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312弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:13:47 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(3/6)

 3時過ぎ。普通科の面々が訓練を中断し寝転がるのを横目に、瓦礫を上るフジワラ士長。
「やっぱり此処だったのね、……何が良いのか知らないけど、ここ来るの、もう辞めなさい?」
 倒壊した建物の上。瓦礫の崩壊はいくら技師長でも計算出来まい。それにそろそろ雨の
多くなる時期だ。コントロール出来ないリスクを負うのは基本的に嫌いなフジワラ士長である。
「フジワラさん。……用事、また、検査とかですか? あれイヤです。服、脱ぐの……、イヤ」 
 個人的にはまるで近づきたくない倒壊した建物の瓦礫の上。半袖の服が七分袖に見える
少女、いつもは無造作に縛ってある黒い髪を風にゆるく流されながら座るサフィが振り向く。
「検査じゃないよ、あなたにプレゼント持ってきたの。気に入るかどうかは別問題だけど、ね」

 ダイが”拾ってきた”子供達3人は、当初基本的には18隊の誰にも懐かなかった。
「ま、野良だからな。エサでつっときゃあそのうちお座りくらい覚えるさ。犬よりは賢い」
 拾ってきた当人はそう言って、懐かない子供達に部屋と食料を与え、全身隈無く検査をさせた。
三人ともなにがしかの病気であるらしく大量の薬を服用していたからだ。検査結果は、医療班長の
軍医三尉とダイ以外に知るものはないが、定期的な検査が必要な状態であるのは間違い無い。
それが先ほどのサフィの発言に繋がるのだ。少なくとも彼女は定期検診をいやがっていた。
 どうにもよくわからない子供達。だから慢性病を患った常識を知らないコドモ。として扱うことに
士長は決めていた。

「クシ、持ってきたの。私のだけど新品よ? 部屋のはあんまり良く無いから。あなたはせっかく
髪の毛、きれいなんだからコッチ使うと良いわ。前にも言ったけど、髪の毛は毎日とかすのよ?」 
 それともう一つあるの。見たい? 手に提げた袋を振ってみせる。
「前にズボンじゃない服を着たいって言ったでしょ? 作ってみたの。気に入ると良いけど」

 午前中に一気に仕上げたのだが出来が悪いとは思わない。お嬢様学校の制服の様なブレザー
とスカート。ブラウスは空軍幹部の夏服の丈を詰めて代用。士長にとっても結構自信作である。
 靴はどうしようもないけど、そのスニーカーでも可愛いんじゃないかしら。と言いながら上着を
あてがってやる。普段から表情に乏しいサフィの目が、それでも少しだけ輝くのを確認出来た
だけで士長は報われた気がした。
「何故、わたしにそんなに?」
 ただの世話焼きではあるのだが、何故。と言われると歯切れが悪くなるフジワラ士長である。

 子供達のリーダー格である最年長のリコ。彼はクロゥの言うことのみは聞いた。曰く一宿一飯の
恩があるのだと、判った様な判らない様なことを言いながら。着る物や身の回りの物は全て自ら
どこからか見つけて来ていたし、その顔には誰の世話にもなりたくない。と書いてある様だった。
 
 一方最年少のリオナは人に構われるのを特に苦にしないタイプだった様で、女性隊員達には妹、
中年隊員達には娘として扱われ、それを全く苦にせずむしろ彼らとの会話を楽しみ、そして短期間で
確実に会話の中から知識、特に常識を身につけていった。
 そして意外なことに3人の真のリーダーたる態度を取ることもしばしばで、常に喧嘩口調のリコを
いさめ、他人との接触を嫌うサフィを談話室に引っ張り出した。推定9才のおかあさんであった。

 そしてそもそも人見知りが激しく、隊員達の前には滅多に出てこないサフィはいつも何故か
瓦礫の山の上で海を眺めていた。世話焼きの血が騒ぐ前に、違う物が士長の背中を押した。
『まるで昔の私だ……』。――その後どう動くかなど誰かに言われるまでもなかった。
 とにかく空いた時間をサフィとのコミュニケーションに努め、心を開いてくれたかどうかはともかく
話をしてくれる様にはなった。だから服の話を聞いたその日にはデザインスケッチを描きあげた。
313弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:15:14 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(4/6)

 二人ともサイズの差こそあれ、普段は国防軍の簡易制服の上下、下はワークパンツである。
 違う服が着てみたい。と言われたとき、必要があって士長は正規の制服を着ていた。かっちり
した上着にタイトスカート。気になったのはきっと正装でスカートだ、と士長は当たりを付けた。
「これ……、ホントに、わたしに?」
 そして彼女の年頃の正装ならばやはり学校の制服。目の付け所は悪くなかった様だ。
「そうよ。あなた用に作ったの。胸のワッペンは18隊(ウチ)の部隊章(やつ)を付けてみたんだけど
悪くないわね。これであなたは見た目も私たちの仲間。なかなか良いでしょ?」
 わざとらしい。と思いつつ自分の袖に付いた部隊章を見せるフジワラ士長。この場合は過ぎる
くらいで良いのだと彼女は続ける。少なくともサフィは一人で孤島に居る訳ではない。
部隊の人間が仲間であることを意識してもらわなければ、この先お互いに大変になるだろう。

「あのぉ」
「え、と……? な、何かしら」
 とは言え、やり過ぎたか……。と多少焦りつつ聞き返す。だが、サフィの返答は多少違った。
「ワッペン……、この服にも。付けてくれますか? あと、……フジワラさんのとおんなじマークも」
「――? ワッペンなら降りたらすぐ付けてあげるけど。私のマーク? ……って、なぁに?」 
 次の日からサフィの簡易制服の袖にはONDAF 18th STPのワッペン、胸に『空軍士長』
の階級章のレプリカ、そして鈍色に輝く『Surfinia.Fujiwara』の金属の名札が付くことになった。

 数日後。
「なぁ、モモちゃん。知らん間に士長が一人増えてるんだが。……部下っつーことで良いのか?」
「彼女のことは、隊長がサボらない様に自分が放った工作員だと思って下さい……」
314弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:17:00 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(5/6)

 夕方。サフィの袖にワッペンを縫い付けたフジワラ士長は海辺の小道を歩いていた。見上げれば
M1アストレイの頭が見える。――ふと彼女の前に、苦い様な甘い様な匂いの紫煙が流れてくる。
「んあ? ――モモちゃんか、休みに逢うとは珍しい。あぁ、この辺は崖崩れの危険地帯だぞ?」
「あ、またバカにしようとしてますね? 危険なのはこの先なのだとクロキ曹長に伺いました。
……隊長だって、この先には行かれて居ないでしょう? わざわざタバコを吸いに此処まで?」
 あ、ちゃんと灰皿は持ってきてるぞ? と自身の喫煙に若干良い訳がましい上司ではあるが
彼女は別の部分が気にかかる。Tシャツにフライトジャケット。それが彼のトレードマークだった
はず。スカーフこそ無いが、今羽織っている上着はオーブ国防軍幹部の正規の制服である。
「――っ! どうしたんですかその格好、なにか有ったのならば休暇とはいえ自分にも……」
「あぁ、そう言うのは無い無い。別に意味なんか無いよ。偶には風に当てねぇと、虫に喰われる」
 そう言うと、閉めてはいない上着の襟をばさばさと振ってみせる。普段を考えれば確かに、
気まぐれを起こして、ただ意味もなく羽織ってきた様にも見えるのだが。

「…………。隊長。なにかお考えですか? ――自分では、……力に、なりませんか?」
「やれやれ。副官殿には何もかもお見通しかぁ。…………なぁ、モモちゃん。このバッジを付けて
国防省や民間人の非戦闘員含め九十余名の命を預かる。俺にその資格、本当に有ると思うか? 
資質、と言い換えた方がわかりやすいな。リコ達が来て以来、それが気になっててさ……」
 胸元。パイロット章の上に付いた指揮官を示すバッジを見つめながら、真顔でそう言うダイを見て
フジワラ士長はゾッとする。岩の上に座ってタバコを咥える男が初めてただの青年に見えたからだ。
 夕日に照らされこちらへ向けた顔の影を少しずつ濃くしながら、襟を見つめるぼさぼさアタマで
無精ひげの青年。だから、士長は一瞬引き締まった顔をあえてゆるめて一歩近づいた。

「ヨコヤマ中隊長は部隊運営のみならず、人材の配置もバランスを重んじる方でした。クロキ曹長も
オオニシ技術一曹も、そして隊長も、さればこそ必要以上目立たずに仕事を出来ていた訳です」
 まだダイの惚けた顔はそのままだ。更に一歩詰める。
「マーシャル三尉。クロキ曹長にオオニシ技師長、医療班長、クリヤマさん、有能ではありますが、
軍隊という組織の中では、悪い意味で目立ちすぎなんです。そして選抜したのは隊長です」
 タバコを消すとゆっくり振り返るダイ。ようやくいつもの目に戻りつつある。いたずら好きで
口を開けば軽口ばかり、何処まで本気か判らない、しかし本当は誰よりマジメな目が。
「断言します。――隊長が一番目立たずして我が小隊のバランスは取れません!」
「おーおー、人がマジメに落ち込んでるっつーのに非道い言いぐさだな、全く……」
 そう言いながらゆらりと立ち上がるのは、しかしいつものダイであったことに胸をなでおろす
想いなのは、勿論フジワラ士長である。

