【ドキドキ】新人職人がSSを書いてみる【ハラハラ】16
1 :
通常の名無しさんの3倍 :
2008/10/26(日) 20:32:51 ID:vQ2rsXQB
〜このスレについて〜 ■Q1 新人ですが本当に投下して大丈夫ですか? ■A1 ようこそ、お待ちしていました。全く問題ありません。 但しアドバイス、批評、感想のレスが付いた場合、最初は辛目の評価が多いです。 ■Q2 △△と種、種死のクロスなんだけど投下してもいい? ■A2 ノンジャンルスレなので大丈夫です。 ただしクロス元を知らない読者が居る事も理解してください。 ■Q3 00(ダブルオー)のSSなんだけど投下してもいい? ■A3 新シャアである限りガンダム関連であれば基本的には大丈夫なはずです。(H20.10現在) ■捕捉 エログロ系、801系などについては節度を持った創作をお願いします。 どうしても18禁になる場合はそれ系の板へどうぞ。新シャアではそもそも板違いです。 ■Q4 ××スレがあるんだけれど、此処に移転して投下してもいい? ■A4 基本的に職人さんの自由ですが、移転元のスレに筋を通す事をお勧めしておきます。 理由無き移籍は此処に限らず荒れる元です。 ■Q5 △△スレが出来たんで、其処に移転して投下してもいい? ■A5 基本的に職人さんの自由ですが、此処と移転先のスレへの挨拶は忘れずに。 ■Q6 ○○さんの作品をまとめて読みたい ■A6 まとめサイトへどうぞ。気に入った作品にはレビューを付けると喜ばれます ■Q7 ○○さんのSSは、××スレの範囲なんじゃない? △△氏はどう見ても新人じゃねぇじゃん。 ■A7 事情があって新人スレに投下している場合もあります。 ■Q8 ○○さんの作品が気に入らない。 ■A8 スルー汁。 ■Q9 読者(作者)と雑談したい。意見を聞きたい。 ■A9 まとめサイトへどうぞ。そちらではチャットもできます。 ■捕捉 まとめサイトのチャットでもトリップは有効ですが、間違えてトリップが ばれないように気をつけてください。
〜投稿の時に〜
■Q10 SS出来たんだけど、投下するのにどうしたら良い?
■A10 タイトルを書き、作者の名前と必要ならトリップ、長編であれば第何話であるのか、を書いた上で
投下してください。 分割して投稿する場合は名前欄か本文の最初に1/5、2/5、3/5……等と番号を振ると、
読者としては読みやすいです。
■補足 SS本文以外は必須ではありませんが、タイトル、作者名は位は入れた方が良いです。
■Q11 投稿制限を受けました(字数、改行)
■A11 新シャア板では四十八行、全角二千文字強が限界です。
本文を圧縮、もしくは分割したうえで投稿して下さい。
またレスアンカー(
>>1 )個数にも制限があるますが普通は知らなくとも困らないでしょう。
さらに、一行目が空行で長いレスの場合、レスが消えてしまうことがあるので注意してください。
■Q12 投稿制限を受けました(連投)
■A12 新シャア板の場合連続投稿は十回が限度です。
時間の経過か誰かの支援(書き込み)を待ってください。
■Q13 投稿制限を受けました(時間)
■A13 今の新シャア板の場合、投稿の間隔は最低十秒以上あかなくてはなりません。
■Q14
今回のSSにはこんな舞台設定(の予定)なので、先に設定資料を投下した方が良いよね?
今回のSSにはこんな人物が登場する(予定)なので、人物設定も投下した方が良いよね?
今回のSSはこんな作品とクロスしているのですが、知らない人多そうだし先に説明した方が良いよね?
■A14 設定資料、人物紹介、クロス元の作品紹介は出来うる限り作品中で描写した方が良いです。
■補足
話が長くなったので、登場人物を整理して紹介します。
あるいは此処の説明を入れると話のテンポが悪くなるのでしませんでしたが実は――。
という場合なら読者に受け入れられる場合もありますが、設定のみを強調するのは読者から見ると好ましくない。
と言う事実は頭に入れておきましょう。
どうしてもという場合は、人物紹介や設定披露の為に短編を一つ書いてしまうと言う手もあります。
"読み物"として面白ければ良い、と言う事ですね。
〜書く時に〜 ■ 改行で注意されたんだけど、どういう事? ■ 大体四十文字強から五十文字弱が改行の目安だと言われる事が多いです。 一般的にその程度の文字数で単語が切れない様に改行すると読みやすいです。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ↑が全角四十文字、 ↓が全角五十文字です。読者の閲覧環境にもよります。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あくまで読者が読みやすい環境の為、ではあるのですが 閲覧環境が様々ですので作者の意図しない改行などを防ぐ意味合いもあります。 また基本横書きである為、適宜空白行を入れた方が読みやすくて良いとも言われます。 以上はインターネットブラウザ等で閲覧する事を考慮した話です。 改行、空白行等は文章の根幹でもあります。自らの表現を追求する事も勿論"アリ"でしょうが 『読者』はインターネットブラウザ等で見ている事実はお忘れ無く。読者あっての作者、です。 ■Q16 長い沈黙は「…………………」で表せるよな? 「―――――――――!!!」とかでスピード感を出したい。 空白行を十行位入れて、言葉に出来ない感情を表現したい。 ■A16 三点リーダー『…』とダッシュ『―』は、基本的に偶数個ずつ使います。 『……』、『――』という感じです。 感嘆符「!」と疑問符「?」の後は一文字空白を入れます。 こんな! 感じ? になります。 そして 記 号 や………………!! 空白行というものは――――――!!! とまあ、思う程には強調効果が無いので使い方には注意しましょう。 ■Q18 第○話、って書くとダサいと思う。 ■A18 別に「PHASE-01」でも「第二地獄トロメア」でも「魔カルテ3」でも「同情できない四面楚歌」でも、 読者が分かれば問題ありません。でも逆に言うとどれだけ凝っても「第○話」としか認識されてません。 ただし長編では、読み手が混乱しない様に必要な情報でもあります。 サブタイトルも同様ですが作者によってはそれ自体が作品の一部でもあるでしょう。 いずれ表現は自由だと言うことではあります。 ■Q19 感想、批評を書きたいんだけどオレが/私が書いても良いの? ■A19 むしろ積極的に思った事を1行でも書いて下さい。 長い必要も、専門的である必要もないんです。 むろん専門的に書きたいならそれも勿論OKです。 ■Q20 上手い文章を書くコツは? 教えて! エロイ人!! ■A20 上手い人かエロイ人に聞いてください。
以上、テンプレ貼り終了です。以降投下待ち。 間違えてトリップがついてしまいまして失礼しました。
>>† スレ立て乙です。
>>1 †さんスレ建て乙。
テンプレコピペ終了、危うく重複するとこでした。
リロードしてヨカタヨ……。
はっ! スレ立てしといて前スレに告知忘れてました。 >>弐国さん誤解させてすいませんです。
9 :
『大地と薬』 :2008/10/28(火) 01:07:33 ID:???
プロローグ・4 月がめぐる。日がめぐる。 衛星軌道を回る宇宙船では、月も太陽もひととき待てば出会い、惜しむ間もなく別れる。 その宇宙船プトレマイオスの一室で、青く輝く地球を一組の男女が見下ろしていた。 「スメラギさん、作戦プランは本当にあれで良かったんでしょうか」 青年の問いに戦術予報士は首をかしげる。 「さあ……難しい問題ね。任務自体の遂行は難しくないわ。いくら紛争で多くのモビルスーツが 反政府勢力に流出した地域といっても、しょせんは中古のアンフ。ロックオンの技量にハロの 補助、ガンダムの力をもって敗北するプランを立てる方が困難ね」 「彼我の戦力差は圧倒的……」 青年は自分に言い聞かせるようにうなずく。 そんな様子に、スメラギは首をふった。 「だけどアレルヤ、あなたの懸念もわかる。人革連も放置するような弱小勢力に、私達があえて 介入する必然性は見当たらない。何より……」 窓越しに見える眼下の地球へ目をやる。 「保護対象の難民が全滅すると予測される作戦なんて、ソレスタルビーイングにとって敗北と 限りなく同義。他にずっと効果を上げられそうな介入対象は無数にあるのに」 「……僕達のガンダムは、どう言いつくろっても戦うための道具です。人を守る力はほとんどない。 それでも、介入することがヴェーダの意思……なぜでしょうか」 きっと、儀式なのだろうとスメラギは思う。超人機関を消滅させることでアレルヤが過去と決別 したように、ロックオンにもソレスタルビーイングの一員として成長する機会をヴェーダは与える つもりなのだ。いくら模擬戦闘をくりかえしても実戦にまさる鍛練はない。いずれ刹那達にも 自らの過去と向き合う戦いが与えられるだろう。 「せめて、ロックオンにとって幸福な結果となることを祈るしかないわ。……神頼みなんて、 戦術予報士失格だけどね」 苦笑するスメラギに、アレルヤは渋い顔を返した。 この介入は、しょせん無数に存在する作戦行動の一つだ。世界からも特別に注目されることは ないだろう。どれほどの悲劇が起ころうと、どれだけの奇蹟が生まれようと、すぐに忘れさられる に違いない。 アレルヤもスメラギも、きっと長引く戦いの中で、このような会話があったことを忘れていく。 琥珀色の液体に浮かぶ泡のように。 そしてまた日は地球に隠れ、大地も海も黒く染まる。影になった大陸で交通信号のように明滅 する小さな光は、今そこで戦闘が行われていることを示している。つまり光はまさしく遠き叫びを 知らせる信号なのだ。 また、戦いが始まる。
10 :
『大地と薬』 :2008/10/28(火) 01:10:07 ID:???
エピローグ・4 太陽が山なみに隠れ、空が暗い紺色に染まる。 少女が一人の子供に近より、粘土遊びに使っていた乳白色の塊を取り上げた。 「遊びは、もうおしまい」 てのひらに何も無くなった子供は、ぼんやりと自分の手と少女を交互に見て、やがて顔を崩した。 ひきつけを起こしたように鳴咽する子供を見下ろし、少女は語りかける。 「おしまいなのよ」 自分へ言い聞かせるかのように、はっきりとした口調で。すぐに子供は涙を止め、ぐずりながらも うなずく。 少女は乳白色の粘土をしばしながめ、捨ててあった空き瓶に押し込んだ。ポケットを探ると、 子供からあずかっていた雷管が見つかった。これも空き瓶に押し込む。 ふいに風が吹き渡り、少女は髪を押さえた。冷気が乾いた肌を突き刺す。遠い山風が叫び声を あげている。 背後の天幕で、人々が起き出す気配がする。 少女は首から下げた十字架を握りしめる。
11 :
『大地と薬』 :2008/10/28(火) 01:15:40 ID:???
アンダーソンは血に染まった薄い手袋をバケツに脱ぎ捨てた。ロックオンもそれにならう。二人 とも厳しい表情だが、切開手術は成功したし、母子とも命に別状はない。 問題は、荒野を横切る逃避行に母体が耐え切れるか。そして、早すぎた赤子を保護するため、 合成樹脂の袋で作った簡易保育器がもつか、だ。 「とりあえず、あの母親でおしまいですね」 ロックオンの問いに、医者は振り返らず首肯する。 「ああ、おしまいだ」 薄いシートを天幕の天井から吊るして作った簡易な手術室。そのすそを持ち上げると、患者が ひしめく光景が目に入ってくる。添え木を乱暴に包帯で巻き付け、あるいは鉄パイプを組み合わせた 粗雑な松葉杖をつき……そんな惨澹たる有り様で、しかし精一杯に自分の足で立とうとする者達がいる。 ロックオンは歩行も満足にできなさそうな患者を数え、うなった。 「ハンモックでもあれば、モビルスーツに吊るして運んでやれるんですがね……」 医者に耳打ちした言葉が聞こえたのか、荷物をまとめていた中年の男が笑った。 「けっこうですよ。もし戦闘が始まれば、三階の高さから捨てられることになるわけで、そんなら 自分の足で歩くのがマシですわ」 頭に包帯を巻いているものの、四肢に異常は見られず、元気があり余っているらしい。荷物を まとめた後、周囲の患者を手助けしている。医者が男に黙って頭を下げた。感謝しているという 意味なのだろう。 ロックオンは天幕を出て、背筋を震わせた。何もない荒地らしく、ずいぶんと冷たい風だった。 天幕の中も相当に冷えて患者を苦しめていたものだが、それでも外よりは風が無いだけでも良かった のだと気づかされる。 マスクを脱いで一息つく。周囲はずいぶん暗くなっており、顔を撮影されるような恐れもない。 手術の汗で濡れた顔をぬぐう。 見上げれば、星が一つだけ輝いている。金星だろうか。プトレマイオスではないだろう、姿を隠す 機能を働かせていなければ世界中から憎悪が実力として向けられる。 それでもロックオンはしばらく空をながめ、プトレマイオスの姿を探した。首が痛くなるほど空を 見あげたが、いくつか星が流れただけだった。 命のように光が流れ、消えていく……
12 :
『大地と薬』 :2008/10/28(火) 01:20:12 ID:???
いくらか元気で夜目が利く男達を先頭に、人々が歩き始めた。 親は子と手を繋ぎ、動けない者は簡易な引き車に乗せられ、老人は車の後部に手を置いて倒れない ように杖の代わりとする。 背後には天幕を残してある。テントといっても、丈夫な柱を何本も立てた上に厚い布をいくつも 重ね、地面に打ち込んだ杭からワイヤーをわたした、丈夫なものだ。先進国の個人がレジャーキャンプ に用いるようなテントと違い、解体するには時間も労力もかかる。それよりも、去ったことを敵に しばらく気づかれないよう残しておくのが賢明だ。 ロックオンは十数時間ぶりに白衣を脱ぎ、パイロットスーツを身に着けた。昔は機械に拘束されて いるようで、わずらわしさを感じていたが、今は身体にしっくりくる。 「……しっくりくる、ようになっちまったな」 患者の半分が天幕を出たころ、医者も腰を上げた。医者は重傷者を直せるが、病人は重症を負った 医者を直せない。最も安全な列の中間を歩くのが最善だ。 医者の背中から視線を外し、ロックオンは少女の姿を探した。医者が安全な場所にいることを 当然とすべきように、未来ある幼い子供も安全な位置にいるべきだろう。しかし、子供達はきちんと 列を作っているのに、少女の姿は見当たらない。 「まさか、用足しじゃないよな」 そういう準備はきちんと先にすませる性格だろう。少ししか会話していないが、それくらいはわかる。 念のために質問したが、やはり子供達は首を横に振る。 周囲を見渡し、ふと先を行く人々に目をやった時、ロックオンは医者に何か耳打ちしている少女の 姿を見つけた。 腰をかがめた医者の耳元に少女が口をよせ、何を聞かされているのか医者は深々とうなずいている。 言葉の内容はロックオンに届かなかったが、医者の見開いた目から、何らかの異常事態が語られた ことはうかがえた。 そして医者と少女は人の群れから離れ、進行方向を横目に歩み去っていく。 ロックオンは急いで走りよった。 「……何があったんです」 周囲を不安にさせないよう、小声で問いかける。 少女がふりかえり、すぐに目をそらした。そのしぐさ、その姿に、どこか見覚えがあった。 重ねて問おうとすると、医者が立ち止まった。ロックオンへ向き直り、正面から見すえる。 「皆をたのむ。時間はない」 ただそれだけを言い残し、医者と少女は横並びで歩み去っていった。
13 :
『大地と薬』 :2008/10/28(火) 01:25:26 ID:???
釈然としないものを感じつつ、ロックオンは人の列に戻った。 子供達に先に行くよう指示しながら首をひねる。去り行く少女に感じた、不快な違和感の正体が わからない。 しばらく悩み、少女が十字架を首にかけていなかったこと気づいた。赤錆びた、しかしそれでも 大事そうに扱っていた鉄の十字架。さほど重くもなければかさばりもせず、置き捨てる必要がある とは思えない。どこかに落としたということも考えにくい。……子供にあげたか、あずけでもしたの だろうか。 ふりかえると、少女と医者は遠い潅木の影で立ち止まっている。いつのまにか空一面に薄雲が かかっており、はるか先に沈んだ太陽の光を反射し、異様なほど明るい。ヘルメットのバイザーを 上げると、青灰色にぼんやり光る空を背に、少女と老人が潅木の側で黒い影となっていた。 いっぷくの宗教画にもなりそうな光景だった。 「宗教とは阿片、神とは幻覚。たよらずにすめばいい、すがらずにいればいい」 ふと、そんな言葉を思い出した。 ほんの少し、夕陽の残映たる赤い光が空と山にさしている。頬を冷たい風がなでる。遠い山を風が 越える、その轟きが体の芯にまで響く。 ソレスタルビーイング以外を信じなくなり、そもそも他の神を信じる資格のないロックオンにも、 敬虔な気持ちを呼び起こさせる風景だった。 そう、本当に少女の十字架がふさわしい光景だ、と思いつつ、並んで逃げる人々の方へ向き直る。 天幕に歩みより、残った最後の集団にも外へ出るようにうながして……
14 :
『大地と薬』 :2008/10/28(火) 01:27:27 ID:???
群集の先、突如として赤い光が生じた。 しばし遅れて発射音と着弾音が響いてくる。衝撃波が届く前にロックオンは地面へ伏せる。近く にいた者もひきずりおろすように伏せさせた。すぐに小石と破片が吹き飛んでくる。 背筋を悪寒がかけめぐり、熱いものを胃に飲み込んだかのように体がしびれる。ロックオンは 自分に言い聞かせる。大丈夫だ、実体弾による初弾は風向きを確かめ、照準を調節するための 試し撃ち。実際、伏せながら目に焼き付けた光景では、列の先頭よりはるか先で爆発が起きていた。 しかし次は必ず当ててくる。 山のふもとで金色の光が明滅する。モビルスーツに装備された遠距離用の火砲だ。 超音速で空気を切り裂く音をたて、光弾が天幕へ飛んできたかと思うと、垂直に天へと昇った。 まるで見えない力で天幕が守られているかのように。同時に、教会を思わせる荘厳な音色が響き 渡る。高らかな鐘の音。 天高く上がった光弾の爆発で空が赤く染まる。夕陽と異なる、鉄の臭いがするような赤黒い赤。 照明弾ではない。 鐘の残響が鳴り続ける中、ロックオンは腹ばいの姿勢からわずかに身を起こし、天幕へと走り 出した。ざわめき叫ぶ人々をかきわけ、流れに逆らい進む。喉の奥から声を出して叫ぶ。 「俺だ! ガンダムマイスターだ!」 逆行する人間の正体に気づいたのか、人々が動きを止める。 徐々に興奮が収まっていき、やがて人垣が二つ割れた。天幕までの通り道ができる。ロックオン は人々の間を駆け抜け、天幕の屋根を見上げる。 何も見えない宙空に波紋が生まれたかと思うと、鏡の破片に似た物質が剥がれ落ち、虚空から 暗緑色の装甲が現れる。高らかに鐘が鳴ったごとく聞こえた金属音は、アンフの撃った砲弾が 装甲に弾かれたものだ。 暗緑色の装甲が縦に割れ、跳ね上がったかと思うと一対の羽になり、内部から白き巨人が姿を 現す。デュナミスは光学迷彩をしたまま、ずっと天幕を守っていたのだ。 「待たせたな、ハロ」 光学迷彩を解いたデュナミスはコクピットハッチを開け、ロックオンを迎い入れた。 電子音声がロックオンへ語りかける。 「ハロ、マチクタビレタ」 「そうだな……いや」 ロックオンにとっては早すぎた。もし出番が来なければそれで良かった。 下方を映すモニターに、攻撃されていることも気にせず子供達が手を振っている。自分達を 守ってくれる巨人に歓声をあげている…… 流血と疫病と飢餓にまみれていたが、悪い時間ではなかった。厳しい現実を忘れていられる、 素晴らしい時間だった。 短く、嘘みたいな夢だった。 「イコウ、ロックオン」 「……ああ」 ヘルメットのバイザーを下ろす。 緑の翼を持つ白い巨人がゆるやかに体を起こし、双眸を輝かせる。 「……狙い撃つぜ」 立ちふさがる、全てを。
前スレラストで00SSが望まれているらしかったので。 すでに2期へ突入してSS登場キャラもああで、今さら感があるかもしれないが 一応は最後まで決着はつける。
10レスほど予定。 まとめサイトで「プロローグ・4」もプロローグ・4に入ってた。
17 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:22:04 ID:???
プロローグ・5 地平線の先に、天へ向かって屹立する金属壁の突端が見える。 融けてねじくれ、ゆるやかな螺旋を描き、大地に長い影を落とす。 表面は大気圏突入時の熱で焼け、塗装が剥がれて灰色の地金が露出している。 ロックオンは腰に手をあて、薄く色だけついた無味無臭の茶をすすった。連続した長い 手術で乾いた喉に、熱い潤いが心地よかった。次に診療を始めるまでのわずかな休息が、 生きているという実感をくれる。 「たいしたもんです。石油を奪って争っていた時代に、あんな巨大な船が宇宙を飛び交って いたなんて」 「戦争のためなら、いくらでも金と人と技をドブに捨てるのが軍人だろう。いいかね、戦争 そのものが人類の最も愚かで大きな浪費なのだ」 隣に座るアンダーソンが言葉を返す。 「しかし軌道エレベーターも未完成だった時代ですよ。何に使用するためであっても、感心 してしまいますよ」 感動半分、呆れ半分にロックオンは首を左右に振る。 「あれはただの宇宙船の残骸だ」 「でも、神ならぬ人の成し遂げた、辿り着いた証でもあります」 「しょせん天には届かなかった、退廃都市の塔にすぎない」 聖書で語られるバベルの塔。天まで伸びようとする建造中の塔を見て、神は怒り打ち 崩した。そして人々が用いる言語を別け、意思の疎通が行えないようにし、協力して神の 領域にふれようなどという気を二度と起こさないようにした。人々が互いに争うように なったのは、この時からだという。 「塔を嫌う神は人々を争わせる。ならば俺は……」 「……神を殺すかね?」 「いえ、天使になろうとしているバカを一人、知っています」 小さな背丈の少年が脳裏に浮かぶ。 「そして俺も……」 「宗教とは阿片、神とは幻覚。たよらずにすめばいい、すがらずにいればいい。ただ、 それだけのこと」 極限の現場に立つ医者らしい、唯物的な言葉だった。 ロックオンは肩をすくめて苦笑した。
18 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:23:45 ID:???
エピローグ・5 デュナミスは、巨大な粒子砲を山並みに向けたまま、微動だにしない。できない。 「なぜだ……」 狙いをつけるための初弾、天幕に向かった第二弾、敵の攻撃はそれだけだった。アンフは 後退して山並みに姿を隠し、ガンダムのセンサーでも見つけられない。 「こちらを怖れているのか……いや、しかし……」 光学迷彩を解いて姿を現したガンダムは、弱小武装勢力にとって脅威だろう。しかも 子供達を助けた際に実力を知らしめておいた。存在するだけで充分な威嚇になる。 しかしそれならば、そもそもなぜ今この瞬間に襲いかかってきたのか。 難民への医療活動を行っているアンダーソンは反政府組織にとって邪魔ではあるが、 体面を守るために攻撃できなかった。逃亡の準備を始めた事で考えを変えたのだとしても、 ガンダムが護衛している今は利点がない。 もし攻撃されるとすれば、ガンダムが難民の護衛をやめてから人革連基地に到着するまでの 間だろう、とロックオンは予想していた。ソレスタルビーイングと人革連が堂々と協力する ことはできない。一度だけ軌道上の救援活動で協力したことはあったが、そのためソレスタル ビーイングが人革連の秘密組織であるかのような疑惑をまねいてしまった。互いに立場を 悪くするような協力は、たとえ現場の独断でも二度と期待できない。 逆に、武装勢力を排除するガンダム自体が目標だったとすれば、姿を現した今こそ激しい 攻撃を加えてくるはずだ。ガンダムが姿を現した途端に戦闘を停止した理由は、政治的な意図 か、それとも…… 「ワナ。コレハキット、ワナ」 ハロが忠告してくる。 「ああ、わかっているさ……」 だが、罠の正体がわからない。 一対多で疲労を待っているのだろうか。しかしガンダムには半永久的に稼動する能力がある。 もちろん生身の操縦者は疲労するが、旧式のアンフに比べれば安楽椅子で休んでいるような 快適さだ。一方でアンフは行動しているだけで燃料を食うため、膠着しているだけでも弱小 武装勢力にとっては打撃となる。 現状が罠だとしても、反政府組織がガンダムに勝利しうる可能性は皆無なままだ。 考えられるのは、ガンダムでも医者でもなく、難民を足止めすること自体が目的という可能性。 「しかし、今さら足止めしてどうする……」 いつまでも膠着状態でいられない以上、足止めできる時間も長くはない。 ロックオンはモニターを見つめながら考えをめぐらせる。 それ自体が罠ということを気づかずに。
19 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:26:17 ID:???
やがて、焼けつくような焦燥感とともに、脳裏をかけめぐる情報が一つの形をなす。 ……爆弾で殺された母親。爆発自体の威力ではなく、爆弾の内部に仕込まれた金属片が 肉を裂いていた。 ……乳白色の塊で粘土遊びをしていた子供。天然のものとは思いにくい色合いの粘土。 合成樹脂の一種だ。 ……雷管で遊んでいた子供。少女がとりあげた雷管はどこにある。子供達が周囲を走り まわり、地面は堅くて穴など掘れず、捨てる場所はない。 ……二発砲撃しただけで様子を見ている敵。何を待っている。時間がたつほど不利になる はずだ。 ……敵の攻撃につられてガンダムに乗り、遠くへ注意を向けている俺。そもそも俺は何の ためここに来た。 ……粗末な十字架を首からさげていた少女。少女が神を信じていないならば、十字架は ただの金属片にすぎない。 ……少女に連れられて皆から離れた医者。命を賭してまで皆を助けた者が逃げるはずは なく、ならば離れたのは皆を助けるためだ。 合成樹脂の性質を、かつて爆弾テロを被害者として経験していたロックオンは知っていた。 思い出さなければならなかった。あからさまな計画だ。 ようやく気づいた。 この大地に降りて、見聞きした全てのことが、ある一つの策略を指し示している。 ロックオンは狙撃用スコープから目を離し、後方を映すモニターへ視線をやろうとする。 機体の向きを変えたいのだが、操縦桿が重く、ペダルも堅い。肉体の反応が遅く感じる。 筋肉が悲鳴をあげるほどに力を込めても、間に合わない。思考ばかりが速度をあげ、まるで 世界と自分が静止したかのようだ。 ……そうか、これが戦術予報士の見ている世界か。 酒浸りな日々を送っているスメラギの気持ちが、少しだけ理解できた。戦局の全てを 見通せる材料がそろった瞬間、できることは何もない。自ら予報した結果を傍観するしか ないのだ。 視界の片隅にハロが見える。いつもの無表情で、じっとロックオンを見ている。 声にならない絶叫。デュナミスの後方に小さな閃光が走る。潅木から土煙が上がり、 少女と医者の姿を隠す。 大地に火薬の音が響く。それは不思議に感じられるほど軽い音だった。
20 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:29:35 ID:???
インタールード 人革連北部に位置する難民キャンプへ介入するよう、ヴェーダはプトレマイオスへ指示。 目的は無償で難民への医療活動を行っている医師を周辺の反政府勢力から保護すること。 周辺地域が見通しの良い平野であること、反政府勢力に飛行可能な兵器がないという情報 から判断して、スメラギ・李・ノリエガはデュナミス単機による介入を決定。 しかし早急に目標人物を保護する作戦計画でありながら、デュナミスの操縦者ロックオン・ ストラトスは、脱走者を攻撃していた反政府勢力に独自の判断で武力介入。さらに難民キャンプ で医療活動に協力し、難民全員の脱出を提案。わずか一日にも満たない予定外行動であったが、 作戦遂行には致命的な遅れとなった。 もともとデュナミスが介入した脱走は武装勢力の意図したものであり、何も知らない子供を 使って爆弾の材料を難民キャンプに持ちこむ計画だったと思われる。プラスチック爆薬らしき 合成樹脂を子供の一人が持っていたと、後にロックオンはプトレマイオスで証言した。 武装勢力の陽動作戦によりロックオン・ストラトスの注意がそらされた時、難民キャンプに 入りこんだ少女の自爆テロで医師は死亡。武装勢力に所属しない少女が暗殺したという形式を とることで、他の反政府組織による非難をやわらげる意図があったと思われる。使用された爆弾は、 空き瓶にプラスチック爆薬と金属片を詰め込み雷管で起爆する簡易榴弾。人革連に逮捕された 武装勢力構成員の証言によると、期限内に目標を暗殺すれば難民キャンプへの総攻撃はしないと、 少女は教えられていた。 さらにデュナミスと武装勢力が交戦した結果、難民キャンプは全滅したと記録される。宣伝 効果を考慮し、ソレスタルビーイングが武力介入を公表することはなかった。 なお、自爆テロで死亡した実行犯の詳しい来歴は不明。幼少時に近隣地区から誘拐され、 武装勢力によって育てられたと推定されるが、同様の誘拐被害者が多発しており、出生地や 本名は特定できなかった。
21 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:30:44 ID:???
エピローグ・6 発射した全ての砲弾が空中で撃ち抜かれた。 恐慌した者達が、神の名を呼ぶ。たよる、すがる、みじめなほどに。 「なぜ見つかる! なぜ当たる!」 アンフの操縦者が絶叫した。 先行した機体が左脚部を撃ち抜かれてもんどりうったかと思えば、立ちすくんだ機体も 腰部をもがれ、倒れた味方の影に隠れようとした機体まで火器ごと右腕を砕かれた。 後退するよう命令が下る。いわれるまでもなく、動けるアンフは倒れた味方を見捨てて 下がり、はいつくばるような姿勢で起伏の影に隠れた。そして斜め上方へ方向を向け、 砲撃を再開する。姿を隠して敵を攻撃できる点で、重力に引かれて放物線を描く実体弾も 利点があるわけだ。ほぼ直進するビームでは、こうはいかない。 たちまちデュナミスの周囲に砲弾が降り注ぐ。 だが、デュナミスはビームピストルを両手に持ち、敵弾全てを起爆前に撃ち抜いた。 飛び散る破片もほとんどが空中で蒸発する。 だが…… 「死ね!」 最後の砲弾が、狙い撃たれるより前に空中で炸裂した。通常の爆発ではなく、煙が飛散 しながら降り注ぐ。デュナミスが煙に向かってビームを撃つが、何の効果も見られない。 ビームを減衰させる等の、デュナミスを狙った攻撃ではない。 デュナミスの周囲をゆっくりと煙が覆っていく中、アンフは退却していった。
突然で申し訳ありませんが引退します。 本当に申し訳ありません。
23 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:34:18 ID:???
大地に降りたロックオンは、潅木の影に倒れる二人を見つけた。 どちらも生きているのが不思議なありさまで、もう手の施しようがないとわかる。それ でも少女に近づき、顔に突き刺さったガラスの破片をいくつか抜いてやった。 朝日が射す少女の顔は、身ぶるいするほど青白かった。 少女が口を開け閉じしていたので、ロックオンはヘルメットの聴力機能を最大にして顔を 近づけた。 「……アンダーソンは死んだ?」 「いや……だが、もう助からない」 「モビルスーツは」 「退却していったよ」 「子供達は」 「……皆は」 ロックオンは口を閉じた。 「皆が死んだ。ああ、そう」 少女は笑おうとしたのか、のけぞるように息を吐き、鼻から血が噴き出た。くちびるからも 血があふれ、頬に垂れて落ちる。 「あいにく、そのような嘘をついても、困りはしません」 「……ああ」 「子供は怪しまれないための、ただの道具でした」 「……わかった」 少女とかわした言葉をロックオンは思い出し、反芻した。もし子供達を利用したのだとすれば 許さない、そう少女は口にした。つまり許せなかったのは少女自身だ。 「コドモ、イキテル」 ふいに上から声が降ってきた。ロックオンが見上げると、ひざまずいたデュナミスの操縦席で、 ハロが目を点滅させていた。 「ほら」 少女がくすくす笑う。 「……ねえ、どうせ死ぬもの。せめて顔をよく見せて」 ロックオンは首を横にふった。 「残念、嘘がばれた男の、格好悪い顔を笑ってやろうと思ったのに……」 少女は、ふいに泣きそうな顔を見せ、そのまま静かになった。 顔を汚している血をぬぐってやる。傷だらけだが、奇麗な顔だった。
24 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:35:34 ID:???
背後から弱々しい声があがった。 「……やはり、皆は死んだのだな」 上半身だけになったアンダーソンの声だった。 「何いってるんですか。あんたを皆が待ってますよ」 「君がヘルメットを取らないのが、証拠だ。距離があったので我々は即死しなかったが、 おそらく神経毒か。むしろ、神経が麻痺して、傷のわりには苦しくない……」 そう、最後の攻撃はガス弾によるものだった。空中で炸裂した後は、ガンダムで対処する ことはできない。毒ガスは皮膚を通して侵入するので、全身を覆うパイロットスーツでも なければ防護することは不可能だ。 「ロックオン君、だったか……」 「はい」 「それほどに嘘が下手では、天上の者になることなど、不可能だよ。あのロボットに助け られたな。……人を真に救えるのは、確固とした真実だ」 差し出してくる右手を、ロックオンは両手で握りしめた。 「向こうで皆が待っている。私が来ることを。それを君が教えてくれた」 メシア・アンダーソンは力を抜くように笑い、左手を天へ、高く遠く掲げた。 「待つのはつらかろう。すぐ私は行く。必ず探し出し、彼らの痛みを少しでも癒し、一人 でも助けようと思う。今度こそ……」 握りしめたメシアの右手が少しずつ重くなる。だからこそロックオンは言った。 「探し出せます、助けられます、あなたなら」 伸ばされた左手が倒れ、右手も急に重くなった。そしてそれ以上に重みが増すことは なかった。 見開いたメシアの両目にロックオンは手をかざし、そっと閉じさせた。 ロックオンは思った。今、一人の救い主が大勢の羊を追って旅立ったのだ、と。
覗いてたらいきなり引退とかワロタ 酉バレした?
26 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:36:51 ID:???
プロローグ・1 遠く遠く南の空に白く輝く円弧を背にし、筋張って浅黒く乾いた幼児を抱きしめ、男は歩む。 泥に汚れて湿りまとわりつくズボンで足を重く引きずるように、しかししっかり土を踏みしめ、 一歩一歩地平線の先にある野戦病院へ向かう。 吐く息は白く、靴底から凍った土の冷気が浸透し、指先がしびれ痛覚も消える。じくじくと 足先が湿って感じるのは泥が染み込んだのみならず、つぶれた血豆から体液が流れ出ているため だろう。つまり感覚の消滅は、歩みを止めかねない痛みをやわらげて、逆に幸いといえた。 しかし上半身は熱く燃えるようで、傷の痛みが消えない。融けた装甲板に手袋ごしで触れて しまったため、掌に断続的な痛みと、皮膚がはがれた不快感を覚える。大気圏に燃え落ちてきた 宇宙船から、ただ一人の幼児だけが救い出せた。実験体として隔離されていたこと、超兵として 高い生存能力を持っていたことが、結果的に幼児を救った。しかしその命は今にも尽きようと している。 ふいに幼児がぐずり、皮が張り付くばかりの細い左手を天にさしのべ、そしてゆっくりと笑み を浮かべた。笑みは強張ったものではなく、筋肉がゆるんだような、自然だが同時に意思を感じ させない無意識の表情に近い。笑い声もあげたようだが、音にもならない、吐息のような空気の 流れが生まれただけだった。 後ろの空に何があるのかと、男は立ち止まることなく振り返ったが、巨大な未完成の円弧が 白く輝くだけだった。 「……痛くないかい」 男は両腕にかかえた幼児に向き直り、表情筋を意識的に動かして笑いかける。幼児は意識が あるのかどうか、ずっと遠い果ての空を見ているようで、男の笑顔には何の反応も示さなかった。 その遠い彼方に向かって笑顔を見せる幼児を見つめながら、男は思った。もしかすれば遠い 空の円弧が円環に繋がる時、この世界は変われるのかもしれない、と…… 自らが歩む軌跡が、未完成の円弧を繋げる道のりにも思えて、男は幼児をゆるやかに抱きしめる。 救ってみせると誓いながら。
27 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:38:30 ID:???
エピローグ・7 少女に突き刺さっていた小さな十字架を、医者の痩せた胸に置いた。 「イキテル」 背後から声がした。 「コドモ、イキテル」 「……ハロ」 コクピットハッチの奥から、電子合成された声がする。 「もう、いいんだ。ハロ」 医者も、少女も、すでに遠くへ旅立った。 ハロはまたたきするように目を点滅させる。 「ハロ、ウソヲツクキノウ、ナイ」 「何を……」 「イキテル、コドモ、テントデ、ウゴカナイ」 ロックオンは振り返り、天幕に向かって走り出した。ガスで変色した無数の死体を 飛び越える。 もちろん、天幕の内部も死であふれていた。ある者は床に倒れこみ、ある者は寝台に すがりついている。 やがて天幕の最も奥で、女が一人覆いかぶさるようにしている姿が見つかった。 ロックオンは女の肩に手を置き、静かに引きはがす。女は床に崩れ落ち、何の反応も 示さなかった。 「……嘘だろ」 まるで冗談だ。 簡易保育器に包まれた中から、小さな泣き声がする。 そう、ここで生まれたばかりの命。合成樹脂製の袋で全身を覆われ、酸素補助されて いたおかげで、かろうじて繋ぎ止められた命。 ロックオンは袋に包まれた赤ん坊をかかえ、天幕の外へ出た。 血溜まりの中、無数の屍の上、ただ一つ残された、意識も知性も芽生えていない、 ちっぽけで弱々しい赤ん坊。すでに母は遠い世界へ旅立ち、帰ってくることはない。 父は何者なのかもわからない。名前すらつけられていない。 しかし、透明な膜を通して聞こえる声。 腕を通して感じる鼓動。 確かな重み。 空を見上げる。 そこにいる者へ問う。 赤ん坊を見せつけるようにして。 「なあ、おい」 見てるか。 「生きてるぜ」 赤ん坊が、笑った。
28 :
『大地と薬』 :2008/10/29(水) 00:39:38 ID:???
誰かの声がした。 人類革新連盟軍の門兵が、声につられて基地門前に歩み出る。仲間の静止する声を 尻目に、誰かが門前に置いた籠を覗き込んだ。 蔓を編んだ古臭い籠には白い布が敷き詰められ、赤ん坊が寝かしつけてある。門兵は眉を ひそめ、しかしすぐに笑顔を見せた。新婚の歩哨にも、子供が産まれたばかり。泣き声に つられて歩み寄ったのも、笑顔を見せたのも、父親ならではの反射的行動だった。 赤ん坊を取り上げ、泣きやませようと左右にゆらす。不格好に、不器用に。 必死の思いが通じたのか、赤ん坊は口を閉じて、笑みを浮かべた。 大きなため息をつき、基地内から出てきた仲間へふりかえると、何か言いたげに口を 魚のように開け閉じしている。小走りに近よると、のけぞるように顔をそむけて鼻をつまむ。 はっと見下ろすと軍服がしとどに濡れていた。赤ん坊は幸せそうに笑みを浮かべている。 小さな尻から落ちる水滴。 おろしたての、糊をきかせた軍服。もちろん軍から支給されたものであり、自分の持ち物 ではない。上官からどれほどの叱責がされるかを思い、背筋に悪寒が走る。 置いてあった籠にあわてて駆け戻り、中に入っていた布をおしめ代わりにしたが、もちろん 軍服の代わりなどは入っていない。 深々とうなだれる門兵を哀れんだか、それとも滑稽に思ったか、同僚は苦笑いして両手を 伸ばした。赤ん坊を代わりに持ってやる、と。 ぱたぱたと服をはたいて、少しでも早く乾かそうとしている門兵を横目に、同僚は赤ん坊 をあやす。長い子育ての経験があるのが、ずいぶんと上手いもので、すぐに赤ん坊は笑い声 をあげた。 高く高く空を飛ばすように赤ん坊を持ち上げ、そして兵士は目を見開いた。服をはたいて いた門兵も天を見上げる。 音も聞こえないほど遠く、雲の彼方に、光の粒子を振り撒く物体が空を駆け上がっていた。 やがて、その光を発する物の正体に門兵達は思いいたる。 それは天使の名前を持つ…… 終
12/ 「ディアッカ、アクセルをもっと踏んで!」 セーフハウスからの連絡が途絶えたと、モルゲンレーテでも確認された。 焦りを閉じ込めたキラの叱咤だが、無茶を言うな、がディアッカの感想だ。 「後ろに一機のせて八十近く出してるんだからな、むしろ褒めろよ!」 「えらい、すごい、だからもっと頑張れる!」 ――ずいぶんと適当だな……おい! トレーラーの荷台から聞こえる無責任の声に応ずるより先に、 舗装路とタイヤが擦れ合い、耳障りな音をけたたましく響かせながらカーブを曲がる。 防水シートから見え隠れする巨大な機械腕が荷台から零れ、"スリップ注意"の標識を 根元から奪い去った。 「ディアッカ――!」 「あと……二分! 相手が妨害を行うならば、このあたりからだぜ」 砲撃手としての目が自然と、"自分たちを"狙いやすいポジションを探している。 例えば、高台にある展望台――距離600m。 「――なあキラ、4000XLって知ってるか?」 暗闇の間に不自然なものを見かけて、ディアッカはこんな事を聞いた。 「――東亜重工製のレールガンの事?」 「それ。重さは?」 「――え?」 「だから、重さはどれくらいだった、キラ?」 「8万2700――82kgだ!」 人間が運用できる数字か――ディアッカの答えは否、だ。 「女が、ソレを、素手で、こっち向けてるって言ったら信じるかよ?」 「その女の体重がMBT並みなら信じるよ! だけどありえないさ、明日の夕飯を賭けてもいい!」 「よしっ! 夕飯ゲットだぜ、生きてればなぁ――!」 「え……?」 キラの疑問符を衝撃が奪い去り、運転しているディアッカの腕が、ハンドルごと奪われそうになった。 横合いからトレーラーを襲った"砲撃"がトレーラーの後部に着弾、タイヤを揺さぶったのである。 「グゥ……レイトォ! しっかり掴まって――じゃない、機体にのれ、キラ!」 暴れるハンドルに覆いかぶさるように抑え込みながら、ディアッカは声を張り上げた。 トレーラーを揺らしたのは着弾では無く衝撃波だ。 400g強の弾体を極超音速域に加速する反動はどう制御したのか。最初の一発で運転席を 狙われなかった――あるいは相手が外した――のは僥倖だが、果たして2発目は分からない。 「トレーラーが止まったら、歩いて行けよ!」 「……ああ!」 いざとなれば自分を捨てて行け。ディアッカのセリフに、MSから届くスピーカー音声が答えた。
13/ ――何処から撃ってくる!? 狙撃手を探すディアッカの目が、黒々とした山中に、一瞬の間だけ灯る火花を見た。 帯電の閃光――。 「降りろっ!」 叫び、そしてディアッカは、 キュポッ 4000XLの――マジックペンのキャップを思いきり外す時のような――着弾音を聞いた。 続けて、遅れてきた衝撃波がパワーを丸ごと、トレーラーに叩きつける。 ディーゼルエンジンを貫通されて横滑りするトレーラーはディアッカを乗せたまま、 あっさりとガードレールを突き破った。 「お……!」 左の窓からは黒々とした海面が見えた。 右の窓からは薄い雲と星の光が覗いた。 道路を飛び出したトレーラーの運転席に、自分の悲鳴が反響する。 「ディアッカァ――!」 がくん、とかしいでゆく視界が停止する。運転席を巨大な腕が掴んでいた。 「ナイス神業――って馬鹿、離せ!」 直前で荷台を飛び降りた機体は、身を乗り出し気味にしてトレーラーを支えていた。 反対の腕は道路を掴んでいる――動きを止めたMSなど、単なる的でしかないのに、だ。 キラがトレーラーを支える内にとっとと地面へ飛び移るべきだろうが、 無防備な瞬間を狙われてはどうしようもない。 「キラ、アーマーシュナイダーで運転席だけ切り取れるか?」 「両腕がふさがっていて――ウワァッ!」 着弾――機体とトレーラーが揺らぎ、ディアッカの体を1m分の浮遊感が包んだ。 「……よし、手を放して俺を置いていけ」 「な……!」 「――相手は足留め目的だぜ? それに、お前といたら俺まで狙われちまうだろうが、 そんなのはゴメンだね」 「……君は強がりが下手だ――ッ!」 再び衝撃が走り、何かを言おうとしたキラが遮られた。 "敵"は効率的にMSの動きを妨げ、行動の選択肢を奪っている。 トレーラーを落としてしまえば、フリーになったMSが"戦線復帰"すると見越してのことだろう。 「キラ……一発、よければ何とかなるよな?」 80kg超のレールガンを使う女の、段々と正確になって行く射撃に舌を巻く思いをする ディアッカは、危険を冒して出て行く覚悟を決めた。
14/14 「……道路を渡って反対側、事故車が退避するエリアに丁度良い窪みがある」 「オッケェ……」 道路の幅は20メートル弱――あの弾の速度であれば、掠らなくとも衝撃波で自分は木の葉のように ばらばらになる。一撃と一撃の合間を縫って疾走するしか、ディアッカに道はなかった。 シートベルトを外し、腕の力だけで横を向いた運転席を昇る。 窓のガラスをたたき割って、自分一人が通るだけのスペースを開けた。 目標は――運転席を掴んでいるMSの腕だ。 待つこと数瞬――"キュパァッ!"。防水シートを被ったままのMSが、機体を揺らされた。 「今だっ!」 スピーカーの声を受けて、全身の力を振り絞って窓枠に手をかけ、ガラスの破片が手指を切るのも 構わずに体を引き上げる。 揺れて不安定なドアの上で、1メートルほど距離の空いた巨大な"指"めがけ跳躍した。 「よし、降ろせ!」胴ほどもある"指"にしがみつき、叫ぶ。 MSの僅かな動きはスケール的に人間の10倍、身じろぎ程の動作にも多いに揺さぶられた。 眼下でトレーラーが水面に没した。 決して快適とは言えない小旅行は、道路にディアッカを放り出す形で終わる。 転がって勢いを殺し、立ち上がったディアッカは確信する――間にあわない。 "敵"の狙いがMSであっても、破片と衝撃波に巻き込まれれば――走るディアッカの頭上に 巨大な腕がかざされた。 「馬鹿野郎、俺にかまってねえで早く行け!」 場所を常に変える狙撃手の位置を探るディアッカの目が、またも灯る一瞬の火花を捉えた。 ――まずい! 遮蔽物に届いていないディアッカは、目と耳を押さえた。 直撃さえなければ――祈る体を空気の壁が叩く。 圧力に鞭打たれた体が、無様に地面を転がった。 「――? 意外と――大丈夫だな!」 痛む全身に安堵する。感覚さえあれば、走る。 見れば、MSを襲うはずの弾頭はあさっての方向に飛び、海面に盛大な水柱を上げていた。 垂直に撃てば大気圏に届く、と噂される極超音速の弾丸は、着弾の瞬間に蒸発するらしい。 よたつきながらも道路を渡って、ディアッカは排水溝の窪みに体を落とし、MSに向けて親指を立てた。 MSはそれを確認し、一気に膝をたわめて跳躍する。空を切る機体のまとった防水シートが、 マントよろしく風にはためいていた。 「そして最後の砲撃――どうして外れた? まあいいか。任せたぜ、キラ」 斜面を登る機体を見送ったたディアッカは、頭上の岸壁が崩れないよう天に祈り、 それから全身を襲う痛みに顔をしかめた後、静かに気絶した。
??/?? 落ちかけのトレーラーから飛び出した男に狙いを定めた瞬間、横やりを入れられた。 いや、横槍という言い方は正しくないかもしれない。 なにせ、4000XLを構えていた彼女に向けられたのは、凄じい速さで振るわれる長刀であったのだから。 殺気を感じて、即座に引き金を引き絞った4000XLから手を放し、"班長"と呼ばれる彼女は全身と 装甲機動服の補助動力を最大駆動、飛び退った一瞬の後に自分の居た場所をなぎ払う暴風を見た。 4000XLの砲身と反動を受けさせていた巨木の幹を、まるで抵抗とも思わずに黒鉄の輝きは切り裂き、 なだらかに停止した。 月光を受けて黒光りする抜き身の長刀を肩に構える影は、女だ。 長身を"班長"と同じように、金属の輝きが包んでいる。 「……久しぶりだな――」 「ええ、ほんまになあ……」 顔も、集合センサーシステムのヘルメットに覆われていたが、その正体を彼女は知っていた。 「オノロゴ島に居た割には、来るのが遅かったな」 「これを着るんに、時間がぎょうさんかかってな。遅れてしもたわ」 暗闇を50m以上見通すセンサーシステムがその接近に気付かなかったのは、何と言う事はない、 一瞬前まで範囲の内側にいなかったという、距離を埋める速さを相手が持っていたのだという。 ただ、それだけの事だ。 名も呼ばずに再会の挨拶を果たす二人の間で、根元から鋭利な断面を見せて両断された巨木が、 斬り飛ばされた勢いで半回転し、天地を逆に倒れた。 そして、月光を遮り、彼女らの頭上を巨大な影が通り過ぎて行く――マントのようにシートを羽織る 鋼の巨人に、大きな傷がついた様子はなかった。 「MSが行ってしもたな――退く気はありまへんか?」 「……こちらのMSがアレを倒す可能性もある」 返事の代わりに彼女は、腰のマウントから二丁拳銃を抜き放った。 「さよか……残念」 と、相手もまた、長刀の柄を持ち替え、刃を背中に回して臨戦の態を整えた。 二人の間に、装甲機動服のモーターが回転を上げ、甲高い音が響く。 「終わったら、積もる話もあるんさかい、お茶にしましょか?」 「それは魅力的な提案だ――」 轟、と。 ささやかな凪の時間を、一陣の突風が払った。 風にかき消されたように、あるいは流れるように、彼女らの体が動き、 闇深い山中に剣劇と銃火が乱舞し、深夜の静けさを散らしていった。
トリップを変えました。 感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
>SEED『†』 投下乙!無事に続きが投下されてホッとしました ようやく?シズルさんのアクションシーンが! といっても元ネタの方あまり知らないのだが テンポが悪くならない程度に関係とか説明を挿んでもらえるとありがたい
>>大地と薬 投下乙です。 誰にとっても険しい世界を描きつつ、読後に感じられるカタルシスがすばらしいです。 大地と薬、完結乙でした。 GJ、重ねてGJ!
