名前:オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2012/07/20(金) 07:42:27.51 0
王政になる前のオランダはオラニエ=ナッサウ家が総督の地位を世襲してたね。
一応、名目上はネーデルラント連邦共和国だったけど、実際は君主みたいなものだった。
オランイェ家が実際上の君主のようであったのは結構時代が下ってからの話じゃなかったっけ?
オラニエ家はイングランドとの同君連合時代にやっと世襲の君主みたくなれたけど
それ以前は相当不安定だよね
113 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2012/07/21(土) 18:40:47.87 0
>>111-112 確かにオランダではオラニエ家に対する貴族の抵抗も結構大きく、無総督時代なんかもあったからね。
一応代々総督の地位を世襲してはいたけど、君主並みの安定した権力を得たのは早く見積もっても17世紀後半からだ。
それを踏まえたうえでレスすべきではあったか。反省。
114 :
世界@名無史さん:2012/08/08(水) 10:40:50.92 0
331 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/08/07(火) 23:57:05.40 O
人種も言語も文化も同じなのに、
意味もなく異民族だと言い張る特殊な例は世界にありますか?
もしあるとしたらそんな異常なことやる心理的理由は何でしょうか?
333 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/08/08(水) 00:12:22.92 0
>>331 ルワンダのフツ族とツチ族
両者ともに言語も文化も同じ。だが植民地支配したベルギー人が
支配の便宜上、住んでいるところや、財産、顔つきなどで適当に決めた。
それが長年続いたため、ルワンダ人も意識してしまいジェノサイド内戦に。
115 :
世界@名無史さん:2012/08/08(水) 11:11:50.59 0
ベルギー領コンゴ=コンゴ民主共和国かと思ってたら、ルワンダも含まれてたんだな。
オランダがマニラに日本銀を運んで中国と交易を始めた→中国で一条鞭法、地丁銀
この時オランダは日本に何を売って銀を手に入れていたのですか。
118 :
世界@名無史さん:2012/09/29(土) 02:14:06.61 0
『大航海時代叢書〈第II期 11〉オランダ東インド会社と東南アジア』って誰か読んだ人いませんか?
119 :
世界@名無史さん:2012/10/03(水) 02:05:28.34 0
世界で二番目に産業革命を興した国は、
スイスなのベルギーなの?
ベルギー
121 :
世界@名無史さん:2012/10/28(日) 00:38:13.29 0
122 :
世界@名無史さん:2012/10/28(日) 07:20:19.23 0
フランスの北部に包囲網として一勢力欲しいイギリス
ハプスブルグの勢力が落ちるなら問題ないフランス
もうこりごりのスペイン、色んな妥協で生まれた国か
帝国領として復帰したり、オーストリアに再割譲とかだったら、別の歴史になっただろうな
>>122 ハプスブルク帝国がネーデルラント〜オーストリア間に直轄領を持っていてつながっていたら手放さなかったと思う。
ビスマルクがドイツ統一でそのままドイツ領として編入したかもしれないが。
124 :
世界@名無史さん:2012/11/02(金) 11:47:15.87 0
260 名前:HG名無しさん 投稿日:2011/02/23(水) 17:04:33.47 ID:5KOgLPDu
そういや昔長崎(?)のオランダ村にあったプリンス・ウィレム号も焼失したらしいね。
オランダ村が無くなった後、本国に帰ってたのも最近まで知らなかった・・・
125 :
世界@名無史さん:2013/03/04(月) 14:03:56.75 0
有名な杉原千畝が発行した日本通過ビザだけど、あのユダヤ人たちの最終目的地は
オランダ領キュラソーだったってのは初めて知った。
126 :
世界@名無史さん:2013/03/04(月) 14:27:26.92 0
あの話、どうもなかなか理解できない。
なんで日本通過ビザでソ連を通過できるのか?とか
127 :
世界@名無史さん:2013/03/06(水) 11:03:21.38 0
270 名前:世界@名無史さん 投稿日:2013/03/02(土) 01:39:10.70 O
オランダ人は馬鹿だねえ。
インドネシア人に徹底的にオランダ語を叩き込んでりゃ、今頃オランダ語使用人口は3億人くらいになってたのに。
128 :
世界@名無史さん:2013/03/07(木) 05:51:16.52 0
インドネシアは、マレー語という世界一簡単な言語があったしなぁ。
おまけに地域の商業言語として、リンガフランカに近い存在だったし。
それより、南アフリカの方が有望だったんじゃ?
アフリカーンス語じゃなくて、ちゃんとしたオランダ語を広めていたら。
129 :
世界@名無史さん:2013/03/07(木) 10:59:17.54 0
>>126 その理解し難いところに抜け道を見つけ出したんじゃねーの。
130 :
世界@名無史さん:2013/03/08(金) 06:52:48.76 0
そういう話なのか?
131 :
世界@名無史さん:2013/03/08(金) 13:41:39.70 0
>>127 ちょうどポルトガル語とブラジルのパターンだな。
でもポルトガルにとって、それはいいことなのか?
132 :
世界@名無史さん:2013/03/18(月) 22:15:43.29 0
オランダ領キュラソー
超マイナーな島だと思っていたけど、そうでもないのかも
野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、欧州勢として初の4強入りを果たしたオランダ。
オランダ野球の快進撃を支えているのは、同国が17世紀に入植した中米のキュラソー出身の選手たちだ。
カリブ海に浮かぶキュラソー島は人口約14万人で、総面積約440平方キロ・メートル。
野球が盛んで米大リーグ選手も多数輩出するベネズエラや、ドミニカ共和国、プエルトリコも近い。
代表チームの広報担当デュコ・アブスプル氏によると、代表チームの28選手中、半数がキュラソー出身。
「ミューレン」の登録名でロッテやヤクルトでプレー経験のあるヘンズリー・ミューレンス監督もキュラソー出身だ。
アブスプル氏は「米大リーグや日本のプロ野球でプレー経験のある監督や選手が、チームにプロ意識を根付かせ、
レベルが飛躍的に向上した」と説明する。
http://www.yomiuri.co.jp/sports/wbc/2013/news/20130313-OYT1T00228.htm?from=ylist
133 :
世界@名無史さん:2013/03/21(木) 04:35:58.08 0
134 :
世界@名無史さん: