一般人はもちろんのこと。
行き詰まった熱心な宗教者ほど、なす術なくす人もないもので。
信仰が足りないから?冗談じゃねーべ?そんな宗教は即刻捨てちまえw
宗教なんて無くても迷い無いやつは迷い無く生きられるものなのだ。
念のために。宗教を捨てた方が良いという趣旨では無いのであしからず。
普遍の真理があるなら万人共通のはず。
その宗教に属する人にしか適合しない物は普遍ではない。
万人共通の真理がきっとある、宗教者も非宗教者も。
そんな趣旨でスレ進められたら。いいなー。
ノシ
人は死ぬ必ず死ぬ絶対死ぬ死は避けられない人生は無常である
お。初来客ありがとうw
人は必ず死ぬ。数時間後かも明日かも数年後かももう少し先かも、
ひょっとしたらまだまだ当分生きてしまうのかもしれないけど、
だから今、何をするべきか。
今何をするべきかとか言ったら、やること思い出しちまった(:D)| ̄|_w
では、またきますノシ
(:D)| ̄|_w
真似しん坊w
書き込みサンクスノシ
さて、誰の関心もなさげなのですがどうしませう。
まずは「全ての道はローマに通ず。」
やり方は違っていても、目的は同じであること、
また、物事が一つの真理から発していることのたとえ(広辞苑)
この言葉の意味を意識しながらちょびちょびやってみませうか。
ちょびちょび書くか。
何を手に入れたいのかをしっかり知ること。
知ったらすぐにそれを手に入れる段取りを取りつつすぐに行動すること。
必ず自分の手で手に入れること。
そして、一番大切なものは自分。すべての人にとって自分が大切だということを理解すること。
これが分からない人は仕事でも失敗しやすいもの。
人間って本当の悩みなんて少ないのかもって思ったりする。
「悩み」ではなくその殆どが二者択一、三者択一を迫られてる「迷い」のよーな気がする。
選択肢さえ決まれば判断がどーであれ前には進むことができる。
物事の視点を変えることはすごく大事で。
例えば金が欲しいと多くの人が思いながら不満を抱えつつ日々を過す。
何事も無ければそのまま生活していく。
でも、もしも必要に迫られれば、例えば子供が重病で金が必要な状態とか。
そういう時には結構簡単に金をつくり出せるものなのだ。
逆に、何故そうでもなければ中々作り出せないのか。
宗教家の多くは日常的な不満足や願望は祈ったりで良くなっていこうと思うのかもしれない。
けど、危急に金が必要なときに祈ったところで手に入るはずも無く。。。
そこまでレベルの低い人は現実にはあまりいないだろうね
そうか。
でも病人に祈りで何とかさせようとする姿は見たことある。
それと金がない金がないという言葉を良く聞くのは事実。
金はある程度なら誰にでも簡単に作れる。
これについては?
幸せの条件とはなに?
仕事、異性、金、夢、趣味、健康、、、、
祈りでもまぁ治りますからね
神霊の力を借りればね
金がないのは搾取されてるからかね
自分の周りにはあまりいませんが
条件を限らないこととか。
俺が知ってる人は医者の治療よりも宗教の祈りを取って、助かるはずだったのが死んじゃったけどね。
宗教の祈りで助かるってのは立証されてるのだろうか。
金の問題は別に宗教者とは限らないよ、普通に無宗教でも金無い金無いってぼやいてるじゃん。
その割には仕事を変えるわけでもなく、生活を変えるわけでもなく、ただぼやいてる。
金に限らずそう。不平不満をぼやく割には何も変えようとしない人がいかに多いことか。
普通はケースバイケースですがね。
立証は無理でしょうね。気功の気のエネルギーすら解明されない。
レス続けてくれるとはありがたいw
>>16 条件もむしろ稼げる人のほうが良い場合が多いってことは?
危急の金はともかくとして、実際にはそこそこでもやりたいことを、
やりたいようにやって満足しながら感謝されることが稼ぐってことに繋がる。
これであれば仕事と金の両方が手に入る。
金が有れば色々な問題も解決しやすいし、夢だろうと奉仕だろうと可能になる。
>>18 まあ、病気の祈りについてはいいんです。
俺の知ってるケースは本人の意思だったから。
ただ、宗教的に説得力はなかったですけどね。。。
周りが祈れば医者は必要ないとか言うなら犯罪並に悪いことだけど。
可能性を限らないってことね
>>21 可能性を限らない。
可能性っていうか、可能性以前の枠で満足してるのか面倒で動かないのか。
それを選ぶのならいけど、ぶちぶち言ってたりするってことはそうでもない。
不平不満を言う状況に身をおきつづけることが不幸せや後悔の原因とはならないだろうか。
なんで不満の中に身を置きつづけられるのかが分からないのだ。
少しの不満程度は別として。
裏返せば。
自分自身の不平不満をしっかり知ること。
その原因を知ること。
因果とか縁とかって仏教的な感覚も役に立つかも?
そこから不満の種を無くせば確実に不満は消える。あたりまえのこと。
不平不満は成長の種か。。。
原因を知り不満の原因が他の望みのためだと知れば、不満は消える。
両立させるためにはそれ以上の努力をすれば何とかなる場合もある。
結局不平不満を言いつづける人には、力も何もないことの証明だけがされるのだ。
また自己完結とか言われそうだなw
おやしみノシ
全ては自分のため。
人のためにすることでも、いかなることでも、全ては自分のため。
今夜もちょびっと自己完結レスを。
自分のことが出来ない人に、本当に人のことを出来るはずがない。
全ては自分のためであり、それが人のためになり、また自分のためになる。
自分の為は自分達のため、自分達の為は多くの人のためになる。
大切なのは方向性とバランス。
お経は蝋燭の燃え尽きる間できれば上等かな
もうお経って聞いただけで無意味感てのはわかるけどね
>>28 正直難しくて分からないw
けど、お寺とか神社ってのは意外と好きで。
なんて言うのかあの独特のそこだけ時間の流れが違うかのような空間、空気。
そんなものに触れるのは休息として悪いものでもないかな。
古を偲ばせるっていうような感覚も好き。
答えになってないとは思うけど、自分自身が昔に神仏殺すために、
神社とかを荒らして回ったことはバランスが悪かった。
宗教に限らず誰にでも何かしらの思想とか教育とかの影響はあると思う。
だから宗教してなかったら、大丈夫、安心、バランスが取れる、そういう問題ではないと思う。
ただ、とかく宗教は盲信しやすく、自分自身を見誤る可能性が高くなるとも思う。
スレタイに沿って。。。
人が幸せになるための目標とか、これが幸せには必要っていうのはなんだろう。
これなんかは宗教してる人は常日頃に願ったり祈ったりしていれば自覚把握できてる可能性は高いかもしれない。
意外と自分が何を望んでいるのかとかは分かってない人が多い。
祈りが強ければ潜在意識にも刷り込まれる。
ただ、宗教者の場合には祈りや願いで終えたらもったいない。
そのために自分が行動を起こすことを確実にやっていけば夢は叶いやすい。
漠然と世界平和とかそういう願いじゃまた違ってくるけど。
もしも自分だけのために願うことが間違いだという教えならそれもおかしい。
自分がしっかりと手に入れるものを手に入れて力をつけることほど、
確実に世の中の力になれることもないから。
>>29 お経が無意味とも思ってない。
お経の一句一句の意味を知った上でお経を読む。
これも潜在意識に刷り込ませる作業だし、内容が良ければ自分の信念にも繋がると思う。
そういう意味での宗教のあり方を否定するつもりは無いし、
俺自身、そういう中に良いものもありそうな気がして関心示したし。
ただ、俺自身が自分に利用したりもするけど、
刷り込みっていうのは一種のマインドコントロールだから。
しっかりと内容を自分なりに吟味もせずに刷り込むのは良くないとも思うかな。
宗教じゃなくても、仕事なんかでこういうコントロールは利用しますよ、実際に。
一流の営業マンは接客中にある程度は相手をコントロールすることも出来ます。
1時間も話ができればある程度のコントロールが可能です。
つか、宗教勧誘させたら上手いかも?w
ふと気付けば七連投もしてた。。。ノシ
お経は理解して唱えなくてもいいんですよ
何事もマナ識の現状でしか理解できないので
刷り込みでもコントロールでもないですね
説明しても意味ないのでやめとくけどね
理解しなくてもいいんですか。
そうなると俺には理解不能です。。。
子供の頃、物心ついた時にはただ言葉だけ覚えてて拝んだりしてたけど。
今となってもっとも無意味な気がするのが意味も分からずにってこと。
刷り込みって書き方すると聞こえが良くないけど、一般的にいう信念ってものも
一種の刷り込み。自分の心の中に信念として位置付けてしっかり定着させるわけだから。
俺はやっぱり宗教的なものは理解できない思考なのかもしれないです。
でも。
無宗教者の発想とか思考は宗教者の人にも理解できるわけだから。
宗教者の人のほうが強くなれる可能性は高いってことですね。
リスクはもちろんあるわけですけど。
そーいえば、ブラックホールさんは前に許してくれた人ですね?w
今日は寝ます、おやすみなさいノシ
42 :
まい:2006/07/20(木) 18:27:40 ID:rYBlurkL
りょんさんと名無しさんの会話、深いですね〜。
ロム記念。
ロムといわずに参加してくれるとありがたい。
過疎ってるしw
44 :
まい:2006/07/20(木) 22:06:18 ID:t2HpTN6v
マナ識って、どんな定義、どんな宗教関係の用語なんですか?
原始宗教や、神秘主義についての本は読んで見たことがあります。
俺は詳しく知らないけど、唯識論ってのの中にあるやつ。
唯識論とかマナ識でググって見るとわんさかでてくるよ。
マナ意識即悪ではない
唯識では「マナ識だから即悪」というふうに捉えてはいないのです。比較的「いいマナ識」をもった人もいれば、
かなり「良心的なマナ識」を持った人もあれば、それから、かなり「ダメなマナ識」、非常に「ゆがんだマナ識」を持った人もいる。
そういう人の行動を見ていると、やはり、いい悪いの差は、ずいぶんすばらしい人からひどい人まであるのです。にもかかわらず、
その最もよい人から最も悪い人に至るまで、全部に共通しているのは、自分というものに対するこだわりです。
つまり、善悪とは関係なしに自分のこだわりに基づいた考え方や行動になってしまう。
だから、理性の発達、人格の成熟、自己実現といったことでは、人間の根本問題は解決しない。
なぜならば、私たちの心の奥底にある実体としての自分というものがあるという思い、その実体としての自分がないことに対する無知・無明、
それから我見、それから我慢、我愛という四つの煩悩は、世界の本当の姿・事実に反しているわけです。どうやってその煩悩を断ち切るか。 』
人を差別してはいけないとか、好ききらいをしてはいけないとかと、意識でいくら思っても、
そういう思いが心の奥からどうしても湧いてきます。そこに働いているものを、はっきりと
自覚するために言葉として「マナ識」と呼んだわけです。
そのマナ識の働きが一体どういうものかを、唯識派の人たちはさらに深く禅定と思索を通じて見つめ、
こういうことを発見しています。『唯識三十頌』の句をさらに引用します。
四つの煩悩(ぼんのう)と常に倶(とも)なり 謂(い)わく我癡(がち)と我見(がけん)と
併(ならび)に我慢(がまん)と我愛(があい)となり 及び余の触(そく)等と倶(とも)なり
『 アーラヤ識は、私たちが過去に行なった書や悪の行為が、その過去とは異なったときに、
善でも悪でもない、異なった低質のものとなって熟す ─ 「異熟(いじゅく)」といいます ─ 心の働きである。
そして、それがすべての存在を実体的に存在すると見せてしまうというか、錯覚させるというか、
仮構する、そういう元になる、種子となる心の働きである。
つまり私たちは、生まれてからふと気がついてみると、大人になっていて、大人になると、
いつのまにかある特定の心のあり方を持っているわけですが、それはどうも何か過去につながっている。
しかも自分自身が知らない過去から、自分自身の命が生み出されてきている。
その自分が意識では知らないところから、心が生まれてきているわけですから、その過去の何かは、
やはり一種の心なのではないかと推測したのだと思います。
それから、仏教には「輪廻」という考え方がありますから、人間は、生まれては死に、
生まれては死に、さまざまに生まれ変わって輪廻転生していくわけです。輪廻転生するときに、
前の生が終わって前の生の意識がなくなってしまっても、また次の生にやがて心・意識が生み出されてくる。
その間のつなぎ・媒体になる、その心はいったい何なのだろうと考えたときに、「アーラヤ識」という概念が生み出されたのだと思います。
マナ識は潜在意識に近いものとして受け止めてます。
50 :
まい:2006/07/22(土) 00:52:18 ID:ewPy4+1S
その潜在意識に善性が備わっているのか・・どんな共通性があるのか・・が、
どんな黄金律があるのかないのかの回答になりそうですね。
既存の宗教の結論ではなく、一人一人の人間が生きる中で、どんな発見をすることが出来るのかに興味がありますね。
俺の考えだけど、マナ識は知らないけど、
潜在意識には普段の意識が植え付けられるから、
やっぱり大切なのは日頃の心がけとか意識。
黙って善性が備わることはありえないし、善かどうかも自分が見直していくしかないのだろうね。
52 :
まい:2006/07/22(土) 01:22:54 ID:+y1dG8uQ
自分で見直すというと、その基準は何?良心の痛み?
日ごろの心がけと言えば、「反面教師」なんて言葉もあるじゃない?
親子と言えども感性が違う。面白いよね。
良心もそうだけど、常識から何から見直してその時その時に出来るだけ正しく判断するように
心がけるくらい?日頃からの教訓とか視点とかそんなのかなあ。
そういう意味での普遍的なものと思うけど、でも絶対だと思った時点でそれはすでに誤まりの始まりだと思うし。
だから、色んな宗教でも思想でも正しそうなものを拾って、その時々に用いることが有効だと感じるんだよね。
こういう形であれば用いるでも問題ないでしょ?
自分を正していくってことも、どんどん人と接していくことしかないと思う。
いくら正しそうな思想や宗教に触れたり知識つんでも人と接することが出来なかったら意味ないしね。
そういう意味でバランスっていてるのだけど。
生きていくために本当に大事なことって何だと思う?
その部分で宗教って必ずしも役立つのかな。
生きていくために、本当に大事なことね・・。
先に
>>53について考えるけど、「良心」って、人それぞれの価値観に共通しているのかな?
りょんさんはどう思う?ある人にとっては「親切」でも、ある人にとっては迷惑だったり、
多少のズレは仕方が無い、会わない人だと距離を置くしかないのかな。
もちろん「これこそは絶対」だと、既成の価値観にあわせさせようとするのは反対。
「ちょっと違うんじゃない?」と感じる自分の感性は大切にしたいと思う。
答えはひとつではない・・と言うのが正解なのかな。ひとつに従わせようとすると、数々の悲劇が起るからね。
りょんさんの心の中には、人間性の信頼が大きく占めているよね。
これもひとつの思想というか、宗教と言うものなんだと思うよ。
56 :
まい:2006/07/22(土) 16:39:34 ID:zdCBj8pq
↑HN付け忘れ。。。
私にとって、大切にしてきたものってなんだろう。
「自分はどう感じるのか・・」ってことかな。喜怒哀楽や、快不快。
どっちかというと、お人よしだと思う。どうみても「損」なことかもしれないけれど、
その状態でないと自分が落ち着いていられないと言うか・・。
「自分がやりたいことを見つけなさい」と言われても、「人から何を求められているか」
を基準にしてしか考えられないんだよね。
で、「人から必要とされていない自分」の価値を見つけられないと。
で、病気をして「無力」になった自分が苦しかったんだよね。
その苦しみの原因は、どう考えても誰かに与えられた物ではなく、「自分が持ち続けている価値観」なんだよね。
57 :
まい:2006/07/22(土) 17:05:26 ID:zdCBj8pq
うつに関する「自分が持ち続けている価値観」ね。
まじめすぎて、現実の病気の自分を認められない・・と言うような。
そんな価値観、何で持っているんだろう?
強迫観念を植え付けられた生い立ちや、もっとそれ以前の原因もあるのかな?
どっちでもいいけど、自分を認めてこれを乗り越えることが、今生を生きている意味なのかな・・なんて。
人間には、代わるチャンスが与えられているって。
>>55 俺が宗教者なのかは分らないけど、実際に自分が自分であればいいと思うだけで。
自分ってものをすごく意識する育ち方をしちゃったせいか、そこに固執する。
けど、そこに俺なりの確信もあって、それはそれでいいとさえ思ってる。
俺的な感覚で物を見ると、俺が俺でいる、相手が相手でいる。
接点はあるかもしれないし、ほとんどないかもしれない。
接点がない相手に無理に接点を作る必要があるだろうか、どちらかにそうしたい気持ちがあれば
歩み寄るだろう、必要が無いなら近づかなければすむこと。
これはおかしい?必要性って物はあるけど、不必要なのに近づく必要は無い。
自分には接点は無くても、遠いどこかで繋がったりして無関係ってわけでもない。
意味不明だろうなw
>>56 人が人の役目にたちたいのは、自分の存在意義を高めるためでもあると思う。
甘えるよりは甘えさせることのほうが意義が多いのと同じ感覚かもしれないし、
自分自身の安心も深まるのは間違いなく誰にでもありえる。
自分ひとりで長く家にいるのと、人と接する中で自分の存在感を感じることでは天地の差が付くし。
前にもそんなようなレスしたかもだけど、人には人の役割とかがあって、何をしてたら万全とかは無いから。
その人なりの役回り、自分に合った役目って言うのかな、特性とか特技、性質、そんなものをみつける為にみんな悩むんだとおもうし。
悩みと捉えるか、考えると捉えるかも心の状態だろうけど、考えることは行動に繋がるし、行動は自信に繋がる。
>>57 そう考えられた時点ですでに変わったかもしれない。
いきなり全回復は無理でも確実に回復してる。
前とは違った良い面が出つつあるかもしれない。
何が良いとか、どうでなければいけないって形も不必要な場合もあるのじゃないかな。
ありのままの今の自分がどうやって何をしたのか、自分なりの頑張りが少しでも出来たか。
頑張りって言葉も難しいけど、がんばる為の前の段階をがんばることにも意義はある。
諦め、自己嫌悪、自己不信、そんな状態に置きつつけることが一番自分の為にならない。
前向きってのは、どうしたらそういう状況に出来るだけ居ずに済むかなってことを多く考えられることじゃないかと思う。
みんな些細なことでも悩んだりするし、大変なことでもあっという間に解決して見せたりするものだよ。
病気の人の本当の気持ちは病気の人しか理解できないなら。
病気の人は他の病気の人の気持ちを理解して上げられる。
弱さを感じる人は弱い人を、強いといわれる人は強いといわれる人の弱さが分る。
慰めあうのとは違った慰めを知れば徐々にでも強くなれるのかもね。
慰めってのも言葉悪いけど、本当の慰めは理解することなのかもな。
人が神を信じるのはある意味簡単だよね。
信じないほうが難しいともいえるかも?そうでもないかw
でも、人が人を信じるのって結構簡単じゃないし、すがってばかりいたら嫌われるでしょ。
人を信じて上手くやっていくことを真剣に考えることって意味深いと思うな。
自分が人から信じられるってことも含めて。
63 :
まい:2006/07/22(土) 22:54:25 ID:fL6l0Bj1
>自分には接点は無くても、遠いどこかで繋がったりして無関係ってわけでもない。
>人には人の役割とかがあって、何をしてたら万全とかは無いから。
>何が良いとか、どうでなければいけないって形も不必要な場合もあるのじゃないかな。
>ありのままの今の自分がどうやって何をしたのか、自分なりの頑張りが少しでも出来たか。
>本当の慰めは理解することなのかもな。
そうだね。
>人を信じて上手くやっていくことを真剣に考えることって意味深いと思うな。
神を信じるより、人を信じるほうが難しいってね。
人間は神像を自分に都合よく描いているからね。
現実に上手くやってる人のほうが、法則を体現してるのかも?
そういう意味では、私は不器用だな。だから自分で自分を慰めるのか・・。
64 :
まい:2006/07/22(土) 22:57:37 ID:fL6l0Bj1
だから、プラス思考なんてお題目でさ。実際はすごく人間に対して恐怖心を持ってる。
りょんさんの自分に対する信頼感はすごいな。
絶望する現実って無いの?ちゃんと消化して乗り越えてこれたの?
65 :
まい:2006/07/22(土) 23:09:50 ID:fL6l0Bj1
人の温かさを(神の創造)信じて、一歩を踏み出したらいいのか。
自分を守る知恵(殻?)を身に付けて、一歩を踏み出すべきなのか。
>>63 不器用だと思うならどうしたらいいかだよね、人にはそれぞれのタイプ、特性、性質とか
そういうのあるって先にも書いたけど、それこそが個性だし、「自分」。
自分を生かすも殺すも自分。自分を作ることが出来るのはやっぱり最終的には自分。
その人がしたくないと思うことを出来るようになるわけも無いんだしね。
自分はこうなりたい、こうありたい。まずはそれをしっかりと決めるべきかな。
違っても修正していけばいいんだから最終プランを考えることも無いし、今どう思うかが大事じゃないかな。
>>64 人間に対する恐怖心ってのは俺自身が持ってたこともあるし、
俺はそれをどうやって超えたかな、つか実際には超えてないかも。
本質的には信用してないし、信用するにしても今の気持ち以外は信じてない。
人の気持ちは日々変わるのが当たり前、だから今した約束も相手は今は絶対だと思っていても
時間がたつごとにニュアンスも変わるのは当たり前とも言える。
それが分かってるから約束はあまりしないし、あまりさせたくない。
してもそういうのが当たり前だから、気持ちが変わったとしてもそんなに気にしないし、
傷ついたりもしない。
だからこそ、裏切らない人とかは信用も深まるし、自分自身は気をつけようと思っていける。
諦めも前向きに生きる材料になるなら良い場合もあると思う。
本質的なことを諦めるよりは受け入れるものは受け入れるべきだと思ってるし。
>>65 >人の温かさを(神の創造)信じて、一歩を踏み出したらいいのか。
>自分を守る知恵(殻?)を身に付けて、一歩を踏み出すべきなのか。
人なんて信じられないなら信じなければいい、利用するやつもいるし、その利用ってのも悪意も無く利用してる場合も多い。
感受性によってはそういうことでさえ傷ついたりすると思うし、そんなことで自分が傷つく必要もない。
自分を守る知恵は殻のはずがない。殻で自分は守れないからね。
人を信じないことがからではなくて、信じずに人と接して生活してみたら分かる。
とことん信じないで生活しているうちにも必ず信じたくなってくる人が出てくる。
そんな時に、自分が裏切られるのが怖いなかでどうするのか。
自分がしっかり覚悟してかかればいいんだと思う。
>りょんさんの自分に対する信頼感はすごいな。
>>絶望する現実って無いの?ちゃんと消化して乗り越えてこれたの?
生まれて物心がついた時には絶望の中だったよw
そこからしたら今は余生みたいなものだw
余生でここまで来れたら今でも満足。あとはどこまで自分が出来るか試す。
世の中を舐めて生きたいのだ、大真面目にw
70 :
まい:2006/07/23(日) 14:06:43 ID:V8RMj/ZO
>自分を生かすも殺すも自分。自分を作ることが出来るのはやっぱり最終的には自分。
>その人がしたくないと思うことを出来るようになるわけも無いんだしね。
世間の価値観に縛られるよりも、自分を見つめてみる・・。
誰よりも自分のことは自分自身がわかってやらなくては・・。
>だからこそ、裏切らない人とかは信用も深まるし、自分自身は気をつけようと思っていける。
>諦めも前向きに生きる材料になるなら良い場合もあると思う。
人の心は移ろうもの。期待しないで流れに任せる諦めね。
>とことん信じないで生活しているうちにも必ず信じたくなってくる人が出てくる。
>そんな時に、自分が裏切られるのが怖いなかでどうするのか。
>本質的なことを諦めるよりは受け入れるものは受け入れるべきだと思ってるし。
そうだね。怖くても悔いの無いように受け入れたいと思う時があるのかもね。
> 余生でここまで来れたら今でも満足。あとはどこまで自分が出来るか試す。
余生かぁ。ある意味精神の自由を手に入れたのかもね。
わたしも、そういう意味では、以前より強くなったかもね。
周りは呆れているかもダケド・・。
71 :
まい:2006/07/23(日) 14:22:32 ID:V8RMj/ZO
今の私が、病気の経験で気が付いたことといったら、
「人に親切にしましょう」と言う時に、親切にされる側の気持ちと言うのがあるということ。
親切をして幸福感を感じるのは事実なんだけど、親切をされる側は複雑だと言うこと。
素直に「ありがとう」と言うことのなんと難しいことか。
相手に邪気がないことはわかっている。世話になっている自分の姿を見たくない自分がいるのよ。
こうあるたいけど、そうできない自分がいる。そんな自分と一生付き合っていかなくてはならない。
逆に、自分の意識は「世話をする側に居たい」と望んでいるのに。
望みどおりにいかないところから学ぶことは本当に多いよね。
なぜそれが嫌なのかを認め、それから逃れられない状況というのは本当に難しい。
それでも死ななかったのは、「神様との約束」だったね。
特定の宗教でなくてもいいの。
自分の存在を祝福してくれる存在を信じたかっただけ。
いや、「役に立たない者は死になさい」なんていう神もいるのかな?
だったらわたしはアウトだね。
>>70 人に褒められると嬉しい。
けど、自分がその褒められた事に満足してなかったらあまり嬉しくなかったり、
場合によってはそれは違うと感じるだけで嬉しさの微塵も無く恥じることもあるでしょう。
自分を本当に褒められるのも自分だけってことかもしれない。
もちろん他人の評価ってのは嬉しさを倍増させたり満足感を高めてくれるものだけど。
>人の心は移ろうもの。期待しないで流れに任せる諦めね。
俺の場合には、諦めとも思ってないかもだけど。
移ろうものだから今のその気持ちで十分って感じが多いかな。
あとで心変わりされて、それが裏切りに感じそうであれば約束なんてしない。
今のその気持ちに感謝したらいいじゃん?やることやるのは常に自分で無ければけない。
それに人の気持ちは変わって当たり前。
人がそういうものだって思ってるのに、裏切られてとかいうのは自分自身の考え方の否定でもあるし。
一々そこまで難しく考えてないけどね、いざと言う時にはそういう念が起こる。
人の気持ちが変わるってのも。
変わるのは間違いないけど、必ずしも悪く変わるわけでもないんだよね。
その人の性質を知る努力ももちろんなら、良い方向へいくようにする努力。
お互いの努力があったら尚いいけど。自分からの積極的な努力が必要な場合だってある。
それでもだめなら自分の力量を上げるようにする努力もある。
>>71 俺も親切にされるのは苦手だ。
ヒフティーでいられることほど心地の良いものは無いと思う。
人に依存する人ほど、相手を裏切るってのは事実ありがちだと思うな。。。
ヒフティーヒフティーで両者に役割がしっかり分担されている関係。
人のためになんて思って行動すると押し付けになるんだよね。
相手にすることも全部自分のためであるなら、そんなに押し付けにもならない気がする。
役に立つもたたないも自分次第だね。
焦ることもないし、
どうしたら役に立てるのだろうか。そんなことを考えてみた時点で
志は一段上がったともいえるかも?
76 :
まい:2006/07/24(月) 16:25:07 ID:WNfJUN26
>今のその気持ちに感謝したらいいじゃん?やることやるのは常に自分で無ければけない。
うんそう思う。
>人のためになんて思って行動すると押し付けになるんだよね。
>相手にすることも全部自分のためであるなら、そんなに押し付けにもならない気がする。
そうだね。
>どうしたら役に立てるのだろうか。そんなことを考えてみた時点で
>志は一段上がったともいえるかも?
これはちょっと違う。わかってもらえるかわからないけれど、別次元の勉強っていうか・・。
もともと内向き目線を持った人が、外向き目線になって行動を始めたというのではなく、
(もちろんこれも立派なんだけど)
外向き目線の人が行動が自由にならないとき、その生きる意味を見つけることが出来るのかって話。
私の個人的な勉強なんだけどね。自分のそれまでの傲慢さに気が付かされたよ。
花や、小鳥の素晴らしさに憧れていたけれど、草や小石の存在も意味あるものなのかなって
感じるようになった。
・・が出来たら感謝する。ではなくて、ただ存在に対する感謝ってあるんだなぁって、実感した。
>>76 そっか。
その状況、状態にもよるけど。
それでもやっぱり自分ならではの出来ることも幸せもあると思う。
ただ存在に対する感謝さえ実感できるなら物事の多くに感謝も出来るでしょう?
心ってのも常に自分の状態において在るものなら、それでもやっぱり自分に枠を設けずに
考えていくことが幸せや存在の証明になるんじゃないかな。。。
何かをして上げてるようであっても、何かをしてもらってるってこともある。
心の状態を脅かすものは極力遠ざけるか、または前にまいさんが言ってたような不感症にあえてなってみる。
掲示板で言えばスルーも大事ってことか?w
なんでもかんでも受け入れる必要もないし、かと言って避けてばかりいても成長しない。
やっぱりバランスなんだ、その人その人のバランス。
それが共感できれば心地よさになるんじゃないかな。意味不になってたらごめんなさい。
さて、帰宅したら新しいスレ立てよう。
しつこいやつだけは本当嫌いでね、うんざりするw
マナ識かあ。
またしてもマナ識ってのを感じる。
人の目も思考もマナ識からは逃れられないんだろうね。
それでも自分の今の思考で考えることしか出来ないからね。
振り返ることの大切さも感じる。
良心について考えてみた。
その人の常識の概念の上になりたつことはもちろんだけど、
子供の視線、好きな人の視線ってのも一つの線引きになる気がした。
子供の前で堂々とやっていいことなのか悪いことなのか、
好きな人に見られても恥じないでいられるものなのかどうかとか。
人の日常は小さな成功と小さな挫折の繰り返し。
バランスを崩して小さな挫折がわに傾くと、挫折感、自信喪失、自己嫌悪、
焦燥感、最終的には負け犬魂が身につく。
習慣性を持つことなので自分自身を出来る限り客観視すること、正しいと思える行動を
することなどは必須になる。
82 :
まい:2006/07/25(火) 14:28:26 ID:vim+ra8r
>心ってのも常に自分の状態において在るものなら、それでもやっぱり自分に枠を設けずに
>考えていくことが幸せや存在の証明になるんじゃないかな。。。
>何かをして上げてるようであっても、何かをしてもらってるってこともある。
そう。どっちが良い悪い。どっちが損得。ではなくて、複雑な縁が働いているよね。
いろんなことがあるけれど、だれか一人だけが悪いなんてことはないものね。
>しつこいやつだけは本当嫌いでね、うんざりするw
結構、そのような人の寂しさも感受するんだよね。頑固者だと言う側面もたしかにあるけどさ。
ちょっとジェラシーなのかもよ。
>それでも自分の今の思考で考えることしか出来ないからね。
>振り返ることの大切さも感じる。
そう。あとで振り返ったら恥ずかしかったりして・・。若気の至りということで
許し許され・・。
>子供の前で堂々とやっていいことなのか悪いことなのか、
>好きな人に見られても恥じないでいられるものなのかどうかとか。
昔は、「お天道様が見ている」って言う言葉があった。無人の野菜屋さんがなりったっていた
風土だもんね。
あなたにとっての「お天道様」が近くにいることは、幸せなことだよね。
>正しいと思える行動をすることなどは必須になる。
自分で自分を裏切らない。後悔はしたくないから。
>>82 それでも俺は損得主義者でもあるけどね。
損得と言ってもその縁を生かしたりお互いの向上に繋がるような損得。
意味不かな。
寂しければ正しいのでは無いでしょ?
その人なりの対応でいいんじゃないのかな、見え方は人それぞれであるなら、
俺は俺の見たもの感じたもので動く。その結果反省するなら反省するよ。
もちろんそういう意見を聞けば何かしらの影響はあるかもしれないけど、
この場合はないかもしれないw
ちなみに俺には子供はいないけどね、毒だし。
ただ、子供の目とかってのは大事にするべきだと思うよ。
84 :
まい:2006/07/25(火) 15:06:38 ID:LekYlqMf
>それでも俺は損得主義者でもあるけどね。
その時点では、どれが損でどれが得なのかもわからないときがあるんだよね。
>寂しければ正しいのでは無いでしょ?
売り言葉に買い言葉で、正しいとは本人も思ってないのかもよ。
もがいてるって言うのか、素直になれないっていうのか。
わたしの見え方だけどね。そういう人もいるっていうダケ。
>ちなみに俺には子供はいないけどね、毒だし。
どゆこと?
>>84 うん、だから結局は損得勘定も当てにならない。
日頃から物事の本質と思われることを、
探りつづけて動けば損はし難いってことかな。
女性的感覚だね。。。
おそらく自分でわかってやってるよ、だから余計に意味なしでしょ。
別にもがいてるとは思えないけど、まあ俺としてはその流れで占領するのをやめてくれって
言ってるだけのことだからね。
あまり続くならどんどん別スレ立て続けてみるか?板でガタガタ言われるまでw
まあ、それは冗談として、押してだめなら引いてみなとかさ、釣りには釣りでとか。
そんな感じ。あんなレスに対抗するには感情剥き出しくらいの方がいいんじゃない?
次の手の案もあるけどね。。。
毒ってのは毒男。独身男のこと@2ちゃん用語
損得論として、ほんとの損得は損をして得を取れじゃないけど、
そういう結果に思えることが多いと思う。
目先の損得を得ようとすれば、結局は損にしかならない。
とすれば、物事の本質を突き詰めていくしかない、得するために。
女性的感覚で思い出した。
俺の厨房時代の英語の女の先生が、
世の中から男がいなくなれば戦争はなくなるって言ってた。
女は命を尊ぶ生き物、男は戦争を好む。女が戦争をする時代になったら
止める人もいなくなるから世も終わりだ。みたいなことだったか?忘れちまったが。
宗教関係なく男がいなくなればって意見も有るってことだな。
でも、今は女も戦争する時代になってきてるし、そこに宗教まで絡んだ日には相当やばいかもね。
88 :
まい:2006/07/26(水) 12:02:02 ID:5rwWgP/8
男女論といきますか。
男も女も、互いを意識しあうことで磨かれるのかもね。
スゴイヨ、女子クラスって。女性だけの職場もね。
逆の意味では、男の目がない分戦いが無くってのびのびしてるのかな?
油断していたら足元をすくわれるというおそろしさが・・。
女子から男子をみると、上下関係、力関係が厳しそうだよね。
まるで猿山。
良性の遺伝子を残すことに必死。みんな戦いながら大きくなるのね。
89 :
まい:2006/07/26(水) 13:37:32 ID:5rwWgP/8
毒かぁ、今から出会うんだね。楽しみだね。
ずっと毒のままだったとしても、自由の中で出来ることもたくさんある。
家庭があると、ある程度行動範囲も限定されるからね。
社会の牽引車となるか、足元を固める役割となるか。
夢もいろいろあったけどね・・ココに落ち着いているのも不思議な縁だとしか思えないね。
(なぜここにいるの?どこでまちがったの?なんて閉塞感もずいぶん長かった・・)
ご先祖様の守りとかは・・信じる?
>>88 ある女子大学が共学に切り替えた時の4年生が同じ敷地に男がいるとなっただけで、
それまでものすごい男っぽくてがさつだったのに、態度ががらっと変わって女っぽくなったとかw
男の世界では職場でも戦場に例えたり戦士に例えたり、そういうのも好きだし実際にモチベも上がるし。
サル山ってのはちょっと皮肉に感じるけど^^;
一応ちゃんとした組織であれば大将はサル山のサルよりは。。。って書くと猿もしっかり統率は取ったりしてるのか。
でも猿にはできないことをたくさんやってるよw
>>89 俺は独身主義できたけど。。。
出来れば独身でずっといたい。
将来何になろうかなーみたいな発想はいくつになっても必要に思うかな。
このまま進むんだなーとか思ってるとだれたり慣れたりしがちだし。
そのものの価値も見失うことが多いのだな。これは仕事だけのことじゃなくてだけど。
92 :
まい:2006/07/27(木) 11:45:06 ID:+d+uOVLH
>>90 さるよりも・・きっといろいろな人情物語や、サクセスストーリーがあるんだね。
物造りやふれあいなど、社会的に貢献しているんだろうね。
>>91 独身主義?りょんさんにとって、女性ってどういう存在なのかな?
パートナーって考える人も居るだろうけど、一人ではなく多数の女性を幸福に出来る人だったりして。
人類愛について考える人だったら、パートナーと二人三脚とはいかないのかもね。
そうそう。凡人は、異性に必要とされていると思うと、思わぬ力が出るのかもね。
そういう意味で異性は必要ない、自立した人もいるんだろうね。
いくつになってもスキルアップは出来るよね。
一つのことをずっと続けて得られる名人芸のようなものもあるだろうし。
新しい体験で、以前は知らなかったことに気が付けるのも、生きている楽しさだよね。
>>92 んー、猿山の猿と比べて何が優れてるのだ?って考えたら一瞬と惑ったw
けど、猿よりは建設的で発展的でとかいくつでも優れた点もあると気付いた反面、
猿山にも見習うところがひょっとしてあるのか?とか思ったりした、面白いw
物作り、ふれあい、社会貢献でなければいけないって部分をしっかり意識していかないとね。
独身主義のところは。。。徐々に意識が変化しつつあるのも感じてはいるけど。
自分がある程度の形を決めるまでは出来るだけ自由がいいなあ。
そういう事にも色んな意見があるのはわかってるけど、俺としてはそう。
形がつけられなかったら障害毒でもいいし、まあ、あまり深く考えないでその時その時って思ってる。
異性が必要ないってのは俺に当てはまらないから矛盾もあるんだよね。
極める人もいるし、でも可能性とか発展ってのは追及すべきと俺は思ってしまう。
追及する人しかいなくなったら広がっていかないもんな。
でも、追及する人は深く深く追求してそこに発見を求めてるんだろうな。
一生懸命物事を行える人になれば、同じ事なのかもね。
障害毒×
生涯毒○ でし。。。
>>89 >ご先祖様の守りとかは・・信じる?
これに返事するの忘れてるの思い出したw
先祖の霊とかそういうのは信じてないと思う。
けど、先祖に対する感謝とかは今生きてるものとして大切なことだと思う。
墓参りってのは習慣になくて生まれてほとんど行ったことないけど、
でも父を亡くして以来は時々行こうかなと思うことがあったり、行ったこともある。
不思議なことに霊を信じていなくても霊を信じたくなるような感覚もある。
96 :
まい:2006/07/27(木) 19:08:07 ID:43WzX+cW
>異性が必要ないってのは俺に当てはまらないから矛盾もあるんだよね。
きっと出会いっていうのは、深く考えなくてもある日突然なんだろうね。
ま、その不思議を忘れて、現実にはこまごましたことに悩んでいくんだけど。
お互い角があるからこそ磨きあうってねw
誠実であれば・・同じ価値観の人がその良さをわかってくれると思う。
そういう人を呼んでいるのは、そういう自分なんだろうね。
そういう意味では、良い恋愛をしてきたなぁと思う。(出会いに感謝
>けど、先祖に対する感謝とかは今生きてるものとして大切なことだと思う。
>不思議なことに霊を信じていなくても霊を信じたくなるような感覚もある。
どうしたら霊にコンタクトを取れるのかとか、霊には守る力があるのかとか、
眉唾もので、本当のところはわからないけれど、感謝する思いは大切だと思うし、
その心のゆとりが運命にもプラスに働いているのかもとは思うね。
まずは、自分の命の肯定が基本だと思うから。
97 :
まい:2006/07/27(木) 19:20:08 ID:43WzX+cW
そうそう。私の死んだ婆ちゃんが、私の朝方の夢に現れてねぇ、
「幸せにしているかい?守ってあげるから大丈夫だからねぇ。」
って、お守りを私の胸に当ててくれた・・。
その数時間後、船の衝突事故でずぶぬれになって夫が帰ってきた。
「あら、このことだったのね。」
って、私が言ったからびっくりしていたよ。
水に落ちたときに、スローモーションで冷静に行動できたって言ってた。
同乗していた人も全員無事で良かったです。
関連性は無いのかもしれないけれど、私にとってはいい出来事でした。
過信はしないようにはしてる。良かったり、悪かったりだもんね。
いや、どっちかって言うと、何でも良かったのかもって考えるほうかな?
こういうのオカルトって言うのかな。興味なかったらスルーしてね。
>>96 俺も良い恋愛はしてきてるよ。
つか、良い相手には恵まれてるってことか。
俺自身はそっち方面は今はあまり深く考えたく無いな。
必要が生じた時には逃げずに考えてみるかって思ってるけど、でもどうなんだろ。
心のゆとりって言うのは相乗効果をもって力を発揮するものでもあると思う。
これは実感できること、宗教者もきっとそういう実感を感じられる部分があるから、
その宗教を信じていられるんじゃないかとも思えてきてる。
正しいとかそういう事ではなくね。
>>97 そうなんだ。
俺が霊を完全否定できない理由は俺自身にも不思議な体験があるから。
霊は信じたくない自分がありながら否定も仕切れない自分もあるw
でも、俺としてはその不思議な体験を自分なり解釈してみてるのだけど。
まいさんのケースには当てはまらないw
さらに話が逸れますがw
昔の書物には当たり前に妖怪とか出てくるでしょう。
そんなのいるわけないし、それはどういう現象をこう言ったのだとか解明されてて、
それはそれで大事なことだけど。
でもその時代には妖怪が生きていたのだ。もちろん本気で言うのではなくそう思ってみる。
人の概念意識の中に本当に生きてたんだから、そういうのは好きでもある。
いつの時代にか、今を神が生きていた時代って考えるときが来るのかなとかも思う。
101 :
まい:2006/07/29(土) 12:07:36 ID:u4s/2R2Q
>>98 ごめん。深く考えたくない話かもしれないけど、一般論として、男性の気持ちを聞いていいかな?
「男女の関係」って、複数と出来る?結婚を考えていなくても、切り離して考えられるのが男なのかな?
「男女の関係」ではなく「人間関係」だったら、男女の別は無くいい関係でいられるんだけど、
男にとっては、私に個人所有の女でいて欲しいみたいだから、社会的に人間で居たい場合は、
個人所有としての妻になる道は諦めるしかないのかな。
もちろん、その社会的な価値を理解してくれる男がいれば別なんだろうけれど、一般的には少ないかな?
で、一般的な結婚をしたわけですが・・。
社会的な自分と、女である自分を両立する器もないし、女であることを生きることを選択したわけです。
女である自分というと・・性と命を別には考えられないんですよね。
だから、結婚と言うシステムは必要かな。性が関与すれば、保護してくれるシステムは必要になると思う。
これは女の防衛本能?男から戦い取る(化かしあい?)しかない?
