1 :
名無しさん@3周年:
2 :
Get:2007/01/22(月) 12:37:52 ID:mwWsZKIn
あんたオレと考え似てる
身内に世界急逝教と元創価とエホバがいたけどあんまりいい事は無かったなぁ…世界急逝教と創価はそうとうたかられたらしい
3 :
慈風:2007/01/22(月) 14:10:07 ID:FiH3oVxt
こんにちは。スレ立て乙です。
このスレに於いても、散々宗教批判、否定をしてきましたが、今後は一切やめにします。
このたび、私はクリスチャンとなりました。
基本的な考えである、「神は人に内在する」という考えに些かも揺らぎはありませんが、個人の選択である信仰は、どのような形をとってもかまわないという考えに至り昨日、入信したしました。
私の中に内在する神は、イエスそのものではありませんが、彼が神となった事実は、厳に存在しておりますので、私は今後、「主と、子と聖霊に対し、最大の敬意を払う」ことを誓います。
いいか、みんな
(゚д゚ )
(| y |)
信者という言葉は
信 ( ゚д゚) 者
\/| y |\/
二つ合わさって儲けるとなる
( ゚д゚) 儲
(\/\/
つまり、お前達信者は金づるでしかないと言うことだ
(゚д゚ )
(| y |)
6 :
名無しさん@3周年:2007/01/23(火) 00:06:59 ID:pD/C0VFL
慈風さんは、神に救いを求められたのですか?
きっと、良い方に出会えたのですね、心から祝福します。
宗教と、宗教を利用した集金団体や、脱税団体とは違うので、
別けて考えた方が、良いと思います。
日蓮と大作さんは違う人だから、同じようには、語れない。
何だまた始めたのかやっと終わったと思ったのに・・・。
蚊是=風邪のアホがまた出て来るのか。
9 :
慈風:2007/01/23(火) 11:27:51 ID:NsVSdBHs
違いますよ。自己の確認のために入ったのです。
>>9 より自己を高められたら良いですね! (`・ω・´)ガンガレ!!
11 :
名無しさん@3周年:2007/01/23(火) 14:11:22 ID:6iDOz7rA
(゚∀゚ )
「儲ける」のは金だけじゃねぇwwwwwノヽノ |
< <
(゚д゚ )
wwwwwwノヽノ |
< <
( ゚д゚ )
―――――――――――ノヽノ |
< <
12 :
ひで:2007/01/23(火) 18:48:19 ID:mPbI0qj6
宗教が必要ナィとは言わネェよ?
俺も無宗教で、どっちかっつぅと宗教否定派だけど…
でも、キリスト教に関しては腹が立つ。キリスト教の人は、過去に教徒たちが起こした戦争や虐殺に対しては、どう考えるの??それに、キリストが言いたかったのは、創造主がどうとか、天使がどうとか、本当にそんなこと??
…宗教の起源には必ずその時代の社会的な背景があるよね?それをナンとかしたいからキリストなりの教えを説いたわけでしょ?創造主やら天使なんて、ただの比喩的な表現だったとは、考えられないの?
13 :
慈風:2007/01/23(火) 20:19:32 ID:NsVSdBHs
それはそう観る人がいれば、そうでしょう。
キリスト教に限らず、他宗を否定、非難、排除しようとする人はいます。
しかし、それは「神を観ない人」が自分の欲望を実現するために、行なった行為であると認識しています。
そして、同様の行為は「日常の中で」も行なわれています。
なぜそうなるのか。
「選択する人がいるから」
なぜなら、人が神であるからです。
14 :
慈風:2007/01/23(火) 20:29:06 ID:NsVSdBHs
どのような、善なる行為も、悪しき行いも、「人が神ゆえに行なえる」のだと思っています。
要は「その人がそうなる」と信じたこと、「そうする」と決めたことは、現実になるということです。
視覚できないからといって、体験できないからといって、デタラメだということにはなりません。
他の誰かが思い描いたものをあなたが体験し、あなたが描いたものを私が体験するかもしれないのです。
人の思考はそういうものです。
15 :
ひで:2007/01/23(火) 20:47:06 ID:mPbI0qj6
人が神ならなぜ自然災害には勝てなぃ?
なんで予測すらままならないの?
…回避できてないよね?
「平等」やら「博愛」なんつってっけど、天使に階級制度つくったり支離滅裂じゃん?
つか、神に救いを求めるだァ?甘ったれてんじゃねっつの。
「人」は「人」でしかないだろ?
人類が自分達を「人」と認識してんだから。
人と神はイコールじゃないお…
17 :
慈風:2007/01/23(火) 22:58:36 ID:NsVSdBHs
ひでさん、回避する必要がありますか?
私はないと考えます。
体が人でないという事実を踏まえれば、おのずとわかります。
階級など、人の概念にすぎません。
神はそのような区別はしません。
神の救いが甘えと受けとめるのは自由ですが、いずれ、わかる日もくるかもしれません。
18 :
ひで:2007/01/23(火) 23:09:52 ID:mPbI0qj6
自然災害を回避したいから地震の予測なりなんなり災害に対して準備してんでしょ?
それに、神が階級つくらないって言ってんのに、現時点でキリスト教は天使の区別をしたりしてんじゃん?人が神だっつぅなら、キリスト教徒だってみんなそうなんだろ?
区別するのは人の概念で、人は神なん??
…ナンか都合よく「神」なんつ〜記号を使ってるようにしか思えないけど…。
19 :
名無しさん@3周年:2007/01/23(火) 23:12:22 ID:Y9kU6L8d
神は死んだ
BYニーチェ
キリスト教か…聖書持ってるけど(ほとんど読んでないけど)、
ダヴィンチコードを読んでからのほうが興味湧いてしまったよ。
っつーかここはキリスト教のスレじゃないっしょ。
七福神だって神だっつーの。
スレ違いすぎ。
22 :
名無しさん@3周年:2007/01/23(火) 23:27:25 ID:/ilKSKQC
(´∀`)つ●ウンコーッ
23 :
名無しさん@3周年:2007/01/23(火) 23:28:53 ID:ZOKT95R7
なに言い争ってんの?馬鹿か?
宗教を信じる信じないは人それぞれのことなんだから、自分が入りたければ入ればいいし、入りたくなければ入らなければいい。
ただそれだけの話
24 :
ひで:2007/01/23(火) 23:29:20 ID:mPbI0qj6
確かに全然キリスト関係ないね〜…
ゴメンなさい。
25 :
名無しさん@3周年:2007/01/23(火) 23:31:06 ID:/ilKSKQC
26 :
慈風:2007/01/23(火) 23:31:27 ID:NsVSdBHs
ひでさん、信仰は個人の選択ですよ。
私はキリスト教徒にはなりました。しかし、全面的に聖書を信じることはできないのです。
聖書がキリスト教徒のみに優位にかかれている部分は否定できません。
しかし、それを受け入れるかどうかは、個人の選択ではないでしょうか。
神は人の内にある存在であり、人の本質です。
体が人であると認識すれば、死は必然となり、死が罪や裁きの結果となるのだと思います。
27 :
名無しさん@3周年:2007/01/23(火) 23:32:34 ID:/ilKSKQC
慈風はガチ
28 :
名無しさん@3周年:2007/01/23(火) 23:35:01 ID:/ilKSKQC
>>26 あんた間違ってるよ。キリストは悪いやつだろうが。
29 :
慈風:2007/01/23(火) 23:39:46 ID:NsVSdBHs
間違いと認識されるなら、それはそれでかまわないでしょう。
あなたの考えもあるのですから。
30 :
ひで:2007/01/23(火) 23:42:12 ID:mPbI0qj6
それは確かにそうだよ?
でも入る、入らないの話じゃないよね?元々。
宗教が必要かど〜かの話しじゃん? あんたがキリスト入ったの否定してるわけじゃナィんだからさ…
つっても俺もキリストに固定して、必要以上に否定しすぎたかな…ゴメン。
今更ながら、
>>1 を読んだけど…
>この世に生まれてきた目的、自分の使命をさがしながら
のところは、誰しも一度は考えるようなことだね、目的とか使命は置いても
自分が今存在するのは何故か? と、
どこまで考えたのかは忘れがちなことですが。
皆さんはどうでしょう?
32 :
名無しさん@3周年:2007/01/24(水) 00:06:30 ID:BULkLIcQ
自然災害は絶対あるし、避けられない運命なんだと思う。
理想と現実は違うので、こうありたいと思っても
思うようにならないことの方が多くて、挫折したり傷ついたりする。
でも、そんなときに、生きていく力になってもらえる物が、
そこにあるなら信じて使ってみるのも人生かなと思います。
そして漠然と祈るよりは、対象が、はっきりしていた方が祈りやすいし。
でも、求めない には、何も与えられないのかな・・・
一人でも生きてゆける強い心があるなら、神は記号でも良いかもね。
勝手に問いかけてスマソ。
自分もどっかにメモした後忘れ欠けてしまっているけど、
そのことが、今の私にとっての"神"に対する見方を徐々に形成していったんだと思う。 と、
>>1 へのレス。
キリスト教は生命の根本の因果をわきまえないために、実に幼稚な非科学的な宇宙観、
世界観に立っている。その天地創造説と日蓮仏法で説く無始無終の永遠の宇宙観、
生命観の正邪、優劣は申すまでも無い。また天道説をめぐっての、ローマ法王の
科学者迫害、カトリックに束縛された、中世の民衆の生活の陰うつさ。
これはみな、キリスト教のもつ哲学の低さと、矛盾とに起因する。
仏法の五重の相対の第一番、内外相対によって打ち破られる低級宗教なのである。
仏法の五重の相対とは一切の宗教・哲学・思想を比較検討し、その高低・浅深を
判釈する規範の原理の1つ、内外相対とは、内道(仏教)と外道(仏教以外の教え)
を比較したもの。内道が正しく三世の生命観、因果の法則を説き明かした教えであるのに対し、
外道はこうした因果をわきまえ知ることがないので内道が勝れているとする。
35 :
名無しさん@3周年:2007/01/24(水) 11:29:56 ID:hK72CJUo
↑
と、層化が申しております。
36 :
蚊是:2007/01/24(水) 16:41:24 ID:zhebIcxQ
慈風に大爆笑!
37 :
アンブロシウス:2007/01/24(水) 20:10:59 ID:PnnQ+bxA
神とは、わからない。ここで神とは一神教の神のことである。キリスト
とマホメットは、おそらく人間と神との間を仲介するものだろう。現に
存在する人間のうちに神はいない。神の基本的な概念は、人間を超えて
いるからである。簡単に言うと、人間は自分自身を信じることができな
いので、神が想定されると思われる。
38 :
名無しさん@3周年:2007/01/25(木) 00:40:16 ID:6x/qiK37
>>34
日蓮宗(日蓮消臭?)では、よその宗教の教えを否定しなければならない
なにか不都合な事があるのですかね?
よそと比較しなければ、自分の良さを表現できないのはちょっと嘘くさいな。
大ちゃん的な発想としか思えない。
>>37
言いたいことが、たくさんあるみたいですね。
私は頭が悪いので、一つ一つ分かれていると、
理解できそうなんですけど、まとめて書かれていると
難しそうで、わかりません。
で、
一神教の神はわからない=結論
神は人間を超えているので現存しない=結論
人間は自分自身を信じてはいないので神を想定する=結論
キリストとマホメットは、もう少し様子を見ます。
で、もう一度各論でお願いします。
蚊是=風邪のアホがまた出て来た。何かめんちょうみたいな奴だな。
気になるし、かと言って触るとでかくなる。
>慈風に大爆笑!
て何だかんだ言って慈風ファンなんだな
>>35 ジャンヌダルクはフランスの為に戦いながらも結局イギリスに引き渡されて
火刑にされた。それ以外でも科学とローマカトリックとの争いは熾烈だった。
コペルニクス、ケプラー、ブルーノ、ガリレオ等等迫害にあった。
そもそも、非科学宗教と科学的宗教との違いを知るべきだ。
いいかげん目覚めろよ。
信仰を し て い る だけの人はケチをつけるけど
本気で神を信じてる人は強い。
何しても、何されてもめげないって感じ。
このスレ新しくなってるんですね。久し振りに来ました。
Zさんのチャレンジ精神に乾杯!
ここ見てると真面目な人も沢山いるんだな、と感じます。
>>9さん
私も人生は「自己確認」だなぁ、とこの頃思い始めました。
だってそれしかないですよね。
表層意識の自分の思った通りには、なかなかならないですけど、
いつも希望をもってその実現を思い描くことは、例えすぐには叶わなくても
暗く考えるばかりより遥かにいい。
44 :
アンブロシウス:2007/01/25(木) 17:46:36 ID:p889YjW+
「神とは、わからない。」論理的にあるいは実証的に神を語ることがで
きないということ。それだけでなく、「自己の内に神が存在する。」と
いった思いは、人間本位、自己本位すぎる。神を語ることは、ほとんど
詩になる。キリスト教の信仰箇条によれば、
「我は信ず。神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神」
45 :
蚊是:2007/01/25(木) 18:49:48 ID:zazru+3c
慈風ってなんで入信したキリスト教を大上段から見下ろしてるの?
そういう傲慢な態度も神は許してくれるんだろうね?
46 :
名無しさん@3周年:2007/01/25(木) 19:46:05 ID:OzfLttQy
神は許している
すべてを
神ングアウツ
47 :
アンブロシウス:2007/01/25(木) 19:49:22 ID:p889YjW+
「現に存在する人間のうちに神はいない。」確かに神は現存しない。人間
外の存在者として対象化できないし、心の中の何か美しい、真面目な動き
を「神のごときもの」と思うことはできない。むしろ神は人間やすべての
存在とは全く違う「よくわからない、ある種の存在」と思われる。
48 :
アンブロシウス:2007/01/25(木) 20:44:17 ID:p889YjW+
「人間は自分自身を信じることができないので、神が想定される。」自分
を信じれば、神は必要ない、ということではない。この私が弱く、悪く、
希薄で、貧しく、取り返しがつかなく、祈るしかないので、プラトンのイ
デアの如き、「色即是空、空即是色」の如き、何かが光りだすようだ。
49 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 00:37:06 ID:69zYl+k5
アンブロシウスさん
名無しのお願いに丁寧なレス有るがとうございます。
全ては、>>48に集約されていると言うことでいいのでしょうか?
勉強になりました。
50 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 01:07:16 ID:69zYl+k5
慈風さんこないかな?
51 :
慈風:2007/01/26(金) 04:38:39 ID:yM/oH4yi
お呼びになりました?
何おまいら、そんな仲良しなの?w
慈風お前のファンの蚊是が
>>45でまた何か言ってるぞ。
54 :
レクター:2007/01/26(金) 17:56:56 ID:zB/agsKh
自分の中に神がいるって(笑)
神なんて いないよ
多分だよ 見たことないからね 人間は人間さ 欲望に負ける弱い生き物さ
55 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 18:49:47 ID:YDfN27CD
その通り人間は弱いものです。それゆえに何かにすがろうとするのではないでしょうか。心の拠り所を何かに求めたいのだと思います。その何がは人それぞれで最高の人生になるか最悪の人生になるかが決まるのではないのでしょうか。
56 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 18:58:23 ID:YDfN27CD
その何かは自分で決めるべきだと思います。他人の何かを参考にするのは大切なことですが、人から言われるままに何かを決めるべきではないと思います。宗教の布教も勧誘になってはならないと思うのです。
57 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 19:08:54 ID:YDfN27CD
教義がりっぱなものならば、共感する人々が集まるものだと思います。宗教の信者に考えて頂きたいのは自分はどのようないきさつで信者になったかを冷静に考えるべきだと思います。宗教法人の代表を信者が神のように奉ることに疑問をもちませんか?
58 :
アンブロシウス:2007/01/26(金) 19:11:15 ID:fwVw/FR2
神のことは、ひとつ置いておくとして、どうしても宗教について考えなけ
ればならない。内村鑑三のような無教会主義という立場もあるが、それで
も同好の士が集まっていただろう。無宗教でありながら、神を求めること
は、何かあやうい感じがする。
59 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 19:14:30 ID:YDfN27CD
教祖も代表も同じ教義をもった仲間です。同等と思っていいでしょうというより教祖も代表も自分自身そう思うべきなのです。教祖や代表はどんな生活をしてるかも見る必要もあると思います。
60 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 19:17:26 ID:7IRssKU5
票を入れれば・何々を信じれば救われる 逆らうと仏罰・・
そんな悪質なねずみ講
賛同する人数が多ければ
自動的にそれが真実となるので 増やすのが 良いのです。
たとえ嘘でも 増えれば勝ち。
何も言わず勧誘 →辞めようとすると 仏罰があるよ。
なら初めにそれ言えよ。w
人間の欲望の中で最高の欲望、願望は何かというと「永遠の幸せをつかみたい」と言う事に尽きる。
そこで『あなたは永遠に幸せをつかめる』というアメを与えて、
反面で『やらなければ地獄に行くぞ』と脅す、
それも自分だけじゃなくて、『祖先までも霊界で泣き悲しみ、また子孫までも地獄に行くぞ』と脅す、
人間をアメと鞭で、「最高の脅しと最高の願望」でもって支配する。
http://space.geocities.jp/mindmanipulate/cult-text.html 藁をもすがる気持ちでご利益入信する者も多いが「世界を救いたい」という純粋な心の持ち主も
カルトには多い。
オウムの若い科学者も 「自分の知識が結局は戦争に利用されるかもしれない可能性」に悩み
「救済計画に参加したい」との思いから 入信した。
そして 尊い説法をする「グル」を盲目的に疑わず信じ、彼はついに サリンを造ったのである。
61 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 19:23:23 ID:YDfN27CD
教祖や代表は移動に何を使いますか?どんな住まいにいますか?教祖や代表は会社の社長ではありません。私は宗教というものは、祖先を敬うことだけで十分と考える人間です。
新興宗教に属するものは、殆どが、疑問に思います。
62 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 19:31:38 ID:YDfN27CD
神の存在の意味を人それぞれ何とするかだと思います。現実に神様が科学的に存在すると思う方々は少ないと思います。
63 :
つぶやきくん:2007/01/26(金) 19:32:55 ID:TOamSZz3
64 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 19:39:19 ID:YDfN27CD
ある宗教の代表は自分の発行する機関誌に恵まれない国の人々を訪問し寄付や建物を建てたと自慢話を掲載することがよくあります。私は滑稽に思うのです。
65 :
レクター:2007/01/26(金) 19:51:35 ID:zB/agsKh
まっ 人それぞれだよ
誰がどんな宗教に入っていようが 己れには関係なす 己れの考えどおりに行動すれば いいんじゃね
66 :
アンブロシウス:2007/01/26(金) 20:07:01 ID:fwVw/FR2
葬式仏教や神道は別として、宗教は、一般に不寛容なところがある。それは、
絶対的な真理がなければ、人間は満足できないからである。他の人はあれを
信じ、私は、これを信じ、好き好きでよい。このような考えには、最終的な
心の拠り所がない。宗教が団体である意味もそこにあると思われる。
68 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 23:08:04 ID:69zYl+k5
ここは、宗教論を話すところではないと思ってましたが。
神が在るのか、無いのか、必要なのか、いらないのかではなくて
自分が今生きていることに、自分なりの答えを持っている人が、
見つけられずに模索している人に、生き方の提案をしてくれる
事もあるような所なのかと
お も っ て ま し た。
違っていたら、ごめんなさい。
『模索している私』
私には、今生きていく目的が見あたりません。
仕事はありますが、好きな仕事ではないし
明日やめても多分、普通に生きていけます。
家族はばらばらで愛すべき人もいません。
それでも、仕事して、ご飯食べて、テレビ見て、
ちょっと本を読んで、寝る毎日が、同じように続いています。
最近は、テレビと読書の間に2ちゃんねる覗いてと言うのが
入ってきましたが、大きな変化はありません。
死ぬまでこのままでいいのかなと思います。
自分が、幸福なのか、不幸なのかも判断できません。
わたしは、無限地獄に堕ちているんでしょうか?
自分をカミングアウトしてみました。誰か声を聞かせてください。
69 :
名無しさん@3周年:2007/01/26(金) 23:25:10 ID:YDfN27CD
私も同じ様な生活です。仕事も特別にやりがいをもって取り組んでいません。今の生活に不満もなく満足もなく過ごしています。
>>68>>69 人間は機械じゃないんだから働くだけじゃなくて「休み」をキッチリやりなよ。
休日にガッツリと趣味に浸る人は神だのなんだの言わなくても生活が充実してるよ。
71 :
慈風:2007/01/27(土) 08:21:38 ID:26/8JnHd
>>68 厳しい言い方をするならば、「依存して生きることは、自らの本質に反する」と思います。
生き方の提案ができたとして、それを全面的に受け入れることは問題ない。
しかし、何かあるたびに、相談しなければ行動できなくなる恐れもあります。
無論、そうでない方もおられます。その人次第ということですね。
あなたを支配できるのは、あなたしかいない。
誰かのせいにできるほど、神の愛は甘くはありません。
72 :
慈風:2007/01/27(土) 08:29:10 ID:26/8JnHd
そのままでいいならば、ここにわざわざ書き込みなどしないと思うし、生き方の提案を求めたりもしない。
あなたの葛藤が見えます。
私は生活に満足しています。満ち足りているということです。
仕事にやりがいもあるし、家族も元気。健康にも不安がない。
しかし、それは、瞬間の満足でしかない。
私はこれでいいとは思ってはいません。先があり、未知がある。だから、それを求める。
変化を浴し、刺激(発展)を浴することは、自然だとかんがえます。
>>68 己が不安ならそれを取り除けばよいのです。
まずは小さなことからお始めになっては?何でもよいのです。
今ある自分を受け入れれば物事変るかも知れません。
周りの家族が健康ならばラッキーと思えば良いし、
好きでもない仕事であっても仕事があるって何て幸せ。
一寸先は闇の人生、ならば「現在」を大事に、大事に思う。
そしたらキラキラが見えてくるかも。
75 :
アンブロシウス:2007/01/27(土) 11:03:13 ID:1VGCusSb
宗教が必要ないかどうか? カミュの著作などを見れば、人間は根源を激し
く求めている。しかし、世界には何の根源もない。だから、人間の存在は、
不条理としかいいようがない。そこで、カルトに幻影を見る人もいるが、
多くの伝統宗教は、経典と儀礼を通して、人間に考えさせ、不条理を乗り越
えさせるのではないか?
76 :
慈風:2007/01/27(土) 11:20:02 ID:26/8JnHd
それはYESであり、NOだと思います。
既存宗教の中には、確かに人のありようが示されてはいます。
しかし、それは一側面でしかない。
そうあらねばならない的な強制をすれば、人の自由は失われてしまう。
どちらかと言えば、提案ととらえるべきであり、それを受け入れるかどうかは、本人次第だと思ういます。
ユダヤ教は神が創ったというけど
仏教では人間は何から生まれたと言ってるの?
78 :
慈風:2007/01/27(土) 11:30:41 ID:26/8JnHd
私の薄学ではわかりかねます。
私はクリスチャンですし。
79 :
名無しさん@3周年:2007/01/27(土) 13:53:58 ID:8FENhGdP
新興宗教の教祖や代表の贅沢な生活に疑問を感じませんか?
80 :
慈風:2007/01/27(土) 15:19:22 ID:26/8JnHd
ビジネスとしてとらえるならば、腹もたちません。
限度がありますが。
81 :
名無しさん@3周年:2007/01/28(日) 00:23:44 ID:3I7sRxYE
68です。
70さん、74さん
レスありがとうございます。
慈風さん・・・・。
幸せなんですね。
でも、今よりももっと幸せになりたいんですね。
やっぱりお金とか、地位とか、名誉とか、星のついた名前とかが
在った方がいいのでしょうか?
そうじゃない何かを目指しているのですか?
私は、何も欲しくならないんです。
正確に言うと、欲しい物が、見あたらないんです。
カルボナーラとオムライスが好きですが、ご飯しかなかったら
ご飯にお茶でもいいかんじです。
でも、このままだと、10年後の自分や、20年後の自分が、
今と同じように、同じ服着てご飯にお茶かけて、食べていそうで
ものすごい嫌悪感に襲われるんです。救われないですか?
82 :
Z:2007/01/28(日) 01:39:47 ID:73xB11rj
>>81 横レス。
>やっぱりお金とか、地位とか、名誉とか、星のついた名前とかが
在った方がいいのでしょうか?
あると便利だ。ほしい分だけゲットすればよいのでは。
実際にオレは経済力・社会的地位の獲得も目標に含めている。
>そうじゃない何かを目指しているのですか?
・愛し愛される。
・人々に感動を与える。
・心の平和、内的幸福感に満たされて生きる。
・自分の気持ちに従い、自分らしさを発揮する。
・自分の夢を実現し、生まれてきた使命を達成する。
・今できることにベストを尽くす。
・一期一会の出会い、縁を大切にする。
・自分の価値観を縁ある人々に伝える。
といったところを目指している。
これらの精神的価値観の実現と上述した経済的・社会的地位の獲得目標、
比較すれば、優先順位は精神的価値観のほうが上位。
(続く)
83 :
Z:2007/01/28(日) 01:43:38 ID:73xB11rj
(続き)
>私は、何も欲しくならないんです。
正確に言うと、欲しい物が、見あたらないんです。
別に問題とは思えないが。ラクでいいじゃん。
>カルボナーラとオムライスが好きですが、ご飯しかなかったら
ご飯にお茶でもいいかんじです。
オレもそうだ。今食べたばかりの夜食はお茶漬け。
>でも、このままだと、10年後の自分や、20年後の自分が、
今と同じように、同じ服着てご飯にお茶かけて、食べていそうで
ものすごい嫌悪感に襲われるんです。救われないですか?
それが君のビジョンならその通りになるだろう。
理想のビジョン、価値観、ミッションを自分の内にさがしたほうがいい。
宗教では選択権を奪われる。
人それぞれの価値観とゆう尊重性が認めてもらえない。
自分の人生で大事なのは「自分はどう在りたいのか?」ではないのだろうか。
85 :
慈風:2007/01/28(日) 04:54:02 ID:vG4yIGP6
キリストは自らの命すら救え無かった。そんな神に他の人の命が救えるとでも?
日蓮大聖人はしばしば迫害に遭いながらも生きて生涯をかけて自らの思想哲学の
啓蒙に努めた。
87 :
名無しさん@3周年:2007/01/28(日) 10:39:08 ID:usC6Gz0l
精神的価値観というのは一般的常識も含まれているというか人間として当たり前で多くの人は望んでいるものだろう。もしあなたが、宗教をしてるなら一般的常識を先に身につけるべきだと思います。
キリスト教の立場でレスさせてもらいます。
>>84 >自分の人生で大事なのは「自分はどう在りたいのか?」ではないのだろうか。
その通りです。
仏教もキリスト教も少なくとも「まず自分を大事に!」が基本です。
(勉強不足→ユダヤ教やイスラム教はわかんない、ごめん)
ではどうなれば良いのだろう?というところで釈迦やイエスの教えが出てきます。
「自分と同様に他人も大切にし、弱い者を助けて分かち合いましょう」という教え。
大きく言えば宗教に大事なのはそれだけです。
○○を信じなければ救われないとかなんとかはちょっとズレてる感じ。
キリスト教で言えばイエスはユダヤ教徒だったので
これらの教えは「神」が望んでると言って回っただけ。
(この神と人間の癒着はユダヤ教やイスラム文化も勉強しないとわかりません)
もし必要以上に自由を奪われたらそれはあまり正しくない宗教でしょう。
キリスト教も献金やミサ出席義務がありますが嫌ならやらなくてもOKなのです。
「周りの目を気にしてやる」のは自由の拘束ではなく、その人の自由なのです。
でも。
正直言って今のキリスト教は世界的にも律法主義になってきていると
うちの神父さま方も嘆いています。
信じる信じない以前に本来私たち人間はもっと自由でいいんです。
蚊是何か面白い事発言してくれ。
やっぱり蚊是が出て来ないと盛り上がりにかける。
90 :
慈風:2007/01/28(日) 16:11:11 ID:vG4yIGP6
お金や名誉は、何れ手放す時がきます。
どんなに手に入れたつもりでも、それは尽きることがありません。しかし、手放さねばならない。
それは、所有できるものではないから。自分のものではないからです。
全ては神のもの。ゆえに所有しているようにみえても、実はそうではない。
この世の終わりには何も持っていくことなどできはしない。
執着すれば苦しみが増すだけです。
世に生きるための道具はそれ以上でも、以下でもありません。
大切なのは、精神的成長であって、物質的欲求を満たすことではありません。
神の愛を知り、その実践のために生きること。
私は其のために生を受けたのだとおもっています。
91 :
名無しさん@3周年:2007/01/28(日) 16:20:53 ID:usC6Gz0l
そもそも道徳的なことを神だのキリストだのと宗教的に結びつけているだけではないでしょうか?先祖代々の寺の宗派でいいてないかと思うのです。新興宗教はの存在の意味がわかりませんね
92 :
名無しさん@3周年:2007/01/28(日) 16:25:26 ID:usC6Gz0l
宗教法人も利益を得るための隠れ蓑になっていると思う。お布施にも贈与税があって当然だと思います。
93 :
名無しさん@3周年:2007/01/28(日) 16:27:21 ID:usC6Gz0l
道徳心を社会でキチンと子供に教えていない大人が、多すぎます。
94 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 01:05:08 ID:YhSEjOJv
こまった。
>理想のビジョン、価値観、ミッションを自分の内にさがしたほうがいい
どうやっていいのかわからないです。
似たようなことを、何度か言われてますが、突然心が重くなります。
これ以上、なにも失いたくない、自分への、言い訳かもしれないと、
いま、これを書いていてふと思いましたが、
いしょうけんめい生きてみたいです。
皆さんを、動かしているのは、なんなのか、ちょっとだけ、
私にに教えてください。
生きてるのって、怖く無いですか?
私は心の毒を、まき散らしています。
うざいと思った方ごめんなさい。
95 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 01:09:36 ID:Z8PzSAfi
そもそもよく神が人間を創ったと言うが逆じゃないか?人間が神を創ったんだろ?
96 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 01:49:24 ID:LeUm+dtr
いいえ、それはトムです。
97 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 01:56:49 ID:9heW9vNK
世の中で一番悪い輩@信用するな ベスト3
ナンバー1 宗教家
ナンバー2 占い師
ナンバー3 政治家
信用するなというより自分の目を養えってのが先かも
99 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 13:11:42 ID:Ilfs29Eq
世界三大殺人者
キリスト
ムハンマド
ブッタ
こいつらの、作った宗教で、何人死んだんだ?
現在、記録更新中です。
100 :
蚊是:2007/01/29(月) 18:28:49 ID:JtRsWuIV
100
101 :
アンブロシウス:2007/01/29(月) 18:36:52 ID:VAsIwfeQ
神を愛する、とはどういうことか? 聖書によれば、その次に大事なことは
「自分を愛するように、隣人を愛する。」ことである。神を愛するのも、自
己を愛するのも、同じ愛(ギリシャ語のアガペー)である。キルケゴール
は、自分を正しく愛することはどういうことか? との問いをたてている。
神を力の限り愛することで見えるものだろうか? いわゆる自己愛ではない。
102 :
トトロン:2007/01/29(月) 18:57:43 ID:qSriU+9V
>>99 彼らの教えがあったから,この程度で済んでいるとも解釈できないでしょ
うか?現に今人口数十億だし.逆にこの人口爆発の問題のほうが大変(>.<)
>>99 ちょっと待て。
仏教が原因で起こった大規模殺人って何だ?
