ギャルゲー板SSスレッド Chapter-4

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27遥かなる鐘の音〜第1幕-1
 午後の授業の、けだるい雰囲気を吹き飛ばすかのように、彼は現れた。
 教室の後ろの扉を、狭そうにくぐりぬけてくる、巨大な姿。身長2mに届こうかと言う
巨漢だが、これでも立派に高校3年生、私たちの同級生だったりする。身にまとった古風
なガクランは、いくら自由な校風を誇るひびきの高校だって、立派に校則違反のシロモノ
だ。あざやかな緑色の制服の中にまじった、その姿はまるで、静かな森の中の人食いグマ
……ってとこかしらん。
 そんな彼に対する、教室のみんなの反応はといえば、ひたすら黙りこくり、彼と目が合
わないように、じいっと黒板を見つめている。
(まぁ、無理もないわよねん)
 と、私は思った。あのでっかいのが、鬼みたいな物凄い形相で、しかも全身の大小の傷
口にはうっすら血がにじんでる――そんなのを目にすれば、まぁフツーは呼吸も止まるっ
てものだろう。
 彼の名は一文字薫。今や絶滅寸前とも言われる、「番長」を地で行くオトコ。
 彼は凍りついた教室の空気をものともせず、自分の席にどかっと腰を下ろして、言った。
「先生……授業、続けてくれや」
「あ……はい、いや、ああ」
 おー、先生ビビってるビビってる。かわいそーに。よし、ここはいっちょ、助け舟を出
すことにしよーかしらん。
「先生! 一文字君は怪我してるみたいなので、保健室に連れてった方がいいと思いまーす」
「いらん」
 薫ちゃんが低く唸るが、とりあえず無視する事にする。
「そっ、そうだな。頼めるか、九段下」
「はーいセンセ。副学級委員こと九段下舞佳、任務了解いたしましたん♪」
 ラッキー、これで授業抜け出す口実ができた、っと。
28遥かなる鐘の音〜第1幕-2:02/09/08 22:19 ID:???
 保健室。担当の先生はどうやら不在らしいんで、私でもできる程度の軽い手当てを
する事にした。
「にしても、今日はまたこっぴどくやられたもんねー」
「かすり傷だ」
 お、出たわね定番の強がり。そゆこと言うと、消毒液を余計にサービスしちゃうわよん。
 それにしても、彼がケンカで怪我するのは日常茶飯事ではあるんだけど、今日のは
ちょっと不可解だった。まるで包丁か何かで切りつけられたみたいな、鋭い切り口。何よ、
これ?
「薫ちゃん、通り魔でも取り押さえたの?」
「……違う。奴だ」
「というと、例の元剣道部員?」
 私はそいつと面識はないんだけど、薫ちゃんからいつも話だけは聞いてる。薫ちゃんと
好敵手を認め合った間柄らしく、顔を突き合わせてはケンカばっかしてるらしい。
何が楽しいんだか、ねー。確か戦績は、えーと……
「……46勝45敗8引き分け、だっけ?」
「……46敗、だ」
 薫ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で、小さく訂正した。
29遥かなる鐘の音〜第1幕-3:02/09/08 22:20 ID:???
「あーらら。ついに並ばれちゃったワケね。ここんとこ、負けが込んでない?」
「……奴には、奥義がある」
「おうぎ?」
「そうだ。剣道部に伝わるという幻の技……あの太刀筋を見切らない限り、俺に勝ち目は
ない」
 いや、んなマンガみたいな話をされても困んのよねん。あくまでコッチは日常の世界に
住んでんだからさ。
「ま、そーゆーマユツバものの話は置いといて。負けちゃった原因はそれだけかしらん?」
「……何の話だ?」
「最近さ、ケンカ以外のことで、なんか夢中になってる事があるんじゃないの、って事よん。
例えばさ、好きな女の子ができたとか」
 私がいたずらっぽく微笑んでやると、薫ちゃんはどうやら動揺したらしく、声のトーン
を一段上げた。
「馬鹿な!漢として、勝負以外のことに興味など……!」
 とその時、保健室のドアが静かに開いた。
「舞佳、一文字くん? 入るわよ?」
 長い髪を揺らして現れたその女性を見たとき、薫ちゃんの顔色がモロに変わった。
30遥かなる鐘の音〜第1幕-4:02/09/08 22:20 ID:???
「やっほー華澄。どしたの、まだ授業中でしょ?」
 私が尋ねると、華澄――麻生華澄、我が親友にしてひびきの高校始まって以来の才女、
全校男子生徒憧れのマト、もひとつおまけに学級委員長――は、かすかに怒ったような
口調で、こう答えた。
「でしょ? じゃないわよ、舞佳。もう5限は終わったわよ」
「げ、マジ? まだ鐘、鳴ってないじゃん」
「いつもの故障よ。最近多いわね」
 このひびきの高校にて、授業の始めと終わりを知らせる役を果たしているのは、少し
ばかり古風な、ナマの鐘の音だった。その鐘は、この高校の名物ともいえる古びた時計
塔の頂上で、毎日生徒たちを見下ろしてる。ただし、なにせ古いもののせいか、どーも
ここんとこ調子がよろしくないらしい。
 もっとも、生徒の間では、鐘が鳴らないもう一つの理由が噂されていた。それは……。
「……また誰か失恋したのかしらん?」
「……舞佳、信じてるの?そんな根も葉もない噂」
 私の台詞を一蹴した華澄を、私はしらけた目で見返した。
「ロマンがないわねー、華澄。せめて“伝説”と言って欲しいわん」

 そう、それは、今では誰が最初に言い出したのかも解らない、生徒たちの間に伝わる
“伝説”だった。『失恋鐘』の伝説……誰かの一途な恋が、想い実らず破れたとき、鐘は
それを悲しみ、鳴ることをしばしの間止める……という話。
31遥かなる鐘の音〜第1幕-5:02/09/08 22:21 ID:KJQf/3vd
「なんとも物悲しくも美しい伝説じゃない」
「そうかしら?」
と、華澄はすまして答える。ったく、このゲンジツ主義者め。
「とにかく、私は先に行くけど、次の授業にはちゃんと出ること。一文字くんもね」
「はいはーい」
「“はい”は一回!」
 華澄、すっごくいい友達なんだけど、この先生口調が玉にキズなのよねん。……ま、
そういうとこに魅力を感じる男の子もいるみたいだけど。
 そう、例えば、私の隣で、華澄がドアの向こうに消えた後も、まだぼーっとドアを
見つめてるデカブツみたいにさ。
「ふーん……こりゃそうとう重症みたいね」
「かっ、かすりキズだと言ったろう」
 数十人の不良に取り囲まれても平然としていたと言われる薫ちゃんが、この時、声を
うわずらせた。
「そうじゃなくてさ、こっちの方よん」
 薫ちゃんの左胸辺りを、私は人差し指でツンツンと突っつきつつ、彼の耳元に口を寄せ、
そっとささやいた。
「華澄のこと、好きなんでしょ?」
32遥かなる鐘の音〜第1幕-6:02/09/08 22:21 ID:???
「…………」
「隠し事したってムダよん。薫ちゃん、ウソつくのヘタなんだから。ほれ、観念して
キリキリ白状したまい」
 薫ちゃんは、長いながーい逡巡の後、がっくりとうなだれた。
「情けない男だと、笑ってくれ……」
「なんで笑わなくちゃいけないのよ。男の子が女の子を好きになる、女の子は男の子を
好きになる。当たり前の事でしょーが」
「しかし俺は、親父と同じ漢の道を……」
「そのあんたのお父さんだって、ちゃんと奥さんもらったから、今のアンタがいるん
じゃない。ったぁく、番長のクセにぐじぐじしてんじゃないわよ」
 らしくなく困惑しまくる薫ちゃんに、私は一気にたたみかけた。
「確かに、華澄はライバルも多いし、ガードも固いけど、だからってあきらめてちゃ
そこでお終いだわ。いい? 今のアンタに必要なのは、とにかく一歩だけでも距離を
詰めるための、そのきっかけよん」
「……きっかけ、か……俺にはどうしていいのか、全く解らん……」
「うふふふ、そこんとこは任せときなさい、って」
 ずっと後日の話だが、この時の私の表情を薫ちゃんは「堕落を誘う小悪魔のような笑顔」
と評した。失礼な話よねん。
33遥かなる鐘の音〜第1幕-7:02/09/08 22:22 ID:???
 さて、時間は少し流れて放課後。私は、帰宅の準備をしてた華澄に声をかけた。
「どうしたの舞佳? 今日はアルバイト、お休み?」
「いやー、ちょっと華澄の週末の予定でも聞いとこうと思ってさ。どう、空いてる?」
「今週はなあに? カラオケも映画も、先週と先々週に付き合ったわよ?」
「あ、いや別にそーゆー意味じゃないんだけどね。ただ、ちょっと聞きたいって思っただけ」
「ふーん……?」
 華澄は、腑に落ちない、といった顔をした。やっぱ、ちょっと不自然だったかしらん。
「まあいいけど……今週は、ショッピングに付き合う約束が他にあるの、ごめんなさい」
「というと、オトコ?」
 私が聞くと、華澄は苦笑いした。
「残念だけどハズレよ。近所に住んでる、幼なじみの女の子」
 あ、そーいやいたわね、なんか華澄の後ろをちょこちょこついて走ってる女の子。
「なるほどね、いいオトコはまだいない、と」
「……そうだけど、それは舞佳も知ってるでしょう? どうしたの、今更」
「いやいや、一応確認。オッケー、あんがと華澄。じゃ、またね〜」
「???」
 いっそう不審そうな表情を強めた華澄を後にして、私は走り出した。
 さてと、これから演劇部と野球部のツテをまわんなきゃ。さ、忙しくなるわよん!

