神武天皇を無視した日本古代史研究に喝!

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1イハレヒコホホデミ
神武天皇をまともに研究しようとしない学者は、学者とは言えません。
結局戦後の記紀無視は、戦前の記紀盲信の裏返しで、全く同じ態度に過ぎません。
2日本@名無史さん:02/08/30 21:26
2get!!
3日本@名無史さん:02/08/30 21:26
じゃあ神武天皇の実在を証明してくれ。
4占い師:02/08/30 21:28
1は古田信者
5イハレヒコホホデミ:02/08/30 21:42
>>3
そのために研究をするんだよ。

>>4
残念でした。安本派です。
6日本@名無史さん:02/08/30 21:45
神武天皇=扶余王仇台=チョン
71、5:02/09/01 12:00
東征の伝承地は、神武天皇の活躍の時代と思われる、3世紀以前の地形と合っており、それ以降の地形とは合わない。
乃ち、3世紀以前は低湿地であった海抜50メートル以下には、伝承地は存在しない。

神武天皇及び欠史八代の皇妃には、磯城の県主の出が多いが、この氏族は、特に後世勢力を持ったわけではない。
つまり3世紀当時の地元の有力者と政略結婚した事実を、正確に伝えているということだ。
8:02/09/01 12:38
訂正。神武天皇自身は磯城の県主の娘を妃とはしておらず、開化天皇までの活躍年代は、正確には3世紀末から4世紀初め。
9日本@名無史さん:02/09/01 14:53
age
10>1:02/09/01 14:57
最近は、架空なんて明言するやつはいない。
証拠がないし、変な鉄剣が出てこられると困るだろ。

1は、80年代までのことを言っているのだろう。

11日本@名無史さん :02/09/01 19:59
記紀そのものを研究してる歴史学者なんて、若手現役でいくらでもいるだろ。
磯前順一とか。
結局>>1はアカデミズムには無縁な夏厨ということで。
12KO砲 ◆segdN9/k :02/09/01 20:10
神武なんて存在しないものを研究する馬鹿がどこにいます?
13日本@名無史さん:02/09/01 20:26
>>12
実在物としての神武や神功皇后研究してるアフォはさすがにいないさ。
みんな、今流行りの表象論てことで、対象よりは歴史を記述する「主体」の方を
俎上にのせてるわけで。
だいたい、千田稔やコジタの本なんか読んでると、邪馬台国ですら
もう所在地なんかどうでもよくなってるだろ。
14日本@名無史さん:02/09/01 20:34
コジタ?
151:02/09/04 20:11
>>13
それそれ。そういう「初めに結論ありき」の態度が学問じゃないっつうの。
つまり研究の態度が問題なわけ。
まあ無視じゃなくて軽視と言うべきだったかも知れんが。
16日本:02/09/04 20:24
さっさすがに神武天皇はいないでしょう…(^^;)
17日本@名無史さん:02/09/04 20:31
>>7
> 乃ち、3世紀以前は低湿地であった海抜50メートル以下には、伝承地は存在しない。

すげーなー
海抜50メートルかよ。日本の平野という平野は、全部海の底だなぁ、オイ。

5mの間違いだとしても、築後平野は全滅だ。
吉野ケ里人は、半魚人であったのか。いや、びっくり。
結論つーか、絶対的真理が存在しないから表象論なんだろ。
>>1=15の厨は歴史学以前に社会科学のイロハをもう少し学んでから出直してこい。
19日本@名無史さん:02/09/04 21:14
しかし表象論なんて本職の哲学者からはDQN扱いされていそう
20記紀の記載は絶対的真理!:02/09/04 21:35
日本書紀記載の武烈天皇の事績

2年秋、妊婦の腹を割いてその胎児をご覧になった。
3年冬10月、人の生爪を抜いて、山芋を掘らせた。
4年夏4月に、人の頭髪を抜いて梢に登らせ、樹の根本を切らせて、登っていた者が
 落ちて死ぬのを眺めるのを楽しみとされた。
5年夏6月に、人を池の堤の樋(ひ)に伏せて入らせ、外に流れ出てくるのを三つ又
 の矛で刺し殺してはそれを楽しまれた。
7年春2月に、人を樹に登らせ、弓で射落としてお笑いになった。
8年春3月に、女を裸にして平板に座らせ、馬を全面に引き出して交接させた。
 女の陰部を見て、潤っているものは殺し、潤っていないものは召し上げて官婢とされた。
そしてそれを楽しまれた。(日本書紀より)
21日本@名無史さん:02/09/04 23:32
ナガスネヒコは実在だけどな
22日本@名無史さん:02/09/04 23:39
天孫降臨から神武天皇即位までは冷機指摘事実ですよ。
CIAのHPの日本の概略のところで
 BC.660 伝説の神武天皇即位
ってちゃんと書いてある。
日本の歴史教科書より、アメリカCIAの方が事実を認識しています。 
23日本@名無史さん:02/09/04 23:49
おお!神武天皇は縄文人で在らされた!まだ国家なんか存在しなかった頃に東征なさられた!まさに神だ!
24日本@名無史さん:02/09/05 00:07
神武さんは大和に呼ばれたと思うんだけど・・
だから大和で即位した・・東征できるほどの軍備を持ってた様には思えん
神武東征は、日向から大和までの冒険物語では?違う?
25日本@名無史さん:02/09/14 19:54
ニニギって、いったいどういう目的であの代に設置されたの?
26日本@名無史さん:02/09/14 20:11
ニギニギするため
2715:02/09/16 17:35
>>17
もう一度良く読みたまえ。「低湿地」とあるだろう。
奈良盆地に水がたまって湖となり、それが段々引いていって低湿地になっていたのであって、海だったなどとは一言も言っていない。
そもそも奈良盆地が「奈良湖」だったことは、考古学では常識中の常識なのだ。
他の土地、例えば筑後平野などでは自ずと事情が異なる。

>>18
引用をはっきりしなかったのは悪かったが、「初めに結論ありき」というのは神武天皇神功皇后非実在説自体を言っている。
「絶対的真理はない」と言いながら、非実在説を「絶対的真理」とする態度を問題にしているのだ。

>>25
その書き方だと、ニニギというのは官名か何かみたいだが(『魏志倭人伝』にもニキという官名があるが)、ニニギノミコトが神武天皇の2代前に「設定」されたということが言いたいのなら、それが史実だからです。
「設定」などされてません。
28日本@名無史さん:02/10/02 18:37
ニニギの語源はどうよ?
29:02/10/02 20:15
1よ
おまえの望みは、
・神武天皇には実在のモデルがいるはずだから、それが誰なのか研究するべきだ
・何が何でも神武天皇の実在を証明するべきだ
どっちだ。
30日本@名無史さん:02/10/02 20:58
>>29
どっちでもない。
地家ナニガシという阿呆を笑いものにするのが目的だ。
31日本@名無史さん:02/10/02 21:00
手塚治虫も神武から10代位までは100歳以上生きていてでっち上げと
火の鳥で言っちゃってます、今生きてたら加筆修正していただろうか・・・
32日本@名無史さん:02/10/02 21:06
2600年前はね、縄文時代なの わかる
33日本@名無史さん:02/10/02 21:20
>>1
これだから童貞は困りますね。
単にでかい性器を無理矢理押し込めば、女性に苦痛を与えてしまいます。
それどころか、そのような行為を強行した人は、「乱暴な人」として
敬遠され、逆に女性から「準強姦罪」に該当するとして、刑事事件に発展しかねません。

性器の大きな男性は、女性に苦痛を与えまいして、いろいろと勉強されております。
性器の大きな男性が風俗嬢に人気があるのは、そのような男性の方々の
きめこまかく、優しいお人柄に、ひきつけられるからなのです。
そのようなお人柄ゆえに、必然的にゲイの人たちまで魅了してしまうのです。
34日本@名無史さん:02/10/02 21:46
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36日本@名無史さん:02/10/02 21:56

           ウゼえ消えろ
      ∧_∧          _ _     .'  , .. .○=○
     ( ´_ゝ`)   _ .- ― .= ̄  ̄`:, .∴ '     (    )
    /     '' ̄      __ ヽ´=', ・,‘ r⌒> _/ /  ← 昭和天皇
   / /\   / ̄\-―  ̄ ̄   ̄"'" .   ’ | y'⌒  ⌒\i
 _| ̄ ̄ \ /  ヽ \_              |  /  ノ |
 \ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \__)              , ー'  /´ヾ_ノ
  ||\            \          / ,  ノ
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  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||          / / ,'
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                       !、_/ /   〉
37日本@名無史さん:02/10/02 21:57

                            ̄ ̄
         ∧_∧   死ね
        _( ´_ゝ`)
      /      )           _     _
     / ,イ 、  ノ/    ○=○―= ̄ `ヽ, _
    / / |   ( 〈 ∵. ・(   〈__ >  ゛ 、_―
   | !  ヽ  ー=- ̄ ̄=_、  (/ , ´ノ
   | |   `iー__=―_ ;, / / /   ← 昭和天皇
    !、リ  -=_二__ ̄_=;, / / ,'
        /  /       /  /|  |
       /  /       !、_/ /   〉
     / _/             |_/
     ヽ、_ヽ
38日本@名無史さん:02/10/02 21:57

             トドメだ          _,-'' )  。゚・   。 。
         ∧ ∧            , -' (.__,-''   ,  . , , 。゜
       , - ´_ゝ`)_         .,-'~ ,- '    /  /  /, 。グハッ
      /   )ヽ(w i      .,-'~  ,-'~    // ,  ⌒ ∵∵ //,
     .,/  /   ヽヽヽ   ,-/'~  ,ノ      / //(。 。)∵//@=○ '/
     / ^)'   _ l ゝ _)-'~   ,-'~     //, ' ⌒/     ⌒ヽ
    / /'  ヽ    ^ ̄   ,-'~       / /     裕仁   ヽ ゚ ・
   (iiiiリ∫ ヽ      ./    (⌒`〜〜'  /i  ノ    ノ\ ヽ
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                      \__);;;;;;;''''''


39日本@名無史さん:02/10/02 23:38
真性厨房のくせに頭がコチコチの>>1
ミステリー板のこのスレでも読んで少しは思考力の訓練をするように。
「帰宅したらエロ本が机の上に移動してました」
http://book.2ch.net/test/read.cgi/mystery/1032754133/l50
40日本@名無史さん:02/10/04 00:36
今日は、1の保護者のKと申します。
この度は1がなにやら皆様に多大な御迷惑をおかけしたという事なのでお詫びにま
いりました。
そもそも昔は1も明るく活発な子供だったのですが、小学生の頃に父親が蒸発し、
残った母親も交通事故で亡くしてしまった事をきっかけに心を閉ざすようになっ
てしまいました。友達もいず、学校にもほとんど出席しませんし、
明けても暮れても喧嘩喧嘩の毎日だったことを鮮明に記憶しております。
そんな1を見かねて母親の親類である私共夫婦が1の世話をすることになり、
粉骨砕身心の傷を癒してあげようと努力してきたのですが未だ努力不足である
ことを実感している次第です。
さて、そんな1に私共がパソコンというものを買い与えたものはつい数ヶ月前です。あまりに暴力的な為、少し他の事に興味を持たせようと考えた末の購入でした。
が、しかしこれは失敗でした。
確かに1がパソコンにハマったのは私共の狙い通りだったのですが以後の1は寝
る間も惜しんで、学校も完全に休んで、ひたすらパソコンに没頭するのです。
このままでは元も子もないと感じた私共は一度1からパソコンを取り上げたことがありました、するとあろうことか憤激した1は刃物を持って私共に返すよう脅迫するのです。もう私共もボロボロでした…
丁度その年の夏頃でしょうか?1が「2ちゃんねる」なるBBSを見つけたのは…
それまでの1はHPで「自殺マニュアル」やら「北朝鮮〜その偉大なる歩みの轍〜」
やら、受ける側のHPの存在しかしらなかったのですが、「2ちゃんねる」を見
つけて以来他人の意見を聞き、自分の意見を述べるというコミュニケーションという大切なものを学んでいったのです。正直私共も救われた心地がいたしました。

41つづき:02/10/04 00:37
―――そんな矢先に今回の事件です。
まさか私共も1がこのような常軌を逸した行動を取るとは
想像もつきませんでしたし恐らくは魔が差した事だと信じています。
それに1が本当は心優しい人間だということは私共、命をかけて保障します。
…しかし、そう信じても人様に尋常ならざる御迷惑をかけたという事実は
動く事はありません、罪は罪なのです。
そこで、真に自分勝手だというのは承知しているのですが皆様にお願い
したいことがあります。それは、やっと立ち直りかけた1を暖かい眼差し
で見守っていてほしいということなのです。このまま1が皆様に、世間に
、社会に白い目で見られるとまた昔のあの根暗かつ凶暴な1に戻ってしまう
のは必定でしょう…そうならない為にも私共も1と共に健全に社会に復帰
できるようこれまで以上精進するつもりなのでどうか、どうか1を見捨て
ないで長く付き合っていただくように御願い申し上げます。

不肖の子1の保護者より

42日本@名無史さん:02/10/04 01:13
1よ、喜べ。遂に神武天皇が発見されたらしい。
http://piza.2ch.net/news2/kako/991/991723568.html
43日本@名無史さん:02/10/04 01:16
               .,ノ″     ._yr'  `      ゙^' 干》lミ^″  ゙》r.,ノ″
             ,/     _,ノ!″                  .lll厂
            ,ノ″  urllll《厂         .__,,,,yuv--ー¬¬¬ .《l!
           .,l「    .,l!.,ノ^      ._,,,yvlll厂 ̄   .___,,,,,,,,,,,,,,,、、、゙ミu,,,,,,_
           .《、   ,ノア   ._,,yv=''゙⌒ ._,,,ur=冖冖¨⌒ ̄       .`゙^>z.
           ゙《lir  .「llr .,yrr冖′ _,yrr^¨′        __,,,yyyzzzzァー冖゙″
            ゙干l==「ミ.   _,,yzr(¨′     ._,,yyzzllllllllllllllllllllllllllllllllll!
                ,ノ冖巛llllll;|l|工||》||》《lllllllllllllllllllllllllll厂《llllllllllllllllll「
                il「,、'=z,リllll|^^^゙⌒ .,ノ'゙リlllllllllllllllllll|「  ゙《|リリ^丁  
                リrl| y 》 .「         ゙̄厂′    ミ  .l |
                .゙《.《.illl!   ,,      ー!'゙″  .z!″  .ミ  ,》  ,,yllllllllly  
                 ゙《}゙干  ゙リy          `.^^hrvl'′.{′ .|llllllllllllll!   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                  \__ 《.  ゙\            .{  ._il|,,,yyz;lllllllllllllll! < 調子こいてんじゃね―ぞ
                   `゙lli, .ミ           __,,,,,,yyr|rlミミl|^゙⌒ {lllllllllllll.   |イエローモンキー!!
                    {》 .ミ        n,,,,^゙⌒   .゙|r  l!    《lllllllllll|   |
                   ,i「 《¥.「  ミ      .´     ./′.il|     ミリリミ″   \_______
                 .,,ァノ′.ミ゙)i,   ゙リy          .,l!.,,メ′
               _,,ノミ》″  .ミ ′   ミー─vv,,,__   _,zl|》^゙y
44日本@名無史さん:02/10/04 20:28
日本で神武天皇の化石発見=米科学誌(AP)

【ワシントン31日AP】米ペンシルベニア大学の研究者を中心と
するグループが日本で約2600年前に生息した初代天皇の化石を
発見しジンムと名付けた。発見の詳細は、1日発行の米科学誌サイ
エンスに掲載される。神武天皇は体長80〜100センチ。全身が
毛に覆われ、ネズミに似た姿をしている。長さ1・2センチの頭骨
を調べたところ、下あごが1個の骨で、中耳骨が下あごから分離し
ていることが分かった。同グループは「同型の頭骨の豪族に比べて、
頭脳が大きい。拡大した頭脳が中耳骨を押し出し、あごから分離さ
せたのではないか」と推測する。


45日本@名無史さん:02/10/04 20:29

【東京2日ロイター】日本政府・警察庁筋によると、明仁天皇(67)
夫妻ら皇族が2日夜(東部標準時間2日未明)、首都東京の皇居吹上
御殿で長男徳仁皇太子(40)に自動小銃で銃撃された。8人が死亡、
3人が負傷し、皇太子もけん銃で自殺を図った。皇太子は意識不明の
重体となっている。
日本政府は2日、同皇太子が新天皇に即位したと発表。明仁天皇の実弟
の常陸宮(65)を天皇職務を代行する「摂政」に任命した。皇室典範
に従い、皇太子を天皇に指名したとみられる。
同日招集された衆議院によると、殺害されたのは同天皇のほか美智子
皇后(66)、秋篠宮親王(35)、紀宮内親王(32)や天皇の姉
妹ら。皇族関係者によると、皇居での夕食会で酔った皇太子は、自分
が選んだ人工受精の子供に皇后が反対すると不機嫌になった。いった
ん部屋を出て軍服に着替え、銃2丁を手に戻り、発砲したという。
同国会は「天皇が死去したため、後継者に皇太子を指名する。だが新
天皇は精神的、肉体的に執務を行えないため、常陸宮を摂政とする」
との声明を発表した。明仁天皇は89年に即位し、無条件降伏を受け
た47年の憲法改正で象徴的地位になった。徳仁皇太子は英国に留学、
5月下旬に訪英したばかりだった。


46日本@名無史さん:02/10/04 20:29

家出少女にわいせつ行為=天皇陛下を逮捕−大阪府警(時事通信)

家出していた大阪市の専門学校生の少女(16)に日本書紀をやると約束して
自宅に住まわせ、わいせつな行為をしたとして、大阪府警少年課などは1日ま
でに、児童買春・児童ポルノ禁止法違反の疑いで東京都千代田区、天皇陛下容
疑者(67)=詐欺罪などで起訴=を再逮捕奉った。また、少女を覚せい剤取
締法(使用)違反の疑いで家裁送致した。調べによると、天皇陛下容疑者は
今年1月18日から2月22日までの間、少女を皇居に住まわせ、わいせつな
行為をした疑い。少女は昨年10月下旬ごろから家出し、女友達から同容疑者
のところへ行けば生活できると教えられ、同居するようになった。同容疑者は
少女に8回ほど、御璽を渡したという。



47日本@名無史さん:02/10/04 20:30
<紀宮様逮捕>出会い系サイトで知り合った大学生を(毎日新聞)

警視庁丸の内警察署は28日、東京都千代田区千代田、皇族、紀宮内親王容疑者
(32)を脅迫容疑で逮捕奉った。調べでは、紀宮様容疑者は、携帯電話の出会
い系サイトで知り合った都内の大学生(22)に交際を断られたことにご立腹。
腹いせに殺人事件の被害者になる可能性をにおわすメールを複数回送って脅され
た疑い。


48日本@名無史さん:02/10/04 20:31
秋篠宮ご夫妻、結婚12年記念日に離婚。(夕刊フジ)

秋篠宮ご夫妻が結婚12年目の記念日に離婚していたことが18日
わかった。ご夫妻は88年、学習院在学中に紀子様から急接近し、
ゴールインした。しかし、結婚12年目の昨年「明るく別れよう」
と三本締めで離婚届に押印。秋篠宮様1人で提出したという。
スポーツ報知によると、紀子様は離婚の原因について、「夫婦とい
うより互いの仕事を応援する個と個という感じ。家庭より仕事優先
というスタンスが結婚に向いていなかった」とし、「私が真子を
女帝にさせたいと思ったときに、殿下の方にはそういう気持ちが
なかった」とスレ違いが積み重なったこと告白している。


49日本@名無史さん:02/10/04 20:59
チョソの負のエネルギーってすごいなぁ。
感心するよ、マジで。
50 :02/10/04 23:20
なんですか?「喝!」って。
51日本@名無史さん:02/10/04 23:25
まあ近い将来こうなるよ(藁
52:02/10/05 23:37
やれやれ、記紀軽視がどれだけ日本人の脳に刷り込まれてるかよくわかったよ。
もう一度言うぞ。記紀盲信と記紀軽視は同根、どちらも学問的態度とは著しくかけ離れている。
そんなに記紀を認めるのが恐いのかね。

>>29
記紀を史料としてまともに扱え、学問をしろと言ってるだけ。
全肯定でも全否定でもなく、何が誤りで何が史実か、普通に研究すべしと言ってるだけなんだがな。

>>32
活躍年代は3世紀と言ってるだろ?
よく読みたまえ。
53   :02/10/05 23:56
>記紀を史料としてまともに扱え、学問をしろと言ってるだけ。
アカデミズムと無縁の1の知識は未だに津田左右吉レベル(藁)で停滞しているらしい。
文句があるんだったら、近年の学術雑誌から具体的に論文名上げてから議論に参加するように。
やれやれ、記紀軽視がどれだけ日本人の脳に刷り込まれてるかよくわかったよ。
もう一度言うぞ。記紀盲信と記紀軽視は同根、どちらも学問的態度とは著しくかけ離れている。
そんなに記紀を認めるのが恐いのかね。
↑チョソが書いた文章だから事実を公表されたら怖い



55日本@名無史さん:02/10/10 20:43
ああ、なるほど。
>>1=田原総一朗(歴史のプロ)だったわけね。

今ごろ気づいた私はアフォですか。
56日本@名無史さん:02/10/12 14:24
>>1

孤立無援、同情するよ。

神武即位が紀元前660年がどのように決められたかも知らないような
香具師、二倍歴が学問的な検証に耐えることもワカランような香具師に
何をいっても無駄のような気がする。

57日本@名無史さん:02/10/12 21:14
所詮、シュリーマン以前の香具師が多すぎる。
58日本@名無史さん:02/10/12 21:34
>>56
>二倍歴が学問的な検証に耐える

検証してみてみてみて。
59日本@名無史さん:02/10/12 21:37
>>58

安本の本でも読んで見ろ。そのくらいの手間は自分でかけろ。

それより神武即位の年がどのように決められたかも知らんだろ。
60日本@名無史さん:02/10/12 22:12
>>59 プププ。
よりによってネタもとは安本本かよ。
この板の過去ログあさって、安本がどんな評価受けてるか調べてみろよ。

クククク・・・・・
61日本@名無史さん:02/10/12 22:18
数理統計処理に瑕疵はないだろう。

統計的処理の瑕疵を指摘しなくては意味ない。
62日本@名無史さん:02/10/12 22:26
>>61
2倍年歴のどこに数理統計処理が使われてるのかおしえれ。
出来るもんならな。

ププププ
63日本@名無史さん:02/10/12 22:34
標準偏差もわからないバカ統計で作ったデタラメ説だよな。ププププ
64日本@名無史さん:02/10/12 23:03
>>61
おまえそんなことも知らないでカキコしているの?

新考 邪馬台国への通

絶版になっているかどうか知らんが、自治体の図書館にはあるだろ。調べて見ろ。

それから、検索して、安本の著書を探し、図書館で拾い読みでもして見ろ。

いくらでも出てくる。

それとも安本の著書一冊も読んだこと無いのか。
65日本@名無史さん:02/10/12 23:04
スマソ誤爆した。

64は62へのレスだった。
66日本@名無史さん:02/10/12 23:06
>>64 ウロがきて誤爆したらしい。
あせってるか〜い!イエィ!!
67日本@名無史さん:02/10/12 23:13
1よ!出てこい。
68日本@名無史さん:02/10/12 23:35
なんで神武天皇って架空という主張があるの?
外国の文献などの証拠があるのでしょうか?
69日本@名無史さん:02/10/12 23:44
2倍年歴は学問的検証に耐えないということで、ケテーイですな。

まあ、ネタもとが安本ってところでもう終わってる話だが。
70日本@名無史さん:02/10/12 23:58
統計処理上の瑕疵を指摘してみろ。
それもしないで終わってると言われてもな・・・・。
71日本@名無史さん:02/10/13 00:03
ちょっと思ったんだけど、天皇陛下が神の子孫であると考えている
右翼の人たちって、進化論は完全否定しているの?
あと、ビッグバン説とかも全部否定しなければならないと思うんだけど、
そこらへん、どうやって折り合いをつけているんでしょ?
72日本@名無史さん:02/10/13 00:04
2倍年暦って、古田、安本だけじゃなく、普通に言われてるぞ。
一部4倍年暦も言われてるし。
73日本@名無史さん:02/10/13 00:06
右翼に科学的整合性を求めること自体間違い。
ウヨは基本的に頭弱いからね。
74日本@名無史さん:02/10/13 00:06
>>71
今時そんな奴は居ないでしょう。
戦前でも、学者は否定的だったし。
公然とはいえなかったが。
75日本@名無史さん:02/10/13 00:09
2倍年暦や4倍年暦で紀元前660年に神武天皇の即位を持っていったというのは、
十分ありうることですし、何がおかしいのかわかりません。
7671:02/10/13 00:26
>73,74
でも、HPとか見ても、天皇陛下は神であります、とか明言してる
右翼の方々も多いし、彼らの宇宙観は科学の教えるところと正面衝突
すると思うのだけど。
「歴史」は人文科学だけれど、結局は人間世界も物理的宇宙の
一部であるからには物理法則と矛盾して平気な歴史観というのは
漏れには理解し難い・・ だが彼らはどうして平気なんだろう?
歴史というものは物理学とは別次元のものだ、と考えているのかなぁ?
7756:02/10/13 00:28
56だけど。
あのね、紀元前660年に神武即位の年と決めたのは、明治の歴史学者である
那珂通世がシンイ革命説(字がでない)で決めたの。
一ボウ(これ文字が出ない)の年毎(1260年毎)の辛酉の年に大革命が起きる
という説なの。神武即位は大革命なんだから、これは絶対に辛酉の年の出来事
に違いないとしたの。その起点は推古六の辛酉の年としたんですよ。推古6年から
さか上って1260年は紀元前660年になるの。
 
 だから、何の科学的根拠もないのよ。そんなことも知らないでその根拠の
ないのをもとにして、神武即位が縄文時代のまっただ中だから、神武なんて
架空の人物というのが香具師がいるの。笑えるでしょ。

 

78日本@名無史さん:02/10/13 00:29
>>70
早く、その学問的検証に耐える統計処理とやらを出してね。
7956:02/10/13 00:34
>>78
貴殿がその瑕疵を指摘して味噌。
8056:02/10/13 00:57
>>76
単なるチャチャ入れだけれど。
キリスト教の原理主義者は進化論を認めませんよね。
原理主義者でなくても、聖書と進化論はどのように
折り合いをつけているんでしょうね。むしろそっち
の方を聞きたい。

ウヨウヨというけれど、天皇が神だなんて信じている
人間なんていないでしょう。

話変わって、記紀を科学的に検証することは学問として
十分意味のあることだと思っています。
81日本@名無史さん:02/10/13 01:09
日本書紀ちゃんと読んでみろよ。
崇峻紀までは1日から15日までしか日付けがないぜ。
30日まで出てくるようになるのは推古紀から。
それまでは1月の長さが半分だったから1年の長さも半分だよ。
そこから逆算すれば神武がBC660年なんて大昔にはなりっこない。

ただし、神武紀・崇神紀・神功紀は例外で30日まである。
これらの紀は奈良朝の史官の筆が入ってる。つまりは捏造。
8256:02/10/13 01:18
本当に1はどうした。出てこい。この卑怯者。
83日本@名無史さん:02/10/13 02:20
>>73
科学者でも宗教家はたくさんいるよ。

日系サイエンス1999年12月号
http://www.nikkei.co.jp/pub/science/page_2/magazine/9912/kagakusya.html
84日本@名無史さん:02/10/14 06:09
>ただし、神武紀・崇神紀・神功紀は例外で30日まである。

その段階で2倍暦という仮説は崩壊してるじゃん

>これらの紀は奈良朝の史官の筆が入ってる。つまりは捏造。

都合の悪い部分は捏造の一言かよ。電波の常套手段だな。
85日本@名無史さん:02/10/14 06:17
東南アジアでは
太陰暦のうち1日から15日まで(正確には新月から満月まで)は
白月といい、幸運の期間であり
16日から30日まで(つまり満月から新月まで)
黒月といい、不吉な期間、という信仰があります。
これはアジアだけのことでなく西洋でもお願いごとする時や
何か新しいことを始めるのは、白月の期間にするのがよく
黒月の期間に始めたことは長続きしないとかうまくいかないとされます。
古代日本にも東南アジアのような考えがあったのかも知れませんね
86日本@名無史さん:02/10/14 06:26
それに、もともと日付けなしの古事記みたいな日付けなしの伝承が本来の形であって
(古事記の崩御の日付けはたしかに月の後半は例がないが絶対数が少なすぎて統計的に云々できない)
日本書紀みたいな日付けだらけの記事は奈良時代に適当に作った年代&日付けだから
その日付けでもって奈良時代よりはるか以前の時代に2倍暦があったという証拠にはならん

だから学界ではまじめに相手にはされてないのよ
安本や古田みたいな最初から守るものがないような
傍流じゃないとそういうヨタ話はできない
87日本@名無史さん:02/10/14 06:36
>>77,>>56
那珂通世の讖緯説だって間違ってるよ。
那珂通世は一元のめぐりを1260年としてるけどもとの一運(60年)を加算し忘れてる。
正しくは1320年、だから起点になってるは天智朝のAD660なのに那珂通世は推古朝のAD660としてる
88日本@名無史さん:02/10/14 07:03
>>77,>>56
神武即位のBC660は奈良時代に讖緯説によって推算された(悪意でいえば捏造)
という説は、あくまで仮説の域を出ない。

第一の理由は
中国に伝わっている讖緯説は「戊午革運・甲子革令・辛酉革命」のいわゆる三革説であって
1320年周期の話(那珂通世は誤解して1260年とする)は
平安時代に菅原道真を失脚させるための詭弁として突然でてきたものであって中国にはない。
これは平安時代に政治的理由によって急遽捏造された日本独自のもの。
従って奈良時代の日本書紀編纂者が「讖緯説(の1320年周期説)によって神武即位年をきめた」
ということはありえない。

第二の理由は
日本書紀は天武天皇皇子舎人親王が編纂責任者であって、父のライバルだった天智天皇には
冷淡であって近江令ほか数々の功績についても明言をさけたり、天智紀は時代が近いのに
原資料がいい加減で年代が錯綜したりしている。
神武即位がもし讖緯説(の1320年周期説)によるのならばそれは天智朝を
神武即位に次ぐ日本史の重要事件と認めることになるが、
このような日本書紀の特色からはかなり不自然に思われる。


第三の理由は
讖緯説の1320年周期説が中国由来だとする立場では、
その起点がAD184(黄巾の乱)だとされている。
讖緯説は、当時の人にすればそれは現代人にとっての科学のようなものであり
万有引力の法則と同じく大陸・半島・列島の区別なく作用する。
勝手に起点をずらしたら讖緯説そのものを否定することになる。
讖緯説を信じていたなら勝手に起点を変更することはありえず、
信じていなかったのなら讖緯説にもとづいて神武即位を推算することはありえない。
89日本@名無史さん:02/10/14 16:39
>>84 >>86
だったら全部の紀で1日から30日まで日付け入れりゃいいだろ。
90日本@名無史さん:02/10/14 22:43
お前ら全員オカ板逝って議論しろ
91日本@名無史さん:02/10/14 23:25
「神武が架空」という連中で、崇神=神武というのがいるが、
これはお笑いだよな。古墳時代が繰り上がっているのに
こういう主張をまじめにすんのは止めて欲しいね。
92日本@名無史さん:02/10/14 23:39
>>71
「進化論を否定している右翼」を一人でも言ってみろ。

>>74
いまどき、じゃなくて明治からいなかったよ。「公然にいえなかった」って
あほじゃないか?。当時から進化論教育はあった。
93日本@名無史さん:02/10/14 23:41
>>71は、サヨじゃなくて外国人(韓国人?)だろうね。
日本人ならサヨであっても、こんな暴論は恥ずかしくて言えない。
9471:02/10/15 01:56
>93
なして? 俺、100%日本人だと思うけど? 東京都練馬区出身でし(藁。
だってさ、こないだウヨHP巡りしてたら、右翼の人が、
「余人は知らず、私にとっては天皇陛下は世界を主宰する神であります」て
明言してたよ。で、天孫降臨云々とも言ってたから、俺は上記のギモンを持った
訳よ。そういったギモンはごく自然だと思うけど・・?

