>>カオルさん
>>815 ハルカさんの悟道の方法論については否定してはいないのです。
>>816 ボクはハルカさんにいつでもついていく覚悟はあります。しかしハルカさんがボクの主張を理解して
いないと感じたりハルカさんの論に矛盾を見出せば、それは先の話となります。ボクが批判している
のは語り得ないことだからではなく、その想定にしてもまるで関連性を見出せない飛躍を感じたから。
>でも、ハルカは、あえて「生命の存在理由」について、そのスレでもいわなかった「仮説」を
>Sさんのために提出したのです。その過程を思うとSさんの批判の仕方はおかしいと思います。
そうですね。ハルカさんのその心遣いには感謝なのです。ハルカさんが大好きです。
ボクは無批判に受け入れるのではなく、よく吟味することがお返しだと思っています。
この想定にはハルカさんを嫌悪に駆り立てる要因が凝縮されていると見出せば、尚のことです。
>>817 SHスレのころ想定していたのは「真の自律性」や「絶対無への移行」。でもそれは無理があるとして
廃棄していますよね。苦の嫌悪感はそれを見出した者ならば離れることは出来ないと思います。むし
ろ自らの到達点、自らの不完全性として目を背けてはならないと思います。そしてそこからの脱却
ということでの悟道の方法論に異存はありません。
>>818 これこそハルカさんとカオルさんの導きのお陰です。
>だからこそ、「解脱」が可能なのです。・・その通りです。だから思い違いではないです。
>>819 ボクは悟道の方法論は否定していず、ハルカさんの前提が破綻していると指摘したのです。
連関世界の認識は共通ということで宜しいのですね。(ボクの方がが導かれたので当然ですが。)
>一緒に考えて行きたいのです−宜しくお願いします。。。
>>カオルさん
>>820 多分カオルさんもハルカさんも、ボクが自爆テロや宅間や定説じじいの比喩を持ち出したことを
不当に思ってらっしゃると思います。でもこれは同種の原理や語り得ぬことを逆手に悪用した極例で、
自戒の為に敢えて表現しました。でも少し極端でしたので、人としても、男としても、最低のクズ
とカオルさんに言われても仕方ないでしょう。ボクが伝えたいことが自明として自戒されているなら
ボクのえげつない比喩は取り下げます。決して語り得ぬことだからだけで批判しているのではないです。
>>821 ボクはなにも変わっていないつもりです。つまらない感情的反発でもないです。
>>822 >ハルカの論は、「誰か」を持ち出さなくても十分議論に値する論
ハルカさんの嫌悪の要因が「誰か」をしての想定に凝縮されているようにみえます。
この前提を避けて悟道の方法論だけなぞってもハルカさんとは対峙できないと思っています。
ボクの論は「誰か」を持ち出さなくても議論可能です。ボクも貴方と議論がしたいです。
(ボクの能力と物理的制約が許す限り。。。)
>>823 わかりました。この表現は取り消しましょう。
「独自の」という自分とは個体化としての自己であり、それは世界内の連関としての自己という
意味です。詳しくは「自己自律」の説明を参照ください。
荒らしに負けず、ガンバ!
>>カオルさん
>>824-826 このご指摘については改めて議論する必要を感じますが、こちらの観点をまとめると、
連関の重みと同様に、連関世界で個々体が存立しているということはそれだけで対象に痛みを与えて
いるということ。これは
>>625で書いたように
>信念に従って行為する志向と、痛みを感じ自戒し分かち合う志向があって、はじめて自律者のぎり
>ぎりのバランス感覚は保たれるとボクは思います。その前提の上で、改めてボクは主張します。
>自己の信ずる道を実践し、それらの攻めぎ合いによって自己=世界=「自己自律」が「自己承認」
>されていくのだから、ボクは最善を尽くすだけです。
と同じことが言えると思っています。
ボクが絶対へのまなざしを不用としているのはそうした上から押さえ付けるような観点では存在者の
自律を抑えることが出来ないことと、絶対の威を借りた存在者の傲慢による悲劇こそが最悪と捉えて
いること。また、存在者の個々の独善をも不用とするのはその独善こそが他者を疎外し自らの連関世界
の調和を乱す最悪と捉えていること。しかし我々が自らの足で歩むしか方策はないのだから、上記の
ようなバランスを持って自分を信じ、疑い、何度も泥を被りながら歩むしかないと思うのです。
>>827 ボクはカオルさんとハルカさんが大好きですし信頼していますし感謝しています。
ハルカさんやカオルさんがボクを見ていてくれているからこそ、叱咤してくれているのもわかります。
そしてボクも真剣だからこそ、ボクの精一杯のお返しを示すのです。
ボクは、あなたに嫌われてもかまわない。でも、ボクはあなたを嫌いになりません。
<世界内としての「自己自律」の内容について>
ボクが自己自律としているのは単に個体化された個体としての自己のみを対象としているのではなく、
世界として一如に成立しているあらゆる連関、そのすべてをして自己自律としています。我々は現象
の形式として個体化を選択しているだけです。その自己自律としての世界=一如としての個体はどの
側面も他律ではないと捉えています。生命という形態は自己自律の一側面です。
不条理とは何を指しているのか。無根拠なのは自律する自己そのものだから。個体化しているのは
その形式が到達点だから。詳しくは前スレ
>>413-419 >>444-446 >>451 しかしこう捉えても自己自律として躍動するベクトルしかないなら、それは拷問でもあります。(
>>501)
ですから、沈静としてのベクトルも自己自律のもとに等価に確立されて然るべきとなります。
個体化の形式の中で「自己の相対的価値を高めていこう」は自己自律としての躍動として、
「自己価値を相対的最低位置に置く」は自己自律としての沈静として捉えています。
そして我々は個体化の形式そのものからの移行をも志向することができます。
それらすべては世界内自己自律として成立し、個体内で、個体間で、存在者間で攻めぎ合うことで
了承されます。その他補足説明は前スレ
>>540-541 >>597-602 >>625
4さんお気遣い有難う御座います。
前スレが容量不足で書きこめなくなってしまったのでレスが分割されてしまいました。
ハルカさん、カオルさん、ご容赦ください。
あと、このスレは便宜上ボクが立てましたが、本来のスレ主はハルカさんとカオルさんです。
8 :
考える名無しさん:03/09/17 00:10
>>850 >ソフィアちゃんが明言してたよ。君たちにも心当たりはないかい?
>うわっ完全に精神異常者だ。。。
哲板住人は多かれ少なかれ精神異常者なのではないですか?
とても健全だとは思えませんもの。(笑)
健全さに首をひねってばかりのわたしはここが大好きです。
> 1、自分を客観的に微塵たりとも見れない
というか、客観的にしか認識され得ない、という辺りが落ち着きがいいです。(笑)
> 2、どこまでいっても自分を疑えない=自分の世界のみでしか生きられない
哲板住人で自分を疑えない人はいないと思います。
初心者でデカルトかじったくらいなら仕方ないけど、
合理論の系譜をおえる人なら当然ヒュームを知っているだろうし、
それなりの発言をする人なら『論考』くらい読んでいるだろうし。
わたしは自分を疑えるけれど『世界はわたしの世界』だし、みたいな。(笑)
> 3、自分に都合の悪い事柄は完全に全て逆の方向に受け取る(自己言及として解釈する)
そうそう、今この自己言及が問題なの。循環とか矛盾とか・・・哲学の宿命ね。(^.^)
と、笑顔になってしまうわたしは異常ですか?
> 4、自分を必要以上に誇大しなければ自分のアイデンティティーを
築けない+それを行う場所から離れられない
人は自尊心によって、アイデンティティーをきずくのだし、維持するのだから、
当り前のことなんじゃないかしら。
> 5、異性に対して病的に飢えている=性的にコンプレックスをもって
いて歪んだ方向でしか表現できない
飢えもコンプレックスもそれ自体は悪いことじゃないよ。
如何に昇華してみせるかってところが大切なんだと思います。
>Sさん、ハルカへ
>【生命】という範囲内に限定するならば『自由は有る』のです。(前スレ857)
ここに焦点を絞ってみてはどうでしょうか?
なんか言いたい放題言ってんなぁ〜
>少なくとも、哲学者ドゥルーズは自死へのアカウンタビリティを、
>その社会的存在性を勘案すれば果たすべきだと思ったよ、漏れは・・・。
>ポジティプな意志の発現としての自死であるのならなおさら・・・。(前スレ859さん)
このようなレスはなかなか見かけられない。うれしい。同意です。
13 :
考える名無しさん:03/09/17 00:17
キミ達はまず妄想連環の脱却から始めた方が善いんじゃない?(ワラ
>ボクはボクの未熟な見解をお返しとして精一杯ぶつけることが出来ました。
>それはこれまでもこれからも変わりません。(前スレ882)
精一杯すぎてわたしの方が対応できません。
お手柔らかに。これからも宜しくお願いします。(^.^)
>Sさん
レスはしばらく時間をください。おやすみなさい。
前スレ
>>884 Sさん
私は一番最初に宣言しています。
『コレはあくまで私の体験知でしかない為、客観的証明手段を持たない』と。
だからこそ『信じるか否かは貴方の自由。私の関知する所では無い』と。
『根拠を示したくても示せない。よって狂人の戯言と捉えても一向に構わない』と。
なのに…
ハッキリ言ってつくづく呆れ果てました。
貴方が今のまま『根拠を示せ』と固執するならば、貴方へのレスはこれが最後になります。
カオルさんとの会話によって私の論もある程度形を成してきました。
しかし、まだまだ不足の為カオルさんとは話を続行させる志向はあります。
ですが。
貴方とはこれ以上会話をする意味を見出せません。
何処まで行っても平行線でしょう。
ある程度人の話に乗ってきてから、ソレが実は全部演技だったと告白したのですよ。貴方は。
もう知りません。
どうぞ御勝手に。
はぁ…いい加減にしてほしいよ。
>>16のような感情的な発言は、
今まで貴女が必死に論じていたものの説得力を欠如させる。
これだから、女はどーこーとか言われるんだよ。
同じ女として、勘弁して欲しい。
↑ごめん。ついうっかり…
>>10 カオルさん
ゴメンね。
何か、もう、正直言って、疲れた…Sさんの相手は。
理由は上に。.
>>17 >説得力を欠如させる。
と言われてもね。
議論も何も…
何も言えませんから。
最初から『客観的証明は不可能』と言っているのに『根拠を示せ』とは。
もう私は何も出来ませんて(苦笑)
>>20 根本前提が違いすぎるんだよ。
『誰かさん』に搾取されてるなんて前提では、
哲学板での議論は無理。
>>20 Sははじめからハルカとカオルを馬鹿にしてたとおもわれ。
しかし、Sはほんとに男かな・・・
Sもどこか精神が病んでいることはたしかだ。
ふつう「大好きなハルカさんとカオルさん」なんて書くか?
そして、それを文字通りに受け取るか?
>>22 >Sははじめからハルカとカオルを馬鹿にしてたとおもわれ。
かもね(苦笑)
今となっちゃあ、そうとも受け取れるね。
私は判断保留させてもらうけどさ。
こんな妄想に取り付かれても無駄だぞ。
現実に目を向けろ。
26 :
考える名無しさん:03/09/17 02:25
age
疑問に思うのだが、ハルカは「『誰かさん』に搾取されてる」という
「体験知」をここに書いて、その「知」を他者と共有できるとでも
思ったのだろうか。
普通に考えれば、哲学板でそんなことを書けば馬鹿にされるだけだと
分かりそうなものだが・・・
28 :
考える名無しさん:03/09/17 02:29
゙ミ;;;;;,_ (
ミ;;;;;;;;、;:..,,.,,,,,
i;i;i;i; '',',;^′..ヽ
゙ゞy、、;:..、) }
.¨.、,_,,、_,,r_,ノ′
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゙{y、、;:...:,:.:.、;:..:,:.:. ._ 、}
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゙{y、、;:...:,:.:.、;:..:,:.:. ._ .、) 、}
".¨ー=v ''‐ .:v、冫_._ .、,_,,、_,,r_,ノ′
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゙{y、、;:..ゞ.:,:.:.、;:.ミ.:,:.:. ._υ゚o,,'.、) 、}
ヾ,,..;::;;;::,;,::;):;:;:; .:v、冫_._ .、,_,,、_,,r_,ノ′
搾取ってあくまでハルカの個人的な人生観に過ぎないものだろ。
精神の病んでいる人が一番必要とするのは、
自分の話を「うん、うん、そうだね」と聞いてくれる人。
Sはそこに付けこんでハルカとカオルを手玉にとって
楽しんだわけだ。
傍目からするとSが女2人に振り回されているように見える。
>>32 全然違うよ。
Sは初め、超初心者を装ってハルカとカオルを釣り、
次第に本性を現した。
カオルはパニクって完全にぷっつんした。
そしてハルカもついにお手上げ状態。
この関係は何だろうな治療か。
それにしても、陰湿なスレですね。
もっと明るく生きよう。
私もSさん、カオルさん、ハルカさんが大好きかですよ。
そんでみんなだって大好きなんだ。
だって人を嫌いなんてなかなかなれないしね。
時間ないんで携帯から発信しまし、ましを?
オヤスミ・・・ジャネ
>>20 ハルカさんのお気持ちは承知の上です。
だけれど、この時点で感情的になるのは貴女にとって負でしかない。
>>17はちょっと言い方悪かったかも。御免なさい。
馬鹿にされる云々は別として、
>>27には同感です。
是非お答え頂きたい。
38 :
考える名無しさん:03/09/17 17:30
「経験知」自体を語ってもらわないと。摂取されているだけでは、映画じゃないんだし。
>>ハルカさん
そうですね。。。
貴方がそう望むなら、ここがボクが貴方に食らい付ける限界なのかも知れません。
貴方に感謝し、共感し、何度も頓挫しかけながらも、貴方やカオルさんやじゆんさん他、
多くのひとの叱咤を受け、ここまで貴方に自分の示せる形をぶつけて来れました。
そして貴方の視点に立つことを覚悟し、貴方の懐に飛び込んだからこそ、
このような厳しい批判も出来ました。
前スレ最後のレスで、これはボク自身にとっても身を削るような行為であると書きました。
それは貴方の視点をボクが既に受け入れた上での、自己批判でもあるからなのです。
例え語り得ないことでも示す努力はできると思うのです。
多くの実践者もそうして他者へ自らの実践知を示して来たと思うのです。
ハルカさんは十分に示して来れたのでしょうか?
自分の信念と実践知に厳しく自己批判しながら対峙し、そして明瞭に示そうとする姿勢です。
勿論ハルカさんは未だ実践の途上であるし、ボクはそれ以前のひよっ子ですが、
この場に来、交わりを求め、沈黙を破ったからには・・です。
それが、未熟なボク自身に問い、貴方に問いたかったことです。
貴方が望まないなら、ボクの問いかけもここまでです。
そしてボクが問いを止め、貴方を完全に受け入れるということは、この場での烈しい葛藤の終焉です。
ボクと貴方の間に残っているのは、あとはただひたすらの実践行為の示しのみです。
ボクが演技であったのか、貴方を愚弄していたのか、その判断は貴方にお任せします。
ボクの姿勢はこれまでに示して来たし、何も隠し立てすることもありません。
貴方にどう思われようと、貴方への好意と信頼と感謝の気持ちは変わりませんから。。。
ひとは信頼しそして懐疑することができるんだ。それってとても大切なことだよ。
今までお付き合いくださり、有難う御座いました。
カオルさんとの議論の詰めをお続けください。
>>皆様へ
前スレと同様の理由で、引き続きサゲ進行でお願いします。
(E-mail欄にsageと記入してレスして下さい)
>>39 Sさん
>貴方がそう望むなら、
>〜
>貴方が望まないなら、
ハルカが望むのは、有意義な議論。
ハルカが望まないのは、無意味な議論。
Sさんとの議論自体は全く拒否していないのだから、
アプローチの仕方を工夫してみたらどうでしょうか?
自己言及、循環、矛盾・・・の発見って、
そこから、始まりますよー、っていう合図です。
ここからです。やっと出発点にたどり着いたんです。(^.^)
>【生命】という範囲内に限定するならば『自由は有る』のです。
これは、Sさんにかなり歩み寄った発言だと思うの。
わたしは、ここに焦点を合わせられたら有意義な議論ができると思います。
わたしが、ハルカとの議論で保留にしてあるところもこの辺りの問題です。
ホント時間がなくて議論に参加できないのが残念です。
(土曜日まで待って欲しいです。勝手に終わらせないでくださいね)
カオルは最後まで
ずれていた・・・
人生って
寂しいものだね・・・
ハルカが望むのは、同調と補強
ハルカが望まないのは、批判と対論
Sすら疑い疎ましく思ってしまうハルカに議論は成立しない。
そしてSを理解できないカオルも。
名前欄にさげと書くのではなくメール欄に書くの
>Sさん
とりあえず、ひとつだけ質問させてください。
自己自律の概念においては、さまざまな世界のさまざまな公理系は、
どのような扱いになるのでしょうか?
たとえば、心の世界における自由意志についてはどう思われますか?
>>45 自律は他律の反対でしょ?
絶対の自律が可能であれば、
絶対の自由も可能であるはず。
それは聞かなくてもわかるんじゃない?
その場合のポイントは、
「自」と「他」をどうとらえるか。
微妙な問題ではあるが。
絶対の自由が可能になるのは
「自」と「他」の区別のない
いわゆる主客未分のような状態でしょう。
遊戯三昧というところか。
久しぶりに覗いてみたら、
話は終わりかけているのかな・・・
Sさんの、「自己自律」の説明がどこにあるのか
わからなかったので、Sさんの考えは分かりませんが・・・
私の専門のニーチェに引き寄せて書かせてもらえば・・・
ニーチェにとっての世界は、力への意志の作用連関の同じ布置が永遠に回帰する
永劫回帰の世界であるが、これを作用連関の「外」から見れば、
「円環」として空間的に表象されてしまう。
しかし「あなたがた自身もまた、この力への意志である」ということを自認しつつ
この「円環」に入り込んで戯れる者(超人≒幼子)にとっては、
「力への意志の瞬間性」のみが有るのであり、
「私自身が永劫回帰の諸原因の一つなのだ」と自覚されてくる。
これが、「もし全ての事物が一つの運命なら、私もまた全ての事物にとって運命である」
という「運命愛」としての永劫回帰思想。
ただし、ここで「自己」と「運命」との間に少しでも乖離があれば、
運命愛は、それとは似て非なる、決定論的宿命論へと変貌してしまうのだが。
「幼な子は無垢であり、忘却である。そしてひとつの新しい始まりである。
ひとつの遊戯である。ひとつの自力で回転する車輪。ひとつの第一運動。
ひとつの聖なる肯定である」〔ツァラトゥストラ〕。
ここでもやはり、「自力で回転する車輪」の「自力」、つまり「自己」を
どうとらえるかが最大のポイントだと思います。
あと、仏教で言えば・・・
「無我」とか「無心」には、流れのままに流されるという、
絶対的に受動的な側面がありますね。
しかし、その受動性の極致において能動性が働き出します。
絶対的受動性がそのまま絶対的能動性でもあるという
一見矛盾したことが同時に起こる。
そういうところに、仏教の奥深さがありますね・・・。
よく、道元の「自力」に対して、親鸞は「他力」と言われますが、
その行き着くところでは、どちらも、「自」も「他」もない、
受動即能動の、絶対に「自由」な境地なのだと思います。
それを「自律」と言い得るのかどうか・・・
それもやはり「自」をどう解釈するかでしょうね。
前スレの>413-419 >444-446 >540-541 >597-602を読みました。
ほぼ同感ですが・・・
以前話したSさんとの違いにちょっと驚いた。
「自己自律」の「自己」は、
>自分の現存在が生きとし生きるものの現存在と溶け合っている
という意味で、個体以上のものであり、
>囚われの迷妄を看破した者は世界を回復し、一体としての自己を見出す。
>そして何のことはない。かつて不条理と認識されていたものは、
>我々の了承する到達点であったのだ
ということに気づくわけですね。
つまり、看破した者の眼には、同一の世界が全く別様に映る。
そして、
>我々に必要なのは受け入れることでも信じることでもない。
>ただ、一如たる我々への気付き。それだけではないだろうか。
これも全く同感です。
あと、Sさんは、「自己自律」における「意志」を
常識的な意味での人間の意志を超えたものとして考えている
と思われるので、「自己自律」における「自由」も、
>>45でカオルさんが書いた「自由意志」という意味での
「自由」とは違いますね。
>>46さん
>自律は他律の反対でしょ?
自己自律の自律は、他律にたいする対立概念ではないです。
>絶対の自律が可能であれば、
>絶対の自由も可能であるはず。
追求される自律や自由には、かぎりない可能性としての無限の到達点が与えられていますが、
はじめから漸近線としての宿命も背負わされています。(と推測されます)
そこで提案されたのが、「存在」イコールの「絶対概念」としての「自己自律」です。
>>47 46さん
>その場合のポイントは、
>「自」と「他」をどうとらえるか。
>微妙な問題ではあるが。
「原理」と「こころ」・・・ムズカシイと思います。
>絶対の自由が可能になるのは
>「自」と「他」の区別のない
>いわゆる主客未分のような状態でしょう。
絶対の自由は「ある」というより、思考の形式を超えることで、
もはやその意義を忘却してしまう、という事態をいうのではないでしょうか?
>話は終わりかけているのかな・・・
いつものことだから、今回も乗り切れると思います。(^.^)
でも、わたし時間なくて良いレスできない。推敲もいい加減。
だから、46さんとか参加してくれて良い議論してくれたら嬉しい。
>>49 46さん
>ここでもやはり、「自力で回転する車輪」の「自力」、つまり「自己」を
>どうとらえるかが最大のポイントだと思います。
わたしの
>>45は、それが目的です。
物質や生命から独立した公理系として「心」を扱えるだろうか。
もし扱えると仮定したなら、この「心」の「独立性」を「自己」の「自律性」として
とらえることはできないだろうか、あるいはどのようにとらえたら良いのだろうか、
という問いなんです。
>>50 46さん
>それを「自律」と言い得るのかどうか・・・
>それもやはり「自」をどう解釈するかでしょうね。
わたしがSさんのいう「自己自律」に引っ掛かるのもそこ≠ネんです。
「存在」イコール「自己自律」・・・「自自」ですから。(笑)
「自己(存在)-自己(意識)」関係で成り立つ自己には、「自己(存在)」としての
「絶対の自律」の側面もある、くらいの方が、自己にはお似合いだと思うの。(笑)
だから、わたしには「自己(意識)」(=こころ)の問題が、絶対の自律ではない、
自律の問題として大切になってくる、というわけなんです。
>>52 828さん
>カオルさんが書いた「自由意志」という意味での
>「自由」とは違いますね。
ええ、でもそれはたいして重要な問題じゃないです。
わたしの
>>45の問いは、ハルカの論もSさんの論もわたしの意見も
心によって為されているのに、その心について話さなくていいの?
という提案です。
ハルカの論には、「自由意志」が存在できない、とSさんは思っているし、
だから、ハルカの論は破綻していると・・・でもハルカは、
>【生命】という範囲内に限定するならば『自由は有る』のです。
といっているのだから、自由について、自由意志について、心について、
二人でもっと話し合ってほしいのです。
この心の問題が828さんのような解釈によってスルーされることはないです。
おいコラ!ハルカ!
啖呵切ってSを追い出したんなら公言通りカオルと論戦してみろや!
どうせそれも逃げ口上だったんだろ?
お前は最低最悪のヘタレじゃ!
Sも早く戻って来い!お前のスレだぞ!
カオルを一人にするなよ。絶望して自殺したらお前のせいだ!
ハルカは独りで歩けるそうだから放置しても無問題。
sは大変そうだな。
61 :
考える名無しさん:03/09/19 20:02
ソフィアさん、カオルがあなたのことを批判してますよ。反論あれば宜しく。
8 :考える名無しさん :03/09/17 00:10
>>850 >ソフィアちゃんが明言してたよ。君たちにも心当たりはないかい?
>うわっ完全に精神異常者だ。。。
哲板住人は多かれ少なかれ精神異常者なのではないですか?
とても健全だとは思えませんもの。(笑)
健全さに首をひねってばかりのわたしはここが大好きです。
> 1、自分を客観的に微塵たりとも見れない
というか、客観的にしか認識され得ない、という辺りが落ち着きがいいです。(笑)
> 2、どこまでいっても自分を疑えない=自分の世界のみでしか生きられない
哲板住人で自分を疑えない人はいないと思います。
初心者でデカルトかじったくらいなら仕方ないけど、
合理論の系譜をおえる人なら当然ヒュームを知っているだろうし、
それなりの発言をする人なら『論考』くらい読んでいるだろうし。
わたしは自分を疑えるけれど『世界はわたしの世界』だし、みたいな。(笑)
> 3、自分に都合の悪い事柄は完全に全て逆の方向に受け取る(自己言及として解釈する)
そうそう、今この自己言及が問題なの。循環とか矛盾とか・・・哲学の宿命ね。(^.^)
と、笑顔になってしまうわたしは異常ですか?
> 4、自分を必要以上に誇大しなければ自分のアイデンティティーを
築けない+それを行う場所から離れられない
人は自尊心によって、アイデンティティーをきずくのだし、維持するのだから、
当り前のことなんじゃないかしら。
> 5、異性に対して病的に飢えている=性的にコンプレックスをもって
いて歪んだ方向でしか表現できない
飢えもコンプレックスもそれ自体は悪いことじゃないよ。
如何に昇華してみせるかってところが大切なんだと思います。
9 :カオル ◆BBBRv/ousU :03/09/17 00:11
>>8 ゲゲッ! ageちゃった。カオルでした。
62 :
考える名無しさん:03/09/19 20:14
ソフィアさん逃げましたか。そうですか。あなたの評価はFです。
63 :
考える名無しさん:03/09/19 20:35
分裂症のカオル、脅迫症のハルカ以下ということが実証されました。
64 :
考える名無しさん:03/09/19 20:55
女コテでは最低ランク。
ぴかぁ〜に匹敵する電波ゆんゆんカマってちゃん女。目糞鼻糞の近親憎悪だな。
65 :
考える名無しさん:03/09/19 21:06
ぴかの逃亡は糾弾しても自分の糾弾には逃亡する馬鹿ソフィア。
66 :
考える名無しさん:03/09/19 21:11
ソフィアさん逃げましたか。そうですか。あなたの評価はFです。
67 :
考える名無しさん:03/09/19 21:28
ソフィアさんロムってるのはわかってますよー
また逃亡ですかー
68 :
考える名無しさん:03/09/19 21:33
はい証拠ね。ほらー答えなよーエリート留学生さんよー
554 名前:Sophia ◆8ADoZCl6.k :03/09/19 21:30
69 :
考える名無しさん:03/09/19 21:39
ソフィアさん逃げましたか。そうですか。あなたはぴかぁ以下です。
70 :
考える名無しさん:03/09/19 21:42
もしかして駅前留学ですかw
>>カオルさん
ハルカさんに拒絶された以上、ボクはハルカさんの論をこの場で確かめる術はありません。
そして既にハルカさんの視点に飛び込み、ハルカさんの真剣な問いを背負うことを覚悟した以上、
ハルカさんの前提が真実なのか、その視点に立って自ら実践し、確認するより他はないです。
そしてボクが提起した自己自律の対案も、懐疑し議論する道を断たれた時から、一瞬にして遠い過去です。
もっと議論したい。。。でも、どうしようもないです。
カオルさんが大好き。ハルカさんが大好き。
どうか有意義な議論をされんことを願います。ここは貴方がたのスレです。
>>828さん
読んでくださり有難う御座いました。
貴方の批判もあって、あの論まで到達できました。感謝なのです。
>>71 あのねぇ…
>ハルカさんに拒絶された以上〜〜
コレ↑何のつもり?
貴方が『前提としての客観証明不可能な体験知を基盤とした論』自体の存在自体を崩壊させるような事言ったのでしょ?
私は『貴方との議論自体は』拒否してないよ。
ただ、『貴方が根拠の提示との言葉に拘ってるならば、もう議論自体も成立しない』と言うのだよ?
そもそも『議論成立の前提自体に不可能を求めている』のだから成立するわけがないでしょ?
原因を『拒絶されたから』なんて言って、さも自分に責任がないように…
責任転嫁して自分だけいい子ちゃんになるのは止めなさいね。
↑もう氏んでいいよ。さいなら。
ソフィア=カオルじゃないの?
S=しろうとじゃないの?
75 :
考える名無しさん:03/09/20 10:38
『貴方との議論自体は』拒否しないけど、
『前提としての客観証明不可能な体験知を基盤とした論』自体は絶対だから受け入れろ。
これを議論の拒否というんだよ。馬鹿ハルカw
76 :
考える名無しさん:03/09/20 10:39
粘着たん
>>ハルカさん
なんでそのようにしか受けとれないの?なんでさ?悔しいよ。。。
>>39は読んでくださったのでしょうか?
>例え語り得ないことでも示す努力はできると思うのです。
>多くの実践者もそうして他者へ自らの実践知を示して来たと思うのです。
>ハルカさんは十分に示して来れたのでしょうか?
>自分の信念と実践知に厳しく自己批判しながら対峙し、明瞭に示そうとする姿勢です。
>勿論ハルカさんは未だ実践の途上であるし、ボクはそれ以前のひよっ子ですが、
>この場に来、交わりを求め、沈黙を破ったからには・・です。
>それが、未熟なボク自身に問い、貴方に問いたかったことです。
ハルカは姥捨てなんじゃないか?
バカの壁。
>>77 Sさん
なんでそのようにしか受けとれないの? もうやめて!
あなたはハルカを傷つけるのが目的なのでしょうか?
あなたの発言が勝利宣言、論破宣言に見えるのは、わたしの感性がおかしいの?
前にも言いましたが、なぜあなたの発言に愛を感じられないのでしょうか?
>例え語り得ないことでも示す努力はできると思うのです。
>多くの実践者もそうして他者へ自らの実践知を示して来たと思うのです。
>ハルカさんは十分に示して来れたのでしょうか?
>自分の信念と実践知に厳しく自己批判しながら対峙し、明瞭に示そうとする姿勢です。
>勿論ハルカさんは未だ実践の途上であるし、ボクはそれ以前のひよっ子ですが、
>この場に来、交わりを求め、沈黙を破ったからには・・です。
>それが、未熟なボク自身に問い、貴方に問いたかったことです。
>>39 この発言は、ハルカ論に対してではなく、人格をも含めた哲学板におけるハルカの
存在をも否定する意味内容です。(気づいてますか?)
「誰か」の実在証明をどうやってしろというのでしょう。
あなたはあなたの実在証明さえできなかったじゃないですか。
いや、実在証明ではなくて・・・というなら、
われわれは、そのようなシステムの制約のなかで生きている、
と、とらえればいいのではないですか?
それに、誰かの存在を知ったから、苦を感じるようになったわけじゃないし、
誰かは、「生命の存在理由」についての、ひとつの「仮説」ととらえるべきです。
とにかく、誰かが存在しようとしまいと、個体化原理からの脱却が可能であるなら、
苦からの脱却も可能である、というのがハルカの論なのだから、
その脱却を志向する【私】とシステムの制約(個体化の原理)とのあいだの問題、
つまり、自由とは何か、自由意志とは何か、心とは何か、心は独立した体系か、
【私】の自律とは何か・・・・とかに焦点を絞って議論すべきではないでしょうか。
あなたが本当にハルカの「悟道」を認めているのなら、
残った問題は、【私】とは何か、に収斂していくと思います。
当然、あなたの自己自律にも、もう一度メスが入ります。(^.^)
>>71 Sさん
>ここは貴方がたのスレです。
いいえ、三人のスレです、いや、みんなのスレです。(^.^)
どうかわたしが自己自律の対案を懐疑し議論する道を断たないでくださいね。
ごめんなさい。今日も仕事でした。ねむたくて・・・あとのレスは、また。
ハルカさんの「誰か」「採取」「永劫連関」は仮説じゃなくて実践知に基づく疑いようの無い前提
となっていると思います。議論の流れもハルカさんがその実践知を明かしてくださった時から、
それまでの展開と一変しています。つまりそれまでの生命苦の表層的な解釈や悟道の方法論の話から
もっと根源的な、語り得ないレベルでの不条理との対峙に移行しています。だからエポケーしては
議論が形骸化してしまうのです。
生命や世界の規定やそこから発生する苦に対して多様な捉え方ができるはずなのに、或いはボクの
示せる形を精一杯ぶつけても、すべてにべもなく嫌悪して拒絶してしまえるのは、ハルカさんがそれ
らを超えた背後に、「誰か」「採取」「永劫連関」という絶対的な不条理を感じているからだと思い
ます。ボクが自律を示しても、その前提が確かなら自律する鳥は籠の中で利用される実態を誤魔化
した自己憐憫でしかない。だからこそハルカさんの視点をボクは受け入れることにしたんです。
ハルカさんの真剣な「示し」が心底身に沁みたから。ボクはまだ実践知を持たないしハルカさんの
前提が真か偽かは判断できないけど、ハルカさんの命懸けの問いかけに応じるということは、ボクも
等しく受けることだと思ったんです。
ボクがこれから自分自身で実践するにあたって、その前提に立脚して吟味すればこそ見えてくるもの
はありました。その前提ならハルカさんの言うバグ(悟道)すら「誰か」は許さないだろうし、その
ように可能性が断たれるならもはやすべて無意味でしかないという絶望を見出しました。そして前提
そのものがハルカさんの仮説として提示されているけれど、ハルカさんの実践知の示しとしては、
「誰か」という存在を感じたところまでに留まって、「採取」や「すべて思う壺」といった内容に
ついてまでは示されていないことにも気付きました。だからこそ、まだ対案としての「自己自律」も
受け入れられる可能性を感じていたのです。
>例え語り得ないことでも示す努力はできると思うのです。
>多くの実践者もそうして他者へ自らの実践知を示して来たと思うのです。
>ハルカさんは十分に示して来れたのでしょうか?
>自分の信念と実践知に厳しく自己批判しながら対峙し、明瞭に示そうとする姿勢です。
>勿論ハルカさんは未だ実践の途上であるし、ボクはそれ以前のひよっ子ですが、
>この場に来、交わりを求め、沈黙を破ったからには・・です。
>それが、未熟なボク自身に問い、貴方に問いたかったことです。
これはその意味でのハルカさんへの問いかけであったし、カオルさんの指摘は全く当てはまりません。
もしもハルカさんの実践知がそこまで捉えていないなら、それを明言して頂ければ他の可能性も模索
できるし、捉えているならそれを示すことで、その前提は実践知と符合するという根拠を示せます。
(勿論、客観証明ではないですが、体験の示しとはそういうものだと思います。)
しかし示しが十分でないまま(とボクには映るのですが)拒絶されては判断のしようがないし、
にも関わらずハルカさんがその前提を疑いの余地なく捉えているなら、その前提に立脚してしまう
あらゆる提起も自己憐憫として無意味と化します。だから対案も議論もそこで止まるのです。
当然、カオルさんの指摘する生命レベルでの自律や自由、心の問題などもその前提の前では無意味
と化すのです。そうしたら、ハルカさんの視点に立つ覚悟をしたボクとしては実践して確かめてみる
しかないし、それはいずれ訪れる道だから迷いもないです。
/ / ゙i, ヽ
j ,ィ/ | |
lィ' ,ィ/j/ | iリ
| /l / '"` | j
リ! /,ノ _,、-''''` /リ __________
| _.._ l/ ,.--;==ミ 、 ___,.ノ /{.○-゙‐rV /
ヽ,/`ヽヽト、 ´ {,.○-`‐‐ 、,.-ト| ,ノ< ハッハッハ!
∧ ̄ ゙i, `ヽ,r'´ ノ. ゙、--‐''´| \ 貴様らはごみのようだ!!
| | ̄ ゙i ヽ、 __,,、-'" ,-、,:‐、〉 /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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ヽ `ー─''''"´\\\
ヽ j\\\".;":;"." :
".;":;"." :".;":;". \ / \\\".;":;"." :
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: ゴ オ ォ ォ …… ! !".;" \\\ ;": ..;.;".;":
;" .;".;": _.;.;_".;": \\\ ド カ ァ ン !
.;".;": ..;.;".; ζ /_.;_/| .;".;", _ \\\ .;".;.;".;":.
.;".;": ..;.;".;": ;:'.;| ΓΓ | |;":从へ_/| . \\\"_.;__..:
从へ从へへ从 ; ζ | Γ从 | |;:.. |从Γ | | 从へ从∠___/| :
( ⌒( ⌒ ) ζ | 从Γ | |.:;. |从Γζ.;".. .;. \ |ΓΓΓ| | |
( ⌒ ⌒ ⌒ ); | ΓΓ | |.;;::|ΓΓ | | ( 从へ ;: |从ΓΓ| | | <そんなー!(;´Д`)
ハルカさんの言うようにこの世界の存在者が籠の中の鳥でしかないとして、
鳥は籠の外を知らなければ籠の中を全てだとして、盲目に存在してゆける。
そしてハルカさんの言うような言質には耳を貸さない。
それでも伝えようとするなら、それは「示し」を丹念に繰り返すしかない。
でも哲板の人間がどう言おうが、世界中の人間があざ笑おうが、
そんなことは今さらどうでもいいと思う。みな、勝手なことを言うのだから。
ハルカさんと真剣な言葉を交わせたボクは貴方の言葉を受け入れています。
その絶望的な認識と対峙したからこその問いであるし、それを確かめる為の実践です。
それがボクが貴方の真剣さに応えられる示しです。
ハルカさんは「生きたい」と言った。
だから貴方が如何な選択をしようと、自らに偽りなければそれは貴方を活かす道だと思う。
ボクも貴方のように真剣に生きたい。そして活かしたいです。
>>83 Sさん
>ハルカさんの「誰か」「採取」「永劫連関」は仮説じゃなくて実践知に基づく疑いようの無い前提
>となっていると思います。
だから、その前提(仮説)があると、なぜ議論できなくなるのですか?
>私の言う【誰か】とは伝統的哲学の『理神論』で言われる所の『神』ですね。
>この不条理な連環世界の一つの創造には関わったが、
>その後の生命発展などの運命に関しては一切ノータッチ。(前スレ858)
と、ハルカは言ってるじゃないですか。さらに、
>【生命】という範囲内に限定するならば『自由は有る』のです。(前スレ857)
とも・・・『すべての生命体は、生存するために、エネルギーの摂取が、不可欠。』
という制約のなかに「誰か」もいるのです。たいした神じゃないです。(笑)
>エポケーしては議論が形骸化してしまうのです。
ハルカのいう「誰か」は、わたしのいう「神」ではないです。
ですから、「誰か」をエネルギー連鎖のシステムとしてとらえるなら、
それは、個体化の原理に集約されているのだから、エポケーする必要ないです。
(システムとしてとらえてください、とハルカも明言してます)
>生命や世界の規定やそこから発生する苦に対して多様な捉え方ができるはずなのに、或いはボクの
>示せる形を精一杯ぶつけても、すべてにべもなく嫌悪して拒絶してしまえるのは、ハルカさんがそれ
>らを超えた背後に、「誰か」「採取」「永劫連関」という絶対的な不条理を感じているからだと思い
>ます。
ちがうと思います。
ハルカの拒絶は、Sさんの論の裏にある「生の肯定」意識に向けられています。
Sさんの言動のなかに、生の形式に縛られている(=個体化の原理に囚われた)、
あるいは、デーモンの誘惑に騙されている、かのようなものを見ているのです。
だから、ハルカの「それも誰かによる〜だ」を「それも個体化原理による〜だ」
と置き換えても、何の矛盾も起きないのです。
なぜなら、「誰か」が存在するとしても、「誰か」がわれわれに関与したのは、
まさに、この個体化の原理に対してであって、それ以外は関与してないからです。
>ボクが自律を示しても、その前提が確かなら自律する鳥は籠の中で利用される実態を誤魔化
>した自己憐憫でしかない。だからこそハルカさんの視点をボクは受け入れることにしたんです。
と、Sさんはここであきらめるべきではありません。(自己自律の可能性を追求すべき)
自己憐憫というのは、自己自律の論に個体化原理への囚われ(=籠の中で利用される実態)が、
感じられるからでしょう。ハルカの視点を拒否しない姿勢は良いことだと思いますが、
ご自分の論を簡単に捨てるべきではないと思います。
ハルカは、籠の中で利用される実態を誤魔化した自己憐憫する鳥の自律≠否定している
のであって、鳥の自律≠サのものを否定しているのではないのです。
>ボクがこれから自分自身で実践するにあたって、
>その前提に立脚して吟味すればこそ見えてくるものはありました。
>その前提ならハルカさんの言うバグ(悟道)すら「誰か」は許さないだろうし、
>そのように可能性が断たれるならもはやすべて無意味でしかないという絶望を見出しました。
「誰か」は、あなたの心の可能性、自由意志に、直接関与してくるのではなく、
あなた自身の個体化の原理を経由して関与(エネルギー摂取)しているだけなのです。
「誰か」が許さないのではなくて、われわれが個体化の原理から脱却することの
むずかしさをハルカはいっているのです。
>そして前提そのものがハルカさんの仮説として提示されているけれど、
>ハルカさんの実践知の示しとしては、「誰か」という存在を感じたところまでに留まって、
>「採取」や「すべて思う壺」といった内容についてまでは示されていないことにも気付きました。
ハルカは、個体化の原理に囚われた「生」なら「すべて思う壺」だと言っているのです。
「思う壺」の「生」の葛藤から生成される精神エネルギーを「誰か」は「採取(摂取)」して
「生存している」ということです。
たしかに、この論は、因果的連鎖を前提とした食物連鎖の拡大、延長解釈ですから、
論理的連鎖によって導かれるものではないです。
わたしなら、因果律の前提にたいして、因果律とは個体化原理でしょ?、と反論します。(笑)
さらに、「誰か」にとっての人の存在理由と、個体化原理によって生存することと、
人によって創造された人の存在理由とは、それぞれ独立した意味体系として捉えることが
可能なのではないか、と問います。この問いが、心の独立性、自律性、心とは何か、です。
もちろん、それぞれの意味体系は連関するのだし、人によって創造された人の存在理由が、
単に、生存するため≠ノ還元されてしまうなら、それは「すべて思う壺」なのでしょうけど。
>だからこそ、まだ対案としての「自己自律」も受け入れられる可能性を感じていたのです。
S論、ハルカ論、を磨き上げましょう。議論しましょう。(^.^)
>>2 Sさん
激遅レスごめんなさい。
>ハルカさんの悟道の方法論については否定してはいないのです。
ハルカの悟道ではなく、伝統的に確立された悟道の方法論を、でしょ?(前スレ806)
わたしは、伝統的な悟道の方法論がどんなものなのか知らないけど、
ハルカにとって重要なのは、悟道の目的論の方なのではないかしら?
>ボクはハルカさんにいつでもついていく覚悟はあります。
と、言いながら、
>しかしハルカさんがボクの主張を理解していないと感じたり、
>ハルカさんの論に矛盾を見出せば、それは先の話となります。
ということで、これ以上議論する意味はないし、ついても行かない、
と、言っているのですよね? なんか、ひどいなぁー。
>ボクが批判しているのは語り得ないことだからではなく、
>その想定にしてもまるで関連性を見出せない飛躍を感じたから。
わたしは、信じる信じないは別にしても、関連性は推論可能だし、
飛躍といっても、普通に神について語るときと変わらないと思う。
>苦の嫌悪感はそれを見出した者ならば離れることは出来ないと思います。
ええ。だから、あなたが
>また、貴方は生命と「苦」に対する嫌悪感を思索の原点としていますが、
>一旦その囚われから離れて考察しないと冷静な判断は出来ないように思います。
と言うので、
>苦に対する嫌悪感≠ゥら離れる方法があるのなら、提出してください。
と言ったのです。(笑)
>ハルカさんの前提が破綻していると指摘したのです。
「誰か」の存在証明ですか?
『私は、神、進化した宇宙人、永遠の生命・・・誰か≠ニ交信しました。
彼らも生の形式≠ゥら自由になれていませんでした。
なぜなら、彼らにも食物(精神エネルギー)が必要だからです。
そして、なにより彼らは永遠に死ねないことに苦しんでいました。』・・・これが根拠です。
とでも告白させたいのでしょうか? (笑)
>ボクが伝えたいことが自明として自戒されているならボクのえげつない比喩は取り下げます。
あなたが伝えたいことが伝わっていないのでしょうね。
だからこそ、その論のバランスの悪さを指摘するのでしょうね。
神なき原理主義というのか、心なき人道主義というのか・・・とにかく怖いです。
>ボクはなにも変わっていないつもりです。つまらない感情的反発でもないです。
わたしは、あなたの言霊に反応してるだけですから、
・・・でも、わたしの感情的反応ってけっこう信じられるんだけど。ダメポですか?
>ハルカさんの嫌悪の要因が「誰か」をしての想定に凝縮されているようにみえます。
>この前提を避けて悟道の方法論だけなぞってもハルカさんとは対峙できないと思っています。
「誰か」に焦点を合わせても解脱は不可能です。
「誰か」の意図が凝縮された個体化の原理からの脱却に焦点を合わさないとね。
>ボクの論は「誰か」を持ち出さなくても議論可能です。ボクも貴方と議論がしたいです。
>(ボクの能力と物理的制約が許す限り。。。)
ホントわたしも物理的制約が・・・ゆっくりのんびりやっていきましょう。(^.^)
>>5-6 Sさん
>このご指摘については改めて議論する必要を感じますが、
あなたとの議論の焦点なのでもう少し(ずいぶん長いけど)考えさせてください。
たぶんあなたに甘いと言われるのが関の山だと思いますけどがんばってみます。
とりあえずは、あなたの論のどこが理解できていないのかがわからないので
質問ばかりになるのかな? 嫌がらずに付き合ってくださいね。お願いします。(^.^)
>Sさん
うーん。92〜95は無意味なレスですね。聞き流してください。(^_^;)
いつもやさしく接しられなくてごめんなさい。
98 :
考える名無しさん:03/09/22 02:54
報われない片想いの図式
【ハルカ】←【Sくん】
↓ ↑
【カオル】
>>86 Sさんへ
一つ言っておきます。
>それでも伝えようとするなら、それは「示し」を丹念に繰り返すしかない。
ココ、大間違い。
『丹念に繰り返す必要性』なんてモノは全く無いの分かります?
ただ、一言『生は苦だ』と告げるだけ。
告げた後にどんな反応を返してくるかで『話が必要な人』か『必要としない人』か分かりますから。
『必要としない人』は、それで良いんです。
そっちの方が『人間として』『生命として』正常なんですから。
何も言う事は無し。
それでも敢えて言うなら『御幸せに』とだけ(苦笑)
『【生命】そのものへの息苦しさを持ってはいるが形に出来ない人間』に対してだけ必要なんですよ。
だから、更に告げるだけなんです。
『その息苦しさの原因は〜〜〜だよ』と。
貴方がまだ『根拠を示せ』などと言う自体が信じられないのです。
『形の無い息苦しさが絶えない』『何の原因も無いのだが生きているだけで苦を感じる』
そんな人間なら、例え道の途中の私如きの言葉であっても何かの標にはなるんです。
絶対に。
それに、私の言った【誰か】の件にしろ全面的賛同はせずとも、何らかの心当たりはある筈ですし。
『自分が余りにも小さく不自由で、自由とは縁遠い【生命】という名の微生物である』事が実感として。
貴方が、コレを私の独断と感じるならば…
貴方は元々『必要ではなかった』と言うだけでしょうね。
>>99 ハルカへ
>『自分が余りにも小さく不自由で、自由とは縁遠い【生命】という名の微生物である』事が実感として。
この実感って自我という玉ねぎの皮を剥いていく過程で経験されるのが普通だと思う。
生(苦)を運命として引き受ける者にとっては逆説的だけれど意識の拡大の契機になる。
と同時に神さまを呼び込んでくる。超越へのまなざしは小さき者にしか与えられない。
Sさんの論を神なき論と批判したのはこの感覚からなの。
ハルカの誰かとわたしの神さまとはどこがちがうのかな?
それともわたしの心当たりは的外れ?
カオルさん、質問は後日答えるから一言だけ。
以前、ボクの生い立ちの経緯から、自分は生かされているという畏敬の念を持っていたことと、
その意識から脱却したことを話しました。憶えてないかもしれませんが、それがボクの原点です。
参考までに。。。
>Sさん
もちろん覚えています。
回答は楽しみです・・・けど不安。
どうかわたしをあんまり信頼しないでください。
Sさんを受け止められるとは思っていません。
わたしのレベルに合わせてくれたらうれしいです。(^_^;)
おやすみなさい。
>Sさん
なんか不安です。心が苦しいです。
Sさん大丈夫ですか?
わたしあなたを傷つけてますね。許してください。
今ごろ気づきました。ごめんなさい。
どうしたらいいかわからない・・・Sさん大丈夫ですよね。
>>カオルさん
う〜ん、困りました。決してそういうつもりで
>>101を書いたのではないので、
とにかく気にしないでください。カオルさんに謝られると心苦しいです。
あと、レベル云々を言うなら逆ですから恐縮してしまいます。
レスが書けないのはすべてこちらの事情(決して考え込んでいるのではなくて物理的
作用に阻まれて)ですから謝ります。今後も激しく遅レスになってしまうと思います。
許してください。あと、レス内容の充実度は遅レス度に比例できそうもないです。
なんか最近これだけ書くのもやっとなんです。終わってますね。。。
>Sさん
勘違いならいいんです。(^.^)
わたしも忙しくて・・・この言い訳どうにかなんないかな。(笑)
今日もお仕事。元気に行ってきまーす。
玉袋がきゅっとしまる肌寒い季節になってきましたな〜
107 :
考える名無しさん:03/09/23 12:44
定時昇格
境界性人格障害の診断基準 アメリカ精神医学会 DSM−IV
対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で、成人早期に始まり、
種々の状況で明らかになる。以下のうち、五つ(またはそれ以上)で示される。
1)現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする気違じみた努力。
注:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと。
2)理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式。
3)同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像または自己感。
4)自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも二つの領域にわたるもの
(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い)。
注:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと。
5)自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰返し。
6)顕著な気分反応性による感情不安定性
(例:通常は二三時間持続し、 二三日以上持続することはまれな、
エピソード的に起こる強い不快気分、いらいら、または不安)。
7)慢性的な空虚感
8)不適切で激しい怒り、または怒りの制御困難
(例:しばしばかんしゃくを起こす、 いつも怒っている、取っ組み合いのケンカを繰り返す)。
9)一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離性症状
レス毎に意見を書くとますますややこしくなりそうなので、
ここでボクなりに、端的に二つの見解をまとめます。
上位下位に想定される連関世界と、「ある」という存在基盤。
そこからの脱却=個体化の原理の看破=悟道。これはほぼ共通しています。
問題はその連関世界をどう捉えるかにかかっています。
[ハルカ論]
連関世界を不条理な連鎖構造と見る。(徹底した管理、搾取の他律構造)→嫌悪
生命体個々の自由は認めるが、それすら不条理構造下の隷属に過ぎない。
現存在の選択
1 無頓着なままでいる。諦めて受け入れる。逃避して自殺する。
2 抵抗する。脱却を試みる。
[自己自律]
連関世界を攻めぎ合いの自己到達・承認構造と見る。(繋がりとしての自律構造)→気付き
生命体個々の自由が限定されているのは個体化ゆえで、世界内としての自律に還元される。
現存在の選択
1 自律の躍動 個体化世界での相対的価値肯定のベクトル
2 自律の沈静 個体化世界での相対的価値否定のベクトル
こう並べてみるとわかるのですが、同じ連関世界に対する視点が背反していて、一方の視点から
は他方を受け入れられるはずもなく、しかもどちらが真とも偽とも言えないと思うのです。コイン
の表裏のようなものです。細かい修正はいくらでも可能ですが、主に他律的不条理、自律的到達、
という背反する視点は明白です。これらを併記することは可能でも、止揚することなどできるの
かなと思いますし、仮にそうした場合でも、どちらの視点をも殺してしまうことになると思うのです。
ボクは議論の末に、ハルカ論と自己自律の対立点と、ハルカさんの不動の嫌悪を心底感じたかこそ、
ハルカさんの視点を受け入れました。あとはこの視点に立って実践してみなければ判別できません。
>>ハルカさん
ハルカさんの指摘については何度も言及されているので理解しています。
ハルカさんの徹底した姿勢を知りながら、その上で議論を深めるならという意図だったのですが、
ハルカさんを悪戯に煩わせているだけだと判断し、これまでの経緯を撤回します。
あとは自分で確かめるべきことです。失礼しました。
>>87 カオルさん
>だから、その前提(仮説)があると、なぜ議論できなくなるのですか?
生命(個体化の原理)に立脚したすべての可能性が否定的に捉えられ、嫌悪の対象となるからです。
また、前提そのものは実践知として懐疑の対象にできなくなったからです。
>その後の生命発展などの運命に関しては一切ノータッチ。(前スレ858)
>と、ハルカは言ってるじゃないですか。さらに
加えて、常なる採取と管理と介入をも指摘されています。
>【生命】という範囲内に限定するならば『自由は有る』のです
故にこれは奴隷の自由意志であり、「誰か」もその上位存在の奴隷だとして大したことはなくても、
出口のない不条理連関そのものが問題となって来るのです。
>>88 カオルさん
>エポケーしては議論が形骸化してしまうのです。
ハルカさんの嫌悪は「誰か」との隷属関係をしての直接の嫌悪として顕在しているように思います。
それは出口のない不条理連関そのものへの嫌悪に等しく拡大するのですが、問題はその視点なのです。
>>109を参照してください。
>>88 カオルさん
>ちがうと思います。
同じ連関世界とその脱却方法としての「ある」への帰順を掲げながら、視点の違いによって全く
捉え方が異なるのです。それは互いに相容れない視点です。
>>109を参照してください。
>>89 カオルさん
>Sさんはここであきらめるべきではありません
諦めたのではないのですが、ハルカさんの嫌悪と視点が不動である以上、それに飛び込まなければ
ハルカさんを理解することも真偽を確かめることも出来ないと判断したのです。
>、鳥の自律≠サのもの
これで満足するなら、ハルカさん曰く、「お幸せに」となるだけです。
>>90 カオルさん
>「誰か」が許さないのではなくて、われわれが個体化の原理から脱却することのむずかしさを
悟道そのものの難しさだけでなく、そこに「誰か」の関与があるからこそ、ハルカさんは限りなく
不可能に近い絶望を言うわけです。また、ボクが、どうせ不可能ならもっと能動的な「真の自律性」
を目指せばと提起したところ、例え可能でもそんなことを「誰か」が放置して許すはずもないと
否定しています。そのことはバグ(悟道)すら「誰か」は許さないことをも暗示するのです。
>>91 カオルさん
これも
>>109-110を参照してください。
>>109-110 Sさん
お忙しいところ丁寧なレスありがとうございます。
わたしS論はプリントアウトして何十回も読んだから、
もう暗誦できちゃうんです。(笑)
でも、もう一度挑戦してみますね。わたしの理解の仕方が変わるまで。
変わったらレスします。
ハルカ論も、もう一度最初から見直してみます。
わたしの理解の仕方が変わったら報告します。
あなたは何をしているときが楽しいですか?
>>112 Sさん
ああ、もう!
全部にレスつけるのは面倒(私にすりゃ同じ事何度も言わされている拷問に近い)なので一つだけ。
貴方が一番『囚われている』のはこのポイントのようですし。
>加えて、常なる採取と管理と介入をも指摘されています。
……あのね。
搾取=単なる『特定状態の精神波形から生み出される副産物』の一方的利用。
我々【生命】へのフィードバックは皆無(【生命】の活動には何ら影響無し)
管理=【生命】それ自体の強制的特性である『多動性』が沈静化する事が無いように監視。
【生命】の繁栄や滅亡とは完全な別問題。
滅亡の際に多量の上質ルーシュが得られる。その後、新たに【生命】を創造すれば済む話。
介入=作物としての効率化の為に【生命】自体の改良。
コレは全てレベルが違うだけで、この世界でも行なわれていますよ?
例えばバイオマス発電の一つ『光合成微生物による水素製造』
搾取=単なる『生命活動から生み出される副産物(=水素)』の一方的利用。
【微生物】へのフィードバックは皆無(【微生物】の活動には何ら影響無し)
管理=【微生物】それ自体の特性である『光合成』が沈静化する事が無いように監視。
【微生物】の繁栄や滅亡とは完全な別問題。
滅亡しても、新たに【微生物】を栽培すれば済む話。
介入=【発電手段】としての効率化の為に【微生物】自体の改良。
……どうですか?
全く同じ図式なんですよ。
(少し長くなるので分割します)
>>112 Sさん
>故にこれは奴隷の自由意志であり
奴隷だろうがなんだろうが『(仮初の)自由意志』は在る訳ですよ。
だったら『この自由意志を逆手に取って利用してやろうじゃないか』ってのが散々言ってきた事。
そこで『脱却への志向』自体が『プログラム想定内』としても『志向の試行』は『想定外事項を引き起こす可能性が在る』んです。
なぜなら、『試行の思考』で基盤とされるのは【生命】ではなく【芯】=【無】だから。
創造者の力の到達範囲外に在るものだから。
>出口のない不条理連関そのものが問題となって来るのです。
つーか、ココからして全くの的外れですし。
『出口の無い構造が問題』って…
そもそも『出口』なんて無いと言っているのに。
『連環よりの脱却試行』は『出口を目指している』のではないの。
連環構造を『出口の無い迷路』とすれば、そこからの脱却試行は『壁をぶち壊して進む』事なの。
だから『ルール違反だ』『反則だ』『罪だ』と言ってるの。
>>117 訂正
× 『志向の思考』
○ 『志向の試行』
カオルさんこそ、お忙しい中、いつも丁寧なレス有難う御座います。
ボクも
>>45-57の指摘を併せ、もう一度考えてみます。
更にマターリ進行になると思われます。
ハルカさん、お仕事乙かれさまです。
もしかしたら呆れてお手上げ状態なのかもしれませんが、気が向かれましたら
たまにご批判レスしてください。カオルさんとの議論もどうかなさってください。
と、書いたらご批判を頂いていました。。。
即答は避けて、考えてからレスします。ハルカさん有難う御座いました。
ハルカの断定的表現、なんとかならんか。
「〜と思う、なぜなら〜」って感じの書き方できないの?