――C・E83 6月27日オーブ軍・財務部門兼後方総勤務本部長室―― 先ほどまで、数人の下士官がパーソナル・コンソールを操作しながら、これから失うべき莫大な支出に対して 蒼ざめた顔をしていた。要塞型コロニーヘリオポリスUの陥落と駐留艦隊である第2、第3機動艦隊の損失は、 即ち国家経済に莫大な負担をもたらす事になる。 先のラクス軍との戦いで失った兵器群の損失額は桁違いなのだ。更にそれに乗り込んでいた人員及び ヘリオポリスに駐留していた民間人への死傷に対する、一時補填手当てだけでも天文学的な数字になる。 普通ならば、国家財政の圧迫が直接響くはずなのだが……。 時折、本部長付き下士官達は作業の手を休め、本部長の専用デスクの方へと目を向ける。 そして、安堵したかのように再び作業に戻るという様子が見受けられる。 ”この程度で、我が国はビクともせん” 遂、先程の本部長の力強い言葉が、焦燥感に駆られていた部下達に落ち着きを取り戻させた。 そして、その後の本部長の泰然自若のその様子は彼等にとって誠に実に心強いものだったのだ。 先立って国家財政の傾きを危惧する声は、その本部長による、その財務実績と国庫が潤沢等を 確認されたことによって見事に払拭されていた。 ”バスカーク卿ある限り、オーブの金庫は大丈夫” と信仰が生まれつつあった。本人は大層迷惑だと考えているのだが、カズイ自身の思案とは 裏腹に噂は坂道を転がるように加速されてゆく。 彼は実利と実績の数字を優先する極めて現実的なリアリストであり、エゴイストでもある。 そのように祭り上げられる事を極端に嫌っていたのにだ。 だが、彼は時にはそのような噂やハッタリもまた、国家には必要不可欠なものであるということが 理解できる頭脳の持ち主でもあった。
”必要な時に必要な場所へ必要な分の資金の調達を是とする” というある意味でごくシンプルな政策を実施によって着実な実務の積み重ねた。 サイ・アーガイルが政界から辞して以来、ロンド卿と共に国家運営に関わっていた。 とくに資金面の調達と運用法は他の追従を許さないほどの才腕の持ち主であり、傍から見れば 魔術や奇術の類に見えたであろう。だが、実際にはやっていることは地味な政務作業に過ぎないのだが。 サイ・アーガイルが代表府を去った後、代表府の政治実務の殆どはロンドと彼が引き継ぎ、アーガイル卿が 立案し制定した政策業務を遵守しつつ、辣腕振りを発揮していた。 現在のバスカーク卿は代表府の重鎮であり、ロンド卿、キサカ卿に続く大幹部の一人である。 代表府の通例で幹部は政治家で有ると同時に軍人をも兼務する。バスカーク卿も後方総勤務本部長 として少将の地位にあった。 本人は、”軍人など性に合わない”と愚痴を零していたが、だが積極的に断る様子もなかった。 ============================= オーブ連合首長国<ホワイト・ヒル>代表首長府兼総司令部――代表府執務室―― オーブ軍首脳部による対”ラクシズ”迎撃作戦の会議――。 『その後は――?』 『現在、参謀本部をあげて作戦計画中です』 『……わかりました。”地球連合強国”支配下の宙域方面のことも気になることだし、二人ともよろしく頼むわね?』 『『はっ!』』 ======================= ラクシズ迎撃作戦会議を一旦、終了させカガリ・ユラ・アスハ代表は、ロンド・ミナ・サハク総合作戦本部長と レドニル・キサカ参謀本部長に解散を告げると通常政務へと戻った。 今度は、軍事面から国内の対策に移らなければならない。。連合総議会及び国内の民間加盟勢力等の 国内諸勢力との調整に精力を傾けなくてはならない。肝心のラクシズを撃破しても、足元のオーブ国内の軋轢や 火種の元をもみ消さねば話にならない。
カガリはその対策の為に政務担当の側近の一人である財務部の長、カズイ・バスカーク本部長を呼び出した。 バスカーク卿はロンド卿やキサカ卿が迎撃対策の対応に追われている現在、オーブの通常政務の殆どを 司っている為に先ほどの会議に顔を出していなかった。 バスカーク本部長は第4機動艦隊の戦力実質的に整えた張本人であり、現在、オーブ全軍の 後方補給担当を全てを担っている欠かすことが出来ない人材である。しかも、政治経済全般にも 造詣が深く、次期首席補佐官は彼だという噂が高い。 彼はサイ・アーガイルが直接自分に推薦してきた人材でもあり、カガリとも昔からの個人的な知己でもあった。 無論、当時と再会直後は、カガリに対してあからさまな侮蔑の態度と、嫌悪感を募らせていたのだが、 彼自身は公私を混同せず自らの仕事に対して全く手を抜かない性格でもあり、カガリも彼から受ける軽蔑と 嫌悪感は当然と受けとめて、その有能さとオーブには必要不可欠な人材と認め、顕著に彼に対して接してきた。 その甲斐があってか、私心なく適材適所に人材を配置するカガリの才能と昔のように奇麗事を並べたり、 ウズミの妄想を過ちと認め国家の為には汚れをも被る姿勢に徐々に彼女の真摯な姿勢を認めたカズイは、 今では股肱の臣下の一人として、”カガリ・ユラ・アスハ政権”の重臣としての地位に着いていた。 本人は変わらず毒舌家で、”同じ女王でもラクスよりはマシですな”本人の前で明言し、他の代表府や 軍関係人物が眉を顰められていたが、肝心のカガリ本人が、 『本当の事なんだし、別に咎める必要などないわ』 笑い飛ばしている有様であった。現に自分にオーブに忠実に仕え、結果を出している彼に対して何を 咎める必要があるのだろうか?嫉妬からくる愚人の讒言などに耳を貸す余裕などない。 負け犬の遠吠えなどに今は構ってられないのだ。 ――結果こそが、何よりも優先されるのだから。 「――失礼致します」 「――早速だけど、カズイ」
ロンドとキサカ、ソキウスを始めとしたアメノミハシラ組と呼ばれるサハク派が政治方面と 軍事方面、外交方面を補佐し、サイ自身が抜擢したカズイは経済面を主な担当の補佐してきた。 カズイ・バスカークは旧アスハ派閥を嫌っていたために自然とアメノミハシラ組派閥として見られていた。 本人も特に否定はしていないが。 アスハ代表から、ロンド・ミナに総合作戦本部長として軍務統括に集中してもらう為に首席補佐官代理に 任命されたバスカーク本部長は、入室するやいなやカガリは挨拶もそこそこにして、連合総議会カトウ議長の 余計な忠言を含めた強気の姿勢発言を漏らさずに語った。 「――ということなの。それで貴方の考えは?」 「フム――難問ですな」 カズイは腕を組みながら、カガリの話の内容を纏めるようにして、考え込む、 「私も概ねは、本部長閣下や参謀本部長殿。お二人と同じ考えです」 「”おおむね”?」 「――左様」 カズイは、タバコを取り出すとおもむろに火を点けた。その姿勢を無視してカガリは身を乗り出す。 「何か別のことがあるのかしら?」 「カトウ議長――”プロフェッサーカトウ”。あの男は希代の曲者ですからな」 「あなたやサイの恩師だもの。当然よね?」 シレっとカガリは答える。カズイは一瞬、声に詰まるが、 「…・・・・まぁ、穿った見方をしますと――」 「――ええ」 更にカガリはカズイのその様子に笑いながら身を乗り出すと、
「こう捉えることもできます、即ち連合総議会は……ラクシズ――プラントに経済的支援をして 密かに繋ぎを取り今回の侵攻を招いた……というケース」 カガリは意表を突かれた顔をして、信頼する側近の顔をマジマジと見つめた。 「……まさか?それは、考えすぎじゃない?」 「あくまで可能性ですが、ですが有り得るとしても、本人は今回のようにラクシズの暴発的侵攻までは 読んではいなかったと思いますが……」 そこまで、連中が阿呆とは思ってないかもしれないが、実際にプラントは、達の悪い宗教カルトを含んだ国家なのである。 信頼する側近が、とんでもない発言を投げ込む。そのカガリの胸中に構わずカズイは平然と、 ――フゥゥゥ。 大きくタバコの煙を吐く。すると室内の自動換気装置が働いて忽ち内の煙が吸い込まれてゆく。 連合総議会が民間諸勢力の代表とはいえ、オーブ政府に正式に組み込まれている、いわば野党でもある。 もしカガリ政権がラクスに倒されたら、同時にその存在意義を失う。そのような馬鹿な事をカトウがするのだろうか? カズイはタバコを吸殻へ始末すると、 「幾つかのことが、考えられます」 「それは?」 「一つは、今回のラクシズの侵攻によってオーブが征服された時――」 カガリは一瞬息を呑んだが、息を整えると、 「……続きを」 と落ち着いた声音を先を促す。 「――ラクス・クラインの支配の下で、連合総議会は名を変え形を変えて存続が可能でしょう。 彼等にしてみればラクシズの経済感覚など赤子以下のようなものですからな。立派に経済を牛耳って、 支配という名の錯覚をラクシズに抱かせる事ができるでしょう」 ――これは経済的イニシアティブを取りつつ、オーブ領内は元よりプラント・ラクシズが支配している 辺境宙域における、経済交易路の実質的独占をも支配に入れた経済戦略になるであろう。
カズイは再びタバコ取り出し、に火を付けると ――フゥゥゥ。 「――二つ目は今回の戦いで、我々代表府の政権統治能力が戦いによって疲弊し低下する。 ロンド卿やキサカ卿が仰る通りに連合総議会の権限の拡大と勢力の増大を狙って、ここぞとばかりに、 通常国会では通過不可能な懸案を通そうとするでしょうな」 「……そうね。それが一番現実的ね」 カガリは大きく頷く。このようにカトウ議長を始めとした野党勢力がこのような 遠回しじみた行為を行うのは何故かというと……。 「――オーブ国内の軍事は現在代表府が全て掌握しています。これは国家の中央集権化において 最も基本的な政戦略の一環ですから。連合総議会がオーブ国内で確固たる政権を確立する為にも 軍事力による基盤が必要となってきます」 だが、”統一戦争”によってオーブの氏族による個別戦力は滅んで、中央に全ての軍事力が集められた。 現在のオーブで政権を覆す為の在野の武力は存在しないのだ。ならば……。 「……彼等は、外国の戦力を充てにして私達の政権を打倒しようというのかしら?」 「――あるいは」 カガリは、一瞬、背筋に悪寒を感じる。国外と国内から挟撃される自分たちの姿を思い浮かべたのだ。 だが気を取り直し、 「でも……」 「――はい、現実的にが不可能に近いでしょう。現在我が国が”地球連合強国”に加盟してい為に、連合国家群の 経済的流通ルートがラクシズの武力侵攻に犯され、連合総議会自体が大きな痛手を受けています」 カズイは自身が専門分野でもある為に、この戦争によって経済流通の弊害が生まれ、反代表府の諸勢力も強かな 被害を受けおり、その諸勢力の代表たる連合総議会も意見調整が難しくなるという弱点を読んでいた。
国家として認められない勢力が正式な外交ルートを通して、他国からの援軍要請など正気の沙汰ではない。 実質的な南大西洋連邦エリアの”大統領”ともいうべきスティニツ国家保安局長といえども、 あくまで大西洋連邦の高官であって独自の国家主席とは認められていない。 「……」 カガリが執務デスクで両肘を立てながら沈思していると、 「――閣下、あまり深くお考えにならない事です」 落ち着いた声がカガリの耳を打った。 「……でも、今回のラクス達の侵攻が」 先ほどから恐ろしい考えにカガリは取り付かている。国内の反分子勢力が国外のプラントの ラクシズと手を組み、今回の侵攻を招いたとしたら。これが全て計算されたことならば。 「――あのような連中、恐れるに足りません。己にエゴのみでしか物事を計れず、 それを否定するものを武力で打倒しようとする――そんな輩に」 深みを帯びた声音で語った。悠揚たる側近の雰囲気にカガリの心は落ち着いた。 「――それに聞くところによれば、ラクシズのサラリーは相当悪いようですからな。 連中の足下にならぬ為にも全力を尽くしましょう――」 急に話題が生活感を帯びる。そのカズイの態度にカガリは苦笑が込み上げる。 「なーに?なら、その超高級タバコの贅沢を止めにしたらどうなの?」 「フム?」 カガリは、意地悪そうな視線と口調でカズイが吸っているタバコへ指を向けた。
「噂じゃ、給料の三分の一を煙にして吐いてるらしいじゃないの?」 わざと子供っぽい口調で、からかうようにして言う。そうすると、 「――閣下にはご理解し難いと思いますが、これが無いと”モノ”を考えられない人種というのがいるのですよ」 鮮やかに切り替えされ、カガリが唖然としていると、 「こいつを一服するたびに、明日のオーブの為の良案が浮かぶと思えば……」 ――フゥゥゥ。 「そう考えると、悪い投資ではありますまい?」 カガリからの呆れたような視線を受けると、カズイは堂々と悪びれずにそう答えるのだった。 「――あはははっ。それもそうね!」 カガリ久しぶりに声を出して笑った。そして、いたずらっぽくカズイを眺めると、 「なら、じゃんじゃん吸ってちょうだいな」 寛大に許すのだった。 >>続く
カズィ年収三千万として一千万が煙草代、 一日当たり約三万……
今の時代でもタバコ一箱1000円にって意見があるくらいだから、 C.Eなら一箱10000円もありえるかもw
嗜好品のすごい高い時代なのでしょうかね。 >>戦史 投下乙です。 地味に手堅く末永く。冒険しないヘビースモーカーという、新たなカズィ像に 新鮮なものを感じます。高級煙草も結構な税金がかかっているだろうと考えると、 嗜好を満たしつつ思考をめぐらせつつ、給料を国庫に返納しているというのが カズィの気分なのでしょうか。 最後二行、カガリの台詞がなんだか可愛く思えてきます。 GJでした。またの投下をお待ちしております。
戦史投下乙! オーブ経済の建て直しに、先ずはタバコ一箱三万円で! そして自ら税収アップに貢献てとこかなww
後年元気にインタビューを受けているところを見るに、 肺の健康は大丈夫だったようで。
15/ 二十メートル超の巨体が立ち上がり、装甲の合間にたまった海水で小さな滝を作りった。 頭の無い胴体から首の代わりに突き出した二本の機関砲身、腕部にはマニュピレーターでは無く 格闘戦用の鋭利な爪が装備され、巨大なミサイルポッドを背負っている。 半魚人を思わせるフォルムは"アッシュ"――処理班の用意した水陸両用MSだ。 『急ぎなよ、ヨッピー! "班長"が敵MSに突破されたわ!』 地上の突入部隊から通信が入る。ヨップを相手にこのような呼びざまをするのはただ一人、 処理班の副班長、ジュリエッタ=ナオ=チャンである。 「ええ……!? 敵のタイプは?」 『軽武装の高機動型だとしかわかんない。ヘタレは新手と戦闘中!』 「――チッ! 班長をヘタレ呼ばわりするんじゃないぞジュリエッタ!」 『よし、全員脱出した――やんな!』 普段ならジュリエッタと呼ばれる事をこそ嫌がるナオだが、そんな余裕も無いのだろう。 「――生き埋めにしてやる」 ヨップは十数メートルの高みからセーフハウスを睥睨すると、アッシュを土下座するように倒し、 背中に抱えたミサイルポッドを水平に向けた。 照準を一点に合わせてトリガー、16基の地対地ミサイルが一斉に発射される。 ロケットモーター推進の弾頭は基礎部分を直撃し、指向性爆薬が壁材を溶解させつつ食い込む。 巨大な蒸気圧によって、地上フロアを全て吹き飛ばすほどの爆発が起こった。 「基部が見えた――」 続けて露出したシェルターにビーム砲撃を加える。 ほとばしる閃光が地面を焼き、爆発の振動が走った。 「エネルギーに気をつけな」 「アイアイ!」 なに、エネルギーが心もとなくなれば掘ればいいのだ。ヨップはトリガーを引き続けた。 「む、これは……?」 負傷したダコスタを抱える隊員とナオはそして、ヨップの作る爆発以外の衝撃が 彼等を揺らしているのに気づいた。 「知ってる――モビルスーツが戦闘機動で走りまくると、こんな音がするのよ。ヨップ!」 地響きが近づく――恐ろしいほどの勢いで、だ。 「敵が――来たわよ!」 尚が叫び、天を仰ぐ。 聖者の如く長い衣をまとう機体が、月光を跳ね返して飛翔していた。 描かれた放物線が、振り返るアッシュを直撃して、きれいなとび蹴りの形になる。 反動でさらに高く、優雅に空中で反転、屹立したMSのマント――擦り切れた防弾シートが 機体の肩から流れ落ち、その全貌をあらわにする。
16/ 「ストライク……だと?」 アッシュに乗るヨップの顔がゆがんだ。嘲笑と安堵と、そして畏怖によってだ。 伝説的な戦果と、それを駆るパイロット、MS関係するならばその機体を知らぬものは無い。 「へっ! 所詮は二年前の機体だろう――」 それでいてなお、ヨップはいくらかの強がりを込めてあざけって見せた 立ちふさがる機体は型番遅れ、しかも、最大の特徴であるストライカーパックを装備していない。 ライフルすら無いストライク相手ならば、アッシュの火力で――そう思ってトリガーに指をかけた矢先、 ヨップはシールドを構えた敵機の異変に気づいた。 ストライクの肘と膝――露出した関節部分が、金色の光を放っているのだ。 「PS装甲――?」 それならば光るのは"装甲"のはずだ。フレーム部分が変色するMSなど、聞いたことが無い。 「……ち、どうでもいい。当たれば終わるさ!」 ヨップの判断は、実は一部だけ正しかった。 敵は青と白の塗装こそされているが、実際はラミネート装甲どころか、オーブのM1に使用されている 発砲金属のそれでしかない。センサーとコンピュータが確かにそう伝えているのだ。 当たりさえすれば、機関砲でも撃破が可能だろう。 そう、攻撃が当たりさえすれば―― 「速――捕捉できない!」 一瞬にして画面外まで消えたストライクを目追うヨップは、まるでディスプレイのマーカーを 見透かしたように回避する敵機の動きに目が回る思いだった。 回るアッシュとその周りを飛び跳ねるストライク、外から見ればまるで遊んでいるようだった。 そしてその間、ヨップは一度も引き金を引いていない、いや、引くことが出来ない。数十mの間合いで、 徐々に迫ってくるストライクは、一瞬たりともアッシュの射線を横切らない。 「……ってぇ! 的じゃないんだよ、相手はぁ!」 ヨップは射撃を諦め、腕の接近専用ビームクローを振りかぶらせた。 確信――相手は必ず手足の間合いに入ってくる。 適当に振り回したとしても、拳と爪では攻撃力の差は歴然だ。 「ナイフが当たるかー!」 交差。 銀色の鈍い光が鋭く三日月の弧を描いた。 振り回した腕が急に軽くなったのを感じて停止させる。 「――え?」 右肘から先が、光るアーマーシュナイダーに切り飛ばされてくるくると回っていた。 愕然と海に吸い込まれるビームクローを見届ける。 と、ストライクの返した手首が胴から突き出す機関砲を二門一度に切り裂いた。 「あ――アッシュなのにかー!?」 叫ぶヨップが、操縦席ごと揺さぶられる。 コクピットの出口が無手の指先に掴まれていた。
17/ 「押し返せない!?」 アッシュで跳ね除けようとして一瞬押し合い、ヨップは敗北を悟った。 明らかな軽量級のストライクが、アッシュの腕で微動だにもしない。 ゲイツやガズウートでもあるまいに、そのフレーム強度は驚愕の一言に尽きた。 ――まさか、フレームがフェイズシフトをしているのか? ならばその、細い腕足でアッシュを寄り切らんばかりの、覆せないフレーム強度も納得できる。 『ラクスは無事か――!?』 アッシュを掴んだストライクは、強制的に接触通信回線をつなぎ、凄じい剣幕で聞いてきた。 『質問に答えろ、返答次第によっては……』 「ま……待て!」 狼狽するヨップに、ストライクのパイロットが時間をくれるはずも無い。ハッチを突き破って 現れたアーマーシュナイダーの切っ先が、ヨップの眼前に停止する。 「え……えええええぇーー?」 『遠慮はしないつもりだ――』 ――ほ、本気なのか? 一瞬でも、剣先がヨップに突き刺さるかもしれないと考えれば、こんなことはできないはずだ。 すご腕のストライク使いと言えばキラ=ヤマト、ラクス=クラインを助けに来た状況を考えても、 この少年はそれ以外にあり得ない。しかし奴は殺しを嫌うという噂だ――デマだったのか? 『殺さないのは、履き古した感傷にとげが立っているだけだ。 ラクスが居なくなったのなら、お前達もこの世界から消してやる――!』 ナイフがさらに迫って、ヨップの恐怖限界を超えた。 「く……ラクス=クラインは地下のシェルターに逃げ込んだままだ――」 『そうか……』 用は済んだとばかりにナイフが引かれた。 ――舐められている。手を放したストライクの所作に、ヨップは処理班の矜持を思い出した。 地上の突入部隊も既にMSの戦場からは引き下がっているし、うまい具合にハッチも 穴が開いているでは無いか! 「そしてな――」 下がろうとするストライクに詰め寄り、残った片腕をからめて密着する。 「お前はシェルターには行けない。ここで死んでもらうぞ!」 コンソールにかけた右手が、すでにバッテリーを暴走させるコードを打ち込み終えていた。 『自爆か――』 「自殺はない!」 ヨップはナイフが開けた大穴から身を乗り出すと14m程の高さから躊躇せずに飛び降り、 「な……!」 空中で捕まえられた。一瞬にしてアッシュの腕を切り落としたストライクの神業―― ヨップは未だに敵手の技量を見誤っていたのだ。 右にナイフ、左にヨップを握るストライクはまばたききをする間にアッシュとの位置を 入れ替えると、黄金の膝でアッシュを痛烈に蹴り飛ばした。 腕の後を追って海面に没し、アッシュは大爆発を起こした。
18/18 事もなげに破壊を終えたキラは、マニュピレーターの中でぐったりとしている敵パイロットを 地面に横たえると、ストライクの外部スピーカーを解放した。 『見ての通り、射撃武器は用意していない……』 攻撃の意思がないことを示して数瞬、「……人?」、視界の端から驚くべき速さで跳躍する 深緑の蜘蛛が、男をさらってすぐに消えた。そして集音センサーが捉える、ゴムボートの音。 「……撤退――したのかな?」 どこかに隠れた敵を恐れて、なかなかストライクから降りることも出来ないでいるキラだった。 対人制圧に向かないMSは、物陰に隠れた人間を探し出したりといった使い方が難しい。 ここへ向かう途中、トレーラーを狙撃した人物の事も気になった。 ラクスがシェルターならば、ストライク健在の限りそう簡単に手を出される事はあるまい。 眼を皿のようにして周囲を索敵していると、けたたましいエンジン音と共に一台のジープが セーフハウスの敷地に入り込んでくる。 「おーい、ストライクはキラ君か!?」 「ノイマンさん――?」 ハンドルを握るのはノイマン。しかもジープの助手席には、マードックが頭を下げて待機していた。 『とりあえずストライクは降着させていい。近くに敵の気配はないようだからな』 ジープをストライクの足元に横付けしたノイマンは、ワイヤーに押し当てて接触回線を開く。 「えっと……どうしてここに?」 質問するとノイマンは、カバンの中から取り出した索敵プローブをシェルターの周囲にばら撒きつつ、 自分も同じように"ターミナル"の刺客に狙われたことを話した。 「幸い、相手が甘かったんで無傷だったがな。とにかく伝えたかったのは、地球もプラントも、 "あの艦"のクルーだった人間にとっては安全圏では無いという事だ」 「……やっぱり、ですか」 キラはストライクのコクピットで肩を落とした。 安らかに、静かに暮らしていこうというだけの希望を叶えるのが、どうしてこうも難しいのか。 何もかも自分が悪いのだろう――厄介物を抱えているオーブ、ラクスを邪魔に思うプラント、 そして国外に出たままのキラ。 ラクスを守っていたはずの自分が、国外で目立つ動きをしてしまったのが致命的だった。 思考の海に沈んでいると、ノイマンに声をかけられた。 「とにかく、キラ君はそのままストライクで待機していてくれ。シェルターの様子をのぞいてくるよ。 その間に、モルゲンレーテに行く心構えをしていてくれ。ラミアス艦長達がそのつもりなら、だけどな」 「それって……」 キラの中で、一つの予感が結実する。そしてノイマンは決定的な一言を口にした。 「"大天使"を、飛ばす」
以上、SEED『†』投下終了。 ほんでは続けて舞乙ーSEED『†』 投下開始。
1/ 「ひぃ……!」 跳躍して爆風を避けるストライクの腕の中、ヨップは加速Gでぼきぼきと折れる肋骨の音と、 その鋭い先端が肺に突き刺さる感触をいやというほど味わった。 『退け、そうすれば追わない』 そう言って掲げられたヨップは、海岸線に横たえられた。 積極的に殺そうとはしないが、死んでも構わない、程度の認識らしいと苦々しく思う彼の喉を通って 赤黒い血が口からあふれ、波に流される。強化措置によって高い細胞の再生力を持つヨップだったが、 肺腑に肋骨の刺さったまま放置されていればいずれ出血によって死に至るだろう。 『見ての通り、射撃武器は用意していない』 人質にされるくらいならその前に――奥歯に仕込んだ毒薬で自害しようと考えていると、 シェルター入口に仁王立ちをしているストライクを恐れもせずに、岩場の陰から深緑の影が躍り出た。 たった三歩の跳躍でヨップにたどり着くと、勢いそのまま体を抱えて走り去る。 「ぐ……!」 「我慢なさいよ、直に処置するからね」 ヨップを助け出したのはナオだった。 助ける気になったのは、見捨てては寝覚めが悪いという程度の理由だろうが、MSの眼前に 生身の体をさらすというのは、並みの事では無いはずだ。素直に感謝の念が浮かんだ。 「す……すまん」上手く息の出来ない喉から声を絞り出す。 「――もっと他のセリフがあるでしょ」 「あ、ありが……ゲボッ!」 肺から溢れた血に溺れそうになるヨップ。 「無理してしゃべらなくて良いって、班長は陸から逃げるらしいわ――」 ――ああ、あの人は土地勘があるからな。 特殊処置を施して移植された癌細胞が肉体を必死に修復しようとしているが、肺に突き刺さった 骨が正に杭となってそれを妨げ、肺の損傷が必要な酸素の供給を邪魔するスパイラルに陥っている。 これ以上深く肺に刺さらぬように、かなり慎重にナオはヨップを運んでいるのだろうが、 戦闘用の装甲強化服に繊細さを要求できるはずもなく、撤退用のゴムボートにヨップの体が 横たえられた時には、意識も切れ切れだった。 「い、意外とやさしいんだな……ジュリエット」 「肋骨を抜く――モルヒネ打ってるヒマもないわ、一気にいくわよ」 ヨップの心臓が凍った。肌を切り裂いて直に、という意味だ。 ファーストエイド・パックのアルコールで指先を消毒しているナオが頼もしくも恐ろしい。 「オキドキ?」 艶消しのされたナイフを火で焙りつつ問う、ジュリエット=ナオ=チャン。 ――今時、オキドキって……。 「う……わかった、やってく――うごごごごごっ!」 セリフの途中でナイフが入れられたヨップが、切り開かれる脇腹から横に目をそらせば、 胸に包帯を巻いたダコスタという部外者が横に寝かされていた。 その顔は、おそらくヨップ同じくらいには蒼白だった。
2/ 夜の静けさを銃声が裂き、千切れ残った幹を軋ませつつ倒れる木々の断末魔がそれに続いた。 漆黒に閉ざされた闇を縫う輝きは、妖精の乱舞に非ず、世界最新のテクノロジーが生んだ 装甲機動服がモーター音を響かせて、アイスシルバーとヴァイオレットの彩りが絡まり合う。 輝くヴァイオレットの影が木々を蹴って飛び、ナツキ=クルーガーの頭上を軽々と越えた。 「ハァッ――!」 「くぅ――!」 振り降ろされる刃をすんでの所で躱したナツキは地面を三転し、巨木の幹に背中を預けて立ち上がる。 眼前に威風堂々と立ち、長刀を背負うのはシズル=ヴィオーラ、暗闇を微かに跳ね除ける紫の輝きは、 その肢体を覆う装甲機動服のフェイズシフト装甲である。 「モルゲンレーテ技術部特製"ローブ"シリーズ最新作、"紫水晶"」 と、シズルの宣言。 それが、敵手たるシズルの身につける鎧の名前であるらしい。 なるほど、ナツキが纏う安定性重視のファクトリー製装甲機動服"玖我"に比べれば、 近接格闘戦重視なのであろう。"紫水晶"は木々の間を駆ける敏捷性に優れていた。 「もう一度言うわ――降伏せえへんの?」 ヘルメットの下から、ややくぐもった声が聞こえる。 「変わったな、昔のお前ならそんなことは言わなかった」 ナツキもまた、装甲の下から、スピーカーを介して返事を送る。 「アンタが強うなったんよ、ナツキ。せやけど、ここではウチが有利どす」 「本当に変わった――分かり切ったことなんて言わなかったぞ、昔のシズルは――」 「さっき通したMSは既に我々に倒されていて、私がお前を足止めしている――そうは考えないのか?」 「……」 悲しそうな笑みを浮かべた、のだろう。 全身を機械に包まれたシズルの体が、ふっと掻き消えるように動いた。 死角に入られるのは、いく度目の攻防か、「左だ!」叫び、二丁拳銃を向けたナツキの右腕へと 神速で振るわれる長刀が襲いかかる。 飛び退って躱すと長刀の刀身が太い幹の半ばまで切り込んで止まった。 「勝機――!」 重く無骨な火薬拳銃――ナツキの武装はこんなものばかりだ――を向けた瞬間、 「甘いわ――」 木の幹で"溜め"を作った斬撃が反動を利用して、さらなる速度でナツキを狙った。 「――!」 叫ぶ間もなく、半歩の後退にだけ成功したナツキの右腕から、硝煙を上げる拳銃がもぎ取られた。 盾の代わりに使ったからだ、しかし直前の射撃はシズルのメットを掠り、大きく体勢を崩させていた。
3/ ――頭に直撃した? 一瞬の恐怖にとらわれたナツキの視界を白刃のきらめきが埋める。 脳震盪を起こしかけていただろうに、シズルの放った斬撃は同じくナツキの頭部を覆っていた センサーシステム連動型のヘルメットを奪い取った。納めていた長い黒髪が乱れる。 「はっ――!」 視界を闇に奪われた一瞬――反転した長刀の石突きが装甲の上からナツキの腹を痛打した。 「く……!」 横隔膜を撃たれて呼吸が止まる――胃袋からせりあがるものを抑えるナツキの目に、 自然と涙が浮かんできた。 悪寒に耐えるナツキに向けて、シズルは長刀の刃を向けてきた。 膝をついたものと、二本の足で立ち武器を構えるもの、勝者と敗者の構図は明らかだ。 一瞬であっても、敵の身を心配してしまった自分の甘さに歯噛みしながら、それでもナツキは シズルに向けて残った一丁を向けた。 「そんなにウチが嫌い――?」 肩で息をしながら、発せられる問いは心底不思議そうなシズルだった。 ――お前がそんな風に、友達だったころのように扱おうとするから! 「今は、敵と味方だからだ……!」 ナツキは、自分の手元を狂わせていた過去と、改めて向き合わねばならなかった。 「二十回もご飯、おごってあげたんになあ……」 「私は三回も襲われたぞ!」 「あら、ちゃんと数えたはるんやね。ええ思い出どしたか?」 「ト、ラ、ウ、マだ! あれからしばらく人間不信になったんだからな!」 腹を押さえつつ、激昂するナツキ。条件次第では12.7mmの直撃に耐える"久我"のPS装甲が 打撃で凹むとはどういう事だろう。瞬間的に荷電の負荷を超えた装甲システムは停止して、 ナツキの衣装は灰色の基底状態に逆戻りしていた。 「向こうの戦闘、終わったみたいやね――本当にあきらめたらどう?」 耳をすませたシズルが、言った。 なるほど、ナツキの襟元に残った通信機も部下の声で作戦が失敗したことを告げていた。 ナツキの――いや、ナツキ達の完全な敗北だ。 ナツキは何時、引き金を引くべきかと迷っている。 同じようにシズルもまた、何時長刀を振るうべきか迷っているのだろうか。 自分の命を相手に握られる事はめったになかったし、それにきっと、 肉と骨を刃で切り裂く直接の感触は嫌なものに違いない。
4/ 「ヘリが来たわ……早よ行きい――あんたならこの暗さでも大丈夫やろ?」 「借り……か?」シズルに石突きで促されて渋々と歩きだしたナツキが、聞く。 「そんな事、考えんでもええよ――ほな、後でな」 「後で……か」 そんな会話をシズルと交わす事は二度とないと思っていたナツキは、重たすぎる脚を引き、 不可思議な懐かしさと共に暗過ぎる森の奥へと、踏み込んでいった。 シズルと出会えた理由、そして別れざるを得なかった理由――意識を少し切りかえるだけで、 視覚が切り替わり夜を見通すことの出来る体。 必要とあれば巨大な筋力を発する事も出来る。 何時間と疲れを知らずに走り続けられる。 呪われた研究の成果である、そんな己の体が疎ましかった。 以上、舞乙-SEED『†』 投下終了。 ヘタレ班長を改造人間にしてるのは、以前の短編で言及してるので許して下さい。 感想、ご指摘ご自由にどうぞ。
【刹那の日記】 6ページ目 11月2日 曇り時々雨、又は晴れるや。所により荒れるや ……見逃した。 録画してない。 今日も俺はガンダムだったと思う。 ……たぶん。 なぜか明日が放送日だと勘違いした。 刹那い
Gがカサカサしてますね。具体的には
>>58 あたり。
60 :
日記 :2008/11/03(月) 17:18:51 ID:???
Gはゴキブリですか?w テンプレにSS・「ネタ」と書いてあったので投下してました。 くだらないネタばかり投下してごめんなさい。 これ以後投下はしません。まとめサイトからも外してください。 感想レスがつく前にくだらないネタを投下して、本当に本当にごめんなさい(ハナクソほじりながら
――第4機動艦隊旗艦『クサナギW』艦橋部副官専用コンソールにて―― ――トットトトット! 現在、パーソナル・コンソールで私は自慢のキーボードテクを軽快に披露しながら、 アーガイル司令の指示通りの艦隊再編成表をコンソールで入力しつつ、三次元ディスプレイで データを確認中です。 最近は量子入力インターフェイスが主流となりつつある現在、キーボード入力をする 人のほうが昨今では少なくなってきています。ですが、私はこれ性に合っているので 未だにアナログのキーボード入力だったりしてるのです、ハイ。 量子インターフェイスは思考入力がメインですが、入力内容に雑念が入ると入力エラーを 起こしやすく、まだまだ改善の余地があります。ですが、軍事技術としては既に戦闘艇や モビルアーマーの操縦技能には既に使用され、軍事技術の一つとして一定の成果が上がっていたりします。 とっさの回避や攻撃等の反射神経技術には、ほぼ対応が可能なものですが、このような論理的な思考を 辿る為にはまだ完全にはいかない代物ですが。 ですが、キーボード入力よりも容易い事と、プログラムソフト作製の量子入力による構築作業が 容易な点から、今では重宝されている次第です。 ちょっと前までは、コーディネイタ―の方がOS作製に於いて判断力とキーの入力速度などで ナチュラルより優勢だったと聞きましたが、今ではもう昔話です。 逆に今現在ではナチュラルの方が、硬直した思考のコーディネイターよりも、柔軟な思考能力を 持つということで、量子インターフェイスを扱うにはかなり優勢なのでは、と俗説が生まれるような次第です。 自分はハーフなんでどっちの属性もありますから、こういう時に便利だったするかもしれません、はい。 ……でも実際はどうなのでしょうか? 私が物心のついた純心なお嬢様時代には、既にコーディネイターとナチュラルの能力の差など、 ほぼ差が無くなり埋まってしまい、それに相乗してコーディネイター人口は減少の一途にありました。
ここ近年でコーディネイターが減少した理由。それは第一にコーディネイターの優位性が 無くなったことが挙げられます。近年のハード技術革新は凄まじい進歩を遂げ、それに伴い 人間の能力が見限られてことも重要な要因でしょう。 人の能力など遺伝子調整で底上げしてもたかが知れていますし、それに反比例し遜色ないほどの ハードの技術発展と、それと無理に容姿をコーディネイトすることによって生じた遺伝子弊害も原因としてあったからでしょう。 元々、生まれてくる生命を人が、弄ろうとした事自体が宇宙と自然に対する冒涜だったのかもしれません。 何よりもご存知の通りジョージ・グレンという人の血迷ったコーディネイター宣言によって多くの人々が 自分たちの子孫をコーディネイターとしてきましたが、ご存知の通り、物の見事にブーメランは返って来ました。 それに、例のラクス・クライン達の奇天烈な行動や理念によってコーディネイタ―など、大した存在ではないという 認識が広まったのと、同時にコーディネイターが開発し、一時期、時代の寵児として持て囃された、『モビルスーツ』と 呼ばれた人型の兵器がNJCの発達によって戦いに適さなくなってきたのが上げられていると思います。 私達の世代から見れば、『モビルスーツ』などという代物は、悪ふざけが過ぎた人型の玩具(おもちゃ)の ように感じられますけどね。 ……だって、どう考えても人の形は戦闘に不向きですもの。 『モビルスーツ』というものが実在すると聞いた時に最初に思ったのは、 ……”えすえふ・ふぁんたじー”? の一言です。 ちょっと前までは、ヒトガタの玩具で戦争してたのねー、と学校の友達と一緒に大笑いしたものです。 私が見たラクシズのテロ武力介入したユーラシア戦線の記録映像でも、ラクシズのモビルスーツは 恰好の的になるだけでした。ミサイル一発でボッカーン!です。 あんな空中で止まったままじゃ的になるだけじゃないですか!! 幼心にも当時、この人たちは何をやっているのだろうか?と本気で思ったものです。
後になって、一時期、NJがこの世界一帯充満していた時に通常の戦闘が不可能だった為に そのような戦闘が主流になったということを知りました。 まぁ昔話の中でも際立って出来の悪い童話みたいですよね? まぁ、そんなこんなで今は、普通の時代の、普通の常識の、普通の戦争が行われているわけです。 それはそれで、バカな事ですけどね。私もその馬鹿な中の真っ只中にいる訳ですし、 そうも言ってられない訳です、はい。 と……そんな昔話は置いといて。 ……それにしても、現在の状況は私にとってはもう最悪ではないでしょうか? それは……。 「……ハァ、最後の後続部隊の高速ドライブへの突入を確認。――無事、撤退しました」 私が溜息を吐きつつ、そう報告しながら、後ろを振り返ると、そこには司令官席の専用デスクに 足をのっけて、椅子の背もたれに寄り掛かりながら、引っくりかえっている我等が司令官が目に入りました。 よく考えたら、”さいこーにぴんちじゃない私たち?”の状態の私たちなのですが、全く慌てず、 却ってふてぶてしく見える司令の鷹揚な態度がブリッジ全体に広がっている為にそれ程の混乱が見えません。 その司令といえばは、私の報告を聞くと背伸びをしながら、 「……やれやれ」 と、昼寝した猫のような”だるそー”な態度で応じてくれました。……なんと頼もしい! 緊張感の欠片も無いよ!まったく! 私はアーガイル司令に発破をかける為に、 「……本当にいっちゃいましたね。……予備艦船も根こそぎ持ってっちゃうなんて。 最大艦隊数も一気に三分の一以下ですよ……」
詳しい話は割愛しますが、本国のサハク首席補佐官からの指示で、私たち第4機動艦隊を構成する大部分の 戦力が引き抜かれ、その戦力は地球連合強国にに対する本国の防衛に当てられるそうです。 ……残った私たち第4機動艦隊は、ほぼ一個艦隊の戦力しか残っていないのです。 「……司令、ほんとにどうするんです?」 結構、心細い私が念を押すように司令に問い掛けると、バイザーを掛けなおした司令は、 立ち上がり、指揮卓に身を乗り出した。 「いつまでも、グダグダ言わないように。ほれ、敵の状況の報告はどうなっている?」 と、戦況の確認を問い掛けてきました。アーガイル司令の指揮の元で予め強行偵察用モビルアーマーを4個中隊派遣し、 今度対峙するであろう、ザフト第4軍と撤退した第5軍前衛部隊の戦場の状況を確認していたのです。 『――強行偵察用モビルアーマーを4個中隊出撃。偵察は各小隊毎に……』 私が驚いたのは、今まで偵察や艦隊編成など細かい作業一切は殆ど、司令付き副官の私を始めとした士官に 一任していたところを御自身が采配を揮ったことです。 ――この時期の戦闘宙域への情報収拾はNJを始め、宙域には空間干渉物質が充満しており、超高速通信を 以ってしてもある程度のタイムラグが生じます。確実に敵艦隊の動きを把握するためには偵察機による哨戒任務に よって、各機を経由しながら、本隊への連絡網を築くことが急務となっているのです。 実際にこの戦時通信網を形成するのは、宙域や戦場ごとに全く違う形式であった為に通信網のパターン化は 殆ど不可能に近く、偵察任務を任された士官は、偵察艇や複数の通信システムを利用して、それぞれの才覚や 運で連絡網を構築しなければ、やっていけないという不文律となっています。 硬直したパターン化した情報戦術が無くなったことによって、情報処理能力よりもむしろ柔軟な知恵で 情報システムのハードを使用することが、それぞれ必要となっているわけですよね。 ――そして、此処に来て、アーガイル司令がその異才ぶりをご披露して下さいました。
……そして、同時に私自身も試しに今回に連絡網のシュミレーションをしてみたんですが。 私は今回の偵察に48通りの通信網を構築しましたが……アーガイル司令はといえば、同じ偵察機数で 私のシュミレーションの倍近い、93通りの情報網を構築し、タイムラグ殆ど無しのリアルタイムでの情報収集が 可能とする信じられない結果を出しました。 ……ほんとおかしな才能の持ち主ですよ。はっきりいって変態……もとい天才ですね。 やはり、遺伝子操作で弄くっただけの人間なんて、所詮はにわかな紛いモンということでしょう。 ”天才”ってやっぱりナチュラルな存在だから天才なんですかね?コーディネイターに”天才”は存在しませんし。 それは、今までのナチュラルとコーディネイターの歴史が証明していますんで。 「……了解。しばらくお待ちください」 「……まったく!今日日の若い輩は、プロ意識が足りんよ!」 たく、余計なお世話ですぅ!うぜーですぅ、おっさん――。 ……喉元まで込み上げてくる罵詈雑言を懸命に抑える私を誰か褒めて! すっげームカツキますが、上司だし軍隊は縦割り社会。 どんな理不尽でも上の命令は絶対なのです、はい。 「……我が軍が撃破した敵前衛部隊の残存兵力は、後方のザフト第4軍と合流した模様です」 なるべく言葉に棘が出ないように気をつけながら報告を行いますが、私のその努力など 司令は何ら考慮してくださらないでしょうね! 「――アスラン・ザラの軍か。で?――その第4軍の動きは?」 アスラン・ザラは、確かラクス・クラインの寵臣の一人ですよね?何か昔はアスハ代表とも ドロドロの関係だったとか、それに司令とも顔見知りということらしいですが。 「――拠点衛星基地ゴダードを中心に機動戦力を集結させています」
逐一報告される偵察部隊の情報をリアルタイムで解析している私は、包み隠さずに報告します。 親切にも私は司令が解かり易いように、解析展開図を三次元ディスプレイに表示してやってるのです。 ほんと、ちょっとは労いのお言葉が欲しいですよね……。 司令は、私が解析してやった展開図を一瞥すると、 「……こいつはぁ、俺たちの艦隊が形成する防御線突破を企んでやがるな」 と、一瞬で敵の意図を見抜くのでした。――やっぱこの人凄い。 カッコいい!と私が一瞬、トキメクますが……。 「――野郎ぉ!人を舐めくさりやがって!」 ・・・・…どこのヤクザですかアンタは?……ガラわっるー。 これが無ければもっといいんだけど……はぁ。 「――シモンズ主任!!」 突然、アーガイル司令は振り返ると、後ろで呑気そうに司令を眺めていたエリカ・シモンズ主任の 名をを大声で呼びつけました。 「な、なに?」 「向こうは、こっちの戦力の大半が後方に引っこ抜かれたことを、感づいていると思いますか――?」 流石のシモンズ主任も自分が作戦内容についての意見を求められるとは思ってなかったようです。 ……一応、艦隊参謀じゃなかったけシモンズ主任は? 「そ、それは……気がついていない阿呆なら第2艦隊がとうに連中を殲滅してるでしょうね」 と、答えます。アーガイル司令はその答えを聞くと、指を鳴らしながら指揮シートから立ち上がり、 「――オーケイ!では、そういう前提で、こっちも動くとしよう」 その自身満々な司令の様子にシモンズ主任は、 「やっぱり……進撃するのね?」 と半ば、諦めたような口調で仰いました。
そして、私はというと――。 「……進撃?」 絶句して大口を空けてぽかーんとしているしかありませんでした。 「その為の<クサナギW>でがざいまさァな」 そんな私の心境など無視して、司令はどこから出るのかわかりませんが、自信満々の御様子。 ……ぉぉ……だれか助けてぇぇ!! 「フム、流石だな――」 私が、苦悩の余り、心の中でのたうっていますと、重厚な声が私の直ぐ側から聞こえるのでした。 「――ソガ一佐!」 すぐそこに、本日付けで戦時昇進によって一佐に昇進したソガ分艦隊司令が私の横に 何時の間にか現れていました。私は挫けそうになる心を必死に鼓舞しながら、 「そっそれ、どっ……どういうことなんでしょうか?」 ソガ司令はその姿同様に重厚な口調で、 「……アーガイル総司令は、もはや中央からの、まとまった軍事増援は無いものと踏ん切りをつけられたのだ……」 「……はい?」 と、とんでもないことを仰るのです!おい!ちょっと待ってぇぇ! 「――恐らく本国からの援軍はない。閣下としては、現有戦力でこの状況を打開するしか策はないのだろう」 ええええええええええ――!?援軍がない!?嘘でしょ!? 私の心の絶叫をあっさり無視して、ソガ一佐はその渋い良い声で続ける。 「……そして、この執着心の薄さ。最大の強みであるのと同時に、あの方のどうしようもない欠点であるのかもしれん」 そこで強面を崩すと、私にウィンクしながら、 「……ま、そこが面白いのだが」
――どこのいくさ人なんですぅぅぅ!! と、一転して微笑みながら、またとんでもないことを仰る。これが軍事的ロマンチストというやつなの!? 逆境こそ、益々望むところで不利な戦況を楽しむということ!? 混乱している私の耳へと、 「このまま進撃して、一気にラクシズ第4軍陣地をぶち抜いてやる!!連中、まさか俺達が打って 出てくるとは思ってないだろう。ぶったまげるぞ、きっと!」 私の内心の絶叫も知らずに、アーガイル司令は吠えます。 「――その通り」 それに迎合するようにソガ一佐も重々しく頷く。この戦争マニアが! 「――先方は、自らの認識不足を後悔すべきだ。機動兵器ってやつは防御用の兵器じゃぁない。 純粋なる攻撃用兵器だってな!」 司令はドン!とコミックの効果音が出るように構えると、私の方へと血走った目つきの顔を向けて、 「小娘くん!全軍に通達しろ!目標は、拠点衛星基地ゴダード――!今からラクシズの連中にその事を骨身に味あわせてやるさ!」 「はぁ〜……」 もう、私は何をいう気力も無く、ただ絶句するだけです。その横でソガ一佐は……、 「……思えば私も士官学校出たての若造の頃は随分と無茶をしたものだ。その無茶が今、私の財産になっている……。 戦いには緻密な計算と同時に強引さが必要な”とき”もある……今がその”とき”か……」 ――すっかり、信者になっていました。 その信仰の対象はというと、指揮コンソール上で、 「――連中にこのサイ・アーガイルの戦い方を、存分に見せつけてやる!!」 司令の雄叫びが艦橋に木霊するのでした……。 >>続く
>>62-69 > ――トットトトット!
なんぞこれ?と思いつつ読み始めていきなりフイタww
今回は全レス笑いながら読ませてもらいましたGJです!
71 :
戦史 :2008/11/05(水) 21:38:17 ID:???
申し訳ありません……・。 人物名をモロに間違ってました。 正しいのは ソガ一佐→アラヤ一佐です。 ソガさんは第二艦隊司令官でしたもう戦死してまつ。 まとめ様 もしよろしければ上記修正お願い致します。 前回、古いパソコンからだった為に誤字確認ミスが多くて申し訳ありませんでした。 改めて修正お願いするかもしれません。 次回ちょろっとラクス軍陣営の話と艦隊戦になります
「四月一日 −No.18−」 −Next Time, Please− エイプリルフールの夜。もう十五分ほどで日付も変わる。 昼間の騙し騙され、見抜き見抜かれの勝率は五分五分と言ったところだろう。 そんな一日はそれなりに楽しかったもののそれでも疲れたことに変わりなく、俺はルナに背を向けたまま、 テレビをぼぅっと眺めていた。 やがて。 「ねえ、シン。吊り橋効果って知ってる?」 「ん?」 ルナの問いかけに俺は生返事を返す。 「『人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識する』ってヤツよ」 「んー、なんとなく……」 やっぱり生返事のまま、頭の片隅で考えた。 確か、ドキドキするような環境にあると恋愛していると勘違いする、とかいうのだっただろうか。 「あたし達もそんな感じで始まったって思わない?」 ルナの台詞に、昔のことを思い出した。 アスランの脱走にメイリンが加担し、俺が彼らを撃墜したのが始まりと言えなくもないだろう。 吊り橋効果と言うよりは、寂しい者同士がくっついたと言った方が正確な気がする。 それでも反論するのが面倒で、適当に相槌を打っておく。 「ね、シンもそう思うでしょ? あたし達ってちょっと違うのよ。だから別れましょ?」 突然の言葉に思わず驚愕の声を上げそうになる。 が、ふと気づいた。今日はエイプリルフールなのだ。 だから、 「そうだな。うん、分かった」 と、あっさり返す。 ルナは少し驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。 「分かってくれて嬉しいわ。じゃ、残りの荷物はそのうちに引き取りに来るから」 そう言いながら玄関へと向かう。 どこに隠してあったのか大きなスーツケースを出してきて、ルナは部屋を出て行った。 玄関のドアが閉じ、俺は少し待った。 ここで飛び出したりしたら、にんまり笑顔のルナに後々までからかわれる羽目になる。 もう一分くらいすれば、ルナの方が少し拗ねた顔で戻ってくるだろう。
そう思いつつ、玄関へと忍び足で近づく。 扉に耳をつけて、なんとか外の音を拾ってみた。 微かに聞こえるコツコツというルナの靴音は、エレベータホールの方へと向かっている。 やがて靴音は途絶え、廊下から人の気配も消えた。 それでも俺は息を殺して、その姿勢を維持する。 五分後、俺は大きく息を吐いた。 玄関のドアに鍵をかけ、念のためにチェーンロックもしておく。 元いた場所に戻って、さらに五分。 その後、俺は携帯を取り出した。 「もしもし、俺。そう、シン。夜遅くにごめん。 ルナ? それがさ、急に『別れよう』って出てっちゃって。 だから、こっちこいよ。何なら今からだって大丈夫。荷物は少しずつ運べばいいし。 え? エイプリルフールの嘘じゃないかって? 時計、見ろよ。もう零時は過ぎてるだろ?」
「四月一日」のバージョン8になります。 他バージョンを既読の方は(ry カードNo.18 は「月」です。 裏切り 予期せぬ変化 等の意味があるそうです。 ルナマリアの愛称だと思うと、意味深です。 「月」とサブタイトルの「Next」は引っ掛けではありませんです。はい。
〜刹那・F・セイエイ、天使と合う〜 「一体、何がどうなっている……。ここはエクシアの中、なのか?」 ソファでうたた寝をしていたはずの刹那・F・セイエイ。 彼がバイザー越しに見下ろす景色はいつものコクピット。違うのはモニターに映し出された 外の様子だ。戦闘の爪痕なのか荒廃した町並み。それ自体は悲惨ではあったが、しかし彼に とっては特別異様な景色と言う訳ではない。 刹那に違和感を抱かせる原因。その空に浮いたたくさんの巨大な虫のようなシルエット。 それが地面にビーム様の物を放つと何かが吸い上げられていく。 刹那はごく自然に吸い上げられているものをズームする。 「な、なんだ……! なんなんだっ、これはっ!」 何の意志も感じない惚けたような人々の列、それが何かに引かれるかのようにふらふらと 自らそのビームの中へと歩み寄り、『虫』の中へと吸い上げられていく。 旧世代前期のモノと思われる航空機が盛んに『虫』へと攻撃を仕掛けるがまるで効果が無い。 そして刹那は、その『虫』をガードするかのように戦車を踏みつぶし、戦闘機にビームを射かける 存在に否応無しに気づかされる。 「MS、なのか。50m以上の人型……? UAE、いやこんな物を作るのは人革か!?」 人型を微妙に外したようなシルエットの黒い影。ロボットなのか生き物なのか、その細い腕の先、 その一本がGNブレイドよりも長いだろうと思える爪。3体のその黒いモノの群れ。 無造作にビームを放っては地を抉り、その爪であっさりと高層ビルを叩き切って行く。 「ロックオン、あいつらはなんだ! 応答してくれ、ロックオン・ストラトス! ……やはり、だめか。 どういう状況なんだ、これは」 どの陣営だというのか、そもそも敵なのか味方か、それすら判断が付かない。 状況をまるで把握出来ずに焦る刹那。更に追い打ちをかけるように高速飛翔体接近の アラートがコクピットに響く。 「……。頭で考えても無駄、か。エクシア、ステルスモードへ移行する」 ズームアップしたモニターへ映し出される航空力学を全く無視したような形状の三機の飛行機 のようなもの。それがマッハを越えるスピードで編隊を組んだまま頭上を飛び去っていった。
倒壊したビルの影に潜むエクシアである。通常のセンサーならば既に感知は出来ない。 GN粒子をたどるならば話は別だが、此処へ出現した時点で広範囲にかなりの量の散布はした。 だからエクシアを見つけるのは時間がかかる。それまでに状況を整理したい刹那だったが。 「……! なっ、もう見つけたのか!?」 鈍重に見える人型の黒い影が、物理法則を無視して凄まじい勢いでまっすぐに突進してくる。 ほんの数瞬でステルスモードから通常モードへ機体を復帰させる。一気に機体を飛び上がらせる と共に胴体をひねる。一瞬前にエクシアの占めていた場所は黒い爪によって引き裂かれ 吹き飛ばされる。その隙にGNブレイドを展開、頭を切り飛ばした。筈だったが……。 ガチン! いつの間にか黒い爪に握られたエクシアの背丈を優に超える巨大な剣。 それがGNブレイドの斬撃を、全く意に介さないかのように受け止めていた。 「ちっ! なんてスピード……っ! ――くっ!」 黒い影はブレイドを受け止めた剣を無造作に払う。エクシアは文字通り吹き飛ばされた。 なんと言ってもエクシアはガンダムである。フラッグだろうがイナクトだろうがどんなMSであっても 今まで単純なパワーで負けたことなど無かった。そして刹那はガンダムマイスターとして操縦技術でも、 敵にあからさまに後れを取る事など無いと自負していた、のだが……。 空中で姿勢を立て直し、吹き飛ばされた勢いを使って後退する刹那を更に追う黒い影。 戦闘機が散発的に攻撃をしているようだがスピードを殺すどころかダメージを与えているように さえ見えない。剣を振りかざし、どんどん黒い影が迫る。既に上昇に転じる余裕など無い。 「まさか、あの巨体で追いつ……! 何故だ。エクシアよりも、――速いっ!?」 黒い影が剣を振り上げたその瞬間、爆炎が上がると切っ先の折れた剣を取り落とす。 黒い影の頭が向いた先、赤い飛行機のようなものが影に攻撃を仕掛けているのが見える。 と、何もないはずのエクシアのコクピットの空間、そこに6角形のウインドゥが開く。 その中には刹那より更に年少と思える少年の顔。 『連邦か何かしらねぇが、そんなもんでケルビムとやり合える訳ねぇだろ! 余計な手間増やすん じゃねぇっ! ……何だ!? そのロボットのおかしなニオイは!? てめーも堕天翅か!?』
「俺はユニオンでは……。堕天使? 匂い? おまえ達はいったい……」 『アポロ、誰と喋っている! 状況を弁えろ! フォーメーションを崩すなっ!』 『お兄様! ゲートが閉じ始めるわ、収穫獣が逃げる!! アポロ、ケルビムはあと回しよ!』 更に二枚、6角形のウインドゥが開き、金髪の少年と少女が映るが、彼らにはどうやら刹那 の画像は見えていないらしい。 『このニオイ、堕天翅じゃねぇな……。だったら隅の方でおとなくしてやがれ、邪魔だ!! あ? ――――わかった! 聞いたな? シリウス、シルビア! ソーラーで行くぜ、合体だっ!!』 いきなり仮想スクリーンが三枚とも消え、三機の飛行機のようなものは三角のフォーメーションで 急上昇していく。彼らにケルビムと呼ばれた黒い影も二つ多少慌てたように飛び上がっていく。 『アポロ、頼むわよ!? ――念心!』 『無様な戦いはゆるさんぞ! ――合体!』 『GO! アクエリオーン!!』 最大望遠でスクリーンに映し出される光景をただ刹那は見ていた。 3機の戦闘機が変形合体して巨大なロボットになるのを。 『ソぉーラぁーアクエリオンっ! 逃がすかぁ! このヤロウ!!』 その巨大ロボットはいきなり急上昇を始める。それを追いかけようとする残ったケルビムに 刹那はGNライフルを撃ちかける。ケルビムがエクシアを振り向いた瞬間、少女の声が無線 のスピーカーを通して大声で叫ぶ。 『いい加減、しつっこいって言うのよ! こんのぉおっ! 念力…………っ! アポロっ!』 『おぉっ! やるじゃねぇか、ボケ姫っ! まとめて潰れろっ!! 無限っパァアアンチっ!!!』 その巨大ロボは少年の絶叫とともに背中から強烈な光を発すると、一瞬ケルビム2機の動きが鈍る。 刹那の目には右腕が伸びたように見えた。その伸びた腕は蛇のようにうねりながらケルビムを追いかけ、 そして追いついた。2体のケルビムを巻き込み一直線に地面に向い伸びていく腕。 地面に接触した、と思った瞬間。地上には巨大な光が膨れあがる。
その瞬間、前動作無しでいきなり目の前のケルビムに突っ込んだエクシアはスレ違い様、 出力最大のGNブレイドで腹部をなぎ払い、ビームサーベルを背中に突き刺す。 振り向きざま、ライフルを連射する刹那。――動きを止めたケルビムはゆっくりと倒れていく。 「……終わった、のか?」 いったいなんだというのか。刹那が動きを止めた黒い巨体を調べようと接近を試みたとき ノイズの乗った無線を傍受するエクシア。 『シリウス! アクエリオンの真下、次元のひずみ検知、神話的バランスにゆがみ、何か来るわ!』 『この反応、神話獣? いや、堕天翅だっ! アポロ、ヤバいぜ、例のケルビムが来る!!』 『堕天翅の乗ったケルビムだと? 不味い! シリウス、一旦分離してマーズに……。う、司令』 甲高い指揮官と思われる声が絶句すると、野太い男の声が割ってはいる。 『下を気にする必要など無い、そのまま収穫獣を追え。人命よりも戦いを取るような者は ディーバには要らん! ……今なら間に合う! 行けっ、アクエリオン!!』
意味の良く判らない通信を聞く刹那の眼前。センサーとモニターにも意味の判らないものが 捕らえられている。何も無い空にいきなり現れる厚みがあるのか無いのかさえ判断出来ない ”訳の判らないもの”。通信が言うとおり時空がひずんだ。と言う表現が一番しっくり来るだろう。 その丸い虚無から姿を現す黒い巨体。両手に巨大な剣、そして各所に施された装飾。 「アイツは、さっきのヤツとは違うか……。指揮官機?」 姿を現した。と思った瞬間、既にエクシアの目の前まで移動していた。モニタ−はともかく センサーさえもその動きを捕らえ切れて居ない。黒い機体が剣を構えるに至ってようやく ワーニングとアラートの警報音に包まれるコクピット。 辛うじて巨大な剣を受け止めたエクシアはまたも吹き飛ばされる。その勢いを使って今度は 上昇に転じるが、黒い巨体は重量がないかのように苦もなく追いかけてくる。 「くっ、やはり、当たらないか……!」 まるで弾道を読み切るかのようにライフルの弾をかいくぐり、その上で距離は更に詰まる。 黒い影は踊るかのように両手の剣を振るう。 「なんなんだ! エクシアがパワーでもスピードでも負けるなど……!」 【翅無しの分際で天翅を騙るか……。恥を知る、と言う事はないようだな。……所詮は翅無しか】 どこから聞こえたのかわからない若い男性の声が狭いコクピット内に響く。 巨大な剣を受け止めた、筈だったエクシアの右手。ブレイドもろとも5つに切断されて下へと 落ちて行くのが見える。最低5回の斬檄を受けたはずであったが。 「何も、何も見えなかっただと……。ヤツはいったい――っ! 右かっ!!」
GNドライブ全開の急激な機動。Gで刹那の視界は赤く染まり呼吸が止まる。だが、左足と 引き替えにエクシアは機体の両断を逃れる。残る左手でビームサーベルを展開するエクシア。 【翅無しよ、今のを避けるとは見事だ。太陽の翼とまでは言わないが多少は楽しめそうだな】 「意味のわからない事をっ!!」 またも急激な機動で、今度はあえて一息に距離を詰めたエクシア。 「天使とは何の事だ! 俺はソレスタルビーイングの、――ガンダムマイスターだっ!!」 頭を切り飛ばされるのと引き替えにビームサーベルでケルビムの胸をなぎ払う。 だが、その捨て身の攻撃も、ケルビムの胸の装甲に辛うじて傷を付けるにとどまってしまった。 【この私に傷を? ……哀れな。そうか、そこまで天翅にあこがれるか。翅無しよ】 またしても何もないコクピット内の空間。今度は若い銀髪男性の姿がいきなり現れる。 モニターに映っている訳でもなくホログラムでもない。長髪の若い男の上半身。 【貴様はなんだ? 只の翅無しとは違う波動を感じる。只の人間とも思えん……。何者だ?】 口は開いていないがこの男が喋っている。その事だけは何故か刹那にはわかった。 「お前こそ何者だ! 天使とはなん……。――うぐぅ、くっ……」 【この私を見ても気押されんか……。乗り物なぞどうでも良いが、貴様は危険だな】 ごく普通に、何も抵抗出来ずにいきなり首を絞められる刹那。パイロットスーツを着ている事 などまるで無視するかのように男の握力を感じる。既に銃を取り出す事も出来ない。 ――こ、このままでは……。 何も出来ずに視界が狭まって行く刹那の目の前、一枚の羽根が舞うのが見える。 《トーマ様。収穫獣、神話獣の帰還が終わりました。太陽の翼が間もなくそちらへと向かいます。 意味なく擦り傷を増やすのも如何なものかと……。わたしがお手伝いを致します。ご帰還を……》 【わかった、やってくれ。――命拾いしたな、翅無しよ。次にまみえる機会を得るまで、せめて その無粋な乗り物を何とかしておくが良い。今度こそ乗り物ごと二つに切り捨ててくれよう】 来たときと同じようにいきなり姿を消す黒い機体。それを確認したところで刹那の意識も費えた。
ソファの上、息苦しさに目を覚ます刹那。 「ぐ、ゲホっ……。夢、だと言うのか。ゲハっ……。今のは」 息苦しさを感じる、まだ絞められた感触の残る首に手をやる。夢だというなら誰かが部屋に 侵入して首を絞めたというのか。 ふとテーブルに目をやる。そこには大きめの、夢の男の髪と同じ白銀に輝く羽根が一枚。 「――っ! 誰だっ!!」 クッションの下の銃を手に取ると気配の先、虚空へと構える。 「私は敵ではない。口で言ったところで信じてはくれまいが、事実だ」 無造作な髪に向こう傷、黒い服を着た男性がいつの間にか銃口のほんの30cm前に立つ。 と、いきなり何のためらいもなく、すぅっと刹那の銃をなでる。 「動作原理は我々の世界と同じ様だな。ならばキミの銃はもう役に立たない。撃ってみるが良い」 カチッ! 確かに撃鉄は降りた。だが、ポンっ! と気の抜けた音がすると銃口に造花が咲く。 「チェンバーに一発入れておくとは周到だ。普段から誰かに狙われているのかね?」 テーブルの上、男が手を滑らせると装弾数分の銃の弾丸が綺麗に並んで行く。 「私は地球再生機構ディーバ。その司令、不動だ。先ほどは助かった。――礼を言いに来た だけのつもりだったのだが、一つやる事が増えたようだな。……君の名は?」 コンバットナイフが隠してある方向を刹那が意識した瞬間、不動は全てを知っているかのように ナイフをつまみ上げていた。 「――――。刹那・F・セイエイだ、あんたはいったい……」 「君に対して害意は無い。わかってもらいたいが、どうしたものかな」 不動の手の中、ナイフは何事もなく小さなブーケに変わり、テーブルの弾丸の隣に置かれる。 「あんたに勝てない事はわかった。――何をしに此所に来た……!」 「礼に来たとはさっきも言ったが? ――そう、そしてもう一つ」 不動と名乗った男はテーブルの上の羽根を拾い上げる。 「キミには不要。そしてこの世界にあってはならない物だ。私が貰っていくが、良いかね?」 「もう良い。……何でも好きにしてくれ」 銃を放り出すとソファに座り込む刹那。
「刹那クンと言ったな、甘い物は好きかね?」 この男もさっきの銀髪の男同様、とらえどころがない。 「意味が……、わからない。――いや、キライではないが」 「よろしい、では物々交換と行こう。生憎今はコレしか持ち合わせがないのだが、只で私だけが 貰うと言うのはやはり悪い」 右手をあげる男の手元を見る。パチン。と指が鳴った。刹那と不動の目が合う。 「……テーブルだ。そんな物で悪いがね。――キミの理想の世界が平和である事を願っている」 綺麗に並んでいた筈の銃弾が弾数分のキャンディに変わっている。慌てて銃を確かめる。 造花は消え去り、弾も全弾装填されていた。テーブルの上には当然のように鞘に収まったナイフ。 「……? ――っ! フドウ、何処だ! …………。考えても仕方ない、のか?」 どうせ今日の朝早く、スメラギからの戦術が来る。どうにも成らない事を考えるより寝た方が 良いだろう。水を飲み干しながらそう考えると、キャンディの包みを一つ開ける。匂いは普通。 ソファに寝転がると口に放り込む。不動が言ったほど甘くはなかった。 「世の中甘くはない、か。――何の寓話だ。……全く」 それだけ呟くと、刹那はいつもの浅い眠りへと戻っていった。 fin
見事に混ざってる。GJ!
第4話『地下での邂逅(後編)』(1/6) 壊れたセントラルポートの桟橋、そのすぐ横。遠浅の珊瑚に囲まれたこの島で唯一の深みが ある。規格外の大型船が年に数回訪れた時は此処に係留されてはしけでセントラルポートに 向かう。そう言う用途の場所。そしてもう一つ。この場所には重要な役割があった。 水深約30m。開放厳禁と書かれた鉄の扉。海中用の作業服がそれを開けようとしている。 ジャンク屋組合支部のマークを付けたジン・ワスプがMSにしては小振りな探照灯でその手元を 照らす。 『借り物の機体は扱いづれぇ。帰ったらもう一機の初期設定もオレかよ、全く人使いの荒い……。 ――よぉ、デカいトビラだな。そこから島の中に入れたりはしないのかよ?』 「ソレは無い。デカイのは防水用のエアロックを兼ねてるからだ……。よぉし、タイミング同期。 ……コレだ、見つけた。スミダのアニキはこのまま待ってくれ。……よぉし、良い子だ。開けろ」 水中スクーターからアタッシュケースを取り出す潜水服。 『なぁ、BBよぉ。そこからメインフレームに進入するってのがどうにも良くわからねぇんだが……』 「データに進入するって意味だ、直接弄る訳じゃない。深度はこれ以上上げないでくれよ? MSのセンサーだ。どんな使い方してるのかわかんねーけど、熱紋はともかく音紋を取られる 可能性が出てくるからよ、ソナーだってあるはずだ。頼むぜ、スミダのアニキ?」 通信の通じない島に研究施設。データのやり取りを毎回エージェントが行っていては間に 合わない事もある。一般のケーブルが一本あるもののそれを使う訳に行かない内容の方が多い。 なので、絶海の孤島とモルゲンレーテ本社研究施設と直接繋げるための海底ケーブルが 極秘に敷設してある。その存在は数名しか知る物は居らず島の関係者では所長のみ。 コーネリアスやクロゥ達は勿論知る由もない。 情報のプロを自任するBB。彼が開けた海中の扉はその点検用に設けられた物だ。 一気に水が無くなる小さな部屋の中、ヘルメットを外すBB。 「表層フォーマットで逃げたつもりだろうがそうはいかねぇぜ。時間はあるんだ、断片からでも データ吸い出してやる……。覚悟しとけ!」 此処を気づくにはかなり時間がかかるだろうしな。そう呟くと傭兵の顔になってニヤリと笑う。 「ソレもあのハッカーがまだこの島で生きてればの話だ。地下にいたなら建物と一緒に潰れて やがるだろうがな……」 小さなモーター音と共に、ディスプレイと機械の置かれた簡素な部屋がBBの前に現れる。
第4話『地下での邂逅(後編)』(2/6) 「隊長、どうされますか?」 防弾チョッキにアサルトライフルを腰溜めに構えた普通科員2名がダイを見る。 「二手に分かれる、か……。姐さん、セキュリティは?」 「左は特殊なのは要らない、さっき教えたので大丈夫。そのまま大きな倉庫に出るはず。 右は個人パスが必要。……何れレ−ザーソー(電ノコ)はもう要らないわよ?」 防弾チョッキにヘルメット、更に戦闘服が如何にも似合っていないコーネリアスが、 携帯端末を片手に答える。 「よし、俺と姐さんが右に行く。おまえ達は左だ。30分後に地図上B2ーC8のエリアで落ち合う。 何かあったらすぐに連絡、敵が居るなら地の利は相手にある。出来れば戦闘は避けろ。良いな?」 「はい。了解であります。では!」 「ねぇ、こう言っちゃなんだけどこっちダイと私で大丈夫? 私、向こうのどっちかと組んだ方が 良かったんじゃ……」 「賊がセキュリティが必要だった部屋に入ってる余裕はなかったはずだ。此処までドアが破壊された 形跡、なかっただろ?」 既に此処に来るまでドア三枚を、電ノコで文字通りぶち破って来た一行である。 「むしろ俺が気になってるのは姐さんの言ってたエージェントだ。言ってた話がホントなら 所属はともかくスパイだろ。ならセキュリティなんか関係ない。それがでて来ないっつーのは その先でぶっ倒れてるか、若しくはパスが変わって出られなくなっているか……」 「けれど、詳しくは知らないけど彼女のレベルならパスが変わった程度ならば多分自力で……」 だから尚のこと、さ。ダイは足を止めるとコーネリアスに向き直る 「自分で出られない事情があったならどうだ? 死んだとはいわんまでも大怪我で動けないとかさ。 それとホントに生きてるならば姐さんと先に話をした方が良いと思うんだ。国防軍は知らん方が良い 様な話もあるだろうしさ……。何よりそもそも諜報系の人間と国防軍は仲が悪いんだぜ?」 そう言うとダイは再び歩を進め始める。 「その辺俺は関係ないんだが、なにより美人だそうだからな。ならば是非ともお目にかからねば いかんと、まぁそう言う訳さ。――ロック開けてくれ」 「この部屋が例の実験準備室よ?」 あぁ。とだけ返事をすると胸の前、ライフルのセイフティを確認するダイ。 「わざわざ複雑にロックする必要があるとも思えん部屋だが……?」 「この先に実験室があるからよ。私も来た事無い部屋だけどね……。――! ダイ、あれっ!」 防寒服や工具が置かれた部屋。彼女の指さした先。携帯コンロと鍋、そして几帳面に 纏められた開封済の箱や真空パック、その残骸。休憩室が隣にあるのだ。小さくはあるがそこには 調理台もある。どう見ても雑然とした機材倉庫で鍋パーティをする必要性など無い。 「なるほど、確かに誰かが居た訳だ。気配はないが報告は本物……」
第4話『地下での邂逅(後編)』(3/6) ダイのつぶやきは少年のものと思われる『動くな!』という声で中断する。声のした方向に 振り返れば、ガンカメラに写ったあの少年がアサルトライフルを構えてこちらに狙いを付けている。 「おまえらっ! 武器を捨てろ、早く!」 「……。素人は暴走する、言う通りにしよう。姐さんはゆっくり手をあげて頭の後ろへ。大丈夫、 俺の言う通りしてくれ。――あんたが丸腰なのをアイツにわからせるんだ」 アサルトライフルを無造作に床に投げ捨てながらコーネリアスに呟くダイ。いざとなればまだ 防弾チョッキの裏側に拳銃とサバイバルナイフがある。不安げなコーネリアスにはそれとなく 目で合図をする。 少年が構えている銃はオーブ軍の物ではない。確かにオーブ以外でならば簡単に手にはいる 代物ではあるのだが、いったい何処で調達してきたのか。まさか軍事的訓練は受けては居まいが 運動神経は良さそうだ。 少年を観察しながらダイは、多分この距離なら5秒で制圧可能だ。少なくとも撃たれまい。 と判断する。だがまだ動けない。彼に仲間がいないとは限らないのだ。人数を確認できない だろうか。頭を動かさず目だけで集められる情報には限りがある。 「外に出たいなら銃を降ろせ。脅さなくたって出口まで案内してやる。こっちもおまえさんを探……」 「リコ、大丈夫です。その人達は悪い人じゃないですよ? 銃を下ろして下さい。――コーネラさん、 ご無事だったんですね……。本当に良かったです」 白いブラウスにガンベルト。ホルスターに大型拳銃を納め、スリットのように破けた黒いスカート から見える太股に、血の滲む包帯を巻いた黒髪の女性が声をかけると少年は素直に銃を降ろす。 「代表府直轄、情報調査局諜報部第六課、技術情報担当カトリーヌ・クロゥです。……二尉は パイロットの方ですか?」
第4話『地下での邂逅(後編)』(4/6) 「他には何も無かったそうだから、あの二人には一旦上に帰って貰って先生を連れてこさせる事 にした。――あぁ勿論、彼女の詳細は未だ何も」 無線で喋り終えたダイは振り返るとコーネリアスに簡単に話した内容を説明する。 「クロゥさん、だったな? 10分もすれば医者が来る。それまで二つばかり確認しておきたい。 良いか?」 ガンベルトを外して背中に【誘導員】と書かれたウインドブレーカーを着たクロゥが頷く。 その傍らではボディガードのようにリコが立ち、狙いこそ付けていないが未だにアサルトライフル を抱えている。 「先ずあんたの所属だが技術省の人間って事にしておいて欲しい。さっきも説明した通りこの先 何ヶ月かうちの部隊と一緒にいなきゃならんのだが、国防軍の中でも一部の人間には情報局は とみに嫌われてるからな」 「それなら大丈夫です。技術省情報技術監査部の名刺も持っています。ジャケットと一緒に無くして しまいましたけど……」 「……なるほど。技術警察か。確かに技術省でも武装を許可されてるな……。それとコイツは当面、 施設を見学に来た某氏族の子女という事にする。そうでないといろいろ厄介だ。国防陸軍には 堅物も多いからな」 いきなり話を振られた当人は怪訝な顔でダイを見返す。かえってあとが面倒なのでは? と言うクロゥの問いに氏族の傍流に知り合いが居る。何とかして貰うさ。と答えたダイは少し真面目な 顔になってクロゥをまじまじと見る。 「それともう一つ確認したいのだが……。あぁ。あんだは南方の出身でねーが? ほいな気がして なんねんだげんとも」 「な、なすてほだごと急に語るのすか! 確かにおら……う、そのわ、私は、あの、確かに実家は 南の方で、その、ちちゃこい、いえその、小さい時に預けられたんですけど……」 「綺麗な言葉だげんとも語尾にほいな感じが残ってんだおん、オラもほだがら喋り方みだら すぐわがる。やっぱり中央さ来たとき言葉でいぢめらったが?」 「馬鹿にさって、悔しくて一生懸命ひょうずんごば喋るように頑張ったんすけど。んでも簡単に バレるようではまだダメなんだべね」 「南の人間にしかわがんねでば。ところでどごの島の出だ? 斉藤のとめば知ってっか? オラど同じくれの歳な筈だげんとも」 「……おらいの隣の家のお兄ちゃんがとめさん……」 なぁ、おばさん。とリコに話しかけられたコーネリアスはきっとして彼を睨む。 「誰がおばさんよっ、誰がどう見たっておねーさんでしょ!? ……呼び辛いならコーネラ で良いよ? リコ君、ね?」 「あいつら……。何喋ってるんだ……? さっぱりわからねぇ。ニホンゴ、なのか? あれ。 それとも俺のニホンゴがオカシイか?」 「あぁキミ、ニホンゴはネイティブじゃないんだ? キミは十分上手いわよ。ネイティブだと思ってた。 アレ、ニホンゴは間違いないわ。ただオーブでもかなり南方の方言ね……。えと、多分。ね……。 全然気づかなかったわ、キミもあの二人も。――標準語地域出身でネイティブな私って……」
第4話『地下での邂逅(後編)』(5/6) 先生達が来たようだぜ? ダイの言葉にリコが振り返ると数人分の足音が聞こえる。 「よぉ、少年。やっと本職にクロゥの足を見て貰えるな? ……恐い顔すんなよ、ウチの先生は 女だ。美人の太股を見たって何も思わんさ。――おまえにも一つ確認しておく」 未だにアサルトライフルを抱えたリコにダイはぐっと近づく。距離を取るのは間に合わずに 頭のみを引くリコ。ダイは、だが全く意に介さず更に顔を近づける。 「な、なんだよ……」 「おまえはさ、クロゥを護りたい。理屈でなく……。そうだな?」 小声の問いに赤くなってとまどいながら頷く少年から一瞬でライフルを取り上げるダイ。 「――あっ!?」 「隙あり、だ。――コイツは安い上にパワーがあって取り回しもいい、弾の調達も簡単なんだが、 操作系が独特で更に良くジャムる。そして暴発率も世界一。そんなわけでな、公式採用してる 国も組織もねーのさ。貧乏テロリスト御用達の逸品て訳だ。自分のもの、では無さそうだな?」 セイフティを解除すると、ガシャンと音を立てて自身の胸の前に掲げて見せる。 「やるのはかまわん。だったら出来る形で護れ。――何処で拾った? セイフティがダブルなんだ。 ほれ、ここだ。自分のだったら知らん訳無いものな。おまえさん、さっきは撃てなかったんだぜ?」 構えてこそ居ないが銃を持つダイの、その迫力に気圧されてリコは思わず一歩後退る。 「運動神経は良さそうだからな。棒かなんかをもってた方が、きっとおまえさんならその方が 役に立つぜ? ……ホントにヤル気だってんなら、落とさねぇようにスリングくらいかけとくんだな。 転んで落としたらどーする。……クロゥ、銃の残弾は何発だ?」 「後1発です。ただこの口径はほとんど警備用途では使っては居ないかと思いますので此処での 調達は難しいかと……」 「リコ、だったな? 警備室に多分拳銃がある。2丁かっぱらって来てクロゥに渡せ。――それと コイツは不燃ゴミに出しとけよ? 部品毎にきちんと分解してな。プラのゴミ箱は青だぜ?」 弾倉を取り外すとセイフティを再びかけて、ダイはライフルをリコに投げかえしながら言った。
第4話『地下での邂逅(後編)』(6/6) 「ふむぅ。素人にしてはなかなか良い手際ねぇ。ただ、悪いけど此処でもう一回手術しちゃうわね、 その方が治り早いから。――此処にベッド持って来ちゃって! 途中で休憩所見つけたでしょ? あそこにあった。ぶつくさ言わない2人居れば持てるっ! 看護長、鞄持ってきて。メグは照明!」 鉄のヘルメットに防弾チョッキを着込んだ男達に囲まれた、白衣の女性がてきぱき指示を出す。 どうして18隊(ウチ)は女性がこんなに強いのかねぇ。などとダイが思いながらボンヤリと 眺めているとコーネリアスが声を掛ける。 「M1のパーツ、ある程度あったから適当に見繕ってオオニシさん達に上に持ってって貰ったよ? 腕とか頭とか大物はあとで機械まわすって。――ところでさ、さっきのリコ君との話……」 下世話なことは気にすんなって。ダイは手をひらひらさせてニッと笑う。 リコは密室で自分が世話をしなければ食事もままならない、大怪我の美女と二人きりと言う かなり特殊な状況だったのだ。とすれば。 健康な男子が何も思わない訳がない、護ってやりたいと思うのは自白の明。そんなとき男は よこしまな考えを横に置けば”ナイト”になる以外の選択肢はない。ニホン風なら”もののふ”か。 さっきも、状況次第で彼は戸惑い無く引き金を引いただろう。そう思うとダイは背中が寒くなる。 幸運にもあの時は弾は出なかったのだが。 ただ彼は、その自分の心境変化が自分で理解出来ていなかった。だからこそ言葉で少し 揺さぶっただけで隙を作って銃を取りあげることが出来たのだが、女性のコーネリアスには その微妙な部分はわかるまい。ダイは、だから詳細に説明などはしなかった。 「男はあの年頃はいろいろ微妙なのさ。……それよりさっきから何か鳴ってないか?」 「ん? なんだろ。またエアコン不調かしら。だいたい建物半分無くなってるのに東側で警報 出されても対処のしようが……」 携帯端末を取り出してディスプレイを覗き込むコーネリアス。 【Immediate report : It demands the connection and it exists from the outside. Chief Itabashi's approval wanted.】 「……え? 此処に外部からの接続要求って……。ねぇ、ダイ。これって……」 慌ててポケットから無線機を取り出すとマイクを口元に持って来るダイ。 「指揮所に至急っ! モモちゃん居るか!? ――あぁ、俺だ。島内に侵入者の可能性あり。 隊長権限で命令する。全隊に大至急緊急態勢を敷け! 総員おこしだ、俺もすぐ行く!!」 予告 天才ハッカーBBの進入に気づいたダイ達は全力で対抗する。 ダイ率いる18隊ははたしてメインフレームへの進入を阻止できるのか……。 ――次回第5話―― 『仮想と現実の戦い』
今回分以上です、ではまた。
>>地下での邂逅 弐国さん投下乙! 予告だけで続々してきました。
>>90 クロゥさんがひょうずんごとか言ってるしww
オリキャラばっかだけど面白いわGJ!
