糸圭秀実 「小ブル急進主義批評とはなにか――その起源と現在」
『小ブル急進主義批評宣言』436〜437頁
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=01660478&volno=0000 学生を中心とする小ブル的な「ゆとり」が、広範なカウンター・カルチャーと結び
ついたことはすでに述べた。〔…中略…〕
彼らの芸術的活動を支持する批評的言説が、今日なお記憶されているところでは、
まず、澁澤龍彦や種村季弘といった名前で象徴されるものであったことは言っておく
べきだ〔ろ〕う。彼らはそのロマン派的な「異端」趣味において、カウンター・カル
チャーの精神的なパトロンであった。しかし、その異端趣味が政治化することは、ほ
とんどなかったと言って良い。六八年の一前哨をなす「サド裁判」において、訳書
『悪徳の栄え』を猥褻文書として告訴された澁澤龍彦は、その特別弁護人の多くが
新左翼的な知識人であったにもかかわらず、非政治的な姿勢を崩すことはなかった。
そしてそのことが、続いて述べるように、澁澤をして八〇年代の大衆消費社会をも
〔にも?〕 延命させえた理由の一つである。
また443頁に「以後、批評はサブカル化し、そこに政治性を導入することは困難をきわめている」と。
ところで、何で「政治性」を導入せなならんの? それは自明の前提にしていいのか?
引用の続き
六八年のカウンター・カルチャーが、その時代の政治的な中心部分に接続しなかった
ことには、十分な理由がある。それは、彼らがその担い手[だった]六八年のその時代
から、事実として、すでに「利益志向の濃厚な消費重視」の傾向にある存在だったから
にほかならない。既存の文化システムからの差異化を図ろうとするという意味で、彼ら
は「反システム運動」の担い手たることができた。しかし、その差異化の運動は、基本
的に資本主義的商品化(差異化)の運動に同調するほかないものである。彼らは自らの
「芸術行為」を商品化し、それによって生活の糧を得ることのできた存在だからである。
その意味で、彼らは端的に小ブルジョワにほかならない。[……]当時のカウンター・
カルチャーの担い手たちは、その小ブルジョワという存在規定ゆえにリベラルでしかあ
りえず、「政治的には一九六八年の中心部分にはならなかった」のである。
……ってことはだ、スガ自身、「小ブル」は全然「急進主義」でないって言っとるやんけ。
なんで「小ブル」って自己規定しておいて急進主義を標榜するんだか、いよいよ必然性が無いわな。
糸圭秀実編『1968(知の攻略 思想読本11)』作品社、2005
http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/jinbun/tanpin/2009x.htm 【座談会】「一九六八年」とは何だった/何であるのか?――一九六八年の脅迫 蓮實重彦+上野昂志+すが秀実
蓮實 つまらないところにこだわり過ぎると思う。
……
蓮實 どうして石原慎太郎という形で、批判の対象が出てこないのか。
糸圭 いや、石原慎太郎には、昔から、あまり興味ないんですよ。
蓮實 そうすると、鶴見俊輔に興味があるわけですか。
糸圭 そうですね、そういう比較だと(笑)。まあ左翼のほうに興味があるってだけです。
蓮實 だって、鶴見俊輔なんてまったく左翼じゃないじゃない。
糸圭 ああ、そうか(笑)。
蓮實 ブルジョワジー。
糸圭 まあ、そうですね。
蓮實 彼〔=鶴見俊輔〕に意味があるとしたら、共産党にどれほど媚びを売ろうと、左翼になろうなんて一度もしてないところだと思います。それが彼の強さだとさえ思う。それに対して糸圭さんは弱いじゃないですか。
糸圭 いやあ、そうかもしれない(笑)。
……
蓮實 それは糸圭さんが左翼だからですか。
……
蓮實 大衆消費社会の階級なき大衆をどのように――吉本さんと無関係に――とらえるか、ということが六八年が提起した課題で、未だに誰もやっておらず、私もできなかった問題なんです。……
6 :
吾輩は名無しである:05/02/02 14:04:37
スガがサブカルを論じながら80年代にも論及してるのってどこ?
新スレ乙。
>>5 その本まだ読んでないんだけど
そこだけ読む限りにおいては
糸圭は蓮實に抑圧されとるなw
知的放蕩論でも似たような
やりとりがあったがw
9 :
吾輩は名無しである:05/02/02 16:15:31
「革あ革」が、68年論を人脈関係で語ろうとしている欠陥について、糸圭は蓮實に詰めよられていたね。
>>8 前スレッド既出なのよ。
574 :吾輩は名無しである :05/01/23 21:01:27
http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/jinbun/tanpin/2009x.htm 【座談会】「一九六八年」とは何だった/何であるのか?――一九六八年の脅迫 蓮實重彦+上野昂志+すが秀実
これ読んだけどさ、蓮實センセイに叱られて(笑)でごまかす糸圭、って感じね。
579 :吾輩は名無しである :05/01/23 21:48:56
>>558 >党に帰属するのがやだからせいぜい徒党を組むぐらいというやつらを、
スガは、574の鼎談で「党」の必要性を説いて蓮實重彦にたしなめられてたな。
824 :吾輩は名無しである :05/01/28 00:39:35
蓮實
八〇年代まで宮本顕治に希望を見出そうとしていた人がいたといいますが、
いたとしたら単なるバカです。それを重視してはいけないし、その人たちが
その後何をしようと、それに関わる必要はない。
『1968』p.45
890 :吾輩は名無しである :05/01/30 15:38:02
>資本主義は民衆の暮らしを苦しくするから。
ナイス・ジョーク! いつの時代のサヨクですか。
資本主義は滅びるかって。『「知」的放蕩論序説』での蓮實重彦とのやり取りを想起させられるね。
11 :
吾輩は名無しである:05/02/02 16:21:23
奇妙なことに糸圭は蓮實に詰問されても
腹も立てずにグチも述べずに・・・その
何というか、口頭試問に答える学生のごとき
従順さを示している。
ところがこれが高橋源一郎とかが相手だと
あのネット論争(?)のような騒ぎになって
しまうんだよな・・・。よく分からん。
>10
あー悪い。ちゃんと読んでなかった。
ループネタにするつもりはなかった。
14 :
吾輩は名無しである:05/02/02 16:33:52
「糸圭秀実の人生」という、お笑い本をつくりたいなあ。
コイツは相手が「下」と思ったら権威的かつネチネチとやるくせに、「上」と思ったら卑屈になる。
一度完膚なきまで叩き潰したら、何かが変わるとおもう。
見ててイライラするんだよ。
15 :
吾輩は名無しである:05/02/02 16:35:37
イライラはしない。
単純に笑える存在。
こういう人も反面教師として
世の中には必要なのですW
>>14 たしか「弱い者いじめばかりすんな」って柄谷にも注意されてなかったっけ?
17 :
吾輩は名無しである:05/02/03 09:09:03
>>4 >……ってことはだ、スガ自身、「小ブル」は全然「急進主義」でないって言っとる
>やんけ。
そんなの巣蛾のジョークに決まってるじゃないか。
それもわからんのか、お前は。
>>14 そういうのは金井美恵子に任せとけ。
『目白雑録』読んでたらなんか可哀想になってきたよ。
失言や無礼な態度をとことんまで突っ込まれてる。
母親に説教されるドラ息子って感じで。
もしくは本音を言わせてみたいんだけどな。
ヤスケンが生きていたらな……
『早稲田文学』の中森明夫との鼎談は笑えたよ。
19 :
吾輩は名無しである:05/02/03 13:29:36
>>17 スガを批判してるって思ってる人たちは、結構真面目なんだよ。
いい意味でも悪い意味でも愚直。愚民を名乗るのもそのせいだと
おもうよ。
20 :
吾輩は名無しである:05/02/04 00:13:08
大西スレからのコピペ。これ読んだ人いないの?
682 :吾輩は名無しである :05/01/29 00:59:29
只今発売中の週刊読書人2/4号、一面目に糸圭秀実の
『シナリオ 神聖喜劇』評が載っていますよ。
21 :
吾輩は名無しである:05/02/04 01:30:02
>>20 読んだよ。わたしは前スレでも書いたけど、反応なかった。
東堂を軍隊内の超自我として読むやつだったね。超自我不在の軍隊の無責任さを
超自我としての東堂が批判する。でも、村上って上官は、東堂のさらに上を行く超自我っぷりで
その軍隊の超自我の不在に忠実につくしてる。むしろ、超自我は超自我「不在」という形でこそ
暴力的に振舞うんじゃないかって、そんな感じで書いてあった。あと、その超自我では批判できない
軍隊の「超自我の不在」を、「脇役」がぐずぐずに崩していくみたいな感じだったね。脇役とは
東堂みたいなインテリじゃない、いわゆる「下級階級」の兵隊とかだったけど。
それと、原作からシナリオに圧縮(貧困化)することについて書いてあったね。
大西が無謀だって笑ってたって話と絡めて。
2時間映画にすると、シナリオ神聖喜劇のさらに5分の1くらいにしないといけないみたいね。
22 :
吾輩は名無しである:05/02/04 03:48:50
>>21 あれ、大西が笑ったのは「無謀」だって理由なの?
無謀だって言ったのは、脚本家の荒井の知人なんじゃない?
23 :
吾輩は名無しである:05/02/04 04:16:09
>>22 「快よく許可を下さった大西さんは、わたしたちのことを「無謀な企てをする
無謀な人たち」と笑顔で言われた」(『シナリオ神聖喜劇』付録p3)
荒井氏はそれを、無謀な小説を書いた大西本人の激励ととったみたいだね。
24 :
吾輩は名無しである:05/02/04 11:53:41
>>17 スガのはいつも冗談になってないからツッコミが入るんだよ。つまり、悪い冗談なんだね。
『思想読本11 1968』の鼎談でも蓮實重彦にツッコミ入れられて
「まあ、あまり本気じゃないですね(笑)」(p.46)とか
「あれはエンタテインメントですから(笑)」(p.54)とか、笑って誤魔化してるけど、
本人が(しかも後で)ジョークだと言ったらジョークになるのか?
文章がちゃんと冗談として書かれてなかったら、後から作者が何と取り繕ってもダメさ。
作者が何と言ったからとて作品がその通りに読める出来映えを示してなけりゃ、言訳にもならん。
>>18 >『早稲田文学』の中森明夫との鼎談は笑えたよ。
【安原】蓮実重彦、柄谷行人、金井美恵子の三人に頭があがらない(笑)。
【すが】そんなに弱いつもりはありませんよ。
【中森】いや弱いよ。あの腰ぎんちゃく的な態度。すが・渡部が蓮実・柄谷に反旗を
翻すべきだと思う。二人だけでも批判しだしたらちょっとは状況も変わるのに、
なぜもっときちんと批判しないの。蓮実は筒井以上に悪だよ。
(中略)
【すが】蓮実さんとはなんの利害もないからさ。
【中森】なにが利害だよ。『絶対批評宣言』のあとがきでもちあげられてさ。かつ
て『読書新聞』で依頼したころの蓮実重彦はよかったかもしれない。でもいまの
おまえなんかにそんなこと言われたかないねってガーンと言わなきゃ。
【安原】そのとおり。異議なし(笑)!
26 :
吾輩は名無しである:05/02/04 13:11:47
すがは歳下の者に対して無条件に優しいよ。弱きを挫く、なんてことはない。
問題は強きを助けるかどうかだが、柄谷に対してはよくイヤミを言っている。
大体、ああいうマッチョな大将にはイヤミが言いやすい。ただ、蓮實には頭
あがらないね。イヤミの言い手として敵が一枚上手なんだね。
27 :
吾輩は名無しである:05/02/04 13:47:14
>>26 蓮實や柄谷との、いわゆる抗争はするつもりがないのと、弱いものいじめ
っていうのは、違うよね。べつに、上で出た、高橋源一郎とかが「弱い」
なんて思えないもの。
それと引用に必死な人たちって、自分が蓮實や柄谷になった気分なの?w
「論理的な批判」とかいってたんなら、こういう論壇プロレスみたいな話しても
あんま意味なさそう。自分を蓮實や柄谷に仮託して、溜飲下げてもしかた
ないじゃん。
>>14みたいにイライラしてるのかもしれないけど。
シナリオ神聖喜劇についての読書人の評は、どう思った?
>>25 『早稲田文学』っていつのだ、そりゃ。
たしか糸圭秀実自身の本に――『「超」言葉狩り論争』(情況出版・1995)だかに
収録してたから、もう旧聞に属する。
>>27 精神分析による解釈なんて「悪い冗談」だよ。特にラカン派は。
『日本近代文学の〈誕生〉』も折角面白いことやってるのに、
精神分析とフェミニズムの野合でだいなしだった。
>>26 でもNAMに入っちゃったでしょ。やはりスガは柄谷には逆らったりしにくい感じ。
30 :
吾輩は名無しである:05/02/04 15:37:09
>>27 なんか、トンチンカンなこと言ってんなあ。
中森明夫・安原顯を「引用」したのが何故「自分を蓮實や柄谷に仮託し」たことになるんだか。
高橋源一郎だって、創作はさておき批評の力量がスガより「弱い」のは知れたこと。
勝てる奴としかケンカしない卑怯さ、反論すべき筈の柄谷・蓮實らには腰砕け、そこが問題だろ。
32 :
吾輩は名無しである:05/02/04 16:17:27
もち観に行きます!
暗い所で長時間すわって、オッサン達のダラダラ喋ってるの観て、何がたのしい?
楽しいというより興味深いって感じだろうな
活字になるとそれなりのこと語ってるみたいに読めても、
実際しゃべってるところを見て知ってると失望するんだよね。
スガの映画の趣味って全然蓮實と関係ないところにあるから
そのへんちょっと喋って欲しいな。
清順に対してもも映画より日活解雇の時の事しか言ってないし。
あと柄谷には本人がいないところでプチ批判というか違和感程度の発言はしてて
LAでは津村しか信用してないとも言ってるし
だからどうというのもないが、
柄谷に現実が見えてねー的なことは言えそうな感じはするけど
ロス・アンジェルスに決まってるだろ。間違っても映画の題名ではない。
40 :
吾輩は名無しである:05/02/05 13:25:19
レフトアローン関西にも来て。
お願いお願い
41 :
吾輩は名無しである:05/02/05 14:06:01
969 名前:考える名無しさん :05/02/05 13:31:46
最近の浅田っち、映画のレフトアローンに出れなくてゴキゲンナナメだってさ。
日本を代表する左翼のオレを無視するとは、、、だって。
42 :
吾輩は名無しである:05/02/06 12:12:34
43 :
吾輩は名無しである:05/02/06 17:41:03
http://d.hatena.ne.jp/ulzana/20050205 冒頭すぐの早稲田でのサークルスペース移転阻止闘争のシーンでは、ビデオが軽々と活躍していて、
田村正毅という傑出したキャメラマンの存在によって支えられていた小川プロの三里塚シリーズ
からの隔たりを感じずにはいられない。不意に事件が勃発しても、ビデオであれば特段の技術など
なくても対応できてしまうのだ。もちろんそれと同時に、ビデオで撮られた画面からは、
「今まさに何かが眼の前で起きている」というなまなましさも失われる。しかし、モー娘。
をBGMに盛り上がる闘争を撮るには、この画面こそがふさわしいのだろう。
ただ、すでに北小路隆志氏がどこかに書いていたと思うけれど、見に来ている客層も含めて
本当に男だらけの世界で、「女はどこへ行った?」という感じなのだった。もちろん、
これは興行上の問題などではなく、それこそ68年以降における思想の問題のはずだ。
柄谷もすがも、女を読者に含めていない。
この点でも蓮實の圧勝。
>>43 それで『思想読本11 1968』のスガ執筆の序論に、ウーマン・リブが触れられてたのかね。
もっと女性アクティヴィスト(笑)を!ってかい。
スガがフェミニズムなんて振り回しても無理があるのは、客層でも明らかなのに。
46 :
吾輩は名無しである:05/02/06 18:03:00
チキって女じゃなかったのか?!
スガの「一九六八/一九七〇――そこで始まったこと」(『1968』序論)に
「わかってもらおうと思うは乞食の心」ってリブの標語が引かれてる。結論にも。
ところで金嬉老事件も1968年の2月だった。
金嬉老事件をモデルに作られた戯曲が福田恆存の「解つてたまるか!」である。
『解つてたまるか!/億万長者夫人』新潮社、1968年10月刊行。
で、だ。
スガにはいっぺん福田恆存を論じてみてほしいが、どうか。
>>40 書籍版でいいだろ。インタビューは映画ではカットした分までも入ってるんだし。
49 :
吾輩は名無しである:05/02/06 19:22:47
ぶさいくばっかり。この映画。
福田恆存については、かるく触れてるけどね。
彼よりも、おれの友達で定時制高校の教師の方がすごい、と。
その教師は寝ても覚めても生徒の面倒見ることしかしない。
ニヒリズムをつきぬけてる。
それに比べ福田はロマン主義を徹底できてない。
その比較、ようわからんわ。その教師のどこがすごいんだか。
>>50 sore ha Yasuda no koto. Hukuda ja naiyo.
何かってえとロマン主義だと批判するスガは、実はロマン主義者っぽい。
55 :
吾輩は名無しである:05/02/07 11:48:02
>>53 むしろその定時制高校教師こそ保田の後継だな。
ところで何で皆さんそんなに福田を評価するの?
ぜ〜んぜんわからん
56 :
吾輩は名無しである:05/02/07 21:24:28
ジュンク堂に行ったら人文書の階の最も目立つところに
68年のコーナーがあったんでたまげたよ!
立ち読みしてたらなかなか面白くて足が疲れた。
蓮實のスガイジメは的確だね。
確かによくも悪しくもスガは人脈の人だ。
全然関係ないがLEFT ALONEはAIRと同日公開だった
蓮實センセイのは「イジメ」ってよりも「教育的指導!」だな。親切な教師なのね。
>>56
蓮實の文芸批評家としての弟子は渡部とスガだから、定期的に面倒を見ている。
蓮實が渡部直己に何か教育的指導をしてたっけ?
糸圭と蓮實となら『日本読書新聞』以来の縁があるからマアわからんでもないが。
渡部はサッカー漫才の相方の仕事を貰ってる(やらされてる?)。
失業対策の社会福祉。
62 :
吾輩は名無しである:05/02/08 07:39:18
満員立見の中に入ってまでレフトアローン見たくないよな。
ガラガラの映画館で足を前の席に投げ出しながら
ゆっくりとリラックスして見るのが一番のカルトムービーかと?
63 :
吾輩は名無しである:05/02/08 09:43:29
>>49 ぶさいくだから、左翼に走らざるをえないんだよ。
>>61 それは教育的指導ではなく「就職指導」だね。草野進と較べてどう?
>>62 うん。だから書籍版でいいや。
65 :
吾輩は名無しである:05/02/08 09:51:39
初日に逝った奴ら=バカな奴らめ (プッ
生のスガが見たかったらダメ連居酒屋にでもいけよ
>>58 なるほど。
>>59 弟子というのとはちょっと違うのでは。
ニセ学生が講義で気の利いたことを言うので
直系の弟子よりも教師に可愛がられた、という感じ?
>>61 渡部の場合は弟子というよりカバン持ちだな。
>>63 左翼がヒーローであった時代にはイケメンが目立ったはず。
ぶさいくだから2ちゃんに・・・の方が実態に近いのでは。
「男の顔は履歴書である」(大宅壮一)
とすれば……。
左翼がヒーローであった時代にはイケメンであった人も、時代が変った
その後も依然として左翼だったり何かだったりした履歴によって、不細工な顔に?
柄谷善男なんか昔は美男子だって自惚れて、栗本慎一郎に自慢してたって話だ。
まああの映画の場合、野郎ばっかりで女が出ない所為もあって一層顔の不味さが胃にもたれるのかも。
68 :
吾輩は名無しである:05/02/08 11:00:55
左翼ってオタクと似たところあるのかね?
女がこんなに少ないのは不思議だ。
場外馬券売り場にいるオサーンの方が近いか?
69 :
吾輩は名無しである:05/02/08 11:05:34
昔は女も沢山いたらしいがな。
70 :
吾輩は名無しである:05/02/08 11:09:27
上野千鶴子の批判が大きかった。
炊き出しさせられるとか、革命と称してレイプされるとか。
71 :
吾輩は名無しである:05/02/08 11:11:45
せつない話になってきとるな
身なりを小綺麗にしていると資本主義の手先だし。
薄汚れた連中しか残らない。
73 :
吾輩は名無しである:05/02/08 11:18:24
小汚くしててもイケメンはイケメンなんだよね
ブサメンが小汚くすることによりイケメンとの階級差は更に広がる事に…
イタリア共産党だと、ファッションデザイナーがいるのにな。
左翼の小汚いのもしょせんファッションだというのに。
75 :
吾輩は名無しである:05/02/08 12:00:39
えろすが足りんな
76 :
吾輩は名無しである:05/02/08 12:03:36
お洒落なスガ見たいな
77 :
吾輩は名無しである:05/02/08 12:34:37
どうせそのうちDVDも出すんだろう
ツタヤにも置くようにしてくれよな
78 :
吾輩は名無しである:05/02/08 12:35:17
その前にもしツタヤが置いてくれればの話だが
79 :
吾輩は名無しである:05/02/08 14:24:38
芥川賞ほしいので、コネください。よろしく!
LEFTALONE行きたいけど三流物書き志望の集団が気持ちわるい。
観客動員じゃましてるのはピエなんだな、じつは。
スガは全くお洒落ではないが汚らしくもない。
でもまあ、LAの観客に女性がほとんどいないらしいってのは
スガは問題としなきゃいけないと思うんだよな。
上野千鶴子なんてどーでもいいけど、せっかくリブの問題とか出してるんだから
そこら辺にもうちょっと詳しい女性がスガの近辺にいれば面白いのにね。
>>70 上野を持ち出すまでもない。戦後すぐに平野謙がハウスキーパー問題で批判したことだろ。
>>80 何だ「ピエ」って? サヨクみたいに隠語を使用されても困る。
ごめんごめん、ピエ=ボウフラのこと
そりゃどこの星の言葉だよ。
86 :
吾輩は名無しである:05/02/08 18:30:28
スガの周りに集まってくる奴らなんて間違いなく全部三流物書き志望集団だろう
>>80なんか特に三流あるいは三流以下決定だなw
このスレ自体、一目瞭然三流じゃないですか
三流ではない。
JUNKと呼びなさい。
さもなくば小ブル急進主義者と。
それが三流なんだよw
要するに屁をしたのにみんなスカシッペで誤魔化すしかないような情けない連中のスレでしょう
文字通りスガしっぺだな
またwの人たちかよ。
93 :
吾輩は名無しである:05/02/08 18:45:26
そもそも重力のメンツ見てみればあれが要するに三流批評家という
ラインナップそのもの。
その親分かシンボルが巣がみたいなもんでさ
鎌田みたいに曖昧模糊として忌みわからん文章書いて煙に巻いてるやつも
まさにそうだし、大杉とかなんとかとか後に続きますという感じ
更に言えば井土とかいう映画監督がもう絵に描いたように三流バリバリで
B級とかいう物の数からも外れるくらいに。
そしてそれにも増してキモイの王様がまさにこのスガスレの有様だろうw
何を勘違いしたのかしらないが2ch文学板でも極め付けにもっともキモイ連中の
これみよがしの痛さ糞さ満開状態になってるし。しかもものの見事にそういう自分を
見る鏡が全く欠如してる
クズ、ゴミといわれるとキレるくせに
JUNKと呼ばれるとうれしいの?
三流って変な人たち。
95 :
吾輩は名無しである:05/02/08 18:48:12
>>92 特にこいつがキモイのは
どうやらこいつの近視眼的な自意識の中では、自分はwをつけないで
文章かいてるから自分は偉いとか妙なプライド持ってるところが
傍ら痛いというか見るからに不気味。
wを付けないで、しかし書く文章だけはおもいきり破廉恥で卑屈というか
目糞鼻糞を笑うともいうが、不気味な他者性のない自意識だよな。ほんと
いつも上から眺めてるだけだけどww
96 :
吾輩は名無しである:05/02/08 18:48:19
>>83 >>88 もしかしてスガ先生?
先生、ズボンはケツ出しではかないでください!
背中を丸めて歩かないでください!
時々いっちゃった目をしますが気をつけてください!
>>94 だから本当にきみはなんなの?何流の馬鹿?
>>96 間違いなく自作自演w ツライ馬鹿だなww
>>94 >>88はどう見ても糸圭を皮肉った洒落だが。真面目なお方にはわからんらしい。
100 :
吾輩は名無しである:05/02/08 18:52:56
スガスレがキモスレ王決定だな
101 :
吾輩は名無しである:05/02/08 18:57:07
>>83=
>>84=
>>96=
>>99はもう見てるのも辛いから
スガ先生のところに直接相談にいきなさい。
場所は早稲田のあかねがいいでしょう
スガ先生そこにいますから
さもなければピエさんに殴られて
半身不随の植物人間にしてもらえますから
ああ何だ、ピエとか隠語を使ったのを咎められたのでキレたお子さまか?
>>101
103 :
吾輩は名無しである:05/02/08 19:00:13
104 :
吾輩は名無しである:05/02/08 19:01:22
すぐに本人降臨とか見做したがるのは関係妄想だよな。
本を読んでも、直接人間関係を持つことでしか理解できないのかも。
作者と没交渉に書かれたものを読むことができない、と。
106 :
吾輩は名無しである:05/02/08 19:04:52
wはキモイのがよっぽど好きなんだね
だだだだだ〜い好きだからチェックせずにオいられないんだね
107 :
吾輩は名無しである:05/02/08 19:06:15
>>106 キミは自分の醜さにまだ気がつかないの?
108 :
吾輩は名無しである:05/02/08 19:08:25
>>105 遊びだからいいんだよ。
蓮實に人脈のこと言われてスガがエンタメだって弁解してたろ。
まじめになるなよ。
でも本人が書き込んでいるのはホントだ。
109 :
吾輩は名無しである:05/02/08 19:09:42
>95 :吾輩は名無しである :05/02/08 18:48:12
>特にこいつがキモイのは
>どうやらこいつの近視眼的な自意識の中では、自分はwをつけないで
>文章かいてるから自分は偉いとか妙なプライド持ってるところが
>傍ら痛いというか見るからに不気味。
>wを付けないで、しかし書く文章だけはおもいきり破廉恥で卑屈というか
>目糞鼻糞を笑うともいうが、不気味な他者性のない自意識だよな。ほんと
>いつも上から眺めてるだけだけど
>>108 まさかwをつければ遊びになると思ってる?
蓮實に追及されて「(笑)」でごまかすスガみたいだな。
24 :吾輩は名無しである :05/02/04 11:53:41
>>17 スガのはいつも冗談になってないからツッコミが入るんだよ。つまり、悪い冗談なんだね。
『思想読本11 1968』の鼎談でも蓮實重彦にツッコミ入れられて
「まあ、あまり本気じゃないですね(笑)」(p.46)とか
「あれはエンタテインメントですから(笑)」(p.54)とか、笑って誤魔化してるけど、
本人が(しかも後で)ジョークだと言ったらジョークになるのか?
文章がちゃんと冗談として書かれてなかったら、後から作者が何と取り繕ってもダメさ。
作者が何と言ったからとて作品がその通りに読める出来映えを示してなけりゃ、言訳にもならん。
111 :
108:05/02/08 20:00:07
>>110 どこをどう読めばwをつければ遊びに云々ということになるのかわからん。
このスレを
>>105「本(どんな?)を読む」ように読んでるのかぁ、オマエ?
悪い冗談という言葉の意味も取り違えているし、アホやねん。
単に108が遊びになってないってことだわな。
で、それはスガの冗談の下手糞さに通ずる?
113 :
吾輩は名無しである:05/02/08 20:25:28
あの・・・一応ことわっとくけど、前スレの「wのひと」と呼ばれてたわたしは、
大西の「神聖シナリオ喜劇」について書いただけで、いまやってる「w」論争
とは関係ないからね!
だから
>>92も「wの人たち」って書いてるね。
要は、wを多用して恥かしく感じない人たちは冗談もようわからんあほばかりや、と。
115 :
吾輩は名無しである:05/02/08 20:34:31
>>114 ああ、そっかwありがとう教えてくれて。
わたしは恥ずかしくないからだいじょうぶだよ!
>>115 って、恥かしく感じてないなら、やはりあほやんけ。元祖だけのことはあるわ。
117 :
吾輩は名無しである:05/02/08 20:42:31
>>116 てかさ、
>>80以降(80以降もちゃんと意見いってる人はごめんなさい)
三流だのジャンクだの、最後に貴方の「あほやんけ」もひっくるめてだ
けどw、バカ丸出しの書き込みなんだからいいじゃない!
左翼が汚らしいだの、そんなのはもう、常民さんといやなほど言ったから
もういいの。
118 :
吾輩は名無しである:05/02/08 20:47:00
後付け足すけど「キモイ」が連発されてるけどさ、
>>93もふくめ、最近
「キモイ」をつかい始めて、何となくつかいやすいなあって感じで、
うれしくてつかってるっぽいよねw
キモイって感じの言葉発しそうな、文章じゃないものw
自分が「バカ丸出し」やからって、ひとまで皆あほにせんといてんか。
同じあほなら自分も見逃せてか。まだwをつことるし、ホンマあほやなあ。
120 :
吾輩は名無しである:05/02/08 20:48:05
>>119 あんたもほんま「wのひと」につきあうって、あほやでぇ〜w
>>27のwちゃんなんか、また誤読して
>>30で注意されとってからに、
まだ懲りへんのか。あほやなあ。
122 :
吾輩は名無しである:05/02/08 20:55:19
>>121 三流とか(自分のことは棚に上げて!)叩いてる人に、
>>27のいってることは
わかんないだろうなw
神聖喜劇については
>>21で、わたしは書いただけだよ。
>>122 いくら他人と言うたかて、
>>27に同調してその誤りを認めないなら、正味あほの仲間入りやな。
124 :
吾輩は名無しである:05/02/08 21:02:58
>>123 てかさw
>>80以降の書き込み、見てからその言葉いいなよw
あなたが参加してたかどうか知らないけど「w」がどうとかいうまえに、
あなたが、そうとうのばかじゃんwww
125 :
吾輩は名無しである:05/02/08 21:05:13
と、スガと関係ないことで話が始まるので、この辺で。
キモイとか三流とかどうでもいいから、本の内容や、
神聖喜劇評がどうだったとか、そう言う話が聞きたいな。
精神分析的な読みかたが「悪い冗談」って言ってた人はそれを
説明して欲しいな。括弧で括ってたから、なんか意味を持たせてたんだろうけど。
>>122・
>>124 「
>>27のいってること」って何だ? ちゃんと言ってみな。
根拠なく他人を罵ってないで、
>>30の批判に反論してからにしろや。
このままではwを使用する人はやはり馬鹿なんだなあと再認するほかない。
>>126 もういいよ・・・そんなこと・・・
あなた怒り過ぎて、興奮してて何言いたいのかよくわかんない。
じゃあね!
>>125 「悪い冗談」てのは
>>24からの引用やんか。そんなんもよう読み取れへんのかいな。
都合が悪くなると逃げるねんな。
129 :
吾輩は名無しである:05/02/08 21:18:18
>>128 いや、それ前提で、なんか意味持たせてっていってるんでしょ・・・
常民に続いて、あなたを「やんか」って名づけたいよ。
その前にwちゃんは、
>>27に同調するなら、
>>30の批判に反論しろってば。
追及を躱すため話を逸らしても、ダメよん。
131 :
吾輩は名無しである:05/02/08 21:32:20
100万出すんで、僕の本を出版してください
スガ秀実はさ、
蓮實みたいな条件法や仮定法による語調緩和ぬきに
性急に断言しちゃってるでしょ(そこが「急進主義者」たる所以かもしれんが)。
つまり文章に冗談としての遊び、悠然とした体勢がないから、
それでいつもマジになっちゃって「悪い冗談」になるんでないの。
言葉を取り扱ってる文藝批評家として、文章が拙いのはどうかね。
そこは中沢新一みたいに悪達者な文章家の方がまだずっといい。
133 :
吾輩は名無しである:05/02/08 22:28:20
悪達者って、、、50代の方ですか?
照れ隠しの方法が蓮實と真逆なだけ
みたいな印象があるのだが。
今の超高速な社会にあってるし(・∀・)イイ!!
とすべし
135 :
吾輩は名無しである:05/02/08 23:18:21
じぇんじぇん時代に合ってないと思うが。
スガの作家への煽りの文体からして60年代っぽい。
>>134 照れ隠しにもなっとりゃせん。そもそも冗談になってないんだから。
137 :
吾輩は名無しである:05/02/08 23:38:41
>>136 いえいえ。良識ある読者はスガを冗談として受け取っているんですから。
>>137 作者のキャラクターに頼らず、文章だけで冗談として読み取れる書き方してるかね?
