このスレはK(クリシュナムルティ)の読者がお互いのカキコを通して、
または日々の実践的気付きを通して自身を表現し、明日の生きる糧にする
スレです。まぁ何でもありということです。
またテーマは、世界に愛を呼ぶにはどしたらイイか、です。
世界の変容、自己の変容について広範囲に語ってくだしゃい。
Kを知らない人でもご自分のバックグラウンドから、世の中がどうなったら
今より良くなるか考えて見てくだしゃい。それこそ宗教的に。
-― ̄ ̄ ` ―-- _
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と,-‐ ´ ̄: ::::::::::::::::::::::::::::::/ /:::::::::::r(:::::::::`'::::::::::::::::::::::く 2 get・・・
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(__  ̄~" __ , --‐一~ ̄ ̄ ̄
スレタイに「クリシュナムルティ」の文字は入れろよ。
検索できないじゃないか。
このスレは廃棄して「クリシュナムルティ」の文字を入れたスレを
立てることを提案する。
>>5 同意。検索さえできないスレを立てる奴はスレ立てる資格なし。
愛をー
愛をー
愛をー
9 :
名無しさん@3周年:03/10/27 16:26
栗山さん乙
10 :
名無しさん@3周年:03/10/27 16:29
僕はロボトミー
ロボトミになりました
>スレタイに「クリシュナムルティ」の文字は入れろよ。
長すぎて入らない。半角カナにすればよかったな。
>>7 グルジェフ混じってるから重複とは言えない。
Gの言葉のコピペ厨も常駐してるっしょ。
>>11 >長すぎて入らない
理由になってない。他の文字削ればいいだけ。
>グルジェフが入ってるから
しかしクリシュナムルティで検索すれば、出てくるのは7のスレということになる。
このスレが正統スレだという理由にはならんな。
13 :
名無しさん@3周年:03/10/27 19:21
正統スレ? なんやそれ
わたしは、ここでは対話がしたいのですが?
・あなたは、快楽を持ってますか?そしてあなたは、快楽のばかばかしさに、
気づいた時、どう行動しましたか?具体的に。
どなたか、答えてみてください。2ちゃんのことだから、現実のことでなくて
もいいですから。
快楽が馬鹿馬鹿しいのだろうか?
それとも馬鹿馬鹿しいのは快楽を追い求めて止まない心だろうか?
あるいはクリシュナムルティの名前をスレタイに入れないまま、
ここがクリシュナムルティスレだと必死に主張する
>>1が馬鹿馬鹿しいのだろうかw
リアルさんこんぬずば。
17 :
名無しさん@3周年:03/10/27 21:54
アルコールへの依存が断ち切れません。
困ったものだ。
宵闇が迫るとその踏みとどまる境界さえ見えない。
何だかんだと都合つけてそれさえ見えない・・・
昼間のストレス、人間関係、家族。
あー逃避せずそれを見てみたい。
我慢の果て、半端な飲酒が週末のハシゴ、朝帰りとなり
土曜は寝て過ごし日曜には断酒を誓い
月曜の夕には飲み始めている自分がいる。
なんか意図的にへんなやつがふえたなぁ。だからなにげない人の言葉に過剰に反応するんだよ。素直でないとかの域じゃないな。そんでどうしてなんとかでも社会人できてんの? うまくやってるとかじゃなしに。まじでむうちと苦労しれ。
リアル? 知らないなぁ W)
いずれにしろ、もうスレタイ変えられないからこのままいくよ。
スレタイが半端なのは厭だという人は来なくてもいいよ。
Gの粘着はウェルカムして、ほっぺにチューしちゃうぞ。ウフ
検索が面倒という人はブックマークしてね。
あぁそうそう。2ch Blogを試してるところだから、そこで面白い
こと企んでるよ。
ではでは
頭が痛いときはマジでスターバックスとか何とかで過剰ぎみにでもあまいもん食うといい。連続飲酒のあんたにはすすめる。甘いモンクってぼーっとしてたらいいよ。
このスレタイってエヴァンゲリオンのパクリみたいで格好わるいな。
最近同じくエヴァの最終回タイトルをパクったタイトルの小説がそこそこ売れてるらしいが。
エヴァの最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」
「世界の中心で、愛をさけぶ」片山 恭一 (著)
実践Kスレー世界に愛を呼ぶ
なんかセンスないなあ。
センス悪くてスンマソン。
でも「愛」はマイブームなので。
おちゃらけてるわけじゃないのだけれど、今世界にはホントに「愛」が必要だと
身にしみて感じるのだよ。
ソコソコ売れてる本は、男女の恋愛だと思うが、ここで言う「愛」は
人々の事どもの底辺に流れる「愛」なのだ。
神智学のマントラにこういうのがあるのを発見してね。
「統一のマントラム」
人の子らは一つ、わたしは彼等と一体である。
わたしは憎むことではなく、愛することを求める。
わたしは当然の奉仕を強いるのではなく、みずから奉仕することを求める。
わたしは傷つけることではなく、癒すことを求める。
苦痛をして、その当然の果報なる光と愛をもたらしめよ。
魂をして、外なる形と人生とすべての出来事を統御せしめ、
この時代に起きている事どもの底にある愛を露にせしめよ。
ビジョンと洞察をもたらしめ、未来を明らかにせしめよ。
内なる連合を顕示して、外なる分割を消散せしめよ。
愛をあまねく行き渡らしめよ。すべての人に愛を行わしめよ。
このマントラはアリスベイリーという人から伝わったようなのだが
妙にオレの心に残ったのだ。「愛」なんて改まるとコ恥ずかしいもんだけど、
敢えて、人々に本当に必要なものは何か。皆に問うて、それこそK的でもG的でも
何的でも考えてもらいたい。そしてできればそれを表現してもらいたい。
独りの歌声が誰かに伝搬するようにそれを伝えてもらいたい。
栗山さんはこう考えるワケさ。
24 :
名無しさん@3周年:03/10/28 02:13
栗山さんはしっかりと印象を受け取っているね。愛の主はほんとにもうそこまで来てるぞい。
>>23 K読者というよりすっかり2ちゃんねらーって感じだな。
俺はそこまで2ちゃんねるにのめり込む気にはなれんよ。
だから一応ここに書いておくが、愛や真理がどうすれば広まるかということについてのKとGの見解は、
一人一人が変化していくことだ。
KとGはいろいろ見解の相違があるが、この点に関しては、またもや同じなんだよ。
Kは組織的活動とか否定して個人の変容が大事だと説いたし、
グルジェフはグループでのワークの重要性を説いたわけだが、
しかし、どうすれば世界が変わるかという質問に関しては、一人一人が変化することだと答えている。
一人一人の変化というと時間がかかるように思えるが、これが一番確実で、
他には方法がないということも両者が共通して話していることだ。
要は世界に愛を広めようと思うなら、まず自分が愛を見い出さなければならないし、
まだ見い出していないなら、愛や真理を広めるなんてことはできないってこと。
このように、多くのK読者が思っている以上にグルジェフとの共通点はたくさんある。
確に生物は自己複製の機能と喜びしかもっていないかのように一見思える。人間なんかは環境の主体化にやっきになりすぎている。これも自己複製の延長線上にかわりない。
しかしなぜ世界はバラエティに富んでいて甘美でうつくしいのだろう。潮の流れのように押しては返す、世界を保つ原理があるともういわざるえない。月の引力のよう、緩やかなおしてはかえす帰属性をみとめざるえない。
28 :
名無しさん@3周年:03/10/28 03:07
29 :
Krishnamurti・Jr:03/10/28 16:00
世界はとても美しい。
世界は愛そのものです。
ただひとつ、思考のみが暴力の原因なのです。
それに気付くことによってのみ人は愛をいきる事ができます。
>>25 >>29 カキコありがと。
一人一人の変化、自らの思考に気づくこと。
ココで何を実践するかといえば愛することだよな。
愛について、思考の終焉について語ることはできるが、
実践は語ることの中にはないだろう。みずから愛すること、
思考に気づくことをしなきゃいかんことは皆ガッテン承知の助だろう。
ではそうしてみようじゃないか。思考の終焉について語るより、
自らの思考を終わらせようじゃないか。愛の不在を嘆く前に愛そうではないか。
そしてそれでもって出てくる言葉はなあに?
31 :
名無しさん@3周年:03/10/28 18:01
>ではそうしてみようじゃないか。
今現在、愛してないことを自ら告白している。
32 :
名無しさん@3周年:03/10/28 20:10
>>愛の不在を嘆く前に愛そうではないか。
愛が不在ではなくて、愛に気づけないのではないか?
愛そうとして愛が表れるわけでもない。
だから、kの実践って愛することでもないともうよ。
じゃ、何をすれば良いのか。
自らの虚為にひたすら気づいていくことだともう。
もしかしたら、そこに愛があることに気づくかもしれない。
>>32 >自らの虚為にひたすら気づいていくことだともう。
どうしたら気づけるでしょうか?
言って分かるタイプか?
たばこ、酒、女、悪口。。どうしたら。。
わかちゃいるけど、体が。
気が済むまでやること。かなりオーバーなノルマをこなすこと。
快楽で、スケジュールを埋め尽くし、体を壊すこと。
快楽自体をいじりまわし、こねくり回す。
快楽をクロスオーバーさせる。
しかし、そんなことしたら、明日から会社いけなくなる。疲れて。。
34 :
名無しさん@3周年:03/10/28 21:50
いや愛ってのは愛することだろ、能書き以前の。
35 :
名無しさん@3周年:03/10/28 22:20
>>33 残念だけど、条件付けられてますな。完璧に。
>>34 能動的なものではないと思う。
世間で言う愛ってのは、ほとんどの場合、単に利用してるだけ。
恋人、あるいは家族関係、だからちょっと目的が外れると、
争いが起こる。もちろん、そのなかで、ちゃんとした”愛”
はあると思う。
ただ、少なくてもその関係においての、自分の条件付けに
気づいていないと、”愛”と判らぬままに通り過ぎて
いくんじゃないかな。
>>20 うそつけスタバのキャラメルなんとか喰ったら甘すぎて吐いたわ。
37 :
名無しさん@3周年:03/10/28 23:45
まっ、ろくでなししかいないってことよ。
神になろうとしなかった者は人間にさえなれない。
クリシュナムルティごっこしてる連中は・・・・・・・・
>微妙なとこだから、埼玉には理解できないかも知れないけど。
誰だ?前スレにこんな落書きをしたのは? ピクピク (; ̄Д ̄)y-~~~~~~
39 :
名無しさん@3周年:03/10/29 00:30
>>埼玉
酔いがさめたか?ま、昔の事だ気にするな。
40 :
名無しさん@3周年:03/10/29 00:39
埼玉はもの2とは、別人だね
41 :
名無しさん@3周年:03/10/29 00:42
クリの欺瞞にさっさと気づくことだ。
喋り続けることができる奴に引っかかっている誰かさん。
42 :
名無しさん@3周年:03/10/29 01:15
朝起ちを何年休んでますか?
>>41 欺瞞には対象はないと思うが。
それは本人を覆っているベールみたいなものだ。
そして例外なく皆そのようなベールで覆われている。
それがなくなったとき、皆愛を表現するだろう。
これはKとは違う言い回しである。
ある話に、人間はガラスのランプなのだが、ガラスが煤で覆われているため、
中の光が外に出ない、とある。
もしガラスをきれいにしたのなら、光が自ら輝き、遠くを照らす。
生と覚醒のコメンタリーの3巻に、Kが愛についてこう語っている。
文脈からの抜き出しでスマソだが。
「愛の全体は精神の範囲内にない」
オレらが関わっているものは精神であり、まさに煤なのだ。
煤をどう改良しようがそれは解決にはならない。そして精神を持ってしてという努力は
無意味に終わることになる。これもKの読者なら言わずとも知れるだろう。
で、聞こう。
あなたは自らの精神を、煤を払うためにどのような態度で自らの生と向き合っていますか?
あなたは己ではないものの内に宿る光を信頼することができますか?
もし信頼することができるなら、それを使い、一隅から世界を照らすことができますか?
今、照らすことができますか?
このまえスターバックスいってあまーいコーヒーを飲んで女の子の話ぬすみぎきしながらぼーっとしていたらやすらぐというか勝手にがってんしたもんでさ。すすめたけど。おいしい甘いもんって酒よりも需要あるしー。あわなかったようでごめんくさい。→うそつききゃらめるのこと
45 :
名無しさん@3周年:03/10/29 05:03
>あなたは自らの精神を、煤を払うためにどのような態度で自らの生と向き合って
いますか?
結局なんだかんだ言いつつ「ティナ・ターナーがいるじゃないか」というベタな
発想が、一番大きかった。
どんなに苦しく孤独な時でも、私の現状は「ティナよりマシ」でしかなかったから。
映画「TINA」に詳しく描かれてありますが、極貧・崩壊家庭・近親相姦(父と
姉)・DV夫(アイク・ターナー!)・押し付け巨額借金etc.とくれば、普通はなか
なか勝てないわけでして(ナンノコッチャ
初めて彼女の「HELP!」を聴いた10代の時、ティナは当時30代後半ぐらい
で、それはそれはオバサンに思えたの。で、天下の名ライブでの絶唱であればある
ほど、そんなオバサンになってしまってから「助けて!」とは一体全体なんと人生は
恐ろしいことか、と、相当ショックを受けました。で、これは一日でも早く悟り
でも開かないことには。。。は、言いすぎにしても、「なんとか道を整えないと
ヤバイヤバイ」程度にはかなり焦ってたのが、22才の時に自分の聴き方が間違って
いたのに突然気づいたんですね。
あれは、超カッコイイのだと。
年を経る毎にそれこそ「いろんな煤」への執着があってしかるべきにもかかわらず、
それを払いのける<勇気>はとても美しいものなのだ、というのを彼女に教えてもら
いました、ハイ。
本当に困ったら、その度に何回でも使えばいいんだ、とも(^^)
>>45 困った時に這い上がるためにどうするかということを聞いてるわけじゃないだろ。
思考という煤についての質問なのに、的外れそのものの書き込みだな。
47 :
名無しさん@3周年:03/10/29 05:14
>あなたは己ではないものの内に宿る光を信頼することができますか?
もし信頼することができるなら、それを使い、一隅から世界を照らすことができますか?
今、照らすことができますか?
輝きの国から夢を運んできたよ
灰色に煙った 夕陽を助けるため
人はやさしさを忘れすぎたよ 坂の途中で
君の涙には 時を悲しむ マルセリーノの愛がある
今 同じ時代の息をして 新しい歴史を開くため
手を伸ばして ( 光! )
守ってあげる ( 光! )
乗り込んだ船の名は THE WINDY
闇を抜け 船は行く
星を越え 船は行く
↑ オープニングテーマ(光編)だぴょん♪
正しく「大きな乗りもの」だったぴょん(謎・笑
48 :
名無しさん@3周年:03/10/29 05:32
マハーマーヤーの魔力によって
そのような迷いが世界を覆うと
かのブラマーは分別をなくし
ヴィシュヌは意識を失う
人間どもにどうしようがあろう
細い水路がまず作られて
そこに罠が仕掛けられる
しかし、通路は開け放たれているのに
ひとたび無事に門を入った魚は
ふたたびそこを出ようとはしない
カイコは根気よく、精密な繭を紡ぐ
それでも一筋の水路は開いているのに
自分の繭に閉じこもり
虫はそのままそこで死ぬ
↑ かくてインドの古い歌です。
これはKへの恩返しだぴょん♪
>>19=1
>いずれにしろ、もうスレタイ変えられないからこのままいくよ。
>スレタイが半端なのは厭だという人は来なくてもいいよ。
>Gの粘着はウェルカムして、ほっぺにチューしちゃうぞ。ウフ
>検索が面倒という人はブックマークしてね。
ひどいやつだな。
検索が面倒っていうよりも新規にクリシュナムルティに関心を持って2ちゃんねる
で話をしたいやつはどうやってこのスレを見つければいいんだ?
前スレはもうじき落ちるし、グルジェフスレからここを見つけられなくもないが
やはり面倒だし、ここへ辿り着けるかどうかわからない。
クリシュナムルティ−グルジェフスレから分離させたかったようだけど、
それならあっちのスレに依存しなくてもここを見つけられるようにするべきだ。
それとも新規の読者はいらないってことか?
2ちゃんねるを長年やってるようだけど、にも関わらずこの程度の想像力も働かずして
愛がどうのなんて笑わせてくれる。
完全な自己満足だね。いや、単に頭が悪いだけか。
>>49 じゃあ本家ということでクリシュナムルティのスレ立てればいいじゃない。
Kスレの場合は哲板にもあるし、いろいろな角度から皆で話し合うことが
できるんだから、必要だと思えば立てればいいんだよ。
クリシュナムルティの文字を入れなかったのはオレの不覚だとは認めるよ。
>>49 そこまで言う必要ないんでねえの?
多分オメエはA型かAB型の神経質なタイプで
つねに他人のあら捜しをしてなじることにより
自分の自我を膨らまして満足するさもしい奴だ。
下らん。
オメエの歯なしは実に下らん。 終わり
,, _
/'''' '';::.
l ≡ );;;: / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
≧〒≦ :;/) |
>>49 ツマラン!
iー/ i ー' k.l < おまえの話は
. l ノ‐ヘ iJ | ツマラン!
U乞 し ノ \_____
まぁまぁ。
ミンナ、ナカヨクネ!
54 :
名無しさん@3周年:03/10/29 16:59
人間は奇怪だ
55 :
41=409:03/10/29 17:53
43の栗山さんへ
<あなたは自らの精神を、煤を払うためにどのような態度で自らの生と向き合っていますか?
<あなたは己ではないものの内に宿る光を信頼することができますか?
<もし信頼することができるなら、それを使い、一隅から世界を照らすことができますか?
<今、照らすことができますか?
簡単なことだ。言ってやろう。
「素直になれ」
41 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/10/29 00:42
クリの欺瞞にさっさと気づくことだ。
喋り続けることができる奴に引っかかっている誰かさん。
↑なんか痛い奴がいるな。
言葉を超越した実在に気づかない 痛い奴もいるな
実在に気づきながら言葉を使うこともできる。
それは自分の言葉を自覚するということだ。
>>57はそんなことにさえまだ気づいていないのか。
>>409 その「実在」というものに気づいた体験ってどんなの?
58にとっての実在とは悪霊?
悪霊が実在のわけないだろ。
>>61 わかんね〜よ〜
sageは蛇みたいに陰湿だし、
語ることは悪魔辞典みたいな世界だしよ〜 〜>°)〜〜〜
>>62 お前メール欄にsageと入れてるのが全部同一人物だと思ってるのか? だとしたら見る目なさ過ぎだぞ。
>>63 もちろん同一人物だとは思ってないから安心してね。(^^
いちいち乱暴な言葉づかいに反応してたら、やってけんぞ (;´Д`)
67 :
名無しさん@3周年:03/10/30 01:01
チョメチョメ か?
>>44 別にいいんだよ。あのレスを見たら再度込み上げてきたもんでな。
ちょっと自分を見失ったよ。
>>45 奇遇だな。丁度プラウドメアリーの空手振り付けに苦笑していた
所だ。
ここ、おもしろい!
信じてない 信じている だけどいつかWAKE UP
夢見ている 夢見てない だけどいつかWAKE UP
悩んだ夢を抱きしめながら 君はいつからそんな気持ちで 溜息をついてるの
このままで諦めるの 同じ夢を見てきたはずさ
言葉少し 聞かせてくれ そうさ 勇気をもっとあげたいよ
COCOROだけは 裸になれ 素直になれ COME ON EVERYBADY
嘘じゃないさ 迷わないさ 信じあえればいいね
愛だけが 永遠さ 夢だけが 永遠に どこまでも続くのさ
Kと関係ないつまんない歌のコピペは止めろ。
COCOROは君の隣にいるよ 涙の仮面捨ててしまえば 優しさがノックする
高気圧の空の下 君を遠く連れ去りたいよ
街は今日も 人があふれ そうさ いつもの素顔にもどるよ
OCOROだけは 裸になれ 素直になれ COME ON EVERYBADY
嘘じゃないさ 迷わないさ 信じあえれば強く
愛だけが 永遠さ 夢だけが 永遠に この胸で終わらない
COCORO輝けば 女神たちがきっと 微笑むのさ いつか必ず
↑すいません、こういうのはもうこれで最後にしますので。。。
で、この光GENJIの名曲(!)の最大ポイントはラスト行にあるんだな、これが(^^)
読んでしまった人は、み〜んな幸せになるがいい♪(遠い目
こういう甘ったるい歌詞で喜んで自己満足や自己憐憫に浸っている内は、
いつまで経っても本当の愛も真理も見い出せない
なーんて無意味な思考している香具師ハケーン!
ネイティーネイティーと「シ」しか鳴らさないのが<真理>だと思い込んでる
K虫は疲れるから消えるわ、では、皆さんお元気で♪
実践の意味するところは、何かをする行為よりも、
あるがままの認識と理解からなる生に対する態度だろう。
誰もGやKやOのように振舞うことは期待されてもいないし、
無理だろう。それでも、不完全ではあるが自分なりに始めなければ
何も進歩はないだろう。
明らかに人は愛において潜在的だが、少しづつでも自分なりに輝く
ことは意味があると思う。
輝け!あなたの「愛」!
すみません、わたし、モテすぎるのが悩みのタネでこのさいみんな「まとめて」しまおう
と思うのですが、なにか問題ありますか?
78 :
名無しさん@3周年:03/10/30 20:01
>>栗山
自分なりに輝くことは意味
・・・・・ない。
79 :
名無しさん@3周年:03/10/30 20:02
まとめちゃえ
80 :
名無しさん@3周年:03/10/30 20:44
>>あなたは己ではないものの内に宿る光を信頼することができますか?
信頼できないぞ。
その光の為に、ある人は弟子に裏切られた上に磔にされ、
ある人は一生乞食で過ごし、そうかと思えばある人は巨大な
帝国を築いてしまう。
全くどうなるか判らないんだぞ。
自分と思っているもの、家族、友人、地位、肩書き、
すべて消えてなくなるかもしれない。
その覚悟はありますか?
そのことに意味があると思いますか?
今朝のテレビで「OO座の人は、イニシャルに<K>のつく人と関わると良いことが
あるでしょう」という占いがあり、いつもは見もしないながら、ネタ(?)に少し
笑ったので、前言撤回。
先週の金曜日、通りがかりの美容室に初めて行くと、往年のヒガシ似のスタッフ
の人が「僕にまかせて下さい」と、いかにもヒガシが言いそうなセリフを口にする
のでおまかせしたら、随分とカワイクなってしまいました。ですから、髪形が(笑
そのまま買い物に街へ出た帰りの駅前で、すっとパンフレットを渡されました。
パステルカラーに子猫の写真が表紙のあっさりした感じの冊子だったので、
「宗教かな?」と思いつつ何となく受け取り、カバンに入れて電車に乗りました。
で、開いてみると。。。なんと風俗専門の求人誌!
やはり、自然と「まとめて」いたりするのかな、そういう職の方たちも。。。
昔、図書館で借りた本で。。。彼女がソープ系出身で、なんというか真面目が
講じすぎて風俗に流れ、ボロボロになってしまったみたいな女の人のシビアな話が
メインなんですが、後に結婚したものの自殺未遂を繰り返す<彼女>と暮らす<彼>
へのインタビューがありました。
その中で「あなた自身、ヘビーな気分になりませんか?」との問いに、「なります
けど、僕にはどうにも出来ないので、この本を開いて心を静めます」と言って、
紹介していたのが『生の全体性』なんですね、これが。
上手く表現できませんが、Kをそうやって読む人というのに、何だか不思議な印象
を持ちました。
もちろん、そういうクールな使い方は素敵だな、とも。
というか、今思い出した。
私がKの名を知ったのは、ある友人に紹介されたから。
それは、高校時代からの長年の親友が、精神病院へ入院した後、私の悪口をあち
こちへ電話しまくったあげくに自殺した時でした。
なぜなら、私のことが好きだったから。
「苦しい」のも「悲しい」のも、それは紛れもなき私の問題だ、というのをKは
とことん教えてくれたけど、その経験の呪縛から最後に解放されたのは、2ch
での出来事だったかもしれません。
まあ、話の流れがなんとなく伝わる人だけ伝わればOKの話です。
で、「良い」んだろうか、これで? (謎
85 :
名無しさん@3周年:03/10/30 22:49
素晴らしい。意外に幅広いんだね。あの、どこかの坊さんか誰かにあなた観音さまの化身ですって言われた話しが聞きたいです。
はぁ。。。熊野のことですか?
う〜ん、今にして思えば、誰でもよかったんじゃないかな。
変な謙遜ではなく、そういう<視覚の場>があったんだと。
山中に過ごす修行者の<彼>が、それだけ人知れない孤独
を抱えていた故の出来事のように感じます。
そういう私すら、もう幻みたいな。
大昔からそういう土地だから、あそこは。
素晴らしいです。
思うに、オレらが本当に「生」と向き合うのは、真剣にならざる状況にある時
かもしれない。それはオレにも憶えがある。そしておれはその状況に感謝する。
それがオレを目覚めさせたのだ。
いや、「生」に対して眠ることを許されなくなったと言う方が正しいだろう。
あの時以来、世界を愛せるようになった。それまでは世界を憎んでいた。
憎しみは愛の反対じゃない。憎しみは無理解で、愛は理解だ。愛は幸せも不幸も包括する。
その後放浪をして、いろいろな本を読んでKを読めるようになるまで時間があったが、
今では、幸せも不幸せも同じように扱うことができる。
これは誰かを不幸にするのをためらわないことも意味する。
そしてオレは誰かを不幸にしておいて、おくびもなく言うのだ「愛しているよ」と。
普通、人は幸せを求めるのだろうが、不幸を避けて幸せであるよりは、
両方を両手でしっかり受け止め、その味を味わい尽くす方がいい。
そのための人生だな。しかしKの言うような愛の全体性は、それでも理解できないだろう。
でも、いいではないか。それで。
オレは世界に愛が必要であることを言う。それが何を生み出すかは
オレの理解を超えている。しかし、自分がどうあるべきかが分かるのであれば、
自分が何を世界に発するかは自明なのだ。オレは前途を恐れなどはしない。
オレらに本当に必要なのは勇気と真摯な態度と言えるだろう。
皆に届いてくれただろうか。世界はオレらと無数の人々の愛と理解を必要としている。
無理解から理解への橋が結構なスピードで築かれようとしている。
人々を分かち隔てるもろもろの障壁を粉砕しつつ。
分け隔て無く、あなたは世界や隣人や自分自身を抱擁するだろうか。
もしできるなら、その時世界は変わるだろう。
88 :
名無しさん@3周年:03/10/31 00:14
おもうに、人格というのは、
出来事や事実に反応して生成される構成物だと思うんだよね。
”で、「良い」んだろうか、これで? (謎”
君のことはぜんぜん知らないんだけどね。
この辺のあなたの文章から考えてみると、
いろいろな出来事が今の”あなた”と言う世界を作ったということで、
別に良くはないんじゃないの?悪いともいえないけど。
もう少し出来事の奥にある流れを見出せたなら、
あなたはその存在理由がなくなって、首尾よく消えることができるかもしれない。
シャルマひさしぶりだな。元気か?
どれがシャルマでどれがリアルタイムなのやら、、、。
しかしすっかりラジニーシスレって感じの雰囲気だな。
91 :
名無しさん@3周年:03/10/31 02:16
ネットではなく(ネットでもいいんだが)、現実の他のより身近な人々に世界に愛が必要であることを言葉で伝えること、この一見恥ずかしいような作業が必要だな。ほんとは恥ずかしい事じゃない。
92 :
名無しさん@3周年:03/10/31 02:41
「時はすべてを壊す」ってのもいれば、「時がすべてを産み出している」ってのも。
どちらも同じだけど後者の精神のほうが健康的だよな。
だがよ友よ真に創造的であるとき、愛があるとき、時よりも速いスピードで時を超えているはずだよなわが友よ。時に換算すると幾らやろか、そんなもん勘定できるか。
言葉で伝えるのか? 重要なのは言葉じゃないだろ。
94 :
名無しさん@3周年:03/10/31 03:03
そりゃそうなんだけどよ、その時問われるのはさてめえの勇気、信じきれるかどうかってことだよな。
くだらねえことだと思わないで敢えてやってみ。人間が機械じゃなくなるから。ツッパってもいいけどよ。
95 :
名無しさん@3周年:03/10/31 03:16
言葉を否定するとお前のここでの存在も否定することになるよ。クリシュナムルティのコピペにしろ何かを伝えたいんだろう。今、照らすことができるかってのがさ、もう少し考えなくちゃなんないとこじゃないかい。
そんなことは勝手のことだ。アマゾンの薬草でものんだか?こいつらはハキダシタらしい。こりずにやれ。
>>95 それは違うな。ここでは言葉かAAくらいでしか伝える手段がないが、
実生活では言葉以外でも伝える手段がある。その違いは大きい。
海を越えてきた日本民族にげろしてオワリダナ。おまえら長生きするよ。いっばいかざりなさい。
99 :
名無しさん@3周年:03/10/31 04:23
また際限なくやるかい?
どうあれ誰かに伝えたいことはあるんだろう
100 :
名無しさん@3周年:03/10/31 04:29
嗜癖耽溺固着ど
卍おめーは長生きしろアホ
おお組織攻撃がはじまったか。一偶を照らすとは比叡山でようオソワットル。世界愛なんから一心の願いなんだよ。
何だッラ電話でもしてきたら?09015816039
103 :
名無しさん@3周年:03/10/31 10:51
不具の心
俺はいつでも不具の心で楽しい事を考える
俺はいつでも不具の心で自由を2つに分離する
俺はいつでも不具の心で腐った弁当を抱え椅子の上でぐったりする
俺はいつでも不具の心でカステラを切断している
何もかもを愛するときどんな局面でも
次の一手を覚えているのだ
不具の心で
104 :
名無しさん@3周年:03/10/31 12:09
フグってなに?言いたいことがわからん。
フグは食った事ない
105 :
名無しさん@3周年:03/10/31 14:19
>あの時以来、世界を愛せるようになった。それまでは世界を憎んでいた。
世界を憎んでいたのはどうしてですか?。
世界を愛せるようになったのは、世界を理解したからですか?
意志や信念もそれと関わっていますか?
106 :
名無しさん@3周年:03/10/31 16:09
『 よく見る夢 』
不可思議に身にしみる夢を 僕はたびたび見るのです
僕が愛し そして僕を愛してくれる 然も見知らぬ一人の女
然も見る度に同じではなく 然も全く別でもなく
然も僕を愛し 然も僕を理解する一人の女
その女(ひと)は僕を理解し その女にだけ僕の心は透明です
その女にだけ僕の心は不可解でなくなります
僕の青ざめた額の脂汗も
その女だけが涙で清め得るのです
その女の髪が何色か僕は実は知りません
その名さえ僕は思い出せません
ただ一つその名には 義理で別れた恋人のやさしさがある とより
彫像のまなざし それがまざなしです
その声は 遠くかそけくおごそかに
黙ってしまったなつかしい昔の声をさながらです
ポール・ヴェルレーヌ作 掘口大學訳
107 :
名無しさん@3周年:03/10/31 16:51
卍出ろよ。
男塾に再入塾せい、卍丸よ。
108 :
名無しさん@3周年:03/10/31 17:16
呆け老人のスピードで
呆け老人のスピードで俺は街を歩く
懇切丁寧なステップが俺のすべてだ
絶対停止する俺の周囲で世界が崩壊する
kと讃岐うどんを食べるために
その日俺は確かにすべてを失い
すべてを祝福したのだ
109 :
名無しさん@3周年:03/10/31 18:34
乙姫さまは夫に暴力を受けていたの?
110 :
名無しさん@3周年:03/10/31 20:01
>>あの時以来、世界を愛せるようになった。それまでは世界を憎んでいた。
>世界を憎んでいたのはどうしてですか?。
>世界を愛せるようになったのは、世界を理解したからですか?
>意志や信念もそれと関わっていますか?
こころざしは偉いけど、広めるためのスローガンになるのには危惧
してるので。もしそれが自分個人でそうしたいのだったら問題ない
んでしょうが。あなたもそうしましょうよ、とか言わなければ。
>409
やってけるに決まってんじゃん。
ボクって「言葉を超越した実在」だし。(*’▽’)/
112 :
栗山さん as meditator:03/11/01 02:46
>世界を憎んでいたのはどうしてですか?。
>世界を愛せるようになったのは、世界を理解したからですか?
>意志や信念もそれと関わっていますか?
どうしてだっけなぁ? もうカナーリ昔なので忘れてしまったよ。
しかしその時には世界に対する怒りと憎しみしか持っていなかったな。
そして圧倒的な孤独感と、分離感しか持っていなかった。
誰も自分の声に耳を傾けてくれる人間などいなかった。だから怒りがあり、
騒々しく外的にオレを変えようとする圧力を憎んだものさ。
思春期の頃だったから、そういう感覚が普通かもしれないな。
世界を愛せるようになったのは、自分が憎しみを持っていることが理解できたからだ。
不思議なことに誰かを憎んでいる人間は、憎んでいること自体を認識できないでいる。
人から指摘されても理解できない。
あくまでも自分自身の理解からしか本当の変容は始まらない。
そして憎しみと怒りに行っていたエネルギーは変容して新しいリズムを刻み始める。
閉じられていた扉は開かれ、人生の出来事に無執着になっていくと同時に「生」の
あらゆる面を味わい始める。
しかしこれは表面的な現象だ。
変容の奥底には不動の理解がある。理解があるためには認識が必要で、認識があるためには、
「静謐」が必要だ。つまり、心の環境はとても大事な要素だ。自分の家の庭を手入れするように、
心の環境も手入れすべきだろう。瞑想をその目的で使うのは間違いではないと思う。
113 :
栗山さん as meditator:03/11/01 02:49
意志、そして信念という言葉は問題を複雑にする。オレなら「信」という言葉を使う。
「信」は、精神のコントロールの範囲を超えている。それは手中にないところの
道しるべだ。獲得され教え込まれた意志、そしてあらゆる種類の信念は精神に属するが
故に失敗するだろう。Kはそう言ってるが、オレは同意する。
「信」を持て。
この岸より、あの岸の声に耳を傾けよ。あの岸から自身に働きかけよ。
人間はまわりの環境に左右される。すばらしい人生には、素晴らしい環境が必要だ。
そしてそれがないなら声を上げ、現状を変える意志を持つべきである。
これは現状への不満足から出てくる知的なものでなければ本当の力を発揮できない。
人生と世界は変えられる。それがあらゆるメディテーターが実証しなければ
ならないことだ。つまり世界の働き手になることである。
これは必然的、自動的に起こる。瞑想と奉仕(ワーク)は両翼だ。
ある程度、理解と愛があれば、奉仕せざるを得ない。そのときその人は自分のしている
ことに執着していない。愛と理解と為すべきことが彼を利用し、管を通っていくように
通っていく。彼は愛の通路であり、その目は世界に注がれる。その手と口は奉仕に使われる。
彼はスピリチュアルなプライド(一番の障害はこれだ)を捨て去る。
彼は純粋な動機しか持っていない。彼が働くのはそこに仕事があるからである。
彼の耳は世界の苦しみを聞く。彼の手は癒し、施す。
そして彼はシンプルで木訥としたままだ。
友よ。もしあなたがあなたの真の教師であるあなたの人生や、諸々の経験から認識したエッセンス、
または瞑想から生まれた真の認識に基づいて、世界に対する自分の責任をおぼろげながらでも
感じ取ることができるのであれば、
もしあなたが取るに足らない自分自身を忘れ去ることができる能力を培うことにある程度成功
し、自分を忘れて害を与えないことに成功しているのならば、
もしあなたが世界の人々と自分自身との間になんの違いもないという自発的理解が生じている
のであれば、
あなたの為すべきことはひとつ、奉仕である。
114 :
栗山さん as meditator:03/11/01 02:54
人が、何か他人に自慢できるものを持っているのであれば、
それが有形であれ、無形であれ、精神のものごとであれ、
すべて障害となるだろう。
奉仕ですか。
だんだん言うことがシェアジャパンのマヤビ君みたいになって来たな>栗山。
116 :
名無しさん@3周年:03/11/01 03:41
>>113 自分を忘れ去るのではなく「汝自身を知れ。」
117 :
名無しさん@3周年:03/11/01 04:19
>世界を愛せるようになったのは、自分が憎しみを持っていることが理解できたからだ。
>不思議なことに誰かを憎んでいる人間は、憎んでいること自体を認識できないでいる。
>人から指摘されても理解できない。
一番肝心なところだと思うよ。その憎しみというものを認識したら
その憎しみがどうなったのか、自己観察をもっとここに書いてみた
らスローガンよりもはるかに有益だと思いますよ!
その憎しみがいかにして自己理解に変容したのかそれが愛に向かう
のかはそれ自体が大きな発見ですね。
118 :
名無しさん@3周年:03/11/01 04:21
>意志、そして信念という言葉は問題を複雑にする。オレなら「信」という言葉を使う。
>「信」は、精神のコントロールの範囲を超えている。それは手中にないところの
>道しるべだ。獲得され教え込まれた意志、そしてあらゆる種類の信念は精神に属するが
>故に失敗するだろう。Kはそう言ってるが、オレは同意する。
だから愛しましょうという案内や手引きには警戒をしなければならないわけ。
119 :
名無しさん@3周年:03/11/01 08:49
叶姉妹はシェアインタ
実践=k
>オレなら「信」という言葉を使う。
まやび君の好きな言葉だな。シェアの親玉は誰だっけ。興味ないから名前忘れちまったよ。
122 :
名無しさん@3周年:03/11/01 14:11
|┃ /パクリ作家\
|┃三 ( ) _________
|┃ | 片 | /
|┃ ≡ | 山 | <
>>1-121 ピースな愛のバイブスで
____.|ミ\__( ・∀・) \ ボジティブな感じでお願いしますよ
|┃=__ \  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|┃ ≡ ) 人 \ ガラッ
123 :
名無しさん@3周年:03/11/01 18:36
124 :
栗山さん :03/11/01 22:23
>>122 ワラタ。774の受け売りネタだが、シェアスレのまやびを知ってるのがいるのか?
そうか。シャルマが透明な存在でこのスレにいるんだったな。
やっぱ「愛」だろ? 「愛」。
ほんでおまえの階級はなんやねん。再馬場が5やろ。望タ苦闘が5やろ。
126 :
名無しさん@3周年:03/11/01 23:55
差異馬場は阿端で、望タ苦闘が3
番付表では
あばたにえくぼ。栗山サンヲABBA田に任命する。ユーcanダンスディ銀座男寝具クィーン。
パクリ野郎に愛を語る資格なんてない。
なんだか怪しい方向に漂流し始めた感じだな。。。
はっきり言って神智学自体がパクリだし、
最初のころはまだ原典を知っている連中が確信犯的にやっていたからまだしもだったが、
いつのころからか、原典も知らない厨房が好き勝手に弄んで
アリスベイリーやらベンジャミンとかのドキュソを生み出してきた。
774といい、栗山といいオカルト系に弱いタイプだからな。。。
神智学にはまるタイプの傾向が見えてきたよ。。。。
なんだなぁ最近性が若年化してる。先進国も難民なみに。精神世界等ニュー栄事「サラ金みたいぶっ」なんてそこんとこのながれの説明事にすぎない。にちゃんも。即ち滅ぶ
列車が小倉を過ぎたとき、一本の煙突から煙が出ているのが見えた。
私はそれを見てふと少女sのことを思い出す。
中学一年のクラスメートのsは体格が良くて活発で勝ち気な子だった。
一度も欠席したことがなかったのに、突然長い欠席が続いた。
先生は風邪をこじらせたといった。
二週間くらいして、sはトラックに引き込まれて男におかされたのだという
うわさがクラスに広まった。私は嘘だと思った。
だが、一ヶ月して彼女がふたたび登校したとき、クラスのみんなは内心驚いた。
あの活発だった少女が、人と目を合わせない様にいつも下を向き、
みんなが話し掛けても気の要らない小さな返事しかしなかったからだ。
それから三週間ほどしてsの遺体が海峡際のめかり神社の急流で浮かび上がった。
クラスのみんなが葬式に参列した。
霊柩車に乗せられて丸山のほうへと向かうsにみんなで手を合わせた。
葬儀が終わり軽い食事をごちそうになって、生徒たちが三々五々、家路への
みちをあるきはじめたとき、いつもひょうきんものの山根がうしろをふりかえり、
sちゃんや、と指差した。
丸山の火葬場の煙突からポット煙が出はじめたのだ。
青く、透明で、きれいな煙だった。クラスのみんなはたちどまり、無言のままじっと
煙を見つめていた。私はその煙を見ながら、ソフトボールのときsが空に向かって
すごく高いフライをうちあげ、それをキャッチした瞬間のてのひらの小さな衝撃と
熱い感覚をおもいだしていた。
134 :
名無しさん@3周年:03/11/02 09:54
結局、みな暇つぶし以上の探求はできないんだな。
あくのフォースなんてないから。
生の全容性を愛せとそれいがいいえないわけよ。
努めてそうするかどうかは個人の問題やけど。
逆にいったら八方塞だわね。クリシュナムルティって。
あと、ぱとろーるしてたらほう残なんたらってのがあってね。
あれはもろに性の若年か宣伝まんや。ようよんだほうがいいかもね。
132m133は写真家、著述家の藤原新也せんせいのもんから拝借。
家の裏になった柿木をめぐってからすがあらそってるよ。ことりとからすは
ニアミスせんのに、からす同士はけんかするんだね。けっこうはげしいよ。
個人的に今窮地なんだぁ。小心者だから。ぼく。
人間手もっと悠々としていていいのに。
あるとしを境に生命ゆっくり閉じていくだけなのに。
よろこびあって。他者とかんおうしないとよろこびはないしね。
カクシャッテいうのかなぁ。お、れ、た、ち
138 :
名無しさん@3周年:03/11/02 10:31
そりゃおまえ気分ってやつだろ
野口 米次郎
ああ東洋的想像よ
あなたはけっして卑怯者ではない
あなたは無を有とする勇者です
あなたのおかげで私たちはこの小さい島を
大きな世界として数千年間生きてきました。
この貧しい生活を喜ばしい幻想で包んで生きてきました
ああ東洋的想像よ
あなたはわたしたちの眼界から実在をうばったのではない
あなたは私たちに第四時の世界をあたえました
少なくとも私があなたを失ったならばその時こそは
にほんという故国に決別して紐育の倫敦の郊外に移住するで有りませう
ああ東洋的想像よなんだか私はあなたに離れそうにおもはれます
どうか私をシッカリ捉えていてください
私の二つの手はここにあります
その手をじつと握ってください
沈黙の守護者が欺瞞のすべてを知っている
トリックのすべてを知っている
彼岸花はなにもおどろきはしない
んーー案外いけてる。俺適には
だって自作やもん笑
神痴楽にあなたがたは当選されませんでした。あしからず。
142 :
栗山さん :03/11/02 13:14
パクリとは言っても、全文ではないぞ。奉仕のアイディアはまさにそうだが。
オレは瞑想やら気付きやらに拘りすぎて、自分の成長やら何やらを追求ばかりするのはどうにも
バランスがとれないと思うんでアレを書いたんだが。
>だから愛しましょうという案内や手引きには警戒をしなければならないわけ
愛と奉仕は結果だ。それが正しい気付きの結果として自身に顕れる標だ。
それが結果として出てこないなら、気付きといいながら違うことをやっている可能性があることを
意味する。Kを読んで自我を無くすのではなく、肥大させることはありうる。
実際なんにでもこれはありうるが。
愛と奉仕は、評価する基準になる。憶えていて欲しい。
K読みにしろ、他の何かにしろ自分のことばかり関わっている。
自己の変容というのを、まさに大きなイベントのように捉えてるんじゃないか?
