■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■
最近の邦訳 『アデューAdieuー―エマニュエル・レヴィナスへ』藤本一勇訳、岩波書店 『デリダとの対話―脱構築入門』高橋透ほか訳、法政大学出版局 (ジョン・カプートとの対談) 『パピエ・マシンPapier machine』(上下巻)中山元訳、ちくま学芸文庫 『生きることを学ぶ、終にApprendre à vivre enfin』鵜飼哲訳、みすず書房 『声と現象』林好雄訳、ちくま学芸文庫 『テレビのエコーグラフィー―デリダ〈哲学〉を語る』原宏之訳、NTT出版(スティグレールとの共著) 『デリダ, 脱構築を語る−シドニー・セミナーの記録−』谷徹ほか訳、岩波書店 『名を救う 否定神学をめぐる複数の声』小林康夫ほか訳、未来社 『そのたびごとにただ一つ、世界の終焉』(T)(U) 『エコノミメーシスEconomimesis』湯浅博雄・小森謙一郎訳、未来社 『触覚Le toucher、ジャン=リュック・ナンシーに触れる』松葉ほか訳、青土社 『たわいなさの考古学 L’archéologie du frivole―コンディヤックを読む―』飯野和夫訳、人文書院
「水声通信」の2006年8月号に 「責任――来るべき意味について(上)」西山雄二・柿並良佑訳(J=L・ナンシーとの対談) が掲載されています。
『割礼告白』鵜飼哲ほか訳 みすず書房 『時間を与える──贋金』 みすず書房 『哲学の権利/法から哲学へ』みすず書房 『ならずものたち』 みすず書房 『散種』 法政大学出版局 『哲学の余白』高橋允昭ほか訳 法政大学出版局 『ヴェール』エレーヌ・シクスー共著 郷原佳以訳 岩波書店 『フッサール哲学における発生の問題』高橋哲哉ほか訳 サイエンス社 『浮薄の考古学』 白水社 『マルクスの亡霊たち』藤原書店 『条件なき大学』 月曜社 『信と知』湯浅博雄 未来社 『海域』若森栄樹訳 書津心水 『葉書』 水声社
>>4 の中で『浮薄の考古学』は『たわいなさの考古学』として
人文書院から刊行されたものだと思われる。
6 :
考える名無しさん :2006/08/07(月) 21:56:31
本スレはこっちでいいよね?
本スレはこっちでOK 先に立った方が優先でいいよ。
8 :
考える名無しさん :2006/08/07(月) 23:30:34
死ぬついて語るデリダが好きだ。
9 :
考える名無しさん :2006/08/07(月) 23:31:54
■ ミシェル・フーコー Michel Foucault 2 ■ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■ ■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■ 同じ人間が立てたのかな? 三人そろい踏みでイイ!
無駄のないデザインなので、私はいいと思います。
>>8 「アポリア」とか? あるいは「そのたびごとに」?
新スレ乙。 デリダがなぜ「メシアニスムなきメシア性」という 誤解を招きやすい概念を用いたのかが 未だにちょっと解せないところではある。 「亡霊」なら文脈がよくわかるんだが。
13 :
考える名無しさん :2006/08/07(月) 23:54:15
>>8 インタビューではよく語ってるよね。
主題的に扱ってるものなら他に
『死を与える』とか『生きることを学ぶ、終に』とか。
そうじゃなくてもデリダの哲学と死の問題は切り離せない。
哲学は「メレテー・タナトゥー(死への訓練)」である と言われている『パイドン』でのソクラテスの言葉が 思い出されますね。
「メメント・モリ」という言葉も。
死というテーマで想起されるのはブランショ。 ブランショ論『パラージュ』の邦訳が待ち遠しいナ。
17 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 00:32:07
邦訳全冊リストアップしてくれませんか。
18 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 09:55:16
「『幾何学の起源』序」青土社 『エクリチュールと差異』法政大学出版局 『根源の彼方に――グラマトロジーについて』現代思潮社 『声と現象』理想社 『エコノミメーシス』未來社 『尖筆とエクリチュール』朝日出版社 『絵画における真理』法政大学出版局 『他者の耳』産業図書 『哲学における最近の黙示録的語調について』朝日出版社 『シボレート――パウル・ツェランのために』岩波書店 『アルトー/デリダ――デッサンと肖像』みすず書房 (『基底材を猛り狂わせる』みすず書房 デリダ論文のみ再刊) 『ユリシーズ グラムフォン』法政大学出版局 『火ここになき灰』松籟社 『他者の言語――デリダの日本公演』法政大学出版局
19 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 10:02:00
『有限責任会社』法政大学出版局 『ヘーゲルの時代』日本ブリタニカ 『盲者の記憶』みすず書房 『デリダと肯定の思考』未來社 『他の岬――ヨーロッパと民主主義』みすず書房 『パッション』未來社 『コーラ』未來社 『友愛のポリティックス』みすず書房 『法の力』法政大学出版局 『ジャックデリダのモスクワ』夏目書房 『アポリア』人文書院 『たった一つの、私のものではない言葉――他者の単一言語使用』岩波書店 『脱構築とプラグマティズム――来るべき民主主義』法政大学出版局 『アデュー――エマニュエル・レヴィナスに』岩波書店 『歓待について』産業図書
20 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 10:11:51
『ポジシオン』青土社 「「正しく食べなくてはならない」あるいは主体の計算」『主体の後に誰がくるのか?』現代企画室 『滞留』未來社 『死を与える』ちくま学芸文庫 『言葉にのって――哲学的スナップショット』ちくま学芸文庫 『触覚、 ジャン=リュック・ナンシーに触れる』青土社 『マルクスと息子たち』岩波書店 『フィシュ――アドルノ賞記念講演』白水社 『来るべき世界のために』岩波書店 『デリダ、脱構築を語る シドニー・セミナーの記録』岩波書店 『デリダとの対話――脱構築入門』法政大学出版局 『名を救う 否定神学をめぐる複数の声』未來社 『そのたびごとにただ一つ、世界の終焉』岩波書店
21 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 10:13:31
すまん、出版年あんまり考慮してない。 取りこぼしもあるかもしれんので、補足して下さい。
22 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 10:20:51
デリダで最も評価される事って何をあげればいいかなぁ・・・。
23 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 10:47:33
>>1 そういえばなぜpart 4なの?
part 3はどこにいったの?
25 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 11:07:21
>>24 なるほど
じゃあ、はやいとこpart5たてないと
26 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 11:36:35
グラマトロジーは堅気な哲学書です。 デリダ叩きもこれくらいは読んでからにしていただきたい。
27 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 12:47:11
売れてる順(アマゾン調べ) 声と現象 ジャック・デリダ林 好雄 (文庫 - 2005/6/8) 存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて 東 浩紀 (単行本 - 1998/10) デリダ―脱構築 高橋 哲哉 (単行本 - 2003/7) デリダの遺言―「生き生き」とした思想を語る死者へ 仲正 昌樹 (単行本 - 2005/10/25) 死を与える J・デリダ、廣瀬 浩司、林 好雄 (文庫 - 2004/12/9) エコノミメーシス ジャック・デリダ、湯浅 博雄、小森 謙一郎 (単行本 - 2006/3) パピエ・マシン 上 ジャック・デリダ中山 元 (文庫 - 2005/2/9) 90分でわかるデリダ ポール ストラザーン、Paul Strathern、浅見 昇吾 (単行本 - 2002/2) たわいなさの考古学―コンディヤックを読む ジャック デリダ、Jacques Derrida、飯野 和夫 (単行本 - 2006/7) エクリチュールと差異 上 (1) ジャック・デリダ若桑 毅 (単行本 - 1977/12) 生きることを学ぶ、終に ジャック・デリダ (単行本 - 2005/4/22) 脱構築とプラグマティズム―来たるべき民主主義 ジャック デリダ、サイモン クリッチリー、リチャード ローティ グラマトロジーについて 上 ジャック・デリダ (単行本 - 1996/12) 法の力 ジャック デリダ、Jacques Derrida、堅田 研一 (単行本 - 1999/12) デリダ論―『グラマトロジーについて』英訳版序文 G.C.スピヴァク田尻 芳樹 (新書 - 2005/1) パピエ・マシン〈下〉 ジャック デリダ、Jacques Derrida、中山 元 (文庫 - 2005/3) 盲者の記憶―自画像およびその他の廃墟 ジャック デリダ、Jacques Derrida、鵜飼 哲 (単行本 - 1998/11) 幾何学の起源 エドムント フッサール、Edmund Husserl、Jacques Derrida、田島 節夫 (単行本 - 2003/4) 現代思想 2004年12月号 特集 ジャック・デリダ (- - 2004/11/27) 歓待について―パリのゼミナールの記録 ジャック デリダ、Jacques Derrida、広瀬 浩司 (単行本 - 1999/12)
29 :
肛門科医 :2006/08/08(火) 18:20:13
「だつこうちく、だつこうちくってうるさい患者だなぁ・・・」 「痔ですよ、痔。脱肛だから腸が出てるんですよぉ」 「脳?いやだから腸ですよ・・・お名前はぁ じゃっきーでりだ さんね」 「とりあえず腸が出てきたら指で押し込んでくださいね、・・・えっ?だから脳じゃなくてね・・・」
30 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 20:28:55
邦訳を全部読んでる人はまさかいないだろうな。
31 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 21:40:36
>>28 を見るとやっぱ解説書的なものが売れてるんだな。
「90分でわかるデリダ」なんて読めたもんじゃないのに。
32 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 22:48:47
>>21 『視線の権利』(哲学書房)も既刊として補足
33 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 23:11:51
朝日出版社から出てたカフカ論(『掟の門前』みたいなタイトルのやつ)もあったはず。
34 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 23:26:40
>>26 >グラマトロジーは堅気な哲学書です。
確かに。ちょっと堅気すぎるくらいだな。
35 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 23:30:57
あいかわらずもうひとつのスレは 解体くんが奇妙な自己流の論理をぶちまけてるね。 自分でそれに気づいていないのが 何ともいえない甘酸っぱい匂いがする。
あっちは隔離スレということですね。
37 :
考える名無しさん :2006/08/08(火) 23:39:26
ただ難民を隔離して入国させないのはデリダ的ではないから 我々はできるだけ多くの人を歓待する姿勢を見せておきましょう。 一応は。
友愛とまではいかないにしても、というところか。
39 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 00:00:50
>>28 一応ほぼすべて買ってはいるけれど、読みましたとは言えないな。
40 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 00:03:46
邦訳が出ている分だけでも、全部読めば凄いことが起きそう。
41 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 00:06:40
デリダのソシュール批判はあれでいいのだろうかねぇ。
42 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 01:05:12
グラマトロジーですよね。
43 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 01:06:57
>>41 というと?
デリダのソシュール批判にどこが間違いがあるんですか?
44 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 08:41:13
デリダはどれから読めばいいですか?おすすめ3つくらい教えてください。 法の力をこれから読むつもりですが、さてこの次は何読めばよいか迷っています。
45 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 08:48:43
グラマトロジーは読まにゃ。
46 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 11:06:33
>>44 訳の質から選んで『声と現象』(文庫の方)、
『ポジシオン』、『滞留』かな。
勿論『グラマトロジー』も重要だけれど、
訳があまり良くない感じ・・・
47 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 11:59:17
『死を与える』の訳は良いし、とっつきやすい。
48 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 12:12:05
44です。 みなさん、ありがとうございます。参考にさせてもらいます。
49 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 13:54:52
>>43 パロール中心主義批判のところかなあ・・・。
どうしても納得できなくってね。
耳が聞こえなくたって目が見えなくたって言葉は使えるんだから、 ソシュールがシニフィアンを文字あるいは音声とするのはちょっと素朴すぎる。 なんてことを考えながら納得したけども・・・。
51 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 15:34:18
<デリダスレ内紛構図> 解体くん・・・デリダ原理主義批判者→はい、「デリダ」スレッド その3 デリダ房君・・・デリダ萌え原理主義者→一者1スレを無視してスレ乱立中 ■ ミシェル・フーコー Michel Foucault 2 ■ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■ ■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■
以下2スレは重複スレによって削除依頼出しました。 これ以上乱立する場合には、アク禁申請をさせていただきます。 ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■ ■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■
今時デリダかよ恥ずかしすぎるww
54 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 17:18:21
↑ わざわざこの板来てるくせにw
55 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 18:24:14
>>50 ああ、なるほどねぇ・・・。
デリダは「パロール」に対立するものとして「エクリチュール」としてるけれど
それは違うと思うんだよね。
「パロール」に対立するものは「ラング」なんじゃないかなぁ?
デリダは「エクリチュール」を“差異の体系”として捕らえているけれど
差異の体系は「ラング」でしょ、そこを間違えて「差延」なんかの論を
提示しても、それはマズイように思うんだけど。
『ポジシオン』でもクリステヴァと対談してるけれど、その点でも二人は
対立してるでしょ、だからどうしてもソシュールをミスリーディングしてる
ようにしか思えないだよねぇ・・・。
56 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 19:18:52
>>55 デリダの言う「エクリチュール」はパロールに対立するものではない。
またラングに対応するものでもない。
パロール/ラング、音声/書記・・・などの対立を構造化しているものこそ
原−エクリチュールと呼ばれるものだ。あえて言えばパロールとラングの差異を
配分している『/』の作用こそ差延としてのエクリチュールといえる。
パロールとエクリチュールの議論でも、エクリチュールの抑圧の歴史は、
エクリチュール=書記に直接対応するわけではない。確かに音声中心主義
は書記を抑圧してきたわけだけど、それは音声もまたエクリチュールの作用なしには
構成されないということだからな。デリダに言わせればパロールとラングも、音声と書記も
別物ではない、差延の関係にあるということだ。パロール/ラング、音声/書記という
歴史的な配分自体が、エクリチュールの作用のよって構造化されている、
ということ。
だからデリダの言う「エクリチュール」がラングに対応しているわけではなく、
また直接的に文字=エクリチュールでもない。
57 :
56つづき :2006/08/09(水) 19:30:29
だから、「音声/書記(としてのエクリチュール」とデリダの言う原−エクリチュール はアナロジカルな関係だが、直接、エクリチュール=文字で音声に対立している と考えるとおかしくなる。 音声の中にも書記作用が働いているというのはそう言うことだ。音声と書記 という対立自体が決定不可能だというのが、原−エクリチュールの差延のことだから。 デリダはだから決定不可能な関係をシニフィアンとシニフィエ、パロールとラングという 二項対立にするとき、必然的に抑圧されてしまう「作用」を暴こうとするわけだ。 その作用が「エクリチュール」だ。間隔化、間化、と呼ばれる差異化の運動のことだな。
そう考えると、シニフィアンとエクリチュールの違いはなんでしょうか。
59 :
56つづき :2006/08/09(水) 19:42:23
>>58 「シニフィエなきシニフィアン」というラカンの言葉ともしかすると対応するかも
知れないな。ただ、シニフィアンと言った瞬間彼方に、シニフィエは要請されて
しまうわけだから、デリダはそれすら拒否するかもしれないな。
だが、もしシニフィアンとデリダのエクリチュールを関わらそうとすれば
シニフィエなきシニフィアンというのが対応するのかもしれない。
シニフィエ自体が、シニフィアンの作用の効果だというのがそれにあたるな。
敷衍すれば、シニフィエもまた、シニフィアンの作用なしには存在しない。
だから両者の関係もまた、差延だということだな。
シニフィアンはシニフィエとの関係として語られるが、 エクリチュールはシニフィエとの切断性、コンテクストとの切断性、 すなわち引用可能性が強調されているということですかね。
61 :
56つづき :2006/08/09(水) 19:53:49
>>60 シニフィエ「なき」シニフィアンという「なき」というものと、デリダはエクリチュールの
差延、間隔化作用と対応させて論じていたな。これが切断性として読めるのだろう。
現象学の「還元」ともかかわるのかもしれないしな。デリダが差延と否定神学を
のある種の類似性を語った、「名を救う」でも、この切断性が語られていたんじゃないのか。
また、カントの「判断力批判」の読解で、カントの言う「目的なき合目的性」を分析していたのも
引用可能性、切断性と関わるんだろうな。
62 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 20:41:20
ガリレー社の本はなぜこんなに作りが粗いんだ! 袋とじになってる・・・
63 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 20:44:19
フランス装の本は基本的にみんなそうなってます。
64 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 20:48:58
製本屋に出して、革表紙つけてもらったり、金粉塗ってもらったりするんだろ?
65 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 20:54:30
>>64 日本とちがって、本は自分で作るって言うのが普通だからな。
その分安くていいとおもうけど。
66 :
考える名無しさん :2006/08/09(水) 21:03:10
ガリレーの上手い開け方を教えてください。
67 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 00:38:42
>>56 なるほど・・・。
>デリダの言う「エクリチュール」はパロールに対立するものではない。
またラングに対応するものでもない。
しかし、「差延」としての「エクリチュール」という言い方は少し回りくどいねえ。
デリダは「パロール」の意味も混同していないだろうか?
ソシュールの場合「パロール」には二つの概念があるでしょ。
一つは差異の体系としてのラングに対立するもの。
もう一つは「音声言語」としての側面。
デリダのソシュール批判は「音声言語は記号学の一部でしかないと言いながら
音声言語をモデルに立てたがゆえに、閉じてしまった」ということでしょ。
そうではなくて、ソシュールが「言語学は記号学の一分野でしかない」という
ことを言う中での言語は「自然言語」なわけで、「音声言語」は音声で現れただけで
音だけでなく匂い、色などなんでもよくて広義の「記号学」の一分野に過ぎないということ。
その次にソシュールが言っている「ラングは記号学のパトロンである」というのは
形式の問題で、差異の体系という意味の「ラング」なわけで。
ここをきちんと区別する必要があると思うだけれども・・・。
68 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 00:57:53
>パロール中心主義批判のところかなあ・・・。
どうしても納得できなくってね。
上記の疑問の上での
>>55 であり
>だからどうしてもソシュールをミスリーディングしてる
ようにしか思えないだよねぇ・・・。
ということなんだけれど、
>>56 はちょっとこちらの言ってる事からずれているんじゃ
ないかなあ・・・。
69 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 00:59:55
どうでもいいことだが、「ミスリーディング」っていうと、 「誤解を招く」の方を考えてしまうんだが・・・。
70 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 01:03:52
71 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 06:22:34
>>68 >デリダは「パロール」に対立するものとして「エクリチュール」としてるけれど
>それは違うと思うんだよね。
それはちがうというか、デリダ自身、エクリチュールはパロールに対立している
とは全く行っていないわけで、問題提起自身がミスリーディングなんじゃないのか?
エクリチュールを差異の「体系」ということが既にミスリーディングなんだから。
72 :
ねぶた :2006/08/10(木) 12:22:20
間接的にとはいえ生きたいというものの首を取ってしまい悪いことをしたな。
73 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 12:37:27
今世紀は大丈夫だ。愛するものを守っているぞ
74 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 17:11:32
>>71 いや言ってるんだよ。
そういうところからデリダの「ソシュールのパロール中心主義批判」を展開している
わけだから。
そして、その考え方が80年代以降も変わらない事を竹田にも柄谷にも丸山にも会う機会が
ある度に言ってるんだよ。
当方自身も竹田さんに教えてもらった話しだし、上記の事はわりと有名な話しにも
なっているじゃない。
事実は事実だから仕方ない、そちらは“ちゃんとデリダを読んで”書いてるのかね?
大変申し訳ないけれど文章も(そのあとに続くのも含めて)あまりしっかり
している書き方ではないし・・・。(ゴメン怒るなよ)
75 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 18:16:47
じゃあ、デリダが「ソシュールのパロール中心主義批判」をした事を出来るだけ “簡潔”に説明してくれないかなあ。
76 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 18:56:48
>>74 頭大丈夫か?
とりあえずどこに「パロールに対立するものとしてエクリチュール
としている」と書いてあるのか。
具体的にあげてくれ。
まあそんなこと言ってないからあげられるわけないがw
77 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:09:03
>>76 おまさんこそ頭は大丈夫か??
>パロールに対立するものとしてエクリチュールとしている
とはデリダは確かに書いていない。
しかし「パロールの対立概念としてエクリチュール」をあげている事は著作を
読めば自明だろ。
しかも何人もの哲学者が指摘していることでもある。
クリステヴァも含めてみんなと対立している有名な“事実”だよ。
本来ならばデリダのディスクールをそのまま引用したいんだが、デリダの著作は
本人も常に「逃げ」の姿勢で書いているから。
いくらなんでも本一冊コピペという訳にはいかないだろう。
そもそものはじめの問いに答えてくれよ。
「ソシュールのパロール中心主義批判」とは何のことか。
おまえさんはそこをはじめから回避して適当な事を言ってるんだよ。
俺はおまえさんを論破したいわけじゃないんだよな、デリダのスレだからデリダを
しっかりと読み込んでいる奴に教えてもらいたいわけだよ。
それがあんたなのかどうか判らんがね。
78 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:34:22
>>77 デリダは「音声中心主義」を批判するために
エクリチュールという概念を用いてきたわけだよね。
それでソシュールに限らず西洋の形而上学というのは
「自分が話すのを聞く」という自己循環的なシステムの中で
育まれてきたという部分にもっと焦点をあてたほうがいいと思う、
デリダスレの人間は、物事を端的に言い表すことがまず無いよな。
80 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:41:30
>>79 「デリダスレの人間」という端的なレッテルを貼りたがる傾向を
レッテル端的中心主義として批判しましょう。
ただ、デリダの文体自体がストレートな表現を避けすぎている、
という指摘であれば、同意ではありますが。
81 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:41:32
>>78 「音声中心主義」なんてそもそもソシュールは言ってないよ。
そこもデリダの「誤読」。
82 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:43:24
>>81 「音声中心主義」は、ソシュールのみならず
プラトンもルソーもそう言ってるわけではなく
デリダが見出した概念だから。
83 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:44:48
>>80 それはそうだね、同感だ。
確かに「部分を全体」として言うのは間違ってるな。
うん撤回しよう。
84 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:47:34
ただそこでターゲットになってるのは明らかに「ソシュール」でしょ。
85 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:00:27
別にデリダを全否定しているわけではないし、 ましてやレスしてる人の人格を否定しているわけでもないんだから、 是々非々でお願いしたいもんだよな。
端的に言い表してるレスって例えばどれ?