例を挙げて指摘してほしい。
特に精神分析とかのこじつけ解釈なんか、あれが冗談として受け取れるかな。
蓮實の『夏目漱石論』みたいに荒唐無稽さを保つことなく、真理の言説に転化してる。
中沢新一みたいなあからさまな嘘臭さをまとってみせる文体も無い。
>>138 とりあえず君の文体にユーモアがないのはよくわかった
スガは文章がっていうか、主張自体が冗談めいてたりする事あるね。
『こゝろ』のK=King説なんて「えへー言ってみちゃったー」てなもんでしょ(笑
>>139 前スレッド既出。
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1101121714/15-22 糸圭秀実『「帝国」の文学 戦争と「大逆」の間』第七章注(4)pp.358〜359
「なお、『こゝろ』のこの問題をめぐっては、それを「正視するに堪えない馬鹿馬鹿しさ」
(小谷野敦「『天皇と文学』という問題は存在するのか」「文學界」二〇〇一年五月号)という
批判が存在する。それは、一見するとまっとうな批判である。しかし、天皇制とは、その「馬鹿
馬鹿しさ」それ自体のことではないのか。つまり、Kとは誰かという問いへと多くの者が必然的
に誘われること自体が、天皇(制)的なのであり、その問いを回避して「正解」だけを抽出する
ことは不可能である。本書(本章)とともに、私が先の拙稿「『こゝろ』論」を破棄しない理由
も、そこにある。」
>馬鹿馬鹿しいからこそ「あえて」やった
そんな素振りが糸圭の文章のどこに見出せるのか、具体的に挙げなさい。
単にクソ真面目にやってるとしか見えぬし、クソ真面目と区別できる差異化も無い。
141 :
吾輩は名無しである:05/02/09 00:37:20
>>140 前スレでは常民さんが敗退って形で、帝国の文学については
おわってるはずだけどww
>>141 いや読み返すと、むしろwちゃんが逃げててお話にならない。
結局、文章に即して検討してないし。異論があるなら具体的に指摘してくれないかな。
え、別に私w氏じゃないけどちょっと待って。
>「僧籍」、「送籍」、「双籍」という三つの主題それ自体が、「K」という「漱石」的象形文字を形成してるとは言えないだろうか。
だとか、「K=King」だとかを読んで、
本気で「クソ真面目にやってるとしか見えぬ」って思うの???
私はこれ読んで「アホな事書いてんなあ!」って笑ったんだけど、
これに対して「何て牽強付会な!」って「クソ真面目」に怒ったりするわけ??
どう見たって「だからK=Kingなんだ」って言うには論理が飛躍しすぎてるし、
下手なダジャレとしか思えないんだけれど私には。
144 :
吾輩は名無しである:05/02/09 01:06:12
また、プロ固定が紛れ込んでる
プロ固定歓迎
>>143 もちろん内容からは、アホな事と見るのが普通だね。小谷野敦も馬鹿馬鹿しいと言った。
ところがスガは、それを四の五の真面目な理窟をつけて「破棄しない」わけだよ。
オイオイどうやら本気らしい。
実際スガは二年前か、日本近代文学会の春季大会で大逆事件をテーマにしたとき
大杉重男と一緒に会場から質問し、壇上の研究者らに自分の解釈への意見を述べさせようと迫った。
しかし質問された研究者側からすればあんな悪い冗談みたいなこじつけにまともに応答できないのが当然だ。
だもんで話は全然すれ違ってた。もし冗談として述べるならそれなりの述べ方があったでしょ。
真面目を装った冗談にしても「論理が飛躍しすぎ」で偽装が不充分だし。
それに「下手なダジャレ」って意味では、その下手さで既に冗談として失格してるわけで。
147 :
吾輩は名無しである:05/02/09 19:46:13
スガのヒューモアが生真面目さと表裏であることは
別段2チャンネラーの指摘をまつまでもないが、
そのあらわれ方は多様で、たとえば『世紀末レッスン 』(1987・パロル社)であれば
一見ほとんど中身のないばかばかしさに満ちているかのようでいて、
最近それなりに論理を整えたスガ的言説のコアな部分が背景に見え隠れしており、
案外首尾一貫しているのだなあと再読して(本当はしてない)驚かされたりもする。
『JUNKの逆襲』(2003・作品社)であれば『レッスン』の延長上に位置づけられもしようが、
それらの対極にある『小説的強度』(1990・福武書店)は別にほとんどの著作にあっては
生真面目にやろうとしてどうしてもそれをやり通せずに<不可避>に茶化しを入れてしまう
スガの性癖が読み取れるのであるから、そう考えてみるともともとスガにあっては
余裕を前提とした高踏な遊びといったところに分類される冗談は
無いものねだりに過ぎないのではないかと思えてくるのである。
148 :
吾輩は名無しである:05/02/09 20:21:27
角田光代たんを罵倒してから嫌いになった。
149 :
吾輩は名無しである:05/02/10 09:26:49
>実際スガは二年前か、日本近代文学会の春季大会で大逆事件をテーマにしたとき
>大杉重男と一緒に会場から質問し
近代文学会にも出没してるのかww
あらまたwちゃんが。揚げ足取りしかできなくなったのね。
151 :
吾輩は名無しである:05/02/10 11:11:40
『世紀末レッスン』所収のプロレス論は面白かったなあ。専門学校とアカデミズムの話なんかは
『JUNK〜』にまで引き継がれてるよね。
>>151 短文は良いよね。『JUNK〜』の「長い評論」は、逆にもっと長く書けば面白くなったんじゃ
ないかと思う。中途半端な長さだと生真面目さと冗談のごちゃまぜ感が足りないから、
支離滅裂さもいまいち楽しめない。
ちなみにcf.のスレには不参加だったんだけど、アンチニヒリストとか懐かしいな(笑)
アンチニヒリストって今も近大にいるのか?
>>146 「スガは冗談ではなく真面目にやっている」なのか
「スガは冗談を言おうとしているがそれに失敗している」なのか、どっち??
スガのスタンスに即して読むのと、そのスタンスの妥当性を問うのとでは違うわけで、
主張がブレてるからレスがしにくいんだけど…。
というか、真面目と冗談とを厳密に区別する必要があるのだろうか?
スガは根本的にはロマンを棄て切れてないとは思うけど。
156 :
147:05/02/10 16:39:12
>>151 最高傑作という括りが適切であるかどうかはいささか疑問の残るところで、
とりあえず好き嫌いで私見を述べるならば、『世紀末レッスン』のばかばかしさは
スガの資質がうまく出ている好著であるように思う。
確かにスガの場合コラムのような短文にその真骨頂は見易いのであって、
長い評論ではしばしば論理と論理のつながりが粗略になる傾向があるのではないか。
一見して飛躍に満ちていようとも、すぐれた著作には必ずなにがしかの稠密な
論理の流れを読み取ることができるのであるが、スガの著作にあっては論理の断片が
ちりばめられているかの印象を免れ得ず、それゆえにせいぜいのところ
147のごとく「最近それなりに論理を整えたスガ的言説」と述べるに止まることとなるわけである。
157 :
wの人ですが:05/02/10 16:42:34
>>155 それは前々スレあたりでも言ってたはずなんだよね。
区別できないってね。それを区別するのは、漱石の
内面を探ることにしかならないだろうって。そのときは存念
っていってたかな。スガがシニシズムから切れてないんじゃないかって話は
そのときも出てたね。
「まじめ」では考えることのできない部分こそ、大逆であり
天皇であるっていう、スガのいうことは、それなりに納得できるって
話だったんだよね。まあ、面倒じゃなかったら、前々スレから見て
もらえば、常民さんとかの立場とかわかるんじゃないの?ww
>>146 でもさ、何で研究者側は「ちゃんと」大逆を思考できてると、あなたは思うわけ??
下手な冗談かどうかはどう示せてるの?わるいけど、小谷野のやつばっか引いてるけどさ、
あんなの結局「常民」がいずくんぞ知らん、みたいな態度で終わっちゃう話になるじゃない。
それこそ下手な「冗談」だよ。
それと蓮實の「漱石論」だけど、確かに面白いけど、あれも、大杉が批判するように、
漱石肯定じゃない?スガはそれと違うと思うけど、そこはどうなの?並べて
比べてるようだけど。
>>150 蛇足だけどww、わたしは
>>141以降書いてないよww
もともと近大には行ってないよ。ビラを配っただけ。
159 :
吾輩は名無しである:05/02/10 19:22:43
アンニヒよりは栗原の方がマシ。
>>157はまともに文が読める読解力を習得するまで、書き込んぢゃダメだよ。
【蓮實】……橋本治さんまで小林秀雄について語るっていう現状が、どう見ても健康
でない。それは、あらゆる人が漱石について語る――これは糸圭批判になるかもしれ
ないですけれど――状況に似ている。私が漱石論を書いたのは、「もう漱石なんかい
らない」という話です。漱石なんかについて必死に語るのはやめようということを、
ある種のディコンストラクションとして『夏目漱石論』(青土社、一九七八年)を書
いたわけです。……
『思想読本11 1968』
161 :
吾輩は名無しである:05/02/11 01:38:35
新宿紀伊国屋5階の、スガとかダメ連とかくたらないコーナーがあったので、射精してきました。
>>154 68年革命論に即して判定すれば、
冗談めかして語ってみようとするがマジの根(=左翼?!)が切れてないってとこか。
で、全然洒落になってないと。
事実と不釣合に大袈裟な話を、誇張としてでなくマジで説いてる風にしか見えない。
それは端的には、スガの繰り返し多用する強引で性急すぎる構文パターンにも明らか。
「AはBである。それはAが(常識的には)非Bであるとしても、そうなのである」って奴ね。
もし68年って己が過去の青春を完全に洒落のめして語ることができれば
スガのことを見直すんだけどな。
163 :
吾輩は名無しである:05/02/11 02:30:39
(2月8日発売)
『LEFT ALONE ――持続するニューレフトの「68年革命」』
スガ秀実、井土紀州、松田政男、西部邁、柄谷行人、津村喬、花咲政之輔、上野昂志、丹生谷貴志著
四六判 / 縦組 / 並製 / カバー
368頁
2200円
「68年革命」とは何か――。運動の核心と可能性を徹底的に語り尽くした、同名の映画のインタビューを全て収録。
運動の理論的支柱を担った思想家・論客に、当時の理論的背景、社会状況、彼らの個人史などを聞くことにより、運動の限界と可能性を検証し、21世紀の現在における社会変革に有効な運動を模索。膨大かつ詳細な注釈・年表、当時の写真でさらに明解に位置づける。
映画は共産主義に似ている(スガ(※)秀実)
序章 スガ秀実 今なぜ「68年革命」なのか
小ブル急進主義であること/今もなお進行している「革命」
第1章 松田政男 日共体験・直接行動・第三世界
第2章 西部邁 綱渡りの平衡棒を求めて――ブントからコンサバへ
第3章 柄谷行人 整体としての革命
第4章 津村喬 身体の政治性/政治の身体性
第5章 花咲政之輔 ニューレフトの行方
『LEFT ALONE』……見返される現在(上野昂志)
物質化された「68年」のロードムーヴィー(丹生谷貴志)
『LEFT ALONE』製作ノート(井土紀州)
年表/索引
http://www.akashi.co.jp/Asp/details.asp?isbnFLD=4-7503-2045-5 あれ? 丹生谷貴志と上野昂志が追加されたのか。
165 :
吾輩は名無しである:05/02/11 02:47:28
宣伝うざいよ。
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1087909226/933- 933 :まいぺーす :05/02/11 03:03:27
鎌田哲哉編『ブックレット重力NO.1/LEFTALONE 構想と批判』(「重力」編集会議)
2月26日緊急出版だそうです。内容は、鎌田哲哉「途中退場者の感想−−LEFTALONE批判」
井土紀州「末吉」、穂積一平「「途中退場者の感想」を読んで」、すが秀実・鎌田哲哉
「〈対談〉小ブル急進主義は原理たりうるか」ほか。「途中退場者の感想」は、『LEFTALONE
−−持続するニューレフトの「68年革命」』(明石書店)用に執筆されながら、出版社側が
「他の書き手、特に柄谷行人の意向に遠慮して掲載を却下した」もの。すが秀実との対談は、
そのため、逆に鎌田の方から、掲載を拒否したそうです。上記の情報は、2月10日の
『LEFTALONE』終了後、配布されたチラシによります。
さあ小ブル急進主義はドン柄谷に造反できるか?!
167 :
wの人ですが:05/02/11 06:10:48
>>160 はいはい。
今までのような漱石論に終止符を打とうとした意味で、ディコンストラクション的
試みだったかも、ということはできるかもしれない。でも、この発言持ってきて
「でしょ?」はありえないよねw
旧来の漱石の存念を探ってきた熱意に、表層の戯れではぐらかせたとしても、
それがなぜ漱石こそ終止符を打つ必要があるのか?それは特権じゃないのか?
その戯れを漱石において豊饒性と結び付けてしまう危険はないのか?とかあるでしょ。
大杉の「アンチ漱石」は、そう言うことも批判してるじゃない。それは無視できないんじゃないの?
この発言がそれほど、スガ批判になってるとは思わないけどね。
68年読本を必死に引用してるあなたこそ、すがの編集に依存しまくりじゃんww
168 :
吾輩は名無しである:05/02/11 06:47:38
>>166は
>ドン柄谷 とかいう気持ち悪い表現を使って
柄谷のお馬鹿な権力を逆に強化してやるような倒錯的な真似から
まずは早急にやめるべきだと思うよw
そういう基本的な意識から、はじまるんだからさ
しかし鎌田が何を言っても虚しいのは、しょせんスガの土俵で踊ってるだけだからでしょう?
あるいは、踊らされてるだけって。
それがみえみえだから
>>167は大杉に乗って蓮實を批判したつもりで、スガ批判になってることに気づかんのかね?
171 :
wの人ですが:05/02/11 13:19:27
>>170 なにいってんのw
じゃああなたなんでスガ批判に蓮實持ってきてるのwwこれが解ってたら
蓮實をスガに当てて、スガ批判しないでしょ。なんでも一緒だね、さすが常民w
大杉がスガ批判してるのは知ってるよ。でもさ、蓮實が漱石論に終止符というか
もうそんなに一生懸命論じても駄目だよといった後に、スガが漱石と大逆をさらに
論じるって、じゃあどういうことか考えれば?
表層的な部分をスガは蓮實から受けてるかも知れないけど、スガはそれでも、漱石は
自然主義者「同様」に大逆にはある種無力だったって話じゃない。
だから花袋や漱石が同じ地平に出てくるんでしょ。
漱石に終止符打つわけじゃなく、また常民的無関心でもなく、扱うってことだよね。
172 :
吾輩は名無しである:05/02/11 13:21:09
それにしても蓮實センセのあのイヤミったらしい語り口には
胸糞悪くならないかい?
橋本龍太郎と双璧、いや、知った振りこきゃがってという点では、
橋本以上だな。
スガの軽薄浮蝶な語り口のほうが全然胸糞悪いよw
スガも蓮實も学習院仲間だよ
>>171 >その戯れを漱石において豊饒性と結び付けてしまう危険はないのか?
スガもな。いやむしろスガの方が考慮がない分危険かな。
大杉ですら漱石批判が漱石延命になる危険性に自覚的だってのに。
スガの乱暴な論は、やがて修正さるべき錯誤を含む不完全な言葉であることで
却って議論を説話論的に持続させるので、捏造された問題を延命させかねない。
176 :
吾輩は名無しである:05/02/11 13:39:32
>>174 こういうことを言うやつはマジの馬鹿だな
ひとことで学習院といってもピンキリなんだよw
学習院でも大学部はただのマスに開かれた一般大学の営業をしてるだけ。
少々大きな規模の普通大学である。
蓮実のように、初等科から学習院にいるような人間は階級が最初から違う。
そもそも蓮実は大学進学で院を抜けて(二浪して)東大入ってるんだから
全然人生の種類が異なる
どうでもいいけど蓮實は一浪。
178 :
吾輩は名無しである:05/02/11 13:43:34
そういえば新潟地震で有名になった小千谷とか山古志のあたりって
あの辺がまさにスガちゃんの出身地だろう
179 :
wの人ですが:05/02/11 13:52:17
>>175 マジで意味不明ですよww
とくに
>スガの乱暴な論は、やがて修正さるべき錯誤を含む不完全な言葉であることで
>却って議論を説話論的に持続させるので、捏造された問題を延命させかねない。
これ何言ってるの?スガは別に終止符うとうとしてないよw大杉もだから書いてるんでしょ。
スガは、蓮實の終止符以後にあえて漱石にこだわってるんでしょ。
持続とか関係ないよ。
しかし意味不明のレスだねww
>>179 わからないのを自慢してどうすんの。開き直りか。
スガは「僕も何とか漱石を終わらせようと思って」云々と喋ってたけどなー。
181 :
wの人ですが:05/02/11 14:11:59
>>180 いや、下手に難しく書こうとしてるのが痛いだけだよ。
なんにも内容がないものww
発言好きだけど、その終わらせるって、蓮實のいう終止符と同じかどうか
自分で考えなよw
開き直りは自分だよ。
>>175は本当に何かいてあるか意味不明だもの。
要約すればw、不完全なので、修正されるので、説話論的になるので、
延命させかねないってことだよねww論理重んじるあなたらしくもなく、
何の論理的なつながりもないじゃんw
182 :
吾輩は名無しである:05/02/11 14:23:07
みんな レフトアローン見た?
>>181 必死だね、話をそらすのに。落ち着いて、以下に回答しなさい。
スガ自身が「僕も何とか漱石を終わらせようと思って」と語ったのを、読んでるのか読んでないのか。
で
>>179の「スガは別に終止符うとうとしてないよ」は撤回しないのか。
撤回しないなら、それを矛盾としない読み方を提示しなさい。
スガの談を読んでないからできないかな? 読んでるなら前後を引用できるはずだな。
あと、蓮實重彦すら読んでないのか? わからなきゃ『物語批判序説』第二部でも読んどけ。
184 :
wの人ですが:05/02/11 14:28:52
>>182 まだ見てないよ
>>183 話しそらす以前に、そんなに読んでてなんで、そんなにバカなわけじゃあ?
スガは終止符なんて打とうとしてないよ、繰り返すけどww
引用とか関係ないよwwスガのスタンスと蓮實の漱石論のスタンスは違うでしょ
読んでるならそれくらいわかると思うんだけど。
全く説明になってないねえ。
無根拠に言切ってみせても、逃げ口上にすらならないよ。
>スガのスタンスと蓮實の漱石論のスタンスは違うでしょ
なら「僕も何とか漱石を終わらせようと思って」と言ったのはなぜかな?
まだ、どこで言った発言だかわかんないの? 本当に読んで(読めて)ないのか。
wの人も、誤りは素直に認めた上で、反論すればいいのに。
それをしないから不毛になる。
187 :
wの人ですが:05/02/11 14:37:01
それと、あなたの引用って別に、あなたがスガ批判する根拠には全然
なってないわけだしさ。
不完全な論だとか、乱暴な捏造だとかさ、どこが捏造なのかっていうのは
全然示せてないじゃない。近代文学会の話持ってきたり、小谷野持ってきたり
今の発言持ってきたり。「でしょ?」って感じで引いてるけど、それは違うよ。
単にスガの反対=捏造じゃなく、ちゃんと分析されてるっていうほとんど偏見に近い
ものだからね。大体、研究者がちゃんと大逆やってると思ってることがおかしいし
小谷野的「常民」なんて、いずくんぞしらんやってことでしょ?反論にならないよ。
蓮實のことだって、蓮實がスガ批判になると思って引用してる自体もうすでに
痛いじゃない。読んでるんなら、蓮實持ってくるのはまずいって「読んでない」
わたしだってすぐに気づくけどね。
つまり常民さんの批判ってたんに「けなし」の範囲を、下手な漢文と引用で
だましだましやってるだけだと、わたしは思うけどね。
>>187 >大体、研究者がちゃんと大逆やってると思ってることがおかしいし
どこにそんな発言が? またまたwちゃんの誤読。そんなこと誰も言ってない。
で、スガが「僕も何とか漱石を終わらせようと思って」と言ったのは知らないんだな?
話をそらしても駄目だよん。
189 :
吾輩は名無しである:05/02/11 14:41:32
スガ好きは語るねえ。
190 :
wの人ですが:05/02/11 14:44:32
>>185 >なら「僕も何とか漱石を終わらせようと思って」と言ったのはなぜかな?
それこそ、漱石の特権化と存念の忖度から離れるってことでしょ。
蓮實も結局は大逆を論じきれないし、それは大杉も批判してるしね。
その意味で、終わらせたいっていうのは、大逆無視の漱石万歳を
終わらせるってことでしょ。蓮實的な「終止符」とは底に差異があると思うけどね。
で、大杉もスガ批判するけど、たしかにある種文学主義的に漱石を扱ったっていう意味で
そう言う批判からは逃れられないのかもしれないけど、大杉もスガをたたき台に
胃が大逆したとか言ってるわけじゃない。
蓮實が漱石の内面批判として、それは研究者の内面批判としてのディコンストラクション的
終止符だとすれば、スガは、それでは壊せない天皇と大逆の問題に終止符が
打ちたいってことでしょ。
預言者漱石、マルクス=漱石っていう、悪しき文化研究からの切断っていう意味もあるだろうね。
そこを、蓮實の「終止符」とまぜて、スガも「終止符」っていってるだろ、では
何もいってないことと同じじゃん。引用引用わめくまえに、まず自分でちゃんと考えるようにww
191 :
wの人ですが:05/02/11 14:46:34
>>188 引用鵜呑みにしてる時点であなたは駄目w
話しを引用で中和させてるのは自分だよww
192 :
wの人ですが:05/02/11 14:52:09
蓮實的ディコンストラクションでは壊せない、天皇と大逆へのアプローチとして
小谷野が言うような「冗談」みたいなアプローチを敢えてとってるわけでね。
で、これは前々スレからだけど、その真面目じゃない冗談でしか、天皇や
大逆は分析できないんじゃないの?っていうのが精神分析批評だったって
話に繋がるんでしょ。
さあ、いよいよwちゃんの頭は混乱して参りました。これは見ものです。
>>179 >スガは別に終止符うとうとしてないよw大杉もだから書いてるんでしょ。
>スガは、蓮實の終止符以後にあえて漱石にこだわってるんでしょ。
――といった、舌の根も乾かぬうちにこの科白。
>>190 >スガは、それでは壊せない天皇と大逆の問題に終止符が
>打ちたいってことでしょ。
繕ってみるほどにボロが出る出る。
スガが「僕も何とか漱石を終わらせようと思って」と言った「僕も」は
蓮實に同調してだわな。やはり読んでないのか。
194 :
wの人ですが:05/02/11 14:56:01
>>193 「僕も」だけで即断するのは間違い。
それは書いてるもので判断しなくちゃ。ぼろじゃないよこれは。
あなたがバカみたいに引用だけ頼りにしてるから、あなたにぼろが
でてるの。それを人に転化しないようにwww
その同調に差異読まなきゃ。何で一緒だと思うわけ?文脈無視で
引用だけであなた判断してるの?しかもそれって対談だよ??
ばかじゃないのwww
wの人が前提としているのは、
小森叩きだろう。
しかし傍目にはスガの小森叩きは、
それこそ弱い物いじめだな。
新左翼が代々木を叩くときの、古くさいレトリック。
俺はそこには射程は何もないと思うよ。
196 :
wの人ですが:05/02/11 14:57:36
言葉が同じなら、対談で「僕も」といったら同じだっていうのは、小学生の
屁理屈じゃないんだからみっともないよ。
一応、わたしは流れは香じゃないのって書いてるんだから、引用で混乱してないで
自分でちゃんと考えなさいwww
197 :
wの人ですが:05/02/11 14:58:35
>>195 漱石研究って雑誌をあんなに発行して、教科書選定なんかにも関わってる
小森が弱いものって、初耳ですね。
wの人によれば、
「スガは別に終止符うとうとしてない」が「終止符が打ちたい」んだとさ。
矛盾を矛盾とも感じないこの非論理性はスバラシイ。
>>197 新左翼のレトリックから見れば、
代々木関係者は何者でもなく、
アプリオリに退けられる厨扱いだろう。
200 :
wの人ですが:05/02/11 15:03:43
>>198 本来的な終止符なんて無理だよ。
ある種の「切断」を終止符って呼ばないかぎりね。
しかも切断と持続は切り離せないわけで、その切断は新たな持続でしょ。
スガの終止符と蓮實的終止符が違うものであることは、上記から考えれば
全く非論理的な話ではないよ。蓮實的脱構築では壊せなかった、天皇の問題を
扱ってる点で、蓮実的終止符はスガに持続し、スガの帝国の文学での切断は
さらに多すぎとかに批判されるわけだからさ。
終止符って、以後一切がなくなるってことじゃないでしょ。そんなの終止符でもないし。
wの人みたいに「自分で考える」と錯乱に陥るのか。ヤだなあ。
202 :
wの人ですが:05/02/11 15:05:28
>>199 それと実際に権力ないかは別じゃない。
実際小森は、日露戦争以後の文学研究では今なお指導的な地位だし
小森=漱石でしょ。
>>200 >スガの終止符と蓮實的終止符が違うものであることは
もし違ってたとしても、どっちにしろスガは「終止符が打ちたい」んだろ。
なら
>>179で「スガは別に終止符うとうとしてない」と言切ったのは誤りだ。
そこで「蓮實的終止符を打とうとしてない」と書けなかった以上、矛盾で、前言撤回になる。
204 :
wの人ですが:05/02/11 15:08:54
>>201 錯乱するかもしれないねww
でも、引用で混乱してるより、まだましだとわたしは思ってるけどww
むしろ小森陽一以上に強敵で批判が必要なのは柄谷行人だな。
>>202 でも小森に強硬姿勢を取るスガは柄谷には弱いねー。
206 :
wの人ですが:05/02/11 15:12:17
>>203 それは屁理屈というんだよ。あなたほどバカじゃなかったら、そこもその字義
どおりに、「愚直」に「常民」的には読まないもの。あなたこそ流れ、見失ってない?
スガの終止符が新たな持続を生むからって、前言撤回にならないよ。
帝国の文学と、蓮實の漱石論読んでさ、同じ終止符だって思って読んでるじたい
あなたこそ批判されるべきだよ。スガじゃなく、あなたのその愚直で真面目な
読み方にこそ、ディコンストラクション的終止符が必要だよwww
>>204 引用すらまともに読めない奴がナニ言ってんの。
>>206 『「帝国」の文学』と『夏目漱石論』で終止符の打ち方が違ってるかどうかは別問題。
>>179の書き方ではスガはどんな終止符も「うとうとしてない」としか読めない。
いくら後になって取り繕っても、そんな風にしか書けなかったあんたの負けだ。
それに、異なる終止符であるならなぜスガはちゃんと蓮實にそれを述べないのかね。
結局、(笑)でごまかして屈服してるんだよな。
209 :
wの人ですが:05/02/11 15:24:12
>>208 勝ち負け言い出したってことは、相当負けてるねww
終止符と持続が引き剥がせないものなら、スガは終止符を打つと同時に
持続も提示してるわけだよ。それは、矛盾じゃないの。
切断したいは、持続を含みこんでるからね。だから、スガの「終止符」を
両義的に読まなかったら、意味ないじゃん。
論理論理いいすぎて、どっちかに決めなきゃっていう生真面目さではそこは
読めないよ。
210 :
wの人ですが:05/02/11 15:26:51
>『「帝国」の文学』と『夏目漱石論』で終止符の打ち方が違ってるかどうかは別問題。
このことはなしてたんだよねww
それにしてもざっくり錯乱してるなあwww
>>210 で、違ってるならなぜスガは蓮實にそれを告げないで同調するのか。
またまた都合悪い質問は無視なのかなぁ?
チンコの逆襲
213 :
吾輩は名無しである:05/02/11 15:32:48
二人とももうやめろよ
不毛だ
>>209 今度は終止符と持続を曖昧にするわけね。
引き剥がせないわけないだろ。「区別しろ」。
215 :
wの人ですが:05/02/11 15:46:43
終止符は持続を前提とし、持続は終止符を前提とする。
一方は一方のなかに、滑り込んでるくらいは、基本的なことだよね?
区別云々するまえにそのくらいの「論理」はわきまえておいてよ。
こんな説明しなきゃいけないことは確かに不毛だね。
wの人はどうか知らんが、前のスレからレスした人たちが常民氏に求めているのは、様々なスガ批判
を前提とした上で、常民氏はどのようなスタンスを欲しているのかってことなんだけど、
それが提示されないから議論がループしてる気がする。
スガ批判に小谷野と蓮実を持ってくる時、両者のスガに対する批判って全然違うものじゃん。
だから分かりにくいんだよな。常民氏は小谷野的になることを欲するのか、蓮実スタイルを
欲するのか、また違う何かを欲するのか(何も欲さないのか?笑)…以上横レス。
>>215 だからって、
>>190の「終止符」を
>>179とは逆に「持続」の意味に取れっての?
言葉を自分勝手に反対の意味に使ってよいなら、矛盾なんて存在しなくなるし、
どんな言抜けもできるわな。
議論が不毛になるのは、wの人が誤りを誤りと認めず遁辞を弄するから。
218 :
wの人ですが:05/02/11 15:57:08
>>217 「逆」とかじゃないの。終止符っていう言葉は言外にすでに持続を含んでる
のは当然って言いたいの。スガの言う終止符は明らかに、持続を言外に語ってるでしょ。よ
これは論理でも言われるでしょ。Aの否定は常にAを肯定しつつ否定記号を
おくわけだから。
その「終止符」の両義性を常民さんは読ま(め)ないから、終止符は逆の意味
なんかないとかいうんでしょ。わたしも「終止符」が逆の「持続」を意味してる
なんていってないんだよ。終止符の言外の持続を、よまないと、帝国の文学も読めないよ。
219 :
wの人ですが:05/02/11 15:59:43
>>217 わたしはこんな瑣末なことより
>>216に対する、常民さんの解答が
聞いてみたいけど。スタンスを拒否してるっていう感じは、こういうのに
こたえないからじゃないの?常民って言葉だけで、解答を回避しないでよw
横レス続き。持続と終止符問題はいつものように議論平行線なので置いといて…
蓮実の漱石論は、漱石の物語に「深遠さ」を見出そうとする一連の漱石論への切断として
書かれた、と見ていいのだろうか?
一方スガの漱石論は、蓮実的な表層批評の後に、カルスタ経由で漱石を反体制的な人物にしよう
とする、漱石論への批判として書かれている、と見れるよね(Kをめぐる議論なんて蓮実以降
でないとあり得ないし)。
んで蓮実の「終わらせようとした」に対してスガも「終わらせようとした」と言ってるらしい
(言ってるの?俺この発言まだ読んでない)、そりゃまあ二人とも終わらせようとしてるよな、
双方別の意味で。蓮実に言わせれば、スガはせっかく「終わらせようとした」ことをまだ続けて
るし、スガに言わせれば、蓮実が言う「終わり」以降にそれを端緒として「世紀末予言」的な
(笑)漱石論が書かれている以上、漱石について語ることをやめれば問題は解決するものでは
あるまい。
んでまあ、何を言いたかったかと言うと、蓮実の「終わり」と小谷野の「語るな」は全然別だと
いうことでした。しかしまあ、俺のレスも長い割に内容がないよう(笑)
>>216に同感かなー。
その辺はっきりすると議論の見通しが良くなるかなと。
でもまあ、「終止符/持続」の意味が抽象的すぎてよーわからんのも確か。
>>216 自分がどうあることを欲するかなんて実存的問題は下らない、各人で処理すればいいこと。
糸圭スレッドなんだから、読者としてスガにどうあって欲しいか/欲しくないかって
要望や批判を述べてればよいでしょ。
もっと蓮實位に文章を工夫しろとか、『世紀末レッスン』の方向でいけとかさ。
223 :
wの人ですが:05/02/11 16:08:10
>>222 そう言う擬似相対的立場がループになるって言ってるの。
なんにも「実存」なんてここに関係ないよw
要望批判って、トーンダウンしてるね・・・
>>220 そうそう、その流れで、話して来たんだよね「終止符」の違いを。
黙示録的な預言者漱石へのスガの批判は、そういう終末-目的-漱石は
ありえないって意味で、持続だからね。
蓮實の脱構築が崩せなかった大逆問題を、表層的なもの借りながら
やるんだからさ。大杉の「アンチ漱石」の冒頭なんて、もろにその流れ
の書き出しだよね。
>>222 それくらいで全然構わないと思うんだけど。
ただ常民氏の引用とか見てると、蓮実的な文章をより欲してるのではなくむしろ、スガを批判する
ためだけに蓮実を持ってきてる感があるから気になっただけ。
>>147>>151>>152あたりの話は面白かったけど。
ちなみに俺はスガに、蓮実の文体を求めてはいないなあ。むしろスガって、初期の蓮実の影響
もろ受け文体を切断しようとしてるところに面白さを感じる。『世紀末レッスン』が面白いのは
同意。
要するに、蓮実とか小谷野とか節操なく持ち出して批判してるけど
君はスガを批判できれば何でも良いんじゃないの?って
言ってるんでしょ?
>>216は。
てか、蓮實の「サルトル そして終焉の儀式」(『物語批判序説』)とか読んでないの?
227 :
wの人ですが:05/02/11 16:15:21
そう考えると常民さんのスガへの愛は、ここで一番強いってかんじだね。
>>225 節操? スガを批判した代りに小谷野敦や蓮實重彦を信奉すればよいわけではあるまいし。
是々非々主義で、言ってることがもっともだと思ったら誰の意見でも採用すればいいぢゃん。
>>223 冒頭って「身体なき器官」の漱石解剖のくだりかな?
『アンチ漱石』は、大杉が拘泥する「固有名」問題と、「漱石神話の彼岸」を語る(?)上で
同じく大杉が拘る「生成」がいまいちうまくかみ合わない感があった。
ってこれはスガスレで言うことでもないな。
>>228 いやいや、それで良いんだよ。蓮実の意見がもっとも、という感はなきにしもあらずだし。
ただ気になるのは、あなたが何らかのスタンスを持っている上でスガを批判し、そこに
数多のスガ批判の言説の引用があるのではなく、とりあえずスガを批判している言説を
見つけて引用、っていう風に見える、ってことなのさ。
別に小谷野か蓮実かどっちかにせい!とか言ってるわけではないから(笑)
231 :
wの人ですが:05/02/11 16:20:54
>>229 そうそう、胃が大逆するとかねw
それこそ確かに消化不良だったわけかな。
>>220 >蓮実の「終わり」と小谷野の「語るな」は全然別
馬鹿みたいに語るな。どうしても語るなら蓮實みたいに仕掛けを凝らして、馬鹿の語りを避けろ。
――ってことで一貫するよ。
>>232 なるほどねえ…それって一貫してるのか?