そういうヤシに限って逃し続けるわけだが。
またそういうヤシは「おまえはKを理解していない」などとのたまうわけだが。 プッ
オレは神智学をココでどうしようとは思わない。個人的に参考にはしているが、
引用はしない。神智学がドキュソなら、幼少の頃そこで育まれたKはどうなる?
Kの自叙伝にマスターKHやモリヤ大師やら出てくるし、世界教師がKを通して
語るような部分も出てくる。オレが思うに、Kが星の教団を解散したのは、
そこで世界教師が成り立ったとしても、神智学協会の世界教師にしかならなかった
だろうから、拒否したのだと思う。本物の世界教師-マイトレーヤは、クレームの
言葉を借りるなら全人類に属するようだが。確かにそうでないと世界教師とは言えないだろう。
組織に手枷足枷はめられた世界教師なら役にたたんだろう。
その後のKの言動は周知のとおりだ。Kは自身の奉仕をやっていたんだよ。
それも「愛」ゆえにだ。ホントの愛は実にクールだ。
気付きと瞑想で始まり
愛と奉仕で終わる。
これが正しいと?
だいぶ前に実践瞑想スレで774がアリスベイリーやらベンジャミンの話をして、
例えば浄土真宗の人たちが阿弥陀を「信」じているように
自分も大使を「信」じている、というようなことを言っていた。
そりゃ、いくらなんでも「信」の意味が違うだろう、と指摘しておいたが。。。
栗山=ニャンコ先生=リアルタイムであることは知っているが、
おまえも774と同じ種類の危うさを持っている。
Kと神智学の関係にも理解が足りない。。。
愛と奉仕の意味も全くわかっていない。。。
145 :
名無しさん@3周年:03/11/02 14:23
自分の尻尾追いかけまわしてる犬っているだろ?あいつらあれでノイローゼみたいになっちまうんだよな。
関係性っていうのか、一人関係か、1.5人関係でしかないんだわな正味なはなし。
146 :
名無しさん@3周年:03/11/02 14:29
つまり一人で自分の幻影に向かって愛を叫んでいるわけだな。
なるほどそれはただしい。犬が西むきゃ尾は東
ニュー栄餌もいいかもな。ただk読後の素直な感想。暗黙の了解はそうけせない。道をみいだした!以後の著述は 個人向けだろう。八方塞がりの自分と対話するようできてる。立場ねあるのはみなーーじ
わかりました。わたしのなぐさみはおわります。有り巣の流れはしかしよっぼどでないと。
>>143 そうね。
>>144 >自分も大使を「信」じている、というようなことを言っていた。
アイツ(744)はそういう体験があるらしいぞ。幻想かどうかわからんがな。
>栗山=ニャンコ先生=リアルタイムであることは知っているが、
>おまえも774と同じ種類の危うさを持っている。
危うさ?何のことかな。「信」を持つ者は皆危ういというロジックか?
危ういといえば、Kからみれば皆危ういんじゃないかね。
それからオレのことはホットケよ。大きなお世話だ。
経験や体験の「信」じゃなく、彼岸への「信」なんだが。
「Kも彼岸から働きかけよ」と言っている。K関連の他スレで知ったが。
Kが言ってるのは、この岸にあるものの完全否定なんだがな。
「信」は彼岸を受け入れて始めて可能になる。
この岸で何とかなるというのは甘いよ。
「信」を持たなければ何事も進まないよ。これは宗教的に言ってるんじないんだが。
>愛と奉仕の意味も全くわかっていない。
言うだけならなんとでも言えるわな。
オレは愛を語るのでなく、そうあること。
奉仕したいと思うことでなく、実際に奉仕することが重要だと思っている。
愛と奉仕に理解はいらないのだ。知的に理解しようとするのは甘いシュークリームを
分析するのとかわらん。バカのやることだ。
151 :
名無しさん@3周年:03/11/02 20:14
>>150 >愛と奉仕に理解はいらないのだ。
だけどね、実際巷のボランティアの現場でもそうみたいだが、
よくわかってない奴に奉仕されるのは、かえって迷惑なんだよね。
単にそれについての知識や技術がないということでけではなく、
自分自身にさえろくに”愛”や”奉仕”が向けられないのに、
外に向かって何かしようなんて心持はいただけないな。
>>145 その構造は、最初からわかっていたの、私的には。
リアル人生において、学びや失敗や別れを繰り返してきたし、
更には、ネット関係とは「そうでしか有り得ない」らしいしね。
(これは「(いわゆる)<メンヘルサイト>の功罪」の研究論文から
知りました)
但し、「そうでしか有り得ない人」との関係性(?)とは全く不可能
なのか、というあたりが、私が潜在的に抱えていた問題であり、
また課題でもあったように思います。
以前、軽い精神障害児の姉弟(小学生)が、うちによく遊びに来ていて、
その折に、いろいろと広範に悩みもし考えさせられる経緯があったもので。
その子達のお母さんも精神障害者であり、「(近所ルール的無言の)常識」
が通用しなかったわけで。はい、すっかりノイローゼになりますた。。。
ここに「ボランティア発想」を持ち込むと、また「違うだろー?」だったから。
それから、働き者の優しい人ですよ〜、夫は(笑
「お前は俺だ」的発想に、若い頃は随分苦しめられましたけどね。
ある意見(大したことじゃない)に対し、私は違うみたいな事を少し言うと、
目を丸くして必死に驚くんだな、息も絶え絶えに(笑。
幸い、宗教や精神世界系には全く興味のない、音楽好きのスポーツマン系なので、
何とかやってこれたみたいなものかもね。
10代の頃から同棲してたから、その点では私自身の「無さ」は多いにあると
思う、絶対!
だから、そうした観点からはあまり責めないで欲しいでつ。頼むわ >おおる
じゃあ、元気でね(chu! >卍ちゃん
KはKでも、やっぱりKRISHNAのKか、KATUHIDE UEKUSAのKの方がタイプ(笑)
だからそっちの方面で私は頑張ってみるよ〜。
神智学は嫌いというより、何となくまだ私はちょっと怖いんだな、集合的になった
場合。。。ははは(^^; >栗山さん
>自分自身にさえろくに”愛”や”奉仕”が向けられないのに、
>外に向かって何かしようなんて心持はいただけないな。
自分への奉仕が変容を通して外へ向かうと考えるといいだろう。
自分に奉仕するのは実のところ自己満足の追求ではないか?
結局それは不満足と、それをうち消すための欺瞞しかもたらさないだろう。
いたずらに「いいことだから」奉仕をしようとするのは偽善に他ならないが、
奉仕せずにはいられない、愛さずにはいられない、というのは実際あることだよ。
ムリにそれをすべきだという主張はしてないつもりなんだが。
それは結果であって、求めるべきものでもない。
しかし、世界はそれを必要としているという現実があるということ。
Kが言うような、「あなは世界である」ことを観るなら、
世界と自分を分けて考えないだろう。それはちょっとしたことかもしれない。
ちっぽけな自分にできることは限られている。でも、そうせざるを得ないということ。
そのとき、自分が愛しているか、奉仕をしているかなど考えもしない。
もし、自分が奉仕をしているという意識を持つならそれは違うだろう。
それに奉仕はそんな大それたことではない。
皆会社で仕事に奉仕するし、母親は子供に奉仕する。
実際には誰もが誰かに奉仕する。
奉仕することは特別なことじゃない。それは人々と自分との間に障壁がないことの認識
の自然な結果だ。そして問題は自分と世界の間に分離があるときだ。
これが本当の世界の問題だ。
156 :
名無しさん@3周年:03/11/02 22:09
栗山さん、愛になるためには、日常のすべての自分の行動と内面に
目を向けることとイコールですよ。小さな「ミー」は決して愛する
ことができないわけなんです!。そのためには利己性について注意
を払わないといけないのだし、クリはそれを掃除しない限り、超能
力を身につけようが有害でしかないと言います。その利己性がな
くなるとき自分でない「愛」をrealizeするのであって、understand
では決してないんですね。だから例えば憎しみだったらその根本を
調べてみるんです。クリは常にそうやっていろいろな人と対話をし
ていくわけなんですね。自分だけで納得すれば利己性のある私の要求
に負けて、待ち受けるのは「悲惨」です。
栗山さんは本をたくさん読んでるだけなんだと思います。
157 :
名無しさん@3周年:03/11/02 22:16
>>155 >自分に奉仕するのは実のところ自己満足の追求ではないか?
奉仕という言葉をこのように捉えるならば、それが、
外に向けられたとしても、同じく自己満足だと思う。
>皆会社で仕事に奉仕するし、母親は子供に奉仕する。
>実際には誰もが誰かに奉仕する。
で、これらも利用しているということであって、
もちろんごく普通にあることだ。
>Kが言うような、「あなは世界である」ことを観るなら、
世界を自分と同一化することではないよ。
>ちっぽけな自分にできることは限られている。
限られているのではなく、何も無いんじゃないの・
なぜなら、俺らは刺激に対しての反応でしかないから。
>アイツ(744)はそういう体験があるらしいぞ。幻想かどうかわからんがな。
そうみたいね(w
しかし、そういう体験を語る連中を沢山みてきたし、
以前の2chでのやりとりからしてどの程度の体験かは手にとるように分るよ(w
>危うさ?何のことかな。「信」を持つ者は皆危ういというロジックか?
全然違う。
>危ういといえば、Kからみれば皆危ういんじゃないかね。
>それからオレのことはホットケよ。大きなお世話だ。
自意識過剰。
ここは不特定多数の人が見るところだから、
分る人が読めば分るように書いているだけ。
>経験や体験の「信」じゃなく、彼岸への「信」なんだが。
>「Kも彼岸から働きかけよ」と言っている。K関連の他スレで知ったが。
主客のスレだな。
悪いけどおまえも774と同じように読み違えてる。
彼岸への「信」ではなく、
彼岸からの「信」だ。
>Kが言ってるのは、この岸にあるものの完全否定なんだがな。
>「信」は彼岸を受け入れて始めて可能になる。
>この岸で何とかなるというのは甘いよ。
>「信」を持たなければ何事も進まないよ。これは宗教的に言ってるんじないんだが。
親鸞上人やKが言ってるのは「自分が持つ信」ではなく、
「彼岸が持つ信」のこと。
自分の側で彼岸に対して信を持っても、
以前としてそれは、
こちら側の「はかりごと」でしかないのだよ。。。。
160 :
名無しさん@3周年:03/11/02 23:43
161 :
名無しさん@3周年:03/11/03 00:05
>160
?
>Kが言ってるのは「自分が持つ信」ではなく、
>「彼岸が持つ信」のこと。
Kはどちらの信も否定している。
勝手に親鸞と同じだなどと捏造するな。
「真理は信仰と不信仰の狭間にある。」
信などKは求めていない。
信仰と「信」はちゃうよ。
前にマヤビとこの件に関してはさんざんやり合ったが、その時もマヤビは信仰と信は違うと言った。
だから、俺はKは信も求めていないと言った。
それでいろいろと議論したが、結局マヤビはKが信について肯定していることを証明できず、
Kは言っていないかもしれないが自分は信を持っていると言って引き下がった。
君もそれくらいの引き際の良さを持っていることを願うよ。
>前にマヤビとこの件に関してはさんざんやり合ったが、その時もマヤビは信仰と信は違うと言った。
まやびなんかと一緒にされるのはかなわんな(w
>だから、俺はKは信も求めていないと言った。
確かにKはそういう用語自体を使っていないからね。
>それでいろいろと議論したが、結局マヤビはKが信について肯定していることを証明できず、
>Kは言っていないかもしれないが自分は信を持っていると言って引き下がった。
まやびの言ってるのは「自分が持つ」信だろう。
そりゃあ、たんなる言葉遊びで、信仰となんらかわらんだろうよ。
>君もそれくらいの引き際の良さを持っていることを願うよ。
別に引くのはかまわないよ。
私はK信者でも、K原理主義者でもないからね(w
が、少し揺さぶりをかけておいてあげよう。
禅の世界でいう「見性」は、真宗の世界では「入信」という。
といっても、まやびとかのように自分が何かを信じる、というのではない。
それに関しては、真宗の人たちは「信をいただく」と表現するな。
彼岸の何かから、まあ、真宗風にいえば阿弥陀如来からいただく。
Kの用語でいうなら「最愛の方」といったところか。
しかしまあ、確かにKは最愛の方が何であるかは言っていない。
あと、彼岸に関してはKはアザーネスという言葉も使っていたな。
質問者:
「この絶え間ない分析、内証的自己検証、この果てしない省察、
実際こうしたものにはきりがないようです。(中略)貴方もご存じ
でしょうが、そうしたあらゆる手だてを尽くした後に残されるのは、
空虚で満ち足りない気持ちなのです。」
k:
「あなたはなぜ向こう側ーこちら側からはおそらくあなたに見えない
向こう岸、あなたの知らない向こう側ーからはじめないのか。
既知ではなく未知の方からはじめなさい。さもなければ、そうした
絶え間ない分析は、ただいたずらに既知なる物を強固にし、
制約を強めていくだけである。もしも精神が彼岸から生きれば、
そうした諸処の問題は存在しないはずである。」
質問者:
「しかしどうやって向こう岸から始めたら良いのですか。私はそれを
知らないし、見ることも出来ないのですから。」
k:
「あなたが「どうやって向こう岸から始めたら良いのですか」と問うとき、
それはまだ依然としてこちら側から発問しておられる。それゆえそう
発問なさらずに、とにかくあなたが何も知らない向こう岸、理知にたけた
思考によっては捕捉出来ない別の次元から歩き始めてみたまえ。」
(瞑想録のヨーロッパ第十章)
>それに関しては、真宗の人たちは「信をいただく」と表現するな。
>彼岸の何かから、まあ、真宗風にいえば阿弥陀如来からいただく。
悪いがマヤビの言っている信と同じだとしか思えない。
マヤビもマイトレーヤから与えられた信だと言うだろうよ。
>悪いがマヤビの言っている信と同じだとしか思えない。
>マヤビもマイトレーヤから与えられた信だと言うだろうよ。
うーん、確かに表面だけ見ると似ているかもしれんが。。。
違うんだよ。全然。。。。
「即心即仏」といえばそれにとらわれるから、
とらわれた人間には全く逆の
「非心非仏」をぶつけるようなかんじかな。
パクリをやる連中はすぐ分ったようにパクるから困るね。。。
栗山さん、きついこと言ってしまってすみません。私自身が中途半端
だからそのレベルで判断したり批判しました。批判も利己性によると
快楽ですね。
そうそう、そういえば実際に昔、
実践瞑想スレで同じような指摘を774にぶつけたことがある。
ああいう連中はすぐにそれをパクって自分のオリジナルみたいに言い出すんだね(w
171 :
名無しさん@3周年:03/11/03 02:07
>>166 どっちにしろ向こうの岸も自分で見出さなければならない、知らない
と言っている間は既知の領域ということでしょう?
クリは頑強なゆえに、淡々と説明しますが、質問者は追いついていけ
ずにいかにも宇宙人と話しているような対話になることがしばしばで
すね。
>>166 そのコピペがお気に入りのようだね。
君は知らないかもしれないが、Kは多くの場合、
「未知のものではなく既知のものから始めなさい」と対話相手に話している。
しかし、その
>>166の対話では向こう岸から始めなさい、と言っている。
この一見矛盾しているように見えるKの行動を理解できるだろうか。
これは、既知のものに囚われている人には、向こう岸と言い、
未知のものばかり追い求める人には既知のものと言うことで、
こちら側と向こう側のバランスを取っているのだ。
「信仰と不信仰の狭間に真理がある。」
この言葉を引用したらあなたは信仰と信は違うと言った。
信と不信の狭間に真理がある、と言い換えてもおそらく同じ意味だということにあなたは気づかないだろうか。
Kが指摘しているのは信を持てということではない。
2極の均衡、こちら側と向こう側の狭間の均衡を見い出しなさいということだと気づかないだろうか。
そして敢えて書いておくが、これはグルジェフが3の法則という言葉で説明したことと全く同じことだろう。
グルジェフの名前を出せば、あなた方がまたG虫と罵りはじめるのはわかっているが。(笑)
あー、G虫くん。
>>168をもう一度精読してみ(w
>グルジェフの名前を出せば、あなた方がまたG虫と罵りはじめるのはわかっているが。(笑)
いや、私はアリスベイリーやらベンジャミンなんかは徹底的に排斥するが、
Gはものすご〜く評価してるよ〜ん(w
ちなみにG虫というのは栗山がつけた名前みたいね。
174 :
名無しさん@3周年:03/11/03 02:27
グルジェフの本はみんな高価なんだよ〜。なんか読んじゃった
人が羨ましい。古本屋を調べないといけないが、ブックオフで
は見当たらなかったなー。
>Kが指摘しているのは信を持てということではない。
もちろんそんなことは言っていない。
信は自分で持てるような何かではないんだよ。。。
>>173 >「即心即仏」といえばそれにとらわれるから、とらわれた人間には全く逆の
>「非心非仏」をぶつけるようなかんじかな。
ここが共通していると言いたいんだろう?
しかし、ここだけ共通していても「信を頂く」という行動がKやグルジェフとは一致しないよ、ってことなんだが。
君こそよく読み直したまえ。
>「信を頂く」という行動が
信をいただく、というのは行動ではないね。
これ以上は今のキミには理解するのはむりだよ。
>>174 長年グルジェフと行動を共にしたトーマス・ド・ハートマンの、
「グルジェフと共に」という本がめるくまーる社から出ている。
この本は内容も良いし、定価で1800円くらいだから、もし読んでいなければ、まずはこれをお勧めする。
あと、言うまでもないが、GとKには興味深い共通点がいくつかあるものの、
共通していない点もたくさんある。
用語法も大きく違うから、最初は戸惑うかもね。
>>177 そうやってすぐに無理だと決めつけるのは逃避にしか見えないな。
主客一体スレでもそうだが、君の書き込みからはいつも相手を見下そうという傲慢さがにじみ出ている。
俺は親鸞に興味などないが、そういう傲慢さを親鸞は奨励しているのだろうか?
それと、「信を頂く」と言うような形式ばった言葉や行動自体、
Kがしょっちゅう否定していたことだとまだ気づかないのだろうか。
植草が女だったとは!
、、、とりあえずセクハラしとく。
>きえ チュ( ̄ε ̄;)
181 :
名無しさん@3周年:03/11/03 03:07
>信は自分で持てるような何かではないんだよ。。。
ではその信はいつどのように訪れるのか。
阿弥陀如来がある日きまぐれでプレゼントしてくれるのか?
きっと君は「即心即仏』や「非心非仏」を師か誰かに指摘されることで信が深まっていくとか言いたいんじゃないのか?
しかしそれがKの言う選択なき気づきと同じだろうか。
君は気づきという言葉についてどう捉えているんだ。
たまには逃げずに書いてみたまえ。
きっと君の思い込みと現実が大きく違っていることを指摘できるだろう。
親鸞がどうこう言ってる奴って主客一体スレではKが向こう岸と言ってるから親鸞と同じと書いてたのに、
こっちのスレに来たら向こう岸とこっちの岸のゆれ戻しが同じだとか言って論旨を摺り替えてるな。
こういう奴は信用できんよ。
183 :
名無しさん@3周年:03/11/03 05:45
ok
184 :
名無しさん@3周年:03/11/03 10:02
>>174 わかりやすいのもいいけどな。
やっぱりグルジェフ本人が書いた”ベルバゼブの孫への話”をだな。
大枚はたいて買って、貴重な時間をたくさん使って、
かつ何言ってんだかわかんね〜と苦労しながら読むのも良いよ。
多分こっちの方が、グルジェフの本意に沿う形になる。
>>sage君たち
良い話をしてると思うんだが、ひとつの話題について話すときは、
数字でいいからコテハンつてけてくれないか?
kがむこう岸から始めろと言ったのは単純な話動機なき行為は思考からは
生まれない、ということを言いたかったんじゃないの?
なんかそうおおげさな話じゃないと思うんだけどね。
186 :
すぅ ◆GxRz7tt9ME :03/11/03 12:19
∧_∧ はしょ丸チャン ココで遊んでたの
( ´∀`) < たまにはすぅとも遊んで!
遊んでくんないと、すぅ泣いちゃうから
芭ひょ丸はやっぱいいな。またきちゃったよ
キムチでもくってねるか。
でもそんなに慎重に?推推推
すぅちゃんへ
最近は名無しで書くのも面白いと思って名無しでやってた。
ちなみに河豚とボケ老人の詩は僕です。前者は元ネタ町田康だけど。
詩っていうのは瞑想に近い気がするんだよな、質にもよるけど。
卍君はバロウズみたいだよな。(全然違うか。)
変容するとき、今までの拠り所としたものが無効になる。
不安ですね〜。恐怖ですね〜。
そういうときは、他人に依存したくなりますね〜。
変容のとき、関係する相手も変わることが多々ありますね。
あなたが発する言葉の意味するものが何なのか、
まったくの赤の他人に声かければ、自分の条件付けに気づくチャンスです。
今日は曇り空。オートバックスでも行ってくるかな。
>>179 >それと、「信を頂く」と言うような形式ばった言葉や行動自体、
>Kがしょっちゅう否定していたことだとまだ気づかないのだろうか。
形式ばった言葉などといえば、言葉はみんな形式ばっている。
Kの言葉でさえ、その言葉の意味を実際に生きないのなら、
その言葉を携えて歩く人たちによってどんどん形式ばったものになっていくだろう。
キミがやっているみたいにね。
>>181 >>信は自分で持てるような何かではないんだよ。。。
>ではその信はいつどのように訪れるのか。
>阿弥陀如来がある日きまぐれでプレゼントしてくれるのか?
それについてはKがすでに語っている。
>きっと君は「即心即仏』や「非心非仏」を師か誰かに指摘されることで信が深まっていくとか言いたいんじゃないのか?
全く言わない(w
>しかしそれがKの言う選択なき気づきと同じだろうか。
>君は気づきという言葉についてどう捉えているんだ。
>たまには逃げずに書いてみたまえ。
それについても書かない。
ただあまりにもキミは勉強不足だ。
栗山にG虫と言われてもしょうがないんじゃないか?
肝心のGの言葉の真意も理解していないようだしね。
主客一体スレからの話の流れで書いてきたが、
このスレの趣旨と違う話になってきたのでそろそろ止める。
全く関係ないが、最近、とある古本屋で買った対談集に、
山田無文という禅師が、若かりしころに出家しようとするに至った
きっかけとなる話が載っていた。
このスレの趣旨にも合っているし、面白いので最後に書いておく。
「・・・・ある人に連れられて、当時の弥生町の1丁目におられた河口慧海という人のところに行きました。
チベットから帰ってきて経典の翻訳や講義をしておられ、そこへたまたま参りましたところが、
『入菩薩行』という経典−それも自分で翻訳して、ガリ版で印刷されたものですが−の講義がございまいした。
その中に、こういう言葉があったんです。
『この世界を牛の皮で覆えば、どこへでも裸足で行ける。しかし、そんなことは不可能だ。
自分の足に六寸の皮、つまり靴をはけば、どこへでも行ける。それは、世界を牛の皮で覆ったと同じことだ。
この世界を理想的な世界にするなんてことは不可能だが、一人一人が菩提心を起こせば、
この世界がそのまま浄土になったのと同じことだ。菩提心とは、自分を人類に捧げることだ、自分を捨てることだ。
自分を捨てれば、もうその時から自分も救われるし、世界も浄土となるのだ。菩提心を起こせ』
と、まあこういう講義をきいたんですね。そこに解決があったんです。
わたしは、理想の世界を求めておったのだけれど、それは不可能だ、
そんな世界はできるはずがない。しかし、自分の足に六寸の皮をつければ、
世界が牛の皮で覆われたとも同じことだ。菩提心を起こせ。
菩提心を起こすにはどうしたらいいか、
自分を捨て人類に奉仕すること、坊主になるよりしようがない(笑)、
というわけで河口さんのところに入門したのです。
192 :
名無しさん@3周年:03/11/03 16:40
結局禅とKは同じだと言い張るだけで、その根拠は何も示さず、
君にはわからないと書くだけで逃亡するのか。(笑)
それでは誰も納得せんよ。
俺が、お前はまだKと禅の違いを理解できるような所までKを理解していない、
と書けばそれで終わりじゃん。
実に馬鹿馬鹿しい。マヤビの方がまだ誠実な態度で話をしたよ。
お前の書き込みは傲慢で他人を見下すばかりで、理解のかけらも感じない。
禅さえもろくに理解できてないんじゃないか。
他人に傲慢にふるまうことがお前の禅理解なんだろうな。
193 :
名無しさん@3周年:03/11/03 17:04
>その言葉を携えて歩く人たちによってどんどん形式ばったものになっていくだろう。
>キミがやっているみたいにね。
こういう煽りカキコが大好きな君もかなり形式に囚われていると思うんだが。
>それについてはKがすでに語っている。
へえ、Kが阿弥陀如来について語ったことがあったとは。
一体いつの講話ですかね。
と言う煽りは置いといて、Kが語っているのはいつも思考が終焉した時に途方もない何かが現れるということであって、信などどこにも出てこないんだが。
論拠を何も示さずに既に語っている、というのは最初から討論を放棄しているし、
君は2ちゃんねるという掲示板に来て、論拠を示さずに自説を強引に主張するだけの行動は、
厨房と言われて笑われる行為だということくらい知っていると思っていたんだが、
どうやらそうではないようだ。
>それについても書かない。
何も書かずにKと禅は同じだという主張だけするんだな、相変わらず。(笑)
>ただあまりにもキミは勉強不足だ。
>栗山にG虫と言われてもしょうがないんじゃないか?
栗山はGを殆ど読んでないらしいからな。
それでグルジェフのことを持ち出されるのがいやでG虫とか言い出した流れだったと記憶してるから、
そういう書き方はただの言いがかりだな。
>肝心のGの言葉の真意も理解していないようだしね。
俺から見ると君の方がろくにグルジェフを読んでいないように思えるが。
何も論拠を書かずに、相手に理解してない、勉強不足と罵倒するのは楽でいいねえ。
| | あの・・・
| |∧_∧
|_|´・ω・`)
|雲| o o旦~
| ̄|―u'
""""""""""
| | お茶置いときますから、
| |∧_∧ 飲んでくださいね。
|_|´・ω・`)
|陽| o ヽコト
| ̄|―u' 旦~旦~
""""""""""
195 :
名無しさん@3周年:03/11/03 17:15
>山田無文という禅師が、若かりしころに出家しようとするに至ったきっかけとなる話が載っていた。
>このスレの趣旨にも合っているし、面白いので最後に書いておく。
Kは出家という行為を対話で何度も否定している。
どこがスレの主旨に合っているか意味不明だが、栗山は興味を持つかもしれんな。
>菩提心を起こすにはどうしたらいいか、
>自分を捨て人類に奉仕すること、坊主になるよりしようがない(笑)、
>というわけで河口さんのところに入門したのです。
菩提心を起こす、入門、坊主、奉仕、どの表現もグルジェフともKとも同じではないな。
君は禅は少しは知っているかもしれないが、俺から見ればグルジェフやKには余りにも勉強不足だ。
理由は書かないが。(笑)
いやいや、理由を書かなかったら君と同じになってしまうな。
グルジェフの言葉はこうだ。「あなた方はキリスト教徒足り得るように努力することができるだけだ。
言葉の本当の意味でキリスト教徒と呼ばれ得るには少なくとも人間5番以上の存在が必要だ。」
>>194 これはどうも。
196 :
名無しさん@3周年:03/11/03 17:28
話は変わるが、以前のKスレ(前々スレとか)にはGなど読んだことがないような純粋なK読者が何人か居て、
Kは禅と同じだとか決めつける書き込みがあると、なぜ同じだと決めつけるのか、
というようなレスが必ずあったものだが、このところラジニーシ崩れが増えたせいか、
純粋なK読者はすっかり居なくなってしまったんだろうか。
俺は純粋なK読者ではなく、はっきり言ってグルジェフへの興味の方が強いから、
できればもっと純粋なK読者に今回の親鸞とか禅とか書いている奴の相手をして欲しかったが、
栗山がスレタイにクリシュナムルティと入れなかったのもあるのかもしれんが、
みんな居なくなってしまったのか?
だとしたら残念だ。ラジニーシ崩れの奴とか、埼玉とか相手にしてても正直言って面白くないし、
今回の親鸞の奴の書き込み内容にも失望した。
>>1が栗山見たいな奴だと書き込みにくいのかもしれんが、
Kとグルジェフスレの方でもいいから純粋なK読者の人たちに出て来てほしいな。
Kについての興味深い話を書き込んでくれるなら、俺もグルジェフグルジェフと書くのは控えるから。
魂の進化とか霊的段階とか一語でかたずけるのはどうかとおもう。
進化論を論ずるといういったんを感じてほしいなぁとおもって、意味が
通じない抜粋に成るかもしれないけれども書きます。今西 錦治著「私の進化論の
おいたち」
・・・ここで起源論として一番大事なところは、いったんサルから直立二足歩行
という新しい人類への道を歩き出したならば、その付随現象として大脳化などと
いうのは、ようするに時間の問題で、ほっておいてもそうならざる得ないということ
である。種としての枠組みは、すでにそのとき決定されたのも同然ということである。
これを種にそなわった自己完結性という言葉で表しても良いかもしれない。
すると、人類が脳を働かせてすばらしい文明をうみだしたというようなことは、
すべて大脳化の結果として現れたことであって、大脳化していく過程そのものは
適応とは一切無関係であり、適応ということが前提にあって始めて動き始める自然淘汰
とはなんら縁のない、それにもかかわらずもはや否定できない進化の事実である。
・・・・・・・・サルが人間に変わるという飛躍的な進化はそうそうおこるもの
ではないが、象も鯨も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現在私が到達している考えの一つは、おそらく、象にしても鯨にしても、
その種社会が次第にその占めている地域を拡大していって、気候その他環境条件
の異なるところを含むように成ると、この大きくなった種社会に属するすべての
個体を、もはやもとのままの枠組みに組み入れて統一することができなくなり、
そこで種社会そのものがおのずから分裂するように成ったものではなかろうか、
ということである。もちろん分裂の契機となるようなことがあり、そこに裂け目が
できるのではあろうが、これを種社会が進化のある段階に達したとき、分裂するべくして
分裂したといってよいかもしれない。
ここのケースをとりあげるならば、こまかいちがいがでてくるだろうが、
私はいま原則的なことをいっているのである。種の分化は種社会の分裂ということを
まず考えるのではなかったら解けない。ということをいっているのである。
種社会の分裂の結果として、一つの種社会が二つに分離し、分離した
二つの種社会はそれぞれ独立した種社会として、それから後はお互い無関係に
それぞれが独自の道をあゆむことになるならば、長い間にはそれぞれにちがった
種の枠組みをもつようになっても、不思議ではない。いや違った種の枠組み
をもつようになるのが進化の当然の結果であり、それは分離した二つの
種社会に属する個体の間に、違いが認められるようになったということで
なければならないのである。ちがいがみとめられるようになってもそれぞれの
種社会に属する個体の間には甲乙がおたがいにあってはならないということである。
なぜならば、種社会とそれを構成する種の個体との関係はつねに2にして1
のものだからである。
卍って奴は何一つKのことについて書いてないと思うんだが、なんでこのスレに来てるんだ?
こいつもラジニーシスレから流れて来たんか?
200 :
名無しさん@3周年:03/11/03 19:30
照れ隠しだろ。卍はハードボイルドなところがあるね。
201 :
名無しさん@3周年:03/11/03 19:36
おらもそう思う。
おらこういった?ことに関してはKからいきなり入って
K以外読んだことねーから、単純で分かり易いいい人だなーと関心持ってたんだが。
ラジニーシもその他も知らねーし、関心もねーが、ヘンリーミラーのこの人ほど
全てを捨てた人を他に知らぬという一点から始まってるだけに、何かゴチャゴチャ
精神的に忙しくて、いろいろ書いて、大変なんだね、としか言い様がね。
しかし主客一体スレから来た君は全然何も知らない厨房かと思ったら
少しは知っている厨房なんだな。
他人には勉強不足と決め付けて自論は展開しない、という
モザイク論法は露出狂のボクには見習わねばならない点もあるな。
チミ達、このスレを五メートル向こうから読んでみると良く分かって
来るよ。
リアルちゃんさあ、「愛を呼ぶ」じゃなくて「愛を阻む」ものはなにか
つー展開はどうよ〜。
いやぁみんなご苦労。
かなりレスがついたので一々お返事も大変だが、
今「白い炎」読んでて印象に残ったのでここにコピペするよ。
「もしあなた方の精神と心が真の変化を遂げず、ねじ曲がったものが少しも
まっすぐにならなければ、私の言うことに同意し、私に同情し、喜々として
同感の笑みを浮かべても何にもならないのではないでしょうか?」--- by K
オレはKを長年読んで、さらにこのスレの何人かは知っていると思うが、
それなりのバックグラウンドもある。しかし、それはオレの精神と心が真の変化を
遂げることとは無関係だ。その変化を求めて貴様らはある意味、皆真剣だろうと思う。
それはオレも同じであり、皆も同じであり、たぶん774(まやび)あたりも同じであろう。
オレは誰が正しくて、誰が間違った理解をしているかという議論は意味がないと思う。
誰に「見性」があって、誰にはないと言った議論もだ。
2chのカキコだけでそれを判断するのはムリだろう。真理についてはKのように忍耐強くないと
進まないといけないのではなかろうか。
でも悲しいかな。案の定繰り返されるのは言葉の端々に短気に喰らいつく皆の姿。
しかしながらツラツラ読んで見て誰もがGOODだと思う。
所詮、ワシらのレベルはこんなもんじゃ。
このスレはテーマを設けたが、読んでいて好感が持てれば脱線は気にしない。
というか、Kに関すること、あるいはワシらの栄養になりそうなツッコミであれば
基本的にGoodだ。己の愚かさを露呈してくれるようなボケもまたVery Goodだ。
>リアルちゃんさあ、「愛を呼ぶ」じゃなくて「愛を阻む」ものはなにか
>つー展開はどうよ〜。
OK そっちの方が話しやすいかな。うん。そっちでも構わないよ。
>「愛を阻む」ものはなにか
エゴ、思考、自尊心、言葉、イメージ、、、。こういうことを書き連ねて何か意味があるのか?
みんな良く知ってることばかりだな(w
ばかものども(w
さふひった使い振るサレタ言い方をするのではなく、新しい観点を提供するんじゃ。たとえばエディプス主体とか。
チミたちにはなんのことだか分かんないかな?ハハハ。
うんとね、ボクもよくわかんないの(・・・スマソ)
「知識が多であることは美徳ではない。」by K
211 :
名無しさん@3周年:03/11/04 04:04
555
実践とは何だろうか?
実は実践スレを立てておきながら、オレ自身、Kにおいて実践とはなにかと
言う問いを自問自答してきた。
それで「奉仕(さーびす)」という概念で試してみたりしたのだが、
実践スレは今まであったKの議論スレが結局不毛なものに終わるのを何度も
見てきたから提示したと言った方が正直だろう。
で、ここで皆でできる実践とは何か。
それは各々が真剣に向き合うことに他ならない。それはKの知的理解でも、
あるいは他の知識や理解とは何の関係もないことに、「白い炎」を読んでて
あらためて気づいた。
だからここでのカキコの条件は自らの取り組みに真剣であり、その結果
見出して思うこと、疑問、提案、詩、何でもカキコんでくれ。
他人のアラ探しには「適切な」指摘以外には真剣にならんでくれ。
オレは適切なという言葉を使った。つまり良く考えてレスしてくれということだ。
そして「白い炎」を燃やし続けめいめいがんばってくれ。
213 :
名無しさん@3周年:03/11/04 17:04
全的な理解と行動はどちらが先だろうか?
全的に理解する為には理屈だけではなく、全体で
赴かなければならないのはないだろうか?
そうであれば行動は理解の先にあるはずだ。
しかし、kは世の悲惨やその革命には自ら赴か
なかった様に見える。
言わないのではなく、言えないのである。
何故なら自分で自分を騙しているからであーる。
215 :
名無しさん@3周年:03/11/04 18:39
>しかし、kは世の悲惨やその革命には自ら赴か
>なかった様に見える。
関心がなかったんじゃないかな?。人間が変わらないと革命を
起こしても同じことがまた起きるのだからね。
教育をなんとかしようと思っただけでも奉仕だと思うしクリの
やり方だと思いますね。それが個人的に好感が持てます。もち
ろんそれ以外の方法で世の中を変えようという試みもやってみ
るのもいいでしょうね。
世界や自分の回りにしろ、何かを救う仕事というのはみんなが
こぞってやりたいものの一つでしょう?。それは美しいし評価
されるんだから。みんながやりたがる仕事から手を引いてもそ
の仕事は人気があるのだと思います。だから手を引いても自分
のできる仕事をすることもまたいいことだと思います。
私個人の意見としては、奉仕よりは普段のみんなから評価され
もしない退屈で意味も見出せない仕事というもののほうがこの
世の中には多いのではないかと思っています。まずその仕事
に対する自分の姿勢から問い直すのも奉仕と同じくらい大事だ
と思っています。
216 :
名無しさん@3周年:03/11/04 19:33
例えば何かを見る。夕日を見る。等も行動の一つだと思うが、
それにしても夕日を全的に理解する事が出来ているだろうか?
217 :
名無しさん@3周年:03/11/04 22:24
>>216 いやー!、たまに瞑想で「自然も自分も生きること自体がすばらじー!」
ととにかく感動したりもしたけど、瞑想が終わればつまらない空虚な
気分が舞い戻ってしまいました。
218 :
名無しさん@3周年:03/11/04 22:35
愛とか奉仕もそれを語る人間によって、意味がガラリと変わるの
だからね。語ること自体が困難なものなんだけどね。
私も実のところ仕事にしろ、短期で工場のバイトをしたことがあ
りましたが、それはパッケージ関連でしたね。もうこれがなくて
も商品として売ることができるのではないかという感じの代物で。
でもあらゆる清潔さや規則やクレーム処理を考えると一応形式と
しては必要なものだと思います。でも地球レベルで考えれば、そ
れはどうしても環境破壊に結びつくのだからもし本気で地球を
思えばNOを言うべきところだっただろうと思うけどNOの相手
がシステムだったし、お金も欲しかったりでその仕事を続けてし
まいました。結局は自分や小さな範囲での人の利益から出た行為
だから断片化に力を貸していたわけなんです。愛からでた行動を
取りませんでした。
クリシュナムルティだったらそれを絶対容認することはないだろう
と思います。
219 :
名無しさん@3周年:03/11/04 22:42
奉仕とか言うけれど、ボランティアをすること自体を責めること
はなくても、それがいい行為だからということで安心するような
ことにも注意をしてほしいですね。どんな動機であれ、路のゴミ
が減ることだけでも歓迎ものですが。
でもその奉仕の領域ですら、自分の周りとの一体化であればそれ
は自己逃避にもつながるのだし、社会に意味を見出せずにそこに
むらがるのもやはり逃避でしかありません。クリはそういう自己
欺瞞にとても厳しい見方をする人でした。
220 :
名無しさん@3周年:03/11/04 22:48
愛というものも安易に使いすぎて、言葉が陳腐化してしまえば、
それもそれ相応の扱いを受けるのだし愛を語った悪質なことが
起きてしまえば、今度は手のひらを返したように否定されると
いうのも世間では有り得ますね。宗教もまたそうだし癒しも
今や安っぽいものに成り下がってしまいました。実際にはそこ
にはとても大事な部分があるのだけど人間がそれを駄目にする
こともあるのだから、やはり注意は怠ってもらいたくないわけです。
221 :
名無しさん@3周年:03/11/04 23:50
そうだよね。奉仕と行っても自己満足になる可能性がある。
環境保護の為に行った植林が、地球温暖化の原因になって
しまい結局環境のバランスを崩してしまったとか。タイの姉
ちゃんに貢いだら金遣いが荒くなって激太りしたとか。え?
ポエティなバンテイストックおつきさんに被せてくれてあまりりす。
奉仕っていうかなんで仕事ができんのやろうね。たいがい。
たぶんあんたのいってる奉仕とか愛とかいうのは世間でいう仕事と恋愛とまあ、、、どっこいどっこいだな。(笑)
自分を忘れる能力は、本物の奉仕の中で培われると思う。
自分を忘れる能力とは、自分の主張、考え、バックグラウンドをすべて
置き去り、人前に持ってこないことを意味する。
奉仕者にとって重要なのは「自分」ではなく仕事である。
滅私奉公は、古くて新しいのではないだろうか?