19/ 「ふん、本場のものと比べてもなかなかだな。ん……『ヨーグルトソース』、"す"だぞシズルさん」 「近くの大学ん中に、ワゴンの屋台がありましてな、近道ついでに買うて来たんどす。 『スペルミス』――どないですやろ?」 礼儀作法の授業に懲りたカガリは、シズルが買ってきてくれた屋台物のドネルケバブに たっぷりとチリソースをまぶして頬張りながら、二人でお題しりとりに興じていた。 「なるほど、それはお題にぴったりかもしれないな。うーん『すあま』! 私は辛党なんだ」 「お題にはちょっと弱いかもしれまへんが、まあええですやろ。 そうやねえ……ほな『マヨネーズがゆ』にしておきましょ」 涼しげな顔で、何とも珍妙な料理を口に出したシズル。 「……おかゆに?」 「マヨネーズどす」 「シズルさんも食べた?」 「へえ……」と、本気らしい。 「――おかゆにマヨネーズは……"なし"だな。んむ……ああ、歯ごたえも十分だ」 カガリは手中のドネルケバブにかぶりつき、ぴりりとしたチリソースの辛さを存分に味わった。 シャキシャキした新鮮な野菜と、牛脂を挟んでローストされた牛肉のうま味が混ざり合い、 薄いクレープ状のパン生地を突き破って舌の上で踊り始める。 料理というのは、例えファーストフードでもこんなものだ。 特にチリソース――辛さ万歳の心地に包まれ、カガリは一瞬だけ上機嫌だった。 「然るにマヨネーズ……その人の気がしれないな」 「――ウチの友人を悪く言わんといておくれやす」 「……それはすまなかったな。サングラス、部屋の中で取らないのか?」 「ちょっと痣ができてましてなあ」 喧嘩をしたわけでもあるまいし、転んだのか。珍しい格好をしている彼女はもきっと、 その――マヨネーズ○○を食べさせられたたのだろう。 味の感想を聞くのも恐ろしく、無言でケバブを頬張るカガリであった。 「代表、お口に……。"ゆ"どすえ?」 「今考えている――ん?」 唇の端についたソースを拭ってもらい、あごに手を当てるカガリの考えを、 「カガリ、閣議の時間だよ」と、ノックに続いた声が停止させた。 姿を現したのは、公式的な婚約者たるボンボンの姿だった。 「……シズルさん。『ユウナ=ロマ=セイラン』だ」 「……? さ、氏族代表のお偉方を待たせちゃいけないよ、カガリ」 「――分かっている」 憂鬱に答えた。 どうせまた、連合との同盟締結について、果てしない平行線を引くことになるのだ。 「"ん"がつきましたさかい、代表の負けどす」 「あ……そうか」 しりとりのお題は『見たくも聞きたくもないもの』だった。
20/ 「アークエンジェルとミネルバが脱走!? どういう事だ!?」 閣議の席でもたらされた"議題"に、カガリの脳裏は混乱を極めた。 「どういう事と言われましても、代表。たった今申し上げました通りです」 危うく机の上に置かれたドリンクパックを倒しそうなカガリを、ウナトがたしなめた。 「つい一時間ほど前の事です、モルゲンレーテの工場に火災が発生した混乱をついて、寄港していた ミネルバがゲートを破壊して脱走しました。アカツキ島から出した艦隊が、足取りを追っています」 取り外していた艦首主砲をドックに置き去りにしたことまで説明したウナトの後に、ユウナ=ロマが 言葉を受け取ったようにつなげる。 「時を同じくして、モルゲンレーテの秘密ドックから、"大天使"の姿が消えている事が露見したんだよ。 警備システムはハッキングを受けて無力化――システムに侵入された痕跡すら、未だに見つていないんだ けどね――モルゲンレーテの資材人材ごともぬけのから、さ……。公表は出来ないけれど、最新鋭の ムラサメが1ダースも、予備部品ごと消えてるんだよ。こっちの方がスマートなやりくちだね」 そして口を閉じるユウナ。 「何しろ、武装した戦艦がまるまる一隻、オーブの領海に潜んでいるかも知れないのです。 代表には追跡の号令を出してもらわねばなりませんな」 「な、なぜそんな事が――!?」 「……代表……」 ウナトが鋭い目線をむける。と、閣議の場にいる全員の目がカガリを突き刺した。 お前は何か知らないのかと。 アークエンジェルともミネルバとも縁の深いカガリならば、何かを察知しなかったのかと。 「わ……私は――」 言葉に詰まって胸の飾緒を弄る。 それは自信が無い時に出る癖だから、何度も直せと父親に言われた癖だ。 何時しか消えたはずなのに――。 うろたえるカガリの姿に「はぁ……」と、ところどころからため息が聞こえた。 多くの者が同時に息を漏らしたので、重なって聞こえた吐息の音に、思わずぎょっとして 閣僚が互いを見合うほどだった。 「……ユウナ=ロマ。アスハ代表は少々お疲れのようだ。ご自宅まで送って差し上げろ」 「はい、父上」 そんな中、一人落胆を露わにする事も無く冷めた目を代表に向けていた息子へ、 ウナトは婚約者を送るよう促す。 「行きましょうか、代表……」 「あ……ちょっと」 強く肩を押され、カガリは渋々と閣議の席を後にする。
21/ 廊下の角を曲がり、人払いを済ませ。 「で……本当に何も知らないのかい? 例のムラサメパイロットが居なくなってるんだけど」 ユウナにそう聞かれる頃には、カガリの精神は大分復調していた。 「……私がそんな陰謀めいた事を、しかもセイランに隠れて出来るとでも思っているのか?」 うっかりユウナに相談してしまう自信がある、と余り無い胸を張るカガリだ。 「質問を質問で……まあいいや」 カガリの馬鹿正直な資質は、流石にユウナも知るところであった 「まあいいやとはなんだ、まあいいやとは!」 ユウナと二人だけならば――多少の嫌悪感がこみ上げてくる者の――幼少の折に培った 上下関係を強制発動して強い言葉も出せるのだ。 「いや……もしも君の動きだったら、僕はそれで構わなかったんだけどね」 「……?」 その真意を測りかねるカガリに、ユウナは 「カガリが僕達セイランに隠れて暗躍出来る程の器なら、国を任せても構わないって事さ」 と、カガリにとって意外に過ぎることを言った。 「はあ――!?」 「氏族連中はアスハを……君を憎んでるわけじゃあないからね」 「閣議で私を笑いものにしておいてか?」 「そういう単純な所に、失望はしているんだよ。アイドルだったらそれでいいんだろうけどね。 ――それからあれは笑いものじゃなくて吊るし上げ」 晒し上げともいうかな? 子供のような笑顔を顔に張り付けて、ユウナは付け加えた。 「それに、国民感情はその限りじゃあないよ」 「う……」 カガリを、アスハを憎む"元"オーブ人の少年が脳裏に浮かぶ。 誠心誠意を尽くすと、ミネルバに向かって約束した。シン=アスカにも向かって言ったのだ。 今度こそアスハの覚悟とオーブの理念を、微力ながら示すつもりだった。 だが、国を焼いた男の娘だ。 カガリの言葉など信じられないからこそ、ミネルバは―― 「……違う」 「――なんだい?」 「ミネルバ脱出のタイミングだ」 いくらオーブを信用しないと言っても、ミネルバがやったような乱暴なやり方では、 こちらも見逃すわけにはいかず、追わずには居られない。 そう言った事を口にしたカガリを、ユウナは品物を値踏みする商人の目で見た。 「……へえ……。それじゃあ、どういう事だろうね?」 「そ……それよりも、オーブに居る事が危険だから」 「うーん、具体的に頼むよ」 「ミネルバがオーブにいては、オーブが戦場になる?」 「……まあ60点というところかな」 正解はね、と、ユウナはタメを作った。自分だけが知っている手品のネタを、ばらすか否かと 楽しみに悩む魔術師のようだった。
22/ 「"ミネルバが居る限り、オーブはザフトの揚陸作戦目標になっている"だよ。 ソースは、"アスラン=ザラ"という現役のザフトレッドなんだけどね」 「――え?」 カガリの思考が凍った。 「え……あ、ザフトレッド――? 嘘……」 「それが分かれば、話は早かった。ドックの警備を手薄にして、ミネルバに強行突破してもらい、 こちらは、逃走経路を塞がないように一生懸命ゆっくり追跡する」 「ユウナ、ちょっと待って、アスランが――帰ってくるはずなのに。……え?」 ――嘘だ。そんな事があるわけがない。 ユウナが何か喋っているらしい言葉は、全く耳に入ってこない。 「後は、追跡したミネルバの情報を連合への手土産に、ザフトが行う揚陸作戦の後、 無傷で残ったオーブの戦力を高く――なるべく高く売りつける。ここは罵って言い所だよ?」 「あ……アークエンジェルは――」 「連合に与してはザフトに狙われる。だから連合に奪われる事が確実な"アークエンジェル"が 逃げるのだって目を瞑った――これはどの目を出すかわからないサイコロだけどね」 「ユウナ!」 「――オーブにとって、ギリギリの立ち回りなんだ。これは君にはできなかったし、 "どうしてザフトレッドが僕らに情報をくれたのか"はさっぱり理解できないけれど、 "彼"は多分、君にやって欲しくなかった。プラントからはアレックス=ディノの辞表が 送られて来たよ」 「あ……!」 壁に背を預けたカガリの手が、礼服の胸に置かれた。 ポケットに潜む、アスランから贈られた指輪の輪郭をなぞる。 「君はこの件に関して、そして連合との同盟についても、何もしていない」 カガリの顔に触れようとして、その手を逸らして後ろの壁に付き、婚約者を追い詰めた 形になって、「汚れていないんだよ」とユウナは付け加えた。 「そしてその為に、アスラン=ザラという男は確実に何かを犠牲にしている」 「あ……く。……失礼する!」 「同じ男として言うがね、それは恐らく、決してザフトに戻る気の無かった、彼自身の正義だ! ――君のためだぞ! カガリ、君は……彼が犠牲にしたものに――――」 投げかけられた言葉に追いつかれぬよう、執務室へ向けて、足早に立ち去る。 周りを直視する事も出来ないカガリは、勝手知ったる廊下を大股で歩きながら、 一人の名前だけを呼んでいた。 「う……アスラン、アスラン――アスラン!」 ――アスランが自分を見捨てた。ザフトに行った。 違う、オーブのためにとカガリは言った。 彼女の意志に順じたのだ。 ただ一時、オーブを守るために、彼の正義ごと殉じるつもりなのだ。 ――なのに自分は! 感情が理解と納得と、そして欲求の間で揺れ動き、そして溢れた。
23/23 「アスラン――! キラ……助けて、助けて――くれ!」 廊下の中央で立ち止まったカガリは、執務室の前に来ていた。 誰かが追ってくる気配はない。 と、「代表――」いつの間にか、側近が近づき、ハンカチを差し出していた。 「あ……シズルさんか」 受け取ることなく、袖で目頭をぬぐう。 「話は端で聞かしてもろうとりました……勘忍しておくれやす」 「む……彼等は、逃げきれるだろうかな?」 「……おそらくは。どちらも」 「そうか――」 アークエンジェル、そしてミネルバ。 彼らの脱出に、カガリは何もしていない――何も、出来ていない。 何もさせてもらえなかった――たとえアスランの情報を知っていても、きっと何もできなかった。 思いだけでは足りない。 理念だけでは動かない。 力が欲しいと、切に願った。 いや、願って降りてくる力など無いのだ。 力は掴まなければ――カガリの胸中で、化学反応にも似た変化が起きている。 「代表――」 「力が……いや、情報が欲しい」 無知を笑われて、恥じている場合では無かった。 何が起きているのか、何を起こせるのか、まずはそれを知らねば。 「二隻の……いや、"アークエンジェル"の動きを追ってくれないか?」 安らかな航海を願う気持ちと共に、彼らが転んだ先で天に向けるサイコロの目を、 カガリは知らなければいけなかった。 「承知いたしました、代表――でも、そういうときは質問やなしに、命令しておくれやす」 「分かった。でも……それだけじゃ足りない――私に出来る事は……」 カガリの手が胸元の指輪を弄る。 指先の感触から得るべきは安らぎでは無く、一歩を踏み出し、そして飛びこむ勇気だ。 アスランが示し、捧げてくれたものを――。 「シズルさん、ウナト=エマに連絡を入れてくれ」 はっきりと側近に向けた目は、決意に満ちていた。 「代表……どんな用件どすか?」 「――ユウナ=ロマと結婚する日取りを、と」
以上、SEED『†』第十七話Bパート、裏タイトル 「か、勘違いしないでよね。別にユウナの事が好きで結婚してあげるわけじゃないんだから!」 を投下終了しました。 書き始め当初は、暇過ぎたなカガリが抜骨術とピック投げを 練習してるシーンだったんですけどね。 感想、ご指摘がありましたらご自由にどうぞ。
SEED『†』投下乙です ユウナが厳しくてやさしい意外といいやつになってますね カガリにもがんばってもらいたいです GJ ! ケバブが久々に食べたくなりました
>> 4/1 投下乙 シンが黒いのが斬新な感じ >>憂鬱 投下乙 只の夢落ちでないのがむしろ変な余韻が残って良い >>島 投下乙 怪しい「南方弁」も何かの伏線か? トウホグ弁を使って見たかっただけかも知れないがw >>† 投下乙 そうだよな。こうでなくては以降の話がみんな唐突になる
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マーカス隊事務報告書綴り 〜事務官かく戦えり〜【少女は砂漠を走る! より】 原案協力:真言氏、ひまじん氏 某月某日 天候 晴天、午後より一時砂嵐 件名:実験中隊の護衛任務について。 命令書概要。 【新型MS混成実験中隊であるマーセッド隊がセブンスオアシスにて地上での重力下機動 試験を行うので、此について貴部隊に対し試験の支援並びに護衛任務を命ず】 本日当該の命令書について1300隊長が受領を確認。マーカス隊は1500をもって 全隊セブンスオアシスに移動開始。到着は旗艦レセップス級アンコールワットの動力不調 の為、明後日の予定。アンコールワットについては速度以外の問題が無い事から現地到着 後に原因調査予定。機器の発注は状況把握後とすることでメカマンチーフジーン氏と合意。 「で? サイトー君、何を気にしているのかね?」 隊長室のデスクを挟んだ向かい側。若干機嫌の悪そうな隊長の顔がある。 「ま、たいしたことじゃないんですがね。一応隊長には伝えた方が良いと思いまして」 ザフト。Zodiac Alliance of Freedom Treaty(自由条約黄道同盟)の略称。プラントの 防衛軍のような存在ではあるが、そもそもはプラントの政治結社であり最終的に武力を 持つこととなった。だからプラントはザフトの一党独裁体制であるとも言える。 俺はそのザフトの陸上戦艦2隻を擁する部隊、マーカス隊の主計事務官だ。 ザフトは通常、一般で言うところの中隊規模の部隊で各隊が行動する。他の国と違うのは 部隊名に隊長の名が冠されることと、そして全ての事象が自隊内で完結することだ。 MSの運用整備は言うに及ばず、平時の、普通の軍隊であれば国防省やら防衛省やらが やっている事務仕事も全て自隊内で処理しなければならない。まぁ、そのおかげで俺は 今日も仕事が出来ている訳だ。戦闘能力測定器なんかあったら多分限りなくゼロに近い 数値が出るだろうからコレはありがたい。 「あなたを陰険教官と呼ぶ某女性隊長がある事件の容疑者としてマーセッド隊長のマーク を始めたようです。――彼女が直接災害を招くとは俺も思いませんが」 「モニカ、か。今はフェイスで対テロ専だったな。カミソリモンローも出世したもんだ。 ――アレがマークするならテロ絡み、か……。頭に入れておこう。ソースは聞かないぞ?」 俺の戦闘力はネットワーク。あくまで口コミレベルだが状況によっては諜報部隊を 出し抜くことだってあるのだ。おかげで今日も飯にありつける。
マーカス隊事務報告書綴り 〜事務官かく戦えり〜【少女は砂漠を走る! より】 某月某日 天候 晴天 件名:臨時雇い職員のザフトへの正式雇用、並びにMSパイロット候補生登録について。 人事稟議書概要 【セブンスオアシス市民であり7日前より臨時庶務として雇用していたミツキ・シライ (女・17)にMSパイロット適正のあることがわかったのでザフトに正式採用する こととしたい。尚、本件については自らの居住地を失った人道的援助の面も考慮されたし。 署名マーカス隊長及びマーセッド隊長】 マーセッド隊は隊長他一名を残し、全員死亡。マーセッド隊長は右椀部をほぼ失い重体、 一時危篤状態になるも体調持ち直す。試験機1号機損壊、回収不能。2号機、3号機と 付属品の大多数については回収に成功。当部隊の損害は軽微。当面ジブラルタルへの 試験機運搬が主な任務となる。なお2号機に関してはミツキ女史のみが運用可能な 特殊ロックが稼働してしまった為実質運用不可。隊長は3号機についても実戦での使用は 見送る方針。 「僕が言ったことではあるのですが。彼女、ミツキさんはそう言う処理で良いのですか?」 利き腕ではないから僕のサインには見えないか知れませんね。上半身を包帯で ぐるぐる巻にされ右手を失ったその青年は、そう言って微笑むと書類に署名をする。 「事務処理的にはその方が手っ取り早いんです。それにMSに搭乗してしまった件も それならあなたの言うとおり、隊長の判断で緊急避難条項が適用出来るってぇ寸法です。 パイロット候補生のアルバイトは、いくらザフトでもあまり募集しませんからねぇ」 そりゃそうでしょうね。そう言ってペンのキャップを口に咥えて閉める彼の顔。 その顔は見たことがあった。そして口火を切ったのは意外にも彼の方だった。 「東アジア共和国で一度お会いしてますね。オーブのダブルスパイ、当時は馬棟芽さん、でしたか。 ……あくまで個人的な興味本位でお聞きします。何故プラントに?」 「単純にオーブも諜報畑もイヤになった、そしてプラントに上手く潜り込めた。それだけです。 ――死神エディ。諜報分野ではちょっとした有名人だね。関わった案件では必ず 敵味方関係無しに10人単位で死人を出す。任務達成率9割、MSもエースの化け物」 久しぶりに腹の底が冷えるような、嘘の笑いを顔に貼り付けての会話。この感覚を 昔は好み、そしてそれがイヤになってザフト軍籍を取り、事務員になったのだ。 「お互い、過去の事は忘れましょう。僕は左遷され、あなたは主計事務官、そう言う事で」 「そうして頂けると助かります。――あぁ、シライさんがあなたに会いたがっていました。 お礼を言いたいのだそうで、体調次第でしょうけど話を聞いてあげて貰えないですか?」 少しだけ眠らせて下さい。ミツキさんの件はそのあとで必ず。 そう言うと涼しげな目を閉じ彼はベッドへと体を沈めた。
マーカス隊事務報告書綴り 〜事務官かく戦えり〜【少女は砂漠を走る! より】 某月某日 天候 晴天 件名:マーカス隊旗艦『アンコールワット』の機関故障に伴う作戦遅延について 作戦遅延に対する緊急報告、及び部品請求書概要。 【当部隊旗艦レセップス級アンコールワットのスケイルモーター排熱機構、並びに熱交換、 冷却機構に致命的な損傷発生。予備部品に交換するも予備部品が不良品であったため、 機関の故障を防止する為、現在別記位置にて停泊中。此により作戦遂行に支障を来し ジブラルタル到着は最低12日程度遅延する見込み。署名マーカス隊長】 【スケイルモーター排熱ユニットFA−n128他について付属品他一式を請求する。 ジブラルタル基地の予備部品にて至急対応されたい。当該部品については在庫があれば リビルト品でも可とする。請求部品詳細は別紙の通り。 署名マーカス隊長及びジーンメカニックチームチーフ】 「やぁ、忙しそうだ、ねっ、と!」 緑に塗られた二人と赤でご大層に頭に羽根飾りを付けた巨人が一人。その足下、 ディスプレイ7枚に囲まれ大げさな表紙の着いた分厚いマニュアルを積み上げて キィボードを叩く男、彼の後頭部に向かって思い切り缶コーヒーを投げつける。 「よっと、まぁウチにザクが来るとは思ってなかったからな。ウィザードシステム用に クレーンつくらにゃならんが、積載数が犠牲になるなぁ。予算、取ってくれよな?」 何事もなく振り返り普通に缶コーヒーをぱしっ! とキャッチすると、一気に飲み 干して机にカンっ! と立てるその男、メカマンチーフのヒィマ・ジーンである。 「ファングの専用ハンガーだけで通常の5倍×2だよ? 勘弁して欲しーなー。正直」 「俺の趣味でやってる訳じゃねぇ。運用決定をした隊長が悪い。あんたもそう思うだろ? あぁ、ちなみにクレーンとウィザード格納スペースで予算はオーカー用×4.2ぐらいだな」 「…………あの、ザクってそれがないと絶対に運用出来ないモノ、なの? ――マジで? それって一機分のコスト、だよね? みっつ、要るんだよね? ……なんか目眩が」 ……まぁ、ファングはともかく、ザクは上からよこした以上何とかなるんだろうけど。 全く、コイツときたらスケイルモーターの件と言い仕事増やしやがって。ちぇっ。 「ところでトメよ。昨日の話、一枚噛ませてくれ。――あぁ【ミツキちゃんFC】の件だ」 若い癖に渋いオヤジキャラな彼がそう言う台詞を吐くとそれだけで吹き出しそうだ。 ミツキ嬢が師匠と呼ぶ男、エディは重要参考人として対テロリスト専門部隊、わけても 主要3隊の内、何でも有りのパワープレイを得意にするモンロー隊にマークされている。 彼女が全く関係がないのは調べなくともわかる話であり、ならば監視の目をそれとなく 増やしておくのは悪い判断ではないだろう。彼女に彼絡みの何らかの不幸が降りかかる のは出来うることならば避けてやりたいからだ。ならば彼女に貼り付けるのは……。 「ねぇ、ジーン。会員拡充の件だけどチェンバレン君も彼女のこと、好きだよねぇ?」
マーカス隊事務報告書綴り 〜事務官かく戦えり〜【少女は砂漠を走る! より】 某月某日 天候 晴天 件名:赤き風の旅団に対する調査について 命令書概要。 【非合法傭兵組織、通称赤き風の旅団について可能な限り情報を収集せよ。尚、本命令 についてはマーセッド隊長、モンロー隊チェンバレンに対しても有効であるものとする。 尚、本命令は特務隊権限であり拒否は認めない。命令者:フェイス モニカ・モンロー】 本日当該の命令書について0900隊長が受領を確認。マーセッド隊長には0930 に通達。当部隊は当面チェンバレン氏の動向を待つとの隊長の指示。0900時点で チェンバレン氏は既に別命により作戦行動中であった為、氏への通達は1800。 結果赤き風の旅団ジークフリート氏他一名の身柄拘束に成功。明日1000より 事情聴取開始予定。 『――次の町には予定より半日早く入る。病院には憲兵が直接連れて行くそうだ……。 それと、コレはオフレコなんだけど彼は今、フレアモーター絡みで名前がわかっている 中ではもっとも上位の人間だ……』 夜明け前、アンコールワットの甲板で男女の影。そのブリッジの更にその上。マントを 風に吹かれながらヘッドホンに集中する俺。やれやれ、アブナイ人かも知れないな……。 しかも話の内容は思った通り全く面白くないものだった。 くそ真面目なチェンバレン君が何か漏らすならミツキ嬢だろうと思ってあえて甲板に マイクを仕掛けた。流石はザフトレッド。情報が早い。 同じ情報が間もなく俺にも入るだろうがどんなに早くとも昼過ぎだろう。 『――そして全て終わってまだココにミツキが残っていたなら、口説くのはその時だ。 俺の気持ちは、それまで封印しとく……。』 感情よりも義を優先、ね。チェンバレン君、漢だなぁ。意外とかっこいいじゃんか。 「全く、何かしてあげたくなっちゃうじゃないか。チェンバレン君……」 それからたった数日。赤き風の旅団は事実上壊滅し、まだ俺しか気づいていないが チェンバレン君の工作活動は目に見えて激しくなっていた。どうしてもエディを 逃がしたいらしい。あろう事か彼の思い人、ミツキ嬢と共に……。 ”戦う”事から逃げ出した俺には、もはや彼らに何かを言う資格は無いだろう。 だが、君達より少しだけ経験の多い俺は知っている。 たかが個人が世界を相手に戦うなんて、出来やしないって事を。 エディを外に連れ出すことさえ、もはや至難の業だというのに。キミ達は全く……。
マーカス隊事務報告書綴り 〜事務官かく戦えり〜【少女は砂漠を走る! 番外編】 某月某日 天候 晴天のち隕石 件名:エディ・マーセッドの逮捕、拘束について 命令書概要。 【テスト中隊マーセッド隊エディ・マーセッドについて国家反逆罪、並びに大規模破壊 活動扇動容疑により逮捕拘束を命じる。方面軍本部憲兵隊が貴隊に接触するので拘束を 完了次第身柄を引き渡されたい】 命令書到達時コンディションレッド発令中であった為、隊長の判断により命令書の 受け取りを一時凍結。戦闘終了後に改めて命令受領を行うことを隊長自ら憲兵本部へ。 その後、憲兵本部は独自に行動する旨通達有り。現地時間午後、B.T.W.事件発生。 「時間を稼いで欲しい。来るのがバスティッチ隊長だと聞いたんでね。ならばキミに 借りを返して貰おうと思ってさ。……イケるでしょ? 1時間、いや30分で良いんだ。 ――ありがとう! 恩に着るよぉ、例の件全部帳消し! 持つべきモノはお友達だね」 時代を変えることも、罪状を無かったことにも出来ない。そんなコトはわかってる。 俺に出来るのは精々、エディとミツキ嬢の時間を延ばしてあげることだけ。 そんなコトしか出来ないけれど、俺に出来る事は、それしかないから。……だから。 「良いでしょう、ノリましょ? ――で、隊長。具体的には俺に何をしろと?」 「本部への報告書と顛末書、その他添付文書、付帯書類諸々、今日中に全部でっち上げろ。 モニカとバスティッチには話を通してある。騒ぎの中のシライくんの名前は全て抹消。 彼女は勲章モノの名誉の負傷だ。彼女の怪我の経緯も含めてシナリオは全て任せる。 悪いのは全て、空の愚連隊から降りてきたチェンバレンと腐れ憲兵ども。そう言う事だ」 難しいことは無い。むしろチェンバレン君を口説き落とそうと思っていたぐらいである。 とは言え憲兵本部の人間に、重軽傷者9名が出ている事実はどうするつもりなのか。 「チェンバレン君には情状酌量の余地は残しますよ? それとバスティッチ隊の……」 「心配はいらん。ヤツには貸しがある。平和利に話を付けるさ。やり方が強引だと今まで 何度も言って来たんだ。だいたい此所まで無様を晒して、そのまま報告など出来まいよ。 書類は1600までに提出。……頼むぞ? 以上だ。サイトー事務官。退出して良し!」 「おいトメっ、彼女の怪我は! ミツキは!? なんか聞いてないか、おまえ!?」 慌てているとは言え、勢いよく事務室に飛び込んでくるならジーンくらいなものだ。 「命の心配はもう無いって。ただ体の傷が多少残る……。つーか先生に直接聞いたら?」 「そうか、良かった。いや、女の子だから良くないのか? ……おい、どっちだ!?」 「町にお見舞い、果物か何か買いに行こうよジーン。――彼女がよくオーブのことわざ 言ってたろ? 命あっての物種ってさ。彼女なら生きてる限り、あぁ良かった。って言う に決まってるさ! 俺たちの女神様だよ?」
今回分以上です。 まとめ40,000HIT御礼で書いたものです。 本来、まとめに直接書くべきなのでしょうが 日曜日ですので保守かたがたこちらに投下します。 ちなみにテンプレ、連続投下は現在30秒ですね。 引っかかって初めてわかりました……ww ではまた。
>>弐国さん 投下乙です。 馬棟芽w サイトー事務官の新たな素顔が判明したことで、より物語に深みが出たことだと 思います。今読み返しても、少女は砂漠を走る! のシナリオはよく出来ていたなと 感じています。 GJでした。
【テロリストのうた】 1/アランとフランチェスカ C.E.75年。過去の戦争の傷跡は未だ癒える事なく、地球を、そして人類を蝕み続けている。 決して終わりはしない。 悲しみの螺旋は互いに絡み合って破壊する。 世界を。 そして、運命を。 ◆ 「まぁーったく、最近は仕事がやりにくくて困るわ」 昼下がりのカフェで灰皿の中のタバコのもえさしを弄びながら、若い女性が溜め息を吐く。 「仕事ではなくて活動。まあ、活動がやりやすいってのもどうかと思いますけどね」 コーヒーにミルクを入れながら、長身の青年がちらりと窓の外を見やる。 「禅問答は嫌いだね。私は気が長くない」 「だろうね。気が長ければこんな事をしないでしょう、お互いに」 二人は顔を見合わせ、喉を鳴らす様に笑う。 端から見れば恋人の語らいに見えないことはないが、発する気配は剣呑な物が含まれている。 だが、喧騒に紛れていてそれに気付く者は一人としていない。 「で、上からの指令はなんです?」 「この中に入ってる」 女性は鞄から封筒を取り出して、男性の前にスッと置いた。 「ああ、アンタと私のIDも一緒に入ってるから確認して」 「へえ、今度の仕事はオーブですか」 男性は言葉に従って封筒の中身を確認する。 取り出した物を読み進める内に、男性の顔がいびつに歪んでいく。 「俺がアラン・フィアットで、貴女はフランチェスカ・フィアット――兄妹ですか?」 威勢の良い声を張り上げたアランを制するように、フランチェスカはあっけらかんと答えた。 「そ。そーゆー訳だからヨロシクね、お・に・い・ちゃ・ん」 上目使いでシナを作ったフランチェスカに、立ちくらみを起こしそうになったアランは頬杖を突いて前のめりに倒れそうになったのを堪える。 「あ、あーたの方が年上でしょうがっ!」 「私のナリと、お兄ちゃんのナリ、年上に見えるのはお兄ちゃんなんだよねぇ」 二人の体格を比べれば、確かにアランの方が遥かに大きい。 フランチェスカが童顔である事と相まって兄妹と言っても遜色はない。 「――なんでこんな羽目に」 「仕方ないでしょ、上からの指令なんだから。解ったらちゃっちゃとお兄ちゃんらしく振る舞ってよ」 ハァ、と涙目で溜め息を吐き、アランは我が身の不幸を呪う。 何か悪い事したかな、と自答するが、悲しいことに返ってくる答えは一つである。 ――自分は決して善人じゃない。
2/爆弾テロ 「じゃあ、そろそろ帰ろっか。一服したし、話も終わったし」 「待って下さいよ。俺はまだコーヒー飲みきって無いんだから」 「お兄ちゃん、く・ちょ・う。ちゃんとしてよね」 アランはチェッと舌打ちをして、冷めて冷たくなったコーヒーを一息に飲み干した。 「よし、じゃあ行くぞ」 「そうそう、そんな感じ」 ぎこちない口調で告げると、アランは椅子の上の鞄をテーブルの下に置き、立ち上がって店の出口に向かう。 次いで、フランチェスカも立ち上がり伝票を手に取り後に続いた。 「まさか、割り勘なんて事無いよね?」 「あ、当たり前だろ。一応持ち合わせはある」 アランはフランチェスカの頭を、色々な恨みを晴らすかのようにグリグリと撫で回しながら答えた。 会計を済ませて店から出ると、アランはカフェを名残惜しそうに見る。 「マクガフィンね、コーヒーはそれなりに旨かったんだけどな」 ボソリと呟き、横をすり抜けて行ったフランチェスカの後を追い、駐車場へと急いだ。 ドアを開けろーと怒鳴り散らすフランチェスカに辟易しながらドアを開け、乗り込んで車を出す。 車道が空いていたのでアクセルを踏み込むと、直ぐに店のシルエットがみるみるうちに小さくなっていく 「そろそろOK?」 後ろを伺いながらフランチェスカはソワソワし始めた。 「二人だけから口調もどしますけどね、趣旨替えしたんですか? 貴女、嫌いでしょ――こういうの」 「好きじゃないね。でも……嫌いじゃない。それにね、仕方ないよ。あの店のおーなーって暴動に加わってたんだから」 「……良く調べましたね」 「そりゃあね。私の本分だから」 「そろそろ、ですね」 アランが短く告げたその刹那、爆音と共にカフェがその姿を失った。先程アランが店に置いてきた鞄の中身、時限爆弾が爆発したのだ。 それを確認してヒュウッと口笛を吹いたフランチェスカは、喜色を露にした。 「ひゃあ、流石だね」 「ええ、俺の本分ですから」 「クールだねぇ。今ので何人死んだんだか」 「さあ? それを調べるのは俺の仕事じゃありません」 バックミラーで後方を一瞥すると、アランは深く、深く溜め息を吐いた。そして、心の中で手を合わせる。 自分達が行なったテロの犠牲者が地獄に落ちる様に、と。 ――To be continued on the next time.
今回はここまで。 駄作にてスレ汚し失礼。
小さな島に風が吹く 第5話『仮想と現実の戦い(前編)』(1/6) 【Information : Chief Itabashi's approval is waited for. Please wait for a while.】 「イタバシ……。コイツがそうか。ちっ。運の良いヤツ、未だ生きていやがったとはな」 毒づきながらも端末を操作する手のスピードは落ちないBBである。 「へっ、標準に毛の生えたセキュリティで俺様をとめられると思うな……!」 「おまえら、女性陣は頼むぞ!? ――M1全機、機体を起動させろ! コイト三尉が非番だ、 たたき起こせ! 島内全センサー強度最大、動く物全てをトレースしろ。技師長を捕まえて俺に 連絡させろ、それとクロキ曹長もだ!」 ひとしきり無線に叫ぶと自身も部屋を飛び出していくダイ。 「……コーネラさん、一時システム上の権限を私に預けて頂けますか?」 「どういう事。カトリ?」 「詳細は後ほど説明しますが敵にかなり強力なハッカーが居ます。そして私の専門はそっちです」 一瞬の躊躇の後、コーネリアスは携帯端末をクロゥに渡す。 「ありがとうございます。コーネラさんは接続発信元の逆探知をお願いできますか」 「それなら私でも出来そうね。――リコ君、隣の部屋にキーボードとマイク、それとデータグラス があるから持ってきて? その端末直接じゃ扱い辛いでしょ? それと誰か一人、情報管理室に 私と一緒に来て」 『こちらクロキ曹長。一班は対MS戦、二班は対ゲリラ戦を想定。普通科分隊、準備よろし!』 『特機分隊マーシャルだ。コイトも間に合った。M1全機出動準備よろし、いつでも行けるぞ!』 『各センサー半径一qについて特に不審な反応無し、各ポートも同様。情報1,2とも監視続行』 階段を駆け上がりながらダイは無線に叫ぶ。 「全隊に通達、合戦用意! チャンプスはいつでも動けるようにしとけ。マーシャルとコイトは そのまま待機、普通科一班はA2に随伴出来るよう車両準備、指揮はクロキ曹長。二班は 拠点防衛戦を想定、指揮所がそのまま指揮を出す。情報車1号は熱源、振動探査感度最大、 情報車2号は班長だな? ――了解だ、島内の空間探査スキャン開始、我々の知らん施設が あるかも知れん。空洞という空洞を片っ端から全部あぶり出せ!」
第5話『仮想と現実の戦い(前編)』(2/6) 【The confirmation: The full powers limit of the system is transferred to head representation BB.】 名前を聞いてビビるくらいだとやりがいが無くて困るがな。嘯きながらあえて自分の名前を 副所長としてシステムに打ち込むBBである。 彼は、かつて連合政府の情報を漁っていたときに偶然極秘計画『G兵器』についての ファイルを触ってしまい、戸籍も本名も消され自身も抹殺されかかった経緯を持つ。 そもそも、勿論わざとではあるがBBの仕事は、見た目が派手で必要以上に目立った為、 業界で名を知らぬ者は無かった。しかも、その一件は本人が生き残った事で彼の名を伝説にまで 昇華してしまったのだ。 だが生き延びたは良いが、その日以来『実体』を失いBBとして生きるよりほかに無くなって しまった彼である。 自身の名前をあえて打ち込んだのは同じハッカーであるならBBの名前だけでも威圧できる だろうと考えただけでなく自己顕示の意味合いがあることは、自身も当然自覚はあった。 「とっとと白旗を揚げろよ。システム乗っ取ってどんなオッサン面なのかすぐに拝んでやるぜ、 イタバシさんよ……」 ところがディスプレイは全く彼の予想外の答えを返して来た。 【The empowerment is rejected by the representative prefecture information Research Bureau authority.】 「代表府情報捜査局権限で拒否、だと……? 国防軍は常駐してるし、いったいこの島には 何があるってんだ!?」 面白い、政府の諜報屋のスキルを拝ませて貰おうじゃねぇか……。呟きながら一瞬止まった 手が再び動き始める。 「だがな、こんな汎用システムだ。いくらでも潜り込むスキマはあるぜ。わかってんだろうな……!」
第5話『仮想と現実の戦い(前編)』(3/6) 「だいたい外部から接続出来る筈が無いんだけどなぁ。港にさえ直接回線無いのに。そもそも 空きの外部回線自体が……。あれ? 120番以降の回線が高速仕様で実装されてる?」 『コーネラさん、時間がかかると不味いです。敵は連合の工廠開発局に進入歴のある伝説の ハッカーを名乗ってきました。勿論騙りかも知れないですが、本物だったなら私のレベルでは とても長くは持ちません!』 かなり焦った様子のクロゥの声がイヤホンから聞こえてくる。だが画面の接続先は【外部】 を表示するのみ。こういった場合焦ったら負けだ。とコーネリアスは自分を鼓舞する。 遠回りに見えても一歩々々。それが一番早い。ついこの間、頭が良いフリをして命を落とし かかったばかりの彼女である。 あえてチュートリアル用AIを呼び出す。 「お久しぶり、キューティ。所長代理権限で質問します。この場合の外部とは何処?」 【現状から所長代理と認めます。質問については建物の外です。イタバシ主任】 『姐さん、聞こえてるか? こちらはダイだ。此所以外でで電力を消費する施設の稼働を検知 出来るか? どうぞ!』 いきなりクビに下げた無線機からダイががなり立てる。 「ノースに発電施設用の遠隔端末はあるけれど、他には多分無いはず。ちょっと待って」 むしろ落ち着いてデスクに取り付けられたマイクに向かうコーネリアス。 「各ポート付近に存在を秘匿した研究所直轄の施設はある? あるなら場所を教えて」 【セントラルポートに一件存在しますが場所についてはお答えできません。所長決裁が必要です】 「外部接続用の端子みたいのがあるって言う事?」 【それも所長代理権限ではお答えできません。所長決裁が必要です】 「ふんっ、イシアタマ! ――ダイ、イタバシよ。詳細は不明だけどセントラルポートに何かあるのは 間違いないわ。見えてない以上、地下か海どっちかよね、多分。――時間無いの、大至急調べて! ……でも、気を付けてね」
第5話『仮想と現実の戦い(前編)』(4/6) 「……セントラルか、――何所に居たんだ技師長、無線くらいもって歩けよ! ――あぁそうだ、 此処以外で、島内で信号をやり取りしてる場所を特定、ってできるもんか? 電力でも良い」 ホールに入り横を歩くフジワラ士長からファイルを受け取りながらダイは喋り続けていた。 「コイトのA1、調整は良いな? ――敵の規模が不明な以上クロキ曹長はまだ動かんで下さい。 技師長、ソナーは各ポートに設置してあるんだよな? 現状反応がないのはわかってる。一発、 最大出力の10割増しで撃ってみてくれ。――環境法? 緊急事態だ! 魚が多少浮いたって 仕方ない。何らかのステルス素材を使ってる可能性がある以上、相手の想定外の出力が必要だ」 フジワラ士長にフライトジャケットを渡しながら指揮所を見れば既に隊員が机に付いている。 上着に袖を通しながら大股で自分のデスクに近づくダイ。 『出来んこたぁ無いんだが準備に少し時間をくれ、リモートで全数リミッター解除だ。手間がかかる』 『電力使用位置特定。イーストセントラルポート管理所より南南東に約103m。深度約−36m』 『情報2から隊長、各種走査により同位置に人為的空洞のあるのを確認。大きさは大きめの ロッカールーム程度。空洞内には電子機器、鉄の……! 人間と思われる反応キャッチっ、数1』 「さっき見つけた空調と電気の図面、メインモニターに出せ! 第三期外部施設ってヤツだ!」 ダイの言葉に呼応して一番大きなモニターに電気配線の図面が浮き上がる ダイは自分のデスクに着くなり図面にマーキングをするとそのままデータ転送をかける。 「A2、目標は今送ったとおりだ。普通科第一班と一緒に目標をギリで目視できる場所まで行け、 ――あ? 形は俺も知らんが目標は行きゃあ有る。敵の規模がわからん、出過ぎるなよ!」 『クロキ曹長より普通科一班各員、三尉のアストレイに続き出立する! 遅れるな!!』 『こちらA2、指揮所。隊長、かまわねぇんすね?』 ダイにひっきりなしに無線が呼びかける。 「あぁ、今送ったポイントにライフルを最小出力で2発ぶち込め。M1のライフルなら威力は十分だ。 責任は俺が取る。――姐さん、行き先の名称は特殊接続室だ。多分ソフト的には無理だ。直接 ブレーカーを落としたい。――おい、場所が出てねぇか? 多分外観図とかそんな名前の図面だ」 言いながら自身も図面の検索をかける。と、オペレーターが振り返りつつインカムに叫ぶ。 「見つけました主任、SL−12っていう分電盤の上から三列目です」 『……見つけた。インターロックがかかってるけど壊して貰うからちょっと待って。――ありがとう。 ――いけるわよ』 『ソナーの設定変更はOKだ。ただおまえの言う出力で一発撃てば3分程使い物にならんぞ? ついでにもう一度言うが法律違反だ』 今は俺が法律だ! マイクを持ってそう言うとディスプレイを睨みつつ立ち上がるダイ。 「チャンプス、コイト、中庭から遠距離射撃用意。――あ? 方位なんか俺が知る訳ねぇだろうが! エミちゃん、ラジオ全周波で準備。技師長、かまわねぇから30秒後にソナー全機同期で撃て。 情報1、ソナー員、一発しか撃てねぇ。いいな、絶対に反応を逃すなよ!」
第5話『仮想と現実の戦い(前編)』(5/6) 珍しくしかめつらしい顔をして、制服の上着を引っかけたダイ。 ヘッドセットを首にかけながら隊長席のとなりに座るフジワラ士長に紙を渡しつつ話しかける。 「た、たいちょお……。それ、ホントに自分が言うんですか?」 「女の声の方が当たりが柔らかい。それに俺はニホンゴ以外は自信がない。こう言うのは勧告も 国際標準だろ?」 「どういうパイロットですか! だいたいなんで自分が……。あぁ、もう! わかりました、 良いです、やりますっ!【あー、あー。……えー、こちらはオーブ国防軍です。本島とその沿岸 2Kmについては現在、国防軍管理のもと実弾演習中です。非常に危険ですので大至急退去 されるよう勧告するものです。繰り返します現在……】」 ヘッドホンに集中していた隊員がダイに振り返る。 「ソナーが帰りましたっ! ポートの南、深度約70に何らかのステルス素材で存在を秘匿した MS一機分の反応有り。機影からジン・ワスプと思われます。熱紋、音紋は偽装している模様で 個体識別は現状不可」 『A2から指揮所。隊長、2発とも排気塔のようなものに命中!』 「A2了解、敵はMS一機だ! 普通科第一班は対MS戦よぉい! A2と共にポート方面へ 進出開始。不明MSは、以降UKS1と呼称する。情報管理室、どうなってる?」 メインディスプレイには何もない筈の地面2ヵ所から黒い煙が上がっているのが写る。 『ブレーカー解放を確認。ついでに接続先不明の通信ケーブル端子盤? を発見したので現在 イタバシ主任が、その……何かしてます。――はい、すんません。接続切離しを開始だそうです』
第5話『仮想と現実の戦い(前編)』(6/6) 電気関係の図面が大写しになるメインモニター。研究所から港に延びる線に朱で【現在停電中】 建物のマークには【緊急:換気不能/酸素濃度低下/エアロック気密漏れ】の注意書きが加わる。 「水中のMSに動き有り、A4のセンサーが海中の微振動検知。UKS1、動力起動の模様」 「ソナー回復まで後90秒」 「モモちゃん、期限を2分として再度勧告を2回繰り返せ。マーシャル、コイト、現状位置より 威嚇射撃だ。情報2、UKS1の座標を二人に直接送れ。A3、A1。撃ち方よぉおい!」 【関係者以外は退去勧告に従い直ちに退去して下さい。2分以内に威嚇射撃を開始します。 それでも勧告に従わない場合は、オーブに対する侵略と見なし実力をもって排除します……】 「通信制御室! ケーブルの行き先は確認できたか!?」 机の上のマイクに向かって叫ぶダイ。 『通信制御盤の接続先がセントラルポートであることを確認、……あ、はい。――ケーブル結線 解除完了だそうです』 モニターに映し出された図面の朱い注意書きに【信号伝送異常発生】の文字が加わる。 「全ソナー通常モードで復旧。CP1からCP5、CP7に感あり」 いくつかのモニターに出ていた【再起動中】【待機中】の文字が消えデータや図形を写し始める。 『情報1から情報2、既知のステルスゲル、シートをデータから排除中。――班長、見えたぜ!』 『情報2から指揮所。UKS1の機影、ジン・ワスプと確認。……畜生! データを欺瞞している 模様で個体識別はやはり不可です!』 「水中のMSに動き有り、現在微速で後退開始! 隊長!?」 威嚇射撃開始のアナウンスを始めろ。隣に座るフジワラ士長に少しだけ視線を送って そう言うと、ヘッドセットのマイクを口元に持ってくるダイ。 「マーシャル、コイト。威嚇射撃開始だ。一射毎にUKS1から50mずつ軸をずらして16秒毎。 両機8秒ラグで5発、計10発。一射目はマーシャルからだ。絶対当てるなよ? ……ってぇ!」 『威嚇射撃1射目終了。続いて2射目、コイト、行けぇ!』 『情報2から指揮所。UKS1速度増加中』 ディスプレイのMSを示す点の動きが急に早くなり地図が自動で縮尺を変える。 「水中のMS、巡航速度に入ります。各センサー、ソナー範囲から消失まで後10秒……。 3,2,1、MSロスト」 「全隊、緊急体制から警戒態勢に移行! 総員お疲れさん! ……チャンプス。浮いてる魚、 環境法違反の証拠隠滅と晩飯用、両方兼ねて大きいヤツ見繕って拾ってきてくれ」
今回分以上です、ではまた。
初めはモモちゃんって、呼んだだけでセクハラだったのに…… 俺はフジワラ士長に萌えればいいらしいことがわかった
放送日だし保守しとくか
小さな島に風が吹く 第5話『仮想と現実の戦い』(1/6) 【confirmation : Biometrics is necessary for inspecting this level.】 「生体認証? ふふ……この類のシステムで生体認証なんてなんの意味も……。なんだ?」 【Information: text 《お待たせ致しました、お客様。イタバシです。御用向きを伺います》】 部屋を照らす照明がほんの一瞬ちらつくと、ステイタスモニターにエマージェンシーが出る。 【Emergency: Power failure generation. It succeeds in the emergency electric power source the switch.】 「此処がバレた!? 速いじゃないか! ――停電!? 非常時も独立した電源……、ん?」 【Information: Even the emergency power supply stops are 3minutes.】 「バックアップが充電されてねぇだと! 危機管理はどうなってるんだ!!」 BBの頭上で小さい地響きが起こったのが聞こえた。少し間をおいて空調の吹き出しからの風が止まる。 「――いきなり吸気塔吹っ飛ばすか、普通!? 指揮官はキチガイかっ! ……なんだ? 水……、気密が破れた? ――圧がヌケただけで? ……っ、エアロックか! くそったれ」 既に彼の足元にはドアからにじみ出してきた水が音もなく近づく。ヘルメットを被りながら 端末を叩く手は止めない。 いきなり頭に響くカーン! と言う音に顔をしかめてさしもの彼も手が止まる。 『おい! BB、撤退だ。環境法無視のピンガーを撃たれた。機体の存在がバレちまった!!』 「クソったれ!! 覚えてろよっ、イタバシ!! せめてウイルスぐらい土産に……! な!?」 【Information: The connection was physically cut. The connection cannot be maintained.】 【Confirmation: Connected release with mainframe.】 「エアロック手動で解放してケーブルまで切られたか。各々なんてイヤらしいタイミングで……。 コッチが見えてんのか!! イタバシ……、覚えておくぜ! くそったれがぁっ!!」 アタッシュケースに道具を手際よく詰め込みながら叫ぶBB。既に水かさは腰まで来ている。 一部の機器が海水でショートしてその機能を止め始めた。BBが鉄の扉を強引に開くと 一気に部屋は浸水する。 『威嚇射撃が来た! いくら水中とは言えビームライフル直撃は不味い、スクーター固定したな? BB! 時間がねぇ、そのまま体もベルトで固定しろ、急げ!! 動くぞ!?』 【Emergency warning: Flood generation. Please stop all systems at once.】 浸水警報を出したモニターはその文字を最後に水の中、ブラックアウトする……。
第5話『仮想と現実の戦い』(2/6) 立ち上がって椅子の背もたれに制服を掛けると、フジワラ士長からフライトジャケットを 受け取るダイ。 「モモちゃん、今回の顛末を参謀閣下に送る。通信筒の準備。あと報告書の概要作っといてくれ。 公式文書はどうにも苦手だ。――じゃ、宜しく」 姐さんとクロゥに話を聞いてくる。と言いながらそそくさとホールから出て行くダイ。 「あの……、え? 公式文書ダメってどういう幹部ですか! 始末書は得意な癖にぃ!! ちょっと、たいちょお……!」 未だ全員が自分の端末に向かって何某かの作業に忙殺される指揮所の中、涙目の フジワラ士長が一人立っていた。 「あら、隊長さん。上はもう良いの?」 「良くないのに降りてきたらモモちゃんに殺されますよ……。よぉ、リコ。護衛ごくろー」 あまり広いとも言えない実験準備室内部では白衣の女性と敬礼する兵士が3名、ベッドサイド に端末から目を離さないコーネリアスと、何処で見つけてきたのか腰のガンベルトに拳銃と 電磁警棒を下げてサブマシンガンを抱えたリコの姿がある。 リコの警棒と拳銃は、ご丁寧に何所で拾ってきたのかヒモでベルトに括り付けられ、 サブマシンガンにも同じく荷づくり用のヒモが括り付けられ肩から背中に回っている。 「同じ失敗は……ってヤツか? 意外と真面目なんだな、少年よ」 「次は無いと思え! 今度は本気で撃つからな……!」 「こらまたエラく嫌われたもんだ。――先生、クロゥの手術はどうでした?」 頭を左右に振りつつ手を大げさに広げながら白衣の女性に声をかけるダイ。 「私も大概長くやってるけど、猛烈に端末叩きながら仕事してる人の手術は初めてだったわよ? あぁ手術自体は大成功。但し美容整形は専門じゃないんだけれど、跡は、その、多分……。 難しいかしら。可哀想だけれど……」 中央に置かれたベッドの上、今は眠っているらしいクロゥは、そもそも白い顔が更に白く見えた。 「ありがとうございました、先生。もう戻られて良いですよ……。おまえ達も上に戻って良いぞ。 此処は当面、俺と姐さんが居る」 「了解しました」 ざっ! と音を立てて男達が敬礼する。 「あぁ、あなた、帰る前に車いすを一台調達してきて。彼女には当分歩いて欲しくないの。 それと。……隊長、ちょっと!」 そのままダイを部屋の物陰へ引っ張っていく彼女。そのまま隅のロッカーに押しつけられるダイ。 「……ちょっとだけ内緒の話があるの。今、良い?」 彼女はダイに顔を近づけると、人差し指を口の前に持ってきて静かに語りかける。
第5話『仮想と現実の戦い』(3/6) 「せ、先生は旦那さん、いらっしゃったんじゃぁ……」 「心配しなくとも子供も2人いるわよ。無精髭の似合うワカモノは好みなのよねぇ。お小遣い欲しい ときは言ってね。……でね、あの子は何? 何処の氏族の子なの?」 血の飛んだ長い白衣のポケットに手を突っ込み、髪をひっつめた如何にも『先生』な彼女は、 普段見せない不安気な態度でダイに問う。 「それはどういう……? そのぉ、仰る意味がわかりかねるんだけど……」 「時間があったからイタバシ女史とリコ君にも簡単に健康チェックを受けて貰ったの」 それの何処に問題が……。と言いかけたダイに更に顔をぐっと近づけると彼女は喋り続けた。 「リコ君ね、彼の血中にあり得ない数値のあり得ない物質が複数種検出されたのよ。 成人男性致死量の最大20倍以上よ? 精密検査に掛ければきっと種類も量も増えると思う。 ――ふうん、ナイショなのね? 了解、ただサンプルの分析は続行させて貰って良いわよね?」 「むしろキッチリ調べて下さい。……理由はどうでも、子供が薬付けにされるなんて間違ってる!」 拳を握って悔しそうな顔のダイを見て意外と正義漢なのね。と思いながら彼女は続ける。 「それともう一つ。クロゥ係長、申告はナチュラルだけどコーディネーターね。でね、もちろん本人の 責任では無いだろうけれど見た目よりは実年齢、かなり若いわよ。法律に触れるくらいにね……。 恐らくは彼女、まだ16,7よ? 私には遺伝子操作痕から年齢特定なんて出来ないけど……」 知っていた訳ではないが、彼女の本職はオーブの諜報員。状況はわかるダイである。 「そうなんすか? まぁ、オーブが気にしない国だつったところで、コーディネーターであることを 隠す人もたくさん居ますしねぇ。年齢については俺には何とも言えませんけど」 一部のコーディネーターが何某かの目的のために特化されて調整されると言うのは、禁則事項 であり、また公然の秘密だ。クロゥは恐らくエイジング系コーディネートの被検体だったのだろう。 だからこそ諸々の事情を覆い隠すために田舎に家族ごと引っ越し、と言う形を取ったのだ。 はじめから諜報系の組織が絡んでいたなら、一家族分の戸籍くらいそれこそどうとでも出来る。 まして言葉の”特殊”な地方ならば喋れないのは都会の子だから言葉がわからないのだ。 と回りが思うのも自然だ。『コドモ』だから喋れないとは、まさか誰も想像だにするまい。 それにハイティーンならプラントならば既に成人。その防衛隊のトップエリートである ザフトレッドもほぼ全員ティーンエイジャーなのだとダイは聞いていた。ならばティーンの諜報員が 居ても、此所がオーブである事を除けばおかしなところなど無い。 能力のある『コドモ』を飛び級やエリート教育で無しに『促成栽培』する技術は、既にある程度 確立されている。勿論これとて禁則事項である事に違いはないのだが、ダイが知る程である。 使用例はいとまが無い事だろう。 そう考えながら、無精ひげをさすって何事もないかのように、ダイは微笑んで見せる。 「まぁそういった事は公務員である以上、経歴詐称なのかも知れないけど。今、此所で。さ? 先生と俺だけが知ってて内緒にすること自体に問題は無いと思いますけど、どう思います?」
第5話『仮想と現実の戦い』(4/6) 「すまんな、大筋はそんなトコで良い。……あぁわかったよ。もう一度確認しよう。先ず モルゲンレーテの技術者コーネリアス・イタバシ主任、技術警察のカトリーヌ・クロゥ上席係長、 そして野良コドモのリコ。以上の3名を我が小隊が保護している事。――ん? お目覚めかい、 聞きたい事があったんだ。――モモちゃん、すまんが確認は中止、そのまま草稿まとめてくれ。 クロゥ係長が目を覚ました。ちょっと聞きたい事がある。……再度連絡する」 ダイが無線を切ってベッドを見れば、傍らで近衛兵の如く寄り添うリコの手を借りベッドに 上体を起こすクロゥ。 「先ずはお礼をさせて下さい、ジョーモンジ二尉。いろいろな意味でありがとうございます」 リコに離れて良いとゼスチャーを送り、自ら完全に上体を起こすとダイを見つめるクロゥ。 「そして二尉が仰りたい事もだいたい判っているつもりではありますが、ご希望には添えません。 申し訳ございません」 「そうは行かないわよ。私はまだ良いのよ、一応モルゲンの社員だしね。始めに言っておくけど あなたを虐めよう、なんてつもりは毛頭無いのよ? だけどこれ以上、意味のわからない事で リコ君やダイ達が怪我をしたりするのは、それは間違ってない?」 喋ろうとしたダイをあえて手で制して口火を切ったのはコーネリアスであった。 「まぁまぁ姐さん……。なぁ、クロゥ。おまえの仕事はなんだ?」 「はい? ……オーブ国民の財産たる特殊技術情報の秘匿、国外流出の阻止、並びに……」 「まぁ、そんなトコでいいさ。そして姐さんはそれを作り出すのが仕事、俺はオーブ国民である おまえら全員の生命、財産、その他一切合切を護るのが仕事だ。一応幹部国防官だからな」 フライトジャケットの胸に付いた国防空軍章を強調して見せつける様にするダイ。 「だが対象のわからんモノは護りようがない。――なぁ? 連合も、ザフトもだ。Gのデータが欲しい 陣営なんぞ無いだろ? どこもテメェの手元に持ってるんだからな。連合は無敵のストライクの データ一式、ザフトなんかGを4機分だ。いまさら中身がX100系の赤い試験型なんか、極端な話、 俺なんかはくれてやっても良いんじゃないかと思うのさ。素人考えだがよ?」 もはや重要データなんか全部諜報部に持って行かれて空っぽだ、ならば。ダイは言葉を句切ると クロゥの正面、ベッドの足下へ回ると顔を正面から見つめる。 「それでもあの連中が、MSを配備する国防軍相手にあそこまでのリスクを犯してまで欲する何か。 それはあの機体じゃねぇんだろ? ……そいつは何だ? クロゥ」 「そ、それはその。機密事項です。知れば、それだけで皆さんの命が危険にさらされてしまう危険が あります。申し訳ありませんが、お教えする訳にはいきませんっ!」 「なるほど、いずれその”何か”、はココにある訳だ」 そう言ってニッと唇の端を持ち上げるダイ。クロゥがハッとした顔になる。 「……そう言う会話の方向性は、私はあまり好きではありません。二尉」 「確かにカマをかけるようなダイの喋り方には問題があるかも知れない。……でもね、カトリは 知れば危険だと言うけれど研究所は倒壊して、そのまま閉鎖。住人は全島避難。ココの本当の 隊長さんは大怪我でウチの警備員は3名死亡。彼らは……、彼らは何も知らなかったのよ……?」 弄っていた端末をパタンと閉じると、立ち上がり出口を見ながら手を後ろに組んで コーネリアスは続ける。 「その上ダイの部隊と私達、そしてリコ君と仲間。九十余名は何処にも逃げる所すらないのよ? 機密とやらを知った知らないに係わらず、ね。そもそも船さえない無いんだから、この島には」 「そんな、コーネラさんまで……。でも、本当に皆さんが危険に……」
第5話『仮想と現実の戦い』(5/6) 「姐さんも、その辺にしといてやれよ。決して悪気がある訳じゃない。むしろ逆なんだからさ ……な、そうだろ。クロゥ」 いつの間にかクロゥの後ろに回ったダイがそっと肩に手をかけようとするが、リコの視線を 感じて肩をすくめるとその手は自分の頭の後ろへ組みながら話を続ける。 「全面的に機密を解放しろっつー訳じゃない。隊長の俺が知らなきゃ作戦が立たんし、技術屋の 姐さんなら上手い誤魔化し方を思いつくかも知れん。それとウチを所管する下っ端参謀一人 だけには報告しておきたい、都合三名。全員守秘義務が発生する立場だし、これでどうだ?」 「しかし、その……」 「必要なら俺に脅されたと言え。既に懲戒処分保留中だ。少なくともおまえが銃殺にはならんさ」 笑ってみせると今度こそクロゥの肩に手をかける。こんな細い肩であの大型拳銃を……。 コーネリアスの話通りなら4人を屠ったはずだが、そうとは思えない華奢な肩である。 「それでも協力を得られないなら勝手にやる。地中梁の構造が一部オカシイものな、この建物。 水処理施設の下あたり。B5階以下が存在するんだろ? セキュリティドアならぶち破る。 必要なら穴掘って特殊金属の壁ならM1のサーベルで入り口を切り出すまでだ! ……なーんて 荒っぽいのは趣味じゃねぇんだがねぇ。何より現状目立ちたくない。……頼むよ」 どうやら構造図を読んで建物の矛盾点に気づいたらしいが、何故あなたが建築系の知識を。 と、振り返ってみたものの当人のややにやけた顔だけでは発言の真意はまるで見えない。 何所まで本気なのだろう、この人は。ため息のクロゥ。 「……少し、時間を頂けませんか?」 「かまわんさ、せめて車椅子に乗れるようになってくれなきゃな。おまえの生体認証以外では きっとドアは開かないんだろうし、超鋼合金のドアが三枚もあったら破るだけで5日はかかる」 考えさせてくれと言ったつもりのクロゥの発言だったのだが、それをどうやらダイは了承と 捉えたようだ。しかし彼女にはその勘違いがわざとなのか本気なのか判らない。 「諜報関係者を煙に巻く……。ホントに侮れない人ですね。――いえ、なんでもないです。 こちらの事でして、はい」 「それとおまえさんも話があるんだ、リコ」 それまで彼を睨んでいたのを無視していたダイは、振り返るといきなりリコと目を合わせる。 「……な、なんだよおっさん」 「毎日何種類の薬を飲んでる? 怖い顔すんなよ、大事な話なんだ。おまえさんだけでなく、 そのぉ、なんだ、……妹? たちもそうなんだろう?」 「おっさんには関係ねぇだろ!?」 あぁ、俺にゃあ関係ない。あっさりそう言い放つといったんリコから視線を切るダイ。 「俺には、な。先生とはいくらか話をしたんだろ? 薬切れたら、おまえら……死ぬんだそうだぞ? で、何種類だ?」 「死ぬ……、死ぬって……。その、薬は……15種類。だ、けど。だけど死ぬなんて話……」 「おまえさんがたの寿命は薬の残りとイコールでつながってるって訳だ。な、大事な話だろ? ちなみに15種の内、此所で調達可能な薬は9種類。調合の知識があるとしても3種類については 絶対手に入らんそうだが?」
第5話『仮想と現実の戦い』(6/6) 先生はそんな話……。そうつぶやくとリコは茫然自失といった風情で立ちつくす。 「まじめな話だ、妹たちも此所に呼んで先生にみせてやってくれ。薬自体も通常ならば毒になる ほどの強さなんだ。だからと言って飲むのをやめれば死ぬ。せめて薬を減らすことが出来たら 体にも良いし、薬が長持ちする」 何か言いかけたコーネリアスを手で制するとそのまま続ける。 「心配するな。オロファトなら薬は手に入るそうだ。ストックはまだあるんだろ? ……なら 今日明日の命に別状はない。荷物があるなら人を貸そう。明日の午前中までに全員此所に 連れて来れるな? ……明日の午後から天気が崩れるそうだぜ?」 「二尉、先ほどのお話の中の参謀、というのは参謀本部のアズチ二佐のことでしょうか?」 おずおずと、といった感じでクロゥがダイに声をかける。 「あぁそうだが……。アイツを知ってる、のか?」 「お名前だけは……。二尉、取引のようで気が引けるのですがアズチ参謀にリコ達の身体、立場 について保全をお願いして頂けないでしょうか。勿論お願いしていただくところまでで結構です」 もとよりそのつもりだったダイである。二人の目があったところでそれは伝わる。 「今日のことも参謀閣下へ報告されるのでしょう? だったら通信筒と時間を無駄にすることは ありません。お覚悟がよろしければたった今から参りましょう。――地下十階へ……!」 予告 ダイとコーネリアス、そしてリコの三人はクロゥに導かれ図面にない地階へと降りる。 彼らが目にする重要機密とは果たして……。 ――次回第6話―― 『島の秘密』
今回分以上です、ではまた
小さな島に風が吹く 第6話『島の秘密(前編)』(1/7) 一階の廊下西側の突き当たり。男性と女性、そして車椅子の女性とそれを押す少年が ドアの前に立っていた。 「ドアからしてやたら立派だな……。姐さん、なんなんだこの部屋?」 『監察官控室』と書かれた金のプレートのついたドアの前。他の部屋と同じく鉄製のドア ではあるのだがまるで作りが違う。装飾過剰はおそらくセキュリティを隠す為。同じなのは 『ドア』というカテゴリだけだな。とダイは思う。 「政府のエージェントがきたときに、天気が悪くて連絡機が飛べなかったり実験が数日に及んだり するときの休憩所兼宿泊施設。此所の他にもお役所の担当部署毎に6つくらいあるはずよ? 要するに貴賓室ね。……って、私も入ったこと無いけど」 「二尉、リコはもう此所で……」 そのリコの押す車椅子の上、青白い顔のクロゥがダイに声をかける。 「俺は……。その、そうだ! 車椅子押す係だって必要だろ? 必要だよ。な、だろ、おっさん」 「おっさんて言うな、ガキ」 ポケットに手を突っ込んでしばし考えるダイ。 「どうせとめたって着いてくるか……。へへ……おし、俺の事は今からダイ様と呼べ。 それなら連れてってやる」 「ちょっと、ダイ!」 「見えねぇトコでちょろちょろされるよりマシだ。――それと口外無用、理解出来てるな? それがおまえだけで無く妹たちやクロゥの為だってことも……」 それに小回りをやる係は必要かも知らんしな。そういうと真顔になって再度リコの目を見るダイ。 「見聞きしただけで命を狙われるんだ。おまえはそう言ったものを知ろうとしている。その覚悟、 本当にあるんだな……?」 「……思ったより質素なのね」 「ふふ……。皆さんが思っているよりは、エージェント達は仕事熱心ですよ? ――クローゼット に入ってください」 広い部屋の中、おいてある執務机とベッドは機能的ではあったが、豪華絢爛とは言い難い 作りである。 「ウォークインクローゼットとは言うものの、こんなにデカいのか。宿舎(ベース)の俺の部屋より デカい……」 「すごい服の数。あれ……? あの日来てたのカトリだけよね、しかも日帰りの予定だったような」 通常の服に加えて下着の類があるのを見つけて弄り始めるダイと、赤くなってうつむくリコ。 「ヤメろ、変態っ! ねぇカトリ、シャツやスカートはともかく、ブラやなんかはいくら何でも非常時の 共通って訳には行かないでしょ? それにいくら何でもハンガーに吊すって言うのは……」 「そういう事です、コーネラさん。やり過ぎで見え見え、ですよね」 そう言うとクロゥは壁を隠すように吊された下着の中に手を突っ込む。 『認証完了、カトリーヌ・クロゥと確認。扉を開きます。ご注意下さい』 合成音声の女性の声とともに壁の一部に四角く穴が開く。 「なるほど……。だからこの部屋、エージェントが誰も来てないときも警備が立ってたんだ」 「直通エレベーターです。信頼性を重視して災害時にも普通に動きますが多少時間がかかります。 ……さぁ、行きましょう」
第6話『島の秘密(前編)』(2/7) 「すげぇ、なんだ? 此所!! 天井が見えねぇ……!」 「基本照明以外が消えてますから……。便宜上地下10階と言っていますが。天井までは 約80m程です。地下5階の試験場が最大40mですから倍以上になりますね。MS開発時の レベル3までの動作実験が此所出来るような空間設計なんです。そもそも空洞だったところに 手を入れて、その上に建物を乗せています。ジョーモンジ二尉の仰った基礎の構造がおかしい。 は、だから正しいんです。はじめにこの空間ありきの設計なのですから。――リコ、その青の スイッチをオンにしてくれますか」 リコが青いスイッチを押す。遠くで『ガンッ』と言う音が聞こえると共に空間のほぼ中央、 薄く幾筋かのスポットライトが光を伸ばし、それは徐々に強くなって光の集まる中心部を 照らし出す。 「……コレがこの島の本当の秘密です、二尉。次期オーブの象徴となるMS、ORB−01。 通称ゼロワンプロジェクト。……その2号動作試験フレームです」 「M1ともアストレイとも違う……。GAT−Xの100系、いや200系か!?」 光の中に浮かび上がったのはまだ装甲の付けられていないMSの横たわる姿である。 「只のテストパイロットにしてはよく勉強してるわね。けど違うわよ……。フレームの組み方は 確かにX200系のそれに近いけど、特に肘と股関節。アレはモルゲンの、というよりオーブの MS独特の仕様なのよ。それにしてもなんてすごいMS、完成したらストライクなんて目じゃない。 あくまで完成すれば、ね。――この子は動かない。そうでしょ?」 「コーネラさん、さすがです。でも、なぜ動かせないと……?」 人工照明の中、車椅子に乗った白い顔はコーネラに問う。 「なぜこの子に搭載されているのかわからないけれど、負荷軽減関節は既存のOS制御下では 稼働する事さえ不可能。G.U.N.D.A.M.OSならば動かせるかもしれないけれど、 ヤマト少尉が居なければM1さえ動かせなかったのよ。こんな短時間では、そこまで複雑な カスタマイズは出来ないわ。仮にあのエリカ・シモンズが直接手をかけたとしても絶対ムリ。 『ゴールド』なんでしょ? この子。それなら半端は絶対あり得ないもの」 鈍色(にびいろ)のフレームを触りながら『ゴールド』と言う彼女に、不思議そうな視線を送るダイを 無視してコーネリアスは続ける。 「その上このフレームの組み方はかなりのハイパワーを想定してる様だけど、そんな動力源は 現状、核以外あり得ない。けれど核動力に絶対必須のNJキャンセラーは、まだ理論さえ未完成。 既存動力で105のシステムそのままなら、ストライカーパックの重さでうしろにひっくり返るわ」 「『ゴールド』は政府筋でスペシャル機や氏族を指す隠語ですよ、二尉。――その通りです コーネラさん、それらは稼働不能の原因です、ごく一部ですが……。それ以上は今更ですが 守秘義務がありますので言えませんけれど」 「こんなのに乗ってみてぇなぁ。久々にテストパイロットの血が疼くぜ……。ときにクロゥ。 コイツはいつ、どっから此所に入れた?」 いきなり話を振られて守秘義務が、と口ごもるクロゥ。
第6話『島の秘密(前編)』(3/7) 「入れた日と大元の入り口はだいたいの見当が付いてる。ちょっと前に、わざわざ反感買うの 承知で情報局長名の命令書使って俺たちにセントラルポート閉鎖させただろ?」 「あの日は機密物資の搬入が……」 それがコイツだろ? とフレームをたたいてみせるダイ。 「ポートの真ん中に一台、ミラージュコロイドを展開した超大型トレーラーが居たはずだ。 作業員の動きが一部オカシかったのはこの目で見た。M1で歩哨に立ってたのは俺だからな。 その後どこかへ文字通り消えた……」 ダイが見たのは作業員達が何もない空間を迂回し、その後側には作業員どころか機材さえ 見えない不自然な風景。一応中隊長には報告したものの、情報調査局に喧嘩を売る気か? オレの退職金をいくら減らすつもりだ。と、窘(たしなめ)られたのだった。ダイは続ける。 「だいたいオカシイと思ったんだ。警備に当たったM1のガンカメラのデータまで、ただでさえ 嫌われてるのに情報局が直接回収なんて普通じゃない。……ま、回収した理由も今ならわかる」 「ジョーモンジ二尉、あなたは……」 「賊は多分、もう一回来る。今度はなりふり構わず来るはずだ。入り口を固めるなりぶっ壊すなり 手を打たなきゃコイツは守れねぇ。そのなりで一人で出来るとか思ってるか? それとも入り口、 絶対にバレない自信があるのか?」 「う…………。私の負けです、ジョーモンジ二尉」 クロゥはそれだけ言うと、端末を貸すようにコーネリアスに言った。
第6話『島の秘密(前編)』(4/7) ダイがサーバーから、国防軍のマークがついた湯気の上がるカップを二つ持ってくる。 「さっきの話だとさ、例の『アス=ルージュ』の時ってスゴクやばかったんじゃないの」 「多分な。……それなら姐さんが言ってた、血相変えて地下に吹っ飛んでいったって話も つながる。しかしあれだけデカイ空間で、空間スキャンまで誤魔化すってどんなシステムだよ」 少し眠ります。と言うクロゥと『近衛兵』のリコを監察官控室に残して、とりあえずホールに 戻ると、空いていた打ち合わせ机に腰を下ろしたダイとコーネリアスである。 「あら、アンチスキャナーなら簡単に作れるわよ? そもそもモルゲンが自分で作ってるんだもの。 あの類の機械は世界でもウチともう一社しか作ってないし、使用周波帯なんかカタログに出てるし」 結局、二人は図面に載っていない地下通路はイーストセントラルポートからまっすぐ中庭の MSハンガーに繋がっているのだ。とクロゥから聞かされ肝をつぶした。更に彼女は其処が そのままエレベーターになって真っ直ぐに地下10階に降りるのだと続けた。地下からMSが 上がってくればクロゥが慌てるのは、むしろ当然だったのである。 「『105』に使うにしては凝った仕様だなぁ、って思ったのが最近多かったんだけれども。 ――ゴメン、お砂糖要らない。其処も話が通るわね。此所で直接実験してたんだ。 ……私が作ったプログラム(ヤツ)は全部ペケだった。って事でもあるんだけどさ」 試作型についても、此所だけの話。と前置きした上でクロゥは彼らに話をした。 ダイの読み通りG兵器X105をコピーした機体ではあるが、デッドコピーなどではなく 性能強化型で、すでに氏族が搭乗する事も大筋で決まり、正規型の建造も始めているのだ。 と彼女は言った。色は開発に成功したパワーエクステンダー経由のPS装甲を模したもので、 コーネリアスが思った通り、視認性試験の意味合いがあったらしい。 「ポートのトビラがやたら頑丈なのだけが救いだ。ミサイルの2,30発なら問題ないって 言い切ったからな。とりあえず開閉スイッチを壊しちまえば、あのエレベーター以外は 中庭から降りるより他に道が無くなる。あ……! そうだ中庭のエレベーターに”赤トレイ”も 放り込んでおこうぜ? 警戒を一本化出来る! な?」 「『アス=ルージュ』を……? あんたって男はホントに……」 「お話中すみません、隊長。先ほどクロゥ係長からという事で頂いたデータなのですが、 処理はどうしましょうか?」 ダイに押しつけられた報告書を纏めていたフジワラ士長が声をかける。 「報告書の鑑は政府標準形式通りなのですけど、添付ファイルが一部、まるで見えません。 それと……、技術班から通信筒はあと20分程度で準備完了予定との事です」 「わかった。報告書はそのまま纏めてくれ、それがさっき言ってた機密の概要だ。参謀部に持って 行けば開くとさ。強引に開けない事はないだろうけど、その場合一生、情報調査局の『護衛』が つく事になるぞ?」 「じっ、自分は開けておりませんしモチロンコピーも取ってません! その旨、必ず参謀閣下に お伝え下さいっ!」 表情をこわばらせて敬礼すると、多少ぎくしゃくしながら自分のデスクに戻って行くフジワラ士長。 「あぁ、そうだ。モモちゃん、技師長かオオムラ三曹を呼んでくれ。スイッチを三カ所ばかり 壊してもらわにゃならん。それとクロキ曹長に明日の午前に二、三人貸してくれるように言ってくれ。 仕事は只の荷物持ちだけどな」
第6話『島の秘密』(前編)(5/7) 「ねぇ。前にも聞いたけど、軍隊なのにどうして大出力無線機とかレーザー通信機とか無いの? わざわざ通信筒とかって」 「前にも言ったろ。両方受信は出来るぞ? 要するにウチは俺を筆頭に問題児の集まりって事だ。 体の良い軟禁って事だよ、要するに」 技師長やクロキさんも? フジワラさんなんかもそうは見えないけどなぁ。とコーヒーを すすりながらコーネリアス。 「俺とひとくくりじゃ悪いだろうな。上からの受けがよろしくねぇのさ、あの人達の場合は。中隊長が いろいろまとめ役だったんだが、無線機と一緒に中隊長も引き上げられちまったからなぁ。 俺たちはよっぽど上に嫌われてるらしい。――あーモモちゃんは、俺は知らんが特別手当に目が 眩んだんじゃないか? あれで結構小銭に細かいタイプ……」 「そ……、そう思っていらしたんですね……。自分としては離島で無期限出張、しかも仕事をしない 隊長の副官という、絶対誰も手を挙げない【イヤな仕事】に志願したつもり。――だったのですが」 背後から突如冷たい事務的な声がかかってダイは飛び上がる。恐る恐る振り返れば、 肩を細かくふるわせてややうつむき加減、帽子のつばで目が見えないフジワラ士長が立っている。 「――ところで隊長。アズチ参謀への報告文書、出来ましたのでご確認をお願いしても宜しい でしょうか? あぁ、もしお忙しいようでしたら……」 「あ、……。ご、ご苦労だったな。も、あ、いやフジワラ士長。その……。はっ、大至急確認、させて 頂きます、でありますっ!」
第6話『島の秘密(前編)』(6/7) 数日後の昼下がり。鳴り響く警報と共にバタバタとホールに人が集まり始める。 「モモちゃん居るか!? 何事だ、何のアラートだ!」 「飛行機と思われる物が現在本島に向かって接近中です。上空到達まであと240秒切りました」 さっと立ち上がって敬礼するとフジワラ士長は今まで凝視していたモニターをから目を離し、 映し出された光点を指す。 「たいしたスピードでは無いな。この距離までセンサーに引っかからなかねぇだと? 何でだ? 大きさと高度、急げっ! チャンプスはA2緊急起動! クロキ曹長、普通科二班は対空戦を 想定、中庭に展開! 一班は戦闘準備で待機! マーシャルとコイトは何所にいる?」 『フジワラ、上空到達まであと200、機影から戦闘機。隊長来たか? ――なんだぁ? 63改? ……高度7? ありえねぇ。情報1、確かにベタナギだが、高度の桁、間違ってんじゃねぇか?』 7だと!? インカムを付けたダイが隊長席に着く。 「機影、熱紋から国防空軍63式改と思われます。残り180秒、高度7ないし8で確定。 情報1、A4共に現在機材故障の兆候は見られません」 「63は超高速戦闘機だぞ? 改は攻撃機だがそれでも遅すぎる。63で、しかもあのスピードで 高度ヒトケタ保つだと。何所のキチガイが回してるんだ……、パイロット(運転手)とは連絡は?」 あの高度はレーダーを気にしてるのか? オーブ領空内だというのに何故……。 今のダイには答えが出せない。 『A2チャンプス三尉から指揮所。起動完了。第一種装備にて出動準備よろし!』 「チャンプスはそのまま待機、各センサー最大、レーダー他の反応に対しても警戒を厳となせ!」 「国防空軍第一航空団の識別信号を確認。飛行教導隊所属の高速飛行練習機63式改4型、 識別VTC102を確認、熱紋、音紋ともライブラリ照合完了、合致。間違いありません」 「教導隊? 100番台ならアグレッサー(※)だ、かなり腕は立つって事か。にしてもなんで 63が単機でこの空域に……。運転手からの通信が来るまで不明機だ、気を抜くな!」 「通信、来ました!」 回せ! と言うとデスクの無線スイッチを入れるダイ。 『this is The first Air Wing belonging VTC102. The pilot is captain Kosugi. Please give the landing clearance to me.』 「教官殿、か……。なるほど。ならば63だろうが各駅停車で運転出来るわけだ」 すっと背筋を伸ばして無線のマイクに向かうダイ。 「Landing of VTC102 is permitted. Welcome to instructor, an isolated island. this is platoon- commander, First lieutenant Johmonge of 18platoons. Please landing in the courtyard.」 「コスギ一尉って……。きょ、教導隊のエース、コスギ教官、ですか?」 そうだ。あのキチガイっぷりは間違いなく教官殿だよ。マイクのスイッチを切って振り向くダイ。 『copy. It gets off in the courtyard. The inducement is begged please ......over. 』 「――中庭にコスギ一尉の63改が降りる、マーシャル、着陸誘導を頼む」 『マーシャル三尉了解。コイト、旗とフラッシュライトもって一緒に来い!』 指揮所の面々が外へ出て行く中、一人取り残されるフジワラ士長。 「国際標準語、自信がないとか言って。私より上手いじゃないですか……」 「ヒコーキ用語限定だ、一応パイロットなんでね。監視は機械に任せよう。モモちゃんも来い」
第6話『島の秘密(前編)』(7/7) 「あんな高度と速度で63で平然と飛ぶのはあなたしか居ないと思いました。お久しぶりです、 教官殿。去年の演習以来ですかね」 かけられたタラップから降りてくるパイロットに、珍しく直立不動で型通りの敬礼を送るダイ。 「ベタナギだったからな。俺一人ならあと2mは下げられたんたが。波風を気にするのは人間関係 もヒコーキもヤッパリ大変だぜ、ははは……。所で今やM1のパイロットだそうだな、小隊長殿。 派手にやらかしたって聞いたぜ? さすがは俺の教え子だ、良くやった!」 「地味すぎるって怒られるんじゃないかと心配してました。――モモちゃん、教官殿に渋い日本茶を 用意してくれ」 「ヤレヤレ、コイツの精神は入隊当初から一尉がねじ曲げたんですねぇ。なるほど直らない訳だ」 コパイロット席から降りて来たもう一人がフライトジャケットを脱ぎながらやれやれと言った 風情で話す。その人物の飾諸を吊った制服を見て、ダイの周りにいた隊員達は背筋を伸ばすと 誰が号令をかけるでもなく、一糸乱れず気をつけの姿勢を取り直してから最敬礼する。 「お久しぶりであります参謀殿。……カエン、おまえが直接乗り込んでくるって、何かあったのか? しかも63改なんて返って目立つヤツ持ち出して。スピアヘッドの予備機くらいあるだろうに」 「勿論そう言う事だ。ダイ、時間が無い。イタバシ、クロゥの両氏を交えて話がしたい。大至急 セッティングしてくれ」 二人を呼んで会議室を空けてくれ、と指示を出しつつ親友に訝しげな視線を送るダイ。 「無線送れば済む話じゃねぇって事か? 教官殿まで引っ張り出してその上あの高度と速度……」 「盗聴も、レーダー探知も、航跡が残るのも困るんだ。国防空軍から一尉と63改を借りるのも 大変だったんだぞ? 世界は今や、一大事になっている。もう練習機ぐらいしか使えないんだ。 ……先ずはその話をしなきゃいかんな」
今回分以上です、ではまた。 ※アグレッサー:飛行機の戦闘訓練時に敵役を務める機体の事。機体性能もパイロットも それなりの能力が求められる。
弐国さん投下乙!