102 :
まい:2006/07/29(土) 12:18:24 ID:u4s/2R2Q
>>99 命拾いは何度かしました。
今のところ、まだ死んじゃいけないってことかな?
>>100 妖怪か・・不思議だよね。そういうのが身近だった時代なんて。
でも、現代人よりずっと感性が豊かだったのかもね。
古いものに宿る命なんていうじゃない?子供のころから親しんできた人形や愛用品と
別れるさみしさ・・なんて感じると、ただの物ではなくて、何か命を感じるよね。
ありがとう・・や、さよなら・・。
怖いものとして捉えるのではなくて、ほんのちょっとのぬくもりの交流があれば、
それでいいんじゃないかなって気がする。
現代は未来にどう残っていくんだろうね。
>>101 一般論というよりは終えの考えでしかないけど、
男は基本的には誰とでも気持ちがなくても出来る。
女でもそういう感じの人もいるけど、女のほうが情が入りやすかったりするし、
本当に気持ちの切り離しができるのかは謎。
男女間の友情みたいなのも、女性が意識しないでいられるのに対して、大抵の場合は
男は女を意識してることが多いと思う。男らしく感じられる人ほどそれは強かったりするのかも?
男ってのは女性に対してこうあるべきとか、良くも悪くも意識もってる場合も多いからね。
独占欲は男よりも女のほうが強い気はするけど、形としては男は外交的でも女は家庭をみたいな考えも根強いんだろうね。
それに、男にとって、女性にそういうのを望んでない場合に結婚にメリットが少ないのも確か。
嫌な考え方かもしれないけど。
終え、間違い。
俺、が正しい@↑
正直、女性はある程度の形を作って持ってるほうが無難ではあるけど。
この無難ってのは世間体とかではなく、女性の気持ちの部分においても。
でも、自分のやりたいことを犠牲にするのかとかとなると。。。問題が違ってくる。
男の方が何かと道を選びやすいのはあるよな、とは思う。
難しいね。
>>102 自然には偉大さと神秘さと。
人が作ったものには作った人の気持ちが込められてたりとか。
まあ、嫌々作られたものの方が多いのかもしれないけどね、
仕事でとか、機械が作ったとかw
車なんかだと気持ちが入るな、俺は。
愛車なんて言葉普通にあるし、車に気持ちが入る人って意外といるんじゃないかな。
人から貰ったプレゼントとか、そんなのにもそのものに込められた思いとか。
作ってもらう料理とかも同じ感じかな?
物を大切にする気持ちとか本当に素朴なこととして必要でもあると思うかな。
乱暴な扱いする人は何かと他の面でも粗野になりがちだしね、人となりの現われにもなりえるのかもね。
全ての道はローマに続く、拡大解釈で物事の一面はその全ての表れにもなりえないだろうかって視点。
もちろん決め付けはだめなの分ってるけど。自他ともにそのあり方の確認の為にとか使えないかな。
106 :
まい:2006/07/31(月) 00:59:58 ID:VNi+Oi3M
>>104 >でも、自分のやりたいことを犠牲にするのかとかとなると。。。問題が違ってくる。
>男の方が何かと道を選びやすいのはあるよな、とは思う。
やりたいことって、男も女も脳の造りからはそう違わないんだろうけれど、身体の造りから、
働きは違ってくるよね。
女は花。男はミツバチかな。
花の魅力を利用して、子孫を繁栄させていくしかないのかもねw
男は無自覚にあっちコッチでいいにおいに誘われて、花粉をくっつけているだけで、
責任なんて発想は、本能的には無いのかもね(笑
107 :
まい:2006/07/31(月) 01:10:31 ID:VNi+Oi3M
>>105 >物を大切にする気持ちとか本当に素朴なこととして必要でもあると思うかな。
>乱暴な扱いする人は何かと他の面でも粗野になりがちだしね、人となりの現われにもなりえるのかもね。
思いと行動は繋がっているってね。
でもなぜか思わぬ方向に進んでいって、無意識の影響や、カルマの影響を言う人がいるわけで。
本当に、善悪の判断なんてほとんど共通しているんだけど、皆が思うように正しい行動が
出来るわけではない。
殺人事件なんて・・する人は正当化した上でしているわけではないものね。
悪魔のせいにすることも出来るけれど、それだけじゃ思考停止で救いが無いよね。
そこから生まれ変わることが出来るのも人間だろうし・・人の一生には、いろんなパターンがあるんだろうけど。
あつくてばて気味。
夜にきますねノシ
>>106 女は花、男はミツバチ?
男がそれ言うと女性は反発しそうだし、
最近だとへたな男より女性の方が仕事に情熱注いでたりするねw
俺としては、男女に特性による差はあったほうがお互いのためだと思ってるけどね。
でも、やっぱり主張の巾は男女ともに広がってきてるから一概には言い切れないのかな。
いずれにしても今は中途半端的なものを感じることは多いかな。
>>107 無意識の影響って言うのが潜在意識の影響。
日頃思ってることがとっさに出がちなわけで、
どうしてそんなことをしたのかわからないって言い訳しても、
実際にはその人の深層心理的には理由があることが多いだろうな。
その深層心理を自分自身で出来るだけみつめて、悪い要素があれば排除していく。
いずれにしたって、自分のみを省みたり人との中で修正していくしかないのだろうね。
悪魔だとかカルマだとか、そんな言い訳するとしたら、それも宗教の悪い面なんじゃないかな。
俺が思うのは全てのことは自分で解決できる。
もちろん自分独りだけってことではなく、人と接したりする中で。
人の意見や力が必要だとしても、自分の心の問題の解決は最終的には自分にしか出来ない。
宗教的な要素と交えて書いてみると。。。
潜在意識に「〜したほうがいいからする」と刻んだとする。
この表現には「本当はこうしたいのだけど、〜したほうが」って本当ってのが隠されてる。
これでは潜在意識に刻まれるのは本当はこうしたいって部分で、
顕在意識で〜した方がいいと思ってることになる。
宗教の信じるっていうのもこんな感じなのかな?本人が自然に心からそうした言って思わない限り
潜在意識の無限の力は引き出すことは不可能。。。
この潜在意識の力こそが無宗教者の宗教であり、
宗教そのものが起こった原因ではないのかとさえ思えるくらい、実感も可能なもの。
112 :
まい:2006/07/31(月) 22:22:27 ID:icZSuCJ/
>>109 >最近だとへたな男より女性の方が仕事に情熱注いでたりするねw
そうだね。でも、出産を男に代わってもらうことは出来ないから、少子化は避けられませんね。
いや、科学が進んで、男の腹でもそれが可能になるかもw
>その深層心理を自分自身で出来るだけみつめて、悪い要素があれば排除していく。
>いずれにしたって、自分のみを省みたり人との中で修正していくしかないのだろうね。
>この表現には「本当はこうしたいのだけど、〜したほうが」って本当ってのが隠されてる。
>この潜在意識の力こそが無宗教者の宗教であり、
>宗教そのものが起こった原因ではないのかとさえ思えるくらい、実感も可能なもの。
すごいね。自分の実感に正直になるって言うことだね。
先に「〜した方がいいという情報、既成の価値観」で、行動を選んでしまう不自由さに
縛られているというのはあるよね。
宗教に限らず、金銭崇拝や学歴偏重でも。
113 :
まい:2006/07/31(月) 22:38:59 ID:icZSuCJ/
自分は病気で苦しんでいると思っていたけど、病気の自分は惨めだと言う思い込みに苦しんでいたんだよね。
家から出られない自分は、運命に閉じ込められてると感じていたけど、
他の人に任せられない自分が、外に出ないことを選び取っていたんだよね。
そのことに気が付いたとき、自分は実は自由の中に居たんだと、世界が変わった。
もちろん、アレもこれもと物理的に欲張ることは無理だけど、選択は自分がしていたんだなと気が付いた。
>>112 〜した方がいい。この〜の内容だよね。
例えば、仕事で考えると、本当は遊び重視で生きたいけど、仕事をしないと。
普通に考えても、これで仕事に身が入るはずがない。
で、目標的なものとしても、根が仕事好きじゃないのに仕事に対する前向きを潜在意識に刻むことはかなり難しい。
出来ないわけでは無いのだけど、そこを自覚できていないではほとんど無理に近くなるかも。
人間には必ず成し遂げる力がある。これを信じられて、自分を信じられて、方向性が正しくあればかなり進める。
でかいことをやるならもちろんその下準備も必要だし、仲間を信じることも大事になる。
この場合の信じるってのも、頼るのではいけない。信頼して分担して任せる。みたいな?
この板でそういうのも実感しやすくなって来れる気がする。
>>113 病気のことは俺には自分の事として理解することは出来ないけど。
でも病気の苦しさはきっとあると思う。
病気そのものの苦しさ、風邪引いただけでも苦しいし、
高熱でもでれば死ぬ病でもないのに死ぬかと思うほど苦しかったりする。
精神的にも不安は強くなるし。でも惨めってのは違う。
病気なのに堂々と健康な人より強い人もマジで居るし、見たし。
病気の人が健康な人に適切なアドバイスも当然に出来るし、なんで惨め?
卑屈になることは絶対に間違ってると思う。
人に任せて動くのがいやだったら。。。どうしても嫌だったら、自分ひとりで動く術を身につける努力をするとか。
人とは言っても気兼ねする必要のない人間に任せられる状況を作るとか。
人の努力は不満から始めると言っても間違いじゃないくらいなんだし、不満は前向きの材料。
その状況なりの甘えではない不満に対する努力を考えるだけでもきっと変わる。
まいさんは、前向きになれてるから大丈夫だね。
人間が惨めにならないためには、やるっきゃないと思いません?
俺はやる。
金銭崇拝ってのは。
金の亡者じゃ困るけど、金を作るってことは大事なことじゃないかな。
正しい方向性で金を作るには社会奉仕してるってこと。
作った金は好きに使えばいい。人のためにだって色んなことできる巾は広がるし、
自分の満足を得たい人は得ることも可能になる。
そこであまり妬まれたりすると落ち着きを無くすかもしれないけど、
バランス感覚はそういうところでも大事な気がする。
金がない理由で卑屈になったりするなら当然にあったほうがいいしね。
金を目標にすることもぜんぜん悪いことではないと思ってる。
118 :
まい:2006/08/01(火) 23:14:11 ID:goZyC1L2
>>115 >人の努力は不満から始めると言っても間違いじゃないくらいなんだし、不満は前向きの材料。
>その状況なりの甘えではない不満に対する努力を考えるだけでもきっと変わる。
そうだね。でもなかなか、これだっていう方向性を見極めるのは難しいよね。
不安を打ち消しながら、思いをプラスに保っていくのは難しい。
まじないでも暗示でもいいから、何か良い方法がないかと考えてしまうよ。
>>117 >正しい方向性で金を作るには社会奉仕してるってこと。
>作った金は好きに使えばいい。人のためにだって色んなことできる巾は広がるし、
>自分の満足を得たい人は得ることも可能になる
もしあったら・・って考えるけど、無いときには結構奇麗事を想像するけど、
いざあったら、手放せないほどせこい人間なのかも。
神様はせこい人には金を持たせて、心の美しい人には金以外のもので表現することを
試しているのかもw
私の心がどっちのタイプなのか持ってみたことが無いからわからないけど、
今あるもので精一杯出来ることをやってみるしかないのかもね。
何も無いという人にも笑顔がある・・ってね。
それじゃぁ笑顔崇拝か・・。
金で人の頬を叩く奴も嫌われるが、へらへらした奴も嫌われるかな。
自分の居場所を失わないために笑ってるだけかな。もう疲れちゃった・・。
んん。
疲れてるね。
人の気持ちは揺れてあたりまえのものだし。
環境にも左右されるし、今のまいさんが環境を自由にすることが出来ないとすると、
辛い思いもあったり自信を無くしたりするのだろうね。
不安って書いてるけど、その不安は見えてる不安なのかな、それとも漠然としたものなのかな。
まあ、焦らず、まずは回りに接している人とのバランスをつけることだろうね。
時にはあわせたり、時にはぶつけたり、かならず良い方向に行くと信じて接してれば
いつのまにかでも少しずつでも変わってくるんじゃないかな。。。
120 :
まい:2006/08/02(水) 16:19:09 ID:MPV68oa3
>環境にも左右されるし、今のまいさんが環境を自由にすることが出来ないとすると、
>辛い思いもあったり自信を無くしたりするのだろうね。
ありがとう☆健康が一番大事だよね。
「希望や祈りは叶うのだろうか・・」という点。
健康が叶わないと、お金も得られない。子供の夢をかなえる手伝いが出来ない。
ま、それが惨めってことかなぁ。
現実的な欲って、いろいろあるよね。
心配しても望んでも仕方ないとか・・やっぱり、猫としてじゃなく、母親としての
役割を生きたい自分があるんだろうね。
以前書いたけど、「世話する側にいたい」ていうのは、相手は自分の子供。
抱っこもおんぶも遊びに連れて行ったりも出来なかったからね。
こんな話ばかりでごめんね。
でも、今は辛さから逃げないで、ここから何かを学ぼうと思う。
>時にはあわせたり、時にはぶつけたり、かならず良い方向に行くと信じて接してれば
>いつのまにかでも少しずつでも変わってくるんじゃないかな。。。
りょんさんの励ましを信じてねw
身体が健康じゃないと何かと心にも支障は出やすいかもしれない。
心も身体も一体だしね。
でも、身体の状態がそれを維持しなければならないとして、支えられるのは心しかないかもしれないね。
>子供の夢をかなえる手伝いが出来ない。
これは絶対に違うと思う、手伝いは今のまいさんにだって出来る。
子供が一番親に求めるものは直接的に手伝ってもらうことなんかじゃないし。
母親としての役割っていうのも決まった形を望むものではない。
何よりも大事なのは親として見守ることと、幼少時にはぬくもりかな。
ぬくもりもおんぶにだっこでしかあげられないものではないし。
なんだったら抱きつかせればいいw
俺は親のぬくもりなんてほとんど記憶に無いし、親の存在は恐怖だった。
健康な親を持てば子供は幸せじゃなくて、子供にとっては親が親らしくないことが不幸だ。
自分を恐怖させる存在であったり、理解者でなかったりとか。
宗教でも何でも願いや祈りは自分の心でしょ、子供を思う心があって、それで接していれば
子供にとってはそれが何より一番大事なこと、それ以外にももちろんいろいろ出て来るとは思うけど、
子供は親がなくても育つってのは本当のことだし、最終的に感謝するのは親としての親らしい存在だと思うよ。
122 :
まい:2006/08/04(金) 16:27:10 ID:Tp+LogsY
>宗教でも何でも願いや祈りは自分の心でしょ、子供を思う心があって、それで接していれば
>子供にとってはそれが何より一番大事なこと、
そうだね。自分にできる精一杯を見せることでもいいのかな。
「成功しなくちゃ褒めてやれない親」とは、違う姿を見せることもある意味無駄ではないのかもね。
我が家は、自分に出来る精一杯のハードルが低いわけだが・・どう思います?
前向きな人にとっては、負け惜しみにしか見えないだろうか・・なんて、卑屈なことを
思うわけですが・・以前の私は、そんな弱者の気持ちが理解できなかったから。
一生のうちに、以前とはまったく違う境遇で違う気持ちを味わって、少しずつ幅が広がっていくのかな。
そういう未知の世界が広がっていると考えたら、生きていくのも楽しみだと思えるね。
焦る時も、泣きたくなる時もあるけど・・もがいても仕方ないよね。
うん。
その人の考え方もあるとは思うけど。
子供が親に望むことが現実的、実際的に金銭や形で望むなんてことをどう思う?
過保護にしてその子供が本当に自信に満ちた優しい人間に育つだろうか。
まいさんは自信を持って子供の成長を助けたらいいのでは?
絶対的に見方でありながら、しっかりと自分の気持ちだけではなく、
叱れるような親というのは中々状況に関わらず難しいんじゃないかな。
成功と言う考え方も、そもそも成功とはなんだろう。
絶対に金だけではない。俺の自論は金も絡むけど、でも金に執着しては本末転倒。
金って言うのは手段、手段は人それぞれにあるもの。
でなかったら、金のない人は欲しても得られないことになりかねないしね。
続く。
ハードルが低いというのは意味合いがよく分らないけれど。
でも、ハードルの高さと言うのもその人の状況によっては、
低いはずの物だって普通以上に高いものにもなるもの。
自分なりの精一杯とはそういうことじゃないかな。
他人の目をそういうところで気にするべきではない、自分の有り様を知るためには
人の目も大事だけど、人と合わせる必要は全くない。
人と同じ環境に育たなかったからこそ、人には思いもよらない結果を出せることのほうが多い。
普通では普通になる可能性が高い、色んな見方があるんだからさ、その中での精一杯に優るものは無いんだと思うよ。
卑屈になるような形で自信をなくすことが一番いけない。
御世辞じゃなく、まいさんのレスからは強さも感じる、迷うことは誰にでもあるからな。
123の見方は味方の間違い。。。
>しっかりと自分の気持ちだけではなく、
>叱れるような親というのは中々状況に関わらず難しいんじゃないかな。
自分のレスの補足だけど。。。
自分が感情だけに捉われたのではなくしっかりと子供を叱れるってことね。
127 :
まい:2006/08/06(日) 15:31:05 ID:QTaZj47w
>子供が親に望むことが現実的、実際的に金銭や形で望むなんてことをどう思う?
>過保護にしてその子供が本当に自信に満ちた優しい人間に育つだろうか。
>まいさんは自信を持って子供の成長を助けたらいいのでは?
>他人の目をそういうところで気にするべきではない、自分の有り様を知るためには
>人の目も大事だけど、人と合わせる必要は全くない。
>人と同じ環境に育たなかったからこそ、人には思いもよらない結果を出せることのほうが多い。
ありがとう。誰かにそう言って貰えると心強いよ。
一人で考えるだけだと、自己満足なのかもしれないって・・同じところをぐるぐる回っちゃう。
りょんさんに相手をしてもらいながらも、実は迷惑なのではないかと不安が一杯。
気が付いたところがあったら、きつくてもいいのではっきり教えてくださいね。お願いしますw
私も少しずつ自立していけそうな気がしています。
ところで、気分が変わって、初めて健康雑誌なるものを買ってみました。
「目が良くなる」とか「腰痛に、ヒップアップにいい」とか「免疫力強化」などに
引かれて買ったんですけど、マッサージとか民間療法のようなものなんですが、
面白い内容がありました。(どれだけの人が信じてやってみるんだろう???
「病気や身体の不調は、『本質的な意識』に気づかせるための宇宙からのメッセージ」
128 :
まい:2006/08/06(日) 15:46:00 ID:QTaZj47w
<続き>
通常私たちが、ものを考えたり行動したりするとき働いているのが「顕在意識」です。
ちなみに、顕在意識の下に隠れた「潜在意識」もあります。一般に知られる「意識」は
この二つですが、本当はもう一種類あって、それは日本語で言う「魂」に近い「本質的な意識」です。
この本質的な意識が、じつは宇宙からの情報を受信する”アンテナ”役をしています。
しかし現代人の多くは顕在意識が不調和で、そこからゆがんだ振動波が出ているので、
その干渉波によって本質的な意識の振動波もゆがんでいます。
それで情報が受け取れないのです。すると、ますます顕在意識が調和を失い、悪循環に陥ります。
・・・・で、宇宙からのメッセージを受け取れるようになるように、「ある絵」を見つめると良いんだって。
これを言ってる人は、元建築家らしいけど、今では宗教家としてやっているのだろうか・・?
顕在意識と潜在意識と超意識ね。
意識は1つだと言う考え方から今のところ3つまであると思う。
俺としては別に3つあっても良いと思うかな。
信じることによって努力できるのであればそれを信じたっていいじゃん?
その程度の発想からだけどねw
迷惑じゃないし、俺に自論は自分の為だし。
このレスのやり取りも自分の為でしかない、同調できるかどうか。
その絵ってのは、なんだっけかな、心を込めた絵でしょ?
自然の絵だとか手のひらの絵だとか。。。俺はそういうのには取っ付かないけどね。
130 :
まい:2006/08/07(月) 14:11:25 ID:i+oGgkg9
眉唾だと思うでしょ〜〜。(私も・・
興味深い話だとは思うんだけど・・まだ、この著者が何を言いたいのかはわからないので。
純粋にメッセージを伝えたいと思っているのか、商売なのかw
ここには、宗教に対するふたつの疑問点がある。
宇宙エネルギーというのが、「神のようなもの」なのか「法則の一つ」なのか「宇宙人」なのか。
何に対する信仰なのかという点ね。
あと、人間と宇宙エネルギーの関係を信じたとして、それは著者を通してしか得られないのかと言う点。
こうなると、あやしい団体を想像してしまいますね。
でも、著者は2ヶ月で、その力を得たんだって。誰にでもそのエネルギーを実感する能力はあるのかもね。
いずれにしても不思議なこと自体を否定するのではないから、あやしいところには気を付けながら、
これからも不思議は探して行きたいですね。
ちなみに「ある絵」は付録です。コピーでもいいんだって。
意識と健康の関係かぁ。どうなんだろうね。
お盆をはさんで、しばらく来れなくなります。
主婦としての仕事があれこれとね・・。
りょんさんも暑さに気をつけて、夏をお過ごしください。
>>130 眉唾に思えるけどね。
つか、その手のものには俺は取っ付かないからな。
でも、ネットでもそんなようなのを見かけたことあるけど、そういうのを利用する人もいるんだよね。
○○パワーとか大黒様の置物とか、通販みたいなのでも買ってる人もいるみたいだし。
風水なんかもあるし、俺はそういうのもやらないけど、利用する人がいるのが面白い。
水晶とか。一種の願掛けなんだろうな、俺はライターとかに願を掛けたことならある。
気の持ちようとか決心の現しの為だと思ってるけど、それには無意味でもない気がする。
>宇宙エネルギーというのが、「神のようなもの」なのか「法則の一つ」なのか「宇宙人」なのか。
>何に対する信仰なのかという点ね。
神では無いでしょう、おそらく。つか、神だというなら怪しすぎるw
絵が法則になるとも思いにくい、宇宙人はますます怪しいw
宇宙の法則はわからんw
思い込みの力じゃないのかなあ。。。思い込みにはそこそこの自分の力を引き出す、
集中力を高めたり、邪念を払ったりの効果はあるようにも思えるな。
それは俺が信じてる潜在意識の影響とだぶるから、俺は俺の発想を超えないわけだけどね。
>あと、人間と宇宙エネルギーの関係を信じたとして、それは著者を通してしか得られないのかと言う点。
>こうなると、あやしい団体を想像してしまいますね。
>でも、著者は2ヶ月で、その力を得たんだって。誰にでもそのエネルギーを実感する能力はあるのかもね。
何かしらの気とかエネルギーがあってもそれは不思議じゃないでしょ?
スポーツ選手の超能力的な勘とかセンス。理屈では信じられないことが集中してる時には多発するとか。
そういうエネルギーがあって、それが法則性のあるものであっても不思議だとは思わない。
人間自身のエネルギー的力は可能性を考えるうえでも害はなく楽しい。
そんな力を感じた著者が本を出してるということなのかもしれない。
が、宗教的にそれを利用して金儲けしようとしてる可能性も大w慎重にねw
俺としてはそんな法則あるなら手段はそれだけじゃないとおもうし、宇宙のってことは本来は誰にでも可能だと思うから。
>お盆をはさんで、しばらく来れなくなります。
>主婦としての仕事があれこれとね・・。
>りょんさんも暑さに気をつけて、夏をお過ごしください。
ほーい、ありがと。
主婦業がんばってくださいノシ
135 :
名無しさん@3周年:2006/08/08(火) 14:59:34 ID:c7bG+cwa
a
自分に与えられた時間、環境、その他もろもろの条件。
その中に確実にチャンスも何もある。
羨んだり諦めたりする人には何も掴めない。
与えられた条件を生かして環境を作り出していくしかないのだ。
あ、これじゃん。
自分ですでに書いてあった。
他スレでの欲しいものが手に入らない時の苦痛とか不幸みたいなの。
仏陀の言葉の執着を無くせ。
一つのものだけを欲しがり、それが手に入らない時には確かに苦痛。
そこにしか幸せを見出せないと思っているならそれだけでも不幸になりえる。
でも、幸も不幸も心の状態でしかないなら。
執着を無くせば道は開ける。もっと広く世界を見回せばよい。
物事にとらわれた時、そのときの自分の世界はものすごく狭い。
でも、ふと気付いた時、開けた時、自分の頭の中の世界は無限に広がりをもつ。
その広がりの世界では自由な思想が飛び交い、描くことが出来る。
そこから現実の道を開く可能性も広がっていく。
目を閉じた時に自分がどこまでも高く崇高な域に上っていくようなイメージ。
こんぶ殿はここは見てないのかな。
音響さんももうここは見てないかな。
もちろん他の人でも。。。
あっちのスレにはあまり価値を感じなくなってきてしまったかも。
音響さんはここ見ないか?
138の無限の広がりの世界を感じる時に音響さんの言う
霊性を感じられる時がある気がする。
崇高な高みに上るイメージの時にもすがすがしい気持ちになる。
俺がこんなことを書くと変なわけだが。
141 :
まい:2006/08/16(水) 20:48:44 ID:VEQKZX4r
こんばんわ〜〜☆やっと帰ってきました。
以前より体力的に耐性が付いてきたようで、自信を持って自分らしくやってきました。
他人から見れば、まだまだ怠け者だとしか見えないと思うけど・・。
りょんさん中絶スレに行ってたんですね。わたしも以前から覗いていて、
りょんさんのおかげで、音響さんを少し理解することが出来ました。
音響さんも深い方なんですね。私もお近づきになりたいです。
142 :
まい:2006/08/16(水) 21:01:06 ID:VEQKZX4r
>>131-
>>133 >気の持ちようとか決心の現しの為だと思ってるけど、それには無意味でもない気がする。
>思い込みの力じゃないのかなあ。。。思い込みにはそこそこの自分の力を引き出す、
>集中力を高めたり、邪念を払ったりの効果はあるようにも思えるな。
>俺としてはそんな法則あるなら手段はそれだけじゃないとおもうし、宇宙のってことは本来は誰にでも可能だと思うから。
だねぇ。私もそう思うよ。
>>138 それって、悟りと言うんじゃないの?
もっと詳しい人に言わせたら、「まだまだ初級だね」なんて言われるのかもしれないけど、
発想の転換で、自分にとっての世界が格段に広がったのは間違いないと思う。
精神の自由を得たと言うことだと思うよ。
それもまだまだお釈迦様の手のひらの上でしかないのだろうけど、潜在意識の予想外の広さを
垣間見たとは言えるんじゃないかな。
お。まいさんだったか。
お帰りなさいノシ
基本的に不思議話はしないほうだしされても受け付けないのだけど、
音響さんにはちょっと感じたことがあって。
押し付けるどころか逃げていくあの感じもまた良いのかもしれないねw
つか、このスレの最初には来てくれてたからここ見る可能性はあるかもね。
悟りって、そもそもなんなのだ?
一瞬とかなら、それも何か特定のことにであるならそんな境地を感じることは出来るのかな?
でも継続したそういう境地とかそんなものは生きてる限りあるのだろうか。
悟りを得続けてる人っているのかな。
>>141 ずいぶんと前に俺がネットの普通の掲示板で知り合った人に難しい病気と闘ってる人がいたよ。
その人はやっぱり仕事をするにしても疲れやすかったり具合が悪くなったりするから、
日々一進一退のような体調と闘わなければならない。
回りも理解することが出来なかったり、理解しているはずの人でもその時々には当たってしまったりなのかな。
それでも前向きに一生懸命やってた。何よりも人に対する理解力がある人だと思った。
自分の状態を自分自身が受け入れるまでがとにかく大変だったようだけどね。
ネットのお陰もあって、色んな状況の人とかにもこれからますます道が開けていくと思う。
そんな中に、開けるまでの間にも望めば色んなチャンスも、役に立つことも拾ってもいけると思う。
本当の前向きって、どんななんだろうね。そんなことを思い続けるだけでも何かが変わっていけると思う。
人の苦しみって、自分がその状況をどう捉えるかにかかってるよね。
147 :
まい:2006/08/17(木) 17:34:33 ID:SAiKzu2M
>>144 一瞬の悟りや、継続した悟りねぇ。
正式な禅とかも知らないから、どれが悟りなのかはっきりしたことは言えないけど、
少し階段を登って、下を見渡すことが出来るようになったような、視界が開けたようなそんな感じかな。
人を見下すとかいう意味ではなくってね、「以前の自分が何にも見えていなかったなぁ」
って、自分の小ささに気が付くと言うことかな。(子供の目線で、大人のお尻しか見えてないような)
そして、少し成長した自分を嬉しく思う。
こういうプロセスを経ると、人の失敗も成長へのきっかけなんだからと思えるんだよね。
でも、人生はまだまだ長くて、全世界を見渡せるようになんてなかなかなれないわけだから
悟りは得続けて行くものではないかな。
ハードルを低くして、少しづつ満足を得ながらも、新しい発見は次々にあるのかもね。
148 :
まい:2006/08/17(木) 17:51:42 ID:SAiKzu2M
>>145 自分の状況を受け入れるっていうのはすごく難しいよね。
どうしても相対的に誰かと比べてしまう。
褒められる存在でありたいと思う。
価値のあるもの無いものでわけたら、価値の無い自分はどう生きたらいいのかとか、
生きていていいのか・・とか。
でも、価値があるのかどうか、人間的な価値観で計って、結論付けるのはやめようって思った。
もし、生まれてきたことそのものに意味があるのだとしたら、とりあえず生きてみて
それを見極めてみようって思った。
前向きに生きることに意味を持たせがちだけど、「待つ」っていう時期も必要なんだろうね。
そのときは、その闇が永遠に抜け出せないもののように感じるけど。
どう捉えるか・・。
目を背けたくなるような惨めな自分も、「きっとなぜだか、必要なんだろう」
これって、基本は神の善性を信じるって言うことなんだけどね。
人間的な価値観につぶされてしまう人は多いと思うよ。
架空の神を信じることは、自己満足でしかないのかも知れないけどね。
>>147 その言葉で行くと悟りは成長だねw
でも、俺はべつに悟りたいとかとも思わないし、まさしく成長していけたらそれでいい。
失敗は全て糧。そう思っていれば失敗しても立ち直りも早いし、得るものもあるし。
>>148 前向きに生きる為に「待つ」「耐える」
自分を取り戻すって言うか、モチベーションを上げる為に「じっとする」
時には落ち込んでみたりもがく。もがいてだめそうなら何もしないでいてみる。
その全てが前向きで在れる。矛盾のようだけど、根底が諦めていずに前向きであれば
その全ての行動思考は前向きになるはず。
そういう意味もこめての潜在意識。必ず良くなる。焦らなくてもいい。
151 :
まい:2006/08/19(土) 11:13:32 ID:hIvksa9E
>>150 >その全てが前向きで在れる。矛盾のようだけど、根底が諦めていずに前向きであれば
>その全ての行動思考は前向きになるはず。
>そういう意味もこめての潜在意識。必ず良くなる。焦らなくてもいい。
すごいね、りょんさん。その前向きな信念はどこで得たんだろう。
それが、観念論や理想論でなく信じられるようになるのには、私にはすごく時間が必要だったよ。
だからこそ今やっと、ネットを通して語れるようになったんだけど。
それがある意味、乗り越えてきた意味なのかなぁって。
152 :
まい:2006/08/19(土) 11:32:49 ID:hIvksa9E
以前の私は、ひとつでも良い事があれば「ま、いっか」と思っていた。
良い事があれば喜ぶし、嫌なことあれば泣けばいいと思っていた。
これ以上望むことは別に無いし、神が居たとしても別に頼むことも無いと。
たったひとつでも良いことが無くなってしまったら、何のために生きているのかわからない。
泣けばいいけど、痛みや苦しみに耐えながら、泣くだけの人生なら止めにしてもいい??
溺れないようにもがいてもがいて・・いつまでたっても闇は抜けられない。
水面がどこなのかもわからず、どちらに進んだらいいのかもわからない。
もがくのにも疲れて、脱力状態になったとき、人間には浮力があるのね・・。
無欲になったとき、働く何かがあるんでしょうね。
水面に向かって、身体は自然と上昇していくんだよね。
りょんさんが言う潜在意識の奥深さなんだろうね。
>>151 前向きじゃなかったら生きてこられなかったし。
それに本当に後ろだけを見る人だったら生きてこないと思う。
後ろも前も見るならどっちが得か。俺は人よりも前に偏りが強い。
そういうことじゃないかな。俺が宗教を持っているのならその3行が教義w
覆そうとされても俺はそれを信じることはやめない。
実感も数多く出来ることだし、その発想からの相乗効果も実感できるから。
わからない人はわからないで構わないし。
相乗効果を高める可能性のあることだったら取り入れる価値もある。
もちろんその方法は何でも良いとは行かないけど。
>たったひとつでも良いことが無くなってしまったら
これは自分自身が良いことを考えられなくなってしまったということ。
でも、そういう状況は十分にありえると思う。
それは本当に辛いだろうし悲しいこと。宗教が必要な可能性があると思うのもそういうこともあって。
普通に健康であっても人間がどこまで強く強いまま生きられるものか。
むしろ本質は弱い。だから、弱さもあるまま強くなるのでなかったらいつか無理が出る。
弱いから強くもなれる。自分にも後ろの面はたくさんある。
でもね、本当に同じ一つの物事を悪くもよくも考えられる事は多い。
悪い気もちでどんよりとしていたものが、ふと良い方向で捉えられた瞬間の自分の意識。
その実感を重ねていけば、どんなにそれが自分にとって楽で向上的な事であるのかが分かる。
155 :
まい:2006/08/20(日) 15:40:49 ID:1FQ2iulK
>>153 人間は素直になってみれば・・いいえ、何も考えない赤ん坊の頃を思い出してみれば、
「生きたい」「幸福になりたい(安全に生きたい)」と言う思いをインプットされているのかもね。
中には、脳細胞の働き不全で無気力になったり、神経の不全で防御機能が働かない人も
いるのだろうけど、そういう場合は、まわりの祈りがそういう人の生を支えながら、
懸命に生かそうとするよね。
そのような働きの中に希望や喜びを見出しながら、実感を重ねていくんだよね。
>>154 いやいや、物事をいいほうに考えるのは、もともと私の得意技だったんですよ。
でも悪い時期っていうのがあって、その時私は吹き荒れる台風に飛ばされないように、全力で踏ん張っていました。
それがいつか通り過ぎる物だと信じることが、わたしにとっての希望でした。
命のなんたるかはわからないけれど、とりあえず神を信じて、神が居ないのなら居ないと
わかった時点で命を捨てることにしようと思いました。
居るのか居ないのかわからない時点で、居ないと言う決め付けで結論を出すのもなぁ・・と思ったわけです。
神を信じると言うより、試したということでしょうか。
そういう意味では、人生って、わからないことだらけで面白いね。
>「生きたい」「幸福になりたい(安全に生きたい)」
これは生命全ての本能なんじゃないかな。
ほとんどの動物が生命の危険から逃げようとしたり安全を求めて行動してると思う。
人間の場合には他の生物以上の学習、教育や思想みたいなものを持つからその辺であり方が大きく異なってくるけど。
前向きだとか後ろ向きだとかってのは人間以外は考えやしないだろうしね。
人らしく人の特徴を生かして生きるってのがいいなw
実感なんていうのもそうだとおもうし。
>命のなんたるかはわからないけれど、とりあえず神を信じて、神が居ないのなら居ないと
>わかった時点で命を捨てることにしようと思いました。
俺がまいさんを殺しませんようにw
神が居なければ生きられないと思うなら神は生まれるんじゃないかな。
そういうことなんじゃないのかな、人は生きるために必要だと感じるものは創造さえするのじゃないかな。
俺にはよく分らん。けど、信じれば現実になるのかも、きっとこれは科学的にも証明できそう。
いずれにしたって人生楽しいと思えるなら好きなだけ楽しむが勝ち。
よく勝ち組み負け組みやってるけど、その本当の意味を間違えたら全然勝ち組みになれないだろうしね。
勝って意味のない勝負しても仕方がない。
158 :
まい:2006/08/21(月) 17:30:48 ID:CaLCpcVd
>>157 私にはりょんさんも神様なんだと思えるよ(笑
自分にとって都合のいいのが神、悪いのが悪魔・・なんて言うのとはまた違うな。
頑張って前向きで居ることがイイ(?)ことなのか、本能に任せてやりたいことを
やりたいようにやることが人間らしいのか。
自制心があるのも人間だとしたら、なぜ?なんのため?
もし創造主の目的なんてものがあるのだとしたら、それなりの結果も違うのだろうしさ。
そういう意味では、りょんさんの言うことは神様っぽいんじゃ?
私にとって神が居ないと言うことは・・頑張ることにやっぱり意味が無いと知ったときかな?
この世に生きている内に結果を見ることが出来ない正直者も多いわけだけどね・・。
だから来世に希望を繋ぐ宗教もあるわけだけどね。
せめてもの慰めか・・大嘘付きなのか・・私にはわからないけど。
159 :
まい:2006/08/21(月) 17:37:25 ID:CaLCpcVd
わからないけど、信じないことで可能性を狭めるよりは、信じたほうが勝ちというところかな。
みんな考えすぎなんだよ。
生きる意味を突き詰めたら分らなくなる。
だからほどほどのところでやめておくんだ、頃合よく都合もよすぎない、それでいて勘違いでもない損のない程度で。
それも俺としてはまたバランスなのだと思ってる。傾き加減とか。
時間ないからまたレスする。
ノシ
161 :
まい:2006/08/22(火) 14:16:20 ID:jV06RcfT
突き詰めたらわかるって言う物でもないよね。
とりあえず、方向性を選んでみるだけだよ。
突き詰めても分ったら悟りなのか?
俺はいかに感覚だけで生きてきたのか分かったよ。
ほどほどってのがまた難しいわけでw
思考停止zzzz
バランスや感覚に自信が持てるうちはイイわな
ほどほどの芯になる部分、中心なんだろうな。
自分の中核、その部分を維持できる範囲をほどほどの範囲とする。
そうすれば自分の中核を磨けば万事問題ないと思う。
自信を失う生き方を選ばないっていうのも手かもしれない。
>>159 何でもかんでも闇雲に信じるのではなく、
信じて損のないことであれば疑ってばかりいないで信じたっていいじゃないか。
そんな感じかな。
宗教ってわけでもなく、信念的なところで。
信じることで利あっても損のないことであれば、
信じる価値はぐーんと上がるってことか。
168 :
まい:2006/08/23(水) 17:30:51 ID:mDYX6Lpt
>>165 >自分の中核、その部分を維持できる範囲をほどほどの範囲とする
そうだね。自分を知ること・・それが一番大切なのかもしれないね。
仕事の関係で各地を転々として、忘れられてしまう自分にものすごい喪失感を感じた。
何かひとつでも変わらないものを確認したいと思っていたんだよね。
自分を知ること。
人を知ること。
自分も人もそんなに変わらないのだとわかる。
まいさんが感じたような喪失感や確認をしたいと思ったこと。
そんな気持ちも誰もが持っていること。
自分と人が変わらないとわかるからこそ、自分が負けることも劣ることもないともないとわかる。
環境とか事実とかだけでの勝ち負けじゃないけどね。
いいスレだなぁ
本心でいってくれてるんなら是非参加して下さいよ。
172 :
まい:2006/08/25(金) 17:24:05 ID:ytWDnKJ9
>>169 そうですね。そんなに変わらないのかも。
恐れることはないのかも。
・・・ちょっと二重人格的な悩みになるわけですが。
>>172 基本的には変わらないと思う。
誰かさん流の基盤は同じだしw
違ってくるのは多少のもって生まれた性質と教育や習慣じゃないかな。
もって生まれた性質も習慣で克服できることも多いし。
本質的な部分ってものがどうなのかとか深くはわからないけどね。
自分を信じられれば乗り越えられることのほうが多いと思うよ。
二重人格的な悩みとは?
174 :
ご隠居:2006/08/26(土) 18:31:38 ID:4DNq0K0m
はいはい、本能に磨きを掛ければ、人格なんか、ちちんぷいぷいだよぉ〜ん。
こんぶ殿、やめて^^;
176 :
まい:2006/08/27(日) 15:48:56 ID:AAVeoRqL
どれが本当の自分かと言うとわからなくなります。
とりあえず行動しなくては始まらないのだけれど、必ずそれを否定する自分も居る。
いい意味でのバランス感覚だとは思えない。
何か克服しなくちゃいけないトラウマがあるのかな。
これが持って生まれた性質であり、習慣で克服できるのかな?
優先順位や、これといった価値観がはっきりしていないのかな。
ひとつひとつ、現実的に自信をつけていくうちにしっかりして行くのかな。
177 :
聖霊大王:2006/08/27(日) 16:16:15 ID:mw/Z3Rez
一般人はもちろんのこと。
行き詰まった熱心な宗教者ほど、なす術なくす人もないもので。
信仰が足りないから?
という宗教をやっている奴って、きっと、、
教祖がお金儲けしたい宗教なんだろうな、、
178 :
まい:2006/08/27(日) 18:09:24 ID:AAVeoRqL
あはは・・成長させると金ずるが居なくなるから?
私の場合は、既成の宗教にヒントだけもらって、死ぬまでに何かひとつでも感じるところが
あればいいんじゃないかなって。
みんな悩んで大きくなるんだ〜〜。
ココみたいに反応が見れて、一人じゃないって思えるのは嬉しいよね。
179 :
聖霊大王:2006/08/27(日) 18:19:19 ID:mw/Z3Rez
私の場合は、既成の宗教にヒントだけもらって、死ぬまでに何かひとつでも感じるところが
あればいいんじゃないかなって。
みんな悩んで大きくなるんだ〜〜。
おっしゃるとおりで、、おいらは遊びまくりだなーー
180 :
まい:2006/08/27(日) 18:33:26 ID:AAVeoRqL
遊びの中から大王さんの味が出ているのですね。
181 :
聖霊大王:2006/08/28(月) 12:27:03 ID:gTPEI8as
チベット密教→神道→曹洞宗、道元、身心脱落という展開、、
自分でも訳分からん、、
宇宙を定義すると、まず「混沌」しかなく(無があり?)そこから「陰・陽」が生まれる。
言葉は変われど、根本は単純なんだけどね。
>>176 あまり考えるよりも些細なことでもいいからしていくのがいい。
一々意味を考えるよりは全てが自分の為になると信じて動くほうがいい。
一気に10をしようと思うと1、とか2で億劫になる。
1つづつやっていればいずれは10も超えて100でも1000でもこなしていける。
>>177 実際にそういうのは多いでしょ。
目に付くのはそんなのばかり。
185 :
まい:2006/08/29(火) 13:58:34 ID:04UEWgwg
>>183 そうだね。まずやってみるよ。その時期が来たのかもしれない。
不安でいちいち立ち止まるかもしれないけど、自信がついてくれば妄想も減ってくるのかもしれない。
りょんさん、今までありがとう。
みなさんのご活躍もお祈りしています。
またどこかで見かけたときは声をかけてください。
ばいばい☆
がんがれ。
つか、板卒業するの?