そのとき自分の仕事が総理大臣の職務でも、ビルの清掃でも同じように
無執着に行うことができる。
自分が何をしたらよいか見出すことと、奉仕は無関係ではないだろう。
もし見出したのなら、奉仕の中に本来の喜びを見つけるだろう。
奉仕の中の喜びは、目の前の仕事がどのような困難な、あるいは取るに足らない、
あるいはわずらわしいものであろうと、奉仕者自身を着実に歩ませる。
自分が何をしたらよいか見出せた者は幸いである。
彼は野心なく、人々の評価に(それが賞賛でも、軽蔑でも)屈せず、
あらゆることに手足と頭とハートを使う。そしていつも静かに微笑んでいる。
お金を稼ぐ仕事が全てではない。真の奉仕者はお金で動かない。
彼の英知で動き、見出し、奉仕する。
>自分を忘れる能力は、本物の奉仕の中で培われると思う。
Kは何らかの能力を身に付けろと言っているわけではないです。
自我の終焉と、自分を忘れることは全くの別物だし、奉仕によって培われるものでもありません。
くりやまさん。あんたは偉い!よっ
228 :
名無しさん@3周年:03/11/06 00:11
くりやまさんの実際の奉仕のお話が聞きたいです。
自分を忘れるほど夢中になれる奉仕とはいかなるものですか?
>Kは何らかの能力を身に付けろと言っているわけではないです。
オレもそうは言っていないつもりだ。
>自我の終焉と、自分を忘れることは全くの別物だし、奉仕によって培われるものでもありません。
あらゆるものごとは関係している、認識、気付き、奉仕、愛、自分を忘れること、これらを
別々の物事として扱いつづける限り、Kを知的に理解できても実践はできない。
そして血にも肉にもならない。と、自ら振り返って思う。
自分の「生の全体性」を切り分けられるかね? あらゆる物事は関係している。
問題はシンプルで答えもシンプルである。そして切り分けない時、全体性としての自分
の理解の余地がある。頭は切り分ける。理解は分別をもたらすが、それは決して知的理解
から来るのではない。全的な理解から来る。ハサミを捨てたらいい。どうせ役に立たない。
真正面からKにブツカレ! ここはブツカリ稽古の場所にしたい。でなければどうやって
自らの虚偽に上手投げを出すか。知的な栄養を得たなら次は稽古だ。
ビシビシいくぞゴラァ
>くりやまさんの実際の奉仕のお話が聞きたいです。
>自分を忘れるほど夢中になれる奉仕とはいかなるものですか?
どのような奉仕であるかは残念ながら秘密だよ。
実に骨の折れる、そして誰も褒めてもくれないような仕事だ。
人々はその必要にさえ気付かない。
しかし、オレは見出した。オレは全ての英知をかき集めてそこへ注ぐ。
それがオレの生きている証を実感する瞬間なのだ。
鍵は英知だ。英知があるとき、どのような行為も正しくなる。
奉仕は英知ある行為である。同じ仕事でも英知を持ってやるのと、
惰性を持ってやるのでは違う。だから奉仕はあなたの英知しだいだ。と、思う。
奉仕によって自分を忘れることが気づきではない。
>別々の物事として扱いつづける限り、
もちろん物事は何らかの形で関連している。
しかし、何の秩序もなくゴッタ煮にしているようではKの実践などできない。
Kも「気づきによって思考全体に秩序をもたらし、そしてそこから離れるのです。」と言っている。
栗山君のようにゴッタ煮のまま奉仕だとか愛だとか叫んでも、
そこにはゴッタ煮の自己満足があるだけで、愛も真理もない。
231 :
名無しさん@3周年:03/11/06 02:57
あなたの手の平が僕の肩を包み込むほど大きいと気づいた日
僕の過去は熱気球に乗ってどこかへ行ってしまった
とまどっていることをこんな風に口にして笑われてしまった
あなたは誰なんです どこから来たんです
あなたは誰なんです なにしにここへ来たんです
僕をさらいに来たわけじゃない
僕を助けにきたわけじゃない
僕を愛しに来たわけでも ないんでしょう?
思ってもいないことを口にして
思いたいことに口をとざして
232 :
名無しさん@3周年:03/11/06 02:58
あなたの胸の中に 僕の心が生きていることに気づいてしまった日
僕の心は海賊船に乗って旅立ってしまった
とまどっていなくてもこんなふうにしか言えなくて悲しいな
思いがけぬ時の訪れに 胸は汗ばみ
思いがけぬ時の待ち伏せに 胸はおののく
僕の秘密のささやき
ほんと ほんと
僕のからだのわななき
うそさ うそさ
232はいい詩かく。
234 :
名無しさん@3周年:03/11/06 07:32
>>215
実践=理解
235 :
名無しさん@3周年:03/11/06 08:13
実践=ぶつかり稽古
ビッシ、ビッシ
>奉仕によって自分を忘れることが気づきではない。
あなたのレスからは「気づき」へのこだわりが見えるね。
どうやって気づきをもたらすかという問題は方法論ではないの承知
しているだろうが、果たしてあなたの意識の上でしっかりそれが
確立されているのだろうか?
英知が伴っていなければ奉仕ではないと思う。
そして英知があるためには、さまざまな主張や気づきが必要だ。
気づき、認識、理解、愛、奉仕は各々単独でやってくるのではなく、
常にセットだと思う。混在ではない。というか、これらはひとつのものの
違った表現である。宝石のある面だけ追い求めるのは愚かではないだろうか?
気づきをそのように求めているとしたら、それはどうかね?
書き間違えた
誤 そして英知があるためには、さまざまな主張や気づきが必要だ。
正 そして英知があるためには、さまざまな主張を終わらせ、全的な気づきが必要だ。
「自分を忘れること」これはGの言う自己想起と矛盾しているように
考えられているようだが、そんなことはない。
ポイントは自分とは何かなのだが、これは構造としての、過去の蓄積として
自分というパーソナリティつまり、エゴのことである。
つまりエゴを忘れよ。ということである。Gの自己想起は実践的な訓練であり、
より人をメンタルにする。これは禅も同じくだと思うが。
ここで実践と言うときそのような訓練を意味するわけではない。
各々の一なるものの表現が実践なのだ。
ほうざんさんは、「<私>がいるとき、何々・・・。」という使い方をして文章を書きますが、
この<私>とは、何なのか、理解できるアプローチの仕方をここで提示しないと、
クリシュナムルティがしなかった凡夫への行動と説明が私たちには求められている。
EOさんが橋渡しをしたように。
<私>とは、何であるか? このreferenceを皆さんと検討して行きましょう。
物事をいろいろの面からよく調べ、それでいいかどうか考えること。
第二、第三のEOが出現する。
240 :
名無しさん@3周年:03/11/06 17:34
>>age
241 :
名無しさん@3周年:03/11/06 17:35
age
242 :
名無しさん@3周年:03/11/06 17:39
EOって何のことですか?
243 :
名無しさん@3周年:03/11/06 21:03
>>栗山
>自分を忘れる能力とは、自分の主張、考え、バックグラウンドをすべて
>置き去り、人前に持ってこないことを意味する。
>奉仕者にとって重要なのは「自分」ではなく仕事である。
この辺って、自分より大きなものに自己同一化しているだけじゃないの?
自分の卑小さを忘れているときは結構気持ちいいよな。
国のために!会社のために!よくある話だよ。
でこれはなかなか受け入れられないかもしれないが、
故郷のために!家族のために!というのも同じことだともうよ。
それが”奉仕”と言えるのかな。
>つまりエゴを忘れよ。
忘れるという行為がそもそもエゴじゃないですか?
244 :
名無しさん@3周年:03/11/06 21:15
ボランティアも企業ほどではないけれど、基本的には利益の追求
があるんだよ。ボランティアを受ける側も「苦しいからもう少し
楽になりたい」という心持ちを持つ人も多いんだよ。多くももち
ろんそうなんだけれど、ボランティアもその要素が高ければ
自己満足の世界だということを認識した上で行動すれば問題はあ
まり起きないと思うんだ。
自己満足の世界というのはね、家族を養う、ペットを飼う、仕事
をする、勉強する、趣味を楽しむ、恋人に尽くすなど日々の行い
の中に含まれるのだし、ボランティアも多くがそうです。結局、
自分がそうしたいから、というわけなんだ。
でもそういうことを認識した上でボランティアすることはもちろん
責めるべきではないと思う。でも特別奉仕をすることに何がしかの
意味を見出せば見出すほど、聞く側は困惑せざるを得ないです。
245 :
名無しさん@3周年:03/11/06 21:20
>>四零九
「<私>がいるとき、何々・・・。」
ほうざんのことはよく知らないけど、多分肥大させた自我の
ことだと思う。ちょっとずうずうしい人間は、ときたま
こんなことをいう、”我が日本は云々”
この場合、彼が考える”日本”というイメージを自分のことのように語る。
「<私>がいるとき、何々・・・。」
これも彼のイメージ全体を表して<私>と表現しているんじゃないかな。
なにを言ってるのか良くわからないが(w
「自我肥大」
これは重要なテーマだろう。
まあ良くいわれる「私はエゴがなく謙虚ですが?」
というパターンの自我肥大も含めて。
おそらくスピリチュアリティが陥る最悪のパターンとしての
「自我肥大」
を起こさせなくするのはどうしたらいいすか?栗山さん。
247 :
名無しさん@3周年:03/11/06 21:46
おっぱい美味しい?
248 :
名無しさん@3周年:03/11/06 22:42
言葉っておもしろいね。それを吐いた途端にみんなバラバラに
砕けてしまう。そして自分で勝手に繋ぎ変えても気づかない。
249 :
名無しさん@3周年:03/11/06 22:46
栗山さんは、オカルトも好きだから、前世、あるいは来世のことも
視野に入れて、何かの埋め合わせか、あるいは善行の貯金のことも
考えてるかもしれない。地獄や天国を視野に入れてる人も頑張って
くれてる人は多くいると思うが。
そういう意味もあるのだとしたら、人間は面白いなーと思う。
>>243 君が正しい。栗山ちゃんは自己満足に流されてるだけ。
251 :
名無しさん@3周年:03/11/06 23:58
>>249 前世、来世そのようなオカルト的なことを含めて、
自我は自我なんだよな。わかるかな。
クリシュナムルティがここ読んだら怒るような気がしてきた(w
253 :
名無しさん@3周年:03/11/07 00:43
ずっと読んでるけどオレ怒らない
254 :
名無しさん@3周年:03/11/07 02:18
来世や天国を求めるとは何たる欲深さ
255 :
名無しさん@3周年:03/11/07 02:27
KやGを読んで自分を変えようとする事自体エゴではないでしょうか?
256 :
名無しさん@3周年:03/11/07 02:39
エゴだよ。当たり前じゃん。
で、気づきとはそのエゴを観察し、理解していくことなんだよ。
変えようとするのはエゴだけど、自然と変わるのは変容。
257 :
名無しさん@3周年:03/11/07 02:49
エゴと観察は同時に存在する事ができますか?
258 :
名無しさん@3周年:03/11/07 03:01
最初はそう簡単には同時には存在できない。
しかし真剣に取り組むなら同時に存在するようになり始める。それが自己認識の始まり。
「変わろうという努力は全て空しい」 by KDDI
少しカゼぎみだ。ゴホゴホ
なんだか代わり映えのしない展開だな。
奉仕というと、K的には自己満足とか自己肥大などと一緒に
考えやすいようだな。確かにそういうことはあるだろう。
しかしそのような動機に突き動かされたいわゆる「奉仕」は
本物ではない。そのような物は熱せられれば動くが、冷えてしまえば
忘れてしまうもののようであろう。
しかしオレがここで言ってる奉仕とはいかなる動機にも突き動かされない
奉仕なのである。必要を見て動くことだ。
オレの会社の机の上に誰が置いたか、ブラックジャックによろしく
というマンガがある。それを読んでいて、小児科病棟の医師の話で
「私がやらなければ誰がやるのですか」というセリフが出てくる。
小児科医は不足しており、さらに利益にならないから、急患を受け付けて
いる病院は不足している。小児科医は救急車からの受け入れ要請を
一杯だからという理由で無情にも断る。主人公である研修医はそれを横で見て
憤りを医師にぶつける。医師は「私がやらなければ誰がやるのですか」
と問いかける。
本当の奉仕とはこのようなものだ。 目の前の仕事が大事であって、それに対する自分の考えが大事なのではない。
それとも自己満足で説明できるか?
>>244
>>249 否。善徳を積むなんて考えてない。
>>243 >故郷のために!家族のために!というのも同じことだともうよ。
それは政治家の良く言う文句のようだな。
>>つまりエゴを忘れよ。
>忘れるという行為がそもそもエゴじゃないですか?
奉仕の中にエゴは忘れられる。コレはオレが見出したものだ。
吹き掃除をしていたら、吹き掃除だけがあって、あなたはいない。
この時、奉仕は気づきの助けになる。奉仕を道具として使うことができる。
やってごらんなさい。
前に、愛、奉仕、理解をもたらすこと(英知)、平安は、「一なるもの」の違った側面の表現だと言った。
そして、それらの表現への通路は個々人に開かれており、それを通って「一なるもの」を
知ることもできる。つまり、奉仕は一なるものの結果であり、原因でもある。
愛の芳香は一なるものへの目覚めを高らかに、そしてずっと静かに歌いあげる。
オレは静かに歌っている。誰も気づいてくらないかもしれんが。
そしていつか世界中を愛の芳香で包みたい。
>>おそらくスピリチュアリティが陥る最悪のパターンとしての
>>「自我肥大」
>>を起こさせなくするのはどうしたらいいすか?栗山さん。
スピリチュアリティに関わって、にっちもさっちもいかないならば、
スピリチュアリティに関わらないようにするのはどうか?
それでもその人が「スピリチュアル」なら本物だと思う。
>医師は「私がやらなければ誰がやるのですか」
これってただの条件付けじゃん。
自分が国家から資格を貰った医師で、
しかも患者を直す能力があると思い込んでいるだけ。
しかし現実には医療ミスが溢れている。
漫画だから完治してハッピーエンドになってるだけ。
栗山の言ってる奉仕もこれと同じ。
奉仕の最中にエゴが無くなったように感じるのはただ夢中になってるだけで、
気づきとは違う状態だし、自己認識でもない。
大体さあ、変容もまだ起こってないのに、
自分に適切な奉仕ができるなんて思い込みこそがただのエゴ。
主と客と、そのほかに、第三者であるお客さんがいるんだよなぁ〜
落ち着いて確認しましょう。
確かめるのです。
私たちは規格品ではない、オリジナルな者だ。
私は本当は、分かち合うのが嫌いなんだ。
私は戦争をする方の人間だ。
267 :
名無しさん@3周年:03/11/07 19:46
奉仕なんて言葉使うからややっこしくなるんだろうよ。
まぁ一種の煽り、釣りで使ったのだろうが・・・・
おーい、栗山さん、俺が「自我肥大」を起こして悩んでいるという意味ではないぞ
栗山さん、傍でみて「あ、こいつら自我肥大引き起こしてやがる」と分かるが、どうしたら
そういう連中の自我肥大を食い止められるのかという方向でよろしくだぞ、栗山さん。
269 :
クリシュナムルティ:03/11/07 19:48
私で遊ぶのは止めなさい。
ホラミロオコラレチャッタジャナイカ
271 :
せくしぃーこまんどー:03/11/07 19:53
客がわずらわしいなら科学者たれ!金の比重を発見したアルキメデスはフル陳で走り出した!もはや普通のことである。
イメージは結論です。
I still remember
わたしゃなやみなんかナイネンけど。なんかなやんでるふりしたほがよろしか?
自我肥大ねぇ。
確かにKと自己認識を後ろ盾にして、他人に対して、自分のイメージでしか
語れない、救いようのないヤシがいるな。
救いようのないヤシは、自分は救われている。自分には自己認識がある。
という態度を崩せないようだね。それが彼の救いようのなさを助長しているのだが。
確かに嵌りやすいパターンではあるな。
救われている人間は、自分が救われているとは考えもしない。
自己認識がある人間は、自分に自己認識があるかどうか気にしない。なぜならそれは自律的で、
努力を必要としないからだ。自己認識は努力の結果ではなく、ステート(状態)なのだが。
自己認識を見出して、それがなんだと言うのだろうか?自己認識が勲章のようなものなら、
それを自慢して何になるのだろうか?あなたのいわゆる自己認識は何か役に立つか?
人々を幸せにするか? より高い観点から人々を愛するように貴方を差し向けるか?
自己の変容と、世界の変容はある相関関係にある。曰く、あなたの悟りはあなたのものではない。だ。
それをさも、自分の自己認識、自分の変容だけに関心を持ち続けるのはバランスのとれていない
姿勢なのだ。
自分に関するものを何か見出して、自分のやるべきことをトボトボ行う方が
りっぱに見えるんだがね。オレはすでにそれをしているんだが。
それからなるべく自分の見出したものを語って欲しいな。
でないと実践にならんから。指摘するときは、その理由もきちんと書いてくれ。
栗山はアホだ。なぜなら●で×だから。というようにだ。
もちろん指摘が正しい時もあれば、指摘した本人の虚偽が混じることもある
何を隠そうこれからケコーン式なのだ。
レスは遅れるぞよ。
277 :
名無しさん@3周年:03/11/08 12:46
農ぎゃうまつりうるさいっちゅうねん
言葉を超越した実在を実現するにはこんな生き方をしてみればいかがですか。
「男より豪快にして女より優雅、男より繊細にして女より強い。
美女も美男もどちらも愛し、貴人より高貴にして賤民より卑しく、
僧より僧で、武士より武士。
金と湯水の区別をつけぬ富豪にして他人の財布で生きる貧乏人。
神仏のごとく尊ばれ、蛇蠍のごとくきらわれ、生きて生を超え殺して死なず、
鋼鉄より重く、空気より軽き者、云々」
279 :
◆GxRz7tt9ME :03/11/08 14:02
/  ̄ ̄ ̄ ̄ \
/ \
/ ヽ
/ ⊂ニニニ⊃
| ⊂ニニニニニニニニ⊃
| ∧∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∧ ∧ ( ・3・) < リアルちゃん。おめでとー! 新婚旅行お土産話聞かせてね
( ・3・)( ,,ノ\________________
( つーo皿 /
(_ ̄)'^◎ /⊂ニニニ⊃
|/(_) \ ____ /
◎
___,⌒ヽ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
\ ' ヽ ) | 田 田
田 田| ) ) | 田 田
田 田| ) | 田 田
栗山サン結婚おめでとう。
なんだかいいな、こういうの。
ああ俺も早く「一人の女」に決めて結婚したい<ジマンシテンノカ?
>自己の変容と、世界の変容はある相関関係にある。曰く、あなたの悟りはあなたのものではない。だ。
↑すみません飛んじゃいまひた。これは素晴らしいステートメントですね。
結婚おめでとう!
284 :
名無しさん@3周年:03/11/08 19:00
Kスレって糞スレって意味?
285 :
名無しさん@3周年:03/11/08 19:28
いいえちかいます
婚前で舞い上がっていた訳か。分かるがあまりハリキリ
過ぎると成田離婚するぞ。
287 :
名無しさん@3周年:03/11/08 20:30
>>栗山
ふーん、そっか。君は元サニヤシンだそうだから、
おめでとうをかねて、次の言葉を贈ります。
だから、私は非常に矛盾したことをやっていることになる。
私は、どんな技法をもってしても”それ”は可能ではないと承知している。
にもかかわらず、私はさまざまな技法を編み出し続けている。
私は、あなたには何もすることができないということを承知している。
にもかかわらず、私はこう主張する、
「何かをやりなさい!」
私の言うことがわかるかね?
ラジニーシ著 瞑想より
あらためて、やっぱりOshoって馬鹿たれだよな。
そんな気がする。
>自分の自己認識、自分の変容だけに関心を持ち続け>るのはバランスのとれていない姿勢なのだ。
>自分に関するものを何か見出して、自分のやるべきことをトボトボ行う方が
>りっぱに見えるんだがね。
またしても自分の愚かな主観に流されて、こっちの方が立派だとか、
立派でないとかの比較を語っているな。
結局その比較が主観、条件付けに縛られた範囲内のなんの客観性もない比較、
判断だということにまだ気づかないんだろうか。
>オレはすでにそれをしているんだが。
はいはい、自己満足にまみれた奉仕をたくさんしてらっしゃって偉いですねー、栗山ちゃんはw
あほくさ
289 :
名無しさん@3周年:03/11/08 21:11
288はエンセン井上
290 :
名無しさん@3周年:03/11/08 21:54
過去に囚われている私は今を強調したがる。
今を強調する私は、命懸けのスポーツ・行事に参加する傾向にある。
なぜなら、命懸けになると今に集中せざるを得ない。
命懸けのとき、そのとき、過去から解放されるからだ。
トゥルーマンショーはもう始まっている。
↑パラノイア(w
292 :
名無しさん@3周年:03/11/08 22:04
あほくさ と言いながら書き込む香具師の自己欺瞞が見える。
↑またパラノイア(w
294 :
名無しさん@3周年:03/11/08 22:15
われわれ、自主意識の幻覚の中の自分を自分と思うておるから間違う。
霊魂不滅などと、新興宗教はよう言うが、これも自主意識の幻覚の自己でしかない。
本来の自分は、諸仏衆生平等の自性、仏心及衆生是三無差別である。
↑パラノイアではないが、んなマッスグな正論はほぼ無効(w
296 :
クリシュナムルティ:03/11/08 22:28
全ての人々が皆平等に変容できるとは一言も言っていない。
↑偽者(w
というより殆ど全ての人は変容しないまま死んでいっている。
299 :
クリシュナムルティ:03/11/08 22:36
平等?くだらない。
何故貴方達は不公平にとらわれるのか?
何故貴方達はあるがままそれを見ることができないのか?
Kになりきるのはいいが、もうちょっと上手くやれよ。
301 :
クリシュナムルティ:03/11/08 22:45
平等、公平。
戯言、幻想、人は言葉の発明家
詐欺にも似た響き。
↑K信者の悪しきパターンが出てまいりました(w
302 名前:名無しさん@3周年 メェル:sage 投稿日:03/11/08 22:48
↑K信者の悪しきパターンが出てまいりました(w
>>302の人はK信者らしいです。
304 :
クリシュナムルティ:03/11/08 22:56
言いたい放題クリシュナムルティ(w。
懐疑は猜疑ではない。 私をさえ懐疑しなさい。
↑と思ったがおもしろ系のKという国家保護を要する記念物(w
↑「天然」の字が抜けてる(w
307 :
名無しさん@3周年:03/11/08 23:14
306はちゃま井上
↑別種のパラノイア(w
309 :
名無しさん@3周年:03/11/08 23:22
↑粘着(w
↑自作自演(w
311 :
名無しさん@3周年:03/11/08 23:46
310はわらい茸
312 :
名無しさん@3周年:03/11/09 01:01
追い詰めて、ゆとりをなくすと人間こうなる。
313 :
名無しさん@3周年:03/11/09 01:02
貴様のあるがままと、俺のあるがままは違う。
あるがままは誰でも同じ。しかしありのままは違う。
315 :
名無しさん@3周年:03/11/09 01:13
他者を狂人とラベリングして安心を確保しようとする一般人
316 :
名無しさん@3周年:03/11/09 01:14
(w ←これは自己防衛の表れである
317 :
WクリシュナムルティW:03/11/09 11:24
退避所を持って実践するのであれば
それはいつまでたっても実践とは程遠い単なるそれでしかない。
比較、類似、思考の介入したそれは批評の域を出ない。
他の覚醒したとされる人々の知識から離れることができずに
あれば、それは何と言おうと、懐疑ではなく猜疑そのものに違いない。
私を懐疑しなさい、そして、まずはこの部屋から退出すること。
それが貴方達に途方もない空虚をもたらすことであっても
それに気ずくこと、そうすれば貴女はこの部屋に見向きもしなくなることであろう。
私に言わんとする懐疑がお解りであろうか。
日本語が下手なクリシュナムルティだな。
319 :
名無しさん@3周年:03/11/09 18:38
若いっていいことだな〜
このスレみんな、熱心だ、理想に燃えている!
なんだかんだいいながら、元気だ、パワーがある。
気づきにもパワーがいる。
うらやましいよ。
わたしには、もう、そんな気力は無い。
**君たちの、情熱にジェラシー**
320 :
名無しさん@3周年:03/11/09 19:44
MrTAHASI!!
>316
投影(w
322 :
名無しさん@3周年:03/11/09 22:56
私になにができるでしょうか?
お願いです
私は・・・・・
単なる昂揚感でした、ごめんなさい。
ストリートチルドレン
戦争
虐殺
物乞いする少女は私かもしれません。
何故?
憐憫ではありません。現実の・・・
子猫は母猫を求めて兄弟と共に只泣いていました
有無言わせぬ大きなものが、目の前で兄弟を轢いて過ぎて行きました。
血の飛び出したペシャンコの毛皮の
もう一緒に母を求めて合唱することのなくなった
ケコーン式終わって帰ってきた。
みんなお祝いと呪いの言葉をありがとう。
オレはどちらにも礼を言うよ。
白い服来て、披露宴の最後に新郎の挨拶スピーチをした。
その中でKの「白い炎」の一説を引用して、次のようなことを言った。
「生が与えるもの、それが悲しみや苦しみでもありのまま、
すべてを受け入れること。これが本当に幸せにつながると思い、
二人で歩んで行きます」
「白い炎」の中で、Kは小鳥が、子育てする様子について、非情な野生の世界の中で、生それ自体に
一瞬一瞬全力で向かっていく様を見て、人生のたわいもないこと、様々な苦難、変わりそうもない物事
ーー打ち当たる波が強固な岸壁を削ろうとするようなーーほとんど意味のない努力のようなものであっても、
それらにコツコツと全的に対処することによって、はじめて真実がやってくる」ということを言っている。
非常に美しく、そして非常に力を持った言葉だとオレは思った。
実は結婚を決意させたのはKのこの言葉だ。
人生の諸事、それは結局のところ実践なのだ。
だから本質的に言って、実践をする、しないと言った話はことごとく意味がない。
皆すでにその中に居るのだ。その中でKの正しい理解があるかどうかなど、聖書や仏典をを正しく
理解できるかどうかと同じくことごとく意味がない。あるいはOの元でコミューンの体験があったり、
なにか特別と思われる意識的な体験があったりなども同じくことごとく意味がない。
それらは役立たずである。
真理は、常に、わしらが持って、読んでいる本以上である。わしらが体験してきた以上である。
リアリティが本の内容以下であること、誰かの語った言葉以下であることは決してない。
この事実に対してそろそろ眼をひらこうじゃないか諸君。
人生のリアリティに対して、わしらにできることは謙虚になること以外にないのである。
本当に、それしかない。自分の過去の集積であるパーソナリティは砂で作られた城であり、
生のリアリティという波がすべてを壊すだろう。そのような波に直面するとき無執着で
あることが必要だ。それは人を謙虚にする。
そしてこのスレは世界に愛を呼ぶスレだ。
それはほとんど不可能に見えることであろう。オレもそう思う。
けれどもそれは今生きている全ての人間が背負っている実践なのだと思う。
そしてすべての人々はこの「愛」というものに対して謙虚になる以外ないことを理解し始めるのではないだろうか。
オレは奉仕しろというつもりはないが、皆に固い岩盤を削る荒波のようであって欲しい。
危険ととなり合わせながらも、子孫を残すために必死で働く小鳥のように真摯であってほしい。
世界に「愛」を呼ぶために。
ここでのオレのカキコで伝えたいことはそれに尽きる。
なにがそうさせるのか正直わからん。
なんだか長くなった。スマソ
>世界に「愛」を呼ぶために。
何かの為にする行為は全て欺瞞と自己満足に満ちているとKは何度も指摘しているが、
シェアインターナショナルの栗山君にはそれがいまだに理解できないようだ。
>シェアインターナショナルの栗山君
うっそ〜ん。シェアいっちゃったの?
うわっ、シェアってあんなとこに、、絶句
誰がシェアインターナショナルだって?
オレをまやびと思ってんのか W)
いい加減イメージで人を語るのは止めろよ。
しかも自演までしてな。 W)
オレはオレだ。神智学の本は真剣に読んでないぞ。
最近読んでるのは「バカのカベ」だ。
イメージオタクのK虫は読んだ方がいいな。 激W)
>激W)
こうやって自己防御しなきゃ書けない奴って痛いな。
それと自演じゃないんだが、栗山にはやっぱり人を見る目がないな。
あと書き込みの内容がマヤビそっくりになっててウザイんだよ、お前。
どこもKと一致してないのに、勝手にKの言葉であるかのようにねじ曲げている。
そういう書き方なんかもマヤビそっくり。
クリソツと勝手に決められてもな。
ウザイと言われてもな。
ウザイと思うならこなきゃいいじゃん。
言いがかりしかつけられん厨が。ボケェ
オマエのできることは所詮その程度だな W)
悪いが、厨は相手にしないよ。
せいぜい妄想を抱いていてくれ。
オレ的にはもうちょっと大人のカキコをキボンヌだな。
お前の書き込みが一番ガキっぽいけどな。愛を呼ぶとか。w
栗山さん、いい感じだね。
こういった「土臭い」カキコは僕は凄くすきです。
正論臭さも感じないこともないけど
こういうカキコは2チャンにおいては珍しいよ。
河豚からの支持率上昇中
ラジニーシ虫って馴れ合いが好きだな。
そういうのはラジニーシのスレでやってくれ。
K>>>>超えられない壁>>>>>馬鹿の壁>>>>>栗山
お〜い、栗山さ〜ん、和尚スレのところでSさんが半年くらい前の、プーナ談義で栗山さんと
盛り上がったところ探してるけど、持ってないか〜。過去ログの見方とか指導キボンヌ。
338 :
名無しさん@3周年:03/11/10 05:50
自己愛に満ちた書き込みは確かに土臭い
339 :
名無しさん@3周年:03/11/10 07:54
きみは乳臭い
340 :
すぅ ◆GxRz7tt9ME :03/11/10 09:03
栗りんへ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 新スレたちまちたので(あっ、知ってるかぁ…)
| たまにはカキコちに遊びに来て下さいねっ!
\_____ ___________
∨
∧_∧ D
(@∀@-)○ ___
( )D……/◎\
341 :
名無しさん@3周年:03/11/10 18:51
>>栗山
>なにがそうさせるのか正直わからん。
傍からみれば舞い上がっていると言うことだよ。
もういい年みたいだから、若者のそれよりましだと思うけど。
まあ、そんな栗山のおかげでこういう風に俺らは出遭えるわけだ。
でも、せっかくkに出会っているのだから、こんなときこそ、
自分がなにをしているのか気づいていなよ、懐疑的に!
342 :
名無しさん@3周年:03/11/10 20:13
精神の中にクリシュナムルティというアクセサリーぶら下げて
それで安心。
いろんなコレクション持ってるけどクリシュナムルティは
自分に都合よく使いずらいもんでたまに取り出してはみるが
他のコレクションのように組み合わせが容易じゃない。
パズルの組み合わせする時にチラッと一瞥してからやると
ちょうどいい(笑)。
oshoスレはそのうち覗くよ。っていうかオレはもうサじゃないいんだが w)
昔の馴染みでこうなりゃ義務だな。
オレは青臭いよ。自分でよく分かってるよ、んなことは。
ってか、K読んでるヤシは結局皆青臭いんじゃないかと小一時間問いつめたいんだが。
厨君も含めてさ。ラジもKもグルジェフも神智学もオレにとっちゃ皆同じだよ。
解ったふりしてカッコつけてんじゃねーよ。オマエラ。 w)
get downで逝け、get downで。
344 :
すぅ ◆GxRz7tt9ME :03/11/10 23:51
栗りんありがと!
あっこオッチャン臭いので助かります。
345 :
名無しさん@3周年:03/11/11 00:00
まやびって何ですか?
346 :
名無しさん@3周年:03/11/11 00:58
>>343 栗山さんでしたか?
>ってか、K読んでるヤシは結局皆青臭いんじゃないかと小一時間問いつめたいんだが。
問い詰めてみてくれ!。もっとさらに問い詰めても構わないぞ!
でも栗山が問い詰められてばかりになってしまった!。本当は詳細に説明
しようと思ったくらいだが、対話にならないだろうし、時間もったいない
しそんなことは自分で判断することだからおせっかいはやめた。
343 名前:名無しさん@3周年 メェル:栗山さん 投稿日:03/11/10 23:42
>>345 まやび君というのはシェアインターナショナルという奇妙な団体に所属している方で、
このスレの栗山君のように奉仕という言葉が大好きな方です。
実は以前栗山君はまやび君に痛い所をつかれて((((;゜Д゜))))ガクガクブルブルしていたことがあります。
>>栗山
(」゜ロ゜)」 ケコーン、オメ〜〜!
グルジェフも親鸞もだぁいすき。
アリクイさんのがもっとすき。
350 :
名無しさん@3周年:03/11/11 06:24
見に行ってくれてありがとう!
私が誘った頃は、まだ親父臭かっただけだけど
今朝見て、お化け屋敷になってて
「キャーーーーーーーーーーッ」って怖かったでつ。
栗りんは、素振りに精を出してたので、
ヒットぐらい一本打ってくれるかなぁぁー?
って、思ったんですが… ハハハ…
時々遊びに来るので、ヨロシクでつ。
ちょっとみてなかったけど面白くなってきたね。
ただ奉仕というのは奉仕だな。
実親になると仕事に成るんやろうけど・・・
まあそんな厳密なことはいいや。
しかしkをよむならその辺は確認しといたほうがいいぞ。
まあなかなか埒阿寒やろうけど。がんばれよ。というかまあ
がんばりましょうね。笑。てとてとしゃぁーーーん。
ばっくつぅーざ府ぅー茶ーのほうはええんんかい?
あんたの
奉仕についてはもうイイだろ。
どうもKスレはツッコミが大杉だな。
ボケて恥じ掻いた方が自らの虚偽をココで明るみにだせて
「鼻くそ」のような自己認識云々言うよりよっぽど助けになるんだが。
分かってないねぇー
>実は以前栗山君はまやび君に痛い所をつかれて((((;゜Д゜))))ガクガクブルブルしていたことがあります。
良く覚えてるな。アン時も恥ずかしかったがおかげで昔のもやもやが吹っ切れたよ。
まやびは信心深いヤシだ。K信者はマイトレーヤはKに降りなかったと言ってるが
神智学協会以降の、アリスベイリーやらクレームはマイトレーヤはまもなく現れると
言ってるわけ。で、まやび君はラジの後にそっちに逝ったわけだ。イタイヤシではあるな。
自己認識>>>>超えられない壁>>>>>馬鹿の壁>>>>>G虫
それからオレはしばらくromる
K読みの皆はここで自分の見出したことを書いてくれ。
突っ込む方も自分が突っ込んでいることに充分気づいていてくれ。
(脊髄反射的な突っ込みがまだ多い)
皆Kに比べれば同じように虚偽を抱えているという前提に立ってくれ。
意味のない気づきの背比べはするな。
誠実に自分の中で成長してきたものを語ってくれ。Kを読んでこう思った
程度のことでも構わん。
じゃあしばらく留守にする。厨もカゼ引くなよ。 W)
追伸
埼玉たんお祝いアンガト。
皆幸せにな。
LOVE LOVE マンハッタン〜
「世界に愛を呼ぶ」なんてテーマで思考し始めて最初に思うのはこの日本で
起きている少年犯罪のこと。
「人間は13〜18の間ある種の狂気の状態にある。」
と誰かが昔言っていたけどここ数十年に起きた事件はどれもひどい。
そのうちのひとつは実家の近所で起き、犯人が同世代だった事もあり
僕は気になっていた。
ある雑誌では犯人の親の世代である昭和一ケタ世代が子供に
物ばかり与えて何の倫理的な価値観も与えられなかった、ということを
事件の要因の一つとして見ていた。
革命の年である1969年生まれ前後の世代は熱くなることや真剣であること、
はダサイことであるとしてひたすら他人の揚げ足取りに明け暮れるような性癖
をかかえているように思う。
まともに人と向き合えない人間は他人を自分と同じ人間として扱えない。
自分の痛みすら感じられない人間は他人の痛みもわからない。
そんな僕等の世代の影響は確実に下の世代にも反映していて時々本当に心が痛む。
359 :
すぅ1963:03/11/11 21:34
>昭和一ケタ世代が子供に物ばかり与えて何の倫理的な価値観も与えられなかった
与えられなかった。 可愛そうな世代。
あの戦争があり、軍国主義を教わった。
その後、アメリカがやって来て民主主義がヒーローと教わった。
彼等の中での中心は定まらず、貧しいこの国で豊かな海の向こうの国は
何より輝いて見えた。American Beauty。
物欲を押さえていた倫理観が敗戦とともに崩れ去った。
彼等を攻める事が出来るだろうか。 私達に!
自分の親である昭和一ケタ世代にはとても複雑な思いがある。
貧しく厳しい時代を生きてきた彼等は老後を迎えた今も自分達自身は慎ましく生きながら
自分達の子供にはぜいたくをさせてきた。
その子供であった僕らの世代も大半が親となっている。
どうなるんだろうね、世の中。
僕等は本当に生きているということに対し真剣に誠実にならなければならない。
361 :
名無しさん@3周年:03/11/12 00:25
お金を稼ぐために散々環境を破壊して子供が育ちにくい環境を作って、
なお、”景気が、景気が”と言っているおっさんたち見てると、
もう少し違う視点から、これからのことを考えられないのかね。
と思ってしまうよ。
僕らは世界に愛を呼ぶことができるだろうか?
僕はそう思わない。
愛は絶えず僕らに呼びかけている。
それに耳傾けないでいるのは僕らのほうでは無かったか?
僕らがこの世界に愛をもたらすことなんて出来ない。
出来るわけがない。
なぜなら愛はすでにそこにあるのだから。
僕らにできるのは愛の表出を妨げないでいること。
それであることを妨げないこと。
それだけが唯一、僕らに出来ることじゃないのだろうか?
それに気づき、ただ静かに耳傾け、その導くところに自分を明け渡す。
愛の中にいることで、初めて人は、
能動と受容を越えた純粋な行いを為すことが出来ると思うのです。
363 :
名無しさん@3周年:03/11/12 05:34
>なぜなら愛はすでにそこにあるのだから。
これがわかれば、食べる、飲む、振舞い方、行動すべてに秩序
がみられるようになります。
「愛の表出を妨げないでいること」と「世界に愛を呼ぶこと」ってのはおんなじことでしょ?
365 :
名無しさん@3周年:03/11/12 21:47
>>364 「愛の表出を妨げないでいること」と「世界に愛を呼ぶこと」
愛には直接関われない、と言う意味でちょっと違うんででないの。
意味は解るけどそこは敢えて超えてかないと話は平行線のままだよね。K読みは行為を否定する人が多いけど英知ある行為は認めるのでしょ。最初から失敗もなく何かを為すことはないし、認識と行為は両輪で共に進んでいくもんだと思うぞなもし。
367 :
名無しさん@3周年:03/11/13 20:45
>認識と行為は両輪で共に進んでいくもんだ
まあ、英知がわからない凡人にはそうやって行くしかしょうがないかもね。
>>366 愛を見い出してもいないあなたや、栗山君が愛を呼ぶと言っても無駄だってことだよ。
369 :
名無しさん@3周年:03/11/14 02:13
無駄だ、無駄だは世界に無駄を呼ぶ。
無駄も愛と同じくただ在るとは言わんのかい。
Kは愛でないものを否定していくことで愛に少しでも近付けるように話したわけだろ。
愛を見い出してもいない奴が愛を呼ぶというのは無駄だと否定してやっているんだよ。
それくらいわからんか?
>愛を見い出してもいない奴が愛を呼ぶというのは無駄だと否定してやっているんだよ。
親切だね。これが愛が生み出した厚意ってやつなのね。
Kは「憎しみのあるところに愛はない」と言った。
すなわち、欲望のあるところに愛はない、ということになるだろう。
373 :
名無しさん@3周年:03/11/14 05:02
率直にいって367や368はオナニーとかしますか?
はいかいいえでお答えください。
374 :
名無しさん@3周年:03/11/14 12:21
>>370 愛を見出したのがどのくらいこのスレにいるのかが問題だな。
間違いなく0だろ
375 :
名無しさん@3周年:03/11/14 22:14
374が愛に恵まれていないのが発覚。
376 :
名無しさん@3周年:03/11/15 21:01
栗山さんが結婚したってな〜。
そうらしいな〜。
ひとまず、おめでとう!
俺は、栗山さんの言う事には、同意できないことが時々あるが
エナジーが大好きだ。
何はともあれ、おめでとう〜。
A、お前、以前栗山さんのことを気に入っていたけれど
なにか、結婚祝いを贈ったのか?
俺も、結婚祝いのことを考えていたけれど
贈り様がなく、あきらめている。
残念だな〜。
まあ、栗山さんは、今頃ニューヨークのマンハッタンで
個人的な二人だけの愛に没頭しているんじゃあないかな。
ニューヨークから、記念のカキコでもしないかなぁ。
えっ、新婚旅行は、ニューヨークだって?
そうよ。気がつかへんの?
>>356 :栗山さん :03/11/11 12:37
>追伸
>埼玉たんお祝いアンガト。
>皆幸せにな。
>LOVE LOVE マンハッタン〜
ここよ。この最後の行よ。
俺は、ニューヨークのマンハッタンで、ラブラブしてくるぜ〜
って、メロメロにのろけてるぜ。
ここまでのろけられると、どうぞご勝手にって感じだね。
Bよ。まあ、そう言うなよ。それが彼の良さでもあるのだから。
ひとまず、新婚旅行の無事を祝って、俺らもここを去ろうぜ。
栗山さん、ご結婚、心よりお祝い申し上げます。
A&B
昔一度だけのタムズアップ
えっ、Aよ、もう帰るのか?
じゃあ、おいとましようか。
俺からも一言。
今39歳なら、今ニューヨークのマンハッタンで種付けしている子は
「四十の恥かきっ子」って、昔ならば言われたけれど、今は晩婚が
非常に多いから、そんなこと気にせずに、経済力が許す限り、一杯
子作りに励んでください。
ちょっと下品だけれど、
ニューヨークのマンハッタンで、マンほったん?