                                     (つづく)
34缶珈琲@回します:02/09/08 22:29 ID:???
あら?なんかクッキー効いてない…途中で間違えてageちゃいました。ごめんなさい。
35缶珈琲@回します:02/09/08 22:30 ID:???
さて、予告していた通り、舞佳さん(と番長と華澄さん)の、ちょい長編です。
36缶珈琲@回します:02/09/08 22:30 ID:???
今回、いろいろオリジナルの設定も多いので、受け入れられるかどうか心配なんですが…。
37缶珈琲@回します:02/09/08 22:31 ID:???
4,5回くらいの分割掲載になると思いますので、
38缶珈琲@回します:02/09/08 22:31 ID:???
もしこれを見て気に入ってくださった方、続きが気になる方は
39缶珈琲@回します:02/09/08 22:32 ID:???
最後までお付き合いいただければ幸いです。
40缶珈琲@回します:02/09/08 22:33 ID:???
もう少し回しますね。
41缶珈琲@回します:02/09/08 22:33 ID:???
よいしょ。
42缶珈琲@回します:02/09/08 22:34 ID:???
こんなもんかな。
43缶珈琲:02/09/08 22:39 ID:???
>>22
私の場合、誰かの一人称で本文を書き、ひたすら「キミ」「あなた」「彼」「あいつ」
などでごまかしまくる事が多いです。三人称形式の場合、地の文を「少年は〜」
という書き方でごまかしたこともありますね。

他に、主人公を「主人 公」(ぬしびと こう)という名前で書くという人もいる
みたいですね。こっちの方が簡単ですけど、なんか雰囲気出ないなぁ(w
ご苦労様です。
今後に期待しています。
他スレに貼ってあったSSのリンク貼り付けて紹介っていうのはダメ?
良いんじゃない。
こ れ で も か ?
http://game.2ch.net/test/read.cgi/gal/1022345163/204-205

ちなみに自分は45じゃないよ
苦笑・・・。
>缶珈琲氏
ごくろうさま。また書いてね。
半角かな板のスレ、消えちゃいましたか?
150日ルールってやつだっけ?
作 家 募 集 中
前スレの末で誰か書くっていってなかった?
下げ失敗した…
書いてあるじゃん
(誤爆した…)
気を取り直して、他スレより。

渡井かずみ
http://game.2ch.net/test/read.cgi/gal/1030942756/184-188
5755:02/09/16 13:03 ID:???
鬱氏。 ..・:.・(´Д⊂ヽ