進化論を公然と否定して居なくても、天皇陛下が宇宙を主宰しているならば、
そりはホモサピエンスの力を明らかに越えた実力(藁。
となると、何か普通の進化とは違うプロセスが天皇陛下には働いていなくては
ならないということになると思うんだけど・・論理的には。
別にこういったギモンは特にサヨでも外国人的でも韓国人的でもないと思うので、
妙な言いがかりはつけないでクレ
95日本@名無史さん:02/10/15 02:25
>>94
その「右翼の人」に直接聞いてみたら?
96日本@名無史さん:02/10/15 02:28
>>89はまったく話の筋を理解してないみたいだな。酔っ払いか?
97日本@名無史さん:02/10/15 03:11
98日本@名無史さん:02/10/15 03:25
71=94は理由はわからんがビッグバンと進化論にこだわって
それが「天皇=神の子孫」とどう両立するのか疑問だ、ってことだろ

じゃあ聞くけど、欧米の科学者で信仰熱心なまじなクリスチャンってのはいるわけだが
彼らは処女懐胎とかキリストの復活とかいろんな奇跡をどう考えてるのか知ってる?
それとお決まりのつっこみだけど、あなたのいう神の定義だな。
一神教的な全能の神を想定してるのか多神教のカミガミのひとつなのか。

とマジレスしてみたところで、たぶんたいして考えもせず思いつきを垂れ流したんだろう。
そのこと自体はありがちなことで責めるつもりはないが、
漏れの方も思いつきの垂れ流しにつきあうつもりはないのでここらで書き逃げするヨ
99日本@名無史さん:02/10/15 04:13
>>96
お前が無能なんだよ。
100日本@名無史さん:02/10/15 04:17
>>99
はいはい。
へたな煽りはギャラリーにもうけないぞ(w
具体的にいわないと(w
101日本@名無史さん:02/10/15 08:08
>>94
はぁ。。
街宣右翼が本当に右翼と思ってるの?。あれは左翼の一種で、わざと
一般人に引かれる言葉を吐いているんだが。それによって、愛国心や
皇室を侮辱している。
102 :02/10/15 08:23
「太伯」とかと関連付けて言う人はいないのか?
大昔論争在ったらしいが
 そもそも宇宙絶対の神に在します皇祖天照大神より天津日嗣の御位を
承けさせ給う天皇陛下は、また宇宙絶対の神に在しますこと
今更申すまでもなく、而して天照大神より君民一体たることの御諭を
承け継ぎたる私共臣民は、天皇の大御業が絶対なることを信仰し奉りつつ
各自が与えられたその職分を通して遂行すべき使命もまた絶対であることを
信ずるものであります。この信念に立脚して億兆一心総力を発揮いたします
とき、その結果は宇宙を貫く絶対力となって顕われ、よく天壌無窮の皇運を
扶翼し奉り、戦に臨んでは完全に勝利を獲得して、皇国の前途を悠久磐石の
安きに導き得るものと確信いたします。
 即ち大詔のまにまに軍も、官も、民も一切を天皇陛下に捧げ奉って
大和一致し、各々その本分使命の上に絶対力を発揮するとき、
茲に人類最高の道義は確立せられ、戦勝に必要なる物量も神助と相俟って
自ら獲得せられ、敵を挫く雄渾果敢なる作戦も自然にその力を増し、
斯くして初めて大東亜戦争の勝利把握も期待し得るのでありまして、
これを私は必勝信念の本体であると確信いたし、
国民諸君に対しこの信念の把捉を強力に提唱いたすものであります。
(小磯国昭内閣総理大臣 昭和十九年八月八日大詔奉戴日 on air )
104日本@名無史さん:02/10/15 12:49
>>101
極左過激派に言わせれば共産党はウヨクだな。(藁
105日本@名無史さん:02/10/15 12:58
共産党に言わせれば社民党は右翼。
コヴァに言わせれば自民党はサヨク。
106日本@名無史さん:02/10/15 20:53
天皇が神かどうかなんてのは脳内事実や価値判断の問題であって
そんな神学論争は事実を争う歴史論争と関係ないだろ。

ブサヨクは論争に追いつけなくなると
政治問題にすりかえたり「オカ板いけ」とかレッテル貼ってほっかむりしたり。
107日本@名無史さん:02/10/15 21:07
で、最初に戻るがこのスレは古事記等に記載されている「神武天皇」を語るのか?
そのモデルとなったであろう「大王」(複数の大王の業績が合体したものかもしれないが)を語るのか?
108日本@名無史さん:02/10/15 21:13
同じことでしょ

「そのモデル」なんていうのは前者(伝承/史料)から勝手に想定してるだけ。
モデル自体が仮説にすぎない。
だいたい神武天皇(のモデル?)の時代には「大王」だったと決めつけるその無神経が
わからん。その段階でモデルの時代をある特定の時代に無造作に前提してるわけじゃん。
109日本@名無史さん:02/10/15 21:52
天皇ないしは大王が、日本以外から来たのなら、なぜその出自を隠すのだろう。
隠すという言い方が変なら、なぜ記紀に明瞭に示さないのか。
母国を「高天原」などと言う、抽象的な表現を使う理由が理解できない。
記紀編纂の時代に、皇国史観が出来上がっていて、王権神授説をでっち上げたかったのか?
110日本@名無史さん:02/10/15 22:37
王の出自を天と結びつけるのは多神教のくにではよくあることでしょ。
それよりなぜ神武が日向から大和に来たという伝承があるのかが謎。
111日本@名無史さん:02/10/16 00:25
筑紫の日向の高千穂の・・・か、何で高千穂という峰なんだ?
天から一番良く見えるのは、富士山だろうに。
神話を創作しろと言われたら、オレなら富士山にする。
日出ずる方角だし。
112日本@名無史さん:02/10/16 00:38
そもそも宇宙絶対の神に在します皇祖天照大神より天津日嗣の御位を承けさせ給う天皇陛下は、また宇宙絶対の神に在しますこと
今更申すまでもなく、而して天照大神より君民一体たることの御諭を
承け継ぎたる私共臣民は、天皇の大御業が絶対なることを信仰し奉りつつ各自が与えられたその職分を通して遂行すべき使命もまた絶対であることを
信ずるものであります。 
即ち大詔のまにまに軍も、官も、民も一切を天皇陛下に捧げ奉って大和一致し、各々その本分使命の上に絶対力を発揮するとき、
茲に人類最高の道義は確立せられ、戦勝に必要なる物量も神助と相俟って
自ら獲得せられるものであります。
ってさあ魔王ギリ・八木茂・かびるんるん・単眼症・電波受信者・腐ったミカン・似非啓蒙思想家・鵝・飼い犬
安西臭子、タテジワネズミ、くりちゃん ◆4grwmfOYらと同類・クラスコ=モグニタ・マキナ・ヒスパニック
地雷を埋めた奴、枯葉剤を蒔いた奴・ゲルニカを空爆した奴・インカ帝国を攻めた奴・IRA・出歯亀
梅本雅和ドジ・ポンコツ・しろうと・唐変木・暾飭・
由利徹の最後っ屁・ペンペン草・山賊・雲助・ケシ粒・ゴムの切れたブリーフ
豚・痰壷・ボス猿・ヒッキ−・森の人・とんま・まぬけ・けち・チビ・貧乏・馬の耳に念仏・つるっぱげ(あぼーん)・犬・ぬえ・エンコ詰め・メソポタミア文明の遺跡から出土した糞かきべら・マゾヒスト
ランデブーに失敗して宇宙を永遠にさまよう宇宙飛行士・(あぼーん)・産業廃棄物処理用生物
(あぼーん)・エコエコアザラク・うにーる・半端者・奴隷商人・怨霊の権化・音痴・白痴・痴れ者
スカトロフェチ・腐れ外道part2・史上最悪の塵の端くれの隅っこの出涸らし・悪用者・コカの葉
不可触賎民・カースト制度の賛成者・大東亜共成圏・クリーピングコインより弱い・オルゴンゴースト
だよね。






113日本@名無史さん:02/10/16 01:44
つーか、架空って証拠があんの?
聞いているとなんかなさそうなんだけど。
114日本@名無史さん:02/10/16 07:49
>>112
こういうのが街宣ウヨ(実はサヨ)
115日本@名無史さん:02/10/19 02:10
>>109
べつに隠してないし

>>110
なんで天から一番よく見えなきゃならないんだ?
神話にそんなこといってもしょうがないだろ
オマエな寝床で婆様から民話を聞かされてる早熟なガキかYO
116日本@名無史さん:02/10/19 02:32
 初代神武から十四代仲哀までは百済の王である。
 十五代の応神は397年に半島から日本に渡り、九州で政権を確立。後に奈良に移動
した。この奈良は韓国語でナラ(国)を意味する。この百済系の王朝は十七代で断絶し、
高句麗系の反正が十八代の天皇となる。しかし新羅の意を受けた十九代允恭に滅ぼされ
る。
 これより時代の下った天智は亡命した高句麗人であり、天武は新羅の文武王である。
117日本@名無史さん:02/10/19 03:02
↑電波だし
118デンパ:02/10/19 07:51
洪ハサン 著 大朝鮮帝国史(東亜出版社)1994年
 古朝鮮の領土は、北はバイカル湖から南は揚子江まで、西はモンゴル砂漠から東は日本に至るまで
広大なものだった。紀元前9000前、東夷族である桓因はパミール高原の下に桓国を立て、その後
バイカル湖付近に移った。
 紀元前7000前に韓国人の祖先はバイカル湖付近から分かれ世界各地に散らばって行った。
 紀元前4500年には中国東北部に紅山文明、ひいては黄河文明を打ち立てた。
 紀元前3500年頃は西に向かった一部が、メソポタミア一帯にシュメール文明を築き、紀元前2
700年頃には中国南部に進出した一部がチベットまで征服し八百年間統治した。また西に向かった
一部はフィンランドの北側に定着し、東北に向かった一部はベーリング海峡を渡ってアメリカに入り
インディアンの祖先になったという。東に向かった一部はサハリンを伝わって日本列島に入り、日本
に定着し、これが「倭」の祖先となった。
 紀元前2173年には海を渡ってこの「倭」を征伐した。よって日本族の94%は朝鮮族である。
「韓国人の日本偽史」(小学館)より

 この学説はさすがに韓国の史学会でも相手にされていない。しかし、チョン一般には受け入れられ
そうな内容である。次のカキコ参照。
119デンパ続き:02/10/19 07:53
 ソウルオリンピックの年の朝鮮日報のデンパ記事に次のようなのがある。上記の本に影響を与えた
のではないかと思われる(藁)。チョンのマスメディアのレベルがあからさまにわかる。そういえば
昨年今上がチョン国と皇室との 'ゆかり' 発言をしたときのデムパぶりにもあきれたものだった。

朝鮮日報 1988.9.26 「韓国ナショナリズムの不幸」(鄭大均 著)より
 アジア各民族が数千年の伝統を受け継いできた共通の文化的基盤を回復し、共栄の広場を確保する
作業は大陸の先頭走者、韓国からその第一歩が踏み出された(略)。
 はるか大陸を見渡してみよう。あの広大なシベリア、満州の平野、中国を下ってベトナムに至るま
で、数千年にわたってわが民族の活動舞台でなかったところはない。その広々とした大陸が、いまわ
が民族を呼んでいる。モスクワから、タシケントから、沿海州から、吉林省から、北京から、山東か
ら、揚子江から、広東から、ハノイから、ブノンペンまで、わが民族の力量、韓国の力を必要として
いる。
120日本@名無史さん:02/10/19 08:55
>>71,>>94はやっぱりおかしい。なぜ古事記・日本書紀の信頼性の話題に
街宣右翼の話がでてくるのか??。その街宣右翼が古事記・日本書紀を
書いたのか?。プロパガンダとしても整合性がない。

やっぱり外国人(在日朝鮮人?)だよ。
121日本@名無史さん:02/10/19 08:59
日本の右翼(街宣系偽右翼も含めて)が進化論と対立した、という
話は聞いたことないね〜。キリスト教右翼と違って日本右翼・(街宣)
朝鮮右翼は創造論を必要としていない、というか思考の外だったとい
うこと。偽右翼さえ、宣伝メニューに「進化論への攻撃」を含めようとは
思ってない。
122日本@名無史さん:02/10/19 09:16
>>121
いや、最近は天皇崇拝と進化論否定をミックスしてる奴もいるよ。

http://village.infoweb.ne.jp/~under/
このページの古代の所と研究室ってページ見てみな。
123日本@名無しさん:02/10/19 09:52
>121

馬鹿ウヨは、放し飼いにするとすぐに妄想が広がるので、このままいくと、じきに出現するものと思われ。

ナチスだって、戦前の日本だって、「ここからファシズム」なんて区切りなどないわけで。

あなただって、よしりんが正常な脳神経の持ち主だと思いますか?
124日本@名無史さん:02/10/19 11:55
で、架空だって証拠は出てこないの?
125日本@名無史さん:02/10/20 13:23
結局架空って証拠はでてこないようだね
なんでそういうことを主張する学者がいるんだ?
126日本@名無しさん:02/10/20 13:34
>125


だから津田左右吉だって。


今?・・・そりゃ、年が百二十才とか・・・。

でも、名前や経歴はともかく、何かはあったと思います。当時の部族の
伝承は、それがとても大事な仕事だったようで、長がつとめたり、特別
の存在ですから。間違ったこと言ったら、偉い目に遭わされたり。

ただ、日本書紀にあまりにも不可解なことが多すぎるので、一度チャラ
にすればというのがブームになったわけで。楽だし。

で、チャラにしさえすれば軍国主義や非合理主義が断ち切れると思いこ
んだ結果が今日の歴史学のていたらく。根っこはもっと深かった。
127日本@名無史さん:02/10/20 13:50
>讖緯説は、当時の人にすればそれは現代人にとっての科学のようなものであり

うーん。当時の人からみても、あやしい考え方だったはずです。
なぜなら「緯」とは「経」(すなわち四書五経など)に対立する概念であって
正統の知識や正統の教養からは外れた迷信というくらいの意味も含まれているから。
もっともそれを輸入した日本の学者(清原氏や大江氏などといった連中)にとっては
最新流行の権威ある知識として受容されていたのかもしれませんけれどね。
128日本@名無史さん:02/10/20 19:26
異端扱いされてたのは最初の頃だけ
タテマエはともかく実際には讖緯説は中国では大人気で何度禁令だしても
衰えることはなくとうとう容認されてしまった
129日本@名無史さん:02/10/21 00:19
>>126
禿しく同意。
130日本@名無史さん:02/10/21 00:25
>>127
>>128
 讖緯説って、万世一系の思想と矛盾するんだよね。
 天命によって、天子(皇位に)つく家系が変わるんだから。
 ある周期によって絶対にさけられないっていう思想
 なんだね。
131130:02/10/21 00:32
これから天子の位をねらう者にとっては好都合な思想。
すでに天子の位にある者にとっては不都合な思想。
132日本@名無しさん:02/10/21 00:35
>130

そうっすね。その記述内容から、直接中国人が書いた部分もあり?とも
おもわれる日本書紀、讖緯説なんぞを正規の、しかも初めての史書に用
いるわけないって。
133日本@名無史さん:02/10/21 00:40
> 神武天皇をまともに研究しようとしない学者は、学者とは言えません。
天皇裕仁をまともに戦争責任者と追求しようとしない日本人は、日本人とは言えません。

 以上、終了。
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134日本@名無史さん:02/10/21 00:40
●韓国で反日ソングが大流行。
http://cp.intervalue.co.kr/tv_new/music_list.html?type=indie100
ランキング2位。
唄と歌詞
http://japanese.joins.com/transboard/jp_bbs/ content.html?tname=history&num=16267&page=1&startpage=1&oDest=num&sc=desc
野蛮な相手気違いざたのようなJapanese(再敗ニーズ)ねずみ大 人の陰茎くらいの相手Japanisourtoilet
町にはすっかり核合った爆弾広島バーム[bomb]!長崎バー ム!東京バーム!日本バーム!

●日本に水爆落とす小説が売れていて、日本人虐殺ゲームが 流行しています。
金完燮氏が勇気を出して書いた『親日派のための弁明』は、韓 国では成人指定で、一般の書店では購入不可能。
正しい歴史の本は、事実上の発禁処分に近いことをしておい て、日本に水爆を落とす小説は、自由に売っていいわけだ。

●国定教科書で反日教育実施中

友好なんて望んでいない醜い韓国の姿勢がよくわかった。北は 拉致して殺し、南は反日教育で原爆投下大虐殺の賛美か。北 朝鮮と変わらんな>人殺し南北朝鮮人。

http://www.worldcupjapan.com/lets_revenge.html
http://210.160.208.40//search/20000412/wa_sug1.html
http://www.altasia.org/hangyore/hangyore99256.htm
13588:02/10/21 00:47
88です。

>>130,>>131,>>132
そうなんですよ。
だいたい讖緯説によって逆算されたという説は、
「どうせ架空だろ」と軽視する学者たちによって無批判に安直に受け継がれて
今に至ったもので、厳密に検討されずに大昔の那珂通世の説がコピーされ
垂れ流されてきただけというのが真相。通説ではあっても鉄案ではない。
136日本@名無史さん:02/10/21 01:09
>>1
こういう、妄想バカがいるから広告死姦でチョンを屈辱するなと言われるんだなあ。
137日本@名無史さん:02/10/21 01:14
>>136
日本語だいじょぶ?(w
138デルフィーヌ麻衣子シアンピ:02/10/21 22:24
日本語得意です。
139日本@名無史さん:02/10/21 22:32
神武の時期は縄文時代ですか?
140日本@名無史さん:02/10/21 22:43
神功皇后を卑弥呼に擬する為、紀年を作ったという説もある。
日本書紀の朝鮮関連の記述が120年ずれているのは常識。
141日本@名無史さん:02/10/23 02:29
>>140
朝鮮の歴史がもとは干支だけだったので、
日本側の日本書紀も韓国側の三国史記もそれを年代に当てはめただけ。
両者が一致するか一運(60年)ずれるか二運(120年)ずれるかってのはたまたまで
わざわざずらしたわけでもない。
日本書紀がまちがいで三国史記が正しいわけでは必ずしもない。

中国史書に出てくる百済王の「句」とか「須」を誰と考えるかは
倭の五王と同じくいろいろ説を立てうるのであって
「句」が肖古王だとか「須」が仇首王だとかというのは三国史記の編者の説であって
無批判に肯定できるわけではない。
142:02/10/27 14:49
>>130、131、132、135
そもそも逆算の起点の根拠が曖昧なのが疑問でした。

>>139
産能大の安本教授は3世紀末と言ってます。
記紀に於ける年代というのは、歴史学や考古学が未発達な時代故、あまり信頼は置けません。
だからと言って、その全てが信頼できないと短絡するのは行き過ぎ。
そもそも記紀は、ニギハヤヒと天孫の関係を隠そうとしているが、書紀には回りくどい表現ながら、両者が同族であることを示すくだりがあります(天の羽羽矢の箇所)。
つまり昔の人は、王族の系譜に限って言えば、今日よりも遥かに強いタブーを持っていたということ。
従って皇統譜は概ね信頼し得ると思われる。

>>126
戦前の盲信が、戦後の盲疑に置き換わっただけ、いいかげん虚心坦懐に国内文献を研究しようじゃないかというのがこのスレの主旨でした。
冷淡と冷静は違うのだが、どうも戦後の研究者は両者を混同しているフシがあるようです。
聖徳太子を過小評価しようとしたり。
143日本@名無史さん:02/10/27 15:35
つーか年がおかしいとか言う奴がいるが、春秋年採用してりゃ当たり前だと
思うが。それ以外で神武天皇が実在して困ることあんのかね
144日本@名無しさん:02/10/27 19:13
だから、橿原研究所一派が困るのよ。二倍年歴だすとすぐ現れて暴言吐くし。

神武東征伝説が本当だったら困る罠。
要するに、古代から大和朝廷以外無かった、ってしないと予算もらえないと思いこんでる。
145日本@名無史さん:02/10/27 19:14
ええ?(w
そんな問題じゃないだろ(w
146>144:02/10/27 19:17
逆では
それは古墳時代の始まりがが4世紀初頭とする昔の考えだろ
古墳時代が繰り上がった今は崇神天皇の前にも天皇がいないと困るんじゃない
とかと思うぞ。そもそも考古の連中はだれそれは架空なんてあんまし言わないよ
こういうの言うのは文献の連中じゃない
147日本@名無史さん:02/10/27 20:33
?ユ事実だけ言うなら、橿原研究所は邪馬台国畿内説で、東遷否定です。
148日本@名無史さん:02/10/27 20:50
あまり知られていませんが、神武天皇は美濃地方で、
英気を養い、兵の集結を待ったという口碑があります。
149>147:02/10/27 22:38
邪馬台国畿内説についてはそうだが、東遷についてはそりゃ違うぞ。
単に所長に遠慮しているだけだろが。
寺沢なんて堂々といってんじゃん
弥生時代の機内文化と古墳文化はどう考えてもつながんないよ
150日本@名無史さん:02/10/28 02:30
>>149 寺沢はもう(実質上の)左遷されますた
151147:02/10/28 22:03
>>149
そうそう、その所長がね、問題なわけよ。
152日本@名無史さん:02/10/28 22:11
神武=崇神=応神。
153日本@名無史さん:02/10/28 22:13
神武勢力は、呉の国の水軍(大陸勢力)との説は、最近はどうなんでしょうか。
154神武天皇:02/10/30 05:52
神武天皇神武天皇
155日本@名無史さん:02/10/30 09:34
>>153
呉太伯伝説にこじつけただけ
156日本@名無史さん:02/10/30 14:47
神武天皇が存在しなかったのなら、なんで記紀の作者は崇神が初代だと書かなかったんよ?
157日本@名無史さん:02/10/30 15:06
>>156
何か中国の革命暦に合わすため創作したらしい。
詳しい人、誰か書いて。
158日本@名無史さん:02/10/30 21:31
>>157
コピペだけど

要するに、神武=崇神=応神なんだよ。
応神以降の天皇は、日本統一の大業を果たしたけど、血が絶えてしまった。
そこで応神に遡って、その子孫に継がせるしかなかった。
ところが、応神以降の重要天皇の血を引いていない天皇への反対が強く、やむをえず、
崇神と、応神以降の血統の皇女を結婚させ、その子に後を継がせることを条件に即位
を認めた。
そして、後世への正当化として応神より後の天皇をボロクソに記述し、応神以降の
業績を崇神〜応神までの架空の天皇を遡ってでっち上げ、そこに移した。雄略天皇の
業績も日本武尊という架空の人物の業績に移した。
ところが辛酉革命説だったっけ?年代がおかしくなるので、さらに遡って神武〜崇神
をでっち上げる必要が生じたということ。
だから、神武、崇神、応神の業績は同一人物の業績であり、四道将軍派遣は応神以降
の行為。だから、継体が大彦命の子孫だということを記すと、マズイというわけ。
こういう作為は他にもある。
159日本@名無史さん:02/10/30 22:48
>>158
>応神より後の天皇をボロクソに記述し

してねーじゃん。
日本書記読んだことある?
160日本@名無史さん:02/10/30 23:06
まあ、カムヤマトイワレヒコという通称でバレバレなんすけど。
161日本@名無史さん:02/10/30 23:08
ま、神武は作り物と言うことで。
宇宙人の子孫じゃ困るもんね、ワシは。
162日本@名無史さん:02/10/30 23:09
継体の前の大王は、極悪非道残虐卑劣な記述だが。
163日本@名無しさん:02/10/30 23:14
なんか神武架空説という、古くさい感じでいってますが・・・。

じゃあ、東征の時の、あの変にリアルなお話はどう説明するのでつか?
どうも昔の大阪の地形くさいし。

ここはやはり、「神」をつけた人がそれぞれ創始者あるいは中興の祖、ではないでしょうか。
そうでないと、命がけで伝承させられた稗田の阿礼みたいな人々に悪いっす。
164日本@名無史さん:02/10/31 09:25
リアルな作り話はないってのは、小説家に対する冒涜だよな
165日本@名無史さん:02/10/31 09:27
氏族や国家の伝承というのが重要であることと、それが事実そのままかはまったく関係ない
重要だからこそ、手が加えられることもある
別に「捏造」したってわけじゃないんだから
166日本@名無史さん:02/10/31 10:47
ギリシアのトロイ戦争にしたって、昔はまったくの作り話だと思われてた
でも違った
神武東征だって、必ず元になるネタがあったと思う
火のないところに煙は立たん
167日本@名無史さん :02/10/31 11:27
つーかここで話してるのは
神武天皇は神である・神武天皇は100才以上生きたとかじゃなくてですね・・・
それで架空だと言うなら歴史上の人物はかなり架空になりますよ
三国志とかに出てくる人だって人間離れした人ばかりだし。

つまり元ネタとなるような人物が居たかどうかでしょ

まぁ僕は神武の前に2〜9代あたりの天皇を調べる方が楽そうだと思いますけどw
168日本@名無しさん:02/10/31 18:49
>167

ところがあんまり書いてないのよ。その辺。だから架空説が出てくるんだけど。
なんで神武のとこがあれだけリアルなのに後の人あんな扱いなのかも謎な訳。
ほんと、三国志みたいに色々記録や伝承があればいいんだけどね。時代的には
おんなじ頃だし。やっぱ、大和政権の焚書が致命的だ罠。
169日本@名無史さん:02/10/31 20:04
>>168
大和政権はなぜに焚書を行ったのか。
理由があるはずです。
170日本@名無史さん:02/10/31 20:15
>>168
もっともな話です。それを否定するつもりはありませんが、最初の頃は伝承によるところが
大きかったでしょうから、あんなものではないでしょうか。
現代人だって源頼朝、足利尊氏、徳川家康のことは話題にのぼってよく知っているけど、
2代目以降については相対的に知識が少ない。

神武紀がやたらと詳しいのはその辺の事情からも察することができるという
考え方も成り立つように思えます。

ところで、大和政権による焚書って、なにか根拠が有るんですか?
焚書したという直接的な記述は無くても不思議ではありませんが、それを示唆する
状況証拠ってあるんですか?
171日本@名無史さん:02/10/31 22:28

aho
            __,,,,_
            /´      ̄`ヽ,
            / 〃  _,ァ---‐一ヘヽ
         i  /´       リ}
          |   〉.   -‐   '''ー {!
          |   |   ‐ー  くー |
           ヤヽリ ´゚  ,r "_,,>、 ゚'}
         ヽ_」     ト‐=‐ァ' !
          ゝ i、   ` `二´' 丿
               ` '' ー--‐f´
           /      )           _     _
           / ,イ 、  ノ/    ∧ ∧―= ̄ `ヽ, _
          / / |   ( 〈 ∵. ・(   〈__ >  ゛ 、_― >>1
         | !  ヽ  ー=- ̄ ̄=_、  (/ , ´ノ
         | |   `iー__=―_ ;, / / /
          !、リ  -=_二__ ̄_=;, / / ,'
             /  /       /  /|  |
             /  /       !、_/ /   〉
           / _/             |_/
           ヽ、_ヽ
             
             
172日本@名無史さん:02/11/01 00:08
意図的な焚書じゃなくて、蘇我氏滅亡の際に天皇記が焼失して
かろうじて国記が救い出されて中大兄に差し出された経緯が日本書紀にあるだろ

この記述がうそだというなら具体的に証拠だすように
173日本@名無史さん:02/11/01 00:14
直木孝次郎の良心的な神武研究があるだろうが。
歴史学的には、あれ以上屋上屋を架すことはなかろう。
174日本@名無史さん:02/11/01 00:34
直木孝次郎が良心的?
まあ70年代あたりまでの学界事情を考えれば
そういえないこともないか・・・

水野や井上よりは、ね
175170:02/11/01 00:52
>>172
> 意図的な焚書じゃなくて、蘇我氏滅亡の際に天皇記が焼失して
> かろうじて国記が救い出されて中大兄に差し出された経緯が日本書紀にあるだろ
>
> この記述がうそだというなら具体的に証拠だすように

たしかに、蘇我氏に都合のいい内容であることが推定されるから、政権側は
天皇記、国記、などを抹殺したかったのだろうという推測には惹かれます。
しかし、その記述をもって「大和政権の焚書」というのは、ちょと遠いような気がします。
私は焚書であったのかなかったのかは断定できませんが、168さんは有ったと断定している
立場をとっているので、その記述=焚書と言うだけの根拠がほしいのです。

特に、国記は恵尺(ゑさか)によって中大兄に届けられていますが、蘇我氏に
都合良くできているかも知れない書物をなぜ完全に焼かなかったのでしょう。

単に恵尺が場の空気を読めなかっただけだったりして(w
176172:02/11/01 01:18
おいおい、あわてるな
漏れは「意図的な焚書はなかった」派だぞ

それでも175とちがうのは蘇我が自分に都合よく改竄した歴史書を作ろうとしていた
というのもまったく無根拠な妄想説だということ。
それは「かならず政権に都合よく改竄されているはず」というよくある電波の一種。
だから貴重な書物(古資料)の焼失は
皇室にしても蘇我にしても悲劇的な災難だったんだよ
177170=175:02/11/01 01:40
>>176さん

おっと、失礼しました。勘違いしてました。
私もどちらかと言えば「なかった派」です。
といいますか、書かれていることをベースにして、わからない部分は明示された根拠をもとに
推測していきたいと思っています。
178:02/11/04 17:36
所謂欠史八代について補足しておくと、これらの天皇の事跡が欠けているのは、神武天皇と崇神天皇に事跡が吸収されてしまったからだと言う説があります。
要するに十代分の事跡が前と後ろに集まってるわけね。
確かに四道将軍で一番年上の吉備津彦は孝霊天皇の御子なので、その遠征は孝霊朝の出来事である可能性があるわけです。
現に『古事記』には、大吉備津日子(吉備津彦と同人)と若建吉備津日子の兄弟が吉備に派遣されたという記事が、孝霊天皇の段にあります。
他の3人はそれぞれ、孝元天皇の御子、その子、崇神天皇の兄弟の子なので、四道将軍の派遣は、孝霊朝から四代に渡って行われたことなのかも知れません。

なお、神武帝と崇神帝は、同じ「ハツクニシラス」でも字が違い、「どちらもハツクニシラスで同一人物だ」という考えは成り立たない。
前者は要するに初代天皇と言うほどの意味で、後者は広域統一国家を完成させた天皇ということで、意味あいは全く異なる。
179日本@名無史さん:02/11/04 17:43
欠史の天皇ならほかにもいますよね
なぜそこだけ拘るのか意味不明ですね
180日本@名無史さん:02/11/04 18:02
で、どこに神武天皇が架空つー証拠があるんだ?
文献でも考古でも証拠を早く出せよ。
181日本@名無史さん:02/11/04 18:05
137歳だから架空。
182>181:02/11/04 18:07
長齢の天皇はほかにもいるが。
なぜ神武天皇だけ架空なのか証明せよ
183 :02/11/04 18:08
>>182
いたらオバケ
184日本@名無史さん:02/11/04 18:13
みんな架空
185>183:02/11/04 18:15
早く証拠を出せよ
186日本@名無史さん:02/11/04 18:19
実在だって証拠出せよ
187日本@名無史さん:02/11/04 18:30

現在及び戦前でも柳田の研究などでは、神武は架空が定説なんだから、

存在したという新説を出す人に根拠をだす義務があるんじゃないのかな。
188日本@名無史さん:02/11/04 18:33
日本書紀の年暦が後世の造作だと言うのは、定説だと思うが。
189日本@名無史さん:02/11/04 18:34
↑実在したとする学者は根拠出してるよ。
安本美典『神武東遷』(徳間文庫)を読むべし。
190>187:02/11/04 18:35
実在説には文献資料という証拠があるだろ
架空だと主張するなら文献かそれがなければ考古の資料を出せよ。
191日本@名無史さん:02/11/04 18:40
証拠などない。「年齢とか怪しいから、架空かもしんない」という程度の話。
学界で定説というのはマヌケな主張。
昔は「騎馬民族説」、「クナ国東遷」という電波説を東京大学教授や
歴博館長が堂々と主張していた。こういう学界の定説は意味なし。
聖徳太子架空説と同程度のレベル。
192日本@名無史さん:02/11/04 18:42
>>181
137歳というのは二倍歴で説明がつく。
実際は68歳というわけだ。
193日本@名無しさん:02/11/04 19:56
191の存在も、意味なし。他説には厳しいくせに、自分の説は「・・・とも考えられる」ばかり
だったりする。寂しい哀しい「自分」の存在について、しっかり見つめなおされたし。

そうではなく、本当に学問にしたいなら、自説と違うものこそ、丁寧にその可能性も含めて検証すべき。

例えば192の意見でも、実際にそのような数え方があったという記録があるにもかかわらず、すぐ電波
と言ってみたりする。

・・・このように、すぐに他説を基地害扱いする橿原組が、世間的には嫌われ者になりつつあると言うこ
とも、象牙の塔の住人えおその信者にはわからない様子で、可哀想っちゃ可哀想だが、いつまでも文献ご
っこや土器編年ごっこも困りもんなので、決着をつける時期に来ているのかも。

まあ、素人目にも「矛盾を放置して他説を排斥する人たち」というのが固まりつつあるのだが。
194日本@名無史さん:02/11/04 20:02
>>192
記紀編纂期には、2倍暦など使ってないと思うのですが・・・。
中国の革命伝説に基づいて逆算した結果、神武即位の年となった
と思うのですが・・・。
195日本@名無しさん:02/11/04 20:10
194

それも諸説あるが、異論の方が多いようですね。しんい説が使われた形跡も
無いので、それなら伝承のまま書いた、という説の方が優先するかと。
もしかしたら記紀編纂者もその年齢の意味がわからなかったのかも。
(他にもそういうの、たくさんありそうです。科学的に立証されていけば、
結構正確に伝えている部分もあるかも。)
196日本@名無史さん:02/11/04 20:18
「九州王朝」と「神武実在」の可能性はどっちが高いんだろ?w)
197電波@名無史さん:02/11/04 20:25
>>195
欠史八代の諸天皇は、古代の神社に見受けられる
「一年神主(文字通り、一年ごとに交代する神主)」のような
存在だったのではないか、などと言ってみる罠
198日本@名無史さん:02/11/04 20:33
>>196
どっちもゼロ
199西五反田:02/11/04 20:39
>>196
もちろん古田のおいちゃんの「九州王朝」でしょ(w
ただし、南北朝時代の良懐親王の存在は別格ということで。

>>197
現在のマレーシア連邦の国王(五年ごとに交代)みたいなものですかね?
200日本@名無しさん:02/11/04 20:40
>196

もし神武東征説話が本当なら、両立するのではないでしょうか。
どう考えても神武軍は、王師の軍には見えないし、その血筋が以後大事にされたということなら、
元いた九州で何らかの王権に関わる存在であったわけですし。
だから、大倭=九州をバックにしているが、僻遠の大和にあっては、それも必ずしも決定的なもの
とはならなかった、ということで。
201日本@名無史さん:02/11/04 20:42
電波スレ
202日本@名無史さん:02/11/06 17:01
<天皇家の正当性のために>

推古大王の9年の辛酉の年(革命が起きやすいと言われた年回り)から、

1革命サイクルである1260年間さかのぼって、

紀元前660年を神武元年と創作した。
203日本@名無史さん:02/11/06 21:20
>>202
その説は通説だけどこのスレの前の方で疑問視されてたな。
むしかえすんなら反論にしてくれや
204日本@名無史さん:02/11/06 21:56
色々考えたが、やはり妥当かなということで。
205203:02/11/07 02:37
>>202
87、88あたり見れ
★論理展開の順不同をお許しください★引用は一部要約してあります★

@記紀を全否定しません。何かしらあったことが、変化ないし創作ないし
加工されたとの立場です。

A東京堂出版の「皇室辞典」より。
2倍暦は否定され、「在位76年、年齢127歳」
「崇神(ハツクニシラススメラノミコト)と同一視される説もあり、東征・建国
の記事は、史実より伝説の物語であるとが有力である」
なお、「紀元節を祝うようになったのは、日本史上1873(明治6)年以後である」

B講談社学術文庫「古事記」より。
東遷伝説は5世紀以降の社会情勢を反映しつつ、天孫降臨の伝説と大和政権を
結びつけるために形成された伝説であると見ることができる。

楯津(タテツ)・草香江(クサカエ)・血沼海(チヌノウミ)・男の水門(オノミナト)
などの地名伝説があるが、地名のほうが発生が古いのは言うまでもない。

やたがらす。熊野三山の烏信仰と関連とされる。今も熊野の神札には文字に
烏が群がっている。
C「大王から天皇へ」(講談社)
古事記序文によれば、天武は帝紀と旧辞の削除選択を命じた。神代の部分の王
権神話の体系化がこの時期に推し進められた。

天武朝は、天照大神の重要性がにわかに高まって、祭祀と神話が整備された
時期である。
天武朝は天と日のイデオロギーが組織的に鼓吹された時代であった。

「天」照大神の子孫である「天」皇の呼称と、「日」の神「日」本の呼称が天武朝に
始まったのは、天武のカリスマ性の人格と不可分なものとして生み出された。

D「古代天皇制を考える」(講談社)
天から初代王が降臨する王権神話は、朝鮮半島を始めとする北東アジアに広く
分布し、日本もその影響を受けたと見られる。王者が多くの臣下を従えて降臨
するのは独自性が強く、豪族連合としての畿内政権の特色を反映している。

天つ神を始祖とするのは大伴氏、物部氏。皇室から別れたとするのは蘇我氏など。
すべての畿内豪族の始祖が神話・伝承に位置づけられ、体系が整うのは、畿内政権
が確立する6世紀以降と考えられている。

古事記の上巻は明らかに神話である。中巻の君主たちも実在が疑わしい。
下巻に入り、伝説の君主から実在の君主への接続が行われている。

日本書紀では、古事記よりさらに、中華帝国の冊封をうけた倭王としての
痕跡は消し去られ、皇帝レベルとしての王権天皇の支配権(半島を含む)
を描こうとしている。

E中国天命思想の2面たる「血統の連続」と「天命による革命思想」は日本に
知られてたようす。そのうち、「血統の連続」だけを前面に出し「天命革命」は
指導者層で隠してた模様。中世天皇が「こんな王徳では、先がない」と漏らしてる。
208神武帝はやっぱり疑問。:02/11/08 21:25
F聖書神話でも、史実と伝説がおりまざってます。
聖書も目的は、神の子イエスの正当性・正当化です。

ユダヤ教神話に、神武神話は近いかもしれない。
神に選ばれし、民族と約束の土地の神話。

いずれにせよ、アジア各地の伝承・神話と共通点を持つ点と、独自性が大和豪族
連合政権に係わる点、そして、大王から初の天皇となった天武朝に取捨選択編集
されている点から、神武帝の存在は、確信「しかねる」と考えられます。
209日本@名無史さん:02/11/08 22:23
存在は確信しかねる、でも否定もしきれない。そんなとこだろ

ただ神話との継ぎ目の存在だから神話と実在の部分が混じってるってことはあるかもね
210日本@名無史さん:02/11/08 23:50
何か似たことはあったのかもしれないね。
ただ、「神武という人物が東遷して初代天皇になった」ってのは無理があるね。
だいたい、最初は倭王、連合大王そして治天下大王さいごに天皇だからね。
211209:02/11/09 03:10
>だいたい、最初は倭王、連合大王そして治天下大王さいごに天皇だからね。

あほか
対外的な漢文の称号(倭王・天皇)と国内の和語の伝統的称号(治天下大王)と現代語(連合大王)を
ごっちゃにならべるあんたは電波。いや電波じゃなくてただの厨房かもしれんがそれはさておき。
212日本@名無しさん:02/11/09 09:53
っていうか、「東遷」って言葉が悪すぎ。後世近畿天皇家が残ったからそうなってるだけで、
権力基盤でかつ先進地帯である九州を放棄してまで僻地でかつ敵の主力がいる近畿に突撃する
わけないって。戦艦大和の特攻かっての。日本書紀にも、ヨワヨワの軍としか見えてないし。
本当に禁軍引き連れ皇帝の新征だったら、輝かしい初代の物語として、精一杯きらびやかに
飾り立てることだろうよ。

例えば神武の一派が、良くて九州王家の分派、下手すれば食糧難の口減らしとか、政治的理由
で放逐されたとか、それなら色々考えられる。それに対して、もし本当に「王権そのものの移
動」なら、それ相応の理由が必要。例えば一時的な寒冷化に伴う生産の悪化が倭国大乱になっ
たという説もあるが、それぐらいの大変動でなければ、「東遷」説は難しいかと。
213日本@名無しさん:02/11/09 09:54
新征>親征

スマソ
214日本@名無史さん:02/11/09 10:09
畿内政権が発展し始めるより前に北部九州はだいぶ衰えてることが考古学的に確認されている。
かなり「もうだめぽ」状態になってから新天地で一発逆転目指して東遷というのはアリだろう。
215日本@名無史さん:02/11/09 10:28
でも九州にいたころの神武一族ってショボイような…
ホントは王権とかとは縁が無かったような印象。
216日本@名無史さん:02/11/09 10:57
>>215
信長だって秀吉だって家康だって、元はショボかった。
九州にいた頃に王権と縁が無くても不思議ではない。

それにしても、なんで天皇家のルーツが南九州だという伝承が
残っていたのだろうか。
217日本@名無史さん:02/11/09 11:02
新たに征服した異民族に「わたしはお前の兄弟だ」って言って慰撫しただけでは?
218 :02/11/09 11:20
神武長征
219日本@名無しさん:02/11/09 11:29
>214

例えば阿蘇の大噴火で、人が住めなくなったとか言うならともかく、一族郎党全員引き連れて
ってのは難しいんじゃないの?中国の三国志じゃないんだから。
考古学的といっても、最近測定方法の改善によって、相当異論が出ているようだし。

>216

南九州ってえのも諸説のひとつです。
だって「筑紫の日向の櫛古岳・・・」ってのは、どう見ても北九州だし。
・・・しっかし、ウガヤフキアエズの命ってのも、景気悪い名前だし、王権に連なっているとしても、
政権中枢にいたとはどうも思いにくいですね。
220日本@名無史さん:02/11/09 11:41
>相当異論が出ているようだし。

考古学者じゃない人の異論でしょう。
221日本@名無史さん:02/11/09 19:09
日本書紀ではどう見ても福岡平野だよな
なんで南九州の方が有名になったんだろうか
222日本@名無史さん:02/11/09 19:31
神武天皇が架空だという証拠はどこにあるんだ?
早く教えろ
223日本@名無史さん:02/11/09 21:38
>>222

>>206-208
で、ほぼ確認できるんじゃない?
224:02/11/10 12:27
みんなちょっと待ってくれ。神武紀の記術と、神武帝(に当たる人物)の実在は分けて考えるべきだろう。
そもそも「神武天皇」「神武帝」という呼び方自体後世のものだし(和風諡号も)。

高天原を北九州とすると、天孫が南九州へ降った理由は、クマソを抑えるためと考えるのが妥当。
要するに王権からは遠かったわけで、そう思って改めて日向三代の記事を見ると、南九州で逼塞している様以外の何物でもない。
つまり神武帝は王朝創始者であり、天孫ではなく彼を初代としたのは妥当と言えるので、この部分は信用できるということです。

225日本@名無史さん:02/11/10 12:31
北部九州が南部九州を抑えた歴史的事実なんかないので、その部分も信用できないということでチョン。
226>224:02/11/10 13:14
南九州としてるのは古事記だろ
日本書紀では「この地は韓国と相対し、」とちゃんとかいてるぞ。

227日本@名無史さん:02/11/10 15:41
宮崎県のどっかでしょ。
古事記に日本書紀にしろ、福岡県や鹿児島県じゃないと思うけど???
228日本@名無しさん:02/11/10 19:07
>227

宮崎から韓国は見えるのでつか??