ここは一応哲学板なんだから。
理論的に認識できないことについて
ハルカみたいに断定的に言ってしまえば、
それは宗教だよ。
>>116-117 う〜ん。初見ではいままでハルカさんが繰り返し説明されてきたことですよね。
それは理解しているつもりですが、、、ひとつひとつの言葉使いが気になるのでしょうか?
電 波 に 敵 無 し ( ワ ラ
ハルカ教・教祖・教義を語る
125 :
考える名無しさん:03/09/25 01:57
>>109は誤解を招く表現があったので補足します。
<二つの提示論の比較>
[共通点]
上位下位に想定される連環なる(出口のない)連関世界
連関世界における「ある」(芯)という存在基盤。
脱却=個体化の原理の看破・個体化の原理の脱却=悟道=「ある」への接近、帰順。
[相違点]
ほぼ共通した認識である連環なる連関世界をどう捉えているのか。視点の違い。
A[ハルカ論]
連関世界を不条理な連鎖構造と見る。(徹底した管理、搾取の他律構造)→嫌悪
生命体個々の自由は認めるが、それすら不条理構造下の隷属に過ぎない。
現存在の選択
1 無頓着なままでいる。諦めて受け入れる。逃避して自殺する。
2 抵抗する(脱却を試みる=芯(虚存+意識点)としての「ある」への接近、帰順)
B[自己自律]
連関世界を自己到達・承認構造と見る。(攻めぎ合う繋がりとしての自律構造)→気付き
生命体個々の自由が限定されているのは個体化ゆえで、世界内としての自律に還元される。
現存在の選択
1 自律の躍動 個体化世界での相対的価値肯定のベクトル
2 自律の沈静 個体化世界での相対的価値否定のベクトル
(A1はB1に、A2はB2に対応しています。)
>>ハルカさん
>>126はこれまでの論議の端的なまとめです。修正があればお願いします。
あと、注意して頂きたい点を幾つか。。。
*この論に連関世界そのものからの脱却(真の自律性・外部としての絶対無への移行)は、
含んでいません。
>悟道そのものの難しさだけでなく、そこに「誰か」の関与があるからこそ、ハルカさんは
>限りなく不可能に近い絶望を言うわけです。また、ボクが、どうせ不可能ならもっと能動
>的な「真の自律性」を目指せばと提起したところ、例え可能でもそんなことを「誰か」が
>放置して許すはずもないと否定しています。そのことはバグ(悟道)すら「誰か」は許さ
>ないことをも暗示するのです。(
>>113より)
*以上はボクの拡大解釈です。「誰か」の関与がどれくらい完全であるかにかかってくるの
ですが、あらゆる志向が全て「誰か」の想定内であるという前提から解釈しました。
つまり悟道そのものは成立していても、そこに至る過程を「誰か」が放置して許容するか、
ということ。>『想定外事項を引き起こす可能性が在る』んです−は「誰か」の関与の
完全性如何にかかっています。
>>125さん
ボクなりに、無知無能なりに何とか論理づけて考えようと努力しています。
大きなこころで哲板の端くれに置いてやってくださると助かります。
>>126 Sさん
>上位下位に想定される連環なる(出口のない)連関世界
連関世界 → 混沌(虚存)-実在(有) → 相対原理(イメージ:陰陽を配した太極図)
>連関世界における「ある」(芯)という存在基盤。
「ある」(無、芯)と連関世界における「(相対)無」(虚存)とは次元が違います。
「ある」のイメージは勾玉を描いていない(縁のない)「丸」のこと。
白い画用紙に白いペンで描いた見えない太極図のこと。太極図自体。
>>126-127 Sさん
>
>>126はこれまでの論議の端的なまとめです。修正があればお願いします。
はいな、了解です。
修正行きます。
>A[ハルカ論]
>連関世界を不条理な連鎖構造と見る。(徹底した管理、搾取の他律構造)→嫌悪
~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~
へ???
…逆に疑問なんですけど、その『徹底した〜云々』ってのは何処から出てきたんですか?
>>116でも言いましたよねぇ?
>【生命】の繁栄や滅亡とは完全な別問題
>滅亡の際に多量の上質ルーシュが得られる。その後、新たに【生命】を創造すれば済む話
だと。
『滅びようが一向に構わない』ってスタンスの何処が『徹底した管理』なんですか?
第一『搾取』でさえも
>単なる『特定状態の精神波形から生み出される副産物』の一方的利用
>我々【生命】へのフィードバックは皆無(【生命】の活動には何ら影響無し)
って言っているのに…
貴方はどうやら『支配/隷属』の『二元対立構図』に囚われ過ぎてるみたいですね。
>生命体個々の自由は認めるが、それすら不条理構造下の隷属に過ぎない。
あの…そもそもが『不条理構造』ってのがイコール『個体化原理』なんだけど…
そこんとこ分かってます??
その『個体化原理の傘下としての限定範囲内での自由』を『隷属』と呼ぶならば…
『真の自由』って何さ?(苦笑)
繰り返して散々言っている事分かってますか?
『我々は【生命】という何もかもが限定された形態を取る事でしか世界と関わり存在する術を持たない』と言ってきましたよね??
なぁんで論がループするわけ??
>脱却=個体化の原理の看破・個体化の原理の脱却=悟道=「ある」への接近、帰順。
Sさんの想定されている「ある」への接近、帰順とは、「虚存」への回帰では?
瞑想における存在(虚存)との擬似的「一体感」や「あるがまま」という事態です。
*************************************(参考レス)
(Sさん)
>単に否定する意志が存在世界の境界を越えて無の世界は没入できる根拠はあるのか。
>存在世界の森羅万象の循環とどこが違うのだろうか。
(カオル)
>ショーペンハウアーのいう「無」の世界なら、脳内麻薬のレベルじゃないのかな。
>(意識の拡大)、科学的な検証も可能だと思います。
>森羅万象の循環は、生物なら、分離、差異化、個別化、多様化と、自己組織化による
>反エントロピーの活動による生命維持、およびその連鎖という循環を目的にしているので、
>その循環から抜け出す(無になる)ことを考えていないところが違うのではないでしょうか。
*************************************(SHスレ641)
ショーペンハウアーのいう「無」への回帰で期待できることは、存在形態の変化です。
たとえば、意識体の身体からの分離独立による現世への循環(輪廻転生)からの離脱です。
意識という「生の形式」を残した(維持した)ままでの「シンカ」というのでしょうか?
この「シンカ」の先人?が、いわゆる「誰か」なのではないでしょうか?
↑この辺りはハルカに聞かないとわからない・・・あとはハルカにお願いします。
おそらく「虚存」への回帰までがハルカの想定する「誰か」の「思う壺」だと思います。
ちなみにわたしが前々スレ(Part3)の950でいった「ご褒美の餌」はこれに相当します。
>ほぼ共通した認識である連環なる連関世界をどう捉えているのか。
わたしの勇み足で無駄な時間を取らせたかもしれません。ごめんなさい。
>現存在の選択
心配なので聞きます。
Sさんは現存在≠ハイデガーのいう構造でとらえているのですよね。
ちがっているようだと・・・ちがうのなら定義をしていただけるとありがたいです。
>抵抗する(脱却を試みる=芯(虚存+意識点)としての「ある」への接近、帰順)
【芯】は、虚存+意識点、のような構造をもった何か(対象)ではないです。
>ハルカへ
まちがったところがあったら修正しておいてください。(^_^;)
わたしは、もう寝ます。おやすみ。
>>127 Sさん
>>悟道そのものの難しさだけでなく、そこに「誰か」の関与があるからこそ、ハルカさんは
>>限りなく不可能に近い絶望を言うわけです。
大間違い。
【誰か】が居ても居なくても【脱却】の困難さは変わらず。
そもそも【生命】に対しての真っ向からの反逆ですから『ほぼ不可能。狂死の確率が高い』と言っているのですよ。
>>もっと能動的な「真の自律性」を目指せばと提起したところ、例え可能でもそんなことを「誰か」が
>>放置して許すはずもないと否定しています。
貴方の言う『真の自律性』ってのが幻想以外の何物でもないからです。
いいですか?
我々が【生命】である限り『世界と完全に自由に関われる真の自律性』は100%不可能なんですよ?
存在基盤としての【生命】それ自身が『個体化原理』による『限定作用の産物』なんですから。
>>そのことはバグ(悟道)すら「誰か」は許さないことをも暗示するのです。(
>>113より)
前後の繋がりが余りにも強引です。
>*以上はボクの拡大解釈です。
本当に拡大解釈ですね(苦笑)
>「誰か」の関与がどれくらい完全であるかにかかってくるのですが、あら
>ゆる志向が全て「誰か」の想定内であるという前提から解釈しました。
だーかーらー。
あらゆる志向が全て【誰か】の想定範囲内≠【誰か】の徹底した管理
なんですって。
『想定範囲内にある』というのは『設計図(あるいはプログラミング)から逸脱してない』というだけの事。
コレも散々言ってきましたが?
>つまり悟道そのものは成立していても、そこに至る過程を「誰か」が放置して許容するか、
>ということ。>『想定外事項を引き起こす可能性が在る』んです−は「誰か」の関与の
>完全性如何にかかっています。
んー…(困惑)
【誰か】は『理神論の神』のように『創造関与』だけです。
何か、とんでもない勘違いしてません?
>>131-132 カオルさん
>↑この辺りはハルカに聞かないとわからない・・・あとはハルカにお願いします。
はいな。やっときましょか(苦笑)
とは言っても何から…
えーと。
先ずは【誰か】って何?って事から。
存在のレベル(次元と言い換えても可)が違いますが、我々と同様の『個体化原理に縛られた生命』である事には変わりありません。
超越者という意味の『神』ではなく、単なる『我々よりも強大な力を有した【生命】』という事です。
だから貴方の
>この「シンカ」の先人?が、いわゆる「誰か」なのではないでしょうか?
という指摘は(進化かどうかは別としても)ほぼ間違いないでしょうね。
>おそらく「虚存」への回帰までがハルカの想定する「誰か」の「思う壺」だと思います。
そうですな。
私には、Sさんの言う『【ある】への帰順』が『森羅万象との一体化』『自己としての【生】の確立』というものに見えるのですよ。
それは『存在のレベルの上昇=進化』と言う前提があって言っているのでしょうね。
しかし、ですよ?
幾等『存在のレベルが変化』しようとも、それは『【生命】である』という一点に於いては何一つ変わっていない−同じなんですよ。
ですから、この道(進化?の道)を通るのは『アッチ(作物)側からコッチ(栽培者)側への移行』ってだけなんです。
だからこそ『【誰か】の思う壺だ』と言ったのですよ。
>ちなみにわたしが前々スレ(Part3)の950でいった「ご褒美の餌」はこれに相当します。
結構上手い言い方ですな。
『【生命】形態を維持しつつの脱却志向を行なう』結果として与えられる『ご褒美』が『進化』(作物から栽培者への移行)という『餌』ですね(苦笑)
>>135 ハルカへ
とってもわかりやすい解説ありがとうございます。m(__)m
>という指摘は(進化かどうかは別としても)ほぼ間違いないでしょうね。
一応いいわけしとくね。(他の人のために)
わたしは、
・あやしい概念。(例:シアワセ、シンカ)
・本物とニセモノの区別。(例:誠実、セイジツ)
・ある概念の二重構造。(ワタシ、わたし)
などを表現するときには、カタカナ表記にすることがあります。
あーもうでかける時間だー 行ってくるよん。
>>ハルカさん
ご批判頂いたので自分でもかなり整理できました。繰り返しの丁寧なレス有難う御座います。
>>130 >>134は了解です。これまでどうしてハルカさんの「誰か」を中心に執拗に言及したり
拡大解釈していたのかというと、ハルカさんが「誰か」に対し嫌悪を露わにしていたことを
理解しようと努めていたからなのですが、その必要もなくなりました。
まず重要な点はハルカさんが当初から主張されているように、嫌悪の根源は「個体化の原理」
そのものである点です。そして個体化存在にハルカさんがそれ以上も以下も想定できない
相応の「自律自由」を認めているという点です。
「個体化の原理」は現象界の現象形式として上位下位の存在者すべてに該当していること。
つまりハルカさんが前スレ後半から執拗にこだわりを見せていた、ひとつの対象でしかない
「誰か」への、利用されて悔しい、仮想敵視、嫌悪は、それこそハルカさんのいう『支配/
隷属』同等の『二元対立構図』の囚われでしかないです。つまりここに来て、ハルカさんの
「誰か」に対する嫌悪は迷妄であったことを貴方の言明からはっきり示せます。当初の主張
通り、「個体化の原理」そのものが問題なのであって、「誰か」が実在しようと、わざわざ
「誰か」を具体的にその対象にする必要はない。(この点においてカオルさんの指摘は的確
であったと思います。)まして仮想敵視したり嫌悪するのは表層的な個体化現象の囚われに
過ぎないということです。
「個体化の原理」下における存在者の「自律自由」を認めるということは、連関した世界に
あっては連関者すべてに等しく「自律自由」があるということです。なぜなら、連関、つまり
単に個体化の現象形式をとっているだけで一如である世界において、一方が自律で一方が他律
などということは成立しないからです。強いて言えば、各々の存在者が個体化された表層現象
だけを認識することから一律に他律構造を見出すのですが、個体化の原理を看破し、一如たる
連関世界を見出すなら、それが迷妄であることに気付くわけです。つまりハルカさんの言明か
ら、存在者の「自律自由」を認めるということは、世界そのものが個々にぶつ切りにして切り
離せない連関として、自律しているのだということをはっきり示せます。(この自律自由はい
わゆる「真の自律自由」という類ではないです。念のため)
重要なポイントですので、今日はここまでにさせてください。>カオルさん、ハルカさん
どうでしょうか?ハルカさん。
>>カオルさん
とりあえず
>>129だけレスします。
現象界(有)と英知界(無)
現象界における「虚存」(芯)−「実存」の内包形式、
以前ハルカさんが言ったこの前提の上で話を進めています。英知界の(無)は当然対象化でき
ませんが、同じ「非在」である現象界での顕現形式としての「虚存」を通して認識できると
解釈しています。ですから
>>126では脱却を「虚存」への接近、帰順に留めています。
このベクトルとして、この先に英知界(無)への帰順が求められるのは言うまでもないです。
>>137-138 Sさん
んーと…
貴方はどうしてそう極端から極端に走るかなぁ(苦笑)
ええと、そもそもが『自律など幻想に過ぎない』って事の補強材料として出したんですよ。【誰か】の話は。
全面的に真ではないにしろ、その事が端的に書かれていたのがあの本だったのです。
で、貴方に『この本を読んでまで【自律性】なんて希望を持てますか?』と言ったわけです。
言わば『絶望』を更に加速させる為の方便として…
そして『この世界の【生命】限定で言えば【生命の意味】はこうであるとしか考えられない』として…
【誰か】の話を提出したわけです。なのに
>つまりハルカさんが前スレ後半から執拗にこだわりを見せていた、ひとつの対象でしかない
>「誰か」への、利用されて悔しい、仮想敵視、嫌悪は、それこそハルカさんのいう『支配/
>隷属』同等の『二元対立構図』の囚われでしかないです。つまりここに来て、ハルカさんの
>「誰か」に対する嫌悪は迷妄であったことを貴方の言明からはっきり示せます。
ってねぇ…(苦笑)
『私が』『【誰か】に対して』『利用されて悔しいと思っている』のは確かな事実。
自分の預かり知らない所で(今現在確たる物証を手に入れた訳では無いのですから)一方的に利用されている(としか思えない)のが悔しい。
あのね。
【生命】そのもの(個体化原理)に対する嫌悪感の延長上に、【誰か】に対する嫌悪感があるだけなの。
絶望を更に『一点の曇りもないもの(苦笑)にしてくれる』のが【誰か】の存在
−我々この世界の【生命】存在を作物としているであろうと予想される連環世界の上位にいるであろう【生命】存在なの。
『個体化原理』だけであるならば、貴方の言うように『何処かに『脱出→自律』の可能性が在る』と思ってしまう『幻想』が残るの。
だからこそ、より絶望させる為に、そして【生命の存在意義】をハッキリさせる為に『言わねばならなかった』わけ。
(長いので分割します)
>>138 Sさん
>「個体化の原理」下における存在者の「自律自由」を認めるということは〜〜
この後も何か云々と言われているようですが…纏めて言いましょう。
全くの『幻想』です。
『個体化原理』によって縛られた『限定存在=【生命】』が持っているのは『自律自由』じゃないです。
『範囲内限定自由』です。
幾等存在次元が高かろうとも『個体化原理』に縛られた【生命】である以上は、『範囲』が拡大されるだけです。
それは何処まで行っても『自律自由』ではなく『範囲内限定自由』なのです。
>強いて言えば、各々の存在者が個体化された表層現象
>だけを認識することから一律に他律構造を見出すのですが、個体化の原理を看破し、一如たる
>連関世界を見出すなら、それが迷妄であることに気付くわけです。つまりハルカさんの言明か
>ら、存在者の「自律自由」を認めるということは、世界そのものが個々にぶつ切りにして切り
>離せない連関として、自律しているのだということをはっきり示せます。
…何か、そもそも『他律』って言葉を『意志的な者からの支配に隷属している状況』とイコールにしてませんか?
違いますって。
私が繰り返し『他律しかない』『限定された範囲内でなら(仮の)自律は在るかもしれないが』って言っているのは…
『個体化原理による限定作用』という絶対的な支配法則(システム)が在るからなんですよ。
善も悪も支配も隷属も全く関係無い。
その『システム』に従うしか【生命】として存在する術が無いから『他律』と言っているんですよ。
あ、最後の何行か書き忘れてる(汗)
追加
その『システム』の範囲内でだけなら『自由』は在りますけど、それはとても『自律』と呼べるものではないです。
範囲が決定されており、そこからは出る事が不可能なんですから。
だから『(仮の)自律』であるし『在るかもしれないが』としか言えない程度なんですよ。
>>140 ハルカさん
「誰か」の話まで明かしてくださった経緯については了解しているのです。その心遣いに
感謝しています。しかしここで言及しているのは、ハルカさん自身の嫌悪です。
>『私が』『【誰か】に対して』『利用されて悔しいと思っている』のは確かな事実。
>自分の預かり知らない所で(今現在確たる物証を手に入れた訳では無いのですから)
>一方的に利用されている(としか思えない)のが悔しい。
「誰か」すら現象の形式である「個体化の原理」下にある等しい存在者でしかなく、
それを対象に嫌悪することは迷妄で、「個体化の原理」自体が嫌悪の対象となり、その
看破と脱却だけが求められるとなるのではないでしょうか?
>>141 ハルカさん
えと、繰り返し主張していますが、ここで言っている「自律自由」とは、現象の形式としての
「個体化の原理」下の現下の「自律自由」であってそれ以上でも以下でもないということです。
そして連環なる連関世界内において、この現象形式は外から押し付けられたものではないです。
それを>その『システム』に従うしか【生命】として存在する術が無いから『他律』と言って
いる−のは実は自己言及となるのではないですか?そしてその原理を見出したのも、嫌悪した
のも、脱却しようとするのも、すべて現下の「自律自由」、ハルカさんの言う『限定された
範囲内でなら(仮の)自律は在るかもしれないが』というものがあるからではないですか?
極端なことはなにも問うていません。ハルカさんの基本認識に合致した内容です。
*個体化の原理」そのものが問題なのであって、「誰か」が実在しようとわざわざ
「誰か」を具体的にその対象にする必要はない。
*「個体化の原理」下における存在者の「自律自由」を認めるということは、連関
した世界にあっては連関者すべてに等しくその範囲内の「自律自由」があるということ
>>143 Sさん
……ふぅぅぅぅぅ(嘆息)
まーだ言うか、この人は(苦笑)
逆に二つだけ質問しましょう。
1.『私』が『存在を仮定せざるを得ない上位【生命】』を『嫌悪』し『憎悪』している事が『個体化原理への嫌悪』と無関係と思っているのか?
2.そもそも貴方は【生命】=『個体化原理』を『嫌悪する』とはどういう事なのか分かっているのか?
では質問に答えますからハルカさんもボクの問い(
>>143)に答えてください。
>>144 1>
上位下位のすべての存在者は一如なる連関世界内で繋がっています。その現象の形式が
個体化原理であってそれは我々同様に等しく貫かれた原理です。にも関わらず「誰か」
を嫌悪するなら、それはハルカさんがそれ以外の理由で「誰か」を嫌悪しているからか、
連関の意味を捉えていないかのいずれかです。
2>
ハルカさんの言う『個体化原理』を『嫌悪する』とは主に静止できない生命としての
強制事項、存在者が個別に分割されることでの弊害、この二つだと理解しています。
これはボクの認識でもあります。
146 :
考える名無しさん:03/09/27 03:35
実況揚げ
少し逸れますが、本来の個体化の原理はもっと全存在に適用されるもので、
現象世界の時間、空間の形式によって生まれる差異が個別の存在形態を発生させている
という広範囲の原理だとも理解しています。つまり生命の形態はその一部となります。
一旦落ちます。お仕事乙です。。。
>>145 Sさん
先ずは質問に答えましょっか。
…と言っても、答えイコール反論になるんですが(苦笑)
んじゃ、
>>145と絡めながら言いましょうか。
>「誰か」すら現象の形式である「個体化の原理」下にある等しい存在者でしかなく、
>それを対象に嫌悪することは迷妄で、「個体化の原理」自体が嫌悪の対象となり、その
>看破と脱却だけが求められるとなるのではないでしょうか?(
>>143上段)
『個体化原理からの脱却志向』と『【誰か】への嫌悪』を同一視してません?
私の最終目的は『個体化原理の脱却』であって、それへの『志向動機』を強める為の補強材料が『【誰か】への嫌悪感』なわけです。
言い換えれば『自律への希望』という『逃走経路』を塞ぐ為の材料の一つという事です。
それに【誰か】そのものへの嫌悪ではないって事は前に言いましたよね?
『その【誰か】達も所詮は自分達の生存続行という目的の為だけにやっている事だから仕方が無い』と。
【誰か】への『嫌悪』とは、そんな世界構成に成らざるを得ない根本に在るシステムへの『嫌悪』なんですよ?
それを踏まえた上で尚且つ『一方的利用が悔しい』と…コレは『私』の嗜好です。
なーんか、感情的に納得いかないんですよねー(苦笑)
>そして連環なる連関世界内において、この現象形式は外から押し付けられたものではないです。
>(中略)
>範囲内でなら(仮の)自律は在るかもしれないが』というものがあるからではないですか?(
>>143下段)
コッチには一言のみでいいかな。
『それすら設計図通りだよ』と。
(また分割します)
>>145 Sさん
あと、世界は『連環』ではあっても『連関』では無いって事を指摘しておきましょうか。
もっと簡略化したイメージで言うならば『入れ子構造』です。
A→B→C→D→E→F(A→BならばBの中にAが入れ子になっている、とします)とイメージして下さい。
Aが『我々の世界』Bが『【誰か】の世界』C以上が『更に上位の世界』と考えて下さい。
BからAは触れますし、Aで起こっている事を知る事も出来ます。
逆にAからBは『AB間の境界』が壁となって触れませんし、起こっている事を知る事も出来ません。
しかしAの住人はAの世界内では自由に動けます。
その結果としてA世界の住人が滅びたとしても、B世界の住人は又新たな『種』を投げ込めば良いだけです。
B世界からA世界の『確認』は自由です。
A世界からB世界の『確認』は想像に頼るしか在りません。
こう言えば、チョットは分かりますか?
感情論じゃ駄目じゃん>ハルカ
>>150 だから『【誰か】に対しての嫌悪感』というは二重の意味があるの。
『不条理構造を作り出す個体化原理とその象徴たる【誰か】に対して』は『【生命】そのもの=個体化原理を嫌悪している』わけ。
『【誰か】そのもの』へは『個人的に気に食わない』ってだけなの(苦笑)
端から見てると結構笑ってしまうやりとりがあるけど(笑、
ハルカって実際にも面倒見のいい良い人なんだろうなぁ。
>>ハルカさん
うん、ハルカさんの視点は徹底してますね・・頭が下がります。。。
レスを頂いてはっきりしたことは、
>>145の>それはハルカさんがそれ以外の理由で
「誰か」を嫌悪しているからか、連関の意味を捉えていないかの−いずれもだった
ということかな。。。
「誰か」について
1)個体化原理の象徴として「誰か」を対象にするのは論理的な帰結ではないです。
個体化原理は全ての存在者に貫かれた原理で「誰か」もその一対象に過ぎないから。
2)一対象でしかない「誰か」に個人的反感を持つことは論理的な帰結ではないです。
しかもこれまでの議論で確認したように、その関係は徹底した管理や強制という類
ではない。つまり感情的反発についても筋が通らない。
3)個体化原理そのものが問題とされるべきなのに、その上に1や2の論理的必然の
ない根拠を付与するのは、まさにマーヤー(迷妄)であって補強ではない。
「連関」について
1)連環世界内では上位下位の分断された世界という区切りはありません。時間、空間
において等しく延長できるひとつの閉じた世界であるからこそ連環世界なのです。
2)個体化原理に分断された存在者は同種の者でもない限り(厳密にはすべてが)、
平等な関係ではないです。そうした差異は連関の成立とは無関係です。
3)連関とは相互依存の関係であり、如何なる種類の関係においても関係が成立する
なら相互依存であって、どの対象をも個別に切り離しては成立しないのです。
4)つまりこの世界は連環なる連関世界なのです。
5)また便宜上、上位下位などという階層分けを想定していますが、それは一つの視点
に過ぎず、連関世界内の存在とはもっと複雑にして多様な関係です。
>>ハルカさん
でも、このようにレスしてもきっと貴方の視点と感情は変わらないでしょう。それは
貴方が「誰か」に個人的な反感を保持できたり、世界内の関係を入れ子という側面だけ
で捉えていること。つまり関係を一方的な利用であるというような他律的な、不条理の
連鎖と捉えているからです。それは当然、個体化原理に還元され、そこに他律的な
不条理構造と捉えるに至るのでしょう。
ただし一方的な利用だけでフィードバックは皆無という関係は関係という形式において
成立しないのです。それはハルカさんが紹介してくれた本で牛が乳を搾られなかったら、
人間がルーシュを採取されなかったらどうなるのだろう?という疑問から想像してもら
えればわかってもらえると思います。また、以前ハルカさんの姿勢を批判した際の作用
と反作用の話も思い出してください。入れ子は連関に包括される一側面でしかないです。
しかし、それがハルカさんの論を構成している視点ですから、そこに飛び込んだボクは
その論を自己の立場として検証し議論するのみで、これを押し付けるつもりはありませ
ん。ボクは信頼に基づいた忌憚ない議論で、納得のいく(理想は三人での)道を見出し
て実践したいだけです。
ここまでで明らかになった箇所のみ修正し提示します。
<二つの提示論の比較>
[共通点]
上位下位に想定される連環なる(出口のない)世界
世界における「ある」という存在基盤。
脱却=個体化の原理の看破・個体化の原理の脱却=悟道=「ある」への接近、帰順。
[相違点]
ほぼ共通した認識である連環なる世界をどう捉えているのか。視点の違い。
A[ハルカ論]
連環世界は上位互換の入れ子関係の世界である。
連環世界を不条理な連鎖構造と見る。(一方的な利用−他律的な連鎖)→嫌悪
生命体個々の自由は認めるが、それすら不条理構造下の限定に過ぎない。
不条理の根源は個体化の原理である。
B[自己自律]
連環世界は相互依存の連関関係の世界である。
連関世界を自己到達・承認構造と見る。(攻めぎ合う繋がりとしての自律構造)→気付き
生命体個々の自由が限定されているのは個体化ゆえで、世界内としての自律に還元される。
不条理とは自己到達点を指した自己言及の迷妄である。
>>ハルカさん
たぶん
>>153は全面否定でしょうが、主張がこれまでと同じで平行線ならそのことは
了解です。
>>155で問題があればご指摘宜しくお願いします。
>>カオルさん、ハルカさん
脱却に関連したレスをする余裕がまたありませんでした。済みません。
次からのレスあたりで。。。
SHスレから読み直してました。ふぅー
S論の根幹がわからないのです。
Sさんへの愛が足りないのか、頭が悪いのか・・・ノイローゼ寸前です。
>>139 墓穴を掘って今首まで埋まっているところです。(^_^;)
もともと、(SHスレでの)Sさんの主張は、
「モノ自体」としての「意志」は、「無」としての「存在原理」なのだから、
それ≠ノ「自己」が「還元」されたところで「苦」は解消されない。
よって、存在原理としての「盲目の意志」が「無」であるとは思わない。
というものでしたね。(あぁ、なにか懐かしい思い出のよう・・)
ということは、「モノ自体としての意志」が、ハルカ論でいう「虚存」であることや、
あるいは、現存在における存在と存在者との次元的差異(存在論的差異)を了解するなら、
その認識においての「存在」に該当するということにも同意していただけると思います。
ハルカ論は、「虚存」と「虚無」の次元を別けることで「存在原理」そのものからの脱却を
可能にしています。つまり、ハルカ論は(当初の)Sさんの疑問を解消する論だと思うのです。
当初のSさんの志向と現在のS論が噛み合わないのは、S論が理解できていないからなの?
どうして今のような議論になってしまうのでしょう。
Sさんには信じてもらえないかもしれないけれど、わたしはハルカと同じようにSさんにも
(肯定的に)感情移入して理解するように努力してるんです。サラダさんをつかまえたいな・・・
*************************************(↑の参考レス)
(Sさん)
>仮に根源にして一なる意志そのものに個体化された自己が還元されるとして、
>表象世界が消失して、それで何が変わるか。
>個体化の原理は克服しても、終わることの無い盲目の意志そのものは何も変わりません。
>苦は解消されないのです。そしてこれが無であるとも思えません。
(カオル)
>モノ自体としての意志と同一化した状態では「わたし」という個別的な意志は機能しないでしょう。
>そのとき「わたし」は「非意識」としての「無」を体験しているのではないでしょうか。
>しかし、この「無」は、Sさんにとっては「無」ではないのでしょう。
>なぜなら、モノ自体としての意志「存在原理」が消失したわけではないのですから。
>Sさんのいう「無」とは、ふたたび「わたし」を取り戻した「わたし」が、
>モノ自体としての意志、あるいはその存在原理から推測される永遠の存在循環から抜け出す、
>という「観念」を指しているのですか。(見解を一致させてから前に進みたいので)
(Sさん)
>内容はすべて同意、確認事項についてはその通りです。
>意志が終わることがない盲目的な物自体であり、生の形態で現象するにあたりその本質
>が反映され、意志から涌き出る個体化現象の永劫循環が尽きないこと。人間という意志の
>高度の客観化段階においては、個体化された意志を通してそのことが認識され得るので、
>意志への還元では「苦」の解消に繋がらないことをも認識しています。ゆえにその認識に
>達した者は循環を脱した「無」を求めます。
*************************************(SHスレ644、653、656)
>>153 Sさんへ
>>145 >上位下位のすべての存在者は一如なる連関世界内で繋がっています。
にたいしてのハルカの指摘、
>>149 >世界は『連環』ではあっても『連関』では無いって事を指摘しておきましょうか。
というのは、たとえば、上位(の誰か)の世界と下位(の人間)の世界の「不連続性」を
いっているのであって、どういうことかというと、
>その現象の形式が個体化原理であってそれは我々同様に等しく貫かれた原理です。
といっても、個体化の原理のいくつかは、人間世界、あるいは、心の世界に開かれた
ひとつの体系を統一する原理であって、「誰か」の世界のそれ≠ニは、おそらく違う、
「誰か」は、人間世界の原理とは、不連続的に現出した原理に従っている可能性が高い、
(と推測される)ということです。それでもなお、等しくつらぬかれ、ひきつがれた原理が、
「生存せよ!」という個体化の原理なのでしょう。
>にも関わらず「誰か」を嫌悪するなら、それはハルカさんがそれ以外の理由で
>「誰か」を嫌悪しているからか、
は、(誰かが)みずからも「生存せよ!」という個体化の原理に縛られながら、
そして「生 = 苦」であることを知りながら、みずからの生存のため≠ノ
あらたな生命と、その維持、継続に都合の良い個体化の原理を創造したこと
にたいする嫌悪なのではないでしょうか。
わたし達の世界での生命倫理にかかわるさまざまな問題のことを想像するなら、
ハルカの嫌悪はごく当り前の感情(反応)だと思うのです。
ハルカの思いは、生という次元においては、誰かも人間もすべての生命が、
等しき存在であるという愛(苦)の概念にもとづく、溢れる愛の表現なのです。
嫌悪は、栽培者たる誰かに向けられていますが、それは日々無数の生命を
剥奪して生存する人間への、ハルカ自身への自己言及なのです。
だからこそ、個体化の原理というみずからの命を嫌悪し、存在することから
の脱却を志向しているのです。
>連関の意味を捉えていないかのいずれかです。
連関の意味は重々理解していると思います。
というより、虚存への回帰、至高体験、意識の拡大、と呼称される体験知を
有しているはずですから、その体験においての「安心」「驚き」「肯定」は、
容易には捨てられないと思います。絶望の中での打ち消せない希望ですから。
>>カオルさん
現象界(有)と英知界(無)
現象界における「虚存」(芯)−「実存」の内包形式、
ハルカさんの提示したこの「非在」の図式は、SHの英知界としての意志、その現象顕現
として意志との構図とそっくりです。(意志がどうこうではなく、構図が、です。)です
から英知界の(無)は当然対象化できませんが、同じ「非在」である現象界での顕現形式
としての「虚存」を通してのみ認識できると解釈しています。よって
>>126では脱却を
「虚存」への接近、帰順に留めています。このベクトルは、英知界(無)への帰順へ向か
う為のもので、進化とか大自然と一体化などではないです。
>>126のA2、B2に該当
するベクトルです。また、自己自律で提起した一如たる世界の実践確認とは別ものです。
しかし如何にして英知界(無)への帰順が為せるかは不明です。英知界つまり別次元の
絶対無を有である現象界から概念だけ想定できても、SHの言うように絶対無が何かは、
我々には捉えることもできないのであって、そこへ至る通路も当然ながら不明です。
ハルカさんの言う物質の崩壊因子のように、一定時間で「虚存」へ英知界「無」が流れ込
んで崩壊するというなら「虚存」への帰順でそれは可能でしょうが。。。とにかくも、
ボクが想定できるのは否定無、つまり相対的な無としての「虚存」への移行までであって
その先は想定すらできないということです。可能性として絶対無への移行が考えらるのは
英知界(無)と同じ「非在」である現象界での顕現としての「虚存」が我々に内包されて
いるという想定からであって、無関係なら英知界(無)への通路は完全に無くなります。
英知界(無)=絶対無への移行を知っているなら教えてほしいです。。
えと、すべてのレスに答えてませんが今日はここまでにさせてください。
カオルさんの溢れる愛は常に感じていますし、頭も説明も理解も悪いのはボクですよ。
あと、カオルさんの姿勢もハルカさんの姿勢も信頼しています。
信じているからボクでもここまで来れたんです。あなた方のお陰です。
前前スレ
>>940ハルカさんのレスより
☆『無(非在)』とは?
基本性質は『ある状態の対極』を示す。
同じ『無(非在)』ではあるが、その顕現する『界』によって異なる表象を持つ。
1)『現象界』への顕現
この『界』では『秩序』に対しての『混沌』としての表象を持つ。
無秩序であり『形を成さぬただの存在』が普遍として在るだけとなる。
この『現象界における無(非在)の表象』を仮に【澱】と呼ぶ。
2)『英知界』への顕現
この『界』では『有』に対しての『無』としての表象を持つ。
完全なる『無』であり、如何なる形態であれ『有』はその存在を保てない。
この『英知界における無(非在)の表象』を仮に【闇】と呼ぶ。
『現象界』の【澱】と『英知界』の【闇】は同一のモノがその形態を変化させただけである。
何故表象が異なるかと言えば『現象界』においては『完全なる無』は存在し得ない為だ。
であるから『現象界』では『混沌』(エントロピー増大)という形態として顕現する。
より正確に言うならば『秩序の崩壊作用を有す』形態として顕現する
前スレ
>>111ハルカさんのレスより
《人間の構造》
[A]精神
【芯】⇔『決して認識され得ぬ認識主体』
----->『虚存』としての混沌である『ただの存在』。
意識の根源としての中心点。
【我】⇔『強制事項としての個体化原理』
----->『実存』としての『生』の形態の原理。
思考・感情等『意識活動』の原点。
【私】⇔『自律自己と盲信されている影』
----->【我】の原理を『言語化』という過程を経て表象化した『個性』。
『現象』として表面化する『意識』『思考』『感情』『記憶』の総体。
[B]身体
【体】⇔『個体化原理により顕現した場』
>>Sさん
一言だけ。
私との議論も5スレ目位には成っているのですし…
そろそろ、何らかの自説を展開してみては?
正直な話、私も
>>157のカオルさんと同じく
>S論の根幹がわからないのです。
になっていますんで(苦笑)
Sさん、貴方は何かポジション(またはスタンス)が一定していない様に思えるのですが。
発言を素直に撤回出来るのは一種の美徳ですが…
揺れ動きまくる(様に見える)のは何かねぇ。
>>165 そういう負け惜しみみたいなこと書くから、
だから女はだめなんだってことになる。
Sが書いてることで理解できない部分があれば素直にそう書け。
感情的になったらオシマイょ。
167 :
考える名無しさん:03/09/29 18:36
61 :物理板のコピペ :03/09/18 17:33
宇宙が誕生して137(+−2)億歳らしく
限りなく平坦ということが最近解りました。
閉じた宇宙(曲率が正)でも、開いた宇宙(曲率が負)でもないらしいです。
无から宇宙は誕生し10‐43秒後には重力が生まれる
10‐36秒後にインフレーションが起きる。
ビックバンが起きる、10‐10秒後に「弱い力」と「電磁力」が生まれる。
10‐5秒後にクォークが集まって陽子と中性子が生まれる。
1〜100秒後にニュートリノが晴れ上がり
電子‐陽電子の対消滅、重原子の原子核の生成が起きる。
38万年後には宇宙の晴れ上がりが起きる。
2億年後には星が輝きはじめる。
9億年後、すでに銀河が存在。
12億年後、銀河の群れが現在のような大きな構造をすでにつくっていた。
71億年後、この時期に宇宙は減速膨張から加速膨張に転じる。
137億年後(現在)、宇宙には銀河が多数集まる銀河団などの大規模構造が存在する
未来、宇宙の未来。宇宙の大きさは1000億年後には500倍になる。
WMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe)によれば
現在の宇宙には、ダークエネルギー73%、ダークマター23%、普通の物質4%があると分かった。
ダークエネルギーによって、現在の宇宙の加速的な膨張が引きおこされているという。
(↑昔アインシュタインが提唱し、後に自ら撤回した「宇宙項」がダークエネルギーかも?)
このまま行くと夜空の星が見えなくなっていきます(´・ω・`)
168 :
考える名無しさん:03/09/29 18:37
62 :もっと詳しくコピペ :03/09/18 17:37
10-43秒後 科学で推測できる範囲。
「重力が生まれる(分かれる)」量子論的に許される直径10-34センチ、時間は10-44秒から始まった
10-36秒後 1028度K。相転移インフレーションの始まり。
10-34秒間に1050(10の50乗)倍のスピードで空間が膨張。
10-35秒後 強い力、弱い力、電磁力の3つが統一されていた。
X粒子やクォークが自由に原子の海を泳ぎ回り、強い力(ブルーオン)と弱い力(ウィーク・ボゾン)が互いに入れ替わりながら動き回っていた。
10-34秒後 1023度K。ビッグバン
ビッグバンの後、宇宙は減速膨張に変わる。「強い力」(ブルーオン)が生まれる。
弱い力(ウィーク・ボゾン)と電磁力(光子)が一つに溶け合い、電弱力として作用。
Z粒子が光子を生み出し、光子は弱い力(ウィーク・ボゾン)と自由に入れ替わるようになる。
宇宙は、重力、強い力(ブルーオン)、電弱力の3つの力によって支配される。
10-10秒後(100億分の1秒後) 電弱力が、弱い力(ウィーク・ボゾン)と電磁力(光子)に分かれる。
169 :
考える名無しさん:03/09/29 18:38
時空誕生
10-5秒後 1兆度K。クオーク赤青緑の3個。ハドロン(陽子、中性子)クォークが集まって陽子と中性子が生まれる。
1秒後 動き回るクォークのスープ状態。
100秒後 10億度K(陽子と中性子が一緒になって、原子核が作られる程に冷たくなった)。ニュートリノの晴れ上がり、電子と陽子の対消滅、重原子の原子核の生成がおきる。
陽子+中性子=原子核(水素、重水素、ヘリウムの原子核)が生成される。
38万年後 1万度K。原子核に電子が捉えられ、電子が原子核の周囲を回り出す。
電子の散乱が無くなり(プラズマ状態から)、光子が自由に飛び回り、光の夜明けを迎える。
(宇宙の晴れ上がり)原子(水素、ヘリウム)の誕生を見る。
1個の陽子のまわりに1個の電子=水素 2個の陽子、
2個の中性子のまわりに2個の電子=ヘリウム現在でも、宇宙に存在する物質の1/4はヘリウムガスである。
2億年後 星が輝きはじめる。
9億年後 ビッグバン後9億年の間に宇宙は形を整えていくが、
元素は、水素とヘリウムの2つだけであった。
すでに初期の銀河、ダークマターが存在した。
12億年後 銀河の群れが現在のような大きな構造を形成していた。
71億年後 この時期に宇宙は減速膨張から加速膨張に転じた。
91億年後現在より46億年前 太陽系誕生。地球も誕生。
101億年後 地球上に生命誕生。
137億年後現在 宇宙には銀河が多数集まる銀河団などの大規模構造が存在する。
さらに加速度的に宇宙は膨張しはじめる。
1000億年後 宇宙の大きさは現在の500倍に膨張している。
170 :
考える名無しさん:03/09/29 18:39
******************************完******************************
こういった覗き趣味の奴キモイな
。
>>159 カオルさん
(連関について)
存在間の差異や時間・空間の隔たりは連関には無関係です。何らかの関係が(一度でも)
生じているということは互いの個体化形式のありようそのものを変化させるものであって
もはやどちらも切り離せないということ、その相互依存関係を連関というのです。つまり
関係=連関なのです。個体化形式の不連続性はあっても、連環として、連関としての不連
続性はありません。それがあるならその対象は世界内ではないし想定も認識もできないと
いうことです。
(個体化の原理について)
>>147でも少し書きましたが、個体化の原理とは本来は、現象世界の時間・空間の形式に
よって生まれる差異が個別の存在形態を発生させているということと、個体化性質の維持
・展開という二つの基本原理に基づく全存在に貫かれる現象の形式だと理解しています。
その各々の個体化形態の視点から捉えた原理が、例えば人間について言えばハルカさんや
カオルさんが列挙したような諸条件として顕れてくるのだと思います。だから人間原理と
そうでない形態の原理が違うのは容易に想定できますし、しかしそれは個体化の原理の各
特殊形式でしかないです。
>>160 カオルさん
(嫌悪について)
「誰か」の話の発端で、牛が搾乳されたり肉にされる比喩をハルカさんがした時、ボクは
我々人間が利用(搾取)される被害者であると同時に利用(搾取)する加害者でもあると
指摘しました。それは全ての連関者に言えることであって、カオルさんのフォローのよう
に自身への自己言及と理解しているなら、嫌悪は一対象に過ぎない「誰か」へは向かない
はずです。そしてそれが全生命への嫌悪に向けられても、その根源が個体化の原理にある
と看破するなら、
>>153は理解されるはずです。連関についても、一方的な利用と断ぜら
れるということは、連関の意味を捉えていないように思います。そしてそれらが、理解し
ていながら脱却の為の補強として根拠づけているのだとするなら、それこそ本道を逸れる
迷妄にしかならないと思います。
*「自己自律」の根幹がわからないという指摘について
根幹というのが何を指しているのかわかりませんが、根本の目的と解釈して説明します。
(目的)
生と苦を主体的に捉え、あらゆる志向を活かせる世界観の構築とその実践。
(前提)
一如たる連関としての世界内の自己としての気付き。
個体化の原理の看破により、存在者が単独で切り離すことのできない連関である認識。
その為の実践確認として、現存在に先立つ「ある」という一如なる基盤との合一体験。
帰還した実践者は他律的な世界観から鮮やかな自律世界への気付きを実感する。
(自律者の選択)
1世界内の自己として相対的価値の肯定(自律の躍動)を志向する
2世界内の自己として相対的価値の否定(自律の沈静)を志向する
この二つのベクトルを等価に確立することによってはじめて自律のありようを確立できる
と考えます。例えるなら、生きる権利と死ぬ権利が社会で確立されてこそ、人間の尊厳が
確立できる、というようなものです。
カオルさんの「全力で愛するし戦う」志向もハルカさんの「個体化原理からの脱却」志向
も主体的に包括できる。あらゆる志向を包括し活かせること。それが「自己自律」の根幹
目的です。
*ぶれているとの指摘について
しかしハルカさんの視点からは、世界は一方的に利用される(搾取される)不条理構造で
あり、生命は個体化の原理に強制された他律的な存在に過ぎないとし、自己自律は自己憐
憫に過ぎないと拒絶しています。ですからボクはハルカさんの視点に飛び込み、それを自
己の立場として受け入れ、自己検証しています。
誤りが認められたならボクは発言を撤回してきましたし、批判も受け入れてきました。
「自己自律」についても「真の自律性」というボクの当初の志向への批判を受けて組み立
てられたものです。これは美徳ではなく、建設的に議論をしそれを活かすための基本姿勢
だと思っています。一度組み立てた持論を御祭神のように奉って、テコでも動かされない
何ていうのは愚の骨頂。いわゆる「為の議論」という種類で、それこそ時間の無駄でしか
ないです。ハルカさんはそうではないですよね?
ところでハルカさんは今でも議論を、単に肯定の為の絶望に利用しているだけなのでしょ
うか。例えばボクが噛み付いてくることが利用できればこそと言っていましたが、それっ
て貴方の嫌悪する「誰か」の姿と酷似していませんか?以前にも指摘しましたが、議論す
る、相手と関わる、それはどういうことなのか考えて欲しく思っています。
*そろそろ自説をとの指摘について
今はハルカさんの論に飛び込んでいますから、自説というわけにはいきませんが、自己の
立場として受け入れ、自己検証しています。
自己自律については批判を受けて組み立てたもので、多分にカオルさんやハルカさんの他
のひとの助力の賜物なのですが、一応自分なりの形にできた論です。ただ、更に批判を受
けていますし、更に改善点を検証中です。また、世界の構造想定についてはハルカさんと
カオルさんで組み立てられた想定に未だ乗る形となっていますので、そこは不十分です。
一応、自己自律の論で今の段階で言えるのは、
現存在に先立つ「ある」という存在基盤
存在(物自体)(芯) − 現存在(自我)(我+私) という形式までです。
>Sさんへ
議論を続ける前に・・・
S論は、本当にわたしやハルカの提出した論を基本にしているのですか?
わたしは、今までそれを信じて(前提にして)議論してきました。
だから、理解できると思っていたし、自分の論だと思って的確な批判を加えてきたつもりです。
でも、あなたに、誤解している、理解していない、捉えていない、といわれたので、
はじめから、ひとつひとつ検討し直してみたけれど、わたしの認識は変わりませんでした。
わたしは、S論の理解に全力を注ぎました。結果、肯定するに至りませんでした。ゴメンナサイ
なぜなら、わたしの志向を活かす論ではないからです。おそらく、ハルカも同じでしょう。
ですから、Sさんも、わたしやハルカに導かれたとか、わたしやハルカの志向を活かすとか
じゃなくて、あくまでご自分の論なのだと宣言されたらどうでしょうか?
わたしやハルカの論に導かれたとか、わたしやハルカの志向を活かす論とか、
そのように前提されてしまうと、S論は論として理解不能になってしまいます。
逆に、わたしやハルカの志向を否定する論としては立派に成立しているように思えます。
だからこそ、わたしやハルカは反論するのだし、その方がこの先議論しやすいです。
如何でしょうか?
診断基準
自己愛性人格障害 アメリカ精神医学会 DSM-IV
誇大性(空想または行動における)、賞賛されたいという欲求、
共感の欠如の広範な様式で、成人期早期に始まり種々の状況で明らかになる。
以下のうち5つ(またはそれ以上)で示される。
1.自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績やオ能を誇張する、
十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)。
2.限りない成功、権力、才気、美しき、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
3.自分が特別であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達に
(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。
4.過剰な賞賛を求める。
5.特権意識つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に
自動的に従うことを理由なく期待する。
6.対人関係で相手を不当に利用する、つまり、
自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
7.共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、
またはそれに気づこうとしない。
あれだな。Sも調子こいて深入りしすぎると火傷で済まないことを忠告しておく。
君はまだ青いから相手がどんな人間かを見極めることができないようだ。気を付け給え。
142 :霧の乙女号 :03/09/09 22:56
パターン的な振る舞いなら、物理的過程としての認識論の範疇である。(でも今更なぜ複雑系を持ち出しますか?)
それは、パターンには収斂しえない実存なのです。
漏れ的には、その重力の魔から開放されることを目指す。
もちろん認識の裏を欠く事は、無理なのは百も承知。自己破壊的に、暴走し続けるだけだ・・・。
恐らくその悲劇性は、全能の神すらも目を覆うだろう・・・。
では日記よろしく!(ちなみに来週は追っかけで留守です。(^_^;))
147 :霧の乙女号 :03/09/10 23:11
>>143-145 いやまさに流行語としての複雑系を指して言ったんですよ。
サンタフェ研究所の研究成果には、複雑系で普遍的に事象を解明するためにはまだまだ遠い道のりがあると分かったから。
(せいぜい局所的な問題に適用できる。或る程度結果が見え透いてるような事象には適用可能な説明変数みたいな。(^_^;))
あとあんましロマンティックでないんで、ツッコミました。それだけです。
(某スレでは、ソフィタンにもツッコミ入れちゃいました。別に煽り屋じゃないから。)
仏典のウダーナヴァルガでは、愛は否定される。
すなわちそれを失うことで嘆き、それが得られないことで嘆くのなら、そこから離れよ、と。(正確な引用ではない。)
善悪の彼岸にある"自然感情"からの離反が、許されたひとつの救いの道なのか?
聖なる"無"だけが、すべてを救うのか?
漏れは道をとうに失っている・・・。
引き返せない道にまよいながら・・・。あの微笑、あの髪、あの声、あの仕草・・・。すべては、逝く夏の幻のように儚く遠くに・・・。
Sの方が一枚上手のようだが・・・
ハルカやカオルよりも、
Sの方が得体の知れない人物だな。
Sにはもう少しヒントをあげよう。なぜ言葉が通じないのか見えてくるはずだ。
ましてやこのような者に君の"連関"など理解できると思うかい。
708 名前: 考える名無しさん 投稿日: 03/05/10 02:18
>>自分が幸せでないと相手の不幸は喜びだろうよ。
>何故こんなことが言えるの?
と言うが、単純過ぎるほど単純な事じゃないか?いいかい? よく考えてごらん?
22の発言は、逆の意味で言うと『自分が幸せなら他人の不幸なんて関心がなくなる』って事なんだよ。
『幸せ』ってのはどういう状態かな?
『自分の中』だけに内在している『幸福感』に包まれている(浸りきっている)状態だよ。
ソレに『外部的な要因』が必要かな? そうだね。間接的には必要かもしれない。
しかし、幸福『感』はその人個人の中にのみあるものだ。
言ってみれば『個人の中でのみ完結するもの』なんだよ。
分かるかな? その人が本当に『幸せ』なら― 『幸福感』に包まれていれば―
外部でどんな事が有ろうと『幸せ』なんだ。外部には『無関心』なんだよ。
ここまではOK?
Sも逝かれてるけどね。
糞スレあげんなカス!
184 :
考える名無しさん:03/09/30 21:44
_,,,...-――-,,.._ ( き バ
/::::::::::;' "Y'"ヽ_;;::\ ( み カ
/::::::,. -‐i ・l・_,ノ _,ヽ::i ( は か
,|::::/ー- ` "● _,,_`i (
|:::|-‐ |_,-、 、_ } ノノヽ人__丿
|:::i,,,-'" _,ノ ` i
i::i、 、_,) /
ヾ >、_____,,,ィ.
,i :::: ̄ ̄,=(t)‐、'':::::i
>>178 > 1.自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績やオ能を誇張する、
>十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)。
これは当てはまります。でも( )内の記述に関してはハズレです。
> 2.限りない成功、権力、才気、美しき、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
これはハズレ。でも競争するのは好きな方だからいくつかは結果として手に入るかも。
> 3.自分が特別であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達に
>(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。
「自分が特別であり、独特で(あるべきだ、と信じている)」は当てはまります。
> 4.過剰な賞賛を求める。
これはハズレ。過剰に賞賛されたら「ありがとう」っていうけど、
自分のどこかがおかしいって急いで反省します。(笑)
> 5.特権意識つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
「思い通りにしたい」ということなら当てはまります。日々それしか頭にありませんね。(^_^;)
> 6.対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
利用するという感覚はありませんけど、きっとそのように行動してると思います。
> 7.共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
好きな人にしか共感しない(できない)のは事実です。
今回の「自己愛性人格障害」より、前に書いてくれた「境界性人格障害」の方が近いと思います。
>>179 もしかして霧の乙女号さんのことわたしだと思ってる?
もちろんちがうけど、勘違いされても嫌な人じゃないです。(^.^)
>>180 >Sの方が一枚上手のようだが・・・
わたしもそう思います。これからは胸を借りるつもりで、
自分のバカを晒しつつガンガン攻めていきたいと思っています。
>>181 >Sにはもう少しヒントをあげよう。なぜ言葉が通じないのか見えてくるはずだ。
>ましてやこのような者に君の"連関"など理解できると思うかい。
できることならわたしの方を諭してほしいです。
第三者から説明された方が理解できることってあるでしょ。是非お願いします。
あ、リアルタイムで遭遇してしまった。。。ひ〜
今日は布団かぶらせてください。見逃して、、、カオルさん。
ハルカさんお仕事乙でっす。
見逃します。(笑)
わたし毎日3時間くらいしか寝てないの。リアルの会話はわたしの方が無理なんです。
おやすみなさい。
相手によって、状況によって、
カオルの態度はころころ変わるね。
精神的に安定してない人なんだね。
初心者好きのところだけは一貫してるが。
、v,.- ''  ̄ "丶、ミ ゝ
-/ \ ヽ
/ / _ ェ== 、 ノ ミ
/ i ,== 、 ,. - ミ !
彡| ,. - l .r:ェ ) ̄ iミ 、霧の乙女号君ね・・・
彡|_ l . rェ. ) ⌒ 丶 - ' iミ ! 見え見えっすわー
フ/{ 丶 - ' / ミ ヽ ミ 馬鹿でもできる掩蔽ばかり
! { ム -^┘ ミ ト/ノ もっと知的に使い分けないとね
ヽ. l'ヽ ,vWWVw, ミ −'
{ .! /  ̄ ̄_フ i、 vリ V
| l/,. ⌒\\ ノ^人V ノ/ ∧
| / /\_ >_ > /^ / ト-──
/ ノv、 vノWv^ / i
/ { /^i'^'^ ヘ、
195 :
考える名無しさん:03/10/01 15:43
【複雑性心的外傷後ストレス障害カテゴリー】
1.情動・衝動の調節に関する障害
a情動の統制障害【抑鬱感・躁状態など】
b怒りの調整障害
c自己破壊性【自傷行為・嗜癖など】
d自殺願望
e性的関わりへの調整障害【過度で自己破壊的な性行動・性倒錯など】
f危険な状況へ自ら飛び込む衝動【トラウマへの嗜癖】
2注意・意識に関する障害
a健忘
b離人症
c一過性の解離のエピソード
3身体化
a消化器系【潰瘍性大腸炎など】
b慢性痛【頭痛など】
c心肺系【喘息など】
d転換症候【歩行障害・失声など】
e性的症候【性的不能・性欲動昂進など】
196 :
考える名無しさん:03/10/01 15:44
4自己認識に関する障害
a無力感【自分には自らを守る力さえないと思う】
b癒すことの不可能な自己損傷の感覚
c罪悪感と罪責感【自分の過ちの為にトラウマが起きたと思う】
d差恥感【本当の自分は人前に晒すことが恥ずかしいような存在だと思う】
e誰も自分を信じないと思う
f自己卑下【自分など生きるに値しない人間だと思う】
5トラウマの加害者についての認識に関する障害
a加害者の歪んだ信念の採り入れ【パワーで人を支配するという考え方など】
b加害者を傷つける願望にとらわれる
c加害者を理想化する
6他者との関係における障害
a他人を信頼することの不能
b他人を犠牲者〈被害者)にする
c自分が再び犠牲者〈被害者)になる【トラウマへの嗜癖】
7意味システム〈世界観)における障害
a自暴自棄・絶望感
b以前の自分を支えていた信念体系の喪失
えと、前スレ
>>829は同
>>843で撤回させて頂き、代弁については、同
>>882で貴方を受け
入れることを告げたのですが、カオルさんはそれじゃ駄目ぽですか?