またいらしてください。
つっても俺もいつまでいるかわからんけど。
187 :
聖霊大王:2006/08/30(水) 10:20:05 ID:jChS+RM5
で、りょン太郎は、新興宗教と、昔からある宗教の区別ができているの??
凄く、疑問、、
日本の中で古い仏教系は
浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、臨済宗、真言宗
このあたり。
ああ、あと日蓮宗か。
190 :
聖霊大王:2006/08/30(水) 16:08:49 ID:jChS+RM5
いや、教義的な、区別と方向性の違いの区別ってある??(新興宗教との、、)
教義はわからないよ。
それに新興宗教がみんな同じ教義を持って始めてるわけじゃないだろうし。
科学まで取り入れてたりもするわけでしょう?
まあ、それはそれで斬新で現代的で既成のものよりは良いのかもしれないけど。
192 :
聖霊大王:2006/08/31(木) 09:09:00 ID:uIW4wfLC
あのね、一般には、新興宗教は現世利益、病気治しとか、重視なの、、あと超能力的な期待、先祖供養
既存宗教は前提は、元来(原理主義者を除いて)道徳だよ、、仏教、キリスト教、イスラム教
既存は、見えない部分の徳を信じる分は、現世利益ではないと言えるかもしれないね。
広い意味では利益なわけだが、新興のように目的がみみっちくない。
道徳か、道徳じゃないって言う宗教家が多いようだけど、
俺には道徳のほうがしっくりくるし、
どう歴史を見ても道徳や支配する為の規律をかねたものと思えるし。
これから興る新興宗教がみみっちくなく、かつてない出来の教義を備えるなら
世の宗教家たちはそれを受け入れるのだろうか。
つか。。。いつのまにかスレ趣旨が変わってない?w
196 :
聖霊大王:2006/08/31(木) 14:13:12 ID:iqz8AMwe
最近、世界宗教者会議が、京都で行われたのだが、、りょン太郎は関心が無いか、、
関心無いところで、結局、りょン太郎も宗教をみているのね、、
俺が本当に関心があるのは宗教そのものじゃないしね。
世界連邦構想はどうなっていくんだろう。。。
世界連邦か。
争いなくしてまとまるものなのかな。
260 :名無しさん@3周年:2006/08/31(木) 11:39:32 ID:7FFvoNB0
僕らの善と思いやっている事は大河の一滴にしかすぎないだろう
でもこの一滴もやらないより、やった方が良いと思う
日々行を行い、真理を学び、
それが全ての人の喜びや安心につながればと思う
261 :名無しさん@3周年:2006/08/31(木) 15:32:25 ID:WhsqtrVJ
遠回りや虚しさを感じる事もあるけども・・諦めたら何も始まらないからね。
262 :名無しさん@3周年:2006/08/31(木) 15:40:02 ID:WhsqtrVJ
世界連邦構想はどうなっていくんだろう。。。
アインシュタインがいったか言わないかで、その価値が変わるものでもないんだが。
856 :名無しさん@3周年:2006/08/31(木) 10:01:11 ID:t3aMxiXu
アインシュタインは「罪のない日本人を殺して申し訳ない」といって湯川夫妻の前で泣いた。
1948年、湯川秀樹は米プリンストン高等研究所に招かれ、アインシュタインが「会いたい」といってきた。
秀樹は「世界連邦は昨日の夢であり、明日の現実である。今日は昨日から明日への一歩である」と呼びかけた。
宇都宮憲璽は広島で育ち、弟や親類が被爆している。核廃絶運動に飛び込み、湯川夫妻と親しくなった。
核を持つ国が増え、民族や宗教もからんで火種は尽きない。それでも宇都宮は言う。
「いくら夢物語だといわれようと、世界連邦しかない」
コピペ君しかいなくなってしまった。。。
203 :
まい:2006/09/12(火) 15:06:16 ID:iDA8Dh1m
りょんさん、お久しぶりです!
パソの前に座ると、ついだらだらと時間を使ってしまって・・前に進むことを後回しに
してしまうので、少し我慢していました。
4月の引越しに向けて、資格取得など挑戦してみようかと。
ぼんやりした頭にどうしたら喝がはいるのかといろいろやってみているところです。
以前より活動できる日も少しずつ増えてきて、それと共に不安感も減ってきているのかなぁ
と言う感じです。
具体的な成果をお知らせできる日が来るように頑張ってみますね。
りょんさんのご活躍も、良かったら教えてください。
これからも書き込み楽しみに見ています。
それではまた・・。
それわかる。
つい長居しちゃって落ちた後に反省するとかw
前向きなレスってのは元気付けられるものだね、
俺自身、この板に来て以来のんびりしてしまってたんでここのところ気合入れなおしてます。
何より活動的に動き出せそうなのが良かった、がんがってください。
スレ趣旨に戻しつつ。。。
と言っても、最近どうもレスしようと思っても板の趣旨から外れそうで。
宗教というジャンルには一応の解釈が自分なりにまとまってしまったような感じ。
世の中は無常だから可能性に満ちている。
世の中は無常だから常に機に満ちている。
りょん殿の感性には興味があるから、ここはりょん殿リードのスレでいいと思う。
てかちょっとお尋ねしますが、大王殿に質問するようなスレはどこかにありますか?
俺の感性ねえ。
仕事中心だよ、感覚は。
仕事と女さえあればあとは何もなくても平気かもw
大ちゃんの件が抜けてた。
あのスレ以外だと座禅スレかなあ、あんまり知らない。
神社板にも行ってるようだけど。
質実剛健。
何千年も昔の宗教などと言う伝説から学ぼうとする事よりも
人はもっと現実の人間自身から学ぶべきではないだろうか。
少なくとも根拠の明確な事柄から多く学ぶべきではないだろうか。
わからないことほど人を混乱させると思えるものもない。
わからないものを軸とした思考では人は混乱を招く。
軸をしっかりとしてから宗教に興味があるなら学ぶのが良いように感じる。
資格を手に入れよう。
例えば結婚する資格、子供を作る資格、社会で働く資格、
人と話をする資格、人に意見する資格、何かをする事で社会なり人なりに影響を少しでも与えるなら、
自分に少しでもその資格があるのかどうかを考えるようにしなければ。
ましてや結婚とか子供を作るとか、する資格もなさそうなヤシが安易に当たり前のようにしている現実がある。
人の人生に影響する事であれば、当たり前のようにすると言うことは無責任の極みではないだろうか。
建前とか常識に捉われて本質を忘れるべきではないと思う。
宗教に入り、宗教をなんとなく受け入れ、いつのまにかどっぷりとはまる。
会社に入り、特に何を得るものでもなく、何をしようという明確なものも見出せず、
ずるずると転職の機会を失いながら生活をする。
家庭を持ち、発展的でもなく、満足するでもなく、こんなものかと不満も受け入れ生活をする。
ともすれば不満をかかえたまま何も解決もせずに時間だけをすごす。
そこから人間のあるべき力は発揮されるわけもなく、何事にも力も入らずに日々を送るのではないだろうか。
必ずしも身を引いたりやめたりする事が解決方というのではなく、自分の状態を得られる状況を作る事が重要だと思う。
自分というものはより気高く崇高でなければならない。
より多くの人に発展性をもたらすべきである。
社会に多くの恩恵を与え、自らも潤う義務がある。
自分の満足が得られないものは、社会にも害を与えている。
自分が満足するものは社会にも満足を与える義務がある。
それが自身が安定して満足を得るための道理でもある。
んー、宗教的だ。。。
215 :
まい:2006/09/20(水) 15:12:36 ID:siwnR9Ym
りょん様のファンがやってきましたよ☆
おひさし!
元気?
217 :
まい:2006/09/20(水) 22:35:33 ID:gUHAbiNL
りょんさん、趣味よりも何よりも仕事中心ですか?
すごくやりがいの在る仕事なんでしょうね。
資格を手に入れる。。。
生きる資格というか、自分の誇りを確認しながら常に一瞬一瞬を大切にしているのでしょうね。
自分の感性を信頼して、素直に道を選んでいるんでしょうね。
私流に言うと、その素直さが神に直結するんだろうな。
疑心暗鬼や恐怖心が、どんな人間も本来持っているそんな才能に蓋をしているのかもしれない。
218 :
まい:2006/09/21(木) 00:05:55 ID:2gwK6GGB
仏教は無神論という人が居るけど、私は禅的に自分を透明にしていけばいくほど、
自分の奥の何かが小さな肉体の自分ではなく際立ってくるような気がする。
それが大宇宙と言うか、神のようなものなのだろうかと感じるんだけど(もちろん
ワタシだけが特別ではなく、誰にでも在る可能性というか)。
大宇宙・小宇宙というと、仏教以前ヒンズー教以前のインドの思想だけどね。
仏典にも神の名前は出てくるから、思考の奥底で無関係とは言えないと思うんだけど。
その小宇宙が大宇宙にまで影響を与えると言うのが祈りなんだろうけど、
そこらのパワーは実感できないから、まだワタシも信者という段階ではないなぁ。
>>217 特定の趣味ってものも特になくて、仕事は趣味だといえるくらい本気になれる。
仕事を中心として気分転換に趣味とかがあれば十分だし。
そんな風にレスされても、そんなにたいそうなものじゃないけど、前にもいった損得論とか。
自分に損な発想は取り入れない出来たから、それを考えて自分に利がないなら考えないというか。
かと言って、自分に損なことってのもそんなにはないと知ってる。
その部分には自信がある。
疑心暗鬼とか恐怖心、それもその考え方の対象だね、疑心暗鬼や恐怖心を持つとして、どの局面なら自分に利があるもち方なのか。
利がないなら排除する。
大宇宙とか小宇宙とか、語れば語るほど疑わしくも思えるし、何よりもわからない世界。
わからないことはわからないまま受け入れて、感じられる範囲があるのであれば感じてみたらいいと思えてきてる。
今の自分にわかりっこない事を絶対否定したり絶対肯定したりするエネルギーが「損」な気がするw
恐怖心を排除する。
出来きるわけはないけど、でも出来なくもないこと。
これにはコツがいるし、常ではないこと。
ふとした瞬間にはまた起こるかもしれないこと、それでも排除するし、できる。
疑心暗鬼、これは。自分が失うものをどの程度か知った上でその損失を覚悟できたら必要がなくなること。
覚悟したにもかかわらず、失った時に後悔する人も入ると思うけど、そうしない習慣は身につくようになる。
自分に自信を持って、自分を本当の意味で好きになって、理想の自分に近づこうとし、自分を裏切らない事。
言い訳を言い訳と気付いて認めて、どうするべきか対処する事。
難しい事じゃなくて日頃の思考法。
222 :
まい:2006/09/21(木) 15:00:40 ID:fVNbMbU4
こんにちわ!今日は来ないのかなと思っていました。
そうですね。「疑心暗鬼や恐怖心」利どころか足を引っ張るものとして、排除したいのに
なかなか排除できないから、薬に頼るしかない人、神頼みをする人、いろいろですね。
でも、排除しようとすればするほどまとわり付いてくる。
「囚われ」ですね。
意外と、居間やら無くてはいけないことに追われていて、そのうちナントカなるだろうと
一旦棚上げした方が、ベクトルが快方に向かってくると言うこともありますね。
問題解決を先延ばしにして逃げている場合と言うのもあるだろうから、何でも同じ方法がいいのではないですけどね。
>今の自分にわかりっこない事を絶対否定したり絶対肯定したりするエネルギーが「損」な気がするw
そうそう。頭も身体も、硬いよりは柔軟なほうが無駄が少ないよね。
223 :
まい:2006/09/21(木) 15:33:43 ID:fVNbMbU4
>>221今読みました。
「自分に自信を持つ」「自分を好きになる」「自分を裏切らない」
これもまた簡単ではないですよねw
でも、ひとつひとつ自分のやってきたことの積み重ねだから・・きっと、人にも自分にも
大切にしてきたことは実ると思う。
その時は損に思えることがあるかもしれないけれど、そういう生き方しか出来ないし、
それがワタシの個性なんだからって・・好きになれる自分で居ることですね。
うん。そういう意味では、振り返ってみるとコレでよかったのかなって。。。
簡単ではないと思うけど。
前からいってるけど、自己洗脳的でもあると思う。
最初は根拠もなかった自信に一つ一つ自分で理由をつけて
今は本当に自信を持っていられてるのだと思う。
世間の人にとってはきっとたいした自信でもないのだけどw
自分の力量もある程度知ってるから、その範囲のちょっと上。
そんなにたいした理想を持とうとも思わないし、それでも自分にとっては最高の理想でもあるw
人と同じになろうとか少しも思わない。そこに自分には利があると思う。
前にも言ったちょっとづつちょっとづつでも良いではないかと。
もしも叶う前にくたばったらそれまでw
鳥はこれか。。。
226 :
まい:2006/09/22(金) 21:46:49 ID:WwhdUMyc
鳥?
「自己洗脳的」だとは言えるよね。
その意味では「言葉の力」っていうのも大きいんだろうけど。
心理学的にもなんか説明は出来るんだろうね。
でも何といっても、理屈じゃなくって、実際自信や存在感を取り戻した人の言葉は力強いね。
やっぱり、一番端っこの孤独まで行ったんだろうね。
もがいてももがいても前に進めなかったとき、ベクトルさえ維持しとけば、
前に進み始めたときにはきっとすごく勢いが付くんだろうなと漠然と思ってた・・。
なんか、りょんさんを見てたらそうなのかなってw
・・・すみません、なんかわけワカメw
とりぷーね。
孤独よりも死なのかもしれないな。
死を味わったら後は別に、あんまり怖いものもなくなった気がするし。
仮にすべて失ったとしてもどこででも結構生きてける気がするし。
それに何度でも築ける気もするし。って、根拠もなしにねw
いまさら後ろ向きになれない気がする。。。でもまいさんがまいさんの状況を乗り越えたら、
俺は今のところまいさんには敵ってないのかもな。
でもね、俺は仕事も結構やってるし@自画自賛w
遊んで見えると思うし当たり前だけど、今も仕事だしね。
ひと段落すると出てくるwで、遊びすぎると夜中までやってたり。
あほかとonz
229 :
まい:2006/09/23(土) 14:38:58 ID:LMlqYNM+
>>227 わかるw最低の生活をしたから、今は毎日が輝いているよ。
後は恐怖心(対人関係)の克服かな。
少しずつだけど、りょんさんのお陰もあって薄れていってると思う。
>>228 自画自賛!大いに結構。
時間が自由になる仕事なのかな?
私から見てると、いつ寝ているのか心配になるよw
>>229 時間はむしろ自由になるようじゃだめだろうけどw
自分の都合で仕事してるってことだもんね。
睡眠時間は3時間から5時間くらい。
でも、最近は5時間前後寝てる。
もともと睡眠は短くても大丈夫なほうかも。
231 :
まい:2006/09/23(土) 16:34:30 ID:LMlqYNM+
>>230 お忙しいんですね〜〜。いつも言い訳しないで限界まで挑戦しているんだね。
健康に感謝、精神力に付いて来てくれている身体に感謝だね。
そういう思考をしていると、健康じゃなかったら不幸かってw
また違うものが見えてくるんだよね。
りょんさんに出来ること・・応援しています!
そんなに忙しかったらこうして遊んでないでしょw
集中力の持続時間が短い分仕事時間の範囲だけ広がってるのかも。
つか、育ちかも。あまり約束以外の時間に縛られて仕事した経験もなし。
健康じゃなかったときの幸せには自信は持てない。
経験もないのもあるけど、やっぱり前提として動けると思ってしまってる。
どうしても現状を重視して物を考えちゃうよ。
233 :
聖霊大王:2006/09/23(土) 17:27:27 ID:RAo0iKHb
211 :りょん ◆Ryo/Z1n.Io :2006/09/17(日) 16:59:25 ID:GaUm/VJU
何千年も昔の宗教などと言う伝説から学ぼうとする事よりも
人はもっと現実の人間自身から学ぶべきではないだろうか。
少なくとも根拠の明確な事柄から多く学ぶべきではないだろうか。
そのとおりで、そのとおりであれば、、犬ちゃんの言いまわし、思考プロセスである、
ただ、りょんちゃんが、りょんちゃんの思考基盤を固定化しているだけで、、
いぬちゃんの言い回しについて簡単に教えてよ。
どーも俺の犬さん観と他の人たちのとは違うらしい。
俺の思考基盤の固定化ってのは故意だね。
物心ついて以来、自分がどうして今の考えに至ったのかある程度明確に理由付けできる。
その精度はともかくとして、自分で自分を作り上げてきたイメージがある。
レスするのも人に対するものというよりも自己確認的なものが多いことも多し。
もともと両極的な見方もするほうだから注意していないと自分が極端に走る可能性もあり。
基盤的なものにはとりあえずの「これ」ってものを用いたい。
その「これ」を入れ替えるべきなのかどうかは出来るだけ客観的に見直して行きたい。
236 :
まい:2006/09/24(日) 19:59:38 ID:kSkrC0Zt
>経験もないのもあるけど、やっぱり前提として動けると思ってしまってる。
>どうしても現状を重視して物を考えちゃうよ。
それでいいと思うよ。現状の確認が全ての基本だと思うな。
>人はもっと現実の人間自身から学ぶべきではないだろうか。
本当にいろんな人が居るよね。似ている人を見つけるとホッとするけど、何もかもが
似ている人なんてきっと居ないんだろうから。
だからこそ面白いし、ちょっとせつない。。。
>もともと両極的な見方もするほうだから注意していないと自分が極端に走る可能性もあり。
>基盤的なものにはとりあえずの「これ」ってものを用いたい。
ワタシもそうだな。だから逆に前提や思い込みがあって、選別排除する人にあうと、
好き嫌いではなく、その背景に興味を持つな。
ワタシにはとりあえずの「これ」しか存在しないから、それが不安といえば不安。
237 :
kkkkkkkkkkkkkkkk:2006/09/25(月) 10:58:44 ID:G30AtTnp
238 :
kkkkkkkkkkkkkkkk:2006/09/25(月) 10:59:56 ID:G30AtTnp
>>236 この先に起こりうることは誰にもわからないしね。
現状での目いっぱいを心がけて後悔ないようにするくらいか。
あとは覚悟とか開き直りも必要だな。。。
人と人の違いってのは結構状況が変わると楽しめるもの。
外人と付き合うと言葉も感覚も違うことが楽しめる。
もちろん共に生活ともなればそんなもんじゃないだろうけどねw
で、それから日本人と付き合うと今まではうるさく感じられてた細かいことが
細かいところまで通じる意思としてあり難かったりもするんだよね。
何もかもなんて分からなくても1個1個理解して気づけば結構感覚的な部分まで理解できたりして。
だから余計に貴重なんだろうな。
>前提や思い込みがあって
俺の場合でも結論ありきな発想で見てると思う。
最悪も想定する。
その結果で予定を立てればあまり失敗してもダメージもない。
損失が見込まれてるから、その代わりあまり大きなことは出来ない。
どこでどう出るか、リスクをどう捉えるか、バランスが難しい。
とりあえずのこれしかないのはみんな同じだよ。
絶対的なこれってのがあるならそれこそ普遍なことかも?
前提や思い込みってのは。
ある意味「これが前提」を決めて考えるのはそれを目指すってことかもね。
だから前提が良ければ良い事を目指してるし、悪いことが前提であれば
悪いことに向かうかあまり良い結果も導けない。
前提を思い込むって大事なのかもな。
242 :
まい:2006/09/25(月) 17:15:47 ID:oxTmucyA
>>239 そうだね。自分にとって辛いことが、人と話して、突然違う目線を得ることがあるよね。
本当に大発見。
これがあるから、まだまだわからないことだらけで面白い。
絶望なんてしていられない。
前提・・・とりあえず、目指してみるものね。
いい前提や悪い前提不安感っていうのは、経験によるものも大きいと思うけど
いい結果が欲しければ、まず、それを見据えて歩き出すこと。そしてそれに向かった努力も必要だもんね。
あとは、やってみなくてはわからないと言う、覚悟と開き直りねw
>>242 >経験によるものも大きいと思うけど
だからこそ、根拠を一つずつ作っていくしかないな。
どーせ経験するなら少しでも自分の自信の根拠になるような経験を得て行きたい。
どーしても分からないときは後は野となれってやつだね、イケイケも困るけど
臆病だったらなんにも出来ない。
面倒くさがりと臆病だけは絶対にだめだね。
4周年のままだったw
245 :
まい:2006/09/26(火) 09:55:41 ID:z8lBBRTj
>>243 根拠というか、足跡。
そのために生きているんだろうな。
死んだら足がないらしいしw
過去を振り返るなとか言う人もいるし、過ぎたことを考えても意味ないって人もいるけど。
俺は過去の中に先の材料がたくさんあると思ってる。
今も明日には過去になるから今をしっかりと先の材料になるようにって意識してるよ。
考え方はいろいろだし、自分の一番のやり方を見付けるしかないよね。
足跡の一歩一歩をしっかり刻めれば振り返ったときにも探しやすいんだろうな。
247 :
まい:2006/09/27(水) 00:11:48 ID:MmQ6UXTc
何気にやってるか、確認しながらやってるかね。
しかしあのスレ、ご隠居がんばってるね〜〜w
248 :
聖霊大王:2006/09/27(水) 10:34:20 ID:k7dbLmvC
りょんちゃんの人生の方向性はそれで、いいんじゃない、、
しかし、人間社会において、宗教を超えた宗教でない何かを考える場合、、
無知の克服が問題となる、、
>>247 その時その時に確認ってんじゃなくて、後から振り返ってみることが必要だとおも。
ご隠居。。。そのようだね。
毎度同じことばかり、メモ帳にでも書き留めてるんだろうねw
>>248 方向性がどこまで明確かよりも、自分の考え方とか物の見方が必要だと思う。
無知の克服。しったかぶりや頭でっかちにならなければ良しとするよ。
>>211 >何千年も昔の宗教などと言う伝説から学ぼうとする事よりも
>人はもっと現実の人間自身から学ぶべきではないだろうか。
>>246 >過去を振り返るなとか言う人もいるし、過ぎたことを考えても意味ないって人もいるけど。
>俺は過去の中に先の材料がたくさんあると思ってる。
>>1 >宗教なんて無くても迷い無いやつは迷い無く生きられるものなのだ。
もしかしてこの逆もあるのかな?笑
あるよ。
宗教の教義にも参考になる内容はある。
過去の中の材料ってのは俺はそう思うと言うだけの話。
宗教なんてなくても生きられるけど、無いと生きられなくなってしまってる人は事実いる。
253 :
まい:2006/09/28(木) 11:30:40 ID:oxxHPfqK
>>249 頭でっかちになって視野が狭くなって、新しい情報を受け入れられなくなるよりも、
りょんさんの自由なスタンスは、可能性の器が大きいような気がするな。
宗教間でいき詰まっている問題も、新しい発想で打破できるかもしれない。
それでも先入観や固定観念が強くなってるって感じるし。
どこをある程度固定してどこを柔軟に扱うかとか結構迷う時はある。
このことをどこの範囲まで用いてよいかとか。
物事は臨機応変、TPOとかあるから、一つの思想とかだけを完全に使いこなそうとか思えば
無理が生じて悩みも増えると思うのだ。
宗教なんてのもその一つに感じる。どんなに教義の巾が広いようであっても、
そのものに従うような感覚である限り限界はすぐにある。
でなければ、宗教教義そのものが普遍の真理であるともいえる。
そんなはずも無いけど。
255 :
聖霊大王:2006/09/28(木) 17:33:20 ID:IhNkv0qx
254の感想、、調べずして、知らずしての断定でしょ、、
そこがなあ、、
断言魔だなあ、、
よーするに一つの思想にこだわりたくないと言う思想。
その考えに問題もないし。
基本的には我が道を行くんよw
わが道を思いのままに行くすべを考えてるわけで。
宗教ってのは俺にはわが道にはなりえないと感じられるから。
宗教道みたいなものだしな。
知ること自体には意味はあると思うよ、深さは事柄しだいだけど。
つーか、大ちゃんには悩みとかはあるのかい?
迷うこととか。
259 :
まい:2006/09/29(金) 10:04:59 ID:+COj2SA7
>>254 >宗教なんてのもその一つに感じる。どんなに教義の巾が広いようであっても、
>そのものに従うような感覚である限り限界はすぐにある。
ここのところ、意外と宗教って深いんだぜ〜って、大王さんは言いたいのかもね。
大王さんは、悩みも迷いも超越しているようなトコは感じるね。
強いだけでなく、それらを乗り越えた温かさも感じる。
宗教的な括りだけで見ているとか、宗教的な知識ばかり・・というご意見もあるけど、
例えば、乗り越えた経験に医学的な説明をつけたり、心理的な説明をつけたりする
ことも出来るだろうけど、大王さんの場合は、宗教的な説明をしてみているんじゃないかな。
ワタシとしては、もうちょっと具体的に、宗教の悪用される部分の現実的な解決策も
答えて欲しいなって思うけどね。
260 :
聖霊大王:2006/09/29(金) 11:15:12 ID:Jipyw253
禅が、日蓮が批判したがるほど、お経を重視いない訳も、しらんやろ、、
お経にこだわると、現実に、鈍くなるからだよ、、
ま、りょんちゃんには、関心が無いんだろうけれども、、
261 :
聖霊大王:2006/09/29(金) 11:18:40 ID:Jipyw253
まいちゃんへ、
宗教を悪用されるとき、、
それは、現実に鈍くなるときでしょう、、
政治、社会と、無宗教的なものですら、、
現実に鈍くなると、、悪くなるでしょう、、、
禅には関心あるって前からいってるのにw
本も数冊持ってて読んだこともあるよ。
宗教っぽい本ではないけど。
なんでも学んでそこから得たもので組み立てたいだけ。
自分で選んで取り入れたいって言うか。
だから俺の言う宗教ってのは禅のイメージではないのだ。
ご隠居の言う1神教みたいなのとか帰依しますってやつ。
帰依なんて宣誓したら従うってことじゃん?
そーいうのは自分を弱くする。
おごる心が必要な場面もあると思う。放漫でよい時だってあると思う。
仏教なんかでもありのままと言いつつありのままを否定する部分が無いともいえないと思う。
そういう矛盾も帰依となれば悩みの種になるんじゃないかと、もちろんその人が
そんなことは無いと言えばそれでいい。
俺にはそう思えるだけ。
平常心を保ちながら人と接して人に飲まれずに人を見たときに
その人の色が感じられる。
その色の元となるものは育ちだったり思想だったりするわけで。
人の言動はその人の持つ思想に左右される。
もしも科学、哲学、心理学、宗教、その他経験を含めたもろもろをバランスよく
持っていられるようであればその人は万人と接触も理解も出来るかもしれない。
でも、その中のどれか一つにでも帰依してしまっていたらその帰依しているもの次第になってしまう。
そのときには本来のその人の意思ではない何かに従うのかもしれない。
必ずしも宗教に限らないけど、執着したその状態はとかく本人には理解不能で、偏りを大きくする。
あくまでも自分の内でも外でも行く通りもの思想や思考法を置いて、ケースバイケースで自分で選んで使うのがいい。
行く通り×
幾通り○
それでも宗教を探求する人を否定するものではないとだけ。
職業でもそうだけど、広く扱う分野と一つをとことん追求する分野とある。
広くでも追求する姿勢に変わりは無いのだけど、一つのことをとことん追及する人がいるから
新たな発明も起こるものだし。
宗教者が宗教をとことん追求してそこから新たなものを生み出すことは良いことかもしれない。
ただ、これも帰依のイメージではないけど。
恋は盲目なんていうけど、
その時は刹那的で幸せだったり苦しさにも甘美を得られたりするものだけど。
それでも冷めたら後悔の種はあったりして。
相手を傷つけるかもしれない、自分も傷つくかもしれない、周りを巻き込むかもしれない。
責任の放棄もそこにはあるかもしれない。
それでもそのときの当事者にはその道しかないと思えるものだと思う。
盲目的になることは慎重すぎてちょうどいい。
そもそも盲目とは仏教でいう執着に他ならないのではないだろうかと思う。
反省の必要の無い人生で進むことが出来るわけがない。
放漫もおごりも度合いはもちろんあるけど、それでも元気よく進むには必要な場合も多々ある。
勢いは必要だ。冷静さも必要だ。だからバランスが大切だと思う。
人はある程度許すことの出来ることも多い。最近は許されない部分の巾が広がてきてる感じもあるけど、
それでも今のところはその巾も局所的でたいしたこともない。
単純化してるともいえる、これだけはずさなければ良いと言う部分が過去よりも明確だ。
方向付けするのに決め付けが必要な場合もある。
外したときのことも視野に入れておけばそれで問題も無い。
自分なりのこうあるべきを通せばよい。それがだめだと知ればすぐに変えればよい。
普通である必要も無い。普通では普通のことしか出来ない。
普通で良いと思っているような人物はそもそも使い物にならないし。
269 :
まい:2006/09/29(金) 20:48:19 ID:1fIH48zw
なんか張り詰めた糸の様。いつかゴムの弾力もなくなるから・・w
もちろんその時に感じればいいことだけどね。
いろんな使い道があるもんだよw
自分の見方で自分を探求すると同時に、相手のこともだんだん見えてくるんだろう。
まず、自分で痛みを知らないと相手の痛みもわからないから。
りょんさんはりょんさんなりでいいと思うよ。
270 :
pppppp:2006/09/30(土) 17:24:33 ID:NGK2yJDu
張り詰めたって?
272 :
まい:2006/10/01(日) 16:16:02 ID:5+zwwthf
>>271 いや、そう感じるだけ。気にしないでw
限界を知ることは無駄にはならないし、限界を知るたびに伸びていくことが出来ると思うから。
限界。
限界ってのはどこで限界と設定するか。
やってみなくちゃわからん。
つか、物事を限界までやったことって無いなあ。
ワタシは別に、意識して自分を追い込もうとは思っていないんだけど、望むと望まざるとに
かかわらず、そういう時期はいつか来るときがあるんじゃないかな。
進級試験だろうかw
まるで修行僧みたいだと我ながら思ったよ。宗教的解決方法には興味はなかったんだけど。
いや、とりあえず解決してよかったw
そんな思いをしたから、乗り越えられなかった人のことも責める気がしない。
その人はその人なりに精一杯だったんじゃなかったのかと・・。
残念な、苦労ばかりの亡くなりかたをした知り合いがいるんだけどね・・。
275 :
まい:2006/10/01(日) 22:45:31 ID:Y2T27C6k
俺のレスはそもそも自分あてなんだよ。
乗り越えられなかった人を責めようなんて気は毛頭ない。
けど、乗り越えられなかったひとも、結局はそこから何かを乗り越えなくては生きていけない。
妥協や諦めだけに固執したり自分をだめだとレッテル貼ったり、そんな風に思うのも楽しくない。
仮に何かを諦めてもそこから何かしらに挑むべきだと俺は思う。
その人なりの精一杯出来たことは誇りに思うべき。
俺の考えにはべきが多いなw
残念な苦労ばかりのなくなり方、俺にもそう思える人はいるよ。
それでも自分自身に対しては、俺は人からそう思われるような行き方したくないし。
身の回りにそんな風にしていて欲しくないし。
だから少しでも自分も力を得て周りにも影響できるものならしたい。
おこがましいかもしれないけど、自分が何かしらの力を得ることは悪いことだとは思わない。
人それぞれが自分なりの精一杯ってのをそれぞれが目指せばいいと思う。
全ての物事を捉えているのは自分自身です。
今苦労して不幸とも思える状況の人もいつの時代のどこに生まれたかによっては
よほど幸せかもしれない、そんな考え方がどうかは知らないけど、
それでもかなり自分が自分の状況をどう捉えるかに幸も不幸もかかってる。
目指すこと以外に迷い少なくいられる状態があるだろうかとよく思う。
勝ち組負け組みの考え方は嫌い。
勝ち負けなんてものを誰が決められるのかと。
勝手の誰かが決めた定義になぞらえて勝った負けたで得意げになったり凹んだりはアホのすること。
主婦には主婦の精一杯、母としての精一杯、仕事を持てばそこに満足があるかとかかな。
一生懸命って言葉あるけど、この一生懸命ってのが難しい。
結局は自己満足なのだ。
それでも自分が一生懸命できてるって自己満足できるときは幸せだと思う。
思いつきで書きなぐってみた。
落ちノシ
280 :
まい:2006/10/02(月) 09:30:49 ID:N3n4evsY
そうだね。結局自分の目線が物事を判断している。
不幸を嘆くときに、自分をどこから見ているかでまた違った自分も見えてくるよね。
ところで、今日は大王さんにちょっと質問。
このスレ読んでくれるかな?
281 :
まい:2006/10/02(月) 09:44:31 ID:N3n4evsY
ミクシィでの日記にも仕事と健康の関連について書いたんだけど、ちょっと大王さんのご意見も聞きたくなった。
よかったら、大王さんも来れるとイイネ。
霊的に敏感と言うか・・オカルトな話ではないんだけど、肉体が精神に影響を与えたり、精神が肉体
に影響を与えたりって、誰にでもあるでしょ。
ワタシの場合敏感なほうなのかわからないけど、すぐに影響を受ける。
いい影響だったらいいんだけど、精神的にはいいことでも、気分がハイになったら眠れなくなって、
眠れなくなる。
「眠れなかったら好きなことをやってればいいや」と思って気にしないんだけど、やっぱり眠らない
影響って、身体に出てくるでしょ。
やっぱり、自律神経のコントロール次第なんだよね。
そういう意味で、無心を目指したいんだけど簡単なことではないですよねw
もちろん、こんなこと一切関係なく短時間で切り替えて、ぐっすり眠れる人もいる。
こんな人には、宗教的なテクニックも理屈も必要はないんだろうなと思う・・。(わが娘&わが父
282 :
まい:2006/10/02(月) 09:55:30 ID:N3n4evsY
264 :りょん ◆Ryo/Z1n.Io :2006/09/29(金) 11:51:07 ID:eu6zB8mj
平常心を保ちながら人と接して人に飲まれずに人を見たときに
その人の色が感じられる。
その色の元となるものは育ちだったり思想だったりするわけで。
人の言動はその人の持つ思想に左右される。
もしも科学、哲学、心理学、宗教、その他経験を含めたもろもろをバランスよく
持っていられるようであればその人は万人と接触も理解も出来るかもしれない。
↑一般的な人から見たら、色の無い人、つかみ所の無い人なのかもしれないね。
ワタシはりょんさんと近いものを感じているけど。
若い頃は、普通でないことに関する悩みなんて無かった?
今は、コレが自分なんだからこれでいいと思えるようになったけどね。
283 :
聖霊大王:2006/10/02(月) 10:33:38 ID:tdHp4ONS
281のまいちゃんへの解答、、
眠れる呼吸法を、、
上向きに寝るか、姿勢を正すかどちらでもよい、
鼻でゆっくりと吸い、へその下、10センチあたりへ、吸い込むイメージで、吸う、
へその下、10センチあたりから、吐き出すイメージで、鼻からゆっくりと吐き出す、、
そしたら、、寝やすい、、
天台宗が考えた方法らしい、、
天台坊主は怠けて、知らないらしい、、、
>>280 人から見た幸せと自分の幸せと違うから。
それなのに人に左右されて自分の幸せを決める人が結構居ると思う。
>>282 色の無いのは俺?
俺は分かりやすいと言われますw
若いって言うか幼少時は環境の違いをいろいろと実感してった記憶あるけど。
今に思うのは結局人はあまり変わらないって事。
だから何するにも自信もっていいのだとも思える。
スレタイに惹かれて来てみたにょ。
おじゃまします。
生活に行き詰った時に宗教関係の書物を読んで、宗教は幸福への近道だとも感じた
のですが、実践するには世離れしてる。
結局生きている以上、憎み合ったり妬み合ったり、汚い事だってするじゃないですか。
自分や家族を守らなきゃいけないから。
人間関係や自分の感情を上手く処理して生きていかなきゃいけないでしょ。
自分にとって、その処世術が人生の黄金律。
人生の黄金律を会得する事と、宗教は相反する気がするんですよね。
そんなジレンマがあって、宗教に手が出せないわけ。
つづく
利害関係が絡む世の中で、どうやって宗教とバランスよく共存できるかが
分からないんす。
そもそも、神様なんてあまり信じられないし、宗教って聞くと気持ち悪い。
覇気が感じられないっつーか、薄気味悪い。
(心に良いものって気持ちよく感じるものだよね?風が気持ちよかったり、陽が暖かかったりみたいな)
288 :
まい:2006/10/03(火) 10:30:36 ID:mtxJkW8W
>>283 大王さんありがとう。やってみますね。
>>284 そうだね。
>>285 りょんさんは、自分を表現する努力を凄くしていると思います。
違いがあっても、食わず嫌いではなくちゃんと味見した上での感想を持っていると思うし。
見習いたいと思っています。
>>286-287 >生活に行き詰った時に宗教関係の書物を読んで、宗教は幸福への近道だとも感じた
近道なんてどこにも無いと思うよ。宗教関係者を神様が特別扱いするなんてこともない。
もし宗教で幸福になれるとしたら、先人の知恵やヒントがあるからじゃないかな。
ジレンマや、気持ちいいという感覚。
蓋をしてまわりの価値観に従うのではなく、その感覚を大切にしていく中から
きっと何かが見つかるのだと思います。
そのあなたの感覚から見つけた何かが、あなたが生まれた意味なのだと思います。
りょんさんや大王さんのお答えも聞きたいなw
289 :
聖霊大王:2006/10/03(火) 10:59:15 ID:cKkvw//f
宗教は信じる物として、感じた事は、一度もないなあ、、
信じるなんて、馬鹿らしいし、と言う部分がある、、
自分を救うのは自分だ、、と言う考えだなあ、、
最近気づいたけれども、、信じる系の宗教は、、どうやら、孤独を回避するためにあるようだ、、
伝統的宗教でキリスト教、信じる系の仏教は、、魂の共同体を想定しているなあと思う。
290 :
まい:2006/10/03(火) 11:32:21 ID:mtxJkW8W
>>289 ワタシの「やってみます」も、大王さんを信じるところから始まっていますよw
確信になるかどうかは、結果次第ですが。
信じるなんて、そんな単純な快不快からかもしれませんね。
「孤独の回避」っていうのはそうかもしれません。人という字は支えあって出来ている・・ってね。
せっかく同時代を共に生きている縁ですから、知恵を出し合って助け合うのもいいのではないかと・・。
もちろん、自分ひとりの力を試してみるのもありですが。
>>286-287 宗教でも覇気のある団体活動するところもありますけどねw
パワフルなところとか。でも何か違う。
その違いは必ずしも宗教に限って存在するわけではなくて、教育セミナー見たいなところに行っても
あるようなものだけど、やっぱり洗脳系。
仏教みたいなものは物静かなイメージがあるけど、でも286さんと同じで世離れに思う。
宗教で安らぎやらなんやら得られる人がいることは否定しないけど、
一般的な人が本質的に宗教で報われることは無いと思う。
それどころか、自己実現力が不十分な人間は宗教によって害を得るんだと思う。
292 :
聖霊大王:2006/10/03(火) 17:34:38 ID:cKkvw//f
自己実現力が不十分な人間は宗教によって害を得るんだと思う。
について、、伝統的宗教に絞れば、、それほど、害がない、、かえって、やる気なく、自己責任だろうね、、
強制力ゼロだろうから、、キリスト教、アメリカ系はやばい、
293 :
聖霊大王:2006/10/03(火) 17:41:31 ID:YzRX67mO
仏教主流は真言宗、天台宗は、御利益イッパイだぞーーーー
また、、、、イメージずきだなあ、、、、
りょん太郎は、、、、
>>292 団体に属するのは別として、宗教そのものが害だとは言わないけど。
中には使える教義内容もあると思ってるけど。
客観視してみれば、宗教の性質は人を扇動したり思い通りの方向に促すことに役立つのはきっと誰でも気づくと思う。
事実宗教団体の手法は企業でも内容を変えてそのまま使えるはずだし、
実際に宗教団体が先なのか民間的機関が先なのか分からないくらい酷似してる部分もあると思う。
ただ、企業なんかが用いる場合には明確に現実的な果実が伴うけど、
宗教の場合には存在自体が曖昧なもの、ありもしないものが伴う分危険といえるのは間違いない事実だと思う。
自分がその内容を理解し選び用いる。そういう状態であれば宗教の中からも十分得るものはあると思う。
>>293 イメージでもないと思うけどね。
もちろん全てなんて知るわけもないから、俺の言ってる内容とマッチしない宗教があるだろう事は認めるけど。
295 :
286:2006/10/04(水) 01:14:16 ID:ATap0LeP
レスありがとう。
>>288 自分の感性は大事にしたいと思ってます。
経験から来るものだったりもしますが、オカルトっぽいけど・・・何かの導きがあっての
インスピレーションだとも思ってます。
(これも経験からですが)
>>291 >自己実現力が不十分な人間は宗教によって害を得る
それはすごく思いますね。
地に足が着いていないと、逆に混乱を招いたり、精神の成長を妨げたり、他人との
コミュニケーションの障害になるんじゃないかな。
自分の場合、信仰に走る理由が、社会不適合気味の不安から来るものが大きい
のですが、これは結局宗教では解決しない問題ですよね。
やっぱり、自分も信仰に走るには未熟で危険です。
296 :
286:2006/10/04(水) 01:14:47 ID:ATap0LeP
この世は生きている人間のものなのに、神様(霊魂もそうだけど)などに影響されるのは
生きてる意味がないのでは?とも思うんです。
神様について考えてる時間があるなら、他にもっと考えなきゃいけない事が沢山あるはず。
宗教について深く勉強してるわけじゃないんで、ちょっと偏った考えかもしれないけど
宗教に違和感を感じるのが、え〜例え話ですが、理不尽に殴られた時に、殴った相手を
「この人も神の御子だから赦します」なーんて、何事もなかったようにスルーしてしまう。
そんなのは、生きている人間として不自然ですよね。
そんな理由で赦す前に、相手の気持ちを汲んだり、自分の至らなさを反省したり
そういう悶々とした過程って、人間の成長に不可欠だと思うんです。
ただ単に読解力がないだけかな?