http://game.2ch.net/test/read.cgi/gal/1023139018/185-188
ご苦労様
59遥かなる鐘の音〜第2幕-1:02/09/17 23:25 ID:???
 日曜日のショッピング街。親子、友人、あるいは恋人……さまざまな人たちが笑顔で
行き交うそこは、平和そのものを絵に描いたような風景と言えた。
 そう、物陰に潜んでいる私たち4人――私と薫ちゃんとあと2人――を除いては。
「あのー、九段下先輩、やっぱやるんですかー?」
「あったり前よん、どした、いまさら怖気づいたの、甲二くん?」
「怖気づいたつーかなんつーか、このカッコ、恥ずかしいんですけど……」
 と、自分の服装を見下ろして赤面する彼は、私たちの2年後輩で野球部員の、四ッ谷甲二
という少年だ。たまたま声が似ているのをきっかけに知り合い、以後なんとなく先輩後輩
の関係が続いている。熱血野球少年の彼だが、今着ているのは、演劇部から借りてきた、
袖の破れた紫の短ラン。少々背が足りないことを除けば、立派にヤンキーのにーちゃんで
ある。
「それに九段下先輩、俺、甲子園目指してますから、もし暴力沙汰起こした事がばれると、
すごーくヤバいんスけど……」
「大丈夫だいじょぶ」私は、にっと笑った。「もみ消すためのツテならあるから」
「うあああああああ」
 情けない声をあげて、甲二くんは力なくへたりこんだ。
60遥かなる鐘の音〜第2幕-2:02/09/17 23:26 ID:???
「さて、茜ちゃんの方はOK?」
「うん! これをきっかけに、お兄ちゃんが真面目になってくれるかもしれないんだもん、
ボクがんばるよ!」
 と、甲二くんとは対照的に、元気な声で答えたのは、薫ちゃんの妹、一文字茜ちゃん。
やっぱりこっちも不良っぽい服装に身を包んでいる。さらしの下で窮屈そうにしているバ
ストは、中学生の割には発育が良かったりするのよねん。
「よし、んじゃ薫ちゃんは……」
 視線を薫ちゃんの方に向けると、彼は念仏でも唱えるかのように、一心不乱になんかブ
ツブツ言っている。
「待てそれ以上の手出しはこの俺が許さん待てそれ以上の手出しはこの俺が許さん待てそ
れ以上の手出しはこの……」
「薫ちゃん、準備は!?」
「が許さん待てそ……、んっ、あ、ああ、大丈夫だ」
 ……ホントに大丈夫かしらん。
「よーし、んじゃ改めて作戦説明するわね。ターゲットは……」
 私は、物陰から、ファンシーショップのウィンドウを眺めている華澄たちを指差した。
61遥かなる鐘の音〜第2幕-3:02/09/17 23:26 ID:???
 事前のリサーチで、華澄の幼なじみの子はガラスの小物好き、という情報が入ってる。
華澄もぬいぐるみとか好きだし、とすればここに一度は立ち寄るだろう、という私の読み
は見事に的中していた。ふっふっふ。
「……ターゲットは彼女、いいわね。平和にショッピングを楽しむ可憐な美少女二人、し
かしそこに襲いかかる、恐怖のヤンキー軍団!」
「軍団って、あの、二人しかいないスけど」と、甲二くん。
「しょうがないでしょ、薫ちゃんが手下呼ぶの嫌がったんだから。それはおいといて……
恐怖におびえおののく少女、しかし神は二人を見捨てていなかった! 風のように颯爽と
現れる男一人! はいここで薫ちゃんセリフ!」
「待てそれ以上の手出しはこの俺が許さん」
 ……果てしなく棒読みね、薫ちゃん。
「で、なんだかんだで少女たちは救い出され、平和が訪れ、少女は助けてくれた男にほの
かな思いを抱くのだった。めでたしめでたし。と、まあそういう筋書きよん。質問は?」
「はい」と甲二くん。「一つ気になるんスけど」
「ん、何かな少年」
「あまりにもベタじゃないですか?」
「…………」
 一瞬凍りついた私に構わず、甲二くんは続ける。
「なんかものすごーく、失敗の予感がするんですけど……」
「だっ、大丈夫よん!」私は胸を叩いた。「こーゆーのはちょっとベタなくらいの方が
いいのよん。ここはおねーさんにどーんと任せときなさいって!」
 と、物陰から顔をちょこんとのぞかせて、華澄の様子をうかがっていた茜ちゃんが振り
向いた。
「あの、舞佳お姉ちゃん?」
「何、茜ちゃんまで不安になってきたの? だから大丈夫だって……」
「ううん、そうじゃなくて……麻生さん、もうからまれてる」
「何ーーーっ!」
62遥かなる鐘の音〜第2幕-4:02/09/17 23:27 ID:???
 茜ちゃんの言ったとおりだった。
 華澄にからんでいるのは、まるでハンコで押した様におんなじカッコの不良3人組。今
ひとつ中身のない台詞をぺちゃくちゃと喋っているが、やってることはと言えば、つまる
ところ、ナンパ。それもとびっきりタチの悪い奴だ。
 華澄はといえば、おびえる連れの女の子をかばうように、毅然とした態度を貫いている。
同性ながらほれぼれしちゃうわね……って、ンなこといってる場合じゃない!
「あいつら……よりによって……覚えておけよ……」
 と、薫ちゃん。どうやら手下らしいけど、だったらちゃんと教育しておいてもらいたい。
「どうすんスか、九段下先輩?」
「んー、こうなったらあんたらの代わりに、あいつらにヤラレ役やってもらうしかないわねー。
……あ、危ない!」
 そろそろ不良たちもしびれが切れてきたらしい。だんだんと態度が威圧的になり、そして
ついに、その一人が拳を振るおうとしていた。
「よし行け薫ちゃん! 華澄を救うのよん!」
「おうっ!」
 と勢い込んで飛び出そうとした薫ちゃんの――いや、私たち全員の動きが、次の瞬間凍
りついた。
 どういう魔法を使ったのか、殴りかかろうとしていた不良は、地面に倒れ伏していた。
63遥かなる鐘の音〜第2幕-5:02/09/17 23:27 ID:???
 二人目の不良が、華澄に向けて突進する。と、華澄は、体を半歩ずらしてパンチを避け
ると、その腕をひっつかみ、そのままぐいっとひねって、まるで手品か何かの様に、不良
の体をアスファルトに打ち付けた。
「うわ……華澄、どこであんな技を?」
「あれって、女性向けの護身術だよ」と茜ちゃん。「すごいなあ、タイミングとか呼吸とか
バッチリだよ。あのまま護身術の先生になれそう」
 ううむ、さすがひびきの高校始まって以来の才女と言われた女、華澄恐るべし。……っ
て感心してる場合じゃない!
「まずい、このままじゃ全員華澄にKOされちゃうわ! 薫ちゃん、せめて残りの一人でも
やっつけて来なさい!」
「お、おう!」
 と、慌てながらも走り出す薫ちゃん。華澄の前に颯爽と現れ、キメ台詞を……あ、ヤバい!
「待て! それ以上の手出しはこの俺が許さん!」
 ……あ〜、言っちゃった。
 とたんに、生気をなくしていた不良の顔が明るくなった。こそこそと薫ちゃんの陰に回
りこみ、華澄を指差して言う。
「ばっ、番長! 助けてください、この生意気な女が!」
 あっけに取られたように、薫ちゃんのあごがカクンと落ちた。
 華澄といえば、最初はいきなりの薫ちゃん出現に驚いた顔をしていたが、しだいに薫
ちゃんを見つめる視線が冷たくなっていく。
「一文字くん……どういう事かしら?」
 こうなってようやく、薫ちゃんも失敗に気付いたようだ。今や彼の顔は半病人の様に真
っ青だ。ったく、アドリブきかない男はこれだから……。
「あなたがそんな人だとは思わなかったわ」
「ちっ、違うんだ、麻生、俺はお前を……」
「あなたに『お前』呼ばわりされる筋合いはありません」
 華澄の声は、断頭台のギロチンが落ちる音の様に、冷たく響いた。
「最低だわ」
64遥かなる鐘の音〜第2幕-6:02/09/17 23:30 ID:???
 次の日からの、学校での華澄の様子は、特にいつもと変わる事はなかった。
 ただ一つ、薫ちゃんをまるで空気の様に無視する以外は。普段の華澄なら、相手が誰だ
ろうと分け隔てなく、朝のあいさつはかかさなかったのに、だ。どうやら、内心では相当
怒っているらしい。
 そして、一週間がたった今も、華澄の怒りはどうやら収まっていない。
 薫ちゃんはといえば、最初はなんとか平静を保っていたものの、どうやら無視され続け
る事が本格的にいたたまれなくなってきたらしく、昨日から学校を休んでいる。もともと
さぼりがちだったせいで、事情を知らない先生やクラスメートたちは気にかけてもいない
けど……。
(ふぅ)
 私の口から、思わずため息が漏れる。薫ちゃんのためを思ってしたこととは言え、二人
の仲は前進どころか大逆走してしまったワケで……。私のせいよね。
(なんとか誤解を解かなきゃ)
 まず、華澄と話をしよう。そう決意した私は、華澄に放課後残っていてもらうように約
束した。そして……。

(華澄、遅いわね……)
 誰もいない教室で、私はぽつんと一人、先生の手伝いに行った華澄の帰りを待っていた。
ほんのやぼ用、って言ってたけど、その割には遅い。んー、私もいっしょに手伝いに行け
ばよかったわ。
 んなことを考えていると、廊下から足音けたたましく、誰かが走ってくる音が聞こえた。
「九段下先輩、ここにいたんですか!」
「……なんだ甲二くんか。華澄見なかった?」
「それがそのとにかく大変なんですよお!」
 甲二くんは、自分を落ち着かせるかのように、一回だけ深く息を吸って、そして言った。
「麻生先輩が、誘拐されました!!」

                                     (つづく)
65缶珈琲@回します:02/09/17 23:35 ID:???
うひゃー連続投稿でシステムに怒られますた。
66缶珈琲@回します:02/09/17 23:36 ID:???
怖いので今日は、回しは半分ほどにしときます。
67缶珈琲@回します:02/09/17 23:37 ID:???
さて、2回目、起承転結の承にあたる話なわけですが。
68缶珈琲@回します:02/09/17 23:38 ID:???
果たしてこの辺りの話、読んでて面白いのかなぁ、と不安しきり。
69缶珈琲@回します:02/09/17 23:39 ID:???
つってもクライマックスまで行って面白くなる保障もないわけですが(w
ともあれ、楽しんでもらえるように頑張りますんで、あと2,3回ほどお付き合いよろしくお願いします。
乙v(´∀`)vカレー
お疲れさまです。
ところでまたゲームブックシステム使うのかな?
age
74加賀谷:02/09/19 00:31 ID:???
漏れも出してくれよ
75名無しだけのため生きるのだ:02/09/19 11:17 ID:???
缶珈琲氏のSSが面白いのは、ゲームの設定を微妙に膨らませて
「ああ、こういう考証もあるんだなあ」と唸らせつつ、
それを上手く演出に使っているからなのかな。