ボクがハルカさんとカオルさんに導かれてここまで来れ、ここに立っていること。
「自己自律」が全ての志向が活かせるようにとの目的で組み立てたこと。これはボク自身
が自覚していますから確かです。問題なのは、結果、つまりハルカさんにもカオルさんに
も許容されなかったということ、これも自覚しています。だからこそハルカさんの論を
受け入れています。カオルさんの立ち位置も受け入れていますから、カオルさんの思う
ままにお願いします。「自己自律」についてはカオルさんが指摘しているバランス修正
を施して示して頂けるとボクでも理解できるかもしれません。
あとハルカさんと無理にでも論点を作るために、ハルカさんの論を受け入れてからも
ハルカさんに噛み付いて来ましたが、何かハルカさんを傷つけているだけみたいだし、
ボクも苦しくて仕様がないので、ここで止めておきます。あとは実践確認するのみ。
あと、英知界(無)への移行については否定しているのではなく、ボクではイメージ
出来ないので今は虚存までに留めています。教えて頂けると有り難いです。それも全て
実践確認すれば済むことではありますが。。。
>>197 わかってないな。
教祖に批判は許されないんだよ。それだけのこと。
ボダに絡まれた時点で君の負け。
ハルカ教・教祖を拝めや
/\___/ヽ
/ ::::::::::::::::\
| ,,-‐‐ ‐‐-、 .:::|
| .゙  ̄" |゙ ̄ " :::| なんだかよくわからないけど
| ` ' ::| ここにティッシュおいときますね。
\ ヽニニ=' ::/
/`'ー‐---‐一'´\
/ ::::i ヽ
| | :::;;l |
 ̄_|,..i'"':, ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|\`、: i'、
.\\`_',..-i
.\|_,..-┘
てか、あ、あのカオルさん好きな食べ物なんですか?
ボクはオムレツ・・とか、もろガキですよね。。。なんて・・・
ふぅ・・
あ、食べ物の話は・・・失礼しやしたっ
ハルカさんは順調ですか?そうだといいっす。
>>193 >相手によって、状況によって、
>カオルの態度はころころ変わるね。
>精神的に安定してない人なんだね。
っていうか、優しい言葉にはやさしく、強い言葉にはつよく・・・ってだけ。
素直っていってほしいな。
>初心者好きのところだけは一貫してるが。
ポール(初心者その1)さんのこといってるの?
でも彼って哲学書の蔵書が300冊もあったのよ。(笑)
どこが初心者なの?って聞いたら、
読んでないから初心者なんだって・・・あり得ない。(笑)
それでもわたしは信じてしまったりするのでした。(^_^;)
で、わたしは初心者の人が好きなんじゃなくて、
自分の頭で考える人が好きなんです。(^.^)
<紹介>
♪ポールの 〜現象学的世界〜 ミラクル大作戦♪
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1060786451/ 今、kuriharaさんが、自己の間主観的な「四肢構造」(廣松渉)を持ち出して、
ポールさんに、(自己≠フ経験を唯一の出発点とする)現象学の経験的主観の
一元的なとらえ方の限界みたいなところを「物自体−超越論的主観性 ⇒ 超越論的領野」
という概念で指摘、それを兄さんが・・・妄想・・・という流れの面白い議論が進行中です。
で、興味深いエピソードが書かれていて、超越論的主観性が欠けていると、
「1+1=2」が、分からなくなるらしいんです。
つまり、「間主観性が損なわれる」→「算数の自明性が損なわれる」・・・らしいです。
ところで、わたしは「超越論的主観性−経験的主観」の差異(二重)構造の説明を
現象学の立場から試みると、それは「認識論的差異」の記述になってしまうと思うのです。
自己の差異(二重)構造は、認識≠ニいう立場を離れないかぎり、
その実態≠把握することは、ムズカシイのではないでしょうか。
なぜなら、双方の差異とは「存在論的差異」のことだと思うからです。
>>194 あーら、中島先生ですか?
あいかわらずのむさくるしいお姿、ゾッとします。
残暑もおわって涼しくなったので少しならゆるせます。
でもあんまり近くで話し掛けないでくださいね。(^.^)
>霧の乙女号君ね・・・
>見え見えっすわー
>馬鹿でもできる掩蔽ばかり
ぜひ利口な人の掩蔽のやり方を伝授してください。
そしたら先生の本だって一冊くらいは読んであげてもいいよ。
>もっと知的に使い分けないとね
もっと文体とかに変化をつけろということですか?
でもね、わざと見抜かれるようにしてるとしたら?
だって、完璧に隠蔽しちゃったら自己顕示欲が満たされないでしょ?
つまりね、あなたは利用されたんですよ。純朴な少年のように。ねぇ、先生。
>>195-196 わたしあなたのサンプルじゃないから全部は答えなくて良いよね。
まぁ、殆ど心当たりはあります。(占いに似てませんか?)
・4-cの「罪悪感と罪責感【自分の過ちの為にトラウマが起きたと思う】」は、ハズレ。
なんでも他人のせいにするからかしら。(^_^;)
・4-f「自己卑下【自分など生きるに値しない人間だと思う】」は、卒業してます。
わたしは、勉強も運動も良く出来たし、友達も沢山いたし、いつも笑ってた・・・・
いま振り返ると眩しいくらいの光のシャワーのなかを何の疑問も抱かずに歩いてた。
そんな自分の笑顔に今は耐えられないのです。吐き気がするんです。
だから、わたしには【自分など生きるに値しない人間だと思う】のような形態での
生への執着はありませんし、そのように自己卑下する人のルサンチマン的な思想に
たいしては、とても強い嫌悪感を感じてしまいます。
・5-a,b,cの「加害者」については、心当たりがないです。
あえていうなら、個体化の原理そのものが加害者になります。
だからそれを認識した精神によって精神を探求してるんです。
絶望的です。
・7-bは、わたしを叩きのめしたし、今もつぶれたままですけど、
死なずに生きているかぎりは、信念体系の探求を試みようと・・・
この行為は玉ねぎの皮むきのようなものなのでいつかはわたしも
いなくなるかもしれない。これがわたしにとっての死の創造です。
>>197 Sさん
>カオルさんはそれじゃ駄目ぽですか?
ダメポです。Sさんは、自己自律がわたしの理解の仕方で理解されて良いのですか?
>問題なのは、結果、つまりハルカさんにもカオルさんにも許容されなかったということ、
>これも自覚しています。
いまでも全ての志向が活かせる「自己自律」を理解したいと思うわたしはわがままですか?
わたしは、あなたと対決することでそれを実現しようと思ったのです。
>だからこそハルカさんの論を受け入れています。
うーん、なんでこうなるの?
すべての志向が活かせる「自己自律」は単なる論に過ぎないのだから、
「実践知」にもとづくハルカ論にしたがうということですか?
>カオルさんの思うままにお願いします。
Sさんのように大人の対応をされると戦意喪失です。言葉が生まれてきません。
>「自己自律」についてはカオルさんが指摘しているバランス修正を施して示して頂けると
>ボクでも理解できるかもしれません。
すでに指摘したつもりだったのですが・・・神さま・・・ダメポならダメポでいいです。
>あとは実践確認するのみ。
Sさんもいなくなってしまうのですね。
Sさんにとってもハルカにとってもわたしはデーモンの囁きなのでしょうか。
>あと、英知界(無)への移行については否定しているのではなく、ボクではイメージ
>出来ないので今は虚存までに留めています。教えて頂けると有り難いです。
わかりませんよ。(^_^;)
でも、わたしの思う虚存は「存在原理」そのものですから、死のない世界です。
たとえ、わたしが崩壊するのだとしてもそんなことに何の意味もない世界なのです。
そういう意味での無なのです。だからそれじゃ意味ないんです。ちゃんと死にたい。
>>198 >ボダに絡まれた時点で君の負け。
ボダを差別しない人をステキだなって思えませんか?
それに哲学するのにどうして正常である必要があるの?
それから議論だって成り立つときがあるのだから、
「絡まれた時点で君の負け」とはならないわ。
あと今回の議論が平行線をたどっているのは、
わたしの理解力の問題であって、わたしがボダだからじゃないです。
>>199 >ハルカ教・教祖を拝めや
ハルカ論は、苦からの脱却をこころざす人のために示された実践知であって、
誰かに拝まれても何の役にも立ちません。(笑)
>>200 >なんだかよくわからないけど
>ここにティッシュおいときますね。
なんだかよくわからないけど・・・鼻かんじゃいました。
わたし無理しすぎちゃってまた二日ほど倒れてました。
いつも同じことのくりかえし。学習能力がないみたいです。
今日はチョコラBBドリンク∴んでどうにか出勤してきました。
チョコラBB≠ヘ肌荒れにも効果があって気に入ってます。
きょうは何ヶ月ぶりかの定時あがり。
空がまだほのかに明るくて頬をつたう風が気持ち良くて・・・
なんだかいつもと同じ帰り道なのに別世界を歩いてるみたい。
わたしってこの気持ち良さを経験するために無理してるのかな。
それにしても意思に逆らってからだが動かなくなるときって
おもわず心身二元論を信じてしまいますね。
だってホント言うこと聞かないんだもの。(笑)
>>201 Sさん
>てか、あ、あのカオルさん好きな食べ物なんですか?
料理上手の母が色々工夫して食べられるようにしてくれたので
今はそのおかげで何でも美味しく食べられるようになりました。
話変わるけど、この間友人にさそわれてはじめて吉野屋さんに入店。
ドキドキしながらオーダー、と思ったら目の前に牛丼・・・は、はやい。
わたしのイメージを完全に超えた料理でした。とっても美味しかった!
>ボクはオムレツ・・とか、もろガキですよね。。。なんて・・・
オムレツとサラダさん・・・かわいい。ウフ
やっぱりアーモンドの形をしたやつがいいですか?
わたしオムレツ得意だよ。
料理上手な母から一子相伝の秘術を体得してますから。(笑)
もちろんソースだって手作りのデミグラスソースですよ。
いつも小分けにして冷凍保存してるの。だって作るの大変なんだもん。
わたしは食べるより作ってあげる方が向いてるみたい。
お魚もちゃんとおろせるし、刺し身のつまだって手抜きしませんよ。
束穂とか赤芽とか菊の花とか、紫蘇の葉だってお魚や器のことなんか
思い描くとどうしても大中小のサイズにまでこだわっちゃうし、
山葵とかもできるだけ良いもの選びたいですしね。
そんなときにはちゃんと築地まで買い出しに行きます。
で、幸せそうに食べてるの見るのが好き。
>Sさん
とつぜん食べ物の話とかってもしかして木喰行とかやってるの?
心配です。わたしみたいに二日じゃ回帰できなくなるよ。
いつもの思い過ごしだといいんだけど・・・
なんか疲れたー。おやすみなさい。
カオルちゃんは大学教授なのかなー?
>>207 カオルさん
カオルさんの思うままにお願いします−と書いたのは、カオルさんの批判を受けます、
ということです。批判点の、神なきルサンチマンという無神論の立場についてと、自己
自律における自律の適用については確認しています。いま考えています。
ハルカさんについては確固たる実践知に立脚しているし、ボクの問いにも答えてくれない
し、あきれられる一方だし、どうしたらいいかわからないんです。視点が相容れないもの
であるなら、受け入れて確認するしかないと思っているのです。
>デーモンの囁きなのでしょうか。
ボクにとってはその逆です。ただ、実践確認することは最低限、避けられない道です。
>ちゃんと死にたい。
ボクもそう思います。でもどうしたらいいんだろう。
>>211 カオルさん
妙に殺伐とした雰囲気になってきてしまったし、雑談を振ってしまいました。
カオルさんの素敵な一面を明かして頂いて、何だかとっても嬉しくなってしまいました。
いつかカオルさんのオムレツ食べたいな、なんて、、、
ボクは大雑把な人間だから、「こらー、わかってないー」とかポカッと叩かれたりして、
、、、失礼しました。
無へ至るということは、永劫の苦から脱却することであると同時に、地鶏を絞め殺して
食す残酷さも、美味なオムレツを味わう愉しみも、全てを無に帰すということなのです
ね。ハルカさん曰く、「道は遊びではない。悟道は生命にとって地獄。」
>>212 カオルさん
今はまだダイエットという感じで、徐々にという段階です。社会生活を営んでいる間は
責任上、一線は越えられないです。でも付き合い以外ではまともな食事はしていないので
「アレ食いてー」とか、ハルカさんのご指摘通りの状態です。
>>210 カオルさん
ご愁傷さまでした。。。てか、今もとても万全じゃないのでしょう?
無理かもしんないけど、できるだけ倒れない程度にと願わずにはいられません。
このスレもマターリ進行しましょう。どうか余裕のある時だけレスしてください。
>>ハルカさん
気が向かれましたら、いつでもレス宜しくお願いします。
ハルカさんの方も順調だといいっす。
お互いを思いやっていていい関係ですね。
>Sさん
個体化の原理の理解の度合いの違いもあるのかもしれませんが(私には分かりません)、
Sさんとハルカさんの考えの違いは、お二人の生に対する実感の違いもあるのではないでしょうか?
Sさんは自分なりに神様のようなものを信じているのではないですか?
そして、その神と神に支えられた自分の命を肯定したいのでは?
私はそうなのですが、違ってたらごめんなさい。
>>Sさん
チョット遅レスですが…
まぁ…正直呆れているし、まだ希望めいた事が言える貴方を『やはり別の世界の人間だなぁ』と。
しかし、なーんかトンデモナイ変な方向に(貴方が)向かいそうですので。
半分『言っても無駄かな?』と諦めつつ一言二言。
○連環世界について
上位世界と下位世界の関連は相互依存では『ありません』。
下位世界は『上位世界により創世された』という『過去の関連性がある』だけであって、世界の存続には『一切の関連は無い』のですよ?
そもそも『上位世界』なんてものが有っても無くても『(創世の後は)過去も在ったし現在も在るし未来も在り続ける』のです。
つまり『我々の世界という演目を舞台とキャストだけ創ってくれた』わけです。
(監督・脚本は【個体化原理】そのものだったりします)
ですから、下位【生命】は上位【生命】に対して…
『自らの創世主だという敬意は払うべき』ですが、それ以上の『服従の義務』は一切在りません。
『創世の目的』は何であれ『我々を創造した』のは事実ですし。
ですから私も、純粋に『凄いね』位の軽い(笑)敬意は持ってます。
ただ、目的も予想出来る(更に、それ以外考えられない)から『ふざけんな!』なのです(w
言ってみれば私は、親に『手前ぇらの都合だけで生んでんじゃねーよ!』と怒鳴りつけてる子でしょーか(苦笑)
チョット脱線したので、話を戻して…
上位世界にとっては、我々の居る下位世界なぞ『取替えの聞く部品の一つ』でしかないんです。
『(下位世界の【生命】が)滅んでも新しく創れば良いだけの話』って言いましたよね?
つまり『唯一無二ではない』んですよ。
創られた世界(畑・牧場)に『たまたま』我々という【生命】が発生しただけなんです。
で、我々のような【生命】が【彼ら】の目的に『都合が良かった』だけなんですね。
だから、上位世界の住人にとっては『利用価値が在るから創世した』だけであって…
もしも、もっと都合の良いものが見つかればアッという間に『廃棄処分』わけなんですよ。
だから『相互依存関係ではない一方的関係は本質的に成立しない』ってのは思い切り間違いです。
(続く)
(続き)
でもって。
貴方が、私が【誰か】に対して持っている『怒り』や『憎しみ』を切って捨てられるようなら…
貴方は【誰か】の存在を『実感さえしていない』って事です。
コレがカオルさんが言っている『絶対への畏敬無きルサンチマン』だと思いますよ。
私は『自分が創られた者だと心底実感して』おり『自分を創った者が居ると確信している』からこそ。
だからこそ、その『【生命】の枠を超える事』『創造者の支配下(または庇護下)から抜け出す事』を望むのです。
そして未来永劫『支配下(庇護下)に戻らない事』を望むのです。
その為には唯一(であろう)方法論として【虚無への帰還】を選択した…と言うだけです。
貴方は、何故…何の為に…何を望んでるのでしょうか?
そして、その動機は何ですか?
(コレは過去『自称悟った人』や『自称悟道を歩む人』に繰り返し繰り返し聞いてきた事です)
>>210 御疲れ様でした。
ユックリ…は出来ないかも知れませんが(苦笑)御自愛下さい。
>それにしても意思に逆らってからだが動かなくなるときって
>おもわず心身二元論を信じてしまいますね。
>だってホント言うこと聞かないんだもの。(笑)
そうですよー(w
『身体』と『精神』は『別の生物』ですからね。
『【個体化原理】に忠実』って点では『身体』の方がより完成された生物かも知んない(苦笑)
何が一番最初に生まれたのかは分かりませんが、
その区別がつかないくらいの瞬間に、私というものは生まれたのではないでしょうか。
私が存在したいと思ったことが、宇宙も含めて私の存在の始まりの一部分ではないでしょうか。
だとしたら、それが間違いだったとしても、それはどうにもならないことだと思います。
私は上位世界はないと思います。存在したいから生まれて、そしたらこういう世界にしかならなかったのだと思います。
罪の意識が希薄なのかもしれませんが、私はそれでも自分を否定したくないです。
決して居心地のいい生活ではないし、生きるために他の命を奪って生きていますが。
悟道は時機がくれば出来るし、来なければ出来ないと思うので、悩んだり考えたり修行したりは大事なんだと思います。
とにかくハルカさんのことが好きだから、絶対自殺とかしないでください。
苦しいとは思うんですが、ハルカさんがいるということに感謝していますから。
>>222 えと、貴方の仰る事は物凄く最もだと思います。
何一つ間違ってはいないと思いますし、普通は貴方のような感覚の方が『正常』と呼ばれるんでしょうね。
>その区別がつかないくらいの瞬間に、私というものは生まれたのではないでしょうか。
>私が存在したいと思ったことが、宇宙も含めて私の存在の始まりの一部分ではないでしょうか。
>存在したいから生まれて、そしたらこういう世界にしかならなかったのだと思います。
うん。
そうでしょうね。『この世界の法則内においては』という限定条件で、ですけど。
上位存在世界というのは、あくまで『在るとしか考えられず、尚且つそれが確信に近い』というだけの『思考の産物』です。
(本当はそれだけじゃ無いのですけど…『客観証明不可能』『物証提示不能』の2点から、こう言っときます)
>とにかくハルカさんのことが好きだから、絶対自殺とかしないでください。
>苦しいとは思うんですが、ハルカさんがいるということに感謝していますから。
有難う御座います(微笑)
自殺は…多分『しない』と思いますよ。
多分、ね(苦笑)
>>Sさん
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
,__ | 道を間違えませんように…
/ ./\. \__________________________
/ ./(願)\. o〇 ヾ.!;;;::iii|//"
/_____/ . (´ー`) \.. ∧∧ |;;;;::iii|/゙
 ̄|| || || ||. |っ¢..|| ̄ (,, ) ナムナム |;;;;::iii|
|| || || ||./,,, |ゝ iii~ D ⊂ ヾwwwjjrjww!;;;;::iii|jwjjrjww〃
| ̄ ̄ ̄|~~凸( ̄)凸 .( ,,)〜 wjwjjrj从jwwjwjjrj从
>ハルカ
ハルカは日常生活自体には満足してるん?
あと、ハルカの心境って、芥川の「ある阿呆の一生」とか「歯車」の彼の心情に近い?
>あと、ハルカの心境って、芥川の「ある阿呆の一生」とか「歯車」の彼の心情に近い?
訂正。
「近い」というか、共感できる?
私はまだ低いスレにいます。また嘘をついてごめんなさい。
私は、理解不足でハルカさんと同じ地点に至っていないのだと感じたので、勉強しなおします。
自分の正しさを守るために、色々な人の言う真理に当てはめれば当てはめるほど
阿弥陀様や念仏は私にとって、喜んで信頼できるものではなくなっていきました。
結局私は、こんな私を育ててくれた両親が信じていたから、浄土真宗を信じるようになり
念仏を通して好きだった人やお釈迦様や親鸞様たちと会えるから、念仏を信じて行きたいと思っていただけです。
世界を肯定する考えはそこからの派生であって、私が自分で哲学して手に入れたものではありません。
生意気なこと言って、横槍を入れてごめんなさい。
>>214 Sさん
>カオルさんの思うままにお願いします−と書いたのは、カオルさんの批判を受けます、
>ということです。
わかりました。
でも、戦意を見事に挫かれてしまったのでもうしばらくお待ちください。
というか、レスは書いてあったんだけど(笑)・・・状況が変わったので内容も変えます。
(いい加減だー!)
>批判点の、神なきルサンチマンという無神論の立場についてと、
>自己自律における自律の適用については確認しています。いま考えています。
レスは書いてあったんだけど・・・はじめから書き直します。
>ちゃんと死にたい。
ボクもそう思います。でもどうしたらいいんだろう。
これを読んでレスを書き直す気になったのです。
わたし≠ヘ、虚存に回帰することで無に帰します。
わたし≠ェ無に帰するとは、わたし≠ェ存在しないというだけです。
わたし≠フ欠如のことを「死」と呼べるのでしょうか?
現存在≠ヘ、死ねたのでしょうか?
自己自律≠ヘ、在り続けるのではないですか?
>>215 Sさん
>いつかカオルさんのオムレツ食べたいな、なんて、、、
Sさんにならいつでも作ってあげますよ。わたしのでよければ。
>>216 >今はまだダイエットという感じで、徐々にという段階です。
Sさん・・・わたしSさんやハルカと話す資格あるのかしら?
わたし何も実践してない・・・牛丼食べてるし、お洋服に散財してるし・・・
個体化原理丸出しです。(^_^;)
>どうか余裕のある時だけレスしてください。
それだと、あと2ヵ月は確実に無理なのかなー。
みんな無理してレスくれるのにわたしだけ甘えられないよ。
でもしばらくゆっくりしてみようかな。
ゆっくりするってどういうことか、なんて考えないで。(笑)
>>221 ハルカへ
>御疲れ様でした。
>ユックリ…は出来ないかも知れませんが(苦笑)御自愛下さい。
いつもありがとう。ユックリの努力してみる。(^_^;)
>そうですよー(w
>『身体』と『精神』は『別の生物』ですからね。
>『【個体化原理】に忠実』って点では『身体』の方がより完成された生物かも知んない(苦笑)
そのうちこの辺も議論したいと思ってるの。(そのうちばっかりだね・・・ゴメンネ)
>>226-267 >ハルカは日常生活自体には満足してるん?
満足っつーか…
『こんなもんだろな』とは思ってますよ。
日常事なんて、何とか成るか成らないかのどちらかしか無いんだし(苦笑)
欲望に掻き立てられる事もあるけど、やはり『熱く』なり切れないんですよ。
『それがどうした?』って感じになってしまって。
>芥川の「ある阿呆の一生」とか「歯車」の彼の心情に近いというか、共感できる?
共感は出来ない事も無い。
何となく似てるなって思える所もあるし。
私とは思考の入口と方向性が違うと思うけど…最終的には似たようなモンに成るんじゃないでしょーか?(苦笑)
んで?
『それがどうした』の??(苦笑)
234 :
考える名無しさん:03/10/07 10:55
>>232 いや、たんにハルカの世界観に興味があったから。
もしかしたら哲学的に深いところを見てるのかと思ってさ。でも過去ログ読んでない。
ハルカの生の嫌悪感って、仮に最上の日常的な幸福全てがかなえられたとしても
ぬぐい去ることのできないレベルのものなのかと思った。
それで最初の質問をした。
過去ログ読むのめんどくさいので、俺の中でイメージする存在自体への嫌悪感として、
芥川の例を挙げた。ああいう感じかなと思って。
唯の横レスです。お邪魔、失礼しんました。。。
ああ、もう一つ質問していいかな >ハルカ
そういった嫌悪感って、経験上生まれてきたもんなん?
つまり、今までの経験から今の考えを導き出したのか、それとも、
小さい頃から直観的にそういう人生観だったのか。
>>218さん
絶対としての神抜きで自律を考えていましたが、それが問題となっています。
>>219 ハルカさん
視点が対照的な二つの論では、互いに相容れないのはわかっています。ですから
>>155の
ように両論併記に留めているのですが、議論を続ける以上は主張を忌憚無くぶつけます。
それもハルカさんを信頼しているからできることです。あと、カオルさんへのレスも参照してください。
繰り返しになりますが連関について・・
存在間の差異や時間・空間の隔たりは連関には無関係です。何らかの関係が(一度でも)
生じているということは互いの個体化形式のありようそのものを変化させるものであって
もはやどちらも切り離せないということ、その相互依存関係を連関というのです。つまり
関係=連関なのです。個体化形式の不連続性はあっても、連環として、連関としての不連
続性はありません。それがあるならその対象は世界内ではないし想定も認識もできないと
いうことです。
個体化存在者内の、個体化存在者間の関係など、個体化故に大なり小なりどの次元におい
ても一方的なものです。「ある」という共通基盤の上に成立した連環世界にあって、その
一方的な働きによって発信者も受信者(単に一対象だけでなく、連関世界そのものまで含
む)も変質してゆくこと。その切り離せない関係性が連関です。>『過去の関連性がある
』だけ、>『手前ぇらの都合だけで生んでんじゃねーよ!』、>『取替えの聞く部品の一
つ』、>『都合が良かった』、>『廃棄処分』・・・それらも全て含んで、この連環世界
がまさに連関して、今、ここに、存立しているということなんです。「わたし」は「あな
た」であり、「わたし」は「誰か」なんだよ。
>>220 ハルカさん
>【誰か】に対して持っている『怒り』や『憎しみ』−というのが、まさにルサンチマン
なのではないでしょうか?そして悟道の方法論はほぼ同意できても、そうした怨恨のよう
なものをも利用する貴方の志向にはどうしても疑問を持ってしまいます。
>>153、
>>173を
もう一度読んで欲しく思います。ボクは不条理を否定しているのではなく、それは誰のせ
いでもない自己言及であり、今、ここに、存立しているその事態(不条理)を自らのもの
という覚悟で対峙すること、その気付きを言いたいのです。はっきり言えば、これは
「誰か」を対象にお茶を濁していられるよりも、もっと厳しく、そしてどこにも逃げ場の
無い絶望的な認識です。>希望めいた事−など、実はどこにもないのです。駄々を捏ねて
いられる間は、まだ迷妄の中にあると思います。
>>220 ハルカさん
>貴方は、何故…何の為に…何を望んでるのでしょうか?そして、その動機は何ですか?
SHスレの頃から色々と書いてきましたが、今の想いを端的に言うと、
しっかり死んで、しっかり生きる、ということかな。
それが確立できた時に初めて肯定できる何かを掴める気がする。
〜の為にとか動機は〜だとか、経緯は多々あったけど、今は拘って書く気はしないです。
答えになってませんか?
自律の躍動の究極の果ても、自律の沈静の究極の果ても、まっさらになるのだろうなあ。
>>224 ハルカさん
お気遣い有難うございます。ボクの言動はハルカさん的には駄目ポなんだろうなぁ。
どうしたらいいでしょう、ハルカさん。
>>カオルさん
自己自律が全ての志向を活かせるように、というのは単純な理屈です。例えばハルカさん
の論のように相対価値否定のベクトルのみを是とした場合、生否定的な世界観となります
が、それでは現に生を無頓着に或いは頓着して受け入れている存在者の立場がない訳です
。勿論ハルカさんは多様な価値を認めていますが、それでは生否定的な世界観との整合が
とれない訳です。また、相対価値肯定のベクトルのみを是とした場合、生礼賛の世界観と
なりますが、これは前者の逆のことが言えます。だからどちらのベクトルも等価に置いて
認知したい。それを具現したい。それを等価に認知できた前提の上で、その相対的なあり
ようによって全ての志向は認知され、活かせるということです。
自己自律の中に絶対神を排除したのは、有神、無神、いずれにしても一方を否定してしま
う為、共通の世界観にならないからです。この世界において唯一貫かれる基盤、それは、
「ある」という存在基盤に立脚した「存在者」という共通の立場であり、それが唯一の絆
だと思うからです。しかしこれまでのボクの主張では無神的な立場に偏っていましたから
それは是正したいと思います。「存在者」にという共通価値の中で、有神、無神の攻めぎ
合いも包括され許容される、というのがボクの今の考えです。
自律の適用範囲の妥当さについてですが、自律について誇張した面があったかもしれませ
んので、修正しますと、
「ある」(存在)−「個体化」(現実在)の切り離せない形式にあって、
「ある」 は自律他律を越え出た絶対にして存在者の一如なる共通の基盤。
「個体化」は形式として対自個体の自律側面と、対他個体の他律側面の連鎖構造でありな
がら、切り離せない連関としての世界内としての「自律」に包括される。その
「自律」と、世界内を連関として見たてた「自己」、わたしはあなたであると
いう個体化の原理を看破した「自己」をして、「自己自律」と成す。
828さんの
>>49のレスのように、「自己」(世界内自己)と「運命」(自己到達点)には
乖離が無く、世界=自己は「自律」(の躍動と沈静を)して回転してゆくということ。
>>229 カオルさん
>わたし≠ヘ、虚存に回帰することで無に帰します。
>わたし≠ェ無に帰するとは、わたし≠ェ存在しないというだけです。
>わたし≠フ欠如のことを「死」と呼べるのでしょうか?
>現存在≠ヘ、死ねたのでしょうか?
>自己自律≠ヘ、在り続けるのではないですか?
相対価値否定のベクトル(自律の沈静)を突き詰めるなら、それは相対無である虚存を突
き抜けて、虚無という絶対無へ向うベクトルです。その認識にボクもカオルさんもハルカ
さんも乖離はないと思っています。ただ、どうしたらいいか?それがわかりません。
>>230 カオルさん
カオルさんの心のオムレツ−頂きました。今はお腹が満たされ、とっても心地よいです。
ごちそうさまでした。。。
>Sさん
なんでSさんの論に嫌悪を感じるのか、やっとわかりました。
ハルカの論は、わたしの死を励ましてくれているのにたいして、
Sさんの論は、それを真っ向から否定しているからです。
でも、Sさんの論がどうであれ、Sさんもハルカの道を歩みはじめたのだし、
その帰結は、狂人になるか、死しかあり得ないのだから、
そんなときに議論を交わすことに何の意味があるでしょう。
わたしにできること。Sさんが見事な死を迎えられることを祈るだけです。
わたしは、無も神も信じない。わたしの死だけを信じる。
だから、わたしには修行なんかいらない。ただ死ぬだけ。結論は出てたんだ。
____
/∵∴∵∴\
/∵∴/∴∵\\
/∵∴<・>∴∴.<・>|
|∵∵∵/ ●\∵|
|∵∵ /三 | 三| | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|∵∵ |\_|_/| | < 死ぬなんてナンセンスだぜ
\∵ | \__ノ .|/ \_ベイビー
/ \|___/\ 俺とハルカの結婚式に来てくれよ
│ ∴∵━━○━∴│
245 :
考える名無しさん:03/10/08 06:27
それよかハルカ!板設定議論なんてしてる場合か?
えらいことになってるぞ。
>>236 経験上…というか後天的だね。
あまり経験は関係無い。
実際、嫌悪感を抱く前には『世界中の皆が死んでも自分だけは生き抜いてやる』と思ってたし。
ほんもののかいか 偽者のかいか
世界中の皆がどこかに行って、一人だけ取り残されたらどうしようって
思ったことはある。
>>248勘違いじゃないと思う。死ぬって言うのは物騒だけど。
どっかのスレに書いてたけど、親とか友達とか皆悲しむよ。
ましてや消滅するなんて。するときは皆一緒にしたらいいじゃん。
駄目だったら、駄目同士在っていこうよ。罪でもなんでもないよ。
嫌じゃないこともある、ってだけで十分だって。
251 :
考える名無しさん:03/10/08 16:20
agetokimasu
252 :
考える名無しさん:03/10/08 16:29
考えすぎw
>>250 ここの連中はそんなことは百も承知なんだよ。最低でも過去ログ読んで来い。
責任もとれないヘタレのくせに善人顔して書きこむのはやめろ。
カオルはある程度、自分の病気を自覚してるようだが、
ハルカは自覚していないと思われる。
Sはまだ病気というほどではない。
私の対処法は正しかった
今先ためして利いた
教えてあげない
>>253君の言ってることは認めるけど、他に言いようがないだろう。
信じないかもしれないが、善人のつもりは全くないよ。
>>255教えてください。
>>256 全然関係ない人間だけど、よかったら
どうぞ
聞かせて下さい、いい事沢山知ってますよ。
【満たされない心を楽にする方法】
まずベットかなにかの上で仰向けに寝て、目を閉じてほしい。そして、
落ち着いたら
、自分自身に「私は何を求めているのか」と問いかけてみてほしい
おもいつかなくてもいい(私の場合はおもいつかない)、
このとき、無理をして思いつこう考えようとしないでほしい。
これで、少しは楽になったと思う(私の場合)。
次に、自分の手、足、ゆびのさき、足のつま先、に神経を集中させて、
つま先に至るまでの手足自身を感じようと心がける、骨があることも
感じようと心がける
そして同じ要領でこんどは自分のからだ全体(すみずみまで)に意識を
集中し、頭の頂点から足のつま先、指先までもれなく 全神経を集中させる。
自分の全部の骨を、自分の肺を、自分の全部の筋肉を感じようとしてほしい。
以上。
(ばかにしないでね)
260 :
考える名無しさん:03/10/08 19:20
age
◆5m18GD4M5g さんに教えてもらったことをする前に一言。
理解した振りはしたくないけど、過去ログは読んできたよ。
だって、真面目に読んでたら、何も言えないじゃん。
Sさんも大変だけど、ハルカさんやカオルさんに何て言えばいんだよ。
それでも言いたかったんだよ。俺はヘタレだけど、覚悟はしてるぜ。
このスレの奴が自殺するって言うんなら、俺もするし、
傷つけたのなら、何でもするよ。
>>カオルさん
ここで議論のチャンネルを繋いでいるということは、互いに意義があるからだと思うよ。
暫定の答えは常にあってそれぞれ日々選択し行為してる。でも議論の中に新しい可能性
を求めているから、トンデモ自己流のボクもここに居るし、利用できる価値があるから、
気遣いから、独りで歩けるハルカさんもここに居るのだと思う。カオルさんはどうっすか?
いつまでなんて誰も断言できない。でもボクはここでお待ちしています。カオルさんから
の滅多斬り、受けて立ちますよ。もちろんハルカさんに呆れられながら叩かれるのもね。
伊達じゃないっす。そこにボク一人では見出せない可能性を賭けていますから。前にも言
ったけど、その先に三人で納得できる道が見出せたらいいなって思ってます。
ボクもカオルさんの信念の貫き、ハルカさんの信念の貫きを祈ってます。ハルカさんもそ
うでしょう。それでさ、あとは可能な限りこの場で切磋できたら、もっと素晴らしいじゃ
ない?行けるとこまで行きたいな。行けるとこまで一緒に時間を感じていたいな。未来は
決まっていないから、貴方と精一杯交わりたい。弱腰になる時もあるけど、それは大目に
見て下さい。どうでしょう、カオルさん。
>>247 なるほどね。ありがと。
ハルカの考えは(よくわからんが)、哲学的に凄い深いところ見てる気がするなぁ。
ハルカは口が悪い嫌な奴だが、自分に頼ってくる奴は絶対に見捨てられない性格なんだろうね。
君もそう思うだろ? >S
>>皆様へ
いつもご叱咤ご心配かけて済みません。たまに死とか自殺とかという言葉が飛び交いますが、
真剣な志向の貫きの比喩であったりしますから、どうか大きな視点で見守りください。
そうした言葉に短絡して引きずられることなく、それぞれがそれぞれの志向を貫かれるなら
それは素晴らしいなと思っています。
>>263さん
あのさ、ハルカさんは口が悪い嫌な奴じゃないよ。その反対です。
あと、とてもやさしい方。
じゃ、落ちますね。
ああ、S君。すまんね。
俺も「口は悪い嫌な奴だが、実は・・・」と言いたかったわけ。
肉体労働系のおっさんでこういう人よく会うもん。俺好きだし。
紛らわしい書き方してスマンかったね。もう邪魔せんよ。ではさいなら。
>>カオルさん
>>239で>自律の躍動の究極の果ても、自律の沈静の究極の果ても、まっさらになるの
だろうなあ−と書きました。これは自律の沈静の究極の果てが相対無である虚存を突き
抜けて(カオルさんが無を否定し、ボクも見当もつきませんが、)絶対無を志向するよ
うに、自律の躍動の究極の果てが、カオルさんの言う純粋行為の発動(カオルさんの定
義の真の自律性)を突き詰めた志向、死の創造だと解釈しています。
無理だと言われるかもしれませんが、ボクが自律の躍動と沈静を等価に具現し認知する
に至ることで初めて自己自律が確立できると思っているのは、それでこそ個体化の原理
に強制された現象形式を克服できると思っているからだし、或いは好んで個体化の原理
に留まっているという自由意志も確立できると思っているからです。つまりどちらも同
時に具現したいのです。矛盾しているようですが、自律の躍動の究極の果ても、自律の
沈静の究極の果ても、実は等価ではないのか、と思っているのです。それが、ボクの
しっかり死んでしっかり生きる、ということです。
だから、ボクはハルカさんの論を受け入れて自己自律で言えば自律の沈静の究極の果て
を見ていますが、同時に、自己自律の自律の躍動の究極の果ても見ています。そして答
えはまだ出ていないと思っています。そしてボクの実践はまだ入り口の準備段階です。
こんなことを書くと益々ハルカさんに呆れられてしまいますが。。
だからカオルさんとの議論はボクにとって必要なんです。だから貴方と精一杯交わって
道を見出したいのです。駄目ぽですか?それともカオルさんはもう独りで歩いてしまう
のでしょうか。もちろん貴方の志向を尊重する次第なのですが。。。
あとはここで静かに貴方をお待ちしています。S
ごめんなさい。もうこのスレの邪魔はしません。
Sさんも好き♪チュッ♪
269 :
考える名無しさん:03/10/10 05:01
お〜いSちゃんよ、ハルカがあんたなんか雑談だとよw
508 名前:ハルカ ◆0tZOcyVq86 :03/10/10 04:57
474 名前:ハルカ ◆0tZOcyVq86 [] 投稿日:03/10/10 04:34
>>469 だから認めたらなんなのさ?
言ってるでしょ?
>でも、罪悪感というか…そんなんがあるからsageでやってる。(
>>439)
ってさ。
『正統派(?)哲学』からしたら邪道も邪道、本人達は真面目でも『雑談と取られる』事も分かってるよ。
それに、そこら辺のレスはSさんの息抜きでしょ?
スレ全体じゃないし。
コレ↑で認めてんだけど<雑談コテ
粘着ご苦労様(苦笑)
s ク ン や ら な い か ?
>>258 それ、自律神経訓練の為の自己暗示法と何処が違うの?
S>>>>>超えられない壁>>>ハルカ>>>>>>>>カオル
〜〜〜転載〜〜〜
571 名前:スレ立て頻度調査報告[] 投稿日:03/10/10 18:17
■懸案となっているS氏のスレについて
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1063709757/l50 ざっと過去ログを読んだところ、このスレはショーペンハウエルスレから派生し、実存哲学等を
織り交ぜながら独自の論理を展開し、批判し合い、思索を昇華させて来ています。雑談どころか、
テキストをなぞるような窮屈な哲学議論を越えた、十分評価に値する哲学議論スレだと判断します。
しかもスレを責任を持って誘導し、乱立もせず消化していること。十分に議論スレとして機能して
いながら、S氏が私的認識、私的感情と謙遜してsage進行をしていること。優良なスレ運営の見本
と言えるでしょう。時折交わされる私的会話は円滑にレスを進める潤滑程度のもので、これをもって
ネタ雑談とすることは酷い中傷でしょう。むしろS氏がsage進行しているのは、粘着荒らしを考慮
してのもののように見えるくらい、常時粘着性の荒らし行為が観察されます。しかも冷静な対処
も随所に観察され、評価に値します。
ハルカ氏も謙遜を込めて「雑談と判断される場合も」と発言したかと推測されますが、ハルカ氏も
参加しているS氏のスレは哲板では稀有な優良運営かつ十分な哲学議論スレであると自信をもって
欲しいところです。
〜〜〜以上〜〜〜
お褒め頂きました。
スレ主に成り代わり感謝致します。
有難う御座いました。
俺も良スレだと思うけどね。哲学の基本はダイアローグだし
このスレを良スレとは呼び難い。
このスレは、S氏がいることで、かろうじて
哲学板のスレとして成り立っている。
S氏が、板違い発言を繰り返すハルカ氏の暴走を
なんとか食い止めているという感じ。
いずれにせよ、S氏、ハルカ氏、カオル氏の3人とも
哲学初心者のようで、
とくにハルカ氏は哲学用語を知らないからなのか、
勝手な用語を量産しているのは、いかがなものか。
>ざっと過去ログを読んだところ、このスレはショーペンハウエルスレから派生し、実存哲学等を
>織り交ぜながら独自の論理を展開し、批判し合い、思索を昇華させて来ています。雑談どころか、
>テキストをなぞるような窮屈な哲学議論を越えた、十分評価に値する哲学議論スレだと判断します。
すべて誤りw
どこで「実存哲学」についてまともに語られてる?w
「思索が昇華」?w ずっと平行線のままだろw
「窮屈な哲学議論を越えた」?w
「越えた」っつうのは、まともな哲学議論ができる人にしか使えないのw
こんな文を得得と引用するほうも恥ずかしいが、
引用されたほうも恥ずかしい思いをしたなw
>>239 (>>Sさん)
…なぁんか、言っては悪いのですが『自分でも理解しきってない主張を続けている』ような。
改めて聞きます。
貴方の言う『自律』とは何ですか?
『自律』と『自律ではない』(あえて『他律』とは言いません)の『境界線』は何処にあるのですか?
>…なぁんか、言っては悪いのですが『自分でも理解しきってない主張を続けている』ような。
失礼な書き方だね。
人に不快感を与える書き方であることがわからない?
…なぁんか、言っては悪いのですが『質問する資格ないよ・・・』。
>>279は、今までのハルカのレスから考えると、なんかシラジラシくて不自然だょ。
ハルカはレスが止まったから、レスをつなげる為に現れただけじゃないの?
きっと、このスレが廃スレになると困る理由が何かあるのょ 〔爆笑〕
>>279 端的に連関世界内に境界はありません。(
>>240参照)
でもね、一方でハルカさんの視点も否定してはいないのです。だから
>>155のように
等しく併記しているし、カオルさんともハルカさんとも、もっと語り合って納得の
いく道が見出したいのです。
現在、鯖規制を受けて書き込みの継続が困難です。カオルさんがどうなさっているのか
とても心配です。どうかハルカさんとだけでも会話を継続してください。まだ宿題は
残っていると思います。ハルカさんもどうか宜しくお願いします。
>>282 >>Sさん
鯖規制ご愁傷様です。
でも今は規制解除もスピードアップしてますので、早く解除される事をお祈りします。
>端的に連関世界内に境界はありません。
いや、そうでなくて…
貴方の言う『自律』ってのは一体どんな状態を指しているんですか?、と。
言ってみれば『生存しているだけで即自律』としているのか、それとも『自律には何らかの条件がある』のか…
>>283 240読んだのか?〔苦笑〕
>「ある」(存在)−「個体化」(現実在)の切り離せない形式にあって、
>「ある」 は自律他律を越え出た絶対にして存在者の一如なる共通の基盤。
>「個体化」は形式として対自個体の自律側面と、対他個体の他律側面の連鎖構造でありな
> がら、切り離せない連関としての世界内としての「自律」に包括される。その
> 「自律」と、世界内を連関として見たてた「自己」、わたしはあなたであると
> いう個体化の原理を看破した「自己」をして、「自己自律」と成す。
>>284 読んだからこそ、だよ。
余計に分かり難い。
存在=即自律存在 なのか
個体化原理を看破した存在=自律自己 としているのか。
>個体化の原理を看破した「自己」をして、「自己自律」と成す。
意味明瞭〔苦笑〕
>>286 うん。そう書いてあるのは知ってる。
だけどね。
そう書いてあるからこそ、その『看破』ってのが問題。
何を指して『看破』と言うわけ?
『個体化原理』を知れば『看破』?
そんな単純なもの?
じゃあ、そもそもの『自律』って何さ?
288 :
考える名無しさん:03/10/18 03:19
だ・か・ら、『自律』って何?
そもそも、『律』って何よ?
289 :
アルプスの少女 ◆RCJ6QTGTEE :03/10/18 03:50
笑ってあげる
作詞・作曲:真島昌利
裸足になって 座禅を組んでも
結局何にもわかりゃしないだろ
日々の煩悩の中で気付かなきゃ
結局何にもわかりゃしないだろ
裸になって 滝に打たれても
結局何にもわかりゃしないだろ
日々の煩悩と欲望の中に
しっかり確かな手応えがあるぜ
キミは笑われたことがないんだろ
笑ってあげる
眉間にしわを寄せてるキミを
笑ってあげる
苦行の果てには 何が見えたんだ
難行の果てに 何が見えたんだ
キミが偉そうに 言ってることなど
しっくにオレは 気付いてるんだぜ
キミは笑われたことがないんだろ
笑ってあげる
眉間にしわを寄せてるキミを
笑ってあげる
290 :
考える名無しさん:03/10/18 04:56
ハルカたん(;´Д`)ハァハァ
>>ハルカさん
鯖規制は昨日解かれたのですが、ちと多忙だったもので、、、(^_^;
お気遣い有難う御座いました。
連関世界の成立即=世界内「自己」としての「自律」の成立ですが、
形式として成立していてもその「気付き」がなければそれは個体化形式に縛ら
れたまま無頓着であったり、頓着しても個体化形式に囚われて他律的な連鎖と
捉えることになります。
個体化の原理の看破と一口にいうのは簡単ですが、
>>240で書いたように、
>「自己」(世界内自己)と「運命」(自己到達点)には乖離が無く、
>世界=自己は「自律」(の躍動と沈静を)して回転してゆくということ
個体化の現象形式を超えてそうした乖離のない認識に達しなければ看破は成し
得ないと思います。乖離した瞬間から、その者にとって世界は不条理を押しつけ
られた他律的な連鎖の認識へと逆戻りします。
頭で理解することは簡単ですが、個体化という現象形式下にあってそれを実感し
実践すること、そうした「気付き」は容易いものではないです。
参考までに以前SHスレから引用した文をもう一度載せておきます。
すべての他人を常に非我と見る人、それどころか結局は自分一身だけを真の実在
とみなし他人を幻影としか見ない人、言い換えれば他人を自分の目的にとって手段
となりうるか対立するものであるかという限りで相対的存在としてしか認めず、自
分とあらゆる非我との間に計り知れない区別・深い裂け目を感じる人、更に言い換
えれば専ら自分一身においてのみ存在する人は、死というものを自らの存在と共に
全存在・全世界もまた滅亡するものだとみなす。
これに反してすべての他者の中に、それどころか生きとし生けるものの中に自分自
身の存在を、自己そのものを見る人、それ故に自分の現存在が生きとし生きるもの
の現存在と溶け合っている人は、死によって彼の存在のごく小部分を失うに過ぎな
い。彼は死んでもそこに自分の存在と自己とを認め愛してきたすべての他者の中
に存在し続ける。そして彼の自意識と自分以外のものについての意識とを区別し
ていた迷妄は消滅するのである。
A.ショーペンハウアー 倫理学の二つの根本問題 道徳の基礎について
>>カオルさん
どうしていらっしゃるのでしょう?心配です。
といっても実はこちらも少々やっかいな事態に巻きこまれていつまでレスできるか
ちとわからない状態ですが、、、(^_^;
もう一度レスを交わしたいです。このままフェードアウトじゃ悲しいよ。
ネットの世界は寂しさが宿命だから、その悲しさは我慢しよう、Sさん。
カオルさんはただ書き込んでいないだけで、見てはいるはず。
背後の大勢も含めて、
カオルさん、言の葉、言の端についてようやく実感できましたよ。
・ ・
いわゆる、「端的に言って〜」
これでございますね、これに気づいたときちょっと感動しました。
言葉はすべてを言い表せない、部分的に限定してでないと
何も語ることはできないということ。語り部の背後にある本体をはかることが
我々にとって正しい認識である。
>>291 Sさん
…何か、もう…開いた口が塞がりません。
何でここまで来て、結局ループするんですか?
ハッキリ言って、過去貴方が主張していた事と全く同じじゃないですか。
とてつもなく長い道を歩きはしたが元の場所に戻ってきた…そうとしか見えません。
他スレである人へ言ったのと同じ台詞を捧げます。
>『イメージを受け入れる』ってのは極論すれば『気の持ちよう』と何も変わらないじゃない?
>そんな『気の持ちよう』『考えの転換』では『実際に感じている苦』を滅せられないからね。
>>295 ハルカさん、『苦』を滅せるなどとどこに書いてきたでしょうか?
これまでも繰り返して来ましたが、2つの提示案の違いは視点の違いであり、
それを他律的なものとして対峙するか、自律的なものとして対峙するか、ということなのです。
ボクはね、ご存知のように他律的な視点から出発し、批判を受けて自律的な視点をも見出しました。
しかしどちらが、とはやはり断定はできません。ですから
>>155のように併記しているのです。
如何にして苦と対峙するか、それが基本なのです。
<二つの提示論の比較>
[共通点]
上位下位に想定される連環なる(出口のない)世界
世界における「ある」という存在基盤。
脱却=個体化の原理の看破・個体化の原理の脱却=悟道=「ある」への接近、帰順。
[相違点]
ほぼ共通した認識である連環なる世界をどう捉えているのか。視点の違い。
A[ハルカ論]
連環世界は上位互換の入れ子関係の世界である。
連環世界を不条理な連鎖構造と見る。(一方的な利用−他律的な連鎖)→嫌悪
生命体個々の自由は認めるが、それすら不条理構造下の限定に過ぎない。
不条理の根源は個体化の原理である。
現存在の選択
1 無頓着なままでいる。諦めて受け入れる。
2 抵抗する(脱却を試みる)
B[自己自律]
連環世界は相互依存の連関関係の世界である。
連関世界を自己到達・承認構造と見る。(攻めぎ合う繋がりとしての自律構造)→気付き
生命体個々の自由が限定されているのは個体化ゆえで、世界内としての自律に還元される。
不条理とは自己到達点を指した自己言及の迷妄である。
現存在の選択
1 自律の躍動 個体化世界での相対的価値肯定のベクトル
2 自律の沈静 個体化世界での相対的価値否定のベクトル
(A1はB1に、A2はB2に対応しています。)
>>296 Sさん
貴方は…(苦笑)
>これまでも繰り返して来ましたが、2つの提示案の違いは視点の違いであり、
>それを他律的なものとして対峙するか、自律的なものとして対峙するか、ということなのです。
だから、コレは『生の無条件肯定』から外れただけ。
要は『無条件に肯定するのでは無しに、何かしらの【肯定可能要素】が無いか探して出した結論』でしかない。
結局は『生命そのものへの嫌悪・疑問』ではなく『生の肯定』という立場から一歩も動いていないって事。
貴方の言ってる事はこんな事ですよ。
『生命の根本には【苦】が在るのは分かったが、その【苦】と対峙した上で尚の事生きる為の論が出来た』
>如何にして苦と対峙するか、それが基本なのです。
まだ、そんな事言っているのですか?
『生命への嫌悪』も『疑問』も『本心では持っていなかった』事の告白ですか?
>>298 ハルカさん
どうしてそのようなことが言えるのでしょうか?
ハルカさんはボクが何故自律の躍動と沈静のベクトルを等価に置こうとしているのか、
もう一点、ボクが何故実践段階に入っているのか、どう捉えているのでしょう?
仮にハルカさんがボクの抜け殻の骸を目撃したとして、
どうして自己自律などという『無条件に肯定するのでは無しに、何かしらの
【肯定可能要素】が無いか探して出した結論』を出しながら、こんなことになったのか?
『生命への嫌悪』も『疑問』も『本心では持っていなかった』のにと侮蔑するのでしょうか?
>>299 Sさん
貴方は『生命レベルの視点』で見ている。
私は『メタレベルの視点』で見ようとしている。
あれだけ論を交わしてきたのに『自律自己がどーたらこ-たら』と言っているのは貴方が留まっているから。
私は繰り返し言ったでしょう?
『【生命】という限定枠の中では【自由】だし【自律】している』と。
>>301 ハルカさん
A連環世界は上位互換の入れ子関係の世界である。
B連環世界は相互依存の連関関係の世界である。
A連環世界を不条理な連鎖構造と見る。(一方的な利用−他律的な連鎖)→嫌悪
B連関世界を自己到達・承認構造と見る。(攻めぎ合う繋がりとしての自律構造)→気付き
A2 抵抗する(脱却を試みる)
B2 自律の沈静 個体化世界での相対的価値否定のベクトル
捉え方が対照的なだけで、すべて同じレベルのことなのです。
おしえて、、、ハルカさん。
貴方はボクの抜け殻を指して『自律自己がどーたらこ-たら』と呆れるの?
どうして自己自律などという『無条件に肯定するのでは無しに、何かしらの
【肯定可能要素】が無いか探して出した結論』を出しながら、こんなことに
なったのか、『生命への嫌悪』も『疑問』も『本心では持っていなかった』のにと侮蔑するの?
ねぇ、おしえて、、、ハルカさん。。。
>>303 ハルカは、Sがハルカ教信者だと思い込んでたのだろう。
信徒に裏切られた思いなんだろうな・・・
つまりメタレベルの私を、自己存在である私に制御できる。
飼いならすことができる、だます事ができるとSさんは考えているんでは?
そういう解釈でならそれほど間違ってるとは思わないけど。
ハルカは対峙する姿勢に反発を覚えているんだろうね。
ちなみにハルカは好奇心の反対を嫌悪ととらえているのだろうか?
つまりメタレベルと同レベルにいる自分だから生命への嫌悪を持つことができると
俺はそうは思わずにだね、反対は恐怖ではないかと思うんだ。
嫌悪はマイナスの意志
恐怖はゼロへの帰納、つまり無意志、だと思うんだ
また好奇心は、絶対値としての意志とね
嫌悪はようするに形を変えた意志なんじゃないかってさ、そう思うわけだ
俺はね、この恐怖にはどこまでも底というものがないんじゃないかって思ったりするわけ。
ハルカはたぶんその怖さに対して免疫があるから、嫌悪を覚えやすい状態にあるんだろうけどさ
しかしそれって生命の闘争状態とは言えんのか。
あんたらの言葉をざらっと拝借させて頂いて書いたから、もともとの言葉の意味合いがずれてたら許してくれや。
>>305 >つまりメタレベルの私を、自己存在である私に制御できる。
>飼いならすことができる、だます事ができるとSさんは考えているんでは?
>そういう解釈でならそれほど間違ってるとは思わないけど。
そう。間違っちゃいない、が…
そういう事を言える自体が『生命というものに対しての無条件肯定が無意識に在るからこそ』だと言うの。
そもそも何の為に『制御』するの?
何の為に『飼いならす』の?
何の為に『騙す』のさ?
全て【生存】という唯一の目的の為でしょうが!
だからこそ『一歩も動いてない』と言うし『嫌悪も疑問も抱いていない事の告白』と言うのさ。
>ちなみにハルカは好奇心の反対を嫌悪ととらえているのだろうか?
『好奇心』というのを『対象への接近衝動欲求』とすれば、反対は『対象からの離脱衝動欲求』=『嫌悪』となる。
まぁ、実際『好奇心』というのは『好意』の極々小さいものだし。
>俺はそうは思わずにだね、反対は恐怖ではないかと思うんだ。
>恐怖はゼロへの帰納、つまり無意志、だと思うんだ
それは違うよ。
『恐怖』という情動の根本に在るのは何だか分かる?
それは『外部刺激よりの【自己同一性】の維持保存欲求』なんだよ。
肉体にせよ精神(価値観、自我、記憶、等)にせよ『外部刺激により強制的に変更される事』への抵抗。
それは『死』からの逃避。
つまり『生を肯定する』もしくは『死を敵視する』という『価値観』が在ってこそのものなんだ。
よく『幸せすぎて怖い』と言うじゃない?
あれはね…『外部状況によって自らが保持してきた価値観(幸せにはなれない、幸福は長続きしない、等)が変更される事への抵抗』って事なんだよ。
>もともとの言葉の意味合いがずれてたら許してくれや。
うぃ。ずれて当然。
過去ログはまだ読めないものも有るし。
>>303 Sさん
上記の
>>306でも言ったけどね。
貴方の今の根本が『生の肯定者』なのさ。
『疑問者』でも『嫌悪者』でも無しに。
そもそも、何かしら理由を付ければ消える嫌悪なんて単なる『嗜好』だっての。
これにより、貴方の過去の発言が『その場に合わせるだけのものだったのでは?』という疑惑が出ます。
だから私は貴方に対して『冷笑』を返します。
『全く話を聞いちゃいなかったんだな』という、ね。
>>ハルカさん
305さんはボクの考えではないですよ?
>何の為に『飼いならす』の?
>何の為に『騙す』のさ?
>全て【生存】という唯一の目的の為でしょうが!
>だからこそ『一歩も動いてない』と言うし『嫌悪も疑問も抱いていない事の告白』と言うのさ。
そんなことはこれまでひとつも述べていません。
貴方はボクが個体化の原理を看破し、その先に個体化の原理を脱却しようとしている
実践段階に入っているのをご存知でしょう?
貴方はその実践、或いはその先にあるかもしれないボクの抜け殻を指して
『自律自己がどーたらこ-たら』と呆れるの?
