【人類】欧州の狩猟採集民と農耕民、2000年にわたって共存か
1 :
白夜φ ★:
欧州の狩猟採集民と農耕民、2000年にわたって共存か
2013年10月12日 18:23 発信地:ワシントンD.C./米国
【10月12日 AFP】現在の欧州圏で暮らしていた狩猟採集民と農耕民は、約2000年にわたって共存し、
時に混血する場合もあったとする遺伝学研究の論文が10日の米科学誌サイエンス(Science)に発表された。
この研究は、農耕民が短期間で狩猟採集民に取って代わったとするこれまでの説を覆す内容となっている。
発表された2件の研究によると、共存はこれまで考えられていたよりもかなり遅い約5000年前まで続いていたとされる。
1番目の研究は、独ミッテレルベ・ザーレ(Mittelelbe-Saale)地域25か所の発掘現場で見つかった古代人の遺骨364人分から採取した遺伝子のデータを基に行われた。
古代人の遺伝子データとしては過去最大規模を誇るという。
2番目の研究は、独ウェストファーレン(Westphalia)地域にある洞窟で見つかった古代人の遺骨25人分から採取した遺伝子を調査した。
ヨハネス・グーテンベルク大学 (マインツ大学、Johannes Gutenberg University)人類学部の研究者らによると、
狩猟採集民も農耕民も現代中央ヨーロッパ人の唯一の祖先ではないという。
穀物栽培や家畜飼育を行い、陶器も作っていたとされる農耕文化が中近東から中央ヨーロッパに広がったのは約7500年前。
この農耕民は、遭遇した狩猟採集民を短期間で消滅させたと考えられてきた。
しかし今回の調査の結果、狩猟採集民と農耕民は以降約2000年間にわたって共存を続けたことが示された。
また論文の主著者、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ(Johannes Gutenberg-Universitat Mainz、マインツ大学)の
ヨアヒム・ ビュルガー(Joachim Burger)氏によると、狩猟採集民の女性が「妻」として農耕民のコミュニティーに入ることもあった。
一方、農耕民女性の遺伝系列は、狩猟採集民のグループでは確認できなかった。
こうして、この地域の狩猟採集文化は約5000年前に消滅し、農耕文化が置き換わったという。
研究チームによれば、現代ヨーロッパ人の約30%が初期農耕民の遺伝子を持っているとされ、残りの人口は、
もっと最近になって他地域から入って来た人々から構成されているという。(c)AFP
__________
▽記事引用元 AFPBBNews 2013年10月12日 18:23
http://www.afpbb.com/articles/-/3001264 ▽関連リンク
Science
2000 Years of Parallel Societies in Stone Age Central Europe
http://www.sciencemag.org/content/early/2013/10/09/science.1245049.abstract Ancient DNA Reveals Key Stages in the Formation of Central European Mitochondrial Genetic Diversity
http://www.sciencemag.org/content/342/6155/257.abstract
2 :
名無しのひみつ:2013/10/12(土) 23:34:35.11 ID:eNsH8wRy
ハプロ
3 :
名無しのひみつ:2013/10/12(土) 23:37:35.70 ID:PPeBtqQo
元々 欧州に居たのは黄色人種だったんだろ
4 :
名無しのひみつ:2013/10/12(土) 23:42:26.55 ID:wgbMAeEG
物々交換の経済システムはこの時点で確立されていたってことかな?
5 :
名無しのひみつ:2013/10/12(土) 23:48:16.77 ID:YB/fLNH0
助け合ってたのか
6 :
名無しのひみつ:2013/10/12(土) 23:48:34.52 ID:BXV7h6LE
今でも助け合ってるんだから、当然だろ
7 :
名無しのひみつ:2013/10/12(土) 23:51:57.60 ID:eNsH8wRy
「狩猟採集民=サヨク」、「農耕民=ウヨク」
左右対立の原点である。
8 :
名無しのひみつ:2013/10/12(土) 23:57:27.61 ID:hNpE+Zcu
ヨーロッパ大陸に元々住んでたのは韓国人ニダ
9 :
名無しのひみつ:2013/10/12(土) 23:59:58.24 ID:ArMqaUyC
農耕民族=ヨーロッパ人
狩猟民族=農耕を知らぬ狩猟採集民
だよな。何故か現代では
いわゆる「肉食系」=狩猟民族
いわゆる「草食系」=農耕民族 とされているのが残念。
10 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 00:03:34.80 ID:v0T1xDtw
農耕民族 = 最高権力者を頂点として圧倒的な階級制度の社会。
狩猟民族 = 人々はかなり自由な行動をしていた。緩い連帯の社会。
11 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 00:07:18.20 ID:wTQjxZiB
12 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 00:09:37.70 ID:K2vnxpIU
白人の本質は地域の人間を皆殺しにして総乗っ取りだからな。
新大陸のインディアンしかり、オーストラリアのアボリジニしかり・・・
そして、1万年前の元々の欧州人と今の欧州の白人の遺伝子は全く異なるもので、
1万年前の時期から突然白人ばかりの社会になったということが分かっている。
白人がいかに危険な存在か、残虐な本質を隠し持っているかをいい加減、
日本人は理解するべき
13 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 00:32:54.63 ID:dbi6BHNk
共存て聞くと対等かと思ってしまうけど
読んでいくとそんな感じが全然しないな・・・
14 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 00:39:30.79 ID:v74gRMD4
>>4 同位体分析で農耕民と狩猟採集民とを別けたみたいだね
15 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 01:20:58.40 ID:Zc3LsBtS
というか2000年も統一されなかったのか。
古代人は文字通り素朴だったんだな。
16 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 01:28:51.65 ID:AQhdBFCZ
農耕民の技術も高くはなかったからお互い利用可能な土地の条件が違って住み分けできてただけじゃないか。
17 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 02:29:06.82 ID:DMAwUtDH
日本列島では狩猟採集が主だった縄文人集団が農耕民族である弥生人に滅ぼされるのではなく
農耕文化を取り入れ、両者が入り混じった。
文化は伝わるものだが、古代ヨーロッパでは民族絶滅など、苛烈な状況だったらしい
アジアでも大陸では似たようなもので、古モンゴロイドはチベットと日本以外では
ほぼ完全に消滅している
日本人には古モンゴロイドの遺伝子が半分近く残っている
チベットには3割くらい
18 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 02:38:22.66 ID:nsFw2Fy6
>>17 > 日本列島では狩猟採集が主だった縄文人集団が農耕民族である弥生人に滅ぼされるのではなく
> 農耕文化を取り入れ、両者が入り混じった。
縄文人も農耕をやっていた。縄文人が持っていなかったのは
稲作と鉄器。弥生人は大陸系と縄文人の混血説が有力。
19 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 02:44:56.57 ID:llqF0/Zg
白人はネアンデルタール人とホモサピエンスとの混血
20 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 03:23:23.90 ID:8bT9jjF4
日本人はどこからきたとかどうでもいい
人類はどうやって生まれたのかが知りたい
日本なんか狩猟採集の段階でメチャクチャ豊かだったからな。
農業なんか要らなかったって話もある。
22 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 05:04:42.67 ID:v74gRMD4
23 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 07:27:21.97 ID:wbOUzhJS
>>21 それは大嘘
たまたま縄文時代中期の地球が暖かくて食料に恵まれてただけ
縄文時代後期になると地球が寒冷化して食料事情が悪化したため、
縄文人はバッタバッタと死んでいった
24 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 08:01:34.83 ID:WxbtCoNH
日本人の考える農耕??狩猟採集とヨーロッパ人の考えるソレとでは全然違う
縄文と弥生はスレ違いだろ
25 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 08:21:40.59 ID:ZzJXZ1Ot
中央〜東アジアの騎馬民族が
農耕民族と交易してたのと同じようなものか
まぁ交易じゃなくて略奪することも多かったようだけど
26 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 08:38:02.93 ID:WxbtCoNH
農耕民 神を信じ羊を飼い流浪の旅をし約束の地で農民を支配する
狩猟採集民 悪魔を信じ山羊を追い険しい山に閉じ籠り歴史の表舞台から消え去る(滅びる)
ようするに旧約聖書に難癖つけたい訳だ
27 :
ココ電球 _/ o-ν ◆tIS/.aX84. :2013/10/13(日) 08:45:39.44 ID:Pwi5m8V0
今も農民と漁民が共存してるし 意外でもなんでもないような気がしますが
28 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 09:05:55.05 ID:ViXzx9cw
で、俺たちは何になるんだ?
農耕してなくて、狩猟も漁猟もしてない民族?
サラリーマン=採塩民族か?
29 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 09:10:27.64 ID:ViXzx9cw
エウレカ!
日本神話の山幸彦と海幸彦の逸話にヒントがあった!
俺たちは山幸彦の子孫を皇統をいただく、狩猟民族だ!
30 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 09:16:18.66 ID:GOSlCKmQ
猟師と農民が共存していたって事だろ?
31 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 09:23:48.48 ID:WxbtCoNH
日本じゃ縄文人も弥生人も山幸彦も海幸彦も仲良くやっていけるけど
欧州人は聖書時代のジェノサイドの生き残りとか受け入れられるのかなぁ
バチカンを生贄に捧げるといった斜め上の展開があるかもw
32 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 09:41:35.49 ID:aR+mBv5c
縄文人とジャーマン人は似ている
33 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 09:50:46.50 ID:D3piWl03
34 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 09:55:25.64 ID:V5CTSkEa
居住地域的に、共存は可能だったてのはわかる。
しかし、食料がなくなれば狩猟民は農民を襲うのが必然。
防御の方が簡単だし、人数も多そうだから勝つのは必然。
結果、狩猟民の女の地が農民に取り込まれたって事だな。
35 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 09:56:54.77 ID:wbOUzhJS
>>33 人種はともかく、民族って言葉は安易に使ってもいいだろ
すげー曖昧な言葉だし
36 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 10:26:09.33 ID:k/tPuYB1
37 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 11:33:00.39 ID:dkp2Ruyd
紀元前3000年ごろというとクフ王の頃か?