男女の交ぐわいこそが、リアリティある愛の原点よ。
それこそが、愛だよ、愛。
日本書紀にも、日本列島は、一組の男女の交ぐわいによって
生まれたと書いてあるじゃあないか。
栗山さん、交ぐわい、交ぐわって、大いに世界に愛を呼んでください。
多分、このスレでは、これが最初で最後のカキコだと思いますので
最後に一言。
2chにカキコする時間があるならば、その時間を新妻との
仲むつまじき時間に費やしてください。
自分の中に愛を呼ぶことが、自分の家庭に愛を呼ぶことが
やがては、世界に愛を呼ぶことにつながると思います。
ここに、いくら美辞麗句を並べてカキコしたとしても
それがこの現実の日常生活に反映されなければ
なにもならないことは、十分にご存知だと思います。
とは言っても、栗山さんのカキコがないスレは、↓なので
いちゃいちゃ結構!のろけ上等!
たまには、新婚さんの、のろけ話を聞かせてください。
では、最後にもう一度、ご結婚、おめでとう!!
388 :
名無しさん@3周年:03/11/16 00:17
>LOVE LOVE マンハッタン〜
これは某TBSドラマだと思われ。
>>388 同じ事を考えていますたが(笑
でも、あれは「心はすでにマンハッタン!」
憧れの地に向かう冒険や解放を想う喜びだと思われ。
>>387 >自分の中に愛を呼ぶことが、自分の家庭に愛を呼ぶことがやがては、
>世界に愛を呼ぶことにつながると思います。
同感。家庭という小さいながらも大きな影響力をもつ社会、
それをベースに人は育っていくもんだしね。
まあ、おれなんか育ちがいいから嫌なモンいっぱい身につけちまったさ。(^^;
明日は最も速い走りを見せる女馬を決めるエリザベス女王杯だが、
エリザベスといえば五つの自然な感情を提唱したエリザベス・キューブラー・ロス。
以下、こんな知恵でもって育てられたかったぜ!ということで抜粋です。
悲しみも自然な感情だ。悲しむ事ができるから、言いたくないときにも「さよなら」が言える。
ひとは何かを失う体験をしたとき、自分のなかの悲しさを表す(外に向かって押し出す)。
愛する者を失う悲しみもあれば、コンタクトレンズをなくした悲しみもあるだろう。
悲しみを表すことができれば、悲しみは処理できる。
悲しい時には悲しんでいいんだよ、と言われて育った子供は、おとなになったとき、悲しみは健全だと考える。だから、とても早く悲しみから抜け出せる。
「こらこら、泣いてはいけません」といわれた子供は、おとなになって泣きたいとき、苦しい思いをする。
だって、泣くなと言われて育ったのだからね。だから悲しみを抑圧する。
抑圧されつづけた悲しみは、慢性的なうつになる。非常に不自然な感情だ。
人びとは、慢性的なうのために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。
怒りは自然な感情だ。「ノー」と断わるための道具だ。
必ずしも無礼なものとは限らないし、決して他者を傷つけるものではない。
怒ることを許されて育った子供は、おとなになったときも怒りに対して健全な態度でいられる。
だから、とても早く怒りから抜け出せる。怒りはよくないものだと教えられて育った子供、怒りを表してはいけない、それどころか怒りを感じることすらいけないと言われて育った子供は、成人後、怒りをうまく処理するのに苦労する。
抑圧されつづけた怒りは、憤怒になる。非常に不自然な感情だ。
人びとは怒りのために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。
羨望は自然な感情だ。
五歳の子供が、お姉ちゃんのように自転車に乗れるといいなと思う、その感情だ。
羨望という自然な感情があるから、もう一度やってみたいと思う。
もっとがんばろうと思う。成功するまであきらめないぞ、と思う。
羨望を感じるのはとても健全で、自然なことだ。
羨望を表すことを許されて育った子は、おとなになったときも羨望に対して健全な態度でいられる。
だから、とても早く羨望から抜け出せる。
羨望をよくないものだと教えられて育った子供は、成人後、羨望をうまく処理するのに苦労する。
抑圧されつづけた羨望は、嫉妬になる。非常に不自然な感情だ。
人びとは嫉妬のために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。
不安は自然な感情だ。赤ん坊はみんな、不安を二つだけもって生まれてくる。墜落する不安と大きな音に対する不安だ。
ほかの不安はすべて学習された反応で、環境から学び、親に教えられる。
もって生まれた自然な不安の目的は、もうちょっと注意しなさいとわからせることだ。身体を安全に生きながらえさせるための注意。
それは愛から生まれる。自分自身への愛だ。
不安はよくないものだ、不安を表してはいけない、不安を感じることすらいけないと言われて育った子供は、
成人後、不安をうまく処理するのに苦労する。
抑圧されつづけた不安はパニックになる。非常に不自然な感情だ。
人びとはパニックのために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。
396 :
名無しさん@3周年:03/11/16 02:17
条件付けね。
愛は自然な感情だ。
子供が正常に自然に、制限や条件をつけず、禁忌や気まずさなしに愛を表現し、受け入れることを許されて育つと、それ以上必要としなくなる。
こんなふうに表現され、受け入れられた愛の喜びは、それだけで充分だから。
だが、条件や制限をつけられ、規則やしきたり、儀式や制約にゆがめられ、管理され、あやつられ、抑えられた愛は不自然になる。
自然な愛はよくないものだ、愛を表してはいけない、
それどころか愛を感じることすらいけないと言われて育った子供は、成人後、愛をうまく処理するのに苦労する。
抑圧されつづけた愛は所有欲になる。非常に不自然な感情だ。
人びとは所有欲のために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。
自然な感情はあなたがたの友人だ。贈り物だ。
経験をきざみ出す神聖な道具だ。
何でもかんでも自然な感情って言えばいいってもんじゃねーんだよ。
>>398 その何でもかんでもは、たった5つだ。
108も煩悩を数えるより楽でいい。
>男女の交ぐわいこそが、リアリティある愛の原点よ。
>それこそが、愛だよ、愛。
栗りんの「世界に愛を呼ぶ」ってこんな事だったんだ。 と、思いつつ
ヤッパ セクースって愛の基本、登竜門だよね ^^
久々の栗リン。 青竹みたいでカキコ清清しかったよ。
セクースで「ハァハァ」するのん、飽きてきて、めんどくさくて…
それを新鮮に楽しめる栗リンが羨ましいです。
>>400getかな??
こういった討論の際に良くないことの一つはすぐに下ネタにすりかえて話し出すこと。
ラジニーシ経由の奴は特にそれが多い。
>>401 インポテンツデツカ…
可愛そうに、ご同情申し上げます。
でも、現在良い治療薬があります。 お近くの泌尿器科にご相談下さい ^^
「ハァハァ」でガターイして、初めて判る愛もあります。
治療をお勧めいたします。 どうかお大事に!
sexほどその人間性がさらけ出されるものは無いと思うけど。
ことさら性的な語り口に反応するというのはどうかと思うよ。
>>402,403
ラジニーシ経由の奴ってほんと、こういう低俗な奴ばかりだな。
そうやってすぐ下ネタに走ること事態が逃避だと言うことにまだ気づいていないのか。
405 :
名無しさん@3周年:03/11/16 23:13
ラジニーシもうイラネ
性を「低俗」と決め付けて「逃避」しているのはどちらなのかな?
性の話題でない時にすぐ下ネタに走ることが逃避だと言っているのがわからないようだね。
愛というものは性をも含んでいるんだよ。
リアルやすうチャンの言葉に完全同意はしてないが
どうも君の反応はカトリック臭いな。
違うな。愛の中に性があるわけじゃない。
ごく稀に愛と性は一緒に存在するが、ラジニーシ虫の阿呆どもが性の話をする時は、
愛はなくてただ下ネタがあるだけだ。
しかし、君が誰かにあなたは何もすることができないと言っても、誰も信じはしないだろう。
それは、君が人々に言うことの中で最も侮辱的で不快なことだ。
それが特別不快で侮辱的なのは、それが真実だからで、そして誰一人真実を知りたいとは思っていないのだ。
君がこれを理解すれば、話がしやすくなるだろう。
しかし、心情で理解するのと、<全身全霊>で感じ、心底確信し、決して忘れないのとは別の事だ。
質問者「為しうることは何一つ、絶対に何一つないのですか?」
絶対に何一つない。
質問者「では、誰一人として何かをすることはできないのですか?」
それは別の問題だ。「為す」ためには「存在」しなければならない。
そして第一に「存在する」とはどういう意味かを理解しなければならない。
412 :
名無しさん@3周年:03/11/17 08:34
グルジェフ ウ ザ イ
>>411のメール欄を見るとsagiとアフォなことを書いてある。
おそらく痛い所を突かれたラジニーシ虫が、
攻撃の矛先をグルジェフに向けようとして貼った浅はかなコピぺだろう。
414 :
名無しさん@3周年:03/11/17 16:59
グルジェフ ウ ザ イ
>>409 まあ、これには概ね同意。
しかししつこいがやっぱり君はカトリック臭い。
Gの所へ行ったら「まあ、そんな片意地はらんと酒でも飲め!肉でも食え!」
なんてやられそうな雰囲気あるな。
>しかししつこいがやっぱり君はカトリック臭い。
どこが? カトリックなんて興味を持ったことさえない。
417 :
名無しさん@3周年:03/11/17 21:00
潔癖で、かつ画一的な物言いをするところかな。
しかし愛を呼ぶ前にそもそも「愛とは何か?」ってのが問われる必要があるでしょ。
そうじゃないと「男女のまぐわィこそが愛」なんてアフォな浮かれたカキコが出ちゃうわけだし。
子供なんかが居る人なんかや真剣に恋愛してる人とかカウンセラーの人、
まあ、多かれ少なかれ誰もが一度は問うと思うけど。
僕なんかは普通に恋愛してた頃真剣に「自分は彼女を愛しているのか?」
「そもそも愛って何よ?」っー風に問いましたよ。
でその時に出した答えは
「愛とはエゴが不在の時に自然に在る、または流れる何か」。
行為ってのはエゴが介入するとことごとく不適切になるし、
その場だけ見てると良いものでも長い時間のスパンで見たら
単に自己慢の為に他人の可能性ぶち壊してたり。
何の自己認識も無いのに他人をやたらと癒したがるおばさんなんてこの典型。
どうも今の社会見てると人と人との適切な距離感を喪失してる人が多い
気がする。
「愛を呼ぶ」なんて夢のまた夢だな。
>>A
それで、ええねん!
自分の思ったことを、そのまま、ありのままに書けばええねん。
違う考えを持った人は、日本だけでも1億人以上はいるでぇ。
大勢の人が、同じ意見を持っていたら、それはロボットでぇ。
>>B
ほなら、わての意見を。
愛する彼女と一緒に、溶け合うような一夜を共にした経験があるか否かで
愛と性との捉え方が、異なる。
それは、動物的な性の衝動のままに突き動かされる体験だけなのか、
愛のエネルギーに溶け込み、熱さで身も心も溶けてしまいそうな状況の
中で、自分の自我意識がどこかに吹っ飛んでしまう体験をしているか
どうかの違いだ。
>>A
ええねん!ええねん!今の体験だけでしゃべればええねん!
ところで、す〜〜〜ちゃん!
俺のカキコは、良く栗りんやリアルに間違えられるけれど、ちがうでぇ〜!
>>B
ええねん!す〜ちゃんの思ったままでええねん!気にせんどき〜。
>>A&B
ほな、さいなら。
>>真剣に「自分は彼女を愛しているのか?」「そもそも愛って何よ?」
と問いながらも、片方で、ペニスマスターと呼ばれ、自己欺瞞の中に
一時の自己満足を感じて喜ぶエゴもある。
そんな、揺れ動きの中で、真剣に思い悩むことこそが、「愛」の原点
ではないかと、俺は考える。
別の言い方をすれば、愛がなければ、悩まないことが多いだろう
ということだべ。
421 :
名無しさん@3周年:03/11/17 21:51
ウルフルズの新曲ええねん!はええでー。
全肯定ソング。
422 :
名無しさん@3周年:03/11/17 21:55
>愛する彼女と一緒に、溶け合うような一夜を共にした経験があるか否か
うーん、そんな強烈に条件付けられたら、ますます瞑想が遠のくかもよ。
>動物的な性の衝動のままに突き動かされる体験
>自分の自我意識がどこかに吹っ飛んでしまう体験
性の衝動のまま自我意識が飛んでるだけのことで同じこと言ってる様の感じる。
>動物的な性の衝動のままに突き動かされる体験
>自分の自我意識がどこかに吹っ飛んでしまう体験
愛は体験では無い。
どうもリアルのカキコには性に対する非カトリック的な(笑)
過剰崇拝が見えるな。
まあ、そういった体験があるのは分かるけど
所詮体験はマインドのもの。
その記憶への再現欲求が皆無なら話は又別だが。
そのようにペニスマスターの私は思います。
グルジェフ ウ ザ マディンラディン
424がおもしろくなってきた(w
426 :
名無しさん@3周年:03/11/18 00:23
年はいくつなんだろう?おやじか?
427 :
名無しさん@3周年:03/11/18 03:38
47歳です
はっきり言ってEDです。
朝も早起きしてしまうのですが息子のほうはさっぱり起きてこない。
だからsageなんです。
小学生の時、母親に「セックスってなに?」と聞いたところ
母親は「男の人と女の人が仲直りするおまじないよ」と答えた。
その日の夜、両親がケンカした。俺は
「ケンカやめてセックスしなよ、セックスセックス!」と止めに入ったら
父親からボコられた。
430 :
名無しさん@3周年:03/11/18 10:00
サルの仲間のボノボとかいうのは仲直りか争いを回避するためだったかで性交をするぞたしか。
ホカホカって言うんだよ。
間違いでもないかもしれんぞ。
まぐわえ、まぐわえ、まぐわえ
154 :考える名無しさん :03/09/01 07:52
真の弟子
クリシュナムルティが特定の地位に就くことを頼まれたとき、自分は何のグル(導師)
でもないと言って彼は断った。
彼はマイトレーヤの真の弟子であった。クリシュナムルティの教えは、マイトレーヤ
の教えである。H・P・ブラヴァツキーとアリス・ベイリーはマイトレーヤの教えを垣
間見たが、彼女たちは教えのプロセス(過程)に夢中になってしまった。神智学協会
の者たちはクリシュナムルティを除いてすべて落第した。というのは、彼らは主の教え
を実現する代わりに、進化の力(フォース)の機構とそれらの源を探求することにより
熱中してしまったのである。クリシュナムルティは、自分のことについて書くのを
欲しなかった。関心ある者は彼の講和の録音テープを聞くことができた。
知識に対して認識をもって直面するのではなく、つまり知識を“横領して”はなら
ないことを理解せずに、知識をいったん“食べて”しまう(所有欲的行為)と、あなた
はもはや自由ではなくなる。クリシュナムルティはこのことを認識したとき、グル(導
師)の役割を断った。
本物の弟子とは伝統を尊重する者である。
光自体が一つの師である。
自分の宗教を、自分自身のイデオロギーを尊重しなさい、つまり、あなた自身の思考
形態を尊重しなさい。そうすると、あなたは大師を経験するだろう。
155 :135 :03/09/01 09:54
とても参考になります。ありがとう。
↑こういう酷いこと書いてる奴がいるらしいんだけど、どこのスレだ?
432 :
◆GxRz7tt9ME :03/11/21 08:21
39 名前:ななしさん[sage]:03/09/13 00:23 ID:c2YFhuVU
プッのAAを教えてください!お願いします!
40 名前:ななしさん[sage]:03/09/13 00:36 ID:kOzZDmk4
>>39 ゝ _ ) ` ( ´ ,
パーツを教えてやるよ。あとは自分で考えな。
41 名前:ななしさん[sage]:03/09/13 00:57 ID:c2YFhuVU
>>40 (´, _ `)ゝ
こうですか!?わかりません!教えてください!
>>431のスレとこのスレと何だか共通点感じない??
性の乱れは地球の乱れ
正しく落ちろぉー
っというかまずはおちるんやから、のぼらなあかんよね。しんど。
お月さんと地球の対話はまだまだつづくんやからね。美しいハーモニーじゃって。
おれからは詩の復権というより歌のふっけんだ。
進化論は人に始まり鳥に終わる。
おれからは訂正これからは
435 :
名無しさん@3周年:03/11/21 14:05
えっ、鳥でおわりなんですカー?
436 :
名無しさん@3周年:03/11/21 14:08
宗教的には
437 :
名無しさん@3周年:03/11/21 16:41
438 :
名無しさん@3周年:03/11/21 21:50
チクりいれるな。
シツコイのが付くに決まってるんだから。
そういうとこ見たい悪趣味があるのはみな一緒なんだろけど。
この板じゃ誰も相手にしないから哲学版で馬鹿やってるみたいね。
>>432 おれもできたよ!
( ´ ゝ`_, )
↑『お馬鹿ループ』の一例(w
>キリスト、世界大師(ワールドティーチャー)であると思いました。しかし彼自身、ある内的体験
>を得て、これを否認し、彼を中心にしたオーダー・オブ・ザ・スターその他のグループを解散しま
Kの生涯と、その活動をかなりねじ曲げて書いていますね。
Kが星の教団を解散したのは、「真理は組織化し得ない。」がその理由です。
Kとマイトレーヤーに関して、これはメアリー・ルティエンスの書いた伝記の「実践の時代」の、
巻末近くの部分に興味深い示唆がいくつかあります。
ここでKは自分がキリストと同じく「変種」だったのではないかという推論と、そしてそれは独特な物ではなく、
誰もがそのように存在できる可能性があるということを言っています。
そして、それでいてキリストより、
生まれつきは変種ではなかったと思われる仏陀の方が親近感があるという発言もしています。
「しかしここにいる変種はそのどれも知らない。おそらくイエスもまた変種だったのかもしれません。」(435p)
ですから、あなた方の、Kはキリストとは違うという主張は、Kの見解とは異なるという事になります。
そして、この件に関して、最も重要なのはこの部分です。
クリシュナムルティ
「この自我のない空白はどのようにして訪れて来たのでしょうか?
ロード・マイトレーヤーがこの肉体を用意して、空白なままにしておいたと言うのなら、事は簡単です。
それはいちばん簡単な説明ですが、もっとも簡単なことというのは疑わしいものです。
別の説明は、Kの自己がロード・マイトレーヤーや仏陀に触れて、
「私は引っ込む。私の野卑な自我よりはそれの方がずっと重要だ」と言った、というものです。
しかしそれもまた疑わしい。非常に迷信くさくなります。
いずれにせよ、はっきりしていて正しいとは感じられません。」(427p)
「変種は全然重要ではないのです。どの人も教えを受け入れ、その真理を見い出すことができるのです。」(434p)
そう、あなた方クレーム支持者は、Kが「疑わしい迷信」だと言ったものを信じているのです。
そういうクリシュナムルティに対する冒涜は今すぐお止めなさい。
443 :
◆GxRz7tt9ME :03/11/23 10:22
>>438 >チクりいれるな。
>シツコイのが付くに決まってるんだから。
予想的中!!
………虫さんついちゃったよ。
444 :
名無しさん@3周年:03/11/23 11:05
K虫粘着誕生だな
>>443-444 普通にKを読んだら、Kがクレーム情報を認めている事にはならんでしょ。
それを指摘しているだけの人を虫呼ばわりして蔑むのは、ちょっとお門違いでは?
446 :
名無しさん@3周年:03/11/23 17:14
普段は何も書き込まず、他人を虫呼ばわりする時だけ出てくる奴って最低だな。
昔に比べてKスレもつまらなくなったな。
発端はなんだ?
俺が俺が野郎が増えたからか?
448 :
名無しさん@3周年:03/11/23 22:15
とりあえずは
最近ティンポたたない。
人は変化するんだな〜っとそれだけ・・・・・
449 :
名無しさん@3周年:03/11/23 22:48
>>447 昔のKスレの過去ログ見たが、全然面白いとは思えない。
ただ一つ言えるのは、ADSLの普及で書き込み数が一気に増えて、昔よりずっとスレのスピードが早くなった。
450 :
名無しさん@3周年:03/11/24 00:08
>>449 そうか?
非僧非俗とかいた頃までは自分の言葉持ってるやつが多かった。
今じゃすっかりコピペスレだもんな。つまんね
熱いはぁーとの篭った生きた言葉が聞きたいな。
みんなどこへ逝ったんだ。
なんでクレームとかが来るんだろ
理解不能でつ
452 :
名無しさん@3周年:03/11/24 00:33
いいじゃん。ふと思ったことなんでも書きたくなることだtてあるさ
非僧非俗は痛いやつだったがそれなりにマジだったな。
最近はガキンチョが多くて、なんだかまともに書き込みする気にならんよ。
Kスレで、自分の言葉で語れとか言う奴って、
大抵ただ単にKをよく知らないまま書いてる奴だったりするんだよなあ。
ほんとガキンチョが多いですなぁ。
本で読んだ知識と、ちょっとした体験を大げさに感じてみたりした程度の、
勉強不足なガキンチョが増えた(w
ガキンチョって言ってる奴は相当おっさんなんだろうな。
でも他人をガキンチョ呼ばわりして自己満足してるのって精神年齢的にはかなりガキンチョだよ。
ガキンチョと言われて、
自分のことかな?
と思った真正厨房↑
↑おっさん達がすぐこういう煽りをやるからどんどんスレのレベルが下がるわけだ。なるほど。
きみたちこんな夜中になに煽り合いやってんだね。
461 :
名無しさん@3周年:03/11/24 20:12
㌅㌿㌅㌿㍔㍔
サッキッチョ
463 :
名無しさん@3周年:03/11/30 02:34
>またテーマは、世界に愛を呼ぶにはどしたらイイか、です。
せっくすとかおなにーってどうして気持ちイイのですか?
∧_∧
⊂(´・ω・`)つ-、 で?
/// /_/:::::/
|:::|/⊂ヽノ|:::| /」
/ ̄ ̄旦 ̄ ̄ ̄/|
/______/ | |
| |-----------| |
465 :
名無しさん@3周年:03/12/01 12:41
∧_∧
⊂(´・ω・`)つ-、 秘密。
/// /_/:::::/
|:::|/秘ヽノ|:::| /」
/ ̄ ̄旦 ̄ ̄ ̄/|
/______/ | |
| |-----------| |
466 :
名無しさん@3周年:03/12/01 12:42
荒れてるな....そろそろ栗山さんに出てきてもらわなんとな
幻世、幻世、人の世のうつろいやすいことよ
自然はとほうもなく相変わらず
幻世、幻世どのようなこころも
届かないことを願う
どのようなこころも堪えざらんと欲す
またしらけたか・・・
非僧さんこんかなー栗山さんでもええけど。またどっかはしってるんでしょ。
ちゅっ僕をあいしてぇーーーーーん。
おれはもうななしでしかこん。ちょっとはしってくるわ。
はーはーはー。これでせいいっぱいです。
469 :
名無しさん@3周年:03/12/06 20:46
卍
もしかしてばんこか?
あなたは、もしかして私がふとんを抱かないと最近ねられないことを
しっているのですか?いえ。あなたは少ししか知りません。それは舳先に
しばってあるマストのようです。ダライラマが最近獣姦図を寝室に飾っている
ようなものです。私がこういうと意外なようにあなたがたはおもわれるかもしれませんが
人生などというのは古代からのマスターに耳を傾ける以外に
たいした意味はないのです。
夜勤し始めてから睡眠リズムが狂いましてね。まあ寝るときねるわけやけど。
私、優柔不断からまた失職です。言うこと聞きまくっとったら自律神経いかれるで。
そりゃもうなんかにのっとられるわけですわ。しまいにでっかいなすびみやなあかん
ようになる。暗闇にへたつけたような。実は全部嘘ですやって。笑
でたなぁブラックホール。はあああ大変やね。人生は
470はまったく失敬しました。ごちそうさまでした。
aaいただきます。いってなかったですね。
いただきます。ほんでもってはひょ丸さん。俺のことバロウズってなんですか?
こまりまっせ。そらヘンリーミラーのほうがええわ。ひまやったんで
つらつらよみなおしてみました。下山しま。
おはよう。うーん、おもしろいなぁ。
個人的作業に他人がとやかく口出しするのは筋違いってことだね。
でもそこんとこ分かってないクチはこれから一体どうすりゃええのん?w
法なく能なれば乱をなす慙愧慙愧
474 :
名無しさん@3周年:03/12/08 14:08
卍は文才あるなあ。ひょっとすると元「犬」でヴォーカルやってた彼かなあ。
475 :
はひょ丸 :03/12/09 20:18
卍は失職かえ?てーへんやねぇ。
詩人にでもなりゃー。
言葉吐いて金降りゃこりゃ極楽夢幻だわな、すん、すん、すん。
476 :
名無しさん@3周年:03/12/09 20:23
>>467 なんとなく感動した
100円で買ってもいいですか?
僕はもと犬でした。たしかに・・・天狗だったかもしれません。笑
私の立場をひとつ。
カメのしっぽのように泥をはってでも生きたいと願う。
食は細くとも思い出にあふれかえりは休みたい。
暗闇からでも願いを見出したい。
せっせせっせと歩きたい。たまにほっちら登りたい。
広く浄土の教えに従いたい。
春画の三分の一くらいなので100円でいいです。
いい水でもかってくらさい。
僕に冬山登山道具一式プレゼントしてください。
478 :
名無しさん@3周年:03/12/10 02:52
卍さん冬山登るんですか。正月に富士山で会いましょう。
帰らぬK読者になるのか。
この世の中にチェブラーシカがいっぱいいてくれたら嬉しい。
チェブラーシカは私の人生のバイブルです。
ばったり倒れやさんのチェブラーシカは、
みんなに愛されながら、歩き始め、
空色の列車に乗って地平線を目指して旅に出ます。
チャブラーシカが心の奥底から万歳と叫び、
ピオネールに憧れたり、
行進の練習したり、
切符を盗まれて汽車からおりなければならなくなったり、
線路の上を一生懸命歩いたり、
泣けます。
自分と重なります。
僕も線路の上を何処にたどり着くかもわからないままに歩いているんだ。
だけど、1人じゃない。
ばったり倒れやさんの俺を大好きだと言ってくれる人がいるじゃないか、
一緒に歩いてくれる人がいるじゃないかって思います。
アンポンタンであるということは幸せなことです。
地平線にたどり着くことがないことは誰もが知っています。
しかし歩き続けると知らず出発したところに戻ってきます。
そうして、感慨深気に思います。
自分の目指していた所は自分が出発した場所だったのかって。
初心忘るべからず。ということですよね。
自分がアンポンタンであることを忘れないよう。
お幸せに。
グラウンド・ゼロの風は冷たかった。
ビルの間からの光は暖かだった。
鉄柵に張ってある LOVEの文字が見られるでもなく。
人々の表情からいろんな思いが浮かんでいるのがわかる。
ここにまた高いビルが建つそうだ。それを見上げるより
道端に落ちてるLOVEの紙切れに。
冬山装備があれば一冬越せるね
>>480 栗山さんは、やっぱりニューヨークに新婚旅行だったようですね。
おめでとうございます。久々にこのスレを見て、栗山さんの名前を
発見し、喜んでいます。また、当分ここをみることもないので一言。
いつかどこかで。
いつかどこかで君と出会うことがあったならば
君と一緒に何を語ろうか。
世界に愛を呼ぶにはどうすればよいか
真剣に語り合おうか。
それとも新婚生活の様子を聞かせてもらえるかな。
一度、チャパティを食べながら出会いたかったが
縁がなかったのだろう。
俺のカキコは、君のカキコによく間違えられるように
俺と君とには、どこかに共通したものがあるのかもしれない。
俺自身、君のカキコに妙に引かれる。
でも、君と俺が出会うことは、おそらくないだろう。
だからこそ、俺は満月に近い月を見ながら考えた。
いつかどこかで君と出会うことがあったならば…。
今だったら、結婚おめでとう!と真っ先に言うね。バイビー。
へぇ-
世界に結婚を呼ぶ スレはここでつか?
あー
くさい
くさい
なんでかなー
484 :
名無しさん@3周年:03/12/11 15:37
485 :
名無しさん@3周年:03/12/11 18:33
ナム
486 :
名無しさん@3周年:03/12/11 22:49
>>477 冬山って寒いイメージだけど、実際そこ行くとあんまり寒くないよね。
逆に暖かさ感じるほど。寒さに鈍感になるのかな。
でも気持ちがいい、不思議。思考を超越せしもの・・
栗山さんご結婚おめでと♪
みんな、ホントにありがとう。(泣
栗スマスも近いし、最近寒い日が続くが、
みんなもハートだけは暖かくね。
LOVE
488 :
名無しさん@3周年:03/12/12 15:00
ハートだけはいつも暖かいです。懐具合は万年冬山です。歳末助けあいでお願いします。
489 :
名無しさん@3周年:03/12/12 15:08
だけど、僕には卍さんみたいな詩才文才もない。路上で詩を売る商才もない。
「また海ができたのね」
まなこに水が伝い
星がまたたく
やがてあふれだす
なにも見えない
風の谷に水が伝う
乾いた谷にきらきらと
風の谷に水が伝う
地平線なんてどこまでいっても
ないのに
風がやってきた
水がやってきた
ならんで歩いた記憶が
嘘の様
ただ僕らはしずくをまっていた
やがて体に潮騒がざわめいた
できたでーーーー
冷えたきのう私は月光の電信柱を見た
夏の暑い緋、僕は目の下に汗をかく人を見ていた
水中でゆれるあなたの記憶つながりますよう
わたしいのってますぅーー笑
水中に愛はかくれつづけて猶予年・・・
そしておれたちはセバスチャンを飼った
アルプスの少女ハイジはセバスちゃんと
共に走った。転んだ。走った。転んだ。
ラーララララララーララララララーーー
ハイジのパンツは白かった。
俺はあまりにあほらしいとひとりごつ。
彼女の飛ばしたごはんつぶが俺の耳の中。
中2の春。
栗山さん蜜月のほうはばっちしですかのぉ
ーー))
過去のkスレ
知る限りのURL希望
宜しくお願いします,皆様。
495 :
名無しさん@3周年:03/12/17 13:55
厳しいの。おめこ
496 :
名無しさん@3周年:03/12/19 03:01
はじめからあほなことを書くといっておいてかかしてもらいたいんだけど、
kは広大な脳の使い道を考えなければいけないとかいってたよな。
どうも気にかかるんだけど、話は少し変わって細胞ってどえらいファジーなもの
らしい。俺のよんだところによると。遺伝子なんてのは細胞の残り滓みたいなもん
だって。脳っていわば獲得形質だよな。脳細胞いうたら話が別やけど。獲得形質
とかいうと堅くてつまらないけど、それって大事というか、それしかないでしょ。
話をする場合。にこ。
しかしそれって死物かもしれないねなんて思うと、そんでもって脳は広がりを求める。でも
圧倒的な他者をしらずしては文字どおり死んでまう。それがキリストか自然かってのは
選ぶ権利が有るんだなぁ。これが。まあ文字読むときはファジーなものを捨てやなあかんしね。
らしい。恋は自然やね。浮気は獲得形質やけど。全部ロケットうん発と引き換券ね。
わはは。こんだけあほやとはずかしぃ。・・・あらゆる聖書は紙だぜ。ほんでネットって
なあに?ごみのゆくえはおれもしらない。エキサイチングやね。>495
ねる。
497 :
名無しさん@3周年:03/12/19 03:02
わっかもてきとうでええけどね。
498 :
名無しさん@3周年:03/12/19 14:58
ネットって電気、原発のウラン、海底にたまったプランクトンなんだ。
499 :
名無しさん@3周年:03/12/20 13:04
実践してまつか?
能書き御託だけじゃだめよ〜
俺、卍のファンになっちゃったよ。
照れ隠しに名無しさんで書き込まないでくださいませ(w
501 :
名無しさん@3周年:03/12/20 21:23
勃起したチンポ隠して、腰折りながら歩かんでください・・・・
お願いします。
寒くなってきたね。
今日電車から富士山を見た。
もちょろん、真っ白。
503 :
名無しさん@3周年:03/12/24 18:04
冬の冨士さんは厳しいらしいです。死ぬらしいです。
ひげおやじに言われました。
よって登頂は断念いたしました。そこで学んだ教訓は
訓練は大切だということです。修行ですね。
当たり前のことでした。
しかし行けるとこまでいきますよ、見てあきらめないと。
504 :
名無しさん@3周年:03/12/24 19:10
真理は道なき大海です
505 :
名無しさん@3周年:03/12/24 19:27
原虫1の立てたスレだが無視して書き込もう。
ちなみに原虫2は粘着荒らし。
どちらもボクシングをやってたらしい。
506 :
名無しさん@3周年:03/12/24 23:10
そういえば、山おやじに軽く「無理」と言われた夜、ボクシングを見にいきました。
やっぱりリングの上の奴らも日々鍛練しているんですよね。「俺らが冬の富士に登るちゅうのはいまリングの上に上がるようなもんか」なんて言って。結局鍛練なんてしないんですけど。
507 :
名無しさん@3周年:03/12/25 20:02
トキオ
508 :
名無しさん@3周年:03/12/28 07:42
オサカ
509 :
名無しさん@3周年:03/12/28 07:44
ホッカイド〜〜〜のケイコタン
MOCHORON-IIDARO !
511 :
名無しさん@3周年:03/12/28 17:31
チッチャロン
512 :
名無しさん@3周年:03/12/30 04:11
くるしみをわかちあうのはこれ人間の神秘マイペースよろしく。こわっ
513 :
名無しさん@3周年:03/12/30 04:50
よろこびを分かち合うのはこれまた人間の神秘 THEッツライトそんなことより周りをみんと!
514 :
名無しさん@3周年:03/12/30 06:44
うんこ
515 :
名無しさん@3周年:03/12/31 00:05
うんこ弁当
年末で時間ができた。
皆も今年の計などふわふわ思い浮かべていることだろう。
今年は私的には激動の年だった。
オレは今年ケコーンしたが実は電撃であった。その前は13年間連れ添っていた女(ひと)が
いたのだ。その女(ひと)はラジニーシ時代に知り合ったオレのすべてを知っているような
女(ひと)であった。結婚も子づくりもなく、いつの間にか13年という同棲があり、そして
今年それが終わった。オレのために非常に良くしてくれた。もう声は届かないが、この場を
借りて感謝したい。
オレは今年、独りの女性に不幸をもたらし、もう一方の女性に幸福をもたらした。
誰かと一緒にいて幸せだったり、不幸だったりするのは、なんと儚いものであるか、
実感した。わしらの幸せの土台は、本当に薄い氷のようなものだ。
オレはそれを自ら叩き割った。その女と自分自身のために。
生の冷たい流れの中で、そのすべてを受け取るために。
女の涙は鎖となって、オレの左足に一生付きまとうだろう。
悲しみと喪失感もまた一生付きまとうだろう。その記憶とともに。
記憶に対して死ぬことをKは教えている。人間と悲しみは別物ではないことを
改めて知ったことは、非常に価値あることだった。記憶に対して一瞬一瞬死ぬこと。
それがどんなに必要とされ、また難しいことであるかも知った。
それは難しいよ。本当に難しい。とてつもない注意深さが必要だ。
そしてオレは今も自らの記憶に対して見張らざるを得ない。
生の流れの中で何を見出せるだろうか。幸せの薄氷の上に立つことは二度とないだろう。
少なくともオレはない。ケコーンした相手はそれを求めるがそれは当然だろう。
違う関係性の中でのきづきが始まった。
「悲しみは生の影」とKは言う。悲しみ、孤独、その他諸々を避けて「生の全体性」は
理解され得ない。そして愛もだ。
オレは愛している。どのような女も。
オレは左足の涙で出来た鎖をも愛するのだ。記憶、それは愛の中でいつの日か理解を
もたらす標になるだろう。
518 :
名無しさん@3周年:03/12/31 01:47
女は別れた男の事は、すぐに忘れるから、心配するな。
519 :
名無しさん@3周年:03/12/31 02:17
ホカロン
520 :
名無しさん@3周年:03/12/31 11:47
アイスノン
521 :
名無しさん@3周年:03/12/31 18:45
ジェイルブレイク!!
ジェイルブレイク!!
ジェイルブレイク!!
522 :
名無しさん@3周年:04/01/01 10:27
明けましておめでとう!
今年もヨロシク。
あけましてクリシュナジー
あけましておめでとう。
今年も実践をヨロシクです。
明けましておめでとうございます。今年は広く、山行報告でもさしてもらいます。
>>517 以前の女性と別れ、今の女性と生活を共にする以前の想像と、
現実とはどう違いますか?
餓鬼の頃には絵くらい描けたが絵もかけん。しかし願いだけでは生きていけません。まだまだあんだろうが。つまラン嘘はつかんこった。
528 :
名無しさん@3周年:04/01/02 23:38
なんとなく早春スケッチブック
若者の純粋な心に響いたあの言葉はどこまでほんとうだったんだろうか・・
さっきはやいながれぼしとゆっくりおちてゆくひかりを発見!
なんかふに落ちんなぁ。見たもんはみたんや。気分わるなってきた。
新春そうそう気功やったら気失って倒れて頭をしこたま打った。
死んだと思ったら死んでなかった。
そういや去年は切れてあたま割ったりまちがって親指切ったり血をみた。これからは堪忍な。静電気の方もいらんじょ。僕陳元気すたーと。
>
>>517 > 以前の女性と別れ、今の女性と生活を共にする以前の想像と、
> 現実とはどう違いますか?
イイ問いだね。
想像と欲求の過程を持ってこの女性からあの女性へ切り替えたと言うよりは、
昨年の春の夕日が漏れをして決断させた。
だからこの決断をして戸惑っているのは周囲の人間だけでなく、
当事者もそうなのだ。
前の人が原因ではないし、別れる大きな原因があったわけではない。
ただ、二人で一緒にいることが本当の幸せ、生の海に何もつけずに
飛び込むことにおいて、障害となるのか、見出すものがあるかと言うことだ。
愛の果実は熟し終えれば、自ら樹から落ちる。そんな感じだ。
表面的な不満や鬱積していた感情はなかった。前の人とはそれらを関係性の
中でぶつけ合った盟友でもある。漏れは愛ゆえに、前の人と別れた。
愛は相手に自由を与える。一緒にいることを持続することは、記憶と欲望が
織りなす執着でもる。別れへの恐怖故に一緒にいる状態は世間に溢れているが、
それは障害である。
誰でも自らが味わっているものを持続したがる。
生はときにそれらを奪うことによって、新たなエネルギーを獲得しようとする。
関係は終わり、そして始まる。そして人は新しくなる。
悲しみは理解があれば新しいエネルギーとなって人の中に満ちる。
愛すること、人生はまさに修行だと思う。
kはこのようなときこそ、全体的な注意深さが必要だと言っている。
漏れはそれをやり遂げた。もちょろん、完璧ではないが。
春の夕暮れは人生を変える力を持っている。
535 :
名無しさん@3周年:04/01/04 00:51
>>栗山
要するに前の女とは”飽きた”ってことか?
536 :
名無しさん@3周年:04/01/04 05:37
要するな
537 :
名無しさん@3周年:04/01/04 14:13
脳内感傷見苦しい。
中島みゆきの歌にみんなの前で女がよこしたラブレター読み上げる
ヴぁか男の歌があったよな。
女との関係性ってなかなか大変なものがあるよね。
自分の変化で関係性自体が壊れちゃったりするわけだから。
関係性が終わるべき時に終わらせないとグダグダして腐ってくし。
oshoは相手に対して誠実であるよりも愛に対して誠実であれ、と言ったが
まったくその通りで相手と別れることが愛を生きることにもなる場合がある。
僕のよくいく銭湯に手なが猿が一匹かわれてある。檻のなかでおれが近寄っても脇目ふらず泣き叫んでいたわけだが、中心で愛をさけぶとはそういうこと。まちがわないよう。
しかしこれ以上あいされようとおもったら恥じらうより手だてがないんだよね。笑>愛の話題だろ。
なんの仕事したらええねん。おしえてくれー
マジレスするよ。
おれも人とツラつき合わせて仕事するのニガテ。つーか人がそばに居るだけで息ぐるしい
だから先物を仕事にした。でも現実はきびしいよ。
お勧めできない。シヌのは時間のもんだい
猿ベージは?
544 :
名無しさん@3周年:04/01/05 04:36
はやおとはやお
545 :
まりりんちゃん:04/01/05 21:03
猿か人かと問われてもこまるます。吐気するからね。最近。金払って情報絶ちにいきます。断食ね。おもろそうやろ。また報告するわね。
>542本当にありがとう。
「溢れかえる情報過多の世界。一元化された価値観を求め、全てを盲信
する人々。そんな時代には、このような精神的防衛手段も必要なのかと、
感じます」庵野秀明
今日買った、なんだかスゴイ本の帯。
これは立ち読み(笑
「見苦しいほど愛されたい」みうらじゅん
よくわかんないけど、がんばってください。断食。
549 :
名無しさん@3周年:04/01/06 04:55
情報断ちをするための情報をしこたま仕入れているまりりんちゃんってお茶目。
>>534 イメージではない。よってそれは所有感を伴うものではないのですね。
あなたが独りの時あなたは理解し、そして結婚はただの結果であり、
それが重要なのではないのですね。
「もしかしたら、そこに愛があるかも知れない。」こう言う瞬間、言葉が
問題を作り出す様に思います。「愛」を今すぐ所有したくなりウズウズ
します。そして何かをでっち上げます。
結婚、恋愛、愛、気付き、自己認識、何でも手段が重要になる時、
理解はなく、イメージであり、所有しようとし、維持しようとし、心が
安定を求める故の逃避であり、つまり思考であり、私であり、結局
愛はないでしょうね。
ん? 栗山は成田離婚したのか?