どうして自己自律などという『無条件に肯定するのでは無しに、何かしらの
【肯定可能要素】が無いか探して出した結論』を出しながら、こんなことに
なったのか、『生命への嫌悪』も『疑問』も『本心では持っていなかった』のにと侮蔑するの?
ねぇ、おしえて、、、ハルカさん。。。
嫌悪、不条理が消えるなどとどこに書いてきたでしょうか?
不条理が自己言及として還元されてしまうというのはね、もはや誰のせいにも出来ない
厳しい認識なのです。自己自身が苦そのものを引きうけねばならない逃れられない認識です。
>>308 Sさん
>>305は貴方と別人だと分かっていますよ。
ただね、
>>305にある解釈でしか解釈出来ないのさ。
貴方が未だに『自律自己がどーだ』『個体化原理の看破がこーだ』と言っているのを見ると。
違うんなら言うてみ?
そもそも『【生命】という限定枠内でなら【自由】だし【自律】している』って何度も言ってるのに。
何で『自律自己』なんぞにソコまで拘るのさ?
前に言いましたね?
『生命という形態でしか存在出来ない我々が自律などと言っても絶対に在り得ない』と。
>>ハルカさん
ハルカさんの論と自己自律の論は、苦を
無根拠に押しつけられた不条理の他律的連鎖と見るか、
連関として今、ここ、に成立している逃れようの無い自己言及として見るか、
捉え方の違いに過ぎず、苦は何も変わらないのです。
拘る理由は個体化の原理そのものと純粋に対峙する為。「誰か」を言及するまで
もなく、すべて自己自身に返ってくることを認識する為です。
そしてボクに対する貴方の解釈が正しいとするなら、
何故ボクは個体化の原理を看破し、その先に個体化の原理を脱却しようとしている
実践段階に入っているのでしょうか?と問いたくなるわけです。
一旦落ちます。お仕事乙です。
>>311 Sさん
…本当、いい加減になさい。
>連関として今、ここ、に成立している逃れようの無い自己言及
こんな事が言えるのは(カオルさんの言い分じゃないが)『神無き視点』ですよ。
私から言わせてもらえば『高々人間如きちっぽけな存在が何を』と唾棄すべき発言ですよ、それ。
まさか、【生命】が存在の頂点だと自惚れてるんじゃないでしょうね?
そもそも【誰か】も関係しないならば、この【苦】は何故有るのです?
【生命】が【生命】たる形状を有した際に、何故【苦】など感じなくてはならない【存在】になったのです?
『【苦】を感じさせる現象』はあっても、それを『【苦】と感じない形態として存在』しなかったのは何故?
貴方の言っている論には…
『【生命】への嫌悪・絶望・疑問』は感じられません。
正直な話。
(連関について)
存在間の差異や時間・空間の隔たりは連関には無関係です。何らかの関係が(一度でも)
生じているということは互いの個体化形式のありようそのものを変化させるものであって
もはやどちらも切り離せないということ、その相互依存関係を連関というのです。つまり
関係=連関なのです。個体化形式の不連続性はあっても、連環として、連関としての不連
続性はありません。それがあるならその対象は世界内ではないし想定も認識もできないと
いうことです。
(個体化の原理について)
>>147でも少し書きましたが、個体化の原理とは本来は、現象世界の時間・空間の形式に
よって生まれる差異が個別の存在形態を発生させているということと、個体化性質の維持
・展開という二つの基本原理に基づく全存在に貫かれる現象の形式だと理解しています。
その各々の個体化形態の視点から捉えた原理が、例えば人間について言えばハルカさんや
カオルさんが列挙したような諸条件として顕れてくるのだと思います。だから人間原理と
そうでない形態の原理が違うのは容易に想定できますし、しかしそれは個体化の原理の各
特殊形式でしかないです。
(嫌悪について)
「誰か」の話の発端で、牛が搾乳されたり肉にされる比喩をハルカさんがした時、ボクは
我々人間が利用(搾取)される被害者であると同時に利用(搾取)する加害者でもあると
指摘しました。それは全ての連関者に言えることであって、カオルさんのフォローのよう
に自身への自己言及と理解しているなら、嫌悪は一対象に過ぎない「誰か」へは向かない
はずです。そしてそれが全生命への嫌悪に向けられても、その根源が個体化の原理にある
と看破するなら、
>>153は理解されるはずです。連関についても、一方的な利用と断ぜら
れるということは、連関の意味を捉えていないように思います。そしてそれらが、理解し
ていながら脱却の為の補強として根拠づけているのだとするなら、それこそ本道を逸れる
迷妄にしかならないと思います。
誰かが関係しない、生命が存在の頂点だ、、、
いままでそんなことを言ったことがあるでしょうか?
ボクに対する貴方の解釈が正しいとするなら、
ボクが個体化の原理を看破し、その先に個体化の原理を脱却しようと実践する必要なんてないじゃない?
これでほんとに一旦落ちます。
>>314 Sさん
はぁ…また繰り返すのですね。
私が何を言ってるか分かってます?
もし、貴方が
>>314のまま動かないのだったら…
それでいいでしょ?今のままで。
何もわざわざ『個体化原理の脱却』なんて方向を志向する事ぁ無いでしょうに。
連関についても貴方は見えないものはアポケーしてるんでしょ?
だから、カオルさんにも『先ず考えるべきは【生命】の存在意義』と言われるんです。
そもそも
>>314では『何故【生命】が誕生したか』が分からないではないですか。
仮に『【生命】の誕生は偶然』と言うなら尚更。
『個体化原理の脱却』なんて方向を志向する事ぁ無い。
【生命】の発生が偶然なら『個体化原理』も偶然。
だったら、逆らっても何の意味も無し。
でしょ?
とっくに分かりきった事(【苦】は不可避)を【生命】視点で書いているなら…
そして、【生命】視点から一歩も出れずにいるなら…
もう何も言う事ぁ無し。
『自由に』生きて『自由に』死んで下さいな。
う〜んこれじゃ眠れないよ〜
上位の造物主(誰か)を想定して理由は還元できるわけですよ。(ハルカさんのようにね。)
しかしその連鎖構造が上位下位に延長されることをも見切れば、そこに個体化の原理に支配
された対象が現象しているだけであること、つまり苦を与えた「誰か」もそのまた「誰か」
も我々も、その原理に支配されていることが=苦の根源であると認識されるはずです。
あと、「生命」だけの視点でない、貴方の論と同じレベルで対比させていることは、
>>297で明白にしてありますが。。。
>何もわざわざ『個体化原理の脱却』なんて方向を志向する事ぁ無いでしょうに。
って、、、そうじゃなくて現に誰に強制されるでもないのにボクが個体化の原理を
看破し、その先に個体化の原理を脱却しようと実践段階にはいっていること、を
どう説明できるのか?貴方は人を決めつけるが貴方にボクの想いがわかるのですか?
と問うているんです。
>>315 Sさん
理由?さて…ねぇ。
そもそも貴方が何故『個体化原理よりの脱却』という志向性を持ったか謎だし(苦笑)
悪意に解釈するなら『個体化原理=悪という単純な価値判断の元の志向』となりますが。
流石にここまで愚かではないでしょう。
って事で『不明』としておきましょうか。
そうかやっぱり意味合いが違っていたか
思うんだがあんたの嫌悪って憎悪に近いとものじゃないかと思っていててね
また俺の解釈でいくと生命への嫌悪の反対は愛情なのさ
つまり感動することよ
あんた感動できない身体になってんだろ
あんたの状態はそういうことなんだろうな
それじゃあんたと同類なんてめったにいないと思うがね
あーと言っておくがただ、感動を
モラトリアムな無反応を指して言ってんじゃねえからな
8行目は無感動ね
>>320 感動は出来るよ。
すぐ冷めるが。
と言うより『こんな感情も結局は生きる為の燃料になるんだな』と思うと維持してられない。
全てが【生存】という一点に集約していくから。
常に疑問が湧くよ。
『こんな感動までして生きる事に何の意味が有る?』と。
何で俺が純粋意志の二つに好奇心と恐怖の二つを出したかというとね、
子供ん時のことを思い出すと、この二つだけが自然な感情として
あったよなあと思ってね。お化けとか知りたいけど、怖いってそういう気持ち
あったじゃない。そういう根拠で、好奇心と恐怖を出したわけ
で嫌悪とか憎悪や疑問ってさ、子供のころそんな気持ちあんまりなかったような気がするわけよ
まあまったくなかったといったら嘘だけどさ、記憶をさかのぼればさかのぼるほど
好奇心と恐怖だけの記憶のような感じしてよ
ああそうか俺のいう恐怖を不安と置きかえたほうがたぶん正確なんだよな。
それでもいいぞ、俺の言っている意味がなんとなく伝わんなら。
あーなんか言ってることがまとまってないな
純粋意志については俺もまだ考えちゅうなんで違っていたらスマソなんだけど
説明するとな、まあ一番最初の自分はなーんも知らないわけじゃん。
だから一番最初の自分というものが何かに出会ったときのことを考えたとすると
そのときの対象への気持ちは純粋な意志だと定義できるわけ、まあ俺はそう思った。
そうするとあんたの文の、対象への欲求衝動ほにゃららーの前に
未知のって前置詞を付けちゃったほうが俺には都合がいいわけ
「未知の対象への衝動欲求の状態はどんな反応か」とね
とすると、愛情とか疑問とか、憎悪、嫌悪、好意なんかは排除されてしまうわけよ
なぜならそれは既知のものへの感情だから
とすると未知のものへの感情はなにかと言うと好奇心と恐怖(不安)なんだわな
まあこの二つって漠然としたものだからさ、俺の中ではすっきりしてまとまっちゃたんだね
だから俺はこの二つを純粋意志ではないかと思っている。
で、この二つは純粋意志なんだからメタレベルの意志としても尊重できるんではないかなと。
メタレベルになるとあくまで仮説としてしかできないんだがね
>>ハルカさん
正直言うとね、さすがにこちらも限界来てます。
>>319にしたところで自分で何も
理解していないといいながらまた自己本位の憶測。「自己自律」の論にしても貴方
の尺度で決めつけるだけで何も理解していない。
>>317の>見えないものはエポケ
ーしてるんでしょ?とか>仮に『【生命】の誕生は偶然』とか>とっくに分かりきった
事(【苦】は不可避とか、未だにそのような勝手な突っかかりを繰り返していること
自体、その都度貴方に同じことを何度も説明してきたことが徒労に思えます。貴方
は自分の無理解を棚に上げ、自分の価値基準から一歩も出ないまま、他者を馬鹿
者呼ばわりできたり呆れたなどと平気で繰り返していますが、すべては貴方自身
に返ってくることだと知ってください。これまでの言動から、貴方は今ここに存立して
いる自己や世界、連関の意味を迷妄に囚われて理解できないまま、駄々を捏ねて
当たり散らしているだけです。駄々っ子でも当たり散らす対象が自己言及と気付け
ば、自省して独りで歩き始めるものですよ?現前する不条理は貴方自身に内在し
同時にそれなくしては貴方は存在すらしていない、脱却を試みられるのもその位置
からでしかない、、、そうした自己言及にね。 (続く)
貴方は自身で宣言しているように、結局は疑いの余地ない自説を押し進める為に
他者を利用しているだけ。貴方の嫌悪する「誰か」と同じです。そうした貴方の関係
仕方自体が嫌悪で見られ更なる嫌悪を生み出す自家撞着であることに気付いて
欲しく思います。粘り強く対応して来ましたが、貴方自身に自己を懐疑する姿勢、
議論の姿勢が無い以上、これ以上の進展は望めません。せめてこれまで交わして
きた互いの批判点を活かしたいものです。既にカオルさんは最初から答えが出て
いたという、神も無も信じないという自分の立場を明かして去っていきました。これ
まで3人で互いの至らない面を補完し合いながらここまで来れましたがそれも潮時
なのでしょうね。
3人の完全に一致した道などは見出せないとボクは思いますが、苦を認識し脱却
への真剣な志向を貫く意味においての共通理解、その上でそれぞれの道を認知し
歩むことが出来ると思って来ました。だからこそ認識仕方や実践仕方の違いをぶ
つけ合い消化し吸収することは有意義であり、それは可能なのだと思って来ました。
それもここらが限界に思います。交わした言葉、到達した認識は、あとはそれぞれ
の実践によって補完されるのみ。ボクもカオルさんに約束したように、最後まで諦め
ずに実践に専念します。もう独りで歩けると宣言したハルカさんなら、他者を利用
するなどという失礼はもう止めにして、どうか道をお進みください。この場での不毛
な循環はそこで厳格に確かめられるでしょうから。
ここでボクのレスも一段落つけます。
長い間お世話になりました。貴方が「楽」に至られんことを切に願っております。 S
Sさん怒ってんのね
かわいそうだねえ、なぐさめてあげるよ
よしよし
327=◎
Sクン、ハルカ、カオル、乙枯れですた。幕引きは僭越ながらワタクシが。
****************************これにて終了*****************************
ハルカさんは何のお仕事をしてらっしゃるのですか?
(たずねちゃだめかな〜)
こんな形でスレがはっきり終わったのって初めて見た。
乙
俺はハルカにメタレベルの話をもっと聞きたかったんだがね
ふぅ、とうとう終わったか。いやこれからが始まりかw
ジェットコースター並みの目まぐるしい展開が楽しかったよ。
また逢えるといいねw
乙 >S、ハルカ、カオル
このスレは終了しても、別スレでのみなさんの活躍を期待しています。
>サラダさん
ハルカを誤解しないでください。
わたしがサラダさんに言いたかったことを
スレを去るわたしへのはなむけに代弁してくれたのです。
そういう内容ですから。ハルカはそういう人なんです。
わたしは弱いからハルカのようには死ねなくても死ねてしまう。
でもサラダさんの苦はわたしより深刻かもしれないけれど死ねない。
なぜならサラダさんの場合は、
個体化原理(パッケージ)からの脱却 = 苦からの脱却、でないから。
ハルカの言葉は苦からの脱却を志す者への言葉なのです。
だからハルカは安心してSさんにレスしてるのです。
ハルカの強い意志と嫌悪の情は解脱への階段を一気に駆け上がるための原動力です。
虚存を突き抜けるには虚存をめざすなら邪魔であるはずの意志と情が必要なのです。
勿論さいごには意志も情も思考もどこかへ消え去っていくのでしょうけどね。
・・・・と、わたしは受け取っています。
なぜならわたしはイデアには何度も行っていますが・・・・(笑)
イデアを超すには【私】の沈静が無意味なことは確かだからです。
イデアとしての存在と存在論的差異としての存在との違いをうまく表現できません。
>ハルカへ
いつもやさしくしてくれてありがとう。
>イデアとしての存在と存在論的差異としての存在との違い
興味深いテーマだ。
そうかい、じゃあ俺がお前らの生前葬をしてやるよ。
いつかしんねえけどいつかどうせお前ら死んじゃうんだ。
でねえとこのスレから急にいなくなったら、お前ら死んだかどうだかで
気が気でなくなるからな。だったら先にすましちゃえってもんだ。
どうだいいかんがえだろ。
とりあえず「乙でした」
, '´  ̄ ̄ ` 、
i r-ー-┬-‐、i
| |,,_ _,{|
N| "゚'` {"゚`lリ S キ ュ ン や ら な い か ?
ト.i ,__''_ !
/i/ l\ ー .イ|、
,.、-  ̄/ | l  ̄ / | |` ┬-、
/ ヽ. / ト-` 、ノ- | l l ヽ.
/ ∨ l |! | `> | i
/ |`二^> l. | | <__,| |
_| |.|-< \ i / ,イ____!/ \
.| {.| ` - 、 ,.---ァ^! | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l
__{ ___|└―ー/  ̄´ |ヽ |___ノ____________|
}/ -= ヽ__ - 'ヽ -‐ ,r'゙ l |
__f゙// ̄ ̄ _ -' |_____ ,. -  ̄ \____|
| | -  ̄ / | _ | ̄ ̄ ̄ ̄ / \  ̄|
___`\ __ / _l - ̄ l___ / , / ヽi___.|
 ̄ ̄ ̄ | _ 二 =〒  ̄ } ̄ / l | ! ̄ ̄|
_______l -ヾ ̄ l/ l| |___|
死ぬ死ぬっていう人たちは、・・・
>なぜならわたしはイデアには何度も行っていますが・・・・
「イデアに行く」なんていう表現をする時点ですでに逝っちゃってますが〔苦笑〕
ババア=カオルが節操もなく戻ってまたも勘違いご都合レス飛ばす飛ばすw
発展解消ムードで周りが配慮していたのに一転して荒らしの草刈場へw
>>335-336 カオルさん
『視点が固定されている』との指摘を分かってもらうのが無理のようです。
言い換えれば…
『それだけならソコで終わりだよ。そいつは些細な事だから追っても無意味』と言っているのですがね。
>>342 いや、発展解消ちゃうし(苦笑)
強いて言うなら、喧嘩別れってとこか。
議論崩壊(苦笑)
視点の固定はハルカのほうでは?
議論相手の視点を理解する柔軟性がハルカにはなかったように思う。
そういう柔軟性がないと、哲学をするのは難しい。
>>344 言いたい事は分かるけど、言ってる意味が違うよ。
議論の際には相手の論点を受け入れる事も必要だ、でしょ?
じゃなくて、私の言っているのはね。
『自律がどーこうってのは【苦からの脱却】のオマケなんだよ』
『そんなオマケに拘っていたら、そこで終了だよ。そこからなんて進めないよ』
という事。
オマケであるという考え方が、ハルカの考え方なわけだ。
そこを一歩も出られなければ、オマケであるとは考えない人とは
対話ができないということ。
そゆこと。
>>346 いや『考え方』じゃなくて『実践から得た体験知』なのさね。
少なくともこの部分に関しては、Sさんより私の方が近いよ。
実践の有る無しの差は凄く大きいから。
Sさんはね…『実践していないから予想に基づく思考のみしかない状態』なわけ。
その状態で、私の『実践による体験知』を『違う』って言い張っているの。
言わば『運転などした事が無い者』が本等から得た知識だけを頼りに『免許所有者』に『違う』って言い張ってるわけ。
私の苛立ちが分かる?
『納得出来ない』と追求するならまだしも、未実践者に体験知を否定されてんだよ?
呆れもするわさ。
体験知であろうとなんであろうと、自分の考えが絶対正しいという態度は、
哲学的ではないのですよ。
そういうのを「ドグマ」と言う。
哲学は、自分の考え方、感じ方を見つめ返し、捉え返す姿勢が基本。
これを、哲学では、「省察的態度」といいます。
良スレお疲れさま
>>347 それは議論とは言えません。
単なる布教活動なのではないですか?
348さんも言っているようにそれは哲学的な姿勢とは言い難いです。
>粘り強く対応して来ましたが、貴方自身に自己を懐疑する姿勢、
>議論の姿勢が無い以上、これ以上の進展は望めません。
ハルカはこの意味が全く理解できないんだろうね。
347とか見てっと、Sの気持ちはよくわかるよ。
>>248さん
“見事”なツッコミ、いつもありがとうございます。(^.^)
(あなたらしいやさしい心遣いありがとう)
>>250さん
>世界中の皆がどこかに行って、一人だけ取り残されたらどうしようって
>思ったことはある。
わたしもあります。すべての関係から切り離されることの恐怖ですね。
誰もいなくなったらわたしも存在できないことを直観的に知っているのでしょうね。
そのくせ普段はその関係をうざったいなーってぼやいているんです。思い通りにならないって。(^_^;)
どんな孤独や静寂にも狂うことなくわたしの心身が完全に思い通りになるならそれが自由なのでしょうか?
>死ぬって言うのは物騒だけど。
ビックリさせてごめんなさい。
今のわたしのままでは、実践 = 自殺、にしかならないってことをいいたかったんです。
だからSさんのように実践しながら議論というわけには・・・で、何となく負い目を感じてしまうんです。
>嫌じゃないこともある、ってだけで十分だって。
わたしはたぶんシアワセだよ。でもそれとはつながらないの。
>>253さん
あんまりお礼を言うと自演だと思われるのでたまにしかレスできないけれど
いつもありがとうございます。(いつも期待を裏切ってばかりでごめんなさい)
>>254さん
>カオルはある程度、自分の病気を自覚してるようだが、
うん、自覚してるよ。
でもね、鶴見 済の『人格改造マニュアル』じゃないけど
脳をチューニングしたところで、その目的は“生きよう”ということでしょ。
それだったら瞑想でもして「虚存」で呆けてますよ。(笑)
>>261(250さん)
>このスレの奴が自殺するって言うんなら、俺もするし、
>傷つけたのなら、何でもするよ。
何よりも命を大切に・・・とはいいません。
でもわたしは、あなたにあなたを大切にしてほしいです。
世界でたったひとりのあなたの、あなただけの死を大切にしてほしいです。
>>273さん
結局、これは → S>>>>>超えられない壁>>>ハルカ>>>>>>>>カオル
@>>>S>>>>>超えられない壁>>>ハルカ>>>>>>>>カオル>>>@
っていう感じで循環するんです。
まぁ、@→∞かもしれないけどね。(^_^;)
それからSさんを誉めるならS論をもっと理解しないとね。
なぜって? だってS論には「超えられない壁」はないのですよ。(^.^)
>>274 >スレ立て頻度調査報告[]さん
わたしからもお礼を言います。ありがとうございました。
>>275さん
ありがとうございます。
>>294 じゆんさん(いつも気遣ってくれてありがとう)
>言葉はすべてを言い表せない、部分的に限定してでないと
>何も語ることはできないということ。語り部の背後にある本体をはかることが
>我々にとって正しい認識である。
言葉は、「物事」を十分には言い表せないのでしょうね。
「物事」から「モノ」だけを抜き出してみたっていうか、
「事」の端っこを掻い摘んでみたというか。(以下他スレからコピペ)
こと【事】
〔「こと(言)」と同源か〕・・・ (1)
「もの」が、時間的に不変な実体のようにとらえられているのに対して、
「こと」は生起・消滅する現象としてとらえられている。・・・ (2)
【哲学的には】「もの」が、主語的存在者を指すのに対して
「こと」は、述語的存在様態を指し、後者は時間性の契機を含む。・・・ (3)
以上、goo[国語辞典]からの抜粋です。
【わたしの補足】
(1) 前スレでいった「言葉」の語源「事の端」説のことだと思います。
(2) 「もの」には「空間的」に特定できる(不変の)明示的な性質があります。
「こと」には、暗示的な運動、動き(変化)としての「時間的」性質があります。
(3) 「こと」の述語的存在様態と「存在(ある)は、実在的述語ではない」(カント)
の関連は、存在と時間の考察の大きなヒントになるのではないでしょうか。
ちょっと視点がズレちゃいましたが・・・。
ところで「語り部」の背後にある「本体」って一体何なのでしょうか?
「物」と「事」の差異って、「存在者」と「存在」の差異に似てると思いませんか?
>>337さん
>興味深いテーマだ。
はたして「存在」(虚存)は、「世界」と呼べるのでしょうか。
世界とは、すべてを包含しようとしつつ、ある原理によって統一された
それ自体としては閉じている系のこと。(わたしの定義では)
だから、ハルカのいうように世界は入れ子の構造で連環している。
それぞれの世界は連続性を有しながらも、ある特異点を基にして不連続になる。
これが「超えられない壁」ですね。
でも、Sさんがいうように「存在」(虚存)のもとではすべては連関している。
なぜなら、「存在」(虚存)は「世界(閉じた系)ではない」と思えるから。
つまり、独立した系としての仮説を立てられない、というか単にムズカシイ。(^_^;)
といいつつ、ハルカとの議論では「虚無」としての「存在」と
「虚存」としての「存在」とを(とりあえず)別次元に設定して、
「虚存」としての「存在」を「実在」概念として位置づけています。
このことは、「虚存」としての「存在」を「世界」としてとらえる
可能性だけは残したことになると思うんです。
ということで、わたしは「イデア」を「世界」の次元に貶めたいのです。(笑)
>>341さん
>「イデアに行く」なんていう表現をする時点ですでに逝っちゃってますが〔苦笑〕
厨房なんだから許してください。
一応、SHスレで使っていた表現に訂正しておきますね。
「イデアに行く」→「純粋な認識主観によるイデアの観照」
>>343 ハルカへ
>いや、発展解消ちゃうし(苦笑)
>強いて言うなら、喧嘩別れってとこか。
>議論崩壊(苦笑)
この発言は保留にしてください。お願い!
お仕事ごくろうさまです。おやすみなさい。
>359 カオルさんへ
そう、その違いは似てると思う。ていうか同じかな。非常にわかりやすくてうれしいよ。
全て言葉の不完全性と独立性のために起こることだから。というより二つ合わせたとき
に起こる意識の現象が、おおよそ、その本体をつかむ手がかりというか入り口に当たる
んだと思う。
そしてその入り口にも本当の入り口と偽物の入り口があることを何となく理解できた。
本当の入り口とは例えばイデアの正しい解釈の仕方。偽物の入り口は誤解と妄想による
解釈の仕方。けどその正しさの証明すら、僕にはできないので何ともいいようがない。
ハルカじゃないけど証明できぬことは語り得ぬという態度(方法論)も仕方がないよう
な気がするしね。
だけど僕は思うんだけどね、証明せぬことは語り得ぬ、確かにその態度は立派であるけ
れど、語り得ることならば、それが言葉にできるのならば、語るべきであると僕は個人
的に思うわけである。まあそれにはいろいろ不都合があることは充分察知できるけどね。
そこまではだいぶハルカの方法論的立場を理解できた。まあそれにはあなた、カオルさん
の運動によるものだと充分感謝しております。ありがとう。
僕は女性のその運動の力というものにいつもながら驚かされます。とくにこの2ちゃん
ねるにおいては顕著のようですね。私的感想ですいませんね。また僕はあまりSさんを
心配してないんです。SさんにはSさんなりの答えの見つけ方があってしかるべきだと
僕は思うからです。例えばS論が問題であるというのなら一体だれの意見が正しく、ま
た間違っているのだろうと思うわけです。僕はこの掲示板の中で誰の意見も正当性につ
いては語りえぬものだと思っています。ですから、僕は証明しえぬハルカの論もS論も
同様に正当性についてそれこそ語りえぬものだと解釈しています。ただ僕はそれが興味
深い一点でなら、それは語りえる理由になるのではないかと思っています。僕はそのイ
デアの原理に非常に興味があります。その手がかりをハルカが提供してくれているのだ
と私は常々理解しています。ありがとう。だから僕においてハルカのその境界の突破の
ハルカの思惑については僕は語りえぬこととして判断しました。だから僕はそのことに
ついてはエポケーします(笑)
それと私は自分の立場というものを明らかにできないようです。たとえば
あなたたちのように使命というものを常に打ち出せません。全ては浮かんで
は消える夢、妄想のようです。あるのはただ知的好奇心だけです。語るに
足る責任というものを持てないのです。ですから私は、じゆん、として語
るのはもうやめにしようと思います。
ただ私は、ここをでるといっているわけではなく、名無しとして疑問をぶ
つけてみるつもりです。例えば私は何度か名無しとして書き込んでいます
が。どれだかわかりますか。例えばこの文にしても名無しです。私がじゆ
んかどうかのその証明こそ僕は語りえぬことではないかと思います。かと
言って責任を持ちたくないと言っているわけではないのです。ただ語るに
足る責任が好奇心だけでは駄目なのではないかと思うのです。これを空費
してしまえばただのマッドサイエンティストにしかならないです。私はそ
れこそ責任ある文体と言うものを名無しとして心がけるように致します。
私は文体のみでも責任というものを持ちうると考えているのです。
ずっとそのイデアについてですねいろいろ私も考えてみてですね。ある程
度調べて、それをハルカに問いつめて確認したいと思ってますし。ハルカ
さんあなたの機嫌よいときでかまわないんで、その世界について教えてく
ださい(苦笑)。
ちなみに私もその世界に一度だけ行きました。本当は昔からもっとたくさ
ん行ってたのかもしれないけれど。
まあ理解に苦しむところでしたあれは。さて私は本当にみなさんと同じ世
界を見ているのでしょうか。語りえぬことを質問してごめんなさい。ちょ
っと書いてて不安になったのです。
最後に質問です。
ハルカは上位連関というものをはっきりと見定めているらしいが
それとは別に我々の世界から見て下位連関する世界は設定されて
いるのか。もし設定されているならばそれは普遍原理、因果律お
いては個体化原理と見定めていいのだろうか。まあそうだとする
ならば上位連関する世界は端的に天国と言ってもいいだろうし、
下位連関する世界は端的に地獄のようだと理解できて、非常に都
合がいいのである。俺はこの二つの世界をなぜか同一視、一つし
かないような考えに矛盾を感じていて、天国に行くと同時に、地
獄に帰納されるという考えるのである。
つまり上位世界があるように下位世界があるのではないか。下位
世界は我々の世界以下だから世界とは言えないのかもしれないが、
しかし我々の世界を構成せしめる要素、原理があるのではないかと
いう解釈が生まれるのである。まあその下位世界そのものは非常
に静的な世界と言える。また上位世界、一つ上の世界ではどうや
ら時間を知覚する生命体、意識体があると思われる。次元構造に
ついて考えるとこういう解釈が生まれた。そしてもしそうならこの
上位世界と我々の世界と下位世界の差異というものを俺は明らか
にすべきだと思うのだがね。
当たっていたらちゅーしてくれ。
366 :
考える名無しさん:03/10/23 14:00
↑
キモイ椰子がいるなw
名無し自演→女コテ粘着がここまで来るとに完全にストーカーだな。
ぴかぁの弟子ですかw
おっとsage忘れちった。すまんねw
ちゅーしてくれってのがソヒアに粘着していたぴかぁの末期状態を彷彿させる。
名無し自演しているのは相手にされないからだろうが、そろそろ纏わり付くのやめろよ。>365
つーか、365ってぴかぁだから。。
ぴかぁと同類という意味ではぴかぁなのだが・・
それから老婆心からじゆんとかいう香具師について忠告しとくとな、
ビックになるとかならんとか某ロートルアイドル並みの低脳ぶりだから相手してやると勘違いしてしつこく付き纏われるだけだべさ。
心なく簡単に謝っておくのも特徴でな、ま、皆を言わんでもわかるとは思うがな。
ああそれから某議論ではシリアさん乙カレサンクスと誰に言うでもなく書いておこう。
546 :じゆん ◆bYRNL78mlE :03/10/18 12:38
セリカさん→シリアさん
シリアさんひどい失礼をして申し訳ありません
心から謝罪します。
本当に私はあやまってばかりな気がするどうして、俺はこんなに抜けてんだろう、こんなだからいまいちビックになれないんだよう
ばかであほでごめんなさい。
371 :
考える名無しさん:03/10/23 21:14
いくら、理屈をこねた所で、体験知などといっている限り真理に辿り着けはしない。
そうした無明の地平にいながら、「苦からの脱却」とは、真理からの逃避を死に置き
換えているだけの愚にも着かぬただの文学書生の痴態に過ぎぬ。ごくろうさんw。
372 :
考える名無しさん:03/10/23 22:02
sとかハルカとかカオルって何歳?
おじさんおばさんが2chで喧嘩してるのは見てられないな。
しかも哲学バン。社会で認められないからっていって2chで喧嘩するなよ。
悲しくならないのか?
もう25以上だろ?
粘着君
>>371 >いくら、理屈をこねた所で、体験知などといっている限り真理に辿り着けはしない。
意味ワカンナイ。偉そうなこと言う前に作文の練習でもしたらどうですか。w
>そうした無明の地平にいながら、
「無明の地平」って何?
上の無意味な文章からは推論さえ不可能なのでちゃんと説明してください。
>「苦からの脱却」とは、真理からの逃避を死に置き換えているだけの
「苦からの脱却」を「真理からの逃避」と言えるあなたは、
当然、「真理」を知っているわけですから、
まず、「苦からの脱却」と「真理」との因果関係(論理的関係性)を説明してください。
それから、「真理」の解説もおねがいします。
好意的に、苦 ── 真理、脱却 ── 逃避、と解釈するなら理解はできますよ。
でも、それならあなたの発言はあなた自身への自己言及になってしまいますよ。
なぜなら、苦からの逃避行為なしには人は生きていけませんから。あなたもね。
>愚にも着かぬただの文学書生の痴態に過ぎぬ。ごくろうさんw。
非論理的帰結ですね。論理的必然性にまったく欠けています。
三段論法で良いので理解できるように説明し直してください。
>>372 >sとかハルカとかカオルって何歳?
隠すつもりないし言ったりしてるけどあなたにはおしえない。w
頑張ってしらべてください。ごくろうさま。ウワッ!キモッ!
>>362 カオルさん
……ん。
分かった。保留しておきます。
>Sさん
少しづつレスしたいなぁーって思っています。
付き合っていただけませんか?
おやすみなさい。
その「体験」の方法を書いてみてはくれないだろうか
私個人も試してみたいしSクンもそうすることで議論
を進めることができないだろうか私なりにも覚悟は
ある
380 :
考える名無しさん:03/10/24 02:27
>>374 必死だねW
理屈をこねれば捏ねるほど、真理から遠ざかってるって言う意味だろ?
>>371 って。そんなこったから、わかんないんじゃないの君W。私はわかったけどW
脳の右側働いてないんじゃないW?
ほとんど信者だね、君 >380
382 :
考える名無しさん:03/10/24 02:34
私はこの仕組まれた(?)欲望ゲームにうんざりしています。
念のため、
>>380って、
>>374=カオルへのレスねW。ニブそうだからW。ついでにねW。
>>383 うんざりするのは、いいことだよ。「仕組まれた」ってのがとっても面白くて笑えるね。
ほとんど信者だね、君 >380
私も無に帰したい。自分の意思とは関係無く襲ってくる欲望
無視しても逆らうも試みるのだがその結果苦だけが残るように
思える。この世の幸せなど要らない。死の選択しかないのだろうか。
何度も『【苦】からの脱却』=『死ではない』と言っているのに。
帰したいというのも欲望なので人というのはなんだかなあと思う
エゴの産物だ。
しかし何に対しても冷めた眼で見るなどというと世人には異常に移る
らしい。そして大多数の常識という物差しを当てられる
389 :
考える名無しさん:03/10/24 03:28
>>387 そんなことだれもいってやしないんじゃないW?
391 :
眠れぬ月並み7:03/10/24 03:33
おーい!(笑)
>370
あなたも規制議論お疲れ様でした。
あと俺が目指しているのはビックハートである。
そもそも体験なき哲学を哲学と呼べるのだろうか?
>379
その方法に必要なものは適度の疲労と健康な身体だと思われる。
間違ってたら指摘してくれないと困る。
>365
これについては訂正、判断停止させてください。
どうも語ろうとすると、正しく語れなくなるようです。
たぶんカオルさんの言っていることの方が断然近いような気がする。
誤謬については自分で自己訂正するように心がけます。
>387ハルカさんへ
苦からの脱却はつまり個体化原理からの脱却。それは精神的、肉体的苦痛から
逸脱することと考えてよろしいでしょうか?
>>397 ちょと違う。
『脱却』を果たしても『肉体的苦痛』『精神的苦痛』は現存する。
『脱却』しても痛いものは痛い(苦笑)
だが、それらを【苦】と感じる『我』が『居なくなる』。
その結果として(主観的に)【苦】が消える。
周囲から見たら、【苦】が全然消えて無いと感じられるんだろーねー…
つまり苦痛という記憶のみが残るんでしょうか?
ちょっと言葉が足りないですね
もうしわけない。
例えばそれは苦痛の個体化原理のみが残って、我がいないから始末に負えない
状態なんでしょうかね
落ちます。で整理します
>398 ハルカさんへ
体勢を立て直してもう一度ききます。
それは周囲が見る状況というのを設定していいのでしょうか?
ていうかその人を見ようと思えば見られるんですね。どこかにその人がいて
目にしようとすればできるんですね。であれば次のような、質問が浮
上しました。答えられることのみで結構です。また答えるも必要ないのです。
ハルカさんの自分なり解釈のみでも構いませんので。応答どうぞ。
2、ではその我はココにないのならドコに行っちゃうんですか。
主旨:我が滅するのか、それとも移動するのか、それとも配置(役割)が変わるのか
3、その場合その苦痛はどこにも還元されないのですか。
主旨:苦痛はエポケーできんの?ってこと、もし還元できないなら苦痛を精神原理的に抑圧するこ
とができず、累積される一方になる可能性があるんではないかってこと(それっていやだなあ)
4、死なないのであればその肉体の管理は誰がするんでしょう。
主旨:我は出たり入ったりできるんですか
5、時間についてはどうケリをつけるのでしょうか。
主旨:時間を感じないのか、それってもしかして、
我、意識はその時点で再生不可能になっているってことでしょうか。
とりとめもなく並べてみました。
とりあえず僕の質問の主旨は個体化原理の一般的現象について明らかにしたいいう
興味によって提出されたものです。ですからここでは上位世界、存在者については言及
しておりません。それはそれで別個で考えるというのが僕の立場ですのであしからず。
あと最後に一つだけ、個体化原理というのはハルカさんの脱却する自由認めるのならば、
あとどれほどの意志の自由を認めているのだろうか。それ以外に何ができんのってこと?
もちろん一つには普通に死を受け入れることなんだろうけれど。
もちろんあなたに答える義務はありません。ただ僕はハルカさんの立場を貶めたいのではなく
個体化原理の現象というものを僕の意志と同一線上に並べたいだけなのです。これは無論
看破を目的としているのではありません。あと理解に苦しむ私の態度、また不備というも
のがありましたら、遠慮なくおっしゃってもらってかまいません。ぜひ今後の参考にさせ
ていただきます。善処の方向でやっていきたいと思っておりますので。
レスを分けちゃうんで書けそうなんでもう少し書いてみる。えーとずっと昔にでたロバートAモンローさん
の本についてなんですが。牛の比喩は存在者の上位世界として理解としては飲み込めたのですが
ぶっちゃけ、あの本の主旨であると思われる体外離脱についてはどの程度理解を設定しているのでしょうか。
これについて思索を深めて意識、意志というものを明らかにしたいなどと僕は考えております。
ほとんどが質問ですので、あまりよく考えずに書かれたものです。
まあ私の興味についてのみ明らかにされたのだと受け取ってください。
よろしくお願いします。
全部過去ログにあるから嫁>じゆん
>>403 前スレからずっと粘着してたのに学習能力0だねw
キモイからいい加減貼り付くのやめろや。
407 :
考える名無しさん:03/10/24 18:07
カオル必死だな。そんなにSにチムポ美味しかった?
>>398 まあ。何にせよ、苦が消えるならそれでいいやW ヨカッタね!ハルカっちW
私は全然文句無いね!ホント、正直、お幸せに!
必死だね
410 :
61-205-12-43.eonet.ne.jp:03/10/25 00:18
痛み(苦)には、2種類ある
1つは物理的な痛み、感覚器官による痛み
もう1つは、自我(私という感覚)が知る痛み
後者の方が痛みは遥かに大きい
自我がないとき
痛みはあっても
たいしたことではない
411 :
考える名無しさん:03/10/25 00:22
ここは痴話ゲンカスレか
412 :
考える名無しさん:03/10/25 00:43
いやいや病気スレだったな
413 :
考える名無しさん:03/10/25 00:44
上位生命、下位生命?
妄想だな
414 :
考える名無しさん:03/10/25 00:45
めくら が めくら の手を引いて 穴にオツ
>>402-403 ま、過去に全部言ったけど書いてみる。
2.『我』は完全に消滅する。
『我』というのは『自我』の事。これが無くなる。
簡単に言うと『あれかこれか』『善か悪か』『白か黒か』の『二元的価値判断』が無くなる。
3.苦痛…と言うか痛みは痛みとして現存。
ただ、その痛みを【苦】としない。
平たく言えば『痛いなら痛いでいーや』という事になる。
4.完全な誤解。
『脱却』を果たそうが死ぬ。
ただ『生存に必死にしがみつかなくなる』だけ。
5.時間『それ自体』は流れる。
が、時間を『記憶』として保持しない為無頓着になる。
それと
>>403 個体化原理が認めているものは『生存と存在に関わる全て』。
逆に認めないのはただ一つ『無への消失』。
普通に言う『死』は単純な形態変化であり『消失ではない』事に注意。
『死』すらも認可の内。
体外離脱は本筋と無関係。
なので、ご勝手にとしか言えん。
以上。
416 :
考える名無しさん:03/10/25 21:31
, '´  ̄ ̄ ` 、
i r-ー-┬-‐、i
| |,,_ _,{|
N| "゚'` {"゚`lリ S キ ュ ン や ら な い か ?
ト.i ,__''_ !
/i/ l\ ー .イ|、
,.、-  ̄/ | l  ̄ / | |` ┬-、
/ ヽ. / ト-` 、ノ- | l l ヽ.
/ ∨ l |! | `> | i
/ |`二^> l. | | <__,| |
_| |.|-< \ i / ,イ____!/ \
.| {.| ` - 、 ,.---ァ^! | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l
__{ ___|└―ー/  ̄´ |ヽ |___ノ____________|
}/ -= ヽ__ - 'ヽ -‐ ,r'゙ l |
__f゙// ̄ ̄ _ -' |_____ ,. -  ̄ \____|
| | -  ̄ / | _ | ̄ ̄ ̄ ̄ / \  ̄|
___`\ __ / _l - ̄ l___ / , / ヽi___.|
 ̄ ̄ ̄ | _ 二 =〒  ̄ } ̄ / l | ! ̄ ̄|
_______l -ヾ ̄ l/ l| |___|
>>363 じゆんさん
>非常にわかりやすくてうれしいよ。
めったに言われないことなのでわたしもうれしい!(^.^)
>全て言葉の不完全性と独立性のために起こることだから。というより二つ合わせたとき
>に起こる意識の現象が、おおよそ、その本体をつかむ手がかりというか入り口に当たる
>んだと思う。
わたしの不安は言葉の曖昧さとか論理の不完全性にあるのではなくて、
「語り部」の「本体」を「つかめている」と感じてしまうことにあります。
わたしは病気だからときどき他人がわたしを占拠してしまうことがあります。
だからわたしはわたしという確固たる人格、わたしという個性にこだわります。
でもわたしでないわたしだって(このわたしと)同じように他人とつながっている。
わたしは学校の顔や会社の顔や常識の顔や秩序の顔や男の顔や女の顔や先輩の顔や
後輩の顔や強者の顔や弱者の顔や親の顔や子供の顔・・・ラベルのはりついた顔が怖い。
だからわたしはそのひとをジット見詰めます。ホントのそのひとの顔に出会うために。
でもホントのそのひとなんてどこにもいないのです。あるのは生きてるというコトだけ。
わたしとそのひとはこのコト性においてつながっていていまここに生きているだけなんです。
わたしが語り部をつかめていると感じてしまうことの、あなたはわたしと覚ってしまうことの
不安の原因は、きっとこの他我問題の不在、わたしという個性の無根拠さにあるのです。
だからこそわたしは、わたしというコトバの儚さを愛するのだし大切に思うのです。
いえ、わたしは愛したいと切望し、大切にしたいと決意するのです。
それが、わたしがわたしであることの唯一の手段だからです。
>そしてその入り口にも本当の入り口と偽物の入り口があることを何となく理解できた。
>本当の入り口とは例えばイデアの正しい解釈の仕方。偽物の入り口は誤解と妄想による
>解釈の仕方。けどその正しさの証明すら、僕にはできないので何ともいいようがない。
イデアの解釈に正誤なんてないと思います。さまざまな解釈があるだけです。
解釈はあくまでも思考の形式にしたがったものでしかないからとは"ニーチェ"ですし、
この思考の形式にしたがった認識の限界に明確な境界線を引いたのは"カント"ですし、
さらに(正しい)思考の形式を追求することでイデアを解釈しようとすることそのものを
非意味的なこととして批判したのが"ウィトゲンシュタイン"です。
イデアは神の住まう世界なのか、神そのものなのか、神の創造した真の実在なのか・・・
どれもニセモノの入り口(解釈)なのでしょうね。でもね、
ニーチェが誰よりも神を批判したのは、誰よりも神さまにこだわっていたから。
カントが境界線を引いたのは、誰よりも神さまを信じていたから。
ウィトゲンシュタインが論理を追求したのは、論理から神さまを守りたかったから。
みんな神さまを求めていたのです。神さまを信じないわたしも。(^_^;)
いつものように厨房らしくイデアと神さまをごっちゃにしてみました。(^.^)
↑に関連して、気になる発言がありました。
パトナムへの反論をおしえてください
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1064829724/ 508 名前:稲 投稿日:03/10/22 10:33
そう、読めばわかる。ここの連中はパトナムを
読んでいないから真理に到達することができない。
まずは読むこと、そして信じること。
信仰は何よりもすばらしい。
これがホントの彼の発言なら、ポールさんや誰よりもパトナムの言論を
信仰する彼の方が、より神さまに近く思えるのはわたしだけでしょうか。
彼は論理を信仰することで、神さまを信仰の対象に貶めてしまうことの
傲慢さから自由になっているのではないでしょうか。
その意味において「信仰は何よりもすばらしい。」に賛同したいです。
もちろん、508は稲さん本人の書き込みではありません。
稲さんの句読点は、「。」→「.」「、」→「,」ですから。(笑)
でも彼の発言だと妄想するとなんだかうれしかったんです。(^_^;)
(煽りのカキコに感動してしまう自分はおかしいって気づいてはいます−言い訳)
>>363 じゆんさん
>ハルカじゃないけど証明できぬことは語り得ぬという態度(方法論)も仕方がないよう
>な気がするしね。
ハルカは語ってしまったの。だからSさんに証明しろと・・・だから・・・(苦笑)。
>だけど僕は思うんだけどね、証明せぬことは語り得ぬ、確かにその態度は立派であるけ
>れど、語り得ることならば、それが言葉にできるのならば、語るべきであると僕は個人
>的に思うわけである。
これ以上ハルカは何を語ればいいのでしょうか?
>まあそれにはいろいろ不都合があることは充分察知できるけどね。
不都合 → 「宗教板へどうぞ」的な中傷レスの山でしょうね。(苦笑)
>まあそれにはあなた、カオルさんの運動によるものだと充分感謝しております。
>僕は女性のその運動の力というものにいつもながら驚かされます。
よくわかりません。女性の運動って何ですか?
>とくにこの2ちゃんねるにおいては顕著のようですね。
以前、一度だけ二酉さんと会話したことがありました。(原点は似てるのかな?)
432 :二酉 :02/04/16 00:08
そういえばエントロピーは増大しかしないし
世界の方向性が無秩序に向かうと言う事が、
ヒト一般にとって「悪」とされるんだったら、
やっぱり性悪説なんじゃないかと思ったでし。
別に荀子の思考実験とか関係なくね。
441 :カオル :02/04/16 00:50
反エントロピーの充足が善であると仮定しても、
その行為(食べて寝る?)そのものは「死」に向かっての行為であるとも言える。
だとすれば、無秩序=死は「悪」ではないかもしれない。
また、無秩序(=死)である無生物(物体)の、その無秩序さ故の存在充実を、
「善」と捉えることもできる。すると死=善とも考えられる。詭弁かな。(^_^;)
443 :二酉 :02/04/16 02:51
でも考えてみると生より死の方が秩序立ってる感じがするでしね。
そうやって考えるとむしろ現在の生きている状態の方がバクな感じがするでし。
あぁ、もともと死を肯定する人間なんでし、自分(汗
こうやって考えると、輪廻とか、あっても可笑しくないんでしょーか。
自分には知り得ないでしけどね。
444 :カオル :02/04/16 07:26
>生より死の方が秩序立ってる感じがするでしね。
>あぁ、もともと死を肯定する人間なんでし、自分(汗
わたしもあなたと同じ感性ですよ。(もう少し生きるけど)
無秩序な秩序っていうのかな。無[秩序]=調和と思ってるんです。
>また僕はあまりSさんを心配してないんです。
わたしには少し差別的なところがあって相手が男性だとキツク対応してしまうんです。
哲学する男性には議論で意気消沈してほしくないし、わたしをやり込めてほしいんです。
周りに哲学する男性がいないから変な幻想があるのかもしれませんが、
議論によって叩かれてどんどん雄々しく成長していく姿を想像してしまうんです。
>SさんにはSさんなりの答えの見つけ方があってしかるべきだと僕は思うからです。
その通りだと思います。
>例えばS論が問題であるというのなら一体だれの意見が正しく、
>また間違っているのだろうと思うわけです。
わたしやハルカをS論に巻き込もうとすることに問題があるのであって
わたしはS論自体は理解できてるし、問題があるとも思っていませんよ。
まぁ、Sさんが理解できていないというのだから、そうかもしれないという
一抹の不安はありますけど。(笑)
ということで、わたしはS論にたいして「それはそれでいいと思います」
って言いたい気持ちもずいぶんあるんです。でもわたしがSHスレから
ずっと言いたかったのは、わたしの信じない「無」や「神」を指し示すことだったから、
それがわたしの「エポケー」するという態度だったのだから、議論の成果がS論というのが
なんだかとても悲しかったんです。でもそれは、
>証明しえぬハルカの論もS論も同様に正当性についてそれこそ語りえぬものだと解釈しています。
ということなのかもしれません。でも・・・Sさんお元気ですか?
>ただ僕はそれが興味深い一点でなら、それは語りえる理由になるのではないかと思っています。
>僕はそのイデアの原理に非常に興味があります。
わたしにはイデアを表現し得る手段がありません。
なにせ、空間、時間、世界、言語・・・が消えてしまうからです。
みなさんの意見をたくさん聞いてみたいです。
>その手がかりをハルカが提供してくれているのだと私は常々理解しています。ありがとう。
わたしも常々そう思っています。
>だから僕においてハルカのその境界の突破の
>ハルカの思惑については僕は語りえぬこととして判断しました。
>だから僕はそのことについてはエポケーします(笑)
わたしはいつか聞いてみたいと思っています。(^.^)
>>364 じゆんさん
>それと私は自分の立場というものを明らかにできないようです。
>たとえば あなたたちのように使命というものを常に打ち出せません。
>全ては浮かんでは消える夢、妄想のようです。
>あるのはただ知的好奇心だけです。語るに足る責任というものを持てないのです。
>ですから私は、じゆん、として語るのはもうやめにしようと思います。
わたしは使命とか打ち出してますか? 何でしょう?
わたしが2chに書き込む理由の一つは、
わたしの書き込みが浮かんでは消える夢のようにはかないと思えるからです。
過去ログなんて誰も読みませんしねー。たぶん。(笑)
でもその場限りだからこそ、一期一会だと思うからこそ、
わたしはカオルとしてじゆんさんと、じゆんさんとだから会話したいと願います。
2chを自分の論文のネタ探しに利用するだけの人や、
他人の論を批判するだけで、自分の持っている正しい知識なり解釈は
"もったいない"といってけっして書き込まない人(書き込めない?w)・・・
このような人たちは、たしかに書き込む権利を持っていないし無責任だと思います。
でも「なぜ人は人を殺してはいけないのか?」にたいして
「殺したっていいんだよ」といってしまえる無責任さなら、
反省できるのだし、反省するなら許されると思います。(自己弁護?)
きっとあなたの言っている責任というのは「体験」のことだと思いますけど、
それは体験者の発言にたいしては敬意を持って耳を傾ける、
みずからの体験なき発言については謙虚に語るように心がける、
ということで良いのではないでしょうか。
あなたはあなたの立場でしか語れないのだからその立場の自覚さえあるなら
何の問題もないと思います。と、自分に言い聞かせるようにナマイキ言ってみました。
>例えばこの文にしても名無しです。私がじゆんかどうかのその証明こそ
>僕は語りえぬことではないかと思います。
2chにおいてでなくても不可能なのでしょうね。
ところで、わたしの
>>205の発言どう思いますか?
あれはチョットふざけてからかっただけなのです。
彼のカキコをしっかり読めば一目瞭然なんですけど、
彼の知識も人格もみんなわたしよりずっと上なんです。
だからわたしは勘違いされてもかまわないしうれしかったりする。(^_^;)
でもいま本気で信じちゃった人が、彼に迷惑をかけています。(どうしよう・・・)
次いでなので言っておくと、
>>370さん(わたしのファン?w)の
>ああそれから某議論ではシリアさん乙カレサンクスと誰に言うでもなく書いておこう。
と、誰に言うでもなくカオルに言っているのですが、(苦笑)
これもわたしとしてはうれしくもありますが、(ハルカに叱られそうw)
もちろん、わたしじゃないです。それから、ソフィア=カオル、に至っては、
厨房な性格は似てるのかもしれませんけど(笑)、哲学する姿勢も原点も違いすぎです。
それぞれの発言をよーく読んでもらえたら歴然と別人だとわかるはずです。
あぁ、なんかスッキリしたー。(^.^)
>>342さん
>ババア=カオルが節操もなく戻ってまたも勘違いご都合レス飛ばす飛ばすw
>発展解消ムードで周りが配慮していたのに一転して荒らしの草刈場へw
節操がないのもババアなのも認めるから霧の乙女号さんに迷惑かけないで。
お願いします。m(__)m
>>380さん(342さん?)
>理屈をこねれば捏ねるほど、真理から遠ざかってるって言う意味だろ?
あなた本人でしょうから言いたいことはわかりました。
でもね、理屈をこねた所で──真理に辿り着けはしない、と
体験知などといっている限り──真理に辿り着けはしない、を言うときには、
ふつう厨房でも哲板の厨房なら『語りえぬものについては、沈黙せねばならない。』
っていう一行レスを"満足げ"にしてみせるのが習わしみたいよ。(笑)
それからこのスレはsage進行でおねがいします。(^.^)
ドゥルーリーはウィトゲンシュタインとの散歩中に
ショーペンハウアーについて尋ねています。
ドゥルーリー「ショーペンハウアーは?」
ウィトゲンシュタイン「駄目ですね。私はショーペンハウアーが自分の
哲学から何を得たのかをまったく明瞭に理解できると思う---しかし
ショーペンハウアーを読むと、きわめて容易にその底が分かるように思える。
彼にはカントやバークリーが深いという意味での深さはない。」
出典 清水書院 人と思想 76番ウィトゲンシュタイン 岡田雅勝著P135
>>335 カオルさん
レス遅れましたぁ。ちと色々あってフラっと出掛けていましたので。。m(_ _)m
仕事も何もぜーんぶ放り投げて出羽三山へ。あと行人さんの仏姿を拝んでました。
サラダ名で呼びかけて頂いて有難う御座います。以前も書きましたが、ボクは何も
変わってないですよ?まずカオルさんやハルカさんへの信頼があって、その上で
初めて批判点をぶつけられるのです。
>>325-326も同じです。だから誤解はしてない
と思います。
脱却についてはゆっくり詰めていけたらと思います。実践知をボクは否定したことは
ないけど、理路整然としない点についてボクなりの批判点と考えを提起して来ました。
それも、今までもこれからも変わりません。詳細については後日改めて。
それよりももう一度カオルさんが交わせてられたこと、嬉しく思います。カオルさんの
方こそお帰りなさい。
>>378 カオルさん
>少しづつレスしたいなぁーって思っています。付き合っていただけませんか?
レスの品質保証はできませんが、こちらこそよろこんで。
他、連なってるレスに関してはまだ未消化です。ちと疲れた。。。
>>ハルカさん
絡まった糸をゆっくりほぐしてゆけたらと思っています。
まず貴方の実践知を否定したことは一度もないよ?その上で論理的整合を持たない
点を批判しボクの考えをぶつけています。自分は絶対なんだ、疑う余地ないんだ、道
を示してあげているんだ、という立場を貫かれるなら、そこで議論は成立しません。
せめて批判点を提示し実践で厳格に確認し合うしかない、となってしまいます。
「自己自律」に関しては貴方自身で視点を矮小させていると思うのね。生命レベル
とか自律に拘るとか。この論は貴方の言う入れ子の連環をも俯瞰しなければ成立
しません。それとここで言う自律という言葉はね、世界として閉じ自己言及と還元
できる、連関し流転する現下のありようを指し示す以上でも以下でもないです。
とりあえずこれだけ。
>>429 ×もう一度カオルさんが交わせてられたこと
○もう一度カオルさんとレスが交わせられたこと
>>427 あんたキモイわよW よっぽど
>>371がイタかったのねW じゃ、引用しとくね。
371 :考える名無しさん :03/10/23 21:14
いくら、理屈をこねた所で、体験知などといっている限り真理に辿り着けはしない。
そうした無明の地平にいながら、「苦からの脱却」とは、真理からの逃避を死に置き
換えているだけの愚にも着かぬただの文学書生の痴態に過ぎぬ。ごくろうさんw。
これの、どこが、
>でもね、理屈をこねた所で──真理に辿り着けはしない、と
>体験知などといっている限り──真理に辿り着けはしない、を言うときには、
>ふつう厨房でも哲板の厨房なら『語りえぬものについては、沈黙せねばならない。』
>っていう一行レスを"満足げ"にしてみせるのが習わしみたいよ。(笑)
になるわけ?これって、あんたがニブイカラジャナクテ、SHかなんか知らないけど西洋的論理試行趣味に
スポイルされてるからじゃない?
>>371って、そんなに矮小な退屈な紋切りを言ってるとは私には到底想像
だにしなかったんだけどW?
>それからこのスレはsage進行でおねがいします。(^.^)
なんで?いいじゃんべつにW?
>>428さん
>彼にはカントやバークリーが深いという意味での深さはない。
神なき精神から創造された哲学への批判なのでしょうか?
それとも彼の神なき精神における倫理的な態度のことかな?