やっぱり自分には神様事は向いてないみたい。。。
297 :
まい:2006/10/04(水) 12:42:19 ID:hpna7w1B
554 :雪椿 ◆Sis.Q9h9cQ :2006/10/03(火) 21:20:17 ID:BqonzE6r
人を生かすのは霊であって、肉はなんの益にもならない。
555 :雪椿 ◆Sis.Q9h9cQ :2006/10/03(火) 21:33:30 ID:BqonzE6r
霊がまず救われると後の事は全部ついてくる。
【だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、
これらのものはすべて与えられます。】 マタイ6:33
【そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って
心配するのをやめなさい。】 マタイ6:31
>>295-296同意。
生きるには信じるパワーも必要だし、現実的な努力も必要だよね。
286さん、↑こんなのヤバイと思うでしょうwwwww
霊も大切、体も大切だとは思うんだよ。
でも、「どちらがより大切」と強調する必要があるのは宗教団体の経済事情だと思う。
医者もまたしかりだよ。治せない病気のほうが多いのに、したり顔w
298 :
まい:2006/10/04(水) 12:59:54 ID:hpna7w1B
>そんな理由で赦す前に、相手の気持ちを汲んだり、自分の至らなさを反省したり
>そういう悶々とした過程って、人間の成長に不可欠だと思うんです。
これも、相手が神の子とまで言わないまでも、自分と同じように痛みを持っているかも
なんて信じている部分があるから出来ることだよね?
自分と相手。自分と環境。自分と自分の生きる意味。そんなことを知る助けにはなるんじゃないかな。
>>296 この世は全ての生命や物体のものかもしれない。
だから霊や神があるなら俺はそれらのものでもあってかまわないw
けど、性格を持った神などいないし、自然や何かしらのエネルギーを神と呼ぶなら
人間はその「神」を尊重し敬うだけで十分。なんで神を利用する人間に従う必要があるだろう。
俺には神はいないけど、自然に対する敬意はあるつもりだし目に見えないいまだ解明できてない力はあると思うほう。
昔の風や雷のように現代人が今になっても神や霊としたほうが説明のつく現象はあってもおかしくは無いと思う。
>神様について考えてる時間があるなら、他にもっと考えなきゃいけない事が沢山あるはず。
同意。
身近にいた宗教者で仕事でみんなでがんばらなくてはいけない時に宗教の集会に毎晩いったりしてた、
単なる一般信者で現実と宗教とで宗教を優先させるようになったらかなりやばいと思う。
>「この人も神の御子だから赦します」なーんて、何事もなかったようにスルーしてしまう。
>そんなのは、生きている人間として不自然ですよね。
必ずしもこの引用部分が全てじゃなくて、時と場合によっては別の教義が適したりするんでしょう。
全体を知れば流れがあったりするのだとは思うけど、結局は現在の宗教の指導者的立場の人たちの解釈が優先されるんでしょう。
実際にキリスト教関係でも宗派によって解釈も違うらしいし、
そうなれば本来は個人個人の解釈によるのが筋。大まかなことは指導的な人が説明するとしても、
細かい解釈はここが行い自分の全ての事柄の益のために生かせてこその教義ではないかと。
信仰者も神の意思に従ってるのか、信者や団体の長に従ってるのか理解できてないのではないかとも思える。
政治家や大きな企業のトップなんかが良く使っている手法に他人の言葉の引用をするってのがあって、
小泉なんかもよく歴史上の人の言葉をもって演説したりしてて、
その効果は大衆、民衆には結構あるらしい。
宗教団体のトップはその他人の部分に神を持ってくる。
歴史上の人間の言葉程度であれば、まだ否定も出来るけど、信者に対して
神の言葉を持ってこられて否定が可能だろうかと。
つまりは自分の考えや言葉をさも歴史上の偉大な人物がこの局面であればそう語るはずだとして
摩り替えてしまう話術なんだけど、宗教家こそその話術を最も用いてると思う。
前にこの板のある人のレスで、
和尚さんが暑い日に地蔵に水をかけてやってたら
弟子が和尚に地蔵に水をかけては罰が当たるといったとか。だったか?
そうしたら和尚が
「俺が地蔵が暑かろうと思って水をかけてるのにそれで罰が当たるなら当ててみろ」
だったか?ちょっとうる覚えになってしまったけど。
俺としては教義や教えがどうであろうが自分の意思と心を持って行動の出来ることが一番なんだと思う。
信念の無い人間が宗教にはまればやくざの鉄砲玉と同じになるだけ。
正しいと言うことも主観であれば自分が正しいと信じられることを行うこと以外に正しさも無くて、
それがどこまで通用するかは自分の主観しだい。
自分が正しいと思うことをして神が怒るのであれば、そんな神は悪魔。
悪魔が支配する世であれば何の価値も無い。ただただ神を恐れるなんて人も自分の信念や正義(観)に自信がないだけのこと。
黄金律なんて書いてると成功哲学的なことを浮かべる人もいると思うけど、
あんなものもある意味宗教と同じで。
信念の無い人間がはまっても本当の意味で成功なんて得られるものではないと思う。
本当に大事なことが何かを自分の問題としてしっかり考えられるかどうか、
それに向かって行動できるかどうかにかかってると思う。
自分と言うのは自己であり相手であるのだ。
それぞれが自分、相手を大事に考えお互いの利を見極めてともに行動できれば。。。
利というのは必ずしも金の問題ではなく、本当の意味での利であればあるほど、上手くいきやすい。
305 :
まい:2006/10/05(木) 16:20:33 ID:CM4ELCbb
利というのはプラスの事ね。
プラスに向かう流れやマイナスに向かう流れなんていうのがあるのかな。
傾向と言うか・・。
光に向かうとか闇に向かうなんていう言い方も出来るかもしれないけど。
闇(悪ではない)の何が悪い?
天気だとしたら雨の何が悪い?
良いも悪いもイメージもあると思う。
それを悪いイメージと結びつけて使えばまた別だけど。
固定観念や先入観が増えれば増えるほど利自体も減っていく気がする。
まあ、この考え自体が一種の固定観念なわけですがw
307 :
まい:2006/10/05(木) 23:16:59 ID:nZ8HP23S
何が利で何が損なのかを考えてみただけだよ。
2元論で整理してみただけw
男と女に(陰・陽)分けてみたからと言って、どっちが良いとかの話ではないでしょ?
308 :
まい:2006/10/05(木) 23:20:20 ID:nZ8HP23S
あとね、色。
白は清潔で、黒は不潔とかのイメージがあるでしょ。
でも実際はどの色にも役割があって、どの色も欠けたら鮮やかな絵が描けないんだよねw
黒って不潔のイメージある?
俺は黒好き。
全身真っ黒装束とかよくやるw
>>297 >人を生かすのは霊であって、肉はなんの益にもならない。
こんな人がいるんですか。。。
何の為に肉に生まれてきたんでしょう。
肉として生まれた以上、肉としての生活を全力で全うする事が第一だと思いますが。
>霊がまず救われると後の事は全部ついてくる。
こういうのも不思議ですね。
霊って、人間と同じように、物事を解決する力を持ってると思うし、もし救いを求めるなら
上のレベルの神様?霊?に救いを求めると思いますけど。
霊の事情は分かりませんが。
霊も神様も当たり前に信じてます。
何か大きな力に生かされている。
それは静かに感じて感謝していればいい事で、それ以上のものではないと思うのです。
生き生きと生活していれば、それで良いんじゃないんでしょうか。
311 :
まいちゃんへ大王:2006/10/06(金) 10:22:05 ID:fu4VOrUA
朝、天台寺院を散歩、、
天台仏さん、大パーティー状態、、
法華経の世界を理解したから、歓待される、、
天台は心やさしい、、
神秘はあるけど、
生き物の命に優しい、まなざしを持っている、、
ご隠居をおちょくりすぎたなあ、、、と反省するほどのやさしがある、、、
日本仏教の主流派の天台、真言は、ほんとに、生き物の命に優しい、まなざしを持っている、、
禅は神秘ゼロ極道印、、、、
そういやあ、チベットゲルク派(ダライラマのとこ)も一度、歓待をうけたなあ、、
真言宗も、高野山の宿坊に、泊まったときに、歓迎されたなあ、、、
キリストに歓迎された記憶もあるなあ、、、、、といいつつ、、、
禅の神秘ゼロ、極道印生活へ帰っていく、、、、、
312 :
大王:2006/10/06(金) 14:25:52 ID:fu4VOrUA
313 :
まい:2006/10/06(金) 14:30:21 ID:huaHIJXo
>>309 好き嫌いは別として、犯罪者のことそう言わない?
個人的には黒はハイになれない色かなぁ。
個人的には黄緑やオレンジが好き☆
314 :
まい:2006/10/06(金) 14:33:05 ID:huaHIJXo
315 :
まい:2006/10/06(金) 14:37:30 ID:huaHIJXo
大王さんへ
天台、真言って、ほとんど知らないんですけどいいところそうですねぇ。
>>312 なんかそこ、つきちゃんもいるし、みんなの憩いの場になってそうですね。
金融でもブラックとか言うしねw
グレートか言うし、まっさらとか真っ白とか言うし。
でも植えつけられたイメージだよな。
変な考え方だけど、法律一つとったって俺の許可無く出来たものばかりw
当たり前とは受け入れないようにはしてるよ。ある程度従うのは仕方が無いにしても。
血液型と性格の影響の真偽はともかくとして、
とかく血液型で見られる傾向があったとして、
日本の政治的な決め事のほとんどはA型的発想に基づく。
いわゆるB型的発想では合わない部分も多いだろうかと。
男女と言う2通りの見方で社会を見れば、最近身の回りにも増えつつあるけど、
性同一性障害とかの人は男とか女と分けられた立場の感覚には理解が厳しい。
まあ、今までの同性愛的な感覚でも中々理解しにくい面もあったかもしれないけど、
今後はますます多様化された感覚が当たり前に受け入れられるようになって
調和が求められていくのだと思う。
その時にも先入観は邪魔になるんじゃないのかな。
宗教と言うものがこれから求められていく調和に迎合できるのかどうかは謎。
輸血もだめとかセックスもどうとか言ってるような教団あたりはかなりやばいかもな。
何故結婚せずに子供を作ってはよくないのか。
これは法律的な問題が元になってると思うのだけど、
結婚して生めば優遇されてしてなければ籍にも入らないとか。
時代的な感覚からすると制度も古い、もっと柔軟な制度に変えていかなければ
子供の出生率はさらに減っていくと思える。
それだけの問題であるにもかかわらず、結婚してないで出生した子供に対する偏見もいまだ残っている現実。
体裁と先入観の流れに沿った流れで進む世の中は常に大衆の観念が時代の後からついていくのだと感じる。
女性保護の観念の世なのか、男女平等を唱えればよいのか。
もしも保護する部分があるのであればこれから本当に保護すべきはなんなのか。
そういう視点に関しても宗教的な感覚は邪魔になりがちではないかとも思う。
と、ちょっと極端ぎみなことかいてみた。
もっと書くかw
例えば敵対的買収ってやつなんかも。
あんなのも法や制度にのっとって行ってるわけで、
制度を利用する側はその危険性もわかって利用するわけで、
絶対的に悪みたいな風にされる風潮もおかしいと俺は思う。
世の中はいたってヒフティーでなくてはならない。
制度には利点も欠点もつき物のはず、利点だけを得てと言うのも虫のよすぎる話。
事実そういうのが面倒で上場なんてしない企業も数知れず。
インチキされてたのは問題外。
323 :
聖霊大王:2006/10/06(金) 15:08:47 ID:fu4VOrUA
天台には、タブーは少なそう、、真言宗は、エロオーーケイなお経がアル、、
禅は一休さんは、エロだ、、
世話になっている、チベットさんは、エロがエネルギーだ、、
324 :
聖霊大王:2006/10/06(金) 15:10:47 ID:fu4VOrUA
欲望を肯定する仏教は真言宗、チベット密教だ、、
天台宗も縛らないだろう、、、
325 :
鼠:2006/10/06(金) 15:12:02 ID:HpAvdjng BE:1212819089-2BP(0)
326 :
聖霊大王:2006/10/06(金) 15:25:05 ID:fu4VOrUA
天台宗は瀬戸内寂聴がいるところ、、
327 :
まい:2006/10/06(金) 15:44:46 ID:huaHIJXo
>>316 クロはクロで、落ち着くとか良いイメージがあるんだよ。
どの色も欠かせない、って事が言いたい。
良い悪いではなく、好みや相性ってのはあると思うよ。
328 :
まい:2006/10/06(金) 15:49:06 ID:huaHIJXo
>>319 これには賛成!コレに関しては結構自由なアイデアを持ってるよ。
でも保護の観点から言うと、やっぱり約束事(契約)ってのは必要になってくるのかな?
329 :
まい:2006/10/06(金) 16:02:20 ID:huaHIJXo
>>321 >制度を利用する側はその危険性もわかって利用するわけで、
>絶対的に悪みたいな風にされる風潮もおかしいと俺は思う。
ワタシもそう思う。経済的なことには詳しくないけど・・。
あれって、ある意味スケープゴートなのかもね。
330 :
まい:2006/10/06(金) 16:03:46 ID:huaHIJXo
大王さん、禅って、お経を重視しないの?
お経の効果って、何だと思う?
331 :
まい:2006/10/06(金) 16:29:56 ID:huaHIJXo
ああそうそう、シロとクロに関して。
「シロに近ければ近いほど精神的」「クロに近ければ近いほど物質的」というのはどう?
もちろん、物質的なのが悪いって言っているんじゃないよ。
「何」がシロいのかクロいのかと言われると、イメージでしかないんだけど・・。
332 :
名無しさん@3周年:2006/10/06(金) 16:59:46 ID:JnUXKELT
天台宗は戒律守らなきゃいかんよ。真言宗も。
なんでもやり放題じゃないんだよ。欲望を律しなきゃダメなんだよ。
皆さん、知ったかぶりで勝手な事言う人の事信用しないでね。
333 :
聖霊大王:2006/10/06(金) 17:32:42 ID:fu4VOrUA
332殿、そのとおりでもあるが、、欲望を律するが、先ではない、、結果的に律せられていくだろ、、
そうじゃないと、現世利益的方向は説明できんじゃろ、、
まいちゃんへ、
禅はお経を重視しないなあ、、情報として、、おいらは、世話になっているなあ、、
禅は建前上、お経の効果はないと、考えているが、、
建前で、実情は、、相当認めているでしょうね、、
334 :
聖霊大王:2006/10/06(金) 17:33:40 ID:fu4VOrUA
332や、在家の場合と僧侶の場合と違うでしょ、、、
335 :
聖霊大王:2006/10/06(金) 17:41:44 ID:fu4VOrUA
332や、南方仏教と密教要素が入った教派とでは、欲望の内容も異なるし、、
明治以降、日本仏教は特に戒律も変化しているしねえ、、
>>328 約束って言っても守るための約束じゃなくて縛るための約束になってる感じあるけどね。
法ってのは縛りであるのも事実だけど、自由な意思を尊重すると言いつつ、自由な意思が麻痺する縛りかたなきがしないでもない。
これも制度の利用の仕方しだいなんだけど、常識って物に捉われて制度の中身も知らずに用いる人が多すぎると思う。
>>331に対しては。。。
分からんw自分が身に着けるには黒が好き。それだけでしかないな。
洋服なら似合ってればいいし。
大ちゃん。
ここでは宗教から離れたレスがメインだよ。
338 :
まい:2006/10/06(金) 19:03:22 ID:huaHIJXo
りょんさん
>常識って物に捉われて制度の中身も知らずに用いる人が多すぎると思う。
法って、本来人間が暮らしやすいように利用すべきものなのに、人間を縛る常識として
利用されているというか・・。
大王さん
効果というより情報ね。(なるほど・・
宗教から離れたレスっていうのも難しいねw
じゃとりあえず、大王さんにとっての性愛とかをしりたいなぁ。
>>338 俺はむしろ逆の考えで。
法ってのは統べるためのものだから縛ることが目的だと思ってる。
縛ることによって統一して守ることも出来る。
それなのに法に基づいた制度を自分にとって都合の良いものなのだという過信が
制度を受け入れた後の諸問題を引き起こすんじゃないのかなあ。
誰にでも身近なのでは結婚。
こんなことになると知ってたら結婚なんてしなかったと言う人とかいるけど、
果たして知ってたらし無かったのかどうか、そもそもどんな覚悟で制度を受け入れたのか、
制度の内容くらいはざっとでも目を通したのだろうかとか。
黙ってたら一生縛られる制度なのにね。
追記。
制度の範囲で十分に動けるなら縛られる覚悟もいらないのだけど。
341 :
聖霊大王:2006/10/07(土) 10:30:08 ID:lcGp95+J
338のまいちゃんへ、、
そうだな、、不幸になる人を生み出さない、、性愛なら、いいんじゃないかなあ、、
342 :
聖霊大王:2006/10/07(土) 14:47:09 ID:lcGp95+J
343 :
名無しさん@3周年:2006/10/07(土) 16:09:30 ID:R9cOwMOu
この世に、「絶対は無い」という事は無い。
なぜならば、生き物は絶対死ぬから。
344 :
名無しさん@3周年:2006/10/07(土) 16:11:24 ID:R9cOwMOu
よって、この世に絶対は無いという事は絶対
に無い。
うつろいとかね。
そー言うものに対してなら絶対はあるね。
346 :
まい:2006/10/09(月) 21:15:11 ID:SXNOZREm
>>339 それ、りょんさんの結婚しない理由?
一生離婚したらいけないなんていう結婚は無いよw
いや、離婚したいと言ったら極悪人扱いになるのかな?
不幸になる人を生み出さない性愛もあるし、離婚もある。
でも、大概は別れる時には衝撃的な事実と向き合うことになって、ショックは隠しきれないらしいね。
ワタシは人の気持ちは移ろうものであって、約束で縛れるものではないと最初から思っているから・・、
もし気持ちが変わっても、誰が悪いと言う話ではないよね。
悲しみはしても、相手を攻める気にはならない・・。
そうは思っていても、諦められない諸事情もそれぞれあるのでしょうが。
ああ、かわいくない女w
違うよ。
理由は自分の性格が向かないと思うから。
契約な以上は解除も可能だし解除して極悪なんてことないし。
それ以前に人と人が無理して一緒にいること自体が人生の無駄。
俺としては相手を本当に尊重できる関係は結婚にはないって感じかも。
義務とかも最低限しか欲しくないし、こんななんで結婚しないほうが双方のため。
人の気持ちは5分後も分からないけど、でも悪いほうに変わるというものでもないよね。
一時的に望まないほうに変わったとしてもまた戻ることも不可能ではないし。
大切なものを失う可能性を十分に認識できなくなったら、大切なものが何かも分からなくなるかも。
ああ、面倒くさい性格なんだね。
人と人が無理して一緒にいるのが人生の無駄って。。。社会生活ってそんなもんじゃん。
そんな中で勉強してくのが人間なのに。
てことは、契約のない同居生活ならおk?
そこにも契約しなくったって責任が生じるけど。
同居も難しいね。
半同棲程度が限界。
基本的に大きな責任は仕事だけで十分と思ってる。
面倒くさい性格というよりは面倒が嫌いなんだよw
家庭を勉強の場にはしたいとは思わない。
家庭は仕事のベースになるところだから、そこで波風立たせたりするよりは
お互いの都合があったときに楽しく過ごせればよい。
つか、結婚を勉強のためにするわけでもないでしょ、何のために結婚する?
それと。無理して一緒にいる状態というのは、
結婚状態がうまく行ってるときではなく、まいさんのレスの流れの
離婚するかしないかの状態。
もしも気持ちが戻ることはない。
そうなればとっとと別れるのがお互いのためだと思う。
それでも一緒にいるのが人生の無駄でしかないということね。
社会と家庭が同じならそれこそ結婚に意味はないんじゃないかと。
こんな感じかな。必要性を感じないってのがでかいかもね。
353 :
聖霊大王:2006/10/10(火) 13:03:25 ID:vFQFuxeH
りょんちゃんが、なぜ、結婚したがらないか、、
なんとなく、わかる、、
深くは入り込まないんで、、心配しないでね、、、
学問的な関係のある、上での話は深入りするけども、、、
354 :
名無しさん@3周年:2006/10/10(火) 13:27:58 ID:yrUDWA+q
>>353 入り込んでも別に気にしないけどw
男の場合は本当には結婚したいって思う人のほうが少ないだろうしね。
結婚しないことのほうがけじめの場合もあると思ってるし。
356 :
まい:2006/10/10(火) 20:31:21 ID:JWvdcUVu
>>351 何のために結婚するかっていうと・・お母さんになりたいからだね。
そしてその相手は、一緒に喜びを分かち合えるなら・・かな。
男の人はお父さんになりたくないものだろうか?
りょんさんの彼女は女として納得できてる?
そんな割り切れる相手としか付き合わないっていうのなら、やっぱり相手はなかなか出来ないだろうね。
もちろん口先だけの約束よりも、生き方に共感できる異性は居るから結婚と言う形が必ず男女の間にあるわけではないよね。
ワタシは「パートナーはひとり。それ以外の男性は全て友人だよ。」なんて言うんだけど、
彼女がそう言う場合、信じられる?
そんなワタシの言うことを信じられなかったら、ワタシのパートナーはやってられないだろうな。
信頼できる人に出会えることは難しいことを知っているから、信頼だけは裏切りたく無いと思う。
357 :
まい:2006/10/10(火) 20:51:59 ID:JWvdcUVu
お母さんになりたいって言うのはワタシの願いであって、好きなあの人の願いではないとしたら・・
子供だけを産ませて欲しいなw
やっぱり、好きな人の子供のお母さんだからなりたいんだ。
女は優秀な遺伝子を選びたいのだ。
でも、理想なのかな。
ひとりで育てるのは難しいんだろうね・・w
358 :
聖霊大王:2006/10/11(水) 10:18:02 ID:jy6d2uj9
案外、結婚を嫌と言うのは、、深層心理的なものが強い、、その深層心理を否定する気はないけど、、
おいらも、自分の深層心理から、解放したかったので、、生きていく上で不便な深層心理があり、、
解放したい深層心理があった、、
自己の深層心理との戦いで、苦労はしたなあ、、、
359 :
聖霊大王:2006/10/11(水) 10:30:25 ID:jy6d2uj9
360 :
まい:2006/10/11(水) 10:40:00 ID:23Hzp0aM
本能に従うと言いながら、実際はいろいろ考えすぎるw
361 :
聖霊大王:2006/10/11(水) 11:26:58 ID:jy6d2uj9
結婚というのも、人間の心の力を要求されるね、、
伴侶に対する、、子供に対する、、、
そういう、対応する、心の力で左右される、、
そういう、側面に関心がない場合、結婚しない、という選択は正しいだろうな、、
362 :
聖霊大王:2006/10/11(水) 11:29:32 ID:jy6d2uj9
ほんと、おいらの心を改良するだけで苦労するから、、
心が厄介な場合、、結婚しないほうがいいとも、いえる、、、、
依存傾向な、人は結婚好きだろうな、、
そういう人は、また、不幸になるだろうね、、
363 :
まい:2006/10/11(水) 11:38:29 ID:23Hzp0aM
依存傾向だと結婚か・・。
確かにそれはあると思う。二人で歩むことに対する憧れだったり。
でも結婚を実際してみたら、それはすぐに幻想だとわかる。
でも、子供が居て、それなりに責任感があればそうそうやり直せない。
現状で、自分が強くなる方法を探すしかなくなるのだ。
神様も業師だよね〜〜。
甘い餌で釣っといて、実は大きな課題で成長させてくれるのよ。
甘い餌も、課題も、楽しもうと思えば楽しめるんだけどねw
そう言える様になるまでは時間は必要だったけど・・。
無駄な時間ではなかった。コレだけは言える。
364 :
まい:2006/10/11(水) 12:46:13 ID:23Hzp0aM
いろんなことにすぐ譲ったり、諦めたりのワタシだったけど、
子供の幸福のためにはワタシが強くなるしかなかった。
子供のチカラって・・偉大w
365 :
聖霊大王:2006/10/11(水) 14:27:01 ID:8VqwiCAP
子供との関係の力、、
魂の関係を見るからだろうな、、
やっぱり、宗教的でなくとも、、宗教的な感覚が、母と子にあるような、感じがする、、
結婚ってどうやってすんの?
恋人・夫婦の会話ってどうやって成立させればいいの?
独り身暦=年齢な俺に教えてやってください。
367 :
聖霊大王:2006/10/11(水) 14:43:04 ID:8VqwiCAP
たぶん、一番いい結婚は自己の心が豊かであれば、、他人の心を量るゆとりがあれば、、
自然と成り立つんじゃないかなあ、、
368 :
まい:2006/10/11(水) 15:11:37 ID:lvpxSrKj
結婚に限らず、自分の思いを表現することから関係性は始まる。
表現をするためにはまず自分を知ること・・。
思春期の混乱はそのためにあるのではないかな。
身体の一部だと思っていた父や母が、実は自分とは別個の人間であり、家族とは言えども、
自分を理解してもらうためには交渉が必要だと言う事実。
369 :
名無しさん@3周年:2006/10/12(木) 11:37:10 ID:MOVfVyJo
食欲と睡眠欲と性欲をどう満たすかは永遠のテーマだよな
喜びでもあり苦しみでもある
>>356 例えば、この人しかいない。とか思ったとしても別れれば必ず好きな人が出来る。
今度こそこの人だけとか思ってもまた同じ。
本当にこの人だけって言うことはありえないし、あるとしても自分がそう決めたときだけ。
それはある意味美しいかもしれないけど、執着かもね、仏教的な。
俺が思うにはそんなに割り切れる女は少なくて、だから彼女ともなればめったに割り切れるものではないと思う。
俺自身今は彼女であれば彼女だけでもいいと思えつつあるし、生活を共にするのでなかったら結婚でも同じことなのかも。
ただ、結婚をしたがる女性は好きじゃないかな。
この辺の感覚には過去の何かしらが影響してるのかもしれないけど、それを無理に変えようという気はないか。
>>358 それは否定できないね。
つーか、むしろ分析すれば明確にあるだろうな。
自分が安心できる家庭ってのを知らないってのも一つの理由だろうし、
10代から特定の人とのみの共同生活ってのをしたことがほとんどないから受け付けないのかもね。
372 :
まい:2006/10/12(木) 18:37:05 ID:En4UGsHQ
共同生活って難しいよねw
結婚しないで同居するのと、結婚はしてても別居するのとではどっちがいいだろうか?
ワタシは後者がいいな。
子供のためには親の責任の所在ははっきりしていたほうが良いし、本人たちの為には
依存し合わない関係がいいと思う。
いろんな男の人のタイプもあるんだろうけど、猫族の子育てのイメージ。
ライオンなんかはハーレムだけど、それはそれで大変なのかもw
373 :
まい:2006/10/12(木) 18:48:04 ID:En4UGsHQ
ってゆうか・・共同生活しても疲れない相手とはなかなか出会えない。
運命の出会いを待つか、勢いしかないかもね。
そして幻想だったことを知るw
それはそれで面白いんだけど。
所有物っぽく縛りあうのはやだね。(自分に自信がないことの裏返しかな?
パートナーは惚れたはれたより、契約の意味合いが強い。
信頼がなくなったら、一緒にいる意味は無いのかもね。
ワタシの場合。(ちょっと寂しいけどw
りょんは、結構寂しいヤシだったんだな・・・w
今現在、仏教界の世襲は根付いた状態にある。
また、四波羅夷に於いて、性に関するものは悉く禁じられている。
お釈迦さんの遺言の一つと言ってもいい。
それを知った上で、敢えて結婚をするというのならば、
その中で、僧侶が結婚する時に言わねばならない台詞は
以下のようなものであるべきじゃないかと感じている。
「確かにお釈迦さんは、四波羅夷に於いて比丘の結婚などありえないことを言っている。
しかし、人として、この社会の中で、一般人としても生きねばならぬ中、
そして、ある人物と出会い、交流を持った時、(→相手を愛おしく想った時)、
『たとえお釈迦さんに背いてでも、自分はこの人と共に生きていきたい。
この人は、自分が支えねばならない。或いはこの人に支えられなければ自分はありえない。』」・・と。
そして、胸を張って、こう言えるだけの相手と結ばれるべきであろうと・・・。
りょん・・・、臆病になっていないか?
君のその冷めた視線は、もしかしたらこれまで、
多くの女性を殴りつけてきたかもしれないぞ・・・。
横槍失礼した。
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|彡サッ
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>>373 >ってゆうか・・共同生活しても疲れない相手とはなかなか出会えない。
>運命の出会いを待つか、勢いしかないかもね。
共同生活をしても疲れない相手って言うのはおそらく腐れ縁でいまさらな関係か、
または終わりが決まった関係を継続している最中。
自分の意識が今に安定していればいるほど現状とは違った生活に憧れたり、今にわがままになったりするから。
安定すればそこには不満が生まれる、失うから惜しくなる。
分かっていたとしても中々人と人の安定は難しいと思う。
>>374 お久しぶりです。気にしてましたよw
俺が果たして寂しいかどうかは別として、今まで付き合ったりかかわったりした相手は
かなり寂しかったりもあるとは思うけど。
自分自身なんとなく変わりつつあるような気がしないでもないのはごく最近だし。
過去の反省を踏まえて。でも、結婚と言うものにこだわる気にはどうしてもなれないな。
かりに生涯この人だけでよいと思えるなら、で、一緒にいる気なら俺にとっては結婚だろうがなんだろうがどうでも同じ。
そうは思えつつある。
ちなみに俺は女性に対しては冷めてないな、ふられて泣いたこともあるしw
ただ、それと結婚とかとは別なもの。
そして、相手でも自分でもその時にそこまで本気になれるってことには価値も感じる。
ただ、それでも終われば必ずまた誰かにそう思えるときもある。
それなのに特別に思える相手だからこそ大事なんじゃないだろうかと思う今日この頃。
一つ前の流れ無視してひんしゅく覚悟の持論を述べてみる。
男でも、場合によっては女もだろうけど、特に男の場合。
一人で足りる女に出会えるものだろうか。
例えば、仕事で疲れたりしたときに会いたいと思う女は普段一緒にいたい女と同じだろうか。
飲み屋でもいいし、料理屋でもいいし、友達でもいいし、その時その時にあって自分に効果のある相手って一人だけってあるのだろうか。
そういう心理を理解して寂しがらずに自分だけを見るような女っているのだろうか。
目には目をなんてやる女はいらんwかといってじっと耐えて我慢してますなんて女もだめぽ。
分かってても男ってそういう、別にエッチなこと抜きにしても女性で癒されるような部分あるでしょう。
息抜きに女性と過ごすのが一番効果あるような。。。そんなものを女に理解させようとしても無理なら、
隠すしかなくて、隠すのは裏切り気分になるなら文句言われる状況を持たないことが自分の安定にもなるような。
そんなのもあるな。別にこの考えに徹しようというのではなく、誰でもそんな面もあるでしょうと。
この人だけで生涯なんてことは、決めて守るしかないような不自然なことだろうと。
379 :
まい:2006/10/12(木) 21:44:36 ID:l7+a63O/
>この人だけで生涯なんてことは、決めて守るしかないような不自然なことだろうと。
りょんさんのそんな正直なトコ好きだな☆
優しいから、その場だけでの約束が出来ないんでしょうね。
本能的に言って、自分の感情に正直に生きるとすると、ひとりの異性と一緒に居る必要がある
期間は3年なんだって。(3年目の浮気?
それを実行できる環境にある人は、3人の子供の父親が違うとか、今の嫁さんは4人目で子供は6人居ますとか・・。
一応子供が18歳になるまでは、今の民法では責任があるからやたらと本能のままに子供は作れないけどねw
現状では神への誓いも我慢も流行らないから、子供が未成年じゃなくなったら考え直しましょうって言うのも多いよね。
でも、惚れたはれたじゃなく茶飲み友達もいいもんだし、協力して成し遂げた歴史も無駄ではないし・・
特別だと思える誰かにもし出会えたらそれもひとつの幸福。
ひとそれぞれ、幸福がどこにあるのかはわからないもんね。
「こうでないから(ひとつの形にあてはめて)幸福ではない。」という思い込みに縛られている人も多い。
こっち忘れてた、思い出したw
どこまで正直なのか分からないし残酷だといわれるけど。
3年程度がってのは聞いたことある、だからよほどの覚悟を持ってでなければ人となんて過ごしていけるものではない。
安易に結婚する人とかするものだと思ってする人とかいるけど、その感覚が俺には理解不能です。
国の政策が本質をぼかしてると思えるくらい。
普通はそれでいいのかもしれないけど、俺には政策も無責任に感じてしまう。
結婚が当たり前かのように錯覚する人もいるし、それが幸せだと思い込む人もいる。
離婚は人生の失敗かのように恐怖する人も。。。価値の置き方はそれぞれなんだけど。
だからやっぱりバランスだな。
俺自身、結構バランスの悪い部分も多くて。
以前は結婚のけの字にも敏感に嫌悪してた。自分に降りかかりそうになると。
宗教についても。
今後がどう変わるのかはしらないけど、なんかしら変わるのかもなあ。
少なくとも理解は示せる可能性はでてくるでしょうと。
382 :
まい:2006/10/13(金) 12:16:01 ID:/l0z+GwJ
りょんさんちわ!
真面目なんだ〜。ワタシのほうが呆れられるかもw
紙切れ一枚を窮屈に感じてしまうんだね。
覚悟というより、勢い、きっかけ。
生まれてきたのも運命の悪戯かもw
出会いも死もまたしかり。
皆がやってることだからなんとかなるかなっと・・。
パートナーの数は限定されるかもしれないけど、出会いがなくなるわけではない。
恋はいいよねw
まじめって言うか。。。
自分だけの問題じゃないところには慎重かも。がんじがらめになるのが怖いのかも?
自分だけの部分はかなりいい加減だし、基本的に一人が楽。
他人とは接点で過ごせたらそれが一番いい。ありがたみもしっかり感じられるし。
みんなと一緒ってのは、比較的苦手なのかも?疑いたくなる部分もある。
天邪鬼は疑うことで安心を得られるんだよねw
384 :
まい:2006/10/13(金) 12:46:42 ID:/l0z+GwJ
それはそうだね。
自分の思いはどうにか整理できても、相手に自分の思いを理解してもらうのは簡単じゃないw
待つ・・っていうのが大切なんだなぁ。
でも、その誠実さが、不幸になる人を生み出さない別れになるかそうじゃないかの違いになると思う。
いい接点を持つのは難しいけど、大切にすることが出来たぶん輝きも褪せないんだと思う。
まあ素人さんが言ってるように臆病でもあるのだろうけど。
自分というものが見えなくなるのと長いものに巻かれるような感覚、
流されるような感覚だけはどうしても避けたい。
自分の行動で後で悔いるようなことだけはしないつーか。
それぞれが自分というものをしっかり持って、その接点で過ごせれば一番いい。
依存したり縋ったりそういうのは嫌だ。
局所的なものであればそれもスパイスだけど、癖のようになるならそれは後退だと思う。
当たり前のように感じることってのもある意味錯覚でしかないし。
錯覚に麻痺してるようなのも嫌だ。
輝きが褪せないようなものと言うのも思い合うって言うか尊重しあえてる中にあるものでしょう。
勘違いが始まったらいろんなものが褪せてしまう気がする。
これも極端だろうけど、美しいうちに終わるから良いってのもあるかも。
クールだねぇ・・・(^^;
喩え話を一つ。
目的地を決めているわけではないが、とりあえずここでないどこかへ往かねばならない。
そこで、道端でタクシーを拾おうと考えた。
一台目、空車のタクシーが来た。 が、なんかボロボロで乗り心地も悪そうだった。
Aさんはそのタクシーをスルーして次を待つことにした。
二台目、形式も新しく良さそうな車だったので止めて乗り込もうとした。
が、車内がすごくヤニ臭く、長時間乗るのはキツそうだったので
(やんわりと断り、或いは厳しい言葉で指摘し)次の車を待った。
三台目、また少し古い車だった。乗り心地も悪そうだった。「まだ、選び始めたばかりだし・・」
Aさんは次の車を待った。
四台目、良さそうな車が来た。けれども、車色が鮮やかで派手であった。内装もけばけばしく落ち着けそうにない。
「ここまで待ったんだ。この車はやめておこう・・」
Aさんは次の車を待った。
五台目、新車ではないが小奇麗な車だった。運転手も人が良さそうでくつろげそうだった。
Aさんはシートに腰を下ろし、「とりあえず○○まで」と車を走らせた。
ところが、シートが旧式だったのか、乗り心地が悪くなってきた。尻が痛い、背中も痛い。
ワンメーターも行かずに「やっぱりここでいいや」と車を降りた。さっきの場所から幾らも進んでいなかった。
六台目、七台目、八台目、・・・・・
十五台目、乗ってみた。けど、なんか違和感がある。かかっている音楽が自分には合わないようだった。
変えてくれるよう言ったが、運転手はその曲の良さを滔々と語りだした。なんだか御機嫌な様子だった。
Aさんは少し辟易し、またワンメーター程で降り、次の車を待つことにした。
「ここまで待ったんだ、それなりの車に乗って旅をしよう」
十六台目、また、嫌いな音楽がかかっていた。今度は口に出すことなく、あきらめと共に車を降りた。
Aさんは待った。
二十台目、三十台目、・・・・
いつしかAさんは考えるのをやめた・・・
Bさんがいる。
目的地を決めているわけではないが、とりあえずここでないどこかへ往かねばならない。
そこで、道端でタクシーを拾おうと考えた。
一台目、空車のタクシーが来た。が、なんかボロボロで乗り心地も悪そうだった。
Bさんはそのタクシーをスルーして次を待つことにした。
二台目、形式も新しく良さそうな車だったので止めて乗り込もうとした。が、車内がすごくヤニ臭く、長時間乗るのはキツそうだったので
(やんわりと断り、或いは厳しい言葉で指摘し)次の車を待った。
三台目、また少し古い車だった。乗り心地も悪そうだった。「まだ、選び始めたばかりだし・・」
Bさんは次の車を待った。
四台目、良さそうな車が来た。けれども、車色が鮮やかで派手であった。内装もけばけばしく落ち着けそうにない。
「ここまで待ったんだ。この車はやめておこう・・」
Bさんは次の車を待った。
五台目、新車ではないが小奇麗な車だった。運転手も人が良さそうでくつろげそうだった。
Bさんはシートに腰を下ろし、「とりあえず○○まで」と車を走らせた。
ところが、乗り心地が悪くなってきた。尻が痛い、背中も痛い。
ワンメーターも行かずに「やっぱりここでいいや」と車を降りた。さっきの場所から幾らも進んでいなかった。
六台目、七台目、八台目、・・・・・
十五台目、乗ってみた。けど、なんか違和感がある。かかっている音楽が自分には合わないようだった。
変えてくれるよう言ったが、運転手はその曲の良さを滔々と語りだした。なんだか御機嫌な様子だった。
Bさんは、音楽でなく運転手の解説に耳を傾け、自分と違う視点に対し意識を向けた。
車は進み、幾晩幾朝を過ぎ、やがて車は海へと出た。
海面は凪いでいたようだが、肌を撫でるような風もあり、小さな波が夕日をキラキラと反射させていた。
運転手が曲を変えた。「滅多に聴かないんですけどね・・w」少し照れながらボリュームを上げる。
会話の中で、Bさんが好きだと言った曲だった。
「楽しく運転できましたよ」運転手は言った。 「私もなかなか楽しめました」Bさんも答える。
「どうされます?ここで降りますか?」 Bさんは少しの間考えて言った。「いや、もう少し遠くまで行ってみようか・・」
「地球の裏側まで行きますか?(笑)」「・・・、それもいいかもしれないな・・・」
二人は車に乗り込み、運転手はエンジンをかけた。
車はまた走り出す。ゴールテープはどこにもないけれど・・・。
そのたとえ話はタクシーを「拾いたい」場合ですよね。
そのタクシーは俺にとっては何に該当するのだろうか。
タクシーが必要ない時にそれでも乗りたくなるなら乗るかもしれないw
それとそこまでタクシーの質にこだわるなら自分でタクシーを買い取って改造するとか?
最初からタクシーの代わりになるものを考えるか。かもしれない。
ちなみに俺はクールじゃないですよ、むしろ冷めた状態が俺には無理。
たとえ話2になると妥協しなければって感じ。
いずれにしても望んだものが全て必ず手に入るわけではないし。
かといって諦めればいいものでもないし、何を望んで何を手に入れるかというか。
393 :
喩え話その3:2006/10/13(金) 18:37:14 ID:5ys2WmIe
Cさんがいる。
目的地を決めているわけではないが、とりあえずここでないどこかへ往かねばならない。
そこで、道端でタクシーを拾おうと考えた。
一台目、空車のタクシーが来た。 が、なんかボロボロで乗り心地も悪そうだった。
Cさんはそのタクシーをスルーして次を待つことにした。
二台目、形式も新しく良さそうな車だったので止めて乗り込もうとした。
が、車内がすごくヤニ臭く、長時間乗るのはキツそうだったので
(やんわりと断り、或いは厳しい言葉で指摘し)次の車を待った。
三台目、また少し古い車だった。乗り心地も悪そうだった。「まだ、選び始めたばかりだし・・」
Cさんは次の車を待った。
四台目、良さそうな車が来た。けれども、車色が鮮やかで派手であった。内装もけばけばしく落ち着けそうにない。
「ここまで待ったんだ。この車はやめておこう・・」
Cさんは次の車を待った。
五台目、新車ではないが小奇麗な車だった。運転手も人が良さそうでくつろげそうだった。
Cさんはシートに腰を下ろし、「とりあえず○○まで」と車を走らせた。
ところが、シートが旧式だったのか、乗り心地が悪くなってきた。尻が痛い、背中も痛い。
ワンメーターも行かずに「やっぱりここでいいや」と車を降りた。さっきの場所から幾らも進んでいなかった。
六台目、七台目、八台目、・・・・・
十五台目、乗ってみた。けど、なんか違和感がある。かかっている音楽が自分には合わないようだった。
変えてくれるよう言ったが、運転手はその曲の良さを滔々と語りだした。なんだか御機嫌な様子だった。
Cさんは少し辟易し、またワンメーター程で降り、次の車を待つことにした。
「ここまで待ったんだ、それなりの車に乗って旅をしよう」
十六台目、また、嫌いな音楽がかかっていた。今度は口に出すことなく、あきらめと共に車を降りた。
Cさんは待った。
二十台目、三十台目、・・・・
Cさんは、暫く空を見上げ、軽く身体を動かした。
年はとっているが、まだ十分動いてくれそうだった。
Cさんは踵を返し、肩の荷物をグッと背負い直し、
胸を張って歩き出した。
徒歩で行ける距離などタカが知れているというのに・・・。
1代目のタクシーでタクシーとはこういうものなのかと知る。
2代目のタクシーでこんなタクシーもあるのだと知る。
もっといろいろなタクシーに乗ってみてそれぞれに何かしらのことを新たに知る。
乗り継いできたけど思えば遠くへ来たもんだ。とかw
このタクシーはもうしばらく乗ってみようとなったり。その結果死ぬまで乗ったり、降りて歩いてみたり。
タクシーであれば無機質な物体だからそれもいいけど、人となると。
散々乗せてポンコツになったのにいまさら客も拾えん。とか。たとえが悪いな、俺のは。。。
歩きと車とでは空気も景色も違うものですから。
一概にどっちがいいとも分からない。。。
結局は自分が思うようにするしかなさそうなw
で、仮に結婚を喩えてるのであれば、場合によっては結婚しているほうが進めないこともあるでしょうと。
タクシーよりはレンタカーやマイカーのほうが喩えやすいような。
海辺を走るには海辺向きな車。山を行くには山道に強い車。
高速を走るには高速向きな車とか。。。重い荷を積むにはトラックがいい。
>>396 喩え話の構造を根底から揺るがすような発言だなw
バリエーションを増やし過ぎると焦点がぼやける。
設定のパターンを複数設けると、骨格を消失する。
また、ポイントとなっている設定の変更もまた、骨格の消失に繋がる。
喩えというのは、ある共通項(一つでも複数でもいいが)以外を
捨象した上で成立するものだと思う。
ま、今回は
他人事としてのレスだから・・(^^;
忘れてくれw
ごめん、怒った?