87 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:08:52
>>86 からむねぇ、いろんな人が・・・。
「とにかく論破しないと腹の虫が収まらない」って姿勢は幼稚だぞ。
>>87 86を「論破しないと腹の虫が収まらない姿勢」と読み取ることもできるだろうけど
聞いてるだけだ。
89 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:15:44
>>88 そうか、聞いてるだけか。
じゃあ放置しておいても問題ないな。
>>81 本人が○○中心主義なんて言うわけないじゃないか。
肯定的に○○中心主義なんていうのはローティーくらいだ。
91 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:19:58
わかったところでなにもないよ
93 :
ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 22:24:25
「音声中心主義」とは言っていないが、書くより、現前の会話が真実に近いとは、 プラトン(ソクラテス)ですね。
94 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:25:38
>>90 しかし馬鹿だねえ・・・。
そういう内容の事は言ってない、ということぐらい理解しろよな。
基本的なコミュニケーション力に問題ありだね。
あきれるよ。
95 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:30:18
「ぴかぁ」は悪いけど勘弁してくれ。 おまえさんは「無敵」の世界チャンピオンだよ。 よーくわかったから他のスレに行ってください。
96 :
ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 22:35:59
97 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:38:56
98 :
ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 22:43:16
御意
99 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 23:05:15
ぴかぁ〜って脱構築の権威だよね?
101 :
ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 23:08:06
まあね。「真の脱構築とは忘却である」
102 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 23:10:47
誰だ?デリダ。
103 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 23:12:33
>>81 「言語体系(ラング)は文字言語(エクリチュール)からは独立した一つの
話声的伝統である。」
「ラングとエクリチュールとは、二つの異なった記号体系である。後者(エクリチュール)
の唯一の存在理由は前者(ラング)を表記することである。」
ソシュール『一般言語学講義』
これを音声中心主義と言わずになんというのだ。
104 :
おっさんの愛弟子キボンヌ ◆Fmd2B6wtag :2006/08/10(木) 23:14:39
どうでもいいけど、根拠つけて発言して。 誰がこういった、これこれはこうだ、といわれてもなんら共感できませぬ。
105 :
ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 23:19:56
ここで音声中心主義とはなんだ!とキレるよりも、まずググるなり、 入門書でも読んだ方が早くないかいな。
106 :
考える名無しさん :2006/08/10(木) 23:41:30
>>81 に対して
>>103 氏が親切にも指摘してくれたけれど
きっとまともなレスポンスはまたもやないだろう。
107 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 00:00:43
>>103 講義に出ていないバイイとセシュエによって「捏造」された本。
原資料が様々なかたちで出されている今、その指摘はむしろ無知と不勉強を
示す証のようなもの。
>103 は言語哲学者から笑われるぞ。
108 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 00:04:24
>>67 からな。
>ソシュールの場合「パロール」には二つの概念があるでしょ。
一つは差異の体系としてのラングに対立するもの。
もう一つは「音声言語」としての側面。
デリダのソシュール批判は「音声言語は記号学の一部でしかないと言いながら
音声言語をモデルに立てたがゆえに、閉じてしまった」ということでしょ。
そうではなくて、ソシュールが「言語学は記号学の一分野でしかない」という
ことを言う中での言語は「自然言語」なわけで、「音声言語」は音声で現れただけで
音だけでなく匂い、色などなんでもよくて広義の「記号学」の一分野に過ぎないということ。
その次にソシュールが言っている「ラングは記号学のパトロンである」というのは
形式の問題で、差異の体系という意味の「ラング」なわけで。
ここをきちんと区別する必要があると思うだけれども・・・。
繰り返しだよ、まったく。
109 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 00:33:53
>>107 デリダのは「ソシュール」批判ということでしょうか。
その原資料というのは当時のデリダも入手出来たのですか?
110 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 00:39:14
>>109 そりゃそうです。
むしろ当のフランスだし、どこの国よりも即効で流れてます。
1957年からか原資料が出版されたのが。
111 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 00:47:52
ソシュールはそもそもパロールを切り落としたんじゃないの?>108
112 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 01:01:55
思いつきなので、見当違いだと思われたらスルーして下さい。 音声中心主義というのは不十分で誤解を招く言い方だと思います。 現前中心主義と言えば誤解はなかったでしょう。 音声であれ匂いであれ文字であれ、現前するものによって言語学を構築することに対してデリダは、 徹底していないと批判しているのですよね。 音声中心主義という言い方をする点においては、デリダもまた徹底していなかった、 と言えないでしょうか。
113 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 01:05:58
>>111 基本的な事だね。
『ソシュール小事典』
『ソシュールの思想』
『ソシュールを読む』
『ソシュール 知の教科書』
『ソシュールのパラドックス』
その他いっぱいあるから自分で確認してちょ。
そうすればソシュールの言ってる事がわかるよ。
特に上記の本は入門書からちょっと知ってる人むけだからね。
デリダ云々では無くても大抵の現代思想にかかわる人だから、ソシュールは。
114 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 01:20:35
>>112 ・・・なるほど。
ただデリダは、・・・そうねえ、『ポジシオン』でのクリステヴァとの対話でも
はっきりとしてるんだけれど、「ラングが記号学のパトロン」だという意味が
よく解らなかったんだよね。
その後、丸山とは何回も直接に議論する機会があって「グラマトロジー以来
あなたの(デリダの)ソシュールに対する批判はどうなっているのか?」って
きいているんだけれども、何回きいても「最初に検討して以来、私のソシュールに
対する批判は変わってない」と言い張るんだよね。頑固なんだデリダは。
これは立川さんに直接きいた実話なんだけど。
115 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 01:31:40
>>107 原資料に当たれば、
>>103 で引かれていたソシュールの言葉は否定される
ということ?
それとも、単にそんなことはそもそも言われていなかったということ?
116 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 01:52:55
>>115 いや、『一般言語学講義』は講義に出席さえしていなかった二人によって
「編集」されていて、全体としてみた時は当時それなりの価値はあったけれども
原資料が発掘されて、ゴデルやエングラーなんかが細部にわたってかなり
違っている事が明らかになったんだ。
ただ
>>103 はソシュールの思想全体というものを仮定して見てみると、
前後のコンテクストを無視してその部分だけとって「〜だ」と言っても
何の意味も無いんだよね。
そうなると「ソシュールをしっかり読め!」というお決まりの台詞が出てきちゃって
それはそれでなんか無責任さを指摘されるでしょ。
だから
>>103 は変な相手をしない方がいいんだよ。
彼もソシュールについては特に読んでないからそういう指摘の仕方を平気で
するわけだからね。
117 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 05:17:36
良くあるソシュール坊の愚痴になってきたな。
確かにフッサールでもラカンでも、デリダは良く理解してない批判があるのだが、
ひとまず
>>103 で良いのでは。
118 :
初心者 :2006/08/11(金) 10:02:01
最近デリダの本「脱構築を語る」を読みはじめた者なんですが デリダのソシュール批判というのにちょっと興味があります。 それで読んでみたいと思うのですが 具体的にどの作品を参照すればいいのでしょうか。
119 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 10:15:12
>>118 『根源の彼方に――グラマトロジーについて』現代思潮社
120 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 10:20:11
>>118 『ポジシオン』青土社の「記号学とグラマトロジー」
121 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 11:25:40
>>108 >>67 どうしてそれがデリダのソシュール批判の反論になるのか、
今一つ良く分かりません。
パロールの概念を区別してもデリダの主張は当たっていると思うのですが、、、
122 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 11:52:56
そもそもデリダのソシュール批判ってどういうことなんですか? 誰もまだレスしてないと思うので誰か教えて下さい。
123 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 12:55:55
>>121 まず、デリダのソシュール批判とはどういうものなのか。
「デリダの主張は当たっている」と言うならそれはどいう主張だからなのかを
はっきり言った方がいいと思うよ。
124 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 15:38:13
デリダ本人が地獄の底から一言。 ↓
125 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 21:17:06
↓ ↑ →→→→→↑
126 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 21:25:02
>>123 野暮なことをというか、面倒くさいことを、というか・・・。
自分で本を読まないで横からちゃちゃ入れるのはどうかと・・・。
デリダの主張を一応分かってるもの同士で議論してきてるんだからさ。
いちいち初心者のためのまとめをするのは嫌だろうよ。
>>122 君もだよ。
127 :
122 :2006/08/11(金) 21:33:29
>>126 わかってるのなら教えてくださいよ。
どうしてもわからないから聞いてるんです。
冷たい人ですね。
128 :
考える名無しさん :2006/08/11(金) 22:09:50
>>122 『ソシュール小事典』より P207〜208
[フーコー・ドゥルーズ・デリダ]
この三人のうちで、ソシュールの批判的乗り越えを主題的に展開しているのはデリダである。
彼は『グラマトロジーについて』(1967)において、ソシュールからヤコブソン、マルティネ
にいたる音韻論中心の言語学の伝統のうちに、音声言語に特権を認め、つまりは意識の自己への
現前に真理の基本的形式を見るロゴス中心主義を認め、その乗り越えをはかっている。
その際彼は、やはりソシュールにはじまりながらイェルムスレウに引き継がれる形式主義−
記号論的観点から、音声言語と文字言語とを等価的に扱う立場−に必要な変更をくわえることに、
その乗り越えの一つの手がかりを見いだす。したがって、デリダにとってソシュールはいわば両義的な
存在いうことになろう。しかし、ソシュールのラングを記号学的な価値体系というその本質な
次元でとらえるならば、ソシュールが音声言語に特権を認めたという前提そのものからして
誤りなのであるから、彼のばあいも、ソシュールの遺産の継承という点では、あまり問題に
なりえないことになる。
ということだとさ、これでいいかね。
129 :
初心者 :2006/08/12(土) 00:08:23
>>119 >>120 ありがとうございます。
近いうちにあたってみたいです。
『ソシュール小事典』からの引用
>>128 も参考になります。
ただ、やはりこれだとソシュール寄りの意見と言えますかね?
130 :
考える名無しさん :2006/08/12(土) 01:58:16
>>129 とは言えかりにも「事典」だから、ある程度の中立性はあるはずなんじゃない。
>>128 それ書いたの丸山でしょ。だったら中立じゃないよね。
デリダの読みには批判的だったから。
132 :
考える名無しさん :2006/08/12(土) 10:30:56
>>128 アホ、それコピペしたら自爆だろ!・・・頼むよまったく・・・。
133 :
考える名無しさん :2006/08/13(日) 10:07:53
エクリチュールを音声やパロールと対立していると、読み取ってる時点でだめだな。
デリダのソシュール批判の要約は既に
>>108 に出てるね。
>デリダのソシュール批判は
>「音声言語は記号学の一部でしかないと言いながら
>音声言語をモデルに立てたがゆえに、閉じてしまった」
>ということ
135 :
考える名無しさん :2006/08/14(月) 13:28:45
お盆だね〜
おぼ〜ん
137 :
考える名無しさん :2006/08/15(火) 04:31:54
井筒俊彦との往復書簡を探しております。 ご一報を。
1983年のものなら『思想』の1984年第4号だったかに翻訳がある 研究目的で私的なものを含めた井筒‐デリダ書簡を探したいなら 慶應にアポ取って出向くか、もしくはフランスへ行くしかないんじゃない?
139 :
考える名無しさん :2006/08/15(火) 16:49:46
来週フランスに行く野で、そのときに。。。 しかし、英語しかできん・・・
140 :
考える名無しさん :2006/08/15(火) 17:09:41
お盆の雰囲気は不思議だね。あの暑い時期の坂を思い出すよ。
141 :
考える名無しさん :2006/08/15(火) 17:34:16
フランスのお盆てどんな感じかな?
142 :
考える名無しさん :2006/08/15(火) 22:58:29
お盆にデリダか・・・
144 :
考える名無しさん :2006/08/16(水) 07:23:48
正式には盂蘭盆だから
145 :
考える名無しさん :2006/08/23(水) 07:47:54
初期と後期で全然違うから、最初から順番に読んでいくのがいいと思う。 最初に『法の力』を読んだので混乱した。 ポジシオンあたりからがよいと。
146 :
考える名無しさん :2006/08/23(水) 19:14:56
重複インチキスレはまだ生きていたか。
147 :
考える名無しさん :2006/08/23(水) 22:23:34
やあ146の解体くん、調子はどうかい? ますますご健勝のようで安心したよw
わざわざ召喚しなくていいよ
149 :
考える名無しさん :2006/08/24(木) 00:33:41
>>145 さすがに最初に『法の力』を手に取るのはいただけない。
150 :
考える名無しさん :2006/08/24(木) 03:42:57
>>149 まあね。
最初から読まねばと思い、ポジシオンやエクリチュールと差異を即買いに行ったよ。
全然違うじゃんけ!と思ったな〜 若かったな18歳だったし。
どんな哲学者も主要作品は基本的に時系列で読みたいって感じはある。 特にヴィトゲンシュタインとかハイデガーなんか。
152 :
考える名無しさん :2006/08/24(木) 23:55:24
ねみいぜ
153 :
考える名無しさん :2006/08/25(金) 21:55:25
わたしゃ、最初に「法の力」読んだよ。おもしろかったよ。
155 :
蓼科光次郎 :2006/09/05(火) 22:00:50
デリダを批判したいのだが、ウィークポイントはどこかな? ハイデガーの影響が強く残りすぎてるところか。
156 :
考える名無しさん :2006/09/09(土) 07:54:14
声の隠喩は乗り越えたでしょ
157 :
考える名無しさん :2006/09/09(土) 08:16:22
日本のどこで哲学がなされているのか知りたい。まだ本当に思考しているやつは いるのか?
子悪魔エリカは哲学だろ。
159 :
考える名無しさん :2006/09/13(水) 17:41:17
ハイデガー・フォーラム 第一回大会 1.日時: 2006年 9月16日(土)、17日(日) 2.場所: 東京大学 文学部 (本郷キャンパス) 一番大教室 (地下鉄丸の内線本郷三丁目下車または南北線東大前下車) 3.テーマ: 統一テーマ: 「哲学の終焉と思索の課題」 特集: 「デリダ――ハイデガーと現代フランス哲学」 (下に続く)
160 :
考える名無しさん :2006/09/13(水) 17:41:53
やっかいだ
161 :
考える名無しさん :2006/09/13(水) 17:42:55
4.プログラム: ○ 一日目 10:30-12:00 開会式、総会 13:00-14:20 古荘真敬 (山口大学) 「「原因」と「理由」の彼岸への問い ――ハイデガーの哲学的企図の再吟味――」 司会: 宮原勇 (愛知県立大学) 14:30-15:50 斎藤慶典 (慶応義塾大学) 「哲学の「終わり(Ende)」に寄せて」 司会: 古東哲明 (広島大学) 16:00-17:20 伊藤徹 (京都工芸繊維大学) 「「哲学の終焉」と作ることへの問い」 司会: 高山守 (東京大学) (下に続く)
162 :
考える名無しさん :2006/09/13(水) 17:43:37
○ 二日目
10:00-11:20 児玉斗 (グライフスヴァルト大学)
「理性とは何の謂いか
――ニーチェとハイデガーを繋ぐ導きの問い――」
司会: 菊地恵善 (九州大学)
11:30-12:50 西山達也 (東京大学)
「ハイデガーとデリダ、対決の前に
―― retrait概念の存在論的・政治的画定――」
司会: 藤本一勇 (早稲田大学)
14:00-15:20 上利博規 (静岡大学)
「デリダ、アドルノ、ハイデガー
――超越論からの離反の行方をめぐって――」
司会: 廣瀬浩司 (筑波大学)
15:30-16:50 港道隆 (甲南大学)
「世界ラテン化におけるハイデッガーとデリダ」
司会: 加藤恵介 (神戸山手大学)
(賛同人参加費二千円、一般聴講者は一日当たり千円、事前申し込み不要)
レジュメ等詳細は下記アドレスを参照。
http://www.shujitsu.ac.jp/shigaku/hf/forum.htm
163 :
考える名無しさん :2006/09/13(水) 18:14:05
I'm in love with a Jacques Derrida Read a page and know what I need to Take apart my baby's heart I'm in love I'm in love with a Jacques Derrida Read a page and know what I need to Take apart my baby's heart I'm in love (Written by Green Gartside, Copyright control.)
164 :
考える名無しさん :2006/09/13(水) 19:05:09
Heart on loving your heart.Heart on it's genius that you have a good and evil.So I'll know human at genius having a art of loving. So I'll be a heart of man loving you.Love is all.
165 :
考える名無しさん :2006/09/13(水) 22:38:09
消ゴムでhuman at → human with ちっと前置詞等のニュアンスがわからない…
166 :
考える名無しさん :2006/09/14(木) 01:06:00
「声と現象」 で脱構築とはこういうことだ! ということが理解できますか? 今日勢いで買っちまったんですが。
>>166 かなり厄介なものを買ったと思ってよいよ
なぜかと言うと、フッサールの『イデーン』を読んでいないとちょっと厳しい本だから
(それに、現象学の専門用語が死ぬほど出てきて鬱になる)
まずは『ポジシオン』や『デリダ,脱構築を語る シドニー・セミナーの記録』などで
徐々に慣らしてから『声と現象』にアタックするとよいと思います
168 :
考える名無しさん :2006/09/14(木) 01:46:49
>>167 ありがとう御座います。
そうか、厄介かあ 笑
『デリダとの対話』はちょっと読んだんですが、
それで「一言で脱構築を語るのなんてほぼ不可能(一応要約して語っていただけ照るけど)。
ちゃんとデリダの著作を読んでから脱構築を語るべし」
みたいに書かれていたんで、今日「声と現象」買ったんですが、
家でばーっと見たら半泣きしそうになってしまいました。
169 :
考える名無しさん :2006/09/14(木) 17:40:01
順序など気にせず読むことをお勧めする。そしてある程度複数の著作を 読んだ後に、自分が疑問に残ったところに立ち返ればいい。 やはり最初は、ちんぷんかんぷんでも、一冊読み通してみないと。 それから考えればいい。
170 :
蓼科光次郎 :2006/09/15(金) 22:45:19
『たわいなさの考古学』、これはあまり面白くなかった。
171 :
考える名無しさん :2006/09/17(日) 00:34:47
コンディヤックを語る必要性もよくわからん
172 :
考える名無しさん :2006/09/18(月) 01:19:56
日本ではコンディヤックはぜんぜん知られてないからね。
マンナンライフのコンディヤック畑
めっちゃおもしろい わけねーだろwwwwwwww
175 :
考える名無しさん :2006/09/18(月) 17:28:51
176 :
考える名無しさん :2006/09/21(木) 00:49:11
177 :
考える名無しさん :2006/09/24(日) 00:48:06
『たわいなさの考古学』は『グラマトロジー』の脚注みたいなもんなんよ。
178 :
考える名無しさん :2006/09/24(日) 09:48:42
デリダって馬鹿だからもう読む気しない
179 :
考える名無しさん :2006/09/24(日) 10:27:29
と馬鹿が申しております
180 :
考える名無しさん :2006/09/24(日) 21:24:38
まあ馬鹿は解説書だけ読んでるがいい。
181 :
考える名無しさん :2006/09/25(月) 00:57:12
デリダを読む前は哲学はくだらねえと思ってた。
182 :
考える名無しさん :2006/09/25(月) 20:12:04
いや、デリダがくだらないから
183 :
考える名無しさん :2006/09/26(火) 00:37:50
というくだらないレスが入りました。
184 :
考える名無しさん :2006/09/27(水) 01:07:48
ヘタレはすぐに脱構築されてしまうんだなw
185 :
考える名無しさん :2006/09/27(水) 19:16:41
187 :
考える名無しさん :2006/09/29(金) 00:23:32
漫画そのものを脱構築しないことには。
絵かわいいね
190 :
考える名無しさん :2006/10/01(日) 01:21:11
アニメにしてほしいもんだ。
191 :
考える名無しさん :2006/10/01(日) 03:51:43
どした。何にもないよ。
平野綾でひとつ
193 :
考える名無しさん :2006/10/01(日) 11:10:47
脱構築と止揚ってどう違うの?