カントやバークリの哲学には神さまは欠かせませんからね。
その本には何て書いてあるの?(よかったら)
>>433 380さん
371 :考える名無しさん :03/10/23 21:14
いくら、理屈をこねた所で、体験知などといっている限り真理に辿り着けはしない。
そうした無明の地平にいながら、「苦からの脱却」とは、真理からの逃避を死に置き
換えているだけの愚にも着かぬただの文学書生の痴態に過ぎぬ。ごくろうさんw。
↑この文章が意味不明といってるの。だから、
>>374の質問をしたの。
あなた371でしょ。別人のフリしないでわたしの質問に答えなさいよ。
わたしは、「理屈をこねた所で──真理に辿り着けはしない」を言いたいなら、
>>380 「体験知などといっている限り──真理に辿り着けはしない」は矛盾してる、と言ってるの。
だって、理屈も体験も同時に否定していることになるじゃない。ふつうここまで言わせる?
でも、せっかくのレスだから好意的に解釈して、それを言いたいなら、
『語りえぬものについては、沈黙しなければならない』 の一行レスにしておけばってこと。
あなたが『論考』もウィトゲンシュタインも知らないんじゃ仕方ないけどね。(笑)
>あんたがニブイカラジャナクテ、
ありがとう?
>SHかなんか知らないけど西洋的論理試行趣味にスポイルされてるからじゃない?
西洋的論理試行趣味ってなーに?(笑)
まぁ、言いたいことはわかりました。否定はしません。
でも、これからは批判のための批判ではなくて、西洋的論理試行趣味にスポイルされていない
あなたの解釈なり論なり意見なりを聞かせてください。期待してます。(^.^)
>>それからこのスレはsage進行でおねがいします。(^.^)
>なんで?いいじゃんべつにW?
だからお願いしてるんです。おねがいします。m(__)m
>>386さん
>私も無に帰したい。自分の意思とは関係無く襲ってくる欲望
>無視しても逆らうも試みるのだがその結果苦だけが残るように
>思える。この世の幸せなど要らない。死の選択しかないのだろうか。
死は不可知な事柄です。死とはどういうことか?
と問われるなら"無に帰すること"と表現する他ないように思えます。
でもわたしたちによって語られる無は、生の形式を暗黙の前提にした
有の次元にある言語の法則によって語られる存在無でしかありません。
言語によって無を語ることも知ることも不可能であることを知ること、
それだけが無について可能なことなのかもしれません。
でもだからこそ、わたしはその言語の限界を自覚し受け止めつつも
それでもあきらめないで思考し続けること、それが"哲学する"という
ことだと思っています。
あなたもわたしも死のことを知らずに死を選択しようとしています。
もう少しだけ一緒に考えてみませんか。
>Sさん
お帰りなさい! (^.^)^.^(
出羽三山って・・・修行ですか?
わたしは四国八十八ヶ所を巡礼したいなぁーなんて思ってます。
わたしの家の義務みたいなところもあるんですけどね。(^_^;)
母方が弘法大師さまの密教系のあやしい血筋なんです。(笑)
議論についてはゆっくりいきましょう。
わたしもエポケーの壁を越えて語ってみようかな、なんてもう語ってるけどね。(笑)
とにかくしばらくはゆっくり休んでください。おつかれ様です。
どうもカオルさん、じゆんです。
レスどうもありがとうです。本当に恐縮というか、ありがたいというか、悪いなあと言うか
たぶん全部です。ちょっと複雑な気持ちでございます。
僕が今、どう思っているかすぐに言いたいのですが、今仕事中なんで、
まとまった意見が弾き出すことができません。
あとでちゃんとじっくり返答をしたいと思っております。
ただ、自分が思っていることはありのまますぎて、自分が思っている以上に明らかですね。
ただその思いはまとまりがないのでそれを一生懸命解体しなくてはいけません。
ただいまワタクシ、脳みそを処理中でございます。あしからずです。
>じゆんさん
お仕事ご苦労様です。
レスは急がなくて結構です。
ゆっくりゆっくり行きましょう。(^.^)
440 :
考える名無しさん:03/10/27 02:54
202 名前:考える名無しさん :03/10/27 02:32
>ハルカ
性は苦だとかヌカしてるのに規制議論なんかで道草食ってると
Sキュンにますます嫌われちゃうよw
シリアはカオルかなw
薄暗いけども お花の匂いがしますね
俺も S くん になりたいな。
>>435 クスクスw。カオルちゃん!おこってるのw?
決して悪気はないのよ。
>あなたが『論考』もウィトゲンシュタインも知らないんじゃ仕方ないけどね。(笑)
ってさあ、なあんか大人気なくないw?吹き出しちゃったw。そんなの意味無くないw?
カオルちゃんがじゃあさあ、武智時三郎や、増田信夫や、はたまた西田幾多郎や田辺元でも
まあいいけどお、あと荘子とかね?まあ「なんだっていいけどさ!」しらないんじゃ(笑ー
とかあたしが、可愛げなく言ったとしてね、どうすんのよw おばかさんだわw んなこと
しょーがないもの、だってw。その人達が、代わりに答えてくれるんだったらいいんだけどw
>わたしは、「理屈をこねた所で──真理に辿り着けはしない」を言いたいなら、
>>380 >「体験知などといっている限り──真理に辿り着けはしない」は矛盾してる、と言ってるの。
>だって、理屈も体験も同時に否定していることになるじゃない。ふつうここまで言わせる?
って!!何言ってんのよw 矛盾が矛盾で無くなる地平なんて、あなたがこれまであれこれ関っ
てきたテーマからすると、当たり前の前提だと思ってたのよ? あ・た・し、はね。
でも、カオルちゃんはそうじゃない。てことは…他の人もそうかもしんないww(驚!
じゃ、なんでかなあ・・?ニブイんなら、いいのよ全然誰だって気付くしね?だけど、
違うみたいだなぁ。だって、「矛盾」って言ってるけど…なんかモノスゴイ平面的っw
それじゃあ、キット人生の最期の最期までなあんにもワカンナイで、そのマンマかもw
って思ったのねw んで、キットこんな平面的な机上の「矛盾」で試行を止めちゃうん
だから、
「SHかなんか知らないけど西洋的論理試行趣味にスポイルされてるからじゃない?」
って言ったわけよねw?できるっだけわかりやすく書いたんだけど?カオルちゃんさあ
ホントわかってたw?マジィ?ぶっちゃけどーなのよw?
彼岸花の香りがねw
Sは恋人を殺したらしい。カオルは恋人が自殺したらしい。
ハルカは怨念の塊ですべてを憎悪している。
下手に手ー突っ込むと人生見失うよw
>>443 えっ!それって、ホントなの?カオルちゃん。。可哀想。
>>444 ここは隔離病棟だから患者さんをあまり刺激しないほうがいいよw
見世物小屋ともいうがw
, '´  ̄ ̄ ` 、
i r-ー-┬-‐、i
| |,,_ _,{|
N| "゚'` {"゚`lリ S キ ュ ン や ら な い か ?
ト.i ,__''_ !
/i/ l\ ー .イ|、
,.、-  ̄/ | l  ̄ / | |` ┬-、
/ ヽ. / ト-` 、ノ- | l l ヽ.
/ ∨ l |! | `> | i
/ |`二^> l. | | <__,| |
_| |.|-< \ i / ,イ____!/ \
.| {.| ` - 、 ,.---ァ^! | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l
__{ ___|└―ー/  ̄´ |ヽ |___ノ____________|
}/ -= ヽ__ - 'ヽ -‐ ,r'゙ l |
__f゙// ̄ ̄ _ -' |_____ ,. -  ̄ \____|
| | -  ̄ / | _ | ̄ ̄ ̄ ̄ / \  ̄|
___`\ __ / _l - ̄ l___ / , / ヽi___.|
 ̄ ̄ ̄ | _ 二 =〒  ̄ } ̄ / l | ! ̄ ̄|
_______l -ヾ ̄ l/ l| |___|
>>445 えっ。それ、マジでですか?
だって、おもしろいんだもんw 可愛いしネっw カオルちゃんw
相手すんのよした方がいいのかなぁ。。 w!
「カオルさん ハアハア」とチンポをしごきながらレスする380
「カオルたん ハアハア」はカオルの自演だよw
>>カオルさん
「自己自律」については少し誤解があるようなので今日はその点について書きます。
> だから、ハルカのいうように世界は入れ子の構造で連環している。
>それぞれの世界は連続性を有しながらも、ある特異点を基にして不連続になる。
>これが「超えられない壁」ですね。(
>>360)
たとえ上位互換の超えられない不連続な連環世界であるとしても、(ただ一度であろう
と一方的であろうと)何らかの関係が成立するならその時点で両者はその現象形式を
変質させ、その存立に切り離せない関係となります。それが連関なのです。そうした
連関で成立している連環世界は連関そのもので存立しているひとつの閉じた「世界」
いわば円環として自律成立しているということです。
>>431の>入れ子をも俯瞰しなけ
れば成立しない、とはこのことです。カオルさんの定義からは逸脱していますね。
>でも、Sさんがいうように「存在」(虚存)のもとではすべては連関している。
>なぜなら、「存在」(虚存)は「世界(閉じた系)ではない」と思えるから。
>つまり、独立した系としての仮説を立てられない、というか単にムズカシイ。(^_^;)
「ある」というのは連関というより現象に先立つ共通基盤であって、現象としての連関
とは別に世界が一如なる存在として成立していることを示しています。そしてそれ
以上以下の意味もないと思っています。
>>437 カオルさん
修行なんていったら怒られます。というかボクは修行とかいう括りは興味なくて、ただ
自分の想いを為すだけですから。出羽に行ったのは宗教的な意味合いではなくて、
その周辺に行人さん達の仏姿が安置されていて、彼ら自身に直接向き合いたかった
のです。あと、三山を歩いたのは心地のよい経験でした。カオルさんやハルカさん
についても色々と考えていました。
いつかカオルさんが四国を巡礼なさる時は、ボクも同行させてもらえると嬉しいです。
452 :
考える名無しさん:03/10/27 22:36
ショーペン・ハウアーって、結局東洋を理解できなかったじゃないw?
だって、平面的だもん。最期まで。自分の問題を解決できないのよ。3人と
一緒なのかもねw
「カオルさん ハアハア」とチンポをしごきながらレスする452
えー、れすするのおそくなってごめんなさい。
じゆんでございます。
一度書いたんだけど、途中でわけわからなくなって消してしまいまして
まーいっかと頭から考えなおしたのでおそくなりました。
何について考えているのかなという疑問が2ちゃんねるを通して、また
この「悟り〜自律〜たい」のスレを見ているうちにどうやら混同してしまった
ようです。どうも僕はネット初心者でして、自分と同じ部分を探す傾向が
顕著だったようです。以後カオルさんのお気遣いにも失礼がないように
気をつけたいと思います。
・自分のことについて
・このスレの「ハルカさん」と「Sさんのこと」について
・カオルさんのことについて
とこれから大きく3つに分けて考えたほうがきっと自分の中ですっきりすると思いますから
そのように書いてみます。
まずは「ハルカさん」と「Sさん」についての見解
大きなカエルから飲み込んでしまおうという試みであります。
まあこれでも消化できるのか不安ではありますが、やってみませう
私は、どうやらハルカさんの意見の方が根本的に正しいのではないかという
立場にいます。この問題は最初から揺れ動いていていつも迷うところなのですが
私は、なぜかハルカさんの言葉に安心をおぼえてしまうんです。
私の解釈でいけばハルカさんの論は最低最悪を目指したもので、この最低最悪が
どこまでのものなのか今でも判断はつきかねるのですが、自ら最低最悪を自認し
ている以上、さらにそれに立ち向かっている以上、その行為を指して最低最悪で
はないとは、他者である私には言うことができません。
ですからハルカさんの実践(悟り)と自殺を比べてどちらが馬鹿げた行為で
あるかを認定することは基本的にナンセンスなことなのです。
ただそれに立ち向かっていることに私はやはり何らかの畏れのようなものを、
ハルカさん自身にではなく、なにものかに、感じてしまいました。
そのなにものかをここで私が理解していない存在者や悪魔と言ったものに置き換
えることはすこし抵抗がありますので、私が理解できる範囲の言葉として、その
なにものかを「自然」と呼ばせてください。ここで新たな言葉を使用することでかえ
って混乱をきたすおそれもありますが、そこはどうかご容赦ください。
使い慣れている私の言葉(道具)を使って私も語りたいのです
私が指摘できるSさんの論の間違っているといえる部分は、ただ一つです。
「自律」の解釈に最大限の力を与えている点にあります。
ここで私が考えた自律という言葉に対しての最大限の解釈を申し上げます。
「絶対自然の中で自律とは確立される」
「自律はまた精神性においてはまったくの自然状態から、その孤独を守るための精神
装備のようなものである」
と私はとらえました。
自律を、意志ある自由と呼びかえたとしてもいいですが、ここで着目して頂きた
いのは、「自律」とは絶対自然という条件の中で始めて発揮されるということです。
その自律というSさんの論の崇高な精神は認めますが、それは絶対自然の中での
戯れなんじゃないかと私が懸念するところに、私はS論に抵抗を持つのです。
Sさん曰く、そのハルカさんの上位存在を看破してしまえば、それは自律
の精神に収まることができるのだといい。ハルカさんは、私の言葉で言えばそれ
は物事の順序をはき違えていると言っているこの見解の相違に、そもそもの対立の
要素があると思われました。私は今ハルカさんの立場ですから、その立場から
弁明しますと、人智の及ばぬ根源的な限界を定めぬ、S論はやはりなんらかの畏
れを抱いてしまうのは気のせいでしょうか。Sさんが非常にたくましい精神の人
格者であることは認めますが、その根源的な畏れに立ち会ってしまったとき、
いやそれを実践しようとしているところに、やはり私には懸念する心があること
を改めて感じるところがありました。本当の畏れについてSさんは無防備ではな
いのだろうかと。そのように感じられたのです。
おそらくこの点については私の億見にしかすぎませんので弁明は控えさせてください。
根拠などどこにもありません。
私が申し上げることができるのは、畏れは想像力を超えるということであります。
このことはいままでも、何度も指摘されていることでしたが、語ってしまった
以上、これについて指摘せずに逃げることはできないと考え、あえて指摘さ
せて頂きました。過去スレも見ない者が何を勝手なことを言ってといぶかるの
であれば、それについては自責を負いますが、それ以上に根源的なことについて
三名は話されているようですので、興味本位ではありましたが口を挟まさせて
頂きました。畏れについて対立する軸として自律を設定することはよしとしましょう。
非常に結構な精神性を求めていることと思います。
しかし自律は孤独であってこそ
自律なのです。その点でSさんが他人に自分の自律を強要している点でなにかが
おかしさを感じてしまいます。非論理的というのでしょうか、自律と言っていながら、
自律を促すという他律をしている。このときSさんはハルカさんにとっては絶対自然
の畏れ以外なにものでもないのです。
Sさんの形ならぬ自然の暴力に必死に抵抗するハルカさんの行為も自明のことと
言えるのです。
またSさんのハルカさんに要求する自己言及も、それはやはりナンセンスなのです。
なぜなら、ハルカさんはここに登場した前からおそらく自己言及を済まされてしま
っているからです。それが明らかにされないだけで、自己言及をしていないと申し
立てるすることは賢明な行為とは言えません。
自律は孤独を守る精神です。この解釈において、この自律を持っていると感じら
れるのはSさんではなくハルカさんではないかと思われるのは気のせいでしょうか。
ハルカさんの実生活については何も知りませんが、このテキスト形式のコミュニテ
ィではハルカさんは孤独を感じることを容赦しながら自律していると実践している
ように思われるのは気のせいなのでしょうか。
また私は連関する世界については明言しません。なぜなら知らぬからです。
そしてもしそれがあったとしても、それは不連続性をもった超えられぬ境界であ
ることは想像できます。そしてそれを超すことは、おそらく精神の止揚によって得
られるなにかなのではないだろうか、とも今の私では想像することができます。
しかし定まらぬ言葉は使わぬ方が今は身のためですからこれ以上の億見は控えます。
私は今過去ログが見られぬ身ですが、今までこのスレを読んできて、これ以上の
理解はおそらくしていないでしょうし、この先はどうやら億見のみを許容する領域
になりそうですので、何においても明言はできない立場ですが、一つこの対立の
原因については理解することができました。しかし一度対立し向き合ったものは
どうすればそれを解きほぐすことができるのか、見当もつきません。この私の勝手な
解釈がその力になるのならそれ以上の営為はないものと思いたい。
ただ頑張れとしか言えないのもこのためなのです。
カオルさんについて
カオルさんが懸念されていたことと今私が懸念されていたことはおそらく同じ
問題意識からなるのではないかと私は勝手ながら想像しています。しかし、
カオルさんがエポケーを超えると宣言した以上、私のそれより先のものを見渡し
ているように感じられるのはおそらく気のせいではないでしょう。おそらくそれは
立ち向かわなくてはいけないものを直視しているのではないでしょうか。きっと
それはカオルさんの意識に何かが現れたのではないかと、驚きつつ、
やはり懸念する心がSさんに対してと同様に私の心に生まれています。
根源的な苦しみをカオルさんあなたはこれから背負おうとはしていないでしょうか?
私はあなた達三人を応援するただの戯れ言を発する一人に過ぎませんが、
逆に私は非常に勝手な期待をあなたに抱いてはせぬかといまさら危惧しているのです。
もしその期待が顔の見えぬものの恐怖がカオルさんあなたを突き動かしている
のだとしたら、それは不遜な行為であると言わざるを得ません。誰もそんなことは
求めてはいないとあなたに言わなければいけません。もし私があなたに求めてい
るとしたら、無理を控えることです。自分を追い込まぬことです。
あなたがこのスレからお引きになったとき私は少なからず安心しました。
これであなたを追い込むものがなくなったと、思ったのですが、
またも闘おうとしています。他人を愛そうとすることは結構なんですが、
どうかご自愛することを片時も忘れないでください。
よろしくお願いします。
ハルカさんへ、
もしくは同一視してしまった自分に対して
あなたの言葉に、私は生きると死ぬの最善最高と最悪最低の二元論を行き来する
ことに終始してしてしまいました。生と死を同一視してしまえば
あなたの語られる悟りはあなたの考えられる最低最悪な実践であるのでしょう
し、またそれが他者にとっては最善で最高の状態であることと受け取られるのも
故なきことではないのです。
なぜならあなたは生きることを死ぬことと同義としてもしくは両方が対立
する最高と最低の二元に分けてしまったことに、おそらく悪意のはじまりが
あったのです。
生は死である。あるいは生は死を内在するとか。いろいろな解釈が思索や体験
によって我々に導き出されますが、本来、生とは語り得ぬものではなかったでし
ょうか。ときおり死を語り得ぬものと言われるのと同様にして。
確かに死が語り得ぬことは了見さえ拡げれば語ることは可能ですが。
またこの論理を突き詰めればと生を語ることができるのはどうやら死者だけ
ということになってしまいますが、我々は死者ではありません。
また死者は語らぬものです。であれば帰結する論理は我々にできることは死者の
言葉を代弁すること以外ないということになるのです。
ですから、ここであなたが生は苦と明言されるのであれば、
私は生は本来語り得ぬものだとあなたに言わなければなりません。
これはあなたの実践のある無しにかかわらず、生きる者にとっては、
生は言葉として切り離すことはできぬ事柄ではないのでしょうか。
あなたが生は苦であると語り、他者がそれを指して騒ぎ立てるのはおそらく
このためなのです。
語られることのなかった生が語られていることに我々人は非常に畏れを抱くのです。
もしあなたにそれを超える視点があるのならこれも否定されて結構です。
がしかし、あなたもこのような生と死の、最高と最低の二元論を超えられぬなら、
少なくともハルカさん、あなたは私たちと同じ立場にあるのだと言っておきましょう。
少なくとも私たちは問題を共有することができるのです。
あなたの生は苦であるという言葉を撤回なさるよう
私はあなたに願わずにはいられないのです。
ただこれは戯れ言とさらり流していただけるとありがたいかな。
これはあなたを同一視した私自信に対する要求なんです。
誤解なきよう言っておきますが私は自殺を志向しているのではないのです。
ただちょっと死を無理に見つめすぎるきらいがあった。そういう性分なのです。
ハルカさん今まで感情的になってしまって申しわけありませんでした。
あなたもどうかご自愛なさることをお望み申し上げます。
それとスレ違いですが設定値規制議論おつかれさまでした。
終始、抽象的な表現になってしまってすみません。
最初はカオルさんの、意見に一つ一つ答える形式をとっていたのですが、
言葉が揺れに揺れたので、途中で全部消して、時間をおいて改めて書き直しました。
ですから、結局あなたの問いに答えてはいないことになっているのですが、
それは文面上のことであり、私においてその答えはすべて答えたものと自負して
おります。それ以上のことを答えることはこのスレを汚すことにもなりますし、
私の欲することではないと判断させていただきました。ただカオルさんあなたの
質問に対しては、おおむね同意したと言っておきましょう。しかしそれが言えぬ
から言わぬのだとご理解して頂くと非常にうれしく思います。
最後に自身について、何を言っていいのか分からないですが、私は語られること
よりも語られぬことを見てしまうのだな、そのことについて語りたいという
私の意志の現れに気づきました。過信なのか、誤解なのかそれこそ判断つきません。
私も厨房でございます。
返答が長くなりましてどうもすいませんでした。
なにごとも営為であるといいものです。みなさん、またーりといきませう。
じゆんでした。
>>じゆんさん
ちと困りました。
>「自律」の解釈に最大限の力を与えている−のは貴方自身だと思われます。
以前メタレベルの私を制御し飼い慣らせるという書きこみを見たことがありますが、
それと同様の解釈を>上位存在を看破してしまえば、それは自律の精神に収まる
ことができるという書きこみに感じます。だから高々ちっぽけな人間ごときがと不遜に
思えるのでしょうね。そういうことはひとつも述べていないとこれまで繰り返してきたの
ですが・・・
「自己自律」についていえば
>>450以上のものは何もありません。関係が成立する
ならそこに一如として、連関としての、自律成立しうる円環世界を見立てることが
できる。ただそれだけ。じゃあ自律とは何だ?といわれれば、それは包括的な抽象
概念であって実体はないです。そしてちっぽけな個体化存在ある我々も、世界の
ありようも何も変わりません。畏怖が消えることも苦が消えることもありません。
それを自と捉えるか、他と捉えるか、単純にハルカさんの論との違いはそれだけ
と考えています。そしてどちらとも断定しえないとしながら、議論を継続するなら互い
の論の理解と批判点を挙げているのです。
>自律と言っていながら、自律を促すという他律をしている。
多分個体化された自他の関係とそれを看破した連関としての「自己」を混同されて
いると思うのですが。
>>240の下段を参照ください。
私が孤独でいて外部をすべて他と捉える時、私はその「他」と関係して変質している
ことに無頓着なのだと思います。形式としての個体化の境界はそうした関係にあって
曖昧で実体のないものです。個に囚われたままであるなら、それはとてつもなく恐ろ
しいでしょうけどね。
とりあえずこんだけ。
あと、興味本位でってのはちと嫌な感じですね。かなり前からお付き合いしていたと
思いますが過去ログ読んでないとか弁明したり、その割にわかったような大上段な
態度を示したり、名無しになったりというのも、釈然としません。そろそろ言い訳は
無しにして、責任を持って向き合いませんか?
>>カオルさん
今日も誤解だと思われる点を少し。
>ハルカは語ってしまったの。だからSさんに証明しろと・・・だから・・・(
>>420)
Sさんは、ですよね?証明ではなく指し示すことはできるのでは?と提起したのです。
カオルさんは冗談で「誰かを見ました。死ねないで苦しんでいました。」とか書いて
いましたが、ボクは冗談抜きで、ズバーとそう語って欲しかったのです。だってハルカ
さんが示した実践知は「誰か」の存在を感じたまでで、その関わり方については言及
されなかったからです。示された実践知そのものを否定したこともないし、論証不可
な体験であることも承知していますよ?その点を理解されないまま人格批判と捉え
られてしまったのはちと残念でした。真剣な言葉を交わしてきた関係なら、不都合
なんてないと思ってます。周りがどう言おうと関係ないってことも書いたでしょ?
>>450 Sさん
>「自己自律」については少し誤解があるようなので今日はその点について書きます。
わたしはS論自体は観念として理解しているつもりなんです。
わたしの論理フィルターを通すとあのような表現が今のところ限界なのです。
でもすぐに反論されてしまうみたいなのでお名前は出さないようにしますね。
S論とは無関係にイデアや混沌(虚存)について語っていると思ってください。
それから今話していることはこれまでほとんど議論されていないことですし、
じゆんさんやそれ以外の人も交えて会話できれたらいいなぁーと思ってます。
ちなみに以前わたしがハルカの"連環"についてフォローしたのは、
ハルカが"連環"を説明するにあたって{"世界"は入れ子の構造になっている}
と表現したからなのです。(ハルカにとって存在(虚無)は"世界"じゃないから)
おそらくハルカのことだから、わたしの提案
>>45や
>>55あたりに反応して
くれたんだと思うのです。ハルカは不器用だから何も言わないけどね・・・(苦笑)
あとわたしの神なき論への批判はおそらくじゆんさんの
>>456と同じです。
あとはSさんがそれをどのようにとらえるのかの問題なのかなぁーって・・
Sさんがじゆんさんの指摘をS論にたいしての誤解と受け取られるなら
たぶんわたしの誤解も永遠に続くことになるという仕組みのようです。(^_^;)
議論は改めて。
>>458 じゆんさん
わたしの心が読めるのですか?
でもわたしは臆病なので粘着さんの指摘そのままに
しばらくは平面的な思考に終始するのだと思います。
また改めてレスさせてください。心遣いありがとうございます。
↑ということだから、
>それじゃあ、キット人生の最期の最期までなあんにもワカンナイで、そのマンマかもw
は、当たるかもね。
>>442
>カオルちゃん
ホントに彼氏が死んじゃったの?だったら、すごい悲しかったよね。。
それで、病気になっっちゃったの?わかんないけど、知らなかったの。ゴメンネ。。
って、なんであたしがカオルちゃんの粘着なのっ!?カンベンしてよー。冗談じゃないわよw
>>466 は、、そうね、残念だけど、きっと当たるわよ。平面的な論理って、どう取り繕ったとしても
迷い、スコタンでしかないのよ。もっと、先行くとアタシの言ってる意味が分かるわよw
だ・け・ど、自殺したり、そうね、死んだからっていっても、解るわけでも楽になるわけでもないかも
しんないわよw だって、みんな自分のせいだものねw
>>459-460 >>じゆんさん
チョッ、チョット待って下さいよ。
なぁーんか変な風に誤解されてませんか??
私の『生は【苦】である』という発言は『【生命】レベルではなく【存在】レベルで』の話。
【生命】というのは『一瞬たりとも完全なる静止を許されぬ』特性を有した『【存在】の一形態』なんです。
その特性自体を『絶対不可侵の決定的なもの』とするならば、その時の視点は『【生命】レベル』となります。
また、敢えて意識しておらずとも無意識下に『当然』と認識されていれば(通常生きる人々はこれですね)そうなります。
このように『基本的な特性』としている限り『生は【苦】だ』との言葉は説得力を持ちません。
(コレは、私がここで得た認識です。何故反発者が非常に多いのかと…原因はこれでした)
そもそも『静止不可能=【苦】』として捉えていないのですから。
【生命】視点での【苦】は…まぁ、個人の認識によるでしょう。
各個人【楽】の許容量が異なるワケですし、その範囲外がイコール【苦】なのですから。
【苦】に対する根本の認識が違っているわけです。
だからこそ、私の言葉の【苦】を『完全なる静止が絶対不可能な事だ』と説明しても納得しなかったのですよ。
私の言葉は…
ある意味で『【生命】外よりの言葉』としてのものだったわけです。
単純に図式化しますと
私 → 【存在】視点より。【存在】がわざわざ完全静止不可能な【生命】形態を取るのが【苦】とする。
他者 → 【生命】視点より。生きているからこそ【苦】も【楽】も有る。
つまり『生を語る』『死を語る』ではなく『生死の二元を超えた視点から語っている』のです。
だからこそ、この後も『生は【苦】である』の言葉を撤回する気は毛頭有りません。
(長文なので分割)
(続き)
>あなたの言葉に、私は生きると死ぬの最善最高と最悪最低の二元論を行き来する
(中略)
>おそらく悪意のはじまりがあったのです。
『悪意』でも何でもないですって。
『個体化原理』に縛られている(私も例外にアラズ)限り『二元的価値判断』からは逃れられないんですってば。
私が目指しているものだって結局は『二元的価値判断』ですよ。
【有】(【存在】)が嫌だから【無】(【虚無】)へと移行したい、と。
【存在】レベルで見てるから『生』=【実存】も『死』=【虚存】も【存在】内で等価なんです。
でも、普通は違うでしょ?
よく『生きているからこそ〜〜』『命有っての〜〜』と言うでしょ?
【生命】レベルでは『生』と『死』が二元の両端なんです。
だからこそ『【生命】にとって最低最悪を目指す』と言っているのですよ。
分かります?
【生命】にとって、です。
470 :
考える名無しさん:03/10/29 02:30
>>469 なあんだ。簡単なことを、ムズカシク言ってるだけなんだねw?
>>431 Sさん
>世界として閉じ自己言及と還元できる、連関し流転する現下のありようを指し示す
これが貴方の言う『自律』って事?
私は何度言ったでしょう?
『連環【世界】では他律的な存在であろうが、個々の【世界】内部では自律した存在である』と。
『個々の【世界】内では完全で完結した存在である』と。
つまり『自律存在でありながら他律存在でもある』という事。
『白か黒か』『AかBか』ではなく『白でもあり黒でもある』『AでもありBでもある』って事。
コレは決して『灰色である』とか言う事じゃない。
『白は白』でありながら『黒は黒』でもあるの。
そもそも貴方の言う『自律存在』ってのは『個体存在そのもの』以外の何者でもないと読めるのだけど?
>この論は貴方の言う入れ子の連環をも俯瞰しなければ成立しません。
それこそ (゚Д゚)ハァ? ですな(苦笑)
本当に俯瞰したなら『自律』なんて言えない筈ですよ?
俯瞰していないからこそ『自律』などと言えるのでしょ。
自己がちっぽけな存在だと実感したら言えませんて。
畏れ多くて。
ハルカたん(;´Д`)ハァハァ
ハルカたん(;´Д`)ハァハァ
ハルカたん(;´Д`)ハァハァ
ハルカたん(;´Д`)ハァハァ
ハルカたん(;´Д`)ハァハァ
>>464 えっと、カオルさんだけではなく皆に。
>ハルカにとって存在(虚無)は"世界"じゃないから
についてもう少し詳しく。
私が言ってる事を整理します。
【存在】 ←(対極)→ 【虚無】
【存在】 = 【実存】(秩序存在) + 【虚存】(混沌存在)
【実存】 ←(対極)→ 【虚存】
【世界】 = 【実存】として現臨した【存在】の活動基盤
【生命】 = 一瞬たりとも完全なる静止を許されぬ特性を有した【存在】の一形態としての【実存】
【生命】における生 = 【実存】として【世界】に関わる状態
【生命】における死 = 【虚存】として【世界】を保持する状態
こんなもんかな?
後、何か説明逃しが有ったら指摘して下さい。
あ、そだ。
これも書いておこう。
【自律】 = 個々の【世界】内で【生命】形態を有す個体が各【世界】律の範囲内において自由である事
【他律】 = 連環した各【世界】間において、ある【世界】が他の【世界】を『一方的に』利用する事
被利用側より利用側を認識する事は不可能 ~~~~~~~~~~~
475 :
考える名無しさん:03/10/29 13:10
ハルカ只今熟睡中。
すみません。380のネカマがキモイんですけど・・・
悟ってどうするの?何があるの?悟りとハルカさんの言ってることに何の関係
があるの?
>>476 ドーでもいいんだよそんなこと。ヴぉげ。
「3 8 0 ハ ア ハ ア 。」
>>ハルカさん、カオルさん
それではまとめて説明します。
以前書きましたように、個体化の原理とは本来は、現象世界の時間・空間の形式に
よって生まれる差異が個別の存在形態を発生させているということと、個体化性質の
維持・展開という二つの基本原理に基づく全存在に貫かれる現象の形式と解釈して
いますが、これは相対的な対象にすべて当てはまります。そして対自個体としての
自律側面と対他個体としての他律側面をして個体化の原理となし、それは世界内
としての「自己」に還元されると「自己自律」で説明しました。(
>>240>>314参照)
つまり我々の一連環世界内にて個体としての自他、そして連関としての「世界内」が
成立するように、相対的な上位の一連環世界が想定されるなら、ハルカさんの言う
ように個々の【世界】内部では自、連環【世界】では他、そして連関として包括できる
「世界内」が成立するのです。そのように想定できる限りにおいて、連環世界はどこ
までも「世界内」に包括されうる。ハルカさんが一連環世界に留まって連環を見渡す
のに対し、包括的な「世界内」という視点は連環をも俯瞰しなければ想定できない。
そしてハルカさんのように我々が相対的に連環世界を想定できるのであれば、それ
を俯瞰想定するところまでは可能なのです。なお、【世界】の定義から逸脱するなら
別の言葉で置き換えて構いません。包括的な抽象概念として理解されることを望み
ます。(
>>450>>461も参照して下さい。)
我々の上位存在と想定される「誰か」は、我々のような,、存在を強制され相対的で
しかありえない脆弱な存在者と関係するような上位存在に過ぎません。つまり彼らも
また相対的な存在者でしかなく、贋神様でしかない。そして我々が想定できるような
上位下位存在とはどこまでも相対的な者。連環の連鎖の輪はそれ自体として円環
とする循環認識に到達するのです。本当の神様、つまり絶対者は我々では想定も
できないし、相対的な円環世界との関係など想定もできないのあって、円環世界は
絶対者から切り離された永遠の孤児、存在を強制され相対的に移ろう脆弱な世界
でしかない。だから円環世界はそのように孤立して存立しているが、自律成立して
いるというよりは、してしまっているというほうが近い。原点に戻って表現するなら
これがパッケージとしての箱庭であり、相対的な対象を嫌悪して駄々をこねてなど
いられない、絶望的な自己言及の気付きなのです。
「自己自律」の初期説明で絶対者を切り離して設定したのは、絶対などを我々が
想定すらできず、我々の相対世界との関係も想定すらできないのであって、エポケ
ーすらする余地がないのです。切り離して設定したのは絶対者への畏敬そのもの
であり、それはこの相対的で脆弱に自律成立せざるを得ない、この小さき円環世界
の自覚、そのまた下位に規定された小さき一連環世界の自覚、そのまた小さき個体
としての自覚に反映されることを理解して欲しく思います。神を設定していない=
神なきルサンチマンとはあまりの短絡と思えます。ここまで書いて、まだ理解されない
のでしたら、ちとお手上げ状態です。
ところでハルカさん。
貴方は「誰か」を嫌悪すれば脱却できると勘違いしていませんか?
「仮想敵」を仕立てることで、「自分」の力が増大すると勘違いしていませんか?
貴方の執着は貴方の否定する、存在に固執する意志そのものであることに気付いていますか?
「虚無」を語れる貴方はわかっているのですか?
我々にとってそれが、想定すらできない、如何にありえないものなのかを・・
>>473 ハルカへ
>【存在】 ←(対極)→ 【虚無】
了解しました。「存在 = 無」は破棄ということでいいのね?
では以下一応確認しておきます。
【実存】 ←(対極)→ 【虚存】は、
【 有 】 ←(対極)→ 【 無 】でOK?(太極図のイメージ)
"実在"の存在仕方としては、
【 有 】 ←(実在)→ 【 無 】でOK?(色即是空のイメージ)
※【 無 】= 存在無。
二つともOKなら"実在"の有でもあり無でもあるという存在仕方を
いわゆる「存在 = 無」から「有 = 無」と置き換えるのもOK?
すべてOKのはずなんだけど。
>Sさん
>神を設定していない=
>神なきルサンチマンとはあまりの短絡と思えます。ここまで書いて、まだ理解されない
>のでしたら、ちとお手上げ状態です。
わたしには信仰心はないし宗教にも否定的です。
けれども宗教性は否定しません。というかできないのです。
それはわたしが人でいるかぎりかわらないと思います。
わたしはSさんの心の中に神さまがいてくれるならそれでいいんです。
それからS論の繰り返しの説明はハルカやわたしには不要です。
だってハルカやわたし以外の誰もが(多分ROMの人も含めて)みなさんが理解している
S論をハルカやわたしだけが理解できないことってあるのでしょうか?
それほどハルカやわたしは馬鹿ではないと思います。たぶん。(笑)
前にも言いましたけど、
S論をハルカやわたしの志向とは関係なく
Sさんの独立した論としてあつかって良いのなら
今のわたしとしては「それはそれで良いと思います」という感想です。
ということで総体論ではなくて個別概念について話しませんか?
Sさん、↑撤回です。で、これだけ↓
総体論ではなくて個別概念について話しませんか?
>>479 Sさん
>個々の【世界】内部では自、連環【世界】では他
ここまでOK…なのに、何故に
>連関として包括できる「世界内」が成立する
こんなになるかなー!(怒)
>>473に書いたでしょうに!
単純化してもう一回書きますよ?
a.b.c.d.e.f... これが各【世界】を現しているとしますよ?
これらの【世界】は全て【実存】なんですよ。
分かります?
【存在】そのものじゃなく【実存】(秩序として顕現した形態)なんですよ。
そして、これらと全く表裏一体の関係に【虚存】(混沌として顕現した形態)があるの。
【実存】と【虚存】−この二つは切り離せないものであって【存在】の両極なの。
言い換えれば【存在】というものは必ず【実】【虚】の両形態で顕現するって事なの。
【世界】=【実存】というのは【存在】の一面でしかないの。
だから a.b.c.d.e.f... は全て『完全な独立はしていない』って事です。
これの説明には『集合的無意識のモデル』がちょうど良いかな?(世界『構造』についてだけ、ね)
海上に出ている小島が各【世界】(【実存】)、で海面下で繋がっている岩盤が【虚存】。
で、こっからが問題。
小島から海面下の岩盤を直接認識する事は『通常では』不可能。
それこそ『特殊技能』でも無い限りは(潜水艦とか音波探知とか…)無理。
(【世界】レベルで言うと『特殊技能』は霊能力とか超感覚とか)
だから『普通は』海面下の岩盤が繋がっているのか、それどころか浮き島じゃないのか?なんて思うんですね。
(同様に『普通は』この世界が唯一の世界だ、なんて思ってたりする)
でも、この『見えている小島』=【実】と『海面下の岩盤』=【虚】を共に有してこそ【存在】と言える訳。
貴方の言葉を借りれば、『包括される』のは…
【存在】という大きな枠内での【世界】という【実存】と混沌としての【虚存】。
(長文分割)
(続き)
んでもって無数の小島(【世界】)があるわけだけど各島の間には橋は架かってないわけ。
仮に 【世界】b > 【世界】a というレベル関係だとしましょう。
このa島からb島は普通は見えないわけです。
でも、中には望遠鏡を作ったり気球に乗ってみたりでb島の存在を知る人も稀に居ます。
更にb島にアクセスしようとする人もいるでしょう(瓶に手紙を入れて投げたりとか…)
それでも、やはり大部分の人は自分の居るa島だけが【世界】の全てだと思っています。
対してb島の人は…a島の極々少数の人が苦労してやった事を当然のようにやってます。
ですから、皆が知っている。
ワザワザ向こうにアクセスせずとも『在る事は知っている』から気付かれないように行き来すればいい。
そんだけの話です。
そもそもが『自律』だの『自己』だのと言い出すから…(苦笑)
う〜ん。よくわからないな、ハルカさんの言ってる事は。。
自分のいる世界の外に別の世界があると・・・?
そう思う根拠はなんなのだろう・・・・?
489 :
考える名無しさん:03/10/30 02:53
てなもんや三度笠 三人衆なんだよW だからw
>【実存】と【虚存】−この二つは切り離せないものであって【存在】の両極なの。
「切り離せないもの」をなぜ切り離す?
切り離さずに、それを一つの「世界」と考えれば済む話だよ。
こういっちゃ何ですが、言葉に酔ってますねみなさん。
492 :
考える名無しさん:03/10/30 03:20
脱構築以前の哲ヲタ
>こういっちゃ何ですが、言葉に酔ってますねみなさん。
かのことが哲学たらしめている現状なのれす
>仮に 【世界】b > 【世界】a というレベル関係だとしましょう。
>このa島からb島は普通は見えないわけです。
なぜ、「見えないわけです」と、決め付けるかなぁ・・・
その辺の思い込みの激しさがハルカさんとの対話の不可能性の原因なのだょ。
距離が遠いから
496 :
考える名無しさん:03/10/30 03:38
距離が遠いという前提を脳内でつくりあげたい妄想派だから。
>>483 >だってハルカやわたし以外の誰もが(多分ROMの人も含めて)みなさんが理解している
>S論をハルカやわたしだけが理解できないことってあるのでしょうか?
理解できないのがふしぎだよ。
女性にありがちな自己中心性のせいなのかな。
自分の視点から一歩も出られないというおばさん、
よくいるけど。
じゆんでございます
連環世界は不連続性を持った世界だということについて、再確認したいと思います。
これは、我々が上位世界というものを認知できないという立場を逆手にとって、我々が
認知できる存在者として扱ったとき、我々の世界は何にあたるかということについて
比喩的に述べるものです。ですから基本的に億見の領域に入りますので、誤謬がありましたら
ぜひ、ご指摘ください。よろしくお願いします。
ここでこの億見の根拠となるキーワードについて簡潔に並べようかと思います。
連関世界、上位世界、存在者、一方的に利用されること、認知できない、搾取、存在、実存、自律
また解釈にあたって特別に使用したい言葉について、申し上げます。
次元解釈、二次元世界、三次元、多次元、絵、鑑賞、生命、主観、道具
これが私が設定した、連環世界解釈にあたる世界観として構成されます。
まず連環世界の解釈として、我々は上の世界を認知できず、また上の世界のものは下の世界を
一方的に認知する。この関係は大きく四つの関係に集約されます。上の世界、我々の世界、
存在者、生命。ではこれを私の解釈のために、実存レベルに一段落とします。ここで適用される
レベル(位相)は次元解釈です。我々の世界は3次元であり、下の世界は2次元である。
3次元世界はつまり立体空間で構成する世界で、2次元世界は我々からみて面体世界と言うことができます。
上の世界はおそらくN(N>3)次元世界である。Nは整数である。時間を次元解釈として
採用することはひとまず保留させてください。またすいませんが数式はほとんど忘れてしまって
ちゃんと記述することができません。できれば自身で脳内解釈してください。
ここで存在者を人間に置き換えます。またその包括する上位世界を我々の世界に置き換えます。
となると我々の世界は、面体世界であると言うことができます。であれば生命はどういう存在にあたるか
という問題が生まれますが、ここは生命は存在者の意志によって作られたという、
点に着目したいと思われました。
存在者が我々の世界を構成している。これは、存在者が実存レベルではアーティスト(絵描き)であると
なぞらえることができます。絵描き(存在者)は、面体世界(我々の世界)を絵画と見立て、
そこに色を塗っている。これは我々の世界の創世記が存在者の手によって色を与えられたと考えてください。
そして、我々はその絵描きによって書かれた、対象物なのです。
さて絵はどのようなもので構成されているかということについてまず確認します。
色と対象において存在を確立させているのです。絵(面体世界)の対象は我々の世界において草や木、家、
空、全ての具象と言うことができ、これらは全て色によって構成されているのです。
そしてこの一方的に搾取され、利用されるという関係は、2つの観点から説明することができます。
まず搾取に対して、我々は絵を見ることによって癒され、感動を呼び起こす。と言うことができるでしょう。
また利用されるということに対して、これは面体世界は我々の3次元世界に常に利用されている。
ということが適用されると思います。さてここが本題の肝になりますので念を入れて説明しようと思います。
我々人間にとって面体世界の観念はすべて利用される実存される道具にあたる。
先ほど絵についての例えを申し上げましたが、この例で言えば、我々の世界は絵として存在し
上位の世界を感動させるためだけに存在する。という被利用が適用されるのです。
また私が面体世界を実存レベルに落とした被利用、利用の関係について考えられる限り申し上げます。
思考は平面世界の活動である。また知覚は平面世界の運動である。
視覚はまさに平面世界による具現である。聴覚は空間を縦断する振動を平面世界に置き換えての知覚である。
我々の理解を助ける紙とペン、は思考が平面であることを如実に語るものである。
また現代では液晶画面とキーボードの配列が平面利用である。また我々の運動は多重平面世界の知覚の統合
である。また物質を知覚する助けとなるのもこの平面理解である。つまり我々はこの平面、
面体世界を一方的に利用していると言うことになります。
そして我々の世界は上位の世界にとってその世界の中に無数にある面体のうち利用価値のある絵画の
一つに過ぎないと言うことが可能なのです。
そして我々の住む存在者にとっての絵画の世界は単に鑑賞するものでしかありません。
また我々はその絵の構成物に過ぎないと言うことになるのです。
ここでハルカの言う苦について端的に述べたいと思います。
存在してしまうことの苦しみはつまりつまり自分を絵の対象としてではなく、
ただの色に過ぎないという観点から導き出されます。また絵画に限っては存在者を感動(搾取)
させるための【生命】にすぎないということにも置き換えることができるのです。そしてこれは億見ですが、
生命が存在者に似通っていくほど感動【搾取】が増すという観点でもこれは同様の論理として導き出されます。
ここでまた存在レベルで生命が存在する苦しみについて述べましょう。
これはサルトルの「嘔吐(買ったはいいがまだ読んでない)」とショーペンハウアーの
「存在と苦悩(だっけ? 今度買うつもり、ていうか読んでない、買いたい)」の理解にほぼ同一のものと
して私はとらえています。しかしここはハルカさんの意見を仰ぎましょう。
さてこの存在レベルの苦悩はつまり我々がただの存在者の絵筆から与えられた色に過ぎないということに
気づいた点に集約されます。
ここで勝手で申し訳ないですが絵を時間によって変化する絵として捕らえてください。
もっともここで適切な表現はアニメーションと言ってよいと思いますが。作られる原理は違います。
時間単位ごとに一枚一枚セル画によって存在者によって描かれるのではなく、存在者もそんなめんど
くさいことはおそらくしないでしょうから、時間という絶対概念の中で、因果律と個体化原理の種を蒔いて、
育つに任せたという概念がおそらく適当だと思われます。ただこれも億見ですので念のため。
少し脱線しましたが、このとき対象としての生命はいわゆるアニメーション上のキャラクターであると
いうもうしあげることができます。彼らはまさに動き静止することを許されないわけです。しかし時々静止
することは可能ですが、あまりに静止する時間が長すぎますとテレビの故障かと思われて、アニメーションと
一緒に粗大ゴミとされてしまいます。しかしこれでは【生命】の死について語っただけですので、
存在する苦というものについてもう少し明らかにしましょう。
さてこのハルカさんの気づきは、我々が絵の一部でただの色にすぎないという点にあります。
これはアニメーションのキャラクターが物語を演じていなければいけないのに、
この存在者のためにあることに気づいてしまったことと同様の論理にあたるのです。
この気づきがまさにサルトルの嘔吐と同じ、なぜ存在しているのかわからない、
演ずることをやめてしまった状態なのです。つまりこの気づきは思考において選択することを
やめてしまった思考停止といえるのです。ちなみに私は具体的な絶望はこれにあたると思っています
ここでハルカさんの問いがなぜ私が色(絵の具)であるかわからないということと同様の帰結になると
思われます。
さて最後にもう一度不連続性について申し上げます。どうしてこの連環が自律を許さないのかについても。
さて我々は2次元の面体世界に入ることができるでしょうか。これは映写、写真という概念を使えばそれは
できるとも言えるし、いやそれは概念上のみということができます。
しかし面体世界の住人はこの3次元世界へ飛び出すことができるでしょうか。
これはどうやら無理だと思われます。これが次元解釈を採用した根拠にあたります。
この我々の世界と面体世界を同一視することは基本的にナンセンスなのです。我々は色を写し取り、
対象を写生し、または写真をとり、フィルムを回すことはできても、それはいわゆるコピーにすぎず、
対象においてはそれぞれがオリジナルであり、それぞれが別個の事象なのですなのです。
我々の世界と上位の世界が同じ構成物(これは我々と映画の関係にあたります)であったとしても、
この次元が違うという越えられぬ壁は3次元と、2次元という越えられぬ壁により、
不連続を持たざるを得ないのです。これはたとえば映画の三船敏郎はスクリーンから降りてこない
いう理屈が適用されるためです。
また鑑賞(搾取)、被鑑賞(被搾取)の関係においては絶望的です。
この差異は因果律の適用基準がまったく成り立たないからです。また三次元が二次元で構成(知覚)
されますが、我々は二次元世界については認識されるけれど因果律については不可知であるということと
同様の論理です。すべて3次元で適用される因果律で我々は解釈をし、世界観をつくっているに過ぎない
のです。ですからこの例を採用すれば、自律は律する要素である因果律が不確定であるばかりか、
まったく別の因果律がさらに上位世界では適用されているため、自律たり得ないと解釈するのです。
また俯瞰すらやはりたり得ないと解釈するのが適当です。私が次元解釈を適用して俯瞰しているような
錯覚を覚えてしまいますが、これは錯覚、億見です。むしろ上位世界なるものを疑ったほうがよいのだと
思います。
きっとそれでもSさんはそれを理解してでも、演じつづければいいじゃないかというのだと思われますが
ハルカさんは演じたくないのです。絵の中に存在したくない、色(おそらく色彩)というものを失いたい、
と言っているのです。
Sさん、この差異は根本的に語りえぬものとしてまたご理解ください。主観は相互には立ち入らぬものです。
それが存在レベルからみた因果律なのです。
この次元解釈は科学でさえ億見に過ぎませんがこの越えられぬ壁というものを説明するために使用された
解釈です。この越えられぬ壁の解釈は別に次元解釈でなくても構いません。鉛筆と温度の関係でもいいのです。
ただそこには両者の因果律を内包する世界観が生まれるだけです。
このように全てを包括する世界観は非常にご都合的なものなのです。
この多次元世界(多解釈世界)ではむしろ因果律があると言っていいのかわかりません。
おそらくこれは因果律が【実存】と【虚存】の関係、あるようなないような、みたいなものなのです。
ハルカさんへ
思うままに書いたので指摘があれば思う存分お願いします。
生は苦の撤回要求はむしろ立場の差異の表明です。
わかっていただいていると思いますが念のため。
カオルさん、あと何について考えたらよいでしょうか?
かなり無責任な発言ですがどうやらカオルさんの導かれるままに私は演じてしまいそうです。
心が読めるのですかと聞かれたとき、心臓がとまってしまいそうでした。
そこら辺は一番ふれてほしくないところなのです。
Sさんへ、あなたが感情的になっていないという前提でお話ししたいと思います。
Sさんの私の無責任指摘はまさにそのとおりです。でも私はその自己言及は済んでしまいました。
逆に私はこのスレに対して真剣になれません。なのに書き込みたいという意志の現れはあなたと同様の理屈
だと思うのです。私がどういう論理で発言しているかご理解して頂くと非常にありがたいです。
これはSさん、ハルカさん、カオルさんの全ての発言が密接に関わっているということです。
そして全てが独立しているんです。Sさんがハルカさんの論を追う限り、あなたの論はハルカさんの論に
接近します。それは認めます。ただこれは生は苦ではないという論理からは到底得られぬ論なのです。
接近すればするほど、差異は肯定できぬことが、この論理の決め手なのです。
あと生命レベルからみて、あなたの人格を貶めたことはないです。
存在レベルでは全ての人【生命】が全ての人【生命】を貶めます。
おそらく、これに例外はないと私は思います。
またも長文になってしまいました。全てこれは私の頭が悪いためです。
この点ぜひご理解頂きますようよろしくお願いします。
ひきつづき営為にいきましょう。
じゆんでした
じゆんです
>>501 これはたとえば映画の三船敏郎はスクリーンから降りてこない
いう理屈が適用されるためです。
これでは変ですね。以下に訂正します
三船敏郎演ずる座頭市は北野武演ずる座頭市とは違うものである。
なのかな…
504は忘れてください
>>501 >我々の世界と上位の世界が同じ構成物(これは我々と映画の関係にあたります)であったとしても、
>この次元が違うという越えられぬ壁は3次元と、2次元という越えられぬ壁により、
>(2次元と2次元においても)不連続を持たざるを得ないのです。
三船敏郎演ずる座頭市は北野武演ずる座頭市は交わらないものであるということと
同じ理屈です。
失礼しました。
>>カオルさん
>総体論ではなくて個別概念について話しませんか?
貴方に対して、その状況にはないように思います。
カオルさんは唐突に感動したり否定したり撤回したりを繰り返されていますが、
説明が殆どないので、何をどのように捉えてらっしゃるのか判断に苦慮しています。
それはそれでいい、とだけ言われても拍子抜けしてしまいます。実践が自殺と断片的
に言われても・・(^_^;
以前、解釈を与えるという貴方の立ち位置を受け入れ、それは変わりませんが、
貴方が貴方の志向をもって批判をされている以上、やはり貴方の立ち位置を明確に
示して欲しく思います。貴方の断片的な言葉から推測してはいますが、そろそろズバ
ーと言ってみませんか?貴方が言及したように、「自己自律」の基本部分では貴方の
論として共有できるのでしょうから、是非貴方流に修正を施して貴方の論として示して
欲しいです。もちろん全く別の示しでも構いませんけれど。。
>>ハルカさん
>>485-486については了解済みですし、ハルカさんのいう虚存−実存の同様の形式
が「自己自律」においても想定されていることは互いの基本理解になっていると思っ
ていましたが・・・(用語が統一されていないので誤解されていたのかも知れませんが
ならば存在(ある)−現実在をハルカさんの虚存−実存に統一しましょうか。)
繰り返してきましたが、ハルカさんの論と「自己自律」の相違は連環を一方的な関係
と留める他とみなすか、連関として自とみなすか、その捉え方のみ。そしてどちらも
ボクは併記する形として認知しています。そしてその答えは、最終的に脱却における
実践にて確認しあうしかないでしょう。対照的な論の伝えんとすることが互いに把握
できている上でなら、それで十分だと思っています。今回戻りましたのも、長き交流
の結末としてはあまりに相互理解がなされていないことを悲しく思い、その補完の為
に貴方ともう一度言葉を交わしたいと思ったからです。(つづく)
「自己自律」についてはほぼ説明しつくしましたが、焦点である連環における連関に
ついて補足しておきます。ハルカさんの想定のように生命体が「誰か」に生成された
のであれば、我々は誰かの志向をもって存立し、「誰か」はその志向を為すことで
変質している−つまり現象においてそのような具体的な切り離せない変化を関係が
もたらしていること、それが連関なのです。次元が異なろうと一方的であろうと(とい
うより一方から見れば常に一方的なのですが)です。もちろん相対的な関係を想定
できなければ連環に関係を見出すこともないのですが、現にハルカさんはそれを
見出しています。そうした想定において「誰か」と我々は互いの存立形式に切り離せ
ない変質をもたらしている意味で、連環もまた等しく連関しているのです。
私が関係を一方的なものだと捉えるとき、私はその対象と関係して互いに変質して
いることに無頓着なのだと思います。形式としての個体化の境界、ここで焦点になっ
ている連環の次元の違いも、そうした関係にあって曖昧で実体のないものになるの
です。
「誰か」に対し苦の根源を見出すとき、そのような相対的な対象はそのまた上位の
「誰か」に対し苦の根源を見出すことに繋がりますが、そのような相対的な対象に
苦の根源を見出そうとしてもそれは永遠に把握することはできません。苦の本質は
その奥に隠れていますよ、ということを指し示すのが、包括的な抽象概念として
「自己自律」を提起した目的です。
以上、
>>479-480と併せて読解してもらえれば、納得はされなくとも理解はされる
ものと期待しています。そうであるなら、ボクはこれまでの貴方との真剣な交わり、
批判点を互いに活かせると思っていますから十分です。あとは心置きなく脱却を
志向するだけです。
>>481は共に脱却を志し真剣な言葉を交わして来た貴方への
想いです。
>>506 Sさん
>貴方に対して、その状況にはないように思います。
わたしの理想としては、二人の都合の良い日時を決めてリアルタイムで、
個別の概念についての定義や解釈をひとつ一つを明確にして行きたいな、
と思っていました。全体論自体に反論するのでは個々の概念の論理矛盾や
使用語句の定義の曖昧さや、あるいはその帰結に至る推論の手続きの問題
とか・・・いくらでもごまかしが通用してしまうから。
経験上もSさんとはリアルタイムで議論する方が短時間で決着がつくので
・・・二人とも忙しい身ですし・・・とかいってほとんどわたしの都合ですけど。
>それはそれでいい、とだけ言われても拍子抜けしてしまいます。
S論は、わたしの提示してきた解釈や定義の言い替えに過ぎないです。
というか、"それそのもの"ではないですか? ちがいますか?
いまさら、ご自分が独自に考え出した論などとは言わせませんよ。
わたしはいつだってSさんの「自律」に手を差し伸べてきたんです。
なぜ気づいてくれないのですか?
具体的にレスを示さないとわからないのですか?
>実践が自殺と断片的に言われても・・(^_^;
(^_^; ・・・ 顔文字ですか。
あなたにここまでわたしの人格を手軽に扱われるとは思っていませんでした。
あなたがいままでわたしにくれた言葉はコトバにすぎなかったようですね。
あなたの真剣な交わりとはカオモジで処理される程度のものなのですね。
許せません。
>やはり貴方の立ち位置を明確に示して欲しく思います。
死です。そして苦です。
>そろそろズバーと言ってみませんか?