小谷野の批判は「バカみたいに語るな」じゃなくてむしろ「語るのもバカらしい」じゃなかったっけ?
だから前スレで小谷野の言葉は批判された気がするんだが、まあ、もういいや。
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1087909226/963- 963 名前:吾輩は名無しである :05/02/11 16:00:22
『LEFT ALONE』買っちゃったよ。
確かにこういう本にあるはずの「〇〇編」というのがどこにもないな。
著者がパラレルに並んでいる。
井土の「あとがきにかえて」だと、明石書店編集部が編集したことになっている。
むろん井土は感謝しているよ。
966 名前:963 :05/02/11 16:28:27
目次のあとこういう文があった
+++++++++++++++++++++
本書は主として、映画『LEFT ALONE』を構成すべく、2000年から
2004年夏にかけて断続的に行われたインタビュー・対談の記録である。
映画で採用されなかった部分も含め、ほぼすべての記録を語り手ごとに
編集しなおした。しかし鎌田哲哉氏の対談については収録を断念した。
これは、氏が編集部の依頼に応じて書いた追記が他の対談者を批判する内容を
含むため、編集部が本書掲載は不適当と最終的に判断したところ、
鎌田氏が対談の収録自体を辞退する、という申し出があったからである。
スガって柄谷批判してると思うが。それこそ「仕掛けを凝らして」(そうでもないか)
でもまあ、仮に今後スガが面と向かって柄谷批判始めたら、「柄谷に依存している」とか
言って批判されるんだろうなあ、とか思ったりして(笑)
蓮実には批判出来てないよなー。これは蓮実が「強者」だからなのかただ単にスガが蓮実を
大好きだからか(笑)、まあこれはスガのよろしくないところだな。
237 :
吾輩は名無しである:05/02/11 16:38:21
>>235 重力スレによると、鎌田は鎌田で不掲載分の対談などを載せたの出すらしいね。
238 :
吾輩は名無しである:05/02/11 16:39:13
スガは強者に媚びすぎるから、
せっかくの妥当な小森批判も台無しになっている。
繰り返すが、新左翼が共産党叩くのは簡単なんだよね。
予め大義を担っているから。
スガもそうしたドグマティックな批判の変種に見える。
239 :
wの人ですが:05/02/11 16:40:01
>>233 >>188と
>>211は、スガ論と蓮實論の差異見ればいいし、スガの終止符
は単なるおしまいではないことはすでに言った。
>>205は「日本近代文学の誕生」と「帝国の文学」がある種柄谷批判だって
ことじゃないのかな。大杉が柄谷の漱石論を批判する文脈が、スガにも
当てはまるだろう。漱石が自然主義者に限りなく近づくって発想は、柄谷
にはできないだろうから。
>>236 スガの柄谷批判ってどの辺で読めます?
その「仕掛けを凝らして」(?)が腰の引けた態度でなければいいんだけれど。
>>239 いや
>>188は「研究者がちゃんと大逆やってる」って誤読についてだ。
また
>>211は「スガ論と蓮實論の差異」があるなら何故スガが蓮實に面と向ってそれを告げられないかを問うたもの。
柄谷にできない発想をしても、それを柄谷の論の名を挙げて対置させなければ批判になるまい。
なんだ、常民はスガに柄谷・蓮実を面と向かって批判しろ、と言いたいのか?
それはまあ、過去スレからも、他のスレからもよく出される批判だな、確かに。
でも常民的には、批判したらその言説に乗っかるからダメ、とかではなかったのか?
(天皇制の問題とかでそういうこと言ってなかったか?)
>>236はそれを揶揄して言ってるんじゃないのか?
天皇制を批判したら天皇制になるとか言ってるのはスガ達の方だね。
>>242 ……「構造主義的天皇制論」の隆盛のなかで、「○○○○こそが天皇制を支えている」
といった言い方があちこちでなされるようになったのだが、その際「○○○○」のなか
には、「文化勲章を欲しがること」などと並んで、「天皇制を王権論の中に組み込むこと」
とか、時には「天皇制を否定してみせること」などが挿入されたのである。この言い方
にはいくつかの変形があって、たとえば糸圭秀実が福田和也との対談で、『不敬文学論
序説』を書いた渡部が「天皇に甘えて」いると言うのも(『週刊読書人』九九年十一月
五日号)、天皇主義者の芳賀徹が否定派の夏石番矢に「番矢さんの天皇制批判は、天皇
制があるからできる」と言うのも、これの一種である(『シリーズ俳句世界2 笑いの
認知学』雄山閣出版)。……
――小谷野敦「「天皇と文学」という問題は存在するのか」『反=文藝評論』55〜56頁
>>243 でも、その中程でこんな風に語ってるよ。
>久しぶりに柄谷さんにお会いする機会があり,出会い頭,「NAMに入れよ」と
>言われ,二秒後には軽率にも「入る」と言ってしまったのでした。その時,
>一瞬にしてNAMに対する,これまで考えていた幾つかの疑問点など括弧入れて
>しまいましたね。
http://www.linelabo.com/nam00b26.htm 最初の方でいくらか疑問を出してても、これで腰砕け。批判としては弱いよね。
>>244 こらこら、その後あなたはこう書いてたよ。
>かくなればもう、郵便ポストが赤いのも電信柱が高いのも、みんな天皇制の所為なのさ。
>不必要に問題を拡張し、ありもせぬ敵を大きく見せ、かくて批判の種は尽きず商売繁昌。
>「我らの内なる天皇制」ってか? それって妄執であり、強迫観念だろ。
>そんなに天皇(制)が大事なのかねえ。
>鼓腹撃壌の庶民にとっては、「帝力、我に何かあらんや」だ。
>イマジン風に言ったら、「天皇制」なんてありはしないのだと想像してごらん、だ。
いかん、引用ゲームになりそうだ、スマン。
247 :
wの人ですが:05/02/11 17:04:44
>>241 まず
>>188だけど、なんで近代文学会で、スガが荒唐無稽な論で研究者
を困惑させたという前提が、いきなり成り立つのか。それは研究者はちゃんと
大逆も研究してますよって前提がなきゃ、かんがえられないでしょ?
むしろ、スガ的な質問が研究者の内面=漱石の内面を、困惑させたって
読んでいいわけでしょ。それこそスガの意図じゃない。
>>211スガがなぜ蓮實に面と向かっていえないかは
>>236がいうような理由も考えられるね。
でもさ、常民さんが、スガの終止符と蓮實の終止符を混同してるから
指摘したのに対して、ならスガはその場で言うべきだったって批判はおかしくない?
対談で言わないから、終止符には差異がないわけではないということと同様に、
面と向かって言うことと、終止符に差異があることは、別だよ。
だから対談の単なる引用だけは駄目だって言ったんだよ。
「近代文学の誕生」では、内面の発見を柄谷が独歩に求めたことへの批判があったと
思うけどね。小説神髄と二葉亭無視してるし、さらに言文一致といいながらも
「舞姫」的文体こそ内面を写していないかって言ってたと思うけど。
うーん、、「文化勲章を欲しがること」と「天皇制を王権論の中に組み込むこと」 と
「天皇制を否定してみせること」の差異を見なきゃ駄目だと思うんだけれど。
これは類型でどれも似たりよったり、って一括りにするんは乱暴すぎやせんかしら。
これは小谷野スレで言うべき?(興味ないから知らんのだが、あるの?
249 :
wの人ですが:05/02/11 17:06:08
>>244 スガがってるんじゃなくて、小谷野が勝手にそう解釈してるだけじゃないかw
>>246の「この後」とは前スレの引用の後、ということです。スマン。
>>248 小谷野スレ、あるけど行って見たらビックリするかも。
あれ見てると、小谷野が可哀想になってくる。ま、どーでもいーけど。
>>246 オイオイ「みんな天皇制の所為なのさ。」は、スガ達の口吻を揶揄してなぞったものだろ。
その意は勿論、何もかも天皇制だなんて馬鹿げてる、だ。
>>247 小谷野敦によれば、「「「天皇と文学」という問題」は、近代文学には存在しない。
それを引いてるのに、どうして大逆事件と文学なんて「研究」を首肯すると読めるのやら。
>>248 小谷野がってより、その批判対象の方が乱暴な議論で似たり寄ったりにしてるわけでは。
区別しろってのは贊成。
>>246 いや、俺は「天皇制なんて〜」の下りを言いたかったんだが。
255 :
wの人ですが:05/02/11 17:21:01
>>252 はあ?小谷野の引用でなんで、近代文学会での、スガ批判になるわけ?
近代文学に天皇と文学って問題は存在しないっていくら小谷野が言ったって、
近代文学会が「大逆事件」をテーマにしてるんでしょww研究者も大逆は
近代文学のテーマでありうることは、スガと共有してるわけ。
ただ、その大逆に対して漱石が特権的な立場にいたとか言うのが、スガの
批判するところでしょ。そして、当時のほとんどの文学者が、大逆事件からの
敗退という側面で「対象教養主義」に突入していくってことだよね。
で、スガは、研究者たちを対象教養主義的な文脈をいまだ保持してることに
批判的なんだよね。つまり漱石の弟子たちの系譜に、研究者もいると。
ここに、小谷野の近代文学に天皇の問題はないっていうのが、どうからんでくるのか、
それを説明しなきゃ駄目でしょ。
256 :
wの人ですが:05/02/11 17:22:08
↑対象>>「大正教養主義」へ訂正です。ごめん。
>>248 スガは卑怯なので面と向って述べられないが、蓮實との差異はあると?
でも、漱石を終焉させられず延命になってるって蓮實的立場からの批判が該当するのは
いかんともしがたいね。終焉させるにはそれだけの書き方が必要なんだ。
また、スガが持続させようとしてるなんてこじつけ推論は全く認められない。
その場合「持続」とは何なのか具体的に述べられない限りは。
まさか漱石論を、KはKingだいやKiten(乃木希典)だと続けるべきだとでも?
それと、柄谷で言ったら、肝腎の漱石論への批判はぁ?
258 :
wの人ですが:05/02/11 17:29:36
>>257 推論じゃない、切断は論理的に持続を要求するのww
いまだに、ここで持続してるじゃない、漱石と天皇の問題がwww
>まさか漱石論を、KはKingだいやKiten(乃木希典)だと続けるべきだとでも?
これは悪い冗談として聞いておくからねwww
帝国の文学が、漱石批判してるのは、柄谷の漱石の固有名化への
批判になるじゃない。面と向かえとかいわないでねwww
259 :
wの人ですが:05/02/11 17:31:18
>>257 明日の準備のために落ちますよw
常民さんは、近代文学会での件と小谷野の話が何で重なるのかを
詳しく説明しておいてねww
ではでは。
>>255 当然、そんなテーマを論ずる日本近代文学会もスガも愚劣だってことよ。
もちろん愚劣さにも程があり、区別できる。
スガの論が実証的には飛躍がありすぎなのは『アンチ漱石』と読み較べただけでも判ること。
しかしそんなテーマをやること自体に意味はない。そこに終止符を打つべきなんだ。
>>253 天皇制批判が天皇制を再生産するみたいな議論と、
そんな遍在する天皇制なんかあるもんかってのは
一緒だと見るわけかい? それとも?
>>257 それを言うたらあんさんの「終焉」も具体性に欠けてますな。
蓮実は有象無象が未だに漱石漱石言ってるのに対して、
「いいじゃないですか、バカは放っておいても」っていう感じで
ひとり「終焉」した気になってるけど、
スガはそれはそれで嫌なんでしょ。たぶんね。
ところで、『アンチ漱石』は実証的なんですか?
あれこそめくらめっぽう(差別用語?)撃ってるだけって気がする。
>>262 終焉については『物語批判序説』参照だってば。ここで述べ切れない。
むろん『アンチ漱石』も飛躍の多いアナロジーばかりで駄目よ。
でも、漱石が修善寺大患前後に亡くなった人たちへの哀感を述べた文を
それが誰々のことか関係者(複数)を記述して挙げた辺りは、
性急に明治天皇一人にのみ絞り込むスガより少しはマシってだけ。
>>260 打つべきですか、そうですか。
まあそれは置いといて、結局日本近代文学会も愚劣、ってことか。
多分この後『アンチ漱石』の話を始めても、結局大杉も愚劣、となりそうだからやめておこう。
常民氏に伺いたいのは、ではあなたが考える愚劣ではない言説とはどのようなものを
指すのか、ってことなんだよね。
>>216と同じような発問になってしまうが。
スガに対する各々の論者の批判それ自体は、議論の対象たり得る(たり得ないのもありそう
だけど)と思うんだけど、常民氏はそれを色々持ち出して、スガを批判するわけじゃん。
でもそれらの言説を持ち出す所以としては一貫性はある、と言うし(
>>232)、ないならないで
どちらかが「愚劣」とするわけで。それって結局批判のための批判をしたいだけなんじゃないの?
と思うのよ。(言わずもがなだけど、個々の論者のスガへの批判がそうなのではなくて、それを
引用してくるあなたの批判的言説が、ってこと)
スガ論と大杉論については以下に同意した覚えがあるですよ。
だが両者の観点は「逆」というより論理的に位相が異なっ
ていると言うべきである。糸圭の論考が圧巻だとしたら、
それは前半「思ひ出すことなど」の精緻な読解を通して
「修善寺の大患」と「大逆事件」の関連を明らかにした点
もさることながら、後半それを『彼岸過迄』『道草』の読解
へと接続していった点にある。そのことによって糸圭の射
程は、「明治期の『死すべき者』たる『王』」のみならず「大
正期の不死の身体をもった『王』」へのプロセス全体(=
『王の二つの身体』カントロヴィッチ)に及んでいるのだ。
一方漱石自身を「天皇」と見たてる大杉論においてはこの
「プロセス」を、言いかえれば「天皇」ではなく「天皇制」を
とらえることはついに不可能である。
(「「無名」としての「非匿名」」中島一夫)
うーんこれは大杉スレでやるべきかもね。横道スマソ
>>264 なになに? 「批判のための批判」はいかんとな。
あれかい、建設的意見って奴を出せってかい。
前スレッドでも出た話だが、自分で出来るなら書き手になって発表してらあ。
>代案は、無い。読者としては出された論を批判・吟味しつづけてゆくだけさ。
>これがいいとは案出できないけれど、どれが悪いかは読めばわかるでしょ。
スガ以外の評論家だって、どれもそれぞれ不満があり(そんなのまともな批判力があれば当然やね)
そのまま無条件に代案には挙げられないわな。是々非々でゆくさ。
>>267 かなり前の週刊読書人。
『アンチ漱石』と『重力』についてのやつ。
>>266 代案云々と言うより、批判するときの根拠の一貫性のなさが気になるってことを言いたかった
んだが、まあいいや。
>>268 横レスだが、それ読んでなかった、サンキュー。
>>269 本人は一貫性が無いとは思ってないんだから、矛盾を指摘しなきゃ始まらないよ。
もっとも、指摘しても理解できなかったり誤魔化したりするwの人みたいな場合もあるけど。
「天皇と文学」という問題なんて近代文学には存在しないっていうのが
小谷野のスタンスでしょ?
で、蓮実のは漱石の神話性を解体するってのがモチベーションですわな。
んで
>馬鹿みたいに語るな。どうしても語るなら蓮實みたいに仕掛けを凝らして、馬鹿の語りを避けろ。
>――ってことで一貫するよ。
って言うんだけれど、小谷野の論のコンテクストに従うのなら、
「どうしても語るなら」っていう留保なんか付けられる余地ないわけじゃないですか。
小谷野にしてみりゃ「漱石天皇制」に相対する蓮実だって
「天皇と文学」なんて擬似問題にとらわれているバカでしかないでしょ。
そうすっと、小谷野と蓮実の両者を持ち出すのって相容れないよね。
端から見ていると、ある時は小谷野を、ある時は蓮実をって言う形で
言を左右にしてるように見えちゃうわけよ。
じゃあ、何で「どうしても語るなら」なんて留保が可能なのか?って普通思うでしょ?
その留保はどういうスタンスから出てくるものなんだ?と。
一貫性がないなあって言う人の印象はこういうところから来てるんだと思うんだけれど。
蓮實は「漱石天皇制」なんてどこかで書いてたっけ? それをマジで言ってたら馬鹿だな。
冗談か遊戯としてなら天皇制論議もまあアリだけどさ。
でもそれには、飽くまで冗談として、マジと化さないための回避の技法が要るよね。
「神話」破壊が新たな「神話」になるのを、『夏目漱石論』でも批判してなかった?
うーん手元にハスミンの本がないから何とも言えないんだけどさ。
「モチベーション」っていう言い方をしたのはそのせい。
「漱石天皇制」っていう言い方はしてないと思うよ。
>「神話」破壊が新たな「神話」になるのを、『夏目漱石論』でも批判してなかった?
うん。分かってる。
で、これって小谷野が否定的に言及する
「『天皇制を否定してみせること』こそが天皇制を支えている」っていう言説の
バリエーションになっちゃわない?と言ってるのね。
ま確かにハスミンは天皇制って言い方はしないんだけど
「物語」「説話的空間」「神話」(=第二の身体)とか言う言い方をする一方で
それに支えられた「王」「父」(=第一の身体)って言う言い方するじゃない。
とすると、やっぱり「神話」っていうのはスガの文脈で言う「天皇制」でしょう。
だとすると何だかんだ言って相容れないんじゃないの?と。
蓮實の説話論的考察を、『王の二つの身体』や天皇制論とつなぐのは無理があるよ。
>>273 物語の批判がこれまた物語になるって悪循環を断ち切るあり方として蓮實は、
「説話論的な持続を支え」る「紋切型」であるサルトル「大戦の終末」に対置して
「完璧な言葉」であるフーコーの『言葉と物』(人間の終焉)を分析してみせたんだしさ。
スガは蓮實に影響を受けても、なぜかこの辺を理解してない節がある。
それとも何か蓮實の物語論への批判があるのか?
275 :
吾輩は名無しである:05/02/11 22:00:26
スガは「おフランス」叩きに夢中なんだよ
だったらまず王寺みたいな奴から締めてやれよなw
277 :
まいぺーす:05/02/12 00:36:39
278 :
まいぺーす:05/02/12 00:38:36
しまった。サブタイトルを入れ替えてしまいました。「新感覚派とマルクス主義」ですね。
モチベーションって餅を使ってやるマスターベーションのこと?
60年のブント学生運動に68年革命を対置したのが、スガの柄谷批判。
それから、まだ柄谷がNAMってタころに、地域通貨批判はしてたよ。
「ファルス」云々の文脈で。Qは通貨足り得ないのではないか?ってね。
それは
NAMの中でも実際には殆どの人間がQなんか信用していなかっただけだよ
何もスガだけの話ではなくて
283 :
吾輩は名無しである:05/02/12 09:58:08
>>282 しかし、それが本当だとして。
なら、何故、NAMに入ったんだ?
NAMの骨子だろ、市民通貨Qって。
Qがダメならば、じゃあ、何が良かったんだ?
選挙+くじ引き?関心系と地域系の二重所属?
それらだけあっても、経済的かつ倫理的な運動にはならんだろ。
284 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:22:22
NAMの本音と建前というのが要するに歴然としたものとしてあった
ということなんだろうなw
そんな本気で、あるいは決意性があってNAMに入ったなんていう奴は
ひとりもいなかっただろう。
ただ批評空間繋がりの左翼団体みたいだから、有名人とかもいて
華やかな雰囲気があるから(他の暗い左翼のイメージと違って)とか
みないい加減な動機でしょう。実際、柄谷の本意にしてもまず第一義的に
なんでもいいから数を増やして宣伝しろ、ということだったんだから。
保険に入ってください、とか営業するような感じで何処いってもまず
NAM入ってください、という宣伝活動をしていた。
285 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:24:53
スガとか岡崎乾二郎の場合でさえも、彼らが主体的に入ったというのではなくて
柄谷にお願いされて入った、あるいは名前を貸した、というのが正しい。
浅田の場合は自らも告白してるように、一緒にそれまでやってきた仕事の
付き合い上入らざる得なかったといってる。岡崎の場合は、柄谷さんが
不安だったから、とかさ。(苦笑
スレッドの本題に戻すと。
スガはNAMに入っちゃったけど、結局なにか中で活動したの?
287 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:28:50
それまでの批評空間系の読者ならば、いったいどんなことを柄谷が
やってくれるのだろうか?という興味本位、及び、あの雑誌の延長戦上にある、
ひとつの少々は大規模だった社会実験に、参加したい、あるいはその行く末を
目撃してみたい、ということだったんでしょう。
実際、その程度で十分な動機であるし、かまわないと思う。
しかもNAMに入る場合は金を入る側のほうから払ってるのだから、それで問題ないし
文句もあるわけないわけ。
ここNAMスレッドでないからさ。せめてスガに絡めて頂戴。
289 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:30:54
>>286 スガがNAMでやったこと。→ 小森イジメ のみだなw
(事実、実際として)
もう付き合いでやってますというのが、みえみえだったわけだし。
それと比べたらまだ岡崎のほうが、内容のある活動をしたり
プロジェクト作ったりして頑張ってたよな
290 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:32:48
ほんとに、NAMのMLなんかで小森批判(子守イジメか?)
なんかいきなりはじめていったい何の意味があるのかと思ったけど、
なんか本人に言わせると、物下記としての盗作疑惑は叩く価値が
あるとか、ごちゃごちゃ忌みわかんないこというんだよw
291 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:36:26
最初はLETSとかいう凄い新兵器で、なんかすごい革命ができるのかな?
とか半信半疑で参加してみるわけ。
しかし実際中に入ってMLの情報とかで調べてみると
LETSの存在自体がどうやら相当胡散臭いものであることが
なんとなくわかってくる。
しかしそういうのは後でわかる真実の話なんだから、なにも
先に入会した会員に必ずしも責任があるとはういえないでしょう?
293 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:44:00
その点、後に残ったQのほうは(もう事実上活動は停止になっているといってもいいのだが)
Qに入る際には入会のときに「面接」とかもうけていたわけでしょう(笑
ここまで来るともう凄い!という感じだけど、流れの上からいえば、こういう
Qの態度も正しかったんじゃないの?
だからスガと関係なくNAMの話するだけならよそでやれって。
295 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:49:25
スガと関係のある範囲でしかしてるつもりはないが
その程度の情報も読み取れる能力がなさそうなのでw
別にそんな饒舌にこんな話をするつもりは、最初からないでしょうw
入会した馬鹿どもではあるまいし、NAMだのQだのの内輪の情報なんか知るわけないだろ。
>>295
297 :
吾輩は名無しである:05/02/12 10:58:28
逆に入会もしないで、今頃になってまた「68年」とかw
柄谷(スレタイに何故だか柄谷の名が入ってるのをみよ)
やスガの話が語れると思ってる連中のほうがよっぽど
現実にはオタで自閉症で対人恐怖症でヒキコモリが多いんじゃないのかなw
68年がどうしたとか、「革命的な」とかいう本の話がなんだとか
このスレで偉そうに語りながら、それじゃあモマエラ実践的にはいったい
何をするつもりだったの?と問いたいw
いやそう糾弾すべき筋はあるだろうな
歴史はいつも繰り返していますから
しかも最も惰性的でウンコな形で
299 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:01:47
入会しないで68年とかスガとか柄谷の話してる奴等のほうが
確実にバカでしょう
なぜなら何にも社交的な能力ないんだからw
300 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:06:10
wの人ってNAM会員だったんだ
NAM残党は視野狭窄で、自分の周りしか目に入らないんだねえ。
スガの「左翼」性を批判するのもこのスレッドの住人なんだが。
柄谷もスガも、あんな言葉・言葉・言葉が、「実践」に寄与するわけないよ。
それも見抜けず入会してしまった己れの不明を恥だと知れ。
実践なんか馬鹿だけでやってろって感じ? 何もするつもりはないね。
303 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:11:42
>>300がもうどうしようもないキチガイなのは
wをつけてる文章見ると全部それが同一人物に見えてしまうという
御目出度くひ弱な妄想脳をもってるということw
wを文末につけて話すのは、2ちゃんの慣習上の一般化された方法でしょう
そんな事実にも気が付けないんだからいつまでも妄想革命的なあまりにもお藁い的な
こういう場所でお茶を濁して時間を潰してるしかないのだろうな。決定的にw
304 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:13:06
文体で人の差異を判断することができないんでしょう
これは知的能力に属する事柄だけどさあ
305 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:13:22
柄谷もスガも、
批評は面白いが、それを実際にNAMとか学生運動でやるのは笑止。
これが大方の評価だろ。
306 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:14:07
303はオヤジだな
w付けるのは少し前に廃れたのにまだ気付いていない
そういう加齢臭がこのスレの特徴だ
「wを多用する人には馬鹿が多い」の法則がまた一つ実証されたな。
308 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:15:00
>>301 明らかな馬鹿w
>実践なんか馬鹿だけでやってろって感じ? 何もするつもりはないね。
だからそれが柄谷にとっては(あるいは西部や鎌田だが)
地域通貨運動(の発展形のLETS)だったんだろう。
本当に基本的な常識も教養もないウンコやしだなw
309 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:15:41
どう見ても
>>307みたいなのが一番の馬鹿だよ(藁
地域通貨運動なんて「実践」で何かできると思ったのが、そもそも馬鹿。
>>308
311 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:18:17
だから
>>301みたいなのが、もうどうしようもなく
文章書かせてみても、最低の馬鹿丸出しだし
お外へ出てみて他者と遭遇する能力さえないし
何かをまかりまちがってスガ屋柄谷の左翼本とかと遭遇してしまって
なんか勘違いした妄想をウンコのようにこんな2ちゃんとはいえ
公共の電波空間で張り巡らせている、キモイどうしようもない
しかし確実に現代を代表するような寄生虫なのだということは
もう誰がみても明らかなわけよ
「文章書かせてみても、最低の馬鹿丸出しだし」である
>>311。
ちと落ち着いて書き込めや。
313 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:20:22
>>310 だからおまえのその惨めな論理体系で言えば、
柄谷や鎌田のようなものは、そもそもの馬鹿なのだし
しかし論理的に辿れば、その柄谷や鎌田をボスとして崇め寄生するしか
展開力のないスガの場合はもっとバカということになるよな。
気づけよ大馬鹿
315 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:21:48
スガスレの中でいつも吠えてる、自分を鏡で見たことない馬鹿
=蛆虫寄生虫決定でしね
>>313 ここはスガ批判のスレッドでもあるんだが。柄谷への依存は散々指摘済み。
このスレ
馬鹿しかいない
318 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:23:57
だからおまえ316=312=以下云々みたいなのは
「左翼」についてなんら語る資格さえ最初からないゴミなんだよ
もう場所違いなのは明らかになったんだから
これ以上恥をさらすまえに、他へいけよ(笑
左翼は馬鹿、馬鹿だからNAMにも入ったりする。でOK?
なんでこう罵り合いにしかならないんだろ。
これでは左翼が衰退するのも、むべなるかな。
321 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:28:11
幼稚だからじゃないか?
傍目には小森つついてどうするんだ?って感じだし。
322 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:28:22
>>319=316=312=以下云々
が最悪の馬鹿 NAM以下の馬鹿でしかし現代の病気を代表する最も凡庸なる馬鹿
ということで決定 OKでしょう(苦笑
323 :
283:05/02/12 11:28:37
あー、なんか変なキッカケつくっちゃったみたいだね。
みんな!元の状態へ戻ろう!
NAMの話は忘れてさ。
さっき、紀伊国屋で「レフと亜ローン」明石書店を立ち読みしてきたよ。
太陽校門の花咲が早稲田のヤリサー「スー不利」の話してて面白かった。ちょっと。
スーフリと左翼をどう結び付けられるか、って話。
左翼の中の人(含NAM関係)は鬱屈してるんだね。溜ってるからこんなとこでも吐き出すんでしょ。
325 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:30:36
>>320 2ちゃんねるだからだよ。
2ちゃんねるで2ちゃんねらを相手にしてるからだな。
少なくともそういう意味では2ちゃんねらは確実に左翼より馬鹿なのだし
この世でもっとも幼稚で救いようのない人種だろうな
>>323 スーフリって知らないけど、何でそれを左翼と結びつけようとするの?
「それは糸圭さんが左翼だからですか」(蓮實重彦)
元NAM信者が何か言ってる…NAMスレ行ってくれ。
328 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:34:40
そこでしか通用しない論理の中で凝り固まってる自閉的共同体
という意味では
スーフリ=左翼
という位相もありうるだろうな
329 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:38:19
たとえばスーフリだったら、自分たちがセクハラやってるなんていう意識は
その共同体の中では絶対に共有されないわけ。
外から見れば明らかにセクハラ。そしてレイプ。
まさに視差的に捉えれば。
スーフリの内部の意識ではむしろ、自分たちはお馬鹿なヤリタイ男の子たちを
イベントで取り締まるべく優越した階層の人間である、という意識でやてたんだからさ。
こういう自閉性はしかし、左翼共同体の中にもそのまま当てはまるのね
330 :
283:05/02/12 11:39:06
>>325 それは、あるね。大いにある。
「匿名」の弊害だね。
匿名だから幼稚な喧嘩もできる。恥ずかしくなくなるから。
「固有名」の問題を、ちゃんと考えたほうが良いだろうね。
オレは最近mixiやってるよ。
固有名があって、2ちゃんより荒れないから、ストレスが少ない。
スーフリ事件の時からずっと疑問に思ってたんだけど、
スーフリみたいないわゆる「オールラウンド系サークル」って
いつ頃出てきたものなんだろう?80年代?もっと前からあったの?
332 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:42:52
80年代だな。
そもそもスーフリ系のナンパサークルが早稲田大で横行してきた
背景には、早稲田内における革マル派支配の失墜という事情が考えられている。
革マルが学内で警察的権限をなくし取り締まれなくなった空白の状態の中から
スーフリのようなヤリ系サークルが栄えるような展開に、ワセダの体質が
変貌していったといわれてるな
>>330 するとスガの『JUNKの逆襲』での匿名掲示板評価には反対するのね。
糸圭「僕の今度の本〔『革命的なあまりに革命的な』〕のモチーフは無名性なんです。……無名性がシンギュラリティとしての抵抗として見えたのが六八年だと思うんです。」
(『重力02』)
>>331 たぶん、80年代から。
太陽肛門の花咲によると、「だめ連」も、その手のサークルに端を発してるらしいね。
それ以前は、映画の「若大将」(加山雄三)っぽい感じだったんじゃないかなぁ。
>>332 左翼の内ゲバとイベント・サークルの乱痴気とでは、まだしも後者がましなのかも。
336 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:49:46
>するとスガの『JUNKの逆襲』での匿名掲示板評価には反対するのね。
当たり前だろうw
スガが正しい本質を指摘したなんていう事実はこれっぽちもないよ。
スガの言い分と違って、2ちゃんねるというのは確実に新種のファシズムです。
あるいはひとめこれを見たときに、これは「イジメの新しい形態」
と気がつかなかった、知識人というのは、すべて偽物のはずですね。
イジメの方法的な新展開であり、それ自体でウィルスである、ということを
最初から直観できなかった人達は。
そういう意味では宮台も東も全然だめでしょう。
スガみたいなのは、むしろこういうSM的ウンコ空間を発見すると
その根底的な自らの疚しさから喜ぶんだよな。
これはまさに糞転がしとしてのスガのサガかね?
>>333 あれ、「無名性」=「匿名性」なんだっけ?
シュティルナーとか読んでないから、おれ分からんのよ。
詳しい人教えてくんない?
匿名掲示板評価には、わりと反対だね。
でも、こうやって書き込んでるくらいだから、ある程度は評価してるけど。
匿名だと、議論がループしたり荒れたりしても、そのまんま受け入れなきゃならんからね。
それが嫌なんよね。
>>337 anonymityは無名性とも匿名性とも訳す。シュティルナーの唯一者とか持ち出すまでもない。
339 :
吾輩は名無しである:05/02/12 11:53:42
だめ連は体質的にいってスーフリと似ている。ほぼ同じでしょう。
特徴は、内部では自分たちは正義でいいことやってると思い込んでられるのね。
それで妙な性的正義感みたいなきもちの悪い優越感を仲間意識として共有してる。
ところが実際は自分たちのやってることのほうが、セクハラや差別だったり
するわけだ。この自閉性において同じだね。
>>336は荒れた板ばかり行ってるのかな。穏やかな情報提供に終始した所もあるよ。
341 :
283:05/02/12 11:55:07
別に英語の説明を求めたわけじゃナインだけどね。
問題はスガがどう使ってるのか?という事で。
スガは「有名ではない」という意味で「無名性」と言ってるような気がしたんだけど。
68年にビラを撒いてた学生って、ビラになんらかの署名はしてたんじゃないの?