俺には蘇我対物部の崇仏排仏戦争しか思い当たらんが。
汝殺すなかれ
105 :
Z:2007/01/29(月) 20:28:16 ID:qvw+1nGy
>>94 >こまった。
>どうやっていいのかわからないです。
>心が重くなります。
>これ以上、なにも失いたくない
なんだかネガティブだねえ。何があったか知らないけどさ。
>いしょうけんめい生きてみたいです。
いしょうけんめい生きなくていいさ。
マジメだけじゃダメだよ。軽く軽く。
遊び感覚、ゲームで遊んでる感じで人生を歩むみたいな。
>皆さんを、動かしているのは、なんなのか、ちょっとだけ、
私にに教えてください。
やっぱりドキドキ感とかワクワク感というか
喜びというか楽しさというか。
まあ好きな女のコとデートしてるように自分の道を歩くというか。
努力感とか苦労はないほうがいいよ。
106 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 21:12:40 ID:oA+SXO8v
そもそもここで各宗派の教えをかたるより神の存在をどのように解釈しているかを語ってほしい。
107 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 21:15:40 ID:oA+SXO8v
個人の財産は、死んでもなくなることはありません。子供に残すことも立派だと私は思います。
108 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 22:03:01 ID:oA+SXO8v
お金や名誉はその人個人の努力により得たものです。死んでも子供に財産は託すことができます。名誉は死んでからも語り継がれでしょう。その人の生きてきた証しを神(いた場合)とて奪うことはできない。
109 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 22:07:09 ID:oA+SXO8v
人間が神を作ったと私も思います。なぜ神を作ったかの意味を知ることが、重要なのではないでしょうか。人間を神が作ったとするから宗教もおかしきなるのだと思います。
110 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 22:14:18 ID:oA+SXO8v
楽に生きていけたらいいのですが、発展した現代においてかなか難しいと思います。会社に勤めれば責任とやり遂げなければならない事だらけです。それにより自分の価値を見いだしているのが現状です。寂しいことですが、現代を生きるものの宿命です。
そろそろスレタイに戻りませんか?
112 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 22:23:43 ID:oA+SXO8v
人間はいつか必ず死が訪れます。死を恐れるかたが、大半でしょう。生きている間に悪いことをすれば地獄に善良にいきれば天国にというよう生まれてから死に向かって精一杯生きることなんだろうと考えます。
113 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 23:27:28 ID:Lw1ZbJwn
宗教をいくら語ることができたとしても
霊的体験が無い人は無神論で生きるしかないんだろうな。
114 :
名無しさん@3周年:2007/01/29(月) 23:40:57 ID:YhSEjOJv
zさん、慈風さん、あと、まき散らした毒をちょっとずつひろってくれた
みなさま、ありがとうございます。
少し楽になれたような気がします。
これ以上自分をさらけ出すのも、恥ずかしいので、
少しのあいだ、皆様の声をききなだら、沈黙して、考えてみます。
次の時には、名前付きで参加したいです。
その時は、よろしくお願いします。
霊的体験をもししたい人がいたら
まるまる一週間絶対に情報に触れない生活を送るのがお勧め。
ヒキってもいいし山篭りもいいし離島にダイビングとかでもいいけど
ネットも本も新聞もTVもラジオもダメ。
そうしたら霊的体験みたいのが出来るよ。
まぁその間は当然仕事も勉強も出来ないけどね。
>>115 人間の脳はあまりに情報が無い状態におかれると、無いものを想像する
チカラが発達し、時に自分の理解を超えた空想を作り出す事があります。
それを自分の理解出来る言葉、感覚で表したものが「霊的体験」
そして自分は悟ったと勘違いし、最終的に大量殺戮に至るのです。
最終的に大量殺戮に至るのです。
118 :
名無しさん@3周年:2007/01/30(火) 10:54:49 ID:1qvh8oHD
霊的体験を積極的に勧めたくはありません。
あまり強く霊的体験を望むとよからぬモノが寄ってきておかしくなるからです。
比較的に安全なのは自問自答をすること。自分を省みることのように思います。
これを、数年続けていると、自分の頭で考えているのではない考え方が
すとーんという感じでおりてくることがあります。
明らかに自分の考えとは違う思いがおりてくるのです。
廻りを見渡しても誰もいないのに、声を聞いたように心に響くのです。
とても不思議な体験です。自分は誰かに見られている。
それも、自分を良くしたいという誰かが自分とは別にいるということを
自問自答を通して確信できることはあります。
119 :
☆吉法師☆ ◆MjArn2/U.U :2007/01/30(火) 13:05:16 ID:SBNP99K+
よからぬもの
が寄って来たら可笑しくなるのか??よからぬって??おかしくなるって、何?インチキくせー
120 :
蚊是:2007/01/30(火) 17:05:01 ID:BoV1fbK9
>>119 くさいのではなく、そのものです。
ただし、反論してはいけません。
どうせ「体験した事の無い人間にはわからない」で終わるだけです。
118の彼は、自分が感じたものは高級な霊(神)の言葉だと確信してるのです。
自分が低級霊に憑依され、翻弄されていることに気付かずに・・・
121 :
アンブロシウス:2007/01/30(火) 17:46:07 ID:Ssvpi4zl
日本では特に宗教は各自の選択の問題になっている。もちろん無宗教という
立場もありえるのである。ここでは肥大化した選択の自由が横行している。
サンタクロースを信じている幼い子供のほうが、自由な心をもっているので
はないか。神社や仏教に力が無く、一神教になじめない日本では、カルトの
危険性が高くなる。彼らは、伝統宗教とよほど無縁であったと思われる。
低級霊に憑依されてって
>>120は霊の存在は認めているんだ。
123 :
蚊是:2007/01/30(火) 18:15:48 ID:YIWQgOTR
蚊是に憑依してるのは中級霊ですかそれとも上級霊。
>>109 >人間が神を作ったと私も思います。
「神」の現時点の人類の思考上での科学的証明はきっと永遠にできないでしょう。
しかし、宇宙、太陽系の一つである地球。 そしてその中に存在している、人&その他生物。
人知では計り知れない深遠なる複雑さ(それも完全に調和のとれたと思われる)。
私たちにはほんの一部しか認識することはできません。
そんな時間と空間の狭間で人生を過ごしているのです。
限られた範囲で自分の望む処の経験をしようとしているのです。
神の存在をあるとみるかないとみるか、何らかの形でいずれか感じる人は幸いだと言えますよね。
しかし、そこで終りではないのです。またそこからが始まりです。
生きている限り、自分のあるべき姿を求めて答えを探すのではないでしょうか。
神の救いは人々の思いやりの中に現されているような気がします。
物やお金はこの世では心と対を成す両輪の轍だと聖書にはあります。
どちらも生きていくのに大切です。
片方だけを否定することは無意味なことだと思います。
人間は大宇宙の一実体にすぎないよ。
127 :
アンブロシウス:2007/01/30(火) 19:24:54 ID:Ssvpi4zl
人間は何故存在するのか? 他の存在も何故存在するか? とくに人間は、
自分が存在することを知っていて、自分の存在を不思議に思う。自分の中
に存在の根源は無い。独我論でもなければ、人間を形作った創造神を認め
たくなる。真理と道徳と美に関しても、その根源は、はるか向こうにある。
誰か人間が「人間を殺していけない。」と思ったのでなく、神が決めた。
哲学だなぁ
129 :
名無しさん@3周年:2007/01/30(火) 19:45:58 ID:MtWd2SRD
自分の中の存在の根源をもう少しわかりやすく表現してくれませんか?
130 :
名無しさん@3周年:2007/01/30(火) 19:50:36 ID:MtWd2SRD
霊体験はきっと妄想を霊体験と勘違いしているのだと思います。心の病が、現実と妄想を区別できなくなっているのです。
131 :
アンブロシウス:2007/01/30(火) 20:19:56 ID:Ssvpi4zl
ある善いことをしようと思ったとき、それを思ったのは自分であって、自分
でない。聖霊が善いことをさせたと考えるのが自然である。どんな場合でも、
「私は、正しい。」と断言できる人はいない。人間は迷い、誘惑を受け、根
源的には、闇の重力に引かれているからである。闇とは悪であり、2元論的
宗教でなければ、神の前には非存在である。
132 :
名無しさん@3周年:2007/01/30(火) 21:08:18 ID:zMp0BgNz
>>130 だけど、複数の人間で同時に経験する場合もあるんだぞ。
妄想つったって、実際にその通りの現象になって起こったりする。
133 :
名無しさん@3周年:2007/01/30(火) 21:16:41 ID:MtWd2SRD
連鎖反応で人はまわりと同じ行動を起こすことは科学的に証明されてます。
霊体験はどうだか知らないけど
青空を見上げて気分が爽快になるのは
霊的体験(スピリ…スピチュリ…スピリチュアル?)の一部だお!
>>133 科学的に証明されたのは、共同幻覚と言う事象の存在だけ(そういう事象が在
るということの確認だけ)で、その事象が幻覚であるか、霊的体験であるかの
証明はされていません。
134さんに同意!
139 :
名無しさん@3周年:2007/01/31(水) 11:52:49 ID:w5+DjlhQ
インスピレーションを受ける人は皆無なのか。
昔、それぞれの宗教の教えや心理を大まかだけど勉強したら、内容は同じだった。
それで、自分の中の正しいと思う心理と信仰してる神の心理が似る程、信仰して行く事が分かった。
そこで、団体心理が加わりカルト的にもなる場合があるのも分かった。
自信が無い人程、神と言う名前を欲しがるよ。
自分を大切に、他人を大切にする為の手段なら、宗教はあってもいいと思うよ。
141 :
名無しさん@3周年:2007/01/31(水) 16:35:18 ID:NSQn0PxX
宗教ととらえるより人間の道徳にしたほうがわかりやすい。霊体験を味わうまえに人間としての苦労を味わうことだよ。
心理学的に言うところの生存の願望(安全欲求)が
その人や民族独自の神を生み、救済を求める。
生存の欲求とは必ずしも肉体の健康喪失に限ったことではない。
昔から紛争・奴隷・植民地制度・自然災害があった所は信仰が定着してる。
対象となるのは自然・親族・空想上の擬人化された存在など。
ちなみに今の日本ではマスコミ信仰が大流行だよねw
>>126 同意。
その一実体から見る全体(大宇宙)は、限られた中の視点に過ぎないよね。
>>134 うーん、目前で見る狭い世界から解放される瞬間でもあるからね。
いい景色を見るときも、世界遺産や富士山のように大きなものを眺める時も、
普段には無い、広い視点に切り替わる時のギャップが興奮となって、気持ちを高揚させているのかもね。
霊的なことに対しては、何故それを霊だと言い切れるのかと考える。
目の悪い私は、軽い幻覚(錯覚?)なら何度か見ます。
霊は否定しないけど、人がそれを確信したように霊だと言ったことを真に受けるのは早い気がします。
でもテレパシーはあるでしょ?
経験した人多いと思うよ。
唯心論も唯物論も性善説も性悪説も皆もう妄説だよ。
何でも妄想で片付けちゃうの?
いやなんかある、って思うところから人間は始まるんだよね。
じゃなかったら単に生きて死ぬだけ!?
つまんないよ。
色心不二
色心不二とは色とは物質をいい、肉体をいう。心とは精神をいい、心の働きをさしていう。
不二とはこの色心の二法が二にしてしかも一体不二なるこを言う。
色心不二とは生命の実態をさして言うのです。
しからば「生命の本質はなんだろう」
また「この世だけのものか、それとも永遠に続くものなのか」
あるいは「この地球以外にも生命は存在するのか」等々
これらの生命に関する問題は、最古の時代から現代に至るまで
常に二つの潮流として議論が展開されてきたわけです。
その二つとは観念論と唯物論なんですけど
この難解な問題を解明したのが仏法であり、
より根本的に解き明かしたのが、日蓮大聖人の色心不二の大生命哲学なんですよ。
色心不二の仏法哲学は、
現代世界の二大哲学である唯物論・唯心論をかたよった思想・哲学として
これをうち破りこれを指導していく大生命哲学なんです。
要するに肉体と精神とは一体不二のものであるという根本原理が説き著わされているです。
エネルギーは宇宙においては一定不変であり、決して消滅してしまわないという原理。
近代科学の発展は、宇宙の種々の物質、現象の変化を起こさせるその能力を
エネルギーと名づけその関係を見出した。たとえば電気のスイッチを入れると
電気ストーブは赤熱し、その上の湯沸しの水が温まってくる。
これは電気エネルギーが熱エネルギーに形を変えたのであって、
エネルギーの量そのものは一定不変である。機械的エネルギー、運動エネルギー、
光エネルギー、熱エネルギー等もお互いに変換するが、創生したり消滅したりしない。
アインシュタインの相対性理論によれば、宇宙の物質の質量はエネルギーと同等なものであって、
(エネルギー)=二分の一×(質量)×(光速度)の2乗で表される。
物質もエネルギーとして考えられ、宇宙全体のエネルギーの総合計は不滅である。
方程式は、物質がエネルギーに転換すると巨大なエネルギーとなって現れることを意味し、
原子力の開発で証明され、原子爆弾という恐るべき力をもつにいたった。
エネルギーそれ自身は眼にみえない潜在するものである。
大宇宙のどこかでエネルギー集中がうまれ活動を始めても不思議はない。
天文学は星が生まれ成長し、やがて消滅してゆくことを確認している。
太陽はその質量をエネルギーに変えて日光を地球にふりそそいでいる。
要するにエネルギーが形をかえて移動し変化してゆくのが宇宙の姿であるといえる。
この地球上でも太陽エネルギーをうけ自然現象がおこり動植物の発生、活動を生み、
大宇宙へエネルギーを発散させていく。すなわちエネルギーは増加も減少もしていない。
そしてこのエネルギーとそれを変化させていく根源のものは妙法蓮華経と名づけるもの、
宇宙と共にある宇宙それ自身の大生命なんだよ。
151 :
蚊是:2007/02/01(木) 12:24:00 ID:tKwgkjMK
ID:2Bj4JxnNさんへ
理屈っぽいですね。
気持ちが悪いですね。
一般社会で嫌われてるでしょうね。
うっとうしいですね。
この世でさほど必要性を感じない方ですね。
逝ってくれるとうれしいですね。
エネルギーを別のことに利用してくださいね。
以下省略で。
>>148 おお、結構感動したw こういう見方は大切だね。
アインシュタインの話を分かりやすく言ってくれて良かったd
最後の、>「宇宙それ自身の大生命なんだよ。」って見方も好きだ。
妙法蓮華経は知らんけど。
蚊是 エネルギーは不滅と言ってるでしょ。
151 :蚊是
151 :蚊是
151 :蚊是
151 :蚊是
154 :
解説:2007/02/01(木) 14:16:32 ID:zczPwJSP
148さん 妙法蓮華経が宇宙と共にある宇宙それ自身の大生命なんだよ。
とのことですが
その根拠を教えてください。
155 :
蚊是:2007/02/01(木) 16:40:02 ID:tKwgkjMK
>>153 エネルギーが例え不滅でも、貴方が使える時間には限りがあるんですよ。
死んでも治りませんか?
>>154 それは無理だよ。「法華経」は「難信難解」釈迦の十大弟子の最高智者と言われた
舎利弗だって「以信得入」と言ってるんだよ。
>>155 それは君も同じです。でもね。因縁果報だと思うんだよ。
因(原因)があってそれが縁に触れて果(結果)が生まれてその報いを受ける。
それってきわめてあたりまえで科学的だと思うんだけど。
蚊是が生まれてきて苦しみ老いてやがて病に罹りそして何時の日にか死を迎える。
生まれてその報いを受ける。その繰り返し生命は無始無終だと思うよ。
生命とはメビウスの帯みたいなものであると思うよ。
無始無終とは始まりも無ければ終わりも無いと言う事、だから、人間は自らの
宿業、カルマを感じるんだって思う。
そうで無ければ生まれながらの差別は説明できないと思う。
158 :
解説:2007/02/01(木) 17:17:49 ID:zczPwJSP
>「法華経」は「難信難解」釈迦の十大弟子の最高智者と言われた
舎利弗だって「以信得入」と言ってるんだよ。
あれ。舎利弗の生前は 法華経は無いですよね。
あと154の根拠が無い場合 それは妄想かもしれないですね。
160 :
解説:2007/02/01(木) 17:34:19 ID:zczPwJSP
でも明らかに 舎利弗の生前は 法華経は無いですよね。
安価間違えた。161は160さんへのレスです。
163 :
蚊是:2007/02/01(木) 18:21:26 ID:tKwgkjMK
ID:2Bj4JxnNさん
マジメに生きようよ。ね!
こんなクソみたいなレスに時間を費やして、もったいないと思わない?
君はクダラない事をさも悟ったかのように延々書いているけど、
平日の日中からこんな書きこみしてる人間の話なんかマトモに聞かないって。
今だったら君個人よりも、君がもらしたウンコの方がまだ役に立つよ。
164 :
解説:2007/02/01(木) 18:24:05 ID:zczPwJSP
>方便品第二に登場してくるよ。
うそ〜〜 それって誰が書いたの?
ま スッタニパータも全部が金口ではないし。
>>163 蚊是は解って無いね。俺ここにウンコしに来たんだよ。
蚊是てさぁ〜もっとセンス有ると思ったけどたいしたこと無いね。
蚊是君自然の摂理から言えばウンコも必要なんだよ。
169 :
アンブロシウス:2007/02/01(木) 21:04:53 ID:g8Beh++k
宗教は救いを求める。人間はほんとうの壁にぶつかってしまったとき、もは
や己の中で己を励ますことができない。汝であるところの神が必要である所
似である。この必要性は科学的な存在証明にならないが、心情の論理として
神がある。「私が悲痛の最中にあるとき、聖母マリア様が現れ、主のみ心に
おまかせしなさい、と言われた」
170 :
ぷちゃん君:2007/02/01(木) 21:10:12 ID:GllNkwB1
(__)
( ・∀・) ウンコー
__〃`ヽ 〈_
γ´⌒´-−ヾvーヽ⌒ヽ
/⌒ ィ `i´ ); `ヽ
/ ノ^ 、___¥__人 |
! ,,,ノ爻\_ _人 ノr;^ > )
( <_ \ヘ、,, __,+、__rノ/ /
ヽ_ \ )ゝ、__,+、_ア〃 /
ヽ、___ ヽ.=┬─┬〈 ソ、
〈J .〉、| う |, |ヽ-´
/"" | ん |: |
レ :| :こ | リ
/ ノ|__| |
| ,, ソ ヽ )
.,ゝ ) イ ヽ ノ
y `レl 〈´ リ
/ ノ | |
l / l;; |
〉 〈 〉 |
/ ::| (_ヽ \、
(。mnノ `ヽn
171 :
解説:2007/02/01(木) 21:26:39 ID:zczPwJSP
>漢訳したのは鳩摩羅汁だよ。
筆者が分からない 捏造経典を さらに彼が 意訳した。
ID:zczPwJSP君法華経を説いたのは何も釈迦だけでは無いんだよ。
>>171 鳩摩羅汁が漢訳した法華経で摩訶止観を天台大師は説いたぞ
摩訶止観て言うのは像法時代の法華経だよ。
それが日本の伝教大師最澄に伝わり弘法大師空海を論破するんだよ。
で高野山は元々ダメ。てことに成るんだけど。比叡山も真言化してしまう。
その時代を末法て言うんだよ。その時代に法華経、つまり
南無妙法蓮華経を説いたのが日蓮大聖人なんですよ。
175 :
名無しさん@3周年:2007/02/02(金) 23:26:06 ID:0Xsb0Yus
ここは、いつから、喪家のスレになったんでしょうか?
日蓮語るなら、他にもたくさんスレ在るのに、なんでここに書くんだろ?
その厚かましさが、大作ちゃんの、思想そのものな気がして
吐き気がします。
176 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 00:36:45 ID:sKcVPLOZ
172-174さんは博識ですね。
ですが 釈迦は法華経など説いてないでしょ。真言も無い。
末法も 後付けでしょう。
大乗経典は ほぼ捏造でしょう。
もちろん172さんが そう思うなら それを否定するのは証拠が無いので
難しいですが。
ただたとえば密教などは
仏教の堕落したもの だと認識されてますよね。
>>176 大乗非仏説論は妄説だよ。
でも説明はたいぎぃから書かない。
178 :
アンブロシウス:2007/02/03(土) 11:27:49 ID:73PTdci3
宗教とは、とても奥深いものである。社会の中に宗教があり。宗教の中に
社会がある。現代の人間中心主義では量りしれない、いわば構造が存在す
るのである。考えても見よ。良心、自然法、平和、愛、正義等の観念とい
か、切羽詰った当為性は、どこからやってくるのか?私がひとりで考えた
のではなく、また、人類がたまたまそういう教育をしてきたからではない。
179 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 16:58:09 ID:Up21Mg+R
宗教が奥深いものならいろいろな問題があるのでいらない物ですね。
180 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 17:02:09 ID:Up21Mg+R
奥深いというより道徳心が確立されていれば宗教は不要で無意味なものです。道徳心を確立するのに邪魔たものです。
181 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 17:04:40 ID:Up21Mg+R
人間中心主義といいながらその人間社会でいきている宗教家など矛盾だらけの詐欺師でないでしょうか?
182 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 17:11:02 ID:Up21Mg+R
あなたが人間中心主義を否定するならば、いますぐ社会をすてて自然界で生きてください。できないでさょう!勝手に偉そうな事を言わないでください。責任ある生き方をしなさい!宗教より人間としての責任と道徳心を極めることを知りましょう。
183 :
boo:2007/02/03(土) 17:44:06 ID:5JXsLbPP
179>宗教者は共通点を見つけて協力すべきであります。
180>道徳と言うものはルールであり、そのルールは人間が決めた物。なぜ人間はそのようなルールを決めたのでしょうか?
184 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 18:01:58 ID:Up21Mg+R
生きるためにルールを決めるあたりまえのこと
185 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 18:03:28 ID:Up21Mg+R
いきるために宗教は必要がと言えば、不要です。
186 :
boo:2007/02/03(土) 18:11:48 ID:5JXsLbPP
確かに。
187 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 18:12:33 ID:Up21Mg+R
宗教家が協力しても何もできないでしょう。なぜなら宗教は人間が生きるべき基本を知らないからです。
188 :
boo:2007/02/03(土) 18:16:30 ID:5JXsLbPP
けれど生きる目的を知りたいとは思いませんか?
もし人が皆「神」の存在を知ることができるのであれば、
恐らく今のような世界は存在してないでしょう。
各々にとっての悪と善があり、そこに従って行動する。
よって、現実は個人々々の想念が絡み合って己のみの思う通りにはならない。
生きている間に何処までたどり着くことができるか、
このスレタイにあるように「宗教はらない」とは全ての人間には言えない。
「自分の内に神は存在する」と夫々が感じ、確信した時にはそう言えるだろうが、
そのようなことはあり得ない。何故ならこの世界(物質界)が人間の魂のために必要と思われるから。
ま、人間のルールをはみ出し過ぎないようにしながら、カルマを浄化していくのが一番かな。
そんなもの(カルマ…あるならば)にいつまでも捕らわれるのはまっぴらです。
190 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 18:34:24 ID:Up21Mg+R
いきる目的をあなたは知らないから宗教をするのならアナタは間違っているでしょう。いきるとは親から命を授かり人として幸せに道徳心をもって社会のために役立つこと後世のために立派に子供を育てることです。そのことに理屈はいらないのです以上!
191 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 18:39:41 ID:Up21Mg+R
カルマとは現代に存在しない。宗教の世界に存在しているだけそのことからも「宗教なんていらない」という気持ちがわかります。あなたが現代に危機を感じるならなぜ携帯という進化したものを使うのでしょうか?自然界で生きればいいと思う。
192 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 18:44:59 ID:Up21Mg+R
いきる目的を知らない方々は私が簡単に教えたので理解できたと思います。宗教をやめても目的を知ったのだからもう大丈夫です。みせかけの生き方をやめて人間として道徳心をもっていきましょう。ちなみに私の教えは単純でお金は一切かかりませんし宗教ではありません。
193 :
†Growing†:2007/02/03(土) 18:56:49 ID:nb8oDHaO
194 :
boo:2007/02/03(土) 19:03:55 ID:5JXsLbPP
>もし人が皆「神」の存在を知ることができるのであれば、
恐らく今のような世界は存在してないでしょう。
そのための宗教なのですよ、今の状態を変える為の。
知らない人の為に伝える為の。だから宗教者は努力して伝えてるんです。
善と悪はどこから発生してますか?人間の考えでしょう。
人間にも物にも神は宿るのです。この世の法則だから。
誰にでも、いつでも、どこにでも当てはまる法則だから。
それが神仏です。
私は法則と一体になりたいから、それが楽しい道だから宗教やってます。
>いきるとは親から命を授かり人として幸せに道徳心をもって社会のために役立つこと後世のために立派に子供を育てることです
それを出来るようにするために監視役が必要です。
人間は自分勝手だから。
欲に溺れます。道徳も何も無くなります。それが今の社会です。
そのまま進むと神仏に(法則に)逆らって痛い目合うよ。というのが信仰です。
法則を知らせるためなのです。
それが宗教活動です。これは神仏と一体となれるから実際楽しい。
195 :
boo:2007/02/03(土) 19:09:35 ID:5JXsLbPP
カルマなんてものは”社会のために役立つこと”を心がければ露が溶けるように消え去ります。
とサンゲ経に書いてあります。
196 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 19:51:26 ID:Up21Mg+R
もし神が、善悪を判断しているならなぜこの冷たい社会になったのかな?宗教でよい世界になるように活動している?あまり意味ないように思います。戦後から現代にかけて日本は進化したが、人間としての道徳心は失われてきたと思う。
197 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 19:55:56 ID:Up21Mg+R
いまは人間としての道徳心を回復するのは神や宗教でなく個々の人間だろうと思う。少しづつであるが、皆がかんじていると思う。そのことに宗教を持ち出す必要はない。道徳心を神や宗教を持ち出して語る必要はない。人間そのものが、考えることなんです。
198 :
boo:2007/02/03(土) 19:56:47 ID:5JXsLbPP
神仏は現れる時にありがたい現れ方とありがたい現れ方があります。
しかしどちらも、人間の成長においてはありがたい現れ方なのです。
と法華経に書いてあります。16番最後です。
199 :
boo:2007/02/03(土) 20:00:25 ID:5JXsLbPP
197>
それがハルマゲドンなのでしょう。フォトンベルトの影響でしょうか?
200 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 20:04:46 ID:Up21Mg+R
まだ分からない妄想があるようですね。形あるものはいつか壊れます。
201 :
boo:2007/02/03(土) 20:06:58 ID:5JXsLbPP
それは諸行無常。
202 :
boo:2007/02/03(土) 20:08:09 ID:5JXsLbPP
しかし法則は壊れない。普遍的です。
カルマなんてそう簡単に消えないよ。
204 :
boo:2007/02/03(土) 20:18:02 ID:5JXsLbPP
消えるらしいです。
205 :
boo:2007/02/03(土) 20:19:26 ID:5JXsLbPP
霜が溶けるように。>サンゲ経
206 :
名無しさん@3周年:2007/02/03(土) 20:22:04 ID:Up21Mg+R
殺人を犯した人間が社会的に裁かれずにいる場合なんてこともありうるこれが、現実社会です。カルマなんて現代にありません。妄想より現実社会で物事を考えること
207 :
boo:2007/02/03(土) 20:25:55 ID:5JXsLbPP
けど心は地獄です。まっとうな人間なら。
要は心の持ちようで現実社会が地獄にも天国にもなります。
ID:5JXsLbPPさん君のカルマは消えたのか?
209 :
boo:2007/02/03(土) 20:30:44 ID:5JXsLbPP
カルマを消すには他の為に何かすることです。
それがこの世の法則に従う事。
カルマは生まれた時から持ち合わせるものだよ。
それにサンゲ経て何?検索したけど答えがほとんど出てこなかったよ。
211 :
boo:2007/02/03(土) 20:51:20 ID:5JXsLbPP
法華三部経の三部目ですよ。
212 :
boo:2007/02/03(土) 20:53:52 ID:5JXsLbPP
「衆罪は霜露の如し慧日能く消除す。」です。
法華経については釈迦の二十八品と天台大師の摩訶止観と
日蓮大聖人の南無妙法蓮華経しか知りません。
でも
>>212の言葉は聞いた事があった様なきがします。
boo自体立正佼成会員だね。
>>206さん
裁かれないということはないんじゃない?
ただ、それがすぐに来るか、後に来るか。
復習はわれ神にあり、というのが聖書にあるようだけど(詳しい章までは知りません)
意味深い言葉だと思います。別に恐れるためのものではなくて、
因果律とでもいうものでしょうか。
相手を大事に思うところから始まるのではないか。この頃そう思うのです。
時には大変難しいですけどね。
217 :
名無しさん@3周年:2007/02/04(日) 00:37:55 ID:sJrtw5T1
ほっけさんたちえ。
うるさいのでたいこたたかないでください。
あと、おっかないので、夜中に、集団で、歩き回らないでください。
>>217 創価はたいこたたかないし夜中に、集団で、歩き回らないよ。
219 :
名無しさん@3周年:2007/02/04(日) 12:26:06 ID:fu+Mb8xG
低レベルが伺える。
ハイサイおじさん ♪
221 :
☆吉法師☆ ◆MjArn2/U.U :2007/02/06(火) 09:22:09 ID:csMhIkUb
人類は神を妄想し、我母である大地・閉鎖空間・地球を汚し続けてる
神など居ない、もし仮に存在しても神は人間側にはいまい。よって神など無駄。
222 :
アンブロシウス:2007/02/06(火) 09:57:07 ID:vC5RZUL9
宗教は残酷。しかし、一般社会も残酷。「神は死んだ。」と言われるが、ニーチェは、市場で「神
は死んだ。」と叫びながら、走り回る男を描写している。周りのものは「それが、どうした。」と
いう態度である。ニーチェは、神に替わるものを探した。著作「ツアラトゥーストラ」には、超人
を生み出す苦悩があふれている。はっきり言って、世の人に超人は無理なのである。
224 :
黒幕:2007/02/06(火) 11:47:34 ID:e/hTShSG
225 :
名無しさん@3周年:2007/02/08(木) 22:11:09 ID:8znxk+EK
確かに、外>内になると暗くなる感じがする。
内部を明るく、つまり、自分自身を灯明とし、
内>外とすれば、外部である世間の荒波にも
きっと負けないはずである。
もっとも、自分も含めて大部分の人間は、
外部の仕事や、人間関係、誘惑、等に
気をすっかり奪われて、内側のことなど、
お留守になっているようである。
226 :
蚊是:2007/02/09(金) 08:42:50 ID:UutzDzxR
>>225 そして内に熱心になれば、貴方のように「変質者」呼ばわりされる。
蚊是が出てきた(笑
228 :
名無しさん@3周年:2007/02/09(金) 09:51:57 ID:ppkxgofP
でもさ、私子供の頃 下町の小台の拝み屋の天善〇光って小さな教会行ったけど、優しい白い髭のお爺さんで
「まあまあ寒いだろ、火鉢にあたりなさい」って言われて 餅とお茶頂いてから〜拝むの
太鼓叩いて「六根清浄天善明光」ドンドンドンドン、気持ちの問題だけど、庶民の味方なんじゃないかな。難しいけどね♪今は行ってないけど、山登りも楽しいでしたょ。ピクニックかな?宗教って庶民のレジャーだったのよ。
蚊是は便秘で悶絶死したと思ってたのにまだ生きてたんだ。
>>225さんの方が面白いよ。もっと面白い事書け、便秘に苦しむ蚊是へ
前スレで神=時間と書いたものです。
先日機会があり神学者の方に「神ってなんですか?」お伺いしたところ
「宇宙全体から私達の細胞一つ一つまで」と言ってました。
どうやら自分勝手に操作出来ないものが神なんですよとの事。
(これはユダヤ教からの概念らしいのですが…)
あながちスレタイ間違ってないですね。
内なる自分の声が無意識に『うわっ嫌だ』と思えばある意味それも神の声らしい。
ただ頭でこうしよう、あぁしようと言うのは操作できるので神の声ではない。
このヘンの線引きはよくわからんです。
>>231 おお、その返答に同意。 まさに全は一、一は全か。
ユダヤ教の概念ですか…ダヴィデの星といい、大変興味深いです。
233 :
名無しさん@3周年:2007/02/10(土) 00:45:12 ID:ZRwBI2Gd
そうですよ 私たちが神なのです。 どこかにいるのは神でなく
捏造された 偽神です。
>>231>>232 瞬間が永遠、永遠は瞬間なんですよ。一念三千にはそれが説かれてるんだけど
たいぎぃので書かない。
235 :
名無しさん@3周年:2007/02/10(土) 12:23:45 ID:TkFLL7ic
>>231 実に頷けるレスですね。
手っ取り早く、その考えを実体験出来るのが、ギャンブルをする時でしょう。その細部に至るまでの感覚を、受けるままの結果が起こり得ます。
相性、確率、理論などは二の次となってしまいます。
自分は今まで肌に感じてきました。
そこに望みを持って成されるのではなく、成される感覚を望み、いつもギャンブルに勤しんでいるんです。
自分は無宗教ですが、同意しますよ。
236 :
名無しさん@3周年:2007/02/11(日) 16:03:50 ID:goXbC5ln
勉強やスポーツでほめられたり、おいしい食べ物、マスメディア、
オナニー等で、感動、快感を覚えて、人は外部に幸福を求めに
いってしまうんだろうな。
外部の快楽は短時間で消滅することが多いので、自分を含めて
この類の人間は大部分の時間は苦しむことになる。
あたかも、覚醒剤中毒患者のように。
>>231 人間自体が大宇宙の一実体なんだよ。それを妙法蓮華経と漢訳では言い
サンスクリット語だとサダルマフンダリッキャソタランと言うそうだよ。
南無は帰命の意味。
>>231 ごめん、梵語で、
サダルマフンダリッキャソタランで無くサダルマ・フンダリキャ・ソタランだった。
他にも別の発音が在る様だ。
239 :
名無しさん@3周年:2007/02/11(日) 22:11:01 ID:krj9+ucV
>それを妙法蓮華経と漢訳では言い
>サンスクリット語だとサダルマフンダリッキャソタランと言うそうだよ。
そんなあやふやな法華経だから
カルトの宣伝材料として 利用されまくっているわけだ。
仏教はそんな あやふやな教えじゃない。
>>231 南無妙法蓮華経とは五行に訳すと妙は土、法は木、蓮は火、華は金、経は水、とされる。
方位に訳すと妙は中央、法は東、蓮は南、華は西、経は北。
季節に訳すと妙は土用、法は春、蓮は夏、華は秋、経は北に訳される。
他に、星、仏性、音、眼、時、根、智、常、大、戒、識・・・などに訳される。
>>239 仏教はそんな あやふやな教えじゃない。 あやふやななのは君の頭の中さ
あやふやななのは君の頭の中さで無くてあやふやなのは君の頭の中さだった。
あやふやカルト創価バカスク頭は死ね!です!