あなたはハルカにたいしてもそうだけどなんでそれほどお気楽なのでしょう。
じゆんさんのように発言にたいしての「責任」をもっと考えてください。
>貴方が言及したように、「自己自律」の基本部分では貴方の論として共有できるのでしょうから、
>是非貴方流に修正を施して貴方の論として示して欲しいです。
>もちろん全く別の示しでも構いませんけれど。。
「貴方流に修正を施して貴方の論として示して欲しい」・・・呆れます。
この傲慢さはどこから来るのでしょう。
「自己自律」論は、わたしの解釈や定義から一歩も外に出てないです。
「自己自律」論は、あなたが自分の頭で考えた論ではないのです。
だから、わたしは100%理解していると言ったのです。
ちなみに「自己自律」論は、完全にハルカの論に包含されています。
ずいぶん偉くなったあなたとこれからどうやって付き合えばいいのでしょう。
あなたがこのまま変わらないなら・・・
>ハルカへ
素晴らしい内容のレスです。
わたしもどんどん参加したいのだけどROMるので精一杯。
ユングは読んでおいた方がいいのかな?
>>503 じゆんさん
>カオルさん、あと何について考えたらよいでしょうか?
わたしは今ずっとじゆんさんのレスについて考え中です。
なのでわたしはとりあえずそれに集中です。
レスは遅れてしまうけど許してください。
>心が読めるのですかと聞かれたとき、心臓がとまってしまいそうでした。
>そこら辺は一番ふれてほしくないところなのです。
どうしてですか?
わたしは自分のことがわかってもらえてとても嬉しかったです。
痛くもありましたけど・・・。
四苦八苦ですな。
>>Sさん
…今まで貴方に感じていた違和感を私の勘違い(誤読)かと思って黙ってましたが。
>>479-481及び
>>507-508を読んでハッキリしましたので書きます。
【苦】の原因(元凶)は『個体化原理』それそのものである事。
『個体化原理』には誰であろうと、我々の遥か上位にいる存在であろうとも逆らえない絶対の基盤である事。
【誰か】達も逆らえない−逆に言えば『個体化原理』が有るからこそ【誰か】も存在出来ているのだという事。
そのくせ、その逆らえない事を逆手に取って…
『個体化原理』の尻馬に乗って『自分達の生存』というエゴイズムの塊のような目的の為に我々を利用しているのが許せないという事。
まるで『せっかく在るんだから、使わなきゃ損じゃないか?』とでも言う様に。
分かってますか?
ついでに言うなら
>>481ってのは何処から出てくるんですか?
こんな、思い上がりも甚だしい言い草は。
貴方には分からないかもしれないけどね。
『憎む』っていうのはとても純粋なエネルギーの発露なんです。
と同時に、ステップを上がるキッカケになるんですよ。
それに『【誰か】達を憎んで』いるからこそ、自殺を留まる力になってますしね。
『ここで自殺したら、その【苦】が【誰か】達にとって最高のご馳走になって奴らを喜ばせるだけ』
『その上自分は全てを−この絶望さえ忘れて一からやり直しになって奴らの食料になるだけ』
『この無意味な生をまた繰り返す−そんな事は嫌だ』
ってね。
>>498-502 >>じゆんさん
基本的には手放しでOKです。
全くもって素晴らしい。
とてもいい形で纏めて頂き有難う御座います。
ただ、
>>503で
>思うままに書いたので指摘があれば思う存分お願いします。
とありますので、幾つか。
>生命が存在者に似通っていくほど感動【搾取】が増すという観点でもこれは同様の論理として導き出されます(
>>500)
コレは『自由意志(とされるもの)』において近付くと、って事かな?
だとするならば、その通りです。
『衣食住』などの生存本能に直結した行為から遠ざかれば遠ざかるほど−
言うなれば、その【生命】の生活時間の『生存必須行為』が占める割合が低くなればなる程に【苦】は増します。
>時間という絶対概念の中で、因果律と個体化原理の種を蒔いて、育つに任せたという概念がおそらく適当だと(
>>500)
正解です。
だからこそ私は好んで『【種】を蒔く』という表現を使ってきたわけですし。
>おそらくこれは因果律が【実存】と【虚存】の関係、あるようなないような、みたいなもの(
>>502)
コレはチョット…
『因果律』ってのはその【世界】内にだけ適用される『【実存】法則』ですから…
『あるような、ないような』ではなく『確実にあるのだけど通常は認識しない(されない)もの』なんですよ。
全ての【世界】を包括する法則なんて無いという指摘はその通り。
>>511 >>カオルさん
いえいえ。
今まで通りご自分のペースでどうぞ。
>ユングは読んでおいた方がいいのかな?
別に必要無いです(苦笑)
単に『集合的無意識のモデル』として提示しただけですし。
『小島と岩盤のモデル』だけなら、ぐぐればスグに出てきますしね。
じゆんでございます。
ハルカさんへ
私があなたの言葉を語るとき、わかったような気になったとき
それは私の言葉があなたの言葉を語ったとき、それは私がその言葉を選び取り、
それがあなたの言葉を汚してしまっていること、それがあなたを苦々しくさせていることに、
私はいまでも、あなたに対して申し訳ない気持ちになります。なぜなら、あなたの言葉はこれ
以上ないくらい聡明だからです。そして私はあなたの言葉を曇らせています。それを私は理解
しているつもりです。あなたの言葉は聡明なるを理由にして、真実なるものをまっさらにして
我々のもとに届けます。あなたの言葉は書物以上に我々に耳に届きます。ときにはまぶしすぎ
るくらいです。なぜならあなたの言葉はまさに真実だからです。私はそのあなたの言葉を語り
ます。そしてあなたの言葉を汚します。だとしたら私はそのためにいるのだと思うときがあり
ます。私は我々のために語られるべきと思うのです。その傲慢さを私は呪います。しかしそれ
は私の意志の現れなのです。
なんのために語るか、それについて考える人は少ない。私もそれが何であるかは私自身もま
だわかりかねています。しかしあなたの言葉が聡明であることに私はこれ以上ない価値を持つ
と思われるのは気のせいではなく、あなたが真実についてよく知っている理由をおいてないの
です。このことについてやはりあなたに知って欲しいと思い、私はこのようにしか語るのです。
何度も言いますがどうかご自愛ください。
Sさんへ
サラダさん、語られぬことは放っておきましょう。
あなたはこの点においては馬鹿ですが
カオルさんも、ハルカさんも実はあほです。
カオルさんへ
無理にれすする必要はありません。
なぜなら私は語られぬことについて誇りを持ちたいと思うからです。
あなたが苦しむのなら、私はそれを快く思うし
あなたが快く思うなら、私はそれを苦しむのです。
この関係は基本的に不変です。
しかし関係が関係である限り救いがたいというわけではありません。
そして関係は途絶えぬものと私は理解しています。
これでは生は苦を理解していないではないかと言われてしまいそうですが、まあ構いませんよ。
ひきつづき営為に、
じゆんでした。
と書いた後でこのスレみるとみると、ハルカさんれすしておりますね。
その感想はまた後ほど
>>517 >>じゅんさん
>なぜならあなたの言葉はまさに真実だからです。
ぶー。ハズレ。
『真実』なんて物はありません。
それに『真実』=『信実』ですから。
要は『自分の信じている信念、概念』が『真(信)実』なんですし。
有るのは『事実』だけ。
その『事実』すら『限定された認識によって歪められたもの』でしか無いのですけどね。
ハルカさんへ
私の解釈についての指摘はまさにそのとおりです。
私が懸念していたところがそのまま指摘されてます。
あるようなないような、という言い方もそうでした。
【言葉】として因果律はあるんだけど、因果律そのものが本当にあんの?
という私の思いと混同されて出てきた言葉です。
ほんとうにずばりの指摘だったので、ちょっと感動しました。
あと前記のあなたへの言葉そのものがどうやら失礼な言葉のようです。
であればあれはあなたへの言葉ではなかったとご理解ください。
Sさんへ
あなたが奇妙な要求をし、カオルさんやハルカさんの人格を貶めつづけるのなら
どうか、私に対してその批判をぶつけてください。
私はおおよそのあなたの批判に対して答えられると思うし、
また答えられぬものは、答えられぬものとして明示することができると思うからです。
そのときは私も名乗り出ることも厭わいません。
なぜカオルさんとハルカさんがあなたのことを罵倒しているように、みえるのかは
それはそもそもの解釈の違いなのです。むしろどうしてあなたのことを構い続けるのかを
気づいてください。あなたの今の苦しみはよくわかりますが、それは苦しみ(生命の)であって
苦しみ(存在の)ではないのです。むしろあなたは自分を満足させているにすぎない。
存在の苦しみに満足などという解釈はないのです。
申し上げます。私はあなたの意見に近い立場にいます。
最後に自己言及について明らかにしておきます。自己言及は結果、満足ではなく、
どうでもよーくなるんです。狂気に似ています。悪意とも言えます。
そしてこのあたりは論理へと通じていきます。
最後にこのスレを読む名無しさんへ
ぜひ書き込んでください。煽りでも、文句でも、罵倒かまいません。
ただし荒らしは勘弁してください。
もしあなたの主義がageなのなら、それで書き込んでも私は結構です。
どうやら3人は違うようですが、まあそれはほっときましょう。
と書いたところでまたハルカさんが書き込んでおりますか
そうです「真実」は「信実」です。
おりょ、信実なんて言葉あったんですね。初めて知りました。
>>じゆんさん
どのように読解されるとそのように解釈されるのかは判りませんが、ボクについては
一言だけ、根本的に違うと言明しておきます。あとは以前のレスに尽きていますから、
他にボクから語るべきことはありません。お元気で。
>>ハルカさん
ボクがこの論を組み立てるに当たる原点はボクやハルカさんやカオルさんがそれ迄
露わにしていた憎悪にも似た不条理への反動を批判的に活かすことでした。それは
自己自律の初期説明に書いてあります。しかしこの論を組み立てた上でなお、ボクが
ハルカさんの論をも受け入れているのは、やはりかつてのボク自身の叫びを論理的
整合性だけでシフトさせるには未だ至れず、何が脱却に必要なことなのかは、実践
して行く中でしか確かめられないからです。
苦の根源は個体化の原理そのものからさらに言及すれば存在という原理そのもの
に至るとボクは考えています。つまり方法論は変われど、SHスレからのボクの原点
であった虚存−実存のパッケージ=箱庭そのものからの脱却なくして苦の脱却は
ないということです。ハルカさんは虚無への移行を掲げていますから、共有できるもの
を感じ、苦の本質が相対的な対象に貫かれる個体化の原理、その奥の存在原理に
あることの示しとして包括的な抽象概念を示し構図を単純化したのです。
>>481はそうした観点に立った貴方への批判点です。しかしかつて書いたように意志
の沈静ベクトルの究極がもしも存在原理を超えて虚無に至れるなら、意志の躍動ベ
クトルの究極も存在原理を超えて虚無に至れるという理屈も成り立つかもしれない。
だからやはり何がとは断定できないとも思っています。因みにカオルさんの言う沈静
が虚存を超えられないという指摘はあくまで仮想体験レベルに留まるものと解釈して
います。もし沈静の究極が虚無に至れないのであれば単にベクトルが違うだけの
躍動もまた虚無に至れるはずもなく、我々が到底虚無を想定できないように、無が
ありえぬものなら、カオルさんの言う死に至るだけですから、それならそれで良しと。
あとは自ら実践して確認することにします。これまでご叱咤ご批判有難う御座いました。
>>カオルさん
う〜ん、ここに来てまた100%理解宣言がでましたね。
繰り返してきましたが、ボク自身は何も変わっていないですし、「自己自律」は828さん
の批判やカオルさんハルカさんの導きの上に成り立っていると書いてきました。それ
は貴方も理解されていると思いましたが。。。貴方がS論と呼ぶこの論を、ボクがどう
して「自己自律」と中立的に呼んで来たかはそうした導きへのボクのせめてもの敬意
です。けれどS論と呼んでいた貴方の本心は、すべて私の誘導による私の論、という
ことだったのですね。。。偉くなったようにボクを鼻持ちならない眼で見るのも、感情的
に叩けるのも貴方自身の作り上げている虚像だと思います。
「自己自律」は多くのひとの関わりから組み立てることができたものですが、組み立て
たボクの志向が当然反映されてしまいますし、原点としてボクやハルカさんやカオル
さんがそれ迄露わにしていた憎悪にも似た不条理への反動を批判的に活かすことが
ありました。だからカオルさん自身が否定されたり自身の志向とは異なるとされるのは
わかりますし、それが明瞭に示されないままここに至っているので、ボクとしては個別
云々以前にカオルさんの論を尋ねたのですが、そのように解釈されては元も子もない
です。ところで、例えばつい最近まで執拗に神なきルサンチマンと批判を繰り返されて
いましたが、その結果は貴方が100%理解されていたものでしたでしょうか?きっと
そうなのでしょうね。敬服いたします。
顔文字についてはボクはまず使いませんでしたが、自殺という深刻な言葉に触れるに
当たって貴方に少しでも柔軟に当たれるようにとの気持ちで書きましたが、これも捉え
方ひとつで感情的な反発を呼んでしまったようです。しかし貴方に不快感を与えたこと
は謝罪いたします。これまで交わしたレスについては何も隠し立てすることもありません。
貴方が「自己自律」を100%理解されているのでしたら、貴方との議論の必要もないで
すしボクの出る幕もないでしょう。貴方の「自己自律」論を貴方にお返しして、ボクは心
置きなく実践に専念できます。以後のレスは無用にて、貴方に安心してお任せします。
お気遣い有難うございました。
上2つの520、521は私じゆんが書いたものです。
言い忘れていた言葉がありましたので申し上げます。
今後とも営為にいきましょう。
じゆんです
Sさん、私、わからないことがあったのでお聞きしたいと思っていることが
あったのです。実践てなんですか?
あなたはそれについて充分ご存じだとは思いますが
語れないと思います。
なぜ語れないのでしょうか?
あなたは語れないことまで語ったことにしようとしているのです。
それは空虚です。
>>ハルカ、カオル
ここは、哲学板です。
哲学の土俵で論じてください。
でなければ、哲学板を去ってください。
二人は信仰と哲学的思惟とを区別できていないと思います。
>>522 >根本的に違うと言明しておきます。あとは以前のレスに尽きていますから、
>他にボクから語るべきことはありません。お元気で。
そうです。根本的に違うんです。
そしてあなたが以前のレスに尽きているというのなら、そこであなたは沈黙しなくてはいけないはずです。
あとあなたに言われなくても私は元気です。すごく元気です。
言っておきましょう、S論もハルカ論も実はないんです。
そうなるとどちらかが神様になってしまうんです。だから論理なんてものもどーでもいいはずなんです。
でも言葉は残るでしょう。あなたの語られる言葉はいつでも発せられます。
あなたが好きと嫌いを、ふたつ同時に言いますが、それじゃ相手を苦しめるだけじゃないですか。
あなたが言葉で右往左往するたびに、相手も右往左往するんです。
あなたの苦しみは相手にも伝わるんです。ハルカさんは一度も苦しいとは言わなかった。
カオルさんはちょっとだけ言ったけど、私もずいぶん言ったけど。
苦しめるだけなら、言わぬほうがよくありませんか。
もはや過去れすなんて関係ないです。どうせ全部思いつきで語ったものだし
過ぎた時間だけを問題にしてください。一応言っておきますが、少なくとも
私はリアルタイム(ほぼ)で見させて頂いております。見られないから見ないんですが
んですが、いまのところ見る気が全然おきません。それだったら本を読んでいたほうがましです。
また誤解も理解のうちじゃないでしょうか。
まあ男に言われるのは単に気色悪いとおもいますが、あなたのことは結構好きです。
言うまでもないことだとは思いますが、私はノーマルですから。
またあなただからこそ言っておきますが、健康には大事にしてください。
よろしくお願いします。
じゆんでした。
>>527 527さんへ
私見ですみませんが
哲学とは宗教を、もしくは神をエポケーしてする思惟ではないでしょうか。
少なくとも我々は神を設定しての議論はしてないと思います。
なお私の足りない記憶では最初に神を設定した哲学は見あたりません。
しかし名だたる哲学者の論理はおうおうにして神に接近しているようにみえるのは
どうしてなんでしょうね。
まあこれも億見ですがね。
527さん
営為に、ありがとうございました。
どうでもいいちゃいいんですが、書き込んでみました。
神をエポケー?
それは哲学の中のひとつの立場に過ぎないよ。
有神論哲学だってもちろんあるわけだ。
ただし、「上位の世界から誰かが利用している」とかいうことは、
明らかに人間の理論的認識を超えた領域であるということ、
それを自覚して議論しているとは、とても思えないね。
それを自覚していないなら、哲学とは言えないのだよ、現代においては。
>>529 「哲学の土俵で論じていない」という理由だけで去らなければならないなら、
この板のスレの「8割」は該当するので。
少なくともこのスレ住人はそれらのスレ住人に比べ、「真摯に議論」しようという
「哲学的態度」はあるので去る必要はない。
真摯に議論することが「哲学的態度」?
違いますよ。
どの板でも真摯に議論すれば「哲学的態度」といえるわけだね、君にとってはw
537 :
考える名無しさん:03/10/31 08:44
祭りage
哲学的を説明してください
自分の考え方、感じ方を見つめ返し、捉え返す「省察的態度」。
「独断的態度」の反対。
独断的態度は、ここではハルカに顕著に現れている。
ハルカがここで何をしたいのかさっぱりわからん。
カント以降においては、理論理性の限界を超えた問題について
何らかの断定をすることは、独断的形而上学と呼ばれる。
ハルカの書き込みはまさにそれであり、
それは現代においては、「哲学」とは言えない。
「誰かに採取されてる」ってのは形而上学なの?
独断的形而上学。言い換えれば、単なる信仰。
独断的形而上学っていうとなんか様になるね。
害基地にしか見えないけどw
独断的形而上学(信仰)の厄介なところは、それを論証することが
できないと同時に、反駁することもできない点。
だからこのスレでのハルカのように、
同じ発言を何度も繰り返すだけ、という結果になる。
議論の相手をする人は、疲れるだけで、得るものはない。
信仰の領域の問題は、議論にはならないから。
結局ハルカは何をしたいんだ?
布教活動?
憎悪
虚無
規制
○○は○○を呼ぶ
「じゆん」という○○が一匹釣れたようだ・・・
ハルカの戦績
すまん、ここでなにを議論してるのか端的に分かるようなレス番号があったら教えてくれ。
過去スレとか読めないもんで。「神様」のようなものがいるってことになってる?
あと参考文献なんかがあったら教えて。先哲では誰と関係ある?
ハルカは「精神世界」。
カオルは「my哲学」&「ポエム」。
Sは「ショーペンハウアー」。
らしい。
thx それで議論が成り立つとは… 新しい物は異なるものの混合で生まれるってことか。
連関(連環?)世界とか上位下位の世界といったようなこともショーペンハウエル?
いや、議論は成り立っていないようだ・・・
「連関(連環?)世界とか上位下位の世界」はハルカの『精神世界』。
我々人間は『誰かさん』に搾取されている
らしい・・・w
ハルカに声かけてもらえるといいね。
ハルカは、スルーできない体質なんだょ・・・
スルーする時も、「スルーする」と言ってスルーする・・・w
>>553 ハルカが誰かに採取されてると言い始めてから加速度的におかしくなってた。
Sもむりやりそれを取り入れようとして・・
561 :
考える名無しさん:03/10/31 14:35
祭りage
545 :考える名無しさん :03/10/31 09:10
独断的形而上学(信仰)の厄介なところは、それを論証することが
できないと同時に、反駁することもできない点。
だからこのスレでのハルカのように、
同じ発言を何度も繰り返すだけ、という結果になる。
議論の相手をする人は、疲れるだけで、得るものはない。
信仰の領域の問題は、議論にはならないから。
何ヶ月同じこと逝ってる?
ぴかぁなんか比じゃないだろw
基地害ですかw
カオルってのは何者よ?
分裂症のババア
ハルカに声かけてもらえるといいね。
567 :
考える名無しさん:03/10/31 15:07
逆ナンってこと?
ハルカもオバハンだろ?
>逆ナンってこと?
君が「逆ナン(ワラ)」なんかされるわけないでしょうw
カオルは中卒
ハルカとSは高卒
で、お前は引きこもりw
Sクン必死だなw
骨必死だなw
ハルカってぶっちゃけ何やってる人?
イカ臭いね、君w >573
ウンコ
Sじゃなくて格板だろw
賛成派の集会所はここですかw
578 :
考える名無しさん:03/10/31 15:33
みなさま、ご苦労様でした。
509 :ボヤッキー ★ :03/10/30 19:03 ID:???
哲学板は現状でも問題ないと思いますが。
スレッドが乱立してすぐ圧縮されるとか削除依頼が追いつかないというのならわかりますけど。
ボーイズゲーとガールズゲーは変えました。
579 :
考える名無しさん:03/10/31 15:35
625 :ボヤッキー ★ :03/10/21 09:40 ID:???
哲学板はこれ以上厳しくしなくてもいいような。
削除依頼が追いつかないくらい削除対象スレッドが立ち続けているなら
厳しくなる可能性もなくはないですが。
・・運営側の見解はシリア論証通りやないかw
580 :
考える名無しさん:03/10/31 15:36
350 :考える名無しさん :03/10/30 22:57
検討して頂いたお礼がまだ書いてなかったので不肖ながら自分が貼ってきました。
512 :哲学板住民 :03/10/30 22:50 ID:uwziDYDJ
>>509 ボヤッキー ★ 様
今回は手前どもの規制要望賛成反対同時提出という不躾な申請書を検討くださり有難う御座いました。
哲学板は現状でも問題ないという厳正な裁定を重く受けとめ、今後は安易な規制申請は控えるようにいたします。
有難う御座いました。
581 :
考える名無しさん:03/10/31 15:37
351 :考える名無しさん :03/10/30 23:32
今夜ハルカがブチ切れる・・・(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
このスレでは暴れられないからいつものようにSキュンにヒステリーを爆発させるんだろなw
しかもSキュン規制反対論者だしw
例のスレから目が離せないねw
わかりやすいなw
\ /
(⌒)
/ ̄ ̄| ∧_∧ また格板が無様を晒してるね
| ||. | 旦~ (´ー` )
\__| ======== \
| | /********ゞノ ,_)
 ̄ ̄ ~~~~~~~~~~~~~~~~
584 :
考える名無しさん:03/10/31 15:49
ぴかぁ〜か・・・
585 :
考える名無しさん:03/10/31 15:50
22 名前:ぴかぁ〜 :03/10/31 15:42
どしたん?
\ /
(⌒)
/ ̄ ̄| ∧_∧ またぴかぁ〜が無様を晒したね
| ||. | 旦~ (´ー` )
\__| ======== \
| | /********ゞノ ,_)
 ̄ ̄ ~~~~~~~~~~~~~~~~
必死すぎてワラタw
364 :考える名無しさん :03/10/31 06:55
509 :ボヤッキー ★ :03/10/30 19:03 ID:???
哲学板は現状でも問題ないと思いますが。
スレッドが乱立してすぐ圧縮されるとか削除依頼が追いつかないというのならわかりますけど。
圧縮ってどの程度の頻度で起きているのかな?
そこからまた攻めることはできるのでは。
ローカルルールやIDは否定するが
48か64程度のスレ立て規制なら構わんよ。
がんばれぴかぁ〜!!
590 :
考える名無しさん:03/10/31 16:03
涙目でがんばってるのは格板w
591 :
考える名無しさん:03/10/31 16:03
涙目でがんばってるのはぴかぁ〜w
592 :
考える名無しさん:03/10/31 16:04
さて、今日も朝からこのスレに粘着しているぴかぁ〜の生態調査でもしましょうかねw
593 :
考える名無しさん:03/10/31 16:05
認めなきゃ!現実をw
509 :ボヤッキー ★ :03/10/30 19:03 ID:???
哲学板は現状でも問題ないと思いますが。
スレッドが乱立してすぐ圧縮されるとか削除依頼が追いつかないというのならわかりますけど。
ボーイズゲーとガールズゲーは変えました。
594 :
考える名無しさん:03/10/31 16:09
625 :ボヤッキー ★ :03/10/21 09:40 ID:???
哲学板はこれ以上厳しくしなくてもいいような。
削除依頼が追いつかないくらい削除対象スレッドが立ち続けているなら
厳しくなる可能性もなくはないですが。
・・運営側の見解はシリア論証通りやないかw
595 :
考える名無しさん:03/10/31 16:10
350 :考える名無しさん :03/10/30 22:57
検討して頂いたお礼がまだ書いてなかったので不肖ながら自分が貼ってきました。
512 :哲学板住民 :03/10/30 22:50 ID:uwziDYDJ
>>509 ボヤッキー ★ 様
今回は手前どもの規制要望賛成反対同時提出という不躾な申請書を検討くださり有難う御座いました。
哲学板は現状でも問題ないという厳正な裁定を重く受けとめ、今後は安易な規制申請は控えるようにいたします。
有難う御座いました。
596 :
考える名無しさん:03/10/31 16:12
351 :考える名無しさん :03/10/30 23:32
今夜ハルカがブチ切れる・・・(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
このスレでは暴れられないからいつものようにSキュンにヒステリーを爆発させるんだろなw
しかもSキュン規制反対論者だしw
例のスレから目が離せないねw
がんばれぴかぁ〜!!
ぴかぁ〜の名前が出た途端粘着君が出てこなくなったね な〜んでだろ?w
>>485でハルカ様は以下のようにおっしゃったのだが、
a.b.c.d.e.f... これが各【世界】を現しているとしますよ?
これらの【世界】は全て【実存】なんですよ。
aはハルカ様の【世界】、bはカオルさんの【世界】、cはSきゅんの【世界】。。。
ということで、「これらの【世界】は全て【実存】」なんですか?
面倒くさいだろうから、yesかnoで、お答えいただきたい。
600 :
考える名無しさん:03/10/31 18:56
脳w
601 :
考える名無しさん:03/10/31 19:00
aがチミらの世界だとすると
bがチミらを造った「誰か」の世界w
cがその「誰か」をを造った「誰か」の「誰か」の世界ww
602 :
考える名無しさん:03/10/31 19:03
ハルカはそれを知っているんだとさw
541 :考える名無しさん :03/10/31 08:58
カント以降においては、理論理性の限界を超えた問題について
何らかの断定をすることは、独断的形而上学と呼ばれる。
ハルカの書き込みはまさにそれであり、
それは現代においては、「哲学」とは言えない。
545 :考える名無しさん :03/10/31 09:10
独断的形而上学(信仰)の厄介なところは、それを論証することが
できないと同時に、反駁することもできない点。
だからこのスレでのハルカのように、
同じ発言を何度も繰り返すだけ、という結果になる。
議論の相手をする人は、疲れるだけで、得るものはない。
信仰の領域の問題は、議論にはならないから。
605 :
考える名無しさん:03/10/31 19:33
しかし教義が憎悪では宗教板でも叩かれるだけだろう。
そして哲板でも叩かれまくってとうとう勘違いした善人Sとボダのカオルだけが残ったのだが・・
批判を展開したSは教祖は裏切り者と認定。Sまでが去り、とうとうまともな人間はだれも相手しなくなった・・
気晴らしに続けていた規制議論でも敗れ、もはやハルカには何もない。
606 :
考える名無しさん:03/10/31 19:38
憎悪、生命すべてへの憎悪、世界への憎悪、存在することへの憎悪・・
これは悟りと何が関係するのか。何もない。
憎悪を撒き散らす怨念だけがそこにある。
607 :
考える名無しさん:03/10/31 19:46
結論はこうだ。
ハルカは悟りたくても悟れない。
憎悪、憎悪、憎悪、そして憎悪を撒き散らす醜さを嫌われ、ますます憎悪は高まる。
それでもハルカは悟れない。
やがて精神の限界を超え、ハルカは完全に発狂してジ・エンド。
あるいはぷつりと糸が切れた瞬間、おもむろに荒縄に首を吊るハルカの姿がある。
608 :
偶像崇拝 ◆4f8bR1PAyM :03/10/31 19:51
解ったナリよ悟ったナリよ奇天烈斎さま、命の謎が解明できたナリ!!
それはつまり(以下略
113 名前:S・ピカァー :03/10/31 19:50
ハルカのスレを荒らした俺が悪かったからもう止めてくれない?
114 名前:これを自作自演と呼ぶ(ワラ :03/10/31 19:52
泣き入れてんじゃねーよ、チンカスw
610 :
考える名無しさん:03/10/31 19:56
そしてかつてハルカと呼ばれた、糞尿を垂らしながら吊られた醜い肉隗だけがのこる。
それを発見した者も処理する者もおぞましい嫌悪と吐き気をもよおすだろう。
それがハルカの最期の憎悪だったのかもしれない。
611 :
考える名無しさん:03/10/31 21:10
そ し て 誰 も い な く な っ た
エズオドエズオドットコリ〜モナ〜ワラウム返し
ットコリ〜モナ〜ワラウム返し
と唱えなさい
エズオドエズオドットコリ〜モナ〜ワラウム返し
ットコリ〜モナ〜ワラウム返し
と唱えなさい
613 :
考える名無しさん:03/11/01 06:24
>>600−602
そうですね。このあたりはハルカ様が繰り返し述べていらっしゃるところですね。
>aがチミらの世界だとすると
>bがチミらを造った「誰か」の世界w
>cがその「誰か」をを造った「誰か」の「誰か」の世界ww
であったとしても、bはaを造った父母の世界。cは父母を造ったジジババの世界と、考えることも
できますが、それはしつこいでしょうね。
それはそうと「脳w」に対して面白いツッコミが思いつきません。ぼけたらつっこむ。人としての礼
儀に欠き、申し訳ありません。m(_ _)m
>>604 >独断的形而上学(信仰)の厄介なところは、それを論証することが
>できないと同時に、反駁することもできない点。
>議論の相手をする人は、疲れるだけで、得るものはない。
>信仰の領域の問題は、議論にはならないから。
中江兆民は『続一年有半』で神はいないこと、そして神の代理人は詐欺師であると批判する。
まあそんなもんだろうと、それはそれで認めてもいいのだが、しかしこれはこれで別の問題が発生す
る。それはなぜ人類は有史以来(そしておそらく歴史以前から)、詐欺師にだまされつづけてきたの
かという問題であり、それはつまり信仰心とは何かという問題である。
そして神とは何かという問いは形而上のもので考えることはできない(かもしれない)が、しかし信
仰心とは何かという問いであれば、それは自分自身のことであり自省によって答えは出るはずである。
このようなことを昔、考えていました。てへっ
ごめんなさい。613は599です。
しかもageているし。
マジボケ、カコワルイ。
>>523-524 >>Sさん
私の脱却への志向は…
『【個体化原理】という絶対の基盤の元では【苦】から逃れようともがく事さえ【苦】となる』
『【死】ですらも終焉ではなく、【存在】としてある以上この【苦】は永劫に続く』
(↑輪廻転生の肯定)
『ならば発想を転換し、成長や進化を目的に生きれば良いのかとなると…それは無意味でしかない』
『何故ならば、どの目的も最終的には【死=消失の回避】という一点に集約される為だ』
『そこまでして、死を回避し生存する意味が何処にあるのか。【死の回避】以外にあるのか』
『在る訳が無い。だが私は生存しており周囲には無数の【生命】が溢れている』
『何故か。多大な【苦】と僅かな【快】を感じながら生きる意味は?』
『何故だろうか。生存自体が意味だとすれば【苦】を感じる必要は無いはずだ。なのに…』
『どうやら【生命】は自らの意思で自らの特性(【苦】に敏感)を操作出来ないようだ』
『こんな不安定な【生命】というもの自体が誕生した意味さえもハッキリしない』
『だが【生命】は進化(とされるもの)をする毎に【苦】に対して過敏になってきているのだけは事実のようだ』
『こんな事実の上で【生命】が自壊しない方が逆に不思議だ』
『ならば、【誰か】が【生命】が自壊せぬように調整していると仮定したら?』
『それならば筋が通る。が、何故わざわざ調整などせねばならない?』
『もう一つの仮定として【誰か】が【生命】を調整する事で何らかの利益を得ているとは考えられないか』
『では、その利益とは?我々【生命】が発するもので全【生命】に共通なものと言えば【苦】しかない』
(↑『誰か』の肯定。一方的搾取の肯定)
『これならば筋が通る。が、救いは一切無い』
『ならば、【存在】より脱し【虚無】へと消えるしか【苦】を滅す方法は無い』
となってますよ。
(長文分割)
(続き)
さて、ここで質問。
私の志向の中には貴方がエポケーした−エポケーにもなってないものが二つとも含まれています。
そしてこれが私の志向を揺ぎ無いものとしています。
貴方の志向は…【無】への帰順の志向は『何故』もたらされたものでしょうか?
>>616 ん、正確に言うと三つか。
でも『【誰か】の肯定』と『一方的搾取の肯定』はほぼイコールだし。
お〜い、Sキュン。戻ってこ〜い!!
それにせっかくの良スレもったいないぞ〜。
せいぜいババア=カオルが落し前つけられんだろうから放っとけやw
ついでにババアがシリアのわけねーだろがw
オメーなんかに感謝するわけねーつのw
どこまで醜いんだか、この自意識過剰な自己中ババアはw
Sキュンだって2ちゃんしながら修練つーわけにもいかんだろw
毎日貼り付いてるハルカじゃあるまいしw
放置しといてやれw
>>615 私がハルカ論に感じる疑問点。
0.存在論としての【苦】がなぜ「苦」となるのかわからない
1.生命レベルの「苦」だけを取り出して、それを存在論的な【苦】へと結びつける
2.搾取目的だけにしては、この世界は不合理かつ複雑すぎる。
3.仮にハルカ論が正しいとしても、それを理由に我々生命に「救いが一切ない」とは考えられない。
0.存在論としての【苦】を
0-1.【存在】がわざわざ完全静止不可能な【生命】形態を取る
>>468 0-2.超越者による我々生命の搾取
とすると、なぜこの生命体の本質描写である【苦】に、【生命】レベルの(感情としての)
「苦」が結びつくのかわかりません。たんにハルカさんの解釈ではないですか?
そうであるならばハルカ論は、存在論一般としては成り立ち得ないのではないで
しょうか?
1:私がハルカさんのような「入れ子世界」を想定するのなら、「生命の搾取」
ではなく、ペット感覚で我々の世界の観察して楽しんでいると考えます。
なぜ超越者は我々に苦だけでなく快も与え、我々の人生にドラマやスパイスを
与える必要があるのでしょう?
2:人間以外の下等生物(例えば昆虫とか植物とか)に苦があるでしょうか?苦が
超越者のエネルギー源ならば、これら苦を持たない生命や、生命と関係を持たず
に存在する非生命は超越者にとって何の存在意義があるのでしょう。
3.実社会において我々は、互いに搾取、被搾取の関係で成り立っています。それに
対して「救いが一切ない」とは思わないでしょう。超越者が我々の生命エネルギーを
搾取しているとしても、その見返りとして我々にはこのスパイスの利いた人生を与えて
くれます。それ自体に感謝すべきではないですか?彼がいなければ我々は生きること
すらできません。【苦】や「苦」の存在が事実だとしても、何故ゆえ「救いは一切ない」と
言えるのでしょう?
全体的な感想としては、ハルカ論には人間中心主義的な思想を感じます。
人間は神によって選ばれたとするキリスト教と反対の意味で、超越者によって人間は選ばれ、生かされている
とする思想です。世界は超越者のために、そして彼の最大のエネルギー源である人間のために創られたと
考えてませんか?ハルカ論は人間の世界観を基盤に導出されたもので、(苦を持たない)他の生命、自然物を
内包する考え方とは思えません。
(過去ログほとんど読んでいませんので、既出・見当違いでしたらすみません)
一つ付け加えておくと、存在の根拠を問うハルカ論は充分哲学的だと思います
ハルカ様の託宣は哲学じゃないよw
じゆんです。
ハルカさんの質問を読みました。私宛じゃないですが、私宛のように読みました。
そして読んで、やはり私はわかってなかったんだな、と言わざるをえません。
少なくとも生は苦である、このラインに接近するためには、(私はこのための議論
の必要性を感じていました)やはりハルカさんの2つの質問の答えをエポケーし、
それ以外の無限とも思われる概念について、あらゆる方法を用いて考えなければい
けないと思っていました。そしてその意図(意志)に従って私は発言させて頂きました。
またこれは、カオルさんやハルカさんの望みなのではないかと勝手に思っていました。
しかし、この私の勝手な望みはこの私とハルカさんの差異の隔たりに絶望を感じて
しまいました。Sさん、いや誰にでもなくみなさんにまず申し上げます。この営みは
やはりなにかが最終的に得られるものではないと思います。みなさんの指摘のとおり
隔たりは隔たりとして残ります。無意味とも思われるかもしれません。
しかし……私はこのしかしの後に続く言葉が見つかりません。私はこの後に続くに必要な
一切の知見を持ち合わせません。ときどきわかってしまいそうな気になりますが、それは
幻です。Sさん、あなたが議論ではなく実践にこだわるのはわかります。そしてあなたが
まだ望みを捨てきっていないこともわかります。その点において私はあなたと同じ立場に
いるのだと思いました。そしてあなたが私よりも遙かに高い志向を持っていることも。
ですから、あなたはその意図をわかってもらえないとまず苦しんでいるのでしょう。そして
それを乗り越えようとしているのでしょう。しかし、、、
私は、まずみなさんに絶望について明らかにします。この接近行為の不可能性を明らかにします。
これは乗り越えるものではありません。これを片時も忘れぬことです。
私は絶望についてやはり無力です。いかにそれが絶望という概念を離れても、絶望は、絶望として
残ります。これがつまりハルカさんの言う【生命】の【苦】です。
(続きます)
ハルカさん以外の人に申し上げます。この絶望を見る必要はありません。この絶望は
見なかったことにしてください。存在しないものとして扱ってください。
どうかよろしくお願いします。これはハルカさんの真意だと思います。
どうかこの絶望をあるとは思わないでください。
私は時折話している存在と実存のレベルを混同しますが、それは認識しています。これは私のレスを指摘するハルカさんの指摘によって明らかになります。私がわかっていないと感じるのはこの混同にあります。
ハルカさん、すいません。私があなたのことを理解していると思っているのであれば誤解です。
逆に何も理解していないのです。わかった気になっているだけです。もしこれがあなたのことを
より苦しめているのなら、それは私のあなたへの悪意そのものと受け取ってくれてかまいません。
しかし、
Sさん、ハルカさんの質問は我々に対しての質問です。この真意にあるものは、誤解ではなく
認識だと思うのです。それだけは申し上げておきます。その概念の表象について、私はあなたの言葉
から判断して私はあなたのことをいぶかるのです。
おそらくあなたはわかるはずだという意志が非常に強いのだと思います。
しかし、とどまってください、これはどうかよろしくお願いします。
おそらく私のやろうとしていることは無力なのだと思います。
おそらく私のやろうとしていることは無意味なのだと思います。
絶望を認識するだけです。苦を感じるだけです。死を見つめるだけです。
何ら希望もなく、満足は幻で、それでも生きなければならない、本当にもうそれだけの
ことです。ここから先にあるものを確認します。おそらく信念です。意志を利用することです。
意志を操ることです。意志を否定することです。私はその先になにかがあるはずだとは、
感じ取れますが、それもおそらく幻ですが、そのなにかはあるのかどうかについても不明です。
それをあると信じることが私の立場なのです。これは私とハルカさん、私とカオルさんとの
大きな隔たりだと自認しております。
カオルさん、私がわかっているつもりになっていたら、ぜひそれを教えてください。
ぼろくそに言ってくれて構いません。私の人格ごと否定してもらっても構いません。
カオルさん、あなたはどうかハルカさんのために行動してください。少なくとも
これについて理解できるのはあなただけのようです。非常に勝手なお願いですが
どうかよろしくお願いします。
ハルカさん、もし私があなたのことを理解しているつもりが、またカオルさんの理解が
あなたの助けになるのなら、ぜひそれを利用してください。おそらく、無理なのだと
あなたは言うのかもしれませんが、私はこの点において無理じゃないと言い続けます。
生は苦じゃないと言い続けます。これは信じてください。無理でも信じてください。
みなさんに申し上げます。私がやろうとしていくことはこの後も変わりません。
言ったことに偽りはありません。言葉は、論理ではなく倫理です。私はこのために
言葉を用いるのです。みなさんもどうかそのご理解をよろしくお願いします。
私はあなた達に死ねとは言いませんが、生きろとは絶対に言いません。
ですからそれを理解して頂いたつもりになって、なおも営為を続行したいと思います。
>>621 621さんへ
おそらくあなたは、ハルカさんのことをよく理解していると思います。それを信じる根拠は
あなたの言葉を信じるからだとまず申し上げておきます。
あなたの文を読んで、まず思ったことを私は申し上げます。あなたは誤解と受け取られるのなら
それでも構いません。しかし誤解も理解のうちだと私は思います。
あなたには、非常にフィクションを肯定する意志が強いと思われました。それはあなたの必要なものだと
私は思いますし、それを否定するつもりは私にはありません。【誰か】を否定するだけの知見を充分に
持ち合わせていると私は感じます。しかし、あるのかどうかについては、私はこれは不可知だと申し上げます。
そしてあなたの信念と、私、またその他の生命の信念は、まったく違います。あなたはこれを認めることが
できるはずです。あなたはそれを強要できないと充分に理解していると思います。
フィクション、物語、可能性、信念、知見これらの言葉は全て【存在】を否定するためにあるのだと
私は思います。この点においてもあなたはそれを認めることができるはずです。
私は未来については問いません。過去についても問いません。あなたの言うように存在を問うことが
できるだけです。なぜ存在のみが明らかに問うことができるのか、私はこれを疑問に思います。
これこそが私はハルカさんが私たちに投げかける真意なのだと理解してください。
哲学に唯一可能性があるとしたら、私はこれをおいてないと考えるのが私の立場です。
おそらく哲学に知見の深いあなたにも同様の信念も感じます。
またあなたに対して申し上げます。私がやっていることは、フィクションの破壊です。
または可能性の駆逐です。すべてそれを失っていけば、そこには苦がないと感じられるのは
気のせいだとは思いません。ここにハルカさんの言う悟りの意図があるのだと理解してください。
いや、忘れてください。あなたのことを買いかぶっているだけに過ぎないかもしれない。
私はあなたの意見を否定します。あなたは絶望について何ら理解していない。
あなたの聡明な言葉を私の抽象的な表現で破壊してしまったのならそれは許してください。
>ハルカさんへ
辞書で引いてみました
【信実】
まじめで偽りがないさま
この言葉は私にはおそらく使えませんね。
でも教えていただいてどうもありがとうございます。
>ハルカさんへ
辞書で引いてみました
【信実】
まじめで偽りがないさま
この言葉は私にはおそらく使えませんね。
でも教えていただいてどうもありがとうございます。
631 :
考える名無しさん:03/11/01 19:49
Sの次はじゆんかよ・・・
>>615 について
>『【個体化原理】という絶対の基盤の元では【苦】から逃れようともがく事さえ【苦】となる』
絶対の概念は神にだけ適用されるべきで概念には適用されない。はじめから終わりまで
ずっと「苦」であるなら「苦」という言葉自体必要なくなる。「苦」が消滅する。
>『【死】ですらも終焉ではなく、【存在】としてある以上この【苦】は永劫に続く』
(↑輪廻転生の肯定)
死は存在しない。この世からあの世の引越しにすぎない。人間は有限な存在であり、
正しくは存在に値しない。存在されるのは唯一「神」だけでその方は苦しまれているのか
どうか私は知らないが、邪悪極まりない全ての人間を滅ぼさずに存続させるのに
骨を折っているかもしれない。でもそれを人間に示す事は絶対にない。人間には
理解不可能である。
>『ならば発想を転換し、成長や進化を目的に生きれば良いのかとなると…それは無意味でしかない』
進化論は未だに「仮説」の段階に過ぎない。そんな事を目的にするより
正しい生き方をしているのに迫害されている人を助けた方が良いと思いますが。
>『何故ならば、どの目的も最終的には【死=消失の回避】という一点に集約される為だ』
死はありえない。人間は自分を殺し他人を生かすのが最終目的である。
これを実践すると他人も自分に対しそれをやってくれる。
>『そこまでして、死を回避し生存する意味が何処にあるのか。【死の回避】以外にあるのか』
死は幻に過ぎない。今まで「死んだ」とされた人々も死は見なかった。
何故なら一番「死」の近くにいながらそれが来た時にはすでに意識を失っているからである。
>『在る訳が無い。だが私は生存しており周囲には無数の【生命】が溢れている』
生命は無数にあるわけがない。それは圧倒的に優れているから。それは全知全能
の力を伴っている。美しいから。ゆえに我々人間のような邪悪で無知無能な
存在の中に生命があるわけがない。生命はひとつしかない。それは無限にして
分割不可能な存在である。
>『何故か。多大な【苦】と僅かな【快】を感じながら生きる意味は?』
悪と闘うために苦悩はつきものでしょう。その相手から悪を取り除いて
やっているんだから。「快」が僅かなのはそれに溺れたら悪と闘うのが
おろそかになるから。
>『何故だろうか。生存自体が意味だとすれば【苦】を感じる必要は無いはずだ。なのに…』
生存自体が意味ではない。人間には自由意志がある。なので人間はロボットではない。
悪と闘い、自らの力で最高の善に近づくのが人間の道。それこそ唯一存在である「生命
そのもの」への恩返しにつながる。その「生命」は善であるのに邪悪な存在である
全ての人間の為に「生命」を苦痛の中に捨てられる。それでもその方が
生きておられるのは全知全能で無限にして分割不可能だからである。
>『どうやら【生命】は自らの意思で自らの特性(【苦】に敏感)を操作出来ないようだ』
苦とは仕事の遂行である。その後に善が打ち勝つから苦にも意味がある。悪人には
全く「苦」がない。唯一の「生命」は善人が自由意志から「苦」に打ち勝つように
全力(全知全能)を使って応援している。ゆえにその勝利は確実である。
>『こんな不安定な【生命】というもの自体が誕生した意味さえもハッキリしない』
前述したように生命は唯一存在だけが持っておられる。人間には生命はない。
唯一存在から生命の放射を常時受けて全ての人間、全ての動植物は「生きて」いる。
全知全能の存在である「生命」に対して不安定などとは不遜である。
>『だが【生命】は進化(とされるもの)をする毎に【苦】に対して過敏になってきているのだけは事実のようだ』
進化論は未だに仮説に過ぎない。「苦に対して過敏に・・・」とはただ単に仕事の内容が
高度になってきているだけ。ニュートンは「プリンキピア」を書いた後、一時的に
錯乱状態に陥った。
>『こんな事実の上で【生命】が自壊しない方が逆に不思議だ』
唯一存在が自壊するわけがない。全ての人間は生命に値しない。
全ての人間は唯一生命の保護下にある。全ての人間は滅んでいるのに
生きている・・・。何故か。その唯一の生命は自分を殺しても
他を生かそうとするから。
>『ならば、【誰か】が【生命】が自壊せぬように調整していると仮定したら?』
その唯一存在(生命)にとっては全ての人間は自分の存在より大切な存在だから
自分の命を捨ててでも愚かな全ての人間存在を守るだろう。実際にそうされた。
>『それならば筋が通る。が、何故わざわざ調整などせねばならない?』
自分の全ての愛情が全ての人間存在に向かっているから。
>『もう一つの仮定として【誰か】が【生命】を調整する事で何らかの利益を得ているとは考えられないか』
全く利益は得ていない。邪悪で無知無能で良いところが全くない全ての人間を生かしておいて
何か得になる事があろうか?何にもない。というか人間はいないほうがましなのだが、
自分の命より大切なお友達である人間全員を自分の無垢の命を捨ててまでも
守ろうと思っておられる。我々が一秒でも永らえている事からもそれがわかる。
>『では、その利益とは?我々【生命】が発するもので全【生命】に共通なものと言えば【苦】しかない』
(↑『誰か』の肯定。一方的搾取の肯定)
前述のとおり唯一存在(生命)にとって人間は全く必要ない。「苦」(仕事)を与えなければ
我々は全て「お人形」になってしまう。
>『これならば筋が通る。が、救いは一切無い』
我々人間は最小限の単位時間において常に救われている。何故なら人間は無知無能で
邪悪で善いところが一つもない有限存在だから。それなのに全員滅んでいないのは
唯一存在(生命)が理解不可能な慈悲心から人類を常に救っておられるからである。
>『ならば、【存在】より脱し【虚無】へと消えるしか【苦】を滅す方法は無い』
まず人間は全く存在に値しないのですが、虚無なんかもありません。唯一存在(生命)の
属性に無限にして分割不可能というものがあるからです。そのなかに虚無など
ありえましょうか?その無限にして分割不可能という属性が「ゼノンのパラドックス」
をとく鍵であると私は思っています。
少しはお役に立てたでしょうか?
>>632-635 632さん、もしくは名無しさんと読んだ方がいいですか?
お役に立てたと思うなら、コテ名を出してくれるとうれしいです。
ぼくはあなたの意見は役に立っていると思います。
そこにおいてぼくは否定する根拠を持ち合わせておりません。
よろしくお願いします。
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
あぼーん
650 :
カオル ◆BBBRv/ousU :03/11/02 02:54
>>455 じゆんさん
>私は、なぜかハルカさんの言葉に安心をおぼえてしまうんです。
ハルカの言葉は、打ち砕かれてしまう"希望"ではないからです。
それは、論の真偽や是非を超えたハルカの誠実さなのだと思います。
わたしやSさんのハルカへの信頼は、そこにあるのです。
Sさんは、その信頼ということの価値をハルカ論より大切にしていました。
>私の解釈でいけばハルカさんの論は最低最悪を目指したもので、この最低最悪が
>どこまでのものなのか今でも判断はつきかねるのですが、自ら最低最悪を自認し
>ている以上、さらにそれに立ち向かっている以上、その行為を指して最低最悪で
>はないとは、他者である私には言うことができません。
最低最悪とは、「生命は価値の根源である」という前提から導かれる価値判断です。
わたしは、この前提は正しいと思います。生命がないなら価値は存在しないからです。
しかし、われわれの暗黙の了解「生命それ自体に絶対の価値がある」はどうでしょうか?
わたしは、この暗黙の了解を懐疑します。そしてそれはハルカも同じです。
ですから、ハルカの最低最悪はけっして道徳的な"それ"とはちがいます。
価値的なことをいうなら、ハルカという一人称にとってはむしろ最高最善なのです。
この認識において、わたしとハルカはつながります。
そもそも、このハルカの「最低最悪」は、わたしの「より良くより高く」に対抗して
出された志向なのですが、かならずしも「より良くより高く」vs「より悪くより低く」
ではないのです。
しまった! ageちゃった。(^_^;)
>ですからハルカさんの実践(悟り)と自殺を比べてどちらが馬鹿げた行為で
>あるかを認定することは基本的にナンセンスなことなのです。
悟り と 自殺、
正確には、解脱 と 死、の違いは、
輪廻や無をどうとらえているかの信仰の問題です。
でも、輪廻や無を退けたところで、死が絶対化されることはありません。
なぜなら、経験として知ることのできない、論理的に導くことのできない
不可知なコト、それが死だからです。
それでも、たとえ死というものが存在しなくても、
それが、わたしの死である、というコトの唯一性と絶対性は、
わたしが、わたしの死を創造すること、自殺によって可能なはずです。
>「絶対自然の中で自律とは確立される」
関係性において実在し得るあらゆる現象は、"ある"ことにおいて一如である。
"ある"ことは、絶対自然として自律している。
>「自律はまた精神性においてはまったくの自然状態から、その孤独を守るための精神
> 装備のようなものである」
個体の孤独を守るための装備としての自律は、"生命の躍動"です。
"存在"を実体化して階層を落とすとそうなるのではないでしょうか。
あと諸刃の剣ですが、"言葉"も重要な装備だと思います。
ひとが孤独や静寂に耐えられないのはなぜでしょうか?
おそらくコミュニケーションの欠如のためではないでしょうか?
フッサールではないですが、ひとの意識はかならず対象を求めます。
それは木漏れ日でも、グランドの掛け声でも、頬をつたう風でもいいのです。
ただ、自分以外の何かがそこにあればいいのです。
ひとはそこに何もないなら、世界を想定し対象を想像します。
そして会話を交わし、自分に話しかけたりもします。
そうして孤独から身を守るのです。つまり"わたし"を実在させるのです。
それでも全くの孤独と静寂のなかでは、やはりひとは発狂してしまいます。
しかし、"ある"ことにおける自律が、実在し得るあらゆる現象に等しく、
かつ普遍的なことを看破した精神にとっては、もはや孤独はないでしょう。
("孤独を守る"を読みちがえているかもしれません)
とりあえずここまで。
>>621 一つずつ反論を。
>とすると、なぜこの生命体の本質描写である【苦】に、【生命】レベルの(感情としての)「苦」が結びつくのかわかりません。
私が言っている【苦】の根本は『【存在】自体が【苦】であり、これを受け入れねば生存すら不可能だ』という事。
その【存在苦】を気付いてしまった上で受け入れる事にはとてつもない『苦痛』が伴う。
この『苦痛』は(社会的、肉体的、精神的に)何らかの『具体性を有す』圧迫を受け、その結果として生成される『苦痛』とは質が違う。
具体性を有す圧迫による『苦痛』は懸念事項を解決すれば胡散霧消する。
それとは違い、この『苦痛』は『自己の一挙手一投足さえもが無意味』という現実を突きつけられた上で発生するものだからだ。
よって、単なる『生き難い』類の感情論とは全く違う。
>なぜ超越者は我々に苦だけでなく快も与え、我々の人生にドラマやスパイスを与える必要があるのでしょう?
【苦】だけ与えていると【生命】そのものの生存意思が減退し過ぎる為。
生存意思減退は【作物】の死滅に繋がるから。
>人間以外の下等生物(例えば昆虫とか植物とか)に苦があるでしょうか?
ある。過去にも述べた。
飢えの【苦】、怪我をした際の【苦】、死亡する際の【苦】…無いと思う方が傲慢だ。
アメーバでさえ、エネルギー摂取が不可能になれば『もがく』んだよ?
>生命と関係を持たずに存在する非生命は超越者にとって何の存在意義があるのでしょう。
>その見返りとして我々には(中略)感謝すべきではないですか?
>彼がいなければ我々は生きることすらできません。
この辺りは段落は違うが纏めて。
貴方が全く読んでいない上に『感情的反射』しかしていない事がここから明らかだ。
【実存】である【生命】それ自体を作っているのは、あくまでも『個体化原理』。
【誰か】達はその尻馬に乗って利用しているだけ。
そもそもが『生存しているそれそのものが【苦】』と言っているのに、何故感謝?
>【苦】や「苦」の存在が事実だとしても、何故ゆえ「救いは一切ない」と言えるのでしょう?
コレは後述。
>>650 >>カオルさん
>そもそも、このハルカの「最低最悪」は、わたしの「より良くより高く」に対抗して
>出された志向なのですが
これ、ちゃう(苦笑)
私が『最低最悪』と言ったのは『【生存】を是とする【生命】の根本構造に真っ向から反逆するから』なんだよ。
それに、貴女が『より良くより高く』を言い出す前から言っているし。
>>655 ハルカさん
>私が『最低最悪』と言ったのは
>『【生存】を是とする【生命】の根本構造に真っ向から反逆するから』なんだよ。
うん、わかってる。
>>650を良く読んで。
表現がちがうだけ。誤解はしてないよ。
>それに、貴女が『より良くより高く』を言い出す前から言っているし。
レスの流れのなかで『より良くより高く』に対極する志向として出された、で良いかい?
>>653 で、『救いは一切無い』の意味を。
その前に一つ確認しておきたいのだけど、もしや『救い』を『裕福になる事』とか『環境が改善される事』とか短絡視してませんか?
違いますよ。そんなもんは『救い』でも何でもない。
では『平和になる事』か?違います。
このおよそ6000年間で人類が達成した事があったでしょうか?
大規模な戦争は無くとも、人々の心中は何時も『戦争』で一杯だ。
私の言う『救い』はただ一つ『二度と【生命】としてわざわざ【実在】しない事』を意味します。
【生命】として【実在】しなければ【存在苦】そのものも無いのだから。
存在するだけで【苦】なのだから、【苦】を消す為には存在しなければ良い。
これが『救い』だ。
>>654 ハルカさんへ
>>632-635 はたぶんぴかさんとは違いますよ。
またおそらく>621と同一人物です。
ね? ○○○○さん?
カオルさんへ
レスありがとうございます。
みなさん反応ないんでひまでゼノンの逆説について論述してみようかと
思ってたところでした。まあ機会があればぜひやってみましょう。
おもしろそうですし。我、精神、肉体の生命の構図について考えるにはまあ、
いい材料かなと思いまして、できればハルカさんこのあたりのまとめみたいのをお願いします。既出だとは思いますが
どうかよろしくお願いします。存在レベル概念がまとまったところであなたの知見も変わっている
(整理されている)はずですし。期待しています。
あと
>>655-656の誤解は対抗から競争の概念を取ればOKです。
そもそも議論は競争でも成長じゃないですから。
最終的に人は最初から意志は決定されてます。ただ自分の意志を認識するだけです。
「言ったつもりが言ってない」です。
まあこの辺りの差異が、お二方の志向の違いです。
立ち位置(立場)は一緒ですが指向性が違うわけです。逆なんです。
そしてハルカさんの志向が鋭いんです。「自殺」ではなく「悟り」を志向している点で
この差異は誤解でもいいですから二人とも認識して置いてください。
たぶんここは信じるだけになりそうですが。よろしくお願いします。
ここで>657が書き込まれたみたいなんでいちおう書き込んでおきます。
念のため言っておきますが、私は即答が得意じゃありません。
ですから、たぶん誤解される箇所は多々あると思いますが
そこはどうか脳内解釈してください。
まとまった意見はあとでちゃんと言うようにします。
今仕事中なんで、考えが適当です。その点も考慮に入れてください。
よろしくお願いします。
>>656 カオルさん
>レスの流れのなかで『より良くより高く』に対極する志向として出された、で良いかい?