私個人を捨象して一般論でレスしただけという意味。
>>398 お邪魔しました。 m(_ _)m
俺は怒るところなんですか?w
>>399 分かりますよ、たとえ話は聞き手が自分の経験とかに合って考えられなかったら生きないし。
考え方の一つとして参考に。
そー言えばとっくに涅槃経読んだんですよ。
どう感想を述べていいのか分からなくて聞きたかったw
とりあえず仕事なんでまたノシ
タクシーを「拾う必要が無い人」もいますよねw
なんかのアンケートで3%くらいらしい。
多いからどう、少ないからどうという話ではなくて、自分に正直に生きたほうがいい。
相手がいることなのだから、その場だけの体裁や寂しさで選んでいい道ではないから。
偽装結婚の被害者は語る・・。
>>403 まったく同意。
自信もなくなら相手にも失礼だしね。
双方の人生に強烈に影響することなんだし。
結婚しなければ寂しいかってのも変だし。
結婚しなかったら一人きりで生きるわけでもあるまいし。
少なくとも双方が自由に尊重しあいながらもいられる。
当たり前って感覚は結婚よりも少ない分、お互いに感謝も忘れにくいし。
子供を作るとなると世間体や法律上の問題は出てくるけど、
その辺の法を変えないのも結婚制度を維持しようとするからだろうな。
国の都合で結婚する必要もない。
少子化が困るならその辺も見直すかもしれないし。
ところで一夫一妻の結婚制度もキリスト教の影響?
>>402 タクシーを拾う必要がある人ってのはどういう理由なんだろう。
ふと思った。
子供を作るのに都合がいいからってのを抜かしたら、むしろ本当にそんな理由があるのかが疑問。
>>405 そうだね。
どうして保護が家族単位なんだろ?
>>406 そうかもね。アダムにとってのイブが必要なのかもね。
その形に添わないと「姦淫の罪」なんでしょ。
>>407 子供を育てるためには、現状では結婚が都合いいよね。
野性的、本能的に考えると母親が育てるしかないんだろうね。
でも一応人間だから、理性でルールを作ったんだろうね。
ルールを守るって事は、本能に逆らい続けることなのかも。
男にとっては「縛り」でしかないのかも。
「思いやり」とも言えるけど、一生続く感情かどうかは疑問だよね。
409 :
名無しさん@3周年:2006/10/15(日) 09:46:36 ID:vnEV8bE/
410 :
名無しさん@3周年:2006/10/15(日) 16:43:56 ID:vnEV8bE/
411 :
名無しさん@3周年:2006/10/15(日) 22:18:49 ID:hC0hzXJR
>>407 寂しいからだよ。
ぬくもりが欲しいからだよ。
412 :
名無しさん@3周年:2006/10/15(日) 23:26:12 ID:hC0hzXJR
>>411に補足
自己以外に拠り所が欲しいからだよ。 ( ̄ー ̄)ニヤリ
>>408 脱線事故の件でもちょっとやってたけど、結婚という制度を利用してるかどうかではなく、
実際の状況重視に考えを改める時期に来てるんだと思う。
結婚制度の不備が大きい以上は結婚を促すような仕組みはちょっとどうかと思う。
>姦淫の罪
こんな感覚で捉える人はいまどき少ないとは思うけどw
でも、男と女がセックスしたり、興味や好意を持つってのは自然なことだし。
一夫一妻の是非はともかく、姦淫の罪的な感覚はやっぱり抵抗がある。
子育てに都合がよいというのは制度的に結婚してる人を優遇する流れが強いから。
結婚せずに子供を育てることにもそれなりの保護を与えればあっという間に結婚制度自体の形は変わるはず。
いずれにしても今後は見直さなければいけない部分だから、結婚していない、または離婚した場合なんかの
子育て支援にも充実した施策が必要かと。
結婚してからでないと子供を産めば女性が不利になる、そんな形をまず変えないと。
>>411-412 ちょっと説得力に弱いかも?w
そのために結婚をする価値はないと思う。
結婚をしなくても寂しくなくなれるわけだし、結婚をしてても寂しい人はいくらでもいるし。
自己以外の拠り所って言うのはどんなことを言っているのかが分からないけど、
相手に依存するのでなかったら結婚でなくてもやっぱり問題ないと思う。
まず第一に赤の他人が紙一枚で身内にはやがわりする。
例の事故の後追い自殺じゃないけれど、何十年もの親しい関係は下手な婚姻関係以上の深さがある。
それでも何かと身内でないことを理由に拒否されたりする場面は多い@病院とかでも
証明が難しいってのも理由にはあるけど、常識の捉え方の違う人にはまた違った認識があると思う。
常識の前提とされてる部分が違ってる局面は結婚以外にもかなり多い時代だと思う。
そうそう。
今の制度を生かしつつ女性が独身で子育てを有利に進めるには
一度婚姻して離婚すればいいのか。
医療費も実質ただ同然だし結構保護は受けられるね。
男の場合はそうは行かないけど、経済面ではまだ男が有利だし。。。
でも仕事の時間の長さとか考えると一般的には男にも何かしらの保護とか必要かもな。
>>414 ・・・・・。
タクシーが象徴するのは、「結婚相手」だけじゃないよ。
自分以外の拠り所として、「共に歩むもの」としての何物か、だよ。
「タクシーを拾う」という行為を、
「就職先を探す」「志望校を決める」でもいい、「夢中になれるもの」「譲れない趣味」でもいい、
「宗教」「(既存の)人生観」でもいい、
そうした、「人生の杖」に相対する部分の喩えとして作文したつもりだ。
結婚(或いはそれに準じた交流)に限定するならば、
中島みゆきの、“With” “二隻の舟” “糸” を提示しておこうw
418 :
まい:2006/10/17(火) 11:35:37 ID:G084h4pm
セックスしたいのが人間の本能のひとつ。
結婚しなくても出来るよね。
誰の子供かというと、現状では自己申告。(DNA鑑定しないと信じないというのもあるが・・)
離婚後の出産に関しては、半年間は以前の婚姻相手が父親とみなされるよね。
不倫の子もすべて戸籍上の夫が父になる。
結局は自己申告ではわけがわからなくなるので、手続き上の決め事でしかないんだろうね。
その仕組みを利用するかしないかの違いだけなんだろうな。
仕組みを利用したい人は手続きを取りなさいと言うだけで。
愛や恋とは別問題なんだろうね。
恋してるかい?恋の次には約束が欲しくなるモンなんだろ。
欲かなぁ。ぬくもりや拠り所も形で欲しいと思うんだろうね。
形がいらないほどの純粋な恋もきっとあるよ。(ニヤリ・・
419 :
まい:2006/10/17(火) 11:39:16 ID:G084h4pm
セックスも必要ない。ひとりで大丈夫な人もいる。
恋というキーワードを持たない人もいるw
恋愛映画も一緒に見れない・・アクション映画だけw(寂しい・・
寂しいという言葉の意味がわからない人もいる。
>>417 仕事とかな。
仕事でもこの業務だけとか業種だけとかこだわらないけど。
>>418 ある程度のルールが必要なことはわかるけどね。
なんつーのか、常識だと捉えることによって焦点が違ってるようなものを俺は感じる。
そこに違和感を感じない人もいるだろうし、それはそれでどちらも正しいんじゃないかな。
ただ、圧倒的多数が受け入れてるものが正しいって見方される局面は多いけど。
純粋に恋をするなら結婚は向かないと思うけどね。
もちろん恋を継続してる夫婦もいるだろうけど、勘違いしていく人たちのほうが多いと思うよ。
>>419 恋を求めるなら独身でいるべきだと思わないかな。
自由に恋できるし、浮気ってものも法的には何も関係ないし。
そこまで縛りもない中での恋愛が本当の結びつきなきもするけど。
いつでも終わりが来るから今を大事にするし、ふられたくなければそれなりの言動を心がけたり尊重もする。
結婚とはある意味凶器のようなものでもあるきがしないかなあ。
仕事と結婚。家庭と会社は同じ喩えが可能かもな。
423 :
まい:2006/10/17(火) 17:15:18 ID:d0jKjbTl
>いつでも終わりが来るから今を大事にするし、ふられたくなければそれなりの言動を心がけたり尊重もする。
>結婚とはある意味凶器のようなものでもあるきがしないかなあ。
わかるw
凶器とまではいかないまでも、道具だよね。
利用はしても、縛られる必要はないと思うよ。
道具ってのは手段って意味でしょ?
夫婦ってのは他人でしょ?それを身内と言う言葉で縛り付ける権利を持ったかのようなというか。
もちろん結婚スタイルにもいろいろあるから理想的な形もあるかもしれないけど、
俺が今までに語られた結婚観はいかにも世間一般的なものを当たり前でしょ、みたいに求められるようなのばかりだった。
425 :
まい:2006/10/19(木) 00:36:52 ID:/esqc10c
宗教的な話になるけど、他人同士が出会って身内になるって面白くない?
別に紙切れの話じゃなくって、(神の前で誓ったからとか言うのは関係なく)
二人三脚をする相手に出会った縁というものw
不思議だなぁって、楽しんでみていいんじゃないかな。
縁を大切にするって言うことは、結婚して責任を取ったら終わりって事じゃないよ。
結婚しなくても、肉体関係が無くっても、身内って言うか・・ソウルメイトのような
感覚ってあると思うんだよね。
「当たり前でしょ」って言う言葉が嫌いなだけじゃないの?
女は好きでしょ?だったらその後どうするのかはお互いで話し合えばいいことじゃない?
世間や神様に認めてもらう必要は無いって言いたいんじゃない?
426 :
まい:2006/10/19(木) 00:43:02 ID:/esqc10c
誰に認めてもらえなくても、「大好きだ!」と思える瞬間に出会えただけでも幸せだよね。
本当に、その幸福感だけでその後の人生を歩む勇気を得たよ。(お互いを尊重して、話し合って別れたけどね・・
一生を変えてくれた出会いに感謝!
>>425 付き合ってても他人じゃないような錯覚って頻繁に起こるでしょう。
結婚じゃなくてもそういうのあるくらいだし。
言いたいのは縁があることと結婚とは関係ないと思うってこと。
縁ってのは永遠に続くというものでもなく、それこそ袖を触れ合うだけの縁こそたくさんあって。
そんな中で一時でも時間の共有を感謝しつつ出来る関係がたくさん有るのがいい。
>>426 生きていればそういう思いもお互い次第でもあるけどたくさん有るでしょ。
結婚って言うのはそういう可能性を無理やり少なくすること。
制限が設けられてるし行動によっては契約違反になるわけだから。
つってもやっちゃわなけらばいいんだろうけど、男と女は近づけば結構そうなっちゃうもんだし。
それも無理にでも抑えることが当たり前なことなのか不自然なことなのか。
不自然と感じる人は結婚する資格はない。
つか、男にとって結婚はメリットもないし。
メリット云々を嫌がる女性は多いけど、でも実際問題、結婚に価値は見出せないし。
男が結婚するとしたら女が望むから、その女の望みを叶えてあげようと思うから?
それかそういうものだと思い込んでるから?
でも。
この件はそれこそ考え方と価値観だからな。
結婚じゃなくても満足できる同士が満足いく形で納得できてるならそれで十分か。
考えが変わったりするならその時に適した人とともにいたらいい。
結婚したって離婚を怖がることはない。怖がらずにそれでも考えた末、続けることと、
離婚したくても不安でいやいや続けることとでは雲泥の差があると思う。
432 :
聖霊大王:2006/10/19(木) 11:52:47 ID:suEs+EjT
結婚というのも、所詮、人間の心の力次第で、どのような、解釈でも、できるのさ、、
りょんちゃん、あっちのスレ、いざ、鎌倉的に、仏教精鋭軍団を導入したから、
マンネリから、違う展開になるだろうね、、
違う展開になっても基本的に流れは変わらないからなあw
その微妙な展開の差には興味がうせてきたんだよonz
それよか、ちびヨハネ殿が来てるじゃん。
ご隠居VSヨハネ殿のほうが見てみたいw
434 :
まい:2006/10/19(木) 12:43:13 ID:U3PoXOdx
>>428 全面的に賛成!
一緒に結婚(契約)している理由は、子供のためだと言う理由が大きいなぁw
子供のいない人は、もっと強い何かがあるのかもしれないけど・・。
435 :
まい:2006/10/19(木) 12:51:44 ID:U3PoXOdx
子供の為というのも縛りに感じる向きもあるかもしれないけど、それだけではない。
持ってみて初めてわかる感動だったりするw
離婚は全然怖がっていない。
でも、ちょっと健康上のことがあったからね・・。
思い通りに行かないこともあるよね。
当面の目標は、子供が自立してくれたらそれでいいよ。恩に着せる気もないし。
誰が誰のため・・って言うモンでもなくって、子供との出会いも縁かなぁって。
>>434 子供は絆なのかもしれないけど。
子供のいない人はお互いの意思じゃないかな。
血がつながってると言う意識が絆なら他人に本当には絆なんてないし、
あるのは思い込みか意思じゃないかと思う。
>>435 子供に対しても人それぞれで、どちらかと言うと子供には特別な思いを良い意味で持つ人のほうが多いだろうけど、
それも決まったことではないし。
まいさんみたいに思える人にしか本当は子供を持つ資格もないと俺は思うけどね、
それ自体も法的に何も問題ない以上は人それぞれなんだろうな。。。
まあ、生まれた子供にとっては親に大事にされることとそうではない場合とどっちが生き抜く力になるのかとか
そういうのは分からないし、子供次第。結局は育ち云々よりも当の本人、自分自身次第ってことなんだろうな。
>思い通りに行かないこともあるよね。
これは。ある程度のことを目指したりすれば思い通りに行くことのほうが少ないでしょ。
それなりの目標を持った証ともいえる。
10目指して1つしか出来てなくても0よりいい。
上手くいかないことも当たり前だと思えるかどうかだろうな。
自分が勝手に描いたストーリーに回りも影響されることも多いわけだし、それなりに苦労もあるだろうな。
436での意思って言うのは。
冷めて感じちゃうかもしれないけど、俺は意思で一緒にいるってこと自体がある意味絆と言うか。
意思を守りあえるっていいと思う。
お互いの意思を尊重し合える相手を見つけたってことだろうし。
時間の長さではないと思う。
440 :
聖霊大王:2006/10/19(木) 18:05:02 ID:x2DLHXBa
とうとう、ご隠居、沈黙したぞ、、違う展開になるだろうか、、、
441 :
聖霊大王:2006/10/19(木) 18:16:55 ID:x2DLHXBa
あっち、スレも、平和になり、違う会話も可能かもね、、、
あっちは俺が行くと流れぶった切りそうだから控えめにするよw
443 :
まい:2006/10/20(金) 13:27:55 ID:F3SwOkcH
>>437 >まあ、生まれた子供にとっては親に大事にされることとそうではない場合とどっちが生き抜く力になるのかとか
>そういうのは分からないし、子供次第。結局は育ち云々よりも当の本人、自分自身次第ってことなんだろうな。
本当にそう思う。親に出来ることは餌を与えることだけだよw
どう育つのか・・予想できないことのほうが多い。親子とはいえ似てないしw
餌から調達しなければならない子供は気の毒な環境とは言えるだろうが、生きる知恵と言う見方からすると
ずっと多くのものが身につくのだろうと思う。
大切にすると言いながら、やる気も無い、技術も無い子供の大量生産。
自信って、そんな基本的なことからうまれてくるのかもね。
>>439 うん。そうかもね。
>>442 あの流れは、もうぶった切っていいんじゃない?
444 :
聖霊大王:2006/10/20(金) 13:49:59 ID:RnZUJDRi
親子の間で、出来ること、多様ではあるけれども、
心豊かに生きていけるような感じを伝えることかもしれないなあ、
445 :
まい:2006/10/20(金) 13:58:20 ID:F3SwOkcH
心豊かなことって、伝えられる大人もなかなかいないんだろうね。親も先生もw
伝えているつもりでも、身内だと感情が先走ってしまうし。
大人になって、離れたところから親を見てみると違う部分も見えるんだろうけどね。
その時には「親は無し」ってね。
いや、「どんな親でもナントカ生きてきただけでも立派」ってね。自分で生きてみてそう気が付く。
>>443 >>444の大ちゃんに同意。親として子にして欲しくないことを見せるとか
愛情は見せるとか過保護と言う言葉をかけ離れた本当の愛情って言うか。
本当ってのがなんなのかは分からないけど、そんな感じw
いざと言うときに金銭以外で人に何をしてやれるかって言うと意外と難しいものだったりするし。
それが可能なのはその人にとって(一時的だとしても)特別な人だったりする。
447 :
聖霊大王:2006/10/20(金) 16:05:43 ID:RnZUJDRi
人間関係って、以心伝心の部分が大事なんだよね、、
あっちのスレでは意図的に、昆布殿がいるから、、論争の鬼と化す、、
でも、人間は本当はそれではだめで、、
でも、論争好きの病のおいらは、あっちのスレではやめられない、、
インスピレーションとか肌と肌とか直感的なものはあると思うね。
「ピン」ってなんか波長が合うような。
でもそれもずっと続くと決まったものではなく。
自分自身の波長も日々変わってゆくしね。
仏教的には無常っての?w板らしく。
無常だから感動があるんだよね。
日々まったく同じ日はなくて、同じ気持ちもなくて。
だから明日は今日よりも良い状態でいることが可能なのだ。
人と人の関係も修復も可能なのだ。
450 :
名無しさん@3周年:2006/10/22(日) 17:20:04 ID:qvX6eBfB
451 :
まい:2006/10/22(日) 21:21:53 ID:OpeOC6it
明日はどんな日になるかわからないから面白い。
今日は今日出来ることをやってみるだけ・・。
自分は自分以外の誰かには成れないから。
亀の歩みだけど、少しは成長してるでしょう。
452 :
聖霊大王:2006/10/23(月) 10:18:34 ID:wF7anwE6
ひとつの行いも、心を伝えるように為せば、、他人の心も変わる可能性がある、、
人間の不思議なところね、、
453 :
名無しさん@3周年:2006/10/23(月) 10:33:15 ID:sw6nOqYP
●人生の黄金律●
自分の出来る範囲で、周囲の人や社会に対して、優しく誠実・貢献的に生きていくこと。
どの宗教とか関係なく、これが人生や運命における最善の生き方、黄金律だと思う。
454 :
聖霊大王:2006/10/23(月) 10:47:21 ID:wF7anwE6
りょんちゃんが、あっちを撤退すると、、
ま、ご隠居ちゃんと220の妄念、空虚スレと化してるからなあ、、
ただ、りょンチャンは、未だに気づいていないところがあるぞ、、
伝統宗教には、心の世界があるということさ、、
あえて、知る必要、求める必要はないけれども、、
新興宗教じゃ、層化も含めて、信じろ!、信じろ!の一点張りだからね、、
おいらは、信じる、ということは嫌いだ、、、
455 :
聖霊大王:2006/10/23(月) 10:52:22 ID:wF7anwE6
456 :
まい:2006/10/23(月) 14:34:26 ID:8Dj5Llzt
大王さんちわ!
ところで大王さんは大阪の人?ちょっと似たような人を見かけたもので・・w
>>452 どーい。
ただ、宗教的な面で照らして考えれば、
伝えたい内容に同調させたいとか勧誘したいって根底がある場合には
相手が理解しないことに対して憎しみを持ったり蔑んだりする傾向も。
お互いの主張を認められるかどうかが大きいんだと思う。
>>453 それらの全ては自分のためになると言うなら同意。
>>451 >自分は自分以外の誰かには成れないから。
全てのものがそれぞれに自分以外のものにはなれないから。
全てのものの安寧のためには全てのものが全てのものを認める姿勢以外にはなくて。
それぞれの違いを意識して敵対したり反感を持ってる限りはむりぽ。
自分自身が出来るだけ人との違いを認め人の違いを受け入れることをするくらいしか
個々にはなすすべもないのかもしれない。
レスとしてはちょっと意味合い違ってるだろうけどw
>>454 撤退って言うか、レスする意味がなくなってるし。
ご隠居論ももう10回りくらいみたしねw
461 :
聖霊大王 :2006/10/24(火) 10:49:32 ID:/l1A4ymG
まいちゃんへ、和歌山県民なのだ、、自覚していなかったが、弘法大師に、好かれていたらしい、、
462 :
まい:2006/10/24(火) 15:49:40 ID:j6Sh7WZQ
えーんwパソが壊れてしばらく来れませんwwwww
ワタシノこと忘れないでくダサい☆
大ちゃんは和歌山なのか、以前にもここで和歌山の仏教の人いたけど、
和歌山って仏教が盛んだとかってある?
多少は地域的な関係とかもあるのかな、そーかは大阪とかすごいらしいし。
>>462 パソが壊れたってのは物理的にだろうか。
お早い復帰を。
465 :
聖霊大王 :2006/10/24(火) 17:43:05 ID:/l1A4ymG
和歌山は、葬式仏教だろうね、、高野山は多く参拝者はいるなあ、、
葬式仏教ってのは葬式の時まで自分がどこの宗派か知らないとか、
葬式になって初めてどこにお経を頼むか決めるとかそんな感じってことでしょ?
だとしたらこっちも同じ感じかな。
普通に生活してるぶんにはそーかとエホバが勧誘に来るくらい@関東
でも、エホバってのは会社にまで布教しにくるんだよな、
あの神経は信じられん。
そーかも選挙とかになるとどこにでも押しかけてくるが。。。
さて、スレ趣旨に戻すか。
さて、最近思うのですが。
この板で宗教について語りながらもある程度理解できそうな感覚の持ち主ってのは
宗教を利用する側とか宗教を職として関係してる人のような。
で、あれば宗教について真剣に考えることは自分にとっては仕事について考え続けるのと同じなわけで。
そういう部分では理解が可能となる。
普通の人の語る宗教活動についてはどうしても強調がしにくい。
そこまで入れ込む理由も価値も見出せない。。。
仕事を職業とは決めずに考えた場合の仕事や自分の使命とかそういったものの追求が幸せの実現の可能性を大きくしたり
現代では宗教以上に価値を持つことが可能となるものではないかと俺には思える。
もちろんそれを宗教に求める人がいることはそれぞれの自由なのですが。
強調×
協調○
そして宗教者@職業的立場の人は除く
で一番理解できないのが、宗教を受け入れない人に対する敵対心的感覚。
勧誘とか布教の強引さ、それと宗教をしない人に対する敵対心。
その感覚がある限りはアンチを生み出すのも仕方がないのではないかと。
自分に自信を持てるか。
自分を誇りに持ちながら生きられるか。
自分を信じられるか。
行動が結果をもたらせられるかどうか。
信じるものは神ではなく自分であるべきだと思う。
スレ趣旨レスして去るノシ
>>469 それを、仕事だけでなく
趣味、或いは習い事、などのようなものにも広げてみたらどうだい?
特にスポーツ系はそれぞれの特徴がでるんじゃないかな。
当然、熱心な人は、その言動にそれらの影響がでるでしょう。
武道の系統だと尚更ねw
勿論、
>>471のようなものは論外だが、
宗教に限らず、そういう性格の人って多くないか?w
そうして、それら趣味・習い事によって
>>472のような自信を持つ事もありうるでしょう。
世の中、きっちりした色分けよりグラデーションの方が多いんじゃないのかな・・・w ノシ
>>473 趣味も持ってる。
きっと宗教人の人たちも仕事したり趣味したりしながら宗教活動までやってる。
武道といえば武士の精神と思えるようなものには魅力を感じる。
といって、具体的にどんなものが武士の精神なのかは知らないのですがw
男は男らしく、女は女らしくって考えも支持してる。
>宗教に限らず、そういう性格の人って多くないか?w
多い。実際には自分自身にもそういった面はあるけど。
ただ、宗教者にたいして俺の持つイメージは譲らない姿勢。
自分が正しいと疑わない姿勢が顕著な気がする。相手がおかしいとまで考える人も実際にいて。
それ以外のことでの姿勢とは別のものだと思う。
趣味や習い事、資格、経験、地位もあるかも、人からの評価や評判も。
全てが自分の自信になりえる。
それらの自信になりえる材料を自分自身がどう有効にバランスよくいかせるかだと思う。
きっちりした色分けの必要はないですよね。
ただ、自分自身のカラーというものはもてるかどうかは別としてもてる努力をしてみるのもいい。
グラデーションというのも一つの色彩のあらわし方で、日々ころころ色が変わるものではないし。
俺自身はマルチ的感覚が欲しい。。。俺のマルチ的感覚ってのの理解は他人には出来ないかもしれないけどw
公私の自分というものも使い分けが必要な局面も多い。
一つの思想をひたむきに用いることが正しいかどうかは別として、
さまざまな局面で臨機応変に対応するのに適さない宗教教義もあるのではないだろうか。
一つのものに固執するべきではないと思える。
色々な思想主義を知り、そこから学んで臨機応変に用いる以上に
さまざまな思想をもった人たちとやり取りできるすべはないんじゃないかと。
一つの教義や主義に固執すればするほど排他的になる。
ましてや宗教となるとそれは顕著になる場合も多いのではないかと確信する。
もちろん全ての宗教者を言うのではなく。
国際感覚の持ち合わせも大きいと思う。
人は経験の生き物だから、やっぱりどれだけ広く経験をしたかでもどんな経験をしたかでも
同じ主義や教えに対してでも感覚は変わると思う。
外人に日本人らしさなんかを求めないように、身近な人間に対してであっても
常にその人の姿勢や考えを理解できるように、見直せるように勤めるべきで、
そう考えたときにも宗教的固定概念は感覚的に妨げになる場合もあると思えるのだ。
クローンや臓器移植なんかに対する考えは当然に人それぞれ異なるとしても、
宗教者のどの宗教に属しているかまでの統計を取れば何かしらの傾向が現れるのではないかと。
常識に対する考え方でもそうだと思う。
そしてそれがある程度教義に沿った考え方で団体の意思にも合致しているなら「絶対に正しい」という
考え方を当然にするのかもしれないと思う。
>>474 音楽系の板へ逝ってごらんよw
もう、凄まじいよw
信者とアンチの罵り合いは笑えてくる。
で、穏当な人たちは呆れてスルーと・・w
宗教的だよなぁ・・・。 (あ、阪神ファンにも宗教性があるかもなw)
洋楽邦楽の対立もまた、宗教戦争のきらいがあるw
そうか・・・ 音楽は宗教なのかもしれないな・・・(笑
>俺自身はマルチ的感覚が欲しい。。。
欲張りだなぁ・・・(^^;
普通は、多角的な視線を持つことは難しいよ。
文部省も、どうしたらそれを養えるかをこそ考えるべきなのにねw
りょんは、もう十分自己が確立できてるじゃん。
それ以上何を望むのさ(爆
輸血を拒むとかセックスは結婚した一人とだけとかと考える宗教も有るようだけど、
その理由に何の正統性もないし、ただ、昔の書物にそれに当たるようなものが書かれてると信じるだけ。
それだけのことなのに実際に社会において影響を持つ危険性。
>>477 2チャンネル的なアンチバトルは考えても意味もないですよw
俺が自己を確立なんて出来てないし、ご隠居の研究者じゃないけど、
俺は追求者的視野は持っていたいw
ここでも別に答えが欲しいとかってのも最初からあまりなかったかも。
自レスに批判が付いて反論したとしてもそれについて何かしら考える。
別の考えの種類を知る。その考えに同調することがなくても、その考え自体は
自分にはなかったものであれば、そういう考えがあるのだと知ることが出来る。
宗教的な影響を受けていると思えても良い言葉も聞ける。
やっぱり主義主張を持つ人たちの板だからそういう意味ではためになるレスも多かったと思える。
神神いう人は別だけど。
トラウマ消せたのは大きかったけど。
それだけでも数年分以上得したんじゃないかな。。。
自由気ままでとらわれることも少なく。
自分の意思を用いても人とあたることも少なく、
ストレスもお互いに少ない。そういうのがいい。
お互いの関係がお互いの心地よさや現実的な利にもなる。
バランスのよさを持ち合わせている。
自由自在であるように見えながら、事実自由自在でありながらも矛盾しない一貫性も持ち合わせている。
公私においてその感覚を理想としたい。
原発みたいなものか・・・ >>宗教
今はまだ無くすわけにもいかない(なくならない)けど、
将来的に取って代わる新たなものが見つかれば移行すべきだと・・・。
だから、リスクを承知で使い続ける、と。
で、安全面での管理を怠るべからず、と。
今は、管理が杜撰過ぎる、とw
>>479 >2チャンネル的なアンチバトルは考えても意味もないですよw
(酔った)団塊世代なんて頑固だぞwww
それより前は、筋の通り方が却って好感が持てる。
或いは職人さんたちとかw
てか、やっぱ個人差か・・・生育環境とか・・。
>追求者的視野は持っていたいw
ガンガレ!o(^^)o
>>481 禅坊主かよwww
またね ノシ
ちなみに音楽は宗教的だと俺も感じてます。
音楽から受ける影響も自分が感じる以上のものが有る。
宗教とは音楽のようなものではないかと考えたこともある。
ただ、音楽は宗教ほど理屈を持たない。
理屈の部分の力を増幅させる力はあるかもしれないけど。
ノシ
>ただ、音楽は宗教ほど理屈を持たない。
>理屈の部分の力を増幅させる力はあるかもしれないけど。
|, ,_
|∀゚) < りょんは賢いなぁ・・・
|⊂ノ
|
|彡サッ
|
>>482 俺自身が宗教そのものを否定しきるものではないですから。
団体的なものは否定してるけど。
団塊の世代ってのは同意する反面、そう考えてはだめですw
団塊の世代に多い傾向かもしれないけど、全員じゃないから。
それ以前の人にも自分と合う人も合わない人もいる。
当然に歳が近く経験や価値観が近いほど合いやすい。
反面、近いほど合わなければ徹底的にぶつかりやすいかもしれない。
結局は人と自分の違いを両者が受け入れられなければぶつかるということだけなのかも。
>ガンガレ!o(^^)o
この板ではじめて励まされたような気が。。。がんがる!w
禅ってそんな感じなんすか。大ちゃんにも散々禅的だと言われたけど。
またですノシ
486 :
聖霊大王:2006/10/25(水) 14:28:51 ID:R60WJD7+
以前、終戦時の総理大臣を修行させた禅坊主がいたが、、
その禅坊主は、こう、言ったらしい、、
ある、商売人が、その坊主に、
「坐禅教えてください」というと、
禅坊主がいう
「商売を必死にしたら、それが坐禅じゃ」
この宗教は謎である、、宗教と思えない、、
確かに禅自体のイメージにあまり宗教っぽさは少ないかも。
勧誘してるとか聞いたこともないし、一つの文化的存在としてそれなりに確立してる感じもなくないし。
葬式仏教とか禅ってものは現代においても馴染みやすい存在なのかもね。
そういえば日蓮は禅を悪魔呼ばわりしたけど、宗教っぽさが少ないから格好の餌食に出来なのかもね。
488 :
聖霊大王:2006/10/26(木) 10:45:43 ID:z64Xkun0
昨夜、禅の世界で、気づくんだけど、、
禅の人は、霊的、外的なものを、頼らず、肉弾戦、精神力が、命なのね、、
妖怪的才能で、おいらは禅と付き合うのだが、、
最後に、禅という奴は、、おいらの妖怪的才能の破棄を要求してくる、、
日常生活で、肉弾戦と精神力が、全てだと、、、
それ以外のものは無いと、、いいやがる、、
セブンイヤーズ イン チベットの雰囲気とかは悪くないけどね。
その映画に描かれてる信仰的な心のもち方とかは評価も出来なくはない。
けど、現代を生き抜くには向かない姿勢だよね。。。
あの映画の中にも自分の努力と行動が全てみたいな言葉があったと思う。
神だ、神秘だと言ってみたり、拝めば叶うとか言う宗教とは分けて考えるべきだね。
苦難を乗り越えるほど悟りに近づく。
この言葉なんかは一つの真理にも思えるしな。
ただ、自我を抑え無にとかってのは現代社会に適せなくなる。
精神統一か何かの一時的な心境ならともかく。
競争をなくそうとする考え方もあるようだけど、競争がなかったらあまり発展はしない。
競争がなかったら差別化も区別化も弱くなる。成長が遅くなる。
成長が遅くなれば良いものを追求する姿勢もなくなっていく。
生きることだけで精一杯な時代と現代とではやっぱり必要とされる心構えも違う。
心構えと言えば。
環境によりそれぞれの人の心構えの理想ってのもあると思う。
人のランクや高さでも違ってくるものだと思う。
職種でも環境でも立場でも。。。
こっちにレスっとこ。
宗教に嫌気がってのは祈れば叶うみたいな部分に対してと勧誘とかに関してで。
宗教そのものに嫌気は別にないですよ。
ただ、宗教的な考え方の多くは自分には向かないなってのはありますね。
俺には宗教は一つの文化として見れば十分って感じなのかも。
そこから学べるものも0ではないし。
それと人が宗教をどう取り入れたり用いてるかに興味あり。
同じ宗教者とは思えない感覚が人それぞれに生まれてるって部分も興味深い。
客観視とかって書くと板的に違和感を感じる人もいるかもしれないけど、
客観視を出来る人と出来ない人、同じ宗教に対してでもそこでまったく別物になったりもする。
宗教とは姿勢のことなのだと俺流定義した。
494 :
世捨人:2006/10/28(土) 12:37:48 ID:YlqNMUlR
___ ____
─=ニ二__  ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄"""'''''''''──
__
 ̄ ̄ ̄二二ニ=- ここは平和だナァ〜
'''''""" ̄ ̄
-=ニニニニ=- 雲は白いやぁ〜
∧∧ _,,-''"
_ ,(ュ゚ /^),-''"; ;, '
/ ,_O_,,-''"'; ', :' ;; ;, ''
(.゙ー'''", ;,; ' ; ;; ': , '
_,,-','", ;: ' ; :, ': ,: :'
_,,-','", ;: ' ; :, ': ,: :'
゚ ゜。゚ ゜ 。。゜。゜ ゚ ゜。゚ ゜。゚ ゜。
へヘ 。゜。゜ ゚ ゜。゚ ゜。 ゚ ゜
。゚ ゜。 /゚ ゜ \。゜。゜。゜ 。゜ ゚ ゜。
\ /ヽ
,,.,.,,,,,.,.,,,,,.,,,,,.,.,,,,,.,.,,,,,.,.,傘, .傘,,,,傘,,,,傘傘
"''''''" "''''''"""''''''" "''''''"" ''''''"''''''"''''''"''''''"
さっそくどーもw
では。
平和とは絶対的な理想でしょうか。
平和とは幸せでしょうか。
そもそも平和とはなんでしょうか、平和とは存在するのでしょうか。
落ちノシ
俺の一人よがり的スレだからてすとさんには違和感だらけかもなあ^^;
レスくれるなら歓迎ですよ。
と残してから去るかあノシ
498 :
聖霊大王:2006/10/28(土) 12:52:32 ID:S1LVp2aL
りょんちゃんや、日本佛教の思想知らなさすぎだよ、、欲望肯定が多いのだよ、禅の無は、否定のみではない、否定と無にこだわれば、間違いになる。禅はビジネスに関係なしと想う??企業研修に利用されたりするのは??
大ちゃん、タイミングよくあげてくれるもんだ(汗
欲望肯定もね、詳しくは知らないのだけど、密教的なのとか。
なんか俺には自然に感じないし無理矛盾を感じがちなんだよね。
であればやっぱり自分の感覚に素直に従いつつってのを理想にするべきではないかと思ってしまう。
つか、禅自体は俺はもともと興味あるって言ってるのだけどね。
禅って言うか座禅で精神統一みたいなのはね。
俺が「宗教」といったときのイメージは禅ではない。
禅は禅って言うよ。
禅も葬式仏教っぽいものも俺は「宗教」って言ってない。
んじゃまた、マジで落ちノシ
大王ドンは、なんでも否定的に入るナァ〜
私と同じで、喧嘩好き(#^.^#)
私も正直「宗教」なんてどうでもいい。
我々は気付いてないだけで、既にあらゆる宗教に入ってる。
否定する必要がない。
まして、これ以上、入る必要もない。
確信はたった一つだね。
でも、教えナァ〜いヽ(^。^)ノ
あ、そう。
じゃあ、俺も教えナァ〜いヽ(^。^)ノ
504 :
ご隠居ちゃんの「病理」の証明大王:2006/10/28(土) 18:19:11 ID:BAYoY2h8
セブンイヤーズ イン チベットの雰囲気とかは悪くないけどね。
505 :
聖霊大王:2006/10/28(土) 18:21:15 ID:BAYoY2h8
セブンイヤーズ イン チベットの雰囲気とかは悪くないけどね。
について、、
そういえば、チベット密教の能力があるなあ、、真言を唱えまくると、、
夏の暑さに耐えられる、、すばらしい、、
フーテンさんもキターーノシ
てすとさんはまだ来ない。あとでリンク貼ってみるかな。。。
そうか、大ちゃんは俺が無を否定的な捉え方してるって見てるんだな。
否定と言えば確かに否定になるのかもしれないけど、無の境地と言うものが悪いと言うことではなくて、
仏教的な無の境地を常に求めるようなのは現実的に生活が困難だろうと言うことで。
そのセブンイヤーズの観想的なことで言えば、トップや目立つことを目指すのではなく
我の消滅的な思想はある見方では理想にも思えなくはない。
けど、それを目指せば実質的に社会での勝利的感覚は捨てるようだ。
我の消滅を目標に生きていける人は現実的にどんな人なのだろうかということと、
難しいことや矛盾しがちなことを突き詰めようとすればむしろ苦しみが生まれるのではないだろうかと言う疑い。
あまり善人を目指せば、ちょっとしたことでも落ち込まなくてはいけない人間になるかもしれない。
完璧を目指しすぎれば矛盾が生まれるし、ちょっとしたことでも頭を痛める。
その辺のバランスは非常に難しいのではないだろうか、世俗に生きるものにとってw
理想は理想としても理想と現実を上手く手に入れられるかと言う問題。
切り捨てなければいけない部分もあるだろうということ。
>>506 >その辺のバランスは非常に難しいのではないだろうか、世俗に生きるものにとってw
相変わらず、いい着眼点だねw
着眼点がいいというか。。。
その視点から現代に宗教が適しないのではないかと思ってるわけだし。
少なくとも既成の宗教で今の世の人たちが救えるとは思えない理由の一つ。
素人さんもフーテンさんも宗教を利用する側と考えれば、
宗教的なことを存分に取り入れることこそ自分の幸せにも直結できる可能性はあるわけで。
それを広めることも実質的には自分の生活の安寧にもつながるけど。
一般の人がもしもとことん宗教に時間や思考を費やすなら、きっと生活も不可能。
その辺の矛盾とバランスを考えた上での布教なり宗教のあり方なりが必要だと思う。
宗教を用いる側の人たちが人を導いたりする立場だと考えるなら、
社会的世俗の中にもその役割を負うものはたくさんいて、
それこそ無の境地を選ぶわけに行かない立場の人、責任からも宗教的思想に深入りしてはいけない
立場の人もいるのだと思うのだ。
生活も不可能って一体どんな宗教かい。。。
隠者にでもなるのかw
宗教はその存在を持って人に何かしらの利益を与えるのがいいかも。
教義を持って指導、導くという時代はすでに終わってるのではないかと。
一時の安らぎ的なものであれば宗教でも力はあるかもしれないけど、
その人の生涯を導いたり誘導しようという考えがあるのだとすれば、
それこそおこがましいのかもしれないと。
生涯これだけで十分なんて考えて宗教をする人がいるならそれこそ安易であるとも思うけど。
これはごく普通に塾でも学校でも会社でも民間的感覚では当然のことなのだけど、
こと宗教となると感覚が違ってくるからそれは不思議。
>>512 ふーてんさんばんわノシ
仏教で理想とするものをとことん突き詰めて考えた場合なんでw
普通の人は当然にそこまでできるわけもない。
でも、普通の人が突き詰めることも出来ないのに人に語ったり布教までする。
それ自体にも矛盾を感じるのです。
教団の指導とかの仕方に疑問を持つのもその理由。
>フーテンさん
でも、この板をちょっと見回しても、神概念にとらわれておそらく普通の生活にも
影響が相当出てそうな人はいますよね。
フーテンさんの感覚はそれとは違うけど、実際にキリスト教スレあたりに多いようにも見えるw
全ては神の思し召しですとか。。。
自分の行動の責任は自分にあるべきで、自分の身の回りの問題も影響も
状況も環境もある意味では自分の行動や思考の賜物でなかったら自分の成長はない。
神概念でその成長をゆがめてしまってる人もいるように思える。
神は両刃の剣のようなものではないかと。
ノシ
>>515 宗教板だけでキリスト教を判断するなかれw
一部の変な栗コテが暴れまくって、まともな人は別スレに逃げてるから。
あと、神の思し召し云々は、キリスト教徒にとってはなんてこともない
ただの言い回しだよ。挨拶みたいなもの。ねらー語と大差ない。
俺は使わないけど。
うん、神の思し召しって言うかw
神の意思だからとかって発想が自分の責任のあり方を曖昧にしたりしないかなと思うわけで。
社会現象や風潮に対する見方もキリスト教に限らず宗教観は独特のフィルターをかける場合もあると思うのです。
敵対的買収が悪いかどうかとか人道がどうというときなんかは相当、宗教観なんかも影響するのではないかと感じる。
また来ます落ちノシ
フィルターはお互い様じゃないかなあ。。。
お互いに相手のが、異様に見える訳で。
日本教ってのも、結構キツイものがある。
俺はそもそも、無宗教なんて存在しないと思ってるからね。
それを言い出すとまた定義厨になるけど。神と呼ばなくたって、名もない神が氾濫してるw
そそ、お互い様。
で、無宗であっても誰かさんのように頑強になれば宗教的でw
ただ、どちらかというと宗教者が宗教の教義や教えにそうと考えるほど、
自分の考えを疑わないういう面はありますよね。
自分の考えである、自分の主義であると思う限りはそう滅多に絶対的に正しいとは主張しない。
これが宗教的に照らしても常識と判断されるほど、やっぱり頑強になって疑う余地も減っていくように思えます。
例え宗教での教えであろうとも常に見直したり疑ったりする姿勢が必要じゃないかなあと。
フーテンさんはともかく、一般の宗教者にはそれはまず難しかったりすると思いますよ。
キリスト教なんかは「疑ってはいけない」って教えてるようだし、敬虔であればあるほどそのリスクは増えるんじゃないかと。
>無宗教なんて存在しないと思ってるからね
これは、俺が上で宗教とは姿勢じゃないかと定義してみたけど。
俺流の定義であれば宗教だろうが主義だろうがなんだろうが同じこととなるんですけどね。
ただ、自分の主義考えと宗教をイコールで結ぼうとしたときに、宗教自体を疑うことが可能かどうかは微妙ですね。
そこが宗教と宗教以外の「宗教のようなもの@主義なりなんなり」ものとの違いではないだろうかと。
主義なりってのも自分自身が信じて疑わないということはあります。
あえてそうすることも。ただ、対外的にそれをとことん主張することはあまりない@ご隠居は除くw
俺にとってもっとも宗教的な部分はやっぱり自分の信念と感じてる部分でしょう。
自分自身では疑う余地のない部分もある。
その部分においては宗教者が自分自身で信じている面での宗教となんら差はないと思う。
フーテンさん、さっそくレスしてくれてありがとうでした。
出かけてきます落ちノシ
>>510 >一般の人がもしもとことん宗教に時間や思考を費やすなら、きっと生活も不可能。
>その辺の矛盾とバランスを考えた上での布教なり宗教のあり方なりが必要だと思う。
>>511 >社会的世俗の中にもその役割を負うものはたくさんいて、
>それこそ無の境地を選ぶわけに行かない立場の人、責任からも宗教的思想に深入りしてはいけない
>立場の人もいるのだと思うのだ。
>>513 >教義を持って指導、導くという時代はすでに終わってるのではないかと。
>>514 >普通の人は当然にそこまでできるわけもない。
数多仏教書は出ているが、出家と在家の別に注目し、
且つ、その意義と現代(日本)社会への援用を考察したものは皆無。
どんな解説も、大乗的視点から、そのエッセンスや精神、現状追認の枠を越えるものはない。
「我々凡夫は・・・」という表現を僧侶がすることに何の疑問も持たないとしたら、
それは病理だ。そこに、慙愧と悔恨、身の程をわきまえた誠実なあきらめ、がなかったら、
単なる都合のいい保身の言葉にしかならない。
出家は別として、在家者の持つ幅は広大だ。
これを狭く狭く限定するようなものは仏教ではない。
(ま、だからこそ、21世紀の日本に於いて、
どのような言葉が用意できるのか? が問われているわけだが・・・w)
>教団の指導とかの仕方に疑問を
りょんの宗教の範疇に、日本の伝統宗教は一つも入らない。
葬式仏教という括りは妥当ではあるが、宗教でないわけでもない。
少なくとも教義の面で、頑なで・強制的で・排他的な部分はない。
それがあるものは、(私個人としては)仏教の名札を剥奪したい。
ここは、こういうレスでも構わないだろ?w
>>521 一般の宗教者って、なんだろ?