あやふやカルトDQN創価バカチョン頭には理解できない、現実の話しをしよう。
安部も小泉彰晃も、支持率12%を上回れないのが、実態だ。
すでに、オウム自民狂オウム創価狂により「全ての選挙で八百長が選挙で横行しているが、これは完全なクーデター犯罪の既遂」である。
マスゴミの捏造支持率に、沿った形でのみ、選挙が操られて来た。これが八百長カラクリ選挙の証拠なのである!
>>243 君の情報全てあやふやだ、そんな、君は相手にするのに相当し無い。
245 :
名無しさん@3周年:2007/02/11(日) 23:17:33 ID:N6H0t3ja
>>236 >>235の者だが…、
人生、選択の連続。
スタートラインが全員同じでも、決断が無数の未来に枝分かれしていく。ある意味運命は死期に至るまで自分が作り上げていっていると言っても過言ではない。君の考えは危惧するだけで、解っている人は、その対応まで身に付けているものだよ。
難しいかもしれないが、そういう点では生き物の全ての感覚、神経とは神に値するのではないか…
>>240 おお、五行思想にも当てはめてるんだ、凄いなーw
五行思想は中国由来だっけね。
>>246 もちろん、五行思想も研究してますよ。
陰陽五行説は中国古来の思想です。あと、易とか二元論とか一元論とか
色心不二とか多元論とか
唯心論
唯心論とは世界の究極は、物質より精神のほうが根源的であり、
本質的であるとする形而上学的見地ですなわち精神は物質や自然とは区別され、
独自の考え方であり。世界の究極的存在は精神的な物であるとする学説なんですよ。
唯物論
唯物論とは物と心、存在と思考の関係において、物また存在が第一次的で
それは心、思考から独立しており心、思考はその一次的なものから派生してきたもの
すなわち、第二次的・副次的なものであるとする
認識論からは物質的、客観的世界が実在で、人間の感覚や意識などの主観は
頭脳と言う一つの物質的器官の働きによる物質的、客観的世界の模写、
反映にしかすぎないとする考え方。
色心不二
色心不二とは色とは物質をいい、肉体をいう。心とは精神をいい、心の働きをさしていう。
不二とはこの色心の二法が二にしてしかも一体不二なるこを言う。
色心不二とは生命の実態をさして言うのです。
しからば「生命の本質はなんだろう」
また「この世だけのものか、それとも永遠に続くものなのか」
あるいは「この地球以外にも生命は存在するのか」等々
これらの生命に関する問題は、最古の時代から現代に至るまで
常に二つの潮流として議論が展開されてきたわけです。
その二つとは観念論と唯物論なんですけど
この難解な問題を解明したのが仏法であり、
より根本的に解き明かしたのが、日蓮大聖人の色心不二の大生命哲学なんですよ。
色心不二の仏法哲学は、
現代世界の二大哲学である唯物論・唯心論をかたよった思想・哲学として
これをうち破りこれを指導していく大生命哲学なんです。
要するに肉体と精神とは一体不二のものであるという根本原理が説き著わされているです。
249 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 01:01:59 ID:oTbeb1F5
立派なお考えもおありでしょうが、
学会の方は、もう少し手を汚しませんか?
貧しい人から、浄財あつめるの、やめませんか?
宇宙の真理を説いて、ありがたいのは、誰でしょうか?
死ぬ直前になって、生きてて良かったって思えるのは、葬式代が
安くすむ事ぐらいでは、悲しいと思います。
>>249 ごめんね。聖教新聞は営利団体。
折伏はその人の為。
選挙は全て票数です。
251 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 01:09:52 ID:W3rpyRwF
r ‐、
| ○ | r‐‐、
_,;ト - イ、 ∧l☆│∧ 信者の諸君!
(⌒` ⌒・ ¨,、,,ト.-イ/,、 l 信じるものは救われるというが、
|ヽ ~~⌒γ⌒) r'⌒ `!´ `⌒) すくわれるのは足元だけだ。
│ ヽー―'^ー-' ( ⌒γ⌒~~ /|
│ 〉 |│ |`ー^ー― r' |
│ /───| | |/ | l ト、 |
| irー-、 ー ,} | / i
| / `X´ ヽ / 入 |
252 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 01:11:01 ID:/T/o8WV1
何の宗教であろうと個人が信じていれば、それで良い。
とやかく言う必要なし。その代わりに勧誘するのだけは、やめて貰いたい。
信じる物は自身の心にあるのだから。デパートの買い物ではないのだから、
人に勧められて決めれるものではない筈。
254 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 01:26:56 ID:/T/o8WV1
しないよ?傲慢さが滲み出てますよ?
別にあなたからどうこうではないのです。
あなたにしても、意味や価値がないと言いたいのでしょう。
その思想自体、歪んだ心を生み出してるのですよ。
宗教でも自身の心でも、全ては真の意志から成り立つのですから。
>>254 日本語を使って下さい。言ってることが理解できません。
自分の意思を他人に理解できる様に説明する事が出来ない人に折伏は無理です。
256 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 01:38:14 ID:nB7lAK6U
自分の縁になる事柄は全て、神仏と考え敬いなさい。
257 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 01:42:13 ID:/T/o8WV1
ふっw
もの凄い発想ですね^^
ここはそもそも、そういう類のスレではない筈。
あなたがどの宗派に属されてるか存じませんが、
己を良く御覧なさい。自身の内からしか見ないから周りが
見えなくなっているのですよ? その様に文章(知識的?)
で押さえ付けようとしていても意味のない事ですからね^^
>>256 神仏て?神と仏の違いに対する見解を伺いたい。
神と仏は別の存在ですよ。
エビちゃんなら私ですけど!?
261 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 01:55:26 ID:/T/o8WV1
>>259 そちらこそ、理解のされる日本語を使われた方がよろしいかと。
俺このスレの蚊是ちゃんのファンなんだけどこんな深夜に出で来る訳ないな。
263 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 02:49:45 ID:WvyZBnPE
通りすがりの、自分を殺すことばかり考えていたものです。
恐縮ですが、
>>256、訂正していいですか。
自分の外なる事柄は全て、敬いなさい。
自分の内なる思い、神、仏、は捨てなさい。
すれば、苦はなくなり、楽に生きられる。
264 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 02:59:18 ID:/T/o8WV1
楽に生きれるのは、念を消し去り廃人と化すからでしょう。
みーーんな神たまに愛されていますよ。見守られていますよ。
抱っこされていますよ。いいこいいこされていますよ。
神たまの温もり、感じてみよう
266 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 03:30:06 ID:WvyZBnPE
267 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 04:15:39 ID:WvyZBnPE
どうやったら、神たまの温もり、感じられるのですか?
痛覚ですね。痛みを感じる。これです。
269 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 05:01:14 ID:WvyZBnPE
>>268 >>265 現代医学上、痛覚、つまり、そういう神経感覚があるということは疑いない事実。
残りの「神たまの温もり」って何?
神経だけでは感じるということは無理。ただの信号。
脳があってもなお無理。神様から与えられた生命が確かに
生きて存在しているという感覚があれば、それは奇跡的なことだというほかない。
これ以上に確かなことなどないんじゃないか。確かに実感できる。
271 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 05:31:37 ID:WvyZBnPE
>>270 神様がよく分からないので、
『与えられた生命が確かに 生きて存在しているという感覚があれば、それは奇跡的なことだというほかない。』
に修正してもいいですか?
いい。
ほんとに奇跡的だとわかったら、神様が中にいて感覚しているということだから。
宗教からは、自分が宇宙の中心であるから
何も恐れなくても宇宙のほうがなんとかしてくれる、
ということを学べばいい。
274 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 05:50:52 ID:WvyZBnPE
そういうことか
『与えられた生命が確かに 生きて存在しているという感覚があれば、それは奇跡的なことだというほかない。』
を訂正して、
『宇宙から与えられた生命が確かに 生きて存在しているという感覚があれば、それは奇跡的なことだというほかない。』
だったらOKです。確かに宇宙の中に地球があって人間がいる。宇宙が人間を造ったと言ってもおかしくない。
「神様」とかいう得たいの知れないアイデア用いるので、分からなかったです。
275 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 06:10:48 ID:WvyZBnPE
>>273 「自分が宇宙の中心であるから」というのも宇宙を全部見たわけではないので、
それらを削除して、
「何も恐れなくても宇宙のほうがなんとかしてくれる、」
でいいですか?こうすると、宗教という概念がなくても、普遍の理論になります。
>>275 ダメですw
必死に自分を中心に据える訓練をしないで、
ただ受け取るだけという法はないので。
今まで、釈迦や基督がおかしな愛とか慈善を喋ったために
自分中心ということ、自分は神だということを放棄してきた人間は、不幸になったのです。
その反省に立たなければ。
277 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 06:35:17 ID:WvyZBnPE
>>276 「必死に自分を中心に据える訓練」というのは例えば、どんなことですか?
もし、自分を中心に据えるというのが、自分内を見つめなおすという意味でしたら、
例えば、吉野から那智の滝まで、一人で10日分の食料もってあるいたりとか
自転車で一人で駅で寝たりとかで日本一周したりとか
日本アルプスを一人でテントで食料全部持って日本海から太平洋まで歩くとか
自分を見つめなおすの飽きてしまい、もっと内部まで行くため、自分の肉体を切り裂き、他人に迷惑かけましたが、出血多量で極楽浄土まで気持ちよくなる感じも味わったのですが
それ以上何をすればいいですか?
278 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 06:44:38 ID:bpk+GjG2
全ては無の世界から生まれた
いずれは全て無に帰る
本来存在するはずのないこの世界、夢か幻か…
どちらにしろ全ては無駄な事、終わりがわかってるのにこの世界=神や生命は
必死こいて頑張ってる
279 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 07:00:29 ID:WvyZBnPE
瀕死の状態のとき、
頭の中では頑張ろうと思ってはいなかったが、肉体の方が勝手に頑張りよった。
脳みそが活性化して、めちゃくちゃ気持ちよかったです。
頑張ろうという思いで進まなくても、必死こいて頑張ってしまうようにできてます。
>>277 苦しいことはしない。
快楽を追求する。それだけ。
自分のために、
自分にいいことをしてやればいいんだよ。
“それではいけない”
と思うのは異常な釈迦や基督の偏狭な思想で、そこに愛も許しもない。
人間も宇宙もそのままですべて整ってることを知ることが真の宗教。
>>279 自分のために、自分のためにって
身体ががんばってくれるのも
なりふりかまわず自分のために生きるのが
法則にのっとっているだからだろう。
>>278 無駄っていうものも必要。そう思いませんか?
実際のところ、ほとんどが無駄なもの。
>>280 とっても同意。
例えばセックスについて。
日本はダメだ不道徳だと言いながら売春や風俗や不倫などする。
結果的に父娘・母息子も含め男女仲が険悪になり精神的に病んでる。
私の友人がいる某国は売春がビジネスとしてある程度合法化されてる。
だけど当然エイズもすごいので自分の身が大事な人はパートナーとしかしないので
自主的に相手を大切にして夫婦やカップルの絆が強く家族として幸せ度が高い。
「自分のためのいいこと」というのは激しくポイントになるかと。
宗教はこの自分のためを誰かが説いたものに同意するということ。
なので宗教の表現法は風土に合ったものがそれぞれあると思うが
そのバランスを保っているのが神と呼ばれるものなのではと思う。
なんだかとっても理屈っぽい自分が嫌…w
284 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 10:18:32 ID:Ew2F8uAx
あのね、なんだかんだ言ってる人達、個人の主観にケチは付けないが、断定は必ずしも成り立たないよ。
言い方悪いが、神は単なる自分を安定、鍛える為のアイテムにしか過ぎない。
古来より1番手っ取り早い防御策として生まれているのは事実。
信じる者は救われ易いが、そこに自分の主観は、人に対してはあくまで選択の一つを導いているだけにしか過ぎないだろう。
どんな事でも良いのさ。
他人に迷惑掛けなければ。
ここ読んで感じました。
宗教に精通している(と思っている)人って理屈っぽいけど内容が無意味。
しょせん自己満足のオナニーですね。
読んでも読んでも救われない。
ここに書きこんでいるタイプの人間にはなりたくないです。
恥ずかしすぎます。
286 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 10:36:04 ID:/T/o8WV1
>>285 その通りだね。 所詮、外から求めすぎるんだよ。
神や仏を過剰に求め過ぎるから間違った方向に進んでしまう。
全てを否定するのではないが、付属が多すぎて自分の中に存在してる神や仏を
自ら消しさってしまっているんだね
>言い方悪いが、神は単なる自分を安定、鍛える為のアイテムにしか過ぎない。
全然言い方が悪いとは思わないよ。
それがあなたの自分なりの宗教観ならこのスレで是非そう主張して下さい。
肯定的にいきましょう。
289 :
名無しさん@3周年:2007/02/12(月) 14:09:21 ID:WvyZBnPE
2ちゃんで公表するのはもったいない気がしてきた。
教えは単純。
自分だけで楽しみまーす。
え〜、そんなこと言わんと・・・。
とにかく、神は在ると経験できれば敢えて宗教(団体)などいらん。
291 :
神様:2007/02/13(火) 12:09:24 ID:Yc6ihhOt
俺に頼るな。お前らなどはじめっから相手してないし、
どうなろうが知ったこっちゃ無い。
お前らに経験を与えた覚えもない。
勘違いするな!
292 :
神様:2007/02/13(火) 12:12:24 ID:Yc6ihhOt
貴様らが俺を経験してると感じているなら、
それはお前らの欲求による錯覚にすぎん!
神様なめるんじゃねぇよ!
蚊是=神様
>>270-
それですw
>>31 で聞きたかったこと^^
宇宙=存在している=事実=絶対=神
>自分が宇宙の中心
相対的に見れば中心ですが、自分は宇宙の一部で一視点に過ぎないということを頭に入れておくといいかもね。
知る必要はないし、理屈もいらないなら生きていれば十分。
しかし、神や
>>31 の疑問に対して知りたいと思うなら哲学(知ろうと)しなければ納得出来ない。 だから、
自己満足だとしても、それを考えて納得するために徹すること無意味でも恥ずかしくもじゃないよ。
既存の答えに目を通してだけで満足せずに、自分なりに考えることも大事だよね。
きょうも神たまに抱っこしてもらうんだ〜
神たまだいちゅき♪
神=時間と書いた者です。
「ひらめきは神からの賜物」だとひらめいたので書き込みしに来たのですが
コーヒーをこぼしたのでまた後で来ますw
297 :
アンブロシウス:2007/02/13(火) 21:56:39 ID:0IwHzNq5
神道、仏教及び儒教が日本人を形成してきた。ただし、浄土真宗、日蓮宗、
下克上のやうな異質なものもある。しかし、現代において圧倒的に力があ
るのは、西欧の個人主義であらう。その背景にはもちろんキリスト教があ
るが、日本人は、個たる我のみに囚われて、向かい合うところの絶対者を
容易に把握できないでいる。もっと欧米を通さなければ、日本人になれぬ。
アンブロシウス君は真言か禅宗だね。
299 :
名無しさん@3周年:2007/02/13(火) 23:09:34 ID:Sd2tsuxJ
そんなことはないと思うけど、あんまり聞くと、
壊れてしまいそうなんで、やめておきませう。
旧仮名遣いがすこしおしゃれ。
300 :
名無しさん@3周年:2007/02/14(水) 03:00:41 ID:FJ8MuKjQ
>>31の疑問を自問自答するのに、まず、身に着けなければならない能力。
それは、『ありがとう』、である。
301 :
名無しさん@3周年:2007/02/14(水) 03:10:10 ID:FJ8MuKjQ
>>300 おお、そうそれ! 嬉しいレスを返してくれるw
実は
>>31 は感謝の追及でもあるんだよね^^
自分が存在するのは何故か?
→ 親がいたから → ご先祖様が居たから → 人間が誕生し、その過程があったから
→ 生命体が存在したから → その環境(地球等)が作られたから → 宇宙に存在があるから
→ そして、全てが存在しようと続けてきたから今に繋がっているのだと。
これ感謝のほか無いです。 神もいいですが、一人一人が自分の親に感謝するだけでも十分だと思うのです。
305 :
304:2007/02/14(水) 14:40:21 ID:xDmqCmP6
まともでは無くまともなでした。
306 :
まい:2007/02/14(水) 15:22:04 ID:7wgJGwdi
ID:WvyZBnPEちゃんカワイイ!
コテつけて遊ぼうよ☆
307 :
名無しさん@3周年:2007/02/14(水) 19:51:10 ID:FJ8MuKjQ
コテって何?
308 :
アンブロシウス:2007/02/14(水) 20:01:28 ID:F+zfq2lW
教義神学とは別に「自然」神学が可能だとすれば、神の存在は、世界又は宇
宙のすべての存在の外にあると思はれる。存在外の存在とは矛盾であり、そ
れは「無」であるといふ人もいる。永遠の生命といひ、天国といふが、この
神から見れば時間もありえない。神は、常に遠ほすぎる。孔子が「鬼神を語
らず。」といふのも頷ける。神は「私」の中にゐない。
>>307 ↑の名前欄に書く固定ハンドルネームのことですよ^^
310 :
名無しさん@3周年:2007/02/14(水) 21:05:45 ID:dHIOzYGN
いいこと言いますね。親に感謝することが大切だと私も思います。どんなに厳しい人生を歩んできても今、自分という存在があるのは親が自分を産んで育ててくれたからです。
311 :
名無しさん@3周年:2007/02/14(水) 21:08:12 ID:dHIOzYGN
たとえ親より短い人生だったとしても私は親に今まで産んで育ててくれて、ありがとうと素直な気持ちで逝きたい。
312 :
名無しさん@3周年:2007/02/14(水) 21:11:30 ID:dHIOzYGN
一度の人生を楽しむことが人間にとって大切なのではないでしょうか。宗教の道に没頭するのも人それぞれだと思いますが果たしてそれで限られた人生を楽しめるだろうか?
>>307 コテて?固定ハンドルネームの事だと思うよ。
316 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 05:04:41 ID:yDg9EEii
まずは、『ありがとう』の能力は身についた。
次に、生まれた目的、自分の使命、自分の存在などなどを考えるには、どうしましょ。
一人旅にでも出ますか。
317 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 05:34:46 ID:yDg9EEii
あ、言い忘れてた。『ありがとう』の能力レベルですが、
親に対しての『ありがとう』はもちろん、
生まれた目的、自分の使命、自分の存在などなどを考えるには、
例えば、自分を苦しめる人、恨んでいる人に対しても、『ありがとう』です。
仏とか神は知らないですが、図解仏教入門で知ったガウタマシッダールタさんなら、刺し殺されても『ありがとう』と言いそうです。
318 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 06:14:00 ID:+b10SMDN
ばかじゃないの?殺そうとしたやつに、ありがとう、いうわけなじゃん
319 :
慈風:2007/02/15(木) 09:17:33 ID:s4TO38D6
>>317 > あ、言い忘れてた。『ありがとう』の能力レベルですが、
> 親に対しての『ありがとう』はもちろん、
> 生まれた目的、自分の使命、自分の存在などなどを考えるには、
> 例えば、自分を苦しめる人、恨んでいる人に対しても、『ありがとう』です。
> 仏とか神は知らないですが、図解仏教入門で知ったガウタマシッダールタさんなら、刺し殺されても『ありがとう』と言いそうです。
>
>
それがあるがままです。
320 :
慈風:2007/02/15(木) 09:19:41 ID:s4TO38D6
それと…人生は一度ではありませんよ。
私は昔、イタリアで売春婦でしたから。
322 :
慈風:2007/02/15(木) 09:32:24 ID:s4TO38D6
それと…人生は一度ではありませんよ。
私は昔、イタリアで売春婦でしたから。
>>322 もし性別がくるくる変わるなら、
それは前世の記憶じゃなくてたんなる思いこみだよ。
一度だけなら可だけど。
324 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 09:53:25 ID:hwQh0G4E
>それと…人生は一度ではありませんよ。 私は昔、イタリアで売春婦でしたから。
ああそれね。 宗教という名の邪霊が
あなたに幻覚をみせているのさ。 操るためにね。 そして宗教奴隷の出来上がり。
人生は 1度きりです。
性差別が強く浸透している世界へは、
生まれ変わりと性別の関係のありのままを
公表することはないんだ。
生まれ変わりの仕組みを理解すれば
322を納得できるよ。
>>325 同意。
「あー、だから今みたいな人生なんだ。」などわれないためにも。
大体、必要ないから記憶から消されてるのだから。
などわれないためにも。 訂正→ など思われないためにも
小さな子供が「ボクがママを選んだ」という証言をしたという本を読みました。
そのコが言うには天国には死んだ人たちと時が来ると神様に呼び出され
「お前をこれから地上に使わすので母になる人を選びなさい」と
地上の様子を見せられるそうなんです。(何故か父は選べないらしい)
そのお母さんは子供がおかしいのかもしれないと思って人には言えず
教会に相談に行ったら実はその事例は他も多くなり珍しくなかったとか。
これは牧師さんの本なのでキリスト系でも生まれ変わりを肯定しているのかなと。
ちょいとスレチですが神のことも書かれてたのでカキコ…
329 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 14:49:35 ID:xm7ZDNO6
>(何故か父は選べないらしい)
ここが味噌ですね。
そして近頃だと 親殺しの子も 子殺しの親も居ますが
彼らもママを 選んだんですかねえ。
選べるとしたら
なんか変ですよね????????
選んで生まれてきたのに、それを思い起こせば殺すことは出来ないのにね。
332 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 15:38:01 ID:hpSxrHNl
と言うかさ、そんな神秘話いらない。真理よ真理。
今んとこ見つけたのは、細く長くが低燃費(これマジ)。
333 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 15:39:21 ID:dMKXCTsW
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r―、-、 tj、 t苙、 ,ィ苙ア lノ
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l !"´! ヾ! ,.ィ竺t:、 リ
l l l 人.'´三`' /l f'^i-、__
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| |_|_::::::::::::::::::::::::::::::::::`ヾミ丶、、ヽヽー-、_ ヽヽ丶ヽヽ
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ト、_.| l / ̄`ヽ:::::::::::::::::::::::::::::::::`'ー-一'::::〈::ヽ ゙', 、_ ',
ノ `'ー‐(⌒ヽ ノ l::ヽ:::::::::::i::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ:ヽ ゝ -‐ァ
,! __,,.. -r-、`'ーr'´ ノ、:::ヽ::::::::l!:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヾヽ ;'
l ヽ_,.ノ /::ヽ}::::'i,::::::|l:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ丶、_,. -‐
{ -‐' ´ ̄ソ /::::::::::::::::|l:::::||::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l!:::::::::::ト-
ttp://www.nicovideo.jp/watch/ut6A4nX-R0yYM
334 :
303:2007/02/15(木) 15:46:52 ID:qBGROtmB
>>330 虐待される事も殺害される事も無い。しかし、実際、親族関に殺人事件の
発生する可能性は他の事件に比べて、その発生率は高い。
335 :
まい:2007/02/15(木) 17:41:22 ID:U6L3p2rK
ちわ!
ロムらせていただきます☆
>>328 肉体にいた時の霊的自由度と死後の世界での霊的自由度は
実は比例する。
だから向こうの世界でかなり自由に来世の環境を選べる人もいれば、
向こうの決まりに従うほか無い人もいたりする。
328のその子は、それができてかつそれを覚えていられる段階に
いたのでしょう。
>>329 その人達にも328が当てはまるよ。
つまり、その人達はそういう環境に産まれてくるしかなかった。
選ぶ自由を殆ど持たなかったから。
ただ、これ以外にも幾つか理由があるから
決して一概には言えないんだけどね。
誤解を招く前に337の予防線を張っとこう。
イエスは貧しい大工の子として産まれてきた。
なぜならそこには、イエスの霊的初等教育に適した環境があったから。
しかし、伝統的ユダヤ教の教師達はこう言った。
あんなに貧しく位も低い家庭に救世主が産まれてくるはずない、と。
仏陀はマハラジャの子として産まれてきた。
なぜなら、その経験が悟りのために役立ったから。
何が言いたいかと言うと、物質的富と霊的富は異なるという事。
339 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 22:16:49 ID:t+lYNvvu
バカばかりですね。実社会で周りの知り合いに話せばいいよ!アホあつかいされるよきっとね
340 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 22:20:18 ID:t+lYNvvu
前世がわかるわけないだろう。タダ貴方が、基地外なだけです。真面目にはなしてるなら今の世界にあわないから死んで再生したらどうかな?
341 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 22:49:58 ID:yDg9EEii
前世ですか。人間らしい考え方というのか・・・。
私は遠慮しとく。
釈迦族のガウタマさんと同感で、あるようなないような前世考えるよりも、今の命、時間、精一杯、ぎりぎりまで活かしたいので、
>>319さんが言ってるように、ありのままで充分。
342 :
名無しさん@3周年:2007/02/15(木) 22:53:08 ID:40XzeuTS
殺されようとしたら
抵抗する
それもひとつの「あるがまま」
一回一回呼吸を意識する。
心臓のドキドキに集中してみる。
こんなんも神の御業。
344 :
名無しさん@3周年:2007/02/16(金) 09:16:20 ID:l+4VrEkM
こういう説…中村うさぎの小説、極道君外伝の話にあったな…知ってる奴いるか?
>>342 そうそれ! 単純のようで、多くのことに当てはまるんだよね。
生命体が攻撃に対して抵抗したり、様々な環境でも適応しようとしているのは自然(あるがまま)なことだから。
>>344 中村うさぎはその浪費癖とか整形した事しか知らん
347 :
338:2007/02/16(金) 22:40:24 ID:46RFrNh7
やっぱ止めよう。
348 :
名無しさん@3周年:2007/02/17(土) 07:02:36 ID:OCLzkad7
教えはあまりにも単純。ひらがな5文字で表現でき、そこから一切が導き出せ、『ありがとう』(感謝以外のもう一つの重要な意味がある、それを的確に文章で言い表せたレスなし)の理論もその結果、導き出せる。
前世の考えはあったほうが話のネタにはなるが、不要。お経も不要。しょせん、仏未満が書き写したもの。勝手な思いも入っている。
あまりにも単純で、悟ったときはバカらしく、心底笑える。
学生時代、ノイローゼ、自殺未遂、親もいない。相談する人もいず。自問自答するしかなかった。学生なのでそれが可能。
身長180cmで体重55kgほど、宗谷岬から佐多岬ほどの単独で距離を歩き、お金もわずかしかないので駅や小学校の体育倉庫で寝泊りし。死ぬきなので、奥駆け程度も一人でおちゃのこさいさい。
そして、自問自動で、終に導き出せた結果が、たったの5文字程度。
あまりにも単純すぎる笑え、バカらしく、他人に話すのはもったいないこともあってか他人には話したくなく、自分だけで楽しんで、周りがなんで悩み苦しんでいるのか見るのがおもしろく、ある方向に導ける。
なので、2ちゃんで話せるのもこの程度。自分で考えた方がいいやろし。単に言葉で教えられても、体もその言葉についていけないとしっくりこない。
図解仏教入門によると釈迦のガウタマさんの気持ちもよーく分かる。彼も最初は自分だけで楽しんで、ニヤニヤし、ぶくぶく太ったそうな。たしかにあーなる。
初めてしゃべって少しはすっきりした。前世のはなしとか、ありがとうからなんでそっちの方にいくんだ?とおもしろかったです。
2ちゃんにありがとう。さらば。
>>348 あなたの「ありがとう」には重みを感じたよ^^
誰に対してか分からないけど。 もしかしたら自分に対してから始まっているのかもしれない。
行動や経験に伴って発生する「ありがとう」は、またひとあじ違うね。
この流れでいいレスを語ってくれて、まさにありがとう^^
久々に高校時代の友人らとご飯食べたのですが
自分らの近況を話しお互いの今の生活を祝福しあえて
「楽しかったね、また会おうネ」と別れました。
で、思ったんですが他人(自分以外の人)ってのもすごく神的存在。
なんか知らないけど怒ってたり、見ず知らずの仲なのにとても親切にしてくれたり。
願いを叶えてくれるのも自分の力だけでなく大抵他の人のお陰である事が多い。
デカいな。
>>350 人間って本質的に人に喜ばれることが嬉しいんでしょうね。
足引っ張ることもあるけど、ほんとは意地悪しないで仲良くしたいみたいな・・・。
皆さん違いますか?
>>351 人に喜ばれることで自分の存在意義が感じられるから嬉しいんだろうね。
自分が良かれと思ってしたことで相手が喜ばなかったときに落胆する人もいるでしょ?
足引っ張ったりして、相手が反発してきたら仲良くしたいと思わないだろうし、
仲良くしたいと思ってってよりは、相手の反応で心境が変わるってことも多いんだろうね。
353 :
まい:2007/02/23(金) 13:27:45 ID:X18sSEFS
りょんさん来たんだ〜!
下がってるから上げておこう☆
354 :
まい:2007/02/23(金) 13:32:19 ID:X18sSEFS
人と言う字は支え合って・・と言うけれど、一人で煮詰まってるよりも、
人との関わりの中で1+1以上のものが2以上になったりするもんね。
蚊是も来てくれ。
人の不幸は蜜の味、なんて言うけどホントは
自分だけでなく他人もハッピーみたいなのがいいと思ってるんじゃないかと。
「 愛 」
人の不幸は蜜の味ってのはまるっきり感覚が分からん。
実際にそんな感覚の人って2ちゃんくらいでしか見たことないしなw
他人もハッピーってのは一番気楽だしな。
安心して自分もハッピーを満喫できるし。
358 :
356:2007/02/23(金) 14:24:10 ID:MfvDvvoI
>>357 ほんとにそう。
そうでない人は何か心に不幸を背負ってるんでしょね。
他人のそれを悲しいと思えるとこから幸せが始まりそう。
359 :
まい:2007/02/23(金) 14:29:08 ID:X18sSEFS
そうでない人・・屈折した人が心の底から幸福を感じることが出来るようになるのって、
難しいんだろうな。
普通の親切も偽善だとしか受け取れないんだろうし。
>>357 まぁ、りょんちゃんのその意見には賛成です。
>>358 自分の宗教の正当性を持たせるために他の宗教の信者が不幸になればいいみたいなのとかねw
でも、そんな人に出会っても悲しいと思う前に放っておけばいいと俺はおもうな。
それで幸せだという人に関わってもしょうがないし。
>>354の相乗効果も幸せには幸せで、いびつなものにはいびつなもので生じがちってのもあるでしょうし。
362 :
蚊是:2007/02/23(金) 18:03:53 ID:ZalTAPE+
「中学生日記」みたいな流れに呼ぶな!