>>341 無名性 anonymity とは有名でないことだけでなく、匿名性=無署名、詠み人知らず、の意味もあるんだって。
>>332 あ、そうなんだ。
スガあたりは学生自治会の「内ゲバの論理」=「生政治」が
大学当局の手によってなされるようになり、
学生が「回教徒」化され囲い込まれるっていう考え方だよね確か。
(我ながら凄い雑に言ってるね。『革あ革』p.286以降参照)
その囲い込みから漏れ落ちるものとしての
「オールラウンド系サークル」っていう事なのかなあ。この場合。
まあ確かにスーフリ事件を口実の一つにして
大学側の監視/管理は強化されていったわけだけれど。
344 :
283:05/02/12 12:03:33
>>326 スガが結びつけたいんじゃなくって、太陽肛門の花咲が、だよ。
運動を広げるため、だったと思う。たしか。
『批評空間』熟読系だけじゃ何も展開がないだろ、って話の流れで。
>>341 有名ではない、とも少し違うような。
ttp://www.juryoku.org/01gappyo1.html この前のシンポジウムで浅田さんが「有名になってはいけ
ないのか」と言っていたけど、問題はそういった有名に対
する無名ではない。いわばフーコー的な無名性とでも言
うべきものです。
フーコーに「汚辱にまみれた人々の生」というエッセイが
あるのですが、そこでフーコーが言っているのは、張り巡
らされた偏在的な権力と衝突することで、全く無名だった
人たちが浮かび上がってしまうということです。つまり、無
名な人たちが汚名を着せられることで固有名化する。貨
幣的になった有名に対する無名ではなく、張り巡らされた
偏在する権力にフレームアップされてしまう、資本に排除
された無名性。(…)いわば68年以降の「管理社会」の感
触をともなった「無名性」ですね。ドゥルーズ=ガタリ的に
言えば「戦争機械」、スガさん的に言えば「ならずもの=
マイノリティ」と言い換えてもいい。
>>343 80年代からバブル経済期にかけての消費文化全盛時には軟派サークルは
一般学生には羨ましがられ、せいぜい良識派・教養主義者の眉を顰めさせる程度だったのが、
ここにきて事件を起こして問題化してるのは何故なのかね。
>>344 対談でしょ。それにスガは同調してるの?
それに左翼と結び付けねばってのはやはり花咲って人が左翼だから?
>>346 立ち読みだからスガが同調してたかどうかまでは覚えてない。
左翼と結び付けねばってのは花咲って人が左翼だから。其の通り。
>>345 あ、どもども。
その中島さんの「無名性」定義と、匿名掲示板(2ch)とを関連付けてみると。
完全に「名無しさん」だと、「偏在する権力にフレームアップされ」ることは基本的には有り得ない。
なので、レス番号固定表示者とかコテハンを指すって事になるでしょうね。
>>346 どうなんだろね。今までブラックボックスだった反動もあって
過度にフレームアップされてるって事なのかも。
それこそ「汚辱にまみれた人々の生」てなもので。
最近はもうオールラウンド系に限らず
「サークル」ってもの自体がいかがわしい目で見られてるような気も。
痴漢したアジ大の和田君(また和田か)とか野球部だし。
>>348 フーコー的無名性は本来は語り得ないもので、それが語り得るものとなるのは、
そこにたまたま権力の光が当って固有名が照らし出された時なんだろ。
あとスガに即せば、処女作『花田清輝』のあとがきで、ピンク・レディーの歌を引いて
透明人間になって消えたいと言ってたよね。これは無名=匿名願望でしょ。
>>345 「偏在」は「遍在」の誤植だよな。同音異義語で意味は正反対だから困る。
スガって2ch評価するけど、それと同時に、小説で書かれる他人との対話がネットだけ、
というプロットを批判してるよね。
ネットで引きこもりだと動きが無いとか、そんな感じの批判。
それでSNSのmixiとか入ったのかな(笑)。
誰かmixi使ってスガと会った奴いる?
mixiって自閉的共同体っぽい。
354 :
吾輩は名無しである:05/02/12 13:07:04
mixiにさえ入れないダメやしがこうして2ちゃんのスガスレッドなんかで
吠えてるだけというところが、また痛いなw
356 :
吾輩は名無しである:05/02/12 13:11:54
蓮實は抽象の力がわかっていないだけだが
とは? 具体的には(笑)蓮實の何を指すのかな。
>>356
蓮実の言う「大正的言説」って
「普遍性」と「代行性」の周囲をただ飛び回るだけの抽象的な言説
だったと思うんだけど(『近代日本の批評 明治・大正篇』)。
具体性があればいいとかそういう話だっけ?
そもそも具体性がほしいなら
スガは『探偵のクリティック』で「具体的に」横光のテクストを分析してるんだから
それを黙って追ってみれば良いじゃない。話はそれからじゃないの。
具体的な個々の分析をとりあえずは括弧に入れないと
要約なんてできないんだから、したらどうせ具体的になんかならないでしょ?
講演についてだって同じで、講演自体を聞いたわけでもないのに
字数制限のあるこの手のダイジェストだけ読んでやれ抽象的だ何だって
難癖つける方がいかがなものかと思うんだけど。
360 :
wの人ですが:05/02/12 13:36:54
>>358 そうだね、議会の代議制とも比較されてたね。自然主義的な表象-代行が
大正教養主義にうけつがれて、擬似的な普遍性や人類とか言う「標語」で
抽象化されるだけで、蓮實のいうところの「分析-記述」されてないって。白樺派
とかがトルストイに、人類愛っていう側面だけで傾倒しちゃうのもその一面だよね。
蓮實があの対談で相対的にましだっていう広津和郎なんかは、そういうトルストイ
象を批判してたはず。大正的言説には批評がないともいてるよね。
誰かが言ってた「昭和的切断」っていうのは、マルクス主義文学や、まいぺーすさんが教えてくれた
新感覚派がそれらの抽象性を切断するってことだろうね。ただ、スガにからめれば
その切断が切断足りえたのかってことじゃないかな。
今度横光のこと講演するみたいだけど、そのことだろうね。あと、中野や
保田の切断に1968読本でも懐疑的だったしね、賛否はともかく、宮本顕治
出すのもその切断を明確に出すためだろうね。
「大正という時代が、ものの具体性を思考から遠ざけていたとしか思えないほど、
この時期の文学者や批評家は、文学作品を一つのテクストとして読めずにいたのです。」
「昭和というのは、……その大正的な抽象性から何かある種の具体性へ行くという動きがどうも
出てきて、」てなこと言ってるね。蓮實重彦・山内昌之『20世紀との訣別』(岩波書店、1999)
でも歴史的具体性を求める一方で、スガの68年史論に対しては
人脈のつながり(固有名)に頼るのは止せと註文つけてるし。
固有名抜きの無名性で以て歴史の具体性で語り得るかってのは……難しいね。
関係ないけど、「たり得る」を「足り得る」と書く同音異義の誤字が気になる。
>>360
>>361訂正
誤>歴史の具体性で語り得るか
正>歴史の具体性で語り得るか
>>361訂正
誤>歴史の具体性で語り得るか
正>歴史の具体性を語り得るか
365 :
wの人ですが:05/02/12 13:43:51
>>362 ああ、ごめん
切断足りえるって、足切ってる感じだったねww
謝りついでに書くと、芥川を「敗北の文学」で斬った宮本の切断性が、
本当に、それらを明確にしうるのか、というのはやはり講演聞いてみないと
わかんないものなのかなw
>切断足りえるって、足切ってる感じだったねww
オイオイ、助動詞の「たり」と動詞「足る(足りる)」の差だよ。まさかわかってるよな。
367 :
wの人ですが:05/02/12 13:51:24
>>366 断定の助動詞「たり」だねw
ここでも断たれてるわけだけど。
また謝りついでに書くと、「探偵のクリティック」の横光と福本イズムの関係
を論じてるところが、一応、横光も前衛として切断を試みましたよってとこ
だったよね。
368 :
283:05/02/12 13:55:38
>>361 >固有名抜きの無名性で以て歴史の具体性で語り得るかってのは……難しいね。
固有名を「Aさん」「Bさん」に置換すればいいんじゃないのかな。
構造主義的に考えれば良いんだと思うけど。
ま、カラタニ的に言えば、固有名を省いて構造主義的に考えると、「歴史」
が抜け落ちてしまうんだけど。
言語学を批判するときに言ってた事ね、これ。
でも蓮實のいうところの「分析-記述」は構造主義でもOKなんだと思う。
新感覚派とマルクス主義とを並べるだけではまだ陳腐だけどね。
「藝術の革命」と「革命の藝術」って、高見順あたりがとっくの昔に言って以来。
>>368 AさんBさんって……構造主義ってそんな単純でしたか。
構造主義による歴史叙述ってのはフーコーの1970年前後の課題でもあって、中々厄介だよ。
>>370 たぶん、人物関係の個々の相貌を消去して
「項」として括ってしまえば、って事が言いたいんだと思うけど…<AさんBさん
どうでも良いけど助さん角さんみたいでちょっとワラタ
372 :
wの人ですが:05/02/12 14:08:23
そんなに難しく考えずに、漱石という固有名批判してる文脈で考えれば
いいんじゃないかな。漱石を固有名として「標語」として研究してる研究者
たちは、「大正教養主義」の末裔なんでしょ?代行性ってそう言うことだよね?
漱石が何かを代行してるって見なしちゃって、あの対談なら図式化というかもね。
この文脈で言えば「分析-記述」は、この固有名批判だよね。
大杉なんかは固有名批判にデリダ援用してるけど、デリダの固有名
をめぐる議論とかも参考になるんじゃないの、蓮實の分析記述って。
KにKingを代行させたり漱石に明治天皇を代行させるのは、悪しき抽象性だわな。
374 :
wの人ですが:05/02/12 14:17:41
>>373 えっと、それこそ蓮實の表層性を受け継いだところじゃないのかな・・・
言葉を語呂で戯れさせるのと、抽象性は別だよ。ここで言う抽象性は
むしろ普通で言うところの「具体性」でしょ。漱石とか鴎外とかそういう
固有名で包括してしまうってことで。
蓮實がスガの「人脈」だけで68年論じちゃうのはまずいんじゃないかっていうのも、
この文脈でしょ。つまり、人脈が具体性を帯びるのと比例して、固有名的
な抽象性が包括しちゃうって。
だから「k」における操作は、その当否はともかく、代行と抽象からのはぐらかし
として読まないと。
「消滅する象形文字」(『日本近代文学の〈誕生〉』)の中では
余談的な位置づけでしかないK=Kingだけを取り上げて
殊更に云々言うほうが悪しき抽象性にどっぷり浸ってる気がしますが。
K=King説を出す部分の「ところで、Kとは誰か。」と言う語り出しの「ところで」を見ても、
これは傍系的な位置づけでしかないじゃない。
「消滅する象形文字」のテクスト分析の「具体的な記述」をうっちゃって、
「K=King」という「標語」にばかり踊らされる、その振る舞いこそ
思考停止ってものでしょう?
376 :
wの人ですが:05/02/12 14:22:42
>>375 そうだね、スガの「k」の語呂合わせを、
>>373は固有名かのように
読んでるんだものねwww
昨日は終止符は持続であり、今日は抽象性は具体性なんだと。
言葉の具体性を無視して抽象的に意味を反転させる戯れなのかな。
>>374
>>375 「消滅する象形文字」だけでなく、その後もスガは何度か論じてるよな。
『「帝国」の文学』とか。既に傍系でなく主題に浮上させてしまった。
379 :
wの人ですが:05/02/12 14:26:43
>>377 はははww
蓮實のいう代行性における抽象化は、普通の意味では固有名化なんだから
固有名-具体性(唯一性)でしょ。蓮實が人脈批判するのも、記述が普通の意味で
具体性を帯びるかに見えるとき、代行-抽象が進行しちゃうんじゃないかって
ことだよね。
ちゃんと読んでくれれば、変なこといってないと思うんだけどw
>>379 >蓮實のいう代行性における抽象化は、普通の意味では固有名化なんだから
蓮實は「人類」「世界」「民衆」「生」といった抽象的な標語で語ることを批判したはず。
さて、これらの標語は固有名詞か?
381 :
wの人ですが:05/02/12 14:31:01
なんか、「k」とかそんなとこしか注目できない人って、いるんだねww
「k」なんてくだらないっていわれたって、そうですねってだけじゃない。
そんなとこつついたって、どうしようもないと思うのになw
むしろ蓮實がスガが人脈に依拠したのは、帝国の文学的な試みから
離れはしないかという批判とかのほうが、意味あるけどね。あたりまえだけど。
ただ、スガもその人脈を、今までの68年観へのアンチとして、前面に押し出してるか
どうかは、わたしはまだよくわかってないけどね。
>>381 ええと380だけど、話をはぐらされちゃったのかな。
「蓮實のいう代行性における抽象化は、普通の意味では固有名化」ではないし、
抽象性は「普通で言うところの「具体性」」だなんて意味不明、って言ってるんだが。
383 :
wの人ですが:05/02/12 14:35:40
>>380 例えば、白樺派の場合、漱石-トルストイ的な固有名から
あなたのいう「人類」「世界」「民衆」「生」が派生してくるんだよね。
武者小路が、漱石を人類の教師だとか、日本のトルストイだとか言うのも
そのことだよ。白樺が漱石を受け継ぐ形で、その抽象性に包括される。
白樺の私小説における「私」とか志賀の、これは柄谷もひはんしてたけど、
の「気分」もその抽象性だよね。
だから、「人類」「世界」が抽象な言葉ですねって、そう言う単純な話じゃないんだよね。
その抽象性を派生させてたのが、漱石とかそういう固有名、唯一性を代行する
具体性だったんだから。
『「帝国」の文学』のKの記述って、七章の注4とか?(p.358)
渡部もそこで引用する拙稿「消滅する象形文字−『こゝろ』を読む」(『日本近代文学の〈誕生〉』)で論じたように、『こゝろ』のテクスト上の組成のなかでは、Kは夏目金之助のKでもありうるし、キングのKでもありうる。
ちゃんと「『こゝろ』のテクスト上の組成のなかでは」って言ってるでしょう。
つまるとこ、K=Kingだと「夏目漱石は考えた」とか、「そういう意図で書いた」とか
そういう話じゃないでしょう。Kと言う人物はテクストを分析する限りでは
「そのような『位置』にいる」ぞって事が言いたいんであって、
>>376が言うように、固有名として考えるのはおかしい。
「テクスト上の組成のなかでは」という一文がこのスレで注目されないのは、
まさにその「テクスト上の組成」を分析した「消失する象形文字」の
具体的な記述を全部黙殺して、
「K=King」っていうそれこそ抽象的な標語に安易に飛びついちゃってるからじゃない。
だから「K=King」であるか否かが問題なのではなく、
漱石の「こゝろ」がどのような構造を持っているかが問題なんだって話をしてるんでしょ。
あ、二行目の「渡部は」から「Kでもありうる」まではスガの文の引用です。
>>381 >むしろ蓮實がスガが人脈に依拠したのは、帝国の文学的な試みから
>離れはしないかという批判
人脈依拠を叱ったのは確かだが、「帝国の文学」からの離反を懸念したところは見当らない。
どこで言ってるのか示してくれないか。
387 :
wの人ですが:05/02/12 14:38:44
>>384 いや、私は
>>380が「k」を固有名のように読んじゃってて、だめだといった
だけで、スガが固有名的に読んでるとはいってないよ。
ややこしい書き方だったね。
388 :
wの人ですが:05/02/12 14:39:46
>>386 蓮実が直接懸念したといてないよ。帝国の文学が、漱石の固有名批判だったら
人脈依拠は、それからの離反になるんじゃないのかって、私が考えただけ。
>>383 もし固有名から抽象性が発生したのだとしても、
だからって抽象性とは具体性であるとするのはこじつけ。
発生源とそこから結果した産物とは別物だから。
390 :
wの人ですが:05/02/12 14:43:22
>>389 抽象性が具体性だといってないよw
固有名っていうのは、普通のいみで具体性、唯一性でしょってことなの。
具体的な固有名とか、実物のあるいはフィクションの、なになにという
具体的な人物をさす、固有名などなど。
普通は具体性だと思われる固有名が、実際は抽象性に奉仕してるって話ね。
そんなにややこしい話じゃないでしょww
>>390 >抽象性が具体性だといってないよw
いや
>>374で言ったよ。
>ここで言う抽象性は
>むしろ普通で言うところの「具体性」でしょ。
固有名が抽象性に奉仕するってのと、これは一致しない。書き方がいい加減だよ。
393 :
wの人ですが:05/02/12 14:51:52
>>392 いや、それはなんくせだよw
説明しただけじゃんw
解りやすいように奉仕って書いて「あげた」んだよ?感謝しなよ。
固有名が普通名詞との戯れの中でしか存在しないという、大杉が依拠する
デリダなんかの議論と絡めれば、当然解ると思うんだけど。
てかさ、基本的なことがわかんなからって、そういう難癖で乗り切ろうと
しないでよw
そもそも『「帝国」の文学』に即してみても、スガは渡部の説を次のように言って批判するわけで。
>だが、『こゝろ』のKを幸徳秋水とし、その作品が期せず
>して「不敬文学」となっているとする渡部の読解は、「K」
>なる文字がそのテクストのなかにおいて多義的な意味作
>用の磁場に置かれていることによって、周辺的な奇説に
>とどまるほかはない。(…)渡部の説は島村輝の「実証」
>的憶測の域にさえ達しえぬ、主観的願望以上のもので
>はないといえよう。(p.275)
たとえばスガがK=Kingを「幸徳秋水」のような固有名と
同じようなものとして考えているのなら、渡部を批判した
その同じ筆法によって自らの説も「奇説」としなければならなくなるでしょ。
そうではなくて、スガが言いたいのは、
Kと言うのは漱石がどんな人物を想定したかに関わらず
「King」と同じような「位置」に置かれているって事なんじゃない。
>>391 >>140で言っている
「Kとは誰かという問いへと多くの者が必然的に誘われること」と言うのは、
「「K」なる文字」が置かれている「多義的な意味作用の磁場」に
多くの研究者が引きつけられてしまう事だと私は思ってるのよ。
つまり、「どうとでも解釈できる」からこそ「こう解釈したい」と言う研究者を
魅了してやまないわけで、それが漱石研究の豊穣さ(笑)を生み、
多様な漱石論を書かせる源泉ともなるわけだよね。
でもそれって言いかえれば、「K」は「無」だって事でしょう?
だからこそ、スガはそのような「空虚」なKing=天皇制のアナロジーで
語るわけじゃない。
>>393 いい加減な言葉を吐いておいて、指摘されると難癖とけなすのは、反省が無さ過ぎるよ。
スガの論が結局、意図はどうあれKだの漱石だのの代行性を延命させる結果に終ってるのも、
文章の書き方がいい加減で、言葉に戦略性を持たせられないからだよ。
396 :
wの人ですが:05/02/12 14:57:45
>>395 わたしのいいかげんな言葉にはかかずらわなくていいからw
>>394がいいこといってるから、答えた方が良いよww
>>394 >その同じ筆法によって自らの説も「奇説」としなければならなくなるでしょ。
もちろん、スガのKとは誰かの当て事ゲームは、奇説以外の何ものでもないよ。
現にスガも、「「K」なる文字」が置かれている「多義的な意味作用の磁場」に引きつけられてるでないの。
>>396 wの人は、本当に、過ちは過ちと素直に認めて言直せばいいのに。いつもごまかすね。
>>395 >文章の書き方がいい加減で、言葉に戦略性を持たせられないからだよ。
それは違うと思う。端的に君が読めてないだけ。
ちゃんと読めば(上でさんざん引用したように)厳密に言ってるもの。
>>397 「Kとは誰かの当て事ゲーム」はスガの論の中では余談でしかないっていうのは
先に言った通り。
『「帝国」の文学』以降でも、それを中心主題にする事自体を問題にしてるのも
上に言ったね。
だから、
>「「K」なる文字」が置かれている「多義的な意味作用の磁場」に引きつけられてるでないの。
っていうのは、論の微細な差異を見ようとしない抽象性からくるものでしかない。
>>394 『JUNKの逆襲』所収の文では、スガはK=Kiten(乃木希典)説に肩入れしてたね。
Kingと違って、希典(キテン/まれすけ)は明らかに固有名である点、幸徳同様だけど?
402 :
wの人ですが:05/02/12 15:07:01
>>397 そこが二重の作業だといえなくもないんだよね。
つまりkを「無」のアナロジーで批判するときは、スガ自身も
その磁場の中でしか語れないんだからね。
ただ、このスガの二重の作業と、素朴にこの「無」に固有名的な抽象性!で
向かうのとは明らかに違う。常民さんは、自身もこの後者の立場をとっちゃってる
と思うんだけどね。
>『こゝろ』の読者は、「K」を乃木として、続いて乃木がそ
>のために殉死したKingとして、そして夏目金之助として−
>−つまり「先生」として−−読んだのであり、それこそが漱
>石をして「国民作家」にしていった機制にほかならない。
(『JUNKの逆襲』p.15)
ここでも一貫してるでしょ?
K=Kingを漱石が企図したとか、漱石は乃木をモデルにしてKを書いたとか、
そういう話ではなく、読み手が小説から受け取る構造として
Kと言うのは「そのような位置にある」って言っているんじゃないか。
固有名を出したっていうのと固有名として出したってのは違うんだって。
(じゃなきゃ夏目金之助の時点でアウトじゃないか)
だいたいスガが渡部直己の奇説を批判したのは、
Kとは幸徳秋水みたいな大逆事件の犧牲者だと見れば漱石を擁護することになるから。
スガは漱石を体制側の人間として批判したいから、Kは天皇だとか乃木将軍だとか言ってるだけ。
405 :
wの人ですが:05/02/12 15:16:45
常民さんのことだから、
固有名をだしたのと固有名として出したのがちがうというのは、
非論理的だって書き出すんだろうな・・・w
・・・
>>404 文章に即して見ようともせず、細かい差異に注目する事もせず
そうやって大上段からちゃぶ台返してるだけってのを
「抽象的」と言っているんだけれど。レッテル貼りって言ってもいいや。
>>403 その「読者」「読み手」とは誰のことかな。スガ自身の投映にすぎまい。
同時代から読者の読みを跡づける読者論的仕事をスガが手掛けたことはない以上は。
だから原文読めよ。K=乃木は軍事史研究家の兵藤二十八の説でしょう?
>兵藤の調査によれば、乃木希典は生前は「キテン」と
>読まれることが通例であり、当時の『こゝろ』の読者は
>何の疑いもなく「K」を乃木のこととして読んでいたとい
>う。後者のことについてはさらに実証的な調査が必要
>であろうが、確かに、乃木と「K」が模造関係にあるの
>は、誰の目にも明らかだろう。(p.15)
兵藤の「当時の『こゝろ』の読者は何の疑いもなく「K」を乃木のこととして読んでいたという」っていう文を受けて、
まあ当時本当にそうだったのかはもっと調査がいるけれど、今見ると確かに模造関係にあるよね、って言ってるんじゃない。
これがスガ自身の投影か?同時代からの読者の読みを跡づける云々??
原文を読まずにただ批判したいだけなのか何なのか分からないけど、
そういうイチャモン付けいい加減止めた方が良いと思うぞ?
具体的な記述を無視するそういう文章こそ
君の好きな蓮実の言う「大正的言説」だろ?
問題の「消滅する象形文字」最終段落から引用する。
ところで、Kとはいったい誰か。話者「私」はこの作品の冒頭で、「先生」を
「先生」と呼ぶ理由について、「其方が私に取つて自然だからである」と言い、
なおかつ、「余所々々しい頭文字抔はとても使ふ気になれない」と言っている。
だとすれば、「下」における「先生」は、なぜそのかつての友人を「余所々々しい
頭文字」で呼ぶのだろうか。その理由も今やはっきりしていよう。……
ところでこの「K=余所々々しい頭文字」問題は、小森陽一の『心』論以来のものだが、
それが歴史的具体性から遊離した疑似問題である所以が藤井淑禎によって明らかだ。
藤井の調査によれば、頭文字の使用は明治四十年頃から目立ってくることで、愛する
人物や自分を頭文字で呼ぶことも多く、親しみを籠めた使用例が多い。
したがって「余所々々しい」とは頭文字自体が隔てがましいニュアンスをもつ意味ではなく、
飽くまで二人称的な呼びかけである「先生」の親愛度と比べれば他人行儀、との意味で冠したに過ぎない。
「余所々々しい」なる表現に過剰反応した深読みは、同時代の考古学的調査からいって成り立たない。
『漱石文学全注釈12 心』(若草書房)の藤井による注釈、もしくは
藤井淑禎『小説の考古学へ』(名古屋大学出版会、2001)参照のこと。
>>399-400 すまんが
>>140所引のスガの文のどこにそんな「微細な差異」が現れてるのか、指摘してくれ。
「先の拙稿「『こゝろ』論」を破棄しない」とまで揚言する以上、到底「余談」ではあり得ないし。
「所引」って意味何?辞書引いても乗って中田。
とりあえず文章を引用するようになったのは一歩前進だけど、
>>407では「物語論的仕事」を云々して批判してたのに
一転して「考古学的調査」を持ち出すのは良く分からん。
まあいいや。
そのいち。「スガの文章の読解」という見地から。
スガの文章から言えばK=King説は傍系に過ぎない事、
問題は「消失する象形文字」で全体的に分析している
「テクスト上の組成」なんだって事は、前に言ったはずだけれど。
だから、「ところで」以降からだけ引用して云々する事自体
スガの文章をK=Kingの問題系だけに矮小化しようとしてるようにしか
見えないんだけど。
そのに。これは「君の文章の読解」の見地から。
「KにKingを代行させたり漱石に明治天皇を代行させるのは、悪しき抽象性だわな」という
問題設定から始まった話であるはずなのに、
「代行」の問題からかけ離れて
「余所余所しい頭文字」にまつわる「考古学的調査」の問題に勝手に移られても困る。
それは論点のすり替えでしかない。
そのさん。スガの読解から離れて「こゝろ」の読みの見地から。
「余所々々しい頭文字抔はとても使ふ気になれない」という文章の「抔」という一字を見る限り、
少なくとも「私」が「余所々々しい頭文字」に対して否定的である事は明らかでしょう。
考古学的調査によって「人物や自分を頭文字で呼ぶことも多く、親しみを籠めた使用例が多い」
事がわかったとしても、それこそ問題なのは『こゝろ』の中のロジックがどうなっているかなんだから、
これまた問題にならないと思うんだが。
>>412 「所収」から類推が効かない? 訓み下せば「引くところの」だ。論文等で使用される。
>>413 一、
king云々は『日本近代文学の〈誕生〉』では前章「「国民作家」の誕生」から
主題として論じてるのをわざわざ引き継いだのだし、Kとは誰かをその後別の文で
何度か論じたことで現に傍系から浮上してることも、既に
>>378で述べた。
二、
Kとは誰かを論ずるのは悪しき抽象性による疑似問題であることは同意するのかな。
その代行性への批判に対しては、あなたは反論してないみたいだが。
要は、
>>411も問うた通り、他の代行的な奇説との差異が見出せないところが問題になる。
三、
>少なくとも「私」が「余所々々しい頭文字」に対して否定的である事は明らかでしょう。
だから「飽くまで二人称的な呼びかけである「先生」の親愛度と比べれば他人行儀、との意味で冠したに過ぎない」 と言ってるね。
折角書いたんだから読んで頂戴な。
>>413 >
>>407では「物語論的仕事」を云々して批判してたのに
全然違ってる。「読者論的仕事」と言った。
参照した藤井淑禎の本も、同時代読者の読み」を考古学的に復元することを目指すものだ。
現在の読者の(特にスガ個人の)読みを過去の作品にそのまま持ち込むのは、歴史性に考慮が無いわけ。
何で
>>140の文章にだけ限定して述べさせようとするのかが理解不能。
自分に都合のよいところだけを見ようとするのは保守気取りの悪い癖だけど、
君が「Kとは誰かの当て事ゲーム」と呼ぶ
『〈誕生〉』やら『帝国の文学』やら『JUN逆』やら
散々引用したんだから、もっと全体を見なよ。
「消失する象形文字」で「ところで」以降だけ過剰に反応するのと
同じ視野狭窄でしょう、それは。
>>415 一
>>378については
>>384と
>>394で反論済み。
スガは『帝国の文学』でも一貫して、
「Kとは誰かの当て事ゲーム」はどのようにして起こるのか
を問う作業をしてるのであって、
渡部らの「Kとは誰かの当て事ゲーム」との差異はそこにある。
二
同意するよ。
で、スガは「K」を「King/明治天皇/金之助」によって代行させているのではない、
と言っているんだが。
それは君のように、原文を読まずに「ところで」以降だけを
過剰に取り上げる事から来る、とも言った。
K=Kingというのは「K」が「テクストの組成上」「そのような位置にいる」という事が言いたいのであって、
「幸徳」のような固有名によって「代行」させるのとは違う。
君の批判は渡部には妥当だがスガには妥当じゃないって言う意味。
三
>だから「飽くまで二人称的な呼びかけである「先生」の親愛度と比べれば他人行儀、との意味で冠したに過ぎない」 と言ってるね。
だから「余所々々しい頭文字」に否定的なニュアンスが含まれているのは明らかなのに、
何故「「先生」の親愛度と比べれば他人行儀、との意味で冠したに過ぎない」 というような
限定的な意味で使われてしまうのかって言ってるんだよ。
考古学的調査によって好意的な使われ方が「多かった」としても、
漱石のロジックが否定的に機能している以上、そんな折衷案みたいな
限定的用法で捉えなければならない理由がどこにあるのかと。
ひいては、そのような限定的な使われ方を持ち出して
「余所々々しい頭文字」という言葉に注目するのを
どうして批判する事が出来るのかと言ってる。
「これは否定的表現ではなく、『「先生」の親愛度と比べれば他人行儀』といった程度のものでしかない」
という事がはっきりせんと批判できんわな。
>>419 肝腎の点が「後者のことについてはさらに実証的な調査が必要であろうが」では話にならない。
また、明治の精神に殉死する類似点によれば先生と乃木将軍とを容易に重ねられようが、
Kと乃木となれば別問題で、ましてそのKがKingだの金之助だのに移行するってのは飛躍に過ぎる。
>>417 では
>>140の引いた注の全文から、でもよいぞ。
スガが自身の論のスタンスを語った文として重要だから、あの注に注目するのは当然だろ。
要は「微細な差異」とやらがどこから読み取れるのか、その過程を教示してほしいんだ。
三
分かりにくいから補足。
A:「余所余所しい頭文字」に注目した批評が存在する。
B:「頭文字」を「人物や自分を頭文字で呼ぶことも多く、親しみを籠めた使用例が多い」
という考古学的調査に基づくデータがある。
C:ゆえに「二人称的な呼びかけである「先生」の親愛度と比べれば他人行儀、との意味で冠したに過ぎない」。
しかし、考古学的調査云々とは別に、漱石の文章に即してみれば
「余所々々しい頭文字抔はとても使ふ気になれない」という文面になっている。
「抔(など)」という言葉の意味が今と違っているのならともかく、
これは今も昔も否定的なニュアンスを含意してるんだから、
『こゝろ』のロジックに従えば、「私」は「余所余所しい頭文字」に対して
否定的な意味を含ませている事になる。
そうすると、「頭文字」の使われ方がたとえ今と違っていたとしても、
「抔」の一字から考えるに、やはり「私」は
例外的に否定的なニュアンスを含めたのだろうという事で話がまとまってしまう。
「二人称的な呼びかけである「先生」の親愛度と比べれば他人行儀」という無理矢理な解釈を
施すまでもなく、自然に意味が通るのだから、
何故そこで「抔」の一字を無理矢理限定的な用い方にしてまで
そんな風に解釈せねばならないのかという事になるでしょう。
百歩譲って「どちらの解釈もありえる」としても、
それを持ち出してAの論者を批判するほどの強度はない。
>>420 >また、明治の精神に殉死する類似点によれば先生と乃木将軍とを容易に重ねられようが、
>Kと乃木となれば別問題で、ましてそのKがKingだの金之助だのに移行するってのは飛躍に過ぎる。
それはもう何度も回答したように、
スガの説を「Kとは誰か」の文脈で考えるからそうなるんだろうに。
私の言ってる事理解してる?
>>384と
>>394を読み直しすれ。
>>421 これも
>>384で回答済み。
>>140と
>>384は同じ部分の注だろうが。
>>421 大体何で同じところから引用してて、それも明言してるのに
参照先を見ようとしないんだよ君は。
結局反論は馬耳東風で受け流してるだけか??
>>418 一、
>「Kとは誰かの当て事ゲーム」はどのようにして起こるのか
>を問う作業をしてるのであって、
それが、認められない。結局は奇説を「破棄しない」で「当て事ゲーム」に参加してるんだからね。
二、
「テクストの組成上」の箇所にやけに固執するが、その後に続く文(
>>140)を読むと、
仮にそこに限定の意があったとしても、その効果は取り消されてしまってる。
また構造として、と言っても、では「テクストの組成上からK=幸徳」と読まれたらどうするか。
渡部流の読解をする者がスガの批判を見たらそんな風に厳密に表現しよう。
三、
同時代にあって頭文字それ自体は普通「余所々々しい」ものではないことが判明した。
それなのに、頭文字だからこそ「余所々々しい」としたするのならば
『心』の語り手は突飛で受け容れられない趣味判断を語ったことになる。
それを避けるには、藤井淑禎が注釈に示した解釈を採るしかあるまい。
>>423 君の言ってる「位置」云々から見ても、先生と乃木ならともかく、
Kと乃木とを重ねるには飛躍があり、その他はさらに無理があると
>>420は言ってるんだが。
>>425 「破棄しない」ことが「当て事ゲーム」への参加になるのか?
そもそも、「破棄しない」から何だって話なのよ。
>>402が若干言ってるけど、こういうのは「二重の闘争」でやってくしかないでしょ?
二
文章を忠実に読めない人が相手ではどうしようもないんじゃない?