229>228:02/11/10 19:12
だから宮崎じゃなくて福岡平野なの

と今は亡き原田大先生は言っておった。
230:02/11/10 19:24
「韓国(からくに)」ってのは半島じゃなくて宮崎県の韓国岳(からくにだけ)のことね。
山頂から半島が見えるのが名の由来らしいが。

>>225
おいおい誰が南九州を抑えたと言ったよ。「クマソを」と書いたるだろ?
因みに「抑える」とは牽制の意味ね。天孫族を圧する勢力にならないように。
「征服」の意味じゃないよ。
史実としてはクマソは九州から出てないわけで、目的は達したと言える。
231>230:02/11/10 19:26
それは解釈だろが。
北九州だとする説もあるの。
232日本@名無しさん:02/11/10 20:13
>230

韓国岳は、韓国は見えるのですか?なあんか、こじつけくせえや。
たかが山のことで「韓国と相対し・・・」

アボン。
233>232:02/11/10 20:14
ただ、古事記ははっきり日向としているのでもめるのだ。
234:02/11/10 20:44
韓国に関してはそうだけど、北九州説もどうかな?
神代紀下に「日向襲之高千穂峯」(本文)とある以上、日向(宮崎県)と襲(鹿児島県曽於郡)の接する辺り、とするのが自然なんじゃないの?
「韓国に向かひ」としているのは古事記の方(こちらも日向之高千穂)で、書紀は南九州だとはっきり書いている。
とにかく共通して出てくる地名は「日向の高千穂」で、これは現在の宮崎県に求めるのが妥当。
235日本@名無史さん:02/11/10 22:52
>>234
宮崎県にこだわることはないでしょう。
和銅6年(713)に大隅国が日向国から別かれているし、同じ頃に
薩摩国も分置されている。神話に出てくる日向というのは、今の
宮崎県だけではなく、南九州一帯を指している。

海幸彦が、記紀ともに隼人の祖とされている所から見ると、
現在の鹿児島よりの方が可能性が高いのでは?
236日本@名無史さん:02/11/11 21:49
>>212 >>215
みつみつし 久米の子等が 粟生には 韮一茎 そねが茎 そね芽撃ぎて 撃ちてし止まむ

みつみつし 久米の子等が 垣下に 植ゑし椒口ひびく 我は忘れじ 撃ちてし止まむ

 米の飯や十分な食料もなく東征したんだね。韮といい、椒といい、山野に育つ手近な
食い物で強精剤だね。こんなもんで食いつなぐしかなかったのね。

 それにくわえて、和睦の宴で長脛彦をだまし討ちするときに唐突に大伴氏が出てくるけど、
実際の戦闘で神武が率いているのは佐伯・大伴軍ではなく久米の子なんだね。禁軍を率い
たという印象ではないね。
237日本@名無史さん:02/11/11 21:58
>>234 =1

 国譲りの意味がぼけるよ。なんで出雲族に国譲りを強要して、天降った先が
南九州なんだ。
238237:02/11/11 23:46
日本書紀本文
  日向の襲の高千穂峰・・・・クシ(木患)日の二上の
日本書紀の一書に曰く
  筑紫の日向の高千穂の (木患)触之峯
  日向の(木患)日の高千穂の峯
  日向の襲の(木患)日の二上峯
  日向の襲の高千穂の添山の峯
古事記
  竺紫の日向の高千穂の久士布流多気

 記紀編纂の時期までに、大和朝廷にとっては南九州も支配下に治めていたので
日向といえば日向の国という誤った認識が成立していた漏れはみている。

また235の言う「和銅6年(713)に大隅国が日向国から別かれているし、同じ頃
に 薩摩国も分置されている」のように、日向の国ができたのが記紀編纂成立の時期
とほぼ同じだったことが原因ではないのか。

 本来は「筑紫の日向」「竺紫の日向」。筑紫は筑前であって、九州全体を指している
用例は記紀には見あたらないらしい。北九州に日向を求めるのが妥当。

 韓国については韓国=朝鮮半島、韓国≠韓国岳だよ。韓国岳から朝鮮半島が見えるか?
一度、前原市と博多市の境の日向峠に逝ってみよ。
晴れた日には、眼下に糸島平野、太陽に輝く対馬海峡がひろがり朝鮮半島まで何も遮る
物はない。「韓国に向かいて真木通り・・・・・」にぴったりの印象だ。
239227:02/11/12 00:20
高千穂の伝承地は2ケ所あるけど、ひとつは宮崎県内で
もうひとつは宮崎と鹿児島の県境なんだから
大雑把に宮崎県といっても問題だいでしょうが。
240237:02/11/12 00:37
向韓国真来通
笠沙之御前而
朝日之直刺国
夕日之日照国

朝日之直刺国
夕日之日照国
この部分もを忘れてはならない。漏れが逝ったのは5月だった。
8時頃なら朝日を背にして糸島平野、対馬海峡を望むことになる。
4時頃なら輝く夕日を正面に見ながら糸島平野、きらきら輝く対馬海峡を
見ることができる。まさに朝日の直さす国、夕日の日照る国だった。

241239:02/11/12 00:56
「向韓国真来通」というのは九州の北には韓国があるってだけのこと。
「笠沙之御前」は今の鹿児島県内だから、これで九州の南北両端を表示したでけでしょ。
「朝日之直刺国 /夕日之日照国」っていうのは大山脈の修辞的表現じゃん
つまり九州の中心にのびる九州山地を文学的に讃えてるだけだよ。
242日本@名無しさん:02/11/12 06:07
↑ 古田説の丸写しなわけだが・・・。

個々の問題はあっても、全体としては否定しがたいようにも思われ。
「国ゆずり」「宗像三女神」その他無数の地名一致、あるいは神武の行程・・・。
たしかに西都も発掘出来ない状況が続く限り、頭から否定するのは学問的ではな
いが、かといって北九州の王墓以上のものがごろごろ出てくるとも思いにくい。
時代もずれるし。
243241=239:02/11/12 07:34
? 漏れは西都でも古田でもないわけだが?

記紀には北九州だなんてぜんぜん書いてない。

>「国ゆずり」「宗像三女神」その他無数の地名一致、あるいは神武の行程

それのうちどれひとつとして北九州だという直接の根拠になってないよな。

もういちどいうが漏れは西都でも古田でもない。
古田や安本は北九州だといっていたと思うが。
244日本@名無史さん:02/11/12 19:03

242は240への誤爆と思われ。>243
245日本@名無史さん:02/11/13 22:13
>>241>>243
 安本は日向=南九州説。卑弥呼=天照説、邪馬台国(=甘木)=高天原説だった罠。
 1代在位10年を根拠に神武在位年代を3世紀後半、そんでもって、神武>フキアエズ
>ヒコホホデミ>ニニギ>アメノオシホミミ>天照の5代(50年)さかのぼると3世紀
前半で、卑弥呼と天照の時代が重なるという説ダニ。
 卑弥呼の時代に、出雲と筑前平野領有を争い(国譲り=倭国大乱」)が片づいたので、
今度は南進して、南九州に遷都(天孫降臨)。神武の代になって大和へ遷都(神武東遷)ということだ。

 二倍歴、1代在位10年で神武在位時代を3世紀後半としたのは説得力あるけど、国譲
り、天孫降臨となると????だな。
246243:02/11/14 04:30
安本は天孫降臨の地を北九州かもしれないと、とある講演では語ってたよ。
ただし『季刊邪馬台国』では高千穂=南九州説を支持していたような気もたしかにするな。

まあどうでもいいや。
247245:02/11/14 06:08
>>246

 本当なのか?いつ宗旨替えしたんだ。
漏れの手元には安本の「邪馬台国はそのごどうなったか」という結構分厚い本がある。

 安本の他の著書がわかりやすい文体で論理明快なのに比べると、ここにこんな伝承が
ありますってな感じで、霧島、宮崎各地を紹介していただけって言う感じで、内容なし。

 引用していた史料も鎌倉以降江戸期の物が多くこんな後世の史料で、源史料
を解釈することは疑問だな、という印象だった。


248日本@名無しさん:02/11/14 07:07
最近元気なさげな気がするが・・・。やっぱり、統計や数理を駆使するには
古代は遠すぎると言うことか。データ化には、やはり発掘が不可欠だし。か
といって、地面全部掘り返すわけにもいかんしね。
249日本@名無史さん:02/11/14 21:49
 そういえば、最初は古田も、天孫降臨の地=福岡県の日向、神武発信の地=宮崎県日向。
当初からどちらも福岡県の日向ではないのかと信者から指摘されていた。

 信者の指摘を受け再検討してどちらも福岡県の日向と訂正した。90年頃だったと思う。
250246:02/11/15 03:18
なんか業界人ヲッチングスレみたいになってきたな。
この方が面白いからいいけど。
251日本@名無史さん:02/11/20 21:07
結局神武架空説の根拠ってなんなんだ?

以上に長い寿命
神武在位が縄文時代
欠史8代
二人のハツクニシラス

そのほかに何かあるのか?


252日本@名無史さん:02/11/20 22:31
>251
母親がワニ(鮫?)であるという事実を、釈明していただきたい。
253日本@名無史さん:02/11/20 22:38
神武と信長、どっちが強い?
254日本@名無史さん:02/11/21 05:00
そうだった。そのことを書き漏らした。
255日本@名無史さん:02/11/21 05:08
>>252 和珥氏の娘だった。
256日本@名無史さん:02/11/21 15:02
母親はタマヨリヒメだろ。竜宮城の乙姫さまみたいな存在で神話でしょ。
その頃丸邇氏はまだ存在してないし。

神武天皇は神話と伝説のつなぎめに位置してるんだから
親の話まで合理化しようとするのはやりすぎ。
257日本@名無史さん:02/11/21 20:58
しかし、古事記を編纂した頃の朝廷は、神武の母も祖母も鮫だった
ということを不名誉と考えなかったのだろうか?
258日本@名無史さん:02/11/21 22:12
>>251
>母親がワニ(鮫?)であるという事実を、釈明していただきたい。

251は神武架空説と思われるが、結局上のような部分に噛みつくしかない
とおもわれる。

259258:02/11/21 22:14
上の「251は・・・」は252の誤り。スマソ。
260日本@名無史さん:02/11/21 22:23
だってワニだも〜〜〜ん。
261日本@名無史さん:02/11/22 00:25
一応、ウガヤフキアエズノミコトまでが神話で、神武天皇から歴史だと割り切っても
あくまで便宜上のことなので、細かい議論すれば
神話の最後にでてくるウガヤフキアエズノミコトは神話だけど3分の1くらい歴史的要素がまざってて
歴史の最初にでてくる神武天皇は歴史だけど3分の1くらい神話的要素が混ざってるってことでいいんじゃないの。

完全にぱっくり割り切れるはずといいはると、神々と皇統の「つながり」を確保できなくなって
日本神話の本質・皇統の本質が見失われてしまう。
262日本@名無史さん:02/11/22 22:28
壇君の母でございます。好きな食べ物は蜜蜂とシャケです。
神武ちゃんのママが羨ましいです。
私は一応哺乳類なのに、あの方は魚類でしょ。(冷笑
なのに神武ちゃんの方が宅のバカ息子より強い国を作っちゃうん
ですもの。超ムカツクニダ!
263日本@名無史さん:02/11/23 01:03
神話は世界共通だろ。民族が分化する以前の記憶に基づいてる。
神話を盾に多民族を中傷する奴はアホ。

解夫婁=オオクニヌシ
桓雄=解慕漱=ニニギ
熊女=コノハナサクヤヒメ
虎女=イワナガヒメ
檀君=ホホデミ
264日本@名無しさん:02/11/23 09:41
>263

そんな単純化したら、それぞれの歴史的・文化的特質がアボンしてしまうじゃん。
漏れは、あくまで神話にはなにがしかの史実が含まれていると思う。シュリーマンの
話は、実は伝承という偉大な文化とどう対話するかという、近代人が突然忘れてしま
った重大事を、感動的な形で再認識したお話。
今でも連綿と村おさや語り部によって語り継がれている伝説や伝承は、世界中に沢山
あるし、それをひろってしっかりと記録するだけでもものすごく貴重な研究になると
思う。

・・・他の伝承をアボンして、残った一つもねつ造することで、どれだけ後世に害毒
を垂れ流したか・・・。
日本人はいまだに思い知らされておりまつ。
265:02/11/23 16:57
>>237
遅レスでスマソ。「クマソを抑えるため」と書いたように、主力じゃないから冷や飯を食わされたわけ。
出雲へは天穂日命がそのまま残り、大和(こちらも大国主の勢力範囲)へはニギハヤヒノ命が降っているので、天孫の行く余地は無かった。

漏れは記紀の編纂者が、神武以降を歴史として、日向三代までを神話としたのはすごく正直だと思う。
遠い昔の、それも九州という遠隔地の話で、感覚的に身近な歴史として受け取っていなかった証拠と思うから。

>>263
神話は共通の部分もあるし、独自の部分もある。
比較神話学の吉田敦彦氏によれば、処女(これについては異論もあろうが、確かに「まぐわいをした」という記述はない)にして大女神という、天照大神の性格は、日本独自だそうだ。

>>264
他の伝承をアボン? 残った一つを捏造?
それが古代のことを言っているとしたら、事実と違います。
書紀の一書は? 風土記はどうなんだ? 古事記だって書紀の本文とは違っているが。
それぞれの伝承が共通して語っていることも少なくなく、神武天皇の東征伝承もその一つ。

266日本@名無史さん:02/11/23 17:25
>>265

> >>263
> 神話は共通の部分もあるし、独自の部分もある。
> 比較神話学の吉田敦彦氏によれば、処女(これについては異論もあろうが、確かに「まぐわいをした」という記述はない)にして大女神という、天照大神の性格は、日本独自だそうだ。

キリストの母、マリア様がこれに近いような気が・・・。
神話として残るにせよ、民話として残るにせよ、実録として残るにせよ、
他の地域にも有りそうな話にも思えるなぁ。

> >>264
> 他の伝承をアボン? 残った一つを捏造?
> それが古代のことを言っているとしたら、事実と違います。
> 書紀の一書は? 風土記はどうなんだ? 古事記だって書紀の本文とは違っているが。
> それぞれの伝承が共通して語っていることも少なくなく、神武天皇の東征伝承もその一つ。

これは朝鮮人の態度に関するコメントだと思われます。
267:02/11/23 17:42

>キリストの母、マリア様がこれに近いような気が・・・。

そう、聖母マリアに似てると漏れも思った。ただマリアは「大女神」(他の神々を従える、威力のある女神)とは言えないと思う。

>これは朝鮮人の態度に関するコメントだと思われます。

成る程、いらぬ批判でした。汗顔の至りです。スマソ。
268日本@名無しさん:02/11/23 18:03
264だが。勝手に何をごちゃごちゃと・・・。

漏れの言ってるのはあくまで書紀のこと。風土記?・・・ぷっ(略
一書?ぷ(略
269名無し募集中。。。:02/11/23 18:14
第一代は神武天皇じゃないの?
270:02/11/23 18:30
>>268
本人? じゃ改めて聞くけど、アボンされた他の伝承って、具体的にどんなの?
271日本@名無史さん:02/11/23 19:12
264は日本書紀に「一書に曰く」とか「一に曰く」などの書き出しで異伝が多数収録されている
事を知らないらしい。ワラタ
272日本@名無史さん:02/11/23 19:56
ツングース系北方騎馬民族が宮崎から侵略を開始したのですか?
273日本@名無史さん:02/11/23 19:57
結局、江上波夫さんは正しかったんですか?
274日本@名無史さん:02/11/23 20:11
反論できなくなると話題を変えて議論をリセットする・・・チョソの手口はいつになっても進歩しないな
275日本@名無史さん:02/11/23 22:07
千代田区のお城の住人はショソの末裔ですが何か?
276264:02/11/24 08:22
まあ、こんな匿名掲示板でアツくなるのもなんだが・・・。

一書に曰くは、何故‘一書’なんですか?まあ、そのうちのいくらかは外国の文献である
事が明らかにされているが、それ以外の書物の文献名は何故記されないのか?
当然その名前も記した方が、より確かな権威になるわけですが、それらの一書はどこに行
ったのでしょうか。

とりあえず、そのことに対してまともな返答、請う。
277日本@名無史さん:02/11/24 08:33
神武って架空の天皇でしょ?
278日本@名無史さん:02/11/24 08:52
>>276
お前、植村清二くらい読んでおけよ。
279日本@名無史さん:02/11/24 12:38
読んだが?それが答えなのか?

やれやれだな。
280日本@名無史さん:02/11/24 13:16
>>276
> とりあえず、そのことに対してまともな返答、請う。

日本書紀には異伝がたくさん収録されている。にもかかわらず、
お前は「他の伝承をアボンして、残った一つもねつ造」と言ったんだぞ。

お前がまずすべきことは、質問ではなくて、それに対してコメントすることだ。
それとも、都合の悪いことはお前の脳内では既にあぼんされてるのか?
281237:02/11/24 13:33
>>265=1

>>237
>遅レスでスマソ。「クマソを抑えるため」と書いたように、主力じゃないから冷や飯を食わされたわけ。
>出雲へは天穂日命がそのまま残り、大和(こちらも大国主の勢力範囲)へはニギハヤヒノ命が降っているので、天孫の行く余地は無かった。

 アマテルの子、アメノオシオミミはタカミムスビの娘を娶ってニニギが生まれた。
タカミムスビはニニギ(寵愛されて育っているぞ)を葦原中国を統治させようとして先住
の、多に蛍火の光やく神、蠅声なす邪しき神を追っ払おうと天穂日を派遣するが、こいつ
が寝返った。天穂日の息子二人を相次いで送り込むが、こいつ等も寝返った。
 次に天稚彦に強力な弓矢を与えて、派遣するけどこいつも現地の娘を娶って、葦原中国
は統治するといって3年もとどまった。
タカミムスビが不審に思ってスパイの雉を向かわせるが、天稚彦に射られて、その矢が
タカミムスビまで届く。タカミムスビは血の着いた矢を見て天稚彦が国津神に苦戦してい
ると思い、矢を投げ返すと、新嘗祭をしていた天稚彦にあたり、天稚彦は即死。
 
このあとにタケミカズチを派遣してようやく国譲りになるんだよ。

 天稚彦は、最初に派遣された天穂日を殺しているよ。天穂日を殺したからこそ、自らは新嘗祭を行える地位に就けたんだ。
282276:02/11/24 13:35
やれやれ。今度はお前呼ばわりか。

偉い人だね。
283日本@名無史さん:02/11/24 13:44
反論できなくなると話題を変えて議論をリセットする・・・チョソの手口はいつになっても進歩しないな
284:02/11/24 14:45
>>281=237
>天稚彦は、最初に派遣された天穂日を殺しているよ。天穂日を殺したからこそ、自らは新嘗祭を行
える地位に就けたんだ。

古事記にも書紀にも「殺した」とは書いていない。それは一つの解釈だろ?
それに本人が殺されたとしても、その子孫が出雲の国造になって出雲を治めているわけで、一族が出雲に居続けたことに変わりはない。
要するに天津神の有力な一族が既にいて、天孫の入り込む余地がなかったという本質には何の変わりもないんだよ。
285:02/11/24 14:52
>>276=246

そういう質問をするということは、当然あなたはその「アボンされた伝承」なるものを記した文献の名を知っているわけでしょう。
それを明示してくれませんか。
286日本@名無史さん:02/11/24 18:31
みんなおちつけ。

セミに「うるせー!」って怒鳴っても、一瞬は静かになるかも知れないが
すぐにまた鳴き出す。
チョソに道理や論理を求めても、これと同じ結果になるだけで全くの無駄。
チョソにはチョソの論理がある。文明人の論理とは全く別の物なので
コミュニケーションは不可能。チョソというのはそういう物だ。
287281=237:02/11/24 19:32
>>284=1

>要するに天津神の有力な一族が既にいて、天孫の入り込む余地がなかったという本質には何の変わりもないんだよ

天稚彦も死んでだ。
タケミカズチとコトシロヌシの間にはどのようなやりとりがあった?
オホアナムチが国譲りをするとき、なんと言ってタケミカズチらに広矛を授けた?
その広矛でタケミカズチらはなにをした?
抵抗勢力は一掃されているぞ。
288281=237:02/11/24 20:22
よりて皇孫に勅して曰く、
「豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是れ吾が子孫の王たるべき地な
り。宜しく爾皇孫就きて治せ。さきくませ。宝祚の隆えまさむこと、当に
天壌と窮まり無かりけむ。」

瑞穂の国とは稲がたわわに穂る国とういみだろ?
日本列島における稲作先進地帯は北九州ではないの?
どう見てもクマソの地はイメージに合わないよ。
289281=237 :02/11/25 00:55
ところで1は高天原をどこだと思っているの?

漏れは、高天原を、対馬・壱岐、天孫降臨の地を筑紫・北九州の日向とする古田説をかなり妥当だと思うぞ。
 神話に出てくる神々は新羅、筑紫、出雲にしか逝っていない。(タケミナカタを討つた
めに諏訪まではいっているが)新羅、筑紫、、出雲に直接逝ける地域は対馬・壱岐あたり
しかないよ。
 大国主の支配領域が北九州から、出雲、越(ヒスイの産地糸魚川あたりも含む)、高天
原を対馬・壱岐とする考えるなら、降臨筑紫・北九州への天孫降臨に際しては、国譲りを
迫る必然性がある。
そうすると当然、島のうえに最初から人間が居たはずはないから、どっから来たかという疑問が出る。
 天孫族が朝鮮半島から来たらな、俺たちは先進的な朝鮮から来たぞ。有り難く思え、の
ような記述が記紀にあってもおかしくないし、朝鮮半島出身を隠す理由はない。
ならばもう一つの可能性として、天孫族の故地は長江下流域が考えられる。
 東シナ海に出れば、対馬海流に乗って、朝鮮半島南部、対馬・壱岐、北九州、出雲、越へはへ容易にたどり着く。
 天孫族の起源は長江下流?以上は漏れが古田の「盗まれた神話」を読んだんときの印象だ。

 
290日本@名無史さん:02/11/25 00:57
神武って架空の人物でしょ?
291281=237 :02/11/25 00:58
長江下流域は水稲温帯ジャポニカの起源といわれているし、倭人伝には倭人は呉の大伯
の子孫だという記述もあるし、LHA(ヒト白血球型)の分析でも長江下流域との近縁性
も指摘されている。照葉樹林文化圏も西はヒマラヤ山麓、雲南、長江、海を渡って日本列
島西半に広がってる。以上のような理由をも援用して日本語起源論で、日本語がビルマ江
南系と密接に関係し、長江下流域から来た人々が朝鮮半島南部、対馬・壱岐、北九州の倭
人につながるとの主張しているのは実は古田の論敵安本なんだけどな・・・・。
292日本@名無史さん:02/11/25 01:17
ま、安本と古田って似たり寄ったりだからね。
主張は違うけど根っこは同じってゆうか。
ウヨとサヨみたいなもんだからね。
293日本@名無史さん:02/11/25 05:08
「邪馬台国北九州説」と「高天原北九州説」と「天孫降臨の地が北九州だという説」
をゴッチャにいうのはやめてくれないか
ツッコミに困るし話の流れが無駄に混迷するだろ
294276:02/11/25 06:44
292は政治板に逝け。(いや、コヴァ板か)

>293
何故に?
295日本@名無史さん:02/11/26 23:13
書記編纂に依拠した史料はオリジナルではなく、写本、写本を繰り返し、
その過程で筆写者の常識でおかしいと思えば加筆訂正されたり、脚色された
史料いくつもできてしまったとは考えられんか?それが一書の正体とは考えら
れんか?

でも、一書が神代にしか見られないのは説明がつかんか?

 神代なら異説があってもいいが、少なくとも神武以降は現政権につながる
大和朝廷検定済歴史書だから異説は排除したってのはどうかな?
296295:02/11/26 23:21
↑ 書記は書紀のまちがい。
297日本@名無史さん:02/11/27 01:06
>>295
> 書記編纂に依拠した史料はオリジナルではなく、写本、写本を繰り返し、
> その過程で筆写者の常識でおかしいと思えば加筆訂正されたり、脚色された
> 史料いくつもできてしまったとは考えられんか?それが一書の正体とは考えら
> れんか?

編纂するために使用した資料が写本を繰り返した可能性はもちろんある。
当時は現代と違って、氏族の格や発言力は、どのような神様をご先祖様に
持っているか、そのご先祖様がどれだけ天皇家の助けになったかが
極めて重要であったから、加筆訂正、脚色の可能性はもちろんある。
というか、天皇家や各氏族は自分達が有利になるようにそうしたであろう。

だからといってそれが全てとは思わない。話というのは伝言ゲームのように、
伝えられていくうちに多かれ少なかれ変わることは避けられない。

それから、執筆者の常識でおかしいところを訂正していったら、神代紀の
話のかなりの部分は削除されていただろう。
少し後のことになるが、『古語拾遺(こごしゅうい)』(807年)の撰者、斎部広成は、
同書の跋の中で「前(さき)の件(くだり)の神代の事、説(せつ)磐古(ばんこ)に似たり」
と言っている。要するに神代紀の内容は、荒唐無稽だと言っているのである。

神代紀の内容が日本書紀撰者達の常識にかなっていたとはとても思えない。

> でも、一書が神代にしか見られないのは説明がつかんか?
>  神代なら異説があってもいいが、少なくとも神武以降は現政権につながる
> 大和朝廷検定済歴史書だから異説は排除したってのはどうかな?

「一書曰(あるふみにいはく)」などの書き出しによって異説を紹介しているのは
神代紀だけではない。その他の巻にも出てくる。よってなにも説明する必要はない。

というか、一回でいいから日本書紀を読んでから言ってくれ。
本屋さんで売ってるから。
298日本@名無史さん:02/11/27 04:45
日本書紀の「一書曰く」の「一書」に表題がないことを問題視するのは
書物には必ず表題がついてるはず、という思い込みだろう。
まだ書物というしろものが普及していなかった頃から、そもそも神話なんていうのは
「かみごと」「かみがたり」「ふるごと」「つたえ」などと一般名詞的に観念されていて
たまたま紙に書いてあるか口伝えかというちがいだろう。

それに「一書」ごとの差異がいちいち特定の氏族の名誉や権利の正統性に
それぞれで対応してるなんて研究もきいたことないぞ。

もうひとつ神代紀にだけ「一書」が頻出することは事実だが、
それはもともと荒唐無稽で不可解な神話を人間の知恵で切り貼りするのは無視だし
神々に対する怖れもあっただろうから伝承の原型をそのまま伝えようとしただけだろう
神武紀以降にはそれがない(正確には「無い」のじゃなく「少ない」だけど)のは
もともと記紀の原資料は「先代旧辞」(=神代巻)と「帝皇日継」(神武以降の記録)
に分かれてて、後者は大和朝廷の官僚による基本原典が比較的しっかりしてたからじゃないか。

なお「先代旧辞」と「帝皇日継」を具体的にどういうものとみるかは諸説があり
岩波文庫古事記の解説にあるような説が知名度たかいが、
「先代旧辞」=神代巻、「帝皇日継」=神武以降の記録、と割り切る説は
宣長だったか篤胤だったかに始って、少数だが現代でもそういう説を唱える学者はいる。
299日本@名無史さん:02/11/27 18:15
梅棹忠夫氏のツングース水軍説ってどうなんですか?
沿海州当たりのツングース水軍が宮崎あたりから神武東征を始めたっていうやつ。
300日本@名無史さん:02/11/27 20:25
>>298
> それに「一書」ごとの差異がいちいち特定の氏族の名誉や権利の正統性に
> それぞれで対応してるなんて研究もきいたことないぞ。

だれも、
「一書」ごとの差異がいちいち特定の氏族の名誉や権利の正統性にそれぞれで対応してる
とまでは言っていない。

『古事記』序文に、天武天皇の発言として
「朕(われ)聞きたまへらく、『諸家のもたる帝紀及び本辭、既に正實に違(たが)ひ、
 多く虚僞を加ふ』といへり」とある。出雲神話の扱いに関する研究などもある。

口承であっても文字による伝承であっても、話は変わっていくだろうし、故意に変えた
部分も有ったであろうと言っているだけ。原因を1つに絞る必要も必然性もない。
それだけのこと。

> もうひとつ神代紀にだけ「一書」が頻出することは事実だが、
> それはもともと荒唐無稽で不可解な神話を人間の知恵で切り貼りするのは無視だし

無視だし? 無理だしの間違い?