363 :
アンブロシウス:2007/02/23(金) 18:55:29 ID:aHeSnQE+
一般に宗教心とはどんな心持なのだらうか? 世の中には、確かに様々な悪
があるが、それを悪と見る心は、どこからやつてくるのか。あなたの心から
自然に湧き出るものではないと思ふ。何故なら、あなたは、ときに怒り、残
酷にもなれるから。心の内に神はゐない。人は、自己の善良さを疑ひ始めた
とき、惠みとしての遙かなる神に出会ふのではないか? 恐らく。
神は 太 陽 の よ う にいつもそこに 在 る のに
人間はそれが見えなくならないと気付かない。
それは ど こ という問題ではなく、 そ こ に在る。
世界各国で太陽が神とされた背景もこんなところにあるのではないか。
なんて雨の日に思いました。( ゚д゚ )ニ゙ッ
まぁマヤ文明なんか太陽照りすぎて雨降りこそが神様なんだけどサw
人が善良である必要なんてない。
>>366 りょんちゃん人々が善良である理想はあるよ。
無理だけどね、だってこの世は娑婆世界だからね。
>>367 善悪の定義をなくせば善も悪もなくなるけどねw
>>368 りょんちゃん人々の善悪は常に相対的なものだと思いますよ。
なくならないように出来てるってことだね。
そうだね。
りょんちゃん善と悪は表裏一体で問題はそのエネルギーのベクトルだと思うよ。
これでは荒らしだw
まず第一に完全な善悪なんてものがそうそう決められるのかどうか。
悪とはルール違反のことともいえる。暗黙の了解事を破ることとも。
スピード違反は悪い。でも、高速の追い越し車線は上限速度の取り決めは暗黙的に存在しない。
自分よりも速度の速い車が来れば200キロで走ってても譲らなくてはいけない。
そこを法定速度でちんたらやってれば当然に煽られるが、警察には捕まるw
一般道では。40キロ道路を本当に40キロで走られたらあちこち渋滞になる、警察も40キロなんかでは滅多に走っていない。
円滑に流れるほうが優先される。が、法定速度を守るものには理論上かなわない。
では、50キロで走るものがいたら。これはもう煽られる対象となる。法定速度は守られてないのだから、
50キロなら文句ないだろうと煽るものに文句言うなら、それは自己の感覚の押し付けでしかないとなる。
お前が50キロなら十分というのは法でもなんでもなくお前の感覚だから。
では、40キロで必ず全員が走ったらどうなることか。。。
スピード違反で見逃してもらった例に奥さんが危篤で急いだとかがある。
厳密にはそれなら許されるって基準はない。
でも、比較的世間は味方すると思う。
犯罪でも世論が味方につけば犯罪視されなくなる。日航機の爆破なんかもヒロイン誕生でまったくイメージが変わる。
どこに善悪の基準があるものやら。善悪なんてのはその程度のもの。
ルール違反の傾向の強いものは全面的に悪の目で見られがちの相乗効果はどう出ることやら。
段階的に許される悪もあるらしい。
西武が節税で色々と講じているものが悪視されたけど、そんなものはどこだって当たり前にやる。
やらないところもあるかもしれないけど、それが正義だろうか。
社内を基準にすることは社員への責任ともいえる、そっちを見れば正義になる。
大手はだめだというなら、どの規模までは良いことやら。感覚は人次第。
375 :
アンブロシウス:2007/02/23(金) 20:43:20 ID:aHeSnQE+
宗教には、それらの教義においても寛容が求められている。しかし、相対
主義とは無縁である。何故なら人間は常に今ここで決断を求められ、自分
の行為の善悪を問はれてゐるからである。そればかりでなく、他人の行為
から世界中の国の政策にいたるまで、この「私」が価値判断するべく促さ
れてゐる。非常に困難なことであるのに違ひない。これが宗教の存在意義。
>>375 疑問。
宗教こそが善悪の概念の源になりえる。
宗教観に沿ったもの以外は悪であるとか思いがちではないかと。
宗教が善でも構わないけど、その善はその宗教の中での善だと認識できないなら害があるだろうね。
国の法律以外に宗教的な基準は本来要らないし複雑にするだけ。
実際には宗教は寛容ではない。
377 :
アンブロシウス:2007/02/23(金) 21:54:55 ID:aHeSnQE+
人間が善悪を判断することについて、善悪の内容と判断すること自体との
混同がおきやすい。善悪の内容、すなはち何が善で何が悪か? それは、
どこの宗教の信者だらうと自信をもつていへるはずがない。判断すること、
といふより、正しいか正しくないか分からないが判断を迫られてゐること、
これは、誰にでもいへることである。すべては神に委ねるしかない。
378 :
名無しさん@3周年:2007/02/23(金) 23:46:07 ID:o9bMxJr2
「悪」を生成するのは人間内部。
人間外部の自然界は「悪」はなく、そんな思いとは別に進んでいる。
自分内部で生成される「悪」に惑わされることなく、そのままを見極める能力が必要。
それが極められると、気づかないうちに「善」の状態になっている。
379 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 00:25:08 ID:akqnt7Ic
>スピード違反で見逃してもらった例に奥さんが危篤で急いだとかがある。
に当てはめると、
夫は妻が危篤、妻に全速力で伝えることがある。そんなとき、自分の中でスピード違反=「悪」が生成され、これに惑わされ、信号は赤だけども明らかに誰もいない、安全、誰も危害を加えることない。
そんなそのままを見極められず、人間の思い出作られた交通ルールを守り、妻に一言の感謝も告げられなかったら、夫は自分内部で生成してしまった「悪」に一生後悔する。
一方、夫はそのままを見極めつつ、自分の中に「悪」を生成することなく、妻に全速力で向かい、妻の最期を見届ける。仮に間に合わなかったとしても全速力なので仕方がない。
妻の死後、夫は気落ちするだろうが「悪」を生成していない、精一杯の状態、そんな精一杯の状態は夫は気づかないうちに「善」の状態になっている。
380 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 00:40:40 ID:akqnt7Ic
続きで
妻の死後、夫は気落ちする。
なんの気落ちする特段の理由(例えば、妻が殺されたとか、殺してしまったとか)もないのに、妻の死で自分を責めるような思い、これは「悪」である。
本来「悪」ではないのに夫は自分の中で勝手な思いで生成された「悪」に惑わされ、不幸の道へ進む。
夫は自分の人生を精一杯生きようとするなら、自分の思いに惑わされることなく、そのままを見つめなおす必要がある。
381 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 01:35:20 ID:akqnt7Ic
「悪」を生成するのは人間内部。
人の不幸は蜜の味。仏像は笑っている。
この笑いは「不幸なのは、自分で生成した思いから、ばかだなぁ」に見えてならず、全て包まれている。
382 :
Ki:2007/02/24(土) 01:52:05 ID:98R62b5o
宗教はそれぞれの国にとっては教えであったり文化であったりするから
一概にどちらともいえないぶぶんはあるが宗教という本質も考える必要
はあるのではないかと考える。私は日蓮大聖人の仏教である
南無妙法蓮華経を信仰している。
宗教同士で揉めるなら宗教イラネ
384 :
桜木町 ◆XA32.sk8m. :2007/02/24(土) 02:09:41 ID:KO3nS/Vl
385 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 02:13:35 ID:akqnt7Ic
仏は信仰するが、宗教には興味がない。
以前、創○○会に勧誘され「君は不幸だ」と言われた。なぜ「不幸だ」と問うと、
「親が亡くなって不幸としか思えない」と言ったので、「お前は見たのか。それは俺の親の人権を無視している。病気と闘って何の不幸がある」と宗教団体に殴りこんだことがある。
宗教不要。
私も
>>1さんのように思っていて、ちょっと前にその事を旦那に言ったら
「神様なんて 偉大であれば有るほど、俺らのようなちっぽけな存在なんて
かまっていられないんだよ。
君は、畳の上を歩くときに ダニの命を考えるかぃ?
う○こするとき 大腸菌を哀れと思うかぃ?
神が全知全能であるなんておかしいんだよ。
誰であろうと どな事をしても開けられない箱を作る事が出来たなら
神にだって開ける事は出来ないんだからね。」
って言われて・・・なんだか混乱しています。
神様って 一体どんな存在なんでしょう。
387 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 02:55:17 ID:akqnt7Ic
>>386 神にはあまり興味がないですが、上の「」書きの内容から仏のありのままの世界から考えると、神は全知全能となります。
例えば、ダニの「命」の話。世界を命の「ある」「ない」の2つに大別するとことには異論はないと思う。
そこで、「命がある」そんな幸せな状態を神と考えるなら、「命がある」ことを感じれるのは「命がない」ことが大前提、必須要件です。よって、この大前提を抜きにして神は語れないことに成ります。
なので、「」書きを考えると、神様、偉大と言っているが、実は本人が思っている以上に偉大で、「命がある」「命がない」全てあわせて神、全知全能となります。
例えば、他のスレで神の温かみを感じようとありましたが、温かみを感じるなら、冷たさを知っていることが大前提、この冷たさを抜きにして神の温かさを感じされないので、「温かさ」「冷たさ」全てが神になる
と、仏は言ってます。
こんなもんでよろしい?
388 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 03:50:47 ID:b3MlKwtd
神なんかいない。
よって自分の内にも神など存在しない。
誰かの助けを借りることはあっても、神なんてものに助けられたことなどない。
自分の中にあるのは強い心と弱い心。あくまで自分のみしか存在しない。
389 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 03:51:57 ID:b3MlKwtd
宗教に傾倒する愚か者の心境が理解できない。
創価の武器は言論。ユダヤの武器はガリルARM。イスラムの武器はAK47。
キリストの武器はM16A2てことだよ。
テポドン池田
人間として言論は自由だよ。
393 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 04:44:52 ID:akqnt7Ic
>>388 手遅れです。そんなに、神がないことを意識せんでも。
神はいないと思うよ、宗教って救われたい人間が勝手に作ったものだと思うけど。
神は全知全能って言うけどさ。全くもって全知全能ではない人間が、神は全知全能だと定義して敬うってのはなんなの?
395 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 05:16:27 ID:akqnt7Ic
>>394 私は、神は知らん。あったことない。なので、神があるともないとも言わない。
ほんとに知らんし、そんなに興味なし。
神は全知全能だと定義したのは、
>>386にきいてよ。論理的に導き出しただけ。
しかも、・・・定義して『敬う』ってのは?『敬う』ってのは
>>384が作り出した発想。自分に聴け。
じゃあ神がいるって人はなんでいると思うの?
いて欲しいっていう希望?それとも存在を確信してるの?
397 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 05:29:47 ID:akqnt7Ic
>>しかも、・・・定義して『敬う』ってのは?『敬う』ってのは
>>384が作り出した発想。自分に聴け。
↑
>>394のまちがい
ほんまに自分しかいないから、「神がいない」と固定すると、「神」がどんなものか知ってるのかとなるので、「神がいるのかいないのか自体が分からん」でいいのでは?
>>397 納得、神がどんなもんかオレには分からん。だからいるかいないかも分からんですね。
いないとは思うけど確実にいないと立証も出来ない、いるかもしれないじゃないと。
ありがと、おやすみ。
399 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 05:37:33 ID:akqnt7Ic
>>396 神がいるのかいないのか、それ自体知らんのに、神がいるって人はなんでいると思うのかまで、知るはずないでしょが。
400 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 05:41:38 ID:DT1yUUa2
お前ら全員精神科行け
リアルで神とか言い出したら終わり
ごめんね、神はいるって強く思ってる人にききたかっただけなの。
402 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 06:01:25 ID:akqnt7Ic
とここまで議論して、リアルにモーツアルト?
403 :
頭:2007/02/24(土) 06:07:28 ID:zpDNNIHD
宗教では世界は救われません。
これ事実。では宗教は何を救うのか。
それは人の活動原理ともいえる欲です。
その方法は強い不安で不安を追い出しあたかも
いつでも逃げ場があるかのように錯覚させてしまうという代物。
しかしそれでも欲が消えるという意味では決してありません。
むしろ逃げ場が確保されたことにより増長するのです。
強い欲は良い意味で活力源になりなすが、常に不安症と欲を全開放
してる連中のなかにいると・・・強烈な集団心理が起こります。
こうなるとどんな方便を言っても根底には個人の正当化のことしか
残らなくなります。
なんでこんなこと書いてんのかにゃ?俺暇人。
>>1 「ニライカナイ」すらも”at hand”で、じつは手元にあるんだね。
地の果てや海の果てにあるのではないようで。
心の向きを変えてみたら、この場所が即「ニライカナイ」であることが、人生の達人になったらわかるんだって。
まあ、新約聖書で有名な章句「天国は近づけり」というのは語訳で、本当は「天国は手の内にある」というのが正しいニュアンス。
なればこそ「汝ら悔い改めよ」という言葉に自然に結びつくようだね。
え? ナイチャーによる我見解釈に過ぎないだって?
まあ、そうおっしゃいますな。
>396
ん〜とね。神は常にそばで見守ってくれているというのを読んで、実際に
神がそばで(上から)見守ってくれているのを想像してみると、満たされたというか。
あったかくなって安心した。。。
あとね、平等な神がだいすきになった。
陽の光の例えばなしにあるように。神は一切の差別をしていない。
差別をしているのは人間のほうだと気づかせてくれた。
自分はずっとこの世の中は不公平だと思っていたから。あ〜なんか泣けてきた
408 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 09:02:23 ID:7qczBB/H
守護霊さん・守護神さん・それに人間の私
人間が三位一体の存在だというのは本当にそうなってるから
三位一体という
409 :
386です。:2007/02/24(土) 09:54:33 ID:wwKN4T/6
色々なご意見ありがとうございます。
私は、特に何かの宗教を信仰したこともなければ、
神様は、教会の祭壇の向こうや 神社の鏡の中などでは無く
自分の心の中であったり、すぐ隣にいてくださるのだと思っていました。
嬉しい事があった時は、一緒に喜んでくださり 悲しい時には、黙って肩を抱いて
くださるのだと・・・
いつの頃かは 覚えていませんが、ずっとそんな方だと思っていました。
一人一人の傍らで そうやって見ていてくださる方なのだから
全知全能であり、偉大な存在なのだと。。。
「神は存在しない。」と言う方の書き込みを見て ハッとしました。
神を見たこと無い。とか神の事は知らない。とか・・・
私も神様を見たことは無いし、神様について何も知らない。
なぜ 私は神様は傍らで微笑んでくださるのだと思っていたのか・・・
またまた 混乱してきました。
神に助けられたことなんて一度もないでしょ。
今までに神に助けられたと感じたことがあるならそれは誰か人のお陰と自分の努力。
それか黙ってたって解決したこと。
もっと自分に自信を持って人に感謝すればいいだけのこと。
人に助けられておきながら「神様有り難う」なんてのは礼に欠ける。
神がいないという事実を知ったからといって混乱するような理由もない。
つか、混乱するとか始まるから神概念は害になる。
411 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 10:46:28 ID:akqnt7Ic
>>410 「神に助けられたことなんて一度もないでしょ。」そう、あんまりないのよねぇ。
その代わり「誰か人のお陰」とかは感じる-。誰か人のお陰はそっちのけで、神の力だと思うのもなんだし。
「神」という存在の解釈が信じる人と信じない人とで
既に方向が違ってるんだと思うよ。
たぶんこのスレは神の存在を前提に『それはどのようなものか』を議論スレだと思うけど。
神のを信じる人の解釈はグローバルだけど
いないという人は大抵「救い」の有無や実体化の有無を言うでしょ。
信じない人は無神を信じてるだけで神の信仰者と大差ない。
こんなのはチーズの中に牛乳を見るか元々の牛を思うかの違いで
どんなに主張したところでどっちも間違いじゃないんだけどね。
>>410 そうですね。確かに 神様が直接手を差し伸べてくれた事はありません。
助けて頂いた方には、勿論深く感謝をしてきましたが、
その人を引き合わせてくれたのは、神様のお陰かと・・・
そんな風に思ってきました。
そう考える事が、もう既に間違っていたのでしょうか?
414 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 11:21:20 ID:akqnt7Ic
宗教もいいけども、医学、技術、文化の進歩に応じて進化してもらわないと・・・。
幼いころ、心霊写真特集ってテレビでやってたもんだから、何も知らなくて素直に霊や神がいるんだと思い込まされた。片足がないとか、ありもしないところに人の顔が映ってるとか、海から何本もの手が出ているとか。
そして、その原因が現像の影響などの技術的欠陥がわかり、今じゃ、光をそのまま瞬時に記憶するCCDカメラでは心霊写真も聴かない。
人が突然倒れたら、拝んだらなおる、昔だったらこんな宗教信じたかも。しかし、医学が進歩し、しかも、遺伝子まで解明されてきた今、拝む余裕あるんなら、病院へ行く。
心霊写真と宗教を一緒にするのはどうよw
宗教はご飯前に「いただきます」と言う習慣と同じことだよ?
416 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 11:33:04 ID:akqnt7Ic
ごめんごめん。宗教にうとくて。
>>416 いやいや、むしろほとんどの人がそうだと思うよ。
そんくらい日常生活に馴染んでしまうものなんだよ>カルトでない宗教は。
>>412 存在の確認も出来ず、何の役にも立たないものを認めても認めなくても同じこと。
よく、旦那の帰ってこない家庭で「お父さんはうちにはいないの」「うちは母子家庭だから」
存在の価値があってもなくても同じということ。
旦那の方が金を家に入れるだけましだけどな。
帰らない旦那以下のものを神と崇め、何の意味があるのだろうと真面目に思わないものかと。。。
>>413 間違いでもなんでもないと思えます。
つか、美しい考えだとも思える。
けど、神がいないと思って混乱するようでは神は害だということ。
ちなみに俺だとその場合は自分の強運、縁やめぐり合わせに感謝する。
漠然と感謝するのであって、それが何であれ別に問題ではない。
神って概念は必ずそれが「神の行いでなければいけない」となるから混乱するんじゃないかとは疑う。
420 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 12:25:29 ID:akqnt7Ic
神とか言ってずに、さぁさぁ、外で命のありがたさを勉強するために、にわとりを潰して、砂肝、ハツ、七輪で焼きましょか
>>419 「神様」という言葉や「神様の概念から生まれた行い」に
囚われてしまうのは良くない。
と受け取ってよろしいのでしょうか?
もしそうであるのなら なんとなくスッキリした感じがします。
私事の迷いにお答え頂きまして、ありがとうございます。
>>421 あくまで個人的感覚ですけどね、俺はそう思います。
存在も確認できなければ何も足跡も残せないものを描き、崇め、
神の足跡とこじつけ、思わせるようなものには、たとえ神と呼べるものが本当にあるとしてもそこには無い。
神を感じる人が「本当にいるなら」俺でも共有も出来るでしょうと思います。
仮に害のあるものが神であるなら崇める自体が誤り。
だとしたら人の言う神なんてあってもなくても問題ない。
ここのスレタイ的にもそんな感じでも良いようなw
>>386 異なる宗教があるように、神についての見方は一つじゃないよね。
そんな中で神を知ろうとしても混乱してしまいがちです。
つまり、答えを先に聞いても疑問や混乱が生じてしまいがちで、それを鵜呑みにするのもまだ早い気がします。
>>294 のように、神について知りたいならで考えていかないと。
他人の意見や宗教的な見解の参考になるものを集め、徐々にイメージを固めていくと自分の見方が定まるかもしれない。
キリストは自らの命すら救え無かった。そんな神に他の人の命が救えるとでも?
>>387 おお、感覚や生命体の本質的なことが書いてあるね。
ある事柄を比較し合うことで位置づけ出来る。
これが相対的な視点で、人が持つ「感覚」なんです。
そこで、>「命がある」「命がない」全てあわせて神
と書いてあるように、比較(対極)している対象の両方又は"全て"を含んでいる神は
絶対的な視点で、全てです。
その全てが全知全能に当てはまるかは微妙なところで、
一部も全ても神と例える自分としては、一部の存在は全知や全能ではないし、
その全体である全ても全知全能ではなく、ただそこに存在するのが事実。
(一部一部が神で、その全部も神という見方)
それに対して、
存在は神だけど、全ての存在の知覚も能力もそれぞれ神の一部だと考えると、
神は全知全能だと言えるのではないでしょうか。
(一部の存在は神の一部という見方)
私が興味を持つことになった、比較から生まれた見方があります。
色相環という、色合いの関係が円(環状)で表現されたもので、
その中の6色の関係を考えたものです。
図では、各色の色味が近いほど隣接し、遠いほど離れている。
一番遠くにある反対の色を補色といい、6色の中では3対ある。
赤の反対はシアン、緑の反対はマゼンタ、青の反対はイエロー。
上記の6色のうち、漢字で書いた色同士の関係を光の三原色といい、
カタカナで書いた色同士の関係を色の三原色という。
光の三原色の極値は白で、色の三原色の極値は黒。
つまり、2つの三原色は光と闇を表している。
そして、その三原色の関係を線で結ぶとあるシンボルが浮かび上がります。
それがHexagram(六芒星)です。
シンボルとしての意味では、正三角形(色の三原色の関係)が光と時間で、
逆三角形(光の三原色)闇と空間となり意味が真逆ですが、
それぞれを重ね合わせたHexagramは、宇宙という意味があるそうです。
>>426 迷ったあげく、良く考えたらスレ違いだったか...orz
428 :
名無しさん@3周年:2007/02/24(土) 17:53:31 ID:vJDCQqvY
すみません。
自分の内ってどこですか?
胸のところじゃないか。
>>426 妙法蓮華経とは五行に訳すと妙は土、法は木、蓮は火、華は金、経は水、とされる。
方位に訳すと妙は中央、法は東、蓮は南、華は西、経は北。
季節に訳すと妙は土用、法は春、蓮は夏、華は秋、経は北に訳される。
他に、星、仏性、音、眼、時、根、智、常、大、戒、識・・・などに訳される。
妙法蓮華経の五字を五常に訳すなら妙は信、法は仁、蓮は礼、華は智、経は義。
五識に訳すと妙は第九識、法は第八識、蓮は第七識、華は第六識、経は第五識となる。
五根に訳すと妙は身、法は眼、蓮は舌、華は鼻、経は耳に訳される。
五重玄に訳すと妙は名、法は体、蓮は宗、華は用、経は経とされる。
五星に訳すと、妙とは鎮星(土星)、法とは歳星(木星)、蓮とは熒惑星(火星)
華は太白星(金星)で、経は辰星(水星)です。
五色に訳すと、妙は黄、法は蒼、蓮は赤、華は白、経は黒に訳される。
五眼に訳すと、妙は仏眼、法は法眼、蓮は彗眼、華は天眼、経は肉眼の事です。
431 :
名無しさん@3周年:2007/02/25(日) 03:30:12 ID:T0OK0Rge
神は紙なのよ。
あなたの意識がペンなのね。
あなた何書いてるの?
「へのへのもへじ」?
だからあなたは「へのへのもへじ」なのね。
>>430 >426 とどんな関係があるのかな?
…しかし多いね、当てはめすぎでしょ妙法蓮華経って ^^;
433 :
名無しさん@3周年:2007/02/25(日) 15:02:18 ID:og0sJZJ2
五目チャーハンにすると、玉子、焼き豚、なると、しいたけ、ねぎに焼くされる。
>>423 「まだ早い」とは。
期が熟した状態とはいつ?
「自分の見方が定まる」
その必要性は?
>>433 上手いw レシピかw
>>434 「まだ早い」っていうのは、答えを先に聞いたけど理解や把握するための情報が足りなく混乱している人が
意味を解さずに受け入れてしまうこと。 ← 神についてはよくあることですが。
>期が熟した状態とはいつ?
人間の考えることなのでいつも正しい答えにたどり着くわけじゃないんだよね。
期が熟す…つまり答えを出すには、まず考えるのが先でしょう。
聞いた答えの意味を考え、自分なりに理解した上で納得出来るかどうかということ。
>「自分の見方が定まる」 その必要性は?
必要とは言ってないけど。
参考になる情報を集めて見方が定まってくることで、
>>386氏のような混乱を少しでも解消出来るんじゃないかなと。
>>436 へー、 気が抜けるレスだったんでついワラタw
>>435 神についてはよくあるのか?
435氏は理解していると。。。
神について答えを出すも出さないも無いでしょう。
あえて出すなら、神なんていない。
それだけが真実。
これに対して続けることは神を冒涜すること。
神を考えて混乱しない一番の方法は神を追及しないことでは?
ありもしないものを追求することこそ神から離れるのでは?
あきらめるんじゃねぇ。
狭き門をこじ開けんだ。
求めて答えぬ神はねぇ。
>>438 理解しているなんて言っていないよ。
神についての情報を得た時、考えるよりも先に納得してしまう例のこと。
>神を考えて混乱しない一番の方法は神を追及しないことでは?
神について考えるのに追求しないって言い方は変だけど、
>>294で言ってるように、追求しないのもありだと思うよ。 どちらか一方だけとは言っていません。
>ありもしないものを追求することこそ神から離れるのでは?
物理的に存在し無いものなのに、言葉としての「神」は、まず存在するわけです。
それを追求することが哲学で、そうでないのが無関心なだけ。
逆に、追求せずに何も考えないでいることの方が神の傍に近寄れないのではとも考えることが出来る。
>>440 なんとなくは理解できた。
何も考えないことと追求の二つしか道が無いわけでもないしね。
そのどちらもが「神なるものがあるとして」そこから遠ざかることもあるかもしれない。
>>440 に付け足して、
物理的に存在しない架空のそれを追求し続けることで、
現実的な見方を疎かにしてしまうという点を考えると、
>>438氏の言うとおりとも思えますね。
>>441 そう、見方は1つや2つではなくて多いほうが客観的になれるし。
443 :
名無しさん@3周年:2007/02/25(日) 20:24:51 ID:og0sJZJ2
だれかさんが「神」って造語創っちゃったから。
文言「神」が発端で、文言「神がいる」ができて、その逆の文言「神がない」ができて。
振り出しに戻って、文言「神」は使わんといたら。
子供が尋ねるみたいに、文言「神」ってなに?初めて聞いた、分からん、程度に。
>>442 であれば世俗をしっかり生きるしかないとなる。
ここのスレタイも一種正しいし、やはり現存する宗教には神は「ない」こととなる。
しいて言えば神は心のうちにも外にも「在る」だけなので時に感じ、思うことで十分となる。
あるでもないでも同じこと。
哲学が絡むからおかしくなるわけだ。そして現存する(少なくとも俺の知る)宗教も神を哲学的に扱ってるに過ぎない。
論点ズレるけど
自分が人に話す時に神なんて言うと大抵の人は「えーキモスw」なので
「存在」「可能性」「重力(核)」「(中心となる)柱」「軸」とかを代名詞として使ってます。
「可能性があるから信じて行動してみる」というのはありきたりな言葉だけど
無信仰の人だってフツーに使うでしょ。
それを信仰者は『神のお恵み』とほくそえんでいるわけですわ。
言葉の置き換えだけじゃないけどね。
>>445 現実的な見方を疎かにしてしまうという点から見るとね。
神への見方が統一されていない中で個人がそれを定めようとした時、
他人の考えと異なってしまうことが起きます。
おかしく感じるというのは、そのくい違いに対して言っているのかな。
無関心であれば、そのくい違いさえ関係ないからね。
個人の視点による神の見方は、完璧でない(時におかしいという可能性もある)からこそ
哲学の対象になるわけです。
宗教が神を哲学的に扱っていれば良いことですが、信者もそうなのか分からないんですよね^^;
神への見方を統一しかける宗教は、ある意味哲学というより教えなだけの気がするけど。
>>445 あるあるw 運とか おばけとかw
448 :
名無しさん@3周年:2007/02/26(月) 00:22:26 ID:FnxX02kl
「神」について考えた結果、分からなかったので、そんな自分に対して素直に、「神」とは分からないこととしました。
なぜ指は5本なんだろう?→分からない、神のしわざだ。
なぜ、宇宙はあるのか→分からない、神のしわざだ。
死ぬと思って病気が治った→分からない、神のお恵みだ。
なぜ、この人に出会ったのか→分からない、神のお陰だ。
このラーメンはなぜ、うまい→分からない、神のいたずらだ。
こりゃいいわ。すっきりした。なんでも、使えます。
449 :
名無しさん@3周年:2007/02/26(月) 00:45:43 ID:FnxX02kl
合格祈願もこれで、説明できる。
合格するのか分からない→分からないので、神社で神頼み。
(100%合格分かってたら、わざわざ神社で神頼みしない。)
そうだね〜わからないよね。神がいると思うことで心が安定するのなら、
そう思えばいいし、その反対もあり。
心が安定することを追い求めていけばいいんじゃないかな
>なんでも、使えます。
神は全能ですからw
452 :
蚊是:2007/02/26(月) 10:16:36 ID:YkTUKwu2
神様はいるよ。それでいいじゃん。
他に何の議論の余地があるの?
神について考えれば救われるとでも思ってるの?
神とか人に頼ってるヒマあったら
こんなところでグダグダ議論してないで、
自分の足場を固めなさい。
>>445 普通の人が信じるのは神じゃなくて自分や人でしょう。
>>446 神とは自分が想像するものだから人と違って当たり前なんですよね。
つか、神の概念の元となったものは現代であればほとんど解明可能だと思うけど、
現存する宗教団体がうるさいのと海外では神を信じきってしまってる人たちが多いから中々難しくなる。
ようは世界中が神概念に洗脳状態とも言えると思う。
特定の宗教や神概念を持たない人にだけ、本当の神とは何かが感じられるのではないか。
感じたとしても語るほどのことでもなく、「人としての」ごくありふれた「感覚」でしかないのでしょう。
もちろん、これに異論はありありでおけ。俺なりの分析に過ぎないから。
>>448 それは神を利用して思考停止に入るだけでは?w
ということは、386さんが感じていたものこそが神。
で、それを神だと定義した時点で神は消えてしまうもの。
だから神について具体的に考えようとしたら混乱した。
もともとそういう性質のものではないから。と俺的にはなる。
>>457 >神概念を持たない人
…つまり、自然体でいる人が神の傍にあるとするならば、
>386氏が神の概念を受けて混乱している状態は、その意味で
自然体を侵されかけている可能性があると見ることも出来る。
459 :
名無しさん@3周年:2007/02/26(月) 12:53:17 ID:FnxX02kl
訂正
このラーメンはなぜ、うまい→分からない、店長にきけ!!
460 :
名無しさん@3周年:2007/02/26(月) 12:55:20 ID:FnxX02kl
一段落。
>>452 ラジャー。
北野天満宮へ神頼みしてきまーす。
神よ、
私は勉学にはぐくんでまいりました。
神の御心ならば私の望む環境で勉学させていただきたいのです。
私の力が及ばなく望みがかなえられないのなら、
私に適した環境をお与えください。
いかなる環境においても私は最善をつくしてまいります。
神よ、私の望みをかなえていただきありがとうございました。
と
きちんとお祈りするんだぞ。
>>458 自然体でいれば神のそばにあるとするわけでもなく。
たとえば俺であるなら、自分や人を信じる時に神が宿る感覚。
一生懸命やる時に神がいる感覚。自分の力にさらに力が加わる感覚。
何かの意思に導かれるかのような錯覚に捉われるほどの問題の解決や事の運びなど。
それらを神と思うなり感じたりするなら神でも仏でも良い。
他人の神の概念を受けて混乱するならもちろん自然体が侵されかけてるって見ることも可能だとは思う。
で、前にも書いたように神概念が元で混乱するくらいなら神は害。
そもそも神をそれほど強く思う必要さえない。
人間が持った「エネルギーを感じる力や感受性」が神を思わせるのだと思うから。
多くの宗教とはそういう人間本来の感受性を利用して神を概念として偶像化させ拝ませることで確立させる存在。
その目的はどういう方向性であれ支配目的。支配って言えば聞こえは悪いけど、
道徳的であろうとなんであろうと支配には違いない。
きちんと祈って、その祈りを忘れずにしっかりそれが叶うように行動すれば、
神頼みも叶う可能性はあるね。
つか、461のいいな。
ミミズにでもかなえられる望みだw
465 :
名無しさん@3周年:2007/02/26(月) 14:48:20 ID:FnxX02kl
>>461 お祈りしてきました。
自分でできる限りのことはやりました。もう、これ以上、先は私には分かりません。なので、神様、菅原道真様、どうかよろしく。
466 :
名無しさん@3周年:2007/02/26(月) 15:37:11 ID:rtjm8aek
>>463 祈る意味あるのか?