忠実に読めない人がいるからって「忠実に読めないように書く人が駄目なんだ」なんて
馬鹿な主張があるかね。んなもん小林よしのりに対するのと同様に
「『知識がない』なら単に『勉強』すればよいだろう」とでも言うしかないじゃないか。
三
「頭文字だから余所々々しい」なんて事を「私」は言ってないぞ。
「余所々々しい頭文字など…」と言っているのであって、頭文字を修飾する語だろうが。
いいかげん原文をちゃんと読む癖をつけろ。
>>422 「抔」も拘泥してるが、文字通りの意味で、貶辞でないと取ればよい。
つまり、本名の姓や名や頭文字*など*は使用しない、と。
その理由はそれらに不都合がある(名を知られて困るとか冷淡な語感があるとか)からではなく、
呼び馴れた「先生」の方が「自然」だからだと明言してるではないか。
二の補足
ていうか、
>「テクストの組成上からK=幸徳」と読まれたらどうするか
なんて仮定の話を出して反論するのってどうなのよ?
具体的にそういう論があるんだったら提示してから言うべきだと思うが。
まずはそれからでしょうに。
>>427 一、
二重の闘争ってのも不分明だが、スガの文章に二重性を体現した強度があるなら示してくれ。
二、
読解は多様にあり得るが、スガの読解が渡部のより忠実で優位であることを
説明しなければならないはずだ。投げてはいけない。
三、
誰も「余所々々しい」が頭文字を修飾することを否定してない。
ただ、それが「先生」と較べての話に過ぎないと読まなければ、多くの使用例と矛盾するってだけ。
一
>そのことを渡部に即していえば、「K」=乃木=明治天
>皇=漱石という主線への批評を放棄し、幸徳を導入す
>ればこと足りるとする安易さにほかならない。主線への
>批評の放棄は、「K」が乃木であろうが幸徳であろうが
>「なんでもよく」、そんなことは「どうでもよい」ということ
>に帰結するほかない。「国民作家」漱石は無傷のまま
>残る。(『JUNKの逆襲』p.15〜16)
「闘争」における「代行=表象」の不可避性とそれに対する絶えざる批判、
これを「二重の闘争」の条件とするなら、
漱石研究者的「代行」に対して批判を行いつつ(「なんでもよい」)、
小谷野的「語るな」からも距離を取らねばならんわけで(「どうでもよい」)。
だから一見して「代行=表象」に見えてしまうような
金之助だ何だを持ち出しつつ、
その上で「Kとは誰か(第一の身体)」ではなく、
「いかにしてKに惹かれていくのか(第二の身体)」を
分析せにゃならん、と言う話になるんでしょう。
だから、「ところで、Kとは誰か」の「ところで」を、
ひいてはその「ところで」以前の文章を問題にしないと駄目なんだという話。
結局「ところで」以降に話が限定されてる事に正直ウンザリしてます。
二
>「テクストの組成上」の箇所にやけに固執するが、その後に続く文(
>>140)を読むと、
>仮にそこに限定の意があったとしても、その効果は取り消されてしまってる。
「取り消されてしまってる」というが、
どうして取り消されてしまってるのかが逆に分からない。
根拠のない断定ではないなら、文章に即して説明してくれ。
>読解は多様にあり得るが、スガの読解が渡部のより忠実で優位であることを
>説明しなければならないはずだ。投げてはいけない。
>>394の
>>391へのレス参照。
たとえば渡部とスガの論の違いは、「K」が別のアルファベットだったらどうだって言う事を考えてみればいい。
スガの場合再三再四言っているように
「K」が「多義的な意味作用の磁場」におかれているフェティッシュなんだって言うのが、「K」に関する論の眼目なわけで。
それが「K」だったからKingとか言ってみてるけれど。
でも対して渡部直己の論は、「K」=「幸徳」だから「先生」はそれを殺す「乃木」=「明治天皇」であって、
故に「先生」の反復される死が「大逆裁判」の悪しき精神に殉ずることになり
「不敬文学」であるって事で評価されるわけじゃない。
こうなると、「K」は固有名として「幸徳」でないと論がつながらないでしょ。
私が、スガの言ってるのは固有名ではなく位置なんだって言ってるのはそういうことで。
三については納得。
まあ「K」って読んでるのは「私」じゃなくて「先生」だしなあ。
でも
>「代行」の問題からかけ離れて
>「余所余所しい頭文字」にまつわる「考古学的調査」の問題に勝手に移られても困る。
これについてレスされてないから結局意味のない話になっちゃってるね。
>>431 「だから一見して」以下、わからん。何がだからなのか。
特に第一の身体、第二の身体、って意味不明。カントロヴィッチのつもりだとしても。
「消滅する象形文字」も全体として「恣意的な解釈」(p.344)であることを否定できず、
なぜ(欲望の)三角形でなくK字型と読めるのか説明が無いので理解に苦しむ。
スガがKの字型とするうち認められるのは『こゝろ』の上中下の構成について述べた箇所(p.346)のみ。
何かの冗談かとも疑ったが、冗談のつもりにしては文章に笑を含んでない。
作品の「感動」を伝記的知識で説明してしまった結論など、「作者の死」以前で、興醒め。
>>432 スガは、なぜ「余所余所しい頭文字」で呼ぶのか、と問うて、答を出した(
>>410所引)。
しかしその設問自体が錯誤だと判ったわけだ。答も無効だ。
なぜそんな擬似問題の捏造をしてしまったか。
「「K」なる文字」が置かれている「多義的な意味作用の磁場」に引きつけられ、
Kとは何かを表象=代行しようとしたからだ。
スガもそのこと自体への批判はなく、代行ゲームに参加してしまってる。
『「帝国」の文学』七章注4でやっとそのことへの批判が出たが、
にも拘らず、「Kとは誰か」論を「破棄しない」と居直る以上、
参加しつづけてるわけだ。多少の限定もそこでふっとんで、取り消しだ。
それに、「「K」=乃木=明治天皇=漱石という主線」がそもそも認めがたい。
何度説明しても意味不明と言われるのでは何とも言いようがない。
私の説明能力が足りないのか君の理解力がたりないのかどっちかだわ。
一
「Kとは誰か」という、どうとでも解釈しうるが故に研究者を引きつける設問が
いくつもの解釈を生み、「こゝろ」研究の豊穣さを保証しているのだから、
「Kとは誰か」という設問だけ繰り返してても駄目なんだって事。
「いかにしてKに惹かれていくのか」を分析する事は
その意味で漱石をではなく、漱石神話を分析していくために
どうしても必要な手順になるでしょ。
カントロヴィッチの『王の二つの身体』は、
本当は通俗的に使われるような使い方にはあまりそぐわないのだけれど、
(中世政治神学研究だしね)
こういう分類をすれば分かりやすかろうと思ったので
その通俗的な使い方に従っただけ。何度言っても通じないんだもの。
K字型云々は笑いどころだと思うんだが。
>冗談のつもりにしては文章に笑を含んでない。
と君は言うが、真面目な顔してアホな事言うから面白みが出るんであって、
大体、自分が笑えないからと言って
普遍的に笑えないような描き方をしていると思うのはそれこそおかしい。
自分の「特殊」な事情を「普遍」的に通用すると錯覚するのは
大正的言説ではないのかい??
二
擬似問題については、それこそ余談だからと何度も言っている。
>「Kとは誰か」論を「破棄しない」と居直る以上、
…おいおい、「Kとは誰か」論を「破棄しない」、と読んでたのかよ。
>拙稿「『こゝろ』論」を廃棄しない理由も、ここにある。
と言っているのであって、単なる「Kとは誰か」論ではないって言ってるんじゃん。
「Kとは誰かという問いへと多くの者が必然的に誘われること」について分析しようとしたのが
『こゝろ』論だって話なんだから。
>>435-436 「分かりやすかろう」? 『王の二つの身体』を使ったことだけはわかるが、
第一の身体・第二の身体で何を意味したつもりやらサッパリわからまへん。
>真面目な顔してアホな事言うから面白みが出るんであって、
キートンとかね。
でも、文章でそれやるなら真面目さは普通以上に誇張されなければならん筈。
その痕跡があるなら示してみておくれ。
またK字型云々は冗談としても説明不足で筋が通ってないし、
あれが冗談だとすれば論の大半は悪い冗談ってことで、
しかも冗談であることが何かを笑ってみせる批評になってもないから、端的に無用の文だぞ。
>「Kとは誰かという問いへと多くの者が必然的に誘われること」について分析しようとしたのが
>『こゝろ』論だって話なんだから。
「拙稿「『こゝろ』論」」って、「消滅する象形文字」のことだよな?
あれのどこにそんな分析が? そもそも「冗談」なら分析も糞もないやね。
それともやはりどこか真に受けるべきところがあったのか。
つぶつぶ蓮じゅーす
439 :
吾輩は名無しである:05/02/14 12:57:11
「冗談」と「真面目」がスガにあってはあらかじめ二項対立の図式に
当てはまらないことは自明であって、私にとってはそれが
スガの愛すべき資質であるわけだが、人によってはそれを
病理とみなすこともありえようしもとより二項対立のバリエーションに収めて
裁断することもあるわけで、それは各人の教養の範囲で解釈し
楽しめばよいことであるから、いかがだろうか、このことを巡ってはこれ以上
くそ面白くもない応酬のループはおやめいただきたいのであるが。
440 :
吾輩は名無しである:05/02/14 13:06:47
もうちょい文体を鍛えてから書き込んで欲しいです。
441 :
439:05/02/14 18:03:36
批評空間熟読系とは誰か?
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1108109880/145-146 146 :吾輩は名無しである :05/02/16 23:11:04
そして、スガが「革命的な・・」で書いていた歯の浮くような壮語が
ここでもまた全く見当外れだったことがよく証明されうると思うんだよな。
スガいわく「内ゲバとは最大の反革命である」とか偉そうに書いてたけどさ。
現実は全然逆のものだよ。スガみたいなのが言うのとは。
少なくともドゥルーズやガタリだったら絶対そんな単純であるがゆえに馬鹿な事
いうわけないと思うわけよ。
なぜなら、内ゲバこそが彼らの言う「分裂生成」の最も激しい瞬間なんだからさ。
DGにとってみれば、分裂生成のみが最も革命的なんだよ。
そして革命的なものとは分裂生成を肯定する瞬間にある。
446 :
吾輩は名無しである:05/02/16 23:55:24
145 :吾輩は名無しである :05/02/16 23:06:40
精神的人殺し、なんていうチンケな言葉でイキがってるのも
なんかはたから見てるとなんだかなぁ・・・wって感じだな。
どうせなら本当にテロってやればいいじゃないか?
柄谷なんか殴ってナンボの世界だと思うよ
スガみたいに新宿あたりの飲み屋で定期的に殴られては
実際に血塗れなってるような事実もあるんだからさあ。
昔だったらこういうのを「階級的怒りの鉄槌」とか言ったものらしいけど
改めて左翼が再生産されて、そのサイクルがぐるりと一回りしてくる有様を
見ると、なんでこういう感情や内ゲバというのが、左翼と呼ばれる
宗教の代替物システムにとって必然的なのかとか、ものすごくよくわかるね。
人間は繰り返すんだよね。やっぱり。そして真実とは、もう既に目の前にある。。。。。。。
447 :
俎上乃鯉:05/02/17 02:15:11
漱石の『こころ』の主題は題名どおり人の心(とはどのようなものか)であり、
その核心を担う登場人物としての「K」とは「こころ」の体現存在であり、どこかに実在モデルがいるというよりは人が心や精神というものに忠実に従ったとしたら一体どうなるかという命題を(作中ではあれ)実際に生きて示してみせる作品内存在として書かれている。
そればかりでなくKには二重の意味として「近代」の意味も含ませられており、近代的な生き方を徹底化したならば行き着く先はどうなるかという問いに答えようとしたのだといえる。
この作品についてもう少し語ってみたい。
448 :
俎上乃鯉:05/02/17 02:34:57
今度は内容のほうについて触れたいと思いますが、また後日。
内ゲバがなんで分裂生成やねん
仲間減らしとるやないかw
452 :
wの人ですが:05/02/17 14:14:57
>>451 マルチチュードの暴力的側面って意味なんでしょ。
別に数減らすとか、関係ないと思うけどw
454 :
吾輩は名無しである:05/02/17 15:48:33
最初は同じ前提にあったところの存在が、再びその差異を認識しなおす。
という意味で組織の必然的な分裂が起きるわけ。
このような分裂はそのまま分裂生成と考えて正しい。
組織(細胞)が分裂すると同時に新しい認識と新しい立場が生まれる。
>>451はただの馬鹿で何にもわかってない。
これが左翼組織の中でダイナミックな形で演じられると内ゲバにもなる。
もちろん革マルや中核や青解の演じていた内ゲバとは、完璧に惰性的な儀式に堕落していた。
最初にあったはずの分裂生成=暴力的ゲバの劇にあった
ダイナミズムは完璧に失われて消失していた。
惰性の繰り返す自己韜晦的な演劇として70年代の内ゲバの時代はしばらく
続き、そして揃って自滅したものだな。
どうでもいいけどガタリを内ゲバの説明に使うなよ
>451
ネタじゃないよw
>452
なんだよ、内ゲバがマルチチュードの暴力的側面っていうのは。
たしかにファノンは植民地では暴力はまず身内に向かうとか書いてたけど、
それは別にマルチチュードではないし、ネグリだってそんなこと言ってないでしょ。
たしかに数の問題ではないが、どうやったらそういう解釈になるのか。
ガタリの『分子革命』をちゃんと読みやがれ。これだからニューアカの末裔、
批評空間熟読系は困ります。
458 :
吾輩は名無しである:05/02/17 15:59:43
ガタリが別にゲバ(つまり暴力としてのgewalt)を特に否定していた
とは全く思えないな。NAMの内ゲバなんていうのは傍から見ていても
全く正当なものにしかみえないのだし。
どうでもいいけど
>>455はただの馬鹿だなw
459 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:02:26
>>457 過去に「身内」だったものだろうと何だろうと
馬鹿だということがはっきりとわかった時点で、おまえは馬鹿だ
という事実をはっきりと突きつけてやることは必要だし必然なわけ。
そのような行動には、そこに具体的に手が出ようが出まいが
どうしても暴力的な側面というのは伴います。
>>457 えっ。「仲間減らしとるやないかw」はマジで言ってたのか?
だって「たしかに数の問題ではない」んでしょ。冗談だべ。
>460
まじというか冗談というか、肉体的な死を目的とする内ゲバが革命的なものとは
思っていないということですよ。
>>458-459 正当な内ゲバがあるって発想がスゴイ。
つまり正当なワケがありゃ愚劣な内訌騒ぎで暴力をふるっても許されるってのかよ。
463 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:08:45
内ゲバの定義にもよるが。
NAMのときは具体的な暴力の実行行為はたぶん全く出なかったのではないかと
思うが、精神的には暴力振るいまくっていた。そのような馬鹿の元凶で親玉が
まさに柄谷そのものの現実の姿だったわけ。
このNAMの内紛のレベルで、2ちゃんの中でも通っているような「内ゲバ」
という表現を使うなら、内ゲバとは広範な意味を含むことになる。
必ずしも、革マル中核的な惰性的暴力のことは意味しないだろうな
464 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:10:13
正当な内ゲバがない、とか幸せにも思い込んでられてる
お粗末で歴史に無知な
>>462の脳みそがスゴイヨw
こういうのはただの無知で無教養な人ですね
465 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:11:59
>正当な内ゲバ
なんかこういうときの言葉の用法が既に間違っているのね。
ゲバ=gewalt=広義の意味での暴力ですね。
要するに問題とは、正当な暴力はあるか?いなか?
ということを巡って言われてるものにすぎない。
内だろうと外だろうと暴力は暴力なんだから。
>>461 だから
>>451で
前段の「内ゲバがなんで分裂生成やねん」は真っ当な批判だけど
後段の「仲間減らしとるやないかw」は揶揄した表現であり冗談でしょ。
wの人はそれすら読み取れず、後段にマジレスしたわけで。
NAMとか鎌田哲哉とかに関係したらしき人が四の五の言ってるのは、確かにあほらしい。
467 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:14:33
>つまり正当なワケがありゃ愚劣な内訌騒ぎで暴力をふるっても許されるってのかよ。
>>462みたいなのは本物の馬鹿だな
わざと文章や問題を卑劣に矮小化して読み違えてやろうという魂胆が丸出し
正当な理由があれば、内だろうと外だろうと、暴力はまず噴出するだろうな
内部批判とか分派活動を内ゲバとはいわないでしょう、普通。
こいつはばか>454
とりあえず私もそれほどかしこくないので、
ここらで書き込みはやめますが、ガタリの発想はどちらかといえば
違う前提にある者がどう連帯するかということでしょう。しかも
関係を固定化しないという。安い理解ですが。
>>467 むしろ正当な理由も無く噴出するのが暴力だし、
そのくせ国家機構も中核や革マルも、それに正当めかした理由をつけるから批判されるべきなのだが。
470 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:20:31
>>468 >内部批判とか分派活動を内ゲバとはいわないでしょう、普通。
NAMなどの場合は実際に暴力的な手は出なかったけど
十分に内実については「内ゲバ」という本質があてはまるような事態というのは
あるわけ。
内部批判や分派活動であっても、それが暴力的かつ急進的に推進されれば
もうそれは内ゲバという
こいつ本当に日本語読めない馬鹿だな
理由があればいいんなら、幾らでも理窟をつけて同グループ内の敵対者を「粛清」できるわな。
ハイハイ、NAMのことなんか知ったこっちゃないから、よそでやってね。
>>470
検討しておきますw それではこれで >470
内部批判や分派活動であっても、それが暴力的かつ急進的に推進されれば
もうそれは内ゲバという
474 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:26:09
>理由があればいいんなら、幾らでも理窟をつけて同グループ内の敵対者を「粛清」できるわな。
だから、「理由があれば」、アメリカのような国家は国務省レベルで
暴力的な進行をイラクのような他国に企てるだろう。
しかしそれは理由があるから、一般的にも正当である、ということになる。
理由のある暴力が国家レベルで進行すればそれは戦争である。
小さな組織の内部で進行すれば、粛清や内ゲバにあたる。
それだけのことだろう。。
476 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:28:34
実際、暴力的な次元というのが根底的なレベルで抑圧しうるというものではない
という基本的な認識が抜けている。
こんな2ちゃんねるの下らないスレでのやり取りだって、既に十分に
暴力的な応酬なのだし、実際ここにいる奴の正体がわかれば
目の前で確実に拳をふるいぶん殴ってやってることだろう。
そのくらいに、「正当な暴力」が行使されなければならないほどにも
ここのスレなんかは腐りきってるわけだしなw
477 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:29:47
馬鹿は死ななきゃ直らない。
馬鹿は殴らなきゃ抑圧できない。
こんな口喧嘩ですら勝てないので悔しくなって手を出すのが正当か。
都合のいい自己正当化だなあ。
>>470
479 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:32:20
ヒトラーや麻原のような奴が権力を握って出てきたらどうなる?
正当な戦争という観念がなくならないように
正当な暴力という考え方も、社会があるかぎりなくなることはない。
そしてそれはそれで正しい。
必然的である。
問題は言葉の暴力を暴力に含めるかということで、
そのくらいこのスレの連中はナイーブですな
>>479 で、正しくない内ゲバや粛清や戦争等々も正当だと理由づけるってか?
482 :
吾輩は名無しである:05/02/17 16:36:47
>>481 なんでそう読めるのか、まったく理解に苦しみますねw
まあ
>>476が正当でないことは明らかだな。
正当な暴力云々は、往々にして不正な粗暴さを正当化したがる後づけの理由に過ぎない。
だから問題は階級闘争なんだって。
同じ階級に暴力向けてもしょうがないんだよ。
階級とは何かについてはすが先生に聞いてくれよw
485 :
吾輩は名無しである:05/02/17 18:19:33
国家に抗する戦争を担ってしまう戦士集団、つまり戦争機械と、
国家を防衛する兵士集団、つまり軍隊とを、
峻別するところから議論を始めてくれないかな。
内下馬は兵隊さんになろうとしてた連中の自己啓発セミナーみたいなもんじゃないの?
♪われ〜らはわ〜かきへ〜いし〜♪
♪プロ〜レタリ〜ア〜のぉ〜♪ のころはまだその辺が未分化だったろうけどね。
戦争機械の陰画としての内ゲバともいえるよね。
手段化されていない、目的としての暴力を戦争機械の定義とするならばだけど
(正式な定義ってあったんだけ?)。
その暴力を肯定するかどうかは別にして、
兵隊云々という分け方は違うかなと。
まあ内ゲバのなかでもいろいろな局面はあるでしょうし、
ハッスーの言うように内ゲバ分析は必要かと思われる。
964 :吾輩は名無しである :05/02/17 22:36:03
横光利一文学会 第4回大会で鮭切身が講演するよage
日時:2005年3月19日(土)午後1時30分より
場所:二松学舎大学(九段キャンパス)本館5階507教室
研究発表 米倉強「『旅愁』―矢代の内的対話に関する考察」
野中潤「わだつみへの眼差し―『夜の靴』再読」
講演 糸圭(←スガ)秀実「前衛の二つの型―新感覚派とマルクス主義」
490 :
吾輩は名無しである:05/02/18 03:16:32
708 :吾輩は名無しである :05/02/12 22:43:14
まいぺーす=山口直孝(大学教員)
491 :
吾輩は名無しである:05/02/18 03:23:04
オマエラ ハヤク ネロヨ
492 :
485:05/02/18 10:34:29
>>487 えへへ、昔の左翼だよ。
♪ぼ〜ぎゃくの〜雲 光を覆い♪
♪て〜きの嵐は荒れ狂ぅ〜♪
いいねぇ、わくわくするよ!
サヨクいらね。
>>485 >内下馬は兵隊さんになろうとしてた連中の自己啓発セミナーみたいなもんじゃないの?
スガによれば、それは連合赤軍のリンチ殺人が該当する。内ゲバはそれとは別なんだと。
どちらにしても人殺し。
495 :
吾輩は名無しである:05/02/18 12:44:27
内ゲバも戦争の予行演習だろ?
挿入の前にイッチャッタって感じ?
リンチ殺人とか内ゲバとか分けて見たところでどうせ陰惨な話よりも、
なぜスガは『ゲバゲバ90分!』(日本テレビ、1969〜1971)を論じてくれないのか。
あれだって68年の思想ではないか。
大橋巨泉はさておき、もう一人の司会の前田武彦は
吉本隆明がしばしば論及したタレントでもあるし(『情況』とかね)。
>>496 つまらん。おまえの言っていることはつまら。
おい鮭、
いまどこだ?
風花
で
クダまいてんのか
相変わらずw
499 :
吾輩は名無しである:05/02/19 01:02:15
風花で裸踊りをさせられているよ
中上の亡霊に
500 :
484:05/02/20 01:37:04
>>487 就職難とか所得格差とか経済的にういろいろ問題になっている昨今、
どう考えても階級問題が古い問題とは思えませんが。
ちなみに私は20代です。
いまどきの若い者は、マルクス主義批判があったのもよう知らんで、
それをすっ飛ばして70年代以前に回帰しちゃっとるんかいの。
近年のカルスタ・ポスコロもお前ら50〜60年代の歴史社会学派かよって感じぢゃわい。
マルクス主義に未練があるウォーラステインとバリバールの共著
『人種・国民・階級――揺らぐアイデンティティ 』(大村書店)を見てすら、
階級なんてもはや素朴に使用できる言葉ではないのは明らかなのに。
ましてや「階級闘争」など笑止。もう耐用年数過ぎてないか。
505 :
484:05/02/20 02:09:01
>>501 >いまどきの若い者は、マルクス主義批判があったのもよう知らんで、
噂の「ニューアカ」ですか?w
そのへんのおやじおばさんにはついてけないですよww
>>505 調べたら原書は1990年で訳書は1997年刊、まだ在庫ある。そんな古いか?
現在スガの68年史論が若年層に読まれてるとしたら、一つ手前の過去すら忘失して
団塊の世代あたりの過去と直結する非歴史性の所為なのかなと思った。
>>507 これまた失礼。図書館ですすけた本を借りて読んだから70年代の本かと
思ってたよ。
>現在スガの68年史論が若年層に読まれてるとしたら、一つ手前の過去すら忘失して
団塊の世代あたりの過去と直結する非歴史性の所為なのかなと思った。
ちなみに私はスガの68年論を、自らの80年代の振る舞いを
忘却しようとするものの「ためにする68年論」としてみなしているので、
スガファンじゃないよ。どっちが非歴史的かどうか。
いや、でも去年出た大塚英志『「おたく」の精神史』みたいな80年代論も売れてるしなあ。
読者層が重なってないのかね。または読んでも結びつけられないのか。
70年代論と90年代論が抜けてるし。
>>508 奧附も見ないのは読書の方法を知らないってか、やはり歴史性無視なんだなあ。
ニュー・アカも知らず80年代を知らない癖に、よく忘却とかスガのことを呼べるよね。
それで「階級闘争」って、お前は先祖帰りのアナクロか。
なんで先祖返りだと駄目なんだ?
そういう考えの根拠が知りたい。
歴史は繰り返す、但し二度目はファルスとして。
笑劇をお望みで?
>>511
513 :
484:05/02/20 02:59:19
>>510 >奧附も見ないのは読書の方法を知らないってか、
やはり歴史性無視なんだなあ。
ま、そう言われてもしょうがないが、そんないちいち覚えてるか?
>ニュー・アカも知らず80年代を知らない癖に
知らんとは言ってないよ、ついてけないということですよw
リアルタイムで経験してないから、当然思い入れないですし。
そんなこと言ったら60年代にも思い入れないですよ。
現代史の勉強してるだけですから。
なんかスガの本もそうだけど、当事者自慢というのは手強いなあ。
おまえらは経験してないから、というのは恫喝として
一瞬説得力を持つから。
老人の戦争自慢といっしょだよ。
>>513 単に知識としての無知、読書の不足、印象で語る不備などを指摘されただけだろ。
それを経験自慢としか取れないのは、君が体験に固執してその範囲外に出られないから。
>>508 具体的にはスガが何を「忘却しよう」としたのか言ってみな。
糸圭スレッドなんだからさ。
>>514 で、階級闘争やめて差異と戯れてろってかw
で、あなたはスガファンなの?
>>515 80年代(というか運動終息以降)
、左翼でもなんでもなかったことだよ。
転向ってやつ?
それをいまさらレフトアローンとかいって左翼の代表面してるのが、
機を見るに敏だなと。
おお、いまどき左翼であることが機に乗じた振舞とされるこの倒錯ぶりよ。
非転向面して再転向組を見下す宮本顕治の如き増上慢の旧弊ぶりよ。
正にファルス。
>>518 ま、ほんとの左翼なら旨みはないでしょうが、
彼の場合、再転向ではなく転向のままの偽装左翼ですからね。
本つくって映画出て雑誌で特集組んでもらったら、十分でしょう。
>>518 そんなにスガ擁護する理由がよくわからん。
正にファルス。
522 :
wの人ですが:05/02/20 08:04:01
てかさ、
>>484さんは、「僕はこどもですから、しりませーん。手加減してねー」って
いってるだけじゃんw偽装左翼って何よw偽装子供なんじゃないの?
用語以前に、理由説明以前に、わたしは批判的ですっていってるほうが
スガ依存でしょwww
むろんスガの左翼性も批判すべきだが何か? 所詮は左翼同士の内訌か。
>>521
132 :カマやんがんばれ :05/02/16 20:24:30
映画が終わって、映画に出演していた批評家、鎌田哲哉さんが、
この映画に対する自分の気持ちを、アジテーション演説みたいに喋った。
どうも、この映画に不満があるらしい。『「LEFT ALONE」には、
取り返しがつかない「現在」の致命的な排除がある。この映画は、
その製作過程と全く同時期に生じた出来事をあらゆる個所で隠蔽
しており、しかも隠蔽自体がなかったかのように映像全てを進行
させてしまっている。(略)』と書かれたチラシを配っていた。
この映画の批判は、『LEFT ALONE 構想と批判』という本にまと
め、「LEFT ALONE2」が上映される2月26日に
緊急出版するそうだ。
525 :
路上ノ恋:05/02/20 16:40:51
一個の実存にとっては右も左も関係ないね
花に嵐のたとえもあるさ 脱構築だけが人生だ
以下作品に書かれており読めばわかることだけを徹底して語る。その先を呼び込むためにも
この小説の軸は「先生」の自殺である。
地方の裕福な家に生まれた先生は若くして両親を失ったため叔父方に世話になるがその叔父により親からの遺産の一部をかすめ取られた先生は以後他人への信用を失って過ごすことになる。
しかし当の先生自身も親友のKに対し観念性の勝つ彼を人間らしくさせようと取り計らう過程でお嬢さんとの恋愛をめぐり彼を出し抜く恰好で裏切ってしまう。数日後Kは自殺する。
先生はその事件を契機に反省を強いられるがそれにとどまらず彼が叔父によって欺かれた先の出来事と通底するものから人間性の条件をみてとってしまう。
526 :
路上ノ恋:05/02/20 17:00:47
ある観念が一人の頭を占めてしまうと他の一切が振り捨てられてしまう。
叔父が金に欲がいって先生を欺いたように、先生自身もまた愛によって友を裏切ったではないか。
金が目的ならば駄目で愛ならば許されるということはない。それは身勝手な言い草でそれらは結局変わらず、先生はたまたま財産に恵まれていたに過ぎず、叔父の立場になればどうなるかわからないのである。というより現にKを裏切ったではないか。
527 :
路上ノ恋:05/02/20 17:25:22
この条件性からは人との関わりから一切身を引いてしまう以外に脱却することは出来ない。
先生は隠棲し、その先生(先に生きる者)を慕う「私」もまた帰省中に先生からの遺書らしき手紙を受けてまさに臨終の床にいる父をさし置いて夜行列車に飛び乗るのである。
ニューアカかぶれに絡まれるのはごめんなので、「逃走」させてくださいw
スガが左翼だと思ってる時点で歴史的無知なわけだが。
>>523 というかここのスレにいる人はスガが左翼だと思って、賞賛したり批判したりしてるのかな。
先祖返りすんなとか、再転向を批判するのはアナクロだとか。ま、熟読系に政治はないからね。
ニューアカかぶれに絡まれるのはごめんなので、「逃走」させてくださいw
スガが左翼だと思ってる時点で歴史的無知なわけだが。
>>523 というかここのスレにいる人はスガが左翼だと思って、賞賛したり批判したりしてるのかな。
先祖返りすんなとか、再転向を批判するのはアナクロだとか。ま、熟読系に政治はないからね。
真正左翼への忠義を競って相手の不純さを指弾し、
排除と選別の内部抗争を繰り返した末に、
結局は外部の同情者すら得られなくなって痩せ細ってゆく。
人民戦線以前の有様だな。こんなサヨクの悪習が若い奴にもまだ踏襲されてるとはね。
その極致が内ゲバだったんでないの。まるで反省が無い。
532 :
吾輩は名無しである:05/02/21 00:13:29
だから左翼にとって内ゲバは必然であり
正確に左翼を解散させて終焉に導き証明するためには
内ゲバはプロセスとして必至である、といわれてるわけだろうが。
今だったらスガの周辺、NAMを巡る情況がまさにその原理的な定式に
あてはまっているだけで
終焉に導くも何も、とっくにサヨクは終ってますよ。
時代錯誤の連中以外にとってはね。
時代錯誤の連中=スガとその取り巻き
柄谷やNAMはともかく、スガごときに取り巻きって程の支援・同伴者が存在するの?
536 :
吾輩は名無しである:05/02/21 00:37:45
このスレのヨイショとかだろうw
あとcikiとか
近大とかmixiとか
537 :
真性左翼:05/02/21 00:39:17
同伴者は、ほとんど、いない。
強いて挙げるとすれば、三ツ野陽介クン?
http://www.juryoku.org/mitsuno.html 反発はしているけど、それは、関心があるからこその反発だからね。
大杉が柄谷批判するのと同じ構造。
杉田俊介クンも自分のサイトで反発してるけど、彼の場合は単に嫌いだから
反発してる。
愛着の裏返しの表現ではなく、ストレートに嫌ってる。
このスレのヨイショって、wちゃんのことか。
539 :
wの人ですが:05/02/21 00:47:35
終わってる終わってるって、じゃあ、何が始まってんのよw
540 :
吾輩は名無しである:05/02/21 00:48:44
wをつけてると全部同一人物に見えるという
世にも珍しい妄想脳の持ち主の障害者のことだろう
<このスレのヨイショw
お、ヨイショが始まったかな?
キモイよぉ〜〜〜(藁
cikiは同伴者というのとは、ちょっと違うと思う。
cikiはミーハーだからヒヒョクー系インテリとコネを作りたいという理由で
糸圭を応援するふりをしているだけ。
鎌田と糸圭が喧嘩したら迷わず鎌田側につくのがciki。
なおさら馬鹿で悪質w
546 :
吾輩は名無しである:05/02/21 01:02:46
chikiがミーハーであるがゆえに今現在最も悪質で破廉恥な文章を
ネットで流してるという件なら同意
要するに「取り巻き」はゴミみたいなのばかりで存在しないも同然と。
>>544 すると取り巻きではないが『レフト・アローン』を観に行った類の、同調者の間では
いまだに終ってなく、何かが始まってたりしてるのか、ね?
548 :
吾輩は名無しである:05/02/21 01:04:34
ただの興味本位で見に行くだけ
決まってんだろうw
549 :
wの人ですが:05/02/21 01:08:13
取り巻き?とか批判してるけど、ここのアンチだってゴミみたいなもんじゃんw
言うだけ自分もむなしいよw
あの映画って、わざわざ観にゆくほどの興味があるの?