「いつもご自身が自分に仰るでしょう。偶には良い薬です。――それよりも隊長」
 もういいだろう。深刻なのは、ダイも自分も似合わない。士長は話題を変える。
「なんだ? この上まだイジメるつもりか? 勘弁しろよ、もう」
「以前参謀閣下がいらっしゃったとき、隊長がパフェのおいしい店を知っていると仰ってましたが、
まだ伺ってません」 
 タバコのパッケージを一降りすると一本取り出し、ライターに火をともす。揺れる炎に照らされた
その横顔は士長の知る、怖いものなし、考えなしの不遜な隊長そのものであった。
「ふーっ。……自分で教えりゃいいのに。カエンの実家の近所なんだぜ。自分が実家に近寄りたく
ないだけじゃねぇか。――有名なのはパフェなんだが、本当は紅茶が専門の結構古い店でな……」
 パフェは指揮所のみんな、好きですよ? フジワラ士長は微笑みながら返す。
「みんなってなんだよ、女性陣まとめてたかる気か? ったく、たちの悪い連中が集まりゃがって」
「ふふ……。選抜したのは隊長ご自身、です!」
315弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:18:47 ID:???
『小隊長補佐官の休日』(6/6)

 夜。既に夕食もシャワーも済ませ自室で机に向かうフジワラ士長。
「先輩、まだ何かしてるんですか? お休みなのに結局お休みして無いじゃないですか」
「寝てるだけがお休みじゃないでしょ? それに、私はもう寝るから睡眠時間も十分」
 隣の机ではクリヤマ一士が拡大鏡を額に、何かを細々と組み立てている。暇だったのだから
昼の内にやっておけば朝起きられるのに。――日記を付けていた端末をパタンと閉じる。
「そうそう、サフィが珍しく夕飯時の一番混むときに食堂に来たんですよ。わざわざ着替えて。
服、よっぽど気に入ったみたいですね。服の話だけは私が話しても返事してくれたんですよ♪」
「いくらか気晴らしになってくれたら良かったわ。病気も検査も、私達じゃどうにもならないものね」

「あぁ、先輩。寝る前にもう一つ。国防省の庁務係長が2階の居住エリア整理してて見つけたって」
 ベッドに入ろうとする士長に真っ赤なタイだろうか。赤いひもの様なものを突き出す。
「明日サフィに渡してあげてもらえますか? 某女学院なら新入生は赤のリボン、ですよね♪」
 サフィに渡した服。他に思いつかなかったので自分の出身校の制服をデザインベースにした。
但し材料の都合でリボンは作れなかった。そしてリボンを持って微笑む彼女はその事を知っていて
当然だ。過去に自分で襟に結んでいたのだから。

「あなたがつけてあげて。どうせ隊長が書類仕事サボってるから、明日は忙しいもの。多分」
 おそらくはダイが決済すべき書類が、うずたかく士長の机に積まれ、国防省の庶務係長が
庶務官二人を伴い、朝一番から腕組みをしてこめかみに筋を立てているに違いない。
「……影の小隊指令ですね、やっぱり!」
「余計なこと言ってないでもう寝なさい! 明日寝坊したら腕立て100回って言われたでしょ!?」

 彼女の、影の小隊指令と世話焼きお姉さんとしての日々はもう少し続くのであった。
316弐国 ◆J4fCKPSWq. :2009/08/05(水) 22:22:43 ID:???
 旧まとめサイト弐国分50,000hit 御礼。
 以外と手間がかかりまして、タイミング的に何とかお礼短編として間に合った次第。


 と言う訳で、なんだかんだでちっとも休まらないフジワラ士長のお休みの話でした。
 このエピソードが抜けたせいで最終決戦時のサフィの赤いリボンやパフェの話が
意味不明になってしまっていたのを補完出来たので個人的には良かったです。
 ついでに小さな島番外編も此処で一息となります。読んで下さったみなさま、
本当にありがとうございました

※ちなみにサフィのフルネーム、【サフィーニア(サフィニアとも)】は花の名前です。
 自分の別のお話(彼の草原……)に出ているのは宝石の【サファイア】、です。
 なんか紛らわしくてすいません。
317通常の名無しさんの3倍:2009/08/06(木) 07:23:44 ID:???
>>弐国さん
投下乙です。GJでした。
大人が子供のためにしっかりしている。それだけでも物語に
なるんだなあ、と改めて認識しました。
フジワラ士長の優しさと献身が素晴らしいです。
318SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:01:55 ID:???
1/

 ――早朝。

『こちらディオキアポートコントロール。ミネルバ、アプローチそのまま』
 黒海にあるザフトのディオキア基地に、ミネルバの姿があった。

『貴艦の入港を歓迎する。長旅おつかれさん』
「ありがとう、コントロール」
 ミネルバを港に停止させて、たっぷり十秒。マリクの手は舵から解放された。

「みんな、お疲れ様。本当にここまで、よくやってくれたわ」
 全艦に放送を行うタリアの、次なる一言を、すべてのクルーが待ち望んでいる。
「これより本艦は、半舷休息に入ります。仕事禁止、とにかく休みなさい。以上!」
 直後、クルーから上がった歓声でミネルバが震えた。
「ああ、貴方は例外だからね、アーサー」
「ええええぇぇぇ――!?」
 涼しげに艦長の宣告――アーサーなので、それは当然だった。


SEED『†』 第二十三話 眸、真実を探して


 ――朝、メイリンとルナマリアの部屋。

「でも結局、事後処理とか、ディオキアの人への引き継ぎとかで、
誰かは仕事をしなくちゃいけないのよね、悲しいわ」
 タリア、アスラン、レイは、視察に訪れたデュランダル議長との面談に赴き、
ハイネはヨウラン、ヴィーノを伴って街の"イイトコロ"に出かけた。
 メイリンは冷たい現実に涙して、その分お茶で水分を補給している。

「私が一緒にいてあげるから、泣かないの。良い子だから、ね?」
「うん――お姉ちゃん!」
「ああもう、可愛いわね。よしよし〜」
「にゃお〜ん」
 涙の出し入れ自在な妹にテンションを合わせつつ、自分も書類を処理する、
両方やらなくちゃいけないのが、ザフトレッドの辛いところだ。

「にゃおーんって――二人で何やってんだよ、ルナ?」
 シンが来た時には、ルナマリアはメイリンを膝枕して頭を撫でていた。
「うわ、最悪。この空気の読まなさはヴィーノ以下だわ」
「ああもう! メイリンとスキンシップしてる時に素のテンションを持ち込むなんて、
人間としてどうかしてるわよ、シン!」
 休暇申請を出しに来ただけなのに、最悪呼ばわりもないものだ。
319SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:03:02 ID:???
2/

「とりあえず、ここ置いておくからな。ルナマリアは明日だろ?」
「そ、待機。アンタが街で迷子になって、救難信号を出したりしようもんなら、
私が飛び出して行ってキルゼムオールだから、そこらへん慎重にね?」
「まさか、子供じゃあないんだから――」
 シンは、そう言って休暇に出て行った。


 ――三時間後、午後一時

「で……何か言う事は?」
「あ、あのだな、ルナ」
「何か、この私に、言う事は、無いのかな〜?」
「ごめん! 休暇中に呼び出して本当にごめんなさい!」
 結論から言うと、シンは本当に救難信号を出した。
 あから謝るのは当然だけれど――

「なあ、早く同僚の赤服を説得してくれねえか? こちとら寒くて敵わねえ」
「おねーさーん! 俺達も居るんだからさあ、ちょっと痴話げんかはよしてくれよ!」
「アウル……スティング……寒い」
「ほら、この人達も困ってるじゃないかー!」 
 ――問題なのは、今その瞬間にも、四人が海に浸かったままだという事だ。
 ルナマリアは、断崖の上から海面のシンを見下ろしている。
 黒海地方の季節は、冬である。

「大体なんなの、その子たちは!?」
「それを説明しているとさ、とても時間が足りないんだ、それに!」
 それに、とシンは後ろの三人をちらとみやった。

「私……このまま死ぬの? 死ぬのはイヤアッ!」
「まずいよスティング! ステラの体が冷えまくって、まるで雨の日に段ボール箱の
中で凍えてる捨て猫みたいだ!」
「チッ、仕方ねえ。サンドイッチ戦法だ。俺が背中側を温める。
アウル! お前は前半分担当だ!」
「オーライ、漢字に直すと嬲るって形だね!」
 ぴったり。ひっついた直後。
「――私のそんなところを触るなぁ!」
 少女の前後から二人が弾き飛ばされ、盛大に水しぶきを上げた。
320SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:05:31 ID:???
3/