38 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 11:40:46.11 ID:f+Awu5+y
>>17>>18 正確には、南方縄文人(マレーポリネシア系)。
北方縄文人(古モンゴロイド)は、アイヌになった。
>>23 だから、南方縄文人は、食うに困って稲作を始めたんだろ。
39 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 11:56:52.57 ID:QV2GmDWm
>>17 山だらけ谷だらけの土地で農耕なんて出来るか!
魚、鹿の狩猟で十分だ!
40 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 12:50:34.50 ID:xE1Vs57X
41 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 12:52:44.37 ID:xE1Vs57X
【人類学】遊動生活を送っていた狩猟採集民の間では戦闘行為はまれ/フィンランドの研究チーム
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1374589627/ 【7月21日 AFP】遊動生活を送っていた狩猟採集民の間では戦闘行為は珍しく、殺人は女性をめぐる争いや個人間のいざこざに
起因するものが多かったとする研究結果を18日、フィンランドの研究チームが米科学誌サイエンス(Science)に発表した。
戦闘行為はこれまで論じられてきたように放浪する狩猟採集民の集団に由来するものではなく、むしろ土地や家畜を持ち、
食糧のために耕作する方法を知っていた文化に由来するものだと今回の研究は示唆している。
42 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 12:54:22.34 ID:xE1Vs57X
文藝春秋 > 2013年11月号
http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/870 大型企画
歴史の常識を疑え
教科書ではわからない
この国の見方が変わる?新しい日本史20
「弥生人」の大量渡来はなかった 片山一道
読書倶楽部通信
http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/index.html たかちゃん、「インディアンの言葉」を読む。
http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/indianhyousi.html ちはやぶる・し - zaq.home.ne.jp
http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/indian155.html (吉本)『古事記』に、ヤマトタケルが東国へ遠征してきたところ、海が荒れ、オト
タチバナヒメが海に飛び込んで海を鎮めるという話がありますね。そこのところで、
オトタチバナヒメが「さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも」
という歌を詠んで飛び込むのですが、この「さねさし相模」の「さねさし」というの
は、どういう意味か全然わかっていないんです。アイヌ語に、陸地がちょっと海の方
へ突き出た所という意味で「タネサシ」という言葉があって、僕は、「さねさし」は
アイヌ語の地名じゃないか、というふうに考えました。
つまり相模もちょっと出っ張った所ですから、そこに昔、アイヌあるいはそれに近
い人たちが住んでいたときに地形から「タネサシ」というふうに言われていた。それ
をもうひとつ重ねて「さねさし相模の小野に燃ゆる火の」とした。「さねさし」とい
う枕詞はアイヌ語だとするのが一番もっともらしいのじゃないか、そこのところで、
柳田国男の地名の考え方にちょっと接触していくのです。
柳田は、アイヌ語の地名は自然の地形をそのまま名づけた所が多いのだという。な
ぜアイヌ語の地名が残っているのかというと、それは単にそこにアイヌ人が住んでい
たからではなくて、アイヌ人またはそれに近い人たちが住んでいたときの地名があっ
た所へ、後から移り住んで来た人間がいる。先住民たちを完全に駆逐してしまったら、
その地名はなくなってしまう。そこで地名が残っているということは、アイヌ人たち
と後から来た人間たちとが共存状態であったのだろう、というふうに柳田は言ってい
ます。
つまり、アイヌ語の地名という問題はそういう意味でとても大切なことになってき
ます。先住民と後任の人とが異なった人種であっても、共存していたか、駆逐してし
まって新しい地名をつけたか、またはこの「さねさし相模」みたいに、枕詞の形で残
したか−−そういうふうに分けると微妙にいろんな段階があって、それはとても重要
なことだなと、たしか『地名の研究』の中で言っているんです。
(『日本の原像』 梅原猛・吉本隆明)
○
吉本隆明の説明からは、枕詞「さねさし」は、アイヌ語が元であることが、十分にありえると
思われる。
「ちはやぶる」や「しらぬい」が、アイヌ語でないとは、言えないのではないだろうか。
日本の土地に先住民(縄文時代人)がいて、後からやってきた人(弥生時代人)たちが、それ
を駆逐していった。
だが、完全に駆逐してしまったら、それ以前の言葉は残らないはずだ。
ある時期では、共存しながら生活していた時代もあったのではないか。
やがて、先住民の言葉が、枕詞として残ったり、駆逐されて新しい言葉に変わったり、あるい
は、弥生時代人の話し言葉や地名の中に、無意識に取り込まれていきながら、日本語が形成
されてきたのではないだろうか。僕が知っている限りでは、山口県にも、アイヌ語に似た地名
が、いくつか存在している。
【人類/遺伝子】アイヌと琉球は縄文型…日本人の遺伝系統、ゲノム解析で裏付け/東大など
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1351740540/ 【考古】土器で魚を煮炊き 世界最古の痕跡を日本国内で発見
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1365648494/l50
43 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 13:05:07.92 ID:k/tPuYB1
>>42 吉本隆明もさあ、仮説を立てるのはいいんだが
アイヌ語で文字化されているのは近代かつ一部地方の方言じゃね
なんとなく似てるからで検証しないで言いっぱなしって、ただの妄想だわな
枕詞については同様の論理で半島語由来だとかいってた連中が昔いたが同じだよ
44 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 13:31:44.64 ID:gV2rqT1d
>>34 古来、防御の方が難しいが
特に防御施設を作れる段階に達するまでは圧倒的に攻撃側が有利
45 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 13:35:04.68 ID:gV2rqT1d
>>38 古モンゴロイドってのはモンゴロイドとは全く別なのか?
モンゴロイドっていったら体毛が薄い気がするが
46 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 13:36:25.81 ID:RVyi6ijr
こういう昔の話は、現代の解釈仕方を歴史に求めてることによる。
つまり今を語っているのである。
47 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 13:51:50.17 ID:pxTWI7Xt
>>10 全体主義・国家社会主義=最高権力者を頂点として圧倒的な階級制度の社会。
自由主義= 人々はかなり自由な行動をしていた。緩い連帯の社会。
現先進国は基本的に農耕民族。
48 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 13:54:33.65 ID:wbOUzhJS
>>45 モンゴロイドは元々全てが古モンゴロイドだったけど
古モンゴロイドの中から北に移動して寒冷地適応した新モンゴロイドが登場した
体毛が薄いのは新モンゴロイド
まぁ、マレー・ポリネシア系の人々は古モンゴロイドに分類されるから
南方縄文人と北方縄文人という概念はよく分からないが
49 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 13:55:20.95 ID:LsNXf342
採取狩猟民と農耕民の混在分業なんて
どこでもやってたんじゃないの
中央アジアや中南米なんかじゃ当たり前だし
50 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 13:58:22.11 ID:76Ja5lnr
>>44 しかも、
騎馬民族の場合は圧倒的に逃げ足が速い
そして、広大な高原に逃げられたらもう捕まえられない
51 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 14:01:46.69 ID:v74gRMD4
バルト三国あたりとコーカサス地方に
強いマーカーを持つみたいだけど
何を考えとけば良いんだろうか?
52 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 14:01:49.37 ID:bn7stjUc
>>43 言葉は変化するから
古代語のこと何も分からない状態で、現代語で解釈するのはただのこじつけだが、
地名というのは原型とどめてることが多いのでは?
53 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 14:19:16.35 ID:v74gRMD4
54 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 15:14:37.63 ID:rv0ypsny
>>53 ルーマニア付近をあえて探すなら
BACかBBCになる
55 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 15:25:13.80 ID:dgjXmarb
>>49 ヨーロッパではこれまで思ってたよりも長く農耕民と狩猟採集民の共存が続いてたってことだよ。
ヨーロッパの初期農耕民の村はドナウやラインといった肥沃な土壌のある河畔に集中してるので、森林や山岳地帯の狩猟採集民とはある程度住み分けができてたらしい。
その中で土地を巡る争いもあっただろうけど肉や毛皮を穀物と交換するという形での交流もあっただろう。
ただ農耕に向かないスカンジナビア半島周辺ではBC3200年ごろまで定住するが狩猟採集に依存したエルテベレ文化があったりしたのでそれほど斬新な知見というわけでもない。
歯に含まれる元素の分析から狩猟採集民と農耕民の間に交流・通婚があったらしいというもの既にわかってるし。
56 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 15:57:11.21 ID:k/tPuYB1
防御で思い出したが、この時代って町が城や砦になってたんだろうか、
中世以降なんだろうか
>>52 まず、青森のほうにタネサシ?というのがあって要するに江差みたいなもんなんだろうが
そこの地名と南関東の地名が言語的にイコールなのか、というのが第一段階。
そして、地名と枕詞に関係があるのか、っていうのが第二段階。
他段階すっ飛ばして感傷というか情緒的に直結させるのは、なんというか
ケクレが夢うつつから寝起きで論文書いてるような状態じゃね
57 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 17:48:38.93 ID:gV2rqT1d
農耕、牧畜、狩猟採集、
まぁ明確にわけるのは難しいけど
なんか、ごっちゃになってる人が結構見受けられるな
58 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 17:52:07.37 ID:GO5eAdqj
狩猟免許持ちの俺は、狩猟サラリーマン民族。
59 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 18:31:28.03 ID:dgjXmarb
>>56 ヨーロッパにある初期の新石器集落遺跡の中には周囲を空堀や柵と思われる柱穴の跡で囲まれているものもあって、外敵からの防御を想定してると思われるものもある。
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Talheim_Death_Pit ドイツのタルハイム遺跡(BC5000頃)からは集落を囲んだ堀の中から石斧や矢で殺害された痕跡のある大量の死体が見つかっていて、大規模な襲撃と殺戮があった証拠とされている。
ただこれが農耕民と狩猟採集民の衝突なのか、農耕民同士の争いなのかはわからない。
60 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 20:04:53.99 ID:NUKdHnP3
>>59 >ただこれが農耕民と狩猟採集民の衝突なのか、農耕民同士の争いなのかはわからない。
パラパラ斜め読みすると
・成人男女子供が逃げる所をヤラレタ。
・攻撃した側の武器は殺された集落と同じ文化圏の狩猟用?