脱構築は留保なき止揚だよ。 『エクリチュールと差異』のバタイユ論参照
訳の分からない気取りで、わざと難解そうな文章を書く人はどうせみんなから捨てられる。 このことは、肝に銘じておいたほうがよい。 日本の知識業界は、長く1920年代からの、昭和初期の新カント学派と呼ばれる、「ドイツ哲学の学者達」の 悪弊に始まって、やたらと難解な文章を書くことが、偉い事だとだという巨大な思い違いをしている。 この病気は今でもなかなか治らない。本当は自分の頭が良く無いだけのくせに、やたらと、象徴語と、 ドイツ式観念語(本当は禅用語を無理やり当てはめただけ。観念とか本質とか根本とか意識とか。500語)を使いたがる。 読んでいる方はいやになる。こんな下手な誰も説得できないような文章を、苦しみながら書いてるとあとあと大変だろうな。 どうせ誰も読んで分かることは無いのだから。当たり前のことを、はっきりと書くことができない。 やたらとこねくり回してそれが「するどい批評になっていなければいけないと、勝手に思い込む。 副島隆彦「属国日本論を超えて」 (副島隆彦「今日のぼやき」2001.5.21より抜粋) 私の頭の中は、今でもこのように、雑然とした理解で成り立っている。生活実感で理解できないと「理解」と いうのはそもそも成り立たない。私はもの書き言論人としては、素人さん(一般大衆)レベルでの実感での理解、 というのをものすごく重視する。わけの分らないことを書く人や、その文章を毛嫌いする。 このことは、私は、「オッカムの刃」 Occam’s razor と言う考えを自分の思考原理に置いているからだ。 全ての事柄(事象)を徹底的に明晰にしようとする 思考方法であるオッカムの刃 については、そのうち書く。 この日本語という限界言語によってでも、私は、明確なものをぎりぎりまで追究して、死んで行こうと思っている。 (抜粋おわり)
■[哲学用語]脱構築 デリダの哲学の枢軸をなす方法概念。それは単なる否定や破 壊を意味するのではなく、対象の内部にとどまりながらその 土台を揺さぶり内側から自壊を起こさせることであり、その 中に潜んでいた新たな可能性を目覚めさせようという戦略。 それは既成の概念や構造を引き受けつつ、侵犯するという両 義的な身振りでもある。デリダは、西洋形而上学の総体の全 面的な解体を目指すおのれの戦略を示す概念として、この 「脱構築」という言葉を使った。パロールのエクリチュール に対する形而上学的優位を転倒させ、両者の根底に意味作用 一般の可能性の条件として原エクリチュールを見出す分析は、 脱構築の典型的例である。
ABCの元女性局アナで、先輩にあたる関根キャスターは、 「聞くところによると、ニュース23のスタッフはスポーツ新聞をモナちゃんの見えない、遠くの所に置いてるそうです。 そんなスタッフの優しい気遣いにモナちゃんは応えるべきだと思います」 これを脱構築してくれ。
198 :
考える名無しさん :2006/10/03(火) 21:07:57
新しく出た斎藤さんのデリダはかなり良いよ。
200 :
考える名無しさん :2006/10/06(金) 23:58:56
脱構築する前に197をエポケーしたぜ
201 :
考える名無しさん :2006/10/07(土) 06:47:43
202 :
考える名無しさん :2006/10/07(土) 07:11:56
203 :
考える名無しさん :2006/10/27(金) 02:23:05
声と現象を読み終えたばかりの素人です。 痕跡→イデアの基盤となる現前性の形式における再現前化の無限の連鎖 差延→痕跡があるが故の、全ての対象が同定されない、記号作用の運動 って理解でいいですか?
204 :
考える名無しさん :2006/10/27(金) 07:33:30
ダメです
205 :
考える名無しさん :2006/10/27(金) 16:50:17
それでもいいが、そんな一言でまとめられるもんじゃない。
206 :
考える名無しさん :2006/10/27(金) 19:39:01
脱構築を一言でまとめてください
脱糞だ
>>203 痕跡と差延を、そう言うふうに分ける意味がわからんのだけど。
>>208 わけてないだろ。
差延の前に痕跡を説明してるだけじゃないか?
まあどうでもいいけど
212 :
考える名無しさん :2006/11/14(火) 10:53:54
デリダ きたるべき痕跡の記憶 廣瀬浩司著 白水社 12月中旬 税込価格:2,520円 ISBN:4560024537 作品を読み込むことで思想の営為を考察し尽くすシリーズの第3弾。 いま彼を読み直すことで現在の世界を生きる切迫感を捉える。
青土社から出る奴とどっち買おう・・・
214 :
考える名無しさん :2006/11/26(日) 01:25:54
雄羊
雄羊買った。
「雄羊」はどうですか?
217 :
考える名無しさん :2006/12/12(火) 22:32:09
218 :
考える名無しさん :2006/12/13(水) 00:31:55
「『掟の門前』をめぐって」って読む価値ありますか?
君が何を読みたいかによると思うのですけど・・・
220 :
218 :2006/12/14(木) 00:26:24
鏡像段階から抜け出したいのです。
221 :
考える名無しさん :2006/12/14(木) 19:26:11
視点を変えることだな。逆立ちしてみるとかさ
脱け出すことできんのかなぁ
223 :
考える名無しさん :2006/12/14(木) 19:51:31
書棚写真アップしろよ デリダでいっぱいの
マイプライベート☆鏡像脱け出したら、例えばきみとぼくの場合、どちらかが死んじゃうんじゃないかな? 出口は隠されて見えないだけで、視点を変えれば見つかるけど、そこ歩けないよ。
225 :
考える名無しさん :2006/12/16(土) 20:15:42
つーか現象について、話せる人いない?
226 :
考える名無しさん :2006/12/16(土) 20:41:38
問いの問いについてだろ?
227 :
218 :2006/12/17(日) 20:55:24
「掟の門」は、エディプス・コンプレックスのことでしょう。 門をくぐれば強い門番が出てくるのは当たり前、門番は商人の 超自我なんですから。それに屈して、抑圧されることで、「掟の門前」で 穏やかに生きる=象徴的存在になる。 そんな理解をしていたんですが、デリダ御大はどう解釈されているのか 知りたかったので。 抑圧を感じない人には「掟の門」も門番も現れない。 私は「掟の門」の前で狂おしく煩悶する状態から抜け出したいのです。 やっぱり門番とガチンコでやり合うしかないのでしょうかw
228 :
考える名無しさん :2006/12/17(日) 21:41:03
おもしろそうだなwいまからよむよ
229 :
考える名無しさん :2006/12/17(日) 22:29:45
青土社のシリーズ現代思想ガイドブック「ジャック・デリダ」読んだ人いる?
230 :
考える名無しさん :2006/12/18(月) 02:00:44
あのシリーズ全体的に良くないからなぁ。
231 :
考える名無しさん :2006/12/18(月) 06:55:39
そうなんだぁ
>>230 たいして読まないで言ってるでしょ?
バトラーとハイデガーの巻は良かった。
デリダの巻はまだ未読。
門番とガチンコww 待ってる(笑)
青土社のデリダ半分程度読んだけど、入門書としてはかなり疑問。 最初になるべくデリダ的であろうとすると書いてある通り、デリダ的にデリダが紹介されているから入門書としては失敗してる。 入門書であれば、多少の犠牲はやむなしとして粗雑にスケッチするのが目的だと思うのだけど、そんな雰囲気は一切ない。 デリダを知ってる人が読むものでもなければ、初心者が読むものでもないから、どういう人を対象としたのかわからない。 廣瀬氏の本の内容は知らないけど、邦語のデリダ入門書として薦められるのってデリダ自身の対話本くらいしかないのが現実なのかな。 まだ私は半分しか読んでないので、全部読んでの感想ではないんですけど・・・
235 :
考える名無しさん :2006/12/19(火) 01:12:42
入門書としては最近出た斎藤さんの「デリダ」が一番良いと思う。
デリダの話じゃないけど、いつも思うのは、入門書が一番僕にとってはワカリヅライ。…また違うけれど、哲学にとって一番大切な作者の声を遠ざけてしまうのは一体何なのだろう…? それは作為としか思えない。 誰のために書かれた本か?それは非対象のために。
俺は、入門書と言っても高橋哲哉、廣瀬・林、斎藤の3冊しか読んだことないけど、 特に不当なわかりづらさはなかったぞ。高橋のは編年的・概念個々に問題ないし、 廣瀬・林は高橋の本とは別の書き方をしようってことでトピック的に見せたりして補完している。 斎藤はアマゾンレヴューなんかでムズイムズイと言われてるが、俺はむしろ感心した。 痕跡・差延の話で60ページほど何度も折り返して書いているから、割にピンときやすいし、 デリダの姿勢における思考の動作とでも言うか…感触をうまくとらえている。 大抵の場合、入門書よりも元のテキストを読むほうがよっぽど近道だとよく言われるけれど、 デリダの場合は特にそうだと思う。無理に簡便にしすぎて誤解を生じさせてないので、不当だとは思わないな。
>多少の犠牲はやむなしとして粗雑にスケッチ これは、デリダで下手にやると、初期・中期・後期の語句をさらさらと羅列、 ってことになりかねないんだよな。言わんとすることはわかるんだけど、デリダにこれは難しい気がする…。
239 :
考える名無しさん :2006/12/19(火) 13:53:04
結局デリダ自身の簡単なやつが一番ってことだね。
『言葉にのって』よりは『デリダ、脱構築を語る シドニー・セミナーの記録』などのほうがいいんじゃないかと言われてるね。 俺は後者は読んでないんだが、『言葉にのって』ではまずいだろうとは思う。 あと、『ポジシオン』とかは何度か読み返すとよかったりするよ。 薄い本・短いモノグラフィーよりは、このへんの本がいいのかな。
法政の『デリダとの対話』はどうなんだろ? 初心者向けだと聞いたんだけど
242 :
考える名無しさん :2006/12/19(火) 21:58:55
デリダとちゃんと向き合って読もうと思ったら、 『グラマトロジーについて』が一番良いと思います。 そのためには、フランス語とルソー、ソシュールなどなどの 議論も押さえていないと難しいと思うけど。
243 :
考える名無しさん :2006/12/19(火) 21:59:53
訂正 『グラマトロジーについて』が一番良いと思います。 ↓ まず『グラマトロジーについて』が一番良いと思います。
244 :
218 :2006/12/19(火) 22:07:05
>>233 ガチンコすると、転移しまくって狂ってしまう気がするんですw
245 :
233 :2006/12/19(火) 23:22:53
ですよね(笑)僕は □ で捉えてますよ。だから転移する場所も、自ずと知れる。。 □ の一角は欠けていて、そこから落ち、また這い上がる階段なのです。 □ が立体なんやけど…
青土社のデリダはどうやら玄人向けの入門書のようですね(ダブル・バインド)
脱構築は飢えを救うことができますか? 僕は今とてもお腹が空いてます。
248 :
考える名無しさん :2006/12/23(土) 00:09:07
できます
むり
>>247 脱構築は、「思考より食べ物(行動)を」という回路を脱構築することは
あるだろうな。
例えば理論と実践・・・などなど
なるほど、確かに「理論より実践」という考え方、というか「理論と実践」という考え方を退けるでしょうね。 しかし、それを脱構築してもお腹いっぱいにもならなければ、理論が豊かになるわけでもないんですよね? (こうやって理論と実践を分けてる時点で脱構築以前の思考法なのかもしれませんが・・・ しかし、僕は境界線をなくすことの意味がよくわかりません。) じゃあ脱構築って何のための脱構築なんですか? それにしても、お腹空きました。
>>251 理論と実践の境界を無くすこと、ともいわないだろうデリダは。
その境界が決定不可能だということと、境界がないというのは
全然違う。むしろ思考と実践を考え抜く地点では、その二つの区別が
無効になってしまうことがあるということだ。思考と実践の境界の配分、
経済的政治的限界・・・など。脱構築はなし崩しにすることの反対だ。
だから境界をなくすという理解がおかしい。
お腹がすいたのなら何か食べたらいいよ。なぜなら君の空腹と脱構築
はまったく関係ないのだから。でも、君とはちがった餓え、解消できない空腹
絶対的な空腹、貧困、解消できない貧困、それは現実問題の殆ど回復
できないほどの空腹と貧困を前にしたときに、恐らく君の言う脱構築なんて
腹の足しにもならないより、その貧困の問題を考え抜くことの出来るのは、
恐らく脱構築の方だろう。君の言う腹の足しを求める理論では決して、それに
触れることもできない、俺はそう思う。
まだ最初しか読んでないんだが、廣瀬浩司『デリダ きたるべき痕跡の記憶』はいい本だぞ。
1月24日発売 定価3990円(本体3800円+税)四六判 J.デリダ著/高橋 允昭・藤本 一勇 訳 《叢書・ウニベルシタス771》 哲学の余白 上 ISBN978-4-588-00771-2 C1310 デリダの脱構築の基本思想が明らかにされる重要なテキスト。上巻には、 序説とも言える「タンパン(鼓膜)」はじめ、エクリチュールの問題から 脱構築を論じた「差延」、ヘーゲルやハイデガーらの時間概念を論じた 「ウーシアとグランメー」、ヘーゲルの記号論に関する「竪坑とピラミッド」、 ルソーの言語論についての「ジュネーヴの言語学サークル」などを収め、 厳密かつ生成的な脱構築の必要性を説く。 〔哲学・思想〕
マジ!? 余白でるのかぁ。これで雑誌コピしてない論文が読めるわ。
あーーーーーーーーーーーーやっとですか。 いやーーーーーーもう出ないかと思った。
257 :
考える名無しさん :2006/12/27(水) 05:04:19
ジャック・デリダ ニコラス ロイル デリダ―きたるべき痕跡の記憶 廣瀬 浩司 デリダと歴史の終わり ステュアート シム 存在論的、郵便的(マンガ版) 木棚 環樹 デリダ―なぜ「脱‐構築」は正義なのか 斎藤 慶典 デリダの遺言―「生き生き」とした思想を語る死者へ 仲正 昌樹 デリダ論―『グラマトロジーについて』英訳版序文 G.C.スピヴァク デリダ―脱構築 高橋 哲哉 知の教科書 デリダ 林 好雄、広瀬 浩司 90分でわかるデリダ ポール ストラザーン デリダ 上利 博規 デリダを読む 情況出版編集部 存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて 東 浩紀 デリダ・感染する哲学―秘められた発生の問題 松本 浩治 デリダ―もうひとつの西洋哲学史 クリストファー ノリス
仲間さの本はデリダの名前がついているが、デリダ論ではないし、解説書でもない。
260 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 12:28:35
デリダの苦しいところのは結局、デリダ論ではすべてを発散させてしまうということですね。 痕跡とか、幽霊とかのまったき他者とか、他者への応答など、思弁的なことはいっても、 開かれて発散された他者というのは、身ぐるみ剥がされた群れの1匹でしかなく、 ホモサケルのような存在でしかないでしょ。 それをいろいろ思弁的な、そして意味不明なことをいって誤魔化し続けただけで、 ほんとうは自分が一番わかってたんじゃないかな。
訳の分からない気取りで、わざと難解そうな文章を書く人はどうせみんなから捨てられる。 このことは、肝に銘じておいたほうがよい。 日本の知識業界は、長く1920年代からの、昭和初期の新カント学派と呼ばれる、「ドイツ哲学の学者達」の 悪弊に始まって、やたらと難解な文章を書くことが、偉い事だとだという巨大な思い違いをしている。 この病気は今でもなかなか治らない。本当は自分の頭が良く無いだけのくせに、やたらと、象徴語と、 ドイツ式観念語(本当は禅用語を無理やり当てはめただけ。観念とか本質とか根本とか意識とか。500語)を使いたがる。 読んでいる方はいやになる。こんな下手な誰も説得できないような文章を、苦しみながら書いてるとあとあと大変だろうな。 どうせ誰も読んで分かることは無いのだから。当たり前のことを、はっきりと書くことができない。 やたらとこねくり回してそれが「するどい批評になっていなければいけないと、勝手に思い込む。 副島隆彦「属国日本論を超えて」 (副島隆彦「今日のぼやき」2001.5.21より抜粋) 私の頭の中は、今でもこのように、雑然とした理解で成り立っている。生活実感で理解できないと「理解」と いうのはそもそも成り立たない。私はもの書き言論人としては、素人さん(一般大衆)レベルでの実感での理解、 というのをものすごく重視する。わけの分らないことを書く人や、その文章を毛嫌いする。 このことは、私は、「オッカムの刃」 Occam’s razor と言う考えを自分の思考原理に置いているからだ。 全ての事柄(事象)を徹底的に明晰にしようとする 思考方法であるオッカムの刃 については、そのうち書く。 この日本語という限界言語によってでも、私は、明確なものをぎりぎりまで追究して、死んで行こうと思っている。 (抜粋おわり)
262 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 18:47:34
そんな副島隆彦氏に、 ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァクによる以下の言葉を送ろう。 「わかったわ、それじゃ、あなたのためにだけ、簡単な文で言ってあげる。 でもそれじゃきっと困るわよ。わたしは単文でこう言ってあげる、 『わたしたちには、分かりやすい文はだますことが分かってます』」。 (青土社「シリーズ現代思想ガイドブック『スピヴァク』P19より)
263 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 20:11:36
ラカンはわけわかんなくてもおkで、デリダは難解だ許せんと いうのはいかがなものか? ラカンも死ぬ直前はワケわかんないこと言い始めてたでしょ。 惚けちゃってたんだよw
264 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 20:18:39
するってえとなにかい?
265 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 21:04:09
なんでぇ熊さん、やぶから棒に
266 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 21:06:26
> 『わたしたちには、分かりやすい文はだますことが分かってます』」。 なんか日本語おかしくないか?
267 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 21:13:20
わたしたちには、分かりやすい文[は]だますことが 分かってます ↓ わたしたちには、<<分かりやすい文「が」だますこと>>が 分かってます て感じかな?よくわかんね
268 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 21:22:33
わたしたちには、分かりやすい文は私たちを巧みに、そして全く気がつかないうちにだますのだということが、分かっています かな
269 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 22:28:26
わたしたちには、分かりやすい文は私たちを巧みに、そして全く気がつかないうちにだますのだということが、分かっています かな
わたしたちには、分かりやすい文は私たちを巧みに、そして全く気がつかないうちにだますのだということが、分かっています かな
>>262 の意訳
(ヲヤジギャグの連発のように、ほとんど無意味なのに、ただ見た目難解な文章を書くことで、
読者と私たち自身をだまし続けている)
私たちにとってには、
(この単文のように)分かりやすい文では、誰も、だますことができないことを知っています。
>>262 の意訳
>『わたしたちには、分かりやすい文はだますことが分かってます』
(ヲヤジギャグの連発のように、ほとんど無意味で、見た目難解な文章を書くことで、
読者や私たち自身をだまし続けている)わたしたちには、
(この単文のように、)分かりやすい文では、誰も、だませないことを知っています。
273 :
考える名無しさん :2006/12/29(金) 23:54:26
そーいやスピヴァクって確かデリダに関する著作も書いてるよな
274 :
考える名無しさん :2006/12/30(土) 00:08:22
平凡社『デリダ論−「グラマトロジーについて」英語版序文』だね。 デリダに関する著作というか、スピヴァクが デリダの「グラマトロジーについて」を英訳した際に付けた「訳者まえがき」部分を邦訳したもの。 このような膨大な「訳者まえがき」を付けたことで、 当時はけっこう話題にもなったらしい。
275 :
考える名無しさん :2006/12/30(土) 00:32:53
おれたちも膨大な名無しさん書き込みを残そうぜ!
276 :
考える名無しさん :2006/12/30(土) 01:08:12
原文ないの?どっちにしてもヒドイ訳だなぁ。
277 :
間宮さま :2006/12/30(土) 01:13:05
セックスだ!セックスしろ!セックスセックス!
柄谷:正直、だから何だという気がするけどね。哲学だろうが文学だろうが、 常に絶対的少数のものしかたずさわってこなかったのであって、そうした状況論を提示することで何か議論が始まるとは思わない。 国家の地位が相対的に低下するからといって、国家が無くなるわけではない。 何故ならば、世界資本主義の要請によって、国家は必要だからですよ。そんなことはマルクスに書いてある。 同様に、超越論的なものの地位が相対的に低下するからといって、なくなるわけではない。当たり前です。哲学にとって超越論的なものは必要だからです。 そんなことはカントに書いてある。だから、マルクスを読め、カントを読めと僕はいうわけです。 デリダだのサブカルチャーだのにかまけずに。
だから、マルクスを読め、カントを読めと僕はいうわけです。 柄谷だの浅田だのにかまけずに。
280 :
考える名無しさん :2006/12/30(土) 18:46:34
青土社のジャック・デリダ、やっぱりこのスレでの評判通り入門書として「?」な印象でしたね。 このシリーズは個人的にどの思想家の巻も分かりやすく書かれてあると思ってるんで、デリダの巻も期待してたんですが・・・・
デリダのサブカルで何が悪いんだ? ここは声を張って擁護するよ。一市民 幸福はサブカルやと思う堕落がなければ不幸しかない
282 :
考える名無しさん :2006/12/31(日) 19:37:18
問題です。脱構築不可能なテクストとは?
283 :
考える名無しさん :2006/12/31(日) 20:10:52
柄谷
脱構築の対象って「テクスト」だったっけ。 最近、80年代以降のデリダばかりを読んでいるからか、そういう言い回しは記憶に無いんだがな…。 まあ、法の力やデリダとの対話では、法の脱構築と言ってるから、 文面のあるものを指してはいるんだろうが…でも条文の書き直しのことだからねぇ? テクスト論の延長に脱構築って捉えられすぎていると思う。
テクストは読む人によって取り方は異なる。 そんな子供でも知っていることを偉そうにいうデリダが生きていけるのは、 頭の硬い権威主義の伏魔殿の哲学界だけです。
286 :
考える名無しさん :2006/12/31(日) 21:27:18
脱構築不可能なテクストは、間テクスト(性)。だから僕は漱石って言ってるんだ。遅いんだよ、きみたちは。。。まったく。 要するに近代文学は差異化差異化なわけ。差異そのものじゃないわけ
287 :
考える名無しさん :2006/12/31(日) 21:28:44
そういうものを見つめられる目は、勉強でどうなるもんじゃない。柄谷は、構築と破壊を書いた。でも差異そのものを書いていない。まぁ彼は作家じゃないからね
288 :
考える名無しさん :2006/12/31(日) 21:30:32
権威主義を唱えてるもの、そういう風潮をつくっているものと、 実際の権威主義者・権力者は違う。君主は操られる。
マジイライラするわ、おまんこひくひくさせながら、ペニスいじりながら俺と会話してんじゃねえよっと。
相変わらず、レスが糞スレ振りを発揮しているな…
291 :
考える名無しさん :2007/01/01(月) 03:48:10
吾百年の孤独かな
292 :
考える名無しさん :2007/01/01(月) 11:21:57
青土社の入門本買ったんだけど和訳が下手だと思う。 会話の挿入的なhe saidとか日本語でも挿入句にするのやめて欲しい。 ただでさえ俺みたいな初心者にはわかりにくいのに。
評判悪いな、それとも同じ人間が書き込んでいるのか?