うぃ。
んだったらOKです。
>>660 ハルカへ
肝心な方は。
もう少し説明が必要?
>>661 いや、説明無しでOK。
ちょっと突っ込んでみただけだし(w
あと言っておきますが、この差異は転回します。
これが誤解のもとであり、混同を起こすんです。
あとカオルさん、いつまで起きてるんですか?
ちゃんと寝ましょう。本当によろしくお願いします。
>>626 >>じゆんさん
>この絶望を見る必要はありません。この絶望は見なかったことにしてください。
>存在しないものとして扱ってください。
うぃ。その通りです。
不幸にして気付いてしまった人だけが知れば良い訳ですから。
>>663 じゆんさん
>あと言っておきますが、この差異は転回します。
>これが誤解のもとであり、混同を起こすんです。
差異はあると思います。
でもその差異が論点になり難いのです。お互い認め合っているので。
>>650自体は、そんなにムズカシイこと言ってないです。
最低最悪とは、「生命は価値の根源である」という前提があってはじめて導かれる価値判断です。
なぜなら、生命がないなら人も実在しないし、ましてや最低最悪という価値の出る幕もないからです。
でも、実際は「生命が価値の根源である」ではなくて、「精神が価値の根源である」と言いたいです。
なぜなら、生命の次元と精神の次元はちがうからです。つまり、それぞれの公理体系は別だからです。
生命世界と精神世界は、物質世界と生命世界の原理がちがうように不連続だと思います。
要するに入れ子の構造としての連環です。勿論不連続と言ってもそれぞれの世界は連関しています。
ちなみに、生命を存在の次元まで引き上げるなら「存在は価値の根源である」と言い替えられます。
ただし、「生命それ自体に絶対の価値がある」とは思えないように「存在それ自体に絶対の価値がある」
とも思えない、という志向性において、わたしとハルカは同じなのです。
>あとカオルさん、いつまで起きてるんですか?
ふつうに明日は休みです。
仕事も持ちこんでないし・・・でももう寝ます。じゆんさん、ハルカ、おやすみなさい。
ハルカさんへ
できれば誰かと個体化原理の関係はだいたいわかりました。
あと輪廻転生(これはちょっと言い方がまずいですが)についての
概念は、まだ提出されてないはずです。そもそもが抽象的だから
むずかしいと思いますが、ここら辺を統括する概念は浮かびませんか?
カオルさんはどうでしょう?
ていうかなさそう…
論点になりがたいのは本当によくわかります。
どうして二人は本質的なことを一発で理解しちゃうのか逆に不思議です。
これはもう本当に怖いです。おそらくこれは女性の【タナトス】の存在原理が
一致しているからだと私は思っています。まあこの存在の性差のは結構重要だなと思ってます。
前に言った女性の運動という言葉はこの辺りから出てきました。
あと輪廻転生は無視してください。無しにしてください。自分で考えます。
そういう問題でしたね。
難しいと思うんですが? この辺はけっこう重要な理解だと思うので
念入りに検討したいと思います。私はあなた達のように理解が早くありません
どんどん自分がおかしくなりそうなのでいったん落ちます。
ごめんなさい。失礼なことばかり言って
668 :
考える名無しさん:03/11/02 07:51
_,,....,,,__/ \
,.r''"´ ∠ _,,.. -一 ー-゙、 \
/ ,r'"´/-'" ゙、 ゙、
〃 / / ゙、 i ゙,
. ii i / __,,,...、、、..,,__ ゙、 i i
. ll | ,' ,.. -‐'' ´ i i ``ヽ, .i |
! ! ノ'" i .i | l_ゝ‐ \ .i |
レ'/ l l l | |ゝ、∠!ゞェァ、 } |ゝ. | 卑怯者の続きを
//i ‐‐-!、 ! l. ゝキテ「'fトイ'} l / l`'〉 .| 見せてあげるからねないでね☆
{{. ', ヤ|〒きミ ', ヽ ヾ::;;:シ;、 l / .lノ i |
'、! ゙、 l ヾ:;:ノト、._'、 ` ̄ イ l l | |
`ト |゙'‐、,ヽ`'"´ i | ! ! ヘ ゙、
! | | ゙、 ` __,,..-ァ |i !/ ヽヽ、 ノ
. ! .!.! .| \ ゙'''ニ ,.イ,' .l/ト、i ヽ、`''‐-‐'"ノ
. !.! '、 ! `l'‐ 、._ / /,' /''´ ヘ `''=ニ二-ァ
!.! ゙'、 ゙、 i `~「_/ 7 / ヒ_ /
. ',! ゙'、゙、 ノ r=l'||.// ヘー--一'''"
ヽ `'メ ノ/ !||ノ _ ゙' 、
. '''''"ノ/ ,イ|| // `' 、
,.ィ!レシ!,-、/ l ○< r=三三三ヽ
/〃// .! /~ヽ、 ヽヽ、 .〃/ ヽ,
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|
>>668 ちょっとまって!!!荒らしはやめれ!!
, ,-;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:,. ヽ─y────────────── ,-v-、
/;:;:;:;:;:;:ミミ;:;:;:;:;:;:;:;:;:;`、 / _ノ_ノ:^)
/;:;:;:;:彡―ー-、_;:;:;:;:;:;:;:;| / _ノ_ノ_ノ /)
|;:;:;:ノ、 `、;;:;:;:;:;:i / ノ ノノ//
|;:/_ヽ ,,,,,,,,,, |;:;:;:;:;:;! ____/ ______ ノ
| ' ゚ ''/ ┌。-、 |;:;:;:;:/ _.. r(" `ー" 、 ノ
|` ノ( ヽ ソ |ノ|/ _. -‐ '"´ l l-、 ゙ ノ
_,-ー| /_` ”' \ ノ __ . -‐ ' "´ l ヽ`ー''"ー'"
| : | )ヾ三ニヽ /ヽ ' "´/`゙ ーァ' "´ ‐'"´ ヽ、`ー /ノ
ヽ `、___,.-ー' | / / __.. -'-'"
| | \ / | l / . -‐ '"´
\ |___>< / ヽ
ハルカは何をしたいんだ?さっぱりわからん。
かまってくれる暇人を相手に永遠ループご託宣くりかえているだけなのだが・・・
>>670 それが目的化しちまってるのさ。
毎晩2ちゃんに貼り付いて虚構にすがりついているだけの亡者。骨やぴかぁと同類。
ま、女コテだから暇人は出入りしてくれるので需要と供給は成り立っているのだろう。
ネットはオカルトブスの味方。
>>653 .存在レベルの苦を【苦】(
>>621 0-1.0-2)、生命レベル(感情として)の苦を「苦」と分ける(以下敬語無しで続けます)
私の主張のポイントは以下の通り
1.なぜこのレベルの違う二つの苦が結びつくのか?
2.それはハルカさんの「解釈」に過ぎない。
3.そうであるならば、「事実としての存在論」と「解釈としての宗教論」を区別して述べねばならない。.
>この『苦痛』は『自己の一挙手一投足さえもが無意味』という現実を突きつけられた上で発生するものだからだ。
例えばこのように述べているが、なぜ「【苦】→「無意味」(「一切は救いがない」)」がでてくるのか。
(私「もちろんそれはハルカさんの主観的解釈だ」)
ハルカ論は独我論的世界観の構図と似ている。
世界が私の脳によって創られた幻像だと知る。しかし、この世界が幻であろうが実在であろうが、
我々の生活に何ら変わりはないことは明白である。車にぶつかれば痛いし、人に罵倒されれば
傷つく。年を取れば死ぬ。意味とは、外部世界の成り立ちで決まるものでなく、意味を持つことが
できる生命の内面で決まるもの。世界の成り立ちがどのようなものであれ「(人生は)無意味」
「一切の救いはない」は出てこない。
ハルカ論も同様。
ハルカさんが超越者の存在とその「入れ子世界」を体験知で看取ったとしても、それに「人生は
無意味」「一切は救いがない」とラベルを貼り付けるのはハルカさん自身の主観的解釈である。
私はハルカ論の哲学的側面(存在論)に宗教的側面(救い、絶望)が無防備に混入されている
ことを残念に思う。事実(体験知)と解釈(救い、絶望)は分けて考えるべき。後者までが事実と
して語られている。ここが哲学板であるからには、前者を突き詰めてもらいたいと思うんだが。
(ハルカさんの解釈自体については批判もないし興味もありません。宗教(救い)自体に関心ないので)
一応言っておくとレスするのは連休中のみ、つまり明日までとなると思います。
>>672 「一切の救いはない」は削除して読んでください。
時計は動くのをやめ 奇妙な晩餐は静かに続く 何かを脱がすように
もう口を閉ざしてしまった 分かり合えてるかどうかの答えは たぶんどこにも無い
それなら身体を寄せ合うだけでも 優しいものは とても恐いから
泣いてしまう Sさん貴方は優しいから 誰にも傷が付かないようにと
ひとりでなんて踊らないで どうか私とワルツを
この冬が終わる頃には 凍った鳥達も溶けずに落ちる 不安で飛べないまま
あとどれだけ歩けるのだろう きっと貴方は世界の果てへでも 行くと言うのだろう
全ての温度を 振り払いながら失う時が いつか来る事も知っているの
貴方は悲しい程 それでもなぜ行こうとするの すべてを許しているのに そんな悲しい決意で
優しいものは とても恐いから泣いてしまう Sさん貴方は優しいから
誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで
不思議な炎に 焼かれているのなら
悲鳴を上げて 名前を呼んで一度だけでも それが最後でも
誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで
そして私とワルツを
どうか私とワルツを
>>672 621さん、失礼しました。どうやら私の勘違いだったようですね。
できれば、私がハルカさんに代わって弁明などしてみたいのですが
よろしいでしょうか、
もちろん私の言葉ですから主観に限定されてしまいます。
それでも構わなければということです。
いちおう私は18時ぐらいまでだったら対応できます。
一応論点を確認しておきます。
1:解釈と体験のラインがみえないという疑問
2:【苦】と一般の苦を混同しているんではないかという疑問
またあなたの意見からどうやら「人生は無意味」という観念が提出されていますが
これは残しておいていいんでしょうか?
あと宗教に関心がないのは私も同じです。この点はおそらくあなたと同様の理屈です。
しかしここで私が伝えたいのは信じるとはなにかということです。
これではますます誤解されてしまいそうだな。えっと信じるに相手を信用するとか信頼とかの普遍性概念は
取り払ってください。むしろこの信じるの無根拠性がけっこう議題になっているかと思います。
ハルカさんがではなく、私、もしくはあなたのハルカ論への信頼(笑)です。
なぜ彼女の論理が転回しないのかという私の疑惑です。まあいいやある程度答えてしまいますね。
たしか過去ログを見てないとおっしゃっていましたからその点の誤解はなくしておきたいんです。
まず、第一にハルカさんはこれまで一切の宗教的な発言をしてこなかった。少なくとも神や悪魔、誰か
といった概念は相手に、Yes or Noで求められて、その概念がおそらく妥当だとしてYesを受容したわけです。
ちなみに宗教性の混同と自己言及の要求はつねに言われる質問です。ですが、これってけっこう失礼な質問だと
は思いませんか。「あなたの思いこみですよ(宗教混同)」と「あなたは自分のことを理解していない」
あなただって、馬鹿だね、まっすぐだね、といわれたら、カチンと来るでしょう。
そんな人はまず論理が転回します。というか崩壊してます。
まあ、そういうことです。
676 :
考える名無しさん:03/11/02 15:59
えーと今、621さんのの言う【苦】と苦の区別について考えていましたのでいちおう述べときます。
存在の【苦】とはなにかについてです。ここにおいてあなたの疑問「人生は無意味」という発言
からくる誤解(理解)を申し上げたいと思います。
まずこの存在という【苦】からは時間を構成する概念、いわゆる経験、体験一般を取り払ってください。
未来にも問わない、過去にも問わない【苦】というものがなにか、それが【苦】のどうやら理解につながる
かと思います。さて過去にも未来にも問う苦とはなにかについて考えます。それは例えば痛みに似ています。
これは大きく分けて肉体的な痛み、精神的な痛みです。ここで過去と未来は、「痛いかな?(未来)」と
「痛かった(過去)」と二つの億見を構成するということです。そして億見とは予測と記憶の想起と二つに
区別できるはずです。
また億見と断言できるのは、あなたはそれが痛かったかどうか、証明することができないと言うことです。
これは痛さに相対的な判断がつきまとう点でやはり億見と私は断言することができると思います。なぜなら相対的
であることはすなわち経験のみを利用しているとやはり言えるからです。すなわち、一般の苦とは経験によって処理
できるものと考えてください。であれば、存在の【苦】とはなにか。それは、経験で処理しきれぬ苦です。
時間を意識しない苦ということができます。ですが時間を意識しないといいますが、時間は流れます。
であればその苦とはなんなのかという疑問がやはり生まれるわけです。
では申し上げます。その【苦】とは苦しみに立ち会ったときの苦です。まさにそこにある、痛みを体験している最中の
苦です。全てが無力であり無意味なんじゃないかと思わせる苦です。これはいわゆる極限性の痛みによって想起さ
れるのが、一般だと思います。そしてこのような痛みは実際に痛みが引けば経験として処理、格納されるはずです。
またこの無力、無意味の観念は痛みのない時にもときおり現れます。いわゆる今何をしているかわからない、
という疑問が生まれる場合です。普段でもありませんか? 人の目を気にしすぎるとこれになりやすいかと思います。
その人は相手のためのことを考えて行動しているので、自分の存在をエポケーしてしまうことがありうるのです。
えーと今、621さんのの言う【苦】と苦の区別について考えていましたのでいちおう述べときます。
存在の【苦】とはなにかについてです。ここにおいてあなたの疑問「人生は無意味」という発言
からくる誤解(理解)を申し上げたいと思います。
まずこの存在という【苦】からは時間を構成する概念、いわゆる経験、体験一般を取り払ってください。
未来にも問わない、過去にも問わない【苦】というものがなにか、それが【苦】のどうやら理解につながる
かと思います。さて過去にも未来にも問う苦とはなにかについて考えます。それは例えば痛みに似ています。
これは大きく分けて肉体的な痛み、精神的な痛みです。ここで過去と未来は、「痛いかな?(未来)」と
「痛かった(過去)」と二つの億見を構成するということです。そして億見とは予測と記憶の想起と二つに
区別できるはずです。
また億見と断言できるのは、あなたはそれが痛かったかどうか、証明することができないと言うことです。
これは痛さに相対的な判断がつきまとう点でやはり億見と私は断言することができると思います。なぜなら相対的
であることはすなわち経験のみを利用しているとやはり言えるからです。すなわち、一般の苦とは経験によって処理
できるものと考えてください。であれば、存在の【苦】とはなにか。それは、経験で処理しきれぬ苦です。
時間を意識しない苦ということができます。ですが時間を意識しないといいますが、時間は流れます。
であればその苦とはなんなのかという疑問がやはり生まれるわけです。
では申し上げます。その【苦】とは苦しみに立ち会ったときの苦です。まさにそこにある、痛みを体験している最中の
苦です。全てが無力であり無意味なんじゃないかと思わせる苦です。これはいわゆる極限性の痛みによって想起さ
れるのが、一般だと思います。そしてこのような痛みは実際に痛みが引けば経験として処理、格納されるはずです。
またこの無力、無意味の観念は痛みのない時にもときおり現れます。いわゆる今何をしているかわからない、
という疑問が生まれる場合です。普段でもありませんか? 人の目を気にしすぎるとこれになりやすいかと思います。
その人は相手のためのことを考えて行動しているので、自分の存在をエポケーしてしまうことがありうるのです。
またこの記憶ももやはり経験として処理されますが、その記憶を処理できないという点がおそらく想起されます。
そしてようやく人はこれに「人生は無意味」という観念をあたえるだけのはずです。それ以上はおそらく考える
ことができないはずです。なぜならこの記憶は無根拠性に支配されているからです。そしてこの記憶がハルカさんの言う
【苦】と近いと考えてください。私が前述で述べたサルトルの『嘔吐』なんかもこの解釈に適用されるはずです。
(読んでないですが、そのうち読みます)。
しかしこれではハルカさんの【苦】を説明したことにはなりません。なぜならこの解釈では、悟りではなく、
自殺を志向するはずだからです。おそらく私が思うに、ほとんどの自殺はおそらく突発的な行動です。
経験を抑制して行われるものだと思います。ですから、ハルカさんの【苦】はそれとはまたちがう、奥の視点を
持っているということができます。
これ以上の私の意見は、おそらく今後議題とされるはずの、肉体と精神の関わり合いにおいて明らかになると
思われますので、回答は控えさせていただきたいと思います。私の億見ならすでに持ってはいますが、さすがに
言われてないことを言うのはためらわれますので。
えと長文すいませんでした。今後とも営為にお願いいたします。
最後に『(救い)』に関心がないと言ってますが、どうなんでしょうね?
これは、ちょっと不自然です。それではあなたはなんのために生きているのか答えていなかった
つまりあなたの
>>621 の意見が否定されてしまいます。
この場合、あなたの意見がすでに論理的に破綻しているようにみえますが、気のせいですしょうか。
無論、先ほど申し上げたとおり、宗教に関心がないのはあなたと同様です。
私の言っていることはおかしいですか? たぶんおかしくないはずです。
えーと同じ文つづけて2回送ってごめんなさい。つづきはこれです。
またこの記憶ももやはり経験として処理されますが、その記憶を処理できないという点がおそらく想起されます。
そしてようやく人はこれに「人生は無意味」という観念をあたえるだけのはずです。それ以上はおそらく考える
ことができないはずです。なぜならこの記憶は無根拠性に支配されているからです。そしてこの記憶がハルカさんの言う
【苦】と近いと考えてください。私が前述で述べたサルトルの『嘔吐』なんかもこの解釈に適用されるはずです。
(読んでないですが、そのうち読みます)。
しかしこれではハルカさんの【苦】を説明したことにはなりません。なぜならこの解釈では、悟りではなく、
自殺を志向するはずだからです。おそらく私が思うに、ほとんどの自殺はおそらく突発的な行動です。
経験を抑制して行われるものだと思います。ですから、ハルカさんの【苦】はそれとはまたちがう、奥の視点を
持っているということができます。
これ以上の私の意見は、おそらく今後議題とされるはずの、肉体と精神の関わり合いにおいて明らかになると
思われますので、回答は控えさせていただきたいと思います。私の億見ならすでに持ってはいますが、さすがに
言われてないことを言うのはためらわれますので。
えと長文すいませんでした。今後とも営為にお願いいたします。
最後に『(救い)』に関心がないと言ってますが、どうなんでしょうね?
これは、ちょっと不自然です。それではあなたはなんのために生きているのか答えていなかった
つまりあなたの
>>621 の意見が否定されてしまいます。
この場合、あなたの意見がすでに論理的に破綻しているようにみえますが、気のせいですしょうか。
無論、先ほど申し上げたとおり、宗教に関心がないのはあなたと同様です。
私の言っていることはおかしいですか? たぶんおかしくないはずです。
681 :
考える名無しさん:03/11/02 22:10
この登場人物たちが現実生活を支障なくすごしているのか
少し心配になってしまいます。
支障はあるだろうがこのひとたちは長生きするよw
>>456 じゆんさん
>自律を、意志ある自由と呼びかえたとしてもいいですが、ここで着目して頂きた
>いのは、「自律」とは絶対自然という条件の中で始めて発揮されるということです。
絶対自然としての自律と絶対自然という条件の中で発揮される自律とは違います。
言い替えるなら、前者は"存在"としての自律、後者は"存在者"としての自律です。
この"存在-存在者"という現存在の抱える存在論的差異としての構造的二重構造を
>>49-50のような解釈によって克服すること、つまり個体化の原理の看破によって、
存在論的差異を超越した現存在の"世界-内-存在"としての存在仕方が自己自律です。
この場合の自己自律は、自己の自律=真の自律でも良いと思います。(
>>240下段)
(また、存在論的差異の超越とは、"体験的"気づきに相当します。)
通常は、存在論的差異から逃れられない = "ある"を基盤にした、
一如たる連関としての実在(=あらゆる現象)の存在仕方を自己自律といいます。
イメージとしては、
「もし全ての事物が一つの運命なら、私もまた全ての事物にとって運命である」(49)
という不可分な関係性そのもののことです。
>その自律というSさんの論の崇高な精神は認めますが、それは絶対自然の中での
>戯れなんじゃないかと私が懸念するところに、私はS論に抵抗を持つのです。
これは「円環に入り込んで戯れる幼子」(
>>49)への懸念と同じでしょう。
わたし的には、なぜ"幼子"なのか?・・・です。(笑)
>Sさん曰く、そのハルカさんの上位存在を看破してしまえば、
>それは自律の精神に収まることができるのだといい。
上位存在の看破とは、上位存在の認識や理解のことではなくて、
上位に下位に無限に連なる(と思われる)入れ子の世界の連環構造も
実在の存在仕方「有---実在---無」(相対原理)からは逃れられず、
存在(="ある")に包含されてしまうということです。
>人智の及ばぬ根源的な限界を定めぬ、S論はやはりなんらかの
>畏れを抱いてしまうのは気のせいでしょうか。
>Sさんが非常にたくましい精神の人格者であることは認めますが、
>その根源的な畏れに立ち会ってしまったとき、いやそれを実践しようとしているところに、
>やはり私には懸念する心があることを改めて感じるところがありました。
>本当の畏れについてSさんは無防備ではないのだろうかと。そのように感じられたのです。
わたしも同様の心配をしています。
>畏れについて対立する軸として自律を設定することはよしとしましょう。
自律論が、畏れにたいして提出された論でないみたいなのでわたしは心配なのです。
わたしは、神なき論に内在する畏れなき精神が怖いのです。
ハイデガーの過ちや共産主義を想像してしまうのは要らぬ心配なのでしょうか?
今日はここまでにします。
>>666 >>じゆんさん
>あと輪廻転生(これはちょっと(中略)統括する概念は浮かびませんか?
概念と言うか…
何処ぞの宗教ではないですが『生前の行ないによって転生先が決まる』なんていうモンには一切興味が在りません。
つーか、それこそ『どうでも良い』事です。
私は過去『対照物が在るからこそ認識が可能になる』と言いました。
『【無】が在るからこそ、コントラストが際立ち【有】が認識出来る』と。
これは『全てのものは二元で構成されている』と言った事と繋がっています。
逆に言うなら『全てが【在する】為には二元・二極が無ければならない』という事です。
ならば【生命】ではどうでしょう?
【生命】は【実存】です。
【実存】は同時に【虚存】という『対照』が在ってこそ存在できます。
では【生命】の『対照』は何か?
霊魂、残留意思…まぁ様々な言い方があるでしょうが、結局は『死後の【何か】』です。
死した後に【生命】が形態を変化させ【何か】(【虚存】)として在り続けると考られます。
つまりは【生命】→【何か】→【生命】→【何か】→…のエンドレスだと考えられるのです。
これが私の言う『転生』です。
言葉を生み出す行為自体がエンドレスなだけじゃ?または想像(創造)。
失った右手は戻ってきません。ここからエンドレスをソウゾウしますか? 「「私」がいないこと」をソウゾウ出来ますか?
「スレタイからも分かるようにゲームに支配されており
超越できないのである」
>>685 カオルさんへ
Sさんに対して心配すべきかどうかについてだけ私は答えることができそうです。
前にも申し上げたとおり、彼に対する心配はいりません。
この点において、私はあなたに説明することはできると思いますが、
おそらくこれはあなた自身のためにはならないと私は判断しています。
であれば、この問題はただ信じるだけの領域になりそうです。
ご自愛ください。
ハルカさんへ
>>687 説明どうもありがとうございます。
でももうちょっと待ってください。
私が最終的に解明したいことは二元論じゃ説明できないことにあたるんです。
たとえば自由意志とはなにか? とか
二元論的解釈ではなければなにか
おそらく一元論的解釈だと思います。
そしてこの辺りの議論はどうしても誤解を生むんです。
それをなるべく避けるためにはどうやらお互いの意志の気づきが必要です。
この辺りの私の言っていること、意志はあなたに理解できるはずだと思います。
その辺りの意志に私はあなたと同様のものを見出しています。
>>684-685 Sさんを騙るのはもうお止めなさいな。あなたにSさんを理解するのは無理です。
Sさんはとても優しいひとなの。すべてを許してしまえるひとなの。
Sさんは悲しいほど限界を示していた。神を騙らないのはSさんの真実さです。
S論は傲慢で限界がないとあなたはいうけれど、それはSさんも否定するように全く違う。
Sさんがどうして世界の果てに行こうとするのか、あなたには理解できない。
だからあなたには無理なのです。
Sさんを貶めつづけたあなたを、Sさんはそれでも許してしまえるの。
だからきっとあなたに託したの。
Sさんの後ろに隠れて逃げ回っていたあなたが、あなたをさらけ出して向き合えるようにと。
あなたはあなた自身を語りなさい。
時計は動くのをやめ 奇妙な晩餐は静かに続く 何かを脱がすように
もう口を閉ざしてしまった 分かり合えてるかどうかの答えは もうどこにも無い
それなら身体を寄せ合うだけでも 優しいものは とても恐いから
泣いてしまう Sさん貴方は優しいから 誰にも傷が付かないようにと
ひとりでなんて踊らないで どうか私とワルツを
この冬が終わる頃には 凍った鳥達も溶けずに落ちる 不安で飛べないまま
あとどれだけ歩けるのだろう きっと貴方は世界の果てへでも 行くと言うのだろう
全ての温度を 振り払いながら失う時が いつか来る事も知っているの
貴方は悲しい程 それでもなぜ行こうとするの すべてを許しているのに そんな悲しい決意で
優しいものは とても恐いから泣いてしまう Sさん貴方は優しいから
誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで
不思議な炎に 焼かれているのなら
悲鳴を上げて 名前を呼んで一度だけでも それが最後でも
誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで
そして私とワルツを
どうか私とワルツを
そろそろ飽きてきた〔もうとっくに飽きるべきだった・・・w〕ので、
もうこのスレを見るのは、やめます。
ついでに、2chからも、足を洗いたい・・・
掲示板やチャットには、かなり強い中毒性がある。
この中毒性はなんなのだろう・・・
これについての研究はあるのだろうか・・・
知っている方は教えてください。
695 :
考える名無しさん:03/11/03 09:19
Sに見限られハルカ神輿を担ぐだけのカルト集団と化したな
私が否定された
ただそれだけのようです。
ですがご指摘ありがとうございます。
やはり私は虚構を語り続けます。
>>686 これが最後のレスになると思います。
>どうして >「解釈としての宗教論」なんて言葉が出てくるんでしょうか?
存在レベルの話に宗教的概念を結びつけているから。
A.-1.【存在】がわざわざ完全静止不可能な【生命】形態を取る
A-2.超越者による我々生命の搾取
B. 『二度と【生命】としてわざわざ【実在】しない事』
ハルカさんはこのABに、A=「苦」B=「救い」という宗教概念(少なくとも主観・感情を
含んだ用語)でラベル貼りしている。AB自体何ら「苦」「救い」といった生命レベル
(宗教)ではなく存在レベルの出来事であるにもかかわらず。それは何故か?
体験知で得られた事実(とします)を、ハルカさんが宗教的に「解釈」しているから。
解釈自体はかまわないが、事実レベルの出来事に主観的解釈(特に宗教)を含んだ
概念を用いるのはマズイ。ハルカさん自身、存在レベルの【苦】と生命レベルの「苦」は
異なると主張していたはず。
結論。
ここまでは「事実」、ここからは「解釈」、と明確にして述べること。
少なくとも、事実レベルの出来事に主観的解釈(特に宗教)を含んだ概念を用いないこと。
カオルさんへ
言葉は諸刃の剣じゃない。
二つの武器じゃない。
前にも申し上げたとおり言葉は倫理です。
そこにあるものは一つだけです
ていうかそうでなくてはいけないと思います。
語るのであれば信念のみが語られなくてはいけない。
これは私がここで書き込んでいって得た「なにか」です。
そして私は他者のものでも信念であればそれを信じます。
なぜなら信じることは一通りの道しかないからです。
699 :
考える名無しさん:03/11/03 19:24
>>694 私も同感です。一言でいえば「ネット依存」なんでしょうか?
なんとなく、末期の連合赤軍やオウム真理教の幹部たちの心理状態
もこんな感じかなって考えてしまいます。たとえ(批判的)傍観者であっても、
場を共有しているためか、変な心理的拘束を感じます。
700 :
考える名無しさん:03/11/03 19:35
阻止
着てくれと書いてましたから来ました。
字が多くて読むの面倒くさいんで帰ります。W
断見教の教義書いときますんで、気に入った方は壁紙にでもしてください。
断見これ、一回の生、死後塵にて、
連続これ、種の存続にして、その環境、
観察これ、そのいずれかの、自らの位置を知れば、もはや迷う事無し
ちょっと難しいかな。でもシンプルでしょう。
この人生は一回きりで死後の世界は無く、
この世は種の存続とその環境のためにある、
この観点でみずからを省みれば、おのずとその道は開けん。
ポイントは連続を広く考える事です。サルみたいに生殖の事だけではなく
種の存続のための環境に必要な事なら何でもいいんです。
奇天烈なお笑いでもいい。独身で哲学に打ち込んでもいい。
そこは自由なんです。ただ根幹の連続を犯さなければいい。
それは観察という事により自らが自由に考える事で
道を切り開いていくというものです。
どうやらここはハルカが降臨してるようだが...。
ハルカは女なのか?
人に「呆れた」とよくいうハルカ
実は自分が呆れられているんだということには全く気付かない
>>457 じゆんさん
>しかし自律は孤独であってこそ自律なのです。
>その点でSさんが他人に自分の自律を強要している点でなにかがおかしさを感じてしまいます。
>非論理的というのでしょうか、自律と言っていながら、自律を促すという他律をしている。
端的にいって的外れです。なぜなら、じゆんさんのいう"自律"は、
Sさんのものとも、国語辞典に書いてあるものともちがうからです。
もしかしてサルトルですか? なにかそれっぽい香りがします。
>このときSさんはハルカさんにとっては絶対自然の畏れ以外なにものでもないのです。
>Sさんの形ならぬ自然の暴力に必死に抵抗するハルカさんの行為も自明のことと言えるのです。
「存在の暴力に抵抗する意識」という構図が絵的。(もしかして楽しんでる?)
・・・やっぱりサルトルっぽいな。(笑)
なのでサルトルでいうと、じゆんさんのいう絶対自然は、
(対自存在としての)意識が、世界(相続されたもの)を通してかかわりあう
実在ではなくて、かかわりあいに先立った実在としての即自存在のことかな。
『嘔吐』では、存在は気味の悪い物の塊、無秩序として描かれていて
主人公のロカンタンは、それを"不条理"という言葉で表現しています。
で、人はこの存在の不条理に耐えられないので神を観念するらしい。
そして、このような行為を自己欺瞞(不安からの逃避)と呼ぶらしい。(笑)
>自律は孤独を守る精神です。
実存主義における自己の単独性のことを"自律"といっているのですか?
>また私は連関する世界については明言しません。なぜなら知らぬからです。
たとえば、わたしと"他"との関係性が、一挙に全体として"ある"という概念。
必然は「知識や経験」んーあいまいだけど(結果)で、偶然はなんだろ、(過程)なんじゃ。偶然の中にも必然が含まれていて。んでその神がいたとしたらこの世界が「ある」のは偶然だよ。偶然だから奇跡というのでは?
存在に嫌悪するのは偶然性に嫌悪することでは?
カルト集団を監視
>>704 カオルさんへ
ご批判どうも、ありがとうございます。最高にうれしいです。
しかし、どこまで自分が答えられるかわからないので
不安でもあります。でもやってみましょう。
えっと少し失礼ですが論点を明確にしておきたいと思います。
私の言う、「自律」とはなにか?
「不条理」とはなにか?
私は「自己欺瞞的」か?
「連関」とはなにか?
それと、「孤独」、「自然」、「存在」の極限理解についてもまだまだ試みよう。
最後にこれについては答えておこう。私は楽しんでいるか? いぇすです。
えーと今すぐにでも書きたいのですが、今すごく眠いので待ってください。
それと個別概念を考えていくのはずいぶん時間がかかるはずです。気長によろしくお願いします
ですがここで明らかにしたいことがあります。なぜサルトルの「嘔吐」を【生命】の苦としての理解に
採用したかです。肉体と精神が同一した状態だと判断したから。
というかこの存在する苦に対して肉体と精神は合一した反応を示しているから。
どうか営為あれ。そしてよろしくお願いします。
708 :
考える名無しさん:03/11/04 20:01
129 :霧の乙女号 :03/09/11 22:39
>>125-127 >>124のツッコミどころ違うよ。ファィアアーベントと、時点の前にそのがつくから"その時点"
あと"ごっこ遊び"でいいんだよね。"ホモ・ルーデンス"や"悦ばしき知識"、"善悪の彼岸"において。
生とは一続きの"力の戯れ"でありゲームとしての企てなのだから。相変わらず、またもや浅墓な自爆ですか?(^_^;)
130 :考える名無しさん :03/09/12 01:15
>あと"ごっこ遊び"でいいんだよね。"ホモ・ルーデンス"や"悦ばしき知識"、"善悪の彼岸"において。
>生とは一続きの"力の戯れ"でありゲームとしての企てなのだから。相変わらず、またもや浅墓な自爆ですか?(^_^;)
阿呆ww。そこまで割り切ってるのになぜ哲学なんだ?
心理学なんて糞はともかく、他の学問に比べてあまりにも空疎じゃないか?
ぴかぁうざい
>>707 じゅんさん
>えっと少し失礼ですが論点を明確にしておきたいと思います。
えーと、ありがとうございます。
これからも無秩序にレスすると思います。ご容赦下さい。
要らないところはさっと読み飛ばしてくださって結構です。
>えーと今すぐにでも書きたいのですが、今すごく眠いので待ってください。
じゅんさんのペースで結構です。
でもわたしはもっともっとゆっくりです。
即レスは無理かな・・・とろっこくてm(__)m
>それと個別概念を考えていくのはずいぶん時間がかかるはずです。気長によろしくお願いします
ついていける自信はないですけど、こちらこそお願いします。
今日は早寝しようと思います。
>>458 じゆんさん
壊れないために言葉を並べ続けます。
>>カオル
Sさんをこれ以上貶めるのは止めなさいな。
ここは真剣な対話の場であったはず。だからSさんがいたと思うの。
でもあなたは違う。あなたは抜け殻。あなたの言葉にひとつも心は動かされない。
あなたは惰性で言葉を羅列しているだけ。遊んでいるのね。
あたしSさんの言葉に何度も感動した。勇気づけられた。その悲しみに震えた。
そんなSさんをあなたが疑い罵倒し続けても、最後まで許し続けたSさんに泣いた。
Sさんはそれでもあなたを信頼していたの。そしてあなたを尊重していたの。
Sさんはハルカを信頼していたの。でもハルカの論はもっと尊重していたの。
それがわからないあなたにはSさんを騙る資格などないの。
今もSさんを騙りSさんの真剣さに泥を塗り続けるあなたには、Sさんのスレにいる資格すらないわ。
Sさんを貶めつづけたあなたを、Sさんはそれでも許してしまえるの。自分を投げ出せるひとなの。
あなたが最後に酷い罵声を浴びせた時、Sさんは自分の論もスレもあなたに手渡した。
どういう思いが込められていたのでしょう。あたし涙が止まらなかった。
言葉遊びがしたかったら幾らでもご自分でスレを立てなさいな。じゅんというひとと一緒に。
Sさんはもう帰ってこないと思う。けれどあたしはSさんが帰ってきても来なくても、Sさんを待っています。
これまで静かにSさんを見守り続けたように。
Sさんにこれ以上泥を塗るのは止めてください。
時計は動くのをやめ 奇妙な晩餐は静かに続く 何かを脱がすように
もう口を閉ざしてしまった 分かり合えてるかどうかの答えは もうどこにも無い
それなら身体を寄せ合うだけでも 優しいものは とても恐いから
泣いてしまう Sさん貴方は優しいから 誰にも傷が付かないようにと
ひとりでなんて踊らないで どうか私とワルツを
この冬が終わる頃には 凍った鳥達も溶けずに落ちる 不安で飛べないまま
あとどれだけ歩けるのだろう きっと貴方は世界の果てへでも 行くと言うのだろう
全ての温度を 振り払いながら失う時が いつか来る事も知っているの
貴方は悲しい程 それでもなぜ行こうとするの すべてを許しているのに そんな悲しい決意で
優しいものは とても恐いから泣いてしまう Sさん貴方は優しいから
誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで
不思議な炎に 焼かれているのなら
悲鳴を上げて 名前を呼んで一度だけでも それが最後でも
誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで
そして私とワルツを
どうか私とワルツを
715 :
考える名無しさん:03/11/05 02:29
>ハルカ
ご託宣コピペ止めなさいな。
ウザイし。呆れた。(苦笑)
2ch張り付いているやつに悟れるわけ無かろう
>ハルカさん
ぼく、カレーは甘口がすきです。 ハルカさんは辛い派?
神保町に 美味しいお店知ってるよ スプーンがコップに入って
出てくるんだよ。本なんか買わないよカレーだよ
ココ壱カレーの1300g いつも失敗するんだ なんでかな?
写真撮ってもらいたいな、みんな かっこいいな〜。
>>701 >字が多くて読むの面倒くさいんで帰ります。W
本当に何も読んでないやね(苦笑)
その『断見教』とかいう奴の教義とやらは『生=是』の大前提があって成り立つものでしょ?
その『生=是』の大前提は何故に懐疑しないのさ??
誰にあてる言葉でもないですが、言っておきます。
世界のどこかで誰かが泣いていることは知っています。
しかし私はそれを止めることができないのです。
世界のどこかで誰かが死のうとしていることは知っています。
しかし私にはそれを止めることはできない。
世界に苦しむ人は大勢いる。
私はそのことを知っている。
私が語ることはそれだけのことのはずです。
なにも求めていない。それが私なんです。
苦しくなければいい。それが私であり、誰かなんです。
私は私を否定しようと試みつづけたいと思いますが、
他者を否定することはできそうにもありません。
なぜなら、他者こそは実在するからです。
なぜ他者がいるのか問うた哲学者はいないのか。
我の存在はいくらでも問うたにも関わらず。
私のやっていることは、愚かでも構わないと今でも思っています。
このように私が愚かでも、私は、それでもなお言葉を引きずり出すことができるからです。
沈黙したい。沈黙すべきだと私は私に語りかけます。
しかし私が沈黙せぬのは、言葉はどうやら私を救うのだと理解せざるを得ません。
しかし、私は沈黙したいのです。
どうしていいかわからないのです。
Sさんへ
あなたのことは他者として、自分には受け入れられぬほど、あなたのことは実在として認めています。
しかし色濃くなりすぎていると私は思うのです。私にはあなたを否定する言葉しかでてきそうにない。
しかしあなたは一方で非常に正しいのです。私がつねに愚かであるのと反対として。
そしておそらくあなたは同様に私を否定しているはずです。そしてそれでも私は構わないのです。
あなたに掛ける言葉の兼ね合いは難しい。なぜならすべて私の言葉が否定されてしまうはずだから。
あなたに懇願しているわけでもない。いや懇願するしかないのなら懇願しようか。
これを愚かと言わずして他になんと言えばいい。Sよ
私はつねに他者です。そして私は嫌悪の対象です。
もはや我の存在を肯定する者においては、私の言葉は嫌悪されます。
なぜなら、私の言葉はつねに我を否定しているからです。
また私は神の存在を肯定したこともない。つねに否定するだけです。
しかし神の居場所は残してあります。
これ以上、神を語るのは控えさせてください。
これっきりにしたいと思います。
最後に一つだけ言っておこう
意志は力ではない。
対象を求めるようなものではない。
意志は存在です。
Sさん、
何かをしなければならないと言うことはもう辞めていただけませんか
なぜあなたは死の実践者となるのでしょうか。
それこそ不可知となることになんの意味があるのでしょうか?
あなたが実践をやめるのなら、私に用はないのです。
Sさん、あなたには語るべきではないと思いながら、語ってしまいます。
どうしてなのかわかりません。
私を肯定しないでください。
言葉は世界です。現実とさほど変わりがありません。
哲学者が言葉を用いるのはおそらくこのためです。
また誰にでもなく言っておこう。みんなに言おう。
あなたが言葉を無力だと思うのなら
世界に対してあなたは無力です。
はは、私は神にでもなったつもりなんでしょうか?
それこそ悪夢です。
>>722 ……何か、かなーり変な方向向いてない?
>世界に対してあなたは無力です。
って何さ?
716 名前:考える名無しさん :03/11/05 02:36
2ch張り付いているやつに悟れるわけ無かろう
耳の痛い真理ですね・・・・
>>723 ハルカさんへ
ただSさんとカオルさんに
無力じゃないと言いたいだけです。
遠回しですいません。
それ以上の意味はないです。
それとゼノンの逆説について思い浮かんだので言います
なぜアキレスは亀に追いつけないのか?
答え
亀も歩いているから。
あまり深く考えないでください。
わけのわからないことばかり言ってどうもすいませんでした。
ゆるしておくれやす。ハルカさん。
自殺について語るスレでこんなの見つけました。
>396 :考える名無しさん :03/10/24 22:51
>夜考えるな。12時には寝ろ。朝6時におきろ。
>30分以上走れ。ちゃんと三食食え。考えるのはそれからにしろ。
>
>終了。撤収。
こうなりたいものです。笑いすぎて涙がちょちょぎれました。
727 :
考える名無しさん:03/11/05 09:22
カルト晒しあげ
728 :
考える名無しさん:03/11/05 09:24
かみだけに散髪してきます。すんません・・
死ねば済む話でしょ?なぜそうしない。
死ぬというか、悟りだ何だと大口だけ吐く連中がしがみ付いているだけなのだが。
731 :
考える名無しさん:03/11/05 09:46
2ちゃんで神様気分w
こんな人物見かけませんでしたか?
1 妄想めいたことを語りだす。
2 論理が一貫せず、独断口調が強まる。
3 批判を受けつけなくなり、自己正当化を繰り返す。
4 意識が尊大になり、不特定多数に語り始める。
541 :考える名無しさん :03/10/31 08:58
カント以降においては、理論理性の限界を超えた問題について
何らかの断定をすることは、独断的形而上学と呼ばれる。
ハルカの書き込みはまさにそれであり、
それは現代においては、「哲学」とは言えない。
545 :考える名無しさん :03/10/31 09:10
独断的形而上学(信仰)の厄介なところは、それを論証することが
できないと同時に、反駁することもできない点。
だからこのスレでのハルカのように、
同じ発言を何度も繰り返すだけ、という結果になる。
議論の相手をする人は、疲れるだけで、得るものはない。
信仰の領域の問題は、議論にはならないから。
605 :考える名無しさん :03/10/31 19:33
しかし教義が憎悪では宗教板でも叩かれるだけだろう。
そして哲板でも叩かれまくってとうとう勘違いした善人Sとボダのカオルだけが残ったのだが・・
批判を展開したSを教祖は裏切り者と認定。Sまでが去り、とうとうまともな人間はだれも相手しなくなった・・
気晴らしに続けていた規制議論でも敗れ、もはやハルカには何もない。
606 :考える名無しさん :03/10/31 19:38
憎悪、生命すべてへの憎悪、世界への憎悪、存在することへの憎悪・・
これは悟りと何が関係するのか。何もない。
憎悪を撒き散らす怨念だけがそこにある。
607 :考える名無しさん :03/10/31 19:46
結論はこうだ。
ハルカは悟りたくても悟れない。
憎悪、憎悪、憎悪、そして憎悪を撒き散らす醜さを嫌われ、ますます憎悪は高まる。
それでもハルカは悟れない。
やがて精神の限界を超え、ハルカは完全に発狂してジ・エンド。
あるいはぷつりと糸が切れた瞬間、おもむろに荒縄に首を吊るハルカの姿がある。
610 :考える名無しさん :03/10/31 19:56
そしてかつてハルカと呼ばれた、糞尿を垂らしながら吊られた醜い肉隗だけがのこる。
それを発見した者も処理する者もおぞましい嫌悪と吐き気をもよおすだろう。
それがハルカの最期の憎悪だったのかもしれない。
しかしここまでコピペしてみて、それは違うのではとの疑念が生まれた。
ハルカが悟ることはないが、発狂することも自殺することもないのではないかと。
ハルカが哲板に流れ込んできてもう半年は経つだろうか。
規制議論に精を出すハルカはどうやらここに棲み付く気でいるらしい。
もしかすると、いや、そんなおぞましい光景は想像したくないのだが、
10年、20年後も、ハルカというコテが哲板に踊っているのではないだろうか。
憎悪を撒き散らし、不毛に規制議論を仕掛け続けるハルカ。
現在三十路と推測されるハルカが四十路、五十路になっても毎晩張り付いている。
生は苦だと絡まり、虚無に消えたいと愚痴る、終わることのないレスレスレス・・
これは悪夢だろうか、それとも現実だろうか。
917 :考える名無しさん :03/10/31 20:20
一時あんなにいたコテハンさんもほとんどいなくなってしまったな。
なんとか盛り返さないかな〜。板違いかは別としてこの板では珍しい良スレかつ長寿スレだし。
長寿っつったってその7だけどさ。まあこの板はその2もほとんど立たない板だから長寿ということで。
漏れは仏教とかよくわかんないからROMることしか出来ないけどまた復活してほしく思います。
昔のコテハンさん。もしこのレスを見ていたらどうか帰ってきてください。お願いします
918 :考える名無しさん :03/11/01 04:33
あれだな、一時の盛り上がりはハルカが巻き起こしていたものだが、誰も呆れて去っていってしまったのだよ。
いまになって振りかえると、まだハルカの正体がおぼろげにしか見えなかったから相手にしてもらえていたのだね。
大口をたたいていたハルカの正体が憎悪のかたまりでしかないと判明してしまうとひどくむなしい。
悟りを騙っていただけの怨念女がいかに悟りと無縁かは今は白日のもとにさらされている。
919 :ロウシ :03/11/01 05:22
>>918 そだな。
ハルカは結構知ってる事は知っていたが、
あまりにネガティブな考え方に汚染されていた。
いろんな事を知っている奴と、道理をわきまえる奴は、
必ずしも一致しないといういい例だ。
つか、常識か。
ぼくも知ってばっかじゃなく、道理をわきまえようっと。
920 :考える名無しさん :03/11/01 13:32
知ること=悟りではないということだね。
解ることの方が近いかな。
知るだけではなくそこから発展させなくてはいけないわけだ
746 :
考える名無しさん:03/11/05 11:42
尊師マーチ
尊師 尊師 尊師尊師尊師 麻原尊師
尊師 尊師 尊師尊師尊師 麻原尊師
日本の尊師 世界の尊師 地球の尊師
尊師 尊師
光を放ち 今立ち上がる 若きエースに帰依しよう
僕らの日本を守るために 尊師の力が必要だ
尊師 尊師 麻原尊師
尊師 尊師 尊師尊師尊師 麻原尊師
尊師 尊師 尊師尊師尊師 麻原尊師
過去の仏陀 現在の仏陀 未来の仏陀
尊師 尊師
光を放ち 今立ち上がる 十方諸仏の変化身
僕らの心を守るために 尊師の力が必要だ
尊師 尊師 麻原尊師
尊師 尊師 尊師尊師尊師 麻原尊師
尊師 尊師 尊師尊師尊師 麻原尊師
過去生の如来 現世の如来 死後の如来
尊師 尊師
慈愛を放ち 今立ち上がる マイトレーヤの変化身
僕らの魂を守るために 尊師の力が必要だ
尊師 尊師 麻原尊師
ハルカは何をしたいんだ?さっぱりわからん。
748 :
考える名無しさん:03/11/05 12:24
ハルカ夜通し張り付いてレスを待つ。
↓
初心者君が来た。(ハルカにんまり)
↓
得意げに虚無と憎悪を説く。
↓
レスの応酬の後、論理的破綻を指摘される。
↓
はぁ?呆れた、いい加減にしなさいよ、と逆切れ。
↓
相手が構うのを止める。ハルカ勝ち誇る。最初に戻り無限ループ。
不毛だw
毎晩2ちゃんに貼り付いて虚構にすがりついているだけの亡者。骨やぴかぁと同類。
一応女コテだから童貞と暇人は出入りしてくれるので需要と供給は成り立っているのだろう。
ネットはオカルトブスの味方。
751 :
考える名無しさん:03/11/05 12:52
ハルカ様はなにをやってらっしゃるのですか?
誰かおしえてください。
>>751 ハルカ爆睡中w
睡眠は苦ではないみたいyo
753 :
ハルカの影武者A:03/11/05 12:56
>>751 ネットにいない時は、ネッテいます。。。
754 :
考える名無しさん:03/11/05 12:59
ハルカとBのガチンコ希望
ワラタ、、いや、そうじゃなくてー
毎晩2ちゃんいて出来る職業って何かなって。
教えてください。
ハルカのネット接続時間
年中無休AM0:00〜AM8:00(延長アリ)
Sに代わってBを召還するか。
骨がんばるなぁ
すぐ釣れるな格板は
761 :
考える名無しさん:03/11/05 13:20
ぴかぁもね
763 :
考える名無しさん:03/11/05 13:22
B(かつてのA)とぴかあ〜の勝負は済んでいる。
ぴかあ〜相手にされず。
764 :
考える名無しさん:03/11/05 13:22
骨対ぴかぁは?
哲板の永遠なる者
ハルカ 骨 格板 ぴかぁ
766 :
考える名無しさん:03/11/05 13:24
>>764 終わり無き闘争を続けてるんじゃない。
っていうか、骨はただ荒らすだけ。
767 :
考える名無しさん:03/11/05 13:25
滓ばっか
768 :
考える名無しさん:03/11/05 13:25
それより、俺たちって邪魔してんのかな?
規制賛成派 ハルカ 格板
規制反対派 骨 ぴかぁ
770 :
考える名無しさん:03/11/05 13:33
なんで格板?なんで骨?
ハルカとぴかぁ〜はまんまだからわかるけどw
1 :S :03/10/28 23:38
規制賛成派の四天王
<女コテH>その高圧的態度は、まさに規制賛成派の女帝。賛成派の決定権を握り、
規制賛成派=H教とまでいわれるカリスマ性を備えている。彼女なくしては規制議論は
あり得なかったとまで言われている。
<コテP>攻め一辺倒の規制派の中で、冷静に戦況を見つめつつ、名無しで哲学板を
学問板とすべきだ!という高尚な論理展開する異色派。通称静かなる男と言われている。
<女コテN>途中参加と言われているが、捕らえどころないそのしゃべり口調から
突如鋭い論理性を発揮する、まさに飛び道具ごとき存在である。
<格板くん>賛成派からは通称「格板くん」と呼ばれているが、その存在は謎に包まれている。
なぜなら彼は名無しでしかレスしないからである。規制賛成派の工作員的存在と言われ、
反対するコテへの粘着、板が荒れているように見せるために糞スレ乱立、コピペ荒らしなど、
その噂はあとを立たない。特にコピペ荒らし、粘着で、賛成派のコテPを哲学板から追いやったことは
有名である。また糞スレの半分近くが彼により立てられているとの噂もある。
772 :
考える名無しさん:03/11/05 13:39
Bの世界観はかなり強力。
ヌイグルマ〜も逃げたし・・・
>>771 これほんとにSキュンが書いたの?酷いなぁw
<骨系のコテさんガイド>
(なぜ骨なの?)
"骨がでてるよ"という珍妙な問答スレから始まったことが由来。
(骨スレとは?)
主に神と名のつくスレを名無しで乱立させ、後に骨コテを使って居座るという自作自演スレ。
(骨コテとは?)
ほぼ年中無休に常駐している引き篭もりさん。コテハンを無数に使い分ける典型的な自演コテさん。
中の人は同一人物と推測される。Sophiaとみこさんが好きらしい。以下はその代表的なコテ名。
エドワード ノートン ◆s6/FEPg/CU 厨房わからず地蔵超人 ◆AO0xT9MCQA
エドワード ホッパー ◆/YWV1dB1RM 岡本太郎A ◆dY6Hm0PB3Q
七尾の狐A ◆V7KXZQnJ36 エジプト猫A ◆hT3sbvvKKk
少女A天女超人 ◆odS.dT.YMQ 白雪姫&七人の小人 ◆b3dcd2/K5.
千尋&ハク ◆26LW9eukCA 消防仲良し皆の舎利子 ◆uyHHyYvS
ゴジラA ◆bZAoCPpe.2 不思議なアリスA ◆ZFEAz9U/p2
愛の旗に骨がでてるよ菩薩 ◆y3WNW.uQFw ネグリ&ハートA ◆xizTs7DzP
堕天使&魔界転生織田信長 ◆zd99jy82EQ 大国主命A ◆y9Ml53jkcY
宇宙のクロノスA&不思議なアリスA ◆TYqU276.Dw もも色天女&ゆうぎA・パヤパヤ ◆4l2usraVK6
美シイ・・・アヒメ愛シテルアナタダケヲ・・イエスA ◆2LudavtYJo <デイアーナに翡翠でてるよランド>ヨウコソ ◆IwC0E3O1eY
不二の愛・・・ア姫だけ捧げるよ菩薩 ◆QAkvPmIMmY
不二の愛・可憐な・・・ア姫だけ捧げるよ菩薩 ◆0ozysg2fXA
775 :
考える名無しさん:03/11/05 13:52
規制反対派でも骨とぴかぁが仲がいいわけでないところが面白い。
しかし規制議論では絶妙のタッグw
776 :
考える名無しさん:03/11/05 14:02
<格板くん>賛成派からは通称「格板くん」と呼ばれているが、その存在は謎に包まれている。
なぜなら彼は名無しでしかレスしないからである。規制賛成派の工作員的存在と言われ、
反対するコテへの粘着、板が荒れているように見せるために糞スレ乱立、コピペ荒らしなど、
その噂はあとを立たない。特にコピペ荒らし、粘着で、賛成派のコテPを哲学板から追いやったことは
有名である。また糞スレの半分近くが彼により立てられているとの噂もある。
議論の中で必ずと言っていいほど、格闘板ではあーだこーだとのたまうので
自然とそのような俗称が定着した。本人は厨ではないと言い張るが、その書き込みは明らかに(ry
777 :
考える名無しさん:03/11/05 14:06
追記
彼の奮闘ぶりは現在は摸造スレにて確認できる。
778 :
考える名無しさん:03/11/05 14:11
779 :
考える名無しさん:03/11/05 14:17
まあ、言いたいことはわかるよ。
朝から晩までレスしてさ、それで一流企業で
そこそこええ給料もらってるって、
そんなぼろい仕事あるかいなあって。
そりゃ、わしもこれが他人やったら
ぜったいうそやーんって思うわ。
おまえ、ぜったいヒッキーやろうーって、
でも、ほんまに一流企業でええ給料もらっとるんやから
しゃあ、ないやん。
ここ数日もちょっとばたばたしてたのは、
上のえらい人に最近の成果を説明しとったんやけど、
なんやまたまた好評でさ。
なんなんやろう、天才!?
わしも自分で自分がわからんわ。
まわりの人間も呆れてるわ。
わしがブラブラして机に座ってないのしってるし、
それでも結果出すからさ。
だから無理に信じてもらうこともないやろうと思って、
普通は信じられへんって。
780 :
S・ピカァー:03/11/05 14:19
懐かしいレスを持ち出してるな。サンクス
自作自演
782 :
考える名無しさん:03/11/05 14:22
ちなみにプロレス板でも最近強制IDつきますた
784 :
S・ピカァー :03/11/05 14:24
なにか?
785 :
考える名無しさん:03/11/05 14:28
>>784 ハルカが最近暴れてるのですが何とかなりませんかw
とくに反対派のSキュンにヒステリー爆発させているようですw
786 :
考える名無しさん:03/11/05 14:29
おーい、骨
Bが呼んでるぞ。
787 :
S・ピカァー :03/11/05 14:31
放置すれば済むことです。
荒らしにかまうことは荒らし行為ですよ。
788 :
考える名無しさん:03/11/05 14:32
351 :考える名無しさん :03/10/30 23:32
今夜ハルカがブチ切れる・・・(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
このスレでは暴れられないからいつものようにSキュンにヒステリーを爆発させるんだろなw
しかもSキュン規制反対論者だしw
例のスレから目が離せないねw
789 :
S・ピカァー:03/11/05 14:33
私もついつい荒らしの策略に載ってしまいます
まだ人間ができていないのでしょう
お互い人間性を高めることからはじめようではありませんか
790 :
考える名無しさん:03/11/05 14:33
346 :考える名無しさん :03/10/30 20:35
みなさま、ご苦労様でした。
509 :ボヤッキー ★ :03/10/30 19:03 ID:???
哲学板は現状でも問題ないと思いますが。
スレッドが乱立してすぐ圧縮されるとか削除依頼が追いつかないというのならわかりますけど。
ボーイズゲーとガールズゲーは変えました。
791 :
S・ピカァー:03/11/05 14:34
荒らしは放置が基本ですよ >788
792 :
考える名無しさん:03/11/05 14:34
348 :考える名無しさん :03/10/30 20:45
625 :ボヤッキー ★ :03/10/21 09:40 ID:???