552 :
名無しさん@3周年:04/01/07 05:33
悲しみの記憶から快楽を搾り取る事の滑稽さと
嘗て愛した者に対する配慮を欠く無神経さ。
Kは真の愛は対象を持たない愛だと言った。
だから、言うまでもなく、前の女がどうとか今の女がどうとか、
対象の話ばかり言っている栗山に愛なんてない。
女性に対する「愛」は対象があり、対象のあるところ欲望があり、執着がある。
>対象の話ばかり言っている栗山に愛なんてない。
yes。漏れには愛なんてない。しかし愛は対象と無関係であることを知ることは
愛がないことへの気づきから始まる。
>悲しみの記憶から快楽を搾り取る事の滑稽さと
>嘗て愛した者に対する配慮を欠く無神経さ。
皆これをやるだろう。これついてどれだけ正直であるかだ。
多くは自分には配慮があると思っている。それは大嘘だ。
特に男はだ。
>所有しようとし、維持しようとし、心が安定を求める故の逃避であり、
すべてのキモはここだ。関係を壊したときに痛々しいほど露呈するものは、
実は途方もないエネルギーも秘めている。これはKもそう言ってる。
だから悲しみの理解は自己認識への途方もない機会でもあると思うし、
確かにそうだと言えよう。
>>553 紋きりG信者か。
今年もよろしくな。一緒に無明を旅しようぜ。
漏れには喪前がとなりにいるのが良くわかる。フフフ
556 :
名無しさん@3周年:04/01/07 12:43
>皆これをやるだろう。これついてどれだけ正直であるかだ。
ああ、悲しいことに多分みんな過去の記憶から快楽を毟り取ることだろう。
だが、それに気づいていながら掲示板に晒して悦に入ることをする人間は
少数だと思うが。
愚かさに、気づき自らを戒める<意思>の行為はたとえそこに愛がなくとも
習慣化された無知の継続を緩める力がある。
クリシュナムルテイであれば意思の行為は欲望の異なった現象形態であると
定義するであろうが、仏教徒であれば意思を<善い/悪い>に区別する。
K信者は気づきがないにもかかわらず気づくだけでいいと語るがために
オノレの無明から一歩も進むことができない。
557 :
名無しさん@3周年:04/01/07 12:52
kのビデオ字幕入りでDVD化してくれ
例えば「無明」と言うとき、必ず「無明」であろう、「無明」でなくあろうという
欲望があります。そしてそうであったり、そうでなかったりする事に対する
希望、恐怖がその時生まれます。おもしろいですね。
発言そのものが思考の働き、対象化、ヴァーチャル化の自動作業ですね。
あるがままのものに対して真の関係を持つ発言者等いません。その全て
が私です。そしてこれも対象化されました(笑い。
>>556 愚かさに気づく私が愚かそのものなのです。愚かさが別にあるのでは
ありません。私の全てが愚かなのです。
560 :
名無しさん@3周年:04/01/07 19:38
ただ洞察するだけでいいと繰り返しているk自身、眼球を停止しろとか、
思考の内容を紙に書き留めてみろとか言っていたりする。
無為であるためには端的に何かを為さねばならない。
彼は70年を超える教えの果て誰も変容しなかった事を認めることに
対し謙虚であった。
>私の全てが愚かなのです。
しかし何も変わらない・・・・・。
>>557 だよな
ビデオはちょくちょく個人輸入したけど
何言ってるのか部分的にしかワカラン(・∀・)
>>560 私が何かを考えたり発言したりする事により恐怖は生まれ、それから逃れる為に私は
無為に変化しなければならないと言います。そして私はその為に端的に何かを為さねば
ならないと言います。
何かに変化したり、何かを為せば無為になり、恐怖から逃れられると思う私は、決して
私自身恐怖である事に気づく事はないでしょう。
556はG信者か?
>だが、それに気づいていながら掲示板に晒して悦に入ることをする人間は
>少数だと思うが。
漏れと藻前の2人は確実に入るわけだが。
>K信者は気づきがないにもかかわらず気づくだけでいいと語るがために
>オノレの無明から一歩も進むことができない。
気付くというのは行為でなく、日々起こる日常のことから、
思考が築きあげてきた様々なもの、愛だろうと、思想だろうとイデオロギーだろうと
それらの瓦解し終わった残骸を眺めて初めて無明を無明と知ることができる。
しばらく留守にする
つーか一緒にされるほど、藻前は間抜けなことを書き続けてきた訳だが。w
>>566 人を見る目がない奴は可哀想だな。
お前らは俺がKはいろいろな点でGにそっくりだと指摘してやったら、何も反論できなかったくせに。
568 :
名無しさん@3周年:04/01/08 02:07
『ヒンドゥー教と仏教(西尾秀生/ナカニシヤ出版)』という本に、インド宗教を
巡る一般概論書では珍しく、クリシュナムルティにもかなりのページを割いて
言及してありました。
結論としては、バガヴァッド・ギーターに説かれた世界認識そのもの、という
ような比較分析がされています。
『クリシュナムルティの神秘体験(めるくまーる)』に記されてある<私>とは、
「=クリシュナ」である、と。
興味のある方はどうぞ。
569 :
名無しさん@3周年:04/01/08 03:03
クリシュナなんかどうでもいい
興味全くなし
570 :
名無しさん@3周年:04/01/08 05:02
>無明を無明と知ることができる。
しかし誰も何も変わらなかった・・・・!!
571 :
名無しさん@3周年:04/01/08 05:24
>>567
>何も反論できなかったくせに。 ・・・・×
誰も相手にしてくれなかったくせに・・・・◎
>>571 過去スレ読め。皆マトモな反論が全くできずに必死にグルジェフの顔批判とかしてるから。
だって1番とか3バンとかバカバカシクテ反論する気にもなんあないよ
というかさG虫ご本人サマのこと言ってんの。
Gなんかどうでもいい
今年もハリキッテいきますかあ!
主役はあんたG蒸しさんだよ。
しっかりガオガオ吼えまくるよーに
そして俺たちギャラリーを大いに楽しませてくれ。w
それではスっタート!!!!
577 :
名無しさん@3周年:04/01/08 15:59
G虫さんって人間何番ですーか?
578 :
名無しさん@3周年:04/01/08 16:18
皆すまんが、G虫はここで飼ってってくれ。他のスレでツマンナイ煽りを
しないように。
>>578 世間一般ではそういう書き込みをつまんない煽りというんだが、、、。
580 :
名無しさん@3周年:04/01/08 17:29
おっ、釣れた釣れた。
カコワル( ´,_ゝ`)プッ
今年も相変わらずG厨はG厨なんだなあ。
583 :
名無しさん@3周年:04/01/08 22:00
今日はじめて自分の精液を舐めた。
基本的に菜食なので味はしなかった。
ちなみに肉食者のソレはアンモニウムのような味がするらしい。
584 :
名無しさん@3周年:04/01/08 23:57
あーあー父子関係 無情
585 :
名無しさん@3周年:04/01/09 04:23
G厨改めギョウ虫と呼んでやってください。
地球も冷えてく。太陽も尽きてく。地球もやがて発熱を増してく。宗教いらんやろ。↑やリアルタイムで考えてくれ。宗教の心配いらん。
もうどこから来たのかなんて笑わかるやろ。あなたは世界です。親孝行これ孝の原点。私は放蕩物です。
588 :
西堀栄じろう:04/01/09 17:11
心に錦を。男やったらホワイトアウトをめざせ。闇で闇を照らすのは人間関係のことや。やりなはれ。 ありがとう!
589 :
名無しさん@3周年:04/01/09 21:16
いじめぬいてください もっと もっと
590 :
温州蜜柑姫:04/01/09 23:45
僕が19になった時 鞄一つ抱いて旅に出た
誰かにさらって行ってもらいたくて
生まれた町の家並みにうずくまる月並みをかわしたくて
黄色い砂埃と情熱を取り違えて コートの上にマフラーを重ねて
一人で旅にでたのはもう誰もいない 春休み
上海の泥の海が僕を呑み込んでくれそうで
青森の雪の山が僕を抱きしめてくれそうで
虞美人の花が僕に微笑んでくれそうで
591 :
温州蜜柑姫:04/01/09 23:46
でも ヴェニスの熱い風が 僕をどこかへ売り飛ばしてしまった
もう誰もいない春休み
君と熱いコーヒーを飲んでいたのは 17の年の冬休み
一人でテーブルを見つめながらすわるのは それからの春休み
生臭い腕が招く後をついて行って立ちすくみ
生臭い嘘の囁きに耳を澄まして立ち停まり
ガイドブックの誘惑に身を引き裂かれそうで
でも 気がついたら僕は20歳の奴隷市場で
春をひさぐ 夏休み
592 :
温州蜜柑姫:04/01/09 23:48
僕が19になった時 鞄一つ抱えて旅に出て
誰かがさらって行ってくれそうで.......
生まれてきた全部を消してもらえると思って
黄色い砂埃と情熱を取り違えて コートが蒸し暑いような
一人で旅に出てしまったのは もう誰もいない春休み
すべてがまぼろし すべてがまぼろし
もう誰もいない夏休み
もう 春休みも ない
詩集『大戦序曲』 橋本治
>>573 K
「各人の中には三つの別々の存在があります。精神と感情と身体です。
もしご自分の精神と感情と身体を観察してみれば、それらは三つの異なる実体であり、
各々が別々に働き、奮闘しており、ゆえに不調和を生み出していることがわかるでしょう。
これは次のようにたとえることができるでしょう。
あなた方が三頭立ての馬車に乗っている時、もしその三頭を御すことができなければ、
それぞれが別々の方向に馬車を引っ張るので、あなた方は目的地にたどり着けないでしょう。
が、もし三頭を御し、確固たる目的を持っていれば、
理解の上で調和よく目的地にたどり着くことができるでしょう。
そのように、私たち一人ひとりの中には精神と感情と身体という三つの別々の存在があり、
完全な調和をもたらすには、そのそれぞれを完璧にしなければなりません。」
ほら、グルジェフそっくりじゃん。人間1番〜3番って言うGの表現は、
各人の中でこの3つの実体のどれが優勢に働いてるかという事の説明をしているだけだよ。
思考(精神)が優勢な人は人間3番、感情は人間2番、肉体は人間1番。
馬車と御者という表現もGがしょっちゅう使っていたもの。
ろくに知らないまま書き込んでばかりいると皆に笑われるよ。
594 :
名無しさん@3周年:04/01/10 05:06
表面が似てたからどうしたんだ、ギョウ虫。
麻原とダライラマだって似てるだろよ。
食い尽すだけが脳じゃない。東洋はそもそも理由ありにみちている。案外この国は臨海点かもしれない。遠い国に行きたいのは同感。
596 :
名無しさん@3周年:04/01/10 16:17
597 :
名無しさん@3周年:04/01/12 06:33
あけましておめでとうございます。
私も見ましたよ、ゆっくりと動く光を。麓にて。
598 :
名無しさん@3周年:04/01/14 02:02
>>593 3番で終わりかよ! 残りの7番まではどうした?
というか1番が肉体で精神が2番で・・とかそんな番号なんぞつけて
なんか意味ある?頭こんがらがっちゃうじゃないかぁ
そんな書き込みしてばかりしてるから皆に相手にされなくなってますよ?
で、おたくは何番なのよ!?
599 :
名無しさん@3周年:04/01/14 02:26
よく分からんのだけど3番とか5番とか何のための数字なのよ
なにかの段階か?それを表してるのか?
5番ってのは4番より上?下?
600 :
名無しさん@3周年:04/01/14 02:48
アウグスティヌスが三位一体論を主張したのと似たようなものなのか?
もともと聖書の中にはそれについては書いてないが。
一種の学問にしようとしたのか?
601 :
名無しさん@3周年:04/01/14 03:58
そっくりだなんだとか、なんかどうでもいいという気が駿河。3番とか4番とか・・・も?
あたし4番で今奮闘してる最中なの。
とか、
おれ3番だぜ。(泣
とか、
5番に到達したみたいだ。よーしおじさん次がんばっちゃうぞ。
とか?
なんかどうでもいい気がするのが率直な感想だなぁ。
そっくりだからって、だからどーした?って感じ。
そっくりってどういうことなんだ?それ以上の何かがあるのか?
602 :
名無しさん@3周年:04/01/14 04:02
そっくりといえば、kは釈迦やイエスとそっくりなんだってね。
何がそっくりって、
沈黙
がさ。kご本人のお墨付きだから間違いないんだろうが、ほんとどうでもいいことだわ。
603 :
名無しさん@3周年:04/01/14 04:13
maどうでもいいことにこだわってこそ煽り愛もあってスレも順調に伸びるというわけだ。
606 :
名無しさん@3周年:04/01/14 05:26
おはよう
風が強いね
607 :
名無しさん@3周年:04/01/14 09:57
ぽっキーG
608 :
名無しさん@3周年:04/01/14 11:05
風に流れる雲の群れ・・
Kスレは初代のころから荒れてたんだな
610 :
名無しさん@3周年:04/01/14 17:08
夕暮れになった。山の稜線が黒く映えてきれい・・・
611 :
名無しさん@3周年:04/01/14 22:22
冬の寒い夜はコタツみかん最強。
労苦によって得る楽しみ。
神のみ技。
「私は自由な人間だ。番号なんかで呼ぶな!」
ボンジョールノ。
ローマ>フィレンツエ>ベネツィア逝ってますた。
スレも適当に延びてて、グラツッエ。
ラファエロとダビンチの絵には素直に感動できた。
キリスト教的世界観は特段好きというものではないが、
美は精神の意図とは無関係に、絵を乗っ取るように見える。
キリスト教的モチーフの絵は山のようにあったが、美はそのモチーフが
伝えようとする意図とは無関係に存在するということが分かった。
芸術は精神の領域から始まって、美が始まる処で終わる。
ダビンチの受胎告知を見てというか眼が引きつけらたのだが、
その中で、天使がマリアに受胎を告げるモチーフの中で、天使が今にも
語りかけるようで、リアルだった。おそらくダヴィンチは美なるもの、
真なるもの、善なるものを静かな微笑みとともに絵画で語っていたのでは
ないだろうか。そんな閃きがあった。
とはいえ、ゴシック形式の仰仰しさや、聖堂の圧倒的高さの建築などは、いかに
西洋的思考が「天国」のイメージを創造し、人々を条件づける装置の役割を果していたか
も如実に分かる。これも精神の営みであるが、ダヴィンチが目指したものとは明らかに別の
精神性と言っていいだろう。精神の営みは、人間を縛り付けるか、解放するかのどちらにも
向けることができる。Kが、「精神は完全に止まなければならない」というの聞くとき、
自分の精神はどちらに向かうだろうか。それ自身の消滅に向かうだろうか。
それとも精神そのものが生き延びる道を選ぶだろうか。
本物の美の前には精神の沈黙がある。
この心の屈託の無さ。
これが若い心。
好きな事をして、好きな事を思う。
誰も咎める者はいない。
俺と人生の間には何も邪魔するものはない。
616 :
名無しさん@3周年:04/01/19 20:26
>>616はわがままで孤独ではダメだと自分に言い続けて来た。
618 :
名無しさん@3周年:04/01/20 00:05
>>617 じゃあ、617はわがままで孤独で、しかもそれでいいと思ってるわけだ?
一瞬でも良いから
>>618の中にあるわがままや孤独を批難せず、
それ自体になれ。愛してやれ。
620 :
名無しさん@3周年:04/01/20 21:49
>>619 別に非難してないけどな。愛してもない。
619は”愛”がなんだか知ってるのか?
>好きな事をして、好きな事を思う。
>誰も咎める者はいない。
>俺と人生の間には何も邪魔するものはない。
こう考えることもないがね。
621 :
名無しさん@3周年:04/01/22 13:28
ツマラン、ミニクリシュナムルテイ気取りが多くてまことに詰まらん。
622 :
名無しさん@3周年:04/01/22 13:53
>>621 まあ、刺激を求めているうちはなんともならんよ。
624 :
名無しさん@3周年:04/01/23 00:02
>>623 じゃあ、”愛してやれ”っていうのは、何を言いたかったんだ?
なにウダウダやってんの?
でもいいよ。煽り合いはわしらにとっちゃ自然なことだ。
わしらは暴力的で、愛が無く、自己中心的で、あらゆる意味で権威を
求めていて、経験を求め、何かになろうと求め、Kにおいて正しく
あろうと求め、他人にツッコミを入れることで優越感を得る。
エトセトラ
いいよそれで。 正直に認めても、認めなくてもいいよ。
ここはそういうスレさ。
627 :
名無しさん@3周年:04/01/23 19:58
>>栗山
ツッコミ入れるが、優越感は得られないな。
本当は自分では気づけないような、指摘をしてもらえたらいいんだが。
なかなかうまくいかない。
> 本当は自分では気づけないような、指摘をしてもらえたらいいんだが。
指摘されても、自分に正直になれないということもあるし、
指摘する側のものの見方の偏極具合も気になるよね。
でも、結局は愛と真摯さをもって語り、謙虚さを持って聞く
(もちょろんポーズじゃダメヨ)
しかないのかなと思うよ。他のKスレを見てもね。
まぁみんなで家族のように、歯に衣を着せずいいあいましょ。
共に見出すようにしましょ。
皆、人間として抱えてる問題の中身は一緒なんだから。
Kの読者であれば、そこから出発できると思うし。
ちゅーことで、グラッツェ。
昨年漏れは、前の人を捨てて、新しい人とケコーンしたが、
やはり悲しみというかある種の罪悪感はあったんだ。
Kをなにげに読んでたら、
「あなたの悲しみはあなたのもでなく、人類全体のものです」と、あった。
正直救われたね。
629 :
名無しさん@3周年:04/01/24 21:38
>>栗山
>指摘されても、自分に正直になれないということもあるし。
そう、これが一番の問題。核心を付かれていると感じるほど、
むやみに否定し、話をそらそうとする。本人は多分それに気づいてないかも。
>指摘する側のものの見方の偏極具合も気になるよね。
違っていることなら、気にならないし、そのまま指摘しなおせばいい。
でもその相手が冷静に考え直し、その上でレスすることはあまりなかったが。
>違っていることなら、気にならないし、そのまま指摘しなおせばいい。
指摘されても、自分に正直になれないということもあるし。
>そう、これが一番の問題。核心を付かれていると感じるほど、
>むやみに否定し、話をそらそうとする。本人は多分それに気づいてないかも。
指摘する側のものの見方の偏極具合も気になるよね。
>>629 問題の核心は、理屈を言う事無しに、何かの方法を求める事無しに、
愛を知る事無しに、ただ愛する事だ。愛という言葉が嫌いならそれに
拘らなくても良いが。
ここは、基本的に、ありのままの自分を表現する処。
正しくなくたって、愛がなくたってイイと思っている。
なぜなら、それは思考の領域のことだし。
煽り合いがあってもイイと思っている。
なぜなら、わしらは所詮その程度で、いろいろ執着しているものがあるからだ。
ひとつだけルールがあるとすれば、自分に正直になることだけかな。
あらゆる種類の内側の葛藤を誤魔化すことのないように。
心配いらない。
誰もがみなそれを持ってる。誰もがみなそれを理解できる。
愛を持って、それととも留まって欲しい。
このスレはそのために捧げたい。漏れはそのために協力したい。
>ひとつだけルールがあるとすれば、自分に正直になることだけかな。
>あらゆる種類の内側の葛藤を誤魔化すことのないように。
それが出来るのは愛する時だけだ。自分の問題を愛する事無しに、
何故それに面と向かう事が出来るだろうか。何故それに気付く事が
出来るだろうか。何故それと一体になる事が出来るだろうか。その時、
俺がその問題を見ているのではなく、その問題だけがある。
>それが出来るのは愛する時だけだ。自分の問題を愛する事無しに、
>何故それに面と向かう事が出来るだろうか。
不思議な表現をするね。
誰が何を愛するのだろう? 愛ということばで何を意味するだろう?
問題を愛するとはどういうことだろう?
わしらは、注文をつけるのがとても好きである。
愛するためには○○でなくてはならないというように。
最初に愛することをしないで、「こうすれば私は愛するようになるだろう」と言う。
これらは欺瞞ではないだろうか?
>自分の問題を愛する事無しに、
>何故それに面と向かう事が出来るだろうか。
あなたの問題とはあなたそのものであり、私の問題とはわたしそのものなのだ。
私=私の問題なのだ。違うだろうか?
だから、「面と向かう」、「愛すること無しに」というのは、
結局思考の反応ではないだろうか?
>最初に愛することをしないで、「こうすれば私は愛するようになるだろう」と言う。
>これらは欺瞞ではないだろうか?
不思議な事に俺はそう言うつもりで書いたのだ。確かにそれはただの時間つぶしだ。
実は俺はあなたの「正直になりなさい」という言葉に「何に基づいて?」と、同じ様な
欺瞞を感じて書いたのだ。
>あなたの問題とはあなたそのものであり、私の問題とはわたしそのものなのだ。
>私=私の問題なのだ。違うだろうか?
これも不思議だが俺の言ってる事と似ている。私そのもの。問題そのもの。どう
言っても良い。どっちにせよ愛する人にはどうでも良い事だし、愛さない人にはただ
の理屈なだけだ。
>だから、「面と向かう」、「愛すること無しに」というのは、
>結局思考の反応ではないだろうか?
俺はこれで分かったのだが、自分から何かを言うときはそれは条件付けるつもり
はないのだが、人から何かを言われると「そうしなさい!」と窘められている気になる。
だって相手の書き込みは言葉でしかないから。初めから理屈を言ってる様に聞こえる。
私は私の意見が一番重要だ。他の誰から出た意見よりも私から
出た意見に確信する。何故なら私自身がそれを確認しているからだ。
私は私という観察者の判断が一番安心するのだ。
それはモデルと審査委員が同一人物であるミスコンと同じで、
結果は初めから分かっている。私は私の定規で私を計り、その
定規が正しいかを計るのにもその定規を使う。私の判断が正しいか
正しくないかは私が判断する。その様に観るものと観られるものが
同じである事に気付かなければ、その観られるもの「私」は絶対だ。
そういう訳でそれは全事象の中で一番安定し、全ての判断の基盤
になる。私の活動、価値、持ちもの全ては私の上に築かれた。だが
その足場は実は無く、全ては漂流している。
だから私の意見が否定されると、それは非常にまずい事になる。
安定が崩れない様に、私が継続する様に必死に抵抗しなければ
ならない。
どっちみち他人の批判など問題にならない。彼が何と言うか初め
から分かっている。他人の判断も私が判断しているのだから。
>俺はこれで分かったのだが、自分から何かを言うときはそれは条件付けるつもり
>はないのだが、人から何かを言われると「そうしなさい!」と窘められている気になる。
>だって相手の書き込みは言葉でしかないから。初めから理屈を言ってる様に聞こえる。
条件付けるつもりはないよ。
正直であることをルールとしたいと書いたのは、こういうテキストとの応答で、
一緒に森の小道を散歩しながら、お互いの生について、愛について、虚偽について
対話していくために必要だからと思ったからだ。
こういう場所で、お互いの信頼を求めるのは無理だろうという、考えもあるだろう。
しかし、面と向かって話をしても、自分を正直にさらけ出す人間は非常に少ない
のではないだろうか?Kの集まりでもそうではないかな?
漏れの言葉を信頼する必要はないが、ここの匿名性を生かして逆に正直になれるかもしれ
ないという、漏れのささやかな期待もあるのだ。だからとにかく実践としてやって
見ようと思った。ルールや定義より、お互い信頼できる中での雰囲気をここで作りたいの
だ。漏れは。
>だから私の意見が否定されると、それは非常にまずい事になる。
>安定が崩れない様に、私が継続する様に必死に抵抗しなければ
>ならない。
誰もが自分の意見に執着する。誰もが自分に執着する。
それはもう分かりきっていることだから、誤魔化す必要はないんだ。
どっちみち他人の批判など問題にならない。彼が何と言うか初め
から分かっている。他人の判断も私が判断しているのだから。
>どっちみち他人の批判など問題にならない。彼が何と言うか初め
>から分かっている。他人の判断も私が判断しているのだから。
基本的には何でもアリだよ。批判したいならすれば良いし、
判断したいならすれば良い。ありのままをありのままに。
>正直であることをルールとしたいと書いたのは、こういうテキストとの応答で、
>一緒に森の小道を散歩しながら、お互いの生について、愛について、虚偽について
>対話していくために必要だからと思ったからだ。
そもそも何の為に対話をするのだろうか?
>そもそも何の為に対話をするのだろうか?
理由が重要ですか?
森の小道を散歩するのに、気分転換のためだなんていちいち言わなくてもいいわけで。
対話しなければいけないなんてことはない。
このスレを前にしてできることは、
「自ら書き込む」「ROMする」「他のスレに行く」「2chをやらない」
「パソコンの電源を落とす」いずれかかな。他にもあるかい?
「理由がなければ書きこまん」でもOK.
「栗山のアラを探す」でもOKOKよ。
641 :
名無しさん@3周年:04/01/28 00:28
対話はやっぱり、、、共通項を見付ける為。基本的に合い入れないわけで。
642 :
名無しさん@3周年:04/01/28 00:37
真理を探る目的?に従事してるのかい? 途方のなさに、、、勝てよ。器は土を焼いてつくるんだよ。
>そもそも何の為に対話をするのだろうか?
生の目的はコミュニケーションだがなにか?
644 :
名無しさん@3周年 :04/01/28 10:56
>生の目的はコミュニケーションだがなにか?
本気でそう考えてるのか?だとしたらアフォだな。
生に目的なぞ無い。
生は生それ自体で完全に完結したものだ。
目的などと言うのはマインドの残滓の産物でしかない。
>対話はやっぱり、、、共通項を見付ける為。基本的に合い入れないわけで。
そうね。ポイントはそこなのよ(リアルサンバネカマモード)
ここで対話して分かってきたことは、わしらがいかにアホかという共通項かな。
違いはもちょろんあるが、いろいろ執着やらマインドやら、反応があるというのは、
共通した事実じゃないかぇ。
対話はわしらの意見の違いを浮き彫りにし、
また、わしらの生の根底の共通性を浮き彫りにするみたいだ。
>生に目的なぞ無い。
>生は生それ自体で完全に完結したものだ。
>目的などと言うのはマインドの残滓の産物でしかない。
K虫的な意見に見えるんだが。みんなはどう思う?
(続き)
そんなこと言ってると、
>kのせいで
kのせいで
kのせいで
何もできなくなっちゃったよ
何を選択しても「分裂した一部分の判断に過ぎない」って思うの
行動できないよ
ヒッキーなりかけ
ミタイニナッチャウゾオ?
648 :
名無しさん@3周年:04/01/28 20:07
あふぉらし。
大体「生の目的」なんつー表現自体どうとでもとれる言葉だ。
そして上のk虫的発言は君の軽率な発言をからかったに過ぎんよ。
まあでも敢えて言わさせてもらうなら目的と手段が一致した行為というのは
誰もが子供の頃に経験しているもんだぜ?
だからまとめさせてもらうと俺は「生の目的はこみゅにけーしょん!」
なんていう濡れまんちんぽなセリフは大嫌いだ! 以上。
649 :
名無しさん@3周年:04/01/28 20:34
そしてしつこく言わさせてもらうなら
「生の目的はこみゅにけーしおん!」なんていうアフォな事を言うこと
自体が反動としてひきこもりなんてのを作り出しているんだよ。
生の目的?そんなの自分で決めろよ、下らない。
生それ自体の歓喜から統合性から行為は生まれる。
目的なんぞと言うそれ以上に生それ自体が目的なんだよ。
俺達はそれを今実際に生きているんだよ。
>>645 >対話はわしらの意見の違いを浮き彫りにし、 また、わしらの生の根底の共通性を
>浮き彫りにするみたいだ。
嘘だぁ。アホが集まってアホな事話したって結局アホはアホ故にアホなままだよ。
651 :
名無しさん@3周年:04/01/28 21:10
それを概念でもって切り刻むなよ。
それはあたかもおまんこの最中に「待てよ!このおまんこの目的はなんだ?」
などといとしの彼女に質問するようなものだよ。
いい?
僕達は既に生という睦み合いの中を生きているんだよ。
それ以上に必要なものは何も無い。
もちろん問うこと自体が睦み合いである場合もあるよ。
それが本当に君の心からでているのなら。
アフォな標語程この世を惑わすものは無い。
生の目的と言うと、生に何か目的があるように聞こえるね。
その目的云々については話し合ってもマズーな悪寒がするが。
でも、「目的」ってなんだろうか?
「目的」は、あるがままと、あるべきものの間の葛藤と無関係だろうか?
わしらは割と何にでも目的という言葉を使うが、「生」に対して本当に
その言葉はフィットするかな?
それとも「生」は絶えざる葛藤だということだろうか?
そういう言い方をする人もいるよね。「生きることは闘いだ」みたいな。
Kが常々言っていたことに、「生きることは関係すること」というのがある。
Kの言っていたこの「関係性」について皆はどう捉える?
だれかは「生の目的はコミュニケーション」と言っていたが、情報の伝達と、
関係性の違いはなんだろうか? たとえば、イラクで爆弾テロがあって、
5人のアメリカ兵と3人のイラク人が死んだという情報を得て、「フーン」
としか思わないとき、そこに関係性はあるだろうか?
情報はあっても関係性の認識がないとき、そこにあるのは孤立という幻想
だろうか?
>僕達は既に生という睦み合いの中を生きているんだよ。
人々は孤立という幻想の中にいながら、実は睦みあって生きているのだろうか。
ココを読んだりカキコしたりするのは、実は寂しがりやサンということかな?
653 :
名無しさん@3周年:04/01/29 11:26
>僕達は既に生という睦み合いの中を生きているんだよ。
人々は孤立という幻想の中にいながら、実は睦みあって生きているのだろうか。
ココを読んだりカキコしたりするのは、実は寂しがりやサンということかな?
はあ・・・どうしても栗山ちゃんは2元性からしか言葉を読めないみたいだな。
睦みあいというのは自己の十全性からしか出てこない類のものなんだよ。
そうでなければそれはマインドのやりとりでしかない。
栗山ちゃんはあまりに叙情的すぎるな。
感情をブッたぎられたことがないんだろう。
社会人としてはいいかもしれんがもう少し自分の感情に意識的に
なったほうがいいよ。
ねぇねぇ上の人にききたいんだけど
生自体を目的と言うその根拠は何?
なんで生きてなきゃなんないの
生の歓喜なんか感じないよ〜
うん、「生の目的」という」言い方だと、日本語の性質上、意味が違ってはくるな。
「存在の理由」と言い換えたほうが分かりやすいかな?
>654 瞑想するといいんじゃないかな?
>ココを読んだりカキコしたりするのは、実は寂しがりやサンということかな?
俺の場合、仕事が締め切りまじかにすいやっちゃう逃避行動(w
657 :
名無しさん@3周年:04/01/29 19:53
孤立や葛藤や逃避を非難しないでそこからいろいろ探りを入れて自分で
探求すればいいと思いますね、それをなくして「愛」があるようにふるま
うからさらなる葛藤が増えてしまうし、理想とあるがままと乖離が生まれる。
>>649さん
>生それ自体の歓喜から統合性から行為は生まれる。
歓喜とか統合性を失っちゃった奴はどうすればいいの?
行為しないでいればいいの?もうすぐ死んじゃいそうなんだけど
>555さん
瞑想ってどんなことすればいいの?
>なんで生きてなきゃなんないの
なんでこんな問いがでてくるのかな?
なんで君は引きこもっているのか?
それをじっくり考えなよ。
ただしいかなる社会通念も常識も介入させてはならない。
1ミリたりとも是非を介入させずに考えな。
君は君自身の生の事実においてすでに満たされている。
ただ唯一是非がそれを阻害しているだけなんだよ。
>>658 まずなんかやってみろ。話はそれからだ。大体ヒキる奴はkを読もうが読むまい
がヒキるんだからな。言い訳にするな。「生きる目的は?」もただの理屈、言い訳だろ?
あんたはそれを重々承知している。だってあんたは葛藤してるんだから。
まず外へ出てなんかやってみろ。人殺しや自殺以外なら何やってもかまわんから。
まず著しく反応してみろ。危機に直面してみろ。そしたら嫌でもあんたはそれを見るから。
>>660 グッジョブ!!!、俺が「生の目的はコミュニケーション」とフったのは
そういうことを言いたかった。瞑想はその後でいいや(w
>kヒキ虫 がんばれ。行動を起こすんだ。
649はカタクナナG虫(w。
663 :
名無しさん@3周年:04/01/30 12:02
行動することがいいのかどうかも自分で決めることだとは思うけど、
引きこもりでうちの中でぬくぬくする時間が増えると心も眠る。私が
経験者。外に出るということは引きこもりながら悩むよりも多くの
エネルギーを消耗するよね
ヒッキーの人、多いんですか?
あまり断定するのはイクナイでしょ。
フム。まず話を聞きたいな。
>649はカタクナナG虫(w。
G君は目的志向で少々断定的な印象があるが、彼の熱血さはイイと思う。
あんまり頑なだと辟易するけどね。
スレのバランスを取るのはそう難しくはないな。
なかなか個性的?な面々が集まってきたね。
さてどうなるかな?
>649さん
うん生の事実で満たされてるね
ヒキってるのは行為を選択できなかったからだけど
よく考えてみると、やっぱり生きたいみたい
>660さん
わかった外に出てみるよ
>555さん
がんばってみるよ
>>555 グッジョブ!!!、俺が「生の目的はコミュニケーション」とフったのは
そういうことを言いたかった。瞑想はその後でいいや(w
>kヒキ虫 がんばれ。行動を起こすんだ。
555は本物のアフォだな。
大体そんなこともともと出来てたら引きこもるかっつーの。
まあ、kヒキ虫の状態がどの程度のものかはわからんよ。
だからどうすればいいのかなんて誰にも明言は出来ないさ。
行動しろなんていう古典的な方法も否定はしないさ。
欲望があるならそれを生きればいい。
本当に素直で正直な君自身の心で生きればいい。
ただここはkスレだから敢えて言わさせてもらうなら
本当の意味での行為は洞察から生まれそういった行為は克藤を含まない。
だがそうでない場合行為はその内在的な克藤を外在化させる。
まあでもここで俺が何言ってもそれを生きていない人には
「断定」や「方向性の提示」としてしか見れないんだろう。
マインドはそのようにしか受けとれないわけだからね。
だからとどのつまりみんな好きなように生きればいいのさ。
>だからとどのつまりみんな好きなように生きればいいのさ。
ヒザカックン食らった(w、お〜い栗山さん、このG虫からかっていると
おもしろいぞ〜?
668 :
名無しさん@3周年:04/01/30 20:27
>本当の意味での行為は洞察から生まれそういった行為は克藤を含まない。
人間は意味を病む生き物だから、好きなことを見つけることも
難しいですよ。十中八九好きになるよう努力してる人間の方が
多いんだと思うよ。本当に好きなときはそれが飢えや死をもたら
すものであっても後悔しないことだとクリ爺が言ってましたが
安定を望む心がそれを邪魔するんでしょう。
669 :
名無しさん@3周年:04/01/30 20:30
例えば平和を望む例でもその信念を貫き通すのだったら、まさに
平和という信念のために殺されるかもしれないけれども、それで
も平和を望むのであれば殺されても貫き通せばいいというのが
クリの学校で語られたことです。
安定を望む心がファシズムを生み出したのは歴史的事実だしね。
671 :
名無しさん@3周年:04/01/31 08:13
インドは好きなことをするのも多分日本よりも難しいんだろうね、
宗教を信じない、家業を継がないとかになったら、家を追い出される
とか食べさせてもらえないとかになっちゃうからね。
kを読んだ翌日に仕事をやめてヒキった
だからkは結構ヒキの理由、きっかけになったと思うんだ
ヒキってから
自分のやりたいこと考えてみたけど、本当に好きなことなんてないと思った
生きてることすら好きなのかどうかわからない
でも気づいたら無我夢中で芋を食べてた
673 :
名無しさん@3周年:04/01/31 15:58
感受されたものはすべて苦しみである。って言葉知ってる?
これをギョウ虫も回虫も理解していないんだよな。
あまりこのスレッドの虫たちの意見に惑わされるな。
人生が憂いに満ちているという洞察は釈迦が出家する前に感じていたことだ。
その線で正しい。
>感受されたものはすべて苦しみである。
知らないな。苦しみの素であるという言い方は聞いたことがあるけど。
苦しみってのは分離した意識の産物なんだよ。
そして苦しみから逃れようとすればするほど苦しくなる。
いっそ苦しみをじっくりと味わいつくし苦しみそれ自体になればいい。
苦しみがどのように起きてくるのか見つめてみればいい。
そうすれば苦しみそれ自体が無対象の喜びであることに気づく。
でもたいていのk読みはここまでこれない。
探求それ自体が含む潜在的恐怖に気づけないためにね。
次の言い方は素晴らしいね。
誰の引用?
>本当の意味での行為は洞察から生まれそういった行為は克藤を含まない。
だがそうでない場合行為はその内在的な克藤を外在化させる。
さらに言うとね、kの教えというのは世間でうまく生きるためのものでは
ない、ということ。
大体覚醒という現象自体がものすごくきわどいものなんだから
当たり前といえば当たり前。
k自身世の中で働いた経験ないしな。
大戦中に山の中にヒキって「こういった静かな時間を持つことは良いことです。」
なんて手紙に書いてるし。
まあこの辺の事は一概には言えないがk読んでヒキったとしたら
それも一つの人生だよ。
ただこの場合kの教えに無意識の内に条件付けされてる可能性が高いな。
ちゃんとkの教えを自分の知性でもって読んでいないんだと思うよ。
なるほどな〜。
克藤ってどう読むんでつか?
680 :
名無しさん@3周年:04/01/31 20:13
>自分のやりたいこと考えてみたけど、本当に好きなことなんてないと思った
自分のやりたいことがそのまま職業になるのかは不確実ですね。それはほんの
一部の人たちの話かもしれない。日本の社会も組織化とシステマライズ化され
て専門分野が断片化した社会では学歴を否定しようが仕事を処理する能力に
関して言えばやはり知識は絶対必要とされるし、未開発の人間ではなくて
ある程度適応能力があるとか、レールにすんなり乗れるかどうかとか、問題
を起こさない人間とかで、はじきだされる人間も多いと思います。生まれつき
能力には差がある以上、努力が実らない人もあるし、環境次第で社会のシステム
の奴隷になってしまえば、自尊心や向上心がつぶされて精神の死にさらされる
可能性も転がってます。
でも生きることが喜びになると感じる時も来るかもしれない。そのときは
どの仕事に就こうが問題ではなくなるのではないでしょうか?。それで
そのときには「好きな」事や物はもうそこにあるのだと思います。
679は2ちゃん初心者(w
うう、俺、明日も仕事なのに、一応書いとくけど、葛藤だろ?
そのぐらいの誤字脱字は見逃してやれよ。
葛藤ってどう読むんでつか?
ウッセーハゲ
>>672 kを仕事を辞める口実にした訳だな。その仕事、あんたは真剣に取り組んだか?
もしあんたがその仕事、それの悪い面をも含めてそれに面と向かったなら、
問題は見られたはずだ。
kが山にヒキったのとあんたがヒキってるのは全然意味が違うから勘違いするなよ。
あっちは好きでヒキってるんだから。あんたは葛藤してんだからな。
だってみんな「克藤」って書いてるから俺だけ知らないのかと思った。
だいたいどうやって入力してるんだろう。
686 :
名無しさん@3周年:04/01/31 20:30
>>684 そんな非難口調だと、こう推測されますよ。
「自分に対して言ってるのかな?」
なるほどな〜。684の勝ちだなこれは。
・・・つーか、俺は締め切りが(以下略)
2ちゃんにはまるというのはこういうことを言うのか・・・愕然。
685もなかなかトボけるのがうまいやつだなあ。じゃあオマイは克の字を
なんて書いて変換してんだよ、つーか締め(略)
686は見当違いだな、つ(りゃ
>>684さん
うん真剣に取り組んでたよ
でもなんか突然何もかもが嫌になったんだ
勘違いは全然してないよ
考えてくれてありがとう
>649さん
>ただこの場合kの教えに無意識の内に条件付けされてる可能性が高いな。
>ちゃんとkの教えを自分の知性でもって読んでいないんだと思うよ。
どうなんだろう。自分ではわからないよ
もっとちゃんと読んでみるね
>>680さん
生きることが喜びになる時がくるといいな
生きることには何の価値も感じないよ
肉体だけが生を指向してる
なあkヒキ虫さ、コリン・ウィルソンの「アウトサイダー」って本読んでみ?
俺、締め切り破るから(w
555はもういいから早よ仕事せいw
>555さん
読んでみるね
でも、もう大丈夫だよ遅くまでありがとう
さっきお風呂入ってkの本読んでたら思考のことがわかったよ
価値なんて感じてなくていいんだね
皆さん本当にありがとう
梅見に行ってて、遅レスです。
ヒキさん。生きることは大変ですね。
やりたいことが見つからなかったり、生きる意味が分からなかったり。
考えてみれば私も同じ。ひょっとして誰もが同じかも。
ヒキコモリはしたことないですが、苦しみから逃れようとするのは実に人間的な反応だと思います。
でも苦しみからは逃れた人はいないし、Kがその解決にもならないでしょう。
私も、苦しみを感じられることはイイことだと思うのです。
なぜなら、その痛さをして人をあるがままの真実へと眼を開かせるわけでして。
仏陀はこの世は苦しみを悟って出家したそうですが、もちょろん仏教徒になることが、
苦しみ等々を終わらせるものではあり得ないでしょう。
Kは苦しみや悲しみは生の影だという表現をしています。
山が高くなれば、谷もまた深くなるように。
喜び、そして悲しみ。生のもたらすこと全てについて妥協せず、ありのままの自分を見つめて
いくことは、実はかなり勇気がいることだと思うのです。私はKの言葉そのものよりも、
そのような勇気を彼の本からもらっているのかも知れません。
みなさんはどうでつか?
私はもはや悟りや自己認識等々といったものを求めてはいません。
それはみんな想像上のおもちゃに過ぎないと分かったから。
たとえ誰かがそれについて語っていたとしても、
それが何かを知らなければ、想像することしかできません。
Kを知的に読むことは必要ではありますが、知的理解といったものは、
「知ったかぶり」に為りやすいです。
私は、今生きていることの神秘の全て、それを理解できれば充分なのです。
まず、自分の理解できる足下から始めませんか?