「見ての通りだからさあ、放っておくと刃傷沙汰なんだよ! ルナ!」
「どうしよっかなー? ……と思ったけど、冬の海で遊ぶのは大変よね」
 分かった、引き揚げてあげる。
 一声掛かり、シンの頭上から浮輪を結わえたロープが落とされた。
 少女を筆頭に、ロープで体を固定、ルナマリアの乗ってきたジープのウィンチで
引いてもらう。数分で、彼ら全員が陸上に復帰した。


「ふ〜。助かったあ」
 ルナマリアに救出された三人はそれぞれ、ステッド=ウォーク、オウル=ネイド、
そしてエステル=ルースを名乗った。

「あら、先刻は全然別の名前で呼んで無かったかしら?」
「あぁ? どういう聞き違いをしたんだよ、ネエちゃん?」
 と、"ステッド"の心底不思議そうな顔。

「……まあいいわ。それでどうしたの、シン」
 シンの顔を掴んで、ルナマリアが尋問を開始。
「きっかけはさ、この三人が、別の、ちょっとガラの悪い三人組に絡まれてたんだよ――」
 ぎりぎりと締めあげる握力に顔をゆがめつつ、シンは語り始めた。


 片目を隠す緑の前髪に、ヘッドホンから大音量を流して自己閉鎖の雰囲気漂わす青年。
 会話の八割を過激な二字熟語で構成する、躁の気が激しい赤毛の青年。
 そして、分厚い本を片手にわれ関せず、としながらも、実は一番手の早かった長身の青年。

 全身これ殺気、今にも盗んだバイクで走りだしそうな三人組だった。

 肩がぶつかったとか、ぶつからないとか。
 "空をゆく雲の形が便座カバーに見えました"よりもどうでもいい事で
絡まれていたステッド達を、シンは最初、傍目から見ていたのだが、
「返事しろよこのマザ――コン――!」
 なる赤毛の一言に"オウル"が深刻なPTSDを発症して、
「なん……だと……!」
 と頭を抱えて震え始めたに至り、我慢の限界を迎え、
流石に彼等に割り込んで、こう叫んだのだ。

「みんな、そんな事よりバスケしようぜ、バスケ!」

 直前古本屋に立ち寄り、二十一世紀初頭で爆発的人気を誇った伝説のバスケ漫画、
"ザ・バスケット・オブ・ブラックジャック"の復刻版を立ち読みしていたせいで、
脳みそが多少沸いていたのが、原因かも知れない。

 バスケットボールを小脇に抱えていたシンを目つきの悪い長身の拳が襲った。
321SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:07:31 ID:???
4/

「……で、一般人とけんかしたわけ?」
「大丈夫、手は出してないよ!」
「……脚は?」
「ゴメン、少し出しました」
 みしり、と頭蓋骨が握力に耐えかねて、シンの体が次第に持ち上がって行った。


 絡んできた三人をストリートバスケで撃退した後――チームワークの勝利だった――
『カニとヤシガニの区別をつける重要性』や、
『正体ばればれな仮面キャラの存在意義』、及び、
『合体を邪魔するのは無粋だが、一度も邪魔しないのは更に不健康』等の
話題について拳を交えて熱く語り合った結果、正午前の空を夕焼けに染めるほど、
シンは"ステッド"と意気投合を果たした。

 そのまま三人組とゲームセンターになだれ込み、中央に据え置かれていた一番人気の筺体
『超リアルMS対戦シミュレーター、連合vsZAFT編』で『不遇の量産機限定対決』を行い、
『三頭身にデフォルメされた105ダガー』を操る"オウル"と『トサカが卑猥にリデザインされたシグー』で
一時間に渡る熱戦を繰り広げた。

 結局熱中し過ぎて、シンの財布まで有り金を使い果たしてしまった彼等は、
お腹を空かして町中を歩いていたところ、フリーのカメラマン助手を名乗る謎の
金髪色黒の男に手作り炒飯を奢ってもらったのだ。

「"素顔を晒すまでが賞味期限"――アンタのセリフは忘れねえぜ」
「"メビウス対ザウート水中対決"のために貸してくれた2クレジット、何時か絶対返すから!」
「グゥレイトゥ。すべての人は平等なのさ――チャーハンの前にはな」

 以上三つ、シンの本日ベストフレーズ。

 事あるごとに――バスケでシンが転んだり、スティングと会話中にバランスを崩したり、
ゲーセンでのガッツポーズで勢い余ったりした拍子に――矢を吹いてしまうようなTo LOVEるが
エステル相手に発生したのは、最早デスティニーがフリーダムし始めたとしか言いようがなく。

 満腹を抱えて、腹ごなしに海辺を歩いていたところで――エステルが海に落ちた。

 人助けのため、シンは躊躇わずに飛び込んだ、まではいいのだが。

 よせば良いのに、ステッドとオウルまでが後に続いて。

 彼ら自身を引き上げられる人間が、そして誰も居なくなった。
322SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:08:49 ID:???
5/

「というお話だったのさ!」
「そう……」
 以上、すべての釈明はシンの口から直接発せられた。
 ルナマリアに、ベアークローで頭を掴まれたままで。
 片腕で断崖からつりさげられた、その状態のままで。
 いい加減、頭蓋骨がゆがみそうだった。

「貴女もごめんなさいね、ウチの馬鹿な身内がセクハラしちゃってさ。
好きなだけコイツ、殴ってくれていいから……」
 エステルにだけはにこやかなルナマリアだが、その手は六十キロ近いシンを
片手でぶら下げたまま、微動だにしていない。

「ちょっとまってよお姉さん、そんな事させたら死んじゃ――」
 オウルの口をふさいだステッドが、エステルの口封じをするよりも早く、
「ううん――シンなら、いいよ……」
 顔を赤らめた可憐な少女の口から、爆弾発言が飛び出すこととなった。

「シン――?」
「は…………話せばわかるよ、ルナ」
「遺言がそれで良いなんて意外だわ」
 解放される頭。
 重力に瞬間、体、引かれて。

「短い付き合いだったわね」
 シン=アスカ、今日二度目の、水没。
323SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:09:53 ID:???
6/

 さて、目の前で繰り広げられた非人道的な光景に思わず三人が言葉を失っていると、
「さ、貴方達は、私とザフトが責任を持って送るから」
 ルナマリアが見返り、頬笑み、宣言した。
 にこやかに言われた所で、目の前に立つ少女の戦闘力は、虎や熊を単位にした方が
早いのは明白で、鬼が笑っているのに等しく。

「あ〜……はい」
 海に浸かって体力のない三人は、言葉にならない呻きを漏らすしかなかった。

「え〜っと、お姉さん? シンを助けてあげた方がいいんじゃないかな?」
 恐る恐るオウルが言うが、ルナマリアはと言えば、
「え……助ける? シンを? どうして?」
 本当に疑問に感じているようだった。

「赤服なら、無装備でロッククライミングぐらい、"お茶の子さいさいに違いない"わ。
むしろ、母艦まで泳いで帰れてしかるべきよ。私が助けに来たのは、貴方達だもの」
「だがよ、ネエちゃん」
 と、口を開くステッド。

「さっきから一見ジャーナリスト風のカメラ持った女が、こっちをじろじろ見てんだが――」
 ファインダーを覗きこんでいるショートカットの女が、そこにいた。

「シン――!」
 コンマ三秒で、ルナマリアは再びロープを投げる。

「ああ、脚を滑らせて落ちてしまうなんて、直に助けるから待ってなさいよ!」
 状況を十分以上も巻き戻して、ルナマリアは叫んだ。

324SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:11:09 ID:???
7/

「……貴方、同僚から酷い目にあわされて大変ね」
 ミリアリアと名乗って、少女は、再び引き上げられたシンにマイクを向けた。
「へ……酷い目って何のことだよ?」
「何って――今つき落とされてたじゃない?」
「それがどうかしたのかよ?」
 心底分からないといった風に、首を傾げるシン。
 自分の体だけに起こった災難に関しては、不幸を不幸とも感じない体質である。

「ミリアリアさん? シンは疲れているんです」
 追及の手を伸ばそうとするミリアリアの肩を、ルナマリアがつついて振り向かせた。

「それに、この子達も海に落ちて消耗しているわ。部下の車で彼らを送りますから、
取材はこのルナマリア=ホークを通して下さらないかしら?」
 赤服を殊更ひけらかすように、ルナマリア。