例:甲二と舞佳の絡み、『失恋鐘』の伝説
76缶珈琲:02/09/20 00:04 ID:???
>>72
【番長の戦いを続ける→0180-000-011】
【番長の戦いを止める→0180-000-022】                うそ。
…えーと、今回は分岐はなしです。前のアレが特殊な例だったと言うことで。

>>74
すまん今回キミ出番なし。
だってこのプロット立てたのMRO出る前だし(ってどんだけ温めてたんだ。腐るぞ)

>>75
うわー、そういう誉め方されると恥ずかしくて身もだえ。がんがります。
設定を膨らませると言えば、今回華澄さんが不良に絡まれる展開、前回から伏線
張っておいたんですけど、気付いた方はおられますか?
そう、実は華澄さん、>>33で言ってる通り、カラオケ、映画、ショッピングと
3連続で駅前エリアに遊びに行ってるんですねえ。って誰が気付くねん(w
龍騎かよ!
保守
はるか昔に書き上げた話でした。
完成形をギャルゲ板あぷろだへ上げていましたが、新しい倉庫へ置くことと致しました。
本当に何にもない倉庫ですが、とりあえず宣伝であります。
〜新規ダウンロード先〜
ttp://loudspirit.tripod.co.jp/
宣伝ですいません・・・
8079:02/09/22 06:24 ID:???
そうそう、書き忘れであります。
改めて此度の缶珈琲氏の話を読みますた。よいお話ですね。
81野猿萌え ◆KAORIr62 :02/09/23 15:27 ID:???
非エロで、2ch風の主人公一人称SSを書いてみました。
かなり長くなってしまったので、あぷろだを使わせて頂きました。