> 神々に対する怖れもあっただろうから伝承の原型をそのまま伝えようとしただけだろう

古事記は異伝の紹介などせず、1つの話に絞った作りになっているんだけど。

> 神武紀以降にはそれがない(正確には「無い」のじゃなく「少ない」だけど)のは
> もともと記紀の原資料は「先代旧辞」(=神代巻)と「帝皇日継」(神武以降の記録)
> に分かれてて、後者は大和朝廷の官僚による基本原典が比較的しっかりしてたからじゃないか。

先代旧辞と帝皇日継の分け方は何とも言えない。そうかも知れないし、そうでないかも知れない。
そうでない確率の方が遙かに大きいと思うけど。一般的に記録が、波はあっても、後になるほどしっかり
しているという意味では同意できる。
301日本@名無史さん:02/11/28 19:31
柿元人麻呂に直接聴こうぜ、古事記についてさ
302日本@名無史さん:02/11/28 19:42
太安万侶じゃないのか
303302:02/11/28 19:47
しっかしなぁ・・・。きむいるそん、きむじょんいる、きむでじゅん
が一発変換できるのになんで太安万侶の入力に苦労せにゃならん。
atok売国日本語入力。
そのうちキンマサオも一発変換できるか?
304日本@名無史さん:02/11/28 20:01
>古事記は異伝の紹介などせず、1つの話に絞った作りになっているんだけど。

所詮古事記も遺伝の一つだ。ぼぉけ。
305日本@名無史さん:02/11/28 21:41
編集したのは太安万侶だが、原案には柿元人麻呂が関わっていると聞いた
306日本@名無史さん:02/11/28 21:43
原作は梶原一騎です
307日本@名無史さん:02/11/28 21:49
302だが、これ以上は止めよう。
鉄道総合@2chの「ムーンライト信州!!」スレになってしまうよ。
308日本@名無史さん:02/11/28 21:58
>だれも、
>「一書」ごとの差異がいちいち特定の氏族の名誉や権利の正統性にそれぞれで対応してる
>とまでは言っていない。

それならば、いくつもの異伝が生じた理由が
「氏族ごとの都合によって改竄されたから」
というのは実証性の低い仮説にすぎないってことだな。
もちろん、絶対ありえない、ってことではないがね。

>古事記は異伝の紹介などせず、1つの話に絞った作りになっているんだけど。

そりゃそうだろ
古事記と日本書紀は目的/モチーフが異なるからこそ二書あるわけで・・・
309日本@名無史さん:02/12/01 17:51
age

310日本@名無史さん:02/12/01 18:44
297は、自分だけが日本書紀を読んだ人間と思いこんでるヤシ。まず読むのが
前提であるのは当然にしても、その全段としてアプローチの方法にもいろいろあ
るのは常識。

ってか、


  こ  こ  は  書  紀  の  ス  レ  で  つ  か  ?
311日本@名無史さん:02/12/01 19:15
あのー、「二倍年歴は古田信者の妄想」だから否定する人が多いようなので、一言。

古田と関わりなく、古気候学の研究者ではかなり有力な説です。二倍年歴。
山本武夫が「雄略以前は二倍年歴」と仮定しないと、年輪年代法で出てきた古気候と
記紀の古気候記事が一致しない(二倍年歴なら一致する)という論文出してますわ。
今人に貸してて、正確な内容は上げられないけど。

朝倉書店の『気候と文明』シリーズの監修している人ですから、電波ではないですよ。
312日本@名無史さん:02/12/02 03:08
「壇君を無視した韓国古代史研究に喝!」というのと同じくらいドキュソですな
313日本@名無史さん:02/12/02 03:09
>>1に対してですので。念のため
314日本@名無史さん:02/12/02 03:36
神武は神話?の中での話。歴史的にみて、当時の異民族(現日本人)による列島東方への侵攻はあっただろう。でも大和王権が成立したのは少なくとも四世紀頃だし、明らかに天皇中心主義のアノ頃にできた寓話だろ。
315日本@名無史さん:02/12/02 03:53
>>314
その通り!神武は皇室を美化、礼賛するためにつくられた虚像だよ。
316日本@名無史さん:02/12/02 04:10
↑&↑^2&↑^3 津田左右吉レベルから少しも進歩していない香具師だな!!
317日本@名無史さん:02/12/02 04:27
↑そういうお前は何レベル?
318日本@名無史さん:02/12/02 05:49
>316

そうですね。天皇中心主義というのが、明治以降に創作された近代国家の
イデオロギーとしてのそれとはすこしく異なるのは歴史学的な常識なのだ
が、314のようなこと言うヤシは、ジギャク史観のコヴァとかと、コイ
ンの裏表に過ぎません。もし近代のような徹底的な、ファシズムの道具と
して表現するならば、記紀の記述も更に変わったものになっていたでしょ
う。そこまではいかず、ちらほらと真実の扉が開いているのが記紀であり、
捏造純度100%まではいっていないと思われます。
319日本@名無史さん:02/12/06 20:23
age
320日本@名無史さん:02/12/06 20:34
神武ってウンチするの?
321( ^▽^) :02/12/06 23:41
>320
するよ
322日本@名無史さん:02/12/08 15:46
神武さんはサンザンなめにあいながら、からくも大和に定着できた可愛そうな方です。
英雄なんかじゃありません。皇室の初代をなぜあれほどまでにミジメに書くのか。
ほんとうはもっとミジメだったのでしょう。
323日本@名無史さん:02/12/08 17:11
そうかも。なにせ、オヤジの名前がうがや草葺不合(ふきあえず)尊。つまり、茅で葺けなかった板葺きの
屋根の家。いくら王族の子孫といっても、当時はすでに大したこと無かった。
同行した若い壮丁も、入れ墨・半裸で走り回ってた連中だろうからね。
そんな、戦前の日本画家達の妄想とは全然違う、もっと原始的なイメージが真相だと思う。
324日本@名無史さん:02/12/08 21:17
ウガヤさんは母親の妹とやってホホデミさんを産んだンだしな。
母親はワニだとよ。王族といってもかなりの傍系だろうな。
だけどそんなころの記録がよく残っていたよな。
325日本@名無史さん:02/12/08 21:21
昔といっても、2、300年前のことだから、今で言えば江戸時代の初期から中期。
漏れの家は、500年前のことも語り継がれてきているが、当時の語り部の職能が
今より遙かに厳しかったわけだから、充分範囲内かと。
326日本@名無史さん:02/12/08 21:27
吉備まで放浪したホホデミ一行はなぜだか東隣の大和へ出発する。
なぜか?
@倭国内には居ずらくなったからやむなく新天地へ出た。
A倭国が侵略のため派兵した。
327日本@名無史さん:02/12/08 21:33
>>322>>326
同一人物のカキコと思われ。
でも、古事記を読む限り、禿しく同意。
328281=237:02/12/08 22:12
>>265=1

>漏れは記紀の編纂者が、神武以降を歴史として、日向三代までを神話としたのはすごく正直だと思う。
>遠い昔の、それも九州という遠隔地の話で、感覚的に身近な歴史として受け取っていなかった証拠と思うから。

 まさにそこなんですよ。

 書紀には天孫降臨の地に候補がいくつもあたじゃないですか。
筑紫の日向とするには当時の書紀編纂者には違和感があったんでしょう。律令
国家ができつつある中で、日向といえば宮崎という常識ができあがっていたと
は考えられませんか? 「筑紫の日向?えっ、それ一体どこ?」という常識が。

ただ、書紀本文には日向=南九州説を採用しつつも、集めた資料を無碍には否
定しないで一書として残したのと違いますか? 
 日向=南九州説という書紀編纂者の誤解はそのまま引き継がれて現在に至っ
てしまったとは考えませんか?

 漏れが高天原=対馬・壱岐、天孫降臨=北九州と考える理由は古田の神話分
析は正しいと思うし、安本の日本語起源論や倭人論も正しいと思うからなので
す。古田の神話分析を合理的に裏付けるのが安本の日本語起源論や倭人論だと
いう考えです。

安本の神武以降の2倍歴、年代論は正しいと思う。しかし、神武以前は神代の
昔として認識されているし、記にあるヒコホホデミの五百八拾歳は2倍歴では
説明がつかないでしょう。また今手元に書紀がないので正確な数字はかけない
がニニギ降臨以来神武まで確か、一万七千年が過ぎているという記述もあった
はずだ。アマテルから神武までの5代を単純に50年とすることには賛成でき
ません。アマテルは卑弥呼の遥か昔とするほうが合理的でしょう。

 2倍歴を神武以前に適用しない、日向=南九州説は書紀編者の誤解、とすれ
ば古田の神話分析と安本の日本語起源論は対立するどころか相補う説だと思う。
329281=237:02/12/08 22:22
以前から安本は古田の天孫降臨=北九州説と、自身の日本語論、倭人論と
どのような整合性をつけるのかと疑問に思っていたんだ。
最近の安本の著書は読んでいないが、246によれば安本も天孫降臨地=北九州としたようだが、どのような説明を付けるのか
興味のあるところだ。
330日本@名無史さん:02/12/08 22:59
>327

漏れは325でつ。他の人は知りませぬが、何か?

漏れの家は、戦国時代にさかのぼりまつ。そんで、関ヶ原で西軍について、
徳川家にアボンされまつた。その他色々な伝承があり、漏れの調べたところ
では、大体史実と一致してるようで。
500年といっても、それを考えると大したこと無いな、と良く思う由。
331日本@名無史さん:02/12/08 23:10
安本は、部分的には数理的方法を用いたが、残念ながら日本ではまだ、端緒についたところで、
まだまだこれからの感あり。
それと、文献を読み下す力や、哲学や宗教などその他総合的な能力では、古田の方が大分上の
気がする。古田も偽作問題でミソつけたが、それ以前の問題として裁判所から文句言われた安
本の方が現実問題としてダメージは大きかった罠。
332日本@名無史さん:02/12/08 23:37
では、神武実在ということで。
333日本@名無史さん:02/12/09 21:01
>>331
はぁ?
334日本@名無史さん:02/12/10 22:26
神武実在という結論でこのスレもアボーンですか?
335日本@名無史さん:02/12/10 22:45
神武が実在のわけないだろ。
336日本@名無史さん:02/12/10 22:52
>>335
よくそういう香具師がいるけど、根拠もなしだな。
青い山脈史観もいい加減やめろ。
337日本@名無史さん:02/12/10 23:27
天壌無窮の神勅
豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是れ吾が子孫の王たる地なり。
宜しく爾皇孫就きて治せ。行矣。宝祚の隆えまさむこと、当に
天壌と窮りなかるべし。
338日本@名無史さん:02/12/11 00:23
神武天皇陵は幕末になってにわかに指定されたいい加減なもの。
橿原神宮に至っては明治になってから建立された。
339日本@名無史さん:02/12/11 21:20
↑そんなことは当たり前。神武実在説をとる香具師でも幕末明治期に
指定された陵墓がいい加減であるというのは常識。
神武架空説の根拠にはならない。
340日本@名無史さん:02/12/11 21:26
神武実在の根拠って何?
341日本@名無史さん:02/12/11 21:27
↑神武架空説の根拠って何?
342日本@名無史さん:02/12/11 21:54
340

一応、神武記のリアルさと、豊富さ。あとは、2倍年歴で換算すると、充分伝承され得る
程度の古さである、ということ。
343日本@名無史さん:02/12/14 22:44
>>252はトーテムというものを知らないらしい。
344日本@名無史さん:02/12/15 19:58
神武を架空としながら、聖徳を実在とする教科書日本史の謎。
345日本@名無史さん:02/12/15 20:31
神武天皇のモデルとなった王(首長)や事件はあったが、
カムヤマトイワレヒコという名前は後世の創作ということでOK?
346日本@名無史さん:02/12/15 20:43
>>345
> カムヤマトイワレヒコという名前は後世の創作ということでOK?

カムヤマトは後世にくっつけたんだろうけど、イワレヒコは
(もし神武天皇のモデルが存在したのなら)本当にそう名乗っていた
可能性も有るような気がするな。
347日本@名無史さん:02/12/15 21:16
j
348日本@名無史さん:02/12/16 17:35
サノ君って名前は?
349日本@名無史さん:02/12/16 18:59
>>344
教科書では神武を架空などとはいってはいないと思うが。
ただ無視しているだけ。
350日本@名無史さん:02/12/18 04:21
綏靖〜開化のいわゆる欠史八代ってのが、架空説=造作説では説明がつかん。
それに神武記の描写はかなりエゲツナイ。
ハッキリ言って有徳な天皇とは程遠い姿ですな。

やっぱり実在だったんじゃないか?
351日本@名無史さん:02/12/18 04:35
ところで欠史八代に関することなんだけど、孝昭天皇の息子って二人いて、
長男が「天足彦国押人」、次男が「日本足彦国押人」って名前で、孝昭天皇の
後を継いだのは次男(孝安天皇)ってことなんだけど、なんか名前からして、
長男が後を継いだって感じがしない? つまり兄の「天足彦国押人」が先に
天皇になって、次に弟がその後を継いだってこと。
だって、孝安天皇は兄の娘を奥さんにしているし、だいいち孝安天皇三十八年に
父親(孝昭天皇)の葬儀って、いくらなんでも遅すぎないか? 二倍年暦でも十九年だよ。
これは実は兄の葬儀なのを、誤り伝えられたんじゃないかな? つまり孝安天皇三十八年
のことは本当は兄の葬儀なのに、「先代」の葬儀としか伝わってなくて、やがて
「天足彦国押人」天皇のこと自体がすっぽり抜けてしまったってこと。

どうだろうか。
352日本@名無史さん:02/12/20 22:45
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
色々考えるのは楽しいね。
353日本@名無史さん:02/12/21 17:59
仮説を立てるのは人間の直観力の発揮。人類の知的活動の基本。
どんどん立てて楽しもう。
354日本@名無史さん:02/12/21 18:14

喝改宗
355日本@名無史さん:02/12/22 22:22
神武が実在したとしたら、神武陵はどこにあるの
今の神武陵でいいの
古事記と日本書紀では神武陵の所在の記述が
違うと思うのですが
356トーイ:02/12/22 22:25
存在さえ判然としない。
357日本@名無史さん:02/12/22 22:35
神武はもちろん、欠史八代も存在しただろう。


俺の勘では。


いないことを証明することは難しく、
また存在することを証明するのはさらに難しい。
358トーイ:02/12/22 22:36
後世の捏造か。
359日本@名無史さん:02/12/23 01:35
単なる地方領主なんだろ?
360日本@名無史さん:02/12/23 09:18
開拓団長では?
361日本@名無史さん:02/12/23 09:26
創作です。
362日本@名無史さん:02/12/23 09:28
侵略者です。
363日本@名無史さん:02/12/23 10:40
いくら騒いでも、天皇陵掘らせない限り無駄。
宮内庁アボン。
364日本@名無史さん:02/12/23 11:06
神武陵自体、後世の捏造でしょう。
365 :02/12/23 11:24
神武天皇「おれなんかおらへんって」
366日本@名無史さん:02/12/23 11:59
なんでチョーセン人神武が日本の王様なの?
367日本@名無史さん:02/12/23 12:09
神武陵は一応伝承地ですし、キチガイチョンの捏造した檀君陵より一億倍ましでしょう。
368日本@名無史さん:02/12/23 12:13
まあ、その伝承自体が記紀の捏造なんですけど。
369日本@名無史さん:02/12/23 21:54
記紀の捏造って
だれが捏造したの
370日本@名無史さん:02/12/23 22:22
捏造(というか創作)記事が記紀の記述ってことでしょ。
371日本@名無史さん:02/12/23 22:40
>>367
「目くそ、鼻くそを嘲う」の典型だな。
372日本@名無史さん:02/12/23 22:51
>>368
「XX天皇陵の所在」は記紀じゃなくて民間伝承です。当然のことながら、いいかげん。
373日本@名無史さん:02/12/23 23:01
記紀と民間伝承、どちらが正しいか? 一概には決め難し。
374日本@名無史さん:02/12/23 23:24
>>1はオオクニヌシも実在していると思っているのだろうか?

大和朝廷の創始者は存在しているのは認めるが、
それが神武天皇と呼ばれている人物と同一とは思えない。
375日本@名無史さん:02/12/23 23:37
欠史八代の天皇陵が「巨大古墳」の類なら捏造なんだろうけど。
あんなの「古墳」とも呼べないようなものだからね。
造作・捏造したとしたら、そいつはよほど古代の古墳事情に詳しい者の犯行と
いうことだな。
376饒速日命:02/12/24 07:36
捏造したのって、記紀の編纂者でないの?
てことは・・・

記紀編纂に当たっては多くの歴史書が焚書されたってことだから、
有力豪族の自家歴史書の中にはモデルになるような記述があって、
記紀の編纂時に無視できなかったとか・・・
天皇家の威厳を高める為に利用したとか・・・
377日本@名無史さん:02/12/24 22:24
しかし、神武陵や神武天皇の最近の研究書
なんて、なにかあるの
378饒速日命:02/12/25 00:31
Off学会の分野が一時期盛り上がってましたが、ガイシュツですか?
379日本@名無史さん:02/12/25 14:37
奈良県橿原市の畝傍山の北山麓の慈明寺町にある禅寺
慈明寺の境内には、飛鳥時代の天武天皇の御世に神武天皇陵が
修築された時に陵墓内に収められた墓誌が刻まれているとの説
がある、おこり石とよばれる巨石があります。
380日本@名無史さん:02/12/25 16:26
今の神武陵は松平定信のあたりに朝廷が「おまえらには東照宮がある。漏れには東照宮がない。東照宮がほしい。東照宮を造ってくれ。」と駄々を捏ねたから幕府が造ってやった真っ赤な偽物。何の根拠もない。
381bloom:02/12/25 16:40
382日本@名無史さん:02/12/26 04:10
>>380
それは誤解。
神武陵をもっと盛大に祀らせろ、と主張しただけ。
ただし神武陵は東照宮のように盛大に祀られてなどいない。
つまり朝廷の意向はほとんど却下された。
383新井満子:03/01/05 02:31
神武田と名付けられた頃には、
すでに神武天皇陵の正確な位置はわからなくなっていたんじゃないかしら?
384日本@名無史さん :03/01/05 03:10
エタなどが勝手に住み着いてた時点で非常に怪しい。うさんくさい。>神武天皇陵
385日本@名無史さん:03/01/06 19:48
実在しないということと架空とか捏造ということはまったく違うんだが。
日本書紀つくった人たちは、多分本気で信じてたんだと思うよ
年代も事績も。今の感覚で判断してはいけない。
でも「もととなる何らかの事実」があったとして、それは
日本書紀の記載からは相当かけ離れたものであったと思うけどね
386日本@名無史さん:03/01/06 23:06
>日本書紀の記載からは相当かけ離れたものであったと思うけどね
どうしてそう思うのかな?
387日本@名無史さん:03/01/07 18:53
天武天皇の命で稗田阿礼(ひえだのあれ)
が暗唱した帝紀(天皇の系譜、年代記)と旧辞(伝承されていた神話、伝
説など)を、元明天皇の命を受けた太安万侶(おおのやすまろ)が撰録した
んでしょ。口伝えじゃねぇ?伝聞証拠じゃチト眉唾ですよ。天武天皇の頃の
時代背景の研究価値しかないざんしょ?
388日本@名無史さん:03/01/07 22:59
>>387
古事記の序文の部分は平安時代の偽書だという説が有力なりよ(w
389日本@名無史さん:03/01/07 23:08
いったいどこで有力なのやら
390日本@名無史さん:03/01/07 23:12
ああ、たしか唐代の史料のパクリってやつね。
391388:03/01/08 00:32
はぁあ???
392日本@名無史さん:03/01/08 01:41
縄文時代に古墳があること自体がDQNな話しだね。
393日本@名無史さん:03/01/08 01:55
国民の歴史でも定説なのにね。
394日本@名無史さん:03/01/08 01:55
>>392
必死ですね半島人さん。
キムチ臭いですよ。
395日本@名無史さん:03/01/08 01:58
神武はあくまで公式の初代であり、日本の天皇にあたる人物は
それ以前にも何十代も存在しているわけだ。
つまり世界最古の王朝であるわけだ。
それが半島人やシナ人やサヨクには虫がすかないわけよ。
実際は漢字ではなく日字が独自に発展してかなやひらがなが出来、
シナに言葉を輸出したのにね。
396日本@名無史さん:03/01/08 10:16
>>395
日字ってなんです?漢字以前の神文文字は否定されてんのに?
397日本@名無史さん:03/01/08 10:35
 むしろ3種の神器とやらを炭素同位元素測定法で調査し年代をしらべたら?
398日本@名無史さん:03/01/08 11:48
>>396
またチョンが必死になっているね。
歴史でも負けるのが悔しいんだ?
プププ
399日本@名無史さん:03/01/08 11:50
支那や朝鮮は劣等感の塊
400日本@名無史さん:03/01/08 13:21
395は何をいってんだ?煽りか?アホな工作はやめれ
401日本@名無史さん:03/01/08 13:40
キムチよ惨めだな(ワラ
402日本@名無史さん:03/01/08 21:52
頭の中には2663年モノの糠味噌が詰まっているんだろ
403日本@名無史さん:03/01/08 22:18
>>402
それはどういうギャグでつか? いや嫌味でなく本当に意味がわからないので・・・
404山崎渉:03/01/11 16:49
(^^)
405日本@名無史さん:03/01/13 06:48
>>397
後村上天皇スレを見れ
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1023383471/l50
の64の前後

>>403
意味不明のギャグを書くようなとてつもない馬鹿はいちいち相手にすんな
406山崎渉:03/01/16 08:49
(^^)
407日本@名無史さん:03/01/17 05:30
ホツマツタエとかはどうなんでしょうね?
408日本@名無史さん:03/01/18 14:01
ホツマ電波は出入り禁止。一気にレベル下がるから来るな。
409日本@名無史さん:03/01/19 23:54
だから、天皇 賞賛・議論の重複スレはガイドライン違反だと言っただろ。
総合スレへ 移動しろ。

天皇制総合スレッド
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1042937313/
410:03/01/28 19:14
忙しくてなかなかROMできないんだけど、意外に続いたねー。

>>374
>>1はオオクニヌシも実在していると思っているのだろうか?

例えば天照大神は、本来の太陽神と、それに仕えた卑弥呼の複合神格だと漏れは見ている。
オオクニヌシも、出雲の主神と、実在した首長の複合神格なのかも知れない。

>大和朝廷の創始者は存在しているのは認めるが、
それが神武天皇と呼ばれている人物と同一とは思えない。

それは何故? その創始者を後世「神武天皇」と呼んだ、とは考えないか?



411ハク:03/01/29 12:44
天照大神は実在の方ですよ。日本では実在の人物も神になるのだ。
412日本@名無史さん:03/01/31 03:46
天照大神もオオクニヌシもどうみても神話。実在とか云々の問題じゃないでそ
413日本@名無史さん:03/01/31 04:18
初代 アマテラス
二代 オシホミミ
三代 ニニギ
四代 ウガヤ
五代 ワカミケヌ

皆実在です。
414日本@名無史さん:03/01/31 05:33
>>413
あほか。ホホデミはどこいったん?(w
415日本@名無史さん:03/01/31 06:38
あ、忘れてた(w
416(。・_・。)ノ:03/01/31 06:41
417日本@名無史さん:03/01/31 07:17
それで日本の暗黒時代はイワレヒコからですか?
418日本@名無史さん:03/01/31 07:25
天智は百済系、天武は高句麗系。壬申の乱は、皇位簒奪事件。

(崇)【神】・(応)神 〜  天(智)・天【武】
****** 神 ****            **** 武 ***********


崇神(おそらく夫余系ワイ)は高句麗との闘争に追い詰められ、屈服させた任那を拠点に、
倭への進攻を画策、しかし筑紫の勢力は侮れず、まず出雲に拠点を形成、
そこから筑紫か宮崎へ進行、その子・応神は河内へ進出、
しかし、半島で追い詰められ任那を失った騎馬民族集団は対高句麗・新羅作戦のため
もともと任那の鉄資源に依存していた大和と連合政権を樹立、蘇我馬子が初代国王に。
馬子は中国に使節を送り対外的な皇位宣言と半島政策の共同歩調を呼びかけた。
その後、半島政策での主導権確立のため騎馬系は宮廷クーデターで大和勢力の寝首を
かいて皇位簒奪し(大化の改新)、騎馬王朝を成立せしめた。しかし白村江の戦いで敗北。
一方、任那復帰を目指す騎馬系倭は任那に続き、百済も崩壊させ半島統一に乗り出す新羅が
高句麗と対立するに至り、高句麗系天武の台頭を必然的にまねいた。壬申の乱。
かくして列島に覇を唱えた天武は支配正当化のため歴史の固定化の必要から、
記紀の編纂を企てた。崇神から応神を神武という一人の英雄の行動に托し、
中国の歴史書の記述との整合性のため卑弥呼をアマテラス、天皇・蘇我氏を摂政・聖徳太子とした。
419日本@名無史さん:03/01/31 08:03
>418
従って騎馬民族的要素の藤ノ木古墳は天智の墓、
天体図が平壌からの観測だったと判明した亀虎古墳は天武の墓。
石舞台群は蘇我氏の墓。
420日本@名無史さん:03/01/31 09:48
>>418
電波は消えてください
421日本@名無史さん:03/01/31 12:55
>418
これによりなぜ聖徳太子が天皇になってないのかという謎が説明できる。
本来、初代天皇だったはずの太子=蘇我氏は中国に使節を送っている。
中国の歴史書にはその王を「タリシヒコ」と明らかに男の王と記述しているが、
記紀においては女帝・推古天皇である。
記紀編纂において中国史書の記述を無視できず、また蘇我氏の業績(法隆寺建立・17条憲法等)
は否定できないため、架空の摂政・聖徳太子を創造することで、男帝は太子を意味するもの
と捏造したのである。
422日本@名無史さん:03/01/31 19:24
電波は消えてください
423:03/02/07 19:03
聖徳太子の話は聖徳太子のスレでやって下さい。

それにしても、神武帝から昭和天皇まで、こんなにたくさんの自国の歴史上の偉人や英雄の実在や業績を否定してる民族が他にあるか?
あったら教えて下さい。
424日本@名無史さん:03/02/07 19:44
偉人?英雄?
誰がそうのかな。
教えてください。
425日本@名無史さん:03/02/07 19:51
神武が実在したとして、年代は?
426日本@名無しさん:03/02/07 22:20
流石神武スレだけあって、日本史板にもかかわらず、キティガイウヨが多い罠。

神武の年齢については、二倍年歴説、辻褄合わせ説、実際説(希少種)、完全架空説などあるが、
二倍年歴説を取る場合、西暦で言えば2世紀から3世紀ぐらいになるらしい。もちろんその後の
天皇も実在&年齢が二倍年歴でかつ正しいとしてだが。あと、河内湾侵入時の地形からも、それ
ぐらいになるらしい。ちょうど、東大阪、八尾当たりが岸辺で、南方を通るという地形が、それ
ぐらい。ちなみに、その頃奈良盆地はまだ大部分低湿地&氾濫原だそうな。
427状況解説:03/02/11 05:15
二倍年歴説は学界的にはあんまし認められてない。半ばとんでも扱い。
別に電波説というほどではないが通説でもないし主流でもない。

それから海岸線の話はむしろ神武伝承の古さを証明するものとして引き合いに出される方が多い。
むろん否定派は伝承そのものの古さと神武が実在したかどうかは別という立場なわけだが。
428:03/02/11 14:29
今日は建国記念の日。神武天皇を語るのにこれ程相応しい日はない。

二倍年歴というのは年齢に関してであって、在位年数を説明できるものではない。
なお、「一部の人々によって実在乃至業績を否定されている偉人、英雄」とは、
神武天皇、日本武尊、神功皇后、聖徳太子、宮本武蔵、昭和天皇、など。

実年代は確かに難しい問題で、比較的近い時代に確定要素があることが必要となる。
「卑弥呼=天照大神」説は、その際の重要な手がかりだろう。
実際、その説を採るなら、古代の天皇の在位年数が不自然に長くなくなるし、魏志倭人伝との整合性も保たれることになる。
そうした場合、神武帝は3世紀半ば以降の人物ということになる。ではもっと細かい数字は?
手がかりとしては、神武紀によれぱ、神武帝は天照大神の孫のニギハヤヒの息子のウマシマヂと同世代らしいので(系譜では二世代余分だが、兄弟が親子として伝わっている場合もあり得る)、
卑弥呼が長寿だったことを考えると、その死(247頃)からそれ程経ってはいないと思われる。
それどころか、我々としては、東征が卑弥呼の生前に行われた可能性も視野に入れておくべきだろう。
安本氏の270年頃説もあるが、あれはあくまで机上の計算なので、現状では3世紀半ばから末にかけてとしておく以外にない。


429日本@名無史さん:03/02/11 17:40
神武天皇=明治天皇
430日本@名無史さん:03/02/11 17:53
 
日本書紀は、誰が書いたかというと、

主として、続守言、薩こうかく(字を忘れた)という名の渡来中国人である。

電波ウヨの皆さん。残念でしたね。(~o~)/
431:03/02/11 19:06
↑ふうん、あれだけの量をたった2人で?
内容や文体から見て、少なくとも6つのグループによる共同執筆と見られているけど、それでも2人と言い張るか?
大体何で統括責任者の舎人親王や、編纂者の紀清人、三宅藤麻呂を無視する。
デムパの嘘は底が浅いね。
432九州王朝あったかも?:03/02/11 20:28
誰だ、学会とか引き合いに出してる馬鹿は。日本の古代史学会になんの権威があるわけ?
海外からもDQN扱いされてるってのに(ぷ


>>43

なんか、ものすごい飛躍があるわけですが?おたくのいいかただと、その中国系二人だけが
コソーリ書いたと言うことになるが?
433日本@名無史さん:03/02/11 20:49
>>431

電波ウヨは、日本語の読解ができないようね。

434どろろ:03/02/11 21:04
日本書紀は渡来人も書いた。
漢文の編年体で記したものをシナに見せる必要があったからである。
そのため中国の残虐な話が紛れ込んでいる。
しかし「主として書いた」とは言い過ぎ。
素人目にも自国の正史を外国人にほとんど任せっきりにするはずがない。
435宮崎県人:03/02/11 21:45
高千穂の天の岩戸神社はいいですよー。
なんか出てきそうな雰囲気がイイ!
ちゃんと天の岩戸もありますよー。
436日本@名無史さん:03/02/11 22:13
 
日本書紀は、日本人も書いた。

雄略より前の、嘘の多いところなどはそうである。

437日本@名無史さん:03/02/11 23:43
えーと単純に天皇家のイデオロギーの為のみなら
神代に頻繁に出てくる「一書に云う」ってのは別に必要ないよね。

もちろん天皇家マンセーは重要な目的だったろうが
それだけとも思えない。

創作、捏造にもルールとか条件があったような気がするけど。
438りょう:03/02/12 19:55
中学のとき「神武天皇はいなかった」なる授業があったよ。
プリント配ってさ。それによるとえらい皆さん長生きなんよね。
つまり日教組さんは昔ながらの説に従って逆算やっていなかったと教えてたんだな。
でもその説は数字的には間違いだよね。間違いと分かっててやってたに違いない。
439日本@名無史さん :03/02/12 22:02
最近 文化財と近代日本(山川出版)なる本を本屋で
みかけたが、そこに
神武天皇陵考
近代における神話的古代の創造
なる論文が掲載されていた。
どうも神武天皇は近代史の分野でも研究課題になっている
ようだが、だれか詳しい人、ぜひご教示下され
440日本@名無史さん:03/02/13 14:01
古事記と日本書紀は内容がほとんど同じ。
古事記の文章は中国人には書けない。
日本書紀はもとからの伝承を漢文で表現したもの。
内容まで捏造だなんていってる学者は学界にもいない。
441名無しさんバグダッド:03/02/14 00:03
本居宣長は中国の歴史が混ざってるから日本書紀をやめて古事記にしたんだっけ?
違いますた?
442日本@名無史さん:03/02/14 06:11
>>441
宣長の時代は日本書紀こそが権威で、古事記はぜんぜん注目されてなかった。
しかるに、漢文では日本語の微妙なニュアンスを表現できないばかりか
漢文特有のイメージにひっぱられて間違ったイメージに誘導されてしまう。
だから日本書紀ばかりみて古事記を知らないと「やまとごころ」の何たるかを
理解できない。と言い出したのが宣長。
でも宣長が江戸町人社会で大ブームとなり影響が大きすぎて世の中なんでも
古事記マンセーになってしまったため、後には日本書紀派からの反撃も多少あった。

443441:03/02/14 12:21
>>442
なるほど!
現在もどちらかと言えば古事記マンセーかな。
444:03/02/18 14:02
日本書紀は公式の歴史書で、海外、特に支那を意識して書かれた物。
古事記は皇室の私的な記録と言った意味あいが強い。
そもそも宣長の言うのは「古事記を見直そう」って事で、「古事記マンセー」でも何でもないんだけどね。
因みに宣長が再発見するまで、古事記よりも旧事記が重視されていた。
445日本@名無史さん:03/02/18 16:16
>443
いや、戦後は記述が食い違うときは日本書紀優先。唯一の正史に。

「全く同じ態度」という>1の意見に同意。
戦前は神聖不可侵な神話。戦後は荒唐無稽な神話。研究対象にできない。
つーか同じ人間が継続してやっているのだから、態度が同じになるのも当然。
こんな連中がアカデミズム?笑わせるな。
師の説を認めないと研究者になるどころか卒業さえ許されない。
臭いものには蓋ではいつまでたっても科学にならない。
446日本@名無史さん:03/02/20 04:04
46 :曲学の徒 :03/02/12 12:41
箸墓は、崇神の時代の築造で、290年から300年頃と思います。
この説にご批判を。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/m-kat/nihon/2-1hougyo.htm
447日本@名無史さん:03/02/20 04:30
  ∋8ノノハ.∩
   川o・-・)ノ <先生!こんなのがありました!
__/ /    /   
\(_ノ ̄ ̄ ̄\
||ヽ|| ̄ ̄ ̄ ̄||
 ...|| ̄ ̄ ̄ ̄||
http://saitama.gasuki.com/mona/
448:03/02/23 14:21
>>445
禿銅! しかしこれって歴史学だけの問題ではない気が…。
449日本@名無史さん:03/02/23 15:06
学界なんてムラ社会もいいとこだからな。
450日本@名無史さん:03/02/25 21:28
450ゲット!
451日本@名無史さん:03/02/26 00:14
記紀を捏造だとか言ってる学者は、自分が歴史を捏造してるからそう言うんだろうな。
452日本@名無史さん:03/03/08 04:07
二倍暦は電波説。と煽ってみるテスト。(ほんとは保守あげだけどカラ揚げよりましかと思って)
453日本@名無史さん:03/03/08 04:50
煽りに乗ってやるか。
日付けの入った記事が崇峻紀までは1日〜15日に集中。
ただし神武紀・崇神紀・神功紀は30日まで満遍なくある。
崇峻紀までは1ヶ月が15日の2倍年暦。
基本的にその時代の言い伝えが採録されている。
神武紀・崇神紀・神功紀は奈良時代の造作。
仁賢が少年なのに死んだとき50歳の謎も解ける。
454452:03/03/08 05:34
ほんとはカラ揚げしようと思ったくらいなんだから
生真面目にレスしなくてもいいよ。
455日本@名無史さん:03/03/08 06:51
古代史をテーマにした作品で知られる作家の黒岩重吾(くろいわ・じゅうご)氏が
7日午後1時20分、肝不全のため兵庫県西宮市の病院で死去した。79歳。
大阪市出身。自宅は西宮市苦楽園四番町13ノ4。葬儀・告別式の日取り、
喪主は未定。
 1961(昭和36)年、大阪・あいりん地区(釜ケ崎)を舞台にした
「背徳のメス」で直木賞を受賞した。社会派推理小説のほか、大阪市の西成地区に
住んだ体験を基にした風俗性の強い「西成もの」の作品も多い。
 70年代後半からは古代史への関心を深め、80年、「天の川の太陽」で
吉川英治文学賞を受賞。以後、歴史小説を次々に発表した。
 91年、紫綬褒章を受章。92年に菊池寛賞を受賞した。
 主な著書に、「休日の断崖」「落日の王子」など。(共同通信)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030307-00000116-kyodo-ent
456日本@名無史さん:03/03/14 22:38
1日〜15日に集中ということは、 1ヶ月が15日だったのね。
457日本@名無史さん:03/03/17 08:44
んなこたぁない。
458日本@名無史さん:03/03/17 16:18
崇峻紀の次は推古紀だが
これは30日まであると言っても変な紀だ
隋書によれば日本国王が男だったり
法隆寺釈迦三尊像光背銘に法興年号があったり
俺は推古紀も造作だと思うよ
聖徳太子も神功皇后と同じで何らかの都合で作られた人物
推古紀までは前王朝史なんじゃないかな
459日本@名無史さん:03/03/19 21:31
1月が15日だと古代の交通には非情に都合がいい。
道路が発達してないから水運の方が速かったし
大量の物資を運ぶにも舟の方が陸路より適している。
額田王の歌「熟田津に船乗りせんと月待てば潮もかないぬ今はこぎ出でな」
でもわかるように、船出には潮の干満を知ることが必要だった。
月読命が海原を治めたというのも同じこと。

干潮は新月・満月からの日数に8割を掛けた数字を午前の時刻に当てはめられる。
その約10時間後も干潮で、その中間が満潮。
新月・満月から5日目なら5×0.8=4で、午前4時が干潮。
午後2時も干潮で、午前9時と午後9時が満潮。
つまり午前9時が船出に適した時刻だ。

12進法という時間の単位はここからきていると思う。
古代の日本に12進法はなかったろうが、
経験則で干満の時刻を知っていたに違いない。
460日本@名無史さん:03/03/23 19:16
いやだから二倍念歴が言えるのは年齢に関してだけなんだって。
461神武:03/03/29 17:58
朕わ架空の人物であるが、何か?
462日本@名無史さん:03/03/29 19:13
朝鮮総督府の御用学者が朝鮮史を編纂しようとした時、朝鮮の建国神話の扱いで
困った事に気がついた。建国神話など全てデタラメ!として切り捨ててしまうと
日本の建国神話の軽視に繋がる。かといって檀君を認めるわけにはいかない。
463日本@名無史さん:03/03/29 20:48
街宣右翼が本当に右翼と思ってるの?。あれは左翼の一種で、わざと
一般人に引かれる言葉を吐いているんだが。それによって、愛国心や
皇室を侮辱している。


464日本@名無史さん:03/03/29 23:14
>>462
『世界神話事典』には、「高麗時代に檀君神話が作られたと考える専門家も少なくない」とある。
その学者の見解は結果的に正しかったのだ。
実際、半島各地の伝承と矛盾するわけだし。

465日本@名無史さん:03/03/30 22:01
しっかしなぁ・・・。きむいるそん、きむじょんいる、きむでじゅん
が一発変換できるのになんで太安万侶の入力に苦労せにゃならん。
atok売国日本語入力。
そのうちキンマサオも一発変換できるか?
466日本@名無史さん:03/04/01 02:13
第一代は神武天皇じゃないの?