行動だけで十分な気がする
467 :
名無しさん@3周年:2007/02/26(月) 18:24:16 ID:FnxX02kl
いいじゃん、分からない領域に入ってるので、変なことしても。
468 :
蚊是:2007/02/26(月) 18:50:49 ID:RLtSGmYs
単刀直入に言いますが、、、、
、、、、りょんウゼェー!!
やったー蚊是だ蚊是(笑
470 :
名無しさん@3周年:2007/02/26(月) 19:25:46 ID:FnxX02kl
わかっちゃった。
神も仏も、そして互いの関係も。
神、仏、うまく活用して、効率よく生きていきまーす。
りょんちゃん蚊是は誰に対しても
>>468みたいな態度とるんですよ。
蚊是さん、神神言うだけではりょんさんを納得させるのは無理だな。
勉強しなおすいい機会かも。
その機会を神が与えたのかもよ。
475 :
FnxX02kl:2007/02/27(火) 21:58:26 ID:y1VPR61Y
さて、私の自問自答も最期になりました。
スレの表題を最初見たとき、神は自分の内に存在する、宗教は不要だと思って入ったのですが。
○「自分の内に神は存在する」のかどうか
仏は自分の内に存在するが、
神は自分の内に存在しません。
○「宗教はいらない」のかどうか
もう、今の私には・・・、邪悪な宗教ははねれるし、・・・・ないよりまし。
自分で考えて、考えて、考え貫いて、
限界に達し、神の領域を感じたら、教会や神社へお祈りを。
そんなあなたを神は救ってくれる・・・かもしれません。
あ〜、神の領域、宇宙の果てへ、おしまい。
476 :
FnxX02kl:2007/02/28(水) 01:06:04 ID:hVi5/1Wb
いわれてみれば、そだな、うちではブーム復活。
477 :
FnxX02kl:2007/02/28(水) 01:22:56 ID:hVi5/1Wb
↑あれ、酔ってて間違えた。
しつれいいたしました。
478 :
蚊是:2007/02/28(水) 08:48:38 ID:iNnl25Iu
>>474 勉強した結果が同じ内容の堂々めぐりか?
そろそろ自分たちの中身の無さに気付けよ。
っていうか、名無しで何度も書きこみしてる粘着!
馴れ馴れしくするなよ。
蚊是面白い。
480 :
FnxX02kl:2007/02/28(水) 19:27:30 ID:hVi5/1Wb
>>478 >そろそろ自分たちの中身の無さに気付けよ。
おー、すばらしい。それはまさに神の領域、
自分で考えて、考えて、考え貫いて、
限界に達し、中身のなさに気づいたら、教会や神社へお祈りを。
そんなあなたを神は救ってくれる・・・かもしれません。
蚊是の宗教観はぁ?
482 :
うんこにょーっ:2007/02/28(水) 22:06:17 ID:X5+OksIT
紙(神)に見放されたら、うんこ(運)は手でつかめ!
484 :
アンブロシウス:2007/03/01(木) 11:20:40 ID:BBgwAgwK
天照大神でなく、砂漠の宗教の神は、大変信じがたく、叛く人が輩出する。「信じる」といふ人を
信じてはならない。イエスのいふやうにゴマ粒ぐらいの信心があれば、山を動かしたり、大木を歩
かせて、海に移動できる。神への信仰は常に不信仰との戦いである。まして、自然体だつたり、「自
分を信じること」とは雲泥の差があるはずだ。
蚊是って何者?
おもしれーwwww
486 :
まい:2007/03/01(木) 18:40:16 ID:BkC/PFiA
りょんさんが荒らしになったら、誰も疑問の解決法を提示できない。
ココは平和な中学生日記のままが良かったのかな?
>>485 蚊是て面白いでしょ。過去スレでは風邪て名乗ってたんだけど
大笑いさせてくれるよ。
488 :
まい:2007/03/01(木) 18:43:19 ID:BkC/PFiA
確かに、りょんさんが荒らしになったらウザイだろうなぁw
489 :
FnxX02kl:2007/03/01(木) 19:50:23 ID:smbwAc2q
荒らし、見たい。
490 :
名無しさん@3周年:2007/03/02(金) 17:45:28 ID:1rJlM7R1
慈風はどこいった?
491 :
FnxX02kl:2007/03/02(金) 21:14:09 ID:fk+BH8fa
どんな、荒らし、なんだろう。
わくわく。
蚊是出て来てくれわくわく。
493 :
アンブロシウス:2007/03/03(土) 12:27:20 ID:lIwWQJt5
宗教の中にゐるものには、己が救はれることのみを考へる自己本位の人も多
い。それにくらべて、自分の中の廣い心に神を感じてゐることは惡くないこ
とだと思ふ。宗教とは何か? それは世界を肯定することである。その反對
は、「世界はどうせ、こんなものだらう。」「何をやつても同じである。」
と云ふ態度である。
494 :
まい:2007/03/03(土) 14:43:25 ID:4+5FCIxc
>>493 >自分の中の廣い心に神を感じてゐることは惡くないこ
>とだと思ふ。宗教とは何か? それは世界を肯定することである。
それを「希望」と言う。
希望がどこにあるか、どんな行いの中にあるか・・の解釈の違いが、独りよがりな行動をするか、
世界にまで目を向けるか違ってくるのでしょうね。
495 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 14:48:44 ID:H/3IlryN
>>493 なるほど、
@己が救はれることのみを考へる自己本位の人
A自分の中の廣い心に神を感じてゐ人
B@よりもAを悪くはないと思う人
C「世界はどうせ、こんなものだらう。」を思う人
D「何をやつても同じである。」を思う人
宗教とは何か?お〜さすがはアンブロシウスさん。
宗教は@からDを含めたみーんな、世界を肯定することなんだ!!
496 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 15:04:25 ID:H/3IlryN
でいいんですよね?
世界を肯定することであるといいつつ、「世界はどうせ、こんなものだらう。」「何をやつても同じである。」と思う人生を歩んだ世界については否定を示唆しているというわけではない?
497 :
アンブロシウス:2007/03/03(土) 18:42:40 ID:T1jpC58V
宗教は論理ではない。やや違ふ話であるが、奇跡について考へてみやう。超能力といつてもよい。
これについては、信じないか、信じるといふ問題になる。現代でこそ、非科学的といふ一言で否
定される場合もあるが、何千年前でも、奇跡は奇跡であつて、不思議なことである。神が存在す
れば、奇跡など容易ひことではないか? その意味で、「イエス」は神でなくては意味がない。
意味がないなら意味が無いんですよ。
神や奇跡にしか意味が無いと思うなら世の中も無意味なもんでしょう。
人間であるから価値があるんだけどね、価値観って面白い。
499 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 20:12:48 ID:H/3IlryN
なーんか、おもしろくなってきましたねぇ〜。
もともと、私は神は分からないものと思ってるので、何千年前の奇跡を信じてもいいんですが。
医学や技術が進歩し、何千年も前から見たらまさに神業と思われてもおかしくない現代です。
イエスが携帯電話で地球の裏側と話すのを見たら、びっくりするだろう現代。
教えも進化して、非科学的と否定するような人にも分かるような発想しないと。
キリスト教は生命の根本の因果をわきまえないために、実に幼稚な非科学的な宇宙観、
世界観に立っている。その天地創造説と日蓮仏法で説く無始無終の永遠の宇宙観、
生命観の正邪、優劣は申すまでも無い。また天道説をめぐっての、ローマ法王の
科学者迫害、カトリックに束縛された、中世の民衆の生活の陰うつさ。
これはみな、キリスト教のもつ哲学の低さと、矛盾とに起因する。
仏法の五重の相対の第一番、内外相対によって打ち破られる低級宗教なのである。
仏法の五重の相対とは一切の宗教・哲学・思想を比較検討し、その高低・浅深を
判釈する規範の原理の1つ、内外相対とは、内道(仏教)と外道(仏教以外の教え)
を比較したもの。内道が正しく三世の生命観、因果の法則を説き明かした教えであるのに対し、
外道はこうした因果をわきまえ知ることがないので内道が勝れているとする。
>>498 良いことを言いますね。
人間の視点で意味づけをしているだけに過ぎないんですよね。
偶然な出来事も計ることで必然と見ることが出来たり。
>>499氏が言っているように、
時代によって常識が違うように、環境や視点が異なるだけでも常識は変わってくる。
古代の人にとって現代の技術が奇跡に例えられるように、
今不思議に思えることも、他の立場になれば常識なことなのかもしれないという見方もあるよ。
502 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 20:38:00 ID:H/3IlryN
仏もやってきて、キリスト教はレベルが低いっていってるぞーーーーーーい。
>>501 それに神を語る人は本当は神も奇跡も信じてないだろうと思えるんですよ。
心から信じられずに疑うから語るんでしょうね。
だったら最初から考えないほうがまし。
俺という人間を誰かが語るとして、俺を前にして自由に語るわけも無く。
神というものが常にあるなら神の前で神を語れるわけも無く。
神を信じるのなら、そのまま人間を信じていれば十分。
結局神を信じることも自分を信じることも変わらないと言えると思う。
504 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 20:54:47 ID:H/3IlryN
ヤッホー
りょんさんきましたよー、書いてますよー。
ん?
506 :
慈風:2007/03/03(土) 21:02:55 ID:r2JYMG7v
極論すぎやしませんか?
りょんさん
知らないものを語ることができますかね?
507 :
慈風:2007/03/03(土) 21:12:21 ID:r2JYMG7v
否定しても意味などありませんよ。
神は在る。
それも人の中に在る。
信じるか信じないかは関係ない。そんなことに神は拘りはしない。
508 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 21:19:31 ID:H/3IlryN
神様は我々の分からない領域に存在するんだろうね。
>>484さんの内容を自流にアレンジすると、
山を動かすのは、普通、考えて無理。考えて、考えて、考え貫いても分からない。
いくら考えても分からないってあるよね。
普通なことしてては解決法見つからないだろうし。
そんなときは、ゴマ粒ぐらいの信仰心でもいいから、教会や神社にお祈りしてもいいんじゃない?
他人に頼るのと同じで、そういうのに頼ってみようと思っても。
日常離れて、手を合わせたり賛美歌きいたりお賽銭入れたり。
そういうことしてると、結構、アイデア思いついたりして。
本当に山を動かす発想できるかもしれない。
そのとき、「やったー。山の動かし方が分かったー。」と思った瞬間、分かってしまった領域に神様はいなくて、考えた自分が存在する。このときは、やはり、神様は我々の分からないさらに遠い領域へ行ってしまってるんだよ。
なので、神は分からないといいつつも、教会や神社へのお祈り、悪くないんじゃない?
509 :
慈風:2007/03/03(土) 21:38:34 ID:r2JYMG7v
横レスしますね。
固定された物体を神だと拝んでも、そこに神はいません。
なぜなら、彼は「これ」でもなければ「それ」でも「あれ」でもないからです。
人が視覚に捉えられる「何か」が神だとしてしまうと、それ自体が「神の制約」となり「限界」となるからです。
神には実態はありません。
だからこそ「世の中の全てが神」だともいえるし、「神でない」とも言える。
それは表現の違いではあるが、結局は同じことですよ。
510 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 21:43:57 ID:H/3IlryN
神様は一歩先の分からない領域にいるんだから、それを我々が見ようとするには、それなりに努力しないと、神様は願事、叶えてくれないんだろうな。
>>506 なして極論?
知らないものを語るのはどちらかというと誰ですか?
信じたいのに信じきれないから執着するんじゃないですか?
死後もそうだけど、分からないことには人は捉われがち。
神や奇跡も目の前に見えてたら誰もわざわざ口にしたりしませんよ。
>>507 つか、いつから神神になったので?
512 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 21:46:06 ID:1OX/CxNT
神様・・・異次元の高級霊
人間には、正守護神様 副守護神様 本守護神様がついておられ
それぞれの お働きで人間の本能と理性を司られているそうです。
だから・・人間の個人個人の中には、神様が人間を守ってくださってる
という見方も正しいと思います。けれども異次元界には、階層があって
上は主神様から始まって各階層の神様〜龍神界の霊、天狗世界の霊etc
にまで至り・・・邪神のお働きもあるそうで、この邪神は人間の福守護神
(動物霊)と繋がり・・人間は神と動物との中間的存在で常に神から試されて
いる存在であると思う。人間は神の様にもなれるし堕落して獣の様にもなれる
という事で・・いつも自分の中の悪と煩悩との戦いであると思う。
人間が神様に近づく心の状態は本守護神様や正守護神様とに深く関わる事により得られ
善を実践するほかは清まらないと思う。
それには、やはり正しい神仏に手を合わせる行為もいい想念界をこの現象界に
つくる事になるし。自分の中の神様・・正守護神様や本守護神様に守っていただけ安い
と思う。
>>508 でも、よーするに神がなんだと定義したからどうだってのもあります。
神をこうだと定義できたところで何の役にも立たないわけです。
山を動かすような努力をするなら、もっと現実的な努力の方が人の役にも立てる。
後の人にもその効果を残せるってことです。
なんだかいろんな神が出てきたなw
>神様・・・異次元の高級霊
>人間には、正守護神様 副守護神様 本守護神様がついておられ
>それぞれの お働きで人間の本能と理性を司られているそうです。
こういうの、誰が言ってんのよ。
俺は人間が語る神、人間が書き残した神しか知らん。
こういう流れになってくると目を覚ませよ。といいたくなってくるな。
515 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 21:51:45 ID:H/3IlryN
>>509 いやいや、もともと神は分からないと思っているので。神社や教会そんな考える場所を提供してくれるところっていいなぁ。
自分のレス
>>508に加筆すると、
なので、神は分からないといいつつも、「神がいるなかどうか分からない」教会や神社へのお祈り、悪くないんじゃない?
516 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 21:54:33 ID:H/3IlryN
お!!高級霊もでてきたな。
千と千尋のよろずの神も大歓迎。
>>516 そういうほうが親しめるし楽しめますね。
つか、よくありもしない、証明もできないものを当然のように語れる人がいるものだ。
どうするとそんなことになってしまうのかが不思議。
518 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 21:59:48 ID:1OX/CxNT
八百万の神様・・
神様の お声をお聞きする事や 光や薫香や奇跡の体験以外には、異次元の証明は
できないし・・けれども皆、否定するよね。だからイタチゴッコなのよ。
風殿って前は自分のことをあるって言ってたんじゃ。。。
今度は神。ついに自分が神になったとかか。
その方が意味合いと流れ的には納得も出来るが。。。俺はその神は信じないけど。
落ちノシ
520 :
慈風:2007/03/03(土) 22:10:49 ID:r2JYMG7v
私のレスをなにもみてないね。
私は一貫している。
どうでもいいことだが。
521 :
慈風:2007/03/03(土) 22:15:42 ID:r2JYMG7v
知りたいんだろうね、りょんさんは。
今のままでは無理だけども。
>>508 そういうことか。
それを追うのも、また一つの哲学なのかもね。
そういえばこの間某漫画の単行本に「全は一、一は全」のことが書かれていました。
立ち読みしていた頃より今のほうが気付くことが多いです。
「全は一、一は全」は書物に書いてあるだけか、それとも哲学者が出会う言葉なのだろうか。
523 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:23:30 ID:1OX/CxNT
神・・とかの概念は
>>509 に近いものでしょうが
神の方から・・人間に伝える時に 人間に波長を合わせてくれ五感で感じさせて
下さる場合がある。音(お出ましの時には太鼓や鈴の音色、私は聞いた事あります)
声、香り(甘い薫香)、お姿=金色の光とかで知らされる時もあります。
でも、自分が体験しない事には、机上の空論になるし。
人から聞いても信じられないのよね。人間って
524 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:24:18 ID:7+gkwwhh
神も仏もない。魂なんてのは人間が感覚として有るように誤解しているだけ。
意識は所詮、脳内のシナプスによる情報伝達。
時間をごく小さな単位に微分していけば、わかるだろう。
この世は
時間という座標軸の中で、空間の配置が変化をしているだけ。
神や仏といわれるような意識体は存在しない。
525 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:27:42 ID:1OX/CxNT
超微粒子の世界=あの世・・この世の物質世界は大きな 隙間だらけ
超微粒子は現代科学では測定不可・・・
526 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 22:28:38 ID:H/3IlryN
>>517 分からない領域に入ったら、証明できないと思うようなものにも手を出すのもおもしろいじゃない。
分かっている領域なら、こんなのよろずの神も信仰せんでもいいと思うけど。
ちなみに千と千尋の神隠しDVD見ててね、ふんどしの神様、おもしれー。
527 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:35:08 ID:7+gkwwhh
物質世界には善も悪もない。上級も下級もなく、魂も無ければ、神もない。
それが有るように「感じる」のは個々の人間の感覚で、
人間の感覚は所詮、脳内のシナプスによる情報伝達。
結局物質でしかない。
528 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 22:36:29 ID:H/3IlryN
もりあがってきたーぜー。
キャッホー。
529 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:38:28 ID:1OX/CxNT
>>527 現代科学だけの測定可能域での概念
超微粒子の世界は干渉縞、スリットの実験で・・超微粒子には意志があり
多次元を行きかう事が証明済み
あほか(笑
光は波って意味がわかってないだけじゃんw
531 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:42:19 ID:1OX/CxNT
意志をもってるんだよ。馬鹿はおマイ
あはははっw
断定してやんのヽ(^◇^)ノびょぉ〜きぃ〜
まあ、君らはどうせ会話する必要ないから、それでいいよぉw
533 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 22:46:53 ID:H/3IlryN
宇宙は広がってるんだって
しかも、遠方へ行けバイクほど広がりのスピードは速くなってるそうだ。
だとすると、光のスピードで広がる領域は人間が知りえる限界。
これからいっそう科学技術が進歩して神といわれる領域も解読され、そんな宇宙の果ての領域へ神様が追い込まれますように
>>524 どちらかというと肯定派ですが、「魂」という言葉があるならそこからでも考えたくなるね。
魂は人の思いと例えたりね。
死後に魂が抜けるのなら、死後失うものに例えるなど…情報伝達とか。
>>527 >物質世界には善も悪もない。上級も下級もなく
「神」という言葉があるなら、それを神と例える自分がいる。
まさに「神は在る」となる見方です。 見方も感覚でしょうけど。
535 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:53:22 ID:7+gkwwhh
この世に「意識」がないとすれば、神は存在するか?
この世に「意識」がないとすれば、仏は存在するか?
3次元で膨張すれば、端っこが一番早いのは当然。
問題は、世界が3次元で作られてはいないこと。
人間の感覚は、時間軸を基本とした4次元までしか認識できてないから、
それ以上の宇宙空間を感覚的に理解するのは無理。
でも、たまにカルト宗教に洗脳されたバカが神の名前を唱えながら、
マヌケなトンデモ科学をばらまいてくれるから、おもしろいw
現実逃避しても、4次元からも抜けられない彼らを見てるのはなかなか香ばしいヽ(^。^)ノ
537 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:54:05 ID:7+gkwwhh
この世に「精神」がないとすれば、神は存在するか?
この世に「精神」がないとすれば、仏は存在するか?
538 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 22:55:28 ID:H/3IlryN
>>524 いやいや、神は意識体でないとは私も思うが、仏は悟った人のことをいうのが通常ですので意識体です。
539 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 22:55:56 ID:1OX/CxNT
粒子は波でもあるから生気体が取り憑いたり集まったりする事は波動論でいってしまえば
波動の足し算とか波の増幅に相当します。又、粒子は思念ですから生気体は自由に伸びたり
縮んだりする・・相手の思念波がこちら側に届いたりもする。これは、波の干渉・・生気体は
素粒子の集合体で粒子としての振る舞いも波としての振る舞いもします。
自分で理解できない言葉を振り回すとこうなるという、見本みたいな文章だな(笑
541 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:02:50 ID:7+gkwwhh
この世に「意識」がないとすれば、神は存在するか?
この世に「意識」がないとすれば、仏は存在するか?
542 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:04:01 ID:7+gkwwhh
この世に「精神」がないとすれば、神は存在するか?
この世に「精神」がないとすれば、仏は存在するか?
543 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:04:54 ID:7+gkwwhh
この世に「魂」がないとすれば、神は存在するか?
この世に「魂」がないとすれば、仏は存在するか?
自分が存在しようがしまいが神が存在するなら、その存在を思惟すること自体が無意味w
545 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:07:04 ID:1OX/CxNT
この生気体論は現代の物理学の最前線の知識で裏付けられている。素粒子論の
最新理論の一つに超弦理論というのがあるけれど、生気体の話は この理論に基づいています。
この理論から出てくる新しい素粒子、これまで発見されていなかった素粒子が
この生気体の話では、大きな役割を果たしているのです。この素粒子の存在を考える
事によって超常現象や霊的な事もわかってしまうからです。
この粒子は電気を持っていませんから壁でも天井でも通り抜けることができます。
ミクロの物理学である量子力学によりますと、粒子は波でもありますから
心や意志の波・・思念波が存在する事になります。
546 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 23:08:26 ID:H/3IlryN
>>537 >>541 仏は悟った人のことをいう。人の中に精神や意識が生じる。よって、「精神」「意識」がないというのは人がないことが前提になるので、悟った人をさす「仏」も当然、存在しない。
神は私には分からない存在ないので、精神や意識があろうがなかろうが、分からない。
547 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:10:05 ID:1OX/CxNT
>>540 あなたが、理解できないのかしら・・現代物理学の最前線では、神の存在
を 否定できないといっている。
548 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:10:25 ID:7+gkwwhh
この世に「魂」がなくとも、神は存在するとすれば、
この世に「魂」がなくとも、仏は存在するとすれば、
神や仏の存在理由がなくなる。
この世に「魂」がなければ、神は存在しないとすれば、
この世に「魂」がなければ、仏は存在しないとすれば、
物質だけの世界では存在しない事になる。
矛盾している。
>>545 その間違いだらけの最前線とやらの科学知識の理解の突っ込みは、置いといて、
とりあえず、その超弦理論で、生気体を説明してケロ(笑
>>547 存在しないものは否定できない(笑
>>548 自分の存在を証明してくれw
同じ、自己矛盾。
551 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:14:21 ID:1OX/CxNT
又、後日カキコに来るよ。明日出かけるから・・
もう、今日の時間は限界だ。この話、結構奥深いから・・面白いわ。後日来る
552 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:15:27 ID:7+gkwwhh
>>547 現代物理学の最前線では、魂の存在を否定できる証拠、理論が無い。
現代物理学の最前線でも、魂の存在を立証できる証拠、理論は無い。
553 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 23:29:44 ID:H/3IlryN
>>550の自分の存在の証明は知恵が要るな。
自分が存在してないと仮定して、屋上から飛び降りることを試みる。
この結果、試みたものの、飛び降りれない自分があれば、それは飛び降りようとさせない自分「真我」が存在する。これにより、自分の存在が証明できる。
自分の存在証明なんて「私は居ます」と『他者』に言えばいいだけでないの?
555 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 23:34:55 ID:H/3IlryN
考えすぎか
>>554 やっぱりそれでいいのかな。
556 :
FnxX02kl:2007/03/03(土) 23:38:15 ID:H/3IlryN
あー、おもしろかった。
558 :
名無しさん@3周年:2007/03/03(土) 23:42:44 ID:7+gkwwhh
自分の意識が、どんな状態なのか、短時間でどんなふうに変化していくのか観察するのは結構おもしろい。
見るもの、聞こえるもの、肌に感じるもの、全て意識にあるし、
頭の中では結構多くの情報が駆け巡っている。(効率よくはないが・・・)
人間1秒の間にどれくらいの情報が頭の中をめぐっているのか、観察するのは楽しい。
>>554 じゃぁ〜、他者が存在するのは(笑
結局、自己矛盾w
>>555 それでいいなら、カルト信者の妄想神と一緒w
カルト信者の中では、神の存在を証明する必要はない。
それは、自明だからw
>>557 どこが良いこと言ってるんだよ(笑
お前が理解できないと日本語ないのか(笑
そこにしか突っ込めない人のためにねw
つまらん奴らw
566 :
FnxX02kl:2007/03/04(日) 00:23:47 ID:axs67tm8
>>559 >>553の他人の証明が不要な自己完結型の証明でいいのかな。屋上の存在の証明がないっていうのはなしね。
>>565 だから、君らのつまらん突っ込みを真似してやっただけだろう(笑
そこまで、突っ込みを要求するのか(-_-;)ツカレル。。。。
>>566 そうw
他者の存在を自明のものとして、自己の存在を証明してる。
これは、科学における反証可能性と同じ公理。
結局、神の存在も同じ。
それを絶対化して、他人に強要する人間には気をつけたほうがいいという俗な話。
いかにも、科学で証明されてるかのような屁理屈と科学の限界を宗教で埋めるかのような話は失笑モンw
つまらん。
妄想は楽しいからなw
570 :
FnxX02kl:2007/03/04(日) 00:57:12 ID:axs67tm8
でも、短時間でけっこういったね。疾風怒涛のごとくきて、レスできなかった人に申し訳ないよ。
>>559 自分の存在を証明するのに、
>>554のレスは一つの答えじゃないかな。
>じゃぁ〜、他者が存在するのは
てことは自分の存在を証明したことについては、自己矛盾ではないと考えていいのかな。
>それでいいなら、カルト信者の妄想神と一緒
>>554のレスは確認できることでしょう?
錯覚や幻覚でなければ、それは事実であって妄想ではないよね。
>どこが良いこと言ってるんだよ
事実こそ証明。 事実にいたる過程を考えて確認することが良いことと。
572 :
名無しさん@3周年:2007/03/04(日) 01:10:01 ID:RXOKpvXN
顕正会に勧誘されてる時に信じているものは自分と答えたらほめられたw
だったら貴様も自分を信じろよといってやればよかった
>>571 証明できないということだよw
互いに依存しあってる命題は真偽を証明することはできない。
「嘘つきは自分を嘘つきだと言った」
「神はいないと神は言った」
それぞれ、条件を設定しなければ、その真偽を検討することは不可。
結局、常に真であることは証明不可。
神は存在しようがしまいが、どうでもいい。
神はいると思ってる人間には、神は自明な存在。
いないと思ってる人間にも、自明な存在。
結局いるじゃないかというのが、デカルトw
575 :
名無しさん@3周年:2007/03/04(日) 08:26:55 ID:6QGesifU
コノセカイハ、スベテ、オレノ、モウソウ。
蚊是のつっこみができる書き込みしてください。
>>573 そっか、事実や自明は証明にならないということを言いたいんだね。
私はそうは思わないけどね、これも見方の違いかな。
というか、厳密になればなるほど、自己の証明は不可能。
これは、数学的にゲーデルが証明してる。
ところが、宗教は、論理を飛び越えて、信じるか信じないかのレベルで成立する。
だから、どんなに悪意をもって、神を強要しても、
強要される側に悪意がなければ、悪意が消失してしまう関係が存在する。
カルトの存立根拠はここにある。
騙す側は、どこまでも善意の嘘であると言い通すことができる。
カントが言うように、その善意の可否を他者が判断することは出来ない。
したがって、神の存在証明自体が、胡散臭い代物である。
証明しなければならないほどに神に渇望してる奴は、所詮はカルト信者w
自分の存在証明と神の存在証明とでは捉え方が違うよ。
確かに「私は居る」という言葉"だけ"を受け取れば嘘の可能性を考えることができますね。
しかし、発言と発言者を確認する行為自体が事実の確認であり、錯覚でなければ証拠ですよね。
証明に必要なのが証拠なら、自明はそれ自体が証拠であって、
真偽でいう真になるのであえて証明する必要が無いだけでしょう。
それに比べて、
人が考える神は様々だから、事実や物理的には自明と言い切れない。
ただ、個人の視点なら自明ともなりうるでしょうけど。
だから、神を信じる信じないの話になるわけで。
事実、生きている自分の存在が真偽でいう偽になるならば、それは事実でなくなってしまう。
しかし、夢や錯覚ならば偽になると見ることも出来る。
> 自分の存在証明と神の存在証明とでは捉え方が違うよ。
って、私もレスしてるよw
証明に必要なのは、証拠よりも、論理であり、ロジック。
科学は、実証w
宗教は、そんなことに関係なく、信仰であり、とにかく信じ続けること。
そして、他人にその神を押し付けて布教する。
その布教の過程がつねに問題になる。
>>580 そっか、じゃあそこは同意見だね^^
私には「神の証明も存在の証明も同じ」というふうに聞こえてしまったよ。
>>520-521 流れの事実の部分を言っただけじゃん、一貫も何も言ってはいない。
知りたいって何を?
神だとしたら俺はすでに知ってるし、知りたいことはまあ、あるけど、無理とかって問題じゃないからな。
また、事実以外のことを思ってるとか?
>>581 それは失礼w
まあ、あまり親切な書き方ではないので、わかりにくいですね、確かに。
私は、神をネタに信仰を強要する宗教を拒否してますからね。
神を否定してるわけではないです。
否定も肯定もすることもできませんからね。
>>582 おっはヽ(^。^)ノ
他でおみかけしたので、ご挨拶までw
>>580 証明の意味は、文字通り証拠を挙げて真偽を明らかにすることでしょう。
論理も証拠じゃないのかな。
論理も実証も現実的で素晴らしいよ。
それとは距離を置く「神」に関することは、人の見方によって異なりますからね^^
>>583 同意。 自由性があるそれを強制的に侵す行為は受け付けないねw
>>585 論理は定義や規則の組み立て。
例えば、数学は、論理。
別に実証する必要はない。
点は現実には存在しないが、数学では重要な概念でしょうw
理論物理学なんて、実証そっちのけで、妄想してますw
ただし、その素材選定と組み合わせが非常に厳密で高度なロジックなのです。
数学の公式を信じなくても点がとれないだけで済むけど
神は信仰を強制しないで、その人の自由に任せている。
その自由に対する責任はあるのだろうなぁ。
宗教団体による被害者リンク集まとめ@Wiki
http://www11.atwiki.jp/anti-religion/ いいか、みんな
(゚д゚ )
(| y |)
信者という言葉は
信 ( ゚д゚) 者
\/| y |\/
二つ合わさって儲けるとなる
( ゚д゚) 儲
(\/\/
つまり、お前達信者は金づるでしかないと言うことだ
(゚д゚ )
(| y |)
個人で信仰するのは勝手だが、宗教団体に入ったら最後、搾り取られると思え!
589 :
名無しさん@3周年:2007/03/04(日) 21:22:26 ID:bWeWl1cy
受け入れる素養の全くなさそうな人や違うものには
強要などしませんよ。誤解なく・・
信仰とは、芸術への恋愛みたいなものです。
神への恋愛・・です。簡単に言えば・・
それをカルトとかいって批判する人達も狂信者と同レベルであるという事
他者に強要してまで 同じ人と恋愛しなさい・・とは誰も申しておりませんよ。
人の言葉を信じられない者は、人は自分と同じように嘘を言うとでも
思っているのだろう。
人の言葉を信じられるためには、嘘やいい加減なことは言わないことだ。
嘘やいい加減なことを言わないでいると、やがて見えてくるものがある。
591 :
ガストリア:2007/03/05(月) 11:36:50 ID:eVuvqxpn
間違っていたら申し訳ないのですが慈風さんって風の主さんですか?