「四月一日 −No.17−」 −Twinkle Twinkle Little Star− ──エイプリルフールの夜。もう十分ほどで日付も変わる。 昼間の騙し騙され、見抜き見抜かれの勝率は五分と言ったところだろう。 そんな一日はそれなりに楽しかったもののそれでも疲れたことに変わりなく、俺はルナに背を向けたまま、 テレビをぼぅっと眺めていた。 やがて。 「ねえ、シン。吊り橋効果って知ってる?」 「ん?」 ルナの問いかけに俺は生返事を返す。 「『人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識する』ってヤツよ」 「んー、なんとなく……」 やっぱり生返事のまま、頭の片隅で考えた。 確か、ドキドキするような環境にあると恋愛していると勘違いする、とかいうのだっただろうか。 「あたし達もそんな感じで始まったって思わない?」 ルナの台詞に、昔のことを思い出した。 アスランの脱走にメイリンが加担し、俺が彼らを撃墜したのが始まりと言えなくもないだろう。 吊り橋効果と言うよりは、寂しい者同士がくっついたと言った方が正確な気がする。 それでも反論するのが面倒で、適当に相槌を打っておく。 「ね、シンもそう思うでしょ? あたし達ってちょっと違うのよ。だから別れましょ?」 突然の言葉に思わず驚愕の声を上げそうになる。 が、ふと気づいた。今日はエイプリルフールなのだ。 だから、 「そうだな。うん、分かった」 と、あっさり返す。 ルナは少し驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。 「分かってくれて嬉しいわ。じゃ、残りの荷物はそのうちに引き取りに来るから」 そう言いながら玄関へと向かう。 どこに隠してあったのか大きなスーツケースを出してきて、部屋を出て行った。 玄関のドアが閉じ、俺は少し待った。 ここで飛び出したりしたら、にんまり笑顔のルナに後々までからかわれる羽目になる。 もう一分くらいすれば、ルナの方が少し拗ねた顔で戻ってくるだろう。 だが、ルナは戻ってこない。 念のためもう一分待ったが、やはり帰ってはこない。 俺は慌てて外へ出た。 マンションの廊下に、ルナの姿は無い…… ──
「そんな事、あったかしら?」 俺が話し終わると、シンクの前のルナがきょとんとした表情で顔だけこちらを振り向いた。 見事なとぼけっぷりに呆れて小さく溜め息をつくと、ルナは洗い物をしていた手を止めて、こちらへ歩いてきた。 「嘘よ。ちゃんと覚えてる。それに、あんな風に飛び出したあたしを温かく迎えてくれて、感謝してるわ」 「感謝するのは俺の方だよ。引き止めもしなかった俺のところに戻ってきてくれて」 俺の座っているソファの背もたれに肘をついたルナを振り返った。 自然とルナの顔が息が掛かるほど近い位置に来る。 その距離が徐々に縮まり、ルナが軽く目を閉じ、ある一点が触れ合う……その直前に、俺たちを呼ぶ第三者の声がした。 慌てて離れたルナの顔には照れ笑いが浮かんでいる。 多分、俺も同じだろう。 「俺が行くよ」 そう言って立ち上がろうとした俺をルナが制した。 「大丈夫、あたしが行くわ」 ルナは「ありがとう」と片目を瞑り、俺から離れる。 ルナがご機嫌を伺うように「どうしたの?」と言いながら呼び声の主の傍に近づくが、その彼女は更に不満の声を漏らす。 「そうなの、わかったわ」 そう言いながら、まるで聖母のような表情でベビーベッドの中の小さな娘を抱き上げる。 泣き声だけで赤ん坊の要求を判別する術を、俺はまだ身に着けていない。 母親なら誰でもできることなのだろうか? 本当にすごいと思う。 手早くオムツを交換したルナが、小さなステラを抱いてやってきた。 さっぱりしたのか、ステラはにこにことご機嫌だ。 娘に「ステラ」と名をつけたのはルナだ。 「彼女と同じ名前なら、シンもものすごく大事にしてくれるだろうしね」 と、笑いながら言った言葉が本心かどうかは、今でも分からない。 それでもその言葉は、ルナのことも一生大切にする、と決意するに充分だった。 「見て、シン。雪が降ってきたわ」 クリスマスの今夜、プラントにも人口の雪が降る。 同じように窓の外を見ている人は多いだろう。 でも俺は、断言する。 きっと俺が、一番幸せだ。
「四月一日」のバージョン9になります。 他バージョンを既読の方は…そろそろしつこいので止めます。 カードNo.17 は「星」です。再登場です。 子供・出産 等の意味もあるそうです。 クリスマスなので。
厠投下乙
24/ 青い空、白い雲。はてなくぐるりと水平線。 「さようなら、オーブでのお買い物の日々――オーブ海軍、後方に展開を始めました」 そして背後には哨戒機。 ミネルバの航海は安らかならず、 「さて、送り狼のおいでですよ」 とアーサーが告げると、彼らの艦長は不敵な笑みを浮かべていた。 「……楽しそうですね?」 「あら、心が躍らなくて? MS隊、発進準備。アンチ・ミサイル・システム起動」 復唱し、シーケンスの一部をを第二艦橋へ委任するメイリンに、『オーブ、名残惜しいわね』と、 連絡に紛れて、アビーから私語が届く。 「ああ、常夏の白浜――津波で汚れていても、海の家で食べた焼きそばの味は忘れないわ」 「……もう少し明るくなさいな。貴女は料理が名残惜しいのでしょう?」 「……そうですよ。チョコレートソースの入ってしっとり生地で包まれたバナナクレープとも、 海の上に居る間はお別れなのね――」 そしてメイリンは、モルゲンレーテの社員食堂で口にした、唐揚げ定食の味を語りだした。 サクサクとした衣を噛み切った瞬間に、口中に迸る肉汁の旨み。 醤油ベースのソースで味付けされた"ソレ"こそが、彼女の体重を4斤、腹周りを一寸 (個人情報保護のため単位が錯綜しています)増大せしめたらしい。 冬の入り、ポケットマネーで幾らでも食べられた味覚の衝撃であったという。 ――地上は安くて、美味い。 プラントの食堂を思い出すだけで敗北感を感じると、メイリンの言葉。 「唐揚げ定食って……別にオーブじゃなくてもありますよね、艦長」 「ん……バート、警戒密に」 味覚なんてそんなものだと冷静な艦長の耳に、どこからともなく虫の声が聞こえた。 つまり、誰かの健康的な腹の虫が鳴いたのだ。 「……各員、体が正直でよろしい。次の補給は地球産の食材を仕入れましょう」 「「おおぉーーー……」」 いまいち盛り上がりが足りないと、悩んでタリアが追加の一言。 「――腕利きのコックも補充を頼んでおくわ……それでどう?」 「「お、おおおおおーー!!」」士気が向上した、ただしブリッジ限定で。 「後は……」 「艦長、今からでも、インパルスにレイを乗せては如何ですか?」 「……アーサー?」 「いえ、モビルスーツ隊の事をお考えのようでしたから。シミュレーションなら――」 アーサーの提言を、タリアは右手を向けて制止させる。 タリアは、シンと同じだけの地上戦シミュレーションをこなすレイを見ていた。 同じ目でオーブの艦隊運動を。一糸乱れね連携と一種の"じれったさ"を見て、 「……誰だって、ジレンマの一つ二つは抱えているものよ」 と、独り言のように呟いた。
25/ 「もしも、シンが戦えなかったら、どうなるんですか?」 「さあ? 新造戦艦が一隻、水没するのかしらね? ……いいえ、そうはさせないわ」 「オホンッ! 艦長――」 アーサーの咳払いに肯き、タリアは帽子のつばを整えた。 「可及的速やかにオーブから離れる。砲雷撃戦用意! 戦争を始めましょう!」 「「了解!」」 戦端は地球連合軍側から開かれた。 「ミサイル接近!」 戦術モニターに、赤い矢印が表示される。 ミネルバを中心として扇形に並ぶ矢印の数は20――全てが、対艦中距離ミサイルだと断定された。 到達まで二十秒。 「勧告もありませんでしたね」 「貴方が連合側の指揮官だったらするの?」 「いえ」 アーサーの即答にうなづくタリアは、オーブ側からミサイル攻撃が無いことを確認し、 「ぎりぎりまでひきつけなさい」 と、副長を制した。 「ぐ……」 撃つことは容易く、当てることは難しく――そして敵を前に撃つべき瞬間を見定めることは、 なお難しい。 蟀谷に汗を垂らすアーサーの、緊張の時間だ。 放射状に広がっていたミサイルの間隔が狭まり、今にもミネルバを捉えそうになった瞬間、 「……AMM発射!」 振り上げた手を降ろして、アーサーの指令が飛んだ。 数瞬――戦術モニターの表示が一気に消滅し、外画面を紅蓮の炎が埋める。 「メイリン――」 泰然と座するタリアが、右手を小さく振った。 「――インパルス、発進どうぞ!」 呼応してメイリンが声を張り上げる。 ミネルバを包む炎は壁、そして目隠しだ。攻防のための"眼"が潰れる空白の時間帯を爆煙に紛れて、 コアスプレンダーが発進を果たした。続いて二機のザクが両舷の甲板に上がる。 高速で飛翔する四つの三角形がミネルバに先行し連合艦隊との中ほどで重合、ブラストインパルスと 表示を変えてほぼ静止した機体マーカーは、ミネルバが掩護を行えるギリギリの距離に立っている。 「敵モビルスーツ、第一波です」と、策敵手のバートが報告。 「ウィンダムです。ミサイル装備型」 海上にぽつりと孤立したインパルスに向かう機影群だ。二時の方向、数は8。 「……露払いは頼んだぞ、ザフトレッド!」 祈るようなアーサーの呟きは、クルー達の総意を代弁していた。
26/ 黒煙を抜け、シンは海の上に立っていた――錯覚。体は変わらず鉄の胎内にあり、 超硬度フレームの肉体は身を覆うフェイズシフト装甲の肌を、海抜1mの風に吹かせている。 鎧の名前はインパルス。戦場におけるシン=アスカそのもの。 敵が見るシンがインパルスと言う形であるなら、シンが見る敵の形もまた、モビルスーツだ。 「そう、あれはモビルスーツだ……」 現実に戻る。心が戦争に染まっていく。 自分は、敵を殺せなくて国を守る事を放棄したあの男のようにはならない――その為に。 「俺は守ってみせるんだ……」 インパルスの抱えた巨砲の先端からは、冷却機構の動作を示す白煙がのぼっていた。 『シン――敵だ。ウィンダムが八』 通信機からレイの声。ピープ音がして、モニターにいくつもの光点が映った。 ウィンダム――飛行能力のある背後パックとビーム兵器を標準装備する、 機動力と攻撃力に秀でた地球連合軍の次期主力量産機だ。 その真価は、一対八でもまだインパルスの方が高いという"安さ"にある。 「ミサイルを抱えてる――当たれば落ちるけど……」 安定姿勢のまま海上にホバリングしつつ、センサーの示す方角を見据える。 水平線の先から現れたウィンダムへ"ケルベロス"を向けた。 オーブよりは地球連合軍の方が相手するのに気が楽だが、不満は募る。 「クソ……俺達は地球をダメにしたくないから、ユニウスと一緒に落ちてきたっていうのに」 『ぼやくなシン! 二時の方向に来ている!』 「分かってらあ――!」 苛立ちに押されるがままに、シンはトリガーを引いた。 直線状に伸びた閃光が"敵"のコクピットを直撃し、 爆散した残骸が黒々とした靄(もや)を伴って海に落ちる。 ほぼ同時に、インパルスの背後から緑色のビーム閃光が迸り、 シンの頭上に広がる碧空を二つに裂いた。 『よし……当たる』 はるか後方、ミネルバから狙撃したレイの、自慢げでもないが、確信に満ちた声だ。 宙を走った荷電粒子ビームは丁度ウィンダムの胴と、抱えられた短距離ミサイルの間に突き刺さる。 超高熱によって瞬時に蒸発した装甲の圧力が爆発現象を産み、オレンジの火球に飲まれた ウィンダムが寮機の後を追う。 即座に二機を失い、敵編隊にも変化があった。 『ミサイル発射、散開したわよ! 三時と十時に三機ずつ!』 「囲まれるか――!? 右側頼む!」 『分断に成功したと思え、シン!』 撃ち放されたミサイルを潰しながら、ケルベロスを使ってウィンダムをけん制――接近されては 厄介な相手なのだ。ライフルの射程に入らぬよう、慎重に位置取りを行っていた。
27/ 『シン、ミネルバにまだ余裕があるから、無理に全機足留めしなくていいって。 むしろ、上手く時間差をつけて突破させて』 「そうは言うけどさ、メイリン――」 ミサイルの処理に手いっぱいなのが現状だ。 戦術モニターを見る。母艦との相対位置を変えて、抜け道があるように見せるか――。 と、シンの足元=インパルスの浮く水面に、まばゆい閃光が突き刺さり、 インパルスの全長以上に持ちあがった水柱が、緑のフェイズシフト装甲に大量の海水を浴びせた。 「伏兵か? どっからだ!?」 『――! インパルスに至近弾! 損害はありません!』 不意の砲撃に驚愕するシンは――連合はウィンダム用に長射程ビーム兵器を開発していたのか!? ――艦橋で緊急報告を上げるメイリンの通信を切りもせず、射手の居場所を探していた。 と、通信。 『シン、ゴッメーン!』 「ルナかよッ――!」 モニタに現れた赤毛の顔に、思わず手刀をくらわせる。 『ミネルバが揺れてるから、つい……』 「"つい"で済むなら憲兵は要らないだろ、この……この誤射マリア!」 『"ごしゃまりあ"? シン、今分からなかったけど、オーブ語で悪口言ったでしょ、 ちゃんと共通語で言いなさいよ!』 「ああ、言ったとも! フレンドリー・ショットの聖母(マリア)って言ったんだよ! どうだ、一見褒め言葉っぽいだろうが!」 常日頃思っていた事が、口からまろび出てしまったシンだ。 怒るルナマリアの、触覚のような前髪が怒髪天を衝く。 『誤射マリアの方が広まっちゃったら、一体どう責任とってくれるのよ!?』 「常識的に考えて、射撃が当たるようになるのが先だろ!」 『二人とも、随分と余裕だな――!』 レイの評するとおり、コンマ秒以下の迅速な判断と精密な操作をこなしながらの口げんかだった。 ルナマリアとて、ミネルバに次々と迫るミサイルにオルトロスで弾幕を張って数を減らすといった 動作であれば、操るザクの動きは何故か、レイの機体よりもはるかに敏捷であった。 『ならば、シンをめがけて撃ってみろ、敵に当たるやもしれん』 「手前、レイ。ルナを煽るな!」 叫んだシンが慌ててコントロールスティックを倒すと、寸前までインパルスの立っていた場所を、 見覚えのある"オルトロス"の太い閃光が通り過ぎて行った。 『なるほど、シンを撃つつもりで撃てばいいのね』 「る……ルナーーーっ!」 『シン……後で覚えてなさいよ』 「そ、それは俺のセリフだ!」 これはいじめか、いじめなのか!? 悩むシンに、メイリンから通信が入る。 『ザフトにいじめは無いけど、シン。敵モビルスーツの第二波が来たわ。十一時方向、数二十』 「ちっくしょう! やってやる、やってやるぞ!」 考えるのは後だ。シンは背後のオーブ艦隊の事も忘れ、ひたすら眼前の敵にのみ集中し始めた。
28/ ――ミネルバ、艦橋 「ウィンダム、さらに撃破二。合計九です。ミサイルの阻止率70」 戦果をモニターするメイリンの報告。 「ディスパール、撃てぇっ! ……二人とも流石、赤服を着るだけはあるね」 それぞれ海上と艦上に足を止めての撃ち合いはモビルスーツの特性を大きくスポイルしているが、 ささやかなトラブルを挟みつつも、シンは時に発揮する瞬発的な判断によって、レイは淡々とした 起伏のない精密さによって、敵の第三波までをほぼ完全に処理していた。 そしてもう一機のザクを配した左舷は―― 「しかるに……」 「――すいません、うちの姉が……本当にすいません!」 「左舷に弾幕を集中! その、あれだ。今は期待するな!」 血のにじむ叫びがアーサーの口から発せられた。 「さて……そろそろかしら、チェン、バート?」 「はい、イゾルデ準備良し!」 「上空の情報気球から、敵艦の座標、ばっちり送ってきてます。いけます」 有視界領域で砲戦を行っているMSと違い、敵艦の姿は全く見えてこない。 装甲、AMM技術の進歩、ジャマーの強力化――中距離ミサイルが決定力を失って久しく、 それゆえにミネルバの持つ"イゾルデ"のような代物が復活し効果を発揮する場面がある。 「イゾルデ、斉射三連――撃てーーっ!」 上空に飛ばした観測気球からの情報を受けて、三連装砲が轟声を上げた。 ショックウェーブに吠える質量弾頭を回避しうる艦船は存在しない――筈だった。 「判定――敵艦の損害……ゼロ!」 「……!」 「艦右前方より、新たな敵MS部隊15!」 「――機種と装備を特定、急いで!」 叫びたいのを堪えて、タリアは襲い来るミサイルの嵐を迎え撃つべく矢継ぎ早に指示を飛ばす。 「インパルスを後退させて――突出しすぎだわ。再装填の後、右前方MS隊に向けて一斉射! メイリン、照準との誤差を算出して原因を探りなさい」 「了解――!」 MSでの露払いと"イゾルデ"による砲撃で、包囲網を突破するだけなら容易なはずであった。 「映像の解析出ました。射線上に光学反応を検知、陽電子リフレクタです!」 「なんですって――!」 タリアはかろうじて抑えていた驚きの声を上げた。
29/ 時に巻き上げた水柱を盾としつつ、先鋒として血路を切り開くインパルスは当然、 働きの大きさに合わせて負担も増大し、シンの身に重なる疲労がミスを呼ぶ。 「――しまった!」 三機に囲まれ、ビーム鉾で剣劇を切り結ぶ間に、十機近いウィンダムのがミネルバへ 中距離ミサイルを放つ機会を与えてしまった。 重要なのはミサイルではなく、その処理に追われるミネルバが十機近いMSに接近される事、 ビームトライデントを突きたてた敵機を海面に叩き込むシンは、ミネルバに必死の警告を送った。 帰ってくるのはノイズばかり――通信がジャミングにより殺されている。 『シン、つぶせ!』と、レイから声が届く。 あれ、どうやって聞こえたんだろう、と疑問に思う暇も無く、シンの体は動いた。 ウィンダムを水面下に沈めインパルスの砲撃モードで、飛び去るミサイルを狙った。 「ちぃ……多い!」 重なるスコア、撃破1も、母艦が落ちては意味がない。 一つ一つを狙ってはいられないと悟ったシンは、インパルスの余剰出力を悉く、 ブラストシルエットの主砲"ケルベロス"に投入、接近するミサイルに向ける。 「ビーム間隔最短、収束機構カット……発射!」 砲口から、収束されず、幕のように広がりつつ空を走ったパルスビームは、 亜光速で円錐状の軌跡を残し、その内側に数基のミサイルを包み込む。 連鎖的に爆発。その噴煙を縫って、更に十基近い中距離ミサイルが来襲する。 「――まだか!」 『シン、一度下がれ――!』 「……分かってる。けど――!」 ミサイルを一掃したブラストインパルスの残存エネルギーは、既に危険域へと突入していた。 『残りを潰すぞ、手伝え、ルナマリア!』 『オーケー、何とかなるでしょ』 第二波をレイとの連携で同様に撃破した時、シンに大きな疑問がわいた。 「イゾルデを撃った方向から、まだ敵が来てる。何か……居るのか?」 違和感を感じたシンが目を向けたのは僥倖だった。 目に突き刺さる閃光――ペダル/スティック――無意識=反射的に動作。 瞬間、ホバリング・エンジンに最大出力を叩きこみ、弾かれたように前へと出た直後、 インパルスのあった背後に巨大な水柱が立ち上る。 先程、ルナマリアからの殺意無き誤射を躱したという"前準備"がなければ、 疲労の深いシンにこうまで上手くは回避できなかっただろう。 だが…… 「そ……装甲が!」 回避行動をあざ笑う程の熱量が装甲を焦がし、膨張した空気と蒸気の圧力が幾枚かをはぎ取った。 「ビーム攻撃――でかい!」 水蒸気爆発に揺らされるコクピットにしがみつき、モニターを凝視する。 検出されたガンマ線量が、インパルスを蒸発させるレベルでのエネルギー照射を告げていた。
30/30 『二時方向だ――ルナマリア、牽制でかまわん、撃て!』 狙われ、回避したシンを見て、攻撃を行ったのはレイとルナマリア――正確にはレイ一人。 水平線近くの一点、浮かび上がった影へ、二条の"オルトロス"と"トリスタン"艦砲が伸びる。 束ねられた火線は、「光ってる?」シンにとって見覚えのある機影に集まり、 破壊的な熱エネルギーを炸裂させた。 高エネルギーの通過――それに伴ってセンサーにノイズが走る、 『なんだと――!』 そして砂嵐が晴れた時、影はなんら形を変えることなく、そこにあった。 平たいフォルムの装甲に取り付けられた突起から、ピンク色の輝きが機体を包み、 攻撃のすべてを遮っていたのだ。 「あ――アイツはっ!」 光波防御帯の輝きを放って身を覆う巨大なMA、その姿を、シンはよく覚えている。 『シンとデイルの戦ったという、あれか!』 『なるほど、確かにカニね……』 「いや、あれはカニじゃないんだけど……』 必死に抗弁するシンであったが、ついに聞き届けられず。 『カニがこっち来たわよ!』 「食べた事も無いくせに――!」 怒りの形相を浮かべているようにも見えるその平坦なフォルムが、短いハサミ付きの脚を ばたつくように二、三度動かすと、外見に反する加速力で猛然と迫ってきた。 『モビルスーツ隊各員に通達、そのカニをミネルバに近寄せるな! 分かったわね!』 と、ミネルバ艦長タリアの命令。 「だからあれは……ヤシガニだってぇ!」 シンの叫びも虚しく、この扁平MA、ザフトからの呼称が"カニ"に決定。 ――俺一人だけでも、ヤシガニだと叫び続けてやる! 一人決心するシンは知らないが、正式名称はザムザザーという。 「ヤシガニが飛ぶとは――生意気な!」 迫る"カニ"の強面に半ばおびえるが如く、トリガーを引く。と、向けたケルベロスから力無く ビーム粒子が漏れた。警告音が響き、エネルギーの尽きたインパルスの装甲が灰色に戻る。 「しまった……!」 『シン――!』 インパルスが、凄じい爆発に包まれる――紅蓮の輝きを、戦場にいるすべての者が見ていた。 第十八話に続く。
以上、久しぶりの投下終了です。 三十レスほどいったので、続きは十八話に回します。 感想、ご指摘はご自由にどうぞ。 それでは。
保守
>>弐国さん 連続で投下乙。 行き詰まる電子戦と、教官殿のすご腕っぷり描写が良かったです。
「四月一日 −No.20−」 −Hot Tea at Midnignt− エイプリルフールの夜。もう間もなく日付も変わる。 昼間の騙し騙され、見抜き見抜かれの勝率は五分と言ったところだろう。 そんな一日はそれなりに楽しかったもののそれでも疲れたことに変わりなく、俺はルナに背を向けたまま、 テレビをぼぅっと眺めていた。 「ねえ、シン。吊り橋効果って知ってる?」 「ん?」 ルナの問いかけに俺は生返事を返す。 「『人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識する』ってヤツよ」 「んー、なんとなく……」 やっぱり生返事のまま、頭の片隅で考えた。 確か、ドキドキするような環境にあると恋愛していると勘違いする、とかいうのだっただろうか。 「あたし達もそんな感じで始まったって思わない?」 ルナの台詞に、昔のことを思い出した。 アスランの脱走にメイリンが加担し、俺が彼らを撃墜したのが始まりと言えなくもないだろう。 吊り橋効果と言うよりは、寂しい者同士がくっついたと言った方が正確な気がする。 それでも反論するのが面倒で、適当に相槌を打っておく。 「ね、シンもそう思うでしょ? あたし達ってちょっと違うのよ。だから別れましょ?」 突然の言葉に思わず驚愕の声を上げそうになる。 が、ふと気づいた。今日はエイプリルフールなのだ。 だから、 「そうだな。うん、分かった」 と、あっさり返す。 ルナは少し驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。 「分かってくれて嬉しいわ。じゃ、残りの荷物はそのうちに引き取りに来るから」 そう言いながら玄関へと向かう。
どこに隠してあったのか大きなスーツケースを出してきて、ルナは玄関の扉に手をかけた。 勢いよく押し開けたそれは、数センチ開いただけで、ガンッという鈍い音と共に勢いよく戻り、開けた時と 同じ勢いでバタンと閉じる。 ドアチェーンを外し忘れたのだと気づくのに、一秒もかからなかった。 「…………」 「…………」 扉の前では、ルナがノブに手をかけたまま固まっている。 こちらに背中を見せているので、彼女がどんな表情をしているのかは俺には見えない。 しかし、想像はつく。多分、間違ってはいないだろう。 「…………」 「…………」 無言の時を更に過ごした後、俺はおもむろに立ち上がった。 「お茶、淹れるよ。珈琲? それとも紅茶?」 返事は聞こえないまま、俺はポットの湯を薬缶に入れて火にかける。 やがて聞こえてきた、重いものを転がすゴロゴロという音にまぎれてしまう程の小さなリクエスト。 その三秒後、俺は声の主に注文通りのレモンティを差し出した。
「四月一日」のバージョン10になります。 カードNo.20 は「審判」です。 チャンスの再来、奇跡 の意味があるそうです。 大失敗をやらかしました。 子供・出産の意味があるのは、No.17「星」ではなく、No.19「太陽」でした…。orz クリスマスもLittle Starも全然意味ない…。
小さな島に風が吹く 第6話『島の秘密(後編)』(1/4) 「連合のアラスカって、――まさかJOSH−Aかぁ? 墜ちた……。って、マジか! それ!?」 「ウワサのザフト大侵攻作戦な。アレは実はパナマではなく、アラスカがターゲットだったんだ」 いつも通りにダイから投げつけられたタバコのパッケージをまさぐりながらカエンが答える。 プラント勢力が大伸長という事でしょうか? 車椅子の上からクロゥが問う。キンッ、と音を立てて ライターのふたが開く。 「ふぅ、それがそうでも無い。情報がリークしていたらしく、連合の、と言うか大西洋連邦の主力と 高官連中は既に待避して、しかも基地自体は自爆。殲滅された戦力の大半はユーラシア籍 だったそうだ。……確かに基地は失ったが必要にして十分、いや必要以上に戦力は残ったよ」 むしろ追い込まれたのはザフト地上軍の方だ。カエンは続ける。 「諜報部の試算では、今回の作戦でザフトが失った戦力は最低でも実に地上軍の1/5だそうだ」 「1/5ぃい? もう、戦線どころか部隊維持が出来ねぇじゃねぇか。ただ連合が勝とうが それがザフトだろうがオーブ(ウチ)にはあんまり……」 「関係大ありだ。ザフトは宇宙(そら)から戦力を補強した上、アフリカ戦線を縮小してまで矢継ぎ 早に次の作戦行動を起こしている。目的地は今度こそパナマ、そして目標はマスドライバーの 破壊のみ、だとしたらその後どうなるか。更には連合の軍の全権、これを直接ブルーコスモスが 戦時に乗じて掌握してしまったとしたら……。クロゥ諜報官ならどう見る?」 「……占領を考えずにマスドライバーの破壊のみが目標であれば、ザフトの作戦成功率は 高いと考えます。そしてその場合、連合配下のマスドライバーはすべて失われる事に……。 ――っ! 参謀殿、まさか我が国のマスドライバーを連合が!?」 「情報捜査局の計算では93%、ウチの諜報部は91%の確率で連合がカグヤの貸与要求を してくるそうだ。だが貸与は現状他国への戦争協力になる以上あり得ない、間違いなく断るだろう。 そうなった場合……」 「ビクトリアよりはオーブの方がチョロい……。か?」 ダイとコーネリアスは身を乗り出してカエンを見つめ、お盆を持ったフジワラ士長がコーヒーを 配る事を忘れて固まる。クロゥは車椅子の上で目を閉じて何事か考え込んだまま動かない。 「……。貸与と接収では、きっとかなり事情は異なってくる事だろう」 「と、まぁ世界情勢の説明は一旦おいて、宿題に答えよう。先ずは襲撃してきたジン・ワスプの 所属だ。当然だが国防軍所属の機体は無いし、個人所有機も無い。だが所有している組織は あった。ザフト以外でな」 ジャンク屋組合のオーブ支部なら持ってるか……。タバコを返せ、と言う仕草をしながら ダイが切り返す。 「海洋調査用に二機所有しているのを確認した。そして二機とも横浜機甲団という組合員に リース中だそうだ。」 「そこ、私多分知ってます! オロファトのはずれのミリタリー系のお店だけど、結構古めの コンピューター関連にも強いの」 「まさに其処ですよ、主任。裏で非合法な傭兵団組織を持っているウワサがある店です。 今、公安が内偵を進めているようです。まだキマリでは無いですがね」 あそこのオヤジは俺も知ってるぜ? ジャンク屋だけじゃ食えねぇのかねぇ。やな世の中だ。 と言いながらダイはタバコに火を付け、それが合図だったようにフジワラ士長がやや慌てながら コーヒーを配り始める。
第6話『島の秘密(後編)』(2/4) 「データは後で纏めて士長に渡しておく。――次だ、少年達が何者なのか。その前に子供達の 面倒を見ていた人物、その話からしなきゃならん。彼の名はハインツ博士。大西洋連邦から 第三国経由でオーブへ亡命してきた科学者だ」 カップに口を付けて唇をしめらせたカエンはコーネリアスに視線を送る。 「連合のDr..ハインツと言えばMSインターフェイスの専門家ですよね? 一度だけお話した事が 有ります。――インターフェイス自体、モノになるにはヤマト少尉の改良が必要だった訳ですが」 「……そもそもは大脳機能と運動生理学の権威。そして、G100系の試作開始直後に突如失踪。 以降公式には行方不明。最終的に我が国に秘密裏に亡命したのは聞いていましたが、まさか この島にいたとは初耳です」 そこまで言ってクロゥははっとした顔になると、まさか、とつぶやいて下を向いた。 「ブーステッドマンの概要は知っているようだなクロゥ諜報官。――その通りだ。亡命時に 出来損ないの『廃棄処分』が決まった子供達11人を『荷物』として国外に『持ち出し』て、此所で 孤児院だと言い張って面倒を見ていた。その孤児院の移転の際、特に『改造』の度合いが高く、 素人医者では延命の可能性の薄いエンリケ、リオナール、サフィーニアの3人をあえてこの島に 残した。せめて最期は自然の中で迎えさせてやりたいと思ったそうだ。……実際会って話を 聞いてきた」 クロゥが何かを言いかけたダイを手で制すると、事務的な口調で淡々とブーステッドマンに ついて簡単な説明をする。 「各々、倫理的に言いたい事もあるだろうが、そう言うのは後で日記にでも書いておいてくれ。 今、此所で俺に言われても困るんでな」
第6話『島の秘密(後編)』(3/4) ややぬるくなったコーヒーをぐっと飲み干してカエンは続ける。 「駆け足で悪いが、今度はこちらからの通達事項だ。少年達三人については俺が後見として、 何時になるかは未定だが、とりあえずオーブ市民としての戸籍取得は何とかなりそうだ。 ――あぁ士長、おかわりをお願いして良いかな?」 背筋を伸ばしてさっと敬礼するとお盆を持って部屋を出て行くフジワラ士長。ドアが閉まると カエンの声のトーンがぐっと低くなる。 「――テストルージュ3号機については放置が決まった。既にX100系の予備パーツ以外はOS さえ抜けてる、つまり他国に持って行かれようが関係ないと言う事だ。但し、ゼロワンプロジェクト 2号テストフレームについてはS級機密事項として本体はもとより部品、データに至るまで全力を 挙げて死守しろ。最悪の場合には破壊もやむなし。とにもかくにも他陣営には絶対渡してはならん、 との事だ。なおこの命令書は発行元が代表府、ウズミ様とホムラ様のサインもある」 戦力の補強も無しにどうしろってーんだよ。ウチは精鋭部隊じゃねーんだぜ? むしろ逆だ。 腕組みをしたダイが半ばすねたようにいすにふんぞり返る。 「まぁな、おまえの言うのはもっともだ。ジャンク屋に機密奪取を依頼した勢力はおそらくザフト、 コレまでの経緯から見てもう一度来るだろう。そして更に今後連合が侵攻してくる可能性もあるし その場合、予想される侵攻経路から考えてこの島を素通りはあり得ない……。状況を見て必要 ならば建物ごと爆破してくれ。本来は時期を見て『事故』で建物ごと崩壊する予定だったのだが、 状況から言って空爆は勿論、ゼロワン本体どころかのデータ持ち出しさえ不可能になった」 そこまで一気に言うとタバコに火を付けそのまま無言になるカエン。その彼に車椅子の 女性から声がかかる。 「実験結果と改良版OSの試作品のコピーです。元データは既に物理的処理で完全消去を完了 しています。局長の意向もあるでしょうが、扱いについては参謀殿に一任したいと思います」 クロゥは小さなメディアをカエンに差し出す。 「これで問題は地下のあの試作機だけになったわけね」 「なぁ、本当に連合が来るのか? ……オーブに」 無言でタバコを咥えるカエン。その沈黙は2分後にフジワラ士長が4つのコーヒーカップを 持って来るまで続いた。 「連合が、我が国に武力侵攻するのに躊躇する必要は……、勿論、ないだろう」 カエンはタバコの火を灰皿で丹念に潰してから言葉を繋ぐ。 「……開戦となった場合、オーブ敗戦の可能性は情報局、諜報部、双方共に計算上99.9999%だそうだ」 「シックスナイン(※)か……。立場上、口が裂けようが勝率ゼロとは言えん、と言う事だな?」 「アズチ参謀。差し出がましいようですが、国防軍ではM1は戦力にならないとお考えですか?」 コーネリアスが侮辱されたと言わんばかりに口を挟む。 「量産型としてザフトのシグーと比べても出色の出来です。但し連合が既にX100系をベースに、 MSの量産を開始していればどうですか、主任。性能がM1の2/3だとしても十倍の数が押し 寄せたら、もはや戦術的には性能差は関係ない。ダガー、と言う呼称に聞き覚えはありませんか?」
第6話『島の秘密(後編)』(4/4) 「……カエン、俺たちは何が出来る? どうすれば良い?」 「パナマが墜ちてしまえば後は一気にオーブに来るだろう。既に領海ギリギリに哨戒機や 巡洋艦がウロウロしてる。さっきも言ったがヤラファスや司令部とはあまり関係ないとはいえ、 通るというなら、ここも見過ごしにしてはくれんだろう」 ならばカミカゼか? 機密の死守は当然だろうがだからと言って……。ダイは言葉を出せずに 親友の顔を見る。 「MSが数機有ったところで海兵隊が数を頼みに乗り込んでくれば勝ち目はない。既に政治屋は 国民の疎開先、それとカガリを逃がすプランの検討に入った。この戦(いくさ)、長くはかからん。 ならば戦後の事まで考えれば今、必要以上の人死にを出す事は出来ない」 すっと立ち上がるとダイの顔を正面から見下ろすようにするカエン。 「連合軍が侵攻してきた場合、M1全機とゼロワンを始末したうえで降伏せよ、二尉。勿論 正式命令では無いし、本来本隊に対する指揮権はないのだが全責任は自分が取る。 ……第18号特務小隊司令ジョーモンジ二尉、命令の復唱!」 「…………。連合が本島に侵攻してきた場合、18隊はM1と機密事項を爆破、解体破棄、 若しくは隠蔽の上投降します!」 立ち上がると敬礼しながら復唱するダイ。だが。 「――但ぁーし、一つ条件を付けさせて貰うぜ。参謀閣下殿」 そう言うとダイは立ったまま人差し指をカエンに突きつけた。 予告 連合との戦闘は回避の上降伏せよ。カエンの命令にダイの付けた条件とは? その一方、小さな島にはまたしても黒い影が忍び寄る……。 ――次回第7話―― 『終わりの始まり』
今回分以上です、ではまた。 ※シックスナイン:99.9999%、可能性100万分の1の意。言葉は9が6つ続くことから。 転じてほぼ不可能の意味として否定的な場面で使いう事が多い。技術関連の文献では たまに使う言い回し。この場合、決していやらしい意味ではありませんw
>>弐国さん投下乙 そこはイレブンナインくらいにしてしまえば やらしい響きが無かったのにw
>>河弥さん 投下乙です。 ボケ失敗して微妙に「間」のぬけてしまった感が出ていて、コミカルでした。 >>弐国さん 投下乙です。 負けるとは分かっていても、そう言いきる事は出来ないし、抵抗しないわけにもいかない。 現場つらいところですね。
珍しくとめさんの更新が遅れてる。 体調を崩したりしているのではないといいのだが。 >>職人諸氏 個別に感想が書けずに申し訳ない。 いつもwktkしながら読ませてもらっている。 投下ありがとう。
<10> 「シンのバカヤロー! 本当に撃墜しちまったぞ!」 格納庫の屋上に悲鳴のような叫び声が響く。 「あのバカ、気付けよ!」 「レイも止めろよ! 何やってんだ!」 「そうだよ! アイツがついてる意味、無いじゃないか!」 次々と好き勝手な文句を並べる二人は、背後の扉が開いた事など気付きもしない。 「……もし、これで人死にが出たら、俺達どうなるのかなぁ?」 ごくりと息を飲みながら、赤い前髪の作業服を着た少年が問いかける。 「職務怠慢……いや、殺人幇助で軍法会議ものじゃないか?」 「げぇっ! ぐ、軍法会議?」 赤毛混じりの少年が文字通り飛び上がって驚くのを、もう一人のややくすんだ肌の少年 が息をひそめて続けた。 「――事によっては、そのまま死刑かも」 「し、死刑〜!」 二人が頭を抱えてぐったりとうなだれると同時に、彼女は口を開いた。 「シンの演習も見ないで、二人とも何コンビ漫才してるのよ?」 「ル、ルナマリア!」 二人は同時に振り返り、揃って彫像のように固まった。それを不思議そうな表情で眺め ながらルナマリアは続けた。 「しかも何? 殺人だの死刑だのって、物騒な事言っちゃって」 「誰にも言わないでくれ! 頼む!」 「ははぁ、さてはまた何かしでかしたのね。今度は何? 演習に合わせて非常警報が鳴る ようにしたとか、録画用の記録素子にイケナイ物を入れといたとか?」 「いや、そういう訳じゃないんだけど……」 「あれ? 演習には関係ないの? となると……食堂のカレーに痺れ薬入れたとか、卒業 試験の答案盗んで逃走中とか? あ、卒業試験の答案だったら、わたしも協力しちゃおう かな! 自慢じゃないけど、今回の試験は散々だったし――」 顔を見合わせる二人の背後に、演習の次の相手、二機のジンオーカーが降下して行く。 辺りに響くバーニアの轟音に二人は弾かれたように演習場を振り仰いだ。 「マズイ、もう次だ!」 「シン、自重してくれ!」 途端に狼狽える二人にルナマリアは眉をひそめ 「何? やっぱりシンの演習に関係あるの?」 二人は一瞬顔を見合わせ、ヴィーノが口を開いた。 「実は、シンが持ってるビームライフルは本物なんだ!」 「本物って、どういうことよ?」 「だから、演習用の模擬弾じゃなくて、実弾の入ったライフルを持ってるんだ!」 「へっ? そうなの?」 「早く止めないと、大変な事になっちゃうよ! どうしよう!」 落ち着きなく慌てふためくヴィーノとは対照的に、ヨウランは沈痛な面持ちで視線を落 としている。 (実戦さながらの演習って言うくらいなんだから、実弾でいいんじゃないのかなぁ?) ルナマリアは混乱していた。 <続く>
犯罪の陰に女あり、ではなく、実弾の陰に整備士あり、ですな それにしても赤服のレベルはハイネ期以降落下の一途ww
投下乙。 やっぱり実弾だったんだ。 メカニック二人バッドジョブw
小さな島に風は吹く 第7話『終わりの始まり(前編)』(1/5) 「う、……き、貴様、上官からの命令受領に条件を付けるだと!? 何様のつもりだ。 命令不服従は重大な軍規違反。幹部国防官が軍規を犯すなぞ、何のつもりかっ!!」 「うるせぇっ! 階級章で押しつけたって設定なんだろーが! 非公式ってヤツの意味はよ。 だいたい今、18隊(ウチ)の指揮権を誰が持ってるのかしらんが、参謀が直接部隊指揮を 執ったらそれこそ軍規違反だろが! 高級幹部が軍規を知らんとか、言わんだろうな?」 たいちょお、ホントに上官のお名前、ご存じなかったり……。と呟いたフジワラ士長を一睨み するとダイは続ける。 「俺が言いたいのはおまえの責任の取り方だ。条件は一つ。おまえが自決したりしない事、 それだけだ……!」 カエンは一瞬こわばった表情になると、一つ息を吐いて椅子に座り直す。 「どうせ氏族ったって継承権も相続権も関係ねぇんだし、所詮は下っ端参謀だ。そんなもん 一人の命が何の役に立つ? 捕虜になれと言うならば生き残って戦後、捕虜になった俺の役に 立て。早くオーブに帰る為には事情のわかった高級幹部が絶対必要だ」 「ダイ。……俺は、その」 「図星だろうがよ? 何年の付き合いだと思ってやがる。――だいたいさっき、カガリ様の脱出の 検討をしていると言ったが、じゃあウズミ様や他の氏族はどうした? 連合、いやブルーコスモスと 真っ正面からぶつかろうってんだろ……。責任を取るってのは何も死ぬ事だけじゃないと思うが?」 そうかも、しれんな……。カエンは呟くようにそう言うと、力なく湯気の上がるコーヒーカップを 取りあげた。 「……条件は呑もう。連合に捕縛された後、機会が来たなら引受人は俺の名前を出せ。 生きていたなら約束は必ず果たしてやる。それとゼロワン関連以外についての扱いはダイに 全て任せる。これは一応上の決定だ。交渉の材料にするなり好きにしろ。GはともかくM1に ついてはわたさんで欲しい、と言うのが本音だがな」 「そもそもアス=ルージュは、X100系のクオリティチェック不通可部品をリビルドした寄せ集め ですものね。ストライクより実はバスターに近かったり、肩関節がデュエルそのものだったり」 「部品ナンバーでそこまでわかるもんですか? ま、くれてやって良い理由はそんなところですが」 そろそろ時間だ。士長、悪いがコスギ一尉に機体の準備をさせてくれないか。フジワラ士長は カエンにいつも通り慇懃に敬礼をすると会議室を後にし、残された四人は何も言わず只コーヒーを 啜っていた。 甲高いエンジン音とジェット噴射を中庭に吹き付け、浮き上がっていく機体。 【this is VTC102. I prays for my pupil's good luck..... over.】 インカムに聞こえる声に背筋を伸ばして敬礼を送るダイ。機体はゆるゆると浮き上がり、 ほとんど高度を上げずにエアカーのようにゆっくり方向転換してセントラルポートへの広い 道沿いに海へと降りていく。そして海に出た瞬間、一気にスピードを上げるとエンジン音のみを 残して視界から消えていった。 「63改であそこまでキレイに垂直発進、超超低空低速飛行。オヤジ殿は相変わらずの腕前だな、 見てて全く不安を感じねぇ。機体が全くブレねぇとは……」 「全くだ。たいしたオッサンだぜ。――モモちゃん、全隊員に通達。小隊運営について緊急 方針会議を開催する。小隊の全幹部と班長以上、モルゲンレーテのイタバシ主任、それと 技術省クロゥ上席係長は1530に大会議室に全員集合、例外は認めない」
第7話『終わりの始まり(前編)』(2/5) 『……資料の説明は以上です。――隊長、お願いします』 一部の者がせわしなく資料をくる音以外は静まりかえった会議室の中。スピーカー越しに フジワラ士長の声が響く。 「士長、ご苦労だった。――マイク、要らんな? 参謀殿からの戦況概要は士長の説明通り。 ザフトの動きいかんによっては我が国への連合軍の侵攻は不可避となる。そしてその場合 62%の確率でこの島付近が侵攻経路になる」 リーフが有ろうが艦砲もあれば揚陸艇もあるのだ。水を口に含む。自分が珍しく緊張している のを感じるダイ。 「その場合の対処については近々に再度会議を招集する。既に連合のMSが量産体制に入った らしい事も念頭に置いて、各々考えておいてくれ」 この件についての質問は受け付けない。と言ってダイはグルリと会議室を見渡す。 別にめんどくさいとか機密とかそう言う訳ではない。資料にある以外の事は自分も知らないし、 この場で無条件降伏せよ。とは言える訳がない。士気に関わる。手を挙げかけたクロキ曹長が 右手のやり場に困っているのは、この際無視する事にした。 「次の議題に移る。謎の武装集団が数度に渡って我が駐屯地に襲撃をかけてきているが、 この度、参謀閣下の来訪によってその目的がわかった。この建物の地下にMSに関する機密事項 のデータがある。レベルで言えばSクラス。我々には本来機密の存在を知る事さえ出来ん代物だ」 「コーネラさんよ、そうすると地下のメインフレーム自体が機密事項という事なのか?」 今度はダイが何かを言う前に、技師長から質問が飛ぶ。言葉に詰まるコーネリアス。 「主任も全てご存じな訳ではありません。僭越ながら私から簡単にご説明をさせて頂きます。 小隊司令、宜しいでしょうか」 「係長、お願いする。――あぁ立たないで良い、そのままで。士長、マイクを係長に」 一応、ダイ達三人は会議の前に話を合わせてある。重要機密自体はデータであり、 そのデータは地下の実験機器に組み込まれた記憶媒体に保存されている。だが取り外しには 専門の技術者と生体認証保持者の最低二名が必要で、現状島にそれを出来る者は双方とも 居ない。そして無理に取り外せばデータは全て消去される。だから現状は誰も触る事が出来ない。 わざわざ参謀本部から直接カエンが言い渡しに来た命令はそのデータの死守または破棄。 情報のプロが作ったにしては陳腐ではあるが、ともかくもクロゥが組んだシナリオはこうであり、 それ以上の案などダイとコーネリアスには出せなかった為『公式設定』はこうなった。 「どうやらこの建物、図面に載っていない更に地下があるらしいが、何所にあるかさえAランクの 機密事項なんだそうだ。なので、あまり詮索はしないでくれ。つーか、そもそも俺自身が入り口 くらいしか知らない以上、説明なんぞ出来ねぇがな……」 嘘は関わる人数が多くなるほど、構造が複雑になるほどボロが出やすい。ダイは、だから 説明が終わった時点で話を強引に打ち切った。 「入り口は三カ所。貴賓室に専用エレベーターと非常階段室の隠し部屋、それからなんと 中庭のMS格納庫がそのまま直通エレベーターになってるそうだ。なので対策として貴賓室には クロゥ係長と数名が常駐警備、非常階段は電子的手段で封印、中庭については動力カットで エレベーターの稼働を止める。人員の配置と改造その他については、それぞれクロキ曹長と 技師長、それにイタバシ主任に一任したい。良いだろうか?」 駄目だと言われようが任せるしかない。隊員の数はもとより各分野の専門家の人数は 元から限りのある18隊だ。
第7話『終わりの始まり(前編)』(3/5) 「隊長、一つ良いですか?」 以上で会議を、とダイがしめようとした所で白い上着を羽織った女性の手が挙がる。 「リコ君達については何かお聞きになりました?」 そもそも嘘をつかなければバレない。ダイは知っている事実を出来る限りぼやかして 説明する事にする。 「詳細は改めて先生と話をするとして、諸事情があって此所の施設に事実上軟禁されたらしい事 だけは間違いないらしいです。病気療養だけが理由じゃないのはリコを見れば判る通りな訳 でして。まぁ特殊な病気だってのも嘘ではないのは、先生が一番ご存じでしょう?」 冷や汗が背中を伝うのがわかる。自分の口が滑らないように、不自然にならないように。 あぁ、こういうのは苦手だ。と思いながらダイは話を続ける。 「氏族も関わってるようですし、逃げた後に行方不明でそのままほっとかれたところを見ても、 その辺あまりわれわれは触らん方が良いんでしょうね」 この件についてはコーネリアス達と話をすりあわせていない。実際触りたくないのは どちらかと言えばダイである。 「……と言う事で、彼らに対しては我々には護衛の義務が発生する訳だが、民間人の少年達を 拾ったとしても同じ事だ。特別な扱いも必要ない。どちらかと言えば知らんぷりして厳しく接する くらいの方が彼らの為だろう」 周りをグルリと見渡す。多分俺の顔には今、意見は受け付けない! と書いてあるだろう……。 俺が階級章でモノを言うか。そう思うと多少おかしさがこみ上げてくるダイである。 「以上で今回は終会とする。副隊長と普通科分隊長、技師長、情報班長は今後の行動計画を 詰めるから残ってくれ。では、解散」 早く終わらせるに越した事はない。腹芸の類は苦手なんだよ……。と呟くダイをよそに 皆は立ち上がり始めた。
第7話『終わりの始まり(前編)』(4/5) 「何回目だよ、くそったれ……。情報屋を廃業してもダイビングのインストイラクターで喰って いけそうだな、全く」 ダイが会議を招集した日の夜、黒のウエットスーツにヘルメットの男がつや消し黒の アタッシュケースを持って今度はノースポートの残骸の中、ゆっくりと立ち上がる。 「潮力発電機は生きてるな、案の定だ。監視システムを止める訳にいかねぇのにどうして 見張りも立ってねぇかなぁ。ヤル気が有るのかねぇのかハッキリしろよ、イタバシさんよぉ。 ……楽で良いっちゃあそうだがよ」 あっさりと建物を解錠して建物内部の制御室に入り込むと、ヘルメットを脱いでケースを空ける。 「BBサマを知らねぇのか舐めてるのか。あまりにもご挨拶だな、わざわざ名乗ってやったのに」 「メインフレームに直結してやがる……。防壁なんか意味がねぇのは気づいてんだろうが。 危機意識とかねぇのかよ!」 ハッキングの相手をさんざんなじりながら端末を忙しく叩くBB。 「罠、じゃあ無さそうだな。アイツほどのヤツが気づかねぇとは……。島の系統全体を掌握して はいないという事か」 開始の文字が出た瞬間、忙しくアタッシュケースを片付け始めるBB。 「なら、楽で良いんだがな。――いくら何でもあからさまなデータ量増大は不味いか。時間のかかる こったぜ。……やっと終わった。今日はまだもう一仕事あるっつーのに、全く!」 ヘルメットのシールドを下ろすとその黒い影は来たとき同様、カメラの死角を縫ってポートの 残骸の中に消えていく。 「明日以降2,3日はせいぜいセキュリティの復旧に時間を取られててくれ。コッチにも準備が あるんでな!」 深夜の指揮所に男性オペレーターが二人、夜勤のために詰めていた。 「熱源センサーに反応!……。またノースポートだぜ全く……」 席に着いていた一人がコーヒーカップを置くとキィボードを叩き始める。 「そういや発電所の近所にタヌキの巣があるんだとか言ってたな。コダイラ技術一士だったっけ? 彼は田舎の出だったな、そう言やぁ。――詳細は?」 「温度35〜40℃、反応が一瞬で大きさは不明、カメラの死角で映像無し。人間かタヌキかの 識別は現状では不能、ヤレヤレ。報告あげたらまた技術に文句言われますぜ?」 その類の報告が上がった場合、必ず普通科分隊と技術班のセットで付近の見回りをするのが 慣例である。タヌキの話は、建物管理からMSまで必要以上に忙しい技術班から出た話である。 曰く、『センサー誤差の範囲内だ、どうでも良いだろ。そんなの』と言うわけである。 そう言う訳にもいかんだろうな。もう一人が立ったままコーヒーカップに口を付ける。 「一応明朝、交代時に報告する。日誌に記録、データにはタグ打っておけよ。昼の会議以降、 エライさん達の機嫌が悪い。タヌキにゃ悪いが転居して貰わなきゃいかんかもしれんな ……この上フジワラにキィキィ言われたんじゃ、俺ぁ胃に穴が空いちまうぜ。冗談で無しによぉ」 只でさえ胃が痛てぇのに。コーヒー、控えるか……。男はそう言うとそのままコーヒーを 飲み干した
第7話『終わりの始まり(前編)』(5/5) 翌日の早朝、交代まではまだ間のある時間帯。指揮所ではディスプレイ3枚に刻々と映される 情報を見ながら、制服の女性が無線に怒鳴る姿があった。 「指揮所フジワラです、進捗はどうですか? 結線ミスとかだったら赤っ恥ですからね? ……はぁ? 今まで2時間ですよ? ――いいえ、何もやってないのと一緒っ! で、すっ! だいたい自分はともかく、技師長に何をどう報告するつもりだったんですかっ!?」 朝から機嫌の悪そうな、その彼女の勢いにコーヒーカップを二つ持ったダイの歩みが あきらかに遅くなる。 「隊長に怒られるの誰だと思って……。それは既にモード変更済みです。――はい? ―― 何言ってるんですか、当たり前ですっ! 技師長からも私が文句言われるんですからねっ!! いずれ原因不明でも定時に一報を願います。以上指揮所っ!!!」 不機嫌だ。あきらかに不機嫌だ。それは隊長と副官、二尉と士長の立場の差を超えて 声をかけようかかけまいか、隊長であり、且つ部隊内最高階級でもあるダイをしてさえ、 彼女の籍の隣にある自身のデスクへ向かう事を逡巡させるに十分だった。 だがカップを持ってきてしまった以上後にはもう引けまい。だから彼は、出来うる限り普通に 声をかける事にした。 朝はいつもと違う事はしない。ダイの脳裏に新たなジンクスが加わった瞬間であった。 「よ、よお。……早いなフジワラ士長、おはよう。朝から何があった? ――ミルクのみ、 砂糖無し。だったよな」 「へ? ……た、隊長!? お、おはよーございますっ!! 朝からお騒がせして申し訳 ありません!! ――っと、コーヒーありがとうございますっ!」 だが、陰の小隊司令と全隊員を恐れさせるフジワラ士長のリアクションは、ダイの想像した それとは少し違った。よく見れば彼女の制服の襟は曲がり、帽子からはみ出した髪には寝癖が ついている。双方とも普段の彼女であれば考えられない。 ホントに何か不味い事が……? 多少不安になるダイである。 「モモちゃんらしくもない、何の騒ぎだ? 俺に起こしがかからんという事はレベル3以下の 事象なんだろ?」 「本当にすいませんっ! 隊長の臨場前に片づく筈だったのですが。……そのぉ、フジワラより 本日未明に発生した準緊急事項第28号について状況報告をしますっ!」
今回分以上です、ではまた。 まとめ管理人様。また題名を間違った事に今気づきました。よしなに。 自分で書いてて何やってるのやら……orz
乙でやんすよ なんか、同じ世界をモチーフにしても 人によって作風が違うもんだな、というのを再認識させられる
乙なのだわ キャラが生き生きしてていいですなぁ
モモちゃん可愛いよ、モモちゃん ・・・ところで少女の皆さんはどうしてらっしゃるでしょう?