467え、素?:03/04/01 08:55
崇神ってことになってる。
468日本@名無史さん:03/04/01 11:52
昔懐かしい「つだ さうきち=津田 左右吉」説のことでしょう。
彼は、当時ひどい皇国が蔓延していたので、それと戦うのに必死。
ハツクニシラスとは新規領土を領有した、と言う意味で、
ハツはクニにかかっている。
469日本@名無史さん:03/04/01 12:45

訂正
「皇国」→「皇国史観」
470日本@名無史さん:03/04/02 10:02
>>465
EGBRIDGEは,ちゃんと
「おおのやすまろ→太安万侶」
を一発変換するぞ.
471日本@名無史さん:03/04/02 10:44
変換の話とズレるけど、外字がなくて困ってる香具師にはこれいいぞ!
http://www.mojikyo.com/info/downloard.htm
472日本@名無史さん:03/04/03 02:09
天皇の祖先はゴロツキ。
473日本@名無史さん:03/04/04 00:47
中国の皇帝も、初代は「荒くれ者の親分って感じが多い。
474日本@名無史さん:03/04/04 22:43
神武は「はつくにしらすすめらみこと」ではない。
そんなことは記紀のどこにも書いていない。
475日本@名無史さん:03/04/04 23:18
こんな誤ったこと言う香具師のことさ
「日本書紀は十代崇神天皇を「初肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)」
と称えている。初めて国を統一した天皇という意味である。」
476日本@名無史さん:03/04/06 02:22
イハレヒコホホデミ
477日本@名無史さん:03/04/08 00:15
神武天皇の実在を証明してくれよ(W


478日本@名無史さん:03/04/08 00:27
>>477
古墳掘らせない宮内庁に文句言ってくれ。
479日本@名無史さん:03/04/08 00:33
>>477  478と同じだが
出土品発表の「検閲」もやってる宮内庁に言ってくれ。
480日本@名無史さん:03/04/08 10:58
分かった。津田左右吉が元凶。そうだろ?>1

最近になって津田史学を知った厨房だけど、これめちゃくちゃ酷いよ。
こんなのが戦後史学の元だなんて。本居宣長より退化してるかも。
481日本@名無史さん:03/04/08 11:15
>>480
「1」じゃないけど同感。
津田説は戦後「一人で戦った英雄」視され、戦後の史学はここから始まった。
ところが津田本人は「日本民族の精神」を研究するついでに、ちょっと古代史を舐めただけ。
一人歩きした「津田説」は検証されないまま、ついに古代史の「大前提たる定説」になってしまった。
482日本@名無史さん:03/04/08 12:15
>479
検閲ってマジ?
事実なら憲法違反で切り崩せるんじゃないか。
483日本@名無史さん:03/04/08 16:08
>>482
「官僚の天下り制度」みたいなもの。実態があるのに、切り崩せない。未発表御蔵入り品・論文多数。
484日本@名無史さん:03/04/08 16:15
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485日本@名無史さん:03/04/12 03:16
神武もイエスも実在を証明できない
486日本@名無史さん:03/04/12 13:15
目の前のハエや、空の浮かぶ雲の実在も、普通は証明できない。

問題は、実在したという「仮説」のほうが、より事象を合理的に説明できることだ。
487日本@名無史さん:03/04/12 13:22
古代史研究を無視した神武天皇に喝!
488朕が神武だが何か?:03/04/13 02:35
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489日本@名無史さん:03/04/13 14:42
崇神=神武天皇というのも今となっては電波だな。
ぜんぜん時代が会わないよね。
昔は古墳時代が下がっていたから成り立ったわけだが。
490日本@名無史さん:03/04/13 15:41
もともとそういうもんじゃないでしょう。
一人の人物が伝承されていく過程で二人にわかれたっていう話だから。

ホントかウソかはともかく。
491日本@名無史さん:03/04/13 17:21
>>490
津田は考えた。

「日本書紀に綏靖〜開化までの記事があまりにも少ないから(欠史八代)、実在しない天皇を
ゼロから造作(ぞうさく)した作り話だろう、つまり崇神がじっさいは初代だったのではないか、
おおっ、崇神=ハツクニシラスって書いてあるぞ、わぁ〜これぞ初代だ、初代だぁ〜!」

とこんなことを、皇国史観の日本で考えていたわけです。
492日本@名無史さん:03/04/17 13:07
そろそろ山崎渉?
493日本@名無史さん:03/04/17 20:22
津田史観はさすがに現代では信者も残っていまい
494日本@名無史さん:03/04/17 21:23
>>493
そういえる人は問題のない人。
津田の亡霊に憑かれている人、除霊する人は忙しい。
>>3>>10>>12>>16>>91>>152>>178>>251>>290>>316
495日本@名無史さん:03/04/19 20:06
神武景気
496日本@名無史さん:03/04/19 21:33
『百済倭』を出版した洪元卓・ソウル大経済学科教授

日本初の古代国家である大和王国は、4世紀後半の百済人たちが日本列島に渡って建国した国であり、
天皇族の根源は百済王族であるというのが核心だ。洪教授は「日本の15代王である応神天皇が
大和政権の実際の設立者であり、彼は百済王族の子孫と推定される」と主張する。
根拠は『日本書紀』と『古事記』、『三国史記』、『三国遺事』、中国の正史など文献記録と、考古学的遺物などだ。


しかし、経済学者が自分の専門分野の勉強には見向きもせず、他のことに気を取られているという嫌味を甘受しなければならなかった。
このため、2度目の本を出版した時は、あえて『交易と成長(Trade and Growth)』という英語の経済学書を一緒に出版した。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/04/18/20030418000033.html
497日本@名無史さん:03/04/19 23:14
>>496
韓国の国民感情に忠実な著作ですね。
どなたの血統も「世界の中心」に記述することが可能です。
498山崎渉:03/04/20 01:43
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
499日本@名無史さん:03/04/23 15:43
保守age
5001:03/04/23 15:52
自ら500ゲット!
しかし「ハツクニシラス」って神武紀と崇神紀じゃ全然字が違うぞ。
「始馭天下」と「御肇国」をフツー同じと考えるか?
同じ字が一つもないだろうが。
501日本@名無史さん:03/04/23 17:13
 文部省では、神武天皇聖蹟調査委員会を設け、筑波藤麿侯爵を会長に、
学界各方面の権威を網羅した委員により、古事記、日本書紀所載の聖蹟につき
調査を進め、この研究審議の結果、左記の十八ケ所を聖蹟と決定した。

 神武天皇聖蹟菟狹(うさ)推考地   大分県宇佐郡
 神武天皇聖蹟崗水門(をかのみなと)   福岡県遠賀郡蘆屋町
 神武天皇聖蹟埃宮(えのみや)・多祁理宮(たけりのみや)伝説地 広島県安芸郡府中町
 神武天皇聖蹟高嶋宮(たかしまのみや)伝説地  岡山児島郡甲浦村
 神武天皇聖蹟難波之碕(なにはのみさき)    大阪府大阪市
 神武天臭聖蹟盾津推考地   大阪府中河内郡孔舎衙村
 神武天皇聖蹟孔舎衛坂(くさゑのさか)伝説地 大阪府中河内郡孔舎衙村
 神武天皇聖蹟雄水門(をのみなと)伝説地   大阪府泉南郡樽井町、雄信達村
 神武天皇聖蹟男水門(をのみなと)伝説地  和歌山県和歌山市
 神武天皇聖蹟名草邑(なくさのむら)推考地  和歌山県海草郡、和歌山市
 神武天皇聖蹟狹野(さぬ)          和歌山県新宮市
 神武天皇聖蹟熊野神邑(くまぬのかみのむら)   和歌山県新宮市
 神武天皇聖蹟菟田穿邑(うだのうかちのむら)  奈良県宇陀郡宇賀志村
 神武天皇聖蹟菟田高倉山(うだのたかくらやま)伝説地 奈良県宇陀郡政始村、神戸村
 神武天皇聖蹟丹生川上(にぶのかはかみ)   奈良県吉野郡小川村
 神武天皇聖蹟鵄邑(とびのむら)    奈良県生駒郡
 神武天皇聖蹟磐余邑(いわれのむら)推考地 奈良県磯城郡桜井町、安倍村、香具山村
 神武天皇聖蹟鳥見山中霊畤(とみのやまのなかのまつりのには)伝説地 奈良県磯城郡城島村、桜井町
 神武天皇聖蹟狹井河之上(さゐがはのほとり)推考地 奈良県磯城郡三輪町、織田村
502津田左右吉の声(幻):03/04/23 17:39
>>500
学問的にはちょっと苦しかったなぁ〜。
「欠史八代・造作」とけなし倒して、
必死で皇国史観と戦ったので許してね。
帝国主義に学問が利用されようとしていたのを、
なんとか阻止するほうが大事。
細かい考察よりも焦眉の急は、
日本書紀=聖典、神話=全部史実とされないこと。
神武天皇の巨像が全国に乱立したら大変だ。
尋常小学校の二宮尊徳ぐらいでやめてほしい。
5031:03/04/23 18:08
>>502
>帝国主義に学問が利用されようとしていた
戦前の学会は比較的自由だった。
504津田左右吉の声(幻):03/04/23 19:00
>>503
つらかった!
http://www.google.com/search?q=不敬罪 津田左右吉&lh=ja
505日本@名無史さん:03/04/23 19:16
506bloom:03/04/23 19:17
507日本@名無史さん:03/04/25 02:36
だから日本書紀を聖典にし神話にしたのは津田だろ。
戦後は必死で天皇制擁護してたし。
神話はどうやって作られたか、どの程度史実が含まれているのか研究しないと
いけないのに、津田が神話を本当に神話にしてしまったから研究できない。
津田だけの責任じゃなくて、その説に乗っかった者全員の責任だが。
508日本@名無史さん:03/04/25 02:51
>>507
賛成!
5091:03/04/28 21:29
その通り。
しかし元々「神話」とされてきた部分を「神話」と言ったからといって大勢に影響はない。
問題は「歴史」とされてきた部分をも否定したこと。
民族の歴史を伝承してきた人々も、記録した人々も、全て否定したこと。
それにより、過去との絆を切ることを何とも思わない悪弊の先鞭を付けたこと。
510ふじわらふひと:03/04/28 21:58
>>502
>日本書紀=聖典、神話=全部史実とされないこと。
 これは、そんじょそこらの学者じゃ無駄無駄..
 そういう方向性だから、トンデモって揶揄される。

>神武天皇の巨像が全国に乱立したら大変だ。
 これは無いと思うぞ..皆自分の像を虎視眈々と狙うだろう。
 あいつができるんだろ..だったら俺だって..
 そういう集団が日本人のパワーの源なんです。

 あまりにえげつないことも多かったので過去仲裁が定期的に、
 何度か行われたらしいのは
 歴史の節々に残っています。
 まぁ、否定論者ってことは、頭でっかちということで逆に
 ちやほやされてきた。それが今の現状でしょう。
511日本@名無史さん:03/04/29 07:22
>509
ある意味、史書の中では神話と歴史の区別なんてはっきりしてないって事だよね。
時代によって区切り位置が変わったり、最初が歴史で次に神話という順番になる
場合もあると。
ますます神話扱いできない。
512日本@名無史さん:03/04/30 00:03
>>483
御蔵入りってこれとか?
http://asyura.com/sora/bd/msg/123.html
みずぽの地下に今でもあるのだろうか…
513日本@名無史さん:03/04/30 19:53
>>512
それもだが、発表禁止の発掘品、寺社伝承品がいっぱいある。
514日本@名無史さん:03/04/30 20:07
神武って架空の人物でしょ?
515日本@名無史さん:03/04/30 20:10
>>512

秀真文字ね。
信じてないけど興味ある。
秀真伝もおそらく平安時代に書かれたものだろうけど興味ある。

宮内庁が門外不出にしてるのは、デンパが広まるのを恐れてか?
それとも他に理由があるのか?
516日本@名無史さん:03/04/30 21:13
>>515
私も知りたい。
遺跡を発掘した人たちや、関係したた郷土史家や寺社関係者が、
「なぜあんなすごいものが出たのに発表禁止になるんだ!」とあちこちで怒っている。

秀真伝は一般論しか知らないけれども、改竄・再編集前のだったら、学界が騒ぐと思う。
秀真伝は該当スレがあるので、そちらが詳しいようだ。
517日本@名無史さん:03/04/30 21:22
宮内庁の係官とか、まるで漫画の設定のようだ…
デンパだろうがなんだろうが、検閲する権限なぞ持ってないはずだ。

この手の御蔵入り品の親玉が三種の神器だと言えるだろうか。
518日本@名無史さん:03/04/30 22:11
宮内庁にはGHQの肝いりで入ったクリスチャンが多いから、
文化財を「隠している」のではなく「破壊されている」可能性もあると思う。

519日本@名無史さん:03/05/03 14:58
妄想はたいがいにせい
520日本@名無史さん:03/05/03 15:28
「妄想たいがい」おじさんは真相を知らない。
全国の地元出身の神職にきいてみそ。
521忍者部隊:03/05/03 18:30
神武はイワレヒコのこと。朝鮮では仇台ともいわれる。
すなわち、満州からやって来た扶余族の王であり、朝鮮半島に帯方郡を建て、余勢を駆って九州に上陸し今の福岡県に「伊都国」を建てた。

したがって、朝鮮半島も九州も、侵略者(神武)によってその基礎が創られたともいえる。
帯方郡から百済が生まれ、伊都国が熊本の多婆羅国、西都原の安羅国と邪馬壹国連邦を形成していたことを考え合わせると、百済と邪馬壹国が、神武の息子たちとして兄弟国となっていたことがわかる。
これが「白村江の戦い」の背景だったのである。

http://highway.gaiax.com/home/solomon


522 :03/05/03 19:22
伊都国は三国志で戸数1千戸(あまりに小さすぎて1万戸とも
されるが)の小国だぞ。
名目的国王として玄関口としての役目を果たしている。
どうしてそれが神武天皇なんだ?

風土記みても天皇に隷属する形ではないか。

おまけに伊都国最後の国王と目される古墳は生前前に
すべての鏡が割られて埋葬されている。
失脚したと見るのが自然だろう。
523日本@名無史さん:03/05/03 19:25
>>522
当時の中国の洛陽ですら数万戸の時代だぞ。どこが小さいんだ?

現代のように数十万〜百万人いる時代と比べてはいけない
524 :03/05/03 19:29
>>523
三国志読んでいる?
倭国のそれぞれの国と比較して見れば?
ちなみに邪馬台国が7万余戸、投馬国5万余戸etcだよ。
525 :03/05/03 19:30
>>523
倭国以外に半島とも比較すればよく分かるよ。
526 :03/05/03 19:36
527日本@名無史さん:03/05/03 19:46
『伊都国はイワレヒコ(神武)の故地である』と「桓檀古記』に明言されている。
528 :03/05/03 19:47
>>527
「桓檀古記」なんか出したら誰も相手にされませんよ。
529 :03/05/03 19:48
半島の民族主義者が書いた有名な偽書だよ
530日本@名無史さん:03/05/03 19:49
桓檀古記って
531 :03/05/03 19:52
韓国の学者でさえ否定している。あたりまえだが
http://honyaku.naver.co.jp/ktj.cgi?css_url=http://www.chrinet.com/html/dangun/gyuweonsahwa%26hwandangogi.htm

同じものが「東アジアの古代文化」1990冬・62号に書いてある。
532 :03/05/03 19:56
1979年に世に出た偽書だよ。
533 :03/05/03 20:27
なんかどのスレッド見ても在日ばかり書き込んでいるな。
ったく。
534日本@名無史さん:03/05/03 23:29
>532
書かれたのは明治時代あたりじゃない?

その桓檀古記も、>>512の秀真伝と同じようなお蔵入りの噂がある。
宮内省つーか朝鮮史編修会か。三国遺事の改竄説もある。
535日本@名無史さん:03/05/04 03:37
>>534
重症でつね(w

小笠原長武がホツマツタエを皇室に献上したんだから
それが破棄されてなけりゃ宮内庁にホツマモジが保管されてるのは事実。
他にも無価値でくだらないものは大量にあるだろうが、それが何か?
536日本@名無史さん:03/05/04 03:57
70年代の古代史学説が取り入れられてんだから
公表された1979年からそう遠くない時期に捏造されたのは明らか。
5371:03/05/05 18:28
「秀真伝」とか「上記」とか、日本にはデムパな偽書が群を抜いて多いのは確か。
一部の学者が記紀を無視する一方で、記紀を重視する側は記紀しか受け付けない人が少なくないし、
日本人は事実に耐えられない民族なのか?
538かおりん祭り:03/05/05 18:30
539日本@名無史さん:03/05/05 20:25
>>537
偽書が多いのはインドとかチベットだろうな。
欧米にも多いよ。

ついでに
「偽書」という観点から語る場合、
古事記と日本書紀をごっちゃにいうのはいただけない。
古事記偽書説はいまでもあるが日本書紀偽書説というのは今も昔も存在しない。(電波説のぞく)
それに「無視する」とか「受け付けない」とかいうけど
書かれている内容の史料としての信憑性の話と、偽書かどうかという問題は一応別。
偽書でも中身に応じてそれなりに尊重されている例はあるわけで。
ホツマは偽書だから相手にされてないんじゃなくて内容がでたらめだから。

どうでもいいけど、せっかくそこそこの良スレなんだから
わざわざキチガイを呼び込むようなその煽りの意図は?
自分が立てたスレだろ?
540日本@名無史さん:03/05/06 02:38
上記で言うと内閣文庫に入ってるのも大分県図書館のも
まともに解読した研究者なんかいない
そういう意味ではこれを偽書と決め付けるのは尚早だ

明治10年頃吉良義風の「上記ショウ(金+才)訳」というのが出て
これを素に宮下文書と竹内文書が作られ、
更にそれから九鬼文書が作られたことを藤野七穂が書いてる

竹内文書は竹内巨麿の伝記には存在の片鱗も出てこなくて
酒井勝軍が竹内家に出入りするようになってから続々と発見された
541539:03/05/06 03:33
それはそのとおりだけど
・・・だから偽書ネタでageるなよっつの
542日本@名無史さん:03/05/06 11:23
偽書批判で内容を論じたものは目立たないのう。
あってもあら捜し。史料批判とはいえない。
あらなら日本書紀その他にもいくらでもある。
日本書紀はなぜか好意的な解釈でフォローが入るが。なぜだろう。
543日本@名無史さん:03/05/08 22:00
↑典型的デムパの言い草の一例
544日本@名無史さん:03/05/14 00:21
中国の世界的な歴史学者、馬明達老師による
歴史上、日本、中国、朝鮮、刀剣武芸交流考を
紹介してますのでご利用下さい。
http://www.ne.jp/asahi/tfz/tys/index.html
歴代日中剣道連盟編の部へリンクして下さい。
545日本@名無史さん:03/05/20 01:06
32 :日本@名無史さん :02/10/02 21:06
2600年前はね、縄文時代なの わかる

弥生時代ですた。

【歴史】稲作の伝来、定説より500年早いことが判明した
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1053345804/l50
546日本@名無史さん:03/05/20 01:19
 水田稲作の伝来は、この土器が使われた時代より少し前とみられ、
同博物館は稲作が伝来し弥生早期が始まった実年代を紀元前10世紀と判定。
前期の始まりを定説より500年、稲作定着の中期の始まりも200年さかのぼると結論した。
後期以降は変わらないという。
547山崎渉:03/05/22 02:56
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
548日本@名無史さん:03/05/22 05:14
やはり、神武の存在に無理がなくなってきたようね。
549日本@名無史さん:03/05/22 05:21
>>545
大イニワラタ

でも縄文のままだったとしても、最近の認識だと、
定住して農耕もあり階層分化もすすんでたわけだから
すでに王朝があってもとくに問題ないみたいだけど。
550日本@名無史さん:03/05/22 10:33
>>549
2600年前なら、菜畑遺跡があるけど....
551日本@名無史さん:03/05/23 21:56
>>546
「縄文稲作時代」となづけたほうがいいとおもうがの〜。
弥生式土器がなくちゃ、弥生時代といえないだろう。
552日本@名無史さん:03/05/23 22:14
縄文のない縄文式土器だって普通にあるから、別にいいんじゃない。
553日本@名無史さん:03/05/23 22:31
>>551
すでに発見されていた弥生式土器を再調査したら
「その弥生土器が」実はすごい古かったってのが判明したんだよ。
ソースよく読んでね。
554日本@名無史さん:03/05/24 02:00
ん?

昔は縄文式土器だったのに弥生早期という区分が現れていつまにか
弥生土器になってしまった土器が思ったより古かったでしょ。

で、弥生早期を認めない人にとっては今でも縄文晩期の土器、
つまり縄文土器なわけでぇ・・・・

ああ、ややこしい・・・・
555日本@名無史さん:03/05/25 04:05
>弥生早期を認めない人

そんな途方もない白痴は相手にする必要ない。
556日本@名無史さん:03/05/25 11:53
>>555 おバカですか?
557日本@名無史さん:03/05/25 16:28
お前がな。
558山崎渉:03/05/28 11:04
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
559日本@名無史さん:03/05/29 00:07
発表禁止の発掘品、寺社伝承品がいっぱいある
560日本@名無史さん:03/05/29 03:34
ないよ・・・。
561日本@名無史さん:03/05/30 10:53
>>559
詳しいことは言えないが、相当ある。
562日本@名無史さん:03/05/30 11:05
ありまくり。
金や地位のために良心を売ってるやつが多すぎ。
563日本@名無史さん:03/05/30 12:34
喝!
564日本@名無史さん:03/05/30 13:04
>>562
その金や地位も大それたもんじゃなく
生活に直結という程度のみみっちさなんだな。
565日本@名無史さん:03/05/30 21:40
神武天皇はやまたのおろちだった。
566日本@名無史さん:03/06/04 19:35
まあ年代のはっきりしてる雄略天皇あたりから遡っていくと、
神武天皇の年代が3世紀より古くなるのは相当無理がある(在位年数が極端に長くなったり)
わけで、
弥生時代の始まりが早くなることと神武天皇の実在とは直接関係は無いと言える。

>>539
遅レスでスマソ。
漏れが言いたかったのは、記紀軽視も記紀のみ重視も学究的態度ではない、
国内史料も国外史料も曇りのない目で見ることが、ひょっとして日本人は苦手なんじゃないか、ということ。

実際、古代史でも現代史でも、史実よりイデオロギーが先行しているのが日本の現状なんだよな。
567在日日本人と在日朝鮮人は見分けがつかない混血:03/06/04 22:03
ぼくらも天皇も、韓国や北朝鮮の人とはみんな混血なんだ、
素晴らしいことじゃないか。
http://www.nwj.ne.jp/public/toppage/20020320articles/ja_nih.html
http://www.jtu-net.or.jp/library/zissen/kk/kk08/kk8001_2.htm
http://www.angelfire.com/journal2/esashi/ir12.htm
初めて渡来人がやって来たのは紀元前300年ごろのことだ。
日本人の3分の1から半分が、朝鮮人と血縁関係にあると指摘する学者もいる。
現在の埼玉県南部、今も若光の直系の子孫が神主をしている。
このように朝鮮人が建てた神社は、今も日本全国に数多くある。
日本の明仁天皇が昨年12月の68歳の誕生日に、
「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、
韓国とのゆかりを感じています」という驚くべき発言をしたのだ、しかも突然に。
 皇室が韓国とのゆかりを公に認めたことは明治以降なかった。
だが、W杯を控えたこの時期に天皇が発言したことは偶然ではない。
過激な右翼的言動や、たとえば『新しい歴史教科書』を編纂したような考えをもつ人たちに
自制を促すための発言だった、と皇室事情に詳しい人物は言う。
 明仁天皇は、音楽、儒教、仏教という韓国が日本にもたらした三つの影響にも言及した。
その背景には、日本の植民地支配で韓国が受けた苦々しい記憶を和らげようという意図が感じられる。
 「会見でのご発言は、天皇ご自身のお考えをきちんと述べたものだと思う。
568日本@名無史さん:03/06/04 22:10
>>567
いいからチョンは帰れ。
厄介者。
569日本@名無史さん:03/06/05 04:45
>566
イデオロギーつーか猿山のボス猿争いとか…
570:03/06/09 20:37
新聞によると、濃尾地方の古墳時代の始まりが百年程古くなり、西暦80年頃になるそうだ。
(今度もC14法による測定の結果)
確かに廻間(はさま)遺跡の前方後方型墳丘墓は前方後方墳のプロトタイプと言われていたのは事実。
ただそれはあくまで前方後方墳の話で、神武天皇から始まる大和朝廷の歴史となると、
やはり(巨大)前方後円墳で見ていくのが妥当だろう。
571日本@名無史さん:03/06/10 02:46
【文化財】古墳時代100年早まる?・出土土器の炭化物分析で=名古屋大[030608]
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1055088399/l50

倭人必死だな
572日本@名無史さん:03/06/10 03:49
>>571
つーか、大陸はとっくにC14で年代測定やってたんだから
これでやっと整合性が出てきたわけで。
カボトがBC3000で板付がBC400じゃどう考えても
伝播のスピードが遅すぎるだろ。
弥生が早まりゃ古墳だって早まるさ。
今まで自然科学的な検査を拒否してきた考古学界が不思議。
573直リン:03/06/10 04:20
574日本@名無史さん:03/06/10 06:27
>572
だって考古学会なんて馬鹿の集まりだもん。
人間のクズだね。 文献学者マンセー(ぷ
575日本@名無史さん:03/06/10 06:37
雄略が5世紀後半として、神武の18世代目だから
1世代25年として、450年。神武は西暦前後ってとこか。
てことは、西暦80年は安寧・懿徳ごろ。帥升は孝昭w
576_:03/06/10 06:40
577日本@名無史さん:03/06/10 12:55
>>572
考古学会はチョンに洗脳させられてるからね。
578日本@名無史さん:03/06/10 23:17
>>572
縄文・弥生・古墳と・・・ 短期間で、堰を切るかのように年代が修正されてますな。

ある種の共謀があったとしか思えない。

579日本@名無史さん:03/06/10 23:33
>縄文

暦年校正をやりなおしただけ。

>弥生

要検討

>古墳

間違い
580:03/06/12 19:46
あくまで「濃尾地方の古墳時代」だからね。
纏向遺跡の年代が1世紀だとわかったわけじゃないから慎重に。
しかし庄内式や纏向式は調べないのか?
581日本@名無史さん:03/06/19 16:53
保守age
582日本@名無史さん:03/07/03 01:12
帥升は孝昭???
583日本@名無史さん:03/07/03 02:59
神武=孝霊とし、その即位年を「漢ノ霊帝光和中」A.D.178〜184あたりにもって
くると、倭国大乱とも重なるし、伊都や邪馬台=大和もからんで色々面白いんだが。
584日本@名無史さん:03/07/03 03:26
倭国大乱は武埴安彦(孝元皇子)の乱かな
585日本@名無史さん:03/07/03 06:07
武埴安彦の乱は御間城入彦の治世の話なのでもっと時代は下ると思われ。
ヒミコ死後の大彦命陣営 vs. 台与+御間城入彦陣営の後継争いの事かも。
586日本@名無史さん:03/07/03 09:45
「神武」 これの本当の事知ろうとすると不敬罪だ。紀元2663年で宜しい。

189条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、
遺棄し、又は領得した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
587日本@名無史さん:03/07/03 10:09
>>586

            /´      ̄`ヽ,
             / 〃  _,ァ---‐一ヘヽ
         i  /´       リ}
          |   〉.   -‐   '''ー {!
          |   |   ‐ー  くー |
           ヤヽリ ´゚  ,r "_,,>、 ゚'}
         ヽ_」     ト‐=‐ァ' ! <不敬罪なんてもうネーヨ、ヴァカ!
          ゝ i、   ` `二´' 丿
              r|、` '' ー--‐f´
          ノ     `'    、     
        /     ゝ ── '   ヽ
       /   ,ィ -っ、       ヽ
       |  / 、__ う 人  ・ ,.y  i
       |    /        ̄ |  |
       ヽ、__ノ         ノ  ノ
       |      x    9  /
        |    ヽ、_  _,ノ 彡イ
       |      (U)    | 
588日本@名無史さん:03/07/03 10:13
188条 神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をし
た者は、6月以下の懲役若しくは禁錮又は10万円以下の罰金に処する
589日本@名無史さん:03/07/03 10:18
↑そりゃただの墓泥棒だ罠。アタマワルーイ!
590日本@名無史さん:03/07/03 10:31
神武天皇=カムヤマトイワレビコノスメラミコトは、伊都国の出身で、
海の向こうから来たその母親、玉依姫=霊依日女=天照御神は朝鮮の
シャーマンでしょうね。カムヤマトイワレビコノスメラミコトはチョソ
二世で確定ですかねスグミダ(ワラ
591日本@名無史さん:03/07/03 18:57
無視されるのが一番つらいよね、うん。
わかるよ、その気持ち。
592日本@名無史さん:03/07/11 22:22
円周率=3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820974944
593日本@名無史さん:03/07/12 18:35
>>590
層化ですか?(笑
594:03/07/12 21:38
590〉〉
595:03/07/12 22:03
失敗

>>590

「海の向こう」じゃなくて海。海神の娘なんだから
596日本@名無史さん:03/07/12 22:48
神武なんかいねーよ、ばーか
597日本@名無史さん:03/07/12 23:09
>>592
円周率は3だよ
598日本@名無史さん:03/07/13 18:35
後ちょっとで600だ! ガンバレ!
599山崎 渉:03/07/15 11:40

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
600600Get!!!!!!!!!!!!!!!!!!:03/07/15 17:14
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601日本@名無史さん:03/07/15 17:16
神武天皇を無視しない日本古代史研究に退場を命じます
602日本@名無史さん:03/07/15 21:22
>>601
レッドカード!
603日本@名無史さん:03/07/20 19:52
age
604日本@名無史さん:03/07/21 12:40
昭和天皇を戦犯扱いした日本現代史研究にも喝!
605日本@名無史さん:03/07/27 04:02
応神っているの?
606日本@名無史さん:03/07/27 05:11
>>605
新宿のホストに応神ってヤシがいたよ
607日本@名無史さん:03/07/27 05:49
昭和天皇を戦犯扱いしない日本現代史研究にも喝!
6081:03/07/27 13:33
架空の天皇などいない!
609日本@名無史さん:03/07/29 20:37
つながらなかったけどどうしたの?
610日本@名無史さん:03/07/29 20:57
>>608
証明せよ
出来なければ
宗教板かオカルト板へ逝ってホザいてこい
611日本@名無史さん:03/07/29 21:01
大日本帝国に空前絶後の繁栄と版図をもたらせた大正聖帝を狂人扱いしたり無視する日本現代史研究に喝!
6121:03/07/29 21:09
>>610
では架空であることを証明せよ!
613直リン:03/07/29 21:11
614608:03/07/29 21:37
>>612
論を唱える者が先ずその根拠を示すべきだ
615610:03/07/29 21:43
>>614の名前欄は610に訂正
6161:03/07/31 22:49
>>614
最初のほうを見てチョ。
617山崎 渉:03/08/02 01:12
(^^)
618日本@名無史さん:03/08/05 23:34
        ,,,--─===─ヽ/へ
      /iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ
     iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶
    iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ
   iiiiiiiiiiiiiiiiii/             \iiiiiiiゞ
   iiiiiiiiiiii/                \iiヽ
  iiiiiiiiiiiiiii《    ━━━'/  ヽ━━━ ヽミヽ
 ...iiiiiiiiii彡/      __,.::  :: __  ヽiiiii|
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622日本@名無史さん:03/08/09 21:29
 初代神武から十四代仲哀までは百済の王である。
 十五代の応神は397年に半島から日本に渡り、九州で政権を確立。後に奈良に移動
した。この奈良は韓国語でナラ(国)を意味する。この百済系の王朝は十七代で断絶し、
高句麗系の反正が十八代の天皇となる。しかし新羅の意を受けた十九代允恭に滅ぼされ
る。
 これより時代の下った天智は亡命した高句麗人であり、天武は新羅の文武王である。
623metas:03/08/10 23:58
古代朝鮮語で国を意味する言葉は、実はnarakh(narah)という感じの発音。
つまり、それは日本に渡り、narakuという発音になった。
よって、朝鮮こそが「奈落」。奈落は実在したのだ。
624日本@名無史さん:03/08/12 20:26
>>623
禿藁!
625山崎 渉:03/08/15 12:55
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
626日本@名無史さん:03/08/17 01:16
縄文・弥生・古墳と・・・ 短期間で、堰を切るかのように年代が修正されてますな。

ある種の共謀があったとしか思えない。
627日本@名無史さん:03/08/17 01:50
そのうち神武天皇のミイラが発見されたりして
628日本@名無史さん:03/08/17 01:55
で、そのDNAから韓国人説が実証されたりして
629またDNAの話かぁ:03/08/17 02:17
こんな隣国の人たちは、まさか「DNA」が違うとでも言うのか?
小学校に戻るがよい。人種分類の時代たる19世紀はもう過ぎたのである。
奈良・Narrack・奈落。誠にどうでもよいのだ。こういう議論はまさしく「おナラ起源」と同然なのである。
630日本@名無史さん:03/08/17 02:22
そのうちコンクリート製の神武天皇陵が発見されたりして
631日本@名無史さん:03/08/17 07:03
額に「壇君」って書いたお札が貼られてたりして
6321:03/08/17 21:18
>>628
DNAの研究なんていろんな人がやってるよ。
そもそも大和朝廷成立以前に散々移住してきたり混血したりしてるのに、DNAなぞ何の意味がある? 
633 :03/08/20 17:17
>>622
>この奈良は韓国語でナラ(国)を意味する

この時点で電波。ナラは倭語。
634日本@名無史さん:03/08/20 17:48
>初代神武から十四代仲哀までは百済の王である。
の時点で電波なわけだが
635日本@名無史さん:03/08/20 17:59
「神武天皇を無視した日本古代史研究に喝! 」だって。

アホとしか言いようがない・・・・・・・・・・。
636日本@名無史さん:03/08/29 23:47
637 :03/08/30 05:38
>>635
神話を無視するのは早計だよ。
何しろお隣の韓国は国史に檀君神話を真面目に教えているんだから。

日本はまだましな方。
638日本@名無史さん:03/08/30 14:27
<天皇家の正当性のために>

推古大王の9年の辛酉の年(革命が起きやすいと言われた年回り)から、

1革命サイクルである1260年間さかのぼって、

紀元前660年を神武元年と創作した。
639日本@名無史さん:03/08/30 21:15
>>638
とりあえず>>87-88に反論してみて。
6401:03/09/02 18:56
>>638
> <天皇家の正当性のために>