「休暇中とはいえ、ディオキアでのシンの行動は、ザフトの管理下にあるのですから」
 言外に、これ以上聞きこむようならザフトの権限で拘束する。と言っている。

「そう言われてもね、真実を追求するのが私の使命で、仕事だし――」
 肩のプレスマークを懸命に誇示するミリアリア。隠す軍部を探る記者、
というハリウッドばりの分かりやすい構図に、その眼が燃えていた。

「ですから、正確な事実を報道するお手伝いをさせていただきたいと――」
 ルビ=『ワレェ、誰に許可もろうて人のこと探っとんじゃあ』

「そう。それじゃあ、ちょっと向こうで話し合いましょうか」
 副音声=『だったらこっちこいや、ナシつけようぜ』

「それが良いですよ。シン――私が乗ってきた車と運転手はそのまま使っていいから!
後でもう一台、私に回して!」
「ふふふ……」と、哂(わら)い。
「うふふ……」と、嗤(わら)う。

 返事も聞かず、ルナマリアとミリアリアは連れだって歩み去って行く。
 彼女たちの背後に、虎と龍がにらみ合う恐ろしげなオーラが立ち上っているのが、
シンには確かに見えていた。
325SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:12:03 ID:???
8/

 ――午後三時 道中

「ありがてえ。あんまり話をあれこれ聞かれたくなかったからな」
 マスコミにプライベートを探られるのが好きな、自己顕示欲の強い人間は
そうそういないから、ステッドが車に乗るなり発したセリフを、シンは
疑いもしなかった。

「お礼なんていいよ。困ったときはお互い様だし、さ。
でも御免、軍に関わりたくなんか、無かっただろ?」
「休暇中だろ、気にしなさんな。シンも赤服なのかとか、どの艦に乗ってるかとか、
聞かない事にしておくからよ」
「へへ……。送るのは、ディオキア中央駅でいいんだっけ?」
「ああ、迎えがそこに来てくれる段取りさ」
 シンは、助手席に座って、ステッドの説明する道行を眺めていて、
後部座席のミラーをのぞかなかった。

 だから、"オウル"が"ステッド"に何かを目配せしていたり、それを
受けた"ステッド"が、少しだけ楽しそうな"エステル"を見て、"オウル"を
制止したのに、とうとう気づくことはなかった。

 車は心地よく揺れながら、ディオキアの市街を抜け、旧市街の中央にある
駅へと近づいて行った。


「ステッド……ステッド?」
 中央駅につく。
 何かを考え込んでいたステッドを呼んで、シンは後ろを振り返った。
左右から、オウルとエステルに寄りかかられて困り顔のステッドが、
身動きとれずに困っている。
「あ〜……」
 小さく寝息を立てる二人を起こせずに、困っていた。

「ここでいいんだ……けどちょっとだけ。迎えの奴がくるまでのちょっとだけ、
このまま待たせちゃあ貰えねえか?」
 シンは苦笑いを一つ、頷く。
 迎えは、二十分後に来た。

326SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:15:08 ID:???
9/9

 シンが指定されたホテルに着くと、ロビーで新聞を読んでいたレイ=ザ=バレルは、
紙面から顔を上げるなり、おごそかに口を開いた。

「どうした。まるで、街で偶然知り合った三人組と遊んでいたら揃って海に落ちてしまい、
ルナマリアに救援を頼んで助けてもらったような、疲れた顔をしているぞ、シン」
「どうしてそこまで分かるんだよ、お前エスパーか、レイ!?」
「何、電波を受信しただけだ」
「真顔で涼しげに人間捨てた! 今なら間に合う、すぐ戻ってこい!」
「ふ……冗談だ。これを見ろ」
 
 レイは、手にした新聞をシンに投げてよこした。
 折り目のついて開かれた紙面には、
"お手柄ザフトレッド おぼれた少女を救助!"
 と、見出しが躍っている。

「仕事早すぎだろ、あのジャーナリスト」
 しかも、写真のレイアウトだけを見ると、まるでシン達四人を、
ルナマリアが助けたような図になっていた。

「どうだ、しっかり休めたか?」
「楽しかったけど、なんかすっごく疲れたよ。明日はミネルバで休むさ」
「そうすると良い――ただ、夕食を議長やラクス=クラインと一緒にするから、
それだけは忘れるなよ?」
「分かった……明日は平和な一日だといいな」
 自分と他のメンバーの部屋を聞いて、シンはエレベーターに乗り込んだ。

「シンが言うならば、明日もまた波乱万丈なのだろう」
 デュランダルがタリアと部屋にしけこんだため、現状一人ぼっちのレイは、
だれか面白い人が通りかかるのを期待しつつ、新聞に目を落とした。


 続く。


327SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 16:30:03 ID:???
以上、投下終了。


海の近い冬の街で巡り合った、心に傷を負った少年と少女の交流を
抒情感たっぷりに描こうと鋭意努力いたしました。誰が何と言おうと、
最初はそれを目指していたのです。かしこ。

サブタイトル通り、さまよう眸と見えない真実を23話で終わらせます。
間にpastが入ってるたので、三話進んでお得――なはず。

次回は恐らく、この日のアスランサイドなお話になるのではないかと。

あと、絡んできた三人組は、本筋には全く絡みませんのでご了承を。

感想、ご指摘はご自由にどうぞ。

では、また。
328文書係:2009/08/06(木) 17:00:21 ID:???
皆さん、こんばんは。暑いですね。

450k超えたんで、今から次スレ立ててきます。
329文書係:2009/08/06(木) 17:07:01 ID:???
次スレ、新シャアに立つ!

新人職人がSSを書いてみる 18ページ目
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/shar/1249545878/


もうしばらくしたら続きの投下に来ます。
33045 ◆/UwsaokiRU :2009/08/06(木) 17:13:58 ID:???
>>328
こんにちは。スレ立て乙です。
331文書係:2009/08/06(木) 17:47:51 ID:???
>>281さん、感想dです。
ヒモライフを謳歌するコーラも楽しそうだと思いついたのですが、カティがするだろうか
&その他設定上の無理でボツになりました。ドラマCDのようにヴェーダの仮想ミッションにすれば、
強引な設定もヴェーダが決めた!でクリアできそうですが、完全なラブコメになってしまいそうな悪寒。
とりあえずは本編をガンガって完結させますノシ

>>282さん、どうもありがとうございます。
私事ですが、来週高速を飛ばしてお台場ガンダムを見に行くことになりました。
イナクトかティエレンかフラッグかジンクス建ってたら、北海道でも見に行くと呟いたら
連れ合いに3日くらい冷たくあしらわれました・・・・・・orz 
お前のMSの趣味はいいんで子供たちの喜ぶことをせいということなので、無事帰ったら続きを投下します。

>>285さん、感想ありがとうございます。
最初はover30のキャラクターだけで書ききるつもりでしたが、元AEU士官だけでは
裏づけが弱いので、乙女なルイスを出してみました。でも実際こんな風だったら、後で気に病んで
フリスクさせてしまいそうで気の毒・・・・・・そこはアンドレイガンガっとけってことでいいんでしょうか。

>>286さん、感想ありがとうございました。
カティは表現こそドライですが、あからさまに嫌いなリントあたりをのぞけば、
情が深く(だからこそ嫌悪も強いのかも)面倒見がいいなと本編を見ていて思った次第です。
表に出るのは鉄の女・S属性・机ダンダン!ですが、回想などは割と感傷的でギャップが面白かったです。
タイトル通り補完小説を目標としておりますので、自分もそれに倣っています。

コーラにはいうまでもない世話の焼きようですが、ソーマやルイスなど、女の子に優しいですね。
特別な事情もありますが、スメラギさんにも結局手を下しませんでしたし。
4ヶ月の補完、小説4巻やスペエディであるんでしょうか。なかったらまた考えてみます。
過去書いた小説黒歴史の公開は楽しい、というのを他スレでやってましたが
没ネタ公開というのもたまにはいいかと思いました。

>>288さん、どうもありがとうございました。嬉しいです。

>>289さん、トンです。ヒリングはリボンズ以外、どうでもいいように見えます。
 アニューよりリヴァイヴの方が可愛く見えてしまう自分は、開けてはイクナイ扉を開けてしまったんでしょうか。

>>307河弥さん、こんばんは。いやどうもご丁寧にありがとうございます、恐縮しております。

シンは意識と無意識を問わず人の地雷を踏みまくっていた奴だったなあ、
その一方、非常にナーバスなキャラクターだったような、と本編を思い出させるような内容でした。

タイトルについての呟きも拝読させて頂きました。思いの深さに脱帽です。
自分は交通標識程度の意味しか持たせていませんので/// こちらこそ今後とも宜しくお願いいたします。

