無口な女の子とやっちゃうエロSS 十言目

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1名無しさん@ピンキー
無口な女の子をみんなで愛でるスレです。

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無口な女の子とやっちゃうエロSS 九言目
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無口な女の子とやっちゃうエロSS 3回目
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無口な女の子とやっちゃうエロSS 2回目
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【隅っこ】無口な女の子とやっちゃうエロSS【眼鏡】
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保管庫
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・・・次スレは480KBを超えた時点で・・・立ててくれると嬉しい・・・
・・・前スレは無理に・・・消化して欲しく無い・・・かも・・・
・・・ギリギリまでdat落ち・・・して欲しく・・・無い・・・から・・・
2 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/04/16(月) 09:07:41.85 ID:qbOy24S7
新スレが立った事は主張する
3名無しさん@ピンキー:2012/04/16(月) 23:40:18.89 ID:rt+GG2ng
前スレラストGJです!

ていうか、お久しぶりです。
絵麻かわいすぎて悶えるww
続きも楽しみに待ってます。
4名無しさん@ピンキー:2012/04/16(月) 23:41:41.73 ID:rt+GG2ng
それと、>>1スレ立て乙です。
5名無しさん@ピンキー:2012/04/19(木) 00:01:40.77 ID:umM1ozPU
即死回避? に適当に書いてみたもの
エロなしオチなしの3レスです
少し季節遅れをご容赦ください
6名無しさん@ピンキー:2012/04/19(木) 00:03:26.63 ID:umM1ozPU
 とある放課後。
 俺が所属する文芸同好会は本日、部長判断で自由参加の日である。
 何か用事があるとのことだったが、つまり休みということだ。
 けれども旧式のオフラインとはいえ、PCを自由に使えるということで、俺は少し時間を潰しに来た。
 部室を開けて、PCの電源入れて、キーボードをカタカタと始める。
 誰も来ないだろうと思ってのんべんだらり浸っていたら、物音。
「…あ、宇津伏先輩」
 女の子の声がして、見ると後輩の砦さんが立っていた。
「こんにちは」
「…こんにちは」
 どちらかと言えばぼそっと元気のない感じの喋り方だ。
 普段、そこまで大人しい訳じゃなくて、周囲と談笑しているのも見かける。
 ただ、俺にはあまり馴れ馴れしくはしてこない。

「今日は自由参加だから、部長とか来ないと思うよ」
「…はい」
 彼女は暗いとか嫌味っぽい人当たりではない。
 ノリの良い子も周りにいるから緩和されているのかもしれないが、彼女は彼女で個性のある、可愛い後輩と思っている。
「……」
 それ以上何か言う訳でもなく、バッグを置いて自分のデスクに座る。
 ここから会話は多分、ないな。俺から話しかけていかない限りは。
「こういう時にも来るってことは、文章書くの、好き?」
 PC越しに訊いてみる。
「…まあまあ、です」
「なるほどね」
 続かないが。

 二人きり、それも真面目な子と一緒だとなかなか開放的にはなりにくい。
 30分ほど経つと俺は液晶から離れ、イスには座ったまま、うーんと伸びをした。
 血行を良くする為のストレッチ方法、的なものが壁に貼ってある。
 修学旅行の時、飛行機の中で見たものと似ている。
 さて、後輩の手前なのでこんな調子だが、後は何しようか。
 原稿書いたり編集したりもするが、わざわざ部室を開けたのは、単にここが居心地良いからだ。
「?」
 イスが鳴って、彼女が立ち上がった。
 どこかに行くようだ。荷物は持っていないから、野暮用だろう。
「…少し、図書館まで出ます」
「いってらっしゃい」
 軽く頭を下げてから引き戸を閉め、ガラスの枠から退場した。
 また一人か。誰にも気を使わなくて良いところだが。
 そういや、リコーダーがあったな。

 暇を持て余した俺々の遊び、リコーダー。
 別に上手いという訳じゃないので、何度か指の押さえ方とか調整しつつ、音を出す。
 吹くのは音楽の時間にネタで練習していた、梁邦彦「Menuet for Emma」だ。
 文芸同好会部長こと法正明日希はアニメ好きの同級生である。
 それで、部員らと家に呼ばれた時に見せてもらった。
 リコーダー演奏って素敵だよね。素朴な感じが。

 ――

 良い調だ。
 っと、間違えた。
「ふぅ」
 周りに人がいたら、きっと気が散らせて仕方ないだろう。
 ではこのくらいにするか。
「?」
 ふと、引き戸の方を見ると、何か人影が動いた気がした。
7名無しさん@ピンキー:2012/04/19(木) 00:05:40.28 ID:umM1ozPU
 後輩が戻って来たのはそれからすぐだった。
 がらがらぴしゃりといった感じで、また二人きりの空間だ。
 縦笛遊びを聴かれていただろうか? そう考えるとやや恥ずかしい。
「じゃあ、俺も少し、出かけます」
「…お気をつけて」
 どっかのアニメのメイドみたいな返事をしてくれたのが面白かった。
 入れ替わるように部室を出て、今は静かになっている廊下を歩く。
 何てことはない、用を足しに行くだけだが、変な意味でなく意識はしていた。
 普段俺と特にやりとりはない彼女だけに、こう二、三と言葉を交わせただけで新鮮なのだ。
 俺みたいな人は、こういう些細なことに幸せを見出してこそ人生を楽しめるというもの。
 対して、例えば昼休みの賑やかな時間と比べれば、人の気配のない廊下の奥行き。
 現在が夕方だからということもあるが、心理的なものも手伝って肌寒いと感じる。

「ふー」
 手を洗うと、水道水が冷たい。
 暦の上では春も過ぎているが、まだ安定して暖かくはなってこない。
 一進一退しながら芽吹く時を待つ、という感覚かな?
 くだらないことを一人で考えながら、特に他に画期的な用事は思いつかない為、部室にUターンする。
 さっきは彼女が、引き戸を開けるまで戻って来たことに気づかなかった。
 俺だったら、足音とかで気づかれるんだろうか。
 ならば、こっそり戻っていきなり入って、果たしてどんな反応をされるのか。
 遊び心でそれを実行に移した。
 抜き足差し足、ガラス枠から見えないように、腰を低くして回り込んで、そして、がらがらっと。
「…!!」

 思わず思考が空白になった。
 彼女は何故か俺の席に座っていて、リコーダーを咥え、今にも息を吹き込もうとしていた。
 そして、それらしい現場を目撃されたことで、まず慌ててみせるかと思いきや、割と冷静なのか。
 いや、瞬時に諦めを悟ったのかもしれない。そっと口から離しただけだった。
「……」
 言葉選びとタイミングを間違うと事態が悪化しそうで、慎重になって声が出せない。
 目の前で、彼女は青ざめたまま硬直している。
 間接キスだ。
 つまり、そういうことをしたかったんだろうか。
 それとも他に突発的な理由でもあるのかもしれないが、俺の想像の及ぶところではない。
 ただとりあえず、敬遠されている訳ではなさそうで、それだけはホッとした。
「……」
 しかしどうしたものか。
 立ち尽くしているのも居た堪れないし、かといって、そこ俺の席だから、とも言い辛いし。

 そうだ、俺も彼女の席に座ってしまえば良い。
 それでおあいこだ。多分文句は言えまい。
 苦し紛れでも早くどこかに落ち着きたかったし、咄嗟に思いついたのがそんなところだ。
「っと」
 腰掛ける。
 足元にバッグ、デスクの上に文庫本と原稿のコピーが置かれた、彼女の席。
 人の領域に居座るのは、少し落ち着かない気がするし、本人が目の前にいる。
 お互いに影を踏んづけているような感じだ。
 別に、適当に空いている所にでも座れば良かったのに、よく考えたら何をしているんだろう。
 これは、言葉を交わさないまま、心理的に退けない状況を自ら選んでしまったのかもしれない。
 彼女にこのまま触らず、帰してしまえば、ギクシャクしたものが後を引くだろう。
 だから、シンプルに”逃げ場を塞いだ”という感じか。
「……」
 人のリコーダーを勝手に、本人がいない時に使う――。
 何かやましいことがあると思うのが自然で、その理由を聞く機会くらい欲しいのだ。
 勿論、今すぐに問い詰めれば早いんだが、責めるようにはしたくない。
 彼女が今もこうして、何も言わない無口さんだからこそ、少し待ってみたい。
8名無しさん@ピンキー:2012/04/19(木) 00:08:14.59 ID:umM1ozPU
 こつ、と固い物同士が当たった音がする。
 どうやら、デスクにリコーダーを置いたようだ。
 ここから直接彼女は見えない。同じ空間にはいるが、お互いに視界には入らない。
「……」
 少し黙っていたかと思うと、小さく、深呼吸の息遣いがした。
 こと、とまた音がする。
 そして、次に飛び込んできた音は、低い”ド”の音。
 開き直ったんだろうか、彼女はもう一度俺のリコーダーに口をつけ、息を吹き込んだようだ。
 調律でもするように音を鳴らし、また一呼吸。

 ――

 俺が遊びで吹いていた曲を、真似るように奏でてみせた。
 それも目立った粗がなく、良い具合に力の抜けた、滑らかな演奏。
 何と言うか、お上手だった。
 やがて、俺が間違えたところまで来たら、そこで止める。
「……」
 やっぱり、彼女は聴いていたんだな。
「……あの」
 そのタイミングでいきなりくるとは思わなかった。
「ん?」
「……好きです」
 スキデス?
「…私も、この曲」
 ああ、曲のことか。
 主語が無かったから、愛の告白かと思った。
「俺も好きだよ」
 好きだから吹いただけ、か。
 分かる気がする。
 人と共通の興味があると、何となく嬉しいと思える。
「……はい」

 何となくぼんやりしたまま納得したというか、曖昧で良いような気持ちになってしまった。
 彼女に興味はあるが、別に変なことを期待している訳ではない。
 どちらかと言えば、気難しそうに感じていた彼女の、こう、何だろう。
 一風変わった自己主張が見られたことが思いがけず、つい和んでしまったというのかな。
「…あの、先輩」
「ん?」
「……勝手に使って、ごめんなさい」
 表情は分からないが、声が謝ってきた。
「別に良いよ。それにしても、リコーダー、上手いね」
「…そうですか?」
「うん、思わず聴き惚れるくらいに上手」
 すると、何かホッと息を吐いたのが聞こえた。
「…先輩は」
 まだ何か続けるみたいだ。
「…先輩は、私がこういうことするの、似合わないと、思いますか?」
 ”こういうこと”とは何を指すのか、文章中から抜き出せ――国語の問題によくある。
 でも口頭のニュアンスとなれば、もっと複雑だ。
「似合わないかもね。でも、似合う必要は別にないと思うよ」
「…え?」
「だって、俺が砦さんのことを、よく知らなかっただけなんだから」


なんちてな
9ファントム・ペイン7話(後) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 16:55:44.83 ID:Ul6BjLgB
>>5
乙です
ミステリアスな後輩さんとのこそばゆい距離感が良い雰囲気でした

こちらも前スレの後編を投下いたします
10告白 / 星宿(ほとほり) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 16:58:29.99 ID:Ul6BjLgB
(承前)

俺は彼女を抱いたまま家に戻った。
只今を告げても、誰も応えない。
親父は既に家を出たようだ。
俺は絵麻を下ろして、まだ水分の滲む靴を苦労しながらも脱いで行く。
「取り敢えず、お前は先に風呂入ってろ。
俺は適当に服を取ってくる」
下着とかを勝手に漁るのは気が引けたが、俺も彼女も大して気にはしない、だろう。
鼻を啜りながら、靴と靴下を脱ぎ終えて裸足で居間へ向かおうとした所で、袖を引っ張られる。
「絵麻?」
大きめな瞳が、俺を真っ直ぐに見ている。
俺を誘っている。
何に? 勿論風呂に、だ。
一緒に入ろうと、そう言う事だ。
単に、凍える俺を見かね、かと言って俺が絵麻を置いて先に暖まる等と言う事態を受け入れないだろうと見越した故なのだろう。
他意は無い、と思う。
けれど、非常識だ。
男と女が一糸纏わぬ状態で狭い空間に同伴する意味が絵麻に判らぬ筈も無いだろう。
況して、俺が彼女をそう言う眼で見ている事は、彼女も知っている。
だから、そんな申し出は辞退するべきなのだろう。
ほんの十数分、暖房の効いた部屋で、彼女が風呂から上がるのを待っていれば良い。
けれど――――
けれど、彼女の瞳が、否、きっと自分自身が、互いのぬくもりを求めている事に気付く。
俺は、結局それを断ることが出来なかった。

11告白 / 星宿(ほとほり) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 17:00:28.64 ID:Ul6BjLgB
家の風呂の湯船は、少し広めだ。
二人並んで入れる程ではないが、二人向き合って横にずれ、脚を反対方向へ伸ばせば、なんとか体が収まる。
そんな格好で、俺と絵麻は向き合って湯に浸かっていた。
勿論、何も身に着けずに。
俺はさっきからずっと、顔を逸らしてタイル張りの壁に意識を集中させていた。
ちらりと絵麻の様子を伺うが、彼女の方はいたって平然としている。
どうしようもなく、視線がその下の白い乳房に吸い寄せられそうになり、俺は慌てて視線を元に戻した。
静寂。
温かい湯の感触。
そして、左足に当たるすべすべした感触。
落ち着かない。
「ヤスミ」
唐突に、絵麻は呟いた。
「ドキドキしてる?」
「当たり前だろう……」
つと、絵麻が右腕を伸ばす。
少し赤くなった掌が、俺の胸に押し当てられる。
「ほんとだ」
目を閉じて、俺の鼓動に集中する絵麻。
「ドキドキしてる」
少女は、手を伸ばせば届く距離にいる。
そして、左手で俺の腕を取って、そのまま彼女の胸に導いた。
「いいよ」
ぎょっとしている俺に、絵麻は微笑みかける。
「触って」
導かれるままに、彼女の胸の中心に掌を当てた。
穏やかな、ささやかな、あたたかな鼓動。
もっと確かめたい。
もっと近くに感じたい。
俺は衝動的に、身を乗り出して、絵麻の細い躯を抱き締めていた。
華奢な肩から、水滴が滴る。
絵麻も、そっと腕を俺の肩に絡ませて来た。
あたたかい。
そのまま、二人じっと抱き合ったまま。
静かだった。
何故か、心はひどく落ち着いていた。
このままずっとこうしていたいと、そんな事だけを考えていた。
「私も」
腕の中で少女は、小さく呟く。
「ヤスミのこと、すきだよ」
何が大切かなんて、難しく考える必要ない。
目を閉じて、抱きしめてあげれば、きっと判る。
前に彼女がそんな事を言っていたのを思い出す。
「ああ」
だからこの腕の中の存在がどれ程大切か、それを噛み締めながら。
この小さなぬくもりが潰えてしまう事が無いよう、願いながら。
「ありがとう」
強く、強く、俺は絵麻を抱き締めた。

12告白 / 星宿(ほとほり) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 17:05:02.72 ID:Ul6BjLgB
――――――――

真夜中、時計の短針が真っ直ぐ左を示す時間。
白熱灯が灯る洗面所。
少女は、カミソリの刃を傷一つない左手の指に押し当てていた。
いつから始めたか、ずっと続けている確認作業。
簡潔に言うなれば、痛覚のテスト。
指に刃を捻じ込み、爪を引き剥がす。
翌朝までには体内のウィルスが綺麗に治癒している。彼女の他誰にも感づかれることはない。
それを良い事に、少女は何十回と自身の指を破壊してきた。
そこまでしないと、彼女は痛みを思い出せない。
それなのに、その痛みでさえもだんだんと薄れてしまっている。
だから、いつも確認していないと気が済まない。
少女は意を決し、刃を握る手に力を込めた。
白い肌に先端が入り込み、ぷつ、と赤い滴が浮かび上がる。
突然、横から大きな手が伸びて、少女の右手を掴み上げた。



嫌な予感はしていた。
最初は、偶に夜更けごそごそと歩き回って、変だな程度にしか考えていなかった。
女の場合は色々と知られたくない面倒な事もあるだろうと思って、敢えて無視していた。
けれど、彼女が偶に朝だけ指に付けている包帯の事や、そんな朝に限り洗面所に残っている血の匂いが、不安を掻き立てていて。
彼女が自分の事を大切にしないと判って、それは具体的な懸念へと変わって行った。
13告白 / 星宿(ほとほり) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 17:07:49.14 ID:Ul6BjLgB
「何をしていた」
俺は、絵麻の腕を握ったまま、呆然と俺を見上げる彼女を問い詰める。
「何をしようとしていたんだ」
出来るだけ声を荒げない様に注意するが、声音に怒りが滲むのだけは防ぎ様がなかった。
真夜中、ふと目を覚ませば、隣で寝ていた筈の絵麻がいない。
不安に駆られて洗面所を覗いて見れば、この有様だ。
「これまで、ずっと、こんな事をしていたのかよ。毎晩毎晩。
コソコソ隠れて、自分で自分を傷つけるような真似を!」
頭に血が上っていた。
大切な少女が傷付こうとしている。他ならぬ彼女自身の手によって。
これまで、何度も、何度も、これを繰り返していたのだろう。
許せなかった。
彼女も、今迄踏み込めなかった俺自身も。
「お前を心配している奴がどれだけ居るか判っているのか?
親父だって、渡辺だって、あいつの妹もそうだ。勿論俺も。
直ぐ治るだとか、痛くないとか、そう言う問題じゃないだろ!」
実際、そういう問題なのかも知れない。
彼女にとって自分が傷付く事等、瑣末な問題に過ぎないのだろう。
それでも、俺にとっては絶対に許容できない問題だ。
「なんでこんな事をする!
周りの注意を引きたいのか! それとも誰かへのあてつけか!
不満があるならはっきり言えよ!
でないと――――」
「ヤスミにはわからないよ!」
俺に腕を掴まれたままじっと俯いていた絵麻が、突然弾かれた様に大声を張り上げた。
「ヤスミにはわからない!
痛いって感じられることがどれだけ大切か!
毎日少しずつ痛覚が薄れていくのがどれだけ不安なのか!」
先程とは逆に、俺の方が絵麻に圧倒される。
初めてだった、こいつがこんな声を上げるのは。
こいつがこんなにはっきり泣くのを見るのも、初めてだった。
「朝起きるたび、自分がまだまともかどうか不安になる。
……私の体が傷付くのはいいよ。どうせすぐ治るから。
けれど、ヤスミのお母さんの時みたいに、同じ施設の子たちの時みたいに、誰かが傷付いていることを判ってあげられないのは、もういやだ。
大切な人と苦しみを分かち合うことも出来ない。そんなのもう……」
絵麻は息苦しげに咳き込んだ。
喋り慣れていないのに、長い言葉を発したからだろうか。
嗚咽とも咳ともつかない発作を繰り返す。
俺は絵麻の手を握ったまま、自分のシャツのボタンを幾つか外すと、彼女の手の中のカミソリが俺の胸に当たるよう導いた。
14告白 / 星宿(ほとほり) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 17:10:42.42 ID:Ul6BjLgB
絵麻は思わず手を引こうとするが、俺は手に力を込めて阻止し、そのまま俺の胸に刃を付き立てる。
先端が素肌に埋まって行き、血が滲んだ。
絵麻は息を呑む。
「刺せよ」
尻込む絵麻に、俺は言い放った。
絵麻は泣きそうな顔で、只首を振る。
「刺せよ。
お前が刺される位なら、俺が刺される方がずっとマシだ」
絵麻は必死に俺からカミソリを離そうと手を引っ張るが、俺も負けじと自分の方に刃を押しやる。
胸の皮膚は薄い。血管が裂け、血の滴が胸を伝い、シャツを汚す。
「前に言ったよな。もしお前が痛みを忘れそうになったら、俺が思い出させると。
判るだろう、これが痛いって事だ」
実際は殆ど痛くなかった。
アドレナリンの所為か、元々神経が通っていないのかは知らない。
「刺せないんだろう。
だったら大丈夫だ。お前はまともだし、他人の痛みも理解できる。
これでもまだ不安だって言うのか」
絵麻は泣きじゃくりながら首を振る。
「他人を傷付ける事も出来ない奴が、自分を傷付けるな!」
俺は彼女の手からカミソリを奪い取ると、自分の胸から引き抜いて床に叩き付けた。
カミソリはカランと乾いた音を立ててタイルに転がる。
刃を引き抜いた所為で胸から血が溢れるが、大きな動脈を傷付けてはいない為か出血量は少ない。
それでも絵麻は泣いたまま、自分の寝巻きを引き裂いて、必死に傷口を押さえて来る。
結局、大切な人を泣かせてしまった。
その事に罪悪感を感じながら、俺は彼女の頭に手を延ばした。
「大丈夫」
俺は絵麻の頭をそっと抱き寄せる。
二人、血に汚れるのも構わず、静かに寄り添った。
「大丈夫だから、もう泣くな」

そして、じきに出血は止まった。
救急車を呼ぶ必要がなくなり、少しだけ安心した。

15告白 / 星宿(ほとほり) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 17:14:22.83 ID:Ul6BjLgB
ごうんごうんと、低い、周期的な音を立てて、洗濯機が回る。
中にあるのは、先程まで二人が着ていた上着。
服に染み付いた血は、時間と共に落ち難くなる。
いつもの様に朝洗うよりはマシになるだろう。
幸い家のアパートは防音が良いので、夜中でもこうして洗濯機を動かせる。
俺は今の壁を背中に、床に座り込んで、ぼんやりと夜のベランダを眺めていた。
雲一つなく、月も見えない夜空。
星が綺麗だった。
今夜に限っては車通りも少なく、聴こえる音は一つしかない。
静かな夜。
全身に響く振動が心地良い。
瞼も重く、まどろみに沈みかけていると、突然ふわりと毛布が被せられた。
「絵麻」
着替え終え、後片付けも終えた絵麻が心配そうに覗き込んでいる。彼女の目はまだ少し赤いままだ。
俺は少し横に移動して、隣に座るよう促した。
少し躊躇った後、ちょこんと座り込んで肩を寄せて来た彼女に、俺は毛布を被せて一緒に包る。
左手で、彼女の細い手を握った。
彼女は柔らかく握り返して来る。
あたたかい。
彼女は尚も心配そうに、時折俺の胸の方を見ている。
「まだ、痛い?」
「いや……」
胸の包帯を毛布の下に隠して、俺は反射的に否定した。
彼女はそれ以上何も聞かず、黙って俺の方に一層身を寄せて来る。
触れる肌と肌から、互いの鼓動が伝わって来る。
とくん とくん
とくん とくん
ごうん ごうん
3つの音は、不思議な和音を成して、尚も心地よく響いた。
お互いの音を聞きながら、二人してベランダの外を眺める。
空は吸い込まれそうな位真っ暗で、星だけが頼りなく瞬いていた。
隣の少女の鼓動も、酷く頼りないものであり、いつ何時終わるものかも判らない事を思い出した。
そうなれば、俺は――――

「ひとりじゃないよ」
唐突に絵麻は呟いた。
「私は死んでも、ヤスミの事ひとりにしない。
ずっと、ずっと遠くから、見守っているから」
そう言って、絵麻は俺の手を握り締める。
「空の星にでも成って、か」
そんな風にまで想われている事に、嬉しさと恥ずかしさを覚えながら。
相変わらず素直になれない俺は、つい反駁の言葉を捜してしまう。
「人間みたいにちっぽけな存在が、星なんて大仰な物に成れるとは思えん。
星が流れる時、人間が巻き添えを食らって死ぬって話の方が、まだ納得できる」
絵麻は苦笑を返す。
16告白 / 星宿(ほとほり) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 17:17:09.22 ID:Ul6BjLgB
星と命を重ねる見方は少なく無い。
星が永遠で、命もそうあって欲しいと願うから、なのだろうか。
けれど、星もいつかは死ぬ。人よりも遥かに長いスケールでの話だが。
そして、宇宙の何処かでは、今この瞬間も、幾つかの星が消えているのだろう。
目に見えなくとも、人の数より遥かに多い恒星が存在しているのだから。
その内のどれかが燃え尽きる時、俺や絵麻も死ぬのだろうか。
そんな馬鹿馬鹿しい思いに囚われる。
「……お前の星はどれだろうな」
何とはなしに、呟いた言葉。
絵麻は律儀に夜空を見回した。
「ああいうの、かな」
少女が、つと指差す先を見る。
東の方に、真赤で、毒々しく輝いている星が見えた。
確か年老いた巨大な変光星で、いつ爆発しても可笑しくないと言われていた様な気がする。
いつ潰えるとも判らない、臨終間際に煌々と生命を燃やす。
確かに、こいつに似ているかも知れない。
(縁起でも無いな……)
俺は苦笑しながら、胸中であの星が落ちぬようにと願った。
「じゃあ、俺の星はどれだ」
絵麻は再び夜空を見回してから、今度は反対の方向を指す。
南西の方向、空低くに、白い星がぽつんと浮かんでいた。
周りに他の星は見えない。
夜光にも負けず、孤独に輝く。
寂しげだった。
宇宙には奥行きがあり、地球上からは隣り合っている様に見える星も、実際には何千光年も離れている。
だから、一見にぎやかな場所にいる星も、実際は孤立している事に変わりは無い。
そうは知りつつも、
「……寂しい星だな」
ひとりでに呟きが漏れる。
「ひとりじゃないよ」
先程同じ言葉を、絵麻は繰り返した。
「あの星にも、惑星がある。
目には見えなくても、きっと誰かが、傍に」

太陽と惑星の様に。
連星の様に。
触れる事がなくとも、ぐるぐるとワルツを踊りながら。
溶けて一つになり、潰えるその日まで、ひっそりと寄り添う。
17告白 / 星宿(ほとほり) ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 17:19:00.20 ID:Ul6BjLgB
俺は絵麻の方を見た。
絵麻は俺を見ていた。
二人とも、もう星の方に顔を向けてはいなかった。
届かない星の事より、触れる事の出来ない惑星の事より、目の前にいる少女のことが、今は。
俺は屈み込んで顔の位置を下げた。
絵麻は顎を上げて顔を寄せて来る。
密やかな吐息を感じる。
二人、どちらともなく瞼を閉じた。

星だけが、静かに二人を見下ろしていた。
18 ◆MZ/3G8QnIE :2012/04/22(日) 17:25:34.53 ID:Ul6BjLgB
投下終了です。

フォーマルハウトbは惑星じゃないかも知れないなんて説が、この話を書いてる途中に出てきましたが、
フィクションということで、どうか一つ。他にも観測できない惑星持ってるでしょうし。

ともあれ、実質9話目にしてようやく初ちゅーまで持って行くことができました。
えろい話を入れる目算も立ったので、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
19名無しさん@ピンキー:2012/04/22(日) 23:15:08.80 ID:+XykPICg
>>8
GJです!
リコーダーww
あれですね、女子が男子のを、って珍しいですねw
だがそこがいい

>>18
GJです!
なんか絵麻さんすごくかわいい。もうなんか……かわいい。
ヤスミ、なんか性欲薄そうに思ってたけど、そんなことなかった。そしてカッコいい……
20名無しさん@ピンキー:2012/04/22(日) 23:30:28.73 ID:5ilqYXnq
GJ!
21名無しさん@ピンキー:2012/04/29(日) 18:03:25.21 ID:HtIoe5fR
ぐっじょぶです!
まったり待っております
22名無しさん@ピンキー:2012/05/08(火) 06:15:38.75 ID:NSCVYmDa
hou
23名無しさん@ピンキー:2012/05/15(火) 00:35:55.17 ID:lVf6X1VR
 子どもの頃、部屋にテレビが無かった僕は、ラジオを聴いていた。
 AMは邦楽や有名洋楽を聴きつつ、パーソナリティの喋りや投稿などを楽しむところ。
 FMは洋楽やいろんなジャンルから、エキゾチックやノスタルジックなムードに浸るところ。
 特に深夜のFMは、眠気に誘われながら聴く不思議な世界だった。
 今でもユーミンの曲とか流れると、その時の気分を思い出してしまう。

 テレビやPC、或いは携帯などを持つようになると、自然と聴覚だけの媒体からは離れていく。
 けれどたまに、ラジオだけに触れたくなる。
 それも出来るなら一人きりか、皆静かになっている車の中とかで。
 静かでほんの少し寂しい、安らぎの空間。
 僕はこれからもずっと、そんな感覚を追憶しながら、年老いていくのだと思う。

 晩春、オフタイマーを一時間にセットして、床に就いた夜のこと。
 暗い部屋に小音量で、リラクゼーションミュージックが耳に心地よく響いてくる。
 間に、BGMなしで女性が、ゆったりとした曲紹介をする。
 落ち着いていて慈愛を感じる、大人の声だ。
 まるでスピーカーを通して僕一人だけに、呟きかけてくれているようだ。

 物心つくかつかないかの頃から、夜は未知の時間だった。
 ふと目が覚めてしまった時の、周りは誰も起きていない時の恐怖感。
 熱帯夜などに目が冴えて眠れないと、眠るとは何なのか、自分はいつもどういう風に眠っているのかを考える。
 考えだすと底知れなくなってしまう。果ては自分が死ぬとどうなるか、なんてことにまで思考を伸ばしてしまっている。
 そしていよいよ眠れなくなって、寝苦しさに悶えながら、長い夜を明かす。

 夢に落ちた後も、耳から入る音は僕を包んでくれる。
 それは、睡眠という孤独な悟りを、受け入れやすくしてくれるものなのかもしれない。
 夢の中で聴こえるラジオは映像となって、記憶と混ざりカスタマイズされる。
 実に馬鹿げた、前後も視点もめちゃくちゃな物語だ。
 僕という人物の底が、若干出てしまっているのかもしれない。

 朝、目覚まし機能でまた夢に音楽が入ってくる。
 ちょうどラジオドラマをやっていたようだ。
 朝だからか、あまりセンチメンタルな内容のものではなく、スラップスティック系。
 幼い女の子が、子どもくらいの主人公になりきった僕を呼んでいる。
 駆け込んできて、それを受け止める。優しい息が漏れ聞こえた。

 ――ずっと、好きだった。
 内向的な感じの声。控えめで小柄な女の子は好みだ。
 僕から顔を近づけて、キスをする。
 柔らかい唇と、寄せて軽い体。
 舌を入れると、その感覚はリアルで興奮する。

 彼女の小さな口を存分に味わってから、顔を引く。
 可愛い顔だ。僕だけを健気に見ている。
 我慢できなくなって、体を弄る。手が踊るように制服をするすると脱がせてしまう。
 やがて僕も彼女も下着一枚だけになって、もう一度抱き合う。
 その体はひんやりとしていて、とても触れ心地が良かった。

 今はもう、僕の願望で展開しているだけだろう。
 熱いキスをしながら、前戯なしで結合するが、不思議と痛くないほど滑っている。
 ――あっ、あっ。
 気持ち良さそうに声を漏らし、横になった僕の下腹部の上で、きれいな裸体を上下させる。
 大事なところが引き締まり、急激に快感が強まって、そして、放つ。

 夢精はしていなかった。したような気になっただけか。
 目が覚めるか覚めないか、曖昧な意識のところで、消えかけている彼女を抱き締めていた。
 彼女は無口だ。まるで自分では喋らないラジオのようだ。
 良い夢をありがとう、と心の中で、頭と、今も何かを放送中のラジオに呟くと、どこからともなく声がした。
 ――ほしゅ。
24名無しさん@ピンキー:2012/05/22(火) 07:23:59.41 ID:Z5A3V8Rs
ほしゅ
25名無しさん@ピンキー:2012/06/19(火) 22:12:24.00 ID:GTdDUDs3
ほ?
26名無しさん@ピンキー:2012/06/19(火) 22:35:01.46 ID:dz9mM2jF
寂しい……よぅ
27名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 09:41:54.09 ID:XxcAjtgm
かなり今さらで申し訳ないかもしれないけど
今月号のコミックホットミルク(2012年8月号)で
三巷文先生が書いた「スペアキー」って話が個人的にすごくツボだった。
美術部員でショ−トヘアの不器用な感じの無口っ娘と
平穏な学生生活を送るために自分の性格の悪さを隠して生きている男子生徒の話。
28ファントム・ペイン8話 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 22:53:04.92 ID:eK7UoIAf
今回の話は時系列が少し変になっているので読み辛いかもしれません。
微エロな話になります。12スレくらい頂きます。
29星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 22:56:16.34 ID:eK7UoIAf
――――まず、北の方角をご覧ください。北斗七星がみえます。独特のひしゃくの形が特徴的ですね。
――――このひしゃくの柄の部分を延ばしていきましょう。
――――オレンジ色の明るい星がわかりますか?
――――うしかい座α星、アークトゥルスです。
――――日本では、麦刈り星、などとも呼ばれます。



「と、言う訳で」
何が、と言う訳、なのかは良く判らないが。
帰宅した親父を制服姿のまま待ち構えていた俺と絵麻は、"大切な話がある"旨伝えた後、居間の床に隣り合って正座していた。
緊張の面持ちで正面に座った親父に向け、俺は口を開く。
「俺達は付き合う事にした」
「……しました」
隣りの絵麻も、顔を真っ赤にしながら呟く。
その時の親父の顔は、失礼な話、見物だった。
唖然と言うか、愕然と言うか、彼の子として生まれて数十年で始めてみる類の表情であった事は間違い無い。
親父は、鳩が豆鉄砲を食らった状態のまま、暫く俺と絵麻を交互に見比べていたが、やがて俯いて深々と溜息をついた。
「泰巳」
顔を上げた親父は、真剣な面持ちで俺にだけ言った。
「少し、お話しようか」



おろおろしている絵麻を残して、親父の部屋に入る。
散乱している衣類に、うず高く積み上げられた本。相変わらず汚い部屋だ。
親父はパイプ椅子を出して腰掛けると、俺にはデスクの椅子を勧めた。
「で」
さっきの驚愕はどこへやら、極まりの悪い俺と対照的に落ち着き払った態度で、親父は口を開いた。
「泰巳はどうしたい」
「どうって……」
俺は暫し口を噤む。
「さっきも言った様に、付き合いたいと思っている。本気で。
俺はあいつが好きだ。あいつも俺の事を好きだと言ってくれた。
あいつの寿命がどう有ろうと関係ない。
最後まで一緒にいたいんだ」
「ふうん」
傍に積み上がっている本の塔に片肘を付きつつ、親父は尚も何処か他人事、と言った風情で答える。
30星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 22:58:06.89 ID:eK7UoIAf
「で、態々そんな事を報告して、僕にどうして欲しいの」
又も質問。
俺は少し苛立ちながらも、慎重に言葉を選ぶ。
「……保護者の許可は必要だろ。
一応、曲りなりにも男と女が付き合うんだから、家の中でも多少はベタ付くだろうし、一緒に住んでる奴に言っとく必要もあると思った」
親父は目を細めた。
「じゃあ、僕が反対したらどうするの」
俺は言葉に詰まる。
その可能性を考えていない訳ではなかったが、普段押しの弱い親父なら説得できると思っていた。
「……反対なのか?」
「さあ?」
親父の態度に、苛立ちが増す。
息子と扶養者が結婚したいなどと言い出したのに、何処か真剣みを欠いている。
「あんたが反対ならそれでも構わない。
当分家の中でいちゃつく様な真似はしないが、あいつが好きな事には変わりはない。
さっさと就職して、あいつを連れて出て行くさ」
「進学もせずに?」
「ンな余裕ねえよ」
金銭的な問題と言うより、時間の問題だ。
高卒では選択出来る仕事の範囲が狭いことは判っている。
しかし、俺が大学を卒業するまで絵麻が生きている確率は、半分より悪い。
「将来苦労するよ」
「後悔するよりマシだろ」
「本当に?」
親父は俺の方を正面から見据える。
「本当に、そんな風に人生決めて後悔しない?」
「……何が言いたい」
親父は俺を試す様に質問を重ねた。
「そもそも、泰巳は本当に絵麻の事好きなの?
絵麻も、本当に泰巳の事好きなのかな?」
「何?」
「お互い、誰でも良かったんじゃないの?」
俺は思わず椅子から立ち上がった。
親父は構わず続ける。
「泰巳は自分より弱い子なら誰でも良かったんじゃないの?
頼りにされ、必要とされる自分に酔っているだけじゃ無いのかな?
絵麻はどうか判らないけどね。
君が絵麻の弱さに付け込んで、依存させる様に仕向けてるんじゃない?」
「おい」
31星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:02:53.29 ID:eK7UoIAf
辛うじて親父の襟首に掴み掛かりたい衝動を抑えながら、俺は言葉を搾り出した。
「さっきから黙って聞いてりゃ……。
引き取るだけ引き取っておいて、扶養家族の事放任している奴が言えた事かよ。
あんたに絵麻の事何が判る。
天然ボケに見えて、他人のことだけはしっかり見てる性分も。
喋るの苦手な癖に挨拶だけは欠かさない律儀さも。
度の過ぎた御人好しな性格も。
俺がくだらないと思う物や、見向きもしない物からでも、山程美点を見付けて来る事も。
好きなものも、嫌いなものも、望んでいる未来も。
何一つ知らない癖に、俺があいつに向ける感情に余計な口挟むんじゃねえよ!」
親父は暫く吃驚した様に俺の言葉に聞き入っていたが、やがて何か考え込む様に俯いた。
俺は構わず言葉を続ける。
「確かに、俺には共依存のケがあるだろうがな。
絵麻はちゃんと一人立ちしようと努力してるし、俺もその後押し位はしてやれる。
仮にあいつが最期まで俺への依存を止めなかったとしても、俺は途中で投げ出したりしない。
面倒臭かろうが、何時終わってしまうか判らなかろうが。
何と引き換えることも出来ない、世界で一番大切な奴を手放す事は絶対にない!」
親父は俯いたまま、やがて小刻みに肩を揺らし始める。
俺は訝しんで、親父の顔を覗き込んだ。
親父は、我慢出来なくなったか、突然腹を抱えて笑い始めた。
今日は、何と言うか、実に彼の見知らぬ側面を見る機会に恵まれている。
「おい」
「ああ、ごめんごめん。
あんまりにも恥ずかしかったから、つい笑っちゃったよ。
だって、あの泰巳がさんざんノロケた挙句、"世界で一番大切"だとか、本当に――――」
尚も爆笑を続ける親父。
「……俺は怒って良いよな?」
親父は一頻り笑った後、咳払いを一つ。
「うん、いいんじゃないかな」
「何がだ」
「付き合えばいいと思うよ、きみたち。
適度に依存し合うことは男女間ではかえって適切な場合もあるし。
絵麻も一時期よりはしっかりして来たし、君も庇護欲の自覚もあるみたいだし、バランスを探っていけば良いんじゃない?」
腑に落ちないながらも、俺は急に軟化した親父の態度に安堵しながら、軽く毒吐いた。
「……最初からそう言えよ」
「まあ、泰巳の覚悟のほども聞きたかったし。
ここではっきり"好き"って言えなかったら、僕も反対してたかもね。
と、言うわけで――――」
親父は立ち上がると、徐にドアを引く。
絵麻がきょとんとした顔で、後ろ手に尻餅をついていた。
32星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:04:21.71 ID:eK7UoIAf
「もう入ってきていいよ、絵麻」
盗み聞きしていたらしい。
俺は呆れた。
「お前……」
「ごめんなさい」
絵麻は気まずそうな顔で親父の部屋に入る。
そのまま隅まで行って床に正座すると、俺に向かって口を開いた。
「えと……」
「?」
暫しの口篭った後、絵馬は言葉を継いだ。
「私、家事覚えるよ」
「は?」
「洗濯は、できる。掃除も、できるし。
料理だって、ヤスミより上手くなってみせる。
だから……」
絵麻は真剣な面持ちで、俺を見据えた。
「だから、ヤスミは、ちゃんと進学してほしい」
絵麻が日本の昨今に於ける就職事情にそれなりに通じている事に若干驚きつつ、俺は勝手に先走っていた事を反省する。
俺は、将来について真面目に考えた事があっただろうか。
これからの事について、絵麻と真剣に話し合っていただろうか。
彼女が死んだ後は、どうなっても良いと考えていなかっただろうか。
絵麻が何十年と生きていられる可能性も、ゼロでは無いと言うのに。
未来について、自暴自棄になっていたのは、寧ろ俺の方だったのかも知れない。
「ああ……、考えて置く」
俺は椅子を降りて彼女の隣の床に胡坐を掻いた。
「だが、高校卒業と同時に2人きりで爛れた同棲生活を始めるのも魅力的ではあったんだがな」
俺の軽口に、絵麻は顔を赤くしてそっぽを向く。
ナイーブな反応を親父は意外そうな目で見ていた。
「二人はもうえっちしたの?」
「中学生と出来るか」
俺は思い切り目を顰める。
「え、したくないの」
「そんな事は無いが……」
かなり際どい事はしている自覚はあった。
一方の絵麻は首を傾げている。何を意味するか判らないらしい。
「性行為の俗語だ」
絵麻は急に顔を赤く染めて、ぶんぶんと勢い良く首を振った。
裸を見せる類の事には頓着しない癖に、こう言う話題にはまだまだウブだ。
俺は溜息を吐いて顔を背けた。
33星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:06:23.04 ID:eK7UoIAf
「まあ、いずれにせよ、やるんだったら避妊はするから安心しろ」
高校生の自己申告での避妊ほどアテにならない物もないか、等と考えながら顔を元に戻す。
と、何故か目を丸くしている二人が目に映った。
「ごめん」
やがて、絵麻は気まずそうな顔で呟いた。
「私、子供産めない」
その言葉の意味を理解するのに暫く掛かった。
経済的な意味で言っているのでは無い。
恐らく、彼女の体質が原因。そもそも生物学的に出産が出来ない、と言っているのだろう。
親父はばつが悪そうに補足する。
「つわりのことは知ってるよね。
あれは、妊婦の体が胎児を異物と認識して免疫反応を引き起こすのが原因といわれている。
絵麻の場合も同じ事でね。
彼女達、例のウィルスを保有する女性は、その強すぎる免疫力のために、自然に妊娠することが出来ない。
ウィルスは受精卵を体細胞やその他有益な共生菌と異なる遺伝子を持つ有害なものと判断して、体内から排除する。
望むなら、代理出産という手もあるけど……」
「――――そうか……、それは、残念、だな」
俺は、辛うじてそれだけ口にした。
何故か酷くショックを受けている。
子供を持つなんて、真っ平と考えていた筈なのに。
「……ごめん」
絵麻が再び謝る。彼女が謝る必要など何処にも無いのに。
「いいさ」
俺は何と無しに彼女の髪を指で漉く。
絵麻はくすぐったそうに目を細めた。
「お前が元気でいてくれれば、それで良い」
親父が再び咳払いする。
名残惜しいが、俺と絵麻は互いに一歩離れた。
「付き合う以上は、こう言うのもあるだろ。
今後もこれ位の事はするだろうが、見て見ぬ振りをしてくれると助かる」
隣で絵麻も親父に向かってお辞儀をする。
親父は肩を竦めた。
「外でやるくらいなら、家の中でいちゃいちゃする方がいいんじゃない?」
「そう言ってくれるのは助かるが……本当に良いのか?」
最悪、引き離されるとか、接触禁止を言い渡される事も覚悟していたので、勿論素直に受け入れる気はなかったが、何だか拍子抜けだった。
「なに? やっぱり反対して欲しかった?」
「随分簡単にガキを信用するものだなと思っただけだ」
「なるほど。
確かに、放任と受け取られるのも、こちらの本意ではない」
親父は暫く考える素振りを見せた後、じゃあ、と前置きして、片目を瞑った。
「泰巳にだけ、ひとつ条件をあげよう」