遠くに行くには日々の生からだと思うのです。
>私は、今生きていることの神秘の全て、それを理解できれば充分なのです。
クリちゃんはときどき必殺の一行カマしてくれっから好きだよ
555さんそろそろ寝ましょう。
オヤスミ
699 :
名無しさん@3周年:04/02/01 16:02
暇だね
700 :
名無しさん@3周年:04/02/01 16:03
追っかけ姉ちゃんと変わらん、これでは
701 :
名無しさん@3周年:04/02/01 16:07
やはり地道な努力が実を結ぶ
ゆっくりでいいのさ、
過去スレの四零九より
音 無き音を聞け
たった一度でいいんだ。
そのたった一度を君が探すんだ
704 :
名無しさん@3周年:04/02/01 19:12
自然や花から学んでみる。
物事が万事スムーズに調和して、美しく、しかもかぐわしい香りを放つような
そんな方向は、どこにでもあると思ふ。
いつでも、楽しくて愛らしくてワカワカしく情熱的でエネルギッシュ。
そんな方向を目指そうぜぇ。皆さん。
人間とは「振り子」だ
両極端を極めろ
ゆっくりでいいという自分自身を認めるとともに
がむしゃらに喰らい付いて行くのだ
人生は泣きながら走っていくしかないのだ。 (歩いてもいいぞ)
706 :
名無しさん@3周年:04/02/03 06:40
朝の風はいつもいいね。
707 :
名無しさん@3周年:04/02/03 12:34
おれ最近2ちゃんの一青堂だよん。さみし
709 :
名無しさん@3周年:04/02/07 18:41
クリの勉強会を主催している人間を含めて、クリの言葉を使って
いかに保身に走っている人間の多いことか。
つまり自分自身から逃げているってことだ。
クリの本読んでて、今のそのあなたの態度は何なのよ ってなもんで。
ああっ、また心の中のテッシュボックスを投げつけてしまった。
あー 七面倒臭い !
説明する気にもならん
説明する慈悲心は俺にはない。
言っていることとやっていることが合致していなくていいならチンピラと同じだ。
710 :
名無しさん@3周年:04/02/08 08:36
kの言葉で夢見ていたい人がいるということだね
はたから見たら非常に滑稽だ。ローカルな話だよ。
711 :
名無しさん@3周年:04/02/08 14:41
精神科医を精神分析する
さっさと邦訳の暴露本でないかな
ばんこ君は、おそらくアダルトチルドレンだろう。
君が職場で人間関係がうまくいかず空回りしてしまうのは、
アダルトチルドレンである可能性がある。
心理学の書籍コーナーで目を通してみるのも一考かも
713 :
名無しさん@3周年:04/02/10 17:43
四零九さんもACだったですか。 てきとーな精神分析とちがいますか。
>てきとーな精神分析
同意(w
715 :
名無しさん@3周年:04/02/13 20:27
会話をぶったぎりするような味気ないこと言ってすいません。反省はします。
717 :
名無しさん@3周年:04/02/15 18:41
そんな評判のわるいものはいただけませんな。こんなとこでいわれても一向に差し支えない。
718 :
名無しさん@3周年:04/02/17 03:59
ずるさ加減をたのしめないなんて乙だね。kなんてだれでも実践できますよ。
☆ チン
☆ チン 〃 ∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヽ ___\(\・∀・)< クリシュナジ気取りごっこ、まだー?
\_/⊂ ⊂_)_ \_____________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
|  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|
| .|/
720 :
名無しさん@3周年:04/02/19 06:57
a
721 :
名無しさん@3周年:04/02/19 07:03
ある時ね、風呂に入っていたんだ。新居に引っ越してさ、バスタブに
浸かってさ、リラーックス、したのさ。
したらね、グワーン、って感じ、来て、前後不覚なのよ、そこはさ、
あれあれ、ってなった。今どこに居たんだ???あれ、あれ、
居なかったような、気が、、、兎に角さ、結構衝撃的な体験、
その直後の体験ってね、特別じゃないけれど、衝撃的ではあった。
722 :
名無しさん@3周年:04/02/19 07:09
表現すんのがちょっと難しいんだけれどさ、居眠りしていたのとは、
違うんだね。眠ってたら、ほら、あ、寝てたな、って感じじゃん。
不在ってのはさ、それ自体は体験とは呼べない、いんだけれど、
その直後にね、全く前後不覚、自分が誰とかそういったことすらね、
解らなくなっている、って体験がくる、それでさ、一瞬後にね、
意識が通常になるんだね。ま、驚きはね、ある。
不在、自己の不在ってのは知り得ないんだけれどさ、そこにね、
飛び込んで出てくる、ようなことは起こるんだね。
しかしね、飛び込んだ、と言っても、そこに飛び込む誰かが
居る、のではない。そこは不在なのさ。そこってのはさ、意識にとっては
全く意味の無い、意味が無いばかりか、意識そのものが不在なのさ。
723 :
名無しさん@3周年:04/02/19 07:14
心身脱落、あ、そうね、そうだろうね、こんなことね。
ってなる。それ以前にさ。、それ以上、何がある?
不在になったら、不在なわけさ。それ以上、進むも糞も無い
わけさ。そもそも進む何者も無いのさ。
そこがさ、永遠とか、死とか、闇、とか、非顕現とかさ、
非在とか、ニッパーナとか、言われているところさ。
だってそれ以上無いんだから。探りよう、ないわけさ。
他人から、そうじゃない、と否定されようとさ、
Kの言うそれとはまた違うようですね、とかさ、
お決まりの文句を言われてもね、それ以外、何があるよ、
こっちが聞きてえくらいだよ、ってな具合になる。
724 :
名無しさん@3周年:04/02/19 07:25
っつうか、そもそも、そんな議論自体がさ、どうでもよくなる。
人にどうのこうの言われようがさ、それは違うとかさ、
ぜーーんぜん、気にも止めなくなる。
だってさ、悟り、とか、理解、とか、あれこれ分かった、っつうのであれば
違うかもしれないじゃん、誤解かもしれないじゃん、浅い理解かもしれないし、
違ったものもあるって可能性、絶対なくならないじゃん。
ところがさ、無いもの、全く絶対的に不可解なもの、体験ですらないもの、
をね、それ以上、どうするのさ?
馬鹿馬鹿しいよ。
725 :
名無しさん@3周年:04/02/19 07:31
必ず諸君はこういうのさ。何かの勘違いだろ、あるいは、
そんなわけねえだろ、あるいは、馬鹿ですか?
あるいは、自慢ですか?とかね。
そう思いたいのさ、実は、ね。諸君がそう思いたいのさ。
理想を想定して、それと同化しているから。自己を理想や希望とともに、
温存しているわけさ。こういった心理ゲームにはきりがない。
同じなのさ。kもラジニーシもマイトレーヤーも麻原も、
それはね、諸君の理想の投影だ、という意味合いにおいては、
同じなのさ。それらは諸君の観念なのさ。
726 :
名無しさん@3周年:04/02/19 07:39
だからね、それが風呂場で常人に起こるようなもの、
であって欲しくないのさ。諸君は怒るのさ。怒りを隠して
上手に振る舞ってもね、結局のところ、やっていることは一緒なのさ。
でね、お前と、K、あるいは仏陀は、同じではない、とか言う。
ところがね、これ、同じなのさ。同じ存在という立場ではね。
いい、当然、境涯に違いはある。当然、深い浅いはある。
人格も違えば、役割だってぜんぜん違う。頭脳も違う。詩的センスも違う。
桁外れに凄いのが宗教的な天才達、偉人達さ。
これはそうさ。俺はね、言っておくけれど、自分が覚ったとか、悟りって
これですか?的なこと、現在は全く興味がない。そういったことを
自慢げに話したり、人に知って欲しかったり、した時期ってあった。
でも、そんなことすら馬鹿馬鹿しくなった。その風呂場の一件以来ね。
727 :
名無しさん@3周年:04/02/19 07:45
大体がね、こういったら諸君は怒るんだろうが、悟り、などというものすら、
存在してないんだよ。それはね、事実を事実として受け止められずにね、
自分なんてありもしないものを認めちゃって、そういった自分とか、
その心理とかに振り回されて困惑しているような、要するにね、混乱にたいして、
無明、にたいして、悟り、というような観念があるだけさ。
それは架け橋なのさ。それはね、人を単なる事実に引き戻すためのね、
方便なのさ。だからね、そうである以上、悟りってのは事実の世界には
ないのさ。相対的に、観念世界に存在しているのみなんだね。
728 :
名無しさん@3周年:04/02/19 08:02
当然のことだけれど、彼岸にね、どっぷり浸かっちゃうのと、
ま、おれはさ、どっぷりてのは全くない、カスッった程度です、が、
どっぷりとカスッタではぜんぜん違うわけさ。
聞くところによると、どっぷり逝っちゃうと、戻ってきてもね、
致命傷負っちゃってて、執着とか消えちゃって、解脱しちゃうらしい。
だからお釈迦さんなんかは一気にどっぷり行っちゃんだろうね。
でも、知ることには違いってないです。知らないって事。自分なんか
居ません、ってこと。空っぽで主体も何無いってこと。で、執着が
消えちゃえば、もう逝っちゃうんですね、そうですね、それ以外には
ないですね、ってこと。
で、解脱、なんて求めることは不可能です。それはさ、悟りでも愛でも
ないんだから。意識とか、ま、生命とかにとって全く無意味な事です。
だから、それを希望したりさ、そうなりたい、なんて思うことは不可能
です。で、唯一、そうなっちゃうとしたら、それは、もう、生きていたくない、
存在すること自体は、単に苦しみだ、ってことになったらね、ま、それが切符
だね。ところがね、非存在欲ってのもまた欲なんだそうだ。これはね、
上座部の老師と話した時に教えて貰ったんだ。
もう、どうでもよくなった時に、何もかもがね、逝くようです。
彼岸、ってこと。
729 :
名無しさん@3周年:04/02/19 08:11
で、またね、神秘体験とかポジティブな体験、無条件の愛、とか、
瞑想体験とか、なにがしグレートな体験ってのを、彼岸、と混同
したりしていると、
「あなたの言っていることは全く違います」とか言うんだよね。
神と彼岸は違うもの、別物なのさ。
これが分かんないやつが、腐るほど居て、宗教だの精神世界だのを
形成してんさ。だから、どうでもいい議論ばかりで争いが絶えないのさ。
仏教つうのはさ、ヒンドゥのボンガ一如っつのを否定して成立したのさ。
これ分って下さい。でないと、東アジア的な修行世界とイッシン教的な
信仰も世界って違うんです、とか、いろいろなことが分からずじまい
になるんです。
730 :
名無しさん@3周年:04/02/19 08:25
でね、諸君、ま、仏は彼岸に居るに違いないんでしょうが、
仏っつってもさ、諸君のことね。仏っつって、ああ、特別です、
凄いです、まさか私が仏なんて、とか、言ったらそこでお終いです。
私達の存在そのものはさ、彼岸にあるしかないんですが、仏性というと、
それはこちら側での体験であるわけで、それはさ、思いやりさ。
この、思いやりの欠如によって、エゴイズムが蔓延している、どんな
政治もね、エゴさ、どんな家庭内の些細な事もさ、エゴに変わるものでは
ないわけさ。だから、こんな世の中。これは、みんなそういった理論は
知ってんだけれど、何言われているのかは不明なんだ。
諸君が思いやりと言ったところで、それは人っつうのは一人では生きていけない
存在だから、みんな快適に生活できるようにお互いのことも考えましょう
ってことさ。それも、エゴなのさ。それが生物の理論っつかね、生きる
コツじゃねえかな。
ところがね、仏性といったら、それは、単なる思いやりであって、目的も
対象も、なにもない。要するにそれは状態なんだね。
731 :
名無しさん@3周年:04/02/19 08:33
そこへは直接行けないのさ。言っておくけれどね。
真実を求めて、事実に立脚して、理解に依ってしか、そういった思いやり
を持つってできないんです。一時的にはね、ある種の人格
備えていれば、できるかもしれない。溺れている人を助けたり、神父なんかで
奇跡的な自己犠牲ってことをやる人はいます。自分の命を捨てても、
っつう、これは、仏性だろうな、わからんけれどね。
また、思いやり、仏性、っつたって、それが理解と一緒に一気に来る、
とか、すぐ、もう聖人みたいになるとか、ないよ、普通。
あ役割を持ってきた魂とか、そういった人も居るには居る。でも、
全部が全部、そうなわけはないじゃん。ピンキリさ。
諸君の持っている悟りについての幻想ってのはさ、どーーでもいいような
お笑い、あるいは、それ以下の、ツマラナイ、そうだな、ズリネタの
ようなもんさ。
732 :
名無しさん@3周年:04/02/19 08:39
っつうことで、事実の世界、これが始まって、やっと何かがスタート
するんです。そこからが、ほんとに、ほんとの、修行、なんであって、
やれその、あのメイソウホウこのマントラ、K、だのGだの、ラジだの、
切痔だの、ってのはね、ズリネタでコイテルような状態で、それは
本番まな板じゃないってことなんです。
これをそろそろ解ろうよ、ってこと。
解るためには、何をするのであれ、いのちがけでやんないとね、
どうにもなんない。ま、生まれながらに悟っている奴も居れば、
前世でかなり良いところまで行っていた奴もいて、例外、みたいな
もんもあるんだろうけれど、大概、それは死ぬようなもんでしょう。
だって、理屈で自己同化なんていうのはさ、簡単、だけれど、
それがほんとに自分だと思っているんだから、それが落ちる時は、
死んじゃうような気は、しますよ。
733 :
名無しさん@3周年:04/02/19 08:43
実践っつうことで、諸君のなかには、本気でね、
そうしようとしているんでしょうね、おそらくね。
俺もね、ま、最近修行は怠けってけど、本気っつうことなら、
本気だ。
だから、以上のような言葉、これってまたまた空しい観念だけれどね、
書き残しました。
諸君、ちょっとここらで発憤して、気合を入れて、
事に当たりましょう。
俺もね、、もう一度ね、初心に返って、気入れて坐ってみます。
734 :
QP3分クッキング:04/02/20 20:49
ハハハ、現在、おれさんもまあ断食しております。ちゃんとそういう場でだけどね。
735 :
なるほど誠ちゃん小さじ:04/02/20 21:04
アカン。これ書かなおちつかん。歳明けてからフリーターしております。
736 :
名無しさん@3周年:04/02/21 10:30
シヤルマさますか?
737 :
名無しさん@3周年:04/02/21 10:35
最初からモロ出しでおねがいしたいと
738 :
名無しさん@3周年:04/02/21 10:35
最初からモロ出しでおねがいしたいと
739 :
名無しさん@3周年:04/02/21 10:39
アジズいうパパにもっていきたい
740 :
名無しさん@3周年:04/02/21 13:45
平和がやってきちゃう。至福が、訪れ始めるんだけれど、
諸君、自分が苦しんでいるような状態では、それが、さらなる道程への
「障害」になる、なんてことは解らないのさ。
その状態では、シャルマくん、アジズ、Osho、そういったあれやこれっつうのは
問題にならない。そういうのは、断片化された思考であって、概念であって、実在し得ない。
諸君が通常「苦しみ」と呼んでいるのは、その断片化されたものどうしの葛藤
であって、それは結局、心理の中心、ありもしない、「わたし」に関わっている。
諸君が、k、ら痔、あるいは、仏教、経典、と呼んでいるものも、結局、その、
「わたし」に関わっている。というか、それは単に、「わたし」の投影だ。
それは断片化され多でしかあり得ないので混乱が当然なんだけれど、諸君の多くは
その、混乱、から俺の意見を批判しようとするんだね。それは馬鹿げているし、
お笑いにもならない。
741 :
名無しさん@3周年:04/02/21 13:57
それは、公衆の面前だというのに、ズボンを下ろして自慰行為に耽るやつを
見るようなものさ。もし、そんな奴等が、以前に自分と同じ飯を食った連中
だ、というふうに思ったら、、、怒っちゃうのは当然だろ?
ここのトビ主も怒った。俺もそうさ。でも、その、同じ飯云々も、思考なのさ、
記憶に過ぎないのさ、ありもしないことさ。
人の目の前でコキ始めるのは、サル、なんだ。ところで、人はサルに本気で怒るだろうか?
それは、引っ掻かれ、噛み付かれれば、痛い。その時は本気で怒るかもしれない。
つまり、直で罵詈雑言を吐かれ、毎日毎日中傷の嵐であれば、最初は怒っちゃう
、だろう。でも、その痛みがおさまれば、サルにたいしていつまでも怒っている
ことはないだろう?それはサルのしたことなんだ。犬に噛み付かれても、
飼い主に対して怒りは続くかもしれないけれど、犬には、犬なんだから。
混乱するマインドも同じ。それは混乱するしかないし、その混乱から
何を言っても、言ったうちに入らない、酔っ払いの戯言か、寝言さ。
742 :
名無しさん@3周年:04/02/21 13:59
愚かなり、サルに怒らず、人に怒ること。
その怒りは道徳的なものではなく、
自分の意見を無理に通そうとすることを狙った、
脅しが入っているのではないか?
744 :
名無しさん@3周年:04/02/21 14:06
それからね、批判というのはね、批判する人がある立場に立って言わなければ
意味が無いんだけれど、諸君の中には、その立場を、kとか、ら痔だとか
から借りられると思っている人もいるんだ。
自分が混乱していたら、それは混乱なんだ、っつうの。その混乱からは、俺の立っている
ところを批判できない。これは別に自慢じゃないよ、エゴでもないと思うよ、
これはね、位相なんだ。位相関係になっていて、意識のなかの断片化された
思考からは、意識・存在・至福を否定することはできないんだ。
745 :
名無しさん@3周年:04/02/21 14:25
ま、俺っつのは、立ってないけどね、そこでは。ま、しかし、そんなことは
理屈さ。
思考や心理的中心としての「私」の非実在性に気づくようになると、
その人には平和がやってくる。これは、俺、とか、エゴ、とか、そういった
個人的なことではない。誰でもそうなることが予想されるので、普遍的な
話。やがて、至福が訪れる。それはやってきて去っていくようなものではない。
ほんとに安心して、永遠性を感じると至福が常態になる。といっても
強烈なエクスタシーを感じるとか、そういったことではない。それは微細な
繊細なものだから、病気とか肉体的痛みとかがあるとそっちに意識が
いっちゃって、一時的に感じなくなることだってある。でも、根底に流れては
いるんだよね。
永遠っつうのは、知り得ないよ。真実は、我々存在そのものなんだから
決して知ることはできないよね。今も永遠も私は誰かも知り得ない。
でも、永遠性っつのは感じられる。これは理屈じゃない。
746 :
名無しさん@3周年:04/02/21 14:39
でもね、これで終わりじゃないのさ。これは探求の最初から教えられるべきだ、
ってら痔も言っているけれど、至福がやってくるとそれで終わりって感じちゃう
んだけれど、もっともっと、深みも高みもある。
そえは一瞥することによって解るわけ。
でもね、苦しんでいる時に努力する事も超努力も無努力の努力も、たやすい
けれど、至福を感じているのに努力するってのは、ホント、難しい。
ここで、努力っつても、何か頑張るわけじゃないんだけれどね。
だからさ、また、ここで、方便がいるだろうな、って思うんだ。
「思いやり」っつのがそれだって思う。
ここで、大乗仏教だと契約があるわけだろう。他利行か、平たくいえば。
747 :
名無しさん@3周年:04/02/21 14:41
愛を呼ぶ実践っつのは、俺にとってそういうことかな。
っつかね、その実践の始まりに俺はいて、ま、モーチベーション
って普通の意味ではないんだけれどさ、こういったことが
モチになるのかな、って気がして、書き残しました。
748 :
名無しさん@3周年:04/02/21 16:11
エゴと愛つのは相容れない水と油の関係にあるようなんですが、
通常ね、精神世界っつうのを眺めてみると、みんな経験を積むごとに、
いろいろ稼いじゃうんですよね。
あの体験この体験、この洞察あの理解、あるいは知識やテクニック、
そういったものを稼いでしまう。そうするとエゴが肥大化するだけで、
思いやり、なんてちっとも育たない。
k関係もそうでしょ?
「それはkの理解が浅い」だの「kが言っているのとは違いますね」だの、
一生懸命なんか立証しようとしているのは、保身から、なんです。
これがラジ関係だと、世間と少しも変わらない、有名になったとか、芸術とか、
音楽で、とか、セラピー、とか、恋愛とか、外人とセックスしたとか、
そういうことを多くが立証しようとしている。
ただただみんな何かを稼ぎ出そうとしている。
方向が変わっても、マインドのこの指向は、志向、あるいは、嗜好、かな、
は、変わらない。
これでは、愛、なんて可能性、極端に薄いです。
そりゃ、みんな、自分のところへ寄ってくるような人間には、やさしくするかもしれない。
でも、そりゃ、カモ、だからでしょ?セラピストだったら飯の種だし、
そうでなくとも、自分の自己投影を強化してくれる、仲間、っつうことで、
精神的に、カモ、だからでしょ?
そうじゃないと思ったら、どんなグループでもいいから内側から突ついてみればいい。
そういったことはすぐに分かりますよ。
749 :
名無しさん@3周年:04/02/21 16:15
そういったことを繰り返していても、何もならない、
っつう、理解、あるいは、そういった世界に長居して、
自分はつくづく馬鹿だった、あるいは馬鹿だな、
という理解、が、
先ず、こないと対話もヘッタクレも無いんですよ。
心理的なアナライズとか、あなたは、こうだとか、ああだとか、
そういった一切の投影について話すのは、対話じゃないです。
750 :
名無しさん@3周年:04/02/21 18:26
退屈ってのが先ず、やってくる。ま、探求していれば、の、話ですがね。
何故なら、本来、何もすることもなければ達成される事も無く行くところも無い。
どうせ死んじゃうんですから当たり前の話。
だから事実に気づいていくと先ず、退屈、になる。
で、退屈ってのはさ、事実=無為、ってのをまだ拒否している常態。だからネガティブ
なんだ。諦めてそれを受け入れれば、退屈は、平和に変わる。平和って文字通り、
これってフラットでニュートラル。それで、事実=無為ってことと一緒になりはじめると
、今度は、至福、がくるって感じがする。
751 :
名無しさん@3周年:04/02/21 18:36
この至福が、試金石だ、って言われている。
ことが本当に起こっているか、単なる妄想なのかってことのね。
頭だけで、「わたし」ってのがない、とか主体がない、全ては縁起の法
で説明がつく、なんて言うのは簡単。
サッチダナンダってことでも、存在していることは、これ疑いようない。
存在していなければ、そういった疑いすら起きない。そして、それに
気づいてもいる。意識。サット・チットは問題なし。
でも、至福は、これはある状態に達してないと分からない。平和に達して
ほんとに安心してないと感じられない。
もし、理解が頭だけで「わたし」ってのがないといっているだけで、
実はまだ、それが事実になっていなければ、それは何時でもどこでも事実でないと
いけないんだけれど、そうなら、その「わたし」なくなる=死、始まる=生、
再生、それに付随する苦しみ、何かに成らなければ、とか、いろいろな問題に
ケリが着いていない。だから不安なわけさ。抑圧はできるけれど、
必ずもたげてくる不安があって、それでは至福は感じられない。
752 :
名無しさん@3周年:04/02/21 18:38
不安、混乱、葛藤、という断片的なものからは、全体性の属性の一つである、
愛、思いやり、って生じない。
だから、至福を感じているか、どうか、ってことを先ず、チェックして、
それから対話なりなんなり始めることが先決だ。
753 :
ジョルト:04/02/22 00:41
二、三日中に死ぬ予感でもするですか? あぁもういないのでしたけ? 一気にまくしたてますね、強姦しといて愛しているなんて言わないで。 石川力夫がお墓に仁義と刻んだのとかわらないわ。
754 :
名無しさん@3周年:04/02/22 01:25
>>745 そう、爆発的なエクスタシーは最初あった。
しかし、今は静かな至福だけがある。
それが状態としてある。
何か間違っているから、爆発的なエクスタシーに到達しないのかどうか、わからない。
しかるに、もう、この安心に落ち着いてしまう。
もう、求めたものはここにある。
もう迷いは消えた。
まだ、先があるのかどうか知らない。
しかし、これだけで、もう充分だと思える。
755 :
名無しさん@3周年:04/02/22 01:27
状態としてある⇒常態としてある
756 :
名無しさん@3周年:04/02/22 17:08
>しかし、これだけで、もう充分だと思える。
そうなんですね、これ、そう思えるんです。
自分にとって、は、ね、だから、これ以上求めること、って無いような気がする。
死んだり生きたりしているもの、は、最初からなかった、そういったモノが
ある、そういった一種の主体のようなものが、どこかこの体に住んでいる、
というようなものは、思い、に他ならなかった。
存在だけがある。勿論、それは認識できないけれど、それは当たり前であって
認識できないから不安、ということもない。見るようなもの、知るようなもの、
何も無い。存在性って少し言葉はおかしいけれど、在ること、が感じられる。
「死を超えて継続するものは何か?」
という問い掛け、それ自体が無意味だった知る。しかしながら同時に永遠性
というものが顕われてしまう。
757 :
名無しさん@3周年:04/02/22 17:26
しかし、まだ先はあるように俺は感じるんです。
探求は終わったといえるし、努力することも同様です。知るようなことはないし、
それゆえに、グルや経典なんかの必要もない。
独りで居て何も問題無い。実は愚かな大衆の中に居るよりも、まあ、
それはそれで良い、とも言えるのだけれど、自然の中で一人居ることを
好むようになる。
自分については、もう、間違えなく、知った、と言える。知らないこと、
が、知ること、あるいは、知り得ないことを知ったとも言える。そうして
至福がやってきた。だからもう、自分にとっては終わった、と感じる。
それ以上に知りたいという欲もない。
758 :
名無しさん@3周年:04/02/22 17:39
まだ先はあるように感じる、そうなのにも関わらず、苦もなく欲もないので
立ち止まっちゃう。
ある意味、停滞しているように感じる。よくよく観察すると、努力はしてない
んだけれど、執着も落ちていっているし、思考も即座に手放していけるように、
進歩はしているようです。何かがまだ成長しているように感じる。
夢の影響をほとんど受けないようになったりもしている。以前はそうじゃなかったけど。
ただ、やっぱり、だらっと、は、しちゃうよな。
で、ハートを広げることが、深化を早めることのような気がする。
自然に深まっていってはいるようだけれども、思いやりをもつことが、
もっとそのプロセスを早めるというか、な。
そんな気がして、書いてみたんだけれど。
759 :
名無しさん@3周年:04/02/22 17:44
ただ、偽善とか、ウソんこの祈りである願いごと、なんかもできない。
兎に角自分には、まったく嘘がつけないから、思いやりっていっても、
具体的に、じゃ、どうするの?
ってことは、俺、分かんないんですね。
ただ、折りに触れ、ハートをワシ掴みにされて揺らされるような、体験は
あります。特に自分の場合、本当に素朴な人が一生懸命だったり、苦しんでいたり
するのを見ると、そうなるようです。
760 :
名無しさん@3周年:04/02/22 17:52
ま、小さなことでも、思いやりから出ればいいのだろうけれど、
なかなかね、そうならないし、兎に角普段は、自分なんてまったく
この社会に必要とはされていない、って感じちゃっているのも事実。
このように理解するようには努めてんです。
大衆にとっては、ほんの、少し、の進歩でも、いいんだって。
そのような視点からは、既成の宗教も、ヘンテコナ新興宗教も、
ら痔オタも、kオタも、マントラも、なんでもいいだ、って。
いいんですよ、グルイズムも、いろんな失敗も、全部ね。
批判はしなければいけないけれど、立場上、でも、視点を変えれば、
なんでもいいんだって、いうふうに。
761 :
名無しさん@3周年:04/02/22 23:20
そうですね。
生まれるものも、死ぬものもなかった。増えることも減ることも無くなる事も無かった。
ただただ、有形=無形の存在がある。
知りたいことはもうなくなり、しかも、もう、苦の答を求めることもないです。
もう、求めるためのエネルギーとなる苦も迷いも残っていないのです。
1つ気がかりなのは、まだ、先があるのかどうかってことです。
あってもなくても、一向に構わないのですが。
僕の場合は、ハートをワシ掴みにされて揺らされるような、ことはありません。
至福が時々大きくなるぐらいです。
そうは言っても、たまに腹がたつこともあります。
でも、数秒で消えてしまいますけどね。
意識を向けるだけで、霧散してしまいます。
ハートを広げるのですか・・・
762 :
名無しさん@3周年:04/02/23 02:10
いろいろ書いてくれてありがとうございます。また何かあったらきて
ください。おながいしまつ。
763 :
名無しさん@3周年:04/02/23 07:38
>もう、求めるためのエネルギーとなる苦も迷いも残っていないのです。
深く、共感します。その通りです。
実は、葛藤がエネルギーを生み出していた、裏を返せば、苦しみが迷いが、
前進することを可能にしていた、ということなんですね。
探求を可能にするのは、苦、なんですよね。
で、至福ってのはそれにならないんです。ですから、ある意味、今度はそれが
更なる深化への障害になり得る、皮肉、みたいですが、そうなんです。
>1つ気がかりなのは、まだ、先があるのかどうかってことです。
あってもなくても、一向に構わないのですが。
そうです、そうです、あっても一向に構わない、という気持ち、あります。
久しぶりに、というか、始めてかな、ある時期を過ぎてからまともにこんな対話
をしたのは、、、ホント、これにも共感します。
先は、ある、って思うんですよ。その先になにがあるか、と論じるよりも、
今言いたいのは、苦、は偏在してる、と感じるんですよ。確かに、自分の中の苦は軽減されて
ほとんど無いと言えるんだけれど、ま、全く無いとは言えないけれど、日常、
苛まれるような苦、苦しみ、と言えるようなものはほとんど無いのだけれど、
折りに触れて自分の外に苦しみを感じてしまうんです。それを本当に感じるには凄く繊細な
感受性が必要みたいで、日常はまったく感じられないんですがね。
それを感じると、いてもたってもいられないような切迫した気持ちになって、しまう、
それが祈りなんだって、最近、分かったんです。
764 :
名無しさん@3周年:04/02/23 07:47
その苦しみには当然主体ってないんだけれど、だから誰かが誰かを助ける
というようなことはない、んだけれど、その普遍的な苦しみに応答しようと
する、そういった働きがハートにある。
でも、それは無視しても構わないのだと思うんです。それはオプションのような
ものだと思うんです。ある種の、好み、というか、タイプというか、
俺は宿命って感じるんですが、その手の人だけの道があるようです。
他にも、解脱、という先があると思うんですが、今は、そのことは
まったく考えてないです。
また、どこかで会いましょう。面白かった、ありがとう。
765 :
名無しさん@3周年:04/02/23 08:18
えっと、これを最後まで読んでくれた人に置き土産をしていきます。
俺が苦しみのどん底にいた時に救ってくれたお方の言葉です。
俺はこの言葉に完全に打ちのめされました。でも、同時に、それは
道を照らす指針になってもいます。
言葉は完全に同じじゃないと思います。内容だけ掴んで下さい。
「木は、自分の存在を根底から破壊している人にもその木陰を与えます。
真の霊性の修行者はこのようにあるべきです」
766 :
名無しさん@3周年:04/02/23 16:31
これあっちにも(略、まあとにかくグッジョブ。よかったよ。
767 :
名無しさん@3周年:04/02/23 18:36
なんですかこの流れにまったくかんでない怒涛のレスは
誰かがしめし合わせてやったんですか。
これらの汚いやりくちのひとつにあらかじめ、人の口を封じ込めとくとこですわ。
あたかも悟りを知らんもんが嫉妬してみたいなところにもってく。
それはそれでいいんですがやり方としては誠実味に欠けないですか。
或いは誰かグルメを紹介でもしたいんですか。
私だけわかりません。栗山さん説明してください。
これらがナンダッタのか
768 :
名無しさん@3周年:04/02/23 21:56
>767
わからなければ、単にわからないんだ、ということが、あなたにはわかりませんか?
何故、それを受け入れられないのか?
あなたはまだ自分が知らないこともあるんだ、という単純な事実ですら、
受け入れられないのでしょうか?
知、に対するこのような執着こそ、無明、なんですが、それがわかりませんか?
あなたは、あたかも、自分がここのメンバーか常連のように考え、その幻想から、ここの流れに沿わないだの、
汚いやり口だの、自分勝手なことを言っているようですが、
そんなことが、一体どうやって愛を呼ぶような実践と関係があるんでしょうか?
ハートについては、覚醒のない状態で語っても、ほぼ、無意味です。
それを方便として、例えばバクティヨーガのような道もありますが、ほとんどの場合、
偽善とか欺瞞に陥ってしまいます。キリスト教関係もそうです。
無知を拭うことが先決です。
769 :
名無しさん@3周年:04/02/23 22:51
ええ単に分からないんです。とはいっても私が知りたいのはどういう流れでこうなったかってことです。
教えてください。
悟った人にはみゃくりゃくもなにもなくなるのかと皮肉じゃなくてききたいのですよ
>>769 ぶっちゃけた話、769は達観ぶったアフォにカモにされているんだよ。
森の小道をゆっくり歩きたい人もいれば、
駆け抜けたい人もいるってことじゃないですか?
駆け抜けてく人に「君ら遅い!」って言われても
気にしなきゃいいんですよ。
自分のペースが大事でしょう。
連続カキコさんは、自ら思うところを書いたわけで、それは
それでいいんですよ。ここは何でもOKですから。
しかし自分が書き込んだ内容について、他から言われることに
ついては、もうちょっと無執着になっては如何でしょうか?
>無知を拭うことが先決です。
微妙な形で「これが正しいんだ」と言う風に「反応」するのは....チョット。
>汚いやり口だの、自分勝手なことを言っているようですが、
>そんなことが、一体どうやって愛を呼ぶような実践と関係があるんでしょうか?
明らかに反応しすぎですね。
ここでは愛や覚醒にあふれていることを誰も期待されてません。
誰がそのような文脈を持ち込んだのでしょう?
それは暗黙のルールにできません。 ここでの実践とはあくまで対話を通してで
あって自分の頭の中の押しつけではないでしょう。
連続カキコさんのバックグラウンド、ならびに、困難な険しい道を歩いて開いた
境地の為せること。この二つに違いはないと私は思います。
それをご自身が尊重なさるのは大変結構だと思いますが、他人にも意見があるわけ
ですから、その点は無執着におながいします。
愛は自分と世界、自分と他者がイコールである認識から来る。と、信じます。
ここでは自分と他者の違いについて掘り下げるべきではないと思います。
無、悟り、ニルヴァーナ。すべて言葉です。ですから、他者との間で反応があるなら、
それはあなたが居るということで決して無などではあり得ない。
そうではありませんか?
773 :
名無しさん@3周年:04/02/24 18:08
ね、はなから話しなんかするきがないんですよ。あんなに饒舌だったのがですよ。
おきみやげまでおいて何から何まで親切すぎますよ。
私には自分に足かせをはめているように思えますよ。
悟った人間が私みたいなアホウに反応する絵図はみなさんに見せられないんでしょうし。
何かが足りてないと思うんですよ。もっともご指摘の通り私にもないです。そこを前提には出来んもんでしょうか?
もうね、いつも通りの展開なのは申し訳ないし、言う前にわかるんですが敢えて反応はほしいですよ。
774 :
はひょ丸 ◆xVxqW0FG7E :04/02/24 21:00
ある一定の立場や境地から語られた言葉というのは個人的には面白くない。
結果よりもその境地への過程について語られた言葉の方がロム者には有益
だと思う。
まあ過程もクソも無いと言われそうだけど対話の意味というのは
事実の観察にあるわけだからもうちょっとその辺考慮してくれんかな?
僕にはやはりシャルマは「俺を認めろ」としか言っていないように思えるんだけど。
状況が全然見えていない人に悟りもクソもあったもんじゃないと思いますけど。
>境地への過程
ジョン・リ(略
776 :
名無しさん@3周年:04/02/24 23:38
>境地への過程
777 :
名無しさん@3周年:04/02/24 23:43
>境地への過程
一理ありますね。
でも、>境地への過程といっても、それは一般化できない個人的なプロセス
ではないでしょうか?
俺は、ま、君はしらないかもしれないけれど、体験談っつうことなら、
自分のHPなんでやりました。まあ、マニアックな世界でね、全部読んで
くれた人も若干いた、っつう感じでしょうか。結局、ここでもポジな反応
や共感がある反面、反感や悪感情などのネガな反応もある、ってだけじゃない?
778 :
名無しさん@3周年:04/02/24 23:55
そうか、>境地への過程について、対話する、ってことですか。
では、それなら先ず、なんであれ自分を巻き込まなければ意味はないのですから、
対話を望むもの同士が、(対等な立場)で、自分の経験とか理解とかなんもいいから
書いてみたらいんじゃないでしょうか?
それで意見を言い合えばいい。
779 :
名無しさん@3周年:04/02/25 00:00
ま、そういうことで、「あんたはどうだこうだ」っていう、
他人についての投影なんかは、やっても意味ないので、俺は興味ないです。
俺については、ナントでも好きなように妄想してくれて結構です。
要するにね、あんたの「疣痔」について意見を言ってくれ、と言われても、
何も言うことはないです、ってことです。
780 :
名無しさん@3周年:04/02/25 00:04
>「木は、自分の存在を根底から破壊している人にもその木陰を与えます。
>真の霊性の修行者はこのようにあるべきです」
置き土産、参考にします。
静寂は、まだ、完全に私にはなじんでないのです。
でも少しずつ、はっきりしてきましたよ。静寂の意味と悟りの現象が。
心の仕組みや自我を少し理解したから、静寂があるのですけどね。
では、また・・
781 :
名無しさん@3周年:04/02/25 00:09
悟りの現象が。⇒悟りの現象の意味が。
782 :
名無しさん@3周年:04/02/25 02:24
対話ってよりも会話って感じの軽さくらいあってもいいのに。
不自然なことにPOPさはないですし。
私は残念ながら風呂場で気絶したこともないです。せいぜいがのぼせなんです。
すいません。
783 :
名無しさん@3周年:04/02/25 02:47
対話にせよ会話にせよ、事前に最低のマナーさえないのなら
成り立つはずはないのは現実の社会でもネット社会でも同じだと思います。
始めから相手を侮蔑しておいて対話がない、ないと嘆いても、、、
おかしくないかな?
784 :
名無しさん@3周年:04/02/25 02:53
>静寂は、まだ、完全に私にはなじんでないのです。
完全な静寂とは、静寂の体験者すら居ない状態だと解釈しています。
そこには、静寂だけがある、、、
生きてここに居るかぎり、そのような静寂とは無縁であると思います。
しかし、彼岸の静寂が、だんだんとこちら側にも浸透し始める。
静かに静かになっていく、、、静寂の深化のプロセスがあります。
楽しかった、また。
785 :
名無しさん@3周年:04/02/25 03:33
本当に人のことを思いやることのできる敏感な感受性は。
混乱じゃなくて静かなものなら静かなままに進めてくださいよ。
786 :
名無しさん@3周年:04/02/25 04:28
同性婚不支持ということでは、ブッシュを支持する
787 :
はひょ丸 ◆xVxqW0FG7E :04/02/25 06:32
>>783 僕はシャルマを侮蔑した覚えはないよ。
ただあくまでも僕が見て感じたことを書いたまで。
ある一定の境地がある、という前提は多少馬鹿げてる嫌いがあって
心のお荷物が減って至福が感じられるのはいいんだけど
そこに腰をおろして今度は他人に説教しだしちゃう。
こりゃ大変な境地です。
あげくのはてに思いやりが必要だ、と。
そりゃ思いやりが必要だと思いますよ。
あなた自身にね。
対話と会話に違いはないでしょう。
ここは見出す場というつもりでスレを立てました。
何を見出すかというと相手の反応ではなく、対話を通しての自分の反応なんですよ。
そこに正直になれるかどうかがこのスレで問われるべきことだと思います。
様々な境地やアプローチの仕方はあるでしょうが、
私の経験からは「知っている」というのは障害にしかならないと思います。
なぜなら、それは「見ない」から。つまり無知とはこのことです。
いずれにしろ謙虚さが必要じゃないですか?
Kに会いにきたヨギやらグルやらは、Kが賛同しないので怒って帰る人も
いたようですが.....
さらに言うなら、
機会は重要です。それを逃すのはもったいないでしょう。
789 :
はひょ丸 ◆xVxqW0FG7E :04/02/25 20:41
何にしてもある種のシステムや行、努力でもってある状態を達成した人
というのは間違いなくその達成をエゴの肥やしにしてしまう。
でそこでマスターがいるとそのエゴを叩き潰してくれますが
マスターというのはそんじょそこらにころがってません。
ですから自分で気づくほかない。
kがあれほどまでにシステムやグルイズムを否定し、あるがままの認識を強調した理由
にはこういった茶番劇をさんざん見てきた経過があったのだと思う。
技術やシステムはいくらか新しい知覚や現実を見せてくれますが
どれだけ上昇しても「最低の自分」は死にません。
何故なら「最低の自分」こそが生そのものなんですから。
そこからしか何も始まりません。
以上が僕のここ数年の実感です。
790 :
名無しさん@3周年:04/02/25 21:20
>ただあくまでも僕が見て感じたことを書いたまで。
そんなことは誰だって同じこと。
>あげくのはてに思いやりが必要だ、と。
そりゃ思いやりが必要だと思いますよ。
あなた自身にね。
こういうものも、説教なんじゃないの?
自分のことは棚上げ。それで、他人にどうしろこしろ、ってのが、
君の姿勢でしょ?
俺は君に侮蔑されたとは言ってないです。そこに、誤解がある。
それから俺は再三に渡って、先がある、まだ先が、と言ってんです。
自分が完璧な存在だとか、そういったことは一言も言ってません。
結局、君が言っていることも、俺に対する君の投影に少なからずとも
関わっているようですよ。
791 :
名無しさん@3周年:04/02/25 21:23
>いずれにしろ謙虚さが必要じゃないですか?
そうですね。そうですが、では、その謙虚さとは一体何でしょうか?
これについて話し合ってみませんか?
謙虚とは、自分の主張がないこと、でしょうか?
謙虚とは、他人の主張などに常に賛同すること、でしょうか?
あるいは、謙虚さ、とは、石のように黙って何も言わないこと、
なんでしょうか?
792 :
名無しさん@3周年:04/02/25 21:31
>何にしてもある種のシステムや行、努力でもってある状態を達成した人
というのは間違いなくその達成をエゴの肥やしにしてしまう
これは、こういった状態、境涯もあるんだろうかれど、それは
注目すべきものとは思えないね。
本当に到達されるべき境地とは、そのままの、そうであったままの、
なんら特別でない境地だと思うんです。ま、実感的にね。
ところが、それについて喋ってみたところで、結局誤解されて、
悪感情を持たれたり、いろいろ、する。
正に、栗さんが言っているように、ここで、見出すべきものは、
自分の反応、だって思います。
はひょ、は俺について言っている、それは構わないけれど、
それは、君の疣痔なんだって、俺は言ってんです。
疣痔、とは、自己投影のことね。
_ -―- _
, ', -、ヽ'´ `'´, -、ヽ
! { / ゙ } i
ヽ`ー,' ● _ ● ゙ー'ノ クマ━━!!