http://yukito.cside.com/uploader/general/image/img20020923152020.html

>>缶珈琲氏
SSを拝見させて頂きました。
若かりし頃の総番長の恋を取り上げたストーリーみたいですが、
なかなか見かけない設定で、非常に斬新だと思います。
舞佳さんがいろいろと策を練って、応援しようとしていますが、
変な方向に転ばない事を願うばかりです。
続きも今から楽しみにしておりますので、慌てない程度に執筆活動頑張って下さいませ・・・。
ご苦労さまですた
すた
84遥かなる鐘の音〜第3幕-1 :02/09/29 23:30 ID:???
 夕暮れせまる、河川敷公園。
 オレンジ色に染まる川面をバックに立つ、二つのシルエットがある。一つは細身で長身、
もう一つは小山の様に大きい。
 私は、それに向かって歩き出した。恐怖が私の足を止めようとする。空気そのものが、
ねっとりと私の体にからみついているような気さえ感じられた。
 長身の影が、私に気付いた。
「……何者だ?」
 たった一言なのに、ものすごい威圧感がある。彼の名は神田秋葉――薫ちゃんが、肉親
以外に唯一ライバルと認める存在。
 足が震えそうになるのを自覚する。ええい、気張れ九段下舞佳! ここが女の見せどころ!
「おっ、おひけえなすって!」
 こんな場面にふさわしい言葉かどうか、なんて事を気にしてる余裕は、もちろん無い。
「俺様の名は人呼んでバイト番長! 夜露死苦!」
 顔はグラサンとマスク、胸にはさらし、そして短ラン……てな、怪しいヤンキーのコス
プレ状態で、私は言った。
 なんでまた、こんなワケわかんない状態になってんのかというと――話は少しさかのぼる。
85遥かなる鐘の音〜第3幕-2:02/09/29 23:31 ID:???
「どういう事よ、茜ちゃん!」
 華澄が誘拐された――そんな脅迫状が一文字家に届いたという話を甲二くんから聞いて、
私は自転車をぶっ飛ばし、一文字家に駆けつけた。
 茜ちゃんが涙ながらに見せてくれたその手紙には、こう書かれていた。
『お前の女は預かった。貴様にまだ意地があるなら、女を助けに来い。決着をつけよう。
                                    神田秋葉』
 ……なに勘違いしてんのかしらコイツ、だれが薫ちゃんの女よ。
「どうしよう、舞佳おねえちゃん……」
「どうしようったって……肝心の薫ちゃんはドコなのよん!?」
「それが……自分を見つめなおす、って言っただけで、どこに行ったのか……」
 茜ちゃんは半ばパニック状態に陥っている。こうなったら、私だけが頼りってワケね……。
 どうする? 誘拐事件で警察に届ける? いや、それはマズい。ただでさえ落ち込んで
る薫ちゃんの事、唯一のライバルとの勝負を警察沙汰にしたなんて事になれば、彼のプラ
イドはズタズタ……もう立ち直れなくなるかもしれない。
 じゃ、薫ちゃんの面子をツブさない方法って?
 私は考えた。考えて考えて考えて……自分でもマトモとは思えないアイデアにたどり着
いたのだった。
「茜ちゃん……この間の演劇部の衣装、まだあったわよね?」
 要するに、番長の代理がいればいいのよね。
86遥かなる鐘の音〜第3幕-3:02/09/29 23:33 ID:???
 という訳で。
 九段下舞佳、一世一代の大芝居……なんだけど、神田は、フッと鼻で笑い飛ばした。
「一文字も落ちるところまで落ちたな。女一人よこして、自分は布団かぶってオネンネか?」
「かお……番長はちょっとヤボ用でな、わた……俺様が代理を頼まれてるってワケさ」
 その証拠に、背中には「代番」の文字が……いや、こんなんじゃ説得力ないって事ぐら
いは解ってんだけど、まあ無いよりマシだわ、多分。
「女は無事なんだろうな?」
 慣れない男言葉でそう問いかけると、神田は、土手の一点をあごで示した。見れば、華
澄がそこに横たわっている。
「眠ってもらってるだけだ。一文字さえ来れば、無傷で帰すつもりだったが……そうも行
かなくなった様だな」
「だから自分が代理だっての!」
 私が言うと、神田は大声で笑いだした。
「そんじゃ、お前さんが俺の相手をしてくれるって訳か? こいつぁとんだ喜劇だ」
「……やっ、やってみなけりゃ解んないでしょーが!」
 その時、神田の傍らに控えていた、もう一人の男――体の大きさは薫ちゃん以上、なん
かよく解んないけど背中に金属製の亀の甲羅みたいなのを背負っている――が口を開いた。
「きょっ、兄弟、オデにやらせてくれないか?」
「……いいだろう桜田門、好きなようにしな」
 ……桜田門?
 ああっ、思い出した! 桜田門長太、かつて相撲部部長だったけど、あんまり部員をし
ごくもんだから、みんな逃げ出しちゃって、ついには相撲部を廃部に追い込んじゃったヤツ
じゃない! なんでこんなトコで神田とつるんでんのよ!
 桜田門は口元に薄ら笑いを貼り付けて、一歩進み出た。
「お、女とやるのは初めてなんだな」
 誤解を招くよーな発言してんじゃないわよ!
87遥かなる鐘の音〜第3幕-4:02/09/29 23:34 ID:???
 私は、桜田門と距離を置いて向かい合った。にしてもデカい。こりゃどうやったって
マトモな勝負になるはずがない。
 私は、袖口に隠したスタンガンの感触を確かめた。バイト仲間から借りてきたものだ。
ヒキョーだろうがなんだろうが、腕力のない私にはこれだけが頼りだ。
「さ、さあ、かかって来なさい!」
 私の声に応じるかの様に、土煙を蹴立てて桜田門が突進してくる!
 こ、こわっ!
 迫力に押されて、私は力いっぱい横っ飛びに逃げた。間一髪、桜田門の張り手は私をか
すめ、後ろにおいてあった金属製のゴミ箱を、空き缶か何かの様に軽く遠くまでふっとば
した。
 ……少し遅れて、その方向から「はにゃ〜!」という声がしたのは、吹っ飛ばされた
ゴミ箱が、どこかの運の悪い子に命中したらしい。大丈夫かしら……。
(とにかく、もう一度、冷静に、冷静に……!)
 ものすごい勢いに見えたけど、私のところに来るまで、思ったよりも時間がかかってた。
そりゃ、あんな甲羅背負ってりゃ動きも鈍くなるわよね。……となれば、隙を狙って一撃
必殺っきゃない!
 軽く挑発のポーズを取ると、またもや桜田門が突進を始める。なんか闘牛士にでもなっ
たような気分だわ。
 今度は無闇に逃げない。ギリギリのところまでひきつける。ひきつける。ひきつける……
今だ!
「でえええい!」
 決まった! 私の突き出したスタンガンは、桜田門の胸に青白い火花を散らした。
 桜田門は、呆然と立ちすくみ、そして……。
「…………あつっ。」
 それだけかーーーーい!
88遥かなる鐘の音〜第3幕-5:02/09/29 23:36 ID:???
 桜田門は、スタンガンの当たったあたりをぽりぽりと掻いて、まるっきり何事もなかっ
たかのように肩をぶんぶんと回した。な、なんて非常識なヤツ……。どーすんのよ、アレ
一応こっちの切り札だったのよん!? 
「屁の突っ張りはいらんのじゃー!!」
「ひぇぇぇぇぇっ!?」
 私は逃げた。今度こそ本気で逃げた。向こうは足が遅いし、私の方もスタミナもそれな
りにあるつもりだから、なんとか避け続けていられるけど……でも、いつまでもこんな事
してたらバターになっちゃうわ。なんか次の手を考えなきゃ!
「う、うわっ!?」
 後ずさりしようとして、私は木の杭でできた柵にぶつかった。いつの間にか、私は川べ
りに追い詰められていたのだ。まずい、これじゃ逃げられない!
 桜田門はといえば、距離はまだ少し離れてるものの、私を追い詰めた余裕さか、舌なめ
ずりなどしながら私を見つめている。思わず背中に悪寒が走り、力なく背中の杭にもたれ
かかると、その杭が頼りなく軋んだ。……あっ、そういやこの杭って、確か……。
 ……よぉし、こーなったら、イチかバチか!
「どうしたの!? 女一人捕まえられなくて、それでも男なの、この(自主規制)野郎!」
 私は最後の気力を振り絞って、思いつく限りの悪口雑言で挑発した。ううっ、顔見知り
には間違っても聞かせられない……。
 効果はてきめんだった。桜田門は、顔を真っ赤にして文字通り猪突猛進してくる。その
張り手が私に襲い掛かり突き飛ばそうとする、そのコンマ数秒前。
 私は、スライディングの要領で、桜田門の足と足の間をくぐり抜けた。
「ぬおおおっ!?」
 桜田門の突進を、古びた木の杭は受け止め切れなかった。この杭、だいぶ前から腐って
弱くなってんのよね。やー、人助けってのはしておく物ねん。
 どっぱーん。
 私の狙い通り、桜田門は水面に特大の水柱を作った。
89遥かなる鐘の音〜第3幕-6:02/09/29 23:39 ID:???
 ぜぇっ、はぁっ、ぜぇっ、はぁっ……。
 乱れる呼吸をなんとか押さえつけて、私は桜田門の落っこちた川面を見つめた。とっさ
にやっちゃった事とは言え、あんな重たい甲羅抱えて大丈夫かしら……。
「奴なら大丈夫だ、この程度でどうにかなるようなタマじゃねえ」
 と、神田の声。その声に答えるかのように、向こう岸に上着を脱ぎ捨てた桜田門が上陸
して……仰向けにひっくり返った。
「わ、私の勝ち……よ。文句、無いわよね!?」
「ああ。ただの道化かと思ったが、なかなかの度胸じゃねえか。気に入ったぜ」
「と、とにかくっ、これで、華澄は返してくれんでしょーね!?」
 神田は首を横に振った。
「さあて、そいつはお前さんが俺を倒せるかどうかだな」
 うげ。
「何ムチャクチャ言ってんのよ!?」
「無茶なものか、一文字の代理を名乗ったのはそっちだろうが。こっちにも面子ってもん
があるんでな、はいそうですかと返してやる訳にゃいかねえのよ」
 手にした木刀で肩を叩きながら、神田が言う。ああっ、もうこうなりゃ自棄だわ、どう
にでもなれっ……!
 太く力強い声が公園に響いたのは、私がそう決心した瞬間だった。
「あいにくだが、ここで選手交代だ」
 私は驚いて声のほうを振り返った。声の主は土手の上で、夕日の照り返しを受けて、悠
然と腕を組んでいた。見慣れたはずのシルエットだったけど、それは今までになく心強く
見えた。
「……遅刻よ、薫ちゃん……」
 私には、それだけを言うのが精一杯だった。
                                     (つづく)
90缶珈琲@回します:02/09/29 23:51 ID:???
さて、第3幕をおとどけしました。
91缶珈琲@回します:02/09/29 23:51 ID:???
今回の見所、それは
92缶珈琲@回します:02/09/29 23:52 ID:???
何の脈絡も無くカメオ出演するゆっきー(w
93缶珈琲@回します:02/09/29 23:52 ID:Bcw5+Mrv
…ではなくて、バイト番長誕生エピソードですね。
94缶珈琲@回します:02/09/29 23:54 ID:???
さて、次回は
95缶珈琲@回します:02/09/29 23:55 ID:???
思いっきりかっこいい番長を書ければいいな…とか思ってるんですが。
96缶珈琲@回します:02/09/29 23:55 ID:???
しかしこれときメモか?ていう話になってきた気がしますね(w
97缶珈琲@回します:02/09/29 23:56 ID:???
ところで、この話を書く上でこっそりお世話になってる方がいます。
98缶珈琲@回します:02/09/29 23:57 ID:???
それはキャラネタ板の舞佳さん(w いろいろ口調とか参考にさせてもらってます。
(番長を薫ちゃん、と呼ぶのはこの人からヒントをいただきました)
99缶珈琲@回します:02/09/29 23:59 ID:???
多分こんなとこ見てないでしょうけど、お礼を申し上げておきます。ありがとうございました。
では次回、また頑張りますのでよろしくお願いします。
乙カレー。
101名無しだけのため生きるのだ:02/09/30 00:11 ID:???
舞佳ちゃんカコ(・∀・)イイ!
ご苦労様です。
これから読ませてもらうよ。
読んだよ
104名無しくん、、、好きです。。。:02/10/06 16:46 ID:pr+BNKHa
300近いんで保守age
放っておくとすぐ落ちそうになるね。
1日一保全状態?
上げておくか・・・
sageておこう
109ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 01:57 ID:???
「……という訳なんだ」
「ふんふん」
「で、どう?」
「うんっ!あたしも賛成ー!」
「じゃ、決定だね?」
「あはは、もちろん!」

いやー、お友達想いだね、本当。
あたしも何かしようかなって思ってたけど、
やっぱり皆でお祝いした方が楽しいもんね。
110ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 01:57 ID:???
話をまとめると、こういう事だ。

穂多琉ちゃんの誕生日に、お祝いをしてあげたい。
それで、あたしにも協力して欲しい。

二人で話し合った結果、
穂多琉ちゃんをあたしが前に働いていた喫茶店まで連れて来て貰い、
そこでお祝いをしよう、って事になったんだ。
何でそのお店かって言うと、そのお店、土曜日は定休日なんだ。
店長も、話をしたら「良いよ」って言ってくれたから、
あたし達はその日に向けて、策を練ったのだった!!
……なんちって。
111ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 01:58 ID:???
そろそろかな?
もうそろそろ、穂多琉ちゃん達がやって来るはずの時間だ。
あたしは準備万端、今か今かと待ち構えていた。