受け入れる素養があるなしの判断はどうやってするのだ。
アピールして待て、それが確実だ。
見込み違いも付け込みもそれなら無くなるw
信仰とは芸術への恋愛であるなら、
それを受け入れない人はよほど正常なんだと認める必要があるだろうね。
。。。しかも、そのレスを言葉のままに読めば。
素養があると思えば強要するのか、それじゃあカルトに違いないだろw
597 :
アンブロシウス:2007/03/06(火) 21:25:04 ID:h7Y+/7zJ
人間は不完全なものであるが、自由な意志をもつて善か惡を選擇する。神に
背くことも可能である。神から見れば、このやうに逆らふこと、すなはち惡
は存在しないも同然である。聖書に云はれてゐるやうに、惡魔はこの世の終
はりまで、一時的に生かされてゐるだけで、最後には非存在となる。
598 :
慈風:2007/03/06(火) 23:07:08 ID:m+Jt5RlB
599 :
名無しさん@3周年:2007/03/07(水) 02:39:47 ID:s0zIArJm
悪魔を元の天使に
もどせず、
滅ぼすだけの神なんて
クソッタレだ
そんな神や教えなどいらんわ
>>598 いやーお久しぶりです。
またお会いできて嬉しいです。
>>599 わからないことは悪魔のせいにしとけばいいと言うのは思考停止ですよね。
それで疑問がわかないのは単純な思考回路です。
勧善懲悪で考えないと、どう行動していいのかわからない人も少なくないのでしょう。
602 :
FnxX02kl:2007/03/07(水) 22:36:42 ID:5uzPz/oa
すべての意見に通じるには、どうしましょかねぇ。
>>602 汝、己自身を知れ。
さすれば、汝は全てを見いださん。
知性が邪魔して、人のことは批判できるが自分のことはさっぱり解らん。
だれか、知性を持っていってくれないか・・・
605 :
名無しさん@3周年:2007/03/08(木) 23:53:51 ID:DWvDbATE
おまえの小学生並みの知性はいらんよ!イン歩はなおったか?
606 :
名無しさん@3周年:2007/03/08(木) 23:57:29 ID:/4XuXsFV
健全な精神は健全な肉体に宿る
改めてわけわからん
>>606 それ漫画で読んだことあるw
なんとなくわかるね。
>>604 自分を客観的に判断しうる知性は存在する。
だがそれを全員が持っているわけではない。
たとえば、二歳前後の子供は自分を客観視できないという研究結果がある。
例をあげると、その年齢の子供に「鬼ごっこをしよう」と誘うと
自分の目を手でおおっただけで「隠れたよ」と返事をすることがあるそうだ。
その子は自分を客観的に判断できないから相手と自分の違いを区別できず、
「私は相手を見れないのだから、相手も自分を見れないはず」と
無意識に思うのだという。
だから目をおおっただけで「隠れたよ」になるのだ。
しかしこれは、大人にとっても笑い事ではない。
「自分には不可能だから相手にとっても不可能」「自分はこの程度だから相手もこの程度」
「これはこんな気持ちのとき使う言葉だから、相手もこんな気持ちでそう言ったに違いない」
こんなことはいくらでも目にする。
このスレでも実社会でも。
609 :
アンブロシウス:2007/03/09(金) 21:49:28 ID:itJ92mgW
疑ひつつ信じる。不可能が故に信じる。信じるといふことが可能ならば、
さういふ信じ方になるだらう。その基にあるのは、自分の慘めさである。
何か素晴らしい解決法など考へられないと思ふほどの低位置にあること
である。カルトはむしろ素晴らしすぎる夢を見させることをもくろんで
ゐるやうだ。ひとは本來強耍されない。この人生の悲慘さに氣づけば。
610 :
名無しさん@3周年:2007/03/09(金) 22:32:00 ID:mdLyRnAF
自分の内つまり主観と、自分の外つまり客体の間には境界はなく、
つまりは、内と外は連続している。
自意識、自我、精神、魂は、自分の内にあるが、自分の外にある客体でもある。
自分とは意識を含め客体の一部にすぎないのである。
612 :
名無しさん@3周年:2007/03/09(金) 22:45:17 ID:mdLyRnAF
自分の内(感覚)で、外の世界を見れば(知覚すれば)外の世界が現れる。
自分の内(感覚)で、外の世界が見えなければ(知覚できなければ)外の世界は現れない。
自分の内に、全知全能の神仏を見れば(想像すれば)全知全能の神仏は存在し、
自分の内に、全知全能の神仏が見れなければ(想像できなければ)全知全能の神仏は存在しない。
613 :
名無しさん@3周年:2007/03/09(金) 22:58:46 ID:mdLyRnAF
この世界、宇宙は特異な点の集まり。
時間的・空間的・ポテンシャル的に、普遍な点、平均な点、中間の点は無い。
614 :
名無しさん@3周年:2007/03/09(金) 23:00:14 ID:mdLyRnAF
自分の内に、全知全能の神仏を見れば(想像すれば)全知全能の神仏は存在しうるが、
それはやはり、特異な点である。
615 :
名無しさん@3周年:2007/03/09(金) 23:40:25 ID:zPlvVx9A
それが誰も出来ないから、
この世界に苦悩が絶えない
////////
617 :
FnxX02kl:2007/03/10(土) 10:19:55 ID:24LIYIH0
自分の内に、神と仏とがいたら、疲れるだろうなぁ。神と仏とが喧嘩することもあるだろし。
神は〜そと、仏は〜うち。
618 :
FnxX02kl:2007/03/10(土) 10:25:18 ID:24LIYIH0
>>603 アドバイスどうも、ありがとうございます。
でも、自分を完全に知って、しかも、全てを見出してしまったら、終ってて、つまらないだろうし。
仏がいうように、ほどほどにしときます。
619 :
蚊是:2007/03/10(土) 10:49:46 ID:1XETxiuJ
>>609 そうやって、旧かなとか旧漢字で文章書いて、
いかにも自分の書きこみが高尚であるかのように装うのやめたら?
そういうなりきりの装飾って見てるこっちが恥ずかしくなる。
アングロなんとかって名前も「自分に酔ってるねぇ〜」って感じでちょっと鳥肌。
620 :
蚊是:2007/03/10(土) 10:55:26 ID:1XETxiuJ
>>610 内と外に境界は無いのかぁ。
本人はイキたくないと思っても本人の意思とは関係なしに
射精してしまうこともあるけど。
>>612 宇宙の実状は612で述べられている「知覚」や「想像」とは違う。
現れる現れない存在する存在しないと儚く移ろうのは「内なる神」の感覚ではなく、
内なる神から分離された「かりそめの自分」の感覚でしかない。
これが実状。
622 :
FnxX02kl:2007/03/10(土) 13:13:06 ID:24LIYIH0
もし、私が神仏の力でお好み焼き屋を開くなら、まず、
神(外)のお導きか何かで自分でも想像絶するような、他店とは差別化できる豚玉のめちゃ旨いお好み焼きを知得すれば、あとは、仏(内)の力で、豚玉のお好み焼の造り方を極める。以後は豚玉一本で、神の力は借りない。
神が「イカ玉もうまいで〜」と誘ってもよほどのことがない限り、断る。
623 :
名無しさん@3周年:2007/03/10(土) 22:44:04 ID:QujLzFNc
>>623 書物の知識は、実生活に応用し、差異を考察し、
仕組みを把握し、自分なりの理解を得て初めて糧となる。
暗記しただけでは何も変わらない。
>>624 >623氏が本当に暗記かはともかく、良いレスですね。
把握することと、目を通しただけとでは理解力が違うからね。
文は一見では分からないことがあるので
>>294で言うように自分なりに考えることも大事だよね^^
「全は一、一は全」とかシンボルもそうで、それ自体では意味が分かりづらいんだよね。
626 :
名無しさん@3周年:2007/03/11(日) 16:55:51 ID:VVdW36XU
>>619 そのとおりだと思います。
この形式にも疲れてきました。
固定ハンドルは、いずれ復活させます。キリストのように。
627 :
Z:2007/03/11(日) 18:38:18 ID:l9H4p1e8
お久しぶりです。
皆さん、素晴らしい博学ぶりですね。
たくさん書物もお読みになり勉強されているのがよくわかります。
ただし、このスレは、内にある神を見つけてその声を聞き、
自分の人生の目的を見つけていくことが主題。
千冊の書物を読破した学者より、無学文盲の一人の青年のほうが
霊格が高い、神の御心に近いということが往々にしてある。
皆さんの内にある神の声を聞いて、どう人生に生かしているか
語ってくれないか?
628 :
名無しさん@3周年:2007/03/12(月) 00:13:05 ID:TUNTBL8N
それを問うあなたがまず自分の事を語るべき。
どうせ神の声なんて聞こえてないと思うがW
ちなみに俺は聞こえないW
629 :
名無しさん@3周年:2007/03/12(月) 00:58:35 ID:miIpRYox
妹がプロテスタントに入信した。
別にそれはいいんだが他の家族に勧めてきてマジで困る。
キリスト教独特のあのめげない姿勢で人の迷惑省みず…。
もう疲れた…私にとって宗教なんてただの揉め事の元
ホントどっかいってほしい
630 :
Z:2007/03/12(月) 01:16:11 ID:stZtyMOR
>>628 >それを問うあなたがまず自分の事を語るべき。
同意。ただ、スレ主の責任もあって前レスではよく語ったんだけどね。
まあ時間もたってるし、もう一度、遠慮なく語るとするか。
>どうせ神の声なんて聞こえてないと思うがW
>ちなみに俺は聞こえないW
正直に思っていることを語っている分は評価に値するよ。
自分に正直にならないと一向に前に進まないからさ。
だから一番怖いのは知ったかぶり。
だけど、そう思うならなんでこのスレにいるの?
自分の中の光・パワーを信じてないわけ?
ちなみに聴こうと思わないなら本当に聞こえないだろう。
耳を澄まそうとしないヤツには神が隣で叫んでいても聴こえない。
(続く)
631 :
Z:2007/03/12(月) 01:16:49 ID:stZtyMOR
>>628 >それを問うあなたがまず自分の事を語るべき。
同意。ただ、スレ主の責任もあって前レスではよく語ったんだけどね。
まあ時間もたってるし、もう一度、遠慮なく語るとするか。
>どうせ神の声なんて聞こえてないと思うがW
>ちなみに俺は聞こえないW
正直に思っていることを語っている分は評価に値するよ。
自分に正直にならないと一向に前に進まないからさ。
だから一番怖いのは知ったかぶり。
だけど、そう思うならなんでこのスレにいるの?
自分の中の光・パワーを信じてないわけ?
ちなみに聴こうと思わないなら本当に聞こえないだろう。
耳を澄まそうとしないヤツには神が隣で叫んでいても聴こえない。
(続く)
632 :
Z:2007/03/12(月) 01:18:25 ID:stZtyMOR
スマン。ダブってしまった。
とりあえず、続きいくぞ。
内にある神の声を聴くということは別にオカルト的なことでもなく、
奇跡でもマジックではない(そういう現象をとるときもあるが)
何か言い争いになったりするときに、
「自分の胸に聴いてみろ」というセリフがあるだろう。
実際に、そう言われるときには、自分の胸に感ずるものがあるはずだ。
自分の中のエゴがそれに気づかせるのを邪魔しているだけ。
何か悲しいことを聞いたときとか、自分の心と反することをやってしまったとき、
「胸が痛い」という言葉がある。実際、胸が痛いだろう。
それがオレたちの内にある声だ。
神の声、魂の声、沈黙の声、良心の声、まあ言い方はいろいろあるだろうけど。
自分の胸の中の声を聴こうとしなかったり、
聴こえてもそれを受け入れようとしなかったり、
それを押しつぶしてしまうのであれば
100万冊の書物を読んだとしても、
精神的進歩の道は一歩も先に進まないだろう。
633 :
名無しさん@3周年:2007/03/12(月) 01:35:24 ID:TUNTBL8N
神の声など聞こえない。
これが俺の良心の声だ。
635 :
624:2007/03/12(月) 12:02:38 ID:8UjqHQv4
>>627 内と外が繋がり始めたとき起こった変化の一つを書こう。
ただしこれは初期変化の一例なため、これだけが基準ではないことをお忘れなく。
私が体験した変化の一つは、全体を長い目で見れるようになったことだった。
空間的時間的「外」をより広く知覚できるようになったのだから何ら不思議はないだろう。
人類全体を長い目で見る効用に、人類全体がどのような変遷を経て成長してきたかを
把握しやすくなるというのがある。そうすれば、人類へ働きかける存在の意図や、
自分が世界にどう働きかければよいかがより明確に理解できるようになる。
また、周囲で起こっている現象を立体的に見れるようにもなる。
この瞬間の実状を平面とし、それに時間という縦軸を加えることで、
時間による変遷を立体的に把握できるようになるのだ。
そうすれば、今後の推移の予測精度を上げることができる。
他には、全体を長い目で見ると宇宙摂理の働く様子を知覚しやすくもなる。
すると、摂理への理解が増す。
上記二つにそれを加えると、知覚精度は益々鋭くなっていく。
こんなところだろうか。
636 :
FnxX02kl:2007/03/12(月) 19:18:41 ID:Sf/xcD8/
>>632 >自分の胸の中の声を聴こうとしなかったり、
>聴こえてもそれを受け入れようとしなかったり、
>それを押しつぶしてしまうのであれば
ほんまか?
神かどうか分からんが、本当の自分の声を聞いたとき、それを押しつぶしてしまうことはできなかったで。
まだ、あの領域には達してないな。
637 :
名無しさん@3周年:2007/03/12(月) 19:25:57 ID:e1ccuc5Q
宗教は争いしか生み出さない
俺は無宗教だから宗教に入ってる奴がわからん
特に創価とか
638 :
Z:2007/03/12(月) 21:26:22 ID:stZtyMOR
>>635 レスありがとう。でも書いてる内容が抽象的でわかりづれーぞw
>そうすれば、今後の推移の予測精度を上げることができる。
要するに大げさに言えば未来予知、小さくいえば身の回りの出来事の結末が事前にわかるのか?
>他には、全体を長い目で見ると宇宙摂理の働く様子を知覚しやすくもなる。
要するに宇宙のからくりがわかるようになったということか?
>上記二つにそれを加えると、知覚精度は益々鋭くなっていく。
要するに5感が冴えてきたのか、第6感が使えるようになったのか?
639 :
慈風:2007/03/12(月) 21:52:38 ID:3YOylezD
Zさん、おひさですね。
640 :
Z:2007/03/12(月) 21:52:59 ID:stZtyMOR
>>636 >神かどうか分からんが、本当の自分の声を聞いたとき、それを押しつぶしてしまうことはできなかったで。
まだ、あの領域には達してないな。
オレの反省点として、たまにだが内なる声を聴いても無視するときがある。
(このスレ主としてあるまじきひでー話だが)。
そういうときは大体、後々ろくな目に合わない。
その声に逆らった行動をとろうとしたら、すぐに心の奥底からアラームがなる。
これは抽象的表現ではなく、文字通り、アラーム、警告がなるのだ。
時には、胸がしめつけられるような痛み、時には気がふさぐような陰鬱感が胸に広がる。
時には、ガラスの割れる音が脳内に響く。
早くしなきゃいけないことをサボっていると、脳内で目覚まし時計のベルの音がなる・・・etc
もちろん、助けられたり励まされたりすることもある。
最近、仲良くなりたいと思うようになった女の子がいるのだが、
アプローチしてもだめかなあと自信を失いかけていたとき
突然、ヒコーキのイメージが脳内に浮かんだ。
オレにとって、ヒコーキは「援助が与えられる」のシンボル。
だから、頑張ってアプローチする気になったよ。結果が出るのはこれからだが。
どうしてオレにとってヒコーキがそういう意味を持つのかうまくいえないが、
オレは多数のシンボルを他にも持っていて、内面又は目に見えない次元からの交流の言語として
活用している。皆さん、そういうのってないですか。
641 :
Z:2007/03/12(月) 21:56:28 ID:stZtyMOR
>>639 こちらこそお久しぶりです。
風さんですよね。
たまに顔出しますから今後ともよろしく。
642 :
慈風:2007/03/12(月) 22:24:21 ID:3YOylezD
こちらこそ。
ただ、以前のように頻繁には来なくなりますね、私も。
今は、全ての「価値判断」から離れようとしていますから。
私の中にある「あるがまま在る」ことのみを中心においていますから。
そうは言っても、先日までは、一生懸命いろいろやっていましたが。
643 :
名無しさん@3周年:2007/03/12(月) 22:33:06 ID:GZ+vTsy4
諸法無我
有為法だけでなく、無為法を含めてすべての存在には、主体とも呼べる我(が)がないことをいう。
644 :
慈風:2007/03/12(月) 22:44:44 ID:3YOylezD
そのとおりですね。
>640
自分は脳内にフキ(食べ物の)が出現するときは、熱がある時
>>1 私も自分の良心こそ神だと思っています。
毎日、前向きに明るく優しく生きることが、その良心に栄養を与えてくれる。
私の好きな人もプラス思考で心のきれいな優しい人です。
九識ていうのはね。眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識、を六識と言い
これに未那識、阿頼耶識、阿摩羅識を加えて九識と言うんだよ。
648 :
慈風:2007/03/13(火) 07:31:48 ID:jzzRu3Mj
人が内包しているのは、良心だけでしょうか?
それを神とするならば、神以外を内包している事実はありませんか?
神は全てと言われます。しかし、神以外の存在を許したら、「全てではなくなる」と思うのですが。
649 :
慈風:2007/03/13(火) 07:38:55 ID:jzzRu3Mj
すみません。
余計なことを申しました。
650 :
FnxX02kl:2007/03/13(火) 07:57:24 ID:Nx/LSgsf
>>640 >その声に逆らった行動をとろうとしたら、すぐに心の奥底からアラームがなる。
・・・・
>胸がしめつけられるような痛み
自分の本当の声にあったとき、
胸がしめつけられるような痛みなどは通り越して、むしろ、なかった。
なので、逆らおうとする自我も生じなかった。
自分の本当の声にもし逆ら得るものなら、死んでいる。
心の奥底からアラームが鳴るのであれば、まだ、余裕がある。
651 :
名無しさん@3周年:2007/03/13(火) 08:39:32 ID:wed6PH7s
慈風さんて二十三、四歳?
652 :
安風呂:2007/03/13(火) 09:48:13 ID:yzfO3GzQ
三日目に復活しました元「アンブロシウス」です。
私は、踏み絵を踏んで、棄教しようかなとこのごろ思うのです。
しかし、それをとどめているのは、人間は自由に判断できるが、
それは価値から自由であることと違うからです。
ただ心の中の声を聞くことは、宗教に比べて茫漠曖昧な感じ。
全世界のすべての宗教は全部間違ってるのかもと
全人類が疑うべきだと思う
キリストも仏教も浄土真宗もうそじゃないかと思う
でも最近カバラは信じ始めた
ここで、みんな一度リセットするべきだな
654 :
FnxX02kl:2007/03/13(火) 10:56:12 ID:Nx/LSgsf
>>646 良心こそ神だとすると、
その良心に栄養を与えてくれるって仰る「生きること」ってのは、神の上流の「超神」とでも名づけましょうか?
655 :
624:2007/03/13(火) 11:40:09 ID:rZxVMr+7
>>638 >要するに大げさに言えば未来予知、
>小さくいえば身の回りの出来事の結末が事前にわかるのか
未来予知や出来事の結末の予測精度が上がるということ。
>要するに宇宙のからくりがわかるようになったということか
そう。だからこそ予測精度は上がる。からくりを理解していれば
「こうすればこうなる」の要素を増やせるから。
>要するに5感が冴えてきたのか、第6感が使えるようになったのか
第6感なんてケチなものではない。
「どう働きかければ宇宙の摂理に沿うのか」に確信が持てるようになるのだ。
656 :
624:2007/03/13(火) 11:51:22 ID:rZxVMr+7
>>643 諸法無我という字の一つ一つは、三次元世界にその起源を持つ。
有為法、無為法、すべての存在という言葉にもそれは同様に言える。
しかし人の主体・本体は、三次元世界には存在しない。
それ故に、三次元世界に主体を持たない「内なる神」にとっては、
>主体とも呼べる我(が)がないことをいう
となる。そもそも、存在全ての主体は三次元世界には無いのだから。
657 :
624:2007/03/13(火) 12:15:45 ID:rZxVMr+7
書いてる内容が抽象的でわかりづれーぞ(
>>638)
の例もあるので656を補足しておこう。
私達は三次元世界で生きている。なので心も、三次元世界の現象に基づいて
活動している。「無」を例にあげよう。
「無」という字は、「有る」の反対語である。
では「有る」はどうだろうか? どこに起源を持つだろか?
その起源は三次元世界にある。
「目の前にPCが有る」や「以前そんなふうに考えていたことが有る」のように、
人は無意識に「有る」を三次元世界を基準にして考えているのだ。
だがその「有る」は、三次元世界に存在しない「内なる神にとっての有る」とは
異なる。【両者は一致しない】のだ。
仏陀は、「内なる神」と完全に一体化した人。
それ故に、「内なる神」の思考で話をすることができた。だからこそ、
内なる神にとって全ての存在には
主体となる我(が)は無い。
と仏陀は説いたのだ。
658 :
名無しさん@3周年:2007/03/13(火) 13:06:08 ID:/RrzrxdQ
自分自身も神の表れか
659 :
FnxX02kl:2007/03/13(火) 13:11:55 ID:Nx/LSgsf
>>657 >仏陀は、「内なる神」と完全に一体化した人。
>それ故に、「内なる神」の思考で話をすることができた。
たぶん、「内なる神」があれのことだとすれば、同意だ。
「内なる神」の詳細は秘密だ。
秘密にして、仏像みたいにしばらくは困ってる人見てニヤニヤしたい。
でも、困ってる人、大丈夫、大丈夫。
>>627 >千冊の書物を読破した学者より、無学文盲の一人の青年のほうが
>霊格が高い、神の御心に近いということが往々にしてある。
把握できます^^
>>442 に付け足して、
知識は視野を広めると同時に固定もしがちだからね。
>>640 本能や理性のことを言っているのかと思いましたが、イメージや閃きに近い方でしたか。
>ヒコーキのシンボル=「援助が与えられる」
と言っているように、気持ちの具現化になっているのかな。
イメージや閃きなどは、無意識であっても意外とどこかからヒントを得て出来ている場合があるんだけど。
661 :
名無しさん@3周年:2007/03/13(火) 23:54:21 ID:HPs9Wm3X
諸法無我
諸行無常といわれるように、一切のものは時々刻々変化している。
ところが我々は、変化を繰り返し続ける中に、変化しない何者かをとらえようとしたり、何者かが変化してゆくのだと考えようとする。
その変化の主体を想定してそれを我(が)という。
662 :
名無しさん@3周年:2007/03/13(火) 23:55:08 ID:HPs9Wm3X
我とは「常一主宰」のものと言われる。
常とは常住、一とは単独、主宰とは支配することである。ゆえに、この「我」は常住である単独者として何かを支配するものをいう。
663 :
名無しさん@3周年:2007/03/13(火) 23:55:53 ID:HPs9Wm3X
インド古来の考え方は、変化するものに、主体としての変化しないものを想定した「有我論」(うがろん)である。
仏教は、存在とは現象として顕われるのであり、変化そのものであり、変化する何者かという主体をとらえることはまちがいであると指摘する。
664 :
名無しさん@3周年:2007/03/13(火) 23:56:58 ID:HPs9Wm3X
そのような妄想された「我」に執着する執着を破るために諸法無我が説かれたのであり、霊魂(アートマン)の存在の否定のことではない。
665 :
名無しさん@3周年:2007/03/13(火) 23:57:46 ID:HPs9Wm3X
一般に有我論が説かれている最中、釈迦だけが主張した、仏教の特色だと考えられているが、釈尊以前にブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッドに説れている教えである。
われわれは、しらずしらずの間に私自身の現存在を通じて、そこに幼い時から成長して現在にいたるまで肉体や精神の成長変化を認めながら、そこに私と呼ぶ実体的「我」を想定し、成長変化してきた私そのものをつかまえて、私は私であると考える。
しかし、それこそ我執なのである。
666 :
名無しさん@3周年:2007/03/13(火) 23:58:46 ID:HPs9Wm3X
諸法無我は、この過った考え方をしりぞけて、変化をその変化のままに、変化するものこそ私なのだと説くのである。
この意味で、諸法無我は、自己としてそこにあるのではなく、恒に一切の力の中に関係的存在として生かされてあるという、縁起の事実を生きぬくことを教えるものである。
一切のものには我としてとらえられるものはない。これを徹底して自己について深め、目に見えるもの見えないものを含めて一切の縁起によって生かされてある現実を生きることを教えている。
このような共々に生かされて生きているという自覚の中にこそ、他者に対する慈悲の働きがありうるのである。
はじめに、有為法だけでなく、無為法を含めてすべての存在には、主体とも呼べる我がないというのは、他の宗教に言われるような「神」などの絶対者もまた無我であることを言う。
これは、絶対者の否定ではなく、「神」などが我々との関係の上にのみ存在することを意味している。 その意味で、仏教は他の宗教と根本的な違いを持っている。
667 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 00:02:17 ID:36RTsTlw
涅槃寂靜(ねはんじゃくじょう)は、仏教用語であり、三法印・四法印の一つとして、仏教が他の教えと根本的に違うことを示している。煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、静やかな安らぎの境地(寂静)であるということ。
668 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 00:04:06 ID:36RTsTlw
諸行無常、諸法無我の事実を自覚することが、この涅槃寂静のすがたである。
無常と無我とを自覚して、それによる生活を行うことこそ、煩悩をまったく寂滅することのできた安住の境地である。
無常の真実に目覚めないもの、無我の事実をしらないで自己をつかまえているものの刹那を追い求めている生活も、
無常や無我を身にしみて知りながら、それを知ることによってかえってよりどころを失って、よりどころとしての常住や自我を追い求めて苦悩している生活も、
いずれも煩悩による苦の生活である。
669 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 00:18:13 ID:36RTsTlw
立体空間は3次元
それに時間を加えて4次元
量子力学でいう確立を全て別次元で起こっているとすれば、
無限大の次元になる。
670 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 00:20:55 ID:36RTsTlw
コペンハーゲン解釈はどのようにして観測によって波動関数が一つの状態に物理的に収縮するのかは説明しないが、
波動関数の収縮を量子力学の数学的枠組みで説明することができないことがフォン・ノイマンによって指摘された。
そこで、ノイマンは、収縮は観測という人間の行為と同時に起こる、として、量子力学の枠組みで説明できない意識を導入し、
意識と相互作用する際に収束がおきるという主張をした。ウィグナーは人間の意識の特別な意義を重要視する姿勢を示した。
他に、ロジャー・ペンローズも意識や心と量子力学を関連させて論じている
671 :
646:2007/03/14(水) 00:48:15 ID:RFTZpp3Y
>>654 人を救うことが最大の良心だと思います。
簡単なことでいいと思う。精神的・物質的に困ってる人を助けてあげる、恋人や伴侶や友人、家族など大切な人に愛情を注ぎ相手を満足させる、等なんでもいいと思う。
人に喜んでもらえれば。実際に行動を起こし徳を積むことが大事。
672 :
624:2007/03/14(水) 12:37:38 ID:Jw9HP+pQ
ID:HPs9Wm3X及びID:36RTsTlwさんへ。
言葉を変えましょう。
仏陀は悟りに到達できたため、「悟りの状態での認識」と
「悟りの状態にない認識」の差を説くことができました。
しかし仏陀の教えは、悟りに到達しない人々によって受け継がれていきました。
その状態にない人々によって語り継がれてきたのです。
そのため、仏陀の教えの説明には大変な文字数を費やさねばなりませんでした。
が、それは困った事態を発生させてしまいました。それがこれです。
膨大な説明文を体系的に理解しようとすると、
それは『学問』に似てきてしまう。
仏陀が説いたのは【悟りを開くための生き方】であり、
悟りというものの学問的解釈ではないのです。
673 :
624:2007/03/14(水) 12:48:05 ID:Jw9HP+pQ
もちろん私はまだ悟りを開いたわけではありません。
ただ私は、「内なる神」と「外なる心」の繋がりをスムーズにするよう努めてきたため、
内なる神に基づく話が少しずつできるようになりました。
その他には、促しやエネルギーにも敏感になりつつあります。
>>635がその一端ですね。
674 :
慈風:2007/03/14(水) 13:12:16 ID:s/ePJENu
675 :
安風呂:2007/03/14(水) 20:05:09 ID:/8k9ugzY
>>670 もっと詳しく話してください。
しかし、有名な科学者とはいえ、科学として確立していないことを論じる
ことはできる。意識は、意識によって解明しつくされないと思うので、ど
こまで行っても追いつかない。
676 :
FnxX02kl:2007/03/14(水) 20:06:53 ID:3KffL2pF
>>671 ありがとうございます。
あなた様のご意見、何の抵抗もなく吸収されてしまいました。
反論の余地が全くございません。
654は恥ずかしい限りです。
神仏が分かった今、「徳を積む」ことの尊さも分かりました。
神仏は生きていく上で最低レベルのこと。
神仏の上に徳を積んでいきます。
諸法無我とは存在するすべてのものごとには、我というような固定的な
実体がないということ三法印の一つ。
三法印とは「諸法無我」「諸行無常」「涅槃寂静」の三つを言う。
天台大師は法華玄義のなかで、三法印は小乗の三法印であり
大乗経に、おいては、「諸法実相」の一印があるのみと説いている。
679 :
安風呂:2007/03/14(水) 21:58:26 ID:/8k9ugzY
仏教徒の皆さん、あなたがたは我執を脱しているようですね。しかし、
わたしは「我」は「我」だと思います。心の貧しい我なのです。
無私というのは、私があってこそ無私ではないでしょうか?
>>679 個人的には我を否定してるのは小乗経であって大乗経では自我を否定してません。
要するに法華経では煩悩を否定してません。煩悩即菩提(悟り)と説いてます。
681 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 23:11:09 ID:36RTsTlw
脳医学の世界では、まだ記憶や夢については、はっきり判っていない。
682 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 23:16:27 ID:36RTsTlw
ここで語られている「自分の胸の中の声」とは、幻覚や夜見る夢のような物か?
LSDは厳密な意味では幻覚を生み出さないが、その代わりに幻覚及び鮮やかな空想のような想像をもたらす。
大量服用した場合共感覚的な感覚を引き起こすことができる。
難行苦行を行ったり、瞑想に入ったりすることでも、そのような超感覚は得られる。
683 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 23:23:36 ID:36RTsTlw
我執を脱することなど、ほぼ不可能。
人間の意識が長時間同じ状態であることはない。
684 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 23:31:01 ID:36RTsTlw
我執を脱することなど、ほぼ不可能だが、
主体(感覚を受け取るもの、意識、我、観察者)と客体(感覚を通して知ることができるもの)との間の
境界線が有るのか、無いのかは判っていない。
境界線が無いならば、主体は客体と連続しており、主体は客体の一部であるともいえる。
685 :
名無しさん@3周年:2007/03/14(水) 23:35:27 ID:36RTsTlw
この枠組みを肯定し、主体と客体はいずれか一方を他方に解消することができないと考える哲学的な立場を主客二元論と呼ぶ。
これに対し、全ては物質的な存在やそれらが引き起こす出来事であるとする立場は唯物論と呼ばれる。
また、全てが意識の産物であって、外界や物質的存在があることを認めない、あるいは強く疑う立場は独我論、唯我論などと呼ばれる。
ヴェーダの宗教などでは、主体と客体の分離が消失する場合があるとし、それを重視する考え方もある。「主客一体」「梵我一如」などと呼ばれる。
いずれの立場も、他の2者を意識しつつ構築されることが多く、主体と客体という分類枠組みは、肯定されるにせよ否定されるにせよ、ある程度理解、共有されている。
(しかし仏教、特に中観派においては、主体と客体というような二項対立的な見方を謬見として徹底的に斥ける。この延長線上で実践したのが中国唐代の禅であり、彼らの目標は「主と客」という意識(念)の起きる以前の意識の探求であった。
またヨーロッパにおける脱近代の思潮にもこのような見方があることも特筆しなければならない。)
686 :
慈風:2007/03/15(木) 00:45:23 ID:TvEc/lDd
>>671 人を救う…ですか。
そんな気持ちもかつてはありました。
今はただ、あるがまま。
救いも神も、私には無縁となりました。
687 :
624:2007/03/15(木) 11:44:04 ID:fJaLdXzv
ID:pxv90vcyさん及びID:36RTsTlwさんへ
仏教用語の説明に仏教用語を引用すると、その引用語の説明もせねばならなくなります。
その説明に仏教用語を再度引用すると、また同じ繰り返しになってしまいます。
これは、科学にも同様にいえます。現代科学で説明不可なことを科学用語を用いて
説明しようとしても、果てがないのです。
だからこそ、自分の言葉で説明することが大切なのです。
>>687 氏が
良いこと言った、同意。
宗教名詞無しの新スレでも立てたらどうかと考えていたよ^^;
689 :
624:2007/03/15(木) 11:55:12 ID:fJaLdXzv
色即是空
空即是色
これを
>>687の例にします。
わかりやすいようストーリー立てて話しましょう。
690 :
624:2007/03/15(木) 12:09:34 ID:fJaLdXzv
自分達のことを“我々”とよぶ「内なる神」が、内なる神から離れている意識である
“あなた達”へ語りかけているとします。
現代人は‘物質’や‘時間’や‘三次元’についての概念を持っている。
またそれらには、科学的定義づけもされている。
しかし数千年前の人々は、それらを持っていなかった。
ゆえに我々は三次元世界を表す言葉として、【色】を選んだ。
だが我々にとって【色】は、空しい空っぽの世界である。
ゆえに三次元世界の状態を表す言葉を【空】とした。
これが、“色即是空”である。
しかし我々にとっての【空】とあなた達の‘空’は異なる。
‘空’という字を読むと、あなた達は無意識に‘三次元世界的な空’を
想像するからだ。
これが、空即是色である。
いかがでしょうか。
691 :
まい:2007/03/15(木) 15:04:45 ID:qrsOUp3T
三次元世界の「空」はわかりましたが、
我々にとっての「空」は、ココではどう定義されますか?