294 :
292 :2007/01/01(月) 16:41:35
>>293 いや、初めてカキコした。
今月24日にデリダの新しい本が出るらしいから勉強してまた来るよ。
それじゃ。
初心者だったら、斎藤慶典『デリダ』読んで、基本語彙は林・廣瀬『デリダ』手元に置いといて、 そのあとカプートによる注釈付きの『デリダとの対話』読んで、 その後初期〜後期を読み込んだほうがスムーズかな。 積極的に読んだならその前後くらいから、デリダ初期の主著とハイデガー読み直しの局面になるだろう。 このへんまでくると、実にデリダとデリダ以後の難問が面白くなってくるのでは。 自分なりに論点をどうしぼりこんで考えてみるかが浮上すると思う。
>>204 つーことは青土社のデリダ本はイマイチってことなんだ。やっぱり
297 :
292 :2007/01/02(火) 16:17:12
>>295 ありがと。斉藤氏の本買ってみる。
けどそれより先にジジェクの入門書買うと思う。今はいろんな人に入門した方が賢い気がする。
俺みたいな初心者はその方がてっとり早く飛び道具を増やせるからね。
使い方間違えたら先生が直すだろうし。
>>296 訳が読みにくいってのは確実。これは誰が読んでも同じ感想言うと思う。
だけど、元々英語で書いたニコラス・カイルって人も癖があって、英語で読んでもわかりにくいんだと思う。
いい所としては、章が細かく分かれてて小見出しも多いから、読もうという気は起こる。
代補、脱構築、差延等の有名な言葉は何回も繰り返してくれるから、俺なんかでもちょっとわかったつもりになってる。
298 :
考える名無しさん :2007/01/02(火) 18:50:53
>>297 同じ青土社のやつでも、ジジェクの巻はなかなかの良書ですよ。
ジジェクに関する最初の入門書としてはおすすめ。
299 :
292 :2007/01/02(火) 21:51:26
>>298 そうなの?良かった。それを買うつもりだったんだ。
ジジェクはまだ生きてるからドゥルーズやデリダより進んでるんじゃないかって
結構期待してるんだよなー。
>>296 青土社のやつは、小ネタ満載で情報量も多く
それなりにお買い得感はある。
でも、ごちゃごちゃしていて読み易くないのは確か。
初めから読み通そうとするのではなく、
気が向いたところからつまみ読みする感覚で
付き合うといいと思った。
301 :
考える名無しさん :2007/01/03(水) 05:20:27
ルディネスコとの共著ってかインタヴュー集『来るべき世界のために』って入門書として悪い? カヴァリエリとシンガー『大型類人猿の権利宣言』絡みで、関連する章をちょっと読んでみた。 『大型類人猿の権利宣言』はアジとしてはかなりよい本だと思うけど、決して哲学ではないと思う。 かなり皮相的なことしかいってないけど、最低限のアウトラインはかなり説得的に明快に示されているように見えた。 功利主義的に(ヘア→シンガーの倫理学的に)安易に動物に権利を認めたり、 あるいは権利は義務を果たしうる人間にのみ認められるものだからとそれを簡単に否定したりする前に、 義務を伴う権利、法権利、人間性の関係について再考すること、 要するに法の根拠を問い直すことをやってよね、という話だったと思う。 名前忘れたけど『大型〜』に出てくる哲学者の楽観さと、デリダの慎重さの対比がよかった。 ルディネスコは割としょうもないことを言ってた。 ルディネスコのせいで、2人の議論がかなり手前でウロウロしてたんだけど、 そのおかげで初心者の俺にとってはよかった。 他に読んだ人はいないのかな。 法と人間とのかかわりについて、もっと突っこんだ内容の本って何があるのか、教えてください。 デリダはまったくの初心者です。
>>301 >法と人間とのかかわりについて、もっと突っこんだ内容の本って何があるのか
デリダの法への言及としては、『法の力』がいわゆる法哲学の起点に当たる。
(萌芽的には、シンポジウム記録『どのように判断するか』のカフカの「掟の門前」読解)
あとは…何がまとまっているのかなぁ。カプートの注釈が細かい『デリダとの対話』も法に結構関わっていたと思うが。
デリダをさらに拡張・発展させて…となると、どうなるんだろうな。よくわからん。
ドゥルシラ・コーネルとかサイモン・クリッチリーなんかがしっかりやってるのかなぁ、未読につきわからない。
うん。デリダ・ドゥルーズ以降は誰を読めばいいんだ?
>>254 高橋先生、懐かしいな。昔講義でブランショ読まされたが。
差異遅延を縮めて差延としたのは確か高橋先生だ。
ドゥルーズのほうはネグり・アガンベンかな。
このスレの最初のほうで、ソシュール批判が問題になってるけど、 ソシュールのいわゆる「原資料」なんてそんなに読まれていないのでは? イェルムスレヴが注目された後、丸山がそんなことはソシュールも言っていた、 といって懸命にメームとかセーム(?)とか言ったんだけど、 たぶん実際に使われているのはイェルムスレヴの表現と内容、形式と実質、 だと思われ。 デリダは一般言語学講義で受け入れられたソシュールを批判している、 ということでいいのでは? 「原資料」云々を言っている人は、思想的な「旬」を外していると思う。 そう言う俺も、このスレでは「旬」を外しているorz
307 :
考える名無しさん :2007/01/20(土) 15:46:52
デリダ読んでみたらすげー面白かった。 哲学にもこんな読ませる本があるんだな。
デリダのどれを読んだの?
309 :
考える名無しさん :2007/01/21(日) 00:32:30
>>308 講演原稿が元になってるやつは特に面白れー。
読んでみなはれ。
根源の彼方へをよんで、面白いとか言ってたら、 あなたの脳みそはもはや諸限界がそれ自体によって何ちゃらかんちゃら。
まあちゃんとデリダ読むなら根源の彼方へは外せないな
312 :
考える名無しさん :2007/01/21(日) 11:00:00
声と現象、グラマトロジーなんかは後回しにしたほうがええで。 カフカ論、ニーチェ論、時間を与えるなんかのほうが格段に面白れーから。
やっぱ『法の力』。 ベンヤミンの暴力批判論の読みなんかは最高に刺激的。
『グラマトロジーについて』をやっと読み終えた。僕の読解力では哲学者の細心なロジックを充分に辿ることができなかったし、当初の目的だった哲学者の思考方法を把握するということはなおさらできなかったかも知れない。ただ、ようするに……根源としてのサプリメント?
いきなりグラマトロジーでは挫折する人も多いだろうし。 インタヴューや後期の講演や学会講演あたりからはいるか、あるいは いきなり『死を与える』とか上にも挙がってるようにカフカ論とか、あとはマルクス論から入ると面白いんじゃないかな。 とは言いながら、俺はジョイス論やアルトー論が好きなんだが。
ブランショ論の『滞留』もいいよね。 カフカ論なんかと同様、 デリダの扱うテクストが短い場合は、 併読すれば、デリダがどうやってテクスト読解を進めるのか その手つきがよく分かって面白いんだよね。
うん、滞留何気にいいよね。 えーと、廣瀬本は解説としては別におかしい本ではないんだから、 項目ごとに著書を論じているんだから、巻末解説豪華版だと思って、一緒に読むとかすると一見さんには入りやすいかな?
おや。廣瀬本に『滞留』解説は入ってなかったか。 カフカ論(『どのように判断するか』所収)と『コーラ』『グラマトロジー』『死を与える』『絵画における真理』 なんかの解説があるね。短いテキストって意味では『滞留』やカフカ論が一番いいのかな。 並べて読めたほうが入りやすいやね。 そいや、『火ここになき灰』積んだままだった。読んでみよっと。俄然読みたくなってきたわ。
灰は最高だよ。彼女にフラれたときとかに読むとより感傷的になれる。
320 :
考える名無しさん :2007/01/22(月) 23:28:23
デリダは丁寧に引用しながら読解していっから 取り上げられてる作家についてあんま知らんでもええんやな。 しかし、ジョイス論やアルトー論はあんま入り込めんかった。 それにしてもポンジュ論の翻訳はどないなってんのや?
しにぽんじゅって出る予定あるんか?
俺は『アルトー、ル・モマ』とかアトラン論とか読みてぇ。 あとは、コンディヤック序文も出たんだし、確か同時期だったはずのウォーバートン序文も誰か訳してほしいもんだ。 いや、いっそ差異とエクリチュール新訳で文庫化とか…。 と、果てしなく欲望が膨らむ。 Signépongeは確か英訳あったなぁ。買ってみよかな。
他者について語っている本はありますか?『グラマトロジーについて』だけを 読んだのですが、この本では他者というもの(あるいは存在全般)が徹底的に 否認されているように見受けられます。デリダにとって他者とはなんだった のでしょうか?宛先であり、差出人名であるに過ぎない?
324 :
考える名無しさん :2007/01/23(火) 23:22:10
>他者というもの(あるいは存在全般)が徹底的に >否認されているように見受けられます。 えっ? なんで? どのへんが?
>>324 拙い読みであれば恥ずかしいですが、根源としてのサプリメントと
言われると、この世界にはシニフィエなきシニフィアンや表象されるものなき
表象するものしかないということになると思いますが、そうすると他者も
シニフィアンの一種に過ぎないということになるのではないかと。しかし、
シニフィアンとかサプリメントとかはおそらく(デリダはそのことは論じて
いないと思いますが)存在ではないと思えるのです。根本的に間違って
いるでしょうか?
『差異とエクリチュール』所収のレヴィナス論を参照するがいいよ
そうそう。ブランショとレヴィナスにすぐ参照が傾くデリダに「他なるもの(l'autre)」への感度が無いとは思えない…。
ぶっちゃけ他者への歓待は後期のキーワードの一つ
「代補」に関してひとつ 「・・・あとからそこにつけ加わるといわれているような可能性が それ(その可能性がつけ加わるはずのもの)をあとで=遅れて産み出す」 (ジャック・デリダ 『声と現象』 ちくま学芸文庫版 p201) この引用文の直後に、デリダは「この代補性の構造は、非常に複雑である」と述べている この複雑な構造の提示こそ、形而上学がつねに隠蔽しようとしてきたひび 単純なものへと還元できない錯綜、混交を顕わにする (しかしそれについて「われわれはもはや知らない」)
330 :
VIPPER :2007/01/24(水) 18:35:26
>>329 文の中身はあんま読んでないけどよwwwwwwwwww
あんた引用の仕方正しく出来てるなwwwwww
やるじゃねぇかwwwwwwwww
フヒヒwwwwwwサーセンwwwwwwww
331 :
考える名無しさん :2007/02/26(月) 13:51:18
来たるべきデリダ
―連続講演「追悼デリダ」の記録―
S.ジジェク、J-L.ナンシー、A.バディウ、G.C.スピヴァク、
J.ランシエール、E.バリバール、D.コーネル、J.ヒリス・ミラー、C.ドゥージナス[編]藤本一勇[監訳]澤里岳史、
茂野玲[訳]
3月5日発売
四六判/上製/352頁
◎本体価格2800円
現代社会のあらゆる領域に根源的な影響を及ぼした思想家、
ジャック・デリダ。その思想本来の政治性・闘争性を回復させ、
新たな可能性を汲み上げるべく、世界で考えられる限り最良の
思想家たちによる決定的デリダ論
http://www.akashi.co.jp/menue/books/kinnkan/kinnkan.htm
332 :
考える名無しさん :2007/02/26(月) 21:28:13
代補がそれ自体、他の代補によって支えられているから、 またその代補も…となっているから、 結局その代補が「否定」されるだけの証拠は出揃わないことになる。 みたいに解釈すれば、代補が自己矛盾に陥っていないとできると思う。
333 :
考える名無しさん :2007/03/02(金) 00:22:15
そりゃそうでしょ。 ジジェクの「他者の他者」みたいなモンだからな。 その点で行くと「他者の他者の他者の…」って続くからジジェクはラカン用語にこだわるべきではない と思うけおな。
334 :
考える名無しさん :2007/03/02(金) 04:24:16
>>333 他者の他者は存在しないじゃないのか?
そう言う無限ループの話と、代補やラカン=ジジェクの他者は
違うぞ。
335 :
考える名無しさん :2007/03/12(月) 00:17:40
鵜飼哲×藤本一勇のトークセッション行った人いる?
あーそれ、俺も気になってたけど行けなかった・・
337 :
考える名無しさん :2007/03/12(月) 20:45:06
>>335 行ってきたよ
定員の半分くらいしか客いなかった
内容としては、『来るべきデリダ』に沿って藤本さんと鵜飼さんが交互に話す感じ
鵜飼さんとデリダの思い出話とかもあってなかなかよかった
事前に打ち合わせもせずにあそこまで話せるのはさすがだなと思う
最後に鵜飼さんが「実はずっと会場をジュンク堂だと勘違いしてたんですよ」と言って場内爆笑
僕のむかしからの読者は知っているかもしれませんが、 僕は学生のころ、ジャック・デリダという哲学者の研究をしていました。 デリダの思想には「脱構築」というキーワードがあり、それは要は、真の思想は体系化できないという教えです。 そのせいもあって、僕はいわば、体系的な書籍を書くことができない体質になっていました。 本書は、その体質を改善するために記した本でもあります。 したがって、本書は、内容に読者のみなさんが同意されるかどうかは横に措いて とりあえずは僕のいままでの本のなかで、もっとも読みやすく、また論理的な著作になっていると思います。
339 :
考える名無しさん :2007/03/15(木) 20:34:46
341 :
考える名無しさん :2007/03/17(土) 17:46:47
初心者だが、『言葉にのって』読了した わかりやすくて面白い 入門にはいいよね 次は『デリダとの対話』を読みます
342 :
考える名無しさん :2007/03/17(土) 18:12:18
ガンガレ
343 :
考える名無しさん :2007/03/18(日) 20:15:40
ポモ(笑)
344 :
考える名無しさん :2007/04/05(木) 22:23:26
「声と現象」は林訳と高橋訳のどちらがいいですか?
345 :
考える名無しさん :2007/04/21(土) 01:34:35
「哲学の余白」下はまだか?
347 :
考える名無しさん :2007/05/03(木) 16:15:20
彼は小林秀雄と似ている。わかっていることをわからないと言いわからないことをわかっていると言って読者を煙に巻くという点で。実に卑劣である。
348 :
考える名無しさん :2007/05/04(金) 12:30:09
>>344 林訳で無問題。
高橋訳は流石にもう古い。
>>347 具体的に、小林秀雄のどの著作のどの一節が、「卑劣」と言っているの?
デリダの、じゃなくて小林の、なのかw デリダ脇役扱いだなw
汝、死者を足踏みするなかれ
354 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 19:06:40 0
所詮、デリダなど左翼しか読まない。小林秀雄は読む価値あり。
355 :
考える名無しさん :2007/05/11(金) 20:22:14 O
でも ガチガチの硬派な左翼の ソーカルには 例の論文で 馬鹿にされてたよ
>>355 ソー駆るはデリダは批判してない。
ドゥルーズやクリステヴァ、馬鹿にされたのは。
357 :
考える名無しさん :2007/05/12(土) 01:09:42 0
デリダより、ニーチェ、ショーペンハウアーのほうが思想に深みがある。 デリダは青い。
358 :
考える名無しさん :2007/05/12(土) 02:07:01 0
人文主義←キリスト教の抑圧ムカつく!! 実存主義←社会の抑圧ムカつく!! 脱構築←文脈の抑圧ムカつく!!
359 :
考える名無しさん :2007/05/12(土) 02:30:54 0
デリダより、西部邁氏の論考のほうが確実に良い。
360 :
考える名無しさん :2007/05/12(土) 13:35:03 0
人間の目的終末はどこがデリダ入門に良いのですか
361 :
考える名無しさん :2007/05/12(土) 16:00:48 O
>>356 でも 発端となった ソーシャルテクストへの 寄稿では デリダの自然科学的表現が 引用 されてたよ
「たとえば、ソーカルのパロディーの中のデリダの引用はかなり愉しい ものだが、それは単発的な濫用にすぎない。デリダの作品には科学の 一貫した濫用は(というよりは、科学への関心が)見られないので、 この本にはデリダについての章はない。」 アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン『「知」の欺瞞』岩波書店。11頁
人間の目的=終末はデリダ入門としてはイマイチじゃね
365 :
考える名無しさん :2007/05/13(日) 01:07:07 0
高橋允昭
366 :
考える名無しさん :2007/05/13(日) 09:03:35 O
そういや早稲田っていまだにポモがはびこってるらしいね。 数学の出来ない詩文軽量3科目滑り止め大学だからしょうがないのかなw
367 :
考える名無しさん :2007/05/13(日) 21:51:18 0
俺は早稲田一文だったが右翼が多かったな。 ポモは藤本一勇くらい。
368 :
考える名無しさん :2007/05/27(日) 17:19:15 0
あげ
369 :
考える名無しさん :2007/06/03(日) 00:58:36 0
亡霊とか喪ってよくデリダが使うじゃないすか? あれ、よくわかんないっす。 あとクリプトとかも。
370 :
369 :2007/06/03(日) 16:17:45 0
2ちゃんで聞いた俺が馬鹿っすかね。。。
>>369 デリダのテキストのどこでその言葉を見かけたの?
そもそもそんな、なげやりな質問では
答える人も答える気をなくすと思うよ。
後は、即答を期待しないこと。
デリダはインチキだとか言っている椰子が居たが、インチキだとしても、デリダのインチキは高尚
373 :
考える名無しさん :2007/06/07(木) 12:35:01 0
脱構築ププ
374 :
考える名無しさん :2007/06/08(金) 01:26:45 0
亡霊的なものは郵便的なものとパラレル
水声社 『絵葉書 1』 ジャック・デリダ/若森栄樹、大西雅一郎訳 7/- ¥4,200
アメリカでは、学問(サイエンス)というのは、「自分の打ち立てた仮説(理論)を、実際の、現実の社会の中でみずから、 ポリシーメイカー(政策立案実行者)として実験してみて、その結果を冷酷に検査すること」なのである。 これを、positivism (人為的実験証明主義とでも訳すか)と言う。このポジティビズムを、「実証主義」などと、訳して、 分かった気になるな。この世で、実証できるのは、自然学問(代表、物理学)系の実験だけだ。こえは厳密に同じ条件で 誰がやってみても同じ結果になるものだから、これは本当に学問(サイエンス)なのだ。 ところが、人間社会を対象にする学問、すなわち、ソシアル・サイエンス(私は、社会学者という訳語が嫌いだ)は、本当に サイエンスとして成立しているか、ものすごく、今でも怪しいのだ。なぜなら、現実の人間社会を使って実験証明(ポジティ ビズム)するというようなことは、できないからだ。ソシアル・サイエンスとは、それでも、一応、次のようなものだ。 人間社会を刺し貫く諸法則を発見すること。かつそれは、個々の人為や願望から独立した客観であり、同一条件でなら、 世界中どこにでも存在するものでなければならない。そしてそれらを、冷酷に記述することである。 だから、これは、文学即ち、=下等学問=夢の世界との混合=人文(じんぶん)=今の北朝鮮の人間たちと同じ =カルトの世界=幼児の並みの人々=なのに自分を知識人だと勘違いしている日本の文芸愛好的読書人階級。 これらの、一切を排除したものの考え方のことである。ところが、このソシアル・サイエンス(政治学、経済学、社会学、 サイコロジーの4つ)がアメリカでも、1980年代に、どうも、うまく行かない、ということが、判明し始めて、それで、 世界的に困った事になったのである。アメリカ行動科学(ビヘイビアラル・サイエンス)という、壮大な学問体系は、 50年代にアメリカで起こり、そして80年代には崩れ去ったのだ。 副島隆彦「属国日本論を超えて」P37〜38
377 :
考える名無しさん :2007/08/18(土) 21:06:28 O
デリダと浅田彰と西部邁はどれが1番高尚?
378 :
考える名無しさん :2007/08/20(月) 00:57:19 0
『絵葉書1』読んだ?
379 :
考える名無しさん :2007/08/20(月) 06:00:22 O
デリダの思想を簡単にまとめて書ける人いる? 例えば微分とは何かと聞かれたら 『曲線を表現するすために拡大して細かく分析する事』 くらいの感じでいいんだけど。
>>379 >>曲線を表現するすために拡大して細かく分析する事
ぜんぜん違うけど…
その程度でいいってことでしょ。
テクストの意味を批評的に読むことで解体/再構築(脱構築)という思想
383 :
382 :2007/08/20(月) 16:20:31 0
やり直し。こんなんでどうかな? テクストを批評的に読むことでその意味を解体/再構築(脱構築)するという思想
いいまとめだね。てかデリダってポストモダンだよね?
>>384 日本では、浅田彰がポスト構造主義=ポストモダンみたいな括り方をしたから誤解されてるけど、デリダはモダニズムの極限だよ。
387 :
考える名無しさん :2007/08/24(金) 02:53:28 0
これから出る本 2007 No. 16 近刊図書情報 9月常上記号 1〜15日 --- 西山雄二著 A5 400頁 6510円 異議申し立てとしての文学 モーリス・ブランショにおける孤独、友愛、共同性 モーリス・ブランショの全体像を描く 〔専門〕978-4-275-00539-7 御茶の水書房 --- ジャック・デリダ著 A5 210頁 1785円 イスラームと西洋 アルジェリア生れのデリダの平和を望む遺言 〔一般〕978-4-411-00377-5 駿河台出版社
388 :
考える名無しさん :2007/08/24(金) 21:15:43 0
イスラームと西洋って出利田にしてはベタなタイトルだな。
井筒と繋がる論点かな
390 :
考える名無しさん :2007/08/25(土) 19:40:41 0
そろそろデリダも読もうと思い始めたいままでドゥルーズをちびちび読んできた漏れだが、 気をつけるべき点とかあるかねぇ? あったら教えてください。 脱構築っていってもやっぱし本と自分との接続によってできる強度の流れに乗って規範的な解釈から逃走するんだろうと思ってしまう今日この頃。
391 :
考える名無しさん :2007/08/25(土) 23:17:12 O
こういう分かったようなキモい文章を垂れ流すナルシスト君を量産してしまうという欠点も有るな。
392 :
考える名無しさん :2007/08/26(日) 00:55:45 0
まあ頭の硬い人間にはわからないだろうが、 単純にデリダの文章は面白いんだよ。 芸があるんだな、表現にもプロットにも。 まずそこに知性を見出せるかどうかが試金石。
393 :
考える名無しさん :2007/08/26(日) 01:57:28 O
>>392 原文で読んでんのか?お前こそ知ったかこくなよ
いいからデリダについて語れよゴミクズども
397 :
考える名無しさん :2007/08/27(月) 20:34:05 0
で、デリダを読む上でドゥルージアン(もどき?)に与えるべきアドバイスとは?