` ! , '´ ▼ ヽ l"
/ `ヽ i 人 i ノ ヽ
ヽ./ `==ァ'⌒ヽ==' ヽ/
ヽ, {(^) } 〈
! ヽ!l__,ノ ゙
l i
794 :
名無しさん@3周年:04/02/25 21:55
>シャルマさん
あなたは他人に反感を買われるような表現をしていますよ。それは結局あなた
自身にマイナスになる。それを分からないあなたじゃないはず。
>はひょまるさん、
あなたはシャルマさんに何の反感も悪感情もないとは言えないようですよ。
あなた自身も彼を説得したいギャフンと言わせたいという感じです。
それが分からないあなたではない。
>栗山さん
あなたはどうでもいいようなことをもっともらしくいう術に長けていますね。
サラリーマンもやるものです。
中沢って言います 以後お見知り置きを
なかなか素晴らしい会合のようで参加させていただきます
ケンキョさとは武道家にとって
無心です 愛 じゃなくてごめんなさい
無心とはある意味無防備です
でもその無防備とは単なる無防備ではなく
猫のような敏感さが伴う鍛えぬかれた無防備です
両者表面上はまったく違いはないように見えます
俺さんのいうようにあるがままの境地です
すべての防御を含んだ無防備
すべてのこころを含んだ無心
これが武道の極意です
797 :
名無しさん@3周年:04/02/25 23:03
ここからわかるのは、何も学ぶ姿勢がないことだね。
わからなかったら、聞けばいい。
もっと、欲しがらないと、得られないと思うよ。
プライドが、自我が邪魔するなら捨ててしまうと良い。
妙なところに拘って、何かしら身に付けたと思っても、
何段か登ったとか思っても、間違える。
これは、身から落とす道なのです。
階段から降りる道なのです。
自我やプライドの正体を見極める道なのです。
せっかくのチャンスを逃してはもったいない。
798 :
名無しさん@3周年:04/02/25 23:04
彼がまだいるうちに聞かないといなくなってしまうよ。
799 :
名無しさん@3周年:04/02/26 00:56
武道家としてとか、武道の極意ってのがまずありきなんですかね。
尊大ですよ。そんなの。
謙虚さの反対じゃないですか
800 :
名無しさん@3周年:04/02/26 01:04
自分は武道家である
とか自分は〜であるってことつまり存在を殊更主張しないってのも謙虚さの一つの美徳じゃないですか。
他人の意見をすべて受け入れることじゃないのは言うまでもないでしょうし。
801 :
名無しさん@3周年:04/02/26 01:18
おもんぱかるとか思いやるというのも謙虚さではないのですか。
中沢さんはシャルマさんに対して指摘したようなことを栗山さんに対して言ってませんか?
敏感であるなら気付くんじゃないかと思います。
すいません 自分ってこういった議論に疎くって
みなさんのご指摘通りですね 武道家だなんてここでは関係ないですか
そういったデリカシーはありませんでした
ただ 悪気ってありませんでした 自分はいつもこいう喋り方で世間でも
やってますから
一様有段者です あ 関係ないか でも話の筋として聞いてください
一様ですね 観空 得ました 道場でも指導者の立場やってます
武道の場合は言葉の論争と違って間違えればそのまま床に転びます
ですから それは謙虚じゃないとか ということよりも
そこに居ないとイケナイようになっています 間違えてないと自分では
確信しており そこからですね 発言をさせて頂いた次第なんです
一つお聞きしたい
完全なる静寂は体験ではない ということですが
体験でないのに何故それが静寂だと分かるんでしょうか?
あるいは 自分なんかもよく肝臓打たれたり顎打たれたり 一瞬
ですが気絶 って体験あります
でも そこには価値を見いだせませんが 風呂場で気絶するのと
自分の気絶とでは 何か違うんでしょうか?
答えて頂けるとありがたいです
>そうですね。そうですが、では、その謙虚さとは一体何でしょうか?
>これについて話し合ってみませんか?
そうです。話し合ってみましょう。皆で見出しましょう。
この無や悟りの希求と、その達成とそのエゴについては、
誰かの問題ではなく、広く精神世界や宗教等で精進している人の
問題だと思います。これについてここで話し合い、各自自身が内的に
見出すことは間違いなく私たちにとって意味のあることだと思います。
謙虚さとは何か。謙虚さそのものについて語るよりは、
謙虚さでないものから語る方が出発しやすいと思います。
希求する精神、それが何を希求しようと--
それは謙虚さとは程遠いのではないでしょうか?
で、皆さんに問いたいのは何ゆえその希求があるのか。と、言うことです。
なぜ悟りや無を求めるのでしょう。なぜ何らかのステージ(意識の)を
求めるのでしょう。なぜ瞑想や何がしかの修行やその方法を求めるのでしょう?
夜勤明けで頭ボーっとしているところですが 武道の世界では 強くなりたいというが入門する理由でしょうか
精神のことまで求めている人間というのは希な存在です 悲しい現実です
しかし上段者になると 悟りや無など 得る必要性が生じるのです 道場によって違いがあるようですが大体6段くらいからそういった必要が出てくるようです
そうでないと先へ進めない現実に直面します 打つ打たない 結局こころ なんです
打とうとすれば隙が生じる それがあったらイケナイという状況があります
そしてこれは武の世界だけでなく 性とか 社会の関係性においても 応用がきくことです
実用性があるから 悟りや無を求めるのでしょう
805 :
名無しさん@3周年:04/02/26 18:52
彼が出ているって連絡受けて飛んで来たんですが
時既に遅しのようですね
ここOshoフィールドでもないみたいし 残念
806 :
クリちゃん:04/02/26 19:04
>話し合ってみましょう
クリちゃんまねごっこのはじまり、はじまりー
謙虚さってかー・・・これこれ、おじさんたちー
小学生からやりなおしなさい!
807 :
名無しさん@3周年:04/02/26 20:35
(ごっこ)も(おじさん)もいいじゃないですかあー
謙虚さ = 学ぼうとする姿勢 = 初心
中さん今晩は
私も仕事が忙しくてボーとしています。
強くなりたい。 ○○になりたい。 幸せになりたい。
ブッダフィールドにいたい。 死んだら天国に行きたい。
無になりたい。 悟りたい。
これはすべて精神が求めるものですよね。
私が思うにまだこれは底じゃないと思うんです。
なぜ強くなりたいんでしょう。 なぜ幸せになりたいんでしょう。
なぜ○○になりたい。またはありたいと思うのでしょう。
Kを読んでる人は、あるがままとあるべきものとの葛藤について
ご存知でしょう。で、どうでしょうか。
武道家もそうでない人も、こういった精神世界事情に浸っている人も
そうでない人も、この葛藤の中にあるのではないでしょうか。
809 :
名無しさん@3周年:04/02/26 21:53
○剛会の中沢○貴さんですか?
兎に角、6段以上というのは達人ですね
810 :
クリちゃん:04/02/26 22:33
>謙虚さ = 学ぼうとする姿勢= 初心
なぜ謙虚でありたいのかな?
学んで何かになりたいのかな?
自分に問うてみなさい
それがエゴだとクソだとわかるまでね!
初心者の栗山ちゃん!
811 :
名無しさん@3周年:04/02/26 23:19
>それがエゴだとクソだとわかるまでね!
はい、外れ!引き篭もりは引き篭もっていてね。
謙虚さ、とは、想定され獲得されるような境地ではなく、
本性です。エゴとかクソとかがないとき、それがある。
初心者はおまい!!!
謙虚になりたい、謙虚でいたいとか、それがもしエゴを満足させる事を
求めている事なら、それは欲求から始まる思考の必然かも知れない。
仮にでも何かであるという欺瞞で「私」という安定を強固にするのだろう。
それらは理屈では分かるのだが、実際にはその欲望には確かな根拠が
あると確信し、その思考を正当化、同一化しているのが現実だ。もしその
根拠の欺瞞性を完全に暴く事が出来れば、そのプロセスから抜ける
事が出来るのだろう。
もし私がそれを暴こう、見ようと欲すれば、概念を、思考を代わりに持た
されるだろう。結局、思考、欲望は止まらなければならないのだろうか?
「私」はプライドによって、繰り返しによって、生活の安定を求める心に
よって、希望やそれら時間の概念によって強固にされて行くのだろうが、
それら意識、思考の働きによって欲望が生み出される所を見る事は
出来ず、私は絶えずそれがもう働いている時にそれにうんざりさせられ、
ちょっと一服するだけだ。今の所私は諦めているだけでしかない。
何故ケツに空白が。
中沢ってただのHNです 達人ということはないです 上には上があります しかし指導者として海外に出た経験はあり
この世界では今の自分に誇りを持つというか満足しています ただ更なる前進には悟りや無 なんかを知る必要があるようで 寺なんかに合宿とかもしたことがあります
栗山さんこんばんわ
自分は仕事といっても警備なので こうやって仕事やりながらPCやってます 会社っていっても道場の延長のようなところでストレスもそれほど多くない
クリシャナムルティというひと 少し調べてみましたが 机上の空論という感想です 写真はタイヘン良かったです 知的な聖者のような雰囲気です ただ 始めに希望とか動機とか理想とか 無くてどうやって厳しい鍛錬に耐えること できますか?
あなたやこの人の言っていることは 最終最後のこと なのかもしれませんが 始めからこんな感じでは 何もならない 始めから無心っていったて 撃たれて床へ寝るのがオチ です
心体技 といいまして 体が出来て技を磨いて始めて無心 ということで 初心者が始めから無心を志しても 意味なしです
ですから ここでも 多くの方が ただ 言葉を弄んでおられるのでしょう
無 ってなんでしょう?
815 :
名無しさん@3周年:04/02/27 01:41
いいですねー。おもしろいですねー。
気づきの達人の言うことも、机上の空論に見えますか。
いくら体を鍛えたところで、心を鍛えないと、理解不可能です。
彼の言うことは、空論ではなく、事実を言っています。
2ヶ月前に知ったところだけど、最初は驚いたよ。
俺よりはるかに知ってるんだから。
>851
ご意見ありがとうございます しかしそんな刺のある言い方しなくてもよろしいのではないでしょうか?
自分が何かあなたの反感を買うような発言をしたんでしょうかね 机上の空論 というところでしょうか?
しかし、どんな理論も机上の空論と言えませんか?空論ではなく事実を語っている と
おっしゃいましたが、事実は語られ得ないもの という認識をしています
なにか クリシャナムルチさん とか その言説とかいうものに 執着がおありですか?
なんでしょう?自分は自分の疑問に関わっているだけなんですが
水さします。励まし合いですよね。最近は見えにくい形態のようで。火もまた友なりー 棘のある花は乾いた大地にはよく映える。棘とばすやつは多少りんちくらってもしょうがない。種とばしはまあめでたいかと。
まあ原理的にもいえることなんだけど。自ずから開かないとね。女性がたの需要もありますが。ウルトラマンのチャックもそうでしょ。
中沢氏とクリシュナムルティが格闘したらどうなるの
だろうか。
関係ないが、病気になったとき、体は全身全霊をかけて
治癒に努めねばならないのに、頭は心配事を次々と思い
浮かべたり、最近聴いた音楽のフレーズを永遠に繰り返し
たりして、一向に眠らせてくれない。
頭脳は体の不安定に対して大慌てで安定を作り出そうとする。
でも結局、何かの幻想に同一化して、仮にも安心すれば、夢を
見ながらでも眠っているのだが。
もしいちいち心が思い浮かべることの真の根拠を、欺瞞を知ること
が出来れば、もうそれは騒がないのだろうに。
820 :
クリちゃん:04/02/27 12:06
>811
謙虚は本性だ、愛は本性だ、やれ善は・・・・・・
何でもかんでも、良き言葉は本性だとかたずけるつもりかね!
仮にそうだとしてもあんた自身の何が変わるのかね!
そんなことばの定義に執着してる、
あんたのマインドのアホさが、クソだと言ってるんだよ!
821 :
名無しさん@3周年:04/02/27 12:50
ちずおばかりでせ。
822 :
名無しさん@3周年:04/02/27 14:49
>そんなことばの定義に執着してる、
あんたのマインドのアホさが、クソだと言ってるんだよ!
こんな言葉の遊戯に執着している、あんたのマインドのアホさが、
クソだと言っているんだが分からないか?
ホント幼稚だな、おまい。
もっと実践的なことを言って見ろ。おまい自身のことさおまいじしん。
ところがおまい自身と来たら、恐くて部屋も出られない引き篭もりなのさ!
違うかね?違うなら、おまいの人生、いきざま等、語れ!
なんか ここ 急に次元が低くなりましたね 質問にも答えてもらえないようだし
また来ます 栗山さん それから 俺さん 俺さんの対話相手だった方 お話参考になりました
ありがとう
>寺なんかに合宿とかもしたことがあります
>無 ってなんでしょう?
せっかちなやっちゃなー、で、おまい、寺でなんて言われた?
言って見ろ
中さん逝ってしまいましたか?
私も忙しいのでレスも遅れがちです。ご容赦ください。
中さんには机上の空論に思えるのでしょうが、あなたが武道に打ち込む
ように、私もそれなりに真剣ですよ。Kを読む人はわりとそういう人が
多いです。あのブルース・リーもKの講演を聞いていました。
>心体技 といいまして 体が出来て技を磨いて始めて無心 ということで
>初心者が始めから無心を志しても 意味なしです
>無 ってなんでしょう?
無とは、私は肉体ではない、私は感情ではない、私は思考ではない
ということを認識することです。事実そうです。
技は体が憶えているし、どう攻めるか、どう守るかは、修練によって
身につくものです。だからあなたの言う「体が出来て技を磨いて始めて無心」
というのは実に正しい。しかし、無は逆で手放ししていくことになります。
つまり、あなたは体を忘れ、勝つことをわすれ、負けることをわすれ、
そして闘うことすら忘れるのです。それらはあなたの体、心、技にまかせる
のです。その時あなたは強いということを直感的に知るのです。
ですからこれは意識の問題で、修練や鍛錬の問題ではありません。
無になることについていくら修練しても結果は出ないでしょう。
今までのやり方とは全く違ったアプローチが必要だと思います。
Kを読むことはスコップで自分自身を掘り下げていくようなものです。
ご縁があればよろしいですけれども。
>無とは、私は肉体ではない、私は感情ではない、私は思考ではない
ということを認識することです。事実そうです。
栗山、おまい、それ違うだろ!
認識することは無じゃないよ。悟るとか無、という文脈で使われる無
っつのは、認識者の不在だろうが。事実そうです、といえるようなものが
無なわけねえじゃん。
それは、まあ、主体が無い、つうことで空っぽ=空とは言えるだろうが、
中が探しているような、無じゃないぞ。
「悟りや無とかは全部概念」、という前にそれが指し示すものを
ハッキリ理解しなければ、また、そのツマラナイ概念に過ぎないものを
拾っちゃうぞ!
>せっかちなやっちゃなー、で、おまい、寺でなんて言われた?
言って見ろ
態度の悪い人だな とは思いますが
こんな感じに言われました
「何も無い無いと言っても そう言っているもんが居るだろうが だからそりゃ無じゃないです」
>「何も無い無いと言っても そう言っているもんが居るだろうが だからそりゃ無じゃないです」
そのもじゃねえか。これが解らなければ、他、何を言っても解るまい。
無駄だと思うが、、、
ポイントは意志なんだな。意志が働くと意識の動きが生じて即自己と世界
が顕われる。しかし、もうそういった微細な意志は働いてんだし、
もし、その意志の働きを止めようとすれば、それも意志だからやっぱり、
動いちゃうんだな。さあ、難題だ。意志の働きが問題なのに意志を働かせまい
とすればそれも意志だから意志が働いてしまう、さて、どうする?
どうすることもできない、方法はないんだ。
だから言葉では、ただ坐る、ただ在る、って事になるんだが、実際的には、
ただ坐ろうとすれば、坐ってしまう、ただ在ろうとしても無理だ。
>>822 認識があるとき、あなたはいません。
無とはないことです。 悟りとは認識です。
知ることです。 空か無か、それはマニアの言うことでは?
ですから自分を知ること。そのために自分の心を理解すること。
囚われないこと。囚われないために、囚われている自分を正直に
見つめること。 これらすべては無につながっていると思います。
つまりすべての人のすべての人生−彼が詩人だろうと、武道家だろうと
リーマンだろうと。 自分との闘いが本当の闘いです。
気絶すれば、その時には自己の不在があるだろう。
しかし、それが強烈な外因によって生じた場合、この意志が働かなくなっていく
プロセスが分からないし、空白の前後の経験もないので、それではポイントをつかむのは
ほとんど無理だろう。気絶した後の、即後の体験の深みもないはず。
無そのものは分からない。ここで、無とは、今であり永遠であり自己の本性。
それ自体は分からない。逆に解ったらそれは無じゃない。認識できるような
ものは無ではあり得ない。だから今も自己の本性も知り得ない。
>認識があるとき、あなたはいません
認識があるというのは即、意識が働いている、ということに他ならない。
あなた=マインド、はないかもしれないが、そこには、あなた=意識
があるだろうが。
>無とはないことです
リンゴがある、リンゴがない、という文脈では、これでいい。
無とは何かの不在だよな。
ところが、悟りとか無、という文脈で無が使われる時の無とは、
リンゴがある、リンゴがない、といっている自己=意識あるいは、
認識の不在のことだよ。
空っぽという認識はこちらで起こる。それ以外にはない。
ところが無とは認識することの不在なんだ。
無を認識するなんて、なんて馬鹿げたことなんだろう?
認識出来るものが、無=今=自己の本性、でありない。
もし、それが認識可能ならば、そこにはどんな神秘も未知も無い。
栗山、おまいはきっとマヤビのように何時まで言い張るんだろうが、
いくらでも言ってやる。
違うものは違う。これを押し付け、というのらおまいは馬鹿だ。
はは〜〜〜ん 822さんと栗山さんのやり取りで 何かが 掴めたような
掴めないような でもなんか参考にはなりました そうですか、、、
今朝はちょっと言葉が荒すぎました。反省します。
言い訳すると、謙虚さ云々言っているのに、中沢さんも栗山さんもぜんぜん謙虚
じゃないって思ったからです。
中沢さんは性急さは、謙虚さとは相容れない思いますよ。
栗山さん、あなたの認識はまだ浅いと思いますよ。
しかし、自分を振り返った時、それが自分にも当て嵌まるように思えます。
馬鹿等、非礼な言葉は取り下げ、詫びます。
834 :
名無しさん@3周年:04/02/27 17:34
>>822 無の定義がどうのこうの、そんなことどこにでもかいてあるで
>もっと実践的なことを言って見ろ。おまい自身のことさおまいじしん。
であんたのそれはどなんやねん?
>であんたのそれはどなんやねん?
俺のことは、ここに書いただろ、たくさん。
ところで、無の定義云々なんて話、どこにでも書いてあるということ、
そんなことは、俺の関知するところではないの。
分かる?
つまり、俺は、おまいなんか、はなから相手してないの。
引き篭もりは引き篭もりを先ず、治せ。それは病気。
俺は、ここの栗山に話があってやってきたの。分かる?
奴が、全ては言葉に過ぎない、概念にすぎない、なんて気取ってっからね、
じゃあ、それをホントに分かってんの?って言いに来たの。
おまいはただの刺し身のつまなんです。
836 :
& ◆hjR0pTqhT6 :04/02/27 18:33
>自分との闘いが本当の闘いです。
また、これも事実の一面にすぎないんです。
本当の闘いとは、闘わないこと、です。
明け渡すことです。
前記しましたよね。意志は、ある地点までは問題にはならないけれど、
その地点越えると障害になります。
栗山さんはそこに気づいてますか?
822は思う存分暴れて去って行った様だ。
>中さん
815です。
話に刺がありましたか。それは失礼。
私は刺に反応したのではありませんよ。
あなたの正直な感想に答えただけです。
ところで、無とは何かとおっしゃる。
無の答をここで書いたとしましょう。
それで、何が変わるのです?
ここで、悟りとは何かを説明したとしましょう。
それで何が得られるのです?
あなたは、武道家で、強くなるために、悟りや無を知りたいと。
それを知るには、全てを掛けなければ、全ての望みを引き換えにしなければ、
あなたの魂を引き換えにする覚悟が必要です。
しかし、強くなるためでしたら、そこまで、必要ないでしょう。
勝とうとする意識と負けてしまうかもしれないという不安。
これは、一体何なのか?
自分の心を見ることによってのみ解ります。
なぜ勝とうとするのです?
なぜ、負けてはいけないのです?
勝とうとする意識に何かが執着しているために勝とうとしていないですか?
この原因をどこまでも追求してゆけば答があります。
刺があったなら勘弁ください。
>calkさん
そうですねえ〜〜 そうなんですが なんかやはり観念論のような気がします 自分には
822さんのような 実践的な具体性の在る経験に裏打ちされたような意見が合うようです
勝つ負ける 望みを捨て去る う〜〜ん 言っていることは理解できるのですが 例えば 自信
のようなものは邪魔にはならないもののようです それへの執着が邪魔になるようです
意志を働かせない というお話のほうがピンときました しかし これほど難しいこともない
自分は方法論や技法に頼ってここまできました ので 方法が無い と言われるほど
ツライことはないですね 参りました お寺でも これ言いましたけどね
まさかこんなところで 参りました なんて言うとは思いませんでした
ではこの辺で 夜勤明けの牛丼が食えなくてねえ 作るのも面倒 作ってくれる人も無し
もうすぐ 夜明けですね
皆さん ありがとう!!!
840 :
名無しさん@3周年:04/02/28 19:05
kとmを間違えているわけで。 注意深さが足りないわけで。 そうするとKからMを見いだしがたいわけで。
ok,僕が答えてあげよう。その「気絶」の状態は、意識がハッキリしているのに、
自分がどこの誰だか分からなくなる状態だ。気が狂ったのかとあせるが、
意識じたいはあまりにもクリアーなので、しばらく様子を見て、まず、
ここが地球で、ここは日本で、とひとつずつ確認し、やっと自分の名を
思い出す。ことわっておくけど、薬物の類は一切やってない。
おそらく、シャルマが言っているのはその状態だと思うが、ぜんぜん違う(w
かも知れない。また、この体験はクリシュナムルティその他を読んでも、
類似した体験談を聞かないのでそのへんに詳しい人、カキコキボンヌ。
842 :
名無しさん@3周年:04/02/28 21:23
>おそらく、シャルマが言っているのはその状態だと思うが
ハイ、外れ。
気絶というからにはそれは意識が途絶えているような状態を指すわけで。
ですから、それは体験でもなく認識もない、それが無だ、ということ。
でね、意識が途絶えているといっても意識はなくなるわけはないから、
休止している、というのかな、勿論、それについては想定できるのみ。
で、そうのような状態、それは状態とも言えないけれど、無意味に思えるわけ。
そして、確かに無意味なわけ。意識・存在にとってはね。それは死のようなもの。
でも、それが「今」で、底で即、自己の本性であり、永遠不変、不生不滅、不増不減
ということ。色即是空というとき、その「空」とは、そういった無を指す。
無意識界っていってるじゃん。目も耳も鼻も無い、って言っているじゃん。
それが、無、なんだ。
843 :
名無しさん@3周年:04/02/28 21:32
>555、
君の言っているのは、そこから一歩ズレたところ、神秘体験だ。
それは悟りだと言っていい。モチ、それが常態になった時、あるいは、
いつでも好きな時にそのような状態になる、リラックスしたら、そうなる
ってのが悟りですが。
無から帰還した時に、前後不覚、自分が誰かも分からない状態がある。
そこが大悟、エンライトメント、ということ。イコール悟り。
そこから見ると、俺の常態は悟りじゃないです。問題はないし、思考も少ない。
思考との同化という意味では全くといってもいいほどない。
でも、それはまだ悟りじゃないです。そういう意味では、俺はまだ悟ってないです。
難しいんですよ、そこから進むのは。問題がないから。苦しみって特に無いから。
844 :
名無しさん@3周年:04/02/28 21:37
>555
君はサニヤス系だったっけ?サニヤス系でそこまで体験しているのは希なほう。
分っているほうだと思うよ。ただ、神秘体験ぐらいなら多くの人がしてるんだけれどね。
でも、サニヤス系は全くどんな体験もなく浮かれているだけの人の方が多い。
そういった意味で、敬意を持っちゃうね。
Oshoはエンライトしたらほとんどの人は死ぬといったね。死ぬんだと思う。
あまりにも強烈な至福やエネルギーは人を殺すでしょう。そこに浸っていたら
死んじゃうだろうね。モチ、死んでもいいと思うだろうがね。
もっと君の体験を書いてみたら?
845 :
名無しさん@3周年:04/02/28 21:47
ここまで書いたんだから、悟りという概念と無という概念が指し示すものは
違うんだ、ということが容易にわかるでしょう?
それは当然、概念であって、事実は悟りも無も一つさ。これ、分かる?
悟りと無は、抱き合わせで一つ、ということだ。反対の顕われ、というか、
一つは顕現で一つは非顕現ということ。
それはちょうど夜と昼のようなものさ。夜と昼は抱き合わせで一日だね。
今、即、底、自己の本性に深く根差すようになると、ここ、で、その本性の
性質を認識し体験するようになる。だから、私って無いとか、静寂とか、
不動性とか永遠性を知る。
しかし、それそのものは、決して知り得ない。それは知られざるもの、
永遠の未知さ。
846 :
名無しさん@3周年:04/02/28 21:52
ここまで来れば、栗山の、
「悟りも無も同じ」というステートメントは間違っている、ということが
容易に分かるだろ?
これはしかし、間違い易いところさ。これはなかなか解らないところさ。
栗山は、認識、悟りのことは分かった。分かったと言っても概念的に問題
なくなった、ということだろうがね。
でも、このケースでは、無とか涅槃、彼岸、今、永遠、未知、という概念は
まだ分からずじまい。これを分かったつもりになっていても、分かってないから
捨てた、と自分で思っているものをまた拾っちゃう。
そういうことだよ。
847 :
名無しさん@3周年:04/02/28 21:59
よく考えてみて。これは説教じゃない。
無を認識できるかね?永遠を、今を、自己そのものを、認識できるかね?
できるわけない。
自分が全く分からなくなったような神秘体験ですら、それは体験だ。
体験である以上、それは、ここ、の世界で起きる。
ここ は動きであり、時間であり、認識とは、全ての認識は、ここ、
でしか起こりようはない。
それは全て、無ではあり得ない。
無を認識した、なんてものが無であり得るわけはない。
また、もし、永遠、無、などを認識したとしたら、それは起こり得ないが、
もし、そうなったとしたら、それほど、最低な、地獄もないさ。
いいかな?
848 :
名無しさん@3周年:04/02/28 22:09
さて、概念は概念だ、と完全に分って、そこから一歩を踏み出せるんだ。
どうか、説教するな、とは言ってくれるな。そのような態度を改めて、
事実を事実として見てくれ!
それ以前に、エンライトメントと言っても、それは絵に描いた餅だ。
Oshoと言おうが、Kと言おうが、ウンコと言おうが、同じ事だ!
何回でも何回でも言わなければならないだろうが、
もうそろそろ分って欲しいんだ。
もう、俺のことを気にするのは止めろ!俺は俺。俺にも障害もあれば難しさ
もある。俺も過去にたくさんの間違いをしただろう。それは認める。
でお、みな、自分の足元を見なければ!
栗山は栗山の足元をはひょまるははひょ○の555は555の足元を。
分って欲しい。これが分って欲しいので書いているんだから。
849 :
名無しさん@3周年:04/02/28 23:31
おほほ・・・
掲示板でマインドごっこして、3バカトリオ相手に麻原ごっこしてる
サルちゃん、トリップしたり、
聞きかじったことばかりいっってないで、
あかちゃんのミルクを忘れちゃ ダメダメよ!!
850 :
名無しさん@3周年:04/02/29 00:19
しかし掲示板っていうのは書けば書くほど嘘になるね。
悟りや無について、それは概念だというのはそのとおりでしょう。
認識する主体があるなら無ではない−このことは確かにそうです。
>「悟りも無も同じ」というステートメントは間違っている、ということが
>容易に分かるだろ?
マニアにはそうでしょう。しかし一般の人間には同じことです。
両方とも「わからない」ものですから。
私の無の説明は自分とは誰か、肉体か、感情か、マインドかを見ていけば、
結局なんにもなくなると言うことを言いたかったのですね。つまり、
「私は誰か」を問うことが無になる道なのだということを言いたかったわけです。
>悟りと無は、抱き合わせで一つ、ということだ。反対の顕われ、というか、
>一つは顕現で一つは非顕現ということ。
>それはちょうど夜と昼のようなものさ。夜と昼は抱き合わせで一日だね。
これも概念にすぎないのでは?
私は無に重点を置く話は、クリシュナムルティに沿って考える限り、
似合わないなと思うのです。なぜなら人を変容させるのは認識であって、
無の概念の理解じゃないから。
基本的にこのスレではプラクティカルに行きたいわけです。無から始まっ
て涅槃だなんだを論ずるのはあまり意味がないと思うんですね。それに説
明しても受け取られないということもあると思います。「説明したい」の
なら話は別でしょう。しかし、このスレのニーズがあればと言うことだと
思います。では「説明したい」というのは一体なんでしょうか。
無の話は中さんからのリクエストですから、彼がどのように受け取るか
受け取らないかです。それについては誰も何もできません。
ここまでイイですか?
もちょろん認識と無の関係についてそれを論ずるのにふさわしいスレで
豪傑たちと論じることも可能だと思います。(私はそう言う話は苦手ですが)
854 :
名無しさん@3周年:04/02/29 02:33
>なぜなら人を変容させるのは認識であって、
>無の概念の理解じゃないから。
OK。君の話にも一理ある。でもねえ、栗山、人を本当に変容させるのは、自己満足
的な理解じゃなくて、徹底的な理解、真実の認識だと俺は思うんだよ。
「無の概念の理解」といっても、単なる観念的な学習では得られないものなんだ。
それは、空白を経てこちら返って来た時、初めて、実存的に納得がいくことなんだ。
そうした経験を経た後にこそ、人はすごーっく安心するものなのさ。
それ以前にも確かにある種の安心ってある。思考との同化を落として、尚且つ、
思考自体がなくなっていけば、やがて、自分って呼んできた主体って無い、ってことを
認識するのは当然の成り行き。しかし、それだけでは何かが足りない。本当には安心できない。
別に死後どうなるということではないけれど、なんとなく落着かないものが残る
と俺は思うんだ。真実については解らないじゃない。湖に映った月のことは解ったけれど、
それは空っぽで、それはそれでいいけれど、じゃあ、光源は?真実は何処にあるのか?
ってことが分からずじまいじゃない。
855 :
名無しさん@3周年:04/02/29 02:42
これを探し出すと、本当のトラブルがやってくる!
だって知り得ないからね。でも、知ろうとすることは止められない。
これは苦しいよ。そのことが文字通り寝ても覚めても頭から離れなくなる。
誰も頼りにならなし、何を読んでも結局は解らないからね。
まあ、君は君だ。
それは尊重します。君は、マヤビのように逃げもせず、気取りもせず、知ったかぶり
もせず、そのままの君を出したね。それは非常に尊重します。
君は、俺の期待を裏切らなかった。
ま、あれだ。結婚したんだって?仕事は忙しいだろうが、避暑にでもおいで、
暇になったら。
俺の個人情報はここには書けないから、青山で生地屋の主人やっている褌男
あ、お祭り男か、あいつにでも聞いてくれればいい。
うん、清々しい。言うことは何も無い。
856 :
名無しさん@3周年:04/02/29 12:50
855は何いってるんだろ?
そうだよな。まったくおかしいよな。吹きださないまでも。脳はもう発育しませんからね。神秘体験いぱーいできる。概念の方も不安だから凝るんでしょ。むしろ必要なんです。当たり前に。新聞よめよ。
858 :
名無しさん@3周年:04/02/29 17:15
掲示板での観念ゴッコを実践的だと教祖ぶったり、
風呂で貧血起こしたのを、神秘体験だと解説したり、
そんなトリップを信じるやつがいたり、
観念でいいくるまれ、参りましたありがとう、って礼を言うやつがいたり、
まさにマニアックな世界だねここは。
>>858 何を言っているのか、読んでも理解できなかったヤシ
860 :
名無しさん@3周年:04/02/29 19:38
>>859 麻原にでもすぐに洗脳されてしまうような、おめでたいアホ
> OK。君の話にも一理ある。でもねえ、栗山、人を本当に変容させるのは、自己満足
>的な理解じゃなくて、徹底的な理解、真実の認識だと俺は思うんだよ。
そう、その通り。認識は徹底ーK的にはおそらく全的気付きがなければやってこないです。
1行、2行でそれを言い表すと確かに尻軽な感じはすると思いますが、わたしは尻軽に語って
いるつもりではないです。(ヘンな表現でスマソ)それは難しいです。気付きは難しい。
これでイイと思えることはないですね。無になるのは実に難しい。
>だって知り得ないからね。でも、知ろうとすることは止められない。
>これは苦しいよ。そのことが文字通り寝ても覚めても頭から離れなくなる。
>誰も頼りにならなし、何を読んでも結局は解らないからね。
進むときは進むし、留まるときは留まらざるを得ないんじゃないかな?
822さんの内の何が知ろうとするかは分からないが。もちょろん知的にではなく、
もっと深くだと思いますが。でも不満足であるのは素晴らしいと思います。
わたしに言えるのはここまでですね。
>それは尊重します。君は、マヤビのように逃げもせず、気取りもせず、知ったかぶり
>もせず、そのままの君を出したね。それは非常に尊重します。
....
>ま、あれだ。結婚したんだって?仕事は忙しいだろうが、避暑にでもおいで、
>暇になったら。
プライベートになるし、何のことやら分からない人が多勢だと思うので、
これについては某スレの方がよいかと。
気持ちはありがたく受け取っておきます。ありがとう。
>麻原にでもすぐに洗脳されてしまうような、おめでたいアホ
なんでもかんでも理解できないものをオウムと一緒にするような差別
発言はやめてくれ。
オウムは特殊なケースだよ。オウムの側近が北朝鮮だったり、オウム
帝国をつくる野望を教義にしていないんだが、その区別すら出来ない。
区別がつかないから差別発言をしても気が付かない。
全くおめでてえ奴だったな。問題がない?それはあんたの面の皮が
厚過ぎて自分で分かんねえだけだよ。
865 :
名無しさん@3周年:04/03/06 14:35
また止まりましたね。 ここじゃ雑談もできないですし
リ・スタートということで。
始めましょうか。
age
age ます
869 :
名無しさん@3周年:04/04/02 03:00
言うこともなければ否定もできないです。 長年の読書により否定癖が習慣になってしまふ。 だれもなにもいわなければ否定もできないです。 何もないということは相殺された結果なのでしょか。 見るもんと見られもんとの溶解にひとしいですか栗山さん
>>869 何が言いたいのか良くわかりませんが、
>見るもんと見られもんとの溶解にひとしいですか
これは等しくないと思われますね。
871 :
名無しさん@3周年:04/04/10 20:35
見えるものだけ見る。
只、そこにあって目前にある見えるものを見ればよろし。
読書して何かを合点したつもりになって、見ようとする、見えない。
それは理解していないから見えないんで、そんなもんいくら見ようとしても見えるわきゃーない。
今その場にあって見えるものを見る。観念先走りで見ようとしてもそれは見ることでは
ないのではないか? スンマセン突然の独白で……
>>859 見ようとすることと、見ることは決して同じではないと思います。
たとえば、今イラクで拉致された日本人の方たちを
多くの人々が自分の見方で「見よう」としていますね。
そこにはかならずそれらの映像を見る人々が投影しているものがあります。
人々はそれを映像に映ったものを鏡として自らの偏見や、思考様式を見ます。
またはもたらされる情報を自分流に「解釈」します。
見ること、ごく単純に見ることはいかなる観念とも、
誰かからもたらされた情報の解釈とも無関係です。
誰かの言葉が重要ではなく、自分がそれらの言葉や情報に対して
どう反応しているかを、そのままにしておきながらありのままに
見ることが大事です。
今多くの人がリアルタイムでイラクで起こっている事件について
反応していると思います。
世界をありのままに見ることは難しいことです。それは国に関係ありません。
どの国が正しく、どの国が間違いなのかという論理とは別に、
私達人類は混乱の中におり、どの国のどの国民も、同じブラインドネスを
共有しているという事実を単純に見ることができますか?
信条、宗教的信念、政治的態度、等々その中身がなんであろうと全く関係
ありません。私たちは等しく無知なのです。それを単純に見ますか?
混乱はさらなる混乱を呼ぶでしょう。無知が混乱を呼びます。
英知は混乱を鎮めます。英知を使わなければ人類は救われないでしょう。
このことは世界の出来事によってますますはっきりしてきましたね。
Kの言っていた通りになってきました。
>見ようとすることと、見ることは決して同じではないと思います。
確かに同じではないんだが、まずは見よう、気付こうとしなければ
始まらないかも知れない。初めは誰でもそうだと思うが、そんな事は
気にせず見たり気付いたりする様にがんばろうと思う。そしたら
いつかはがんばらなくても気付ける様になるかも知れない。
>>873 >いつかはがんばらなくても気付ける様になるかも知れない。
それでは遅いんです。今気付くか否か、です。
見ようとする努力の問題ではなく、その努力をいかに落とすかの問題です。
ちょっと考えて見てください。「よし今から漏れは自分の愚かしさに気付くぞ」と言って
気付く人間はいないのです。実際、その努力はますます混乱と徒労をもたらすだけでしょう。
見る主体と見られるものはイコールなんです。
見ようとする意図があるのは、それが別物だと思いこんでいるからです。
自分=愚かであり、人類=この混乱なのです。
それがいつかは改善される、いつかは見えるようになると思うのも
果てしない思考が見せる幻覚ではないでしょうか?
申し訳ないですが、私には納得は出来ません。
私は今にこだわって気合いで気付いたと思っても、幻想を掴まされるだけで
満足するだけでした。
「今」は私にとって時間の概念の一部であるに過ぎません。
私にとって「今」は思考が「今」と言わなければ存在しません。私は「今は実際
今だ!」と言える立場でもありません。神聖な「今」が存在する事を知りません。
だから「今」、時間、順番にこだわるべきではないと思います。
言説は言説です。誰も運動の事を話しても体力が付くとは思わない様に、
気づきも「今」の様な言説とは何の関係もない様に思うのです。
まずは体の簡単な気づきから始めるべきだと思います。何回も気付いて
ない自分に気付かされますが、初めはこんなものだと思います。
>申し訳ないですが、私には納得は出来ません。
説得する意図はありません。そして納得は役に立たないでしょう。
つまり、頭の理解ではないからです。
>私は今にこだわって気合いで気付いたと思っても、
>幻想を掴まされるだけで満足するだけでした。
非常に重要なとこですね。幻想=満足、満足=幻想です。
>だから「今」、時間、順番にこだわるべきではないと思います。
時間は問題ではないでしょう。なぜなら時間は思考が作り上げたものに
過ぎないからです。曰く思考が止めば、時間も存在しません。
>まずは体の簡単な気づきから始めるべきだと思います。何回も気付いて
>ない自分に気付かされますが、初めはこんなものだと思います。
それは方法論です。何がしかの瞑想法、エクササイズで気付きが得られると
思うのは正直甘いと思います。もし得られる、得たという感触に対して
執着すれば満足と幻想と果てしない不満足のループに陥りますね。
気付きはいかなる方法論によっても得られません。しかし庭をきれいに、
ふさわしいものにすることによって、小鳥が訪れる機会を作ることはできます。
ただし、その小鳥が訪れるかどうかは未知のままに留まるわけです。
このことをよく徹底させた方が良いのでは?未知とには、接し方があるのですよ。
それをわきまえない人がどうも多そうですね。
>庭をきれいに、
ふさわしいものにすることによって、小鳥が訪れる機会を作ることはできます。
ただし、その小鳥が訪れるかどうかは未知のままに留まるわけです。
このことをよく徹底させた方が良いのでは?未知とには、接し方があるのですよ。
素晴らしい!
初めにお断りしますが、私はあなたの中で実際に起こっている事は知りません。
以下は私の場合どうなるかなという事です。
私は気づきの鳥が訪れる為に心の庭を予め綺麗にしようとします。しかしそれは
実は表現が変わっただけです。その秘儀だけは方法ではないと思っています。
思考は気づきを小鳥に例え、それによって幻想を抱き、満足します。
私は何がどう言っても兎に角時間の一部です。その私は何をやっても時間の一部
でしかありません。その私が気づきの庭を用意しようとするとどうなるでしょうか?
出来る物は絶対に思考の隠れ家です。そして私は「いや、もしかしたらそういう
方法があるかも知れない。私にはそういう瞬間があった。」と言います。ループです。
要は私が関わる全てが言説、時間であり、それが私の実際です。
私は気づき、そしてある時忘れ、そして気づきます。やってる事はそれだけです。もちろん
私には意図があります。私はこのエクササイズがいつか私を高みに連れて行くだろうと
思います。また私は他の事全てに手詰まったり、病気になって気付こうとします。で、
私が気付いたと思ったものは私の幻想です。そして「それではダメだ。」と私は言います。
またループです。
私が言いたかったのはそれらの事ではなく、ただ余りに高望みして気づきに失敗して
挫折しない為には、どうせ望んでしまうならそれを低く設定してやってみようという事です。
まったく低レベルの事です。
小鳥は喩えです。
>私が言いたかったのはそれらの事ではなく、ただ余りに高望みして気づきに失敗して
>挫折しない為には、どうせ望んでしまうならそれを低く設定してやってみようという事です。
私の意見は、低レベル高レベル問わず、「望み」そのものが低レベルであり、
後に障害にしかならないということです。
「望み」とは何ですか?それは思考が作り上げる幻想です。
K的に言うなら、「あるべきもの」と「ありのまま」を自分の中で峻別することです。
「あるべきもの」の希求が、ループの始まりですから、希求それ自体が止まなければ
なりません。
クリシュナムルティ読んだことはありますか?