そういう前提で考えるから、>>88>>130の指摘する神武起源創作説の矛盾に気付かないんだよ。

64188:03/09/02 22:23
あら?みんな漏れのこと覚えていてくてたの!うれしーね。
戦後すぐから70年代あたりまでは学界の左翼傾向な空気で津田左右吉その他がもてはやされてただけで
別に厳密な検証は一度もされてないんだよな。
で、普通の古代史マニアってのは市販のトンデモ本ばかり読んでるから
最近の学界の空気なんかわかってない。トンデモ本ってのはやっぱりマニアがライターやってるだけだから
学界の定説が10年遅れ20年遅れでくる。
2ちゃんでも天皇架空説とか王朝交代説とか騎馬民族征服説とかが
さも常識であるかのようにいってる奴は多いけど、ぜんぶドキュン。
あと学問板ならではの存在だが、厨房工房と同レベルの陰性ってのもウザイ奴がいて
自分はトンデモ本ライターより上だと思ってる。これも痛い。
642日本@名無史さん:03/09/02 23:03
私は豪族としての神武は存在したと思う。
稲作の開始による人口過多から人々を救うための東方移民の指導者。
10代目の指導者である崇神のときにクニの指導者として認知され、その家系の初代である神武を初代とする天皇家を作った。
中国の金は王朝成立後、氏族の初代からずっと皇帝号を追贈したが、神武はそれと同じだと思う。
643日本@名無史さん:03/09/03 00:39
>>641
覚えてたっていうか、かなり衝撃を受けたので>87-88
ただ、あまり知識がないせいで、検証や反論ができないのが辛いとこなんだが。

いちお極東の某スレにも紹介してみたが、あまり議論にはならなんだ。
644日本@名無史さん:03/09/03 00:41
639=643ね。
645641:03/09/03 01:13
>>643
あー、あのスレで紹介してくれたのはアンタか!ありがと。
議論にならなかったのは、あのスレには神武元年がシンイ説で作られたという通説すら
よくわかってない連中が多いからだろうけど、みてる奴はちゃんとみてるよ。だって衝撃的でしょ(w

あれ、もう少し補強すると日本書紀が編纂された奈良時代には
シンイ説が流行したり信じられていた形跡がまったくないんだよね。
そんなところでシンイ説もちだしても「ハァ?」だと思われ。
シンイ説の実体がそもそもよくわからん部分が多いし。
今の東洋占術みたいな理論だけど、今だって四柱推命の派閥があって
小さいことで「あっちのは間違ってる」なんて言い合ってるわけだ。
それなのに、もっとも根本的な起点を勝手に何百年もずらして
「シンイ説でござい」はいくらなんでも無理だ罠。
シンイ説によればAD184の次ぎの歴史の転回点はAD1540。
AD184の前の歴史の転回点はBC1137。BC660にはかすりもしない。
6461:03/09/04 21:17
もちろん仮説の段階で完璧である必要はないわけで、しんい説による推算説も意義のあることには違いない。
このスレで問題にしたいのは、それを「推算」と見るか「創作」と見るかということ。
神武紀元(「起源」は間違い。スマソ)BC660年は、まあ間違いなわけだが、それを「間違い」と見ずに「捏造」と見たところから、戦後の古代史学界の混乱が始まった。

>>642
むしろ不毛の地たる南九州から起死回生の打開策として東征を志したのでは?
647日本@名無史さん:03/09/05 00:55
>>647
>BC660年は、まあ間違いなわけだが、

根拠は?どうして間違いだとわかるんだ?「正しいか間違ってるかわからない」というべきじゃないのか?
6481:03/09/06 22:13
>>647
根拠は古代の天皇の長すぎる在位年数、言い換えれば在位年数を長くしなけりゃ初代に届かない不自然さだよ。
学問的には「間違いと見て差し支えない」というべきか知らんが。
649日本@名無史さん:03/09/06 23:09
そもそも神武天皇がいないって証拠はどこにあるんだ?
650>648:03/09/06 23:14
記紀で在位年数が異常に長い天皇なんてほかにもいるだろ。
なんでその中でわざわざ神武天皇を架空とする合理的理由を説明
してくれよ。
651 :03/09/07 07:04
いるって証拠も無いのも事実。
まあ、神話だからね。確実にいるという前提で話さない方がいいよ。
でもトンデモ説を垂れ流すのは勘弁。
6521:03/09/07 11:17
>>650
おいおいよく読んでくれたまえよ。
漏れは1だよ。神武天皇は実在した可能性が大きいという前提で研究すべきだと言ってるんだが。
それと紀年は別。
653日本@名無史さん:03/09/07 11:20
>>1
でも確かに王朝が九州から大和に進出したって説に、
神武の東征神話が絡んでるのも事実なんだよな?
654日本@名無史さん:03/09/08 15:11
隣の国では本気になって国の起源はB.C.2333年と教えているわけだし。

ちなみにCIAの国別情報ファイルでは日本の建国はB.C.660年と記載されている。

http://www.cia.gov/cia/publications/factbook/geos/ja.html


Independence:
660 BC (traditional founding by Emperor Jimmu)

National holiday:
Birthday of Emperor AKIHITO, 23 December (1933)

Constitution:
3 May 1947

Legal system:
modeled after European civil law system with English-American influence;
judicial review of legislative acts in the Supreme Court;
accepts compulsory ICJ jurisdiction with reservations

655645:03/09/09 04:00
>>652
そもそも>>1は「神武は実在だが、紀年は不自然だから延長されてるんだろう」という
昔からありがちな安易な実在説だろうと思う。漏れはそういう立場には疑問を感じる。

>>653
それは邪馬台国東遷説のことをいってるのかな?邪馬台国東遷説と神武伝承はほとんど関係ないと思うよ。
安本美典はじめ両者をこじつける説はよくあるけど学界では相手にされてないんじゃないかな。
別に学界が正しいとは限らないけど。九州という大雑把な範囲から関西にきたという以外、
「いつ・どこで・だれが・なにを・どのように」がまったく一致していないと思うのだが。

>>651
「いた可能性高い」「いなかった可能性高い」「いたかいなかったかわからない」
の3者はどれも学説の範囲内。
「絶対いた」「絶対いなかった」はどっちもトンデモ説。
6561:03/09/09 20:28

>>655
> >>652
> そもそも>>1は「神武は実在だが、紀年は不自然だから延長されてるんだろう」という
> 昔からありがちな安易な実在説だろうと思う。漏れはそういう立場には疑問を感じる。

じゃあ安易じゃない実在説ってどんなだよ。書紀の紀年をそのまま採用するのはかなり無理があるぞ。

> >>653
> それは邪馬台国東遷説のことをいってるのかな?邪馬台国東遷説と神武伝承はほとんど関係ないと思うよ。
> 安本美典はじめ両者をこじつける説はよくあるけど学界では相手にされてないんじゃないかな。
> 別に学界が正しいとは限らないけど。九州という大雑把な範囲から関西にきたという以外、
> 「いつ・どこで・だれが・なにを・どのように」がまったく一致していないと思うのだが。

安本説は、あくまで邪馬台国東遷が神武東征に「反映されているのではないか」というもの。
それに全く一致していないということはない。
「いつ」と「どのように」は中々むつかしいが、それ以外は、どこで「九州から近畿」誰が「九州の勢力が」何を「近畿への大移動を」と、大筋で一致していると見るべきではないか。


657日本@名無史さん:03/09/09 20:41



神武なんていなかったんだよ。


658日本@名無史さん:03/09/09 22:42


神武なんていない。磐余彦ならいたけど。


659日本@名無史さん:03/09/13 13:02
そもそも天皇家自体朝鮮から渡ってきたんじゃないの?
660日本@名無史さん:03/09/13 21:56
>>659
はあ?何いってんの?
君の自論をお聞かせください。小林の妄想小説抜きにして。
661日本@名無史さん:03/09/14 02:41
神武天皇のみならず、いわゆる欠史八代の天皇(大王)が架空である
という主張は、小林行雄などにより、古墳時代の開始が、4世紀初頭
頃に設定されたことによるところが大きいですね。
考古学的に存在しようがない、加えて、神武以外の事績が乏しい、神武
と崇神の名前が似てるなどにより、かつては定説化してました。

ですが、考古学の成果により、今やこの前提(もともといいかげんものなんですが)
は完全に崩れてしまったわけで、文献の方でもちゃんとした研究を行って頂きたい
のですが、これがなぜか進んでいませんね。

記紀研究が民俗学とかアッチの世界の行っちゃったのがまずかったんでしょう。
662>655:03/09/14 02:53
安本がキティガイ電波なのは確定だが、東遷と東征が
関係ないというのは苦しいね。寺沢その他もそういう
こと言っているけど、それは単なる政治的配慮だよ。
663日本@名無史さん:03/09/14 03:24
政治的配慮って・・・・やれやれ、また電波のヨカーン(涙
664記紀神話=道教?:03/09/14 05:00
誰か研究してないのか?

天武朝が記紀を作ったわけだよな
天武=道教マンセー
  天皇号=道教最高の宇宙神
  八色の姓制定=最高位は真人=道教の最高位
  天武の和風諡号=天渟中原瀛真人
  道教で海のかなたの神仙世界の最高位を意味

すると、記紀神話が道教に依存してないわけがないんだが、
誰か研究してないのか?
665日本@名無史さん:03/09/14 05:14
みんな間違えてるぞ、天皇はウリナラ起源です
666日本@名無史さん:03/09/14 17:14
>>665
違うよ。百済王と新羅王は倭が国起源です。
667>662:03/09/16 23:47
政治的配慮って何?
668日本@名無史さん:03/09/17 01:27
道教は関係なさそうだな。
和風諡号や真人姓は天武の個人的な趣味がでたとも解釈可能だが
記紀神話や天皇号は個人的な道教趣味で説明は不可能だろう。
669日本@名無史さん:03/09/17 11:21
2倍暦って本当かな?
160歳代が80歳代だとすると、他の神代の大王はみんな20歳代で死んでいる。
あまりにも不自然。

2倍暦って2chだけの嘘じゃないのか?
根拠となる著書名または論文名、著者名、出版社を教えてください。
670日本@名無史さん:03/09/17 12:52
アメリカCIAの資料だか何だかでは、
日本は紀元前6世紀建国って記載してるんだっけ?

ちなみに自称半万年の某小国については、1948年8月に日本から分離とかどうとか・・・(藁
671日本@名無史さん:03/09/17 14:32
>>242
これ私は納得しますね。証拠はないけどあり得る話。三国時代の
魏や晋でも曹操や司馬懿に武帝宣帝っておくってますからね。
春と秋で区切って半年=一年とするのは遊牧民に多い習慣で
倭でもこのように年を数えると『魏書』に書いてあるそうです。
確か井上光貞さんの『日本の歴史1 神話から歴史へ』あたりで
読んだような・・・
672日本@名無史さん:03/09/17 14:34
間違えた。>>642です。
673日本@名無史さん:03/09/18 21:05
2倍暦は完全にありえない。

1、
タケノウチノスクネは在官244年、半分でも122年。これは全くおかしい。

2、
日本書紀を見ると、年の前半の月と後半の月で、年が変わってない。

3、
古事記と日本書紀で没年が全然合わない古代大王(天皇)が多数。いいかげんだ
ということ。

674日本@名無史さん:03/09/18 21:06
4、
神武から推古までが約1252年。これが2倍暦として半分とすると、神武即位は
推古即位より626年前。つまり紀元前34年。
これは、百余国に別れ、楽浪郡に使いを送ってた頃(漢書地理誌)。東征と畿内
政権の時代ではない。
在位86年が不自然な仁徳天皇までが2倍暦としても、紀元前130年が神武即位。
東征と畿内政権の条件はさらにない。

5、
2倍暦の「魏書」の根拠は5世紀ころ加えられた補注の一行だけ。
そこには「其俗正歳四時を知らず,但春耕秋収を記して年紀となす」とある
普通の古代学者は、自然暦と解釈し、2倍年暦の根拠とはしていない。
根拠とするなら「4倍暦を知らずに2倍暦を行ってる」となってしまう。
魏に4倍暦などない。

6、
ちなみに2倍暦を唱えてる古田氏は、「白村江の戦い(相手)は倭国だった」「神武
天皇は博多弁をしゃべっていた」「日出ずる所の天子は九州にいた」等々新説を次々
と論じている。
http://plaza14.mbn.or.jp/~sinkodai/jfuruta/section/sec040.html
675日本@名無史さん:03/09/18 21:06
4、
神武から推古までが約1252年。これが2倍暦として半分とすると、神武即位は
推古即位より626年前。つまり紀元前34年。
これは、百余国に別れ、楽浪郡に使いを送ってた頃(漢書地理誌)。東征と畿内
政権の時代ではない。
在位86年が不自然な仁徳天皇までが2倍暦としても、紀元前130年が神武即位。
東征と畿内政権の条件はさらにない。

5、
2倍暦の「魏書」の根拠は5世紀ころ加えられた補注の一行だけ。
そこには「其俗正歳四時を知らず,但春耕秋収を記して年紀となす」とある
普通の古代学者は、自然暦と解釈し、2倍年暦の根拠とはしていない。
根拠とするなら「4倍暦を知らずに2倍暦を行ってる」となってしまう。
魏に4倍暦などない。

6、
ちなみに2倍暦を唱えてる古田氏は、「白村江の戦い(相手)は倭国だった」「神武
天皇は博多弁をしゃべっていた」「日出ずる所の天子は九州にいた」等々新説を次々
と論じている。
http://plaza14.mbn.or.jp/~sinkodai/jfuruta/section/sec040.html
676日本@名無史さん:03/09/18 21:19
>>673

>>タケノウチノスクネは在官244年、半分でも122年。これは全くおかしい。

同じ名前の人間が複数いたという可能性は?
というか、世襲の可能性があるのではないかと。
額田王についても、複数いたという説があったような。

>>日本書紀を見ると、年の前半の月と後半の月で、年が変わってない。

日本書紀に記されている日付は、月の前半、つまり1〜15日であることが多いそうです。

>>古事記と日本書紀で没年が全然合わない古代大王(天皇)が多数。
>>いいかげんだということ。

それと、2倍年暦とは関係ないでしょう。

677日本@名無史さん:03/09/18 21:25
>>675

「正歳四時」は、「4倍暦」という意味じゃありませんよ。

>>2倍暦を唱えてる古田氏

2倍年歴を唱えているのは、古田だけじゃありませんよ。
678日本@名無史さん:03/09/18 21:31
>>669

>>160歳代が80歳代だとすると、他の神代の大王はみんな20歳代で死んでいる。
>>あまりにも不自然。

いい加減なことを。
神武天皇は百二十七歳、孝昭天皇は百十四歳、考安天皇は百三十七歳、
孝霊天皇は百二十八歳、孝元天皇は百十六歳、開化下天皇は百十五歳、
崇神天皇は百六十八歳、垂仁天皇は百五十三歳、景行天皇は百四十三歳、
成務天皇は百七歳、神功皇后は百歳、応神天皇は百三十歳、仁徳天皇は百十歳、

679日本@名無史さん:03/09/18 21:34
>>88
>1、奈良時代の日本書紀編纂者が「讖緯説(の1320年周期説)によって神武
>即位年をきめた」ということはありえない。
辛酉革命できめました。60年の倍数。奈良時代以前から中国から伝わってた。
易姓革命も伝わってた。

>2、神武即位がもし讖緯説(の1320年周期説)によるのならばそれは天智朝を
>神武即位に次ぐ日本史の重要事件と認めることになるが、
>このような日本書紀の特色からはかなり不自然に思われる。
不自然でない。自然なこと。天武の目的は、自らの皇位天孫の正当化。
神武が天孫ということが必要であって、天智は別にあがめる必要がない。

>3、讖緯説は、当時の人にすればそれは現代人にとっての科学のようなもの
讖緯説の神秘な予言を最初に利用したのは、前漢を簒奪した王莽である。上円
下方の白石に〈安漢公裸,皇帝と為れ〉という符命が朱で書かれていたといい、
多くの瑞異、白い雉とか金匱図とか、吉讖が各地から奉られた。
一連の図讖が劉漢の命数の終りを告げ、代わるべき聖人の出現を予言したのである。
簒奪者の陰険な策動やどす黒い野心は、すべて神秘のベールにおおわれ、しくま
れた禅譲劇が天命の名のもとに行われた。王莽は予言に導かれ、聖なる託宣に
したがって帝位に登ったわけである。後漢の光武帝も讖緯説の異常な信者であった。

つまり、暦は、支配者の利用するもの。天文・暦は完全に政治の道具です。
680日本@名無史さん:03/09/18 21:42
>孝昭天皇は百十四歳、考安天皇は百三十七歳、
>孝霊天皇は百二十八歳、孝元天皇は百十六歳、
古事記だと、スイゼイ45歳。安寧49歳。イトク45歳
二倍暦なら20代。
この三人をぬかした理由は?
681日本@名無史さん:03/09/18 21:48
2倍年暦の名残は今も伝わってるよ
宮中行事や各地の神社の大祓が水無月の晦と師走の晦と年2回あるのが一番だな
年2回って行事は意外に多いしな
「盆と正月」も本当はどっちも正月だったんじゃないかと思うね

半年ほど前にこの板で紹介されていた日本書紀に現れる日付が
後世の造作が多い神武・崇神・神功紀を除いて崇峻紀までは
1〜15日に集中してるってのも1月の長さが半分だったことを伺わせる

俺が今考えてるのは漢書地理志だ
「倭人は歳時を以て来たり献見すと云う」
辞書を引くと歳時なんて単語はなく歳は年、時は四時すなわち春夏秋冬
すると歳時とは半年=倭人にとっての1年ではないのか?
682日本@名無史さん:03/09/18 21:55
>>680

単に長命な天皇をあげただけですが。

>>他の神代の大王は**みんな**20歳代

とかいてあるから、反例を示しただけです。
論理的に十分でしょ?
683日本@名無史さん:03/09/18 22:00
>同じ名前の人間が複数いたという可能性は?
>というか、世襲の可能性があるのではないかと。
その可能性は全くない。
孝元天皇の孫(古事記)または曾孫(日本書紀)で,景行朝初年、紀直の女
を母として紀国で生まれた。
古事記によれば成務、仲哀、応神、仁徳の大臣、
日本書紀では景行から仁徳朝の大臣をつとめたことになっている。
4倍年暦でないと説明できない。つまり2倍年暦は後知恵。

>日本書紀に記されている日付は、月の前半、つまり1〜15日であること
>が多いそうです。
2倍暦は、年に春と秋に2回年を数えるという説のはず。根拠にならない。
陰暦でも、太陽太陰暦でも、太陽暦でも一月は28〜31前後。
15日暦があったのなら、全世界の世界史の本を書き直すことになる世界的発見。
学会がほおっておくはずがない。

>「正歳四時」は、「4倍暦」という意味じゃありませんよ。
そのとおり。「但春耕秋収を記して年紀となす」が2倍年暦でないのと同じ。

>2倍年歴を唱えているのは、古田だけじゃありませんよ。
2倍暦を提案している学会提出論文か、いわゆる学術論文が載るレベルの
冊子に載ってる論文があったら、冊子名・学者・ナンバーを教えてください。
684日本@名無史さん:03/09/18 22:16
>>681
>盆と正月
盆は仏教行事。盂蘭盆会(ウラ「ボン」エ)はサンスクリット語。
仏教伝来は6世紀。

>大祓い
年2回は、律令で決められたもの。7世紀以後の話。
伊勢神宮は年6回。
一月が15日で、かつ半年で1年なら、4倍年暦。論理矛盾してる。

>1月の長さが半分だったことを伺わせる
世界史的にありえない。

>歳時
中国語で、年中行事のこと。つまり、1年間。

685日本@名無史さん:03/09/18 22:18
>>その可能性は全くない。

なぜ、断言できるのか良くわかりませんね。
後世同名の人間が混同される可能性を否定できないと思います。

>>15日暦があったのなら、全世界の世界史の本を書き直すことになる世界的発見。

それほど、大げさな話ではないと思いますが。
1年365日じゃない暦はマヤもそうだったらしいですし。

>>そのとおり。「但春耕秋収を記して年紀となす」が2倍年暦でないのと同じ。

その部分はあいまいでどうとでも意味がとれそうですな。

>>2倍暦を提案している学会提出論文か、いわゆる学術論文が載るレベルの
>>冊子に載ってる論文があったら、冊子名・学者・ナンバーを教えてください。

御自分でお調べください。


686日本@名無史さん:03/09/18 22:23
>>>他の神代の大王は**みんな**20歳代
「みんな」は言い過ぎだった。サンクス。
2〜4代目が古事記だと40代。
2倍年暦なら20代。
他の120歳代〜130歳代とは不自然に違う。
687日本@名無史さん:03/09/18 22:26
>>15日暦があったのなら、

さらに付け加えるなら、実際に2倍歴があったのではなく、人為的に
2倍にした可能性もありますよ。
讖緯説にあわせたとか、神功皇后を卑弥呼に否定するためにずらす必要が
あったかいろいろ考えられますし。
688日本@名無史さん:03/09/18 22:49
>>685
>なぜ、断言できるのか良くわかりませんね。
>後世同名の人間が混同される可能性を否定できないと思います。
神武の年齢は、記紀を信じることによってのみ成立するのに、
なぜ、生まれた年と勤めた天皇名まで書いてあるスクネだけが間違いなのか。

>1年365日じゃない暦はマヤもそうだったらしいですし。
マヤ暦は、スペインが来るまで260日暦と365日暦の組み合わせ。
宗教と太陽暦が結びついたもの。
前述したが、月15日で、かつ春と秋に年をとるなら4倍年暦。

>その部分はあいまいでどうとでも意味がとれそうですな。
ならば、2倍暦の唯一の文献的根拠は失われたということですね。

>御自分でお調べください
私の知ってる範囲では、神武の時代は2倍年暦だという責任ある論文
はないです。つまり、どこにも認定されてないと思われます。
689日本@名無史さん:03/09/18 22:55
>>687
人為的に年齢を決めたという点では同意見です。
天武・持統朝廷に何か目的があったのでしょう。

ただし、信頼できる根拠や論文等がない以上、2倍年暦については、
理解ができません。

あなたの言うように讖緯説に合わせたのかもしれませんね。

落ちます。
690日本@名無史さん:03/09/18 23:09
>>どこにも認定されてないと思われます。

認定って。(w
あなたが「認定」してくれないと「信頼すべき説」とみなされないんですか?
そりゃ困った。(w
あと、自分で調べる癖は付けたほうがいいですよ。
だれかさんの本や論文を鵜呑みにするのは危険です。
学問というのは「信者」がやるもんじゃない。
691日本@名無史さん:03/09/18 23:20
2倍年暦がでてくるといきなり電波くさくなるんだよなー
やれやれ。
しかも2倍年暦の支持者って粘着多そうだし、ここもいよいよ糞スレに…
692日本@名無史さん:03/09/18 23:49
古代日本には文字がなかったわけだから、2倍年暦があったかどうかは
否定も肯定もできない。

しかし、人為的に2倍にしたとするならば、讖緯説というのは動機として
ちょっと弱いような気がする。
神功皇后を卑弥呼の年代とあわせるために、年歴をずらしたというのは、
動機としてありそう。
だが、神武天皇まで2倍にしたというのはよくわからないな。
693日本@名無史さん:03/09/19 00:12
>>690
> あなたが「認定」してくれないと「信頼すべき説」とみなされないんですか?

横からレスしてスマンが、688は「責任ある論文がないから説として認定されるとは
言い難い」と言いたいんだと思うんだが。688が認定するとかは関係ないと思われ。
694日本@名無史さん:03/09/19 13:02
神武天皇?えらかうなったなコリアvから島流しに名った犯罪者風情が・・・・
695metas:03/09/19 21:04
>>694
コリア半島で島流しになるような犯罪者とは、前支配者。
つまり、反乱等で半島の支配権を失ったのかな。
6961:03/09/19 21:44
2倍年暦の話題はガイシュツです。
697日本@名無史さん:03/09/20 04:32
コリアって中国に半万年属国根性を叩き込まされた非情の国でしょ?
698日本@名無史さん:03/09/20 13:25
>>696 :1 :03/09/19 21:44
>2倍年暦の話題はガイシュツです。
結論は、「ありえない」です。

2倍年暦の作者の根拠
1、アイヌは2倍暦の可能性がある→何の証拠も出てません
2、南方に2倍暦の島がある→南の島に、百数十歳の墓が一つあるのが証拠だ
そうです。全く根拠にならない。
3、2倍年暦は南方から日本に来て中国に行った。竹の発音も同じ。
→竹は古代倭人にとって中国から来たもの。事実、竹が民間に広まったのは中世後半から
江戸時代初期。全く根拠にならない。
699日本@名無史さん:03/09/20 18:28
>>698
2倍年暦の話はよせ。電波が寄ってきてスレが荒れる。
700日本@名無史さん:03/09/20 21:52
700ゲト。

>>698
「ありえない」ことはないだろ、「百歳以上の天皇がゴロゴロ」「大祓いが年2回」という根拠もある。

701日本@名無史さん:03/09/20 22:05
神武天皇=徐福



終了!
702:03/09/20 23:32
>>701
徐福が大陸から来たという出自を隠して九州から来たと言ったわけは? 
703日本@名無史さん:03/09/21 07:49
>>702
そりゃ敵国だからでしょ。
704日本@名無史さん:03/09/21 12:54
>「百歳以上の天皇がゴロゴロ」「大祓いが年2回」という根拠もある。
根拠ではない。
百歳以上の天皇がいるのはおかしいという指摘に思いつきで反論したのが二倍年暦。
かつては、誰もそんなこと言ってなかった。皇国史観時代でさえ。
しかも、新しい文献が発見されたわけでもなんでもない。
タケノウチノスクネは295歳。いったい何倍暦なのか?
古事記では2〜4代の天皇は60歳にいってない。半分なら20代。前後と比べ異常。
つまり、後世の創作ということ。

「大祓い」は伊勢神宮では、年6回。すると6倍暦か?
6月の大祓いは、もともと夏を過ごしたお祓い。夏越しの祓いという。
平安京では朱雀門で行われた。中臣が言葉を述べる。しかも漢文で。
6、7世紀ごろ発祥と予測される。

2倍年暦の、責任ある論文が提示されてこないので、
トンデモ論だということで終了ですね。
705日本@名無史さん:03/09/21 17:58
>>704
皇国史観時代に2倍年暦が出てくるわけねーだろ!
706:03/09/21 18:27
>>704
20代で崩御した天皇が3代続いたことをもって不自然とするのはどうでしょうか。
ありえないことではないし、そもそも古事記自体、新しくはないが書紀とは「別の文献」と見做すべきでは?
とは言え、在位年数は2倍暦では到底説明できないのに、宝算だけ2倍暦で説明しようとするのは確かに無理があります。

まあ要するに在位年数が伸びた分だけ宝算も伸ばしたということでしょう。
率直に言って辻褄あわせですが、それを創作とするのはどうでしょうか。
707日本@名無史さん:03/09/21 21:43
>>706
704です。
>率直に言って辻褄あわせですが、
全く同意見です。

>それを創作とするのはどうでしょうか。
「つまり、後世の創作ということ」←これは、二倍年暦にかかる言葉です。
神武以来はいたかもしれないし、いなかったかもしれない。
ただ、二倍年暦で説明するのは、全く根拠がないということだけです。

古事記と日本書紀を別の文献とみなすのは賛成ですね。
ただ、共通点はともに、民衆の神話ではなく、天皇家のための神話ということ。

2倍年暦に無理があるという点が一致できたので、私はもう結構です。
スレ汚し失礼しました。
708:03/09/22 21:46
>>707
丁寧なレスどうもです。
7092倍年暦:03/09/29 03:02
過去ログに書きましたが、古気候学の山本武夫が
『年輪年代法で検出された古気候と、記紀の古気候記事が一致しない。
しかし、雄略以前を2倍年歴と仮定すると一致する』という論文を出しています。
1978刊行: 『気候と文明・気候と歴史』(気候と人間シリーズ)に収録。

朝倉書店『気候と文明』シリーズの監修者であり、古気候学の世界では認められた学者です。
歴史学でも、「いわゆる2倍年歴について」という論文があったはずです(今掲載誌確認できず)。

神武の時代が二倍年歴か?と言う問題と、
二倍年歴が実在したか?と言う問題は別なのに、意図的に混同しているようにしか見えません。
710日本@名無史さん:03/09/29 04:14
2倍年暦論は雄略とか継体あたりまでを想定してるのが多いようだが
崇峻まで2倍年暦だったと仮定すると
いわゆる宣化・安閑朝と欽明朝の並立説は成り立たなくなるな
単に欽明の成人を待つ中継ぎの天皇がいたというだけで
711日本@名無史さん:03/10/04 00:30
あげます
712日本@名無史さん:03/10/04 02:13
あげると電波がよってくるからあげなくていい
713:03/10/16 20:38
電波を恐れて学問の発展はない!
714日本@名無史さん:03/11/11 04:40
>>710
欽明の成人を待つ中継ぎの天皇はちゃんといましたよ。

山田天皇といいます。
715:03/11/11 17:57
記紀の記述では天皇ではない皇族が、風土記なんかで「天皇」と書かれている例は確かにあるけど、山田皇后は一体どの資料に「天皇」と書かれているんでつか?
716日本@名無史さん:03/12/04 03:38
2倍暦 and 2倍年暦
717日本@名無史さん:03/12/04 04:41
>>716
それ、どう違うんだ?
718日本@名無史さん:03/12/05 14:55
2倍暦は月とかも入ってるんだろう。
719日本@名無史さん:03/12/05 18:56
どっちにしろ電波
720日本@名無史さん:03/12/16 00:17
倭国王帥升等は神武以前、以後?
何天皇のことですか?
721日本@名無史さん:03/12/16 08:21
天皇じゃないだろ
「倭国王帥升等」の末尾の「等」は名前の一部じゃなくて複数の意味。
「倭国王帥升ら」。「お前ら」という時の「ら」だ。
王も主の誤写で「倭国王、名は帥升」ではなく「倭国の主帥、名は升」と解釈する説もあり。
「主帥」というのは王までいかない中小の豪族のこと。三国志東夷伝などの用語。
どっちにぢろ天皇ではなくて地方豪族だったと思われ。
722721:03/12/17 11:18
「倭国の主帥」じゃなくて「倭の国主帥」もしくは「倭の国の主帥」だった。すまそ。
723:03/12/17 18:28
神武以前。大和朝廷はまだない。
724日本@名無史さん:03/12/20 02:37
神武天皇が実在したなら、『後漢書』の東夷列伝
「建武中元二年 倭奴国奉貢朝賀 使人自称大夫 倭国之極南界也 光武賜以印綬」
の倭国之極南界とは南九州で倭奴国王とは
瓊瓊杵尊、日子穂穂手見命、鵜葺草葺不合命、神武天皇の誰かなのでは?
725:03/12/20 21:18
極南界とは奴国、今の博多湾のことで、倭国の範囲は半島南岸から北九州にかけて。
726日本@名無史さん:03/12/21 03:55
>>725
半島南岸から北九州ぐらいの小さな国で漢から金印貰えるの?
727:03/12/21 18:00
当時の「倭国」と言うのは国家じゃなくて地域、文化圏だが、国土の大きさはあまり関係がない。
今の日本だって国土は小さくても大国だろ?
邪馬台国時代の奴国は、小さいながらも2万余戸の人口を擁する、当時の東アジアとしては「大国」だった。
その200年前から豊かだったんだろう。

ちなみに倭国文化圏には出雲も入ってる。北九州より北だから。
728日本@名無史さん:03/12/22 01:25
>>727
出雲を含めても半島南岸から北九州で凡そ百余国もの国々があったとは思えないのですが、
729日本@名無史さん:03/12/23 01:01
金印は、中国にとって倭国全体の窓口と看做されたから。
別に奴国の小さな範囲だけで評価されたわけではない。
730日本@名無史さん:03/12/23 01:46
BC3世紀に弥生時代が始まったのなら倭国之極南界が北九州でも問題ないと思うが
弥生時代が500年遡ることが確実になったからには、
紀元前一世紀の倭国の極南界は南九州か(大和?)でないとおかしいのではないか?

ド素人の思いつきですが、
731日本@名無史さん:03/12/23 04:19
倭国の極南界つったら薩摩やね
732:03/12/23 21:00
天孫の南九州進出が3世紀。それ以前は独自の文化圏だった。
農耕で言えば、倭国文化圏が稲・粟・麦地帯、南九州は麦・粟地帯。
733日本@名無史さん:03/12/24 02:20
>>732
なぜ3世紀?
1世紀じゃだめなの
734日本@名無史さん:03/12/24 10:44
極南界というのは奴国から先の国はすべて奴国より東にあたるということで
魏志倭人伝の諸国経路を単純にならべると奴国は不弥国とともに一番南に位置するという意味。
(後漢書の編者による魏志の解釈)
そっから更に南は実際に倭ではなかった、などと四角四面に受け取る必要はないでしょう。
735日本@名無史さん:03/12/26 04:03
栗原薫氏の「日本上代の実年代」の評価はどのようなものでしょうか?

ttp://www.geocities.jp/mb1527/N1-02nendaisuitei.htm からの引用

1)允恭天皇の没年までに通常紀年と半年一年紀年が国内に存在し、
  それぞれ干支で持って記載された資料があった。
2)日本書紀はそれぞれの干支から推定される年代を矛盾があるまま記載した。
3)通常紀年による年代と半年一年紀年による干支を区別せずそのまま記載した。
4)通常紀年と半年一年紀年の間に16年のずれがあり、
  半年一年紀年は通常紀年より16年さかのぼっている。
5)崇神天皇から仲哀天皇までは古事記または日本書紀の寿命から
  百を引いた数字を在位年数とすると、古事記の崩年干支及び、
  住吉大社神代記に伝えられている垂仁天皇の没年干支(辛未)と一致する。
6)通常紀年と半年一年紀年の双方を使うことにより
  古事記と日本書紀の宝算のずれが説明できる。

 これによると、開化天皇以降の各天皇の没年は次のようになる。

右から崩年 修正干支 書紀干支 記干支
9 開化天皇 245 庚午 癸未
10 崇神天皇 279 戊寅 辛卯 戊寅
11 垂仁天皇 307 辛未 庚午
12 景行天皇 325 戊申 庚午
13 成務天皇 328 乙卯 庚午 乙卯
14 仲哀天皇 331 壬戌 庚辰 壬戌
15 応神天皇 394 甲午 庚午 甲午
16 仁徳天皇 427 丁卯 己亥 丁卯
17 履中天皇 432 壬申 乙巳 壬申
18 反正天皇 437 丁丑 庚戌 丁丑
19 允恭天皇 459 己亥 癸巳 甲午 引用終わり

修正干支と古事記の干支の一致がすごい
736日本@名無史さん:03/12/26 23:43
あの本はいんちきだと思う。2倍暦説を採用した上で、干支も半年ごとにひとつ、
つまり1年に干支をふたつ割り振ってるが、通常年の前半か後半かを特定していないのだから
これは通常でいえば一年のズレに相当する。これで「干支が合致した」とか言われても・・・
737日本@名無史さん:03/12/27 02:01
ずっと倭国と日本国が争っていたんだよーん。
で、歴史上は日本国が政権をとっていた時の天皇が削除されているだけさ。
738日本@名無史さん:03/12/27 02:12
>>736
5)の方法による10崇神天皇(11垂仁天皇)13成務天皇14仲哀天皇
の完全一致は偶然とは思えないのですが?
739日本@名無史さん:03/12/27 02:36
歴代の中でたった3代しか合ってないわけだろ。ほとんどが合ってない理由はどう説明する?
740日本@名無史さん:03/12/27 04:16
住吉大社神代記を含めれば4代です
寿命から百を引いた数字を在位年数する単純な計算による修正で
分かっている四人全員の干支が合う確立はどのくらいかな?
少なくとも>>735の5)は正しいのでは?
741日本@名無史さん:03/12/27 04:51
4代にしろたった4代でそ

>寿命から百を引いた数字を在位年数する

その方法で歴代すべて合うの?
元の寿命を古事記か日本書紀か恣意的に選べるのもダメでしょう。
742日本@名無史さん:03/12/27 05:11
>>741
たった4代というか仲哀天皇以前全員というか・・・
恣意的に選んでいるんですか・・
それなら完璧にダメですね
743日本@名無史さん:03/12/27 22:15
各天皇について、
誕生年、即位年、退位年、没年
どれが記載されているのかちゃんと調べてますか?
これは基本だよ。
744:03/12/27 23:36
神武創業を1世紀とする説の問題点は、畿内は3世紀まで銅鐸文化圏であったが、記紀には銅鐸の記述が見られないこと。
文献と考古資料の都合のいいとこだけつないでも駄目。
745日本@名無史さん:03/12/28 01:17
神武天皇と銅鐸に何か関係があるというその根拠は?
746日本@名無史さん:03/12/28 01:27
>745
古田武彦説:神武説話はリアルであったとし、銅鐸圏の中心地たる神武の領有地から
銅鐸が廃棄されていき、時代とともに銅鐸圏はより薄いドーナツ様になっていくというもの。
747日本@名無史さん:03/12/28 16:15
なんだ、何かと思えば古田電波かよw
748日本@名無史さん:03/12/28 16:19
749日本@名無史さん:03/12/28 16:24
>747
逆。誰にも相手にされない電波たちが、古田を取り込もうと必死こいただけ。
ちゃんと見分けろよ。
750745:03/12/28 16:37
説そのものは同じだろ。
では、古田説だろうとその古田以外の電波だろうとかまわないが、
神武天皇と銅鐸に関係があるという746のその仮説はどういう根拠に基づくわけ?
746は根拠じゃなくて結論だろ
751日本@名無史さん:03/12/28 16:55
>750
銅鐸の時代別出土状況。
752日本@名無史さん:03/12/28 17:34
>>751
だからそれがなんで神武天皇と関係してるってことになるんだよ?
質問の意図わかってないのか?
753日本@名無史さん:03/12/28 18:00
>752
>質問の意図わかってないのか?