フーコーやドゥルーズは言葉と物の人だよ つまり物へのこだわりがとてもある
デリダもドゥルーズも実は近い存在だと思うんだけど、お互いにあまり言及することはなかったよな。 デリダが記号論を脱構築したとすれば、ドゥルーズは存在論を脱構築したって感じか? 両者をつなげるアプローチがあったら面白いと思う。
檜垣のその学会報告は決していいものではなかったように思う。 ドゥルージアンがさらっとデリダ読んで反発する一つの典型って域を出ていなかったように思うよ。 デリダは死で〜ドゥルーズは生の肯定だからいいんです! みたいな主旨は、通用しないだろこれ、と 数年前に読んだときに思った記憶がある。
とはいえ、じゃあどういうのがあるの? と言われると俺も苦しいところで、いい論文無いのかなぁ。 そういうのを書くのにはものすごい力が要るような気がするけど・・・。
やっぱり「言葉の理論」と「強度の理論」の繋げ方ということになるんじゃないだろうか。 デリダの強度論ってそういや記憶にないなぁ。 なんかあったっけ?
檜垣ってドゥルーズを西田幾多郎に引きつけて読んじゃうような人だからなぁ…。 ドゥルーズが抜け出ようとしたベルグソン的一元論に止まってる。 それじゃ、ドゥルーズもデリダも救われないよって感じ。
>>404 >ドゥルーズが抜け出ようとしたベルグソン的一元論
初耳だ
どうして日本の言論人は、自分の過去の政治思想遍歴を一行も書かずに、客観的な報道レポートのような 評論文を書くのだろうか。私が彼らに違和感を持つのは、そういう意味からである。日本の学者、知識人の 文章の大半は、いつもそうである。自分の過去を正直に書かない。自分はいつも正しい側、優劣な側に いるのである。今は、保守派が優劣だから、転向左翼は、みんな頬被りをして、自分は生来の保守派だと いう顔をしている。 日本は、文明の周辺属国だから、とくに知識人と呼ばれる輸入業者たちは、世界を流れる優劣思想のほうに 簡単に押し流される。それも巧みな生き方であり、商売だ。 日本の戦後の知識人や学者たちの実に95%は、左翼あるいは反体制リベラル派だった。学生時代から ほんのわずかでも左翼に流されなかった知識人などほとんどいないと思う。 クリスチャン(カトリックあるいはイエズス会)だった連中だけが、その信念(信仰)ゆえに日本では はじめから保守派としてがんばっていた。渡辺昇一氏や曽野綾子氏や遠藤周作氏のような。 副島隆彦「ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ」P172
人は人生の年月の中で、五年、十年単位で、自分の考えが変わってゆく。その変わってゆく自分を、 しっかりと記録しつづけることだ。あのときは、ああ考えて、ああ信じていたが、今では、このように 変わって、こう考えている、と書くこと。なるべく正直に書くことだ。自分に向かってきちんと文字で 書いて確認してゆく作業をすることである。それが、知識、思想、学問なのだ。 人間は年を重ねるにつれて考えが変わってゆく生き物だから、それでいい。それが成長するということ なのだ。だから知識、思想、学問というのは、何か新しい知識を西欧やアメリカから持ち込んで、 自分勝手に改造、変造して日本語で適当に売りさばくこと、なのではない。 今の私は、このように考えている。だから私は、吉本の、「転向とは、人間が成長してゆくことだ」と 書いた転向論としての吉本の思想観を、今でも受け継いでいることになる。昔の吉本はやっぱり偉かった。 副島隆彦「日本の秘密」P122
408 :
考える名無しさん :2007/09/07(金) 06:01:11 0
http://d.hatena.ne.jp/rento/20061028 その後、成果を発表するという雑誌の打ち合わせのあと、私たちは近くの
居酒屋で宴会をした。そのときのことである。雑談のなかで、長原豊が、
あるフランス関係者で、女に色目をつかういやらしい奴がいると非難しは
じめた。みんながそれは誰だと知りたがった。その名前を言わずに、たと
えば、これこれの席で、発表したあとで、どうだといわんばかりに気取っ
て構えている奴がいて、それを潤んだ目で見ている女たちがいるんだとい
うような内容の、まあ悪口である。
いったいそれは誰かのことかと、追及されて、長原は、それは「おふら〜ん
す関係者」の鵜飼哲だと言い出した。
409 :
考える名無しさん :2007/09/24(月) 12:52:39 0
書き込みない?
410 :
考える名無しさん :2007/09/30(日) 10:40:47 0
マルクスの亡霊たち出たな
411 :
考える名無しさん :2007/09/30(日) 10:45:43 0
○亡キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!!
檜垣の論文も著作もそんなに悪くない気がする。 檜垣は生だからいい死だから悪いなんて、言ってないんじゃないか。 止揚無き弁証法としての、現前のはらむ否定性 死 他者。 内でありながら外を含むこと。その葛藤的両義的な有様が 差異のエネルギーなり衝動を備えると言うのはよくわかる 気がする。
413 :
401 :2007/10/02(火) 10:40:44 0
>>412 そっか。俺も檜垣読み直してみるよ。
先の指摘はあまりに雑だったかもしれん。
>>408 そこだけ見るとアレだが、この書き手は長原がよほど嫌いらしいなwww
>>408 その書き手は、大橋洋一だから、
糞みたいな訳書を量産している長原を叩いて当然だろう。
すみません。 昔哲学板に「頭の上についてについて」というデリダ関連のスレがありました。 確か「世界の中心は自己である自己の中心は神である自己は主体である神は客体である」というようなデリダの文章が載っていたと記憶しているのですが、その文章はどの本に載っているかどなたかご存じないでしょうか? 日本語に翻訳されているとは限らないのですが……もし分かる方がいましたらよろしくお願い致します。
417 :
考える名無しさん :2007/10/08(月) 03:05:02 0
鵜飼哲ってもてるのか
418 :
考える名無しさん :2007/10/08(月) 06:36:26 0
どこだろう・・・
419 :
考える名無しさん :2007/10/09(火) 00:57:23 0
そんな文章書くわけねえだろが
420 :
考える名無しさん :2007/10/09(火) 01:07:22 0
デリダなんて言葉のレトリックの技量を競うコンテスト優勝者にすぎない。 まあ、フランス的ペダンティズムなんだろうが「臭すぎて鼻につくだけ」だな。
>>416 そんなスレあったな。
スレ主が翻訳しただけで日本語では出版されてないと思うが。
っていうかそれデリダだったっけ?それすら曖昧だ…
『マルクスの亡霊たち』帯に載ってた告知 近刊 別冊『環』13 ジャック・デリダ 〈講演〉「赦し、真実、和解――ジャンルは何か?」(生前最後の講演) デリダ 〈講演〉「希望のヨーロッパ」 デリダ 〈対談〉「言葉から生へ」 デリダ+シクスー 〈鼎談〉「映画『デリダ、異郷から』をめぐって」 ファティ+鵜飼哲+増田一夫 〈寄稿〉バディウ/カムフ/浅利誠/鵜飼哲/藤本一勇/増田一夫/港道隆/守中高明ほか
425 :
考える名無しさん :2007/11/05(月) 11:38:46 0
>>420 デリダがユダヤ系アラブ人として敵の言語を操ったと見れば評価は一変します。
そのレトリックというよりもエクリチュールに「外部がない」(デリダ)ということは、ブッシュや小泉
の言動が及ぼす世界への影響から明らかですから、デリダは正しかった
、と思います。
426 :
考える名無しさん :2007/11/06(火) 12:19:40 O
「火ここになき灰」ってむずかしい? おもしろそうだなと思いつつ。
けっ、 デリダのどこが凄いんだよ ノータリンども、言ってみろよ バ〜カ
>>424 乙
>>426 むずかしいといえばむずかしいけれど
そういうものと思って読めば、それなりに楽しめます。
あまり理屈を気にせず、読んでみればいいと思いますよ。
現象学の方から来た者で、デリダはほとんど読んでないけど、彼のどこが凄いか わからない。『声と現象』のフッサール批判はまとはずれもいいとこ。 デリダの哲学(哲学批判)者としての基本姿勢を、私なりに要約すれば: 同一性に対する差異の存在論的優位、同一性は差異が生んだ仮像、 その仮像に過ぎない同一性の観念がヨーロッパの哲学を支配してきた、 これは一種の倒錯、そのためヨーロッパ的思考構造を正置しよう・・・ といったところではないだろうか? デリダ研究者からすれば、私の解釈はあまりにも粗雑に聞こえるだろうけど。
まず、同一性に対する差異の優位について。 この「神話」がヨーロッパを支配してきたとも思えない。 デリダ以前の哲学者が問うてきたのは、単純に同一性をすべての根幹に置いたのではなく、 同一性なる怪しげなものが、なぜ日常生活でも欠かせないのか、ということ。 カントの先見的統覚の発見もこのことと関連してる。 形而上学的実体と見なさるものは、単なる虚構ともいえない。 ヨーロッパの哲学は、最も単純なものが、最も形而上学的であることを 教えてきたのではなかったか?
デリダのフッサール批判は的外れもいいところなんだよ。 『グラマトロジー』もそう、ソシュール言語学をまともに読んでいないから 「パロールに対立するもの」として「エクリチュール」となってしまう。 「パロール」に対立するのは「ラング」だからね。 デリダの批評は全てそう、問題としている学者の思想をまともに読めていない。 そして「脱構築」のように「操作子」なる未定義の独自用語をばんばん使う。 これでは結局、形而上学に逆戻りしていることになるんだけれどね。 そう、デリダは出発点においていつも誤謬を必ず犯している。
スルーしておこうっと
434 :
考える名無しさん :2007/11/13(火) 00:19:11 0
別冊『環』13 もうすぐかな。
436 :
考える名無しさん :2007/11/13(火) 00:48:06 0
>>425 デリダの現前性批判は実は、二項対立からなる、現象学、言語学を内在的批判をする形で引き継いでいる。一見不毛に見えるのは日本では別に上記の両学問体系は権威でもなんでもないから。
デリダの本領は、自身が権威となり批判の対象となるポストモダン批判以降。
小文字の批評家 ジャッキー・デリダ
>>429 よろしければあなたのフッサール現象学の解釈を聞かせてください。
>>438 そのまえに
あなたのフッサール現象学の解釈を聞かせてください。
441 :
考える名無しさん :2007/11/24(土) 00:25:51 0
〈言わんとする作用〉ときたか、、、
意味作用(signification)の訳語としてはずいぶん噛み砕いてるね。
>>442 言語はsingnificationじゃなくてvouloir direな。
直訳すると「言わんとする」だけど、
「意味する」という意味でも使われる慣用表現。
これはデリダの議論のなかでもポイントになってるし。
>>443 ああああ、そうだった。意義作用と訳されきたやつだね。何初歩的なところでトチってるんだろう、私・・
445 :
考える名無しさん :2007/11/25(日) 03:52:15 0
>>444 どうでもいいけどセックスしてくれ。頼む。
446 :
考える名無しさん :2007/11/25(日) 08:22:42 0
>>445 チミには自家発電を薦める。
そしてサッパリして、落ち着いてからヴァギナにぶち込め。
これこそ性交の二段階論よ。
>>446 男は永遠に処女とはセックスできない。
なぜなら、インサートした瞬間に、彼女は「処女」ではなくなってしまうからだ。
男は永遠にこの差延の中にあるorz
448 :
考える名無しさん :2007/11/26(月) 15:26:59 O
君みたいに極細なら問題無いよ
451 :
考える名無しさん :2007/12/01(土) 14:20:07 0
付言しておくと、長い時間をかけてなされたという増田一夫の翻訳はとてもいい。これまでのデリダの邦訳のなかでは最高である。 (2007年11月23日)
『マルクスの亡霊たち』、いい雑文だ。 寝ながら読むのに最適。 ただし、内容なんかないけどね。 所詮は過去の流行ものっす。
453 :
考える名無しさん :2007/12/02(日) 01:21:14 0
宇波が翻訳について語るなんてちゃんちゃらいとおかし。 褒めるにしてもなんにしても。 それに宇波にいいたい。 ドゥルーズの翻訳もままならないのにデリダを語るなって。
454 :
考える名無しさん :2007/12/02(日) 01:24:58 0
まだ巽孝之の評のほうが有益。 宇波の「遺産相続」の捉え方は浅すぎだろ。
まあまあ、 デリダは大衆向けの雑文執筆家。 宇波だろうが、八百屋のおっさんだろうが 誰が語ってもOKでしょ。 週刊現代でも読む感覚で読めば十分理解できるし。
456 :
考える名無しさん :2007/12/02(日) 01:26:50 0
457 :
考える名無しさん :2007/12/02(日) 01:30:39 0
452、455は見事にスルーされてるなw
デリダ≒田原総一郎 まあ、ポジション的にはほとんど同じ。 文章は田原よりもっとへたくそだけどね。
誰も言わないようだから、言っておくけど、 マルクスの亡霊たちの増田訳は、ちょっとでも原文や英訳でも読んでみたなら誰でもわかるぐらいに、 邦訳の構成が変わってるんだよ。 と言っても、私は増田訳を批判するつもりなく、 自分の訳文をもう一度、構文的対応関係を外して一旦変形させたような文になっているわけで、 厳格な理解に基く意訳、とでもいようような面白いものになっている。 デリダの翻訳文の中でも変わってるほうだと思う。妙に読みやすくてね。 論旨を把握しきってないとできないんじゃないかっていうような、しかし厳密な変形の仕方だ。 (語彙のレベルではほぼ意訳的な崩壊はない・・ただ、語句の多義性が訳注で補完不足といったところ) 宇波のように「最高だ」みたいに言うのはちょっとどうかと思うけど、 増田があとがきで「翻訳の魔にとらわれたかのごとく数年かけた」と言ってるのは 仕事の放置を隠蔽する嘘などではなく、本当のことなのかな、と思わせるだけのものになっている。 同じように訳したいかどうか、と言われると人は迷うだろうが、 私はああいう訳もあっていいんじゃないかな、と思った。
460 :
考える名無しさん :2007/12/02(日) 09:32:05 0
増田の訳がどう最高なのか、宇波の文からはまったく伝わってこないな。 年数をかけたから、みたいなとこに比重を置いてもしょうがないし。 たしかに増田の訳文は、日本語としてこなれてはいるだろうが、 もともと講演をテキストにしてるわけで、デリダの著書の中でも難易度は低い。 デリダの翻訳で最高だと思えるのは白井訳のニーチェ論。 原文にある豊かさと面白さをどう維持してるかって点では傑作だと思う。
461 :
459 :2007/12/02(日) 10:33:23 0
>>460 年数をかけた云々を言っても指摘として意味がないというのと、宇波の言及が具体性もろくにないのはその通りとして、
>もともと講演をテキストにしてるわけで、
の点だけ一言加えると、ある時期以降のデリダの著作は大半これで、
予め執筆した原稿を読み上げているのだから、マルクスの亡霊たちだけ特別難易度が低いということはないような。
>白井訳のニーチェ論
それ、手に入りにくいやつじゃないか('A`) 持ってねぇ・・・
462 :
考える名無しさん :2007/12/02(日) 20:24:03 0
>構文的対応関係を外して一旦変形させたような文になっている エンタメ翻訳の世界では当たり前のことなんだけどねぇ。 古典新訳シリーズで誰かグラマトロジー出してくれねえかな。
>>462 意味のつながりをかなりの部分を保存させながら、入り組んだ論旨を維持させつつ、変形してるって意味で珍しいんだが。
単に「柔軟に訳し下されている」ってだけならわざわざ言わないよ。アホか。
464 :
考える名無しさん :2007/12/03(月) 22:41:06 0
465 :
考える名無しさん :2007/12/04(火) 00:04:39 0
エンタメが云々の馬鹿は、放置でいいよ。
466 :
考える名無しさん :2007/12/04(火) 03:20:59 0
>意味のつながりをかなりの部分を保存させながら、入り組んだ論旨を維持させつつ、変形してるって意味で珍しいんだが。 単に哲学書みたいな難解な本で柔軟に訳し下すのは珍しいことなんだよといってるだけ。
ウハハ、脱肛畜ですよ、脱肛畜っ!うひょひょひょひょ〜〜〜〜〜〜〜〜ん ξミミミミミミミミミミミミミ ξξミミミミミミミミミミミミミミ ミミξミミミミミミミミミミミミミミ ミミ -=・=- -=・=- ミミ ミミlミ __ l;;;|ミ ミlミ::: ー===-' ../彡 ヽ::  ̄ ./ 〔ノ二二,___ ・ | ・ __,二二ヽ〕 |:::::::::::::::::::::::::::ヽ /::::::::::::::::::::::::::/ 〉::::::::: :::::::::::::〉 ・ 〈:::::::::::::: ::::::::〈 |:::::::::::::::::::::::::/ (U) ヽ::::::::::::::::::::::/ 〔:::::::::::::::::::::/ ノ~ヽ ヽ::::::::::::::::::| ヽ:::::::::::::::::/ /::::::::::::\ ):::::::::::::::::::ゝ ノ:::::::::::::::::::| |_〜─〜-| |〜〜〜/
今日のぼやき「722」
http://www.snsi-j.jp/boyakif/wd200601.html#1101 副島隆彦の言うことは信じられない、などど逃げ回ることができなくしてやろうと思います。すくなくとも
私たちのまわり(周囲)にまとわりついて、私たちから知識、情報の泥棒をしに来ている薄汚い連中の脳に、
大きな真実のばい菌(ウイルス、virus ヴァイラス)を注入してやろうと思います。発病まで何年かかかる
でしょうが、それでも、私たちが見舞う真実爆弾は、「現実はこのままであり、受け入れるしか仕方がない
ものだ論者」どもの脳を侵蝕してゆくでしょう。ざまあみろ、ということです。
(中略)
過去150年間の、日本の政治知識人たちの、能力の低劣と、思わせぶりの嘘八百理解と、意味不明文をあり
がたがって、それで、「自分は、これでも、日本では政治知識人だ」と思いこめた、土人のまじない師たちの
哀れな姿の問題を、何とか、継承して、表に出して、そして、「少しでも克服する」ではなくて、本当に、
大幅前進させなければならない。これは、私の決意だ。私の人生に遺された重要な、コトバ研究の分野の仕事だ。
(中略)
急いで、弟子たちに、『政治思想の本の真実読み破りと、なめらか訳の技術の伝授』をやってしまいたい。
そうすれば、以後は、私の弟子たちが、すぐれた翻訳をやって、むずかしいがしかし定評のある外国書を
日本人知識層が、嘘つきではなく、知ったかぶりではなく、いいかっこしいではない、西欧の最先端思想
を自分だけ知っている、分かっている風の、だましの思想の嘘輸入がなくなる。これを、なんとしても、
はやく実現しなければ、いけない。
469 :
考える名無しさん :2007/12/16(日) 02:26:17 0
フッサール論買ったかい?