コメントをくださった皆さん、ありがとうございました。以下続きを2レス分投下します。
次回投下で後編終了予定、補編10篇前後に続きます。

>>330SEED『†』さん、こんばんは。どうもです´ω`)ノ 
332文書係:2009/08/06(木) 17:51:20 ID:???
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その15」
>>283-284、また、アロウズ離脱その14までは>>1のまとめサイトに収録されています。
 パトリック・コーラサワーの派手な撃墜癖と度重なる遭難癖、これにカティ・マネキンとの風聞を利用した
離脱策は一まず成功を収めたようだが、パトリックは不満が残るらしく、小さくぼやいた。
「俺、ガンダム戦以外、不敗なんすけど・・・・・・」
カタロンふぜいにやられたと思われるなんて、スペシャル様のとんだ名折れですよと、無念そうに肩を落とした。

「人というものは往々にして他人の功を忘れ、失敗のみを心に留めあげつらうものだ。戦略的撤退に人的被害を
伴わないのであれば、勝利と思え」
「・・・・・・『負けるが勝ち』ってコトですかね大佐? よっしゃぁあ!」
カティの一言にあっさり気を取り直すと、パトリックは意気揚々と胸を反らせる。
いつもは自分の後ろにある彼の背は、その顔に劣らず表情豊かだった。頼もしさより可笑しさが先立って、
彼女は思わず口許を綻ばせた。

再会の時パトリックは、泣き笑いに顔を紅潮させ、そのままカティに抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
迷子が保護者を見つけた時のようなその表情を目にしたときには、彼女が彼に抱えていた小さな苛立ちは、
とうに霧消してしまっていた。
カティの無事な姿に嬉しさを隠そうともせず、恐らくは不安のうちに過ごしただろう間隙を埋めるかのように、
パトリックは普段以上の饒舌さで、さかんに彼女に話題を振っている。
これから彼女が指揮を執り行動を共にすることになる、連邦軍クーデター派の活動拠点までの道のりは遠く、
周囲への警戒さえ怠らなければ、彼の話に付き合う時間は十分にあった。

アロウズにいる間、カティはずっと神経を尖らせていて、心安い間柄の彼に、辛く当たったことも一再ならず
あったような気がしていた。しかもひどいことに、パトリックの情けない半べそ顔以外、何を言われて腹を立て
それに自分がどう返したのかも、ろくに記憶に留めていなかった。
TPOを全く考慮しない彼も確かに無遠慮には違いなかったが、上官と部下という立場に加え彼が年下である
こと、そして自分に好意を持っているという事実に甘えていた節は否めない。ここは感謝と謝罪かたがた、
とことん話を聞いてやろうと、カティは彼の問いかけに快く応じることにしたのだった。

「まだこれからだパトリック、先は長いぞ」
「でも今回みたいなのは、これきりで頼みます」
自分の腕前に絶対の自信を持ち、およそ深い考えなどなさそうに見える彼とはいえ、彼女に向け引き金を引くの
には、それなりの葛藤があったのだろうか。これまで想像を絶するバリエーションとバイタリティーとで彼女に
好意を示してきた彼の心情を察すれば、酷な命令でなかったとは言えない。
「そのつもりだ」

「そういや、俺が落としちまった艦は」
話の流れで思い出したのか、パトリックはカティの乗っていた小型艦の行方を尋ねた。
「反連邦勢力を装い、アロウズに先んじて回収するよう指示を出した。損傷も中破程度、物資は手土産がわりだ」
クーデター派がカタロンと連携していることを考慮すれば、実際回収に来るのは万年物資不足の上、
ブレイクピラーで相当のダメージを受けたカタロンだろう、と彼女は当たりをつけていた。

アロウズ討伐に際しては、カタロンとの共闘は不可欠であろうし、彼らはソレスタルビーイングとも友好的な
関係にある。また討伐成功のあかつきには、協議の上、彼ら反連邦諸勢力を連邦に取り込むことまでをも
視野に入れるとすれば、ここで多少なりと誼を通じておくのも悪くない。
彼女の言葉からどこまで察したのかは定かではないが、彼はなるほどと頷きつつ感嘆の声を上げた。
「ぬかりないっすねえ、さすが俺の大佐!」
「誰がお前のだ・・・・・・」
333文書係:2009/08/06(木) 17:54:24 ID:???
公式出たけど脳内補完/機動戦士ガンダム00/短編小説パトリック・コーラサワー/「アロウズ離脱 その16」

 「・・・・・・あのぉ。ところで、何で大佐はノーマルスーツなんすか」
と、ここでパトリックは遠慮がちに話を切り出した。彼ほど遠慮の似合わぬ男もいるまいに、一体何の
つもりだとカティはいぶかしんだ。
「非常事態に備えてだ。離脱プランの中に、宇宙へ上がるプランも提示しておいた筈だったが」
まさか戦術プランに一通り目を通さなかったのではあるまいなと、彼女はややきつい口調で咎めた。

クーデター派の活動拠点において、目を通す時間は十分にあった筈である。事態を軽んじてそれを怠った
のであれば、不心得も甚だしい。叱責の言葉をカティが探していると、画面に穴が開くほど読みましたよと、
手短かに彼は断ったのち、
「非常事態ってんなら、機能的で身軽なパイスーが俺的にはオススメなんですが・・・・・・」
彼女はしばし返答に窮した。何故か下手に出てのパトリックの提案は、唐突で話の先が読めないのだった。

「・・・・・・パイロットスーツのことを言っているのか?ノーマルスーツには慣れているから問題ない。お前が
いる以上、パイロットはお前以外あり得ん。不死身だのワンマンアーミーだのとぬかしたのはどこの誰だ?
よって私がパイロットスーツを着用する必要はない」
カティはパトリックの真意を?みあぐねていた。が、彼女がパイロットスーツに身を包む必要に迫られると
すれば、それは彼の身の上に何かあったときに他ならない。

「ちょっと期待してたんすけどね・・・・・・」
「何をだ?」
期待というからには、自分に起こる最悪の事態を想定しての提案ではないらしい。
とするとなおのこと見えてこない発言の意図に、彼女はあからさまに疑問の態を呈した。
「いえね、大佐のご無事な姿にホッとしたら、ついアレコレと、欲が・・・・・・ええ、何でもないです。ハイ」
パトリックは意味不明な事をぶつぶつと呟きつつ、それにまた一人で相槌を打ち、塩を振ったナメクジよろしく、
後ろ姿を一回り縮こませた。
結局何が言いたかったのか、カティには分らなかった。だが本人が何でもないと言っている以上、
大した理由ではなかったのだろうと、彼女は考えることをそこでやめた。

ややあって、パトリックは再び何事もなかったかのような上っ調子に戻ると、今度は何を思いついたのか、
「ねぇねぇ大佐〜、じゃあ俺の膝の上乗りましょうよ! ひ、ざ、の、う、え!」
彼女を促すように、空いている片手で自分の膝を何度か叩いた。
「馬鹿を言え。手許が狂ったらどうする。私はここでいい」
カティは訓練生の機体に同乗する教官のように、彼の斜め後ろに立ち、周囲に警戒の目を光らせていたのだった。

彼女の斜め下にある、このお気楽な頭からはよくもこう次から次へと、突拍子のない発想ばかり浮かぶものだ。
「MSにレディを乗せるといったら男の膝の上ってのが、MS乗りの常道、お約束なんですよ〜」
曲りなりにも30を過ぎた、分別盛りのエリート士官が戦線離脱途中、更に年嵩の上官を膝の上に乗せたいなどと
ねだりだす精神構造に、カティはいつものことながら頭を抱えた。どうやら少々、手綱を緩めすぎたようだ。

「いつの時代の話をしている。今時コクピットには救難用にもう一人ぐらい乗れるスペースを確保しているのが
世界のお約束だ」
カティがぴしゃりとたしなめると、パトリックは蚊の鳴くような声で未練がましく抗弁を続ける。
「つれないなぁ。男の夢とロマンを次々と粉砕しないで下さいよぉ・・・・・・」
次々と、などと言われても身に覚えのない彼女は首を傾げ、呆れ顔で彼に聞き質した。
「お前の夢とロマンは一体いくつあるんだ?」
「俺の愛と夢とロマンは、無限大です!」(今回投下分終了。多分「アロウズ離脱 その17」に続く)
334通常の名無しさんの3倍:2009/08/06(木) 21:01:50 ID:???
すごい投下ラッシュ!!
職人諸氏、お疲れ様です

>>河弥氏
>平静を装った仮面の下で、シンは深い呼吸をし、戦闘態勢を整える。(中略)
>闘いの相手はアスラン──ではなく、シン自身だった。
ステラのことで悩みアスランのことで憤るシンに共感できた。
アスランに喧嘩を売りに行くのかと思ったので意表をつかれた。
相変わらずフラグ立てまくりの複線はりまくりで次回以降も非常に楽しみ。
サブタイトルマジすげぇ。
GJでした。