暗闇の中を手探りで進むのはわかります。
誰もが最初はそんなものでしょう。しかし周囲が明るくなってきたら
目を開ける努力が必要です。明るい部屋で目をつぶって手探りで前を
進むのは愚かでしょう。しかし彼曰く「目の開け方なんて知らない!」
方法を変えなければなりません。その方法自体、常に自分が想像できる以上
のものです。ということは常に謙虚さをもたないと、いつまでも眼をつぶった
ままだということです。それでも自分は進歩していると言うことはできます。
実際、自慢する人もいるわけです。まさに眼をつぶったままで。
>まったく低レベルの事です。
いいですか。 自己卑下と、謙虚さは全くの別物です。
自己卑下は高慢さの別な表現です。謙虚さはきれいな水鏡です。
だから 捨てなさい、捨てなさい、捨てなさい。
栗山さん、最近冴えてるねえ。
881 :
名無しさん@3周年:04/04/14 22:54
パニック障害
久々に思い知らされた。
以前の絶望感が軽く思い出された。
高速運転中の私は足がすくみ気の遠くなる感覚に抗することが出来なかった。
いくら葛藤しようとも、気を奮い立たせようとすればするほど感覚が絶対服従を
強く要求して、それを受け入れる他なく高速を降りた。雨の一般道を余韻を
引きずりながら帰宅した。Kは
狂人は空白に耐えがたく、弱者は・・・・
フッ、
初心者にとって外界は圧倒的に脅威である。
でも耐えろ、身体に力が入っているのに気づけ、
その脅威の中で、身体のこりをほぐせ。
ここのスレッドのコメントは、そのとき、一回限りの出来事であって、
そこで終わっている。
同じことが続いているというのは、それは嘘で、
瞬間瞬間、常に、変わり続けている。
自由への疾走 レニー・クラビッツ
六根清浄、六根清浄、っ、六根清浄、六根清浄
刺激に対して、直ぐ反応をせずに距離を置くこと。←心にダメージを負わない方法
自分にこだわり続ける限り、
他人にこだわり続ける。
他人にこだわり、他人の言動に感情を揺さぶられ、
他人の評価に自分がオタオタして、
他人に自分を合わせる。
今日という一日は二度とない。やってこない。
自分のイメージと合致することはない。
イメージと合致していると思い込んでいるだけである。
「こうでなければならない」という無意識下に染み着いた汚れは
言葉によって確認していくしかない。一字一句。小学生のように学ぶのだよ青年
自意識なしの思考は、
いつもその場で、ふと起こり、
現在の瞬間に結びつけられた実際的なものばかりです。
普通の思考では、心が内と外、過去と未来を往来し、
個人的な感情や意向に振りまわされて疲れるだけだからです。
Bernadette Roberts 翻訳者も雨宮さんっていう名前なんだよな。
すべてのものにコード番号が割り振られ
身元がばれるこの世かな
889 :
名無しさん@3周年:04/04/18 20:05
湧き上がる感情や想念は、自我(という機械)が勝手に反応しているだけで、
自分自身が起こしているのではないことを自覚する。
その感情・想念を消そうとしたり、変えようとしたりせず、いっさいの働きかけ
をやめ、ただじっと観察し、逃げることなく、まるで自分が鏡となってその感情や
想念を映し出し、あたかも一体となったかのように味わい尽くす、(鏡は、どんな
汚いものを写しても、それ自体はまるで汚れない)。
わいては消えていく感情や想念を後追いすることなく、瞬間瞬間に消えるにまかせる。
あたかもバッテリーが放電するように。川の水がサラサラと流れ去るように。
上の文章で「逃げることなく」。この文章は時と場合による。ときには逃げろ。
ときには、殺せ。八つ裂きにしろ。
逃げられないものは、自縛霊になり、妖怪になり、魔物になってしまう虞がある。
塩と水以外の生物を食する人間の業が・・・・・・・
太宰は、生きる意味を本当に知らなかった。
それ故にあの御業をすることができた。
もう時間がないのだよ、君
891 :
名無しさん@3周年:04/04/27 12:56
勢い込んでaさんとbさんが出会い
笑いと涙が木霊しました。海は耄碌して空は覚醒しました。
街はいのるように夜空をおとしました。
風が吹きました。かたかたさやさやひゅーひゅーと音が鳴りました。
心の中に雨が降りました。それはほんとは恋のかけら。
木々がざわめいていました。あしたは晴れです皆さん。
今までなんだかんだ呟いてきたけど、なんだね、ネタ切れだ。
俺なりに、ブルースを唄ってきたんだけど、
しかし、時間は過ぎてゆく。今までが夢のようだ。
明日で、ゴールデンウイークはお仕舞いだ。
また過剰な二酸化炭素を吐き散らしてお金稼ぎの毎日だ。
ばんこ君は生活安定したかい?
俺は五体満足だ。健康に感謝してます。
精神世界をうろついていたことが、ちっぽけに感じる。
やりたいことはいっぱいある。
風が吹いていますねぇ。
人生には、可能性がいっぱいだけど
人生には限界や限度もある。
十代や、二十代は全力でやっていける部分があるけども、
人生の節目に全力で突っ込むと死を招くこともある。
Kは四六時中の観察を述べているが、k自身の24時間を本の中に記されていないのが残念だ。
精神世界本はどれも子供を泣き止ませるためのガラガラのおもちゃと同じだな。
大人、子供と差別化を図る自称大人という輩がいるが、
相変わらず、ダブルスタンダードの様相は滑稽だ。
ばんこ君、ありがとう
895 :
名無しさん@3周年:04/05/16 08:38
896 :
名無しさん@3周年:04/05/17 17:04 ID:HJFa3hJM
ヽ|/
/ ̄ ̄ ̄`ヽ、
/ ヽ
/ \,, ,,/ |
| (●) (●)||| |
| / ̄⌒ ̄ヽ U.|
| | .l~ ̄~ヽ | |
|U ヽ  ̄~ ̄ ノ |
897 :
名無しさん@3周年:04/05/18 15:21 ID:X2vMmMxu
おばQ?
898 :
名無しさん@3周年:04/05/30 09:19 ID:WCWExSOE
The devil once went for a walk with a friend.
They saw a man ahead of them stoop down and pick up something from the ground.
"What did that man find ?" asked the friend.
"A piece of truth," said the devil.
"Doesn't that disturb you ?" asked the friend.
"No," said the devil,
"I shall let him make a belief out of it."
899 :
名無しさん@3周年:04/05/30 14:36 ID:PneEEHiV
権威主義を否定する思想が書かれているが、
権威主義を否定する権威を受け入れる読者。
まったくナンセンスだぜ!
Kの云う通り無意味だ。
900 :
栗山さん:04/06/01 23:08 ID:DdfUl+aO
ナンセンスなのは権威そのものです。
権威というものは観念に過ぎません。
だからそれを受け入れる、否定することもナンセンスです。
901 :
名無しさん@3周年:04/06/01 23:20 ID:EGt9R20C
just the way you are
902 :
栗山さん:04/06/03 00:54 ID:Ca8YzWeL
ついに900超えましたね。
903 :
名無しさん@3周年:04/06/05 07:29 ID:g7v3v8Kx
じゅんいちちゃんは、クリシュナムルティをダシに使ってお小遣い稼ぎしてたらダメだよ
じゅんいちちゃんの色メガネでクリシュナムルティの実態が歪められている
904 :
埼玉:04/06/06 00:04 ID:l7oh3xSs
ふ〜ん、クリヤマ。
1000に到達すると何か喜ばしいことでもあるのか?
906 :
名無しさん@3周年:04/06/08 06:49 ID:BMszcyLt
栗山じゅんいちだっけ?
907 :
名無しさん@3周年:04/06/08 15:30 ID:LpPzg1lo
窪塚くんをこのスレの住人はどう思うね。
908 :
名無しさん@3周年:04/06/08 16:27 ID:OTI6Kw8A
俳優で、たまに自殺する奴がいるけど、
俳優業の精神世界ってのはどうなっているのかね。
虚構の世界と現実の世界とのギャップに違和感を覚え、狂ってしまうのだろうか
909 :
埼玉:04/06/09 01:19 ID:yoTetDF8
窪塚君は、オレも昔ハマったサンマーク出版の「神との対話」の「神」を信じているらしい。
バッカだなあと思う反面、9階から落ちて死んでいない点とマンションから9メートルも離れた場所まで跳んだという事実が奇跡的でコワ!
もしかしてチョロッと飛翔しちゃったんじゃないかと…。(笑
910 :
栗山さん:04/06/16 12:10 ID:h681FPr7
人大杉なので2chブラウザ導入しました。
>窪塚くんをこのスレの住人はどう思うね
エネルギーがありますね。9階から飛び降りることが
できるなら何でもできそうです。若気のいたりなら、
私にも似たようなものをやっていた気がする。
自分がどうしようもなくて、そのエネルギーに
突き動かされることは実際あると思います。
でも巻き込まれたらやはり負けなのです。自分を
取り巻く種々のエネルギーの中心にいて動かず、そのエネルギーを
うまく使うことを学んでいけば良いことだと思います。
<年季>が要りますね。たぶん。
911 :
はひょ丸 ◆xVxqW0FG7E :04/07/03 18:50 ID:uj8FVaAn
ここ消えたと思ってたら続いていたんですね。
某スレにここは消えた、と書いてしまった。失礼しました。
912 :
栗山さん:04/07/11 02:20 ID:X4S0evDv
サーバが変わったんですね。きっと。
913 :
名無しさん@3周年:04/07/16 17:18 ID:7Ixk5iqg
クリ爺の言ってることがよく理解できる小説とかないですか?
914 :
誘導:04/07/19 08:07 ID:VqaotvUf
915 :
栗山さん:04/07/20 00:41 ID:vmsCWKJh
重複ではありません。
>>1を読んでください。
ここではグルジェフとクリシュナムルティの共通点を
見いだすことはしません
916 :
名無しさん@3周年:04/07/25 16:20 ID:p0CbdT0W
ハンドルネームだけの公表で、瞑想会主催かよ、非常識な奴だ。
よい子は行っちゃダメだよ。
ここで私からのお題です。
楓橋夜泊 作 張継
This is to let you know
that I'm telepathically sending you a subliminal message.
四零九より
917 :
四零九:04/07/29 18:14 ID:/U+0ABTM
俺は、本気じゃなかったんだ。
本気になろうと努力もしていなかった。
お前の言う努力とか本気とかって結局思い込みでしかないよ。
919 :
名無しさん@3周年:04/07/29 20:04 ID:mq8XIAP2
そんなに否定ばかりしてたら
何かの疎外感を持つようなるのは必至。
いづれは鬱病になるよ。
疎外感も鬱病も否定しろよw
921 :
四零九:04/07/31 16:35 ID:N46Gl4pv
あんた
本当にスジ通っているのかよ
ちょっと突かれただけですぐグラグラするね、ここの人たちって。
923 :
名無しさん@3周年:04/07/31 18:20 ID:naKMI99e
何故かスジという言葉で
オデン種しか頭に浮かばん・・・
924 :
四零九:04/08/01 10:23 ID:laWJDXUe
やっぱり、俺が書き込むとよく釣れるなぁ〜
お題の方、よく勉強しといてね
釣れた【つれた】[名]
自分の当てずっぽうレスを大勢に突っ込まれ&馬鹿にされた時に厨房が
悔し紛れに言う単なる逃げ口上の最後っ屁。
その後放置される。
使用例:ちょっと煽ったら馬鹿が大量に釣れた(w 等。
926 :
栗山さん:04/08/02 14:58 ID:R3IzjE4J
みなさん。ここを釣り堀にしないでください。
なにかお題はありませんか?
927 :
名無しさん@3周年:04/08/05 21:37 ID:rv3an0hd
フィリピンホステス騙してセクスー
928 :
はひょ丸 ◆xVxqW0FG7E :04/08/06 13:15 ID:pQNxuTvg
関係性というものに対外的な慣習的な前提が入るのが
僕はとても嫌いです。
例えば女性とのつきあいにおいて
男ならこうするのが当然でしょ!という前提をぶつけてくる。
それがまだその人自身の意識的な思考から意識的に
生じている(この場合感情的な表出とはなりにくい)ならば
まだしもそこで感情を表出している人間が慣習的思考の奴隷
でしかないと僕はとてもさびしく感じます。
なぜなら僕は彼女と話をしたいのに
そこにいるのは慣習的思考の奴隷である幽霊でしかないんですから。
これはありとあらゆる関係の中で起きることだと思います。
社会的な場では特に強いでしょうが役割をうまく使いこなせる人は
僕は本当に尊敬しちゃいますよ。
存在していない幽霊に限って責任とか義務とかやかましく言うように
思えるのですが。
ただ責任とか義務を要求する慣習的思考を単純に無視するのでなく
(それはただの無責任)それがどういったところから
生じているのか洞察する必要があると思いますね。
最近ズッとレス少ないけど皆さん元気ですか?
929 :
名無しさん@3周年:04/08/08 01:18 ID:cshEp5dy
抵抗してあげれば、存在してくるだろう。慣習を拒絶すればいいんでないか。
930 :
名無しさん@3周年:04/08/08 01:22 ID:cshEp5dy
そういうの解らせてあげるくらいの情熱を持って女と接していないちゅうことで。
まあ大抵そんなところじゃなくて夜のがんばりによって自然と理解しあえるもんじゃないかえ。
931 :
栗山さん:04/08/08 01:52 ID:k1v4xwsY
はひょさんのはお題なのか相談に乗って欲しいのかいまひとつですねぇ。
女性との関係性に習慣的云々なんて私はないですよ。阿吽の呼吸で、
テレパシックですね。
関係性とはダンスだと思うんです。
つまりダンスが重要で、私も彼女も重要じゃないんです。
さて踊り手は(演じる)でしょうか?
つまり人生相談的に言うならはひょさん。彼女とダンスをすれば良いかと。
それで誰とでも(相手がハゲでもヅラでも)ダンスをすれば良いかと。
どぅ?
932 :
はひょ丸 ◆xVxqW0FG7E :04/08/08 17:32 ID:mfJHF2Py
どうにも変な具合になってしまいましたね。
人生相談のつもりは無かったんですが。
例に出したのもそのまんまリアルワールドの事ではないですし。
ただ僕は人と接蝕していてその人自身と出会っている、と
感じられることが少ないんですね。
でその原因が慣習的思考とからんだ恐怖であったり
欲望であったりすると思うんですよ。
皆は本当に人と存在し向き合っている、と感じられますか?
こんなことを書いたのもこの間友人と
「人は眠りながら話し眠りながらケンカをし眠りながら
棺桶に入る」というあたりまえのことを再認識し合っていたせいなんですが
面白いことにそういうことを話しているといくらか覚醒感覚が
来たりするんですよ。
その程度の覚醒感覚なんてどうでもいいよ。
934 :
名無しさん@3周年:04/08/09 22:30 ID:9ywY0nUj
共感できる人と話していることによる、感情とか情緒的な高揚感ではないのですかい。
935 :
はひょ丸 ◆xVxqW0FG7E :04/08/10 17:33 ID:MhEZq5YF
>共感できる人と話していることによる、感情とか情緒的な高揚感ではないのですかい。
それとは違う。それはただのマインド・トリップでしょう。
もっと繊細な夢から覚めていく感じ。
それも覚めようと意図するところからではなく
眠りそれ自体に気づくところから生じるもの。
だから>その程度の覚醒感覚なんてどうでもいいよ。
なんて言われちゃうんだけどやっぱマインドは常に
デカイ大転覆するような「覚醒」を求めてるんだね。
眠りに気がつく、夢から覚める、
というのは人類最大の夢だな。
そんなヴァカなこといってるから何時まで経っても目が覚めないんだよ。
>やっぱマインドは常に
>デカイ大転覆するような「覚醒」を求めてるんだね。
違うな、マインドはむしろ覚醒を阻害している。
938 :
四零九:04/08/17 18:02 ID:dneJkRHF
街路樹の葉が風になびいて落ちていく
夏もそろそろ終わりでしょうか
もの2君 「ば」と「は゛」の違いが分かるかな?
もう何年も前の話になるが
939 :
栗山さん:04/09/01 23:47 ID:QlnAPfTE
ひさしぶりに上げてみます。
栗山ってグルジェフスレの栗花 馨っていう基地外と同一人物だっけ?
942 :
栗山さん:04/09/05 13:33 ID:gWUkrBM+
いいえ。わたしはクスクス笑ったりしません。
943 :
名無しさん@3周年:04/09/11 16:28:38 ID:BON9y1ez
│
│
.
>>938J
/V\
/◎;;;,;,,,,ヽ ジィー
_ ム::::(;゚Д゚)::|
ヽツ.(ノ:::::::::.:::::.:..|)
ヾソ:::::::::::::::::.:ノ
` ー U'"U'
944 :
名無しさん@3周年:04/09/19 23:52:42 ID:Zec59/jS
age
945 :
四零九:04/09/20 19:46:49 ID:V0/aEooK
今更、そんな基本的なことが出来るか、と思うでしょうが、やるしかないのです。
馬鹿臭い地道な作業が次へのステップにつながるのです。
これから二時間少々、私もやります。
では、二時間後にお会いしましょう
946 :
四零九:04/09/20 22:09:10 ID:ufb/u46b
部屋の掃除をしてました。
あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほらりるれろやゆよわん
948 :
名無しさん@3周年:04/09/26 15:16:23 ID:Bxe2BmIR
012345678901234567890123456789012345678901234567890123456789012012345678930123456789456789
949 :
栗山さん :04/09/26 23:26:48 ID:RW2MZbFn
意味のないカキコはご遠慮ください。
ヤケになっちゃいけませんです。
他のクリシュナムルティのスレはまだあるんでしょうか?
次スレは統一したいですねぇ。
スレを所有しようとする愚かな栗山。
951 :
栗山さん:04/09/27 12:55:24 ID:/9OeTNYe
スレが欲しいならあげますよ。
私はスレ立て人として書いてるだけです。
っていうかもうこのスレ話題もないし、もう終わりだね。
是非、一読することを薦めるが、「どうしたらよいか教えて下さい」という
「解答を要請するクライエント」式の読み方では役には立たない。
価値の条件に一致する経験は、意識の上で正確に知覚され、象徴化される。
しかし、価値の条件に一致しない経験は、
あたかも価値の条件に一致しているかのように選択的に知覚される。
また、その一部か全体が否定されて、意識されなくなる。
こうして、価値の条件に従って選択的な知覚を始めたときから、
自己と経験の間の不一致、心理的な不適応、傷つきやすさといった状態が出現するようになる。
自己と経験の不一致の状態を理解するのに便利であると思われるのでここでとりあげてみよう。
自己の象徴化の過程にともない、自己配慮を求める欲求が発達してくる。
人は、自己配慮を求める欲求を満足させるために、価値の条件に従って
自分の経験を選択的に知覚するようになる。
Are you experienced?
君はもう経験したかい?
経験は重要ではない。
経験は過去である。
Tの領域は、経験と自己概念とか一致している現象の場、
Uは経験が象徴化される際に価値の条件にあてはまるように歪曲されて知覚された現象の場、
Vは自己構造と矛盾するために意識することを拒否された経験のある現象の場である。
958 :
名無しさん@3周年:04/10/11 03:02:48 ID:sOosYlLK
k言う所の「観察者」とは何なのですか?
君が培ってきた価値観のことだ。
これは良いこと。これは悪いこと。と分別している君自身だ。
忘れてはならない。
∧,,∧
(;`・ω・) 。・゚・⌒) あなたががチャーハンを作る時、
/ o━ヽニニフ))
しー-J
∧,,∧
。・゚・。 (;`・ω・))) チャーハンもまたあなたを作っていることを。
。・゚゚。.━ヽニニフ))
/゚・.7
961 :
名無しさん@3周年:04/10/11 22:29:01 ID:j7vHKZHK
では観察者は観察される者であるというkの言葉の意味は何なのですか?
判断する者は判断される者という事ですか?
与えたものが与えられるという話に似ていますね。
962 :
名無しさん@3周年:04/10/12 01:32:07 ID:J7YVc7Iy
クリスナムリなる人物の実態は
ことばあそびだな。
ごくろうさん。
┌―――――――――――
|いちなるものを頭を依らずに理解できたなら、
|・・・・・
└――‐v――――――――
∫
旦
( `Д´)ノ
. ~l;;;;;;;;;;;l~
l;;;;;;;;;;;l
.  ̄ ̄
964 :
名無しさん@3周年:04/10/12 20:50:50 ID:GSYJoXui
僕は両親に受け入れてもらえるような人間になりたかった。だから、両親が、
こうだと思っているような人間として自分を経験しなきゃいけないんです。」
「ロジャースクライエント中心療法」 佐治守夫・飯長喜一郎 編
有斐閣新書 1000円
この本を読め。これか君への精一杯の俺の思いやりだ。
966 :
のあ:04/10/13 07:34:45 ID:aMncvNl9
実践Kスレ改め宗教哲学オタクが頑張って彼女作るスレ。
967 :
961:04/10/13 19:03:21 ID:gVNuOitt
私は常々思うのですがkの教えが語られる時たいてい教えの外辺部分
が語られ教えそのものの本質について語られる事が少ないです。
私に言わせれば「愛」だとか「実践」とか言うのはkの教えの主旨
からはずれている、と思うのです。
なぜならこういってよければkの教えは徹底的な認識論だと思うからです。
まさにその認識を実践するんだよ、といわれれば何もいう事は
ありませんが。
968 :
栗山さん:04/10/13 19:25:49 ID:euWrsAU2
認識は実践できるだろうか?
私の意見は否です。
私にとって実践とは何か特別なことではない。
愛の実践、気づきの実践、それは滑稽でしょう。
そういう意味なら同意ですが。
人の生は実践の連続ではないでしょうか?
食べること、家族/誰かと関わること。社会との関係、
あるいは自分自身の思考(それはあなたのではないが)
好もうが好むまいが、それらと付き合うしか私たちにはないわけです。
そして認識はそこから立ち現れるものだと重います。
ですから私にとってKの言っていることは外辺ではなく、まさに中核を語って
いるようにしか思えません。如何でしょうか?
今回の栗山の言っていることはおおむね正しい、
ただし、多くのK読者が、Kを読んで自分の日常生活に上手くそれをあてはめられず、
結局何も理解できないままにいるのもまた事実だろう。
970 :
栗山さん:04/10/13 22:15:46 ID:euWrsAU2
そ こ で 実践なんですね。
つまり自らの生を実践することで、Kの言ってること全ては分からないとしても
何年後かにはもう1ミリくらい分かるようになる。
それならいいんじゃないかと。
一歩一歩踏みしめて。と。
971 :
961:04/10/14 11:57:25 ID:fN4GMCHU
栗山さん のおっしゃられていることは生という実践のなかでこそ
認識は立ち現れる、ということでしょうか?
そういった意味で実践と言われるのならば納得できます。
972 :
栗山さん:04/10/14 12:43:21 ID:YJ3OYY8T
>栗山さん のおっしゃられていることは生という実践のなかでこそ
>認識は立ち現れる、ということでしょうか?
多くの人は、クリシュナムルティの言葉を読んで、その意味することを理解することに
偏重を置きすぎているという気がする。
理解しようとがんがるが、私たちは聖なる書物やクリシュナムルティの書物からでさえ学んでいない。
正直そうではないだろうか。
クリシュナムルティが語っていたのは、自らの生から学びなさい。ということではないだろうか。
同時にクリシュナジは「話し手は重要ではない」とも言っている。
もし自己の変容が起こるとしたら、それはこの逃れようの無い「自らの生」をどのように
生きるのか、どのような態度で生きるのかに架かってくるのではないだろうか。
自らの生い立ち、家族、社会、国家の条件付けを見ず、感情に溺れたり、ある特定の思考様式に
自身を支配させたり、あるいは内なる欲望を野放しにしたり、他者との関係性について理解の扉を
閉じていたり。
そのように自らの生を送っているのなら、クリシュナムルティを読むことに何の意味があろう?
973 :
何にも信じない者:04/10/14 16:56:06 ID:NgvSQAaj
>自らの生い立ち、家族、社会、国家の条件付けを見ず、感情に溺れたり、ある特定の思考様式に
>自身を支配させたり、あるいは内なる欲望を野放しにしたり、他者との関係性について理解の扉を
>閉じていたり。
こういうの思考はクリシュナムルティを真似したいものが実行することでは
なかろうか?。あるいは悟りを開いたと思われる理想像と言うのかな。
だからな、こういう人なんかは結局、愛というものをがんばって培おうと
するんやないのか?。そのために腸内洗浄したり菜食したり感情をコント
ロールしようとしたりして日々を送るんやろうなあ。
974 :
何にも信じない者:04/10/14 20:20:23 ID:NgvSQAaj
何と言うのか、クリシュナムルティが正しくないということをいいたいのやなくて
クリシュナムルティが真理を知っている模範のようにみて、その方法を真似しても
クリシュナムルティと貴方はいろいろと違うから、途中で適応障害を起こすかもし
れへんで。
例えばやな、基本的生理的欲求を除いた欲望とかわいてくるとすると、イコール
それを持っている人間の内面には「不足」が生じているということになる。つま
りそれは自分が持っていないものを欲望しているから、いつまでたってもそれは
満たされないということやと思うのだが。でもそれは仕方のないことでもある。
そういうふうに感じるのだから。クリシュナムルティはむしろ逆やろ。
自分には不足がないから、持っているものを欲求しているのや。あらゆることを
知っているからそれをただ愛でてるのや。
そういうものは、修行とか、菜食とか、まあ、確かにある程度は必要かもしれん
が、欲求を我慢するとかなってクリみたいになりたいと思うのは最悪やで。
975 :
何にも信じない者:04/10/14 20:27:18 ID:NgvSQAaj
そいからな、いろいろこの道に興味ある人間って、クリの本とかけ離れた
人間見かけると、やさしく排除するで。
そんでもって病的な部分も排除しようと試みるのや。しかし病的な部分は
排除したり頑張ってヒーリングしたりとかも、それが本当にその人にとっ
ていいことかどうかは別問題やと思うな。
病的な部分もクリとは別の道でもそのまま持っていて埋没してみると
豊かな道みたいなのができたりするで。拉致被害者見てみ。病的やないか。
あの人ら、少し傲慢さもあるけど、自分の欲求をひたすらぶつけてゴネて
マスコミにも取り上げられるようになったやないか。ああいうのが彼らの
ヒーリングやったりするのかもしれへんで。それで調子に乗ってるぞとか
言ってまた彼らも非難される。こういう人生も味わい深いかもしれんで。
>そ こ で 実践なんですね。
しかし、本当に実践出来る奴なんて殆どいない。
そこをもう少し考える必要がある。
977 :
栗山さん :04/10/15 01:51:44 ID:qIipHZvv
>そういうものは、修行とか、菜食とか、まあ、確かにある程度は必要かもしれん
>が、欲求を我慢するとかなってクリみたいになりたいと思うのは最悪やで。
クリシュナ爺の対話を見ても、訪問してくる人はそういうものを通ってきた人が
多いでしょ。んでK爺に一蹴させられて、その後、理解を示す人と途方に暮れる人
と分かれるわけですね。ここは結構、ポイントだなと思う訳です。
途方に暮れる人は決まって「どうしたら良いか」を聞いてるんですね。
そしてK爺が言ってるようにHOWは問題じゃないと。
>そんでもって病的な部分も排除しようと試みるのや。しかし病的な部分は
>排除したり頑張ってヒーリングしたりとかも、それが本当にその人にとっ
>ていいことかどうかは別問題やと思うな。
病気もある意味実践じゃないかと思うわけです。ヒーリングは実は病的な現実の理解とは
ほど遠いところにある。病的な現実の理解には、その病的な現実をあるがままに受け入れる
より仕方がないんです。奇妙な方法で私たちは現実を直視していない。
ここまでOKですか?
978 :
栗山さん :04/10/15 01:57:29 ID:qIipHZvv
>>そ こ で 実践なんですね。
>しかし、本当に実践出来る奴なんて殆どいない。
>そこをもう少し考える必要がある。
いえ、実践するしかないんです。でなければ自ら死を選ぶかです。
生きることは実践の連続だと私は言いました。
それはクリシュナムルティの言ってることの実践ではないんです。
自らの生が即、実践なのだということ。
私たちの記憶、怒り、悲しみ、矛盾、無明、etcが即、すべて実践(つまりがっぷり四つに組む)
という意味なんです。
誤解されるとマズイのですが、私が言ってる実践は、気づきの実践とかそういうものでは
ない。まったくノーマルな私たちの逃れざる生の現実そのものを言っているのです。
認識と生、クリシュナムルティの言葉と自分の言葉を分離して考えるのはもう止めましょう。
ということです。
OKですか?
979 :
何にも信じない者:04/10/15 04:32:35 ID:O8xDTDJv
>病的な現実の理解には、その病的な現実をあるがままに受け入れる
>より仕方がないんです。奇妙な方法で私たちは現実を直視していない。
竜樹によると「涅槃と輪廻を区別している限り輪廻の中にいる」と言っている
からな。至福に憧れている人は後々、自分がまさか想像した至福を断念する日
が来ることを知るようになるだろうか?(私はまだやが)
しかしやな、病を持っていて受け入れられる人はいいねんな。でもまた同時に
克服したいと思うが、どう克服するかについては、難しさが残るねん。変化が
欲しいからいろいろとセラピーを試したくなるものやで。で、また同時に
セラピーじゃ駄目だという人もいっぱい知ってんねん。病を持っている人の
本質とは以下の通りやったりしてな。
「我々は自分たちの期待が今回こそは前の場合と違って裏切られないことを
期待する。そのため現在は決して我々を満足させず、経験は我々を欺いて不幸
から不幸へと我々をひきずり回し、ついには不幸の絶頂である死にまで至らし
めるのである」パスカルより
ま、クリは「死」は不幸でもなんでもないのやけどな。
980 :
何にも信じない者:04/10/15 04:48:44 ID:O8xDTDJv
しかしやな、私もクヨクヨするで、ほんま。特に「愛」について。
クリカテゴリーでは、愛は死んでも永遠に行き続けるのやろ?、すると
愛はやはり神やねん。
しかしやで、西洋哲学みたいに愛は人間的な愛しかなくて死と同時に
なくなるものと思うとやな、結局神でもなんでもなくて弱弱しいもの
やねん(無神論系)
無神論系はな、愛は弱いから、愛の前に棍棒を振り回されると負ける
ねん、思いやりを持って人に接したとしても、野蛮な人間相手にする
と押し切られてオシマイになる可能性が極めて高い。傷つきやすい心
と鈍感な心の持ち主に「ゴチャゴチャいわんとしっかりし!」とか
いって怒られると鈍感な人間が勝ったりするのや。クリカテゴリーの
輩たちの現実はどう認識されとるのか?
981 :
何にも信じない者:04/10/15 04:54:49 ID:O8xDTDJv
変な文章書いてすまんな>>980
日本語間違えてるが、訂正するのはめんどくさなのでそのままにさせて
いただくよ
>誤解されるとマズイのですが、私が言ってる実践は、気づきの実践とかそういうものでは
>ない。まったくノーマルな私たちの逃れざる生の現実そのものを言っているのです。
わかってないな。だから、Kを読んでも生の現実そのものを見ようとしない奴ばかりだ、って言ってるんだよ。
983 :
名無しさん@3周年:04/10/16 09:54:33 ID:Xb+eKjZb
オマエモナー
984 :
栗山さん :04/10/16 17:48:32 ID:mJjK995j
>クリカテゴリーでは、愛は死んでも永遠に行き続けるのやろ?、すると
>愛はやはり神やねん。
クリカテゴリーだと、愛は未知の領域のようですよね。
それについて何も言われ得ないという。煙を伴わない炎だという。
>しかしやで、西洋哲学みたいに愛は人間的な愛しかなくて死と同時に
>なくなるものと思うとやな、結局神でもなんでもなくて弱弱しいもの
>やねん(無神論系)
無神論になるとそうでしょうね。人間は肉人形に過ぎないという唯物の方に
行くという。私たちが「愛」と思っているものはクリ爺に言わせれば記憶の反応
でしかない場合がほとんどのようですが。
>傷つきやすい心 と鈍感な心の持ち主に「ゴチャゴチャいわんとしっかりし!」とか
>いって怒られると鈍感な人間が勝ったりするのや。クリカテゴリーの
>輩たちの現実はどう認識されとるのか?
勝ち負けはないでしょう。w) 必ず愛が勝つなんて歌もありましたが、
愛は争わないでしょう。鈍感な心の持ち主(彼は永遠に鈍感だろうか?)を
愛はそのままにするでしょう。愛が知られる時、それは私たちの関係性において
ではないでしょうか?どこか特別なところ、特別な人が持つものではく、
いつも傍にいて、普段は私たちは目が眩んでK爺のように明瞭には見えないが、
それでもなお、そのアトモスフィアぐらいはごく稀に、見る事ができると思うんです。
じゃなけりゃ人生は暗すぎます。幸いなことに私はそうじゃない。このまま暗いのかと
思っていましたがそうじゃない。おそらくみなさんもそう暗くはないのでしょう。
そう思いませんか?
985 :
何にも信じない者:04/10/16 19:42:32 ID:of7rmJhQ
>勝ち負けはないでしょう。
なあ?。隣の国見てみ?。そいから様々な構造的な制度とか権力のある
ところを見てみ。
いろいろ官僚の文句を言ってみたり官僚を神だと言ってみたり、組織は
悪だと言ってみたり、ボランティアで世の中を平和にするとか言ってみ
たりして、世の中のバイブレーションは、あんたたちから見たら膿出し
でいい方向に向かってる証拠だからなのか?。
>>985 それはただ単にそういった国の人々は、権力や勝ち負けと言った物に条件付けされてるだけだろ。
Kはそういった条件付けからの解放について話してるんだから。
987 :
栗山さん :04/10/17 00:55:42 ID:PYcxcLLn
> なあ?。隣の国見てみ?。そいから様々な構造的な制度とか権力のある
>ところを見てみ。
>いろいろ官僚の文句を言ってみたり官僚を神だと言ってみたり、組織は
>悪だと言ってみたり、ボランティアで世の中を平和にするとか言ってみ
>たりして、世の中のバイブレーションは、あんたたちから見たら膿出し
>でいい方向に向かってる証拠だからなのか?。
ボランティアや組織を悪者に呼ぶ=個人主義は、権力、闘争、競争、支配、そ
れらの対局、反動というよりはむしろ、愛というものの理解、真、善、美がど
こから来るのかの認識の違いだと思う。それはnorth Koreaでは偉大なる首領
様からしか来ないが、私はそれは私の内的なところから来るとしか言えない。
そしてそこから行動し、それが結果的に世界を変えうる力になることに、実は
ある手応えを感じる。
つまり、認識の問題である。人々の間の真、善、美が国家に、官僚組織に、
法律に、政治に、宗教に、ということを人類の長い歴史の中でやってきており、
結局それは真、善、美をもたらさないということを世界の大多数が認識するまで、
権力、闘争、競争、支配を伴った誤った愛と正義がはびこることになるだろう。
もし私たちが、真、善、美が自分たちの裡にあるという認識を持てば、
分かち合い、協力、信頼ができるだろう。今これを想像しにくい状況であるが、
一人のKを読んだものとして、そう願わずにはいられないでやんす。
乱文スマソ
988 :
何にも信じない者:04/10/17 12:54:09 ID:NBMZT12j
>>987 北朝鮮の出来事は要するに、自分とは認識の違う人たちの独自の現象
だと捉えてる限り、世界は永遠に分裂したままだと思いますねん。
いまの見解を述べているその自分の姿がみえるだろうか?
989 :
何にも信じない者:04/10/17 13:04:39 ID:NBMZT12j
>権力や勝ち負けと言った物に条件
ここのひとたちは「勝ち負け」「闘争」などの言葉そのものに条件
づけられているから、勝ち負けの言葉は使わない。
現在の日本の状況にはまず、争いも勝負の世界も最初から巧妙に
排除されている現状があるから(最終的には権力の不戦勝や)、
「勝ち負け」やはり適切ではないかもしれない。
あらゆる国で、集まった血税があるとすると政府は自分の取り分を
最優先させるために、再分配の機能が失われて制度疲労に陥ってる
ところでは、富むためには誰かが取られなきゃならんのやね。
観察者は止める役割は果たさん。人間以外それはでけんねん。
990 :
何にも信じない者:04/10/17 14:50:31 ID:NBMZT12j
そいからな、クリやそれだけでなく歴史的に名のある高僧が数々言われてる中
どれが本物でどれが偽者とかは私は知らない。でもこれらの人々と信仰の立場
というものは違うねん。
クリみたいなのはな、自分で見出すねん。やから自分ひとりで普遍性になるぞ
と言ってんねん。途中で間違えて考えが変わることもある。でもやはり確信が
あるから、危険な態度に近かったりするのや。ある意味傲慢なんやで。
これと逆の態度があんねん。そいはな、仏教も正しい、キリスト教も正しい、
あれもこれもいいねん、協調しましょうという争いの嫌いな日本人が好む態度
ねんなあ。それで自分が見出した態度は他人と入れ替えらたら正しいだろうと
いうような科学的客観性とは違うねん。はっきり言って信念の問題や。
ただし対象は正しく捉えなければならんだけなんや
朝鮮半島の不平等を君が提示してどうするんだ?
992 :
何にも信じない者:04/10/17 18:27:22 ID:NBMZT12j
最後にこれだけ言って去ることにする。
クリは嘘はついてないと思う。またクリは苦しまん!。絶望したり、恨んだり
せん。ええなあ!。
しかし、人間は苦しむねん、地べた這いずり回って、もがいてんねん。
それでああしたい、こうしたいといろいろと野心燃やす。しかしクリから見れば
無明や無知が根本にあるから、それを見ないといかんといっている。
そんでやな、自分を含めて、アンタは苦しいでっか、人の不正に対して怒りが
湧いてくることはないんか?。もし心の中で、葛藤しているのに「怒ってません、
私は愛に満ち溢れてます」とかいってたら、自己欺瞞ちゅう話やなあ。ひたすら
ありのままの姿にふたをして、たっかーーい段階のところに頑張ってしがみつく
としたら、きっついと思う。
愛とかを連発してる価値観の場所では、家族とうまく折り合わない、友達がいな
い、親に愛されなかった、ひどい仕打ちを受けたなどのことがダメージになって
しまうねんて。正直に人との間の漠然とした不調和があっても見ないようにな
ってみ。愛が大事なものから、それが損なわれれば損なわれるほど、問題視さ
れるのや。その視線が多大な精神病患者を生み出すな。世間が「愛に満たされて
なかったなんて残念や」と思いやる視線につぶされて、本人もまたそれを駄目
と思い込んで、セラピーに駆け込むんやなあ!。実はそれほど大した問題でも
ないのになあ。
993 :
何にも信じない者:04/10/17 18:33:35 ID:NBMZT12j
>実はそれほど大した問題でもないのになあ。
これはうまい言い方やとは思わんけど、ほんとはそうやで。人間の世界では。
「私は神」という場所でのみ問題やと思う。
すまんが、時間が取れないので、もうここを去るからな。
わしもな、ここにカキコくらいやから、未熟やで、でもいいもんね、と思う。
┌―――――――――――
|絵に描いた餅は食えんよ・・・
何を実践するのだね?
└――‐v――――――――
( `Д´)ノ
. ~l;;;;;;;;;;;l~
l;;;;;;;;;;;l
.  ̄ ̄
995 :
栗山さん :04/10/17 23:24:04 ID:PYcxcLLn
>北朝鮮の出来事は要するに、自分とは認識の違う人たちの独自の現象
>だと捉えてる限り、世界は永遠に分裂したままだと思いますねん。
>いまの見解を述べているその自分の姿がみえるだろうか?
北朝鮮は分かりやすい例だと思うので引用したまでだ。
対岸の火事とは思わん。自分のまわりだけ平和で良いなどということはない。
あなたの言っていることは私もそのとおりだと感じている。
>あらゆる国で、集まった血税があるとすると政府は自分の取り分を
>最優先させるために、再分配の機能が失われて制度疲労に陥ってる
>ところでは、富むためには誰かが取られなきゃならんのやね。
>観察者は止める役割は果たさん。人間以外それはでけんねん。
だから人間が変わらなければならないのではないだろうか。クリはそ
う言っているが私もそう思う。観察者(こういう区別は変だが)がで
きうることは、変化の可能性を示すことである。皆搾取されるだけの
バカではない。あなたがバカでないなら、私も他の皆もバカではない
のだ。実によく、この世のどうしようもない不正義について知ってい
るのである。しかし皆どうしたら良いかわからない。私の確信は、現
在の政治や経済の人が生きるための機構において変化が出てくるだろう
というものだ。北朝鮮もいつまでもあのままではないだろう。
国も人の心も固定したものなど何一つない。
>そんでやな、自分を含めて、アンタは苦しいでっか、人の不正に対して怒りが
>湧いてくることはないんか?。もし心の中で、葛藤しているのに「怒ってません、
>私は愛に満ち溢れてます」とかいってたら、自己欺瞞ちゅう話やなあ。
それは自己欺瞞だね。
996 :
栗山さん :04/10/17 23:30:30 ID:PYcxcLLn
>クリは嘘はついてないと思う。またクリは苦しまん!。絶望したり、恨んだり
>せん。ええなあ!。
それは違う。クリの人生は苦しんだり、絶望したりしている。
それなのに、自分の人生がおかしくならなかったのは奇跡に近いと本人自身が
言ってるよ。クリを羨んでもしょーがない。
> しまうねんて。正直に人との間の漠然とした不調和があっても見ないようにな
>ってみ。愛が大事なものから、それが損なわれれば損なわれるほど、問題視さ
>れるのや。その視線が多大な精神病患者を生み出すな。
その視点は正しい。愛は傷つき易いが、世界で一番壊れにくいものだと思う。
壊れ易いものは何か違うものだ。日本的には他人とのセンチメンタルな
関係かな。これは情緒的だということの単なる顕われだ。そんなものは犬も
喰ワン。
997 :
埼玉:
センチな栗山がよく言うぜ。
オバサンみたいに鈍感だ。