470 :
考える名無しさん :2007/12/27(木) 02:07:44 0
フッサール論高すぎじゃん
471 :
考える名無しさん :2007/12/27(木) 15:14:57 0
http://yabai-hanasi.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_9774.html 257 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/10/05 08:24
アパルトヘイト時代に南アフリカで
実際に行われていた話。
アパルトヘイト後、科学者の調査で明らかになった。
まず「死の工場」と呼ばれる実験所があった。
その「死の工場」ではこんなことが行われていた。
・自然死に見せかけて、何の証拠もなく、
黒人を殺すことのできる化合物の精製(1983年から)。
もちろん実際に使用された。
・有色人種の女性を不妊にするワクチンの作成
・黒人への感染を目的とする「人種差別バクテリア」の開発
あなおそろしや。
ソース
『言葉にのって --- 哲学的スナップショット』
ジャック・デリダ著 林良雄 森本和夫 本間邦雄 訳
ちくま学芸文庫 筑摩書房 2001 p.185-186
これってマジですか?もしそーなら買ってみたい。
472 :
考える名無しさん :2007/12/27(木) 16:40:19 0
『言葉にのって』p185-186(正義と赦しがテーマ)にデリダへのインタビュアーの発言としてある。 「(…)専門的な科学者たちによって、最近、アパルトヘイト体制の時代に ≪死の工場≫と名づけられた実験所があったことが発見されました。 一九八三年から、黒人の自然死を装うやり方で、どんな痕跡も残さずに殺すことのできる化合物をそこで精製しました。黒人たちはその犠牲となっていたのです。 有色人種の女性を不妊にするワクチンや、黒人に作用することを目的とする≪人種差別バクテリア≫をそこで開発しました。」
>>471-472 へえ、そんな箇所あったっけ。完全に忘れてたな。
『信仰と知』がアルジェリアの証言問題に絡んで、ヘス大司教について論じられていたこととかが
座談の話題になっていたような記憶はあったんだが。
ただ、『言葉にのって』はアルジェリア問題を網羅的に暴露あるいは検証する本では決してないし、
デリダ自身はそうした本は何らかのかたちで読んでいただろうけど、デリダの本を実際的なアルジェリア問題の事実を知るために読むよりは、
アルジェリア問題の本を読んだ方がいいんじゃないかな。
デリダとアルジェリア問題を軽視するわけではないけどね。
『イスラームと西洋』にしたって、そういう手合いの本みたいだし。
474 :
考える名無しさん :2007/12/27(木) 18:24:35 0
デリダはなぜ正義なんて言い出したのかな
475 :
考える名無しさん :2007/12/29(土) 15:25:25 0
>>431 「かりに言語(ラング)と言(パロール)との対立とか、言語(ラング)と言説(ディ
スクール)との対立とかを素朴に受け入れ、そしてそうした対立を基にして哲
学的言説について何らかの理論を練り上げようとしても(略)哲学の歴史は
言語(ラング)という貯蔵タンクの中に沈み込んでしまうのではないか。(略)
こうした問題を練り直そうとすれば、哲学を構成しているもろもろの概念カッ
プルを変形ないしは位置ずらしするほかに道はないだろう。」
デリダ「繋辞の代補」冒頭より『哲学の余白に(下)』所収予定
「現代思想」1981.7より
476 :
考える名無しさん :2007/12/29(土) 15:27:11 0
「ディコンストラクションは、われわれがテクストにつけ加える何かではなく、テクスト自体を 構成するものである」 ポール・ド・マン『読むことのアレゴリー』原書p91、 柄谷行人『隠喩としての建築』p91
477 :
考える名無しさん :2008/01/07(月) 18:33:35 O
詩文3科目軽量入試脳の馬鹿田生は、哲学専攻のくせに、「記号論理学は抽象的すぎてわからん」などとほざき、 ポモや、自分の数学ル・サウンチマンを晴らすためだけの浅薄な相対主義・反自然科学に熱を揚げるww あわれ滑り止め馬鹿田生www 878 考える名無しさん sage 2008/01/07(月) 02:16:16 0 確かに早稲田生は頭悪いヤツ多いと思うよ。 しかし、ルサンチマンの塊は教員の方だよw ポストモダンマンセー厨はほとんどがフランス哲学、 フランス文学のヤシだ。 難解な言葉いじくって思想してるかっこいいオサレな俺様的な 自己陶酔オナニー臭しか感じられなくて、 私もこいつらは不愉快だ。 ポストモダン厨は頼むから、仏文行ってくれ。
>>477 はこのスレに近しいスレに同じ文章のコピペを連投してるだけなので、スルーすること。
479 :
考える名無しさん :2008/01/09(水) 00:56:44 0
『読むことのアレゴリー』早く邦訳出ないかな
今日のぼやき「722」
http://www.snsi-j.jp/boyakif/wd200601.html#1101 副島隆彦の言うことは信じられない、などど逃げ回ることができなくしてやろうと思います。すくなくとも
私たちのまわり(周囲)にまとわりついて、私たちから知識、情報の泥棒をしに来ている薄汚い連中の脳に、
大きな真実のばい菌(ウイルス、virus ヴァイラス)を注入してやろうと思います。発病まで何年かかかる
でしょうが、それでも、私たちが見舞う真実爆弾は、「現実はこのままであり、受け入れるしか仕方がない
ものだ論者」どもの脳を侵蝕してゆくでしょう。ざまあみろ、ということです。
(中略)
過去150年間の、日本の政治知識人たちの、能力の低劣と、思わせぶりの嘘八百理解と、意味不明文をあり
がたがって、それで、「自分は、これでも、日本では政治知識人だ」と思いこめた、土人のまじない師たちの
哀れな姿の問題を、何とか、継承して、表に出して、そして、「少しでも克服する」ではなくて、本当に、
大幅前進させなければならない。これは、私の決意だ。私の人生に遺された重要な、コトバ研究の分野の仕事だ。
(中略)
急いで、弟子たちに、『政治思想の本の真実読み破りと、なめらか訳の技術の伝授』をやってしまいたい。
そうすれば、以後は、私の弟子たちが、すぐれた翻訳をやって、むずかしいがしかし定評のある外国書を
日本人知識層が、嘘つきではなく、知ったかぶりではなく、いいかっこしいではない、西欧の最先端思想
を自分だけ知っている、分かっている風の、だましの思想の嘘輸入がなくなる。これを、なんとしても、
はやく実現しなければ、いけない。
481 :
考える名無しさん :2008/01/12(土) 12:29:34 0
絵葉書Uはいつだ?
482 :
考える名無しさん :2008/01/13(日) 00:00:30 0
デリダってだりだ?
『絵葉書』は以前書店で見かけてパラパラめくってみて、これはいいと思った。 デリダという人は大方の世評通り哲学的には?がいっぱいつく人だが、 こういう「薀蓄を盛り込んだ思想風の詩/小説」を書かせたらうまいと思った。 こういうタレントは昔の左翼っぽい文学的知識人のイメージを引きずっていて今でも一定の需要があると思う。 デリダはそういうイメージを求める人の好きもの心を巧みに刺激するような商品を量産しているけれど、 この『絵葉書』はそのなかでも彼の持ち味が明快に出た作品だと思った。
>デリダという人は大方の世評通り哲学的には?がいっ>ぱいつく人 適当なこと言うな。フッサール論読んでみろ。 デリダは一流の哲学研究者だ。 それだけじゃないけどな。
485 :
考える名無しさん :2008/01/13(日) 03:09:11 O
147 学生さんは名前がない sage 2008/01/13(日) 02:33:47 0 アリストテレサ以降碌な哲学者いないなw
486 :
考える名無しさん :2008/01/13(日) 08:34:46 0
≫482 おりだ!
487 :
考える名無しさん :2008/01/13(日) 15:51:06 O
755 考える名無しさん 2008/01/13(日) 14:09:47 0 「現代思想」系の人って数理的アプローチに対する方法論が 決定的に間違っていると思わざるを得ないね。というか科学 というものが何かって全くわかってないよね。無意味に位相 空間だの連続体仮説だのの言葉遊びに没頭するのが「科学」 だなんて勘違いしているんじゃない?大体、数理的な表現を 使うのは厳密な議論を展開していこうという確たる動機が伴 うんだけど、「現代思想」系の連中は逆に曖昧な泥沼に嵌め ようとしてるんだもーん。それじゃー駄目なのよ。 しっかし、これだけいかがわしいことが判明しているにもかかわらず、 それでも擁護しようとする連中の頭の構造ってどうなってんだろうね。 学問に向いてないんじゃないの?
デリダ関係ない
489 :
考える名無しさん :2008/01/14(月) 16:21:07 O
1月 北の富士、琴桜、輪島 / 清国、大麒麟、貴ノ花、大受 3月 北の富士、琴桜、輪島 / 大麒麟、貴ノ花、大受、北の湖 5月 北の富士、琴桜、輪島 / 大麒麟、貴ノ花、大受、北の湖 7月 北の富士、輪島 / 大麒麟、貴ノ花、北の湖 9月 輪島、北の湖 / 大麒麟、貴ノ花 11月 輪島、北の湖 / 大麒麟、貴ノ花 S50年 1月 輪島、北の湖 / 貴ノ花 北の湖昇進に合わせて上位陣の総入れ替え。ここから黄金時代は始まった。
490 :
近刊 :2008/01/27(日) 01:04:42 0
J・デリダ & S・ファティ『言葉を撮る(仮)』 鵜飼哲・港道隆訳、青土社、2008年2月刊行予定
491 :
考える名無しさん :2008/01/30(水) 01:16:16 0
現象学.....というかフッサールの知識なく声と現象学を 読もうとするのは少々無謀だったようだ...
『声と現象学』じゃなくて『声と現象』じゃなかったっけ。 フッサール?別にいらないんじゃないの? なんだっけなー昔読んだけど内容覚えてないや。 自分の話す声を聞くとかってこれだっけ?デリダってでりだっけ?
>>490 もう、デリダの翻訳新刊はいらないよなあ…。
「グラマトロジーについて」で終了している執筆家だし。
デリダニアン(通称デリダニ)は頭が悪すぎです
高橋哲哉をぶっとばしたい
ごめん声と現象だったわ。 焦点を当てたい場所は大まかにわかったけど... 表現、って言葉がいまいちつかめない。すごく広範な会話一般も含める ようなもの?指標ってのはa、bとかだよね?フッサールは表現て曖昧な ものを記号作用の中で指標てものから派生したように考えたかったけど デリダはもっと志向性のような段階のものとして考えようとしてる... みたいな。まあ全般的に橋渡しをしてる感じなんでしょうか。
499 :
考える名無しさん :2008/01/30(水) 16:06:21 0
これはアメリカのゲームです。1度やってみてください。 これは、たった3分でできるゲームです。試してみてください。驚く結果をご覧いただけます。 このゲームを考えた本人は、メールを読んでからたった10分で願い事がかなったそうです。 このゲームは、おもしろく、かつ、あっと驚く結果を貴方にもたらすでしょう。 約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進む事。たった3分ですから、ためす価値ありです。 まず、ペンと、紙をご用意下さい。先を読むと、願い事が叶わなくなります。 @まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。 A1番と2番の横に好きな3〜7の数字をそれぞれお書き下さい。 B3番と7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。(必ず、興味のある性別名前を書く事。男なら女の人、女なら男の人、ゲイなら同姓の名前をかく) 必ず、1行ずつ進んでください。先を読むと、なにもかもなくなります。 C4,5,6番の横それぞれに、自分の知っている人の名前をお書き下さい。これは、家族の人でも知り合いや、友人、誰でも結構です。まだ、先を見てはいけませんよ!! D8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。 E最後にお願い事をして下さい。さて、ゲームの解説です。 1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。 2)3番に書いた人は貴方の愛する人です。 3)7番に書いた人は、好きだけれど叶わぬ恋の相手です。 4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。 5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。 6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です。 7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。 8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。 9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。 10)そして、11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。 この書き込みを読んでから、1時間以内に10個の掲示板にこの書き込みをコピーして貼って下さい。そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう。 もし、貼らなければ、願い事を逆のことが起こるでしょう。 とても奇妙ですが当たってませんか?
500 :
考える名無しさん :2008/01/30(水) 17:04:07 O
鵜飼さんはとにもかくにも弔鐘をださなきゃいけないのでは。中期デリダの中抜き進みすぎだよ。
ぐらぐらぐらぐら
502 :
考える名無しさん :2008/02/03(日) 23:11:33 0
>>498 要するに、次の選択が困難である可能性を否定できないということだね。
A.洋服の青山は品質はいいが高い。
B・ 洋服の木村は、安いが品質が良くない。
AとBの選択肢以外に何らの可能性も遺されていないことの内に、
現象学的還元でアンチノミーを止揚できないという、アポリアが顕現する。
503 :
考える名無しさん :2008/02/08(金) 17:59:17 0
ちょっとよくわからないけど....キルケゴールの質的な弁証法 だっけ?そんなものを思い出した。大雑把なイメージしか持って なくて申し訳ないんだけど現象学的還元ではそういった間主観的な? イデア性や価値を計れないという事なんだろうか
504 :
考える名無しさん :2008/02/08(金) 19:47:47 O
786 名前:考える名無しさん :2007/10/30(火) 06:45:22 0
ありもしない仕事を捻出してねばっているだけ
と仰るが、
それこそが現代のとりわけ日本の思想/哲学系のプロが行っている本流ではないか。
787 名前:考える名無しさん :2007/10/30(火) 16:29:03 0
>>786 だからこそ日本の思想/哲学はダメだって事なんだろ
そしてそれを批判している連中も同類
そういう無能な連中がとりつく島、それが思想・哲学業界だよ
788 名前:考える名無しさん :2007/10/30(火) 17:15:08 0
>>787 そういう常識を疑うのが哲学の始まりなんだよ
789 名前:考える名無しさん :2007/10/30(火) 17:33:42 0
>>788 そういう理屈をこねるのがありもしない仕事の捻出の始まりなんだよ
誰も新刊宣伝しないけど、 『余白』下巻、出てるよ。
506 :
考える名無しさん :2008/03/07(金) 14:33:09 0
誤訳が怖くて『エクリチュールと差異』が読めない
伝達不可能性と格闘するのみです
508 :
考える名無しさん :2008/03/11(火) 00:16:46 0
脱肛畜
510 :
506 :2008/03/19(水) 16:05:37 0
>>507 なるほど、これが散種か・・・
頑張ります。
『割礼告白』(みすず書房から近刊予定)をベースにしたDVDは、(複数の)民族性にデリダを回収しよ うとするもので、正直もうひとつの作品(坂本龍一音楽の一ヶ月でつくったもの)の方がいい。 同一性を強制する映画作家と逆らう役者デリダという構図は、本書を作る基盤となったが、映画的には 生産的ではない。デリダの論理はここでは自意識の一種としか見ることができない。 これでは決して作られることのなかった映画のいいわけをしているとしか見えない。デリダのテクスト にもいつものさえがないし、『割礼告白』の刊行を待つべきだろう。
513 :
考える名無しさん :2008/04/04(金) 02:58:40 O
デリダはユダヤ人ながらフランスに帰化した自分自身の正義感を最後まで擁護した人
そこは、むしろ、アルジェリア・ユダヤ・フランスの間にいたマグレブ、といった方がいいんじゃないの。
515 :
考える名無しさん :2008/04/05(土) 17:05:58 0
ポストモダン(笑) 単なるソフィスト(笑) 形而上学を散々叩くのに最も形而上学らしいソフィストたるポストモダン(笑)
516 :
考える名無しさん :2008/04/07(月) 02:03:21 0
J・デリダ & S・ファティ『言葉を撮る』もう出た?
518 :
考える名無しさん :2008/04/12(土) 22:23:51 0
『余白』の翻訳が怖くて読めない。 ある程度大丈夫な訳だった?
519 :
考える名無しさん :2008/04/13(日) 20:38:21 0
『割礼告白』読みたい
520 :
考える名無しさん :2008/04/16(水) 21:44:13 0
521 :
考える名無しさん :2008/04/18(金) 00:28:38 O
茶髪
.n:n nn nf||| | | |^!n f|.| | ∩ ∩|..| |.| |: :: ! } {! ::: :| ヽ ,イ_ヽ :イ ...-ー、,-─ .-=・=- i、-=・=- .`ニニ´ | ヽ、__炎_,ノ | ? | (U) | | / ヽ | _ノ _/ ∧ l ヽ` 、___ノ ( (/ /l .l ∧ iヽ、`、 ) l l 〉' 人ヽ l ) ヽ し'l V 入 V l / / L_/ / )l / (__/
523 :
考える名無しさん :2008/05/08(木) 07:04:57 0
哲学の〈声〉 デリダのオースティン批判論駁 スタンレー・カヴェル 中川 雄一 訳 税込価格 : \3,990 (本体 内容説明 日本では知られざる米国の大哲学者の全貌。哲学と人間の生との密接な関わり を明らかにし、デリダのオースティン批判に徹底的に論駁。
>>518 その余白の訳は、図書新聞で港道隆がかなり厳しく批判しているな。
最近やっと上下巻揃えてこれから読もうとしていた矢先なのに orz...
哲学書、特にデリダなんて誰が訳しても文句つけようと思えばつけられるだろ。 特別な悪訳じゃなければ気にせず読むのが一番よ。 それでも気になるのなら、多言語の翻訳(英語とか)あるいは原書で読むしかない。
脱構築=忘却 だよ。
527 :
考える名無しさん :2008/06/16(月) 20:08:26 0
>>526 レスなくてかわいそう…せっかくダメ元で言い切ったのに…
528 :
考える名無しさん :2008/06/16(月) 20:09:10 0
能動的な忘却な
529 :
考える名無しさん :2008/06/16(月) 20:09:17 0
527 名前:考える名無しさん :2008/06/16(月) 20:08:26 0
>>526 レスなくてかわいそう…せっかくダメ元で言い切ったのに…
>>524 え、マジか。藤本訳はどういうミスだったんだろう。
デリダなんて誰が訳しても文句言われるだろ。
ものには程度というものがある。
マラルメなら誰が訳しても文句言われるだろうが、デリダならまだうん・・・ で、港道はドコがいけないって言ったんだ?
534 :
考える名無しさん :2008/06/18(水) 12:40:31 0
港道隆、ここ20年くらいなんにもしてないからね。
翻訳はしてるだろ。 アポリアとかさ
536 :
考える名無しさん :2008/06/18(水) 21:19:29 0
>>528 レスなくてかわいそう…せっかくダメ元で言い切ったのに…
537 :
考える名無しさん :2008/06/23(月) 01:42:45 0
ウナミに比べればミナトミチはマシだ
538 :
考える名無しさん :2008/06/24(火) 15:54:30 0
>>537 けど『アポリア』では「プシュケー」を「プシシェー」って訳してたりするよ…
正確にはニーチェは「能動的な健忘」と呼んだ。
デリダが言い出しッペだろう。
自演と言うか、言いなおしただけのように見えるけど
デリダ=脱構築 ⇔ プラトン=想起
545 :
考える名無しさん :2008/06/26(木) 23:38:34 0
最近デリダの面白さにやっと気づいたよ
546 :
考える名無しさん :2008/06/27(金) 05:05:29 0
デリダはなんで言葉遊びばっかりしたの?
547 :
考える名無しさん :2008/06/27(金) 08:45:44 0
最近やっとデリダが面白いだけだってことにやっと気づいたよ
デリダは言葉遊びばかりだな。 言葉遊びで境界を無くすとか言われてもね、説得力ないですよ。
>>547 Q
「やっと〜やっと気づいたよ」
この二つの「やっと」の間に潜む人称の差異についておもしろおかしく脱構築してください。
>>544 そうか。
脱構築とはイデア界から現実界へ飛び出すことなのか。
オマエは天才か?
>>101 > まあね。「真の脱構築とは忘却である」
ぴかぁ〜も言ってるね。
忘却しないための「忘却」でしょ。
生産的忘却
554 :
考える名無しさん :2008/07/17(木) 12:57:46 0
555 :
考える名無しさん :2008/07/18(金) 16:52:09 0
脱構築(笑)
556 :
考える名無しさん :2008/07/18(金) 17:34:29 O
テクストだけじゃないの?だつこうちく
557 :
フランス語でデリダ :2008/07/18(金) 23:19:11 0
デリダのretrait de la metaphoreというジュネーブ大学での講演は非常に面白い文章だと思います。 言葉遊び trait ,retraitなど言葉遊びがふんだんで、デリダの哲学の輪郭がつかめます。 ロラン・バルトの「empire de la signe」や「chambre claire」と共に、フランス語じゃないとよさが分からないと思います。
558 :
考える名無しさん :2008/07/18(金) 23:52:07 0
デリダってなんか音楽に例えると阿部薫のっぽい
なしくずしってか
560 :
考える名無しさん :2008/07/20(日) 13:50:40 0
うん、それもあるし。 デリダ読んでてたまたま阿部薫かけたらハマッてて、 「おお〜!」ってなった。 音楽性からこぼれ落ちた音ばかりを拾って緻密なメロディにしてるとことか、 ぽいよね ほかは面白いの何かないかな〜
どっちも神秘主義だと批判されることがあるとかw
562 :
考える名無しさん :2008/07/21(月) 00:47:25 0
シニェポンジュが出るな
まだ見て無いから、わからないけどどういう意味でやばいの?
565 :
考える名無しさん :2008/07/22(火) 01:25:36 0
シニェポンジュもう出たのか!?
566 :
考える名無しさん :2008/07/22(火) 01:35:40 0
557 フランス語なんか読めねえだろ、糞やろう。 la signe とか恥ずかしいこと書いてんじゃネえよ馬鹿。
568 :
チベットの秘奥義【タルパ】 :2008/07/27(日) 11:36:21 0
チベットの秘奥義【タルパ】
http://www13.atwiki.jp/ridatu/pages/329.html 「タルパの作り方」
タルパ・・・・チベット密教の秘奥義で、修行を極めた者のみに伝えられる秘奥義・・・・・・
日本語訳で「人工未知霊体」つまり、人間が「無」から霊体を作り出してしまう方法です。
貴方が理想とする人間を想像します。
イメージに揺らぎが出ないように、全体のバランスを取りながら、細部も詳しく想像します。
人格も同じく、細部まで想像します。
この術のポイントですが、「頭の中の世界」で想像しないで、現実世界に重ねて想像するのです
いま、自分の目の前に彼女がいる、と想像します・・・・・それが「奥義」です。
何か、とても簡単で、どこも特別じゃないような気がしますが「現実世界の上に重ねて想像する」
ってのは、簡単なようでいて、意外と誰もしないのです。
実際やってみると、えらく難しいのが判ります。
細部まで想像出来るようになるには慣れが必要ですし、全体を捕らえながらやろうとするとまた難しいのです。
そして、彼女をただ想像するだけでなく、「人格の形成」も同時に行っていきます。彼女を「動かす」のです。
例えば、彼女と「会話」をしてみます。
もちろん最初は、貴方が「彼女のセリフ」を考えて、一人で二人分の会話をスムーズに頭の中に流さなければなりません。
もちろん、慣れたら細部にこだわります。
会話するとき、例え自分が考えたとしても、「彼女に喋らせる」事を忘れないでください。
彼女のセリフも、「彼女ならこう答えるに違いない」とか、
「彼女は頭がいいのだから、ここまで考えて喋るはずだ」とか、考えて下さい。
そのうち慣れて来ると自分が考えて喋っているのか、彼女が考えて喋っているのか判らなくなってきます・・・・
そのうち、完璧に彼女自身が喋り出してきます。
解説が本文と同じくらいあったな。 内容はまだ読んでないが・・・
>>569 シニェポンジュの解説?