教えを自分のものに出来ている信者と、盲信者とがいるのは確かだが、
その二つだけに限定してない?締め付けのない教派なら、
実際には大部分が、とりあえず宗教に入っているだけで、
その宗教自体は毒にも薬にもなってないのがほとんど。実際には、アンチに比べて
ロクに聖書も読んでなかったりする。ちょっと情けないことではあるが、でも、
グダグダなのは、健全なしるしでもある。
でも、実際問題として、熱心さや絶対的な教えを求める人は、そんな教会には初めから
興味を持たないんじゃないかと。。。
素人さん、かまわないどころか歓迎。
フーテンさんのレスも有意義な話できそうで同じく歓迎だすw
でも今日はよっぱでレスまとまらないので明日にでもレスします。
どーもありがとうですノシ
宗教を考える場合、世界宗教と民族宗教はわけなければならないような気がしますね。
そして、日本には、名目上の世界宗教はありますけど、
実質的には存在しないような気がします。
つまり日本には民族宗教しかないと。
そして、宗教って、結局は敵と味方を認識するシステムのような気がします。
日本は島国で侵略戦争はなかったので、宗教による民族統一も、
日本人である必要もなかったのではないかと。
だから、島国の中で、民族宗教同士で争い、細かい領土問題を繰り返していたのだと思います。
日本に宗教がないといわれるのも、明確な敵が存在しないことにもある気がします。
まあ、なんとなくですけどね。
反論はあるでしょうね。
>>525 >りょんの宗教の範疇に、日本の伝統宗教は一つも入らない。
>葬式仏教という括りは妥当ではあるが、宗教でないわけでもない。
俺が宗教として批判的にレスするのは活発に勧誘したり、神神人に布教したり、
身近ではそーかやエホバでしょうね。
それらの教団なんてものになればもう最悪で批判対象にしかならない。
葬式仏教や禅などが宗教ではないと言うのではなくて、上の流れでの俺のレスが該当する宗教ではないと言う意味で。
>少なくとも教義の面で、頑なで・強制的で・排他的な部分はない。
>それがあるものは、(私個人としては)仏教の名札を剥奪したい。
こういうの個人的には好きだし、共感するけど、
でも、そーかでもエホバでも神神言ってる宗教でも信者は疑うことなく信じてる場合が多いかと。
相手の立場になるとこっちを批判すると言う姿勢。
これはもう客観的に法で制限するとかしか方法はないかと。。。個人レベルや宗教同士で問題視すればいざこざしか起こらない。
そのためにも社会風潮として、宗教の勧誘、布教は有資格者が特定条件の下に行うこととかに持っていくのが良いかと@個人的見解
>>526 一般の宗教者とは一般信者のことです。
運営側ではない信者と言うか。
経営側と信者とでは話を理解してるようでもかならず視点にずれがあるものだと思います。
全体を導く、指導すると言う目線であれば客観視が出来たとしても、
指導される側はまずそんな視点を持つことは無理で。
宗教に限らずだけど、宗教の場合は扱うものが救いであったり神であるからますます信者はすがったり妄信したりもする。
フーテンさんも素人さんも俺が否定的に考える宗教に接してる人ではないからだと思うな、この流れは。
では、こうしましょうか、俺の言う宗教ってのを一旦、カルトや新興宗教で活発な布教や勢力拡大をしているものと特定してみます。
伝統仏教や伝統的なキリスト教って考えれば、文化的な存在意義も価値も十分にあると思える。
聖書や仏教の経典なんかも十分な文献的、思想的価値もあると思う。
それを捻じ曲げて悪用してる宗教団体ということでどうでしょう。
>>528 民族宗教って言うのも俺のイメージではその国の流れで生まれた常識的、
習慣的風習と言うか。
文化としても考えられるしそれほどの害も影響力もない。
時代とともに移り変わりも可能なもの。そんな風に思えますね。
影響力もないは間違いだな。
浸透した影響力ってのは計り知れないかも。。。
宗教による民族統一。
どこぞの宗教はこうせん流布なる目標を掲げてたりするけど、
あれがどー言うことなのか理解してやってるのか。
理解してそれでもそれが正しいと考えるのであればそれこそ恐ろしいことで。
宗教の怖さはそういうところでも感じる。
普通に社会であれば、独占禁止、談合禁止、政教分離、思想の自由、偏りをなくすことを正しいことと前提した発想になるのに
何故宗教となるとそこを疑ったり、見直したり出来ないのだろうか。
そういう発想はどこの宗教でもあるものなんですかね。。。
スレ的に。
経典や教義の言葉で人生に役立つものもぜひおながいします。
と残して去るノシ(w
>>531 勿論、カルトは法で制限するべきだと思う。ただ、信じて良いものと悪いもの、
本物と偽物を見分けると言うことは、それこそどんな宗教でも説いていること
であって、それ自体宗教的な姿勢に他ならないから、誰が、何を基準に、ということが
問題になってくる。実際に何をしているかに重点を置かないと、教義だけなら
どうにでも解釈できてしまう。どっかの団体の利権になったりもするしね。
エホ証なんかはよく知られてるけど、単立の教会はかなり怪しいのが多くて、
素人には紛らわしいのが問題。
537 :
聖霊大王:2006/10/29(日) 17:11:08 ID:vFetc9Xu
あっちスレで、ご隠居をコテンパンに追い詰めた、、
こっちじゃ、清らかな空気が流れる、、、
しかし、キリスト教スレは、カトリック、聖公会、ホーリネス、長老教会系以外は、
妖怪が多いなあ、、ほぼ、層化だなあ、、
福音派は実際アメリカの層化だしね。。。
539 :
聖霊大王:2006/10/29(日) 17:20:12 ID:vFetc9Xu
540 :
聖霊大王:2006/10/29(日) 17:24:42 ID:vFetc9Xu
541 :
てすと:2006/10/29(日) 17:35:50 ID:/UWPvopI
人類に普遍的な真理を追い求めるのもいいけど、部分的真理も理の一つだし、歴史の積み重ねもあるから結構使えるものも多いよ。
>>536 だから、まずは勧誘の禁止や制限。
お布施などの申告や帳簿の開示義務。
納税義務他、本来当たり前のことを求める動きが必要じゃないかと。
納税については状況や内容により軽減や免除の制度があったとしても、
そこには何かしらのしっかりとしたチェック機構を設けるとか。
と言うのも、現実に宗教法人を利用したり名義の貸し借りで利権を得たりしてるものを見たり聞いたりしてるから。
今の野放しの状況は宗教が隠れ蓑になっての犯罪まがいのことも現実にあるし、
区別が難しいということは、害もない宗教まで同一視される可能性もあるということだし。
>大ちゃん
ここを向こうとまぜこぜにしないでおくれw
>>541 来てくれてありがとうですノシ
人類に共通の普遍的真理なんて求めるとあまりにも当たり前のことしかなくなるでしょう。
宗教では真理だなんだと言ってるので文に入れてみたけど、
てすとさんの言うような部分的真理、道理、そんなのをレスでやれたらって感じですよ。
ぜひ、良いと思えるのをレスお願いしまふ。
伝統宗教を守りたいなら。
もっと伝統的、文化的なアピールと開かれた政治じゃないけど、
もっと多くの人になじめる存在、クリーンなイメージを打ち出さなければ。
何かと一緒くたに宗教とくくられるのも、外から見たら不透明だからゆえ。
一見不利なようでもカルトや新興宗教との区別化を図れるようなことは多いのではないかと。
それに開かれていればあまり無茶も出来ない。
無茶をしたいところの胡散臭さも分かりやすくなるからカルトの行動も制限を受けやすくなるのではないかと。
でも。。。伝統宗教と組んでビジネスってのも面白いかもなw
テレビやネットも利用して伝統宗教を宣伝してw
もちろん別会社を作るようだろうけど。。。どのジャンルで収益を出すかが問題だな。
利益の半分以上は福祉や社会貢献とかだな。
設ければ設けるほど、万人、世が豊かになるってアピール。
547 :
てすと:2006/10/29(日) 18:59:40 ID:/UWPvopI
>>542 まず、基本的な部分真理として、「世の中のルールを変える事ができるのは、力のあるものである」、という事だと思います。
力にはいろいろな種類がありますが、数が多いというのも力の一つです。他にも財力とか暴力とかがあります。
キリスト教のほうが創価より力が上で、創価がパナウェーブよりも力が上なのは「数が多い」というのが一つの理由だと思います。
だから、りょん氏が今の日本の宗教制度に納得がいかなくて変更したいのなら、りょん氏がなにかしらの力を得るか、
すでにルールを変えることができる力のあるものに頼むしかありません。もちろん力のある人を説得する能力も力の一つです。
ルールを作るのは政治家ですから、りょん氏が立候補しないなら、同じ考えの政治家に投票するところから初めてみるのがよろしいかと思います。
>>547 俺自身の本音は宗教(カルト系とか)になんてかかわってる時間はない。かも。
ただ、宗教の教義的なものとか宗教と言う思想を用いてる人の考え方とかから参考になるものがあるのかなあってところ。
それと物事を考えるときの発想としてなにかしら役に立つ情報があるかなあとか。
経営とかを考えてもトップや運営側はある意味教義とも取れなくない方針や何かを示すわけで。
会社内での上司にあたる人であればやっぱり何かしらの教育も行っているわけで。
そんな次元でなにかしら発想が広がるようなことはないかなって感じかも。
ルールを作るのは政治家。でもそのために政治家にならなければいけないということでもなく。
もっとも大きいものは風潮じゃないかと思ってますね。。。世の流れには政治家であってもなかなか逆らえないかと。
政治的感覚を知る。宗教的感覚を知る。
庶民的感覚を知る。いろんな感覚が世の中にはあると思う。
その立場にならなければ本当には理解できないかもしれないけど、
その立場になったところで感覚なんてものはさまざま。
であれば、己が自己の感覚なりに意識して多くを知るということは無駄ではないと思うし、
個性や思考の幅を広げるものだと思う。それらをどう生かせるかとかどう利用できるかとか。
もうすでに有るもの分かっているもの、考えても分からないこと、解決しないことにはあまり考えを巡らそうという気にはならないかも。
人の気持ちも考えも日々変わるもの。
でも、状況というものは日々築いていけるもの。
築いていける部分に力を注ぐことが大事。
築いたものの影響で思考も変わったりするものだから。
世の流れを知らなければ流れには乗れない。
世の流れを作るのは政治家ではないなら、
政治家のせいにする前に風潮に参加したらどうだろうか。
てすとさんの言う投票もその一つの具体的な行動だろうな。
でも、俺は選挙には必ず行ってるのだ。なかなかぴったりの人はいないけど、
自分なりに選んでは入れている。
あとは社会で働くもの全てがそれなりにきちんと行動するとか、そんな些細なことでも
立派な貢献になっているのだと思う。あまり大層なことをしようと思うよりも
確実に出来る部分でやっていくのがベストだと思ってる。
552 :
てすと:2006/10/29(日) 20:51:57 ID:/UWPvopI
カルトにかかわる時間がないというのなら、カルトへの批判はやめて、それは他人に任せて、りょん氏人生を謳歌してはいかがでしょうか?
私の気のせいか、カルトへの愚痴のように聞こえたのでコメントしたのですが、そうでないならポジティブな話題をしていきましょう。
俺は、宗教も政治も一緒だと思うから、そう言う意味では、宗教(団体)には否定的。
団体から直接、人間らしいことが教われるとは思ってないし。
でも、宗教の伝承の中から、哲学や人生論が発達したりする。
宗教のシステムとしてはこんなものはオマケだし、内容的にはむしろ宗教の否定ですらある。
宗教から、宗教否定が生れる。これこそ、宗教から学ぶことが出来る、逆説的な宗教の本質。
それが、古い宗教の持つ文化的な価値。だから、宗教って、それ自体痛烈な皮肉になってる。
さてりょんちゃん、こんな宗教をどうやって一般にアピールする?w
現代における世界宗教は、ネットワークビジネスかもね。
556 :
てすと:2006/10/30(月) 03:29:17 ID:ZkO1YOia
>>554 人間らしさというのは人間同士の関係性や歴史を抜きにしては語れないから、
団体から学ぶものって多いと思うんだけどね。完璧な個人ってないわけだし。
学校にしろ、会社にしろ、親族にしろ、地域にしろ、人間は何かしらに所属しているわけだし。
むしろ机上の完全純粋個人を想定しても、そこから得られるものの方が少ないと思うけど。
大手宗教の教団は世界にまたがっているし、所属する人間も多種にわたるから改めて入る必要はないにしろ、
最初から所属しているなら上手く活用すべきだよ。
557 :
てすと:2006/10/30(月) 09:16:08 ID:ZkO1YOia
>>551 >あとは社会で働くもの全てがそれなりにきちんと行動するとか、そんな些細なことでも
>立派な貢献になっているのだと思う。
貢献というと美化しすぎかな。謙虚に「義務」ぐらいで丁度いいと思う。どちらでもいいが・・。
社会貢献しつつも、「義務だからやっているのさ」と言うほうが男気を感じます。
「俺は働いているから社会に貢献してるぞー」と言ってしまうとちょっと嫌かな・・。まぁ本当にどちらでもいいんだが。
>あまり大層なことをしようと思うよりも
>確実に出来る部分でやっていくのがベストだと思ってる。
はげどう。
出来る事しか実際にやれないですしね。出来ないのに出来ると勘違いしてやろうとしてしまうと不幸になりますよね。
自分に今、何が出来て、何が出来なくて、何が出来そうで、何が出来なさそうかの判断を間違うと結構痛いですよね。
>>552 基本的にはそう思ってるのですけどね、カルトを語ればどうしても批判に感情はこもってしまう。
自分自身の被災を思い出してしまったりかぶるからまあ、仕方がない部分もあるかも。
今はあえてそこを語るつもりもないんですけどね。
つか、専用スレ立てて一度やってみるのもいいかもしれないけどw
>>553 546のはふざけただけw
545については、なんと言うのか。まあ、伝統宗教というのは古き物を大切に後世まで
繋いで来た事実は評価されるべきかもしれないし。
除夜の鐘から初詣やおみくじとか、これだけ当たり前に世の中に溶け込んでそこに違和感を覚える人もそうはいないだろうし。
文化としての仏教とかもっと開いて、憩いの場や観光地的要素を強くするとか。
俺が思うのは宗教性は弱めつつもっと社会に自然に浸透するようなのを目指せたらと思うんですよね。
神社で独特の空気を感じたり、古を感じたり、神聖さを感じる程度だったら宗教に関係なく、神を信じる信じない抜きにあるかと。
川や山ですがすがしくなる感覚のようなものって程度だけど。
>>554 団体が悪いとは一概に言えないけど、でも宗教団体としたときにいいイメージはまったくない。
団体なんてそもそも個の集合なんだけど、前に別スレでもちょっと触れたことあったけど、
団体になると団体としての性格や人格を持ってその意識を守るためには個人レベルでは非常識と思えることまでを
当然のこととして行ってしまうような場合もある。
もちろん逆に個人レベルではなし得ないことを実現する場合もあるし。。。
今の宗教界全体が団体としてどう機能しているかってことなのかもしれないすね。
>>555 俺には結局は生活のためとか団体維持のために利益を生む団体とかにしか思えないんですよ。
どんなに綺麗ごとを言っても金もなければ食えないし、神社仏閣なんでも維持も出来ない。
だったら当たり前のことは当たり前として、見直したほうが自然じゃないかと。
>>557 社会に生きる人間にとっては仕事をして社会に貢献して、税金でも貢献して
それが義務で、社会的意義で見ればその貢献の度合いによって社会的価値が決まる。
会社で言えば小さい会社であれば税金での貢献が少ない分、社会的に顧客にであれ奉仕の内容で貢献度を
高めるべき。これはそうしなければ会社自体が弱くなるので所詮綺麗ごとではあるけど、
でも、その考えのほうが楽しいし発展性も高まると思う。
義務でやるのか、貢献のためにやるのか。世に自分が貢献しているなんてもちろん言わないけどw
でも、意識の上ではより崇高につか、その方が前向きにいけると思いませんか?
自分がやっていることをあえて低く評価する必要もないし、高く見てもいけない。
やっぱりバランスかな。まだまだだと思えなくなったら発展も何もないですし。
>>561 >俺には結局は生活のためとか団体維持のために利益を生む団体とかにしか思えないんですよ。
うん?
主語はどっち?
ネットワークビジネスは利益共有団体。
楽して儲かりたいと願う人の団体。
幸せになりたいという意識は、まさに宗教組織の願いと一緒でしょ。
他になにかあるかナァ〜
私には非常に現代的なわかりやすい宗教だと思っておりますけど。
>出来る事しか実際にやれないですしね。出来ないのに出来ると勘違いしてやろうとしてしまうと不幸になりますよね。
>自分に今、何が出来て、何が出来なくて、何が出来そうで、何が出来なさそうかの判断を間違うと結構痛いですよね。
自分に出来ないことをどうしたら出来るだろうかと考えれば人が必要ですよね。
自分だけでできることなんて本当に限られてる。
今出来ないことや今やるにはとてつもなく労力の要ることを今やろうとすることが良いのかどうか。
人には段階もあるから今できることを確実にこなしていく以外にないです。
いきなり高いところ見たら嫌になっちゃうしw
>>563 俺はむしろ宗教という考えを抜きにして団体として考えたほうが良い気がするんですよ。
宗教というとなんだか得体の知れないものになる。
宗教団体とか言っても、結局やってることは商品を持って利益を生んでいる。
それだけじゃないですか、それでいて社会貢献度は非常に低く、影響力だけ持とうとする。
>>556 勿論、その意味の団体は否定してないよ。
俺は教会の中で育ったようなものだから、そこに愛着もある。
そこでの人間関係があるから、教会に籍を置いてるわけだし。
さすがに、冷やかしだけで教会に行ってる訳じゃないw
>>565 私は、宗教を根拠のないものを信じる集団として仮定してます。
ネットワークビジネスの信者は金さえあれば幸せになれると思ってますから。
そして、それを他人に強いるわけです。
宗教的だと思いますよ。
私は、ネットワークビジネスは、
毎月3万円の商品を買えば、みんなが幸せになれる宗教だと思ってます。
別にそれに反論する人間がいてもいいとは思いますが、
洗脳されてると言い返すでしょうね。
やっぱり。
568 :
てすと:2006/10/30(月) 11:46:38 ID:XCDseACA
>>565 もちろん宗教団体は団体の一つであり、団体の発展維持に努めるのが自然でしょう。
>宗教団体とか言っても、結局やってることは商品を持って利益を生んでいる。
>それだけじゃないですか、それでいて社会貢献度は非常に低く、影響力だけ持とうとする。
それは宗教団体の自由ですね。
自分が社会貢献して意識の上で崇高に感じるのは構いませんが、それを他者や他団体に押し付けてしまうのはいかがなものかと。
>>567 りょんちゃんは理想主義だから、団体と宗教、
政と教を分けることに望みを持ってるんでしょう。
まあ、願望って、信仰以外のなにものでもないんですけど。
だから、どこまで行っても平行線になる。
>>567 巾が広がれば宗教と認められてるものとそれ以外のものとの差も分からなくなるわけですね。
根拠のないというのはそこらじゅうにあるし自分の直感や感覚なんてものにも根拠はない。
信じるということ自体が宗教みたいなものとなるw
金さえあればっていうのは。かならずしもそうでもないとは思うけど。
金さえあればよりも、金がなければ幸せにならないと思う人が多いんじゃないですかね。
金だけあればと考えてるとは思いにくい。ただ、金を追う段階で金に執着しすぎて多くを見失う人が多いんじゃないかと。
誰でも大金を手にしたばかりの頃にはちょっと勘違いしたりおかしくなる人が多いし。
>>568 団体の自由を主張するには税金なりを払うとか、その部分なんですよ。
古くからの流れを悪用する温床ともなってる現実。
まあ、それを利用すればいいじゃないかといわれたらそれまでかもしれないけど。
持論として語ればこうなる。
>>569 俺は信仰っぽい部分は多いですよ。
ただ、神様信仰じゃないだけで。
でも、やっぱりフーテンさんが信仰で追い求めてる感覚のものと
そこらへんの信者が見ているものとは違うように感じるんだよな。。。
573 :
てすと:2006/10/30(月) 12:00:12 ID:XCDseACA
ぶっちゃけ、宗教にクーリングオフがあれば良いと思うけどね。
1年後に再入会手続きとらないと入信は無効とか。
それか毎年更新するとかね。抜けにくいのが問題だから。そうしたら信者の公称人数相当減ると思う。
宗教団体をもし選ぶなら、いつやめてもOKですよというところの方がいいかな。個人的な感想だけど。
>>570 >金さえあればよりも、金がなければ幸せにならないと思う人が多いんじゃないですかね。
なぜそう思うのかを明確にしない限り、言い換えは意味がないと思いますよ。
>ただ、金を追う段階で金に執着しすぎて多くを見失う人が多いんじゃないかと。
なにを見失うんでしょう?
それが問題だと思いますが・・・・・・
>>573 俺が結婚について考えるのと同じだw
3年後との更新とか。
俺の所属教会なんて、外から見たらユーレイ教会。
いわゆる休眠状態。他教会から分裂した集会だから、
いささか気の荒い創立メンバーと2世3世だけで固まってるとこがあって、
伝道らしいことはしてないな。イベントもないし。維持するのが割に合わないから、
会堂も建てないし。だからこそ、居心地も良いんだけどね。。。
>>574 現実に金があれば大抵のものは買えますし、力にもなるし、
金がなければあまりたいしたことも出来なくなる。
金といっても現金で自分の金である必要もないわけですけどね。
でも、金があっても動けなかったらとか普通に人は考えるし、
金だけあればと思ってないからこそ強盗だらけにならずにすんでる。
強盗をしてその後のリスクと金を天秤にかけてリスクが勝ってる場合もあるんでしょうね。
常識やモラルだけで強盗が発生しないというものでもないと思う。
>>573 宗教に入ったことないからわからんけど、
結局は、自分の問題なんじゃないの?
おれがもし教祖だったら、絶対止めさせないナァ〜
だって、信者はカネヅルだろうヽ(^。^)ノ
神をネタにすれば、元手かかりそうもないし、
迷いは精神の未熟がなせる技だとか追い込めば、
ギャンブルで消費者金融に借金するのと同じ気がするしナァ〜
579 :
てすと:2006/10/30(月) 12:06:31 ID:XCDseACA
>>569 そうそう、俺も分けられないと思う。独裁政治ならともかく、民主政治では分けるのたぶん無理なんじゃないかと・・
>>576 ほら、やっぱりフーテンさんのところはちょっと違うじゃないすかw
それにフーテンさんも素人さんも立場が違うってのは絶対にあるきがしますね。
考える道筋が違うんですよ、きっと。目線とか。
581 :
てすと:2006/10/30(月) 12:10:36 ID:XCDseACA
>>575 あ、うちはそうですよ。一年ごとに更新です。
前に雑誌で読んで試してみたんですけど、かなり上手くいきますよ。夫婦円満です。
賛同してくれる女性をみつけるの大変ですが。
「永遠」なんて誓うほうがどうかしてますよ。物事は流動的だし。
>>579 分けなくても流れを見直せばいいだけだと思いますけどね。
本来社会での団体のあり方と考えれば、宗教だけ特異すぎだし。
俺はただ単純になんでそんな状態であり続けてるのかが不思議なんですよ。
>>581 俺にはそれも当たり前の感覚なんですけどね。
でも、世の中的にはそうじゃない。
宗教をやめるよりも結婚状態をやめるほうが大変そうですしね。
永遠なんて思うから勘違いもでてくるんだし、その方が円満を実感できるでしょうね。
>>577 それだけ、お金に洗脳されてるのが自覚できてて、
どうして、宗教と認めないのかが、よくわからん。
>強盗をしてその後のリスクと金を天秤にかけてリスクが勝ってる場合もあるんでしょうね。
>常識やモラルだけで強盗が発生しないというものでもないと思う。
別に、学校で、強盗や強請や万引きや泥棒を教えれば、誰でもやるようになると思うけどね。
私には、純粋にテクニカルな問題だと思うよ。
あと、中小企業の社長は、みんな脱税してる。
りっぱな泥棒だと思う。
家、家系、血筋、土地、故郷、等
こういった部分が希薄になりつつある現代、
将来そうした流れはありうるかもしれない。
>>573 仏教であれば、家系と寺の繋がりでなく個人と寺の繋がりへと・・・。
また寺院に対して、伽藍の寺院らしさを求めないような時代になれば、
新築改築修理増築にかかる費用も少なくて済むだろう。
(申し訳ないが宮大工の技術には滅んで貰って・・・w)
葬儀と寺院の分離もあってもいいかもしれない。
或いは、檀家衆による共同出資共同経営。
必要な時に、近くに住んでる坊さんに来て貰う。
勿論坊さんはアパート住まい。
呼ぶ側も、坊さんの衣がヨレヨレでも文句や陰口を言わない。自分とこの寺自慢をしない。
家系が途切れることに怖れを抱かない。
・・・・・
寺側が非難されることが多いが、実際に変革が必要なのは、
大衆の心理の方ではなかろうかと思うのだ・・・。
歴史はそのようにして変遷してきたのではなかったか・・・。
587 :
てすと:2006/10/30(月) 12:16:24 ID:XCDseACA
>>582 逆の見方で、特異なものは宗教団体に押し込めているともいえなくもない。
学校や職場が宗教的な特異さがあったら嫌じゃないですか。特に学校なんて抜けられないし。
>>584 宗教と認めないってわけでもなくて、そうなってくるとなんでも宗教性はあるから
そもそも宗教性のあるものを国なりが宗教法人と認定するかどうかで社会的に宗教団体となれるんでしょうねw
宗教と認めないとかそういうのではないな。
そもそも金は神じゃないし、現実的に利用価値もあるし悪いことではないと思うし。
589 :
てすと:2006/10/30(月) 12:18:01 ID:XCDseACA
>>585 ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!脱税じゃないんですー。本当に経費なんですー。
>>573 除籍は可能だよ。
洗礼は受けずに、求道者の立場のまま、すっかり教会の常連さんに
なってるような人もいるし、他の教会から来てる人だっているし、
実際には、まともなとこなら、結構なあなあにやってるけどね。
>>585 まあ、大抵はグレーゾーンでしょうけどね。
税務署が摘発する気でそういう見方をされたら結構やばいんでしょうね。
ちなみにうちは大丈夫でしたけどw
>>586 >家、家系、血筋、土地、故郷、等
俺はこれが大切だという感覚があまり分からないんですよね。
よく災害にあう土地にい続けたりとか、何でだろうと思う。
その気持ちを否定するものではなく、自分にはその実感が分からない。
>>589 しょうがないですネェ〜
じゃぁ〜、2ちゃんやってる間の時間を計ってくださいね。
その分、電話料の基本料から差し引きますから・・・・・
あっ、電気料もありますね。
パソコンとモニターのワット数調べといてくださいねヽ(^。^)ノ
えっ、そこまで?
だって、昨日の飲み会は経費として認めるんでしょ(^◇^)
それぐらいいいじゃないですか(^O^)/
>>587 学校が思想を偏らせて教育してたらやばいすからね。
でも、仏教系の学校とかってのは実際にあるんですよね。
考えて見ればそれも不思議だ。。。
俺はたぶんましなほうだろうなあ。
こんぶ殿に今度見てもらおうかw
つか、そろそろ落ちます、ありがとうでしたノシ
>>591 それは、みつからなければオーケーというだけの話。
倫理観の崩壊です(^O^)/
>>596 でも、そこいらの中小とかだと車も携帯も私用ようでも経費だったりでしょ?
俺は分けてますよ。
って、普通なのか?(汗
落ちますノシ
>>597 がっははははっヽ(^。^)ノ
こんな話すると、結構、みんな現実に帰ったりして・・・・・・
わしゃ、やっぱり、意地悪だわぁ〜(^^♪
599 :
てすと:2006/10/30(月) 12:36:55 ID:XCDseACA
>>593 いや、2chも顧客のニーズを探るための立派な仕事ですからw
100年後に宗教商品作るための企画開発費で落としますw
>>594 教育はすべて宗教教育から始まるから、教育と宗教も分けられないね。。。
俺も意地悪だなあw
601 :
てすと:2006/10/30(月) 12:40:35 ID:XCDseACA
っていうか、消費税をアップして、いちど立ち消えた売上税にすればいいのに。
まぁ法人税は他の国との調整があるから派手にはいじれないけど。
政教は一致するんでなければ、対立するしかないんだから、
左な俺は、やっぱり、日本の国教に対して抵抗運動してる
ようなところもあるんだろうなあ。。。
オチ
>>601 マジレスでは、消費税は逆進性がありますから、弱者には不利です。
今の制度では、格差は広がるでしょうね。
604 :
てすと:2006/10/30(月) 12:47:22 ID:XCDseACA
>>600 まぁ、そうですね。戦前の教育のほうが良かったといっている人もいますしね。
俺の同級生で先生やってる人多いけど、自分の子供を預ける気にならないしねw
>>602 政教分離は必要だと思うんですよ。
いいたいことが言えないと、身体に毒ですからね。
606 :
てすと:2006/10/30(月) 12:50:26 ID:XCDseACA
>>603 子供も老人もヤクザも神父も外国人も一律の消費税。
いいと思うんだけどね・・。
>>599 >2chも顧客のニーズを探るための立派な仕事ですからw
「あらこの名無しさんとのやりとりは、意味不明ですネェ〜、これは、除外ですね」ヽ(^。^)ノ
608 :
てすと:2006/10/30(月) 12:53:24 ID:XCDseACA
>>605 そうそう、言論の自由は絶対に死守ですね。
っていうか、政教一致した国って言論の自由はないのか!?
>>598 今日は日中は休みみたいなもんだし大丈夫ですよw
610 :
てすと:2006/10/30(月) 12:55:18 ID:XCDseACA
>>607 100年後に「ご隠居」というタイトルの本を出す予定です。取材費。
>>600げとおめ。
宗教と断定できないようなことまでは規制のしようもないでしょうねw
でなかったら宗教やってるひとは教師にもなれないってなるw
でもまた落ちノシ
>>608 たしかに関係ないかも(^^♪
分離してても、ないってのはあるから・・・・・・
>>610 ということは、交際費か・・・・・・
電話料が交際費に入ってたら、その方が調査で疑うナァ〜
テレクラじゃないかとか(^◇^)
いっそ、御隠居で科目作っちゃうのがおもしろそ。
調査で、「なんですか、このご隠居勘定?」
って、質問されたら、しめたとばかりに、
御隠居について、細かく説明してあげて、
きっと、この人は頭おかしい人だと思って、すぐに切り上げるかもしれない。
御隠居活用できるヽ(^。^)ノ
615 :
てすと:2006/10/30(月) 13:16:14 ID:XCDseACA
>>614 いいですねー。ご隠居勘定科目をつくるとしようw
ちなみにネット代は大家が払っているのでタダです。セコw
通信料は携帯だけですね。
光熱費も大家名義ですが事務所家賃に組み込まれています。
止まってた。
どうしても宗教に固執したレスになりがちなんだな。
つか、ご隠居の影響もすごいなw
ここは向こうと同じにならないようにしたいところ。
何かしらのお題があったほうが良いかも。
つか、人生の指標になりそうな言葉とか考えとか。
それが宗教的であろうとなんだろうと気にしないようにしましょう。
宗教的であろうと、何教の言葉であろうと考えであろうと、
役に立つものは役に立つ。利用できるものは利用できる。つーことで。
ちょっと思った。
586の素人さんのレスは執着ということにはならないですか?
土地や家に対する執着とか。
さらに。。。
>必要な時に、近くに住んでる坊さんに来て貰う。
>勿論坊さんはアパート住まい。
>呼ぶ側も、坊さんの衣がヨレヨレでも文句や陰口を言わない。自分とこの寺自慢をしない。
>家系が途切れることに怖れを抱かない。
>・・・・・
>寺側が非難されることが多いが、実際に変革が必要なのは、
>大衆の心理の方ではなかろうかと思うのだ・・・。
>歴史はそのようにして変遷してきたのではなかったか・・・。
これは、アパートに住むようになるかどうかはその人次第で。
その為にも世の流れに甘んじることなく、しっかりと利益なりを生む努力をするほうが良いのかも。
人材派遣で僧侶も呼べるとかなる可能性もなくはないし。
ネット葬儀やネット墓地なんてのもあるみたいだし、やっぱりそういうところでは出来ないサービスのようなものをもつ必要はあるんだろうなと。
地鎮祭なんかでも今は神主は録音したものを流したりしてるし。
値段はその分安いけど、それで十分雰囲気は味わえるしと言う考え方もある。
信仰的な物よりもしきたりとして求められるように移り変わる可能性もあると思う。
つーか、僧侶や神主がハイテク機材を用いたりとか、仏壇も電動でろうそくも真似た明かりだったりとかしてるからな。
そういうのが徐々に何でもありとして重々しさのようなものを失わせていくんだろうな。
呼ぶ側も、坊さんの衣がヨレヨレでも文句や陰口を言わない。自分とこの寺自慢をしない。
家系が途切れることに怖れを抱かない。
この部分に対しては、営業マンがよれよれの服を着ていたら客にどう思われるか。
それと同じじゃないかと思える。。。
家系が途切れることってのは、恐れる人って方が少ないような?
跡取りとかって世の中じゃないし、少子化や独身主義も当たり前の世の中だし。
この辺の感覚的なものは素人さんの感覚とずれを感じるかも。
地鎮祭。あれは確実にビジネス。
施主はどこの宗教だか自分でも知らず、どこの神主が良いとかもなく、
家を立てるんだという雰囲気のためにやる。
金にけちな人は当然やらないし。神主もいくらって値段はないはずなのに金額はあらかじめ業者なりに伝えてあるし。
初詣もレジャーだし、あちこちの神社でおみくじ引きまくったりするし。。。
そう考えると純粋に信者やってたりする人もある意味偉いかもな。。。偉いって言うか貴重なのかも。
一度頭の中の常識をばらばらにしていろんなことを考え直す必要はあるかも。
進みすぎる必要もないけど、自覚もなしにとらわれてる可能性も常にある。
何が正しく何が必要かは自分で見出すしかない。
あとは需要と供給的な感覚だな。どこにニーズがあるのか。
楽して稼ぐ的感覚を世の中ではなかなか受け入れないけど、本来の理想はそこにあるわけで。
誰しも自分のこととなれば楽に稼げるのが良いに決まってるし、そう考えないことは合理的でなく無駄が多い。
努力って言葉は好きだけど、努力しないで努力した人よりも出来るならそれこそ理想だ。
中々そうは行かないから努力してでも人と差をつけようとするだけで。
常識の裏にある真実って言うと大げさだけど、常識に惑わされて遅れをとることって多いんだと思う。
625 :
まい:2006/10/30(月) 15:28:37 ID:3TDsMys5
やっと復活〜〜!
ゆっくりロムってみますw
626 :
てすと:2006/10/30(月) 15:45:25 ID:XCDseACA
>>622 絶対やめない固定客に対してはよれよれのスーツでも問題ない。客が営業になめられているだけ。
>>623 ビジネスだからいけないということでしょうか?
たかが宗教を過大評価しすぎです。宗教に多くを求めすぎるのもどうかと。
所詮イベント企画屋&セラピー屋さんでしょ?もちろん金とってもいいとおもいますよ。電車賃だってタダじゃないし。
クリスマスや初詣を楽しめばいいのかと思います。
>>624 同意。
年収1億稼いでいる人が、年収1千万の人の十倍働いているかというとそうでもないですしね。
最近、努力を目的の達成のためでなく、自分の癒しに使う人が増えたような気がします。
「努力しているオレかっこいい!努力最高!」ってね。アホかと。
627 :
まい:2006/10/30(月) 15:47:34 ID:3TDsMys5
>>461 レスありがとう。
弘法大師に好かれていたというのは、過去世話でしょうか?
流れぶった切りすみませんwww
628 :
まい:2006/10/30(月) 15:56:57 ID:3TDsMys5
>>619 「本来、僧として生きるには権威は必要ない」という原点に戻ったイメージだね。
629 :
まい:2006/10/30(月) 15:58:39 ID:3TDsMys5
ゴメン、あげちゃったw
荒れませんように、、
>>625 復活おめノシ
>>626 >ビジネスだからいけないということでしょうか?
むしろビジネスとしてきちんとしたほうが良いんじゃないかと思うんですよ。
現状は半端だし、宗教って何?と問われてもよく分からないものが組織団体で活動してたり
法に保護されてたりおかしく感じませんか?
努力だけして結果がでなかったりしたら無能をアピールするようなものなんですけどね。
目指すもの、努力そのもの、どちらにも方向性もあると思う。
それと自分の力量とかの判断でしょうね。
精神性を持って協調を得るということもあるけど、打算では難しいことも多い。
であれば最初から打算的に双方の利益を求めるとか。。。いろいろ難しいところだけど@ワケワカ?
>>628 そもそも僧とは何を求めているのかってのもあるのかもね。
632 :
まい:2006/10/30(月) 16:40:56 ID:uDORr8Uy
>>631 人は皆生まれながらに修行僧である・・なんてねw
興味津々のツアー客かもしれない。
633 :
てすと:2006/10/30(月) 17:02:18 ID:XCDseACA
>宗教って何?と問われてもよく分からないものが組織団体で活動してたり 法に保護されてたりおかしく感じませんか?