・大量殺戮は周囲で数例見つかっているが、恐らく非常に希
・この地域へのKurgan文化(印欧語族)の侵略前の出来事
・地域の集落が砦化するのは殺戮事件の数百年後(Kurgan文化との遭遇時?)
61 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 20:21:46.90 ID:k/tPuYB1
>>59 ありがとう
というか、なんだこれ、
狩人が攻めてこなくなったから砦的なものは長く使われなかったけど
人が武器で死んでる、考えにくいけど佐川君的なものの可能性も
みたいなこと書いてある?
もちろん、近現代的な価値観で考えちゃいけないので、落ち着くが
飢饉とかかなあ。昔も今も生きるのって大変だな
62 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 20:52:20.07 ID:rv0ypsny
◆遺伝的な特性
クーパー氏の研究チームは、ドイツ中央部で発掘された遺骨39体の歯や骨を研究対象に選んだ。
時代はおよそ7500年前から2500年前と推定されている。遺骨から、母親のみから受け継がれる遺伝情報、
ミトコンドリアDNAを抽出。
次に、ミトコンドリアDNAの変異がよく似た1つのグループに焦点を当てた。
現代ヨーロッパ人の最大45%が受け継ぐ遺伝的集団、ハプログループHだ。
生物の遺伝的な構成(DNA配列)をハプロタイプと呼び、グループ分けした集団をハプログループと称す。
親から子に引き継がれるハプロタイプを調査すれば、人類集団の比較調査が可能になる。
ハプログループHの変異は、何千年も前からヨーロッパ人の遺伝子構造に存在した可能性が過去の研究によって示されている。
この集団がヨーロッパで優勢になった経緯はわかっていない。
最後の氷河期が終了した約1万2000年前から人口が急増し、ヨーロッパ大陸に広がったのではないかという説もある。
しかし、クーパー氏らによる最新のデータは、現代ヨーロッパの遺伝的な基盤について異なる姿を描き出している。
1度や2度の移動ではなく、複数の集団が異なる方向からさまざまなタイミングで波のように押し寄せ、
ヨーロッパの人種構成は数度にわたって一変したというのだ。
最初の現生人類は3万5000〜4万年前、アフリカからヨーロッパにやって来た。
3万年前ごろまでにはヨーロッパ全域に広がり、一方、近縁種のネアンデルタール人は消失。
これら狩猟採集民のDNAが、ハプログループHだった可能性は低い。
約7500年前の新石器時代前期、今度は中東からヨーロッパに次の波が押し寄せた。
作物の栽培方法とともに、ハプログループHの変異型が持ち込まれた。
考古学者たちは、中欧にやって来た最初の農耕民が形成した文化を線形陶器文化(LBK)と呼んでいる。
線形の装飾を施した陶器が多く見つかっているためだ。
遺伝的な証拠によって、LBKの農耕民と彼ら固有のハプログループHの到来が、ハプログループUの激減と
一致することが示されている。当時、ヨーロッパの狩猟採集民の間では、ハプログループUが優勢だった。
63 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 21:14:26.59 ID:rv0ypsny
64 :
名無しのひみつ:2013/10/13(日) 23:51:09.66 ID:jzV7Q3j/
>>56 反論の趣旨は分かるが、
>>42の引用元リンクは読んでるか?
枕詞をアイヌ語で解釈できるように思えるのは、そのタネサシの一件だけではないよ。
吉本は社会学者だから言語学的には素人考えだろうけど、
直感的には吉本の分析は正しいと思う。なにより言語学者はそれを説明できないんだから。
65 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 10:30:34.85 ID:Kv2giQO4
>>64 そもそもアイヌ語が昔から変わってないって証拠がない件
66 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 10:47:30.97 ID:5rSGSMi5
>狩猟採集民の女性が「妻」として農耕民のコミュニティーに入ることもあった。
>一方、農耕民女性の遺伝系列は、狩猟採集民のグループでは確認できなかった。
男は殺され女はさらわれたとか思っちゃうな
67 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 11:14:17.41 ID:0ZWp4l5N
>>10 >狩猟民族 = 人々はかなり自由な行動をしていた。緩い連帯の社会。
でもゴリラ・チンパンジー・ボノボとか見てると、
結構群で生活してるし上下関係キツそうだよな・・・
68 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 11:46:33.35 ID:xVoKTvCk
田舎(少数の狩猟グループ)から都会(人・物が集まる農耕の村)へ
どんどん上京しちゃった、って感じなのかな
5000年前に「跡継ぎが居ない」とか嘆いてる
狩猟民のおじいさんとか居たりして
69 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:02:01.52 ID:s+vOE2fZ
農耕の技術や品種改良が進んで行って狩猟よりもある時点で効率よくなったんだろうね
農耕は規模を大きくすればするほどメリットがあるし、狩猟とは対照的
70 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:02:34.94 ID:s+vOE2fZ
+世界規模の気候変化
71 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:15:26.22 ID:Kv2giQO4
農耕民は自分達で食料を生産しているのに加えて
小麦粉とかは保存条件さえよければ何年間でも保存できるからな
対して狩猟採集民はダイレクトに自然環境の影響を受ける
食糧事情の悪い年があると農耕民の集落に加わっちゃうんじゃないか
72 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:25:48.77 ID:dqydXjwY
>>1の日本語ニュースだけ見ると狩猟採集側が獣を狩っていたようなかんじだが
リンク先には川魚を獲っていたグループに言及しているから
干物かなにかにして農作物と物々交換じゃないかなあ。
農業側もさあ、(現代の主食が、新大陸原産のじゃがいもであるように)
寒冷地であるため当時はあまり生産が安定しないわ、タンパク源もないわで
力関係はあっても共存してお互い取引しないとやっていけないような感じはするわ
73 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:36:12.88 ID:V7j2mqCr
>>72 農業も中世?までは生産性が異様に低いしな
特に小麦とかは
収穫量の3分の1だか4分の1だかは翌年の種籾として保存しておかなければならないとか
単位面積辺りの収穫量は技術が進歩すら前でも圧倒的に小麦<米だったらしいし
74 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:37:34.80 ID:9gnKO6EO
>>65 北海道の地名なんてほとんどアイヌ語起源だろ。札幌、釧路とか。
「札幌の雪は綺麗だ」のフレーズが多用されてるうちに
「札幌」の意味が消失してしまえば、札幌は雪の枕詞になる。
ある一時期、異文化人との共生関係があったとするなら、
彼らとの意志疎通の過程で得た知識がそのまま自分の側に組み込まれるが、
もともと異文化起源だから淘汰されかかってその意味への理解が失われ形骸化する。
サッポロという言葉は残ってもその意味は分からなくなる。
しかし「ヤマト」は大和言葉だから「山の処」だと通じたままだ。
大和は国のまほろばのl「まほろば」の語源は不明で、
「素晴らしい場所」という意味だろうと文脈から推測されてるが、
「まほろば」の「ほろ」はサッポロの「ポロ」と同じルーツで、
川、あるいは水を意味しており、
川のある土地=物流拠点という風にアイヌ語で解釈され得る。
北海道には「ほろ」とつく地名がたくさんある。
75 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:42:10.70 ID:Kv2giQO4
>>74 だから、それを証明するには上古アイヌ語の資料が必要でしょ?
そんな資料がどこにあるの?
その資料がない限り、妄想でしかないよ
76 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:46:30.17 ID:V7j2mqCr
.、ー-¬-.、._.,ゞ -..,_ ̄``">' ::. :::ヽヽ::::\'´
ヽ ` 、 `ヽヽ、 ``''.> .: :. ::ヽ、 :.. ::ヽヽヽヽ
|、 \ / .:i::i :. :::. ::. ::::ヽヽヽ、:::ヽ }::iヽ
|ヽ ヽ、| ::ヽ 、 {、 、 、 } ,>、!ヽw、::}:::ハ
.i! | ! .| | ::::llヽヽ>、トー、ヽ|ヽ! ,..,.._,|:::::::|`
>>74 .}.|} | .| .::::l:トヽト ` '‐´ i:::::::| わっちに何か用かえ?
}.' | .| :::::ヽ ..==、 ヽ i::::::|
} | ヽ :::::ヽ.‐´ ノ /::::::ト、
/ :: ::: : :: .| .| ヽ ::::::::ヽ _,,.-1 /:::::::::|`ー..,_
/ .::::: .: .::::: .:::::: ..: |.| .ヽ :::::::::ヽ、 ´ー-.'´ ./| :::::| ヽ
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77 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:48:08.50 ID:9gnKO6EO
>>75 地名にかかわる言葉って古代からあまり変化しないんだよ。
78 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:54:50.23 ID:Kv2giQO4
>>77 そもそもアイヌ語に由来していることを証明できるの?
地名が昔から変わってないことを証明できるの?