哲学板はこれ以上厳しくしなくてもいいような。
削除依頼が追いつかないくらい削除対象スレッドが立ち続けているなら
厳しくなる可能性もなくはないですが。
・・運営側の見解はシリア論証通りやないかw
349 :考える名無しさん :03/10/30 20:49
賛成派の敗因は格板。
793 :
考える名無しさん:03/11/05 14:37
350 :考える名無しさん :03/10/30 22:57
検討して頂いたお礼がまだ書いてなかったので不肖ながら自分が貼ってきました。
512 :哲学板住民 :03/10/30 22:50 ID:uwziDYDJ
>>509 ボヤッキー ★ 様
今回は手前どもの規制要望賛成反対同時提出という不躾な申請書を検討くださり有難う御座いました。
哲学板は現状でも問題ないという厳正な裁定を重く受けとめ、今後は安易な規制申請は控えるようにいたします。
有難う御座いました。
794 :
考える名無しさん:03/11/05 14:43
ピカァー=ウンコ
795 :
考える名無しさん:03/11/05 14:51
般 羯 多 呪 多 得 想 掛 所 亦 無 耳 不 是 異 蘊 観 摩
若 諦 呪 能 是 阿 究 礙 得 無 意 鼻 増 舎 色 皆 自 訶
心 羯 即 除 大 耨 竟 無 故 老 識 舌 不 利 色 空 在 般
経 諦 説 一 神 多 涅 掛 菩 死 界 身 減 子 即 度 菩 若
呪 切 呪 羅 槃 礙 提 盡 無 意 是 是 是 一 薩 波
波 曰 苦 是 三 三 故 薩 無 無 無 故 諸 空 切 行 羅
羅 真 大 藐 世 無 陀 苦 明 色 空 法 空 苦 深 蜜
羯 実 明 三 諸 有 依 集 亦 聲 中 空 即 厄 般 多
提 不 呪 菩 佛 恐 般 滅 無 香 無 相 是 舎 若 心
虚 是 提 依 怖 若 道 無 味 色 不 色 利 波 経
波 故 無 故 般 遠 波 無 明 觸 無 生 受 子 羅
羅 説 上 知 若 離 羅 智 盡 法 受 不 想 色 蜜
僧 般 呪 般 波 一 蜜 亦 乃 無 想 滅 行 不 多
羯 若 是 若 羅 切 多 無 至 眼 行 不 識 異 時
諦 波 無 波 蜜 顛 故 得 無 界 識 垢 亦 空 照
羅 等 羅 多 倒 心 以 老 乃 無 不 復 空 見
菩 蜜 等 蜜 故 夢 無 無 死 至 眼 浄 如 不 五
提
薩
婆
訶
796 :
考える名無しさん:03/11/05 14:53
ワラタwww
354 :317 :03/10/30 23:58
とりあえず、ケリがついた今だから言っとくが、俺は格板ではない。
過去スレを読めばどの発言が俺か見当がつくはずだ。
俺は、アウグスティヌスもアンセルムスもトマスもろくに知らない人間が
「神学議論しよう」などとほざくのが許せなかった。
ろくに議題提起もせずに「***どうよ?」で済ますスレ立て人が多いのが
許せなかった。
思考しよう、対話しようという態度もなしに、覚えたての哲学者の名前や
哲学用語を並べ立てるアフォリズムの連続が許せなかった。
古典的哲学的思惟の伝統をろくに検討せずに、人生相談のたぐいをもって
哲学について話している気になっている人間が許せなかった。
哲学を、何か知的に優越したもの・あるいはその反動で劣ったものであるかのように
考え、真摯に学問として接する態度に欠けている人間が多いのが許せなかった。
要するに、この板が学問板としては考えられないほど低レベルな板となっている
ことが許せなかった。
このスレのことでつかww
798 :
考える名無しさん:03/11/05 15:04
そろそろおにーさんが悟りについておしえてあげよう
世の辛酸をなめ尽くさず、真に悟るのは難しい。
あらゆる苦痛、感情を経験をせずとも、悟る人はいるかも知れないが、
それでもやはり、どこか足りないものがあり、真に悟ったとは言えないものである。た
ただ、悟りとはその人によって違うもので、皆、個々の経験によって独特の個性や真実を認識していくものであり、
それぞれの自分というものにとって必要とすべき悟りというものが存在するのである。
だが、真に自分が悟ったという確信を自己の内側に得たならば、ただ、自分のココロの内で静かに想っていれば良いものであり
他人に宣言したとしても、自分とは違う悟りを得たものがおのずと存在するため、自分に対しお前は悟ってはいないと
言われるものがいて、ややこしい事になるものである。しかし、根本的な事で言えば、どのように悟りを得たものでも、
共通する認識というものが必ず在るものであり、その共通した認識が天地、宇宙の創造主のことであり、神であり、そのエネルギーである。
はい、次の人どうぞ
「執着」とは?
801 :
考える名無しさん:03/11/05 15:09
とらわれた心です。
「無」とは?
803 :
考える名無しさん:03/11/05 15:12
無とは有のことです。
804 :
考える名無しさん:03/11/05 15:12
ないという事です。
ある日、仏陀が旅をしている時、刀を手にした悪人に出会いました。
「仏陀よ!お前の愛は、本日ここで我が妬みに屈服してしまうのだ。
お前の命は今日限りだ!」と告げられた仏陀は、笑みを浮かべて悪人に
こう答えたのです。「私は、妬みにも憎しみにも屈服することはない。私
は、褒められても咎められても心を動かすことがない。私は私に対して、
そのような悪意を抱くそなたさえも愛している」と。
他の人々を憎む者たちは、ついには自らの憎しみによって燃え尽きてしまう
のです。妬みで一杯の人々は、ついにはその中で身を滅ぼしてしまいます。
色即是空
空即是色
807 :
考える名無しさん:03/11/05 15:18
ある日、仏陀が旅をしている時、刀を手にしたハルカに出会いました。
「仏陀よ!お前の愛は、本日ここで我が憎悪に屈服してしまうのだ。
お前の命は今日限りだ!」と告げられた仏陀は、笑みを浮かべてハルカに
こう答えたのです。「私は、妬みにも憎しみにも屈服することはない。私
は、褒められても咎められても心を動かすことがない。私は私に対して、
そのような悪意を抱くそなたさえも愛している」と。
他の人々を憎む者たちは、ついには自らの憎しみによって燃え尽きてしまう
のです。妬みで一杯の人々は、ついにはその中で身を滅ぼしてしまいます。
808 :
S・ビカァー:03/11/05 15:18
ん?
仏陀はある時「世界で最も富める人は誰ですか?」と尋ねられ
「自分の持っているものにおおいに満足している人が富める人である」
と答えました。「最も貧しい人は誰ですか?」という問いには、
「多くの欲望を持っている人である」と答えました。
810 :
S・ビカァー:03/11/05 15:22
えっ!
811 :
S・ビカァー:03/11/05 15:23
わしの事?
かって、仏陀は、一つの死体を見ました。そして、一人の病人を見ました。
また彼は、一人の老いさらばえた男を見ました。このような光景を目の当たり
にして、彼の心に変革が起こりました。私たちは、たくさんの死体や、たくさん
の病人や、老人を見ていますが、私たちの心は変わりません。私たちの心は石の
ように固くなったのです。私たちは、自分自身を変革しなければなりません。
そうしてこそ、初めて私たちは人間なのです。
よくわからんw
この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを
置くのでなく、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しましてくださる神に
望みを置くように。善を行い、良い行いに富み、物惜しみをせず、
喜んで分け与えるように。真の命を得るために未来に備えて自分のために
堅固な基礎を築くようにと。
人間にとって大切な二つのことがあります。ひとつは自分に自信をもつこと
であり、もうひとつは心を清めることです。人はひとりで生きることは
できません。全世界は、社会の組織と、個人が社会にかかわりあって生きる
生き方に依存しています。何者であれ、外界との係わり合いなしに変化する
ことはできないのです。赤子が歩いたり話したり、読み書きを学ぶのは、
母の愛と助けがあればこそです。このように神聖な生活は善い友との交わり
から始まります。
816 :
考える名無しさん:03/11/05 15:29
富が確かだというのは幻影。
人の姿でこの世に生を受けたならば、必ず持っている能力があります。
人間の証明ともいうべき「悟り」に到達するまでに、例えばあの
「赤ちゃんハイハイコンテスト」みたいに、ゴールまでのコース上には
色んな誘惑が待っています。
ゴールにお母さんが待っていることも忘れ、お気に入りのオモチャにすっかり
気をとられてしまっている香具師の、なんと多いことか!
どれも偽者だと気づき、真実を求める赤ちゃんだけが、大いなる母の懐に抱かれ
父の待つ家に帰ることができるのでつ。
スバラシイ!!
ヨガ、瞑想って悟りに効果あるんですか。
八正道を実践して煩悩を消滅させていかないと悟りはないよ。
ヨガ、瞑想ってただの思考停止だからね。
820 :
考える名無しさん:03/11/05 15:39
とりあえず、一人でも、また今からでもできる修行。
仏教風に言えばいわゆる坐禅・坐忘のようなものだけど、各種宗教の基本的な行にもなっています。
1 その場で静かに眼を閉じ、ごく弱く深呼吸を繰り返す。
2 そのまま、自分の中に浮かんでくる「想い」を見つめ続ける。
3 しばらくたったら、眼を開けて日常に戻る。ただし、その後も機会があるたびに2の状態を維持すると良い。
大切なのは、「雑念」を払ったり入り込むのではなく、ただ「見つめる」こと。
やがて「自分の想い」を見ている自分が目覚めてくるでしょう。
それは、夢の中で見ている夢が一つ覚めた瞬間です。
お釈迦様ってどんな修行やってたんですか?
断食をしていた。
823 :
考える名無しさん:03/11/05 15:43
しかし、一直線に母親のもとに駆け込む赤ちゃんには何らの
面白みもないのだ。むしろ、数々の誘惑に引寄せられ、魅了
され、さんざん迷い、横道にそれ、正道を見失い、母親の顔
さえ忘れる・・そうした長い彷徨と踏み迷いの末に、やっと
帰郷への道を見出す赤子こそ、むしろ最短距離のコースを
たどったと言いうるのだ。塩がなければ、旨味もでないものだ。
断食の他に何かありますか?
呼吸の制御や瞑想
止息したり、激しい呼吸をしたり、
お経に出てる。
断食をしていたお釈迦さまに娘が牛乳を差し出す。これを飲んだお釈迦さま
の頭がものすごく回転して、一気に悟ってしまう。
そして、お釈迦さまは難行苦行を否定。これを見た他の修行者はお釈迦さま
を蔑む。
827 :
考える名無しさん:03/11/05 15:50
目の前に現れた道を登ればよい。
あっちの道のほうが楽そうだとか、こっちの道は危険だとか、
登る前から噂話で時間を空しく費やしすぎる。
頂上は一緒。
どの道にも、路傍にはそれぞれの花があり、険しい上り坂があり、難所がある。
828 :
考える名無しさん:03/11/05 15:55
目の前に現れた道を登ればよい。Sはもう登り始めたようだね。
あっちの道は駄目だとか、こっちの道は呆れただとか、
ハルカは登る前から教祖気取りで時間を空しく費やしすぎる。
頂上は一緒。
どの道にも、路傍にはそれぞれの花があり、険しい上り坂があり、難所がある。
悟りを開くときは、一気。でもその前に修行が必要。
830 :
考える名無しさん:03/11/05 16:01
827に同意。そのことをドンファンは「心ある道を歩め」と
端的に表現しました。(もちろん、カスタネダの師のほうです)
831 :
考える名無しさん:03/11/05 16:08
なるほど〜ハルカのヨタ話よか遥かにいいです。
つかハルカって悟りと関係ないのでは?と
憎悪は囚われにすぎない。
807 :考える名無しさん :03/11/05 15:18
ある日、仏陀が旅をしている時、刀を手にしたハルカに出会いました。
「仏陀よ!お前の愛は、本日ここで我が憎悪に屈服してしまうのだ。
お前の命は今日限りだ!」と告げられた仏陀は、笑みを浮かべてハルカに
こう答えたのです。「私は、妬みにも憎しみにも屈服することはない。私
は、褒められても咎められても心を動かすことがない。私は私に対して、
そのような悪意を抱くそなたさえも愛している」と。
他の人々を憎む者たちは、ついには自らの憎しみによって燃え尽きてしまう
のです。妬みで一杯の人々は、ついにはその中で身を滅ぼしてしまいます。
>>805 仏教で言う「愛」は、LOVEとは意味が全然違うのだが。釈迦が「愛してる」などというわけがない。
大乗仏教は四諦という構造が有って
まず前提として 苦諦;人生は苦であるという認識。
次に 集諦;その苦の原因は愛執であるという事
そして 滅諦;愛執を滅して涅槃に行く事
最後に 道諦:その為の方法として八正道がある
836 :
考える名無しさん:03/11/05 20:58
類は骨を呼ぶw
B 独断妄想の自説ごり押し
ぴかぁ 独断妄想の自説ごり押し
ハルカ 独断妄想の自説ごり押し
837 :
プロファイリング:03/11/05 21:00
うまい!!
838 :
考える名無しさん:03/11/05 21:37
418 名前:考える名無しさん :03/11/05 21:32
規制賛成派2馬鹿 ハルカ、格板
規制反対派3馬鹿 ぴかぁ、骨、シリア(B)
839 :
考える名無しさん:03/11/05 21:39
421 名前:B ◆m0yPyqc5MQ :03/11/05 21:36
>>416-418 女性語
もう迷惑かけんなよ
格板骨
シリアもねw
842 :
考える名無しさん:03/11/05 21:47
413 名前:考える名無しさん :03/11/05 21:23
哲板の永遠なる者
ハルカ 骨 格板 ぴかぁ
独断妄想コテ
B ぴかぁ ハルカ 機械
414 名前:考える名無しさん :03/11/05 21:25
哲板の永遠なる独断妄想者
ぴかぁ ハルカ
時計は動くのをやめ 奇妙な晩餐は静かに続く 何かを脱がすように
もう口を閉ざしてしまった 分かり合えてるかどうかの答えは もうどこにも無い
それなら身体を寄せ合うだけでも 優しいものは とても恐いから
泣いてしまう Sさん貴方は優しいから 誰にも傷が付かないようにと
ひとりでなんて踊らないで どうか私とワルツを
この冬が終わる頃には 凍った鳥達も溶けずに落ちる 不安で飛べないまま
あとどれだけ歩けるのだろう きっと貴方は世界の果てへでも 行くと言うのだろう
全ての温度を 振り払いながら失う時が いつか来る事も知っているの
貴方は悲しい程 それでもなぜ行こうとするの すべてを許しているのに そんな悲しい決意で
優しいものは とても恐いから泣いてしまう Sさん貴方は優しいから
誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで
不思議な炎に 焼かれているのなら
悲鳴を上げて 名前を呼んで一度だけでも それが最後でも
誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで
そして私とワルツを
どうか私とワルツを
>>498-502 じゆんさん
とっても楽しく読ませていただきました。
ずいぶん前のレス番なのでビックリしてますか?
ゆっくりゆっくり亀の歩みなのです。(^_^;)
>>627 じゆんさん
>カオルさん、私がわかっているつもりになっていたら、ぜひそれを教えてください。
じゆんさんの苦がどうにもならないことなら、
わかっているつもりもなにもないと思います。
もう1000まであと少しです。
次スレはじゆんさんにお願いできないでしょうか?
スレタイもお任せします。(無理強いしてますか?)
>ハルカ
どうですか?
Sさんをこれ以上貶めるのは止めなさいな。
ここは真剣な対話の場であったはず。だからSさんがいたと思うの。
でもあなたは違う。あなたは抜け殻。あなたの言葉にひとつも心は動かされない。
あなたは惰性で言葉を羅列しているだけ。遊んでいるのね。
あたしSさんの言葉に何度も感動した。勇気づけられた。その悲しみに震えた。
そんなSさんをあなたが疑い罵倒し続けても、最後まで許し続けたSさんに泣いた。
Sさんはそれでもあなたを信頼していたの。そしてあなたを尊重していたの。
Sさんはハルカを信頼していたの。でもハルカの論はもっと尊重していたの。
それがわからないあなたにはSさんを騙る資格などないの。
今もSさんを騙りSさんの真剣さに泥を塗り続けるあなたには、Sさんのスレにいる資格すらないわ。
Sさんを貶めつづけたあなたを、Sさんはそれでも許してしまえるの。自分を投げ出せるひとなの。
あなたが最後に酷い罵声を浴びせた時、Sさんは自分の論もスレもあなたに手渡した。
どういう思いが込められていたのでしょう。あたし涙が止まらなかった。
言葉遊びがしたかったら幾らでもご自分でスレを立てなさいな。じゅんというひとと一緒に。
Sさんはもう帰ってこないと思う。けれどあたしはSさんが帰ってきても来なくても、Sさんを待っています。
これまで静かにSさんを見守り続けたように。
Sさんにこれ以上泥を塗るのは止めてください。
結局、存在する事それ自体が、苦だと認める人は誰と誰なのですか?そして、
それは論証したりする事が不可能な事だと認める人はどなたなのでしょうか?
私自身は、そのような認識をする人がいる事を何ら不思議だとは思いません。
また、生を是とする事に懐疑する事にも何ら違和感はありません。ただ、それ
だからといって、一体何がそんなに問題なのです?なぜ、消失したいのです?
現前のほぼ何事も未だ明らかになってはいないのでしょうに?それとも、全て
が、あなたの前にありやかに開けているのでしょうか?
>>844 なんでカオルさんは泥を被ろうとしないのってことでしょ?
Sや純を利用しないで自分でスレ立てて自分の主張をしたらってことでしょ?
>>847 粘着ウゼーよ。
おめーが他人に寄生せずスレ立てな。
ハルカさんへ
カオルさんの指示で私がスレッドを立てるのは構わないんですが
実はけっこう無責任な男なので私は、お願いされたときは躊躇しました。
しかし、やらなきゃならんもんだったら、やるしかないのだと思います。
そこでハルカさんに質問です。
スレッド立てます? それともやめときますか?
どちらか指示いただけるとありがたいです。
私はあなたの言葉が聞きたくおもいます。
暗闇の中を走り続けられるほど、私は勇気ある人間ではない。
しかしそこに意義があるんであれば、やっても構わないのです。
まあ本当のところ、私は白状してしまいますが、これで終わってもいいかな
と思ってました。300台頃の見解の相違に隔たりを見て、
またおのおのの思想の提示にもそろそろ限界なのかなとも思いました。
ハルカさん、あなたがSさんに感謝しているのはわかります。
あなたもSさんの力添えがあって、今のあなたがあることを充分認識してい
るでしょう。あなたはきっとSさんにありがとうと言いたいのでしょう。
だけど言いたいけど言えないんですよね。あなたの立場がおそらくそうさせ
ているのだと私は思います。まあ一言で言うとあなたは不器用な方のようですから。
私はあなたのみんなに対する優しさは感じますよ。そしてあなたの孤独を理解
しているつもりです。あなたが理解されなくて苦しんでいることも、知っています。
しかし私は知っているだけです。
またあなたにも言っておかなければならないことがあります。
あなたが【生命】の苦しみから抜け出してはいないと言うことです。まあそれは
あなたが充分ご存じのことでしょう。念のため言っておきます(笑)
別にスレッド立てたくないと言っているわけでもないです。
スレッドの立て方覚えましたんで、立てると一人で勝手に思ったら立てます。
しかしそのときは私にまだ議論を継続する意義が見つかったのだとご理解ください。
しかしそのときは私に同情の心があるとは思わないでください。
Sさんが帰ってくる場所を確保するために私はやっているわけでもないのですから。
あなたのためというわけでも、ないです。なぜなら議論(会話)は相手を損なうだけ
しかないのだから。その辺りをご理解いただけるとありがたいです。
丁寧すぎて、それがあなたを損ねるのなら、申し訳ないです。
ハルカさん、あなたのことを、ハルカねえさんと呼んでいいでしょうか。
あと言っておきますが、私は本当に無責任です。途中でいなくなる可能性大です。
また知見に対しても私をあてにされても困ります。なんせ私は大学中退男ですから
そんで理科系でして、哲学への興味は全部2ちゃんに来てからのものです。
本はたくさん買いましたが、書き込んでからは読んでないです。ていうか読めないです。
考えることが多すぎて、集中できません。だから本格的に読み始めて、知見を深めるのは
書くことを辞めてからになりそうです。それまではここで情報収集して、本を買い漁るだけです。
どんどんと部屋に読んでない本がたまりますが、まあ構いません。それも今後楽しみというものです(余生?)
ですのでそこらへんもご理解ください。私は馬鹿でへたれだということを。
私の希望を申し上げます。
1、コテハンさんが数多く参加してくれること。既存のコテさんも、新規のコテさんでもどんとこいです。
2、議論しましょう。思いのたけをぶつけ合いましょう。否定されることをおそれちゃいけません。
3、相手を尊重しましょう。自分の意志を通すのではなく、なるべく相互の妥協点を見つけましょう。
4、議論は一期一会です。今後のしこりを残さないようにお願いします。
5、なるべくまったりといきましょう。相手を理解し、そして欠点を指示し、方向を提示して
あげましょう。レスはゆっくりでも構いません。あなたの好みでけっこうです。
6、荒らしは厳禁です。
7、自分の専門にこだわることはありません。あなたの言葉で語ってください。何と言おうとあなたの言葉は
薄っぺらではありません。
7.5 知見の提示は論破の道具ではなく奉仕だと思ってください。
知見は共有しましょう。と言ってもここでは私はもらいっぱなしですが。
8、名無しはご遠慮ください。書き込んだのなら、あなたに対して書き込んでもいいですが、
私はあなたの名前を知りたいです。文体である程度どんな人か、あなたが誰なのか見当ついております。
そこら辺は私は恐いです。どきどきしてください
9、あくまでこれは希望です。次スレを指示するものではありません。また悟り、自律を追求するものだとも
私は思ってません。このあと私が何を語るかなんて知ったこっちゃありません。私は語るための何かを
ずっと考えますが、語るときは思いつきです。しかしほとんど書いたことに迷いはないです。また校正も
ほとんどしません。めんどくさいからです。書き込んでいってください。そうすればおそらく迷いは
晴れるはずです。これは信じてください。よろしくお願いします。
10、誰かに対して書いたのなら誰あてに書いたのか明記してください。それは返答を期待してではなく
それはあなたがその人に伝えたいことだと思うからです。
11、あくまでこれは希望です。思いの丈をぶちまけただけです。スレ違いごめんなさい。
私の思うところはこんなところです。ご賛同いただけるなら、ご賛同と言ってください。
まだしばらくはハルカ論の悟りの解釈に専念したいのですが、これがまた難しいのです。どこから手をつけて
いいのかわからないのです。まあ億見はありますが、まだ言葉が整ってないと感じます。
そこら辺はハルカねえさんをちょちょっとつついてみて反応を確かめたいと思います。【誰か】について
は基本的に私はエポケーします。概念は理解しますが、信じるにはまだ私には根拠が足りていません。
まあこの辺は未知数でいいと思います。
もう私は営為を叫ぶ必要はないですよね。
あと荒らしにはどう対処すればいいんでしょうか。
はっきりいってうざいです。そのためのID規制議論なら参加しても
いいですが、どうしましょうかハルカねえさん?
まあ意義なんぞ利己的でいいと思いますんで私は。
この辺もご一考ください。
ハルカさん、本当に答えてくださいよ。
無視されちゃ困ります。
そして勝手に去らないでくださいよ。
本当に心から私はお願いしてるんです。
Sさんへ
あなたがまだこのスレをご覧になっていると信じて私はあなたに意見します。
あなたが実践などしていないと私は信じます。もしもう実行しているのなら
よからぬことになっていないことをひたすら望むだけです。
そしてまだ実行していないと言うことを前提にして私はあなたに語りかけます。
そうでなければ私の言葉は空虚だとお思いになってけっこうです。
まずあなたの実践を否定しているのはカオルさんだとお思いください。あなたが
一人で戦ってきたというのなら、それは否定してください。あなたの側にはつねに
カオルさんがいました。厳しいことを言うようですが、ハルカさんはずっと一人だった。
Sさんあなたが階段を上り、ハルカさんと同じ地平に立たなければならないと思うのなら
それは私としては、かなり迷惑な話なのです。私はエゴイストですが、あなたにはかなり
のエゴイストを感じます。なぜあなたは登りつめなければならないのでしょうか?
あなたの過去のせいなのでしょうか? 私はあなたの過去について不可知ですが、
それが動機なら、あなたのことを軽蔑します。そんなことは誰も望んでいない。
そうではないと信じたいですが、今のところそれを否定する根拠は提出されていないと思います。
もしあなたがハルカさんと同じ立場に立たねばならないと思うのなら、それは逆だと思います。
あなたが登りつめるのではなくて、ハルカさんに降りてきてもらわなければならないと思います。
本当にあなたがハルカさんのことが大好きで、ハルカさんのためを思うのなら、そうするのが
筋ではないでしょうか。あなたが追いかけるから、ハルカさんはずっと高いところへ
逃げていってしまいました。しかし追いかける方はなにもわかりませんからね。しょうがなかった
ことと思います。
私はあなたのことを誤解していました。私の語っていることはどうやらあなたの言葉の焼き増しです。
いまさらながらそのことに気づきます。そして済まなく思います。私なぞむしろいなければ
よかったのかもしれません。何を勘違いしているのかと笑ってください。あなたにはその資格が
あるはずです。本当にどうも申し訳ありません。許されるはずもなく、言っておきます。
そしてあなたが自由であることを望みます。
>>855 なんか、勘違いしてるみたい・・・
ハルカもカオルもSが言っていることを理解できなかったんじゃないの?
だからSはここを去った、ということでは・・・?
>>855 過去ログ嫁。
>もしあなたがハルカさんと同じ立場に立たねばならないと思うのなら、それは逆だと思います。
>あなたが登りつめるのではなくて、ハルカさんに降りてきてもらわなければならないと思います。
>本当にあなたがハルカさんのことが大好きで、ハルカさんのためを思うのなら、そうするのが
>筋ではないでしょうか。あなたが追いかけるから、ハルカさんはずっと高いところへ
>逃げていってしまいました。しかし追いかける方はなにもわかりませんからね。しょうがなかった
>ことと思います。
高い低いは別として、ハルカが自分の論から一歩も動かないでいることにSさんは
議論が成り立つはずがないと思い去ったのではのでは?
>>857 徐々にですが彼女は自分の論を崩してきていますよ
彼女が哲学板に来て彼女自身が溶解されてきていることに
気づきませんでしたか、彼女は今までまったく不動だったわけじゃない。
そして彼女の不動を築いたのはなんだったのか、あなたも知っているでしょうに。
そしてあなたが言っていることも私は理解できます。
では私は何をやろうとしているのでしょうか?
そしてあなたは結局何を言いたいのでしょう?
>>858 >では私は何をやろうとしているのでしょうか?
>そしてあなたは結局何を言いたいのでしょう?
おそらくHNが「じゆん」でなく「じゅん」なのが気に入らないのかと。
おみそれしやした。
自己顕示欲に関してはじゅうじゅう反省しております。
>>844 カオルさん
>どうですか?
…いいんじゃない?
>>850-853 じゆんさん
ん…どっちでも良いよ。
立てたいなら立ててとしか言えない。
この荒れまくりの現状じゃあね(苦笑)
>>846を、スルーするのはなぜなの?過去ログ読めないのに。それとも、なにか
都合悪い事でもあるんですか?>ハルカ、カオル、じゅん、s
>>863 ゴメン、読み飛ばしてました。
>>846 >結局、存在する事それ自体が、苦だと認める人は誰と誰なのですか?
少なくとも『私』と『カオルさん』。
『Sさん』は…結局今となっちゃ動機が不明確になったし。
『じゆんさん』と共に…判断留保。
>それは論証したりする事が不可能な事だと認める人はどなたなのでしょうか?
と言うか『客観証明が不可能だ』と言っているのは全員。
こればかりは『その人が【苦】を認識してるか否か』に掛かっているから、強制は出来ない。
簡単にいえば『【生】は【苦】ですよ。一緒に苦しみましょう』とは誰も言っていない。
~~~~~~~~~~~~~~
>私自身は、そのような認識をする人がいる事を何ら不思議だとは思いません。
>また、生を是とする事に懐疑する事にも何ら違和感はありません。ただ、それ
>だからといって、一体何がそんなに問題なのです?なぜ、消失したいのです?
だから、前述の通り。
『そう思わない人』はそれで良いし。
何も誰かに押し付けてる訳ではないよ。
『【生命】ひいては【存在】それそのものが【苦】である』と聞いても『全く思い当たる術も無い』なら、それで良いんです。
そういう人の方が圧倒的多数なんだし正常なんだから。
>>846 >>863 少なくとも私の目の前ではなにも明らかになってない。
それが私の目の前では【苦】のようなものとしか認識できない。
しかしその苦がどんなものであるかは、
それがいかに絶望的なものであったとしても
答えられるはずだと私は信じています。
ゆえにハルカさんは言葉を使って訴えているのだと私は思うに至りました。
その叫びと私の行為が無意味だとは私は思わない。
認識して片づくなら、とっくに片づいていたはずです。
ハルカねえさんへ
スレ立てるならスレ名どうしますか?
これと同じにしますか? それとも悟りだけにしますか?
>>865 『自律』は外して。
あとは御自由にどうぞ。
おそらく、誤解だとは思いますが私が思うその苦を申し上げます。
精神の暴走。
狂気、憎悪。
振動。
永遠。
スレ名ほかにもいくつか考えます。
悟りとは何か、苦とは何か
えーとこれにしましょうか。
神が「無」を理解出来ないなら神は世界を創造する事は出来ないんちゃう。
創造したと騙すことくらいは出来るやろうけど。
嫌悪感はわかるようなきがする。でも、と思うけど…。「自己相似性」にこだわってるみたいやね、んなもんかね。
擬人化するのは個人的に嫌やし…やけど。
「無」が神だとしたら?とは思う。最後が「無」ならば…ってね。
過去ログみてないし適当にレスしてるけど。
>>870 むしろ、神を起点か終点に置けばいいと思う。
まあ私も適当ですが、
因果に縛られるのではなく
律に縛られていると感じるのが苦だと思うんで。
まぁ俺は「神」を定義出来ないんで…
解決策としてもっと縛られるかここでいう固体化原理を利用するかって話なんかな?でお花にはなりたくないと。
>>873 873さん
あとエポケーしちゃいましょうっていうのもあると思います。
あんまり考えないってやつですね。
ただエポケーできるのかっていうのが問題なわけです。
あなたの言った二つのことはまあ実践よって可能でしょう。
そこで「しかし」が出てくるわけです。
できれば新スレに行きませんか。ここは保守したいのです。
私も神を定義できません。
それこそ定義しようとなると一生かかりそうです。ご付き合いいただけると
ありがたいです。
>>858 はっきり言ってハルカはずっと不動です。
このスレが始まってから何も変わってはいません。少し表現する言葉を変えたりはしましたが
ずっと同じことの繰り返し、だれも一歩も進んでいないしこれからも進むことはないだろうと
Sさんは感じたのでしょう。カオルにいたっては議論も何もあったものではない。感情に流され
議論とは全く関係ないのに顔文字がどうたらこうたらでSさんを批判する始末。そしてハルカの
言葉は無条件になんでもかんでも受け入れる。Sさんがハルカ論の矛盾を指摘すれば、体験知だから
といって懐疑する意思は全く起きず。これはハルカが忌み嫌う「怪しい教祖様とそれに従えば救われる
と妄信している信者」の関係と全く同じに思える。
とにかく漏れが言いたかったのは、あなたは明らかにSさんを勘違いしているということ。
ハルカよ、お前には彼氏がいるのか?
>>718 生=是があって断見ではないぞ、生=是があって連続ではないぞ、
それは言葉を前提にしない存在であって、私たちはそれに対する
価値ずけとして生=是だの生=苦だの、等々、考えなければなら
ないという事だ。
読んで欲しければ内容を10レス以内に要約しろ。
すまん。平壌なまりがでたな.価値ずけではない。価値付けだ。
しかし人生が苦というわりには、キーボードを叩く手は軽そうだな。
めまいも頭痛も吐き気も腹痛もないのか? それのどこが苦だと?
それらからの相対で見ればお前らのやってることは楽ではないか?
普通そうだね
ここの人たちって異常なの?
>>855 >まずあなたの実践を否定しているのはカオルさんだとお思いください。
>〜
>なぜあなたは登りつめなければならないのでしょうか?
>あなたの過去のせいなのでしょうか?
>私はあなたの過去について不可知ですが、それが動機なら、あなたのことを軽蔑します。
どうしてわかるの?
あなたが少し怖いです。
でもSさんの動機についてはどうなのでしょうか。
存在苦と個体化の原理の看破によって観照される
ありのままの苦はおなじだとわたしには思えます。
ハルカのいうように愛は苦です。そして苦は愛です。
それは、存在苦の次元においてことさらにそうです。
どうにもならない苦だからこそ、求められる愛です。
ハルカにいわせるなら、あるはずのない真実の愛を
求めての彷徨、いいえ挑戦、それがSさんなのです。
S論は、愛の論です。
自己自律は、愛のことです。
愛に絶望したわたしは存在から神の居場所を奪いました。
Sさんはその絶望に希望の灯をともそうとしてくれました。
かつてわたしにそれをしてくれたひとがいます。
でもそのひとはもういません。
悲しむのはもうたくさん。
>>871 じゆんさん
場違いですがこちらでお礼を言わせてください。
新スレありがとうございました。大変な負担をお掛けしてすみませんでした。
Sさんへのハルカの決別宣言をスレタイに採用したことには同意しておきます。
それとともにこのスレにたいしての(Sさんとわたしへの)配慮にもお礼を言います。
わたしとしてはSさんとの対話ではじまりSさんとの対話で終わりたいと思います。
もちろんスレタイに異議を唱えなかった、かつ、いま同意した責任がありますから、
新スレがdat落ちしない程度の保守の責任はあると思っています。
けど、できることは保守sageくらいです。(荒らしを見たくないので)
荒らしについては削除依頼は既にしてありますがおそらく削除されないと思います。
もし削除されるようなら新スレにも議論参加したいと思います。新たな立場で。
>カオル
ハルカみたいに図太いならいいんだけど、君の場合、傷つきやすそうだから見ていて辛い部分がある。
哲学に関心があるのはわかるから、コテ変えたり文体変えて、新しく出直せばいいのにと思う。このスレは別にして。
一度粘着されたらまず正常化は不可能だから。
あと、煽りは徹底放置。女コテは粘着されるのが今の哲板の現状。
君がやったように荒らしはマメにレス削除依頼。過去ログがきれいに整理されてればいいんだから。
部外者の勝手な意見スマンけど・・。
カオルあなた何か都合のいいように解釈しているみたいだけれど、あなたの言葉は欺瞞に満ちてる。
Sさんはハルカの苦よりもっと深い悲しみを示してた。あなたにはそれがわからないのね。
絶望の淵に立って、Sさんは苦も愛も、存在することの是非も等価に認知してた。
Sさんの言葉はあたしすごく実感できる。でもそれはSさんのいうように"気付き"なのね。
自ら実感する者には理解できても、そうでない者に言葉は無力なのでしょう。
Sさんはあなたが向き合うのをずっと待ってた。でもあなたは最後まで卑怯だった。対話はなかったの。
そればかりか、あなたが最後にした仕打ちは何?
Sさんは自分で何も考えていない。S論は私の論。Sさんがあなたを貶めたと非難した。
そしたら優しいSさんはすべてを了解して、あなたに自分を手渡すしか無いじゃない。
Sさんから言葉も尊厳も信頼も奪っておいて、よくもSさんのことが騙れるものだわ。
それでもSさんはあなたを信頼したの。あなたを許したの。あなたが自分と向き合えるように託したの。
すべてを手渡したSさんにはもう行為しか残ってないのよ。あなたがそう望んだの。あなたが・・
これで誰が真剣な対話をしていたのかはっきりしたわ。
Sさんの影に隠れて逃げ回り、自分勝手な解釈をして満足していただけの者。
Sさんと対話もせずに、自分の論を押し付けていただけの者。Sさんの真剣な言葉を平気で捨ててしまえる者。
命懸けだ真剣だなんて看板に呆れるわ。あなた達は上辺だけ繕った抜け殻。
惰性で言葉を羅列し、虚ろな言葉遊びにすがっているだけの生ける屍。
美辞を連ね興味本位と憚らないような言動不一致者にまでしがみ付く、その滑稽さはないわ。
悲しいことだけれど、もしSさんがもう一度このスレを見たとしても、きっと帰って来ない。
真剣に語るに足る者がいなかったことがはっきりしたのですから。
弱虫だったあたしももうひとりで歩かなきゃ。
自分の立ち位置を明確にして向き合う。それがSさんの望んでいたことですから。
抜け殻たちはSさんを理解できずに貶めつづけるのでしょう。
でもそれはどうでもいいと気付きました。だってSさんはすべてを許していたのですから。
カオル、あなたは何を考えているの?
あなたがこのまま卑怯な振る舞いをつづけたら、すべては無駄だったということなの。
Sさんがたとえ帰ってこなくても、Sさんにすべてを告白しなさいな。
Sさんはね、あなたをずっと待ってたの。
あなたが向き合えば、あなたはSさんと繋がるの。永遠に・・
あたしの中にはいつもSさんがいるわ。苦しくなんてない。
だってあたしSさん信じてるもの。繋がっているもの。Sさんの愛ってそういうものよ。
あたしからはそれだけ。あとはあなたにお任せします。あたしもあなたを信じるから。
Sさんおつかれさまでした。
あたし祈ってます。いつかあなたの悲しみが癒えますように。あなたが愛を貫けますように。
飛べない鳥は鳥じゃないのですものね。
H
この哲学青春ドラマみたいなノリは何なんだろう? というより
要約しないのかなあ。
>じゆんさん(次スレ77)
>あなたすら、やはりハルカさんのことを理解しきっていないところがあると思う。
わたしはハルカを理解しているのではありません。
ハルカの苦がわたしにも"わかる"だけのことです。
882(だよね)についてはじゆんさんの誤読です。
>わたしに粘着しているネカマへ(885-887)
あなた男でしょ! シッカリしなさい! 自分の足で立ちなさい!
もし、あなたの騙るSさん像が真実なら、
わたしは、まちがいなくSさんを軽蔑します。
これで答えが出たのではないですか?
それからわたしの語るS論はわたしのS論です。
Sさんが気に入らないと思うなら反論すれば良いだけでしょ。
あなたが気に入らないならあなたが論点を明確にして反論すればいい。
ネカマで粘着のあなたは人格攻撃しかできない最低のクズです。
悔しかったらわたしとS論について議論してみなさい。
>>884さん
心配してくれてありがとう。
わたしは以前から荒らし以外のレスはすなおに読む方です。
今回の削除依頼は主にハルカにたいする粘着荒らしにたいするものです。
自分にたいする個別的なもの(荒らしとは呼べない)には出していません。
それからカオルのままで行きます。カオルであることが必要だからです。
>部外者の勝手な意見スマンけど・・。
とんでもないです。ありがとうございました。m(__)m
894 :
考える名無しさん:03/11/09 03:58
>>415 ハルカさんへ
私と同じような仮定を立てる人がいるとは驚きです
私の仮定では 感情か苦 を搾取する者を想定しました
>415はその通りです
全ての望みが無くなったとき
あらゆることを知ったのですが
そのような搾取者は見つけられませんでした
その確信はどこから来るのでしょうか?
>>894 sageじゃ無いって事は釣りっぽい。
ので、放置。
896 :
考える名無しさん:03/11/09 04:44
何も釣って無いけど・・・
真剣なのだが・・・
過去に存在の意味がどこにあるのか
ただこのように仮定した
1)キリスト教の言うように選別か教育で生まれている
2)目的はなく、生の喜び苦しみを自ら感受するため生まれている
3)もしかすると、苦に満ちているわけ、感情が突出しているわけは、
これを享受している神のような存在がいるのではないか
しかし、何も傷つかない自己と至福を知ったとき
我は喪失し、苦の原因もわかり、2と判断した
全てを(ではないけれど)見通すことができたが
搾取者はいなかった
もう一度聞きたい
搾取者がいる確信めいたものはどこからくるのか
897 :
考える名無しさん:03/11/09 04:50
>1
「たい」と言っているうちは、だ〜め、此岸。彼岸へ
翔ぶんだから、
いつの間に深い淵を超えたのか…自分でも知らない間に
気がつくと、そこは彼岸。<悟り
傍観していると何か鳥肌が・・・(w
人は人を理解は出来ない
が
理解しようと勤めることで得られる特性は多々ある
以上!
899 :
考える名無しさん:03/11/09 04:54
じゃ仕方ない
900 :
考える名無しさん:03/11/09 04:59
しかし悟ってもそんなものはいないぞ
以上
>>896 釣りじゃなかったのか…ゴメン。
じゃ、sageでお願いします。
>しかし、何も傷つかない自己と至福を知ったとき
>我は喪失し、苦の原因もわかり、2と判断した
ここだね。
『何も傷付かない自己』−こう言ってる『自己』それ自体ってのは何ナノ?
確かに『感情的な【苦】』ってのは消えるよ。
つまり『今まで【苦】と認識していたものを【苦】と認識しなくなる』わけ。特に宗教者はね(苦笑)
でも、それは『認識方法を変えただけ』で、相変わらず【苦】自体は現存するんだよ。
キリスト教に『原罪』ってあるじゃない?
仏教では『生老病死』の『四苦』を説くよね?
あれらがいい例だよ。
もっと簡単に平たく言えば『【生命】は他の【生命】を殺傷し自己の栄養とせねば生存を続行出来ない』という事があるよね?
そういう【苦】を他者に振り撒き続けてるのさね。
だから、決して【苦】はなくならないのさね。
902 :
考える名無しさん:03/11/09 05:23
一つ聞きたいんだが、ハルカ ◆0tZOcyVq86、
貴様はかの”ハリウッド”ハルク・ホーガンの熱狂的ファン、「ハルカマニア」なのか?
>>902 ちゃう。
ホーガンは好きだけどマニアじゃないんで。
904 :
考える名無しさん:03/11/09 05:27
>>903 てか、こまめにリロードし続ける関西人かよ・・・
905 :
考える名無しさん:03/11/09 05:30
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
unko
unko
unko
僕はもうダメだ…
後の事はぴかーに…任せる…
ごめん、sageって何か知らなかった
「自己」は便宜上使っただけ、認知はできない
「苦」を受け取る我がないのにどうやって受け取る?
俺の見込み違いか
>>892 カオルあなた何もわかってないのね。
自分の足で立ってないのはあなた。Sさんの影に隠れ、次はじゅんというひとを利用しているだけ。
Sさんはあなたが向き合うのをずっと待ってた。でもあなたは最後まで卑怯だった。対話はなかったの。
あなたが無を信じないなら、その立場を明確に示してSさんともハルカとも向き合うのが筋でしょう。
あなたはそれがわかっていながらSさんに嘘をついてまで向き合おうとしなかったのよ。
だからあなたは卑怯者なの。
あたしだってSさんに何もできなかった。でもSさんを信じて見守っていたわ。
あなたのように騙ったりなんてしない。まさかあなた今でもSさんのこと100%理解してるなんて思ってるの?
Sさんが去ったあとでもあなたがSさんを利用してSさんを貶めつづけるから、あんまり愚かだから。
だからあたしも黙ってはいられなかった。
あなた荒らしがどうとか粘着がどうとか都合よく解釈してるけど、結局あなたは偽善者ね。
名無しさんに語りかけたりして度量の深さを見せたりしてるけど、全部見せかけ。
Sさんは決してそんなことはしなかった。Sさんはどんな名無しさんだって荒らし扱いなんてしない。
批判や叱咤だと真摯に受け止めていたわ。すべてを受け止め許容していたわ。
それがSさんの優しさなの。Sさんの強さなの。Sさんの愛なの。
上辺だけのあなたや器量の狭いハルカには到底理解できないでしょうけどね。
そのSさんを人格攻撃していたのはあなたやハルカだったのよ。きっと今も気付いていないのでしょうけど。
あなたは欺瞞と偽善を重ね、卑怯者のまま自殺して消えてゆくのかしら。
死の創造なんて言葉だけの見せかけね。あなた何も信じてない。何もしようとしない。だからあなたは抜け殻。
でもSさんは自分の論もスレもあなたにきっと託したのよ。
SさんがいたらあなたずっとSさんの影に隠れて向き合おうとしないから。
それもわからないほどあなたは愚かなのかしら。
>>914 同感。
カオルは、914さんを粘着ネカマと決め付けて逃げずに、
批判は批判として真摯に受け止めて欲しい。
おそらく自分でも分かっていることだろうから、辛いだろうが。
>そのSさんを人格攻撃していたのはあなたやハルカだったのよ。きっと今も気付いていないのでしょうけど。
これも真実。
二人は自分に都合よくSを利用しようとしていたように見えた。
>>914-915 嘘つき 卑怯 騙り 愚か 偽善 欺瞞 抜け殻
わたしがこれを認めればSさんが喜ぶとでも思ってるの?
あなたは根本的にSさんをわかっていないと思います。
もちろんわたしは認めません。
それから、嘘つき 卑怯 騙り 愚か 偽善 欺瞞 抜け殻
について議論する気などありませんから。
>対話はなかったの。
神なき論批判について(の一側面)
S論が懐胎する「すべての相対化(連関)という絶対化」(脱構築)の方法論は、
目的論において思想的独善性を産み落とすのではないか?
いったいS論は何を乗り越えようとしてるのか?
「どんなことにも何とでも言える」・・・ 何でもアリの混沌を招きはしないか?
そこは灰色の荒涼たる不毛の大地なのではないか?
われわれを何物も育つことのない状況のなかに投げ出しておいて
自律(生)の躍動を肯定するなど、飢餓に苦しめということと同義ではないのか?
というようなことをSさんがいいたくなくても、そのような解釈(とらえ方)をも許してしまうのが
現状のS論なのです。だから神(絶対価値への志向)なき論はバランスが悪いといったのです。
S論とわたしとのかかわり・・・(あくまでわたしとSさんの関係における)
S論自体は、自己の無根拠性や自己の逃れられない他律性の克服を目指したSさん自身の
志向性が根幹にあります。(わたしは常にこの志向性そのものは応援してきたつもりです)
はじめは、実存者としての自己には真の自律は求められないのか、ということでした。
Sさんのいう"真"には"完全に"という意があるので、自己には自律的と他律的の側面がある、
という自己では満足されませんでした。
そこで、わたしがSさんに示したのが、自己の"存在-存在者"としての相貌です。
また、"ある"の次元において、自己とは世界そのものである、という解釈です。
Sさんはどれも満足されませんでした。
そして、わたしがSさんに示した"存在"の定義、
1.ありように矛盾が含まれない。
2.ありようが全体的である。
(a) あらゆる現象を含有する。
(b) あらゆる現象が一挙に成立する。
3.ありようが絶対的である。
(c) 無規定的、無制約的、自律的、自足的である。
について、Sさんは『そんなものが想定されるなら、自力で至る方法だって』・・・ で一旦議論終了。
その後、自己の"存在-存在者"という存在論的な切り離せない関係性を逆手にとって、
存在者の自律とは、その関係性そのものなのだ、という解釈(自己自律論)に至ります。
世界の連環と連関について
たとえば、・・・・無? → 物質世界 → 生物世界 → 精神世界 → 超越世界・・・・のように
連環する世界も"俯瞰"するなら、『円環する独立した世界である』とは、"神の視点"です。
人間にとって、一つ先の超越的世界でさえ不可知な世界であるのに、いったい誰が"俯瞰"?
いいえそれはいいのです。このスレにおいては、"神の視点"の許容は前提としてあります。
でも、"神の視点"を用いた時点で神を想定しなかったり考慮しないのはバランスが悪いです。
わたしはそのような世界をイマージュしてしまうことを可能にしている"心"の世界という
ものからS論を磨いて行きたかった。だからそのように提案しました。
たとえば、心を語ろうとすると心を心によって語るという自己言及の壁が立ちはだかる。
それでも語ろうとするなら、その理論を展開するにあたっては、せめて"世界"を定義する
必要があるし、その世界の起点は? 基本になるファクターは? 統一する原理は?
・・・などの問いを立てることの大切さもわかってきます。
S論を構築した心とは何か、から考え直して行くことでS論のさまざまな問題点が明確になる
とともに、その思索によってS論はもっともっと磨かれると思っていました。
実践はそれからでも遅くないと。
>あなたが無を信じないなら、その立場を明確に示して
十分示しています。
スレを読んでいなかったり、内容を理解できないことまで面倒見れない。
>Sさんともハルカとも向き合うのが筋でしょう。
十分向き合っています。
たしかにハルカとの言語についての議論は棚上げになっています。
でもそれは単にわたしの意見がまとまらないからです。
言語についての問いは、わたしにとっては、"人間とは何か?"ですから
そうカンタンにはいきません。
わたしは、人間は、"言語的存在"(ホモ・ロクエンス)であると思っています。
言語の起源とは何か?、からはじまって
言語や論理の孕む決定不可能性のアポリアや無根拠性の壁はどうして存在するのか?
論理性はどこまで身体性に侵食されているのか、身体性のもつ論理形式とは何か?
・・・・とてもじゃないけどまとまらない。
けれど、すでに発言したように、"心とは何か?"に取り組むなら、
当然この議論も含まれるので、そのときに発言して行こうかな、みたいな。(^_^;)
ペテン師や詐欺師が相手を騙すとき
「私は正しい良い善良な完璧な人間です!
私を信じて下さい!」
と必ず言いますよね。
>>916 >嘘つき 卑怯 騙り 愚か 偽善 欺瞞 抜け殻
>わたしがこれを認めればSさんが喜ぶとでも思ってるの?
そんな態度をSさんにとること自体がおかしいよ。
>>916-919 あなたやっぱりわかってない。
それはあなたがSさんの影に隠れて投げていた言葉。向き合うってことが理解できないのね。
Sさんはあなたの気遣いに感謝してた。でもあなた自身と向き合えないことを悲しんでた。
Sさんはあなた自身の断片的な示しは理解してた。でもそれはあなたが向き合うということではないの。
Sさんはあなたに何度もお願いしてた。あなたが論を示せないなんて逃げてもあなたを受け入れてた。
あなたに妬いてしまうけど、Sさんにとってあなたは特別のひとだから。だからSさんずっと待ってた。
あたしSさんじゃないからS論は騙れない。でもあなたの批判は的外れだってSさん繰り返してた。
あたしもそう思う。Sさんの言葉を読み取るとあなたの理解を超えたところにS論はあるもの。
神を騙る傲慢も神を屠る傲慢もしないSさんの真実さ。絶対者と永遠に切り離された小さき者の気付き。
青い血は赤い血だという気付き。想定することの自己言及への気付き。乖離なき気付き。
個体化の看破。連関への気付き。
存在者の絆。Sさんがあなたに示した信頼。
せめぎ合い。Sさんがあなたと交わした言葉。
何とでもできるのではなくて何とでもはできないという気付き。
連関の有難さと苦さ。生と死の認知。有と無の認知。無の語れなさ。
いま、ここの到達点。自律の躍動と沈静の等価の認知。パッケージと脱却。
すべてSさんの言葉です。
あたしSさんの言葉は実感できる。だからSさんは世界の果てへ行こうとするのね。
今さら動機は?なんて聞いてるひとがいるけど、洒落のつもりかしら。
S論を切り捨てたくせに、いまだにS論を利用して騙ってるひとがいるけれど、滑稽ね。
Sさんは何を思うでしょう。
922=S=ネカマ
>>922 >向き合うってことが理解できないのね。
『自分の立ち位置を明確にして向き合う。それがSさんの望んでいたことですから。 』
これに答えればもう付き纏わないでくれるの?
カオルさんへ
何度もの上から物を言う姿勢をまずはお許しください。それでもあなたに語りたいから
私はあなたに語ります。
立ち位置、それが私の言う立場であるのなら、その存在は懐疑した方が無難です。
我にとって立ち位置なんぞありません。ですから明確にはできぬものです。
しかし立場を持たなくてはいけないのなら、それはあなたの名だけで充分だと思います。
私は名を自分の根元的な立場であると思うにいたりました。
我にとって、世界がなければ我は亡失してしまいます。そして我有りと宣言するから
我と世界の境界が生まれたのではないかと思います。それを私は名だと思うのです。
ですから立場は利用するものでいいと思います。語る指針ための支点です。
あなたはあなたであるための名を持った、それがあなたの本当の存在だと思います。
私の想像ですが、イブが食べた果実は思うに言葉なのではないかと思うのです。
そこでイブは名を手に入れ言葉を手に入れ、原罪が敷衍してしまいました。
そして原罪とは今の私には破壊を目的とする狂気ではないかと思えるのです。
イブは言葉を食べ、やむを得ず狂気を世に放った。そのように私は解釈しています。
もはやこれも聖書に書かれた創世紀という名の物語ですから、どのような解釈も可能ですから
それに私も甘んじて解釈した次第です。そしてそれはあなたを見てもそれが真実ではないかと
思えます。
あなたも自由になったら、私の立てたスレに書き込んでください。
いちおう我と位置(世界)についても私は言及したいと思っているのです。
どうやらそれは哲学的議論に含まれますので、ここでそれに対して長々と語ることもできませんし。
ここで私が書き込むのもこれが最後だと思います。
じつは私はいつここが一杯になるか恐いです。なるべく平行させたいのです。
なぜならたくさんの人にこのことを理解してもらいたいからです。
最後に甘ったるい美麗成句を申し上げます。
私はあなたの言葉にいっぺんの曇りがないことを尊敬しています。
そういう意味ではあなたは私の先生であり神ですwww
どうかこれからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。
カオルさんへ
むしろあなたは最初から自由だったのだと思います。
それを私が狭義の理解しかできなかったのが問題であったような気がします。
それについてもまたおわび申し上げます。どうもすいませんでした。
誤ることしかできぬため誤るだけにとどめたいと思います。
私もこれからはS論、ハルカ論などと言わずに私の立場で物を言うように
したいと思います。
927 :
考える名無しさん:03/11/11 11:59
ハルカ=カオル=ネカマだなw!!
気付かないうちにあたしもSさんのこと騙ってた。Sさんごめんなさい。
カオルも自分を語ってください。きっとそれがSさんの伝えていたことだと思います。
こうしていれば優しいSさんが叱ってくれると思ったの。でも浅はかでした。
時計はあの時から止まったの。だからSさんを想ってもSさんを騙ってはいけなかったのね。
もうここには書きません。
途切れない軌道 優しい貴方と何度はぐれてもいえる
すべてはきっと あたしそのもの
微かな糸に変わってく
あたしがあたしを見失ったり 絶望に挫けそうな時
思い出すわ 貴方の言葉
何にも失くしてなんてない
幾ら階段を踏み外しても 幾ら迷ってもいえる
こんな足でも 歩けない筈はない
kimoi !!
決して全部をみる気はないが、面白いぞ、面白すぎるぞ君たち。
>>924 カオルさん
さっさとケリつけて議論戻ってきて下さい
933 :
考える名無しさん:03/11/13 16:52
馬鹿だなあ。
Sはボクっ娘なんだってw
934 :
考える名無しさん:03/11/13 17:11
いつも身近に 自分の中に有る当たり前の真実に
気が付いた瞬間
「(゚Д゚)ハッ!!こ、これは・・・??」
真実に気が付く瞬間が「悟り」の瞬間。
人生はこの 刹那の悟りを いーーーーーーーっぱいいっぱい
拾い集めて行く事
この「気付き」のストックの分だけ 人としての価値は高まっていく
価値が高まった分だけ その数の分だけ他人や社会に
自分という人間は 必要とされる
935 :
考える名無しさん:03/11/15 04:01
ねるほどね。
>>934 つまり悟りとは連続的であって
こっからっていう明確な境界線はないと言う事ですね?
避けられる論議は避けろ。馬鹿
自分から戦いに行くからそうなるんだ
悟りたい奴がいるのは分かったけど悟った奴はいるのかな?
どうなん?
939 :
考える名無しさん:03/11/15 16:46
ここに悟りたい椰子はいないよw
Sはもともと悟りとは無縁。カオルは自殺志願者。ハルカは貞子。
客寄せかw
そういやえばそんな事言ってたな。
でSは少しは成長したのか?
941 :
考える名無しさん:03/11/15 17:04
曰
| |
ノ__丶 ゚。゚ ._
||一|| ∧_∧ .|--¢、 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
_ ||人||γ(*・ω・‘) ̄ 丶.) < 飲まなきゃやってられるか!
\ ||酒||L二⊃  ̄ ̄\ ̄ \____________
||\`~~´ (<二:彡) \
ぱっとみたがSがどっかいっちゃったと
自らが実験となってなんかの方法を確立しに行ってる
ってことでいいかな?
曰
| |
ノ__丶 ゚。゚ ._
||一|| ∧_∧ .|--¢、 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
_ ||人||γ(*・ω・‘) ̄ 丶.) < うっせー禿げ!
\ ||酒||L二⊃  ̄ ̄\ ̄ \____________
||\`~~´ (<二:彡) \
945 :
考える名無しさん:03/11/15 17:34
ぴかぁ必死だなw
曰
| |
ノ__丶 ゚。゚ ._
||一|| ∧_∧ .|--¢、 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
_ ||人||γ(*・ω・‘) ̄ 丶.) < ガキが生言ってんじゃねーぞゴラァ
\ ||酒||L二⊃  ̄ ̄\ ̄ \____________
||\`~~´ (<二:彡) \
Sキュン、やけになってる・・・
曰
| |
ノ__丶 ゚。゚ ._
||一|| ∧_∧ .|--¢、 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
_ ||人||γ(*・ω・‘) ̄ 丶.) < ハルカ出て来いやゴラァ
\ ||酒||L二⊃  ̄ ̄\ ̄ \____________
||\`~~´ (<二:彡) \
Sキュン辛かったんだね、ヨチヨチ