「 In the World, after she left 」 〜彼女の去った世界で〜 第15話 「再会 −おもいで−」(前編) (1/5) キラに手を取られてコックピットから出てきた栗色の髪の少女は、リフトへと移りしっかりと手摺を握ると、 ほっとして息をついた。 リフトと高さは同じ。手摺りがあるかないか、というだけの差の筈なのに、ハッチの上は足が震える。 カメラマンとして戦場近くにいる時には覚えない背筋の粟立つような感覚は、床に近づくにつれて消えてゆく。 ふと、隣を殆ど同じ速度で降りてくるキラがくすりと微笑ったのに気づいた。 ミリアリアとは違い、キラがラダー ――片足が乗る幅の棒とケーブルだけ――だというのに余裕綽々な風なのは、 単に慣れの問題なのだろう、と、理解はしている。 しかしミリアリアは、キラに向かって「何よ」と鼻に皺を寄せた。 「えっ、いや、あの……」 と、慌てるキラを見て、彼が三年前――まだ自分の周囲だけは平和だと信じていた頃――と変わっていない処も あることに安堵した。 けれど、それを表情には出さず、代わりにぷいっを顔を背ける。 「ご、ごめん、ミリィ。そんなつもりじゃなくて、その」 つっかえながら言い訳をするキラに、振り向きざま、べーっと舌を出す。 それを見たキラが目を白黒させる様子に、可笑しさが我慢の限界点を超えた。思わずぷっと噴き出す。 「ごめんね。本当は怒ってなんかないわ」 そう言って笑うと、キラも微笑を返してきた。 ミリアリアはほんのりと、心が温かくなるのを感じた。 しかし同時に、ほんの少しだけ混ざる寂しさも覚えていた。 もうちくりとした痛みすら感じない。ただ、確かにそこにあったものがぽっかりと消えてしまった空白の感覚。 あの頃と同じ。 けれど、あの頃にはもう戻れないことをミリアリアは知っていた。 「よお、嬢ちゃん! 久し振りだな」 床に着いたリフトから降りると、マードックが声をかけてきた。 彼の周りにいる整備スタッフも、懐かしい顔が多い。 「お久し振り、マードックさん。みんなも元気そうで良かったわ」 こたえながらミリアリアは、ふと、昔の賭けを思い出した。 それは、「マードックの無精ひげは、いつ剃られるか」という他愛のないものである。 無精ひげ――つまり、故意に伸ばしてはいないひげである以上、いつかは剃られる日が来る筈である。その日が いつか当てよう、という趣旨で始まったものだった。 結局、その賭けの決着は着いていない。 何故なら、その賭けを言い出した大切な人が還って来てはくれなかったから。
(2/5) 「どうかしたかい、お嬢ちゃん?」 と、マードックがかけた声で、何か考え事をしていたらしいミリアリアが我に返ったようだ。 「ううん、何でもないわ。変わってないなぁって感慨にふけってただけ」 そう言って屈託なく笑う顔は、キラの記憶にある学生だった頃とあまり変わっていない。 しかし、先ほど少しだけ見せた憂い顔は、あの頃にはなかった表情だ。 あれから三年。 少年から青年への過渡期にある自分たちだ。少しずつでも変わって行くのは当然だろう。 けれど。 この日キラは、少年時代のまま時を止めた友のことを久し振りに思い出した。 「なんだなんだ? こんなとこ来てちゃあ、嫁の貰い手なくなっちまうぞ?」 「な〜によ、失礼ね。いいのよ。あたしのやることのあーだこーだ文句言う男なんて、こっちからふってやるんだから」 「うへ〜」 からかっているのか、それとも真剣に心配しているのか図りかねる口調のマードックに対し、ミリアリアは 半ば以上本気だと分かる。 その勇ましい返事に、キラは少々面食らった。 昔から人怖じしない娘ではあったが、それは「はきはきとした」というレベルであって、これほど気の強いタイプでは なかった気がする。 戦場カメラマン、というハードな環境が彼女を変えたのか、それともキラが知らなかっただけでこれが本来の 彼女の姿なのか、それは分からない。 キラの脳裏にふと、先程とは別の少年が浮かび上がった。 ――そう言えば、ディアッカはどうしたんだろう? 先の大戦後、脱走兵として処罰されても不思議ではなかったディアッカだが、なんとか無事に除隊し、 カメラマンとして世界中をまわるミリアリアと合流したとキラは聞いていた。 とは言っても、二人が恋人として付き合っているわけではないらしい、というのはマリューらアークエンジェル クルーの共通意見ではあったが。 その彼の不在が気になるものの、それを問うのも何となく気が引ける。 結果、キラはミリアリアとマードックの会話を黙って聞き続けた。 ――でも、これで良かったのかな……? いくら気が強くとも、ミリアリアは女の子だ。 それに戦場カメラマンとして戦場付近にいるのと、戦艦のクルーとして戦場の真っ只中にいるのとでは、生命の 危険度は雲泥の差だ。 本人の希望とは言え、戦場(ここ)に連れて来てしまって本当に良かったのだろうか? 自分はまた選択を誤ったのではないだろうか。 そんな疑問も不安も微笑の裏に隠し、キラはぐっと拳を握り締めた。
(3/5) キラに伴われてブリッジへ入ったミリアリアは、懐かしく内部を眺め見渡した。 ざっと見た感じ、MMIに大きな変化はない。 キラやカガリは多少大人びた感じはあるものの、その他の面々も以前とさほど変わってはいない。 しかし、そこにいるメンバーはミリアリアの記憶にあるそれとは、半数近くが違っている。 サイ、カズイ、それにトノムラにパル。 かつて、この場所で運命を共にしていた彼等が今どうしているのか、ミリアリアは知らない。 その事にまた、少しの寂しさとほんの少しの罪悪感を感じた。 「久し振りね、ミリアリアさん」 「お久し振りです。マリューさん、みんなも元気そうで何よりです。――っと、ラミアス艦長って呼ばなくちゃ いけないんでした」 形式どおりの挨拶ではあるが、皆が元気でいるのを喜ぶ気持ちは真実(ほんもの)だった。 「いいのよ、マリューで。相変わらずどさくさ紛れの艦長だし」 そう言う嗤い顔に卑屈な影など見えない様子は、やはり変わっていない。 二年という月日の長くもあり短くもある不思議さが、ミリアリアにはなんとなく可笑しかった。 「突然の通信、驚いたわ」 ミリアリアとブリッジクルーとの挨拶が一通り済むのを待って、マリューは切り出した。 「ごめんなさい。でも、あたしからって信じてもらえて良かったです」 「正直に言えば、ちょっと驚いたけど」 実際、突然ということだけでなく、アークエンジェルへ直接連絡を取る方法を知っている筈の彼女からの通信が ターミナル経由だったことは、ブリッジ内でも疑問視されたのだ。 マリューは声に出してミリアリアからの通信電文を読み上げた。 「『ダーダネルスで堕天使を見ました。また会いたい。黄金の花嫁人形も探しています。どうか連絡を』 ――こうだもの」 ミリアリアはちょっとした悪戯が見つかった子供のように、小さく肩をすくめて笑った。 「驚いたのはあたしの方ですよ。噂のザフト最新鋭艦のミネルバが来るって情報をもらったから見に来たら、 一緒にいる戦艦のシルエットはどうみたってアークエンジェル。なのに色は真っ青だし。 連絡を取ろうにも、その艦とアークエンジェルが無関係ならこちらの通信が届かないだけだからいいけど、 もし万一、アークエンジェルだけど乗員が違うってことになってたら色々と面倒になりそうだったし。 でも……言い得て妙だったでしょ?」 そう自画自賛の微笑みを浮かべられては、マリューは苦笑いするしかない。 「今は『ダブル・アルファ』っていうのよ、この艦(ふね)は」 「『ダブル・アルファ』? DA(ディー エー)?」
(4/5) 聞きなおしてミリアリアは、少し思案気な表情になった。 が、すぐに得心したといった顔できっぱりと、 「じゃあ、やっぱり堕天使(Dark Angel)じゃないですか」 その言葉にバルトフェルドが盛大に噴き出し、彼の大きな笑い声が響く。 ブリッジ内は同じように笑い出す者と、キラのように口も目も丸く開けたまま唖然とした表情で固まる者とに 二分された。 マリューは後者である。 (ミリアリアさんって……こんな娘だった……かしら?) マリューの脳裏で、疑問符が円を描いていた。 ――「花嫁人形」か……。確かにあの時の私は、人形になるんだと思っていたな……。 ミリアリアが何を考えてその表現を選んだのかは、カガリには分からない。 しかし、まさに絶妙な表現だったと思う。 あの時、アスランを裏切ってでも守りたかったものは、結局カガリの手から零れて落ちた。 だが、ガラス細工のように粉々に砕け散ったわけではない。 もしもまだ間に合うのであれば――そして許されるのであれば、今度こそ命に代えても、と、カガリは決意する。 きっと、まだ間に合う。 その想いだけが、カガリを支えている。 「ところで、あれはどこまでが本物?」 物思いにふけっていたカガリは、ミリアリアの言う「あれ」が何を指すのかが分からず、首をかしげた。 隣に立つキラも同様のようで、きょとんとした視線をミリアリアに向けている。 「最初に見た時は、後のフリーダムとミネルバは合成か何かだろうって思ったんだけど。でもその前にダーダネルスで、 アークエンジェルとミネルバが一緒にいるのも見てたし」 続くミリアリアの台詞で、「あれ」がユウナの公開した代表首長拉致の映像と事だと気づいた。 それもまたキラも同様のようで、苦笑いしつつ問いに答える。 「前半の神殿の部分は、多分改竄されていないんじゃないかな? 後半のフリーダムがミネルバへ着艦した処は捏造」 「……と、すると、意味深よね。オーブは何故フリーダムとミネルバを結び付けたのか。ただの偶然か、それとも……」 言葉の途中で黙り込んだミリアリアと同じく、カガリらもまた黙り込んだ。 あの映像を見た直後にもその疑問は持ち上がった。 フリーダムとの合成が可能なザフト艦の映像がミネルバのものだけだった、という単なる偶然ならば良い。 だが今、実際にフリーダムとミネルバ、そしてカガリは共にある。 オーブが真実を知っており、故にミネルバが選ばれたのだとしたら。 オーブが大西洋連邦と同盟を結んでいる以上、連邦側にも周知とみて間違いはないだろう。
(5/5) 「それにしても」 重苦しくなった雰囲気を吹き飛ばすかのように、ミリアリアが明るい声を出した。 皆、それに気づいたのだろう。誰もが肩から力を抜いて、彼女に視線を向ける。 「キラってば、結構強引だったのね。カガリをフリーダムに引きずり込む処なんて、遠目なのに凄い迫力だったわよ」 ミリアリアの台詞にマリューも同調した。 「私もあれには驚いたわ。『少しくらい強引にしなくちゃ、カガリさんを連れ出すのは難しい』とは言っていたけれど、 あそこまでするなんて」 「えっと……」 二人にそう言われて、キラは戸惑ったようにカガリを見る。 そのカガリはと言うと、頬を朱に染めて消え入りそうな声を出した。 「いや、あれは、その……躓(つまづ)いたんだ」 「……は?」 「だから、その、躓いて、転びそうになって、というか、コックピットへ転がり込んだ、と……」 「……えっと……」 恥じ入って小さくなるカガリに何か声をかけるべく口を開いてはみたものの、マリューには上手い言葉が 見つからない。 ミリアリアの方は、先刻のマリューと同様に呆然と口を開けている。 「まあ逆に考えれば、事情を知っている僕たちにもそう見えたと言う事は、他人が見てもそう見える、という ことだろう? 代表首長拉致の信憑性が増した、と思えばいいじゃないか」 「そ、そうよね。良かったのよ、あれはあれで」 バルトフェルドの絶妙なフォローに強く賛同して、マリューは「おほほ」と笑った。 チャンドラ二世らからも「そうだ、そうだ」と声が上がるが、微妙に乾いた感があるのは否めない。 「話は変わるけど、仕事の方はどう?」 と、操舵席からノイマンがミリアリアに水を向ける。 「まだまだ修行中。たまに新聞社なんかに写真を買ってもらえることもあるけど、なかなか、ねぇ」 そう言って肩をすくめるミリアリアにチャンドラ二世が、 「エルスマンとは?」 「ん。ふっちゃった」 あっさり、という以外には形容できないほどあっさりとミリアリアは答える。 ――そっか。ミリアリアもか……。 ミリアリアの言葉を聞いて、カガリは思った。 キラとフレイ、フラガとマリュー、ミリアリアとトール、ディアッカ、そしてキラとラクス。 あの大戦の最中、心を通わせた人たちは、みんな別れ別れになってしまった。 ――なら、私とアスランが離れるのも……? そこまで考えてカガリは小さく首を振った。 「運命」という単語などではまだ納得できそうにもない。 ちりちりと疼く胸を服の上からぎゅっと押さえつける。 その時、ブリッジに通信の呼び出し音が響いた。 カガリよりも一歩早く応答したミリアリアから、ミネルバとの再合流が近いことが告げられた。
「 In the World, after she left 」 〜彼女の去った世界で〜 再開待ってました!投下乙です 相変わらず人物描写がアニメとブレないのがすごい GJ ! カガリの偽物、ミーアのように替え玉がいるんだろうか?どうなるのか気になりますね またの投下をお待ちします
>SEED『†』氏 キャラがいい感じに動いてますなー シンがヤシガニに拘りすぎてて笑ったww
>>弐国さん 投下乙です。 ダイがカエンに向けた条件に、少し感動しました。GJです。 ちょっと確認 ダイ・ジョーモンジ 苦労人スモーカーパイロット カエン・アズチ 苦労人参謀 ダイと腐れ縁 コーネリアス・イタバシ コーネラさん。苦労人IT土方 カトリーヌ・クロゥ 苦労さん。情報部 リコ 苦労さんのナイト。 BB バイトで情報屋をやっているダイビングインストラクター こんな認識でかまいませんね? またの投下をお待ちしております。 >>河弥さん 投下乙です。 マードックの不精ひげから三年の月日を思うミリアリアがとても良かったです。 ふっちゃったのあたりへのつなげ方が凄く自然でした。カガリ⇔アスランへの つなぎ方もうまかったです。 またの投下をお待ちしております。
>河弥 投下乙 アニメをもじったミリアリアの電文と アークエンジェル→AA→αα→ダブルアルファ→DA→ダークエンジェル→堕天使の流れがすごいです 当初から考えていたのでしょうか またの投下を楽しみにしています
1/ 『シン――!』 ――はは、なんとか生きてるぜルナマリア。けど…… しかし、シルエット搭載ミサイルの煙幕でビームの直撃を防いだシンは、 「ゲボ――!」 気道を塞ぐ血に息を止められていた。 その脚を、ガンダムの脚を、"ヤシガニ"の爪が掴んでいる。 すぅ、と、赤く染まった視界が白く霞んでいった。 SEED『†』 第十八話 二つの脱出(後) ――ミネルバ 艦橋 「シンが気絶したら死ぬわよ!」 「強心剤投入、血圧上昇」 「艦長、カニから高エネルギー反応!」メイリンに続いてバートの絶叫。 「マリク、任せるわ!」 ビーム発射後の回避命令は、どこぞの不沈艦操舵手であればこそ達成しうる不条理だったろう。 「む……間に合いませ――」 「艦首に直――!」 "撃"という言葉はついに発せられなかった。 着弾したビームはミネルバの白肌を食い破り、内部"タンホイザー"の砲身を抵抗のすべもなく 蒸発させた。プラズマ化した金属粒子が通路と換気口を吹き抜け、炎の竜となって荒れ狂う。 シェルターに塞がれた炎は、強大な圧力でミネルバの一部を吹き飛ばした。 「耐ショック――」 メイリンが椅子から浮かぶほどの、直下型強震がミネルバのクルーすべてを襲った。 揺れるミネルバの周りに数百の輝きが――数百トンの船体の欠片が――煌めく。 しかし崩壊の輝きをブリッジのクルーが見る事は無かった。 「艦首センサー群、消失! なれどデュートリオンレーザー健在、カタパルト使用……不能です! ルナマリア機、レイ機健在。ミサイル13さらに接近、着弾まで11秒!」 「CIWSで対応、散らばる破片がチャフの代わりになる。落ち付いていけ!」 着弾の被害から、外の状況を透視したアーサーが檄を飛ばす。 「各員! 首はつながったわ! 態勢を立て直して!」 「ミネルバ制御……とれません! 喪失質量がプログラムの補正限界を突破!」 「……マリク、ここから腕の見せどころよ、踊らせなさい」 「……了解!」 汚名挽回の瞬間だと心に決めたのだろう、操舵プログラムの自動補正をカットする マリクのこめかみを薄く汗が伝った。
2/ ――おにいちゃん インパルスの操縦席に座るシンは、温かいものが喉に詰まって、目の前に浮かぶ少女の名前を 呼ぶことすらできなかった。幻影を引き寄せたいと願う、その手が今は動かない。 ――おにいちゃん 虚像に幻聴を重ね、幻視を束ねてその先にシンは、 「マユ――!」 びちゃびちゃと、自分の血でがメットに貯まる反響で目が覚めた。 無意識と忘我の中で操ったインパルスは、ヤシガニに脚をとらわれたままもがく。 クローで捕まえた相手には反対側の爪も、自身のビーム砲も向けられないらしく、 つまりシンの生きているのは間の抜けた設計者の気まぐれ故だった。 がくんと重力に逆らう感触――ディスプレイで逆さになった海が遠ざかってゆく。 上空で仕留めようというのか、あるいは海に叩きつけようというのか。 ――死ねるか! まだ、マユの仇を取っていない。父さんと母さんの無念を晴らしていない。 家族の幻視。 過去に目を見開いたシンの喉を、熱い血塊が駆け上る。 どこか内臓の一つも潰れたか、冗談のような量の血を吐いた代償に一呼吸。 ――まだ、こんな世界で死にたくない。 穏やかな世界の幻影。 未来を垣間見たシンの首筋にちくりと、パイロットスーツが二度目の強心剤を刺した。 それが肉体を動かし、インパルスを駆動させる。 ――まだ、仲間を守り切って、ない! レイ、ルナマリア、メイリン、ヴィーノ、ヨウラン次々と訪れる幻覚―― 違う、彼等は確実にミネルバにいて、シンを待っている。断じて、幻では無い。 ぱりん。 シンの意識に広がる果てない水面に、種子のようなイメージが浮かび、砕けた。 クリアになった意識の世界で、種から生まれた自分自身を初めて感じ取ったかのように、 時間はとてもゆっくりと流れ、過去の経験に活路を求める心身が、青い水面のような世界に 無数の泡を――思い出をかき集めた。 ――どうすれば……! 駆け巡る走馬灯――筋肉は骨髄の記憶を聞き、目は脳髄の思い出を見ていた。 戦うために炎が欲しい。この身を焼かれても構わない。 空飛ぶ翼と、敵を切り裂く剣をくれ。それが折れるまで戦ってみせる。 "過去"の全てを、"未来"のために、過ぎ去る"今"へと――明滅する戦意の閃きが、 短い通信をミネルバに向けて送らせた。 損傷を受けたミネルバがそれをやってくれると、少年は信じて疑わなかった。
3/ 「インパルスは――」 「"カニ"に捕まっています。シン!」 メイリンの悲鳴に応える声は無い。ただ、 「――インパルスからテキストです!」 内容はデュートリオンビームの照射と、損傷したフライヤーの交換だ。 「チェン、デュートリオンビーム照準、目標インパルス!」 「照準用センサーが損傷していて、軸が安定しません。インパルスの額以外で受ければ 機体が真っ二つですよ」 『艦長、ガナーザクのセンサーを連動させて下さい!』 と、甲板から直通回線でレイ。 「照準精度はガナーが上か……メイリン!」 「了解」と答えたメイリンは、本心ではすぐにでも帰艦してほしい涙を堪えていた。 ――でも、シンはまだ生きている。戦えば、闘ってさえいれば生きて帰ってくれる。 ザフトレッドへの信仰にも似た思いが、ミネルバとザクを繋ぐ操作をただただ早くした。 『艦長、ミネルバの破壊許可下さい。刺さった破片がフライヤー用のカタパルトを塞いでます』 「ルナマリア……仕方ないわね。手加減するのよ!」 「左舷より高エネルギー反応!」 「回避。ダメージコントロール班は向かってるわねアーサー? ――良し、レイは インパルスからの合図を待って。損傷が深いなら、チャンスは一瞬しかないわ」 『あらよっと――!』 威勢のいい叫びと共に、ブリッジの画面にザクの尻が大写しになった。カタパルトにザクの 抜き手を突きこみ、甲板の部材ごと突き刺さった"タンホイザー"の収束電磁石を引き抜いてゆく。 べりべりと金属を剥く音が、ブリッジにまで響く。 「チェストフライヤー、強制射出です。どうぞ!」 機首を上空に向けたフライヤーが白い飛行機雲を引いて行った。 「レイ、ブリッジからの照準が、精度を七割に落としてるの」 『分かっている――照準はこちらで行う。当てて見せるさ』 「お願いね――」 やはりレイは、頼りになる射撃手だった。 『レイ、頼んだわよ! てぇい!』 頼りにならない方の射撃手は気合一拍、引き剥がした材料を飛来したウィンダムに 向かって投げつけ、直撃させていた。
4/ "ヤシガニ"は刑場へ向けて上昇する。インパルスを青い海の水面に落とすか、 あるいはその鋏で千切る気か。MSの胴ほども太い爪は、流石に振りほどけない。 「今だ――!」 だが、"ヤシガニ"の敵はインパルスだった。煙を噴き上げるミネルバを目にして、 合体を解除したインパルスは自由落下を始める。下半身だけが"ヤシガニ"の爪に残った。 インパルスの顔を母艦にむけ、震える指でコンソールを操作すると、額に位置する ビーム・ストッピング・チャージャーのカバーが外れた――それだけ分かるはずだ。 「……来た」 遠く、切手ほどにも見えないミネルバから細く伸びる輝きが、正確に額を射抜いて、 残量ゼロを示していたバッテリーが日の出の勢いで充填されていく。 上空、気付いた"ヤシガニ"が激しく加速した。 「へ……遅い、よ」 砲口を向ける扁平な影へ、落ちつつ、ケルベロスを撃ち放す。天地逆のインパルスが 放つビームはヤシガニの展開した光る盾、陽電子リフレクターに当たるや、風に吹かれる 木の葉の如くに散らされた。 ――問題ねえ! 消費よりも早くチャージが進み、数秒、インパルスのバッテリー残量が最大を示す。 ビームを防ぐ敵の攻め手も限られているが、損傷の深いインパルスもまた身動きが取れない。 成す術も無く海面で墜死するか、敵がシンプルな解決方法、"体当たり"に思い至るか、刻一刻と 縮まるシンの命運は、突如として響くビープ音と共に尽きた。 "ケルベロス"の過熱――煙を吐く砲身が、ところどころから小さく爆発を始めたのだ。 「く……!」 排除したブラストシルエットを海面へ押し、僅かに降下速度を緩めたインパルスを 背後から一条のレーザーが照らす。 尽きた命運は外から足す。それはフライヤーのドッキングセンサーだ。 "ヤシガニ"の爪が迫り、シルエットフライヤーが駆け、交差の中心にインパルスが居る。 「――!」 来い、と叫んだつもりで、再び気道に溢れた熱い血が言葉を塞ぎ、 気合いだけが出た――それが届くと信じた。 "ヤシガニ"の凶悪な面相が大写しになり、シンの身を裂かんとする大爪を、ソードシルエットが 僅かに先んじた。激突まがいのドッキング――ミサイルよろしく機体が垂直に上昇する。 ビームクロウを躱したインパルスはそのまま、大きく放物線を描いた。一瞬の浮遊感を得る その頂点で、チェストフライヤーとのドッキングを成し遂げる。 装甲が真紅にそまり、"エクスカリバー"を手にするソードインパルスが爆発的に加速した。 "ヤシガニ"へ一直線に向かうシンの目に、陽電子リフレクタの輝きが壁となって映る。 あらゆるビームを弾く盾へ、狙いは一点、僅かに露出したリフレクターの発振装置のみだ。 切っ先を向けて飛ぶインパルスとシンは、自身を一振りの槍と化して突撃した。
5/ ――ミネルバ 甲板 『どうなったの――?』 インパルスと"カニ"の交差を見たルナマリアが、レイに聞く。 「分からん――インパルスの識別信号が、"カニ"と一緒に接近している!」 シンが仕留めそこなったのか、"カニ"がミネルバに向けて矢のように加速してくる。 激突したインパルスの安否は、リフレクタ―がノイズとなって分からない。 「……700まで引きつけてから撃て、ルナマリア」 『分かってるわよ』 シンの生死に関わらず、これは止めねばならない。 「それからルナマリア、後で俺を殴れ……」 『そういう趣味……じゃないわね。なんで?』 「俺は今、"撃たねばならないなら、もう死んでいて欲しい"と思っている。恥ずべきことだ」 『オッケー、後で思いっきり――シンがぶんなぐるわよ、"勝手に殺すな"ってね』 "カニ"は赤いシールドを展開したまま、やはりミネルバに向けて突っ込んでくる。 「来るぞ――」 『ええ……』 近づけば、それでインパルスがどうなっているかも分かる。 緊張の一瞬。 そしてザクのモニターが"カニ"を大写しにした瞬間、 「シン――!」 その背に乗るインパルスを認めて、レイは叫んでいた。 『お、おおおおぉお!』 シンの叫びも聞こえる。"カニ"の厚く広い背面装甲に突き立てた"エクスカリバー"を支えとして しがみつくインパルスは、残るリフレクタ―に機体を端から削られている。 肉も骨をもそぎ落とされながら、インパルスはなお、片腕を使って"フォールディングレイザー" 対装甲ナイフを振りかぶった。 『撃たないわよ?』 「当たり前だ!」 『とどめ……だぁ!』 振り下ろす――正確に"カニ"のコクピットハッチへと向けて。超硬度の無重力合金と、 超展性を持つ高重力合金、二種類の組み合わせられたナイフはハッチを易々と切り裂いて、 おそらくは中のパイロットを即死させた。 コントロールを失い、力無く落下する"カニ"。その軌道を予測したレイが、不吉な未来を予想した。 『ねえ、レイ――このままだと』 「ああ、当たるな。コントロールされていない……艦内、総員耐ショック用意! シン、聞こえているならすぐに離れろ!」 直後、ふたたびビームの直撃を思わせる振動が艦内を揺らし、ヴィーノがまた頭を打った。
6/ 「どこに刺さった!?」 ミネルバをさんざんに苦しめた"カニ"――正式名称ザムザザー――は、 『艦首、よ!』 タンホイザーに代わる前衛芸術として、ミネルバ艦首に突き刺さった。 「大丈夫なのか、ブリッジ!?」 とレイが聞く。 『MS隊各員、敵MAの着艦による損害は大したことないわ。むしろタンホイザーの穴にはまって、 良い重りになったくらいよ。レイはインパルスを回収、ルナマリアは――』 『残ったフライヤーを有りっ丈出して下さい!』 「おい、ルナマリア!」 ルナマリアの意図を察して、白いザクは赤い機体を止めようとするも、狭い甲板のうえながら するりと抜けられてしまう。 『道はあたしが開きます。ルナマリア=ホーク――突貫するわよ!』 ――インパルス コクピット 「――レイ」 『しゃべるな、傷に響く』 「なんかさ、フライヤーに、ルナのザクが乗ってる幻覚を見たんだ」 『気にするな、俺にも見える。きっとそれは……ただの夢だ』 「そうか……」 『お姉ちゃん必殺、8艘飛び! うりゃあ!』 『無茶をするな、ルナマリア――!』 レイはなにやらあわてているが、こいつらならきっと大丈夫だろう、 シンは、三機のシルエットフライヤーを飛び移りつつ宙を舞う赤いザクの姿を夢だと信じて、 力を抜く。操縦観と意識を手放して、温く昏い世界に落ちて行った。 ――ミネルバ 艦橋 ミネルバの包囲網突破は成功しつつある。 「ルナマリア機、敵巡洋艦に着地――いえ? 着艦しました。ウィンダム撃破さらに3。 敵艦大破――これで無力化した巡洋艦は3です……」 「しかしまあ、ザフトレッドというのは……」 「頼もしいわねえ」 配備されていないグゥルの代わりに、インパルスのシルエットフライヤーを踏み台として、 赤いザクは一気に敵MSのラインに迫った。 「インパルスシステム本来の使い方ではありませんがね」 「使えるものは親でも使うのがザフトレッドよ」 鈍重と思われた重装甲のザクが宙を舞う様子は、連合軍将兵の心に深い傷を負わせたという。
7/7 「いけるわね――」 ルナマリアの鬱憤を晴らす奮戦に、タリアですら思わずつぶやいたほどだ。 だから、ミネルバの後背、MSの残骸が散らばる海面が波紋を起こしながら鋭く盛り上がり、 半ダースの対艦ミサイルを吐き出したとき、艦橋の全員が虚を突かれた。 「迎撃――!」 CIWSが向くのも間に合わない。噴進加速する弾頭にブリッジクルーが目を奪われるたのは、 1秒か2秒か、六基のミサイルは内臓コンピュータの判断に従って、より効率的に損害を与えられる 場所へと、攻撃目標を分散させた。 その一つ、シェルターに装甲された艦橋でメイリンは、ミサイルを真正面から見た。 「ひ――!」 悲鳴を挙げる、息を呑む。 その瞬間、目前に迫ったミサイルを"ミネルバの直下から浮上したAMM"が撃破した。 「きゃ――!」 衝撃に備える体勢をとって――実際には、頭を抱えて――いたメイリンは、 炎が女神の肌を焼いても、自分自身、鉄の蹂躙は免れた事を知った。 「……助かっ……た?」 「何処からの攻撃なの!?」 「センサーに、感なし。海中の"敵影"発見できません」 「艦長、通信が……」 ふと、メイリンが出先の分からぬ通信をキャッチする。 『こちら、オーブ海軍所属特務潜水艦ナギシオである。ミネルバへ……我々が見えているか?』 タリアが策敵手に目で確認を送ると、バートは両掌を広げて"お手上げ"の態勢をとった。 「ええ……バッチリとみえているわ。ミネルバの真下。海洋国家の潜水技術も大したこと――」 『――よろしい。我々はどこにも居なかった』 タリアのはったりを平然と受け流し、影すら見えない艦から、男は答えを送る。 「先ほどの支援に感謝しますわ……せめて名前を」 『――必要ない。貴艦の平穏なる航海を祈る』 それきり通信は途絶えた。 「……海中向けのセンサーを増強しなくてはね」 急に静かになった海に、タリアはぼそりと呟いた。 ミネルバの真下から助けてくれた潜水艦はつまり、何時でもミネルバを攻撃できた…… 安堵しては居られないタリアの背中を、冷たい汗が流れていた。 「この機を逃さず、当海域を離脱します。ミサイル防御密に、さっきみたいな"瓢箪から駒"は 二度と無いわよ!」 「ルナマリア機帰艦します。ウィンダムの撃破数19。ザクより通信、"波穏やかにして 敵影もはや見えず、ミネルバは堂々と来られたし"です」 一言言いたいが、言わないし言えないメイリンは、淡々と報告を上げた。 ――やっぱりお姉ちゃんは凄い、すごいけど何なのだろうこの不条理な感じは。 明後日の方向を見たメイリンの視界には、艦首に突き刺さった"カニ"の扁平な影が見えていた。
というわけでお久しぶりです。投下です。終了です。 感想、ご指摘はご自由にどうぞ。 感想をくれた方々、そしてまとめサイト管理人様、いつもありがとうございます。 では、また。
切迫したブリッジの雰囲気が良かった 緊張した現場にカニ、カニの連呼は笑える GJでした またの投下お待ちしてます
193 :
45 :2009/01/24(土) 22:10:31 ID:???
×汚名挽回 ●汚名返上 ですな。 なんというベタな誤植を……
第7話『終わりの始まり(後編)』(1/6) 「で、朝の騒ぎはなんだったんですか? 隊長」 西に向いたビーチにも太陽が既に顔を出している。いつもは一人で『巡察』と称してダイが 日課にしている散歩。それにつきあっているのはクロキ曹長である。 「何故かは知らないが、いきなりサウスポートのセンサー26台が一斉に動作不良を起こした。 原因が電圧不整合。となればまぁ、起こしをかけられたモモちゃんが怒るのも無理はない話 ではあるんですがね」 サウスポートに設置したセンサー台数の実に1/3が突然パンク。結線ミス、設置ミス、設定ミス その他ヒューマンエラーの可能性はほぼ無し。電圧不整合と思われるが、原因不明。ダイの手元 にあがったレポートにはそうあった。 とは言え昨日までは正常に動いていた機械である。ダイは一応指揮所を出る前に、この件に ついての詳細分析を技師長に命じて来たのだが、当の本人から機械故障の類だろうから 原因究明は期待しないでくれ。と言われれば、後は指揮所の女帝ことフジワラ士長をどう なだめるか、が仕事になってしまう彼である。 「国防軍が不良ロット掴まされてちゃ洒落にならんですよ。モルゲン製だってのに……」 胸元から一本タバコをつまみ出すと火を付けるダイ。 「初期不良じゃ技師長もツラいとこですな。あの人はそもそも細かいモノは専門じゃ無いでしょうに」 「ところで曹長、俺に用事だったんでは? わざわざ雑談しに来た様にも見えないんですが……」 「まぁ正直、自分は雑談って柄じゃないでしょうね……。では単刀直入に伺います。連合の侵攻は いつと考えますか?」 藪から棒になんすか? と言いながら、そういやこの人も真面目だものなぁ。と内心溜息のダイ。 「いずれ備えは必要です。……具体的にはセントラルからの道路を封鎖しておきたいのですが」 ノースとサウスはポートの壊れる前から船を着けるにはそもそも不向き。となれば大規模に 上陸するならイーストセントラルかビーチ。但しビーチは遠浅の珊瑚礁、しかも目の前が崖。 狙撃を免れて上陸したところで、今度は崖を迂回する細い一本道以外なら、よじ登る他はない。 但しそれがイーストだった場合、船が付きさえすれば車両を下ろされるといきなり後手を踏む事 になる。だからと言って人員の足りない部隊では常駐警備など出来ない。 その不安を払拭する為に、イーストセントラルからの道を封鎖しておきたいので人員を投入しても 良いか? 性格そのままに簡潔にダイに説明するクロキ。 確かに現状、土嚢とバリケードは置いてあるものの軍用車両であればなんの問題もなく 突破出来るだろう。工事をしようが上陸するのがMSならばもうお手上げだが、それは島の何所で あっても同じ事である。 ダイも多少気にかかっていたところではあるし、本来の任務であるジャンク屋対策にもなる。 それに何も事がない限り、暇をもてあましていると言うのが普通科の現状であるし、そもそも 何か仕事をしていないと落ち着かない性格のクロキであるのは先刻承知のダイだ。 「……良いでしょう、明朝からでもかかって下さい。ついでに倉庫で見つけた自動迎撃システムも 設置しちゃいましょう。イースト方面は監視も含めて完全無人化の方向で考えましょうよ。 ――ま、それは技師長がやりたがってたんスけど。人員のシフトその他は任せていいすっか?」
第7話『終わりの始まり(後編)』(2/6) 「数学に関しては公式、すっかり暗記してるんだね。って事はやっぱり応用か。正直、私も 苦手だなぁ。っていうか……」 セントラルポートへの道の封鎖工事が始まった日。クロゥが自身の部屋として居る貴賓室で、 3人の少年少女を前にジュニアスクールの教科書を片手に頭をひねるのはコーネリアス。 クロゥが暇つぶしかたがたリコ達3人の『家庭教師』として勉強を教えていたのだが、昔 家庭教師のアルバイトをしたことがある。とコーネリアスが口を滑らしたのをきっかけに、彼ら 3人の教師は2人制になったのであった。 「応用のなんたるかから教えなきゃいけない様ですからね。ああいったモノは理屈抜きで理解 出来るのですけれど」 ため息と共にクロゥが指さした先には、MSを扱う技術系の人間が仕事をする部屋らしく 『MA技術の研究』や、『MSの登場による戦術変化概要』、『CE70ビーム兵器技術大綱』等と 言ったしかめつらしい題名の背表紙が並ぶ。 そしてその手前。大きなソファに座ったリコ達3人は、応用の初歩も初歩、買い物の問題を 眺めながらコーネリアスが渡した実際のコインをテーブルの上で右に左に移動させつつ、 頭をつきあわせてうんうん唸っている。 「お買い物をして、ご飯を作って……。普通の生活って実はすごい事、だったのかしら」 食料とさえ言えない様なものを食べながら子供三人だけで数ヶ月サバイバル生活を生き抜き、 武器全般の使用法に精通し、近代戦術論の教科書に意見する。さらに格闘技は各人の得意な ジャンルの差こそあれ、相手が仮にコーディネーター、それがザフトの兵士であろうと最年少の リオナを含め三人とも正面切って素手で対峙出来る、とクロキ曹長が断言するレベルの彼ら。 全く隙のない用に思える少年と二人の少女。その彼らを悩ませるのはたった3桁の 『太郎君と花子さんのお買い物』の問題なのである。 「……彼らに限ってはそう言う事のようです」 「なんつーかこう、バランスが、スゴク悪いよね。あり得ないくらいに……」 「私が知っている限り、ブーステッドマンは戦闘に役立つ知識以外はそもそも教えられていない そうですから。なので、むしろサバイバル生活でも生き延びたられた訳ですが……」 「お釣りの計算、……ですか?」 コーネリアスから数枚の紙幣を追加されて更に『難易度』があがったテーブルを気にするクロゥ。 「基本的に頭は良さそうだからね、自分たちで納得するまで放っておいた方が良いのよ。 お金の概念なんて言葉じゃ教えられないって。――足はどう? 包帯、少なくなったんじゃない?」 車椅子で近づいてこようとしたクロゥに微笑むと、小さな包みを持って自分が彼女のデスクに 近づくコーネリアス。 「だいたい良い様です、明日の診察の結果で来週からは本格的にリハビリだそうですが。 ……それは何ですか?」 「フジワラさんからお見舞い、非番の時に焼いたクッキーだって。――私も貰ったけど、どうやったら カセットコンロと代用甘味料でこんなの作れるのかしらね? その彼女をヒス女だの女帝だの、 ここの男どもは見る目無いわよねぇ。絶対に完全無欠のカワイイ奥さんになれるのに」 と、ソファから黄色い声が上がる。 「コーネラさーん! 出来ましたっ!!」 「お? リオナ、いくらになった? ……正解、良くできました。では60分休憩、って走るなあっ! リコ、二人見ててよ? 特にリオナはドコ行くかわかんないから目を離さない! 良いわね?」 俺は本が読みたかったのに……。 ぶつぶつ言いながら飛び出していく二人の少女を追うリコ。
第7話『終わりの始まり(後編)』(3/6) 「ホントにおいしい! ……私が言うのも何ですが、きっとフジワラ士長は真面目すぎるんですよ」 「確かに、ね。計量カップでキッチリ計って作ってるイメージ浮かぶなぁ……。カトリに言われたの 知ったら、泣くぞぉ。きっと」 こ、ここだけの話でお願いします。クロゥが多少慌ててそう言うと、二人はひとしきり笑った。 「そうそう。ダイが非常階段の封印、それと中庭の【フタ】の閉鎖と電源カットが終わったから 伝えてくれって」 「そうですか、一安心です。――ところでM1で何か実験をやってらっしゃると聞きましたが、 何をしているんですか?」 すいません。と言いながら紅茶を炒れにシンクへ向かったコーネリアスに声をかけるクロゥ。 「気にしないでよ、自分が呑みたいだけだから。――データリンク中の充電効率のデータに ちょっと引っかかるとこがあってね。A1とA3をイコールコンディションで一昨日から片方は 充電だけにしてるの」 「どちらが充電だけなんですか?」 機体情報をメディアでやりとりするならそれはパイロットにかなりの負担を強いるはずの 作業である。 「モチロン、コイト君のA1。――良い葉っぱだねー。良い香りぃ」 「いじめ、じゃないんですよね……?」
第7話『終わりの始まり(後編)』(4/6) 「こんな朝っぱらから緊急招集たぁ何事だ! ……ってダイ、何だその格好?」 「フジワラ、姐さんとカトリちゃんは来てないのか?」 「隊長。現時をもって班長以上、全員の集合完了を確認しましたっ!」 周りの戸惑いは無視してフジワラ士長が踵をならして敬礼すると、ひときわ響く声でダイに 告げる。そしてその声はざわめきを打ち消して、椅子に座るダイに全員の視線を集めさせた。 以前、カッコがつきません! とフジワラ士長に言われて演壇の裏、控え室の一角に 小隊長室のステッカーを貼ったダイではあるが、まさか使うときが来るとはな。と呟くと椅子に 深く座って、普段は無い高い襟や襟元のスカーフを気にして弄りながら、集合した数名を見渡す。 「司令部より緊急入電だ。……ザフトの大規模作戦によりパナマが墜ちた。この戦闘によって 連合の部隊はほぼ壊滅、またマスドライバーも致命的損害を受け使用不能となったそうだ」 その際に人道にもとる行為もかなりあったと通達にはあったが、あえてダイは通達しない。 「それが何を意味するかは各員承知の通り。既に現在、我が国の領海ギリギリを連合の哨戒機が 2時間おきに飛んでいる状況だそうだ」 珍しく略装ではない制服をきちんと着込んだダイは、椅子から立ち上がると制帽を被り 直立不動の姿勢を取る。 「フジワラ士長、本部からの命令書を全文読み上げろ!」 「はっ、読み上げます。発。国防大臣。オーブ国防軍全軍に通達。現時を持って甲種出動準備開始 を命じる。ヒトサンマルマルをもって準備を完了せよ。以降は甲種出動準備待機を維持するものと する。活動目標については都度、必要各隊へ随時伝える。以上マルシチフタマル」 「我が第18号特務小隊も1300をもって出動準備待機体制を取る。各員は至急、出動に備えよ。 只今より甲種出動準備開始! 以上、解散」 踵の鳴る音と敬礼の衣擦れの音が終わるとダイとフジワラ士長以外の全員、 部屋を飛び出していく。それを追いかける様に建物内に非常警報のブザーが鳴り響きはじめた。 『全隊に警戒態勢を発令、総員起こし! 繰り返す。全隊に警戒態勢を発令、総員起こし!』
第7話『終わりの始まり(後編)』(5/6) 「とは言え、俺たちは取り立てて何かをする訳じゃぁない。せいぜい総員起こしに備える 程度なんだがな」 中庭。膝をついた3機と屹立する1機のM1、そして各種の機材と車両に囲まれて、立ち話は オオニシとコーネリアス。 「かえってそれくらいでなければ、確かに前線は安心して戦えないわよね。――で、オオニシさん、 オカシイって何?」 「潮力発電所からのデータなんだが、コンマ5秒ずつディレイがかかってるんだ。こういう制御は 見た事がないんだが、民生用ではこういうやり方することあるか? バグじゃないようなんだが」 「ウチのソフトじゃん……。専門じゃ無いけどこのタイプなら弄った事はあるよ? ただデータ転送 の遅延ねぇ。あんまり聞いた事無いなぁ。オオニシさん、ディレイかかってるデータは何と何?」 コーネリアスはむぅ、と唸ると自身の小さな端末と車両から引っ張り出されたディスプレイを 見比べる。 「……エレメント40から72にかけて変なビットが立ってるなぁ、フラグBか……。今使ってないよね? 32以降って。Aとか0ならともかくディレイかけてBを返す……。何のデータだろ?」 端末のマニュアルを調べながらオオニシが答える。 「ちょっと待てよ。……あったあった、これだ。2番転送ラインのデータ量エラー監視が41,42だ。 ……するってぇと3号管理装置の暴走か? ただ43番以降は、なんだろうなコーネラさんよ。 ん? ――データマップではリザーブかぁ。管理マスター連動は100番以降だしなぁ」 メガネを取り出すと本格的に端末を叩き始めるコーネリアス。 「……データ不一致の検証の為に装置側でディレイかけてるっぽいなぁ、これは。でも監視信号は 返してるかぁ。なら遅延よりエラー返して止まるね、普通。うぅ、……、ゴメン、オオニシさん。 あとは現地で見てみないと、変なフラグ立ってるのが原因としか現状では」 なら多分3号の暴走でキマリだ、後で見に行って見るさ。すまんな。とオオニシ。 「あ、そうそう。さっきダイからアス=ルージュ、一応修理してくれって言われたの。三班の人達と M1のパーツ、借りても良い? 2時間で済むから。――うん? そう、M1のOSで動かせそう なのよ。つーかそうでないと2時間じゃ無理でしょ? それにM1系なら私たちでも弄れるし……」 「姐さん行かせる訳には――え? コダイラ君? そういや初期の結線関係、彼でしたね。 ただ状況的に一人じゃあ。……あぁ技師長、待った。――クロキ曹長、ちょっと。シンデン三曹 は今、手空きですか? 彼は技術にも明るいでしょ?」 指揮所に戻ったダイが自分の席で、数枚のディスプレイと無数のメモ用紙に埋もれながら クロキと打ち合わせをしていたところに、中庭のオオニシから無線が入ったのでインカムを 耳に当てている。 「とにかく、単独行動は絶対避ける事と定時連絡。これは徹底する様に特にシンデンさんに 技師長からも念押し、お願いします。それと状況を見てヤバげだったら確認よりも先ず報告、 そして即時撤収。良いっすね?」 「ははは……。相変わらずシンデン三曹は苦手ですか、似た様なタイプだと思うんですがねぇ。 隊長にしては珍しい事ですな」 「ま、俺と合わないだけで仕事は出来る人ですからね。任せておけば平気でしょ? ――で、さっきの続きですが……」
第7話『終わりの始まり(後編)』(6/6) 「今日の午後やや遅く。二人ないし三人、そのうち技師は一人……か。占い師にでも転向 した方が儲かるんじゃないか、おまえ」 「技術屋の行動パターンなんかそんなもんっすよ、リーダー。――それより処理はきちんと……」 「二人とも始末した。何も触らせてねぇさ……。上から確認しに来たりはしないだろうな?」 「連中、きっとそれどころじゃねぇでしょうよ。連合の事は計算外だったが、良いタイミング だったしね」 迷彩服の男二人が潮力発電所前で立ち話をしている。着ている服はオーブ国防軍の迷彩服。 18隊と同じデザインの略装服ではあるが、戦闘の意志がない事を視覚に訴えるため、18隊には そもそも迷彩服自体着ている者が居ない。 其処に更に一人、迷彩服の初老の男が発電所の中から出てくる。 「仕方のない事なのだろうが。毎度、気持ちの良いものではないな……。スミダがまだ戻らんが?」 「あぁ、おやっさん。予定ではあと約15分、――だったな。占い師の先生よ?」 「スミダのアニキがサボらず歩いてれば、ですがね。へへ……」 「……シンデン三曹達が? 通信長、いつの時点からだ?」 「マジマ一士が現着報告を受けたのが1456、その後1500から5分間隔で定時報告があったの ですが、1615を最後に連絡なし。こちらからの呼びかけにも応じず通信途絶。現状17分経過」 『2号情報車から指揮所、緊急! 陸上部設置全センサーダウン、原因不明。A4と海は生きてる! 技師長は? いや、居ればスズキ技術一曹を出せっ! システムからはどう見えてる!?』 『こちら1号。音波28番に感。西北西にキャビテーションノイズ確認。距離約300、深度54、数1! フジワラかクリヤマは指揮所に居るか? 至急照合してくれ!』 「小隊長より18隊全隊、警戒態勢発令! A4のカメラをノースに向けろ、技術班は全力を挙げて センサー復旧にかかれ! クロキ分隊は陸戦を想定、中庭に。マーシャル、MS全機起動準備! セントラルの自動迎撃システムを自立キルモードで始動、現時を持って立ち入りを禁止する! ……いったい何が起こってやがるっつーんだ。索敵班、ビーチは何も見えないのか!?」 予告 ついに実力行使に出るBB達と迎え撃つ18隊。チカラとチカラが直接ぶつかり火花を散らす。 のどかな島にあがる火柱、混乱する指揮所。戦いは18隊の全てをつぎ込む事態へと……。 ――次回第8話―― 『花火のあがる時』
今回分以上です、ではまた。
>>171-173 ありがとうございます。
>>181 キャラのまとめ、乙です。
まぁそんな感じです。最後の人も含めて……w
>>弐国さん 投下乙! いよいよ決戦の気配が。
>>河弥さん まとめサイトでカガリのつまずいたシーンを確認、感心しました。お見事です。 >>SEED †さん ミネルバのパイロット三人がそれぞれの持ち味を生かした活躍をしているのがとても良いです。 お持ち帰りの"カニ"に今後の活躍は期待できるのでしょうか? >>弐国さん 『終わりの始まり』ということはもうすぐ完結なのでしょうか?寂しいです。 登場人物が皆活き活きとしていて、好きです。 できれば全員無事でいて欲しいです。 お三方共続きを楽しみにしています。
8/ 『よお、アスラン』 「ハイネ――君が護衛なのか?」 『おうよ、とりあえず俺の"黄昏の肩(オレンジショルダー)"が居る限りは、ここいらの部隊、 100%安全に降ろして見せるぜ、安心しな』 「はは、頼もしいな」 『それが"セイバー"ってやつか……いい機体だな。なんでか知らんがイザーク=ジュールが 気にしてたっけ、"手に入らないからこそ美しいものもある"ってな』 「イザークは……宇宙から降りられはしないだろうからな――」 『飛行タイプの機体には縁がないってか……むしろアスラン、お前こそ降りちまっていいのか?』 「……やり残したことがあるからな。それに議長の命令でもある」 『違う違う――ラクス=クライン、婚約者の事だよ。……心配するなって! アプリリウスの 甘く熱い一夜……なんてのは話題にしないでおくからよ。……どうしてそんな顔するんだよ?』 「俺と彼女はそんな関係じゃ……そろそろ時間だぞハイネ」 『おう、任せな』
9/ ――オペレーション・スピア・オブ・トワイライト プラントの命運をかけたこの大規模降下揚陸作戦は、その実開戦前から準備が始められていた。 運ばれる機器の隠ぺいに巨大なマンパワーを要したために、ザフト宇宙軍は総戦力の七割程度で フォックスノット・ノベンバーをしのいだ事になる。 「われらに天の加護を……」 「ザフトのために!」 「地べたをはいずるナチュラルどもに、二度と手出しさせるな」 グリニッジ標準時が12月4日の午前四時を指した瞬間、地球に巻きつく七本のデブリベルトが、 一斉に輝きを帯びた。 光の正体は、巨大なデブリを押す、ありとあらゆる種類の推進機だ。液体、固体ロケットをはじめ、 イオンエンジン、プラズマジェットエンジン、さらには忌まわしきフレアモーターまで。 命を吹き込まれた推進機の数は、ザフトにも正確な数が把握不能である。 そして、動き出したデブリはすべて、大気圏への突入軌道を描いていた。 その後を、偽装解除した降下ポッドの群れが続く。降下するモビルスーツの数は、 前大戦時に比べて一割にも満たないが、大気圏に突入された質量は百倍以上と算定された。 天の川の氾濫。 夜空を見上げるすべての人間が、空の落ちてくる有様を見た。 黎明に振る星の槍が大地を射抜き、作ったクレーターに鋼の巨人が悠々と天より降り立つ。 前大戦時にすら使用されなかった降下質量兵器のほとんどは、ユニウス7の破片である。 そして墓標を兵器とする事をためらう前線の将兵の背中を押したのは、核の恐怖だった。 とはいえ、ザフトの攻勢も、地上のパワーバランスを転覆させるには至らなかった。中でも 最重要攻撃目標たるヘブンズベースは、即応して対空掃射兵器"ニーベルング"を使用、被害を 最小限にとどめる事で、ザフト側に戦力の投入を断念させている。 そして連合軍とザフトとの間で繰り返されてきた数対質の構図――それが覆される場面もまた、 少なからず存在したのである。
10/ ――ユーラシア西部 『敵の抵抗が――』 挌坐した部下のバクゥから来る通信が、唐突にノイズだけになる。 コクピットにつき立てられた対装甲ナイフはどの敵が投げたものなのだろう。 やがて機体はバッテリーに残ったエネルギーを解放して爆散、平原に降る雪が熱風で吹き散らされる。 「陸上戦艦一隻にこの戦力。一体何を積んでいるというのだこいつは――!」 三頭四足――ケルベロスバクゥハウンドという異形のモビルスーツを駆る隊長は、敵砲撃型MSの放つ ビームを間一髪で回避しざまに、ウィザードのビーム砲を陸上戦艦の基部に向けた。 ――足さえ止められればあるいは。 そう信じるバクゥの頭上を、黒い影が飛び越える。ずん、と、背後で重量物の地面を踏む音。 「――モビルスーツ!」 とっさに展開したビームファングは、黒いストライクの振った斬艦刀に易々と切り裂かれた。 首を一つ落とされ、オルトロスとなったバクゥは、飛び退ってストライクから距離を取ると、 「あのソードにビームファングでは……むぅ!」 今度は中距離から放たれるビームに追い回されて、不吉なダンスを踊らされる。 「くそ、三機程度に追い回されるなんて!」 艦上の砲撃型、中距離からの援護に徹するデュエル、そして高機動高武装のストライクが行う連携は、 エースで鳴らした隊長を瞬く間に追い詰めていった。 「ジョッシュ、マルコー! おれの……部下たちはどうなったんだ――!」 最早指揮を執ることすらままならない隊長の視界を水蒸気が覆う。ビームの着弾が解かした雪、 百メートルと見通せない視界、バクゥのシルエット、座標に重なる敵の認識信号。 ――僚機が敵機に追われている! 戦友の難を救うべく駆けたバクゥの眼前で、四足のMSが突如として"直立"した。 ビームサーベルを抜き放ち、振る――鋭く弧を描いた切っ先はバクゥのビームファングをすり抜けて 機体を真横に薙いだ。 「あ……これは違――ガイア?」 どうしてこんなところに? この艦は、何を守っているのだ? 直後、輝きが視界を埋め尽くした――荷電粒子の散乱するそれは、光の彩る死の舞踏。 隊長の全身をビームの熱が焼き尽くし、晴らされる事の無い疑念は永遠の暗闇に沈んだ。
11/ ――同陸上戦艦ボナパルト 漆黒のガイアがサーベルをバクゥのコクピットにつき立てて、ボナパルトの周囲から脅威は消えた。 ザフトが偵察に出していた小型のヘリを、甲板のヴェルデバスターが撃ち落とす。 「出るまでも無かったかな」 仮面の男は艦橋のディスプレイ表示から、一方的な殺戮劇を透かし見ていた。 『ネオ……』 「ああ、よくやってくれたな、ステラ。早く戻って来ると良い」 『……うん』 ステラは言葉少なに通信を切り、画面上のガイアが向きを変えた。 帰還命令を下さねばどうなるのかと聞いたネオに、餓死か発狂する瞬間まで敵を探し続け殺し続ける と答えた技術者をネオは殴りつけた事がある。 それが、彼女という存在だった。 『御苦労、ネオ=ロアノーク大佐』 そして切り替わった通信画面に、血色の悪い面相の男が映る。 「大したことはやっちゃいませんがね、正直、バヤン中尉の隊だけで十分だったでしょう」 敵は確かに、陸上戦艦一隻を沈めるだけなら充分過ぎる戦力を持っていた。それを阻止したのは 彼らファントムペインの力が大きいが、この"上司"がネオをわざわざ呼んだという事は、これ以上の 敵戦力が攻め手に回る理由があるという事だ。 『ザフトから発見されたという一報を受けて、念を入れただけだ』 念を入れた理由は教える気が無いらしい。ネオは、つつく気が失せるのを感じた。 「慎重ですな――」興味はないとジェスチャーを入れる。 『うむ……貴官の宇宙での失態は、ボナパルトの防衛成功を以て帳消しとする。 以降はJPジョーンズの技術隊と合流し、命令を待て』 「部下たちは――」 『彼らと君にはまだまだ働いてもらわねばならん。……エクステンデッドも、長く協力関係にあった 者同士でより効率的に動作するとあるな。効率はすべてだよ』 「ハッ――! ありがとうございます」 元の部隊を再構成する許しを得て、直立不動でネオは敬礼した。 「あとは……ちゃんと生きてるだろうな、アウル、それにスティング?」 死んだら許さないぞ、とつぶやいたのは、通信画面が灰色に消えてからだった。 背後で圧縮空気がドアを開ける。なじんだ気配に振りかえる事も無い。 「おかえり」 「ネオ――体がふわふわするの」 戦闘後の軽い酩酊状態――ぼんやりとしたステラのはかなげな相貌は、ネオから見れば とても戦闘兵器とは思えなかった。
11/ ――太平洋 シドニー沖 数十キロ離れた連合軍基地へ中距離ミサイル攻撃を続行していたボスゴロフ級潜水艦"ニアムラギラ"は、 策敵に引っかかったシグナルを最初は魚雷の一種だと勘違いした。 違うと気づいたのは、フォノンメーザーを発振させてその進路上に立ちはだかった水陸MS"ゾノ"の 識別信号が海中で消失してからだった。 「敵モビルスーツ――これは、アビスです!」 「アーモリー・ワンで強奪された機体か! まずい、後退、後退だ!」 戦場を同じくする者として、"ニアムラギラ"の艦長は残り三機の"ゾノ"とアビスとの戦力差を 正確に把握していた。 「魚雷撹乱装置の出力最大、ありったけの魚雷を叩きつけろ! 身軽になったら後退だ!」 「二番機大破、コントロール不能――! 救援を……求めています!」 オペレーターの苦悩を察するまでも無く、大破した潜水機からパイロットを救う方法は無い。 「……後退、後退だ」 「艦長――!」 「敵は完全オートのキルモードで、十機の"ゾノ"相手に完勝する化け物だぞ、それに……」 間に合わない、との言葉を飲み込んだ艦長の耳に、二番機の圧壊を告げるオペレーターの声が届く、 状況は即死――誰かが、パイロットの名を叫んだ。 「取り舵二十! 少しでも距離を取れ!」 それでも、おそらくは全ての抵抗が無意味だろう。 海中ではあらゆる敵機を飲み込むが故に"深淵"の名を冠したMSにとっては、"ニアムラギラ"など 少し大きい有象無象にしか過ぎない。 「全力浮上!」 少しでも生き残るためには、太陽の下へと向かうしかなかった。諦めぬ覚悟を固める艦長だったが、 全ての報告がすなわち絶望への道を示していた。 「"ゾノ"隊――全滅……」 「ばかな、早すぎる!」 対魚雷措置の全てを施しながら浮上する"ニアムラギラ"へ、弾丸のようなスピードでアビスが迫る。 海面までの距離はいまだ、100メートルを残していた。 ――同 十分後 「ごめんねぇ……強くって、さ」 海の流れ、心地良い揺れ。 静かになった水底にたゆとうアビスの胎内で静かに謝罪の言葉を漏らしたアウルは、 装甲の間に流れる水の音を聞きつつ、懐かしい感触に浸っている。 「……母さん?」 機械は答えず、アウルの漏らしたほんの小さな呟きすらも、ただ深淵は吸い込むのみであった。
13/ ――そして、宇宙。低軌道 スティング=オークレーが乗る深緑の機体"カオス"は今、全身のPS装甲を赤く染めていた。 機体各所を炎の色に包んでいるのは高層大気の流れだ。 秒速数キロという地表との速度差を、こうして熱に変えつつ落ちて行く。 一歩間違えれば大気の弾力に跳ね飛ばされ、あるいは空気の壁にぶつかって砕ける焦熱地獄、 その只中でスティングは、 「馬鹿をやってるコーディネーターを落とす、落とす、落とす……ひまなゲームだぜ」 容易く量産される一方的な殺しに飽いていた。 莫大な推力とPS装甲、そして追加された耐熱機構が、重力の鎖に逆らう、自在な戦闘機動を 可能としているのだ。カオスとスティングの手によって、いくつもの降下ポッドが、機首の ビーム砲と禍々しい爪の一撃を受けては四散してゆく。 抵抗のすべなどあろうはずもない。 「ま……可能な限り数をへらせってのが、艦長からの命令だが――」 落ちた高度を上げる途中、スティングはマルチディスプレイ化されたモニターに集中した。 その意識が分岐し、交差する。 複眼思考――エクステンデッドとしての強化改造の果て、マイクロマシンをも用いられた 外科的な脳機能の拡張の結果だ。昆虫の目のような並列的に分割された思考によって、一つ一つの 小画面を"個別に"、"まとめて"集中する事が出来る。 適当な獲物を探すスティングの目に、今しも降下を始めようという一団が映った。 その中、赤い装甲を持つ尖ったフォルムの機体に目を奪われる。 「新型……だなあれは。よし、今日最後の獲物だ」 バッテリーの残量を見て、スティングは決定する。 その決定は、即ち敵機の未来だ。 意思を宿命とし運命へと昇華するほどの力が、今のカオスにはある。 少なくともそう、スティングは信じた。