そんなに多く解説あるのか。
デリダの文学論やポンジュとの関係の解説
というのはとても気になるな。
これまでデリダの文学論で良い解説は
あまりなかったと思うから。
>>570 本文の訳がぎこちないのが気になる。
何か、直訳っぽいんだよね・・・
解説はあの本の解説って言うよりも、倫理や文学デリダについてって感じだた。 そして、どちらかと言うとデリダ論的な趣もあると思う。 勿論シニェポンジュについても書いてあるけど、シニェポンジュそのものの解説ではない。 悪くはないと思うけど、中途半端、これを読むのなら、別のデリダ論や解説書読むよ。
574 :
考える名無しさん :2008/08/14(木) 02:25:43 0
タイトルはサインスポンジにして欲しかった。
575 :
考える名無しさん :2008/08/14(木) 03:49:09 0
【エセ右翼の目的は、右翼は痛い団体だと日本人に思わせ、まともな愛国心ある人を貶める事です】 ・右翼団体「松魂塾」(豊島区) − 極東会(構成員1500人) 松魂塾最高顧問:松山眞一こと曹圭化(在日) ・右翼団体「祖国防衛隊」(大阪) − 七代目酒梅組(構成員160人) 七代目酒梅組組長:金山耕三郎こと金在鶴(在日) 六代目酒梅組組長:大山光次こと辛景烈(在日) ・右翼団体「松葉会」(台東区) − 松葉会(構成員1400人) 松葉会六代目会長:牧野国泰こと李春星(在日) ・右翼団体「日本皇民党」(高松) − 山口組宅見組系 日本皇民党行動隊長:高島匡こと高鐘守(在日) ・右翼団体「日本憲政党」(世田谷区) − 中野会弘田組 日本憲政党党首:呉良鎮(在日) 日本憲政党最高顧問:金敏昭(在日) 金俊昭の実兄:金銀植(在日) ・右翼団体「双愛会」(千葉)− 双愛会(構成員320人) 双愛会会長:高村明こと申明雨(在日) ・右翼団体「三愛同志会」(下関) − 六代目合田一家 五代目合田一家総長:山中大康こと李大康(在日) ・右翼団体「東洋青年同盟」(下関) − 四代目小桜組系 四代目小桜組組長:末広誠こと金教換(在日) ・右翼団体「日本人連盟」(会津若松) 四代目会津小鉄会長:高山登久太郎こと姜外秀(在日) ・右翼団体「アジア建国党」 アジア建国党最高顧問、金相洙(在日) ・右翼団体「亜細亜民族同盟」 三代目山口組柳川組、柳川次郎こと梁元錫(在日) 【興味がある方は、「右翼の正体」でググって下さい。さっきアドレスが打ち込めたんですが、 さっそく規制かけられた様でアドレス入力出来ません。】
>>524 の件、野次馬的な興味を持ったので、休みの間に
市民図書館に行き、図書新聞を調べてきた。
以下、港道氏の文章で批判的な部分を抜粋。
2008年5月31号より
>「あとがき」にあるように、慎重に訳稿を準備していた高橋氏
>が亡くなった後、藤本一勇氏がそれを引き継ぎ、最終的には全面
>的に訳稿を作り直さざるをえなかったとのことである。雑誌に既
>出の訳文と突き合わせてみなければどの程度の変化があるのか
>はっきりしないが、それは措くとしても、訳文が非常に分かり
>づらいことは読者が実感していると思われる。硬質な重い言葉
>と日常語のくだけた表現とが混在し、メリハリが見えず、それ
>が理解を阻害する。訳文の練り上げが不足しているのだ。
>それに、巻末に付している長大な訳注も、その必要性を疑わせ
>るものが多い。訳注は翻訳者を安易にさせる危険があるため、
>なるべく抑えた方がよいと思われる。氏は、これからも私と共
>同して翻訳をする方であるので、あまり辛口なことは言いたく
>はないが、フランス語を読まずに本書からデリダを読む読者
>には、デリダは再び超難解な哲学者になってしまうであろう。
>もちろん、フランス語のテクストを読む読者の手助けになら
>ないとは言わないが、翻訳者の力を知っている私としては残
>念というはかはない。
批判は「訳文の練り上げ不足」に向けられており、誤訳の指摘
ではない。しかしこれは好みの問題ではないか?
港道氏は、ただ一方的にいちゃもんをつけているとも感じる。
識者の意見求む。
577 :
考える名無しさん :2008/09/07(日) 02:09:50 0
港道自体が優れた翻訳者でもないしなあ
>訳注は翻訳者を安易にさせる危険があるため、 >なるべく抑えた方がよいと思われる。 これは、訳注で補うがために訳文の地の文の訳出の仕方がおろそかになりかねない、 ということだろうが、多義性を補うためには訳注は大事だと思うよ。 俺は訳注でどんどん翻訳中の試行錯誤を出していくべきだと思う。 金子武蔵のヘーゲル『精神の現象学』のように、訳注やノートで埋まるような本であってもいいぐらいだ。 >フランス語を読まずに本書からデリダを読む読者 >には、デリダは再び超難解な哲学者になってしまうであろう。 これは原文を生硬にし、平易な文や多義性を残しながらもこなれた文体にしないならば、 逐語的多義的原文+多義性を解説する原語注釈的な訳注 となってしまい、 「フランス語わかんなきゃデリダ読めないってことじゃん」といった拒否層が出てくるのを懸念してのことだろうが、 俺は錯覚的にであっても、何らかの原文逐語感を出すべきだと思うね。 総合すると、訳文がとる原文との関係の好みの問題であり、 俺の好みで言うと藤本の姿勢の方が共感する。訳注は、読解と研究をどんどんつぎ込んでがんばってほしいぐらいだ。
つまり駄洒落を多用しろということか
デリダの文章の何を指して駄洒落と評してるのか意味がわからん
581 :
考える名無しさん :2008/09/09(火) 02:09:40 0
「デリダが日本語を知っていたらこう書いたのではないか」 という想像力を働かせてない逐語訳は読めたもんじゃないけどね。
日/仏それぞれの固有語法のレベルで対応させべき、 生硬な逐語訳よりもそれが望ましい、という視点はよくわかるけれど、 それ自体翻訳可能性に基づいていないか、という意味では賛成に躊躇するかな。 ただ、やはり気持ちはすごくよくわかるね。 割と縦のものを横に・・・しかし正確に・・・したものが多いから。
>>581 なかなか良いこと言うね。私もそう思う。
>>578 たいした必然性もない無用な訳注で膨らんだ翻訳は、もの凄く読み難く、
いらいらさせる(『余白』の藤本訳はどうか分からないが)。
本文と注、挙げ句の果てに原文をも絶えず往来しなければ読めないような
翻訳は訳として失格だと思う。
まずは日本語の散文として独立に読める訳文にするのが基本。
とは言え、分かり易くし過ぎて超訳になり、
ヘーゲルの長谷川訳のような問題も出てくるから、
その辺はバランスを取るしかないんだが。
長谷川訳というのは解説書に翻訳がついてる新しいスタイルだよ
585 :
吾輩は名無しである :2008/09/22(月) 18:34:08 0
デリダにハイデガーをインプットしたといわれるM・ブランショを読んでいる方、 書き込みください。
>>578 後半
港道が言ってるのは、藤本訳はこなれた文体ではないから問題があるということはなく、
「硬質な重い言葉と日常のくだけた表現とが混在」している、
つまり別々の方針に分裂した訳であり「練り上げ」がされていないから問題だということ。
その上で港道の考えとして註はなるべく抑えるべきという話をしている。
硬質な重い言葉と日常のくだけた表現」のいずれを良しとするかは翻訳者の判断により異なるが、
要所要所で両者が混在していたら読者としては読みにくい翻訳だ。
587 :
578 :2008/09/22(月) 23:16:19 0
>「硬質な重い言葉と日常のくだけた表現とが混在」している、 >つまり別々の方針に分裂した訳であり「練り上げ」がされていないから問題だということ。 なるほど、それは見落としていた。 それは港道の主張にも理があるね。すんません。
588 :
考える名無しさん :2008/09/28(日) 10:34:37 0
藤本一勇「存在と出来事」?バテゥ著 翻訳希望
存在と出来事は既に翻訳中です。 藤原書店から出る予定ですが、当然ですがのびのびになると思います。
590 :
考える名無しさん :2008/09/29(月) 01:49:44 0
591 :
考える名無しさん :2008/09/29(月) 04:28:59 0
練り上げはすべきだが註は減らすな。
593 :
588 :2008/09/30(火) 18:15:48 0
ありがとうございました。
練り上げができないならゼロアカ道場に行けよ
【このスレッドは ル・サンチマン™ の提供でお送りしております】
596 :
考える名無しさん :2008/10/19(日) 20:27:36 0
私はデリダの、聖書について解釈した作品を気に入っています。 デリダと宗教とは、どのような関係として読むべきでしょうか?
597 :
考える名無しさん :2008/10/22(水) 00:37:14 0
そりゃあ、メシアニスムなきメシア的なものですよ。
598 :
考える名無しさん :2008/10/25(土) 05:35:59 0
ありがとうございました。 ところで、最近「コーラ」、「声と現象」(文庫)、「存在論的・・云々」 (東氏のデリダ論らしい・・・)を衝動買いしてしまいました。 もしかして、このチョイス失敗ですか?
599 :
考える名無しさん :2008/10/25(土) 19:35:09 0
すげえチラ裏なんだけど書かせてくれ! デリダ知ってからもう1年にもなるし、いわゆるイデア的なもの の誘惑には何年も気をつけてたつもりだったけど、「声の特権」って 意味がなんかやっとつながった。というか意味の無条件的なつながりに 気づけたと言うか。シニフィアンの優位性とか誰かが強調してたのは こういう意味があったのか。なるほど ついでに俺が「お前なんでそんな小さい声で喋るの?」 って言われる理由もわかったw
600 :
考える名無しさん :2008/10/25(土) 19:51:26 0
お前十分声でかいよ。 ムダに。
ごめんね。
602 :
考える名無しさん :2008/10/30(木) 18:31:15 0
すいません、そのやりとり面白かったです。
うんこデリダ。
604 :
考える名無しさん :2008/11/01(土) 16:21:53 0
ラカンとかデリダ読んでると第3項というようなものが まあよく出てくるけど、これは力として言うなら アンチー俳中律のように考えてもいいのかね?
605 :
考える名無しさん :2008/11/03(月) 07:45:48 0
反ー排中律は、形而上学から逃れる戦略であると私は考えます。 排中律は、厳密には二分法とはことなりますけど・・・・
606 :
考える名無しさん :2008/11/03(月) 10:52:56 0
デリダ著 散種 入手不可能ですかね?
ん?原書なら入手可能だよ。
>>608 約9ユーロだから、1200円もしないな。
原書で読めば安いね。
英語で持っとけば便利だよ。 今論文って英語で書くことが多いでしょ?
612 :
考える名無しさん :2008/11/08(土) 22:22:55 0
英訳、仏訳 悩みますね。 どちらも入手したい。考えることにします。ありがとうございました。
仏訳って・・・
615 :
考える名無しさん :2008/11/08(土) 22:46:49 0
仏訳というより原書でした。 ところで、ハイデガーとの絡みで、ブランショのスレを覗いてみたのですが、 正直・・・・・でした。
あのスレは大したことは書いてないし、文学板にそんなに期待しちゃ駄目。 この板もまあ似たようなもんだが。
618 :
615 :2008/11/08(土) 23:15:16 0
この板は好きですよ。今日は寝ます。おやすみなさい。
デリダは文芸 哲学としてはまあ…あれだな。
>>619 軽口は、フッサール研究を読んでからにしとけ。
621 :
618 :2008/11/09(日) 11:50:47 0
「声と現象」お勧めです。文庫です。
デリダは現象学だもんね。
初期のデリダは、ね
624 :
618 :2008/11/12(水) 19:09:50 0
「声と現象」お勧めです。文庫です。
625 :
624 :2008/11/19(水) 19:41:30 0
621は自分が打ったのか、代わりに打ってくれたのかわかりません。 621ぐらいのとき、たぶん呑んでいたので。
>>588 バディウ「存在と出来事」については、浅田彰が宇野つねひろの決断主義との
関連で触れていました。翻訳がないので、ジジェク経由で読んでますが(「ロベスピエール/毛沢東」)
面白そうですね。
627 :
588 :2008/11/20(木) 20:21:25 0
翻訳は来年に延期になりましたが、期待しています。 バディウは、デリダとの絡みもありますが、とんでもないことをやってくれそうです。 英訳は購入可能です。 BEING AND EVENT?です。
ぶっちゃけ、ラカンなんて学んでも雑談以外にメリットはない。 若いんなら、そんなもんに貴重な時間を使わないでほしい。 認知科学分野からみたら、ただの与太話にすぎないんだから。 ラカンには制御モデルが無いので、言いっ放しのこじつけ理論モドキ。 それは、つねに事後解釈でしかなく、都合よく辻褄合わせをしているに他ならない。 過去しか語れないものは、理論では無い。ただの茶飲み話。 もちろん、暇潰しのネタとしての価値は十分あるがな。血液型性格占いとか。 理論として語りたいならば、未来を語れないとダメ。 疑似科学理論の多くは一回性というタイプ論に逃げ込むが、現代科学はそのような フェノタイプに逃げることなく、ゲノタイプに挑み続けた結果、 現在の成果を挙げている。 要素還元主義などという昔ばなしを持ち出してお茶を濁しても無駄。 現にラカンは患者をろくに治療できなかった。 理論が機能していなかった何よりの証拠だ。
しかしジジェクは未来を語っている。
631 :
考える名無しさん :2008/12/03(水) 13:04:11 0
しかし未来を語らない哲学があるでしょうか?今
632 :
考える名無しさん :2008/12/10(水) 19:29:55 0
守中氏訳「コーラ」を読んだ。訳者が著者を充分理解できていないとは、どうゆう ことなのかわからない? デリダは偉大である。プラトンは偉大である。訳者は・・・?
633 :
考える名無しさん :2008/12/10(水) 20:11:48 0
またアンチ守中がわいてきた
デリダはクソ
クソ=対象x
>>629 アンチ・オイディプスがいっていたことって、平たくいえばこういう事だよね
638 :
考える名無しさん :2008/12/17(水) 19:05:39 0
ラカンもジジェクも読まないで書くことができる人って面白いですね。 悟り?
639 :
考える名無しさん :2008/12/18(木) 15:35:07 0
デリダがルソーについて書いてる本を読むつもり。私、本を読むときはロックを聴きます。 今お気に入りはLM.Cです。特にランシエールの影響は私受けてません。
640 :
考える名無しさん :2008/12/19(金) 06:56:27 0
俺はボンジョビの影響受けてる
港がNHK教育に出てるぞ レヴィストロースの話だがな
再放送があるな。 「レヴィ=ストロースの庭」 放送日時: 12月23日(火) 4:20〜4:30 放送局: NHK総合 視点・論点◇港千尋
644 :
考える名無しさん :2008/12/30(火) 11:47:49 0
デリダとインターネット。 JRのシステム「COSMO」を作った会社はどこだ。 迷惑を受けた国民に謝罪せよ!
645 :
考える名無しさん :2009/01/07(水) 22:42:31 0
2009年3月20日発行予定 ならず者たち [著者] ジャック・デリダ [訳者] 鵜飼哲 [訳者] 高橋哲哉 定価 4,200円(本体4,000円) ISBN 978-4-622-07373-4
648 :
考える名無しさん :2009/01/27(火) 11:29:52 0
デリダの詳細なリストができあがってしまったが、欲しい人いる?
Wordテキスト、72文字・53行、文字サイズ10.5で33ページという巨大な代物だが。
『ポジシオン』の高橋リストやもろもろのネット上の邦訳デリダ記事まとめサイトを
土台に、Derrida onlineのPeter Krapp作成リストなんかも統合してまとめていたんだが、
Derrida en castellanoの登場で確認できる内容が増えたり、
ttp://www.jacquesderrida.com.ar/frances/frances.htm ウィキペディアのデリダ項目(英語欄)の最近の充実や、
Le projet Idixaのデリダ書誌情報の異様な充実化を受けて、
ttp://www.idixa.net/Pixa/pagixa-0503241349.html ある程度まとまってきた。
当然、『現代思想』デリダ追悼号、『環』デリダ特集、宮崎リストの内容は網羅済みだ。
確認した限りで言うと、「哲学言語は存在するか?」(鵜飼訳)はPoints du suspensionに入ってねーよ、宮崎さん。
なんで"≪Il n’y a pas le narcissisme≫ (autobiophotographies)"(ナルシシムは存在しない)
を"Y a-t-il une langue philosophique?"と混同してるのか。
649 :
648 :2009/01/27(火) 11:34:54 0
欲しいという声は上がりそうにないだろうけど、先に言っておくと、 「かなりデリダ読みまくってる人」以外の人は読まないほうがいいと思う、このリスト。 あまりデリダを読んでない・買ってない人には、それこそ宮崎リストぐらいがちょうどいいし、 あれを見たりしながら次は〜〜を読んでみよう、と進んでいく方がいい。 2002年ぐらいから少しずつ増やしていっている俺自身、 リスト作ってて読書意欲減退が起きたんだから間違いないw ただし、読みまくってて、宮崎リストの情報量、英訳対応の乏しさ、初出時系列の乏しさ、 などに不満があるぐらいの層ならば、たぶん役に立つ。
650 :
考える名無しさん :2009/01/27(火) 12:59:36 O
サイト作ってアップしたらとても有益だと思います
651 :
648 :2009/01/27(火) 13:32:25 0
完成した! と思える日までサイトでの公開は先延ばしにしてる。
Psyche, Points du suspension, あたりは精査したんだけど、
De droit a philosophieの文章の初出まとめなどが終わってない。
やや暫定版なんだ。上のサイトでの記事も、まだ5〜10個ぐらい記載漏れしてるし。
というわけで仮公開的アップ。
http://www.zshare.net/download/547180828f8e298b/ 「単行本にすでに入ってる一つ一つの記事・論文もできるだけ時系列順にまとめなおす」
「諸外国訳の動きを、とりあえず網羅する」
がモチーフなので、書籍別に中身、初出確認したい場合は
Le projet Idixaの方が便利かと思う。
652 :
考える名無しさん :2009/01/27(火) 14:20:12 0
貨幣交換は基本的にウィンーウィンである。そして利子が投資をウィンーウィンの関係にする。 貨幣交換は基本的にウィンーウィンである。そして利子が投資をウィンーウィンの関係にする。 貨幣交換は基本的にウィンーウィンである。そして利子が投資をウィンーウィンの関係にする。 貨幣交換は基本的にウィンーウィンである。そして利子が投資をウィンーウィンの関係にする。 貨幣交換は基本的にウィンーウィンである。そして利子が投資をウィンーウィンの関係にする。
653 :
考える名無しさん :2009/01/27(火) 15:21:41 0
>>648 ダウンロードさせてもらいました。すっげえ、充実リスト。
おつかれさま。
>>648 >「哲学言語は存在するか?」(鵜飼訳)はPoints du suspensionに入ってねーよ
入ってるよ。pp.229-240を確認した。
655 :
648 :2009/01/28(水) 09:41:06 0
>>654 ほんとだ。すまんかった。
Le projet Idixaの方で確認してたんだけど、
こっちのPonits目次に"Y a-t-il une langue philosophique?"(pp.229-240)
の箇所が脱落してたみたいだ。
"Il n'y a pas le narcissisme (autobiophhotographies)"(pp.209-240)なのかと誤解。
直しておくよ。教えてくれてありがとう。
ttp://www.idixa.net/Pixa/pagixa-0802250816.html
656 :
648 :2009/01/29(木) 06:00:36 0
ちょこちょことLe projet Idixaをチェックして、大筋で改訂した。
De droit a philosophieもチェック済み。
去年から出てるセミネールとか、死後刊行物とか。
Derrida en castellanoの記事は全部対応済み。
>>654 の箇所も修正済み。
加筆箇所はピンク文字で、書籍内容の目次箇所は青文字で色分けしておいた(目次加筆はなし)。
ttp://www.zshare.net/download/547917783ac8614d/ サイトでの公開は、英仏などで紙面でまとめられてる書誌目録
(L'Herneの特集号に入ってたやつとか)などをつきあわあせる作業でもしたら、考慮するってことで。
そういう文献は持ってないから、かなり先のことになりそうだし、
作業の一段落とリスト作成に飽きたので、当分リスト改訂はしない。
37pまで増えたから、もう十分だろうな。初出時期や細かい動きなどは
Le projet Idixaで確認できる遺漏があるかもしれないが、やりだしたらきりがなくなるのでこのへんで。
では、俺はスレから消える。スレ占拠みたいになっててすまんかった。
658 :
考える名無しさん :2009/03/29(日) 01:41:11 0
あの、デリダの思考は現象学的ですか?
フッサールの影響は受けてるけど
サッカーやってたからフットサルは上手い
661 :
考える名無しさん :2009/04/12(日) 22:45:23 0
デリダがよく間隔化の説明として「時間の空間化、空間の時間化することです」 って言うけど、いまいち意味が取れないのだが。
>>661 デリダの考えでは、「物自体」は存在する。これが人間の一能力にすぎない時間と空間の把握をかく乱する
その裂け目が間隔であり、またその把握が間隔化とよばれる
順序のあるところに順序が無くなり、 順序無いところに順序ができるってことでどう?
誰か2003年のデリダとMustapha Cherifって人の対談について詳しい人いませんか。
666 :
考える名無しさん :2009/05/05(火) 09:55:49 O
>>662 ちょっと待て。俺が無知なだけかもしれんが、デリダは「物自体は存在する」とは言わんだろ。定言命令は肯定するだろうが……。
よかったらソースキボン。
670 :
666 :2009/05/27(水) 00:28:16 O
>>669 あ、そう。(ガッカリ…)
意気込んで『エコノミメーシス』読み返してたのに。
だつこうちくできないものがある っていうのはどうちなめいだだとはおもうが
673 :
考える名無しさん :2009/06/27(土) 01:12:47 O
あげる
ドゥルーズにおける人間の超越論的 「愚かさ」 と動物への生成変化 / ジャック・デリダ (訳=西山雄二+千葉雅也) 「現代思想」2009-7
平凡社から新刊出たね。
新刊じゃなくて単行本で出ていたものが平凡社ライブラリーに入った。 『精神について』は品切れで入手不可になってたから ありがたい。訳文も軽微ながら訂正されたようだ。 それにしても、新しく付されたサルトルについてのインタヴューは 面白い。サルトルを尊敬の念を込めつつも容赦なく批判してる。 ボーヴォワールに至っては、ボロカスだなw
677 :
w :2009/07/18(土) 20:47:21 0
w
>>674 デリダって他にドゥルーズについて論じた論文とか著作ってあるの?