インタビューの内容なら書籍版読めば映画でカットした分まで収録してるんだし。
>>549 あら、自分が「取り巻き」と見做される存在だって自覚があるんだ。
すると
>>536の言ってたのはやはり君のことなのかなあ……。
またヨイショを始めるの?
552 :
吾輩は名無しである:05/02/21 01:13:56
スガと交流してる人は面白いよ
自分が映ってるとか発見できるから
2ちゃんのような交流障害者や外出れないキチガイ連中には
全く意味はないがなw
>>552 ごめん、言ってる意味がサッパわからん。
「スガと交流してる人」とは誰のこと、ここで話題になってる「取り巻き」?
「自分が映ってる」の「自分」とはあなたのこと、それともその人びと自身のこと?
それが映ってる……何に? どう映ってるの?
>>552の言ってるのは、
映画『レフト・アローン』が、スガの関係者しか興味を持てない
内輪ウケの楽屋落ち作品ってことなのかな。
あ、画面の端に俺が出てるーって。
>ごめん、言ってる意味がサッパわからん。
それはあんたが馬鹿だからでしょう(藁
それ以外に理由はないよ
556 :
wの人ですが:05/02/21 01:25:56
いや、取り巻きとかさ、よいしょとかさw、なんか見てきたような話するの
得意だから、おもしろいよw
自分たちのほうが事情通ですよ!見たいないやらしさを、匂わせてると思うけどなあw
わたしなんか、取り巻こうにも、どこにいったら巻けるのかすら、
わかんないんだど?みんなはしってるの?アンチ・よいしょの人を含め。
557 :
吾輩は名無しである:05/02/21 01:26:55
2ちゃんの中の精神障害者を上から眺めて楽しんでるだけでしょう
559 :
wの人ですが:05/02/21 01:29:30
まあここで2ちゃんだの、何打の言っても仕方ないと思うけどね、
2ちゃんなんだから・・・
561 :
吾輩は名無しである:05/02/21 01:30:13
5W1Hをしっかり書かないから2ちゃんではイジメがいがあるんだろう
562 :
wの人ですが:05/02/21 01:31:47
いじめと内ゲバを関連付けられないかなw
たぶんスガに向けて書いているんだよ
>>556 >なんか見てきたような話するの
ヨイショは君が現にこのスレッドでやってきたことだな。擁護のつもりかしらんが。
三ツ野のが杉田よりかはイイ
東大生だしルサンチマンない
フリーター代行主義でもないし
しかしレフトアローン公開で一部のインテリが
あせってるのは事実だぞ
浅田とハスミンなんて出られないのすごいショックだったらしく
青山真治にドキュメンタリー政策を直談判したとのこと。
>>566 本当かよw
何だか可愛いな。
いや、やっぱり可愛くない。
>>566 マジっすか?
浅田なんて、その手の欲が無さそうに見えるんだけど。
長野ヤスオ県知事ちゃんと駄弁ってれば満足してそうなんだけど。
情報ソースを教えて下さい。
そんなわけねーよ
こんな糞ドキュメンタリー
570 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:23:54
566以降 自演だろうw
みえみえだなw
571 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:24:40
逆で、浅田と蓮實に出演頼んで断られた、が正解
572 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:26:09
特に568 気持ち悪すぎw
浅田には依頼しないと思うな。
あの映画は言葉だけの人は出演してないから。
574 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:34:21
>>573 80年代浅田らのニューアカが新左翼(全共闘世代)批判
として出てきた経緯を知らないようだな。
575 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:34:23
だね。
監督が法政だから柄谷好きだが蓮実にも行かないだろう。
本の方よんでたら、断られたのは大西巨人と武井昭夫って書いてたし
。。。。でことは、アサダが動いたっゆーのホントかな。
彼最近あせってて編集者が困ってるのは有名
>>575 困っていると言ったら矢野しかいないじゃん
577 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:36:32
レフトアローンでは、糸圭と鎌田の対談のところで
いきなり浅田の名前が出てきたりしてたじゃない。
浅田が出ていれば、一挙に内容に厚みが増してたと思うけどね。あの映画は。
578 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:40:39
青山が撮るアサアダ主演の映画の題名考えてやれよw
579 :
早くインテリになりたぁーい!:05/02/21 02:42:31
>>574 いや、80年代浅田が新左翼批判として出てきたらしい事は、伝聞では
知ってますよ。
でも、ほかの出演者は、言葉以外の活動もしてた人たちじゃないですか。
西部さんは元ブントなんですよね?
柄谷さんもそう。
一番若い、太陽肛門の花咲さんは、早稲田のサークルスペースの立ち退きの
問題で、早大当局と闘争(論文で批判ではなく、体を張った)してたし。
それらの活動と、浅田さんの新左翼批判とは異質なのでは?
580 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:45:34
>>579 異質だが、浅田のような後から出てきた次世代が
新左翼をどう批判的に見ていたかは、
意見として非常に重要になるだろうし、
問題提起を立体的にするためには効果的であっただろう。
581 :
早くインテリになりたぁーい!:05/02/21 02:47:25
>>575 >断られたのは大西巨人と武井昭夫って書いてたし
そんなこと書いてましたか?
2chにはそう書かれていたけど、それはデマだと井土さんが言ってたような
気がするのですが。
582 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:48:07
出演依頼がなくてひがむ時点でアキラの負けだな
583 :
早くインテリになりたぁーい!:05/02/21 02:50:08
584 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:53:41
つーか、批評空間熟読系にしか通じなくなったかも
585 :
吾輩は名無しである:05/02/21 02:56:44
>>584 いやいや浅田はキャラが立つし弁も立つわで
レフトアローンのように映画だったら
かなりはまってたと思うよ。
586 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:00:47
全部↑見当違いだな
もともと浅田はスガなんか評価したこともないし
特に興味もないし、付き合いも殆どない。
一緒にあっても共通の話題さえあまりないようなもの。
だから浅田がスガの映画に出演しうるという前提自体が
完全におかしいわけ。
587 :
早くインテリになりたぁーい!:05/02/21 03:01:28
>>584 それは浅田の名前と言説が、ということですよね?
わりと、それは言えますね。
今の30代後半から40代前半の人だと、なんでこんなミーハーな人まで知ってるの?
というのがありますからね。
今はもう、年の離れた兄貴が読んでて薦められたか、あとは東大の文学部の人くらい
しか知らないみたいですね。
588 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:05:45
>>586 >スガの映画
そこまで「スガの映画」だとは思わなかったんだけどね。
彼自身の経歴を語る部分も(すくなくともPart1では)
ほとんどなかったし。
レフトアローンが日本の新左翼運動についての映画
なんだとしたら、
いくらでも浅田との接点は作れるだろう。
浅田に断られたんなら、仕方ないけどね。
589 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:06:43
そもそも柄谷だってスガの存在については
彼は自分のアンテナ代わりとして、自分がいけないような場所の情報を
よく拾って伝えてくれるし、子分役としてよく使えるから、近大などを
はじめとして使っているにすぎない。批評家としてのスガについては
半ばは常に馬鹿にしてるのだし、反面的な意味で近大の現代思想講義を
担当させて使っていたりするだけだ。
その証拠に批評空間のWEBサイト構成を見てみればよい。
柄谷が真に自分の身内的に批評空間を委ねているのは、浅田と岡崎だけである。
スガには本当の評価は与えていないから、あそこの書き手の中には入れていないのだ。
590 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:09:39
カラヤンの言うことロボットみたいに聞くのは浅田と岡崎だけってこと
591 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:11:05
確かに書籍版の終りに大西と武井には断わられたって監督が書いてる
592 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:12:11
>>590 勘違いしてるなw
ロボットみたいにしていてもスガはあそこの名前には入れない。そんだけだよ
そもそもオファーを出すにも蓮実の場合は左翼としての接点がない。
西部のように今は自称右翼でもかつてはならした、みたいな話もない。
浅田の場合はスガとの接点自体が乏しい。ほとんどないに等しい。
左翼と一口でいってもスガ的に地べたをいくような泥臭い話には
浅田は本質的な興味を抱かない。むしろおぞましいと思うくらいだろうな。
ダサイ。汚い。とか。
594 :
白鳥:05/02/21 03:16:31
スガは醜いアヒルの子。
カラタニはそう言ってる。
書籍版『レフと亜ローン』を読んでみなさい。
あと、ほかの本では日本で一番頭の良い批評家はスガだとも言ってたな。
たしか、『ダイアローグ』でだったと思う。
>>591 ありがとうございます。そうですか。
元から出演依頼がないのに本当に上スレのように動いているなら、
浅田氏にとって名誉なことではないですね。
最近の氏には何かと失点が多い。
残念です。電網版の人の気持がわかりました。
>あと、ほかの本では日本で一番頭の良い批評家はスガだとも言ってたな。
それは中上との対談だと思うが
完璧にネタだよw
よく話の前後を読んでみろ
597 :
白鳥:05/02/21 03:21:07
えーっ。うっそぉん。
>>596 どうしてネタだと思えるのか言ってみてよ。
598 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:23:20
そもそも柄谷と浅田にとって「現代思想」という名称は
今では差別用語で使ってるんだよね。
蔑称や隠語として現代思想というのを使ってる。
それで近大で現代思想講座とかいうのを開くときに
そういうネタ混じり面白半分にスガ秀美の名前を入れたりしてるわけ。
そういう彼らのユーモアにも皆がもっと気づくべきだな
599 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:24:55
>>593 >蓮実の場合は左翼としての接点がない。
そんなことは全然ない。作品社で糸圭が編集した1968年読本を読むといい。
>左翼と一口でいってもスガ的に地べたをいくような泥臭い話には
>浅田は本質的な興味を抱かない。
これも偏見。浅田も学生時代は経済学部の自治会で
泥まみれになってやってた(そのことは
例えば以下のリンクに垣間見れる)。
そういう背景すらなければ、浅田の独特の貴族的左翼気質は
生まれなかっただろうね。
http://d.hatena.ne.jp/d-sakamata/20040607
600 :
白鳥:05/02/21 03:29:35
まあ、柄谷は「現代思想」を差別語として使ってるのは事実だけどね。
たとえば、NAM崩壊後に、NAM会員の柄谷信者が御本尊を批判してた事を
揶揄するのに、「彼ら(信者)が好きな現代思想なぞ持ち出さずとも、フロイト
で(柄谷を批判することが依存だということの)説明がつく」とかね。
でも、近大の講座は、そんな深い意味は無いでしょう。
テキトーに客集めのためにキャッチーな名前にしたんじゃないの。
>>597 それはたぶん中上との対談だろう?89年くらいの。
その対談の前提になっている深い事情というのがあって、その直前まで
中上と柄谷はものすごく仲が悪くなっていて対立していた。
中上は柄谷のことをやっつけてやるとか公言していたくらいで。
それで柄谷は駒場寮の連中を使って中上VS柄谷の討議イベントをまずやらせた。
それをきっかけに柄谷と中上は仲直りをするタイミングを掴んでその対談が
実現している。ここでの柄谷の発言をよく見ればわかるのだが、至るところで
柄谷は中上の機嫌を伺うような発言をしてる。また中上のほうからもそうである。
その中上機嫌伺いの延長上に、柄谷がギャグで落としてるのが、そのスガが一番発言
の箇所であり、しかもまさに成功して見事に場がはまってるのが、それを読めば見て
とることができるだろう。
602 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:37:17
>>599 読みが甘すぎだな。
左翼としての接点といっても左翼解釈を巡って蓮実が68年的なものを
特権的なものとして全く認めていないのは事実だし、それは作品社の68年特集でも
明らか。むしろ蓮実はスガの左翼解釈を全く認めていなくて攻撃しているわけだ。
これをやられれれば、まず映画の趣旨がずれてしまう、狂ってしまうということが
まず撮影の前提としてあっただろう。
それから出演者の格あるいはギャラの問題などを考えても、蓮実の場合は
非常に扱いにくかったのだろうとも推測される。そうでなくても元々映画には
最も拘りと注文の多い蓮実のことだから、自分を撮られるということになると
どんな難儀な注文をつけられるかたまったもんじゃないだろうという怖れは十分に
考えられる。あと東大元総長にどれだけのギャラを払えば報われるのか、とか
そういう問題も。。。
>浅田も学生時代は経済学部の自治会で泥まみれになってやってた
こんなの活動に入らんよ
あんた中卒?
アサダみたいにちびっとしかやってない奴に限ってやってたやってたと
吹聴したがるもんなの
599はアサダ信者に決定ね
604 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:40:42
>アサダみたいにちびっとしかやってない奴に限ってやってたやってたと
>吹聴したがるもんなの
同意です。
これならよしりんの方が活動してたよ。
605 :
吾輩は名無しである:05/02/21 03:42:29
浅田が京大経済学部の自治会やったなんていう話はあまりにも
自明で有名な話なんだがw
しかしそれでもやっぱりスガ的な左翼の関わり方とは
これは全然異質だと考えてよいね。
はてなに本人が寄せたコメントを見ても、どちらかといえば
こういう話(滝田修のケースは)自分がいかに乗り気でなく
そこの場所の必然性でやっていたかという話でしかない。
そういうところの空気をよくよめとまずいいたいなw
606 :
白鳥:05/02/21 03:43:17
>>602 概ね同意です。
蓮實さんは、68年に現実に起こった事の大半は下らない事です、って言ってたし。
ただし、そういう、スガの論に同調しない人が出れば、より厚みが出たとは思うけど。
>>606 スガが蓮實に弱い腰砕けぶりを直さないと、映画自体成立しなくなるって。
608 :
白鳥:05/02/21 03:50:53
ああ、それは言えてる。
>>607 じゃあ、そこの部分はギャグで入れて。
で、全体を脱構築すると。
609 :
599:05/02/21 04:00:38
浅田信者かw ま、いいや。
経済学部の自治会云々が自明だというならそれはそれでいいや。
ただ浅田自身が旧世代の左翼に比べてどれだけ実践してたか
してなかったか、って話は結局は不毛だろう。
旧世代の自慢話に行きつくだけだろうから。そんなものはつまらない。
浅田がメルクマールになるのは、まさに新左翼運動の批判(といっても保守ではなく)として新しい左翼のイメージを
打ち出して出てきたというコンテクスチュアルに重要な
位置を占めているわけでしょ。それこそ糸圭的な言説の
立ち位置を吹き飛ばすような。
いまわざわざ68年を振り返るなら後続世代との対決なり
再検討なりは不可欠でしょう(鎌田みたいなところに
飛ぶんじゃなくて)。それをやらない限り、
日本の68年ってのは全共闘世代の自画自賛にしか見えない
わけですよ。傍からみてると。またかと。
何か根本的に新しいメッセージが出てきているようには
思えないんだけども。そこんところどうなのよ。
610 :
吾輩は名無しである:05/02/21 04:06:18
いまやアサダ本人がとっくに立ち位置を吹き飛ばされちゃってる
それが信者への答えでーす
仕事しろ、仕事
611 :
599:05/02/21 04:20:24
>>610 だったら尚更、浅田的な左翼の形に対しての糸圭側からの評価を、
これを機に下すべきだろう。
浅田が勢力を失っているからこちらが相対的に浮上できた
とか考えているんだったら情けなさ杉。
ちなみに、浅田は近年でもNew Left Reviewで戦後日本の
左翼を英語で総まとめして紹介してみたり、
浅田が左翼として果たしている役割はやはり軽視できない
と思うのだが。
等と言ってるとまた信者呼ばわりだなw
寝るか。
スガが下されることはあっても下すような立場になることはまずないな
・・・・下痢ですが
613 :
吾輩は名無しである:05/02/21 04:31:49
結局アキラは依頼がなかったのでむかついている、ということですね。
青山の新作に期待です。
615 :
吾輩は名無しである:05/02/21 12:51:09
メルクマールメルクマールメルクマールメルクマール
616 :
吾輩は名無しである:05/02/21 13:40:53
そういえば、蓮実の親父が1930年代の京都「人民戦線」に名を連ねていたことに重ねた蓮実の左翼性を蓮実の意に反しても確立する作業はどうしたの?
なんか天沢との対比とかで蓮実と全共闘との関係を見直すとか。
617 :
吾輩は名無しである:05/02/21 13:55:08
そういうお馬鹿な文壇お座敷もうやめなさいって
ママゴトでしかないのだから<<<スガ
618 :
吾輩は名無しである:05/02/21 14:19:14
人民戦線
人民戦線 って=ダメ連のこと?w
蓮實は自分でブルジョワ左翼だと言ってるぞ。
ダメ連の中にもそういう自称は多いw
ダメ連だと精々プチブルだろ。本物のブルジョワに憧れるスノッブどまり。
そういや産経新聞で19日まで5回に渡って
往時の京都学派の短期集中記事があったらしいが。
625 :
吾輩は名無しである:05/02/21 16:00:02
横レスすまん
浅田は68年を通過した左翼としてアカーなどに
深く関わってるよね。
ざっと読んでみて、柄谷・蓮實・中上・浅田とスガの関係を語る際に
「深い事情」とか知ったかぶりで解説するのはどんなものかと思った。
>>625=馬鹿w
浅田はアカーと関わって、対立して
バカにされてやめたんだよ。
>>622 それで鎌田に働けとどやされる。踏んだりけったりです。
629 :
吾輩は名無しである:05/02/21 16:08:04
>>626 本当なんだったら、もちょっとちゃんと説明してくれ
デマを垂れ流している香具師がいるんだよな、このスレには。
浅田とアカーが仲悪くなってやめたなんていう話は基本常識の話じゃなかったのか?w
632 :
吾輩は名無しである:05/02/21 16:13:36
しかしいま議論されている主題はこうだろ。
「スガは何故浅田彰を避けるのか?」
全然逆w(ギャグ?w
浅田は何故スガを避けるのか?
というのが正しいな
>>632 スガ秀実は「良心の疚しさ」を抱いた小ブルだから、
堂々とブルジョワである浅田彰に太刀打ちできない……のかな。
635 :
吾輩は名無しである:05/02/21 16:18:06
>>633 だがそもそも日本の新左翼運動を回顧しようとしているのは
スガだろ?
そのスガがなぜ浅田を避けるのか?
ということ。
浅田の方がスガにアプローチすべき仕事をしているわけではない。
バカにされるのが怖いからだろう
簡単な話。
彰が自分を崇拝する男の子をとっかえひっかえナンパしたので
あるメンバーが一人一人の気持ちをもっと大切にしてと頼んだら
彰が怒ってやめただけ。
オウム麻原と女性信者みたいな空気が漂って気分悪かった。
>>637 それ、スガと関係ないですから。後は浅田スレ行ってやってね。
こういう話のみが2ちゃんで面白い
価値があるのだろう
>>638はバカ
641 :
吾輩は名無しである:05/02/21 16:29:59
浅田は今これを読みながら怒っています
勝手に事実を捻じ曲げるなと
胸糞悪くなって
こんどは何処のblogにメール送ってやろうかと考えてます
スレ違ひ。
なるほど。
浅田が中沢をかばったりするのは自己弁護みたいなもんかな。
してることはオウムと同じなんだから。
話をスガに戻しておけば麻原や浅田みたいに性的に人を暗くしばらないのは
スガのいいところなんじゃないか?
まあ明るい度スケベというだけだが。
セクハラ親父は果たしていいところか。
スガはセクハラ歴ありなの?
647 :
吾輩は名無しである:05/02/21 16:40:21
なんかここはスガを知らないヤシばっかだな(藁
スガの取り巻きでもファンでもないからね。
649 :
吾輩は名無しである :05/02/21 16:47:51
ただの名義借り、借り物で別人のこと話題にしてるわけ。
スガに好んで接近する女はほとんどいない。
取り巻きは男ばっかり。
左翼だから、セクハラは当たり前だろ。
でもフェミニズム批評には色目を使ってるんだよね。止めとけばいいのに。
>>650 でも露骨なセクハラをする人じゃないでしょ。
振る舞いは普通に紳士だと思うのだが。
存在自体がセクハラとかそういうのなら分からんでもないが。
笙野頼子「スガちんと私」によれば、酔っては「Do yoy like sex?」を連発するとさ。
間違った、角田光代「スガちんと私」(『重力02』)だ。
ありゃりゃ
656 :
吾輩は名無しである:05/02/21 17:04:27
>>652 バカで無知w
一番露骨な人です
まあ知ってる人はみな知ってるが
まあ直接人間関係を持つわけでなし、書いた物が面白ければ
作者の人格なんかどうでもいいんだけど。
だいたい取り巻きの1/5から1/4が女性です。
小倉と金井からは嫌われてます。毛虫のように。
斎藤美奈子からは嫌われてはいませんが、文芸批評にラカンを使うことは小馬鹿に
されてます。
でも奥さんは美人らしいよ。
659 :
吾輩は名無しである:05/02/21 17:15:15
>でも奥さんは美人らしいよ。
筏丸ね
ヨガの本出してる
写真つきで
そこで確かめてみてw
松本圭二
「活動家とか運動家と言うのと、「アクティヴィスト」と言うのとがどう違うのか
僕にはやっぱりピンと来ません。」『重力02』p.51
>>658 小倉はともかく金井が嫌ってるようには見えないけど(文章とか読む限り)
何となくだけどスガを心底嫌う女性っていない気がするが、スガを心底好きな(もう崇拝
しちゃうくらい)女性もいなそうだよね。ここら辺は良い所なのか良くないところなのか…
ま、実際に講演とか以外でのスガと女性とのやり取り目撃したことないんで、全部妄想ですがw
662 :
吾輩は名無しである:05/02/21 17:19:40
663 :
吾輩は名無しである:05/02/21 17:20:36
どうでもいい話を延々と続ける、蓮實&こいつ。
>>661 ん?何を根拠にそう言ってるの???
はてな日記のchikiのレポートとか、金井『目白雑録』とか読んでみなよ。
昔は嫌ってなかった、って事なの?
最近のものを読むと、もう毛嫌いしてるみたいだけど。
左翼に「マッチョ」ってルビ振って猛烈批判してるよ。
それから、数を日本語で言い表すときの言い方が馬鹿っぽいとか、
もう、ほんと、細々とした事まで批判してる。
666 :
吾輩は名無しである:05/02/21 17:25:26
658=ちき
きちがい
>>665 なるほど、マッチョでない左翼は珍しいな。やはり、お稚児さん浅田位のもんかな。
蓮實もマッチョでない左翼なんじゃないのかな。
あと、丹生谷が、もし左翼だとしたら、彼も。
>>665 恥ずかしながら「目白雑録」読んでない、スマン。
小倉とのトークセッションでの金井の野次は、別にスガを嫌ってのものではないと
思ってたんだけどね、ま、妄想ですからw
こんにちわ。ピエールです。
スガさん 見てますか?
お元気ですか? 僕は、まぁまぁですが。。。
何を隠そう、僕は筏丸さんたちとカラオケしたことあります。
元サザンオールスターズで初代ギターという現在地方公務員のひとたちと
カラオケのテレビ画面を見ながら熱唱しました。
僕はクィーンのボヘミアンラプソディーを歌って一目置かれました。
神長がボーントゥーラブユーを歌いましたが、これはだめでした。
スガさん達と盛り上がっていたところ、途中で筏丸さんが入ってきました。
僕はそのとき気がつきましたが、彼女が入ってきたとき、スガさんとの間に
一瞬緊張の空気が張り詰めました。氷の糸が瞬時にそこを通ったのを見ました。
二人は目を合わせるのを避けました。・・・
>>669 小倉とのトークセッションを根拠にしてたの????
そら、たしかに妄想だわ。
俺はてっきり、古ぅーい昔の対談では仲良かったのかと。
渡部直己とは昔は仲良かったけど、『目白雑録』では碌に小説を読めない
バカモノ扱いしてたから、そこから考えて。
左翼なんて誰でもなれますよね。
>>672 糸圭ファンどもよ、小ブル急進主義者たらんとせばいま一息だ。
675 :
吾輩は名無しである:05/02/22 00:27:33
なんでこのひと、坂戸住んでるの?
筏丸けいこ Keiko Ikadamaru
坂戸市在住。詩集に『再婚譚とめさん』『あかいパラソルをさしたフランケンシュタイン』
『パブリカ・ブリーカー』(ともに思潮社)、ルポルタージュ『いつもお祭り気分―幇間の世界』(亜紀書房)
★最後の幇間といわれた悠玄亭玉助師匠について歩いた2年間のルポルタージュ。
着物を着てお座敷にまで出ました。<体力気力イクイクイク!>といいながら玉助師匠はお元気でした。
『試してよかった! 自然美容法』(筑摩書房)、『自然美容法 ここがポイント!(筑摩書房)』
★昔の人が使っていた「「うぐいすの粉」やら「椿油」「つげのクシ」など、
天然素材で頭のてっぺんから足元までをお手入れした体験レポート。
インドのアーユルヴェーダのターメリックお手入れ法や、塩、粘土など、天然のお手入れ素材をたっぷり紹介。
「悲しいときは ほかほかごはん」(大和出版)
★悲しいときは、まずゴハンを食べてから悲しんでもいいんじゃない?
「伝統医学ドットコム」(
http://www.tradmedicine.com)で、中国医学の美容法について体験レポート執筆。
則天武后は美容のオーソリティー。
全日本焼きとん愛好会会員。「筏丸けいこwithこころなしサーカス団」で、ポエトリー・リーディング活動。
676 :
吾輩は名無しである:05/02/22 12:21:55
677 :
蓮實ファン:05/02/22 15:18:52
>>601 89年の中上との対談。
「批評的確認_昭和をこえて」というタイトル。
あれは「柄谷がギャグで落としてる」とは読めない。
お互いに、直前まで仲違いしてたのは分かるけど。
何故あれが「ギャグ」だと言えるのかな?
ところで、東大事情通のかたにお伺いしたいのですが。
89年の2月に駒場の自主ゼミに出てた人たちって、今はどこで何をされてるのでしょう?
あれが読めない人は根本的に才能ないでしょうw
679 :
吾輩は名無しである:05/02/22 17:03:11
花咲政之輔が、オレオレ詐欺やってるアウトローと左翼を結びつけようとするのって、
高圧的というか説教臭いからイヤ。
イマニュエル・ウォーラースタインや鶴見俊輔を「保守=右翼」と定義するハスミ
を逆に援用して、振り込め(オレオレ)詐欺で金持ちの親から金を騙し取る人々を、
「左翼」と定義することも可能でしょう。
そうした連中を、既存の狭義の左翼の枠組みに引き入れようとする必要なんて無い
と思う。
ただ単に友達になる、というのなら良いんだけど。
なんか花咲の語り口だと、「善導する」みたいな感じなんだよね。
善導とは言ってないんだけど、説教臭い。
プチブル急進主義(右翼)
プチブル急進主義(窪塚)
スガってマジで左翼冒険主義なの?
>イマニュエル・ウォーラースタインや鶴見俊輔を「保守=右翼」と定義するハスミ
そんなこと言ってるのか羽須美は。なんか泣ける思想状況ですね。
ハスミに右翼呼ばわりされるとは。はすみ、すが、みやだいはネオリベの線でしょうね。
蓮實はブラフ批評しかできない
情況誌 座談より
酒井 六八年を問うことは必然的に六八年反革命を問うことになるのです。
日本のいまのファシズムにすら近接しつつある「権威主義的ネオリベラリズム」
状況を形成している中核にいわゆる全共闘世代がいることを忘れてはならないし
、それは重大なことだと思う。そして転向しながら知識人として残ってきた彼ら
の発してきた言説が、いまの日本の右翼的言説の一つの文脈になっていることに
注目して分析すべきだと思う。丸山真男の晩年の「執拗底音」論は評判が悪いです
が、あれが全共闘世代への痛烈な予言的皮肉だとしたら、いまそれは彼の正しさと
して実証されつつある。それは当時の運動がどれだけ豊かなものをはらんでいても
そうなんですね。そこを根本的に問いながら、やるべきことを考えていかないと、
ほんとうに小ブームで終わります。
高祖 自分で豊かだとは思ってないんじゃないの?
平沢 多分、そうでしょうね。もしくは、豊かだったことを利用して、
個人的に手柄をたてたいだけかと。酒井さんも指摘されているように、
ネオリベラリズムにおいて、六八年は反六八年という形で分かりやすく
表れてこないで、むしろ六八年を評価しながら、その可能性を資本主義
体制に奉仕するために使っていくというねじれが起きている。ですから、
現在の六八年ブームみたいなものが、現在生成している運動を敵視して
いるのはそのためでしょう。もともと左翼を収奪している似非左翼なわけ
ですから、反革命的なのも当然ですが。
>>685 読点が行頭に来る馬鹿っぽい引用の仕方が、鎌田哲哉スレの某信者に似てるな。
しかし、日本のアナーキズムをめぐる最近の言説のレベルは、
自らが右翼的なものに親和的なことには触れることなく、
アナーキズムと右翼の親和性とかを歴史的に分析して何か
言った気になったうえで、当事者の間では当然様々な形で
議論されている問題を一方的にあげつらって、反グローバリ
ゼーション運動はナショナリズムだ、とするぐらい無知なも
のですから、そうしたシニシズムに満ちた日本的思想状況
糸圭秀実が、アナキズムについてどこかで何か言ってたっけ?
#まあマルクス主義でもアナキズムでも「当事者」だけの争論に跼蹐した連中を見てると、
いっそリベラリズムで結構、右翼でも結構だとすら言ってみたくなるし、
敢てイズムで言ったら「思想」でない分シニシズムが一番ましかなって気にさせられるナ。
「当事者」じゃなかったら余計な首(レス)突っ込むなと。
創作の経験ある小説家でなかったら要らぬ嘴(批評)を挟むなと。
共産党批判をしたかったら入党して当事者になってからにしろと。
スガはやはりアナーキズムには関心が無いのかな。
694 :
吾輩は名無しである:05/02/23 01:20:37
>>685みたいな座談(退廃した)を読むと、本当にもう
反左翼というしか正しい立場というのは見出せないのだろうと思うな。
695 :
吾輩は名無しである:05/02/23 05:22:19
x
696 :
吾輩は名無しである:05/02/23 08:20:08
平沢のつかう「反革命」という言葉の使い方が最低というか、
これじゃあファシズムだな
697 :
吾輩は名無しである:05/02/23 08:40:25
平沢や酒井が商売やってる土壌がそもそもチャラチャラした
資本主義の土壌に乗っかってやってるにすぎないわけだろう。
なにいってんのかと思うけど。
平沢のやってる芸風なんてそもそも、日本赤軍の情報をいかにして
ファッション化して資本主義的流通に乗せるかとかいった程度のもんだよ
どうせそんな騙し絵みたいな左翼しかできないんだから
左翼なんか自称しないほうがいいよ
酒井って、隆史?
Oui
>>697も、真正左翼が似非左翼を排除するいかにも左翼的内部抗争の論理やね。
http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20050219 ……詳細な事実を確認するレヴェルとそれを「1968年の革命は現在につづく不可逆的
な変化をもたらした勝利である」という評価のレヴェルをもそっと丁寧につないでほ
しいと思ったりもする。そのあいだをつなぐものが(もとより不勉強の謗りは免れな
いとしても私には)見えなくて、なぜこれらの事実の集積からそういう評価が出てく
るのかがわからない、ということになる(その点では、『1968』に掲載された蓮實重
彦氏、上野メ志氏との鼎談で蓮實さんから?へ向けて投げられた問題に対して?さん
が逃げてしまっているのは残念でした)。
703 :
吾輩は名無しである:05/02/23 15:41:39
337 名前:考える名無しさん 投稿日:05/02/23 15:38:31
http://blog.tatsuru.com/ 彼らは「ふん」と鼻でせせらわらって、ガリ版刷りで黒く汚れた手で前髪をかきあげながら
「なもん、革命じゃねーよ」と言い捨てた。あ、そうですか。
というので、私は卒業後ルンペンとなってプロレタリア的階級意識の形成に身を投じることを決意した。
もちろん左翼学生のみなさんの多くは、きちんと大学をご卒業遊ばして、一流企業に入社された。
さすがに私も二度騙されると、「こういう言葉遣いをするやつは信用できない」ということくらいは
学習した。それ以後、私は「ふん、なもん…」的批評性というものを信用しないようにしている。
不在のもの(例えば「真の文学」「純粋な革命」「完全な愛」など)の名において
現実に存在するものを断罪していると、人々は批評的態度を通じて「自分が偉そうに見える」ことと、
「その発言から派生する責任はとらずにすませること」のふたつを
同時的に達成できることを知るようになる。
人間は弱いものだから、こういう「おいしい」やり方を一度覚えてしまうと、
なかなかその嗜癖から抜け出すことができない。
704 :
吾輩は名無しである:05/02/23 15:42:11
不在のもの(例えば「真の文学」「純粋な革命」「完全な愛」など)の名において
現実に存在するものを断罪していると、人々は批評的態度を通じて「自分が偉そうに見える」ことと、
「その発言から派生する責任はとらずにすませること」のふたつを
同時的に達成できることを知るようになる。
人間は弱いものだから、こういう「おいしい」やり方を一度覚えてしまうと、
なかなかその嗜癖から抜け出すことができない。
何だ? 関係ない引用するなよ。せめてコメントつけろ。
平沢に釣られまくりの熟読系
707 :
吾輩は名無しである:05/02/23 16:36:26
批評空間熟読系って一体誰のことだよ?
ジョニーか???w
>>707 あなたのことではないからあせらないでw
それにしてもすぐ釣れるなww
ジョニーおるの?