仮説自体を先に言わないで、根拠だけを説明して、その意味がわかると信じる君の判断力が、さっぱりわからないね。
古田説は本屋で売っているから、買うがいい。

754日本@名無史さん:03/12/28 18:19
仮説は746ですでに説明されてるじゃん。
議論する気がないなら邪魔だからこないでくれるかな。
755日本@名無史さん:03/12/28 19:03
おまえ、>747じゃないのか?
756日本@名無史さん:03/12/28 19:11
>「746は根拠じゃなくて結論だろ」

どちらも違うね。根拠も含んだ仮説の説明だ。
ドーナツ状というのは考古学的事実。
廃棄されたのも考古学的事実。
銅鐸圏の中心に領有地というのは考古学的事実+『古事記』や『日本書紀』

どうせ荒らしだろうから言っとくけど、
「さらにその証拠は?さらにその証拠は?さらにその証拠は?さらにその証拠は?」って訊くんだろ?
あるわけないよ、古代史に「今俺様の目の前で絶対的な証明してみやがれ」なんていう質問は無理。
757日本@名無史さん:03/12/28 19:26
だからさ。
その特定の考古学的事実がどうして神武天皇と直接に結びつくのか、
その説明が欠けているといってるんだよ。

>「さらにその証拠は?さらにその証拠は?さらにその証拠は?さらにその証拠は?」って訊くんだろ?

まだ一つも論証を展開してないうちから被害妄想もたいがいに。
758日本@名無史さん:03/12/28 19:37
>757

予言どおりだね>「さらにその証拠は?さらにその証拠は?さらにその証拠は?さらにその証拠は?」って訊くんだろ?
759日本@名無史さん:03/12/28 19:40
神武天皇と直接に結びつくのか神武天皇と直接に結びつくのか神武天皇と直接に結びつくのか
神武天皇と直接に結びつくのか神武天皇と直接に結びつくのか神武天皇と直接に結びつくのか

この答えが存在するはずだ、と信じる君の根拠は?
760日本@名無史さん:03/12/28 19:54
>757
神武天皇と直接結びつく考古学的事実を、銅鐸以外でいくつか挙げてくれ。
761日本@名無史さん:03/12/28 20:31

朝鮮族はモンゴロイドに属しており、形質的にはアルタイ系諸族とは
区別しにくい。世界諸民族の身長分布のうち、中頭大身長のうち大きい
ほうで、首が比較的細く、背側深層筋群が発達しており姿勢が正しい。
また下肢が長く身体各部の比率配分が、欧米人に比べて均衡がとれている。
頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い。顔はモンゴロイドの特徴で
ある広顔だが、長顔でもあり、頭腔容量も大きく脳重も重たいほうであると
いわれている。(日本大百科事典/小学館)

頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い
頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い
頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い
頭部は短頭で、長径の短い特異な短頭が多い
762日本@名無史さん:03/12/28 20:45
>>759
その根拠が存在するかどうか漏れは知らないよ。
だが、銅鐸と神武天皇を関係づけてるやつは、そいつなりの根拠に基づいてるんだろうよ。違うのか?

>>760
なんでそんなことを漏れにきくのか分からんな。
あくまで漏れの個人的な考えだが「神武天皇と直接結びつく考古学的事実」は今のところ未発見だと思うが。
ただし、ある考古学的事実を「これは神武天皇と関係がある」と論証するやつがいてもおかしくはない。

論証ぬきに考古学的事実だけを並べて「ほれ」といわれても、なんのことやら意味不明。
763日本@名無史さん:03/12/28 20:53
>762
おまえ>>745だろ。

「神武天皇と銅鐸に何か関係があるというその根拠は?」と訊いたね。

だから「神武天皇と直接結びつく考古学的事実を、銅鐸以外でいくつか挙げてくれ。」と訊いたのだ。

銅鐸だけには直接的証拠があるはずだ、と考えたんだろ?

764745=762:03/12/28 21:00
漏れは「神武天皇と銅鐸は関係ない」と思ってるよ。
ただし確信があるわけじゃない。どちらかといえば、関係ないんじゃないかなぁという程度。

なんで神武天皇と銅鐸の関係について根拠を聞いたら
「銅鐸だけには直接的証拠があるはずだ」になるんだ?話の筋がよくわからんが?
765日本@名無史さん:03/12/28 21:03
>764
「だからそれがなんで神武天皇と関係してるってことになるんだよ?
質問の意図わかってないのか?」
といったのち
「だからさ。
その特定の考古学的事実がどうして神武天皇と直接に結びつくのか、
その説明が欠けているといってるんだよ。」
っていったでしょ。
766日本@名無史さん:03/12/28 21:43
質問の意味がわかってないようだったから詳しく言い直したわけだが。

これが何かまずかったのか?
767:03/12/30 20:15
そもそも「何か関係がある」と「直接結びつく」では全然違う。
当時の金石文でも出ない限り、直接証明は不可能。
しかし状況証拠、間接的な証拠ならいくらでも挙げ得る。

初期大和朝廷で最も大切な祭器が銅鏡であることには異論はないと思うが、これは記紀を初めとする文献によっても裏付けられる。
直接神武帝と結びつけることはできないにしても、巨大前方後円墳から銅鏡の一種である三角縁神獣鏡が出土するという事実から、大和朝廷と銅鏡の関係は知られ、その初代である神武帝との関係も類推し得る。
また、日向三代と初期の天皇の陵は、「山の上」「丘の上」「坂の上」などに造られており、時代が下るにつれて平地に造られるようになって来るが、それは古墳全般の発展過程、すなわち考古学的事実と一致する。

銅鐸はそうではない。
768:03/12/31 00:56
それにしても>>745の質問は、「銅鐸と神武帝は関係がない」という>>744の漏れのレスを読み違えたものか?
769:03/12/31 01:08
ところで古田説は「大和朝廷と銅鐸は関係がない(大和朝廷の祭器ではない)」というものじゃないのか?
まあ「関係」は確かにあるわけだが。
770日本@名無史さん:04/01/01 19:38
>769
そのとおりでしょう。いわば「敵対関係」。
771あぼーん:あぼーん
あぼーん
772日本@名無史さん:04/01/06 18:32
age
773日本@名無史さん:04/01/06 23:09
ナガスネヒコって股下長そうでつね
774日本@名無史さん:04/01/08 16:39
昔は近畿が銅鐸文化圏で北九州が銅戈・銅鉾文化圏とされていたが
発見がすすみ、瀬戸内海には銅剣文化圏が設定されるようになった。
しかしこれもまた昔の話で、今ではさらに細かく複雑にわけられて、
さらにその範囲も東国に及んでいる。
単純に銅鐸vs銅鏡という二極構造な社会像は想定されていない。
7751:04/01/10 21:08
「銅鐸vs銅鏡」というのは、列島全体の状況じゃなくて近畿東海の話だろ。
776日本@名無史さん:04/01/10 22:39
神武東征以前には九州が銅鏡文化圏だったの?
7771:04/01/10 23:15
文化圏という呼称はないと思うが、弥生時代の中国鏡の98%は九州から出土する。畿内からは殆ど出ない。
古墳時代に入ると、それが逆転する。
778日本@名無史さん:04/01/11 19:25
九州のは漢式鏡とかじゃないの?同じ銅鏡だからって三角縁神獣鏡とごっちゃにしていいものか?
779日本@名無史さん:04/01/11 19:31
ウガヤフキアエズ王朝
780日本@名無史さん:04/01/11 19:38
神様とワニザメの息子って・・・
781日本@名無史さん:04/01/11 19:58
>>780は、朝鮮人は熊の子孫とか逝ってる馬鹿の同類。
神話に真顔でつっこむことがいかに恥ずかしいことか知らないようだな。
藻前は小学生か?
7821:04/01/12 10:48
>>778
だから中国鏡、つまり漢式鏡の話だって。
783日本@名無史さん:04/01/14 00:03

漢式鏡ってのは単に中国鏡という意味ではなくて漢代の様式の鏡という意味ではないの?
三角縁神獣鏡は国産説と魏鏡説があるけど、漢代の鏡だという話はないよね。
7841:04/01/14 20:48
ああそうか、ちょっと混乱してた。
それじゃ同じ魏晋鏡について比較すると、邪馬台国の時代、九州28に対して近畿は4、古墳時代に入ると、近畿41に対して九州は27。
そもそも問題は鏡の産地や種類じゃなくて、鏡を重視する文化かどうかということ。
祭祀等に舶載鏡を使っていたのが、国産鏡を作って使うようになるのは極めて自然の流れであって、分けて考えるべきじゃなかろう。
785日本@名無史さん:04/01/18 04:54
銅鐸時代の日本と銅鏡時代の日本はちがうの?
銅鏡時代はいつまで?
7861:04/01/20 20:42
>>785
> 銅鐸時代の日本と銅鏡時代の日本はちがうの?
もちろん違う。
> 銅鏡時代はいつまで?
ある意味今でもそうだろ。
787日本@名無史さん:04/01/26 22:12
住吉大社神代記
788日本@名無史さん:04/02/03 15:11
銅鐸祭祀は物部系が行ったものと伝わる。
789日本@名無史さん:04/02/03 17:39
伝わってないよ
790日本@名無史さん:04/02/03 18:35
>>788
そういや、某マンガでも石上の巫女が銅鐸使ってたな
791日本@名無史さん:04/02/03 18:38
物部ってなんか出雲に近いにおいがするよな。
紀州(熊野を含む)にも物部系氏族がけっこう残ってて面白い。
792日本@名無史さん:04/02/03 20:02
物部って全国に多すぎるし、たんに「軍隊」の意味だから、
ほんとに全部が血縁の氏族だったとは思われない。
全国に配置された軍の部民を管轄してた人は
誰彼かまわずみんな物部氏と称されていたのでは。
793日本@名無史さん:04/02/07 10:16
物部敦子さん元気です
7941:04/02/07 20:27
物部の配下も物部を名乗ってたようだね。
795日本@名無史さん:04/02/12 15:35
ウガヤフキアエズ王朝って、実在したんですか?
いや、実在の可能性はあるんですか?
7961:04/02/13 21:12
その話題はこちらで

偽史について考える
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1064067254/l50
797日本@名無史さん:04/02/28 23:08
神武天皇をまともに研究しようとしない学者は、学者とは言えません。
結局戦後の記紀無視は、戦前の記紀盲信の裏返しで、全く同じ態度に過ぎません。


798日本@名無史さん:04/03/04 21:19
>>797
なくなウグイス平安京
799:04/03/08 19:04
進行が止まっているので、改めて神武紀元について考えてみたいと思います。
まず辛酉革命説による設定、という説は、以前にこのスレで否定されていますが、それだけでは、神武帝の即位が辛酉年になっている事実が説明できません。
「本当に辛酉年だった」という立場もありますが、偶然にしてはできすぎです。
そもそも辛酉革命説の否定は、書紀編纂時に設定したという説が否定されただけで、それ以前の段階で辛酉革命説によって設定され、それが伝承化したことまで否定するものではないわけです。

それにしてもBC660年というのは考えてみるとすごい数字だな。お釈迦様や孔子よりも前か。
800日本@名無史さん:04/03/08 19:05
800ゲト
801日本@名無史さん:04/03/08 19:17
こういう問題に精通していて、閉ざされた闇に真っ向からぶつかり
光を見出そうとする香具師に、心から尊敬する。
漏れは神武天皇を中心とした日本古代史研究にはすごく興味はあるんですが、
あまりに無知で知識が足りないため黙って勉強させてもらってます。ありがとう
802日本@名無史さん:04/03/27 02:54
銅鐸圏の中心に領有地というのは考古学的事実+『古事記』や『日本書紀』
803日本@名無史さん:04/03/30 21:34
産経新聞朝刊に、作家の八木荘司氏が「蘇る民族の歴史・第一章神武の復活」連載中。
804日本@名無史さん:04/03/30 23:25
ギネスブックに認定

されてるから本当
805日本@名無史さん:04/04/05 02:05
大和に狗奴国があって邪馬台国は出雲
国譲りで改名して狗奴国→大和国
8061:04/04/06 01:27
出雲に邪馬台国を連想させる地名が残ってるか?
807日本@名無史さん:04/04/08 02:26
>>805
ヤマタのオロチ=邪馬台国のオロチ
オロチのヤマタ国→スサノヲの邪馬台国(AC100年ごろ)
8081:04/04/08 20:00
そういう判じ物みたいなのは駄目。
809日本@名無史さん:04/04/22 23:21
今の古代研究はクソです

810日本@名無史さん:04/04/29 00:50
なにがどうクソなのか言わないと・・・
811日本@名無史さん:04/05/01 16:13
綏靖天皇はどんな人ですか?
812日本@名無史さん:04/05/01 22:45
神武天皇実在説は根拠のないことではないのだが、
それを邪馬台国や卑弥呼や銅鐸等々と結びつけて考えようとするから怪しくなる。
記紀にはそんことは書かれていない。
文献から出発し、次にそれを裏付ける考古学的な検証ということになるわけだが。
しかし、次々に考古学的通説が覆ってきているのだから、それも傍証程度にはなる、
と距離を置かなければ迷路か妄信に嵌って身動きが取れなくなる。
素人玄人問わず、その手の妄信か迷路に嵌ったのばかりだし。
少なくとも「日本書紀の謎を解く」で森博達氏が書かれたレベルくらいのものが出ないと、
なかなか先へはいけない。
イデオロギーとかトンデモとか抜きの、本当に実証的な書物があったら、
誰か教えてくれないか。学術書であれば大いに結構。大手書店へいっても、取りよせるにしても、
お勧めを請う。ちまたに出回ってるのは目を通しているからいらないよ。

813日本@名無史さん:04/05/01 23:37
日本各地に残る神武伝説は何を
物語っているのだろうか?
一度調査すべきではないだろうか。
814日本@名無史さん:04/05/02 14:39
>>812
たしかに市販の通俗古代史本はろくなものがないな。
815日本@名無史さん:04/05/02 20:26
>>812
安本美典は?
816日本@名無史さん:04/05/02 23:26
安本美典は毀誉褒貶がはげしい。いいとこわるいとこ半々。
817:04/05/06 21:47
なんだかんだ言っても一番信用できると思うぞ、安本は。他のに比べたらだが。
818日本@名無史さん:04/05/07 10:57
こころ紀行・紀伊山地の霊場と参詣道:
東征軍団導いた大河 (日曜くらぶ)

 地図だけでは、熊野川の雄大さはわからない。

 流域面積約2360平方キロ。紀伊山地の雨を集めた流れは、熊野本宮大社(和歌
山県本宮町)を過ぎると穏やかな表情を見せ、川幅を800メートルから1キロにも
広げて、海に入る。岸の緑と河原の白の対比は、神秘と優美に満ち、建国神話の舞台
にふさわしい。

 その昔、南九州を支配していたイワレビコは「東によい国がある」と聞いて水軍を
率い、瀬戸内海経由で遠征の途についた。大阪湾からの直接侵攻は、大和の軍勢を率
いるナガスネビコの反撃で失敗。いったん紀伊半島をう回し、暴風や疫病に苦しめら
れながら熊野灘沿岸に再上陸する。

 「古事記」や「日本書紀」は、初代天皇とされる神武天皇の東征伝説をこう伝え
る。戦後史学では、創作として無視されてきた。

 だが、同志社大名誉教授の森浩一さんは「東征の物語がなければ、『記・紀』の構
成上では、大和での朝廷は生まれ得ない」(「日本神話の考古学」)とし、政治的・
軍事的にまとまった集団がよりよい生活を求めて海路移動した、という物語の骨格に
注目する。
819日本@名無史さん:04/05/07 10:58
 東征ルート上で、戦争に備えた弥生期の高地性集落が見つかっていることや、九州
と大和の地名の類似など、文化の移動を示すデータもある。黒潮に乗って日本列島を
北上した侵入者が、海の道の半ばに悠々たる大河を見つけて足を止め、その奥に理想
郷を求めたとしても不思議はない。

 記紀によると、改めて大和を目指したイワレビコの軍団は、熊野の山中に迷い込
む。

 熊野川上流は、谷瀬の吊(つ)り橋(奈良県十津川村)が掛かる十津川と、瀞八丁
(どろはっちょう)で知られる北山川に分かれ、支流が無数の谷を刻む。現代でも、
和歌山県新宮市と奈良県五條市を結ぶ国道168号は何度となく川を渡り、慣れない
観光客を戸惑わせる。

 ここで、神の使いとして登場するのが、ヤタガラスだ。「ヤタ」は古代の長さの単
位で、手の親指と中指を伸ばした幅の8倍、約1メートルに当たる。3本の足を持っ
た異形の大ガラスである。

 山に生きる人々にとって、カラスは撃ち落とした獲物のありかを知らせる狩りの仲
間だった。ヤタガラスはのちの豪族・賀茂氏の祖という。カラスを象徴とした熊野の
狩猟民が、大和侵入の先兵となった、と解釈すべきなのだろう。

 熊野の神鳥とされたカラスは、意外なところにも登場する。日本サッカー協会やナ
ショナルチームのシンボルマークも、3本目の足でボールを操るヤタガラスだ。日本
サッカーの父といわれる和歌山県那智勝浦町出身の中村覚之助にちなみ、協会旗章に
制定されたのが起源という。

 熊野のカラスはいつの時代も、戦いの先頭で胸を張っている。【西木正】
820転載くん:04/05/07 10:59
ヤタガラスは、神武天皇の弓筈にとまった黄金の鳶と同じもので
「たけかもつぬみのみこと」という人間が変身して空を飛んだもの。
しかし、神霊の作用というのか精霊的なものというか、ともかく
あまり合理的に解釈しようとするのはどうかと思います。
ヤタは寸法八呎ではなくて、語義未詳。あまりに古い言葉はほとんど語義未詳です。
「いやたけ=弥武」の縮まったものかも知れませんが・・

それと古代中国には太陽の中に三本足の烏がいるという伝説があり、
これと混同されていますが、別にヤタガラスは三本足ではない。
しかし、太古はヤタガラスと元ネタは同じものだったのでしょう。

一説に、三本足というのは、もともとは鶏の足の指が三本であるということ、
これが注目されたのは、十二支の「酉」(御神酒の器=3本足の鼎)による。
また別の説に、太陽の中に住む烏の三本足とは、
太陽の三つの立ち位置(朝・昼・夕)を表わすとも。
しかしこれらの古代中国の神話は日輪の中の烏の存在を前提に、あとからできた理屈。
ご存じかと思いますが、現在ではカラスは熊野神社の神の使いとされていますね。
これもあとからできた話で、熊野のカラス信仰からヤタガラス神話ができたわけではない。
821日本@名無史さん:04/05/08 22:15
戦前から続く神武否定論というのは、皇国史観の裏返しとかということだけではなくて、
根本的にいえば、余りにも単純な思考力しか持ち合わせていない学者たちの話に過ぎない。
単純に言えば、年齢等荒唐無稽なことが多いから創作だという論だが、
本質的な問題を見抜けない者たちの否定論でしかない。
支配者の権威づけのための神話であれば、もともと天皇家は大和にいて、その地を治めていた、
という方が正当性があるにもかかわらず、
何故九州、それも半島に近くいわば当時の先進地域ともいえる北ではなくて、
僻地ともいえる南なのか、というもっとも根幹の核心についての
思考力が欠如していたとしかいいようがないものだ。
学閥だとかにとらわれず、もっと常識をもった研究者たちが増えてきてほしいものだ。
822日本@名無史さん:04/05/08 22:34
たしかにそのとおりだ。
歴史に見られる皇室と海洋民のつながりは
単にその時代だけのものではない、もっと古いものが
ある。
823日本@名無史さん:04/05/08 22:58
安本はもともと文章心理学者だからアウト
「○○○ではない」を「○○○(一部略)」なんて
引用の仕方を平気でする
824日本@名無史さん:04/05/08 22:59
各地の神武伝説といってもなぁ。
民間に伝承が残ってたんじゃなくて、作られた神武伝説から逆にこじつけられた
だけだからなぁ。
記紀って民間神話からできたわけじゃないし・・・。

常識を持てって言われてもなぁ。
考古学的根拠はゼロだし、聖徳太子も偽者で、
蘇我氏が天皇家だったらしいという、
記紀みたいな伝承それ自体がすさまじい嘘本だしなぁ。
825日本@名無史さん:04/05/08 23:11
>824

また素人が適当なことを

記紀の信憑性は考古学的発掘とともに
高まっているが。

記紀をウソ本として自己流解釈の
トンデモ説を出すのは
ひと昔前に流行ったことだが
826日本@名無史さん:04/05/08 23:20
ようはおまえが
民間に残っている神武伝説を一つも
知らないだけだろ。

知りもしないのに適当にあとからこじつけとか書くな
827日本@名無史さん:04/05/08 23:22
>>825
神武の考古学的根拠がでたのか!
ど素人さんよ、ぜひソースキボンヌ!
828日本@名無史さん:04/05/09 02:22
考古学的には神武伝承を否定する直接の証拠は一切でていませんな。

また、考古学は文献の記述を
直接証拠だてるようなことは主な任務としておりませんw
829日本@名無史さん:04/05/09 19:30
>>820
ヤタガラスは人名です。
古事記に子孫が記載されている、
830日本@名無史さん:04/05/10 00:03
>>820
蘇我馬子は馬って名前が入ってるから、馬の神話、信仰によって作られた。
っていうのはどう?
831:04/05/10 21:10
>>820
ヤタガラスと金鵄は別物だが、もともと人間だと言うのはその通り。
なお、ヤタガラスとは元来軍装の一種だったと言われている。

>>821
一方の問題として、国内伝承を重視する学者が、国外文献に拒否反応を示し、考古学の成果を恣意的に用いているという事実がある。
要するに邪馬台国と大和朝廷が大いに関係があるという可能性を頭から拒否しているので、一般の信用を得るに到っていない。
832日本@名無史さん:04/05/12 05:19
>国内伝承を重視する学者が、国外文献に拒否反応を示し、
>考古学の成果を恣意的に用いている

そんな事実はないだろ?具体的に誰のことよ?名前出せる?
833日本@名無史さん:04/05/14 06:04
>>1
神武が実在するなら
親の鵜葺草葺不合命
祖父の日子穂穂手見命
曽祖父の瓊瓊杵尊
曽曽祖父の天之忍穂耳命までは確実に実在するだろ

捏造する理由がない
捏造するなら神武と綏靖の間に10人でも20人でも入れられた
834:04/05/16 18:43
>>832
流石にあからさまに拒絶する学者はいないが、例えば皇學館大學の田中卓氏が、大和朝廷と邪馬台国の並立説を唱えているように、
魏志を日本史の一部としては用いない(別系統とする)学者は存在する。
また、考古学の成果を恣意的に用いているのは、邪馬台国畿内説の学者に顕著に見られる傾向。
高森明勅氏は、大陸からは一面も出土しない三角縁神獣鏡を舶載鏡としとし、魏志に記述のある絹が、奈良県内の三世紀以前の遺跡からは出土しない事実を無視している。
835日本@名無史さん:04/05/17 01:38
>皇學館大學の田中卓氏が、大和朝廷と邪馬台国の並立説

平野邦雄なんかもそうだったような。しかし、それは
九州邪馬台国よりも強大な大和朝廷の存在を想定すれば考古学的事実は説明がつく
というひとつの解釈体系、つまり学問上の一説としては許容の範囲だろう。
学説そのものを論理的に批判しないで考古学を恣意的に用いるなどというのは
誹謗といわれてもしかたないだろ。そんなことが許されるなら自説への批判は
みんな誹謗といってよいことになりかねない。

>魏志を日本史の一部としては用いない(別系統とする)学者は存在する。

べつにいいじゃん。そういう説があっても。漏れは邪馬台国=大和朝廷だと思うが。

>また、考古学の成果を恣意的に用いているのは、邪馬台国畿内説の学者に顕著に見られる傾向。

九州説のまちがいでしょ。

>高森明勅氏は、大陸からは一面も出土しない三角縁神獣鏡を舶載鏡としとし、
>魏志に記述のある絹が、奈良県内の三世紀以前の遺跡からは出土しない事実を無視している。

考古学は出てないものについては語る資格がない。絹の話は棚上げ。
しかし、三角縁神獣鏡を国産とする畿内説論者もいるし、
三角縁神獣鏡が国産か舶載かという議論は邪馬台国論争の決め手ではない。
それが決め手のようにいう畿内説論者を非難したいというのなら、それはそれで賛同するが、
国産だから九州説が正しいというわけでもない。漏れは国産だと思うがねー
836:04/05/17 17:59
>>835
> 三角縁神獣鏡が国産か舶載かという議論は邪馬台国論争の決め手ではない。
高森氏は決め手と言ってるわけね。
> それが決め手のようにいう畿内説論者を非難したいというのなら、それはそれで賛同するが、
ここで言っているのは高森氏のこと。歴史学者であって考古学者ではない。従って絹については言及すべき。
837日本@名無史さん:04/05/17 20:32
いろんな学者がいろんな説を主張してる分にはべつにいいんでないの?
十把ひとからげに意図的な歪曲をしてるかのようにいうのはいかがなものかね
838日本@名無史さん:04/05/19 21:53
諸君の地元にも民間の神武伝説が
あるだろ。
紹介してくれたまへ。
839:04/05/22 22:22
>>837
意図的とは一言も言ってない。
840日本@名無史さん:04/06/08 14:49
「欠史八代」という思い込みを絶叫した津田は、
皇国史観に冒された学会には良きカンフル剤だったろう。

だが「八代」を思いっきり「造作」しなかった理由を
考えようとはしなかったのは、オツム弱すぎ
   >津田説は神武の実在否定になっていない
841日本@名無史さん:04/06/08 18:50
奈良県の天理図書館に鎌倉時代に写された「神名帳」なる写本があるそうで、
いろいろ書き込みがしてあり、その中に「肥前国風土記」の部分がある。
現在残ってる風土記とは内容がことなるものらしいが、その頭注に「人皇二十代
欽明天皇の二十五年甲申冬十一月朔日云々・・」との書き込みがあり、
従来は二十九代の九の書き忘れであろうと読み流されてきた。

でも当時の人は真実を知っており、祟神天皇を初代とすればピッタリ二十代目が
欽明天皇。 
842日本@名無史さん:04/06/08 22:44
神武関連で重要なのは、南九州〜東九州の出とされること。
その地の先住民の血を色濃く引いていること。それが「海」と強く係わること。
そして、物部を倒して畿内を押えていることだろう。

古代、王家の嫁さんは原則として同族から、ということを考えると
天皇家の系図のある部分は、物部の王朝に見えてくる。
神武(が象徴する勢力)が実際に倒したのはこれではないか。
843日本@名無史さん:04/06/11 23:31
スレタイの面白さインパクトだけなら日本史板屈指な気がする
844日本@名無史さん:04/06/16 02:34
神武は天武をモデルに作られた架空の天皇。
これは史記において武帝をモデルに黄帝の神話がでっち上げられたことの真似。
845日本@名無史さん:04/06/16 02:37
いや、神武は実在する
846日本@名無史さん:04/06/16 02:49
みんなの心の中に……
847日本@名無史さん:04/06/16 18:16
檀君と違って日王神武はありえない記述が多すぎますよ
848日本@名無史さん:04/06/16 19:48
檀君って1900年生きたと言う熊神さまだろ。
849日本@名無史さん:04/06/16 20:28
神武天皇は建国神話の英雄にしてはトンデモ要素が少ない気がする
850日本@名無史さん:04/06/16 23:21
中国なんか、尭、舜、黄帝の実在まで言い出しているのに、
日本で神武の実在をいえないのはなぜ?
仮説さえも否定するような空気は異常。
851日本@名無史さん:04/06/17 00:22
>>850
単にチャンコロにトンデモが多いってだけだろ。
なんでチャンコロの真似をしないといけないんだ?
852日本@名無史さん:04/06/17 00:30
別に日本近辺だけじゃなくて建国神話はトンデモが多いでしょ
853日本@名無史さん:04/06/17 03:28
神武が作り話だったなら兄を戦闘で失い
大敗・退却して熊野から隠れるように襲う
なんて姑息なストーリー作る必要はない。

人徳に誰もがひれ伏して、たちまち王として
迎え入れられたと書けばよい。
854日本@名無史さん:04/06/17 03:41
>>853
兄と戦ってその息子を殺した天武天皇のトラウマの産物だね。

天武のトラウマを解消するために作られたのが神武天皇と聖徳太子
855日本@名無史さん:04/06/17 03:48
大海人皇子が天智天皇の暗殺を恐れて一時的に出家して吉野に隠棲、
天智の死後弘文天皇となった天智の息子の大友皇子を殺して天武天皇に即位した。

その史実を天武が美化して描いたのが
死んだ兄の敵を討つために熊野に隠れて時期をまった神武天皇と、
優秀な皇子だが天皇にはならず他の天皇に使えた聖徳太子。
856日本@名無史さん:04/06/17 03:56
天武天皇?
そんな近い時代に捏造したって当時の人間にすら信憑性ないだろう。
権威付けどころか権威を貶めるだけ。意味がない。

857日本@名無史さん:04/06/17 04:08
>>856
神武は近い時代じゃなくて大昔に捏造したわけだが?
聖徳太子の無茶苦茶な捏造っぷりに比べたら神武なんてたいしたこと無いよ。
858日本@名無史さん:04/06/17 04:12
>>855
天武以前に天皇なんてないんだから大友皇子が弘文天皇に即位したなんてことは無い。
実際日本書紀には大友皇子は即位したとも天皇とも描かれてないし。
大友皇子が天皇だなんて天武がそんなことを書かすわけが無い。
大友皇子が弘文天皇に叙されたのは更に後のこと。
859日本@名無史さん:04/06/17 04:17
>>855
聖徳太子がいつの時代の人間だと思ってるんだ?
聖徳太子に天武は関係ないよ。
まぁ天武の大友皇子殺しの隠蔽のために後に創作されたのだが。
860日本@名無史さん:04/06/17 10:05
創作なら、あそこまでしょぼくしなくてもいいのにな。
861日本@名無史さん:04/06/17 13:20
創作だの捏造だの逝ってる香具師は
具体的な根拠を示せよ
862日本@名無史さん:04/06/17 15:17
逆。具体的な根拠がないから、全部捏造なんだよ。
863日本@名無史さん:04/06/17 19:19
神武東征は具体的な地名や出来事も
書かれており、伝承としてはかなり具体性を有するものですが。
864日本@名無史さん:04/06/17 19:30
古代の記事が捏造だとする人の主張は
どのケースでも(神武天皇、聖徳太子)記事が編纂された時の権力者が自分の
都合に合わせて捏造したと主張しますが
ほんとに捏造したものが当時の人々を納得させられるのでしょうか。 またそのような一時の政治的価値しかない伝承が後世に受け継がれていくのでしょうか。
865日本@名無史さん:04/06/17 19:35
これはHAPPYレターですっ!!これを見たあなたは今から30分以内に
3つ以上コピって張って下さい。沢山張れば張るほどあなたに幸せが沢山、舞い込んできます。たとえば好きな人から告白されちゃったり、何かのクジなどで大当たりしたりします。幸せがもっともっとほしかったら
是非、是非、30分以内に沢山はってねっ☆
866日本@名無史さん:04/06/17 19:46
>>855
読み返して見ましたが
天武天皇はおのれのトラウマを解決するために
歴史を捏造したのですか?
ともに戦い仲間の危機を救うため
己を犠牲にした兄という話では
ますますトラウマがひどくなるのでは。
天武天皇は精神が錯乱していたのでしょうか?
私にはむしろ錯乱してるのは捏造論のほうに思えますが。て
867日本@名無史さん:04/06/17 20:01
>>862
そんな理屈は、通常の歴史学では採用されてませんが。









あ、ちまたの屯出藻本ではよく使われる論法でしたスマソ
868日本@名無史さん:04/06/17 20:10
ときに神武天皇ばかりか
聖徳太子まで捏造とぬかすアホは
新しくスレ立てて論を展開したまえ。
まあ、軽く論破しちゃるが。
869日本@名無史さん:04/06/17 21:29
>>851
トンデモじゃないですよ。
考古学的に古い時代のものは出ているし。
考古学に基礎を置いた説がトンデモというなら、
トロイだってトンデモです。
870日本@名無史さん:04/06/17 21:49
あほかw
トロイは考古学に基礎をおいてないから屯で藻なんだよ
871日本@名無史さん:04/06/18 00:30
聖徳太子のやったことって何?
日本書紀の記述はでたらめだし、法隆寺や四天王寺の遺物は捏造であることがバレてるし。
872日本@名無史さん:04/06/18 01:15
>>871
なんでここに粘着すんだよ?
聖徳太子スレやら飛鳥時代スレやらあるだろ
そっち逝けよ
873日本@名無史さん:04/06/18 02:13
聖徳太子のやったことって何?
日本書紀の記述はでたらめだし、日向や橿原神宮の遺物は捏造であることがバレてるし。
874日本@名無史さん:04/06/18 10:58
>>873
捏造? でまかせでないなら具体的に根拠をあげてください。初耳なので。
875日本@名無史さん:04/06/19 00:23
>>870
トロイアの発掘も否定ですか?
当然、夏王朝も否定と言うわけですね。
ここまで来ると、頑迷固陋というか、馬鹿に近いですね。
876日本@名無史さん:04/06/19 01:48
黄帝以前が架空なんだろ。
武帝⇒黄帝
天武天皇⇒神武天皇
と自分そっくりの最初の皇帝・天皇を捏造して自分は初代の後継者であると自己正当化してるわけだ。
877日本@名無史さん:04/06/19 01:49
>>874
そもそも日向にも橿原にも明確に神武天皇の遺物なんていえるものはまったく無いわけだが。
何かある?
878日本@名無史さん:04/06/19 01:51
>>876
武帝って漢の?
黄帝は古代斉王朝の土器に名前があったそうだし、
少なくとも、春秋戦国時代には知られていたと思い
ますがね。

879日本@名無史さん:04/06/19 01:52
神武=実在
太子=蘇我氏の誰か
880日本@名無史さん:04/06/19 01:57
>黄帝は古代斉王朝の土器に名前があったそうだし、

聞いたことがないなぁ。秦の始皇帝以前に帝って言葉が使われてたの?
881日本@名無史さん:04/06/19 02:45
>>875
> トロイアの発掘も否定ですか?