「かずみちゃん。そわそわしなくっても大丈夫だよ」

店長に言われてしまう。
うーん、そんなに待ち切れなさそうにしてたかなー……。

「最初『お店を使わせて下さい』って聞いた時に何をするのかなって思ったけど……」

店長が楽しそうにしている。

「かずみちゃんは、本当に良い子だねぇ……」

そう言うと、一人でウムウムって感じに頷いているのだった。
112ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 01:58 ID:???
「お店、本当にありがとうございました」

快くお願いを聞いてくれた店長に、改めてお礼を言う。

「良いんだよ、こっちもかずみちゃんにはお世話になってるんだから。いつもありがとう」

一応、あたしは既にこのお店を辞めてはいるんだけど、
どうしても人手が足りない時なんかは、臨時でお店を手伝っていたりしている。
もちろんレギュラーで入っているバイトが優先ではあるのだが、
それでも時間の都合が許せば手伝ってあげていた。

そういう場合、店長はこっそり多目にお給料をくれていた。
あたしは貰いすぎだって言うんだけど、店長は「うん? 昇給したんだよ♪」と言って耳を貸さない。
店長は、変な所が頑固だったりする。

そうこうしている間に、からんからん…と、来客を示すベルが鳴る。

「それじゃ、行って来るね」

店長が、席の案内の為に出て行く。

店長が戻ってきたら、あたし達の番だ。
頑張んなきゃっ。
113ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 02:00 ID:???
>>109-112

「和泉穂多琉の誕生日:渡井かずみ編」です…。
114ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 02:00 ID:???
「和泉さん。明日、一緒に来て欲しい所があるんだ」

そう言われたのは昨日の事だった。
それで、今私は喫茶店に向かって歩いている。
彼と私に特別な接点があるかと言えば、これと言って特に思い当たる節は無い。
学校の部活動で同じ部に属している。……ただそれだけの関係だった。
それでも部屋に一人居るよりは気も紛れるかと思い、家を出た。
……彼がまさか家の前まで迎えに来ているとは思わず、少々驚かされたが。

「突然でごめんね」

彼が話し掛けてくる。
彼はすごく良い人だった。
はっきりと目立つような人ではないのだが、
ふとした時にその気遣いに気付かされるような、
そんな……優しい人だ。
115ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 02:01 ID:???
「別に、構わないわ」

私はつい、素っ気無く言ってしまう。
彼は誰にでも優しいし、私は彼にとってはたくさん居る知り合いの中の一人だ。
そして、それは私にとっても同じ……。
……いいえ、同じでなければならない人……。

「着いたよ」

入り口のドアを開け、私に入るよう促す。
私は一言「ありがとう」とだけ言い、店内に入った。
私たちの他に客はおらず、店の中にはアンダンテなBGMと一緒にゆったりとした空気が漂っていた。

店員に案内され、席に着く。
心なしか、彼は店内に入ってから少し嬉しそうに見える。

彼が紅茶を二人分注文した。
そう言えば、以前文化祭の準備期間中に紅茶が好きだという事を話したかも知れない。
覚えていたのだろうか?
ご苦労様です。
リアルタイムで上げてるの(・∀・)ミテタヨー
117ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 02:02 ID:???
オーダーを受けた店員が去ると、彼が口を開く。

「今日は付き合ってくれて、有難う」

別に、礼を言われる筋合いは無いのだが…。

「ちょっとね…。どうしても今日、ここに来て欲しかったんだ…」

そう言って、彼は微笑んでいる。
確かに昨日も言っていたが、どうしてここだったのだろう?
取り立てて特徴が有る訳ではない、普通の喫茶店だ。
雑誌で特集されたとか、男の子だけじゃ入り難いような店だとか、そういう訳でもない。

「……今日、どうしたの?」

不思議に思った私は、その事を尋ねてみた。
しかし、彼はその事には答えてくれなかった。

「ちょっとだけ、待っててね?」

そう言い残すと席を立ち、何処かへと行ってしまった。
何なのだろうと思いながらも、何となく落ち着かないまま、しばらく待っていた。
118ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 02:03 ID:???
二分位経った頃だろうか。彼が戻ってきた。

「お待たせ」

そう言って、私の脇に立っている。

「どうしたの?」

やっぱり答えようとはしない。
どうしたのだろう?

「和泉さん」

彼が、私の名前を呼ぶ。

「何かしら?」

彼はさっきから「嬉しくて待ちきれない」といった表情だが、
私は一人で置き去りにされているみたいだった。
一体、何なのだろう?
一人怪訝に思っていると、彼が突然声を上げる。

「それじゃ、お願いします!」

そう言うと、店員がやって来る。
119ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 02:04 ID:???
「お待たせしました!」

その声の主は、かずみちゃんだった。
手には、可愛らしく飾り付けられたケーキの皿がある。

「か、かずみちゃん?」

かずみちゃんが色々なアルバイトをしているのは知っていたが、
まさか今この場所で会うとは、思ってもみなかった。

かずみちゃんが、ケーキのお皿をテーブルの上に置く。

かずみちゃんも嬉しそうな顔をしていた。
もちろん、隣に立っている彼も、さっきからずっとそうだ。

そして、向き合って「にぃっ」と笑うと、二人でこっちを向き、歌い出した。



ハッピーバースデー トゥー ユー
ハッピーバースデー トゥー ユー
ハッピーバースデー ディア 穂多琉〜
ハッピーバースデー トゥー ユー
120ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 02:06 ID:???
「和泉さん/穂多琉ちゃん、お誕生日おめでとう!」

二人はそう言うと、手に持ったクラッカーを大きく鳴らす。
パァンという火薬の弾ける音と、銀色のテープが宙を舞う。

私は驚くばかりで、何も言えなかった。

「穂多琉ちゃん、このケーキ、あたしからのプレゼントだよ!」

かずみちゃんが話しかける。
さっきからずっと変わらない、幸せそうな顔で私に言う。

「和泉さん」

彼も話しかけてくる。

「何?」

この時の私は、どんな顔だったのだろう?

「これからも、よろしくね」

きっと……私は……嬉しそうにしていたのだろう……。
121ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/12 02:08 ID:???
>>114-120

「和泉穂多琉の誕生日:和泉穂多琉編」です……。

あと、途中に入った>116君……。
ttp://game.2ch.net/test/read.cgi/gal/1020006366/ こっちのスレで待ってるからね…。
>>121
116です。
すいません>>113の次に書き込んだつもりだったのですが結果割り込む形になってしまいました。
お詫びします。
123名無しくん、、、好きです。。。:02/10/13 23:08 ID:mGqNcsct
(・∀・)!
124缶珈琲:02/10/14 22:07 ID:???
>ハ重さん
お疲れ様です。穂多琉の雰囲気がすごく出ていていいですねえ。
ちなみに、余計なお世話ではありますが、一人称の時は、できるだけ早く
語り手の名前を出しておいた方が読みやすいかと。>>109で相手に名前を呼ばせるとか。


さて、私の方の宿題ですけど…すいません、もうちょっと待っていただけますか?
一応次がクライマックスの予定なんですけど、どうもいろいろ詰まってしまって…。
なるべく早く書くようにします。申し訳ない。
頑張ってね
126ハ重花桜梨 ◆HF.po64HXY :02/10/16 00:44 ID:???
>124
>一人称の時は、できるだけ早く語り手の名前を出しておいた方が読みやすいかと。

わざとそうしたの…。

あと…122君……。
お詫びは身体で払って貰うから……。
それじゃ……。
126で50 KB か
SSスレにしては少ないな?
ある日、俺は家の前でアメ玉くらいの大きさの黒い塊を見つけた。
なぜだろう? 拾った瞬間、それが何かの種子であると感じた。
その種子を眺めていたら、育てたいという気持ちが芽生えてきた。
俺は物置から鉢を引っ張り出し、その種子を植えた。