そんな資料は存在しないんだから、証明できるはずないでしょ
変化しないだよって希望的観測ではなく、具体的な証拠を提示してくれたら信じるよ
79 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:55:08.46 ID:9gnKO6EO
80 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 12:57:15.02 ID:0Gma+EjT
>>74 まほろばとポロぐらいになってくると名前の語源はnameぐらいの信憑性しかないな。
81 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:08:27.54 ID:dqydXjwY
つーか札幌の地名が文字になったのって江戸中期か後期じゃね
それ以前の現地の人がなんて呼んでたのかはわからんよ。
古代から変わりませんという一般論的な仮説をベースに仮説を立てるのもなあ
このニュースも、いくらmtDNAのコピー数が染色体のそれより多いといっても
古代の人骨だからDNAは分解しまくってるわけで、
そこから必死でPCRやって配列読むなり電気泳動するなりして
データ集めた話なんだが、妄想でいけるんなら歴史ってなんでもありだわな。
82 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:09:53.16 ID:9gnKO6EO
83 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:19:51.01 ID:t/NiBFVx
>>82 うむ、その論でいくと「ほろんぶ」というは、
「大きな部、重要な部所」という意味で正しそうだ。
84 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:23:15.56 ID:9gnKO6EO
・「旧唐書」倭国日本伝
「日本国は倭国の別種なり。その国日辺にあるを以て、故に日本を以て名となす。
あるいはいう、倭国自らその名雅ならざるを悪み、改めて日本となすと。
あるいはいう。日本は旧小国、倭国の地を併せたりと。」
いや、むしろ
日本(ニホン、ニッポン)の「ホン、ポン」=アイヌ語の「小さい」
であるように思える。
> アイヌ語の「poro」(大きい、という意味)に当て字をしたものです。
> 札幌(サッポロ)は、もともとは「サッポロペッ」と呼ばれる地名で、
> 「sat」(乾いた)「poro」(大きい)「pet」(川)に由来すると考えられています。
> ちなみに「小さい」は「pon」で、漢字になると「本」になることが多いようです。
> 十勝地方にある「本別」という町の名は、この「pon」+前述の「pet」だと考えられています。
85 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:24:19.60 ID:ZRhKbNjq
こんなの普通だろ
日本でも農耕が始まった紀元前3000頃から江戸時代でも狩猟だけするアイヌはいたし
つまり4500年以上共存
ブラジルなんて今でもアマゾンで新しい部族が「発見」される
86 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:31:26.29 ID:Kv2giQO4
>>85 いや、普通ではないだろ
普通は優勢な民族によって一方の民族が駆逐される
アイヌが生き残れたのは北海道で稲作ができなかったからで、
稲作が可能だったら東北の蝦夷や南九州の隼人のように民族としては消滅させられたはずだ
で、勝った農耕民の中から山や海に入って猟や漁をする人間が出てくる
87 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:42:45.94 ID:8uBS0S+L
>>84 雅ならざるを悪んで「小さい」に改名する奴はいないよ
88 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:44:41.17 ID:dqydXjwY
現代日本語式の表記で比較するんじゃなくて、遡れるだけ遡って、
「久爾能麻本呂婆」を奈良以前の音韻でどう発音するのか、そして
アイヌ語は近世でまでで仕方なくてもporoが上記の発音と相関があるのか、
そこちゃんとやらないと妄想じゃん。
もうあれよ、血圧下げる薬剤だから自動的に脳卒中にも効くよ、と
憶測のたぐいで「証拠すら集めずに」売ってるようなもんだわ。
インチキ操作でもいちおうデータ集めたあの会社がまだ良心的に見えるレベル
89 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:50:57.50 ID:9gnKO6EO
>>87 それは旧唐書が紹介する3通りの見解のうちの一つだろ。
その最後のやつ「日本は旧小国、倭国の地を併せたりと」。
これではないかな?
「ニホン」という小さい国が倭国を制したと。
神武東征神話に基づいてるように思えるが。
90 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:55:57.01 ID:9gnKO6EO
神武は日向を立ってるから「日」が当てられる理由になるし、
>>42リンクの筑紫枕詞の不知火=シラル・ヌイ=溶岩流で、
九州・肥の国に関連してアイヌ語が連想されることとも関連してくる。
91 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 13:59:09.82 ID:Kv2giQO4
唐書が書かれたのって10世紀、11世紀の話だろ?
同時代資料としては価値低いんじゃね?
そもそも国号が日本に変わった7世紀時点では日本と書いてヤマトと読み、
後に音読みに変わっただけで、アイヌ語なんて何も関係ないだろ?
92 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:08:10.58 ID:8uBS0S+L
>>91 だなあ。
日本側の資料ではヤマトだし
日出拠天子関係で中国むけに日本と書面に書いてたってだけの話だし
93 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:11:23.65 ID:9gnKO6EO
>>91 山の処=ヤマトに「倭」を借字して「(大)倭=ヤマト」と発音し、
その倭(ヤマト)を「日本」に変更しているが、
もともと「日本」という言葉が何を意味してるのかは、
通常は中国より東=「日の本」だとされてるにすぎない。
もしかしたら「日本」は別に存在してた地名だったかもしれないじゃないか。
94 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:17:16.34 ID:Kv2giQO4
>>93 日の本は東を意味する言葉でしかないと思うよ
室町時代初期、北海道には日の本、唐子、渡党の三種がいたって記録があるが、
太平洋側、つまり東蝦夷のことを日の本と呼んでいたそうだ
つまり東=日の本
95 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:21:28.66 ID:9gnKO6EO
>>94 後年になったら「日の本」の解釈は統一済みになってるから意味ない。
そういう意味の言葉だと共有認識になってるから。
96 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:30:04.38 ID:Kv2giQO4
>>95 それじゃ君が日本なる地域、国家が存在したことを証明しなよ
天智、天武の中央集権化以前には筑紫、出雲、吉備、毛野などの
地方国家が存在したことは知ってるけど、日本なんて地域国家が存在した資料が残ってるの?
97 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:31:27.54 ID:9gnKO6EO
それと
> 雅ならざるを悪んで「小さい」に改名する奴はいない
だが、
“雅ならざる”というのはアイヌ語上での解釈だからな。
もし地名として残ってたアイヌ語なら、使ってる側はそのように意識はしてない。
「まほろば」や「サッポロ」が何の意味か知らずに使ってるように。
98 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:36:34.78 ID:9gnKO6EO
>>96 7世紀の百済滅亡期、義慈王と唐に投降して官吏になった後、日本に使節として派遣された「祢軍(禰軍)」(613〜678)
という人物の墓誌銘の文章に彫られた「日本」の文字が・・・
墓誌銘の「日本」は祢軍が日本に使節に行った背景を書いた部分に登場する。
> 「660年官軍(唐軍)が私たちの蕃国(百済)を平定した日…日本の残党が扶桑に立てこもって殺戮を免れ、
> 風谷に残った輩は盤桃を信じて堅く抵抗した…」
元記事自体の解釈の論理と理屈は韓国人のいつものあれだから無視して、
あくまで発見された史実のみね。
【韓国】 「日本」という国号は本来、百済の地を称する言葉だった〜百済人の墓誌銘に刻まれた最古の「日本」★2[06/06]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1339072800/
99 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:39:28.46 ID:9gnKO6EO
墓誌銘に記録された当時、百済など中国の周辺国は国号を使わず、扶桑・風谷・盤桃など自然環境的特徴に
基づいた隠喩的名称を使ったが、唯一、日本だけ公式国号を使ったはずがないという論旨だ。
彼は「墓誌銘で実際、倭国(日本)は‘ヘジュァ(海左:海東側)’、‘ヨンドン(瀛東:中国東側)と表記されたと推定される」
100 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:42:50.56 ID:9gnKO6EO
> 地方国家が存在したことは知ってるけど、日本なんて地域国家が存在した資料が残ってるの?
ここだが、
「日本」が倭国を征して、日本をヤマトの当て字にすると決めとしたなら、
元あった所在地の「日本」という地名は消去されることになるのじゃないかと思う。
乗っ取った形になるんで、残したままにするのは不都合になる。
101 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 14:57:23.95 ID:Kv2giQO4
>>98-100 日本だけ地理と国号を一緒に使ったってだけの話でしょ
そもそも日本という国家がどこにあったと考えてるのよ?
吉備氏の乱、磐井の乱、武蔵国造の乱を平定して
北九州から関東までを支配している大和朝廷を倒せる勢力が
どこに存在したと考えてるの?
そして、その勢力が大和朝廷を征服したという考古学的な証拠はあるの?