34星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:08:11.65 ID:eK7UoIAf
――――こんどはひしゃくの桝の先端を延ばしていきましょう。この星の間隔5つ分くらいですね。
――――黄色い2等星があります。
――――こぐま座α星、ポラリス、北極星です。



石の階段を上り切ると、突然視界が開けると同時に、強い寒風が襲い掛かった。
「……寒」
俺はコートの襟を立て、立ち並ぶ墓石や卒塔婆の間を進んで行く。
墓地の中程に、それは在った。
何の変哲も無い墓石。
伊綾家代々の墓。
最後に訪れたのは小学生の時だったろうか。
信心深くも無く、本家との繋がりも薄かった所為で、墓参りは疎かになっていた。
俺は持って来た桶を地面に下ろし、清掃を始める。
元々掃除するまでも無く、墓は十分綺麗な状態だ。花筒に挿されている黄菊と水仙も萎れてはいても、完全には色を失っていない。
親父も絵麻も、時折訪れていたらしい。
俺に何も告げず。
俺は萎れた花と周囲のゴミを袋に入れると、桶の中から柄杓で水を掬って、墓石に回し掛けて行く。
それが終わると、火を付けた線香を供え、しゃがみ込んで合掌した。
「母さん」
一通り礼拝を終え、立ち上がって俺は墓石に向けて語り掛けた。
「俺は、絵麻と付き合う」
当然、返事は無い。
馬鹿馬鹿しい思いに駆られながらも、俺は続けた。
「あんたにとってあいつは娘みたいなものらしいから。一応、報告に来た」
『母さんに一人で報告しに行け』と言うのが親父の付けた"条件"だった。
言われたから行っただけで、こうして肉親の墓を前にしても、特に感慨は無い。
小学校に入って直ぐ居なくなり、与り知らぬ所で死んだ人間だ。
薄情かも知れないが、大して哀悼の心も沸いてこない。
「あんたは自分がやりたい様にやって、勝手に死んだ。俺も勝手にするさ」
傍からでは、石に向かってブツブツと呟く危険人物と見えるかも知れない。
虚しい行為を打ち切るべく、俺は最後に別れを告げた。
「さよなら」
俺は立ち上がってゴミ袋と手桶を持ち、踵を返す。
数歩歩いた所で、一瞬、季節外れの穏やかな風が通り過ぎた。
「あの子のこと、よろしくね」
幻聴か、無関係な他人の会話が偶々耳に届いたのか。
振り返っても、そこには誰もいない。
立ち並ぶ墓石の上に、まっさらな青空が広がっているだけ。
不意に、頬を温かい滴が伝った。

35星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:10:07.61 ID:eK7UoIAf
――――実はこのポラリス、"北極星"でいられるのは、現在から前後500年ほどの話でしかありません。
――――地球の歳差運動により、極の位置が動いてしまうのです。
――――"ポラリス"という言葉自体、"極"という意味なので、あと何百年かしたら、この星の名前も変わってしまうのかもしれませんね。



「少し、訊いて良いか?」
絵麻は俺に背中を向けたまま、顔だけこちらに向けた。
俺は、その剥き出しの背中にローションを塗りながら、言葉を続ける。
「母さんは、どんな人だった」
絵麻は俺より長い間、施設で母さんと一緒に居た。
親子の関係ではなく教育者と教え子の間柄であったとしても、物心ついてからの記憶の方がより確かなものだろう。
バスタオルを胸に寄せて、絵麻は暫く考え込んだ。
「にぎやかで……明るくて……。やさしい人、だった」
「そうか」
お前の言う"優しい"は基準が低過ぎるから信用出来ない、等と思いはしたが口にはしない。
代わりに、肌理の細かい背中の肌に薄く薬を付けて行く。
肌の柔らかさと、滑らかさと、熱さ。
指でなぞる度、微かな息遣いが漏れ聴こえる。
「ちょっと、綱さんに似てたかも」
「止めてくれ。あいつ似の遺伝子がこの身に二分の一以上も受け継がれていると考えると、自分の正気が疑わしくなる」
渡辺綱――勿論武将の方ではなく、俺にとって一応小学校からの友人――の日頃見せる馬鹿っぷりを思い出し、憂鬱になる。軽い嫉妬と共に。
「さびしい?」
「え?」
背中を向けたまま、絵麻は呟いた。
「私がヤスミからお母さんを奪ったから。さびしい?」
「…………」
奪われたとか、そんな事を考えたことはなかった。が、幼い頃、寂しさを感じていたのは事実だった。
ただ、
「結果的には、良かったと思っている」
「?」
「母さんが傍にいたら俺がどんな人間になっていたかは判らん。
母親がいない幼少期を過ごした事が人格形成にマイナスに作用したかどうかも、俺は知らない。
でも、少なくともお前が母さんと過ごした時間は、プラスに働いたんだろう?
過程はどうあれ、俺はこの人となりでもここにいるし、お前は母さんのお陰でここにいる。
だったら、この形が一番良い。
俺は、母さんに感謝している」
「ん……」

36星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:11:35.31 ID:eK7UoIAf
絵麻の腰から肩にかけて、満遍無く紫外線防護剤を塗り終え、容器を彼女の脇に置いた。
「ほれ、終わったぞ。
後は自分でやれ」
だが、絵麻は某か考え込むように、じっと俯いている。
「絵麻?」
「ヤスミは」
絵麻はこちらに体を向けると躊躇いがちに口を開いた。
「前も、塗りたい?」
「……は」
絵麻が体をこちらに向ける。
薄手のタオルを胸に寄せたまま。
「お前、何言って――――」
俺は、羞恥に赤く染まった少女の顔を見て、絶句した。
絵麻は暫し躊躇った後、タオルを落とす。
形の良い乳房が、僅かにあばらの浮き出た腹が、綺麗に窪んだ臍が、露になった。
初めて見る訳ではない、が、ベッドの上と言う状況が、否応がなく興奮を煽る。
「――――判ってやってるのか」
「私は、よく判らない」
けど、と何だか居心地が悪そうに座り込んだまま、絵麻は顔を上げた。
「ヤスミのしたいこと、させてあげたい」
「――――――」

自分なんてうまれてこなければよかった。
母さんに見捨てられた自分。
誰かに八つ当たりして憂さを晴らしている自分。
自分が嫌いな、自分。
こんなクソ野郎の子供なんて、碌でも無い奴に決まっている。
だから、例えこの先誰かを好きになる事があっても、子供なんて絶対に要らない。
そう、思っていた。

コンドームなんて持ち合わせている訳が無い。
そもそも、確実な避妊方法なんて存在しない。
いや、そもそも彼女は妊娠出来ない。
だから軽はずみにセックスしても問題ない?
所詮、快楽を貪る為だけの非生産的な行為。
子供なんて、出来ないなら、その方が良い。

衝動と理性。
生産性の無い行為への嫌悪感。
目の前の少女を、愛しいと思う気持ち。
色々なものが頭の中を渦巻く。
俺は混乱した状態のまま、絵麻をベッドの上に押し倒していた。

37星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:13:19.29 ID:eK7UoIAf
仰向きになった絵麻の顔には、若干の羞恥と緊張の色が見える。
絵麻に体重を掛けない様、腰を跨いで四つん這いになり、真上からその顔を見下ろす。
「なあ」
絵麻は恥ずかしそうに逸らしていた視線を俺の顔に向けた。
「何で急に、こんな事言い出したんだ」
「…………えっと」
再び目を逸らしつつ、絵麻は口篭る。
「……ヤスミ、ペニス立ってたから」
絵麻の口からペニス等と言う言葉が出るとは思っていなかったが、確かに日頃彼女の裸に触れる際、勃起を隠せていた自信は無い。
「本とか読んで、その、男の子がそういうことしたい時そうなるって、その。
……だから」
「お前はどうなんだ」
絵麻はきょとんとしている。
「俺がどうしたいとかは別にして。
お前は、俺とそう言う事をしたいって、思ってるのか」
絵麻は暫く考え込む。
「たぶん?」
「多分ってなんだ」
「ヤスミが満足してくれるなら、そうしたい」
「まあ、入らなかったとしても、間違いなくこれ以上無い位満足できるだろうが――――」
お互い経験も無しに、上手く立ち回れるとは思えない。
「一応訊いて置くが、一人でしたことはあるか」
「?」
絵麻は首を傾げる。
「オナニーだ。自分で股間を弄ったりした事はあるかと訊いている」
絵麻は顔を赤くして首を振った。
俺は溜息を吐いて身を起こす。
何だか残念そうな絵麻を見て罪悪感が芽生える。
自分の体に魅力が無い等と勘違いをしないと良いのだが。
俺は絵麻を助け起こして、再び至近距離で見詰め合った。
絵麻は意図を察して、目を閉じる。
触れ合う唇と唇。
浅く、長く、何度か離れてはくっ付き。
何十秒か互いの唇を楽しんだ後目を開けると、絵麻は力が抜けた様に俺の肩に寄り掛かって来た。
こんな程度で、二人とも満たされてしまう。
「俺は、お前にも満足して欲しいんだよ」
顔は見えないものの、肩に当たる感触で絵麻が頷いたのが判った。
俺は最後に彼女の頬に軽くキスして立ち上がり、床に畳んで置いてあったシャツを投げて寄越す。
「だいたい、世間一般の常識として、普通中学生とはやらない」
昨今の風俗がどうなっているかは判らないが、俺の中ではそう言う事になっていた。
さっきまで流されそうになっていた奴が言えた物でも無いが。
「じゃあ」
ベッドの上でシャツに顔を埋めながら、絵麻は呟く。
「私が高校生になったら、してくれる?」
何かを期待しているような、輝きを湛えた瞳。
こいつもこんな表情が出来るんだなと、俺は新鮮な感動を覚えた。
「考えて置く」

38星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:15:47.75 ID:eK7UoIAf
――――歳差運動だけでしたら、星空は極の場所をゆっくりと回転させるだけで、星と星の間の相対的な位置の関係は変わらないはずです。
――――しかし、地球が太陽の周りを回っているように、銀河もまた回転しています。
――――時間の流れを速めてみましょう。
――――だいたい5000年を1秒の速さにまで縮めています。
――――とくに地球に近い明るい星ほど、めいめいがばらばらな方向へと動いているのがわかりますか?
――――先ほどのアークトゥルスも、1500年に1度程度、北斗七星から離れる方向へ移動しているのです。
――――私たちには永久不変のものに見える星空も、時の流れと共に変化することを免れることはできないのですね。



――――
――――――――



「ヤスミ」
ゆさゆさ、と心地よい振動。
聞き慣れた掠れ声で呼ばれ、俺はゆっくりと意識を覚醒させた。
目の前に、薄暗い中でも光を良く反射する、綺麗な瞳が並んでいる。
「ん……ああ」
欠伸を噛み殺しながら辺りを見回すと、円形に並んだ100程の客席に、もう疎らにしか人が残っていない。
先程まで星空を映していたドーム状の天井には一面に白い照明が点いている。
「終わったか」
見慣れない余所行き姿の絵麻は頷いて、俺につと掌を差し出した。
俺は、その手を取って立ち上がる。
「帰るか」

39星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:17:46.77 ID:eK7UoIAf
夜の幹線道路沿いの歩道を、駅を目指して二人手を繋いで歩く。
近辺の治安は良い方とは言え、寄り道はせず真っ直ぐ帰宅するのが得策だろう。
「ヤスミ」
傍らの少女の方を見る。
黄色いマフラーを巻きつけた口元から白い息が漏れている。
「プラネタリウム、つまらなかった?」
「否――――」
寝てしまった俺が明らかに悪いのだが、彼女のリクエストでデートの行き先を決めた事に罪悪感を抱いているのかも知れない。
「情け無い事を言うと、今日色々歩き回った所為で疲れてて、な」
少女の横顔が、僅かに曇る。
今日一日、絵麻は概ね楽しそうだった。
――はしゃいでいたのは自分だけで、ヤスミには退屈だったのかもしれない――そんな事を考えているのだろう。
「じゃあ、お前が解説して見てくれないか」
絵麻は俺の方を見上げて目を瞬かせる。
「面白かったんだろ、プラネタリウム。
今日は晴れで、街中からは少し離れてる。
実演には丁度良いだろ」
絵麻は一寸頬を赤らめて首を振った。
「私、口下手だし」
「お前の解説で聴きたい」
丁度田園と低い住宅ばかりの開けた場所に差し掛かる。
絵麻は意を決すると、俺の手を離して前方を歩きながら、くるくる回って星々を見渡した。
「じゃあ」
絵麻は最後に一回転して俺の方に向き直り、はにかむ様に笑顔を零す。
「春の大三角形から」
「ああ、頼む」

変わらないもの等ない。
1年前と今とですら、沢山のものが変わってしまった。
何より、今隣には絵麻がいる。
そして、何れはいなくなるのだろう。
けれど、その前に2人で色々なものを、自分達の手で変えて行く事が出来る。
星を探す少女の瞳は、あんなにも輝いている。1年前の無気力そうな彼女からは考えられないほどに。

40星宿 / 夢 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:20:26.25 ID:eK7UoIAf


――――絵麻。

――――?

――――お前は、何か将来の夢とか、目標とかあるのか?
――――否、無神経かも知れんが、そう言う物を持っていた方が、少しでも長生き出来そうな気がしてな。
――――来年から俺も受験で忙しくなるが、出来る限り協力してやりたいと思う。

――――
――――あるよ。
――――お嫁さん。

――――それは確定事項と考えていたんだが。
――――そうじゃなくて。職業とか、行ってみたい場所とか。
――――叶えるには継続的な努力が必要……ってのは結婚も同じか。でもまあ、そう言う自分でやってみたい事は、何か無いのか?

――――
――――

――――無いなら、無いで良いさ。
――――でも、3年後はお前も受験だからな。進路位決めて置いたらどうだ?

――――
――――
――――天文学とか、やってみたいかも。



2人並んで、白い息を吐きながら、やっと昇り始めた春の星座を探す。
季節は巡る。
絵麻はこの春、高校生になる。
41 ◆MZ/3G8QnIE :2012/07/12(木) 23:30:50.44 ID:eK7UoIAf
投下終了です
今回は今までのお約束を幾つか破棄しているのですが、結局あんまり変わり映えがしないような気もします

次回までまた間が空くかもしれませんが、前の様に作中の季節に追い越されることだけは無いよう気をつけます
42名無しさん@ピンキー:2012/07/13(金) 07:50:01.68 ID:Pm4FcUgP
GJ、GJだ!
43名無しさん@ピンキー:2012/07/14(土) 06:49:45.14 ID:3bAscEm5
GJ
44名無しさん@ピンキー:2012/07/14(土) 14:17:45.35 ID:JcXTY9c6
これは素晴らしすぎる……。
二人とも幸せになってほしいなあ。
GJです!次も楽しみ
45名無しさん@ピンキー:2012/08/08(水) 21:42:43.84 ID:UFok3kcV
話を膨らませきれずに終わった
2レスで保守
46名無しさん@ピンキー:2012/08/08(水) 21:49:40.08 ID:UFok3kcV
 休日はうんと朝寝坊をしてしまうことがある。
 この話に登場する平凡な男もまた、独身を満喫するように昇りきった太陽を、窓から見上げていた。
 少し遅くなったが朝食は何にしようか――伸びをしつつそんなことを考えていると、ぴんぽん、とドアベル。
 仕方なく寝癖頭を掻きながら、玄関へ足労となった。
 ドアを開けると、仕事の服にどういう職種かすぐに分かる帽子を被った若い男性が立っていた。
「宅急便です」
「はい」
 と、配達員は手に何も抱えていないので、どれだ? と男は目線をずらす。
「……うわ」
 男の視界に入ったのは、壁に立てかけられた、大型家電に相当する大きさの包装だった。
 自らが注文をしていない限り、これは困惑するものだろう。
 送り主は、と確認すると、そこには親戚の伯父の名前。
「ここに受け取りサインお願いしてもよろしいですか?」
 目的不明でこんな物を送りつけられたら、例え親戚でも気味が悪いものだが、突き返す訳にもいかない。
 男はとりあえず渡されたボールペンで自分の名前を書いた。

 中身に関しては、ポップアップトースターと明記されている。
 ただ、部屋まで持ち込むのに男は、ただのトースターにしてはやや重く感じた。
「そういや前に、持ってないって話をしたな」
 男はトースター機能つきの電子レンジは所持している。
 ただ食パンを焼くのにはあまり適していなかった。
「まさか、伯父さんの完全手作りか」
 男の伯父は発明家だった。
 その筋では有名だが、あまりに散らかっていて甥にも家に踏み入ろうとはされない。
 とんでもないものだったら文句言おうと男は考えつつ、ダンボールを開ける。
「……え?」
 発泡スチロールに整然と収まるようにして入っていたのは、女の子だった。
 横向きで膝を抱えて目は閉じており、セパレートのメイド服に着飾られ、身長は150pほど。
 一見、死体か何かかと見紛いかねないが、よく見ればリアルな作り物だと分かる。
 腹部が肌ではなく金属で、辛うじてトースターらしき面影があるからだ。

「どうやって使うんだ?」
 他に何かないか、中を漁ると、説明書のような紙束が出てくる。
 男はソファーに座り、早速目を通した。
「んー」
 少ししてまた立ち上がり、怪訝そうな顔をしながら女の子を箱から出す。
 そして背中の大きなリボンから電源プラグを引き出し、掃除機のように収納されていたコードを伸ばす。
 プラグは固定用のストッパーがついており、それを台所の一つ空いているコンセントに差し込む。
「……? 動か、ないな」
 ちーん!
「おわっ!?」
 突然音がして、男は体がびくりとなった。
 恐る恐る見ると、今まで正面を向いていたはずの女の子と目が合う。
 生きているかのように自然に、その顔が柔らかく笑う。
「すげ……」

 この女の子は声帯がなく、言葉を話すことはできない。
 読み書きをするような高度な知能も持たない。
 ただ、簡単な人工感情を有しており――。
 ちーん!
「お、パンが焼けた」
 女の子の腹部には、横向きに食パンを差し込むスロットが二つあり、穴はやや下傾斜な作り。
 上部に赤のスイッチランプが対応しており、押すと引っ込んで点灯、もう一度押すと元に戻り、使用のON・OFFが選べる。
 横腹にはスタートレバーと焼き上がりの微調整レバーが二つ。これも使わない時はロックができる仕様。
 そして、女の子は控えめな胸元に飛び出してきた食パンを抜き、お皿に乗せる。
「なるほど。ちゃんとトースター機能にはなってるのか」
 そう言いつつ、差し出されたそれを見ると、焼き目に模様がついている。
 にこにこマークだ。
 ――これがこのトースターロボ? の最大の特徴と言うべきところだろうか。
 自らの感情を、数十種類の模様から自動で選んでトーストしてくれるのである。
47名無しさん@ピンキー:2012/08/08(水) 21:54:49.46 ID:UFok3kcV
「ん! 美味い!」
 その場で齧ってみた男は、思わず何もつけずに平らげてしまった。
「焼き加減、上手だなお前」
 女の子は謙遜しつつ、はにかんだような表情を見せた。
 妙に細かいところを作り込んであるもので、感心した男はどれ、と試しに、もう一枚食べることにした。
 ちーん!
 そうして出てきたのは、ハートマークが描かれた食パン。
 男はそれを見て思わず表情を緩ませ、お皿を受け取った。
 お皿を渡した女の子はちょこんと膝を突き、侍るように隣で待つ。
 その姿はとても可愛らしく、フリルのサロンエプロンにミニスカート、その裾から素足が覗く。
「そういや名前はあるのかな」
 男が呟き気味に尋ねると、女の子は首を捻った。

 二枚目の食パンをジャムで食べた後、男は女の子をどう呼ぶかを考えた。
 箱にも説明書にも、名前らしきものは書かれていない。
 女の子は聞く日本語でさえ、しっかり理解しているようでもなかった。
 表情は多彩で、感情を読み取るにはトーストという手段もあるが、男も一度にそう何枚もは食べられない。
「名前か……」
 見ると、女の子は男の顔をじっと見つめている。
 それは従順な子犬のように映り、気分をとにかく和ませる。
「来るか?」
 受けの体勢を作ったことが通じたのか、人形は喜んで立ち上がり、男に抱き着こうとして――。
 ぴぃん!
 コードの限界で後ろに引き戻された。
「はははっ」
 その挙動が面白くて思わず笑ってしまう男。
 女の子はむっとした表情になり、もう一度同じことをしようとする。
 ぴぃん!

 懲りない女の子が段々涙目になってきたので、男はさすがに謝る。
 そして自ら近づいていくと、女の子の移動範囲内に腰を下ろした。
「ほれ」
 そう言って男が両腕を広げてみせると、女の子は今度はゆっくり寄ってきた。
 胡坐の上に膝からどん、と全身を乗せてくると、トースター+αなりの重量感がある。
 と言っても実物の人間と比べると軽いようにも、男は感じた。
「ほんと、よく出来てるな」
 間近で顔を見合わせ、それこそペットとご主人といった雰囲気の二人。
 手に触れる小さな腕も、柔らかな足も、ショートのさらさらな髪も、自然なそれとすら感じる。
「ん?」
 ふと、ヘッドドレスに何かが挟まっていることに、男は気づく。
 手でそっと引き抜いてみると、メモ紙だった。

「”arika”」
 男がそう呼ぶと、女の子はうん! と言い出しそうな表情で微笑んだ。
「これがお前さんの名前かな」
 変わった名前だ、と男は思った。
 ただ、伯父の名前はakiraだったなと思い出して、何となく理解した。
 一体どんな意図で、このトースターメイドを製作し、それを甥に送りつけたのか。
「ま、とりあえず預かるけどさ」
 男はメモ紙をヘッドドレスに戻すと、そのまま手で頭を、軽くよしよしと撫でる。
 するとarikaはご機嫌そうに目を閉じ、男に寄りかかってきたのだった。

 しばらく撫でていたがその姿勢も直に辛くなってきたので、男はarikaを下ろした。
 そして下腹部からパンくず受けを引き出し、中身をゴミ箱に捨ててから元に戻すと、プラグを抜いてしゅるしゅると回収した。
 ちなみにarikaは僅かだが予備電力を蓄えることが出来、電源を切ってもすぐ動かなくなる訳ではない。
 電力を遮断されて数分後、段々眠くなるようなモーションを取った後、安定姿勢を取って停止するのだ。
「せっかくだし、な」
 男はそれからarikaの体を抱きかかえ、自らの部屋に連れて行くとベッドに寝かせ、隣に自分も寝転がる。
 見ると、arikaは甘えるように男の腕に腕を絡めながら、穏やかな表情で眠りにつこうとしていた。
 これから、良い夢でも見るのだろうか。 おしまい
48名無しさん@ピンキー:2012/08/20(月) 19:08:26.27 ID:F6sSG5oC
夕方、激しい雨と雷に見舞われて
家の中だけどもし真上に落ちて、コンセントや金属を伝って感電したらどうしようと思うと
窓際には近づけないし、電化製品からもなるべく遠ざかり、自宅の真ん中でビクビクしながら
早く過ぎ去ってと膝を抱えている無口っ子
49名無しさん@ピンキー:2012/09/04(火) 19:08:37.67 ID:GszXaei3
ほしゅ
50名無しさん@ピンキー:2012/10/09(火) 17:29:28.40 ID:5Qga5qFF
51名無しさん@ピンキー:2012/10/22(月) 23:12:13.77 ID:55TP5XEr
52名無しさん@ピンキー:2012/12/04(火) 02:00:36.84 ID:1QWfT98E
保守
53名無しさん@ピンキー:2012/12/05(水) 21:36:50.71 ID:8q82G+0E
ファントムペインの続きまだかなー
54名無しさん@ピンキー:2012/12/16(日) 20:48:37.78 ID:dA1FhGxp
綾波みたいに意識の無い、もしくはほとんど希薄な女が犯されるとかは、
ここでも良い?

実験体として作られた女達が、抵抗できない・意思疎通できないのを
良いことに監視員に犯されるとか
55名無しさん@ピンキー:2012/12/17(月) 22:47:36.37 ID:ngzuEMYI
そういう凌辱系はちょっとこのスレと違うんじゃないか?
これまでを見るにあまりその手のSSはなかったと思う
56名無しさん@ピンキー:2012/12/18(火) 02:40:33.62 ID:57177z68
>>1自体かなり緩いくくりのスレだし、「無口な女の子とやっちゃう」内容なら良いんじゃね?
前例主義に縛られすぎても良いことないし、大体このままDat落ち待ってるようなスレなのに
書いてくれるってだけで個人的に諸手を挙げて歓迎したい

あとそのシチュ好みだ超見たい。もしどっかに余所に出すにしても場所は教えて欲しい
57名無しさん@ピンキー:2012/12/18(火) 05:06:46.19 ID:kQRV2pes
全面的に>>56に同意
58かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:31:08.78 ID:HLx2UIQp
投下します。クリスマスネタです。
59かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:32:39.98 ID:HLx2UIQp
『彼女の聖夜』



 12月24日。
 その日はもちろんクリスマスイブで、ぼくは彼女の青川文花と一緒に過ごす予定だった。
 具体的には文花の家でクリスマスパーティーをすることになっていた。パーティーと言
うからには、文花のご両親や友達(以前までクラスメイトとの接触を避けていた文花だけ
ど、最近は少しずつ仲のいい友達が増えてきたみたいだ)と一緒に、みんなで楽しくわい
わい騒ぐのだろう。
 二人きりで過ごしたいという気持ちはもちろんある。でもお互い家には家族がいるし、
場所を確保するのは正直難しかった。まあクリスマスにホームパーティーというのも高校
生らしくていいと思う。
 そんなことを考えながら、ぼくは文花の家に向かって歩いていた。今月に入ってから急
に寒さが厳しくなり、日が沈んでからの気温は氷点下に達することもある。今日のぼくは
生地の丈夫な皮製のコートを着込み、手には手袋を着用、ポケットにはカイロを忍ばせて、
寒さ対策は万全だ。しかしそれでもちょっと寒い。文花の家は暖房が効いているだろうか。
早く暖まりたい。白い息を吐きながら道を急ぐ。時間はまだまだ余裕があるので急ぐ必要
はないのだけど、寒さのせいか知らず知らずのうちに早歩きになってしまっていた。
 文花の家に着いたのは、夕方の5時くらいだった。6時から始めるという話だったけど、
手伝いをするために早めに家を出たのだ。文花のお父さんにはどうもいい印象を抱かれて
いないようなので、点数稼ぎという目的もあったりする。すみません、小さい人間で。で
も恋人の家族には良く思われたいのが人情じゃないだろうか。
 玄関先で、改めてその外観を見上げる。煉瓦色を基調としたちょっと雰囲気のある洋風
の造りは、文花のお母さんの要望で建てられたという。周りの家が平屋の日本家屋ばかり
なので、2階建ての家は余計に目立った。
 ここに来るとどきどきする。彼女の家に来てどきどきするのは、まったくもって自分の
不埒な想像というか男の子的な欲望のせいなんだけど、困ったことに文花がそれをわかっ
た上でいろんなアプローチを仕掛けてくるために、ぼくはそれを抑制できなくなることが
ある。特にこの家に上がったときは、こう、いろいろ不健全なことになってしまう。前に
ここに泊まったときはやりすぎちゃったなあ……でも気持ちよかったなあ……。
 気づけば玄関先でにやついている男が1人。
 いけないいけない。思わず緩んでしまった頬を叩いて表情を元に戻してから、ぼくは玄
関のベルを鳴らした。
 ぱたぱたと足音が近づいてきた。鍵が外れる音がして、ドアが開く。
60かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:35:47.05 ID:HLx2UIQp
「――」
 中から現れたその姿を見て、ぼくは呆気に取られた。
 赤と白の二色が躍るのは、運動会のようなスポーツイベントの時だけだと思っていたの
に。いや、紅白もあるか。格闘技ファンのぼくは歌合戦は観ないけど。いや、そうじゃな
くて。
 鮮やかな赤と白で構成された服が、小さな体を包んでいる。
 ふとももがむき出しの赤いミニスカート。
 白いもこもこが特徴的な赤いポンチョ。
 頭にはこれまた赤い三角帽子が乗っかっていて、その先には柔らかそうな白い毛玉がつ
いている。
 青川文花は固まってしまったぼくの顔をおもしろそうに覗き込んできた。
 サンタ服である。
 ミニスカである。
 主に生脚の肌色が目立つその服を、果たして本物のサンタクロースが着るかどうかはお
いといて、文花にその格好はよく似合っていた。いや、ホント、すっごくかわいいです。
 見とれていると、文花はどこかいたずらっぽい表情でうなずき、ぼくを中に入れてくれ
た。たぶん驚かせたかったのだろう。すごく満足げに見えた。
 リビングに足を踏み入れると、冷えた体を暖気が優しく包み込んだ。その暖かさにほっ
としながらコートを脱ぐ。文花がそれを受け取ってハンガーにかけてくれた。
 すでにパーティーの準備は整っていた。リビング中央のテーブル上にはローストビーフ
やらサラダやらスープ鍋やら、いろいろな料理が並べられていて、テレビの横にはクリス
マスツリーが飾られている。他の人間はいない。
 ちょっと準備が早すぎるんじゃないだろうか。ぼくは文花に尋ねた。
「お父さんとお母さんは? 先に挨拶しておきたいんだけど」
 すると文花はなぜか不敵な笑みを浮かべた。
「……え、なに?」
 文花は答えず、ぼくの頬に手を伸ばしてきた。
 まだ少し冷たい頬を、文花の温かい手がそっと撫でる。
「今日は、二人きり」
 ……はい?
 暖房器具の静かな音と、ぼくたちの息遣いだけが聞こえる。
 逆に言えば、それ以外の音は何も聞こえない。
 他の部屋に誰かいるなら、その音が聞こえるはずなのに。気配すら感じない。
「……もう一回聞くけど、お父さんとお母さんは?」
 文花はまたうっすらとした笑みを浮かべた。
 その顔で、大体のところは察しがついたけど、一応事情を説明してもらった。
61かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:38:24.67 ID:HLx2UIQp
 
      ◇   ◇   ◇

 文花が言うには、映画のチケットを手に入れたので、両親にプレゼントしたという。
 久しぶりに夫婦水入らずでイブを過ごしてはどうかと提案すると、文花のお父さんはか
わいい我が娘がそんな優しい気遣いをしてくれたことにおおいに喜び、お母さんと一緒に
上機嫌で出かけたそうだ。
 もちろんそれは単なる親孝行というわけではなく、狙いは場所の確保にあった。
 夫とは違い、お母さんは娘の狙いを察したようで、「うまくやりなさい」と激励された
そうだ。この母娘怖い。
 パーティーをするというのは嘘じゃない。参加メンバーがちょっと少ないだけ。彼女は
平然とのたまった。友達を呼んだ様子もないので、本当に二人きりのようだ。
 ぼくは苦笑するしかない。
「あんまりひどいことしちゃだめだよ」
 文花はぷい、と顔を逸らした。ぼくのことを疎んじる様子が気に入らないのか、最近の
文花はお父さんの扱いがひどいのだ。
「私は悪くないもん……」
 口を尖らせる彼女は子供っぽい。ぼくは思わず笑った。
 文花はむっとなって、ぼくのお腹を軽く殴った。ちょっと痛い。
「ごめんごめん。ぼくのためにいろいろありがとね」
 すると文花は後ろにゆっくり下がった。
 何をするのかと思っていると、スカートの端をつまんでゆっくり上げてみせた。
 元々結構なところまで見えていたふとももが、さらに際どいところまで露わになる。え、
そんなところまで持ち上げて大丈夫なの。それ以上いけない。
 小柄の割りに肉付きのいいふとももがはっきりと目に飛び込んできて、ぼくはだんだん
気恥ずかしくなってきた。いや、文花とはもちろん深い仲なわけで、彼女の体はもう隅々
まで見ているんだけど、そういう服を着た上での露出はまた別物で、その「見えそうで見
えない」というシチュが生み出す刺激は、ぼくの“どきどき”を激しく煽った。
 それがわかっているのだろう。文花はからかうように笑った。いつもはポーカーフェイ
スなことが多いけど、今日の文花はよく笑う。
「その手には乗らないよ」
62かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:40:05.17 ID:HLx2UIQp
 ぼくは文花の頭をぽんと叩くと、テーブルに近づいた。並べられた料理はおいしそうだ
けど、少し冷め始めている。まだ夕食には早い時刻だ。
「温めなおした方がいいかな。こんなに早く準備しなくてもよかったのに」
 たぶん、ぼくを迎える演出のためだけにここまで準備をしたのだろう。
 文花はぺろりと舌を出した。あんまり考えてなかった顔だね。
「食事には早いけど、どうする?」
 特別なことをする必要はないと個人的には思う。ゲームをしたり、DVDを見たり、そ
んな普通のことだけでも楽しめると思う。
 二人きりだから。たぶん何をしても楽しい。
 文花は少しの間思案すると、上を指差した。
「2階?」
 こくこくうなずく。
 2階にある文花の部屋は、いつも整理整頓が行き届いていてすっきりとしている。反面、
物が少なく、華美さには少し欠けている気がする。ゲームやDVDはこのリビングのテレ
ビを使うけど、一緒に勉強をするのはいつもそこだ。
 了承しようとして、思いとどまる。
「……何が狙いなのかな」
 文花はなんのこと? と言わんばかりに小首をかしげる。とぼけても駄目だよ。
「文花。部屋で何をするつもりなの」
 サンタ服の彼女は、にっこり笑って答えた。
「ガードポジション」
「何のために!? いや、いい! 聞かなくてもわかるから!」
「ガードポジションというのは、寝技で下になった選手が、上になった相手の体を股の間
に置いて、両足で挟み込むようにしてコントロールする体勢のことで、わかりやすく言う
とセックスのとき、正常位の女性側の体勢、」
「なんでこんなときだけ饒舌になるかな君は!」
 まだ5時だってば。いくらなんでもさかるには早すぎるってば。
「時間は有意義に」
「そんな有意義捨てちゃえ」
 そりゃあね。かわいい彼女と一緒に、健全じゃない時間を過ごしたい気持ちは多分にあ
るけど、せっかく二人きりになれたんだから、そんなにことを急ぐ必要はないと思うんだ。
「……あとで嫌でも文花の考えどおりになるんだし」
「……」
 一応はっきり言っておく。
「ぼくだって、二人きりになれて嬉しいんだから」
63かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:41:53.09 ID:HLx2UIQp
 