宗教という言葉が生まれたのも幕末から明治初期にかけてです。そして二度の大戦があり、敗戦があり、経済成長があり、日本という国はいろいろありました。
宗教に関して歴史の長い国に対して日本はまだ未熟で過渡期なのではと感じています。
オウム以降よくなったかどうかはわかりませんが、悪くなったという印象は受けません。
物事というのは急激に変わることもあれば何十年もかかるものがあると思います。
とくに迷惑を受けていなければ、組織活動を制限するものではないとは思います。
ただ、経済面に関しては、規制を強めたほうがいいと思います。とくに情報開示、情報の正確さにかんしては必要かと思います。
でも周りが訴えなくても、うさんくさい団体は淘汰されてくると思いますけどね。
いまの爺さん婆さんが死んで、3、40代のパソ通世代が老齢になるころにはいいかげんな商売はできなくなるでしょう。
と、私は楽観的に考えています。
>>632 人間を生まれながらにして不完全と見るか完全と見るかでも違ってきそうだよね。
ありのままを良しとするなら本来は備わったものを生かすことを考える。
不完全と見るなら足りない部分を補おうと考える。
どちらの考えもきっと正しくはない。やっぱりバランスを保ちながら人や社会との接点を見付けて行くしかないのかも。
仏教的に執着をなくし、ありのままを受け入れ、苦から逃れるとなると、
そのままでいればよいと行き着くのかもしれないw
>>633 基本的に同意です。
俺も別に宗教に何かしてやろうとか怒りを感じているとかじゃないし。
板的に述べればこうなるという程度なんで。
未熟なのかどうかは分かりませんけどね。世界が遅れているのに対して日本の宗教からの呪縛離れが進んでいるという見方も出来ると思う。
俺の知ってるそーかの人は世界どこでも宗教を持つのが当たり前だ、
宗教を持ってないなんて異常だとか恥だとか言ってるのいたけど、
ああいうのこそ異常な感覚だと思うのだ。。。離れてみてそこから選ぶのでなければ、
せめて客観視やその他の立場の人の理解も出来るのでなければ
洗脳や思い込みとの区別はないんじゃないかと思えるし。
637 :
てすと:2006/10/30(月) 18:14:40 ID:XCDseACA
>>636 創価(公明)に関しては、目に見える事実だけで判断すると、参院選で800万の比例をとり、地方議会では民主よりも議席が多いというのがあげられます。
金持ちも貧乏人も同じ一票ならば取り込みやすい人をとりこんだほうが旨みがあると判断したのでしょう。
創価に宗教性を求める人はアホですが、これだけ巨大な組織を運営し、各界に人材を送り込む手法に関しては感服していますし、学ぶべき点も多いと思っています。
日蓮正宗問題ものりきりましたから、あとは池田氏の死後の組織運営でしょう。予測では池田婦人→長男のながれと、秋谷氏のながれのどれかかもしれません。
池田氏死後に「動き」ますのでそれまで静観ですね。
638 :
てすと:2006/10/30(月) 18:24:35 ID:XCDseACA
>>636 層化の犠牲になったことはお悔やみ申し上げますとしかいえません。
もちろん僧か問題は日蓮正宗にも非があるし、創価よりも酷い団体が水面下で数多くいるのも現状です。
なので親を恨んだり喧嘩したりしないで、孝行してあげるのがよろしいかと。
>>637-638 そーかはともかく公明党は必ずしも活動が良くないと思ってないんですけどね。
最近の連立は思い切りはずしてる気がしますがw
政権分離と考えるとまずそーかと公明党は同一視されて当然、それを避けるためにいろいろやってるのも明らかだし。
そんなのも俺が言うまでもなくで一応政党として認められてるんだから知ったことではないけど。
日蓮正宗との問題なんかは笑えますけどねwそーかにいることが心の落ち着きをなくしたりする人も多いんじゃないですかね。
いずれにしても信者って言うのはある意味被害者にもなるんだと思います。
俺自身が幼少時にって言うのは俺にとっては良かったと思いますよ。
半端に接して今尚そーかの人だったりしたらやばかったし、その影響があったゆえの俺らしさもあると思えてるし。
親に対してはやっぱり宗教による洗脳を感じますよ、物事を宗教に沿ってしか見れなくなってるよーな。
俺に対して宗教を持ち出さない限り問題もないですけど。
何がいやかって言うと。
やるべきことをやるよりも祈る。
祈ってどうにかなると本気で思ってる、アホかと。
これだな。。。それで解決しなくても疑えない。
祈りなんかやめてその分動いていればもっと良い結果が出ただろうとは決して考えることが出来ない。
ああいうのは見ていて可哀想だ。
けど、それも本人の自由。。。
俺の知ったことではない。つか、助言も無駄だし。
家庭崩壊の元には宗教はてき面になりえるでしょう。
親に執着しなければ良いことです。
って、今現在は崩壊でもないですけどね。
あまり近寄らなければ大丈夫にはなりましたw
聞き流すことも出来るようになったし、相手もこっちの怒りのつぼを覚えたのか
俺に対して宗教の話はめったにしないし。
政権分離×
政教分離○
644 :
まい:2006/10/30(月) 21:26:43 ID:+KlpTHGQ
>>634 >仏教的に執着をなくし、ありのままを受け入れ、苦から逃れるとなると、
>そのままでいればよいと行き着くのかもしれないw
ワタシ的には、ありのままの自分がなんなのか観察するのが、観光客気分なのかもw
痛さ辛さの体験も、もちろん恋や幸福感も観光の一部。
>>640 信じて祈るのもひとつの方法だし、それで駄目だったら何が足りないのかを知るのも経験次第なのかもね。
経験前の予想や、一度の痛い体験じゃ気が付かない人ってのもいるし・・w
人がバカに見えるときもあるけど、ある日突然、以前の自分のバカに気が付くときもあるんだよね。
いやはや、予想できない一寸先って言うのもあるよね。
>>618 >執着ということにはならないですか?
その通り。執着そのものです。
しかし、だからと言って「リセットしろ!」とは説かれないのだよ。
「出家して涅槃を求めるなら、リセットしろ!」というのが仏教なのだから・・・。
ここのところを判ってない人間は多い(専攻してる学者においてもね・・・w)。
>>622 >この辺の感覚的なものは
周囲の人間の人種によるんだろうね・・・。
りょんは都会でワシは田舎、みたいな?w
そして
>>620へ・・・
では、葬儀の際に、
「偉いお坊さんのお経の録音がありますからそれを流すということで宜しいですか?」
という葬儀屋の申し出に納得する遺族が、現時点でどれだけいるか?
という事です。そういう世相になるかどうか・・・。
>>622 >家系が途切れることってのは、恐れる人って方が少ないような?
家系とまでいかずとも、子供に対して1%も期待をしない、という自信がありますか?
子供の就職先のランク・種別、結婚相手、孫を作るか作らないか、
心の揺らぎを生じさせない自信はありますか?
残留孤児の問題、拉致問題、両親のいない施設の子、
なぜ、これらの問題が割り切ったものにならないのか?
親なんか誰でもいいじゃんw なぜ生みの親にこだわる?
向井亜紀によって表面化した代理出産の問題。
なぜ、代理出産が問題になるの?
りょんのスタンスから言えば何の問題もないよね?w
何をもめてるのか不思議なくらいだwww
りょんのように強い人間は極少数だと思うよ・・・。
>>644 祈るような思いとかね、誰かのための祈願とか、祈りの種類によっては微笑ましかったり
安らぎも感じられるようなものもある。
俺がレスしたときの祈りはそういう種類のものではなくて、肝心なときに自分でなすすべをなさずに
祈りに逃げたようなもの。
まあ、うまくは説明できないけどね。
>>645 俺は強いどころか弱いですし。だから弱くなりそうなものは避けたいのもあるかも。
とかく強く見られることはリアルでも多いですけどね、
人をやたらと強く見るってのはずるいと思うんですよね、自分を弱いということにして逃げるようなのとか、
素人さんが俺に対して強いといったのはそれとはまた違うけど、一般的なこととして。
素人さんの姿勢はけっこう好きですよ、人っていうか檀家を思うような気持ちも強そうだし。
フーテンさんも信者さんを思うような部分を感じるから、客観視もするし、だから違和感ないのですけど。
でも、その思いゆえに悩んだり、悩みとまでは言わなくても考えることも多いのではないかと。
宗教というものを扱うというと違和感感じさせるかもしれないけど、俺もこれでも人を指導する側としては
俺の状況の方が宗教よりも楽だろうなと感じます。
他人の生活に自分が大きく影響している自覚、そういう意味では同じだと感じてます。
子供に対してという部分は。
自分の子供というものをもてば心は揺らぎっぱなしじゃないでしょうか、きっと。
とりあえず今は子供を自分が持つつもりなのかどうかも決めてませんけど。
子供を持つということにはあまりこだわってはいません。
子供だけでよいなら欲しいような気がしないでもないけど。
ただ、結婚をしたくない以上、今の時代ではまだ子を持つべきじゃないのかもしれないし。
成り行きにも夜と思います、この先の。
>「偉いお坊さんのお経の録音がありますからそれを流すということで宜しいですか?」
>という葬儀屋の申し出に納得する遺族が、現時点でどれだけいるか?
これに対しては。
矛盾といわれるかもしれないけれど、信仰とか宗教ということではなく、
人の死というものを真摯に受け止められる限りはそうなることはないでしょう。
そうなるくらいなら葬儀が消えると思う。
地鎮祭と人の死との重さが同じに感じるような世の中には滅多なことでなりはしないでしょうね。
650 :
まい:2006/10/30(月) 22:43:20 ID:+KlpTHGQ
>>646 うまく言えないけど・・逃げたいという気分のときもあるのかもw
でも、それって信じているというより信じているふりかぁ。
フリだけで、多少は安心するという心情があるのかもね。
宗教ごっこなのかな・・利用するほうもされるほうもw
>>650 ここ数日、人の姿勢って風に考えてみてるのだけど、
その人の祈りの姿勢は常に逃げてるように感じられた。
現実に目を直接向けずに、自分の非を認めることもなく、祈れば何とかなると、
祈りの姿が物事を解決すると、一番いやな姿だったなあ。
人と人って言う観点を祈りというものが台無しにさせたともいえるのかな。
結局は祈りも用い方なんでしょう。。。
自レスの「俺の状況の方が宗教よりも楽だろうなと感じます。」
を補足汁。
素人さんのような姿勢を持って宗教を行うならです。
俺の持つ一般的な宗教団体のトップにはそんなこと思いませんw
そうそう。
子を持つ親というのもある時点までは指導者なのだと思います>まいさん
課長係長なんていう人もその下の人にとっては指導者。
自覚のあるなしにかかわらず、大抵の人は指導者の面も持っているんだと。
>>647 りょんのその、ガラスのような強度に気付いた女の子は
惚れてしまうだろうね・・・(爆
>人をやたらと強く見るってのはずるいと思うんですよね、自分を弱いということにして逃げるようなのとか、
>素人さんが俺に対して強いといったのはそれとはまた違うけど、一般的なこととして。
性善説性悪説、どちらも外れだと思う。
人は、性弱なのだろうと思う。だからこそ、慈が、悲が説かれるのではないか。
もうDATに沈んだが、
果たして因果応報って確実な法則なのでしょうか?
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1156743385/ に於いて述べられるように、
基準のない、認識・判断・選択・保持、はない。
その基準を、どこに求めるか?どのような基準に近似したものを自分が用いるか?
が重要であろうと思う。
(スレタイはオーバーなものと判ってはいるがw)
黄金律という理想の追求は、ないものねだりの極地であろうw。
人は、自身の周囲にあるもの以上のものを得ることはできない。
>>652で、祈りを抹殺できないりょんの姿勢が、
そのまま、宗教(的なもの)の肯定になっているように見える。
上のリンク先のスレで言われたように、
人生の黄金律も、同じように
「恣意的な判断により、価値あるもの・有効なものと分別される」もの
でしかないかもしれない・・・・・。
>>655 見た目普通なのにもてるのはそのせいだったのか。。。(嘘w
性が悪なのか善なのか弱なのか強なのか俺には分かりません。
でも、人は大して変わらないんだとは思ってます。
変わらないはずなのに自分よりも強く見える人がいる、そういう人がいるなら
自分もそうなれるんじゃないかって思うだけです。
俺は自分でこう有りたいとかすごく多いですし、それをどうしたら維持していけるかをいつも考えてる。
弱音を吐く人吐かない人。考え方も有るだろうけど、どの思いを口にするかもあると思います。
世の中の人みんなが結構大変な思いしながらもがんばってる。自分だけだと思う人が多すぎる。
黄金律は本当にあるとは考えてないですよ、比較的みんなに良い影響を与えるかもしれなければそれでよしではないでしょうかw
因果応報とか道理、この考え方は俺は好きです。
でも、それを信じないものには関係ないことでしょう、宗教も同じじゃないですか?
そうそう、因果応報スレで俺にレスくれたのも素人さんでしょ?w
おっぱいスレってw
つーか、素人さんって男ですよね?w
え?まじめに女って線もあるんすか?
そのスレよりも素人さんの性別鑑定に過去ログ見まくるかな。。。
祈りを抹殺できないってのは正しい見方です。
大事な人が危ないとき、祈りたいような気持ちになることってのは宗教にかかわらずありえると思う。
宗教が必然的に生まれたことを否定しない。
問題だと感じるのは今現在のあり方と用いられ方だし。
育児板はよしておこうw
俺は母親には宗教以外にも害を受けて育ってるし。
>>616-617 …と言っていながらこの流れはりょんちゃんが誰よりも
宗教に固執してるように見えるのだが。
そーなんですよ。
なんかそうなっちまってます^^;
まあ、気にしないってことにしましょう@ご都合主義w
>>664 君は聡明だ。
私がご隠居に殆どレスしなかったのは
彼があまりに浅かったからだ。
また、君があのスレを卒業するだろうことも予想通りだった。
過去の経緯はこうだ。現状はこうだ。
さて、今後どうすべきか?(勿論、机上の空論でなしに現実的なものとしてw)
という視点なしに吠える輩はスルーされて当然だ。
今日の酒は美味い・・w
>>663 会ってみるかい?(大大大爆
>665
読め!(これは命令だw)
読んで何も感じないようなら、
確かに君は結婚すべきでないし、子供を設けるべきでない。
最近はそうでもないが、
昔、新聞(の投書欄)の切抜きをしてたことがあった。
モノによっては、うるうるうるうる来たもんだw
今度、象徴的な切抜きを引用しよう。探しておくよw
>>668 そんなレスすると来ますよ。。。
でも解決もしない、そこから進まないことに時間を割くのはあんまり。
娯楽にもなってないですからね。でもご隠居自体は今は別に嫌いでもない。
もっと他の話できるならしてみたいですけどね、個性は強いしw
育児板のは流れだけざーーっと見ましたよ。
見たくない理由は。つか、この歳になれば理想的だったりそうは思えなかったりの
母親像も身近で見てますw
今現在の付き合ってる相手もばつで子供いるし。
俺こそ親子の愛情物には弱いですよ、ジョンQごときで泣いたしonz
ただ、切なくなるから見たくはない@母親の暴力で苦労しましたからね@幼少時
つか、やっぱり男だな、素人さんは。
>>669 そか・・・
ログは取っておきな・・。
いつか、いつか、笑みと、うるうるとともに読める日が来ると思う。
てか、読めるようになった時が、
君が真に解放された時かもしれない・・・。
今はまだ、君の手足には枷が掛かっているみたいだよ・・・(´;ω;`)
日付変わったが
おやすみ・・
ノシ
>>671 枷はほとんどなくなってると思いますけどね。
トラウマ的なものはだいぶ消えたような気がします。
若いころは自分だけが特別なんじゃないかとか思ったこともあったけど、
ネットなんかでも同じような境遇やもっと違ったことを抱えてる人とか
もっと大変なことを抱えてた人とかたくさんいて、結局はみんな何かしらのことを抱えてるんだと分かれば
消えて行ったりもする。
人はみんな大して変わらないんだってのも実感として感じましたね。
そこまでに受けてきた影響やすごした時間も自分の個性として役に立つんだと思う。
人と何もかも同じようにしようと思えば自分の個性を無にする可能性も有るでしょ?
一つ一つ自分で選んでいろんなことをやって行きたい。
いろんなことというのも、実際にはたいした色々じゃなくてw
生涯でやり切れそうなことなんて限られるから、何でも欲しがらずに選んだものをやりたいなと。
そんな感じです。
そうそう。
経験したことを忘れようとか無理に何とかしようと思うのもあまりな気がする。
忘れようとか思えばそこから離れられないし、思い出してそれを意識することも離れられなくなるもと。
思い出すなら思い出せばいいし、そのままでいいんだと思う。
>>647 >フーテンさんも信者さんを思うような部分を感じるから
おーい!何度も言ってるけど俺牧師じゃなくて信者だぞ。。。
それに宗教板は揚げ足取りで遊んでるだけだからw
ノシ
677 :
まい:2006/10/31(火) 00:52:04 ID:+6CZ4eKm
お母さんの、どうにもできない苦しみを見ちゃったんだね。
第三者として傍観するには、まだ自分には多少恐怖心が残っているし・・。
ワタシにとっては兄だった。
まったく逆のタイプの人と結婚した。
息子を産むとき恐かったwww
どんな個性を持って生まれてこようと、自分が向き合うしかないんだもんね。
なんていう覚悟してたから、子供は変な期待をされてない分ラッキーだろう。
・・・関係なかったでしたw
おやすみなさい。
>>676 一般信者じゃないですよw
つか、そのポジションが居心地良かったりして?
いずれは牧師になるんじゃないんですか?
普通の信者は牧師の立場ではものは考えないでしょう。
>>677 子供が何を望んでるかとそれを与えることが妥当かどうか。
そんなところじゃないのかなあ。
親が子に自分の意のままにさせようとか、子供の意思を無視して望みをぶつけるとか
子供なんていうのはある程度普通に接していたら、
親が黙っていたって親の意は理解するものなのかもしれないしな。
679 :
聖霊大王:2006/10/31(火) 12:52:23 ID:kFrAxB39
680 :
聖霊大王:2006/10/31(火) 12:55:37 ID:kFrAxB39
627のまいちゃんへ、うん、真言宗の裏手10メートルの観音像が、、
立てる前の中学の時の写真に映っていたんだ、、心霊写真ならぬ、仏霊写真??
実際3年前から世話になってるなあ、
681 :
名無しさん@3周年:2006/10/31(火) 13:16:38 ID:kFrAxB39
682 :
まい:2006/10/31(火) 14:21:37 ID:u6uyYutn
>>680 そういうことがあるんですねw
ところで、どういう風にお世話になっているんですか?
コンタクトする方法とか・・。
そうかなぁとは思っても、なかなか確信は出来ないじゃないですか。
そういうのがわかる知り合いとか、いるんですか?
でも、その手の「感じる・・」とかあるよね。
なんとなくだけど。
683 :
まい:2006/10/31(火) 14:24:25 ID:u6uyYutn
>>677 以心伝心とか、あると思うよ。
だからこそ見透かされたようでお互い居心地が悪かったりするのかもね。
もちろん純粋な心情に泣かされるなんてこともあります。
684 :
てすと:2006/10/31(火) 14:42:09 ID:rGIaTheS
>>665 安易に親を大事にとかいってごめんなさい。反省します・・。m(。。)m
自分は普通よりも周りの人にはかなり恵まれて生きてきたので、そのへんのことに答える資格はないです。
子供のころは親が嫌いでしたが、今にして思うとあの時代なりにいろいろ頑張ってくれたと感じています。
>>683 居心地が悪くなるのは後ろめたさみたいなものもあるからじゃなくて?w
人と人の意思や気持ちが通じ合えてると感じられるときは心地よいけど、
でもそれに馴染んでしまうと分からない気になったときにすごく不安になったりする。
その繰り返しでどこか割り切れるようになると本当に心地よい関係になれるのかなあ、
よーわからんけどね。
>>684 いえいえ、ぜんぜん大丈夫です、親を大事にでいいんですよ。
俺なりにでも大事にしていかないと失ってから後悔とかするの嫌だし。
年取って父をなくして一人だし、俺という子供を持ったことで因果的にどうであれ
後悔も多いんだと思います、俺には何年か前に謝ってますからね。
さて。今月はまずまずな1ヶ月ですた。
688 :
聖霊大王:2006/11/01(水) 11:37:03 ID:lIDQhvUN
683のまいちゃんへ、
だれに聞いたわけでもなく、、
仏教の教義が理解できていく、、
お坊さんに聞いたら、ズレテいない、
とすると、、、やはり、、、、
689 :
まい:2006/11/01(水) 16:25:19 ID:ttXp8e7P
>>685 後ろめたいことありありですよw
家族には裏も表も丸見えだからね。
・・馴染んでしまってわからなくなる事ってあるよね。
言わなくてもわかってくれるだろうという甘えもある。
やっぱり、言われてうれしい言葉は聞けたほうが嬉しいよね。
「あの人はいい人だから、きっとこうだろう。」って、いいほうに考えることもできるけど、
それが独りよがりで都合いい解釈だとしたら、イタイもんね。
>>688 なるほど。なぜか何処かで知っている・・というやつですね。
ワタシも不思議ばなしをすると・・中絶児の思いを感受出来るのです。
それ関係の話題に接すると、なぜか泣けて泣けて仕方がないのです。
あと、霊的な写真や話題。
どんなにグロテスクでも何も感じない写真や話題があるかと思うと、何の変哲もない写真でも
寒気が止まらなかったりする。
内容はわからないので、なんの役にも立ちませんがw
690 :
聖霊大王:2006/11/01(水) 17:00:29 ID:lIDQhvUN
そうだなあ、仏教の、坐禅の道への、方向性は、、
余りにも、呆れ、、まいちゃんと、同じく、泣けてくるところから、、闇に引きずられ、
仏教にたどり着き、葬式坊主が思いも付かない正統に仏教を修めさせられる運命だったような、、
呆れて、泣ける現実が、仏教修行に、おいらを、追い込んで行く、そんな時間があった、
691 :
聖霊大王:2006/11/01(水) 17:12:32 ID:lIDQhvUN
結局、結論は、、
手ぶらで、何も持たず、こだわらず、、生きていくしか、、楽しい人生はないと、、
いう、単純な、結論へ行きつく、、、、
692 :
まい:2006/11/01(水) 17:23:49 ID:ttXp8e7P
いろいろあったんですねw
手ぶら・・こだわらず・・端っこをみたら、何が起きてももう怖くないんですよね。
手ぶら・・虚無をなんだか寂しいものとして誤解していると違う結論にも行ってしまうわけですが・・w
693 :
聖霊大王 :2006/11/02(木) 12:38:02 ID:hU1lwgoC
根源的な、静寂の時から生まれる感覚、、
最初から、知っていたのだけども、、、遠回り、、
臨済禅を選んだからだな、、
闘争的エネルギーに恋しして、、
ここ3日疲れ気味、、
根源的な静寂に再び戻る、、、、、
>まいさん
返レスできなくてゴメンね。
あっちに、過剰演出の事情かかれてるので、許してね(^^ゞ
頑張ってくださいませ(^^♪
695 :
聖霊大王:2006/11/02(木) 17:36:15 ID:hU1lwgoC
坐禅を真面目にやらない、罰を受ける、、、
人生は呼吸だっ、、、、
確かにね。
呼吸が乱れてると何もかも上手くいかないしな。
罰を受けるのは何故か。
自分にやましさや後ろめたさがあるからかもね。
知らなければ罰を考えることもないし。
呼吸と精神は連動するね。
精神で呼吸は乱れるし、呼吸の乱れを感じると精神が整わないし。
699 :
聖霊大王:2006/11/02(木) 20:43:03 ID:adis+i14
罰というよりも、スパルタ教育だったらしい、、、
700 :
聖霊大王:2006/11/02(木) 21:17:51 ID:adis+i14
やっと、決まった、、坐禅ワールドが、、、
自分の物になったんだ、、
坐禅ワールド????
702 :
名無しさん@3周年:2006/11/03(金) 00:24:31 ID:cNLY1IFo
The 禅 World ♪ だしょ?
>>702 ウマ〜ヽ(^。^)ノ
とりあえず、座布団要る?
坐禅には必要ない?
なんか宗教批判ばかりしても仕方がないから、宗教の良い部分を人生に生かすことにした。
705 :
まい:2006/11/03(金) 11:52:54 ID:MEIgch8X
昆布さん、最近はあっちにもあんまり行ってないね。
闘争もスパルタ教育もワタシノ辞書にはないなぁ。
「めんどくさがりは発明の母」とか・・w
どっちかっていうとそんなふうな性格。
罰を受けるも受けないも、生きているものは自然に皆呼吸をする。
右足から出るか、左足から出るかを考えるまでも無く歩き始めているように・・。
故に、呼吸するもの、生きているだけで禅をしてるようなもの。
座布団が無くてもよし。寝る住まいを持たなくてもよし。
宗教の良い部分とは。
役に立つ言葉とかかな。
707 :
名無しさん@3周年:2006/11/03(金) 13:44:47 ID:cNLY1IFo
ウソつけw どれが役に立つよ
嘘って。。。w
何かしら役にたつとは思うけどね。
諺とか名言とかと同じだよ。
論語なんかかなり激しく引用されてるしナァ〜
聖書も同じだよ。
仏教って、なんかあるかナァ〜
坊主にくけりゃ袈裟までにくい?
w
仏教は情緒的な部分で役に立ってそ。
んん。
やっぱり神概念の押し付けやろうは虫が好かんのだ。。。
>>711 神概念の押し付けって、例えば何?
君達は一生懸命働けば、かならず幸せになるヽ(`Д´)ノ
って、やつ?
そーじゃなくて、神がいること前提で語るヤシとか。
つか、神がいると本気で思ってる人って100人に何人くらいいると思います?
人格神みたいな創造神みたいな神様。
100人に何人もいるわけないかw
>>713 人間って、自分が認めるかどうかは別にして、神を志向するように作られてると思うけどね。
このごろ、それを自覚した。
>>715 それはこの板とか見るからじゃないですか?
普通に生活してて神なんて口にしたら笑われると思うし。
この板見てるといちいち神とか意識しちゃうかもw
つか、俺が言ってるのは人格を持った創造神のことですよ。
神話を本気で鵜呑みにするようなの。
>>716 私は、神=価値=意味ですから。
なぜ、イコールかをここで痛感したんですよね。
とりあえず、神を否定するということは、二重否定のかなり激しい肯定(^^♪
>>717 まあ、そういう神はまだかわいいもんだと思います(#^.^#)
一人で勝手に信じてる分にはかわいいかもしれないですけどねw
こんぶ殿はアムウェとかにしつこく誘われたことあります?
あれの数倍しつこくてたちが悪いですよ、神神言う連中の勧誘とか押し付け。
当たり前の言葉で返しても、それに対する洗脳の言葉が用意されてて、誰が来ても同じ受け答えだし。
ねずみ講とかとかぶるところ多いですよ。
ねずみ講でも使う手段があって、営業でも使う手段。
それを使わせるときには使う人間を簡易洗脳状態にしたりするけど、
それは繰り返し教育してもその会社を辞めたり長期休暇でもすれば簡単に解ける。
宗教はそれのもっと強烈なやつなんだろうなあ。
ここで言う宗教はやっぱりカルトとか布教に力を入れる集団ってことで。
営業手段的なものは自分で洗脳を利用してるともいえるわけで。
でも宗教のは違うもんな、催眠状態並みの状態に思える。
それどころか洗脳がとけたら生きていけないとか思い込んでそうで、洗脳を解くことが
その人の不幸になったりしそうで。
>>719 あるよ。
あれは、公務員の方々が内職と脱税目的のために今でも大繁盛してる。
でも、ネットワークビジネスとしてみたら、かなり粗悪なシステム。
商品が買回り品などの日用品が多い上に、
質がいいと言われてるから、今でもブランドになってるけどね。
ネズミ講は、ビジネスとして考えたら、すばらしいシステム。
なんせ、商品がない。
おもしろいよ。
>>722 アムウェで白々しく友人面して接触してきて、出向いてみれば
数人の人に会わされてしつこくアムウェの勧誘とかって経験ないですか?w
宗教はまさにそういう手を使ってきますよ、カルト系とかは。
>>721 いわゆる羽毛布団とか教材販売とかは、みんなかなり高度な営業テクニックがありますよね。
しかも、クリーングオフの期間過ぎても解約しないだけの手法を持ってる。
まあ、騙しといえば、騙しだとは思いますけど、
国がおおやけによくやってるからナァ〜
>>723 私は、「人は信用するけど、組織が信用できない」
とか言って、断わりまくりましたよ(^_^;)
彼等は、かなり落ち込んでましたけどね(^^♪
アムウェイが大資本で、信用できる企業であればあるほど、
先物取引と似てて、信用できなくなるシステムというのがあると指摘して、
結構、困らせてあげました(^^ゞ
作っていただいたものは、大変美味しかったし、
浄水器も無料で使わせていただいて、いいものであると実感しました。
でも、高いしね。
ちなみに、アムウェイの浄水器を信奉してる人は多いですよ。
ネットワークビジネス業界では、神器ですねヽ(^。^)ノ
究極の営業はキャッチセールス?w
しかもありもしない商品を売るやつ、あれは究極だなあ。
犯罪だけどw
まあ騙されるほうも何かしらの非があることも多いと思いますけどね、
騙されやすいやつっているもんだし。
>>725 俺はだめですね、一度だけ行ったことあったけど、
それ以後は分かった瞬間に暴れて帰ってきますよw
たとえそれがなんであろうと、どんなつもりであろうと俺を欺くことは許せないw
>>727 >たとえそれがなんであろうと、どんなつもりであろうと俺を欺くことは許せないw
ふむふむ。
後継者問題はかなり大変なパターンだナァ〜(笑
まあ、それだけの希薄があれば、騙す方も騙しがいがありそうですねw
って、その方が騙しやすいので、気をつけてくださいねヽ(^。^)ノ
意外と、おれは騙されてないというパターンかもしれないですし・・・・・・・・
騙しってのは俺が騙されたと感じなければ騙しじゃないんですよねw
俺は生まれてから騙されたと思ってるのは一度だけ。
で、相手が騙されたとか言ってても、俺が騙したと自覚するものは記憶には。。。ないw
でも、自分の行動に責任をもてないヤシほど、騙された騙された言うものだろうな。
うーん、ほんとにかなり頑固な御仁だヽ(^。^)ノ
今度是非、お会いしたいですね。
池袋のハチ公前あたりで、待ち合わせしますか(^O^)/
目印は、本能と書いたプレートとか(^^♪
いろんな人が、集まってきそうだナァ〜
ご本人がいらしたりして・・・・・・
>>731 ところで、どうして、池袋でハチ公なんだろう・・・・・・・
うーん
騙しようがなさそうでしょ?w
たぶん本当に俺を騙すのは難しいんじゃないかと。。。
ハチ公口は渋谷ですよ、池袋にハチ公像持参でノシw
ひと段落した。
一旦帰宅汁ノシ
また職場。
フーテンさんは神いると思ってないしw
つか、そういう感覚のことじゃないのはフーテンさんは分かってるとおも。
「あなたのザ、ゴッドワールドをなんでこっちまで巻き込まないときがすまないの?」って人たちのこと。
ずーーーっとこの板に来てからレスしてるけど、
自分の神を振り回して人にとやかく言うヤシ。
俺からしたらそれこそ神の冒涜じゃないの?
フーテンさん、どうすか?神いるならそいつつらが裁き確定でしょw
>フーテンさんは神いると思ってないしw
どの神?神って何?
・・・というのは、揚げ足取りだけど、まあ、有神論vs無神論は、
どちらも矛盾しているから脈がないんだよ。
それにりょんちゃん、ネタにまで反応しまくってるだろw
>>737 スルー出来ないなら、
キリスト教徒なら聖書でやりこめるしかないでしょw
人をさばくな。自分がさばかれないためである(マタイ7:1)
>>738 神神言う人のどこからどこまでがネタでどこから本気か分からないんだもん^^;
だから、神神言う人は全て同一視なのだw
>>739 洗脳系の人には仮に聖書とかから引用して言ったところで何かしら返してくると思うのだけど。。。
いずれにしても神神言う人の信仰はインチキだとしか感じないけど。
敬虔な信仰者の俺的にはw
741 :
まい:2006/11/03(金) 20:29:10 ID:8GH12i/O
>>716 「神様が見てるからね。恥ずかしくない行いをしましょう。」
ってのは、以前は日本人の基本にあったみたいよ。
神道的というのか・・。産まれて30日で産土神にお参りをするとか・・。
キリスト教が日本に来ても、すでに文化的な生活をしていたから西洋の神は必要なかった・・とか。
742 :
まい:2006/11/03(金) 20:43:20 ID:8GH12i/O
例えば神が普遍のものならば、ここにもそこにも居るわけで・・。
それが、誰かを介して商売になるというのがよくわからない。
誰か特別な人に幸福をもらう必要は無いのだ・・と思う。
気が付いたときに誰でも幸福になれるのだ。
・・ということで、誰を勧誘したからって、誰が儲かるという話ではないのだ。
神は居ると信じるが、特定の団体の中に居るような小さいものではないと思う。
743 :
まい:2006/11/03(金) 20:44:59 ID:8GH12i/O
>>740 >だから、神神言う人は全て同一視なのだw
そんなに簡単なことかな?
俺は神神言いまくることも出来るよ。
改宗を迫るご隠居相手には遠慮なくそうしてるしw
同じことを語るのに、宗教用語を多用することも、全く用いないことも出来る。
相手によりけり。でも意味は同じ。
>いずれにしても神神言う人の信仰はインチキだとしか感じないけど。
>敬虔な信仰者の俺的にはw
それは、極めて宗教的な意見w
だけどまあ、こだわってもしょうがないでしょ。。。
俺の場合は、この板に来て、ごいん教の人たちの熱心さに呆れたけどね。
なんで、クリスチャンって、一括りに出来るんだろう・・・・・・
>>745 >ごいん教の人たちの熱心さに呆れたけどね。
とりあえずその信者の一人として言わせていただければ、
否定すればするほどのめりこむのが人間なのかもね。
なるべく否定すまいとしても、あきらかに同心円の中に入ってるから。
宗教は深いナァ〜
わたしも教祖になりえるしナァ〜
>>747 セム系一神教も、元々神否定の宗教だからなあ…w
神へ祈りをささげるのに経典や教団が必要な理由がわからんよ。
まぁ施設があったほうが締まりがいいが、どこにいてもこの世の不思議さや驚嘆すべきものを感じることは出来ると思うんだよね。
まぁビジュアル的に宗教建造物は結構好きなので、宗教者へは甘くなってしまうんだけどね・・(仏教は別だけど)
教会やモスクって完璧な美だしなぁ・・。
イカンイカン、洗脳されそうになったww 俺は入らんぞ。ww
人間はポリス的動物だから、一人で拝んでるとやっぱり寂しいでしょう。
それに、馬鹿だwとか指差す人間もいるだろうし。。。。
でも、わしゃ神は人間には仕組まれてるね。
これは、遺伝子レベルでプログラムされてると確信した。
存在するかどうかは知らんけど、人間が捏造してるのが神だわw
それをどうコントロールするのかが、知性であり、理性なんでしょう。
露骨な否定や批判で解決できないのは、
神を知らない証拠なんでしょう、きっと。
ブッタが「空」といったのは、正しい。
仏教が正しいとは思わんけど。
751 :
聖霊大王:2006/11/04(土) 11:07:19 ID:3vNRt5+/
仏教が正しいとは思わんけど。
確かに、、、いまの仏教は、江戸時代のキリスト教弾圧、宗教統制でできたものらしい、、葬式仏教は、、
752 :
名無しさん@3周年:2006/11/04(土) 11:20:30 ID:FVumSYdN
空+空=空
0+0=0
空に構築能力は無い
1+0=1
1×100=100
僅か1にでも価値があるのだ
753 :
名無しさん@3周年:2006/11/04(土) 11:41:15 ID:qF/J0I8+
(ノ_ _)ノ モー ダメ
なぜ
0×100=0
をいれなかったの?
すごいじゃん。
なんでも、空にしちゃうぞヽ(^。^)ノ
なんか「向こうスレ」と化しつつある希ガスw
>>745 そうです。きわめて宗教的。
俺教を確立して悠々自適な迷いの少ない快適ライフを目指す者なんでw
757 :
まい:2006/11/04(土) 14:16:54 ID:FGAhAcPY
>>749 >神へ祈りをささげるのに経典や教団が必要な理由がわからんよ。
>まぁ施設があったほうが締まりがいいが、どこにいてもこの世の不思議さや驚嘆すべきものを感じることは出来ると思うんだよね。
同意〜!
宗教建築物は美しいと感じるけど・・そこらへんに人は永遠を求めたりするのかなぁ。
金かかってるんだろうな〜〜と、そこばかり気になってしまうw
でも、もしワタシがそんな金を持ってたら、やっぱり形に残したいとも考えるのかもしれないし・・w
持ってみたことが無いからわからないですw
>>755 宗教板に修道院スレ立てるのは無理だと思うw
760 :
聖霊大王:2006/11/04(土) 17:41:08 ID:3vNRt5+/
りょんちゃん、さわやかで、あっちと違うぞ、、
スレ名がいいんだろうね、、
どれ、教会へでも、いってくるべ、、
>>758 こんぶ殿の座右の銘とかが知りたいw
>>759 宗教板に修道院ってのもよく分からないっす。
意味合い的にはどんな感じのたとえ?
>>760 さわやかなのか?w
大ちゃんの座右の銘は?
>>761 わしゃソクラテスが好きなので、
「汝自身を知れ」
なかなか深い。
そーいえば榊さんもいなくなってしまったようだけど。
本人がそれに何も感じないなら殺したもの勝ち。みたいなの。
あの論も良かったな。
自分を中心だと自覚することは生きやすくなるには大事なこと。
仏教と反対の思想に真理がある可能性もあると思う。
空の逆の発想をとことん実現するには過去は向かなかったけど、
これからは向いてくるかもしれない。
その中でのモラル、新たな形を作り出すのは容易じゃないかもしれないけどな。
なにぶん既成の常識観念にとらわれてる人たちの世ともいえるわけだから@自分も含めて。
汝自身を知れですか。
座右の銘も哲学的ですねw
俺は自分を知ったつもりになっても明日の自分が何を考えるのか予測が難しい。。。
世の中にある常識で当たり前とされてるものに当たり前なものはないんですよね。
当たり前の常識の多い人ほど、常識に捉われてる可能性は高いかも。
常識とされるものを自分で選ぶのと当たり前に従うのとでは雲泥の差が。
「普通」と「当たり前」って言葉は曲者。
もちろん「普通」に生きるには「当たり前」のことでも足りるのだがw
こんぶ殿の知る汝自身はどんななんだろう。
汝というものは。。。知れるものなのだろうか。
ふと思った。
>>764 りょん殿は、実利中心だと思う。
別に、悪いことだと批判しているわけではなくね。
私は、どちらかというと、そちらの志向がうんざりしてる。。。。。
実利中心かなあ。
俺をリアルで知る人はそうでもないというし。
俺は浪漫を追及するもの(アホかw
夢を持って生きよう。
苦労よりも楽しいと思えることを買おう。
理想を手に入れること以外の努力も苦労も要らない。
空想を楽しもう、そこから夢をみつけよう。
浪漫のないものに追求の価値なし。
んな感じ、超がつくほど理想主義(自称w
ただ、人の人生に影響するところにだけは慎重かなあ。
公私共に引っ張るよりは切る派。そこは人と意見が割れることも多いけど。
それぞれが自分自身をしっかり持って、自分のために生きたらいいんだと思う。
フーテンさんに歯向かうわけではないけど、隣人愛なんてくそ食らえw
つか、自分自身のために隣人愛も必要な場合もあると思う。
それは利のためというわけでもなく、自分の気持ちのため。
人のために人に何かするのではなく、自分のために人に何かするって考え。
人のためなんて思うから不満が起こる。
自分のために人に何かしたなら自分の行動からは不満なんて生まれない。
自分の全ての行動は自分で責任を持つべき。自分の意思であるべき。@俺教
無とか空よりも有とか実の方が確実な気はする。
うざがられるまえに去るノシ
宗教って、もともと現実的で、政治的。
逆説的な言い方をすれば、
それを哲学的にしてるのがキリスト。
中世で、それを神秘主義にして、
近代で、政治的にして、
今は、感情的。
科学が宗教の座を奪ったから。
でも、科学が宗教であることには遜色はなさそう。
>>761 別に大した意味はないからスルーで。
…りょんちゃんに譬え話は禁物だしw
座右の銘ってほどじゃないが、とりあえず自分はこんな感じかな・・・・間違ってるかもしれないし、これからも変わってくるとおもうけど・・
「人はこの世の全ての知識を得ることはできないし、全てを経験することは出来ない。」
「総体的真理を求めないで、部分的真理をひとつひとつ丁寧に積み上げていこう。」
「目標を達成するためには原理原則を可能な範囲で理解する必要がある。だが理解するよりも早く始めなくてはならない。」
「この世は不平等である。これは変わらないので嫉妬してはならない。だからといって向上を放棄してはならない。」
「感情にもいいところはある」
まだ自分のスタンスがはっきりしてなくてね。無宗教ではあるけど、アンチ宗教ではないしね。
きっと多様性が好きなんだよね。選択肢があるって事が幸せなのかも。
親も選べない、生まれてくる時代や国も選べないなかで、「選べる」っていうのは一つの価値だと思うんだよね。
>>776 同意。
特に、
「目標を達成するためには原理原則を可能な範囲で理解する必要がある。
だが理解するよりも早く始めなくてはならない。」
は、いい。
特に、最後の行動優先がいい(^^♪
778 :
聖霊大王:2006/11/05(日) 16:53:48 ID:ocVrhTAH
座右の銘ねえ、、、
微呼吸、生死越、目前を捕らえる(自己造語)
>>772 俺教という宗教が日本教になった。
そして日本人は不幸せになった。
>>774 元をただせば政治手段として発展してきたわけですからね。
科学が座を奪ったと言うよりは、分からないものを好きに利用してきたぼろが出たというか。
宗教ってのはその時そのときに分からないのをいいことに好きなこと言って来てますから。
だから後世の人たちがつじつまあわせに苦労してるw
仏教でもより原点に近いものがまさか日本に入ってくるときがくるなんて誰も思わなかったんでしょうね。
>>775 余計気になるw
つか、譬え話厳禁って。。。w
>>776 同意。
とくに
>「この世は不平等である。これは変わらないので嫉妬してはならない。だからといって向上を放棄してはならない。」
これなんかイイ。なんでもかんでも平等にしようと言う考え方がおかしいと思ってるし。
>>778 どんな世界観で生きてるんやらw
>>779 俺教ってのは自分だけのものだから、形も種類もばらばら。
本当に宗教に普遍性があるのなら、ばらばらなはずなものがみんなその宗教に似たものに近づくのかもね。
そうならないのは宗教に普遍性など存在していないからかも。
日本人が不幸せになったってのは誰の意見ですか?