>>弐国氏
某所での照会文に相応しく、オヤジがかっこいい。
機会があったら、種死後の世界での彼等も読んでみたい。
GJでした。
335通常の名無しさんの3倍:2009/08/06(木) 23:07:32 ID:???
>>文書係
投下乙!
なんというか、物語が進むほどにコーラサワーの評価が
うなぎのぼりに上がっている。素晴らしい。
336文書係:2009/08/07(金) 00:38:42 ID:???
>>333
3段落目の4行目、
カティはパトリックの真意を?みあぐねていた。

は正しくは、
カティはパトリックの真意を掴(つか)みあぐねていた。

です。旧字を使っていたら文字化けしていました。すみません。
337通常の名無しさんの3倍:2009/08/07(金) 08:45:56 ID:???
スレ終わりかけの保守上げ
338通常の名無しさんの3倍:2009/08/07(金) 08:56:27 ID:???
フレイ生存種デスとか頭の中には構成があるのに………
339通常の名無しさんの3倍:2009/08/07(金) 09:09:36 ID:???
たとえば、フレイが生存していたらこの一点だけは元と全然違ってくる、
ってポイントができるだろう。

そこだけ1,2レス書いてみるってのでもいいと思うよ。
340通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 01:48:00 ID:???
フレイがGジェネDSではパイロットになれたから、パイロットにするためにはキラと出会わない方がいいんだよなぁ

・クルーゼから守りきり、その後別離したまま
・序盤(ユニウスセブンまでは一緒)
・キラはラクスを恋人ではない
・最終的にDP批判をする際、キラが"人はわかりあえるし、変われる"という言葉が生きてくる

とかは簡単に出てくるんだけど……
341通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 11:53:05 ID:???
フレイをパイロットにしたいのかあ。

二年間で改めてオーブ軍入り→アスランとカガリにひっついてプラント、
アーモリー・ワン事件で間違ってMS乗り、とかテンプレなやり方かいな。
342通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 12:18:14 ID:???
フレイはやりようによってはどこの陣営でもいけるね
キラの目の前で死んだかに思われたフレイ
・実はブルコスに保護され記憶消去ルート
・実はまたザフトに保護されてましたルート
・オーブ軍orAAに保護されキラと再会ルート
ムウが生きてたんだから余裕だろw
343通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 20:55:59 ID:???
ジャンク屋に助けられ
紆余曲折の末
スーパーナンチャらストライカーを背負ったウンチャラアストレイを駆り
云々・・・

このルートならまさに何でも出来るww
344通常の名無しさんの3倍:2009/08/08(土) 23:25:45 ID:???
>>334
横レスだけんども、理想郷なら宣伝したのは俺だw
345通常の名無しさんの3倍:2009/08/09(日) 18:51:38 ID:???
>>文書係さん
毎度GJです!
コーラ何を期待してたんだコーラw
いつもコーラの台詞がコーラらしすぎて笑えます
続きも楽しみにしてます!
346通常の名無しさんの3倍:2009/08/09(日) 19:04:59 ID:???
今スレは、保守ネタの人とかも乙だった。

作者、読者、まとめ管理人さん。
皆さんにGJ
347通常の名無しさんの3倍:2009/08/11(火) 00:23:08 ID:???
>>343
機体を作中の文章で伝えるのは割と難しそう。オリジナルだったら尚更かなぁ
ストフリだったら……


シンは驚愕した。あの蒼い翼に、黒い銅には見覚えがある。
関節は時折金色に光り輝いていて、純白な装甲と相まって神々しいとさえ感じる。
同時に憎悪を抱かせる。家族を奪われたあの日、仲間を失ったあの瞬間、愛する者を殺した記憶を彷彿させる容姿。
「フリーダム……そんな……なんで!!」


こんな感じがいいのかな
348通常の名無しさんの3倍:2009/08/11(火) 22:43:45 ID:???
今回のスレ一番の驚き。

ヒロイン死亡

アイドル妊娠 のコンボ。
349通常の名無しさんの3倍:2009/08/12(水) 01:12:05 ID:???
いかにもアストレイ臭く作ってみました。
一部の人たちが拒否反応を起こしそうな設定はアストレイ臭さを出す為に
わざとやってます。
使いたい向きがあれば差し上げますよ?
誰か使いません?


フレイア・バクスター

ランチ撃墜後、一時連合艦隊に救助され強化人間にされかけるがすんでの所で
ジャンク屋達に救出された少女。実はフレイ・アルスター。偽名はアルスターの名前が
有名すぎるためでジャンク屋達にも本名は明かしていない。一部の人間は当然気づいて
いるが知らないふりをしている。
キラと一目出会う。そのたった一つの目的のため、今日もフレイは旅を続ける。


フェニックス・アストレイ

フリーダムを見たロウが設計を起こし組合がオーダーメイドで作った機体。
基本的には拾ったX100系のフレームを強化したものをベースにしており、
アストレイの技術はふんだんに使っているが、厳密にはアストレイではない。
デュエルにフリーダムの高機動ウイングを付けたような姿が特徴。VPSをいち早く
搭載しておりフレイ搭乗時にはダークレッドとピンクの装甲色が基本になる。
また高機動ウイングを切り離す事で重力下飛行が出来なくなるものの、
ストライカーパックやウィザード全種の装備が可能となる。

後にファクトリーからの情報のフィードバックでストライクフリーダムとほぼ同型の
高機動ウイング+ドラグーンを装備した姿(ストライク・フェニックス)となる。
OSとハチと同型の有機コンピューターの補助でMS搭乗経験が無くとも動かせる。

ひょんな事から彼女の専用機として運命を共にし、宇宙から地球まで駆け回る事になる。
名前の由来は幾度も死にかけては九死に一生を得たと言うフレイの本人の話から。
350通常の名無しさんの3倍:2009/08/12(水) 09:21:23 ID:???
>>349は別人
351SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:12:34 ID:???
10/

 ――ディオキア セントラルホテル

「へえ、それじゃアスランお前、先刻まで書類仕事やってたのかよ?」
 士官用に指定されたホテルのロビーを、アスランとハイネは連れだって歩いていた。

「ああ、ハイネは……っとそうだった。ヨウランとヴィーノを労ってくれたんだな」
「そうとも、中洲の方のお嬢さんたちと、昼間割引で楽しい時間を過ごしてきたぜ」
 基地のあるディオキアには、川に囲まれて中州となった地域に歓楽街がある。
長旅に疲れた軍人たちは、橋を渡って、浮世を離れた楽園に赴く次第だ。

「お前も来ればよかったのによ――とは行かないか。あのお嬢さんが来てるんじゃなあ」
 ハイネの指差した先の廊下を、プラント議長、ギルバート=デュランダルに伴われて、
派手派手しいステージ衣装そのままの少女が歩いて行った。
 桃色の長髪に月型の飾りのラクス=クラインは、アスランの姿を認めるなり、
喜びに満ち満ちた笑顔で手を振ってくる。

「……ラクス」
「お前ぐらいは本名で呼んでやれって」
「そうだな……」
 ハイネは、ラクスを演じる少女がミーア=キャンベルという名前である事は
知らないが、"音楽性が違うから"と言う理由で彼女が偽物であると看破している。

「こぶつきは辛いねえ」
 仕方なしに手を振り返すアスランは、どんな曲芸で前大戦の経緯をごまかしたものか、
表向きはラクス=クラインの婚約者となっていて、ミーアの立場に箔を付けている。

 例えばディオキアの朝刊――"ラクス=クラインの慰問ライブ"と共に、アスランが、
セイバーに乗った写真入りで特集されていて、本人をうんざりとさせていた。

「君が自由すぎるんだよ」
「凍えそうな季節だからな。なにをどうこういわねえで、温め合えばいいのさ」
 ミーアがデュランダルと去って、男二人はホテル備え付けのバーに向かう。

「おいおい、それなら夏はどうするんだ?」
「海に行けば、ナマ足魅惑のマーメイド達がよりどりみどりじゃねえか。
妖精たちが刺激してくれるぜ」
 正反対の性格ながら、意外と気の合う二人だった。

 バーに入った二人は、がらがらの店内を見て、硬直。

「久しぶりだな、貴様ら」
 ど真ん中の席に陣取ってグラスを傾けている白服は、名前をイザーク=ジュールと言った。
352SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:13:39 ID:???
11/

 ――ディオキア セントラルホテル バー

 俗世で汚れた心と体を、さあ酒精(アルコール)で浄めよう、とバーに向かった士官達が、
床が削れるほどのターンを見せて、入口で全員一斉に回れ右をした。

「おい、ヘブンズベースでも攻めに行く作戦があるのか?」
 壁に隠れた黒服達は、中央で杯を躱す面子に、ただならぬ異常を感じて戦慄。

 銀髪の白服。顔に走った斜めの向かい傷も露わな"プラントの護り"――イザーク=ジュール。
 金髪の赤服。不敵な笑顔を絶やさない偉丈夫は、"黄昏の肩"――ハイネ=ヴェステンフルス。
 黒髪の赤服。一見困り顔の青年は、ネビュラ勲章を得た"大戦の英雄"――アスラン=ザラ。