      ◇   ◇   ◇

 特別なことは何もしなかった。
 ソファーに座って、DVDを観ながらおしゃべりして、いつもよりも多弁な彼女の様子
になんだか嬉しくなって、お互いの手をそっと握り合って。
 ご飯を温め直して、それを一緒に食べて、そのあと文花の作ったケーキを切り分けて、
お腹一杯になったところでプレゼントを渡して。
 その間、ずっと文花の笑顔を見られたことが、ぼくは一番嬉しかった。
 幸せな気分に浸っていると、時間の感覚が狂うらしい。時計を見るといつの間にか10
時を過ぎていた。
「あ、そろそろ帰らないと……ごめん、冗談だって」
 途端に文花に睨まれた。
 いきなり怖い顔つきに変わったので、ぼくは幾分身を引いた。
「え、えっと……泊まっていってもいい?」
 ご両親が戻ってくるんじゃないかという危惧を抱いているのはぼくだけなのだろうか。
 文花はなぜか得意げに胸を張り、携帯電話の画面を突きつけてきた。
 受信メール画面だった。
『今日はお泊りしてきます。最低でも朝の10時までは戻りません。幸運を祈る。少し早
いけど、メリークリスマス』
 お母さんからのメールだった。エールだった。
 時間が半日保障されるや、文花は即座に動いた。
 ぼくの肩に両手を置くや、そのままソファーの上に押し倒してきた。
 抵抗する間もなく押さえつけられる。そのままぼくのお腹の上にちょこんと腰掛けた。
前にもこんな体勢になったことがあるような。
 前と違うのは服装だ。サンタ服はそのままなので、もちろんぼくの体の上にある臀部は
ミニスカに覆われていて、でも大腿部は全然隠れてなくて、ちょっと動けばすぐにも中が
見えてしまいそうだった。
 文花が妖艶な笑みを見せる。ポンチョを脱いで、むき出しの肩を明かりの下にさらすこ
とで、肌色面積が一気に増えた。そのまま文花が上体を傾けて、唇をこちらに寄せてくる。
眼前に迫る桜色のそれを、ぼくは魅入られたように見つめた。
 唇との距離がゼロになり、柔らかい感触が口元を支配した。
 最初は撫でるように優しく、次第にむさぼるように激しく、口唇が互いを求め合う。
 たまらない気持ちになり、ぼくは彼女の小さな体を拘束するかのように強く抱きしめた。
 かき立てられた情欲に突き動かされているせいか、ちょっと優しくできそうにない。で
もそれは文花の方も同じなようで、積極的に体を密着させてくる。
 舌を絡めると、心地良さが一気に増した。
 文花の両腕がぼくの背中に回されて、胸が押し付けられた。このサンタ服は生地が薄め
で、伝わる感触は直のそれに近い。そもそも肩から胸元、脚と露出部分が多いために、ほ
とんど裸に近いんじゃないかとさえ思う。それ、どう考えても外に出られないでしょ。
 こんなの着てたら間違いなくお父さんに怒られる。
 でもこの格好は、ぼくの前以外では絶対にしないだろう。文花はぼくの前でだけ大胆に
なる。それがくすぐったくもあり、嬉しくもある。
 このかわいいサンタを、一晩中愛したい。できればこっちがリードする形で。このマウ
ントから脱出しないとそれは叶わないけど。そして脱出は無理だと前回の反省からわかっ
ているけど。
 今日くらいは別にいいか、とぼくは全身の力を緩めた。文花のしたいようにさせる。
64かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:43:26.19 ID:HLx2UIQp
 そう思っている間にも、文花の手は背中から首筋に移動して、こちらを攻め立ててくる。
指先が耳の辺りにたどり着き、耳たぶをくすぐった。唇が離れ、今度は顎先に軽く口付け
をする。そのまま下に移動して、喉元を舐め始めた。
 こ、これって、もしかしてだけど、普段ぼくがやっていることをそのままやり返されて
る?
 文花の真っ白な肌に舌を這わせると、彼女はくすぐったそうに震える。しつこく続ける
とだんだん上気して、微かながら肌が赤く色づいてくるのだ。その変化に合わせるように
文花の性感も高まっていって、それを見ながらぼくも気を昂らせる……というのが比較的
よくあるパターンなのだけど、今日は立場が逆だ。攻められているのはぼくの方だ。
 耳元を撫でる白い指。鎖骨にかかる熱い吐息。肌を伝う舌は唾液をまぶすように妖しく
うごめき、それでいて少しも不快ではない。
 そんなことをされると、火がついてしまう。いや、とっくについてしまっているけど、
さらに火勢が増してしまう。
 ぼくはお腹に乗っているミニスカに手を伸ばした。赤い生地に包まれた丸みがすぐそこ
にあるのに、触れずにいるなんてもったいない。
 が、
「いっ」
 ぱしっと左手ではたかれた。
「文花さん?」
 ふふんと挑戦的に笑う。
 おとなしくしていろということだろうか。それともやれるものならやってみなさいとい
うことだろうか。両方かもしれない。
 今度は胸元に手を伸ばす。これも空中で打ち落とされた。
 焦らされるのは不慣れなんですけど……。
 文花は腰を動かして後ろの方に移動する。お腹からどいてくれるのかと思いきや、今度
は下腹部の辺りに腰を落ち着かせた。
 その位置は非常にまずい。理由なんて説明不要だ。全体重を乗せているわけではないの
で苦しくはないけど、精神的には窒息しそうなほどに苦しい。力任せに身を起こして無理
やり押さえつけたくなる。文花の顔を真正面から見たらきっとそんなひどいことはできな
いだろうけど、そんな気持ちになるくらいぼくの気は昂っていた。
 たたみかけるように大事な部分を撫で回し始めるし。
「文花」
 ぼくの呼びかけに手を止める。
「この体勢をひっくり返すことなんてできないと思っているんでしょ」
 余裕の笑み。
「そうでもないよ」
 ぼくは横に転がるようにしてソファーから滑り落ちた。
 驚いた文花が慌てて腰を浮かした。その隙を突いて、腹筋を使って上体を一気に起こし
た。文花はぼくの体に腰を乗せながら、重心移動によってこちらの動きを封じていたのだ
けど、バランスを崩してしまえば当然コントロールできなくなる。
 身を起こすと、すぐ目の前に文花の顔があった。
 やられたとでもいうように、苦笑いを浮かべている。
 ぼくも笑った。
 ちょん、とかわいい唇にキスをする。
 文花がくすぐったそうにして、頭を肩に乗せてきた。
「部屋、行こ」
 短いささやきにうなずいて返す。
 でも、と立ち上がりながらふと思った。
 うまく乗せられた気がするのはなぜだろう。
65かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:45:39.24 ID:HLx2UIQp
 
      ◇   ◇   ◇

 文花の部屋はもちろん寒くて、ぼくたちはすぐに暖房のスイッチを入れた。
 それからベッドに上がって布団の中に潜り込んだ。
 文花がすごく寒そうにしているのは当たり前なんだけど、だからといって着替えようと
はしないのが文花の凄いところだ。布団の中でぴったりぼくにくっついてきて、ひたすら
じっとしている。まるで冬眠でもするかのようだ。部屋が暖まるまでリビングで待ってい
ようかと提案したけど、首を振って反対された。
 だからせめて、ぼくは彼女が少しでも寒くならないように抱きしめ返す。
 キスをして、上から覆いかぶさって、服の上からいろんなところに手を伸ばす。胸を触
り、背中を撫で回し、鎖骨に舌を這わせる。
 白い肌が次第に赤みを帯び始めた。冷たかった体が熱を取り戻していく。
「こんなに冷たくなるまで無理して。風邪ひいたらどうするのさ」
「……嬉しくなかった?」
 じっと見つめられてぼくは口ごもる。
 そんなの。
「嬉しいに決まってるよ」
 ぼくのためにしてくれたことだから。
 だからこそ申し訳なくもあって。
 手をつなぐ。脚を絡める。胸を押し付けあって、互いの鼓動を伝え合う。
 どちらもどきどきしていた。
 スカートの中に手を差し入れて、下着に触れる。リビングでいろいろ睦みあっていたせ
いだろうか、湿り気はだいぶ多い。さらに内側に指を侵入させると、ただれそうなほど熱
かった。もう弄る必要はないようだった。でもすぐに手を抜くのもなんだかもったいない
気がして、指の腹で入り口付近をこするようになぞった。文花の体がびくっと強張る。
 しばらく愛撫に集中する。やや激しく中をかき回すと文花が顔をしかめた。刺激が強か
ったのか、おでこの辺りを手のひらで叩かれる。
「はやくきて……」
 上ずった声の色っぽさにどきりとして、ぼくはぎこちなくうなずく。
 初めてのことでもないのに、文花を抱くときはいつも心臓がうるさいくらいに鳴り響く。
 ぼくも早くつながりたい。彼女の中に自らを沈めたい。
 服は脱がさない。寒いのもあるけど、その格好のまま抱きたかった。
 部屋の明かりを消すと、中心の小さな豆電球だけがオレンジの光を放った。
 だんだん暖かくなってきた部屋のベッドの上で、ぼくらは真正面から見つめあう。
 文花とつながった瞬間、その小さな体と溶け合うような一体感に包まれた。
「ん……はあっ……」
 彼女の口から苦しげな息が漏れる。
 その表情も一見苦しそうで、しかし上気する頬や焦点の合わない目が、決して苦痛では
ないことを表している。
 ぼくは体を揺り動かすようにして奥の感触を求めた。
 文花の体もこちらの動きに合わせて動く。求めるように腰を押し付けて、ぼくのものを
強く締め付けてくる。
 根元まで埋め込むと、深い充足感を覚えた。
 性感を刺激されて、その気持ちよさは格別なものがある。だけどその行為は気持ちいい
だけじゃなくて、心も隅々まで満たされていく。
 サンタ帽をかぶった彼女の頭が、快楽の波間で漂うように揺れている。オレンジ色の小
さな明かりの中では、鮮やかな赤服も黒っぽく見えるけど、彼女の綺麗な肌は黒と対比す
るようにはっきりと映えた。
 ぼくたち以外誰もいない家に、文花の喘ぎ声が響く。
 それは大きなものではないけど、間近で聞くぼくの耳にはたまらなく刺激的で、ますま
す腰の動きを速めていく。あまり激しくはしたくないのに、止まらなくなる。
66かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:47:29.65 ID:HLx2UIQp
「こーすけ、くんっ……」
「文花……!」
 互いに名前を呼び合って、引かれ合う磁石のようにまた体をくっつけて、唇を重ねなが
ら体を何度も揺り動かして、快感はどこまでも高まっていく。このままずっと続けられそ
うな気持ちさえ覚えた。
 でもそれはやっぱり錯覚で、終わりは必ず訪れる。
 彼女の中で精を吐き出すと、文花が嬉しげに笑った。
 今日はずっとその顔を見せてくれる。
 ぼくの好きな顔を見せてくれる。
 だから、それに答えるようにぼくも微笑みかけた。
 行為が終わっても離れがたくて、ぼくらは抱き合ったままでいた。
 頭を撫でながら彼女の頬にキスをすると、文花も同じように返してくれた。唇の柔らか
い感触がくすぐったい。あまり言葉はいらない気がした。
 一度だけ「好きだよ」と囁くと、言葉の代わりに腕の力を強めて、ぎゅっと抱きしめて
くれた。
 それだけでなんだか満足してしまったのだけど。
 離れようとすると、文花がそれに合わせるように体を起こした。
「え」
 脱力していたぼくの体は、不意を突かれたように簡単に文花に押し倒された。
「ふ、文花?」
 サンタ服の彼女はにやりと笑って一言。
「まだ、できるよね?」
 ……まあ、その、時間が経って回復すれば、ハイ。
 文花はぼくの股間に顔をうずめて、先端を舌先でちろちろと舐め始めた。
 そんなことをされるとすぐに復活してしまうのですが……。
 だんだん硬さを取り戻し始めたそれを見て、文花は薄明かりの下でいっそう笑みを深め
た。
67かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:49:29.02 ID:HLx2UIQp
 
      ◇   ◇   ◇

 目を覚ますと、枕元の時計が冷酷に現在時刻を表示していた。
「ふ、文花! まずい、もう朝だよ!」
 時刻は10時前だ。夕べ送られてきたメールには、たしか10時までは戻らないと書い
てあったけど、それはつまり早ければ10時には帰ってくるってことですよね?
 慌ててベッドを抜け出し服を整える。文花はそんなぼくを尻目に慌てた様子もなく、寝
ぼけ眼をこすっている。
 もう一回呼びかけてちゃんと目を覚まさせようか。そんなことを思っていたら、文花は
のんびりとした動作で携帯を取り出した。ぽちぽちとボタン操作を済ませて再び仕舞うと、
大きくあくびをした。
「今メール打ったから大丈夫」
 見せられた送信メールにはこう書かれていた。
『昼食を済ませてから帰ってきてください。お父さんにはお昼の準備をしていませんとか
なんとか適当に言っておいて』
 つくづくお父さんの扱いが悪いなあ……。
 嫌われているかもしれないけど、ぼくは正直文花のお父さんに悪い印象は持っていない。
むしろその扱いの悪さには同情してしまう。
「文花。お父さんとは仲良くしないとだめだよ」
「……耕介くんを認めてくれるなら考える」
 それは当分期待できないかもね。
 文花は乱れた服を軽く直すと、ベッドを降りてこちらに向き直った。
 部屋の真ん中で正対すると、文花はにっこり笑って一言。
「メリークリスマス。耕介くん」
 そっか、昨日はイブで、今日がクリスマスだったね。
「メリークリスマス。文花」
 ぼくも同じように笑うと、文花は祝福するように抱きついてきた。
 この、ぼくだけの小さなサンタクロースと、これから一緒にデートに行こうと思う。
 イブは終わったけど、クリスマスはこれからだから。
68かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2012/12/25(火) 03:51:16.72 ID:HLx2UIQp
以上で投下終了です。
それではみなさん良いクリスマスを。
69名無しさん@ピンキー:2012/12/25(火) 06:32:22.76 ID:5FzCZpwG
GJ!
お幸せに
70名無しさん@ピンキー:2012/12/27(木) 00:00:42.98 ID:cfA8eYd3
GJでございます
これで年が越せまする
71名無しさん@ピンキー:2012/12/29(土) 10:47:00.49 ID:/d/I1UCJ
gj!

このシリーズすき
72名無しさん@ピンキー:2013/01/17(木) 23:36:53.34 ID:ghdIFwhQ
保守&乙
73名無しさん@ピンキー:2013/02/04(月) 23:40:46.54 ID:6MlZnOUU
何故か人が…
74名無しさん@ピンキー:2013/02/05(火) 02:17:48.35 ID:tUdnI+4T
地元のケーブルテレビやFMラジオでアナウンサーの仕事している時は饒舌なのにプライベートでは無口な恋人モノ希望
 ...航空管制官とかもいいな
75名無しさん@ピンキー:2013/02/05(火) 04:15:23.88 ID:ouzhxqw4
なるほど、オンオフでキャラ違うタイプとか萌えるな
何気にすげぇアイデアだ、衝撃を受けた
76名無しさん@ピンキー:2013/02/06(水) 02:02:56.92 ID:x5leyEoY
保管庫の「ことりのさえずり」がオススメです
77名無しさん@ピンキー:2013/02/06(水) 02:15:06.27 ID:qMgQ36qG
a
78名無しさん@ピンキー:2013/02/06(水) 19:46:31.70 ID:bf4cdq4H
>>76
正にこれだ
 良作の紹介に感謝
79名無しさん@ピンキー:2013/02/09(土) 00:57:31.75 ID:7U43ij12
書き手かおるさとさんにも感謝
80ファントム・ペイン 小ネタ ◆MZ/3G8QnIE :2013/02/10(日) 23:44:09.45 ID:L7EIWRzX
一発ネタです。1レスで終わります。本編は鋭意執筆中です。
81ファントム・ペイン 小ネタ ◆MZ/3G8QnIE :2013/02/10(日) 23:45:47.98 ID:L7EIWRzX
「ヤスミ」
唐突に俺の名を呼ぶ声。
椅子に座って見比べていた求人誌と大学募集要項から眼を離す。
良く知った小柄な少女が腕を背中に回してもじもじしている。
「どうした」
小柄な少女、絵麻は逡巡しながら、上目遣いに俺を見る。
「ちょっとだけ、目、閉じて欲しい」
「何だ?」
思わず、言われた通りにしてしまう。
と、肩に軽い体重が掛かる。
唇に柔らかい感触、と同時に甘ったるい味が広がった。
数秒間の静止の後、甘い香りは余韻を残し離れる。
俺は口を押さえて呻いた。
「……行き成り何をする」
「びっくりさせたかったから」
そう言いながら、絵麻は俺に菓子箱を手渡す。
中にはオーソドックスなトリュフ型のチョコレートが転がっている。
礼を言おうと顔を上げると、絵麻は一寸不安そうな顔をしていた。
「イヤだった?」
「…………」
俺は無言で残りのチョコレートを一粒口に放り込む。
返事の代わりに、絵麻を抱き寄せると、お返しをしてやった。
82名無しさん@ピンキー:2013/02/11(月) 12:25:00.45 ID:nxJomMbg
>>81
GJです。絵麻かわいい
83名無しさん@ピンキー:2013/03/22(金) 04:03:32.18 ID:25x9KznH
ふと浮かんだネタを書いとく
立華奏みたいな娘が体をいじくり回されてもほぼ無表情で声も出さす
ただピクっピクっと反応だけしてて、突然ぶしゃ〜と豪快に潮吹いて
「なんか出た これなに?」って表情でキョトっと見上げてくるのを想像するとなんかいい
84ファントム・ペイン9話 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:08:17.54 ID:T3aHK+E4
何とか桜の季節に間に合いました。
今回はちょっと長いです。
85夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:10:41.66 ID:T3aHK+E4
雨の降る季節、私は彼に出逢った。
瞳の奥に寂しさを押し隠した、優しくて少しぶっきらぼうな男の子。
彼と家族になって、夏が来て、秋が過ぎ、冬を超えた。
今は、春。
私がこの町に来て、もう1年が経とうとしている。
ちょうど星々の間を太陽が一巡りするだけの時間。
彼との関係も、変わろうとしている。
いずれ、別れが訪れるだろう。
それが物理的な距離の隔たりによるものでも、心変わりによるものでも、死による永遠の別れであっても。
誰にしも、別れは訪れる。
だから、人は別離を忘却し、恐れ、抵抗し、受け入れる。

春は出逢いの季節。
そして別れの季節。

例え何も生み出すことなく消え去るとしても。
出逢ったこと、別れたことは無意味ではない。

86夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:13:27.95 ID:T3aHK+E4
最近、夜眠るのが怖い。
朝起きる時が、一番怖い。
目を覚ませば、大切なものが失われているかも知れない。
その現実を、自分達の力ではどうすることも出来ない。
そんなにも不安なら、抱き締めて一緒に眠ってしまえば良いのだ。
彼女も、きっと拒まない。
それなのに、ちっぽけなプライドが邪魔をする。
その程度の恐怖に耐えられずにどうするのか、と。

(一人で寝るのが怖いだなんて、ガキかよ)
自然に目を覚ました俺は、悪夢を見なかったことに安堵しつつ、寝そべったまま自嘲した。
窓の外はもう明るい。
俺は逸る心を抑えながら手早く着替えると、部屋を出てキッチンへ足を向ける。
絵麻は、ちゃんと其処にいた。
ガスコンロに向かってフライパンを揺らしている。
一寸だけ顔を後ろに向け俺の姿を認めると、小さく微笑んだ。
「おはよう」
「ああ、お早う」
直ぐにコンロに向き直ると、再びフライパンの中身に集中してしまう。
「ごはん、直ぐできるから」
「判った」
調理に勤しんでいる小さな背中を見ている内に、無性に背後から抱き付いてやりたい衝動に駆られるが、火の前なので流石に控える。
洗顔を済ませ戻ると、既に調理は終わっており、絵麻も卓に着いて俺を待っていた。
せめて配膳位は手伝いたかったのだが。
親父の姿は無い、まだ寝ているようだ。
俺もテーブルの前に腰掛けると、正面の少女に倣って手を合わせる。
「いただきます」
「頂きます」
目の前には、白飯、大根の糠漬、若布と青葱の味噌汁に卵焼き。
シンプルだが、それなりに手の込んでいるメニューだ。
黙々と箸を進める。
味噌汁を啜っている最中、ふと視線を上げると、絵麻が何かを期待する様な眼で此方を見ていた。
「味噌が少しダマになってる」
小姑じみた文句を言うと、少女は目に見えてしょげ返ってしまう。
「……卵焼きの方は上手く出来てるぞ」
一寸褒めただけで、一転してはにかんで見せる。
一々大げさな奴だ。
だが、その感受性が、上達への原動力になっている。
俺から絵麻へ、調理担当を本格的にバトンタッチしてまだ数週間と言った所だが、もう大きな失敗は殆ど見られなくなった。
時折舌が焼けるほど辛いチリコンカンや、逆に気の抜けたような甘口麻婆豆腐が出て来るが、まあ許容範囲か。
このまま行けば、やがて俺のアドヴァイスも必要なくなるだろう。
嬉しいのが半分、寂しいのが半分。
台所は最早、絵麻の領域だ。
十年間、守り通して来た俺の立ち位置は、いとも簡単に取って代わられてしまった。
受験勉強に集中する為、とは言え、何だかぽっかりと胸に穴が開いてしまった様な気分になる。
けれど、
「ヤスミ」
再び顔を上げると、絵麻は優しく俺に笑いかけた。
「ありがとう」
それは、今まで食事を用意してくれて有難う、でもあり、作ったものを食べてくれて有難う、でもあるのだろう。
「……礼を言うのは俺の方だろ」
俺は憮然と視線を逸らした。

87夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:15:25.32 ID:T3aHK+E4
「じゃあ、行って来る」
朝食の後、歯を磨いた後直ぐに身支度をして、多少は粧し込んでから玄関に出た。
4月から通い始めた塾では、土曜朝早くから模試が待っている。
親の金で通う以上、手抜きは出来ない。
昨日も結構遅くまで予習していた。
正直な話、絵麻が家事を代わってくれていなければ、生活レベルは相当落ち込んでしまっていただろう。
靴を履き終えると、絵麻が態々脇に置いていた鞄を手渡してくれる。
「ああ、ありが――――」
不意打ちだった。
上がり框の段差を利用して、身長差を相殺。絵麻は背伸びして顔を俺に近付ける。
唇と唇が触れた。
歯と歯がぶつからない程度まで触れ合った後、唐突に離れる。
「お前なあ……」
唇を拭いながら半眼で愚痴ると、絵麻は指を顎に当てて某か考え込んだ。
「……いってらっしゃいのごあいさつ?」
「――――まあ、火打石よりはメジャーか」
仕返しに今度は此方からキスを仕掛ける。
鞄を持ったまま、細い背中を抱き寄せ、舌を相手の口蓋に挿し入れ。
「ん……」
時折漏れて来る熱い吐息に酔い痴れながら、夢中で少女の唇を味わう。
息継ぎの為に一旦口を離した拍子に、絵麻の背後、呆れた様な顔をしてこちらを眺めている親父が視界に入った。
「きみたち……」
「否、言うな、判ってる。俺はもう行く」
2人して顔を赤くしながらそそくさと身を離し、俺は外に出る準備に、絵麻は親父の分の朝食を温めに、いそいそと取り掛かる。
「あ、ヤスミ」
出て行く直前、絵麻は振り返って、もう一度俺を呼び止めた。
ふわりと笑って、一言だけ告げる。
「ハッピーバスディ」



日々に大きな不満は無い。
想い人が傍にいて、家族がいて、友人もいる。
受験勉強は大変ではあるが、日本人の6割が味わう平均的な苦労と余り変わりはしない。
絵麻と出遭ってから、想いを通じ合ってから、嘗ては色褪せて見えた平凡な日々も、色付いて見える。
家に居れば親父の目があり、外に出れば世間体の関係上、思う様にじゃれ合えないのがもどかしくはあるが。
繋ぐ掌の、抱き締める腕の温もりが、味わう唇の甘さが、笑顔の愛おしさが、俺の中の空虚を埋めてくれる。
俺は今、幸福なのだと思う。

けれど、ふとした事で、俺は不安になる。

絵麻は今幸せなのだろうか。
俺は彼女の心を、満たせているのだろうか。
痛みを失くす事、命を失う事の不安に、苛まれていないだろうか。
また自分を傷つけたり、自分の生い立ちに心悩んだりしていないだろうか。

彼女の命は何時、潰えてしまうのだろうか。

88夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:17:08.71 ID:T3aHK+E4
受験生でごった返す予備校の一室。
帰宅の途に就くか、午後の授業の準備に取り掛かるか、昼食に出かけるか。
何れにせよ大半の生徒が席を立つ中、俺は分厚い書面を前に目を顰めていた。
「ち――っす。伊綾、どうした?
浮かない顔しとるけど」
顔を上げると、見知った同級生が前の席に陣取ってこちらを覗き込んでいる。
「……こんな場所でお前の顔を見るとは思わなかったぞ、渡辺」
目の前の快活そうな男子、渡辺綱、は学習塾や特別授業と言った、普段の授業以外での集団学習に参加する事が殆どない。
それでも妙に成績が良いのだから、世の中は不平等だと思う。
「いや、かーさんに志望校の判定ぐらいみとけっていうから、仕方なく。
で、伊綾は何を見とるんだ――――。求人情報?」
俺は溜息を吐いて高校卒業生向けの求人雑誌を閉じた。
「就職も考えていたんだが……、俺の考えの甘さを思い知らされただけだった」
飯の種になる技術を身に着けているなら兎も角、このご時世では、一般課程を出ただけの18歳に望ましい条件の職は用意されていない。
親父と絵麻に大学受験を勧められた時は納得していなかったが、もう完全に腹を括るしかなさそうだ。
「ふーん。じゃ、伊綾受験すんだ。何系?」
どこ? と聞かない所が綱らしいと言うべきか。
俺は少し躊躇ってから、今の所の考えを述べた。
「薬学系か生物系にしようと思う」
そっかー、と言いながら、綱は席を立って伸びをした。
「そういや、伊綾と絵麻ちゃん。明日予定空いとる?」
「特に予定はないが……」
俺も荷物を纏め、席を立つ。
「明日ウチで花見すんだけど、伊綾たちも来ねえ? 10時から川沿いでシート広げて」
「お前、本当に受験生か?」
思わず呆れる。
「……まあ、数時間程度なら、考えて置く」
ビルの出口に差し掛かり、綱は俺とは別の方向を向いた。
「じゃ、おれはこのまま帰るけど、伊綾はどうする?」
「俺は――――」
別段隠す必要はないが、微妙に気恥ずかしい。
「……デートだ」
「伊綾こそほんとに受験生かよ」
綱は笑いながら背中を向ける。
と、数歩歩いて、何を思ったか振り返って大きく手を振って見せた。
「伊綾――」
「何だ」
にっと歯をむき出して笑う綱。
「ハッピーバースディ!」

89夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:19:20.72 ID:T3aHK+E4
模試の出来は、自分でも良く判らない。
一応ベストは尽くした、と思う。
本来なら直ぐにでも復習に取り掛かるべきなのだろうが、受験生と言ってもまだ今は4月。
一寸した開放感と共に、俺は待ち合わせ場所へ向かった。
予備校から自宅とは微妙に離れた方向へ向かうバスに乗り込み、約20分。
目的地は、今はもう殆ど使われる事の無い水道用水路。
丁度沿線に植えられた桜が、少し散り際とは言え、概ね見頃になっている。
左手に桜並木を眺めながら、俺は待ち合わせの場所に向かう。
彼女は、先に到着していた。
ジャンパースカートに薄い色のカーディガン。
はらはらと散る薄紅色に包まれているその後姿には、何処となく儚げな美しさがあった。
「絵麻」
川面の方をぼんやりと眺めていた絵麻は、ゆっくりと振り返る。
「悪い。待たせたな」
絵麻は小さく首を振ると、俺に向けて、つと手を差し出した。
小さな掌を握る。
ほっそりとして、冷たい様で芯に熱がある、不思議な感触。
絵麻は微かに微笑んだ。
「どうした」
少女は何でもないと首を振る。
そう言えば、公共の場で手を繋ぐのは、久しぶりだ。
その手をきつ過ぎない程度に握り締めた。
ふと目を遣ると、反対側の手には小さめのトートバッグが握られている。
手を伸ばして見ると、それなりの重量があった。
手早く絵麻から奪い取って自分の肩に掛けるが、流石に中を見る様な真似は出来ない。
絵麻は少し不満げな、それ居て一寸嬉しそうな、複雑な顔をしている。
「何だこれ」
「ないしょ」
まあ、何となく見当は付く。
2人並んで、何処へともなく歩き出した。



流石にシートを広げドンチャン騒ぎをする輩は居ないものの、観光に良い時期である所為か、人通りはそれなりに多い。
逸れない様手を繋いだまま、路肩の露店や、小物を扱う店を冷やかして行く。
「――――ほう」
偶然目に付いたアクセサリ屋で、店員に断りを入れて、絵麻が手に取った髪留めの一つを彼女の頭に付けて見た。
一年前と比べて随分と伸びた髪を頭の後ろで緩やかに一つにまとめる。
うなじに覗く和毛がセクシーだ。
どう? と後ろからこちらを伺う様に覗き見る絵麻は、しかし、目の前の鏡の方には目をやっていない。
「似合ってるから、自分で見てみたらどうだ」
言われて漸く絵麻も見慣れぬ髪型の自分の姿を眺める。
頻りに髪留めの位置を変えたり、その度に首を傾げたり。
最後に最初俺が付けた位置に髪留めを戻し、俺の方を振り返る。
「ヤスミはどう思う?」
上目遣いにこちらを伺う絵麻を前に、俺は一寸考え込む。
「新鮮ではあるな」
絵麻は頷いて、再び鏡に向き直り、暫く悩んだ後、結局髪留めを外して陳列棚に戻した。
「良いのか」
絵麻はもう一度頷いて、俺に近付いてその手を握る。
有難う御座いましたー、と言う店員の冷ややかな声に若干居心地の悪さを感じながら、俺達は店を出た。
90夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:21:06.78 ID:T3aHK+E4
そんな感じで、デート自体は、実に経済的に進んだ。
学生の甲斐性なんてこの程度だ。
腹が減っても、小洒落たレストランに等入れる訳がない。
丁度桜が良く見える場所に汚れの少ないベンチが空いていたので、其処に陣取り持参したトートバッグの中身を取り出す。
包みを解くと、普段使うものより少し凝った作りの弁当箱が覗く。
「あ」
「どうした」
絵麻はバッグを引っ繰り返したり、身に着けているポーチを覗き込んだり、忙しなくしている。
弁当箱はちゃんと2人分あるようだが。
「――――飲むものが無いか」
絵麻は気不味そうに頷く。
普段学校では給湯器を利用しているので、忘れたのだろう。
「ペットボトルで良いなら、緑茶か何か買って来るぞ」
自販機か適当な店で飲料を買って来ようと、立ち上がり掛ける俺を制して、絵麻は先にベンチから降りた。
「あったかいのと、冷たいの。どっちがいい?」
日の光は暖かくなって来ているとは言え、風はまだ冬の名残を残している。
今日の絵麻は別段厚着と言う訳ではない。
「……熱いので頼む」
絵麻は頷いて、来た方の道を戻って行った。
「甲斐甲斐しい奴だな」
小走りに遠ざかって行く少女の後姿を眺めながら、俺は呟く。
一瞬、強い風が吹いた。
塵を防ごうと反射的に眼を細め手で覆う。
指の間から、奇妙な風景が見えた。
幼い子を連れた、髪の長い小柄な女性。
小柄と言っても、俺の知る彼女より少し背が高くて、後姿からでも少し大人びて見える。
小さな子供の手を引いて、桜がはらはらと落ちる中、ゆっくりと歩いて行く。
思わず、目を見開いた。
手をどけた次の瞬間、幻は消え去る。
何時も通りの絵麻が、花弁が敷き詰められた小道を駆け去っていた。
(……何かに化かされでもしたかね)
有り得ない光景。
叶わない願望。
それでも、そうあれかしと願った未来の姿。

絵麻が成人になる迄生きていられる可能性は高くない。
絵麻は自分の子供を産む事が出来ない。
だから、そんな願いを抱いても、無意味。
虚しくなるだけだ。
けれど、それで良いではないか。
無意味でも良い。虚しくても良い。
例え叶わぬ願いだとしても、それを望んだ事を、大切だと思ったことを、自分の中で認める。
それに代わる大切なものを、彼女と共に探して行こう。
そして、万が一にでも叶う可能性があるならば、その時は精一杯手を伸ばしてみよう。
(なあ、絵麻)
ペットボトルの緑茶を携えて、こちらに向かってくる少女の姿を眺めながら、俺はそんな事を考えていた。
頬を紅潮させ、息せき切らした絵麻が、不思議そうに俺の顔を覗き込んで来る。
「?」
「――――否、何でもない」
ベンチの隣の所にハンカチを広げると、絵麻に座るように促す。
「食べよう」

91夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:22:49.08 ID:T3aHK+E4
西日本では、煮締めた野菜等を酢飯に混ぜ込んだ種類の散し寿司を、"ばら寿司"と称する事がある。
東京出身の綱に聞かせた時は、『なんだ? 薔薇の花びらでも入れるんか?』等と言われ、軽くカルチャーギャップを味わったものだ。
絵麻が今日弁当に入れて来たのも、その"ばら寿司"であった。
四角い漆器の弁当箱の一面に椎茸、干瓢や蓮根等を混ぜ込んだ寿司飯が敷き詰められ、その上に絹サヤ、塩茹でした海老、錦糸玉子が色鮮やかに散りばめられている。
味の方も、中々のものだった。
昼食が遅い時間にずれ込んだ事もあり、俺は黙々と箸を運ぶ。
その隣で、同様に黙々と咀嚼していた絵麻は、飯を飲み込んでからペットボトルのお茶で喉を潤した。
先程俺が口を付けたものだ。と、言うか、そもそも絵麻はお茶を一本しか買っていない。
絵麻の目が俺の方に向けられる。
「いる?」
「……貰おう」
3分の1程に目減りした350ml入りボトルから、更に一口頂く。
(考えて見れば……)
隣で再び箸を手繰っている絵麻を眺めながら、俺はぼんやりと考えた。
(変な関係だよな、俺達は)
こうして恋人同士と言う関係になっても、以前と比べて取り立てて大きく変わった事等、直ぐには思いつかない。
家事の担当が替わったのは主に俺が受験生になったからだ。
相変わらず、俺達の関係は、家族と友達と恋人の間で、一寸家族寄りの位置に留まっている。
きょうだいとは違う、勿論父子でも母子でもない、それでも家族と言う微妙な関係。
彼女が家に来て一年足らず、何時の間にか回し飲みも平気でする様になった。
不満と言う訳ではないが、不安はある。
一般的なステレオタイプが通用しないので、どう振舞えば社会的に適切なのか、判断できない。
時折胸を熱くする恋情に身を任せるには、俺は臆病に過ぎる。
(まあ、こいつの体の事に比べれば、瑣末な不安だろうが)
因みに、綱にそんな事を愚痴って見た所、
『ンなもん、伊綾と絵麻ちゃんはあくまで伊綾と絵麻ちゃんだろ。
他のどの家族とも、友人同士とも、恋人とも違うんだから、自分たちで勝手に関わり方を決めりゃ良いんじゃねえの?』
等と、実に参考にならない意見を貰った。
自分達だけで関係を定義出来るなら苦労はしない。
明確な一線、例えばセックス、を越えれば、俺達は完全に恋人同士になれる、という訳ではないだろう。
そうではないと思うからこそ、色々な事に迷い、ずるずると先延ばしにしていた。
ふと、もしこのまま彼女と寝る事なく死別の時が来たならば、自分は"ヤって置けば"良かった等と後悔するのだろうか、との疑問が頭を掠める。
直後、自分の下卑た考え方に嫌気が差した。
「ヤスミ」
気付くと、絵麻が心配そうに此方を覗き込んでいる。
「大丈夫?」
辛気臭そうな顔で暫く箸を置いていたのだから、心配されるに決まっている。
弁当が不味かったとのかと思われても不思議ではない。
誤魔化す心算はなかったが、俺は彼女の頭に手を伸ばした。
絵麻は少し驚いて見せるが、抵抗はしない。
「花びら」
「?」
「ついてる」
俺は軽く絵麻の頭を撫でる。
絵麻はくすぐったそうに目を細めた。
どうして、目の前の少女が愛しいと、そう思うだけでは不十分なのだろう。
綺麗な髪を指で梳きながら、俺は漠然とそんな事を思った。

92夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:24:46.71 ID:T3aHK+E4
「この望遠鏡はお勧めですよ。条件がよければ木星の大赤斑まで見えます。大口径ながら色収差のほうも……」
「はあ」
販売員の説明を聞き流しながら、俺はぼんやりと展示コーナーの方を眺めていた。
絵麻は別の店員のアドバイスを聞きながら、ずんぐりとした望遠鏡のスコープを覗き込んだり、架台を弄ったりしている。
さっきまで色々な望遠鏡を試していたが、今見ている物からは中々離れようとしない。
俺は販売員に断りを入れて、少女の方に近付いて行った。
「それ、気に入ったのか」
カタディオプトリック式とか言う形式の天体望遠鏡。
某有名メーカーのロゴ入りで、ネットでの評判も悪くなかったと記憶している。
絵麻は同軸ファインダから眼を離して、俺に向いて頷いて見せた。
「施設に置いてあったのと同じ」
「ほう」
彼女にとっては思い出の品、と言う事か。
絵麻に誘われるままスコープの具合を確かめていると、絵麻に付いていた店員が詳しい説明をしてくれる。
「三脚も架台もしっかりしていますし、良い品です。
私が使っているのは反射式ですけど、ここの会社のは外れがありませんよ」
「持ち運びとかはどうですか」
「口径の割りに軽量ですし、分解も簡単ですから、旅行にも持って行き易いですね。
衝撃に弱いので、専用のケースが必要になりますが……」
店員の説明を聞きながら、携帯電話を使ってネットでの評価や通販価格を確認する。
保障やらオプションやらを含めると、ここで買うのも悪くない選択の様だ。
俺は隣で説明を受けている絵麻に向けて提案した。
「じゃあ、これにするか」
絵麻は吃驚した様な目で俺を見る。
「高いよ」
苦笑する店員。
「初心者向きでもっとこなれた値段のものもありますよ」
「こいつが使い慣れてるなら、それが一番です」
俺の取り出した財布を2人して覗き込む。
それなりの額が入っているが、目的の値段には届いていない。
「お前も三分の一出せ。折半にする。親父も幾らか出してくれるらしいから」
きょとんとする絵麻。
「俺へのプレゼントも、それで良い」
「いいの?」
申し訳無さそうな顔をする絵麻。
確かに、絵麻と違って俺は天文には余り興味が無い。
けれど、彼女と共に天体観測が出来るのなら、金を出すに値する。
十分、俺へのプレゼントになると思う。
「ご進学祝いか何かですか?」
保証書やらに記入しつつ、店員が尋ねて来る。
「誕生日なんです」
俺は絵麻の肩に手を置いて答えた。
「今日が俺ので、明日はこいつの」

93夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:27:49.13 ID:T3aHK+E4
「何が見える?」
絵麻は望遠鏡から眼を離し、俺の方を向いて首を振った。
「なにも」
俺も並んで薄暗い夜空に眼を凝らしてみるが、相変わらずぼんやりした月しか見えてこない。
空が完全な暗闇で無い時点で、曇っているのは間違いないだろう。
どう考えても、天体観測には不向き。
それなのに、絵麻はさっきから飽きもせず、何も映らないスコープを覗き込んでいる。
別に、高い物買って貰ったから使わなきゃ、とか、義務感でやってるなら止めといた方が良いぞ。
等と、興を削ぐ言葉は、喉の奥に飲み込んだ。
絵麻は、純粋に、望遠鏡を楽しんでいる様子だったから。
「何が楽しいんだ」
だから代わりに、訊いて見る。
絵麻はスコープに目を付けたまま、首を傾げる。
「真っ暗だから」
「は?」
暫くして、絵麻は良く意味の判らない答えを返した。
「真っ暗だから、予想もできない何かが隠れていて、次の瞬間それが見えるんじゃないかって」
そんな期待を、してしまうのだと言う。
ふと、子供の頃の自分を思い出す。
母親から借りたカメラを持ち出して、フィルムも入れずに其処彼処に向けてシャッターを切っていた。
ファインダー越しに見える風景が、何時もと違って見えて、何もかもが新鮮だった、そんな記憶。
「……訳が判らん」
俺は憮然として溜息を吐いた。
白い息が何も無い空の彼方に拡散して行く。
絵麻は心配そうな顔で俺を見る。
「寒い?」
答える代わりに、俺は絵麻の背後に回って、背中を抱き締めるように座り直した。
絵麻は僅かに逡巡した後、腰を浮かせて俺の膝の上に乗る。
暖かい重みが、胸の中にすっぽりと納まった。
「夏休みだが」
絵麻は前を向いたまま頷く。
俺は彼女と共に空を見上げたまま続けた。
「何処か田舎にでも行かないか。
俺は受験勉強があるから長くは行けそうにないが。
きっと、ここよりずっと星も綺麗で――――」
願わくば、来年も、再来年も。
その先も、ずっと。
取り留めの無い話をしながら、ふと視線の端を、流星が流れたような気がした。



「……こんなものかな」
使っていた望遠鏡を再び分解してケースに収納し、絵麻の部屋の押入れに押し込む。
一仕事終えた途端、急に寒さを意識した。
風呂はもう入ったので、後はさっさと布団に入ろう。
「今日はもう遅いし、俺は戻るぞ。
お前も早く寝ろ」
欠伸交じりにそう告げると、ドアノブに手を掛ける。
と、反対側の手が、小さなぬくもりに包まれた。
「絵麻?」
絵麻は俺の手を握ったまま、無言で俯いている。
手を握り合ったまま、二人立ち尽くしたまま。
「どうした」
痺れを切らして問い掛けたその時、唐突に金属的な振動音が響いた。
午後零時を告げる時報。
今日が昨日になり、明日が今日になった。
94夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:29:01.33 ID:T3aHK+E4
時報の余韻が終わる。
絵麻が顔を上げた。
一寸赤く染まった頬。決意を湛えた真っ直ぐな視線。
俺と絵麻は微かな電熱球色の照明の中、見詰め合う。
「ハッピーバースディ、絵麻」
どちらからともなく、瞼を閉じる。
唇に、温かな温度が触れた。



大きなタオルケットを敷いたベッドの上で、二人向かい合って座る。
絵麻は何故か正座したまま、三つ指を付いて深々とお辞儀をした。
「ふつつかものですが」
「否、普通お願いするのは男の方なんだが……」
恐らく緊張を誤魔化す為なのだろうけれど、肩の力が抜ける。
こう言うのを、雰囲気に流された、と言うのだろうか。
けれど、二人にとって、これは今日でなければならなかったのだと思う。
奇しくも、俺が18歳になった直後、彼女が16歳になった、今日この日。
目を瞑り、唇を合わせながら、細い背中に腕を回す。
正面から抱き締めた華奢な体は、強い緊張の色を帯びていた。
「大丈夫か」
腕の中で小さく頷く絵麻。
俺も今更自分を止められる自信がなかった。
寝巻きの上から、少女の体に触れる。
二の腕から胸、下腹、腰、内股にかけて。
満遍無く、強過ぎない様に。
柔らかい様で、しっかりとした弾力もある、不思議な感触。
所々で、熱を帯びた吐息が絵麻の口から零れる。
「脱がせるぞ」
絵麻が頷くのを待って、手探りで寝巻きのボタンを一つ一つ外して行く。
上着がすとんと落ちると同時に、絵麻は少し腰を浮かせてくれる。
ボトムスの裾に指を掛け、下に下ろしていくと、白い腿が露になった。
ボトムスを引き抜いている間に、絵麻は自分からシャツを脱ぐ。
レースのあしらわれたブラジャーとパンツ。
下着一枚になり仰向けに転がる絵麻の姿を見て、俺は思わず唾を飲み込んだ。
丁度良い大きさの膨らみを包み込む薄い布地、その下の白い肌。
顔は此方に向けているものの、恥ずかしいのか瞳は微妙に逸らしている。
妖艶さと初々しい羞恥とを備えたその佇まいには、中々に"クる"ものがあった。
俺が見蕩れている隙に、絵麻はつと俺の顔に手を伸ばす。
眼鏡が取り上げられ、視界がぼやけた。
「何をする」
「恥ずかしいし」
そのまま俺の胸元に手をやり、プチプチとボタンを外しに掛かる。
早く肌を合わせたくて、俺も手早く服を脱ぎ捨てた。
トランクス一枚になると、下着姿同士、向かい合う形で座る。
自然、唇と唇を寄せ合う。
何度となく、啄ばむ様なキスを繰り返した後、息継ぎに口を話した隙を付いて、突然絵麻は身を乗り出し俺の耳朶に齧り付いて来た。
齧ると言っても、歯は当てず、舌と唇で甘く挟み込まれただけ。
ふう、と暖かな吐息を感じて、俺はぞくりとした。
95夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:30:41.20 ID:T3aHK+E4
「……おい」
絵麻は止める素振り見せず、耳や首筋に舌を絡めて来る。
「言って置くが、俺に限って言えばそんな所に性感はないぞ」
絵麻は動きを止めて一旦身を離し、何事か考え込む。
ひょっとすると、こいつにとっては気持ちの良いスポットなのかも知れない。
俺はお返しとばかりに絵麻を抱きかかえると、耳元に口を寄せた。
「……俺もさせてもらう」
小さく囁くと、絵麻の躯がピクリと震えたのが判った。
舌先でそっと、形の良い耳朶の窪みをなぞる。
断続的な身震い。
反応に気を良くして、俺はそのまま耳を攻め続けることに決めた。
腕でしっかりと温かい体を抱きかかえたまま、口だけを使って、絵麻の左耳を弄繰り回す。
耳朶の裏から、中に掛けて、丹念に。
舌先が耳の穴に達し、腕の中からくぐもった様な声が漏れ出た。
やり過ぎたかと思って口を離す。
絵麻は緩い拘束から逃れると、何を思ったか、そっと俺の股間に手を伸ばした。
指先がトランクス越しに其処に当たると、俺は総毛立った。
絵麻はそのまま、少しずつ、焦らす様に俺のいきり立っている部分をなぞって行く。
白く細い指先が、俺のペニスを撫で回している。
生まれてこの方、味わった事の無い感覚だった。
呆然としている俺を、絵麻は得意げな顔で見上げて来る。
「こら」
俺は我に返って絵麻を止めようと腕を伸ばす。
絵麻はするりと逃れると、そのまま俺の胸に体重をかけ、押し倒した。
マウントポジションを取った絵麻は、尚も挑発的な笑み。
「……良い度胸だ」
俺は腹筋に力を込めると、主導権を奪え返すべく反撃に移った。
絵麻は笑いながら逃げ回る。
何だか無性に可笑しかった。
まるでプロレスごっこだ。子供のやる事と変わりない。
一頻り、倒したり倒されたり、絡み合ったりした後、俺達はぐったりと横向きに倒れ込んだ。
事を終わらせる前に疲れていてどうするんだと、自分に突っ込みたくなる。
俺は息を整えると、上体を起こしはしたもののまだ息を大きく吸っている絵麻の背後から抱き付いた。
彼女の首筋に顔を埋めて、乳房に手を伸ばす。
絵麻はピクリと震えた。
両手で、両の乳房を、そっと包み込む。
暖かな弾力が伝わる。
出来るだけ優しく揉んだり、揺すったり。
手を動かしていると、レース生地越しではあるが、薬指に少し固い突起が当たった。
絵麻が息を呑む。
突起を指で軽く抓ると、絵麻は脚をもぞもぞと蠢かせた。
96夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:32:34.07 ID:T3aHK+E4
「嫌か?」
絵麻は小さく首を振った。
そのまま俺はブラの生地で擦る様に乳房の先端を擦る。
腕の中の少女が切なげな吐息を漏らす。
「直接触るぞ」
一言断って、俺は既にずれていたブラジャーに手を掛ける。
フロントホックなので、慣れない俺でも外し易い。
ブラはあっさり外れ、適度な大きさの双球が外気に晒される。
正面に回りこんでじっくり鑑賞したい願望も有ったが、俺は先端を攻め続けるのを優先する事にした。
人差し指と親指で直接摘むと、其処は想像以上に固く尖っている。
両方の乳頭を弄っている間、絵麻はぎゅっと眼を瞑って内股を擦り合せていた。
「下も触って良いか?」
絵麻が再度頷くのを待って、俺は右手を彼女の下半身へ。
臀部にも、乳房程ではないものの、柔らかさとボリュームが感じられた。
まず尻から、なぞる様に、秘められた場所に指を伸ばす。
下着越しに其処に触れる。
そこは既に湿り気を帯びていた。
布地を少しずらし、内側に指を滑り込ませ。
薄い茂みの下部、スリットに触れる。
その時ばかりは、絵麻の全身が強張った。
指を一旦止め、強く抱き締めつつ首筋に唇を寄せる。
絵麻は体を捩り顔を此方に向けた。
唇同士を合わせながら、乳房と尻をそっと撫でる。
キスを繰り返す内、少女の躯から力が抜けて行く。
再び秘場に指を伸ばすと、絵麻は腰を僅かに浮かせてくれた。
股間を覆う布地を引き抜くと、彼女を覆うものは何もなくなる。
ベッドの上、仰向けに転がる全裸の絵麻を見下ろす体勢に。
改めて全体を眺めると、バランスの取れた筋肉と脂肪と骨格の組み合わせは、何か神々しい美しさすら含んでいた。
今度は唾を飲む音を隠せていたかどうか判らない。
眼鏡が欲しいと切実に思った。
屈み込んでキスしながら、右手を再び彼女の股間に持って行く。
手探りで、慎重に裂け目を掻き分ける。
絵麻は小さく震えながらも、拒む素振りは見せない。
中指で裂け目を押し広げつつ、人差し指で外壁をかき回す。
中は狭く、指一本でも四方から抵抗に合う。
慎重に、奥へ奥へと進んで行く。
指先が小さな核に触れると、彼女は眉を寄せて目を強く瞑った。
タオルの生地を掴んで、必死に何かに耐えている。
俺は身を乗り出して、絵麻の首筋に顔を埋めた。
中が見えないので手探りになってしまうが、仕方が無いだろう。
97夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:33:48.97 ID:T3aHK+E4
「頭か首、掴んでろ」
絵麻が頷いたのが判った。
首に両腕が回される。
一寸苦しいが、体勢は大分安定した。
俺は膨れた部分を傷付けない様に、そっと指で転がす。
彼女の奥から、少しずつ密が溢れて来るのが判る。
首に吸い付きながら、陰核を集中的に弄り回す。
徐々に彼女の吐息は陶酔の色を増して行く。
もう良い塩梅か。
俺は首に回せれた絵麻の腕を解いて、一旦体を離すと、顔を彼女の股間に埋めた。
眼前に彼女の性器が晒される。
今まで嗅いだ事の無い、不思議な匂いがした。
絵麻が慌てているが、俺は構わず舌先をそこへと伸ばす。
「!?」
俺の舌が触れた瞬間、今度こそ絵麻は体を捩って暴れた。
「やだっ……! やす……みッ! そこ、き、きたな――――」
「汚くないって」
両腕でしっかり細い足を抑えつつ、俺は舌で肉壁を掻き分けて行く。
指で探った記憶を頼りに、膨れた部分まで辿り着いた。
皮を舐め回しながら剥いて行き、中に包まれた更に小さな突起に触れる。
絵麻が喘ぐ。
その顔が見れないのが残念だ。
核を舌で撫でる度、周囲から滔々と水気が溢れ出る。
躯の震えがより断続的に、強くなって行く。
「やす、み。も、もう――――」
俺がそこに強く吸い付くと同時に、彼女の腰が浮いた。
膣壁が強く収縮する。
絵麻が声にならない声を上げた。
顔を離すと、裂け目から粘度のある液が溢れ出る。
何度か小刻みに震えた後、少女はぐったりとベッドに倒れた。
「大丈夫か」
絵麻は俺に背中を向けたまま、黙り込んでいる。
「絵麻?」
「……へんたい」
暫しの沈黙の後、拗ねた様な声が返って来た。
「汚いって、言ったのに」
「そうは言うがな」
その後ろ髪を弄りながら、俺は弁解の言葉を捜す。
「今気持ち良くなっとかないと、後が辛いかも知れないぞ」
とは言え、彼女の体力如何では、続きが出来るかどうか判らない。
絵麻はゆっくりと上半身を起こすと、俺の方に向き直った。
そのまま俺に掌を差し伸べる。
言わずとも、彼女の意図は判った。
98夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:35:33.39 ID:T3aHK+E4
手を取り、熱の残る体を密着させて、唇を合わせる。
俺はトランクスを脱ぎ捨てると、絵麻の背中に手を回して、正面から向かい合う形でそっと彼女の体を横たえた。
先程自室から持ち出したコンドームの包みを破り、手間取りながらも固く屹立した自分のペニスに装着する。
絵麻はそれを不思議そうな目で見ていた。
「つけなくてもいいのに」
「日本では一応着ける事が礼儀になっているんだよ」
彼女に妊娠の心配が無いのは判ってはいるが。
「……いいか?」
彼女は一度頷いた後、暫し考え込む素振りを見せる。
「――――お願いがある」
「何だ」
優しくして欲しいとか、そう言う言葉を予想していた。
変哲の無い予想を裏切り、彼女は笑ってこう告げた。
「ちゃんと、痛くして欲しい」
願わくば、記憶に残るぐらいに、と。
「そんなお願いは、出来れば叶えたくないぞ……」
俺は既に先走りを垂らしているペニスを、彼女の中心に向けた。
絵麻は脚を開いて俺を導いてくれる。
先端が濡れた裂け目に触れる冷たい感触。
何度か道筋を探り、進むべき場所に辿り着く。
少し力を込めて、腰を進める。
絵麻は切なげに濡れた瞼を揺らした。
異物を受け入れる不快感か、彼女が望んだ痛みなのか、それとも快感か。
俺は彼女の頬に手を添えて摩りながら、先へと進む。
赤黒く膨れた先端がゆっくりと、ゆっくりと飲み込まれて行く。
中は、思う以上にきつい。
漸く先端が絵麻の中に埋まり切り、俺は一息吐いた。
「痛くないか」
絵麻は首を振る。
少し安堵して、俺は進行を再会した。
竿と膣壁が擦れる度、凄まじい電流が脳を焼く。
歯を食い縛って、込上げる射精感を耐える。
彼女の中はかなり濡れている筈なのに、それ以上に狭く、俺の侵入を拒む。
しかも擦れる度、壁面が強く締め付けてくるのだ。
最後まで辿り付けるかどうか、自信がなかった。
俺は痛くないと言う彼女の言葉に甘え、腰を少し落として、力を強く込める。
何かを突き破る感触。
生々しい音共に、ペニスは彼女の中に飲み込まれた。
絵麻は瞼を強く瞑って、首を左右に振る。
今度ばかりは、流石に。
99夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:37:09.08 ID:T3aHK+E4
「痛かったか」
「……ちょっと」
絵麻は僅かに躊躇ってから、少しだけ嬉しそうに、肯定した。
「済まない」
俺は屈み込んで彼女に口付けてから、膣の中を動き始める。
四方から力が掛かるので、引き抜くのも一苦労だ。
結合部の隙間から、赤の混じった透明な液体が零れる。
彼女のそこを初めて貫いた、その証。
その事実に、彼女の苦痛に、強い興奮を覚えている自分が居て。
それを自覚した時、俺は強い自己嫌悪に襲われた。
「ヤスミ」
そっと、頭の上に手が置かれる。
顔を上げると、絵麻が優しく微笑み掛けてくれていた。
「……済まない」
矢張り俺は謝る事しか出来なくて。
そんな俺の頭を、絵麻はそっと撫でている。
「……もう少し、我慢してくれ、な」
頷く絵麻。
俺は挿入を再開した。
最初挿れた時よりは多少は緩くなってはいるが、相変わらず、きつい。
僅かに萎え掛けていたものが、忽ち勢いを取り戻す。
中断がなければ、疾うに達していただろう。
経験したことも無い程の快楽が長引いたせいか、頭の軸が痺れている。
下半身が、別の生き物になったみたいだ。
絵麻を痛がらせて置きながら、快楽を貪っている自分に嫌悪を覚えつつも、動きは止められなかった。
少しでも痛み以外の何かを与えたくて、乳頭を弄ったり、吸い付いたりしつつ。
反対の手で腰を掴んで、絵麻の中を掻き回し、突き上げ。
腕の中にある、泣きながら笑う少女の存在で、胸を一杯にしながら。
ある瞬間、ぷつんと張り詰めた糸が切れるかの様に、俺は彼女の中で果てていた。
体の中から熱量が彼女の方へと流れ込んで行く感覚。
心臓の音と二人の息遣いだけが、頭の中で鳴り響いている。
とくん。とくん。とくん。
脈打つ度、ペニスが快楽に震える。
一滴残さず、体の中にある全てを絞り尽くすかの様に。
100夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:38:41.52 ID:T3aHK+E4
早鐘の様な鼓動も徐々に収まって行く。
襲い来る脱力感から、絵麻の上に突っ伏しそうになるのを耐える。
絵麻も俺が事を終えたのを悟ったか、体中の筋肉に掛けていた力を緩めて行く。
俺はこれ以上寝具を汚さない内にペニスを引き抜き、絵麻の下半身をティッシュで拭った後、コンドームの口を縛った。
一応の処分を終える頃には体中の熱も大方冷め、肌寒さがぶり返す。
思わず身震いすると、絵麻が背中からベッドに敷いていたタオルケットを被せてくれた。
俺は絵麻を抱き寄せて二人で布に包まり、ベッドの上に腰かける。
素肌が密着している状態だったが、今更気恥ずかしさは感じない。
只、冷たさと温かさが同居している奇妙な触感が心地良かった。
絵麻は俺の胸に顔を埋めている。
自然と、彼女の額に唇を寄せた。
「ありがとう、な」
何が? と絵麻は不思議そうな顔をする。
「今夜の事も、他にも色々と」
激しい行為の後故か、奇妙な程静けさを感じた。
聞こえるのは、ゆったりとした二人分の鼓動の音だけ。
「……風呂、入るか?」
それ程体が汚れた訳ではないが、絵麻が気持ち悪く感じていないか気がかりだ。
が、彼女はゆっくり首を振った。
「朝までは、ヤスミの傍にいたい」
少しだけ、返答に躊躇った。
今まで、彼女と同衾したまま眠った事などない。
とは言え、今日はもう色々と疲れ切っていた。
「取り敢えず、服は着るぞ」
頷く絵麻。
二人、脱ぎ捨てた服を身に着け直す。
一足先にベッドに入った絵麻は、横手に毛布を捲って俺の分のスペースを示して見せる。
導かれるがまま、絵麻の隣に横たわり、毛布を被った。
見上げると、頭上には見慣れぬ形の電灯が釣り下がっている。
行為の最中には気にも留めていなかったが、今更ながら丸い形のそれが俺達を見下ろす目玉に見えて、少しだけ羞恥心を引き起こされた。
横に頭を向ける。
絵麻が目を細めて、俺の顔を眺めていた。
何故か、再び気恥ずかしさが込み上げて来る。
今度は反対側に頭を倒す。
背後から、温かな感触。
彼女が、背中に寄り添っているのが判る。
考えなければならない事は山ほどあった。
明日の、否、もう今日の、予定。
一年後の大学受験。
彼女の命。
考えは纏まらず、微睡の中に溶けて行く。
只、背後に感じるぬくもりだけを確かなものに感じながら、俺は眠りに落ちて行った。

101夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:40:23.93 ID:T3aHK+E4
悪い夢は見なかった。



遠くで鳴る電子音。
耳慣れた目覚ましと違う音。これも聞きなれてはいるが、携帯電話の音だ。
瞼を開くと、何時もと違うカーテンの影。
隣には、温かな感触。
定期的に上下する、密やかな呼吸の証。
愛しい少女が、未だ眠ったまま、俺の左手を握りしめている。
俺は半ば寝呆けたままベッドを抜け出し、昨夜脱ぎ捨てた上着から携帯電話を取り出した。
声を抑えてマイクに喋り掛ける。
「……はい」
『もしもーし。伊綾、おはようさん。
もう起きとるか?』
マイクロフォンから昨日も聞いた溌剌とした声が響く。
綱だ。
「今起こされた所だ。一体今何時だと――――」
壁に掛けてある時計を見やると、短針は真っ直ぐ左を指している。
疾うに起きている筈の時間だった。
親父は一人で朝食を用意できたのだろうか。不安だ。
「……否、済まん。もう起きる。
で、何の用だ」
『いや、結局伊綾たちくんのかなって』
「何の話だ」
『花見はなみ。もうそろそろ始めっぞ』
そう言えばそんな話も上がっていたが、すっかり忘れていた。
「……済まんが、何も用意していない。
真面な物を持ち寄れそうにないから――――」
『いいって、いいって。と、言うか来てもらわんと困る。
せっかくふたり分プレゼントも用意して――――あ、しまった』
俺は胸中で嘆息した。
恐らくサプライズパーティーでも目論んでいたのだろう。
俺は気付いていない振りをして話を続けた。
「……まあ良い、食えるものを適当に見繕って持って行く。どうせ直ぐ無くなるだろうし」
『うんうん。そうしてくれ。
で、絵麻ちゃんも来れそうか?
話してないなら俺から電話するぞ』
「ああ、絵麻なら今隣でまだ寝て――――」
言い掛けて凍り付く。
が、綱に気付いた素振りはない。
『そうかそうか。じゃ、起きたら伝えておくれ。待っとるから
――――ああ、そうだ伊綾』
「何だ」
一瞬、気を抜きかける。
102夢 / 風花 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:42:48.31 ID:T3aHK+E4
綱、至って真面目な口調のまま。
『こういう時って、赤飯とか用意したほうがいいか?』
「……否、良い。気遣い無用だ。忘れろ」
『りょーかい。絵麻ちゃん、体に気をつけてな』
俺は頭を抱えながら通話を切る。
半日と経たずにばれた。しかも、最も鈍そうな奴に。
言い触らす様な事はしないだろうが、奴の妹には筒抜けだろう。
溜息を吐きながら携帯を仕舞っていると、横で毛布の塊がもぞもぞと蠢いた。
絵麻は目を擦りながら上体を起こす。
緩やかな髪にカーテン越しの陽光が反射して、優しく光る。
未だ寝呆けた眼が、俺を見遣った。
「……おはよう?」
「ああ、お早う。だが、もう大分遅い。
さっさと起きて朝食にしよう」
今日の予定を考えるのは、それからで良い。
絵麻は頷き、ベッドから立ち上がろうとしてバランスを崩した。
とっさに横から手を出して支える。
「ごめん」
「問題ない」
謝る必要があるのは俺の方だった。
ふと腕の中を見ると、彼女の顔が随分近くにある。
ベッドの段差の分、相殺された身長差。
「絵麻」
「?」
少女は一寸顔を赤くしたまま、首を傾げる。
「ハッピーバースディ」
来年も、再来年も、願わくばその先も。
そう願いながら。
二人、同時に瞳を閉じた。
103 ◆MZ/3G8QnIE :2013/03/23(土) 23:46:07.24 ID:T3aHK+E4
投下終了です。
あと3回くらいで本編は完結すると思います。
104名無しさん@ピンキー:2013/03/24(日) 12:44:27.37 ID:tEdA6ve8
乙です
ここまで長かったなあ、なかなか感慨深い物がある
105名無しさん@ピンキー:2013/03/27(水) 02:42:50.12 ID:abEZid4/

次回も待ってます
106名無しさん@ピンキー:2013/03/29(金) 22:28:58.79 ID:4FWsfopq
GJです!
どんな終わり方をするのか、気になって仕方ない。
107名無しさん@ピンキー:2013/04/18(木) 03:26:23.10 ID:DJIKa1ol
淡々と…ほしゅ
108名無しさん@ピンキー:2013/05/12(日) 18:13:43.62 ID:1pWg/vOa
無口にも程があるだろうが!
109名無しさん@ピンキー:2013/05/13(月) 01:04:41.81 ID:Xsskzdqw
放課後

晶「帰んのかよー、どうせ暇だろ健介ww」

健介「まぁ…」

晶「ちょっとこっち来いよ」

健介「勘弁してください」

晶「おっし、ここは滅多に誰も来ねーからさw」ヌギヌギ

健介「体育倉庫…いや、なんで脱いでるんですか」

晶「あー、勝負下着じゃねーけどお前だからいいだろww」

健介「意味が…」

晶「いーじゃねーかおめーも期待してたんだろwwwほれほれ、興奮してんだろ童貞ww」

健介「説明を…」
110名無しさん@ピンキー:2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:J5Ee4ibu
朝起きたら幼馴染が無言で自分の上に乗っかってる日常
111名無しさん@ピンキー:2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:wGjWm534
ちょっと予算的に駄目な気がしないでもない。声優のギャラ的な意味で
112名無しさん@ピンキー:2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:wGjWm534
なぜ誤爆したし
ちょっと毒舌無口っ子に慰められて来る
113名無しさん@ピンキー:2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:InJpPWdq
無口っ子の声優のギャラってどうなんだろう…。

って事ですか?
114名無しさん@ピンキー:2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:+2AOlL1O
マジレスするとああいうのは1話いくらだから、息を入れるだけでもギャラは発生する
115名無しさん@ピンキー:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN ID:Hlx0Jxhy
無口っ子に息を吹きかける?(難聴

ところで、今「むくちっこ」って打とうとしたら「無垢痴っ子」って変換されて呆然とした件
116名無しさん@ピンキー:2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN ID:bYDRyaG6
>>115
純真無垢で白痴っ子かよ
117名無しさん@ピンキー:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:1fKjr4Po
無口だけど態度で感情表現豊かな娘
無口で感情表現も希薄な娘
118名無しさん@ピンキー:2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN ID:6JfM4OHa
>>116
痴女という線
119名無しさん@ピンキー:2013/09/01(日) 21:13:54.08 ID:T1Tu/Q8W
一ヶ月以上もなんてみんな無口だな
120ファントム・ペイン10話  ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 17:48:27.38 ID:4e/cYqWM
毎度、夏の話を書こうとすると、書き上がるのが夏がおわった後になってしまいます。
申し訳ない……

10レス位になります
121風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 17:51:17.93 ID:4e/cYqWM
どうか
今日の私の心を、あなたが照らしてくれるように
明日のあなたの心を、あたためられますように

122風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 17:53:11.52 ID:4e/cYqWM
不意に大音量の雑音が割って入り、俺は熟考の世界から引き上げられた。
アブラゼミが軒先に止まっている様だ。
喧しくて敵わないが、居眠りを妨げてくれる分には都合が良い。
俺は伸びをして、周囲を見回した。
見慣れぬ旅館の8畳間。
飾り気は少ないが概ね清潔で、藺草の匂いと微かな潮の香りが混ざり合って心地良い。
目の前には足の短いテーブルの上に、参考書とノート、筆記用具。
右手に、彼女はいた。
大凡和室には似つかわしくない。真っ白なワンピース姿。
普段の茹だる様な熱気から解放され、随分と体調が良い。
縁側への障子戸を開け放ち、鴨居の手前でちょこんと正座し、飽きもせず外を眺めていた。
縁側からは太平洋が一望できる。
岩場に当たって砕ける白い波、浮かぶ小島、一面の海と空の青。
変わり映えのしない、変わり様のない光景。
絵麻は、朝からずっと其処に佇んでいる。
一刻一刻姿を変える雲、陽光の角度や湿度に影響を受ける空の色、毎回ランダムな方向に踊る波飛沫。
同じものは何一つとしてない。
俺の目には同じにしか見えないが。
「絵麻」
呼び掛けると、黒目がちな瞳が俺の方へ向けられた。
「……退屈じゃないのか?」
絵麻は首を傾げて何事か考え込んだ。
「面白いよ?」
そう言って、絵麻は視線を表へと戻した。
「海、見てるの」
「そうか……」
ここで退屈だと言われても、どうしようもないのも事実だが。
俺はこの通り、受験勉強に掛かり切り。
彼女にとってこの晴天の直射日光の下、表を長時間出歩くことは命に関わる。
結果、俺も彼女も旅館に釘付け。
(折角海に来たってのに、二人とも何やってんだろうな)
上げ膳据え膳で明光風靡を満喫出来るのだから、無意味ではないのだろうけれど。
そんな俺の不満を余所に、絵麻の方はこの旅行を楽しんでいる様だ。
海を間近で見るのは、初めてらしい。
俺は新しい茶葉を入れた急須に湯を注いで茶を二杯淹れると、湯呑みの一方を持って絵麻の傍まで寄った。
彼女の横に湯呑みを置くが、相変わらず外の方に向いたまま、気付く素振りはない。
怪訝になりその視線を追うと、数羽の種類の違う鳥が喧嘩している。
一方はウミネコで、もう一方は随分大柄で黒っぽい。
「……カモメか?」
「オオトウゾクカモメ」
横手で絵麻が呟く。
「ああやって他の鳥から餌を奪って生きている。
日本で見られるのは主に夏。秋になると南半球に渡ってそこで夏を過ごし、子供を育てるんだって」
「ほう」
絵麻は稀にこうして雄弁になる。
俺は相槌を打ちながらその横に座った。
「お前と同郷だな。向こうで生まれて、こっち育ち」
絵麻は首を振った。
「彼らは向こうに帰る。帰って、子供を産んで、次の世代につながっていく。
私は帰らない。子供も産めない。そのままここで――」
ここで、死ぬだけ。
俺は、続きを言わせる前に、彼女の手を握った。
「まあ、確かに、お前とは違うか」
絵麻は、漸く俺の方に顔を向ける。
「他人の物掠め取って生きて行ける程、お前は器用じゃないしな」
俺は畳の上で仰向けに寝転んだ。
勉強は、暫く中断する事に決める。
寝転がったままふと横に頭を向けると、同じく絵麻も隣に横たわって、じっと此方の顔を見ていた。
123風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 17:55:56.57 ID:4e/cYqWM
「何だよ」
「今度は、ヤスミのこと見てる」
何だか気恥ずかしい。顔を逸らしたら、彼女は残念がるだろうか。
「俺の顔なんて見たって、益々退屈するだけだぞ」
絵麻は笑って首を振る。
「私、ヤスミの目、好きだよ」
「目?」
絵麻が俺の頭に両手を伸ばす。
掌が、耳の上辺りを覆った。
「真っ黒だけど、きらきらしてる。
表面は冷たいけど、中はあったかい。
ときどき寂しそうだけど、優しいのが判るから。
本当に、綺麗な色」
釣り目気味で、剣呑だと言われた記憶はあるが、綺麗だなんて言われた事は一度もなかった。
「俺は、お前の目の方が好きだな」
首を傾げる絵麻の顔が良く見える様、絵麻が俺に対してしているみたいに、両手で頭を覆う。
虹彩に沿って色が微妙に変化する、黒目がちな瞳。
日陰に居ると、外界の光を反射して、強く光って見える。
彼女の瞳に映る俺の目、その更に奥にある彼女の瞳すら見通せそうな気がして。
(……綺麗だ)
どれ位そうやって見詰め合っていただろうか。
俺は少し身を乗り出して、自分の額を彼女の額にくっ付けた。
吐息を感じる距離。
互いに瞼を閉じ、ゆっくりと唇と唇を近付けて行く。
不意にドアノブが回る音(和室だが出入口は洋式だ)が聞こえた。
瞬間、俺は我ながら吃驚する様な俊敏さで身を立て直すと、絵麻を助け起こすと、一跳びでちゃぶ台に移動する。
「ただいまー」
少し前髪が後退気味の中年男が顔を出す。
「二人とも、大人しく留守番してたかな?」
「……随分早かったんだな親父。神社仏閣巡りは終わったのか」
聞いていた予定の時刻からは随分早い。
「本当はもう少し北の方にも行ってみる予定だったんだけどね。
途中で疲れちゃって、今日はこのくらいということで、引き返してきたよ」
親父は額の汗を拭いながら、荷物を下ろした。
絵麻がリュックサックを受け取り、押し入れに持って行く。
その後姿を眺めながら、親父は呟いた。
「……何かあったの」
「何がだ」
俺は動揺を押し隠しつつ答える。
「ふうん?」
親父は部屋に置いてあった荷物を探り、衣服を何着か取り出すと、再び出口に向かう。
「じゃあ、僕は温泉に入ってくるから。
また、しばらくは戻らないよ。1時間くらいは」
親父はウィンクすると、さっさと部屋を出て行った。
俺は思わず肩を落とす。
「またバレたか……」
リュックを仕舞い終えた絵麻は俺に近づくと、隣に正座で座り込んだ。
「何だ」
猫が背伸びをするような仕草で、下から顔を寄せて来る。
唇に柔らかい感触。
余韻に浸る暇もない、一瞬の接触。
避ける暇もなかった。勿論、避ける心算なんてないが。
抱き締めようと手を伸ばすと、絵麻はまた猫の様にするりと懐から抜け出してしまう。
「……生殺しなんだが」
恨みがましい目で見ても、絵麻は澄ました顔で首を振る。
「ヤスミ、もう勉強しなきゃ」
正論だ。
俺は溜息を吐いて再びちゃぶ台に向かう。
124風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 17:58:50.64 ID:4e/cYqWM
外を見ても、さっきまで騒いでいた海鳥達は、既に近くには見当たらない。
山の方の上空で、小さく羽ばたいて見えるのが彼らなのだろうか。
塒へと帰る時間。
木々の影が長く伸び、空は徐々に赤く染まろうとしていた。



その露天風呂は西向きで、岩場になっている海岸も一望できるので、夕刻には中々風情溢れる場所になる。
しかも俺以外の客の姿は疎らであり、良い気分で風呂を堪能できそうだった。
一点を除いて。
「いい湯だねえ〜」
湯船の真ん中で、如何にもおっさん臭い溜息と共に、親父が湯船の中で踏ん反り返っている。
「何でまだ居るんだ……」
態々あれから20分位時間を置き、彼が出るタイミングを見計らって風呂場に向かったのに。
親父は未だに温い温泉を満喫していた。
「泰巳もこっちにおいで。夕日が綺麗だよ」
「後で行く」
親父の誘いを余所に、俺は蛇口に向かって黙々と体を洗い始めた。
「しかし、何でまたこんな所に出向いて、温泉旅行なんだ」
この旅行自体、提案したのは親父で、知らされたのも数日前だったので、ここに決めた事情等は何も知らなかった。
「テーマパークとかの方が良かったかな?」
「受験生と日中出歩けない奴を連れてか?」
それ以前に、俺も絵麻も、恐らく親父も、特別そう言う場所を好んでいない。
「温泉にしても、もっと近場で良かったんじゃないかと聞いているんだ。
特に親戚が居る訳でもあるまいし」
「ずっと前に、美奈子さんと、きみの母さんと、1回来た事があるんだ」
親父は何でも無い様な素振りで言った。
「家族旅行とか、してみたかったんだだけど、ね」
家族3人で、行けなかった旅行。
3人が2人になり、また3人になった。
今を逃せば、また3人で行く機会など無いのかも知れない。
俺はそれきり、何も言えなかった。
俺は体を洗い終え、親父から離れて湯船に浸かる。
体温より幾許か高い程度の、熱過ぎない温度が心地良い。
沈み掛けた太陽の最後の残光が視界に入り、俺は目を細めた。
岩肌と波飛沫が黄金に輝き、空は朱から菫、菫から藍に塗り替えられようとしている。
「絵麻は日中露天に入れないから、残念だろうな」
ふと俺が呟いた言葉を聞いて、親父はまた笑う。
「混浴じゃなくて残念かい」
「馬鹿言え」
別に女性に飢えている訳ではないし、好き好んで相方の裸身を公衆の面前に晒す趣味もない。
「でもコブ付きで不満なんじゃない」
「コブ付きって……普通親が子を邪険にして言う言葉だろ」
ふと、親父にはもう新しい女性と付き合うとか、そう言う考えはないのだろうかと、唐突な疑問が浮かんだ。
俺と絵麻が独立すれば、親父は恐らく一人になる。
それ以前に、二人とも大学でどこか寮を借りるかも知れない。
絵麻は何時まで居られるかも判らない。
「なあ」
親父が此方を向く。
「……好い加減上せないのか」
口に出たのは全く関係のない事だった。
「そうだねえ」
親父は一つ、大きく伸びをする。
「僕はそろそろ出るよ。泰巳も夕飯までには戻っておいで」
「ああ」
親父はタオルで水滴を拭うと、風呂場を出て行った。
残された俺は、風呂の中で膝を抱えて、水面に揺れる残光をぼんやりと眺める。
125風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 18:01:17.76 ID:4e/cYqWM
3人はやがて2人になり、いずれは1人になるだろう。
きっと、増える事はない。
残されるのは、俺か、親父か、それとも……。
微かに残っていた太陽は、海に飲み込まれ、完全に見えなくなった。