14/14 「行くぜ――!」 交差ポイントを定めてスロットル全開――Gが体をシートに押しつけ、 血潮が逆流し、骨と言う骨を軋ませる。 ネオ=ロアノークの薫陶、ヒットアンドアウェイの鉄則は、新型だろうと鉄屑だろうと区別をしない、 近づき屠り去りゆくのみ――! 近づく敵影にビームクロウを展開し、 「痛みを感じる暇も無く――死ね!」 『さぁせるかぁーー! 手前のおかげで、浮かばれねえ夜にくすぶってたんだよ!』 余裕の産んだ油断が、ザクの激突に気付かせなかった。衝撃に軌道が逸らされる。 「ショルダータックルでか――この色!」 『古い言い方するんなら、"ここで会ったが百年目"ぇ!』 「新型を手土産に出来ると思ったのに、邪魔しやがって――!」 地球に落ちる、それはいい。どうせ地上のネオに合流するつもりだったのだ。 問題はそれより―― 『アスランはそのまま降りろ、どうせ全員、自分の選んだ軌道でしか降りられねえ。 ――このしつこい敵を黙らせることだ、永遠に。 『今度地上でまた会ったらさ、そんときはもう一度、しこたま飲もうぜアスラン!』 「――それをさせる俺かよ! 訳分かんねえことばっか言ってやがるぜ」 舐められた怒りに撃ち震えるスティングが、赤熱したカオスの腕で撃ちつける。 パンチを受けたザクはそれでも、スロットルを全開にカオスから離れようとしない。 ザクがカオスを、大気圏に押しつけている位置関係だ。 『素手喧嘩上等! 回ってる地球の上でお前だけジャンプしてるってのは許せねえだろ? 大気圏に落としてやるから、消えない灼熱の華、輝きを魅せろぉ!』 ザクとカオスが絡まり合い、もつれる。二機は一つになって、どこまでも落ちて行った。
ひたすら殴り合いにて一月最後の投下終了です。 感想、ご指摘ご自由にどうぞ。 途中、11/を振られたレスが二つありますが、二つ目が12/の間違いです。
>>210 投下乙です
オペレーション・スピア・オブ・トワイライト ってなんだったっけ?と思って調べ直してしまった
本編でさらっとやってたけど結構大規模な降下作戦なんだよね
ここにファントムペインやハイネ、アスランを入れてみせたのはおみごと
ハイネのセリフは脂肪フラグみたいだけどねw
またの投下をお待ちしてます
小さな島に風は吹く 第8話『花火のあがる時(前編)』(1/6) 普通科とMS、何所に配置したものか。本命は何所だ。ディスプレイを睨みながら腕を組む。 此所ではダイは小隊司令ではあるのだが、そもそもは戦闘機3機小隊の隊長経験しかない。 なので机上演習以外で本格的に、小隊規模の地上部隊を動かした事など勿論ある訳が無い。 基本的な配置を決めようとした矢先、MSハンガーから無線が入る。 『こちらA3だ、ダイ! その、起動出来ん。――なんだチャンプス? ……げっ、だ、ダイ。 チャンプスのA2も起動不能だそうだ、どうするよ!』 「なにぃいっ、どうすると聞かれてもだな……、姐さんは何所だ。何でも良い、MSに行かせろ! 判断材料が全然足りん、何がどうなってるんだよ!? モモちゃん、さっきの照合はっ!?」 「キャビテーションノイズ、アズチ参謀からの情報と合致。ジャンク屋組合所有のジンワスプ 識別番号OJU−2011と確認」 ふとディスプレイの一枚が気になるダイ。そのA4のカメラが写しだした潮力発電所をズーム させる。建物と木陰の間、服の様なものと黒い影が見える。最大ズーム、画像の強制補整と スペクトラム分析をかけてくれ。結果を予想しながらそう言ったダイ。その声が流石にうわずり、 言葉の意味に気づいたフジワラ士長の顔が強ばる。 「隊長、72%の確率で人間と、そして……、血液のようです。――あっ。おい、フジワラ! 大丈夫か? ――わからんでも無いが、国防官なんだからもう少しだな……」 『……マーシャルっ! そんなのどうでもいいのっ! イイから、そのまま出てる文字読み上げて ってば!! 私が状況わかんないでしょ!? 今、此所からシステムがなんにも見えないの!』 思わず思考が止まったダイの耳元。インカムに、怒鳴るコーネリアスのキンキン声が 響居たところで我に返る。 『わかったから叫ぶな! そのまま読むぞ。Please input the instruction.....■ 以上、これだけだ』 『……うそ、どうして……? ――ダイ、聞いてる? A2とA3。システム、全面的に初期化され ちゃったっ! A4も見てみないと不味いかも。……どうしよう!?』 「う……どうしようと俺に今言われてもだな……。原因の究明は後回しだ。とりあえずA1は 動くんだな? ――なら起動シーケンス継続、コイト、起動が終わっても勝手に動くな? チャンプスは姐さんを連れて指揮所に戻れ。マーシャルはクロキ分隊に合流」 その指示を聞いて強ばったままの顔に、更に「?」と言う表情を貼り付けたフジワラ士長に 振り返るダイ。 「マーシャルはああ見えて元射撃の選手でトロフィー持ち、銃器の扱いは超一流だ。 チャンプスも学校時代の机上演習ではトップ20から落ちた事がなかったそうだ。参謀部候補 だったんだとさ。隊長以下全員、優秀な奴だけ集めてあるんだよ、18隊(ウチ)の人材はな!」 全員、普段の素行は問題大有りだがな。軽口でいつもの調子を取り戻したダイは、 そう言うとフジワラ士長に命令を飛ばす。 「センサー員に通達、データ欺瞞の恐れがある。A4からのデータは一旦無視。索敵班からの 報告を元に手書きで良いから配置図を作れ。索敵班は屋上に増員、索敵班に限らず手空きの者 全員を屋上に、特にビーチとサウスの監視を厳となせ! ……? 士長、復唱どうしたっ。 とっとと各部署へ伝えろ! ――大丈夫だ、モモちゃん。いつも通りビッとしてろ」
第8話『花火のあがる時(前編)』(2/6) 「確かに鉄の壁があった。情報通りだったぜ。流石最強の情報屋だな」 ライトと暗視ゴーグルを頭に付けたスミダがBBの肩を叩く。 「秘密の施設のくせに試験孔を埋め立ててないとはな。何が機密保持だ、バカらしい。 ……ところでコッチは4人だけで大丈夫なんだろうな? 実質俺とスミダだけだぞ? 敵のど真ん中、例のMS格納庫なんだろう?」 「此所の確保は俺だけでも良いくらいだ。それに”フタ”は閉めた様だし、電源を切ってくれたのは かえって好都合。リミッター吹っ飛ばせば、後は勝手に下りるぜ。そもそも大人数は下に行けない」 大きな荷物を背負いながら答えるBB。その背後には同じく荷物を背負った初老の男が見える。 「ご苦労だったなスミダ。……BBも段取りご苦労。タイミングは良いのだろうな?」 「サウスで大佐の組が”花火”をあげます。そうなれば国防軍はもうここにかまっている暇は ないですよ、グランパ」 「大佐。斥候、帰りました。敵の陣容はほぼBBからの情報通り。MSの他は歩兵が一個小隊 程度。分隊規模で二手に分けて運用される模様。また工兵班長より妨害用Nジャマー設置完了、 起動は大佐の命令待ちとの事でありましたっ!」 迷彩服に帽子の男が同じく迷彩服だがベレー帽を被った屈強な男に敬礼して報告する。 「MSは無力化してあるそうだから、我々の敵は国防陸軍が一個小隊か。目くらましと時間稼ぎ のみが目的である以上勢力が同じならこちらが圧倒的に有利ではあるな。いっそ一気に制圧して しまった方が楽やも知れぬが……」 「それにセンサーまでつぶされて、【見せてやった】MS以外コッチは未だ見つかってない はずであります。そもそも実戦経験なんか全くないお飾り軍隊になんぞに、自分達が負ける 道理が無いですよ!」 大佐と呼ばれた屈強な男は鋭い眼光で部下を睨め付ける。 「慢心が一番危険だと常から言っているはずだ、軍曹。――しかしあのおやっさんが、こんな 危ない橋を渡るとは。其処まで追い詰められていたならば、せめて一言。……言ってくれれば、 恩返しがしたいヤツは俺だけではあるまいに。まぁ、それがあの人だと言えばそうなのだろうが。 支払いは間違いあるまいし、いずれ昔飯を食わして貰った恩がある。半端な仕事は出来ん、か。 ――観測班っ、ビーチは未だ動かんのか?」
第8話『花火のあがる時(前編)』(3/6) 「しかし小隊長、自分は……」 「参謀兼、隊長代理だ。人材のリソースには限りがある。現状、民間人の姐さんやクロゥまで 協力してるんだぜ? MSが動かん以上、否は無しだ。チャンプス、わかったら手伝え。 ――正直、俺とモモちゃんだけではもう限界だ」 本物と仮想のディスプレイ十数枚、そしてフジワラ士長と通信士2名に囲まれたダイが チャンプスと話をしている。 「とにかくもう時間が無い。今の事態をどう見る? いくら水陸両用1機とは言え相手がMSでは 上陸されればコトだ。あれをどうするか、意見を聞きたい。最悪15分で上陸開始だ」 うぅん。と唸って数枚のディスプレイに見入るチャンプス。 「……姐さん。今、ここからA4のシステム領域見えますか? ――いや、データ間違いない かなと思ってですね。サウスに上陸部隊が配置されてないのが不自然なんです。ちょうどカメラの 死角に小型の舟艇なら2,3隻置けるし、センサー潰しといてそこをみのがすかなぁって」 ちょっと待ってね。と言いながら自分の端末を叩き始めるコーネリアス。 「そりゃ不味い……。現状MSはA1だけしか動かせん。もしそうならクロキ分隊とA1をバラして 対処しなきゃいかんぞ。――で、どうなんだ姐さん? 何かわかるか?」 「……うそ、これって。――チャンプス君! どうしてウイルスにヤラれたのわかったの!? …………ちくしょうー! A2とA3もコイツのせいだっ!! なんてヤラしいプログラム……。 ダイ、センサー復旧まで5分、いえ4分でやるっ! マジマさん、オオニシさんにコールっ!」 『こちら情報処理1。再取得したA4のデータから、敵と思われるもののみ読み上げます! ノースは人間3,ないし4。サウスに小型舟艇3、人間はおおよそ40弱、ウエストビーチから 距離200にジンワスプと思われる反応2、現在動き無し。イーストは特に、――いや、待った。 ……。沖あい600に中型の船舶と思われるもの! ――屋上、何か見えないか?』 『屋上3から指揮所、緊急。サウスの広場に人間と思われるもの4、視認。……いや、数6! いやいや数……、更に増えますっ!』 『屋上4から情報1。イースト沖の船舶、最大望遠でもシルエットしか見えんが甲板に速射砲 らしきもの確認、多分こっち向きだ!』 「う……。じ、18隊全隊、至急合戦用意! ――知らん間に完全に、囲まれてた。つーことか? モモちゃん……?」 「18隊全隊に合戦用意を至急通達っ! 全隊戦闘態勢へ移行。――えと……、はい。その様、 ですね。……我々は、どうすれば」 ダイの隣に引っ張ってきた椅子に納まったチャンプスが、ダイとの話を終えて端末を見ながら 唸っている。一方のダイは、ディスプレイととメモ用紙に埋もれながら各方面に指示を飛ばす。 「エミちゃん、全島に退去しなければ実力排除する旨勧告を流せ。A1とクロキ分隊、技術、索敵班 以外は建物内へ移動。指揮所が最終防衛ラインになる可能性がある、全員手持ちの火器を確認。 モモちゃん、クロゥにエレベータを下ろして電源カットしたら、子供達をコッチによこす様に連絡。 ――MSの件はそれしかないだろう。チャンプス三尉、承認する。以降戦術伝達他宜しく」
第8話『花火のあがる時(前編)』(4/6) 「……隊長。私の立場からいう事でもないのですが、A1については隊長かマーシャル先任三尉 の方が宜しいのでは……?」 自信なさげに進言するフジワラ士長にダイは椅子ごと振り向く。 「何でヤツが実験大隊で准尉殿をやってたか考えろ。出来るから呼ばれた。だから俺が自分の 小隊に引っ張った。出来ねぇヤツは少なくとも俺の部下には要らねぇ、仕事が増えるからな。 俺は、何時如何なる時も仕事は楽にしたいんだ」 それに今更俺用にセッティング変更なんざぁしてる暇がねぇだろ? そう言うとフジワラ士長に ニッと笑ってみせる。 「クロキ曹長から入電。マーシャル先任三尉、合流との事」 「おぅ。以降、クロキ分隊は独自の判断で敵上陸部隊を足止めする様。また三尉はクロキ曹長の 指示に従う様通達――ンっ? 来たか、おし。国防省の事務官は子供達と地下に……、って リオナ、リコとクロゥはどうした?」 「カトリおねーさんは最後のお仕事で、リコにぃはカトリおねーさんのお手伝いをするのだと ゆっていました」 ちょっと待て、アイツら何を……。クロゥと一人足りない子供。いきなり赤く染まるディスプレイと 鳴り響く警報に阻まれ、首に付けた赤いリボンをゆらして首をかしげるリオナールに、ダイはその 問いを発する事は出来なかった。 『情報1から緊急、ジンワスプ、動きます! 微速で前進開始! ……へ? 水中のMSロストぉ? 情報2、何やってんすかっ! どうぞ!?』 『うっわ、やべぇぞ! 島内複数箇所よりNジャマー反応発生! A4以下全センサーの感度大幅 ダウン、障害範囲は島内全域! 無線はどうだ、エミーナ!?』 「通信マジマ一士から情報2、無線交信に障害発生。交信範囲が極度に限定されました!」 『屋上2から緊急、敵上陸部隊が戦闘展開開始! 分隊規模と思われますが詳細確認は時間を 要します。現在……、チクショウ、五,六人単位でばらけやがった。――! 火器の発砲を確認!』 「ちっ、始まっちまった……。非戦闘員は子供達を連れて地下の倉庫に待避だ。コイト、技師長、 作戦開始、頼むぜ! ――リオナ、リコは無線機を持って行ったか? ……まぁ、カトリが居るなら リコは心配要らんさ。――庶務係長、サフィ達たのんます、一緒に下に!」
第8話『花火のあがる時(前編)』(5/6) 「命令ですので、僭越(せんえつ)ながら自分が指揮を執ります」 「謙遜はいらんですよ、クロキさん。アンタが一番適任だっ。――で、どうするよっ!?」 土嚢と塹壕に身を隠してクロキとマーシャルが爆発音と銃声の中、背中合わせで怒鳴り合う。 「3人、先任三尉にお預けします。回り込んで敵の本陣狙撃をお願い出来ますか? 正面は 自分の隊がそのままっ!」 「了解、攪乱とかは要らないから狙撃の心得のあるのを一人貸してくれ。コイトも出るようだし、 後はこっちで何とかするっ!」 怒鳴り合う間に3人の兵士がライフルやバズーカを抱えて背を屈めながらクロキに敬礼する。 「貴様らは三尉と同行だ! 時計合わせっ!、3,2,1、0。……三分後に一斉射撃をします。 ――当たり前だ、前進するなっ! 今はライン維持に全力!――、その隙に三尉は左から!」 「たのんます。帰ったら旨いもんおごりますぜ、クロキさん! ……左に回り込むっ、覚悟は 良いな!? よしっ、行くぜぇ! 俺に続けっ!!」 「かまわんよ、コイト君……。いやコイト三尉。ココでは最高階級だし、MSはそもそもセンサーの 塊だ。何も問題ない。こちらは素人に毛が生えた程度だ、むしろそうして貰わねば困る」 『了解、オオニシ技術一曹。では、全員データグラスを装着、A1からのデータを送ります。 それと射撃のタイミングもこちらで指示します。えと、一斉射毎に隠れ場所は変えて下さい。 ――大丈夫、上陸させないだけです。それに相手はワスプです、直撃すれば撃墜もあり得ます。 まぁ無理して当てることもないんですが。それと……』 海岸から少し離れた岩陰、技術班が対戦車ライフルやランチャーをセッティングしながら、 少し離れたコイトの駆るM1アストレイを緊張した面持ちで眺める。 「……技師長」 「情けない面ぁするな! 自分達で整備した武器を自分達で使うことに何の問題がある? それにコイト君の技量に問題はない。何故わざわざダイが名指しで呼んだか、おまえらだって そうなんだから考えりゃわかるだろ!?」 そんなことだから、おまえらはパッとしないんだ。とっとと準備しやがれっ! 技術班の若手に ハッパをかけるとオオニシも何となくM1に目をやる。彼の気持ちを無視するように、しゃがみ 込んだ巨人はいつも通りの佇まいだった。
<11> アーモリー・ワンの人工の青空に二筋の光が流れる。 レイが気付いて振り仰ぐ頃にはコックピット内に警告音が鳴り響き、モニターは拡大し て機影を自動追尾していた。 「ジン? いや、少し違うな」 機種情報を照合する間に敵機は高度を下げ、舗装区目掛けて降下してくる。隣のシンの ゲイツRも反応したのか、肩が動いた。 「新手だ! 何だアレ? 見た事ない機体だ」 (――ジンオーカーか――) 手元のディスプレイに映し出された機体情報に目を落とす。武装はマシンガンのみ。格 闘用兵装も用意されていない。スペック面ではゲイツRに及ばない旧式の機体だ。 コンビナートタンクの裏側、ビル群との合間に二機のジンオーカーは降下した。 「まずは射撃戦で燻り出すぞ」 そう言って、レイはゲイツRをタンクの手前まで前進させた。 ジンオーカーもこちらの動きに気付いたようで、タンクの脇や上面に半身を出しマシン ガンで牽制してくる。レイもゲイツRのブーストを吹かせて低空ギリギリを飛行しつつ、 ビームライフルで応戦する。 「いけーッ!」 遅れて飛び上がったシンのゲイツRが一筋のビームを放つ。ビームはマシンガンの弾幕 を次々と蒸発させ、タンクに突き刺さる。 一拍遅れてコンビナートタンクは大音響と共に爆散した。 「な、なんだッ!」 「うわー!」 爆風に煽られて二機のゲイツRは大きくバランスを崩す。 爆光と黒煙に一瞬敵機が隠された。レイは咄嗟に操縦桿を引き、隣のタンクの陰に機体 を滑り込ませた。爆発の衝撃が操縦桿を通じて掌を伝っている。 「レイ、大丈夫か?」 「シン!」 見ればいつの間にか、すぐ脇に僚機の姿があった。 「本当に実戦さながらだな!」 (実戦さながら? 確かにそうだが、何かがおかしい……) レイの思考を掻き乱すようにアスファルトにマシンガンが撥ねる。 「このッ! 邪魔だッ!」 すかさず反撃したシンのビームライフルが飛び交う銃弾を瞬時に溶解させた。ビームは 逃げ遅れた一機のジンオーカーの左手に着弾し、腕を付け根から吹き飛ぶ。背後のビルは 大きく傾き砂煙を上げながら倒壊して行く。 ジンオーカーの動きが一瞬止まり、慌ててビルの裏側に逃げ込む。 「ビームすげー!」 弾むようなシンの声とは対称的にレイの表情は凍るように固まった。 「まさか――?」 モニターは追撃の為、嬉々として飛び立つシンのゲイツRの姿を映していた。 <続く>
第8話『花火のあがる時(前編)』(6/6) 地下格納庫の暗く静かな静寂の中、暗視ゴーグルをかけ杖をついたクロゥと夜目が利くので そのままのリコが立つ。 「付いてきてしまった以上、覚悟は出来ていますね? 私は今からキミに残酷なことを言わな ければならなくなりました」 何も言わず黙ってクロゥの顔を見返すと、ただ頷くリコ。彼はその顔に、あきらかに悲しげな 蔭があるのを認めた。 「キミは忘れてしまったかも知れません。そして世の中には忘れていた方が幸せなことだって いっぱいあるんです」 簡単に纏めた黒く長い髪。黒のスーツに白いブラウス、若干違和感のあるヒールのない靴で モデルのようにすっと立ち、斜めにリコを見返すクロゥ。ゴーグルを外すと、杖と共に放り出す。 それが合図だったかのように彼らの周りにか細い照明が付く。 そしてクロゥはスーツの内ポケットから茶色のアンプルを取り出すと、リコに見せつける様にした。 「ジョーモンジ隊長もアズチ参謀もキミに普通の少年として生きると言う希望を与えました。 ……けれど」 それは……。と言いかけて突如頭を押さえて蹲りうめき出すリコ。 「私は一時的にではあるにしろ、キミからその希望を奪わねばなりません。ズルい言い方かも 知れません。みんながそうではないですが、私は汚いオトナです。――ごめんなさい、リコ。 大儀の為、理念の為、私はキミに一生呪われましょう……」 「……立ちなさい、被検体213号エンリケ。何の為に強くなり、今まで生かされてきたのか、 思い出すのです」 纏めた髪をほどくと、やおらリコに振り返るクロゥ。その顔はもはや彼の知る”カトリ”の それではない。 「これから間もなく、コーディネーターがここに来ます。そしてあなたはただコーディネーターを 殺す。その為だけに作られた存在。……MSを操縦しない以上、薬の効果は半日以上持ちます。 私にチカラを貸しなさい。エンリケ」 アンプルの先をはじき飛ばすとそのまま放るクロゥ。リコは条件反射のようにさも大事そうに 受け取る。だが、エージェントの冷たい顔のカトリに上げた顔は、しかしいつものリコのモノだった。 「そうか……。コイツ見たら、全部思い出した。記憶は消されてたんだな、そん時のことまでハッキリ 思い出したよ。けどさ、アンタの為なら薬無しだって戦う。……カトリ、俺はアンタに何かしてあげなきゃ いけないし、俺は馬鹿だから出来る事なんか他に、……ない!」 リコは何かを言いかけたクロゥを無視するとアンプルを一息で飲み干した。
とと、リロードしなかったら割り込んでしまったようで、すいません。
今回分以上です、ではまた。
>>202 だらだら引き延ばしてもアレなので何とか11話で納めようとしてます。
ただでさえ今回字数の制限を大きくしたもんですから。
既に2話程削りました。シリーズ構成って難しいですね。
>>219 気にしないで結構ですよ。
良くある事です。
すいません、どうもです。
>>弐国さん 投下乙です。11話で終了予定ですか。何時までも読んでいたいと思えるくらい、 オリジナルキャラたちが好きになってきたので、終わりが見えてしまうのは さびしいとすら思えますが、クライマックスへと向けて読んでいるこちらの テンションが否応なしにあがってきました。 リコの覚悟とクロゥの苦悩がぐさぐさときます。 削った尺の分は、いつか短編の形でも補完を希望、です。 GJでした。またの投下をお待ちしております。 >>P.L.U.S.さん 投下乙です。未だに勘違いしたままのシンに対して、レイはおかしいところを 感じてきたようですね。 続きをお待ちしております。
15/ ――??? 「カタパルト発進準備よしです。それで何秒間海面に顔を出してられるんです……15秒? ――まあ余裕ですよ、何とかなります、というかします。僕のわがままですから。それより バルトフェルドさんはまだ? ……分かりました。……ええ、出来れば連れて帰りますけど。 できればね……」 SEED『†』 第十七話 二つの脱出(後) 出会いは、アスハ家の邸宅だった。 恐らく、アスハ家が"また"設立した奨学基金の設立パーティーだっただろう。 大人たちの社交場に過ぎない茶番に飽き飽きしていたころに、父ウナトが、そっとユウナの 背を押したのだ。「カガリ様と外で遊んで来い」と。 退屈な顔をしてウズミの影に入っていた金髪の少女に声をかけた時、彼の半生は決まったと 言っていい。ウナトとウズミの目配せに気付かないくらい、ユウナは子供だった。 「まあ、かわいらしいカップルだこと」 母親の声に赤面しながら引いた手は、パーティーの 会場から一歩外に出た瞬間、反対にユウナの手を引いた。力強く、温かく。 「こっちだ、こっち……お前にいいものをみせてやる!」 ユウナより幼く小さいのに堂々として、偉そうな少女は、子供にしか通れない狭い抜け道を使って、 使用人たちの目を抜け、裏庭に回った。 屋敷の西側だった。そこで、ユウナとカガリは二人、庭木に上って夕陽を眺めたのだから。 「これがオーブだ。お父様が言っていた、オーブはアカツキの国だって!」 「これは夕焼けだよ」 「なんだと、ユウナ! お父様が間違っているというのか!」 「間違ってるのはウズミ様じゃなくて、カガリ様だよ。夕方の太陽は黄昏さ」 そう言うと、カガリは少し困った顔をして、そしてすぐに明るさを取り戻し、 「そうか、一つ勉強になった、ありがとうユウナ! 私をカガリと呼んでいいぞ」 「わ、分かったよ……カガリ」 夕日に染まった少女の横顔は堂々としていて、風になびく金髪は、家に飾ってあった獅子の肖像 そのもので――ユウナは、少しだけ見とれていたのだ。
16/ ――C.E.73 オノロゴ島 ザフトによるOP.スピア・オブ・トワイライト発動より一週間。 「あの頃は可愛かったんだけどねぇ……」 「あの頃限定とは何だ、失礼な新郎だな」 "失礼な新郎ですこと"だろう? ユウナはカガリに言いなおさせる。 「アップにした髪、素敵だよ?」 「……黙れ、別にお前の事が好きで結婚してやるんじゃないんだからな」 「それはまた、別方面で需要のありそうなセリフを君は……気持ちは分かるけどね。 あのタヌキおやじの義娘になるなんて、僕がカガリだったらぞっとする人生だよ」 でしょう、とか。じゃないかしら。とか。 そんな言葉づかいが出来ない子なのは、とうの昔に知っていたとはいえあんまりだ。 ――話し方の矯正は、第一の課題かな? とユウナは思った。 「奥さんには、もっときれいな言葉づかいをしてほしいしね」 「お前が結婚するのは、私じゃなくてアスハだろう。氏族のブランドだ」 作り笑いのまま、カガリの瞳がユウナを映す。 沿道を埋め尽くす群衆から見れば、にこやかに愛を語らっている事と見えるだろう。 良い図だ。幼少から周囲の視線を気にしてきたユウナは横顔にカメラのレンズが 集中するのが分かった。 「否定はしないね、今の君は氏〈うじ〉の付加価値が殆どだもの」 「……ふん」 教えてあげればそっぽを向いてしまう。 開始前から前途多難な夫婦生活は、穴のあいた船で泳ぎだす嵐の海を想像させた。 「いや、今は綺麗に見えると思っただけさ、馬子にも衣装とは言ったもんだが……もうすこし 晴れやかな顔を国民に向けるんだ、カガリ。暗い顔の花嫁なんて、誰も見たがらないよ?」 「……」 作り笑いで手を振るカガリにやれやれとため息をつく。 記憶に残る暁のような笑顔が憂いに陰って見る影もないが、今はそれでいいのだと、 ユウナは自分に言い聞かせた。
17/ ――本当に、こんな状態のカガリを手に入れて何をしようというのだか。 若く、嫉妬を買わない程度に美しく、華やかな逸話に彩られたカガリの眩しさは、 セイランが欲しくても手に入れられないものだが、そもそもアスハはそうした派手さ とは無縁だった。 軍事に精通したサハク、諜報に特化したセイランなど有力氏族の間に立ち、折衝と調整を 行いながら主に教育と厚生に専念するという、氏族の末席であったのだ。 就学機会の平等を守る――"アスハ"はその歴史の大半を奨学に費やしている。 そしてコーディネーターの出現。 世界中の先進国で最も混乱したのが教育の現場であったのだが、アスハはここで、 「学生は学生」とナチュラル、コーディネーターの区別をせず、あくまで"個人の能力差"と 位置づけ、そして両者の間で不平等の生じないよう地味な改革を堅実につづけた。 同じ教育を施す――今日のオーブにおけるコーディネーター政策の基盤である。 幸いなことに、当時のアスハは、平等と公平とを混同しないバランス感覚を保っていた。 私費を投じて学生を支援する基金と高等教育機関を設立し、長く険しい人材育成が続いた。 ナチュラルとコーディネーターとを問わず、息を吹きかけたエリートを国内外へ輩出し、 学閥を基盤とした人脈を広げて行く一方で、カリキュラムをドロップアウトした学生を 必死で拾い上げ、再教育によって就学、就職への道を再び開いた。 そうして生まれた"アスハ派"は、やがて軍事、産業、政界財界――それぞれの氏族が 抱える分野に飛び込んで行く。彼らの声を氏族が無視できなくなった時、アスハ家は 氏族同士に挟まれる立場から、束ねる身分になったのである。
18/ ウズミに代が渡り、指導力を発揮した彼の手により、"アスハ"は五代氏族の長となる。 栄枯盛衰。 作り上げられたコネクションは、戦争によりその殆どが失われてしまった。 今ではたとえば、シズル=ヴィオーラをはじめとするような、献身的な側近が幾らか、 残っているのみだ。 そしてカガリに氏族の旗頭を務められようも無く、いまや、アスハ家そのものがセイランとの 婚姻によって消えようとしている。 「結局、一番夢を見ているのは父上なんだよなあ……」 「――ウナトが、なんだって?」 「タヌキおやじがね、未だにウズミ様に"オーブの獅子"って幻想を抱いてるって言う事」 「幻想だと? お父様を侮辱する気か、ユウナ!」 叫ぶ瞳に烈火が宿ったが、ユウナを怖じ気させるほどでは無い。 「落ち着いて――ウズミ様と言えど、"国を焼いた指導者"のそしりだけは免れないよ」 「……う」 ユウナの一言で消沈するようなその火には、義が宿っていないからだ。 情で怒るようなカガリなど、小娘に過ぎない。 獅子の血は――精神的な遺伝子とでも言うべきものは失われてしまったのか。 カガリの高ぶりを抑えて、ユウナはカガリを諭した。 「……やめよう、今日はハレの日だ」 二人の乗る車は式場についた。 「僕の手を跳ね除けないでくれよ? それに僕は……君をカガリと呼んでもいいんだよね?」 ユウナは、答えない花嫁の手を取った。 「……太陽がみたいもんだね――」 M1が整列して二人を迎える神殿は、生憎の曇りだった。
19/ ――??? 「高速離脱成功、再突入シーケンスに移行する。ステルスモードの解除まで残り30。 コロイド排出開始……目標到達時間プラスマイナス2秒って、僕ひょっとして結構凄いんじゃ ないかなって思えてきたよ、最近――」 ――太平洋上 ミネルバ 「すげぇ、本物のセイバーだよ」 「パイロットは一体……」 「あら、知らなかったの、シン?」 着艦を終えた真紅の機体から降りた人影は、ヘルメットを脱ぎつつ、出迎えを務める ルナマリアのもとへと歩いてきた。 「どうして、あの人が?」シンは唖然として二の句を継ぐことが出来ないでいる。 「認識番号285002、特務対フェイス所属アスラン・ザラ。乗艦許可を」 「ようこそミネルバへ、歓迎いたします。……またお会いできましたね」 そう言ってルナマリアは右手を出した。アスランのヘルメットを受け取るためである。 ――同 艦長室 「貴方をフェイスに任命し、更に私まで……議長は何をお考えなのかしらね――」 「艦長の功績を考えれば当然ですよ! 議長がそれを認めてくれたというだけでしょう」 白い艦長室で、二人のフェイスが向かい合う。 アーサーは、そんな光景に同席出来た誇らしい気持ちに満たされ、感激に震えている。 「一個の艦に指揮系統が二つ出来てしまうわ……」 「それならば、なおさらのこと"フェイス"の証を受け取ってください」 「受け取って……フェイスになった私が"この艦から出て行け"と言えば、貴方は従う?」 「いいえ」 きっぱりと、アスラン=ザラは言い切った。 「ただ、グラディス艦長の命令に従う事はお約束します」 「貴方のプライドに掛けて? それとも正義(ジャスティス)に?」 「……正義は置いてきました。"生きろ"と言われた場所に」 「そう。私はミネルバがオーブに追われなかったこと……貴方が此処にいる理由を少しは 理解しているつもりよ。そのうえで聞きます。ザフトとして連合と戦う、それでいいのね?」 「はい……迷いはありません」 以前に見たアレックスとは違う、危ういほどに張りつめたザフトレッドの姿がそこにあった。
20/ 「ならいいわ」 「……」 「ミネルバは現在、オーストラリア北方カーペンタリアに向けて南下しています」 「月軌道に上がる手続きを踏むためと思われるがね、カーペンタリアへの呼びだしは」 と、アーサー。 「アスラン=ザラは本日ヒトサンマルマルを持って本艦モビルスーツ隊隊長の任につきなさい」 「は、本日ヒトサンマルマルより、モビルスーツ隊隊長に着任させていただきます…… と言っても、あと二分ではありませんか?」 「お昼時に来る貴方が悪いのよ……最初の任務はそうね、彼らと"同じ釜の飯を食って"来なさい。 食堂でニュースでも見ながら、ね。どうせ、降下作戦から飛びっぱなしでミネルバを追って来た のでしょう? 今、アスハ代表の結婚式が中継されているわ……」 「結婚式……そうか、もうそんな日でしたね。彼ら?」 「――ええ」 タリアが不意にドアの開閉スイッチを入れると、どたどたどたっ! 赤い影が三つ、 室内になだれ込んだ。 「き……君ら、壁に耳ありを実践してたのか!? ――レイまで!」 君は止める立場だろう、と嘆くアーサー。 「失礼しました、艦長。二人とも、立て」 レイに抱え起こされるルナマリアがタリアと視線を交わし、満面の笑顔で、 「ルナマリア=ホーク以下三名。隊長殿をお迎えにあがりました!」 完全無欠の敬礼を行って、五秒の間に晒した大恥を無かった事にする。 「それでは、艦長――!」 連れて行ってもいいですよね? 目で訴えるルナマリア。 「今日は蒸し鶏サラダと玉子のスープだったわ。新任のライバック料理長は 良い仕事をしてくれているわね。行ってらっしゃい」 約束通り、半ば無理やりにコックを補充した、太っ腹のタリアだった。 「はい――! 行きましょう、アスランさん!」 引っ張られるように艦長室を出たアスランは、食堂へ向かう途中の廊下を渡る辺りで ようやく苦笑を洩らした。 「君たち、グラディス艦長で良かったな――」 「それはルナマリアが……押すなって言っただろルナ!」 下敷きにされたシンが文句を垂れる。
21/ 「様子を気にしてたのはシンじゃない。アスランさんが来た、どうしてだろう? って!」 「シン、俺達はザフトレッドだ……恥も赤いくらいで丁度良い」 「真顔で上手いこと言ったつもりかよ、レイ!」 「はは……君たちは面白いな」 「……どうしてミネルバに来たんです、アスランさん?」 アスラン=ザラ、あるいはアレックス=ディノは、オーブで結婚式を挙げている カガリ=ユラ=アスハの傍に居たはずだ。 それが今、ミネルバにいる矛盾――アスランの思惑を疑うのも無理はない。 「議長の命令さ――ミネルバに乗って、セイバーを駆って、連合と戦えと……」 「だから、それはどうして――」 「まあまあ! 積もる話は食べながらにしましょうよ。新しいコック、ケイシーさんが来たんで、 もう前みたいなレトルトパック調理じゃないですよ。メイリンも喜んでいるんですから!」 「それは楽しみだな……」 「アスランさん……」 「アスランでいいよ、これからは同じ部隊だから……」 「た、隊長ですから」 「なら隊長命令だ。呼び方一つに戸惑っている場合じゃないぞ」 「……わかりましたよ、アスラン」 レイはその間、無言で一番後ろについていた。 「あ、お姉ちゃん。こっちこっち!」 「メイリン、メカニックの連中は?」 四人、連れだって食堂に入ると、ミネルバで一番数の多い整備班の姿が見えず、 メイリンがオペレーター仲間と少し遅めの昼食を取っていた。 「新型機が入ってきて、見に行かないはずも無いじゃない」 と、前髪を伸ばしたオペレーターの女性が話す。 「鈍器になりそうなマニュアルを抱えて、ヨウランもヴィーノも格納庫に行っちゃったわ。 ……アレックスさんお久しぶりです。今はアスラン=ザラとお呼びした方がいいんでしょうけど」 「そっちで頼む。……君は?」 「第二艦橋担当のアビー=ウィンザーです。セカンドステージMSのオペレートは、私担当になるかも しれませんね。敬礼は略しても? ……良かった、食堂で堅いこと、したくないですから」 と、会話する間にメイリンが椅子を整え、他のオペレーター二人が昼食のプレートを置く。 アスランは、結婚式のライブ映像を映すディスプレイを背に向けて座った。 熱心に眺めていたのは、メイリンだ。 「いいなあ、ウェディングドレス……憧れちゃう。でも、結婚式にMSで出し物するのね。 空からムラサメが降りてきてる」 「――何!?」 "ムラサメ"の重要性――アトラクションに使うわけがない――を知るアスランが振り向く。 画面の中で、漆黒の翼が、純白の乙女を見下ろしていた。
22/ ――オーブ 式場 結婚式は滞りなく進み、誓願の儀に至っていた。 「この婚儀を心より誓い、また永久の愛と忠誠を誓うのならば、ハウメアは其の方達の願い、 聞き届けるであろう。今、改めて問う――互いに近いし心に偽りはないか? ユウナ=ロマ=セイラン」 「はい」 「偽りはないか? カガリ=ユラ=アスハ」 「……」 「カガリ=ユラ=アスハ?」 「信じられないものが居る――」 答えず、呆然と呟くカガリの目は夫でも司祭でも無く、虚空の一点を見ていた。 「上空にアンノウン!? カガリ様、ユウナ様、お下がりください!」 カガリが見上げた空に、一点、漆黒の陰りが出来た。周囲のSPが突如として騒ぎ始める。 カガリの側近が即座に駆け寄り肩に手をかけたが、ウェディングドレスの代表は頑として 動かない。 「避難を! モビルスーツです!」 幾重もの防衛ラインを直上から突破した機体は一直線に、花嫁の頭上にその身を晒した。 大きく広げた主翼が折れて滞空翼へ、尾翼がテ−ルスタビライザーへと、機体を回転させるように 変形を遂げた機体は―― 「なんだこれは……ムラサメだって?」 「なぜだ、お前――!」 「何をしに来たというんだ、"彼"は!?」 "名"を呼びそうになったカガリの、怒りをともした瞳が、手を差し伸べるムラサメを映す。 コクピットハッチが開く――姿を現した影が、光る物を手に取っていた。 「あ……指輪?」 プラントへ発つアスランから送られたもの。 それは、カガリがキラに向けた手紙に同封した筈だ。 それを見た瞬間、カガリは理解した……理解してしまった。 「キラ、お前は――」 もしもカガリが、アスランと添い遂げる、それだけを望むのなら力を貸すと。 国を捨てて、アスハを捨ててたった一人のカガリになるのならば、愛を貫く道を開くと―― 「そんなつもりで来てくれたのか――! オーブから追われる事を覚悟で……」
23/ 「馬鹿な……弟だ――! こんなことをして!」 手を差し伸べたまま、黒い巨人は沈黙を保っている。 パイロットは軍を捨てオーブを捨てて、こうしてカガリに道を示しに来たのだ。 己を捨てる覚悟は、アスランが示したものと同じだ。 「ならばその覚悟に私は――甘えられない。――ユウナ!」 故にカガリは"夫"の手を引き寄せる。 「いいか! これが私の覚悟だ。私は――私はこの国を、お前のような"力"が必要とされない オーブにしていかねばならない。だから、この場を退くわけにはいかない!」 そしてムラサメから逃走した。 二秒ほどかたまっていたムラサメはやがて、プラズマジェットエンジンをとどろかせて離脱する。 ある種のすがすがしさを感じさせる、それは一気呵成の機動であった。空を裂き見る間に上昇、 点となり、幻であったかのように霞んで消える。 「私たちは無事だ! 空軍と海軍に連絡、あのムラサメを逃がすな! 防空は何をしていた!?」 「あ……カガリ!?」 ユウナよりも早く叫んで、カガリは瞬く間にその場を掌握した。 「アンノウンの位置、及び敵母艦の潜伏場所の特定急げ、情報は五分毎に私のところに持って来い! 司祭殿は……腰を抜かした? よし、代役を連れてきてくれ。三時間以内に婚儀を再開する。 指示系統の再確認――あわてるな。もしくは混乱させているところを見せるな、民衆に伝染(うつ)る。 会場の始末は市民の安全を最優先、けが人の搬送はヘリを使え。ポートは……この会場が広いだろう!?」 そしてユウナに振りむき一言。 「ユウナ! 私の対応は何か間違っているかっ!?」 「あ……ああ、合ってるんじゃないかな。ただ――」 これは緊急性が高くない事だけど、と前置きして、 「迷惑を受けた人には見舞金を――アスハとセイランのポケットマネーから奮発して……」 と、ユウナは付け加えた。 「そうか、そこの……確かオオサワだったな?」 呼ばれた警備担当者は、きょろきょろと周囲を見渡した。 まさか自分の名前が呼ばれたと思わず、同姓の高官が居るのではないかと思ったのだ。 「何を驚いてる。けが人をちゃんとリストアップ。きっとカメラの一つも壊した人がいるだろうから、 彼等への補償もれが無いように記録を怠るな!」 ――名前を覚えていてもらえた! オオサワは指示を伝えるべく飛んで行った。
24/25 「カガリ――本当に式をやり直すつもり?」 「当然だ、というわけで私は……化粧直しをしてくる! ユウナも衣装が乱れてるぞ」 「どさくさに紛れて……というのもあるよ? それにしても、よく逃げなかったね君は」 「……なあユウナ。分かってると思うけれど、私はお前が好きじゃないんだ」 「ああ、分かってるよ」 言われて、かえって落ち着く程度のユウナ。 「けれどお前は、私をカガリと呼んでいいんだ。……それだけだ」 カガリは、付き人を伴って舞台の裏に消えた。 「ふふ……それだけ、か」 一人残された祭壇で、ユウナは自分の側近を呼び寄せた。 カガリの側近はムラサメの真下まで助けに来たというのに――これは人望の違いか。 「何怯えてるんだ、もう敵機は去っだよ? 連絡を、連合とザフトだ」 "――間違っているか!?" "――合っているんじゃないかな" なにが"合っている、だ。ユウナ"それで十分だ"と言わなかったのだ。 「つまり、まだ目が外に向いてないんだよね」 「……ユウナ様?」 「逆賊は国外に逃げる――公海上の索敵データを幾らかよこしてくれるよう、交渉を始めてくれ」 どっちもオーブに恩を売りたがってるから、それなりにやってくれるだろう。 彼等が"ムラサメ"を捕獲しようとするのを牽制する意味もある。 つまりは、外との交渉やら汚れ仕事やらをセイランが背負うというわけだ。 「このことカガリには、教えてあげようかな、どうしようかなー? ま、カガリも まだまだ視野が狭いってことで……父上、獅子はまだ死んでませんよ」 そう呟いてユウナは、 「ま……今日はいい天気だね」 と、空を裂く漆黒の機体が去った方角を見上げた。 衝撃波に割られた薄雲の合間からは赤い太陽が覗き、彼の立つ祭壇を明るく照らしていた。
25/25 ――オーブ上空 ムラサメのコクピットに腰を降ろすキラは、予定外だが、予想どおりに、一人だった。 「……迎えに行ったのがアスランだったら、ついてきてくれたのかな」 強引に拉致しなかったことについては、全く後悔していない。 道を示す。それだけがキラに出来る事で、結果、選んだ道を違える事になろうとも、 国を捨てる事になろうとしても、悔いる事はしない。 それがキラの示しうる、精一杯の覚悟だった。 「後は逃げるだけ……六時方向にムラサメ3。ヴァージョンは……7番台だったらいける!」 キラは機体の高度を上げつつ、エンジンのスロットルレバーを引き倒した。ロケットばりの 急上昇を見せる黒い"ムラサメ"を、低空から三基の中距離ミサイルが追いすがる。ムラサメは フレアを放出しながら変形、一瞬にして機首を真下に向けて重力の力を借り急降下、フレアに よって進路を乱されたミサイルを、真下からビームライフルで狙撃する。 誰一人として、傷つける気はない。ましてやオーブの機体を、だ。キラは己の機動だけで 同レベルの機体を振り切るつもりである。そして、目論見は半ば成功していた。海面ぎりぎりで MA形態へ再変形した"ムラサメ"に追いつくことのできる機体は無い、はずだった。 「……? 四時方向から一機――この速度、追い付いてくる? こっちも全速だぞ!?」 モニターに表示、新たな追撃のムラサメは、ver8.3.4。 「8番台は開発ブランチ、3はエンジン評価型の、4番機に乗ってるのは――ヤバイ!」 『卒業はまだ早いぜ? 新米坊主がダスティン=ホフマンをやろうなんざ十年早いってんだ』 「やっぱりあなたですか――! ぐぅう――!」 急旋回したムラサメの主翼を、危うくのところでビームが掠めた。 『よく躱したな、三尉!』 ――僕に当ててくる! 大G旋回中のキラは、追跡者を良く知っていた。知りすぎるほどに知っている―― よりにもよって、という思いだ。 「4番機のエンジンは大推力型――単純なスピードじゃ振りきれない!」 『おじさんなあ、悪い三尉は懲らしめちゃうぞ!』 「み……ミゾグチさん!」 ――攻撃せず、この人を振り切る事が出来るのか? ウェポンセレクタのスイッチに思わず手を伸ばしそうになりながら、キラは、 「今日は厄日だよ」と毒づいた。 これは、一人の青年が不運を嘆いた歴史の陰の喜劇に過ぎないから、結果だけを伝えよう。 逃走時間3分25秒、根性のハッキングによるT.K.O.であった。 犯罪者キラ=ヤマト オーブ脱出成功。
以上、SEED『†』第十八話 二つの脱出 終了です。
感想、ご指摘がありましたらご自由にどうぞ。
>>210 様
ハイネセリフは、死亡フラグと言うより……歌?
次回は第十九話です。次はインド洋でしたかね。
それでは、また。
236 :
安価ミス :2009/02/05(木) 13:35:33 ID:???
>>235 投下乙です
アスハ家の設定がなかなか面白いです
トダカやキサカもアスハの学閥だったのか?とか妄想すると楽しい
さて国に残ってがんばる人妻カガリ誕生 夫婦漫才は少し楽しみですがアスランとの恋は悲しくせつない
ミネルバ組の日常も楽しかった GJです
またの投下お待ちしてます
†投下乙! 最強料理長の活躍を楽しみにしておりますよ
1/ 『シン――四時方向に4つ! 2×2よ』 『先鋒をαワン、ツー。次鋒をβスリー、フォーだ。返事しろシン』 「見えてるよ……今度こそ。今度こそ!」 SEED『†』 第十九話 知恵の女神は戦場へ ミネルバ右舷後方に現れた敵勢力の数は4、後方で護衛にあたっていたシンのインパルスが 迎撃のために突出すると、ひし形に編隊を取っていた敵影は迎撃ミサイル(ディスパール)の 射程外で二手に分かれた。センサーに新たな光点がともる。 『アルファ、ベータ、ASM8! 10秒だ!』 「させねえ――!」 放出された中距離対艦ミサイルが、八条の矢印となってミネルバに向かっていく。 "今のミネルバ"はCIWSの殆どが使用不能となっている事を思い出し、インパルスを 方向転換させた。 「……っとぉ!」 だがビームライフルの狙いをミサイルに付けた所で、敵ビーム兵器の射程に捉えられてしまう。 飛び来る荷電粒子をしゃにむにと躱すインパルスの横を、対艦ミサイルが悠々と通過していった。 『ちょっとシン、出過ぎよ!』 「ベータ二機、引き受けたんだよ。迎撃は遠くが基本だろ」 『それは基本だが、お前が足留めされてどうする!』 などと言い争ううちにフォースインパルスは敵と接触、いち早く接近したβスリーを相手に 得意の中距離格闘戦へともちこんだ。 「この――落ちろ!」 βスリーへライフルを向けるたび、βフォーは撫でるような射撃でけん制を加えてきた。 焦れて距離を詰めようとすればあっさりと下がり、狙いを変えれば敵もおとり役と掩護役を 入れ替えると言ったように、敵によっていいように翻弄されるシン。 しかもβスリーは存外に鋭い機動性を発揮して、必中を期した光条をも紙一重に回避される。 焦りに狙いが粗雑になり、余計に時間を稼がれるという悪循環、それを繰り返す間に、 敵の別れたαの二機がミネルバに取り付いてしまう。
2/ 『シン――早く戻ってきなさいって!』 「なにを、これを落とさないと!」 『目的が違うでしょう、目的が!』 『ルナマリア、αが俺の死角に入った。ミサイル来るぞ!』 『え――!? えぇい!』 間近で対艦ミサイルを放たれたルナマリアは、ブレイズウィザードの"ファイヤビー"を撃ちはなった。 センサーに出現した四つのベクトルを3ダース強の光点が迎え撃ち、αワンごと消滅させる。 攻撃能力を失ったαツーは離脱。 「やった、あとはアンタを落とすだけ――」インパルスにサーベルを握らせたシンの耳に、 『いいや、チェックメイトだ……』と静かな声が聞こえ、インパルスの眼前でβスリー、 そしてフォーが共に反転した。 「あ――!」 そしてインパルスを置き去りに、β二機は残った対艦ミサイルを放出する。 四基のアンチ・シップ・ミサイルは今度こそ沈黙したミネルバの対空防御網を破り、 "ファイヤビー"を使い果たして防御弾幕を作れないザク――ルナマリア機――の真下に着弾した。 「あ……ああ!」 知恵の女神が一つ身震いをすると、白亜の肌を舐めるような炎がその全身を包む。 「そんな……」 愕然とするシン。インパルスのディスプレイには、火を噴き上げ着水するミネルバが映っていた。 耳障りな音量でアラートが鳴り響き、視界が赤く染まる。 『状況S−23。シミュレーション終了しました。各機、帰還願います』 と、それまで沈黙していたメイリンの宣言と共にディスプレイの画面表示が切り替わる。 無傷のミネルバが映し出されるのと同時に、"ムラサメ"に見えていた敵機のうち三機が、 "シルエットフライヤー"として画面上に現れた。 『シン――これで5連敗だね』 「クソっ! だからミネルバが対空防御も出来ないところに"セイバー"で狙われたら、 どうにかしようもないってのに!」 『俺もシルエットフライヤーも、"ムラサメ"の真似事しかしてないぞ?』 シンを散々に手こずらせたβスリーは、赤く染まったVPS装甲の"セイバー"へと変化した。
3/ 『それにミネルバで一番頑丈な武装はMSだ。今回の状況は十分にありうる』 MA形態時には双頭の機首となる"アムフォルタス"が特徴的な機影の上に、呆れ混じりの アスランが表示される。パイロットスーツの襟元には、フェイスの証が輝いていた。 『だから、ルナマリアとレイの死角を補うように動けと指示しておいたはずだがな。 どうしてレイのガナーから見えなくなるまで飛び出した?』 セイバーの機首を巡らせつつ、アスランが聞いてくる。 「命令って、アスランあんたシミュレーション中は敵になってたじゃないか!」 『……だから、俺が居なくなった設定だよ』 「あんた居なくなったんなら、命令だって無効でしょうよ。離れた方が迎撃しやすかったんだ」 『シン……お前なぁ』 敵を倒すのが作戦じゃないんだぞ? とあくまで諭す口調のアスランに、 シンは却って反発心を刺激された。 「しかも、仮想敵が"ムラサメ"だなんてこんな――」 『"無い"と言い切れるのか、シン?」 「う……敵を仕留めてれば、最後のミサイル攻撃だって無かったんですよ。実戦なら――」 『実戦で――!』 と、通信から伝わるアスランの気配が一変した。 『――"実戦で鍛える"強さなんて間違っている。生き残った者だけが手に入れる強さなんか……! ……訓練でできる事をやって、それで戦えなければ、生き残れなければ駄目だよ』 「……でも」 セイバーの後に続いて着艦しながら、尚も言い返す。 『シン、いい加減にあきらめなさい……結果を受け入れないのは見苦しいわよ?』 『反省反論は後でやれ。勿論、リベンジをするというなら付き合うがな』 「ルナ……レイ……」 いい加減に泥沼にはまりそうなシンを止めるのは、やはり二人しかいなかった。 シンが大人しく従ったのは、そう言ってシンを止めようとする二人の口調にも悔しさを 感じ取ったからに他ならない。ザフトレッドが三人もかかって、たった四機の"ムラサメ"に やられるという結果を出されたのだ。相手がアスラン=ザラ出なければ、こけにされた ダメージは深すぎただろう。
4/ 『模擬戦程度のリベンジならいつでも歓迎だぞ? 三人とも』 と、穏やかな気配を再びまとったアスラン。 先程の激しさは幻だったのか? アスランに、不安な影をシンは覚えた。 『一つ前向きなニュースを挙げるなら、五回のシミュレーションで仮想敵を徐々に 強めているのに対しては、ミネルバがより長く"持っている"というのはある。 一回目の条件なら、もう俺に勝ち目はないな』 「……」 一回目の模擬戦で、セイバー一機に秒殺された三人としては、複雑だ。 『特に今回のルナマリアは、"ファイヤビー"を使うタイミングは良かったよ。 39発、"使いきらない"判断まで出来れば決め手を欠くのはこちらだった』 『そうですか。やっぱりブレイズで正解だったわね』 『レイは、あの状況でガナーならより積極的に指示を出してもいいと思うよ』 『……隊長はアスランですから』 シンは、自分にも何か一言無いのかと待っていたが、どうやら着艦までの間に言われた事で 全てのようだった。セイバーを降りるアスランの姿を認めて、コクピットハッチを開く。 「よおっ! われらが期待のシン=アスカ君!」 「シンに賭けたお陰で俺、前髪までむしられそうになってんだよ、後でおごってくれ!」 そこで待っていたのは、色黒と前髪ケチャップ――もとい、メカニックのヨウランと ヴィーノだった。二人して『祝! シン=アスカ君五連敗!』というタスキをかけてくるが、 なぜか二人とも、まとっているのが下着だけという大変不如意な恰好をしている。 「……最近、そういう健康法が流行ってんのか? それとも知恵熱を放熱してんのか?」 「「賭けの抵当で取られた……」」 「……」シンは無言でタスキを破いた。 「「というわけで、次は勝ってくれよ、シン!」」 「……アスランが勝つ方にかければいいだろ、そうすりゃあんな風になれるぜ」 シンは、大量の食券を得て陽気の極みにあるマッド=エイブスを指差した。すると、 「分かって無い……お前は分かって無いぞ、シン」 ヨウランはいかにも"嘆かわしい"というジェスチャーを取る。 「そりゃあ、俺達だって、"どっちが勝ちそうか"見てて分からないほどじゃないさ。 むしろ一目すれば瞭然の類、厳然たる事実ってやつだ、それは」 ――その一言は余計だろ! シンは殴りそうになった。
5/ 「けどさ、"どっちに勝ってほしいか"なんてそれこそ、"言うまでも無い"だろ?」 「え……?」 「そうそう。次こそは期待してるからな!」 と去りゆく二人を、 「ヨウラン、ヴィーノ!」シンは急ぎ呼び止めた。 「待て……二人とも待てって! ……これ!」 シンは制服のポケットからありったけの食券を取り出すと、昼飯分の一枚を抜いて、 まとめてヴィーノに押しつける。 「「お――おおおぉぉ……」」 パイロットに支給される食券の束に、ヨウランもヴィーノも目を輝かせる。 「――これ全部、次に"勝ってほしい"方に賭けろ……"言わなくても分かってる"よな?」 「分かっているともさ、心の友よ!」 「オッケェ、シン。本当に期待してるぜ。フェイスだかなんだか、俺にとっちゃ雲の上の 存在だけどさ、お前ならぎゃふんと言わせてやれるって思ってるから」 「……任せろ、レイ、ルナ!」 シンはブリーフィングルームへ先を行く、同僚二人を呼びとめた。最早ヨウランとヴィーノを 振り返る様子も無く、眼中になくなった二人は、そんなシンへと向け、直立不動でザフト式敬礼を 送っていた。 無言の詩がそこにはあった。 戦う男の背中に、戦友はかける言葉を持たないのである。 「何か盛り上がってたみたいだけど、どうしたの? とっとと模擬戦の報告書書かなきゃ、 食堂の良いメニューがなくなるわよ?」 「俺は出来れば、今日のトムヤムクンを逃したくはない……」 「二人とも――悔しくないのかよ。いいや、悔しいに決まってるよな!」 ケイシー=ライバック料理長が来てからすっかり食い意地の張った二人だ。 配給制の食券が現金代わりに流通もする。 「メシ食いながら報告書書いて、それから作戦会議だよ! 午後でリベンジするからな!」 と、シンは食券最後の一枚を取り出した。 「あら……随分やる気になってるわね」 「……俺は構わんぞ、やられっぱなしは、流石にしゃくだからな――」 存外に乗り気のレイに、シンはにやりと笑う。
6/6 「レイまで……」 「実力差があるからと言って、敗けを納得できる程、人間が出来ていない。 ルナマリアは、無理して付き合う必要はないんだぞ?」 「相手がアスランだと、ちょっと"やりにくい"かもしれないもんな、ルナは」 「……ちょっと、何よその言い方は」 シンとレイ、乾坤一擲の挑発だった。 「そりゃあ、確かにアスランはすごい人だけど――」 ルナマリアが言いよどんだ時、二人は勝利を確信していた。シンしかり、レイもしかり。 ザフトレッドになる者には、ある方向に強烈なバイアスがかかっている。 「――だけど、そうよね。ここで悔しがらないようじゃ、赤服なんて着てられないわ!」 それは、強くなる可能性を自分から捨てられない、ということだ。 「よし、そうと決まればもたもたしていられないわ。さっさと行くわよ!」 努力せずにはいられぬ天分――恵まれた才能に加えたあくなき向上心によって、 やはり彼等はプラントのエリートなのだ。 「オホン……ああ、君たち良い所に来た、先刻の反省会も踏まえて一緒に昼御飯でも――」 そして、部下と円滑なコミュニケーションを図るべく偶然を装って――この時点で敗北―― 近づいてきた隊長のフェイス殿は、 「まずは食堂! 武士はくわねど――じゃない、お腹がすいたら模擬戦も出来ないもの」 俄然やる気になったルナマリアによって、軽やかに無視ぶっちぎられる。 「…………ふっ。仲が良いな、彼等は」 「あのー、アスランさん。お昼がまだならご一緒しませんか?」 「ああ、メイリンか。なあ、一つ聞きたいんだが、本当にザフトに――」 「ええ、いじめはありませんよ?」 断言するメイリンの制服内ポケットには、メカニック達から徴収した大量の食券が詰まっている。 ――胴元はメイリンだった。 ――夕食時 「……切られた――」ヴィーノ。 「シン……なあ、シン……?」ヨウラン。 「ごめん、本当御免、マジゴメン……」シン。 「全く、本当に馬鹿なんだから。……一つ、貸しだからね?」 ルナマリアにおごってもらう男三人のさびしき姿が、食堂の片隅にあったという。
以上、第十九話のAパート、投下完了です。 感想、ご指摘、ご自由にどうぞ。 次回予告。 ザフトの秘密兵器を搭載した輸送船が、ブルーコスモスによってハイジャックされた! 現場に急行できるのはミネルバの乗員のみ。インパルスによる輸送機への侵入作戦を 立案したタリアは、突入班の人選を苦慮した末に一つの決断を下す! 「行ってもらえないかしら、ケイシー=ライバック。いいえ、オースティン=トラヴィス」 「古い名前だ、自分でも忘れるくらいに……いいだろう、グラディス艦長」 「ライバックさん、貴方は一体――」 「ちっぽけな、ただのコックさ」 次回、SEED『†』第十九話 Bパート 「たとえ落ちても"生死不明"なあたりが、あくまでもあの人だよね!」 虚空を行く輸送機へ、飛び移れ、ライバック!