102 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 15:04:02.63 ID:Kv2giQO4
どうせ唐が継体天皇か壬申の乱を勘違いして記録しただけの話でしょ
そして超スレ違いになってきたので消えますね
103 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 15:04:25.53 ID:aDULCKdJ
つか欧州の話なのにいつまでスレ違いの話してるんだよ。
104 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 15:07:06.81 ID:9gnKO6EO
新羅国王4代目の脱解は倭の東北一千里にある多婆那国とも龍城国の出身だとされ、
丹波、但馬、肥後・玉名だと諸説あって確定されてないが、
その「日本」というのがどこにあったかは分からないが、
国号ではなく俗称地名だと思う。
105 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 15:16:13.80 ID:9gnKO6EO
つまり「倭国」=相模、「日本」=さねさし(タネサシ)だ。
106 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 15:37:08.78 ID:qP8mKHft
>また論文の主著者、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ(Johannes Gutenberg-Universitat Mainz、マインツ大学)の
>ヨアヒム・ ビュルガー(Joachim Burger)氏によると、狩猟採集民の女性が「妻」として農耕民のコミュニティーに入ることもあった。
>一方、農耕民女性の遺伝系列は、狩猟採集民のグループでは確認できなかった。
狩猟=貧乏、農耕=金持ちという話か
女は2000年前から変わらないな
107 :
通行人 うひょ:2013/10/14(月) 15:39:33.82 ID:YpgZTF3M
ヨーロッパのが共存ww
当時は狩猟民族のターゲットは農耕民族だぞ
消えた村は星の数ほど有るし
お花畑はいらね
108 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 15:45:40.36 ID:f+loDp9s
狩猟民族のトップがバイキングであったり後に王侯貴族に落ち着いてたんだろうしな
109 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 15:49:09.29 ID:BhywpsTK
2000年、十分早いだろ。うっそうとした森林をたいした道具も無しに開拓できるわけないし
110 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 16:06:43.70 ID:aDULCKdJ
111 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 16:16:43.30 ID:xh8+tRbi
>>43 アイヌなんて文字も文献も残ってないんだから、想像から解きほぐしていくしかなかろう。
お前の言ってるのは「分からないものは分からないから分からない」って言ってるだけ。
子供かw
112 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 17:32:44.07 ID:Icm7XzO1
>>106 考古学的な記録から裕福なのはだいたい
狩猟採集民>農耕民
になってることが多い
113 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 17:36:40.87 ID:ZB9NraYq
>>107 45 :七つの海の名無しさん:2013/10/01(火) 18:13:38.37 ID:7pRQ64GJ
バビロニア、旧メソポタミアにユダヤ人の農耕民族がいた。
それから5770年前遊牧民族のヒクソスという侵略者がやってきた。
遊牧民族のヒクソスは、バビロニアの農耕(ユダヤ人)民族を、
羊のように飼う方法はないかと思案した。
そうして、彼ら(ヒクソス人)が考えたのは、まず神様という概念を作った。
どこにでもいる、全部見る、必ず罰する、逃げられない神様を信じさせる。
全て一つの文化に統合した一つの考えを押し付けた。
いろいろな考えがばらばらにあると纏まり難いから、皆同じ考え方にさせる。
その為に聖書という本が作られた。
だから、一般の殆ど99%のユダヤ人は神様と聖書を信じてる。
114 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 18:21:43.45 ID:R4fZo43p
>>108 バイキングは農民だけど。
>>112 農耕を始めると狭い地域に集住するので伝染病にかかりやすくなる。
穀物に偏った食事になるので多様な食品をとる狩猟採集民より栄養が偏りやすい。
炭水化物の割合が高くなるので虫歯になりやすい。
中腰で膝をついて行う粉ひき作業が重労働で関節を痛めやすい。
などなどで遺跡から出土した骨を調べると狩猟採集民よりも初期の農耕民の方が体格が貧弱だったり平均寿命が短かったりするらしいね。
一方で、柔らかい食事を与えられるので乳幼児の離乳が早くなるので出産から妊娠までの期間が短くなって出生率が上がる。
食糧の大量備蓄ができるので飢饉などに強くなる。
食料の確保のために必要な土地が狩猟採集よりも狭くて済む。
などのメリットが農耕にはあるので最後には人口で狩猟民を圧倒することができるけど。
115 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 18:37:01.39 ID:+Ehkt6FI
>>114 下の方に書いてあるもの全てが
農耕民が貧しくなる理由だ
116 :
名無しのひみつ:2013/10/14(月) 19:14:29.75 ID:8uBS0S+L
>>113 史学的な観点から見ても間違いだらけだな
ユダヤ人国家の形成が紀元前1000年ころで
場所はバビロニアではなくエジプトからシリアへの移住。
フェニキア人、アラム人、アッシリア人、ペリシテ人、ユダヤ人などが
雑居していて多神教の風を呈していたことが発掘から分かってる。
ユダヤ教形成の原因は新バビロニアがシリアを征服してユダヤ人が連行されたあと
主神に対する信仰がおろそかになったから不幸になったという
神官が力を持ったのでそうなったというだけ
117 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 03:04:37.51 ID:1dCVrdXk
マジレスしなくてもw
118 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 14:36:43.81 ID:IVkdfzKM
>>86 文芸春秋
>>42に寄稿によれば、
従来は大量流入した弥生人が縄文人を駆逐し、縄文人が沖縄・北海道千島に追われたと考えられてたが、
発掘される人骨の分析において、酸性土の日本では10年で骨は溶けてしまって残らない、
残ってるのは貝塚のカルシウムのある場所に埋葬された縄文人ばかりで弥生人は少ないらしいんだが、
なんとか残ってる弥生人の骨は、これといった特徴を確立してなくて、
九州で発掘された弥生系遺跡の人骨には縄文系の特徴を持ってる者もあったりするなど、
多種多用な弥生系人骨が見付かっている。
これまでの100万単位の縄文系の日本に、
弥生系が100万単位で流入したという分析は間違いで、桁は一桁小さい。
そこから考えられるのは、人の流入と文化の伝達とは別であり、
渡来弥生人が稲作文化を持ち込んだが、縄文系の子孫も同じように稲作をするようになったらしい。
>>101 乙巳の変で覇権を握った天智天皇の地盤じゃないか?
「日本」の呼称、最古の例が中国で発見。678年の墓
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1319330023/
119 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 14:59:41.94 ID:1/nedhCv
奴隷制度がデフォルトで
男は皆殺し、女は性奴隷が伝統のヨーロッパが
なにぬかすか
120 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 15:03:54.40 ID:LpoBC7WT
城塞の中に商人農民、森の中に狩猟民だったんじゃないの?
何が新しい?
121 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 15:28:30.83 ID:nBQINx9U
>>118 追加
摂取する食物の変化によって、身体的特徴の変貌をもたらしてもいる。
縄文人の弥生化というのは、戦後日本人の身長が伸びたり肉体変化してることからも不思議なことじゃない。
122 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 16:31:46.30 ID:i3Fbaj7v
>>118 桁が色々と間違ってるぞ……
弥生時代初期の縄文人の人口は10万以下ってのが有力だ
そんな過疎列島に部族単位の弥生人集団が何百年もかけてポツポツやって来て
縄文人が必要としない低湿地に住み着いて人口を増やしたんだ
で、部族単位でやってきた弥生人は血が濃くなるのを防ぐために
縄文人を積極的に集落に迎え入れ、混血した状態で人口を増やしていった
そう考えればY染色体にO系統とD系統が多い理由が説明できる
北海道や東北、南九州や沖縄が縄文的なのは単純に稲作に向かない土地だったからだろう
123 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 18:44:20.73 ID:1dCVrdXk
>Y染色体にO系統とD系統が多い理由
へっ? 弥生系が母系社会だったとでも言うの?
124 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 18:46:13.34 ID:59hFqrXC
>>122 縄文時代を通じて東北のほうが人口多いよ
理由は堅果類が東北のほうが実りがよかったため
125 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 18:49:11.66 ID:AiMopVIt
だから欧州のスレだっての。
スレ違いのレスは止めろ。
126 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 18:54:52.79 ID:1dCVrdXk
538 :名無しさん@13周年:2013/10/15(火) 18:42:48.15 ID:v7vJDFSti
>>527 B型はもともと遊牧民族だからな
O型は狩猟民族
A型は農耕民族
127 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 19:03:47.27 ID:hO9ZX/Jp
まほろば=美・幌別<ミホロペッ>=美しい?大きい川のある場所
日本→日・本別<ニポロペッ>〜な小さい川のある場所?
128 :
修正:2013/10/15(火) 19:04:43.61 ID:hO9ZX/Jp
日本→日・本別<ニポンペッ>〜な小さい川のある場所?
129 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 19:11:06.79 ID:0BWWUIsi
>>127 北海道や北東北のアイヌ語由来の地名って当てはめた名前が大体それっぽいところが多いけど
奈良盆地にそんな名前つけるとか明らかにおかしいだろ。
日本語の起源はヘブライ語レベルになってるぞ。
130 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 19:22:16.34 ID:Ig9NSUUc
>>1 アルプス山中で発見された「アイスマン」は5000年前の人物だった。石器時代なのに青銅製の斧を
もっていた。アイスマンは小麦を食べていたことも分かった。
古代史は根本的に考え直すべきだね。大陸文明は半島から日本に伝えられた・・だが、現代の韓国人を
見ても分かるようにエベンギが日本に文明を伝えたのではなくて、日本がエベンギ(朝鮮人)に教えてやった
のだ。
朝鮮人は近親相姦、とくに母子セックスが行われていたことがDNAの塩基配列から分かってる。禽獣の
エベンギから教えられるものは何もない。ここを抑えて置こう。
131 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 19:59:34.53 ID:RjlbYdc7
>>129 あまりに重要な場所ゆえ呼称の変更・置き換えが起きずそのまま残ったとか。
残ったというか、「まほろば」という言葉は消えて枕詞にのみ残ってるにすぎないわけだが。
132 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 19:59:39.63 ID:V32RH6cC
>>123 >へっ? 弥生系が母系社会だったとでも言うの?
平安時代の母系的婚姻風習と関係づけて、弥生時代には母系社会は一切存在しなかった・・
母系・有り得ない、そんな考えは俺が論破してやると、ちょっと論じて良いよ。please !
133 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 20:07:26.26 ID:A1UcRZgi
>>124 それもちょっと不足な情報でないか?
噂では噴火のせいで西日本は作物が取れなかったので
東北の方が住民が多かったと聞いたことあるぞ。
134 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 20:09:34.19 ID:0BWWUIsi
>>131 残る前につけないだろそんな名前をミホロペッからまほろばとへの変化というのも言語学的におかしいし。
こじつけに固執してもなんも成果はないよ。
135 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 20:18:28.87 ID:RjlbYdc7
136 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 20:19:30.47 ID:0BWWUIsi
まほろばはタミル語起源説の人も同じ手法に使ってたしこの手のなっちゃって言語学屋さんには好都合な
語源のよくわからない単語なんだろうな。
137 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 20:27:47.57 ID:i3Fbaj7v
>>124 人口が多いって言ったって、縄文時代の最盛期でも30万以下だろ
縄文末期には10万以下
日本で狩猟採集生活を行うなら、それが限界ってことだ
一方、農耕民はガンガン増える
弥生中期には東西の人口逆転してるだろ
つまり、それが狩猟採集民が消滅する理由だ
138 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 20:29:35.86 ID:sbdOaI06
>この研究は、農耕民が短期間で狩猟採集民に取って代わったとするこれまでの説を覆す内容となっている。
え?
>穀物栽培や家畜飼育を行い、陶器も作っていたとされる農耕文化が中近東から中央ヨーロッパに広がったのは約7500年前。
>この農耕民は、遭遇した狩猟採集民を短期間で消滅させたと考えられてきた。
>しかし今回の調査の結果、狩猟採集民と農耕民は以降約2000年間にわたって共存を続けたことが示された。
遺伝子調べただけだから、文化は一瞬で農耕に移行したが、狩猟採集民と農耕民の遺伝子が
交じり合ってて自然淘汰で狩猟採取民の遺伝子がほぼなくなるのに2000年かかったって、だけ
じゃね?
農耕民は、開墾のための労働力は大歓迎で、その結果土地の生産性上がるから、なおさら
139 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 20:43:31.83 ID:F3UGAOoP
>>118 稲作を持ち込んだのって、夏王朝前後で中国南東部から追われた人らじゃなかったっけ?