そんなのがレアなのか。
712 :
吾輩は名無しである:05/02/23 18:37:50
阿呆臭w
713 :
吾輩は名無しである:05/02/23 20:24:21
414 名前:考える名無しさん :05/01/30 19:19:05
『文学界』の討論でアソーシエイショインの可能性を殲滅したのは吉本だと
柄谷が批判してるのが笑える。吉本vs花田の論争などを指しての発言だと思われるが、
論争程度で消える運動など、はじめから妄想でしかないだろ。そもそも柄谷のいう
アソーシエイションなどはかつてのユーゴ共産主義同盟の自主管理社会主義や
日本の国労などのサンディカリズム路線と比べてガキの妄想に過ぎない。現実に
あったユーゴや国労の大きなアソーシエイションを無視して自分だけの妄想を
語る異常者に過ぎないからな。それに同意する他の論者もバカばかりだしな。
『文学界』の討論で最終的なケリがついた気がする。あの参加者は全員自爆だろ。
国労はサンディカリズムなのか?はじめて聞いたぞ。
ブックレット重力NO.1「LEFTALONE 構想と批判」の緊急出版について
http://www.juryoku.org/osirase4.html 内容目次は以下の通りだ。
*
編者序文(刊行の経緯)/途中退場者の感想――LEFTALONE批判(鎌田哲哉)/
末吉(井土紀州)/「途中退場者の感想」を読んで(穂積一平)/
対談――小ブル急進主義は原理たりうるか(糸圭秀実・鎌田哲哉)/
参考資料(鎌田哲哉執筆)A「井土紀州の映画について」
B「糸圭秀実は探している」(「進行中の批評」第三回)
C「定説の破壊――糸圭秀実『帝国の文学』書評」/
編者略歴
717 :
吾輩は名無しである:05/02/24 00:08:15
批評空間熟読系?
口だけクリハラの馬鹿だろトーゼン。
花咲も嫌ってたゾ
「口だけクリハラ」って誰?
>>717 情報曼荼羅の人?
719 :
吾輩は名無しである:05/02/24 03:52:54
クリハラと花咲はマブだよ
知らないのか?
720 :
批評空間熟女系:05/02/24 03:59:29
クリなんとかの話なんてどうでもいい。
もっと他の事を話題にしません?
MAXIシングル・哀愁グッバイ
歌ってるのはジョニー!
722 :
吾輩は名無しである:05/02/24 06:21:31
今年の早稲田一文の入試になんと酒井隆史の「暴力の哲学」から出題されたんだが。
ttp://www.yozemi.ac.jp/nyushi/sokuho/sokuho05/waseda/bun/index.html >日本でイラク反戦のデモの際にしばしば見受けられた、たとえば非暴力であれば、
デモ中に嫌がらせをする警察とも仲良くしなければならないというような、
緊張を忌避することがなにか運動の発展に意味があるというような発想はキングとも、
ガンディーともまったく無縁です。キングは非暴力直接行動を、決してただ「平和」的な
手段とみなしてはいませんでした。ここには平和そのものについての捉え方の根本的な
違いすらひそんでいるといっていい。つまり、平和とはたんに「波風の立たない」状態なのか、
それともダイナミックな抗争状態さえはらんだ、たえざる力の行使によって維持、拡大、
深化させれるべき力に充ちた状態なのか。つまり、たんに「平和」を乞い願うだけなのか、
それとも「平和にパワーを」というスローガンでいくのか?
入試問題を作成するWのスタッフもいくら最新本の情報で問題作りたいといっても
ここの部分を活用しちゃうのはスゴイ?というか、ちょっとなあ・・・
いいのかよこれ?という感じもするよねえ。
これはワールドピースナウで警察と飯食ってどうしたとか、
2ちゃんの共産板でもさんざん叩かれてた当のネタそのまんまの話でしょう。
元ネタを明かせば。
何も知らない(であろう)受験生に対しては、
それくらい強烈なのを読ませた方が、
単なる知識以上の本人のセンスを引き出せるというものですよ。
724 :
吾輩は名無しである:05/02/24 15:54:32
>それとも「平和にパワーを」というスローガンでいくのか?
「平和にパワーを」はECDの台詞らしい
失点in the parkはスゲー良かったのに
Final Junkはぜんぜんダメだなー
ECDにパワーを
726 :
吾輩は名無しである:05/02/24 17:10:45
しかしダメ連の界隈系の文章が、
ついに国語教育のスタンダードの領域にまで食い込んでしまったというのは、
(つーか酒井っておよそ「国語」とは無縁な人、関係ない文体にしか
見えないのだが)
これはよく考えれば驚くべき事態でないのか?
文学部の前にある汚い店の延長が、
W大の支配構造さえも浸出しつつある。
酒井は一昔前に、文学部で非常勤のコマ持ってたから
それで入試問題に出題になったんじゃないの
というか入試問題の出題で間接的にこういうことやれば
W大は間接的に2001年7.31の事件も認めざるえない、ということに
なるでしょう。
しかも当の本からの引用箇所(敵対性をなしにするべきではない)というのは
まさにそのままあの闘争事件の学生とW当局の対立の話にまでストレートに
繋がってる話なんだから。
早大当局は太っ腹なのか?
それとも学生を小馬鹿にして舐めきってる?
さあ、何れなり?
単に早大当局は間抜け
というのが正しい
いや、当局が問題を直接つくっているわけじゃないだろう。
それにしても入試に出す文章じゃないよな(内容はともかく)。
管理しきれない(監視しきれない?)
あるいは自己統一性をもつことに失敗してる当局が
バカだといってるの
(入試スタッフの管理だけど。
しかしこんなこと平気で?あるいはさりげなくやる問題作成係
だったら、簡単に2ちゃんねる流出でもやっちゃいそうな感じだな
管理の裏をかくという意味でなら)
733 :
吾輩は名無しである:05/02/24 18:52:42
違法がいしゃフジテレビ
>あるいは自己統一性をもつことに失敗してる当局が
意味不明
735 :
吾輩は名無しである:05/02/24 19:52:01
なんかまたバカ厨入ってきてない?w
関係ない左翼のいざこざにまで巻き込まれるのは、
小ブル急進主義を名乗るスガの宿命、身から出た錆なのかも、よ。
産経新聞、円タクシーにコラムも書く左翼という立ち位置。
うまく説明できないが、宮台系の匂いがしますが、みなさんいかがでしょうか。
738 :
吾輩は名無しである:05/02/25 15:20:36
産経新聞の労組を全然わかってないヤシだなw
産経労組(あるいは産経的左翼)というのは、言わずとしれた
吉本隆明派のゴリゴリで直系だよ。
だからまさにプチブル急進主義の地をいく正統派だな
でもスガは吉本には批判的で、むしろ柄谷・蓮實寄りと見られてるわけだが?
740 :
吾輩は名無しである:05/02/25 19:35:08
立ち位置的には、そういう批評や批判の内容なんていうものはすべて括弧にくくれる。
構造的なポジションとしての現実の左派と転向的に
転移形成した左派との距離の持ち方が、まさに産経新聞的労組
産経的隠れ左派の存在の歴史性なのだな
つまり彼らの論理ならば、最も左翼の原理を突き詰めた上で
現実的な政治と労働者のポジションに回帰してるものこそが
吉本隆明と繋がった我々であるのだ、ということになってるわけ。
(それを自己完結と見るかどうかは、外の解釈の問題で)
スガと産経の関係は、そのような捩れた左派の転移的関係なわけで
スガ的にはフジサンケイグループに組するのがもっとも正当だろうな。
(扶桑社ふくむ)
741 :
吾輩は名無しである:05/02/25 19:37:33
いわば生活保守派でありながら微妙にラディカル、という感じだな
<フジサンケイ労組
しかも倉本聡文学に典型的に見えるように
非常に感傷的で人間主義的で、土地愛着的な文学性が基準になっている。
742 :
吾輩は名無しである:05/02/25 19:38:53
ゆえにプチブル急進主義的にはもう産経新聞しかない
という感じだろう。
もちろんホリエの市場原理主義攻勢に対しては
真っ向から反対。反撃運動をするだろうな
743 :
吾輩は名無しである:05/02/25 19:40:33
>しかも倉本聡文学に典型的に見えるように
>非常に感傷的で人間主義的で、土地愛着的な文学性が基準になっている。
鎌田哲哉の文学解釈にしても
しょせんこの辺が基準になってるんじゃないの?
だから文学的自称左派とフジ産経的右派の心情というのは
裏返しに微妙に一致するんだな
>>740 内容は度外視って、乱暴な。
でも産経新聞の今は亡きコラム「斜断機」は、
90年代後半にそれまで多く寄稿してた吉本主義者が目立たなくなったよね。
検索したら、こんなのも。↓
>『噂の真相』1996年3月号「特集2:「斜断機」消滅に見る吉本一派追放の裏事情」
99年に「斜断機」は匿名制から署名制に移行して、それからスガも寄稿し始めたみたいだし。
『JUNKの逆襲』に入ってる奴ね。
http://www.juryoku.org/osirase4.html 「重力」編集会議より、ブックレット重力NO.1「LEFTALONE構想と批判」(鎌田哲哉編)
をお届けする。ここには、明石書店が書籍版「レフト・アローン」のための執筆を私に依頼し
ながら、彼らが柄谷行人の意向とその結果を恐れて掲載を却下した、私の追記原稿「途中退場
者の感想――LEFTALONE批判」がある。また、書店のこの判断を受けて私が逆に掲載を拒否した、
映画「LEFT ALONE」における糸圭と私の対談パート、「小ブル急進主義は原理たりうるか」
がある。いずれも痛快な、読み応えがある「作品」であることは保証する。……
吉本派はすでに駆逐されていたのか・・・
失敬。
そこまで情報知らず
747 :
吾輩は名無しである:05/02/27 22:20:50
>>745 鎌田の批判は要するに、スガさんもNAM・柄谷を批判しようよ、ってだけのことか?
748 :
吾輩は名無しである:05/02/27 22:23:56
スガの場合は最初から経済的に柄谷から去勢されている
ということが味噌だね。
いわば柄谷が自分の側近にしているのは昔で言えば
典型的な宦官だけだということがもはや明瞭に明らかになっている
「明瞭に明らか」
宦官アキラ
宦官岡崎
宦官巣が
宦官王寺
・・・・・・・
以下後に続く・・
751 :
吾輩は名無しである:05/02/27 23:22:36
やっぱ左翼は終わってるな
752 :
吾輩は名無しである:05/02/28 00:34:48
柄谷敵抑圧を真に受けるようになったら
もう世の中お終い。
スガにはヌエ的存在のヌエ的技法としてそこのところを
パフォーマティブに切り抜けてほしい
ぬえ【×・×鵺】
1 トラツグミの別名。
2 源頼政が退治したという、伝説上の妖力をもった怪獣。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、声はトラツグミに似るという。
3 つかみどころがなくて、正体のはっきりしない人物・物事。「政界の―」
754 :
吾輩は名無しである:05/02/28 03:31:13
「レフトアローン」というのは一言でいえば教育的プロパガンダをテーマにした映画ではなかったろうか?
chikiがレフトアローン2の感想書かないね。なんで?w
756 :
吾輩は名無しである:05/02/28 11:54:47
鎌田のブックレットのせい
スガが殺されてた
757 :
スガの場合:05/02/28 15:23:23
侵略強盗殺人の英霊たちを祀ることも悼むことも誰も止めはしない。
しかし
その前にしなければならないことがある。
英霊たちに罪を償うことなく永眠させる残酷は許されない。
英霊たちに侵略強盗殺人、侵略強盗殺人共犯の有罪判決を与えて贖罪させてやらない限り
彼らは安らかに永眠することなど永久に出来ない。
自分の土地で家族を殺された被害者の怒りと祈りに応える唯一の道は
平成の今、
英霊たちに侵略強盗殺人の速やかな有罪判決を与えて永眠させてやること以外には無い。
http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/backnumber/04/honda_y_sankou.htm 「靖国の母っていうのは、息子を戦死させた母親でしょう。
その母親たちが戦争反対運動をしたのかと思ったら、してないんですね。
息子を殺されて、戦争反対を叫ばない母親たちがいたんですねェ。不気味な言葉ですね、靖国の母って」〔『無名人名語録』 永六輔1987〕
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper37.htm 徴兵に応じる自虐趣味 2005-02-09 12:19:09 No.5298116
地元公務員が適当に抽出した「侵略の徴兵」などにやすやすと応じたバカ国民にも罪はあるだろう。
侵略強盗殺人の徴兵に応じるなどというのは奴隷のアタマしか持たされていなかったからだが、
いかなる時代であろうと侵略強盗殺人とその共犯の免罪にはならない。
沖縄やアジアで「市民殺し」をした英霊たちが
遂に裁かれることがなかったのは可哀想だ。
人殺しの贖罪をすることなく死んで行った兵士たちは哀れだ。
どんな時代であろうと
人殺しは人殺しである、殺した兵士が一番よく知っている。
侵略強盗殺人犯罪を裁かれないまま宙空を彷徨う兵士たちの霊が安らかに永眠など出来るはずもない
http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~hirofumi/study411.htm
chikiのミーハー根性がウザイよね
しかしああいうchikiみたいな、おべんちゃら放談のような感じに
新世代の文学−思想継承者というのは変化せざるえない、変化は必然的な
ものとも見えるかも。
760 :
吾輩は名無しである:05/02/28 16:14:42
オベンチャラ放談はこの世から消えよ
というか鎌田の冊子ひとつ読んだくらいで
あれだけミーハー丸出しの乱痴気な騒ぎでレフトアローンの旗振ってた
chikiが一瞬にして話を逸らして黙し、シラを決め込んでしまう−−−というのであれば、
それはスガや井土が今回名指しで非難された
無かった事にする体質というのを地で既にいってるんだよな。
天然にそういう軽薄で風見鶏的な卑屈さを身に付けているわけだ。
この大学出てまだ日も浅いというサポセン選手は。。。。
これが今までのレフトアローン祭り(ネットを中心とした)
の正体だったのかなと思うとガッカリするけど
まぁよくよく考えて見ればやっぱそんなもんかなと、妙に納得もできるね。
762 :
吾輩は名無しである:05/02/28 18:17:03
chiki、言われてるぞがんばれよーい
chikiのレフトアローン解釈には中味がなかった
764 :
吾輩は名無しである:05/02/28 19:18:45
レフトアローンのサウンドトラックがいいね
765 :
吾輩は名無しである:05/02/28 19:25:05
太陽肛門スパパーン/映画「レフトアローン」 オリジナルサウンドトラック
映画「レフトアローン」のテーマ/豚野郎/ふんころがしは眠れない/
進め!プチブル急進主義/fly into another “this world”/international 2004/
international 1978 /international 1991/international 1973/第四世界からの逆 襲/
トニー、ヒロヒト、軍司 昭島市長北川穣一脳内探検隊三人衆のテーマ/byakko-b/
白 猫 instrumental version/雅子、ナイロビの空に散った和真に詠めり/
鶴巻町、精子ち り紙で拭く/blues for revolutionary communists/international 84 /
international 91/サマワ帰還兵― 傷痍軍人と地域住民のふれあいコンサート 合唱A/
映画「ともしび」サブテーマ1/映画「 ともしび」のテーマ/
映画「レフトアローン」のテーマ(piano solo)/映画「レフトアローン」のテーマ(sax solo)
映画監督「井土紀州」が思想家「すが秀実」ととも に日本新左翼の歴史を探訪し、
混迷する状況に一石を投じる話題のドキュメンタリー映画「 レフトアローン」のオリジナル
サウンドトラックをスパパーンが担当。渋さ知らズでお馴染 み泉邦宏(sax)も参加!
*映画「ともしび」のオリジナルサウ ンドトラックも併録されています。
>>761 鎌田の批判読んだらスガや井土でなくても
無かった事にするしかないって...
767 :
吾輩は名無しである:05/02/28 20:53:20
768 :
吾輩は名無しである:05/02/28 21:18:34
中味のなさと凡庸さにおいてすごいね
批判というか、角度をフツーの観点から捉えなおして見れば当然のことを
至極もっともらしくいったまで。
捻りも原理的な覆しも革命も転回もそこには不在。
要するに当たり前のことさえ、常識的な倫理観念さえが
NAMでも「重力の前提」でも、そもそもの最初から失われていたのだ
という腐敗を、今更ながらに確認しましたという感じだな。
もー、やめてくださいよー
770 :
吾輩は名無しである:05/02/28 21:38:06
そもそもこういうのに集まってくる奴らは、
768=近大の三アホ?
772 :
吾輩は名無しである:05/02/28 21:48:56
>捻りも原理的な覆しも革命も転回もそこには不在。
そもそもそのような原理的なズラシ
というのは鎌田の批判(not批評?)にとっては絶対ないものなんだよね。
彼がいってるのはただ、柄谷のようなものは理念的には(原理的には)正しい
ことを言ってるように見えるが、しかしやり方においては常識が無い。
だからダメだ、といった程度のものに常に止まらざるえないわけ。
だから実際的には逆のほうからいつも柄谷の権力を補強してるにすぎないという結果に
終わる。こんなものは本来批評ではないんだけれども、常識の凡庸であるがゆえの
わかりやすさから、一定の文学的な読者にとっては読みやすいもの、何かを
わかったような気にさせるという効果があって、ある程度は受容され名前が流通している
というもの。こういうのは、デリダやドゥルーズや浅田のようなものが書く文章とは
全然格が違うものですね。
773 :
吾輩は名無しである:05/02/28 21:53:04
鎌田はその性質の不器用さゆえにくだらない
しかしこういう不器用さを愛の対象にしてしまうことは惰性の領域に
止まる次元である、ということを、みんなもっと気がつくべきだね。
それから鎌田は書くものの力によって本当に革命を起こしたいのなら
もっと本を読むべき。
教養を知るべし。
映画も人並みくらいは知識を持つべき。
しかしそういう勉強をするためには、まず仕事を(賃労働)やめるべし。
774 :
吾輩は名無しである:05/02/28 21:54:50
鎌田語録更新キボンヌ。。。
誰かお願い
>こんなものは本来批評ではないんだけれども、常識の凡庸であるがゆえの
>わかりやすさから、一定の文学的な読者にとっては読みやすいもの、何かを
>わかったような気にさせるという効果があって、ある程度は受容され名前が流通している
というもの。
要するにchkiとかそれから杉田みたいなもののレベルでは
こういうのがわかりやすくて受け入れやすいわけ。
というかああいう人達にはこのレベルのものしか読めないんだから。
圧倒的な知力のなさゆえに。。。
これが現在の「文学」を取り巻いている現状ですね。
更新必要ナシ。
天声人語の方が面白い。
>>こんなものは本来批評ではないんだけれども、常識の凡庸であるがゆえの
>>わかりやすさから、一定の文学的な読者にとっては読みやすいもの、何かを
>>わかったような気にさせるという効果があって、ある程度は受容され名前が流通している
>というもの。
>要するにchkiとかそれから杉田みたいなもののレベルでは
>こういうのがわかりやすくて受け入れやすいわけ。
>というかああいう人達にはこのレベルのものしか読めないんだから。
>圧倒的な知力のなさゆえに。。。
>これが現在の「文学」を取り巻いている現状ですね。
これが現在の「 」を取り巻いている現状ですね。
778 :
吾輩は名無しである:05/03/01 00:26:09
「レフトアローン」というのは一言でいえば教育的プロパガンダをテーマにした映画ではなかったろうか?
レフトアローンは2より1のほうが面白かったね
レフトアローン エピソード I帝国の逆襲
レフトアローン エピソード IIオトナ帝国の逆襲
レフトアローン エピソード III<帝国> ネグリ=ハートの学習
おれは3が一番面白いと思った。
781 :
吾輩は名無しである:05/03/01 00:52:35
おまえ見てないだろう?w
782 :
吾輩は名無しである:05/03/01 01:07:01
レフトアローン エピソード III<帝国>= /鶴巻町、精子ちり紙で拭く/
783 :
吾輩は名無しである:05/03/01 05:06:38
ttp://d.hatena.ne.jp/ulzana/20050227 すでにいくつか批判が出ているので、今さらぼくが重ねて書く必要はないとは思うのだけど、
やはりこの映画の終わり近く、すが秀実氏と花咲政之輔氏が例の「スーフリ」について語って
いる箇所は幾重にも問題だと思う(詳しくは実際に映画を見てください)。もちろん、やった
ことは糾弾されるべきだとはっきり留保がつけられているので、単純に彼らのことがおもしろ
がられているわけではないのだが、しかしこの「男同士」のなんともうわついた調子の会話を
聞いて、快く思う女性はまずいないだろうし、男であるぼくだって不快なわけです。
要するに、ここで語られているのは、今どきのちゃらちゃらした遊び人のにいちゃんねいちゃん
をも運動に巻き込むにはどうしたらいいかという話で、そのためにはスーフリのあの熱気は決して
無視できないというわけだけど、単純な話、普段対等に議論を闘わせることのできるような女性の
友人が身近にいる男であれば、こんなことを軽々しく口にできるはずはないわけで、もうその時点で、
この2人の語る言葉が彼らを動かすことはないだろうと確信できてしまうのだ。
784 :
吾輩は名無しである:05/03/01 05:07:25
このことは、津村喬氏が映画中で語る、観念的にアジアについて語るのと、
中国人や韓国人の友人と実際につきあいながらアジアについて語るのとは
違うという話ともつながってくる問題であって、やはりこの映画が女性観客
を動員できないのは当たり前だと言わざるをえない。もちろん、一部の
男性観客にだけ向けて映画をつくったって一向に構わないのだが、それだったら
68年だのマイノリティだの言うな!という話である。
785 :
吾輩は名無しである:05/03/02 22:35:13
786 :
吾輩は名無しである:05/03/02 22:36:29
太陽肛門スパパーン/太陽肛門スパパーン
女子高生組曲 a 青春 !四谷商業高校 b 小田急ロック/渡辺朋徳音頭/
セックス スポーツ スタディ/森山花 子Blues/ヤンエグ天国/
うなぎ屋(studio version)
熊谷が生んだパンツ一丁の社会派ビッグ・バンド。 文字通りストリングス以外の
メンバーがパンツ一丁だが、その演奏力&歌唱力は群を抜き、 ジャズ、ファンク、
ハード・ロック、フォークなどが入り乱れたサウンドの引き出しの多さ に度胆抜かれる。
アルバム「馬と人間」(現在品切れ中。再プレス未定)からのシングル・カ ットだが、
アルバム未収録の「セックススポーツスタディ」「ヤンエグ天国」そして「うな ぎ屋」
のスタジオ・ヴァージョンが聴ける。通称「ちんこ」。(99年4月発売)
\1260
スガの音楽の趣味は、カラオケになる歌謡曲ばかりですから。
モーニング娘、とか。
788 :
吾輩は名無しである:05/03/02 23:11:26
?秀美
789 :
吾輩は名無しである:05/03/02 23:14:41
↑ 今、自分のPCのIMEパッドでスガ(糸圭)の文字を入力して
(WinXPのIMEデータの中には糸圭の文字は入っていて認識されてる)
2ちゃんの掲示板でちゃんとそれが反映されるか試して見たのだが
これはだめみたいだな。
790 :
吾輩は名無しである:05/03/03 00:10:49
オベンチャラ放談が今日も性懲りもなく大西巨人ヨイショで更新してる
別に大西の話するなとはいわないが(いえるわけもないが)
シカトと沈黙の倣岸さはもう既に師匠のスガを超えてるなコイツ。
[シカトと沈黙]と大西巨人の言説が、一体、どこでどう結びつくのかが不思議。
大西は、細かい事にまで徹底的にこだわる人なのに。
2の反応話でしょう?
こういう問題を擦り換えるカマシと曖昧な口先はまさに師匠譲りw
794 :
吾輩は名無しである:05/03/03 00:53:11
>シカトと沈黙の倣岸さはもう既に師匠のスガを超えてるな
これは
「シカト」と「沈黙の倣岸さ」と言ってるのでしょう?
たしかに微妙に問題すり換えられてるかもね?w
シカトして沈黙の倣岸さを身にまとうチキと生真面目に逐一問題と向かい合う大西の言説って
相容れない、と言いたかったの。
796 :
これは確かに正しいね:05/03/03 02:19:51
『では、スガ自身の無様な姿はどうなのか。
今や関井光男や岡崎乾二郎と並んで柄谷行人のパシリ、
東大の馬鹿どもよりはるかに程度の低い「近大の三アホ」にすぎないのではないか。』
こういう言い方をする鎌田の文体が
実はそのまま柄谷の文体とそっくりであるところが
けっこー微妙に痛いね。
この文、柄谷が書きましたといわれても違和感ないところがすごい。
微妙に違うんだけどね、文体。
「では、〜自身の・・・はどうなのか。」は柄谷っぽいかな。
「無様な」という形容詞の使い方は、あんま柄谷っぽくないと思う。
柄谷だったらここは
「無残な」でしょう
近大の連中って柄谷のパシリか?
いつものことながら、鎌田のパースが狂っているような。
801 :
吾輩は名無しである:05/03/03 02:41:24
まぁ家来系の人材ではあるでしょうね。
書くものの能力も含めて
明らかなパシリはやっぱり摂津
関井光男は、たぶんパシリで合ってんだろうけど。
でも、他が、ねぇ。
岡崎乾二郎は、「介護人」。
スガ秀実は、「甥っ子」。
ぐらいが適当なんじゃないかな。
スガも岡崎も、柄谷なしでもある程度やっていける気がする。
特にスガの場合、蓮實の子分と見た方が正確だ。
東大の三バカを近大の三アホと言い換えてるのがワロタ
806 :
吾輩は名無しである:05/03/03 02:53:35
関井光男は実は
キングクリムゾンのレコードの日本有数のコレクターです。
宮台、知ってたか?
岡崎乾二郎は「柄谷さんが心配だから」NAMに付き添いで加入ったんでしょ?
パシリとは違うよね。
命令される側じゃなくて、能動的にお世話をする保護者の役割。
スガは蓮實にだけは逆らえない。
多少は見解が食い違ってるのに、言い包められてる。
関井コレクションが開放されたらすごいことになるな
鎌田にとって、あくまでも柄谷だけが大問題なのだろう。
だから、ここで指摘されているような事実誤認もものともしない。
まさに子犬だ。
>>805 ああ、関西風に言い直してるんだね。
気づかなかったw 「バカ→アホ」
811 :
吾輩は名無しである:05/03/03 02:59:43
甘いよ<798
言い訳が多少上手だというだけのことであって
やってたことの内容が、家来か奴隷かあるいはゲシュタポならば
罪も十分に岡崎も同罪でしょう
ゲシュタポってすげーな
SSっぽいのはむしろ鎌田だろう
あるいは異端審問官
いや。それは岡崎の表情の癖とか知らない人でしょう
岡崎の顔というのは実はラムズフェルドとそっくりだよ
岡崎に粘着する意味ってあるのか?
レフト・アローンに関係ないような気がする。
八つ当たり?
顔で言うなら鎌田は数あまたいる百姓そのものだ
しかも村八分を仕掛ける側の、モッブ。
岡崎は飼い犬だからさ。
しかし鎌田のブックレットはヘタなホラー映画よりおもろいぞマジで
岡崎はちょっと過大評価されすぎだね
それも批評空間熟読系の妄想じゃないか?
岡崎と界隈の接点が想像付かない。
特にこのスレ主である、スガとの接点は皆無だろう。
鎌田の面白さって、デマゴーグの面白さと大差なくないですか?
俺にとっては「実話ナックル」と同種のエンタメ。
そうそう、関係無い話だけど、『八墓村』って映画あるじゃん。
あれって、史実が元になってんだってね。
戦時中、体が弱くて兵役に就けなかった青年が、そのせいで村八分にされ、
そのイジメの腹癒せに村人達を殺しまくったんだって。
その事件が元ネタ。
これって有名なことなのかな。
俺は最近知ったんだけど。
岡崎は適当に黙していいこにしてることができるから
スガのような悪者にはかろうじてならずにはすんだという感じかな
しかし岡崎も突付けばもうどうしようもないよ
内容は。
しかも岡崎のそのまた下で飼ってる
建築の中谷とかになると、もうどうしようもなく馬鹿
レベルの低さもさることながら絶望的に中味のない人間ばかりだよw
兵役じゃないな。
むしろ中学校に行けなかった事の方が大きかった。
>>822 私怨かよ
別のスレでやってくれよ
美術鑑賞板にスレあるからさ。
とにかく岡崎ネタはうんざりだ。
>>819 むしろNAM関連の話でスガと岡崎の接点が見出せないんだから
完全な部外者か鈍い奴だろうw
そういうやつは黙っていてよろしいw
826 :
吾輩は名無しである:05/03/03 03:19:15
827 :
吾輩は名無しである:05/03/03 03:21:36
スガと岡崎の接点は無いという意見、ほぼ同意。
パレードに興味あるって事ぐらいかな?共通点は。
俺、渋谷の反戦サウンド・デモで偶然スガを見かけて、驚いた。
ってか井土とトークショーやったから、そりゃ来るんだけど。
俺は単に音楽聞きに行っただけだったから、なんかビックリした。
鎌田は言葉汚すぎ。インテリらしくしてほしい
>>823 津山三十人殺しだろ。学歴ではないよ。
夜這ありの村で、どの女にも馬鹿にされて相手にされなかった怨恨が原因。
831 :
吾輩は名無しである:05/03/03 06:32:05
奴馬鹿村の話なんか全然面白くないし関係ねえだろうw
自分で気づけよ<ボケw
なにムキになって、アゲてんの。
833 :
吾輩は名無しである:05/03/03 06:45:14
キモイ馬鹿が蛆のように這ってるのを見るのが目障りだからだろうw
834 :
吾輩は名無しである:05/03/03 06:46:04
自分のキモサに気が付けない蛆ほど見てて嫌なものは無い
きっと何か鬱屈した怨念でもあるんだな、都井睦雄みたいに。
836 :
吾輩は名無しである:05/03/03 06:56:04
おまえがなw<蛆無視w
関係ない
おまえの話どこみてもスガの話とも関係ないし
八つ墓村も関係ない
馬鹿が墓に憑かれる怨念の亡霊がこういうところで茶を濁すのも
わからないでもないが、意味不明の知障ヤシは単に邪魔で迷惑
はやくあっちへいけw
むきになってwを連発する奴が痛々しい。
鎌田哲哉も連続殺人犯なみかね。
838 :
吾輩は名無しである:05/03/03 22:03:39
鎌田のブックレットで、笑ってしまったのは、
「早稲田サークルスペース移転阻止闘争の中心的存在である花咲政之輔との出会いは
井土にとってそれ以上に決定的に大きかったのだろう。「68年革命」の分析が過去のお勉強
ではなく、いま生じつつある闘争の具体的現場で不可欠になる。そういう実感を、彼は
花咲との出会いを通じて改めて獲得したに違いないのだ。」
花咲(この人しょちゅう名前変えるから紛らわしいんだけど)でも、あるいはその界隈の
早大ノンセクトとかで、どうのこうの騒いでた連中の話だけど、彼らのやってることが
大体においてまず「闘争」だとか、少なくとも語るに足るまともな政治闘争だとか思ったこと
なんかないよ!(爆 731の騒乱のときもそうだけど、あれは(彼らがいつも得意にしてるのは)
村上龍の「69」的にいうところの
「フェスティバルたい!!」といったもの。
常にお祭りであって、だから遊びの延長上にあれはあるんだよ。
早大ノンセクトの界隈にあたるダメ連界隈の動きも含めて。だから花咲とスガの最後の会話シーンでもスーフリのような
空気の持ちよう、ノリで運動参加ありでしょう?とか話してる件にも連続性がもてるわけであって。
あれは鎌田が言うような闘争とか肩肘張るようなシビアなイメージのものではなく、最初から最後まで
祝祭で儀式なんだよ。それがノンセクト左翼の体質であり、そこをあくまでも洒落として前提した上で
微妙にその上に政治的でシビアな認識−議論が絡むもの。
839 :
吾輩は名無しである:05/03/03 22:04:49
そういう意味では「運動とはなにか?」という本質論において
村上龍なんかのほうがはるかに、その本質について正確に掴んでるわけ。
「フェスティバルたい!」
ここの共有される暗黙の洒落がわからなかったら、綿々と続いてきた
(おそらくその最初の形式は早大で津村喬らによってスタイルが確立された)
まず花咲でも、その界隈左翼でも、起こってることの本質を見抜くことができないでしょう。
要するに、井土でも鎌田でも、いいとしになった今になってやっと晒してるのは
彼らは学生運動なんか今までコミットしてきたこと実は全然なかったんだ
という空白の吐露でしょう。学生運動ちゃんと知ってる人は、今更、花咲あたりと
出会って、現実の闘争とは云々・・・とか鹿爪らしい顔して論じられるわけないんだよ
840 :
吾輩は名無しである:05/03/03 22:06:00
ふ ぇ す て ば る た い !
なんでシャケのスレがあるのさ
842 :
吾輩は名無しである:05/03/03 22:29:13
そういえばレフトアローンの中で柄谷が出してるネタも
(笑い話、一個の寓話的ギャグとして)
村上龍の69からの明らかなパクリだよな。
校長室とウンコの話。
なぜか急速にドラゴン復権中!!
二重の意味で「ひとの嫌がる事」か。
そういえば、福田和也が、ここ数年はsfcにドラゴンファンは全くいない、
と言っていたなぁ。
慶應勤務し始めた頃は結構いたらしいが。
845 :
吾輩は名無しである:05/03/03 22:40:32
別に村上龍が復権してるわけではなくて
村上龍的に常に孕まれる「69」的軽薄さ、といったものが
(映画版69を見たかい?もう絶句して悶絶をもよおすような
下らない映画だったのだが)
実際の「運動」と呼ばれているモメントの中で全く無視はできない
むしろあそこで示されるような単純な機械的メンタリティ、人間主義的な
凡庸さのほうが、運動の成り立ちを分析する上でより現実的なものである。
そういう事実を無視して(村上龍的現実)、左翼について捉えなおすことは
できないのだ。しょせん。おそらく村上龍的69には根本的に外部は無いのだ
ということ。
・・・・そして要するにそれが今では花咲なのだ。
(しかしまた更に正確にいうと早稲田大での花咲の時代はもうとっくに
終わっていて、早稲田で花咲的時代があったとしてももうそれは10年前の次元の
出来事であったということ。)
映画「69」は、柴田恭平の演技がサイテーだったね。
(主人公の親父の役)
ふーん。
早稲田は、今は誰の時代になってんの?