>そして日本人は不幸せになった。
こんな考え方をする人自身が不幸せなだけじゃないのかなあ。
自分が幸せを感じていたら「日本人は」なんて感覚で不幸せを感じることはないと思う。
自分の幸福観によって世間の幸せをはかれるものではないしな。
昔の時代に生きてる人のほうが幸せだよ。とか何の根拠もなくいうのと変わらん気がするけどね。
たとえ現状に問題ありだとしても、今までに宗教が担ってきた役割では足りなかった結果かもしれないし、
今後もどんどん変わっていく以上は、現在進行形のことであって、不幸せになったと断定できることではないのだ。
現状の世でも十分に幸せを実感して満足できる人はいくらでもいるのだから、
そこから学ぶ姿勢や新たな常識観を身につける必要があるのかもしれない。
俺教も不幸も悪いことではない。
むしろ、目覚める前のひとつの兆候なのだ。
向こうの某仏教徒さんの意見に同意。
日本人に染み込んでいる感覚に本来強く意識する神など必要ないと思える。
少なくとも自分には必要がないし、仏像や特定の対象などがなくても、
あらゆるものから自分のエネルギーの増幅に役立てることが出来る。
宗教概念は自然自体の見え方も変えてしまう、それでは自然からのエネルギーも感じにくくなるのではないだろうか。
宗教的なことを述べてみるテスト。
神の国は目の前にあるのだ。
そいつは良かったじゃんw
じゃあ早く行ってきなよ。
俺は今やってるの終わらせて女のところ行って来よ。
俺には神なんかよりも女のほうがいいねw
友好的な神神だなw
所用あるから9時頃まではここにいるのだ。
>>790 神様も俺様も幻想なら、神様にかけたほうが掛け捨てできるってことだよ。
俺はここにあるもん、幻想じゃないよ。
でも、この板の人たちはゆとりがあるってことなんだろうなあ。
それは良いことだ。
>>792 無から来て無に帰る。
どう考えても幻想だろ。
>>794 その考えなら今すぐ死んでも同じことだね。
死んだ人を思うことも無駄だしな。
今現在の不幸も何も幻想だからどーでも良いわけで。
つか、そんな考えのために神様が必要なのか。。。
理解できた気がする。
一種の逃げみたいなもんか。
無から来て無へ帰るというのは事実。
そこから逃げているのはむしろ・・・
意味分かるけどね。
マジレスで俺は物心ついてから20歳まで生きられないって言い聞かされて育ってるから
いろいろ考えたし。
その考えに捉われて生活することは危険だと思うよ。
受け入れ切れればあんまり考えなくなる、それは逃げじゃない。
宗教ってのはそこにも意識がとかく行きがちだと思うね、それが果たして良い事なのかどうか。
とある宗教はその死の部分で人に恐怖させて引き付けてるよ。
これをすれば救われるみたいなこといって。
現実を幻想というなら人は幻想の中にしか生きられないわけで。
人にとっては幻想こそが全て。であれば幻想の中の自分をしっかり生きる以外に出来ることがあるのかな?
しっかり生きるという形そのものは人それぞれだけどね。
俺は俺教の教義に従って生きるし、俺教の教義の発展を目指すのだw
>>798 それは宗教に知りたいという欲望以外の願望や欲望を求めるからだろう。
対価を払わずに求められたものは、歪んだ形で与えられるだけだろう。
>>799 死ぬときには幻想ではなく人生には本物しかなかったことに気がつくのかもしれない。
だが、俺というのは幻想だよ。
>>801 幻想でも何でも良いよ。
俺は俺。人生には本物しかなかったと気づくのかどうかも分からん。
分かったなら分かったでよいじゃないかと。
すべてが本物の生の中で俺だけが幻想であって、一生を幻想に生きる。
だったら幻想を追い求めたら良いね。
では落ち、またノシ
>>802 「俺」というのは自己模倣。これが「俺」という既成概念をなぞるだけ。
その既成概念の発展を追いたいんだってばw
人生これが正しいとかないのだから俺はこれで良い。
もちろん社会的役割もあるからあまりおかしくなるわけには行かない。
その為にはバランス感覚ってのも追求したいのだ、うまくはずすコツをねw
んじゃ、マジ落ちでしノシ
サルトルは、人間の本質など存在しないから、
実存は本質に先立つと言った。
従って、どんな風に生きても、人間は自由なのだと。
で、カミュは人間の行動に合理的なものなどないと、噛み付いた。
つまり、自由を前提に、完全無欠の理性などあてにならないというわけである。
それはまさに、彼の異邦人のなかに描かれているし、
主人公ムルソーにとって、神など存在しない。
しかも、まさに、ムルソーは自由である。
その異邦人の解説書であるシジュフォスの神話の冒頭は、次ぎ文章で始まる。
『真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。
人生が生きるに値するか否かを判断する、
これが哲学の根本問題に答えることなのである』
カミュは47歳で自動車事故死。
人間に本質なんてないでしょうね。
でもそれを突き詰めるとご隠居論のようなものが出てくる。
その論を強く主張すること自体が本質を求めるということになって矛盾する。
結局は志向を持った人間は何かしらを考えて理想を抱きやすいというだけのこと。
理想を抱いた人間が自分自身、どう生きやすく生きるかを追求するだけのこと。
それ以上難しく考える必要もないし、何かの考えに絞る必要もないと思う。
>>809 別に、突き詰めても本能論は出てこないでしょうw
カントのように、アプリオリな概念は表出するでしょうけど、
この言語世界は、西欧哲学の本骨頂ですからね。
いまだに、グルグル回って遊んでますw
東洋哲学は、仏教思想で、かなりストンと抜けてる気がします。
でも、まあ、体験しないとわからないことですので、
私は、足を踏み入れてませんけどね。
まあ、おもしろそうな坊さんがいれば別ですけど。
哲学書も思想の書もそのまま役立つようなものはあると思えないんですよね。
自分に都合の良いものであれば頷くし、違和感感じればこれは違うと評価するのみ。
思想ってのはとどのつまりは時流とその人の意思に合うかどうかなきがします。
大勢が支持してるっとしても全ての人じゃないですしね。
だからいろんなものを見たり聞いたりして自分の中に影響を与えるのみ。
宗教とかにはまったりすればそれが難しくなると思います。
自分が何に影響を受けるべきなのかどうか。
すくなくともその影響を宗教に求めるべきって立場がよく分からない。
自分が選んだものの影響を受けるということは自分自身が自分に影響を与える元となる。
けど、宗教ってそうは思いにくい性質を持ってますね。。。
なんで自分を自分以外のものにゆだねたい人が多いのだろうか、それも不思議でしょうがない。
こう考えていくと。。。自然だけが神になっても許される存在な気がするなあw
もちろん自然は自然のままの存在でない限りは自然ではないのだけど。
>>811 経営学が学問としてある程度認められてるのは、ドラッカーが優秀だったから。
本屋で山積みになってる経営指南の書って、気持ち悪くて、読む気がしない。
ただ、私の履歴書みたいな、いわゆる伝記ものはおもしろいですけどね。
ただ、重要な意思決定をする時に、どんな立場に立って判断するかという実務において、
できるだけ大局にならないといけないと思いますので、
その点では、松下幸之助とかは、結構、役に立つらしいですね。
私はみてませんけどw
あと、地味に高島易断とかの占いもその人に合わせて使わせていただきますヽ(^。^)ノ
結構、当てにならないんだナァ〜これが(^O^)/
>>815 松下幸之助は好きで読みますけど。
何が面白いかって言うと、読み手によって解釈はまったく違ってくるだろうと思えるところ。
あの思想の真の厳しさを感じられるかどうか。。。な気がする。
俺は何を読んだとしてもある意味同じですね。。。フーテンさんが譬え話を俺にしても意味がないって言ったのと
同じ感覚でしか本も読まないようなw
哲学書は、シンプルすぎるんだと思うんですよね。
私の好きなソクラテスは、
「単に生きるのでは、善く生きなさい」
といったわけですけど、これでは、なにがなんだかわからないですからね。
でも、彼の生き方は、自分に正直に生きた。
彼が対話法を重視したのも、答えが自分の中にあるとしたからで、
内なる声に耳を傾けよと、常に若者に言ったわけです。
そのうちなる声がダイモニオン。
それがダイモンに似てるのと、違う神を崇拝してると役人に嵌められて、
「悪法も法なり」と言って、ドクニンジンをあおった。
哲学も思想も宗教も雰囲気な気がします。
だから俺には突き詰めていくよりはなんとなく感じられれば良いって言うような。
他でもまあ同じですね、感じといてあとからふとしたときにその影響を感じるとか、
その時に使えるものを使ってみるとか、かなあ。
内なる声ってのは聞こえた時期もありましたけどw
>>816 近頃、「イチロー262のメッセージ」という本が、お客様のところにあって、読んだんですけど。
で、おまけに借りちゃいましたけど、なかなか良かった。
深いですネェ〜
思想や哲学にあわせるべきではなく、
現実問題に哲学や思想が使えるかどうかですよね。
宗教にしても同じだなあ、自分が宗教にあわせる必要はない。
経営指南書の気持ち悪いところは、人生を語ってることですね。
経営は利潤を追求してるわけです。
慈善活動をしているわけではありません。
人生を語ってはいけません。
でも、いいたいことは伝わります。
だから、気持ち悪い。
>>819 読んでないけど、それは知ってます。
その内容ではないけど、イチロウは自分が野球がうまいのは当たり前だって言ってましたね。
他の友達が遊んだりしてるときも何してるときも俺は野球しかしてなかったんだからって。
あの言葉は良かった。最近語りだしてる内容は知らないから分からないけど。
でも、見る分には新庄のほうがいいな。
苦労してるとか言わないし、俺には苦労してるともあまり思えないw
>>821 経営指南書って例えばどんなのですか?
俺は経営指南書ってのも読んでない。。。
経営で一番役に立つのはマインドコントロールですよねw
社内でも社外でも使えるw
宗教はまったくそれをやってる、それも露骨に。
ある程度まではそれを立証できないのか、認められてるようなものだし。
さて。。。そろそろ落ち時間ノシ
>>823 いわゆる、格言見たいなものが書かれたもの。
語録みたいなものですかね。
人の生き方を問うようなタイプの本です。
>>826 それは経営指南というよりは人生哲学系?
でも語録的なのは良いと思いますよ、自分で選ぶ感覚で読めるだろうし。
ストーリー性の強い本なんかだと、読み手がそれこそ妄信してしまいそうなのも多いしw
では落ちますノシ
>>824 経営用語ではモチベーションっていいます。
洗脳ですねw
ノシ
そうです、社内ではモチベーションとして使い、
社外ではまさしくマインドコントロールでしょうw
おそらくこんぶ殿の言ってる経営指南の書もマインドコントロール系の書。
その自覚を持ちつつも利用する気にはこんぶ殿はなれないってことですよね。
俺は自己洗脳のためなら使えるなら使う。けど、あまり質の高いものを見たことがないかも。
ばらばらの中から拾って自分で作るしかないな、つかそれで良いと思ってる。
結局は経験の裏づけが出来ないと中々生かせないってことなんでしょうね。
では、本当に出かけるんでノシ
831 :
まい:2006/11/06(月) 14:22:53 ID:SLq4yWXt
ちわ!
イチローも新庄もスゴイネw
言うだけでなく、結果も出してるし・・見てるだけでなにか人を勇気付けるパワーもあるよね。
832 :
まい:2006/11/06(月) 14:29:25 ID:SLq4yWXt
あら、すれ違っちゃった〜wノシ!
>>821 そうやってお客さんを確保するんですよ。
こんな立派な経営者だから、商品もきっと誠実だろうって買ったりします。ブランド化ですね。
あと人生の指南を求める人は多いので、その手の本は良く売れます。
見る人が見ると気持ち悪いですが、経営者は人生を語ることで利潤を得ているんだと思います。
メディア戦略といいますか・・
>>833 それもどーい。
嘘つきになりたくないから大真面目に洗脳するんですよ、自分を見せたい方向に。
ってな感覚もあるかもな。
以前にてすとさんと意見が食い違ったのは何のことだったっけ。。。
でも。見せ方をちゃんとするのは簡単じゃない。
経営者に限らず。
約束してルーズまでいかなくても速度が遅いだけでも、
それを果たしたところで信用は下がるときもあるし。
世にあるセオリーなんかはいまや最低限以下。普通を目指せば平均以下の目標にしかならず。
その中での勝負は勘をはじめにいろんな要素が大事かあ。。。
だから面白いとも言う。
ポイントポイントが大事。まじめに時間だけかけたら良いと言うものでもないし。
俺は結構時間かけちゃうんだよな。。。
と反省交じりのレスして去るかノシ
>>833 製品回収公告もキモイしうざい。
人が死んでる商品を出してトン面したのが、ウソみたいw
>>1 暢気(のんき)に構えるのが、信仰心を究める要諦なのさ。
>>835 うーん、努力とか夢とかそのあたりじゃなかったかな・・
覚えてないや。理想主義対現実主義みたいな・・。まぁどちらも大事なんだけど・・。
>>838 まぁ、その手の広告にだまされる人がまだたくさんいるから仕方がないでしょう。
それでも日本の消費者はだいぶ賢くなってきてるんだけどなぁ・・
だます人間に対しては賢くなるか、被害の少ないだましで免疫をつけるしかない。
学校で広告つくりとか布教実習の授業とかやればいいのに。
そうすれば簡単にはだまされないし。
>>841 学校は、徹底的な洗脳の場ですから。
なぜ、30人学級を実現しないか?
いじめられる人間がいなくなり、脱落する人間がいなくなり、
官僚のプライドが育成できなくなるから。
いわば、教師は、官僚になれなかったゴミ。
官僚の子供はそもそも公立の学校には入れませんし、
彼らの作ったシステムでは学んでません。
オモロイです。
結構、この洗脳のシステムは狡猾で根深い。
>>842 某食品会社の社長が家族に自分の会社の製品を食べさせないのと似ていますね。
より良いものは当然ながら全員に行き渡らないし、良い教師も全員に行き渡るはずもないか。
まぁ良いものを奪い合うか、安いもので諦めるかのどちらかですね。
奪い合いはやってもいいけど、時間食うんだよなぁ・・・
しかし、官僚って、世襲するほどのものかって、ことなんだろうけど、
財務省の作り出している天下りも含めたシステムは、
二世・三世まで承継すれば、それは凄いだろうと思う。
確かに、財閥を凌駕するだろうなぁ〜
富だけではなく、権力も手中にするだろう。
この辺は絶対に行政改革でも不可侵だろうから。
845 :
名無しさん@3周年:2006/11/07(火) 10:37:53 ID:witrYgRI
846 :
りょンチャンへ大王:2006/11/07(火) 10:54:04 ID:witrYgRI
773 :りょん ◆Ryo/Z1n.Io :2006/11/04(土) 19:17:41 ID:b45AW0ff
無とか空よりも有とか実の方が確実な気はする。
について、、
宗教的でなく、中国思想、戦争、戦略論「孫子の兵法」でお一つ、
戦略は、無形と有形の組み合わせらしい、、
豊臣秀吉は、有形一点張りでない、、NHK大河でもわかるように、徳川家康との和睦、虚(無)実(有)の入り混じった姿勢があるからねえ、、
権威一点張りではない工作をする、、
りょんちゃん、臨済宗と原始仏教の空と無の混同してない??
禅でも言われるが、、原始仏教と禅の違いは、、原始仏教は無我と出家中心です、、
禅は在家もありです、、(曹洞宗、道元は出家至上主義)
臨済宗にて、茶の文化、剣術との関係は、、、無と空の一点張りで無いからです、、
文化は有でしょう、、
つまり、有でなく、無でなく、有であり、無である、、、
そうは、単純にいきません、、、、
847 :
聖霊大王:2006/11/07(火) 11:22:54 ID:witrYgRI
宗教という言葉に、、その魔術性に溺れる人間が、ご隠居だったりするんだなあ、、
と、最近になって、理解できてきたなあ、、
伝統宗教を二度破壊した、
日本では、宗教のイメージとは、、
宗教=新興宗教=魔術性=霊媒
なんでしょうね、、
カルト被害があれば、、なおさら、、
フーテンさんがイメージ出来ないほど、不明な宗教を語る人たちが、あっちスレで現れるのでしょうね、、
さあて、寝よ。
応援もオモロイw
849 :
名無しさん@3周年:2006/11/09(木) 12:27:54 ID:B8AdUwYu
やあ、、
大王ドンに質問(^O^)/
葬式に儀式がある。
臨済宗もやっぱり、経読んで焼香とかするの?
なんか宗派によって、焼香の仕方も違うって、はじめて知ったんだけど・・・・・
851 :
キララ☆:2006/11/09(木) 12:33:26 ID:B8AdUwYu
家が浄土宗だからなあ、、
臨済宗は、葬式で、「喝!!」と叫ぶらしい、、知り合いが笑えて面白かった、、と、いってたなあ、、
お経は読んでいるらしい、、江戸時代の檀家制度のおかげで、、ほとんど、葬式仏教化してるだろうね、、
真面目な禅人は少ないだろうね、、
一流の修行をした師匠に会い、
少数の一流地獄的修行を越えてきた坊主は、、禅であろうけども、、
852 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 12:35:07 ID:B8AdUwYu
あっち、スレと勘違いしてた、、
>>851 あっ、それ聞いたことあるナァ〜
でも、なかなかいいなぁ〜それ。
葬式で、「喝!!」
うーん、染み入るようだ。。。。。
結婚式も同じようにやったら、、、、、、
あっ、あり得ないか(^O^)/
>>852 どうでもいいからね、向こうはもう(*^。^*)
しかし、宗教は真剣にやれば、相当奥が深い。
政治的要素に妥協すれば、多分、仏教においては堕落でしょう。
但し、政治的要素そのものが、悟りの一手段になりうる。
ということで、政治も仏教には必要。
この辺がなかなか微妙。
855 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 12:47:33 ID:B8AdUwYu
但し、政治的要素そのものが、悟りの一手段になりうる。
確かにな、、臨済宗は、歴史的に、いつも、権力者との闘争と、、権力者の寄生虫(政治顧問)
権力闘争との、調停と、、、
良くも、悪くも動いていたらしい、、
教義とか言って網羅してる中の多くは人が当たり前に行き着く考え。
それを宗教という特別な意識をもたせて触れることでさもありがたい言葉のような、
説得力のある言葉に感じるのが多いんだと。
もしも教義の言葉そのままをそこらの人が自分の言葉として語れば受けての反応はまったく違うだろうと。
そして受け方が違うというのも一つの考えのあり方。
宗教は考えのあり方の相違を否定する傾向が強い。
もちろん、相違を受け入れるような言い回しの文もあるだろうけど、故意に作られた受け入れでしかない。
隣人を愛するのも
隣人を愛せよと指示されて愛するのであればそれは愛ではなく。
慈悲を指示されて慈悲を持つのであればそれは慈悲かどうかはうかがわしく。
自然な中から当たり前に起こる感情と呼べるかどうかが疑わしい。
もちろんそれのもたらす効果の結果の良し悪しは別なわけだが。
用いる人の裁量と性格。
どんな宗教であろうと教育であろうとそれを超えない。
用いるという言葉に違和感を持つフーテンさんは
用いるのではなく自分のものにしちゃってるってことなのかもしれないな。。。
ノシ
>>856 例えば、宗教の教義が、
人の一生の中で出会う様々な問題に対応できているのか?というのもある。
或いは網羅されていながらも、体系化されて、整理されているのか?というのもある。
あるいは、体系化され、整理されていても、わかりやすいのか?というのもある。
この点で、宗教は極めて、粗悪な気がする。
占いが流行するのは、このニーズにあってるからだろう。
861 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 13:01:09 ID:B8AdUwYu
慈悲という場合、仏教は、信じる、従うを命ずるを放棄していて、、修行を求める者においてあるものだからなあ、、
日本教の儒教的、従え宗教、層化もそうだが、、師弟を強調している異常さ、、
日本宗教の主流派は、そういう、日本教概念が主流だからね、、
キリスト教の隣人を愛せよ、、も、神秘主義が前提だし、、
でも、、西欧キリスト教は押しつっける歴史があるんだろうね、、プロテスタントとカトリック、、
862 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 13:03:03 ID:B8AdUwYu
天皇教的、従え宗教が、やはり、日本では主流でしょうね、、
池田天皇も健在だし、、、
宗教が純粋に精神世界だけを問題に出来るのならば、
どんな宗教も、空気程度のありがたいものでしかないでしょう。
でも、肉体が存在して、生きていかなければならないから、
必ず、物質欲に絡まれる。
金と性欲に執着して、破滅するのは自明の理。
宗教がそこから逃れてないから、宗教では人生は豊かにならない。
>>861 西欧は国境が接しているから、民族は宗教によって統一される必要があったんじゃない?
我々島国は侵略されてないから、蘇我物部依頼、宗教選択の戦争はない。
その時も結局は、仏教を受入れてるのだし。
しかも、数ある中の神様の一人として。
かなり、したたかな民族だと思う。
865 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 13:11:52 ID:B8AdUwYu
現在日本の宗教の主流じゃ、
明治政府ががんばったんで、、、、
神風シンドロームだから、、
今日のラッキッーカラーは、、
今日の運気の第一位は、、みずがめ座、、、
まあ、今がその末裔なのかどうかは知らないけど。
867 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 13:18:19 ID:B8AdUwYu
>>864 ローマカトリックの権力ができたのは、確かに、西ローマ帝国んの崩壊、民族大移動の混乱不統一だ、、
>>865 核の議論ひとつ取ってみても、
議論のそのものだけで、なぜ、あんなにヒステリックになるのか理解できんからね。
別に保持するといってるのではなくて、保持する理由について議論するといってるのに。
完全な思考停止状態。
核を国際的に訴える意味でも、非核三原則を絶対守ると再確認すればいい。
別に、感情的になる問題でもない。
>>867 宗教改革も、根底は、宗教の不信というよりも重税と教会の権威の崩壊。
いわば、政治的な不信感が根底にある。
その流れからすると、アメリカがピューリタンでブッシュの戦争やるのもわかる。
彼らにはアンチヨーロッパとしての集団ヒステリーが存在する。
感情的な人間はなにをするかわからん。
キチガイに刃物。
>>863 執着の度合いにもよるけど、金と性欲は重要な原動力にもなると思うけど。
本来、金も性欲も必要ない人が坊さんになれば問題ないわけだし。
坊さんに無理が生じてるのもその部分だと思う。
>>868 非核で飯を食っている人たちがいるんですよ。お仕事ですね。経済基盤は第一優先ですからね。
どんな分野でもそれを仕事にしてる人がいるんですよね。
本来解決が出来るはずのことでも解決してしまっては職にあぶれる人たち。
それらの人たちも権利を主張してる。。。
会社でも「真の」会議の場は会議室ではないことが多いように。。。
表立った物事の多くは茶番だったりするのだろうなあ。
そこにあらかじめ用意されたストーリー性を察知して、ムキになるなんてのもあったりしてw
>>870 >執着の度合いにもよるけど、金と性欲は重要な原動力にもなると思うけど。
別に個人的な生き方や信条とする分にはなんら問題はないでしょう。
でも、宗教は集団におけるイデオロギーなわけだから、
それを捨てよとかそのために生きよというのは、要らぬお節介。
>本来、金も性欲も必要ない人が坊さんになれば問題ないわけだし。
執着がよくないわけですからね。
でも、それはなんの解決策でもない。
まあ、日本には仏教はないでしょう。
それを捨てよとか言ってるのは明らかにおかしいですよ。
一般人にそれを求めて従わせれば苦悩が増すだけ。
坊さんも執着をなくすなんて、食もなにも本当に執着をなくすには
欲する感情をなくす以外にないんじゃないかと、それはどういう状態なのか。
仏陀でさえ食い物食ってたし、与えられるからいただくなんて理由であれば都合が良すぎる。
人生をよりよくと考えるなら苦悩を排除する方向であるべきじゃないかと。
豊かさを望むのであれば個々が豊かと感じるものごとをしっかりと見極めることが大事。
一つの教義に沿った思考に導くのはむしろ苦悩を持つ人を増やす希ガス。
1の文にある普遍の真理。これが思想的に本当にあると信じているのが宗教であれば、
その時点で大きな思い上がりなのかもしれないですね。
>>876 囚われるなといってるわけですね。
囚われるなにも囚われるなと。
で、親鸞のような無思考反動勢力が席捲するんですね。
無思考だけが残ってるんですけど。
879 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 14:15:25 ID:B8AdUwYu
870の、りょんちゃんの見解は、不合格、、日本人を想定してないね、、、原始佛教でアシ゛アの話だよ、、、日本の坊主論になっていないよ、、
>>878 どのような物事でも理由なんかを思考だけでどんどん考えていけば、
行き着くところは無じゃないですかね。
そんな気がしますw
だから適当なところで考えることをやめるべきなのかもしれないです、
普通の役割を持った人なら。
宇宙の果てをひたすら考えてみたところで何も現実は進まないのと同じことだと。
881 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 14:18:41 ID:B8AdUwYu
りょ ンちゃんは、、もう一度しつこく、言うけど原始佛教と日本に来ている佛教のちがいを認識してね、、、
>>879 日本の仏教ってのが本当の仏教かどうかも難しいところだと思うしね。
いずれにしてもご都合主義な宗教が多いんじゃない?
タイだとかの仏教の形はもう少しはましなきもする。
魚を捕まえて逃がすと功徳がとかやっぱりご都合なのもあるけどw
経営の意思決定が政治と違うのは、明確な方向があるわけですね。
生き残らなければならないですから。
それは、利潤ですね。
ただし、ニーズに沿った状況分析がなければ、正しさの確率が低くなります。
その点では、経営は宗教には関係ないと思うんですけどね。
>>881 日本の仏教ってのは基本的に大乗仏教?
日本の仏教ってのは興味ないかな。
仏教創始の頃の人生が修行そのもの的な感覚のみで十分じゃない?
修行により徳がつめる。ある意味理にかなってると思えるし。
885 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 14:23:24 ID:B8AdUwYu
りょんちゃんの佛教、坊主評価が、執着批判が原始佛教の内容なんですけど、、、
>>883 何に対するものかでしょうね。
宗教でも団体維持のための営利活動なんかでは同じようなもんでしょうし。
宗教だと大義名分にたいする用心は増えるかもしれないけどw
887 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 14:26:35 ID:B8AdUwYu
りょ んちゃん846に丁寧にカキコしてます、、、
>>885 まあ自分の無知を棚上げして言わせていただけば。
それくらい仏教といっても理解の難しいものってことですよw
仏陀が実在するなら一人だけで、その教えも一つなものがなぜこうも面倒なくらい形がさまざまになるか。
本当も嘘ももないでしょう。。。正しく後世に残すことは出来なかったと言ってるようなものかも?
>887
見たよ。
で、仏教の初期の頃だと在家と出家の戒律が違ってるけど。
でも、俺にはどうしてもその部分自体が理解不能で。
俺にはそこにも出家にご都合な主義が確実に見れる。
前に素人さんとレスした内容だからパスするけど。
>>886 宗教法人にも経営は必要ですよ。
維持運営していかなければならないですから。
経営は利潤追求のための組織活動。
明確であるべきなんですよ。
時々、曖昧になる。
>>890 利潤追求のためという名目の巾をどこまで見るかでしょうね。
社員のメンタル面までを利潤のためと考えて取り入れるかとか。
でも、利潤を感じやすい形が一番効果的なのは確か。
それだけでも十分に人は動く、生半可な綺麗ごとよりも、
あからさまな利害の裏に綺麗ごとを持ち出すほうが人はすんなり動きやすい。
会社は物欲を利用して人を動かすとすれば、
宗教は精神性に対する欲を利用して人を動かすともいえるのか。
でも、会社の役割にも精神性の部分もある。
宗教が薄れれば薄れるほど、人は精神性をより社会そのものに求めるはずだし。
その流れで出来上がる社会のほうが人にとっては有用じゃないかとも思える。
ノシ
>>891 社員が労働するのはカネを貰うため。
これに尽きます。
会社が利潤活動するのは、維持するため。
しかし、会社は、社会的な存在ですから、単なる利潤追求では維持できない。
社会的な責任が問われます。
これは、社員の責任ではありませんね。
経営者の責任です。
>>894 俺がそれを目指そうというのじゃないですよ。
とコメントしてから。
その社員と経営者の区切りを曖昧にすることは経営側には都合が良い。
かといって経営的なことにまで口出しをあまりされることは好ましくない。
宗教団体のあり方は実に都合よくその部分を確立できそうに思えるw
ではまたノシ
>宗教団体のあり方は実に都合よくその部分を確立できそうに思えるw
そうですね。なぜかってことで、オチノシ
やっぱりもう一つ書くw
精神性の持ち方を見抜けるかどうかは大事なところですね。
あからさまな利害で動く人間の利用価値は高くても、
信用できるかどうかとなればまったく別。
かといって精神性だけで動こうというのもどうか、
ここでもバランスが大事になるか、見せ方と。
ほんと落ちノシ
>>895 神を持ち出すからですよねw
会社で言えば経営者のカリスマ性にかかるでしょうと。
899 :
まい:2006/11/09(木) 14:52:39 ID:l+fPPzTa
ちわ!
900 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 14:56:23 ID:B8AdUwYu
まいちゃん、おひさ、、
ま、今や、、こっちが、実のあるスレだな、、
901 :
まい:2006/11/09(木) 15:10:53 ID:l+fPPzTa
なんか、最近皆さんと時間が会わなくって、寂しかったんですよw
902 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 15:15:23 ID:B8AdUwYu
こっちは、動きが、バラバラだからな、、
あっち変スレで動いたら、、こっちスレを、一言意味無く書くのが、、
こっちスレで、会話する手かもね、、
903 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 15:25:06 ID:B8AdUwYu
つくづく、キリスト教の神の解釈、表現すら、、同じ、教団でも違いがあるのは不思議、、
神秘性のニューアンスで、すでに違うからな、、
904 :
まい:2006/11/09(木) 15:25:36 ID:l+fPPzTa
一応ロムって、「それ同意!」とか・・w
今更口はさんでもなぁって。
ま、問題がないのはいいことですね。
905 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 15:31:17 ID:B8AdUwYu
888 :りょん ◆Ryo/Z1n.Io
>仏陀が実在するなら一人だけで、その教えも一つなものがなぜこうも面倒なくらい形がさまざまになるか。
本当も嘘ももないでしょう。。。正しく後世に残すことは出来なかったと言ってるようなものかも?
についてだけれども、、人に頼らず、自らを頼るべし、、と、、あるから、、
本当も嘘もない、、正しくといいても、、この結論上、一つではありえない、、
層化や、日蓮宗だと、正しいのは一つかもしれませんが、、
日本の仏教は何が正しいという、議論はないのです、、
8つの宗派、神道を掛け持ちの坊主はあたりまえで、、
りょんちゃんは、、仏教をも、層化的観点で、見すぎているよ、、
906 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 15:37:35 ID:B8AdUwYu
ホントニ、宗教という、言葉に魔力を感じているんだなあ、、あっちスレでは、、
ッ宗教という言葉が、、何かを駆り立てる、、
あっちスレは、、もはや、宗教という言葉の魔術を語るスレと化しているな、、
907 :
まい:2006/11/09(木) 15:39:51 ID:l+fPPzTa
>>903 ひとつの言葉の日本語訳ですら、ニュアンスは違ってくるし・・
「愛」「神」にふさわしい日本語が日本にはないとも言われてるよね。
新約聖書の著者にしても、キリストの神秘性を強調したもの、キリストを直接知らないもの、
忠実に客観的に表現しようとしたもの・・いろいろあるらしい。
どれを信じるのかは、結局受け手の好みのような・・。
まいさん、おひさ(^O^)/
>>906 宗教は相手に自分の信じるものを押し付けた時点で、宗教になるんでしょ。
そうならないためには、論理的に自分の正当性を論証する必要があるでしょう。
それでも、果たして、宗教でないかどうかの自信はありませんね。
だから、ここでの行為も、宗教です。
それが、わたしの結論ですけどね。
その意味では、私はご隠居には賛成なんですけど、ご隠居は自分の宗教性を否定している。
その否定の根拠が、自分の本能が科学に基づいているからとなる。
進化論の肯定・否定と同じですね。
この手法は、科学をネタにする新興宗教と同じ。
909 :
まい:2006/11/09(木) 15:47:31 ID:l+fPPzTa
>についてだけれども、、人に頼らず、自らを頼るべし、、と、、あるから、、
>本当も嘘もない、、正しくといいても、、この結論上、一つではありえない、、
そうかもね。今自分が感じることについては自分にとっての事実であるわけで・・。
それを感じるために生まれてきたのかもしれないともいえる。
それを他の人が他の時代に感じた事と違うからって、一喜一憂する必要はないのかもしれないね。
それで・・輪廻転生論になるけれど、いろんな人生を体験してみる意味にもなるんじゃないかな。
仏陀の気持ちが理解できなくても、別にそれは劣っていると言うことでもないし・・。
910 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 15:54:05 ID:B8AdUwYu
最近、夜のテレビで、銀座OL、ダライラマにあう、なんかがあって、、
その、OL、ダライラマに、嵌っていて、、会いに行くという、話があって、、
インドに亡命の所へ行き、、
チベット人の多い地区へ行くと、、人間が純朴らしい、、山奥だから、、
文明化が進めば、、人間は怖いからなあ、、日本でも、都心では、、まあ、、
その、OL、ダライラマに会い、質問する「人生の目的は何ですか??」
ダライラマ、答える「幸福になることです」
平凡な解答、、宗教臭い解答でなかったなあ、、
911 :
まい:2006/11/09(木) 15:54:50 ID:l+fPPzTa
昆布さんちわ!
宗教って、信じる信じないでくくることも出来るけど(もちろん強制は嫌だ!)
理解できる理解できないでくくることも出来る。
そういう意味では、昆布さんとは感性があっているような・・。
でも、宗教って、確認不能なことを持ち出してきて脅したりするから
・・そんなことでは幸福になれませんよって。
いや、もう幸福はここにあるからいいよって言えたら、もう誰も勧誘には来れないんでしょうね。
でも、そう言いきれない弱い部分が誰にでもあるから、宗教は無くならないんでしょうね。
912 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 15:57:32 ID:B8AdUwYu
最近、あの、taked2の影響か、、陽明学と朱子学を読もうとしている、、
ま、明確な、道徳的方向性と、、天、理、気、と、、、
禅仏教から、独立した流れなんだけどモ、、
感じが、解かるから、、なかなか、おもしろい、、
解かりやすく概念化しているから、おもしろい、、
913 :
まい:2006/11/09(木) 15:59:17 ID:l+fPPzTa
さすが、ダライラマ!
「これが幸福です」って言えたら、宗教団体にお金払う必要ない。
宗教団体に幸福にしてもらう必要ない。
914 :
まい:2006/11/09(木) 16:04:26 ID:l+fPPzTa
>>912 よくわからないけど・・宇宙の流れに即した生き方(占いでおなじみ)なんですよね。
土水木金火などにたとえて、曼荼羅的に表現されていると言うか。
>>911 宗教の教義を理解することは可能でしょうね。
ただし、それは、たぶん本当の宗教ではないんでしょう。
まあ、よくわかりませんけど。
宗教の勧誘で簡単に断わるのは、あっさり要らないという。
たったそれだけですよね。
宗教に所属することと、宗教を知ることは違う。
そういうことなのでしょう。
東洋思想は瞑想を基本においているんですよね。
その点で、明らかに、西洋思想と違います。
917 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 16:15:24 ID:B8AdUwYu
普通の感覚が大事なんでしょうね、、、
文明化が進むと、、ほんとに、宗教が居るようになってくる、、
宗教のない、文明化進んだ、中国や、北朝鮮は笑うに笑えない状況というべきか、、
観音信仰と儒教で何とかしようと、しているみたいだけど、
宗教といっても、日本じゃ、、神風の奇跡を期待し、天皇に従う方式の宗教が主流だし、、
イスラムじゃ、原理主義だし、、、、、
イスラムの伝統が、資本主義、文明化に対応できないんで、、原理主義が湧き出たらしい、、
イスラムも、、神秘主義なれば、穏健になるんだけれども、、
ま、文明化の恐怖にどう対応できるのか??
教育の混乱、人間の錯乱の解決は天皇教なのか??はたまた、ご隠居教なのか??
918 :
まい:2006/11/09(木) 16:18:38 ID:l+fPPzTa
919 :
まい:2006/11/09(木) 16:19:39 ID:l+fPPzTa
>>917 イスラム教はそもそも、排他的なものではないと思うんですよね。
マホメットがいなければ、古代の脱皮はなかったかもしれません。
キリスト教も同じかな・・・・・・
あっ、同じというのは、排他的という意味なんですけど。
キリスト教は文明という意味では、イスラム教ほどあまり貢献してないような気がします。
922 :
まい:2006/11/09(木) 16:27:40 ID:l+fPPzTa
>>917 天皇教も本来の神道とはどう関わっているのか・・。
本来の神道と言っても、大陸からの影響もあると言われているけど、卑弥呼の時代の文化は・・?
天皇は、祭事を引き継ぐことで(神代の時代の文化)日本にうまく入り込んだとも言う。
文明化の恐怖ですか・・。
ナショナリズムというよりどころを完全に捨て去ることは出来ないんでしょうね。
国際的な目が、進んだ目だとも思えないし・・。
命の根源と言うか、足元は大切なのではないかと。
>>922 天皇はホント不思議。
天皇は鯨と一緒で(^_^;)日本文化ですからね。
924 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 16:38:23 ID:B8AdUwYu
922の解答、、
元来、神道は現在のようなものでなく、、
巨石、巨木、滝自体が、神の存在であったらしい、、
7世紀には神社に寺が出来、神=仏だったらしい、、
江戸時代終わるまで、神道の主流派は、吉田神道で、、京都の吉田に、全国の神が集まるらしい、、
江戸時代の、儒教権力者、林羅山は、仏教を否定し、神道+儒教朱子学を考えていたが、、
幕末の国学、平田篤胤の神道が力を持ち始めて、天皇教に成りだす、、
明治維新では、国学の古事記を重んじる思想から、無理やり、名も無き神社を壊したり、勝手に神の名前をつけたりし、
神社にある、寺と仏像を壊し、、国家神道が出来、、
敗戦で、神社神道となり、、教義も、敬神生活の指針で、天皇を敬いと、、あるらしい、、」
925 :
まい:2006/11/09(木) 16:51:17 ID:l+fPPzTa
自然から神を感じるのは好きですねw
学者の後付の理屈はどうかと・・。
あのう、やーさんが鹿島神宮と天照を祭ってるのは?
926 :
聖霊大王:2006/11/09(木) 16:57:27 ID:B8AdUwYu
天照テ、、ヤッパリ、天皇教の匂いがありそうだなあ、、古事記=天照信仰のような、、
江戸時代から、じわりじわりと、、
あと、鹿島神宮は、、剣術と関係ありそうな、、よくわからないけど、、
天皇を宗教にしたのは、政治的権力の問題じゃない?
民族としてまとまり、しかも天皇を利用することで自らの権力の正当性を主張する。
これは、時代を貫く一貫した思想のような気がする。
別に、日本には限らないし。
だから、天皇制が続いた歴史は、ある意味、日本としてのまとりまりの象徴でもある。
国家神道が天皇を利用せずに、侵略戦争で、他民族に天皇教を押し付けなければ、
今もなんのしこりもなく、天皇教はいき続いていたかもしれないね。
まあ、歴史にたらればはないから、どうでもいいですけど。
しかし、伊勢神宮にせよ、出雲大社にせよ。
怪しい場所だわ。
>やーさんが鹿島神宮と天照を祭ってるのは?
初めて聞いた( ̄□ ̄;)!!
りょん氏が詳しそうだ(^O^)/
928 :
まい:2006/11/09(木) 18:06:56 ID:l+fPPzTa
>>927 どう言う意味で怪しいのだろう・・w
武術もそうみたいねw
○○○映画の床の間には必ず鎮座まします・・。
>>905 意味合いがちゃうよ。
仏陀という人が仏教を説きました。
それをそれぞれが伝えてこうも分かりにくく形を変えるなら大元の仏陀の教えを
どれとすればよいのだろうか。
もう大元なんてものは残ってないだろうと。
近いものがあるかどうかもわからんということ。
>>910 それが俺がその前のレスでいいたかったことでもあるよ。
その大ちゃんのレスを読んだ人で「真実は素朴なものだ」とか「そうだよな」とか
同意する人もいると思う。
大ちゃんがダライラマの言葉として語ったからね。
でも、それを俺でも大ちゃんでもが
「人生の目的とは幸せになることだよ」と語ったらどうだろう。
宗教が必要とされている理由もそこにあるのかもしれないけど。
ダライラマが本当にそれを思ってるのだろうか。
実はその言葉が人々の救いになると思っているから、自分の本心とは別に語るかもしれないし。
導くものが思ったことをそのまま語ってるのだろうか、導かれる人に。
人は救いになる言葉鳴りを求める、癒しなんてのもまさにそうだろうね。
その気持ちにこたえる言葉なりを用意しているのが宗教でもあるのかもね。
それに忠実であればあるほど、そこいらに見るようなカルト的な宗教性ってものも薄いのかもね。
言葉なり。
打ちミス。
>>911 俺の定義。
宗教とは信仰をもった教え。
そこいらの宗教勧誘に「私は幸せです」とか言ってみよう。
それは本当の幸せじゃないとかいわれそうだw
そこいらの目に付く宗教は幸せの形もある程度決められてて、それに沿ってないと
中々幸せとは認めないw
それにその宗教に所属していない限り真の幸せの追求は無理だと説いてるw
宗教が必要とされる理由。
人は大人になると教育的な向上を認識しにくくなる。
精神的指標なんかも自分だけでは中々難しい。
宗教という一つの流れをつかむ事で得られる安心感のようなものはあるのだろう。
信仰には力があるだろうことは否定しない、だからあり方にもよるけど、その信仰心から
力をより発揮できる可能性は否定できない。たとえ洗脳でも迷いが少なくなれば物事に進む意思は強くなる。
目標に向かう気力の充実も増すと思う。
宗教じゃなくてもそれは可能なのだが、より正しいと思える事柄を選ぶには大勢で同じことを掲げる安心感があるのだろうな。
宗教しようがしまいが。
神の力じゃないことだけは確かで。
自分の力というよりも、人間の持つ能力のすごさ。
そこに自信の持てないものは神の力として自分の力を発揮しようとするのかも。
自分の力だと自覚できないわけだけど。。。感謝の気持ちを持つ分にはよいかもね。
それを人にまで主張しなければ。
りょんちゃんの教義は結構窮屈だなあw
私実は宗教の持つ思考停止性ってそんなに嫌いじゃないんですよね。
人生哲学なんてものは考えているとキリがないので他人から借りてきて、
目の前の問題を解決するための本来の行動をさっさとしてもよいような気がします。
自分だけで何かを確立したからといって実はそこにはあんまり意味がないんじゃないか、とか考えちゃったりします。
たかが人生の指針ですしね。
何も考えてない一途な人って現実社会で強かったりするんですよね。
もちろんこの板の住人は気になっちゃった人達のあつまりなんですけどね
私もそうだし・・こまったもんだ・・うーむ。
>>937 宗教の思考停止とてすと氏やフーテン氏の思考停止って違う気がしますよ。
一般的な宗教は、中世思考の思考停止。
神の向こう側には何もない。神より上がない。
だから、思考停止。
ところが、てすと氏の思考停止は、
行動することを阻害することでの思考停止。
考えても仕方がないことは、考えるなという思考停止。
別に、思考を拒絶することではない。
ある意味、もの凄い速さで思考しているかもしれない。
中世の世界観における神の思考停止とは違うと思います。
>>938 もうすぐ死んでいく爺さん婆さんや、社会でもう絶対に成功できない人達がカルトにはまるのは仕方ないと思うんですよ。
一所懸命にやっているのに「あんた騙されてるからやめなさい」なんていいにくいんですよね。
やめさせた後で別の幸福を与えてあげられるわけじゃないし。