確か水稲陸稲もそれぞれ別に伝播してたような
140 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 20:46:20.73 ID:i3Fbaj7v
>>139 それは遡りすぎ
水稲が伝わったのは殷末周初くらいだよ
141 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 21:05:41.71 ID:PsP51IE6
未だに文明論とは全然関係ない文脈で「日本は農耕民族なので〜、対して欧米は狩猟民族だから〜」と
愚にも付かない意見を開陳している人がいらっしゃるけど、ゆとり世代でないのはもちろんとして
ロスジェネまで遡ってもこんなこと言う奴いないよね
団塊世代が書き込んでるの?
142 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 21:06:20.47 ID:mHtsrIYM
歴史てのは現在を語り理解するための手段だから
時々で変わりやすい。
143 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 21:54:49.45 ID:f3wbJ76E
>>67 それは一夫多妻制だから。
ボスが♀を独占。
人間は家族単位でまとまって
1つの集落を作っていた。
144 :
名無しのひみつ:2013/10/15(火) 22:23:33.49 ID:qj8h+T7f
>>141 それはもはや血液型占いレベルにまで信じこまれてるモノだから
否定しても無駄なレベル
145 :
名無しのひみつ:2013/10/16(水) 10:50:34.59 ID:jLx5biQJ
弥生文化の伸張によって縄文文化が北海道、沖縄に狭められたが、
日本列島でそこまでくっきり分かれたわけじゃなくて、
弥生中心部でも稲作社会に吸収されきれない狩猟採集民が
僻地や山間部等に残ったはずで。それが部落だろうな。
東北以北に少ないのは寒冷で稲作に不向きだからだろうね。
146 :
名無しのひみつ:2013/10/16(水) 12:42:59.69 ID:569zSnOc
肉食系と草食系か
まあどっちかに偏らずバランスが大事ってことで
147 :
名無しのひみつ:2013/10/16(水) 15:52:15.77 ID:q50gwxY3
>>130 アイスマンが持ってたのは青銅じゃなくて銅の斧な。
BC3000頃にはヨーロッパでは既に銅器の使用は始まってる。
新石器文化は農耕と共にヨーロッパに伝わってるから麦を食べているのは全く不思議ではない。
お前さんが無知なだけでそんなのは考古学では常識なんだよ。
148 :
名無しのひみつ:2013/10/16(水) 16:11:48.18 ID:6yebAboh
149 :
名無しのひみつ:2013/10/16(水) 18:31:20.06 ID:q50gwxY3
>>148 純度の高い自然銅は割とありふれてるし加工しやすいのでかなり古い時代から道具や装飾品として使われてる。
ただその加工しやすさ=柔らかさが斧やナイフといった切削工具には向いてないので実用品というより威信財として使われたのではないかとされてる。
アイスマンも持っていたナイフは石器だった。
銅に錫を添加することでより硬く美しい青銅になるが、錫は産地が限られる希少な金属なので、ヨーロッパでは青銅器時代になっても青銅の斧や剣は実用品以上に身分の高さを示す財産として扱われる事が多かったようだ。
150 :
名無しのひみつ:2013/10/16(水) 19:11:57.77 ID:pwx/DcC7
旧石器人とか狩猟民とかは食料だったんだよな
かんたんに食われちゃ困るから何千年もしぶとく生き残ってたわけだ
151 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 00:29:27.68 ID:29PNuKmW
天皇、源氏のY染色体ハプロタイプは D2a1b らしいね
795 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/08/18(日) 19:42:47.73 ID:CRSQkF+2
Mizuno et al. 2008
16 Y chromosomal STR haplotypes in Japanese
サンプル総数1079
並び順:YHRD Standard
DYS19 DYS389I DYS389II DYS390 DYS391 DYS392 DYS393 DYS385 DYS438 DYS439 DYS437 DYS448 DYS456 DYS458 DYS635 YGATAH4
D2a1b
最頻値 17 14 31 25 10 11 13 13,17 10 12 14 19 15 15 21 11 個数27 推定150万人
1つ違いまで 個数75 推定417万人
2つ違いまで 個数131 推定728万人
3つ違いまで 個数161 推定895万人
O2b1
最頻値 15 14 30 22 10 13 13 10,20 13 12 14 18 15 17 20 12 個数9 推定50万人
1つ違いまで 個数46 推定256万人
2つ違いまで 個数102 推定567万人
3つ違いまで 個数168 推定934万人
1つ違い15世代500年見当。
中世以降D2a1bの特定家系が突出して増加している。
源氏を代表とする賜姓皇族しか候補はない。
O2b1は古代に増加したが、中世以降は分散傾向。
152 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 00:37:05.80 ID:7br2IeXD
>>151 Dってことは比較的古くから日本に居たほうの系統なの?
船で来たとか大嘘で琉球、アイヌと同じ土人じゃねーか。
153 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 02:15:09.09 ID:zwBcP0mv
154 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 12:23:31.64 ID:RbPcNo80
>>139 当時は日本への航海技術があった訳じゃない。
あったら、普通に人と技術の交流がはじまっていたはず。
という事で、やってきたのは漂流民だよ。
当時の漁民は、稲と炊事道具を積んで遠洋航海をしてた。
そして、台風とかに遭遇すると日本に流れ着いた。
155 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 12:39:44.17 ID:29PNuKmW
156 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 12:54:13.29 ID:lJ2t14G8
縄文語の発見 [単行本]
小泉 保 (著) 出版社: 青土社 (1998/05)
ttp://www.amazon.co.jp/dp/4791756312 http://ecx.images-amazon.com/images/I/41ddyfKa5%2BL._SL500_.jpg 内容(「BOOK」データベースより)
今、明かされた日本語の謎。日本語の起源を弥生時代とする従来の説を排し、その濫觴を縄文時代に求めた本書は、
“日本語の誕生”のみならず、いわゆる上代特殊仮名遣い、連濁・四つ仮名現象、アクセントの発生、方言分布など、
日本語学における難問をここに解き明かした。記念碑的労作。
内容(「MARC」データベースより)
日本語の起源を弥生時代とする従来の説を排し、その濫觴を縄文時代に求め、「日本語の誕生」のみならず
上代特殊仮名遣い、連濁・四つ仮名現象、アクセントの発生、方言分布等日本語学の難問を解き明かす。
稲作渡来民 「日本人」成立の謎に迫る 池橋宏著
[評者]柄谷行人(哲学者)
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011071703827.html 柳田国男は『海上の道』で、南島づたいに日本に稲作が伝えられたと主張した。以来、それを否定する人たちも、
渡来した稲作民(弥生人)の技術を、先住民(縄文人)がどのように受容したかを主要な関心事としてきたといえよう。
しかし、と、著者はいう。そのような見方は、一般に、狩猟採集民にとって農耕への飛躍がいかに困難であるかを
無視するものだ。小規模な畠作(はたさく)農業ならともかく、水田稲作のように特殊な技術を要するものを進んで
受け入れることは考えられない。
著者は、中国の春秋時代に長江下流域で開始された水田稲作の技術をもった人たちが山東半島に進出し、
朝鮮半島南部を経て、日本に渡来したという。
日本における水田稲作は、少しずつ発展してきたというようなものではない。近年発見された遺跡は、稲作が
はじめから完成されたかたちで導入されたことを示している。ゆえに、舟を駆使し移動性に富む稲作民が、
水田の適地を求めて渡来し、移動・拡大を続けたとみてよい。だが、ここで、つぎのような謎が残る。
自然人類学的調査は、稲作渡来民とともに、日本列島にいた人々の体形や顔つきが根本的に変わったことを
示している。それは多くの稲作民が渡来したことを意味する。もしそうなら、言語も根本的に変わっていたはずである。
ところが、日本語は、先住民の言語(縄文語)がベースとなっており、さほどの変化がない。なぜだろうか。
かいつまんでいうと、稲作民は小舟で少しずつ渡来した。そのため、言語的には先住民の言語に同化した。
だが、稲作民は当初少数であっても、生産力とともに人口増加率が非常に高く、やがて圧倒的な主流派となった、
というのが著者の考えである。
国立科学博物館:日本人はるかな旅展
渡来系弥生人の故郷を中国に求めて
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/5-14.html http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_14_02.jpg 渡来系弥生人によく似た頭骨が発見されている中国の遺跡
渡来系弥生人は大陸のどこからやって来たのでしょうか。最近の調査により、水稲耕作の発祥の地ともいわれている
中国南部が有力視されています。黄河下流と長江下流に挟まれた地域の漢代の遺跡から、渡来系弥生人によく似た
人骨があいついで見つかっています。この時代の中国は、政治的に動乱の時代であり、いろいろな民族が入り乱れて
戦いました。日本にやって来た渡来民は、このような動乱から逃れてきた人々だったのでしょうか。
157 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 12:56:02.45 ID:lJ2t14G8
158 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 14:34:44.89 ID:FryOmxzP
一番最初に自我に目覚めた人類はいつ頃だったんだろう