「……凄いな」
午後8時。
夕食を終えた後、望遠鏡を抱えて海岸沿いの堤防を歩きながら、俺は空を見上げて呟いた。
昨日は生憎の曇天で何も見えなかったが、今夜は月も雲も見えず、天体観測には絶好だ。
夏の大三角形は言う迄もなく、射手座を取り巻くスタークラウドも鈍く光って見える。
「天の川なんて初めて見るぞ」
「南の方だと、もっと見えるよ」
懐中電灯を片手に、三脚を担いで先を歩く絵麻が答える。
彼女が収容されていた施設は、砂漠の真ん中にあったらしい。
人里離れた場所で乾燥している分、星空は此処とは比較にならない位綺麗に見えた事だろう。
「でも、ひとつひとつの星は、こっちの方が良く見えるかも」
くるくる回りながら、周囲の星々を見渡す絵麻。
案の定、段差に躓きかけ、俺はとっさに手を出した。
相変わらず、少女は羽根の様に軽い。
「ごめん」
「星見るのは目的地に着いてからにしとけ」
俺は彼女の代わりに三脚の入ったバッグを肩に担ぐと、望遠鏡を抱えたまま空いている方の手を彼女に差し出す。
絵麻は懐中電灯を握っていない方の手で、俺の手を取った。
生ぬるい風が吹く夏の夜。
相手の体温が暑苦しいのも事実だったが、嫌な気分は全くしない。
虫の声と蛙の声と、波がテトラポッドに砕ける音に包まれながら、束の間のデートを楽しむ。
少し海沿いを離れて階段を上ると、一気に開けた場所に出た。
高台に設置された、海水浴客用の駐車場。
周囲に高い建造物も木々もなく、空が良く見渡せる。
夜間は車用ゲートは閉じられ、昼間の内に管理人に利用許可を取ってあるので、堂々と敷地の真ん中に陣取り、三脚を立てた。
二人で協力して望遠鏡を組み立て、携帯アプリの星座早見盤を起動して準備完了。
「じゃ、最初は何を見る?」
「……こと座とか?」
「了解」
白く輝く一等星ベガと、その傍らで菱形に並んだ4つの星を視界に捉える。
「これで合ってるよな?」
その場を退いて絵麻に確認して貰う。
絵麻は頷きつつ、手慣れた操作で視野と倍率を切り替えて行く。
暫く弄繰り回してから、俺の方に手招いて来た。
彼女に代わりスコープを覗き込む。
微かな円盤状の輝きの中心に、窪んだ様な穴を空けた奇妙な天体が浮かんでいる。
126風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 18:03:13.76 ID:4e/cYqWM
「何だこいつは?」
「M57。リング星雲」
絵麻は天体に重ねる様に手を伸ばし空に翳す。
一寸残念そうに笑って手を引っ込めた。
「指には入りそうもないけど」
「実物は差し渡し数光年のサイズだろうがな」
俺も釣られて笑いながら、同じように指を重ねて見る。
「何れ丁度良いサイズの奴をやるよ」
絵麻は一瞬吃驚した様な顔をしたが、直ぐに笑って頷いた。
「おそろいのがいいな」
そんな未来が、二人に訪れる事があるのか。
「あ」
突然、絵麻は目を見開いて、俺の方、正確には背後の北東の空を指さした。
「流れた」
「……マジか?」
頷く絵麻。
俺も振り向いて彼女の指の先に目を凝らす。
何秒、何分。
息を押し殺して、じっと夜空を見詰めていると、不意に微かな光の線が天の川を横切る。
「マジだ」
絵麻は笑って再び頷いた。
この頻度だと、かなりの数の流星を観察できそうだ。
「何か願い事でも用意して置くか」
「?」
怪訝な顔をする絵麻。
"流れ星が消える迄に願い事を3回唱えると云々"と言う迷信は、彼女にとって馴染みないものらしい。
「……良い。俺がやっとく。
"健康第一"ってな」
「? ?」
コンクリートの上に持参したビニルシートを敷き、二人並んで寝転ぶ。
ごつごつした感触が背中や尻に当たって、一寸痛い。
けれど、そんな事は大して気にならない。
「あ。また」
一つ、流星が視界を横切る。
「今夜は随分景気が良いな」
一つ、また一つ。
幾星霜、惑星の間を巡って来た彗星の欠片が、地上へと吸い込まれて行く。
俺達は望遠鏡をそっち除けで、夢中になって流れ星を探した。

127風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 18:07:46.24 ID:4e/cYqWM
流星の数を数え始めて、10を過ぎた辺りだろうか。
絵麻は不意に立ち上がると、駐車場を横切り、低い塀の傍まで近寄った。
俺も付いて近付いて行くと、そこからは海が一望出来た。
波も穏やかな、静かな夜の海。
星々の瞬きが海面に映し出され、波の間に揺らめいている。
漆黒の海面にちらつく光は、怪しく美しい。
同時に光で獲物を誘き寄せる発光生物の罠の様にも見えて。
「ヤスミは」
絵麻が振り返る。
「海、好き?」
「……正直、余り好きになれない」
何故? と絵麻は視線で問い返す。
「特に夜見ると、真っ暗だから。
吸い込まれそうで。
飲み込まれてしまいそうで、不気味に感じる」
「私は好きだよ」
再び背中を向けて、絵麻は呟く。
「吸い込まれて、飲み込まれて。
最後に帰ってくる所はここなんだって思うと。
なんだか、安心する」
「お前……」
得体の知れない不安に駆られて、俺は思わず絵麻の肩を掴んだ。
絵麻は、只静かに微笑んでいる。
「俺は止めるぞ」
なんだか的外れな事を言っている様な気もするが。
彼女が遠くに行ってしまいそうな予感がして。
「縋り付いてでも、無理矢理にでも、絶対に、お前一人で行かせはしないからな」
絵麻は暫く吃驚した様に俺を見ていたが、やがて一寸笑いながら、俺から身を離して一歩下がる。
「じゃあ、一緒に行く?」
絵麻は俺に向けて手をそっと差し出す。
「冷たい水の底でも、二人ならきっと寂しくないかも」
星空と夜の海を背に、俺を誘い掛ける少女。
何故か、背筋がぞくりと凍えた。
俺は逡巡を振り切って、彼女の手を取る。
絵麻は笑って、ダンスのステップを踏むみたいに、俺を引っ張った。
二人手と手を繋いで、駐車場を下り、砂浜を抜け、波打ち際まで出る。
一帯は街灯も少なく、真っ暗に近い。
潮の匂いが一気に濃くなり、波の音がすぐ近くに聞こえる。
懐中電灯が照らす僅かな照明が、水に触れないぎりぎりにラインに居る事を教えてくれた。
靴の爪先が、僅かに濡れる。
絵麻は笑ったまま呟いた。
「冗談だよ」
「判ってる」
そのまま二人、手を繋いだまま、無言で真っ暗な海を眺めた。
此処から数歩踏み出せば、波に浚われて行く間際の距離。
不思議と気分は落ち着いていた。
「なあ、若し――――」
視界の端に感じる微かな光。
遅れて短い破裂音が響いて、俺たちは左方へ顔を向けた。
海岸沿いの、遠い小さな集落の辺り。
その上空に、小さな花が咲いた。
白、菫、赤、橙、黄、緑。色とりどりの花弁が、空中に咲いては、散る。
輪の様に、柳の様に、滝の様に、流れる星の様に。
束の間、漆黒の夜空を彩り、消える。
「……天体観測は中止だな」
隣で頷く絵麻。
花火が終わっても、煙が漂っている内は観測に向かない。
流星も既に疎ら。
花火が終われば、お開きだった。
128風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 18:11:14.19 ID:4e/cYqWM
潮風が吹く。
少し肌寒さを感じて、俺は繋いだ手を握り直した。
「帰るか」
最後の一発が上がり終わり、静寂が訪れた後、俺は口を開いた。
だが、絵麻は動かない。
俺の顔を見上げて、何かを逡巡している。
「ヤスミ」
「うん?」
絵麻は暫く口をもごもごさせた後、一寸顔を赤らめて呟いた。
「えっちしたい」



昼間は海水浴客でごった返す休憩所、夜中には訪れる人もいない。
荷物を下ろし、絵麻と隣り合って粗末な木のベンチに座る。
肩に手を回すと、絵麻は俯いたまま手を握ってくれた。
暗がりで良く見えないが、きっと顔が真っ赤になっているのだろう。
肩を抱き寄せて、唇を合わせる。
啄む様なキスを繰り返し、唇を割って唾液を交換したり。
大分小慣れて来た所で、首の後ろに手を回す。
気を利かせた絵麻が自分から背中を向ける。
彼女のワンピースは背中にボタンがあるデザインで、脱がせるのに新鮮な気分を覚えた。
ボタンを外し終え、袖を腕から抜く。
華奢な肩と、下着の肩紐が露になった。
そのまま背後から乳房に手を回す。
外から見える事はないものの、公共の場所で致す事に罪悪感と軽い興奮を覚えてしまう。
胸を触るのに、今更許可は要らない。
最初は力を籠めず、摩る様に、表面を優しく撫でる。
絵麻はくすぐったそうに身を捩った。
良い塩梅に力が抜けてきた所で、下着の下に手を差し入れ、乳房の先端を直接刺激する。
幾分小さいものの、固く締った赤い蕾。
指で挟み、捏ね繰り回す。
暫く夢中で胸の相手をしていたが、ふと彼女の下半身に目を落とす。
絵麻は切なげな声を漏らしながら、知らず知らず手を自分の股間に差し入れていた。
「……一人でするのか?」
絵麻は我に返ると慌てて手を離した。
「お任せします」
そう真面目ぶって言っているのが、何だか可笑しい。
「任せろ」
合わせてそう答え、彼女の体からワンピースを完全に落とすと、白い布に覆われた股間に指を這わせる。
既に結構濡れているそこは、然したる抵抗なく俺の指を受け入れた。
とは言え、下着を除けて直接中に差し入れようとしても、肉壁の抵抗が侵入を阻む。
何度か行為を重ねてはいるものの、少女らしい青固さは中々なくならない。
まず愛撫で慣らす事を優先し、俺は撫でる動きを継続した。
上下に擦る動きに合わせて、彼女の躯も揺れる。
段々と絵麻もよがって来てはいるが、屋外でいつまでも続けている訳には行かない。
俺は体勢を変えると、絵麻の正面にしゃがみ込んで、舌を這わせようと彼女の股間に顔を近づけた。
が、下着を下ろす前に彼女の手に阻まれてしまう。
「……口でされるのは嫌か?」
「えっと……そうじゃなくて」
彼女は何を思ったか、徐に俺の股間に手を伸ばすと、ベルトを外してジッパーを下ろし始めた。
「待て」
そのまま自己主張を始めている部分が飛び出す前に、今度は俺の方が彼女の顔を押しのけた。
「まさか、俺のを口でしてやろうとか、考えているんじゃないだろうな」
絵麻は当然の様に頷いた。
思わず溜息を吐く。
「お前はそんな事せんで良い」
勿論、その手の行為に心惹かれるものはあったが、絵麻の口に汚れたものを押し付けるのは御免だった。
129風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 18:13:14.98 ID:4e/cYqWM
「ヤスミは」
絵麻は一寸困惑した様な顔をして、俺を上目遣いで見遣る。
「私にされるのは、イヤ?」
「…………」
俺は思わず生唾を飲み込んでしまった。
決意が一瞬で萎え、代わりに別のものがいきり立つ。
「……キタナいモン口にするのはもっと嫌だろ」
「ヤスミは私のにしてるし」
胸中を汚れた欲望が渦巻く。
葛藤は一瞬。
俺は絵麻をベンチに下ろして立ち上がり、近場の水道に向かった。
「洗って来る」



「……大丈夫?」
「ああ。すまん、頼む」
あれから、水道水で性器を念入りに洗った後、さっきと同じ休憩所のベンチに俺は腰かけていた。
その開いた足の間に、半裸の絵麻がしゃがみ込んで、俺の股間をまさぐっている。
ベルトとジッパーを開けてズボンを下ろし、トランクスの隙間からはち切れんばかりに膨れ上がったものを取り出す。
先端が外気に晒されて僅かに震えた。
絵麻は恐る恐る節くれ立った棒に触れて行く。
擦り上げる様に弄るよう指示すると、たどたどしい手つきでそれに応えてくれる。
見ているだけで射精してしまいそうな、背徳的な光景だった。
先端から透明な液が漏れ、俺は呻き声を上げそうになる。
絵麻は、赤い舌先を小さく出して、血管の浮き出た棒に這わせた。
「別に、無理して飲まなくても良いからな」
水滴が彼女の口に落ちる前に、ティッシュを取り出して粘付く先走りを拭き取る。
だが絶え間なく襲い来る快楽に、液の漏出が止まらない。
痺れを切らせたのか、絵麻は口を開けて、赤く膨れたペニスの先端を飲み込んだ。
「ぐおっ!?」
一気に射精感が高まる。
絵麻は亀頭を咥えこんだまま、舌を裏筋に這わせた。
水音が漏れる。
歯の裏側が敏感な場所に当たるが、痛いより気持ちいいが先に立つ。
ぎこちない動きが、却って欲求を煽った。
もう、限界迄幾許もない。
「――ッ! もう、良い。大丈夫だ」
そう言われて、漸く絵麻はペニスから口を離した。
呼吸を乱し、その顔は上気している。
「……気持ちよく、なかった?」
「否」
俺は呼吸を整えつつ、絵麻を抱き締めた。
「出る寸前だった。これ以上されると、続けられなくなる」
絵麻は肩で息をしながら、俺に体重を預ける。
持参したペットボトルを取り出し、絵麻に渡すと、彼女はそれを少しずつ嚥下した。
飲み終えると、絵麻は上気した顔のまま、俺の目を見る。
「私も、もう、ヤスミが、ほしい」
俺は頷き、いざ本番に入ろうとして、一寸困った。
彼女を横に出来る場所がない。
妥協点はベンチの上だが、固いし、彼女の髪が絡みそうなささくれも見られる。
俺が下になっても良いが……。
「絵麻、済まないが一つ頼んで良いか」
首を傾げる絵麻。
「そこに四つん這いになってくれ」
絵麻は意図を察して、困った様な顔をした。
「後ろから?」
「ああ、後ろから挿れる」
130風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 18:15:17.25 ID:4e/cYqWM
彼女の趣向には沿わないだろう。前にもことの最中、互いの顔が見える体位が良いと言っていたし。
少なからず俺の趣向が入った要望ではあるので、少し後ろめたい。
絵麻は返事の代わりに俺に唇を寄せる。
唇の形をなぞる程度のキスを繰り返してから、彼女は後ろを向いて、最後に残った下着を下ろす。
顕になった形の良い性器を、絵麻はおずおずと突き出した。
指を伸ばすと、陰唇が割れ、汁が溢れる。
明るければ尻の穴から割れ目の中まで見えていただろう。
成程、これは恥ずかしい。
俺は露骨に鑑賞するのは止め、まだ硬さを失っていない性器にコンドームを付けると、彼女の性器に当てがった。
たっぷりと出た蜜を十分に絡ませてから、入り口に先端を向ける。
「挿れるぞ」
絵麻は後ろを向いたまま頷いた。
ここからではその顔は見えないが、耳朶は真っ赤に染まっている。
俺は彼女腰を掴んで、ゆっくりと前に進む。
何度か通った道だが、狭さと締め付けは変わっていない。
膣口と肉棒が擦れる度に俺の背筋に快楽の電流が走り、絵麻の口からは熱い息が零れる。
既に射精寸前だったペニスは今や悲鳴を上げていた。
何時もと違う角度からの締め付けが、四方から襲い来る。
俺がペースを握れる体位でなければ、疾うに果てていただろう。
発射するぎりぎりのラインの手前で、速度を調整しつつ中へと進めて行く。
しかし、もたついていては彼女を飽きさせてしまうかもしれない。
俺は右手を伸ばして、彼女の乳房を掴む。
乳頭を指で刺激すると、絵麻の口から一際高い嬌声が漏れ、膣口が一気に締った。
頭のネジが飛びかける。
歯を食いしばって、必死に射精を押し留めた。
絵麻は首を捻って俺に顔を向ける。
潤んだ瞳で、大きく肩で息をしながら、彼女は言った。
「いいよ、ヤスミ。がまん、しないで」
「――――ッ!」
もう、限界だった。
彼女を気遣う余裕も殆ど残っていない。
腰を掴んで、時折乳頭を刺激してやりながら、快楽を貪るべく必死に挿入を繰り替えす。
引き抜かれる毎に粘り気のある水が溢れる。
きっと、今度は我慢など出来ない。
体を捩り、切ない声を漏らす彼女。
その首筋に唇を押し付けながら、俺は一心不乱に絵麻を求め続けた。
最後に、深く差し込んだ瞬間、絵麻の背が弓なりに反れ、格段に強い締め付けと痙攣が下半身を襲う。
物凄い量の何かが体から抜けて行く感覚。
暫く、自分が射精している事にも気付かなかった。
余韻と倦怠感で、ぼうっとしたまま。
絵麻の体を助け起こし、矢張りぼうっとしている彼女にキスをする。
それから、互いに身を整え、簡単に後始末をするまで二人とも無言だった。
それでも、黙ったまま差し出した手は、黙ったまま握り返して貰える。
「……ええと」
言葉に窮しながらも、俺は何とか言うべき事を探した。
「大丈夫だったか、その、後ろから、とか」
絵麻は一寸考え込む素振りを見せてから、恥ずかしそうに笑って言った。
「ちゃんと、きもちよかったよ」
でも、と付け加える。
「今度は、私が上に行きたいかな」
まあ、それも偶には良いかも知れない。
「考えて置く」

131風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 18:18:14.83 ID:4e/cYqWM
宿までの道を、行きと同じ様に、二人手を繋いで。
右肩に望遠鏡。左手に少女の掌。
虫の声、蛙の声、波の音。
少女の位置と、聞こえて来る方向だけが、行きの時とは違っている。
「うれしかった」
ぽつり、と絵麻が呟く。
「一緒に行く?って、訊いた時、ちゃんと付いて来てくれて、うれしかったよ」
「当たり前だろ」
俺は小さな手を、握り締めた。
「ずっと、最後まで、お前の傍にいる。絶対に、お前を一人にしない」
俺の気持ちは、変わらない。
ありがとう、と絵麻は小さく答えた。
「でも、ヤスミは付いてきちゃだめだよ」
絵麻は俺の目を見詰めて、言う。
暗闇の中でも光るその瞳は、矢張りどんな星より、どんな花よりも綺麗で。
俺は暫く言葉を失った。
「俺は――――」
漸く絞り出した言葉は、どこか泣き言めていて。
「俺は、お前がいないと」
彼女を一人にしないといったのは、結局は自分の為でしかない。
そんな俺を、絵麻は再度突き放す。
「だめだよ」
喪失の嘆きから抜け出せなくてもいい。忘れてしまっても構わない。
他の人を好きになるななんて言わない。他の人と幸せになれとも言わない。
ただ、
「ヤスミには、生きてほしい」
告げられたのは、ちっぽけな願いだった。
残酷な願いでもあった。
自分が居なくなった後、例え一人でも生きて行けと言うのだから。
「ああ」
何時もの『考えて置く』と言う言葉が、喉の奥に出かかった。
「約束、する」
絵麻も小さく頷く。
手の平から伝わる体温が、指切りの代わりだった。
何度か手を握り合った後、小さな手はするりと俺の指から離れる。
「絵麻」
少女は一人、高さ30センチ程のブロックが積んである段差に足を掛けた。
綱渡りをする様に、バランスを取りながら前を歩く。
潮風が肩まである彼女の髪を揺らす。
海岸側にはフェンスもあるので、転落の危険はないが、危なっかしい。
「危ないぞ」
駆け寄る俺に、不意打ちする様に、絵麻が振り向く。
背伸びしなくても、キスが届く高さ。
唇の感触と、彼女の吐息。
ほんの少しだけ、潮風の味がする。
「……お前なあ」
前にもこんな事があったな、等と思い返しながら。
一寸白い歯を出して、悪戯っぽく笑う絵麻を、俺は一生忘れないのだろうと、そう思った。
132風花 / 願い ◆MZ/3G8QnIE :2013/09/29(日) 18:23:05.96 ID:4e/cYqWM
投下終了です。
最終回まで書き込める場所が残っていると良いのだが……(執筆速度的な意味でも)
133名無しさん@ピンキー:2013/09/30(月) 00:58:41.39 ID:gBoyWCJ8
GJ!
134名無しさん@ピンキー:2013/10/12(土) 02:31:46.30 ID:tIrV4PWK
これはGJですわ。
いつもありがとうございます。次も楽しみにしています。
135名無しさん@ピンキー:2013/12/11(水) 20:15:21.75 ID:pdJZ50pj
保守
136名無しさん@ピンキー:2014/02/23(日) 00:15:21.85 ID:68ztql6c
ほしゅ…
137かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:28:52.49 ID:uw0i+dfj
投下します。
138かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:30:07.36 ID:uw0i+dfj
 
 ぼくが住んでいる町は平凡で静かな町だけど、住人全員が善良というわけではない。
 駅裏の飲み屋通りとか夜のアーケード街とか、まあ多少なりともきな臭い匂いを感じさ
せる場所には、ガラの悪い人たちも当然いる。
 だから、そういう場所には決して近づかないようにするべきだし、そういう人たちのそ
ばにも近寄らないようにするべきだ。からまれたりたかられたりむしられたりするかもし
れないから。
 近づかないようにするべきなのだけど。
「おまえなんなの?」
 そんな、いかつい目でにらみつけられてしまうような状況に、ぼく、日沖耕介は現在遭
遇していた。
 理由は簡単だった。
 待ち合わせの場所に到着したら、ぼくの彼女がタチの悪そうな輩にからまれていたのだ。
 ぼくの彼女はとても無口な女の子で、普段はとてもおとなしい。見た目もかわいらしい
し、小柄なわりにスタイルもいいから、目ざとい男ならほうっておかないと思う。
 そして困ったことに、青川文花という女の子は、物怖じというものをあまりしない性格
だ。ぼくの目から見て、文花は男性に対する恐怖心というか、警戒心が薄い。ただの同級
生に過ぎなかった彼女と付き合うようになったきっかけは、学校外のイベントでたまたま
出会ったからで、そのときも文花はあまりこちらを警戒しているようには見えなかった。
ぼくにとっては幸運なことであると同時に、非常に心配なことでもあった。
 だからこそこういう待ち合わせのときは、遅刻をしないように気をつけていたのだけど、
今日に限って親に留守番を頼まれたのだ。ほんの15分程度のはずが40分も拘束されて、
やっと留守番から解放されたときは、すでに約束の時間を5分過ぎていた。
 急いで約束していた駅前の広場に駆けつけると、文花が見た目のチャラそうな男に話し
かけられていて(茶髪にピアスに金のネックレスて、こんなやつまだいるんだ)、しかも
文花は特に気にしていないのか、ものめずらしそうに相手を眺めている。自分がナンパさ
れているという自覚がないのかもしれない。あまりに無警戒だ。
 あわててぼくは「お待たせ文花!」と声をかけて2人の間に割り込んだ。ところが文花
をつれてさっさとその場を離れようとする間もなく、そのピアスの男に肩を掴まれてしま
ったのだ。
 ああ、これはまずい。ぼくは格闘技が好きだけど、ぼく自身に格闘技の心得が備わって
いるわけじゃない。だから、そういう争いごとは非常にまずい。
 なにより文花がいる。守らなきゃいけないけど、そのための一番の手立ては逃げること
だ。肩を掴まれたらそれができなくなる。
「いや、この子と待ち合わせしていたのはぼくだから」
139かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:31:08.46 ID:uw0i+dfj
 後から考えると、もう少しやりようがあったと思う。いきなり間に割って入ったら、誰
だって驚くし、人によってはカチンとくることもあるかもしれない。
 でもそのときのぼくは、文花が他の男と話をしているのが無性に気に入らなくて、さっ
さと引き離してしまいたかったのだ。
 だから、それはぼくの焦りや嫉妬が招いてしまったミスだったのかもしれない。相手は
ぼくが思う以上に沸点の低い人間だった。
 頬に重い一撃をもらった。
 体が傾いで、気づいたときには世界が横向きになっていた。
 拳で殴られたのは初めてだった。鈍い痛みと重い熱が顔全体を覆ってしまったかのよう
な感覚は、今まで暴力とは無縁だったぼくに結構なショックをもたらした。下は固いアス
ファルトだったから転倒の衝撃も大きく、頬だけじゃなく体全体にダメージを負ったよう
な気分だった。
「うぜえ。殺すぞ」
 そんなことを男は言ったような気がする。よく覚えていないのは、よく聞いていなかっ
たからだ。痛みで麻痺していたのかもしれないけど、初めて生の暴力を受けたにしては、
恐怖感はほとんどなかった。ただ、焦りはあった。ぼくはとにかく文花のことが気がかり
だった。
 そしてその気がかりは、ある意味必要だった。
 ぼくは見た。
 こちらをにらみつけて口汚い言葉で罵ってくる男の体が、突然宙を舞う瞬間を。
「――」
 小さな女の子が、自分よりもはるかに大きな相手を、一呼吸で投げたのだ。それはずい
ぶんと鋭い切れ味で、テレビで見る柔道の試合のように綺麗な背負い投げだった。男は背
中から固いアスファルトの地面に叩きつけられて、息が詰まったように短い呼気を漏らし
た。
 文花は、しかしそれだけでは終わらなかった。投げきった体勢から地面に手を添えて、
逆立ちをするように脚を真上に振り上げた。
 そのまま弧を描いた膝が、相手の頭部めがけて、
「ダメだ文花っ!」
 あわてて叫んだ。いくらなんでもそれはまずい。文花にそんなことさせちゃいけない。
 コンマ何秒かの差だったと思う。文花は膝蹴りを頭部に炸裂する寸前のところで止めた。
 急いで起き上がり、文花の元に駆け寄る。
 膝立ちのままこちらを見上げる彼女の顔は、ひたすらに無表情だった。
 その顔を見ると、なんだか申し訳なかった。ぼくがうまく立ち回れなかったせいで文花
にそんな顔をさせてしまったのだと思うと、哀しかった。
 男は最初の投げで失神しているようだった。文花は男の顔を荒っぽく平手で叩いて目覚
めさせると、なぜかでこぴんを1発喰らわせた。男は面食らったように呆然としている。
目覚めたばかりで状況がわかっていないのかもしれない。
 大丈夫そうなので、ぼくらはその場を足早に離れた。
 横目で軽く見やると、文花はいつもの表情に戻っていた。
140かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:33:10.74 ID:uw0i+dfj
 
          ◇      ◇      ◇

 ぼくらはなぜか繁華街のカラオケボックスの1室にいた。
 文花がぼくの頬に、水に濡らしたハンカチを当ててくる。その手つきは優しいけど、口
元はむっとしたようにへの字に曲がっている。
「怒ってる?」
 文花は答えない。
 無口なのはいつものことだけど、今はいつもよりわかりやすい気がする。
 怒っているのだ。
 それも、さっきまでのような深い怒りではない。これはもっとかわいらしい感じの怒り
だ。
 親しい相手に見せる怒りだ。
「やっぱり怒ってるよね」
 文花はぷい、と顔を背けた。
 そのせいで手元が狂った。
「いたっ」
 殴られた部分が強く沁みた。ぼくの声に文花はあわててハンカチを頬から離す。
「……いたむ?」
 文花は怒るのも忘れて、心配そうにこちらを見つめてきた。
「平気。しばらくすれば腫れも引くよ」
 あごやこめかみに当たったわけじゃないからか、パンチそのもののダメージはそれほど
残っていない。それより転倒によるダメージの方が大きかった。下は固い地面だったし、
脚や肘をしたたかに打ってしまって、まだ痛い。今日のお風呂はお湯が沁みるだろうなあ
と、変な心配をしてしまう。
 いや、心配する相手が違う。ぼくは別にいいんだ。
「文花は大丈夫? ぼくが来る前に何か変なことされなかった?」
 すると文花は目をぱちぱちと何度もしばたたかせた。
 そして大きなため息をつかれた。
「……耕介くんって、ばかだと思う」
「え」
 控えめに言って、と付け加える文花は、ずいぶん呆れた様子だった。
「耕介くんのこと、まだまだ理解できていないかも」
 ぼくの行動になにかおかしな点があっただろうか。わからない。
「ん」
 文花は立ち上がると、ぼくの真正面に移動して、おじぎをするように顔を近づけてきた。
141かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:34:20.06 ID:uw0i+dfj
 頬にキスをされた。
 彼女の唇の柔らかさが痛みを和らげてくれるような、そんな感覚にとらわれた。
「……心配されるべきはぼくの方だってこと?」
 こくりとうなずく。
 そりゃそうか。考えてみたらぼくは文花に助けられたようなもので、心配するより先に
言うべきことがあった。
「ありがとう、文花。おかげで助かったよ」
 しかし文花が見せた反応は、またため息だった。
「……あれ、違った?」
「違う」
 文花はぼくの肩に両手を置くと、また顔を近づけてきた。
 今度は唇同士が触れ合いそうになって、ぼくの心臓が大きく波打った。
 だが、触れる寸前、文花の接近が止まった。
 目の前10センチの距離で、アーモンド型の唇がそっと開かれた。
 そして、

「耕介くんが私のことを心配してくれるのはすごくうれしいし私のことを考えてくれるこ
ともすごくうれしいけど自分のことをおろそかにするのはちょっと感心できないしひょっ
として耕介くん私のことかなりトロい子だとか思ってんじゃないかって気がするんだけど
それはちょっと失礼というか不本意というかなめすぎだし私こう見えても耕介くんなんか
より全然強いんだからもう少し私のこと信用してくれてもいいと思う」

 目を回しそうになった。
 こんなに多弁な文花を見るのは初めてだったから。
「心配かけさせた私が悪いのかもしれないけど、だけど、私を守るために無茶しなくてい
いから。耕介くんに怪我してほしくない。耕介くんが大好きだから、そういうことしてほ
しくないの。大好きだから。大好きで、その、すき、だから、だから、わたし、」
 それ以上言葉を振り絞らせたくなかった。さえぎるように抱きしめると、文花はくぐも
った声で微かに呻いた。
 だけど彼女は泣かなかった。きっと我慢しているのだろう。ここで泣くのは違うと考え
ているに違いない。だって文花は怒っているのだから。
 しばらくそのまま抱きしめていると、やがて文花は小さくため息をついた。そして、そ
っとこちらの背中に細い腕を回して、抱き返してきた。
 昂ぶった感情が落ち着いたようだった。
142かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:36:53.42 ID:uw0i+dfj
 
 で、だ。
 ソファーの上で、かわいい彼女と抱き合っていたら、必然的に別の気持ちが昂ってしま
うわけで。
 それもカラオケボックスの奥の1室で、薄暗い照明の下で密着状態というのは、普段と
違う雰囲気がありありなわけで。
 何が言いたいかというと、下腹部の辺りがむずむずして落ち着かなくなっているのです
はい。
 こちらに体重を預けるようにくっついていた文花は、その上体を少しだけ起こした。お
互いの間に僅かな隙間ができる。けどそれは、その身を離そうとしているわけじゃないよ
うだった。
 彼女の顔が目の前にやってきた。
 その口唇の端が微かに釣り上がった。
「する?」
 そんなことを、楽しそうに囁く、ぼくの彼女。
「な、なにを?」
 とぼけようとしても無駄であることは百も承知している。なぜなら彼女はすでにこちら
の異変に気づいているだろうから。
「言ってほしいの?」
 いつもよりも多弁になっている気がする。さっきの余韻がまだ残っているのだろうか。
「セックスする?」
 真正面から放つ右ストレートのように、彼女の言葉はまっすぐで強烈だった。
 場所がカラオケボックスじゃなかったらうなずいているところなのだけど。
「ここはさすがにまずいよ」
「平気」
「何が」
「ここなら平気」
 その謎の自信の根拠はなんですか。
「ここね、穴場なんだって」
「は?」
「お店の人も黙認してる。だから、平気」
 いやいやいや。そんな、自信満々に断言されても。
 だいたい誰からそんな話を聞いたのだろう。口ぶりから誰かから聞かされたようだけど、
そんな変なことを吹き込む知り合いが彼女の友達にいただろうか。
 あ、いる。一人。
「もしかして、先輩から聞いたの?」
 さあ、と首を傾げる文花。それは肯定の意味と受け取ってもかまいませんね?
 ぼくの家の近所に住む1個上の先輩は、子ども会とかで小さい頃からいろいろお世話に
なっている人だ。見た目はものすごく美人なのだけど、困ったことに彼女は二刀流とか両
刀使いとか自称するバイセクシャルだ。ぼくの知らないところで文花にちょっかいを出し
ているみたいで、すごく気がかりだったりする。
 バレンタインのときにいろいろあったけど、なぜか文花も先輩のことを嫌いではないら
しい。友達としていろいろ付き合いがあるようだ。友達として。たぶん。きっと。
 まあ先輩ならそういう変なことを知っていてもおかしくはないと思う。もしかして日常
的にここを利用しているんじゃないかあの人。
143かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:38:14.81 ID:uw0i+dfj
「まさか、あの人といっしょにここに来たりしてないよね?」
「1回だけ」
「来たんかい!」
 ナンパ男よりそっちの方を注意しなければならないようだ。
「文花。あの人は危険な人だから、近づいたらダメって言ったでしょ」
「平気」
「うん、兵器だね、あの人。心乱す」
 精神攻撃やめてください先輩。ほんとに心配なんです。
 いや、文花にそっちの気はないはずだから、深刻な事態にはなっていないとは思うけど。
「文花。今は……」
「だめ」
 話を逸らして逃れようとしても無駄だった。彼女の口がこちらの口をふさいだため、言
葉も出せなかった。
 それをはねのけられるほど、ぼくの精神力は強くない。彼女の感触と匂いに乗って、愛
情がダイレクトに伝わってくる。そのまま体が横に流れて、ソファーの上に押し倒された。
 文花がキスを続けながら、テーブルの上のリモコンを掴み取り、片手で器用に操作した。
スピーカーの音量を上げて、適当に曲を入れて、これで準備は万端といったところか。ぼ
くは逃げられない。片手間でも、文花の押さえ込みに隙はなかった。
 しばらくすると、知らない曲が流れてきた。そのしんみりとした曲は、あまり今の状況
に合っているとはいえない。文花のキスは情熱的で、激しかった。
 ここまでされて退くわけにはいかなかった。覚悟を決めて文花を抱く。それが伝わった
のか、文花の体から余計な力が抜けていく。ここからは無理にする必要はない。
 キスをしながらお互いの服に手をかける。ブラウスのボタンを外すと、同じようにこち
らもボタンを外された。なんだかくすぐったい。脱がされるのは恥ずかしいのだ。
 ここで問題になるのは覗き窓の存在だ。カラオケルームの防音設備はそれなりに整って
いるから、あえぎ声くらいなら外に洩れる心配はないだろう。しかし廊下から室内の様子
はドア窓を通してある程度覗けるようになっている。薄暗い室内とはいえ、よくよく目を
凝らせばこちらの様子を窺うことはたやすいだろう。
 情事の現場を見られたいわけがない。ましてや文花の体を誰かに見られるのは我慢でき
ない。
「……着たままでしようか」
 ボタンは外してしまったけど、そこまでにしておく。下着も、ずらすだけ。取らない。
これならまあ、少なくとも体を見られずには済む。はず。
 隠しカメラとか、どこにもないよね?
 一抹の不安を抱えながらも、行為はどんどん先へと進む。いつの間にか文花がファス
ナーを下ろして、ぼくのを取り出そうとしていた。
 止める間もなく、あっさり露わになる下半身。
 文花がうれしそうにその先を右手で撫でた。
「う……」
 柔らかい細指の感触が気持ちよくて、思わず声が漏れた。
 微笑が浮かぶ相手の顔は、実に楽しそうだ。
 ぼくはソファーから身を起こそうとした。しかし文花の左手に額を押さえられて、それ
は叶わなかった。
 文花はマウントポジションでぼくを押さえ込むのがお気に入りのようだ。これまでにも
何度か経験しているけど、どうも味をしめたらしい。
 でも、よく考えたらこの体勢で最後までしたことはあまりない。バレンタインのときに
やったことはあるけど、あれはちょっと特殊なケースだった。
144かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:39:43.55 ID:uw0i+dfj
「文花」
 かわいらしく首を傾げる。
「たまにはこのまましようか」
 なぜか苦笑いされた。
 まあ、その反応はわかる。ここから抜け出せない子が何言ってるの、とちょっと呆れら
れているのだ。前に抜け出したときはどうやったっけ。スカートめくりはもう効かないだ
ろうし、クリスマスのときのように横に転がってソファーの下に落ちる方法も、たぶん読
まれているからさせてくれそうにない。
 というわけで、ここはおとなしくされるがままになった方がいいように思った。
 どんな体勢でも、文花と愛し合うのは気持ちいいから。
 逸物はすっかり文花の手の中で硬化していて、今すぐにでも入りたいとびくびく震えて
いる。先の方から透明な液もにじみ出てきている。翻って文花の方はどうだろう。ぼくは
まったく触れていないし、文花だって自分で弄ってはいない。前戯もなしにつながるのは
難しい。
 そう思ったのだけど。
 文花の息が弾んでいる。
 薄暗い部屋の中ではいまいちわかりづらいけど、顔が赤らんでいるのは照明のせいだけ
ではないようだった。
 何もしていないのに、文花は興奮している。
「文花?」
 うん、とうなずく文花。
「今、人が通った」
「!」
 息を呑む。
 文花は平気だと言ったけど、その言葉が果たしてどこまで本当なのか、確かめるすべは
ない。もし今の状態を店員か他の客に見咎められたら。学校にも連絡が行くだろうか。い
くらなんでもそれはまずい気がする。
 けど、ぼくの心配をよそに、文花はまったく別の事を口にした。
「どきどきする……」
 ぽつりとそんなことを言ったのだ。
 もしかして、今の状況に興奮している?
 強心臓すぎる。いざというとき女性の方が度胸が据わるという話は本当だったのか。こ
ういうのは度胸とは言わないか。いや、今はそんなことどうでもいい。
「文花、本当に見つかったらまずいよ」
「じゃあ……早く、しよ」
 文花がスカートを持ち上げる。ショーツの隙間から、汗とは違う液が漏れ出ていた。
 下着を僅かにずらして、文花はぼくのものめがけて腰を下ろした。
「くっ……」
 自分の器官が相手の器官に呑みこまれていく。さすがにすんなりとは入らない。文花も
この体勢はあまり慣れていないのだ。
 それでも何度も行ってきた行為だ。しばらくすると、ぼくらは完全につながることがで
きた。
「……いつもよりおっきくない?」
「文花のがいつもよりきついんだよ……」
 もしかしたら両方かもしれない。ここまでくると外部への緊張よりも、直接身に伝わっ
てくる快感の方がはるかに強かった。
145かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:40:38.60 ID:uw0i+dfj
 文花がゆっくりと体を動かし始めた。ボタンは外したものの、服は着たままだ。スカー
トも穿いたままで、視界に映る露出部は少ない。
 だけど、この薄暗い空間のせいだろうか。彼女の姿はいつもより淫靡に見えた。
 締め付けは強く、圧迫感を覚える。それが逆に心地よく、緊張や恐れを吹き飛ばす。
 さっきまで肘やら脚やらいろいろ痛かったはずなのに、脳がしびれるほどの快感にすべ
てが塗りつぶされていくようだ。
 文花の動きにあわせて、こちらも腰を動かす。ぬるぬるとした愛液が窮屈な中の動きを
助けてくれる。
 ほんの少し動いただけで、十分な刺激が次々と生まれた。快楽が、閃光のように鮮烈に
脳を焦がし、一瞬の後に消えていく。それが規則的な電気信号のように何度も繰り返され
て、体中が焼けてしまいそうな思いだった。
 たまらなく気持ちいい。
 文花とつながる行為はいつだって気持ちいい。
 こんな場所でも、いやこんな場所だからこそ、より興奮を高められる。
 やっとわかった。ぼくは、興奮しているんだ。この状況に。
 だって、外で彼女とつながったのは初めてのことだったから。
 いつもお互いの部屋で抱き合い、愛し合ってきた。ホテルにも行ったことないし、まし
てやこんな場所でするなんて、思いもよらなかった。
 きっと文花も同じだ。
 誰かに見られるかもしれないとか、声が漏れてしまうかもしれないとか、そんなのは二
の次だ。ぼくらは初めて自宅以外の場所で愛し合っているんだ。
 普段と違う場所でするだけで、こんなに気持ちが変わるなんて知らなかった。
 ぼくは彼女の目を見上げる。
 彼女はぼくの目を見下ろす。
 視線を交わして、互いに微笑みあった。
「文花……動き激しい」
「ん……こーすけ、くんも……あっ」
 苦しそうに喘ぎながら、腰の動きは止まらない。
 こっちも心臓がばくばくと鳴っている。耳に血流の音が響いているような気さえする。
服を着たまま互いの体温と性感を高めあって、ぼくらは達しようとする。
 このまま彼女の中に吐き出したい。それだけを強く思った。
 文花は微笑んだまま、こくりとうなずいた。
 心の声が聞こえたわけでもないだろう。だけどこちらの限界が近いことを察知したのか
もしれない。
「ん、あっ、あんっ、すき、こうすけくん、すき……」
「ふみ、か……!」
 熱を放出すると同時に、文花の体が痙攣するように震えた。
「あ、くっ、うんんっ」
 色っぽい声を漏らして、文花は前のめりに倒れこむ。
 そのままぼくの胸に頭を預けて、ぎゅっと抱きついてきた。小さな体を支えるように、
ぼくも彼女を抱き返した。
 頭上で激しい曲が鳴り響いている。余韻に浸るには少しうるさい感じだけど、これなら
眠りこけてしまわないだろうから、好都合だった。
「耕介くん」
 胸元から恋人のかわいい声が聞こえた。頭を軽く持ち上げると、唇を奪われた。
 感触に安心感を覚えながら、静かに目を閉じる。
 行為の熱が冷めるまで、ぼくたちはつながったまま永遠に続くようなキスを交わし続けた。
146かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:42:13.27 ID:uw0i+dfj
 