>>845
848 :
吾輩は名無しである:05/03/03 22:48:58
要するに村上龍の結論としては、
あなたは何故運動やるの?
何故バリストするのと?
という問いには、一言で
女にもてたいから。。。
という答えしかないわけ。
しかしこの、女にもてたいから、という根源的動機を、果たして
柄谷の批評が回避しているといえるだろうか?
スガの批評が回避しているといえるだろうか?
鎌田の批評が回避しているといえるだろうか?
答えは全く否である。
真面目腐った表情を演じる柄谷から鎌田まで、見事にこの村上龍的罠の
中に最初から捕らえられた餌食にすぎないのだ!
849 :
吾輩は名無しである:05/03/03 22:51:40
敢えて言えば、村上龍的拘束から自由な左翼運動の解答というのは
黒田寛一(および革マル派)しか結局いない
ということになってしまうのだな。。。
これは改めて直面すると衝撃的な真実かもしれないのだが・・・w
そっかなぁ・・・・
でも、モテないわけでさ、現実には。
映画「レフトアローン」って、客は男ばっからしいじゃん。
モテたくて運動を求めた、が、結果的にはモテなかった、と言いたいの?
>>848 カラタニはその辺は自覚してそうに見えるんだけど。
運動したって女にはモテないって。
851 :
吾輩は名無しである:05/03/03 22:54:32
クリちゃんさいきんすっかりクロカンにいかれてる・・・
>>847 今はもう「早稲田大学」自体が存在していないんじゃないの?
早稲田が個別的に存在する、という前提自体がついになくなった。
意味がなくなった。
そしてこれはインターネットの普及によってもたらされた結果でしょう。
あるいはこれは恩寵なのか?w
853 :
吾輩は名無しである:05/03/03 23:02:19
早稲田の時代、あるいは早稲田にとっての左翼の時代とは結局
本質的には何だったのか?というとそれは、
対革マル戦
ということしかなかったのであって、それが早稲田にとって左翼のすべてで
あり続けた。少なくとも今までの時代はそうであった。
そういう対抗革マルの戦争的配置の中から、花咲的な活躍というのがありえたわけ。
しかしもはや早稲田いっても殆ど革マルと会えないという時代になったのだ。
革マルの終焉は同時に早稲田的名物左翼の終焉を意味している。
そして花咲の場合は、対抗革マルの戦いを、スーフリ(まだ逮捕されて社会問題化される以前の)
などヤリサーとの連帯というところまで持っていけたというのは、これは
もう花咲の実践的な功績にあたっているんだよ。学生運動のフォーメーションを変えたわけ。
スーフリはすばらしいよ
気分や享楽を肯定するのが革命ってことかな
855 :
吾輩は名無しである:05/03/03 23:24:44
堤義明、早稲田の商学部だってさ、まじやばい早稲田。
八つ墓村、まじやばい八つ墓村。
スーフリって享楽かな?
ただの快楽追求でしかない気がするけど
就職はしないで、サークルで食ってくという態度が享楽?という気がしないでもない。
が、やっぱ、快楽追求なはず。
スガ秀実にスーフリ批判できるわけない
おなじことしてるんだからw
ジェンダー論と結びつけなかった事はどうなの?
それで良し?
やっぱり内心は「フェミ氏ね」?
氏ね、じゃなくて、すっかり忘れてました!じゃないのかなぁ。
すっかり忘れてました!
・・・和田チンもいいそうなセリフ
スガちゃんもルックスああじゃなきゃす〜ふりしてたはず
そうかあ。
日本の68年の駄目なところは、
エスニシティー(これはスガも押さえている)に比べて、
ジェンダー関係の動きの駄目さにあると思うんだが…
864 :
吾輩は名無しである:05/03/04 01:38:39
chikiがレポをupしたが
相変わらず八方美人のオベンチャラ一直線に満ちてるな。
次の新世代の文学を堕落と退廃に導くのは間違いなくchiki(的なものの存在)
になるでしょうね。
・・・・まちがいないw
(長井秀和)
■ chikiの感想文。「れふとあろーんをみました。とっても、とーってもむずかしかったです」
866 :
吾輩は名無しである:05/03/04 01:51:53
Q-NAM問題も結局は両者の相互依存的な癒着が原因なのだ。
――「重力」編集会議は、小さな権力を行使したがる醜怪な物書きと同時に、
自主検閲や自主規制を促す暗黙の雰囲気=空気をも標的とするだろう。
ブックレット「LEFTALONE構想と批判」は、
我々が「空気」の同質性を破壊し、多事争論の気風を再創設する第一歩である。
2005年2月
鎌田哲哉
chikiももし悔しかったら鎌田をぶん殴ってやるくらいの
機運で言ってやれよなw
>ちなみに、今回のブックレットで鎌田さんの文章をまとまった形で
初めて読んだけれど、分析能力の高さと強度溢れる文体に驚きました。
これらけりゃわからんろー。あっぷあっぷ。地方在住れーす(涙
このchikiの上目遣いで
フェラチオしてるように媚を使う文体が嫌らしいと思うのだ。
スガ的な性質とchiki的な性質の癒着はまず
文学のシステムを退廃に向かわせるでしょう。
一時的にはその軽薄な文体の読みやすさから
文学全体の視聴率は上がるかもしれないが。
chikiに何かの能力が隠されてるのだとしても、
この鎌田のようなものを煽てる文体に見られるように、
これはソープ嬢の才能でしょうね。
この
>>869の上目遣いでフェラチオだのソープ嬢だの
という安易なイメージ表象が嫌らしいと思うのだ。
だがそういう事言っても「釣られた」とか返されるだけなんで
だから2ちゃんねるはむなしいわけだ。
セクシストのすくつ
872 :
吾輩は名無しである:05/03/04 19:20:58
わからない奴らだなw
いつもchiki型の総括が、まことしやかに流通してしまうことへの
苛立ちというか怒りが、理解されてないのかな?
わかんないのかな?
とも思うが。まあ2ちゃんだからということにしておきましょう・・・・
874 :
吾輩は名無しである:05/03/05 01:49:36
>>869 > このchikiの上目遣いで
> フェラチオしてるように媚を使う文体が嫌らしいと思うのだ。
見事な比喩だと思う。
chikiってだあれ。スガの話はどこいった?
chikiの話はせっかくスレがあるんだからそっちでやればよかろうに。
あのまとめ方は失笑以外の何ものでもないが、別にここでどうこう
言うものでもないと思う。それはともかく
>>860-863 あの映画に出てた輩で、ジェンダーに詳しい人も居ないようだしね。
というか、スガの周りで68年の問題とジェンダーをきちんと論じられる
人はいないのだろうか? 思想読本のほうもなんか中途半端にしか
触れてないし。
>>876 スガに関わる事を積極的に拒否しそうだ。
>>876 「左翼(マッチョ)」(©金井美恵子)にフェミニズムは無理。
自演スレ作ってまで営業か
シャケも苦労してるな
841=879も御苦労様だな。
シャケはNGワードですよ。
呉智英師だけがシャケいじめを許されています。
882 :
吾輩は名無しである:05/03/05 13:48:03
883 :
吾輩は名無しである:05/03/05 17:22:25
鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、
鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、
鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、
鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、
鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、
鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、
鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、
鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、鮭、
884 :
吾輩は名無しである:05/03/05 17:23:30
鮭イジメを万人に解放せよ!
鮭イジメをプロレタリアに解放せよ!
>>883 なんだかこうして見るとキモイね
蛙の大群でも見てしまったような感じ
886 :
吾輩は名無しである:05/03/05 17:32:02
蛙の大群を見てしまったあとって、
なんだかすごい、後味悪いよね・・・・
887 :
吾輩は名無しである:05/03/05 20:49:02
紅鮭
882が教えてくれたknsdの作文は、しょーもなさすぎ
ここまでつまらん文章はアリか……
>>882 松田政男ってどこがいいのかなあ……。
あんな科白を真顔で喋ってて恥かしくならないのか、と思ったが。
西部がよかった。
よかったって、やはり「〜だナ、〜だナ」が?
>>891
そう、「だナ」が。
>>892 何かあの口調聞いてると変に顔がニヤけてくる。
「〜なわけさ」とか。
スガも、語尾でキャラ作りをしなくては人気で負けるね。
といって、今時のアニメ・キャラみたいな萌え語尾は気持ち悪いし。
古いけど「〜ニャロメ」とか「〜ダベシ」とか「〜ダス」とか
赤塚不二夫流にしたら68年的かもしれんぞ。
>>894「〜スガ」でいいんじゃない?語尾は。
オレはこう思うんでスガ。
896 :
LEFT ALONE―持続するニューレフトの「68年革命」:05/03/06 01:33:44
LEFT ALONE―持続するニューレフトの「68年革命」
すが 秀実 (著), 松田 政男, 西部 邁, 柄谷 行人,
津村 喬, 花咲 政之輔, 上野 昂志, 丹生谷 貴志
価格: ¥2,310 (税込)
単行本: 368 p
出版社: 明石書店
ISBN: 4750320455 ; (2005/02)
897 :
吾輩は名無しである:05/03/06 01:36:33
映画は共産主義に似ている スガ秀実
序章 スガ秀実 今なぜ「68年革命」なのか
小ブル急進主義であること/今もなお進行している「革命」
第1章 松田政男 日共体験・直接行動・第三世界
ニューレフトの誕生/主体性論争とモラリスト論争/“やる”という動詞の原形/]
疎外革命論の批判と第三世界論の導入/“68年”は革命か反革命か
第2章 西部邁 綱渡りの平行棒を求めて――ブントからコンサバへ
グローバリズムとインターナショナリズム/マルクス経済学と宇野経済学/詩的なアジテーションと散文的な結果/
六〇年安保――センチメンタル・ジャーニー/大衆批判のほうへ/左右両翼の綱の上で/
アメリカ的なるものについて
第3章 柄谷行人 整体としての革命
アナーキズムに対する親和性/ブントと宇野経済学/実存とシンギュラリティ/
代表制とくじ引き/共産党に対して/「赤い太陽族」と大衆社会/心の問題とシステムの変更
第4章 津村喬 身体の政治性/政治の身体性
70年7・7という日本思想史のターニングポイント/マイノリティ問題の位相/
成り代わり糾弾=代行という問題/フォルマリスムとしての毛沢東主義/身体存在という政治性/
自己否定としての気功・超能力願望/ナショナリズム批判としての「《国=語》批判の会」/
革命概念の転換/持続と転形/対談を終えて
第5章 花咲政之輔 ニューレフトの行方
2001年7・31――“市民”ではない者たちによる運動?/“68年”は勝利したか/
“統一戦線”の新たなかたち/右傾化、引きこもり、不良性/新しい運動の構築へ
『LEFT ALONE』……見返される現在 上野昂志
物質化された「68年」のロードムーヴィー 丹生谷貴志
『LEFT ALONE』製作ノート 井土紀州
898 :
ほとんど思い出話じゃないか! どこが革命やねん?:05/03/06 01:40:28
ほとんど思い出話じゃないか! どこが革命やねん?, 2005/03/04
レビュアー: モワノンプリュ (プロフィールを見る) Japan
近畿大学国際人文科学研究所のスガ秀実教授が、自分の「68年革命」説を検証するために、
さまざまなキーパーソンのところへ押しかけてインタビューする映画「LEFT ALONE」の副産物。
映画に収録し切れなかった部分も文字に起こして納めてある。
ま、この本に関心をもった方ならご承知の通り、スガ教授は最近、68年革命説を前面に打ち出した仕事を進めている。
これもその一環なんですが、はっきり言って、「68年革命」が現在にとってどう重要なのか、ほとんど語られていない。
昔の人の中ではかろうじて津村喬との対話がそれらしくなっているけれど、あとは当時の思い出話。しかも学生運動特有の
ジャーゴンや複雑な党派の対立・抗争関係についての知識を読者に要求しており、これじゃスガ教授が68年革命の現在的転形態と
お考えらしい霜降り肉の脂身状の希薄で分散的で分子的で遊牧民的な運動の持続にそぐわない。仲間内に閉じた自慰行為と
批判されても仕方ないんじゃないか。そのくせ松田政男・西部邁・柄谷行人・津村喬といった(往時の)有名どころを引っ張って
きているところが、ちょっとセコイ感じがするゾ。
私、個人的には「68年革命」説をかなり支持してるんですけど、スガ教授の騙りの戦略は、どうにもナンダカナー。
その点、上野昂志も書いている通り、第D章での花咲政之輔によるスガ教授へのツッコミが、この本でも一番面白い部分だと思う。
ただしそれは68年革命とは何の関係もなく、ただスガ教授という愛すべき、しかしちょっとズレ始めたオヤジの個人的感傷や、
感傷に安住できない苛立ちや、大学に所属してしまった現在と自分の過去のすり合わせにどう決着つけるかの悩みやら自嘲やら
が浮き彫りになる、という点で。しかしそんなのはドーデモいいことですよ!
近大就職に自分でツッコミ入れてヘラヘラ照れ笑いしてる暇があったら、昔話でなく、68年革命の現在における「持続と転形」
をしっかりまとめてくださいよ。ッタクゥ!
このレビューは参考になりましたか?
899 :
吾輩は名無しである:05/03/06 01:48:03
宣伝すんなよ、
900 :
吾輩は名無しである:05/03/06 03:10:01
堤兄弟は生協のほかにも、農協工作もかなり進めています。両者は流通支配と同時に政治的な運動体にもなりうる貴重な組織体です。
なお、拙著『柄谷行人論』と『文化ファシズム』をあらためてご紹介します。
葦書房で売るためには、奥付などを変える必要があり、その費用もなく、一時代行販売でご紹介したこと
がありますが、代行販売だとややこしくなりますので、版元、発売所を旧のままで当社で販売したいと思います。
よろしくお願いいたします。
http://www1.ocn.ne.jp/~ashi/ashinonissi-78.htm
901 :
吾輩は名無しである:05/03/06 03:10:20
わたしは長年文学評論を書いておりましたが、両書ははじめて書いた思想評論であり、社会評論です。
『文化ファシズム』でとりあげたNAM(「国家と資本への対抗運動」の略)という組織は、
あっという間に消えましたが、政治権力を握らずに(有権者の審判を受けることなしに)、
社会の隅々にまで侵入・浸透し、独裁的に社会を支配しようとする動きは国内外で今もなお
つづいています。堤兄弟の独裁的な野望は国境を越えています。
また、『柄谷行人論』と『文化ファシズム』
の印刷所である平河工業社は、2冊目の『文化ファシズム』の奥付だけ初校をなかなか出さず、
『柄谷行人論』の奥付をそのまま使えばいいではないかと、信じられぬことを言っておりました。
わたしの名前の改名騒動と連動した印刷所の犯罪加担ですが、犯罪社仲間ゆえでしょう、
国際ブックフェアでは平河工業社の社長は特別講演の講師を務めておりました。出版業界は
まさに犯罪者集団と化しています。今回は2書の奥付まで公開しています。
両書はまた小野静男の怪文書で、わたしを精神分裂症だとする根拠の一つにされている問題の書でもあります
(当時、葦書房には拙著を2冊送っています)。
まぁ、久本さんの気持ちはわからなくもないなw
904 :
吾輩は名無しである:05/03/06 03:52:22
ちょっと待って!
この↑の書類はちょっと聞き捨てならない内容を含んでいるな。
書類によると、久本福子の本名は、明石福子であるということになっている。
今回「レフトアローン」が出版されたところは「明石書店」というところなのだが
この類縁性は偶然の一致なの?
それとも、元夫とされる故「久本三多」なる人物と何かの相関関係で明石書店というのは
存在してるのかな?
906 :
吾輩は名無しである:05/03/06 05:47:28
>明石書店は結構前からある出版社ですよ。
最初からこれは偶然の一致なのか?とすべて疑問符で聞いてるはずだな。
まあどうでもいい話かもしれないが。しかも
>>905がちょっと意味わかんないのは
明石書店が昔から存在してるからといって、それで久本の親族と関係ない
という話にはただちにならないと思うのだがな?
そもそも、故「久本三多」なる人物がどのようなものであって
なぜ久本がこんなに柄谷に対して憎しみを抱くような経緯に至り、とか
私も含めて外部の人間には全然わからない話だからね。
そもそも久本福子なる人物はどのくらいの世代の人物なのか?とか
何故騒ぎがこんなに進行したのか?とか。
小出版社の裏事情なり構成地図の話なのだろうが、小出版と流通の問題を
真っ向から取り扱うという、現在の鎌田やスガの立ち位置から見れば、
あるいはNAMの掲げた理念的な経済運動にとって、こういう思想文芸の小出版が
何故トラブルに見舞われるのか?という問題は決して無縁な問題ではないと思うぞ。
どうなの?みなさんそこんところ?
みなさんも知りたい?w
うん、いやだから「『明石市』から取って『明石書店』だよ」って
社長が明言してるんであって、その発言をわざわざ疑わにゃならん
怪しい点が明石書店にあるわけでもないんだから、
「明石福子」と「明石書店」との繋がりを云々するのは
単なる根拠を欠いた電波だよねって話をしてるんだけどね。
だって「明石」の一字がたまたま一致したって以外に根拠ないじゃん。
それは、小出版と流通の問題を正面から取り上げるとか
そういう話以前の問題だと思うんだけれど?
909 :
吾輩は名無しである:05/03/06 07:49:29
久本福子は幼少期に体験した部落差別を
出版社の原点に据えたいという願いから、
出身地兵庫県明石市にちなんで、
明石福子と命名しました。
910 :
吾輩は名無しである:05/03/06 07:59:22
だったら面白いな↑と思ったが
明石福子で検索したら結構出てきたね。
旧姓だそうです。
ごめんすいません電波でしたw
それにしても
シャケの単独スレがあるのが意味わかんない
その辺の海でも回遊してりゃいいのに
841=879=911も、何を拘泥してるんだか意味わかんない。
仕切ってるのはシャケ本人だ罠wwwwww
すぐ本人が降臨してると信じたがるのも、関係妄想の一種だよな。久本福子なみ?
意味わかんね
シャケ以外にシャケの体面守る何の利益があるのやら
ジャナ専あたりでシャケに洗脳された忠犬か
シャケの上にいる有象無象に色気がある業界人か
どっちにしてもアンタ必死すぎだぜw
はあ「体面守る」? 誰が? どこで?
またしても、wを頻用する奴に馬鹿多し、の一例なのかも。
理由もないのにシャケには過剰反応するわけだ
ただ暇人か馬鹿かしら
★841=879=911も、何を拘泥してるんだか意味わかんない。
とか一々シャケをチェックしてるのも気味悪いよね
シャケもへんなストーカー飼ってて大変だw
いいかげん、
「根拠を示さず鮭をこき下ろすだけの奴」と
「根拠を示さず鮭を持ち上げるだけの奴」が
同類であることくらい気付きましょうや。
920 :
吾輩は名無しである:05/03/06 11:04:02
そういう貴方もサカナ編ですね。
921 :
吾輩は名無しである:05/03/06 11:05:18
ああ、偏でしたか。
失礼いたしました。
922 :
吾輩は名無しである:05/03/06 11:15:52
頼むからこのスレでまた
wを糾弾するスガヨイショのキモイ妄想ヤシと
VS「wのひとですが」というこれまた悪循環なひとの
意味の無い論争スレに舞い戻ってしまうのは、やめてくれ(藁
せっかくこの二人を追い出して
意味のある面白い話で持続してるところだったんだからさ
923 :
吾輩は名無しである:05/03/06 11:17:34
こころのKが何だとか
帝国の文学がどうのとか
大逆事件がどうのとか
もう絶句する意味のないキモ悪さだから
気づいて・・・蛙の増殖さんたち
>>922 wのひとは糸圭ヨイショだから、全く逆だよ。
925 :
吾輩は名無しである:05/03/06 11:23:46
wを糾弾することで自己が潔癖だと思い込んでる風の
妄想癲癇症患者のほうが、上から見てると、どちらかといえばキモイ
上って?
>>922 >意味のある面白い話で持続してるところだったんだからさ
意味のある面白い話って、どれのこと?
最新50には見つからなかった。
928 :
吾輩は名無しである:05/03/06 11:38:42
だからオマエがこのスレで一番キモイんだよ
気づけよ(藁
これ以上ウンコで迷惑かけないで
はやくこのスレから出て行け
929 :
吾輩は名無しである:05/03/06 11:40:53
スガの著書でおすすめって何?
両刃の剣、素人にはおすすめできない。
まあお前ら紅鮭定食でも食ってなさいってこった。
とりあえずお前がキモイとかいやそっちがキモイとか言い合ってる奴らは
まとめてスルーの方向で。
しきりにキモイと言ってるのはどうも一方だけみたいな。
どうでもいいけど、キモイの多用は語彙の貧弱を感じさせるね。
933 :
吾輩は名無しである:05/03/06 12:51:40
>>932 じゃあおまえが、きもい以外の言葉で、「きもい」という感情を文字にしてみろよ。
おい、辞書の範囲内のおまえごときが何を言ったって無駄だよ。
934 :
吾輩は名無しである:05/03/06 13:08:26
花咲のダメ連批判はいいよね
ピエがそれに触れないのはなぜ?
あいつ臭うし口先だけでサイテー
935 :
吾輩は名無しである:05/03/06 14:48:29
ピエは花咲がマブだと思ってる。
でも花咲は
936 :
吾輩は名無しである:05/03/06 19:02:03
で、なんでシャケのスレがあるの?
937 :
吾輩は名無しである:05/03/06 19:13:50
>>876 chikiの話「だけ」だったら、「そっち」でやればいいと思うよ。
だけどさ、
>>869は、《スガ的な性質とchiki的な性質の癒着》を問題にしてるわけだよね?
「癒着関係」を問題にする場合は、このスレッドでやるのが良いと思う。
938 :
真面目さの欠如がいかに世界を単調にするか(2):05/03/06 19:28:19
「スガ的な性質」とやらの内実も
「chiki的な性質」とやらの内実も一向に定かじゃないのに、
それに「癒着関係」とかいわれたって何の事やらさっぱりだよね。
せめてもうちょっと普遍性のある言葉で説明せんと
単なるバッシングかレッテル貼りにしかならんと思うのだが、どうだろう。
940 :
吾輩は名無しである:05/03/06 22:42:07
↑馬鹿w
こいつ2ちゃんに何を求めてるの?
少なくともバッシングやらレッテル貼りやら慰め合いやらを
求めてるわけじゃないなあ。
942 :
吾輩は名無しである:05/03/06 22:52:25
2ちゃんに普遍性なんか求めてる暇があったら
せっせと賃労働にでも精を出すほうがマシ。
2ちゃんの表現というのは基本的に掠ればいい。
それ以上に表現するのは野暮だし、説明するのは2ちゃん以外でする仕事。
もちろん大半は糞情報でデマゴギーだが、その中で何が
価値があるかというのは拾う主体の問題になってくる。
943 :
吾輩は名無しである:05/03/06 22:52:53
それでは糞でも情報を流す主体の問題はどうか?
しかしそれ以前に、もうこんなゴミ溜処理機のような情報掲示板が
全く機能しなくなっていて、もうそれが開いてる状態であるだけで
犯罪であり退廃であり人類の堕落そのものであるということに気がついたのなら
スガみたいに言うことのダブルスタンダードを噛ませながらヘラヘラと逃げていないで
積極的にこの2ちゃんねる掲示板の廃棄を進める運動にこそ参加すべしだな。
944 :
吾輩は名無しである:05/03/06 23:02:28
>スガみたいに言うことのダブルスタンダードを噛ませながらヘラヘラと逃げていないで
このスガの「ダブルスタンダード」性というのは、今回の鎌田にブックレットで言われて
出てきた表現だけど、これと同じことは柄谷に言わせると、スガの批評の
アイロニカルな性質ということで言われていたもの。たとえば柄谷だったら
「ジジェクとは世界的なレベルでのスガ秀美である。
言うことは面白いが、それはアイロニーでしかない」
とかいう台詞にそれが込められている。
ただ柄谷と鎌田の決定的な違いは、スガのそのようなアイロニーに逃げる性質の疚しさを
柄谷の立場からは、これは(パシリとして=家来として)使えると踏んで判断している
ことであり、鎌田の場合はただ単純に、スガは卑怯者であると断罪するに至った
(普通のスガと接触する人達が感づいているのと同じように)という事情の差異だな。
スガはいつも柄谷から足元を見られていますね。
柄谷に睨まれてます。
これも一種の「監視」の享楽かといわれれば、そうです。
946 :
吾輩は名無しである:05/03/06 23:16:42
>スガのそのようなアイロニーに逃げる性質の疚しさを
>柄谷の立場からは、これは(パシリとして=家来として)使えると踏んで判断している
>ことであり、鎌田の場合はただ単純に、スガは卑怯者であると断罪するに至った
>(普通のスガと接触する人達が感づいているのと同じように)という事情の差異だな。
これがchikiの場合はもちろん普通に知恵の回る女の勘として、当然同じことには
気づいているけれども、自分が物書きになるための絶好のコネであり、
ステップアップするための踏み台として、ここで一生懸命ヨイショしておいて
師匠として煽てれば使える、利用できると打算的に踏んでるということだろう。
もちろんそのような計算性は一般社会の慣習にとってなんら珍しいものではない
のだし、社会とは普通にそういうものであり、その外部はない。
ただちにそのっような女、あるいは女的性質(風見鶏的な意味での)
を断罪できるはずもないのだが、文学という特殊な業界の場合は、そこに偽善的な
理念なり啓蒙の問題なりが絡むから、少々話はややこしくなるだけである。
(左翼や、そして宗教の「業界」の抱える問題と同じものである)
947 :
吾輩は名無しである:05/03/06 23:20:30
すが。com の話とかね
948 :
吾輩は名無しである:05/03/06 23:31:51
で、なんでシャケのスレがあるの?
949 :
吾輩は名無しである:05/03/06 23:39:53
>>948 なんだかんだと言って、みなさん実はアイロニーに興味があるからですよ。
あなたはどうしてシャケスレが存在すると思うのです?
chikiは北田の玉の輿に乗ろうと思ってるって本当?
951 :
吾輩は名無しである:05/03/06 23:57:32
シャケの本なんてそのまま断裁しても別状ないよね
952 :
吾輩は名無しである:05/03/07 00:02:10
「小ブル急進主義宣言」は在庫が余りすぎて処理に困ったらしい。
結局蛭田の店に(カフェDAS)に余ったものを流したらしいが。
953 :
吾輩は名無しである:05/03/07 00:13:32
無理もないね
猫もまたいで通りそうなタイトルだもん
954 :
あの軽薄なしゃべり方なんて:05/03/07 00:16:22
>>950 北田はやっぱ高望みだから、最近杉田を呼んだんじゃないの?
956 :
吾輩は名無しである:05/03/07 00:22:46
どこに投稿してもコネが出来なかったピエールは
200%chiki以下
957 :
吾輩は名無しである:05/03/07 00:29:04
笠井潔あたりがシャケをボコってくんないかな
くだんねーことばっか覚えてるな藻前!!
って切れてたよ>雑誌の対談での笠井
958 :
949:05/03/07 00:31:45
>>957 どのような理由から、「笠井潔あたりがシャケをボコってくんないかな 」
と思われるのでしょうか?
959 :
吾輩は名無しである:05/03/07 00:42:37
くだんねーことばっか覚えてるな藻前!!
って切れてたよ>雑誌の対談での笠井
『季刊思潮』だろ。
あれは笠井潔が活動家「黒木龍思」としての前歴を隠したがっただけ。
初期笠井「ラノベ」のちょっとノワールな雰囲気は、
あきらかに活動家としての過去隠しと関係がある。
'''''' '''''':::::::
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,,ノ(、_, )ヽ、,, .:::: -=・=-∴-=・=- 、.:
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(●), 、(●)、.: '''''' '''''':::::::
,,ノ(、_, )ヽ、,, .:::: (●), 、(●)、.:
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`ニニ´ .::::: `-=ニ=- ' .:::::::
`ニニ´
963 :
吾輩は名無しである:05/03/07 12:44:16
スガバブルもこれで終わったな
バブルってほど何か膨れ上がったのか。
chikiはスガのトリマキでは誠実
アンニヒや粉堵接人みたいヘタレヒッキーよりかはいい
967 :
吾輩は名無しである:05/03/08 22:23:36
げろの出そうな論題ですね
蛙が出ますから
969 :
吾輩は名無しである:05/03/08 22:28:46
次スレ
【グッバイ鶴牧町】糸圭秀美【精子ちり紙で拭く】
970 :
吾輩は名無しである:05/03/08 22:29:41
×→鶴巻町
要するに学生運動のさなかにその中にいたことを自慢して美化して
そこから世間が動いたっていいたいんでしょ このおっさん
キャンディーズとかおニャン子クラブの最盛期から解散までを
体験してきたって自慢するやからと同じさ アホラシ
972 :
吾輩は名無しである:05/03/08 23:12:59
それはそれで苦しいことだよ
目尻に小じわのよったスー
便器のコマーシャルに出てる満里奈
タイーホされた重おばちゃん
生きるって苦しいね、生きるって騒ぎだね
973 :
吾輩は名無しである:05/03/08 23:14:37
この苦い現実こそがホントなのに
いまさら臭いサヨクぶりっこやってる誰かさんは(ry
974 :
吾輩は名無しである:05/03/09 01:16:59
次のスレタイには「すが」か「スガ」を入れてくれ。
検索性向上のため。
ま、どうでもいかもしれんが。
>>974 895が言ってるみたいに、語尾に「〜スガ」を入れるってのはどうでスガ。
976 :
吾輩は名無しである:05/03/09 06:56:38
うはwwwwwwwwwwwくだらねwwwwwwwwwww*1。
などということを昼から妄想していたchikiですこんにちわ。
977 :
吾輩は名無しである:05/03/09 06:57:41
漫画でも読みながらスクロールしてください。
それから、内容がアレでも物は投げないようにお願いします。
>>971 そう 踊る阿呆に見る阿呆
つられる阿呆になく阿呆
ってとこね アホラシ
>>971 まあ、所詮シャケ秀美なんて罵られる男ですからね。
>>975 次スレタイこんなのどう?
糸圭さんはナイスガイだと思いますが。
981 :
吾輩は名無しである:05/03/10 13:30:41
次スレタイ案でスガ
痩せスガエル負けるなヨサクここにあり
>>979 ある高名な批評家が「秀実」を「秀美」と誤記したことに対して
天地がひっくり返らんばかりに抗議して
その批評家から謝罪文をゲットした
と新宿の飲み屋で自慢してた
ってなこともあるので 表記は間違えぬようにしませう
983 :
吾輩は名無しである:05/03/10 13:59:03
ふつー気がつかねえよなーw
秀美と秀実の違いなんて
>>983 スガは「美」しくはないが「実」力はある、と覚えておけばいい。
ちなみにこれは松任谷由実にもあてはまる。
スガは、S着の店で見事NSプレイ!
のようなささやかなネタを武勇談にするようなキャラ
中上の前でパンツ脱いで踊ったことがあるとか聞いたことがあるな。
で、中上がオカマ掘ってやりたいと言ったとか。
金井美恵子のエッセイで(スガのこととははっきり書いていないが)
読んだ記憶がある。
それは、中上に脅されたんだよ
【ナイスガイ】糸圭秀実 五【フルチンダンス】
スレタイに【 】表記は厨っぽいからやめないか?
>>980でいいよ。スガとすがが含まれているし。
でもそれをもっと目立たせたければタイトル前後に
空白スペースを幾つか入れたらいいだろう。
>>989 >スレタイに【 】表記
これは検索にかかるキーワードを増やす工夫ですよ。
厨じゃないですよ
【こじれ左翼】糸圭秀実 五【柄谷派】
【スガチン】糸圭秀実 五【フルチン】
>>982 その「高名な批評家」って誰なんだろう。
もしかして蓮實?
蓮實って、蓮「実」って書くと嫌がるらしいよね。
「美」と「実」の場合とは違って、間違いとは言えない筈なんだけど。
995 :
吾輩は名無しである:05/03/10 22:19:58
【鮭ちゃいまんねん】スガですねん【ゲロゲーロ】
996 :
スーフリマインド:05/03/10 23:18:26
<女子高生に婦女暴行で医師逮捕 >
3月6日、居酒屋で知り合った女子高生に暴行したとして、
小林修三容疑者(38)が強姦致傷の疑いで逮捕された。
小林容疑者は「スーパーフリーの集団レイプに参加させてもらってその手口を覚えた。」と容疑を認めているという。
調べによると、小林容疑者は2月27日午後11時半ごろ、亀戸駅付近で、
都内の女子高生(16)を暴行した疑い。小林容疑者と女子高生は、同日居酒屋で知り合ったとのこと。
女子高生に睡眠薬入りのアルコール飲料を飲ませ、
酒に酔った女子大生を介抱するふりをして店外に連れ出し、人気のないビルの一室に連れ込み暴行したとのこと。
小林容疑者は現在、慶応大学整形外科医局に所属し、江戸川病院に勤務している。
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サヨナラ
1001 :
1001:
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。