夜、星空を眺めていた時なのか、狩りをしていた時に急に、俺はなんでこんなことをしているんだ?とでも思ったんだろうか
とても気になる
159 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 14:51:09.70 ID:eyHwhXm8
160 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 14:53:03.17 ID:FryOmxzP
>>159 だから、最初に自我に目覚めた人類はだれだろう
と書いたのです
161 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 15:01:33.55 ID:GdmxFTmP
侵略 ・・> 絶滅 ・・> 侵略 ・・> 絶滅 ・・>
毛唐の歴史
162 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 15:03:23.91 ID:eyHwhXm8
>>160 人類以前からあるわけだから人類で最初は必然的に最初の人だろ
…種は集団として分離した時点で確定する存在だから、実際問題最初の一人なんてものは確定しないわけだが。
163 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 15:05:52.40 ID:Id2jLOXu
164 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 15:44:49.52 ID:FryOmxzP
165 :
名無しのひみつ:2013/10/17(木) 21:20:48.89 ID:EGBoe0o+
狩猟採集民と農耕民ってのは、植生、極端に言えば気温の違いで住み分けていたはずだから、共存も何もないわな。
農業が北進しだしたのは、農業技術が発達して、寒冷地でも農業ができるようになってからだし。
166 :
名無しのひみつ:2013/10/18(金) 13:57:17.51 ID:Yqkmig7q
167 :
名無しのひみつ:2013/10/18(金) 15:18:30.20 ID:ly/D4WaX
168 :
名無しのひみつ:2013/10/18(金) 15:34:07.69 ID:SCA01PGT
アクセント崩壊は被曝のせい
169 :
名無しのひみつ:2013/10/18(金) 15:56:14.21 ID:LLqk6vWc
170 :
名無しのひみつ:2013/10/18(金) 16:22:20.86 ID:JDVb9kue
濃厚な農耕
171 :
名無しのひみつ:2013/10/18(金) 18:39:11.41 ID:Z7HsiuHN
宮崎県は日照時間が長くて今では農業大県だけど、
桜島の降灰のせいで古くは農業に不向きだったかもしれないな。
172 :
名無しのひみつ:2013/10/19(土) 00:03:34.33 ID:lg/V+up2
東海地方も伊勢湾台風だの東海・東南海地震と大津波があるからな。
あんなのが定期的に来られたら古代社会なんて全部更地化してしまう。
南海トラフ地震津波は3連動なら東海・近畿・四国(高知)までだが、4連動だと宮崎もやられる。
大阪も南海トラフの問題はあるだろうが、大阪平野は昔は大半が海だったから。
だから奈良盆地が倭国に中心に座ったんだろうね。
173 :
名無しのひみつ:2013/10/19(土) 12:22:30.17 ID:dyv8y3XO
福島も平安時代の貞観地震がこの東日本大震災レベルだから、
こつこつ発展してきた農村社会はその頃一旦壊滅してしまってるな。
174 :
名無しのひみつ:2013/10/22(火) 08:03:30.44 ID:V+Y8vJQm
共存っていうかあの時代は人口も少なかっただろうし
争いになるほど接触はなかったんだろう
175 :
名無しのひみつ:2013/10/27(日) 02:23:58.49 ID:sonRoyHt
>>1 ヾ(゚Д゚ )ォィォィ
http://yuihaga.blog.fc2.com/blog-entry-243.html ブリストル大学(英国)の考古学者、アレクス・ベントリー(Alex Bentley)はこの研究は「偉大な論文」だと呼ぶ。
彼は新石器人の女性が中石器コミュニティへと移住していったことを示す証拠は「すごく面白い」と続ける。
以前の遺伝的研究は農耕が西に向かってヨーロッパへと広がるとともに反対のことが起こったことを示していたからだ
――すなわち、狩猟採集民の女の子が新石器コミュニティに入って農耕民の男の子と結婚したということ。
176 :
名無しのひみつ:2013/10/27(日) 18:40:29.33 ID:2pyr3rQi
西国の弥生公家社会と東国の縄文武家社会との対立がもたらす弁証法的発展が日本史だな。
弥生系は長江文明が系譜の中国南朝や百済と東シナ海交易を通じて連携する、
筑紫日向ニニギや天智天皇に代表される勢力で、西日本全般の海洋稲作民。
縄文系は遼河文明の影響を受けた高句麗と日本海ルートで通じた勢力で出雲スサノオや天武天皇に代表され、
山陰・北陸から東日本にかけての山岳民。
弥生公家が日本文化の基礎を作り出し、縄文武家がその上に統治権力を確立していった。
縄文と言うと遅れたイメージでとらえがちだけど、
狩猟民は組織的戦闘能力において稲作農耕民を上回ってくる。
スキタイやモンゴルがその典型で、ユーラシアの騎馬民族の発生は農耕社会発展の産物だ。
177 :
名無しのひみつ:2013/10/28(月) 00:04:30.77 ID:qq1pV/4G
なんでヨーロッパのニュースのスレに脳内日本史の演説を始める人が来るんだろ。
178 :
名無しのひみつ:2013/10/28(月) 01:19:00.92 ID:FGkroVw3
>>167 【脳機能】東京方言話者と東北地方南部方言話者の言語処理の違いを発見 脳は育った地域方言によって音声を処理する/理化学研究所
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1382888489/ さて、日本語の多くの方言では「雨」と「飴」の違いを声の高さ(ピッチ)の上昇と下降で区別しています。
簡単にいえば「雨」は<高い⇒低い>、「飴」は<低い⇒高い>の声の高さのパターンで発音されるってことです。
これをピッチアクセントと呼びますが、東北地方や九州の一部にはピッチアクセントを使わない無アクセント方言があるそうです。
過去の研究から、母語(生まれ育った環境で取得した言語)で単語の意味に関わる音の違いに対しては、
左半球が優位とされ、文の抑揚などの違いでは、その優位性が現れないことが知られています。
しかし、同じ日本語内の方言の違いでも同様な変化が現れるかどうかは分かっていませんでした。
実験では、ピッチアクセントを聞いたときの東京方言話者と東北地方南部方言話者の脳反応を測定しました。
その結果、「雨」と「飴」のようにピッチアクセントで区別される単語を聞き分けるときに、
東京方言話者は左半球優位の反応を示したのに対し、東北地方南部方言話者は左右同程度の反応を示しました。
このことから、同じ日本語でも東京方言話者は、ピッチアクセントの違いを単語の違いとして処理しているのに対し、
東北地方南部方言話者は抑揚の違いとして処理していること考えられます。
つまり、言語処理における左半球優位性は、自分が育った方言環境の影響が大きいという可能性を示しています。
179 :
名無しのひみつ:2013/10/28(月) 17:59:04.09 ID:QEB6IdF9
>>175 これはインディアン的にウホっかないやつだ
180 :
名無しのひみつ:2013/10/28(月) 18:43:10.84 ID:8aX+KOsu
ヨーロッパ、初期農耕時代に人口激減
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20131002001 Dan Vergano
National Geographic News
October 2, 2013
ヨーロッパで農耕が始まって間もない時期には「饗宴か飢餓か」の極端な環境の変化が見られたことが、考古学の研究によって分かった。
放射性炭素年代測定法を用いた調査によると、フランスからアイルランドの初期農耕時代には、人口の爆発的増加の後に、極端な減少が確認できるという。
ヨーロッパにおける農耕は、約8500年前のギリシャにもたらされたのを端緒とし、それから数千年かけてアイルランドや北ヨーロッパにまで広がった。
狩猟採集から農耕への転換は人類史における大きな一歩ではあったが、当時の遺物からは、初期農耕時代の苛酷な状況がうかがえる。
「おそらく土壌の極度の荒廃が、疾病の流行や交戦につながったのだろう。当時の状況は気の重くなるようなも のだが、マルサスの(『人口論』での)主張のとおりでもある」と、
今回の論文の共著者の1人、ショーン・ダウニー(Sean Downey)氏は言う。ダウニー氏はメリーランド大学カレッジパーク校の考古学者だ。
ヨーロッパ最初の農耕民族は、森を切り開き種を蒔き穀物を育てながら、まずはフランス南部からデンマークまでの西ヨーロッパ一帯に勢力を拡大していったと、この論文では分析している。
研究チームは当時の土地利用と気候の状況を示すデータを、ヨーロッパ各地の考古学遺跡から確認された1万3658件の放射性炭素年代測定法による包括的データと対照した。
その結果、新石器時代の農耕経済は紀元前4000年頃にいったん衰退を迎えたことが推測された。
土地の利用状況や埋葬地の調査結果から、一部の地域ではこの時期に30〜60%も人口が減少していることが分かる。
中世ヨーロッパで“黒死病”(ペスト)が大流行した時期に匹敵する減少率である。「この人口の落ち込みは3〜6世紀にわたって続いた。単なる長期的な停滞期などというレベルではない」とダウニー氏は言う。
ヨーロッパの新石器時代においては、好条件の時期であっても農耕民族はそれほど人口を拡大できたわけではない。
現代のヨーロッパは、当時に比べると33倍も人口密度が高くなっている。
この大幅な人口の落ち込みを経て、紀元前2800年頃には再び小規模な人口増加が見られる。ただし、人口の増加と減少のいずれも、気象条件との相関は見られなかった。
これは専門家にとって驚くべき結果だった。というのも、多くの場合、人口変動には気象が関係していると考えられているからだ。
たとえば3月に「Science」誌に発表された別の研究では、古典期マヤ文明が紀元800年頃に衰退した主な原因は干ばつであったと指摘されている。
「今回の研究結果を元に、今後いくつもの新たな研究が行われるものと確信している」と、スペイン、ジローナ大学のネウス・イサーン(Neus Isern)氏は言う。
イサーン氏は人口モデリングの専門家である。「背景に自然災害がなかったというのなら、新石器時代の経済はなぜ破綻したのか。新石器時代の経済は、私たちが考えるほど持続的なものではなかったのだろうか?」