692 :
まい:2007/03/15(木) 15:58:15 ID:qrsOUp3T
最初に「色相是空」と経に書いた高僧も、後年の解釈の多様さに頭を抱えてるだろうなぁ。
693 :
慈風:2007/03/15(木) 18:28:26 ID:TvEc/lDd
過去に習うのではなく、「今在る」
過去を想わず、未来を憂いない。
神を思うことなく、ただ「あるがまま」
694 :
名無しさん@3周年:2007/03/15(木) 19:02:35 ID:kZZ618Zm
宗教を止めろとまでは言わないが
洗脳が解けないように毎週ミサを開いたり
洗脳が解けないようにCSで常時放送を流すのはどうかと思う。
696 :
名無しさん@3周年:2007/03/15(木) 19:32:26 ID:Fj1+6VRj
>>624 ID:36RTsTlwさんは
Wikipediaをコピペしてるだけだろ!
一般論の範囲内だな。
697 :
FnxX02kl:2007/03/15(木) 23:20:53 ID:PAf5XHrz
>ゆえに我々は三次元世界を表す言葉として、【色】を選んだ。
=三次元世界を表す言葉・・・【色】
> ゆえに三次元世界の状態を表す言葉を【空】とした。
=三次元世界の状態を表すことば・・・【空】
よって、色の定義に文言「状態」を加えたのが空、すなわち、色は空の上位概念で、空を含む関係にある。よって、数式で表すと、
色⊇空・・・@
そして、
> これが、“色即是空”である。 ・・・A
も空と色との関係を表しているのであるから、@とAとの対比により、
「即是」=「⊇」・・・B
となる。
ところが、
> これが、空即是色である。 ・・・C
であるとも言っているので、
Cの空即是色をBを用いて表すと、
空⊇色・・・D
となる。
よって、@とDとをまとめて書くと、
空⊆色⊆空・・・E
色は両側の空で挟まれた包含関係のため、
色=空・・・F
となる。
よって、
>>690の内容では、空即是色、色即是空は同じことになる。
仮に
>>690に現れる文言「内なる神」「我々」「内なる神から離れている意識」などを考慮したとしても、
それは所詮、Fまでで導かれた内容のさらに下位概念を詳しく説明したにすぎず、
>>690の内容の範囲内でどんな議論をしようとしたとしても、
色=空となってしまう、
と「ありのまま」の仏が申しております。
それにしても金が欲しい。
電気代、ガス代、家賃。今月は支払えるのだろうか。
みな、空で実態はないのだ。と言ったところで
腹は空しくなるばかり。
699 :
624:2007/03/16(金) 10:06:57 ID:y5KxonuW
>>697 >しかし我々にとっての【空】とあなた達の‘空’は異なる。
>‘空’という字を読むと、あなた達は無意識に‘三次元世界的な空’を
>想像するからだ(
>>690)
697のC以降には上記が抜け落ちてます。もう一度いうと
色即是空の空と、
空即是色の空は、
異なるのです。
C以降に、異なる空という690の定義を取り入れてますか?
700 :
624:2007/03/16(金) 10:29:53 ID:y5KxonuW
>>691 >我々にとっての「空」は、ココではどう定義されますか?
ココを「このスレ」ではなく「690の話」として書きましょう。
物質は、以下の三つの決まり事(655で言う[からくり])によって存在しています。
@ 物質の原材料
A 特定の物質を創ろうとする意志
B 創造された物質を固定・維持するエネルギー
そしてこの三つは三次元ではなく、「内なる神」がいる次元に存在します。
ですから内なる神と完全一体化を成し遂げた人は、この三つを操り、
物質を自由自在に創造することができます。
数千人が満腹する量のパンと魚をイエスが創りだせたように。
そんな人達は、この物質界を「確固たる強固・堅固な世界」などと感じません。
三つの決まり事を使えば簡単に創造・変化させることができるからです。
それゆえ仏陀はこの世界を【まぼろし】と表現したわけです。
まとめると、我々にとっての空は決まり事のうえに一時的に成り立つ儚い状態、
という感じでしょうか。
701 :
名無しさん@3周年:2007/03/16(金) 16:27:57 ID:5uq/Anov
702 :
名無しさん@3周年:2007/03/16(金) 16:53:31 ID:5uq/Anov
624が語っている「内なる神と完全一体化」とは、幻覚や夜見る夢のような物か?
LSDは厳密な意味では幻覚を生み出さないが、その代わりに幻覚及び鮮やかな空想のような想像をもたらす。
大量服用した場合共感覚的な感覚を引き起こすことができる。
難行苦行を行ったり、瞑想に入ったりすることでも、そのような超感覚は得られる。
703 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 00:04:14 ID:6VgHumw6
>>699 『異なる』を取り入れてみます。
我々にとっての【空】を【空1】、あなた達の‘空’を【空2】とします。
「我々」は、空1が
> ゆえに三次元世界の状態を表す言葉を【空】とした。
との認識ですので、
三次元世界の性質を持っているもの(以下、三次元性と言う)であることは疑いの無いところです。
「あなた達」は、空2が
> ‘空’という字を読むと、あなた達は無意識に‘三次元世界的な空’
との認識ですので、
こちらも三次元性であることは疑いのないところです。
よって、空1,空2はどちらも三次元性を有しますので、三次元性の下位概念です。
よって、
三次元性⊇空1,空2・・・G
次に、
> ゆえに我々は三次元世界を表す言葉として、【色】を選んだ。
とありますので、【色】は三次元世界そのもので、なんら特定していませんので、三次元に関するもののうちでは最上位概念のため、
色⊇三次元性・・・H
という関係になり、GとHとを合わせますと、
色⊇三次元性⊇空1,空2・・・I
これで、色と比べると空1,空2が少しは明瞭になってきました。つまり、空1も空2も三次元の性質を有するものというところまでは踏み込んでいいようです。
文言「三次元性」自体は造語なので、造語「空」と表してもいいわけで、以下、三次元性を空と表現します。
なので、空は、空1と空2との違いのない上位概念なので、@〜Fまでが成り立ちますが、
空から下位概念のレベルに落とし、空1,空2が『異なる』を取り入れると、仰るとおり、異なるとなります。
まとめると、空1,空2も空(三次元性)内の話で、原因『異なる』を取り入れて考えてみたら、そのままスルーして結果も『異なる』となったので、
結局、『異なる』ってなんなのだろうというところです。色即是空、空即是色を創った人の「あるがまま」から外れた単なる「思い」なのでしょうか。
704 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 00:24:52 ID:6VgHumw6
>>701 >>657>>659も一体化を言ってるが、
>>659が断言するところの一体化は幻覚や夜見る夢のような物ではなく、普通に生きていて誰も常に感じてる潜在意識です。
悟ってない人はその意識に気づかないだけです。
それに気づくことが悟りであり、一体化です。
なので、気づくか気づかないかの違いだけで、誰でも悟れる可能性はあります。
しかし気の毒なことに、ほとんどの場合、悟った瞬間、あの世に逝ってます。
705 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 00:32:36 ID:6VgHumw6
アンカー
>>702の間違い
なので、宗教は信仰してないが、仏陀は尊敬する。何の医学が未熟な時代に、死ぬ覚悟で悟るとはすごい。
706 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 00:55:01 ID:6VgHumw6
なので、ぶっちゃけた話、悟りは単純です。
色即是空、空即是色、その他いろいろ、有名なお坊さんが考えたようですが、悟りに比べて、こんな難しいの、何の意味があるのだろう。
707 :
名無しさん@3周年:2007/03/17(土) 08:28:52 ID:P0/Eoy7J
悟る事より、色即是空を理解するより、他の人の気持ちを理解し、助け合って励ましあって生きることが最も大切だと、
私は仏陀やキリストのような聖人ではないが、そう思うし、そうやって生きていきたい。
パチパチパチ。
悟ったという人より、
心の優しい人のほうが
心は安心する。
そんな人になりたい。
709 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 10:28:58 ID:6VgHumw6
>>707 >>708 そう思うし、そうやって生きていきたい???
そんな人になりたい???
悟った人より、心の優しい人になりたいのであれば、早く、悟って、それ以上に優しい人にならたいと
死ぬ気で人のことを思い、頑張ってください。
私はとりあえず、
>>699に答えるため、再考して、考えました。気持ち、気持ち。
710 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 10:49:48 ID:6VgHumw6
そうか、私は優しくはないのか。
699>>さん
心が優しくないと思われているような私ですけど、色即是空、空即是色について考えました。
本に頼らず、自分の力で考えてみたのですが、結局は違いの具体的なことが分かりませんでした。
優しくなるためには、どうしたらよいのでしょうか。
711 :
Z:2007/03/17(土) 11:03:20 ID:gWJiTLlg
>>709 707, 708さんたちが言いたいことは
悟りとか色即是空とかそういう生の宗教用語を使っていては
人々に共感も感動も与えられないし、あなたの伝えたいことに対して逆に
人々を遠ざけてしまうのではないか、
という危惧を示しているのではないか?
「早く、悟って」と言うなら、
悟りってなに? あなたは悟ったの?
これらを without 宗教用語でチョー簡単に
あなた自身の体験談を交えながら説明してくれ。
697,703みたいなのはナシなw
オレは抽象的・学問的・哲学的な論争や説明には興味がないからさ。
712 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 11:56:36 ID:6VgHumw6
>>711 >興味ない
おもしろいな。
>697,703みたいなのはナシなw
望むところ。私の今までのFnxX02klを見て分かるだろ?ほとんど難しい宗教用語なし。697,703は中学、高校レベルの数学。
>悟りってなに?
ないしょ。自分に聴いたら分かるはなし。いずれ分かる。
>自身の体験談
学生時代、数年かけて精神的、肉体的に自分を追い詰めて自殺だな。それ以上プライバシー聞きたいか?
振り返ると、たまたま図解仏教入門の釈迦と共通するところがあっただけ。
713 :
624:2007/03/17(土) 12:05:27 ID:4kzFZ0qv
>>703 >空1も空2も三次元の性質を有するものというところまでは
>踏み込んでいいようです
いえ、空1は三次元の性質を有していません。
ですがそれを、まだ私も完璧には理解できていません。
なんせ、悟りには程遠い状態ですからね。
>「あるがまま」から外れた単なる「思い」なのでしょうか。
多分ここ突破口があると思われます。質問させてください。
あなたにとっての「あるがまま」の【ある】とは
どういう状態なのですか?
714 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 12:24:08 ID:6VgHumw6
>あなたにとっての「あるがまま」の【ある】とは
> どういう状態なのですか?
少なくとも、自分の勝手な思いを捨てた状態。
715 :
名無しさん@3周年:2007/03/17(土) 12:27:04 ID:gBA2FvED
青森にヒッキーがいますね。
716 :
624:2007/03/17(土) 12:33:15 ID:4kzFZ0qv
>>714 お応えいただき申し訳ないのですが、用事がありますので返事は明日に
させてください。
ただ、一つだけ。
自分の心がどう変化しようが、
有るものは有り、無いものは無い。
目の前にPCがあるように。
しかし、物質創造の鍵を得た者にとって、
物質は有ると同時に無い。
なぜならPCの仮想空間のように
簡単に削除できてしまうから。
勝手な思いでない「思い」ってあるの?
718 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 12:46:11 ID:6VgHumw6
>>717 場合わけがたいへんだね。「勝手」は無いほうがよかったね。私の書き損じかな。
少なくとも、思いを捨てた状態で充分でした。
所謂無我の状態だね。
でもそれは世捨て人になることにならない?
720 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 12:54:52 ID:6VgHumw6
世捨て人になりますね。でも、死ぬまでには逝かない人もいるんでしょうな。
全てが縁起によって連続している限り私は
神は聖にも悪にもいると思うのですね。
問題は聖とか悪とかという二元対比構造ではなく、そのうちの理に在るということでは?
しかし、人間は何をせずとも生きているだけで自我の縄目を負ってしまいます。
何が必要で何が不必要であるか。
取捨選択は確かにあるのだろうけど
何よりもその価値付けが難しいね。
少なくとも禅、佛教のようになんでも捨てれば宜しいという単純な構造では
ないように直感する。
オチ
722 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 13:02:23 ID:6VgHumw6
>>721 なーんだ。悟りの方向へ追い込まれると思ってどきどきしたのに。
この時点で、オチたか。
>>722 普通に対話だったのだけどw
あなたをどうこうしようなんて意図は全く無いですよ。
単に仕事に行かないといけないのでオチなんですw
マジオチw
724 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 13:12:09 ID:6VgHumw6
>>723 ごめんごめん、子供が遊んでーと叫んでいるので、「オチ」しか見れなかったもんで。
725 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 17:06:44 ID:6VgHumw6
>>716 分かりましたよ!!
色即是空、空即是色
これも、悟りが分かってたら、色や空は理解できます。
これはいい言葉と思います。
講談社「マンガ般若心経入門」
a
728 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 20:05:21 ID:6VgHumw6
>>690 いい言葉を教えてくれてありがとうございます。
あなたの言葉を可能な限り残し、必要最低限のところを修正しました。
まず、以下が【色即是空】です。
自分達のことを“我々”とよぶ「内なる神」が、内なる神から離れている意識である
“あなた達”へ語りかけているとします。
人は‘物質’や‘時間’や‘三次元’についての概念を持っている。
またそれらには、科学的定義づけもされている。
我々は三次元世界の生成を表す言葉として、【色】を選んだ。
だが我々にとって【色】は様々な方向へ動き、全体として実質的に空しい空っぽの世界である。
そして、三次元世界の生成を常に駆動する言葉を【空】とした。
これが、“色即是空”である。
729 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 20:17:42 ID:6VgHumw6
>>728 >>690 まだ甘いところあったので必要最低限修正入れました。
自分達のことを“我々”とよぶ「内なる神」が、内なる神から離れている意識である
“あなた達”へ語りかけているとします。
あなた達は‘物質’や‘時間’や‘三次元’についての概念を持っている。
またそれらは、あなた達によって科学的定義づけもされている。
三次元世界の生成を行うあなた達を表す言葉として、【色】を選んだ。
だが【色】は、あなた達が様々な方向へ動くので、全体として実質的に空しい空っぽの世界である。
そして、三次元世界を生成するあなた達に常に語りかける我々を【空】とした。
これが、“色即是空”である。
730 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 22:13:11 ID:6VgHumw6
>>690 実は、色即是空が最も難しい。講談社「マンガ般若心経入門」他、インタネットで調べてもほとんど論じれてないか、分かったようにごまかされている。
でも、悟れば分かる。そして、せっかくだから、般若心経のオチへと結び付けますね。
実質的に空しい空っぽの世界なら、いっそのこと、あなた達は動かずに空しい‘空’になろうとすることもあろう。
もし、あなた達がほとんど動かなくなったら、我々にとっての【空】とあなた達の空しい‘空’とがつながり、
あなた達が生まれてから常に語りかけていた我々の声を聞くことになり、その声に励まされ、動きだし、あなた達は再び、色へと戻るのである。
これが、空即是色。
これすなわち、
色即是空
空即是色
羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経
731 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 22:15:59 ID:6VgHumw6
すんません。【】書きで訂正ね。
実は、【空即是色】が最も難しい。講談社「マンガ般若心経入門」他、インタネットで調べてもほとんど論じれてないか、分かったようにごまかされている。
でも、悟れば分かる。そして、せっかくだから、般若心経のオチへと結び付けますね。
実質的に空しい空っぽの世界なら、いっそのこと、あなた達は動かずに空しい‘空’になろうとすることもあろう。
もし、あなた達がほとんど動かなくなったら、我々にとっての【空】とあなた達の空しい‘空’とがつながり、
あなた達が生まれてから常に語りかけていた我々の声を聞くことになり、その声に励まされ、動きだし、あなた達は再び、色へと戻るのである。
これが、空即是色。
これすなわち、
色即是空
空即是色
羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経
732 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 22:58:09 ID:6VgHumw6
wikiで「空」について読んできたよ。
他のレスの内容を改めて言うことになるかもしれないけど、自分なりに書いてみるよ。
「空」とは、実体がないことなんだってね。
それは、夢の様であり、錯覚で感じた対象であり、想像上の存在のように実体がないんだね。
だから、実体がないそれ(空)を想うことを空想と言うのでしょうね。
では何故、全ての存在が空である(実体がない)釈迦は言っているのでしょう?
そのことについて考えてみます。
空想する時、その想像の対象には実体がないのですが、
実体がない「空」を見るという状態(視点)において、
現実で全ての存在は「空(欠如)」と呼ぶことも出来るのではないのでしょうか。
例えば、
夢を見ている時にとっての現実、錯覚を感じた対象の実体、想像での実際。
さらに釈迦は、世の中の全てが縁によって起きていると言っています。
逆に言えば、全く無縁な存在はないのだそうだそうです。
無縁で成り立つそれを「実体」と呼び、仏とも例えられるそうな。
それに対して、縁によって存在する世の中の全ては「空」である(実体ではない)と言うんだそうです。
と、自分なりの解釈を交えて書きました。
なるべく宗教臭くなくならないようにしたつもりですが。
上記のどれかに【色】があてはまるんだろうけど、もっかい読むの疲れた休憩。('A`)
>>733 早速訂正…(ヽ'A`)
>宗教臭くなくならないように
宗教臭く ならないように
735 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 23:28:15 ID:6VgHumw6
>>733 >「空」とは、実体がないことなんだってね。
私も空を調べたけど、たいていそこまでしか書いてない。
でも、気づけば簡単なことですよ。確かに、あれは実体がつかめないですよ。
神は実在します。
それはまさに愛であり歓喜であり純粋なる意識であります
しかしその神は人はおろか宇宙すら知りません
なぜなら神は我々のような相対世界ではなく絶対世界に在るからです
神とは(愛であり歓喜であり純粋なる)意識のエネルギーです
ですが実は神=神聖意識を言葉にすることはできません
このように言葉で神を表現しようとする試みは全て失敗に終わります
何故なら言葉というのはあれ、これ、それ、あなた、私というように
物事を全て分割し相対化しようとする技術なのです
神=神聖意識とは絶対意識であり客観的に表現することなど不可能なのです
お釈迦様が神について何も言わなかったことの本当はここにあるのだと思います
彼は神を否定していたのではなく語らないことでかえって神と一つになっていたのだと思います
人とは自我(すなわちエゴ)を持つ意識体であり世界を相対的に
(言葉を変えると宇宙をバラバラのものの集合体として)捉えます
さてその宇宙ですが人の視点に立つ宇宙というのはおおむね
恒星や惑星があり、その中に地球があり青い空や海、緑の草原が広がり・・・
というようなものですが例えば微生物の立場からみるとそこには微生物の宇宙があり
分子や原子の立場からみると原子核や電子の宇宙があり、というふうに
けしてこれだけが唯一の宇宙であるというものではありません
例えばセラミックのお茶碗があって人間には茶碗なんだけれど分子の立場になればある配列をもった
単に分子の集合体であり原子の立場に立てばどこまでも原子でしかなくというように
これ多分似たようなことお釈迦様が言ってたような気がします
まあ、私とお釈迦様では理解の深さがまるで違うとは思いますが(笑)
737 :
FnxX02kl:2007/03/17(土) 23:45:51 ID:6VgHumw6
>>733 空をそこまで論じて、最後に、どれかに【色】があてはまるんだろう
というのも、おもしろい。
色は簡単ですよ。書いてみようといろいろ考えて書いたレス文章全部です。
738 :
FnxX02kl:2007/03/18(日) 08:09:03 ID:Ba2h9kvh
空と色とのイメージ図も考案してみました。
左右の矢印が色で、下から上の左右矢印へ向かう矢印が空です。
【空、色のイメージ図】
←→
↑
空→心
色→肉体
その辺のことだろう。
740 :
624:2007/03/18(日) 09:21:26 ID:2EcX+B6H
FnxX02klさんへ
う〜ん、申し訳ないですが、三次元世界に生きる私達にとって三次元世界の呪縛を
取り外すことがいかに困難かを如実に見た気がします。
>>690に登場した内なる神である我々が、【我々にとってのあるがまま】を
>>716を参考にして話しているという状況にしましょう。
我々にとって三次元世界は、まぼろしにすぎない。
決まり事のうえに一時的に存在している世界でしかないから。
だから我々にとって三次元世界は、あなた達にとっての
PCの仮想空間にとても似ている。仮想空間でならあなた達も
自由に創造、変化、消去ができるだろうから。
そしてその仮想空間がどんなにリアルに活動していたとしても、
それはただの仮想空間でしかない。
PCによって一時的に存在しているだけの。
我々にとっての三次元世界は、まさにそのような世界なのだ。
そしてそれこそ、【我々にとってのあるがまま】なのである。
内なる神にとっての【あるがまま】は、物質界の「あるがまま」とはまるで違うんです。
空についてはそれぞれの経にいろいろな空が説かれていてそんなに簡単に説明できない。
しかし、空と言う思想は東洋思想にしか無い。西洋思想との大きな違いはそこにある。
有でもなく無でもないそれが空。
742 :
624:2007/03/18(日) 09:52:17 ID:2EcX+B6H
>>721 >少なくとも禅、佛教のようになんでも捨てれば宜しいという単純な構造では
>ないように直感する。
横レスすみません。
あなたの直感に私は賛成します。なぜなら、人には状況を変える能力がちゃんと
備わっているからです。これと
>>740の「あるがまま」の二通りの解釈を合わせると、
状況対応には二通りの選択肢があることが浮かび上がってきます。それはこれです。
ある状況に陥った時、その状況を受け入れることを「あるがまま」
とするのか。(これを@とします)
それとも、その状況を変化させる能力を発揮し、
事態を好転させることを【あるがまま】とするのか。(これをAとします)
真面目一徹の人が頑張りすぎた結果ヘトヘトになり、「もう何もしたくない」
と心底おもったとします。そういう人へは、@は素晴らしい選択になります。
肩の荷を降ろしのびのびすることで、かえって心が「澄み渡った」状態になる。
その澄み渡った心こそ、【空】を感知しやすい心だからです。
一方、心身共にエネルギーに満ち溢れている時期なら、Aを選択すべきでしょう。
ガンガン働きかけて、ドンドン改善していけば良いのですから。
しかし現状では、「あるがまま」という言葉にこのような使い分けはされてません。
なのでどうしてもあなたが書いたように、「なんでも捨てれば宜しい」という解釈だけが
世に広まってしまっている。
悲しいことです。
743 :
心と宗教と名無しさん:2007/03/18(日) 10:30:59 ID:/se1MWsf
法華経の前半部を迹門(しゃくもん)と呼び、般若心経で説かれる空をメインテーマにしている。
二乗作仏(二乗も成仏可能であるということ)二乗の空の法門を中心テーマとして、さらに八才の竜女の即身成仏・提婆達多の未来成仏(悪人成仏)等、
”一切の衆生が、いつかは必ず「仏」に成り得る”
という平等主義の教えを徹底して示し、経の正しさを証明する多宝如来が出現し宝塔出現・虚空会・二仏並座などの演出によってこれを強調している。
そして、この教えを信じ弘める行者は必ず世間から迫害されると予言する。
ただし空の法門そのものに関しては教説らしきものがなく、般若経典のように空を教説の目的とはしていないため、古来法華経無内容説などを生み出す要因となってきた。
また、迹門では釈迦の説法の対象は二乗(声聞、縁覚)が中心で、菩薩をほとんど対象とはしていない。
744 :
心と宗教と名無しさん:2007/03/18(日) 10:35:38 ID:/se1MWsf
後半部を本門(ほんもん)と呼び、久遠実成(くおんじつじょう。釈迦牟尼仏は今生で初めて悟りを得たのではなく、実は久遠五百塵点劫の過去世において既に成仏していた存在である、という主張)の宣言が中心テーマとなる
(ここで本仏論が問題になってくる。)。
法華宗勝劣派はこの本門を重んじる。本門ではすなわちここに至って「仏」とはもはや釈迦一個人のことではない。
ひとたび法華経に縁を結んだひとつの命は流転苦難を経ながらも、やがて信の道に入り、自己の無限の可能性を開いてゆく。
その生のありかたそのものを指して「仏」と称しているのである。
したがってその寿命は、見かけの生死を超えた、無限の未来へと続いていく久遠のものとして理解される。
そしてこの世(娑婆世界)は久遠の寿命を持つ「仏」が常住して永遠に衆生を救済へと導き続けている場所である、
と定義されるがゆえに、”一切の衆生が、いつかは必ず「仏」に成り得る”という教えも、単なる理屈や理想ではなく、
確かな保障を伴った事実として信者の心には認識されるのである。
”「仏」とは久遠の寿命を持つ存在である”という法華経の奥義を聞いた者は、一念信解・初随喜するだけでも大功徳を得ると説かれる。
そして、説法の対象で有るが、迹門とは異なり本門では、二乗ではなく菩薩に対してである。
菩薩に教える法として、上行菩薩等の地湧(じゆ)の菩薩たち{日蓮教学で言う本化菩薩(ほんげぼさつ)}{同じく日蓮教学ではこれら菩薩に対し弥勒菩薩や文殊菩薩等の他経や法華経迹門に説かれる菩薩を迹化菩薩(しゃっけぼさつ)と呼ぶ。}
に対する末法弘教の付嘱、観世音菩薩等のはたらきによる法華経信仰者への守護と莫大な現世利益などを説いている。
745 :
FnxX02kl:2007/03/18(日) 10:59:05 ID:Ba2h9kvh
>>741 色即是空、空即是色を教えてくださり。697、703は失礼いたしました。宗教についてはこんなレベルだたたったんですが、そういう論じ方のレベルではなかったと分かり、お恥ずかしい。
おかげさまで、般若心経も分かりました。
>>741の困難かを如実に見た気がします。
>>742の禅、佛教のようになんでも捨てれば宜しいという単純な構造ではないように直感する。
同意です。
なんでも捨てればあの世逝き、悟りどころではありません。でも捨てないと欲につつまれて悟れません。生と死との境界に悟りあり。
746 :
FnxX02kl:2007/03/18(日) 12:26:11 ID:Ba2h9kvh
色即是空は悟らなくても分かる確率75%。
これに対し、空即是色は悟らなければ分かる確率0%。
理由はネットや般若心経の本などによると、空は通常「実体がない」「ゼロ」「空っぽ」という教え方なので。
なので、悟ってない色の人が考えると、なにも無いところからなぜ色が論じれるんだろう?、となってしまいます。普通の常識から考えて何もないところから何も生まれません。
悟った人は、その実体がない、ゼロ、空っぽと色の人が称しているものを実感してるので、空から色を即座に論じれるようです。
私にとって、仏は実体が無いが、
無縁である仏にとって、私は実体が無いと言う。
仏を実体として考えてみることを「空即是色」。
その視点において、私は実体では無いと言うことを「色即是空」。 でおkかな?
お、名前欄が「名無しさん@3周年」じゃなくなってるww
>>743 は禅宗?禅宗はね教外別不立文字といって仏典を否定し、仏の所説に従わないのは
魔の所為の何者でも無い。
750 :
FnxX02kl:2007/03/18(日) 13:23:02 ID:Ba2h9kvh
>>740 今、困難でも大丈夫ですよ。
一生懸命生きていれば、そのうち、感じる時がきます。
そのとき、「我々」「あなた達」をこれだと感じた言葉に置換してください。
すると、
>>729、
>>731の意味が一気に分かるように、しかけてあります。
751 :
FnxX02kl:2007/03/18(日) 17:52:07 ID:Ba2h9kvh
>>741 科学・医学・文学が進歩した現代、
空は、小学生レベルの漢字3文字で説明できる。
752 :
Z:2007/03/18(日) 18:13:10 ID:rC0IZSsi
水をさすようで悪いが、議論の内容がスレの趣旨とずれていないか?
空とか仏教の用語を議論するならその専門スレでやってはいかが?
ここは自分のうちに神を見出すためのスレなわけだが。
753 :
FnxX02kl:2007/03/18(日) 20:11:10 ID:Ba2h9kvh
>>711 >>712 Zさん、わるいな。
わしも、仏教はあまり興味なかったけど、
色即是空、空即是色って、素直に感動してしもてね。奥も深い、いい言葉はいい。
ごめんね、さらばじゃ〜。
755 :
神も仏も名無しさん:2007/03/18(日) 20:42:08 ID:/se1MWsf
FnxX02kは結局オナニー野郎なんです。
愛のあるSEX、二人でいっしょに行くってのは、どうでもいいんですよ。
756 :
神も仏も名無しさん:2007/03/18(日) 20:50:15 ID:/se1MWsf
般若心経は偽経だという説もあり、また釈尊の教説をそのまま伝えている訳ではないことは、経典研究の結果、明らかとなっている。
旧約聖書ですら時の権力者達により都合の悪い内容は削除されているという。
ま、今となっちゃ真実は解らないけどね。
>>752 宗教用語の意味の方を重点に書いたつもりなんだけど、自分も該当するようになってたのか…('A`)
その証拠に、
>>733 の文中にある「空」を省いて読んでも読めるようにしたつもりです。
文の内容はそんなにスレ違いとは思いませんが、仏教の視点だということでスレ違いでしたね…
自分は無宗教ですが、今回の「空」については参考になったよ^^
参考になることは得る。いつもこんな姿勢です。
ちょwまた名前欄変わってるww
「神も仏も名無しさん」
って深いね(^^
763 :
624:2007/03/19(月) 10:35:36 ID:0FuqDUgJ
>>752 空とか仏教用語を議論したことによって
内なる神を以前より感じられるようになったとしても、
スレ違いですか?
どんな宗教でもみな信者はそれぞれの教えに内なる神を感じているだろうさ。
ここのスレは宗教にたよらない人間本来持っているであろう潜在意識(超意識?)に内在する神を前提としたスレでないの?
>>763 仏教スレで語ればいいんでナイ?
765 :
Z:2007/03/19(月) 22:39:31 ID:eLjjY0YM
>>763 オレなりの思いで言うのだが、皆さん、実践的であってほしいのだ。
「空」とか「色即是空」を数式にしたり場合分けしたりすれば
それらを理解できるのだろうか?
お釈迦様は議論したから「色即是空」を理解できたのか?
みなさん、論理のパズルゲーム、机上の空論に陥っていないかい?
そういう議論を行ってパズルを解いたら「空」がわかったことになるの?
ていうか、それであなたの生活の何が変わるんだ?
議論からは議論しか生まれない。議論は左脳の領域の産物。
左脳は論理の組立て・分析はできるが、その域を超えることはできない。
議論から愛は生まれるのかい?