          ◇      ◇      ◇

 カラオケボックスの一件から10日後。
 登校中のぼくの前に、例の先輩が現れた。
 3月に卒業しているから、もうこの人は大学生のはずだけど、朝も早くからいったいこ
んなところで何をしているのだろう。
「ねえ。どうだった?」
 開口一番、謎の質問をされた。
「な、何がですか?」
「まったまたとぼけちゃってー。カラオケ、行ったんでしょ?」
 咳こんだ。
 何で知ってるんですか。
「そりゃまあ、文花ちゃんに聞いたし」
「口止めしたはずなんですけど」
「その技、私には通じぬ」
 うわ、うざい。
「で、どうだった?」
「……文花に聞いたんでしょ。ぼくが答える必要はないじゃないですか」
「いやいや、文花ちゃんに聞いたのは耕介くんのモノの具合とかそういうことだけで、そ
の逆は君に聞かないとわからないんだよねー」
 目を剥いた。
 文花が何をしゃべったのかは知らないけど、あなた何を聞いたんですか。そしてぼくに
何を聞くつもりですか。
「そういうわけで、ぜひとも感想を聞きたくて。文花ちゃん、どうだった? ていうか普
段のあの子ってどんな感じなの? ぜひともお姉さんに聞かせてちょうだいな」
「言うわけないでしょ!」
「えー、せっかくいい場所を教えてあげたんだから、少しくらいサービスしてくれてもい
いじゃない」
「誰も頼んでないし」
「いやいや、場所だけじゃなくてさ、いろいろこっちは助けてるつもりだし」
 この人が何を言っているのかまるでわからない。
 無視して先を急ごうとしたら、行く手を阻まれた。
「先輩、今からぼく学校なんですけど」
「5分だけでもいいからさ」
「だいたい、先輩に助けられたことなんてないですよ」
 バレンタインの一件ではむしろ文花の誤解を招いてしまったし。子ども会では小さい頃
にいろいろ面倒を見てもらった覚えはあるけど、昔の話だ。
 横を通り過ぎようとすると、先輩が囁いた。
「耕介くんを殴ったやつの話」
 唐突な言葉に耳を打たれ、ぼくの足は止まった。
 横目を流すと、先輩は薄い笑みを浮かべていた。
「文花ちゃんに話を聞いてさ、すぐに調べたわけ。そしたらやられたことを結構根に持っ
ていたみたいで、あれからしばらく文花ちゃんのことかぎ回っていたみたいなのよね」
 初耳だった。
 そんなことが。
「そんな、じゃあ文花が危ないってことですか!?」
「ほうっておいたら危なかったかもね。でも安心して。もう話はつけたから」
 先輩の知り合いにはいろんな人がいるらしく、中には警察や、ヤのつく仕事の人までい
るらしい。
 で、そういった人に頼んでほんのちょっぴり“話”をしたそうだ。
 “話”と呼ばれるそれがどういう行動や行為を表すのか、想像するのも怖いけど、裏で
ちょっとした処置が行われたそうだ。まさか殺したりしてませんよねと聞くと、ちょっと
言うこと聞かせただけだからと笑われた。目が笑ってないのが怖い。
「まあ、そういうわけだから、安心していいよ。でも、危ないときは耕介くんがちゃんと
守ってあげてね。文花ちゃんがいくら強くても、大勢に絡まれたり不意打ちに遭ったりし
たら終わりだから」
「……はい」
147かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:43:07.15 ID:uw0i+dfj
 文花はぼくのことを心配するけど、やっぱりぼくは自分のことより文花を大事にしたい。
 文花の強さを信用していないわけではない。でも文花はわかっていない。
 自分のことを大事にしていないのは、文花も同じなのだ。
 あのときの彼女の怒りから、それは十分に伝わってきた。ぼくを大事にするあまり、彼
女は自分に無頓着だ。
 そんな彼女の性質も心も、全部理解した上で、ぼくは彼女を守りたい。
 暴力が必ずしも必要なわけじゃない。あのときぼくが遅刻しなければ、トラブルは起こ
らなかったはずなのだ。
 連絡を入れて、どこか適当なお店に入ってもらうことだってできた。そういうところを
しっかりしないといけないと思った。
 ぼくなりに、彼女を守る方法はいくらでもある。
 自分のことも大事にした上で、文花を大事にしないといけない。
「それでも何か困ったことがあったら、いつでも言って。相談に乗るから」
「ありがとうございます」
 そうだ。周りに頼ることもぼくにはできる。先輩は、たしかに変わった人だけど、小さ
い頃から面倒見がよくて頼りになる人なのだ。この人が文花に好意を持っていることは、
もしかしたらいいことなのかもしれない。ぼくだけでは文花を守れないかもしれないけど、
先輩ならぼくよりももっとうまくできる。今回のように。
 あまり遠ざけてはいけないのかもしれない。
 やり方は怖いけど、先輩には感謝しているから。
「いやいやお安い御用よ。だいたい私の文花ちゃんに何するつもりだったのよって感じだ
からさ、私としても怒り心頭だったから気にしないで」
 その「私の文花ちゃん」という部分以外は気にしませんけど。あんたのじゃないから。
 いきなり前言撤回したくなった。感謝の念が薄れそうだ。
「というわけでさ、教えて?」
「……何を」
「しているときの、文花ちゃんの様子とか」
 話が最初に戻った。
 いや、最初より直球になった。
「もちろん中の具合とかも」
「絶対教えません」
「いいじゃない。減るもんじゃなし」
「心が削られる!」
 やっぱりこの人兵器だ。
 とはいえ、このままでは遅刻してしまう。何とか逃れないと。
「その、なんやかんやは教えられませんけど、写真くらいなら」
「ハメ撮り?」
「健全な! 普通の!」
 朝から何言いやがるんですか。まったく。
「本人に聞いてみます。文花がいいって言ったら、何かメールで送りますから」
「わかった。楽しみにしてるね!」
 やっと先輩から解放される。急がないと。
「あ、制服姿と私服姿は前に見たことあるから、できれば自宅でパジャマ姿でいるところ
とか、あるいはお風呂上がりにバスタオル1枚でいるところとか、そういうのをリクエス
トしたいんだけど、どう?」
「いいからさっさと大学行けよ!」
 周りの人を頼るのは大事だけど。
 この先輩を頼って本当にいいのか、ぼくには判断ができなかった。
 まあ、文花も嫌ってはいないようだし、うまくやれるようにがんばろう。
 毒牙にかからないよう、気をつけつつ。



 後日、先輩にメールを送った。
 文花の希望でぼくとのキス写真を。
 や、唇じゃなくて頬にしているやつだけど。
 そのときのどこか挑戦的な文花の目と、異様に喜んだ様子の先輩の返信メールが印象的
だった。
 ……なんかいろいろ疲れます。
148かおるさとー ◆F7/9W.nqNY :2014/03/01(土) 03:47:13.95 ID:uw0i+dfj
以上で投下終了です。
このシリーズは続き物ですけど、1話完結型なので、このお話だけでも一応読めます。たぶん。
これまでの話については保管庫を参照してください。
149名無しさん@ピンキー:2014/03/01(土) 08:36:53.29 ID:RaNyfQrI
ググググッジョ〜ブ!
普段無口な子が一生懸命しゃべろうとする様がイイ!
150名無しさん@ピンキー:2014/03/02(日) 03:21:12.17 ID:mrwDS6XY
このシリーズきてたー
gj
151名無しさん@ピンキー:2014/03/08(土) 23:41:39.46 ID:6uE1LkK/
GJ!
むくれる文花さんもかわいい
そして毎回きっちりエロい!
152トリセツ  ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/14(金) 02:12:16.93 ID:vQrmFcvs
5レスほどお借りします。
エロ無しです。
153トリセツ 1/5  ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/14(金) 02:13:21.29 ID:vQrmFcvs
 弁当を食べた後の昼休み。それは学校でのささやかなひととき。のんびりと昼寝でもし
たい所だったが、その願いは1人の女子に妨げられた。
「ちょっとトリセツ、なんとかしてよ!」
 不本意なあだ名で俺を呼びながら、クラスの賑やかし役である所の神田が頭を乗せて昼
寝をしようとしている俺の机を揺らした。
「俺の名前はトリセツじゃなくて鳥井雪だ。昼寝の邪魔すんな」
「ほとんど一緒じゃん! じゃなくて、このままじゃ私の仕事が終わらないの!」
 顔を声の反対側に向けてふて寝をしたかったが、机を揺らし続ける神田の長い髪が頬に
当たり、あまりにもの鬱陶しさから神田に対処することを決める。
「……なんなんだよ」
「進路調査の紙なんだけど」
 身体を起こすと長い髪の先端を指でくるくると弄びながら話す神田がいた。その辺によ
くいるような女子高生という、特徴の無いのが特徴のような女子だ。
 しかし、進路調査書だと? 俺は随分前に提出したはずだが。
「あ、トリセツじゃなくて鼎ちゃんがね。私、集める係にされちゃったから」
 訝しんだのが顔に出てしまったらしく神田が説明を足した。最近神田が服装の指導だか
なんだかで担任に仕事を押し付けられていた事を思い出した。
「茉莉か」
 困った表情を見せる神田と共に教室の対角の方を見ると件の鼎茉莉がいた。茉莉は俺と
違って昼寝をしようという姿勢はなく、机上に置いた1枚の紙を睨みつけるように見てい
るようだ。
「進路調査、まだ書いてなかったのか?」
 自分の席を離れて茉莉の横に立つと、進路調査書を凝視していた席の主は頭を上げて短
めの髪を揺らした。細く小さな身体を上から見下ろしながら、神田のように制服を着崩し
ていない事に安心をしたのは、神田の姿を見ていたからだろう。
「せっちゃん。進路、どうしよ」
 小さな頃から変わらない呼び方をする幼なじみは思い詰めたような顔で相談を持ちかけ
た。
154トリセツ 2/5  ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/14(金) 02:14:01.35 ID:vQrmFcvs
 ○
 母さん同士が友達だからと幼稚園の頃から付き合いのある茉莉は、昔から自分の感情や
意見を表に出すことが苦手だった。曰わく「極度の恥ずかしがり屋」との事で普段から接
している俺や母親といった相手としか碌に会話も出来ない。級友に対する会話は少したど
たどしくなってしまうくらいにはマシになったが……。
 そんな茉莉の事だから大方、進路について書き出す事が出来ずに悩んでいるのだろうと
いう事は想像出来た。
「行きたい学校とかないのか? それかやりたい仕事は?」
 少しではあるが選択肢を提示する事で茉莉が答えを出しやすくするつもりだった。しか
し茉莉はほんの少しの唸るような声を出すばかりで答えを出せない様子だ。
「神田、回収はいつまでなんだ?」
 そうこうしている内に昼休み終了の予鈴が鳴ってしまう。そう考えた俺は回収を命じら
れている神田に確認をした。再び茉莉の机の方に来てくれていたので呼ぶ手間が省けて助
かった。
「今日の放課後なのよ」
「なんでまたそんな急なんだ」
 この状態の茉莉に決断を出させるのは時間がかかる。絶望的なタイムリミットに嘆いて
いると「いや、1週間前から言われてたんだけど忘れちゃってて」などと神田が言い放っ
た。
 決して、毛先を弄りすぎてくるくると丸くなっている女子に言ったつもりはなかったの
だが、その言葉を聞くとこう思わざるを得なかった。もっと早く言え、と。
155トリセツ 3/5  ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/14(金) 02:15:13.15 ID:vQrmFcvs
○ ○

「これもう『進学』ってだけ書いて出してさ、帰りに遊びに行こうよー」
 放課後、学校に残って進路について考えようとした俺と茉莉に、担任からの命で一緒に
残らされている神田が投げやりに言った。
「そうもいかんだろ。何をする為にどこの学校に行くかも考えて書かないと」
「え? そうなの? じゃあ私書き直さなきゃ。トリセツ、どこの学校が良いと思う?」
「知るか! 問題を増やすな!……茉莉、どうした?」
 俺と神田がコントのようなやりとりをしているのを、茉莉が楽しそうに見つめている事
に気付く。
「……せっちゃんと神田さん。仲良し?」
「えへー。そう見える?」
「どこがだっ。茉莉はそんな事言ってないで早く考えろ。そんで神田は否定しろ!」
 言うに事欠いてどうして神田と仲良しだなどと……どうしてそんなことが言えるのか。
「そういえば偉そうにしてるトリセツは何て書いたの」
 ふと、思い出したように神田が聞くと茉莉も「気になる」と言わんばかりの目線を向け
てきた。
「俺か? 俺は国立大学の教育学部だよ」
 俺の返答にこくこくと頷く茉莉と意外そうな顔をする神田が目に入った。
「……せっちゃん、教えるのうまい」
「そう言われると嬉しいけど、国語は茉莉の方が出来るだろ?」
 事実、俺が茉莉に教えているのは所謂理系の教科だ。苦手な文系は茉莉に教えてもらう
ことも多い。
「何、トリセツは鼎ちゃんに勉強教えてるの? じゃあ私にも教えてよ」
「勘弁してくれ。今日だけで神田の世話が疲れる事はよくわかったから。……ちょっと手
洗いに行ってくるから、2人とも考えといてくれ」
 よく考えてみれば茉莉も神田も進路調査書の方が進んでいない事に気付く。いつも茉莉
と話すだけならば俺が進行を図る事が出来るが、神田の横槍は苦手だ。
 自分で考えて作業を進めてくれる事を願い、唸る2人を置いて教室を離れた。
156トリセツ 4/5  ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/14(金) 02:15:57.24 ID:vQrmFcvs
 ○ ○ ○

 手洗いにだけ行くつもりが、悪友に絡まれてしまった……。予想外に時間を食った事を
痛手に思いながら教室に戻ると、茉莉の姿が無かった。
「あ、やっと戻ってきた。あのさぁトリセツ。私も国立大学に行きたいんだけど、勉強教
えてもらえないかな? 鼎ちゃんも――」
「茉莉はどっか行っちまったのか?」
 廊下移動を含めて30分ほどは席を離れていないはずだった。まさか遅くなった事で平
時なら一緒に帰ると言うのに今日は先に帰ってしまったのか?……そういえば進路調査書
は書けたんだろうか。
「神田、茉莉の調査書は?」
 もしかしたらそのまま書かずに帰ってしまったのかもしれない。たまに抜けている茉莉
ならあり得る。
「……トリセツ。さっきからまりまりって私のこと無視しないでよ」
「あ、悪い」
 言われて気付き神田を見た。その表情は言葉のほど怒っていない様子に見えて安心する。
「はぁ……。ホントにトリセツは鼎ちゃんが好きだね」
「学校じゃ茉莉は俺がいないと駄目だからな」
「そうじゃなくて、鳥井の気持ち。鼎ちゃんに鳥井が必要っていう訳じゃなくて、鳥井が
鼎ちゃんの為に頑張ってるように見えるんだけど」
 俺の気持ち。その言葉が胸に重く、のしかかった気がした。もしかして今までの俺の行
動は……。
「あ、鼎ちゃん帰って来たよ」
 神田の声を聞いて扉を見ると茉莉がいた。「何かあったの」と言いたそうな顔をしている
が、返事をするよりも早く神田が動いた。
「私、先生のとこに調査書出してくるから2人は先に帰って良いよ」
「……神田ちゃんも一緒に、帰ろ?」
「いやー、多分また怒られると思うからさー。また今度」
 内容の割に明るい声で話す神田が茉莉に、どういう訳かウィンクをした様に見えた。
「……わかった。また明日」
 それを受けてかこくりと頷く茉莉とただ眺めていた俺に神田は無理やり鞄を押し付ける
と、そのままの勢いで教室の外に追いやった。
 ついでとばかりに教室の戸締まりをする神田の唇が何か動いた気がするが、残念ながら
それを聞き取ることは出来なかった。
157トリセツ 5/5  ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/14(金) 02:16:35.53 ID:vQrmFcvs
 ○ ○ ○ ○

 学校を出て家路に辿る。しかし、いつものように言葉が出なかった。
もしかしたら今まで茉莉にしてきた俺の行動は全て余計な気遣いだったかもしれない。
そう思えばやはり謝るべきだろうか。
「せっちゃん」
 考え事をしている俺に、茉莉は話をしたいという顔をしていた。
「どうした?」
「わたし、せっちゃんと同じ大学に行く」
「まじか!」
「頑張って考えた。どうだ」と言いたげな茉莉の、思いもしなかった言葉に驚いた。た
だ、茉莉の学力は俺とほぼ同レベル。一緒に勉強をすれば不可能では無いはずだ。
「日本文学部っていうのがあって、そこに興味があるのと、あと……せっちゃんと一緒が
良い」
 頭の中で算段を続ける俺に言うや否や、茉莉は顔を赤くした。
「せっちゃんは迷惑?」
 言葉を返さない俺に不安を感じたのか、茉莉が悲しそうな顔をしながら聞いた。そうだ。
返事をしなければ。
「いや、迷惑じゃない。一緒に大学行こう」
 俺の返事に茉莉の顔がぱっと明るくなった。やっぱり可愛い。
「取説」だなどと不本意なあだ名で呼ばれても、俺は茉莉の為に頑張ろうと、そう思った。
158トリセツ   ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/14(金) 02:17:38.41 ID:vQrmFcvs
以上です。
失礼しました。
159名無しさん@ピンキー:2014/03/15(土) 00:00:59.43 ID:8MWpD0qX
普通にかわいらしいだけでなく、微妙に共依存っぽいのが、いい味を添えています
GJです!
160トリセツ続き   ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:06:35.12 ID:2jnt7pLE
8レスほどお借りします。
前回書きに来たものを自分で気に入ってしまったので、続きです。
161トリセツ続き 1/8 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:07:23.95 ID:2jnt7pLE
 今日ものどかな昼休み。教室の対角線上、真反対の位置に座る幼なじみの姿を後ろから
眺める。ショートヘアーから露出したうなじと、その下に目を凝らす。半袖のセーラー服
から伸びた白く細い腕は昔から変わらない。一緒にお風呂に入った記憶があるけれど、身
体全体の方は成長しただろうか。
「雪くーん。お昼ご飯を一緒に食べようと来てみたら何やら随分と犯罪者地味た目をして
るじゃないか」
 悪友の声が耳に入り、気を晴らした。俺はなんて卑猥な事を考えていたんだ。
「充、人聞きの悪いことを言うな。俺をお前と同じにするんじゃない」
「なんと! ワタクシが犯罪者とでも?!」
 少しツッコミを入れただけで始まるコントワールドに辟易する。全く、充は楽しそうで
何よりだ。
「いやいや、そういう雪だって朝から楽しそうだったじゃないか。鼎ちゃんとニヤニヤし
ながら登校しちゃって」
「俺はニヤニヤなんてしてない! そして俺の心を読むのはやめてくれ!」
 充は察しが良いのか、考えている事に対して返事をする事があるから油断が出来ない。
「でもなんだ、雪。とうとう鼎ちゃんと?」
「ああ。茉莉が好きなんだって気付いたよ」
 にやけ顔のまま紙パックのジュースにストローを刺す充に、気付けば我ながら恥ずかし
い事を言っていた。
「前々からそうなるとは思ってたけどなー。やっぱり初彼女は雪に先越されたかぁ……」
「いや、告白はまだして無いんだ」
 しみじみと勘違いな発言をする充に訂正をすると、信じられないという様な顔をしてい
た。幼なじみへの恋心に気付いて、少し思考が飛んでしまっているという自覚はあるが、
告白はまだなのだ。
 その時、離れている俺の席にも聞こえるくらい大きな「ホントにー?!」という神田の
声に釣られて視線を移すと、茉莉は唇に指を立てて静かにして欲しいと要求している様子
が見えた。何か内緒話をしているんだろうか。昨日の今日で随分と仲良くなった事が微笑
ましく思える。
「いや雪クン。君ね、アホだろ」
 感慨深く考える俺に今度は横から充が話しかけた。言葉以上にバカにされている感じの
見下すような目がムカつく。
「授業成績で俺に勝った事の無い充には言われたくないんだが」
「そうじゃなくてだな……まあ良いや。鼎ちゃんも来たことだし2人で好きにまったりし
てくれ」
 俺の席に茉莉が来たことに気付いた充は残念そうな顔をしながら、食べ終わった昼飯の
残骸を抱えて教室から出て行ってしまった。
162トリセツ続き 2/8 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:07:57.62 ID:2jnt7pLE
「せっちゃん、途中なのにごめん」
「充も何かあったんだろう。で、どうした?」
 充が話しかけていた内容も気にはなるが、今は茉莉の話に耳を向ける。
「今日、一緒に勉強しよ?」
「おう、良いぜ。じゃあ図書館でも行くか?」
「せっちゃんの部屋、駄目?」
 突然でも茉莉の誘いは嬉しい。登下校を共にしたり、お互いの母親と一緒の食事はして
いるもののお互いの部屋を行き来することは減っていたから尚更だ。
「俺の部屋か。良いけど、どうした?」
 ただ、急に部屋に来ると言うとびっくりはする。抜き打ちで部屋の片付けに来る母さん
への対策として見られてはいけないものは隠しているとは言え、少し気恥ずかしい気持ち
がある。
「せっちゃん、大学入試の勉強の本買ってないかなって」
 なるほど。そういうことか。高校2年生に対して参考書の値段というのは積もりつもれ
ば馬鹿にならない。
「良い?」
「オーケー。じゃあ帰りに寄ってもらうか」
 迷惑では無いか、という顔をしている茉莉に承諾の言葉を返すと「やった」と言わんば
かりの笑顔を見せてくれた。

 ○

 午後の授業をつつがなく終えた俺たちは家路に着いた。茉莉が何とも言えない顔をしな
がら、隣を歩く俺の方に寄ってきた為に少し歩きづらかった事を除けば概ねいつも通りだ
った。
「ただいま」
「おじゃま、します」
 家に帰り、普段は居間にいるはずの母さんへの言葉を発してみたが返事がなかった。茉
莉を自室に通し、お茶を取りがてら居間を覗いても姿が見えなかった。買い物にでも行っ
ているんだろうと考え、冷蔵庫で冷やしている烏龍茶をピッチャーからグラスに2つ移し
て自室へ向かう。
「何、してんだ……?」
 自室に入ると茉莉は四つん這いになりながらベッドの下を覗いていた。
「……宝探し?」
 俺の声に気付いて立ち上がった茉莉が照れを隠すような顔で言った。もしかして卑猥な
本なんかを探していたのかも知れないが、残念ながらそんな所に隠す男子は今どきいない
だろう。
163トリセツ続き 3/8 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:08:30.96 ID:2jnt7pLE
「まったく。何しに来たのかがわからないぞ」
 茉莉の行動はスルーしておいて、持ってきたグラスをテーブルの上に置く。無闇に反応
すると茉莉の探し物の存在を肯定したと受け止められ兼ねない。いや、存在する事はする
が、やはり思い人にそういった物を見られるのは恥ずかしい。
 しかし、昔に俺の部屋に来た時も茉莉はこんな風に、自由に物を探すような事をしただ
ろうか?
「せっちゃん、ごめんなさい……」
 考え事をする俺をよそに茉莉は用意したクッションに正座をし、しょげた顔で呟いた。
「入試対策の本はこっちだ。よし、勉強するか」
 この空気を引きずって話を伸ばすのも難なので、勉強机に並べた本を取り出して茉莉に
見せながら勉強をするよう誘導した。

 ○ ○

 今日の授業で出た宿題を2人で先に済ませてから、入試対策本を茉莉に渡して俺は自習
を始めた。ただ、思考が自由になった途端に1つの事象が脳裏に引っかかった。何故、茉
莉は急に俺のベッドの下を調べたのか。……もしかして、気になる男がいてそいつと情事
に及ぼうと? いやいやまさか。茉莉がそんな。でもだとしたら相手は? どこの馬の骨
とも知れないやつが茉莉に近寄っているのかも――。
「せっちゃん、せっちゃんっ」
「ん、茉莉。どうした?」
 どうやら呼ばれていたにも関わらず考え込んでしまっていたらしく、茉莉が心配そうに
俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫……? 熱、ある?」
 茉莉は座っていたクッションから立ち上がると、とてとてと俺のそばまで来て額を合わ
せた。しっとりと爽やかな感覚が気持ちいい。
「ん……熱くない」
 自身の肌で熱を計っているようだが、茉莉の顔が近いことに緊張をする。少し身を乗り
出せば交わしてしまいそうなほど唇が近い。手入れをしているのであろう、リップの塗ら
れた艶やかな外見に目が釘付けになる。
「ち……近いぞ」
 いつもと変わらない表情で業務的に俺の体温を計る茉莉に、思ったままの言葉を口走っ
た。その言葉が意外だと言うような顔をした後で「……もっと近付いて良い?」と茉莉は
続けた。
「い、いやいやいや。それは……。カップルみたいな間ならまだしも」
 そう。俺と茉莉は小さな頃から一緒にいるとは言え、交際してもいない男女なのだ。い
くら相手が俺とはいえ茉莉に間違った倫理観を持たせてはいけない。
 そう思った瞬間、茉莉は凄く驚いた顔をしたかと思えば今にも泣きそうな顔になった。
164トリセツ続き 4/8 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:09:35.82 ID:2jnt7pLE
「……茉莉?」
 自称「極度の恥ずかしがり屋」である茉莉のこと。母親から「泣いてると目立って恥ず
かしいと思ったのかしら」と聞いた事もあって、今まで泣いている所は見たことがなかっ
た。その茉莉の泣き顔を見て、俺は困惑してしまった。
 どうして良いかわからない俺を置いて、茉莉は左手で顔を隠したままテーブルの上に開
いていた宿題やノートを自分の鞄に詰め込んで部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待って……」
 細く小さな肩を後ろから掴もうとした俺の右手は、拒絶をするように振るわれた鞄に押
し退けられて行き場を失った。
「……ちょっと雪! 茉莉ちゃんが泣いて走っていったけど何かあったの?」
 呆然として立ち竦んでしまった俺は階下から聞こえた母さんの声で我に返った。声の方
へ向かうとちょうど買い物から帰ったらしい母さんと、自前のエコバッグが玄関に存在し
た。
 事情もわからないまま、母さんの姿も声も素通りして玄関を出た俺はすぐに茉莉の家に
向かったが、茉莉に追いつく事も、みつける事も出来なかった。

 ○ ○ ○

 鼎茉莉という女の子はウチの学校では有名だ。それは彼女の容姿に清楚なイメージがあ
って可愛らしいという事。極端に口数が少ない為にその声を聞いた者が珍しいという事。
まあまあ見てくれの良い男の幼なじみがいてお似合いの2人だという事。
 その事実を本人が知っているかどうかわからないけれど、その男幼なじみから聞いた所
によると「極度の恥ずかしがり屋」との事だから、そんな状況を知ると困ってしまうのだ
ろうか。
 ちなみに男幼なじみのというのは俺の友達で名前を鳥井雪という。俺の繰り出すボケに
対して的確なツッコミを入れる事が出来る男なんだけど、こいつがことさら異性から自分
への好意に対して鈍い。まあまあな外見をしている事から何人かの女子に好意を持たれて、
それでも我関せずという態度で相手に失礼を働いてしまう。これに関しては本人が気付い
てないんだからしょうがない所もあるけれど。当の雪は幼なじみである鼎ちゃんにこれ以
上ない位にべた惚れをしている。鼎ちゃんが困っている素振りを見せると「俺がやってや
らなきゃ」とでも言うかのように解決に乗り出す。
 鼎ちゃんも鼎ちゃんで、昔から知っている幼なじみの関係という事からか殆どの行動を
雪と共にし、更には自分の口下手の解決を委ねている。それが故に「鳥井雪は鼎茉莉の取
説だ」などと言われているのだけど、その辺りは雪の自業自得だと思う。
 端から見れば共依存の疑いすらある2人だけど「お前ら早く引っ付けよ」と思った人が
俺以外にもいるのではないだろうか、という位には仲良しお似合いの2人なのだ。
165トリセツ続き 5/8 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:10:11.40 ID:2jnt7pLE
「鼎ちゃん、大丈夫?」
 そんな友達の大切な幼なじみと、学校から駅に向かおうとする帰り道の交差点でぶつか
ってしまった。弾みで倒れてしまった鼎ちゃんに手を差し伸べながら、2人の家は徒歩で
通える範囲だと雪が言っていた事を思い出す。
「大、丈夫……」
 そう言いながら自身の両手を支えにして立ち上がろうとする鼎ちゃん。幼なじみの友達
とは言えあんまり信用されてないのかな。なんて考えていると、その頬が一瞬光って見え
た気がした。……泣いているのか?
「何してんのよ変態!」
 そう思った瞬間、俺の横から怒号と共に威力の強い蹴りが飛んできた――。

 ○ ○ ○ ○

「ほんっとにごめん!」
 場所を移して駅前の喫茶店。俺に蹴りを見舞った女子、神田紗織が両手を合わせて謝罪
を続ける。その隣にはあまりの事に驚いて涙の止まっている鼎ちゃんがいる。この2人は
雪とも同じクラスの友人らしいのだけど、どうやら俺が鼎ちゃんに良からぬ事をしようと
した様に見えたらしい。
「ほら、佐野って学校で良くない噂流れたり、変なあだ名付いてるでしょ? 変態とか」
 ほっとけ。俺は男の会話に花を咲かせてるだけで女子に実害を出した事は無いよ。まっ
たく、鼎ちゃんも一緒に事情を話して理解して貰ったはずなのに俺のヒットポイントが減
り続けている気がするのは何故だ?
「……それにしても、鼎ちゃんはなんであんなとこで泣いてたの?」
 かと思えば俺に向けていた目線を一気に鼎ちゃんへと向ける神田ちゃん。心の中で仕返
しさせてもらうけど、君は噂通りのフリーダムだよね。染まりやすい性格から友達の真似
をするものの、自由過ぎる言動から疎まれて元々のグループからは離れてるんだっけか。
「う……うん」
「今日はトリセツと一緒に勉強するって言ってたでしょ?……え? もしかして喧嘩し
た?」
 急に会話を振られて言葉に窮する鼎ちゃんに、そのまま言葉を続ける神田ちゃん。友達
とは言え、ずかずか踏み込みすぎじゃない? それとも口下手な鼎ちゃんにはこれくらい
押した方が良いのか?
「……わたしとせっちゃん。付き合って……なかった」
「え?!」
 ようやく出てきた鼎ちゃんの言葉に大声を出す神田ちゃん。え? 何、どういうこと?
「せっちゃんの部屋で、引っ付こうとしたら……怒られた。カップルじゃないって……」
「鼎ちゃん、頑張って告白したって言ってたのにー。トリセツ酷すぎでしょ!」
 なんだか俺の聞いていた話と違う、ぞ?
166トリセツ続き 6/8 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:10:45.49 ID:2jnt7pLE
「これはトリセツを呼び出して天誅を……」
「あのさ、鼎ちゃん。告白、したの?」
 不穏な会話を始める神田ちゃんの言葉に横入りをして、鼎ちゃんに確認をする。俺の予
想が確かなら雪は告白をするタイミングを見計らってたはずだ。
「そうよ! 私聞いたんだから。昨日告白したんだよ、って」
 いや、神田ちゃんに聞いてないから。こういう時の女子の意見って割と邪魔だよね。
「例えば、何て言ったの?」
 鼎ちゃんの目を見て、確認する。この際神田ちゃんはいないものとしよう。
「……一緒の、大学に行きたい。って……」
「うん、それから?」
「……それ、から?」
 鼎ちゃんに合わせてゆっくり話して、言葉を待つ。これを会話せずにわかるって言うな
ら雪はすごいな。
「……それだけ、だよ」
「えー!?」
 俺が反応するより早く、神田ちゃんが叫ぶ。いちいちリアクション大きいなこの子は。
しかし鼎ちゃん、それはあまりにも……。
「トリセツに好きって言ってないの?!」
「ずっと、好きだった」
「いやいや、そうじゃなくて!」
「いつも、わかってくれる」
 目の前で繰り広げられるコントに既視感を覚える。いや、俺が知ってるのは考え尽くさ
れたボケとオーバーなツッコミだから、鼎ちゃんの天然ボケとは違うか……。
「鼎ちゃんはちょっと、甘えちゃったんじゃない? いつも雪が全部わかってくれてるか
ら、って」
 俺の言葉に2人の顔がこちらを向いた。あまりにも予想外だったのだろうか、戸惑って
いる様にも見える。あれ、ちょっと言葉がストレート過ぎたか……。
「雪はさ、いつも鼎ちゃんの事になると真剣でしょ? だからもしかしたらその時は一緒
の大学に行くって事に真剣になってたんじゃないかな」
 取り返しが面倒なほどに凹まれても困るのでフォローの言葉を吐いて、コーヒーを一口
飲む。もう、無いか。
カップが空になっているのを見せて「コーヒーのおかわりをもらいに行ってくるよ。あ
とついでにトイレも」とだけ告げて、席を離れた。ばつが悪いのもあってすぐに戻るつも
りは無かったから、コーヒーが冷める前に飲み終えたのはちょうど良かった。
 それにこのまま席にいると大切な友達のその言葉まで勝手に話してしまいそうで、怖か
った。
167トリセツ続き 7/8 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:11:21.70 ID:2jnt7pLE
 ○ ○ ○ ○ ○

 茉莉の母親に不在を告げられてから、茉莉の行きそうな場所を巡っていた。電車に乗っ
ていたらどうしよう、と駅に着いたその時、ポケットに入れている携帯電話が鳴り始めた。
この音は充からの着信に設定していたはずだ。
「充、すまんが、今はちょっと用が……」
 携帯を取り出して応対する。随分走った為に口の中が渇いて思ったように話せない。
「鼎ちゃんなら駅前の喫茶店の窓側にいるから」
「おまっ……なんでそれを」
「すぐには店を出ないと思うけど、早く来い。そんで……顔を見たらすぐに告白しろ」
 予想もしなかった言葉に驚く俺をよそに充は言葉を続けた。
「え?」
「良いから。早く迎えに来い馬鹿野郎!」
 普段とはテンションの違う充に呆気に取られたが、その気迫からそうしなくてはいけな
いと思わされた。
「鼎ちゃん泣かせたらどうなるかわからんぜ? あの子人気あるんだから」
「……わかった」
 いつもの調子に戻った充の言葉に安心した俺は、ガラス越しに茉莉の見える喫茶店を見
つけて入った。
「トリセツ?!」
 席の位置関係から、真っ先に俺に気付いたのは神田の方だった。お前もいたのか……。
 その言葉で俺の方を振り返った茉莉は酷くうろたえていた。また、逃げられるかも知れ
ない。そう思いながらも充の言葉を頭に呼び止めようとした。
「茉莉!」
 思った以上に出てしまった声に茉莉が驚いた。怖がらせてしまったかも知れない……。
「茉莉、俺は……」
 怖がらせたいのではなく俺の言葉を聞いて欲しいのだと伝えたくて続ける。頼むから上
手く回ってくれと、意識を持つはずのない自分の舌に対して願った。
「俺は、茉莉が好きだ。ずっと一緒にいて、離れないでくれ」
 恐怖心か緊張か、固まって動かない茉莉にやっとの思いで伝えた。
「茉莉……?」
 返事のない幼なじみに話しかけると、うっすらと瞳が滲んで行くのが見えた。
 また、俺は失敗したのだろうか。茉莉は俺を受け入れてくれないだろうか。
「わたしも、せっちゃんが……好き」
 懸念は返ってきた言葉で打ち消された。その安心感から、その場で相好を崩してしまう。
168トリセツ続き 8/8 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:31:14.58 ID:nY+ibTQo
「はいはーい、ここ喫茶店だからね。恥ずかしいからそういうのは外でやってね。はい、
これ鼎ちゃんの鞄。ちゃんと送っていくんだぞ? あ、送るって言っても狼はだめだぜ?」
 感動のあまり茉莉を抱き締めそうになっていた俺の横にいつの間にか充がいて、手際よ
く準備を始めた。気付いてみればここは喫茶店だったんだ。唖然とする他のお客さんや、
「青春だねぇ」と言わんばかりの笑顔でにカップの手入れをするマスターの目線が背中に
集まっていた事に気付く。俺の正面にいる茉莉もそれに気付いて、かなり顔が紅潮してし
まっている。
「今度、ラーメン奢れよな」
 そんな充の声を背に、俺は茉莉の手と、鞄を握って喫茶店を後にした。