保守上げ。
テレビ版暴走特急だとライバックの姪の声がルナだったりする
「四月一日 −No.1 & No.15−」 −Carelessness, Regret and …… − エイプリルフールの夜。あと小一時間ほどで日付も変わる。 昼間の騙し騙され、見抜き見抜かれの勝率は五分五分と言ったところだろう。 そんな一日はそれなりに楽しかったもののそれでも疲れたことに変わりなく、俺はルナに背を向けたまま、 テレビをぼぅっと眺めていた。 やがて。 「ねえ、シン。吊り橋効果って知ってる?」 「ん?」 ルナの問いかけに俺は生返事を返す。 「『人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識する』ってヤツよ」 「んー、なんとなく……」 やっぱり生返事のまま、頭の片隅で考えた。 確か、ドキドキするような環境にあると恋愛していると勘違いする、とかいうのだっただろうか。 「あたし達もそんな感じで始まったって思わない?」 ルナの台詞に、昔のことを思い出した。 アスランの脱走にメイリンが加担し、俺が彼らを撃墜したのが始まりと言えなくもないだろう。 吊り橋効果と言うよりは、寂しい者同士がくっついたと言った方が正確な気がする。 それでも反論するのが面倒で、適当に相槌を打っておく。 「ね、シンもそう思うでしょ? あたし達ってちょっと違うのよ。だから別れましょ?」 突然の言葉に思わず驚愕の声を上げそうになる。 が、ふと気づいた。今日はエイプリルフールなのだ。 だから、 「そうだな。うん、分かった」 と、あっさり返す。 ルナは少し驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。 「分かってくれて嬉しいわ。じゃ、残りの荷物はそのうちに引き取りに来るから」 そう言いながら玄関へと向かう。 どこに隠してあったのか大きなスーツケースを出してきて、部屋を出て行った。 玄関のドアが閉じ、俺は少し待った。 ここで飛び出したりしたら、にんまり笑顔のルナに後々までからかわれる羽目になる。 もう一分くらいすれば、ルナの方が少し拗ねた顔で戻ってくるだろう。 だが、ルナは戻ってこない。 念のためあとニ分待ってみたが、やはり帰ってはこない。 俺は慌てて外へ出た。 マンションの廊下に、彼女の姿は無い。
俺はエレベータホールへ向かって全力疾走した。 長い長い三秒の後、エレベータホールへと駆け込んだ俺の目に、閉じる寸前のエレベータのドアとその中の赤い髪が映る。 「ルナッ!」 彼女の名を叫びながら叩き壊す勢いでボタンに手を伸ばす。 が、ほんの一瞬間に合わなかった。ドアは閉じてしまった。 だがしかし、まるで俺の気迫に恐れ入ったかのようにもう一度ドアが開いた。 箱の中では、ルナが目を丸くしてこちらを見ている。 「ルナ、帰ろ?」 そう言って手を差し出してみたが、ルナは俺の手を避け数歩後退る。 俺はそれを追って箱の中へと足を踏み入れた。背後で扉が閉じ、エレベータは下降を始める。 「帰ろう?」 もう一度言ってみたが、ルナは駄々をこねた幼児の如く何度も首を横に振る。 「どうして?」 と、問いかけた俺に応えたルナが向けた視線は、怒っているようにも哀しんでいるようにも見えた。 その瞳の強さ、そして弱さに俺がたじろいでいると、聞こえるか聞こえないかの声でルナがぽつりと呟いた。 「だって、しょうがないじゃない」 「えっ?」 ルナの言葉に込められた意味も感情も判らないまま、俺は問い返した。 「だって、だってシンは止めてくれなかったじゃない。すぐに追いかけてもくれなかったじゃないっ!!」 そう糾弾されて俺は初めて気が付いた。 何分も部屋の中にいたというのに、エレベータホールでルナに追いついた理由に。 俺がほくそ笑みながらルナが戻ってくるのを待っている間、ルナがどんな気持ちでいたのかに。 「ごめんな、ルナ。俺、エイプリルフールの冗談だと思ってて」 「いいよ、もう。そんな言い訳聞きたくないわ」 「言い訳じゃない……っても言い訳だよな」 「だから聞きたくないよ。もう放っておいて」 「放っておけるワケないだろ? 頼むから、俺の話を聞いてくれよ」 「聞きたくないってばっ!!」 そんな遣り取りがどれくらい続いたのだろう。 エレベータのドアが背後で一度開閉したのは、もう随分前だ。真夜中のせいか他人に呼ばれることもなく、 箱の中で俺の説得は続いていた。 「聞きたくない」という拒絶の台詞の後、また、俯いてしまったルナがどんな表情をしているのかは、 髪に隠れて見えない。 俺の話を聞いていてくれるのかも分からない。 それでも謝罪を続けていた俺の脳裏に一つの提案が浮かんだ。
「なあ、ルナ。仲直りの印に、明日、ルナが欲しがっていたなんとかってブランドのバッグ、買いに行かないか?」 ブランド、のあたりでルナの肩がピクッと揺れた。よし、反応有りだ。 だが、ゆっくりと顔を上げたルナの視線に、俺は凍りついた。 怒っている。鬼神も裸足で逃げ出すくらい、怒っている。 蛇に睨まれた蛙の気持ちが心底から理解できる。 いや、ここはちゃんと話を聞いていてくれたことを喜ぶべきだ。 白々しいくらいポジティブに捉えつつ、俺は慌てて続けた。 「も、モノで釣ろう、とか、そういう意味じゃないから! ただ、その、謝罪の気持ちを表したいっていうだけで。 そうそうそれにあのオレンジのワンピース、あれもルナに似合うと思うな。それとあの皮のブーツも」 先週ルナが溜め息をつきながら眺めていた雑誌を必死に思い出しながら、あれもこれもと言い続けた。 これは決して買収などという姑息な手段では、ない。 単に「俺はルナのことをちゃんと見ていますよ」というアピールだ。 頭の中では、ルナの視線に怯える俺と、記憶を手繰り寄せる俺と、自分自身に言い訳をする俺がジェンカを踊っている。 「本当?」 六つ目に思い出したイヤリングとネックレスの事を口にした時、ルナがもう一度反応した。 常の彼女では考えられないほど、おずおずとしおらしく。 「本当にそれ全部、買ってくれるの?」 「もちろんだよ!」 俺は即答した。頭の中では貯金残高を計算する俺もジェンカの列に加わった。 それを聞いたルナが、嬉しそうに花が咲くようににっこりと微笑んだ。 その笑顔につられて俺も微笑もう……として目を瞠った。 ルナの唇の端は、微笑を通り過ぎて上にあがりすぎている。ただただ優しく幸せそうだった瞳の色は、 してやったり、という色に変わっている。 それは、俺が部屋で想像していた、からかう為の笑顔、そのものだった。 ──謀られた! 瞬間、俺は察した。だが、もう遅い。すべては決してしまった。 「約束したわよ? うふっ、楽しみっ」 ハートマークを乱舞させながら言うルナの掌の中には、何時の間にか小型のレコーダーが握られている。 俺はルナに背を向けた。 完膚なきまでに惨敗した敗残兵にできるのは、素直に勝者に従うのみ。 がっくりと肩を落としつつ、部屋へ戻るために、エレベータの階数ボタンを押した。
ルナのスーツケースを転がしながら、廊下を歩く。後ろからはその持ち主が鼻歌交じりについて来る。 鍵などかけずに飛び出した部屋のドアを開けた。 そのまま足を止めて動かぬ俺を不振がって、ルナが肩越しに部屋を覗き込む。 背後で聞こえたガシャンという音は、ルナがレコーダーを落とした音だとすぐに分かった。 部屋の中は玄関からでも分かるほど、荒らされていた。 ざっと見ただけでも貴重品の仕舞ってあった場所がいくつか開けられている。 「…………」 ルナが微かに呻いた。 誰か、嘘だと言ってくれ。
「四月一日」のバージョン11になります。 カードNo.1 は「魔術師」です。正位置で豊富なアイデア、逆位置で悪知恵という意味があるそうです。 カードNo.15 は「悪魔」です。正位置で「魔が差す」「誘惑」という意味があるそうです。 全12話予定の「四月一日」シリーズですが、いよいよ次回で最終回です。 「じかいで」と入力したら、「自戒で」と変換されました。 自戒しつつ、次回に備えたいと思います。 予断ですが、今日の今日まで「レットキス」で踊るフォークダンスを「ジェン"ガ"」だと信じていました。 投下する前に、確認して良かった…。
>>253 歴史は繰り返す……のだろうか。
みなさん投下乙です。
7/ ――12月16日 午後二時。インド洋。インドネシア 暑いな。空調も完成していない基地なのに、敵が来るなんて――。 基地建設の責任者にして守備隊隊長も兼ねるジミー・ベイリン中佐は、向かい合う大佐が 奇妙な仮面をかぶっているのも、当然気に食わなかった。背中をじっとりと汗が伝う。 「しかしミネルバとは……む」 胃薬の瓶を取り出して空のコーヒーカップに気付いた。 いやいや、コーヒーじゃだめだ。カフェインと薬は相性が悪い、水だ――。ベイリンは内線を つないでミネラルウォーターを頼む。 「まるで野犬にかまれた気分です」 ビール腹を揺らして椅子に座りなおすと、 「犬(カーペンタリア)の鼻先に居れば、"気まぐれで噛まれる"こともあるんだ」 と、ネオ=ロアノーク大佐は仮面の下の口だけで笑った。 「それが狂犬ならば、命にかかわるのですぞ?」 それとも大佐にとってはチワワに見えるのか――? ベイリンは聞いたつもりだ。 「奴らは狼さ」 「ほぉ……戦闘経験がおありで?」 「宇宙で何度かね。ユニウス7と一緒に大気圏突入しながら主砲で狙う――なんて狂気の沙汰を、 蛮勇にしない腕前と分かってくれれば結構。参考までに、その作戦で奴らの損失はゼロだ――」 「むぅ――」 呻くしかない曲芸である。 「正直に言って"ファントムペイン"単独では、たとえ落とすことが出来てもきつい。 牙を抜くにはアンタのところのウィンダム部隊が必要なんだよ――」 「しかし、私の任務はこの基地の防衛でして。5機のウィンダムをすべて出してしまっては、 基地が丸裸になってしまいます」 「じゃあこの基地単独でミネルバから身を守るか? ウィンダムが三十機と"ザムザザー"が あったって、それは難しいだろうがね」 仮面の男は鼻で笑った。 「……勘違いしなさんな、攻勢に出てミネルバの目をそらす――基地を守るための奇襲だよ。 それとも、敵がたった二十キロ先の拠点を見逃してくれるよう、殻にこもって祈るのか? 奇跡の確率を計算してみろ」 「むぅ――」 ゼロ、小数点、ゼロ、ゼロ、ゼロ……やめよう――。 悲観主義はベイリンの伴侶である。と、ネオが肩を落とした。
8/ 「情けない話だがね、怖いオオカミ退治にネコの手も借りたい状況さ――。 "亡霊"狙いで張った網に、意外な大物がかかったというのが現状なんだが……」 「……?」 と、執務室のドアが開いた。 「御苦労――」 盆を持った少女から、固物ばってグラスを受け取るベイリンだったが、 「鼻の下が伸びてるぞ――」 部屋を去る少女の腰を観察していた顔は、大佐にしっかり見られていた。 「今の娘、見たところ現地人のようだな」 「オホン……人手不足でしてね。英語が話せる者を非常で任官し、雑用を任せています。 彼女の父親も、建築現場で雇い入れておりますよ」 胃薬を口に含んだベイリンは、汗をかくグラスから水をあおった。 「大丈夫なのか?」 現場中毒の戦争屋とは、権力の使い方が違うんだよ――。 心に思っただけで、書類上は問題ないと答えるベイリン。 「……失礼だが中佐、実践経験が?」 「もともとヘブンズベースに居りまして。恥ずかしながら、ほとんど拳銃も――」 大戦をヘブンズベースでやり過ごし、しばらく戦争はあるまいと思っていた頃に ユニウス7が落ちてきた。被災地へのロジスティクスもまた戦争だと仕事に励んだが、 棺桶すらが足りなくなる状況でとうとう、ベイリンにお鉢が回ってきたのだ。 「それで……やりますか、中佐? 敵はあと二十時間でここを見つけるぞ?」 話をもどされ、改めて心の中で天秤を吊るす。 両端に乗るのは"ファントムペイン"とミネルバだ――秤は直に傾きを見せた。 相手は"ファントムペイン"――ネオが自ら説得に来る方が簡単だというだけで、 彼ら独立機動群はそれこそ"強奪"してでも戦力を得るだろう。 どうせ持っていかれるなら――。協力姿勢を示すのが楽だった。 「受けましょう……ですが一つ条件が」 部下は無傷で返して欲しい――。部下に「死んでこい」と命令はできなかった。 「約束しましょう。なあに、この基地の護衛には、腕利きを一人回しますよ」
9/ ――12月16日 午後四時 インド洋 J.P.ジョーンズ 「というわけで、第十七独立機動群の新生第八分隊、"大佐と愉快な仲間達"の 初仕事はミネルバの迎撃だ! ついでに建設中の基地を守ってあげよう!」 「「おーーっ!」」 「ザフトを狙う黒い影、ファントムペインがここにあり! といった感じで、 ミネルバを釣りあげるのさ。……そして残念だがステラはお留守番なんだな」 「え……どうして?」 「仕方無いじゃん、ガイア飛べないし、泳げないし――」 「ネオ……? ステラ、一緒に戦えないの?」 「そういう事。代わりにステラには、ウィンダムを借りた基地の護衛についてもらう 俺もステラと出られないのは、残念だがね。……そんな顔するな。でもって言わない。 大事な仕事だぞ? ステラを信用しているからこそ、任せるんだからな」 言い含めると、沈んだ顔のステラは何かを納得したようだ。 「うん……分かった」 「よしよし……」 聞きわけのいいステラの頭を撫でてから、ネオはスティングを向く。微笑ましさ 抜群の光景を、ドリンク片手のスティングは、うんざりとした顔で眺めていたのだ。 「オークレー少尉、貴官にはブリーフィングに際して積極的な発言を望む」 意訳=ノリが悪いぞスティング? 「サー。大佐殿の"仲間達"という言い回しに語弊を感じるのみであります。サー」 翻訳=一番愉快なのはアンタの中身じゃねえか。スティングの声は笑っている。 「けどよ、俺達は"亡霊"を追いかけてきたんじゃないのか、ネオ?」 目を丸くしたネオを見て満足したスティングは、口調を戻した。 作戦の内容がころころ変わるのはいつもの事でなれっこだが、相手がミネルバと なれば、スティングもそれ相応の覚悟をしなければいけない。 「――そこだ」 ネオが重々しくうなづく。 "太平洋の亡霊"。 それはハワイ沖を航行していた空母"アーノルド=シュワルツェネガー"が目撃した、 幽霊戦闘機(フーファイター)の呼称である。 突如としてレーダー領域に現れた亡霊は、まるで海中に没したかのように姿を消した。 一度ならば、錯覚やレーダーの不調で片付けられたであろう。 それが、一週間のうちに四度も続いたのである。 そして一度だけ、偶然に、偵察型ダガーのカメラにその亡霊が収められた。 撮影された映像には、漆黒に塗られた"ムラサメ"の姿が記録されていた――という噂だ。 その正体は、オーブから脱走した"アークエンジェル"およびムラサメが、何らかの 意図を持って偵察か、存在の誇示をしに現れたのだろうとされている。
10/ 「ミネルバとの戦場――ひょっとしたら介入してくるかもしれない」 「――確実なのか?」 ファントムとゴースト、似たようなもんだ。実態の無いモノ同士で潰しあうのも、 無意味な戦争ぽくっていい――。弱すぎる相手を殺しても無意味、とぐらいに考えて いるスティングだ。 「いや、アイツの性格を考えると介入せずにはいられないと思ってね。 念のため、借りてきた連中にはスティングをつける。頼めるな?」 「ああ……それはいいんだが」 ふと、スティングはネオの漏らした言葉に違和感を感じた。 「――あいつの性格? まるで知り合いみたいな言い方だな」 「知ってるも何も……あれ? 今、何かおかしいことを言ったか?」 「いや、だから今、知り合いみたいな事を言っていたじゃねえか。 "ムラサメ"のパイロットの事、知ってるんじゃないのか?」 「知り合い……いや、全くそんな覚えはないな。どうした勘違いだろうかこれは」 改めてスティングが問いかけてれば、ネオは首をかしげるばかりだ。 ぼけたのか――? 「まあいい――俺達は島の反対側から攻めてミネルバを誘導するって事でいいんだな? ステラは防衛、俺は護衛――アタックはアウルとネオか」 それから、いくつかの作戦概要を確認した上で、 「カオスの事だが――」 と、話題はスティングの機体に移った。 「心配するなよネオ。空力って言葉をアーモリー・ワンに置き忘れてる機体だが、 無理やり飛べないこともねえ。ウィンダムよりよっぽど上手くやってやるさ」 「スティング用のウィンダムが配備されるまで、もう少しかかりそうでな――」 「――カスタムされてなきゃあ、カオスの方がましだぜ? それに黒いムラサメが 来るんなら、地上のカオスがどれだけ通用するのかにも興味がある……」 「逆を言わないんだな、スティング――」 「あん?」 「だから、『ムラサメがどれだけカオスに通用するのか』なんて言わないんだな」 「……自信と過信を一緒にするなってのは、アンタのセリフだったろうが――」 「あれぇ? そんな事言ったかな?」 顔を逸らすネオは、笑いを隠し切れていなかった。 どことなく、仮面の下の頬が赤くなっている気もする。照れているのか――? そう思うと、スティングもなんとはなしに面映ゆくなった。 「おいおい、さっきの事といい、自分の記憶ぐらいしっかりしろよな」 なにせ――スティングは付け加える。 「アンタには"ブロックフレーズなんてない"んだから――」 「……そうだな」
11/ ――翌12月17日 午前六時 インド洋 ミネルバ 明け方、ミネルバは大海を西進している。オーブ脱出の折に損傷を受けた艦首は、 二週間以上が経った今も厚いシートに覆われていた。 カーペンタリアから数百キロ――連合の勢力圏にかかっていたが、ルーチンワークに 飽いたバートはそろそろ交代の時間が気になっていたころだった。 「十時方向に熱紋反応! 機種は……あれ? 消えました。アンノウンのまんまです」 「念を押していこう。観測気球放出」 「艦長を?」 「いいや、まだだ」 余計な物がレーダーに映るのはよくある事。この程度の事で艦長を煩わせてもな――。 アーサーはメイリンを制した。 「チェンは火器スタンバイ――トリスタン、イゾルデ起動」 「レーダーで"一発"よろしいですか?」と、バート。 「うぅむ――あまり大気圏内では褒められたことじゃないけど――許可しよう。 ただし、くれぐれも民間人に当てるなよ?」 アーサーの許可が下りて、ミネルバ左右の甲板にアンテナが『生えた』。 「カウントとります。3、2、1――」 周囲に民間の船影無し――電子機器が狂うほどの指向性電磁パルスが放射される。 「――レーダーに感あり!」 二時方向。ミサイルの射程外にMSが多数と判定された。 十時じゃ無いのか――? アーサーはかすかに疑問を覚えながらも、間抜けがうっかり レーダー範囲に入ったと考えた。 「罠を張られていたか。バートはそのまま敵母艦の探知。メイリンは艦長をお呼びしろ。 イゾルデ起動、拡散弾頭装填。距離12000で先制する! 対空防御、用意良いか! ザラ隊長に連絡……MS隊は待機している? なら順次発進――発進だ! ブリッジ遮蔽」 「了解、ミネルバ対空モード。全システムオンライン。ランチャー1から10ディスパール装填」 「長距離ミサイル接近――!」 「ランチャーワン、ツー……撃ぇっ!」 発射された二基の迎撃ミサイルは誘導に従って長距離ミサイルに接近、微細に乱数回避を行う 敵ミサイルに対して、上方の位置を占めると弾頭から数百のベアリングを放出した。 半減期0.4秒のエネルギー励起を受けた鉄球は即座に融解し、蒸気で長距離ミサイルを包み込んだ。 「判定――全弾破壊です。第二波接近――」 「よし、十分いけるな。――っと、いけないいけない」 慣れは禁物だな――。ぼうっとしていては艦長にどやされると、ディスプレイを凝視する副長。 ミサイルにつけ狙われるのにずいぶん慣れてしまったというのは、因果な商売故だ。
12/ 「順次対空防御を、撃ち洩らすなよ。敵モビルスーツは退いたか?」 「……接近してきます。ウィンダムが10に、これはカオスです!」 「そんなに混沌とした布陣かい……って違うか! セカンドステージ!?」 「アーサー、混乱する前に指示を出しなさい!」 アーサーが自失しかけた一瞬に、ブリッジに入ったタリアが空気を掌握する。 「海中への警戒密に。周囲に艦影は――無いのね? 小型の潜水艇をいくつか海に 放り込みなさい――無人でよ! アビス相手のデコイ程度にはなるわ」 「ザクを海中にいかせては」 強奪したシリーズをまとめて運用している可能性と、ミネルバが保有する 対潜攻撃オプションの貧弱さに思い至って進言すると、 「海中での性能はグーン以下よ。マリク、高度を二百まで上げてキープ」 と、タリアは海面から離れることでアビスを無効化にかかった。 長距離ミサイルのある敵艦は近くに無し、故に高度を上げる事も出来るか――。 アーサーは己の不見識を恥じ居るのみである。 「シン、アスラン。二人とも聞こえてるわね?」 カタパルトにある二機に、タリアは通信回線を開かせた。 『聞こえてますよ――グラディス艦長』 『どうしたってんです、艦長?』 「用があるのよ。シン。今回の任務は何――?」 『ひとつ、ミネルバの防衛。ふたつ、敵モビルスーツ部隊の撃退。 みっつ、俺の命令を聞け――ああ、これはアスラン隊長からの――です!』 「……アスラン――敵にカオスが混じっているわ。それを踏まえて作戦に変更は?」 『アビスは海中。陸上用の"ガイア"は敵本陣に――ガイアの捕捉を!』 「よろしい。本艦はこれより、ガイアの策敵に入ります。囮任せたわよ?」 『了解!』 セイバーが発進を遂げ、インパルスの合体中に敵ウィンダムと交戦域に入った。 巧みな操縦でウィンダムに狙いを絞ったセイバーへと向けてカオスがビーム砲を放ち、 一瞬で離脱する。カオスの突進力は大気圏内でも健在のようだが、運動性能は異なる。 大げさな弧を描くカオスにインパルスが接近すると、紫のウィンダムがあわてた様子で 割り込み、牽制のライフルを放った。
13/ 「艦長、カオスは――」 「ええ、いけるわね。アスランの話だと、フェイスのハイネ=ヴェステンフルスが 地上にたたき落としてくれたそうよ――感謝をしなくては」 セイバー対カオスの戦いは、たとえアスランの技量を認めるとしても、宇宙なら こうまで有利にはならなかった。カオスも地上で十分合格点を出す動きをしていたが、 空中戦に特化したセイバーの性能は他の追随を許していない。 セイバーがカオスを引きつけ、ウィンダムはインパルス、ザクで対処する。そのような 形で対応できそうかな――。アスランを相手にした模擬戦でさんざんにやられていた分、 シン達三人の動きはミネルバを守る事に徹底出来ている。アーサーは結果に満足した。 「後はガイアだけど、メイリン、行けそう?」 「デュートリオンビームの照準に使う量子通信なら、400km以内にいる場合即座に発見できます。 OSと独立したシステムなので。そして一応先に言っておきますけれど……」 説明をしつつ、言いよどむメイリン。 「いいわ、続けて」 「地球連合が量子コンピュータのブラックボックスにまで手を出していたならば、 当然無効化されていると思われます。そして全方位に量子信号を発する事になるので――」 「――ガイアを探している間は、戦場内にある全ての量子コンピューター、 つまりMSにとって、ミネルバの位置が"まるわかり"になるという事ね」 「はい、ミネルバの量子コンピュータが、大声でガイアを呼ぶようなものです」 艦長、「上等よ」なんて小声で言わないで下さい――。 アーサーは、ミネルバの副長である限り肝を冷やし続ける宿命のようだ。 「分かったわ。対空防御密になる事を覚悟して。それから……整備班に連絡を取って」 「まさか艦長――アレを使うおつもりですか!?」 「アーサー、守りの手が足りなくなるかも知れないの。新装備というには信用できない けれど、万全を期して用意だけでもさせるわ」 「しかしアレは……それだけの価値があるとお考えで?」 「当たり前よ――敵、ボギーワンに対する意地が入っているのは認めるわ。 だから今のうちなら反論してもいいわよ?」 反論は――副官としてはほめられたことでは無いが――とうの昔に諦めていた。 「分かりました。マッド=エイブスに連絡を入れます……」 さぞかし喜ぶんだろうな、私は嫌だけど――。 これから訪れるであろうミサイルの嵐にゲンナリとしつつ、アーサーは古い型の 受話機を手に取った。
14/ ファントムペインの奇襲は、結果的として失敗に終わった。 遠距離からひそかに近づいていたウィンダム部隊が、突然の電磁パルスによって発見されたのも 然る事ながら、スティングを驚かせたのは、ミネルバ側パイロット達の変化だ。 「敵の動きが――違う!?」 機体がそのまま、中身がそっくり入れ替わったかと思えるほどに、動きの質が変化していた。 誘い出そうとした動きに乗ってこないインパルス。無駄撃ちの減ったザク。そして、高速のMA 形態と高機動のMS形態を使い分け、激しい突撃をみせるインパルスに合わせてコンビネーションを 作っているのが、赤い新型だった。二条のビーム砲がカオスをつけ狙い、態勢を崩される。 その動きは、大気圏内で不自由を感じるカオスの事を差し引いても、驚異的だ。旋回する 赤い新型を、大周りの軌道で追いすがりつつ、叫ぶ。 「ネオ――!」 『ああ、俺とスティングで抑えられない事はないが……攻撃隊の皆さんはミサイル放出して撤退! 目的は十分に果たした。こんな戦いで死ぬことは無いぞ!』 と、ネオはあっさりと5機からなる借り物の攻撃隊を下がらせた。スティングにとっても、 5機の足手まといよりはゼロの方が、幾分はマシだ。 『ミネルバはどうだ、スティング!?』 「硬い――! こいつらの相手が先だ」 J.P.ジョーンズから連れてきた残りのウィンダムを、スティングとウィンダムの戦場を 見守るように布陣させる。ネオのウィンダムに脇を固めてもらいつつ、一撃離脱を繰り返す事 二度――インパルスの動きが乱れ始めた。 「やっぱりな、多少"練習"はしても、根っこの性格が変わっちゃいない」 インパルスの方が御しやすい。つつけば崩れる穴がある。もう一度挑発すれば――。操縦桿を 握る手に力を込めた。怪鳥の形で旋回するカオスを振り向かせれば、猛烈なGに体が押し付けられ、 代わりに後ろから追うインパルスと正対する形になる。人型になったカオスは、すでにライフルを 向けていた。 獲れる――! トリガーに指をかけた時、高空から殺気が襲いかかった。ネオを振り切った 新型が機首の主砲をカオスに向けている。閃光。カオスの放ったビームライフルはインパルスの シールドを掠め、新型の撃った主砲は、割り込んだウィンダムに直撃した。それがネオの駆る マゼンダの機体では"無い"と分かって、安堵し、次の瞬間には沸騰していた。 「馬鹿野郎――!」 敵に向けて、味方に向けて、スティングが吠える。カオスのドラグーン=システム兵装ポッドを 切り離して、推力不足の機体が高度を落とすのも構わずに多角攻撃を敢行する。 あんな攻撃に当たりやがって――! 味方の無力が怒りを刺激した、それ以上に己の不甲斐なさが 焔のように湧き出していた。 俺は、あの弱いやつらの代わりに死ぬために居るんじゃないのか――! 感情のるつぼからあふれるものを、トリガーに込めて引き絞る。二基のドラグーンはスティングの 思い通りに動き、敵の新型を狙った。攻撃目標を突然スイッチしたことに、ネオが追い付いていない。 フリーになったインパルスの狙撃が、空飛ぶドラム缶――機動兵装ポッド――の一つを叩き落とした。
「野郎――!」 構わず、残りの一基と、本体とでビームを放つ。 当たれ――! 初めてスティングは、敵に向かって懇願した。 死んでくれ――! 感情がビームに乗り、敵の新型を掠める。"カリドゥス改"で真紅の装甲を軽く焦がしただけの 新型は、機首を――ビーム砲をカオスに向けた。 『スティング――!』 ネオの絶叫が、スティングの意識を狂気の淵から引き戻した。ぞっとするほど暗い砲口が スティングを睨みつけている。砲身の奥の闇に光が走った時、スティングは絶叫した。 「あああぁ――!」 と、一直線に迫っていた新型が裏返るように身をひるがえした。直後、四条のビームが 新型の機体を包むように迫り、ギリギリで回避した新型が距離を取る。 『オークレー少尉――!』 J.P.ジョーンズのウィンダム隊が、仲間の仇へ向けて憎悪の弾幕を広げた。たまらず 距離を広げる新型の陰からインパルスが躍り出てライフル一閃、ウィンダムが火球に包まれる。 「無駄死に……するんじゃねえ!」 『スティング、気を取り直せ。もう一度当たるぞ!』 これは俺の声なのか――? 思考の分裂と収束を繰り返すスティングの意識が、本体となるべき 軸を見失いつつある。もう一度当たるぞ、ネオのセリフを起点に一つにまとまらなければ、それこそ、 意識は混沌の中にすりへって行っただろう。 「あ、ああ。……くそ、二機も食われちまった!」 『悔しがるのは後だ。この戦いと、お前は次の戦闘まで考えないとな!』 ビームライフルを連射して、新型とインパルスを近寄せ無いだけで精いっぱいだ。 スティングが動きのキレを取り戻さなければ、撃破がおぼつかないのだろう。 操縦桿を握りなおしたとき、カオスのシステムが不可思議な量子信号を捉えた。 「なんだと――デュートリオン送電システム? ミネルバの座標が!」 量子コンピュータのブラックボックス領域が動作し、ミネルバを中心として周囲のセカンド ステージシリーズと座標情報の交換をしている。 ミネルバ、インパルス。敵のマーカーに重なって、発信される量子信号を元に計算された 座標が表示された。 「まずい――」 スティングは気づいた。戦術ディスプレイに、"アビス"と"ガイア"の座標がくっきりと表示 されている。"ガイア"は、水平線近くにある島の反対側で、基地の防衛任務についていた。 おそらく敵にも同じ情報が――新型を残して、インパルスが"ガイア"の座標へと加速した。 「待ちやがれ――!」 ネオ情報を転送して、スティングはカオスを転進させた。 『させないさ――』 インパルスに追いすがるカオスの眼前に赤い新型が現れ、視界に閃光が走った。激しく体の 揺さぶられるコクピットにアラートが鳴り響き、腹部に熱いものが潜り込むのを感じ。 「畜生――」 ネオの呼び声を聞きながら、スティングは浮遊感と共に意識を閉ざした。
エクステンデッ道は死ぬことと見つけたり。(たぶん、まだ死んでないですけど) 以上、投下終了です。 感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
目の前でナチュラルの兵士が自分の代わりに死ぬってのは 強化人間としては、存在意義を否定されたようなもんだよなぁ…… スティングの心情がよくわかる。作者GJ。
第8話『花火のあがる時(後編)』(1/6) 「なかなか良く訓練されている。お飾り軍隊は訓練の時間が長く取れるのだろうな……。軍曹っ!」 平素、確かに”大佐”は自分にも他人にも厳しいのではあるが、嫌みを言う様な人間ではない。 それを言うのは。……かなり怒っている。”軍曹”は背中に冷たいモノを感じながら全力で敬礼を すると、ありったけの声で返事を返す。 「はっ!」 「MSの上陸が未だの様だが連中は何をやっているか!? こちらは消耗戦をするつもり なぞないのだぞっ! ただの時間稼ぎだというからMSも無しに此所に来たというのに!」 だから全部我々に任せろと言ったのだ! ……と怒鳴る大佐に、自分に言われましても。 と、更に縮こまる軍曹。大佐率いる部隊の半分と自前のMS隊は、作戦には帯同していない。 「例の無力化されなかったM1に引っかかった様です。援護部隊も出ている様で上陸出来ない 模様でありますっ!」 数の少ない歩兵隊を更に二つに裂いたと言うのか、なんと言う思い切りの良い指揮を……。 単なる時間稼ぎにしては報酬額が高いと思ったが、理由はこれか。大佐は腕組みで考え込む。 そもそもMSを3機も配置していたのだ。のみならず四方からの奇襲に対しても即座に察知して 一糸乱れぬ統制ぶり。一機ではあるがあのBBのトラップをかわしMSを起動してさえみせた。 更に自他共に認める歴戦の猛者(もさ)であり、数でも腕でも勝る自分達に対しても一歩も 引かず、戦略ラインは間違いなく維持している。しかもまだ後退の余地を残しながら、である。 慢心ではなく客観的に見て圧倒的に優位な筈だが、結果は決して偶々ではない。ならば配置 されていたのは、指揮官も後方部隊も含めて国防軍の中でも強力な部隊だという事になるのだが それなら大佐に情報が入らない訳がないし、絶海の孤島にそれを配置する意図も判らない。 「いったい俺たちは何と戦っている。この島には何があるんだ? おやっさん……。――軍曹っ! 大尉にラインを上げさせろ! 地下に潜ってる連中が居るんだ、こちらに目を釘付けにさせろ! 状況を見て作戦を施設制圧に変更する。プランCの準備をさせろ。BBからの連絡はまだか!」 『花火』があがってから2時間で帰る。ヨコハマの横に控えたBBは自信満々といった表情で そう答えた。だが。 「2時間……。ライン維持だけで手一杯とはな。やはり無理をしてでもMSを持って来るべき だったか……クソっ!」 『M1は無力化するってスミダのヤツはいってたよな!? 畜生っ、ヨコハマのオヤジに 貸し一つだ! だいたい俺ぁ、BBの奴はハナっから気にくわねぇんだよ!』 「そんなコト言ってる場合か? 目の前の現実だけを見ろっ! 堕とされたいのか? それに上陸出来なきゃコッチも約束違反だ! ――相棒、BBの件は同意しとくぜ。俺も好かん」 MSの性能差は勿論うめるべくも無いが、国防軍が相手なら実戦での運用実績は遙かに上。 それにあのヨコハマがMSの手配まで済ませて頭を下げに来たのだ。上陸出来なければ 契約不履行は勿論、かれらのボスの顔に泥を塗ることになるのはほぼ間違いない。 たとえ珊瑚礁があろうが、考えていないほどに相手MSの機動性が高かろうが、だ。 そしてその場合。彼らの身に何が起こるかは、多少の想像力があればわかる事である。 「だいたいが、たかがMS一機と対戦車ライフルにビビって上陸出来んとなれば。わかってんだろ、 ヨコハマの親父さんに恥をかかせてみろ。……帰っても結局ボスにぶっ殺されんぞっ!?」 船でふんぞり返ってみてるんだ、ぜってぇ逃げらんねぇんだぞ。彼は気弱な同僚に対して その先は口にしなかった。――ボスは部下の失態に容赦などしない。比喩でなく殺される……。
第8話『花火のあがる時(後編)』(2/6) 「こっからがお楽しみ、だな。上からボロボロ歩兵が降ってくるんじゃあるまいな。大先生よ?」 移動出来るサイズとしては最大級の溶接機を台車で運んできた男はそう言うとBBを振り返る。 「10分以内なら、熱を探知したところで何も出来ませんぜ、リーダー。大佐の組が居なくともね」 ふん、とだけ返事をするとそのまま溶接機の段取りに入る。その男の横、リールを引いてきた 無線機のマイクをヨコハマがつかむ。 「スミダ、わしだ。外の様子はどうか?」 『入り口(コッチ)はまだ何も。大佐の組は派手にやってますが前進出来てません。M1が一機、 動いてるとかでMS組もまだ上陸(あ)がってませんぜ。制圧しない限りは船も見てるだけでしょう』 MSだと! どうやってかわした、イタバシ……! 呟いてBBの顔が険しくなるのを見やると ヨコハマは続ける。 「まぁ、こちらに目が向かなければ良い話だ。国防軍はこちらへ入ってこれまいな?」 『ちょうどハッチの上に展開してるんで、あれなら当分開けられねぇっす』 「わかった。入り口の確保と観測、もう少し続けろ。以上だ。――今更後戻りなど出来ん。やれ」
第8話『花火のあがる時(後編)』(3/6) 「た、隊長。建物、持ちますよね? 崩れませんよね?」 「上階が落ちてもここと倉庫は大丈夫な設計だ。更に補強もしてある。テント村じゃなくて 良かったろ? モモちゃん。だいたいが心配性すぎるんだよ。こう、もっとだな……」 時折爆発でぐらぐら揺すられ鉄骨が軋みをあげる指揮所の中。あまりにも緊張しすぎだ、 是ではまともに指揮系統が動かん。と思ったダイが軽口を叩くが、その直後の報告でダイ自身の 緊張が頂点に達する。 『情報1より緊急! 中庭地下格納庫内深度25に高熱源反応発生。大きさは最大直径0.5m、 中心部で現在約300℃、更に温度上昇中。……こりゃ溶接機だな。連中、壁に穴開ける気だ!』 「まだ入り口が……? しまった、北の狙いはコレか! モモちゃん、大至急フタの解放開始!」 「こちらに残った技術班全員が現在何らかの作業を遂行中! 電源装置の復旧に回る人が…… おりませんっ!」 「隊長、真上で普通科分隊1班が展開中、機械が動いても格納庫ハッチ解放は無理ですぅ!」 「全く、次から次と……! えぇい、もう良い! 俺が直接地下へ行く! 姐さん、入り口まで 一緒に来てくれ。俺では非常階段入り口の封印が解けん」 と言いながら上着を脱ぎ捨てフライトジャケットを羽織るダイ。自分も、と腰を浮かしかけた チャンプスに振り返る。 「チャンプス、指揮権を一時完全に預ける! 地下にあるモノを俺以外が見る訳にはいかない! 俺が行くしかねぇ、そう言う事だっ! いいなっ!?」 有無を言わせず。と言ったその物言いに思わず起立敬礼するチャンプス。 「姐さん、早くしてくれ。格納庫より先回りしなくちゃいかん! ――モモちゃん、あとを頼むぜ。 指揮官が不慣れだ。いつも通り、バッチリサポートしてやってくれ!」 「……あの隊長」 姐さんまだか? と促しながら入り口でライフルの点検をするダイに、フジワラ士長が駆け寄る。 「指揮所はお任せを! そして必ずご無事でお戻り下さい! ……そうでないと、私はこないだ お話ししたパフェを、隊長からおごって頂けなく、その、なってしまいますので」 「ん? ……はは、何所までもゲンキンなヤツだ。良いだろう、状況が変わった以上紅茶も付ける。 指揮所3人娘全員分払ってやる。妙齢のお嬢さん三人引き連れてカフェに行けるなら安いもんだ。 ……ありがとな。後は任せるぜ? いつも通りにやりゃあそれで良い。――姐さん、行くぞ!」 ご武運を! 走って行くダイの背中に敬礼のまま何故涙目になっているのか、自分で良く わからない彼女である。 「……私は、アールグレイが好きです。――お気を付けて……!」 「フジワラさん! 隊長と打ち合わせが終わったらならモニターを! それと相手についての 情報は何かもって無い!?」 チャンプスの声に、すみませんっ。と言いながら小走りで自席に戻り、データグラスをかけて 端末を叩くフジワラ士長。 「隊長代理。敵の詳細については詳しい情報はありませんが、横浜機甲団というジャンク屋が 濃厚であるとのことです。ただ、修理以外でMSの扱いは無し。仕事は小型銃火器のレプリカを メインにしてます。公安、警察のリストに上った事も今まで皆無、スタッフは10名弱となっています」 言いながらロスト直前のレーダー画面を呼び出せば、間違いなく人の反応だけでも40を超える。 「反政府の項にも、強行派の項にもチェック無し……。たかがジャンク屋風情が此所までやるか。 ならば人間は借りてきたとして、例の機密はそれをペイして有り余る程のモノだと……」
第8話『花火のあがる時(後編)』(4/6) チャンプスが呟いた直後、すさまじい地響きと共に建物が揺れる。 『情報2、指揮所へ緊急! A4の右足にミサイル被弾、倒れた! 再度の起立は不可、カメラは アウト、センサーも8割がたダウン! モニターの連中が二,三人巻き込まれた模様』 「フジワラさん、至急負傷者の確認とダメコンデータ! 索敵班、敵の動きを逐一指揮所へ報告! クリヤマさん、負傷者の救助。情報2と連携宜しく。マジマさん、普通科分隊2班の回線を……」 『普通科2班だ、ラインを――畜生! ――すまん、三尉。A4の陰まで交代する!!』 ラインが15m以上後退してしまったか……。建物は大丈夫だろうな? と呟いたチャンプスを 指揮所の面々は不安げな面持ちで見つめる。 と、口の端をつり上げて珍しく自信たっぷりといった表情のフジワラ士長が、隣席から チャンプスに声をかける。 「データ狙いなら直撃はありませんし、そもそもここと倉庫は大丈夫な設計だと隊長も技師長も 仰ってます。それに補強工事、代理もご自身でやったじゃないですか。建物は、大丈夫。ですっ! ――代理、指揮をお願いします!」 「た、確かに。……データが目的ならむしろ制圧に来るか。……そうか、そうだな。ありがとう。 よし、情報処理車が二台とも潰されるまで粘るぞ。――通信長、クロキ曹長と直接つながる?」 指揮所にいた本人以外の全員が彼女の背中にダイの影を見て”陰の小隊司令”のあだ名を 納得した瞬間であった。 『こちら情報2、フジワラっ! そっちにデータあがってるか? 格納庫が下降開始の模様、 金属音検知、トレース開始。確認乞う。コッチで管理データが見えない、画面廻してくれ!』 フジワラ士長の前のモニターの中、動かない筈の数字が少しずつ大きくなっていく。 「指揮所フジワラから情報2、こちらでも下降を確認、管理画面を14番に転送。計算上落着まで 約1800秒、熱源と音声こちらにも下さい。クリヤマ一士、情報2と連携して位置情報トレース開始。 ――代理っ!?」 「フジワラさん、トレースは継続。各隊、現状のラインはこれ以上絶対下げるな! ……隊長、 下はお任せしますよ? ――指揮所から各員に通達……」
第8話『花火のあがる時(後編)』(5/6) 定期的に金属の軋む音が聞こえる以外は明かりも音もない格納庫がすこしずつ地上から 離れていく。優にMS10機以上を収納出来る巨大なエレベーターだ。 「……アッサリしたもんだな。激突したりは、ねぇんだろうな?」 迷彩服に暗視ゴーグルの男3人は乱雑に積み重なった荷物の隅、隠れる様に腰を下ろす。 「電源が無くとも安全装置はまだ3つ残ってる、だから返って時間はかかるがね。27分後に とーちゃく予定でーす、お乗り換えはありませーんってね、へへ……」 「退路は大丈夫なのだろうな? スミダはすでに帰したのだぞ」 電灯のスイッチを入れ暗視ゴーグルを外すと、BBは光に照らされてニヤニヤ笑いを浮かべる。 「その辺に抜かりはねぇよ、グランパ。地下水放流用のマスがあるんだ。金網さえ破れば海だ」 「問題は下に何人いるかだぜ、おやっさん。――BB、動けるのは俺一人になってしまったが、 大丈夫なのだろうな?」 「情報系のエージェントがどんなに多くても2人だ。連中は国防軍が下りるのをゆるさねぇだろう からな。エレベータを下りた瞬間、そこだけかわしきれればリーダーが居る。コッチの勝ちだよ」 「俺もそもそもは機械屋だ。買い被られても困るのだがな……。相手は直接戦闘は素人だ、 と言いたいんだな?」 防弾チョッキを着ながらBBのニヤニヤ笑いは続く。 「あれだけのスキルのある諜報屋だ。逆に考えりゃ武器の扱いがリーダーより上な訳がねぇ。 それに居るってんならトラップも含めて位置は俺の方が早く割り出すぜ? 位置さえ掴めば……」 俺が直接鉛玉を喰らわせてやる。とことんバカにしたツケはキッチリ払って貰うぜ! 彼の顔から笑いが引いた。
第8話『花火のあがる時(後編)』(6/6) 「だから付いてくるこたねぇっつったろーが! 指揮所に居るよか数段あぶねぇんだぞ!」 「アンタは、技術、サッパリじゃん! はぁ、それに、フジワラさんも、居なかったら一人で何が、 でき、ぅえ、出来んのよ!」 無限に続くとも思える無機質な鉄の階段、足音をこだまさせながらフル装備で駆け下りるダイと 胸を押さえながら後を追うコーネリアス。 「ねぇ、ちょっと! 地下10階、じゃなかったの? 入り口、地下5階でしょ! 何よ、この、 階段の、長さ、は!」 「便宜上、とクロゥも言ったはずだ。エレベーターの速度にもよるだろうが、時間から逆算したって 普通30階以上だろ? 何で頭良いくせにそう言うところに気が回んないんだよ……。とにかく クロゥ達が心配だ! 無理でも何でも俺に付いて来た以上は走れ! いずれ、この状況下で 姐さんが一人になって良いことなんか、一つもないんだからな!」 と言いながらコーネリアスの足音のテンポに合わせてじりじりしながらスピードを緩めるダイ。 「俺が着くまで無茶すんじゃねぇぞ、クロゥ、リコ……! 姐さん、付いてきた以上文句言うな、 もっと急げっ!!」 「か弱い、乙女が、軍人の、ペースで、走れる、訳、がっ、無いでしょっ!」 「まだ下らんことをほざく余裕があると見た、ペースあげんぞ! 誰が乙女だ、誰が!」 二人分の足音は上も下も見えない階段に響いて、ただ無機質にこだまする。
予告 18隊の隊員達は力の限りを尽くして進入者を迎え撃ち、クロゥ達もまた全てを賭して地下を守る。 激戦の中、地下へと急ぐダイとコーネリアス。その二人が地下で見た光景とは……! ――次回第9話―― 『チカラの使い方』
今回分以上です、ではまた。
>>弐国さん 投下乙です。いよいよ、いよいよですね。 はたしてリコはどうなってしまうんだろうかとどきどきです。 投下乙でした。
モモちゃんがとても可愛い。
『エイミング・エイミー』 たった一発。それが、エイミー・ディランディの持つ弾だった。 「何やってんだろ、私……こんなところで」 狙い撃つべき緋色の機体までの距離が、やけに遠く見える。それでも彼女は、つとめて冷静に 標的をガンクロスの中心に捉える。 少女はその背に家族の存在を意識した。 両親はきっと、渋い顔をしている。怒るか、呆れるか……娘の愚かしい行いを喜んでいないのは確かだ。 「けどね、こいつをやらなきゃ……借りを返さなきゃ……私は前に進めない。自分とも向き合えないんだ」 二人の兄はそれぞれ好対照な態度で、しかしどちらもエイミーを励ましてくれるようだった。 長兄・ニールは「がんばれ。落ち着くんだぞ」と声をかけて。次兄・ライルは何も言わないけれど、彼女にはわかる。 兄より一歩引いた態度ながら、内心では妹の成功を祈ってくれているのだ。 いや、ひょっとすると、全ては幻想に過ぎないのだろうか。異常なほどに大きく聞こえる自分の息使いばかりが 耳について、ニールの声援はおぼろげなものであったし、ライルは妹の愚行を冷めた目で見ているかもしれない。 しかし、照準は揺るがない。 これを為さねば、エイミーは“約束”を果たせないのだ。 「だから、さ……!」 引き金に掛けた指が、震えながらも力を込めていく。 少女は腹の底から叫んだ。 「狙い撃つぜぇぇぇぇぇ!」 ぽん。 間の抜けた音とともに打ち出されたコルク弾は、照準の中心に捉えていたはずの緋色のロボット模型より 左下に逸れ、なんだかよくわからない別のロボット模型に命中した。 「あーっ! ちゃんと狙ったのにっ!」 「へ? エイミー今のやつ狙ってたんじゃないの?」 ライルが言う『今のやつ』を、店のおじさんが差し出した。 「はい、おめでとうお嬢ちゃん。コレジャナイロボ2300だよ」 「これじゃなーい! ……ライ兄、私が狙ってたのはあのオレンジっぽいやつだよ」 そう言いながらコレジャナイロボの箱を受け取ったエイミーは、店のコルク銃に難癖をつけ始めた。 「だいたいなに、このレトロ通り越して骨董品になりつつある銃は!? なんでレーザー射的にしないの!」 「野暮を言うなよ、20世紀からこの国の『おまつり』じゃあ伝統的な出し物なんだぜ。それより、母さんに 無理言って一回やらせてもらったんだから、これで諦めろよな」 ディランディ一家はこの日、旅行で来ているユニオン経済特区・日本の祭を見に来ていた。 観光客にも受けがいいということで、射的に限らず古来よりのスタイルを維持した出し物が多い。 「知らないもん! ちゃんと狙いつけてたのに外れるし、これ銃身曲がってんじゃないの?」 と、それまで苦笑いして弟妹の会話を聞いていたニールがポケットから電子マネーのカードを取り出した。 そこには少年の年相応な金額、なけなしの小遣いが入っている。 「おじさん、俺も一回ね」
「え、ニー兄もやるの?」 「きた! 兄さんきた! これで勝つる!」 エイミーが使ったのと同じコルク銃を手に取り、長兄は無造作に照準を合わせ、撃った。思い切りのいい一射は 先ほど妹が撃ち損ねた緋色のロボットに命中する。 「狙い撃ちだぜ」 「おおおおお、ニー兄すっごい! なんで当たるの!?」 「実弾なんだから重力に引かれて落ちるし、風で曲がるだろ。それを計算に入れないと当たんないのさ」 店のおじさんが、箱に入った緋色の模型をニールに手渡す。 「はい、おめでとうお兄ちゃん。ガンガルスローネツヴァイだよ」 「なんか……俺はあんまり好きになれないなぁ。けど、エイミーはこれが欲しかったんだろ?」 妹に戦利品を渡そうと振り返ったニールが見たのは、期待したような笑顔ではなかった。 「……ニー兄、そのロボット嫌い?」 俯き気味に言う。彼女がこういう仕草を見せるのは、泣きそうなのを悟られたくない時だ。 「そっか、うん……ありがとね、取ってくれて」 返事も待たず緋色のロボットを受け取ると、エイミーは先に歩きだした両親についていった。 「どうしたんだ、あいつ?」 「兄さん自分のことになると鈍いなぁ……あれ、去年のクリスマスに約束してたお返しだよ。自分で当てちゃったら意味ないじゃん」 「お返し……?」 クリスマスの記憶を思い起こしてみる――両親だけでなく、去年はニールとライルも妹にプレゼントを買ってやったのだ。 エイミーはその時「サンタさんにお返しの義理はないけど、二人には後で何かプレゼントする」と言っていた。 ニールはそんなことを期待していたわけではないし、妹の申し出を断った。だから、彼女の一方的な約束など とうに忘れていたのだが……。 妹を追って走り出す兄を見送りながら、双子の弟は肩をすくめた。 「しっかし……人の好みを外すことにかけては天才的だよな、エイミー」 ライルは不自然に角ばったリュックサックを背負いなおし、家族の後を追った。 「エイミー、あのさ」 悄然と両親の後ろを歩いていた妹に追いつくや、ニールは彼女が手に抱えていた二つの箱の片方を指して言った。 「この白いやつ、俺にくれないかな?」 「え……コレジャナイロボ?」 呆気にとられるエイミーの顔から翳りが消える。今こそ機嫌を直す好機である。 ニール・ディランディは嘘100%の熱弁をふるった。 「そうそっち! 左手のドリルがなんて言うかこう、一回転するごとにちょっとずつでも前に進む 人類の進化のパワーを象徴してるみたいで超絶螺旋的ロマンにあふれてるじゃあないかッ!」 もはや意味不明だった。しかし、その熱意は少女の顔に笑みを咲かせることに成功する。 「……いいよ! じゃあこれ、去年のクリスマスプレゼントのお返しね!」 約束は果たされた。受け取った箱を嬉しそうに自分のリュックへ入れながら、ふとニールは弟に思いついたことを訊いた――訊いてしまった。 「そういえば、ライルもなんか貰ったのか?」 「え? ああ、俺ね。うん、俺は……」 なにやら言葉を濁しながら笑顔を作ろうとして失敗し、口端が引きつっている彼に代わって エイミーがその問いに答えた。 「あのね、さっきニー兄がトイレ行ってる時に別の店でくじ引きやってたんだ。それで、結構高そうなのが 当たってね? ――ライ兄、見せてあげなよ」 なんとも奇妙な顔つきになっているライルが角ばったリュックを下ろし、その角を作り出していた やや大きい箱を取り出して見せた。それを一目見た瞬間、ニールは弟の表情の意味を理解する。 「こ、これは……1/100スケール、マスターグレード先行者 Ver.Ka……だと……」 <完>
むしゃくしゃして書いた。今は反省している。 ちなみにガンガルスローネツヴァイは背中のボタンを押すと 『いくェやォァァァ! ハャウアンゴゥォァァ!』(訳:行けよファングゥゥ!) という声が出るぞ!
>>278 投下乙です。
爆笑したという訳ではないですけれど、微笑ましくて笑えてきました。
オチが余りにもなつかしい名前。エイミーがとてつもなく可愛いですね。
投下乙でした。
まとめサイト復旧しないな‥
復旧してたよ。
コズミックイラ 5X年 北京 「兵器転用だってそんなこと、一言だって言わせるものか!」 私は、大学の講堂向かいにある研究室から、ディスクを抱えて鞄に放り込む作業を続行していた。 「だいたい、研究中はノート一冊の予算もケチるのに、論文になった途端に 無制限の利用許可を出せ、だなんて!」 急いで、この国を逃げ出さなければ――。 ディスクの中身を狙っているのは、私からOKのサインを奪いさえすれば後は野となれ 山となれな連中ばかりなのが明らかなのだ。私はドアに向かう。 と、ドアノブに掛けた手をすかすように、扉は向こうから開いた。 「こんばんはー博士。あれ、荷物抱えてお出かけですか?」 「なんだ、スガさんか……」 心臓が止まるほど驚いたが、入ってきたのはトシヒト=スガという若い事務員さんだった。 中国語だけではなくて英語も堪能なので、特許関係の書類申請に役立って貰っていたが、今は 相手をして居られない。 映画に出てくるような黒服が、私を追いかけてきているのだ。 「スガさん、私はちょっと出かけて来ますから! ああ、冷蔵庫の中に姉が作ってくれた ケーキが入ってますから、不味いでしょうけど食べてくれて構いませんよ」 「お姉さんが――! ありがたくいただきますよ……って、いやいやちょっと待って。 それから落ち着いて外の様子を伺いませんかね? アナクロな黒服なら、入ってきませんよ」 スガさんの台詞に不意を打たれた私は、鞄を取り落としてしまう。 ディスクが渇いた音を立てて散らばるのを、かき集めながら聞いた。 「入ってこない? それにどうしてスガさんが、黒服連中のことを?」 「いやいや、ちょいと取引しまして。博士をお話しする権利は、俺が一番の最初です」 これ、名刺。と言って彼が渡した紙切れには、 「"馬棟芽"――?」 いやあ、それが"今の"名前っす。とスガさんは笑って続ける。 「モルゲンレーテって貴方のファンから会わせて欲しいって連絡がありましてね? 先方、是非ともって仰ってますから……一緒に来てもらえないっすかね?」 「まさかスガさん。あなた、オーブの?」 事務員のスガさんは、いや馬棟芽さんは……いやいや、彼の本名は何なのだ? 「"強相関誘導作用による初期加速"。博士の論文はちんぷんかんぷんですけど……すいませんね。 でも俺にだって、博士の研究成果を使えば、大砲の長さを十分の一に出来るって分かります」 そうだ、衝撃を伴わずに弾体を加速できれば、銃火器をより小型強力化出来る。しかし―― 「しかし私は、宇宙に近づきたかったんだ――! この研究はマスドライバーの為の物だ!」 「分かってますって、ですから――」 彼は、私に向かって手袋に包んだ手を差し出し言った。 「再就職如何ですか? ベンジャミン=レール博士」
以上、投下終了。 まとめサイトが60000ヒットなので記念SSを、とか思って書いたら こんなんなりました。 >>弐国さん キャラ借りましたです。事後報告ながら。 感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
投下乙。量子(りょうこ)さんにレールさんか
16/ ――インド洋12月17日 06:12 ミネルバ 「ミサイル接近!」 「そうら、おいでなすったぞ」 量子信号の発信。 それはミネルバの位置を宣伝しているのと同じことだ。 この海域に、どれだけの潜水艦や攻撃艦が潜んでいたのだろうか。 そんな疑問が今や、届くミサイルの鉄量によって示されようとしていた。 「敵モビルスーツ隊、ミネルバから距離を離していきます」 「当然さ、此処は今から、鉄のるつぼになる――!」 「迎撃――!」 号令一下、ミネルバの対空防御システムがフル稼働を始め、襲い来る鉄の嵐を 鋼の傘で防ぎ始める。濃密な破壊エネルギーの集中する空域を、アーサーはるつぼと 呼んだのだ。 「長距離ミサイルの数十でミネルバを落とせるなら、敵にとって安い買い物さ」 MSでミネルバを攻めて失われるパイロットの命は、はるかに高いのだから。 「つまり、敵の攻撃には第二波、第三波が控えている。"アレ"の準備急いでくれ!」 『あと五分、と言いたいとこですが、大盤振る舞いで三分にしときまさあ!』 景気よく指示を飛ばせば、メカマンのマッドからは更に威勢の良い声が上がる。 『こちらルナマリア=ホーク! 迎撃用のファイヤビーが尽きたわ!』 「ザク、カタパルトより着艦しました。補給作業に移ります」 『レイ=ザ=バレルよりブリッジへ。ガナーウィザードのケーブル破断しました』 「二十秒、ディスパールで持たせる。その間に交換できるか!?」 『やります、副長』 二機のザクが次々と補給へ、コレはかなり厳しいのか。 モニターを流れる情報から、一時たりとも目が離せない。 「シンが敵拠点、或いは母艦を発見するまで、本艦は囮となり続ける。 各員油断するな!」 出来れば、早めに見つけておくれよシン=アスカ――。 「そうでなければ、敵のミサイルが集中して来るからな」 「副長がそんなことを言うから第四波来ました。数、併せて40」 「僕の所為かいっ――!?」
17/ 「副長のせいです」「あきらかですな」「うたがいようもなく」「このかいしょうなしー」 まあ四面楚歌。副長さんは涙目になっています。 ヒエラルキーですもの、仕方ありませんね。フェルト地の袖で涙を拭う副長さんの前に、 二八分けの男性が映りました。職人肌っぽいこの方は、整備班リーダーのマッドさんです。 『お困りですかい副長?』 「エイブス班長。調整出来たのか――!」 『さいでさあ……』 一仕事を終えた漢の顔で、アーサーに向けて親指を立てるマッド。 その画面に、アーサーは無言の敬礼を返した。 「早速だが頼んだ。艦長……アレを使って艦を守ります。よろしいですね?」 「……本艦を守るためには、アレに頼るしかないわ。私からもお願いよエイブス――」 『……アイアイサー! あとは艦長の号令でいつでも行けます!』 マッドの声を聞き、肯き、タリアは右手を振り上げた。 天井に向けて垂直に曲げた肘を、勢いよく降ろしつつ、一言。 「艦首、特装防御シールド――――起動!」 ――同 06:14 ミネルバ甲板 緑が艦首を覆っていた。防水シートの、森のような緑の色であった。 ばらり、とそれが波打った。固定が解かれたのだ。風にめくられていく シートを、甲板から、パイロット達が見ていた。 『あら……アレ使うのね』 『らしいな――それほどまでに追い込まれたか。無念だ』 ルナマリアとレイだ。補給の途中であった。 悔しげである……無力が、悔しいのだった。 敵にやられても使いたくない。そんなものを、使わねばならぬから悔しいのだ。 『……出てきたわ』 シートの下から現れたのは、カニを彷彿とさせるMAの姿だ。 『さあ、輝け――"カニシールド"!』 マッドの声と同時に、"カニ"の装甲から輝く粒子が溢れ出し、艦首を広く覆う 陽電子の壁となってミネルバを守った。
18/ 『あとはブリッジに制御まかせまさあ!』 『メイリン=ホーク了解。出力順調に上昇中です。陽電子フィールド、 現在出力70――84――100%に達しました!』 前方から飛来した長距離対艦ミサイルが、次々と光り輝く特装防御シールドに 吸い込まれては、先端から削られ消えて行く。 特装防御シールド――。 それは、さきのオーブ脱出戦にて艦首にぶっささったMAの陽電子フィールドを 再利用、ミネルバの莫大なエネルギーを投入して強化した巨大な防御装置である。 艦首陽電子砲の打撃力を失う代わりに、強靱な防御能力をミネルバに与えるが、 この兵装には全クルーが認識する重大な欠陥があった。 それは―― 『ブリッジ! やっぱりアレ止めて、やる気を無くすくらい……ダサイわ!』 艦首にほぼ垂直に突き刺さった光り輝くカニという、ヴィジュアル面の問題だ。 「やっぱり、幾ら何でもあれはないよなあ……まるでミネルバに、頭から 赤いソックスを履かせたようだ」 「あれに命を救われる。それが操舵手として納得いかない――」 「君ら――贅沢を言うな!」 ブリッジからの不評、甚だしく。 「畜生――あのカニにドリルも取り付けてないのにぃ!」 「言うなよヴィーノ、俺なんてな、俺なんて……"カニ"の両目を光らせるユニットをまだ、 完成させてもないんだぞ!」 「悔しい! でもがんばれ、僕らのカニシールド!」 メカニックからの不満、噴出であった。 ――同 06:18 インパルス ミネルバの戦域を離れたインパルスのシンは、そんな母艦の状況はつゆ知らずに、その 視線が計器の表示をざっとなめた。各種兵装異常ない。バッテリーは十分か。 「――ブースター全開でも向こう優速? ……後でヴィーノに改造して貰おうっと」 "ガイア"目がけて一直線に進むシンは、五機編隊のウィンダムに距離を詰められつつある。 ウィンダムのビーム兵器は脅威だ。狙い撃たれれば撃破されるだろう。
19/ 「だからって、何時反転したらいいってんだ?」 『――行かせるものか!』 「おっと、電波の届く距離か……へっ、ガイアは敵の基地で、間違いないみたいだな!」 五対一……。数の差を覆すことが出来るのか。 「できる」 シンは確信していた。 敵は五機、その編隊は乱れている。怖いのはビームだが、ライフルの狙いは……遅い! ウィンダムの射程に入る。敵がライフルを構えると同時に、インパルスを反転。 「ぐぅ!」気絶必至のGに声が漏らしつつ、無意識で操縦桿を引いていた。大気で ブレーキを掛け、こめかみを削るビームを躱した時既に、インパルスが得意とする 近接格闘の間合いに入っていた。 「まずは一機!」 密着してサーベルを一閃、胴をなぐ確かな手応えをインパルスの腕に感じる。 「いける。中距離はインパルスの間合いだぁ!」 至近距離で大破させた胴を蹴り飛ばし、炎上するウィンダムからインパルスを引きはがす。 蹴った反動を加えてスロットル全開、サーベルが届く間合いに、敵機を捉えて睨んで叫ぶ。 退いた敵のライフルを、サーベルの切っ先が捕らえた。 「もう一機ぃ!」 一閃――! 返す刀で袈裟懸けに屠れば、銃床を構えた上半身は下半身と分断され、 空中で二つの花と爆散する。 「味方ごとは、撃てなかっただろ!」 瞬く間に二機を失い浮き足立つウィンダムへ、シンはライフルを向けた。 迸る荷電粒子の流れ。敵の中心を狙った一撃は正確にコクピットを射貫き、 主を失ったウィンダムは力なく海へ落ちていった。 ウィンダムのパイロット達は、MSの認識を間違えている。 "巨大な自分自身"として自由自在に振るうからこそ、MSのフレキシビリティと、 肉体動作を再現する性能は遺憾なく発揮されるというのに――重厚な戦闘機としか 扱えないなら、手足など飾りに過ぎないのだ。それこそ"ヤシガニ"のような、火力と 装甲に特化したMAの方が遙かに厄介だ。 ビープ音/殺気/首筋に――シンは、インパルスを大きく傾かせた。 大戦速で弧を描く白亜の巨人を二条のビームが追う。 「当たるか――!」 怨敵を屠るべくインパルスへ近づく光条、しかし火線が集中する刹那、シンは加速 方向を反転させた。空中で地を蹴るような戦闘機動を二度繰り返せば、振り上げた サーベルの間合いに敵が居る。
20/ 『く……来る――』 "来るぞ"か、それとも"来るな"か。 その瞬間に発した言葉は永遠に分からない。 サーベルは、悲鳴を遮り、コクピットを串刺しに、飛行ユニットまでをも貫く。 プラズマジェットを吹く動力部の、爆発するまで三秒ほどか。 三秒あれば。シンの思考が加速する。 突き刺したウィンダムを右手に掲げるように、インパルスは空いた左腕を振った。 高度を落としつつ敵機は爆散。 僚機を見捨てられなかったウィンダムには、もうもうと立ち上る煙から弧を 描いて"投げつけられた"サーベルを、認めることも難しかっただろう。 「はぁーーーっ!」 回転をかけて放たれたサーベルをシールドで弾いた瞬間、大腿部から引き抜いた "フォールディングレイザー"と二刀流のインパルスが、ウィンダムに迫りきっていた。 ライフルを握る腕を切り落とし、コクピットに対装甲ナイフの切っ先を向け。 「……」 ぴたりと、そのナイフを突き出す動きを、止めた。 『殺せ』――敵の、接触通信。 「殺さねえよ」シンの短い返答。 『コーディネーターの癖に……よくも、仲間を殺してくれたな――!』 「……そうだよ。じゃなけりゃあ俺が死んでた……かもしれない」 二言目で、初めて会話になった。 インパルスが一撃も受けていないからといって、余裕だったわけはない。 死の淵で踊っていたシンの心臓は、今も激しく波打っていた。 身体から沸き立つアドレナリンの香りを嗅ぐ。 敵を、突いて、殺してしまえ――衝動がそう言って右手を押しやっている。 「……だから」 動こうとする身体を心がとどめた。 IFの許されない世界。 だからこそシンは殺したが―― 「アンタ一人にならなけりゃあ、こんな手加減も出来なかったよ……それとも」 ――だからこそ、生き残った者をわざわざ殺す程、戦争にのめり込む気は、無かった。
21/ 『生き恥をさらせってのか、コーディ野郎が!?』 「……」 答えず、サーベルを叩きつけて武装をはぎ取っていく。両腕とレーダードームを 斬り飛ばされた、だるまのようなウィンダムができあがった。 インパルスの腕で軽く支えてホバリング為ているが、浮かぶ程度の飛行能力しか もはや残っていないだろう。 敵機を蹴り飛ばしたとき、シンは通信機のスイッチを切った。 「それとも最強のパイロットなら、殺さないでも戦争、できるのかな?」 それは高度を落とす敵の憎悪を聞かないためではなく、本当は殺したくない、 なんて泣き言を、けっして聞かせないためだった。 「……あ――」 インパルスはゆっくりと高度を下げながら、ある方向にシールドを向けて固まる。 シンの全身にも、同じように緊張が走った。 全身の肌が恐怖に粟立つ。そんな殺気を、シンは感じていた。 ウィンダム五機を、さらに五倍したものよりもまだ大きな殺意。 まだ視界に入ってはいない――。 いないが、シンがそれを見据えているように、それもまたシンを睨み付けている。 背中をじっとりと濡らす汗。宇宙でカオスと相対為たときの恐怖が、シンの中で 息を吹き返した。そう。陸は"奴"のステージだ――。 「来た――」 "ガイア"のシグナルが、すさまじいスピードで接近していた。
22/ ――同 ミネルバ メイリンはインパルスを含む四機の情報を一手にモニターする立場にある。 「インパルス、ガイアと戦闘開始です!」 二機の"セカンドステージ"MSが放つシグナルが重なったかと思えば、 互いを回るようにめまぐるしく動き始めた。 「――! 直に呼び戻しなさい、アスラン!」 『了解――!』 タリアに答えたアスランの声が、直様緊張に包まれる。 「セイバー被弾、装甲二割損傷。……アスランさん!」 ディスプレイ、モニターされたセイバーのシルエットが突如、右腕を失った。 ――同 セイバー 敵はマゼンダのウィンダムを先頭に撤退を始めたが、アスランとセイバーには それを追う余力は無かった。 「あっぱれだ……量産機だからといって、油断はできないな」 体勢を崩しかけるセイバーを、アスランは神経質な操縦で支える。 出力バイパスを幾つかつなぎ替える操作を行うと、いささか飛行姿勢が安定した。 そのままインパルスの向かった方向へと機体を流していくが、火器の管制が不調だ。 「この損傷では――シン、手助けはできないぞ!」 敵の指揮官機だろう。マゼンタの機体は自機を囮として、セイバーをウィンダムの 陣形に誘い込んだのだ。先陣切っての見事な采配が、セイバーに痛撃を与えていた。 "スティレット"。投擲ミサイルとでも言うべきか。斬り合いの最中に投げつけられた 短刀型の爆弾は、防いだシールドを貫通後、内部で爆発して右腕をもぎ取った。 MSのPS装甲相手を意識したユニークな武器には、見習うところがある。 「なんにせよ、アドバイスくらいしか出来ることがないな――少し疲れた」 『ブリッジよりセイバーへ、単独での帰還はかないますか?』 「ああ。敵は撤退した――シンの向かった方と逆にね。ガイアは手の込んだ囮かもな」 アスランは戦術画面に目を通す。インパルスは激しい巴戦を行っているようだった。 「やれやれ、相手はガイアなんだから、適当にあしらえば良い物を――!」 FインパルスとガイアはセカンドステージMSという一点だけが共通点だ。 その性能も目的も、互いを叩きあうようには出来ていない。ステージを間違えた 俳優を見たような、歯がゆい思いにアスランはとらわれていた。
23/ インパルスと通信がつながる。 「ガイアを相手にするな。拠点の位置が分かればいい、シン!」 『アスラン――!? 何ですか?』 荒い息づかいのシンが、叫ぶ。 「敵はすぐに撤退を始める。お前の仕事は偵察に映った。高度を上げて、それで ガイアをやり過ごせばいい! 映像を送れ」 『拠点は発見しましたよ、――くそ! 撃ってきやがった』 「退け、シン――! 後は後続で何とかする」 そしてインパルスから荒い画像が送られてきた時、アスランははっとした。 叫ぶ――。 「シン、撃つな――!」 ――インド洋 前線基地 「ガイア娘が前へ。ウィンダム1、ジョーンズ機大破――畜生! ○×野郎が。 カードの負け分を返してもらってないぞ」 仮設の指揮所で、オペレーターがスラング混じりの報告を上げた。 「ああ、少佐、民間人の避難は完了しているのだね?」 「サー。今、基地内にいるのは制服だけですよ、ベイリン中佐――。……そうだ、 爆発物は片づけておけ。何だ――馬鹿野郎、モビルスーツは二分で来るぞ!」 そうか、と胸をなでおろすベイリン中佐に、横合いからコーヒーが差し出された。 「ドウゾ、シレイカンサン」 「ああどうも……」 受け取ったベイリンが固まる。 「ドウシマシタ?」 状況を理解していない風で、褐色の肌をした少女がお盆を手に立っていた。 指揮所沈黙。 「ああもう、どうしてアルバイトの民間人に軍服を着せてるんですか中佐は。 曹長! この娘と、それから司令官殿をシェルターにお連れしろ」 がっしりと両脇を固めた曹長に、ベイリンは講義の声を上げるが、 「ああ――? 構わん、防衛戦には役に立たず、土木工事専門業者の御方だ!」 と少佐から鶴の一声を受けた、2m超の曹長に引きずられていく。 「馬鹿者、上官を役立たずとは何事か。後で軍法会議だ、覚えていろ――!」 「ええ、ええ。覚えておきますとも。精々有能な弁護士をつけて下さい。 ……期待してますよ中佐」
24/ 「さて、ウィンダム隊は……抜かれたか?」 「大破5、パイロットの脱出は1を確認です」 「……そうか」 「中佐を逃がしましたね、少佐?」 ベイリンの声が聞こえなくなった辺りで、オペレーターが聞いた。 「――ポーカーが弱い癖に払いが良くてな、ずいぶんと稼がせて貰ったもんだ」 冗談めかして言うと、指揮所が微かな笑いに包まれた。 「ガイア娘が突破されました――いや、コレは撤退かよ? 畜生――! やっぱりファントムペインの連中なんて、玉無しと売女ばっかりですよ、少佐」 「落ち着け。砲台の出来は? 五割か……意外と動いたな。歩兵は表に出るな。 無駄死ぬ! ……降伏するにしても、ひと当てしなけりゃ裁判か、糞」 相手が基地を無力化為てくれるだけで満足するというのも、賭けだった。 「敵MS来ました――こりゃガンダム・タイプですよ中佐!」 「人は残ってないな? よし。砲台動かせ」 「アイアイ。サー」 低空を飛行してきたシンは、砲台から襲い来る機関砲を浴びた。 「映像送りますよ、アスラン! ちっ……インパルスを地上に」 80tの巨体が地面を揺らす。その白と蒼のPS装甲を砲弾が舐め、火花を散らした。 『シン、撃つな――!』 「相手が撃ってきたんです――!」 シンは防御を装甲に任せ、軽く操縦桿を振った。マーカーを砲台似合わせてトリガー。 マイウス社製20mmCIWSの機銃弾とビームライフルが、砲台を次々と無力化してゆく。 炎上する建物から、人影が出てきた。連合の制服と、あれは民間人――? 「くそ、基地に民間人を閉じ込めてたってのか――!」 『下がれと言っただろう。シン!』 「指示を出してるところは――あそこだな!」 アンテナの突き出たコンクリート造りの建物に、ライフルを向ける。一撃、 熱で溶解したアンテナがひしゃげて地面に突き刺さり、形が崩れた。 「ハァッ――ハァッ――!」 『シン、お前は――!』 いつしか、静かになった前線基地の周囲から、まばらながら人が集まり始めた。 「え……あの服は民間人? 逃げてないのか」
25/ カンッ! 「え……?」 装甲に響いた異音を、シンは冗談のように聞く。 インパルスの周囲に集う地元民の投げた石が、装甲を軽く叩いた。 その目は怒りに燃えている。 怒りは――インパルスに向いていた。 「ど……どうしてだよ?」 出て行けって、言ってるのか――? 彼らの言葉は分からないが、言っていることだけは分かった。 『分からないのか、シン。地球の人間にとってコーディネーターは敵なんだ。 辛うじてそうじゃなかった国が、オーブなんだよ……』 「アスラン――」 『ここの始末は後続の部隊に任せて……戻ってこい』 基地の司令所跡に白旗が揚がる。やがて、アスランからの通信が途絶えた。
26/ ――ミネルバ 格納庫 「歯を食いしばれ」 頬を打たれた衝撃に、シンの視界が大きく揺らいだ。 「……殴りたいのなら別に構いませんけどね、別に俺は。うっ!」 もう一撃、舌の上に鉄の味が広がった。口の端から血が滴る。 「食いしばれと言っただろう」 右手を打ち下ろした体勢で、アスランは冷たく言い放った。 「俺は、間違ったことをしてませんよ。敵の基地を潰して――」 「勘違いするなシン。命令違反を怒っているだけだ」 「ザフトは地球の敵だけど、あそこにいた人たちは、基地を潰したおかげで 助かったんだ――! ぐっ!」 アスランの拳は予想外に重い。三度打たれて、ぐらつくシンは膝を突いた。 「戦争はヒーローごっこじゃない。お前が、ザフトが戦っているのはプラントの為だ。 助けただと――? 建設中の基地に民間作業員が居る可能性を考えなかったのか!?」 「敵は撃ってきたんです――!」 「お前には退く選択肢と、その力があった。そして俺は退却を命令したんだ」 「……」 「戦闘機録は見た。ウィンダムを一機、見逃したな? ……別になじっている訳じゃ ないから、そんな顔をするな、シン」 「ええ、殺せとは命令されて、ませんでしたから」 アスランは一つ頷いた。 「構わない。シンは、全部を壊す力が欲しかったわけじゃ無いんだろう?」 勿論だ――! 心がそう思っても、シンは何も言えないでいる。 「ザフトレッドなら、力と共に自覚を持つんだ。そうすれば、本当に守りたい物を 見定めて、守る事の出来る力になる」 アスランは背を向けた。 「シン……」 「……くそっ!」 シンは、背中にかけられたルナマリアの手を払い、近づくレイの気配から逃げるように シャワー室へ駆け込むと、殴られた顎の痛みに顔をしかめながら壁を殴った。 二回、三回、四回。凹ませた壁に血の跡が付く。 「くそ、くそ……くそぉ――!」 流れる水で血の跡と全身を洗い流しながら、シンはその場にへたり込んだ。
27/ ウィンダムの操縦席に収まるネオは、戦場から離れて空母J.P.ジョーンズへの 帰途にあった。 「ふむ……」 仮面の奧の目は、テキストデータで流れるダメージレポートを読んでいる。 「スティング、ステラは無事。こっちの損害は……ミネルバの戦力を読み違えたか、 指揮官失格だな!」 編隊機を数え、自分の采配を忌々しげに振り返った。最後、セイバーに一矢を 報いてはいたが、それは戦闘レベルの話だ。 「しかし、部隊の隠蔽は上手くいっていたはず――どうしてミネルバが急に 警戒を始めたんだ?」 部隊の影が見えていたわけではないだろう。ミネルバが索敵のためにはなった 電磁パルスは、ファントムペインから為れば明後日の方向に向けられていた。 「まさか……何かの介入か?」 『大佐、ロアノーク大佐。歌が聞こえます!』 「何だと?」 公開周波数に通信装置を合わせる。聞き覚えのある声がラジオ電波で流れていた。 「なんだこの歌は……ラクス=クライン?」 何処から、と探すネオ。部下のウィンダムが上空をライフルで指した。 『大佐――上空に! なんてこった。コレは幻じゃあ無いですよね、"亡霊"が、 黒いムラサメが居ます!』 まさか――! 遙か高空から、撤退するウィンダムを見下ろすがごとくに、黒いMAが飛行していた。 空で歌う、太平洋の亡霊。何をするでもなく、ただウィンダムを見ている可変MSは、 その存在だけで編隊に混乱を巻き起こした。 「歌を流して。なんの……つもりだ?」 『大佐、コイツは襲ってこないんですか?』 「そのつもりなら、とうにやっているさ」 襲われても抵抗する戦力が残っていないことだし、楽観的な意見を出しておいた。 やれやれだ。こんな所で"亡霊"のお出ましとは――。
28/ 「と言うことは先の奇襲失敗は、お前の差し金か、黒いムラサメ君!」 『……』 通信が届いたかどうかも分からない。 「歌は録音しているか? ……何らかのウィルスが混じった疑いもある。気をつけろ」 『"亡霊"が行きます……』 それどころか、本当にそこにいるのかも分からない黒のムラサメは、 "何をしようとも関係がない"とでも言うように、翼を翻して反転した。 薄く飛行機雲が空を切り裂いて行く。 『追跡を……』 「無駄だ、それよりも……歌を聴いていようじゃないか」 ネオは、緊張を解いてシートに背をもたれた。 「くっくっくっ……ははっ!」 不意に笑みがこぼれ落ちた。 しかし、楽しげに笑うネオの眼は、ぎらつく殺気に満ちている。 「貸しが出来たな、随分と――! 追ってこいと言うならそうしてやるとも!」 そして、痛みを忘れることは出来ないのだと、刻み込んでやる――! 「地の果てまで……なあ!」 ネオは宣戦を布告する。 "幻肢痛"と"亡霊"の戦争が、此処に始まったのだった。 二十話に続く。 規制喰らって間が空きました。支援をどうもありがとうございます。 以上、投下終了です。 感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
保守上げ
「四月一日 −No.21−」 −The World− エイプリルフールの夜。もう十分ほどで日付も変わる。 昼間の騙し騙され、見抜き見抜かれの勝率は五分五分と言ったところだろう。 そんな一日はそれなりに楽しかったもののそれでも疲れたことに変わりなく、俺はルナに背を向けたまま、 テレビをぼぅっと眺めていた。 やがて。 「ねえ、シン。吊り橋効果って知ってる?」 「ん?」 ルナの問いかけに俺は生返事を返す。 「『人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識する』ってヤツよ」 「んー、なんとなく……」 やっぱり生返事のまま、頭の片隅で考えた。 確か、ドキドキするような環境にあると恋愛していると勘違いする、とかいうのだっただろうか。 「あたし達もそんな感じで始まったって思わない?」 ルナの台詞に、昔のことを思い出した。 アスランの脱走にメイリンが加担し、俺が彼らを撃墜したのが始まりと言えなくもないだろう。 吊り橋効果と言うよりは、寂しい者同士がくっついたと言った方が正確な気がする。 それでも反論するのが面倒で、適当に相槌を打っておく。 「ね、シンもそう思うでしょ? あたし達ってちょっと違うのよ。だから別れましょ?」 突然の言葉に思わず驚愕の声を上げそうになる。 が、ふと気づいた。今日はエイプリルフールなのだ。 だから、 「そうだな。うん、分かった」 と、あっさり返す。 ルナは少し驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。 「分かってくれて嬉しいわ。じゃ、残りの荷物はそのうちに引き取りに来るから」 そう言いながら玄関へと向かう。 どこに隠してあったのか大きなスーツケースを出してきて、部屋を出て行った。 玄関のドアが閉じ、俺は少し待った。 ここで飛び出したりしたら、にんまり笑顔のルナに後々までからかわれる羽目になる。 もう一分くらいすれば、ルナの方が少し拗ねた顔で戻ってくるだろう。 だが、ルナは戻ってこない。 念のためあとニ分待ってみたが、やはり帰ってはこない。 しかし俺はその場を動こうとはしなかった。 俺とルナはさっきルナが言った通り、そして俺が思った通り、なんとなくなし崩しに始まった関係だった。 それなら、終わるのがなし崩しなのも悪くない。 俺がルナに惚れているのも、ルナが俺を想ってくれるのも、そのどちらもが真物ならば、俺たちはまた始まる筈だ。 だけど、それは今日じゃない。 今日は「エイプリル・フール」だから。
「四月一日」の最終回になります。 カードNo.21 は「世界」です。正位置で目標達成,次のステップのはじまり という意味があるそうです。 サブタイトルの「The World」は、決して某DI○様のスタンドではありません。 長らくのお付き合いをありがとうございました。 読んでくださったすべての方、そしてとめさんに感謝を。
>>河弥さん 投下乙です。そしてシリーズお疲れ様でした-。
>SEED氏 虜囚の身に落ちた上、盾にされ、更に嫌われるカニがいと哀れw 何気に弱かったことがバレつつあるアスランに未来はあるのか? >河弥氏 シリーズ完結乙。 どの話も甲乙つけ難いが、自分は前回の「Carelessness, Regret and」と 「Twinkle Twinkle Little Star」、「Next Time, Please」が良い。 >ROM諸氏 某スレより転載 >喜んでくれる人間がいるという事が、書く原動力に大きくプラスになるからな >書いても無反応ってのは、叩かれるより痛いぞ ってことらしいんで、たまには1行でも書いてみては?