あんま読んだことない。
確かドゥルーズへの追悼文があったな
元素銀行
保守
デリダって面白い?
永遠に上下運動をくりかえすメリーゴーランドに乗ってるみたいな楽しさがある。
堀江貴文は、40年前に月に行けたのなら今頃は人が冥王星あたりまで行ってたっていいじゃないか、 というような話をしていたがその感覚はよく理解できる。 過去にそこまで行ったんだから現在はもっと前にいるべきだ、という進歩至上主義とも言うべき感覚。 別に宇宙探検に限らない。他の文化的なことでも、「現在はもっと前にいるべきだ」という感覚は必要なものだ。 こういう感覚がなければ物事はどんどんダメになるのではないだろうか? そして、今やそういう感覚を持つ優秀な人間はやはりIT関係、あるいは金融方面に集中してしまっているのではないだろうか? 堀江のような突出した人物だけではなく、「はてなでチョイ人気程度」の者を見てもそういう気がする。 問題なのは、彼らがITや金融だけに特化して優秀である、というわけではないことだ。 「あいつらは、コンピュータや投資だけが得意の機械野郎さ。人間的なこと、文化的なことは何も分からない機械化人さ、そうだろメーテル!」 的なことが通用しない。 例えば、こんなことがあった。 去年、日本近現代文学史上最重要と思われる人物の全集が出て、高い本なので買った人の レビューを参照しようとググってみると、出てくるのが「はてなでチョイ人気程度」のプログラマーだけだったりする。 ネットで「ポストモダン」とか言ってる輩は、読んでないばかりか名前すら出てこない。ネットだけじゃなく文芸誌に書いているようなのでもダメだね。 まあ、時代によって才能のある人間が集まる場所が違う、というのは当然といえば当然の話だ。 昔は人文関係にもそれなりに優秀な人間が集まった。 しかし、浅田彰、宮台真司、福田和也あたりが最期だったね。 今、文学とか批評とか言ってるのは最早特殊学級の様相を呈している。 (こういう人達は自分の写真や映像をネットに提示するときは注意して欲しい。 とにかくもう顔が違うんだよ、IT関係とかの人と比べて。 俺は人事ながら、こういうことに結構ショックを受けるのだ)。 やはり、テクノロジーと経済というのは恐ろしい。 嘘を曝いてしまう、というよりも、「本当のこと」を「嘘」に引きずり降ろしてしまう。 しかし思えば、現在のような新帝国主義の時代というのはそういうものかもしれない。
685 :
子瓜キ虫白勺走召糸色文寸米青ネ申 ◆Fg3.H1LKWk :2009/09/18(金) 22:31:00 0
デリダはドゥルーズを読めていない、 というよりも読み方を知らないのだ。
>>685 どうしてそんなことが言えるの? 何様?
687 :
子瓜キ虫白勺走召糸色文寸米青ネ申 ◆Fg3.H1LKWk :2009/09/18(金) 22:37:43 0
>>686 どうしてそんなことが言えるのかって?
決まってるじゃないか。
俺はデリダもドゥルーズも「読める」からだ。
688 :
考える名無しさん :2009/09/18(金) 23:13:37 O
脱構築って何? 民主党の脱構築を例にして説明して?
民主党が脱官僚というとき、 それはすでに官僚制に汚染されているのではないか
官僚制は近代において必須だろ
691 :
考える名無しさん :2009/09/19(土) 03:24:59 0
千葉雅也による近況報告のブログ 2009.09.17 Thursday 予告:誤配と変形――デリダ vs マラブーの構図:東浩紀『存在論的、郵便的』の後で Posted by masayachiba デリダ直系の弟子マラブー。 彼女は、師がいう「エクリチュール」概念よりもラディカルに差異哲学を基礎づける「プラスティシテ」(可塑性)概念にすべてを賭けている。 今日の現代思想において、彼女ほど自意識たっぷりにデリダを批判しかつ継承せんとする人物はおそらくいない。 他方、日本において東浩紀は、デリダの「脱構築」のうちに、「否定神学的」と呼べる傾きとそれへの「郵便的」な抵抗とを峻別していた。 そして実のところ、マラブーにとっても父ないし兄殺しの対象となっているのは、否定神学へと傾く限りにおいてのデリダである。 否定神学から距離をとるマラブーは、可塑的なる「変形」(transformation)のダイナミズムによって、(否定神学的な)エクリチュール概念以後の差異哲学を駆動しようとする。 このように俯瞰してみたとき、気になってくるのは、東によってクリアに定式化された「郵便的脱構築」と、マラブーがいう可塑的変形が、ともに否定神学批判という動機を持ちながらも、 どこまで共鳴し/どこですれ違うのかという問題である。 これは、いまだ厳密なしかたで問われていない。 だが、東浩紀『存在論的、郵便的』と、マラブーのマニフェスト的著作『エクリチュールの夕暮れにおける可塑性──弁証法、破壊、脱構築』 (Catherine Malabou, Plasticité au soir de l'écriture. Dialectique, destruction, déconstruction, Paris, Léo Scheer, 2005)は、併せて精読されるべき二冊である。 こうした観点から、『存在論的、郵便的』の後において――そして『動物化するポストモダン』の手前で―― いかに超越論的思考を再開しうるのかを考えてみたいと思う。 誤配の哲学と変形の哲学はどのように出会い損なうのか?――今後、このブログにて、「誤配と変形――デリダ vs マラブーの構図:東浩紀『存在論的、郵便的』の後で」と題したエッセイを連載する予定。
692 :
考える名無しさん :2009/09/19(土) 19:43:31 0
脱構築ってまだパワー持ってんの?
693 :
し :2009/09/19(土) 20:49:17 O
おれは勝てるけど全部に。あいつらじゃないけど何故かわかんない?
残念ないのかね?
695 :
考える名無しさん :2009/09/20(日) 10:39:56 0
アメリカではかなり下火だね
696 :
子瓜キ虫白勺走召糸色文寸米青ネ申 ◆Fg3.H1LKWk :2009/09/20(日) 11:01:51 0
どのスレもバカしかいないようだな
375 名前:考える名無しさん :2009/09/20(日) 10:27:09 0 「ソーカル事件」以外に "Social Text" が話題になったのを俺は見たことが無いからこそ、 「何も知らない」し「何の検証」のしようもない。 当然の理だろ(笑)。 俺が知らないということが、すなわち三流誌だったというこれ以上ない根拠だろうが(笑)。 376 名前:やべぇ(汗) :2009/09/20(日) 10:32:31 0 706 :考える名無しさん:2009/09/20(日) 10:23:47 0 それじゃ、ソーカル事件が「話題になった」ことの一つの基準としてみよう。 Social Textに載ったソーカル論文は、Google Scholarでは引用回数566。 Fashionable Nonsenseは300。 これより多くの引用がなされていれば、ソーカル事件以上に多くの論文に直接的な影響を与えたと判断できる。 1990年のNancy Fraser論文は2051で、ソーカルよりも圧倒的に多い。 おわり。
699 :
考える名無しさん :2009/09/22(火) 15:45:57 0
2ちゃんねるでデリダを理解できている人はおいらも含めて皆無だと思う
>>699 心配するな
デリダ自身も自分の言ってることが解らなかったらしいからw
701 :
考える名無しさん :2009/09/22(火) 23:37:53 0
「デリダ自身も自分の言ってることが解らなかったらしいから」 と言ってる人は、自分の言ってることがわかっているのだろうか。。。
702 :
考える名無しさん :2009/09/22(火) 23:40:31 0
蒙昧哲学の最先端、ジャッキー・デリダ
703 :
考える名無しさん :2009/09/23(水) 00:15:13 O
こねくり回して満足
704 :
考える名無しさん :2009/09/23(水) 09:32:39 0
自分の言ってることがわかっていない人が 他人に対して「自分の言ってることがわかっていない」と言明した場合、 その言説の妥当性は一体いかほどなのだろうか。。。
705 :
考える名無しさん :2009/09/23(水) 20:36:49 0
おおっ、脱構築的!
706 :
考える名無しさん :2009/10/03(土) 10:38:05 0
もうすぐ新刊出る!
>>706 なに?
ならずものは何回も延期してるからなぁ
みすずのHPより。今度は本当に出そう。 2009年11月20日発行予定 ならず者たち [著者] ジャック・デリダ [訳者] 鵜飼哲 [訳者] 高橋哲哉 四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/326頁 定価 4,410円(本体4,200円) ISBN 978-4-622-07373-4
709 :
安田岡田あめのみやつこ :2009/11/15(日) 17:51:55 0
デリダが提唱したコード(言葉)をデコダ(解読)する場合時間の制約が入る。 つまりは時間というものはその空間その場所を指す言葉になる。ハイデカーの論理は多少宇宙を 欠いているが時間の制約については数珠つながりになっている
710 :
考える名無しさん :2009/12/13(日) 02:37:15 O
東は早稲田でデリダ研究者の嫉妬を受けて苦労しないと良いが
711 :
考える名無しさん :2009/12/16(水) 18:09:48 O
うん
715 :
考える名無しさん :2010/01/01(金) 16:52:55 0
割礼告白はいつでるんですか?
>>713 鵜飼訳、高橋訳どちらも安心して読める良訳。心配するな。
『散種(La dissémination)』と『弔鐘(Glas)』の翻訳が出る予定はないのですか?
718 :
考える名無しさん :2010/02/10(水) 11:49:49 0
ならず者たち、半額でget!!
>>718 えーいいなぁ。俺もちょうど買おうと思った。どうやって半額で手に入れたの?
デリダ研究者はすべての翻訳が終わるまでご飯抜きです。
デリダの本は数が多いうえに、高いのばっかだね。 これからデリダを読んでいこうと思っている者には、 数が多いのは喜ばしいけど、高いのばっかなのはきついですわ。
原書の方が安いからフランス語で読め
フランス語を勉強するためにどれだけの金が必要だろうか
デリダ初心者が読むに適したおすすめのもの教えてください。 デリダのシンポジウムの記録とかインタビュー等、気軽に読めるものは多分、全部読んでいると思います。 翻訳で、ですが。 デリダ研究本は、東の『存在論的、郵便的』と斎藤慶典の『デリダ なぜ脱構築は正義なのか』、スピヴァクの英語版序文だけは読みました。 今は『絵葉書』を読んでいますが、並行してデリダの理論的な書物も読みたいと思っています。 まずは、これ読め!っていうのありますか? 今は、『哲学の余白』と『アポリア』が気になっていますが、とりあえずは読みやすいものから片付けていきたいと思っています。
>>724 デリダの解説書で定評のあるものは、
高橋哲哉『デリダ』講談社
だから、まずはこれをよく読んだ後で、
巻末についてるブックガイドで自分に合った
書物を選ぶといいと思うよ。
っていうかポジシオンとか読んでるなら 書いた順番に読んでいったらいいと思うよ フッサールとか読まざるを得なくなるだろうけど
ポジシオンは読んでいたつもりでしたが、まだみたいでした。 まずはポジシオンと高橋哲哉のを読んでみようと思います。 その後はデリダ初期から順に。 初期が一番手強いという印象があったのですが、 たしかに最初から読み進めるのが一番効率的かもしれませんね。
デリダを英語で読むのって、日本語で読むのに比べてどう? フランス語の勉強がどうも続かなくて・・・
>>728 英語だと、日本語で読むよりは、
原文に近くなってより正確な理解ができると思うよ。デリダに限らないけれど。
ただ、概して、翻訳調の英文というのは難解になることが多いので、
読むのはそれはそれで大変。
730 :
考える名無しさん :2010/03/20(土) 04:34:40 0
散種の翻訳出ないの?
弔鐘って批評空間で翻訳されていたんでしょ? 途中まで? どうして単行本として出版されてないの?
732 :
考える名無しさん :2010/03/25(木) 06:27:53 0
東浩紀の本が紹介本としてもすぐれてると思うけど。 デリダは、なんせ、読む順番を間違えるととんでもないことになるからな。 いきなり「法の力」を読むのは難しいと思う。
>>729 大嘘
英訳が原文に近いかは場合による
基本的に英訳は、日本語訳よりも、単独で読めるかどうかの編集チェックが厳しいので原文から遠くなることも多い
>>733 日本語訳と英訳でどちらが原文に近いかっていう
比較の話なんだから、英訳に決まってるだろう。
仏語と英語だと、同じ単語もあるんだから。
単独で読めるかどうかの編集チェックなんて関係ないよ。
それこそ場合による。
>>734 英語とフランス語が近いから、より原文に近いとか、頭大丈夫ですか?
英語とフランス語読み比べたことありますか?
英語には基本的に逐語訳の伝統がないことも知りませんか?
名詞の性がない分、面倒なことになることも知りませんか?
自分で「場合による」と認めちゃってますけど、大丈夫ですか?
英訳が役に立つのは、フランス語がある程度できるが
英語ほどの速さで読めない場合、参考にするためぐらい
そうじゃない場合は素直に日本語で読めばいい
>>735 >英語とフランス語が近いから、より原文に近いとか、頭大丈夫ですか?
はぁ? 繰り返すが、あくまで、日本語と比べて、だよ。
日本語とフランス語の距離と、英語とフランス語の距離とどちらが
近いかは自明でしょ。
>英語とフランス語読み比べたことありますか?
もちろん。
>英語には基本的に逐語訳の伝統がないことも知りませんか?
さぁ、英語圏に住んでたからデリダの英訳は結構読んだし、デリダも
フランス語も読んでどんな仕方で英訳されてるかはある程度知ってるけど、
そんな伝統はないと断言できるよ。ある種の文学翻訳の狭いサークルの
中での話だろう、それは。学術的には逐語訳のほうが好まれる。
>名詞の性がない分、面倒なことになることも知りませんか?
当然知っている。しかし、日本語だともっと面倒になる。
>自分で「場合による」と認めちゃってますけど、大丈夫ですか?
だから、「単独で読めるかどうかの編集チェック」なんて、特に日本語圏より
英語圏のほうが厳しいなんてことはない。日本語でもしっかり編集が入ることがある。
>英訳が役に立つのは、フランス語がある程度できるが
>英語ほどの速さで読めない場合、参考にするためぐらい
そうとも限らないでしょ。
フランス語ができなくても、英語で読んだ方が、難解な日本語訳で読むより
理解が進むことはある。もちろんある程度の英語力がないと意味はないが。
>>736 それ735で書いたまんまの状況じゃん
フランス語と比較できるような人間の特殊事情に君がいただけ
フランス語が出来ず、普通に日本に住んでいるような人間は素直に日本語訳で読む方がまし
>そんな伝統はないと断言できるよ。ある種の文学翻訳の狭いサークルの
>中での話だろう、それは。学術的には逐語訳のほうが好まれる。
アメリカの翻訳事情を全く知らないのね
文学翻訳の狭いサークルとか書いて、日本の事情と混同してるでしょ?
逐語訳の伝統ならドイツの方があるから
フランス語できないならドイツ語訳で読んだ方がましですよ
>日本語でもしっかり編集が入ることがある。
入ることが「ある」という可能性の反論ほど無意味なものはないね
実際めったにないから
特に学術系の編集者は仕事さぼって校正も他人任せ
>>737 >それ735で書いたまんまの状況じゃん
的を外した返答だな。当たり前だ。日・英・仏できる立場の状況に
なきゃ、英訳と日本語訳とどちらがいいって話なんかできるわけない。
>フランス語が出来ず、普通に日本に住んでいるような人間は素直に日本語訳で読む方がまし
デリダの日本語訳は粗悪なのも結構あるし、一般化はできない。
フランス語ができなくとも、それなりの英語力があるなら、日本語訳より、
英訳で読んだ方がいいことはよくある。
例えばSpivak訳のGrammatologyやB.JohnsonのDisseminationは定評がある。
>アメリカの翻訳事情を全く知らないのね
そういう言い方をされてもね。どんな事情のことを言ってるんだよ。
逐語訳か意訳のどちらがいいとかそういう類の話なら、
別にアメリカにかぎった話ではない。日本でもヨーロッパでもよく
議論されている話。だからドイツの方が逐語訳の伝統があるといった認識も誤り。
>入ることが「ある」という可能性の反論ほど無意味なものはないね
>実際めったにないから
>特に学術系の編集者は仕事さぼって校正も他人任せ
さあね。君が関わった編集者がお粗末だっだというだけでしょ。
それに、だからと言って、英語圏の方がきちんとやってるということはない。
したがって、場合による、としか言いようがない。
名詞の性って翻訳にどう影響与えるの? ドイツ語の勉強しているところだけど、ちょっと想像つかない。
>>739 性があった方が、指示語の確定が容易。
例えば英語に訳すととみんな it になっちゃって何を指すのか分かりにくくなったりする。
デリダの英訳は、よく出来ているかどうかよりも、アメリカでのデリダ受容を考えるときに重要。
とどのつまり、英訳を買ってはいけない、ということですか?
いちいち掘り返すなよ
744 :
考える名無しさん :2010/03/27(土) 00:57:09 0
一番はじめに読むなら何がおすすめ? 声と現象かポジシオンを検討してるのですが。
>>743 いや、日本語の本を読んでいるんだけど、今ひとつピンとこなかったので。
英語はそこそこできるので、密林で買おうかと思っていたら
このスレで揉めていたんで二の足踏んでいるんだ。。。
上の2人がやってたみたいに、そんなに些末なところで引っかかるんだったら買うのをよそうかなとか。
とりあえず東浩紀の本は読んだが、多義性の批判がいまいち理解できん もともと多義的だから引用できるんじゃなくて、引用するから多義的になるとか、 そういう話すか
絵葉書を読んでいるところだけど、 自分の生年月日の前日で日記が一時中断していてガッカリした。
>>744 その二冊ならどっちでもいいと思うけどポジシオンが一番わかり易いと思うよ
>>745 それだけ英語が出来るなら買えばいいと思うよ
主著である(デリダの、その可能性の中心を担うとされる)散種と弔鐘の翻訳が出ないことには どないにもならんがな
弔鐘はデリダ研究をしたいのじゃない限り別に読まなくても・・・
751 :
考える名無しさん :2010/06/12(土) 08:38:36 0
俺も英語でデリダを読んできたが、日本語よりかは原文に近いので、英語力があるなら日本語よりいいだろう。 ただデリダの本を英語で読むよりも、英語にはいい研究書が沢山あるのでそっちのほうが重要。 Geoffrey BenningtonとかRodolphe GascheとかPeggy KamufとかSamuel Weberとか。 東は日本の特定の歴史的文脈において重要だったというだけで、単純化が激しいから読む必要なし。
>>751 >東は日本の特定の歴史的文脈において重要だったというだけで
ありがとう。語順が難解だからどうかとおもっていた。
研究書を見てくる。ノシ
753 :
考える名無しさん :2010/06/12(土) 16:02:44 0
>>746 多義性批判ってのは、移動先を限ってる思考だからだろ
warなら「英語とドイツ語」みたいな。せいぜい英独じゃん、
みたいに高をくくっている
754 :
考える名無しさん :2010/06/12(土) 23:34:37 O
早稲田文学部あたりのデリダ研究者は東氏のデリダ論を英訳すべきだよ それこそがデリダ研究への貢献だ
出た当時なら意味があったけど今訳してもあんまり・・・
東自身が英訳してたろ。それでコロンビア大にアプライした。
東の仕事なんて全然面白くないわ
東の仕事って「面白いだけ」なんじゃね あれ読んでもデリダのことは十分には分からない エクリチュールと差異は依然として難しい
ドゥルーズ=ガタリの『評伝』がかなりおもしろかったんだけど、 デリダにはそれに類似するものがはないんですか?
760 :
考える名無しさん :2010/07/14(水) 11:21:50 0
いい伝記がないんだよな。最近英語でなんか出たみたいだけど。
英語のは糞ですよ。
762 :
考える名無しさん :2010/08/06(金) 04:58:37 0
「パ」ってカタカタ一語だと間抜けだな
>エクリチュールと差異は依然として難しい ↑ ここ同意。しかし、デリダの語り口が必要以上に 難解になっているという気もする。 ここは単純化の謗りをあえて引き受けながら、 デリダ思想のある一面を明快に切り捌いて提示してもらったほうが 一般読者としてはよほど有り難い。グチュグチュ言う連中が多すぎるからな。 それを元に議論していくこともできるしな。
東は単純だか あの程度の図式化は踏まえないと デリダの迷宮で行方不明になる チャートなき航海はそのあと まずは高橋のデリダと 東の存在論的、郵便的
765 :
考える名無しさん :2010/08/06(金) 19:11:48 0
二つともいらん。 デリダのインタビュー集から入ればそんな難しくない。 次に「署名、出来事、コンテクスト」→「タンパン」→「差延」で基礎は完成。 あとは哲学史の勉強しながら好きに読めと。
図式化より哲学史はその通りだと思う。 デリダを図式化した柄谷を参照項にデリダを図式化しても仕方ない。
福田和也いわく「20世紀後半、哲学者はしばしば文学に依拠して思考するようになった」 フォロワとしては必読文献が増えて、難しいというか面倒臭くなった。デリダとかDGとか
768 :
考える名無しさん :2010/08/11(水) 12:49:49 0
逆に文学の人がデリダを通じて哲学を学ばなきゃいけなくて苦労してる。
学際って真面目にやると大変だな 一方わが国、適当に文系学部新設して、教養系の先生集めて満足しておるw
770 :
考える名無しさん :
2010/09/06(月) 17:10:20 0 L'animal que donc je suisって訳される予定ありますか 『<動物のいのち> と哲学』のウルフの序論を読んでおもしろそうと思った