それから3ヶ月後、種子はすくすくと育ち、大きな蕾を付けていた。
いったいどんな花が咲くのだろう? 毎日楽しみにしていた。

さらに数日後、ついにその蕾が開いたのだ! 待ちに待った瞬間。
す、すごい…本当に大きな鼻だ…。

これが全ての始まりだった。
129遥かなる鐘の音〜第4幕-1:02/10/20 23:18 ID:???
「九段下先輩、大丈夫ッスか!?」
 そう言って、私のもとに駆け寄ってきたのは甲二クンだった。どうやら、彼が薫ちゃん
をここへ連れてきてくれたらしい。ううっ、持つべきものは良き後輩だねえ。
「いやー、大丈夫なのはなんだけど……ちょっと手、貸して」
「は?」
「あはは……足が笑っちゃって立てないのよん、これが」
 我ながら情けない。
 一方、薫ちゃんと神田は、そんな私たちにかまわず、互いににらみ合っていた。
「ふん……どうやら腐りきった訳でもなさそうだな」と、神田。「まだ漢の目をしてやがる」
「腐ったのは貴様の方じゃないのか」薫ちゃんが答えた。「女を人質に取るなんぞ、外道
のやる事だ」
 神田は、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「元より手を出すつもりなんぞねえさ……さあて、そろそろ始めようじゃねえか」
「いいだろう……ルールはいつも通りだな?」
「ああ、5時の鐘が鳴り終えた後、最初にダウンした方が負けだ」
 ちなみにこのとき、時刻はだいたい4時30分。30分一本勝負ってワケね。
 そしてその次の瞬間、場を取り巻く空気が、どこか変わったように感じられた。
 ゴングが鳴った訳でもないが、間違いなく勝負は始まったのだった。
130遥かなる鐘の音〜第4幕-2:02/10/20 23:19 ID:???
 さて、私の方は、甲二クンに肩を支えられながら、華澄のところにたどり着いていた。
 どうやら、これといって怪我なんかはなさそうだ。ホントに眠らされてただけだったのね。
「華澄っ! 起きなさい華澄!」
「…………う……母さん、朝ごはんいらない…………」
 誰があんたの母さんか。
「えーい、寝ぼけてないでさっさと起きんかーい!」
 肩を強くゆすると、どうにかこうにか目を覚ましたようだった。この低血圧娘め。
 目を覚ました華澄は、私の方をじろじろ見つめて、そして噴き出した。
「ぷっ! 何よ舞佳、その格好!」
 ええい笑うな。こっちはあんたの為に死にそーな目に会ったのよん。
 私は、事情をかいつまんで説明した。話を聞く華澄の表情から、しだいに笑いが失われ
ていき、驚きと戸惑いがそれに取って代わる。
「そ、それで一文字君はどうしたの!?」
 私は無言で、背中の方向を指差した。ちょうど二人は、最初の攻防を終え、再び間合い
を広げたところだった。
「目が覚めたか、麻生……」
 野獣のような荒い呼吸で、薫ちゃんが呟く。華澄は、はじかれたように飛び出そうとした。
私と甲二クンが、どうにかそれを押さえこむ。
「離して舞佳! 二人を止めないと!」
「ふん……暴力をふるう男は嫌いか、麻生」
 華澄の様子を肩越しに見ながら、薫ちゃんが言う。
「あっ、当たり前です!」
「ならば……嫌ってくれ」
 そう言った薫ちゃんの表情は、奇妙にすがすがしかった。
「嫌って嫌って、嫌いまくれ。ゴミみてえにな。だが……一つだけ、頼みがある」
「……え?」
「忘れないでいてくれ。こんなバカな生き方しかできなかった男が、一人いた事をな」
 言いながら、薫ちゃんは拳を構えた。
「さあ、続きと行こうぜ、神田ぁっ!」
131遥かなる鐘の音〜第4幕-3:02/10/20 23:20 ID:???
 二人の勝負は、一進一退のまま進んでいた。薫ちゃんの拳が神田を捉えれば、神田の木刀
が薫ちゃんを打ち据える。二人の力はほとんど互角だった。
 太陽は、すでにずいぶん低い。決着の時間は、刻一刻と迫ってきていた。
 神田が、ふいに呟いた。
「……そろそろ、奥の手を出させてもらおうか」
 言いながら、木刀を体のど真ん中に構える。次の瞬間、鋭い気合とともに繰り出された
木刀が、空気を切り裂いた。
 それは、明らかに薫ちゃんの体に届いていなかったのにもかかわらず、彼のガクランは
切り裂かれ、宙に一筋の赤いしぶきが舞った。
 この技に驚いたのは、薫ちゃん当人より、むしろギャラリーである私たちだったと思う。
「なっ、なんなのよアレ!? あれって木刀でしょ、刃、ついてないんでしょ!? てい
うか届いてないし!」
「たぶん……」と華澄。「カマイタチみたいに、真空を作ってるんだと思う……私にも信
じられないけど……」
 息をつく暇も与えず、神田の第二撃、第三撃が繰り出される。見えない空気の刃物が、
薫ちゃんの体に傷を増やしていく。一方の薫ちゃんは、完全に攻撃の手を塞がれていた
――なんせ、リーチがぜんぜん違うので、近寄る事さえままならないのだ。
 私は、数日前の保健室での事を思い出していた。なるほど、あのキズはこういう理由だっ
たワケね……。
 そんな中、突然薫ちゃんが動きを止めた。
132遥かなる鐘の音〜第4幕-4:02/10/20 23:22 ID:???
「えっ……!?」
 もう少しで、私は悲鳴を上げるところだった。
 しかし、薫ちゃんは力尽きた訳ではないようだった。闘う意志が無くなった様でさえない。
ただ、両目には闘志を燃やしつつ、しかし指一本さえ動かす気配はなかった。
「何のつもりだ……!?」
 薫ちゃんは答えない。
 神田は攻撃を再開した。薫ちゃんは、防ぎも避けもせず、神田の技を食らい続けていた。
「自殺でもする気か、一文字!」
 ついに、溜まり続けたダメージが一線を超えた。薫ちゃんはその場にくず折れ、そのまま
伏して動かなくなった。
「……つまらんな」
 神田が背を向けて立ち去ろうとする。しかし。
「……まだだっ!」
 振り向いた神田の目に、満身創痍のまま仁王立ちする薫ちゃんの姿があった。
「死にぞこないがっ!」
 神田の猛攻が再開される。今度も薫ちゃんは動かない。まばたきすらせず、自分に襲い
かかる神田の姿を、真正面から見据えている。
 私の脳裏に、ふいに、保健室での薫ちゃんの一言が蘇った。
(あの太刀筋を見切らない限り、俺に勝ち目はない)
 …………! そうか…………!!
 私は傍らの甲二クンを振り向いた。
「甲二クン、今何時!?」
「えっと……4時57分ス」
 あ、あと3分!? それじゃ間に合わない! 5時の鐘の後に、薫ちゃんがダウンを食
らっちゃったら、そこで負けだわ!
「ごめん、ちょっと急用を思い出した! 華澄、甲二クン、ここをお願い!」
「えっ、ちょ、ちょっとどこに行くのよ舞佳!」
 困惑する華澄たちを置き去りにして、私は走り出した。
133遥かなる鐘の音〜第4幕-5:02/10/20 23:23 ID:???
 さて、川原での出来事だけど、ここから先は私は見てないから、甲二クンたちから後で
聞いた話になる。
 神田は戸惑っていた。すでに数回のダウンを薫ちゃんから奪ったにもかかわらず、その
度に彼は立ち上がり、そしてまた攻撃を無防備に受け続けるのだ。
 そして、今もまた。