>45氏 AA組の行動が本編よりも読めない分、不気味で楽しみです >河弥氏 完結お疲れさまです 色々なパターンを短編に纏めるのは大変だったと思います 長編の続きもお待ちしてます
あえて突っ込んでみる。 >>河弥氏 伏せ字の意味ないw
1/ オーブ、黄昏に包まれるオノロゴ島の代表首長府が一室に、金髪も豪華な少女と、 青みがかった黒髪の青年が向かい合っていた。 カガリとユウナである。 年若い彼らは社会的には夫婦と見なされている。しかし、テーブルを挟んで話し合う 様子は禅問答さながらであった。 夫婦二人の険悪な時間を過ごしている、という訳でもない。 二人の背後には、柔和な笑みを浮かべた藤色のスーツ姿の美女=カガリの側近と、 能面を貼り付けた中年男=ユウナの秘書が静かに控えていた。 カガリがカガリ=ユラ=セイランとなって以来、議会でも代表首長府でも、彼女を 飛ばしてユウナに物事が伝わる様になってしまったので、お飾りに甘んじる性格ならば それも楽でよいが、はた迷惑な程の勤勉さを発揮していたカガリであるので、 「派兵は仕方がない、がしかし派遣艦隊を戦場にはなるべく出したくない。 君が言いたいのはつまり、そう言うこと?」 「そうだ――」 という感じに、今度はユウナから色々と聞きだそうとしているのだった。 「しっかしまあ、それを僕に相談する――」 彼らは表向き夫婦ではある。 同時に裏返せば政敵である。 そんなカガリがユウナを情報源にしようというのは―― 「代表のお人好しを知る僕ですら、茨の道だと直感できるね本当」 聞こえるように独りごちる、ユウナであった。 「何か言ったか?」 何も、と言って誤魔化す。 結婚前よりもごまかしの増えたな、と自重の笑みを漏らした。 笑ってばかりもいられない。 彼女は茨の道を通り抜けようと言うだけでなく、ユウナの手も引いているのだ。 「カガリがそんなことを言ってもね、連合との同盟は国益を重んずるが故だよ。 地球連合には勝って貰わなければ……」 「わがままだとは分かっている――しかし、戦争で栄える国にオーブをしたくない」 「……」 「オーブが派兵で被る出費、軍への被害と天秤に掛けてみてくれ」 「ふむ……」 ユウナが幾らかでたらめを並べて派兵の利を上げてみると、カガリの背後からそっと、 側近のシズル=ヴィオーラが進み出て耳打ちした。 カガリが形の良い眉をひそめる。
2 「……ユウナ、オーブ軍の損耗を度外視しないとその計算は出来ないだろう?」 「ああ、ゴメンゴメン。引き算を少し間違えたんだよ」 顔で笑って心で舌打ち――去年ならこれでだませていたのに、と思う。 「ともかく」カガリは咳払いを一つ挟んだ。 「これから議会で、"オーブ派兵反対"だなんて事を言ってユウナやウナトを困らせる つもりは無いから話を聞いてくれ」 「つまり、他の事を言って困らせてくれるわけだね、カガリ」 この切り返しには、カガリも釈然としない物を感じたようだが、彼にしてみれば "言うことを聞かなければだだをこねるぞ"という脅しなのは変わらない。 「ユウナ、少し考えたんだが――」 「誰が?」 「――私がだ! いいか、オーブから兵を出しつつ、派遣艦隊を危機に落とさない 方法としてだ。まずは艦隊の分散を認めないこととする」 「うん、とってもいやな予感が為てきたよ僕は」 頭痛のしてきそうなユウナに、カガリは構うこともない。 「次にだ。オーブ艦隊の旗艦タケミカヅチに「私とお前が乗り込む」――って、 どうして分かったんだユウナ!?」 「うーん。これが夫婦の絆ってやつ?」 「ユウナと思考レベルが同じだなんて――!」 異口同音を放ったユウナは底意地の悪い笑みを見せたが、 カガリは大仰な動作で頭に手を当てて嘆いた。 「同じ思考レベル? それは違うよ、カガリが読みやすいだけだよ」 「うるさい!」 「非道な言論封殺に、僕は粛々と抗議の声を上げる次第です――」 「う――! オホン。ユウナ=ロマ=セイラン君、意見をどうぞ」 ユウナの悪戯めいたからかいに動じることなく、カガリはテンションを合わせた。 大分慣れてきたな、と内心でカガリの成長を喜びつつ、頭の中で文句をひねる。 カガリの背後では側近が笑いをかみ殺していた。 ユウナの秘書は、いつもの能面だろう。。
3/ 「艦隊の分散を認めないってのは間違ってないね。命令系統ごとばらされた艦隊を、 囮なりなんなりと良いように囮で使われるわけにも行かない。逆に言うと基本過ぎる」 「……うん」 「どうやってその案を通すかってのは置いておくけど、問題として――君、 誰に艦隊指揮を執ってもらうつもりだったの?」 暫し考え込み、オーブ海軍の現第一艦隊司令の名を挙げたカガリに、ユウナは 「却下」 と短く告げた。 「元からサハクの子飼いだったけど、二年前のオノロゴ戦で部下を亡くして以来、 ばりばりの反アスハだよ?」 ユウナは兎も角、カガリの安全が保証できない、と告げる。 「そ……そうなのか? 以前会ったときはそんな気配を見せなかったが」 「上司のご機嫌伺いは得意な男さ。艦隊運用の達人でもあるけどね」 不安げなカガリが背後を伺うと、藤色のスーツを纏ったシズルが無言で肯く。 「それでどうすればいい?」 「……僕に聞くのかい? 他に将官のあては?」 「無いから聞いてるんだ。……他に、相談できる相手がいないんだ――」 なんとまあ、陳腐な殺し文句が出たものだ。 まさか女性からこんな台詞を聞くとは思っても見なかったユウナは、この時、 本気で迷っていた。 後ろで控えているシズルの存在を考えても、彼の舌先三寸次第で、 妻の思い通りにする事も出来るし、思いとどまらせることも出来る。 カガリ一人だけ艦隊に出張させて、そのまま太平洋に沈んで貰う事も――出来る。 「――オノロゴ戦で、逃げ遅れた民間人の救出に当たった者が居たな。 沖の第一艦隊に補給を行った、輸送艦隊の指揮官だった」 「トダカ一佐です」 ユウナが首をひねる前に、背後の秘書が名前を答える。オノロゴの大敗北を慰める、 数少ない美談であったためにユウナの記憶にその人物があったのだ。 何が美談なものか、とユウナは思う。戦場から民間人を避難させる前に戦端を開いて しまったという、オーブ最大の恥でしかないというのに。
4/ 「そう、トダカ……彼は少将じゃなかったかい?」 そんな嘲笑はおくびにも出さずに聞くと、秘書は能面を貼り付けたまま答えた。 「戦後に一佐に戻されました」 「野戦任官か――」 上官が戦死したか、あるいは給料を下げるために平時は佐官扱いなのだろう。 どちらにしても、戦場の端っこで輸送艦隊を接岸、民間人の救出、離脱と、 単純な艦隊戦よりは難しいことをやってのける腕はあるわけだ。 「……彼を昇進させて艦隊司令にするのか?」 「それが良いかなと思うけど、知ってるのかいカガリ?」 「私が帰国したときに少し話しただけだが。何故かミネルバの事を気にしていたな」 「ふぅん……」 現役の司令官をそのまま連れてくることしか考えなかったらしい。 しかしミネルバの事を――? コーディネイターに親戚でもいるのか。 「ま、アスハ派じゃないにしても、少なくとも君を嫌っていることはないだろうね」 この件とは別に、身辺を調べさせることにユウナは決定した。 「どうして分かる?」 「君があそこにいた理由と同じ。あの負け戦で、オノロゴに引っ付いていたからさ」 窓の外が赤みを失くして、オノロゴはひっそりと夜の空気に覆われていく。 「さてと、それじゃあ行こうかカガリ」 ユウナは、秘書と目配せをして重い腰を上げる。 「――何処にだ」 つられて立ち上がりながら、カガリの頭上には"?"が浮かんでいた。 「ネ・マ・ワ・シ。もしかして君、明後日の議会で直接言うつもりだったの? ……そうだったんだろうねぇ。"わたしのかんがえたいいあいであ"位にしか 受け取ってもらえないよ、それじゃあ」 「た、ため息をつくな! 分かった、有力氏族との会合に行くんだな?」 「そう。これから十回は、親父たちとごはん食べなきゃいけないだろうけど」 「うぅ……一日何食になるんだ」 「大抵のわだかまりは、一緒にご飯を食べてる内に解決するのさ」 僕と君には、わだかまりがちょっと多いってことだけど――と言ってしまうのは、 今のカガリには酷かも知れないので黙っておく。
5/5 「まずはウナトが相手だな? ……準備する」 「ああ、ドレスでね。それから今回はちゃんと僕のうしろを歩いてくれよ?」 関係ないだろ、という顔をするカガリに、大いに関係があるんだよ、と見つめ返す。 「僕の意見に君が同調してるって雰囲気を出してくれよ、お願いだから。 その逆よりは遙かに良いって分かるだろう?」 「……了解した。せいぜい夫をたてるさ」 と言ったカガリは、即座に部屋を飛び出して、ドアを後ろ手に閉めた。立てつけの良い 木製のドアは音こそ立てないが、乱暴な風をユウナに感じさせる。 「……僕も出るんだけどな」 取り残されたユウナは、そっとひとりごちた。上着を手にした秘書が背後に立つ。 「ユウナ様、本気ですか?」 「何が?」 「"カガリ様とユウナ様が同行すれば、連合軍もオーブ艦隊を危機にはさらせまい"と、 本気で信じておられるのではないでしょう?」 「全く……乙女の幻想だよねえ?」 「では、何故? トダカ一佐であればむしろ、艦隊を犠牲にカガリ様をお守りするでしょう」 鋼のような能面がかすかに歪んでいるところに、ユウナは秘書の心配の深さを読んだ。 「彼女は幻想を幻想と知らなきゃ行けない」 「カガリ様に恨まれる覚悟がおありですか?」 「彼女は僕を恨むだろう……だけど恨めばそれだけ、彼女は強くなる。 オーブに必要なのは正しいセイランじゃなくて、強いアスハだと思うんだよ」 「ユウナ様が死ぬかもしれません――」 「そうなれば、僕はカガリに恨まれなくて済むよね?」 強いアスハ、か――僕も毒されたものだ。 「ねえ、僕らって結構似合いの夫婦に見えないかな? 未だに寝室から追い出されるけど」 「……」 独身の秘書を黙らせながら、ユウナは窓を開けた。夜の風に顔を撫でさせながら、 自分こそが幻想に浸っているのだと実感している。 夜に見る幻想は夢でしかないのだろう、しかしユウナにとっては幸せな夢なのだ。 幻想の名前は、"オーブの獅子"と言う。 SEED『†』 第二十話 黄昏の谷に先駆ける――
6/ ――カーペンタリア基地 某所 「ちぃーーーっす。何スか、議長?」 客室。ドアを開けた金髪の赤服はハイネ=ヴェステンフルスだ。 「やあ、ハイネ=ヴェステンフルス。相変わらず元気そうで安心したよ」 ソファー。歓迎する黒い長は、プラント議長ギルバート=デュランダルである。 「元気は元気っすよ、たかが大気圏を突破しただけですから。――おお、すいませんね、 普段からこんな感じで。議長の前でパイロットスーツまんまですし」 パイロットスーツ、指さす胸にFAITHの勲章が輝いている。 「気にしなくとも良いさ、私は気にしていないよ」 「急に呼び出しが来たもので――省略すればQYKですよ」 「……なんだねそれは?」 怪訝な顔の議長。椅子を勧めると、ハイネは腰を下ろして即座に力を抜いた。 「Zaft Armed Keeper of Unityでザクとか、GUNDAMとかと同じです」 「そうか」 ハイネの個人的な流行と理解したのは、正しい。 「呼び出したのは他でもない、君に新型と任務を預けたいのだが――」 「おっと、新型ですか? 最近はSaviourとかImpulseとかなんで、よもやまた 変なノリの略称のMSじゃあないでしょうけど」 「……」 無言の内に肯定する、ハイネのいやな予感を。 「……またですか?」 「すまない……止めようとはしたのだが」 「議長のせいじゃないっすよ。名前は後で聞きます。それで任務ってのは?」 デュランダルの責任感に、ハイネは話題を変えた。 「ああ、先ずはコレを見てくれたまえ」 白亜の戦艦と、黒い戦闘機のスライドが表示された。 「アークエンジェルと、隣はムラサメですね。黒い塗装は初めて見ましたが、 背景はこれ、オーブじゃないでしょう?」 「流石だ」 デュランダルは賞賛する。 「これらは共に、太平洋で展開中のザフトによって、偶然に撮影された物だ」 「――太平洋の亡霊」 「うむ。そしてこの写真と共に記録されたのが、次の映像だ」 続くスライドに映されたのは、青空の下を飛ぶ深緑の怪鳥だった。
7/ 「……カオス――!」 ハイネが無意識に、拳を握りしめた。デュランダルが肯く。 「君が地球の重力に落とした機体だ。アーモリー・ワンから強奪されたこの機体を 運用しているのは、地球軍第十七独立機動群"ファントムペイン"」 「――"ファントムペイン"」 「そう、"太平洋の亡霊"は"ファントムペイン"を執拗に追跡している。まるで何かを 伝えようとするように、この歌を流しながらね――目的は不明だ」 流れ出す音楽――少女の声が静かな歌をさえずっていた。 「ラクス=クラインに似てますね。今の彼女はもっと派手に歌うでしょうが」 「声紋鑑定では別人と結果が出ている」 「へえ」と、興味なさげなハイネ。 「それで、俺には"ファントム"と"ゴースト"を追えという事ですか?」 「いいや、まずはミネルバに合流して欲しい」 「ミネルバに? アスラン=ザラがセイバーに乗ってるでしょう。それで十分では?」 「ほう、彼と知り合いかね?」 「アプリリウスで少し。一緒に飲みました」 「ならば話は早い。つい先日、ザフトが"亡霊"および"ファントムペイン"と接触した。 正確には、ミネルバに対してファントムペインが奇襲を掛けた前後に、"亡霊"が現れた のだがね」 「奇襲の前後に?」 「うむ」デュランダルは含みを持たせて肯定する。 「報告によれば、"亡霊"はミネルバのセンサーに一瞬だけ姿を現した。ミネルバは対応して 警戒網を強化、奇襲寸前の"ファントムペイン"を捉え、結果として防御に成功したとある。 そしてファントムペインの撤退後、先の写真が記録されたのだよ」 「……」 憮然と、何かを考え込む様子のハイネだ。 「僅か三秒間、レーダーに映るだけで双方の勝敗を逆転させたとも考えられるね」 「アスランとセイバーが居るなら、結果は大して変わらんでしょう」 「ミネルバもザフト本部にそう報告している。本部はグラディス艦長の強がりと 受け取ったらしいが、君が言うのならばそうなのだろうね」 デュランダルは、これで買いかぶっているつもりはない。 「改めて命令しよう、ハイネ=ヴェステンフルス。FAITHとしての全権限を利用して、 "太平洋の亡霊"を追ってくれたまえ。ファントムペインと"亡霊"は共に、ミネルバの後を 追って紅海を北上している」 「……了解しました。"亡霊"を追ってミネルバに合流します」 立ち上がり、ハイネは敬礼と復唱で議長に応えた。
9/9 ――その会話が、十五時間前の事だ。 「くそっ! アスランも俺も、妙な敵に巻き込まれちまったな――」 太平洋上を西進する新型機"グフ"の操縦席で、ハイネは猛烈にわき上がる いやな予感にもだえていた。 機種転換訓練も受けていない新型機に、ありったけのバッテリーを背負わせて、 カーペンタリアを飛び立ってからはや三時間。左手にはオーストラリア大陸が見える。 そこまで離れ、フライトレコーダーを切って、ようやく安全に毒づく事が出来る。 声紋鑑定で"今の"ラクス=クラインと違うだと――? 「てことは、アークエンジェルに"本物の"ラクス=クラインが乗ってるじゃねえか!」 ハイネは趣味の一環として歌手活動も行っている。 その感性が、デュランダルに聞かされた歌声こそ、機械で鑑定するまでもなく、 かつての"ラクス=クライン"の歌声そのものだと告げていたのだ。 「俺が"アークエンジェル"の行方を突き止めたなら、どうなる?」 もしも、その時ミネルバに乗っていたなら? プラントの偶像は、二人も必要ない。 いまだ不確定要素に過ぎない、アークエンジェルは邪魔でしかない。 「……当然、ミネルバには、アークエンジェルの破壊命令が下るな」 陰謀論者でもないハイネだが、危機感は深く静かに凝り固まっていった。 深入りせず、命令を遂行せよ――碌な事にならないと、軍人の本能が警告を発する。 FAITH勲章が今日ほど煩わしい日も無かった。 「先に戦争の決着が着いちまえばいいんだが……そうでなけりゃあ――」 ハイネは、割り切る。FAITHの男は、迷いを捨てて生き延びてきたのだ。 「――"天使"を落とす時には、恨むなよ? アスラン」
以上、投下終了です。 キラが全然出てませんけどどうせシン主人公だから……あれ、シンも出てない? 感想、ご指摘は自由にどうぞ。 それでは。
ミス一つ。 8/ はありません。
>>45 氏
ユウナ、ハイネのキャラがいいですね!
AA組の動向が気になるところです。
>45氏 投下乙です カガリも結局オーブ艦隊側でダーダネルスへか 悲劇は避けられそうになさそうだが ユウナ先生に脂肪フラグ きのこれるか?続き楽しみです
>317 >脂肪フラグ でぶキラならぬでぶユウナを想像して笑えた 雑談すまん
>>318 数ヶ月後、そこには墜落するグフを脂肪で跳ね返すユウナ先生の姿が!
なるほど 脂肪フラグとは遠まわしな生存フラグなのだな
>>河弥氏 Un'expected Guest が個人的に一番です、 ヨウランとヴィーノ登場に吹きつつ、どこかシンの優勝を願った自分が居ます。
投下しまーす。 多分8レスか9レスです。
9/ 中東。 かつて南北に流れた河は、そこが礫砂漠と化してもなお、水の流れに深い渓谷を残し、 連合の支配地域を行くミネルバは人目をさけ、大地のくぼみを縫うように通過していた。 巨艦の起こす振動に不動の大地さえも揺れ、断崖を転げ落ちた岩塊が白亜の艦体に 当たって砕けた。知恵の女神を名乗る戦艦は、場違いなほどに異様なMAを、その艦首に 貼り付けている。 夕刻にさしかかる空は、西側から赤のグラデーションに化粧されつつあった。 ――ミネルバ ブリッジ 「進路はグリーン? 艦を谷に当てないように気をつけてくれよ」 アーサーは嫌な予感に胸を押さえている。 数ヶ月前、ボギーワンを追うミネルバは、デブリベルトで大損害を被った。 罠に懸かったのは、丁度こういった景色だった。 「思い出しますか? 不吉な予想はよしましょうよ、副長――」 「はいはい、どうせ連合軍に察知されて襲撃されたら、私のせいですよ」 冗談めかして、アーサー。ミネルバ最底辺のナンバー2は「冗談で済めば良いな」と、 とことん状況を悲観していた。 ミネルバがこのような危険な地形を飛行しているのは、当然訳があった。 ペルシャ湾北のマハムール基地で受けた命令は、ユーラシア西側の連合軍ガルナハン 基地攻略への参加だった。 タリアが問題としたのは、基地の攻略ではない。 その前段階、ガルナハンに至る道のりの険しさである。 「ガルナハンに至るザグロス山脈を抜けるのは、ミネルバにとって危険です」 1000mから2000m級の峻厳な、しかも連合の支配する地域を突破せねばならない。 当然の心配をするタリアに、マハムール基地の司令官ヨアヒム=ラドルは、 「ガルナハンを支配下におき、スエズの連合軍をユーラシアから孤立させることが先決である」 と、言い張った。 独力での攻略が困難――不可能だと認める、高圧的な敗北宣言である。 「ミネルバにこんなトンネル工事をさせようだなんて、どこの狸が考えた作戦かしらね」 ガルナハンに何かあると踏んだタリアは、艦長室でアスランと作戦を練っている。 既にガルナハンの部隊とも連絡を取り、現地住民との連携も考えているという。
10/ 「我々を使い潰すつもりか、ザフトの地上軍は……」 艦長の居ないブリッジで、アーサーはミネルバの立場を考えた。 ミネルバに無理を強いるザフト地上軍の意図は分かりやすい。 "規格化された"地上のザフト部隊に対して、ミネルバは余りにも異質過ぎたのだ。 地上軍の気分の問題ではない。 インパルスシステムを備えた宇宙戦艦ミネルバを戦力として維持する補給は、 その特殊性故に、確かに地上軍の台所事情を圧迫する事だろう。 「インパルスシステムは、言うなればファッションだからなあ」 平時だから許された高級志向のシステム。本来なら、技術的成果だけが現場へ フィードバックされるはずだった"使われないはずの高性能"。開戦した現在、 上層部が高価な一張羅を脱がせ、廉価の制服を着せたい気持ちも分かる。 「だからこそ、ミネルバは高いコストパフォーマンスをアピールする必要があって、 つまりこんな所を飛んでるわけだ……はぁ」 辛気くさいため息をつく副長に、クルーが"なんとかせねば"と危機感を抱いた。 彼らが好きなのは、あくまで地面にのの字を描く『弱っちいアーサー』であって、 けっして深刻な考えにふける『真剣な副長殿』なんかでは無い。 「副長、それよりはクイズでも如何です?」 繊細に舵を切りながら、マリクは朗らかに声を上げる。 「最近はクイズに凝ってるのか――どうぞ」 「それででは……言いますよ?」 ブリッジの雰囲気も操りたい従順なるムードメーカ−にして、冷静と情熱の 操舵手――数多の趣味に走っては飽きる――は、一息に謎かけを出す。 クイズです。 日本神話の神様、イザナギとイザナミの離縁の原因は、次の内どれでしょう。 A,プライバシーの侵害。 B,イザナミの浪費癖。 c,イザナギの浮気。 ヒント、イザナギは、黄泉の国(あの世)の入り口を岩でふさいでしまいました。 「どうです、副長?」 「うーん、bかな。神様が贅沢を始めると凄そうだ」 メイリンがじろりと睨んだので慌てて、 「女性が、じゃなくて神様が、一般論だよ」 と付け加える。
11/ 「そういうメイリンは――どうせcなんだろうね」 「どうせ、とは何ですか! ……でもCです。ニホンの神様って人間っぽいって 聞きますもん。きっとイザナミが裏切られたんだわ」 「俺もCっす」 ブリッジに咲く紅一点たるオペレイターに、チェン=ジェン=イーが同意した。 「男たるもの、たくさんの標的を狙い撃たずには居られないっす」 極端に積極的な――トリガーハッピーの――火器管制官は、主砲の使えない鬱憤 混じりに鼻息を荒く説明、メイリンが小さく「うぇ――」と不快感を表した。 「私は、Aだと思う。夫婦の間といえど、秘密はあるだろう」 聞かれるまでもなく応えたのは、バート=ハイム。 「恐らく、どちらかが相手の携帯電話を盗聴したり、端末をクラッキングしてメールを 盗み見たのだろう」 「――だから神話の話だって。全くバートさんは……」 距離感を愛する索敵手――離婚歴有り――は、体験談の様に語った。呆れるマリクは、 メイリンに次いで若いブリッジクルーだ。 「待機中のパイロット諸君はどう思う?」 回線を繋いで、マリクは聞いた。 ――ミネルバ格納庫 「A――かな? 覗こうとした訳じゃないのに見ちゃったら、滅茶苦茶怒ったし」 コアスプレンダーに乗るシン=アスカ。羽ばたく烏の黒髪と、燃え上がる炎の紅瞳。 戦禍のオーブから戦後のプラントに移住、ザフトレッドになった奇妙な経歴を持つ。 「怒られた。誰にだ……?」 「……」 「言いたくない、か。まあいいだろう」 慣れないプラントで努力に努力を重ね、三種の武装を持つインパルスの使い手となった。 環境に適応する努力の少年は"怒ったのは誰か"を言わず、少女趣味な桃色の携帯電話を いじっていた。
12/ 「私はBね。メイリンも結婚したら気をつけなさい」 『どうして名指しなの、お姉ちゃん!』 スラッシュザクに収まるルナマリア=ホーク。軍服と同じ赤の短髪とアメジストの瞳。 プラントの軍人一家の生まれで、当然の様にアカデミーに入り、当然の様に赤服を着る。 「どうしてって……一般論よ?」 『何、それ。意味が分かんない。』 アカデミーにおいて、歴代ザフトレットでも最高クラスのMS操縦技量を発揮した直後、 ぶっちぎりで歴代最低の射撃成績を残し、教官連中の拍手とため息を一身に浴びた少女は、 いつでもシンやメイリンを相手に姉貴風を吹かせ、いつでもミニスカートである。 「答えは知らないが"分かる"。だから言わない」 『またレイはそんな事を――』 ガナーザクの中から応えるレイ=ザ=バレル。流れる金糸の長髪と深い空の碧眼。 施設暮らしから、"さる高官"の後押しを受けアカデミーに。期待に応えて赤服をまとう。 「じゃあ教えろよレイ!」 「そうよ、独り占めはずるいわ」 "全て平均以上"のオールラウンダー。シン、ルナマリアの強烈に過ぎる個性を補佐して、 ついにはアカデミーに適う者無きトリオを結成、教官陣に涙ながらの感謝を受けたまとめ役。 今は、機体の入念なセッティングを終わらせた直後だ。 「三人で正解して、マリクからのおごりを獲得しましょうよ」 『こら、誰もそんな事は約束してないぞ"ホークアイ"!』 ルナマリアの提案に、ブリッジからマリクの抗議の声が上がる。 「じゃあ、今から約束してよ。ねぇ……オ・ネ・ガ・イ♪」 『う……仕方ないな』 「弱ぇ――! 今から食券の心配をしろよな、マリク」 ルナマリアの健啖ぶりを知るシンが、ひっそりと忠告を飛ばす。 「そんなわけで、レイに答えを教えて貰わないと、だけど?」 「考えろ。神話や物語の類型の一つだ」 にべもなく突き放してから、レイはマリクのヒントを補足した。 「……イザナギが黄泉の国のイザナミを岩で閉じ込めたのだな? 逆ではなく」 『イエス。どうやら本当に"分かる"みたいだな。レイの予想通りだろうよ』 "お手上げ"と、マリクのジェスチャーが送られた。
13/ 「どういう事なの、レイ?」 「……これがオルフェウスとエウリュディケーなら、答えは変わるが解答は分かる」 「なるほど、そう言うことね」 「ええっと……どういうことだ?」 解答の理由まで応えなければ、クイズの正解にはならない。 シンは首をひねった。 「アスランには聞かなくて良いの、マリク?」 「いいだろあの人は! ……艦長と話し合い中じゃないか、邪魔だろ、きっと」 シンが突然の反発を見せる。 「それに、きっと答えを知ってるさ。日本神話ならオーブとも関係あるしさ」 「ならばお前も知っているはずだが――シン」 「俺は国語の成績が良くなかったんだよ。……それにオーブはもう関係ない」 「……それは、アスランと同じだな」 言い含めるようなレイに、シンは沈黙で答えた。あまりない事だった。 格納庫に沈黙が降りる。気まずい雰囲気はブリッジにも伝播して、 『え……俺のせい、なのか?』 それに押しつぶされそうなマリクが、深い困惑に包まれた。 「ねえ、レイ。気にならないの?」 ルナマリアはレイのザクだけに通信を送った。 『何がだ――?』レイの返答。 「携帯電話。前はインパルスに持ち込んだりしなかったわ」 アスランに話しかけられると、急に携帯電話をいじり始めるシンを見ていた。 『訓練はちゃんとしている』 「でも実戦だと心配で――」 『――ライフルの狙いが定まらないか?』 「レイ、真面目に聞いてよ」 真顔で笑えない冗談は、レイ=ザ=バレルの悪癖だ。
14/ 『真面目に聞いている。その上で言うならば、放っておいた方が良い』 シンとて赤服だ、と追加するレイ。 「でも、まだ十五才よ――」 『お前もまだ十七で……俺も同じだ。だからこそ"成長"が解決する』 レイは何歳なのか聞いた事はない、ルナマリアと同年代と言うことになっていた。 「成長が解決する……そうかしら?」 『そうだ、アスランによってシンは今変わっているが。外からの"変化"ではなく、 内からの"成長"がシンを前に進める』 「レイはそう言う経験ってある?」 『俺は……成長する程に"死"が怖くなった。今でも怖い』 レイが"恐怖"を語るのを、ルナマリアは初めて聞いた。 『だが、暗い場所で怯えて泣いていた時、ある人に救い出された』 "死の運命に泣き叫ぶよりも、その運命の中で何かを成すといい" そう言われたのだとレイは教えてくれた。 『それ以来、死に脅える必要がなくなった。さらに"成長"したと言えるだろう。 今は、"何者でもないまま"死ぬことのないようにしている』 「そう――それでザフトレッドにまでなっちゃったわけね。レイでも怖いんだ」 『当たり前だ、シンも恐怖する事があるだろう。オーブで見たものから、シンは プラントに逃げてきた。あの携帯電話がザフトに入った原動力だと、俺は思う』 "俺はアスハに家族を奪われた"というシンの言葉。 "親を"ではなく"家族を"――ピンクの可愛らしい携帯端末は誰の形見か。 「シンがオーブで見た景色、想像がつくわ」 『運命がシンを恐れさせた。二度と同じ景色を見たくない、目を逸らしたい恐怖を、 シンは生きて怒りに成長させたのだ』 「抗えない"変化"が運命で、そこから昇華したのが"成長"?」 『その通りだ。運命を選ぶことはできないが、運命の中で自分を決めて生きる事は出来る。 今の俺ははっきりと、ザフトレッドのレイ=ザ=バレルだと名乗る』 決して"他の誰かではなく"――。 レイは、ルナマリアではない誰かに宣言するように言った。
15/ 『――シンなら時間が解決すると信じろ。それでも気になるなら、真正面から 心配してやれば良い。戦場で出来る、俺達にしかできないやり方でな』 戦場で出来るやり方――ルナマリアは心の中で反復した。 「分かったわ。それって掩護射撃するってことね」 『ルナマリアがやったら逆効果だな』 「レイ!」 フレンドリー・ショットの女王、シンは"誤射マリア"とすら呼ぶルナマリアは、 実はちょっと自分の射撃を気にしている。 『冗談だ……。生き残ればその先がある、それだけだ』 「ええ、そう……その通りね」 通信を切った。切れる直前聞こえた、『しゃべりすぎたな』の独り言は、 後悔している風では無かった。まるで照れているような、そんな声だった。 一緒に生き残る戦いが出来る――あたりまえのそんな事が、生きている 彼女らの最大の強さだった。それがある限り負けていないと確信できた。 『あー、なんか静かになったな、パイロット諸君?』 恐る恐ると、マリク。 「それじゃマリク、答え合わせをお願いするわ」 何も無かったかのような口ぶりで、ルナマリアは言った。 ――ブリッジ 渓谷のカーブに合わせて舵を傾けて、マリクが努力して明るい声を出す。 「それじゃあ、答え合わせと行こうか。答えは――」 「――CMの後だ! 渓谷の東側に熱源。距離200、数は15」 バートの悲鳴。ブリッジの視線がディスプレイに集中した。 「ええええぇぇっ! って驚いてる場合じゃないよ。コンディションレッド発令、 ブリッジ遮蔽。バルジファル、ディスパール装填。モビルスーツ隊発進急げ!」 「敵、更に増大。渓谷の影に隠れていたようです。総数十七」 「モビルスーツ隊に位置情報を転送します」 バートの目がセンサーの情報を読み、メイリンの指がコンソール上を舞うように滑る。
16/ ――格納庫 「流石、インパルスは発進準備早いわ。シン、アンタが先だから、任せたわよ!」 エレベーターの竪穴に吸い込まれるコアスプレンダーを見ながら、 ルナマリアはザクをカタパルトに寄せた。 『了解――アスランが来る前に片付けてやる!』 「そう言う張り切り方じゃなくって……ああもう!」 通信相手を切り替えて、聞く。 「ねえ、シンは大丈夫よね――?」 『信じろ――』短く、力強く、レイは言い切った。 ――ブリッジ 「全く――インド洋の時といい、また連合の襲撃か!」 この時、もしもブリッジに艦長タリアが居たならば、敵部隊の攻撃が "襲撃"ではなく"要撃"であることに気付いただろう。 「準備ができ次第発進させてくれ」 「了解、コアスプレンダー、カタパルトオールグリーン、発進準備良し」 あるいは、ブリッジが遮蔽されていなければ、タリアは通路を迂回する必要もなく、 インパルスの発進前にカタパルトの解放を少しだけ遅らせただろう。 「コアスプレンダー、発進どうぞ!」 要撃――待ち伏せは、もっとも効果の高い一撃をたたき込む為に行うからだ。 「十一時に熱源反応――! 大きいです!」バートの悲鳴。 「面舵一杯――!」アーサーの怒号。 「無理です!」マリクの絶叫。 刹那、中央カタパルトに強力なビームが飛び込んだ。 爆風に煽られて、発信直後のコアスプレンダーが体勢を崩し、辛うじて回復する。 続いて左右両舷、開きかけのカタパルトハッチ基部を砲撃がひと薙ぎ、動作中で 強度の落ちたハッチが崩壊した。 「損害は――!? インパルスは無事か!?」 「こ……コアスプレンダーは健在――」 震える声でメイリンは、シンの無事を報告し、 「――なれど全てのカタパルトが大破しました。モビルスーツ隊、発進不能……です」 次に、知恵の女神が守護者全てを閉じ込められたことを告げた。
17/ ――渓谷 「ああ、面倒くせえし体もくせえ。けどちゃあんと当たったぜ? へへっ。 何人か死にやがったかな、コーディ野郎どもは」 狭苦しい操縦席でほくそ笑むシャムス=コーザ。色つきメガネの黒人青年。 痩身をパイロットスーツに包み、吸っていたドリンクパックを放り投げる。 『シャムス――久しぶりに声を聞くわね……でもヴェルデで突っ込んじゃだめよ?』 「分かってらぁ。油断はしてねえよ。ただ、この臭っせえコクピットの恨みを晴らすだけだ」 ミネルバを待って三十時間の待機――狙撃手は忌々しく糞尿の匂いを漂わせる。 緑のPS装甲、左右に大砲を装備した砲戦型の乗機"ヴェルデバスター"は、射撃即移動の 原則に従い斜面を駆け降りた。 「先生が言ってた――相手を撃つときは、顔が見えるくらい近づきなさいって。 つまり……とどめは私の役よ――」 息を潜めた待ち伏せを終えて、殺気を放出するミューディ=ホルクロフト。エキセントリックな 化粧の白人女。"コーディ殺しは勝負下着で"のジンクスに忠誠を誓っている。 『いいよなあミューディは。着替えられて外でくそが出来て!』 「我慢してくれてありがと。おかげでクソそのもののコーディネーターを殺せるわ」 待ち伏せ前には生活スペースとトイレ用の穴を掘った。これからはコーディネーター用の 墓穴を掘る。青のPS装甲にライフルとサーベル――汎用性を追求した"ブルデュエル"は 突撃する穴掘り機械に過ぎない。最後に詰め込むものは、どちらも等しく"価値が無い"。 「シャムス、ミューディー、疲労は問題ないな?」 まともな返答は無いと知りつつ、操縦桿を握るスウェン=カル=バヤン。銀髪、筋肉質の 引き締まった長身。一人でも三人でも大して変わらぬ無口な青年は、体が発する悪臭に混じる アドレナリンの匂いを嗅いだ。 『ヒャッハア! これからコーディ人形を壊しに行くんで、ハイになってんぜ!』 『先生が言ってた。いい子はコーディネーターを殺す時に、弱音なんて吐かないって』 「……」 特に激しい感情は湧いてこない――が、この二人と組む事に何か釈然としない小隊長。 漆黒のPS装甲に包まれた重装備の"ストライクノワール"は、背負った翼の産む莫大な 推力に任せて、重力に引かれる大質量を物ともせずに飛翔した。 三機を含んだ"ファントムペイン"は総勢二十。地の理と待ち伏せで勝機を得た彼等は、 知恵の女神を地に落とすべく、白亜の戦艦へ一斉に襲い掛かった。
以上、投下終了。 なんだかサーバーにつながりにくい、です。 感想、指摘等がございましたらご自由にどうぞ。 では、また。
どなたか次スレよろ
480までは要らない気もする。
小さな島に風は吹く 第9話『チカラの使い方(前編)』(1/5) 『距離が足りません。それにあの辺りは風が逆です。三尉の腕を信じないではありませんが、 流石にここからでは……』 「これ以上は遮蔽物がねぇ。となれば、ここから狙撃(ヤル)しかねぇさ。射撃の元メダリストだぜ? いけるさ、スコープでは見えてんだ。すげーちっちゃく、だがな。”向こう”の状況はどうだ?」 サウスの広場に展開する敵上陸部隊。津波対策で設置されたとおぼしき低い防塁に身を 隠して、小声でマイクにぼそぼそとしゃべる男達。マーシャル率いる別働隊はその敵部隊を 最大望遠のレンズ越しに睨んでいた。 『A4を撃墜(と)られました。各ライン約10m後退中、Bラインは時間の問題。おそらく二班は入り口 に回らざるをえんでしょう。MSの上陸阻止は継続中ですが、技術の連中ではそう遠くなく限界が。 ――Nジャマー反応が強い為、照準の電制補助はほぼ不可能、……でありますが?』 「腕の勝負、か。望むところだ! ……なーんてな。――ドミニク、あの辺りの最新の天気!」 『サウスビレジ2時間前のデータ、天候快晴、気温23℃、湿度67%、西南西の風、風力3ノット』 湿度が予想より高いし、風はもう少し強くなっているか……。最大望遠でも迷彩服の男の全身を とらえるのがやっと。指揮官はあのベレー帽の男で違いないだろう。が、問題は……。照準を 調整するマーシャルの額に脂汗が浮かぶ。俺自身、か……。 かき回せればそれで成功。当たったらカミサマレベルの話だ。彼は自身にそう言い聞かせる。 「……全員聞け、自分が2発目を打ったら二曹が一発かます。成功でも失敗でも、そこで一旦 Dポイントまで退却、一時本隊に任せる。こちらは全員腕とアタマは勝ってるが数で負けてる。 ぼやぼやしてたら丸焼きにされっちまうぞ。良いな!」 「くっ、持たないか……。フジワラさん、二班は現時を持ってラインを放棄、入り口の防衛に回す! 負傷者は地下に搬送、避難している国防省の人達を動員して良い。子供達にも医療班の手伝いを させる様に言ってくれ。それと、指揮所の放棄準備。各人に手持ち火器のチェックをしておくよう!」 18隊指揮所。壁際にズラリと並べられたディスプレイは、ほぼ全てが赤くなって何某かの 緊急事態を知らせ続けていたのだが、ここに来て表示自体を止めて暗くなってしまったモノも 見られはじめた。 チャンプスの付近に開いていた仮想ディスプレイも、既に当初の半分の数しかない。 「了解、――二班は防戦しつつ移動を開始。重傷者より順に地下への転送は実施中。庶務係長 以下非戦闘員も既に全員手伝いを……。代理、最終的に指揮所(ココ)はどうなります?」 「いずれホールの情報車を潰されたらおしまいだ。指揮所に居る全員で非常階段を守るのが 最後の仕事になる。地下の隊長が早めに片を付けてくれれば別の手も打てるのだけど……。 フジワラさん、人員、遮蔽物の設置も含めて配置を考えておいてくれ。防火シャッターも使……」 『情報2から緊急、エレベーターの動きが止まった! クリヤマっ! そっちはどうだ!?』
第9話『チカラの使い方(前編)』(2/5) 断続的に鉄のこすれる音が徐々に大きくなる『地下10階』の薄明かりの中。 小柄な女性の影と更に小さな影。 「多分敵はシステムにハックをかけて熱源情報でこちらを割り出してくる。そう言った意味で こちらは逃げも隠れも出来ない。そして敵は恐らく特殊訓練を受けたコーディネーター」 だけど。胸元のホルスターに警備室からリコの持ってきた拳銃を滑り込ませると、 自身の大型拳銃を手にするクロゥ。 「其処につけいるスキがある。脱出のこともあるから、向こうも人数はある程度絞ってくるはず。 多分実質2,3人。――そう、……あなたは私の最期の切り札」 そして。サイレンサーを外すと作業用の机にコツンと音を立てて几帳面に立てる。 「切り札を切るならば。どんなに劣勢だろうが、一気に形勢を逆転してその瞬間に勝負を決める。 その為のジョーカー。いいえ、あなたはさしずめスペードのエースかしらね」 それ故に。チャキッ! 腰を落とし愛銃を虚空に構える。と、背を向けたまま片手に銃を下げ 元の姿勢に戻る。 「私が失敗して倒れるまでは絶対姿を現さない。そして姿を現したそのときは。あなたを見た敵、 全てを……。皆殺しにしなさい。たった一人も残してはイケない。……良いですね、エンリケ?」 私の気持ち、私の想い、そして本当の私。何一つ彼に伝える訳にはいかないならば……。 せめて只の少年になってもらいたい。だから、私は倒れる訳にはいかないんです! 諜報のプロではあるが戦闘のプロとは言えないクロゥだから、手持ちの火器も拳銃のみに 絞った。使い慣れた銃は残弾一発。ならばその後は、”アドリブ”で道を切り開くほかは無い。 悲壮な決意を胸に、厳しい表情で虚空を睨むクロゥ。だからこそサイレンサーを外し、あえて ボディースーツではなく、クローゼットのブランドスーツに身を固めてきた。出来る限り目立って 敵に場違いな姿を見せつけるのだ。圧倒的不利の中では奇襲に打って出るしかない。 相打ち覚悟で仕留めるならば3人が限度。それ以上入り込まれたならばリコを出すしかない。 最大で4人と踏んでいるが、せめてその内一人は戦闘の素人であって欲しい。今のクロゥに出来る 事はせいぜいそう願うことぐらいだった。 そうだ、薬を飲むまで忘れていたのはこの感じだ。今の俺なら出来る、確実に仕留めてやる! だから俺に殺せと命令してくれ! 一方のリコは久しぶりの高揚感に包まれていた。 時間と共に研ぎ澄まされる感覚。良く1キロ先に落ちた針の音を、等と訓練で言われたのを 思い出す。リコには今の自分ならミリ単位で落ちた位置まで聞き分けることが出来そうに思えた。 そう。クロゥの出す命令ならば、たとえ地上の全コーディネーターを皆殺しにしろと言われても それはたかが数千万人。今の自分ならばその程度なら十分遂行可能だ。そう思う。 「被検体213号の姿を知るものを残してはいけない。見える敵は全て排除。それがキミの任務」 何故ならば。コトン。静かにサイレンサーの隣に銃を置くと振り返るクロゥ。振り返ったその顔は リコの予想を裏切る。 いつもの一本抜けた物知りお姉さん、カトリだった。 「――だってキミは只の少年、リコに戻らなければいけないのですから。……ね?」 やはりというか、リコとクロゥの想い。それは、ここでも喰い違った。
第9話『チカラの使い方(前編)』(3/5) 「ふん、地下だけ別系統とはな。手間取らせやがって。システム完全制圧っと。……? リーダー、ちょっと見てくれ、なんだこの広さ!!」 「地下にMS演習場……、なのかコレは。広さもそうだが高さのデータ、間違いないのだろうな? なるほど、時間がかかる訳だ」 データグラスに流れるデータ越しに忙しくキィボードを叩くBBを見る。視界の端、残り時間の 項は既に5分を切った。 「なるほど。旧世紀の、オーブ以前の戦争の前線基地跡なんだとさ。……ヒュー。これ、山自体が まるまる偽装なんだ。すげぇ」 流れてきたデータの最大高130mが本当ならば、多少大げさだが山一つ丸々くりぬいて ある事になる。 「海抜ほぼ0mって事か。建物は飾りかよ……。調べ物は結構だが、地下の詳細図と熱源発生 ポイントは押さえてあるんだろうな?」 「詳細図はもうあるぜ。出口の位置もOK。ん? ……ビンゴ! 捕まえた。2番出口から 東北東23m、2名。……ちいせぇな。一人はガキか。――? おかしな立体迷路も造ってある」 「近すぎるぞ、BB! 待ち伏せされたら避けようがない!」 BBが座るコンソールの上、大きなディスプレイ。広大な敷地の中エレベーターを示すらしい 小さな四角のすぐ脇、赤い点が二つ、『進入者』の注意書き付きで表示されている。 「エレベーターでMSを下ろした先には当然MSデッキがある訳だよ。つまりは遮蔽物だらけ。 待ち伏せは確かにヤバいが、システムは完全に俺の手の中だ。連中にはコッチは見えてない。 片側だけでもハッチが3つ、更に人間用のドアなら8つ。それが両側。……勝ちだよ、リーダー」 「ガキはオペ。”出来る”エージェントは1人と見て良いんだな? わかった。なんとかしよう」 「大佐では無いがな、BB。……慢心は身を滅ぼすぞ。一度非道い目にあったのではないのか? それと、おまえもだ。ジジイの戯言だというならそれまでだがな……」 喋る者は居なくなり、鉄のこすれる音。それ以外、何も聞こえなくなる。 「……状況は把握しなきゃ”仕事”になんねぇでしょうが。勿論、十分気をつけますよ。おやっさん」 「すんません、グランパ。勿論、今の話は慢心なんかじゃありません。こちらの優位は変わらない。 ――拾ってもらった恩は必ずお返しします。……全力で!」 『間もなく着底します。緊急事態の為全てのドア、ハッチが開放されます。最寄りのドアから……』
第9話『チカラの使い方(前編)』(4/5) 身を屈めてゴーグルを付けた男二人が、棚やロッカーで急造したと思われる”立体迷路” を進む。すっ。音を立てずに前を進む男が手を挙げると後に続くBBは何も言わずに姿を消す。 あえて明かりを消さないか。この辺だと思うのだが……。はっとして歩みをとめる男。 進む男の前、ゆがんだロッカーに映る黒髪にスーツの女性はまるで見当違いの方向に 銃を構えている。確かにこれならBBの後ろを取れる。作戦としては悪くない。……バレなければ。 策士策に溺るる、か……。音を立てないまま一気に突進すると向きを変え、ロッカーに映る 虚像の持ち主へ銃を向ける。 「先ずは一人っ! ……なっ! ホロだと!? しまっ……、左か!?」 振り返ったが銃を構える時間はなかった。ドンっ! 腹に響く音が響くとあまりの衝撃と痛みで 男のライフルから手が離れ身動きが取れなくなる。 「く、はっ、こんな単純な手に……。壁もホロ!? ……。BBの奴に壁を”見せた”……だと? ……エライ至近距離からの、大口径。アバラがいったか、防弾部分を狙う……? ――なっ!」 「システムを誤魔化す方法がないと思ったら大間違いです。――勿論狙いはわざと、です」 壁だったはずの横合いから出てきた小柄な女性は、左手に大型拳銃を持ったまま 、口径の小さい銃を極近距離で撃ちながらそう言った。 「コッチは弾切れ。コレでとどめを刺す以上、確実に動きを止めて貰う必要がある。そう言う事です。 先ずは……、一人っ!!」 左手の大型拳銃を投げ捨てながら、額に2つ穴の空いた男がゆっくり倒れていくのを、 横合いから出てきた小柄な女性。クロゥは見やった。 「……良いことを聞いた、今後の参考にさせて貰うぜ」 男の声。その声を聞き終わる前にクロゥは背中に衝撃を感じてそのまま床に突っ伏す。 「防弾チョッキを着てようが衝撃までは吸収出来んと。なら、近距離で打たれりゃ死ぬだろ? ブランドスーツに吸収素材無しのチョッキたぁたいした自信だな? ……てめぇが、イタバシか!」 「なっ……。逆から!? くっ、ぐぅう……。じ、じゃあ、あなたが、BB……!」 「巫山戯たトラップ組みやがって。テメェの考えなんざお見通しだ! この状況下でオレ様が右から 出てくるわきゃねぇだろうがっ! おおかた一人目の武器を奪って二人目以降に対応しようとした んだろ? 裏をかきすぎてミエミエなんだよっ! 手間取らせやがって! ――何回もジャマして くれた礼はしっかりしねぇとなっ! えぇ!? おらぁ!!」 足でクロゥを踏みつけ一発ずつ、ほんの至近距離から、防弾チョッキのラインは外さずに アサルトライフルを撃つBB。スーツの下の防弾チョッキは吐き出された弾を押さえ込んだものの 弾は体にチョッキごと喰い込み、彼女の口元に何本もの血の筋を作った。 もとよりスーツの下に着るような防弾チョッキである以上、ライフルの近距離射撃など想定 されていない。何発かは彼女の体も、反対側の素材をもあっさりすり抜け、床に穴を開ける。 「こっちにゃデータで見えてんだぜ? もう一人はガキだろうが! 見てるならコイツが死ぬ前に 出てきたらどうだっ! それとももう逃げたか!? はんっ、相棒が腰抜けとは付いてねぇな! えぇっ? イタバシさんよぉ!!」
第9話『チカラの使い方(前編)』(5/5) 「大尉から入電。現在後送者2、これ以上ラインを上げるのはリスクが大きすぎだと……! 大佐!!」 「あの程度の戦力に翻弄されるとはな。あの時点で南のラインをあっさり放棄など、なかなか 出来る事ではない……。――敵の兵隊のみならず、指揮官も出来るぞ! ラインの維持だけで 良い、大尉にはあと45分持たせろと言え! ビーチの連中はどうしたか!?」 実戦経験のないお飾り軍隊か……。相手は仮にも正規軍。確かに俺自身に慢心があった やもしれんな。等と反省しながら考え込もうとした”大佐”はふと背後に気配を感じて振り返る。 何もない背後では雑木林が葉を鳴らすのみ。 「……気の、せい。だろうか」 振り向いた時の違和感の意味を向き直りつつ考える。そして考えがまとまる前に歴戦の 『カン』が体を動かす。 「少尉、9時方向に敵部隊の可能性! 至急確認の上排除し……!! ――た、待避っ、 全員待避だっ! 伏せろっ! 耐ショック、耳と口を塞げっ! 来るぞぉ!!」 ベレー帽を飛ばしながら大佐が叫んだ瞬間、『何か』が煙の尾を引きながら自らに飛んでくる のが見えた。 「大佐、お怪我は!?」 「問題ない。――少尉の隊は戻らせろ、もう逃げた後だろう、今からでは無意味だ。……位置を 変える、敵本陣からミサイル来るぞ! 索敵班は対空監視増強、もたもたするなよっ!」 ベレー帽を拾うと軍曹に指示を出す。あれだけリスクを冒して信号弾とは……。我々を舐めて いるのか。敬礼をして軍曹が走り去った後、真っ赤な煙を上げる着弾点からベレー帽に視線を 移す。 いや……。舐めていたのは、この俺の方だと言うのか。……まさか。大佐の目は ベレー帽から離せなくなる。 「大佐、ご用意は宜しいですか」 「あぁ、今行く。用意ご苦労! ――助かったのは経験値、か。よもやこの風の中、あの距離から。 ……狙撃とはな。懐に入り込んでおいて、即座に逃げる、か……、人数を最小限に絞ったな? ――この戦、こちらもそれなりに覚悟を決めねばなるまい」 請負額が安すぎたな……。大佐は、それだけ呟くと銃弾の擦過によって焦げ目の付いた ベレー帽を坊主頭に被り直した。
今回分以上です、ではまた。 自分は弾かれましたので どなたか次スレよろしくお願いします。
>>弐国氏 投下乙です。 スレのタイトル、テンプレについてはどうしましょうか。
モモちゃんが出てこないのが不満
俺の中ではこの作品の85%がモモちゃんでできているというのに……
つーかクロゥさん、いきなりそれですか……
>>347 とりあえず次スレはテンプレ含め現状のままで良いのでは?
次スレの終わりまでにある程度の結論が出れば良し、と言うことで
と思ってスレ立てやってみたが俺もだめ
次の方にタッチ
マイスターの憂鬱
>>75-82 感想
アクエリオンとのクロスの仕方、落ちのつけ方がすっきりしていていい。
P.L.U.S.
>>162 >>217 感想
カオスなアカデミー時代。このペースでも、続いてくれれば面白い。
テロリストのうた
>>109-110 感想
――To be continued on the next time. ?
この飽きっぽさは。テロリスト二人の掛け合いは流れるようでGJ。
次スレ
まとめ管理人さんの意見。諸事情により
1 今まとめに載っている作品の続きはまとめるが、
2 次スレからの新規連載はクロスオーバーWIKIへお願いしたい
とのこと。