ダウニー氏が推測しているのは、初期農耕民族は森林の乱伐や農地の継続使用によって急速な土壌の荒廃を招き、その結果、疾病が流行しやすくなって、人口減少の引き金を引いたというシナリオだ。
もう1つの可能性として、アイルランドにあるユニバーシティ・カレッジ・コークの考古学者ロン・ピンハシ(Ron Pinhasi)氏が提唱するのは、人口の大幅な増減の主な原因を移住であるとする考え方だ。
「2度目の人口増加は、乳製品のような二次生産物が作られはじめるという革新の結果であった可能性がある。酪農じたいは以前から始まっていたが、各地に広がるのは後になってからだ」とピンハシ氏は言う。
一般的にヒトの成人は牛乳などに含まれる乳糖を腸で分解できないが、ヨーロッパでは遺伝子変異のおかげで、90%近い成人が牛乳を飲める。
2009年の研究によると、この遺伝子変異はわずか7500年ほど前に起こった可能性が高いという。
「この研究結果には、現代一般的な考え方に対する、非常に重要なメッセージが含まれていると思わずにいられない。
現代では、新たなテクノロジーこそが常に時代を制するという盲信があちこちに見られるが、それは新石器時代には当てはまらないのだから」とダウニー氏は言う。
ヨーロッパの初期農耕時代に関する今回の研究は、「Nature Communications」誌に10月1日に掲載された。
181 :
名無しのひみつ:2013/10/28(月) 18:44:45.40 ID:8aX+KOsu
>>177 日本語がわからない人には
何を言ってもムダなので
そうそうに諦めるべき
182 :
名無しのひみつ:2013/10/28(月) 20:05:54.57 ID:eXKHtZjB
むしろ片方が絶滅する方が不自然。
なんで共存できたって思わなかったんだろう。
ヨーロッパ人の異質=排除みたいな意識の根強さは異常。
183 :
名無しのひみつ:2013/10/28(月) 20:44:54.32 ID:qq1pV/4G
昔から共存してたという仮説はあって今回のはそれがかなり長く続いていたかもしれないという発見なんだけどな。
タイトルだけしか見てないからこういう的はずれな批判してドヤ顔できるんだろうけど。
184 :
名無しのひみつ:2013/10/28(月) 21:09:18.79 ID:tZLcQKHa
>>88 一部の言語学者以外、日本人全員が、ひらがな翻字に騙されてるだけで、
「久爾能麻本呂婆」の8世紀の発音の推定だけでも、かなりのカオスだからなあ。
上代特殊仮名遣いの通説を適用すると、"kuni no2 maporo2ba"となる。
そして、上代仮名遣いにおける有坂法則第一法則(o1とo2は同居しない)により、
すでに甲乙が失われていたpoも、po2と推測することになる。
これを、森博達の8世紀推定音で復元すると、
[map@r@ba]となる。ここで@は、英語のシュワーのような曖昧母音。
すでに現代読みの「まほろば(mahoroba)」とはかけ離れている。
ところが、このmapo2ro2mbaというのは、実は有坂法則第三法則(aとo2は原則同居しない)違反で、
これを回避するためには、mba(ば)を接尾語として切り離したで、
更に「まほろ」を合成語としなければならない。
方向性としては、ma p@r@ baと切り離す方法と、mapo r@ baと切り離す方法があるが、
日本語の和語はr語頭は禁則なので、後者の方法はない。結局、[ma p@r@ ba]で一応確定する。
正確な万葉仮名の残る1単語ですら、これくらいの操作をしないと、音の推定はできない。
この@音、シュワーという説と、oeのような音だったという説があって、
アイヌ語のような、しっかりしたOではないんだよね。
185 :
名無しのひみつ:2013/11/05(火) 17:59:01.89 ID:fAZ7VyB/
>>184 卑弥呼だって中国語表記だから、古代中国語音で考えるべきで、
そしたらペメハ、ピェメェハ、ビミファが正しい、邪馬台国だって・・・
ということになってる。
そんなわけで、国のまほろばだって同様で、原音が不明だから、
アイヌ語地名と関連付けるのは無理という論理の方が無理なわけで、
残ってるアイヌ語地名だって、アイヌ語の原音そのままじゃなくて、
弥生人が聞いたアイヌ語音なんだから、その時点で弥生化してる。
今のカタカナ英語が英語音でも何でもないのと同じだ。
だからアイヌ語系では?という推測は、
ある程度の共通性があるのなら、音韻変化の法則にそぐわないという理屈だけでは否定できなくなる。
可能性としては消えないということだ。
186 :
名無しのひみつ:2013/11/05(火) 19:14:36.08 ID:QTRs0Ove
ネアンデルタール人を狩猟採集民と言う位置づけか
現代ゲルマン系民族の形質は7500年くらい前で
できて
つまり先住民との混血が形質の形成に影響及ぼした
ネアンデルタール人はあたまよく牧畜する民族だった
純粋な先住民は交流で居なくなっただけですた
187 :
名無しのひみつ:2013/11/05(火) 19:42:27.11 ID:qVJSs0Gy
ネアンデルタール人がいつ絶滅したか調べてから出なおして下さい。
188 :
名無しのひみつ:2013/11/05(火) 20:16:15.66 ID:yQmEkSdo
>>185 > 卑弥呼だって中国語表記だから、古代中国語音で考えるべきで、
> そしたらペメハ、ピェメェハ、ビミファが正しい、邪馬台国だって・・・
これはまあ下敷きとして万葉仮名の発音研究があってこそってのもあるけどな。
中国の記録は外国語の発音は表記しづらくなると端折る癖があるから。
189 :
名無しのひみつ:2013/11/05(火) 20:23:19.09 ID:oTgeJXrJ
>>156 最近のDNA研究で面白い結果が出てたな
日本人と挑戦人のDNAには共通してる部分がある
その共通してる部分の元は中国南部辺り
韓国はこれを日本人が半島から渡った自分達の子孫の証拠だ!と言ってるけど
その研究ではその中国南部から挑戦半島までそのDNAを持つグループがいない事も明らかにされてる
しかし中国南部から日本までの東南アジアにはいる
まあ普通の人が見れば海路で日本まで来てそれから半島渡ったと考えるわな
古代の半島が日本人に支配されていた事実とも符合するし
190 :
名無しのひみつ:2013/11/05(火) 20:26:32.91 ID:QTRs0Ove
遺伝子解析でネアンとの混血は中東から解明されてて
ヨーロッパは現白人の居住は遅かったのが分かって
齟齬が出てきた
191 :
名無しのひみつ:2013/11/05(火) 22:07:42.43 ID:+OUCpcZ0
>>189 どちらにしろ、漂流民がベースであり(どっちにも流れ着く)、
縄文期から朝鮮半島と日本は交流があったのだから、
どっちが先かの論争はあんま意味ないんだけどね。
まあ、考古学で検証しかないんだけど、
考古学者さんはひどいからね、、特にあちらさん。
192 :
名無しのひみつ:2013/11/05(火) 22:39:25.67 ID:qVJSs0Gy
>>190 齟齬なんかない。
ネアンデルタールは牧畜なんかしてない。
要はデタラメ
193 :
名無しのひみつ:2013/11/07(木) 14:25:29.86 ID:9Lxr7n3Q
>>191 半島側、列島側どっちが先にしろ漂流民は南から日本列島に来たってことで
海流的にもメインの食料であるコメから見ても明らかなはずなんだが、
半島経由って説の人は半島を陸伝いに北からやってきましたみたいな荒唐無稽なこと言ってたからね。
そのくらい馬鹿な連中が歴史教育に牛耳ってきたのが日韓だからやばい。
どこか第3の場所にルーツを持つ同じくらいの歴史を持つ平等な民族って概念を奴らが否定してるのは
両国関係にも非常に悪い結果をもたらしてる気がするんだが。
194 :
名無しのひみつ:2013/11/07(木) 15:35:09.10 ID:Y5FHrnmF
まあルーツ論は政治動向に影響されるからな
「日本人のルーツは半島経由」ってのは
日本が韓国を併合してた時代に
「祖先が同じだから兄弟が再び一つになるのだ」
的なプロパガンダとして使われてて人口に膾炙したのが始まりだしね
195 :
名無しのひみつ:2013/11/12(火) 08:00:48.48 ID:dueOycFC
>>193 あでも、朝鮮はその後、北方系の南進とモンゴル系の侵略で、
遺伝子的には、随分と薄まってるけどね。
196 :
名無しのひみつ:2013/11/13(水) 19:31:10.20 ID:vfLhhJLh
今も漁師さんとお百姓さんは共存してるよね
197 :
名無しのひみつ:2013/11/15(金) 06:31:34.61 ID:wuJo2Otd
今でも琵琶湖沿岸の漁師は部落民として差別されているし、鈴鹿の猟師はサンガと呼ばれている
彼等は半島経由で稲作とともに渡来した弥生人に駆逐された先住縄文人の末裔
198 :
名無しのひみつ:2013/11/15(金) 09:13:09.40 ID:Q/AbSCSc
>>197 >彼等は半島経由で稲作とともに渡来した弥生人に駆逐された先住縄文人の末裔
稲作が半島経由?
さらっと嘘入れては台無しだよ
199 :
名無しのひみつ:2013/11/15(金) 14:47:50.44 ID:wuJo2Otd
半島経由で稲作とともに渡来した弥生人 <− これのどこが嘘?
天皇家を含む渡来系弥生人が半島から来たのは歴史的事実
200 :
名無しのひみつ:2013/11/15(金) 16:14:15.38 ID:qohdqYHt
201 :
名無しのひみつ:2013/11/15(金) 18:46:26.09 ID:T4raRqMO
朝鮮半島は寒くて雨量が少ないから、日本の東北地方同様、本来は稲作には向いてない。
202 :
名無しのひみつ:2013/11/15(金) 18:56:46.28 ID:wuJo2Otd
奈良はウリナラのナラ
当時の奈良の人口の8割が半島からの渡来人だった事は戸籍木簡で確認されている
203 :
名無しのひみつ:2013/11/15(金) 19:14:28.98 ID:qohdqYHt
古代朝鮮の人名ってほとんど明らかになってないわけだが……半島現地でさえも
204 :
名無しのひみつ:2013/11/15(金) 19:49:30.66 ID:wuJo2Otd
日本人を大別すると先住縄文系、出雲弥生系(渡来)、倭弥生系(渡来)の3種族に別けられる。
いうまでもなく、縄文系が狩猟民族、弥生系が農耕民族であり且つ鉄器のキャリアーだった。
205 :
名無しのひみつ:2013/11/16(土) 16:40:12.02 ID:NPPVmAj8
>>202 ナラというのは「平ら」という意味だよ。
206 :
名無しのひみつ:2013/11/17(日) 19:01:57.52 ID:/9U7CUhm
>>205 だから平城でナラなのか。
「ならす」と同語源というのはウリナラのナラと同語源と言われるよりしっくり来るな。
207 :
名無しのひみつ:
知性に目覚めた最初の一人はどんな感覚で暮らしてたんだろうと不思議に思うことがある。
見渡しても回りにはウホウホ言うやつばかり。なんたる孤独‥