 二人の時間の感覚は、とっくになくなっていただろう、と思う。
「……どうした神田よ、その程度でおしまいか?」
 薫ちゃんの一言が、神田を逆上させた。
「いいだろう、ならば最大の一撃、真の奥義を見舞ってくれる!」
 神田の「気」が燃え上がった。低い叫びは、空気を震わせ、川面にさざなみを起こすほ
どだった――と甲二クンは言う。
「真っ! 不動明王、唐竹割りぃっ!!」
 裂帛の気合とともに、木刀が繰り出された。
 しかし。
 次の瞬間、乾いた音とともに、神田の足元に何かが転がった。
 折れた木刀だった。
「……バ、バカな!」
 呆然とする神田をよそに、薫ちゃんは空に向かって呟いた。
「親父……ついに開眼したぞ、『超眼力』……」
 完全に状況は逆転した。神田は今や、ヘビににらまれたカエルのように、完全に薫ちゃ
んの気迫に飲まれていた。彼の目には、薫ちゃんの姿はさながら巨人のように見えていた
に違いない。
「うおおおおおおおっ!!」
 薫ちゃんの体から、炎のようなオーラが立ち上る。それはやがて彼の拳に集まり、一つ
の形を作った。
「袖龍ゥゥゥゥッ!!」
 伝説の生き物、龍の形をした闘気の流れが、彼の袖口から解き放たれた。荒れ狂う龍は
一直線に神田に襲いかかり、彼の体をやすやすと吹き飛ばした。
 彼の意識が、地面にうちつけられた後にもあったとしたら、彼は星の輝く空を見つめて
いぶかしんだかも知れない。
 そう、太陽は、とっくに西の大地に沈みきっていた。
 5時の鐘は鳴らなかったのだ。
「……と、言うわけだったんスよ!」
 興奮気味に話す甲二クンを、私は少し冷ややかな目で見つめた。ここはひびきの高校、
川原での事件の翌日である。
「あんた、格闘マンガの読みすぎなんじゃないの? オーラとか龍とか、いくらなんでも
さあ」
「いや本当なんですって! くうっ、九段下先輩にも見せてあげたかった……ってか先輩、
どこ行ってたんですか?」
「あ、いや、それはまあなんつーか」
 私は無理やり話題をそらした。
「で、甲二クンはすっかり感動しちゃったワケだ」
「当然っス! 一文字先輩こそ男の中の男、いや漢! あれを見て感動しなくて何にしろっ
てんですか!」
 身を乗り出して叫ぶ甲二クンの目は、らんらんと燃えていた。
「俺は決めた! いつか野球部に伝わるという奥義を身につけて、あの一文字先輩につい
ていく! そしていつか、その片腕と呼ばれる男になってみせる!」
 ……奥義だらけか、この学校は。
 予鈴がなった。それは聞きなれた鐘の音ではなく、スピーカーを通した、味気ない
電子チャイムだった。
「おっと、そろそろ授業だから行くわね、甲二クン」
「うおおおおっ! 父ちゃん、俺はやるぜ! ひびきのの燃える火の玉になってみせるぜ!」
 甲二クンは一人で燃え続けていた。
 ダメだこりゃ。
 その日の放課後。
 まるで人目を避けるかのように、二つの影がここで出会っていた。
 薫ちゃんと、華澄だ。
 二人は互いに声をかけることをためらっていたようだ。互いの息遣いが聞こえそうなほどの
静寂が、二人の間に流れる。しかし、それを破ったのは華澄だった。
「あの……舞佳から、いろいろと聞いたわ」
「何をだ」
 言う薫ちゃんは、華澄に背を向けたままだ。華澄が続ける。
「日曜日のショッピング街のこと、それに昨日の川原でのこと。私、あなたに謝らなきゃ
いけない……」
「何も謝る事など無いはずだ」
 薫ちゃんの口調は、吐き捨てるようなそれだった。
「ううん、私、あなたの事誤解してた……と思う」
「誤解だと?」
 薫ちゃんの背中は、岩のように巌として動かなかった。
「何が誤解なものか。あの川原で見た通り、俺はケンカ一筋のつまらん男さ」
「でも……」
 言いかけた華澄を、薫ちゃんはさえぎった。
「俺を呼び出した用とはそれだけか? ふん、くだらん用だったな。俺は帰るぞ」
 薫ちゃんは、ゆっくりと歩き出した。裏庭の雑草を踏みしめる音が、やけに大きく聞こえた。
「麻生、さらばだ。こうして話すことも、もう二度とないだろう……」
 ついに薫ちゃんは、最後まで、華澄の方を振り返る事はなかった。
「あれで良かったの、薫ちゃん」
 物陰から呼び止めた私に、薫ちゃんは苦笑いしたようだった。
「覗き見か。趣味が良くないな、舞佳」
「答えて。本当にあれでいいの? せっかく、気持ちが……そりゃまあ、まだほんの少しかも
知んないけど、ともかく通じ合ったかも知れないのよ? このまま、もしかしたら……」
 薫ちゃんは、ふっ、と小さく息を吐いた。どうやら、笑ったようだった。
「神田と決着をつけた事で、俺はこのひびきのと、隣町までをシメる総番になる。子分が増え
りゃ当然敵も増える。神田みてえな生ぬるいヤツばかりとは限らん……」
 私は、はっと息を飲んだ。そんな私を尻目に、彼は、時計塔を見上げた。
「鐘……鳴らなくなっちまったな。どうやら、失恋鐘の伝説はホンモノだったようだ」
「あ、あの鐘は、だって、自然に壊れたとかじゃなくて……!」
 言いかけた私を、薫ちゃんは手で制止して、小さくうなずいた。まるで、全部解ってる、
とでも言わんばかりに。
「お前さんには世話になった」
 それ以上、何も言う気は無いらしかった。
 彼はまた、歩き出していく。どこか、私の知らない場所に向かって。
 ……ったく、男ってのは、どうしてこうバカなんだろう。
 立ちすくむ私と、去り行く薫ちゃんを、鳴らなくなった鐘が静かに見下ろしていた。
(早いもんね。あれからもう5年か……)
 私は、回想を打ち切った。
 ひさしぶりに、母校の時計塔に登って見下ろした街並みは、あのころと変わりなく見えた。
そこに住む人々が、時とともに変わってしまったとしても。
 生徒だった華澄は、大学を優秀な成績で卒業。いまでは教える立場、つまり教師として、
この母校に通っている。私は、進学せずにそのままフリーターとして、日々多種多様なア
ルバイトにいそしんでいる。甲二クンは本人の目指したところの通り、番長四天王の一人、
火の玉番長としてその名を轟かせている。あの日闘った神田や桜田門も、今ではその四天
王の一員だ。さて薫ちゃんはというと……相変わらず、かな。
 そうそう、変わったものはもう一つある。
 この、目の前にある鐘だ。鳴らなくなってしまった事で、この鐘は失恋という悲しい伝
説を脱ぎ捨てた。それに取って代わったのは、「卒業式の日に告白して、この鐘に祝福さ
れた二人は永遠に幸せになる……」という、幸せな伝説だった。
 もっとも、その伝説を広めたのが誰だったか、なんて事まではだれも知る由もないだろ
うけど。私を除いて、ね。
 そして、明日がその卒業式。
 華澄がはじめて担任した生徒たちが、ここを巣立っていく日だ。
(さあて、そいじゃ一発、気合入れて修理と行っちゃおっか!)
 私は、バイト先から調達した工具箱を開いた。
 明日から、本当の意味で、伝説は生まれ変わる。そして、もう二度とあの悲しい伝説は
語られないはずだ。
 なんたって、私が見込んだ少年なんだから、ね。

                                    (おわり)