はぁ?なにをいいたいのか意味がわからん。これだから電波系は…

>当然、夏王朝も否定と言うわけですね。

否定はしない。現段階では「わからない」ということ。
トロヤもそういう都市があったというだけで
神話上のトロヤ戦争がそのまま史実だったということにはならない。

>>876
はぁ?なにをいいたいのか意味がわからん

>>877
>日向にも橿原にも明確に神武天皇の遺物なんていえるものはまったく無いわけだが。

だから?
遺物があるかないかということとそれが捏造かどうかは直結しないわけだが。

>>880
>秦の始皇帝以前に帝って言葉が使われてたの?

あほか。「帝」はもともと始皇帝以前からあった言葉。
882日本@名無史さん:04/06/19 03:46
>>881
>あほか。「帝」はもともと始皇帝以前からあった言葉。
例えば誰が帝と呼ばれてたの?出典は?
883日本@名無史さん:04/06/19 03:49
そもそも帝って漢字は「纏められた糸」を象った形意文字で、
それを最初に為政者の意味で使ったのが始皇帝だったはずだけど。
884日本@名無史さん:04/06/19 04:20
>>881
> >日向にも橿原にも明確に神武天皇の遺物なんていえるものはまったく無いわけだが。
>
> だから?
> 遺物があるかないかということとそれが捏造かどうかは直結しないわけだが。

日向にも橿原にも捏造された遺物や実在の証拠は山ほどあるぞ(プゲラ
885日本@名無史さん:04/06/19 08:14
>>883
「帝」を君号に使った例は秦始皇帝以前にもあるよ。ちなみに三皇五帝じゃなくて。
史記をふつうに読んでればわかるんだが…

それに「帝」の字は複数の縦線を縛り纏める指事文字。
系図の分かれ目の人物=始祖をさすのが原義。

>>884
キティはどっか逝けよ
886日本@名無史さん:04/06/19 08:27
始皇帝は初めて「皇帝」と名乗ったんだが。
887日本@名無史さん:04/06/19 08:33
>>881
>トロイは考古学に基礎をおいてないから屯で藻なんだよ
>神話上のトロヤ戦争がそのまま史実だったということにはならない。

トロヤ戦争がそのまま史実だったなんて誰も言ってないじゃないですか?
論理のすり替えですうよ。

>これだから電波系は…
888日本@名無史さん:04/06/19 08:39
>>881
尭、舜、黄帝が実在していたからといって、尭、舜、黄帝にまつわる伝説まで
事実だと言うことになりません。そんなことは当たり前です。
同じように、神武天皇や神功皇后にあたる人物が実際にいたとしても、
彼らにまつわる伝説がすべて事実と言うことになりません。
889日本@名無史さん:04/06/19 11:37
夏王朝については
・殷より前に何かしらの政治機構が存在しており、その遺跡が発見されたこと。
・周王朝の時代の人々は殷より前に王朝が存在していたと言うことを知っており、
「夏」と呼んでいたこと。
・夏の子孫が周の諸侯におり、杞国の王になったこと。

これらはおそらく事実であったろうと思われます。
その他の夏にまつわる伝説は、主に戦国時代に造作されたと考えられます。
史記に書かれている王統も事実かどうかあやしい。
890日本@名無史さん:04/06/19 13:23
>>888
三皇五帝というのは後世に整えられた神話で、
その中には実在したものもいたかも知れないし
実在しなかったものもいたかも知れない。

実在した場合にせよ実在しなかった場合にせよ
実在の実像と神話としての虚像にどれぐらいの
距離があるかは、それこそいろんなケースがありうるだろ
神武天皇や神功皇后にせよそれは同じ

漏れはやみくな実在否定説に反対してるだけだよ
891:04/06/19 23:53
神武天皇にしろ欠史八代にしろ、造作だとしたら余りに中途半端。チュートリアル。
チュート=中途(半端) リアル=写実的
892日本@名無史さん:04/06/20 01:34
>>885
>「帝」を君号に使った例は秦始皇帝以前にもあるよ。ちなみに三皇五帝じゃなくて。
>史記をふつうに読んでればわかるんだが…

そりゃ史記にはあるだろ、すでに帝の文字が定着した後に書かれたんだから。
金文や甲骨文といった史記以前の資料に無いって事。
斉から出土した黄帝の遺文のソースを知ってる人がいたら教えて。
893日本@名無史さん:04/06/20 01:36
>>891
中途半端だから実在するというのは論理的におかしいな。
894日本@名無史さん:04/06/20 01:46
>>892
なにをいってんのか意味がわからん
史記にでてくる「帝」がリアルタイムでは「帝」じゃなかったとでも?
じゃなんといってたんだ?繰り返すが漏れがいってるのは三皇五帝のことではないぞ

(関係ないけどついでにいうと契文には「帝」の字はあるぞw)
895日本@名無史さん:04/06/20 02:10
>>894
帝王とか皇帝とか為政者の意味で使われたことは無かったはずだが?
896日本@名無史さん:04/06/20 02:47
ありますよ
897日本@名無史さん:04/06/21 21:10
また、伝承を否定しようとする愚かものがいるようだが
伝承はそれ自体が歴史的資料であるぞ。
それを否定できる同レベル以上の歴史的資料でもあるのかね。

ちなみに考古学的にも橿原遺跡(縄文後期、晩期)
というのが発掘されてるんだがな。
898日本@名無史さん:04/06/21 21:13
橿原遺跡と神武や欠史八代を結びつける香具師ははじめて見たよ。
考古学レベルでそんなこと言うヤツ、誰もいない。
899日本@名無史さん:04/06/21 21:29
また素人が鎌かけてやがるな。
ほんとは橿原遺跡についてなんにも
知らないのがバレバレであるぞ。

恥をしりたまへ。
900日本@名無史さん:04/06/21 21:36
一、士道に背き間敷事
901日本@名無史さん:04/06/21 21:49
考古学の成果を文献の記述と関連づけるのは考古学者の仕事じゃないからな。
902日本@名無史さん:04/06/21 21:51
900を過ぎ遂に橿原遺跡という
有力な事実も登場し、ますます
神武実在が有力になりつつあるようです。
903:04/06/22 18:22
岩波の日本古典文学体系『日本書紀』の頭注で、神武紀担当の坂本博士がちらっと橿原遺跡に触れてるね。
橿原遺跡は確かに「畝傍の山の東南」で「樫の原」だが、何と言っても古代大和朝廷を思わせる遺物が出土していない。
それ故あえてここでも触れずに来た。慎重になった方がいいだろう。
橿原遺跡が橿原の宮と関係があるなら、この遺跡の特徴である土偶についての伝承が残っていてもいいはずだし。
904日本@名無史さん:04/06/22 21:18
>903
ほんとは教えてもらうまで
知らなかったんだろ。
905:04/06/22 21:25
>>904
あいにくだが、神武実在説は橿原遺跡から入ったんでね。
906日本@名無史さん:04/06/22 21:29
だいだい大和朝廷の遺物って何だよ。

土偶に関する伝承なんて残ってるとこあるのか?
907日本@名無史さん:04/06/22 21:35
神武天皇が架空の存在という証拠はあるの?
何を根拠に架空と主張しているの?
908日本@名無史さん:04/06/22 21:36
>905
それなら、否定派に遺跡がないのどうの
言われた時にとっとと揚げるべきだろ。
あとになってじつは知ってたが、なんてのは卑怯な振る舞いであるぞ。
909:04/06/22 21:44

>>906
> だいだい大和朝廷の遺物って何だよ。
何だよって記紀とかに乗ってるものとか後世も使われたものだよ。

> 土偶に関する伝承なんて残ってるとこあるのか?
橿原奠都が本当に縄文晩期なら、土偶に一言も触れていないのは致命的なんだが。

>>908
今じゃ橿原遺跡に関しては否定派だからね。
910日本@名無史さん:04/06/22 21:51
>909
キミはほんとに1かね? 実在派同士で争うのはあまり好まないが。

記紀やその後のものがどうして
縄文期の遺跡から出てくるのか?その裏技のやり方を教えてたもれ。
911>905:04/06/22 21:51
橿原遺跡??何それ?
神武天皇が実在したとしても年代的にはマキムク遺跡で十分ですが。

912日本@名無史さん:04/06/22 21:55
それからなんで土偶が致命的なわけか
その思考を解説してくれたまへ。
913日本@名無史さん:04/06/22 22:02
1は実在派、非実在派どっちにでもなる
マルチ君なのか?
914:04/06/22 22:04
>>910
>>912
その文化の中心的な祭器を記録に残さない、ということはない。
本当に縄文時代を生きた王朝の記録なら、何らかの記憶の痕跡が残っているはず。

>>913
実在は疑わないが、記紀を鵜呑みにはしないと最初に断ってるんだが。
915日本@名無史さん:04/06/22 22:34
>914
なるほど。素人君ではないようだ。

たしかにおぬしの言うのも一理ある。

これは今一度、神武天皇の存在した年代から議論したほうがよいな。

ちなみに橿原遺跡からは弥生時代の遺物も出ている。
やはり、神武天皇となんらかの関連があったとは思われるのじゃ。
916日本@名無史さん:04/06/22 23:09
>>908
考古学では発見があれば「あった」という根拠になるけど
「なかった」という証明はできないんだよ
917日本@名無史さん:04/06/23 07:17
神武天皇を祭った橿原神宮は明治23年に作られたもので、それ以前には存在しなかった。
おもいっきり捏造ですな。
918日本@名無史さん:04/06/23 09:39
>>917
藻前は小学生かよw
919日本@名無史さん:04/06/23 23:21
橿原神宮の鏡は本物の神器です。
920日本@名無史さん:04/06/24 21:44
そもそもよくわからないのは何を根拠に架空と主張しているの?
921日本@名無史さん:04/06/25 00:20
実在する根拠が無いから。
まず実在する根拠を挙げよう。
922日本@名無史さん:04/06/25 07:10
なんかつまんねぇこと逝ってるな
923日本@名無史さん:04/06/25 21:31
だから伝承自体が根拠
924日本@名無史さん:04/06/25 21:46
>>918
いや、917は中学くらいで少しひねて、
社会の矛盾やタブーを突いてネタにしたくなる年代。
皇室ネタは社会科の先生が掴みによく用いるネタ。
925日本@名無史さん:04/06/25 22:06
橿原神宮が「神武天皇の時代からあると捏造されている」と
まじめに信じてるらしいw
どこかのサヨ教師にでも吹き込まれたのかな。
926日本@名無史さん:04/06/25 22:09
神武天皇という号は、8世紀に淡海三船が贈った漢風諡号ですね。
記紀によれば、神武天皇は127歳で没したことになっています。こ
れを信じよと言う方が無理です。
神武天皇即位紀元(皇紀)も明治になって作り出されたもので、その
即位も旧暦1月1日(これを新暦で算定したのが2月11日の建国記念
の日)と実に不自然。それより以前に、即位年とされる紀元前660年
に、何月何日などという暦自体があったはずもありません。
927日本@名無史さん:04/06/25 22:13
神武紀元も紀元前660年もミチヨ君が唱えた
ひとつの説にすぎないのだが。
神武天皇の実在とは別。
928日本@名無史さん:04/06/25 22:28
>>926
記紀の段階で「信じろという方が無理」なんていう奴が
なんで明治以降のことをぐだぐだ逝ってるわけ?

藻前は議論したいわけじゃなくて難癖つけないだけなんだろ?

>>927
ミチヨ君?
929日本@名無史さん:04/06/25 22:37
この夏、史上最大の王がよみがえる!

王の運命
選ばれし勇者

キング イワレヒコ
930日本@名無史さん:04/06/25 22:44
>>928
議論は望みます。難癖は確かにつけないだけです。難癖をつけよう
とは思っていません。
931日本@名無史さん:04/06/25 23:57
神武天皇は扶余族の王仇台です。半島から九州に侵略し半島に帰りました。イワレヒコ。
932日本@名無史さん:04/06/26 00:18
神武天皇を無かったことに従ってるのはアホ右翼だよね。
ちゃんと天皇の始祖は韓国人だったという事実を認めなさい。
933日本@名無史さん:04/06/26 00:34
>>932
韓国という国が何時出来たのか知らないのですか?
934日本@名無史さん:04/06/26 01:57
>>930
だからミチヨ君って誰よ?
935日本@名無史さん:04/06/26 01:57
那珂通世ではないことは確かだろうが。
936日本@名無史さん:04/06/26 03:16
>>933
半万年の歴史を持つ培達民族の歴史が妬ましいのは分かりますが、
あまりに幼稚な切り返しに失笑してしまいました。
937日本@名無史さん:04/06/26 05:33
ぶっちゃけ、俺の母ちゃんの田舎、奈良の桜井なんだけさ・・・
婆ちゃん家の地面掘ったら何か出て来るかな・・・?

爺ちゃんもう死んじゃったし、叔父さんは大阪の方に住んでるし
婆ちゃん死んだら、多分あの家無くなっちゃうと思うんだけど、
したら遺跡調査とかに使われんのかな・・・


938日本@名無史さん:04/06/26 08:49
おれ歴史詳しくないんだけど、教えてよ。
なんでタカチホから大和なん?ふつー、近隣を切り従えてから行くんじゃない、
どーかんがえても。ましてや盆地の奈良だし補給路絶たれたら終わりじゃん。
なんか神武東征伝説って怪しい。神武に応ずる人物が大和に実在していても
その来歴って信じられないんだけど。
939日本@名無史さん:04/06/26 08:50
>>938
いいんだよ、作り話なんだから。
940日本@名無史さん:04/06/26 14:06
941日本@名無史さん:04/06/26 15:31
>>936
韓国と呼ぶ国は二つだけです。戦後に成立した大韓民国の略称と、1897年〜1910年
にあった大韓帝国の略称です。古代には韓国という国はありません。
942日本@名無史さん:04/06/26 18:00
>938 貴方の言うとおり、
>なんでタカチホから大和なん?
これは事実の逆。真実は桜井から高千穂。
>ふつー、近隣を切り従えてから行くんじゃない、どーかんがえても。
その通り。
>ましてや盆地の奈良だし補給路絶たれたら終わりじゃん。
奈良盆地単独の国というのは戦略上ありえない。伊勢、和歌山、山城、難波の四方を押さえなければ意味がない。
>なんか神武東征伝説って怪しい。神武に応ずる人物が大和に実在していても
その来歴って信じられないんだけど・・・
桜井に侵略者はありえない。商人はありえる。流通基点だから。精神的には国際的商業都市、現代で言えば香港、シンガポール的国家であって、北京、平壌のような好戦的イメージは湧かない。
943日本@名無史さん:04/06/26 18:07
桜井から高千穂に攻めて行ったのではなく高千穂から桜井を含む近畿地方が統合
された際に系図的に九州とつながるようなストーリーが必要となり、話を逆にした
ストーリーが作られてのだと思う。
944>921:04/06/26 19:45
文献に書いてあるじゃん。
架空だと主張するなら、別の文献なり、考古なり何らかの根拠が必要じゃないの?
945日本@名無史さん:04/06/26 20:15
別に実在で問題ないでしょう。
崇神=神武説は、古墳時代の開始を下げてたからからありえる
わけで、繰り上がっている今では成り立たない。
東征も伊都国&瀬戸内その他諸々連合の畿内制圧のこととすると
わざわざ「虚構」と主張するまでの必然性ってないと思う。
ただ、なんで橿原なのかというとこがネックではあるが。

946日本@名無史さん:04/06/27 01:04
>>944
その文献の内容がいい加減だから問題になってるんだろ。
文献があればその内容を一から十まで信じるやつは歴史にかかわらない方が良い。
947日本@名無史さん:04/06/27 08:57
神武后媛蹈鞴五十鈴媛は大物主の神妻であり、フリーセックスの時代でもさすがに
三輪神社には不倫相手である神武の社はない。神武の聖婚がないと困るのは綏靖
ことカミヌナカワミミであるが、見るからにローカルカラー豊かなお名前で西頚城・
糸魚川方面のお方であろう。日向と上越を不倫で結ぶがかろうじて聖婚の風を呈
するものの古事記などではこれを大物主の娘のイスケヨリヒメとし、神武は一夜の
共寝を楽しんだとある。不倫なんて無粋な概念のなかった時代のことでこうした話
が堂々と語られていたのであろう。全国の首長が三輪山に集まったときなどは実際
乱交パーティーに近いものであったのかもしれない。その当時の系譜というものは
姫の属する生家の女系であったのかもしれない。
948日本@名無史さん:04/06/27 10:48
神武は日向に家庭を残したまま、出雲系の名前のタギシミミと名のる子と共に
大和に入り、三輪山の神妻と結婚、このタギシミミが腹違いの兄弟とされるカミ
ヌナカワミミの度胸試しで虐殺されるという展開で、現代的に言うと悲劇のようで
もあるが、結果的には多くの国々を結び付けているので接着剤として機能して
いる。戦闘等のアクションが多いのは難波から紀伊、大和なのでこの辺を中心
とし、各地との関係ができた頃のお話のようでもある。
小道具として鏡、矛はあるが銅鐸は出ていない。ヌナカワを西
頚城・糸魚川とすると程近い乗鞍山麓の神岡に鉛などを取った鉱山があり、前
方後円墳等の古墳が多く、八咫鏡も出土しているらしい。白山を越えると越前
でありその先は近江へと続き、北に向かって川下の富山方面にも古代遺跡は
多く、南に向かっては尾張に通じ、東には諏訪大社、更には長野の善光寺など
の中心となっている。裏を返せば神岡を中心とするヌナカワ勢が日向迄影響力
を及ぼした時代のことかもしれない。
949日本@名無史さん:04/06/27 17:35
>>946
>文献があればその内容を一から十まで信じるやつは歴史にかかわらない方が良い。

そうだな。
そして伝承があっても一から十まで否定するやつも歴史にかかわらない方が良いな。
950日本@名無史さん:04/06/27 21:01
やはり第10代の崇神天皇が初代ではないのか?「ハツクニシラススメラミコト」
という称号が「初めて国をお治めになった天皇」という意味だからね。神武から
開化までの9代のうち、6人は名が日本(ヤマト)・大日本(オオヤマト)・稚日本
(ワカヤマト)で始まっている。日本と書いてヤマトと読むのは、日本という国号
が出来た飛鳥時代以降なので、それより遥か昔の、しかも9代までの天皇の中だ
けに日本(ヤマト)・大日本(オオヤマト)・稚日本(ワカヤマト)で始まる名がある
のも変だ。崇神天皇も含め、それ以降の天皇の名にはそのような例は皆無で、ま
た名が「〜尊(命)」(ミコト)という形になっている天皇も、蘇我氏によって暗殺
された第32代崇峻天皇を最後に全くなくなっている。
951日本@名無史さん:04/06/28 06:41
ヒノモト(日本)という大和とは起源が異なる言葉の実在を想定する必要も
あろうかと。
952日本@名無史さん:04/06/28 06:42
>>950
あなた古事記よんだことないの?
953日本@名無史さん:04/06/30 00:30
>>949
1から10まで否定してる人間なんているの?
あり得ないことは言わないように。
954日本@名無史さん:04/06/30 01:33
>>946
1から10まで否定してる人間なんているの?
あり得ないことは言わないように。
955日本@名無史さん:04/06/30 04:20
>>954
否定してるやつはいないだろ、全てが事実であると信じ込んでるやつは多いが。
956日本@名無史さん:04/06/30 07:06
>全てが事実であると信じ込んでるやつは多いが。

そんな奴はいないってのw
957日本@名無史さん:04/06/30 14:09
>>956
そういうトンデモ本は世にあふれてるよ。
958日本@名無史さん:04/06/30 15:21
たとえば?
959日本@名無史さん:04/06/30 16:34
割り込むけど、こういうのってどうよ。
(1)邪馬台国成立時代には既にカムサっていた倭国スメラミコト:
カミヤマトイワレヒコ
カミヌナカワミミ
(2)邪馬台国時代に倭国高天原において倭国統治権が認められずヒミコに属する
大卒であったもの。(但し地域的祭祀権のあるもの)
シキツヒコ
オオヤマトヒコ(大倭ってやつだな)
ミマツヒコ
オオヤマトヒコ
(3)上記であって地域的行政権のみをもち、祭祀権のないもの。
オオヤマトネコヒコ
オオヤマトネコヒコ
ワカヤマトネコヒコ
この時代倭国の元首、首長はヒミコであったが、その没後崇神がその地位を継承し、
祭祀権は男女の専門シャーマンに委譲するという抜本的行政改革を断行。
960日本@名無史さん:04/06/30 16:44
ミマツLoyal Portってのが東西を結ぶ椿井大塚山付近にあり、元葛城にいた
尾張系の首長で后も尾張出身。ところが狗奴国の乱を起こし、更に、崇神朝に
タケハニヤスの乱に巻き込まれるが、この地方はなかなかしぶとく、後に息長
タラシ姫を輩出する。だからやや個性的な名前になっている。
961日本@名無史さん:04/06/30 17:39
>>950
つーか、漢字の伝来は何年よ?
962日本@名無史さん:04/07/01 05:48
正しくはカムヤマトイワレヒコ、カムヌナカワミミだが、こうして並べると後者の叙述の
内容が少ないものの名前上は東西均衡である。カムの意味は人代の始祖の感じで
ある。説話構成は非対称であり大和以西の説話が十分であるのに日本海、東日本が
少ない。これはイザナミ神話でカバーされているというバランス感覚か。或いは前者の
連れ子、(出雲の)タギシミミ誅殺に銅鐸抹殺の歴史など裏の意味があるのか。全体的
に見ると日向と上越(やや奥まるが青銅器原料に不可欠な神岡高山付近飛騨一の宮
近辺に古墳多し)は国土の両端の要所である。飛騨一ノ宮の重要性が二面スクナの
伝承などで打ち消されるのは銅鐸粛清の影響と考えた方がいいのかもしれない。銅鐸
が矛鏡にと転換する時代において神話が作られたために必然的に発生する対象性の
破れとしておこう。
963日本@名無史さん:04/07/01 05:59
欠史8代という形で記紀はハツクニシラス時期をヒミコ(朝貢)時代とするか、崇神と
するかわれわれの判断に委ねられた感じがする。それは中華主義という環境にどう
対処するかという意味から実に巧妙な建国神話といえるのではないか。現在われわれ
にはそこまでの国際感覚はない。
964日本@名無史さん:04/07/01 07:47
対称性分析を進めるとシキツヒコ、ミマツヒコは、セーヌ川、テームズ川、モスクワ川
等同様、磯城港大王(初瀬川)、帝室港大王(木津川)という二つの内陸流通地点の
大王で、鏡で言えば椿井大塚山、黒塚の被葬者辺りが該当しようか。前者より後者
の方が広域の名前を持つのは後者は地理的に東日本全域を治める大王であり、纒向
建設においては筆頭株主である東海の王そのものであったからであろう。銅鐸、前方
後方墳を矛鏡、前方後円墳が取って代わることによってカグツチが象徴するように多く
の粛清が行われた中にあってミマツヒコを残さざるを得なかったことは筆頭株主の強み
であろう。ミマツヒコの次にタラシ(帯)の名がつく孝安、その次は孝霊、その娘がモモソ
ヒメ(ヒミコ)となっているが、タラシを金印の紫綬(1尺1丈)とするとミマツヒコにマワシ
ならぬタラシが回っていない。しかし一連の孝グループのトップである。この辺も面白い。
何かありそうだ。孝とは崇神より年配であるが同じ世代のひとなのか。この孝の時代は
尾張に始まって吉備で終わる。箸墓古墳の建設が始まり完工するころであろうか。設計
は神武と共に来たであろう筑後集団、土木は尾張が地元民を率いて行い、仕上げは
吉備の特殊器台ってなもんだろう。この頃の系譜は野球殿堂のようなもので血脈とは
無縁と見たい。ヒミコはおそらくは神武にくっついてきた火の国の巫女であろう。大和は
国の甲子園。又暑い8月が来るね。
965日本@名無史さん:04/07/01 08:06
箸墓は結果的にはヒミコの寿墳に見えるが、設計時は神武の時代であり、日向から
越-毛野に延びる地域の統合の象徴であり、その当時農業生産力が抜群に延びて
いた近畿の中心に置かれたもので、ヒミコはその司祭者であった。国の統合が固ま
ったのは銅鐸の粛清というリストラの終わった頃であり、その反動が祟りという形で
全国に吹き荒れ始めた頃であった。崇神が祟りを収め、垂仁、景行、仲哀でそれを
維持していくということで三輪王朝の時代は終り、次には三韓の独立運動に共振さ
せられる神功時代へと時は移る。
966日本@名無史さん:04/07/01 11:22
姫路で若い女性が死んだのを九州から来た火の君が生き返らせ、その女性が
火の君と結婚した↓
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/3111/Seimei/hinokimi.html
この辺がヒミコと神武の縁なのかもしれない。
火の国にはトンカラリンという朝鮮起源らしい遺跡がある。
http://www.town.kikusui.kumamoto.jp/siseki/tonkararin.html
http://www.ntv.co.jp/FERC/research/20020616/m003.html
http://suzuki-t.hp.infoseek.co.jp/tonkarar.htm
http://kumamoto.cool.ne.jp/aka716/drive/tonkararin.html
これは太陽が地中に沈んでは出てくることから来たもので、神武同様安芸に移る。↓
http://www.soufusha.jp/tatiyomi/sikokusetouti/tonkara.html
これに筑後の鏡と矛による文化が加わり天岩戸となるのであろう。
http://www.asahi-net.or.jp/~ti8n-kni/new_page_526.htm
http://www.ksky.ne.jp/~akio_n/jinja/iwato/iwato.htm
こうした考えの流れは安芸から出雲、信州方面へと渡ったのであろうか善光寺
には本堂の下を潜る施設がある。記紀神話となる以前に東遷のコースに沿った
海人族などによる文化、伝承の流れがあったのは間違いないだろう。
967>946:04/07/04 19:47
だから、文献を否定するならそれ相応のほかの文献、考古からの
証拠が必要だろ。
それがないじゃん。
968日本@名無史さん:04/07/05 08:55
昨晩放映TBS世界ウルルン滞在記http://www.ururun.com/で青木さやかが
中国四川省西端の福宝国家森林公園原始林の中の標高約900メートル洞窟
や岩陰を住居として暮らす『岩居人』と呼ばれる人々にホームステイ。室屋の
奥の家族の聖なる部屋に保管される黒漆塗り舟形木棺は結婚記念に贈与を
受け、寿齢記念により更に高級なものを贈与され、古くなったものは若い者に
譲るとのこと。
969日本@名無史さん:04/07/05 08:56
お父さんの黄清海さん(52)、お母さんの陳明学さん(53)、おばあちゃんの
周永懐さん(84)、出稼ぎ中の息子の嫁・葉建容さん(28)、孫娘の玉蘭ちゃん
(6)と4世代が一緒 に暮らしおり、孫娘のト蘭ちゃんは自分の体と同じ位の
大きさのリュックサックを背負って、毎日、片道1.5時間の山のふもとの学校へ
通うが、ト蘭 ちゃんは、とても秀才なので学校への入学は6歳からなのに5歳
で入学が許されたとか。
970日本@名無史さん:04/07/05 08:56
玉蘭ちゃん(6)はさやかに向かい「君は大学教授くらいは勉強した? 31才なん
ていうけど本当は32才位までに成ってるんじゃない?判らなきゃ無視して宿題
手伝わなくてもいいんだよ」といい、さやかは「疲れた」とこぼしていた。家族
から離れて生活しているさやかに皆がその不幸に憐憫の涙をしていた。
日本の民謡を歌ってといわれてさやかは「ドラエモン」をうたった。刈干切歌等
が期待されていたのだろう。
971日本@名無史さん:04/07/05 21:27
日本書紀の現代語訳を読んでいたら神武が屋根瓦を焼いていたように書いてあるが
常識問題として現代語「わわらけ(土器)」と訳するのが正しいと思うんだけどなー。
ひらがわらというのは皿、なべ類だろう。神武の集団の性格はタケハニヤスと似ていた
のではなかろうか。
972日本@名無史さん:04/07/05 21:41
で、
結局、架空って証拠はあるのか。
973:04/07/05 21:50
率直に言って漏れはすごく忙しい。一度書き込んでも丸々一週間は書き込めない。議論にも参加できず、心苦しく思っている。
書きっ放しになるのはご容赦願いたい。

さて、神武帝の時代だが、初期天皇の陵墓は、紛れも無く古墳であって、弥生墳丘墓には分類されない。
つまり古墳時代ということだ。
比定の真偽の問題もあるが、初期天皇の陵墓とされるものが、ことごとく初期古墳の特徴を備えている、即ち丘や山、坂といった、自然の隆起を利用していることを考えれば、大筋では信じて差し支えないだろう。これは考古学と文献の一致の一例。
また、主に九州に分布していた舶載鏡が、後に近畿に分布が移っていること、それに伴って近畿の銅鐸が姿を消していることは、神武東征を髣髴とさせる。これもその例。
時代は下るが、纏向遺跡の外来系土器の大半が東海地方、とりわけ愛知県の物だという事実は、ヤマトタケルの東征を思わせる。
これもそう。
このように、記紀の記述の大筋は、考古学によって裏付けることができる。

974>973:04/07/05 22:31
>>さて、神武帝の時代だが、初期天皇の陵墓は、紛れも無く古墳であって、弥生墳丘墓には分類されない。
>つまり古墳時代ということだ。

そんなこと言っている考古学者はいない。
マキムクの年代が上がって崇神以前の天皇の存在については否定しにくいとは思うが、
マキムク石塚等の「マキムク型前方後円墳」に当てればいいわけで、欠史8代の
今の指定陵を古墳という奴はいない。

>比定の真偽の問題もあるが、初期天皇の陵墓とされるものが、ことごとく初期古墳の特徴を備えている、即ち丘や山、坂といった、自然の隆起を利用していることを考えれば、大筋では信じて差し支えないだろう。これは考古学と文献の一致の一例。
>また、主に九州に分布していた舶載鏡が、後に近畿に分布が移っていること、それに伴って近畿の銅鐸が姿を消していることは、神武東征を髣髴とさせる。これもその例。
>時代は下るが、纏向遺跡の外来系土器の大半が東海地方、とりわけ愛知県の物だという事実は、ヤマトタケルの東征を思わせる。
>これもそう。
>このように、記紀の記述の大筋は、考古学によって裏付けることができる。

若い学者ではもうあまりいないが、邪馬台国は在地政権であり、これが成長し、
北九州の政権を倒し、大和政権となったという説もまだ根強い。
白石、都出など大御所はほとんどこの説。


975日本@名無史さん:04/07/05 22:35
柳刃包丁ふりまわす!ハイ!
 (( <`Д´> <`Д´>
   (/ /) (/ /) ))
   < ̄<  < ̄<

ウリナラ強盗隊!
 ウリナラ強盗隊!
 _<Д´ > _<Д´ >
  ヘ|  |\  ヘ|  |\
    <     <
976>973:04/07/05 22:36
ちなみに銅鐸は、特殊器台に変化したという説もある。
これを唱えているのはまともな考古学者だが。
977日本@名無史さん:04/07/05 22:39
皇族でも国粋主義者でもないのに、なんで神武天皇を実在とすることが
必要なのか?
978>977:04/07/05 22:58
いや、だから何で文献に記述がある人を架空にしちゃうの?
証拠があるなら言ってくれよ。
979日本@名無史さん:04/07/05 23:07
>>978
その前に、文献に記述があればなんで実在になるのかを証明してくれ。
980>979:04/07/05 23:12
文献に記載されていて、他の資料や考古学で否定する証拠がなきゃ、
実在の可能性が強いんじゃないの?
否定する根拠を言えよ。
981日本@名無史さん:04/07/05 23:13
神武天皇の実在は、近代実証史学で証明されているのか?
982日本@名無史さん:04/07/06 06:55
そうした本であってトンデモではない学術的なものってないいような気がする。
実証的なものは難しいにせよ仮説的なものでもあってほしいナー。
983日本@名無史さん:04/07/06 07:13
豊前の石塚山古墳のような東方からの文化への移行は日向などの中部九州が
早いように受け止めている。九州南部の久米などの近畿進出というのも事実だろう。
九州南部が近畿の動乱にインボルブされていくのはありえる。この場合日向方面
から土佐を経由して和歌山を急襲するということもありえよう。瀬戸内を東遷したのは
戦闘部隊ではなくシャーマンのようなものか。熊野方面から入ってくるのは狗奴国であり
神武軍は東西の狗奴国(クニという普通名詞であり、列島原住民系といった意味か)の
連合軍と見たい。土器、朱(水銀)等は東海系狗奴軍、八咫鏡は九州系という風に分け
てみたい。(伊都国に立ち寄って鏡などを貰ってきているのだろう)
984日本@名無史さん:04/07/06 07:50
(1)ニギハヤヒ、徐福等山東半島秦系が馬韓に移住していたものが更に日本に浸透
してきたもので吉野ヶ里、甘木地方にいたものが難波方面に移動。
(2)ニニギ、九州中南部、紀州、伊勢湾の狗奴国、熊野等の列島原住民勢力。
(3)オオクニヌシ、弁韓辰韓、裏日本の安曇海人族。
大和は本来(2)であったものが、(3)の勢力化に入り、その後(1)に占領されるが、(2)の
神武によって復古する。これってどうだ。
985日本@名無史さん:04/07/06 08:14
というか古墳時代というものはこうした構成要素が共存し、絶えず衝突を繰り返していた。
例えば、タケハニヤスなどがそうだ。倭人伝もたまたまその一つの局面をスナップ取り
したものであり、そんなもので全体の風潮を決定できない。全体としては大きなうねりの
中で次第に天皇とか豪族を生み出す社会への移行が始まっていたと見るべきか。
986日本@名無史さん:04/07/07 00:24
欠史八代の陵墓は古墳じゃないんだろ。じゃ、弥生時代の人だったんだろ
987日本@名無史さん:04/07/07 12:06
そう。陵墓は古墳ではなく弥生墳丘墓とか、方形周溝墓とか。そうしたものの
中にも相当大物らしいのがあるようだ。
988日本@名無史さん:04/07/07 16:27
>984 だけども
(1)ニギハヤヒ、徐福等山東半島秦系が馬韓に移住していたものが更に日本に浸透
してきたもので吉野ヶ里、甘木地方にいたものが難波方面に移動。
この集団が宇佐地方に出た居た頃に
(2)ニニギ、九州中南部、紀州、伊勢湾の狗奴国、熊野等の列島原住民勢力。
上記の集団と合流したか、又は、
(1)は淀川流域で(3)オオクニヌシ、弁韓辰韓、裏日本の安曇海人族と合流して葛城経由
大和を制覇したとでもしないと筑後との地名類似と古墳建設着手に先立つ兵主神
システムの導入がうまく説明できない。(3)については神武によるオオクニヌシ追い落とし
という大義があると考えたいがナー。
989>983:04/07/07 21:56
なことはない。この時代で考えるなら、吸収では伊都国が圧倒的。
他の候補はないね。
990日本@名無史さん:04/07/07 21:58
考古学的には、伊都国が東遷でも何の問題もないね。
991日本@名無史さん:04/07/07 22:02
伊都国がが衰退し、豊前、豊後、肥後辺りに曙光がさし始める2世紀半ば頃の
倭国の実体を考えている。
992>991:04/07/07 22:33
してねえよ。
平原以上の遺跡があったら言ってみろよ。
993ゴジンム
後神武。誤神武。いよいよこのスレも最後か・・・?