 ○ ○ ○  ○ ○ ○

 駅からの帰り道。夕日に向かって歩いていた。
 繋いだ掌から伝わりそうなくらい俺の心臓は鼓動している。茉莉も同じだろうか。頬が
少し赤いのは夕日だけのせいでは無いと思う。
「せっちゃん、ごめん」
「え?」
 茉莉がぽつりと発した言葉に驚く。泣かせてしまったのは俺の方なのに。
「今までいっぱい、甘えてたから、勘違いして……今度からは、ちゃんと話す」
 もしかして、今日までに茉莉が俺の事を好きだと伝わっているのだと思っていたのだろ
うか。だから俺の部屋であんな事を言ったのか……。
「せっちゃん。耳、貸して」
 今日の出来事に納得している俺に妙な要求をする茉莉。身長に合うように少し頭の位置
を下げると、頬に柔らかな感触 が当たった。
「今日は、お外だからこれで。今度、せっちゃんの部屋で続き……」
 理解の追いつかない俺に茉莉が言う。やはり茉莉も年頃の女の子らしく恋人のそういう
ものに興味があるのだ。そして、その対象は他の誰でもなく俺だったんだ。
「わかった」
 頬に残る嬉しい感動に少し照れながら、俺たちは家に帰る。もっと言葉を大切にしよう。
そう思いながら。
169トリセツ続き ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/20(木) 22:32:55.71 ID:2jnt7pLE
途中連投規制入りましたが以上です。
次回は濡れ場を頑張って、そこで終わりたいと思います。
170名無しさん@ピンキー:2014/03/22(土) 23:29:54.34 ID:t2Tvpqls
おお! GJ! 続きが楽しみです!
171名無しさん@ピンキー:2014/03/24(月) 22:42:07.20 ID:WhdBa3cC
続きを読むためにはどうすれば…わっふるわっふるって書けばいいんだっけあー可愛いなあもう!
172トリセツ続々 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/28(金) 00:02:56.36 ID:VefBNlFA
 こんばんは。
毎度レスをいただけて嬉しいです。
濡れ場が出来ましたので6レスほどお借りして投下します。
173トリセツ続々1/6 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/28(金) 00:03:51.52 ID:VefBNlFA
 昨今の高校生カップルというのがどういう事をしているのか、よくわからない。事実、
俺の学校でもそういった関係の生徒も多くは無いけど存在するし、例に漏れず俺も先日、
ずっと両思いだったらしい幼なじみ、茉莉に思いを告げることが出来、無事に結ばれた。
 純粋に交際をするだけというのなら今までと同じように接していけば良いのだろうけど、
俺の胸に1つの言葉が引っかかって邪魔をしていた。
お互いの思いが通じた直後の事。幼なじみから彼女になった茉莉が俺の頬に口付けをし
て「次は部屋で続きをしよう」という旨の言葉を発した。
高校生にもなれば男女の交わりについての知識はあるけれど、上手く出来なかったらと
いう心配は尽きない。噂に聞いたところによると、初めての行為が上手く行かなかった事
でそこから関係に不調を来すカップルもいるらしい。そんなのは嫌だ。
だったらもう、最初からそういう行為に至らなければ良いんじゃないか。その考えから、
彼氏彼女の関係が始まってからこの1週間、茉莉から誘われた勉強会には「見たい本があ
るから」と図書館に行ったり、欠点を取りそうな友人の神田や充への勉強と称して学校に
残る事で応じてきた。
「あのさ、そろそろやめようよ」
 2クラス合同で行われる体育の授業中に隣のクラスの充から言われた。
「何を?」
「何を、って……雪。鼎ちゃんと付き合ってから意図的に2人の時間を減らしてるだろ?
……どうせ何年も自分の気持ちに気付かなくて告白出来ないグズでヘタレの雪の事だから、
2人になるのが怖いとか言い出すんだろうけど」
 図星を付かれて言葉が出ない。いっそのこと相談しても良いのだろうかと思ったが、友
人に男女の交わりに関して知られるのは何だか恥ずかしくて、できるだけ避けたい。
「正直さ、鼎ちゃん相当怒ってるぜ? 神田ちゃんすら気付いてるくらいだし。『言葉を大
切にするんだ』ってモノローグでお前言ってただろ?」
 モノローグとかメタ発言をするな。しかし、茉莉の機嫌が悪いのは確かに感じている。
毎日の登下校は共にしているけれど、何も話してくれない時間も存在する。
「デートだってしてないんだろ? ちゃんと彼氏をやってやんなきゃ。『君の瞳はダイヤモ
ンドより美しい』とか言ってチュー……レロレロって」
「そうだなー……ってする訳ないだろ!」
 黙って聞いている内にどんどん酷い言い様になる充の頭を叩いた。やっぱりこいつにだ
けは相談してはいけないと痛感した。

 ○

「せっちゃん。今日はうちで勉強しよう」
 体育の後の昼休み。昼食を一緒に食べている茉莉はいつにもなく饒舌に話した。むしろ
発する言葉に迫力すらある。
「わわっ、良いなー。鼎ちゃんの家に私も行ってみたいけど今日は先約があるからなー」
 茉莉の言葉を受けてその隣で昼食を摂る神田が言った。その言葉は今までに経験した事
のないレベルの棒読みだった。
「いや、神田。なんでそんな棒読みなんだ」
「うらやましーなー。でも今日は約束があるからなー」
「せっちゃん。良いよね?」
 俺のツッコミを無視して続ける神田に、目だけ笑っていない茉莉。わかった、降参だ。
彼女のそんな顔は見たくない。
174トリセツ続々2/6 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/28(金) 00:04:46.16 ID:VefBNlFA
「……わかった。直接行けば良いか?」
「うん、一緒に」
 力強く言葉を返す茉莉。おそらくこれは逃がさない為という意味も含まれていそうだ。
「ちなみに佐野は今日私と用事があってねー。2人の方が効率も良いと思うよー。頑張っ
てねー」
 相変わらず棒読みで続ける神田。もしかしたらこれは2人――いや、神田にそんな能力
があるとは思えないから充の入れ知恵かも知れない。それが杞憂に過ぎないと願うしか今
の俺には出来なかった。

 ○  ○

「ただいま」
「おじゃまします」
 授業を終えて茉莉の家に着く。1週間前に茉莉が俺の家に来た時とは逆の言葉を言って
いるんだという事が俺を緊張させた。更に、いつもは反応のある茉莉の母親の返事が聞こ
えない事に不安を覚える。
「茉莉。今日おばさんは?」
「婦人会」
 俺の問いかけに対してぶっきらぼうに答えると、茉莉は「早く」と言わんばかりに自室
への道で手招いた。
 久しぶりに入る茉莉の部屋は、昔と違っているようでそれでいて懐かしい感じがした。
例えば、少し毛のぼやけたクマのぬいぐるみは見覚えがある。あれ、確か小さい頃の誕生
日にあげた奴だったかな。
「どうしたの?」
幼なじみの部屋に見入る俺を不振に思ったのか、茉莉は怪訝な顔をしている。
「いや、懐かしいなって思って」
「せっちゃんがずっと来てくれないから、そうでしょうね」
 思い出に浸っていることを告げて和ませようとしたものの、皮肉を言われてしまった。
「ぐ……じ、じゃあ勉強をし――」
「せっちゃん。そこに座って」
 どうやら主導権を取る事に失敗したらしい俺は「正座で」と付け足す茉莉の言いなりに
なるしかなかった。勉強机の椅子を引いて掛ける茉莉の前で正座をした。
「せっちゃん。何か言うことはない?」
 こちらから見上げる態勢になる茉莉の顔は角度の都合上、翳りが入って見えて怖い。
「あります」
 語調が強く、すらすらと話す茉莉には慣れていなくて敬語で対してしまう。
「約束してたのに先延ばしにしてすまん」
「うん」
「いざって思うと緊張して……」
「わたしもあの時緊張した。でも伝えたい事は伝えるって約束もしたし、楽しみにもして
た」
「……すまなかった」
 ゆっくりと相槌を打って聞いていた茉莉は、俺の反省をわかってくれたのか呆れてなの
か小さくため息をついた。
「じゃあ、いつやるの?」
175トリセツ続々3/6 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/28(金) 00:05:41.38 ID:VefBNlFA
「今から、全力で」
「どうぞ」
 俺の言葉に答えると茉莉は椅子から腰を上げて、少し両手を広げる。それに応える為に
俺も立ち上がって抱き締める。
「ふぅ……」
「痛いか?」
 息を吐く茉莉に確かめると小さく首を横に振る。その顔は先ほどまでの厳しいものでは
なく、穏やかなものになっていた。
「せっちゃん」
 茉莉が目を閉じて俺を呼んだのに合わせて唇を重ねると、瑞々しくも柔らかな感触に押
し返された。それは焦らされた事への抵抗かも知れない。
 少しの間交わして離す。いつもの天使の微笑みが見えて安心する。
「すまない」
 改めて謝罪の意を告げると、茉莉は首を横に振ってから「もっと」と返す。それに応じ
てもう一度唇を重ねる。
 前言撤回。この子は悪魔かも知れない。この甘い感覚だけで思考がとろけてしまいそう
だ。なんて考えていると俺の身体が反応を始めた。愛する恋人の身体に密着しているから
か、口付けによる性的興奮からかはわからないけれど、確かに誇張を始めていた。
「せっちゃん……」
 気付かれない内に腰を後ろに引こうと考えたが遅かったらしい。目の前の茉莉は顔を赤
くして戸惑っていた。
「悪い……」
 今日で何度目の謝罪だろうか。繰り返し過ぎて形骸化しかねないと俺自身思ってしまう。
……なんて問題じゃない。この愚息をどうすれば良いものか。
「……お母さん、夕飯はせっちゃんのお母さんと食べようかなって言ってた、よ」
「そ、そうなのか?」
「……うん。帰りは8時くらいかなって」
 薄く笑む茉莉。……もしかしてこれは母娘の計画した据え膳だと言うのか。そうだとす
ると後の反応が怖いんだが……。
「続き、しないの?」
 すっかり語調も話し方も普段のものに戻っている茉莉。その上で俺にけしかけるという
事は、きっと恥ずかしい感情を抑えて話しているんだろう。
「手加減、出来ないかも知れないぞ」
 腹を括った俺は茉莉の身体を抱えてベッドへ運んだ。

○ ○  ○  

 雑誌なんかで得た知識を総動員して、仰向けに寝かせた茉莉の頬に手を触れた後で首筋
へ、胸へと動かす。茉莉はくすぐったそうな表情をしながらも、その頬は上気しているよ
うだ。今まで意識して茉莉の身体に触れる事など無かったからどうにも緊張して力を緩め
過ぎてしまうらしい。
 右手がたどり着いた茉莉の左胸で少し力を入れると、小柄な体型ながらも掌にちょうど
収まるほどの大きさが感じられた。
176トリセツ続々4/6 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/28(金) 00:06:11.96 ID:VefBNlFA
「制服、脱がせるぞ」
 その先にある物が見たくて、茉莉が頷いたのを確認してからセーラー服のネクタイを緩
める。茉莉はそれすらもくすぐったそうにしながら手助けしてくれる。開いた胸元から見
える、学校規定である無地のキャミソールごと茉莉の身体から引き抜くと薄桃色の可愛ら
しい下着が姿を現す。誇張の過ぎないフリルが茉莉の性格を表しているようにも思える。
 手の止まった俺に不安を覚えたのか「変?」と短く聞く茉莉に「可愛いよ」と言ってや
る。照れながらはにかむ顔も可愛い。もしかしたら勝負下着というやつだろうか。後で聞
いてみても良いかも知れない。
 背中に手を回すと少し上体を起こして隙を作ってくれる。両手で手探りにホックを外し
て、再び身体を楽にさせる。何も隠す物がなくなった上半身の膨らみの上を向いて誇張す
る紅い実に、俺は吸い寄せられるように顔を近付けて口に含んだ。
 初めての感覚に驚いたのか茉莉は身体を強張らせたが、それを無視して少し吸ってみる。
もちろんミルクなんかは出ないが、少し汗ばんだ女子の甘い匂いがなんとも言えない。そ
のまま先端部分を舌で攻撃すると、茉莉は僅かながら声を出し始めた。
「痛いか……?」
「聞か、ないで……」
 心配になって口を離して確認する俺の目には、これ以上なく顔を赤くした茉莉が映った。
「気持ち良い?」
 少し意地悪がしたくなって聞いてみる。細い腕で顔を隠しながら、少しだけ頷いてくれ
た。そんな姿を見せられたらもっと頑張りたくなる。
 もう一度、今度は反対の胸に舌を這わせながら右手で茉莉の腿に触れる。新しい刺激に
また、茉莉は身体を震わせる。少しずつ内股を撫でながら右手を身体の中心に向かわせる。
スカートの内側に潜らせた瞬間、何故か興奮した。
 まずは後ろ側。下着越しに柔らかな白桃を撫でながら、その中に手を入れる。産毛の生
えていない瑞々しい肌が手に吸い着く名残を惜しみながら、そのまま下着を足首に向けて
下ろしていく。
「うぅ……」
 恥ずかしさ余って呻く茉莉には悪いけど、流石にここでは止まれない。脚の付け根に手
を戻すと、少し潤った部分に触れる。そのまま入り口の裂け目を人差し指でなぞると、茉
莉の身体はまた震えた。
 少し指に力を入れると、そのぬめりから飲み込まれていく。しかし、指を追い出そうと
するもあった。指を進めて、退けているとまた茉莉は声を出す。
 更に親指で茉莉の蕾を探る。裂け目の近くに見つけたそれを軽く擦る。
「ひっ……ん」
 先ほどまでと違った高い声が出る。茉莉の弱点を見つけた気分で嬉しくなり、繰り返す。
「やっ、だめ……おかしく、なる……」
 この時点で俺は、茉莉の身体を都合3ヶ所同時に攻めていた。どんどん声を出してくれ
るのに対して気を良くした俺は、手と唇に少し力を入れる。
「ひゃっ……!」
 その瞬間、茉莉の身体が大きく跳ねた。継続してしばらく震えている事から、絶頂にた
どり着いたのだろうか。
「……せっちゃ……ん」
「茉莉……大丈――」
 顔を茉莉に合わせると、真っ赤になりながら泣きそうになっていた。慌てて心配するけ
れど、首の後ろに回された腕と重ねられた唇で言葉は遮られた。
177トリセツ続々5/6 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/28(金) 00:07:30.10 ID:VefBNlFA
「気持ち、良すぎて、怖い……」
 口付けの後、表情の意味を教えてくれた。
「もう、やめとこうか?」
「……やだ。今度、いつになるか、わからない」
 行為の中断を提案したが、皮肉を込めながら却下された。

○ ○  ○  ○

 着ていた服を脱いで、鞄の中の財布に入れていた小袋を取り出す。その最中を茉莉に見
られているのは少し気恥ずかしかったが、先ほどの仕返しだと言わんばかりの目線に反論
はしなかった。
 茉莉の待つベッドに戻って小袋の端を破る。茉莉が見ている前で付けるのはある意味、
選手宣誓のような気分であったり、お互いに確認したから大丈夫だと安心できればと思っ
た。
「準備、良いね」
 茉莉の言葉は感心のものであって、決して皮肉では無いと信じたい。
「俺もこうなりたかったから」
 俺の言葉に小さく頷く茉莉。やっぱり緊張しているんだろう。
「痛かったら言うんだぞ?」
「……うん」
 茉莉の脚を持ち上げて左右に開く。薄く揃った黒い絹の下に照準を合わせて、ゴムに包
まれた下半身を進ませる。先ほどたっぷりいじめた甲斐もあってか茉莉の秘裂は潤いを保
っていて、滞りなく先端が入った。ただ滑りやすいだけではなくかなりの締め付けも共存
しているので少しずつ、少しずつ、茉莉の身体に割り入る。出来るだけ痛みを生まないよ
うに配慮をして。
「っ……」
 でも、ある程度進んだ所で茉莉の表情が変わり、心配して身体を止める。
「とめ、ないで」
「でも……」
「おねがい。わたし、待ってたから」
 茉莉は無理をしている顔をしているけれど、それと同時に「覚悟はしてるから」と言い
たげな顔もしている。茉莉も勇気を出してくれてるんだ。
 茉莉の身体を背中から抱き抱えて、腰を進める力を強くする。やはり痛むのだろう、茉
莉の目尻に涙が浮かぶ。
「やった……うれしい」
 最後まで進んだ頃、俺を心配させないようにしているのか少し引きつった笑顔を見せた。
「せっちゃん、きもちいい?」
「うん、いい」
 正直言って、入る時からかなり締め付けられている分、すぐにでも果ててしまいそうだ
った。なんというか、茉莉の秘裂の中にある襞が俺の息子に絡みながら吸い付いている感
じだ。
「よかった……。もっと、きもちよくなって」
 どうしてこの子はこんなにも俺の喜ぶような事を言ってくれるんだろう。
「じゃあ、ちょっと動くぞ」
178トリセツ続々6/6 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/28(金) 00:08:36.06 ID:VefBNlFA
「う、うんっ」
 腰の動きを付けた瞬間に話したもんだから、ダイレクトに喘いでしまう茉莉。声のいや
らしい感じがなんだか嬉しい。
 ゆっくり引き抜いて、ゆっくり差し込むと段々と耽美な声が漏れ始める。
「茉莉も、気持ちいい?」
「わからっ、ない。……けど、ぞくぞくすっ、るぅ……」
 声の反応を聞くに茉莉は1番奥を突かれるのが好きなようで、そのタイミングで声が上
擦ってしまうらしい。ピストン運動の距離を奥の方で狭めてみると、高い声の間隔が早く
なる。……そろそろ俺も限界だ。
「茉莉、もう……」
「うんっ……出してっ」
 腰を出来るだけ奥へと突き出して、俺はゴム越しに茉莉の中へ欲望を吐き出す。よほど
気持ち良かったのか快楽の波が1度、2度と続いて、3度目で出し切った感覚を得る。
「せっ、ちゃん……」
 まだ息の整わない茉莉が俺を呼ぶ。その表情は激しい運動をした後のようでありながら
穏やかなようにも見えた。
「ん?」
「大、好き」
「俺も。茉莉が大好きだ」
 返事に満足したのか茉莉の表情がさらに柔らかくなる。その笑顔に俺は口付けをした。

 ○  ○  ○  ○  ○

「白いね」
 ゴムを外して処理をする様子を楽しそうに見ている。こういうのはあんまり恥ずかしく
ないんだろうか。
「茉莉の身体も真っ白で綺麗だよ」
「それと比較されても、なんかやだ……」
 俺の褒め言葉はタイミングを間違えたのか、シャットアウトされてしまった。
「茉莉の高い声、可愛かったよ」
 別の所を褒めると照れて反応に困っているようで、ベッドの掛布団を使って表情を隠し
た。やはり声を出すのは恥ずかしいのだろう。
「茉莉にばかり勇気を出させて悪かった」
「本当に」
 この1週間、茉莉の誘いを蔑にした事を謝ると即答される。短い言葉だと茉莉もすんな
り話してしまうから余計に辛辣に感じる。
「でも」
「ん?」
「我慢しないって、決めたから」
 茉莉の決意に対して男の俺が強かだなぁと思うのは間違ってるかも知れない。でも、そ
れが俺の幼なじみから彼女になった鼎茉莉の成長なのだとすると、パートナーとして負け
ていられなくなる。
「また、しようね……?」
 そんな俺の気持ちを置いて、笑顔で話す茉莉に垣間見える悪魔がどんどん成長していき
そうなのが今から不安で、でも楽しみで。
「わかった」
 今後どうなるかはわからないけれど、俺と茉莉は次回の約束をしてからまた口付けを交
わした。

【了】
179トリセツ続々 ◆A3nDeVYc6Y :2014/03/28(金) 00:11:28.53 ID:VefBNlFA
 以上です。
きちんとエロければ良いなと心配ですが、楽しんでいただければ。
一応これで一区切りですが、ちょこちょこ書きたい事もあるので、
何度か寄らせていただこうかなと思います。
180ファントム・ペイン11話  ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:03:47.61 ID:Xz17RIKY
茉莉さんが依存しぎみかと思いきや、尻に敷いてるのが幼なじみらしくて微笑ましいです
小悪魔かわいい

こちらは非エロですが、ファントムペインを投下させていただきます
181ファントム・ペイン11話  ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:05:03.84 ID:Xz17RIKY
卒業、おめでとう
これまで、ありがとう
これからも、いつまでも

182ファントム・ペイン11話  ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:07:14.02 ID:Xz17RIKY
『――――以上をもちまして、第32回、某市北原学園高校卒業式を終了いたします』
壇上の老紳士がそう締めくくると、講堂の中は万雷の拍手に包まれた。
周りを見回すと、所々涙を浮かべている顔まで見受けられる。
俺はと言えば、周囲に合わせて手を叩きながらも、何処か他人事の様な、半ば白けた気分が抜けなかった。
だが、膝の上にある卒業証書を収めた黒い筒を眺めていると。
色々な事があった、高校生活の3年間が終わるのだと、否が応にも思い知らされる。
在校生や保護者達の拍手の中、講堂を辞する卒業生の列に紛れて、見知った顔を探す。
3年間で最も強い印象を俺の中に残した彼女。
右手にも、左手にも、見知らぬ大人と印象の薄い下級生の顔ばかり。
見回している内に列は前へ前へと進み、結局目当ての顔を拝めないまま俺は講堂の外に押し出されていた。
照度が一気に上昇し、眩しさに目を細める。
光の中に、小さな人影が浮かぶ。
「ヤスミ」
探していた人は、目の前にいた。
その華奢な手に、白い花を一厘を携えて。
「卒業、おめでとう」
何時も通りの制服に身を包んだ彼女。
絵麻は普段と変わらない。
天使などでは、断じてない。
「?」
「あ――――、否」
まさか見惚れていた等と言う訳にも行かず、俺は言葉を濁した。
「有難う」
礼を言いつつ、受け取った花を何処に仕舞うべきかと弄ぶ。
制服の胸ポケットに丁度差し込む余裕があったので、入れて見たものの、何だか気障ったらしくて据わりが悪い。
ふと、絵麻が俺の上着に目を向ける。
上から2番目のボタンが外れ掛けていた。
「ああ、気にしないで良いぞ。
どうせ今日限りでお役御免だ」
「だめ」
絵麻は有無を言わせず俺を往来の邪魔にならない場所に引っ張って行くと、何処からともなくソーイングセットを取り出す。
「おい、気にするなと……」
「じっとする」
彼女の頭が丁度俺の胸に当たる位置に来る為、立ったまま作業は進む。
183願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:10:17.15 ID:Xz17RIKY
手早く針に糸を通し、ほんの数十秒程で、ボタンは元通りの位置に落ち着いていた。
鮮やかな手際に唸るしかない。
「大したもんだ」
絵麻は満足げに笑う。
思わず頭を撫でようと手を伸ばしかけるが、さすがに思いとどまった。
周りを見回す。
部活棟を隔て講堂前の広場からは死角になっており、人目がない。
絵麻に視線を戻すと、彼女もそれに気づいたようだ。
一寸顔を赤らめて、何かを期待する様な。
素早く、屈み込んで、顔を寄せる。
日陰に居ても光を反射する黒目がちな目が、瞼の裏に隠れる。
一瞬だけ、唇が触れ合う。
強いアルコールが喉を通ったみたいに、全身がかっと熱くなった。
学校でキスなんて、滅多にしない。
それも、もう今日しか機会がなさそうだ。
顔を上気させた絵麻と、暫く見つめ合う。
もう一回ぐらい出来るだろうか。
タイミングを見計らっている内に、背後に感じる通行人の気配。
名残惜しいながらも、身を離す。
絵麻は気恥ずかしさを振り払うように首を振ってから、俺の上着を撫でた。
3年間着倒して来たそれには、所々僅かな解れも覗いている。
「……おつかれさま」
「全くだな」
こうなったら、今日一杯は役割を全うさせてやらなければ。
「誰かに第2ボタン強請られも、応えられそうにないな」
絵麻は首を傾げる。
「妖怪ボタンむしり?」
「なんだそりゃ」
卒業式で卒業生の第2ボタンを云々と言った習慣は知らない様だ。
俺は肩を竦めた。
「元々俺のボタンなんぞ欲しがる人間は居ないだろうがな」
「いや、わからんで」
184願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:11:38.75 ID:Xz17RIKY
唐突な声に振り返ると、俺と同じく卒業証書を携えた同級生が腕組みをしていた。
「なんやしらん、ヤスミン昔はアレでもてとったからな」
絵麻は首を傾げて俺を見る。"もてる"と言う日本語の意味が良く判らない様だ。
俺は溜息を吐いて同級生に反駁した。
「あれはもてていたとは言わないだろ。有る事無い事吹き込むな、北大路」
髪を頭の後ろで括った眼鏡の女、北大路侑子は中学に入ってからの知り合いだ。
彼此6年もの付き合い。知られたくない事も、知りたくもない事も、互いに持っている。例えば。
「忘れたとは言わせへんで。ラブレター焚書事件」
「ああ、そんな事もあったな……」
中学2年生の何時だったか。
朝登校したら下駄箱に無署名の小奇麗な封筒が一通。
周囲の目撃者が鬱陶しかったので、即座に安物ライターで焼却処分した。
言い訳しておくが、ライターは俺の物ではない。
不良でもないのに煙草を持ち込んだ同校の生徒から巻き上げたものだ。
「あれはラブレターじゃないだろ。
送り主として思い当たる女なぞいない。
多分、俺をからかう目的の偽物か、果たし状か何かだ。
カッターの刃か、血文字で呪いの文章か何かが入っている。きっと」
「そんなこと言うて、"ひそかに憧れの伊綾先輩のこと電柱の中からずっと見ていました"なんていう健気な下級生がおったらどうするん」
そんな奴が居たら、純粋に、怖い。
「頭を診て貰う事をお勧めする」
「だめだよ」
絵麻は何故か腰に手を当ててご立腹の様子。
「手紙、ちゃんと読んであげなきゃ」
「だよなー。ひでーよな、伊綾」
会話に何の前触れもなく入り込んで来る快活そうな男。
北大路より長い、6年以上の付き合いがある。
「果たし状であれ、ラブレターであれ、相手の気持ちをちゃんと受け止めたうえで、お断りするのがスジだろーが」
「手紙に記名しない様な失礼も、筋が通らないと思うぞ、渡辺」
渡辺――渡辺綱は尚も減らず口を返して来る。
「失礼に失礼を返して良い道理もないぜ」
「失礼が服を着て歩いている様な奴に言われたくないな」
「なんかすっげえシツレイなこと言われたような気がするんですけど――!?」
185願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:13:01.83 ID:Xz17RIKY
何時もの様に馬鹿な遣り取りをする男二人を尻目に、絵麻が北大路に尋ねている。
「そのあとは?」
「ん? ああ、ラブレターの件やね。
灰にされた直後、ヤスミンの後頭部に、駆け付けて来た渡辺兄貴の飛び蹴りが炸裂。
送り主不明のまま、北原校恒例のヤスミンVS渡辺(馬鹿な方)・ノーロープ電流爆砕デスマッチROUNDだいたい66くらいが……」
北大路は真剣に耳を傾けている絵麻を見て、ニヤリと笑う。
「あ、やっぱり気になるん? ラブレターの送り主」
照れる素振りも見せず頷く絵麻を見て、北大路は肩を竦めた。
「誰かまでは知らんけど、心当たりは何人かおるで。
何だかんだ、このガッコ、マジメな優等生ばっかやしな。
不良生徒で通ってたヤスミンに勘違いした憧れあったんやろ」
絵麻は一時考え込む素振りを見せてから、躊躇いがちに口を開いた。
「……ひょっとして」
「ん?」
「その送り主って、侑子さんだったり」
「ブぼォ――――ッ!」
北大路は思い切り吹き出す。
余りに女の子らしくない音に、俺と綱も振り向いた。
「あほかァ――――ッ!
なんで! わたしが! こんな凶暴インケン偏執ドS眼鏡男にラブレターなんぞ送らにゃならんねん!」
突き付けられた人差し指を払い除けながら、話の筋を察した俺も同調する。
「そうだな、こいつが送って来るとしたらもっと迷惑な……時限発火装置付き小包爆弾とかだろう。ガラスの破片入りの。
カミソリ入り恐怖の手紙なんて生っちょろい物で終わるとはとても思えん」
「いつの間にかカミソリ入りが前提にされとる……」
綱が不満げに呟く。
「それに、もともと俺と北大路は仲が悪かったぞ」
「北大路と伊綾が、ってより滝口と伊綾の仲が悪くて、北大路が滝口の肩持ってた感じかなあ」
そうなの? と訊きたげに絵麻は北大路を見る。
滝口とは北大路の友人の女子で、名を睦月と言い、何をとち狂ってか綱に懸想している物好きだ。
北大路は絵麻の耳に口を寄せて囁いた。
「ヤスミンもムッキーも友達少ないからな。
ようするに、数少ない友人である渡辺兄を巡っての三角関係や」
「聞こえてるぞ」
186願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:14:17.00 ID:Xz17RIKY
北大路は小さく舌を出す。
俺は溜息を吐いた。
「まあ、その三角関係とやらも、今日で晴れて解消だな。
俺はこっちの大学だが、渡辺と滝口は東京の方だろう」
絵麻は意外そうに呟いた。
「滝口さんも東京行くんだ」
綱の方の進路は知っていたが、滝口の方は知らなかった様だ。
「北大路はどうすんだっけ?」
「わたし? 家業継ぐはめになったからな。
実家にかえらせてもらいます」
北大路の実家は県内でも西の外れで、此処からバスを何度か乗り継がなければ行けない場所に在ったと記憶している。
「と言う事は、この中で近所に残るのは俺と絵麻だけか。
俺の他の知り合いも大方他の大学だしな」
「わたしの方も、お仲間はだいたい進路別やな」
絵麻は俯き呟いた。
「なんだか……」
3人の視線が少女に集まる。
「さびしい」
俺達は、顔を見合わせて、少しだけ笑った。
確かに、寂しい。
けれど、別れを惜しむ程に、彼女と友達であれたのだ。
「だーいじょうぶだって!」
綱は絵麻の背中を痛くない程度に(まあ、彼女の場合痛くする方が難しいだろうが)叩いた。
「長期休暇には、みんなぜったい帰って来るって」
北大路も頷く。
「いやだゆうても、しょっちゅう遊びにきたるからな。
メールもスパム登録せんかぎり、メモリの容量埋まるまで送り付けたる」
やめてくれ。
「それに」
綱は、歯を剥き出して笑った。
「絵麻ちゃん、きっとこれからも友達いっぱいできるぜ」
絵麻は自信なさげに首を振る。
「……これから、なんて」
これからなんて、彼女に有るかどうか判らない。
でも。
187願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:16:25.65 ID:Xz17RIKY
「できるさ」
俺も、断言した。
「お前が、自分から友達を作ろうとする限り、な」
絵麻は俯きながら呟く。
「どうやって作れば、いいのかな」
綱は笑いつつ、人混みの向こう側に向けて手を振った。
「こっちこっち、結――」
遠くの方で別のグループの輪にいたセミショート頭の少女が、一礼して輪から抜けると此方にやって来る。
結、綱の双子の相方である渡辺結は、俺達に軽く頭を下げて挨拶した後、綱にアイコンタクトで説明を求める。
言葉に不自由のある結に代わり、綱が彼女の肩に手を置いて喋り出した。
「結、隣の県の大学行くから。
偶にはこっちに遊びに行くっていてるし。
伊綾も、絵麻ちゃんも、今後とも変わらぬおつきあいをよろしくお願いするぜ」
「マジかよ」
これは一寸意外だった。
隣で絵麻も吃驚している。
結はにっこりと笑って、携帯電話を差し出した。
『私も春から友人が減って寂しいので。よろしくお願いしますね』
結と絵麻は手を握り合って、ぶんぶんと上下に振り回している。
何か、俺には計り知れない何らかの方法でコミュニケーションを取っているのだろうか。
唯一通訳者足り得る綱は2人の横で、嬉しそうに頷いている。
「んじゃ、明日ぐらいに、さっくりお別れ会っちゅーか、バーベキューとかやろうぜ。
みんな集めてさ」
「わたし、ええ場所しっとるで」
北大路が取り出したスマホに、絵麻と綱が群がる。
それを眺めながら、俺は結に小声で問いかけた。
「良かったのか」
結は、何が?と言いたげに首を一寸傾げた。
「兄貴に付いて行かなくて、平気なのか」
結は微笑んだまま、携帯液晶に文字を打ち込んだ。
『会いたい時は、会いに行けますから』
何と言うべきか。
俺は少女とも女とも言えない同級生を眺めた。
出会ったばかりの頃の彼女を覚えている。
自らのハンディキャップに怯え、兄に依存し切っていた。
人は、変わる。
結は、強くなった。
俺は、彼女の半分も成長出来たのだろうか。
「伊綾さん」
感慨に耽っていると、突然背後から名前を呼ばれる。
振り向いた先には見知らぬ下級生らしき、おかっぱ頭の女子。
何故か、俺の顔を見て吃驚した様子でいる。
188願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:17:43.06 ID:Xz17RIKY
「何か?」
「い、いえ。用事があるのは……」
「ひーちゃん」
後ろにいた絵麻から声が上がる。知り合いらしい。
「ごめん伊綾さん。ちょっと用事、いいかな?」
"ひーちゃん"は俺の方をちらりちらりと見ながら一礼し、絵麻と共に1年生らしき女子グループの方へと向かった。
2人の後姿を見送り、結は俺に笑いかける。
綱も同調する様に頷く。
「何だかんだ、絵麻ちゃんも上手くやれてるじゃん」
「判らんぞ。この後校舎裏に連れ込まれ、陰惨なリンチが待ち受けているのかもしれん」
幾ら何でも、その可能性はないとは知っていつつも。
「矢張り気になるな。
ハブられていないと言うだけで、虐められていないと言う事にはならん。
馬鹿にされていても、自覚すらしていない可能性もある」
結は溜息を吐いて携帯電話の液晶を示した。
『過保護です』
「ほんま、子煩悩やな。ヤスミンパパ」
「あんなデカいガキを持った心算はない」
俺は憮然と言い返した。
北大路は笑いながら言った。
「でも、相手があの子やったら、きっとええパパになれるやろ。ヤスミン」
「それはないな」
俺が父親になる事は、有り得ない。
思わず零した言葉に、北大路は意外そうな顔をする。
俺は誤魔化す言葉を探した。
「まあ、何だ。
式も子供も当分先だろうが、籍を入れたら一応連絡する」
「お、まさかの学生結婚」
「あいつが20歳になるまでお預けだがな」
形式上の親権者の許可を得ているとは言え、この歳で結婚は流石に無理がある。
せめて、俺が独立してからの方が良い。
「それまでせいぜい愛想尽かれんよう、がんばりや」
「言われる迄もない」
そこで、北大路は思い出した様に言った。
「いちおう、とはいえ、連絡くれるんやね」
「まあ、お前にも色々と世話になったからな」
と、何故か彼女は目を見開き、街中で珍獣を見掛た様な顔で俺の方を見た。
後ろを見ても、誰もいない。
「何だ?」
一転、北大路はにんまりと笑うと
「べっつに〜〜い?
ただ、ようやっとかって思っただけや」
そう行ったきり、鼻歌交じりに渡辺きょうだいの方へ向って行った。
訳が判らない。
189願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:19:16.42 ID:Xz17RIKY
「何だ?」
一人残され、考え込んでいると綱達の方から声が掛かった。
「おーい、伊綾――」
いつの間にか絵麻も合流している。
その手は、そこそこの値段がしそうな一眼レフカメラが。
「何だ、それは」
「カメラ」
見れば判る。
「卒業アルバム用に使うんだと。
卒業生の写真を集めんのだってさ」
と、綱が補足する。
それを聞いて、何を思ったか、北大路が挙手する。
「はいはーい。わたしカメラマンやりまーす。
撮るなら、あっちのベンチがええな。
おむすびと絵麻嬢すわり。渡辺兄貴とヤスミンそのうしろや」
何故か絵麻まで一緒に撮られる事になっている。
「聞いてなかったのか。卒業生の写真を撮るんだぞ」
結、携帯を素早く操作して表示。
『テーマは卒業生と在校生の思い出、ですから』
「そうそう。なんなら、渡辺家と伊綾家の合同写真会ってことで」
俺は思わず目を顰めた。
「俺も撮られるのか」
「とうぜんや」
北大路に向けて手を伸ばす。
「カメラを貸せ。俺が撮る」
「えー。わたしのどんな写真がほしいゆうんや。
ま、まさか脱げと。公衆の面前でッ! 変態! この変態ッ!」
くねくねと気持ち悪く身を捩る北大路から目を逸らした。
「よし、こいつは要らないな。
絵麻、渡辺とその妹、こっちに並べ」
結が苦笑しながらフォローに入る。
『折角だから、厚意に甘えましょう。
これが最後の機会かもしれませんし』
携帯の文字を見ながら、俺は逡巡した。
「ん――? 伊綾なんか撮られたくないとかあんの?」
「否……」
正直に言うと、写真は苦手だ。
その時は良い思い出に感じても、フィルムに焼き付けて後で見返した時、後悔や郷愁、虚しさしか残っていないような気がして。
190願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:20:43.75 ID:Xz17RIKY
「ヤスミ」
俺の心中を知ってか知らずか、絵麻が俺の袖を引っ張る。
何かに期待している時特有の、目の輝き。
絵麻も乗り気のようだ。
諦めるしかない。
半ば引きずられる様に、ベンチに座っている絵麻の後ろ、綱の隣に立たされる。
結が絵麻の隣に座り、4人が縦長構図に収まる格好になった。
気を取り直した北大路が、5メートルほど離れてカメラを縦に構える。
「じゃあ、撮るでー」
前列の女2人が頷く。
「いつでもOKだぜ」
「はーい。では…………チーズ!」
「古いだろ、それ」
呆れる俺を余所に、何回かシャッターを切る音が響く。
「よし、ご苦労さん。
もう動いてええで」
4人が北大路のもとに集まり、カメラの背面を覗き込む。
緊張気味な絵麻と結の営業スマイル、Vサインで笑う綱と俺の仏頂面が並んでいた。
「お、上手く撮れてるじゃん」
「ほんまや。わたしカメラマンの才能あるかも」
カメラの自動化の御陰だろ、と思ったのは黙って置く。
一頻り写り映えをチェックした後、北大路は俺にカメラを差し出した。
「じゃあ、ちょっとカメラ預かっといてくれへんか」
「? 今度はお前が撮られるんじゃないのか」
「そうやけど、せっかくやしムッキーとか友達も連れて来るわ」
そう言うなり、俺にカメラを渡し、教室の方に走って行く。
「まだ撮影会が続くのか……」
肩を落とす俺に向かって、結が携帯を示す。
『今のうちにデータ転送しちゃいましょう』
「あ、さっきの写真のデータか。俺も欲しい」
綱も自分の携帯を差し出した。
絵麻も慣れない機械操作に悪戦苦闘しながら、データ受け入れの準備にかかっている。
「判った」
カメラにwi-fiが付いていたので、そのまま3人の携帯にデータを送る。
暫くして、軽快な音と共にデータ送信が完了した。
191願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:22:06.55 ID:Xz17RIKY
携帯を大事そうに仕舞いながら、絵麻が口を開く。
「ヤスミ」
「何だよ」
「結さんに、綱さんも」
「ん――?」
渡辺2人の顔が此方に向く。
絵麻は恥ずかしそうに笑いつつ、言った。
「またみんなで、写真撮りたい」
暫く3人で顔を見合わせる。
そして、3様に応えた。
「仕方ないな」
「ろんのもちだぜ」
『ぜひ、お願いします』
それは何か月後、何年後になるかはわからないが。
「少なくとも、それまでは元気でいないといけないな」
俺の言葉に、絵麻は頷いた。
「うん、約束」
何時か、また4人で集まる時。
どんな未来になっているだろうか。
恐怖がなくなってはいない。
絵麻の命は相変わらず、数年毎に賽子の目次第で、消えてなくなる。
けれど、少なくとも。
此処にいる4人、健康なまま再会できる可能性はあり。
その可能性を楽しみにしている自分がいた。
「ああ、約束だ」
綱と結が笑いながら、無言で掌を差し出した。
意図を察した俺と絵麻も自分の手を伸ばす。
何だか恥ずかしいが、今日位は、まあ良いか。
絵麻の掌の熱を自分の手の甲に感じながら。
4人の掌が重なった。
192願い / 旅立ち ◆MZ/3G8QnIE :2014/03/31(月) 00:25:05.93 ID:Xz17RIKY
投下、終了です