神を感じる力、神を理解する直観力、これらは左脳からは生まれない。
直観的認識、ハートからくるインスピレーション、啓示・・・
これらは、自己放棄レベルの善行、日々の瞑想、祈り、感謝、
無私の愛、自分に与えられた仕事を全力で尽くす・・・
という、議論とはまったく別次元の行為から生まれるとオレは感じている。
その視点から言えば、難しい仏教の専門書を百万冊読むより
「空」の本質を教えてほしいとハート、内なる神に祈って一時間の瞑想を行うほうが
「空」の本質に一歩迫れると思う。
オレは「空」なんて興味がないからそんな祈りはしないけど、
アタマをいったん捨ててハートに向かう。
そういうアプローチだってあるんだぜ。
766 :
神も仏も名無しさん:2007/03/19(月) 22:55:24 ID:Q+WIsDWg
地獄のレストランの話知ってるか?
地獄にあるレストランでは、テーブルの上に沢山のご馳走が並んでいる。
しかし、そのご馳走を食べるには何メートルもある長いお箸を使わなければいけない。
手でつかんで食べようとしたとたんにご馳走は炎となって燃えてしまう。
地獄のレストランの客たちは、皆ご馳走が食べられないので、怒り苦しんでいる。
767 :
神も仏も名無しさん:2007/03/19(月) 22:59:08 ID:Q+WIsDWg
天国のレストランの話知ってるか?
天国にあるレストランでは、テーブルの上に沢山のご馳走が並んでいる。
しかし、そのご馳走を食べるには何メートルもある長いお箸を使わなければいけない。
手でつかんで食べようとしたとたんにご馳走は炎となって燃えてしまう。
天国のレストランの客たちは、まず自分以外の客にその長い箸を使って「どうぞお食べください」
と食べさせるので、皆がご馳走を食べることができ、他の人への感謝を感じ喜んでいる。
>>765 想像で把握するか、経験で把握するかの違いだね。
どちらかではなく、どちらも大切だと思います。
いや、何メートルもある長いお箸なんて食べ物をつかめないだろ
常識的に考えてw
>>770 確かにw いや、必死になれば分からんぜw
その話、箸じゃなくてスプーンだろw
773 :
神も仏も名無しさん:2007/03/19(月) 23:41:45 ID:+dDbJdhK
例え話だ。
神が創造したこの世界は助け合うことによって成り立っているのであり、
利己的な者は衰退していくということだね
775 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 00:39:16 ID:aVDpfwmX
人生は残酷だ。
残酷な現実を目の当たりにした時、皆、宗教に縋るのかな?
しかし、全ての宗教に説得力は無い。
何故か?
神は存在する。 しかし神は厳しい、残忍である。
神は弱い者を嫌う、人が傷つき、人が泣き叫ぶ其の様が好きなのだ。
宗教は人集めの為に其の事実を曖昧にする(信者が絶望し去って行くのが怖いのだ)。
しかし現実は違う。
現実は厳しい、神は残忍なのだ。
其の事実に気づいた時、人は宗教を捨てる。
そして己しか頼るものは無い、と気づく。
全ては己しだいである。
776 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 01:33:46 ID:dKDnEbfr
>>767 金八先生でやってたね、その話。
金八先生みたいに心底、生徒のことを思って夜中でも走り回ってくれる人間が増えたら良い世の中に戻るね。
早く日本が昔の平和を取り戻して欲しい。そのためにも間違った宗派は無くして欲しい。
それぞれの心の中にある思いやりや優しさ、知恵こそ宗教。特定の宗派に拘る必要は無し。
自分を捨てて人のために生きることは素晴らしいのは知識ではわかる。
されど、それができにくいのがこの娑婆世界。
人のために生きている人たちにはなにか信じているものがあるように
見えるがその秘密は明らかにされない。明らかにされても理解不能。
778 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 08:53:27 ID:keQ4KUGt
>>777 「情けは人の為ならず」って言葉知ってるか?
諸法無我はこういうことなんだよ。
780 :
627:2007/03/20(火) 09:41:04 ID:+oRQnToA
>>765 >ていうか、それであなたの生活の何が変わるんだ?
>>742を読んだ? あれ、実生活と実社会に応用しやすいと思うけど。
>議論は左脳の領域の産物
人の発言に己の「内なる神」が反応し、それを大脳が言葉に翻訳して返答するという議論も
あるんだよ。
そんな議論を重ねていけば、内なる神に敏感になっても不思議はない。
そしてそんな議論の最大の妨げになるのが、“プライド”。
プライドに凝り固まった心では、【内なる神主導の議論】なんてできはしないさ。
>内なる神に祈って一時間の瞑想を行うほうが「空」の本質に一歩迫れると思う。
一時間の瞑想より、一時間の実生活への応用の方が重要。
そして、それに準ずる議論というものがある。【空を疑似体験できる議論】が。
そんな議論をここでできるようになれば、実生活にも役立ってくれるとは
思わないか?
781 :
627:2007/03/20(火) 09:50:20 ID:+oRQnToA
>>773 内なる神は、助け合うことを前提とした存在。
だから実生活での助け合いを心がけている人は、
内なる神と実生活のギャップが少ないため、
内なる神からの促しを感知しやすくなります。
そしてそれは、2ちゃんねるでも同様。
2ちゃんねるも心身活動のひとつにかわりはないから。
ホント、まるっきり同じなんですよ。
神を内だ外だって言ってるだけで結局神神布教してるだけじゃないのか?
内なる神とは人間自身、自分(達それぞれ)の心じゃないなら内でも外でも同じだ。
783 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 13:01:06 ID:keQ4KUGt
784 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 13:36:41 ID:keQ4KUGt
内なる悪魔もいるからな。
>>781の言ってる内なる神なんて、ほんとは悪魔なんじゃないの???
単なるエゴにしか思えんが・・・
785 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 13:59:07 ID:keQ4KUGt
娑婆世界のレストランの話知ってるか?
娑婆世界にあるレストランでは、テーブルの上に沢山のご馳走が並んでいる。
しかし、そのご馳走を食べるには何メートルもある長いお箸を使わなければいけない。
手でつかんで食べようとしたとたんにご馳走は炎となって燃えてしまう。
娑婆世界のレストランでは、強い客が弱い客に命令して、弱い客がその長い箸を使って「どうぞお食べください」
と強い客に食べさせるので、強い客はご馳走を食べることができ、弱い客はいつまでたっても空腹のまま、のたれ死ぬ。
色即是空を知るより現実を知れ。
箸を短く持ったり切断できないか試したり色々工夫して何とかするのが人間だよ、
天国の箸だかスプーンだかしらんけどそんな喩えなんか全然説得力も無い。
787 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 14:56:48 ID:keQ4KUGt
力のある人間はいろいろ工夫して何とかできるが、
力のない人間は工夫する余裕もないんだよ。
貧乏人と裕福な人とを比べればわかるわな。
だから、みんな裕福になりたいわけだ。
所詮、この世は弱肉強食なんだよ。
788 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 15:04:20 ID:4A2wrDHu
工夫することが出来ないのとする気が無いものは別物だしな。
力を持たないことが望みならそれも生き方。
多くの弱者ぶってる連中の本当の望みって知ってる?
面倒は嫌い。あまり仕事はしたくない。疲れるのは嫌い。人とは適当に合わせていたい。
とか、その部分の望みをかなえてるから力なんか手に入らないんだよ。
弱者じゃないのだ、よーするに。
791 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 15:32:50 ID:4A2wrDHu
>>790 嫌いだったら暴力に走ってる。
つまり弱者ではなく暴力反対。
792 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 15:52:24 ID:keQ4KUGt
いずれにしても、内なる神でも外なる神でも、
そんなもんじゃ、飯は食えない。
そんな事考える暇があったら働け。
793 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 16:12:02 ID:4A2wrDHu
働いても商売のノウハウが身に付かないので弱者。
働かなくてもイジメの技術を磨いて勝者。
794 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 16:15:05 ID:4A2wrDHu
対応が変だな。無駄口を慎もう。
>>782 >神を内だ外だって言ってるだけで結局神神布教してるだけじゃないのか?
>内なる神とは人間自身、自分(達それぞれ)の心じゃないなら内でも外でも同じだ。
違うよ。
1(Z)san がどのような意向かはわからないけど、
人間自身は、その個人の魂の活動。
外なる神とは、その人間に働きかけるエナジーみたいなもん。
それを感じれるかどうか…、難しいところだよね。
感じ取れないとしても、おそらく HELP はあってるよ。
でなきゃこの世界はもっと殺伐として弱い俺なんか自殺したくなるよなとこだよ。
箸の話の例えも相手を思いやることによって人は幸せを感じれるってことじゃないの?
そのエナジーみたいなもんを内に抱えてるということを知るチャンスがあれば
このスレタイみたく「自分の内に神は存在する」を肯定する気になるかも。
でも「宗教」もそれまではお勉強みたいなもんかなァ。
797 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 17:21:59 ID:4A2wrDHu
手段を選ぶなって事だろ要するに。
798 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 17:31:55 ID:keQ4KUGt
自分の内には邪鬼悪魔もいるって事。
ま、それも人間が勝手に善だ悪だって決めてるところも多いと思うが・・・
地球や自然界から見たら人間が一番の悪だって言う人だっていてるしなぁ・・・
四箇の格言
念仏無間、真言亡国、律国賊、禅天魔。
事実を事実とする。日蓮仏法こそ真に正しいと主張する。
阿弥陀如来てどこにいると思う?この世は穢土(穢れた世界)
阿弥陀如来は西方浄土にいるんですよ。
つまり、念仏は現実否定の単純な思想、しかも、浄土三部経の中には、
正法を誹謗した者は成仏出来ない、と、言われてるんです。
こんにち、末法の正法とは、南無妙法蓮華経日蓮。なんだよ、
釈迦も天台も人法勝劣。日蓮大聖人のみ人法一箇なんですよ。
律宗を日本に来日して広めたのは鑑真。鎌倉時代に有名なのは極楽寺良寛。
律宗は小乗教を信じていたので意味無し、今日においては衰退した。
禅宗はね教外別不立文字といって仏典を否定し、仏の所説に従わないのは
魔の所為の何者でも無い。
真言はね、依経を大日経に定め、
大日如来を立てて釈迦の事は迷いの衆生と同じ、ゾウリ取りにもおよばないと言って卑下して、
それから、釈迦出世の本懐の法華経をも誹謗しているんんですよ。
要するに、釈迦を利用しながらも完全に師敵対してる訳なんです。
エネルギー不滅の法則
エネルギーは宇宙においては一定不変であり、決して消滅してしまわないという原理。
近代科学の発展は、宇宙の種々の物質、現象の変化を起こさせるその能力を
エネルギーと名づけその関係を見出した。たとえば電気のスイッチを入れると
電気ストーブは赤熱し、その上の湯沸しの水が温まってくる。
これは電気エネルギーが熱エネルギーに形を変えたのであって、
エネルギーの量そのものは一定不変である。機械的エネルギー、運動エネルギー、
光エネルギー、熱エネルギー等もお互いに変換するが、創生したり消滅したりしない。
アインシュタインの相対性理論によれば、宇宙の物質の質量はエネルギーと同等なものであって、
【E(エネルギー)=M(質量)×C(光速)×C(光速)
物質もエネルギーとして考えられ、宇宙全体のエネルギーの総合計は不滅である。
方程式は、物質がエネルギーに転換すると巨大なエネルギーとなって現れることを意味し、
原子力の開発で証明され、原子爆弾という恐るべき力をもつにいたった。
エネルギーそれ自身は眼にみえない潜在するものである。
大宇宙のどこかでエネルギー集中がうまれ活動を始めても不思議はない。
天文学は星が生まれ成長し、やがて消滅してゆくことを確認している。
太陽はその質量をエネルギーに変えて日光を地球にふりそそいでいる。
要するにエネルギーが形をかえて移動し変化してゆくのが宇宙の姿であるといえる。
この地球上でも太陽エネルギーをうけ自然現象がおこり動植物の発生、活動を生み、
大宇宙へエネルギーを発散させていく。すなわちエネルギーは増加も減少もしていない。
そしてこのエネルギーとそれを変化させていく根源のものは妙法蓮華経と名づけるもの、
宇宙と共にある宇宙それ自身の大生命なんだよ。
801 :
神も仏も名無しさん:2007/03/20(火) 17:47:24 ID:H099CK6f
内にも外にも何処にも神はいません
断言しちゃいますよ俺。
日蓮仏法で説いている。
九識ていうのはね。眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識、を六識と言い
これに未那識、阿頼耶識、阿摩羅識を加えて九識と言うんだよ。
ところがフロイトもユングもここまでは到達出来なかった。
>>775 現実から目をそらしがちな行為でもあるからね。(
>>442、
>>733)
動機にはなるかも。 もちろん、言い切らないけどね^^;
>>798 あるあるw
自分の内にある性質なら、理性と本能って見方もあるぜ^^
自分に語りかけている内なる神がそれだという見方もある。
804 :
神も仏も名無しさん:2007/03/21(水) 00:00:01 ID:DczqE60Y
>>800 エントロピーはずっと増大してますが、なにか?
別に「南無妙・・・」じゃなくても、「宇宙の法則・・・」でもいいんじゃないか?
ってそんな事唱えてもなぁ・・・・・
805 :
神も仏も名無しさん:2007/03/21(水) 01:13:44 ID:/fwjh2tC
現実逃避するにも理由がある。
過去の歴史、現在の状況からみて、
人間社会は幸福を生み出さないと思うからだ。
神だけが唯一の希望。
まあ、ほとんどの人は支配者層の人間に努力すれば幸福になれるなどと
都合のいいように洗脳されているようだけど。
>>805 そう見ると現実逃避も本能的だよね、そんな時に洗脳されたらやばいな(((; ゚ω゚)))
>>803 >自分に語りかけている内なる神がそれだという見方もある。
そりゃエゴだろ。
エゴイスト(egoist)とは、他の人のこうむる不利益を省みず、自らの利益だけを求めて行動する人のこと。
809 :
神も仏も名無しさん:2007/03/21(水) 10:33:34 ID:uFC4szoM
,j;;;;;j,. ---一、 ` ―--‐、_ l;;;;;;
{;;;;;;ゝ T辷iフ i f'辷jァ !i;;;;;
ヾ;;;ハ ノ .::!lリ;;r゙ 神などに頼らず
`Z;i 〈.,_..,. ノ;;;;;;;;> 努力すれば幸福になれる
,;ぇハ、 、_,.ー-、_',. ,f゙: Y;;f そんなふうに考えていた時期が
~''戈ヽ `二´ r'´:::. `! 俺にもありました
>>808 ここで言うエゴイスト(egoist)とは、
「馬鹿は死ななきゃ直らない」の
馬鹿の事を言うらしい。
否定しないで敢えて噺を合わせて見るのも一つの手。
>>791 暴力的行動も発想も有効利用されれば良い。
弱い物いじめや強制的支配に向かうからいくない。
暴力で良いと思えるようなものは浮かばないけど、でも、何が暴力なのかは
考える必要性はある気はする。
>>795 >でなきゃこの世界はもっと殺伐として弱い俺なんか自殺したくなるよなとこだよ。
自分を弱いと定義する時点で物事の見方が変わるんじゃないの?
同じ神を思うことでも神に救いを求める者と力を借りようとする者とか、
何を見て何を思うかでまったく違った結果になるだろうね、
だから神がどうの前に自分自身が最も重要になる事には変わりは無い。
>箸の話の例えも相手を思いやることによって人は幸せを感じれるってことじゃないの?
それは事実の側面だと思うからそういう意味合いでのたとえには同意する。
その喩えから何を感じるかだと思うのだよね。
早く邪宗による争いや殺人のない平和な日本に戻って欲しい。
人を救い癒し、良い方向へ導くのが宗教なのに、自分達の欲望のためだけにその真反対のことをやってる宗派が日本には存在します。
私は彼らが宇宙の怒りに触れ、倒れる日のことを十代のとき夢で見ました。
代表と幹部が死刑になり、その代表の葬式のシーンを夢で見た。
邪宗なんてありません。平和な日本なんて身分社会ですよ。
葬式に逃げずに介護する事。
内容:
恐怖マン4 心霊写真 (ヘリコプター)の中に神を見つけました・・・でも
悲しいかな その写真は単なるお化け写真と変わらない扱いでした。
貴方自身の目で見つめてください、ちなみに教会関連の掲示板には、お伝えいたしましたが
2chへの報告情報がまだであったようですので書き込み致します。
神は存在いたしますが、元人であった者達です、生まれた国が乱れるたびに
涙を流されますし、自然破壊の行き着く先の恐ろしさに震える方々です。
教会にはナザレ人イエス様のご家族をお知らせ致しましたが、本日はこの国の神
であるお方を御見せ致します、私の背後霊のお二方やイエス様のご家族。アフリカの
時期3代目シルバーバーチ霊となられる女性神霊 ダライラマ初代様 マホメッド様も
おいででした、出来の悪い人か霊魂であるのか?見たいな写真ではありません。
神の心霊写真だといえるでしょう、是非御観覧を・・・ちなみに私のスレでなし
持ち写真でも無しです。
http://heli.boy.jp/02ufo4/
老人(霊医アトス様)この国の氏神様のようなお方です。(Fの背後霊よ)ww
連続する顔・鼻の穴(イヨ様)1900年前の巫女姫女王のようなお方です。
卑弥呼の後継者のお方ではないようですが、霊能力は、写真を見たら解かります。
今もこの日本の心霊スポットでも迷える霊達の守り神であり 見張り役でもあるお方です。
心霊写真の出来の良い物で日本人は彼女が手をお貸ししてる物が殆どです。
今も憂いておいでです、私Fくらいのものしか【少数】まともな霊界の意思を受け取れる
人がいないことです、Fにしたって主婦業の傍らであり朝から晩までの神職とは行きません。
そこで神となる(将来)あの世でですが、そう成って働く人間が必要です。
ひとまずシルバーバーチを知ってください、そうそう神霊と成られたお方の宗教は今時点
同じですし、今後も変わらないことでしょう。拝むは、人であり取り巻く環境其の物です。
世界的な霊訓は皆正しい物です、ちなみに世界的に有名な霊訓(永遠の大道)のマイヤース霊も
森林の紳士と言う名でおいででした、御自身の残した霊訓が本物である証明のために現われたのです。
永遠の大道 シルバーバーチの霊訓(色々)W.イーグルの霊訓 モーゼスの霊訓
インペレーターの霊訓などがあります。 最後に江原氏は、Fはお勧めしません。
1心霊写真との対話 2霊訓を読んで・・ 3貴方の成すべきことを・・
霊界よりの愛を感じてください。そしてお返しする物を・・・
>>811 >同じ神を思うことでも神に救いを求める者と力を借りようとする者とか、
何を見て何を思うかでまったく違った結果になるだろうね、
う〜ん、そうだね。
しかしこの世界に来た時点で希望を体験したい、と思っていたはずで、
その為には自分だけでないイマジネイションのヘルプ(神?)があったらより実現しやすいかと。
その意味では
>だから神がどうの前に自分自身が最も重要になる事には変わりは無い。
同意です。
>箸の話の例えも相手・・・
その喩えから何を感じるかだと思うのだよね。
この世が幻想だという説をよく聴くんだけど、
にしても宗教でも何でも喩え話から始まるよね。そこから何を感じ取れるか、が難しい処…。
>>816 希望を体験ってのの中身がいまひとつ分からないのだけど。
希望を持ってそれを実現させたいってことかな。
自分だけでないイマジネイションのヘルプは神に関係なく万人にあると思ってる。
この神にはこの力とかと言うものがあるならそれは本人のイメージが生み出すものかと。
集中力や人と人との連携からの相乗効果とかがイマジネイションを生むのだと思う。
この板でやるとまた神神たちは受け付けないだろうけど、それで神の概念の効果も十分に説明はつく。
あまりにもな神秘話は別だけど、そんなのを考えるほど普通の人は暇じゃないし。
>宗教でも何でも喩え話から始まるよね。そこから何を感じ取れるか、が難しい処…。
自分で解釈に自信がないうちは気に入った解釈を探せばいいと思う。
自分が自分にどういう方向付けを行うかが問題じゃないかな。
結局は自分自身の考え方と人とのつながり、これ以外に神に力があろうと無かろうと力を引き出せる手段はないと思う。
弱気な人間十人が世の中を話し合えば怖い世の中像が出来るだろうし、強気な人間十人が語り合えば
可能性に満ちた世の中像が生まれる。
どっちにも神がいた時にどうイマジネイションの効果を与えるのだ?
最近、蚊是の発言が無いのでつまらね。
819 :
神も仏も名無しさん:2007/03/22(木) 15:23:49 ID:IVzh6fOZ
>>813 80年代後半に本当にその教祖の葬式シーンを夢であざやかに見たんです。逃げてるわけじゃありません。
その教祖は日本人じゃないので、日本人からは人気のない人です。
その教団の信者が女性議員をビルから突き落とし殺害したので、遺族が本まで出版されており、犯人が捕まれば当然死刑です。当然命令した教祖も死刑になります。
820 :
神も仏も名無しさん:2007/03/22(木) 15:30:58 ID:IVzh6fOZ
私がこの教祖の葬式シーンを夢に見たのは1988年頃でした。目覚めたとき驚いて母に内容を話したほどです。
信者による騒ぎが起きるのを国が心配し、大勢の警察官がまわりを囲んでいる所まで見えたんです。
女性議員殺害事件は95年に起きてるのに、なぜか事件が起きる7年も前にこういう夢を見たのが不思議なんです。
821 :
蚊是:2007/03/22(木) 18:21:46 ID:d6FuJnsP
>>818 最近仕事忙しくって、書き込みしようにも遡って読んでるヒマが無いんだよ。
つくづくここに書き込みしてる連中ってヒマだなぁ。
普段何してるんだ?
親に食わせてもらってる身で神だ精神世界だって語ってるわけじゃ
ないだろうな。
まさか世の中にそんな恥知らずはいねぇか。
822 :
627:2007/03/22(木) 18:44:55 ID:CxftbUm0
>>821 なんだ、リアルタイムで読んでくれてると思ってたよ。
つまらんなあ。
823 :
変わる:2007/03/22(木) 23:30:16 ID:LWaF9Kkt
聖書の中にもいい言葉はあるから感情を込めて唱えると自分自身の心が向上する。常に良い言葉前向きに考える事で人生は大きく変わる。私はせっかく生まれて来たので幸せになります。
824 :
神も仏も名無しさん:2007/03/23(金) 08:50:09 ID:azI29J4J
>>823 言葉によりこの世がつくられたように
自分もまた言葉によりいろんなものを
つくっているだよね。
825 :
蚊是:2007/03/23(金) 08:54:25 ID:ZRMFEuaO
>>823 幸せになりたいんだったら、こんなところに来るんじゃないよ。
ここは理屈ばかりで生産性の無いクソ連中の集まりだから。
宗教は大抵良い事を言ってるけど、人間の心が貧しいから対立する。
他人の考えに左右されず、自分が幸せだと感じればよい。
こんなところでグダグダ持論を唱える連中の話など意味は無い。
>>825 >自分が幸せだと感じればよい。
ここんところは賛成
しかし、
>他人の考えに左右されず
ってのは簡単じゃない気がする。
だってそんなんでい〜っぱいなのが地球でしょ?
結局妥協も一案になるね。
あ、そうか 譲り合いといえばいいんだ。
なんか小学校の道徳みたいになった ^^
参考になることは得る。いつもこんな姿勢です^^
828 :
神も仏も名無しさん:2007/03/23(金) 10:48:43 ID:MyxzCP77
江原「おまえらに本当の事おしえてあげますよ!“オーラが見える”とかの話になると、宗教ペテンをわかってるひとには「頭おかしいのかコイツ」と思うだろうが、芸能界でいう“オーラ”とは『ヤ〇ザ組織の取り巻き』のことだからねwww
だから、TV番組で「あの人のオーラが〜」の話になったら、「あの人の事務所の〇クザが〜」に頭の中で置き換えるといいよ!!
どうせ芸能界の内輪ネタなんて全部ヤク〇組織の話やカルト創〇につながるくだらない話ばっかりだからね!
あれ?あなたにはオーラがありませんねぇイヒヒw」
スウェーデンボルグを読むと心理学等が間違いであるということがよくわかる。
特に人を騙していた人物が自らすすんで地獄に行っていたとの記述は大変興味深い。
詐欺師があの世に行くとある種の精神病になってしまい正常な判断力を奪われ自分の
嘘に引っかかってくれる人物を探して霊界をあちこち歩き回り、結局自らの意志で地獄に落ちていたそうだ。
>>825蚊是良いよそれででも君も此処にいるのが事実。
>>825 >他人の考えに左右されず
左右され過ぎるのも考えものだが、
人の意見に全く耳を傾けないのも同じく考えもの。
両者共に、優秀な社会人という評価は得られないだろう。
要はバランスが重要だという事。
>>831 先進国の資本主義の意見は聞くが発展途上国のカルトの意見は聞かない。
全然バランス取れてないように見えるのは目の錯覚ですか?
833 :
831:2007/03/24(土) 11:04:15 ID:HRTMzd2x
834 :
832:2007/03/24(土) 12:06:15 ID:MOqifgql
>>831 バランス概念全般。まあバランスの取れてる人は強いんだけどね。
それを強者の論理ではなく良知だと考えて良いものかどうか。
835 :
831:2007/03/24(土) 12:47:29 ID:HRTMzd2x
>>832 バランスの概念か・・・
人は時代と地域が異なると、常識も異なってしまう生き物。
よってこの瞬間には正しいと思われているバランス概念も、
時代と地域が異なれば正しいとは限らない。
では、一体どうすれば良いのか?
スレタイは、その解決策の一つなんじゃないかな。
バランスが取れてると強いとはどんな理由?
バランスが取れてると無難なだけじゃなくて?
837 :
831:2007/03/26(月) 10:44:55 ID:I92nvhKs
>>836 832さんではないが書いてみよう。
バランスが取れてる人を【バランスを取ることができる人】と定義すると、
その強さを理解しやすい。
例えばある人が、「いま自分は怒りに我を忘れてるな」と感じ取ったとする。
そしてその人が、以下のような対応をしたとしよう。
うわ、俺いま、怒りに我を忘れている。
これじゃまずい、落ちつこう。
落ちついて、心のバランスを取ろう。
こんなことがサラリとできる人は、強い人といって良いのではなかろうか。
>>837 それなら分かる。
が、偏りを操れるほうが強いと思うほうだけど、同じことなのかな?
839 :
831:2007/03/26(月) 12:19:36 ID:I92nvhKs
>>838 偏りを操れるって、例えばどんな状態?
用事があるから返事はすぐできないと思う、ゴメン。
>>839 バランスを取ることが出来るってことは実際には相手のバランスに合わせることが出来るんだから
同じことなんだろうけど。
バランスの中心をどこにするかとかね。
加減はど真ん中よりもちょっと外したほうが色々な物事に照らすと理にかないやすいし、
実社会で考えても気になるでしょ、外されると。目立つとか。
利点をアピールするためにも偽善をアピールするにも有効。
人間関係においてど真ん中は当たり前すぎる。
偽善をアピールって言うとまたあれか。。。
戦略的善意をアピールとかそんな感じかな。
自身の商品性をアピールとか。
842 :
831:2007/03/26(月) 13:12:59 ID:I92nvhKs
>>840 間に合ったので少しだけ。
>バランスの中心をどこにするかとかね
確かにこれは837より深い。
837はあくまで「自分の中でのバランス調整」だから。
840を私なりの言葉で表現すると、
「全体をバランス状にするために自分は何をしたらよいか」
を判断できて、実行できる人ということになる。
これ、強靱っすね。
オチ。
バランスってのは加減と同義だと思うし
状況や環境でも変わるものだと思うけど、
実際に身の回りで見ててもその場の中心を自然と自分に持っていける人っている。
そういう人ってのはやっぱりバランス感覚が良くて何の違和感も与えずに
相手のバランス感覚を乱さずに引き込めるのだと思うけど、
その人本人は決してバランスがいいとは決められないと思う。
なんでも相手に合わせられることがバランスがよいのであれば、それは無難に過ごせる能力だと思うしね。
何かをやる時に人を引っ張ったりするには相手のバランス感覚をつかんだ上で自分を中心にする必要があるのかもしれないと思う。
取るべきバランスもその人の設定により変わるだろうしね。
付けたし。
あえてバランスの中心を自分の外に置く場合もあるか。
そこまでの誘導が出来る出来ないは自分自身のバランス感覚にもよるんだろうなあ。
845 :
831:2007/03/26(月) 17:27:31 ID:I92nvhKs
>>844 >あえてバランスの中心を自分の外に置く場合もあるか
あえてバランスの中心を自分の外に起く。
なぜならこの状況では、その方が全体のバランスがとれるから。
だから、気にすることなんて何も無い。
こんな人を私は大勢知ってる。
そこらじゅうにゴロゴロいるよ。
そう。それだけならごろごろいる。
結局は合わせてるだけってことだから、
だからバランスが良いことは力にはならないんですよね。
力にすることを意識するならその感覚で誘導したり傾きを持って力として発揮すること。
大事なのは自我だと思う、自我をもってしっかり方向性を持って、バランス感覚を活用して得ること。
847 :
神も仏も名無しさん:2007/03/26(月) 19:05:48 ID:LVNXeLBZ
821 :蚊是 :2007/03/22(木) 18:21:46 ID:d6FuJnsP
>>818 最近仕事忙しくって、書き込みしようにも遡って読んでるヒマが無いんだよ。
つくづくここに書き込みしてる連中ってヒマだなぁ。
普段何してるんだ?
親に食わせてもらってる身で神だ精神世界だって語ってるわけじゃ
ないだろうな。
まさか世の中にそんな恥知らずはいねぇか。
この過疎スレにそんなレスするくらい忙しいのに巡回はするなんてご苦労だよなw
自分の感覚で人が生活してるわけでもないのにね。
849 :
神も仏も名無しさん:2007/03/27(火) 04:11:24 ID:MxyIY0tk
2ちゃんに書き込みしてるより地震の義援金を送ることを考えたり、ボランティアに行くなどして人助けをした方が、
よっぽど徳を積める
850 :
神も仏も名無しさん:2007/03/27(火) 06:38:05 ID:CWXahk9P
あんたもな
849は自分でそう決心したんだろ。がんがれ。
852 :
蚊是:2007/03/27(火) 16:28:38 ID:Lq3ZsrRc
りょんってかなりウゼェー。
しねばいいのに。
忙しい中ご苦労さん。
いずれ死ぬから心配無用ノシ
854 :
蚊是:2007/03/27(火) 17:20:16 ID:Lq3ZsrRc
いずれじゃ困る。
困る。。。
困ったときは神頼みだよ。
856 :
蚊是:2007/03/27(火) 18:04:43 ID:Lq3ZsrRc
りょんさん!お願いしますよ。今日中でなんとか!
俺は神じゃないからな。
858 :
蚊是:2007/03/27(火) 18:24:30 ID:Lq3ZsrRc
神じゃなくても出来ますよぉ。
ちょっと自分の呼吸を止めてくれれば良いだけですから。
ほんの10分ですよ。大したことありません。
はりきってどうぞ!!!
はあー、苦しい、だめだ、一分も持たない
860 :
蚊是:2007/03/27(火) 18:32:29 ID:Lq3ZsrRc
りょんさん!いい方法がありますよ!
近くにロープかなんか、丈夫なヒモありませんか?
それで輪を作って、天井につるしてみてくださいよ。
で、その輪の中にクビを突っ込んでみせてください。
もちろん、足が届く場所じゃダメですよ。
それでは、はりきってどうぞ!!
次失敗したら、タダじゃおかねぇぞ。
失敗はしないよ。
なぜなら。
やらないからwノシ
862 :
蚊是:2007/03/27(火) 18:51:56 ID:Lq3ZsrRc
しんでくれるって約束したのに。
りょんさんは嘘つきだ。
うそつき。恥さらし。人間のクズ。
どっか行け!
その前にこのスレを今日中に埋めろ。
そして二度と新しいスレを立てるな。
これは命令だ!
とっととヤレ!クソガキが。
>しんでくれるって約束したのに。
してないからw
さあ、うざがられてるからどっかいくかノシ
蚊是は相変わらず馬鹿だな、君が死ねば?
蚊是、りょんちゃん虐めるな!!!
蚊是、君がサディストなのは解った。でも、何回か、窘められてるでしよ。
もっと、自分を自覚して他人を批判しなさい。これは命令だ!て
俺に、命令権なんて無いけどね、蚊是君にも無いよ。