 総勢三名の"フェイス"が集うという事態は、戦況の激動を予想させる。

「デュランダル議長もここディオキアに入られているのだろう? 地上はザフトの劣勢だ。
ガルナハンを落とした余勢に乗って、大反攻作戦を計画したいのではないだろうか」
 ただの人間に見えて、ひとたびモビルスーツを駆れば単騎にして一個大隊級の
戦力評価を叩きだす化け物揃いが、三人も固まっている。おそらくディオキアで
最も戦力の密度が高いと思われる場所から、目を離せない黒服達だ。


「おい、誰か近くに行って話を盗み聞きして来いよ」
「俺は御免だぞ……イザーク=ジュールに睨まれただけでショック死する自信がある」
「ウェイターも可哀そうに、迫力に押されてトレイを持つ手が震えているじゃないか」

「――おい、見ろ。ウェイターがアスラン=ザラにカクテルをこぼした」
「死んだな、あのウェイター……」
「立った、アスラン=ザラが立ったぞ――!」

「おいぃ、アスラン=ザラの方が頭を下げただと!? ウェイターに上着を渡した!」
「この局面で頭を下げるとは――!」
「そして残った二人は平然と酒を飲んでいる。どういう事なんだ?」

「……おい、俺は今重要な事に気づいてしまった。ウェイターに渡した上着のポケットには
作戦の概要を記した重要な機密書類が入っているに違いない。それを渡したんだ。
つまりこれは、事故を装った秘密の作戦伝達なんだよ!」
「「な……なんだってー!!」」
 フェイスが三人、よもや世間話をしているとも思えない彼等は、勝手な想像を
たくましくしていた。
353SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:14:31 ID:???
12/

「行き成り災難だったな、アスラン」
「酒代がタダになって良かったじゃねえか、アスラン」
 どっちを肯定すれば良いものやら。
 制服の襟から外したフェイス勲章を手の中で弄びながら、少し涼しい格好のアスランは、
新しく運ばれてきたカクテルをあおった。グラスの縁に盛られた塩とさっぱりした
グレープフルーツが、多少濃いウォッカとよく合っている。

「それでイザーク、どうして地上に降りているんだ?」
「アスランに会いに来た、に一杯かけるぜ」
「包丁と婚姻届を持った部下が寝室の合鍵を勝手に作っていたから、逃げてきたのだ」
 青い顔をして語るイザークに、ハイネは腹を抱えて爆笑した。

「例の、あの娘か?」
 気遣うアスランに言われて、イザークは静かにうなづく。

「ヘルマンが居れば良いのだがな。婚姻届に、自分の名前を書こうとしてくれる」
 それを部下が自ら破り捨てるのが、普段のパターンであるらしい。

「そんな"彼女"との年中行事は即座に取りやめにした方がいい。これは本心からの忠告だ」
「名前は呼ぶなよ、"噂をすれば影"ということわざがある」
 アスランは、トリガーハッピーな少女が長髪を振り乱しつつ、「隊長はいねがー?」と
ドアを開く様子を想像して身震いした。

「ヒッヒッヒッヒ――駄目だ、笑いが止まらねえ。連合にこの情報をリークしたら、
明日にはその子にスカウトが走るぜ。包丁と役場の書類が軍にバカ売れだな!」
「笑いごとでは無いぞ、ハイネ=ヴェステンフルスぅ! 一杯はどうした、一杯はぁ!」
「おっと、すまねえ」
 呼吸困難を起こしかけた腹を落ちつけて、ハイネは自分のグラスを一息に空にした。
ストレートのホワイトラムがビールよろしく流し込まれていく。

「おにいさん、もう一杯!」
 空いたグラスを掲げてハイネはウェイターを呼んだ。

「……誰に賭けたのだ?」
「自分に、さ。それとザフトにも賭けて良いぜ。それで何をしたんだ、イザーク?」
 まさか逃げるためだけに来たわけはない。

「表向きは議長の護衛だがな。お前の代わりだ、ヴェステンフルス。
小康状態の宇宙で、隊の最大戦力を遊ばせておくわけにもいかん」
 ヴォルテール隊の最大戦力――つまりイザーク=ジュールそのものである。

354SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:15:22 ID:???
13/

「で、そのこころは?」
「宇宙でな、カオスもどきのMAが出て来たのだ」
「……へえ……」
 カオスの名が出たとたん、ハイネの笑みが強烈な迫力を帯びた。
 殺気が出た、と言ってもいい。凶相を直視したバーテンダーが、ミキシンググラスを取り落とした。

「ビット兵器とスラスターを改良した、"エグザス"の改良型でな――」
「奴は地球に居るはずだぜ。地上からの打ち上げは阻止出来てるんだを?」
 カオスを地上にたたき落としたのは、ハイネ本人だ。

「うむ、つまり、陸上でカオス等のデータを集めている部隊が存在する」
「それを潰しに来たのか、イザーク」
「ああ、適当に目星を付けて、連合の基地を2,3程潰したら――出た」
 純白のスラッシュザクファントムに背中を押されるザフト軍人たちは、
さぞ心強く戦場に飛び込んでいけたことだろう。

「カオスか……?」
「ガイアだ」
 身を乗り出すハイネを右手で制して、左のグラスをあおるイザークは答えた。

「ウィンダムを二機率いて、こちらを横合いから一撃し、ゲイツが二機喰われて離脱された」
 そこまで言って、イザークは黙る。
 ハイネとアスランを測る仕草に、酒杯を手にした二人はしばらく黙考したのち、
同時に口を開いた。

「罠だな。離脱させて正解だ」「誘いだろうよ、追って来いってな」
「そうだ。だから、逆に相手を包囲する事にした」
 自身も相当のMS乗りであるイザークだが、最近はヴォルテール隊の隊長として
指揮手腕を振るって高い評価を受けていると、アスランは聞いている。

「例の部隊が、空母を拠点としている事は分かっている。海岸線の連合勢力を
逐一潰して目を光らせているのだ」
 なにもガイアを潰す必要はない。
「そして――形跡が消えた」
 敵の進路に先回り、補給経路を分断して持久戦に持ち込んだイザークだったが、
結局取り逃がしたのである。

「モビルスーツを隠したな」
 ハイネは、それが当然とばかりに言った。地上にはいくらでも隠し場所がある。

「だが、人間はそうはいかないだろう」
 と、アスラン。鉄と違って、生きる人間の痕跡は隠せぬものだ。
355SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:16:12 ID:???
14/14

「うむ――制空権を確保して五十時間ほど捜索した結果、砂漠のど真ん中を
徒歩で突破した形跡を探り当てた。"ガイア"はまだ見つからん」
 二人の意見を首肯するイザークが、その足跡をたどった結果はどうだったのか。

「砂漠を突破――? ザフトの勢力圏内に潜り込んでいるという事じゃないか」
「……で、そのパイロットどもは、俺達の庭の何処に居るんだ?」
「……」
 だまるイザーク。
 いつしか、三人がグラスをあおる手が止まっていた。

「おい、イザーク。まさか」
「進行方向の終着点は、此処、ディオキアだ。他に行ける場所がない。
その所為で、今度は俺が動けなくなったわけだがな」
「……だがよ、現実問題、連合軍が潜伏出来る余裕なんて無いだろうがよ。
どう変装しようが、MSパイロットを分からないわけが……」
 分からないわけがない。と言いかけて、ハイネの言葉が、思考と共に止まった。
 宇宙で交戦したカオスのパイロット、彼の口調は若かった。

「子供……なのかもな」
 鉛を噛んだような重々しい口調で、アスランが言った。

「今、ディオキア市街は、占領時に避難したナチュラルを再び定住させるために
流入の審査を緩めてある――全員の身元を確認する人的余裕なぞないからだ」
「そこに、ガキが最低三人入ってくる……」
「はぐれた親を探していると言えば、誰も咎めはしないだろう。
行方不明の戸籍なんて、裏からいくらでも複製可能だ」
 重くのしかかる沈黙の空気が、三人を包んだ。

「ま……俺に言わせりゃあお前ら二人、ナチュラルに言わせりゃあ俺だって、
十分にガキの範疇なんだがなあ。プラント生まれは辛いぜ」
 おどけ倒すハイネの口ぶりに、沈みこんでいきそうな酒席の空気は救われた。

「そんな事よりもさ、アスランの恋の道についてでも話そうや、茨の園を
裸足でかけるがごとく……ってな有様だろうが、どれ、夕刊にだって例の
歌姫ちゃんと一緒に載ってるんじゃあねえの?」

 ウェイターを呼びつけて、今日の夕刊を持ってこさせる。

「さあて、大戦の英雄様のゴシップ記事は……と――」
 テーブルに置いた新聞の一面を見て、三人は同時に酒を噴き出した。

 "お手柄ザフトレッド おぼれた少女を救出"の見出しと共に、写真の中央で、
ルナマリアが、オートクチュールコレクションの壇上にたつトップモデルよろしく
扇情的なポーズを取っていた。
35645 ◆/UwsaokiRU :2009/08/12(水) 22:17:27 ID:???
以上、投下終了。
あとは適当に潰せばちょうど良いのではないかと。