次回、最終回です。番外編入れない限り
本当に次回で終わるのか? ちゃんと風呂敷たためるのか? 唐突に夢オチとかギャグ回でお茶を濁したりしないだろうな?
……フフフ、やだなあ。大丈夫ですよきちんと終わらせますよ。たぶん、きっと、できれば

風呂敷については自信有りません
193名無しさん@ピンキー:2014/04/01(火) 01:11:52.16 ID:ySEYmxCX
乙です。
最終回ですか…。展開楽しみにしております。
194名無しさん@ピンキー:2014/04/08(火) 17:37:46.89 ID:R0HSKnjs
>>179
GJです!
これはいい関係ですわ。あと親友がいいやつらばかりでいいですねw

>>192
GJです!
最終回だと…?全裸待機の時間だな
ところで双子の話も終わりなんでしょうか?こっちもいろいろありそうでしたけど
195トリセツ5  ◆A3nDeVYc6Y :2014/04/27(日) 02:23:51.87 ID:EjlNNp/J
>>192
お褒めいただきありがとうございます。
魅力的な子が多いので毎回楽しみにしております。


少しだけですがまたトリセツ話を書きましたので、投下させていただきます。
宣伝乙なのですが「なろう」にて個別保管場所を作りましたのでURLも貼らせていただきます。
この話の前身になる番外編なんかも置いておりますので、よければどうぞ。
ttp://xmypage.syosetu.com/x5022i/
全部で5レスお借りします。
196トリセツ5 1/4 ◆A3nDeVYc6Y :2014/04/27(日) 02:25:12.21 ID:EjlNNp/J
「茉莉……」
「ん、せっちゃん……」
 日曜日のまだ日の明るい時間から、俺たちはお互いの名前を呼びながら唇を啄み合って
いた。唇から漏れる名前の間に吐息や、唾液が舌で運ばれる音が混じっているのが聞こえ
て更に興奮が高まっていく。
 母さんが父さんと出掛ける予定のある今日を見計らって、茉莉を部屋に呼んだ。
 いつもの2人での登校時間に「次の日曜日、親が遅くまで帰らないらしくて」なんて誘
い文句を放った瞬間に茉莉は顔を赤くして、首をコクコクと素早く縦に振った。きっと俺
の言いたい事を悟ったのだろうと思うと嬉しくなった。
「ん……」
 名前を呼ぶ事を辞めた俺たちは唇を重ねたまま、隙間から挿し入れた舌を絡め合う。息
継ぎと共に漏れ出る鼻にかかった声がいやらしい。
 お互い背中に腕を回して密着しているにも関わらず、まだ足りないと言わんばかりに身
体を擦り付け合う。茉莉の柔らかな胸が押し付けられるのを楽しみながら、俺はジーンズ
の下で膨らんでいる物を押し付けてみる。自らに当たる硬い違和感に気付いたらしく、茉
莉は身体全体でぴくりと反応した後も腰を押し付けて返してくれる。
 なんだか今日の茉莉は積極的だ。それは俺の部屋に入った途端に抱き締めて来た事から
わかっていたが、それ以上だと思う。
ふと、ここ最近頻繁に見る、茉莉の淫らな姿の夢を思い出してしまって後悔する。
 夢の中で茉莉は誰だか解らない男と行為を致していて、普段は言わない、しないような
言動行動を取る。俺はそれをビデオカメラ越しの映像の様に客観的に見ているだけ……。
 目覚めた時に、朝の生理現象が起きてしまうのだが、あまりにも倒錯した夢の世界の出
来事に興奮してしまっているのかと考えてしまう。もちろん、俺には茉莉を取られたいだ
とか、他の男としている所を見たいだなんて欲求は無い。ただし、夢の中で茉莉が卑猥な
言葉をその小さな唇から放つ事に興奮している気はする。勿論、現段階で俺はそんな言葉
を教えた事が無いからあり得ない。あり得ない事だからこそ、興奮するのかも知れない。
「どう、したの?」
考え込んでいる俺を不審に思ったのか、茉莉が問いかける。いつもと同じ、いやらしい
言葉など言いそうに無い可憐な俺の彼女の表情に安心する。
「茉莉、愛してる」
「せっちゃ……わたしも、あいして、る」
 頬や額、唇を啄み、舌を絡めながら愛を囁く。愛情は穏やかな感情だと聞くのに、どん
どんと気持ちは高ぶっていく。
 白いブラウスを着ている茉莉の背中に右手を潜らせて下着のホックをずらす。身体の締
め付けが減って気が緩んだ茉莉の右手を導いて、俺の息子に触れさせる。硬い布地の上か
らではあるが、柔らかい掌の感触がわかる。
「せっちゃん、今日、すごい……」
 顔を火照らせながら囁いた茉莉が腕を動かし、掌を擦り付けてくる。その手つきはさな
がら、電車で痴漢を働く悪漢の様にも思える。
「茉莉……それ、良い」
 絶妙な力加減に思わず声が出る。それを見て茉莉は「そう?」と薄く笑んで擦り続ける。
「痛く、ない?」
「……ちょっと」
 衣類の下から誇張する息子を気にした質問に答えると、茉莉はジーンズの前ボタンを外
して、器用にジッパーを下ろした。思い通りに直下しないジーンズを無理やりずらすと、
197トリセツ5 2/4 ◆A3nDeVYc6Y :2014/04/27(日) 02:25:49.58 ID:EjlNNp/J
ボクサーパンツの前にある重なった布地を両脇に開いて俺の下半身を露呈させる。
「ねぇ……せっちゃん。すごく、硬いよ?……どうしたら良い?」
 愛撫に続けて、茉莉は言葉でも積極的に迫ってくる。まるで俺が見た夢の様に。もちろ
ん、今この身に起きている感覚は事実の筈で、また夢を見ている訳では決してない。
 どうして、突然この様な言い方、触り方が出来るようになったのか……。
「……んっ」
 考え事をしている間に茉莉は足下に跪き、俺の息子を口唇でくわえ込んでいた。柔らか
く暖かな感覚にとろけそうになりながら、唇を窄め、頬を凹ませ、頭を前後に動かす事で
俺を喜ばせようとする茉莉の淫靡な表情に気を取り直す。
「茉莉……」
 いつもと確実に様子の違う彼女の姿に疑惑を抱く。もしかして、俺の知らない間に変な
男に調教されているんじゃないか、と。
「ん……せっちゃん、大きくなったね」
 息子の様子を唇で、舌で感じた茉莉が顔から離す。もはや茉莉の奉仕で興奮したのか、
茉莉が別の男にヤられている姿の妄想で興奮したのか、自分でもわからない。ただ、その
まま立ち上がった茉莉が俺の耳元で「せっちゃんの、ちょうだい……」と囁いた時点で俺
の理性は切れた。

   ○

「あっ、せっちゃ……いいっ」
 茉莉をベッドに向かって押し倒して後ろから息子を挿入した。身に付けていた黒のスカ
ートは腰まで捲り上げ、初めて見る水色の下着は履かせたまま横にずらした。ゴムは、し
ていない。
 いつもより荒々しく腰を動かしながら、茉莉の弱点を突くことは忘れない。
「茉莉、何が良いのか言ってみろよ」
 きっと、俺の求めている答えを知っている。そう確信しながら問い掛ける。
「せ……せっちゃんの……」
「俺の?」
「お……ちん、ちん。きもちい……」
 激しいピストンを受けて息を切らせながら、期待通りの言葉を返して来る。いや、厳密
に言えば少し惜しい。
「俺のちんぽ、好きなのか?」
 言葉の違いでサイズの差を感じてしまうのはつまらないプライドだろうか。そんな事を
考えながら確認をする。
「せっ、ちゃんの、お、おちんぽっ、すきぃ」
 肉の薄い茉莉の尻と俺の腰が当たって乾いた音が続いている中、俺と同じ方向に顔を向
けていて表情の見えない言葉が返ってくる。
 堪えている様な情景に嗜虐心が沸き、濡れそぼって色の濃くなった水色の下着を捲って
尻の真ん中に指を当てる。
「せ、せっちゃんっ、そこ、だめっ」
 もしかしたらもう開通しているかも知れない、まだ見ぬ道を進むべく両手の指で穴を左
右に開いていく。
「お、おしり、だめぇ……」
 指を少し進ませると、ただでさえ狭い秘裂が更に締まっていく。どうやらここも茉莉の
198トリセツ5 3/4 ◆A3nDeVYc6Y :2014/04/27(日) 02:26:24.36 ID:EjlNNp/J
「当たり」らしい。呻くような喘ぎ声を出しながら身体を震わせ、俺の息子を締め上げて
いく。
「今、生でやってんだぞ。そんなに締め付けたら中に出ちまう」
 指と腰を止めずに、一応の確認をする。もちろん抜くつもりは無く、完全に俺は茉莉を
孕ませるつもりで行為に至っていた。
「あ……あんっ……いいっ、よ」
 否、少しだけ拒否される事を期待していた。その方がまだ、清純な茉莉を感じられたか
も知れないし、そんな茉莉を汚す事で俺の嗜虐心も満たされただろう。
 俺の前で四つん這いの姿勢で腰を振る彼女は依然として、顔を下に向けたままだった。
「ははっ、茉莉は淫乱な彼女だな」
 表情が見えない事に腹を立てて、左手で茉莉の尻を叩いた。茉莉は少し顔を上げながら
「あぅ」という短い悲鳴を喘ぎ声に混ぜる。
「ごめっ、なさい」
 こういう場面で謝られると火に油を注ぐ事になる。2度、3度と左手を茉莉の尻にぶつ
けるとその度に喘ぎ声が揺れる。
 先ほどから続けている尻穴への攻撃も相俟ってか、依然として茉莉の秘裂は潤いを増し
ながら締め付けてくる。こうなったら快感に興奮しているのか、痛みに興奮しているのか
どうかわからないし、もしかしたらわざと俺に尻を打たせる様な態度をしているのかも知
れない。
「茉莉、もう出そうだ」
 ラストスパートとばかりに、息子の先端を茉莉の奥へと擦り付けながらピストンを早め
ると、茉莉の声も早く、高くなる。
「あん! せっ、ちゃ……」
「ん?」
 もう少し。もう少しで茉莉を孕ませられる。競り上がる快感を味わいながら、強引にさ
れても尚俺の名前を呼ぶ茉莉の声に耳を貸す。
「せっちゃんの、おちん……だいっ、すき!」
 茉莉が顔を上げながら叫んだ。ようやく見えたその表情は、いつもの恥ずかしがり屋で
えっちな行為や言葉に耐性がなく、それでも伝えたいが為に話す時の紅潮した顔付きだっ
た。
 それを見て俺は、瞬間的に茉莉の秘裂から息子を抜き出したが、黒いスカートを大きく
汚す様に精液を吐き出してしまった。……中にも少し、出てしまったかも知れない。

   ○  ○

「はぁ……はぁ……びっくり、した……」
 整わない息のまま、茉莉が姿勢を崩して突っ伏した。その声には心なしか喜びの感情が
入っている様にも思える。
「大丈夫……か?」
「腰、抜けちゃった……」
 彼女に乱暴をした罪悪感から心配をする俺に、茉莉は照れ笑いをしながら答えた。
「とりあえず拭くよ」
 楽な姿勢を自由に取れる様に、これ以上汚さない様に、茉莉の衣類を脱がせると「あり
がと」とくすぐったそうに笑って俺を見た。
「やりすぎ、ちゃったね……」
199トリセツ5 4/4 ◆A3nDeVYc6Y :2014/04/27(日) 02:27:42.20 ID:EjlNNp/J
「あぁ……」
 悪意を咎められる子どもの「反省のポーズ」と捉えられかねないが、頭を垂れて茉莉の
目線に合わせる。
「ごめん、ね?」
 ベッドに身を預けたまま、茉莉が謝罪を言葉にする。姿勢は横になった状態ではあるが、
茉莉の表情から「本当に申し訳ない」という感情が読み取れる。
「どうして茉莉が謝るんだよ。謝るのは俺だろう?」
「わたしが、せっちゃんを焚き付けたから……」
 俺の反論はすぐに却下された。どうやら俺の理性が切れた原因は把握されているらしい。
「内緒にしてたんだけど……」
 嫌だ。聞きたくない。嫌な予感しかしない。
 以前の行為よりも上手くなったオーラルセックスも、躊躇いなく出て来る卑猥な言葉も、
きっとその理由を話されるのだろう。万が一、他の男に汚されたと言うなら俺はもう……。
「せっちゃんの部屋のDVD、見ちゃった」
照れ笑いである「えへ」という言葉が続いている中、俺の思考が止まる。
「は?」
「あの、ね? この前せっちゃんの部屋に来た時に、お母さんから隠し場所を……」
「はぁぁ?!」
 一気に情報が入ってきて、理解出来なくなる。俺の部屋のDVD? もしかして「淫語
エッチ」とか「痴女モノ」のあれを? 母さんが知ってた? それを茉莉が見た?
「せっちゃん……?!」
 余りの事に気が抜けて、その場に足から崩れ込んだ。茉莉が心配しているが身体はまだ
動かないらしく、精一杯伸ばした掌で俺の頭を撫でてくれた。
「せっちゃんの、強引なのも……きもちよかったよ?」
「避妊せずにっていうのは決して褒められた行為では無いんだが」
「大丈夫。無い方がきもちよかった」
「そういう問題じゃない!」
 反論しながら、アフターピルの処方をしてくれる医者はどこにあるんだろう、と考える。
「せっちゃん」
「ん?」
「せっちゃんになら、何でも……してあげるからね?」
 汗をかいた満面の笑みで放たれる言葉に、俺は安心した。勿論、いつもの純粋な茉莉を
感じた事と、俺だけの茉莉なのだという事の2つの意味で。

[了]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以上です。
200名無しさん@ピンキー:2014/04/29(火) 23:54:20.03 ID:qtxMUtLL
GJです!
せっちゃんの青少年らしい早とちりが微笑ましいw
201ファントム・ペイン最終話  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:15:07.99 ID:yY2ZY74F
ファントム・ペイン、最終回になります
非エロです
202旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:17:53.09 ID:yY2ZY74F
――――――――――――――――

また、あえるよ
203旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:20:07.50 ID:yY2ZY74F
飛行場から足を踏み出すと、むわりとした湿気が俺を出迎えた。
地球温暖化のせいか、ヒートアイランドのせいか、それ以外の複雑な気候変動によるものか、年々暑くなっている気がする。
これで、まだ6月だ。
水蒸気に覆われた白い空を見上げ、少し憂鬱になった。
と、頬に冷たい感触を覚え、掌を掲げてみる。
疎らな水滴が、ぽつりぽつりと皮膚を濡らす。
一滴、薬指にはめた銀の指輪にかかる。
細かな傷がいくつも付いた金属の表面が、そこだけ鈍く光った。



彼女に初めて出逢ったのも、こんな雨の日だった。



バスに揺られ、ぼんやりと外の景色を眺める。
微かな雨霞に煙る故郷は、何処か非現実的で。
取り壊された古い商店、新しくできたコンビニ、耕地だった場所にそびえる立体駐車場。
見慣れているようでいて、些細な記憶との違いが、違和感として頭の中に張り付いて離れない。
ふと思い立って、俺は目的の停留所より随分手前で、降車ブザーを鳴らした。
料金を払い、運転手に礼を言って、バスを降りる。
かつて住み慣れた、住宅地にほど近い一角。
鞄の中の折り畳み傘は仕舞ったまま、周囲を見回しながら歩く。
雨粒が少しずつ頭と肩を濡らす。
そう、あの日も確か、こうして雨が降っていて。
行きつけのスーパーからの帰り道、大荷物に文句を垂れながら、夕飯の心配をしていた。
そして、あの角を曲がった所に。
「…………」
俺は誰もいない、雨に濡れる歩道を前に、立ち尽くす。
昔タバコ屋だった商店には、シャッターが下りていて。
俺の視線は、あの時から少しだけ高くなっていて。
勿論、彼女は、ここにいない。
俺は首を振って、再び歩き出す。
昔の面影を探しながら。
彼女と帰宅した道を、時には横に並んで、時には手を繋いで歩いた道を、辿りながら。
子供の頃遊んだ児童公園は、遊具が撤去され。
昆虫参集ができた雑木林は、住宅になっていて。
そして。
俺は、8年前まで住んでいたアパートを見上げる。
築数十年の武骨な灰色のプレハブ住宅は、瀟洒な高層マンションに置き換わっていた。
ガラス張りのエントランスはオートロックのようで、住民以外が入る事はできない。
「……ただいま」
俺は小さく呟いた。
勿論、誰も答えるものなどいない。

204旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:22:21.98 ID:yY2ZY74F
そのケアホームは、さらにバスを乗り継いだ先の町外れにあった。
あまり物々しくならないよう配慮しているのか、塀は生垣の中に隠れ、建物も窓が多くて開放的に見える。
守衛に予約した者であることを告げゲートをくぐり、受付で必要な書類に記入して、面会に指定されていた部屋に向かう。
広く明るいエントランス、綺麗に掃除された廊下、病院を思わせる消毒臭。
途中、何人か入所者とすれ違うが、小さく会釈しても反応は帰ってこない。
階段で3階まで上り、305号室とプレートの貼られた部屋の前に立ち、ドアをノックした。
どうぞ、と声がして、俺はノブを回す。
ベッドと机と小さな箪笥、最低限の物しかない小奇麗な部屋。
初老の男が、机に向かって折り紙を折っていた。
ウサギ、朝顔、亀、やっこ、手裏剣、連鶴、カメレオン。
赤、黄、緑、青、紫、市松、矢絣、七宝。
様々な色と模様。
男は折りかけの猫らしき動物から手を離し、俺の方を見上げた。
前会った時から、髪がまた薄くなり、皺も増えている。
「伊綾、靖士さんですね」
「え――と、どなただったかな?」
男は微笑んだまま首を傾げる。
何度聞いても、この言葉は慣れない。
俺は溜息を隠して、何でもない風を装った。
「伊綾、伊綾泰巳と言います」
「伊綾」
男はちょっと驚く。
「意外だね、僕も同じ苗字なんだ。珍しい名前だから、滅多にいないと思っていたよ」
「親戚なんですよ、あなたと。ご存じないかも知れませんが」
ああそれで、と、男は納得したように頷いた。
俺は座るよう促され、スプリングがきしんだパイプ椅子に腰かける。
「ところで」
男は、今更気になったように周囲を見回した。
「ここはどこだったっけ。なんで僕はこんなところにいるのかな」
「病院ですよ」
俺は、何度目になるか判らない嘘の説明をまた繰り返した。
「あなたは頭にちょっと怪我をして、入院しているんです。
記憶の混濁が見られるから、暫くは混乱するかもしれませんが、じきに落ち着きます」
「入院……」
男はその言葉で何かを思い出したのか何事か考え込んだ。
205旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:23:51.09 ID:yY2ZY74F
「美奈子さんが、妻も入院しているんです。
どうして今まで思い出さなかったんだろう。
子供が生まれるんですよ。
出産はまだ先のはずだけれど、大丈夫かな」
「大丈夫です」
俺は落ち着くよう男の肩を抑えた。
「あなたが入院して、まだ2日です。
奥さんにも連絡は行っていますし、体調も問題ないと伺っています」
「そうか、よかった……」
男はそれを聞いて安心したように笑った。
「きみは、それを知らせにわざわざ?」
「ええ、まあ、そんな所です」
俺は目を逸らした。
「でも不思議だな」
男は俺の様子に気付かないまま喋る。
「ちょっと前まで自分は子供だと思っていたのに、会社に入って、結婚して、次は子供ができる。
なんだか、あっという間だったよ。
三十路にもなって、こんな自覚がちゃんとできていない父親で、大丈夫なのかな」
「大丈夫ですよ」
俺は、男の目を見て、先ほど同じ言葉を言った。
「あなたは、きっと、いい父親になります」
そうさ、あんたは良い父親だ。
そうに決まっている。
だから、俺は自分のことを、もうこれ以上嫌いにはならないと決めているんだ。
男は、恥ずかしそうに頬を掻く。
「うーん。はじめて会う人にそんな事を言われると、なんだか恥ずかしいな」
と、突然その手を止め、俺を凝視して何事か考え込み始める。
「えーと……。きみは、誰だったかな」
俺は極力何でもない風を装って、何度目になるかわからない自己紹介をした。
「伊綾泰巳と言います。
あなたの親戚です」
「あ、うん。うん。
そうだった、かな? ごめん、どうも最近物忘れが激しいようなんだ」
「大丈夫です」
俺は何度"大丈夫"と言ったのだろうか。
ここに来ると、いつも、いつも、嘘をつくしかない自分に嫌気がさす。
206旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:25:13.11 ID:yY2ZY74F
「事故の影響で混乱しているだけです。
じきに良くなりますよ」
俺は、失礼、と言って、席を立った。
「あれ、もう帰るの?」
「ええ。奥さんの体調に問題がないことを、お伝えしたかっただけですから。
お騒がせして、すみません」
「いやいや。こっちこそ、なんのお構いもできなくて申し訳ないね」
俺は一礼してドアノブに手をかける。
「…………ありがとう、ございました」
「ん? ああ、うん」
戸惑うような声を背に、俺はドアを閉めた。
そのまま壁に寄りかかり、目頭を押さえる。

どうして伝えたい言葉は、口に出そうとした時には、いつも遅すぎるんだろう。



親父が脳卒中で倒れたのは3年前の事だ。
一時は意識不明で生存すら危ぶまれたが、何とか身体的には後遺症なく回復した。
精神的には、無事ではすまなかったが。
自分の30代以降の記憶をすべて失い、新しい記憶を一定期間維持することもできない。
コルサコフ症候群類似の重度健忘。
日常生活は不可能になり、以降ずっとケアホームに入所している。
彼の認識では、新婚の働き盛りだったはずなのに、目を覚ませば見知らぬ病室。自身は初老まで老けていて、周囲には見知らぬ人ばかり。
最初は記憶の不整合に混乱してばかりだったが、やがて矛盾を意識しないことに慣れていった。
物事を記憶することはできないはずなのに、こういうことは学習できるようだ。
それでも、俺の事を思い出すことはない。
いくら息子だと説明しても取り合って貰えず、その説明すら数分後には忘れてしまう。
良い面がないわけではない。
少なくとも、彼はもう、妻と死別することはないのだ。
いつまでも、恐らく最後まで、もうすぐ子供が生まれる人生の盛りにいるつもりで、ちょっとした休憩を続ける。
安らかな人生の黄昏。
けれど。
もう、誰からも何の言葉も届かない。
有難うと告げても、何の意味もなさない。
何の孝行も、してやれないのだ。

207旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:26:37.85 ID:yY2ZY74F
「…………そう」
一通り俺の近況を聞き終えて、小奇麗な格好の中年の女性は、温くなりつつある紅茶を喉に流した。
「大変だったのね、色々」
「いえ……」
俺は恩師に相槌を打ちながら、窓の外を眺めた。
中学と高校時代を過ごした母校。
卒業から10年余りたち、所々様変わりしている。
俺が在籍していた頃は男女別クラスだったが、今では完全に共学になったらしい。
「先生は最近いかがですか」
「制度が変わるたびに、忙しくなるばかり。
――――御免なさい、愚痴を言うつもりじゃないのよ」
「問題ないです」
同窓会を欠席した負い目もあるので、愚痴くらいは聞く義務があるだろう。
恩師は俺を見て目を細めた。
「それにしても、随分変わったわね、伊綾くん」
「そうですか?」
「ええ、落ち着いた、というか、丸くなったわ。
中学の時と比べると特に」
中学生の時分は……思い出したくない。
あの頃は本当にガキだった。
「大人になったのでしょうね。勿論いい意味で」
「だと良いですが」
その分、色々な物をなくしていった気がする。
俺は冷めきったコーヒーを飲み干して話を切り出した。
「で、先生。ご用件を伺っていなかったんですが」
「ああ、そうだったわね」
先日、できれば直接渡したいものがあると連絡をもらっただけだ。
恩師は脇に置いた紙袋から黒い筒を取り出した。
長さ30センチほどの細長い円筒形の入れ物。
"卒業証書"と文字が彫ってある。
「これは……」
「彼女の分よ。
結局卒業する前にあんなことになってしまったけれど。
中退でなく、正式に卒業扱いにすることが決まったから」
結局彼女は、卒業式に出る事はなかった。
だからなのか、俺の中で彼女は、いつまでも高校生のままで。
けれど、こうして卒業証書を前にすると、その高校生活がすでに終わっていることを思い知らされてしまう。
「有難うございます」
俺は受け取った証書を、持参した鞄の中に仕舞った。
「あいつも、きっと喜びます」

208旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:28:12.58 ID:yY2ZY74F
変わるものがある一方、変わらないものもある。
こいつは、本当に、変わらないものの代表例みたいなやつだった。
「おーい、伊綾。こっちこっち」
駅前の待ち合わせ場所に時間ピッタリ足を運ぶと、先に到着していた男が、俺を見るやぶんぶんと右手を振って俺に呼び掛ける。
ジーパンに珍妙なプリントがされたTシャツ姿。
左腕にギプスを巻いて吊り下げているのが目に付く。
「相変わらずだな、渡辺」
「おう、相変わらず元気してるぜ。
伊綾は――――ちょっとやせたか?」
目の前の男、渡辺綱は小学校から高校まで、同じ学校で同級生だった。
当時はそれなりに親しく、今でもこうして時折会うことがある。
「大した問題じゃない。それより……」
俺の視線に気付いた綱は、これ? と訊きながら左腕を持ち上げた。
「ま、立ち話もなんだし、どっか茶店でも寄るか。
伊綾、時間あるんだろ」
「まあ、構わんが……」
男二人で連れ立って、長居して駄弁るのにちょうど良い店を探す。
結局、コーヒーはまずいものの、安さと完全分煙に定評のあるチェーン店に落ち着く。
早速チョコレートパフェ(大)を注文しながら、綱は怪我の経緯を白状した。
「ブチハイエナに噛まれた」
何かの比喩なのだろうかと一瞬疑う。
「いやー。エチオピアでフィールドワークに熱中してたらうっかり襲い掛かられて。
人間襲うのは珍しいんだけど、そいつどうも悪い病気もってたみたいでな。変なよだれたらしてたし。
なんとかやっつけたはいいけど、それから1週間、原因不明の高熱にうなされるハメになった」
「やっつけたのかよ……」
綱は今では考古学者として、採掘や調査に世界各地を飛び回っているらしい。
どちらかと言うと地味で、根気のいる仕事のはずだが、機嫌よくこなしているようだ。
俺は薄いコーヒーをすすりながら、三途の川の向こう岸が見えたぜ、などと呑気に笑う綱を見やった。
209旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:29:49.86 ID:yY2ZY74F
最初見たときは変わっていない、と思ったが、高校時代より、身長は少し伸び、肌は日焼けして、体格も更にがっしりして見える。
一方の俺は、身長こそ僅かに伸びたかも知れないが、日がな研究室に籠りきりでは日焼けしそうもなく、肉も落ちた。
昔は目の前の男とこのもやし男が、取っ組み合いの喧嘩をしていたなどと、誰が信じられるだろうか。
「……お前は」
「うん?」
大盛りのパフェをひしひしとたいらげていた綱は、口の端にクリームを付けたまま顔を上げた。
「変わらないな」
「そっかなー?」
口を拭け、と言いたいのをこらえる。
「ああ、馬鹿な所とか」
「それ言うなら、伊綾も変わってねえじゃん。
口悪いとことか」
うっかり学生時代のノリで喋っていたことに気付く。
「TPOくらいわきまえるさ」
すまし顔でカップを傾ける俺を見て、綱は笑った。
「伊綾も、元気そうで安心したぜ。
絵麻ちゃんがいなくなった時とか、心配したんだけどさ」
「情けない姿をさらすようでは、合わせる顔がない」
「親父さんも元気か?」
「相変わらずだ」
訊き難い事でもさらっと聞いてくるあたり、こいつらしいと言うか。
「お前の方こそ、妹は元気か」
「おう、仕事の方も頑張っとるみたいだ。
この間はこの怪我の件でめっちゃ叱られたし、元気も有り余っとるよ。
こないだ実家帰った時なんてさ――――」
ああ、本当に、10年前もこんな奴だったな、などと思いながら。
つきもせぬ長話を聞き流しつつ、俺は冷め切ったコーヒーを喉に流し込んだ。

210旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:31:42.07 ID:yY2ZY74F
ふと窓の外を見ると、辺りは暗くなりかけていた。
随分と話し込んでいたことになる。
俺はレシートを持って席を立った。
「さて、俺はそろそろ帰らせてもらう」
「あれ? 伊綾予定あんの?」
「荷物の受け取りがある。
明日からは仕事の引継ぎと、"解凍"の確認」
「あ、いよいよか」
スプーンを咥えたまま、綱は腕組みして感慨深そうに呟いた。
「頑張れよ。
俺らも手伝えることはやってやるから」
「お前は、いつ位までこっちに滞在する予定なんだ?」
「だいたい1か月くらいかなあ。
あと、結もしばらくは急な休みも取れそうだってさ。
"解凍"には間に合う予定」
頭の中でカレンダーを確認する。
日程は流動的で、1か月では間に合わない可能性がある。
「無理して付き合う必要はないぞ」
「俺らにとっても大事なことだ」
社会人にもなって、個人的な事に巻き込むのに抵抗はあったが、その言葉は素直にありがたかった。
「まあ、予定が決まり次第連絡する」
「頼むわ」
勘定を済ませ、店を出る。
雨はまだ降り続いていた。

211旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:33:20.15 ID:yY2ZY74F
天気はなかなか戻らず、長梅雨の様相を呈していた。
本格的に降ることは滅多になく、ぐずぐずと落ち着かない空模様が続く。
久しぶりの休日に訪れた霊園は、天気のせいか閑散としていた。
伊綾家代々之墓、と彫られた、幾分小さめの墓石に傘を差し掛ける。
訪れる人がいなくなってずいぶん経つその墓所は、管理も行き届いていないのか、随分と汚れていた。
小雨に濡れながらも、黙々と掃除していく。
一通り清掃を終え、雨で消えないかひやひやしながら線香に火をともして合掌し、しばし黙祷。
「何と言うか」
自然と、墓の向こうの誰かに語り掛けていた。
「悪いな、なかなか来れなくて」
墓石は黙りこくったまま、何も答えない。当たり前だ。
「親父は、相変わらずだ。
でも、機嫌よく毎日を過ごしている。
心配いらない。
俺も元気でやっているよ」
元気ではある。けれど。
「……一人は、いつまで経っても慣れないよ」
突然、胸ポケットに振動を感じる。
俺は携帯端末を取り出して、かけてきた相手を確認する。
そのまま通話ボタンをONに。
「もしもし…………何?」
俺は思わず傘を取り落した。
動悸が激しい。
深呼吸して何とか冷静を保つ。
「判った。すぐそっちに向かう」
俺は通話を切ると、急いで借りてきた掃除道具を取りまとめた。
最後に、墓の方に振り向いて一礼する。
「せわしなくて悪いな。
また来るよ。
今度は、きっと――――――」
俺は駆け足で霊園を後にした。

212旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:35:07.97 ID:yY2ZY74F
バスを待つのももどかしく、タクシーを捕まえたは良いものの、渋滞に巻き込まれ、途中下車して徒歩で目的地に急ぐ。
目的地に着くころには、シャツは雨と汗でぐっしょりと濡れていた。
某総合医科学研究所、と書かれた門をくぐり、実験棟に入る。
パスを見せ関係者以外立ち入り禁止のゲートを通り、エレベータで地下3階に。
「伊綾!」
複雑な廊下を進んでいくと、数週間前に顔を合わせたばかりの綱に呼び止められた。
その隣で、久しぶりに見る穏やかな風貌の女がこちらに向けて会釈している。
兄と同様、外見は殆ど変っていないため、直ぐに誰かわかった。
「すまない……おそく、なって……」
俺は彼らのもとにたどり着くと、膝に手を当てて荒い呼吸を落ち着かせる。
と、頭に綺麗なタオルが被せられた。
「大丈夫だから、まずは頭拭けよ」
俺は礼を言って、大分乱れてしまった身だしなみを整えた。
「預かります」
聞きなれない声にびっくりする。
綱の隣にいる女、彼の妹の結は、構音障害を負っていたはずだ。
ブラウスの胸ポケットにごく小さなマイクが見える。
そこから声を出しているようだ。
俺は戸惑いながらもタオルを彼女に返す。今気にするべきことはそこじゃない。
「経過を説明するな」
綱がA4位の紙の束を手に喋り出す。
「2日前マイクロマシン治療が大方終わったのは知ってるだろ」
当然だ。
仕事先の研究所に無理を言って、色々な規制をゴリ押しし、研究途上だった医療用マイクロマシンの臨床試験を押し通したのだ。
彼女の体内に巣食うウィルスを駆除するには、それしかなかった。
実用化を待つ間、ウィルスの助けを借りつつ、常人では不可能な"冬眠"、仮死状態でとどめておく。
危険な賭けではあったが、ウィルスのせいでがんを発症するリスクよりは大分歩が良かった。
9年前、彼女は周囲と話し合って、賭けに乗った。
213旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:36:20.35 ID:yY2ZY74F
「本来1週間かけてゆっくり"解凍"していく予定だったんだけど。
5時間前、突然被験者の心拍を確認。
再度冬眠させるのはリスクが高いと判断して、"解凍"を前倒しで行うことが決定。
体温摂氏10度の状態から、徐々に全身の加温を開始。
予想以上に速く代謝が進んで、4時間20分後30.0プラスマイナス1度まで上昇。
自力で呼吸を開始したため、一般病室に移して現在まで回復を観察中。
ついさっき意識が戻ったそうだ」
意識が、戻った。
俺は安心のあまり、その場に倒れ込みかける。
とっさに、結が後ろに回って支えてくれた。
「っつーわけだから」
綱は書類から目を離すと、一歩横にずれて道を作った。
そっと背中を押される感覚。
「行ってこい!
やっぱり面会者第一号はダンナさまじゃないとさ」
にっと笑いながら、綱が俺の背中を叩く。
「きっと、彼女も貴方を待っています」
後ろの結も、微笑んで頷いて見せた。
「お前ら……」
俺は言うべき言葉が見つからなかった。
本当に、何から何まで、世話になりっぱなしだ。
「ありがとう」
俺は一礼して、彼女のいる病室へと向かった。

214旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:38:01.00 ID:yY2ZY74F
真っ白な部屋だった。
ベッドと、計器と、電話くらいしかない。
リノウム張りの床は綺麗に磨かれている。
鼻をつく薬品の匂い。
明るい照明が目に痛い。
ベッドの上には、彼女がいた。
一時期長かった髪をショートボブまでざっくりと切り、白い検査衣を身に着けて。
飾り気と言えば左手の薬指にはめた銀の指輪くらい。
最後に見た時と寸分違わない姿で。
「絵麻」
彼女に歩き寄る。
一歩ずつ、近付いて行く。
「エマ」
彼女が振り向く。
黒目がちな瞳が、俺を映す。
「えま」
最初に、何を言うべきか、ずっと考えていた。
でも、何一つ言葉にならない。
俺は馬鹿みたいに繰り返し彼女の名を呼びながら、ベッドの傍までたどり着いた。
痩せこけた躯、青白い血色、弱弱しい呼吸。
でも、生きている。生きて俺の目の前にいる。
彼女は、上体を起こして、微かに笑った。
「やすみ」
掠れた声。
次の瞬間、俺は彼女に覆いかぶさっていた。
まだ体温の戻りきらない、儚いいぬくもり。
でも、微かな鼓動は、彼女が生きている確かな証拠だった。
小さな頭をかき抱く。
彼女の顔をもっとよく見たかったが、どうせ目はぐずぐずに濡れていて、使い物にならない。
215旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:39:26.11 ID:yY2ZY74F
「馬鹿。一体どれだけ待たせる気だ」
やっと出てきたのは、そんな言葉。
「お前が寝ている間に、俺はこんなおっさんになっちまったぞ」
胸の中で彼女が首を振る感覚。
「……かっこよく、なったよ」
「んなわけ、あるか」
かつて、彼女と共に過ごした日々が。
彼女がいなくなってから起きた様々な事が、胸中を渦巻いていた。
ゆっくりと、時間をかけて、少し落ち着いてから体を離す。
宝石の様な瞳が、目の前にあった。
彼女が口を開く。
「ヤスミの話、ききたい」

聞かせて、なにがあった?
一つ一つ、離れ離れになっていた9年間を、言葉で埋めていきたい。
また、いっしょに歩くために。

「ああ、いろいろ、あったんだ。
本当に、いろいろ」

さて、何から話そうか。
話したい事は幾らでもあった。
これから一緒にやりたいことも、沢山あった。
同時に、なさなければならない事も沢山あった。
どうにもならない事は山積みだった。
けれど、まずはこの言葉で始めよう。
本当は、最初に言っておくべきだった言葉を。
216旅立ち / 再会  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:41:00.97 ID:yY2ZY74F
「おかえり、絵麻」

「ただいま、ヤスミ」
217ファントム・ペイン最終話  ◆MZ/3G8QnIE :2014/06/30(月) 23:45:47.98 ID:yY2ZY74F
投下終了です。
こんな長ったらしい上にエロも薄い作品にお付き合いくださり、ありがとうございました。
以下のアップローダにあとがきにすらなっていないチラシの裏書きを投げておきましたので、気が向かれた方は読んでやってください。
http://kie.nu/1-Ym
218名無しさん@ピンキー:2014/07/01(火) 07:22:54.03 ID:QBhBozUM
乙です!
今まで毎話楽しく読ませていただきました
ありがとうございました
219名無しさん@ピンキー:2014/07/02(水) 09:09:48.63 ID:diFiAX1j
お疲れ様です。
最後に目が潤んでしまいました。
良いお話を読ませていただきありがとうございました。
220名無しさん@ピンキー
完結おめでとうございます!
長い間楽しませていただきました。
双子のお話もいつかまた読みたいです。
それにしてもヤスミくんずいぶん丸くなっちゃって……エマちゃんはいつもあざとかわいくて素敵でした。
二人の未来に幸あれ、です。おつかれさまでした。