まとめサイト管理人様、いつも乙です。

感想、ご指摘はご自由にどうぞ。

それでは。
357通常の名無しさんの3倍:2009/08/14(金) 20:18:18 ID:???
>>354
第二段落目、
>「奴は地球に居るはずだぜ。地上からの打ち上げは阻止出来てるんだを?」
×阻止出来てるんだを?
○阻止出来てるんだろ?
358SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/15(土) 14:41:37 ID:???
15/

 ――ディオキア ホテル六階

「ミーア?」
 酒の回ってメトロノームよろしくふらつく頭を、なんとか垂直に保つアスランは、
"壁に耳あり"とすら考えず、ドアの前に立つ少女の名を呼んだ。

「えへへ……隣の部屋だから来ちゃった」
 七階建て、レンガ造りの城をヨーロッパから移築して改装したこのホテル、
六階にあるたった二部屋は、ミーアとアスランが割り当てを受けている。

 最上階は、視察に訪れたプラント議長、ギルバート=デュランダルのものだ。

「……入れ」
 静かに招き入れたのは、デュランダルについて何かを知ってはいまいかと期待した、
ただの下心だ。うきうきと部屋に入ってきたミーアを、かろうじて勘違いさせない程度に
距離をおき、アスランは酔った頭で、どう話を聞きだしたものかと思考を進めた。

「ごめんね、疲れてる?」
「いや、飲みすぎただけだ。それでどうした用だい?」
 これ以上飲んだら、前後不覚に陥るという所まで酒精が全身をめぐっている。
 主に、ハイネのせいだ。
 ザルどころか枠しか残っていない奴め、と心の中には居ないハイネに毒づいてみる。

「え〜? だって、ラクス様とは婚約者なんでしょ。こういうこと……しないの?」
「ラクスは、そんな事はしない」
 ラクスとは、そんな事はしない。
 すり寄ってくるミーアを軽くどけて、アスランは酒気の混じったため息をついた。

「本当?」
「ああ、ラクスがするのはだな……やめておこう」
 リボンを体に巻いて箱に入り、「わたくしがプレゼントですわ」プレイを嗜んだり。
 アスランの赤服を纏って、「わたくしもザフトレッドですわ」プレイを楽しんだり。
 したらしい――キラと。

「怖い顔……どうしたのアスラン?」
「いや、思い出したら腹が立ってきただけだ。君のせいじゃない」
 "ごめんね、ちょっと匂いがついちゃった"と親友に笑顔で言われたので、
"いいよいいよ"と言いつつ泣くまで殴るのをやめなかった。

 親友なので、次にやったら前歯全部引っこ抜くと宣言して手打ちにしたが、
制服をクリーニングに出しながら、友情の定義について悩んだのが今年の初めだ。
359SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/15(土) 14:42:26 ID:???
16/

「追い出さないってことは、脈ありかしら?」
「……」
 風呂上がりの甘い香りを漂わせるミーアの姿態に劣情を催さないでもなかったが、
脳裏に浮かぶ金髪の少女の影が、それに触れる事を許さない。

「居たければ居ればいい……それだけだよ」
 例え、いまこの瞬間にカガリが"夫"のユウナに組み伏せられていようとも、正義を
プラントとデュランダルへ売り渡したアスランにとっては、失笑物のこの純情こそが、
守るに値する最後の信念だった。

「ラクス様の代わりでもいいのよ?」
「ミーア……君はラクスじゃない」
 アスランの言葉が示すのは、端的な事実に過ぎず。
 ――そして、カガリでもないんだよ。
 裏に秘められた思いは、ミーアに理解出来ようもなかった。

「それにミーア、君はラクスになりたがっているが、彼女でも出来ないような事をしている」
「本当?」
「ああ、本当だ。たとえ誰かに命ぜられている事でも、それは十分に意義のある事だよ」
 露出度を上げて、歌の調子が俗っぽくなった"ミーアのラクス"を、歌姫にふさわしくないと
批判する声も、プラントには出ている。温室育ちのラクスであれば、耳に痛い声の中で歌う事が
出来るか、アスランには疑問だった。

「でも、私、ラクス様みたいに危険な場所には行ってないし――」
「それはしなくて良いことなんだよ。彼女には悪い癖があって……いや、やめておこう」
 はぐらかしたが、ラクスはミーアのようにプロバンガンダに徹する事は出来ないと、
アスランは考えていた。

 戦争の解決を、戦場で図ろうとする向きがあるのだ。

 前回の大戦では、キラと言う切り札的存在を見出してまで、戦場に躍り出た。

 結果、確かにラウ=ル=クルーゼという名の、時代が生み出した狂気の具現を
討つ事には成功したが、戦争への介入は明らかに邪道であった。

 キラとフリーダム。
 アスランとジャスティス。
 ラクスとカガリ、そして三隻同盟。
360SEED『†』 ◆/UwsaokiRU :2009/08/15(土) 14:43:28 ID:???
17/

 戦争に介入した勢力は、アスラン達自身が生きて戦うために必要だったのであって、
時代に求められた存在ではない。むしろ、討ったクルーゼと同じ、狂気の産物に近い。

 プラントという酷く脆い世界がラクスに求めた"歌姫"という在り方は、
世界の狂気につけられた傷を、その歌声で癒すことであったはずだ。

 力でクルーゼを倒すのではなく、第二、第三のクルーゼが生まれない世界を作る。
 ラクスの影響力は、そのために使われるべきだった。

「君はラクスじゃないが、今の君にしかできない事をしていると思うよ」

 ミーアは、宇宙に住むコーディネーターの先導者ではない。
 今の時点では、デュランダルの下で動く扇動者に過ぎない。
 だがそれでもミーアは、"歌姫"という求められた存在の体現者では無いかと、
アスランは考えるのだ。

「そっか……それでさ、アスランにとっての"ラクス様"としては、私ってどうなの?」
「……」
 女性としては。
 どうだろう?
 答えに詰まるアスランの、その沈黙こそが雄弁に答えを語っている。

「あ〜あ。脈はなしかあ。まさか、出来ないとか、そういう病気じゃないわよね?」
「証明はできないが、違うから」
「よく疑われてるけど、"コレ"ってちゃんと天然物よ。小さい方が好みなの?」
「そういうものでもない……!」
 たゆんとした豊満な胸を両腕で支えるミーアが、恐る恐る聞いて来たので、
そうした趣味はないことを強調しておいた。

 キラではあるまいし。

 冗談交じりにアスランを誘惑するミーアの顔が晴れやかなのは、アスランから努力を
認められたからだろう。

「アスラン、やっぱり疲れてるみたいね」
「いい加減に酒が回ってきただけだ」
 ふらつく体を止められないでいるアスランの隣に、ミーアが体を横たえた。
 ベッドに埋まるようなミーアの、桃色の髪が広がる。
361SEED『†』 ◆/UwsaokiRU
18/

「うふふ……はい」
「なにが"はい"だ?」
「我慢比べ……まさかレディを追い出さないよね、アスランは?」
 邪魔にならないようにベッドのスペースを半分開けて、アスランの寝る場所を
"ぽんぽん"と叩くミーアは、とびきりに楽しそうな笑顔で確認した。

「婚約者同士なんだから、一緒でも全然不自然じゃないでしょう?」
「……」
 アスランは、ソファーで寝る事を覚悟する。

「お願い、せめて気分だけでも浸らせてよ。明日、議長と朝食を一緒にする前には
出ていくから。……そうだ、アスランも私と一緒に来ればいいんだわ!」
「ああ……そうだな」
 生返事を返しつつ、ミーアの方からそのセリフを云わせた事に満足もしていた。

「朝になったら、一緒にデュランダル議長のところへ行こう」
「嬉しい……本当よ?」
 アスランは、ミーアを適当にあしらいつつ、人前でだけ婚約者のふりをする
つもりだったのだ。そうすればデュランダルに会える、と思っていた。

 デュランダルとは、ミネルバのクルー、特にレイの居ない場所で対話をしなくては
ならないと感じていたが、アスランの側からデュランダルとの渡りを要求していれば、
ミーアの願いはもっとエスカレートしていただろう。

 どうせ相手をする体力の無いアスランは、ふらつくままに少女の隣へと倒れ込んだ。
もちろん、ミーアに背中を向けてだ。

「もしもーし、アスラン? んもう……スタイルと触り心地には、自信があるのに。
女の子相手にこんな失礼なことする人には、イタズラちゃうわよ?」
 ミーアの体温は近付いてきたが、アスランの意識はそれより早く現実を遠ざかり、
泥のような深い眠りに包みこまれていった。